巨影を知らない都市 (ギガンティック芦沢博士)
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stage1:闇と光の巨影 ①

 頬に水滴が弾けるのを感じ、ビルの合間の空を見上げてみると、予報を裏切る雨が降り始めていた。家路を行く人々は慌てて走り出したり、用意のいい者は折り畳み傘を広げたりしている。俺はそのどちらもせず、相変わらずぼんやりと歩いていた。

 雨粒が地を打ち、けたたましく往来する車の音を聞きながら、灯り始めた街灯をふと見やるも、俺の心を占める単語はただ一つ、『巨影』だ。叔父から幾度となく聞かされた、解答無き問いかけ。その答えを薄い意識下で探っていた時だった。

 狭い空を一杯に覆いつくした暗雲に一瞬、枯れ木のような紫電が走ったような気がした。道行く人もそれを見ただろうかと気にかかり視線を下げると、ぼうっと、彼らの輪郭がピントずれを起こしたように鈍っていく。人だけではない、ビルも、車も、何もかもが俺の焦点に結ばれない。

 俺が唯一認識できる像は、人波の向こうに女性の形で佇んでいた。不自然なほどに波打つ長い髪、しなやかな肢体を含め、彼女は女性の形をした()だった。影のように輪郭だけがあり、顔つきやその他の情報は何も読み取れない。それなのに、くすんだ風景の中で輝く彼女は、俺を視線に捉えているような気がした。

 え? と、気づけば間の抜けた声が洩れていた。あまりに非現実な光景。しかし彼女が歩き出し遠ざかっていくのを見るや、彼女を追いかけなくてはと、俺の中に異様な焦燥感が生まれる。

「ま、待ってくれ!」

 みっともなく、年甲斐も無く走り出し、人々の間を縫って彼女を追いかけていく。それなりの人通りがあるはずなのに、彼女はまるで避ける様子もなく、実体の無いホログラムのように真っ直ぐに進んでいく。不自然なほどに、周囲の人間も彼女に意識を払う様子は無い。

 彼女が人混みから抜け出しビル間の小道に入ったのを見て、俺も追って駆け込む。ストーカーというには騒がしすぎる、お粗末な追跡だったが、その甲斐あってか彼女の背中はすぐそこにあった。彼女はただ佇んでいたが、その背中はなぜか、どこか寂しそうだと俺には感じられた。

「キミは……」

 ここまで言いかけて、彼女を追った理由をまるで説明できない自分に気づき、思わず言葉に詰まった。

 ビルの壁面を走るパイプが雨露に濡れている。空調のうめきがどこからか響く。こんな人通りの無い裏道に、得体の知れない存在と二人きりでいる。その現実が徐々に不安感を煽り立てた。

 雨が止んだことに気づいた時、彼女が振り返る。すぐ近くで見れば分かる、人間に極めて近い造形の……光。表情など判別できるものではないが、しかし俺はなぜか、彼女が不安の中にあって、助けを求めているような気がしてならなかった。俺の中にあった不安は立ち消えていた。

「えっと、俺は怪しいものじゃなくて……そう、キミを知りたいんだ」

 なるべく柔らかい声音を意識し語り掛けるが、反応は芳しくない。どうするべきか、そもそも自分はどうしたかったのか、根本的なところから悩んでいると、彼女に反応があった。

 大きく身じろぎした彼女は、しかし俺ではなくその後方、遥か高い位置を見上げているようだった。何かと思い振り向いてみると、そこにいたのは……黒く、巨大な影だった。

 始めは壁かと思った。しかし視線を上げていき、ビルの丈さえ超えた上方で、鈍くぎらつく一対の目と視線が噛み合ったとき、それが黒い巨人であることをようやく理解した。陽炎のように揺らめく輪郭が夜の闇に映え、その赤い目は品定めをするかのようにじっとこちらを見つめていた。血液が急速に冷やされ全身を駆け巡る感覚。第六感というものなのか、本能的な部分が眼前の巨人から逃げろと訴える。

 怯んだ様子の彼女に駆け寄ると、背後で巨人の動く気配がして、俺は咄嗟に彼女を抱きかかえて飛び、地面に伏せ込んだ。すると黒い巨人の伸ばした腕が僅かの差で空を切り、俺たちは転がるようにして路地の奥へと逃げこんでいく。

 いったいこれは何だ、どういう事態なんだ。そんな混乱を胸に押し込み、彼女の手を引いてとにかく走る。少し振り返れば、黒い巨人は腕を引っ込め、屈んだ体勢から立ち上がろうとしていた。

「いったい、あいつは何だ! なんで狙われてる!」

 もちろん返答は期待していなかったが、やはり彼女は何を言うわけでもなく、懸命に足を動かしている。彼女が関係しているのは明白だが、それを追求していられる余裕は無い。

 ポリバケツをひっくり返しながら狭く暗い路地を突き進み、やがて表通りに抜ける。そこでタクシーでも止めようと考えていたが、片側二車線の車道には一台の車も走っておらず、それどころか歩道すらも無人の、異様な光景が広がっていた。

「な、なんだ? この時間に人がいないわけ……」

 通りの中心に進み左右を見通してみるも、街灯や細い街路樹が等間隔に立ち並ぶだけの、静止画のような風景が伸びているだけだった。そこではたと、道の先が黒い壁に阻まれていることに気づき、見上げる。雨雲が低く垂れこめていた空は消え、水面のように揺らめく漆黒のドームが、街の一区画に覆い被さっていたのだ……俺たちを飲み込んで。

「なん……だ、これは」

 壮大なドームを見上げる俺の視線に、黒い影が入り込む。ビルの向こうからゆっくりと歩いて姿を現したのは、先ほど俺たちに手を伸ばした巨人に間違いなかった。

「でかい……」

 改めて正面から全容を捉えると、その巨躯に思わず声が漏れた。交差点に立つ彼の足元にある信号機など、まるでミニチュアのようにしか見えない。

 その巨人がゆっくりとこちらに向き直ったのを見て、俺は再び背を向け、彼女の手を取り走り出した。繋いだ手から不思議と伝わる恐怖の感覚。彼女を守らなくてはと、俺は強く心を保った。

 しかし黒い巨人が腕を振るうと、俺たちの前で道路が爆発する。鼓膜が破れそうな轟音、熱と爆風に思わず顔を庇う。煙が晴れると、そこには捲れ上がったアスファルトで壁ができていた。巨人は俺たちを殺しはせず、しかし逃がすつもりも無いようだ。

「くそっ!」

 せめてと彼女を背に庇い、黒い巨人を強く睨みつけるが、まるで意に介する様子はない。その足が踏み出されようとした、まさにその瞬間。

 黒い巨人に巨大な火球が衝突し、彼は大きく横に弾かれ視界から消えた。突如横から飛来し、なお交差点に留まり続ける太陽のような火球は、やがて収束し人の形になっていく。片膝と片腕を突いた状態からゆっくりと立ち上がったそれは、黒い巨人とは対極的な、光の巨人とも言うべき姿だった。

 体長も姿形も黒い巨人に瓜二つではあるが、薄闇に染まる空間で白い燐光を放つ彼は、雰囲気にどこか温かみすら感じさせる。彼は白熱灯のように輝く眼を俺たちに向け、小さく頷いて見せた。それだけで俺は、得体も知れぬ彼が味方なのだと信じ切ってしまう。その小さな所作だけで心が救われたような、言いようの無い安心感を覚えたのだ。

 その時、黒い巨人のものと思わしき咆哮が響き、一歩ごとに地を揺らしながら白い巨人に襲い掛かった。二体の巨人はがっぷりと組み合い、しばらく拮抗したと思うと、黒い巨人が遠心力をつけて白い巨人をビルに叩きつけた。轟音と共にガラスが砕け、粉塵が舞う。

 続いて頭部を狙って繰り出された拳は白い巨人がこれを躱し、倒れ込みながら黒い巨人の脇腹を蹴って吹っ飛ばした。

「す、ごい……」

 五十メートルはあろうかという巨人同士の激しいぶつかり合い。その迫力に呑まれしばし傍観してしまったが、白い巨人の戦い方は明らかに、黒い巨人をこの場から遠ざけようとしている。現に二体の戦場は通りの奥へと移行していた。その意思を汲み今逃げ出さずしてどうすると、自分を律する。

 俺は彼女の手を取り、捲れ上がったコンクリートの壁と向き合う。とても登れそうにはないが所詮は即席の障壁。少し見渡せば、やはり下部には人一人が通り抜けられそうな僅かな隙間が存在した。

「よし、ここから抜けて行こう。まずは」しばし逡巡し言う。「キミから通り抜けてくれ」

 彼女はすぐに理解してくれたようで、地に四つん這いになり隙間を潜り抜けていく。これは当然、巨人の戦いの余波が来た場合にいち早く逃げられるようにという紳士的気遣いからの選択であって、断じて俺は彼女の臀部に目が惹かれているとか、そういうことは一切ない。

 妙に言い訳がましい思考を振り払い、遠ざかった巨人たちを見やる。彼らがぶつかり合うだけで空気が振動し、街は脆くも破壊されていく。それは五年前の惨状を彷彿とさせた……五年前?

 脳のどこか奥で疼くものを感じながら、彼女が通り抜けたのを見て、俺もその後に続く。厚さ一メートルほどの洞穴の向こうでは、光を放つ彼女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。その様子に少し愛嬌を感じ、思わず笑みが零れる。

「大丈夫だ、今行く」

 滞りなく通り抜けると、爆発によってできた窪みを登り、再び彼女の手を取って走り出す。

「とりあえず奴らから離れよう! ドームの端まで行って、運が良ければ出られるかもしれない!」

 彼女は文句をつけるわけでもなく、なすがまま俺に追従する。握った手は不思議な感触で、煙を掴んでいるかのように心許ない反発しか返さないが、しかし確かな温もりもあった。

 

 息が上がり、肺に痛みを覚えだした頃、ドームの端が見えてきた。時折振り返って確認する限り、巨人同士の戦いは上空で激しく衝突するドッグファイトに移行したらしく、時折花火のような轟音と火花がドームの天井付近で炸裂している。あれだけの質量を誇る生物が軽々しくも空を飛ぶとは、物理学も何もあったものじゃない。

 スケールの差に内心で愚痴を吐いていると、黒い巨人が俺たちを見据えて停止し、禍々しい色合いの光弾を放った。それは彼の掌を少し上回る程度のサイズだったが、人間からすれば充分に巨大だ。

 見る見るうちに近づく死の光に、俺は思わず彼女を抱きしめる――しかしそれは俺たちに届かなかった。横入りした光の巨人は防御態勢をとることも叶わず、スパークを伴う爆発に巻き込まれ、俺たちからほど近いビル群の中に落下していった。激しい衝撃と建物の崩壊による地鳴りは、まともに立っていられないほどだった。

 黒い巨人はきっと始めからこれを狙っていた。俺たちを狙えば光の巨人が庇うだろうと踏んだ、狡猾で悪辣な策略に違いなかった。

 ドームの壁を背に回して足を止めた俺たちの前に、ゆっくりと降り立つ黒い巨人。衝撃も無く静かに着地し、片膝をついて俺たちを眺めまわす。俺は彼女を背に庇い、小さく告げる。

「壁まで走れ」

 彼女の温かい手をまだ背に感じる。黒い巨人が伸ばす腕に突っ込んでいきながら、拳を振り上げて叫ぶ。

「走れ!」

 一瞬でいい、俺に気を逸らしている内に、彼女を――

 思考が弾ける。街が激しく回転して、アスファルトの壁がしたたかに俺の身を打つ……いや、これは地面だ。俺は奴の指一本に、まるで虫けらのように弾かれ、雨に濡れた地に伏しているんだ。

 口から熱い液体が漏れ出して水たまりに溶け、痛みともとれない痛みが全身を巡る。横向きになった世界で、彼女が俺の元へ駆け寄ろうとしているのを、ただぼんやりと見ていた。

 しかし彼女の体が黒い巨人の掌に包まれ奪われたとき、俺の中で燃えカスのように残っていた怒りが再び熱を持つ。血まみれの腕を彼女に伸ばして、届かぬ距離を憎々しく睨む。

 黒い巨人はあざ笑うように俺を一瞥して、彼女から光を取り込み始めた。彼女を包む手から奴の全身に巡っていく光が、彼女から全てを奪い取っていく気がした。

「や、めろ……!」

 俺の叫びを誰かが聞き届けてくれるなら、誰でもいい、彼女を助けてくれ――そう祈るしかできない、まさにその時だった。

 黒い巨人の後方、白い巨人が落下した方向から、闇夜を割くように放たれた青白い光線が、ビルを貫通して黒い巨人の体を穿つ。驚愕、苦悶、怨嗟、全てを含むような黒い巨人の悲鳴がビル間に反響し、やがて彼の手が開かれた。そこから羽毛のような速度で落下していく彼女は、光がくすみ、今にでも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

 やがて光線が止むと、くずおれた黒い巨人の輪郭は今まで以上にぼやけ始め、その形を保つにも必死なようだった。肩で息をするような動作を取った後、黒い巨人はゆっくりと上昇を始めた。

 そして一定の高度に達したと思うと、彼の周囲に巨大な影のような()()が複数出現し始める。それは不定形でありつつも何かを形作ろうとしているように見えた。

 三つの首と巨大な翼を持つ影、両手に蟹のようなハサミを持つ影、翼竜のような影。人そのものといった影や、形容し難い歪な影もある。そのいずれもが巨大で、俺は無意識に『巨影』という言葉を想起していた。

 ……そうだ、()()。なぜ忘れていたんだ。死にゆこうとしている今になって、ようやく思い出すなんて! 五年前、この都市を破壊しつくした、奴らを!

 ビルの合間から、肩を押さえて歩み出た白い巨人がその巨影たちを見上げ、慌てた様子で黒い巨人の元へ飛んでいく。彼の伸ばした腕が黒い巨人に届きかけた、その時。

 街の上空に一つの太陽が生まれた。凄まじい光の奔流の中で俺が最後に見たものは、光に呑まれる白い巨人と、四方八方に散っていく巨影たちだった……

 

 これを皮切りとして、この都市を中心とした世界は失われた記憶を呼び覚まし、生きた驚異たち――巨影の存在を、その身をもって再び思い知ることとなる。




毎週土曜夜9時、ウルトラマンの影でこっそり投稿



今回の選択肢

「よし、ここから抜けて行こう。まずは」
①「キミから通り抜けてくれ」
 →本編通り。尻を見ます。男なので。
②「俺が通り抜ける」
 →安全確認という体で先行。胸を見ます。男なので。


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stage1:闇と光の巨影 ②

 俺は瞼を閉じたまま横になり、もやのようなものに満ちる薄暗い空間を()上げていた。全身に走っていた痛みは無く、奇妙な浮遊感に包まれている。これが死後の世界かと考えていると、薄いもやの向こうに人影が現れる。

『おい、そこにいるのは誰だ』

 答えるようにもやが晴れると、そこに居たのは美しい女性だった。上品な白いワンピースと、そこから伸びる白磁のような美しい四肢。カラスの濡れ羽色をした長い髪は白い肌によく映える。長いまつ毛に縁どられたガラス玉のような目は、俺の姿を映していた。

 その姿に暫し圧倒されるも、意を決してまた問う。

『キミはいったい何者だ』

 目も口も開かぬままそう聞くと、彼女も口を開くことなく、しかし慈愛を感じる微笑を浮かべて答えた。

『あなたたちからすれば、地球外生命体、宇宙人といったところです』

『宇宙人?』

『そうです。私の力を狙う謎の巨人から逃げて、この地球に迷い込んでしまったのです。あなたに会えなければどうなっていたことか……』

 そこでふと、人型の光と言うべき女性を俺は思い出していた。

『そうか、キミはあの光の。その姿はいったい……』

『黒い巨人に力を奪われたので、見え方は変わっているかもしれません。しかし、ちゃんと生きています』

『そうか、なら良かった……いや、守り切れずにすまなかった』

 俺の謝罪に彼女は首を横に振り、悲痛な表情を浮かべた。

『いえ、私は確かに、あなたに守っていただきました。けど、あなたを巻き込んでしまった……本当に申し訳ないことをしました』

 頭を下げた彼女を責めることなどできない。俺が勝手に奇妙な使命感に駆られてやったことなのだから。

『後悔は無いさ。心残りもままあるが……誰かを守って死ぬとは、我ながらなかなか上出来だ』

『いえ、あなたはまだ死んでいません。そのことでお願いがあるんです』

『お願い? どんな』

『私を、あなたの中に受け入れてほしいのです』

 こちらの顔色を窺うような視線を投げかける彼女。俺はこの空間では眠っているような状態らしく、表情を動かすことはできないが。

『あなたの中に受け入れてくだされば、あなたの傷を徐々にですが癒すことができます。それに……』

『それに?』

 彼女は一つ間を置いて、ことさら言いづらそうにして告げた。

『実のところ私も力を奪われて、このままでは消えてしまいそうなんです。あなたの中で生き延び回復を待てれば、私にとってもこんなに良い話は無いんです』

 そこで彼女はもう一度頭を下げた。

『助けてもらい、巻き込んでしまった上、厚かましいことを承知でお願いします。どうか私を受け入れてくれませんか。あなたの傷が治り次第、すぐにも出ていきますので……』

 彼女の声は少し震えていた。交渉を有利に進めたいのであれば、自分が弱っていることを明かす必要は無いのだ。それ自体が他の目的を果たすためのデコイ、という穿った見方もできるが、俺は彼女が信用に値すると感じたし、信じたいと思った。

『条件がある』

『は、はい。なんでしょうか』

 肩を跳ね上げ、説教を待つ子どものような目をした彼女に、俺は笑いかける……ことはできないので、できる限りの柔和な調子で言う。

『キミ自身も完全に癒えてから出ていくこと。それさえ守ってくれれば、むしろこっちから頭を下げてお願いしたい。今は下げられないけど』

 彼女は虚を突かれたように一瞬惚けた後、白い歯を見せてくしゃりと破顔した。

『ありがとうございます。本当に、その……』

 温かい空気が流れる暫しの間、俺は改めて彼女を観察する。透き通った眼、桜色の瑞々しい唇、流麗な曲線を描く頬。さらりと流れる黒髪を耳元にかきあげる仕草。一つ一つに完成された美を見た気がして、思わず目を奪われそうになる。

『一つ、気になるんだが。キミと一心同体になると、キミはどうなる。また話せるのか』

『ええ。姿を消すこともできるとは思いますが、基本はこの姿のまま傍らに居ます。ご迷惑かと思いますが、しばらくの間、よろしくお願いしますね』

 なるほど、憑依霊のようなものか。彼女のような美人と常に行動を共にするとなると、男としては嬉しい限り……ではあるが、正直気疲れしそうでもある。それに気がかりなのは……

『こちらこそよろしく。……それで、迷惑ってことはないが、俺のプライベートってのは……』

 そう尋ねてみると、彼女は何を思ったのか頬を染め、恥じらいを楽しむ少女のような仕草で顔を逸らしてみせた。

『え、ええ。その、平気です。その時はちゃんと目と耳を塞いでおきますので安心してください』

『待て、なんだその反応は。キミはいったい何を想像してるんだ。その時っていつだ、おい』

『ヘッヘッヘ、シンパイスルコトハナイデスヨ……』

 やたらと悪党じみて不気味に笑い、心配になるようなことを言う彼女。追求するべきかと考えたその時、薄闇の世界に光が差し込み始める。

『そろそろお目覚めですね。それじゃ、いきましょうか』

 彼女が残像を残しながら、俺に正面から倒れ掛かってくる。そして俺の体と重なり溶け合うと、まるで血管に湯水が流れているような温もり、そして母に抱かれているような安堵感を覚えた。彼女が俺を抱擁しているように感じられて、俺も彼女を抱き返した……

 

「本官にそういう趣味は無いんだが」

 車道の真ん中でクラクションを鳴らされながら、お巡りさんを抱き締めていた。

 寝転ぶ俺の視界にはもう一人の警官、そして通りがかりの一般人と思わしき人たち。ここで俺は瞬時に、末代まで語られる恥を現在進行形で晒しているのだと察した。羞恥心を計るメーターでもあればレッドゾーンを超える域に針は達しただろう。

「大変申し訳ありませんでしたぁ!」

 警官を開放すると、素早く土下座の体勢をとる。これにより身体的な無事を周知させると共に、警官共々周囲の人々に誠意を込めた謝罪をして見せる。顔を上げれば耳まで真っ赤になった無様を晒してしまうだろう。

 歩道に移り交通を回復させ、俺は改めて皆に謝る。幸いにも彼らが俺に非難を浴びせることはなかったが、逆に理解がありすぎるのでは、と違和感を覚えた。

「キミも動転してしまったクチかい?」

「は? 動転って、何に?」

「何って、キミもしかして思い出してないのかい。五年前の災害のこと」

 警官の言葉に息を呑む。

「じゃあ、まさかみんなが同時に?」

「ああ、どうやらそうみたいでね、町中パニックだよ。中にはキミみたいに動揺して気を失う人も出ちゃうしさ」

 見回してみれば、行き交う人々もどこか落ち着かない様子だ。携帯の画面から情報を得ようとしている者も多く見受けられる。

 そう、そうだ。五年前の災害は、超常的な巨大生命体らによって引き起こされたものだった。それを思い出してなお霞がかったように、肝心の巨大生命体の正体は思い出せないが、ともかく。こんな感覚は初めてだから説明し難いが、その記憶は脳の空白にガッチリ嵌り、失われていた真実なのだと確信が持てた。

「じゃ、みんなあの巨人は見たんですか? あの黒と白の……」

「巨人? いや、それは見ていないが……」

 警官や周囲の人々の反応を見ても、目撃者はいないようだ。どうやらあのドームに何かしかけがあったらしい。先ほど破壊されたビルを見ても、無傷のまま窓明かりを放っていた。

「巨人は私たちしか目撃していませんよ」

 静穏な水面に落ちた水滴のように、凛とした波紋が押し寄せる。その声は、いつの間にか一般人の輪の中に加わっていたとびきりの美人――つまり彼女のものだった。

「キミか。ちょうどよかった、いくつか聞きたいことが……」

「あー、あまり人前で話しかけない方が……」

 察するべきだった。俺の中にしか存在しない彼女は、他者から言ってしまえばイマジナリーフレンド、架空の友人のようなものなのだから。しまった、と後悔した時にはもう遅い。

「キミ、大丈夫か? 倒れた時に頭でも打っちゃったか?」

「すぐ救急を呼ぶからな。落ち着いて横になろう、な」

 周囲から労りを持った視線が俺に突き刺さる。恥の上塗りは居たたまれなく、恐らく赤面しているだろう俺は走って逃げだした。

「ありがとうございました! もう大丈夫なので、では!」

 警官の呼び止める声を背に、生を受けてより類を見ない全速力で街を駆け抜けた。夜の涼風は火照った顔を冷ましてくれたが、俺の背後にいる幽霊のような彼女は、押し殺した声で笑っているようだった。

 

 人気のない路地の自販機の前で膝に手を突いた俺は、激しく鳴る心音を聞きながら呼吸を整えていた。

「ここなら話しやすそうですね」

 興味深げに自販機を観察しながら彼女は言った。気になるなら買おうかと聞くと、現在の彼女は物理的な干渉ができず、そもそも飲食の必要が無い種族らしいので遠慮された。俺はそこで買ったコーヒーを飲みながら、道端に座り込んで彼女から話を聞く。

 まず、なぜ俺にだけキミが見えたのか、と問うと、「波長?」と言って首を傾げたので、そこは本人もよく分かっていないらしい。

「で、俺の体なんだが……徐々に癒すって話じゃなかったか? すこぶる快調なようだが」

「ええ。簡単に言えば、私が怪我を肩代わりしてるようなものです」

「え、それ、キミは大丈夫なのか? 痛むか?」

「いえ、元来傷とは無縁の種族なので痛みは無いです。けど、これは一体化したとき限定の反則技みたいなものです。今後負った怪我は肩代わりできないのでお気をつけて」

「そんなことができるのか……でも、ということは、今キミに抜けられると……」

「うーん、私もあなたも共倒れだと思います。傷はすぐあなたに戻されますから」

 どうやら俺と彼女はどこまでも運命共同体、一蓮托生の関係になっているらしい。一人分の体ではない、ということは念頭に置かなくてはならないだろう。

「そういえば、あの巨人たち。彼らはいったいどうなった。キミは何か見たか」

 彼女は首を横に振った。

「いえ、私が目覚めたときには既にどちらもおらず、死にかけのあなただけでした。あなたと一体化してからすぐ、ドームが消えて人々が現れたんですが……そういえば、私はどうやって助かったのでしょう?」

 彼女が力を奪われてからの顛末を語ると、彼女は顎に手を当て、幾ばくかの間、思案にふけっていた。

「私の力を取り込んだ黒い巨人が、あなたの話の通り白い巨人の攻撃で相当やられて、苦し紛れにその、巨影、というんですか。それらを出現させたとしたら……エネルギーを抑えきれず消滅したのかもしれません。白い巨人も巻き込んで……」

 沈黙が落ちる。身を挺して俺たちを庇ってくれた白い巨人の安否は気にかかるところだが、その前にと気持ちを切り替え、彼女と向き合う。

「改めて言わせてくれ。助けてくれてありがとう」

 頭を下げる俺に、彼女は慌てて手を振った。

「いえ、そんな! 私こそ巻き込んでしまった上、怪我まで負わせて……しかも体の一部まで間借りして……うう、やっぱり私の借りが大きすぎますね」

 申し訳なさそうに肩を落とす彼女を見ていると、とても責める気になどなれなかった。

「もうあまり気にするなよ。俺もキミもこうして生きてるんだ、それで良いじゃないか」

 肩の荷が少しは下りたのか、彼女は安堵したように目じりを下げ、ほっと一息ついた。地球外生命体というものには初めて出会ったが、そんじょそこらの地球人よりよほど感情表現が豊かで、かつ良識的だ。出会ってからここまで数時間と経っていないが、俺は既に彼女を好ましく思っていた。

「まあ、お互いゆっくり体を癒そう……と言いたいところなんだが、俺はこれから忙しくなりそうだ。キミにはすまないけど」

「え、なんでです?」

 彼女からの質問に、俺は立ち上がって答えた。

「実はな、俺は前々から五年前の災害の正体を追っていたんだ。巨影というのはまさに追い求めていた答えだ! あの光の中で巨影たちが散っていくのを見た。もちろんそのまま消えたのかもしれないが、どこかへ飛来して、現れるのかもしれない。そうなったら俺は、彼らの姿を、脅威を、記録として収めたいんだ!」

 熱意の赴くまま彼女に打ち明けてみると、その透き通る目が少し開かれていた。

「へえ~、それがあなたの、いわゆる”お仕事”なんですか?」

 仕事という概念に疎いのか、少々拙い印象の問いかけだったが、その内容は的確に俺の痛いところを突いてきた。

「まあ、今は仕事というか、単なる小間使いというか……いやまあ卵さ、カメラマンの卵。これから俺はでっかくなるんだ、うん!」

 自前のカメラも無いんだけどな、という無慈悲な現実を叫ぶ心を押し込め、いくらかの見栄を張る。しかし彼女の視線は尊敬や好奇心の光で溢れていて、俺のちっぽけな自尊心の立つ瀬を抉った。

「すごいです! 自分のお仕事に理想や誇りをお持ちなんですね!」

「うんソーナノ。ハハ。もうやめよう、な」

 これ以上彼女の心象と実像の剥離が進めば俺の心が持たないと判断し、話を切り上げる。そこで噂をすれば影、携帯電話に着信があった。名を見ればそこには俺の叔父及び上司である、大塚秀靖の名が表示されていた。

 




今回の選択肢

「条件がある」
「は、はい。なんでしょうか」
①「キミも癒えてから出ていくこと」と優しく言う
 →本編通り
②「俺が治ったらすぐ出ていくこと」と冷たく言う
 →人の心があれば胸の痛む反応をされる
③「他の体調不良もついでに治して」と冗談めかして言う
 →彼女も安堵したように笑う
④「い、良いことしない?」と鼻息を荒くして言う
 →子どものような無垢さを発揮され気まずくなり引き下がる


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stage2:帰ってきた我らの巨影 ①

 五年前、この都市で”何か”があった。街は破壊され、多くの死者が出ていた。しかし……あまりに非現実的だが、俺たち生存者は誰一人としてその”何か”を思い出せなかった。

 ごく普通の日常を送っていたはずが、次の瞬間には数週間もの未来の世界に飛ばされて、目の前には凄惨な光景が現実として転がってた……感覚としては、そうとしか形容のしようがない。

 記録にしてもそうだ。公的な日報にしろ個人的な日記にしろ、その期間に該当するページは全て白紙の状態だった。

 記憶にも、記録にも残っていない、有史以来類を見ない謎の空白期間。誰もが混乱し情報は錯綜する、まさに驚天動地、未曾有の大混乱だった。

 しかしそれでも日々を生き抜かないわけにはいかない。人々は混乱の中にありつつも逞しく復興に励み、支えあい……なんとか日常を取り戻した。何も思い出せぬまま、その事件すらも過去に置き去りにして……

 しかし過去を追い求めて止まない連中も当然存在した。俺の叔父にあたる人など特にそう。彼、大塚秀靖の手帳に自らの筆記で残されていた、たった二つの文字が彼を突き動かしていた。

 それこそが『巨影』。この聞きなれない謎の単語に叔父は運命的なインスピレーションを感じ、今日までその失われた記憶の正体を追い求めていた……俺を巻き込んで。つまるところ、俺もその連中の一員というわけだ。

 

『よう我が甥よ。どうだ、やっぱり俺の書き残したメッセージは正しかったな! ”巨影”だ! お前の奢りだぞ!』

 上機嫌な声がスピーカーを揺らし、思わず苦笑してしまう。通話相手か、それとも携帯にか興味を持った彼女は、お互いの髪が触れ合うかという距離にまで顔を近づけ、耳をそばだてていた。その距離に少しドギマギしながらも俺は会話を続ける。

「人のこと顎で使っておいて奢れとは、まったく立派な叔父ですな」

『そうとも、立派も立派。自慢しろよ、俺の叔父は世界でただ一人、巨影を知っていたんだとな!』

 最近は半信半疑だったくせに、とマイクを離して小声で呟くと、彼女が噴出した。

『まあ奢りは今度でいい。それより今すぐ来れるか? 今後について相談しておきたい』

「今から? 終電もなくなるよ。まあいいけど」

『お、なんだ話が早いな』

「俺も結構気が昂ってるのさ。このまま布団には潜れないよ」

『よしきた。じゃあオフィスで待ってるぜ』

「はいはい、叔父さんの自宅でね。じゃ」

 通話を終了すると、好奇心の輝きを湛えた彼女の目と視線がぶつかった。

「これが噂に聞く”けーたい”ですか! ほんとに遠くの人と話せるんですね!」

 どこに流れた噂なのだろう、と地球外生命体の情報網に若干の興味を抱くがここは流す。

「まあ、聞いての通り早速呼び出しだ。悪いけどこのまま行くぞ」

「はい、大丈夫です。カメさんの立派な仕事ぶり、応援します!」

「ありがと――待った、カメさんって?」

「人間って、親しい人にはあだ名っていうのを付けるんですよね? カメラマンだから、カメさんです」

 その愚直なセンスに物申したいのは山々だが、ボールを取ってきた犬のような目で見られては受け入れる他なかった。しかしその流れで今度は俺が彼女にニックネームを付ける運びになってしまった。彼女はこれまで名前らしい名前で呼ばれたことがないらしく、期待の籠った目で俺を見るものだから、ひどくプレッシャーを感じる。

 

 叔父の元へ向かう道中、電車の中でもうんうんと悩み、和名や英名を散々行き来した挙句、思いついたのは――

「じゃあ、ユーコなんてどうだい」

 人気のない車両内、携帯をいじるカップルと酔い潰れたサラリーマンに聞かれないよう囁くと、ふわふわと浮いて広告を眺めていた彼女は満面の笑みを見せた。

「ユーコ……ユーコ! 良い名前だと思います! そう、私はユーコですかぁ、ふふ」

 頬を染め、噛み締めるように自分の名を口にする彼女は……ユーコは、当初の印象より幼く見える。好奇心旺盛で天真爛漫、その辺りが彼女の本質なのかもしれない。

「ねえねえ、それってどんな由来なんですか?」

 真っ直ぐに俺を見つめる瞳の眩さに、俺は気まずさから顔を逸らす。

「いや、幽霊みたいだから、ユーコって、感じで……」

「えー、ちょっと安直じゃないですかー?」

 頬を可愛らしく膨らませる彼女に、カメさんの方がよほどだ、との言葉は飲み込んだ。

 地上出口から十分ほど、都心外れの住宅街といった様相の街並みを行き、見えてきたのは変哲もない八階建てのマンション。表通りに面しているが、周辺は夜になれば殆ど人通りはない。

 街灯の照る路地を歩いているとき、唐突に叔父からのメッセージは届いた。

『くるなかくれてるへんしんよせ』

 全身から血の気が引く感覚。ユーコも画面を覗き込んだ。

「カメさん、これは……!」

「どうも、まずそうだな」

 何があったのか、いや”何者が来た”のかは分からないが、切迫した状況は文面から見て取れる。そして恐らくそいつは、着信音も聞き取れるほど叔父に肉薄している。

 叔父の言う通り近づかずにいる方がいいのだろう。こちとら護身の心得もない素人だ。しかし……

「すまないユーコ、危険だとは思うんだが……」

「いいんです、行きましょうカメさん! 大塚さんって、大事な人なんですよね」

 俺が言葉を言い切る前に、強い口調でユーコに先んじられる。迷いなく俺の背を押してくれる彼女の言葉に、俺は頷いた。

「大事というか、腐れ縁というか……でも大事な縁だ。助けに行こう」

「はい!」

 そうして彼女を伴いマンションへと歩みを進める。窓明かりの漏れる静かなマンションが、今は闇夜にそびえる伏魔殿に見えた。

 

 エントランスが見えるまでに接近した時、既に異変は目に見える形で現れた。キーによる解錠を必要とする内ドアが閉まりかけ、しかし何かを挟んだことを感知し開く。これを延々と繰り返していた。端的に言えばその”何か”とは人間だった。いや、恐らく人間のはずだ、としか言いようがない。

 その人、恐らく住人と見られる壮年の彼は、目を驚愕に見開き、たじろいだ体勢でそこに”固まっていた”。作り物であることをどこかで祈りつつ、恐る恐る近づき観察してみるも、間違いなく人間そのもの。しかしパントマイムや芸の類ではない、呼吸も脈動も無い完全なる停止状態だった。

 一定のリズムで刻まれる無機質なモーター音が、俺の奥底に押し込めていた恐怖をふつふつと沸き上がらせる。

「なんだ、これは……!」

「どうやら死んでいるわけじゃなさそうです……仮死とも違う。こんな芸当、人間ではありえません……」

 冷静に分析を進めていた彼女が天井の一部を見つめ、己の体を抱いた。

「どうしたユーコ」

「なんでしょう、この感じ……何か、人以外の気配を感じます」

 ユーコがそう言う存在を、俺は一つしか思いつかなかった。

「まさか、巨影か?」

「分かりません。私もその巨影というものを見たことがないので……カメさん、これは思ったよりまずそうです。さっきはああ言いましたけど、引き返すのも手ですよ」

 先ほどまでの無邪気な子どものような一面とは違う、怜悧な思考。これもまた彼女の本質ではあるのだろうが、俺を見るその目が根底に流れる優しさを物語っていた。

「いや……行こう。ますます叔父さんが心配だ」

 俺は気と顔を引き締めユーコにそう言うが、彼女の不安げな表情は変わらなかった。

「今の私にできることは多くないです。実際に危険な目に合うあなたに、こんなことを言うのは身勝手ですが……どうか気をつけて」

 俺は大きく頷き、開閉を繰り返す自動ドアを抜け、叔父の部屋へと向かい始める。

 

 彼の部屋は最上階にある。エレベーターを使うのが最短ルートだが、いざという時に逃げ場のない閉鎖空間は忌避される。そこで俺は内階段を利用すべく階段室の戸を開くが、薄暗く心許ない照明に照らされる空間は、不気味の一言に尽きた。

「うう、ちくしょうビビるな俺……!」

 自らに喝を入れ上り始めると、ユーコが先導するように俺の前を飛び始めた。

「まず私が安全か確認するので、カメさんは後に続いてください」

「あ、そうか! やった、助かる!」

 小声で感謝を告げるが、状況と物理的接触が許せば抱きついて飛び上がりたいほど、心は大歓声で彼女を讃えている。この状況でクリアリングをせずに済むとは、なにが『できることは多くない』だ!

 ユーコの先導により俺は後方だけに注意を払い、冷静に階段を登っていく。物音一つしない内階段は俺の立てる物音をよく響かせる気がして、呼吸すら躊躇われた。

 このまま呆気なく到達できるか、と考えたとき、上階の扉が乱雑に開かれる音が響いた。心臓が喉元まで出かかった気がした。

「おい、誰だ!」

 階段を駆け下りてくる荒々しい足音へ叫ぶ。これで返事が無いようなら手近な階へ逃げようと想定していたが、狼狽した声がすぐに返された。

「誰かいるのか! た、助けてくれ!」

 ユーコを見ると小さく頷いたため一先ずそこで待つ。駆け下りてきたのは、以前も何度か見かけたことがある、マンションの管理人だった。彼は人に会えてよほど安心したのか、縋るように俺の肩を掴んだ。

「どうしました、上で何があったんです」

「ば、化け物だ! は、ハサミみたいな手で、みんな固まっちまった!」

「化け物、ハサミ?」

 今一つ要領を得ないが、少なくとも人間による犯行ではなさそうだ。

「とにかく落ち着いて、まず下に降りて通報を。そしたら――」

「カメさん後ろ!」

 ユーコの叫びで脊髄反射のように振り向くと、そこには明らかに人外と見て取れる謎の生物がいた。

 端的に表現すればそれは、二足歩行の昆虫の化け物。感情を映さない丸い目が光る、セミのような顔。頭部にはV字を描く謎の器官。そして最大の特徴はエビのような巨大なハサミ。全てにおいて異質極まりない、明らかな異生物。

 管理人が悲鳴を上げて上階へ逃げようとすると、その生物のハサミがこちらに向けられた。

「伏せて!」

 ユーコの声に我に返り咄嗟に伏せると、ハサミから発された赤い怪光線が頭上を通過し、管理人の背中に直撃した。すると彼はその姿勢のまま、エントランスで見たのと同じように完全に硬直化した。

 悪態をつき、俺は上階に向かって一気に駆けだした。

「なんだ、あいつは!」

「あれはバルタン星人! 宇宙忍者と評される異星人です!」

「知ってるのか!?」

「なぜか思い浮かんだんです!」

 それ以上問う余裕は無く、段飛ばしに階段を上り続けていると、背後から奇妙な声が――あざ笑うような独特の声が聞こえた。

 すると残像を後方に伸ばしたバルタン星人が、俺の横を通り抜けて、前方を塞ぐように瞬間移動してきた。踊り場に立った奴にハサミを向けられ、俺は瞬時の判断で身を横へずらす。

 降りかかった光線を紙一重で躱し、雄叫びを上げながらバルタン星人へタックルを見舞う。予想外に柔らかい感触に身の毛がよだつが、壁に背中を強打したバルタン星人は呻き声のようなものを漏らした後、スウっと溶けるように姿を消した。

 荒い息を漏らしながら周囲を警戒する俺に、ユーコが興奮した様子で話しかける。

「すごいですカメさん! まさか撃退してしまうとは!」

「まだ分からないだろ……! ハァ、とにかく、ここを離れよう」

 荒い呼吸を整えるのもそこそこに、俺は再び最上階を目指し階段を駆け上がった。

 




今回の選択肢

踊り場に立った奴にハサミを向けられ、俺は瞬時の判断で――
①右へ避ける→回避成功
②左へ避ける→回避成功
③上へ跳ぶ→人間そんなに跳べない。回避失敗
④バク転で避ける→回避はできるが振り出しに戻る
⑤そのまま突っ込む!→当然のように失敗



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stage2:帰ってきた我らの巨影 ②

 重い金属の扉をゆっくり開くと、廊下の中ほどに動かない人影を見る。銃を取り出そうとしたのか、腰に手を添えた姿勢のまま硬直している警官だった。

「叔父さんが通報したのか?」

 男性警官に近づき様子を窺う。これまでと同じようにバルタン星人の仕業だろう、引きつった表情のまま停止している。ふと、腰のホルスターに収められた回転式の拳銃が目に入った。気は引けるが緊急事態であるし、一時借用しようと手を伸ばす。

 脱落防止用のカールコードから外したそれは銃身が短く、しかし武器としての確かな重量を感じさせ、俺の心にかかる不安を少し和らげてくれた。

 引き金を止めていたゴムを外す。いつでも発砲できる状態の銃を片手に周囲を警戒しながら、廊下の最奥にある叔父の部屋の前まで来ると、まずはとゆっくりドアハンドルを引いてみる。カチャリと鳴ってドアは抵抗なく開き、俺はユーコに一つ視線を投げる。彼女が頷くのを見て徐々に戸を引き開くと、中は完全に消灯されており、廊下の照明を背負う俺の影が木目張りの廊下に伸びた。

 土間に叔父の靴は無いようだが、脱出できたのだろうか。俺は一つ唾を飲み込み、土足のまま慎重に踏み入ると、後ろ手に鍵を閉めた。

 ユーコは相変わらず斥候の役割を担ってくれる。物理的接触ができないことを利用し、浴室のドアに顔を透過させ内部をチェックしているが、傍から見ると少々ホラーチックな絵面だ。

 彼女は洋室を覗き見ると同時に声を上げる。

「うっ、これは……」

「なんだ、どうした!」

 声を潜めて聞くとユーコが振り向く。

「危険は無いようですが、ひどく荒らされています。部屋中メチャクチャです」

「なんだって!」

 急ぎ戸を開き、カーテンの隙間から街の明かりが僅かに差し込む部屋を、携帯のライトで照らす。そしてぐるりと見回して、一つため息を漏らす。

「ああユーコ、言いづらいんだけど、これでいつも通りなんだよ」

「ええ!? だって、こんなにメチャクチャですよ!?」

「身内として恥ずかしい限りだが」

 そう、叔父の部屋はいつだってメチャクチャなのだ。

 壁際に乱立する書棚、謎の機器に溢れるラック。床を縦横無尽に走るケーブルの川、散らばる本の森。パソコンやら書類やらで既にガラスが見えないガラステーブル。

 一人暮らしにしては広い十畳ほどの洋室は、今や見る影もなくせせこましい。ここを叔父は”オフィス”とのたまい、巨影に関する情報の収集や発信の拠点としてきた。

 元々荒れた部屋とは言え、損壊や捜索の痕跡は無さそうだが……ふと、机の下にある物が目に入り、手に取ってみる。

「これは……叔父さんのカメラか」

 叔父が前々から大事にしてきた、少々古い型のデジタル一眼レフカメラ。ライトに浅く浮かび上がる傷が年季を感じさせる。外出に際してこれを持ち歩かないということは無いはずだ。俺は叔父の無事を信じ、次に会った時に渡そうと、そのカメラを首にかけた。

 いくつかの違和感を覚えるものの、一先ずの安全が分かったところで明かりを点けようとスイッチを押すが、反応がない。ブレーカーが落ちているのかと、分電盤を操作しに玄関へ向かおうとしたその時、ドアが外部から激しく揺さぶられた。

 静まり返っていた部屋にけたたましく響く、鍵のボルトが打ち付けられる音。その中に僅かに混ざって聞こえるのは、あのバルタン星人の特徴的な声。激しく動悸する心臓に急かされ、隠れ場所を探し部屋を見回す。目についたのは……

「ベランダに隠れよう!」

 外に出ると迅速に窓を閉め、ベランダ末端の手すりに身を寄せる。間もなく、これまでとは明らかに違う致命的な破壊音が聞こえ、歪んだドアが軋みを上げて開かれた。

 バルタン星人の声、そして足音がゆっくりと洋室に向かってくる。俺は指先の震えを感じながら、拳銃のトリガーに指をかけた。

「カメさん、恐らく銃は有効打になりません。なんとか逃げられませんか」

 ユーコの囁き声に俺も声を潜めて返す。

「なんとかって、言われてもな……」

 隣部屋との隔て板を蹴破って逃げようかと考えたが、その音で確実に気づかれる。一瞬でもモタつけば背後から撃たれるだろう。

「下の階には降りられませんか?」

「ここには避難梯子もない、無理だ」

 手すりはコンクリートの立ち上がり。これが鉄柵ならベランダの縁に手をかけて降りることもできただろう。もちろん命がけにはなるが。

「なら上は、屋上はどうです」

「屋上か……」

 手すりにもたれ掛かりベランダを覆うひさしを見上げる。縦横幅はベランダと全く同じ、厚みはそれなりにあるが手すりに立って手を伸ばせばなんとか届くかもしれない。

 しかし地上を見下ろし唾を飲み込む。一軒家の屋根が遥か下方にあるという、日常とは逸脱した視界に心が怖気づくのを感じる。この道も一歩間違えば真っ逆さまの命がけには違いなかった。

 そうこう逡巡している内にバルタン星人は洋室に踏み込んだようで、物音は明らかに近くなった。俺はいよいよ覚悟を決め、拳銃をポケットにねじ込み、コンクリートの手すりに乗り上げる。壁に手をつきながら立ち上がるが、足元を見れば当然、はみ出たつま先の遥か下方も視界に入るわけで、背中にじわりと冷汗が浮き出るのを感じながら、慎重にひさしの縁へと手を伸ばした。

 しかし実際に立って見て分かる、明らかな尺不足。俺の指先はひさしの上辺の二十センチほど下で伸び切っていた。

「カメさん、もっと手を伸ばしてください!」

 この子、俺を軟体動物か何かと勘違いしているんじゃないか――などと愚痴ってはいられない。姿勢を内向きにするために一旦屈むと、危機感からくるものか、ベランダ全域が赤い警戒色に染まっていくように見えた。

 その瞬間、全身に粟立つ感覚。俺の第六感的な部分がこの空間に対しけたたましく警鐘を鳴らす。気持ちばかりが逸る俺に、頭上から掠れた囁き声がかけられた。

「おい、手を伸ばせ!」

 見上げれば、伏せた姿勢でこちらに右手を伸ばす髭面の男。俺の探していた人物に間違いなかった。

「叔父さん!」

 手すりの上で再び立ち上がり、俺たちはお互いの手首を掴みあう。

「せーので引くからな、同時に踏み切れ。ビビんなよ!」

「分かってるよ……!」

 当然恐怖はあるが、しかし先ほど見た赤い警戒色が忘れられない。生存の道はここにしかないと確信できた。

「いいか、いくぞ! せー……!」

 

 ガラスが荒々しく破られ、バルタン星人の声が鮮明に聞こえ始めた。奴が見まわしているだろうベランダに、しかし人影は見当たらないはずだ。

 俺と叔父はベランダを覆うひさしの上に伏せ、乱れる呼吸を必死に抑えて耳を澄ませていた。俺が完全に引き上げられた瞬間だった。あと一歩遅ければ見つかっていただろう。

 ガラスを踏みしめる音はすぐ傍で鳴っているようで、自分の真下にあのバルタン星人がいるのだと否が応にも実感できる。

 早くどこかへ行ってくれと祈り続けていると、やがてガラスを踏む音は消えた。ひさしに頭から突っ込んで偵察していたユーコが顔を上げた。

「消えました、逃げ切りましたよカメさん!」

 風船が萎むように全身の力が抜けていき、大きく息を吐いた。叔父も同様だ。

「いなくなったのか?」

「みたいだ。とりあえず屋上に移ろう」

 柵すらない屋上に移り夜空を見上げる。いつの間にか雲は晴れ、都会らしい濃紺の空に、まばらに散った星々が瞬いていた。冷たく湿った空気を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「ああ、生きてるって素晴らし、痛っ」

 後ろから頭をはたかれた。

「素晴らしい、じゃねえよバカ。来るなって言っただろうが」

「それは悪かったけど、あの内容で放っておけるわけないだろ」

「ハァ、お前のそういうクソ真面目なところを忘れてたな」

 大きくため息をついた叔父さんは、屋上の地べたにどっかりと腰を下ろした。

「で、お前あいつのこと知ってるか」

「いや全く。思い出せないのか、それとも五年前にはいなかったのか」

「俺は後者だと思うね。見たことのある巨影なら思い出せる。少なくとも俺なら絶対だ」

 自信満々の笑みを浮かべ、叔父は自身の側頭部を指先で叩く。さすが件の災害の研究第一人者だけある物言いだ。もっとも、公的なものではなくマニアたちの同人的な活動の上での名声だが。

「叔父さん、事の経緯を話してくれ。俺と電話した後、何があった」

「ああ、お前と電話した後トイレに行ってな。その途中で電気が消えた」

「そうか、それもあいつが……!」

「いや普通にブレーカーが落ちた」

 思わずずっこけた。

「まあ、叔父さんの家じゃよくあることか……」

「そうそう。特に今日は記憶の件で方々の同志と連絡を取り合ってたし、機材も動かしてたからな。そこまでは普段通りだったが……廊下に出てベランダをふと見ると、アレがいた」

 アレとはつまり、バルタン星人だろう。

「見つかりはしなかったが、俺は一目でヤバいと感じてな。さっと身を隠すと、あいつ部屋に入って来やがった」

「鍵閉めろっていつも言ってるだろ」

「もう充分後悔したよ。で、警察に通報して、ついでにお前に連絡した。通報は声を出すわけにもいかねえから無言電話だ。そうすりゃ近場の交番から様子見に来るだろ?」

「でもその警官も……」

「ああ、妙な光線でイチコロだ。一緒に来た管理人が泡食って逃げ出すと、あのバケモンがスっと消えた。扉の隙間からそれを見てた俺はその隙に逃げようと階段室に入った。すると下から管理人とお前の声、それにバケモンの声が聞こえてくるじゃねえか。そこで俺は迷わず――」

「逃げたんだろ、屋上に」

 若干の恨みを込めて睨むと、叔父は悪びれもせず腕を組み胸を張った。

「当たり前だろ。お前の代わりはいくらでもいるがな、俺の代わりなんて誰にも務まらねえのさ」

 そう言ってニヤリと笑う彼は一見とんだ悪党だが、先ほどまでの懸命な態度を見れば印象も変わるというもの。この憎まれ口も俺たちなりのコミュニケーションなのだ、が。

「なんですかこの人! カメさんが必死に助けに来たのにー!」

 叔父の人となりを知らないユーコは彼の頭上で怒気を発していた。まあ少なからず同感なので諫めるべきかどうか迷ったが、近づいてくるサイレンの音に意識が移る。

「お、ようやく応援が到着しやがったな」

 叔父と共に屋上の端から通りを見下ろすと、すぐに数台のパトカーがマンション前に乗り付けてきた。

「これで何とか逃げられるかもな。射殺されたバケモンの写真でも撮るか」

「あ、そうだ。これ返しとくよ。カメラマンがカメラ忘れるなよ」

 部屋で見つけたカメラを差し出すが、叔父は受け取らなかった。

「ああ、それはもうお前にやるよ。今日は元よりそのつもりだったんだ」

「え、それって……」

「お前ももう成長した。これからは立派にカメラマンとして活動してもらうぞ」

 ようやく一人前と認められたようで、肩に置かれた叔父の手が嬉しかった。

「ありがとう。でもいいの? このカメラ大事にしてただろ」

「いいんだよ、ほれ。俺のあったらしいカメラだぜ!」

 叔父が傍らのカメラバッグから新品のカメラを取り出した。屋上に謎のバッグがあるとは思っていたが、叔父は抜け目なくそれを持って避難していたらしい。

「それにマジな話、これからは猫の手でも借りたいほど忙しくなるからな。お前にも動いてもらうぞ」

「これから? それはどういう――」

「カメさん!」

 穏やかに弛緩していた空気は、ユーコの叫びによって霧散した。咄嗟に振り返ると、ペントハウスの影に一対の黄色い眼球が蠢いていた。くぐもった笑い声と共に、バルタン星人がゆっくりと月光の下に歩み出る。

 怯む俺とは対照的に、叔父はここぞとばかりに新品のカメラで連写し始める。

「叔父さん、撮ってる場合じゃないだろ!」

「馬鹿野郎もう撮るしかねえだろ!」

 どうやら破れかぶれの行動らしい。バルタン星人は肩を揺らし俺たちを嘲笑しているようだった。ここで俺はポケットに収めた拳銃の存在をようやく思い出し、少し布地に引っ掛かりながらも取り出して両手で構える。

 銃知識に明るくはないが、撃鉄を起こした状態からトリガーを引くシングルアクションと、寝た状態から引くダブルアクションがあること、そしてシングルアクションの方が精密射撃に長けることは知っていた。

 力が入っているのか予想以上に軽い撃鉄を引き、片目を瞑り照準を合わせる。バルタン星人は油断しているのか、それとも拳銃など脅威にもならないのか、両手のハサミを上げて挑発するように笑っていた。

 息を止めトリガーを引くと、腕を弾き飛ばされそうになるほどの衝撃、そして横隔膜まで響くような発砲音が全身を貫いた。しかし狙いが甘かったかペントハウスの壁に一瞬火花が散るに留まった。

「おいおい、お前そんなもん持ってやがったのか!」

 叔父が引いた笑い声で話しかけるが、それに答える余裕は無い。バルタン星人が振り返り着弾点を見ている隙に再び撃鉄を引き、狙いを定める。そして奴がこちらに向き直った瞬間トリガーを引くと、その弾丸が当たることを俺は確信した。

 次に聞こえるのはバルタン星人の悲鳴……と思っていたが、銃弾はどこに着弾することもなく夜の闇に消えた。対象のバルタン星人そのものが一瞬にして消えたからだ。

「な、なんだ、やったのか?」

 叔父さんが周囲を警戒しながら聞くが、そんなことは俺だって分からない。ちらりとユーコを見ると首を横に振っていた。

 その時、俺たちと月の間に何かが立ちふさがり、巨大な影に包み込まれる。

「うおおおぉっ! こいつは!」

「これが、カメさんたちの言っていた……!」

「巨、影……」

 俺たちの見上げる先で、巨大化したバルタン星人の上半身が夜空を覆い隠していた。その声は映画館で聞く重低音のようにズシリと響き、威圧によって俺たちの体の自由を奪い去る。

「うおおおおっ!」

 もはや狙いを定める必要もなく、雄叫びを上げ銃のトリガーをデタラメに引きまくる。しかし事ここに至ってはこんな豆鉄砲でどうにかなるものではない。着弾したかも測れないほど、まるで動じないバルタン星人に銃口を向けたまま、拳銃はその全弾を撃ち切った。

 その時、バルタン星人の足元の道路からも複数の銃声が響く。駆け付けた警察官らが突然現れたバルタン星人に発砲しているらしいが、当然何の効果も無いだろう。

 しかしバルタン星人は彼らを疎ましく思ったのか、体の向きを変え通りを正面に据えると、両のハサミを足元に向けた。これから起こることを想像し、俺の体はマンションの端、バルタン星人の間近まで無意識の内に走り寄っていた。

「逃げろォ! 早く通りから――」

 道路へ向けた俺の声はバルタン星人のハサミから発射された光弾により掻き消された。爆炎と共に吹き出す熱風が俺の顔に照りつけ、轟音が全ての情報を上回り押し寄せる。道路は手前から奥へ次々に爆破されていき、アスファルトが捲れ上がっていく。

 攻撃が止んだ後に残っていたのは剥き出しになった土のクレーター、そして車の残骸と爆破され炎上する通り沿いの建物。きっとその中には……

 思わず顔を逸らしそうになった時、頭上の動きを察知し見上げると、バルタン星人も俺を見下ろしていた。

「おい、こっちへ来い! 下がれ!」

「カメさん、逃げて!」

 叔父の声が背中にかけられ、ユーコは掴めない俺の腕を必死に掴もうとしていた。しかし俺は一歩も動かない。今更逃げたところでどうにもならない。圧倒的な質量差、破壊力、全てにおいて常識の埒外の存在――”巨影”に、俺は一種の諦観のようなものを抱き、いっそのことと睨み返していた。

 バルタン星人の巨大なハサミの先端が俺に向けられ、その奥に白い光が見えた。

 その時だった。

 俺とバルタン星人の間に割り入るように、一筋の光が夜空に伸びた。徐々に範囲と光量を増していく光はバルタン星人を吹っ飛ばし、やがてそれは巨大な人の形をとった。叔父が歓声をあげるように叫ぶ。

「そうだ、思い出した! 巨影たちは全てが敵じゃない、俺たちを守ってくれる奴らもいた! 今回も来た、帰ってきた!」

 銀と赤の艶めく体表、闇の中で輝く瞳、胸の中心の青いランプ。そうだ、俺も彼を知っている。彼の名を知っている。

「来たぞ我らの!」

「ウルトラマン……」

 光の巨人――ウルトラマンは、庇うように俺たちに背を向け、腰を落とし臨戦態勢をとった。彼の雄々しい気合が夜の街に木霊した。




サブタイでは“帰ってきた”とか言ってますけど、今回登場したのは初代マンを想定しています。



今回の選択肢

隠れ場所を探し部屋を見回す。目についたのは……
①ベランダに隠れよう!→本編通り。最適解
②クローゼットに隠れよう!→次にどう動くか、再び選択肢。それ次第では死ぬ
③本の森に紛れよう!→ホラーじみた演出を挟み死ぬ
④逃げも隠れもしねえ!打って出る!→恥ずかしいくらいあっさり死ぬ


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stage2:帰ってきた我らの巨影 ③

 吹き飛ばされたバルタン星人はいくつもの家屋を巻き込み転倒していたが、残像をその場に残しヌラリと立ち上がった。そしてまたも両のハサミを構えると、ウルトラマンとその背後に位置する俺たちに向かって無数の光弾を発射した。

 思わず顔を覆うが、ウルトラマンが宙をなぞると、その形に壁のようなバリアが発生し、光弾は全て跳ね返された。反射した光弾はバルタン星人を襲い、爆炎と黒煙によって姿が見えなくなる。

「おい、ボーっとしてんじゃねえ! お前も撮れ、撮れ!」

 俺と同じ位置まで前進してきた叔父は、ウルトラマンの背中に向かって幾度となくシャッターを切る。俺もそれに倣いカメラを構え、炎と黒煙に包まれる街、そしてバルタンのいる方向を写真に納めていく。

 ウルトラマンは未だ戦闘体勢だが、なかなか姿を見せないバルタン星人の生死が気になり、俺はファインダーを覗き込んだままユーコに聞く。

「ユーコ、バルタン星人はどうした。やったのか?」

「いえ、まだです……来ます!」

 その声と同時に、黒煙を切り裂いてバルタン星人が走り寄ってきた。地震のような振動が一歩ごとに内臓を跳ね上げる。二体の衝突を撮り逃すまいと、シャッターボタンにかける指に力が入る。

 バルタン星人の振り上げたハサミをウルトラマンは平手で弾き、懐に潜って突進の勢いを押し殺した。鈍い轟音が辺り一帯に響き、風圧で前髪が揺れる。

 ウルトラマンはすかさず手刀を首元へ叩き込んで怯ませると、押しやるように前蹴りを放った。バルタン星人は堪らず数歩後退し、後方のビルに腰を打ち付けもたれ掛かる。

「ハハ、すげえ、すげえ! これを待ってたんだよ俺は!」

 叔父が子どものように興奮して叫んでいるが、口にこそ出さないものの俺も同感だ。叔父の仮定した巨大生命体による災害という事象が、まさに今目の前で繰り広げられている。その圧倒的なスケールと迫力に俺も魅了されていた。

 ウルトラマンが一歩踏み出すと、バルタン星人が一瞬にして消える。

「おい、どこに消えた!」

 辺りを見回す俺や叔父と同様、ウルトラマンも素早く周囲へ視線を配り警戒している。最初にそれを発見したのは俺だった。

「上だ!」

 ウルトラマンが俺の声に反応し構えをとろうとするが、それよりも速く降下してきたバルタン星人が彼に衝突した。衝撃は空気を伝わり、凄まじい暴風が屋上に吹き荒れる。

 ウルトラマンは砂埃を巻き上げながら道路に倒れ込み、バルタン星人は再び上昇して夜空を旋回し始めた。

「くそ、あいつ空まで飛べるのか!」

 身を起こしカメラを構え、旋回するバルタン星人をレンズの中央に捉えようと追う。やがてウルトラマンも立ち上がり、バルタン星人を目で追いつつ体の向きを変えていた。

 やがてバルタン星人は下降と共に加速を始め、俺たちから見て横合いの上空から襲い掛かってきた。ウルトラマンは両腕を胸の前で水平に構えると、その手に丸ノコのような形の青白い光輪を作り出して投擲した。

 高速で放たれた光輪はバルタン星人の頭から正中線を一刀両断し、一拍遅れてその体はくす玉のように真っ二つに裂けた。

 やった、と思うのも束の間、両断されたバルタン星人の巨体は慣性と重力に従って落下してくる。片方は俺たちのいるマンションに向かって。

「おいおいおい!」

 叔父の取り乱した声が聞こえるものの、同時にシャッターを切る音も聞こえる。この状況にあって撮影を続けられるとはさすがの筋金入りだ。

 俺にはそんな真似はできず、落ちてくるバルタン星人の半身をただ眺めていたが、視界の端から飛び込んできた青白い光線にそれは穿たれ、頭上で爆発した。

 打ち付ける風圧から身を守りながらウルトラマンを見やる。彼は右手首に左手を添える構えから再び光線を発射し、もう片方の半身も落下前に爆破した。

 花火の後のような残響が消えると、途端に辺りは静寂に包まれる。しかしその中からか微かに家屋の燃える音が聞こえてくる。赤い炎をつるりとした銀の顔に映したウルトラマンは、火災発生個所に腕を突き出し、指先から水流を発生させて瞬く間に消火していった。

 その姿を撮影しながら、俺はヒーローという存在に感銘を受けていた。このウルトラマンは間違いなく人類に与してくれている。その心強さ、頼もしさが、涙が出るほど嬉しかった。

 やがて完全に鎮火したことを確認すると、ウルトラマンは俺たちに向き直った。俺は思わずといった形で言葉を紡ぎ出した。

「ありがとう、ウルトラマン……」

「ありがとよ。あんたのことは悪くは書かないぜ」

 少し傲岸な態度ではあるが、叔父はこれでも最大級の感謝をしているのだ。それを分かってくれたのか、ウルトラマンもゆっくりと頷いてくれた。

 彼は天上を見上げ膝を曲げると、掛け声と共に飛び立って夜空の中に消えた。

 

 すぐにでも行動したい俺たちは警察の捜査によって拘束されることを嫌い、最低限の荷物を持ち出して近場のビジネスホテルで一夜を明かすことにした。出立前の大盤振る舞い、と言うには大げさだが、常に金欠の叔父にしては珍しく二部屋分の料金をドンと支払ってくれた。

 就寝前に俺の部屋で今後についての打ち合わせがされる。ベッドの端に腰掛けた叔父は二枚の写真をシーツの上に放り投げた。

「同志から寄せられた二つの巨影情報だ。一つはお前も知ってる。俺は写真を見たとき完全に思い出したぜ」

 ベッドの中央に胡坐をかきながらその写真を見る。どこかの百貨店らしき建物の屋上を破壊し、巨大な蕾のようなものが根を張っていた。その時、甲高い耳鳴りのようなものが頭を貫き、一瞬たじろぐ。そしてフラッシュバックする失われた記憶の数々。そうだ、これは……

「草、体。これはレギオンの草体だ」

「その通り。ウルトラマンの時と同じ、やっぱり“見る”ことが記憶のトリガーだな」

 蘇った記憶によれば、これはレギオンという巨影によって発生したもの。放っておけば大爆発を引き起こす危険極まりないものだったはずだ。しかし人の手による排除は、これを守るレギオンたちに阻まれ困難だったはず。

「肝心のレギオンが思い出せない……見なくてはダメか」

「だろうな。で、もう一つはそいつだ」

 その写真はどこかの湖で撮られたものらしく、山に囲まれた水面の中心、そこに巨大なシルエットが浮かび上がっていた。人のようにも見えるが、それにしては歪で、どちらかと言えばこれも植物のようにも見えた。しかし夜の湖では光源に乏しく、判別は難しそうだった。

「これは分からないな……よく見えないから思い出せないってことは?」

「それもあるかもしれん。だからお前、こっちを撮ってこい。俺は草体の方をあたる」

「危なくない? そっちが爆発することは覚えてる?」

「もちろん。だが危険を恐れて巨影が追えるかってんだ」

 叔父の啖呵に俺も頷く。

「それにこれは予感、いや予言としておくが、危険じゃない巨影なんかいねえはずだ。お前も充分気をつけろよ」

 これにも首肯すると話は進み、ベッド上に地図を広げながら、二つの巨影の発生地点について意見が交わされた。

「今いる首都から北上して俺は草体へ、お前は西へ向かい湖へ。こうして見ると結構離れてるな」

「もし両者が同じ植物系としても相関性は無いのかも。……叔父さんの方が遠いのか」

「おお、そうだよな。じゃあやっぱり――」

「だが車は一台だけ」

 俺たちの間に緊張感が走り、お互いが相手の出方を窺うような微妙な空気が流れる。

「俺の方は山に囲まれたカルデラ湖、公共交通のアクセスが悪い。叔父さんの方は高速鉄道が乗り入れてるよね」

「だが遠いのは俺だし、いざというとき避難できる足がねえのは怖えなあ」

「危険はどちらも同じ、だよね? 第一、規制線が張られてそんなに近づけないに決まってる」

「掻い潜るに何がいるか? それは足だよ、あ・し」

 次第にヒートアップしていく不毛な議論。

「そもそもあの社用車は大部分が俺の金だろうが」

「俺も出資した。で、仕事を頼めるようになったら共用するって約束した」

「まだ結果も出してねえひよっこがナマ言うな。俺には車が必要だ」

「そんなの俺も同じだ」

 お互い一歩も譲らず平行線を辿り、叔父は溜め息をついて話を一旦打ち切った。

「分かった分かった、これは明日の朝決めよう。お互いそろそろ眠らねえと持たねえぞ」

 時計を見れば確かに、すっかり真夜中と言える時間帯になっていた。俺も一時休戦を受け入れ、今は体を休めることに賛同したのだった。

 

 叔父が自分の部屋に戻った後、明かりの消えた照明を見つめていると、まさしく幽霊のようなユーコが天井付近に現れた。

「ユーコ、途中からずっと奥に引っ込んでたな。どうしたんだ?」

「なんでしょう……ウルトラマンに見られたとき、何か、いやーな感じがしたんですよね」

「嫌な? ウルトラマンが?」

 全く理解しがたい感覚に首を傾げるが、ユーコは首を横に振った。

「今思い返すと自分でも不思議なので、気のせいかもですけど。あ、あと大塚さんはただ苦手なだけです」

 本当に嫌そうな顔をして言うものだから、俺は少し噴出してしまう。大人らしい美貌を持ちながら、感情の現れ方が幼子のような彼女は見ていて飽きが来ない。

「それより、もう寝た方がいいのでは? 明日も早いんでしょう」

「そうなんだけど、なかなか興奮が抜けなくてさ……。なあユーコ、キミはあの写真の影、何か分からない?」

 ユーコは腕を組みながら空中で逆さになって思考にふけった。

「いいえ。どうも、私に湧いてくる謎知識は直接目にしないと駄目みたいです。草体っていうのもサッパリでした」

「そうか。キミのその知識の出どころもよく分からないなあ」

「私もそうです。ただ思い浮かぶだけなので」

 二人してうんうんと唸っていると、ユーコは思い出したように「あ」と声を上げた。

「どうした?」

「いえ、話題が変わるんですが、確か人って眠れない時に歌ってもらう習慣がありますよね。カメさんが眠れないなら歌って差し上げようかなと」

 嬉しそうに喉の調子を確かめる彼女に、俺は嫌な予感をひしひしと感じていた。なぜこんな微妙な知識ばかり持っているのだろう。

「それって、子守歌ってこと?」

「ああ、そうですそれ」

「冗談! 俺をいくつだと思ってるんだよ」

 背を向けるように横向きになった俺に、彼女は残念そうに抗議した。

「えー、なんでですか。どうせ寝れないなら一曲だけでも聞いてくださいよ」

「目的を見失ってるぞオイ。そもそも、キミ歌なんて知ってるのか」

「はい、又聞きですけど地球の歌も知ってますよ! では早速……」

 誰を中間に挟んだ又聞きかは気にかかったが、もはや問答は不要とばかりに歌い始める彼女を、もう止めることはしなかった。心底楽しそうにして歌い始めたメロディーは思いのほか切なげで、まろやかに透き通る彼女の声も相まって、次第に瞼が重くなっていく。

 地球外言語なのか、それとも又聞きでうろ覚えなのか、歌詞はまるで聞き取れなかったが、どこか聞き覚えのある曲調だった。もしかしたら俺も知っている曲なのかな、などと考えながら、クッションに沈み込むように意識は沈殿していった。

 

 翌朝、待てど暮らせど現れない寝坊助の叔父を叩き起こしに部屋へ行くと、既に清掃係が掃除を始めているところだった。清掃員のおばさんは、机に置かれていたという封筒と手紙を唖然としている俺に押しつけ、部屋の戸を閉めた。

『我が甥へ

 若いうちの苦労は買ってでもしろという。しかし俺はその苦労をお前へ売ってやろうというのだ。以上、健闘を祈る。呪ったりするなよ。

p.s. 撮った写真はちゃんとクラウドに保存しとけよ』

 茫然自失のまま封筒をひっくり返すと、滑り落ちた五百円玉が床に転がり、一枚の千円札は木の葉のようにひらひらと揺れて落ちた。

 徐々に力の籠っていく手が封筒と手紙をグシャグシャに握り潰し、目には涙さえ浮かんできた。

「俺が今までどんな思いを……若者の熱意と善意を弄びやがって、あのクソ中年……!」

「カメさんかわいそー……」

「呪ってやるぅぅぅぅ!」

 腹の底から噴き出した怨嗟の叫びは、ホテルの廊下に空しく響き渡った。

 




 巨影都市の“逃げ惑う一般人”というコンセプトは良いんですが、逃げるときは当然背を向けるわけで、巨影という折角の大物タレントたちが画面に映りにくいんですよね。そういう意味で劇中最も巨影に沈む都市を楽しんでいたのはカメラマンたちだと思うんです。車の屋根に立ってゴジラを撮影していた彼とか特に。
 そこで提言したいのが主人公カメラマン設定です。この設定さえあれば巨影を追って画面の中央に捉えることが自然になります。いわば「巨影スナップ」です。64にあったでしょう「〇ケモンスナップ」。あれみたいなゲーム性がぴったりだと思うんです。


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stage3:湖に咲く巨影 ①

 コンビニでおにぎり二個とお茶だけの寂しい朝食を買うと、行儀は悪いが店先の駐車場の端に座り込み、がっつくようにして食べる。いわゆるやけ食いというやつで、俺の怒りに沈静化の目途は立っていない。

「大体あの人はいっつもこうだ、自分だけおいしいところ持っていきやがるんだクソォ」

「あのーカメさん、そろそろお控えになった方が……さっきからお客さんにチラチラ見られてますよ」

「いいんだよ見せとけ見せとけ、哀れで愚かな男の無様をさぁ」

 今の俺に取り付く島は無いと見たか、ユーコは溜め息をつき、駐車場に停められているセダン車に目を向けた。

「そんなにこの、車っていうのに乗りたいんですか? 電車でも行けるんでしょう?」

「途中でバスに乗り換える必要があるし、何より! 千五百円ぽっちでどこへ行けるかってんだ、あの畜生が!」

 また怒りがぶり返す俺に、ユーコは顎に指を当てながら言った。

「私、たぶん車になれますよ」

「おーなってくれなってくれ、それで俺を攫ってくれ。ハァ、気持ちだけもらっておくよ」

 ユーコの発言を軽くいなし、ラッパ飲みに茶を飲み干すと、ユーコの姿が消えていた。うじうじと拗ねる俺に愛想を尽かしてしまったかと悔やみ、中空に向け頭を下げる。

「ユーコ、悪かったよ。もう切り替える」

 返ってこない声に不安が増し、頭を上げる。

「ユーコ?」

「ここですカメさん、私です」

 声のする方を見ると、そこには単なるセダン車が……二台並んでいた。間に鏡でも置かれているかのように、二台は車種も色も全く同じだ。

「ん、んん?」

「左が私ですよ。ちょっと真似してみました」

 俺の耳と気が確かなら、その声は明らかに車が発したように思えた。カートゥーンアニメにでも迷い込んだような気分で、俺はその声がした車のボディに触れた。

「こ、こっち?」

「そうです。あんまり感触無いですけど、今触ってるのが私です」

 平然と起こった超常現象に俺は一瞬気が遠くなる。

「とりあえず、戻ってくれる?」

「え? はい」

 車が姿を消し彼女に変わる。

「……全く理屈が分からん」

「私もよく分からないんですけど、私ってこの星の機械と結構相性が良いみたいです。中に入って観察できますし、真似すれば物質として存在できるみたいです」

 あんまりな内容に目頭を押さえていると、コンビニからスーツ姿の客が慌ただしく飛び出してきた。

「い、今私の車が二つになってなかった?」

「あー、お疲れなんですよ。運転の際はお気をつけて。それじゃ」

 痛む頭を押さえながら適当にはぐらかすと、俺は駆け足でそのコンビニを去った。

 

 やがて落ち着くと、俺はむしろ高揚感に溢れかえり、歩調はスキップを刻みそうになる。しかしユーコは不安げな声で聞いた。

「あの、私じゃお役には立てませんか……?」俺は即座に否定した。

「ユーコ、はっきり言ってキミは最高だ、本当に! 車だけでなく、機械に? ああ、キミって天から遣わされた天使とかじゃないだろうな?」

 クサい言葉も、傍からすれば一人芝居をしている痛い奴に見えることも気にならず、思いつく限りユーコを褒め称える。実際、それだけの価値が彼女の能力にはある。

 ユーコも褒められて気分を良くしたのか、胸を張って得意げに笑った。俺はその無防備に強調された胸から目を逸らした。

「へへーん、そうでしょう! もっと頼ってくださっていいんですからね! それじゃあ早速……」「待った!」

 意気揚々と変身しようとする彼女に掌を突き出し制止する。

「良いこと思いついた。せっかくだから、一つ頼むよ」

 

 近場のカーディーラーに立ち寄る。しかも単なるカーディーラーではなく、高級車専門の、だ。

「いらっしゃいませ。何か気になる車種はございますか?」

 店内を見て回っていると、髪も服装もびしっと決まった、まさしく高級車を扱うに相応しい風貌の店員が、物腰柔らかに声をかけてきた。今の俺のような身なりなら普通は冷やかしだと判断するだろうが、今は朝早い時間で他に客もいないため話しかけてみたのだろう。

「いや、近々友人からおたくのメーカーの車を譲り受けるので、その下見にですね」

 購買意思は無いと打ち明けるがさすがに訓練が行き届いており、彼は嫌な顔一つせずに答える。

「それはなんとも、豪気なご友人で。車種はどちらになりますか」

「ええ。その前に聞きたいんですが、これってどういう車なんですか?」

 は? と、意図を図りかねたように彼は一瞬怪訝な顔をするが、俺が笑顔で促すと疑念は一先ず置いたか、示された車について朗々と語り始めた。

「元は当時として類を見ないロータリーエンジンの傑作車ですが、これはその復刻版になります。外装と内装はほぼ再現されていますが、エンジンを含め内容は完全に最新式。ハイブリッド化によりロータリーエンジンの弱点を克服し――」

 云々と続いたが、専門性の高い説明は馬耳東風、素人にとって何より大事なのはパッと見のフィーリングだ、と言い切ってしまおう。

「うん、良いですねこれ」

「そうですか。それであの、結局譲渡されるのはこの車種なんですか?」

 商売っ気なしの純粋な質問という感じだったので、笑顔で返す。

「そうですね。()()()()()()と思います」

「これにしようって――ははあ、凄いご友人ですね。我々足を向けて寝れません」

「ええ、凄い友人なんですよ、彼女」

 車体を軽く撫でながら、そこに溶け込むように消えた“彼女”を褒めそやした。

 

 白のラインが走るキャロットオレンジの車体が太陽を映し輝いている。まさにネオクラシカルといった独特の流線型を描くボディ。重心は低く振動は極小、走るというより飛ぶ感じ。

 ルーフを開き、爽快に晴れ渡った海岸沿いの自動車道を快調に飛ばせば、俺の心を覆っていた恨みつらみも晴れ渡る。

 調子に乗って買ったサングラスに青空を映し、車外へ放り出した手で有線から流れるゴキゲンなナンバーにリズムをとれば、見た目はまさに馬鹿丸出し。しかし有頂天極まる俺には恥も外聞も無いようなものだった。

「カメさんどうですか、私の乗り心地は!」

「もう最高だな! でもその言い方はやめろ」

 首都を離れ快調に道を行く俺たちだったが、目的地に近づいてきた頃、対向車線が平時より多分に混み合っているのが見て取れた。

「向こうは随分混んでますね」

「観光客だろうな。これから行く湖の周辺は有名なレジャースポットなんだ。でも巨影のことを昨夜に突然思い出して、早速あれが現れたとなれば、みんな観光どころじゃないさ」

「でも、まだ動きはないんですよね。湖の巨影」

「ないけど、ニュースで散々流れてる映像からみんな草体を思い出したんだ。同じ植物系ってところで混同しているんだろう」

「爆発するかもしれないって?」

「ああ。もっとも、それが間違いとは言い切れないけどな。なんせ五年前には見たこともない巨影だ、誰も正体を知らない」

 排気音が一つ唸りを上げる。この手の現象はユーコの気分思考と密接に関係しているらしい。

「なら私の謎知識の出番ですね! 任せてください!」

「まあ、あまり張り切りすぎないでくれ。正体が分かっても大々的に公表するわけにもいかないし」

「え、なんでですか?」

「なんでって、俺は一介のカメラマンだぞ。詳細な情報を垂れ流せば疑われるだろ、色んな所から。今は良い軌道に乗っているんだ、余計な面倒ごとは抱え込みたくない」

 良い軌道、というのは、世間からの注目度についてだ。叔父の開設した巨影に関するホームページは、つい先日までは奇怪な都市伝説を垂れ流すオカルトサイトと認識されていただろうが――それも極々一部のマニアから、という注釈がつく――今やそのアクセス数はうなぎ登りに上昇している。

 叔父の提唱していた説が概ね肯定されたうえ、ウルトラマンとバルタン星人の対決を超至近距離から撮影した独自映像と写真の数々。サイト運営を同好の士に任せなければ、アクセスの集中により接続すら困難になっていただろう。そんな状況に水を差すような行動は控えたかった。

 やがて曲がりくねった山道へと差し掛かった。この峠を越えればすぐに湖に到着する。その中央でじっと待っているまだ見ぬ巨影に、坂道を登ると同様に高まっていく興奮を感じていた。

 

 人目につかない場所に車を止め、ユーコに変身を解除してもらう。人目につかない、というのが盲点で、良くも悪くも派手派手しい高級車はどこへ行っても注目の的だった。そのため若干離れた場所から湖畔まで歩くことになったが、やがて岸辺にたどり着くと俺は感嘆の溜め息を漏らした。

 霧の低く立ち込める湖の中心に、巨大な“花”が鎮座していた。しかしそれは花と言うにはあまりに動物的で、シルエットだけを見れば人間のそれに近いものがある。大木の幹のような蔓が寄り集まって体を作り、腕は肩口から生えた二枚の葉、そして頭部は真っ赤なバラの蕾。下腹部に当たる位置には暖色に発光する球状の器官が見える。

 末広がりに根を張っている蔓は、見ようによってはワンピースドレスのスカートのようでもあり、頭部のバラも相まってどこか女性らしく妖しい雰囲気を薫らせた。

 無作為に宙へ伸びる幾筋かの蔓と、腕のような巨大な葉が鷹揚に動いている。更に時折響き渡る、どこか悲壮感漂う甲高い鳴き声が、この巨影が単なる植物でないことを示していた。

「凄いな、こいつは……ユーコ、何か分かるかい」

「はい。あれはビオランテ。科学によって生み出されたバイオ怪獣です」

 怪獣、これも記憶と共に蘇った懐かしい言葉だ。五年前の巨影災害時も人間体以外の巨大生物を総称としてそう呼んでいた。

「科学によって? ということは、あれを生んだ奴がいるのか」

「この個体がそうかは分かりませんが、しかしあれは自然に生まれるものではありません。人間、植物、そしてもう一つ……何かの細胞が組み合わさっています」

 人間の細胞を持つという点にも驚かされたが、聞き逃せないのは末尾の方。

「その何かっていうのはいったいなんなんだ? 人間と植物だけでああはなるまい」

「それがどうしても思い浮かばなくて……すいません」

「いいよ、また何か気づいたら言ってくれ」

 会話もそこそこに、既に雁首揃えてカメラを構えるプロアマ問わずの集団に俺も混じる。三脚に据えたカメラで引きの絵を撮り、次に蕾をズームアップする。

「……牙?」

 蕾の中央奥、雌しべに当たる位置に、噛み合わさった状態の牙のようなものを捉える。白く鋭いそれは花の持つたおやかなイメージとの違和を感じさせる。そして俺はその牙を、なぜだろうか、どこかで見たような気がした。

 記憶の奥を探り込んでいると、俺の肩を誰かが叩いた。

「よう、今更来たのか。あの大塚ってのはいないのか?」

 俺はその中年の男にしかめっ面を隠さなかった。

「ええ、叔父は草体の方に行ってるので。で、あなたは早速鞍替えってわけですか。反巨影論者の昼川さん」

 皮肉たっぷりに言うと、昼川は臆する様子もなく口角を吊り上げた。

「相変わらず口の利き方のなってねえ奴だな。仕方ねえだろ忘れてたんだから。ま、これからは競合相手として一つよろしく」

「よろしくの前に謝罪の一つくらいあってもいいのでは? いくら記憶が無かったとはいえ、コラムでは酷い言われようでしたし」

 昼川は溜め息をついて周囲のカメラマンを見回し、顔を近づけて声を落とした。

「あのなあ、マスコミなんてみんなそんなもんだ、ムキになるなよ。プロレスみたいなもんだって」

 その言い様に苛立ち鋭く睨んでいると、彼は肩をすくめて離れた。

「ま、いいや。これからは俺も巨影が食い扶持になる。あんたら今は注目の的だけどな、うかうかしてると追い抜いちまうぜ」

「叔父さんの代わりに言っておきます。やってみやがれサンピンが」

 昼川は声を上げて笑うと、背を向けて去っていった。その後ろ姿を睨んでいると、周囲からまばらに拍手が送られた。

「いやぁ良い啖呵だったよ。あいつ感じ悪くてねえ」

「なあ、あいつさっき大塚って言ってたけど、それって巨影論のあの大塚?」

「キミ、あの花について何か知ってるか?」

「ウルトラマン、間近で見てどうだった!?」

 少しの賞賛と、怒涛のように押し寄せる質問の数々。もちろんユーコから聞いたことを話すわけにもいかず、むしろ今しがた到着したばかりで情報不足の俺から積極的に質問をしていく。その中で話題は昼川へと波及した。

 一人からタブレットを手渡されると、ニュースサイトに大きく掲載されたビオランテの写真に目がいく。

「くそ、良い写真だなぁ。どこから撮ったんですかね」

「規制線が張られてる場所だよ。あいつ忍び込んでまで撮ったんだ。執念っちゃあそうだが、やり方がダーティだよなぁ」

 撮影者の名は昼川。被写体に近く煽るようなアングルの写真は、悔しいが見事なものだった。

 




今回の選択肢

「~うかうかしてると追い抜いちまうぜ」
①叔父の分も挑発で返す→本編通り
②無言で睨む→ニヒルに笑って昼川去る
③散々悪口を言って全部叔父の言葉ということにする→昼川と叔父の仲が更に悪化する。ユーコに白い目で見られる


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stage3:湖に咲く巨影 ②

 その後、昼食のため近場のコンビニで買った――またもやおにぎりを、人目につかない木陰のベンチで頬張っていると、俺を下から覗き込みながらユーコが言う。

「カメさん、悔しいとお思いですか」

「ん、やっぱり分かる?」

「体を共有しているのでなんとなく伝わってきます。いえ、もしかしたら私のが伝わっているのかもしれません」

 彼女はありありと不満の表情を浮かべていた。

「だって悔しいじゃないですか。カメさんたちはずっと巨影を追ってきたのに、あんな嫌な人に後からおいしいところ持っていかれたら!」

 拳を振って怒りを露わにするユーコを見ていると、自分の負の感情を肩代わりしてくれているように思えて、少し気持ちが和らいだ。

「キミが怒ってくれてちょっと救われたよ。けどま、あいつの言葉を借用するのもなんだけど、マスコミなんてそんなものだ。気にしてないよ」

「カメさんが気にしなくても私が気にします! もっとすっごいの撮ってやりましょう! 私、いい手を思いついたんです!」

 熱意と自信に満ちた眼差しを受け、その勢いに若干の不安が湧かないと言ったら嘘になる。

「一応聞くけど、どんな手だ?」

「まず、食事が終わったら湖畔を散歩しましょう」

「散歩……で?」

「夜まで待ちます」

「それでいったい何が……あぁ」

 彼女が浮かべるあくどい笑みを見て、一連の行動が一本の線に結ばれた。

「小舟がたくさんありましたよね。ちょっと”下見”に行きましょうよ」

 楽しそうな様子すら窺えるユーコを前に、俺と一緒にいると悪影響を与えてしまうのではないか、などと姪との距離感に悩む不良な叔父のような気持ちだった。

 

 林の中を通る未舗装の道を行き、人気の無い真っ暗闇を小さな懐中電灯で照らしながら、下草をかき分けて湖岸へと抜ける。都市部の明かりが届かない夜の湖畔は、地上と星々との距離を近づけたように、無数の光点が夜空を賑わせていた。

 その下でサーチライトを浴びたバラの蕾が闇に浮かぶ姿は、幻想的、蠱惑的と言うべきか、それとも不気味と捉えるべきか。植物らしく活動には日光が必要かと思いきや、昼間と変わらず鷹揚に身じろぎし、悲壮にも聞こえる鳴き声を上げている。頭部に位置するバラの蕾は、昼間と比較して僅かに開いてきているようだった。

 その姿をカメラで一枚収めるている間に、ユーコは昼間見かけた手漕ぎボートに変身していた。

「さあカメさん、ここからは時間との勝負ですよ」

「ああ。近寄り過ぎずにな。今のところ大丈夫そうだが、次にビオランテがどう動くのか分からない」

 慎重に乗り込んだ二人乗りのボートは思った以上に揺れ、苦戦しながらも向きを変えて座る。一対のオールを握り、全身を使うように水を掻けば、船体は凪の湖上を静かに滑り始めた。

 ビオランテに背を向けているため、見えるのは夜の暗い森。聞こえるのは船の軋みと僅かな水音だけ。頬を撫でる微風もあって、行為の危険性に反して静寂で穏やかな時間が流れる。その雰囲気が妙に空恐ろしく、気を紛らわすためにユーコに語りかける。

「それにしても、こんなローテクボートにもなれるとは、変身の振れ幅には恐れ入るな」

「単純なぶんこっちの方が簡単ですよ。でも本当にエンジンいらないんですか? 疲れるでしょう」

「音で見つかるだろ。このまま見つからず、何も起こらず撮影できればそれが一番良いんだ」

 心からそう願ってはいるが、それを裏切るように予想だにしていない事態は起こった。

 船を滑らせてからしばらく。湖岸はだいぶ遠ざかり、時折振り返って見るビオランテの姿がかなり大きくなってきた頃。横合い遠方から無遠慮なエンジン音が聞こえ始め、それはこちらに接近しつつあった。

「やばい、もうばれたのか?」

「カメさん、逃げないと!」

 そうは言われても、もはや手漕ぎボートに逃げる余地など残されていない。せめてもとカメラを構えてビオランテの姿を写真に収めていると、かのエンジン音は至近にまで到って停止した。ここまでかと観念したとき、かけられたのは予想外に軽薄な声だった。

「なんだ、お前も来てたのか」

 聞き覚えのあるその声に顔を上げてみると、小型のゴムボートに乗った昼川が暗闇の中で薄笑いを浮かべていた。

「あんた、なんでこんな所に」

「こっちのセリフだよ。なんだ、お堅い真面目くんかと思ったら結構やるじゃねえか。その船はどっから“お借り”してきたんだ?」

 彼が浮かべる下卑た笑みが、妙な同族意識を持って語りかけているように見えて、俺は大きく否定した。

「あんたの想像してるようなものじゃない。これは……ちゃんと借りたんだ」

「ふぅん、そうかい。まあいいさ、お喋りしてる場合じゃないだろ、お互いに」

 再びビオランテに向かって前進し始めた昼川を慌てて呼び止める。

「おい、エンジンを切れ! 見つかるぞ!」

「構わんさ。写真を送信する程度の時間はお前が稼いでくれそうだしな」

 つまり、警察やらが飛んできたとき俺を囮にして逃げおおせようという魂胆だ。それに激昂しそうになるが昼川は二の句を告げず遠ざかり、ビオランテに更に接近していく。

「あの人はもぉー! カメさん追いますか!」

「いや、奴の言った通りこのままじゃ俺だけお縄だ。悔しいけどここは……?」

 ビオランテのすぐ真下、サーチライトの明かりすら届く範囲にまで接近し、昼川は立ち上がってカメラを構えた。その様子を見ていたとき、それは起こった。

 彼のボートも含む湖上の一帯に、一筋の赤いラインが浮かび上がって見えた。始めは薄く、徐々に血の色のように濃くなっていく赤い帯は、俺の中に壮絶な悪寒をもたらした。

 俺は堪らず立ち上がり、発見されるやもということも忘れ、大声で叫んだ。

「逃げろ昼川ぁ! そこから離れろ!」

 思えば叔父のマンションのベランダが赤く染まって見えたのも同様なのだ。あの後すぐにバルタン星人がベランダへ出て、その場に留まっていればやられていただろう。つまり今も……

 昼川はおどけたように両手を広げて見せたが、俺は見てしまう。彼の背後で湖面が膨れ上がり、水中から何かが浮上してくる様相を。湖面を割り激しい水しぶきを上げて姿を見せたのは、一本の巨大な蔓だった。しかしその先端にはワニのような鋭い牙が並ぶ、おぞましい口が存在した。

 振り返って茫然とそれを見上げる昼川に、笑みを浮かべるように口を広げた蔓が襲いかかった。俺が声を上げる暇もなく、蔓は昼川をボートもろとも飲み込み、轟音と共に天高く昇る水柱の中に消えた。その光景に顔を背けると、巻き上がった水しぶきが降り注ぎ、高い波紋が押し寄せ船が大きく揺れた。

 やがてそれが収まると蔓とボート、そして昼川は忽然と姿を消していた。真夜中の湖が異様なほどに静まり返る。

 恐る恐るビオランテを見上げてみると、今までと全く変わらず側面をこちらに向け、夜の暗幕を背景に静かに佇んでいた。まるで今起きた事象の全てを存ぜぬとでも言うように。

 自分の荒い呼吸がよく聞こえる。バラの横顔からは表情など読み取れるはずもないが、しかしビオランテは俺を観察しているような気がしてならなかった。

「カメさん、どうします……」

 ユーコが声に緊張を滲ませて囁く。乾いた口を唾液で湿らせてから返す。

「あと十秒、何もなければ、オールで静かに離れる……」

 そうなることを祈りつつ、ユーコのカウントに耳を傾ける。十から始まったカウントが六を数えた時、視界下部が赤く色づく。これまでと同様の赤いデッドゾーンが、ビオランテからこのボートまでを一直線に結んでいた。

「ユーコ、逃げるぞ!」

「はいっ!」

 ボートは淡い発光と共に姿を変え、一艇の水上バイクに変身した。彼女がエンジンを始動させるまでの僅かな時間で再びビオランテを見やると、その足元の水面が爆発するようにしぶきを上げ、そのしぶきは一枚の帯となり凄まじい速度で接近してきた。

「ユーコ早く!」

 返事の代わりとばかりのエンジンの鼓動を感じると、右ハンドルのスロットルレバーを人差し指と中指で引き絞る。体を置いていかれそうな急加速に必死にしがみ付きその場を離脱すると、すぐ真後ろを破壊的な衝撃が駆け抜けていったのを肌で感じた。

「ああクソ、やっぱりこうなるのか!」

 緊急時のために水上バイクも記憶しておいたのは正解だった。もっとも、こんな想定が的中してほしいとは微塵も思っていなかったが。

 どこへでもいいから接岸しようと考え、ビオランテに背を向けるような軌道をとっていたが、その道を阻むように正面を横断する形でデッドゾーンが出現した。悪態をつきハンドル操作と荷重移動により進行方向を九十度近く逸らす。

「カメさん、なんでそっちに!」

「いいから見てろ!」

 そのやり取りが終わらないほどのタイミングで、デッドゾーンに沿うようにビオランテの蔓が水中から勢いよく飛び出した。

「まさか、危ない場所が分かるんですか!?」

「みたいだ!」

 再び前方に赤い帯が引かれ、水面を切りながら旋回する。先ほど出現した蔓が大口を開けてそこに飛び込み、横合いからの派手なしぶきを半身で受け止めた。

 いつの間にかビオランテの正面にまで移動していたことに気づき、一瞬だけ視線を上げて見ると、バラの蕾が下方を向き――俺たちを見据えていた。雌しべの位置にある牙が脳裏に焼き付く。

 ゾクリと総毛立ち、一刻も早く湖上から逃げなくてはと焦燥感が沸き立つが、進行方向に再びデッドゾーンが見える。ビオランテから遠ざかる方向へ舵を切り逃げ出そうとするも、その行く先にも、その先にもデッドゾーンは出現していく。呆気にとられるようにレバーから手を放すと、幾筋も浮かび上がったデッドゾーンの全てから蔓が出現し、口元から水を滴らせ夜の空を埋め尽くした。

「……嘘だろ、おい」

 視界にあるものだけで五、六本は確認できる。その全てが牙を剥き出しにして俺たちを正面に見据えていた。獲物を品定めするようにゆらゆらと漂う姿に、もはや恐怖を通り越して現実味が薄れていく。

「カメさん、早く安全な場所へ!」

 ユーコの声が遠い所で聞こえる。しかし視線を落として見れば、もはや逃げ場などないと直観で理解できるほど、デッドゾーンは広範囲に渡っている。諦観に囚われた乾いた笑いが浮かびそうになるが、しかし胸元に下げられているカメラの存在に思い当たり、俺は震える手でそれを構えた。

「カメさん何を!?」

「すまんユーコ! 俺が死んだら別の奴に憑りついてくれ!」

 そう言ってシャッターを切り続ける。巨影を追うカメラマンとしての矜持だけが、もはや俺に残されたたった一つの()()()だった。

 ユーコの悲痛な叫びに胸を痛めながら、今にも飛びついてきそうな獰猛な牙たちにフォーカスを合わせ続ける。そしていよいよ、そのうちの一本が反動をつけるため身を後ろに引いた。

 ――朝日が昇ったのか、と一瞬錯覚するほどの光がファインダーの端で弾けた。それは次の瞬間、青白い光線となって視界の全てを埋め尽くす。光線は蔓をことごとく飲み込み、勢いそのまま遠方の湖面に当たり機雷のような爆発を起こした。押し寄せる熱風に顔を庇うと、焼け落ちた蔓の残骸が湖面を波立たせた。

 遠方で巻き上げられた水が瀑布のような轟音で落ち、その飛沫を肌に受けながら、光線の飛来した方を見た。

 そのシルエットは夜の闇において、また光線に眩んだ目において、山の稜線のように見えた。しかし巨大な影は確かに動き、口元と思わしき遥か上方には青白い残光が鈍く輝く。サーチライトが足元からゆっくりと、舐めるように巨影を浮かび上がらせる。

 重厚な足には白く鋭い爪が生えていた。全身がごつごつとした岩肌のようで、体色は夜空よりもさらに黒い。逞しい腕、その後ろに揺らめくヒレの生えた太い尾。

 その時、内耳を貫くような甲高い耳鳴りに呻く。これは既知の巨影にだけ発生するフラッシュバックの症状。そうだ、俺はこの巨躯に覚えがある。英語表記にあっては神の名すら冠する、怪獣の王者。

 剥き出しにされた鋭い牙、全てを睥睨するような苛烈な目つき。それらがサーチライトに照らし出されると、その巨影――ゴジラは胸を膨らませ、夜空に浮かぶ雲すら吹き飛ばすような、壮絶な咆哮を放った。

 




今回の選択肢

「カメさん、どうします……」
①少し様子を見て、静かに逃げよう→本編通り
②今すぐ逃げよう!→かなりシビアな判定のデッドゾーン出現
③先手必勝!突っ込むぞぉぉ!→死


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stage3:湖に咲く巨影 ③

 鼓膜どころか横隔膜まで揺らすような、一瞬眩暈を起こすほどの咆哮を浴びながらも、湖に進入するゴジラに焦点を当てシャッターを切る。

「ゴジラ……核実験によって生まれた怪獣。ビオランテに組み込まれたG細胞の持ち主です」

「そうか、ビオランテの牙にどこか見覚えがあると思ったら、そういうことか」

 ゴジラは曳き波を巻き起こしながらビオランテの正面に移動し、二体の怪獣は向かい合った。そこが潮時と判断し、再び水上バイクのハンドルを握る。ビオランテはゴジラに気を取られているのか、こちらに見向きもしていないようだった。その隙に脱出を図ったのだが、結果からすればもっと早くに決断すべきだった。

 レバーを引こうとした瞬間、進行方向を遮るようにデッドゾーンが出現する。それはビオランテからゴジラまでを、僅かに湾曲しながら長々と結ぶもので、抜け道らしき箇所は一切見当たらない。急いで背後を確認すると、こちらも同じようなデッドゾーンがゴジラまで引かれており、俺は今や完全に袋小路に陥っていた。しまった、と思わず叫んでしまうがもう遅い。

 頭上で視線を交わしあっている様子の二体。しかしゴジラの咆哮をきっかけにビオランテが動いた。デッドゾーンから出現した、触手のような無数の蔓がゴジラへと殺到し、腕や胴体、首元へ次々に絡み付いて締め上げた。鬱陶しそうにゴジラが暴れるたび、揺さぶられる蔓が湖面を激しく波立たせ、それに囲まれている俺たちを激しく揺さぶった。

「カメさん、しっかり掴まっててください!」

「言われ、なくても……!」

 膝で機体をグリップし、ハンドルに食らいついてバランスをとることに集中しなくては、あっという間に転覆してしまうだろう。しかし泣きっ面に蜂、足元の湖面が赤く色づいたことに気づき顔を上げると、ゴジラの口元からビオランテの下腹部までを赤い直線が結んでいた。それは光線が放たれる数秒先の未来を簡単に予期させた。

「くそっ、イチかバチかだ!」

 ゴジラの口元から撃ち下ろすように放たれる光線、いや熱線であるからして、ビオランテの近くに留まれば、その威力も相まってまず巻き込まれるだろう。左右を塞がれているなら道はただ一つ。

レバーを全力で握り締め、蔓の間に生じた僅かな隙間を掻い潜り、ゴジラへ向かって一直線に接近した。

 ゴジラの背びれが発光し、牙の向こうから青白い光が漏れ出す。頭一個分の回避など無駄と知りつつも、祈るように頭を下げずにはいられなかった。恐怖に竦む体を律するべく、意図しない雄たけびを本能が上げる。

「うおぉぉぉぉっ!」

 途端に、凄まじい光の奔流が頭上を通過し、圧し付けるような熱気にうなじの産毛が焼けていく感覚を覚えた。すると後方でスパークの弾ける音、そして悲鳴のようなビオランテの声が響いた。それらが聞こえたことによって自分がまだ死んでいないことを自覚し、スロットルを緩めつつ振り返って見やる。

 痛覚の有無は定かではないが、ビオランテは身を捩り、全身から青い火花を散らしていた。血液か樹液か、緑色の体液が下腹部の発光器官から噴出している。やがて撃ち込まれたエネルギーが飽和したように爆発を起こし、白煙がビオランテを中心として低く湖上に垂れ込めた。

「カメさん、今のうちに!」

 ユーコの声に反応して周囲を見回すと、ゴジラを縛めていた無数の蔓は力なく落ち、引きずられるようにビオランテ本体の下へと後退していた。警戒しているのかゴジラもその場を動かず、武道家の残心のように弛みなくビオランテを見据えている。この機を逃していつ脱出するのかと、レバーを握り全速力で二体の中間地点から遠ざかる。

 ふと横目に見ると、ビオランテの蕾は力なく項垂れ、表層の花弁がひらひらと抜け落ちていく。その姿には一種の哀愁さえ感じられた。

 やがて二体から充分距離をとった位置に到達すると、水上バイクの向きを変えカメラを構える。二体を順繰りに写真に収めていくが、動きのないビオランテが気にかかった。

「なあユーコ、ビオランテはまだ生きているのか?」

「なんとなく、そうだとは思います。まだ何か“気配”のようなものを感じ取れます」

 彼女の力を利用して生み出された巨影だからか、なんとなくにも感じるものがあるようだ。ならばいつ動き出すのかとビオランテに焦点を当て観察していたその時、ゴジラが鳴き声を上げてその巨体を水面に横倒しにした。いや、倒れた際に足元に巻き付いた蔓が一瞬見えた。水中を通った蔓にひっくり返されたのだろう。高く上がった水しぶきの迫力をカメラに収める。

 間もなく、ゴジラが苦もなく立ち上がると、今度は先端に大口を開けた蔓が数本、水面を滑りゴジラへ向かっていく。近づけまいとゴジラも熱線で横なぎに焼き払うが、それらは囮だったらしく、ほど近い所から浮上した蔓の一本がゴジラの腕に食らいついた。ゴジラが怯んだ隙に別の蔓が口を広げ、緑色の液体をゴジラの顔に散布した。

「あれは、酸か!」

 付着して煙を上げる液体に肉を焼かれているのか、あのゴジラが苦悶に喘ぐように顔を上げ、がむしゃらに光線を放った。それは命中せず夜空へ伸びて消えたが、そのまま口に蔓を咥え、光線のエネルギーを口腔に留めることによって焼き切ってみせた。

「凄い、あんなことまでできる知性があるのか」

 俺が感嘆を漏らし次々に写真を撮っていく最中も、ゴジラは手近な蔓を強靭な腕でむんずと掴んでは、ゼロ距離からの熱線によって殲滅していった。

 やがて最後の一本が焼け落ちると、再び蔓はビオランテの下に退いていく。追撃するようにゴジラは熱線を放ち、それはビオランテの横一寸を通り抜け後方で高くしぶきを上げた。

 そこで戦力差を認識したのか、ゴジラは胸を張り勝鬨のように咆哮した。ビオランテは最後の足掻きなのか、悲壮な声を上げながら幾本もの蔓をより合わせ、自分とゴジラの間に壁を構成する。しかしゴジラがトドメとばかりの熱線を放つと蔓の壁はあっけなくも爆散し、緑の体液をまき散らした。

 追撃となるダメ押しの熱線がビオランテに直撃すると、スパークが全身に走った後激しく爆発し、下腹部の発光器官は完全に破裂したように見えた。更に煙を上げて炎上し始め、いよいよビオランテの最期という、見ようによっては哀れな姿を晒した。

 ビオランテの巨躯が完全に飲み込まれるほど炎は激しく燃え立ち、湖面全域が赤く染まった。視線を向けるだけで眼球が乾いてくるようで、目を窄めながらシャッターを切っていると、炎の中に何かが()()ように見えた。ズームしても光量の都合で鮮明には捉えられなかったが、一瞬見えたそれは明らかにビオランテの姿ではなかった。

 ワニのような巨大な口を広げ、苦痛に喘ぐような声を轟かせると、その巨影は金粉となって姿を消し、炎で生じた上昇気流に乗るようにしてゆっくりと夜空に昇っていった。

「ユーコ、今のはいったい……?」

「私には声しか聞こえなかったのでなんとも……でも、新しい巨影の反応はありませんでした」

「じゃあ、あれはビオランテだったのか? ……だとしても、もう確認はできないか」

「はい、ビオランテの反応は……もうありません」

 一瞬見えたあの姿がなんなのか、それはビオランテの死によって永劫の謎となってしまった……普通に考えればそうだ。しかし俺はなぜか、いつか再び相対するのではないかと、心のどこかでそう思っていた。

 一連の光景を俺たちと同じく注視していたゴジラが湖から離れ始める。戦いの後だというのにゆったりと歩く姿は、まさに勇壮と言うに相応しいものだった。

 

 幸いゴジラは以後暴れることなく、長いこと地響きを効かせて去っていった。

 俺は手近な岸に着くと、よろめきながら林道に出でて四つん這いになる。

「ああ、地面だぁ……やっぱり人間、陸から離れちゃ生きていけないのだ」

 大仰に薄っぺらなことをのたまうが、姿勢は土下座のそれに近く、我ながらみっともない姿だった。

 地面に耳を当て遠ざかっていくゴジラの足音を聞いていると、むっと眉間に皺を寄せたユーコと目が合った。美人の怒り顔というのはなかなか迫力がある。

「どうしたユーコ、なんで怒ってるの」

「カメさん、さっき言いましたよね。“俺が死んだら”……って」

 内容を察し、慌てて姿勢を正座に切り替える。彼女は目に涙を浮かべながら俺に迫った。

「なんで諦めてしまったんですか! 私、あなたの死ぬところなんか見たくありません!」

「す、すまん。デッドゾーン……危ない場所が俺には赤く色づいて見えるんだが、それが逃げようも無いくらい広がっていて……」

 彼女は怪訝に目を細めた。

「その力、本当に確実なんですか? 信頼性は? あの時はゴジラの横入りで、デッドゾーンには何も起こらなかったじゃないですか」

「確かにそうだが……思うにこの力は第六感の延長にあるようなもので、完全な未来予知というわけじゃないんだ。だからこっちの努力次第、あるいは外的要因でも回避できる。一つ確実に言えることは、バルタン星人もビオランテの触手も、ゴジラの熱線も全てこの力で回避できたってことだけ」

 ユーコは思案する様子から、どこか自責的な表情に移り変わった。

「やっぱり、私との一体化が原因でしょうか……」

 優しい彼女は恐らく、俺が人としての範疇を超えつつあることを気に病んでいるのだろうが、そんなことは完全に見当違いだ。

「なあ、そんなに気にするなよ。俺はこの力に何度も助けられたし、今後も助けてもらうはずだ、巨影を追う限り。むしろ感謝してるくらいさ。キミと出会ってから、確実に良い方向に俺は向かってるよ」

 心から、打算も含めてそう思っていることを打ち明けると、彼女もようやく解けた笑みを見せてくれた。

「ありがとうございます。そうですね、考えようによっては凄く便利な力です。私たち二人の力を合わせれば、きっと誰よりも凄い写真が撮れますよ! 微力ながらお手伝いします!」

 力強く頷いて返す、が。彼女が巨影を察知し、分析し、変身して機動力になり。俺は――危なそうな場所から逃げる。どちらが微力かは一目瞭然だが、まあ種族の差だ。黒人の身体能力を羨むようなものだ、人間割り切りが肝心。

 ようやくユーコが普段の調子で快活に笑ってくれて一安心だが、誰よりも、という言葉で昼川のことを思い出してしまった。

 今しがた撮影したばかりの、会心の出来栄えの写真をモニターで眺めながら呟く。

「確かに凄い写真だ……けど、あっと言わせたい奴はいなくなってしまった。嫌な奴だったけど、こんな結末とは……」

「カメさん……」

 重苦しく湿っぽい空気の中、ユーコは俺の手に自らの手を添えた。触れられはしないが、彼女の体温を少し感じられたような気がした。

「カメさん、誓ってください。最後まで絶対に諦めないって。きっと二人でならどんな場面も乗り越えられます。ね……?」

 俺を上目に見る彼女の瞳に吸い込まれるような気がして、一瞬立ち眩みのような症状を覚えたが、強く頷いてみせた。

「ああ、誓うよ。諦めたりしない。何があっても――」

「おい、そこにいるのは誰だ!」

 心臓を締め付けるその声の方へ振り向くと、二つの光が遠くからこちらを眩く照らしていた。

「警察……かな」

「あ、背負ってるの鉄砲ですよ鉄砲。湖畔にいっぱい居た人たちです」

 なるほど、自衛隊ね。

 

「おい、そっちは道もない山だぞ! 諦めて戻ってこい!」

 諦めない、俺は決して諦めないぞ!

 半分涙目になって藪をかき分けながら、今しがた交わしたばかりの約束を早々に履行するのだった。

 




予告(NA:ユーコ)

逃亡に成功したカメラマンと幽体の少女。
だが彼らを待っていたのは無人の街。
そこへ二つの巨影が出現し、壮絶な死闘が始まった。
真実の一端に触れ、シャッターボタンは重みを増す。
次回『影、逃げ出した後』

この次も、サービスサービスゥ!


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stage4:影、逃げ出した後 ①

 良いことが二つ、悪いことが一つ起こった。順序立てて説明すると、まず追手から逃れることはできた。良いこと1。しかし深入りしすぎて下山できず、一夜を山中で過ごす羽目になった。悪いこと1。幸いにもユーコの変身した車の中で夜を明かせたことが、良いこと2だ。

 夜の山中、月明かりも星明りも届かない鬱蒼と茂った森の中、なだらかである程度開けた場所を発見しユーコに変身してもらった。その車内に入った時は心から安堵し、極度の疲労感と緊張感からの解放でそのまま入眠となった。

 しかし小鳥たちの合唱に目覚めた朝、車種の選択を誤ったと今更ながらに後悔した。2シーターのスポーツ車とは、そのストイックな作りからして余分なスペースなど無い。つまりリクライニングがほとんど利かなかったことが腰に効いた。

 朝露の中、呻き声をあげてストレッチする俺に、ユーコは心底不思議そうに聞いた。

「一番最初、コンビニでコピーした車になればよかったのでは?」

 言ってくれない彼女を責めるべきか、思いつきもしなかった俺の低能を自責するべきか。後者かな、後者だろうな……

 

 草木をかき分けながら道なき道を登り続ける。山を下って湖に出てはまた逃亡の身となり果てるかもと考え、そう険しい山でもないし、いっそのこと山越えしようかと思い至ったわけだ。

 かなり苦労はしたが予想を上回るほどでもなく、やがて山の稜線へと到達すると、枝葉の隙間から僅かに街が覗けた。

「ああ、やっぱりほっとするな。普段は自然を増やそうとかのたまうくせに、人工物を見ると落ち着く。性分だな」

 長いこと自然に揉まれていたからか、普段は感じることのない、角ばった街並みへの愛着を感じてならなかった。

「だって街が人間の“テリトリー”ですよね? それって普通のことです」

 そういえばユーコって宇宙人だったな、と、()()()発言に少し感心した。

「テリトリー、確かにそうだ。ならそれを荒らす巨影は外敵ってところか」

 あるいは自然や、地球にとっては俺たちこそが……

 ユーコに幻滅されそうで、これは口にしなかった。

 

 街を目指し下山を始め、中腹辺りまで差し掛かったところで木々の合間から広場が見えた。まさかと思い急いで近づくと、そこは街を見下ろす神社の境内だった。

 立派とは言えない木造の本殿だけが、そう広くもない敷地の中央にポツンと立ち尽くし、なんともうら寂しい風情がある。しかし山の中腹に建つだけあって景観は素晴らしく、山麓から広がる街並みが一望できた。

 木製の鳥居をくぐり、手すりもない石段へ腰かけると、上体を反らし青空に浮かぶ綿雲を見上げて息をついた。日を浴びた石畳が温かかった。

「はぁ~……やっぱり素人が登山なんてするもんじゃないな」

「お疲れ様です。私もお役に立てればよかったんですが……」

「山の中じゃ仕方ないだろ。車中泊できただけ充分だよ。まあ、まだ少し腰が痛いかな?」

「あ、もう! まだそれ言うんですか!」

 もちろん責めてはいないが、じゃれつく気持ちでからかえば、ユーコも笑いながら反撃してくる。心地いい雰囲気はやはり、人間の生活圏に到達したことによる安心感からくるものだろう。しかしふと眼下の街を眺めていると、妙な違和感に差し当たった。

 ビルやその他家屋も立ち並ぶ、普通と言えば普通の、しかし立派な街だったが、なぜだか人気や活気のようなものを感じない。

「なんだこの街、何か妙だぞ」

 立ち上がって、より見晴らしが良い境内の端へと移動し、カメラのズーム機能を使う。すると道路上には車の一台、それどころか人っ子一人見受けられなかった。

「カメさん、巨影です! 街から巨影の気配がします!」

 それを聞くと同時に俺も、静止した街の中で唯一動くその巨大な影を発見した。滑るようにして低い位置を飛ぶ紫色の巨体が、ビルの隙間から顔を覗かせる。のっぺりとした質感の表皮に、まるで青虫の模様のように分かりやすい、丸々とした目が一対ある。

「捉えた! 撮影する!」

 カメラの動画機能を使い巨影を撮影し始める。覗き見る限り巨影は細長い個体のようで、やがて頭をもたげて身を起こした時にそれはよく理解できた。

 なんとも形容し難い姿は、イカというかコケシというか。足もない円筒状の胴体に大きな三角形の頭が付いており、大雑把なその外観は総体として情報量が少ない。頭との接続部付近に赤い水晶のような玉があり、その下では肋骨のような多脚が蠢いている。肩口と思わしき箇所から伸びる、腕とは言い難い短さのY字の器官が特徴的だが、何のためのものかは理解できない。

 神のイタズラによって創られたかのような、おおよそ生物的とは言えない姿のその巨影を見たとき、件のフラッシュバック現象が発生した。

「こいつは使徒……そう、使徒と呼称されていたはず。名前は……」

「シャムシエル。正体不明の生物ですが、人間に対しては敵対的です」

 そうだ、この個体は五年前にも出現した。しかしその時は……“何者か”との戦闘によって爆発という最期を迎えたと記憶は語るが、同一の個体なのだろうか? そしてシャムシエルと戦った者とはいったい……

 その疑問に答えるように、“何者”かは唐突に現れた。

 普通のビル群の中に、突如として地中から謎の建造物が出現した。他の高層ビルにも引けをとらないような大きさの、窓もない武骨な白いそれは、世俗的に例えるなら角ばった冷蔵庫だろうか。しかしその上部に描かれた文字をクローズアップした時、脳のどこかに引っ掛かりを覚えた。

「“EVA-LIFT”……エヴァ?」

 そしてシャムシエルからは見えない反対側の壁面が開くと、記憶のつっかえは完全に取れた。

「紫の巨人……そうか、エヴァだ!」

「正確には汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。あれはその初号機です」

 現れたのは紫色の巨体。手足は長くスマートな体型で、額から伸びるユニコーンのような角と高く伸びる肩のパーツが特徴的だ。

「人造人間? あれはロボットじゃないのか?」

「厳密に言えば違うようです。もっとも、普通はパイロット無しには動かないのでほぼ同じですが」

 ユーコの口から次々に新事実が明かされていく。このエヴァンゲリオンに関しては五年前にも情報統制が敷かれ、その詳細が市井に広まることはなかった。人類側の兵器ということ、使徒と呼称される敵と戦っていること、そしてどこからかリークされたか、“エヴァ”と呼称されていること、この程度しか手持ちの記憶にはない。

 だからこそユーコの明かす情報は非常に貴重で気にかかったが、戦闘の開始により追及はできなかった。

 エヴァは自身の出現したビルの影から飛び出すと、手にしていたライフルを構えて撃ち放った。高回転で放たれる銃弾はその激しい着弾音を、数瞬遅れて俺たちにまで響かせる。

 しかし威力ゆえか爆煙が高く立ち上り、またエヴァもトリガーを切らず撃ち続けたため、シャムシエルの姿は完全にそこに隠れてしまった。やったか! と言いたいところだが、煙に隠れる前のシャムシエルに動じている様子が見られなかったことから、期待薄だろう。

 幾ばくかの間を置き、煙の中から光る鞭のようなものが飛び出してエヴァを襲った。幸いにもエヴァは倒れ込んでライフルの先端を両断されるにとどまったが、その隣の搬出用ビルまでもが一刀両断にされて崩れ落ちた。

「えっ、もうやられちゃったんですか!?」

「いや、大丈夫。しかしなんて切れ味だ、あんなのまともにやりあってられんぞ」

 その時エヴァの後方に、今度は少々小ぶりなビルが出現し、同じように展開すると、そこには同型のライフルが収められていた。恐らく戦局を観て後方で支援する組織、それも国家絡みの大々的なものが存在するはずだ。街を改造して迎撃体勢を造るなど並大抵の組織ではない。情報の統制も得心がいく。

 しかしどうしたことか、エヴァが座り込んだ姿勢のままなかなか立ち上がらない。

「ど、どうしたんですか、やっぱりやられちゃったんですか?」

「分からない。くそっ、早く立て、立て……!」

 動かぬエヴァに、煙から出でた使途が徐々に接近していく。肩口から伸びたY字の器官から一対の光鞭が垂れ、エヴァを見定めるように揺らめいていた。

 そしてエヴァめがけて鞭をしならせた一瞬、エヴァは弾かれたように動き出し紙一重で回避するが、立ち上がった土煙が鞭の威力を如実に表していた。

 その後しばらくエヴァは防戦一方となり、唸る光鞭を必死の様子で躱し続けるが、その度にビルが破壊されて煙が立ち上る。数分と経っていないはずが既に街は黒煙に包まれており、改めて『巨大な生物が動く』ということの脅威を教えられているようだった。

 使徒は本体の動きこそ緩慢なものの、伸縮性に長ける光鞭は目で追うことも難しく、ビルを細切れにしながらどこまでもエヴァに迫り続けた。その最中、エヴァの背面から伸びているケーブルが切断された。

「ユーコ、あのケーブルは!?」

「アンビリカルケーブル! あれが切れるとエヴァは最大五分しか活動できません!」

 ここにきて時間制限まで発生したエヴァを心中で応援するが、ビルを背に追い詰められた姿勢のエヴァが、突然に激しく倒れ込んだ。いや、ゴジラとビオランテの戦いでもあったように、ビル群に紛れて伸ばした鞭に足を掴まれ引きずり倒されたようだった。

 シャムシエルはエヴァの巨体を軽々と持ち上げ、無造作に空へと放った。カメラでエヴァを追っていた俺はその軌道にゾクリと身を震わせた。

「こっちに来るっ!」

 足元に視線を落とせば予想通り、赤いデッドゾーンの上に俺は居た。

 

 




こんな巨影が見たかった

・「宇宙戦争」より“トライポッド”
スケール、不気味さ、絶妙な速度。あれから逃げるなんて考えただけで堪らない。
問題は即死技がきつ過ぎるという点。舞台を大阪に移せば勝ちフラグ。
あのアポカリプティックサウンドじみた不気味な低音はなんなのだろう。凄く好き。


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stage4:影、逃げ出した後 ②

 走り出そうと足に力を籠めると同時に、アドレナリンによるものか、世界にスローモーションがかかって見えた。広がるデッドゾーンは人の手形のようで、俺は巨大な掌の中央から、最も近い指の隙間へと駆けだした。

 思考だけが先走り、夢の中のように遅々として進んでいないように感じる。しかし確実に、俺が駆けるより早く、デッドゾーンは色濃くなり死を薫らせる。安全圏まであと少し、という所まで来たその時、俺を圧し潰すように巨大な影が覆った。

「カメさん!」

「うおぉぉぉっ!」

 ユーコの声に呼応するように前に飛ぶ。それと同時に凄まじい風圧、そして衝撃が爆発のように俺を襲った。地へ転がり煙に包まれ、もはや上下の区別もつかずただ無事を祈りうずくまる。

 やがて打ち上げられた小石がパラパラと降り注ぎ、また間一髪で助かったことを悟ると、顔を上げて周囲の状況を確かめる。俺を囲むエヴァの指は丸太のようで、これの下敷きになればまず助からないだろうと容易に想像できた。その手の先では、エヴァの巨体が木々をなぎ倒して横たわっている。鋭い横顔は俺のことを捉えているようにも思えた。

 カメラの無事を確かめ撮影を続行し始めたその時、突然に太陽が陰った。見上げてみると、雲のように日光を遮ったのは飛行形態に移行したシャムシエルだった。その巨体の裏面を近くで見ると、改めて圧倒される。まるで巨大な飛行船だ。

 シャムシエルはゆっくりとエヴァの直上へ移動し、またも光鞭を繰り出した。それに素早く反応したエヴァの腕が持ち上がり、指の間にいた俺は思わず目を覆う。顔にかかった土を払うと、エヴァは激しいスパークをまき散らしながら、シャムシエルの鞭を両手で握り、押さえ込んでいた。

 しかしエヴァはそれ以上の抵抗をせず、ただ使徒の攻撃に耐え続けている。その理由に思い至った時、俺は絶望的な立場に打ちひしがれる。

「俺か……! 俺がいるから、自由に動けないのか!」

 活動限界が近づくエヴァを俺が阻害しているというあまりに不本意な事態に、悔恨や羞恥、罪悪感が募るが、今更ちっぽけな人間一人に何ができよう。居たたまれない気持ちで二体の鍔迫り合いを見ていると、エヴァが体を捩り頭部を接近させてきた。

「な、なんだ?」

 エヴァの頭部が持ち上がり、うなじ付近の装甲が展開すると、脊髄にあたる場所から一本の円柱が飛び出してきた。その一部が開きロープ状の梯子が下りると、若い女性の声がスピーカーを通して響く。

『そこの人、乗って! 早く!』

 息を飲んで我に返り、慌てて梯子へ向かって走り出す。これ以上迷惑はかけられないという義務感が強くあるものの、エヴァに搭乗できるという高揚感は少なからず覚えていた。

 

「これはエントリープラグという、操縦席を内包するものです。入るときには注意して――あ」

 一歩遅い警告は、謎の液体の中で気泡を吐きながら聞くことになった。

「ユーコ! そういうことは早く言え……ん?」

 水中に没したはずなのに発話ができること、そして呼吸すら可能であることに気づき驚嘆する。

「な、なんだこれ」

「この水はLCLというもので、肺に直接空気を取り込めるようです」

「凄いな。なんとなく、血の匂いがするが……あっ、カメラ!」

 慌ててカメラを確認した時、真っ暗だったプラグ内に光が戻り、内壁全面にノイズ混じりで外の様子が映し出された。それはプラグとエヴァの胴体が透明化したような不思議な光景だったが、俺の意識はそれにも、眼前の使徒にもなく、こちらに背を向けて操縦席に座る者に注がれた。

「……こ、ども?」

 パイロットスーツに身を包んだ彼は、明らかに十代半ば、中学生程度にしか見えない少年だった。左右にある操縦桿を強く握りしめている手が、まだ薄い。

 彼が小さく呻き声を上げるとエヴァが動き始め、シャムシエルの鞭を大きく引いて振りかぶり、反動をつけて前方へ投げ飛ばした。かなりの振動が来てもおかしくないようなものだが、プラグに満たされている液体の効果か、予想より揺れは感じなかった。

『今よ、後退して!』

 先ほどの女性が凛々しく指示を出す。エヴァを使ったこの大規模な作戦を指揮する彼女は、若そうだが相当なエリートなのだろうか。

 しかしどうしたことか、操縦桿を握る肝心の彼がその指示に応答しない。エヴァも退く気配を見せず、おもむろに立ち上がり視界がぐんと高くなる。

「キミ、逃げろと言っているぞ、なあ……」

 背もたれに近づいてそう呼びかけてみるが、やはり反応は無い。その時、消え入りそうに呟いていた彼の言葉が聞き取れた。

「逃げちゃ駄目だ……逃げちゃ駄目だ……」

 自らに言い聞かせるような、痛々しくも感じる内容に眉をひそめた。

「キミは……」

「逃げちゃ駄目だ……!」

 彼が顔を上げ、ひと際強く呟くと共に、エヴァの左肩のパーツが展開し、そこから短いナイフのようなものを抜き出した。短いとはいえ人間からすれば充分に巨大なそれは、エヴァの右手で発光し始めた。

『命令を聞きなさい、退却よ!』

 しかし彼は応じない。やがて稼働時間を示すタイマーが一分を切り、プラグ内部が赤い警告色に染まった瞬間、それが合図とばかりに彼は叫んだ。

「うわあああぁぁぁっ!!」

 エヴァは地を蹴って山肌を滑り降り、山麓で待ち構える使徒へ向かっていく。木々を薙ぎ倒し土煙を上げるその衝撃はさすがに殺しきれないか、激しく揺れるプラグ内で必死に操縦席にしがみつく。

 やがてシャムシエルの射程に踏み入ったのか、一対の光鞭がしなり、エヴァの腹部を貫いた。少年が痛々しげな呻きを上げ、それにシンクロするようにエヴァも停止する。

「なんだ、どうした!?」

「エヴァの損傷はパイロットにそのままフィードバックします!」

「なに!?」

 つまり今、彼は自らの腹部を貫かれたも同然の痛みを味わっているのか。

 あまりに非人道的な機構に憤りを覚える。しかし彼はその痛みで逆に()()たか、再び絶叫を上げてナイフを振りかざす。

「うあああぁぁぁっ!!」

 両手で突き上げた刀身が、シャムシエルの首元の赤い球体に深々と突き刺さると、まるで金属を切断する工具のように、激しい音と火花の雨をエヴァに降らせた。

「あああああああっ!!」

 少年が咆哮を上げながら、エヴァと同じように全身で右レバーを押し込んでいく。

『初号機、活動限界まであと三十秒!』

 女性オペレーターがカウントダウンを始め、エヴァの限界が刻一刻と見えてくる。

「ユーコ、あれが弱点か!」

「はい! あの球体を破壊すれば殲滅できます、けど……!」

 ナイフによる裂傷は生まれている。しかし使徒はその活動を停止せず、エヴァに、少年に、深々と光鞭を突き刺したままだ。

『二十二! 二十一!……』

「うわあああぁぁ!」 

 まだ子供特有の甲高さが残る声で、喉を壊すほどの絶叫を上げて戦っている。それを後方から眺めている自分が口惜しくて堪らない。

「くそっ、何かできないのか! 何か……!」

 その時、背もたれを掴んでいる自分の掌に熱を感じた。見ると、両の掌が淡い赤紫色の光を放っている。

「カメさん、それは!?」

「分からない! 分からない、けど……!」

 なぜか分かっていた。この光が、力が、エヴァとこの少年を救えると。

『十二! 十一!……』

 少年の手に俺の右手を伸ばし、重ねる。彼はそれを気にかける余裕もなく、ただ叫び続けている。重ねた手の甲から伝わる必死の力が、俺の心を奮い立たせた。

「いくぞ、エヴァ!」

 掌が鮮烈な光を放つ。体の奥深くから沸き立つものを感じ、それを怒涛のようにエヴァへと流し込んでいく。

「ううぅ、あああぁぁっ!」

『五! 四! 三!』

 エヴァの気配が変わる。これまで奥底に押し込められていた、より巨大な何かが解放されたような、そんな雰囲気を感じた。頭上で何かが、バキンと音を立てて壊れた気がした。

『二! 一!』

「いけえええええええっ!!」

 俺が叫ぶと同時に、ガラスの割れるような音で赤い球体が砕け、ナイフは勢いそのままに、エヴァの腕ごと使徒の体を貫通した。

 プラグ内の電源が全て落ち、薄暗闇と完全なる静寂に包まれる。エヴァに力を与えた結果か、強い脱力感に苛まれながら荒い呼吸を整える。やがて敵を撃滅した事実を徐々に飲み込み、心には歓喜が溢れかえってきた。

「は、はは、やった。やってやった……」

「やりましたねカメさ、あ……」

 ユーコが口をつぐんで注視したのは、操縦桿に体重を預け、俯いた姿勢のまま細い肩を震わせる少年だった。僅かに聞こえてくる嗚咽に、俺も見ていることしかできなかった。

 いったい、エヴァとはなんだ。こんな少年が戦わなければならない理由は、命をかけなければならない理由とはなんだ。

 それは後にして思えばジャーナリズムの芽生えか、あるいは持って生まれた義憤の発露か。どちらにせよ、俺の中の転換点となる出来事には間違いなかった。声を押し殺して涙を流す、華奢な背中を俺は忘れられなかった。

 




次回予告

カメ「エヴァ、使徒、ネルフ。どうにもきな臭いってもんだが、とにもかくにも俺は首都の下宿先へ帰り着いた」
ユー「ここってなんだか落ち着きますね!」
カメ「だろ? ところが平穏も束の間。なんと暴走レイバーが突っ込んできて、何もかもぶち壊した!」
ユー「カメさんかわいそー……」
カメ「ええい、呪い腐ってる場合じゃない! ユーコ、追うぞ!」
ユー「あ、はい!」
カメ「次回、『暴走する機械の影』!」
ユー「ターゲット、ロック・オン!」


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stage5:暴走する機械の影 ①

 早鳴きのセミだろうか、それとも工事現場から届くモーター音だろうか。俺は意識外でそれを聞き流しつつ、ちゃぶ台に置いたパソコンのキーを叩き、ひたすら文章を作成していく。扇風機の風に乗ってイグサが香った。

 携帯と一体化してネットサーフィンをしていたユーコが姿を現し、俺と扇風機の間に割って入った。もちろん風はせき止められないが。

「せんぷーき、っていうんですか? 面白い形ですねこれ」

「なあ、それに向かって『我々は宇宙人だ』って言ってくれない?」

「へ? われわれはうちゅうじんだー……我々って誰です?」

「いや気にするな。ありがとう」

 古来より伝わる夏の伝統行事を本物に執り行ってもらい満足。もちろんユーコの声は空気を介した音ではないので、件の宇宙人声ではないが……閑話休題。

 ここは首都、副都心も外れの住宅街。今時珍しいくらいに古臭い家屋がひしめくこの一角が、俺が仮住まいを置く場所でもある。

 一息ついて背筋を伸ばし、そのまま畳の床に寝そべる。木目張りの天井を見上げながら、エヴァから救出された後の出来事を想起した。

 

 

 エヴァが活動を停止した後、エントリープラグが排出され少年は保護されたが、俺は拘束された。そのまま注射をされ気を失い、目が覚めた時には取調室のような簡素な部屋でパイプ椅子に座っていた。

 ユーコ曰く、俺が気を失っている間に地下深くまで移動し、様々な機器による身体検査を行ったらしい。それが善意による診察ではなく実験的な意味合いが強いのは理解できた。

 俺の意識の回復を待って始まったのは、取り調べというよりは尋問だった。なぜ避難命令が出ていたのにあの場にいたのか、誰の差し金で撮影していたのか、エヴァについて何を知っているのか、などなど、かなり厳しい口調で複数の男から問い詰められた。

 なんにせよ当たり障りのない回答を繰り返した。というより、そんなに大層な秘密は持ち合わせていない。ただ警らの兵から逃げて山に入ったことだけは黙っていたが、一つの質問が俺の汗腺を開いた。

「あなた、エヴァに何をしたの?」

 その質問をしたのは、白衣を着た金髪の女性だった。部屋へ入るなり他の人員を退出させ、対面の椅子に足を組んで座った彼女は、煙草をふかしながら俺の目を見据えていた。

「あらごめんなさい、煙草はお嫌い?」

「いえ別に。それより、質問の意味を図りかねます。俺は搭乗してから何も触っていないはずですが」

 しらばっくれてみるが、彼女は淡々と続けた。

「プラグ内はこちらでもモニターしていたわ。けどあなたがパイロットと手を重ねたあたりから、映像に乱れが生じたの。だから教えてほしいのよ、あなたが」

 言葉を切り、机に乗せていた俺の右手を勢いよく掴むと、掌を開かせた。

「この手でエヴァに何をしたのか。エヴァ本来の性能を遥かに超える力を、どうやって引き出したのか」

 その目には先ほどまでの理知的な光はなく、何か狂気的なまでの探求心のようなものが見て取れた。彼女は既に、俺の行動とその結果を結び付けて当たりをつけている。恐ろしいことにそれは殆ど()()()だった。

 断じて言うが、俺だって現在に至るまでその現象について理解は及んでいない。その後はどうやっても発現せず、唯一分かっていることと言えば俺がまた一歩、人間の範疇から遠のいたということだけだ。

 白衣の彼女に気圧された俺はたじろぎながら言う。

「そう、言われても、ただ彼の力になりたい一心で、一緒に操縦桿を押しただけです。第一、ちっぽけな一人間がエヴァをどうこうできますか」

 彼女は真意を測るように俺の目を見据えて押し黙ったが、やがて溜め息をついて俺の右手を放した。

「ええそうね、検査結果でもあなたは単なる人間だった。科学者の端くれである以上、科学の出した結果は尊重すべきだわ」

 目は口ほどに物を言うとの言葉通り、彼女の目はその結果を信じ切っているわけではないと如実に語っていた。願わくは俺の目は寡黙であってくれと、動揺は心の奥底に押し込めた。

 

 晴れて解放となった時、没収されていたベルトや筆記具等の持ち物が返却されるが、その中に肝心のカメラが無かった。

「ああ、カメラは水没してデータごとお釈迦よ。こちらで処分しておくから」

 それが嘘であることはすぐに理解できた。

「いえ結構です。あれで大事なものですから、壊れていても返してください」

 白衣の彼女は持ち込んだ灰皿に煙草を擦りつけた。

「あなたの素性は調べたわ。その上で警告だけど、世の中知らない方がいいこともあるの。大人しく帰りなさい」

 会話は終わりだとばかりにマジックミラーの方へ合図を送ると、黒服の男たちが入室してきた。

「お察しのこととは思うけど、使徒とエヴァのことは全て口外無用。それが破られれば今度こそ……分かるわね」

 言うだけ言って女性は立ち上がり、俺は男たちによって机上に押さえつけられた。懐から注射器を取り出した彼女に叫ぶ。

「最後に一つだけ!」

 彼女が手を止めて俺を見る。

「あんな子どもをエヴァに乗せて戦わせるのはなぜです。もっと他のやりようはないんですか……!」

 彼女は呆れたように、それでいて少し愉快そうに笑った。

「能天気で優しい愚問ね。答えはノーよ。私たち人類にはエヴァが必要で、エヴァにはあの子が必要なの。いわば子どもを戦場に送り出すことが我々の仕事ね」

 そう言う彼女の声色は、どこか自嘲的なニュアンスが含まれていたように思う。

「念を押して言うけど、公言して世間の目をあの子に集めようものなら、一番傷つくのは彼自身よ。それは望むところじゃないでしょう?」

 最も効果的な脅しに歯を食いしばる。白衣の彼女はふと微笑んでから、俺の腕に注射針を刺した。

「あの子はあなたを心配していたわ。同時に感謝も。だから、遺体と面会なんてさせないであげなさい」

 最低の脅し文句だ、と思ったのを最後に意識は途絶え……気づけば見知らぬ駅のベンチで横たわっていた。駅舎の高い天井と、心配そうに俺を覗き込むユーコだけが視界にあった。

「……知らない天井だ」

 

 

 目を開けば、そこにあるのは低い天井の見慣れた木目だけ。非日常から日常へ帰ってきた実感が湧くが、しかし日常は既に非日常の中にある。ゴジラとビオランテ、エヴァと使徒、これらを立て続けに見せられては、もはやそれらを知る前の日常は戻りようもなかった。

「エヴァ、選ばれた子ども……ネルフ、か」

 NERV(ネルフ)――“神経”を意味するこの外来語が、エヴァを運用するかの秘密組織の名称と思われる。俺が気を失っている最中も周囲を観察していたユーコが、例の地下施設内に描かれていたマークを教えてくれた。

 ふと、網戸越しに外を見るユーコの端麗な横顔が目に入る。家に帰って以来、ユーコはエヴァについて口を閉ざしてしまった。あの少年が乗らざるを得ない理由を尋ねたことがあるが、その時ユーコは真剣な顔つきで首を横に振った。

「あの女性、知らない方がいいこともあるって言ってましたけど、これがまさにそれだと思います。知ってもどうしようもないこの事実は、優しいカメさんを苦しめます。ごめんなさい、少なくとも今はまだ……言えません」

 俯いてそう告げる彼女は見るも辛そうで、俺はそれ以上の追及などできなかった。

さて、俺は今、湖に着いてからのルポを書き上げている最中だったが、どうしてもエヴァと少年のことが頭にちらついて集中できずにいた。気晴らしに叔父の開設したホームページを開き、掲載したばかりのゴジラ対ビオランテの写真や動画の数々をざっと見返す。

近頃は山中でもネットに繋がる時代で本当に助かった。エヴァと使徒のデータはカメラもろとも失われてしまったが、湖で撮影したデータをクラウド上に保存しておいたおかげで、こうして公開することができる。

 そうだ、今や何千何万という人々がこのサイトに注目している。みんなに真実を伝えられるのは俺たちだけなんだ。きっといつかは、エヴァについても公表できる時が来るはずだ。

 そう気合を入れ直し、集中のためにイヤホンを付けて音楽のボリュームを上げる。さあと甚平の短い袖をさらに捲り、文章の作成を続行する。

 

 良い塩梅に筆が温まってきたところで、ユーコが話しかけた。

「ねえカメさん、あれって工事ですかね? 人型のロボットが家を壊してますよ」

 ユーコの声は空気を介さず、俺の脳に直接届くらしい。よって大音量の音楽にも阻まれず、彼女の言葉は一字一句逃さず聞き取れた。

 ユーコが示したのは窓枠の向こうの風景だろう。二階にある部屋とはいえ、一階建ても多いこの地域において、その窓からの展望はなかなか良好だった。俺は画面から目を離さずに答える。

「だろうな。この辺も古い建物が多いし、再開発に伴う解体は多いよ。これもバビロンプロジェクトの余波ってところだな」

 そう言っているつもりだが、自分の声も聞き取りづらい。

「バビロンプロジェクト?」

「まあ、早い話が湾を干上がらせて埋め立てて、土地を造ろうっていう国家プロジェクトだ。それにはその人型ロボ……レイバーが必要不可欠なわけだが、五年前の巨影災害で軒並み復興に回されたんで、最近ようやく再開できたってわけだ」

 へえ、と声を上げるユーコを覗き見れば、彼女の目にはどこか哀愁を感じられた。

「でも、なんだか寂しいですね。ここはどこか温かいです。小さな家がたくさん集まって、人と人の距離が近くて……この風景が無くなっていくのは、ちょっと悲しいです」

 少しその横顔に見惚れてしまったが、一人慌てて頭を振る。

「まあ、そうだな。俺もこのレトロな雰囲気に惚れ込んで、下宿までさせてもらってるわけだし」

 作業を一時中断し、ごろりと畳に横たわってその感触と薫りを味わう。

「とは言えこの家の解体は当分先さ。おやっさんもまだまだ現役だしな」

 おやっさんとは、この二階建ての木造家屋の家主のことだ。初老に差し掛かる彼は一階で中華料理店を営んでおり、下宿人の俺にも料理を振る舞ってくれるありがたいお人だ。もっとも、その料理の匂いが刺激となって飢餓感に襲われるのが、生活上の困りどころでもあるわけだが。

 考えるうちに小腹が空いてきた。昼は一階で何かいただこう。改めて、ここの生活は本当に最高だ。

「でも、あのロボット近づいてきてますよ」

「ロボじゃなくてレイバーな。……待て、近づいてきてる?」

 看過できない言葉にイヤホンを外すと、なぜ今まで気付かなかったのか、激しい倒壊音と無数の悲鳴が耳に飛び込んできた。転がるようにユーコの傍に寄って表を見ると、土色の巨体はすぐそこまで迫っていた。

 それは手足が付いてはいるが人型とは言い難く、例えるならクレーンの運転席に長い手とずんぐりした足が生えているような、まさしく作業用といった風体の、遊びの無い機体。確か名前をタイラント。

 見るからに馬力のありそうなそのレイバーは、道を挟んで向かいの家を派手に破壊しながら、淡々と歩きこちらに迫ってきた。

「こ、こっちに来ますよ!?」

「ちょちょちょ、おいマジかマジか!」

 室内を振り向けば、タイラントの進行する直線上に広くデッドゾーンが出現していた。もんどりうって携帯とパソコンを胸に抱え、真っ赤に染まったデッドゾーンから部屋の端へ飛びのく。

 それと同時に部屋が”ひしゃげた”。木材が破断していく轟音と共に、タイラントの上半身が壁を突き破り、家を横断しながら粉塵を激しく舞い上げた。雨合羽を滑る雨粒のように、無数の屋根瓦がタイラントの表面を滑り落ちて割れる音がする。

 頭をパソコンで庇っているうちに、タイラントは反対側の壁を突き破って平然と歩き去った。愛しの仮住まいは見るも無残に破壊され、今や家屋の端の僅かなスペースだけが、かろうじて倒壊せずに建っている状態だった。

 イグサ薫る畳も、貰い物のちゃぶ台も、味わい深い木の箪笥も、見る影もない。そんな光景を前にして、沸々と怒りのボルテージが高まってきた。

「あ、あのヤロォ、俺の癒しの空間をぉ……!」

 後にして思えば、その怒りは叔父やらエヴァやらの件で溜まりに溜まっていたフラストレーションの爆発と言えるだろう。すっかり怒り心頭に発した俺は瓦礫の中からサンダルを掘り出し、かろうじて残る階段を駆け下りた。

 




今回の選択肢

「最後に一つだけ!」
①なぜ子どもを戦わせる! と憤慨する→本編通り
②ネルフを公言すれば、俺はどうなるんです→「湖の魚が少し肥えるわ」
③エヴァとは、使徒とは何なんだ→「分かったら私にも教えてちょうだい」
④やめろー! 死にたくなーい!→「無様ね」
⑤是非またお会いしたい、美しいあなたに→居合わせた女性オペレーター「不潔」


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stage5:暴走する機械の影 ②

 タイラントが通った後はまるで草原の獣道のような、見通しの良い瓦礫の行路と化していた。悠然と進行を続けるタイラントの背を、おやっさんが口惜し気に睨んでいた。

「おやっさん、無事だったか!」

「ああ、そっちもな! あの野郎を追ってとっちめてえところだが、腰打っちまって動けやしねえ、クソッ」

 前屈みになって無念そうに膝を叩くおやっさんに、玄関に停められていた自転車に跨りながら俺は言う。

「任せとけ! おやっさんの無念は俺が晴らしてやるぞ!」

「おお、よし頼んだ!」

 気勢よくペダルを漕ぎだし、レイバーの進行方向に沿うように迂回路を進む。他に避難している者がもう見受けられないあたり、俺はどれだけ鈍いのかと今更に自嘲も湧いてくる。

「カメさん、無念を晴らすって具体的にどうするんですか?」

「ああ? そりゃあ……」

 勢い任せの行動であることを看破されたくなかったので、必死に頭を回転させ瞬時に質問で返す。

「ユーコは機械に変身したとき、自分である程度操作できるよな」

「え? そうですね、ちょっと腕前は不安ですけど」

「じゃあ、機械に入って観察してる時は?」

「ええと、はい。たぶん操作できますね」

 よし、少なくとも可能性はあるようだ。

 タイラントは速度を変えず進行しているようで、倒壊音が絶え間なく響き、瓦などの瓦礫がそのパワーで空に跳ね上げられる様子が時おり確認できた。

 ユーコは俺の狙いを悟ったか、じっとりとした目つきに変わった。俺は堪らず目を逸らす。

「まさかカメさん、あそこまで言って私頼みですか?」

 もはや言い逃れる余地はなく、俺はむしろ開き直った。

「ああそうとも! キミだけが頼りだ! 頼むよ相棒!」

 包み隠さず全てを曝け出したことが功を奏したようで、ユーコは得意げな笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

「ふふん、そこまで言われては仕方ありませんね! やりましょう、なにせあなたの“相棒”ですからね!」

 やたらと相棒を強調しているが、そう言われたことが嬉しかったのだろうか。いつになく上機嫌で今にも歌でも一つ歌い出しそうだ。その横顔が愛らしく、俺も釣られて口元が緩む。

「よし相棒、だいたい何メートルくらいまで接近すれば一体化できる?」

「そうですね、四・五メートルといったところでしょうか」

 全高八メートルになるレイバーが相手となれば心許ない距離だが、人命も関わる局面だ。四の五の言っている場合ではない。

 前方に、青空にそそり立つ銭湯の煙突が見えてきた。それは予想通りレイバーの進行ルートに重なっているようだった。瓦屋根でいかにも下町風情漂うその銭湯は、俺たち地元住民の憩いの場でもある。これ以上愛する街並みを破壊されてなるものかと、ペダルを軋ませて急いだ。

 

 銭湯の屋根に立ち、家屋を破壊しながら接近してくるタイラントを待ち構える。

「よし、いいか。タイラントが近づいたら一体化。機体をすぐに止めた後、運転手が武装してないか確認してくれ」

 ユーコは驚いたように目を開いた。

「武装って、なんでそんなことを」

「いるんだよレイバーを犯罪に使う輩が。特にさっき言った、バビロンプロジェクトに反対する連中なんかな。今回がそれか機体トラブルか分からないけど、故意でここまでする奴なんかまともじゃないだろ」

 この暴走の原因が機体トラブルなら言わずもがな、操作ミスによるものでも――怒りの赴くまま怒鳴り散らしたって構わないだろうが――どちらにせよ救出するにやぶさかではない。しかし相手がテロリスト等の危険人物なら逃げるより他にない。

 そうしたレイバー犯罪に対処する特科車両二課、通称“特車二課”という部署もこの首都には存在しているが、未だ彼らの要するパトレイバーは姿を見せていない。ならば素人の俺にできることなど無いのだ。

 やがてタイラントが銭湯裏手の木造二階建ての商店を破壊し、その距離はいよいよ目と鼻の先にまで迫る。

「さあ来るぞユーコ、頼んだ!」

「はい!」

 ユーコが飛び出して頭から機体へ吸い込まれていく。タイムラグがあるのは分かっていたが、それでもタイラントの巨体が一歩踏み込んでくる様は、否応なしに恐怖を引き立てた。

「頼む、頼むぞ……!」

 踏み出された一歩が振動となって伝わり、瓦が鳴動したその瞬間、タイラントは特有の軋みと共に静止した。あと一歩でも進めば煙突に衝突するほどの、まさに紙一重だった。

「よし、やった!」

 後はユーコの報告を待つだけだったが、暫し待てども彼女の声が聞こえない。

「ユーコ、どうしたユーコ!」

 しかし彼女は呼びかけに応じず、タイラントも踏み出した姿勢で依然停止したままだ。何かトラブルがあったのではと危惧し、煙突まで駆け寄って梯子を上り始める。数メートルほど上ったところで振り向けば、運転席を見下ろす位置にまできていた。窓ガラスにはミラー加工が施されており中は覗けなかったが、声や物音はせず、人の気配というものを感じさせなかった。

 俺は梯子に背を向けて掴まると、高まる心拍を感じながら一度深呼吸をする。大した距離ではないが、十メートル近い位置から跳ぶというのは経験に無く、臆病風が首元を吹き抜けて血を冷やした。

「よし……行くぞ、行くぞ……!」

 一人呟いて覚悟を決めると、軽く反動をつけて前方へ跳び込んだ。予想以上に飛距離を稼げず全身から血の気が引く。

「あだっ!」

 しかし予想以上に大した距離ではなかったらしく、着地に失敗して膝を打ち付けたものの、なんとか運転席の屋根部分へと飛び移ることができた。

「おいユーコ聞こえるか! おい!」

 日に晒され熱を持つ天板へ呼びかけてみると、おもむろに空気の排出される音が鳴り、天板の一部が僅かに開いた。そこがハッチなのだろう、俺は一つ唾を飲み、恐々と手を伸ばして取っ手を掴むと、勢いよく開け広げる。

「おい! 早く逃げ、ろ……?」

 尻すぼみに消えていく言葉を受け止めるのは、(から)の操縦席のみだった。そこでは無数のレバーだけがひとりでに蠢いていた。

「誰も、いない……?」

 その時、小さく、しかし切迫したユーコの声が聞こえた。

「入って!」

「ユーコ、うおっ!?」

 問答の暇なくタイラントが再起動し、俺は振動によって座席へと放り込まれた。ハッチが閉まるとタイラントは再び前進を始め、眼前にそびえていた煙突に衝突する。煙突は黒煙を吐き出しながらへし折れ、隣家に倒れ込んで屋根を砕いた。

「ああぁぁぁっ!」

 タイラントはそのまま浴場に突入し、富士山の描かれた壁を粉々に破壊した。ことごとく倒壊していく憩いの場に失意の叫びも漏れるというもの。

 ひとりでに前後左右に暴れまわるレバー類を必死で押さえつけていると、ようやくユーコの声がした。

「カメさん、しっかり座っていてください!」

「ユーコ、いったいどうなってる!? なんでこいつは勝手に動いてるんだ!」

「私にもサッパリです! さっきまで話す余裕も無く押さえ込んでいたんです! もう限界って時にカメさんが来ちゃったから、仕方なく運転席に入ってもらったんです!」

「ホントか! ごめん!」

 レバーは俺の抵抗虚しく動き続け、それに合わせてタイラントも前進していく。銭湯の瓦屋根を突き破り道路へ出ると、電線と電柱を諸共に引き倒し、向かいの家屋に突入した。運転席の下でトタン屋根が捲れ上がって破壊されていく。

 非常停止と示された大きな赤いボタンを発見し、アクリル板を破りながら叩いてみる。しかしタイラントの歩調に何ら影響を与えはせず、それは他の機器を弄っても同じ結果だった。

「くそっ、どれも反応なしか。普通の故障じゃないぞ」

「そうです、変なんですよ。なんと言うか、自分以外の何かが体の中に居て、操られているような、そんなイメージです」

「体の中? 自分以外の何か……」

 レイバーについて知り得る僅かな情報を記憶から洗い出し、一つ思い当たるものがある。

「ソフトウェア……まさかOS?」

「おーえす、ってなんですか?」

「オペレーティングシステム。そうだな……ユーコ、人体の仕組みは?」

「はい、ネットで勉強しました」

 もはや今打てる手は無いと見て、座席に深く座り直す。

「よし、レイバーを体と例えるなら運転手は脳、そしてOSは言わば脊髄だ。それも飛び切り優秀な。運転手()の意図を汲み、的確な指示をレイバー()へ送り、意識外には気を利かせる。ある意味、運転手よりよほど重要なものだ」

「へえ……では、それが?」

「たぶん、イカレてるのはそこだ。だから体は脳の言うことも聞きやしない」

 好き勝手に暴れまわるレバーに手を添えながら、しかし、と考える。もし本当にOSの不具合だとしたら、事態はあまりに深刻だ。

 首都、とりわけ湾岸一帯はバビロンプロジェクトのためにかき集められた多数のレイバーが目下活動中だ。このタイラントに搭載されているOSがどれほどのシェアを獲得しているかは知らないが、分母からすれば百や二百ではきかないだろう。それだけのレイバーに暴走の危険性があるとなれば……

 その時、レイバーのセンサーに怒声が届く。前方を見ればそれは、屋根に上ってタイラントを見学している豪胆な住民たちを避難させようとする警官の声だった。

『逃げろー! 早く逃げろー! コラァ! 危ないから逃げろっつってんのが分からんのかぁ!』

 どうやらこの一帯はまだ避難が完了していないらしい。パトカーの拡声器から放たれる荒々しい警告も、住民らを避難させるに至らず、それを成したのは迫り来るタイラントだった。

「おーい、どけどけぇ!」

 俺の叫声は外部スピーカーに通じていないようだったが、言われずとも住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、直前まで怒鳴り散らしていた警官も間一髪、踏み出されたタイラントの足を躱した。

 しかしちょうど足の真下にあったパトカーを踏み潰してしまったようで、民家を破壊しながら通過する際、後方から浴びせられる警官の罵声をセンサーが拾い、俺に聞かせた。

「ああもう、俺だって止めたいっての!」

「カメさん、私もう一度やってみます。しばらく集中するので何かあったら呼んでください」

「おお、よし、頼んだ!」

 ユーコの声が消えると途端に、家屋が破壊される轟音と喧しく動くレバーの音だけが際立ち、得も言われぬ心細さが運転席に満ちる。

 上空を旋回するヘリを眺めていると、機械的で重厚な、何者かの足音が後方から聞こえた気がした。その直後、益荒男じみた雄々しい声の無線通信が入る。

『暴走中のレイバーの乗員に告ぐ、聞こえるかぁ!』

 おおっ、と思わず歓喜の声が漏れる。後方の足音はこの声の主が操るレイバーによるものだろう。タイラントからの脱出に一筋の光明が差した気がした。

『こちら特車二課第二小隊! 今助けてやるぞぉ!』

 早速だが光明は断たれた。

 




こんな巨影が見たかった②

・「クローバーフィールド」の怪獣
ホームビデオ風に撮影される怪獣映画という、新地平を生み出した作品。
一人称視点独特の迫力と緊迫感は類を見ない。
しかし酔いやすい。筆者はピザポテトを食べながら見てしまい後半は吐き気との戦いだった。


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stage5:暴走する機械の影 ③

 特車二課の内容は第一小隊と第二小隊に分かれ、前者は選りすぐりの人材が集うエリート部隊といった様相だ。写真で見たことがあるが、隊長も凛とした美人。

 一方の特車二課第二小隊、これが良くも悪くも異彩を放つ問題児集団である。枠に囚われない遊撃隊的な大胆行動で八面六臂の大活躍を果たしたと思えば、何かにつけてすぐ破壊、粉砕、そして被害拡大と、おおよそ警察らしくない大味な振る舞いで悪名も高い。

 かく言う俺も、彼らへの好意的な報道というものはあまり目にしたことがない。

「なんで第二小隊! クソッ、せめて第一小隊ならなぁ……!」

『なんだぁ! きさむぁ! 納税者だと思って優しくしてりゃあ付け上がりやがって!』

「それが仮にも警官のセリフか!」

 他のあらゆる機能は失われているくせに、なぜか無線だけは双方向で繋がっていたらしく、激高した男性隊員が後方からタイラントに掴みかかってきた。

『このヤロォ~ッ!』

「お、おい! 無茶するなよ!」

 しかしさすがはパトレイバー、タイラントの歩調は完全に停止し、その力は拮抗した……ほんの一瞬は。

 タイラントの突出した背部ユニットが二機の引き合いに耐えきれず、もぎ取られる形で剥離した。後方は運転席横の窓から僅かにしか覗けないが、見ればパトカーのような白黒調のレイバーが天を仰いで転倒していた。パトランプが光る肩には“2”と印されている。

 第二小隊のパトレイバー、確か名はイングラムだったか。この機体はタイラントなどの土木作業用レイバーとは異なり、より人間に近くスマートな体形だ。左右非対象のアンテナがウサギの耳のように伸びる頭部も、一種の愛嬌を感じさせる。

 が、これを駆るのが破壊神とまで称される第二小隊であるからして、この状況に置かれてもイングラムが救世主に見えることはない。

『やってくれるじゃねえか!』

「勝手にやられたんだろ!」

『ええい問答無用ぉ!』

 現にこうして()()()隊員に飛び掛かられ、しまいには蹴りまで入れられる始末。

「うおっ! この、いい加減にしろよ……!」

 あまりの狼藉に俺の堪忍袋の緒も切れようかという時、タイラントが異常な動きを見せた。

 急に歩調を変え、今までになく機敏に横へ動いたかと思うと、あろうことかドロップキックを浴びせようとしたイングラムを紙一重で回避した。イングラムはそのまま正面の家屋へ腰から落下し、隊員の驚愕の叫びがノイズ交じりに聞こえた。

「へっ、よく分からないけどいい気味だな」

『貴様ぁ! この期に及んで抵抗するかぁ!』

「俺はどこも触っちゃいないぞ、こいつの暴走だ」

 その時、慌てふためくユーコの声が聞こえた。

「カメさん、何してるんです!?」

「何って、俺は何も。むしろキミが躱してくれたのかと思ったが」

「いいえ、私は止めようと必死で……」

 ユーコが言い終わらないうちにタイラントが歩み出で、立ち上がったイングラムを正面にして、腕を大きく振り上げた。

『なにぃっ!?』

「え、ちょ、おい!」

 イングラムは鉄槌のようなその一撃を退いて躱すが、振り下ろされた両腕は、既に半壊状態の家屋を見る影もなく全壊へと至らしめた。タイラントは前進し、そのままイングラムと組み合って相撲のように押しやっていく。

「こいつ! なんで急に、攻撃的に!」

『な、なんだぁ!? やろうってのかこいつ!!』

 対する隊員も火が付いたのか、がっぷり四つに組んでこれに対抗した。対応としてそれはどうなのだろう。

 しかしさすがは土木用レイバーといったところか、馬力には横綱と小結程度の差がありそうで、押し込まれたイングラムが家屋を次々と破壊していく。

「ああーっ! もしかして!」

「なんだ、知ってるのかユーコ!」

「ほら、私の気分って機体に影響を与えるんですよ!」

 そう、たしか湖に向かう際、自動車に変身していた彼女が意気込んだことによって、エンジンが吹き上がった。

「ああ、たしかにあったな、それで?」

「仮説ですけど、私がカメさんの体に同居している上で、このレイバーと一体化しているので……ほら、カメさんの感情って、私にもなんとなく伝わってくるんです」

「……原因、もしかして俺?」

 つまり、俺の怒りがユーコを通してタイラントに伝わっているのか?

 そうこう論議しているうちにタイラントはさらに攻勢を強め、器用にもイングラムを足払いの要領で投げ飛ばした。

『ぬおぉぉぉぉっ!?』

 石を投げれば民家に当たる住宅密集地であるからして、イングラムは三軒ほど巻き込んで派手に転倒した。

「カメさん、早く怒りを鎮めて!」

「そんな急に言われても、たしかに今ちょっとスッキリしちゃったし!」

「言ってる場合ですか!」

 深呼吸などしてみるが、いまだに怒りを抱えているのか自分自身、自覚が無い。そもそも日頃溜まった潜在的なフラストレーションにまで反応しているとしたら、打つ手など無いのでは?

『このヤロォ! 銃さえ使えれば貴様などおぉぉ!』

「……なんだろう、なんか、収まる気が」

「カメさん!」

 諫められてしまったが、ここでふと気づく。

「そもそも、キミが一体化を解除したらどうだ?」

 しばし無言の間が流れた。やがてふとユーコが姿を現すと、タイラントも元の歩くだけの状態へ穏やかに移行した。彼女は決して俺と目を合わせようとはしなかった。無言の運転席に機械の歩調だけが響いている。

『逃がさんぞぉ!』

 気まずい空気を取り払ったのは、やはり()の隊員の怒号だった。復帰したイングラムは再び背後からタイラントにしがみ付き、その進行を止めようとするが、二機の間には如何ともし難い馬力の差があった。

 イングラムを引きずったまま前進を続け、やがてタイラントは一つの空地へと抜け出した。そこでは肩に“1”と印されたイングラムが待ち構えていた。

 背後の狼藉者のイングラムも、元よりここへ追い込む腹積もりだったらしく、タイラントを羽交い締めにして固定した。

『おぉい、早く乗員をなんとかしろ! この野郎クソ力出しやがってからにぃ!』

 それに応じて1号機が進み出て、俺の搭乗する運転席へ手を伸ばしてくる。巨大な掌が迫り来る様に体が緊張する。

 運転席の屋根から前部までを覆うパーツが無理矢理に引き剥がされると、操縦桿や足場までもが付随し、俺自身も機外へ引きずり出される形になる。気付けばそのパーツごと1号機の手に収まっていた。

 これで俺の脱出は成ったわけだが、振り向いてみれば、2号機が左腕のシールドの裏から特殊警棒のような武器を取り出す瞬間だった。その際、拘束を緩めたことにより、タイラントが再び前進を始める。

「まだ動くのか、こいつ」

 外から見て改めて分かるが、背部も前部も大きく破損しているにも関わらず、歩調に淀みのようなものは感じられない。やはり土木用レイバーだけあって耐久性に優れるようだ。

 2号機がそのタイラントと少し距離をとって警棒を伸長させると、電流の迸る音がした。恐らくスタンバトンのような武器なのだろう、それを脇に構え、2号機は背後からタイラントに迫った。

『とりゃあぁぁ!』

 破損により露出した背部機関に警棒を突き入れると、スパーク音と共にタイラントの活動が停止し、脱力するように肩を落とした。

「やった!」

「ふう、ようやく止まりましたか」

 俺とユーコが思わず安堵の声を漏らす。それは2号機の彼も同じようだった。

『よーし終わった。帰って飯にしようぜ!』

 しかし、結果から言えばそれは早計だった。くずおれたタイラントが再びモーター音を発すると、次の瞬間には全身をガクガクと震わせながら身を起こした。

「なにぃ!?」

 タイラントがバランスを崩したようにたたらを踏み、2号機を巻き込みながら後退する。

『んなっ、おい!? なんだなんだなんだなんだ!?』

 突然の事態に対処もできず、2号機とタイラントは家屋を破壊しながら、住宅地に流れる水路へ水没した。レイバー一台分ほどの幅しかない水路だったため、川沿いに建つ家屋に高波が打ち付けて、煌めく飛沫が高く舞い上がる。

「いったいどうなってるんだ……あいつ、また動き出したぞ」

 俺が疑問を口に出していると、やがて二機は少し距離を置いて浮上してきた。しかし……大量の水を滴らせる2号機が異様なまでに静かだったことに、悪寒を感じずにはいられなかった。

 それは的中し、2号機は無言のまま右ふくらはぎの側面にあたる部分を展開し、レイバーサイズのリボルバーを抜き出した。

 俺の後方、イングラム1号機の喉元から2号機を制止せんとする女性の声が聞こえた。1号機のパイロットは女性なのだなと、こんな状況ながらにそう思った。

『往生せいやあぁぁぁぁぁっ!!』

 怒号と共にリボルバーが連続で発射される。一発一発が鼓膜に響く轟音を発し、その銃弾が川面に当たると、レイバーの背を超える水柱が高々と吹き上がった。

 一発がとうとうタイラントに直撃するが、着弾した箇所から白い煙のようなものが漏れ出し、見る見るうちに機体が凍結していく。それは対面する2号機にまで及び、足元から順に霜にまみれ、最後は頭部のアンテナの先端まで完全に凍結した。

 下町を流れる水路のど真ん中で、射撃姿勢をとったまま氷像のように固まるイングラムは非常にシュールな光景を生んだ。

「れ、冷媒を撃ち抜いたのか……」

 甚大な被害を生んだレイバーの暴走事故は、こうして何とも言えない収束を迎えた。上空を往くヘリのプロペラ音がようやく聞こえてきた。

 

 さて、九死に一生を得た俺はその後、無事に地上に降ろされると……途端に拘束された。容疑はレイバーを用いた器物破損だというが、警官諸氏の対応を見るにテロリストとして扱われているようだった。

 警察署まで連行され、取り調べを受ける羽目になった。ここ最近こんなことばっかりだと辟易しているところに、理解の無い聴取が行われ火が付く。

「あのなぁ、精密機械たるレイバーがひとりでに動き出すわけないだろ」

「この事実以外に話すことは無い! 絶対OSかどこかに不具合があるはずだ!」

「そーだそーだー!」

 一人では心細い思いをしたかもしれないが、ユーコがエールを送ってくれるおかげで自分を強く持てた。もっとも、それで事態が好転することは無かったが。

「バカ言え、あのタイラントに乗ってたのは篠原の最新OS、“HOS(ホス)”だぜ。不具合なんてあるわけ」

「HOS? 篠原重工……」

 それを口走った警官は、上役と思わしき者にどやされて退出と相成った。俺が目を白黒させていると、今度は恰幅の良い……というよりは太り気味な、ワイシャツ姿の男が対面に座した。

「さっきは悪かったね。俺にもちょっと話聞かせてもらっていいかな」

 彼は俺の話を真摯に聞き、時おり手帳に何やら書き込んでは喉を唸らせていた。少なくとも俺の話を信じているようで、最後にはしっかりと頷いて話を終わらせた。

「分かった、ありがとう。この話の通りならすぐにでも釈放になるだろう。けどむやみな吹聴はやめてくれよ?」

 俺の職業を理解した上でそう笑いながら牽制する彼は、なかなか好印象だった。

「しませんよ、俺が追っているのは巨影だけなんでね」

「そうそう、おたくのサイト俺も見てるよ!」

 その後しばらく巨影の話で盛り上がっていると、彼の携帯に着信がある。

「ああっと、そうだな、もう聞きたいことも聞いたし、ここらで失礼するよ」

 そう言って電話口に出ながら、彼は扉へ向かった。

「ああ後藤さん、やっぱりそうだよ。こりゃ決まりかな」

 彼が退室して間もなく、俺も釈放と相成った。

 

 どうやらおやっさんが俺のアリバイを証明してくれたようで、感謝してもしきれない。迎えに来てくれたおやっさんと共に警察署を出ると、空は赤く色づいていた。網戸越しに見たいつかの茜空を想起させ、もはや帰れない思い出の住まいが妙に恋しい。

「ああ、これが埴生の宿ってやつか……いたっ」

 誰の家が埴生だコラ、とおやっさんに殴られた。




今回の選択肢

『やってくれるじゃねえか!』
①「勝手にやられたんだろ!」
②「いいから止めてくれ!」
③「す、すいませんでした」
④「うるせえ、かかってこい!」

①②③→『ええい問答無用ぉ!』
④→銃撃され大破、ミッション失敗


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stage6:繭より出でし巨影 ①

 なけなしの私財を瓦礫の中から掘り起こし、行く当てもなく街へ出て二日目の夜。俺は快適なキャンピングカー内でソファに横たわり、鬱々と微睡んでいた。

「寝床があるってのは素晴らしいな……キミには感謝してもしきれないよ」

「カメさん……言葉と声音がチグハグですよ」

「許してくれよ……とんとん拍子でカメラも家も失って、心身ともにボロボロだぁ……」

 深い溜め息が車内に漏れる。気晴らしに点けたテレビの音声も、空しく響くだけだった。

 振込まで少し待たされるが、先行きのことを考えれば、レイバー損害保険に加入しておいて本当に良かった。最近はレイバーの暴走事故が相次いでいるらしく、保険料が吊り上がるようで、こう言ってはなんだが良いタイミングでの災難だった。

 取り調べ中に聞いた“HOS”という最新OS、あれは俺の予想以上にとんでもない代物だった。搭載するだけでレイバーの性能が三割上昇するとまで謳われ、そのシェア率はこの首都において八割にも上るらしい。

 確証はないが、相次ぐ暴走事故は全てこのOSが発端ではないかと思える。一連の事故の関連性を疑う声も既に上がってきているし、未だに公式の発表は無いが、いずれは警察及びメーカーから動きがあるだろう、というのが俺の今後の見立てだ。

 もっとも、それは俺の追うべき事柄ではない。俺が追うのは巨影であって作業用ロボの欠陥ではないのだ。

「……しかしまあ、この場合は、俺たちのせいでもあるのかね」

「何がです?」

「レイバーの事故に、世間の注目がさして集まらないことが。みんな俺たちの伝える巨影に夢中だ。嬉しいけど、これも世論の沸騰の阻害かなって」

 叔父の巨影サイトの閲覧数は破竹の勢いで上昇中だ。同志による翻訳も成され、海外からのアクセスも急増している。ゴールデンタイムに流れるニュースも巨影一色で、今や巨大生物は一種のムーブメントとなりつつあった。

 今朝届いた叔父からのメールを携帯の画面に映す。

『よくやったな。羨ましいぜ、あんな距離からゴジラを見られるとはな!

 こっちは草体の花が開いたが、まだ猶予はありそうだ。レギオンどもの姿は撮影できたが、何かが足りない気がしてしょうがない。それを見極めてみるつもりだ。お前も気をつけろよ』

 添付されていた画像は、青空のもと刺々しく咲き誇る草体だった。これはサイト上でもレギオンと並んで掲載されている。

 レギオン――全身が鋭い外殻に覆われ、多脚で這いずり人間に襲い掛かる、一つ目の化け物。五年前にも群れで姿を見せ、草体直下の地下鉄構内に蔓延り人々を襲っている。巨影とは言え体高は人間とさして変わらず、既知の怪獣でもあるが、その脅威は深く思い知るところであり、人々の関心度はサイトのアクセス数に強く反映されていた。しかし叔父はそれでも“何か”が足りないのだという。

「足りないって、何がだ? 何が足りない……」

 思考にふけりながら目を閉じる。次第に意識が混濁し始め、俺を励まそうとするユーコの声が遠く聞こえる。

「あ、カメさん、テレビテレビ! 妖精ショーですって!」

「妖精ねぇ、まあ巨影ではないかな」

 適当な返事をして寝返りをうつ。

「興味あるなら点けといていいよ。俺は寝るから」

「あれ、もう寝ちゃうんですか?」

「もうへっとへとなの。あんまり騒いで起こさないでくれよ。おやすみ……」

 おやすみなさい、という耳あたりの良い声を聞き届けると、俺はすぐに眠りに落ちた。事前の会話がそうさせたのか、典型的な妖精の少女が夢の中を華麗に飛び回り、聞き慣れない言語の美しい歌を聞かせてくれた。

 

――翌朝

「なんで起こしてくれなかったの!」

「だって起こさないでくれって言うから! むしろあの騒ぎでよく眠っていられましたね!」

 全く同感だ。自分の軽率な発言と鈍重に過ぎる鈍感っぷりに遅すぎる後悔が募り、ほぞを噛む気分で俯いた。

 

 

 俺が入眠し、ユーコが妖精ショーを見終わってテレビを消した後。人々が寝静まり、都市公園の駐車場も夜の静寂に包まれた頃合いに、それは突然やってきた。

 それは地響きと共にビルの影から現れ、木々の向こうの道路沿いに、駐車場の前を横切っていったという。巨大な芋虫のような姿、段々になっている表皮を捉えた瞬間、ユーコは件の謎知識によって正体を知った。

「わ、カメさんモスラですよモス――」

 そう俺に報告しようと声をかけそうになったらしいが、ここで俺の言葉を思い出し、口を噤んだらしい。是非とも臨機応変に叩き起こしてもらいたかったものだ。

 そして彼女はどうしたものかと考えあぐねた挙句……

「モスラはですねー、成虫になるために繭を作るんですねー。お顔がちょっと可愛らしくて……」

 小声でモスラの解説を始めたらしい。なぜだ。

 やがてモスラは去ってゆき、ユーコが居たたまれない気分で過ごしていると、モスラの去った方角から幾度となく爆発音が響いたらしい。らしい、というのはつまり、そんな状況に陥ってなお、どこぞの馬鹿は高枕を決め込んでいたのだ。

 

 

 これが昨晩の顛末らしい。俺は今ソファに突っ伏して唸っている。

「あのぉ、ごめんなさい、やっぱり起こすべきでしたよね……」

 俺の情けない姿に憐憫を禁じ得ないのか、弱い声音でユーコが謝罪した。

「いや、どう考えても一から十まで俺が悪い。謝らないでくれ。むしろ余計につらくなる」

 ふっと息を吐き、自らの頬に張り手を入れて気合を入れなおすと、運転席に向かう。

「よし、ジーっとしててもドーにもならない! 今からでも追うか! ユーコ、出発だ!」

「はいっ! あ、その前にもう一ついいですか」

 ユーコも普段の快活な調子に戻ったが、俺は訝しんで返す。

「なんだ? もしかしてまだ何かあるのか」

「はい。カメさんに会いたいって子たちを紹介したいんですけど」

「は? 俺に?」

 ユーコの発言の意味が呑み込めない。俺に会いたいというのは分かるが、彼女が仲介に立つ相手となると、てんで想像が及ばない。

「いや、待て。誰なんだその、俺に会いたいって奴は」

 ふと引きつった笑いが漏れる。

「まさか、幽霊の友達なんて言わないだろうな」

「あぁ、まあ、大体そんな感じですかね?」

 歯切れ悪く、しかし平然とそう告げられ、全身を巡る血液が一気に冷やされた。

「……昨晩、俺が寝た後に尋ねてきた、って言うのか」

「はい。あ、今もう()()()()()

 心臓が跳ね上がり、車内を隅々まで見渡す。運転席、その上の寝台、キッチン、収納棚。しかしゴキブリの一匹も見当たらず、動く物と言えば、壁掛けテレビに映る二人の少女だけだ。

「なんだ、脅かすなよ、ユーコ。いったい何が来てるって?」

「彼女たちですよ。ほらテレビのそれ、妖精ショーの」

「妖精ショー? ああ、昨晩やってた。これは録画か? ……あれ、このテレビ録画なんて――」

 その時。画面の中から俺に微笑みかけていた少女たちが、まるで立体映像のように――あるいは幽霊のように――画面からこちら側へと歩み出てきた。あまりの衝撃にソファに倒れ込み、呼吸ごと言葉が止まる。

 固まっている俺に、半透明の小さな彼女たちは可憐なカーテシーを披露してみせた。

『はじめましてカメさん。あなたにお願いがあって、ユーコさんを頼らせていただきました。私たちはコスモスと申します』

 見事に同調した二人の声が、まるで脳に直接訴えるように聞こえる。これはユーコとの会話時にも通ずる感覚だった。

「ちなみにお二人の名前は私が考えたんですよ! 綺麗なお洋服で、公園に咲いていたお花みたいだなって」

 確かに、彼女たちの着ている服は淡い暖色で、まるで西洋のおとぎ話から抜け出してきたような、優美なドレス姿だった。ニ十センチ程度のサイズ感もあって、精巧な西洋人形をも彷彿とさせる。

「あ、ああ、はじめまして……だよな。ユ、ユーコ! 頼むから一から説明してくれ!」

 そしてユーコから聞くところを要約すると……昨晩モスラが去った後、コスモス姉妹がテレパシーによってこの像を飛ばし、ユーコに接触。ひいては俺との接触を願い出たという。

 どうやら二人はモスラの巫女であるらしいが、悪辣な人間に捕まり、その者の企画した妖精ショーなどという興行に出演させられたようだ。しかし番組内で披露した二人の歌に反応し、モスラが彼女たちを取り戻すべくこの首都へ現れてしまった、とのことらしい。

「まあ、そこまでは分かった、信じよう。しかしそれならモスラに助けてもらえばいいんじゃ? 人間側の被害は気にしなくていいと思うぞ。自業自得だし、話の通りの速度なら避難はできるだろう」

「いえ、それが……」

「私たちの入れられている籠に、ガラスのようなものが被せられたのです。するとモスラとの繋がりが断たれ、今のモスラは私たちを探して暴走している状態です」

 なるほど、これでおおよその成り行きは分かった。その被せられたカバーには、彼女たちの脳波でも遮断する効果でもあるのだろうか。

「ん、ちょっと気になったんだが、なぜユーコとはテレパシーが通じる?」

「それは私たちにも詳しくは分かりませんが……」

「恐らく、ユーコさんの特殊性によるもの、としか言いようがありません」

 皆が頭を悩ます中、ユーコは極めて明るく振る舞った。

「きっと波長が合ったんですよ! 私とカメさんみたいに!」

 その様子に、俺も笑みが零れる。

「ああ、そうだな。と言うか、そんなところは問題じゃないよな」

 再びコスモス姉妹と向かい合い、小さな、しかし純真に俺を射貫く四つの瞳を見つめる。

「それで結局、二人は俺にどうしてほしいんだい?」

 二人は胸の前で手を組んで俺を見据えた。

「はい。このままではモスラは暴走を続け、人間に多大な被害をもたらします。それは私たちの望むところではないのです」

「そうなる前に、私たちを見つけだして助けてください。もしくは……』

 姉妹は目配せを交わした後、こう告げた。 

『モスラを止めてほしいのです』

 

 




流れの都合上挿入できなかった会話

 なぜコスモス姉妹が現れた時点で起こさなかったのかと問うと……
「だって、カメさんが起こすなって言うし……」
「人間の睡眠がどういうものか分からず、無理に起こしては体に障ると考え……」
「あー分かる分かる! 心配ですよねー!」
「私たちにはあまり無い感覚ですからね」
「なるほど、キミたちの波長が合ってるっていうのは間違いないな」
 女三人集まればなんとやら、俺はやるせなく溜め息をついた。


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stage6:繭より出でし巨影 ②

「ユーコ、モスラってさ、せめて自動車くらいの大きさだったりしない?」

「しません」

「だよねー」

 ユーコの変身したスポーツカーを走らせつつ、一抹の期待を込めて聞くも、一言で切り伏せられる。

「やっぱり二人の救出が現実的なんだが、相変わらずか?」

 ボンネットから都市の風景を眺めていたコスモス姉妹が振り向く。

『はい、申し訳ありません。籠ごとどこかへ移動している、ということしか』

「私もずっと気配を探してはいるんですけど……どうも判然としませんね」

「となれば予定通りモスラの下へ、か。この胸の高鳴りはどっちかな」

 モスラは姉妹の歌声に誘導されたのだから、昨晩妖精ショーが開催された劇場へ向かっていたはずだ。一先ずは俺たちもそこへ向かい手掛かりを探ることにしたのだが、その周辺は国の中枢機関が集中する地区でもある。故に先ほどから垂れ流しているカーラジオも、国そのものを脅かしていると言って過言でない、モスラに関連する情報で溢れかえっていた。

『昨晩開かれた妖精ショーを鑑賞した方の話によりますと、“自分たちを取り戻すためモスラが現れた”と、ショーの最中に小人の姉妹に注意を呼び掛けられた、とのことで――』

『主催者のクラークソン事務局長を非難し、姉妹の解放を求める声が大きくなっていますが、現在クラークソン氏は行方をくらませており――』

『彼が違法ブローカーであるとの噂もこれで肯定されたと見て間違いないでしょう』

「クラークソンとやらめ、このまま雲隠れって腹積もりか」

「許せないです! カメさん、逃がしちゃダメですよ!」

「ああ!」とすっぱり返事をしておきながら、内心では「そんなこと言われてもなあ」と弱音を吐いてしまう。どこへ逃げたかも知れない上、社会的、経済的な強者である彼に挑むのは、一小市民である俺には荷が重いというものだ。

『なお動物愛護団体が姉妹の権利を主張する声明を――』

 姉妹が揃って首を傾げた。

『動物愛護?』

「気にしなくていいから、な? ほら、もう着くから」

 不躾なエゴイズムから目を逸らさせようとラジオの周波数を変える。

『えー、議事堂前です。ここからでも分かるように、議事堂の左、衆議院側が破壊され、中央塔に寄りかかるように巨大な――』

 

「繭だよな、どこからどう見ても」

 道路が封鎖されており遠目に見ることしかできないが、それでも見間違えようは無い。

 蚕のそれを彷彿とさせる質感と色合いの、楕円形の巨大な繭が鎮座し、議事堂を糸で覆っている。それこそ蚕の繭部屋のようにだ。

「あれが本当にモスラなのか?」

『はい、間違いありません。モスラは幼虫から成虫になろうとしています』

 昆虫型の巨影、いや怪獣……昨晩その姿を直接確認した者によれば、五年前にも姿を現した巨影らしいが、やはり繭だけを見てもその記憶は蘇らなかった。

「さて、今はこいつで撮るしかないかぁ」

 携帯のカメラを起動し、ズームしていく。一眼レフと比較してはさすがに及ばないが、昨今の携帯はなかなか発達しており、それなりに見られる一枚が撮影できた。

 周辺の様子も幾つか収めていると、ユーコが何かを発見した。

「わ、カメさん、あれなんですか?」

 彼女が指さしていたそれは、ガードレールを破壊し歩道に乗り上げている戦闘機だった。一瞬我が目を疑ったが、よくよく観察してみれば得心がいった。

 機体に傷らしい傷は殆ど見受けられなかったが、全体に渡ってクモの糸のようなものが絡んでいる。恐らく主翼や尾翼にモスラの吐いた糸が絡まり、操縦が困難になったのだろう。原型を留めて不時着していることが奇跡に近い。

「はー、これはまた……戦闘機っていうのは分かるが、詳しくないからなぁ」

 規制線の張られている位置まで接近し、野次馬に紛れて撮影していると、先ほどの会話――傍からすれば独り言――を聞かれていたのか、訳知り顔の男性が話しかけてきた。

「これはVTOL(ブイトール)機だよ」

「ブイトール? と言うと、垂直に離着陸できるあれですか」

「そうそう。まあ実際は燃費の都合で短い滑走から離陸するみたいだけど、こいつじゃなかったら不時着なんてできなかったろうね」

「なるほど。……ついでに一つ聞きたいんですけど、これってこの国の機体、じゃないですよね」

 規制線の奥に立ち、小銃を手に睨みを利かせている白人と黒人を見やりながら問う。

「そう、駐留軍のだよ。クラークソンの母国、いわゆる()()()ってやつ。自国の上役が引き起こした問題をさっさと片付けたかったんだろうね。結果はまあ、この様だけど」

 歩哨の彼らに睨まれ、俺たちは口を噤んだ。やがて機体にブルーシートが被せられた時、複数の警察官が走り寄ってきた。

「この後モスラへの攻撃が始まりますので、皆さん急いで避難してください!」

 野次馬はざわめきを残してその場を後にする。そこに紛れて歩く俺は、先ほどの男性に声をかける。

「さっきは色々とどうも。ついでに聞きたいんですけど、この辺に攻撃の様子を見られる場所ってありますかね。自分、こういう者なんですけど」

 巨影サイトのカメラマンであることを示す名刺を差し出すと、彼は軽く目を見開いた後に笑顔を見せた。

「そうか、キミが大塚の甥っ子か。これも何かの縁だな」

 今度は俺が驚く番だった。

「えっ、じゃああなたは……」

「初めまして同志、現実で会うとは奇遇だね。ハンドルネーム『中将(ちゅうじょう)』だ、よろしく」

 

 交渉の結果、彼の勤め先に潜り込めることになった。元よりこの騒動のせいで自宅待機の通知が届いていたようなので、ほぼ無人のオフィスビルには予想よりもあっさり侵入できた。

なぜ通知を無視して出勤したのかと彼に聞くと、「せっかく巨影が現れたのだから一目くらい見てみたい」とのことらしい。さすがは巨影を愛好する同志だ。

屋上へたどり着いてみれば、そこは議事堂と繭、その周辺まで一望できる最高のロケーションだった。

「素晴らしいですよ中将さん! これで後は……カメラさえあったなら最高だったんですけど」

「なに? 大塚は寄こさなかったのかい?」

「いえ、貰ったんですが……ちょっと、巨影を追う中で紛失してしまって」

 ネルフのことは黙っていたが嘘はついていない。それを聞いた中将さんは一度自分のデスクに戻ると言い残し屋上から去った。一人残された俺にユーコが語り掛ける。

「カメさん、なんとなくですけど、あちらの方からお二人の気配がします」

「なに、どこだ!」

 彼女の腕に顔を寄せて指さす方向を確かめる。不干渉の幽体であるからして、俺の頬辺りから腕が突き出す形になった。

「おそらく高い位置に来たので、障害物の干渉が無くなったのでしょう」

「先ほどまで人の手に持たれていましたが、今はまた何かに乗せられているようです」

 姉妹の言うことにも耳を傾けながら、思考を口に出す。

「どこへ逃げるつもりだ? 空も海も港は抑えられているはず、なら……いや待てよ、確かこの方角……」

 携帯から地図のアプリを開き、その方角に合わせてスクロールしていく。すると……

「そうか、駐留軍の飛行場だ! このままプライベートジェットで国外逃亡ってことか……!」

 その時、姉妹の像にノイズのようなものが混じり始めた。

「どうやら、そのようです」

「今、籠が斜めになっています。恐らく離陸したのでしょう」

 憤慨に手を握り締め、クラークソンの飛び立った空を見つめる。

『カメさん、私たちは、モスラは決して人と戦いたいわけではありません』

 二人は屋上の手すりの上に立ち、俺に語りかけた。

「むしろ私たちは人が好きなのです。中には、私たちを利用する人もいます」

「しかしあなたのように助けてくれる人もいます。複雑で多様で、優しく逞しい人の心が好きなのです」

 その言葉を聞いて、嬉しいやら情けないやら、支離滅裂な感情が混ざり合って涙が出そうになる。

「すまない、二人のことは絶対に助ける。だから少し待っていてくれ」

「そうです、必ず助けに行きますよ!」

 二人は朗らかに笑って手を振った。

『はい、お待ちしております』

 そして二人の像がかき消える。

「距離が……離れすぎました。ここからではもう何も感じられません」

 一つ息を吸い込み、大きく吐いて心を落ち着かせる。今できること、そしてこの後できることはそう多くない。しかし今すべきはモスラへの攻撃の結果を見届けることだ。その結果如何では……人間の都合だけで見れば、姉妹の奪還は絶対条件ではなくなるのだ。

 しかし頭を振ってその考えを――甘い皮算用、そして最悪の不義理を霧散させる。

 その時、ビルの真下の道路を、軍用と思わしき車列が通過していく。大型トラクターに牽引される、巨大なパラボラアンテナのような機器を搭載したトレーラーが一際目立っていた。

「あれはもしかして、原子熱線砲か?」

 横を見れば、中将さんがいつの間にか戻ってきており、俺と同様に手すりから身を乗り出して道路を覗き込んでいた。

「なんですかその原子、なんちゃらって」

「原子熱線砲。かの国が開発中と噂だった最新兵器だ。その名の通り、原子力をエネルギーにして熱線を発射するらしい」

「へえ……さすがは中将さんですね」

 同志の中でもとりわけ兵器に詳しい彼は、いまだ世に知られていない兵器の情報も掴んでいたようだ。

「そうだ、これを渡しておこう」

 中将さんが俺に差し出したものは、コンパクトデジタルカメラだった。

「僕の私物さ。そう値の張る物でもないけど、無いよりはマシだろう」

 以前にカタログを漁った経験から、そう言って差し出されたそれが決して安くはない物だと分かる。彼は俺の話を聞いた直後に階下へ降りたので、期待が無かったと言えば嘘になるが、しかし……どうにも自分が卑しくなった気がする。

「いいんですか。正直本当に困っていたので、お借りしたい気持ちは山々なんですが」

「借りるなんて。ぜひ貰ってくれ」

 彼はニヤリとあくどい笑みを見せた。

「なに気にしなくていい、後で大塚に請求するだけだからね」

 それを聞き、俺も同じような笑みを作る。

「そういうことなら、遠慮なく! 叔父には飛び切り良いカメラを請求してください」

 二人して笑うと、通過していく車両や、雲の多い晴れ空に飛び交うヘリ、そしてモスラの繭を写真に収めていく。

 やがて繭の周辺のヘリが一斉に遠のいていく。中将さんは自身も装着しながらサングラスを俺に差し出した。

「そろそろ攻撃らしい。キミも付けておきたまえ」

「やはり光線を直接見るのはまずいんですか」

「恐らくね。雲が晴れた時を考えて持ってきたが、存外役に立ちそうだ」

 突如ユーコが慌てふためき始めた。

「カメさん、私サングラスなんて付けられないです! ど、どうしましょ!」

「心配なら目つぶっておきなよ。絶対いらないと思うけど」

 中将さんに聞きとられないよう小声で返すと、扱いがぞんざいだとして不服を訴えられ、俺は一人笑いを堪える。どうも俺は彼女の小言が好きなようだ。

しかし今はそんなことに構っていられないと聞き流していると、いよいよ攻撃が始まった。

 ビルの影から照射された赤い熱線が繭に当たり、表面を赤く染め上げたと思うと、見る見るうちに繭は炎上を始めた。凄まじい熱が肌に伝わってくるその様を、少しでも伝えようと動画撮影に努める。

「これは……モスラの姿は、いよいよ見られないかもしれないね」

 中将さんの呟きに内心で疑問を呈す。果たして、巨影とはそう簡単に駆除できるものなのだろうか、と。そこには、コスモス姉妹を取り戻すべく現れたに過ぎないモスラに対する、憐憫のような感情も含まれていたのかもしれない。

 体感的にかなり長い時間続いていたように思われる照射が止む。その後に残されていたのは無残に焼かれ、白く艶やかだった表面が黒々として焦げている繭だった。その様に生命力というものは感じられず……死を迎えたようにしか見えなかった。いつの間にか、太陽は雲に隠されていた。

 遠方で旋回していたヘリが戻ってくる。その中には報道ヘリも含まれているのだろう、中将さんが携帯からテレビ放送を受信していた。

『ご覧ください、モスラの繭は完全に焼かれ、もはや生きているとは思えません。一先ずの危機は去ったとみていいでしょう』

 上空から映される繭も、この屋上から見るものと変わらない印象を与え、レポーターもその死を、人類の勝利を疑っていない様子だった。しかし――

 俺は見てしまう。繭の上方の表面に、僅かに走った亀裂を。それはカメラマンも同様に気づいたらしい。動揺してか画面端に自らの腕が映っていることも気にかけず、大声でその亀裂を指摘している。

『あっ、あれはなんでしょうか! 繭の表面、見えますでしょうか! 僅かに亀裂のようなものが――!』

 レポーターの声が止まる。裂け目は実況の暇すら与えず繭の表層を走り、何者かが内側からそこを押し破ろうとしている様が見て取れた。いや、“何者か”などと、そんなことは分かり切っている。

 俺は画面から目を離し、肉眼で繭の様子を捉える。雲間から幾筋もの光が差し込こみ――たしか天使の梯子、という現象だったか――幻想的な光景を生み出していた。焦げた繭を押し砕き、顔を出した複眼の巨影……怪獣の名を、改めて俺は呼んだ。

「モスラ……!」

 青く光る複眼、一対の触覚、オレンジを基調とした鮮やかな体毛。やがて全身が露出すると、朝露の中で羽化し、朝日を浴びて飛び立とうとする蝶の如く、極彩色の巨大な羽を空に広げた。鱗粉が舞い、雲間からの日差しに反射して金色に瞬く。

甲高いその鳴き声を聞いて、俺はどこか安心してしまった。どうしようもないエゴイズムだった。

 




今回の選択肢

カメラを貰う際
①いいんですか、と確認する→本編通り
②そんな、受け取れませんよ! と恐縮する→「大塚の甥とは思えないね」
③いいんすか!? やったー! と喜んでいただく→「ああ、大塚の甥だ」


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stage6:繭より出でし巨影 ③

 指揮系統が混乱しているのか、モスラへの即時攻撃は行われなかった。それは羽化から飛び立つまでの猶予を計算に入れてのことかもしれないが、そこらを飛ぶ蝶や蛾などとモスラを同等に見るべきではなかった。

 モスラはものの一分程度で巨大な羽を高々と掲げ、大きく振り下ろす。すると議事堂周辺にもうもうと砂煙が立ち込め、今にも飛び立ちそうな力強さを見せつけた。

「まさか、もう飛べるのか?」

「見る限りじゃ、そうとしか思えませんね」

 シャッターを切りながら中将さんにそう返事をしていると、予想通りモスラは二振り目で体を宙に浮かせ、一定の高度でホバリングを始めた。議事堂を覆いつくすような巨体が宙に浮かび上がる様は圧巻だったが、モスラが向きを変えこちらに向かってくると、すぐに観察の余裕は無くなった。

「おっと来た、か……!?」

「何かに掴まれ!」

 そう言って中将さんは手すりにしがみつくが、俺は足元に広がるデッドゾーンに目を見開いていた。屋上全域を覆いつくすそれは、しかしこれまでの血のような赤色とは違い、警戒色ともとれる黄色をしていた。

 時間が引き伸ばされているように感じる。しかし熟考する猶予はない。このデッドゾーンの意味は分からないが、俺が選べる選択肢は三つ。手すりにしがみつくか、今からでも屋内へ逃げ込むか、それとも室外機の影へ隠れるか。

「カメさん、早く!」

 ユ―コの声に反応し、咄嗟に手すりにしがみつく。見上げてみればモスラは目と鼻の先まで迫っており、巨大な影が俺たちを覆いつくした。黄色と朱色、そして黒から成る羽の模様は、見ようによっては太陽のプロミネンスのようで、それが日差しに透けて浮かび上がるように見えたものだから、あまりの美しさに俺はつい腕に力を籠めることも忘れ見惚れてしまった。

モスラが頭上を飛び去った、その瞬間。凄まじい乱気流が屋上に吹き荒れ、嵐に曝される枯葉のように俺の体は浮かび上がった。咄嗟に手すりに引っ掛けた指もすぐに剥がれ、空へ吸い出されるように飛ばされてしまう。

「カメさん!」

 ユーコの声は単なる悲鳴ではなく、明確な意図を持って俺の名を呼んでいた。藁をも掴む気持ちで彼女の声のする方へ両手を伸ばしてみると、掌に柱のようなものが当たり、咄嗟にしがみつく。それはしっかりと固定されているようで、俺の体をその場に留め続けてくれた。

 やがて風が止み、重力に従って足が地に着くと、力を入れることができずその場にへたり込んでしまった。荒い呼吸のまま見れば、俺が今いる場所は階段室の上で、咄嗟に掴んでいた物は避雷針だったようだ。後方は屋上の末端であり、先端が折れ曲がったこの避雷針に掴まっていなければ、間違いなく中空へ放り出されていただろう。

「はあ、生きてる……ありがとう避雷針、あとユーコ……」

「カメさん、よかった! でもついでみたいな感謝は受け付けませんよ!」

 彼女も口が良くなったなぁ、などと苦笑しながら立ち上がり、飛び去っていくモスラの後ろ姿を見上げる。あれほどの巨大生物になれば、羽ばたくだけでも甚大な被害をもたらすのだと、改めて、痛いほどに理解した。

「おーい、大丈夫か!」

 中将さんが階段室前に走り寄ってくる。

「はい、なんとか! 中将さんもご無事ですか」

「ああ、こっちもなんとか。しかし凄かったな! お互い無事で済んで良かった、が、まあ……」

 そう言葉を切って、彼は周囲の被害を確認した。俺も見やれば、屋上の室外機はバラバラに引き倒され、周辺のビルのガラスは廃墟の如く割れている。道路上を見れば車は横転し、物によっては一階部分に突入しており、街路樹も殆どがなぎ倒されていた。

「酷いですね、これは」

「ああ。何と言うかな、モスラの羽ばたきからはこう、怒りのようなものを感じたよ。早いところ姉妹を帰してやらないと大変なことになる」

「ええ……まったくです」

 俺は直接コスモス姉妹と関わりを持ち、誰よりも事情に精通している。故に打つ手の残されていない現状が心苦しい。自身の矮小に俯いていると、恐怖のぶり返しと勘違いしてか中将さんは気を遣ってくれた。

「まあ、しばらく休んでいてくれ。僕はちょっと社の被害を確認してくる」

「はい、あの。ありがとうございました」

 彼は笑って階段室へと消えた。一人きり……いや、ユーコも入れて二人きり、静かになった屋上に座りなおす。鬱屈とした気分だが、雲の合間から覗く青空は澄んだものだった。

「カメさん、聞きたいんですけど、もしモスラを追う手段があったら追いますか」

 意図は測りかねたが、熟考はせずに軽く答える。

「いや、モスラより姉妹を追うかな。あの巨体を止めるよりは現実的だ」

 モスラの飛び去った方角を見やりながら答える。大陸遠洋沿いに本国へ戻るものと思われるクラークソンの航路とは少々のズレがある。やはりモスラは姉妹の位置を特定できないでいるらしい。そうして彼女らを探して飛び回るうちにことごとくを破壊してしまうのだろう。人類も指を咥えてみているわけにもいかず攻撃を加え、モスラは反撃し……

『カメさん、私たちは、モスラは決して人と戦いたいわけではありません』

 コスモス姉妹の言葉がどうしようもなく思い返される。

「じゃあ行きましょうカメさん、追いましょう!」

 は? と口から疑問が零れ、その後に乾いた笑いが生じる。

「今更どうなるもんか。ちんけな人間一人でさ」

「カメさんは()()()なんかじゃありません! 何より、一人じゃありません!」

 その言葉と同時に、巨大な翼が屋上に現れる。二対四枚の主翼と水平尾翼、一対の垂直尾翼、鈍くぎらつくその機体に俺は見覚えがあった。

「これ、さっき墜落してた……!」

「こんなこともあろうかと! 撮影の間に観察しておきましたよカメさん! さあ、お早く!」

 体が歓喜に打ち震える。階段室の屋根から梯子伝いに急ぎ降りると、機体に抱き着いた。

「ああもう、キミってホント最高だ、相棒!」

 離陸の準備に入っているのか、機体は熱を帯びていた。

 

「おっと、ユーコ! このコックピットは!?」

「普通に操縦するのは難しいだろうと考えたので、カメさんにはイメージを伝えてもらいます。エヴァがそういう操作性に近かったので、参考にしました」

 そこには複雑な計器類などは一切なく、エヴァのプラグ内で見たものと同様、一つの座席と左右の手にそれぞれ握る操縦桿が構えられているのみだった。唯一の相違点としては、こちらには従来の戦闘機のように厳重なシートベルトが付いているのみだった。

 座席に着きベルトの装着に苦戦しながらユーコを褒め称える。

「本当に気が利くなあキミは! 実際、操縦なんかできないだろうしな」

「カメさんが脳で機体が体、だから私が脊髄(OS)、ってことですよね!」

 彼女はレイバーとOSの関連についての説明を覚えていたらしい。もっともこの場合、単なる信号の伝達役どころの働きでは済まないが。

 ベルトを締め終わりコックピット上部を覆うキャノピーが閉まると、エンジンの高まりがキャノピー越しにも鮮明に聞こえたし、体に感じられた。

「さあ行きますよカメさん、いいですか」

「ああ、よし……なあ、エヴァみたいに痛みがフィードバックするってことは」

「ありませんから! ほら、イメージしてください」

「お、おう!」

 操縦桿を握り締め、機体が垂直に上昇する様を強くイメージする。その途端一際強くエンジンが甲高い唸りを上げ、視界が徐々に昇っていく。周辺に立ち並ぶビルの丈を超えれば、角ばった首都の街並みが見渡せた。

「お、おお、すっげぇ……!」

 感動に息を飲んでしまうが、ここからが本番だ。モスラに追いつくための速度を得るべく、推力のベクトルを変えなくてはならない。

「よし、行くぞユーコ!」

「はい!」

 イメージ通りに機首が持ち上がり、下方に熱気を打ち付けていたノズルの向きは徐々に後方へと移り変わる。それに従い機体は上昇から前進に転じ、加速による圧が俺の全身に降りかかった。

「んっぐ……!」

 旅客機ならば乗ったことはあるが、あれがいかに乗客の居住性に重きを置いていたか、まざまざと感じさせられる。肺が押しつぶされるような急加速に、言葉にならない苦悶の声が口の端から漏れ出した。

 ふと横目に外を見やると、斜めになった世界が眼下に広がり、遥か遠方まで続く平野を埋め尽くす首都圏が一望できた。普通ならその光景に感嘆を隠し得ないだろうが、正直言って今は耐え忍ぶだけで精一杯であるため、表情に示されることはなかった。

 やがて低きに流れていた積雲群が眼前に迫ってくると、ようやくユーコが声を発した。

「あ、カメさん、もしかして辛いですか?」

「ああ、すっ、ごくな……!」

 何とかそう返事をすると、体にかかっていたGが突然に減退した。

「……いやなんで?」

「私の力をもってすれば、地球の物理学なんて何のそのです!」

 表情を見ることはできないが、間違いなく得意げなあの表情で胸を張っていることだろう。

「……ああ、ありがとう」

 色々と言いたいことはあるが、なぜもっと早くやってくれなかったのか、との文句を口にはしなかった。胃の内容物を見たくはなかったのだ。

 

 密にひしめいていた雲の層を超えると、遥か高層にうろこ雲が広がる、晴れやかな青空が視界を統べた。

「おお~……」

 ユーコの計らいによって余裕も生まれ、広大無辺な光景を前に感嘆が漏れる。純白の雲海の隆起がどこまでも続き、さながら天上の世界といった様相だ。

「現在モスラはこの高度、約三千メートルを維持しているようです」

「おお、吉報だな。これだけ高いなら地上への被害は一先ず大丈夫か。よし、今のうちに二人を取り返そう」

「はい! いっきまーす!」

「あー、その、上昇は徐々にでいいから……」

 先ほどの急加速に伴うGへの恐怖が体に染み付いているのか、胃がまた不快感を発し始めた。

 

 しばし雲上の世界を飛行していると、心なしか鼓膜を揺らす騒音が減少しているように感じた。

「ただいまマッハを突破しました」

「おおっ、これが音速の世界か! ……あんまり分からんな」

 見える風景は一面の雲と動きの無い青空、さらにはGまで減退されているのだから速度感というものが今一つ実感できなかった。唯一騒音が減ったような気がする、という程度だが、エンジン音を置き去りにしているのだろうか。

「この調子ならいずれ追い付けそうだな。ユーコ、反応はまだ無いか」

「はい。もう少し集中してみますので、しばらく操縦お願いします」

「了解。頑張ってくれ」

 ユーコの声が途絶える。先程からこうして、“テレパシー”と言えばいいのだろうか、彼女たちだけが持ち得る交信能力によって正確な位置を把握しようと試みている。未だ反応が無いことが若干不安ではあるが、クラークソンが本国に逃げ帰るものとの想定が的中していることを願うばかりだ。

 前方に見えていた巨大な入道雲が接近しているため舵を切る。ユーコが意識を交信に集中させているときは俺の判断を主体として舵を取らねばならないが、不安でもあり、しかし高揚を抑えきれないものでもあった。男の子の夢、パイロット。ほぼ全てをユーコに頼り切りとは言え、自ら戦闘機を駆れるなど夢のような体験だ。

 もうもうと立ち昇る巨大な入道雲に沿って迂回していく。地上に居る時は遥か遠く、一種の壁画のようにそびえていた夏の風物詩が眼前に屹立している、という非日常体験にまた高揚感が立ち昇る。

 その巨体に太陽が隠された、その時だった。

 横目に雲を眺めていた視界の端が赤く色づく。バネが仕込まれているような速さで正面を見れば、前方を遮るように巨大なデッドゾーンが出現していた。

 危機に瀕して世界にスローモーションがかかる。デッドゾーン回避のため旋回すべく舵を切り、それと同時に入道雲の側面を見やる。不気味に霞む二つの青い光が、ぼんやりと雲の奥に現れていた。一拍遅れて、それが巨大な双眼であることを理解し血の気が引く。

「うあぁぁっ!」

 機体をロールさせ旋回すると同時に、それは雲を突き破って眼前を通過した。青い複眼、三対六本の脚……巨大な翼。掠めるような至近距離から離脱した後、下方から見上げれば、モスラは青空を背景に力強く羽ばたいていた。

「カメさん、どうしましたか!」

 機体の急激な運動にユーコが気づく。

「モスラだ! 雲から飛び出してきた!」

 モスラは旋回した後、俺たちの背後へ回り追従してきた。

「なんで付いてくるんだ!?」

「わ、私たちがお二人の場所を知っていると、思っているのでは?」

「その割には攻撃的なような――いや、待てよ」

 想起されたのは数時間ほど前の会話。

『ちょっと気になったんだが、なぜユーコとはテレパシーが通じる?』

 そう、確かこの後の一言。

『きっと“波長”が合ったんですよ!』

「キミかぁ!」

「ええ、私!?」

「波長だよ! キミと姉妹の波長が似てるんじゃないか!? キミの発信したテレパシーを姉妹のものと勘違いして!」

「で、でも! じゃあなんで攻撃されるんです!?」

 後方を見れば、先程より更に接近したモスラの碧眼が俺たちを捉えている。

「姉妹の近くにいる人間は敵だからだろ! 俺が攫ったものと思ってる!」

 全て仮説ではあるがそれが真相であると確信が持てた。その証拠に……デッドゾーンが機体を覆いつくしていた。

「ユーコ、武装は使えるのか!」

「ええ!? つ、使えますけど、モスラには!」

「傷つけるわけじゃない! あれあるか、あの――!」

 モスラが一層強く羽ばたいて急接近し、機体の上方から襲い掛からんとしたその時、機体をロールさせ背面飛行をしながら、強烈な光を伴うフレアをばら撒く。それに驚いてか、機体を元の姿勢に直した時、モスラは俺たちから距離をとっていた。

「や、やりましたね!」

「一回限りだがな! 次はどうしようもないぞ!」

 速力を上げて振り切ろうとするも、モスラは俺たちの想像を超える速度を誇り、一向に距離が離れることはなかった。

 やがて狙いを澄ましたのか、軽く上昇した後、急降下と共に突進してきた。凄まじい速度で迫りくる巨体に息を飲んだ、その時。

視界の、意識の外から飛来した巨大な影がモスラに衝突し、二体は軌道を変えきりもみ状態で落下していく。積雲に突入する手前で二体は素早く距離をとり、モスラは旋回しながら上昇、横入りしてきた巨大な影……青い巨人は、俺たちに接近して並び飛んだ。

「……青い、ウルトラマン?」

「彼は……コスモス、ウルトラマンコスモス。月の優しき光の如き、慈しみの青い巨人……」

 奇しくもモスラの求める姉妹と同じく、“コスモス”の名を冠するウルトラマンは、淡く光を放つ柔和な目で俺を見据えていた。

 




今回の選択肢

このデッドゾーンの意味は分からないが、俺が選べる選択肢は三つ。
①手すりにしがみつく→本編通り
②屋内へ逃げ込む→間に合わず飛ばされ、避雷針へ
③室外機の影へ隠れる→倒れ掛かってくる室外機を躱すQTE
④気合いだ! 仁王立ち!→死


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stage6:繭より出でし巨影 ④

 距離をとっていたモスラは再接近し、後方からの突撃を図っているようだった。コスモスは俺たちを背に庇うように後ろ向きで飛行し、腕を突き出して構えた。

「待ってくれコスモス! モスラはコスモス姉妹を、ええいややこしい! 大事な人たちを取り返したいだけだ!」

 攻撃をやめるよう呼びかけると、コスモスは横目に俺を捉え、“分かっている”というように頷いた。

 それを隙と見たかモスラが一挙に加速し迫りくる。コスモスは右腕を引き絞ると、拳を振りかぶるわけではなく、掌を見せるようにゆっくりとモスラへ伸ばした。そこから放たれたのは青い放射状の光線……いや、光線というと語弊がある。まるで泡沫が水面へ浮かび上がるような様相で、モスラへと清浄の光が放たれた。

 それに中てられた瞬間のモスラは、何の変化も無いように見えた。しかしコスモスに衝突するという寸前のところで、軌道を上昇に変え自ら攻撃を中断した。

 頭上を通過するモスラを見上げているとユーコが解説を挟む。

「あれはフルムーンレクトという技です。攻撃的なものではなく、相手の感情を鎮める効果があります」

「なるほど、興奮状態の今のモスラにはこの上なく有効だな」

 モスラは一度大きく旋回した後、コスモスと並んで俺たちを追従し始めた。何か意図を持って甲高い鳴き声を上げているようだが、なぜだかその内容を少し理解できるように感じた。

「なんだろう、“勘違いは分かったけど、腹の虫が収まらねえ!”って感じだな」

「そう、ですね。そんな様子に見えますね」

 幾分か落ち着きを取り戻したようだが、羽ばたき方や声音を勘案するに未だ姉妹の奪還に燃えているようだ。この状態のモスラをクラークソンのもとへ向かわせれば、飛行機ごと落としかねないように思える。クラークソンたちは正直諦めがつくが、コスモス姉妹も無事では済まないのではないか、というのが最大の懸念だ。

「どうしますカメさん、モスラをお二方のもとへ案内しますか」

「……そうするしかないだろ。でもモスラには攻撃せずに待ってもらう」

「じゃあ、やはり私たちが?」

「ああ、なんとかしてみよう」

 内心で溜め息をつきながら覚悟を決めると、コスモスへ語り掛ける。

「コスモス! 俺たちはこれから姉妹の所へ行く! モスラも連れてこられるか!」

 やはりウルトラマンは人間の言葉を解しているようで、深く頷いて返事をくれた。しかしどういうつもりか、両手をこちらに伸ばして機体を掴んだ。

「な、なんだなんだ、どういうつもりだ?」

「あ、なるほど。カメさん大丈夫です。一回変身を解除しますよ」

「は? 待て待て大丈夫じゃないよ俺、人間だよ? ここ高度何メートルだと、うわぁ!」

 理解が追い付かないなりの必死の抗議は無視され、淡い光と共に戦闘機の姿がかき消えた。その瞬間襲い来る鋭利な刃物のような暴風に目を瞑る……が、しかし俺に届く風は、若干風の強い日に浴びるそれと大差なかった。

 理解が及ばず恐る恐る目を開いて見ると、俺が足場としていたのは巨大な人の手――ウルトラマンの掌の上だった。胸のランプ越しにコスモスが俺を覗き込んでいる。

「うわぁ、うわぁ! 凄い!」

 年甲斐も無く子どものようにはしゃいでしまうが、それも仕方ないだろう。ウルトラマンの、手の中に居る! この体験がどれだけ心揺さぶるものか!

「彼の方が早く飛べるそうなので、一気に連れて行ってくれるそうです。イメージで伝わってきました」

「早く言ってくれよもぉ!」

 文句を垂れる口はふやけたように緩んでいるため、発音もそれに伴ってだらしないものになっていた。

「でも、寒さも風もあまり感じないのはなんだ? コスモスの力なのか」

 そう疑問を呟いてみると彼は頷いた。

「すっごいな、ウルトラマンってやつは! よし、頼んだ!」

 彼の巨大な指に手をかけながら言うと、彼はまた頷いて前を向き、数段回ギアを上げたように超高速での飛行を始めた。流れる雲の速度は戦闘機から見下ろしていたものとは比較にならない。

「凄い! 最高だなこれ……あっ、モスラは?」

 遅れていないか後方を確認すると、全く変わらない間隔で追従していた。

「は~、モスラも凄いなぁ。いくら逃げようとしても振り切れなかったわけだ。なあユーコ……ユーコ?」

 見れば、コスモスの掌の端でぶっすりとした表情で正座していた。

「そーですね、私なんかじゃ到底かないっこありませんね。あー楽ちん楽ちん」

 どうやらお株を奪われた気分らしく不貞腐れているようだ。はしゃぎ過ぎたと慌てて身振り手振りを交えフォローする。

「いやいや、キミがいなくちゃここまで来れなかったしさ! 今後も色々頼ることが――」

 その時俺は――いや、俺の体は思い出した。先ほどの背面飛行を。いくら軽減されていたとはいえ、高速アクロバット飛行に伴う負荷と……それに曝されていた臓腑を。

「……カメさん? どうしたんですかそんな端っこに寄って……カメさん!? だだ、大丈夫ですか!? 何か出てますよ!?」

 かくして俺は、恐らくは世界で初、ウルトラマンの掌で粗相をやらかした男となった。ウルトラマンも焦ればこんな声が出るのだなと、心中で謝罪しながらそう思った。

 

 その後飛び続けること数分、だろうか。ぐったり横たわっていたので時間の感覚も定かではないが、テレパシーによる探索に戻っていたユーコがついに見つけ出した。

「あ、あ! 見つけましたよ! 前方の上空からお二人の気配が!」

「なに!」

 その声に反応してコスモスが軌道を上げる。そうして見えた先の青空に目を凝らすと、遥か遠方の紺碧の空に、米粒の欠片のような白い点を発見した。

「よし、追い付いたか! コスモス、モスラ、あれだ! 後ろから近付いてくれ!」

 返事とばかりに二体は声を上げ、あっという間に上昇し距離を縮めていく。高度が上がればそれに伴う環境の変化で何か症状が出そうなものだが、コスモスのおかげでその兆しは一向に表れない。

『カメさん、ユーコさん』

 足元の声に視線を落とせば、そこにはコスモス姉妹の像が再び現れていた。

「二人とも、ご無事でしたか!」

『はい、なんともありません』

「そうか、よかった。俺はちょっと無事じゃなかったけど」

 ちょっとした悟りに至ったような俺の表情に彼女たちは首を傾げたが、後方を飛ぶモスラを捉えると目を見開いた。

『モスラ……』

「ああ、立派に羽化したよ。それにウルトラマンの方のコスモスも一緒だ」

 二人揃ってコスモスを見上げ、息を飲んでいるようだった。

「これから俺たちが助けに行くよ。モスラには少し我慢してもらうけど」

『……ありがとうございます。本当に、心から感謝します』

 手を合わせてそう告げる彼女たちに笑いかける。

「その前に一つ聞きたいんだけど……キミたち、酸素無くても平気?」

 

 旅客機は基本的に高度約一万メートル付近を航行する。それは遥か眼下に雲海、頭上には宇宙を感じさせる紺碧の天蓋が広がる世界。極限の世界へ生身で至った感動はあるが、目標の姿が近づくにつれ緊張感が高まる。

 クラークソンのプライベートジェットの形が分かるまでに接近すると、そこにある飛翔体が三つであることにようやく気が付いた。中央に大型機、それを挟むように小型機が二機、並び飛んでいる。

「カメさん、あれはなんでしょう?」

「まさか、とは思うけど……護衛の戦闘機じゃないか」

 そう当たりを付けるや否や、小型の二機は大きく旋回して左右に散った。そのフォルムは間違いなく戦闘用のそれで、こちらを正面に見据えて迫った。

「クラークソンめ、よっぽどモスラが怖かったと見える! コスモス、なんとか回避を――」

 言い終わらぬうちにモスラが後方から俺たちを抜き去り先んじた。

「モスラ、殺しちゃダメだ! なるべく被害を出さないでくれ!」

 これ以上の損害を与えることは、人間側の恐怖を引き起こすことにも繋がるだろう。そうなればコスモス姉妹の思いも、本来のモスラの在り方も淡く立ち消えてしまいそうだった。

 戦闘機はモスラを挟撃せんと機銃を掃射したが、モスラは急上昇、コスモスは急降下によってそれを回避した。急な浮遊感に体内のあらゆる臓器が浮かび上がる感覚に襲われる。

「うへぇ……!」

 コスモスの指に掴まりながら情けない声が漏れる。戦闘機はモスラを優先対象としているのかコスモスに追撃はせず、縦横無尽に逃げ回るモスラを追い回していた。サイズ感からして、さながら蝶を追い回す蜂だ。

「落とされなきゃいいけど……」

「飛行機の方ですよね」

「もちろん。モスラがあんなカトンボに負けるもんか」

 加速から減速、捻りまで自由自在に操り追撃を躱すモスラを、二機の戦闘機は捉えきれずにいる。今のところモスラから攻撃する気配はないが、落とそうと思えばいつでも可能だろう。

「モスラの虫の居所次第だが、いつまで持つか分からんな。コスモス、頼む!」

 彼はウルトラマン特有の独特な声で返事をすると、これまで以上の加速でジェット機に急接近し、あっと言う間に垂直尾翼の上方に着けた。

 見下ろすそれは小市民の俺が想像するプライベートジェットとはかけ離れた規模で、通常の旅客機と大差無い巨体を誇った。

「さすがに速いなコスモス、このまま近づけてくれ」

 コスモスが俺を乗せている手を伸ばせば、機体に飛び移れそうな距離にまで接近した。間違いなく半径五メートル以内にまで接近できただろう。

「よしユーコ、コスモス姉妹なら大丈夫だ。打ち合わせ通りに頼む!」

「はい!」

 ユーコが機体へと飛び込み姿を消す。脅しをかける、あるいはコントロールを完全に奪って最寄りの空港へ着陸させる手もあったが、モスラの状態と護衛機の存在によってそれらの作戦は実行できなくなった。故にユーコがまず成すは、機内の急減圧だ。

 すぐに変化は訪れた。機体は急降下を始め、ユーコの工作の成功を如実に物語った。

「よし! コスモス、この距離のまま付いていってくれ」

 ジェット機に寄り添うようにコスモスも降下を始める。これが当初より取り決めていた強襲作戦の第一段階だった。

 旅客機というものは内部の気圧を地上に近いものに保っているが、それが下がる……つまり急減圧が起こると、まず酸欠を防ぐために酸素マスクが降り、そしてパイロットは気圧差を解消するため高度三千メートル付近まで機体を急降下させる。ユーコによって強制的に機器トラブルを引き起こすことで、その状態に陥れたのだ。

 遠ざかっていく上空に舞う三つの影を見やる。こちらの異常に気付き離脱しようとする戦闘機をモスラが押し留めているようにも見える。いや、恐らくそうしているのだ。姉妹たちの救出の邪魔はさせまいと……つまり、俺たちを信頼してくれているのだ。

「無理はするなよ」とポツリと呟き、降下していくジェット機に再び視線を返す。これが降下しきった時が作戦の第二段階だ。

 

 




こんな巨影が見たかった③

・「パシフィックリム」よりイェーガーとKAIJU
巨大な怪獣とロボットの殴り合い。これに興奮しない子どもがいるのだろうか。
エルボーロケット(ロケットパーンチ!)、タンカーバット、謎の振り子、どれもこれも堪らないギミックである。
動力が旧式の原子力だから電磁パルス攻撃にも耐えられるというのはジャイアントロボみたいでクソかっこいい展開。でもそれならチェルノアルファにも活躍の機会があったっていいんじゃないですかね……
好きな機体はもちろんチェルノアルファ。第一世代って堪らん。


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stage6:繭より出でし巨影 ⑤

 やがて雲海の直上にまで降下すると、ジェット機は水平飛行に移行した。今後どういう航路をとるかは分からないが、どちらにせよ俺はクラークソン一行と直接言葉を交わす気でいた。そのために必要になるのが強襲作戦第二段階……殴り込みである。

「ユーコ、次だ! 右側後方のドアを開け!」

 大声でそう呼びかけるとユーコの返事が聞こえ、丸みを帯びたドアが僅かに奥へ押し込まれた。内部と外部の気圧差はこの高度に来て解消されたが、しかしドアは開ききらない。ここからは人の手で成すしかなさそうだった。

「コスモス、近づけてくれ!」

 全身全霊を籠めてやろうと袖を捲りつつ頼むが、コスモスは空いている片手の人差し指をドアに当てると、まるでプラスチックの玩具を壊すように軽々と押し破った。千切り取られたドアが枯葉のように後方へ飛ばされていく。

「あ、ありがとう……なんか、色々と馬鹿馬鹿しくなってくるな」

 改めて思い知らされる規格外の存在に、苦笑の混じった愚痴が飛び出してしまう。

 コスモスが俺を乗せた手を入り口に着けると、俺は念のため大きく跳んで機内に乗り込んだ。高級そうな絨毯の床に手をついて立ち上がり、振り返ると、コスモスは飛行機と並び飛んでこちらを見ていた。

「ありがとう。後はこの機体を守ってくれ。でも、もしモスラがあの戦闘機を撃墜したら……なるべく中の人も助けてやってほしい」

 コスモスは頷くと、上方へ飛んで姿を消した。恐らく機体の直上に構えてモスラとこちらの様子を随時窺うのだろう。後ろにウルトラマンがいるということだけで、不安に駆られる心も幾分か強く持てるというもの。

 俺は深く息を吐いて周囲の様子を確認する。ここは機体後方の通路となっており、奥には屈強な外人が一人倒れ込んでいた。これが急減圧による副次的効果で、クラークソン含めその周囲を固めているSPらを纏めて行動不能にしてしまいたいという魂胆があった。俺一人程度なら簡単に取り押さえられるだろう体格の男が伏している状況から見るに、この手はそれなりの効果を上げているとみて良いだろう。

 その時、どこからともなくユーコの声が届いた。

「カメさん、ご無事ですか」

「今のところ問題なく。姉妹の場所は?」

「今は機体のコントロールで余裕が無いのでテレパシーはできませんが、恐らく機体前方かと。コックピット付近が騒がしいです」

「まだ残ってるのか。了解、行ってみよう」

 全員が失神しているわけではないようだが仕方がない。SPの男の懐を探ると、銃火器の類は持ち合わせていなかったが、伸縮式の特殊警棒を発見した。それを拝借しつつ周囲を警戒しながら、機体前方へ繋がる引き戸の向こうの音を聞き取る。

 扉に耳を当てようとしたその時、ちょうど部屋側から開かれ、俺と黒人男性の視線がバッチリと噛み合った。この瞬間俺の脳内で起きた嵐の如き思考の渦は、眼前の彼より一瞬早く次の行動をとらせることに成功した。

 厚い肩を引っ張り背後を取ると、背中に延長前の警棒を押し当てて「フリーズ!」と叫んだ。さすがは銃社会に生きる人間か、すぐに抵抗を止めこちらの指示する通りに動いた。「ワカッタ、オチツケ……」と片言で語り掛けてくる。

 そこはソファやテーブル、果ては大型モニターまで完備された、高級ホテルのラウンジのような一室だった。立っている者は俺と人質の男、そしてもう一人、明らかに東洋系の顔立ちで、口髭を蓄えた太った男だけ。

黒人の男を盾にする俺に、口髭の男が狼狽した様子で叫んだ。

「き、貴様! いったい誰だ! どこから潜り込んできた!」

「お空からな。もうモスラとウルトラマン……コスモスが現れたのは知ってるな」

「あ、ああ! なんだ、姉妹を返せということか!? 冗談じゃない、あれはもうウチの物だ!」

 顔を紅潮させて身勝手なことをのたまう彼に、怒りがふつふつとこみ上げてくる。

「それこそ冗談じゃない、このままじゃ全員死ぬぞ! もうモスラはとっくに()()てるんだ、こんな機体簡単に落とされるぞ」

「奴は護衛機が片付ける! それよりウルトラマンとやらは人間の味方じゃなかったのか! そのコスモスって輩は何をしてる!」

「貴様……!」

 怒声を発しようとしたその時、どこからか聞こえた異音により全員の視線がその方角の窓へと集中する。丸みのある窓枠の向こうを、戦闘機が煙を上げながら降下していき、ウルトラマンコスモスがそれを追うように通過した。

 どうやらモスラは最低限の反撃か、あるいは単なる事故かによって墜落させてしまったようだが、パイロットだけはコスモスが救ってくれるだろう。

「分かったか、モスラ相手じゃ戦闘機なんて――」

 その言葉は突如反撃に打って出た黒人男性の肘打ちによって遮られた。側頭部にそれを食らった俺は部屋の端のソファまで飛ばされ、気を失っている他のSPに躓いて座面に倒れ込む。チカチカと明滅する視界に目を眩ませていると、警棒を持つ腕が押さえつけられ、首に手をかけられた。体重を乗せて締め上げられる喉から掠れた呼気が漏れ出す。抵抗しようにも体勢、あるいは体格の差によって徒労に終わり、意識が遠のく感覚を覚え始めたその時、ユーコの声が聞こえた。聞いたこともないような怒号だった。

「カメさんから、離れろっ!」

 途端に地面が、いや機体が傾いた。突然の事態に黒人SPの体勢が崩れ、腕の力が緩んだ隙に腹を蹴って押しやると、重力に従って彼は反対側の壁まで転がり落ちた。間もなく機体は完全に横転し、床は壁と化し、固定されていなかった椅子や小物、気を失っていたSPたちは片側の壁面へと()()()()()

咄嗟に固定式のテーブルの足に掴まっていた俺は狙いを定め、立ち上がろうとする黒人SPへと一拍遅れて落下する。

「どぅおりゃあぁぁぁっ!」

 気合を込めて放たれた両足によるドロップキックが背中に決まると、彼は肺から空気を漏らし、べちゃりと潰れるようにして気を失った。

 流れから暴力沙汰になってしまい、呼吸を荒げたまま立ち上がる。俺と同じタイミングで立ち上がった口髭の男は、乱れた髪の向こうから俺を睨みつけ、懐から髭剃りのような物を取り出した。それが殺虫灯のような音を発し、ようやくスタンガンであることを理解した。

 その時、一帯の床が黄色に染まっていく。モスラが頭上を通過した際に出現したものと同種のデッドゾーンだった。

これの正体を後々考えた結果、準デッドゾーンと呼ぶに値するものではないかとの仮説に行き当たった。つまり、デッドゾーンはその範囲内に留まればほぼ確実に死が待つエリア。しかし準デッドゾーンは“下手したら死ぬ”という程度の危険度なのではないかと。つまり先ほどは下手こいて死にかけたのだが……閑話休題。

「ユーコ、一回転だ!」

「え、あ、はい!」

 スタンガンは素人には扱いが難しいらしいが、触れただけで行動不能に陥る脅威である。接近せずに状況を打開する策はユーコにこそあると考えた。

「食らえ、ぬおっ!?」

 こちらに駆けようとしていた口髭の男が、回転を始めた機体に足を取られて転倒する。俺は回転に合わせ、障害物を避けながら彼へ接近する。天井と床が完全に逆転し、まるで滑車を回すハムスターになった気分だ。頭上を通る固定式のテーブルを屈んで躱し、再び壁面を歩いた後にソファを跨ぎ、床へと戻る。しかし彼は姿勢を整えることも叶わず、ビンゴゲームのナンバーボールのように重力に沿ってもんどり打つだけだった。

 機体が本来の体勢を取り戻すと、そこにあった万物は台風の後のように一辺に寄せられていた。その中から手放されたスタンガンを拾い上げ、それらしきスイッチを押してみると、電極の間に青白いスパークが発生した。

頭を打ったのか目を回している口髭の男に歩み寄り、そっと首筋に二又の先端を押し当てると、理解が追い付いていない様子で彼は俺を見上げた。

「あ」そしてスイッチを押す。

「がああっ!!」

 短い悲鳴を上げると共に眼球が上を向き、筋肉が硬直し肩をすぼめた姿勢のまま倒れ込んだ。若干、アンモニアの香りが鼻を突く。

「はぁっ……ユーコ、助かった。名パイロットだな」

「もう、どうなることかと……必死で何も覚えてませんよ」

 俺のために能力以上の働きを示してくれたことが嬉しくて、少し頬が緩んだ。

 揺れが強くなりふと窓の外を見やると、下方の雲海に突入したのかほぼ視界が無かった。

「このまま雲の下まで行くか。コスモスも戦闘機を追って下りたし……モスラも見失って攻撃してこないかも」

 ユーコが苦笑交じりに言う。

「そうですね。でも今の脅威はモスラより人間です。この後もお気をつけて」

 その気遣いに頷き、スタンガンを手にしたまま次の部屋へ向かう。一部がすりガラスになっている扉の脇に立つと、壁を背にするようにして慎重に開いていき……突如鼻先に現れたレーザーポインターのような赤い線――デッドゾーンに気づき、思い切りのけ反った。

 けたたましい爆竹のような音と、ガラスの砕ける音が同時に鼓膜をつんざく。降り注ぐガラスに反射的に目を瞑ると、扉の向こうから男の声がした。

「動クナ! コッチハGunガアル!」

 片言でも話せる者がやたらに多いな、と思いつつ、激しく脈打つ心臓を胸の上から押さえる。

砕けたガラスの合間から部屋を覗き見ると、そこは細長いテーブルと多数の椅子が用意された会議室のような空間だった。もっとも、先程の回転のせいで椅子はことごとく倒れ散らばっていたが。

 そのテーブルの向こうで、体格のいい白人男性が拳銃を構えていた。髪は乱れ、その形相には並々ならぬ切迫感が見て取れた。

「姉妹をモスラに返せ! この飛行機もじきに落とされるぞ!」

「ダマレ!」

 もう一発銃声がして、俺が背にしている壁面に衝撃が走る。

「ちっ、興奮でまともに話せやしないか。飛行機の中でバカスカ撃ちやがって」

「カメさん、どうしましょう」

 戸惑うユーコの声を聞きながら考える。こちらはスタンガン一つで彼を制圧しなければならないが、近づくことは困難だ。もう一度回転を挟んだとしても、よほど大きく体勢を崩さなくては照準を逸らすことはできず、しかも既に経験済みの事象で対応されるかもしれない。

 ここで体にかかる浮遊感に意識が向き、この飛行機の現状を思い返す。下降、加速からの急激な機首上げ……そこから生み出される現象。

「ユーコ、機首を四十五度くらいまで上げて上昇してくれ。全力だ」

「わ、分かりました!」

 恐らくユーコは俺の狙いを察していないが、素直にその指示に従ってくれた。床が傾き、体にかかるGが一挙に増す。その場に縫い付けられたように身動きが取れなくなり、これに白人の彼も騒ぎ立てた。

「ナンダ! Pilotハ何ヲヤッテル!」

 残念だが今のパイロットはうちの子なんでな、と心中で小僧のように舌を出す。しかし彼はなぜ悪態ですら片言で話してくれるのか。

 やがて雲海を抜け広大な青空が窓の向こうに広がり、それでも上昇を続け更に高きへと昇っていく。気圧の低下に伴い、鼓膜が膨張しているような痛みを耳孔の奥に感じ、頭痛と眩暈が襲い来る。

「ユーコ、今だ! 出力を下げて、放物線を描くように下降!」

「はいっ!」

 鳴り響いていたエンジン音が収まり、機体が空中へ放り出されるような軌道を描き始める。それと同時に体にかかっていたGが一挙に抜け落ち、逆に自重が空気中へ分散していくような浮遊感に包まれていく。

「What the fuck!?」

 流暢な悪態が聞こえ、彼の体も()()()()()()()のだと察した。俺はステーション内での宇宙飛行士のように地を蹴り、壁を蹴り、部屋の中へと突入した。それに気づいた彼に銃口を向けられるより早く、床すれすれを滑りテーブルを間に挟むが、彼は構わず発砲した。

 銃声の後、もはや聞き取れなくなった外国語での悲鳴が聞こえ、俺は机の影から飛び出して天井へと≪着地≫した。逆さになった世界で彼は、ぐるぐると縦回転しながら、溺れているようにもがいていた。無重力空間で支柱も無く銃を撃てば、反動でコントロールを失うだろうとみていたが、どうやら功を奏したようだった。

 天井を蹴って飛び出し、スタンガンを持った右腕を突き出して構える。

「シュワァーッチ!」

 自然と出た掛け声と共に白人の彼に突っ込み、腹部へスタンガンを押し当てる。

「Ahhhhhh!!」

 金切り声を上げ背筋を伸ばし、体を硬直させる彼の手から拳銃を弾き飛ばす。それは無重力の空間に漂った後、吸い寄せられるように床へと落下した。それは俺たち人間、椅子などの小物類も同様で、一斉に重力に引かれ地へと這いつくばる。

「オッケーだユーコ! 徐々に水平飛行に!」

「はい!」

 機体が下降から水平飛行に移行すると、ようやく従来の重力が戻ってくるが、一時は無重力環境に置かれた身は普段以上に鈍重なものに感じられた。よろめいて立ち上がり振り返ると、白人の彼は未だ呻き声を上げて蹲っていた。

「凄いですねカメさん、今のってなんですか?」

「ああ、今のはパブリック……いやパラボ、んん? まあ、要するに無重力飛行だ。加速、急上昇からエンジンを緩めて放物線で放り出されると、機内の重力がゼロに近くなるっていう現象だ」

 正しくはパラボリックフライト(放物線飛行)という。自由落下運動により無重力、もとい微小重力状態を作る技法だ。是非とも体験したく以前色々と調べたのだが、一介の学生には手の届かない価格設定であったため泣く泣く諦めたという経緯がある。命のかかる緊急時ではあったが、夢に見た無重力体験に興奮していないという方が嘘になる。

「まあ、胃の中が空になってて良かったよ。よくやってくれたな、ユーコ」

「いえそんな、ただ指示通りに……カメさん!」

 機首へと向かいかけたその時、ユーコの声に振り向くよりも早く、俺の胸を貫く一筋のデッドゾーンを捉えてしまう。振り向けばやはり、這いつくばった姿勢のまま銃の元へ移動していた白人の彼が、銃口をこちらへ向けようという瞬間だった。

 




今回の選択肢

ちょうど部屋側から開かれ、俺と黒人男性の視線がバッチリと噛み合った。
①素早く拘束する→本編通り
②猫だましをかます→びっくりするがそれだけ。ゲームオーバー
③殴りかかる!→戦闘開始。大概負ける
④偶然迷い込んだように装う→選択式の会話が始まる


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stage6:繭より出でし巨影 ⑥

 これまでと同じ、危機に瀕し時間は静止に近づく。しかし体は思考に追いつかず、もはや銃弾の回避は不可能に思えた。おまけに、線状のデッドゾーンは次から次に発生していく。仮に、奇跡的に一発目を躱せたとしても、続く二発、三発目で俺は……死ぬ。

 その本能的な恐怖は体を意思なきままに動かし、みっともなく両手を前に突き出させる、原始的な防御姿勢を取らせた。もはやこれまでと目を瞑ると、銃声が三度響き渡る。

……しかし、恐れていた痛みも衝撃も無い。目を開いてみると、そこにあったのは光の壁だった。正八角形の波紋を描き、小さな明滅と共に三発の銃弾を中空に押し留めていた。やがて力尽きたように銃弾が床に落ちると、白人男性は銃口を震わせ、おぞましいものを見るような目で俺を捉えていた。

「ナ、ナンダオ前ハ……バケ、モノ……!」

 化け物。その言葉を聞いて、俺はこの光の壁に覚えていた既視感の正体に行き着く。

「これは、まさか……!?」

 五年前、使徒が発生させたそれをエヴァが引き裂いた。また、上空から落下してくる使徒を受け止めるため、エヴァも展開した。使徒とエヴァのみが持ち得ると考えられた、通常兵器をほぼ無効化してしまう恐るべき特殊能力。

「まさか、ATフィールド!?」

 ユーコが光の壁の名をそう呼んだ。ATフィールド……なぜ、俺がその力を。

「Fuuuuuck!!」

 半狂乱の彼が捨て鉢気味に、残る銃弾全てを打ち尽くさん勢いで乱射する。しかしその全てがATフィールドの前にせき止められ、やがてオートマチックの拳銃は火薬を薫らせて全弾を放出しきった。バラバラと床に散らばっていく弾頭を見て、彼はいよいよ顔色を絶望に染めると、未だ動かない足を引きずりながら芋虫のように俺から遠ざかっていった。

「ハァッ、ハァッ、ハッ……」

 自分の荒い呼吸が聞こえてくる。銃口の前に立った緊張感もあるが、この動悸の原因はそれだけではない。今しがた展開されたATフィールドはピンクに近い紫色。それは俺の持つ手の発光と同色であり、ふと見れば確かに両手はそのような光を放っていた。

 やおら光が消えると、俺は動悸を抑えるため壁にもたれ掛かり、深く呼吸を繰り返す。

「AT、フィールドっていうのか、これ……」

「だ、大丈夫ですかカメさん! 何かお体に異常は!」

「いや、別に……ただ、妙な疲労感がな。タダじゃ、使えないのかもな」

 何か、銃弾を受け止めるたびにエネルギーを持っていかれたような、そんな印象を受ける。既にいくつかの超能力を獲得しているとはいえ、さすがに今回は規格外だ。それなりの代償がいるということか。

「しかし、俺はいつから使徒になったのかね? それか、エヴァに。エヴァがいいな、格好良いから」

 努めて笑いながらそう漏らしてみるが、ユーコからリアクションは返ってこなかった。俺の笑みはきっと、苦笑に近いものになっているだろう。

「まあたぶん、キミに関係するのは間違いないだろうけどさ。今回も最高だよ。つくづく幸運の女神だなキミは」

「ええ、つくづく迷惑をかけます。本当に、呆れかえるほどに……!」

 彼女の声は自らへの怒りに震えているようだった。その厚意そのものが嬉しくて、そして余計で、俺は笑って口を開く。

「頼むからそう言うなよ。俺が文句言ったわけでもないのに、なんでそう卑下するかな」

「でも、カメさん動揺してます」

 少し息を飲んで、深く吐き出す。これは一体化していることによる感情のリンクか、それとも俺が分かりやすいだけなのか。

「ん、まあ、確かにビックリしてはいるけどな。でもキミを責めようなんて思ってないのも分かるだろ。本当に助かるんだから」

「それは……そうかもしれませんけど……」

 理解はしつつ、納得はしていない様子だった。

 動悸と呼吸が治まり始めたことを機に、この話を切り上げようと腰を上げかけると、機首に続く扉が突然開いた。そこから転がるように飛び出してきた白人男性はこちらを一目見た後、大きなトランクケースを抱きかかえて機尾の方へと駆けだした。

「カメさん、あれ!」

「ああ! 待て、クラークソン!」

 報道にもたびたび流された写真と同じ顔。いかにも神経質そうな顔立ちをした某国の事務局長は、今や誰にも守られることなく、這う這うの体で逃げ場のない機内を駆けずっている。

 短い逃走は当然終端を迎え、冷気吹き込む後部出入口の前で彼は途方に暮れていた。

「もう諦めて二人を返せ、クラークソン。モスラに殺されたくないだろう」

「Shut up! ソウハ、イクカ!」

 彼は懐から拳銃を取り出しこちらを牽制すると、トランクを開き、不透明の大きなガラスケースを取り出した。被せていただけのそれを取り除くと、現れたのは鳥籠のようなケースと、そこに囚われたコスモス姉妹だった。

「二人とも!」

『カメさん、ご無事なようで何よりです』

「Hey,listen up!」

 クラークソンは注意を引くため大声を出し、二人に銃口を向けた。

「モスラヲ、今スグ止メロ! サモナクバ、オマエラヲ撃ツ!」

 しかしコスモス姉妹は臆することなく、ゆっくりと首を横に振った。

『モスラを止めることはできません』

「ナンダト!?」

『そうでなければ、皆さんに逃げるよう忠告いたしません』

 クラークソンも頭では理解しているのか、しかし認め難くある窮地に歯を食いしばり、瞳孔の開いた目を血走らせていた。呼吸を徐々に荒らげ、突如何かが()()たように笑った。

「ソウカ、簡単ジャナイカ。モスラカラ逃ゲルナラ……」

 姉妹の入った籠を粗雑に掴むと、開きっぱなしになった出入口へふらりと歩み寄る。

「待て、何を――」

押し寄せた悪寒はすぐに実現した。

「コウスレバヨカッタンダ!」

 そう叫んで籠を機外へと投げ出した。二人分の小さな悲鳴が風の中に消えていく。

「貴様ぁっ!」

 駆け寄る俺にクラークソンは引き金を引くが、全ての銃弾を赤紫色のATフィールドで防ぎ、驚愕に目を見開く彼の顔を全身全霊で殴り抜いた。二十数年の生涯ではあるが、これほどまでに全力の暴力は久しく振るった覚えが無かった。

 その拳の威力を確認する事なく、俺は迷わず機外へと飛び出す。視界が一気に開け、青空と雲海の狭間で重力に引かれて初めて、自らの行動の無謀さを理解し始めた。

「うわあぁぁぁぁっ!!」

 悲鳴か、気合か。測りかねる声が喉奥から絞り出され、味わったことのない空気の抵抗を全身に打ち付けられながら、星に引かれて落下していく。

「カメさん、右!」

 ユーコの声に釣られそちらを見れば、小さな籠が回転を伴って落下していく様を捉えた。

「今、行くぞぉぉっ!」

 もはや彼女たちを救う以外なく、覚悟を決めて落下姿勢を制御していく。手足を広げて空を切り、少しずつにも小さな籠に向かっていくが、下方に広がっていた雲の海に呑まれ、それは影も形も消え失せた。

 間もなく俺自身も雲海に突入し、かろうじて指先が見える程度まで視界は悪化する。むせ返るような湿気が全身を包み、上空の冷気と相まって俺の体温を瞬時に奪っていく。

「くそっ、どこだ! 返事を……!」

 当て所も無く腕を彷徨わせていると、激しく風を切る音の中に、小さな歌声が混ざり始めた。

「カメさん、この歌は……」

 もはや言われずとも分かる、これはコスモス姉妹の歌だ。聞き慣れない言語で捧げられる歌の中に、モスラという言葉が幾度か現れる。昨晩、妖精ショーを聞き流しつつ入眠した際、夢の中に流れていたのはこの歌だった。

「そっちか!」

 声のする方へと導かれ、上下左右の感覚も消え入りそうな雲の中を一直線に進んでいく。それに伴い歌声は徐々に大きく響き、やがて霞む風景の向こうに淡い光を見つけた。接近し腕を伸ばして鉄製の籠を掴み取ると、胸に抱くように引き寄せる。

 彼女たちはまだ歌っている。言葉を紡ぐたび二人の体は光を放ち、それは霧中のランタンのように俺の不安をかき消している気がした。いや、実際に不安など無かった。風切り音にも負けず、あの甲高い、巨影の声が間近で聞こえたからだ。

 突如視界が開け、雲海の底を抜けた先が海上であることを知る。その直後、巨大な翼で雲を引き裂きながら、モスラが垂直に降下してきた。

「モスラ!」

 誰の言葉か、誰もの言葉だったか。歓喜に溢れた声がモスラを呼ぶ。モスラは落下する俺を背中に押し付けるようにして同速度で降下し、そのエネルギーを逃がすように推力へと変換していく。そして海面すれすれの位置で水平飛行へと移り、激しい水柱を打ち建てながら再び上昇した。

 強いGから解放され、モスラの背に突っ伏すような姿勢のまま深く息をついた。頬に当たるモスラの体毛は遠目から見た以上に長く、そして密で、極上の肌触りを誇った。堪能していたい欲求を抑え、コスモス姉妹を縛める籠の戸を開ける。微笑んで外へ出た二人と、改めて向かい合うため姿勢を正す。

「直接会うのは初めてだよな。今更本名もなんだから……改めまして、“カメさん”だ。お互い無事で良かったよ」

「私もはじめまして、ユーコです!」

『はい、はじめましてカメさん、ユーコさん。本当にありがとう。モスラも感謝しています』

 その言葉に反応するようにモスラが高く嘶く。あれだけ恐ろしく強大に思えたモスラが可愛らしく見えて、素晴らしい手触りの毛並みに指を通した。

 その時、上空からエンジン音が聞こえ、見ればクラークソンのプライベートジェットが煙を上げて墜落している最中だった。いや、厳密に言えばウルトラマンコスモスに支えられるようにして降下している。俺はカメラを取り出し、その光景を下方から撮影する。ズーム機能を用いれば、主翼の一部に破損が見られた。

「もしかして……モスラ、あれキミが?」

 モスラは存ぜぬと言いたげにだんまりを決め込んだが、コスモス姉妹の視線が後頭部に突き刺さる。

『……モスラ?』

 どこか弱弱しく声を上げたモスラがおかしくて、俺とユーコは噴き出した。

『申し訳ありません。私たちを救いに行く際、羽が当たってしまったようです』

「はは、いいよ別に。結果的にコスモスが助けてくれたしな。むしろいい薬だ、ざまぁみろ」

 コスモスの手からそっと海面へ降ろされるジェット機を撮影しながらほくそ笑む。緊急脱出用のゴムボートが展開され、クラークソン一向がお互いを支え合いながら乗船していく。中には戦闘機に搭乗していたとみられるパイロットスーツの者たちもおり、コスモスが人命救助に奔走してくれたのだと分かった。

「キミたちは優しいな。あいつらに利用されてたっていうのに」

『嫌なことばかりでもありませんでしたから』

「へえ、そうなんですか」

『ええ。例えば、この服など気に入っています』

 そう言ってひらりと袖を広げて見せる二人に、思わず噴き出した。

「あっはっは! そいつはいいや、出演料として持っていきなよ!」

 談笑している間にコスモスが彼らの元を離れ、モスラの横へ並んだ。パチリと一枚その雄姿を収め、大きく手を振ると、彼は鷹揚に頷き、滑らかな加速から上空へと去っていった。

 彼の押し広げた雲間から陽光が差し込み、波立つ大海原を煌めかせる。その光景は、全てを終えて得られた最高の結果を祝福するようで、心に染み入って潤沢な心地へと誘った。

 

 だからだろう。その後姉妹から告げられた衝撃に、理解が追い付かなかったのは。

『草体が……爆発しました』

 真偽を証明するかのように、叔父との連絡は一切が途絶えた。

 




今回の選択肢

「もう諦めて二人を返せ、クラークソン」
①「モスラに殺されたくないだろう」→本編通り
②「ウルトラマンに成敗されるぞ」→だいたい本編通り
③「今投降すれば命だけは助けてやるぞ!」→半狂乱で銃乱射
④「モスラにごめんなさいしよう? 俺も一緒に謝ってあげるから」→クラークソンキレる


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stage7:その影は大勢であるがゆえに ①

一週間おきの投稿なので、今回からあらすじ付けてみます



前回までのあらすじ

 モスラとウルトラマンコスモスの協力により、“小美人”ことコスモス姉妹を救出することに成功した主人公とユーコ。しかし叔父であり巨影を追うジャーナリストである大塚秀靖が、北方都市に咲いたレギオンの草体の爆発に巻き込まれ安否不明となる。


 モスラの背に乗って陸地へと戻る途中、コスモス姉妹にこれまで見てきた巨影や、叔父や中将さんのような()()()の話を聞かせた。途中までは笑顔で、興味深そうに聞き入っていた姉妹だったが、叔父の現況を聞くと一転して表情を曇らせた。

 不思議には思ったがその場では言及せず、やがて陸地にたどり着くと、モスラは人目につかない山間部に着陸した。その毛並みを惜しみつつも地上に降り立ち人心地ついていると、姉妹は目を瞑り、とある方角に面してじっと佇んでいた。声をかけようとしたが、その方角がおおよそ北方であることに気付き、息を飲んで彼女たちのアクションを待った。

 やがて彼女たちは「やはり……」と呟き、俺を見据えた。

『カメさん、どうか落ち着いて聞いてください』

 全身を駆ける悪寒に、唾を飲み込んだ。

「まさか……」

『ここより北の地で、レギオンの草体が……爆発しました』

 虫の知らせ、というものは、どうにも実現しやすいらしい。

 

 突然姿を消したことの釈明をしようと中将さんに連絡をしたところ、所属不明機と二体のアンノウン反応が観測されたことが軍事マニア間でもっぱらの噂であると聞かされ、俺は戦闘機での移動を控えることにした。次こそ撃墜されかねないし、そもそもこれまでが出来すぎだった。コスモスやモスラの助けが無ければいつ死んでいてもおかしくなかったのだ。故に、俺は陸路にて叔父の元へ――北方都市へと向かっていた。

 高速道路のサービスエリア。トラックの間にスポーツカーを停め、人目を確認してから変身を解除してもらい、休憩施設へと向かう。そこで道路状況の確認をしようとモニターを探すが、深夜帯にしてはなぜかモニター前が混みあっていた。最後列の男性に声をかけてみる。

「すいません、どうしたんですか?」

「ああ? いや、この先通行止めになってんだよ」

「ええ、またなんでこんな時に……事故ですかね?」

「それがどうも、崩落って話でさ」

 その時、フードコート内がにわかにざわめき始める。見渡せば、皆が一様に見上げる先のテレビにその原因はあった。それは上空の報道ヘリからの生中継で、北方都市へ繋がる高架橋が長大な範囲に渡って倒壊している様を映し出していた。

『見えますでしょうか、支柱にして十本分ほどの区間が崩落しています! これは移動中の大型レギオンによる影響と思われ、予想進路からは少し逸れた場所を通過し……』

 画面上にワイプが現れ、台風の予想進路図のような予報円が、北方から一路首都へと向かっている様が示されている。しかし台風の目(レギオン)は予想の進路を逸れ、軌道は僅かな曲線を描くものへと変更された。

 次に画面が切り替わると、町明かり無き瓦礫の爆心地で、死したように鎮座するガメラの様子が映し出された。巨大な甲羅から四肢と尾、そして頭部が飛び出している、なんとも形容し難い不可思議な姿であるが、この奇怪な怪獣が――少なくとも現時点では――人類に与する存在であると俺だけは知っている。

 コスモス姉妹から聞かされたところによると、ガメラは地球を守護する存在であり、故に地球環境に多大な影響を与えうる草体、ひいてはレギオンに敵対しているらしい。五年前にもレギオンの草体を破壊した点からもそれは明らかだったが、しかし……

『大型レギオンと交戦した後、草体の爆発に巻き込まれたガメラに未だ動きはありません。一帯にはガメラが人類の味方であると信じる方、特に無事を祈る子ども達の姿が多く見受けられます』

 細かい経緯は分からないが、ガメラはレギオンに敗れた。死んでいないにせよレギオンの侵攻を防げるような状態ではないことは明らかだ。

 レポーターが同じ内容の反復を始めたところで休憩施設を飛び出し、バイク専用の駐車場にて物色を始める。

「カメさん、何を?」

「ここから先はバイクになってくれ。レギオンの進路上へ行くにも交通規制があるはず。そうなると、潜り抜けるには小回りが利いた方がいい。……よし、これだ。こいつになってくれ」

 はい、と返事してユーコは俺の示したバイクを観察し、そして変身した。それはスーパースポーツと呼ばれる、いかにも俊敏な外観をしたフルカウルのバイクであった。ありがたいことに、ミラーに被せられていたヘルメットまで再現してくれている。

 ありがとう、と告げながら跨り、エンジンの鼓動を感じる。深く息を吸って、タンクに寄りかかった。

「叔父さんの安否は、もちろん気にかかる。でも生きているにせよ……違うにせよ、叔父さんは『撮ってこい』と言うだろう」

 これだけは確信があった。彼の巨影に対する飽くなき執念は、他人はもちろん、時には自身までをも蔑ろにすることさえあった。

「俺はそうしようと思う。付き合ってくれるか?」

 また、わざわざ危険に飛び込もうというのだから一応尋ねる。分かってはいたが、そしてそれに甘えてもいたが、彼女は俺の選択を肯定してくれた。

「もちろん! カメさんの行くところに私あり、です!」

 まあどちらにせよ離れられないんですけど、と小粋な寄生体ジョークも挟み、気を紛らわせてくれる。笑えるかは微妙なラインだったが、その気遣いを受けてしっかり笑っておいた。

 

 高速道路から降り深夜の一般道を駆ける。時間の割に、反対車線は避難民で混みあっていた。

「ガメラもレギオンに勝てないとなると。泣き言は言いたくないけど、やっぱりモスラがいてくれたらと思うな。それかウルトラマン」

「モスラはともかく、ウルトラマンたちもいつ現れてくれるのか分かりませんからね」

 そう、残念ながらモスラは動けない。本当なら爆発のあった北方の都市まで送り届けたい、とコスモス姉妹は言ってくれたが、モスラは幼虫時に軍の攻撃を受け、繭に炎を浴び、それでも姉妹のために孵化を早めたらしい。無理が祟ってしばらくは羽を休めなければならないらしく、恩返しは後に持ち越し、ということになった。

 彼女たち、そして心なしかモスラも申し訳なさそうにしていたから、俺はそんなこと気にするなと豪放磊落に言い放ったが、内心ではその甚大な力による援助を喉から手が出るほど欲していた。もちろん()()()にも出していないが……

 閑話休題、交通規制を行っている検問所の付近でバイクを停め、警備の目を潜り抜けて規制線の内側へと浸入する。そこは電力の供給が止められているのか深い闇夜に包まれ、かろうじて薄い月明かりが中規模程度の住宅街を照らしていた。異様な静寂と闇に包まれた町は不気味に思えて、不安を払拭するようにアクセルを捻った。

 

 一筋のヘッドライトが照らす道を往けば、周囲には田畑が目立ち始め、水の張りつめた田んぼに月が揺らめく。幻想的で静謐な光景の中、次第に自身の中から警戒心が薄れていくのを感じていたが、その度に軽く頭を振って気を引き締めなおす。

 心の片隅で、このままレギオンと遭遇しなければいいのに、との声がしないでもなかったが、ユーコの巨影を察知する力はそんな弱気に影響されなかった。

「なあ、本当にこっちでいいのか?」

「はい、そのはずです。気配を感じますし……あ、あ! 来ます!」

 そう彼女が叫んだ刹那、地震のような振動が閑静な田舎町を揺さぶり始めた。間もなく、斜め正面に見える小ぶりな山体が、裂けるように崩壊していく。バイクを停めカメラを構えると、巻き上がる土煙から姿を見せたのは、規格外なまでに巨大な巨影だった。

 白い外殻は刺々しく、正面に突き出した刃のような頭部と、昆虫を彷彿とさせる無機質な青い目に友好性など微塵も感じられない。甲殻から生える五対十本の肋骨のような鉤爪が蠢き、腹部に赤い粒がひしめく様はザクロのようだ。総じて地球上のあらゆる生物と比較しても形容し難い特徴を持つが、そのフォルムから見て攻撃性の高い生命体であることに疑いの余地は無かった。

「レギオン、外宇宙より飛来したケイ素生物。草体の爆発によって宇宙へと種子を飛ばし、繁殖を繰り返します。その影響で繁殖地の星は生態系が大きく崩れてしまうんです」

「そうか、ガメラはそれを食い止めようと……けど、草体はもう」

「いえ、きっと種子の発射には至らなかったんですよ。ガメラはそれだけは防いだんです。だからこうして次の標的を定めて動いているんです」

 レギオンは南方へと進路を定め、昆虫のような多脚を蠢かしその巨体を運んでいく。俺たちの立つ農道からは離れた場所を横切りそうだが、接近するにつれ背筋を逸らさなくてはならなかった。遥かに仰ぎ見る体高はあのゴジラさえ軽々と上回るだろう。

「次の標的っていうのは、発表の通り首都か。確か、電磁波を発するものを敵として認識するって」

「はい、首都はその最たるものです」

 ユーコの能力によって人類の見立ては確証を得たが、果たしてそれを阻む手立てはあるのだろうか。その結果を見届けるためにも、俺は再びアクセルを捻りレギオンを追走した。

 

 闇夜に高々とそびえるレギオンの巨体を追うと、不意に体の芯まで響き渡る轟音が鼓膜を揺らした。それはレギオンの前方に展開された戦車隊による砲撃らしく、レギオンの前面で爆ぜる砲弾が絶え間なく炎と黒煙を生じさせる。

 しかしレギオンは鬱陶しそうに頭を振るうだけで、効果があるようには見えない。やがて砲撃の間隙を突くように、レギオン頭部の刃のような突起が横に裂け、その合間に青い電流のようなものが迸る。

「うおぉ、くるぞくるぞ……!」

 バイクを停めカメラを構える。そして放たれた青い光線は横一閃に地を穿ち、闇夜を一瞬昼間に戻すような大爆発を引き起こした。雲まで達するような炎の壁がファインダーを埋め尽くし、その迫力に息を飲んでいると、熱を伴う衝撃波が体を打つ。

「これ、は……これまでの中でも、とびっきりヤバいな」

「こ、こんなのどうやって止めるんですか……!?」

 戦車隊は壊滅したかその後砲撃は無く、焦土と化した町をレギオンは悠々と進む。追跡のためカメラを懐に収めたとき、いつの間にか携帯にメッセージが届いていることに気付いた。ふと見れば二度の衝撃が俺を襲う。

「叔父さん!? 無事だったのか!」

まず、差出人が安否不明の大塚秀靖(おじ)であったこと。もう一つはその内容について。

「ガメラ復活、南方へ飛び去った……!?」

「つまり、ここを目指して?」

 着信時間は十分前。ガメラがどれほどの速力を誇るか分からないが、あれだけの巨体を宙へ浮かすとなれば生半可な推力ではないはずだ。となると時間が無い。間もなく二体は再び邂逅し、今度こそ雌雄を決するだろう。それまでに最適な撮影ポジションを確保しなくては……

 暫し考えた後、レギオンの斜め後方、近すぎず遠すぎずといった位置へバイクを走らせる。

「そこでいいんですか?」

「ああ。近ければ迫力はあるだろうけど危険だし、遠すぎればその逆だ。もし危なくなったらすぐ逃げるよ」

 心配そうな声音を滲ませるユーコにそう返し、予定していた距離にまでレギオンに接近する。付近は背の低い住宅や広々とした駐車場が多く、視界は良好だ。移動するレギオンの後ろ姿もよく見える。

 バイクを停めてカメラを構え、闇夜に浮かぶ白い外殻を数枚収めていると、突如レギオンが身を捩りこちらへと振り返った。息を呑むが、一対の碧眼は地ではなく空へと向けられている。その視線の先へ俺も振り向くと、夜空の低い位置に濛々とした雲が一筋たなびいていた。それはミサイルが発射されたかと見紛う光景だったが、接近するにつれ正体のシルエットが見えてくる。

 巨大な甲羅。腕は飛行機のような、あるいは水生哺乳類のようなヒレと化し、足の生えていた位置からはジェット噴射による雲がなびく。

「ガメラ!」

 空気を燃焼する轟音と暴風を残し、俺の頭上を通過したその影は、姿形こそ怪獣と言えるものであっても、ウルトラマンと同じく“ヒーロー”の存在を思わせた。

 




今回の選択肢

最適な撮影ポジションを確保しなくては……
①斜め後方→作中通り
②遥か後方→安全ではあるが、迫力に欠ける
③横合いにピッタリ→迫力のある進行が撮れる
④正面に出る→迫力満点だが攻撃される。死にイベ


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stage7:その影は大勢であるがゆえに ②

前回までのあらすじ

 叔父が消息を絶った北方都市へ向かう道中、マザーレギオンと遭遇し撮影を敢行する主人公一行。レギオンの圧倒的な破壊力の前になすすべ無く蹂躙される戦車部隊。そこに飛来したのは、北方都市で復活を果たしたガメラだった。


「あれはガメラ……太古の眠りより目覚めた、地球の守護者です」

 そのガメラは円を描くようにレギオンの周囲を旋回し、間合いを図っているようだった。対するレギオンも常にガメラを正面に捉えようと、巨体を引きずりながら警戒を怠らない。俺はその間にコンパクトカメラを動画撮影モードへと切り替え、夜空に白線を引くガメラを追い続けた。

 旋回も二周目に入ろうかという時、ガメラはジェット噴射を地へ向けて減速し、激しい白煙がその全身を覆い隠した。そして次の瞬間に手足を生やし着地すると、勢いそのままに地を横滑りしながら、レギオンへ向け口から火球を放つ。圧倒的質量を誇る巨体が慣性に乗り、地面を抉りながら家々を破壊する様はまさに大迫力。

 ガメラの放った次弾が俺の頭上を通過し、球状の業火が燃え盛る様を至近距離で捉える。

「あっつ!」

 伝わる熱に呻きながらその行方をカメラで追うと、レギオンは十本の鉤爪を開き、刃のような頭部との間に電流のようなものを発生させていた。湾曲して見えるその空間に火球が吸い込まれた途端、中和されるように消滅する。

「あれは干渉波クローによる防御です! あれでは火球は通じません!」

「ま、まるでデタラメだ!」

 その後発射された火球も消滅し、ガメラが放った計三発は完全に防がれてしまう。

 やがて慣性を殺しきったガメラが停止し、レギオンと鋭く睨みあった。ガメラが喉を枯らすような咆哮を上げれば、レギオンもまた錆びた鉄門を開くような鳴き声を発する。

 先程までとは打って変わり、緊張感に包まれた静寂が街を包み込み、俺は一つ唾を飲み込んだ。

 そして二体がどちらからともなく踏み出し接近すると、その振動が足裏から伝わり心拍となって、俺も胸の高鳴り感じずにはいられない。

「きた、きたきた!」

 ガメラがレギオンの腹部に体当たりをした瞬間、大気が震えたのを肌で感じ取った。

 二体が並び立って改めて分かるが、レギオンの巨大さには圧巻される。ゴジラに並ぶとも及ばない体高を誇るガメラの二倍はあるだろうか、推定だが百五十メートル近くありそうだ。

 故に押し合いは質量に勝るレギオンに分があり、ガメラは地を抉りながら後退していく。バイクを駆って二体に並走すると、ガメラが肘から生える鋭い爪のような部位を横なぎに振りかざした。レギオンは素早く反応し、複数の足を蠢かし今までになく機敏に後退する。

「なんだ、これまで退くことなんて無かったのに」

「あれはエルボークローという切れ味鋭い武器です。恐らくレギオンは腹部のエッグチャンバーを破壊されたくなかったんです」

「エッグ、チャンバー? それはいったい……」

 疑問を解消する暇なくガメラが歩み寄り、再び懐に潜り込んでエルボークローを振りかざした。しかしレギオンは後退することなく、なんと後ろ脚と下腹部のみで()()()()()()

「うおぉぉっ……!」

 ただでさえ規格外の巨体が更に持ち上がり、その迫力に口から感嘆が漏れ出す。二百メートルには達しようかというその位置から、レギオンは自身の頭部を振り落とした。

 直撃を肩に浴びたガメラは悲痛な鳴き声を上げ、押し倒されるように甲羅から転倒する。そしてまずいことに、レギオンはマウントをとった状態で頭部を開き、光線発射のためのチャージを始めた。

「ま、まずいです!」

「ガメラー! 逃げろぉ!」

 俺たちの叫びが届いたか、ガメラは転倒した状態からジェットを噴射し、その風圧かあるいは驚嘆によってレギオンを再び立ち上がらせた。ガメラが地表を削りながら離脱していくと、狙いの逸れたレギオンの光線は遠方の街を穿ち、激しい爆発をもたらした。

「ふう、なんとか逃げられましたね」

「ああ。いいぞガメラ、一旦距離を取れ……」

 ガメラは付かず離れずの距離を旋回し、攻撃の隙を窺い始めたようだ。この体格に見合わぬ機動力こそ、ガメラが持ち得る最大の武器と言って過言ではないだろう。レギオンも背後は見せまいとその場で身を捩り、二体は暫し膠着状態に陥った。

 それを破ったのはレギオンだった。腹部のエッグチャンバーが発光を始め、無数の小型レギオンの影が、まるで渡り鳥かイナゴの大群のように夜空へ飛び出した。

「そうか、エッグチャンバーってこういうことか!」

「はい、大型レギオンは腹部から小型レギオンを発生させるんです!」

 背中の穴で子どもを育てるカエルがいたな、などと余計な連想をしつつ、一つの生物のようにうねる小型レギオンの群れを撮影する。

「飛行能力のある群体。これでガメラのアドバンテージは無くなったか」

「それどころか不利ですよ。小型レギオンに纏わりつかれればガメラは対処に追われ、隙が生まれれば大型レギオンの餌食です」

 ガメラもそれを理解してか、迫り来る群れを避けるように飛び、俺たちの真横を通過していく。ジェットの風圧が前髪を揺らした。

「カメさん、ケータイ! 確かそれ、電波を出してます! 止めないと!」

「あ、ああ、そうだな」

 警告に従い電源を切ろうとするが、ふと指が止まる。

「どうしました?」

「いや……もしかして、これで誘導できるんじゃないか?」

 一帯は停電し、人という人が避難した町はもぬけの殻だ。ここで携帯の電源を切らずにいればレギオンを誘引できるのではないかと考えた。しかしユーコはバイクの姿から人型の幽体に戻り、厳然として言った。

「ダメです! 危険ですし、第一、成功するとも思えません。この町にもまだ電波を発している物が残っているでしょうけど、微弱すぎてレギオンは反応していないように見えます」

 確かに、彼女の言うことは的を射ている。これだけ電子機器の発展した時代だ。いくら停電した(から)の町とは言え、充電式の端末などがまだ残されている可能性は高い。小型レギオンはそれに目もくれずガメラを追い回しているのだから、こんな携帯一つでどうにかできるとも思えない。しかし、俺は口元を釣り上げて見せる。

「キミ、電源を切れって言ったくせに、今度は成功しないだろうって?」

「それは、そうですけど……」

 ユーコが唇を尖らせて俯く。意地悪をしすぎたかと苦笑が漏れる。

「すまない。でも試させてくれ。せめてでも何かしたいんだ」

「……分かりました、いつでも逃げられるようにはしておきます」

「助かるよ、ありがとう」

 再びバイクに変身した彼女を横目に、俺は携帯を天にかざす。腕一本分の距離に意味は無いだろうが、僅かでもこちらに気を引かせたかった。レギオンの大群は真上に差し掛かろうとしていた。

「ああくそ、気づかないでくれないかなぁ……!」

 空を覆いつくす影の群れに怖気づく心を、苦笑と共にそのまま吐露する。それは強がりでもあり本心でもあった。

 小型レギオンたちは反応を示さない、当初はそう思ったが、やがて群れの先端が解け、それは降下を始めたのだった……俺たちに向かって。

「うわ、来たぞ来たぞ!」

「カメさん、早く!」

 道路上にそのまま携帯を放置し、ユーコに跨ってアクセルを捻る。

「やりましたね、まさか成功するとは!」

「ああ、ほんとに! これで携帯に群がっているところに、ガメラが一発撃ちこんでくれれば――」

 その時、背後から聞こえるおぞましいまでの無数の羽音が、遠ざからず、むしろ徐々に迫りつつあることに気付き、血の気が引いた。振り返って見れば予想通り、小型レギオンの群れは電柱を掠めるような低空飛行で俺たちに肉薄していた。

「な、なんでだ!? もう電波を発するものなんか持ってないぞ!」

「カメさん! このままじゃ追い付かれます!」

 理由は全く不明だが、レギオンは携帯の電波には目もくれず、獲物を狙う猛禽類のように俺たちを見定めているようだ。その速度たるや凄まじいもので、とっくに毎時百キロを超えて走駆するバイクに悠々と追従する。

 やがて広々とした国道上に、円形の小さなデッドゾーンが出現していく。小さいとはいえ続々と、それが無数に現れるのだから、気づけばバイクがやっと通れるほどの隙間しか見えなくなっていた。

「ユーコ、倒れてくれるなよ!」

「が、頑張ります!」

 姿勢を一層低くし、タンクを両ひざで強く抱え込むと、デッドゾーンの密集地帯へと飛び込んでいく。それと同時に群体レギオンが一斉に降下する風切り音が聞こえてきた。小型レギオンが降り注ぎ道路上を埋め尽くすのと、俺がスラロームのようにその隙間を通過していくのは全くの同時であった。

「うおおおおおっ!」

 硬質な物体が道路を打つ音が断続的に聞こえ、その恐怖を振り払うように雄叫びを上げた。やがて音が止んだことを確認してミラーを覗けば、地に降り立ったレギオンたちが俺を見送る様が映されていた。

「はは、やってやったぞ!」

「前です、前!」

 その声に驚いて顔を上げると、地を抉るように引かれる赤い曲線が目に入る。それをなぞるように、俺たちを追い抜いた群れの先頭が、降下しつつ真正面から突っ込んできた。急いでバイクを傾けデッドゾーンから逃れると、横合いすれすれを小型レギオンの羽ばたきが通過する。

「まだ来ますっ!」

 その通り、幾つもの赤い筋が行く手を塞ぐ。隙間を縫うように左右に車体を振って、次々に繰り出されるレギオンの突進を躱していく。その全てが肌を掠めるような紙一重。一つでも判断を、操作を誤れば即座に命を落とすだろう、最悪の土壇場。

「だが俺にはこれがある!」

 躱しきれないレギオン目掛け左手を突き出し、ATフィールドを発生させる。

「うぐっ!?」

 しかし全身を打つ強烈な衝撃に左手が弾き飛ばされ、赤紫の正八角形はものの一撃で破壊された。なんとかレギオンの軌道を逸らすことには成功したが、ATフィールドを使用したことによる精神的な疲労感は銃弾を受け止めた際の比ではない。レギオンの突進はそれ以上の威力を有しているのか……結局のところ、俺のATフィールドが所詮は紛い物、棚から得た牡丹餅ということか。

 それでも、すがらないわけにもいかない。三度レギオンの突進を防いだところで体力的には限界を迎えたが、甲斐あって突進攻撃は乗り切ることができた。

「カメさん、大丈夫ですか!?」

「ああ、なんとか! このまま、逃げ切るぞ!」

 再びタンクに覆い被さるように姿勢を下げ、アクセルを捻る。暫しレギオンは追従するのみだったが、間もなく、先程のように密集したデッドゾーンが前方に現れた。しかしその密集度は比べ物にならない。あまりに理不尽で、暴力的なまでの赤の氾濫。バイク一台分どころか、ネズミ一匹分の抜け道すら消え果てる。

「嘘だろ、おい!」

 急ブレーキによる減速に、不満を漏らすようにエンジンが唸る。十メートルほど手前で何とか静止するが、次の瞬間には数えるのも億劫になるような、大量の小型レギオンが地に降り立つ。

「だ、ダメです! 戻りましょう!」

「ああ! って……クソ、間に合わない、な」

 振り向けば、これまでやり過ごしてきたレギオンたちだろうか、こちらも大挙して押し寄せ、俺は通りの中央で逃げ場を失っていた。ひくりと、口元が卑屈に吊り上がる。

「サメに囲まれたサーファーの気分……」

「カメさん、今からでも戦闘機に!」

「こいつらも飛べるんだ、間に合わないよ」

 徐々にレギオンの包囲網が縮まっていく。奴らはゆっくりと、まるで獲物をいたぶるように鋭い多脚を蠢かす。数多の単眼が夜の闇の中で鈍く光り、無機質に俺を見つめていた。

 もはやできることはないとカメラを取り出し、高波のように迫るレギオンの群れを撮影すると、ユーコが人型をとりカメラを指さした。

「あっ! それどうなんです、カメラ! それも電磁波が出ているんじゃ?」

「まさか! 携帯無視してこっちに来るなんて、ない、だろ? ……よな?」

 素人考えだが、通信しているわけでもないデジカメが携帯よりレギオンを引き付ける、なんてことがあるとは思えない。だがレギオンは現にこうして迫っているわけで……確信が持てない俺はすぐカメラを地面に置き、遠ざかった。

「ど、どうだ?」

 期待していたわけではないが、レギオンは変わらず、カメラを一瞥もせずに俺に迫ってきた。

「違うのかよぉ! もう何も持ってないぞ、くそ!」

「こうなったら、戦闘機の機銃ぶっ放してやりましょう!」

「ああそうだな! やってやろう!」

 こうなればもはやヤケクソとばかりに気勢を上げる俺たち、迫り来るレギオン。次の瞬間、二者を内包する暗闇は、眩い光に照らされかき消えた。その光の中央に居た俺は、突然の事態に危機感ではなく、安心感を覚えていた。その光を俺は知っていたから。

 




露骨なミニゲーム



今回の選択肢

 警告に従い電源を切ろうとするが、ふと指が止まる。
「どうしました?」
①誘導できるかも→本編通り
②「いや、何でもない」と言って電源を切る→結局追われる


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stage7:その影は大勢であるがゆえに ③

前回までのあらすじ

 遂に衝突したガメラとレギオン。宙へと逃れたガメラを追い詰めるため、大型レギオンは小型レギオンの群れを生み出す。主人公とユーコは携帯を使い小型レギオンを誘引するも、前後を挟まれ危機に陥る。そこに突如現れた光の正体を、主人公は知っていた。


 俺とユーコを守るように広がった光が、巨大な人の形へと収束していく。見上げればそこには、最初に遭遇した巨影、正体不明の光の巨人が現れていた。片膝をつき、俺たちを庇うように覆い被さっている彼の顔を見上げ、思わず笑みが零れる。

「白い巨人……生きていたのか」

「あ、あの時の! あの、ありがとうございました!」

 頭を下げたユーコに、彼が頷く。その眼差しは――ひと際光る一対の楕円でしかないのだが――俺には、温かいものに感じられた。

 白い巨人の出現にレギオンの群れは後退していたが、耳障りの悪い鳴き声を発し、再び距離を詰め始めた。狭まるレギオンの波を巨人は見渡し、巨大な腕を真っ直ぐに掲げた。その前腕に光が収束するのを見て俺が伏せると、次の瞬間振り下ろされた腕により、左右のレギオンが激しい爆発に呑み込まれた。

「す、すごい……」

 ユーコの驚く声に反応して顔を上げると、レギオンたちはその膨大な群れを半数以下に減らされていた。一定以上離れていたレギオンだけがかろうじて逃れ、それ以外は爆発跡を残し消え失せていた。

「これが、キミの力か。助かったよ」

 立ち見上げながら言うと、彼は一瞬俺と視線を合わせた後、おもむろに立ち上がった。ふと見れば、ここまで被害を受けたというのに、小型レギオンの群れは未だ退く様子を見せず、それどころか遥かに勝る体格の巨人を見上げて、威嚇するように足を蠢かせている。

 白い巨人は音も無く静かに宙に浮き、徐々に高度を上げていく。それを追うようにレギオンの残党が昆虫のような羽を広げ、次々に飛び立っていった。白い巨人はそれを見ると上昇の速度を上げ、レギオンを引き連れるようにして夜空へと昇っていく。

「どうやら、また彼に助けられちゃいましたね」

「ああ……あっ、カメラカメラ!」

 道路に置いたそれを拾い上げ、慌てて上空の二者を撮影するが、既に遥か上空に達した彼らの姿はまるで捉えられず、舌打ちを漏らす。

「しかし、なんでレギオンは俺たちを襲ったんだ? カメラ(こいつ)にも反応しなかったし」

「分かりませんね……今は白い巨人を追っていますし、単に生命体に反応したのでは?」

 ユーコの意見も最もだが、奇妙な違和感が残る。生命体に反応するならば、なぜガメラではなく俺なんかに標的を移したんだ? とは言え、相手は未知の外来生物だ。深く考えても答えなど出ないだろう。

 それよりも気になるのは()の方だ。

「ユーコ、キミの巨影知識で何か分からないか? あの白い巨人」

「いえ、彼も巨影ではあると思うんですが……何も分かりません。普通の巨影とは少し違うようです」

「そうか……少なくとも味方ではあると思うんだが」

 ふと、流星のように夜空を飛ぶ彼の姿が、ある巨影たちを想起させた。

「ウルトラマン……?」

 その彼が飛びながら後方へ振り返り、右腕を縦、左腕を横に組む形で光線を発射した。列になって追従していたレギオンは殆どの個体がその光線に接触し、爆発や炎上を伴って撃滅されていく。

「やっぱり! あの構え、ウルトラマンと同じだ!」

 バルタン星人を打倒した銀と赤の巨人、ウルトラマン。彼の放った光線の特徴と合致する技だった。

「彼はウルトラマンの仲間なのかな」

「そうかもしれませんね。背丈も近いですし」

 俺たちが軽く議論していると、大型レギオンの放った光線が突如として白い巨人を襲った。彼は身を翻し一時は凌ぐが、執拗に狙う光線から逃れきれず、バリアのようなものを張って踏みとどまった。

「おおぉ、凄い、けど……!」

「破られそうです!」

 白い巨人はまるで宙に足場があるように踏ん張っているが、見るからに苦しげだ。バリアを張る両手が押し込まれ始めた、その時。

 俺の頭上をガメラが通過し、飛行しながら火球を二つ続けて放った。この急襲にレギオンは攻撃の手を止めざるを得ず、干渉波クローによる防御に徹し身を守った。

 その隙を見逃さず、白い巨人は先ほどのように両前腕へ光を集めると、まるで三日月のような光の刃を放った。高速で切迫したそれをレギオンは躱しきれず、片側のクローが全て切断された。悲鳴にも似たレギオンの鳴き声が轟き、光の刃が地面を穿つ。

『やった!』

 俺とユーコの声が重なる。

 ガメラが更に火球を放つと、レギオンは残ったクローで不完全な干渉波を発生させる。しかし火球は消滅に至らず爆発し、飛び散った火炎がレギオンの角や爪を焼いた。ガメラはレギオンに衝突せんばかりの突進を見せていたが、寸前で腕と頭を甲羅へと収め、手足の穴からの噴射により激しく回転し、軌道を変え横合いからレギオン頭部の角へ激突した。激しい火花が飛び散った次の瞬間、分離式の角が二本まとめてへし折れ宙を舞い、無人の町へと突き刺さった。

 レギオンの甲高い鳴き声が響く中、まるで縦になったネズミ花火のように地を転がったガメラが、手足と頭部を伸ばし接地。そのまま軽く横滑りした後、静止した。その双眸は角を失ったレギオンに鋭く向けられており、達人の残心の如く油断なく構える。

 静まり返る空気の中、レギオンの巨体がふらりと揺らめき、傾き――地に伏した。その振動が伝わると、俺に押し寄せたものは歓喜だった。

「やっ、た……!」

 すると前方に白い巨人が降下し、力が入らない様子で膝をついた。

「ずいぶん疲弊してるな……でも、その甲斐も――」

「……まだです! レギオンはまだ!」

 ユーコの声を遮るように、レギオンの怒号が鳴り響く。起き上がったその容姿は異様で、青だった瞳は赤く変色し、角の奥に隠されていた発光器官も同様に深紅に染まっている。光線はそこから放たれていたこともあって、俺の中の警戒が一気に引き上がる。

 その時、デッドゾーンが俺の首を、まるでギロチンの刃のように両断した。反射的に、次に起こることを想像する前に這いつくばる。

 レギオンの発光器官から赤い触手が何本も飛び出し、しなりを効かせて街を襲った。あまりに早いそれは目で追うことすらできず、赤い残像だけを残し町が切り刻まれていく。民家が、ビルが、信号機が、あらゆるものを切断する触手が俺の頭上を通過すると、鋭い風切り音と衝撃波が身を打つ。自分の首がまだ繋がっていることを確認もできず目を瞑っていると、不意に鞭のような音が止み、代わりに苦悶の声が聞こえてきた。

 頭を上げると、白い巨人が間に割って入り、身を挺して俺とユーコを庇ってくれていた。膝をつき、両手を広げる彼に幾筋もの鞭が襲い掛かり、全身を打ち、貫いている。

「や、やめてください! 死んじゃいますよ!」

「ユーコ、変身だ! ここから遠ざかろう!」

 しかしその暇もなく、ガメラが横合いからレギオンに火球を放つ。白い巨人を襲っていた触手が素早くそれを迎え撃ち、なんと火球までをも弾き散らしてしまった。散った炎が町へ落ち、あちこちで火の手が上がる。

 白い巨人が振り返り、無事な俺たちを捉え頷くと、青い粒子となってその姿を消してしまった。

「ユーコ……彼は死んでしまったのか?」

「分かりません、けど、気配はもう……」

 悲壮に俯くユーコと、苦々しい気持ちで手を握り締める俺。しかし事態は動き続けている。

 次の獲物にガメラを選んだ触手がうねり、次々に襲い掛かる。打つように動く物もあれば貫くものもある。その切れ味、貫通力は並ではなく、あのガメラの硬質な甲羅でさえ刺し貫いてしまった。痛々しいガメラの声が夜空に響く。

「ユーコ、あの技はなんだ?」

「あれは……レギオンビュート、あるいは赤熱鞭と呼ばれる武器です。自在に動く高熱の鞭で、その威力は見ての通りです」

 そう語られたレギオンビュートは、エヴァと戦ったシャムシエルの光鞭を彷彿とさせる。しかし、イソギンチャクか、あるいはクラゲの触手のように見えるこれの本数は十本近く、射程も長い。遥かに厄介な代物に思える。

「こんな手を隠し持っていたとは……どうすればいいんだ、ガメラは……」

 撮影を続けながら、つくづく思う。火球を消され、接近することもままならず、このままではガメラは嬲り殺しだ。

 全身を貫かれたガメラから触手が抜けると、脱力して膝をついた。さしものガメラも限界が近いようだった。

「今からでも、ガメラに力を与えるしかないか。エヴァにやったみたいに」

「でも、あんなに鞭の飛ぶ中に近づけませんよ!」

「でもやらなきゃ! ガメラが死んで、レギオンは首都へ行く。都合よくウルトラマンが助けてくれるかも分からない。ダメ元でも……!」

 その時、町を燃やしていた火の手が()()()。ただ上方へ揺らめいていたそれは、明らかに指向性を持って、それは一か所に吸い込まれているように見えた。その先に居るのは……立ち上がろうとしているガメラだった。

「これは、いったい……?」

「ガメラは炎を取り込むことで、力に変換できます。けど、それだけではレギオンは……」

 ユーコの息を呑む様子に、どうしたと振り向けば、彼女は夜空を見上げていた。その彼女の瞳に黄金の輝きが映る。

 ふと見上げれば、そこにあったのは巨大な黄金の波だった。オーロラのようなそれが空の彼方より押し寄せ、輪となってガメラの直上へと集う。レギオンすら攻撃を忘れそれを見上げていた。

「な、なんだ、これは……!?」

「これは……マナ。地球上のマナがここに集まっています」

「マナ? 超自然的なエネルギー、っていうやつか」

「概ねそういうものです。ガメラはそれを取り入れて、決着をつけようとしています……!」

「そんなことが……」

 ガメラの能力に驚くのもほどほどに、俺はカメラを構えなおした。これから訪れる決着の瞬間、願わくは、ガメラの勝利の瞬間を捉えようと。

 降り注ぐ黄金のマナに、吠えるガメラ。そして彼の腹甲が開き……夜が、昼へと変わる。

 強烈な光の奔流と衝撃波。ガメラの腹部から放たれた、火球とも熱線とも言い難い、ひたすらに激しいエネルギーの放出は、レギオンを真正面から飲み込んだ。驚異的にも数秒間、形を留めていたレギオンも、やがて後ずさりを始めるが、もはや逃げられない。

 爆発も、炎上すらも伴わない、完全なる()()だった。

 エネルギーの放出が終わると、その射線には半円筒形の巨大なクレーターが出現していた。そこに立っている影はただ一つ。傷つき、倒れ、しかし遂には敵手を打倒した、勇者の姿。彼の背後から朝日が昇り、そのシルエットを黎明の空に描き出した。

「……ガメラ」

 俺の呟きに応えるように、ガメラがこちらを向き、喉を唸らせる。

 先ほどまでの死闘が嘘のように、安穏に沈殿する静寂の中、ガメラが両腕を広げ、藍色の空を仰ぐ。甲羅の足の部分から煙が噴射され、ガメラの姿を覆い隠したと思うと、彼は腕を変形させた飛行形態で、打ち上げロケットのように上昇して飛び去っていった。

 朝日に目を細め、冷えた空気を肺いっぱいに取り込む。焦げ臭く、崩れ落ちた町の中にあって、俺は奇妙なほどに清々しい気分で空を仰いだ。ガメラの残していった煙の柱が、風に薄れていく。

 

 




予告

その日人類は思い出した。巨大な影が襲い来る恐怖を。日常が塗りつぶされる絶望を。
次回「進撃する影の群れ」


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stage8:進撃する影の群れ ①

前回までのあらすじ

 白い巨人の援護、そして地球のマナをかき集めたことにより、辛くもレギオンに勝利したガメラ。主人公は携帯を回収し、ガメラ飛来をメールで告げた叔父の大塚秀靖の無事を確認しようとしていた。


 変哲もない日常の終端は、唐突に、しかし静かに訪れた。ビルの合間からのっそりと現れた()()を、行き交う人々が茫然と見上げたその瞬間、日常は狂い始めた。

 その日は元より、何か妙な気分だった。普通の街、行き交う人々、曇りがちの空。変哲もないそれらが、やけに()()に思えた。嵐の前の静けさ、というやつを感じ取っていたのかもしれない。

 誰かの悲鳴が響く。

 

 

 レギオンが消滅し、ガメラが飛び去った朝焼けの街。小型レギオンを誘導するために放置した携帯を回収してみれば、運よく破損は免れていた。

 かなり早い時間だが、そんなものはお構いなしに叔父、大塚秀靖の名を選び、電話をかける。メールにてガメラの復活を知らせてくれた叔父だったが、やはり直接声を聞き無事を確かめたかった。数度のコールが鳴る間、圧し付けた耳の血管を通し心臓の音がよく聞こえた。

『よう、あの後どうした、ガメラは』

 前置きも無く応答した叔父の声は、若干掠れてはいたが、いつもと変わらず小憎たらしい、小僧のような声だった。満面の笑みを浮かべるユーコと顔を合わせる。

「ああ、撮影完了。タイトルは“レギオンを打ち倒すガメラの雄姿”かな」

『なんだ、撮れたのかよ。良い運してるぜ。羨ましいねぇ、ったく』

 じわりと、胸に温かいものがこみ上げてくる。しかしあの叔父相手にそんなそぶりは露とも見せたくないので、冗談めかして言う。

「そっちは()()()()みたいだけど、なんだ、思ったより平気そうだね」

『平気なもんかよ。目覚めてみりゃグルグル巻きでベッドの上だ。こんなことしてる暇ねえってのに、ッテテ……』

「若いのに任せて寝てなよ、()()()()。丁度そっちへ向かってたんだ、今どこの病院に?」

 叔父の入院先は北方都市の外れに位置する市立病院だった。草体の爆発から免れた地区であり、避難勧告に従わなかった愚か者共の中で、とりわけ運の良かった生存者がまとめて担ぎ込まれたらしい。

『ま、というわけでゆっくり来い。あ、そうそう。ついでにちょっとお使い頼まれてくれねえか』

 相変わらずの太々しい態度に、ため息と苦笑が漏れ出す。

「起きて早々、人使いの荒い……はいはい。で、どこに何を?」

『ああ、実はな――』

 

 ユーコの変身したキャンピングカーにて泥のように眠った俺は、明くる日の夜明け前、叔父の指定した街へ向かって車を走らせた。叔父のお使いとは、その街に住む巨影愛好家の同志に会って“ある物”を受け取ってこい、というものだった。ある物とやらの正体は「お楽しみ」の一点張りで明かされなかった。

「そういうサプライズはいらないんだよなぁ。持ちきれないものだったらどうするんだよ、ったく」

「あはは……まあ、何はともあれ一安心ですね」

「今にして思えば、そのままくたばってくれててもよかったよ。巨影サイトは俺がちゃんと運営していくからさ」

 その発言は多分に照れ隠しが含まれてはいたが、実際、俺が撮影した巨影の写真・動画の数々によって、サイトのアクセス数は今や国内トップクラス。これは個人運営のサイトとしては異例の数字だった。現在、有志の手により各国語への翻訳作業も着々と進んでいるらしい。このままいけば、世界トップクラスのアクセス数を稼ぐことも夢ではない。

「ふふふ……巨影を信じようともしなかった世間が、今やその巨影に夢中。良い気分だよ」

「カメさん、なんだか顔が邪悪ですよ」

 おっといけない。しかし日陰者の暗い喜び、とでも言えばいのだろうか、しばらく口角は元に戻らなかった。

 やがて朝日が山の向こうから差し込んだ。道の先には、目的地である地方都市の街並みが広がっている。

 

 出勤者に混じって俺もビジネス街を歩く。どうやら同志は昨日から泊りがけで仕事をしているらしく、直接職場へ向かっているところだ。……彼の勤務先は大丈夫なんだろうか。

 まあ、それはともかくとして。

 人混みに紛れ歩道を歩いているこの現状に、俺は不思議な感覚を覚えていた。巨影を追い、常に死と隣り合わせの非日常を過ごしていた俺が、スーツを着て、いつも通りに出勤する人々の中に混ざっている違和感が、その正体かもしれない。

 彼らはきっと何年も繰り返した動作をするため、今日も動いている。その中にあっては、巨影などという非常の存在に疑念を抱くのは無理からぬ話だと、何となく思えた。

 ふと、ビルの谷底を見下ろして飛ぶ、二羽の鳥を見上げる。曇天の空を往く彼らの姿がビルの影に消えた時、ふと、視界の隅に強烈な違和感を覚えた。

「……え?」

 思わず声が漏れる。ビルとビルの隙間に裏道があるが、その縁。三階部分付近から、()()()()()()()。まじまじと見ても間違いようもない。それはスラックスを履いた、人の下半身だった。

 なぜ? 人の足? モニュメント? いや本物だろ? パフォーマー? 

 あらゆる方向性に思考が乱れ飛んでいく。気づけば俺は足を止め、傍目からすればぼんやりと、それを見上げていた。

 やがて一人、また一人と、俺と同様にその光景を見上げ立ち止まる。誰も、何を言うわけでもないが、しかし心臓だけが早鐘のように鳴らされ、不穏な沈黙が場を包む。

 視線を浴びる下半身が、少し上にずれた。プラプラと揺れる足から革靴が脱げ落ちる。

 すうっ、という感じで、いかにも自然に、その下半身を咥えた“巨人”が裏道から歩み出た。身長は十メートル前後で、服は着ておらず、性器の類が見受けられない。大きすぎる目が爛々と輝く横顔は、デッサンが狂ってしまっているような、見ているだけで不安と嫌悪を掻き立てる不気味なものだった。

 巨人はどこを見ているのか、真っ黒な瞳孔で上を見上げつつ、口元から出ている下半身を軽く()んでいる。

 人々は動かない。いや動けない。あまりにも唐突、あまりにも荒唐無稽な現実に、脳の処理が追い付いていないようだった。それは俺も同じこと。

「カメ、さん……逃げてください!!」

「え、あ……」

 車道で車が停止し、そこに後続の車が追突したのだろう。激しいクラッシュ音が体の芯を打つ。その音が起因となって、巨人が下半身を……いや、人を噛み千切った。スローモーションで落ちるそれは断面から鮮血をまき散らし、作り物でないことを否が応にも悟らせた。

 まるで催眠術を解く拍手のように、それは全員の危機感を奮い立たせた。女性の甲高い悲鳴を皮切りに、皆一斉に巨人に背を向け走り出す。俺は道の脇に避け、反射的にカメラを取り出し撮影を開始した。

「うわぁぁぁぁ!!」

「早く行け、早く!」

 恐慌状態に陥った人々が隣の者を押し退け、怒鳴り散らし、我先にと逃げ出す。その騒動に気が付いたのか、巨人はぎょろりと瞳をこちらに向け……笑った。頬まで深く裂けた口元から、赤黒い液体が漏れ出している。

 巨人は屈みこんで、転倒し逃げ遅れたOL風の女性をむんずと掴み上げた。彼女の絶叫が心の奥底まで響き渡り、寒気がするほどの恐怖が背筋をせり上がっていく。

 巨人は両手で掴んだ女性を、人形でも眺めるようにまじまじと観察した後、人間と同じような歯が並ぶ口を大きく開いた。

「やだ、うそ、待って、待てっ!! なんで、やめてっ!!」

 女性が喉を突き破るような悲鳴を上げながら、必死に巨人の手を殴りつけるが、それを意に介する様子も無く、巨人は彼女の頭を口腔に運ぶ。その声がくぐもり……肉が裂け、骨が砕ける音と共に止んだ。残った体がまだぴくぴくと動いている。

 悲鳴が一層強く上がり、俺はこみ上げる吐き気に口元を押さえた。

「カメさん、早く!」

「あ、ああ! くそっ、なんだよこいつは!」

 俺も巨人に背を向け走り出す。後方からはまた絶叫が聞こえ、既に次の犠牲者が出かけていることを察する。

「あれは、私にも詳しいことが……! 人を食う巨人、ということしか!」

「それは見たよ! 何か弱点とか、そういうの!」

「ええと……うなじ! うなじの肉を削げば殺せます!」

「はあ!? 無理に決まってるだろそんなの!」

「だから逃げてください! もっと早く――止まって!」

 全くメチャクチャな指示だが、その通り全身を使って止まる。集団の先を走っていた男性が、横合いから伸びてきた手に掴まれた。交差点の角から現れたのは、後方の個体よりいくらか小ぶりな巨人だった。目は落ち窪み、口はへの字に曲がっており、一見すれば悲哀を浮かべているようにも見える表情だったが、その目に感情らしい感情は浮かんでおらず、あるのはただの――食欲だった。

「ああぁぁぁっ」

 男性の細く甲高い悲鳴が途切れる。胸元まで齧られた上半身から両前腕がボトリと落ち、湧き水のように血が溢れて巨人の腕を伝う。

 人々が逃げ道を車道に求め飛び出すと、そこに突っ込んできた車に撥ねられ、血を噴き出しながら幾人もが宙に舞った。咄嗟にハンドルを切ったのか車が車道側へ逸れ、俺の目の前で電柱にぶつかって停止した。

 前方と後方で、逃げ惑う人々を食い散らかす巨人を見やり、俺は――運転手を救出するために近寄った。

「おい、大丈夫か! おい!」

 運転手の男性の頭部からは血が流れている。呻き声が微かに聞こえ、気絶していると察する。

「待ってろ、今出してやる」

 既に運転席横のガラスは砕け散っているため、俺はそこから手を伸ばし、シートベルトを外そうとした。

「ダメ、逃げて!」

 ユーコの声に体が反応すると同時に、視界がデッドゾーンに包まれた。急いでその場から飛び退くと同時に、十メートル級巨人の手が車を掴んで傾けた。四つん這いになった巨人は運転席の男性を見てにんまり笑うと、指で掻き出そうと弄り始めた。

「カメさん、もう無理です! 今のうちに逃げてください!」

「くっ、そぉ!」

 振り返らず、車道へと逃れて走り出す。それは元より目指していた同志の職場へ向かう方向だった。幸いにして既に目的地は見えている。正面にT字路の突き当りがあるが、その正面にでんと構えているのが彼の職場だった。

「テレビ局だ! あそこに逃げ込むぞ!」

 横に長く、高さもそこそこにあり、何より頑丈そうな建物だ。一旦そこに逃げ込むことにした。

 巨人たちは絶えず誰かを襲い、次々に食らっていく。そこに老若男女の差は無い。次々に人が、まるで猿に拾われる木の実のように食われていく。まさに地獄としか言いようのない光景が広がっていた。

「みんな逃げろ! 怪我してる人に手を貸して!」

 一人の警官がそこに駆け付け、小さな拳銃で巨人に発砲する。勇気溢れる彼の行動も、巨人にとってはほんの些細な抵抗でしかない。着弾個所から煙のようなものが漏れはするものの、巨人はそれで怯むことなく、むんずと警官を鷲掴みにした。カチカチと、拳銃がか細い音を上げる。

「あっ、待って、あああ! 嘘ですごめんなさい! もう撃ちませんごめんなさ」

 水っぽい音を立て、彼も食われた。警察という、日常で考え得る最も身近な最高戦力が、あっけなく死ぬ。その事実にまた狂乱の度合いが引き上がる。

 その時、ぞわりと総毛立ち、自身がデッドゾーンの中に入っていることを知る。反射的に横を見れば、ビルとビルの隙間で、まるで蜘蛛のように壁に張り付いている巨人が、にんまりと笑ってこちらを見ていた。

「うわぁぁっ!」

 前転するように逃れると、飛び出した巨人が服を掠めるような距離を通過し、俺の横合いを走っていた数人を巻き込んで転がった。倒れた巨人の体の下で、腕のひしゃげた男が血を吐いている。

「止まらないでカメさん!」

 ぐっと力を籠め立ち上がり、テレビ局へ向かって一心不乱に走っていく。

「いったい、何体、いるんだ!」

「い、いたるところに、です! そこら中にいるんですよ、いつの間にか!」

 まるで分からない。ユーコがこんな距離に接近されるまで気づけないなど、普通ではない。とはいえ、今はその答えを求めている場合でないことも分かっていた。

「もうすぐだ、もうすぐ――」

 着くぞ、という言葉が、T字路の横合いからやってくる化け物を見てかき消える。

 それはこれまでの巨人とは明らかに違った。巨人は例外なく人を狙い、食らっていた。しかしその巨人は足元を逃げ惑う人たちを、停車した車ごと蹴り飛ばしながら、猛スピードでこちらに走り寄ってきた。これまで見た個体の中で最も大きい巨人が、内股の奇妙な姿勢で迫り来る様相は、鳥肌が立つほどの悪寒と恐怖をもたらした。

「カメさん、避けて!」

 避けて、と言われても、既に道路の大部分は真っ赤なデッドゾーンで埋まっている。感覚的に分かってしまったが、これはもう――間に合わない。

 しかし諦めることはしない。がっしりと地面を踏みしめ、巨人と正面から向かい合い、ATフィールドを展開する心構えをする。数度のレギオンの突進で破られてしまったような技だが、それでも試さず死ぬわけにはいかない。

 迫り来る地震のような衝撃、弾き飛ばされる群衆。ふっと息を吐き、腹の奥に力を込めた、その時――

 巨人の背後に三筋の煙が伸びていることに気付く。まるでガメラのジェット噴射のような煙を吐くその影の一つが、巨人のアキレス腱をまず切り裂き、続く二つの影がほぼ同時にうなじを切り裂いた。

 ぐらりと前のめりに倒れた巨人が、慣性に乗ってアスファルトの上を滑りこんでくる。俺の眼前で停止したそれは、濛々と煙を立ち上らせ、ピクリとも動かなかった。

「し……死んだのか……?」

「はい、彼らが、殺しました」

 巨人の背中を歩いて、三つの影が煙の中から現れる。奇妙な機械を装着し、カッターを巨大化させたようなブレードを両手に構える彼らは、いかにも軍人然とした、屈強な男たちだった。

「ああ、死んだぜ。あんたは生きてる。運が良かったな」

 




 巨影都市の次回作は絶対に進撃の巨人を追加するべきです。実写特撮もやりましたし。ミニチュア特撮好きの方は観て損は無いですよ。ミニチュア特撮のシーンは。


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stage8:進撃する影の群れ ②

前回までのあらすじ

突如として出現し、人々を食らいつくさんとする不気味な巨人たち。
なすすべなく逃げ出し、テレビ局へ逃げ込もうとする主人公に巨人が走り寄る。
あわやという時、謎の機械を装着した三人の男が、鮮やかに巨人のうなじを削いだ。


「奇行種までいるとはな」

「ああ、予想以上の規模だ。手早く片そう」

 巨人を踏みにじりながら現れた三人の男。巨人の血に塗れたカッター状のブレードを柄から外すと、鞘から刀を抜くように、腰に装着した長方形のケースから替え刃を抜き取る。

「あの、あなたたちはいったい……?」

 聞くと、最初に俺に語り掛けてきた偉丈夫が答えた。

「悪いが、それは言えなくてな」

「正義の味方、ってとこっすよ!」

 後ろに控えていた若い男が、軽薄な調子でにっかりと笑った。偉丈夫がじろりと睨みつけるとすぐに引っ込む。

「でもま、大体そんな感じだ。巨人どもは俺たちがやるから、さっさと逃げな。ある程度高い、頑丈な建物の上ならひとまず安全だ。奴らは壁を登れない」

「この、テレビ局みたいな?」

「ああ、これなら大丈夫だ。よし、行くぞお前ら!」

 おう、と答え、三人はぐっと身を屈めた。俺が反射的にカメラを構えると、あの軽薄な彼が俺をブレードで指した。

「あーっ! ダメっすよ撮影は! NG!」

「あ、すいません」

 しかし残る二人は顔を見合わせていた。

「そうだったか?」

「いや、そんな指令は無いぞ。いずれ明るみに出ることだし」

「かっこよく撮ってくれっす!」

 途端にポーズを決める彼は、本来は目立ちたがりなのかもしれない。苦笑いで彼を撮ると、呆れたように二人は溜め息をついていた。

「ほれ、もう行くぞ。この数だ、気合入れなきゃマジで死ぬぞ」

『了解!』

 再び身構える三人。彼らのやり取りは終始リラックスした様子だったが、よく見れば首筋には汗が伝い、緊張からか表情は少し強張っている。決して必勝の相手ではないということが、ひしひしと伝わってくる。

 ファインダーの中で三人が飛び上がる。先程はただ飛んでいるように見えたそれは、腰の辺りから射出されたワイヤーによる挙動だと分かった。ワイヤーはビルの壁面に突き刺さり、三人は白煙を帯びて宙を縦横無尽に舞い、遠ざかっていく。

「凄い……彼らはいったい何者なんだ?」

「カメさん、それより! 早く建物に逃げましょう!」

「あ、ああ、そうだな。よし」

 撮影を終了し、ひとまず目の前のテレビ局内に入っていく。

 出入り口付近は開放的なガラス張りであったのだろうが、今は突っ込んできたトラックによって無残に砕け散っていた。その隙間から屋内に逃げ込むと、玄関ホールは照明が消えており、窓から差し込む光だけが石の床に薄く照っていた。薄暗いそこに多数の避難者が座り込み、肩で息をしていた。みな命からがら屋内に逃れてきたのだろうが、まだ足を休めてはいけない。

「みんな! 巨人は壁を登れないらしい! もっと上の階に行こう!」

 そう声をかけると皆は顔を上げた。その中から首に社員証を下げた男性を見つける。

「屋上まで行ける階段、知ってますか」

「え、ええ、それでしたら先導します」

 壊れた眼鏡の奥で彼の瞳が瞬いた。そこには戸惑いもあっただろうが、ある程度納得もしているように見える。他のみんなも外の巨人の様子を見て、高所が安全だということに得心がいったらしい。お互いに肩を貸しながら立ち上がっていた。

「お願いします。行きましょう!」

 先陣を切って階段へ向かう。玄関ホールの端で振り返れば、殆どの者が俺たちについてくるようだ。しかし一部はまだ、外で繰り広げられる超常の光景に心奪われているようで、熱の籠った目でガラスの向こうを眺めていた。

「すごい。巨人が倒れていく……!」

「こ、これなら助かりそうじゃないか?」

 彼らの会話が聞こえ、避難する皆の足が鈍る。恐らく先ほどの三人組が奮闘しているのだろう。彼らの雄姿をカメラに収めたい気持ちはあるが……ここはぐっと我慢する。

「それなら、上の方がもっと安全だ! 早く――」

 その瞬間だった。けたたましくガラスを破り、入り込んだ巨大な腕が、窓際に居た男性の一人を無造作に掴んだ。

「ああっ、嘘だろ、やめ、助け……!」

 腕がガラスの向こうへ引っ込むと、彼の悲鳴は小さくなり、やがて止んだ。それと同時に巨人の足元に血の雨が降り注ぐ。そうなると、手に負えないパニックが発生するのは必然だった。先程までの落ち着きは無く、押し合いへし合いで我先にと階段へ殺到する。

「おい、慌てるな! ここまでは巨人の手も届かないから、おい!」

「み、皆さん落ち着いて! 怪我人が出ます、慌てないで……!」

 俺と眼鏡の職員が階段下に留まり皆を落ち着かせようとするが、まるで耳に届いていない。やがて彼らは嵐のように去って、靴だのペンだのが点々と散らばっていた。職員が眼鏡をかけ直して言う。

「……行っちゃいましたね」

「ええ……まあ、怪我人が出ていないだけよしとしましょう」

 俺たちも後に続くように、えっちらおっちらと階段を上り始める。窓から差す陽光だけが光源だが、今日は曇天であるので薄暗さもひとしおだ。少し疲れを感じ始めたところで、後ろに続く眼鏡の彼に振り向く。彼は……不躾ながら、運動不足のようだった。

「あの、ここに勤めてる赤間って方、ご存知ですか。ええと、あなたは……」

「大谷、私、大谷です。赤間さんなら、たぶん、無事です。オフィス、上ですから。ふぅ……」

 大谷さんは疲弊した様子で答えてくれた。その赤間という人物こそ、叔父からの指令で会うことになっている方だ。無事なようで何よりだが、こんな状況では当初の目的など果たせそうもない。

 

 いくつかの踊り場を過ぎ、七階辺りに差し掛かったところで、それは起こった。重くなり始めた足を持ち上げ、高鳴る鼓動を感じていた時だった。

「カメさん後ろに!」

「うわぁぁぁっ!?」

 ユーコの警告と大谷さんの悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。咄嗟に振り返ると、大谷さんが踊り場からフロアへと引きずり込まれ、闇の中へと消えていく瞬間だった。その一瞬、彼の足を掴んでいた影を見た。それは普通の人間のような姿をしていたが、ぱっと見ただけで分かる、明らかに人類の規格から逸脱したシルエットだった。

「大谷さん!」

「あああぁぁっ! はな、はなせぇっ! やめろぉ!」

 大谷さんとその影は、窓も無い停電した廊下へと消えた。

「ユーコ! 今のは巨人、だよな!?」

「はい! 三メートル級ですが、性質は変わりません! 人を……!」

 ユーコが言い切るより前に、俺も暗闇の廊下へと駆けこんでいく。いつの間にか大谷さんの声も潜まり、俺は最悪の予想しかできなくなっていた。

 非常口の緑色、消火栓の赤色だけが光源の廊下を、一歩一歩慎重に、しかし僅かに駆け足で進んでく。

「すいません。街中に気配がするので、発見が遅れてしまいました……」

「いや、俺も油断した。まさか屋内に潜り込まれるとはな」

 しかし言っても詮無き事、と気持ちを切り替え立ち止まる。

「お互い反省は後だユーコ。もう一度気配を探ってくれ。この建物に入り込んでいるのは一匹か?」

 ユーコが目を閉じ、やがて首肯した。

「はい、あの一匹だけです。方向は……この先の廊下を右です」

 よし、と頷いて足音を消し、壁を背にして廊下の角に立つ。そしてそっと顔を覗かせれば、非常灯の明かりを受けて、一つの影がうずくまっていた。静寂の廊下に僅かに響く、水の滴るような音が、耳の奥にこびり付くようだった。

 廊下の端に転がっている眼鏡を見つけ、自分の呼吸が乱れていくのを感じる。そこで巨人に貪られているのは、やはり……大谷さんだった。腹部を貪られ、肉を齧り取られるたび、彼の体が僅かに撥ねる。その瞳に既に光は無く、口からは血が溢れ出していた。

 俺はその光景を見て……カメラを取り出した。一見して非常な行いだったが、そうすることが正しいと俺は信じ切っていた。この非情な判断が、巨人の脅威を世界に知らしめることに繋がると確信を持っていた。

 ふと、何を感じ取ったのか、その巨人がぐるりとこちらを向いた。影になって表情は読み取れないが、その瞳だけが爛々と輝く様を、ファインダー越しに捉えてしまった。

「逃げて!」

 カメラを仕舞い、来た道を駆け戻る。すると後方から強い衝撃が()()()。見れば、三メートル程度の巨人は四足歩行で廊下の壁にぶち当たったようだが、その勢いは止まらず、まるで地を這う虫のように俺に迫ってくる。その顔が浮かべる狂気的かつ無機質な笑みに、全身の毛穴が開く感覚がする。

「追い付かれますよ!」

「分かってる!」

 分かってはいるが、どうすればいいのか。階段の踊り場まであと少し。

 まず、上りはダメだ。間違いなく追い付かれるし、屋上へ奴を誘導することになってしまう。避難した皆を危険に晒してしまう。

 その程度しか考えがまとまらず、咄嗟に下り階段を駆け下りる。しかし折り返しの踊り場に着地した時点で、ユーコが叫んだ。

「危ない!」

 何が起ころうとしているのか、見ずともわかる。咄嗟にATフィールドを頭上に展開すると、そこに飛び込むような形で三メートル級の巨人が襲い掛かった。腕にずっしりとした重みがかかり、骨が軋む。しかしATフィールドは破られず、巨人は弾かれて踊り場の窓へ頭から突っ込んだ。勢いあまって上半身が完全に露出し、残った下半身がバタバタと暴れている。

「落ちろ、クソッたれ!」

 俺は改めてATフィールドを展開し、それを使い全力で巨人を外に押し出した。巨人は落下し、骨の硬質な音、血液の水っぽい音を僅かに響かせた。

 荒げた鼓動を抑えるように胸に手を当てたまま、その場に座り込む。

「カメさん、よくぞご無事で!」

「ほんとに、よくぞ無事で済んだよ……」

 やがて呼吸が収まると、改めて大谷さんの死に際が脳裏に浮かんでしまい、カメラを握りしめる。

「助けられなかった、な……」

「仕方ありませんよ、あんな状況じゃとても……」

 沈黙が俺の無力を攻め立てているように感じて、どうにも居た堪れなくなる。

「ああ、そうだな。俺は……ヒーローじゃない。英雄でもない。ただの……」

 それ以上を告げては、あまりに卑下が過ぎると思い、口を噤んだ。そして立ち上がると、再び屋上を目指し階段を上る。足がやたらに重かった。

 




今回の選択肢

俺はその光景を見て……
①すぐに来た道を引き返した→一番安全に逃げられる
②思わず悲鳴をあげた→最高難易度
③手を合わせて拝んだ→ユーコも真似する。シュール
④撮影を始めた→本編通り。一番サイコっぽい


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stage8:進撃する影の群れ ③

前回までのあらすじ

テレビ局内に逃げ込み、巨人の手の届かない屋上へ向かう主人公。
しかし同行していた局員の大谷が、建物内に進入していた小型の巨人に殺されてしまう。
主人公も襲われるが、ATフィールドを使い紙一重でこれを退ける。
己の無力を噛み締めながら屋上へ向かった。


 屋上には数十人もの避難者がいて、その多くが柵の付近に集まり、眼下に広がる惨状を見下ろしていた。

 膝に手をついて呼吸を整えていると、一人の女性が俺の肩に触れた。

「キミ、大丈夫か」

「ああ、どうも。大丈夫ですよ」

 心境としては大丈夫、とは言い難いものの、体調に問題は無い。

 見れば彼女はすらりとして背が高く、顔つきも端正に整った、中性的な魅力に溢れる女性だった。彼女の首に社員証が掛かっているのを見て、尋ねる。

「あの、ここに赤間さんっていらっしゃいますか? ちょっと会う約束がありまして」

「ああ、赤間ね……」

 彼女は何を言うわけでもなく、社員証をヒラヒラと振ってみせた。そこに記された名前は……

「赤間、さん。じゃあ、あなたが?」

「はじめまして、大塚のお使いさん。ハンドルネーム“アッカーマン”こと赤間だ。よろしくね」

 そう言って差し出された手を握り返す。

「女生とは、正直意外でした」

「まあ、文にしてもこの口調だからね。知っているのも大塚くらいじゃないかな」

 そうそう、と彼女は続ける。どこか楽し気に笑いながら。

「大塚の奴、しぶとく生き残ってたってね。悪運の強い男だよあれも」

「同感です。お見舞いには行かれましたか?」

「まさか! 確かにここからそう遠くないけど、行ったって『いいから取材行け』だの『情報持ってこい』だの喚くだけさ。怪我人でも殴っちゃいそう」

 実際にそうなりそうで、俺たちは笑い合った。これが大塚秀靖という男に対しての真っ当な評価だ。

「しかし、よくここまで無事に来れたね」

「自分でもそう思います。ここに着くまで、もう何人も……」

 犠牲者たちの最期を思い返し言葉に詰まる俺に、赤間さんは頷いた。

「ああ、そうだろうとも。ひどい状況だが、しかし私たちにとってはこれとないチャンスと言える」

 彼女は俺のハンディカムを指さした。

「そいつで撮ってきたなら、よければ見せてくれないか」

「え、ええ……あまり気分のいいものじゃありませんけど」

 そこに写されているのは地獄のような惨状だというのに、赤間さんは子どものように目を輝かせて、撮影された写真をざっと流し見る。巨影愛好家の本質は、こんな状況にあっては狂気のようにも映った。

「すごい、すごいな。この臨場感、迫力……キミ、大塚なんかじゃなくて私の元で働かないか?」

 なんとも返事がしづらい勧誘は愛想笑いでごまかした。

 赤間さんの少し吊り上がった口角は、最後の写真を見て直った。

「これ……社内? 襲われてるのは……」

「大谷さん、です。助けに行ったんですけど、間に合わなくて……」

「この巨人は、まだ中にいるのかい?」

「いえ。その後俺が襲われたんですけど、勢い余って窓から落ちました」

「そうか。ここの扉もしっかり塞いでおかないとな」

 赤間さんは目を閉じて深く息を吐き、カメラを差し出した。

「ありがとう。大谷は良い奴だったよ。忘れない」

 赤間さんは気を取り直すように頬を軽く叩いた。

「さて、悲しみに暮れるのは後。今はこの状況を最大限生かさなきゃ。ついてきて」

 彼女の後に続き屋上を歩く。体力、気力のある者は柵に寄っているようだが、ひどく疲弊し、茫然自失に陥っている者もおり、彼らは方々で座り込んで俯いている。中には狂乱し泣き叫ぶ者までいる。

「大塚は簡単に言ってくれたけど、こいつを手に入れるのは結構苦労したよ」

「これ……ドローンですか?」

 それは本体の四隅からプロペラが伸びる、カメラを搭載した標準的なドローン。しかし以前友人に触らせてもらった安価なものとは明らかに質感が違う。傍らでは数名の社員たちがモニターや電源の設営に勤しんでいた。

「そう。しかしこいつはそこらに飛んでるのと、文字通り桁が違うよ。二桁くらいね」

「ふ、二桁……! あの人、なんてもの取りにこさせるんだ」

 目玉が飛び出るような額に面食らっていると、赤間さんはリモコンを差し出してきた。

「せっかくだから今使いたまえ。このチャンスを逃す手はないよ」

「えっ、俺がですか!?」

「そうだよ。大塚もそのつもりだったらしいし。奴はキミが操作できるって言ってたけど?」

「いや、確かにやったことはありますけど、友人の安物でしたし」

「ならますます大丈夫。安定感も操作性も値段相応だから」

 にっと笑う彼女に、もはや反論することはできなかった。ユーコはドローンに顔を寄せてまじまじと観察していた。

 

「わっ、すごいすごい! こんなにちっちゃいのに飛びましたよ!」

 ホバリングを始めたドローンに、ユーコがふわりと浮かんで近づく。屋上の避難者たちも突如聞こえたモーター音に反応しており、カメラと連動するモニターには彼らの顔が映っていた。ユーコがカメラの前で手を振るが、幽体である彼女は当然映っていない。しかし後に見返して心霊動画になっていても困るのでやめてほしい。

「よし、そのままそのまま。多少壁にぶつけちゃっても大丈夫だよ。結構頑丈だから」

「そ、それはちょっと怖いと言うか」

 ふと背後に気配を感じ振り返れば、先ほどモニターやら電源やらの用意をしてくれた面々が、興味深そうに覗き込んでいた。画面を見ろと指さされたのでその通りにしたが、どうにも集中力を削がれる。

 彼らに見られている手前下手はできず、慎重に運転したいところだが、いつまでも屋上でフワフワ飛ばしていても始まらない。思い切って高度を上げ、街の全景から撮り始める。地方都市と言えるそれなりの規模の街であったが、あちこちで火の手が上がっているのか、幾筋もの黒煙、そして白煙が曇天にたなびいていた。

「巨人の出現はここだけの話じゃなさそうですね」

「ああ、これほどとは……よし、道路の方も見ようか」

「はい」

 降下を始め、いよいよ巨人たちの跋扈する領域へとカメラが踏み入る。そこは地獄の様相を呈していた。食い散らかされた人()()()()()、あるいはその一部は、五歩も歩けば差し当たってしまうほど、路上の至る所に散在していた。三~五メートルほどの小さな巨人たちが、その肉片を食い争っている。

 背後で誰かが()()()、離れていく音がした。こんな光景を見せられては仕方ないだろう。俺だって堪えてはいるが、とても正視に耐えるものじゃない。

「酷いな、これは……」

「ですね……でも、これ見てください」

 人間だけではなく、巨人の屍も数体転がっている。道路に突っ伏すもの、ビルにもたれているもの、総じてうなじが深く切り裂かれており、全身から白煙が立ち上っている。その光景に僅かばかり安心し、ほっと溜息をつく。

「あの人たちがやったんだな」

「あの人たち?」

「ええ。さっき、奇妙な機械を付けた三人の、軍人風な男らに助けられたんですよ。彼らは巨人の弱点がうなじだと知ってました。これは彼らの戦果でしょうね」

 ほう、と呟いて赤間さんは黙り込んだ。何か深く考え込んでいる様子だったが、唐突に画面の端を指さした。

「しかし、無事では済まなかったようだね」

「え……これ」

 それはまるで、ビルの外壁に赤のペイントボールを叩きつけたような光景だった。外壁に刻まれたヒビの中央に張り付いているものは肉塊としか表現のしようが無いが、そこには僅かに人の形の残痕も見え、何より、彼らの用いていたものと思わしきワイヤーが垂れ下がっている。それ以上カメラを寄せる気にならず、リモコンのスティックから指を離す。

「どうやら、決して楽に駆除できるわけじゃなさそうだ」

 赤間さんは皮肉っぽく笑いながらそう言う。余裕を崩さない態度は自分への鼓舞なのか、あるいは本当の強心臓なのか。少し分けてもらいたいくらいだ。

 そう考えていると、ビルの影から十メートルほどの巨人が姿を見せた。男性型で頭部が小さいが、感情を感じさせないその目だけは何度見ても肝が冷える。

 巨人は真っ直ぐドローンに向かって歩んで来たが、突如関心を道路脇のビルに示したかと思うと、乱雑に手を伸ばして窓を破った。そして手をビルから引き抜くと、そこには一人の女性が握られていた。

『あああぁぁっ!! がっ、ぐあ、お』

 そう近い距離でもないのに、彼女の絶叫はマイクを超えて屋上にまで届いた。凄まじい形相を浮かべる顔が貪られる瞬間を、俺は直視できなかった。骨を砕く咀嚼音が僅かに聞こえる。

『うおおおおっ!!』

 その時、スピーカーから雄叫びが響き、視線を戻す。三人組のうちの一人、俺に最初に語りかけてきたリーダー格らしき男が、ワイヤーとガスの噴射により画面に飛び込んできた。彼はコマのように回転し遠心力をつけると、両のブレードをうなじに叩きつけ、力任せに切り裂いた。巨人の鮮血が飛散し、その巨体がビルにもたれながらくずおれていく。俺を含め、画面を見ていた全員がおおっと歓声を上げた。

「すげぇ、何もんだよ!」

「そんなのどうだっていいよ! これなら俺たち助かるんじゃないか!?」

「ああ、よかった……!」

 巨人を打ち倒す彼の姿に希望を見るのは理解できる。しかし、そうまで楽観的になれない人たちの表情は晴れない……俺も含めてだ。壁面に張り付いていたあの肉塊が脳裏から離れない。

 果たしてその悲観は実現してしまった。フェードアウトしたリーダー格の彼をカメラで追うと、ビルの外壁にワイヤーでぶら下がっていたが、どうにも様子がおかしい。少し近づくと彼の焦燥した声が聞こえてきた。

『くそっ、こんな時に、なんだよ! おい、ガスの補給地点はどこだぁ!』

 耳に付けている小型のインカムに怒鳴り散らしていたが、そうしている間にも大小の巨人が彼の元にゆっくり近づいていく。彼が今いるのはビルの三階程度。それは大抵の巨人の手が届く範囲だ。

「ガスが動力らしいね。これは、まずいな」

「……やられる」

 彼は覚悟を決めたのか、血糊で汚れたブレードを換装し、自身を取り囲む巨人たちを睨みつけた。

『どこからでも来やがれ! 指を切り落とされてえ奴からなぁ!』

 足元に殺到し、手を伸ばしてくる巨人たちの指を言葉通り切り刻んでいく。小型に対しては暫し持ち堪えたが、しかし十メートル以上ある巨人の伸ばした手が彼のワイヤーに引っ掛かり、先端のアンカーが抜けると、彼の体が重力に引かれ小型の巨人の渦へと落ちていく。

『この、クソども! 死ね、死、いがあああぁっ!!』

 四方から伸ばされる巨大な手が、腕を、足を、あらゆる個所を掴んでは骨を砕き、喉奥から絞り出される苦悶の叫びが響く。やがてお菓子を取り合う子どものように巨人たちが彼を啄み始めると、そこにいるのは勇敢な戦士ではなく、一匹の餌となり果てた。

『ああああっ!! やめて、いたい、いだいぃ!! いやだああぁ!!』

 やがて数体の巨人が彼を引っ張り合い、とても人間の声とは思えない悲鳴を残し、彼の体が分解された。血が噴き出し、断面から細長い腸が解れて垂れ落ちる。巨人はにたりと笑いながら彼を飲み下していく。

「なんなのよ……」

 背後で女性が呟いた。その声は徐々に、感情の抑えが効かなくなったように大きくなっていく。

「なんなのこいつらは!! なんでこんなことするの!! ふざけんな、なんで今日! なんで今日なのよ!? もうやだ、いやだぁ! 誰か助けてよぉ!!」

 狂乱し泣き崩れる彼女を誰も宥めることができない。皆同じ思いでいるに違いない。だが、俺は小さく、噛み殺すように呟いてしまう。

「今日じゃない」

 異変はとっくに始まっていたんだ。俺はそれを知らせ続けていた。大概の者はそれを遠い世界で起こった出来事だと考えていたのか。

 ……いや、無理はない。俺だって今日初めて知ったんだ。この恐怖も、絶望も、今の今まで知りもしなかったんだ。

 画面上、対向のビルの屋上に一つの影が降り立つ。それは三人組の一人、ノリの軽い若い男。しかし今、彼の表情にその気配は微塵も無い。下で餌食になっている仲間を見下ろし、口をわなわなと震えさせる様は、怒りによるところか、あるいは恐怖か。

 彼の様子がまた一変する。弾かれたように顔を上げると、何か信じ難いものを見たように目を見開き、ぽかんと口を開けた。そちらにカメラを向け始めたとき、ユーコが叫ぶ。

「カメさん、後ろに!!」

 画面上に“それ”は現れた。屋上に電波塔を備える建物の背後に、それを遥かに凌ぐ巨大な人の影が立っている。……あまりに異常な光景に、思考が一瞬停止してしまう。だって、その建物とはつまり……()()()

 画面から目を切り、痛いほど鳴る鼓動を感じながら振り返る。それは筋繊維を剥き出しにした、人体模型を彷彿とさせる姿をしていた。しかし、その天まで突き抜けるような巨体は、十メートルやそこらの巨人の比ではない。軽く五十、いや六十メートルはある背丈を徐々に見上げていくと、真上からこちらを見下ろす対の瞳と視線が合う。

 今日、その恐怖を、絶望を、ようやく俺は知った。

 その名は巨影。人類を見下ろす生きた脅威――

 




ウォッチドッグス2でドローンアクションありましたけど、巨影と相性良いと思うんです。


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stage8:進撃する影の群れ ④

前回までのあらすじ

屋上にたどり着いた主人公は、巨影愛好家の赤間と合流する。
彼女の提供するドローンを操り街の様子を撮影するが、強きも弱きも死んでいく地獄のような光景が広がっていた。
そして突如現れた、体長六十メートルはあろうかという超大型巨人。
その瞳の見つめる先に、主人公たちは居た。


 屋上に避難していた者は一人残らず、ただ唖然としてその巨人を見上げていた。大型、いや“超大型”と言うべき巨人は、全身から煙を立ち昇らせ、口角を上げて眼下に群がる人間を見下ろしている。煙の量から分かるが体温が以上に高いらしく、サウナのような熱気が常に全身を包み込んでくる。こちらを見下ろすその双眸は、俺を捉えているように思えてならなかった。

「全員逃げろぉ!」

 その声を皮切りにようやく時間が動き始めた。声の主に振り返れば、それは巨人を討伐していた三人組の、最後の一人となった若い彼だった。ワイヤーとガスを使いこの屋上に降り立った彼の切羽詰まった様子に、出会った時のひょうきんな雰囲気は微塵も無い。

「突っ立ってんなよ! こいつは俺がやる!」

 乱雑にブレードを振るい指示する彼に近づく。

「待った、こんなデカブツ倒せるのか!? あんたも避難を――」

「いいや、逃げない! 俺は逃げねえ! 一匹でも多く、こいつらを道連れに!」

 巨人を睨みつける目は血走り、こちらの制止には耳を貸そうともしない。彼の姿は復讐に取り憑かれた鬼のようで、俺は二の句が継げなかった。

「うおぉぉぉっ!!」

 彼が雄叫びを上げて上空へと身を躍らせる。超大型巨人の体にワイヤーを突き刺し、周囲を旋回するようにして見る間に上昇していく。

「カメさん、逃げましょう!」

「あ、ああ」

 こうなっては彼を引き留める術も無く、一刻も早い避難が今できる最善手だった。

「赤間さん!」

 そう呼びかけるが彼女の反応は鈍い。屋上の人々はようやく現状を飲み込めたのか、たちまちに悲鳴が響き、一斉に階段室へと押し寄せていく。俺はその人波を躱しつつ赤間さんの肩を掴んだ。

「何やってんです、逃げますよ!」

 俺に背を向け、超大型巨人を見上げている彼女の表情は読めなかったが、肩が僅かに震えていた。当然それは恐怖によるものだと思ったが、彼女は静かに……笑っていた。

「赤間、さん?」

「ふ、ははは。逃げる? まさか。こんなものを前にして、そんなわけ!」

 赤間さんは突然振り向くと、俺のカメラを奪い取ろうと躍起になって掴みかかった。その様子は飢えた獣か餓鬼の如く。先ほどまでの理知的な振る舞いが嘘のように豹変した彼女に、俺は心底震えあがった。

「な、なにを!」

「使わないなら寄こせ! 撮影は続ける!」

 あまりの迫力に圧されカメラを手放してしまう。煽るような角度でコンパクトカメラを構えた赤間さんは笑いながら言った。

「キミは逃げたまえ! 早く!」

「行きましょうカメさん! これ以上は!」

「く、そっ!」

 赤間さんを尻目に、他の者と同じく階段室へ駆ける。最寄りに居た数名がバリケードを外し、扉を開けた時、その一帯が巨大なデッドゾーンに呑み込まれた。ぞわりと肌を粟立たせながら見上げると、超大型巨人は目障りな蚊を叩き落すように、雄叫びを上げ斬りかかる彼を掌で叩き潰した。まさに血を蓄えた蚊のように、掌に小さな血だまりができる。

 しかしそれが網膜に焼き付いたのも一瞬のこと。超大型巨人はそのまま掌を振り下ろし、階段室へと叩きつけた。凄まじい破砕音と衝撃波が身を打ち、飛散したコンクリートが耳元を掠め、立っていることもできずに尻餅をつく。咄嗟に展開したATフィールドに何か赤い物体がべしゃりと張り付いたが、激しく吹き付ける煙でよく見えなかったし、見ようとも思わなかった。

 やがて衝撃が収まり煙も晴れると、隕石でも降ったかのように屋上の半分が崩落しており、屋上室やそこに逃げ込んだ人たち、更にはその近辺にいた者までもが、跡形も無く瓦礫と化していた。

 運よく生き残った一人の女性が、俺の隣でがちがちと歯を鳴らしている。片腕を失った男性が悲鳴を上げてもんどりを打っている。頭部を半分失い、眼球をでろりと垂れ流す骸が痙攣している。

「ああ、いいぞ! この絶望感! 圧倒的質量に屈服する人類の姿!」

 地獄のような光景に響く赤間さんの笑い声に、ガンガンと頭を打たれながらも、“楽しそうだな”などと妙に緊張感に欠ける感想が浮かび、苦笑する。

 立ち上がって見上げれば、超大型巨人は暫しこちらを見下ろしていたようだったが、やがて宙に舞う煙を引き裂くように腕を振りかざす。それと同時に、屋上全域をデッドゾーンが彩った。逃げ場は……無い。

「カメさん、飛び降りて!」

 ユーコの声と同時に、全身に締め付けられるような感覚があり、かなりの重量がのしかかる。見れば、かの三人組と同じように、俺の腰には長方形のケースと謎の機械、そして手に一対のブレードが握られていた。

「立体機動装置! コピーしておきました!」

「つ、使えないだろ!」

「私が何とかします! とにかく、ここから逃げて!」

 飛び降りる、など正気の沙汰とは思えないが、ここは彼女を信じる。しかし、その前に――

「赤間さん、こっちに!」

 屋上の縁に駆け寄りながら、背中越しに赤間さんを呼ぶ。この状態でもせめて一人くらいは、と考えていたが、赤間さんはこちらを一瞥し、再びカメラを構えた。ひしゃげた柵を超え、いつでも飛び降りられる状態でもう一度叫ぶ。

「赤間さん!」

「ちょっと待っててくれ!」

 何を悠長なことを、と怒鳴りそうになるが、それより先に赤間さんはシャッターを切り、そしてカメラをこちらに投げた。放物線を描くそれを慌ててキャッチして彼女を見ると、清々しい微笑みが俺に向けられていた。

「キミに託す! 後は任せた!」

 喉の奥から出ようとする言葉が、掠れて消えていく。何を言ったところでもはや届かないことは、彼女の目を見て分かってしまった。

「カメさん!」

 そして超大型巨人の腕は振るわれた。屋上を横なぎに払う腕は、コンクリートを波のようにめくり上げながら迫り来る。その波に次々に人が呑まれては消えていく。

 屋上から飛び降りることにもはや恐怖は無かった。それ以上の絶対なる“死”が、目に見える形で切迫する中で、恐怖の格付けは転じていた。

「だあぁぁぁっ!!」

 気合を上げ宙へと身を投げ出す。一瞬で襲い来る浮遊感、しかしすぐさま腰の機械からワイヤーが射出され、隣接するビルの壁面にアンカーが突き刺さった。それを支点として、落下による位置エネルギーは、ワイヤーの緊張と共に運動エネルギーへと切り替わっていく。

 同時に、頭上では爆音のような破砕音が鳴り響き、大小多数の瓦礫が俺と同方向へ吹き飛ばされていく。その破片が降り注ぐ中なんとか姿勢を保とうとするものの、肩に破片が直撃し体勢を大きく崩してしまった。

「ぐっ、うあっ!」

 それと同時にアンカーが外れ、俺は宙へと投げ出されてしまう。

「AT、フィールドッ!」

 迫り来るアスファルトへとATフィールドを展開し、落下の衝撃からかろうじて身を守ることには成功したが、勢いは抑えられずそのまま車道を転がり、天地も分からなくなってようやく停止した。

「破片がまだ降ってます! もう一度!」

「ああっ!」

 荒い呼吸もそのままに、再びATフィールドを展開する。俺は仰向けになっていたようで、降り注いだ瓦礫が眼前で弾かれていく。そして全てが止んだ静寂の中、息も絶え絶えに胸を抑えながら、ビルの向こうにそびえる超大型巨人を睨む。奴も俺を見ていたが、やがてこれまで以上の白煙を全身から吹き上げて、それが晴れると奴の巨体は消えていた。

「くそったれ、まるで、悪夢だ……」

 がっくりと首から力を抜き、一息つく。その時、背にした道路上から振動が伝わる。ゆっくりとした二足の歩調。

「か、カメさん!」

「そう、いるんだよな、まだまだ……」

 うつ伏せの体勢になって道路の先を見れば、でっぷりと肥えた体系の、体長十メートルほどの巨人がおれを見て笑っていた。迷いなく、その歩みは俺へと向かっている。

「立ってください! 立体機動装置が使えません!」

「そうしたいけどさ、全身、いったくて……」

 立ち上がる力も湧かなければ、どうやら頭を打ったのかまともな思考能力すら怪しく、食べるなら頭から一気に頼む、などと諦観にも似たものを抱き始めていた。しかし、ユーコの声が俺を内側から怒鳴りつけた。

「何を諦めたようなことを! ここで死ぬつもりですか! あなたはいったい、何のために生き延びたんですか!」

 痺れるような、初めて聞く剣幕の怒声に、ようやく頭の回転が復活し始める。しかし予想以上にダメージを負った体は、それでも言うことを聞いてはくれそうになかった。

 気づけば、背後からも十五メートル級の巨人が迫っている。こちらはマッシブな体格をした男性型の巨人だった。巨人による挟み撃ち、あるいは餌の取り合い、ときたものだ。

 しかし、俺はブレードを握り直し、寝ながらにして前へ突き出した。

「分かった。どこまでやれるのか、試してやろうじゃないか」

 巨人たちの足音が近づき、振動で体は軽く跳ねあがる。足は言うことを聞きそうにないが、もう諦める気は無かったし、負けるつもりも無かった。朝日が雲間から差し込み、ブレードが瞬いた。

「ようやく目が覚めてきたよ、ユーコ」

「カメ、さん」

 ユーコの声が震えている。俺はそれに気づかないふりをして、口元で笑った。超大型巨人に立ち向かった彼の気持ちが、少しわかるような気がしてきた。前方から来る肥満体の巨人は、とうとう手を伸ばせば届くような距離にまで近づいた。

「来いよバケモン共……!」

 啖呵を切ってブレードを握り込んだ、その時。

 俺の体が激しく跳ねあがる。後方から迫っていた男性型の巨人の足が、至近距離に強く踏み込まれたのだが、彼は俺を襲うでもなく、なんと肥満型の()()に殴りかかったのだ。鋭いパンチが顎を消し飛ばし、肥満型の巨人は吹っ飛ばされた。

「……え?」

 唖然として見上げると、その男性型の巨人は大気を震わせるような咆哮を上げた。びりびりと肌がひりつく。

 彼は身を起こそうとしている肥満体の巨人に近づき、そのうなじ付近を激しく踏みつけた。何度も何度も、執拗に繰り返されるその行為は、激しい感情――怒りすら感じ取れるような、激烈な光景だった。

 やがて肥満体の巨人がピクリとも動かなくなると、男性型の巨人は勝鬨の如く咆哮を放った。

「ユーコ……こいつは、何だ?」

「分かりません……何も、浮かんできません」

 うなじを狙って踏みつける、つまりは巨人の弱点を知っている。知性を持ち、なおかつ巨人に敵対する巨人。これまで見てきたどの巨人よりもイレギュラーな存在。

 その時、交差点から二体目、三体目の巨人が相次いで現れる。一体は同程度の十五メートルほどある。俺はようやく動き始めた体を懸命に引きずり、道路脇の建物の下まで逃げ込んだ。

 振り向いてみれば、男性型の巨人は両腕を顔の高さに上げ、待ち構えていた。それは間違いなく“構え”であった。

「武術、にしか見えない。こいつは本当に、なんなんだ……?」

 その疑問に答えることは無く、巨人たちは戦闘状態に入った。襲い掛かってくる十五メートル級の巨人をギリギリまで引き付けた男性型の巨人は、間合いを図っていたのか、思い切り横合いからのフックを見舞った。そのあまりの威力に十五メートル級の巨人の首はねじ切れ、ビルの合間を通り抜けて吹っ飛んでいく。

 血しぶきを上げて倒れる体を足場にするように、男性型の巨人は高く跳躍した。その尋常ではない運動神経に口が開いてしまう。そして残る巨人の脳天目掛け、高い位置から肘打ちを叩き落した。鈍い音と共によろける巨人の髪を掴み、顔を上げさせる。そして足を引いて勢いをつけると、顎を打ち砕くように膝を叩き込んだ。

 顔中から血を噴出させた巨人がビルに倒れ込むと、その後頭部を掴んで一階部分まで叩き付ける。ガラスが砕け散り、ビルの表層に抉られた跡が残る。そして倒れ伏す巨人のうなじに噛み付き、唸りながら肉を深く食い千切った。

「す、げぇ……」

 血をまき散らし咆哮を上げる男性型の巨人に、もはや何を言うこともできなくなる。

 雲間から差し込む朝日を浴び、咆哮を上げる鬼神の如き姿。敵とも味方とも知れない、恐ろしいはずのその巨人を、しかし俺は憧憬を持って見つめ、そしてシャッターを切った。

「なあ、赤間さん……見てるかい」

 この一枚は、希望だ。絶望の中に射した、一筋の光。

「死んだ甲斐があったな……」

 




ネタバレされるとキツイ作品なのでユーコの知識はだいぶ制限されてます。



次回予告(NA:ユーコ)

巨人の蔓延る街から脱出した主人公。
満身創痍の彼の前に、巨影は再び現れる。
相撃つ二体、人造人間エヴァンゲリオン。
その残酷な宿命(さだめ)を知った時、彼の定め(テーゼ)が試される。
次回『夕影に問う命の選択』


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stage9:夕影に問う命の選択 ①

前回までのあらすじ

超大型巨人は屋上を薙ぎ払い、そこに避難していた人々は赤間を含め、ことごとく瓦礫に消えた。
唯一主人公は、立体軌道装置と化したユーコによって路上に逃れたが、一時的に立ち上がれないほどのダメージを負ってしまう。
そこに現れた二体の巨人。主人公は最後の抵抗を見せようとするが、筋肉質な体格の男型巨人が、なんともう一方の巨人を撲殺した。
主人公たちが呆気に取られている間にも、男型巨人は次々に巨人を殺していく。
その姿に、主人公は僅かな希望を抱くのだった。


 頭を、腕を、足を……食いちぎられ、潰され、壮絶な絶叫を上げ死んでいく人々。喜色満面に肉を裂き、血に塗れていく巨人たち。それらが閃光のように過ぎ去った後、巨大な口が俺を食らわんと迫り――

 足がハンドルにぶつかった。

「……いってぇ」

 車の天井をぼんやりと見つめ、自分の置かれている現状を徐々に思い出す。

「よかった、お目覚めですかカメさん」

 スポーツカーに変身したユーコの声に安堵が滲んでいた。

「俺、どれくらい眠ってた?」

「二時間くらいです。びっくりしましたよ、いきなり道路脇に停めて寝ちゃうんですから」

「まあ、ほぼ気絶みたいなもんだ……緊張が緩んだから」

 周囲を見渡す。そこは山間の長閑な田園地帯で、太陽は既に鉄塔に張り巡らされた電線の向こう、西の空へ沈み始めていた。ここには巨人の影も、人影も見当たらない。

 ふと腕を上げて見れば、擦り傷や打撲痕など生傷が目立ち、ずくずくと全身が痛んだ。それに気付いたのかユーコが心配そうな声音で聞く。

「大丈夫ですか? 痛いですか……?」

「ん、まあ痛いけど、大したことないよ。むしろ、ちょっとありがたいかもな……生きてるって分かる」

 血が滲むこと、痛むということ、それらはあの地獄から逃れてなお命があるということを実感させた。

 

 かの男型の巨人が次なる獲物を求めて去った後、ユーコが変身した車に乗り込み、命からがら街から脱出し今に至るが、その道中は惨憺たるものだった。先ほど見たフラッシュバックのような悪夢は、一生忘れることができないだろう。

 情報を集めるためにラジオを点けてみる。どうやら巨人の出現はあの地方都市に限った話らしいが、あまりに突然の事態だったため、初動の遅れもあり被害は甚大であるとのこと。既に軍が出動し対処に当たっているが、事態の収束には時間がかかり、犠牲者はまだ増えるだろうという見立てがなされていた。

 周辺地域にも避難が呼びかけられているため、付近に人影が見当たらないのはそのせいだろうか。

「どうします、私たちも避難しますか?」

「……いや、幸い動けないほどの怪我じゃない。運転ならできる。このまま叔父さんの所へ行こう。ちょうど病院だしな」

「ですが、どこかで体を休めてからでも……」

「それじゃダメだ。一掃できればいいが、もし討ち漏らした個体が叔父さんのいる北方都市へ向かったらどうする? 距離的にはあり得ないことじゃない」

「それは……確かに」

「だろ? 早いところ叔父さんの所に行って、いつでも逃げられるようにした方が良い」

「……分かりました。でも無理は禁物ですよ。痛かったり疲れたりしたらすぐに言ってくださいね」

 過保護気味なユーコの労りが温かく、しかし子どもに対するような扱いに苦笑が漏れる。

「分かってるって。よし、それじゃ行くか!」

「はい!」

 エンジンスイッチを押し、いざ出発……というところでふと思い出し、すぐにエンジンを切る。

「待って待って。そうだ巨人の写真と動画上げなきゃ」

「ええ……? だって早く大塚さんの所へって」

「その大塚さんが怒るから早いとこ上げるんだよ。“情報は生ものだバカ野郎”って言うよ、あの人は」

「……お二人の関係、ちょっと難しいです」

 それは全面的に叔父が悪い、と俺は思っているのだが、第三者から見ると同じ穴のムジナというやつなんだろうか。少し不服だ。

 

 アップロードを終えると、アクセス数やコメントに目もくれず出発したが、日は既に没し始めていた。北方都市に着く頃には夜になってしまうだろう。

 それからしばらくは穏やかな、それこそただのドライブのような、弛緩した気配が車内に満ちた。鉄塔の長い影が落ちる水田は、朱色に染まりゆく夕空を映し、陽光に瞬く。緑を湛え連なる山には、斜陽の影が刻まれる。里山に流れる穏やかな時間が、先ほど起こった悲劇をまるで夢のように感じさせた。

 しかし、やがて不気味な異変の兆しを感じ取る。巨人の蔓延る都市からそれなりに遠ざかったというのに、未だに車の一台、人の一人も見当たらない。走る内にいくつかの集落に通りがかったが、まるで人の気配が無いのだ。

 それは今しがた走っている街道においても同じで、夕日が真っ直ぐ差し込むこの道に、動くものは俺たち以外に無かった。

「これってあれですか、過疎化ってやつですか?」

 そんな言葉どこで覚えてくるんだ? と突っ込みつつ。

「いや、絶対そんなことじゃない。生活感はあるんだ。まるでみんな一斉に避難したような……」 

 その時、叔父からの電話があり、路肩に車を寄せて応答する。

『おい、お前今どこにいるんだ。大丈夫なのか?』

「ああ、平気だよ。今は逃げ出して、そっちに向かってる途中だ。ったく、心配してる割には連絡遅いじゃないか」

『俺のせいじゃねえ。看護師の奴ら、わざわざ巨人のこと黙ってやがったんだ』

 あんたが無茶すると思われてんだろ、というのは怒りの炉に燃料を投下するだけなので黙っておく。

『まあいい、それよりお前の投稿見たぜ。よく撮れてるじゃねえか。反応も上々だ』

 上機嫌な叔父の声に、なんと答えるべきか迷う。あの惨劇を目にしての感想としては薄情に聞こえるが、元よりそういうタチの人間だと分かっているため、そこは問題ではない。肝心なのは……赤間さんについて何と報告すべきか。

 暫し閉口し考えた末、包み隠さず彼女の死を明かした。無言で聞き終えた叔父は一つ呼吸を置き、声のトーンを落とした。

『そうか。赤間、か。小生意気だが優秀で、熱意のある奴だった。俺たちはあいつの分も頑張んなきゃな』

「ああ、そうだな――」

「カメさん、巨影の気配が!」

 突然のユーコの声に反応し、電話から耳を離して周囲を確認する。フロントガラスから見える範疇にそれらしき影は見当たらなかったが、耳を澄ましてみれば、何か巨大なものがゆっくりと歩んでいるような、大気に響き渡る足音が聞こえた。叔父の呼びかけを無視し、音の在処を探る。

「……後ろだ」

 ドアガラスを開いて顔を覗かせると、“それ”は山間部からゆっくりと、夕日を背負いこちらに歩んでいた。人間の形をしているが手足は長く、一歩を踏み出すたびに脱力した腕が左右に振れる様は、さながら幽鬼の如く不気味なものだった。

 しかし、その姿に俺は強い既視感を抱く。

「……エヴァ?」

 体格や肩のパーツ、また装甲の柄など、かのエヴァンゲリオン初号機に似通った点が多々ある。額の角が無く、また体色が黒であることを除けば、ほぼ同じと言っていいだろうが、何も思い出せないということは、初めて見るエヴァに違いなかった。

『おいどうした、おい!』

「叔父さん、エヴァだ! 撮影するから切るぞ!」

『おお! よし、撮れ撮れ!』

 物分かりの良すぎる叔父は自ら通話を終了させた。

 早速窓から上半身を乗り出して撮影を開始する。街道沿いに立ち並ぶ電柱と、そこに張り巡らされた電線の向こう、茜空と夕日を背景に、背を丸めて歩くエヴァの姿は、不気味でありながらもどこか退廃的な美を感じさせる画だった。

 それにしても、と疑問を口にする。

「様子が変だな。本当に人が操っているのか? あの歩き方、まるで何かに取り憑かれているみたいじゃないか」

 その時、ユーコが息を飲んだ。

「あのエヴァ、参号機、なんですが……エヴァじゃありません」

「は? エヴァ参号機、じゃないなら何だよ?」

「あれはもう……使徒、です」

 こんどは俺が息を飲む番だった。

 

 ゆったりと、山間の田園地帯を歩くエヴァ参号機――だったものに合わせ、時折振り返りながらアクセルを踏み、速度を合わせる。

「あれはバルディエルという粘菌状の使徒です。参号機は今、この使徒の支配下にあります」

「粘菌状? 使徒っていうのはまるでデタラメだな……じゃあ、寄生虫か何かみたいにエヴァを操ってるってわけ、か」

 その時、恐ろしい想像が脳裏を掠め、車を停める。カメラのズーム機能を用いて参号機を観察すると、装甲の剥げたうなじの部分に、果たしてそれを見つけてしまった。青い粘菌のようなもの――恐らくこれがバルディエルだろう――が、エントリープラグに絡みつき、捕らえている様子を。

「ユーコ、あれにはまた……子どもが乗っているのか?」

「恐らく、その……乗っていると思います」

 ダッシュボードを殴りかけたところで、車体がユーコであることを思い出し、震える拳をハンドルに戻した。

「ユーコ、立体軌道装置であそこまで行けないか」

「な、無茶ですよ! そのお怪我ですし、第一、行ったところでブレードの刃が通るとも思えません。相手は使徒です。一人の人間では、とても……」

 ハンドルに額を押し当て、熱い息を吐く。顔を上げてアクセルを踏み込むと、図らずとも急発進になった。

「いったい……エヴァってのは何なんだ。なんでこんな……!」

 腹の底から湧き上がってくる怒りを抑えきれない。それは使徒に対してか、エヴァに子どもを乗せる(なにがし)にか、あるいは何もできない自分自身にか。恐らくは全てなのだろう。それが腹の底でない交ぜになって統制が効かない。

「カメさん! このルート、このままでは北方都市へ……!」

 ユーコの声に我に返る。そうだ、このまま山間を行けばいずれ北方都市に出る。使徒の目的や行動原理は分からないが、このままでは……

 アクセルを強く踏み、無人の街道を走り抜ける。こうなれば、救える命を何としてでも救うという、なけなしの気概しか残されていなかった。

 山沿いの道を往き、暖色の明かりが灯るトンネルを抜ける。その抜けた先で、田畑の中心に佇む巨大な影に気付き、ブレーキを踏む。

「初号機!」

 それは夕日を受け、参号機を待ち構える巨大な紫色の巨人だった。手にはサブマシンガンのようなものを携え、既に照準は参号機、いやバルディエルに向けられているようだった。

「初号機には、やっぱりあの子が乗っているんでしょうか」

「乗ってない方がまだいい……これから、自分と同じような子どもを……」

 その先は言葉にできなかった。彼らに待ち受ける残酷な宿命に、ハンドルを握る手が白んだ。

 俺は街道を急ぎ、撮影に適した場所で車を停めた。二体の衝突を真横から観測できる位置だ。

「カメさん、大塚さんを迎えに行かれた方が……」

「ユーコ、さっき俺と叔父さんの関係が難しいって言ったな。概ねこんなもんだ。お互いの命より、大切なものがあるんだ」

 たぶんな、と一言付け加える。

 巨影を撮らねばならない。それが俺と叔父に共通する絶対の認識なのだろう。……いつも薄情で身勝手に思えた叔父の行動に、いつの間にか近づいていた。やはり同じ穴の、というやつだ。

 バルディエルは電線の張った鉄塔の間を、我関せずといった風に通過し、伝染はスパークを上げて引き千切られていく。そして二体のエヴァは夕影の中、ついに向かい合った。一方は腕をだらりと垂らし、一方は銃を構えたまま、しかし距離を開けてお互い動かなかった。逆さになった二つの巨影が、波紋一つ無い水田に映る。

「やはり、撃てないか……!」

 プラグの中で震えていた華奢な少年を思い出す。人が搭乗したままのエヴァを使徒と認識し、あまつさえ討ち倒すなど、到底彼にできるとは思えなかった。彼が今プラグの中でどんな思いでいるかを想像するだけで、あまりに痛々しい。

 一瞬の静寂が里山を包んだその時、バルディエルの口が震えた。そして大きく仰け反り、敵意と殺意に満ち溢れた咆哮を響かせる。

 




こんな巨影が見たかった④

・「トレマーズ」より“グラボイド”
 歩くだけで感知され、高所に逃げても追い詰められる。恐怖の地底生物との息詰まる攻防戦は、実は結構低予算。グラボイドの移動は土が捲れるだけなのでね。
 しかしコンクリに頭を強打すれば死ぬので、現代日本ではあまり活躍できないかもしれない。地下鉄にぶち当たって死にそう。


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stage9:夕影に問う命の選択 ②

前回までのあらすじ

巨人の手を逃れ、北方都市に向かう主人公たち。
道中、エヴァンゲリオン参号機が現れるが、様子がおかしい。
参号機はパイロットを乗せたまま、使徒バルディエルに乗っ取られていた。
エヴァ初号機がその行く手に立ちはだかるが、初号機パイロットは攻撃をためらってしまう。
バルディエルは初号機を敵と認識し、咆哮を響かせた。


 バルディエルは獣のように伏せ、四肢を使って大きく跳躍した。小山ほどもある巨体が、その倍を超える高さまで至り、そして重力を伴ってエヴァ初号機へと降りかかる。初号機は構えていたサブマシンガンで咄嗟に身を守ろうとしたが、全荷重を乗せた飛び蹴りは銃身を砕き、更に初号機を吹き飛ばした。

 その衝撃の凄まじいこと、数瞬の間を挟み押し寄せた衝撃波が全てを物語っていた。初号機が仰向けに倒れ、バルディエルが四足で着地し、その激しい地鳴りが木々を揺らすと、カラスの群れが森から飛び立っていく。

 家屋を崩壊させ倒れ込んだ初号機が立ち上がる。水田に着地したバルディエルが右手で地を掻き、反動をつけると、その右腕がゴムのように伸び、初号機の首に掴みかかった。

「なっ、なんだあれ!?」

 更に左手も同様に首へ伸び、おおよそ三倍ほどに伸長した両腕が初号機を締め上げる。

「あれは参号機の機能か!?」

「いえ、使徒によるものです!」

 その時、初号機がたたらを踏むように押され、その背中がこちらに迫ってきた。幸いにして少し離れた山肌に初号機は叩き付けられたが、激しい衝撃に足を取られた俺は、しゃがみ込んでガードレールに寄りかかった。激しい砂埃が巻き上がり、視界を濁らせる。

 見上げれば、バルディエルは覆い被さるように初号機の頸部を締め続けていた。煙の中、赤い瞳が殺意を籠めて光る。

 しかし初号機も抵抗を見せ、バルディエルの両腕を掴み、満身の力で引き剥がしていく。このまま力で圧せるか、と俺が思うや否や、バルディエルの肩の装甲が弾け飛び、そこから新たに二本の長い腕が発生した。

「あ、あれも使徒の能力です!」

 装甲に覆われているエヴァ従来のものとは違い、より人間らしい肉感・質感のそれは、再び初号機の首を絞め付けた。更には初号機の両腕も元の腕で押さえつけ、動きを封じた上でその頸部に体重をかけていく。バルディエルの低い唸り声が響いた。

「やばい、このままじゃ!」

 あの少年が死んでしまう。しかし、初号機にそれ以上の抵抗の意思が見られない。足で蹴りつけることはできるだろうが、それもしない。

「やっぱり、できないんしょうか」

 ユーコの声に憐憫が混じる。自分が殺されかけているというのに、抵抗を止めたあの少年の気持ちを思うだけで、居た堪れない。前回のように力を与えられるならそうしたいが、与えたところで戦意が無ければ意味が無い。

「ああくそ、何か手は……!」

 そう口に出した瞬間、初号機の全身から力が抜けた。まさか、と一瞬血の気が引くが、ユーコの困惑した様子がそれを否定する。

「“変わっ、た”……?」

 変わったって、何が。そう疑問を口に出そうとした瞬間――俺は、その変化をまざまざと見せつけられた。

 バギン、という破砕音で初号機の口が開き、深紅に染まった歯が剥き出しになる。地の底を這うような唸り声を発しながら、バルディエルに押さえつけられていた腕を徐々に持ち上げる。

 そしてバルディエルの腕を一気に振り払って身を起こすと、その首を逆に絞め上げた。新たに肩口から生えた手によって初号機自身まだ首を絞められているが、それを意にも解さぬ凄まじい様相で、両腕には全霊の力が込められている。

「な、なんだいったい……何が起こってる!?」

「エヴァの中、いえ、プラグに()()がいます! パイロットの指示じゃありません!」

 その“何か”によって、初号機に乗る彼は一先ず助かったのかもしれないが。

「まずい、参号機のパイロットが!」

 エヴァとのシンクロを続けている状態なら、初号機の彼と同様、あの狭く寒々しいエントリープラグ内で今頃……

「ユーコ、立体軌道装置に!」

「で、でも!」

「もうやるしかない! これ以上見てられるか!」

 有効な策など思いつかないが、しかしこれ以上彼らのような子どもが傷つく様を見ていられなかった。

 ユーコが立体軌道装置に姿を変え、その重みが体にかかると同時に、初号機の赤く染まった瞳が、まるで舌なめずりをするように細められた。ぞくりと総毛立ち、思わず叫ぶ。

「やめろ! それ以上は……!」

 叫んで初めて分かる、俺の声の何と小さいことか。巨影同士の衝突の中にあっては、人間の存在など吹けば飛ぶようなものなのだと、無残にも今このとき思い知らされる。

 初号機が唸り、バルディエルが苦しげに初号機の腕を掴む。しかし両者の力関係が微塵も変わらない。初号機に持ち上げられた参号機の頸部から、鈍く骨の軋む音が鳴り始めた。

 その時、上空で何かが光った。それは流星のようにも、あるいは雲間に射した日差しのようにも感じられた。目を細めそれを見上げると、光を背負った巨大な影が、夕空を裂いて急降下してきた。

「あれは……!」

 影は二体の間に割って入り、初号機の手がバルディエルの首から弾かれる。地に足を付けたバルディエルは素早く飛び退き、距離を置いて昆虫のように六本足で着地した。

 突如飛来した銀と赤の巨影が、片膝をついた姿勢から立ち上がる。

「ウルトラマン!」

 バルタン星人から俺たちを救ってくれた時と同様に、全く変わらない頼もしさで、絶望の淵に降り立った光の巨人。夕日を浴びて胸を張る彼の姿に、俺とユーコは歓声を上げた。

 対照的に、ウルトラマンを新たな敵と認識したのか、バルディエルは敵意に満ちた咆哮を上げて襲い掛かる。俺は慌ててウルトラマンに叫んだ。

「あの中には子どもが!」

 ウルトラマンは冷静だった。腰を落とした姿勢から素早く懐に入り込み、突進の勢いを利用する形で鮮やかに投げ飛ばす。まるで合気道の演武のように、背中から水田に転がされたバルディエルだったが、あまりに綺麗に決まった技は殆ど痛手にはならなかったようで、すぐに立ち上がる。

「よかった、聞こえたみたいだ」

「でも、このままじゃ次の手が……」

「それなら……ウルトラマン!」

 俺の声に反応するように、ウルトラマンが少し顔をこちらに向ける。

「うなじの粘膜の下、白い筒の中にパイロットがいる! なんとか助けてくれ!」

 ウルトラマンはこくりと、確かに頷いた。届かないと思っていた声を聞き届けてくれる、ウルトラマンという強大な存在が何よりも有難く、嬉しかった。

 しかし、胸に沸いた熱い感情も、初号機の発したおどろおどろしい咆哮によって掻き消される。その声に振り返ったウルトラマンを押し退け、バルディエルに詰め寄る初号機。惑いの無い歩調が眼前の使途を滅ぼすためだけに刻まれていく。

 ウルトラマンが後方から初号機に組み付き、二体の衝突を未然に防ぐ。しかしバルディエルはその隙を突くように駆け寄り、右側の二本の腕を大上段から振り下ろした。咄嗟に初号機を突き飛ばし、庇うようにしてその打撃を背に受けたウルトラマンが、痛々しげな声を上げて水田の中に突っ伏した。

「ウルトラマン!」

 ユーコの悲鳴が轟音の中に消える。バルディエルは更に攻撃を重ねるべく足を上げたが、横合いから突っ込んできた初号機のタックルを受け、二体はもつれ合い土を巻き上げて転がる。

 激しい地鳴りと立ち上がる砂煙、敵味方が存在しない混沌とした状況の中、ウルトラマンが水を滴らせて立ち上がる。二体を傷付けず、尚且つ暴走する初号機を制しながら参号機のパイロットを救う。さしものウルトラマンとはいえ、これだけのことを同時に行うのは難しいか。

 俺は一つ息を吐き、覚悟を決めてウルトラマンに叫ぶ。

「ウルトラマン! 初号機の動きを止められないか!」

 こちらに視線を向けたウルトラマンに、続けざまに語る。

「止めてくれたら、俺たちが何とかする! その間バルディエルを、あの黒い方を頼む!」

 ウルトラマンは立ち上がろうとするエヴァたちに視線を配ると、再び俺に向かって頷いた。

 俺も頷いて返事をし、走り出す……が、足首に走った鋭い痛みで歩調が乱れる。

「ユーコ、バイクに! 近寄ったらまた立体軌道だ!」

「は、はい!」

 立体軌道装置がバイクへと姿を変え、流れるようにそれに飛び乗り、アクセルを強く捻る。一瞬浮いた前輪を路面に押し戻し、田畑の道を初号機へ向けて走駆する。

「すまんユーコ、またキミ頼みの作戦だ。付き合ってくれ」

「……本当は無茶してほしくないです。けど、私もこれ以上見ていられません! 任せてください!」

 勇ましく、頼もしい彼女の返事に笑みが漏れる。

 既に初号機とバルディエルは距離を置いて向かい合い、いつどちらが仕掛けてもおかしくない、ピンと張りつめた緊張感が漂っていた。

 ふとミラーで後方を覗くと、砂埃を巻き上げ、高速回転するウルトラマンの姿がそこには映されていた。

「ん、ん!?」

 前方不注意も甚だしく振り返ってしまったが、無理からぬことと思う。何してるのこれ!? と、心中では大パニック状態だった。この謎の回転運動がどうして足止めと繋がろうか。結局それは早合点だったが。

 回転するウルトラマンを囲うように、金色に明滅する鎖の輪のようなものが発生する。それがウルトラマンを抜けて浮かび上がり、俺の頭上を通過していった。そして二体のエヴァの直上から輪投げのように降り注ぎ、細身の体を絞め上げていく。二体は抵抗を見せるものの、その両腕、あるいは四本の腕は徐々に光の鎖に縛められ、間もなく完全に拘束された。

「この技は!?」

「キャッチリング、という拘束技です!」

 奇抜な発生方法に少々面食らったが、何にせよこれで初号機ともどもエヴァの動きは封じられた。

 間もなく接近し、夕焼けにそびえる巨大な初号機を見上げる。電線の向こうで呻きを上げるその表情はまるで悪鬼のようで、目はバルディエルと同様に朱色に染まっていた。その迫力に唾を飲み込む。

「ユーコ、行くぞ!」

「はい!」

 




身長
ウルトラマン:40メートル(諸説あり)
エヴァンゲリオン:40~200メートル(諸説あり)

共演させるにあたってサイズ感合わないのではと思い調べましたが、エヴァは絵作りのために都度サイズが変わるらしいですね。
まあ特撮も明らかにサイズ感違う時がままありますので、あまり気にしなくてよさそうです。


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stage9:夕影に問う命の選択 ③

前回までのあらすじ

襲い掛かるバルディエルに対し、抵抗に迷いのある初号機。
拘束され、首を絞められ絶体絶命という中、初号機に変化が表れる。
途端に凶暴性を発揮し、逆にバルディエルの首を折らんばかりに迫る初号機。
しかしバルディエルにも子どもが乗っている。
このままでは、と思われたその時、ウルトラマンが割って入った。
三つ巴の様相を呈する中、初号機の異常を解決するべく、主人公たちも行動を起こした。


 ユーコが立体機動装置に変身し、全身に重みが加わる。エヴァにアンカーを打ち込み、ワイヤーを高速で巻き上げると、その加速度で傷んだ体が軋みを上げた。

「エヴァが人造人間でも、プラグは機械だ! その異常なら、ユーコ!」

「はい! 私が何とかします!」

 歯を食いしばり、エヴァの体に沿って夕空へと昇っていく。その最中、初号機は縛めを解こうと身を捩っていたが、ウルトラマンの拘束はよほど固いのか、頭を振るだけで精一杯という様子だった。

 腰の付近に一度足を付け、肩甲骨部分の突起にワイヤーを射出し、ワイヤーとガスの力で一気に上昇する。初号機を縛める鎖のような光輪を通過した時、熱とは違う確かなエネルギーを肌に感じた。

 慣性によって一度中空へ放り出され、重力との均衡が逆転した地点から、浮遊感が臓腑を包み込んでいく。

「あ、ってぇ~……!」

 うなじに着地する直前に噴出されたガスにより、着地の衝撃は最小で済んだが、このボロボロの体にはそれだけで鋭い痛みが走る。立体軌道は全てユーコ任せで、ただ姿勢を保っていただけの俺が何を甘ったれたことを、と心中で自分を叱咤する。

「大丈夫ですか!?」

「ああ! それより、ここだな! エントリープラグの挿入口!」

「はい!」

 以前シャムシエルとの戦闘に巻き込まれた際、初号機のエントリープラグに避難した記憶から、その装甲板の真下がプラグであることは理解していた。

 立体機動装置からアンカーが射出され、紫の装甲にめり込んで爪を立てる。ピンと張りつめたワイヤーが俺の体を初号機に縫い止めた。

「ユーコ、これは?」

「“変身”と“同化”を同時に行います! いざという時、カメさんが投げ出されないように」

「できるのか?」

「できます! そんな気がするんです!」

 分かった、と頷いてワイヤーを握りしめ腰を落とす。彼女ができると言う以上、俺はそれを信じるだけだ。

「コントロールがパイロットの彼に戻ればいいが、最悪プラグを抜き出して救助しよう! 初号機さえ動かなければ、後はウルトラマンに任せられる!」

「はい!」

 そう返事を残し、ユーコの声が消える。直下のエントリープラグと同化を果たし、統制下に置こうと奮闘しているのだろう。

 ふと視線を上げる。エヴァの首から後頭部にかけてを間近に観察し、その巨大さに今更ながら冷たい汗が背を伝う。

 ふと気づくと、縛めに対し抵抗を見せていた初号機が停止していた。

「ユーコ、今どうなってる!」

「初号機の奪い合いです! こいつ、ダミーシステムと!」

 またユーコの声が消えた。かなり必死な様子だったが、どうやらそれはプラグに居る何某か……ユーコ曰く“ダミーシステム”というそれも同様らしい。激しい統制権の奪い合いの最中では、初号機を動かすだけの余裕は無いようだ。

 しかしエヴァ参号機、ことバルディエルはそうではない。今も獣のように雄叫びを上げながら、光輪の拘束を破ろうともがいている。

 その時、ウルトラマンが初号機を庇うように踊り出た。その緊張に漲る背中から、彼の放った拘束技が限界を迎えようとしていることを察してしまう。

 まさしくその通り、バルディエルは四本の腕で、金色の光の輪を千切るように破った。腰を落とし構えを取るウルトラマンに、敵意の籠った赤い瞳が鋭く光る。

「ユーコ、頼むぞ……!」

 返事は無い。それが彼女の懸命の闘争を物語っており、手さえ空いていれば組んで祈りたい気分だった。

 バルディエルが四足の、いや六足の姿勢を取り、反動をつけるように大きく右手を引く。

「やばい、ウルトラマン!」

 覚えのある挙動から、ウルトラマンに発した警告はしかし間に合わなかった。再びゴムのように伸びた腕はウルトラマンの首を狙う――が、彼はその手首を掴み、重ねて迫った左手も同様に掴み封じた。

 おお! と感嘆と安堵の声が漏れるのも束の間、バルディエルは肩口から発生させた二肢を同時に振りかぶり、ウルトラマンの首を今度こそ掴み取り、締め上げていく。ウルトラマンが苦し気に呻く。

「ああくそ、まずい!」

 参号機パイロットを半ば人質とされているウルトラマンは現状、攻撃という手段を取れない。尚且つ初号機を守りながらでは、その力を振るうこともできるはずがない。焦燥が身を満たしていくその時、ユーコが叫んだ。

「カメさん、初号機に力をあげて!」

「なに!?」

「前みたいに、早く!」

「わ、かった!」

 四の五の考えている暇は無い。ワイヤーを一度握り直し、赤紫色に輝き始めた掌からワイヤーを通して、初号機に力を与えていく。掌、そしてワイヤーにぼうっとした蛍光色の光が灯り、体から徐々に力が抜けていく。

「さあ、さっさとこいつを黙らせちゃってください! あの子のピンチなんですよ!」

 ユーコが俺以外の何物かと会話を始める。あの子、とはパイロットの少年のことと思うが、正直なところ彼女の様子を気にかけている余裕が無い。折れそうになる膝に力を籠めることで精一杯だ。

 その時、突如として初号機が暴れ始めた。先ほどを遥かに凌ぐ激烈な様相は、まるで猛毒に体内を侵されもがき苦しんでいるようだった。

「この、最後の悪あがきを!」

 必死に足を突っ張り、ワイヤーを握り続ける。こうしている間にもウルトラマンが……!

「ユーコ、変身を解け!」

「え!?」

「完全に同化して、とどめ刺してこい! 急げ!」

「は、はい! どこかに掴まって!」

 言われるまでもなく、装甲板の切れ目を掴み全身でへばり付く。途端に全身を絞め付けていた立体軌道装置のハーネスから解放された。その解放感は現状味わいたくない、なんとも心許ないものだった。

 初号機が身を捩る度に体が一瞬浮きあがり、すぐ腹から叩き付けられる。傷の痛みも感じないほどの死線に必死で食らいつき、ユーコからの朗報を待つ。

 しかしそれより先に、初号機がとうとう光の拘束具を弾き飛ばした。その衝撃はこれまでの比ではなく、俺の体はあっけなく空中に放り出された。初号機の額から伸びる角を超える高さにまで達し、そして当然落下を始める。

「カメさん!」

 俺に引きずられてエントリープラグから抜け出したユーコが、必死に俺に手を伸ばす。無我夢中なのだろう、俺たちは決して触れ合えないというのに……

 加速した思考の中でそう冷静に見つつも、俺の手は彼女に伸ばされていた。指先が求めているものは決して、物理や温度によるものではないと、何とはなしに分かっていた。

 俺とユーコの手が空中で重なった瞬間、視界が紫色の影に覆われ、そして凄まじい衝撃が全身に走った。

 呼吸と思考が一瞬停止し、次に自分の生存を確かめるために動員される。全身が痛むが息を吸える。五感が残されている。俺はまだ生きていた。

 仰向けに落ちたそこは、巨大な紫の指に囲まれた掌だった。見上げれば、瞳に明るい色を灯し、こちらを見つめる初号機と目が合った。思わず、空気を吐き出すような笑いが漏れ、ぐっと親指を立てる。初号機は機械的な軋みを上げながら、一つ頷いてくれた。

 しかし事態はまだ切迫している。俺は寝返りを打つように転がり、ウルトラマンを締め上げつつこちらを観察するバルディエルを指さす。

「エントリープラグが射出できないんだ。菌糸のようなもので覆われてる」

 そこで再び視線を初号機の顔へ戻す。その向こうにいるかの少年に語り掛けるように。

「行きずりの人間が、ましてや大人が頼むようなことじゃないが。頼む、助けてやってくれ。ウルトラマンを、参号機のパイロットを」

 傷が痛む。全身から力が抜け、立ち上がることもままならない。

「俺なんかじゃ、もうどうしようもないんだ……頼む」

 初号機は間髪置かず、先ほどより深く、強く頷いた。

 地面がみるみる近づき、田畑の脇の農道に手の甲が接地する。転がるようにして俺が地に降りると、俺を覆っていた初号機の影が立ち上がる。そして迷いのない歩調から加速し、苦しむウルトラマンに駆け寄っていく。振り絞るような微かな声が、思わず溢れ出す。

「行け、エヴァ……!」

 初号機が腕を突き出し、ウルトラマンの正面にATフィールドを発生させた。それに弾かれた四本の腕は元の長さに戻り、バルディエルは警戒するように後退する。

 よろけるウルトラマンの背を、初号機が支える。振り返ったウルトラマンはその様子を見て、しっかりと頷いた。初号機も首肯で返し、二体は夕暮れの空の元、並び立った。

 赤と銀色から成る光の巨人。紫を基調とする機械仕掛けの巨人。全く違うバックボーンを持つ二体の巨影が、護るため、救うために手を取った。それがどうしようもなく胸を熱くさせて、俺は夢中でカメラを構え撮影を始めた。

 バルディエルの咆哮で全てが動き始めた。同時に駆け寄るウルトラマンと初号機。バルディエルは同時に四本の腕全てを振りかぶり、眼前の二体を滅ぼすべく伸ばした腕を殺到させた。しかしウルトラマンたちはそれを冷静に見切り、一人二本ずつ、一度に払いのけた。弾かれた腕を慌てて収縮し、もう一度放とうとした時には既にウルトラマンが迫っていた。

 ウルトラマンは至近距離で放たれた腕を、二本は手で掴み、残った二本は脇で挟むという荒業をやってのけた。もはや単なる見物人と化した俺たちのボルテージも上がる。

「すごい!」

「今だエヴァ!」

 ウルトラマンの背後から跳ね上がり、夕暮れ空を背景に鮮やかに舞った初号機が、激しい水飛沫を上げてバルディエルの背後に着地する。それと同時にエントリープラグをがっちりと掴むが、粘菌のようなものに触れた途端に、初号機の様子が変わった。

「使徒が侵食しようとしています! このまま触れ続けるのは危険です!」

 しかし初号機はプラグを離さない。挙動から、激しい痛みに苛まれていることは明白なのに。

「痛いはずです……でも」

「離さないな、ああ。離さない」

 胸にこみ上げるこの感情を何と言うのだろうか。それは言語化されることなく、ただの叫びとなって放出された。

「いけーっ! エヴァー!」

「頑張れー!」

 テレビに夢中になる子どものように叫び、純粋に初号機を応援する。こんなことを言わなくても、彼は頑張るというのに。

 初号機の満身の尽力によって、徐々にプラグが抜き出され、粘菌が引きちぎられていく。それに痛みを伴っているようにバルディエルが叫び暴れるが、ウルトラマンは決して掴んだ腕を放しはしなかった。

 そしてとうとう。初号機の雄叫びと共に、参号機のエントリープラグが完全に取り外された。

「よしっ!」

「やったぁ!」

 俺たちが歓喜に包まれている間に、初号機は油断なくバルディエルと距離を取り、戦線を離脱していた。それを見届けたウルトラマンがバルディエルの腕を引き一気に引き寄せると、強烈な前蹴りを放って吹っ飛ばした。

 激しい飛沫を上げ水田を転がったバルディエルが、明らかに鈍った動きで身を起こす。その隙を見逃さず、ウルトラマンは両手を組み、スペシウム光線を放った。水田に青白い光線が反射し、鏡像のバルディエルの体を穿つ。

 耳を覆いたくなるような壮絶な絶叫を上げ、バルディエルは参号機の機体ごと爆発した。激しい衝撃波が俺の体を打ち、怪我を一層痛ませる。

 しかしそれが収まった後、痛みを忘れさせるような、充足感と安心感に満ちた空気が里山に満ちていた。

 プラグを大切そうに抱えた初号機と、ウルトラマンがゆっくりと向かい合う。そしてどちらからともなく差し出された手が、結ばれた。

 日が沈み、濃紺が迫る暮れの空に、巻き上げられた飛沫が虹をかける。その下で手を取りあう二体の巨影に、俺はたった一回しかシャッターを押せなかった。どうしようもなくその光景に見入ってしまったのだから、一枚でも収められてだけ上々だ。

 

 ウルトラマンが虹のかかる空を見上げ、両手を上げた飛行姿勢で彼方へと去っていく。その姿を見送ったところで、世界が()()()()()

「カメさん!?」

「……あれ?」

 アスファルトが体をぐいぐいと押す。夕闇に冷やされたそれは火照った体に心地良くて……

 意識はそこで途絶えていた。

 



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stage10:英知の光に差した影 ①

前回までのあらすじ

エントリープラグと同化したユーコは、ダミーシステムから主導権を取り戻した。
初号機はウルトラマンと協力し、バルディエルに支配された参号機からパイロットを救出する。
そして参号機ごとバルディエルを完全に殲滅し、事態は収束を迎えた。
しかし主人公はそこで限界を迎え倒れてしまった。


 白い天井と、U字に俺を囲う白いカーテン。それが目を開いた時に見た物の全てだった。

「カメさん、お目覚めですか!」

 次に視界を覆ったのは安堵した様子のユーコだった。

「……病院か」

「はい。目的地の、北方都市の病院です」

 病院特有の香りが鼻を突く。消毒薬と病煩(やみわずら)いが混ざり合った、嗅ぐだけで気怠さを覚える独特な匂い。それで思い出したように、全身が痛みを訴え始めた。腕を上げてみるとどちらも包帯に巻かれ、被覆材も随所に張られている。いざ治療が行われてみると、こんなに怪我していたんだなとようやく自覚する。

「あの後、どうした。どうやって俺はここまで?」

「カメさんが倒れて、私、急いで車に変身して、なんとか乗せてここまで走ってきたんです」

「じゃあ運転はキミが?」

「ええ、まあ」

 少し視線を外したユーコの様子が気にかかるが、それはこの際どうでもいい。

「ありがとう。よく運転できたな」

「頑張りましたよ、本当に! 他の車が全然走ってなかったので、まだ良かったですけど。何度か迷っちゃいましたし」

「いいよいいよ、充分。おかげで助かった」

「いえ、そんな……」

 なぜだかやたらと謙遜するユーコに首を傾げながら、目覚めたことをナースコールで告げる。

 間もなく、カーテンを開けて若い女性の看護師が顔を見せた。そこから差し込んだ陽光によって夜が明けていることを知る。

「あぁ、良かったです目が覚めて。お体の方、あと意識とかどうです? 何か気持ち悪いー、とか」

「いえ何も……何もじゃないか、全身痛いですけど、頭の方は特に」

 てきぱきとベッド周りを弄る彼女からの質問に答えていく。

「でもほんと、よくここまで来れましたよねー。車から救出されたとき、もう意識無かったですから」

「……救出?」

「はい、救出。覚えてないですか?」

 首肯を返しながらユーコを見やれば、いっそ清々しいまでに顔ごと逸らしている。

「びっくりしましたよぉ、夜中に突然ドカーンって。見に行ったら、駐車場の花壇に車突っ込んで横転してるですもん」

 なぜかいつの間にか車が消えててー、と緩く話す彼女には目もくれず、表情を隠すユーコを穴が開くほど見つめる。視線に熱があればその後頭部から煙が上がったことだろう。

「でも何があったんです? こんなに怪我だらけで」

「ああ、いや実は……」

 地方都市にて巨人から逃れてきた経緯を、所々隠しながら掻い摘んで説明する。エヴァへの言及はその秘匿性から避けておいたが、怪我の原因と言えば間違いなく巨人の方であるので齟齬は生じなかった。

「あー、あの巨人騒動から! ほんよによく来れましたね。私も見ましたよ、あの巨影サイトの」

「ああそれは、ご視聴どうも」

「え?」

「あれ俺です。撮ったの」

 そう告げると彼女は大げさに驚いてみせた。テンションの上がった彼女が巨影について怒涛の如く質問を投げかけてくるが、騒ぎを聞きつけた患者や看護師が病室の前に集まってきて、最終的にキツイ顔つきをした先輩看護師に彼女はしょっ引かれていった。

 

 ほどなくして、俺も検査を受けるため病院の方々をたらい回しにされた。車椅子にて移動する際、その移送係には先ほどの看護師が付き、巨影に関してこと細かに質問してきた。彼女との騒ぎが原因で俺の噂が広がったのか、入院患者らもわざわざ話を聞こうと集まり、最終的に妙なキャラバンができあがった。皆の興味関心が高いことは素直に嬉しかったが、同じような話の繰り返しに少々気疲れもした。

 肝心の検査結果であるが、最も重い怪我が左足首に入ったひびだというのだから、なかなかの悪運だ。もっとも、全身に満遍なく擦り傷や打撲があるものだから、程度の割に痛々しい姿にはなったが。

 全ての検査と治療を終えた頃には、既に日も暮れ始めていた。

 

 額に巻かれた包帯を撫で、六人部屋の病室から夕陽を眺める。温かみのある暖色の太陽が、廃墟の影に沈んでいく。

 爆発したレギオンの草体は北方都市に致命的な痛手を食らわせた。中心部のクレーターは完全に焦土と化し、近辺は数キロに渡り瓦礫の山となり果て、現在も捜索活動は続いている。この病院は運よく爆発からは逃れたが、未だに方々のガラスが割れたまま、段ボールなどで覆われている。

「住民は避難済みで殆ど大丈夫だったんですけどねー、自衛隊さんとか、あと無理やり取材してた記者さんたちが担ぎ込まれてきて、直後は大変でしたよ」

「……ご迷惑おかけして」

 他人事では無いので、車椅子を押してくれた看護師の彼女――山根さんに軽く頭を下げる。というか、俺の恥ずべき親戚が長の世話になるかもしれないので、謝意もひとしおだ。

「いえいえ。でも大塚さんも面白い人ですよね。最初は怪我が辛いの静かにしてたんですけど、ガメラが動き出した途端に跳ね上がって! よく動けますよ、あんな怪我で」

「はは、まあそういう人ですから。あの巨影バカは」

「あ、大塚さんから伝言預かってますよ。『よくここまで来た、と言いたいが、怪我で動けねえんじゃ話にならねえ。今はお互い療養しようや』って」

「ちょっとは怪我人らしく、しおらしくなれって伝えてください」

 お互い笑い合う。

 とは言えあの叔父も結構な重症で、ベッドから下手に動けない状態らしい。しかし何度か脱走を企てたそうで、病院側も監視の目を強めているそうだ。つくづくはた迷惑な男だ。

 今日はもう休み、彼には松葉杖の練習も兼ねて明日会いに行く予定でいる。

「あ、そうそう知ってます? エヴァのこと」

「……えっ!?」

 完全に不意を突かれ、思わず大声を出してしまう。

「な、なんで知ってるんですか?」

「さっきニュースで公表されたんですよ。それでみんなが思い出したんです。五年前にもいたんですよねー、あのおっきいロボット」

 厳密にはロボットじゃないけど、とは言えないので心の内に留める。

 しかし、そうか、公表したのか。考えれば納得のいく話だ。あのバルディエルに対しエヴァを出撃させたのだから、長距離の移動もあっただろう。その最中、あるいは作戦行動をとる中で、もはや隠し立てができないと判断したのだろう。俺のような輩に下手に情報を流されるよりは、さっさと自ら明かした方が世論を御しやすいというところか。

「山根さんっ!」

「はいぃ! 今行きます! それじゃ、お大事に」

「はい、どうも」

 また先輩看護師に怒鳴られ、彼女はナースステーションへと戻っていった。緩々とした雰囲気の人だが、看護師という激務が務まるのだろうか。

 それはさておき、俺はベッドに戻ってカーテンを閉め、小さなテレビにカードを差し込む。ニュース番組ではちょうどエヴァについて報じており、全身像が明かされていた。が、その写真の構図にどこか覚えがあった。

「これ、俺の写真じゃないか?」

「え? ……あ、確かにそれっぽいですね」

 遠目からズームで撮影したエヴァの写真は、解像度的に情報を読み取られづらいと判断したのだろうか。人のカメラを奪取しておいてなんてことを、と思う傍ら、自分の撮影した写真がテレビ放送されていることがちょっと嬉しい。

 しかし、それならばこちらももう遠慮はしない。

「これでお墨付きだ。上げてやるぞ、エヴァとバルディエル、そしてウルトラマンの戦い!」

 早速携帯とカメラを接続し、巨影サイトに先日の激闘を激写した動画及び画像をアップロードする。アクセス数の伸びは顕著で、サイトに若干のラグまで発生する。こういうのもなんだが、承認欲求というか、そういうせこい心が満たされていくのを感じる。

 しかし叔父からのメールがすぐに届き、なぜこれを上げずに検査なんか受けていた、と鬼畜生のような暴言が飛び出した。返信は中指を突き立てた絵文字だけにしておいた。

 

 しばらくぼんやりと、テレビを流し見る時間を過ごしていた。

「そういえばユーコ、ウルトラマンいたけど大丈夫だったの?」

「大丈夫とは?」

 心底不思議そうな顔で彼女は聞き返した。

「何って、最初にウルトラマン見たとき言ってなかったか? 何か嫌な感じがするって」

 ユーコは首を傾げた。

「全然、そんなことないですよねぇ。なんでそんなこと言ったんでしょう私」

「ほんとだよ、あんなにかっこいいのに」

「ですよね」

 のんべんだらりとそんな実の無い会話をしていると、不意に足元から声がかけられた。

『カメさん、ユーコさん』

 その聞き覚えがあるユニゾンした声の元に向くと、ベッドの足側の端に、煌びやかな衣装のコスモス姉妹が立っていた。その像は半透明で、彼女たちがここにいるわけではないとすぐに理解できた。

「お二人とも!」

「やあ、こんな格好で悪いね」

『お気になさらず。お二人がご無事で何よりです』

「モスラはどうだい、あの後」

『徐々に回復しつつあります。間もなく飛べるようになるでしょう』

 暫し再開を喜び合った俺たちだったが、コスモス姉妹の表情はどこかに陰りがあった。

「……それで、二人は何か用があるんだろ?」

『……はい。これは懸念と、警告です』

「懸念、警告?」

 ユーコが首を傾げる。

『かつてこの地でガメラが復活し、レギオンを打ち倒しました』

「ああ、間近で見てたよ。最後に凄い技を撃ったな。たしか、ええと」

「ウルティメイトプラズマ、ですよ。地球のマナを集めて放つ必殺技です」

 ユーコが技名と概要をもう一度説明してくれる。

 ガメラの頭上に光の輪が集い、それを取り込んだガメラの腹部から放たれる、凄まじい威力の技だ。

「それによって確かにレギオンは倒されましたが、それは別の重大な問題をもたらしました」

「それは?」

「地球上のマナの枯渇です」

 マナの枯渇、と言われてもピンとこない。俺とユーコは揃って首を傾げた。

「えっと、そのマナが枯渇するとどうなるんだい」

「一言で表せば、変化です」

「目覚めるはずのない者の目覚め。起こるはずのない事象の発生。それは巨影に対しても言えるかもしれません」

「巨影に?」

 ユーコの疑問に姉妹が頷く。

 そもそもが理解の埒外である巨影という存在に変化が、と言われてもイメージしづらいが、ふと脳裏に大口を開けた巨人たちの姿がよぎる。

「……まさかとは思うけど、あの巨人は」

『可能性はゼロとは言えません。既に変化は起こりつつあります』

 しん、と一瞬静寂が満ちる。各々その中で何を思っているのか。コスモス姉妹は祈るように手を組んだ。

『どうかお気をつけて。モスラはまだ戦えません。私たちにはどうしようもないのです』

「……いや、ありがとう。教えてくれて」

「ええ。これまで以上に気をつけます。お二人はどうぞモスラの傍に」

 コスモス姉妹は柔和な笑顔を見せた。

『ありがとうございます。どうかご無事で、友人たちよ』

 そうして俺たちは手を振り合って別れた。

 姉妹が空気に溶けるように消えるのを見届けると、息を吐いて枕に身を預ける。

「ユーコ、どう思う?」

「気をつけるのは当然です。けど……やっぱり怖いですよね。見えないところで、何かが起こっているというのは」

 夜が更けていく。その宵闇の中、何かが蠢いている。そんな気がして、ふと寒気を覚え身を震わせた。

 



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stage10:英知の光に差した影 ②

あらすじ

叔父、大塚秀靖の入院先である病院までたどり着いた主人公。
しかし彼自身も満身創痍であり、ミイラ取りがミイラ、入院患者となってしまう。
病床の彼の前に、モスラの巫女であるコスモス姉妹の像が現れる。
彼女たちによれば、ガメラの繰り出した禁じ手によって地球のマナが枯渇し、その影響は巨影にまで及ぶかもしれないという。
不確定な話ながらも、主人公たちは不気味なものを感じていた。


 薄闇に包まれ沈殿していくような、居心地のいい微睡みだった。しかし遠くから俺の渾名を呼ぶ声に、徐々に意識が浮上していく。

「カメさん!」

「ふぁい」

 寝ぼけた俺の間抜けな声が聞こえた。目を開くと、消灯時間になったのか光源がほぼ無い。目を擦って上半身を起こせば、仕切りのカーテンの向こうを覗き見るユーコの臀部が目に入ってしまった。

「ようやく起きてくれまし、ちょっと! また寝ないでくださいよ!」

「いやその、すまん。ちょっと自己嫌悪で」

 枕に突っ伏す俺にユーコは首を傾げたが、切迫した様子で迫ってきた。

「それより緊急事態です、巨影ですよ」

「なに、どこに!」

 周囲の入院患者が目を覚まさないように小声で問いながら、カメラの電源を点ける。

「そこかしこに。この病院中、巨影の気配だらけです」

「は? 病院中? なんで今まで気づけなかったんだ?」

「私にもさっぱり。突然現れたようにしか感じなかったんです。しかも他の患者さん、それに看護師さんもいつの間にかいないんです」

「それは……ユーコって居眠りとかする?」

「しませんよ! ぼーっとしてる時がないかって言うと、まあ、あれですけど」

 俺が寝ている時はそう過ごしているのか。ちょっと申し訳ない。

「でも、こんな変化に気付けないなんて普通じゃないです。なにか妙ですよ」

「そうだな……まさかそれも巨影の影響なのか」

 しかし、今はそれを考察している場合ではない。光が漏れないよう、布団の中で携帯を点け、時間を確認する。日付が変わっていくらも経っていない。俺が眠っていたのは三時間ほどか。

「この階に巨影は?」

「おそらく一体だけ。動きは早くなさそうですが……しっ!」

 ユーコの顔つきが一層強張る。

「近づいてきます……音を立てないで」

 息を潜め、身じろぎせずにじっと耳を澄ませる。廊下の奥の方から、硬質な足音がガシャガシャと近づいてくる。雰囲気からして多脚のようだ。その特徴から、ふと小型レギオンが脳裏に浮かんだ。

 やがてその足音は病室の前に差し掛かったところで、止まった。心臓がぎゅっと縮小する。

 呼吸さえ喧しく感じる静寂の中、その巨影は病室に踏み入ってきた。足音は振動となり、ベッドを通じて接近を感じさせる。

 いざとなればATフィールドを使う心構えをし、恐怖心を押さえ込む。

 巨影はついに俺が眠る窓際のベッドの目前まで迫った。網目状になっているカーテン上部から、刺々しい頭部の先端が覗く。外から差し込む街灯の光によって、巨影のシルエットがカーテンに映し出された。

 大小の多脚が蠢く胴体。そこから細長い首が伸び、側頭部には両刃の斧のような器官が備わっている。レギオンとは全く異なる異形の巨影は、暫し窓の外を観察するようにそこに留まった。

 息の一つ吸うことさえ忘れ、ただ恐怖を押し殺し気配を潜め続けた。すると間もなく、巨影は多脚を忙しなく蠢かして反転し、廊下へと去っていった。ゆっくりと息を吸い、またゆっくりと吐く。

 ユーコがカーテンから身を乗り出し、去っていく巨影を観測する。

「あれはデストロイア、の幼体です。かつて地球に生息した微生物が、オキシジェン・デストロイヤーの作用で異常進化した姿です」

 俺が押し黙ったままユーコを見続けていると、そこで気づいたように彼女は振り返った。

「あ、もう声を出しても大丈夫ですよ。小さく小さく」

「……オキシジェン、デストロイヤーって、なんだ」

「いや、私もそこまでは……少なくとも、あれは友好的な生命体ではありません」

「まあ、そういう気はする」

 シルエットの刺々しさと言うか、禍々しさのようなものが、外敵に対する攻撃性を表しているように思う。これはレギオンにも通じる特徴だ。

 その時、ユーコが再び何かに気付き、カーテンの外を覗き込む。

「どうした」

「……あ、大丈夫です。でもなんで」

 その口ぶりに首を傾げていると、抜き足差し足で忍び寄る人の気配に気付く。そしてゆっくりとカーテンが開かれた。

「しっ、もう大丈夫ですよ」

 口元に指を立ててそう笑いかけたのは、あの妙に緩い看護師の山根さんだった。

「なんでここに」

「こっちのセリフですよ。どこに居たんです? 避難のときにいなかったから、先に逃げたとばかり」

「え?」

 ここで眠っていただけなのに、いなかった? いや、口ぶりからして彼女は直接病床を検めたわけではなさそうだが……

「患者さんを無事に返すことが病院の務めです。さ、逃げましょう」

 ギプスを嵌めていない右足に靴を履かせてくれた山根さんは、俺に肩を貸して立ち上がった。

「ちょっと頑張ってくださいね」

「す、すいません……ありがとう」

「務めですから」

 そう言って笑う山根さんは、昼間とは別人のような強い意志が感じられる。それと同時に伝わってくる体の震えが、転じて彼女の勇気の象徴のように思えて、俺の心にも熱を伝導させた。

 

 停電しているらしい院内は、非常電源を引いている照明だけが弱々しく灯り、一層こちらの恐怖を引き立てた。どこから現れるかも分からないデストロイアに戦々恐々としながら、もどかしいまでのペースで歩みを進める。足がこの状態で、尚且つ移動に静音性が求められるとなると、速度を犠牲にせねばならなかった。

「変です、この階のデストロイアの気配が読みづらく……」

 ユーコの不穏な呟きにまた不安を掻き立てられるものの、ひたすらに階段へと歩を進める。

 山根さんは男である俺に体格の上で当然劣るが、体重がかかる絶妙なタイミングで踏ん張りを利かせ、俺の体重を支えてくれる。そのなんと頼もしく、ありがたいことか。白衣の天使だなどと手垢まみれの表現だが、俺の目からはまさにそう見えていた。

 俺も山根さんも呼吸は浅く、不安に震えていた。しかし張りつめた警戒感をよそに、デストロイアはあの足音を聞かせることなく、姿形を見せない。

 階段まであと僅かという折り、複数の足音ががやがやとそこを昇ってくる音がした。間もなく現れた彼らの正体を視認する前に、眩いライトに照らされ目を細めた。

「まだ残ってたのか」

「要救助者発見、避難誘導開始します」

 それは暗色のプロテクタに身を包んだ、特殊部隊らしき五名の男たちだった。

「そっちの彼は怪我人か」

「は、はい」

「自分が背負います」

 てきぱきとした動きで俺の前に隊員の一人が屈む。山根さんはほっとした様子で、他の隊員に連れられ階段へ向かおうとしていた。まさにそのタイミングでユーコが叫ぶ。

「上です!」

 その瞬間足元に広がったデッドゾーンを見るや否や、俺の体は脊髄反射と言える速度で動いた。隊員の背中を抱え込んで、無事な右足で自分ごと前方に飛ぶ。

 うつ伏せに倒れると同時に、天井の崩壊する轟音が背後から鳴り響いた。

「撃てぇ!」

 四人の隊員がサブマシンガンを掃射する中、俺を引き摺るように階段方向へ移動させた隊員が、山根さんに俺を預けた。

「先に行って! こいつは引き留めます!」

「は、はい!」

 言われるがまま返事をした山根さんが、再び俺の右腕を自分の肩に回し、階段へ向かう。その最中に振り返ると、マズルフラッシュに照らされたデストロイアの威容が覗けた。

 赤い表皮は甲殻類のような質感を持ち、鋏のような腕、鋭い多脚といった特徴からも、どこか蟹を連想させるが、その容貌は恐ろしいの一言に尽きる。

 鋭く光る黄色い瞳が細められると、斧のような側頭部の器官が発光し始めた。同時に、隊員の一人を貫くデッドゾーンが見えた。

「避けろ!」

 そう叫んだが、銃声によって届かなかったのか、あるいは素人の発言に信憑性など無いのか、対象の彼は動かない。そしてデストロイアの口から発射された白い光線はその隊員の胸を貫き、彼は四・五メートル吹っ飛ばされてナースステーションのガラスをぶち破った。

「下りますよ!」

 山根さんの声に振り向けば、足は既に階段に差しかかるところだった。後方から響く銃声と、その中に時折混ざる悲鳴から意識を逸らし、必死に階段を下っていく。

 一階ぶん下り、そして次の踊り場に差し掛かった時、暗がりの中から異様な匂いが鼻を突いた。

「これは」

「見ないでください、足を、動かして……!」

 山根さんはこれを見て、俺の元まで来てくれたのか。このおぞましい血の海を乗り越えて……

 口を噤み、意識をも周囲から逸らし、彼女の言う通り懸命に足を進める。時折水たまりのようなものに足を踏み入れてなお進み、べちゃりと鳴る靴を引き摺りながら階段を下りきる。

 そこは三階だった。あと少し、と思った矢先、階段が奥から黄色に染まっていく。死が確定するわけではない黄色のゾーンは、この状況ではおそらく、デストロイアとの遭遇だけを指しているのだろう。我ながら便利な能力だ。

 足を止めた俺に山根さんは怪訝な顔を浮かべた。

「ここはダメだ、どこか別のを」

「どうし――」

 質問は、階下から聞こえた硬質な足音に窄んで消えた。三階の廊下へと踏み入れた俺たちの背後から、黄色いデッドゾーンが迫ってくる。

 もはや足音を消すことさえできないまま、懸命に歩みを進める。そんな俺たちの努力をあざ笑うように、正面の廊下の角から、あの恐ろしいシルエットが伸びてくる。それに伴い黄色いデッドゾーンも廊下に広がっていく。

 背後の足音と正面の影から、挟撃の形に追い込まれたと気付いた山根さんは、体を強張らせ立ちすくんでしまった。顔を見れば、目じりには涙さえ浮かんでいる。

 なんとかこの女性だけでも救いたい。そう強い意志が胸にこみ上げてくる俺の目に、ふと最寄りの病室の名札が飛び込んでくる。

『大塚秀靖』

 それを見つけた瞬間、山根さんの体を押すようにしてその病室へ入っていた。何か確信があるわけでもなし、なぜそのような行動をとったのか自分でも分からない。

「ここ、大塚さんの……」

 山根さんも、窓際の病床で巨影を追っていた大塚の姿を思い出したのだろうか、そう呟いた。

 ベッドの前まで来て、少し開いたカーテンから中を覗き込むと、やはり叔父の姿はそこに無かった。

 しかし枕元に置かれたカメラに気付く。それはバルタン星人襲撃の際にわざわざ持って逃げた最新型だ。

「叔父さん、逃げられたのかな」

 俺の独り言に、山根さんは分かりませんと首を振った。

「あの人なら大丈夫か。あとは山根さんだ」

 え、と目を丸くする彼女をぐいと押し、叔父のベッドの下へ入るよう促す。

「隠れて。俺が気を引くから、隙を見て逃げてください」

「そ、そんなこと……!」

「カメさん、ダメですよ!」

 俺の袖を掴む彼女の手を引き剥がし、ユーコに一つ目線をやる。

「奴らにバレた時だけです。きっと平気ですよ」

 たぶん無理だろうな、とどこかで予感はしていたが。

 山根さんは納得しがたい様子でいたが、俺がベッドの影にしゃがむと、度し難いと判断したのか、素早くベッドに下に身を潜ませた。

 鼓動がうるさいくらいに拍動する中、廊下の端から伸びてきた黄色いゾーンは合流し、やがて出入口付近に二体のデストロイアが姿を現した。いずれも病室の中を覗き込み、今にも進入しようとしていた。

 それを確認した時点で、俺はベッドに手を突いて立ち上がり、ギプス付きの左足を引き摺りながら病室中央の通路へと進み出る。下方から、山根さんが息を飲む音がした。

 窓枠に体を預け、挑発的に笑って見せる。

「よう化け物ども。最後に一枚いいか」

 叔父のカメラを構え、わざわざフラッシュを焚いて執拗に撮影する。撮れているかは問題ではない、こちらに気を引かせればいいのだ。

 二体のデストロイアは目を細め、狙い通りこちらに照準を絞ったようだ。

「カメさん、合図したら横に飛んでください」

「ユーコ?」

「大丈夫、信じて」

 後方から聞こえた彼女の、揺るぎない声に頷く。

 デストロイアたちが縦に並んで迫り来る。細められたその目は、獲物を嬲る愉悦を至近の未来に見ているようで、なんとも腹立たしい。

「今です!」

『どけえぇぇい!!』

 ユーコの声と、その雄叫びはほぼ同時だった。叔父のベッドの陰に倒れ込んだ瞬間、凄まじい轟音と共に、巨大な黒い鉄塊が窓と壁を粉砕し押し入った。その衝撃に戸惑うような鳴き声をデストロイアたちも発する。

 煙が舞い上がる中、鉄塊――黒光りするリボルバーの撃鉄を、巨大な白い指が引き起こした。

 窓の外を見る。その姿を見た瞬間湧き上がった歓喜と混乱、そして辟易した気分は、筆舌に尽くしがたい。

「なんでいるんだ……!?」

 リボルバーを構えるイングラム二号機に向かい、そう問いかける。返ってきたのは、いつぞやも聞いた怒号だった。

『往生せいやあぁぁぁぁぁっ!!』

 



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stage10:英知の光に差した影 ③

前回までのあらすじ

主人公が深夜に目覚めると、既に何体もの巨影が病院内に蔓延っていた。
いつの間にか他の入院患者や看護師まで避難済みであり、混乱する主人公たち。
そんな彼を救出するため戻ってきた看護師の山根と脱出を試みる。
間もなく現れた特殊部隊員に二人は保護されるが、突如現れたデストロイア幼体が彼らに襲いかかった。
その間に逃げ出す二人。しかし挟み撃ちにあい逃げ場を失うと、主人公は自らを囮とする。
今にも襲われようというその時、イングラム二号機のリボルバーが、まさに()()()()()()


 咄嗟にATフィールドを展開し、俺とベッドの下の山根さんを覆う。

『往生せいやあぁぁぁぁぁっ!!』

 怒号と共に引き金が引かれ、閃光と爆音、衝撃波が一挙に押し寄せる。ATフィールドを張ってこれなのだから、生身であればどうなっていたかは想像に難くない。

 病室に蔓延した煙が、二号機の開けた大穴と窓枠だけになった窓から流れ出ると、そこには惨憺たる光景が広がっていた。俺の守ったベッド周辺だけが無事に残り、他のベッドや機材等はことごとく爆風と衝撃に吹き飛ばされ、まるでおもちゃの家をひっくり返したような有様だった。

 出入口付近の壁は崩壊し、もはや病室と廊下の境は無い。その奥でデストロイア、だったはずの肉塊が瓦礫に埋もれている。二体のデストロイアは原型すら留めておらず、そこかしこに赤い肉片が飛び散っていた。

『バカ! 要救助者がいるなか撃つ奴があるか!』

『例の怪獣が迫っていたんだ、仕方なかろう!』

 外を見れば、病院前のロータリーに乗り付けた特殊な警察車両のスピーカーから、二号機パイロットに対して罵声が飛ばされていた。

 恐る恐るといった様子で、山根さんがベッドの下から這い出てくる。

「ど、どうなったんですか今」

「その、助かりはしたんですがね」

 助けられたとは言いたくなかった。

『ほら見ろ、無事だろうが』

「おかげさまで!」

 二号機パイロットの嬉しそうな声に、皮肉を込めて叫ぶ。

 全く皮肉に応じないパイロットは、拳銃を右下腿に収納し、右腕を室内へ突き入れた。

『ようし、早く乗れ』

「よかった、行きましょう」

 山根さんに腰を支えられながら、巨大な右腕へと歩む。彼女が手首付近に膝をつき、俺を引き上げようとしたその時、上方でガラスの割れる音がした。ふと表に目を向けると、ちょうどデストロイアが二号機の顔に降りかかる瞬間だった。

『どわっ!?』

 イングラムが大きく体勢を崩し右腕を引く。その衝撃で掌に倒れた山根さんは脱出できたが、俺は病室へと倒れ、取り残される形となってしまった。

 しかし脱出と言えるかどうか。クモのように顔に張り付くデストロイアを引き剥がそうと、二号機は残った左腕で掴みかかっていた。

『なんだなんだ! おい、離れやがれこのヤロォ!』

 片手が塞がり四苦八苦している二号機に、見知らぬレイバーが駆け寄ってきた。深い緑色の機体で、右前腕に砲身の長い機関砲を装着している。

『動くな!』

 凛とした女性の声に反応して、二号機が動きを止める。その一瞬の内にデストロイアを砲口に引っ掛け、二号機から引き剥がした緑のレイバーは、そのまま砲を発射してデストロイアをバラバラの肉片にした。

『こちら自衛隊空挺師団、ただいまより作戦に参加する』

『あ、ありがとうござます!』

 あの傍若無人を絵に描いたような二号機パイロットが敬語を使っている。それだけ位が高い相手なのだろうか。

 その緑色のレイバーが、右腕の機関砲を地に落とし、腰に携えていたコンバットナイフに持ち替えた。

『的が小さいな。巡査は女性の避難を急げ』

『りょ、了解!』

『来るぞ!』

 女性が叫ぶと同時に、数体のデストロイアが病院の上階から降り注ぐ。一体は切り結ばれたが、ロータリーに着地したデストロイアがレイバーたちの足元を動き回る。

『聞こえるか、三階の!』

 先ほど二号機と喧嘩していた特殊車両の声に反応し、そちらを見下ろす。

「はい!」

『この状況じゃ一階からは脱出できん! 地下駐車場に部隊の乗り入れた車両がある、使え!』

「分かった!」

 特殊車両はデストロイアの間を掻い潜り、二号機に接近していく。その二号機の右手の中で必死に指を掴んでいる山根さんの姿を見て、大きく叫ぶ。

「その人を頼むぞ!」

『任せておけい!』

 気風の良い返答をした二号機が、足元のデストロイアを蹴り飛ばす。

「行きましょうカメさん!」

「ああ」

 振り返り際、山根さんが俺に何か叫んでいることに気付く。しかし戦闘の騒音で聞き取れず、俺は笑顔を作って大きく手を振った。

「カメさん、大塚さんのベッドの下に」

「ん? ……あの不良オヤジ」

 見れば、恐らく移動が禁止されていただろうに、あの叔父は松葉杖を隠していた。きっと無理やりにでも動いていたのだろう。一本だけしかないのは、先ほどの衝撃でどこかへ飛ばされたからか、一本しか入手できなかったからか。

「でも助かった。行こう」

 松葉杖を右脇に構え、左足を庇いながら廊下へと出る。瓦礫だらけで歩きづらいことこの上なかったが、命の危機に瀕して泣き言を言っている場合ではない。

 

 幸いにして……ではないか。デストロイアたちはロータリーのレイバーを敵と見なしたのか、院内にその姿は見受けられなかった。

 外で繰り広げられる戦闘音を遠くに聞きながら、階段を下り地下へと向かう。

 重い鉄製の扉を開くと、警察車両と思わしき重厚なクルーザーが、青い回転灯もそのままに通路の真ん中に停められていた。やはり停電しているのか、非常灯と回転灯だけが光源である地下駐車場は、薄暗く不気味な雰囲気に満ちている。

 クルーザーに乗り込み、ハンドル周りの装備を確認する中、ふと頭上のバックミラーを覗く。通路の奥からデストロイアが姿を現す、まさにその瞬間だった。非常口の緑色の明かりに照らされ、闇に浮かび上がる鋭い影の恐怖たるや、血液を瞬時に冷やし心臓を締め上げるようだった。突然の事態に、身を屈めた姿勢で硬直する。

「なんで、巨影の気配は無かったのに……!」

 ユーコが戸惑っている。彼女の巨影察知能力に疑いは無いが、唐突に巨影が出現する現象は、あの巨人たちを彷彿とさせた。それと同時に、地球に変化が起こっていると告げるコスモス姉妹のことも思い出す。

 息を潜めていると、足音は徐々にこちらへと近づいてきた。

「来てます、もう十メートルも……」

 十メートルも無い。アクションを起こすなら今しかない。このまま車内で息を潜め続けるか、一か八か発進するか。

 俺は――後者を選んだ。素早くキーを回し、エンジンを始動させる。ギアを切り替えてアクセルを踏む、その直前だった。俺の眼前に細いデッドゾーンが出現し、慌てて身を引いてシートに背を押し付ける。

 助手席横のガラスが粉々に砕け、牙の付いたヒルのような、細長い器官がデッドゾーンを通過した。それはデストロイアの口腔から伸びたもので、すぐに収縮して口腔内に戻る。デストロイアは黄色い眼を細め、そして再びデッドゾーンが俺の顔を貫通する。

「いつの間に!」

 今度は身を屈めてそれを回避する。服の襟を噛み千切られたが、紙一重で肌には触れていない。器官の収縮の後に現れた次のデッドゾーンは、シートを倒すことによって回避した。眼前を鋭い牙が通過していく。

 三度の回避に成功したが、これ以上はジリ貧だ。慌てて運転席のドアを開いて転がり落ちる。助手席側のデストロイアは痺れを切らしたように鋭い脚を車に突き立て、凄まじい力をそこに込めていく。俺が這う這うの体で逃げ出すと同時に、クルーザーが真っ二つに引きちぎられた。

「なんて奴!」

 驚異的な膂力だ。接近されてはひとたまりもない。

「ATフィールド!」

 突然現れた赤紫のバリアに行く手を阻まれたデストロイアは、戸惑うと同時に苛立ちを募らせたようで、脚で滅多打ちに叩き始める。

「カメさん!」

「今のうちに、変身してくれ!」

 ユーコが瞬時にスポーツカーに姿を変え、エンジンを始動させる。じりじりと後退し近づくと、ユーコはドアを開けてくれた。その間にもATフィールドは攻撃に曝され続ける。疲労感が徐々に体を覆っていくが、以前より強度そのものが上がっている気がした。

 その甲斐あって、無事に運転席に滑り込めた。ATフィールドを展開したままでは運転できないため、瞬時に解除しハンドルを握る。それと同時に車体に大きな衝撃が走った。

「くそっ!」

「上に!」

 突然、窓ガラスに鋭い脚が突き立てられた。激しい音が鼓膜を揺らすが、ユーコが変身する車は通常のそれよりも頑丈なのか、ガラスには若干の痕が残るだけだった。しかし緊迫するユーコの声が、余裕が無いことを示した。

「このままじゃ、破られます!」

 その時、出入口方向から大きな声が響いた。

『こっち来て! 早く!』

 そのスピーカー越しの声の主を俺は覚えていた。イングラム一号機のパイロットである、若い女性だ。地下に響き渡った彼女の指示に従い、俺はアクセルを踏み込んで出入口へと発進する。急加速にもデストロイアは耐え抜き、鋭い爪は窓枠に引っ掛かって頑として動かない。

 さしてブレーキも踏まず、駐車場の角を曲がる。デストロイアの重量のせいでかなり横に滑り、曲がり切れず壁に接触した。

「すまん!」

「平気です!」

 地下から地上へ抜ける坂道が正面に見えた。デストロイアが天井に頭でもぶつければと思っていたが、車高と体高を鑑みてどうやらそれは叶いそうになかった。となれば期待するのは脱出後の一号機の対応である。

『全速力ー!』

 ゆえに彼女の言葉を信じ、アクセルを踏みぬいた。加速に体が圧され、腕が強張る。ヒビが入っている左足も緊張していたが、もはや痛みは感じていなかった。

 自動精算機のゲートをへし折り、坂道に差し掛かって車体が傾く。片膝を突いた体勢のイングラムが視界の端に一瞬映る。同時に、前方の少し高い位置にロープのようなものが張られているのも見えた。

 その下を潜った瞬間、車体に食い込んでいた爪に大きな力が掛かり、一瞬の浮遊感を覚えたが、すぐに着地して走り抜ける。

「あ、やった!」

 ユーコの喜色溢れる声を合図にブレーキを踏み、ハンドルを切って横滑りしながら道路上で停止する。そこは病院の側面にある出入り口だった。一号機を見ると、彼女はワイヤーをピンと張って待ち構えていたらしい。デストロイアの首がそれに深く食い込み、千切れかかってもがいていた。

 一号機はワイヤーを左手で引いたまま、右下腿から右手でリボルバーを取り出し、ゆっくりと照準を合わせる。わずかな間を置いて引かれた引き金で、デストロイアの体は爆散した。

 一号機は立ち上がり、こちらを見下ろした。

『早く非難して! なるべく遠くに!』

 窓を開けながら叫ぶ。

「ありがとう!」

「ありがとうございましたー!」

 ユーコも届かないながらに感謝を叫んでいたが、車が連動して()()()ものだから、まるで暴走族のような謝意になってしまった。

 急いでその場を離脱しようとハンドルを握り直した時、上方で窓ガラスの割れる音がする。思わず見ると、デストロイアが病院上階から一号機に降りかかっているところだった。

『出たぁ~!』

 嫌悪感丸出しの彼女の声に心配になるが、イングラムは素早くデストロイアを両手で受け止めた。

『だ、大丈夫だから、早く!』

 これ以上留まっても邪魔になるだけだと、アクセルを強く踏みその場から避難する。サイドミラーで覗き見ると、彼女がデストロイアを振り払って警棒を抜き出すところだった。

「ほんとに大丈夫ですかね……」

「信じよう。大丈夫だよ、あの人らなら」

 彼ら第二小隊について何を知っているわけでもないが、日ごろ取り沙汰されている騒動を見る限りの印象としては、“とにかく元気な、あっかるい人びと”だ。揶揄もされるが、何と言うか、バイタリティはひしひしと感じる。どんな環境でも、平気で生き延びていそうな……

 窓を閉めようとしてふと見上げると、窓枠の上辺あたりにまだ引っ掛かっているデストロイアの爪を見つけ、ぐいと引っ張って道路上に投げ捨てた。

 嫌悪感から思わず捨ててしまったが、撮影しておけばよかったなと後で少し後悔した。

 




今回の選択肢

このまま車内で息を潜め続けるか、一か八か発進するか。
①車内で息を潜める→黄色いデッドゾーンを躱すアクション。見つかると②に。
②発進する→本編通り。映画と同じような展開に。


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stage11:襲い来る機械の影 ①

前回までのあらすじ

イングラム二号機、陸自のヘルダイバーによって難を逃れた主人公は、脱出のため地下駐車場へと向かう。
しかしそこにもデストロイアは侵入しており、紙一重で躱しながら地上へ向け車を駆る。
デストロイアをルーフに乗せたまま出口から飛び出すと、待ち受けていたイングラム一号機のワイヤートラップによって、デストロイアは息絶える。
しかしデストロイアの残党とレイバーの戦いはまだ終わっていない。
主人公はいち早く戦場から逃れた。


 ユーコの変身したキャンピングカーの中で目覚め、ぐっと体を伸ばす。それと同時に体に走った痛みに脳が活性化される。

「おはようございます」

「いつつ、おはようユーコ。どうだ、巨人とかデストロイアとか」

「影も形も。たまに車が通りすぎるだけです」

「そうか。まあ結構走ったからな」

 病院脱出後もずっと走り続け、安全を確信できたところで仮眠をとったのだ。そうでなくては困る。

 戸を開け、周囲を見やる。ここに着いた時には真夜中だったので気づけなかったが、朝日に煌めく水平線が防風林の向こうから覗いている。今いる高台から見渡す風景は実に気持ちがいいもので、夜明けの清涼な空気に混じる潮の匂いを嗅ぎながら、ゆっくり深呼吸する。

「はあ、生きてるなぁ」

「ええ、生きてます。本当によかったです」

「最近死にかけるようなことばっかりだからな……こんな時間こそ、どこか感動的だ」

「まあ、半分は自分から危険に突っ込んでるんですけどね!」

「……ごめんって」

 この地球外生命体、だんだんプレッシャーのかけ方に鋭さが出てきた気がする。それが心配からくるものだからありがたいけど、このまま高度な皮肉なんか覚えられたらメンタルが持たない。

「けどほら、そのおかげでいい写真が……あ、叔父さん」

 自らの言葉でようやく思い出した叔父の安否確認のため、壁に手をつきながら携帯まで移動する。テーブルに放り投げていたそれは、案の定と言うか、不在着信を示すランプが点灯していた。

「あー、やっちゃったな」

「早くご連絡さしあげないと」

「……メールじゃ駄目かな」

「ダメです!」

 母のように叱責するユーコに圧される形で、嫌な予感を覚えながら電話をかける。3コール目の中ほどで怒鳴り声が鼓膜を揺らした。

『遅え!』

「もう少し甥の心配をしたらどうだい」

 気付けなかった俺にも非はあるかもしれないが、第一声がこれでは……

『まだまだやってもらうことがあるんだ。こんなところで死なないだろ』

「巨影に聞いてくれ。俺の生殺与奪は奴らが握ってる」

『いい言葉だな。巨影を追うに相応しいぜ』

「どうも。で、そっちはどうしたの。無事に逃げられた?」

『ああ。ついでに騒ぎにかこつけて早期退院してやった』

「いや何やってんの」

 叔父の滅茶苦茶ぶりに嘆息する。

『そのおかげでデストロイアとパトレイバー、あと空挺のヘルダイバーだったか。奴らの大迫力の戦闘が隠し撮りできたんだ。そう目くじら立てるな』

「いけしゃあしゃあと……もうサイトに上げた?」

「カメさん……」

 ユーコが明らかに呆れているが、仕方ないだろう。逃げるのに必死であまり見られなかったんだから。

「しかし、よく動けたね。重症だったんでしょ?」

『ああ。病院抜けてからは同志と合流して、そいつに手伝わせてる。いてっ、傷に触るな!』

「いい気味だな」

 傲慢な物言いに同志が反撃したらしい。もっとやるべきだ。

『まあそんなわけで、今後はこいつの拠点から指示を出す。なかなかすげえ設備だぜ。各所から情報が集まってきやがる』

「はあ、凄い人もいたもんだな」

 同志の規模や主要メンバーはいくらか把握していたが、まだまだ隠れた人材がいるらしい。巨影の名の下に叔父が作り上げたコミュニティの、底知れなさを感じる。

「あ、そうだ。叔父さんのカメラ預かってるよ」

『ん、ああ、カメラ! なんだ、火事場泥棒ってか?』

 冗談めかした口調に笑って返す。

「ああ、給金代わりに頂戴した。……実際のとこ珍しいじゃないか、あんたがカメラ置いてくなんて」

『仕方ねえだろ。病院中パニックの上、こちとら怪我人だ。身一つでやっとだよ』

 まあそうか、と頷く。

『いいさ、預けといてやる。そのかわり撮れ。バシバシ撮りまくれ』

「言われなくても」

 怪我の功名というやつだ。まあこの場合、より酷い怪我をしているのは叔父なのだが。

『よし、早速だが使ってもらうぜ。気になる情報があってな、今どこにいる?』

 

 叔父に届いた情報によれば、ほど近い港町において金色のUFOが目撃された、らしい。

 スポーツカーを運転しながら、快晴の空を見上げる。

「UFOねぇ……」

 正直言って眉唾物というか。巨影なんていう非化学の塊を追っていながら吐く感想ではないが……

「信じてないんですか?」

「そりゃあ……いや、信じるより他ないか。少なくとも俺は」

「私は信じてますよ。というか何度か見ましたし」

「今度じっくり聞かせてくれ。ほんとに、絶対」

 そういえば身近にいたな、地球外生命体。彼女の文化に馴染む速度が尋常じゃなかったから意識から外れていた。

 

 くねる山道を軽快に駆け抜け、下りに差し掛かると、眼下には件の港町が広がった。それなりに発展した街並みで、港湾には大型の貨物船が停泊している。道路脇の駐車スペースで降車し、ボンネットに座って、あまりに平穏なその町を見下ろす。

「UFO。ははっ、どこに?」

 小鳥のさえずりを聞きながら金色のUFOを探す自分があまりに馬鹿らしくなって、笑いながらボンネットに転がる。日光による熱が背中をじんわりと焼く。

「それらしい気配も無いですねぇ。情報が間違ってたんでしょうか」

「巨影が出現する前はずっとこんなもんだったよ。何度叔父さんと無駄なドライブに出かけたか」

 往きはイキイキ、帰りはキリキリしているものだから、車内の空気が悪くて仕方なかった。今思えばあれも結構楽しかったな。

 などと空を見上げながらぼんやり思い返していると、下り車線を猛スピードで駆け抜けていく車が一台。車高が低く、クラシックな車体が山道を攻めている違和感に目を瞬かせる。

「変な奴がいるなあ、あんな車で」

 クラシカル、という点ではユーコの変身するスポーツタイプもそうだが、峠を攻めるタイプの車でもないだろうに。

 そう思っていると、突然大きな影が俺たちを飲み込み、陽光を遮断する。それは一瞬のことだったが、あまりのことに顔を跳ね上げると、そこに浮かんでいたのは間違いなく……

「え、いるの?」

 金色のUFOそのものだった。しかも一機だけではない。

「カ、カメさん! これ、巨影です!」

「なに!?」

 総計四機のUFO――改め巨影は、町の方へと飛んでいく。

「追うぞユーコ!」

「はい!」

 慌てて飛び乗り、発車しながらシートベルトを締める。

 前方を確認しながらも、ゆったりと浮遊する巨影たちを横目に見る。

「あれはキングジョー、堅牢な体と強靭な腕力を持つロボットです」

「腕力? え、なにか、じゃああれから合体したりするのか」

「というより今が分離状態です。ここから合体して人型になります」

「見てぇー!」

 俺の中の九歳児が暴れ出す。合体ロボ。この響きの何とロマン溢れることか。

「撮影だ! ユーコ、道なりに運転できるか。ゆっくりでいい」

「わ、分かりました。やってみます」

「花壇に突っ込まないでくれよ?」

「もう!」

 彼女が病院まで運転してくれた際に犯したミスを弄る。これで緊張がほぐれてくれるといいが。

 カメラを構えシャッターを切る。陽光に輝く金色のボディにズームすると、さすがの高性能で、これまで使ったどのカメラよりも鮮明にこれを捉えた。

「しかし、これが人型に?」

 四機はそれぞれ形が異なり、共通点と言えばアンテナが生えていることくらいだ。一機はまともにUFOらしい形だが、他はどれも――程度の違いはあれ――奇抜で、合体し人型になる様がうまく思い描けない。

 特に中央部分が空洞になっているデルタ型のUFOはかなり斬新なスタイルだ。よくよく観れば、手を合わせ合掌しているように見えなくもない。

「あれが腕あたりかな……ん?」

 そのデルタ型UFOだけがなぜか停止し、他の三機が町へ降りる中、こちらへと引き返してきた。接近する巨大な影に体が強張る。

「なんだ、どういうつもりだ」

「気をつけてください、友好的とも限りません……」

「ああ、そんなのばっかりだよな」

 散々命の危機に瀕してきたのだ、警戒心を抱かずにいられようものか。カメラを下ろし再びハンドルを握る。

 果たしてそれは正解だった。前方に現れた円形のデッドゾーンに反応し、急ハンドルでそれを躱す。ほぼ同時に巨影から稲妻のような光線が発射され、車体斜め後方の道路に直撃し、コンクリートを爆ぜさせた。

「くそっ、やっぱりか!」

 愚痴を零しながらカーブにむけ減速を始めると、そのカーブの中ほどにもデッドゾーンが出現した。一旦停止するか、とブレーキに足をかけた瞬間、後方からデッドゾーンの壁が迫っていることをバックミラー越しに認識する。

「止まったら死ぬってわけかい!」

 アクセルを踏んだままカーブへと差し掛かり、大きくハンドルを切る。

「曲げますよぉー!」

 ユーコからの働きかけによって、テールがスライドしてドリフトターンになり、タイヤが声高に鳴く。

「アクセル!」

 ユーコの声に従いアクセルを踏み込み、加速しながらカーブを抜ける。それと同時に後方で道路が爆ぜた。

「って、おい!」

 これまで車一台通っていなかったというのに、ここで先ほどのクラシックカーに追いついてしまった。前方を塞がれるうえ、彼らを巻き込んでしまうかもしれない。

 せっつくようにクラクションを鳴らす。それと同時にデッドゾーンが出現したが、それはこれまでより遥か前方に現れ、俺たちを対象とした攻撃でないことは明らかだった。つまりは前方を走る彼らこそが次の標的だった。

 クラクションに拳を叩きつけ、長く長く鳴らす。

「おい、避けろ!」

 そんな声が届くはずもなく、一定の速度で彼は走り続ける。このままでは直撃だ。

「ユーコ、加速だ!」

「えっ、ぶつかっちゃいます!」

「そうだ! 思いっきりカマ掘ってやれ!」

「か、かま? はい!」

 勢いで下品な表現を放ってしまったが、従ってくれた彼女が車を急加速させる。首に負担がかかり、シートに背中が圧し付けられる。それでも真っ直ぐ迫り続け、彼我のバンパー同士を激しく衝突させた。

 後方からの突き上げを食らったクラシックカーは車体一台分加速し、俺はハンドルを切りながらブレーキを踏む。

 彼がデッドゾーンを抜けた瞬間、その後輪付近で路面が爆ぜ、クラシックカーは衝撃で弾き飛ばされ横転した。火花を散らしながらも慣性に乗って進み、道路脇のガードレールにルーフが擦れ、徐々に勢いが落ちていく。

 そして奇跡的に元の姿勢に戻り停車したが、無数の傷と破損だらけの姿には見る影もない。

 俺は急いで車を寄せ、中の様子を窺う。運転席と後部座席に一人ずつ、二人の男が血を流してぐったりと項垂れていた。

 しかし無事を確認している暇は無い。車を降り、後方から迫りくるデッドゾーンを睨みつつ、ATフィールドの準備をする。一発だけでもキングジョーの光線を防げれば可能性も見えてくるが、これは賭けだった。

 ぐっと腰を落とし、金色の飛翔体を見上げる。車のヘッドライトのように光る部分が、一際眩く光った。

 その時、視界の外から飛来した巨大な刃が、硬質な音を上げてキングジョーに衝突した。弾き飛ばされたキングジョーはそのままフワリと上昇し、先行したパーツを追うように港町へと向かっていく。

 怪我をした左足に、軽い地響きが伝播する。振り返ると、木々の向こうに巨大な赤い影が立ち上がるところだった。ユーコが喜色を浮かべ叫ぶ。

「ウルトラ、セブン!」

「セブン? セブン……セブン! そうだ、知ってるぞ!」

 五年前にも現れたウルトラの戦士の一人。真っ赤な体、西洋の鎧を彷彿とさせる肩のプロテクターと、頭部のスラッガー。

 輝く瞳が俺を見据える。大きな安堵を持って手を振ると彼は頷き、勢いをつけて飛び立っていく。その先には町へと迫るキングジョーがいる。

 彼が頭上を通過すると、その勇壮さを乗せた風が吹き抜け、木々を揺らした。

 




今回の選択肢

「おい、避けろ!」
 そんな声が届くはずもなく ~ このままでは直撃だ。
①加速だ!→本編通り
②減速だ!→見捨てる。この後難易度が上がる
③後輪付近に当てろ!→スピンさせる。彼らは吐く


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stage11:襲い来る機械の影 ②

前回までのあらすじ

デストロイアから逃れた後、大塚の指示によって謎のUFOの撮影に赴いた主人公たち。
UFOの正体は分離状態のキングジョーのパーツだった。
主人公たちはキングジョーの攻撃を躱し続けるが、巻き込まれそうになった別の車を庇ったため、危機に陥る。
その窮地を救ったのは、五年前にも姿を見せたウルトラセブンだった。


 キングジョーを追ってセブンが飛び去った後、クラシックカーのドアを開けて二人の安否を確認する。彼らは両名とも、医者のような白衣を着ていた。

「おい、大丈夫か!」

「う、うう」

 呻き声を上げて後部座席の男が目を覚ます。

「ど、どうなったんだ……」

「キングジョー……あー、あのUFOみたいな奴にやられたんだ。大丈夫、もう飛んで行ったよ」

「そうか……その前に追突されたような気も……」

「大丈夫そうだな! じゃあ救急車は呼んでおくから! それじゃ!」

「カメさん?」

 責めるような口調のユーコにこっそり返す。

「しょうがないだろこう言うしか! デッドゾーンに入ってたので、なんて通じるか!」

「それはそうですけど……」

 彼らの死角になるところでユーコに変身してもらい、とんずらをここうとした俺に、目覚めた男の鋭い声がかかる。

「いや、確かにぶつけられた。その車だ。あんただ」

 彼はよろける足で必死に車から這い出し、俺を指さした。気圧された俺は乗り込もうとした体勢で硬直してしまう。

「あー、なんだ、その」

「いやいい。あれのおかげで、助かった節もある。しかしこのまま、行かすわけにはいかない。条件がある……」

「……それは?」

 彼は後部座席奥からトランクケースを必死に持ち出し、息を切らして座り込んだ。

「後ろの、トランクを開けてくれ」

 言われるがままへこんだトランクを開くと、そこには長方形の大きなケースが入っていた。

「開けても?」

「ああ、面食らわないでくれ」

 その言葉を受け恐々と留め具を外すと、中には長い円筒状の……有り体に言えばバズーカ砲にしか見えない物が収められていた。

「こ、これは?」

「見ての通りだ。肝心なのは、こいつだ」

 彼が持っていたトランクが開くと、数発のロケット弾が姿を見せた。嫌な汗が流れて止まらない。

「誤解しないでくれ。これは、ライトンR30爆弾。あのキングジョーを倒せる、唯一の手段だ」

「キングジョーをって、あんた、あれを知ってるのか」

「詳しい話は省く。あんたにこれを託すから、キングジョーに撃ち込んでくれ」

 危ない武器商人ではなくて一安心だったが、頼まれた内容はそれ以上に厄介なものだった。

「俺が軍人に見えるか? なんの説明も無くそんなこと」

「説明書が入っている。意外と簡単だ」

 そんな無茶な、と思っていると、彼は脱力してぐったりと俯いた。慌てて近寄って片膝を突く。

「頼む、セブンでも奴には敵わない。私たち、人間の手で……」

 そう言ったきり、彼は気を失ってしまった。脈拍などは正常なので、回復体位をとらせる。こうして俺の手に残されたものは、まるで非現実的な超兵器のみ。

「カメさん、どうするんですか?」

「……こうなったらもう、やるしかないだろ。行こう、セブンを追うんだ」

 ユーコの変身する車に乗り込み、山道を下り始める。その中で救急への通報も済ませておいたが、これから向かう港町はキングジョーとセブンの出現で大規模な避難が始まっていると聞かされた。通話を切ったところで、ふと気づく。

「もしかして、巻き込まれたのは俺たちじゃないか?」

「……あ、確かに」

 キングジョーはあの武器の存在を知って彼らを追っていたのではないかと、ふと思い当たった。

「どうします、それでもやりますか」

「……しょうがない、一度引き受けたからにはな。そもそも撮影しようとしてたんだ、その合間に一発ぶち込んでやるさ」

「あんまり無理はしないでくださいね」

「ああ、任せてくれ。それにほら、バズーカなら扱ったことあるし」

「え、そうなんですか!?」

 うんまあ、望遠レンズ(バズーカ)なら。嘘はついていない。

 

 町はあらかじめ避難マニュアルでも形成されていたのか、俺たちが着いた頃にはもぬけの殻になっていた。ありがたく道路を横行しながら、上空のキングジョーとセブンの攻防を見上げる。

「ユーコ、オープンカーにできないか。天井を取っ払ってくれ」

「はい、それなら簡単です」

 車体が一瞬光に包まれ、途端に強風が吹き荒れる。

「運転頼む! 真っ直ぐ!」

「はい!」

 フロントガラス以外、外界を遮る物の無くなった車上でカメラを構える。

 四つのパーツがセブンを取り囲み、ヒットアンドアウェイを繰り返している。セブンはそれらを上手くいなし、時折頭部のスラッガーを投げ、額からは光線技を繰り出す。

「あれはエメリウム光線。ある程度威力を調整できるようです」

「ということは牽制か……あるいはキングジョーが速すぎるのか」

 そう思えるほどに、セブンの攻撃はなかなか命中しない。

 スラッガーを投合したセブンが少し体勢を崩した瞬間、キングジョーのパーツの一つが素早く突撃した。しかしセブンはそれを狙っていたようで、素早く反転し戻ってきたスラッガーを掴むと、その勢いに乗って回転しながら斬りつけた。

 鮮やかな攻撃に感嘆が漏れるが、火花を上げるキングジョーのパーツはこちらに落下してきた。それを追うように、他のパーツも追従し急降下してくる。

「ちょ、おいおいおい!」

 迫る巨大な影にアクセルを踏み込む。それらは沿道のビルに当たる直前で、機首を上げるように素早く切り返し、地面すれすれの高度で港へと飛び去っていった。直後、それを追うセブンも同じ軌道で港へと向かう。

「凄い! 良い画が撮れたな!」

「だ、大迫力でした」

「ああ、堪らんな! よし、追おう!」

「追うのはいいんですけどカメさん、ちゃんと撃てるんですか?」

「……運転いい?」

「はいはい。ちゃんと読み込んでくださいね」

「……はい」

 ハンドルを手放し、助手席のトランクケースの中からマニュアルを取り出す。彼が言った通り、大きい字と簡単な語彙、見やすいイラストまでついたそれは、まるで高校生の作ったプレゼンテーション用紙のようだった。これで本当に大丈夫なのだろうか?

 

 倉庫が立ち並び、コンテナを吊り上げる大型クレーンが列を成す埠頭に到着する。セブンは脛の部分まで海水に浸け、上空に留まるキングジョーを見上げていた。

 カメラを回し始めると同時に、キングジョーのパーツが順序をもって降下してきた。まず、トランクスパンツのような形をしたパーツが海面に降り立つ。そこに最もUFOらしい形のパーツが乗り、アンテナが収納される。

「おお!」

 次に極彩色を放つ胸部パーツが接着し、最後に俺たちを襲った肩から上のパーツが結合する。

 頭部と胸部に灯った光が電飾のように煌めくキングジョーは、独特の起動音を上げながら、動作を確認するように両腕を上げた。その姿はブリキの玩具のようでどこか愛嬌があるが、それでいて表情の無い無機質な存在感と相反して、返って不気味なものを感じさせる。

「おおおお!」

 しかし俺はそれを上回る興奮によって叫んだ。まさに合体ロボ。男の子のロマン!

「いやなんで喜んでるんですか!?」

「だって合体したぞユーコ! 合体!」

「合体が何だっていうんです?」

「わっかんないかなぁ、この高揚が!」

 そうこう言っているうちに、セブンは気合の雄叫びを上げてキングジョーに駆け寄っていく。海水を派手に巻き上げながらの突進は、硬質な音と共に弾き返されるという結果に終わった。セブンが倒れ巻き起こった荒波が、岸壁に係留された大小の船を激しく揺らす。

「なんて硬さ、逆に弾かれるとは」

 セブンが倒れている隙に、キングジョーは両腕を上げた姿勢で近場の倉庫を見下ろし、顔――と思わしき箇所――から放った光線で爆発、炎上させた。

 それ以上は許すまいとセブンはキングジョーに飛び掛かり、もつれ合いの末、二体は港湾施設に倒れ込む。激しい爆炎と白煙が彼らを覆いつくす様をカメラに収める。

「カメさん、そろそろ爆弾の用意を」

「あ、ああ、そうだな」

 こうは言ったが、正直俺はこの戦いをもっと見たいと思ってしまっていた。地響き、熱風、轟音、全てが琴線に触れ、その迫力に俺は恍惚としていたようだ。

 しかしユーコの言うことももっともで、白煙の中から立ち上がったキングジョーに、確かにダメージは見受けられない。これ以上は徐々にキングジョー優位に流れるだけだろう。

 同じく立ち上がったセブンと再びもつれ合いとなる中、俺は説明書通りにライトンR30をバズーカに装填していく。

「ええと、ここを目印にして……」

「カメさん早く!」

「急かすなって……よし!」

 装填を済ませると、俺はシートの上に腰掛け、フロントガラスの上に砲身を乗せて狙いを定める。

 丁度その時、顔に()()()を食らったセブンが背中から海に倒れた。彼に跨るようにして追撃を加えるキングジョーの、その後ろ姿に照準を合わせていく。

「焦るな……よし……今だ!」

 トリガーを引くと、肩が外れそうな程の激しい衝撃が全身を駆ける。発射されたライトンR30爆弾は、白煙の線を空に引きながら、一直線にキングジョーへと向かっていく。

 当たる。そう確信した刹那、キングジョーはなんと瞬時に分離して爆弾を回避した。

「なっ!」

「そんなのありですか!?」

 ライトンR30は遠方の海面に落ち、機雷処理時のような白い水柱を高く打ち上げた。

 煽るようにぐるぐると宙を旋回した後、再び合体しロボット体となったキングジョーは、ゆっくりとこちらに向き直った。その照準に入ったと悟り、心臓が一気に脈拍を早める。

「ああ、ヤバいかも……」

「逃げましょう!」

 その前に、復帰したセブンがキングジョーの背中から飛び掛かった。キングジョーは勢いに押され前屈みになるが、そのまま手近な小型タンカーを掴み上げ、まるでバットを振るうようにセブンへと叩き付けた。再び海に倒れ込むセブン。

「なんてパワー! 防御に回避、キングジョー、恐ろしい奴だ」

「ど、どうしましょう」

 再び馬乗りの姿勢になり、セブンにタンカーを振り下ろし続けるキングジョー。その背中にまた撃ったところで、先ほどのように回避されるのは明白だ。

 歯噛みしながら事の成り行きを見定めていると、セブンの姿が海中に消えた。キングジョーもゆらゆらと周囲を見回しているが、その姿を見失っている。

「まさか、やられたのか……?」

「今度こそ、逃げますよ!」

 キングジョーがこちらに振り向き、ゆっくりと歩み寄ってくる。その姿を見上げながら思う。本当にセブンは敗れたのか? 逃げるべきか、見極めるべきか。逃げて追い付かれないのか。全てを加味したうえで俺は……

「いや、このままだ」

 逃げずに、新たにライトンR30を装填する。その間にもキングジョーはこちらに接近してくる。

「カメさん!?」

「たぶん大丈夫、なはずだ。確信は無いけど」

 再びバズーカを構え、キングジョーに照準を合わせる。奴は愉悦に笑うように両腕を上げてみせた。

 その瞬間だった。キングジョーの後方で水柱が天高く立ち上り、海中から姿を現したセブンが奴を羽交い絞めにした。

「セブン!」

「そうくると信じてた!」

 キングジョーも必死の抵抗を見せるが、セブンは頑として力を緩めない。既に照準を済ませていた俺は、躊躇なくキングジョーの肩から上、分離したところで逃れられないパーツに向かって、ライトンR30を発射した。

 キングジョー自ら近づいてきてくれたこともあって、瞬きも間に合わないほどの一瞬に爆弾は到達し、激しい爆発が奴の金色の体を覆いつくした。セブンはすかさず距離を取り、残心の構えを取る。

 やがて白煙が風に流れると、キングジョーは爆弾を食らった姿勢のまま停止していた。そして腕と足を真っ直ぐに伸ばして気をつけの姿勢を取った後、そのままゆっくりと仰向けに倒れていった。

「よぉし!」

「やった!」

 海に倒れたキングジョーの全身からスパークが漏れ出し、やがて激しく爆発、炎上した。熱と光の奔流に目を細め、ほっと息をつく。

 全てを見届けたセブンが、肩を押さえて片膝をつく。やはりキングジョーはかなりの難敵だったらしく、疲労の色が隠せない。

 しかしそれでも、俺たちは勝ったのだ。セブンと目が合い、互いに頷き合う。

 ――そう、勝ったのだ。()()()()()()()

 上空にそれらは現れた。

 空がガラスのように割れ、そこから虹色の光が差し込む。同時に、幾何学模様を描く魔法陣のようなものが出現し、福音を思わせる鐘の音が響き渡る。

 虹、福音。神秘的な現象のようにも見えるが、しかしこれまでの経験からくる直感だろうか。あるいは生理的に訴える何かがあるのか。全身をめぐる悪寒は際限なく高まる。

「なんだ……やばそうだな」

「ええ、間違いありません……巨影の気配!」

 そしてそれらは現れる。地上に差した虹色の光から、徐々に浮かび上がる巨人の影。魔法陣が空に描き出していく巨竜の影。ユーコが叫ぶ。

「ダークロプス、ゼロ!」

 埠頭に出現したのは、金色と黒色から成る、まるでウルトラマンのような造形をした、一つ目の巨人。

「シビルジャッジメンター、ギャラクトロン!」

 海上に降り立ったのは、白を基調として金と黒が厳かに織り交じる、機械の巨竜。

 肩で息をするセブンを挟み討つような形で、二体は戦意剥き出しに構えを取った。

 




説明書を読んだのよ



今回の選択肢
「今度こそ、逃げますよ!」 ~ 全てを加味したうえで俺は……
①逃げない→本編通り
②逃げる→セブンがめっちゃ急いで出てくる


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stage11:襲い来る機械の影 ③

前回までのあらすじ

白衣の男たちから託されたライトンR30爆弾を携え、セブンとキングジョーの戦いを見定める主人公たち。
キングジョーの膂力と防御力の前にセブンは防戦一方だったが、隙を見て動きを封じ、その間に主人公はライトンR30爆弾を撃ち当てた。
かくしてキングジョーは斃れたが、疲弊したセブンの前に、ダークロプスゼロとギャラクトロンが現れる。



 素早くカメラを構え、一つ目のウルトラマンのような姿のダークロプスゼロを撮影していると、それに合わせユーコが説明を挟む。

「ダークロプスゼロ、とあるウルトラマンを模倣して作られたロボット兵器です」

「ロボット……とあるウルトラマン?」

「それは読み取れないんですが……」

「そうか、あっちは?」

 今度はギャラクトロンを撮影しながら聞く。

「シビルジャッジメンター、通称ギャラクトロン。別次元から転送されてきた謎のロボット怪獣です」

「別次元って……まあ、こっちはロボだよな」

 ギャラクトロンは人型の竜のような姿で、後頭部には鉤爪付きの長い尻尾のような器官を備えている。真っ白な体表には幾何学的な紋様が薄っすらと見て取れた。

 ダークロプスゼロと、ギャラクトロン。この二体に挟まれたセブンは、痛むだろう体に喝を入れ、構えを取る。しかし肩のプロテクターはあからさまに上下しており、見るからに疲弊していた。

 その時、セブンの額に輝いていた緑のランプが点滅を始める。

「あれはいったい?」

「ビームランプの点滅はエネルギーの消耗を示しています。このままじゃ……」

 まさにそれを見越したのか、ダークロプスゼロが素早く攻勢に出た。セブンと似た頭部のスラッガー二本を掴み、西部劇の早打ちのような速度で投擲する。セブンも即時に反応し、自身のスラッガーを逆手に持ち、ナイフのように振るってこれを弾いた。

 しかしギャラクトロンの深紅の目から発射された、同色の光線がセブンを背後から襲う。激しい爆発の中にセブンの痛ましい声が聞こる。彼は吹き飛ばされて海へと倒れた。

「セブン!」

 追撃は無かった。ダークロプスゼロとギャラクトロンは嘲笑するかのような所作で、海水を滴らせるセブンを見下していた。

 僅かに期待していたが、この二体が敵同士で互いに潰し合う、という都合のいい展開にはならないらしい。

「くそ、こんなの卑怯だ!」

 こんな悪態に何かを変える力は無い。その力たるライトンR30爆弾をトランクから取り出し、装填する。

 しかし、いよいよ()()()を刺そうというのか、二体はエネルギーを充填し始めた。ダークロプスゼロは一つ目に手をかざし、指の隙間から赤い光が漏れ出している。ギャラクトロンは腹部の赤い結晶を中心に、魔法陣のようなものを展開させていた。ギャラクトロンの発する鐘の音が穏やかに、不気味に、絶望を奏で響き渡る。

「カメさん早く!」

 そこで装填が完了し構えるが、すでに二体とも攻撃の準備はできている。止められたとして片方だけだ。瞬時に思考が巡る。

 どっちだ、どちらを撃てば最低限のダメージで抑えられる……?

 選択を迫られたその時、再び上空で何かが瞬き、そして気合の籠った雄叫びが()()()轟いた。

「なんだ!?」

 見上げてまず目に入ったのは、二つの巨大な人影だった。彼らは飛び蹴りの姿勢で急降下し、まるで流星の如く赤く燃え立つ右足を、それぞれダークロプスゼロとギャラクトロンに叩き込んだ。二体は大きく弾き飛ばされ、ダークロプスゼロは海中へ、ギャラクトロンは港湾施設を破壊しながら倒れた。

 突如現れた二つの巨影が立ち上がる。その一方、ダークロプスゼロを強襲した影を俺は知っていた。下半身は赤、上半身は青。肩のプロテクターはセブンとそっくりで、頭部の二本一対のスラッガーの形状もよく似ている。そして何より、彼はダークロプスゼロと瓜二つだった。

「ウルトラマンゼロ!」

 ゼロ、五年前にも現れたウルトラマンの一人だ。鼻の辺りを擦るような仕草を見せる彼は、どことなく気障にも見える。

「そうか、ダークロプスゼロのオリジナルは彼か」

「はい。そしてゼロはセブンの息子です」

「セブンの? ……ウルトラマンにも親子ってあるんだ」

 そしてもう一方のウルトラマン、こちらには見覚えが無い。恐らく前回の巨影災害時には出現しなかった個体だ。

「彼はウルトラマンレオ。宇宙拳法の達人で、セブンの弟子、そしてゼロの師匠に当たります」

 レオというウルトラマンは、他のウルトラマンと比較して赤色の占める割合が大きく、左右と前に伸びる角を持つ頭部が印象的だった。彼は素早くセブンに近付き、立ち上がるのに手を貸した。

「セブンはレオの師匠で、レオはゼロの師匠で、ゼロはセブンの息子で……なんだか、家族ぐるみの付き合いなんだな」

 などと小市民的な感想を述べていると、ダークロプスゼロとギャラクトロンが立ち上がる。それぞれが自分を害した者を敵と認識したのか、構えを取った。

 これから始まる激戦を予感し、俺はバズーカを置いてカメラを構える。ウルトラマンが加勢に来た現状で、無理に戦いに加わる必要は無いはずだ。今こそ最大のシャッターチャンスだった。

「さあ来るぞ来るぞ……!」

 余裕が生まれてきた俺の胸は期待に膨らむばかり。ファインダーにゼロを捉え、ダークロプスゼロを捉え、順にレオ、セブン、ギャラクトロンと……

 そしてゼロとダークロプスゼロが同時に動き始めた。

 海面を蹴立て接近した両名が同時に拳を繰り出す。それはクロスカウンターの形でお互いの顔に決まり、両名は少しよろめいて距離を取った。

 これとほぼ同時にギャラクトロンとレオ、セブンの戦闘が始まった。ギャラクトロンは早々に目から光線を放ったが、セブンは横に転がり、レオは華麗な側転でこれを回避した。そしてレオが素早く接近し格闘戦を仕掛ける。

 レオの繰り出した拳がギャラクトロンの胸に直撃し、少し後ずさりさせる。しかしその巨体の印象に違わず、ギャラクトロンにダメージは見受けられない。今度はギャラクトロンが右腕の鉤爪を振るうものの、レオは屈んでそれを回避した。その時セブンのスラッガーが飛来するが、ギャラクトロンは左腕の装甲で直撃を防ぐ。

 激しい衝突音にカメラを向ければ、ゼロとダークロプスゼロは息つく間もない接近戦を展開していた。互いに拳を繰り出せばそれをガードし、ハイキックを躱し、ともに深手を負うことがない。まさに一進一退の攻防だった。

「ああ、すっげえ! どこ撮りゃいいんだオイ!」

「カメさん、こういう時ほんとに人が変わりますよね」

 火照った頭でもそれは自覚していた。叔父との血縁を感じざるを得ない瞬間だ。

 競り合いの中、ゼロの拳がダークロプスゼロの腹に直撃する。これはダメージになったようで、ダークロプスゼロはたたらを踏んで後退する。腹部に手を当てて俯く姿勢をとるが、奇襲をかける形で目から光線を発射した。

 ゼロの足元の海面が爆発し、白く巨大な水の壁が立ち上がる。しかしゼロは素早い反応でバク転し直撃を避けていた。そして彼は水壁を突き破り突撃を仕掛けるが、ダークロプスゼロは空に飛び上がってこれを回避した。

 ゼロも間髪入れず跳び上がり、上方へ向け飛び蹴りを放つ。ダークロプスゼロはまさに瓜二つの構えで迎え撃ち、空中で両者の足裏が激突した。激しい衝撃波が押し寄せ、風圧に前髪が浮かぶ。

 しかし応酬はそこで終わらない。互いが目にも止まらない速さで両足を繰り出し、幾度となく激しいスパークが彼らの間で散る。そのまま彼らは上昇し、豆粒のような大きさになってようやく離れ、空中戦にもつれ込んだのをカメラで確認した。

「はぁー……これ以上は撮れないか」

 ようやく一息つき、感嘆の溜め息を漏らす。巨影同士の戦いは大概が重厚で重みのあるものになるが、ウルトラマン同士の話になると別のようだ。

 しかし対ギャラクトロン戦はまさに前者の様相を呈していた。ダークロプスゼロのような俊敏性は無いものの、防御力と火力に優れるギャラクトロンは、レオとセブンを相手に一歩も引けを取っていなかった。

 レオが主体となって攻撃に徹し、セブンは後方からアシストする。彼ら師弟のコンビネーションは見事なものだったが、逆にギャラクトロンも危険な攻撃は的確に防いでいた。

 事態が動いたのは、ギャラクトロンのこれまで見せなかった攻撃からだった。右腕の鉤爪に付いている砲塔から突如として電撃が放たれ、レオはこれを紙一重で躱したものの、セブンは足元に食らい膝から倒れてしまった。

「セブン!」

 ユーコの声は多分に心配を含んでいたが、セブンは倒れながら額のビームランプに手をかざし、緑色の細い光線、エメリウム光線を地面すれすれに繰り出した。

「うおっ!」

 俺たちの頭上を通過したエメリウム光線は、ギャラクトロンの足に命中し体勢を崩す。その隙を見逃さず懐に潜り込んだレオは、背を向けるような姿勢からショートレンジの体当たりを叩き込んだ。

「鉄山靠!?」

 とても生身の当身とは思えない、まるで爆発のような音と共に、ギャラクトロンは大きく歩調を乱し後退していく。レオはそのままギャラクトロンを追撃し、町中へと戦場はもつれ込んでいく。

 カメラでその様子を追う俺の頭上を跨ぎ、セブンが加勢に向かった。真下から見上げたウルトラマンの迫力は凄まじく、コンクリートを砕きながら駆けるセブンの後ろ姿を見やって、心臓付近に手を当てて笑いを零す。

「行こう! 追おう、ユーコ!」

「はい!」

 カメラを手放し、アクセルペダルを深く踏み込む。セブンの残した足跡を辿り、戦いの行く末を見届けるべく走り出した。

 




今回の選択肢
どっちだ、どちらを撃てば……
①ダークロプスゼロ→超短時間で選択すれば実際に撃てる
②ギャラクトロン→ 〃 

なお初見では確実に撃てない、とか面白そう



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stage11:襲い来る機械の影 ④

前回までのあらすじ

ダークロプスゼロとギャラクトロンに挟まれ絶体絶命のセブン。
それを救ったのは、彼の弟子であるレオと息子のゼロだった。
ゼロは自身のコピーロボであるダークロプスゼロと、レオはセブンと協力しギャラクトロンと、各々拮抗した戦いを繰り広げる。
そして戦いの舞台は港町市街へと移っていく。


 レオとセブンが見事な連携で入れ代わり立ち代わり、徐々にギャラクトロンを押し込んでいく。運転をユーコに預け、彼らに並走しカメラを回し続ける。

 道路沿いの建物を手前にし、その奥で巨体がぶつかり合う様は、圧倒的スケール感を画面にもたらした。

「よしっ、いいぞ! そらもう一発!」

 まるで格闘技にヤジを飛ばすオッサンだと、後々考えて自覚した。

「カメさん、上も!」

 その言葉通りカメラを上空に向けると、相変わらずゼロとダークロプスゼロはかなりの高度でしのぎを削っていたが、二人の放ったスラッガー計四つがあらゆる場所、あらゆる高度で衝突し、火花を散らしている。あまりに高速で飛び交うためカメラで追うことも難しく、幾度となく重厚な金属音だけが画面外で鳴り響く。

「すごいな、あんな質量の物がこんな……どう動かしてるんだ?」

「どうやらウルトラ念力というもので操っているようで、セブンも同様です」

「へえ、親子だな……しかし念力。ウルトラマンってなんでもありか」

 などと漏らしていると、視界に一本のデッドゾーンが出現する。いや、それは一本ではなく、一枚。血の色をした高い壁が道路を縦断し、俺たちを両断しようとしていた。

 反射的にハンドルを握り直し、全力で切る。次の瞬間、前方から巨大なスラッガーが飛来し、道路の中央線を抉るように通過した。激しい衝撃波と弾け飛ぶコンクリートの破片に襲われ、反射的に頭を下げブレーキを踏むが、車輪は一瞬宙に浮き、車体ごと道路脇へと押しやられる。

 吹き戻しの風が収まり周囲を見ると、俺たちは進行方向の逆を向き、歩道に乗り上げる形で停車していた。道路中央付近のコンクリートは長く抉れ、亀裂の縁が小さく捲り上がっている。道路の直下を通っていた、雨水を流す水道管も一部露出し、妙な匂いが漏れ出していた。 

「ユーコ、大丈夫か!?」

「ええ、問題ありません。カメさんこそ怪我は」

「ああ……ラッキーだ、足も問題ない」

 ギプスを着けているヒビの入った足も、幸い痛みは無い。アドレナリンの作用もあるかもしれないが。

 上空を見れば、スラッガーで決着は望めないと見たか、ゼロたちは再びゼロ距離の近接戦を展開していた。

「……さっきのスラッガー、ゼロのじゃないだろうな」

 ウルトラマンに殺されかけた、など冗談じゃない。

 一方、対ギャラクトロン戦線にも変化があった……悪化という方向で。

 見ると、ギャラクトロンの右手、巨大な鉤爪と電撃砲を有するこの部位が、何とアニメのロケットパンチばりに発射され、接近戦を仕掛けていたレオの胴体を捉え押しやっていく。

 一歩分後方にいたセブンはレオを助けようとしたのか、一瞬注意をそちらに逸らしてしまった。それこそがギャラクトロンの狙いだったのかもしれない。

 ギャラクトロンの後頭部から伸びる尾のような器官が、その先端に付いているハサミムシのような爪で、セブンの首をガッチリと捕らえた。

「ああ!」

 ユーコが思わず叫ぶ。

 セブンの足が地を離れ、徐々に持ち上げられていく。ギャラクトロンの巨体を超える高さで固定されたと思うと、ギャラクトロンの左腕に装着されていた大剣が、ぐるりと回転し展開される。それが眩く発光を始めた段階で、全身に悪寒が回った。

「これ、まずいよな!?」

「レ、レオは!」

 レオはセブンを助けに向かおうとしているが、自在に飛翔し電撃を放つ右手ユニットに進路を阻まれている。

「俺がやる!」

 埃に塗れたバズーカを構え、ギャラクトロンに照準を合わせる。巨体だけあって的は大きいが……

「うらっ!」

 迷っている暇も惜しみ、引き金を引く。衝撃と共に発射されたライトンR30爆弾がギャラクトロンに迫る。そして着弾、と思った瞬間に魔法陣が展開し、その表面で小さな爆発が起こる。

「バリア!?」

「そんなのアリかよ!」

 ギャラクトロンの赤い瞳がこちらを捉えている。先ほどのセブンのエメリウム光線が足に命中したことを考えれば、どうやら不意打ちでもなければ遠距離攻撃は通らないようだ。

 ゆえに、こうなってはジリ貧だ。完全にこちらを警戒して……?

 その時、視界の端に飛び込んできたある()()を見て、俺は次弾を装填しながら吠える。

「おい、このデカブツ! 図体の割に随分臆病だなぁ!」

「カメさん!?」

 ユーコの声はこの際無視し、バズーカを再び構える。

 ギャラクトロンはセブンに剣を振るわず、こちらを観察しているようだった。

「ポンコツなりに度胸があるってんなら、受けてみやがれ! この――」

 気付いたユーコが、あ、と声を漏らす。

 俺は思わず、口の端が吊り上がった。

「――スラッガーをな!」

 飛来した二本のスラッガーがギャラクトロンの尾を切り刻み、解放されたセブンは素早く身を翻し距離を取った。

「やった! ざまあみろ!」

 ゼロが父の危機を救うべく投じたスラッガー。それを命中させるため挑発したが……果たして機械相手に意味があったのかはともかく、成功は成功だ。

 ちょうどレオも纏わりつくギャラクトロンの右手を捕まえ、膝蹴りを食らわせてスクラップにしたところだった。スパークを散らし、煙を上げる白い鉤爪は、レオが地に捨てるとそのまま動かなくなった。右手と尾を失ったギャラクトロン相手ならば、一気に形勢は傾くだろう。

 しかしゼロとダークロプスの戦いはまだ膠着……いや、今の救援の際にゼロが押され気味になってしまったようだ。激しい空中戦は、ゼロの防戦が目立つようになった。どうやらスラッガーを手元に戻す暇も無いらしく、幾分スッキリした頭のまま彼は戦闘を続けている。

「移動しよう!」

「はい!」

 ユーコと再び走り出し、ゼロの戦いを追う。しかし加速した彼らの戦いは追うに追えず、逆に揉み合う両名が頭上を追い越していった。二体の巨大な影が太陽光を遮る。

 そしてゼロたちは空中でガッチリと手を合わせ、純粋な力比べの体勢に入り、俺たちの進行方向に着地した。車体越しにもその振動が伝わる。

「カメさん、どうします!?」

 ゼロとダークロプスゼロの力は均衡し、先ほどまでの高速戦闘が嘘のように膠着状態に陥っている。その姿を見て、俺は……

「ユーコ、真っ直ぐだ! 股下を潜る!」

「え! は、はい!」

 戸惑いはしたものの、彼女は俺のことを信じてくれたようだ。

 セブンの体力を考えれば、この戦いは長引くほど不利に働く。故に、俺は漸弱な人間なりに、強引に状況を変えようと動く。

「ハンドル任せた!」

「任されました!」

 ゼロとダークロプスは足を開き、ガッチリと地を踏みしめている。そうしなければ一気に()()()()()()()のだろう。その間に小さな虫が一寸、針を打ち込んでしまおうというのだ。

 運転席のシートに乗り上げ、バズーカをほぼ垂直に構える。そして、まずはこちらに背を向けているゼロの足元を潜っていく。赤を基調とし、青と銀のラインが入った巨大な足のアーチを潜り抜けるのは、何とも言えず緊張感があった。こちとら、彼らが気まぐれに体勢を変えれば、ぺちゃりと踏み潰される存在なのだ。それは圧倒的な質量に対する本能的な恐怖だろう。

 ゼロの足元を抜け、二体が睨みあう中間地点まで進むと、二体は素早くこちらを見下ろした。ゼロに至っては、かなり驚いた様子の声を漏らした。まあ、彼らからすれば意外な闖入者だろう。だからこそ、伏兵だからこそ動かせる戦況もあるはずだ。

 ダークロプスゼロの赤い単眼が、無機質にこちらを見下ろしている。俺はその胸元辺りを狙い引き金を引いた。

「下から失礼!」

 ライトンR30爆弾は一瞬で炸裂した。その効果を確認することなく、俺たちはダークロプスゼロの足元を潜り抜けた。

「どうだ!?」

 振り向くと同時に、ダークロプスゼロが煙を吐きながら吹っ飛ばされ、頭上を通過していった。そのまま成すすべなく上空まで飛ばされ、ようやく停止する。

 しかしゼロは追撃の手を緩めず、猛スピードで突進する。その最中に二本のブレードが彼の手の中に戻り、そして光を放ち一本の三日月型の刀身と化した。

「ゼロツインソード!」

「行けぇ!」

 ユーコが簡潔に概要を教えてくれるが、もうそんなことはどうでもいいのだ。ただ純粋に、ウルトラマンの勝利を願う心を叫んだ。

 ダークロプスゼロが最後の足掻きとして、目から件の光線を発射するが、ゼロツインソードはそれを切り裂いてなお勢いを増し、そしてダークロプスゼロの体を両断した。刹那の時を跨ぎ、ゼロそっくりのロボットは爆発し、地上に僅かな熱波が届く。

「よしっ!」

 思わず手を握り締め、すぐにカメラをギャラクトロンに向ける。

 セブンがバク転で距離を取るのと交代するように、地を這うようなスライディングでレオが迫る。真っ赤に燃え上がる足でギャラクトロンを蹴り上げ、蹴り上げ、それを高速で繰り返す。

「おおおおっ!」

 思わず興奮する。レオは自分の倍はあろうかという機械の巨竜を宙へ浮かし、そのまま上空へと蹴り進めていく。レオ自身上昇しながら、ギャラクトロンを決して重力の元へ帰さない。

 高度が近辺の山を越えようかという時、レオが特段強い一撃でギャラクトロンを蹴り上げる。

 ふと見れば地上でセブンが、上空ではゼロが、同様の構えを取ろうとしていた。それは右肘に左手を添える形で、以前見たウルトラマンのものとは似て非なる構えだった。

「ワイドショットです!」

 お互いの肘から指先にかけてより、幅の広い光線が発射される。親子揃っての光線を、ギャラクトロンはバリアによって一瞬は凌いだものの、瞬く間に押し破られた。機械の体を二本の光線が貫通し、ギャラクトロンは落ちるより先に、遥か上空で大爆発した。

「やったぁ!」

「よっしゃあっ!」

 俺とユーコの声が揃う。変身を解き幽体に戻ったユーコと思わずハイタッチをしたが、当然触れずに俺はつんのめった。

 

 三人のウルトラマンが俺の前に並び立つ。中心をゼロ、挟むようにセブンとレオ。

「ありがとーございました!」

 ユーコが大声を上げて手を振ると、三人が頷き返してくれた。ゼロだけは例の鼻を擦る仕草を見せたが、いや、そうではなくて……

「……え、見えてるの?」

「そうみたい、ですね」

 大声を出して手を振っておいて、当人が一番驚いているのはどういうことだ。

 しかしウルトラマンならさもありなん、と納得できてしまうのが彼らの彼らたる所以。

 気を取り直し、俺はカメラを構える。

「最後に、今日の激闘と雄姿を伝えるために、一枚! お願いします!」

 セブンとレオはどうやら少し難色を……というより戸惑っているだけのようだが、ゼロがやたらと乗り気に二人の肩を叩いている。そして真っ先にポーズをとってくれたのも彼だ。手の甲を見せるピースサインで、ばっちりカメラ目線を決めてくれる。なんというサービス精神。

「ああ~いいねぇゼロ! ほらお二人も、どうぞ!」

「カメさん、ほんと人が変わりますねぇ……」

 呆れるユーコは気にせず、顔を見合わせるセブンとレオにもポーズを促す。なんだかティーンのノリに困惑するお父さん世代みたいで、見ていて和むものがある。

 最後に二人がとってくれたポーズは、セブンが腰に手を当てて、レオはただスッと真っ直ぐ立つだけのシンプルなものだったが、それがいかにも彼ららしくて、むしろ俺は大絶賛して撮影した。

 ゼロは引き続きポーズを考えてくれたのだが、セブンとレオ双方に肩を叩かれて止められた。叩いた彼らは最後に俺たちを一瞥すると、セブン、レオの順に天高く飛び去っていった。少し遅れてゼロも後を追い、こうして三人のウルトラマンたちはあっという間に去っていった。

 俺は満腹後に出るような息を一つ吐き、恍惚とした気分に浸った。

「最高だよこれは……あんな距離で、俺だけのために……」

「結果を見れば大活躍でしたからね」

「ああ。一時はどうなるかと思ったけど、あの科学者風な彼らには感謝だな」

「ですね……あ、どうやらちょうど全弾撃ち尽くしたようですね」

 ユーコがトランクケースを確認して言う。

「ひえー、あと一歩何か間違えれば()()()無しだったか。つくづく運が良かったな」

「本当ですよ。足だって……ん?」

「ん? ……あ」

 全く、ごく自然にそうしていたから、気付くのに間抜けなほど時間がかかったが……

「人間って、怪我の治り早いんですか?」

「そんなわけが、キミ……」

 俺の足は、どうやら全治したようだった。徐々に人間離れしていくが、これはこれで純粋に嬉しい効果だ。

 




たぶんあっただろう会話

ゼロ「なんだよ親父そのポーズ! 威厳出しすぎだろ、もっとこうフランクにさあ」
セブン「ふーむ……」
ゼロ「師匠のはもはやポーズじゃねえ。立ってるだけじゃねえか」
レオ「しかしな……」
カメ「あ゛~いいですねぇ! お二人ともすっごく雰囲気ありますねぇ!」
ゼロ「うそぉん」



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stage12:巨影相撃つ ①

前回までのあらすじ

ダークロプスゼロはウルトラマンゼロに倒され、ギャラクトロンはセブン、レオ、ゼロ全員による連携のすえ打ち倒された。
この戦いでR30爆弾を用い活躍した主人公は、ウルトラマン三人に撮影を許可されホクホクであった。
ウルトラマンが去った後、足のケガが人ならざる速度で完治していることに、主人公たちはようやく気付いた。



「ユーコ、この速度だ! 道なりに頼む!」

「はい!」

 斜め後方へ体を捩り、大きく背を反ってカメラを構える。

 ビルを挟み並行する黒い巨影――ゴジラを、煽るようなアングルで撮影する。

 何を踏み潰したか、ゴジラの足元で爆発が起こり、球のような白煙が体表を嘗めて夜空に昇っていく。燃え盛る街の火がゴジラの体に影を作り、その形相はひどく恐ろしいものに感じられた。

「良いアングル! アクセス伸びるぞぉ」

「大塚さんも喜びますね!」

 港町を去り、首都へ帰る道中で叔父から連絡があった。曰く、この港湾都市にゴジラが上陸する恐れがある、という話だったが、正にその通りになった。

 上陸したゴジラはただ歩くだけでその跡を火の海に、瓦礫の山にと変貌させていく。自衛隊も当然戦車、あるいは戦闘機等で陸空問わず対処しているが、ゴジラはそれらを破壊し、時には意にも介さず無視し、進行を続けていた。

「どこに向かってるんでしょう」

「さあ、そもそも目的なんてあるのか……」

 ゴジラの進む先へ目を凝らしてみると、巨大なビル群の窓明かりがチラついていた。

「ユーコ、先回りしてあそこへ行こう! あの高層ビルが建ってる方!」

「分かりました!」

 方針を固めたところで、確認のつもりでゴジラをちらりと見返る。そしてバッチリと()()()()()しまった。濛々と立ち込める煙を背に、炎を映しぎらつく瞳が俺を見据えている。

 ひゅっ、と喉から音がした。本能的な部分から押し寄せた恐怖に、俺は一瞬凍り付く。

 そしてゴジラは、まるで砂の城を崩すようにビルを蹴破りながら、こちらへ接近してきた。崩壊するビルの窓からスパークの光が漏れ出している。

「逃げろぉ!」

「はいっ!」

 飛んでくる破片をATフィールドで弾き、デッドゾーンが出現するような巨大な瓦礫はその都度ハンドルを切って躱す。

「撃つなよ、頼むから撃たないでくれよ……!」

 祈りながら道路を駆ける。ふと振り返ると、かの熱線を放つ気配はゴジラに見受けられず、そもそも俺たちを追う、などという気すら無さそうだった。ただ悠々と、アスファルトを踏み砕きながら真っ直ぐ進んでいる。

 接近してきたのもただ少し、足元をうろつく生き物が気になっただけ、というようにも思える。

「はは、なんて言うか、小さいなぁ……」

 改めて感じる、生命としての圧倒的なスケールの差に、ふと愚痴のように漏れ出す。少し前までは人間こそが地球上の支配者、などと本気で信じ込んでいたというのだからお笑いだ。

 ゴジラの足元に立ち、一歩を踏みしめる振動を味わえば分かる。俺たちは巨影を前にして、逃げることしかできない小さな生物だということが、痛いほどに。

「くそ、人間って弱いなぁ。くく」

「その割には、なんか、嬉しそうですね?」

 喉から漏れた笑いにユーコが若干引いている。

 ある意味で屈辱的な巨影との関係性も、俺や叔父のような人種にとっては、一種の興奮すら沸き立たせるものだった。

 

 ゴジラの足音を遠くに聞きながら、高層のビジネスビルが立ち並ぶエリアに到着する。

 ゴジラの上陸が予想された時点で住民の避難は始まっており、このビジネスエリアにも今や人影は見当たらない。

「よし、このビルの上から撮影しよう。エレベーターも使えるはずだ」

「大丈夫ですかね? ゴジラが邪魔だと感じたら……」

「進路からは……うん、若干外れてる、はず」

 振り返り、燃え上がる港湾都市の中でゆらりと歩く、ゴジラの黒い影を見る。

「最悪の場合も、ちょっと考えがあるんだ。またキミ頼みなんだけど……」

「考え?」

「ああ、歩きながら話すよ」

 正面入り口の自動ドアも生きていた。無人の薄暗いエントランスを歩き、エレベーターに向かいながら、俺の考えた保険をユーコに聞かせる。

 ユーコは少し驚いていたようだが、()()()と強く確証してくれた。

 

 ビルの上階に着くと、適当な戸を開きオフィスに侵入する。慌てて避難したのか書類やらが散乱している。

 窓に寄って街を見れば、俺の予想以上に被害は広がっていた。火の手があちこちで上がっており、立ち昇る煙が夜空に充満している。炎を背景に鷹揚に歩むゴジラの姿は、まるでこの世の終焉を告げる魔物のように見えた。

 当然、俺はその光景に少なからぬ高揚感を覚えていた。

「よーし、いい場所! 撮るぞ撮るぞ」

「これは……凄いですね」

 さしものユーコも感嘆せざるを得ない、スケールの大きな光景を次々に写真に収めていく。燃え盛る炎、崩壊した都市、そこを歩むゴジラの姿……どれもその瞬間にしか捉えられない、臨場感溢れる一枚になったと思う。

 動画撮影などもこなしていると、ゴジラはいよいよ接近してきた。どうやら、ゴジラの頭部とほぼ同程度の高さの階層に居たらしい。まさに絶好の撮影ポイントだ。

「ん、あれは……?」

 その時、奇怪なものが上空から降下してきた。形は、なんとも形容し難いが……濃緑色の、のっぺりとしたUFOとでも言おうか。その割に推進力はジェットエンジンのようだが。

「いや、ほんとに何だあれ?」

「UFO……いや違いますよね」

 半端に近未来感のあるその飛翔体は、底面に着いたジェットスラスターによって宙にピタリと止まっている。ビジネスエリアから少し離れた位置、ちょうどゴジラの進行方向を塞ぐような形で。

 カメラをズームさせて表面に描かれた白文字を読み取る。

「陸上自衛隊……スーパーX2?」

 こんな機体を所持していたとは、全く情報に無い。軍事マニアの同志、中将さんなら何か知っているのだろうか。そう考えながら写真に収めていく。

 間もなく、正面に浮かぶスーパーX2に気付いたのか、ゴジラが歩みを止める。一体と一機はビジネスエリアの外れで睨みあう形になった。

「やり合う気だ」

 ごくりと唾を飲みカメラを構える。

 スーパーX2の上面の一部が展開し、ミサイルが表出する。そして間髪入れずにそれを撃ち込み始めた。煙を引くミサイルが真っ直ぐゴジラへ射出され、次々に爆発していく。窓ガラスがビリビリと振動する。

「効いて、ないよなそりゃ」

 ゴジラは一歩も引かずミサイルを受け続ける。それどころかやがて歩み出し、距離を縮め始めた。

 スーパーX2は間合いを取るように横滑りし、ビジネスエリア内へと進入。そして高層ビルの影に姿を隠した。

「ああ、どうするんでしょう……」

 ユーコがハラハラと見守っている。かの機体もかなりの火力を持っているようだが、ゴジラを前にしては如何せん、ロケット花火を撃っているようなものだ。

 スーパーX2を追って、ゴジラがビジネスエリア内に踏み入ってくる。ビルの間から顔を出したスーパーX2が再びミサイル、及びバルカン砲を惜しむことなく浴びせかけ、再び隣のビルの影に隠れた。

「もしかして、誘い込んでます?」

「そうかもな。となると、ちょっとまずいか……?」

 何を狙っているか分からないが、このままビル内にいては巻き込まれそうだ。

 しかし行動に移す前に動きがあった。スーパーX2が俺のいるビルの横から進み出て、機体前部を左右に展開させた。そこから覗いたのは、まるで加工済みのダイヤのように煌めく、巨大な結晶体だった。

「なんだ? 何をしようと……?」

 スーパーX2の艶のない表面までよく見える。そのような至近距離にあって俺は、次に何が起こるかと目が離せなかった。

 ゴジラの背びれが青白く発光する。

「あ、やべ」

 その光景に見覚えがあった俺は、思わず一歩下がる。

 そしてゴジラの口から放たれた熱線が、スーパーX2に直撃した--そう思った瞬間、なんとスーパーX2の前部からも光線が発射され、ゴジラの足下に当たり爆発を引き起こした。

「なんだぁ!?」

 ゴジラは続けざまに熱線を発射するが、全て同様に反撃を受け、やがて胸元に直撃を食らいたじろいだ。

「そうか、反射してるのか!」

 恐らく機体前部の結晶に何か仕組みがあるのだ。ゴジラの熱線を跳ね返せるとは、人間の技術というのも大したものだ。

「……ん?」

「ん?」

 ユーコが疑問符で振り返ったので、それに習う。するとエレベーターの到着する音が廊下から響き、体が固まる。

「誰か、来たみたいですね」

「誰かって、誰だこんな時に! まともじゃないぞ!」

「は?」

 お前が言うか、的なユーコの視線が突き刺さる。

 それはさておき、考える。足音は確実にこちらに向かって駆けてきている。逃げるか、隠れるか、逆に堂々と居座ってみるか。俺は……

「とりあえず隠れよう」

「はい」

 手近な窓際の机の下に身を潜める。間もなくオフィスの戸が開かれ、何者かがドカドカと、気配を殺すこともなく侵入した。

「いやなんでキミまで?」

「なんとなく……」

 なぜかユーコまで膝を抱えて潜り込むものだから、視覚的に手狭で仕方ない。

 そうしている内に侵入者は窓際へ歩み寄り、何やらガサゴソとやっている。俺は慎重に顔を出し様子を窺う。

 侵入者とは自衛隊員だった。窓に粘土のような物を貼り、素早くオフィスの奥へ下がる。その粘土から導線のようなものが伸びていることに気づき、ふとある物が思い当たる。

「まさか、プラスチック爆弾?」

「え、爆弾?」

 慌てて顔を引っ込めた瞬間、窓ガラスが砕け散る音がして、強い風がオフィス内に吹き込んでくる。

 また顔を出すと、自衛隊員はバズーカ砲のような物を持って窓際に駆け寄り、外を覗いていた。

「クソ、限界か」

 その吐き捨てるような一人言が気にかかり、机からこっそり這い出て窓の外を見る。

 スーパーX2は既にボロボロで、前部の結晶も黒く煤けていた。そしてゴジラから放たれた熱線が再びそこに当たると、そのエネルギーが背面まで突き抜けたように爆発し、炎と煙を上げて墜落していった。

 勝利の雄叫びだろうか、ゴジラが咆哮する。

「こちら権藤、位置に着いた!」

 権藤、と名乗った自衛隊員はバズーカを構え、ゴジラを狙っているようだった。俺は息を潜めてカメラを構える。

 そして放たれた弾頭は一直線にゴジラへと向かう。同時に周囲のビルからも三発放たれ、計四発の弾頭がゴジラに殺到し、全て命中した。

 それらは爆発することはなかったが、痛んだのかゴジラが再び咆哮する。何か特殊なものを撃ち込んだのだろうか。

「ようし、戻れ!」

 権藤はインカムで指示を出し、ゴジラに背を向ける。その途中で俺の存在に気付き、少し目を開いた。

「おい、あんた何やってんだこんな所で」

「えーその、撮影です」

 権藤さんは溜め息をついた。

「とにかく一緒に来い、さっさと避難を……」

 その言葉は途中で止まった。窓の外を一瞥した権藤さんは、ゆっくりとバズーカを置き、床に放っていたバッグを漁り始めた。

「あんたは早く逃げな。と言っても、間に合うかは分からんが」

 ゆっくりと、ゴジラがこちらに歩み寄っていた。その瞳は明らかな敵意を持って、俺たちのいるフロアを見据えていた。

「いや、一緒に!」

「ほんとは民間人の避難が最優先なんだがな。男の意地だ」

 権藤さんはバッグから取り出した弾頭を、バズーカに装填している。その鷹揚とした様は否応なく、秘めたる覚悟の大きさを見せつけた。

「逃げましょうカメさん!」

「……くそっ!」

 廊下へ向け一人駆け出し、部屋を出たところで振り返る。ゴジラは既にかなり接近し、その鋭い相貌がありありと見て取れた。

 そしてゴジラは咆哮した。凄まじい音圧が体に打ち付ける。

 装填を終えた権藤さんは素早く振り返り、ゴジラの口めがけて弾頭を発射した。それは吸い込まれるようにゴジラの口腔内に消え、白煙を上げた。ゴジラは面食らった様子で口を閉じ、鋭い牙の間から煙を漏らす。

 権藤さんはクイと、ニヒルにヘルメットの縁を上げた。

「薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさん!」

 




今回の選択肢

逃げるか、隠れるか、逆に堂々と居座ってみるか。俺は……
①逃げる→途中で見つかり、押し問答になる
②隠れる→本編通り
③居座る→シュールな空気にはなるが堂々と撮影できる


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stage12:巨影相撃つ ②

前回までのあらすじ

湾岸都市に出現したゴジラを撮影する主人公たち。
高層ビル上階からの撮影を敢行していると、スーパーx2が飛来し、ゴジラへの攻撃を始めた。
その最中、主人公たちのいるフロアに権藤という自衛官が現れる。
善戦虚しくスーパーx2は撃墜されるが、それは陽動であり、本命は高層ビル群から権藤らが放った弾頭だった。
全弾命中するも、標的を権藤に定めたゴジラが迫り、主人公は逃げ出す。
意地を見せる権藤は、ゴジラの口内に再び弾頭を撃ち込んだ。


 果たしてその弾頭の効果とは如何なものか、ゴジラは怯むことなく再び咆哮した。

 そしてビル全体が激しく揺れる。立つこともままならずその場に座り込むと、オフィスの床が大きく崩れ、権藤さんの姿が亀裂の中に消えていく。

「権藤さん!」

 そう叫んだと思う。自分の声すら聞こえない轟音の中では、彼の声など一抹とも聞き取れるはずはなかった。

 オフィスは完全に崩落し、ドアの向こうは一瞬で外界と化した。ビルの腹を抉ったゴジラの剛腕が下方に見える。そしてそれはまだ、怒りを収める気配が無い。

 すぐさま立ち上がり、廊下の端へと走りながら叫ぶ。

「ユーコ!」

「はい!」

 横に現れたバイクに跨り、アクセルを捻る。軽く前輪が持ち上がった。

 再び激しい衝撃がビル全体に走る。床に現れたデッドゾーンを躱すと、崩落した天井の破片が肩を掠めた。

 全面ガラス張りの廊下の端が近づく。湾岸都市の町明かりが輝いて見えた。

 しかしここで視点が()()。それは眩暈だのという話ではなく、このビルの上部そのものが傾き始めており、今にも倒壊しようかという瀬戸際の現象だった。

「ああ待て待て!」

 重力の居所が変わり、床が壁へ、壁が床へと転じていく。姿勢を低くとり、思い切って壁面を走り抜ける。床と天井に挟まれ壁を走る、上下の消えた感覚は――こんな時だというのに――ふと幼い日を想起させた。

「遊園地にこんなのが!」

「なんです急に!」

 あまりの状況にハイになっていたのだろう。アドレナリンの作用か、異常なまでに視界が冴え渡っていた。

「頼む!」

 ユーコを信じ、アクセルを一層強く捻る。そしてガラスを突き破り、倒壊するビルから夜空の只中へと、俺たちは身を躍らせた。

 ガラス片がきらきらと周囲を舞い、燃える湾岸都市が眼下に広がる。冴える視界でそれらを見渡していると、ふわりと内臓が浮かび上がる感覚に襲われる。

 そして落下が始まる直前、バイクの姿をとっていたユーコが光を放ち、巨大なドローンへと変身した。胴体部分だけで一畳はありそうなサイズのそれは、俺の体重を空中でしっかりと受け止めてくれた。

「おしっ! やったぜユーコ!」

「ぶ、ぶっつけでしたけど、なんとかなりましたね……!」

 俺よりも彼女の方が肝を冷やしたのかもしれない。そのような声色だった。

「逃げよう、巻き込まれる!」

 四つん這いの姿勢で体重を傾けると、ドローンもそちらへ少し傾き、指向性が生まれる。

 振り返ると、高層ビルが崩落するまさにその瞬間だった。バランスを崩したジェンガのようにビルの上階が地上に落下し、激しく砂塵を巻き上げる。

 ゴジラが体ごと突っ込むようにビルに攻撃すれば、瞬く間にビルの形は消えていった。

 ……まったくもって、やるせない気分だった。この巨大なビルを建設するため、どれほどの人出が、どれほどの時間を費やしたのか。それがものの一分もしないうちにこの有様とは。

 巨影、いや怪獣とはひどく理不尽で、その存在はまさしく自然災害のような、手の打ちようも無い脅威であると、改めて見せつけられる。

 俺は膝を立ててカメラを構えた。両手を放すのも恐ろしい状態ではあったが、それよりも今起こっている破壊を少しでも皆に伝えたかった。

「ゴジラ……いったい、どうすれば止まってくれるんだ、こいつは」

「……待つしかないのでは」

 一面を覆った砂煙が晴れていくと、ゴジラの足元にはビル一棟分の大量の瓦礫が散乱していた。天高くそびえていたかの姿はどこにも見受けられない。

 それを撮影していると、ふと視界の端に火の粉のようなものを捉えた。ふとカメラを下げて辺りを見回すと、周囲一帯に光の粒子のようなものが降り注いでいた。

「なんだ……これ」

 上空を見上げると、それは雲間から雪のように零れ落ちてきていた。あるいは、一筋の清流が滝となって降り注ぐ様、とでも言おうか。息を飲むほどに美しいその現象の真っ只中で、俺はカメラを構えることも忘れ、しばし茫然と空を見上げていた。

「カメさん、これ、どこかで……」

 ユーコの言葉にふと記憶が蘇る。山中の湖でゴジラに敗北し、光となって天に昇っていったかの巨影を想起した。

「おいまさか……」

「ゴジラの足元!」

 視線を遥か下方へ落とす。その瞬間、舗装されたビジネスエリアの地面に、幾筋もの巨大な亀裂が走る。それが同時に盛り上がり、鋭い牙を持つ触手が無数に出現した。ゴジラがバランスを崩し、転倒しかける。

 発生した亀裂は広がり地割れとなり、周囲一帯の高層ビルが次々に傾いていく。俺たちが滞空しているエリアも、長大なデッドゾーンの中にあった。

「ユーコ、こっち!」

 荷重移動による指示でユーコを発進させる。やがてその巨体をゆっくりと横倒しにしながら、高層ビルの一つが倒れ込んできた。

 喉の奥から奇妙な呻きが――悲鳴を噛み殺す声が漏れた。

 激しく吹き荒ぶ風に身を屈めていると、背後を掠めた大質量を肌で感じ取った。そして押し寄せた風の壁に錐もみ状態になりながら、なんとかドローンにしがみ付く。

「だあああっ! 俺生きてる!?」

「瀬戸際ですけど、なんとか!」

 飛行が安定すると、体から力がどっと抜け落ちる。生きた心地がしなかった。

 しかし息つく間もなく、轟音と共にビル群が地へと沈む。下からの風圧にまた揺られながら、ゴジラを見下ろす。

「ゴジラは、巻き込まれてはないな」

「でも、()()の狙いは絶対にゴジラのはずです。触手は……?」

 気付けば、無数の触手の姿が無い。濛々と立ち込めていた砂煙が晴れるとそこは、戦場も生易しく見えるような瓦礫の山と化していた。

「カメさん、あそこ!」

 ユーコが少し向きを変え、俺にその方向を示唆する。

 少し離れた場所で、小さなビル群を巻き込みながら姿を現したのは、圧倒的に巨大な巨影の姿だった。

 シルエットはまさに山そのもの。足元からは無数の触手が伸び、ツタのようなものに覆われた腹部は暖色に発光している。

 口蓋にまで無数の牙を生やした巨大な口。その顔はワニのようでもあったが、牙などの雰囲気はゴジラを彷彿とさせた。

「前はもっと植物じみてたけど、今や動物に近いな」

「前を花獣形態とすれば、こちらは植獣状態と言うべきですか」

 ゴジラが再びまみえた敵に咆哮する。

「やっぱり生きてたか、ビオランテ……!」

 巨大な口を広げ、天に向かいビオランテも叫ぶ。喉を絞るような甲高い声の中に、獣らしい唸りも混ざって聞こえた。

 二体が睨みあっている隙に撮影をこなしていると、ユーコが自ら移動を始め、慌ててしがみ付く。

「お、おい?」

「近すぎます! もっと離れますよ!」

「う、うん。分かった」

 有無を言わせぬ迫力にこくこくと頷くことしかできない。しかし俺も夢中になりすぎる悪癖が発揮されていたようで、こうして気付いてくれるのは有難いことではある。

「この辺でいいだろ、な、な?」

「もう、仕方ないですね」

 とはいえこれが本性である。渋々といった様子のユーコの譲歩を受け、二体を真横から見てファインダーに収まる程度の距離に付ける。高度はビルの二十階程度で、ゴジラとビオランテの様子がよく観察できた。

「しかしでかいな、ビオランテは。あのゴジラより頭一つ、二つ分はあるか」

 高さもあるが、どっしりとした胴体部分も相まって質量差が大きそうだ。こと生物間の闘争において質量は重要なファクターだが、果たして巨影、あるいは怪獣という分類にあってそれは勝敗の分水嶺となり得るのか。巨影を愛好する一人のカメラマンとして、俺の好奇心は高まっていた。

 やがて事態が動く。まず仕掛けたのはビオランテだった。無数の触手でゴジラに迫るが、それを薙ぎ払うように熱線が放たれると、幾筋もの触手がちぎれ、弾け飛ぶ。

 ゴジラは畳みかけるように熱線を放ち、それはビオランテ本体の腹部に命中した。激しいスパークと共に緑色の体液が飛び散り、ビオランテは痛々しげな鳴き声を上げる。

「やっぱり、強いな」

「このまま同じ結果でしょうか?」

 しかしそうはならなかった。ビオランテは声に怒りのようなものを滲ませ、ゴジラに()()した。触手の根元を昆虫の足の如く蠢かし、膨大な煙を巻き上げながらゴジラに迫る様は、まるで山が猛スピードで動いているような、圧倒的なスケール感だった。

 宙に浮くこちらにまで伝わってくるような地鳴りに、街全体が軋む。

「え、動くの!?」

「それはまあ、生き物なので」

 ある意味でごく当然のツッコミを受けながらも、カメラを回し続ける。

 これにはゴジラの対応も間に合わなかった。それどころか、さしものゴジラもその迫力にたじろいだのか、すこし身が逃げていた。

 その隙を逃さず、ビオランテは無数の触手をゴジラに巻き付け、かの頭部に食らいついた。

「これは!」

 ユーコが興奮したように叫ぶ。その様はまるでプロレスの観戦客だとふと思った。恐らく、ゴジラもビオランテも味方とは言い難いため、どちらかに感情を移すことなく見られるからだろう。

 二体が膠着する。ゴジラは身じろぎするが、触手と大顎がガッツリと食らい込んで離さない。

 次にどちらが動くか、と注意を二体に向けていたその時、ふと二体の奥に一つの影を見る。

「……鳥?」

 そのシルエットは鳥のようでもあったが、やがて接近し鮮明になった姿を見たとき、俺の頭の片隅がずくりと痛んだ。

「あいつは……!」

 平たい頭部を持つ、翼竜のようなその姿。忘れようはずも無い。五年前の巨影災害において、人類にとって最悪の脅威となった、凶悪な巨影。旺盛な食欲を持って人を襲うその影……

「ギャオス……!」

 ギャオスはもつれ合う二体を見下ろす位置で止まり、これから襲う獲物を見極めるように、上空で羽ばたき続けた。その姿に俺は目を見開く。

「大きい……! 前はもっと小さかったはずだ」

「あれは……ギャオス・ハイパー、地球上のマナの乱れによって孵化してしまった、より強力なギャオス、です……」

 ユーコの声音だけで、彼女が巨影知識によって得た情報の空恐ろしさが伝わってくる。

 かつて猛威を振るったギャオスが、より強力になって再び出現した。この恐ろしくも重大な事実を伝えるべくカメラを構えるが、シャッターを押さえる指は震えていた。

 ギャオスの口腔内に黄色い光が収束していく。

「あれは、超音波メスです!」

「ああ、知ってる!」

 五年前にも確認された技だ。ギャオスの口から放たれたビームは、凄まじい切れ味でビルをも切断したという。

 それを放つ先がどちらかは分からないが、どちらにせよ無事で済むはずがない。俺はふと、ゴジラが傷つけられるのは嫌だと、心のどこかでなぜかそう思っていた。

 光が強くなり、耳を突くような異音がこちらにまで届き始めた。放たれると思ったその瞬間、視界の端がふと明るくなった。

 そして突如として飛来した巨大な火の玉、いや火球がギャオスに直撃した。

「あれは!」

 ユーコの声に反応し、火球が飛来した方を見上げる。そこに見えた姿に思わず笑みが零れた。

「そうだよ! 五年前もギャオスと戦ったのは、ガメラだ!」

 腕を翼のように広げ、足からのジェット噴射により夜空を飛ぶその姿。甲羅を背負った独特のフォルム。見間違えようはずもない。その勇壮なガメラの姿を、興奮と共にカメラに収めていく。

 



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stage12:巨影相撃つ ③

前回までのあらすじ

ゴジラは主人公のいるビルを攻撃し、権藤は瓦礫の中に消えた。
崩落するビルから身を投げた主人公は、巨大なドローンに変身したユーコに乗り、難を逃れる。
そこへ突如出現したビオランテが、ゴジラと戦闘を開始。
ビオランテは触手でゴジラを捕獲し、その大顎で頭部に噛み付いた。
状況が膠着する中、飛来したギャオスがゴジラたちを狙う。
そこにガメラまでも飛来し、ギャオスに火球を見舞った。


 火球を受けたギャオスは錐もみ状態で落下するが、地に落ちる寸前で翼をはためかせ、強引に上昇した。体の節々で燻っていた残り火も、その動きでかき消された。

 夜空を旋回し逃げるギャオスを、ガメラも飛行形態のまま追従する。地上の火災に照らされる二体の影がこちらに飛来し、頭上を通過していった。その迫力に思わず首を竦めると、吹き付ける風に煽られドローンが揺れる。

「よかったです、ガメラが来てくれて……」

「ああ、けどゴジラはまだ」

 かくして一先ずの危機を脱したゴジラだったが、依然体勢は不利のままだった。ビオランテの蔓のような触手に全身を絡め捕られ、巨大な顎で頭部を噛み砕かれようとしている。もはやどうにもならない形勢にも見えたが、ゴジラにそんな通念は通用しなかった。

 ゴジラの背びれが発光する。光線を吐くかと思われたが、ゴジラは口を閉じたままそれを()()()。出口を失ったエネルギーが溢れ出すかのように全身から閃光が放たれ、ゴジラを縛めていた触手を四分五裂に切り裂く。

「体内放射! 熱線のエネルギーを全身から放つ技です!」

 ユーコの解説に耳を傾けながら、カメラを回し続ける。

 至近距離でそれを浴びたビオランテ本体にもダメージが入り、呻きながら後退する。

 二体の間に距離が生まれるが、ビオランテはすかさず大口を開き、緑色の液体をゴジラへと噴きつけた。

「これも酸か!」

 これまでも見た通りビオランテの酸攻撃だったが、触手が吐くそれと比ではない量がゴジラに降りかかり、かの上半身はたちまちに緑色に染められていく。付着した先から煙が立ち、痛みに喘ぐようにゴジラが鳴く。

 攻撃として間違いなく有効ではあったが、しかしそれはゴジラを相手にして致命的に決定打に欠けていた。

 ゴジラは酸に怯まず口を開き、青白い熱線をビオランテの口腔へ向け放った。それは喉を貫通し背中まで突き抜け、ビオランテの全身の至る所で小爆発を引き起こす。緑色の体液が噴き出し、ビオランテは痛みに泣くように咆哮した。

 そして炎上が始まり、ビオランテの全身は瞬く間に炎に包まれる。俺たちはもちろん、ゴジラもその様子をじっと見つめていた。

 ビオランテの悲壮な声が響く中、やがて炎と煙の中から光の粒子が立ち昇っていく。それは以前の、湖での戦いの終局を彷彿とさせる光景だったが、なぜだか今見るこの光景はビオランテの安らかな最期を思わせた。

「なあ、ビオランテには人の遺伝子も組み込まれてたよな」

「はい」

「なら、これで良かったのかな。その遺伝子の持ち主も、そう思ってるような……そんな気がする」

 そしてビオランテは姿を消し、光の粒子は夜空へと消えていった。

 その夜空から、逆に落下してくる影がある。いつの間にか高高度へ戦場を移していたガメラとギャオスだ。ガメラがギャオスの足に噛み付く形で、二体はもつれ合いながら地上へと落ちてくる。

 ギャオスが超音波メスをがむしゃらに発射し、ガメラの頬や甲羅に傷をつけるが、ガメラはまるで怯むことなく食らい付いたままだ。

 そして地上に叩き付けられる直前、ガメラだけが寸前で軌道を変え離脱する。体勢の立て直しも効かぬまま、ギャオスは背中から街中へと落下した。凄まじい衝撃が湾岸都市に伝播し、各所で窓ガラスを破砕していく。押し寄せた風圧にドローンが揺れ、四肢に力を込めて耐え忍ぶ。

 ガメラは四肢からのジェット噴射により減速し、ギャオスの落下地点に程近い場所に着地した。それを目で追っていたゴジラは、巻き上がった砂煙の中のギャオスへと視線を移す。

「どうだ、ギャオスは……」

 口から出た疑問に返すように、ギャオスの鳴き声が甲高く響く。しかしそれは先ほどまでのものとは違い、潰れた喉から絞り出すような声だった。

 砂煙が薄れると、顔の半分は潰れ、翼の片方もひしゃげていたが、しかしギャオスは未だ両の足でそこに立っていた。そのうえ戦意にも陰りは見えず、再び口内に黄色い光を収束させていく。

 だが相手取る二体は反撃を許すほど甘くは無かった。ガメラとゴジラは既に口腔内に留めていたエネルギーを同時に発射し、真っ赤な火球と青白い熱線がギャオスの体を穿つ。

 激しい爆音と閃光の間に、ギャオスは叫ぶ暇すら無く絶命したようで、全身を炎に包まれ頭部を失った姿で現れた。そしてギャオスの骸はゆっくりと倒れ込み、一際激しい爆発を引き起こした。

 灼熱の爆炎が大気を揺らし、空を覆いつくす中、そこに一筋の黄色い光線が伸びた。真っ直ぐ天へと伸びるギャオスの命の残滓は、やがてふつふつと途切れ始め、間もなく完全に途絶えた。

 それを撮影し終えた俺は、茫然として夜空を見上げる。ほう、と溜め息しか出てこない。それだけの迫力を持った戦闘だった。この場に立ち会えたことに、徐々に歓喜が沁み出してくる。

「いや、凄かった。もうお腹いっぱい……」

「カ、カメさん……」

「ん?」

 視線を地上に戻すと、ゴジラが睨んでいる……ガメラを。そしてガメラもまた、ゴジラを見据えている。燃え盛る湾岸都市の中心で、二体の巨影が、まさに一触即発の緊張感を持って、静かに対面していた。

「な、なんか……まずくないか?」

「……気を引き締めておいてください」

 ユーコは確信を持ってそう警告した。

 サイレンがどこかで鳴り響いていた。上空を旋回するヘリの音も聞こえてくる。街を包む静寂に、俺はごくりと喉を鳴らした。

 二体が同時に、ゆっくりと動き出す。互いに向かって歩を進め、距離を縮めていく。これまでと比べ静かな滑り出し。しかし二体の歩調は徐々に早まっていく。

 俺はその光景に恐怖、いや()()とも言うべき感情を抑えきれなかった。

 ゴジラとガメラが同時に吼える。相撃つ二つの巨影が、炎の中で激突した。

 重厚な衝撃音と共に二体の足元のコンクリートが弾け、周囲のビルにスパークが走る。両者の膂力は拮抗を見せ、がっぷりと組み合ったまま動きが止まる。

「うわぁ、とうとう!」

「凄い……カメさんはどちらが勝つと?」

「それは……ガメラかな。と言うか、負けないでほしいって気持ちだ」

 ガメラは地球の守護者という位置にあるらしいが、少なくとも人類に対し敵対の意思は無い。むしろレギオンとの一件がそうであるように、敵の敵という論法によれば間違いなく味方だろう。

 転じてゴジラという怪獣は……何と言えばいいか、人類にとっては敵であり、災害であり、そして戒めでもあるように思う。明確な悪ではない、とは感じるが、それでも強大な脅威であるとの認識が先立った。

 ゆえのガメラびいきではあったが、非情にも天秤はゴジラに傾いた。

 正面から噛み合っていた力のベクトルをゴジラが受け流し、ガメラの体勢を僅かに崩した。そこにすかさず付け込み、ガメラを押しやっていく。後退する甲羅がビルを粉砕した。

 しかしガメラも同様にゴジラの力を受け流し、立ち位置を入れ替える形でゴジラをビルへと打ち付ける。二体の通った後には濛々と煙が立ち、一本の瓦礫の道が造られていた。

 一進一退の攻防を繰り広げる二つの巨影を夢中で撮影していると、気付けばその背中はすぐ傍まで近づいていた。

「ちょっと、カメさん!」

「やべ、ごめん!」

 どうやら撮影に夢中で、ユーコの警告を聞き落としていたようだ。荷重によってユーコに指示を伝え、慌ててその場から離脱する。直後、先ほどまで滞空していたエリアが深紅のデッドゾーンにすっぽりと覆われた。

 ゴジラが機敏に回転し、その重厚な尾でガメラを強く殴打する。尾の先が大気を切り裂く音が聞こえた。重い打撃音と共にガメラは弾き飛ばされ、デッドゾーンを押し潰すようにビル群へと倒れ込む。

「ガメラ!」

 ユーコが叫ぶ。一帯はビルの崩壊に伴う砂煙に覆われ、ガメラの姿はその中に隠れてしまった。ゴジラは一つ雄叫びを上げるが、そこに含まれるニュアンスは昂りと、そして警戒であると、何とは無しに直感した。

 間もなく、地鳴りのような音が煙幕の中から響き始める。次の瞬間、足をジェット状態にしたガメラがそこから飛び出し、ゴジラに突進した。奇襲の体当たりを胸に食らったゴジラは、先ほどのガメラと同様に弾き飛ばされ、ビルを巻き崩しながら大転倒した。

 ガメラは振り返りながら着地し、コンクリートを破砕しつつブレーキをかけ停止した。

 その姿をカメラで追いズームすると、ふと先ほどからガメラに抱いていた違和感の正体に気付く。

「ガメラ、何か違くないか。別の個体なのか?」

「確かに。でも同じですよ。正真正銘、レギオンを倒してくれたガメラです」

 しかしその容姿は明らかに異なる。全体的なシルエットに鋭さが増し、特に甲羅の縁は刺々しくささくれている。頭部は小型化し、愛嬌のあった大きな双眼も小さく、かつ鋭い眼光を放っていた。これらは、子どもが大人へと成長する際の身体的特徴にも通ずるものがあった。

「この急激な変化は……必要だったから、でしょうか」

「必要……まるで進化だ」

 必要に応じた進化。ではこの形態が必要になる事態とは。

 その時、ゴジラがダメージらしいダメージも感じさせず、鷹揚に立ち上がる。しかし俺は思考に耽り、気持ち半分にその様子を眺めていた。

 様々な情報が脳裏を巡る。レギオンの鋭い身体。闘争のための身体。マナの消耗。生態系の変化。次々に出現する巨影――

 その答えは唐突に、向こうから現れた。

「カメさん上! 巨影が……!」

 ガメラが素早く上空を仰ぎ見、ゴジラも釣られるようにそれに倣う。俺も同様に夜空を見上げれば、地上の炎に僅かに照らされ飛翔する、その影を見つけた。

「ギャオス、それも二体……!?」

「両方ギャオスハイパーです!」

 先ほど仕留めた巨大なギャオスが、更に二体。一種の非現実性さえも感じるこの絶望的な光景に、どっと体の力が抜け、同時に寒気が全身を巡る。それを抑え込みながらシャッターを切り、僅かに見えるその姿を写真に収めた。

「これが進化の原因か? ギャオスの出現、マナの影響なのか……?」

 轟くガメラの咆哮に視線を落とせば、彼は再びジェットを噴射し、発射間際のロケットのように全身を煙に包まれた。そして両腕を翼のようなヒレ状に変化させ飛び立っていく。

 ゴジラがどうするのかと様子を見れば、ただじっと、遠ざかるギャオスたちと追走するガメラを見上げていた。

 ギャオスとガメラの姿が夜空に消えてしばらく。次なるゴジラの行動を、固唾を飲んで観察していると、ゴジラは気だるげに振り返り、港の方へゆっくりと歩み去っていった。

「なんだ、もう暴れないのか……?」

「と言うより、そんな元気も無さそうに見えるんですが。どうしたんでしょう……?」

 ふと思い当たったのは、先に出会った権藤さんら自衛隊員たちが撃ち込んだ弾頭だった。ゴジラ相手に爆発もしない武器で何をしたのかと気にかかっていたが、これこそその成果なのではないかと考えられた。

「権藤さん……死んだ甲斐があったな」

 

 かくしてゴジラも去った後、戦場跡と化した湾岸都市に静けさが戻ってきた。未だ街の各所で激しく炎が燃え立ち、瓦礫の山は各所を埋め尽くしている。

 その風景を見下ろしつつ、俺はドローンの上に腰を下ろし、深く溜め息をついた。

「ゴジラ、ガメラ、それにギャオス……まだまだ、この騒動は続くな」

「そうですね。さすがのカメさんも疲れましたか?」

 ぼーっと夜空を見上げながら答えを探し、いや、と立ち上がる。

「まだまだこれからさ! 追おうユーコ、ギャオスとガメラの追跡が今後の目標だ」

 ユーコの笑う気配があった。

「はい、どこまでも追ってやりましょう!」

 巨影を追う覚悟を新たに、すっと深く息を吸う。焼け焦げた街の香りが鼻の奥を突いた。

 




おおよそ前半戦終了です

今回の選択肢
「カメさんはどちらが勝つと?」
①ゴジラかな
②ガメラかな
結果の変化はなし


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stage13:飛来する巨影たち ①

前回までのあらすじ

ギャオスとガメラ、ゴジラとビオランテという組み合わせで展開される戦闘。
ゴジラは体内放射から逆転し、ビオランテを打倒。
ガメラはギャオスを地に叩き落とし、ゴジラとの同時攻撃でこれを粉砕。
しかしガメラとゴジラの戦闘が始まってしまう。
一進一退の攻防の中、上空を通過したギャオスを追いガメラが離脱。
一方、権藤ら自衛隊員に撃ち込まれた特殊弾頭の効果により、ゴジラもそれ以上暴れることなく、海へと帰っていった。


 ガメラとギャオスの行方を辿ること数日。人伝て口伝ての情報をかき集め、叔父ら巨影愛好家たちとも綿密に連絡を取り合ったが、ついに万策が尽きた。

『……まあ、仕方がねえ。ギャオスはもうサイトに掲載したし、反響も大きい。情報もそのうち集まってくるさ』

「そうだな。しかし反響はまあ、恐々というか」

 反響は大きかった。いや大きすぎた。ギャオスの姿を見た人々は記憶を取り戻し、五年前に刻み込まれた恐怖をも思い出してしまった。なまじ忘れていただけに、風化の暇もなく鮮明に蘇ったギャオスの記憶は、人々の暮らしにまで影を落とした。

『恐々か、だが正しい反応だぜ。自衛の心構えくらいは持ってるべきだろ』

「それもそうだ。注意喚起も俺たちの仕事のうちか」

『その通りだ、が。今は何の仕事もねえ。ついこの前まで休む暇も無かったってのになぁ』

 叔父が退屈そうに愚痴る。ガメラとゴジラの一戦以降、相次いでいた巨影の出現情報は一旦なりを潜めていた。巨影の出現メカニズムなど誰も知るわけがないのだから、詮なきことではあるが。

『今のうちに首都に戻ったらどうだ。いつまで暇になるか分からねえがよ』

「首都か……戻ったところでもう、仮住まいすら無いけどな」

『ああ、そうだったな。レイバーの暴走だったか? ぷっ、気の毒になぁ』

「ほんと、もうちょっと草体の爆発が強ければよかったのに」

 半笑いで安い同情をかける叔父は、相変わらず絶好調だ。大けがで動けないくせして、なぜこんな態度でいられるのか理解に苦しむ。 

 

 そんなやり取りを経て、俺は首都に戻っていた。今や家と呼べるものも無い場所ではあるが、どこへ行くにも便利だし、それなりに長く過ごした土地だけあって、不思議と気分も落ち着いた。

 繁華街の中心に構える大手家電量販店から出ると、既に空には一等星が輝いていた。

「もう真っ暗。そんな夢中になってたかな?」

「それはもう。声かけても生返事でしたよ」

「あー、悪かったな待たせて」

「いえ、カメラのことならしっかりしないと。カメさんの“商売道具”なんですから」

 今日の目的はカメラのレンズだった。巨影の撮影はあまりに過酷で、カメラへのダメージも並では収まらない。すっかり傷付いたそれを買い替え、既に付け替えていた。

 ユーコと談笑しながら道を往き、駅前へ歩く。

 この繁華街は首都でも有数の規模で、駅の利用者数は世界の五指に入る。駅舎には百貨店が直結しており、ロータリー周辺の商業ビルは色とりどりのネオンに輝いていた。

「やっぱり……普段より少ないな」

 ロータリーで周囲を見回し、そう漏らす。この時間帯であれば人でごった返してもおかしくないはずだが、明らかに人口密度が薄い。

「ギャオスの影響ですか?」

「だろうよ。ギャオスの活動が夜だってことも思い出したんだ。外出も控えるさ」

 これが、ギャオスの記憶による影響の最たるものだ。人々は夜の外出を恐れ、社会全体が夜間の行動を控えるようにシフトしている。終業時間や店じまいを前倒しにし、従業員を早々と帰宅させる企業も相次いだ。闇の深い話ではあるが、密かにギャオスに感謝している者もいるらしい。

 最も、すべての企業がそうしているわけではないし、今も駅前には会社帰りと思わしき集団がたむろして、談笑している。それを引き込もうとする居酒屋のキャッチ。非日常を楽しんでいる様子の女子高生ら。

 彼らを見ていると、皆が皆危機意識を持てるわけではないのだと実感する。確かに、直接ギャオスを見たわけでもなければ、仕方ないのかもしれないが……

 今も目の前で、怪しい風体の男がうら若い女性に声をかけている。芸能事務所がどうとか言っているが、この手のスカウトなんて怪しいものだ。女性も訝し気にしているので大丈夫そうだが。

「カメさん。この男の人は何を?」

「スカウトだよ。有名人になれるとか甘い言葉で誘うけど、こいつは怪しいな。大抵詐欺とか……」

「詐欺とか、なんです?」

「いや、まあ……」

 いかがわしい内容しかないため、言葉に詰まってしまう。ユーコにこういう話をするのは非常にはばかられる。彼女は不思議そうに首を傾げた。

 次の一瞬で、ユーコの様子が変わる。急に空を見上げ、じっと見据える。ユーコがこういった反応を見せるときは……

「ユーコ、まさか」

「……来ます。こっちへ来る。二……いや三体」

 ふと、雲の向こうがぼんやりと、赤色に明らむ。一瞬映し出された有翼の影は、間違いなく――

「ギャオス……!」

「この光、ガメラの火球です!」

 ふと周囲に視線を配る。俺と同様に上空の異変に気付いた者はごく僅かで、ふと気付いて見上げた者も、また視線を戻して歩みを止めない。あまりに一瞬のことだったからか、皆の日常はまだ続いていた。

「まずい、みんなに避難を――」

 その言葉に被せるように、駅舎の遥か上空、雲の中で赤い炎が弾けた。

「ママー、はなび!」

 子どもの声が背後で聞こえる。俺はその炎から目を逸らせず、しかし自然にカメラを握っていた。

 爆発はほんの数秒で収まった。だが、上空でその爆発に巻き込まれた()()が、火だるまになってゆっくりと落下してきた。ゆっくり、などではない。それが――ギャオスがあまりに巨大だからそう見えるだけだ。

 俺はカメラを構え、炎に包まれる肉塊、と形容するが近いギャオスを撮影する。細かい肉片も燃え落ち、まるで隕石のように地上へ降り注ぐ。

「だめだめ、事務所に連れ込めばなんとかなると思ってるんでしょ」

 先ほどスカウトされていた女性の声。彼女たちはまだ日常の中に居る。しかし、それはあと数秒で終わる。たった今、非日常を告げる異形が駅舎へと……墜落した。

 激しい衝撃、轟音、噴き上がる土煙。まさに隕石の落下を思わせるような大質量のインパクトが、周辺に群れる人間を一人残らず、非日常へと叩き込む。

「逃げろ、ギャオスだ! ガメラが追ってる! 巻き込まれるぞ!」

 ようやく金縛りが解けたように、声を張り上げて皆に叫ぶ。それを皮切りとして次々に悲鳴が上がり、多くの人が逆方向へ逃げていく。

 しかし茫然としているのか、それとも好奇心か、まだ相当数の者がその場に留まっていた。ある者は携帯で撮影し、ある者はただじっと駅舎を見つめ、ある者は腰を抜かしている。

 彼らにもう一度声をかけようとした時、ユーコが叫ぶ。

「ダメです、逃げて!」

 ガメラは甲羅に空いた四肢の穴からジェットを噴射し、回転しながら降下してくる。その巨体が空を覆い隠すばかりに迫った時、既に周辺には黄色いデッドゾーンが広がり、ロータリーの中心付近は赤いデッドゾーンが現れていた。

「隠れろ! 飛ばされるぞ!」

 声を張り上げ、付近の街路樹の幹にしがみつく。

 ガメラは減速のためか噴射を下方向へ移し、周囲には白煙と熱風が吹き荒れた。全く視界の無い暴風の中で、人々の悲鳴や苦痛の叫びだけが微かに届いた。

 間もなく噴射が終わり、白煙が途切れる。その瞬間に見上げると、四肢を生やしたガメラがロータリーに落下する瞬間だった。

 体が宙に浮くような激しい衝撃。ガメラに踏み砕かれ跳ね上がるアスファルトの破片。それらが収まると、駅前には異様な静けさが降りた。

 破壊された商店の剥き出しになった配線から、小さなスパーク音と共に白い火花が飛ぶ。あちこちに転がり、頭を抱えて蹲っていた人たちがゆっくりと、煤まみれの顔を上げた。彼らの見上げる先で、巨大な影は白い息を吐きながら、鷹揚に立ち上がった。

 そして、吼える。喉をかき鳴らすようなその叫びに打たれた人々は、ただ畏れ、小さく悲鳴を上げることしかできなかった。

 ゆっくりと、ガメラが駅舎へと歩み寄る。ようやく人々は声の出し方、足の動かし方を思い出したように、各所で悲鳴を上げながら逃げ惑い始めた。

 転じて俺は、ふとカメラの様子を確認してから、ガメラの刺々しい甲羅にレンズを向けた。

「トドメを差すつもりか」

「カメさん、大丈夫なんですか!?」

「これぐらい、どうってこと。それより……ガメラ、どうして」

 勝手な話だが、彼は味方であると、そう思っていた。しかし、今こそ認識を改めないといけないのかもしれない。

「ガメラは、地球の守護神です。決して、人間の味方というわけでは……」

「分かってるさ。分かっちゃいるんだけど……」

 カメラを握る手に力が入る。

 ガメラは駅舎の傍で歩みを止め、崩壊した屋根から中を覗きむ。その途端、甲高いギャオスの鳴き声が聞こえた。ボロ雑巾のようになった羽を振り、必死にガメラを威嚇しているようだが、もはや抵抗も逃走もできないほどに満身創痍なのだろう。

 ガメラが白い息を一つ吐き、そして深く空気を吸い始める。閉じた口の牙の奥から、赤い炎がちらりと見えた。

 そしてガメラはそれを放った。直下に向け放たれた火球はギャオスを消滅させるに留まらず、隣接する百貨店をも呑み込むほどに、高く広く巻き上がって街を焼いた。突然の事態だ、その中や周辺、駅舎そのものにも、まだ逃げ遅れた人がいただろう。何百人、何千人と……

「ああ、くそっ……」

 思わず溢れ出した言葉に、俺はどんな思いを込めていたのか。自分でも理解しきれない。

 燃え盛る街と、その中に佇む巨大な守護神の影を、無心になってカメラに収めていった。

 



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stage13:飛来する巨影たち ②

前回までのあらすじ

ガメラを見失い、首都に帰ってきた主人公たち。
繁華街での買い物を終えると、突如としてギャオス二体とガメラが飛来。
撃墜されたギャオスが街中に落下、それを追ってガメラも降下してくる。
ギャオスへとどめを差すガメラ。その余波による人的・物的被害は甚大なものになった。


 飛来したギャオスは二体。残る一体のギャオスが、地上の炎に照らされ夜空の中に浮かび上がる。

 ガメラはその軌跡を目で追いながら、接近すべく踏み出した。駅舎や百貨店()()()()()、と形容すべき消し炭を砕き、彼は高架の向かい側へと歩んでいく。

「今なら逃げられますが……どうします?」

「もちろん追う、近づける限界まで行くぞ!」

 駆け出し、人の流れに逆らってガメラを追う。

 間もなく、高架橋を潜る道路へと差し掛かるが、高架の反対側からは大勢の人が押し寄せて来ていた。

 ここから見える駅前広場は既に炎に包まれており、その中に悠然とガメラが構えている。皆はそこから命からがら逃げだしてきたのだろう。

 その光景を撮影していると、何者かに正面から激しく衝突され、お互いが揃って転倒する。

「てて、おい大丈夫か」

「すいませ、ああ、そんな、卓也ぁ……」

 手をついて俯くその女性は、俺の言葉には殆ど応じず、うわ言のようにそう呟き泣いていた。

「どうした、何があった?」

「子どもが、子どもがまだ……人に流されて、はぐれてそのまま、ああ、戻らないと……!」

 彼女は立ち上がろうとするが、今の転倒で足を挫いたのか、再びしゃがみ込んでしまった。俺は燃え盛る駅前広場とガメラを見て、言う。

「あんたは逃げろ。地下だ、とにかく深く潜れ」

 ユーコを横目で見る。彼女は微笑み、一つ頷いた。

「俺が行く。名前は卓也だな」

 彼女は目を見開いて俺を見上げ、腕に縋りついてきた。

「お願いします、お願いします……!」

「分かったから、早く逃げなって。死ぬなよ!」

 そう告げて走り出す。

 

 高架下から見ると、広場は酷い有様だった。街路樹は燃え盛り、あちこちで車も炎上している。まるで戦場のような光景の中心に、上空を見据えるガメラが佇んでいた。

「突っ切ろう。ATフィールド……!」

 ATフィールドを展開し、肘の内側で口元を押さえながら、舞い上がる炎の中を駆け抜けていく。轍ができるように炎の壁が裂け、僅かな道が切り開かれていく。それでも熱は遮断しきれず、一瞬で全身の汗腺が開き切った。

 ふと、足元に倒木のような物が見え――すぐに目を逸らす。黒ずんだ炭のようなそれは、確かに、人の腕だった。呼吸の乱れは、決して運動のせいだけではなかった。

「カメさん、大丈夫ですか?」

「なわけ……!」

「引き返しても、誰も責めませんよ」

 ユーコは、優しさからだろう、そう甘い言葉を吐いた。

「ダメだ! いや……嫌だ」

 これはもう、意地なのだ。

 乱れに乱れた心でガメラをふと見上げる。彼は足元を過ぎる俺に気付かず、またギャオスに向かって一歩踏み出す。激しい衝撃にコンクリートが砕け、俺の体も一瞬宙に浮いた気がした。

「カメさん、あれ!」

 ユーコの指さす方を見れば、ガメラの進行方向あと一歩分という位置に、地面に倒れる少年が見えた。小学校低学年程度だろうか、怯える彼の瞳は迫り来るガメラを捉えている。

 あの子が卓也くんだろうか、などと考える暇は無かった。

「ユーコ、立体機動装置!」

「はい!」

 ユーコが立体機動装置に変身し、全身をハーネスがきつく締めあげる。この機具を自在に操れるわけではないが、一度大きく進むだけなら使えるはずだ。

 腰の位置からアンカーが射出され、ビルの外壁に突き刺さる。ワイヤーの巻取りで体がぐんと引き寄せられ、十数メートルの跳躍を果たす。

「いてっ!」

 着地に失敗し数回転がるが、ちょうど卓也くんに手が届く位置まで近づけた。

「もう大丈夫だ!」

 怯える卓也くんを抱きあげたその時、まるで刀の一閃のような細いデッドゾーンが出現する。見上げると、やはりそれはギャオスの超音波メスによるものだった。遠方から迫るギャオスの影に、黄色い閃光が瞬く。

 突然のことに足が動かず、咄嗟に腕を突き出す。ATフィールドで防ぎきれるものではないのだろうが、それは反射的な防御姿勢だった。

 ギャオスの口腔からレーザー状の光線が発射され――ガメラの巨大な手の甲がそれを防いだ。緑色の血しぶきが上がるものの、光線は鏡に当てた光のように反射し、付近のビルを貫くだけに終わった。

 見上げる俺の顔にガメラの血がかかる。俺たちを庇ったガメラの、苦悶の声が響いた。

「ガメラ……この子を?」

「……分かりません」

 変身を解除し、霊体に戻ったユーコがそう呟く。卓也くんもその光景を見上げ、茫然自失といった様子だった。

 ギャオスの光線は乱れ、いくつものビルを両断した後、止む。反撃と言わんばかりにガメラが火球を放つが、ギャオスは機敏な動きでそれを回避した。ガメラは火球を乱射するものの、縦横無尽に飛び回るギャオスになかなか命中しない。

 ギャオスは這うように低空を飛び回る。それを狙う火球が次々にビルに着弾、爆破炎上させていく。

 そしてとうとう、街一番の商店街に火球が落ちた。ビルの合間で炸裂した火の塊は、商店街を嘗めるようにして一瞬で焼き尽くした。巻き上がる炎の中に、人影のようなものが混ざっていることに気付き、卓也くんの目を塞ぐ。

 しかし音はどうしようもない。爆発の轟音の中でも、甲高い悲鳴は聞こえてしまった。

 歩行者天国になっている、平日夜の商店街だ。大勢の人がそこには居たはずだろう。

「ガメラが動きます!」

 ガメラの足の形にデッドゾーンが出現していた。その中には入っていなかったが、念をとってビルの直下まで避難する。

 見上げれば、ガメラは既に口腔に炎を溜めている途中だった。閉じた牙の間から炎が漏れている。

「ギャオスは今どこに!?」

「あのビルの向こう、延長線上です!」

 ユーコが指さすビルを見れば、ちょうどガメラの顔の位置に当たるフロアで、多くの人がガメラを眺めていた。そしてそのフロアを……デッドゾーンが貫通する。

 この後起こることが予見でき、無駄と知りながらも手を振って叫ぶ。

「逃げろ! 早くそこから――」

 ガメラが振り向きざまに火球を放つ。見物人たちを呑み込み、ビルを貫通した火球がギャオスに直撃した。

 驚くことに、ギャオスはこの一撃に耐えてみせた。しかしそれも一瞬のことで、続けざまに放たれた第二、第三の火球がギャオスの体を穿ち、そして上空で爆発四散した。激しい光と熱の奔流から卓也くんを庇い、自分も目を塞ぐ。

「まずい、()()()きます!」

 ユーコの言葉に目を開けば、周囲一帯を覆うように大小のデッドゾーンが出現していた。見上げると、爆散したギャオスの肉片が炎上したまま、まるで隕石のように街に降り注いでいる。

「うおっ、やべ!」

 今立つ位置も直径五メートルほどのデッドゾーンに呑まれており、卓也くんを抱え大わらわで駆けだす。そして間一髪のところで背後に巨大な肉片が落下し、衝撃と風圧に押されてつんのめる。

 次々に降り注ぐ肉片を見上げながら、安全地帯で待機する。俺にはそこが分かっているが、いつ肉片に潰されるか気が気でない卓也くんは怯えてしまっている。

「大丈夫、ここなら降ってこないよ。もうギャオスは消えたから、大丈夫」

 そう言いつつ、ガメラを見る。ガメラは降り注ぐ肉片を見上げていたが、一瞬だけこちらに瞳を向けた、ような気がした。

 やがて両腕を広げヒレ状にすると、両足部分からジェットを噴射し、ガメラは夜空へと昇っていった。

 

 ガメラの飛び去る様を撮影していると、卓也くんのお母さんが、男性に肩を借りながら迎えに来た。卓也くんも泣きながら駆け寄り、彼女たちは膝を突いて抱き合った。

「ガメラは僕たちを助けてくれたよ」

 卓也くんは泣きながら、母の腕の中でそう言った。彼女はそれを聞く余裕が無さそうだが、彼女に肩を貸しここまで随伴してくれた男性が、困ったように横目で俺を見た。

「ガメラが助けてくれたよ……ねえ、そうだよね」

 卓也くんが俺に尋ねる。俺は口の中を湿らせてから答えた。

「ああ、そうだな……助けてくれた」

 努めて笑顔を浮かべながら、卓也くんの頭をそっと撫でた。

 

 何度も頭を下げる母親と、手を振る卓也くんと別れた後、俺は先ほど火球の直撃を受けた商店街に足を運んでいた。

 ……目を覆いたくなるような惨状だった。

 消火用レイバーのサイレン音が、遠くから聞こえ始めた。

 




今回の選択肢
「ガメラが助けてくれたよ……ねえ、そうだよね」
①ああ、そうだな→本編通り
②無言で立ち去る→なんとも言えない雰囲気
③いや、偶然だろう→子ども泣く
④いや、助けたのは俺だろうが→親子、気まずげに感謝する
 男性「なんだこいつ」



次回予告
カメ「崩壊した繁華街。しかし泣きっ面に蜂、消火にやってきたレイバーさえ暴走し始めた」
ユー「こんなこと、前にもありましたよね」
カメ「苦い記憶だ。そんな折、レイバー部隊の話をユーコが盗聴してくれた」
ユー「人聞きの悪い!」
カメ「感謝してるって。浮かび上がる暴走の原因。鍵は洋上の方舟に! 次回、『方舟の影、招かれざる獣』!」
ユー「ターゲット、ロック・オン!」


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stage14:方舟の影、招かれざる獣 ①

前回までのあらすじ

パニックに陥る繁華街。
親とはぐれた子どもを捜索するため、火の海を渡る主人公。
ガメラの足元に子どもを発見するも、ギャオスの光線が迫る。
ここでガメラは彼らを庇うような動きを見せるが、戦闘の余波で膨大な犠牲者が出てしまう。
ギャオスを倒し飛び去るガメラ。
その跡には、炎に包まれた街があった。




 首都に俺の帰る家は無い……が、今はユーコという反則手がある。寝泊りだけなら彼女の変身するキャンピングカーで充分だった。とは言え、衣食住には到底足りない。

 以前の下宿先の家主、通称おやっさんへの挨拶を終えた俺は、近場の適当な雑貨屋を物色していた。久保商店なるこの店、下町風景に馴染む木造二階建てで、外観が俺好み。

 タオルから筆記具まで漁っていると、壁際の高い位置に設置された、古いブラウン管テレビが目に入った。

『先日、二頭のギャオスとガメラが繁華街に突如飛来しました。その戦闘の余波により一帯は壊滅、死傷者数は一万人を超え……』

 ここ数日間、何度も何度も繰り返されているニュースだった。画面に流れる映像は、全て俺が撮影したものだ。それ自体は誇らしいことだが……自然と眉間に皺が寄っていく。

『またその後、消火活動に当たった消防用レイバーのうち数機がコントロールを失い暴走。消火と救助の妨げとなり、これを重く見た政府は……』

 その時、テレビを見上げる俺の背後を、誰かが通り抜けていった。ふと振り返ると、特徴的なオレンジ色のベストを着た女性が、商店の二階に上がっていく後ろ姿を捉えた。

「あれ。あの服、特車二課? もう首都《こっち》に帰ってたのか」

「そうみたいですね。ここがお家なんでしょうか」

 北方都市の病院で、俺たちをデストロイアから守ってくれた特車二課。後にデストロイアは制圧したとの報道もあったし、あれは出向という形で、既に本来の管轄に戻ったのだろう。

 お礼を言うべきかな。しかしここが自宅なら、無理に押しかけるのも悪い気がするし……

 などとまごついていると、二階からやかんの沸く甲高い音が聞こえ始める。しかしどうしたことか、それはしばらく鳴り止むことなく響き続けた。

「火、消し忘れてるのかな……? ユーコ、ちょっと見てきてくれないか」

「了解です。お邪魔しまーす……」

 上昇し、天井に頭を突っ込むユーコ。一歩間違えばホラーか、またまたギャグのようなシュールな光景だ。彼女は白いワンピースを着た姿をとっているため、俺はふいと視線を商品に落とす。

「あれ、三人います。なんでみんな止めないんだろ……?」

「どんな人ら?」

「さっきの女生と、下着姿の男性が二人です」

「よし、何かあったら言ってくれ。突入するから」

 うら若い女性と不審な男二名。犯罪の香りしかしない。

 彼女がそもそも警察官であることも忘れ、階段へ身を寄せる。

「ん、これって……!」

「なんだ、やっぱりか!?」

 階段の一段目に踏み出すが、ユーコに止められる。

「いえ、大丈夫! どうやら知り合い……みんな特車二課の人みたいです」

 それに、とユーコが手で俺を制す。

「とても、カメさん好みの話をしてます」

「俺好み?」

「全部聞いて、後で話します。今はお静かに」

「あ、ああ」

 蚊帳の外にされ、仕方なくまたテレビに目を移す。内容は天気予報に移っており、今夜にも首都に接近する超強力な台風について報じられていた。首都より遥か南方の地、その海沿いの道でマイクを構えるレポーターは、吹き荒れる暴風雨に曝されていた。

 

「なるほど、人間には聞こえない音。それがあのOS、“HOS(ホス)”の暴走のトリガーか……やっぱりOSじゃないか! あの警官どもめ」

「そういえば、全然信じてもらえなかったですよね」

 キャンピングカーの中で、盗み聞きの報告を聞く。……まったくとんでもない話だった。

 篠原社製のHOS。これに問題があることには勘づいていたが、まさかレイバーの暴走を意図的に引き起こすプログラムだったとは。青天の霹靂とはまさにこのこと。

「高層ビルの吹き抜け、吊り橋のワイヤー、それらに強風が当たって発生する低周波音。そしてそれを拾えるレイバーの鋭敏なセンサー……よくできた仕組みだよ」

「ええ。そしてこれからが問題です。この低周波音、どうやら共鳴を起こすらしいです」

「共鳴? ……嫌な予感してきた」

 ふと頭によぎるのは、先ほど見た天気予報。

「はい。今この首都に接近中の台風。その暴風によって大規模な共鳴が起こり、首都だけでなく周辺全域でレイバーが一挙に暴走する……とのことです」

「……それは、やばいな。原発でもレイバーは動いてる。ただでさえ巨影被害でフル稼働だっていうのに……」

「その共鳴の発生源になるものが、“方舟”という施設らしいんです。知ってますか?」

「方舟? っていえば……ああ、なるほど!」

 

 幾多の足場が無計画・無秩序に増設されていったような巨大な建造物が、紺碧の洋上にそびえ立っていた。全長五百メートル、洋上高百五十メートル。全工区のレイバーの整備を一手に賄う洋上プラットフォーム――それがこの方舟である。

 空洞の多い多層構造物かつ、洋上にあり風を妨げる物が無い。低周波音の発生条件がこれ以上なく整っている。

 俺は、倉庫が立ち並ぶ港から望遠レンズでその姿を覗き、シャッターを切っていた。間もなく夜になるが、するとその姿は闇夜の中に消えてしまうだろう。

「へー、あれが。大きいですね」

「あれこそがバビロンプロジェクトの要だからな。さて、俺の予想なら今夜にでも何か動きがあるはずだ……」

 今回の一件、根は深い。HOSの不備が表沙汰になっていないのは、無用の混乱を避けるため……というのもあるのだろうが、それ以上に“大きな権力”の影を感じてしまう。

 しかし真実を知った特車二課が、ただ長いものに巻かれるを、良しとするとは思えない。信じられないような行動をとるはずだ。例えば……

「けど、本当にやるんですかね? 台風に乗じてあれを破壊する、なんてこと」

「勘だけど、たぶん」

「勘ですか」

 ユーコは苦笑するが、俺は大まじめに答える。

「彼らと何度か当事者として関わって、なんとなく肌で感じたものがある。それも含めた勘だ。きっと当たるよ」

 “在りし日の”と称される予定の方舟の写真を撮り終えて、俺はしけり始めた海に背を向けた。

「さて、今日はこの辺で泊まろうか。頼むよ」

「え、大丈夫ですか? こんな海に近くて」

「台風が通過したらすぐに撮りたいんだ。危なくなったら逃げるよ」

 キャンピングカーに変身したユーコに乗り込み、適当な食材を漁り始める。

 この時、俺は気付けなかった。撮影中も、車に乗った後も、淡々とこちらを見つめる数多の瞳があったことを。

 



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stage14:方舟の影、招かれざる獣 ②

前回までのあらすじ

ユーコが特車二課の捜査を覗き見たことで、様々な情報を得る。
相次ぐレイバーの暴走事故は篠原の最新OS、“HOS”によって意図的に引き起こされていた。
トリガーとなるのは強風による低周波音。
そしてまさに今接近しつつある台風によって、首都圏のレイバーが一斉に暴走する恐れがある、ということ。
その原因となる洋上プラットフォーム、“方舟”を特車二課が破壊するとみた主人公は、いち早い撮影のため港で夜を明かすことにした。
そんな彼らを、何者かが見つめていた。


 大きな雨粒が車体を叩き、風は轟々と唸る。時折強い風が吹けば、横倒しの体が揺れる。眠りながらも五感は強烈な台風を味わっていた。

 それが破られたのは突然のことだった。唐突にエンジンが始動し、キャンピングカーは急発進した。寝床からずり落ち、床に手を突く。

「ユーコ、どうした!」

「変な人たちが! 座ってください!」

 運転席へ滑り込み、ユーコから運転を預かる。サイドミラーで後方を覗き見れば、スーツ姿の男たちがこちらへ駆けてきていたが、すぐ追走をやめて後方の車へ向かった。黒のセダン。あれでここまで乗り付けたのだろう。

「なんだよこいつら……!」

「心当たりは?」

「無いよ、あるわけない!」

 寝起きの頭はひどく混乱していたが、例え冷静になったとしても答えは同じだ。

 倉庫や工場が連なる港を疾駆していると、間もなく後方から黒のセダン二台が追い付いてきた。

「前!」

 ユーコが言わずとも見えている。前方からも二台の同型車がこちらへ迫っていた。完全に挟まれた形になる。

「くそっ!」

 ハンドルを切り、フェンスの合間からコンテナ置き場へと進入する。うず高く積まれたコンテナの壁に挟まれ、行く先には港の端が見えてきた。荒れ狂う白波がライトに浮かび上がる。

「ユーコ、スポーツカーに!」

「はい!」

 キャンピングカーの鈍足ではいつまでも振り切れない。コンテナで姿を隠しているうちに変身し、機動力をあげつつカモフラージュも果たそうという魂胆だった。

 車体が一瞬光に包まれ、次の瞬間には車高の低いスポーツカーの姿に転じていた。波打ち際からが本当の勝負、とハンドルを握り締める。

 しかし勝負はそこまでだった。コンテナの壁を抜けハンドルを切ろうとしたその時、幾筋ものライトに照らされ思わず目を瞑り、ブレーキを踏む。後輪を滑らせながら半回転し、水際でようやく停止した。

「か、囲まれました……!」

 うっすらと目を開けば、左右それぞれ二台ずつ、あの黒のセダンが停められ、周囲には黒いスーツ姿の男たちが群がっていた。皆一様にサングラスをかけ、逆光もあって顔立ちは確認できない。

 そのうちの一人が進み出て、風に負けないよう大声で叫んだ。

「車から降りろ! 我々と来てもらう!」

「クソッたれが、我々ってどこの誰だよ」

「どうします……?」

 俺が車内に留まるのを見るや、黒服たちは一様に懐に手を伸ばした。

「こちらは銃を持っている! 従わなければ、発砲も辞さない!」

 一つ舌打ちを漏らし、ユーコに呟く。

「ユーコ、変身だ」

「えっ、今ですか?」

「今しかない、やむを得ないだろ」

 返事を待たずドアを開け、暴風吹き荒れる車外へと身を晒す。雨粒が痛いほどに肌を打つ。次の瞬間、黒服たちがにわかにざわめく。俺の乗っていた車が突然姿を消したのだから、当然と言えば当然か。

「何をした!?」

「何って? あ、車無くなってる! なんでだろー!」

 いっそ小ばかにしているようにとぼけてみるが、サングラス越しにも分かるほど、代表の男の目つきが鋭さを増した。

「シラを切るのはいいが! いいか、動くなよ! 逃げ場は無い!」

 確かに、前方は黒服の集団に取り囲まれ、後方は荒れ狂う嵐の海だ。先ほど俺たちを挟み撃ちにした計四台のセダンもこちらへ向かってきている。普通に考えれば逃げ場は無い。

 しかし、俺はニヤリと笑ってやった。そして一歩後ろへ下がる。踵が空を踏んだ。

 黒服たちは露骨に動揺した。

「おい、やめろ! 確実に死ぬぞ!」

「ああ、だろうよ。()()()()

 届かないような声量でそう呟き、後方へ軽くジャンプする。一瞬の浮遊感の後、足には確かな接地感があった。

「逃げろ!」

「はい!」

 “モーターボート”に変身したユーコが発進する。大きく揺れる船底に弄ばれながら、なんとか運転席に座る。

 暴風に身を打たれながら後方を振り向くと、水際まで駆け寄った黒服たちの影が見えた。

「よし、よくやってくれた!」

 台風が過ぎた暁には方舟に一番乗りしようと、事前にユーコに記憶を頼んでおいたのが功を成した。嵐の海に船を出すなど正気の沙汰ではないが、あそこまで追い詰められては仕方あるまい。

「どうします、どこへ!?」

「いったん港から離れて、適当な場所に接岸しよう!」

 この荒波の中では、あまり遠くへ逃げることもできない。沖へ出すぎても危険だ。闇夜に乗じてまた陸地に戻り、身を隠すしかない。

「しかし、あいつらいったい何なんだ? かなり規模はでかいみたいだけど……」

 計八台、全車に四人ずつ乗っているとして三十二人。奴らの動きは周到で連携も完璧だった。

「うーん……なんでしょう、どこかで見た気が……」

 ユーコのその言葉に追求をかけようとした時、高い波間にライトが揺れた。それがこちらを照らし、眩さに目を逸らすと、徐々に接近するエンジン音が聞こえてきた。

「おい嘘だろ!」

 もはや相手を確認することなく、ボートの出力を上げる。

「またあの人たちです!」

「分かってる! くそ、船まで持ってるのか!」

 せいぜい四人が座れる程度の屋根も無いこちらのボートに比べ、向こうは小型の巡視船ともとれるサイズ感だ。それが二隻、俺たちの後を追跡しているのだから、その圧迫感たるや絶望的なものがあった。

「ユーコ、追い付かれる! もっと速度出ないか!?」

「もう限界までやってます! これ以上は……!」

 その時、体が背もたれに押し付けられるほどの急加速がされる。これまで以上の風圧と雨が体を打った。

「すげえ、やるじゃないか!」

「わ、私じゃないです! 引っ張られてます――巨影に!」

 ユーコの言葉に目を剥く。

「巨影!? 下か!?」

「はい! 船の底を掴まれてます! す、すごい力です……!」

 力んだ様子のユーコの声から、彼女が全力で抵抗していることが窺える。しかし船はまるで速度を落とさず、いやむしろ加速すらみせて、夜の海をかき分け沖へ沖へと滑っていく。

 眼前に広がる夜の闇が、根源的な恐怖が沸き上がってくる。

「どんな巨影だ!」

「暗くて姿までは! 掴んでいるのは、大きな手のような部位で、水かきが……!」

 これだけの速度で船を轢けるのだ、水かきやヒレといった器官も持ち合わせているだろう。

 こいつはいったい俺たちをどうしようというのか。振り返れば、二隻の追跡者のライトと徐々に距離が開かれつつあった。あの謎の組織とこいつには、何か関りがあるのか?

 考えようとも、そんな余裕は無い。

 背を丸め速度に耐えていると、徐々に闇夜の中に浮かび上がる、赤い障害灯が点滅している様。遥かに見上げるような位置で光るそれは……

「まさか、方舟!?」

 陸と半島に挟まれた首都湾の、その中心近くにそびえる方舟。その輪郭がぼんやりと見え始めても、船は、巨影はまだ止まる様子を見せない。

「おい、まさか」

「カメさん、掴まって!」

 方舟が近づく。幾層にも複雑に積み重なった、ヘリポートのような足場。その最下層には作業船や水中用レイバーを整備するための階層があり、乗り上げのため緩やかな傾斜がつけられている。

 俺たちは今まさにそこへ突っ込もうとしていた。頭を下げ、ぐっとハンドルを握る。

 次の瞬間、激しい衝撃が下から突き上げ、船は宙を舞った。スローモーションのかかった世界の中で、船底が二段積みにされたコンテナに衝突した瞬間を捉える。俺の記憶が続いたのはそこまでだった。

 



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stage14:方舟の影、招かれざる獣 ③

あらすじ

深夜、主人公たちは謎の黒服の男たちに襲われる。
海際まで追い詰められたが、ユーコがモーターボートに変身し、嵐の海に逃げ出す。
しかし黒服たちもボートに乗り追いかける。
その時、主人公たちのボートが海底の巨影に引かれ、方舟に乗り上げた。


 次に目が覚めた時、俺は崩落したコンテナの隙間に横たわっていた。風唸り波巻く音は絶え間なく耳に届く。そんな暗がりの中で、ユーコの気遣わしげな顔が俺を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? どこかお怪我は」

「ああ、どこもっ」

 上半身を起こした時、体の節々に走った痛みで語気が跳ねる。ユーコは口元に人差し指を当てた。

「しっ。お静かに。今は近くにいませんが……」

「近くに……? そうだ、巨影」

 ようやく晴れてきた思考の中で、未だ姿の見えない巨影を思い返す。

「どうなったんだ、俺が気を失ってから」

「それは……」

 ユーコの視線がふと、折り重なったコンテナの外へ向けられる。釣られるように見れば、彼女が口ごもるのも腑に落ちた。

「あまり見ない方が」

「ああ……そうだな」

 そこに()()()のは、俺を追ってきた黒服の彼らに間違いなかった。もっとも、()()()()はよく分からなかったが……明かりが無くて助かったと、素直に思った。

「こいつは、やばいタイプだな。今のうちに逃げるか」

「そうしたいんですが、ここからは無理そうです」

 その言葉に首を傾げ、恐る恐るコンテナの隙間から這い出る。

「なるほど。確かにこれは……」

 方舟の最下層、海面に接したフロア。しかし今はユーコが船に変身するスペースが無かった。

 かの巨影はよほど暴れたのか、黒服たちの船二隻は無残に破壊され、大小の破片がドックで波に揺られている。更には、このフロアに留め置かれていたと思わしきレイバーも、廃棄物同然の体で水面を埋めている。

「他の場所を探すしかないな。ちょっと怖いけど――」

 その時、甲高い風切り音の中に混ざった、数発の銃声を確かに聞いた。それはすぐ止み、再び嵐の気配に辺りは包まれる。

「……だいぶ怖いけど。もう行くしかないだろ、くそ」

「け、気配は教えるので、頑張ってください」

 一歩を踏み出した時、左足に走った鋭い痛みに思わず歩を止める。

「どうしました!?」

「ああツイてない、またかよ……」

 痛みに体を馴染ませると、気勢を籠めて立ち上がる。

「痛いけど、問題ない。気合だ気合、気持ちの問題」

 一歩ごとに確実に痛む足を引き摺りながら、方舟の奥へと向かう通路に差し掛かる。

 壁に背を着けながら先を覗き込むが、人の気配は無い。幅五メートルほどの薄暗い通路の奥に、金網越しの階段を発見した。

「巨影は?」

「近くにはいません。たぶん、あの黒い人たちを追って上へ行ったんでしょう」

 そう言われ見上げる。上階の足場でもある高い天井には、不規則に配管が入り乱れている。暗闇の中でテラリと光ったそれらが、妙に不気味に感じられた。

 緊張感に唇を舐め、壁伝いにゆっくり歩み出す。

「なあユーコ、巨影見たんだよな」

「はい。何と形容すべきか……」

 ユーコが事の顛末を語り始める。

 

 

 俺が気を失って間もなく、黒服たちの船も相次いでドックに乗り込んできた。十数人もの男たちが降り立ち、崩れ重なったコンテナを取り囲む。

 皆が目配せをし、一歩踏み出そうとしたその時。機雷が爆発するように水柱が立ち、巻き込まれた二隻の船舶が大破。唖然としてその光景を見ていた黒服たちの前に、二本の触手のようなものが海面から伸ばされた。

「な、なん……」

 先端に発光器官の付いたそれは、黒服たちを眺めまわしているようだった。奇妙な静寂を一間挟んだ後、その巨影――『廃棄物13号』は海面を割って突進してきた。状況を把握する間もなく、黒服の一人が巨大な顎に呑まれ、くぐもった悲鳴を上げた。

 赤みがかった光沢のある体は、中型のクルーザーほどの大きさ。ヤモリのような両生類らしい四足歩行の姿勢ではあるが、前脚だけ異様に発達しており、それだけで歩行していた。白い歯が並ぶ大顎を持つ顔に目のような器官は見受けられず、顎から伸びる触手のような髭がその役割を果たしているようだった。

 びくびくと痙攣する下半身を噛み砕きながら、その触手で恐怖に顔を引きつらせる黒服たちを眺める。ひっ、と誰かが短い声を上げ、皆が一斉に懐から拳銃を取り出した。統率無くバラバラな射撃となったが、廃棄物13号はまるで子どものような甲高い悲鳴を上げ後退した。

「近づけさせるなぁ! 撃退しろ!」

 脇に停められていたレイバーを薙ぎ倒してコンテナの影に隠れた13号だったが、動きは全く鈍っていないようだった。二段に積まれ並べられたコンテナが、黒服たちに向かって順に崩れ始める。コンテナの裏を通って接近する13号に、黒服たちは怖じ気づいた様子だった。

「おい待て! 銃は通じてるんだ、踏みとどま……!」

 唯一その場に残った彼の、最後の言葉らしい言葉だった。

 13号はコンテナを飛び越えて彼に襲い掛かり、突き出した両腕を銃ごと呑み込み、噛み千切った。先ほどまでの勇敢な姿は消え、彼は喉を枯らすような悲鳴を上げた。短くなった上腕を振り回して地をのたうつ彼の腹に、13号が喰らい付く。悲鳴に水音が混ざり、そして止んだ。

 こうなると、もはや立ち向かえる者などいない。黒服の男たちは我先に逃げ出した。

 しかし、食欲より狩猟本能が勝るのか、13号は逃げ惑う彼らを次々に襲った。踏み潰し、跳ね飛ばし、喰らい付き……

 あっという間に数人が犠牲になる中、他の者らは通路へと逃れた。 13号も()()()()()()()まま、彼らを追って通路へ入った。

 ユーコが見たのはここまでだった。残されたのは、幸運にも気を失ったまま発見されなかった俺と、物言わぬ人の残骸のみだった。

彼らがその後どうなったのかは分からないが、ユーコ曰く、銃声は数回聞こえたとのこと。

 

 

「 13号 ……いったい何なんだ、そいつは」

「……簡潔に言えば、ビオランテに近いです。隕石由来の物質に人間の細胞を掛け合わせた、人造生物です」

「また人間の仕業かよ。どうしようもないな、本当に」

 苦笑と共に嘆息する。人の業というものは全く度し難い。

 そうこう話していると、通路の最奥の階段に差し当たる。その手前の壁に方舟の見取り図が掛けられていた。

「ここが最下層……上のフロアから隣の区画に回って、そこから下へ、か」

「……遠いですね」

 この暗闇、巨影、手負いの体……その距離は遙かな道のりに思えて仕方なかった。

「 13号 は上にいます、確実に。お気をつけて……」

 こくりと頷いて、階段に足をかける。相変わらず、ずきりと痛んだ。

 

 



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stage14:方舟の影、招かれざる獣 ④

前回までのあらすじ

目覚めた主人公はドック内の凄惨な光景を目にする。
ユーコが事の顛末を語る。
主人公を追って方舟に乗り込んだ黒服の男たちを、廃棄物13号なる巨影が襲撃。
幾人かの犠牲者が出て、彼らは方舟の奥へと逃げ込んだ。
ドックは船の残骸等で使い物にならず、主人公たちは別の区画から脱出を目指すことに。
手負いの体を圧し、上階へ続く階段を上り始めた。


 えっちらおっちら階段を上った先。二階層目もまた最低限の照明が灯るだけで薄暗かったが、頭上に広大な空間があることは分かった。吹き抜けに入り込んだ強風が、縦横無尽に張り巡らされた金網の通路に当たり、甲高く嘶いている。これがレイバーの暴走のトリガーだと、人間の可聴域でもよく分かった。

 だだっ広いレイバーの整備区画は、まるで整頓というものから縁遠い場所だった。随所に走る配管は剥き出しで、ほつれたカバーが風に靡く様は、海上に揺らぐ人魂のようだ。木箱があちこちに雑多に積まれ、そこに掛けられたシートは激しくたなびいている。

「方舟……こんな場所だったのか」

「何と言いますか、ごちゃっとしてますね」

「まあ、整備工場だからな」

 短いやり取りを終え、足を引き摺りながら移動を始める。台風の生温い風が全身を包み、不快な汗が背に滲む。

 ふと、吹き抜けを挟んだ隣の区画に、動く物があるのを視界の端で捉えた。咄嗟に木箱の影に身を隠し、隙間から慎重に覗き込めば、それはあの黒服の男たちだった。

「あいつら……随分少なくなったな」

「かなり必死な様子ですね」

 遠目からでも彼らの焦燥が窺い知れる。僅か五人となった彼らは常に背後を気にしながら走っていたが、やがて息を切らして止まった。どうやら廃棄物13号を振り切ったと判断したらしい。

 膝に手を突く者、拳銃のリロードを済ませるもの、酷く言い争う者。皆一様に呼気を荒げ、俺を襲った際の冷静な様子は無い。

「まずい、来てますよ! 動かないで!」

 体に緊張が走り、じっと息を潜める。悲鳴と同時に銃声が響いた。台風の轟音の中でも、彼らの叫びは届いた。

「来たぞ!」

「くそっ、来るなぁ!」

 暗闇から駆け寄ってきた13号は銃撃をものともせず、まるで暴走するトラックのように次々に彼らを跳ね飛ばした。一人は方向が災いし、吹き抜けから下階層へと落下していった。倒れ込む四人も、起き上がる様子がない。

「カメさん、見ないで!」

 ユーコの言う通りにすればよかったのだ。しかし人間の好奇心とは抑制が効かないもので、俺はほんの一瞬それが遅れた。

 脱力して動かない黒服の男を、13号は顎から伸びる触覚でまず確認した。そして頭から咥え、丸呑みするように天を仰ぎ……膝の辺りで噛み千切った。ぼとぼと、と二足落ちる。

 俺はようやく目を閉じ、顔を逸らした。

「私が、警戒してますから……じっとしててください。大丈夫です」

 声を出す代わりに頷く。彼女の言葉がどれだけ俺の救いになってくれたことか。

 しかし、この時ばかりは感謝の余裕も生まれない。聞こえてくる13号の足音。肉が裂け、骨が砕ける咀嚼音……風がもっと強く吹けばいいのにと、思わずにはいられなかった。

「ああぁ嫌だぁ! やめ、やめてぇぇっ!」

 惨たらしくも、意識の残っている者がいたらしい。子どものように泣き叫ぶその声は、恐らくいつまでも耳に残って消えないだろう。

「いだ、いだぁぁぁっ! ぐげあああげが!」

 くだんの咀嚼音と共に、その悲鳴も止んだ。胃から押しあがってくるものを、俺はなんとか堪えていた。

 するとそこへ、長く木霊する超重低音の銃声が届いた。それは一発では終わらず、続けざまに高低・大小様々な銃声が鳴り響く。

 また木箱の隙間から覗き見れば、13号も音に気づいたのかそちらを向いていた。口元には血が滴っている。

 音が遠ざかっていくと、13号は惹かれるように音の方向へと移動を始めた。その姿が闇の中に消えると、俺は全身から脱力してその場に蹲った。

「あれが廃棄物……へへ、怖いな」

 人間、恐怖も度を超えると笑いが浮かぶものらしい。引き付けのような笑いを治めた後、ゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫ですか……?」

 俺の不審な様子を心配したのか、気遣わしそうにユーコが聞く。

「ああ。それより、ちょっとまずいな。13号が行った方」

「ええ、私たちも向かう方角です……別の場所を探しますか?」

「いや、たぶんそんな時間無い。行こう」

 足を引き摺ってまた歩き出す。その最中、ユーコに語る。

「さっきの銃声、たぶんイングラムだ。あの下町や病院で聞いたそれだった」

「もう乗り込んできたんですか」

「きっとな。もうすぐ方舟の解体が始まるはずだ。その前に逃げなきゃ」

 痛む足に顔をしかめながら、改めて現状を見つめて舌打ちする。

「ああもう、なんでこんなことに……あいつらのせいでこんな所に……」

 向かいの区画に散乱する()()()()から、意図的に目を逸らす。

「第一あいつら何なんだ。結局全員やられてるし……」

「カメさん、今は頑張ってください。生きることだけ考えて……」

「分かってる。もう切り替えるよ」

 痛みと疲労で回らない頭では、何の答えも出ない。ユーコの言葉に従い、俺は前だけを見据えた。相変わらず、薄闇が続いていた。

 

 通用口の戸を開くと、そこは長く広々とした通路だった。十メートルほどの高い壁に挟まれた通路は、まるで干からびた峡谷にいるような気分にさせた。壁には等間隔に作業用レイバーが留め置かれている。それは玉座の間に傅く臣下のようで、奇妙な威圧感を放っていた。

 ごくりと唾を飲む。これが一斉に暴走を始めたら……

 その先を考えることはやめておいた。今必要なのは、蛮勇にも近い勇気だ。

 通路に踏み込み、反対側の壁の通用口を探す。

 通路の床の至る所に超大口径の銃痕が残されており、その周辺にはロボットと思わしき物の破片が四散している。レイバーから見れば遥かに小さなロボットだが、人間からすればそれは十分に大きく、軽自動車ほどはあるだろうか。

「さっきの銃声はこれか。ガードロボの類かな」

「今は……いないようですね」

「イングラムを追ったのかもな。助かったのか、そうじゃないのか……」

 あわよくば13号を倒してもらいたいものだが、期待はしないでおこう。

 風の音も遠く、不気味に静まり返った通路を少し歩くと、目的の通用口の光を見つけた。その先の区画から最下層まで下り、船で脱出……これが理想のプランだった。

 しかしそうはならなかった。ユーコが突如叫ぶ。

「走って! 後ろから!」

 躊躇せずに走り出す。しかし痛みに堪えようにも体は抗えず、そのペースは遅々として上がらない。まるで夢に見る遅すぎる全力疾走のようで、狂おしいほどもどかしい。

 後方を振り返る。闇に紛れてはっきりとは見えないが、前脚を使いこちらに駆けてくるその影を捉えた。もはや振り返るまいと決め、今できる全力で足を動かす。

 振動が徐々に近づいてくる。それを感じながら駆け、なんとか通用口までたどり着く。力を籠めてドアノブを回すが、頑として動かない。

「クソッ、こんな時に!」

「私が開けます!」

 ユーコの姿が消える。電子制御されたドアのロックを外そうとしているのだろう。しかし13号は驚異的な速度でこちらに接近していた。その恐ろしく、甲高い鳴き声が通路に響く。

「ユーコ早く!」

 既にドアノブは捻っているが、まだ動かない。13号の容貌がくっきりと見えてきた。カエルのように水かきが発達しており、大きな尾は床に跳ねている。人のような歯が並ぶ大口を開き、唾を泡立たせる。足元にデッドゾーンが広がった。

 次の瞬間ドアノブが動き、つんのめるようにして扉を開け放つ。人一人分の細い通路が目に入った瞬間、全身に壮絶な悪寒が走り、前方へと飛び込んだ。

 ドアを押し破りながら通路へと差し込まれた前腕が、俺の背と後頭部を掠めるのを感じる。

 床に落ちた痛みも感じず、必死に匍匐前進し振り返る。大木のような腕が獲物(おれ)を探して暴れ回り、床板や壁はアルミ缶のように簡単にひしゃげていった。

「ここまでくれば……!」

「まだだ! さっきの通路、天井が無かったろ!」

 13号が俺に拘るのなら、いくらでも追う道はある。

「早く行こう、先回りされる前に……!」

 足を引き摺りながら、壁にもたれ掛かるように歩き出す。13号のおぞましい咆哮が背を打った。

 




今回の選択肢

「カメさん、見ないで!」
①見る(18歳以上限定)→全シーン視聴可
②見ない→音声だけ
③見ないし聞かない→グロなし

①とに②の間が本編。CERO-Z待ったなし。


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stage14:方舟の影、招かれざる獣 ⑤

前回までのあらすじ

方舟の奥へ進む主人公たち。
巨大な通路に入り、目的の区画を目指す中、廃棄物13号が迫り来る。
間一髪のところで襲撃を躱し、目的地を目指す。


 人一人分の細い通路を抜けた先は、またレイバーサイズの巨大な通路だった。隔壁が降りて分断できる構造になっているようで、等間隔の()で区分されている。

 痛む足を庇いながら、その一つ目の節に駆け寄った時、ユーコが叫んだ。

「来ました、急いで!」

 顔だけ振り返って見れば、高い壁の上辺には配管を通すための空間があり、先ほど居た通路と繋がっているようだった。そこからあの廃棄物13号のおぞましい顔が、ぬらりとした質感をもって現れた。

 奴は触手を動かしていたが、やがて確信を持った動きで壁を下ってきた。まさにトカゲのような挙動で、その速度に焦燥感が沸き上がる。一つ目の節を超えようとした途端、ユーコが叫んだ。

「カメさん、一瞬止まって!」

「な、なんだよ!?」

 疑問を呈しつつも、ユーコの言葉に従い足を止める。そうしている間にも廃棄物はかなりの速さで壁を下り、とうとう床へと到達した。

「OKです、行って!」

 何が何だか分からないまま、言われるがまま再び走り出す。その時、頭上で何か巨大なものが動き始める気配がした。

「隔壁が!」

「急いでカメさん、あいつを閉じ込めるんです!」

 ユーコの狙いはそれだった。節の壁際に設置された危機に入り込み、隔壁を稼働させたのだ。

「俺たちまで、閉じ込められないか!?」

「私が個別に開けられます! とにかく、13号と同じ区画に入らないで!」

 隔壁が手前から順に降りていく。その速度は中々のもので、挟まれれば人間などまず助からないだろう。二つ目の区画を超え、三つ目に差し掛かった時、ユーコが叫ぶ。

「もっと急いで!」

「無茶を言う……!」

 足の痛みなどとうに吹き飛んでいるが、体は思うように動かない。背後から迫りくる足音と振動が、いよいよ近づいてくる。

 三枚目の隔壁が閉じる寸前、俺の体をデッドゾーンが貫いた。

「ATフィールドッ!」

 振り返りながら赤紫の光陣を形成すれば、既に廃棄物は視界を覆うほどに接近していた。

「あ」

 このとき口から漏れた『あ』は、死を読みとって漏れ出した声だった。

 そして凄まじい衝撃が全身を貫く。足が地を離れ、俺の体は弾丸のように空を裂いて飛んだ。

「ごはっ」

 落下と共に背中を強打し、肺から空気が押し出される。慣性に乗ってゴロゴロと転がり、天地の境が分からなくなる。全身に擦り傷を作り、呼吸困難に陥りながらも、すぐに上体を起こした。

 目にしたのは、三枚目の隔壁が完全に閉じられる瞬間だった。それを見てもまだ、体の緊張は解れることは無い。

 間もなく、廃棄物の低い唸りが壁越しに届き、そして奴は体当たりを始めたのか、閉じられた区画内に轟音が響き渡った。

 そこで一気に、肩の力が抜けていく。

「すいませんカメさん、あまりいい作戦ではなかったのかも……」

「何言ってるんだ、どっちにしても追い付かれてたんだ。助かったよ。それに奴も閉じ込められ――」

 その希望を打ち砕くように、厚い隔壁が僅かに歪み始めた。

「――て、はないようだけど」

「は、早く行きましょう!」

 ユーコが四枚目の隔壁を開き始める。その先にはもう、真っ直ぐ続く道があるだけだった。俺たちを守ってくれる壁はこれで全てだった。

 

 辿り着いたのは、作業用レイバーの保管場だった。かなり広大な空間のはずだが、等間隔に並ぶ無数のレイバーの圧迫感がその印象を打ち消していた。

「あれですね!」

 ユーコの指さした方を見れば、並び立つレイバーの奥に階段を示す誘導灯が光っていた。

「この中を歩くのか……」

「時間がありません、頑張ってください!」

 第二小隊による方舟の解体と、いつ壁を破るかも知れない廃棄物13号。この二つに追われている中、迂回路を探す余裕はない。

 階段まで百メートル程度だろうか。レイバーの足元を縫って歩み、その距離を縮めていく。轟々と鳴る風を聞きながら、しかし異様に静まり返ったこの空間を、汗を流して進む。巨大なレイバーを見上げていると、巨人に見下ろされているような、そんな心許ない不安が沸いた。

 風が一層強く吹いた、その瞬間だった。甲高い電子音がふと闇の中から聞こえ、それだけで心臓が大きく跳ねた。

「な、なんだ」

 それは絶え間なく、次々に、あちこちから鳴り始めた。モーターを温めているようなその音は、間違いなくレイバーの起動音だった。整然と並ぶレイバーの目元に光が灯る。それはまさに“目覚め”の瞬間だった。

「嘘だろ、今かよ!」

 右手奥から激しい衝突音と、次いで火花が散る瞬間を目撃する。恐らく、いの一番に動き始めたレイバーが隣接する機体を薙ぎ倒したのだろう。気付けば、それはあちこちで発生する現象となっていた。

 それは俺の居る位置でも同じだった。目の前に現れたデッドゾーンを見て身を引けば、そこにレイバーの巨大な足が踏み込んできた。そのレイバーは他の機体と衝突することも厭わず、一直線に歩き続け、次々に火花を散らしていく。

 そして衝突を食らったレイバーは当然、バランスを失った。優秀なオートバランサーを持ってしても復帰しきれず、そのまま俺の元へ倒れ込んできた。真っ赤なデッドゾーンが視界を覆う。

「っだあぁっ!」

 痛む足を堪えて大きく跳ぶ。眼前を機体が覆わしめた瞬間、凄まじい衝撃と音が俺の体を打つ。ほんの十センチ足らずの距離でレイバーに潰されずに済み、心臓が激しく拍を刻んだ。

「まだ来ます!」

「おい、ほんとに、死んじまうぞ!」

 パイロットも無いまま起動したレイバーたちが、続々と移動を始めている。それはまさに下宿先の下町で起こったかのレイバー暴走事故、いや()()の光景を彷彿とさせた。

 絶え間なく踏み出される巨大な足を、デッドゾーンの目視によって紙一重で躱し続ける。これほどまでに濃密なデッドゾーンに包囲されたことなど、未だかつてなかっただろう。踏み潰されミンチにならぬよう、極限まで集中力を高め続けた。

 しかし怪我もあって、如何ともしがたい場面は訪れた。頭上に迫る圧倒的質量の足を捉え、俺は迷わず手をかざした。

「ATフィールドッ!」

 赤紫色をした正八角形の光陣が、レイバーの体重を受けて軋む。瞬時に理解する圧倒的質量差と、一秒後の結末。真正面から受けては()()()()と本能で察し、ATフィールドを斜めにして踏み込むベクトルを逸らす。

 そのレイバーは少し上体をよろけさせたが、この程度ならばさすがのバランサー性能、持ち直して転倒を避けた。その間に俺は一先ずの安全圏へと移動し、窮地を脱した。

 もちろん、それもあくまで一先ずのこと。数度の呼吸の間を挟んだ後、このような紙一重がまた始まり……

 果たして何分間そうしていただろうか。レイバーたちは殆どが広間の端まで移動を終えていた。衝突などで不能まで追い込まれた数機と、膝を突いて呼吸を荒げる俺だけが散り散りに取り残されていた。

「や、やったぞ俺は……」

「お疲れ様です、大丈夫ですか……?」

「全然。まあ、生きてるだけ、ましか……」

 早鐘のような鼓動が収まるより前に、立ち上がる。足はやはりズキリと痛んだ。

 全身に傷を負いながらも歩き続けた俺は、階段近くの柱に寄りかかり、振り返って暴走するレイバーたちを遠目に見る。

「暴走って割には、整然と動いてるような」

「いったいどこへ向かってるんでしょうね?」

 そのレイバーたちは通路へ殺到し、皆一様に、何か目的があるように移動している。そこに疑問を呈していたその時だった。

 一体のレイバー、確かあれは、下町でも暴走したタイラントだったか。最後尾に位置していたそれが、正面から突進してきた廃棄物になぎ倒された。

「まずい!」

 慌てて柱の陰に身を隠し、慎重に顔を覗かせる。廃棄物は仰向けのタイラントに跨り、発光する一対の触手を蠢かして俺たちを探しているようだった。

「まずい、今動けばバレそうだ……」

「……カメさん、私を信じて、少しの間待っててください」

 その言葉に思わず振り返る。ユーコの姿は既に無かった。

「……分かった、信じる」

 そう独り言のように呟き、柱の影で呼吸を整える。思えば、ユーコが体に宿ってからというもの、常に会話をしているような気がする。一人でいた日々がすっかり遠くにあるようで、そこはかとない心細さが俺を包む。

 顔を振り、弱きを振り払う。そしてもう一度顔を出して様子を探ると、廃棄物の姿が消えていた。

「なに……?」

 掠れ声で独り言ちて、暗闇に目を凝らす。どこに、奴はいったいどこに……

 その時、背後で何かが揺らめいた。ゾクリと全身が粟立ち、錆び付いた人形のように振り返る。眼前でゆらりと、闇の中で光る触手が揺れていた。

「あ……」

 いつの間にか背後をとられていた。廃棄物が柱の影から姿を現した。もはや俺は逃げられないと考えてか、ゆっくりと。

 口元から涎が漏れ出し、獲物を前にして口角が上がっているような、そんな気がした。廃棄物はどこか生臭い匂いがした。

 廃棄物が腕を振り上げる。俺はそれを茫然と見上げていた。

 そして次の瞬間――巨大な白い影が俺の背後に立ち上がり、廃棄物を殴り飛ばした。

 振り返れば、そこに居たのは第二小隊のイングラムに間違いなかった。

「イ、イングラム!? いや、これは……!」

 肩に記さているはずの数字が、“U”となっている。これが意味するところは非情に単純で……この上なく頼もしかった。

『乗ってくださいカメさん! こいつは、ここで倒します!』

 イングラムに変身したユーコが屈み、胸元のコックピットを開いた。

 




なんで暴走してるはずのレイバーたちが的確に第二小隊に襲い掛かってたんですかね


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stage14:方舟の影、招かれざる獣 ⑥

前回までのあらすじ

廃棄物13号の足止めをしつつ、方舟からの脱出を図る主人公たち。
階下への階段に行くため、留め置かれた無数のレイバーの足元を通る。
その時、運悪くレイバーたちが暴走を始めてしまい、回避しながら進む。
なんとか階段近くまでたどり着くが、13号に追いつかれる。
主人公があわやという時、イングラムに変身したユーコが13号を殴り飛ばした。


 イングラムのコクピットは、その細身から推して知るべしと言ったところか、非情に窮屈だった。

 席に着くと、ジェットコースターのような安全バーが下りて上半身が固定され、それと同時にハッチが閉じられる。一瞬視界は暗転したが、すぐに多種多様のモニター・計器が稼働し始め、人工的な光がコクピットに満ちた。

「うおっ」

 イングラムが立ち上がる際の揺れに思わず声が漏れる。モニター越しの視界がぐんと上昇し、そこに廃棄物13号の姿が映った。暗視された視界の中で、体勢を立て直した13号は、歯を剥き出しにしてこちらを威嚇した。

「前に救出された時、一号機をコピーしておいて正解でした!」

「よくやってくれた! けど、これは……」

 眼前に広がる数多のスイッチ、計器類など、どれが何の用途を持つのかまるで分からない。今は左右の手すりに配置されたレバーを恐る恐る握っているだけだ。

「エヴァ方式でいきます。カメさんは動きをイメージしてください!」

「ああ、助かる!」

 以前、戦闘機の操縦の際にも使った手段だ。これで操縦に関しては問題ない。

 気持ちを眼前の怪獣に移す。13号はかなり警戒しているようで、イングラムの周囲を旋回しながら出方を見ているようだった。それに対し常に体の正面を向けるよう、足を動かす――イメージ通りにイングラムは動いてくれた。まるで自分の体を操っているようで、足裏が床を踏む感触まで伝わってくる。

 立ち込める静寂と一触即発の緊張感に唇を舐める。

「たしかリボルバーがあったはず。使える?」

「はい、右下腿側部に。取ってください」

 ガシャン、と脚部装甲の開く音が下方から聞こえる。以前二号機が川に転落した時のように、相手から視線を切らずに取り出そうとイメージをするが……しかし、イングラムの操作というものを俺はまるで理解していなかった。

 グリップを握ろうとするが、右手にそれらしい感触が無い。何度かまさぐるも空振りで、俺は思わず視線を落としてしまった。

 その一瞬の隙を突き、13号は突進を仕掛けてきた。気付いた時には眼前に赤みがかった巨体があり、咄嗟に腕を挟んだものの、激しい衝撃にイングラムは弾き飛ばされてしまった。

「うぐっ!」

 倒れた拍子に背中に衝撃が走る。エヴァのシンクロシステムを踏襲しているだけあって、若干の痛みが神経を通った。

「来ます!」

 しかし痛みにかまけている暇は無い。またもこちらに駆け寄る13号を見据え、ようやく握れたリボルバーを構える。上半身を起こしたまま射撃の姿勢を取り、すかさず発砲した。

 方舟に大音量の銃声が反響する。しかし素人のその場しのぎは当然のように13号には命中せず、配管ごと天井を破壊し白煙を噴出させた。

 ところが13号には充分な衝撃だったらしい。その場で反転し俺から距離をとると、フロア中を駆け回り始めた。

「いけるか……!?」

 立ち上がり、両手で握ったリボルバーを正中線に構える。機敏に動く13号(ターゲット)に照準を合わせようとするが、なかなか定まらない。

「落ち着け、同じようなことはあった……!」

 叔父のマンションにてバルタン星人と相対した際、借用していたリボルバーで銃撃した。その経験を活かせと自らに言い聞かせる。

 一発、二発と連射するが、床に天井にと外してしまう。しかし三発目を放つと、自身の腕前が着実に上がっていると実感できた。13号を掠めて奥の壁を破砕したのを見て、次は外さないとなぜか確信が持てた。

 その時、13号がこちらに向けて駆けてきた。直線の動きなど、自ら狙ってくれと言わんばかりの行動だ。極限状態にあって集中力を最大まで高めた俺は、惑い無く照準を合わせ――

「待って、撃たないで!」

 ユーコの叫びにトリガーを引く指が止まる。疑義を挟む間もなく、13号の突進を正面から受け止めることになり、がっぷり組み合う姿勢に陥る。お互いの膂力は拮抗し、状況は膠着した。

「なんで!」

「今、巨影の知識が浮かびました! 13号は凄まじい再生能力があって、飛散した肉片から新しい個体に分裂する可能性が!」

「なに!?」

「とにかく、銃はダメです!」

「キミ、銃なしでどうやって……!」

 やり取りの間も、13号は驚異的な馬力でイングラムを押し潰そうと圧をかけてくる。関節部が軋みを上げた。

「殴ってください!」

「だろうなっ!」

 右手を振り上げ、13号の頭部に銃床を叩き付ける。怯んだ13号の腹を全力で蹴り上げ、吹っ飛ばす。

 床に転がった13号を見定めながら銃を格納し、左前腕の盾の裏から警棒を取り出す。伸長させた警棒を振りかぶり、起き上がった13号に殴りかかった。

 13号の頭部を殴打するが、反撃となる右腕の一振りを腰に受けると、俺自身の同箇所に鈍い痛みが走る。

「っのやろぉ!」

 気合で誤魔化しつつまた殴り、殴り返され、再び組み合う姿勢になった。噛み付こうと伸ばされた13号の頭部を頭突きで迎え、額に眩暈がするような衝撃が走る。

「くそ、時間が無いってのに、こいつ……!」

 その時、乾いた破裂音のようなものがどこからか聞こえた。次の瞬間、フロアの中央に巨大な亀裂が走り、床がそちらへ大きく傾く。

「こ、これは!?」

「やばい、フロアごとパージされる!」

 方舟の破壊の手段としていくつか考えていたが、その内の一つがこれだ。方舟側に解体用のシステムがあれば、それはきっと()()()()()()だろうと踏んでいた。しかし、予想よりずっと早い。

 中央の亀裂へとフロア上のもの全てが滑り落ちていく中、運悪く俺が下側で13号の圧を受ける形になり、一気に押し込まれていく。

 その時、13号の背後から迫る()()が目に入り、咄嗟に腕を振りほどいて横に飛ぶ。13号は滑り落ちてきたレイバー、タイラントに激突し、共に亀裂へと転がり落ちていった。

 しかし一息入れる間もなく全身を浮遊感が襲い、天井が猛スピードで遠ざかっていく。つまり、“フロアごと海面へ落下していった”。

「うおあぁぁっ!」

「カメさん、衝撃に――」

 永遠に思える数秒後、激しい衝撃が全身を打つ。

 

「――カメさん!」

 ユーコの声が遠くに聞こえ、コクピット内でハッとして目覚める。どうやら一瞬気を失っていたようだが、すぐに立ち上がる。

 フロアの床はバラバラに砕け大小の破片となり、荒波に揺られ周囲一帯に漂っている。俺が立つのはちょうど大きな床板のようで、波の影響も比較的小さく済んでいた。

 見上げれば、上階の天井がかなり高い位置にあった。

「うかうかしてられん、あれが降ってきたら……」

「カメさん、まだ巨影の気配が!」

 ユーコが叫ぶと同時に、イングラムのカメラがそちらを向く。これは彼女の操作によるものだ。

 破片の合間の海面から姿を現したのは、大きな外傷も見受けられない13号だった。触手のような一対の髭はどうやら俺たちを発見したようで、13号の眼球の無い顔がこちらを向いた。

「来ますよ!」

 ユーコの声はその時、俺の耳に届いていなかった。俺の視線は13号の奥に漂う()()に向けられていた。

「ユーコ、銃!」

「え、はいっ!」

 今度は一発で銃を抜き出し、照準を合わせる。そこでユーコも俺の考えを読みとってくれたのか、イングラム側から照準のサポートをしてくれた。

 ふー、と長く息を吐き、集中力の高まりで一切の音が消えた瞬間、引き金を引く。鮮烈なマズルフラッシュと共に発射された超大口径の銃弾は、暗闇を切り裂き、13号の脇をすり抜け、“それ”へ――タイラントの冷媒へと直撃した。

 噴き出す白煙が見る間に周囲一帯を凍結させ、ほど近い位置にいた13号をも呑み込んだ。腹部から霜に包まれていく13号は、子どものような甲高い悲鳴を残して完全に凍結した。

 吹き荒れる暴風雨と狂い立つ波の音が帰ってきたとき、自らの荒い呼気もようやく自覚した。

「や、やった……」

「まだですカメさん、早く海の方へ!」

 喜びも束の間、まだ危機を脱したわけではない。イングラムで海上の破片から破片へと飛び移り、船に変身できる外周付近まで綱渡りで進む。船から船へと飛び移る、伝記の中の武士になったような気分だった。

 目的の外周部、破片の無い海面が見えてきたとき、レイバーの鋭敏なセンサーが、頭上から僅かに聞こえた軽い破裂音を拾った。見上げるまでもなく、周囲を広大なデッドゾーンが覆った。

「急いで!」

「急いでるっての!」

 慎重さを捨て破片を駆け抜ける。海面を蹴り進むような感覚で猛進し、最後の破片で特大のジャンプを行って宙に舞う。

 イングラムが海中に没するかというその瞬間、眩い光と共にユーコはボートへと姿を変え、嵐の海に荒々しく降り立った。

 一瞬の後、背後でフロアが落ちた。激しい衝撃が押し寄せ、一際高い波が俺たちを襲う。

「掴まって! 絶対、沈みません!」

 体を鞭打つ冷たい海水で返事もままならなかったが、彼女を信じ俺は必死に船体へしがみ付いていた。

 

 いつまでそうしていただろうか。ふと顔を上げると、嵐の中にそびえる方舟の影を見た。下方のフロアが切り離され、中央のメインシャフトのみが海面から伸びている様は、海上に伸びる大木のようにも見えた。

 俺は震える手でカメラを取り出し、その様を撮影した。果たしてうまく撮れているかはともかく、ここでシャッターを切らなくては一カメラマンとしての矜持が泣くと思った。

 当然、その一枚だけで撮影は切り上げ、後は陸まで必死に荒波に耐えるのみだった。

 

 ……どうやらまた気を失っていたらしい。目を開くと、眼前にコンクリートの壁があった。

「着きましたよ! もう大丈夫です!」

「あ、あり、がと……な」

 重い体を持ち上げ、船着き場との十センチ足らずの隙間を決死の思いで飛び越える。全身傷まみれで、体温も下がりきっていた。意識を保つのも辛いくらいだった。

「だ、大丈夫ですか? すぐ変身しますから、早く広さのある場所へ……」

 ユーコの声は聞こえている。言っている意味も分かるし、そうすべきだと自分でも思う。しかし体は言うことを聞かなかった。

 その場で蹲ったまま動けずいると、突然、強い光が俺を照らした。

「発見した。弱っているようだ」

「連行するぞ。他の班にも――」

 状況は分かっている。ユーコの叫ぶ声も聞こえている。しかし、どうしようもなく、俺は眠かった。“どうにでもなれ”などというぞんざいな精神で、俺は意識を手放した。

 




次回予告(NA:ユーコ)

ネルフ本部へと連行され、幽閉される主人公。
そこに襲い来る最強の使徒。
混乱に乗じ脱出した主人公の前で繰り広げられる、エヴァの戦闘。
男の闘い。
その時彼は、選択を迫られる。
次回『心のかたち、影のかたち』



ここ最近忙しかったのでstage14は一話一話短めになってしまいました。
完結に際して直します。


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stage15:心のかたち、影のかたち ①

前回までのあらすじ

ユーコが変身するイングラムに搭乗し、廃棄物13号と攻防を繰り広げる主人公。
その時、とうとう方舟の解体が始まり、足場ごと海上へ落下してしまう。
破片の上に乗れはしたが、13号も無傷だった。
その時、13号の傍に漂うタイラントを発見。
冷媒を打ち抜き、13号ごと凍結させる。
次のパージから間一髪逃れ、主人公たちは荒れ狂う海を進み陸へと戻る。
なんとか上陸はできたものの、傷だらけの主人公は動けなくなる。
そんな彼を、黒服の男たちが取り囲んだ。


 徐々に目が覚める。俺は真っ暗な空間で椅子にもたれていて、眼前には長方形の黒い板が浮かんでいた。

「……あ?」

「お目覚めかね」

 板から発された機械越しの声音は、壮年の男性の響きがあった。まだ覚めきらない頭でぼんやりと辺りを見回すと、ほぼ同一の黒い板がぐるりと俺を取り囲んでいた。

 それぞれ“01”から“07”までの数字が振られ、一様に『SOUND ONLY』と数字の下に記されている。上部には複雑な紋様が描かれており、それら全て赤い蛍光色を放っている。

 ……異様。あまりに異様。寝起きの頭が働いていないとしても、まるで状況が掴めない。

「シー、レ……?」

 紋様の中に見つけた英字をそのまま読み上げる。

SEELE(ゼーレ)と読む。我々の名だ」

「ああ、失敬」

「カメさん、シャキッとしてください!」

 呑気な俺をユーコの声が叱咤した。一つ息を吐き、妙に落ち着いた心を引き締める。見下ろせば、両手は手錠で拘束されていた。

「……ここはどこです?」

「ネルフ施設内だ。以前にも来たそうだな」

「ええ、まあ」

 以前はエヴァと使徒の戦闘に巻き込まれた挙句に拘束され、検査と取り調べを受けた。しかし今回はそれとも様子が違うようだ。

「俺を誘拐した目的は?」

「我々が興味を持ったからだ。さあ、もう質問は控えてもらおう。こちらが聞く番だ」

 有無を言わせぬ物言いに口を噤む。生殺与奪を握られている以上、下手なことはできない。

「単刀直入に問うが、キミはいったい何者だ?」

「……何者、と言われましても。巨影を追う()()()()カメラマンとしか」

「駆け引きは無用。お前の行動は記録されている」

 横合いからの声に顔を向ける。それに端を発したように、四方から声が上がり始める。

「エヴァとバルディエル……黒いエヴァとの戦闘があったろう。そこに居合わせたキミをネルフは監視していた。以前のシャムシエルとの戦闘と同様に」

「どちらもお前が関わることで興味深い現象が起こっている。エヴァは限界を超える性能を発揮し、ダミーシステムは停止に至った」

「一度なら偶然とも取ろう。しかし二度とあってはそうはいかん」

「更に言えば、対巨人部隊の専用装備であるはずの立体機動装置。どこからともなく取り出し扱ってみせた」

「自動車やバイクもそうだ。映像では突然現れ、消えたようにしか見えなかった」

「全て人ならざる業。人知を超えた力だ。ならばそれを扱うキミは果たして何者かと、そう問うているのだよ」

 全て見られていた。その事実に堅く口を閉ざす。それがベストの行動ではないのだろうが、言い逃れる筋道も見当たらなかった。

「ここでの黙秘は有利に働かんぞ」

「左様、偽証も同様に無意味だよ」

 増していく圧を浴び、視線を足元に落とす。

「全てを明かしネルフ、延いては我々に協力したまえ。そうすれば危害は加えん」

 その言い様に顔を上げる。

「当然()()()()()も我々にはある。選びたくはないがね」

 沈黙が下り、俺に答えを迫る。冷たい汗が背を流れた。

「カメさん……」

 ユーコの不安げな声音が耳につく。そして俺が出した答えは……

「……時間を、ください」

 慎重、あるいは優柔不断とも言えるが、答えの先延ばしを求めた。これが通るとは思っていなかったが、しかし彼らは予想外に受け入れた。

「と、なろうな」

「仕方あるまい。では後日答えを聞こう」

「……いいんですか?」

 思わずそう確認してしまう。

「構わん。しかしそう猶予は無い。人類に迫る危機はもはやコントロール不能になりつつある。誰よりもキミが理解しているはずだ」

「……巨影」

 黒い板の向こうから、肯定を示す重い溜め息が聞こえた気がした。

「問答が過ぎたな。では、色よい返事を期待している」

 そう言い残し、七つの板は同時に消失した。安堵の息を吐き椅子に深くもたれ掛かると、後方から足音がして振り返る。硬い靴音と共に闇の中から現れたのは、以前ネルフで取り調べを受けた際に相対した、かの白衣の女性だった。

「お久しぶり。また会えたわね」

「……ええ、光栄です」

 恐らく俺はこの上なく渋い顔つきになっているだろう。不貞腐れるように前に向き直ると、背後から布らしき物で目隠しをされた。一瞬たじろいだが、抵抗は無駄と考え動きを止める。

「ごめんなさいね。みだりに内部を見られるわけにはいかないの」

「でしょうね。問題ないです」

「ふんっ、私が見ちゃうんですからね!」

 そう、これに関しては問題ない。目の代わりを果たしてくれる、背後霊のような存在が俺には憑いているんだ。

「今私のこと便利な幽霊って思いました?」

 耳元で脅すようにユーコが囁く。今日一番の恐怖に体が震えた。

 

 視界無しに廊下を移送されながら、俺の手錠を引いて歩く彼女と会話する。どうやら護送者は彼女一人らしい。この警戒の薄さは油断か余裕か、あるいは一種の信頼からくるものか。

「やっぱり、もう歩けるのね。しばらく杖の欠かせない体だったはずなのよ、あなた」

「……昔から頑丈なので」

 彼女は静かに笑った。

「そう、良いことね」

 ……この粗雑過ぎる言い訳に乗ってくれはしたが、含みのある声音が空恐ろしい。その萎縮を隠すために違う話題を振る。

「あのゼーレって人たち、何者です。随分強圧的でしたけど」

「その名は覚えない方が身のためよ。あれで結構、あなたに譲歩していたわ。まるで顔色を窺うようにね」

「そんな雰囲気じゃなかったように思いますけど……なぜです? こうやって拘束されてる俺に」

「彼らはね、想定外のことが怖いのよ。使徒に限らず巨影が闊歩する現状が恐ろしくてたまらないの」

 そう言う彼女の声はどこか愉悦を含んでいるようでもあった。

「だから未知の力を持つあなたのことを恐れもするし、同時に縋ってもいるの。エヴァですら対抗できない脅威のために、あなたを自陣に引き入れたいのね」

「……なるほど」

 得心のいく話に頷いていると、彼女の手が俺の肩を押さえ、歩調を止める。電子音の後、エアーの漏れる音がした。恐らく独房の扉を開いたのだろう。そこに立ち入ると、彼女の気配が肉薄した。

「着いたわ。動かないでね」

 彼女が正面から手を伸ばし、目隠しの後頭部の結び目を解く。そのとき、ふわりと煙草の香りが漂って、少しどぎまぎしてしまった。

「カメさん、少し顔赤いですよ。大丈夫ですか」

 うっかり返事をするわけにもいかず、自己弁護できないまま目を開く。そこは簡素な造りの小部屋で、家具はシングルベッドと机、椅子のみ。窓は無い。まさに独房といった様相だった。

「狭い部屋で不便でしょうけど我慢して。協力を呑んでくれたらスイートを用意するわ。何かあったらインターホンで要件を伝えて」

 事務的にそう言いつつ手錠を外す彼女。男の俺の方が当然体格は良いのだが、不用心すぎないか。

 その視線に気づいたのだろう、彼女は外した手錠を弄りながら口元を吊り上げた。

「抵抗するつもりなら最初からそうしているでしょう? 従っているのは脱出するだけの力が無いか、あるいは提示された選択に迷っているからか」

 彼女の白衣の背中が出口へと向かう。俺はその場に立ち尽くしていた。

「後者であることを祈っているわ。私も、きっとあの子も」

「あの子って……エヴァのパイロットの?」

「そう。あなたに感謝してたわ。おかげで友人が救えたって」

 思い当たるのは、使徒に乗っ取られた三号機のエントリープラグ。

「……あの中にまた子どもを。それも、彼の友達を」

 立ち止まった金髪の後頭部を強く睨む。彼女はポケットに手を突っ込み、壁の淵にもたれ掛かった。

「言ったでしょ、それが仕事なの」

「その仕事の片棒を担がせようとしてるわけですか」

 彼女は溜め息を吐き、煙草を咥えて火を灯した。果たしてここは喫煙可なのか、とどうでもいいことに少し気が逸れる。

「片棒。言っておくけど、彼の仕事は人類を守ること。その中に含まれている時点で、あなたも言わば私たちの共犯者なのよ」

 彼女はどこか苛立ちを抑えているような、そんな声音だった。

「私からすればあなたこそ。真実を知らず、まるで他人事のように、飾り立てた正論を吐くだけの愚者よ」

 彼女が長く煙を吐く。俺は――愚者たる俺は、それを見つめながら己を振り返ることしかできなかった。

「これは……あなたにとってある種のチャンスなのよ。真実を知り、彼と共に人類を守る存在になれるかの」

 彼女は携帯灰皿に吸い殻を落とし、再び俺に背を向けた。

「だから、期待しているわ。私も、あの子も」

 扉が閉まり、硬く閉ざされる。

 身の奥から湧き上がってくる熱いものを霧散させるために、椅子を思い切り蹴り上げた。

 ユーコが少し怯えてしまって、俺はまた深い自己嫌悪に陥ることになった。

 




今回の選択肢

そして俺が出した答えは……
①沈黙→大まかに本編通り
②時間をくれ→本編通り
③実は宇宙人と同体化していて、その宇宙人の宇宙パワーを発揮しているに過ぎません
→全員困惑し一時審問がストップ
④実は僕は妖精の国の王子様で、たった一つの過ちでこの世に落とされた異端児で……
→可哀想なものを見る雰囲気


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stage15:心のかたち、影のかたち ②

前回までのあらすじ

ネルフに連行された主人公は、ゼーレなる者たちの審問を受ける。
力の謎を明かし、ネルフとゼーレに協力しろとの要請を、主人公は一時保留とする。
白衣の女性と再会し言葉を交わす中で、自分の持つ力の有用性と、自覚なしにエヴァパイロットの子どもに闘争を課していた自らの愚昧を思い知る。


 足を組んでベッドに寝転がりながら、ユーコの声に耳を傾ける。

「カメさん、逃げたいならイングラムに変身することもできますよ」

 足首を二度動かし否定する。監視のある室内でのコミュニケーションだ。

 イングラムなら対人戦は問題ないだろう。しかし相手(ネルフ)は規模が大きすぎる。数々の強力な兵装、極めつけにエヴァンゲリオン。あの巨人が立ち塞がればそれで逃亡の道筋は閉ざされる。

 更に言えば、それに搭乗している()が気にかかって仕方がない。

「やっぱり迷っていますか」

 一度足首を動かし肯定する。

「あの子の助けにはなりたい?」

 また一度動かす。

「けどこのまま巨影を追いたい、とも思うんですね?」

 一度。彼女は俺をよく分かってくれる。

「確かに、悩ましい二択ですね……。最後に決めるのはカメさんですから、私が口を挟めることじゃないですけど……どうか後悔の無い選択をしてください」

 頷くように足首を動かすが、この選択はどちらにせよ多大な後悔を孕むものだ。

 それに……それだけじゃない。俺はユーコの存在が露見することを恐れている。

 ネルフの持ち得る知識、技術力は全くの未知数。これによってユーコに干渉される事があれば……彼女に危害が及ぶとしたら。そう考えると、俺は怖い。

 ユーコに背を向けるように寝返りを打つ。閉じた瞼の裏には、エヴァのコックピットで俯き震える、小さな背中が映されていた。

 

「さて、キミの答えを聞こう」

 翌日、再びゼーレとの面談に臨み、早々に問われる。

 周囲に浮く黒い板から冷たく、それでいて熱い視線を感じる。沈黙が重苦しかった。

 現実的に考えれば頷くしかない。俺の生殺与奪は結局のところ彼らが握っている。ここは本意ではなくとも一度頷くしかないのか。

 口を開きかけたその時、激しい警報が鳴り響くと共に、眩く照明が灯った。

『ただいま使徒現出を確認。総員、第一種戦闘配置。繰り返す――』

 男性オペレーターの声が大音量で響き渡る。

 目を開くとゼーレたちの黒い板は影も形も無く、上下左右全ての面が蛍光色の緑で覆われた、広大な部屋の中央に俺は居た。その様相はクロマキー合成用のグリーンバックを思わせる。

「間の悪い……女性に嫌われるタイプ、ってやつね」

 背後に控えていた白衣の彼女が愚痴るように言う。

 赤いベレー帽を被った男が二名入室し、こちらに駆け寄ってきた。両名共にサブマシンガンを装備している。

「私は行くわ。あなたは避難していて」

「避難って、俺を使わないんですか?」

「実験も済んでいないのよ。不安材料が多すぎる。現状あなたは、最後の切り札ってところね」

 それだけ言うと、彼女はヒールを高く鳴らして部屋を後にした。

 

 俺は両手を拘束された後、二人の警備員に前後を挟まれ廊下を進んでいた。

「目隠しはいいんですか」

「非常事態においては迅速な避難が優先される」

 先頭を歩く彼が事務的にそう答えた。

 窓もない無機質な廊下が延々続くネルフ施設内は、非情に息苦しく感じる。けたたましい警報が絶え間なく鳴らされており、時折すれ違うカーキ色の制服を着た職員と思わしき者たちも、こちらをちらりと見ただけで慌ただしく走り去っていく。

「ずっと上なんですが、巨影の気配がします。それも……かなり強力な」

 ユーコの言葉に眉をひそめる。強力な巨影――この場合は使徒か――とあれば、エヴァの苦戦は間違いない。果たしてあの少年は大丈夫だろうか。

 そんなことを考えていると突如、ネルフの施設そのものが大きく揺れた。立っていることもままならず、俺たちは床や壁にもたれ掛かった。

「攻撃か!」

 後方の警備員が声を上げる。廊下の照明が明滅し、天井からミシリと不吉な音が聞こえた。

 次の瞬間、天井の板が外れ降り注いできた。突然の事態にATフィールドの展開も間に合わなかったが、前方の警備員が俺を庇うように覆い被さった。

「カメさん!」

 ユーコに応えている余裕は無かった。轟音と振動が収まった後に目を開き、体に圧し掛かっている重みから逃れ、体を起こす。瓦礫に覆われた廊下は非常灯に切り替わっており薄暗く、動くものは無い。

 呻き声に気付き目を落とすと、二名の警備員は瓦礫の下で気を失っていた。

「おい、大丈夫か!」

 重い鉄板を持ち上げ怪我の程度を診るが、幸いにして両名共に深い傷は負っていなかった。庇ってくれたこともあって安堵の溜め息が漏れる。

 しかし、ふと思い至ってしまう。

「今なら……逃げられる、よな」

「……確かに今なら、ネルフもエヴァも使徒で手一杯ですよね」

 彼らの懐を漁れば、あっさりと手錠の鍵は見つかった。

「どうします?」

「……こいつは外す。でも、逃げるんじゃない」

 外れた手錠が床に落ち、俺は立ち上がる。

「まず没収されたカメラを探す。その後、使徒を()()()

「……凄くカメさんらしいと思います」

 彼女は笑って頷いた。

 失神している警備員の二人を見下ろし、ごめん、と短く謝罪して歩きだす。周辺に人影は無かった。

 

 時折すれ違うネルフ職員を隠れてやり過ごしながら、ユーコの記憶を頼りに元居た監房を目指す。俺から押収した物もその付近にあると推察した。

 果たして、カメラ等の俺の持ち物はあっさり見つかった。ユーコが次々に扉に頭を突っ込み、内部を確認してくれた。

「よし。次は使徒だ、なっ!?」

 また施設が大きく揺れ、俺はATフィールド展開の準備をする。幸い天井の崩落はなかっったが、衝撃そのものは強くなっているようだった。

「さっきより近い、か?」

「はい。巨影は今……真上と言って差し支えない位置まで降下しています」

「真上か……」

 思わず天井を見上げる。揺れに伴って、か細い埃の滝が降ってきた。

「そこまで行けるか? 道順覚えてる?」

「乗せられたエレベーターは、地上からここまで一直線でした。逃げるだけなら使えたんですけど……」

「じゃあダメか。ここから先は当てずっぽうだ」

 廊下の端を見据え呟く。階段でもあればいいんだが……

 

 またも激しい衝撃が廊下を揺らすと、ユーコがはっと顔を上げた。

「巨影が更に降下してきます……!」

「どこへ行けば!」

 答えを聞く前にそれは分かった。十メートルほど先のドアが開き、幾人ものネルフ職員たちが飛び出していく。彼らの顔は焦燥と恐怖を浮かべ、逃げ出してきたのだと直感させた。

 俺に見向きもしない彼らを押し退けつつ、『第一発令所』と記されたドアを潜る。そこは広大な空間だった。正面には超大型モニター、その下にはワイヤーフレームで描かれた3Dのマップが表示されており、俺が立つ中二階のような場所からはそれらが一目できた。

 サイレンが鳴り響く中、館内放送が必死に捲し立てる。

『総員退避! 繰り返す、総員退避!』

 しかし中二階にはまだ数人が残っており、中にはあの白衣の彼女もいた。

「来ます、正面です!」

 ユーコの言葉と同時にモニターにノイズが走り、次の瞬間、白い帯のような腕が壁ごとモニターを粉砕した。立ち込める煙と轟音の中から姿を現したのは――

「ゼルエル! 最強の拒絶タイプです!」

 黒い体表、ずんぐりとした体躯、胸には使徒特有の赤黒いコア。白い面のような顔は一見ひょうきんにも思えるが、巨大すぎる白い顔が中二階に接近し、そこに立つ者を見回す様は不気味としか言いようがなかった。

 俺も他の者も、たじろぐばかりで背を向けて逃げ出せない。そんな中、ゼルエルの両眼孔に光が灯り始める。収束するエネルギーを肌で感じ、先ほどまでの衝撃がこれによってもたらされたのだと何とはなしに理解した。

 眼孔の奥に覗く光を見据えながら、俺はシャッターを切った。既に逃れられないほどのデッドゾーンが中二階全域に広がっていた。

 無駄とは知りつつ、ATフィールドを展開するために構えた、その時だった。

 発令所の横合いの壁を破壊し現れた初号機が、ゼルエルの横顔を殴り飛ばした。

「エヴァ初号機!?」

 そこに乗るあの少年の姿が脳裏に浮かんだ。

 初号機は体勢を崩すゼルエルを押しやり、また側面の壁を砕いて向こう側に倒れ込んだ。

「ユーコ、立体軌道装置!」

「はい!」

 ユーコが変身すると同時に発令所の壁にアンカーを射出し、中空へと飛び出す。

「あなた!?」

 背後で白衣の彼女の声がしたが、答える余裕は無かった。

 今俺を動かすものは巨影への好奇心、そしてあの少年の力になりたいという、純粋な願いだけだった。

 




今回の選択肢

「どうします?」
①逃げる→直通エレベーターで地上へ。ステージ終了。しかしサードインパクト発生でゲームオーバー
②逃げない→更に選択肢
 ①ここで大人しく待ってよう→迎えは来ない。ゲームオーバー
 ②彼を助け撮影もする→本編通り


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stage15:心のかたち、影のかたち ③

誤字報告ありがとうございました



前回までのあらすじ

ネルフへの協力に迷う主人公。
ゼーレへの返答のタイミングで使徒が襲来、その騒ぎに乗じて主人公は拘束を解く。
撮影のため発令所に行くと、ゼルエルが現れ光線を放とうとする。
そこに横入りした初号機がゼルエルとの戦闘を開始。
主人公は撮影のため、そして初号機パイロットの少年に助力するため、二体を追う。


 壁に開いた大穴を抜けると、そこは巨大なドックだった。サイズ感からしてエヴァを格納するための施設だろう。

 ワイヤーが音を立てて巻き取られる。壁に衝突する寸前にガスを噴射し、そこへ張り付いてカメラを構える。

 湧き立つ白煙の中、ゼルエルを押し倒した初号機が拳を振り上げるが、ゼルエルの発射した光線がその腕を肩口から切断した。

 傷口から血を噴き出させながらも、初号機は気迫を滲ませて止まらない。残った右腕でゼルエルを引き起こし、強烈な前蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされたゼルエルをそのまま押しやり、ドックの奥へと二体は猛進していった。

「行くぞ!」

 アンカーを射出し、二体の後を追う。

 間もなく、更に広い空間へと出でて、突き当りの壁に差し掛かかった。ゼルエルはその壁面に叩き付けられ、抑え込まれる。見れば、壁面にはレールのようなものが縦に走っていた。

「射出口か!」

 シャムシエルとの一戦のように、エヴァが地上に出る際に使われるものだろう。

 俺が再びカメラを構えた途端、二体を乗せた足場が勢いよく上昇し、壁面上部の射出口へと消えた。

「ユーコ、追えるか?」

「問題ありません!」

 他の射出口はゲートによって蓋をされていたが、ユーコがその付近にアンカーを突き刺すと即座に左右に開く。彼女の機械操作の能力の応用だろう。

「よし、頼むぞ!」

 応とばかりに、ワイヤーが高速で巻き上げられる。重力に逆らい体が引き上げられていく感覚は、遊園地の逆バンジーを彷彿とさせた。何重にも閉じられたゲートを順に開けながら、俺たちは上へ上へと昇っていった。

 

 轟音が上方から響く。地上に射出された二体が改めて激突したのだろう。

 果たして何百メートル昇り、いくつのゲートを潜ったか。一際厚みのあるゲートを抜けて飛び上がった途端、豊かな自然の香りが鼻腔を突いた。

「なんだ、ここ……!?」

 上昇から下降へ移り変わる滞空中に、周囲を見渡す。辺りは深い森に覆われ、その中央には湖まで見える。その中にあって、湖の畔に立つピラミッド型の建造物は異質な存在感を放っていた。

「まだ地上じゃありません、上を!」

 重力を帯びながら見上げる。頭上を覆うのは濃紺の夜空のようにも見えるが、よくよく観察すればそれが巨大なドーム型の天井であると分かった。その頂点、中央付近には幾棟ものビルが()()()()()()()()

「地下にこんな所が……!」

 打ち付けるような重低音がその広大な空間に響く。見やれば、初号機がゼルエルに馬乗りになり、執拗に拳を振り下ろしていた。

 木々にアンカーを撃ち込み、柔らかい土の上に着地する。そこは林の中に拓けた畑の一角で見晴らしも良く、俺は初号機とゼルエルにカメラを向けた。

「初号機に加勢、するんですか?」

「いざとなれば。けど、今は近づけんよ」

 二体の巨影が激しくぶつかり合う最中に、人一人が飛び込む余地はない。機が訪れるまでは、と心中で誰にともなく言い訳がましく、そう呟いて俺はシャッターを切る。

 初号機はゼルエルの白い仮面のような顔を鷲掴みにし、引きちぎろうと満身の力を籠める。ぎちぎちと音を立てて顔の周辺部位が引き伸ばされ、ゼルエルはされるがままだ。

「これなら、いけるんじゃ……!」

 ユーコが期待を滲ませてそう呟く。俺も同じ思いだった。

 しかし一方的に攻勢に出ていた初号機が、突如全身を脱力させ動きを止めた。目に灯っていた光も消え果て、先ほどまでの力強い生命力を全く感じさせない。

「なんだ!?」

「エネルギー切れです!」

 確かに初号機はアンビリカルケーブルも無しに動いていたが、ここまでエネルギー効率が悪いとは。

 ゼルエルが帯のような手で初号機の頭を包み込み、高々と持ち上げる。初号機はされるがまま、その四肢はだらりと垂れ下がっていた。

 反動をつけた後、初号機が投げ飛ばされる。湖畔のピラミッド型の施設に背中から叩き付けられ、頭を垂れて座り込んだ。やはり指先一つ動く気配は無い。

「これ、まずいんじゃ……!」

 ユーコの不安通り、ゼルエルの腕が初号機の胸元に突き刺さり、そこから大量の鮮血が吹き上がった。続けざまにゼルエルは眼孔から光線を発射し、今しがた付けた傷口を爆破によって更に抉った。

 俺たちの立つ位置にまで爆風は及び、吹き荒ぶ土煙が収まった後に顔を上げる。初号機の剥き出しになった胸部には、使徒の持つ物とほぼ同一の、赤黒い球体が現れていた。

「あれは……!?」

「初号機のコアです!」

 そのコアに、ゼルエルは一定のテンポで腕を打ち付け始める。相当な硬度なのか一撃で破砕はされないようだが、いつまで持つものか分からない。

「まずいです、あれを壊されるわけには!」

「だよな! ユーコ、ドローンだ! 俺が乗る!」

「はい!」

 以前、ゴジラ対ビオランテ戦において用いた大型ドローン形態にユーコが変身する。改良として、腰の高さの手摺が新たに設置されている。これである程度の無茶な挙動にも耐えられるはずだ。

 俺が飛び乗ると同時にプロペラの回転数が増し、一気に視点が上昇する。手摺を強く握りしめながら、見る見るうちに接近するゼルエルを見据える。

「とにかく、時間を稼ぐぞ! あの子が脱出して、ネルフが次の攻撃に移れるくらいに!」

「はい!」

 とは言いつつも、ネルフにそのような準備があるのかは甚だ疑問だった。地上で仕留めきれずこの地下施設にまで侵入を許しているからには、今こそ限界寸前の瀬戸際なのでは、との考えがよぎるのは無理からぬことだろう。

「でも、引けないよな」

 自らに言い聞かせるように小さく呟き、手摺を握る。

 ゼルエルの眼前に出でる。その黒くのっぺりとした巨体が視界をほぼ全て覆い付くし、思わずのけ反ってしまう。しかし俺は深く息を吸いこむ。

「っおいデカブツ、こっちだ!」

 本当にその声に反応したのか。ゼルエルの暗い眼孔がこちらを見据える。ゾクリと全身が粟立つが、身を乗り出してまた叫ぶ。

「動かない相手じゃなくて、こっちを狙ってみやがれ! そのトイレットペーパーみたいな薄っぺらい――!」

 その瞬間、刃のようなデッドゾーンが俺の体を貫いていた。

 手摺に全力で体重をかけユーコを誘導する。それと同時にゼルエルの腕が伸ばされ、プロペラを掠めるような距離で空気を切り裂いた。その音だけで察する、紙一重の死。

 ゼルエルは腕を収縮すると、俺たちの移動に合わせて体の向きを変えた。今や、初号機に見向きもしていない。

「そ、そんな怒らせたか!?」

「とにかく気は引けました! 全力で躱しますよ!」

 進行方向に再びデッドゾーンが出現し、全体重によって制動をかける。そしてまた紙一重で腕を躱し、数秒先の命を拾う。

 これを無我夢中で繰り返した。徐々に初号機から離れつつ、ゼルエルの繰り出す攻撃を躱す。その全てがほんの僅かな差で死を招くような、瀬戸際の攻防だった。体感時間においては既に十分は経とうかという感覚だが、恐らくまだ数分、最悪一分も経過していないのだろう。

 しかし集中力を研ぎ続け、目と脳、全身を余すところなく使い続けていれば、疲労も溜まるというもの。更にゼルエルもフラストレーションを溜めているのか、徐々に手数は増していた。

 そしてとうとう、躱しきれない絶妙な位置・タイミングで出現したデッドゾーンが、俺たちを貫いた。研ぎ澄まされた感覚は皮肉にも、一瞬の後に散る自らの命を悟らせた。

 そして放たれたゼルエルの帯のような腕は――横から伸ばされた巨人の手に阻まれた。

「――え?」

 巨人の指だけでゼルエルの腕は火花を上げて引き裂かれ、まるで先端からシュレッダーをかけられたような有様を晒す。

 そして巨人は――エヴァ初号機はゼルエルの腕をむんずと掴み、思い切り引っ張った。

 ゼルエルはその力に抗えず、宙を滑るように初号機の元へと引き寄せられる。その勢いを利用するように初号機は荒々しい前蹴りでもってこれを迎え、凄まじい衝撃を放ち黒い巨体を蹴り返した。掴まれたままのゼルエルの左腕は反動で引き千切られ、ゼルエルは森を押し潰しながら倒れ込んだ。

「な、なんだよ、何が起こってる? なんで初号機は動いてるんだ?」

「初号機……これは、もしかして」

 ゼルエルの腕の残骸を、自らの切断された肩口に押し当てる初号機。ぼろ切れのようだった残骸が泡立つように蠢き、一瞬の後に人間のような腕に変化し、同化した。

「な、んだ」

 言葉が途切れる。初号機がこちらに振り向き、俺たちを横目で見据えたからだ。

 その目はまるで人間のようで、口元には獣のような歯が生え揃っていた。

「人造人間、エヴァンゲリオン……」

 この言葉の意味を、俺は今こそ察した。これは決して、ロボットなどではない。

「あなたは、いったい何を……!?」

 ユーコの声が、何者かへの警戒と疑問を持って発される。

「ユーコ、今誰と」

「初号機です! ()()()……」

 その言葉の続きは、初号機の咆哮によって掻き消された。

 咆哮を合図としたようにゼルエルは残された腕を伸ばし、初号機を狙う。しかし初号機が右腕を振り下ろしただけでそれは散り散りに千切れ、更にはゼルエルのATフィールドと本体諸共、一撃のもとに引き裂いた。弾け飛んだゼルエルの鮮血がATフィールドの内側に付着する。

 倒れ伏すゼルエルを見据えた初号機は腰を落とし、獲物を前にした獣のように呼気を荒げた。そしてまさに獣のような四足歩行でゼルエルへと向かっていく。

 ゼルエルは最後の抵抗なのか、()()()眼孔に光を溜めたが、光線を発射する前に初号機の腕によって顔面を粉砕された。生々しい音と共に肉が弾ける。

 初号機は目を細め、ゼルエルの体を……()()()()()

 無我夢中に獲物を貪る肉食獣のような様相で、ゼルエルの――使徒の肉に食らいつき、引き千切り、咀嚼する。肉が裂け血が滴り、ゼルエルが()()()()()

「うっ……!」

 凄惨な光景に吐き気がこみ上げる。森の一角を血染めにしながら、初号機は一心不乱にゼルエルを貪り続けた。

 やがて初号機は野生動物さながら、周囲を見渡しながら立ち上がる。薄闇の中、眼孔だけが際立って光を放っていた。

 そして初号機の体表の装甲板が、まるで内側から圧迫したように弾け飛んでいく。背中の、胸部の、各部の装甲板が破壊されるたび、エヴァ本来の生体とも言うべき体表が露になっていく。

「拘束具が……!」

「拘束具?」

「はい、あれは装甲板ではありません。エヴァ本来の力を人が抑え込むための拘束具なんです。その呪縛が今、自らの力で解かれていく……もう誰にも、エヴァを止めることはできません」

 初号機の咆哮が地下空間に響き渡る。血に染まった顔を上げ、勝鬨を上げるように叫び続ける。

 その光景をカメラに収めながら、俺は漠然とした恐怖を感じていた。

「エヴァって……何なんだ」

 ユーコは黙して、俺の疑問に答えはしなかった。

 




次回予告

深い森に閉ざされた街。響き渡る不気味な足音。
主人公たちを狙う巨影が、その姿を現す。
次回「追走する女型の影」


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stage16:追走する女型の影 ①

前回までのあらすじ

ゼルエルと初号機の戦闘を撮影する主人公。
戦場は地下の巨大施設、セントラルドグマへと移る。
優勢の初号機だったが、突如エネルギー切れを起こし形勢が逆転。
主人公はパイロットの脱出の時間を稼ぐため、ドローンに搭乗しゼルエルの気を引く。
繰り出される攻撃を紙一重で躱し続けるものの、猛攻をしのぎ切れない。
あわやという時、覚醒した初号機がゼルエルに対峙し、その圧倒的な力で一方的な展開に。
倒れたゼルエルを食らい始める初号機。
主人公は初号機への恐怖と懐疑を抱えながら、その姿を撮影した。


 咆哮するエヴァの撮影をひとしきり終えると、ユーコの変身するドローンは上昇し、ドームの頂点に空いた風穴へと進入した。

 幾重もの装甲板が地中に埋められ、これが地下施設を守っていたようだが、ゼルエルの猛威の痕跡は凄まじく、この縦穴の壁面はことごとくが溶解、あるいは破壊されていた。

「ほんとに……初号機に意思が?」

「はい。『私に考えがある。彼を悪いようにはしないから、ここは手を引いてほしい』と。何か狙いがあるようです」

「彼……パイロットのあの子だよな。いったい何なんだ初号機って、エヴァって」

「……すいません、話せません」

 ユーコの声のトーンだけで分かる。この疑問に答える気が無いという事と、俺が知るべき事柄ではない、という意思。

 だからそれ以上の質問はしなかった。ただ内心で、パイロットの少年の無事を祈っていた。

 

 やがて地上に近付くが、何か()だった。現在は太陽が真上辺りに位置取る時間帯のはず。だというのに、頭上から降り注ぐ陽光がか細く、弱々しい。晴れていれば青空も覗こうものを、まるで何かに覆われているように、そこに見えるのは“影”だった。

「なあ、本当にもう地上なの?」

「体感ではそのはずですが……あれぇ? ちょっと自信無くなってきました」

「うーん、崩落でもして蓋ができたか……ん? ユーコ、ストップ」

 プロペラの回転数が調整され、ホバリングに移る。

 暗がりの中見えたそれに目を凝らす。

「……根っこ?」

「根っこ、ですね……?」

 壁面から無秩序に伸びるそれは木の根にしか見えなかった。“遠近感が狂うほどに巨大な”という但し書きが必要だが。

「おいおい、なんだこのサイズ……樹齢千年じゃ済まない、っていうか、こんな木地球上にあったのか?」

 根の一本だけでも、そこらの大木など歯牙にもかけないような太さがある。

「おかしいですよ。ゼルエルはあの光線でここを爆破して通ったんですよね? なぜ、()()()()()()なんです?」

「確かに……?」

 根の先端を目で追った時、信じがたいものを目にする。先端は確かに黒ずみ、焼けこげていた。しかしそれが目に見える速度で()()()()()()

「これは!?」

「まるで早回し――ってことは」

 見上げると、壁面から伸びた根が徐々に伸びて密となり、この縦穴を塞ぎつつあった。

「やばい、昇れユーコ! 生き埋めになる!」

「はいっ!」

 モーターが全力で鳴動し、プロペラが唸りを上げる。機体に膝を突いて上昇の圧に耐える。

 迫り来る根の網を掻い潜り、最後はプロペラを一瞬擦らせながらも、俺たちは地上へと飛び出した。

「よし! 助かっ……」

「……え?」

 俺もユーコも、脱出の喜びを超える衝撃に言葉を失う。ユーコが地に降り変身を解いた。

 そこは確かに人の手の入った街、()()()()()だ。踏み慣れたアスファルトの感触がそれを伝える。

 しかし眼前に広がっているのは、天高くそびえる巨大樹の森だった。真っ直ぐに伸びる杉のような針葉樹。ただし、こちらが小人になってしまったのかと錯覚するほどに、それらはあまりにも巨大だった。空を覆いつくす枝葉が霞んで見える。

 樹高は果たして、普通の杉の四倍はあろうか。かの超大型巨人を優に超え、ゴジラとも比肩しようかというサイズ感。幹もそれに比例して太く、一軒家が丸ごと収まってしまいそうだ。

 そんな森が、街そのものを“呑み込んで”いた。木の根に地盤が侵食されたのか、五階建て程度のビルが大きく傾いている。中には直下から巨大樹に貫かれ、ほぼ原形を保っていないビルさえあった。アスファルトがあちこちで捲れ上がり、乗り捨てられた車が横転している。

 どこかで鳥の鳴き声がする。視界内で動くものは、遥か頭上にて風に揺れ動く枝葉と、そこから差す木漏れ日だけで、周囲に人気は全く無い。

「なんだここ……!?」

「前にシャムシエルとエヴァが戦った街、に出ると思ってたんですけど……」

「そんなバカな! こんな森が短期間で……いや、できるのか?」

 先ほど縦穴で見た、尋常ではない木の根の再生速度。あれに等しい早さで本体の巨大樹が成長するとしたら、確かに、一夜にして街を呑み込むこともあるかもしれない。

「それにたぶん、原因も分かります」

「えっ、なんで」

「私たちは知ってますよ。その契機となった戦いも直接見てるんですから」

「戦い? ……マナ。ガメラ」

 そうだ、難敵マザーレギオンを倒すため、ガメラがやむを得ず使用した禁じ手。確か、ウルティメイト・プラズマ。甲斐あってレギオンは撃滅したが、その代償に地球の自然エネルギー“マナ”のバランスが乱れてしまった……という話を、コスモス姉妹から聞かされた。

「そう、恐らくこの巨大樹もマナの影響でしょう。完全に法外の代物です」

「なるほど……正直今まで、マナのバランス、なんて言われてもピンとこなかったけど……ようやく実感湧いたよ。ガメラも使わないわけだ」

 カメラを構え撮影する。見ようによっては森林浴に来た登山客のようでもあるだろう。というより、俺自身少しそういう気分である。森に呑まれ廃墟と化した街は名状しがたい趣があり、澄んだ空気と小鳥の鳴き声はマイナスイオンを薫らせる。

 一つ深呼吸をしてみる。湿り気のある苔の香り、とでも言おうか。

「カメさん、急にリラックスしますね……?」

「ああ。まあ、ある程度正体が分かったら余裕がね」

 ひとしきり撮影を終え、カメラを下げる。

「さて、さっさとこの森から出ようか。木のせいでドローンは使えないけど」

 その瞬間だった。肌を貫き臓腑まで突き刺さるような、何者かの強い“意志”がこちらに向けられたのを感じる。デッドゾーンとはまた違う第六感が全身を駆け抜け、強い悪寒に襲われる。カラスの群れがどこからか飛び立ち、警戒を露に鳴き喚いていた。

「カメさん、今の!」

「ああ、何かいる! この森のどこか、俺たちを狙う何かが……!」

 周囲を見回すが、しかしそれらしい影は一つも見当たらない。

 カラスの声が遠ざかると、ふと聞こえ始めた音……それは聞き慣れた重低音。圧倒的質量の巨体が発する衝撃は、天上を覆う葉を揺らしているようだった。

 そしてまた音がする。発生源は僅かに、しかし確実に近づいていた。

「立体機動装置……は駄目か! こんな森じゃ」

「お言葉ですが、すぐ木に当たって死んじゃいますよ!」

「いや、まあ、そうだけど……!」

 緊急時だけあってズケズケと言われる。確かに俺の腕前では木を避けて飛べそうにないけど。

「ドローンも駄目、車かバイクか……」

 しかし地に這った巨大樹の根のせいで、道路の状態は最悪だ。隆起や陥没、ひび割れなどが随所に見られる。

 そしてユーコが変身できる車種に、オフロードに対応できるものはない。

「この道を走れるような乗り物だ! どこか、ないか!?」

「あ、カメさんあそこ! バイクと馬です!」

「バイクと馬!?」

 見ればそれは確かにバイクと馬だった。バイクは細身で車高の高いオフロード仕様。馬は艶やかな栗毛で逞しい馬体。なぜか鞍まで装着済みだ。

「いやなんで馬が!?」

「急いで選んでください! 追いつかれますよ!」

 いくつものクエスチョンマークが脳裏で荒れ狂うが、状況は切迫している。

「いや馬なんか乗ったことないし……」

 バイクを選ぼうとするが、栗毛の馬は穏やかな黒目で俺を見据えた。不思議と“俺に任せな”と語りかけているように、俺には思えた。

「馬ですか、悪くないですね。立体機動装置を付けたまま乗れば、すぐに脱出できます」

 見つめ合う俺たちの姿から早とちりし、ユーコは既にその気だ。

「い、いや俺は……」

 

「ほらもっと力を抜いて! バランス悪いですよ!」

「そ、んな、余裕、無い、て」

 駈足(かけあし)の馬体の揺れで言葉が途切れる。かなりの良馬なのか素人にしてはよく乗れているが、一瞬も気が抜けない。

「巨影の気配が後ろから。引き離せません! もっと急いで!」

「これ以上、むり!」

 これが良い選択だったのかは一先ず置くが、足並み自体は順調だ。悪路もなんのそので快調に駆けるこの馬は頼もしい。

 その時、頭上を通り過ぎる影がある。

「あれ、対巨人部隊です!」

「来て、たのか!」

 二名の隊員がワイヤーとガスの噴射によって、木々の合間を縫うように飛び去っていく。向かう先は俺たちの後方、巨影の気配の方向だ。

「巨影は、巨人、か!」

「おそらく! けど……止められないようです」

 その後も数人の隊員が飛び往く様を見送ったが、巨影の気配は絶えず、むしろ距離を縮められつつあった。

 以前、巨人が出現した街で対巨人部隊員の戦いは見届けた。皆人間とは思えない動きで巨人を屠っていたが、その彼らでさえ足止めも叶わないのか。

 その時、ユーコが息を呑んだ。

「気配が、滲んで……!? 見失いました!」

「なに!?」

 俺の言葉に被せるように、また衝撃音が鳴り響いた。

 それもかなり近く、予想より遥かに!

 ふと、ビルの合間に何かが見えた。ほんの一瞬だったが、網膜に残った像は……巨大な人の形をしていた。

「カメさん、覚悟をしてください。次、()()が姿を現すとしたら……一瞬です」

 ユーコの声に緊張が滲む。

 馬を直進させつつも背後に目をやり……長い静寂の後、森の中から一人の隊員が飛び出してきた。彼は振り返る姿勢で飛んでおり、その目はきっと、背後から迫る何者かを探していた。一瞬の間の後――

 ()()は巨大樹の影から突如として現れ、虫を殺すように隊員を叩き潰した。十五メートルは下らない身長。超大型巨人を彷彿とさせる剥き出しの筋繊維。

「なっ……!」

 巨人は木々の合間を回り込んで、一気にこちらへ駆け寄ってきた。横合いの大樹を粉砕し、俺たちの真後ろを紙一重で通過する。その一瞬、俺を見下ろす巨人の目に怜悧な知性を感じた。それがなお一層、恐ろしかった。

 勢い余った巨人は木を掴んで体勢を立て直し、俺たちの背後をとって追走を始める。一歩一歩の振動が馬体と空気を通して如実に伝わった。

 巨大樹の影が落ちる森の中で、その目だけが鋭く光っていた。

 




今回の選択肢

「急いで選んでください! 追いつかれますよ!」
①バイク→グランゼーラ特有の異様に扱い辛い操作性。罠。
「俺にバイクを渡すなんていい度胸だ!」「カメさん!?」
②馬→意外にも扱い易い。なぜここに馬が? マナだよマナ。


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stage16:追走する女型の影 ②

前回までのあらすじ

セントラルドグマから地上へ脱出する二人。
地上の街は異常に発達した巨大樹に覆いつくされていた。
そこに現れた巨影の気配。
丁度良くそこにいた馬に跨り逃げるが、距離を詰められる。
そして現れたのは、女性のような体躯の巨人だった。


「なんだ、こいつ!」

「分かりません! 巨影の知識では『女型の巨人』とだけ!」

「女型、女……!?」

 確かに、肩まであるブロンドの髪に始まり、胸部には乳房のような器官、プロポーションも見るからに女性的だ。それが威圧感を緩和するわけでは全くないが。

 女型の巨人は流麗なフォームで木漏れ日の下を駆け、着実に俺たちと距離を縮めつつある。一歩一歩、伝わる振動が背後に迫り来る。

「部隊の人が!」

 ユーコの声に振り返る。二人の部隊員が白煙をなびかせ、女型の背後へと迫っていた。

 彼らがブレードを構えアンカーを発射する。しかし女型は伸ばされたワイヤーを掴み、一方を大樹に叩き付け、もう一方はぐいと引き寄せて叩き落した。全ては一瞬の出来事だった。

「ワイヤーを……!? あいつ、やっぱり知性がある!」

「しかも、標的は完全に……!」

 揺れる前髪の間から女型の目が覗く。不気味な光を湛える碧眼は、走りながらでもこちらをじっと見下ろしていた。

「立体機動に移りますか!」

「せめてもう少し、引き寄せてから!」

 俺の技量では逃れるどころか、この森でまともに飛べるかも怪しい。しかしそれ以上の機動力など無いのだから、最後には覚悟を決めなければならないだろう。

「あと二十メートル!」

 振動が徐々に近づく。背中の産毛が焼けこげるような、強烈な意思を感じる。

「十メートル――右に巨影!」

 ユーコが巨影を感知し叫ぶ。その瞬間、横合いのビルのガラスに無数の亀裂が走った。

 咆哮と共にビルの壁面を砕き、一体の巨人が女型へと飛び掛かった。二体の巨人はもつれ合い、激しく土煙を巻き上げて転がる。

「あれ、前に街で見た!」

 ユーコの言葉に思い出す。巨人の出現した地方都市で、ビルから落下し動けなくなった俺の前に現れ、次々に巨人を屠っていったあの謎の巨人。筋骨逞しく均整の取れた体と、耳元まで大きく裂けた口が特徴的で、その姿は女型と比較すれば“男型”とも呼べるだろう。

 馬の歩調を緩め二体に振り返る。引き倒された女型は男型を押しやるように蹴り飛ばし、二体は距離をとって立ち上がった。

 男型の巨人が咆哮を上げながら駆け寄り、大きく振りかぶるアッパーカットを繰り出す。女型の巨人は素早い足さばきでそれを難なく躱し、強烈な前蹴りを腹部に突き入れた。男型はそれに押され、二体の巨影がこちらへと迫り来る。

 カメラを構えようとしていた俺は、焦って手綱を握り直した。

「うおっ!」

 馬が避けた後を二体が横切っていった。凄まじいまでの地響きが馬体を通し伝わってくる。

 男型が踏みとどまり拳を振るうと、女型は最小限のスウェーでそれを避け、大きく距離をとった。

「カメさん、どうします! このまま撮影するんですか!?」

 ユーコに問われ一瞬の逡巡が生まれる。逃げた方がいいとは分かる。しかし推定ではあるが、味方と言える男型が負けるとは限らないし、本心を言えば二体の知性ある巨人の戦闘を撮り逃したくない。

 悔いなき選択はどちらか――考え、答える。

「続行! 木の上に行こう!」

「はい!」

 分かっていた、とばかりにユーコが返す。

「お前も逃げろよ、ありがとうな」

 栗毛の馬の首を撫でれば、まるで返事するように彼はいなないた。

「よし、頼む!」

 鞍の上に一瞬立ち上がると、ユーコが立体機動装置のアンカーを射出させる。そして俺たちは巨大樹の幹を昇って、枝……と言うにはあまりに太い、その枝の上に降り立ち、二体の巨人へ向けカメラを構える。二体のつむじまで窺えそうなアングルだった。

 睨み合いを続けていた女型と男型。張りつめた空気の中、先に動いたのはやはり男型だった。しかし今度は勢い任せの突進ではなく、ガードを上げた上でのインファイトを仕掛けた。次々に繰り出されるジャブ、フック、ストレートといった拳打。

 対する女型も腕を大きく上げる構えを取り、その拳を受け止め、いなし、躱し続ける。

「すごい……」

 ユーコが誰にともなく呟く。彼らの巨体からは見合わない目まぐるしい攻防、高度な格闘術の応酬。気付けば俺も熱い息を吐きながらその戦局を撮り続けていた。

 状況が動かしたのは女型の繰り出した鋭いローキックだった。一瞬ではあったが、脛の辺りにダイヤのようなコーティングが出現し、それによって男型の片足首を切断したのだ。

 男型はたたらを踏んで後退し、片足だけでかろうじてバランスを保つ。

「今一瞬、脛の辺りが」

「あれは硬質化という能力です。ああして攻撃にも防御にも応用できます」

 ユーコの解説する通り、殴打が斬撃に変じる程の効果を生むようだ。

「あの格闘術にそんな能力なんて、反則だろ。男型にも何かないのか」

「男型は……まだ何も読み取れません」

 その時、男型が片足だけで大きく跳躍した。覆い被さるように迫る男型に対し、女型は件の構えから大上段のハイキックを繰り出した。

 凄まじい衝撃に木々の葉が揺れる。そんなものをモロに顔面に喰らった男型は吹き飛ばされ、大樹に背中を強く打ち付けて座り込んだ。舌をだらりと垂らし、ピクリとも動かない。

「あ、これ……まずいか?」

 そんなもの言わずとも分かるだろうに、思わず口に出た。

 残心を解いた女型がこちらに歩み寄る。

「ま、待てよ、登れないだろきっと……」

 そんな一縷の望みを持ってみるが、女型の巨人は俺たちの立つ大樹に、硬質化させた指を突き刺し登り始めた。激しい揺れにしゃがみ込む。

「ま、まあ正直分かってた!」

「どうしましょう!?」

「どうするって、逃げるしかないだろ立体機動で……!」

 自らの技量に多大な不安は残るが、そうするしかない。

 覚悟を決めた時だった。ぞくりと、体を貫く熱気と悪寒。それはあまりにも明確で、強烈な……殺意。

「変わっ、た」

 ユーコが強張った声でつぶやく。真下まで迫り来る女型のことも忘れ、俺はその方向を見やる。しかしそれは女型も同様で、木の幹にしがみついたまま、顔だけ振り返っていた。

 男型の巨人が()()()()()。体表に走ったヒビのような亀裂からは炎と煙が漏れ出し、全身に火の粉をまぶしたような、それは焔の化身と言って差し支えない姿だった。

 片足も無いままに獣の如く駆け出し、大樹を登る女型に飛び掛かる。背中から抱き着くような形になると、肩口に深く喰らいついて血を噴き出させた。

 ここにきて初めて、女型の巨人が叫び声を上げる。それは驚愕か痛み、あるいは双方か。

「この熱っ!」

 大樹が激しく揺さぶられる中、凄まじい熱気が男型から吹き上げてくる。

 男型が更に深く噛み込むと、女型の指がとうとう大樹から離れ、二体は数十メートルを落下して激しく土煙を立てた。

「なんだよ、あれ」

「私にも……」

 女型が素早く立ち上がり、大樹を背にして構える。森全体に響き渡るような、衝撃的でおぞましい叫びと共に、砂煙の中から男型が現れる。既に拳を振りかざした状態で。

 女型の腹部に全力の拳が叩き込まれる。一瞬視界がぶれるほどの激しい衝撃が吹き荒れ、女型の体は巨大樹をへし折って高々と舞い上がった。

「うおあぁぁっ!」

「カメさん!」

 その衝撃で中空へと放り出され、浮遊感に襲われる中、立体機動装置によって体勢を立て直し、俺たちは別の大樹の枝へと移る。

 見下ろせば、男型が女型に馬乗りになり、拳を振り下ろす場面だった。抵抗も無い女型に撃ち下ろされた鉄槌は、女型の肩から首にかけてを完全に粉砕した。血しぶきを上げて腕が吹き飛び、首が宙に舞う。

 そのあまりに凄惨な光景を、震える指で写真に収める。繰り広げられる圧倒的な暴力は、暴走したエヴァ初号機を彷彿とさせた。

「なんなんだよ、こいつは、こいつらは」

「に、逃げましょう、今のうちに。分からないからこそ、“あれ”から離れるべきです……!」

 ユーコが巨大なドローンへと変身する。

「木が倒されたおかげで、枝葉に隙間ができました。今なら」

「ああ。これ以上は……」

 ドローンに搭乗し、枝葉の合間から上空へと抜け出す。

 その最中、眼下の男型の巨人が咆哮した。その声は怒り、憎悪、復讐……あらゆる負の激情を表しているようで、俺はぶるりと身震いした。

 




ネタバレできない作品は本当に呼称一つとっても困る



今回の選択肢
「カメさん、どうします! このまま撮影するんですか!?」
①する→本編通り
②しない→ステージ終了。RTA以外非推奨


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stage17:影重なりて紡ぐ物語 ①

前回までのあらすじ

女型の追走を振り切れず、追いつかれそうになる主人公たち。
そこへ地方都市にも現れた男型の巨人が現れ、女型と戦闘を開始する。
攻防のすえ女型が打ち勝ち、主人公たちに再度迫る。
その時、男型が変貌し女型に襲い掛かり、形成を完全に逆転させる。
男型の姿に怯えながら、主人公たちは森の上空へと逃げだした。


 巨大樹の森は相当な広域に渡って人類文明を覆いつくしていたが、まるで切り立った崖のごとく唐突に、それは終端を迎えた。森を抜けた先はごく普通の住宅街だったが、そびえ立つ巨大樹と比較するとミニチュアのようにも見えてしまう。

「……誰も居ないな」

「そうですね。森の出現で避難してるんでしょうか?」

 適当な公園にユーコの変身するドローンは降下し、元の姿に戻る。公園内にも人影一つ見当たらない。小鳥の声がするだけだ。

 ふと見た砂場に、子どもが忘れていったのだろうか、砂遊び用の小さなバケツやスコップが置き去りにされていた。砂場の傍には女性用と思わしきハンドバッグが転がっている。

 見渡せば、赤ん坊のいないベビーカーも水飲み場付近に置かれている。

「……なんか、おかしくないか」

「え?」

「避難指示が出ても、こんな何もかも置いて逃げるか? しかも巨影が出たわけでもなく、ただ森が現れただけで」

「確かに……でもそれを“ただ”で片づけるあたり、もう普通の感性ではないですね」

「うるさいやい。しょうがないだろ普通じゃないモノ追ってるんだから」

 苦笑を漏らすが、心持ちは警戒で引き締まった。

 

 その後、雲模様が怪しく陰る中、バイクを駆って町を探索した。大通りから駅前にかけて見て回ったが、異常は如実に表れていた。

「避難じゃない。消えてるんだ」

 それは確信だった。ドアが閉じられたまま乗り捨てられた路上の車は、エンジンも切られていない状態が多い。事故はそこかしこで発生しているが、それによる乗員の負傷の跡もない。衝突実験のように、ただ車だけが破損していた。

 動く物のない道路で、信号灯だけが無言を貫き働いている。

 本来は賑わっているだろう駅前は更に顕著だった。バッグ、飲料の容器、路上ライブの看板とギター……そういったものが四方に散乱し、まるで今さっきまでそこに人がいたような、奇妙な生活感のある空虚だった。

 ギターを拾い上げて花壇の端に座り、適当に鳴らしてみる。どうやらチューニングは合っているようだ。

「突然消えたんだ、神隠し的に。そうとしか思えない」

「でもそんなこと何者が? それに消えた人たちは……」

 その時、携帯に着信があった。心臓が止まるかと思った。

「叔父さんか! よかった、少なくとも全人類が消えたわけじゃないな」

 画面に映された“大塚秀靖”の名に安堵しながら応答する。

『おい今までどこに居やがった! 何度も掛けたんだぞ俺は!』

 しかし耳をつんざいたのは不機嫌そうな大声だった。

「いきなり怒鳴らないでよ。ちょっと、あー、地下?」

 ネルフに誘拐されてました、との報告は何となく避けた。

『地下ぁ? まあいい、お前知ってるか? 一つの街から根こそぎ人が消えたんだよ。こいつはクサいぜ』

「ああ、うん、知ってる」

『なら言いてえことは分かるな? 行って確認してこい! つっても早い段階で規制線が張られたからな。今から忍び込むにゃあ苦労するだろうが……』

「あー、それなら大丈夫。いるんだ、その街に」

『……あ?』

 

 叔父は狂喜といった様相で笑っていた。

『お前という奴は、やけに運があるというか! お前の行く場所に巨影ありだな!』

 そして改めて俺に撮影と調査を命じたわけだが……三十分後、俺は河川敷の土手に座り込んでいた。対岸の街並みを眺めながら溜息をつく。

「なーんもね……謎のとっかかりも巨影の影も、どこにも」

「どうなってるんでしょうね」

 空は相変わらず曇天の様相だし、風は生ぬるく湿っている。雨が降るのだろうか。

 気持ちをそのまま表したような天気だ、と草をむしりながらぼーっと考えていると、上空から衝撃音が遠く響いた。

「ん?」

 見上げれば、遥か上空で二つの人影が交錯していた。

「人……いや!」

「巨影ですよ! 気配は三つ、いや四つ!」

 上空に目を凝らせば、影は三つだけ。一つの影が素早く移動しながら、二つの影を相手取っているようだ。

「もう一体は!」

「……後ろ!」

 振り返る間もなく、俺の頭上を巨大な人影が通過した。押し付けるような強い風に、河川敷の草木がなびく。

 青と銀色からなる巨人、その姿は一目で思い出した。

「ウルトラマン、コスモス!」

 コスモスは川面を激しく波立たせて上昇し、上空の戦闘に加わった。

「ユーコ、ドローンだ!」

「はい!」

 土手の坂を駆け下りながら、ドローンに変身したユーコに飛び乗る。ドローンは一瞬沈んだ後力強く上昇し、川を越えて上空の戦闘を追った。

 ビル街に入ったところで戦闘は激しさを増し、戦場は徐々に地上へと近づきつつあった。その段階に入って初めて、他の巨影の姿が見えてきた。

「ウルトラマンゼロ!」

 一体は以前、港町において遭遇したウルトラマン、ゼロ。赤と青の体表、鋭い目つきと一対のスラッガー。

「あっちは……?」

「あれはウルトラマンダイナ! 熱い爆発力を持ったウルトラの戦士です!」

 ゼロと雰囲気は異なるが、体表は銀に赤と青が差し込まれた配色。頭部のトサカのような器官は前にせり出す形状で、セブンのそれに近い。

 新たなウルトラの戦士に心が躍るが、それは一瞬で塗りつぶされた。彼ら三人のウルトラマンに敵対する巨影は、見ただけでゾクリと粟立つような異形だった。

 黒を基調とした体表に、黄色く発光する器官が顔や胸部の各所で鈍く点灯している。触角の生えた頭部に顔はなく、その器官だけが不気味に発光している。

 それは翼と尾を翻し、三重に迫りくるウルトラマンの攻撃を躱し続ける。打撃が当たろうかという瞬間には別の場所に瞬間移動し、逆にカウンターを仕掛ける。それを繰り返しながら三人のウルトラマンに着実にダメージを与えていた。

「ハイパーゼットン、人々の恐怖や絶望を糧に成長する、滅亡の邪神……!」

 ピポポポポ、という奇妙な音を発し、ハイパーゼットンの姿が消える。

「上です!」

 ユーコの声に反応し、ウルトラマンたちと共に俺も顔を上げる。直上に位置取ったハイパーゼットンに対し、ウルトラマンはすかさず光線を放った。色とりどりの三本の光線が去来する中、ゼットンは前方にブラックホールのようなものを形成し、光線は全てそこに吸収された。

 そして光線のエネルギーを全て反射させたように、赤黒い光線が幾筋も、まるでシャワーのようにウルトラマンたちに降り注いだ。

 三人の体からスパークが弾け、彼らは痛みに声を上げる。広範囲に渡る反射光線は街にまで降り注ぎ、ビル街の中央が次々に爆破され、一つの巨大な炎に呑まれた。

「熱っ!」

 距離があったため巻き込まれずに済んだが、吹き荒れる熱風にドローンが大きく揺れた。

「着陸、します!」

 ユーコは咄嗟に下降し、俺たちは近場のビルの屋上に着陸した。

 低く伏せて熱風をやり過ごす中、意地で構えたファインダーの向こうで、ウルトラマンたちが爆心地へと落下していくのを捉える。熱風が完全に止んだ瞬間、激しく地を揺らし、三本の土煙が巻き上がった。

 追撃、というにはあまりに鷹揚に、ハイパーゼットンも地上へと降下してきた。ウルトラマンたちは必死に立ち上がり、地上戦を仕掛ける。

 まず殴りかかったのはゼロだったが、彼が振るった拳は空を切った。背後に転移したゼットンの殴打に素早く反応し腕で受け止めるものの、威力を殺しきれず吹き飛ばされた。

 コスモスとダイナは同時に仕掛けた。息の合った連携で流れるように攻撃を仕掛けるが、ゼットンの瞬間移動はその速度をも上回り、コスモスを背中から強打する。

 ダイナは背後に転移したゼットンに対し、予知にも近く後ろ蹴りを繰り出すが、ゼットンはそれすら躱してみせた。そしてダイナが姿を見失った一瞬の隙に再び背後に回り、強かに殴り飛ばす。

 その時、ゼロが不意打ち気味に飛び出し、足を発火させながらの飛び蹴りを仕掛けた。ゼットンは不意を突かれたのか転移こそしなかったものの、円柱状のバリアを自身の周囲に展開し、それを受け止めた。

 二体の衝突に大気が震え、エネルギーの奔流が激しい瞬きを放つ。ゼットンはそれを放つようにバリアを弾けさせ、ゼロを吹き飛ばした。

「ああ!」

 ゼロが地に倒れる。コスモスもダイナも、もはや立ち上がることさえできそうにない。

 ハイパーゼットンは鷹揚に首を回し、また件の鳴き声を上げた。その姿は余裕を見せつけるようで、俺は一人拳を握りしめた。

「ウルトラマン三人でも敵わないのか……!」

 ウルトラマンたちのカラーランプはとっくに点滅を始めていた。そしてまずダイナが光の粒子となって消滅し、間もなくコスモスも同様に消えた。

「ダイナ、コスモス……」

 ユーコの声が悲壮に、彼らの名を呼ぶ。

 最後に、ゼロのランプの明滅が徐々に弱まり……そして止んだ。彼もまた光となって、溶けるように消えていく。

 ハイパーゼットンは笑うように鳴いた後、ゆっくりと上昇していく。重く垂れこめる曇天に昇るその姿に思わず呟く。

「滅亡の、邪神……」

 まさにその名に相応しい有り様。ウルトラマンという希望を打ち砕かれ、思えば俺はこの時、絶望に蝕まれかけていた。

 ユーコだけが違った。ユーコはこのとき手を組んで、ただ祈り信じていた。彼女の呟きだけが強く脳裏に焼き付いている。

「諦めないで」

 次の瞬間、彼女の体が光を放った。

「ユー、コ……!?」

「これは……!?」

 ユーコ当人もその光の正体を理解はしていない様子だったが、しかし直感的に悟ったのだろう、確信めいて頷いた。

「これが、私にできることです。きっと、届く……!」

 ユーコは強く目を瞑り祈り続けた。その光は指向性を持って放たれて、ウルトラマンたちが消滅した地点へと降り注いだ。温かく慈しみに溢れた力を、俺はその光に感じ取っていた。

 その時、脳裏に響くような声が三つ重なり、勇気に溢れる様相で叫んだ。

『本当の戦いはここからだ!』

 街を光が包み込んむ。まるで竜巻のように溢れ出した光の渦が、上空のハイパーゼットンを地へと叩き落した。

「あれは……!」

 七色の光の渦が、人の形をとっていく。そして顕現したのは、虹色の光の巨人だった。

 全身が七色に光り輝き、その姿は陽炎かオーロラのように揺らぎ、滲んでいる。不明瞭な存在にして、絶対的、唯一無二の立ち姿。

 ユーコは目を開き、ほほ笑んだ。

「三人のウルトラマンの心が一つになって生まれた、奇跡の戦士……ウルトラマンサーガ」

 サーガは静かに、そこに立っていた。その姿があるだけで、俺に内在していた絶望は霧散したように感じた。

 

 




本当は幼虫型も出したかったんですけど、体長三百メートルともなると今後ゴジラとかが相対的に小さく見えそうなのでやめました。


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stage17:影重なりて紡ぐ物語 ②

前回までのあらすじ

巨大樹の森を抜け、街へ降りる主人公たち。
しかしその街は、突如として全住民が消失するという怪現象に見舞われていた。
方々を巡り調査する最中、街の上空に現れた三人のウルトラマン、ダイナ、コスモス、ゼロ。
彼らを歯牙にもかけず打ちのめす、ハイパーゼットン。
ウルトラマンたちの勝利を信じるユーコから謎の光が放たれ、それを浴びた三人の影は重なり、ウルトラマンサーガと化した。



 ウルトラマンサーガが輪を描くように構えをとると、全身から溢れ出していた光が収束し、より明瞭な姿があらわになる。

 青系と赤系のグラデーションから成るその体は、まるで結晶体から光が漏れ出しているかのように武骨で、それでいて神々しいものだった。カラータイマーとは違うが、結晶の無い開けた胸部には、青い光が淡く灯っている。

 ハイパーゼットンが立ち上がり、二体は向かい合う。俺がカメラを構えて息を呑んだ、瞬間。

 サーガが虹色の光を残して消滅したと思うと、一瞬にしてゼットンの眼前に現れ、飛び蹴りを見舞った。これまで実体の存在すら疑われたゼットンがたたらを踏む。

「よしっ!」

「すごい、サーガも瞬間移動を!」

 サーガはゼットンの背後へ再び瞬間移動したが、ゼットンもただでは起きず、サーガの攻撃を振り返らないまま片腕で受け止めた。

 二体はそのまま近距離での攻防に移ったが、その速度たるや、かの巨体に残像が見えるほどのものだった。

 かと思えば、次の瞬間には二体とも別の場所へ瞬間移動する。それをファインダー越しに必死に追えば、また二体の姿が掻き消えた。

「くそ、早すぎて追いつけん!」

 仕方なくカメラを下げて見回せば、二体は細かい瞬間移動を繰り返し、街中のあらゆる場所で拳を交わしていた。

 突如、ほぼ眼前と言える位置にまで二体が現れ、その迫力に思わず尻もちをつく。

「うおぁ!」

 サーガが拳を振りかざすとゼットンの姿が消え、サーガの後方、距離を置いてビルの上に現れる。

「サーガ、後ろ!」

 ユーコが叫ぶ。サーガは空手の残心のようにゆっくりと構えを解いている。

 ゼットンが胸から赤い熱球を発射すると、サーガも胸部より青い光球を作り出し、素早く反転して熱球にぶつけた。両者間における膨大なエネルギーの衝突は激しい爆発を巻き起こし、熱風がビルの合間を駆け抜ける。

「ぐっ!」

 熱に耐えるべく身を庇ったが、俺たちの前に立ったサーガがそれを防いでくれたようで、熱や風などほぼ感じなかった。逆にゼットンは足場としていたビルが崩壊し、大きく体勢を乱して着地した。

 ゼットンは苛立ちを隠せない様子を見せ、翼を広げ上昇していく。それを追ってサーガも飛び立ち、二体は空中戦へと突入した。巨体に見合わぬ速度で縦横無尽に上空を飛び回り、何度も交錯してはその衝撃に暗雲が揺れる。

「どっちも退かないな、一歩も」

 その様子を撮影していると、ユーコが声を張り上げた。

「カメさん、あそこ! 人が!」

「なに!」

 屋上の柵に身を乗り出し、ユーコの指さす方に目を凝らすと、瓦礫の中に倒れる人影を見つけた。

 

 そこにいた三名は、迷彩服を着こんだ自衛隊員だった。

「おいあんたら、大丈夫か!」

 揺さぶってみるが呻き声を上げるだけで、目を覚ます気配は無い。

「生きてはいるか……肝を冷やしたよ、この血には」

 彼らの寝転ぶ一帯には、おおよそ人間の致死量を上回るであろう、多量の血痕が広がっていた。まだ乾いていない血の池を見た時は本当に血の気が引いた。

「でも無傷だな。いったい誰の血だ?」

「……カメさん、彼らの中にサーガの気配を僅かに感じます」

 ユーコの言葉に驚き、彼女を見上げる。

「おそらく、この血は彼らのものです。戦いの余波に巻き込まれて死にかけていたのを、サーガの変身時のエネルギーに当てられ蘇生したんです」

「そいつは……すごいな。しかしこの人ら、なんでこんな所に」

 その時、一人が苦し気な声を上げた。

「おい……誰か」

「あ……はい、大丈夫ですか」

「作戦は……どうなった、あの黒い怪獣は……」

「作戦?」

 どうやら意識が混濁しているようで、俺が単なる民間人という事にも気づいていないようだ。

「怪獣は健在、今ウルトラマンと戦ってます」

「そうか……ちっぽけだな、人間は」

 彼は自虐を込めた笑みを浮かべる。その言葉を散々に痛感している俺も、否定の言葉は出なかった。

「カメさん、これ」

 彼の握っているものを指すユーコ。

「対巨大不明生物、作戦要項……?」

「おい、これを……受け取ってくれ」

 彼が唐突に押し付けてきたものは、プラカバーに覆われたスイッチが一つだけの、シンプルなリモコンだった。

「これは?」

「まだ……できることが、あるはず……頼む」

 彼の体から力が抜ける。息はあるがしばらく目を覚ましそうにない。

「頼むって、これ何なんだよ」

「それ、読んでみませんか?」

「作戦要項……どれ」

 彼の手からそれを引っ張り出し、ざっと目を通す。

 上空から二体の激突する音が度々響く。そんな中、俺の目は驚愕に開かれ、口元はひくりと吊り上がっていた。

「おい、正気かよこいつら……!」

「こ、これどうしましょう?」

「……ひとまず保留。まず三人とも屋内に」

 

 自衛隊員らを何とか屋内に避難させると同時に、激しい振動が二度、建物全体を軋ませた。

 急ぎ表に出れば、ゼットンとサーガは再び地上に降り立ち向かい合っていた。

 何を言わずともユーコはドローンに変身してくれて、俺たちは戦いを見渡せる位置に陣取った。

 サーガがゼットンへと駆け出す。もはや瞬間移動も用いないのは、互いにそれが決定打を与えるに足らないものだと悟ったからだろう。

 ゼットンが数発の火球を放つと、サーガは横っ飛びでそれを躱し、素早く身を起こして光輪を投擲した。

 ゼットンはそれをブラックホールのような空間に吸収し、自身の光線に変換して反射する。

 すかさずサーガも光球を放つ。二体の間でエネルギーが拮抗し、爆発を引き起こす。その衝撃によって彼らの巨体も後退を余儀なくされた。

「うおっと!」

 熱風が押し寄せ、カメラから手を離しドローンの取っ手を掴む。

 顔を上げると、ゼットンが爆煙の中から飛び出し、低空飛行でサーガへ突進する瞬間だった。

 同時に駆け寄ってくるサーガに対し、ゼットンは飛行しながら火球を放つ。それは飛来中に分散し、無秩序に街を破壊していった。

 火球は運悪くこちらにも飛散し、デッドゾーンが俺たちのいる位置を貫通した。

「やばいっ!」

 ユーコ変じるドローンに全力で体重をかけ、すんでの所で避ける。まるで灼熱の太陽が真横を通ったように、顔の産毛が一瞬でヒりつく。

 サーガは一撃も食らうことなく、彼もまた低空飛行に移行し、そして両名は空中で激しく衝突した。

 これまでにない規模の爆発が発生し、街が炎の赤色に覆われる。

「凄い……けど」

 煙が晴れると、二体は未だに無傷のまま健在であり、再びゆっくりと向かい合った。

「やはり決定打に欠けます……カメさん、やはりここは」

「ほ、本気でやるのか、()()

「今しかありません! この膠着を打破する一手を!」

 一つ息を吸い、深く吐く。

「サーガの近くに」

「はい!」

 これから彼を、まるで現実離れした虚構のような作戦に巻き込まなくてはならない。

 サーガの後ろ姿が近づく。頭部の突起はまるで王冠のように見えた。

「聞いてくれー!」

 俺の絶叫に、彼の意識がこちらに向いた気がした。

「俺たち人類はみんな、キミを信じてる! だから、人類のことを信じてくれ! ウルトラマン!」

 彼は確かに一つ、頷いた。

「左へ走れ!」

 俺の言葉通りにサーガが駆け出す。牽制として細かな光線を放ちつつ、ゼットンとの位置関係を変えていく。

「いいぞ、そのまま回り込め!」

 ゼットンの放つ火球を俺も避けつつ、サーガの進路を細かく指示していく。

 そしていよいよ、作戦要項に記された地点が見えてきた。

「そこだ、ストーップ!」

 サーガがアスファルトを捲り上げながら停止し、光輪を放つ。それは空中で三つに分離し、前方と左右からゼットンに襲いかかった。

 当然、ゼットンは瞬間移動でこれを躱す。躱して、サーガの“背後へ飛ぶ”。それはこれまでの行動パターンを通して読んでいた。

 故に……既にスイッチは押されていた。

 ゼットンが火球を放とうと赤熱のエネルギーを蓄え始める。しかしそれより早く()()が来る。

「サーガに夢中で足下には気づかないかよ!」

 ゼットンの足下に迫る色とりどりの()()は、まさしく人類の叡智と狂気。

「食らえ、“無人在来線爆弾”っ!」

 爆薬を多量に搭載した鉄道車両がゼットンの足下から跳ね上がり、何十という車両が同時に炸裂してゼットンに襲いかかる。

 その圧倒的な火力を不意打ちで食らったゼットンはたまらず体勢を崩していた。

「いけぇサーガ!」

 サーガはその隙を見逃さず、左手首から煌めくブレードのようなものを展開し、ゼットンの背後へと瞬間移動で回り込む。そして昆虫のような翼を二閃で切り落とし、今度は正面へ飛んだ。 

 構えた拳を光に滲ませ、ゼットンの顔面を全力で殴り抜く。ゼットンが大きく仰け反ると今度はアッパーカットを繰り出し、黒の巨体は中空へと打ち上げられる。 

「いけ、サーガ!」

 サーガもすかさず飛び立ち、回転を加えたキックをねじ込んだ後、()()()()()()()ようにストンプを繰り返し、最後は勢いをつけて下から上へと殴り飛ばした。

 猛烈な速度で雲の間際まで飛ばされたゼットンは何とかそこで踏みとどまり、膨大なエネルギーを溜め始めた。そして街を一区画呑み込むほどの、超巨大な火球が形作られる。

「す、凄い熱……!」

 ユーコが驚く通り、地上近くにいる俺にも届くような凄まじい熱気。まるで太陽が雲の下に顕れたようだ。

 しかし、俺に恐怖は無かった。

 火球が地球へ向けて放たれる。しかし、地球を背にしてウルトラマンが立つ。

 ウルトラマンサーガは両腕でその火球を受け止め、その降下速度はやがてゼロとなった。

「大丈夫……サーガは、ウルトラマンは、絶対に負けない!」

 その声を聞き届けたかのようにサーガが吼え、火球を霧散させる。

 そして右拳にかつて無いほどのエネルギーを集約させ、ゼットンへ突っ込んでいく。

「行け……!」

 サーガの拳がゼットンに突き刺さり、二体はそのまま雲を突き破り、遙か上空へと姿を消す。

 そして数秒後、ぼうっと雲の向こうが光り、そして天上を覆っていた暗雲は一瞬にして、まるで水面に広がる波紋のように取り払われた。時刻は夕の名残を留める、夜の始まりだった。

「……これは」

 幾千、幾万という光の筋が夜闇を流れ、地上へと降り注いでいく。それは流星が無数に降り注ぐような神秘的な光景で、思わず溜め息が漏れた。

「ハイパーゼットンの糧は恐怖と絶望……それを得るために取り込んでいた人々が、解放されたんです。みんな地上に帰ってきます」

 幻想的な光の流れを見上げていると、それを背にして浮かぶ三人のウルトラマンが、こちらを見下ろしていることに気づいた。

 俺たちが彼らに手を振ると、コスモスは一つ頷き、ダイナはぐっと親指を立て、ゼロは人差し指と小指、そして親指を立てた、ロックのメロイックサインに近いポーズを見せ……彼らは夜空へと昇り消えていった。

 俺は心地良い余韻の中、しばし光流れる天上を眺めていた。

 



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stage18:巨影大戦争 ①

前回までのあらすじ

一進一退の攻防を繰り広げるサーガとゼットン。
主人公は偶然助けた自衛隊員の作戦にのっとり、ゼットンの妨害を画策する。
果たしてそれは成功し、無人在来線爆弾が炸裂。
サーガは優位をとり、ゼットンをせん滅。
ゼットンに吸収されていた人々は帰ってきたのだった。


 

 あの時――三人のウルトラマンが去った後。俺が少し振り返ってユーコを見ていれば……何かが変わったか。

 ……ずっと、そんな栓の無いことを考えている。

 自分の掌を見て、息を呑んでいる彼女にあの時、気付いていれば……

 

 

 流星のような無数の光が地上に降り注ぎ、人の形をとる。ハイパーゼットンが取り込んでいた、街の住人が一斉に現れた。

 取り込まれた当時の姿・場所に現れた彼らは、皆一様に混乱しているようだったが、やがて歓声を上げて生還を喜びあった。街に命が宿ったように、家々に明りが灯っていく。

 ビルの屋上からそれを見下ろす俺にも、歓喜が沸き上がる。

「やったなユーコ! キミのおかげなんだろ? ……ユーコ?」

「え、ええ、そのようですね」

 彼女は何を考えていたのか、少し詰まりぎみに頷いた。俺はさしたる疑問も抱かず、異変の収束を記録すべく街へ降りた。

 

 浮ついた様子の人たちを掴まえ、カメラを向けてインタビューを試みる。

「通勤中、いきなり変な光に呑まれて……妙な、黒いもやのかかった、夢の中みたいな場所に居たと思います」

「暗くて寒くて。今思えば悪夢みたいな場所だった……」

「ウルトラマンが助けてくれたの!?」

「あんた、巨影サイトのカメラマン!? すげえ、いつも観てます!」

 インタビューに応えてくれた人たちの中でも、八割近くが巨影サイトを知っていた。巨影を追ってばかりで世間との接点が希薄になっていたが、ようやく俺たちの活動が周知されているという実感が沸いて、足取りも軽くなる。

「カメさん、嬉しそうですね」

「ああ! ここまで頑張ってきた甲斐もあるってもんだ。もちろん、ユーコの頑張りが大きいけどな。キミなしじゃ何度死んでいたか」

「……はい、頑張りました」

 ユーコの柔和な声に思わず振り返る。宙に浮いた姿勢で俺を見下ろす彼女の瞳は、夜の街灯を映して煌めいていた。

「ユーコ?」

 彼女の纏っていた不思議な雰囲気が霧散し、俺の背後に顔を向けた。

「あれ、あの方はどうしたんでしょう?」

「ん?」

 つられて道端に振り返って見ると、俯いて座りこむ男性が目に入った。周囲を通りがかる人々も心配そうに視線を送り、何名かは立ち止まっている。

「なんだろ、声かけてみるか」

 男性に歩み寄り、しゃがんで語り掛ける。

「あの、どうかしましたか? どこか気分でも?」

「……ああ、最悪だよ」

 少し顔を上げたことで顔色を窺えたが、確かに血色は失われ、今にも倒れそうだった。巨影に取り込まれる、という未知の体験だ。体調を崩しても不思議はない。

「楽にしててください、今救急に」

「いらないよ、病院に入っても無駄だよ。いやむしろまずいのか? 病院にだって現れたんだし……」

 彼は独り言のようにそう呟き、肩を揺すり始めた。

「現れたって、何が」

「……巨影だよ、奴らはどこにだって現れるだろう!」

 突如声量が上がり、それに気を取られた周囲の人々の視線が注がれる。

「都市でも地方でも、あいつらには何の関係もない! どこに居たって巻き込まれる! 病院にだって現れて、ひ、酷いことになったじゃないか! ああ、なんで俺は帰ってきちまったんだ……!」

 彼は頭を抱えてうずくまる。

「あそこは……暗かったけど、でも巨影の恐怖は無かった……俺は、そうだ、俺は安心してたんだ。こっちの方がよっぽど地獄じゃないか……」

 遠巻きに事の成り行きを見守っていた人々は、彼の言葉に思うところが……有り体に言えば共感したのだろう。俯いたり、溜め息、中には涙を流し始める人もいた。彼らの表情に今や歓喜は無く、漂うのは多大な疲労感と不安感。

「五年前よりずっと酷い……いつになったら終わるんだ。俺は……もう嫌だ! 眠ろうとするたび、寝てる間に、いつ、巨影に踏みつぶされるか、震えて待って……!」

 それ以後の言葉はもう、言葉とは捉えられなかった。唸るように慟哭する彼を、駆けつけてきた警官に預け、俺はふらふらと歩きだした。行き先は決めていなかった。

 

 人気のない路地と、そこを照らす自販機。人工的な明りに照らされる段差に腰掛け、カメラと携帯を接続する。

「……まぁ、そうだよな。普通怖いよ。と言うか、俺だって怖いし」

 巨影サイトに立ち入り、撮影したての写真をアップロードしていく。ふと気になってアクセス数を調べれば、並みの企業サイトでは歯が立たないほどに膨れ上がっていた。

「カメさん……」

「ああ、ここが温床なんだな。恐怖と絶望、だったか」

 ハイパーゼットンはそれらを取り込むことで成長した。

 人々は巨影の存在を、俺の撮影した映像を通して深く味わう。赤裸々に明かされる脅威は世界中に拡散され……つまり、俺は恰好の餌場を作った形になる。

 目を瞑り、深く息を吐く。

「なあ、今後同じような巨影が出てくるかな」

「……私にも分かりませんよ。でも、言える事があります」

 ユーコが俺を正面から見据える。

「カメさんのやっていることは、間違ってません。知らない、知れないこともまた恐怖です。そこに空想の余地があると、人は実際以上に怖がります」

 俺が返事できずに俯くと、携帯の画面の光が消えた。

「それに、今の文明レベルなら情報を伝えるのもすごく簡単でしょう? カメさんがやらずとも同じようなものですよ、きっと」

「……そう、かもな。うん。ありがとう」

 アップロードが終了する。早速アクセスが集中し始めたか、心なしかサイトが重くなった。

 間もなく、着信画面がサイトを塗りつぶした。

「叔父さん」

 大塚秀靖の名を見て、三回ほどコールさせてから通話する。

『おう、見たぜ! よくやった、と言いたいところだが……今日は入れ食いだ』

「ってことは」

『外洋上にゴジラ出現、現在首都に向け進行中……だそうだ。悪いが今夜は眠れねえぞ』

「ああ、そうだな……夜も眠れないな」

『ワクワクでな!』

 

 ユーコが変身するスポーツカーを走らせながら、スピーカーを通して叔父と通話する。

『ウルトラマンはもう、どっか行っちまったんだよな? あーあ、ゴジラとやりあってくれねえかな』

 その勝手すぎる物言いに苦笑が漏れる。

「そう都合の良いものじゃないだろ。人間だって……ギリギリまで頑張らなくちゃ」

『ま、そうだな。で、だ。また頑張ってくれるよな?』

 叔父が軽薄に笑いながらそう問いかけてくる。普段なら二つ返事だけど……

「なあ叔父さん、ちょっと質問させてくれ」

『あ? なんだよ』

「叔父さんはさ、巨影を追い続けて……どこかで迷ったり、辞めようとか」

『ねえよ』

 至極きっぱりと、被せるようにそう言い切った。

 高速道路の街灯が規則正しくボンネットに流れる。

『皆目ねえ。五年前、俺の生き方は決まった。……当時、変な奴らに会ってな。そいつらとつるむと、不思議なほどに巨影と遭遇したんだ。あの経験は一生を決めるに充分だったぜ』

「……そう」

『今回はどうも、お前がそうらしい。不思議と巨影に出会うラッキーボーイ……羨ましいぜ』

 最後の叔父の言葉は、こちらを揶揄う風でもなく、奥底から絞り出されるような声音だった。

 通話後、しばし車内にはエンジン音だけが流れた。

「……うん。よし。腹ぁ決めた」

「はい」

 ユーコの声音は微笑みを浮かべるそれだ。

「撮るよ。巨影を伝える。確かに怖いけど……でも絶望ばっかりじゃなかったよな」

「そうですね」

「ガメラにウルトラマン。エヴァ、モスラ、あの男型の巨人……希望に繋がる光景だって、ずっと撮ってきた。きっとこれからも、そうなる」

 まったく根拠は無いがそう断言し、口元に笑みを浮かべる。これから向かう先で何が見られるのか、やっぱり“ワクワク”するものだ。

「カメさん、楽しそうですね」

「ああ。やっぱり、これが本心だな。恐怖なんて目じゃない」

「私、カメさんのそういうところが好きです」

 ……突然、そう褒められたものだから、うまく言葉が出なかった。

「これからもずっと、そうであってくださいね。私もできる限り、助けになりますから!」

「……ああ! て言うかおんぶに抱っこだけどな! 向こうでも頼むぞ!」

「はい!」

 気恥ずかしさはあるが、車内の空気は心地よかった。対向車線の長い車列が、猛烈に後ろへ流れていった。

 

 ゴジラは首都を逸れてその手前、首都南方に隣接する港湾都市へと上陸した。俺は規制線を潜り抜け――すっかり慣れたもんだ――その港湾都市へと侵入していた。

 そして現在……バイクのアクセルを全力で捻っていた。原付の。

「ユーコォ! 何で今これ(原付)なんだよ!?」

「す、すいません! 私もちょっと疲れちゃって……!」

「なに、大丈夫なのか!?」

「大丈夫ですから! 今はカメさんの方が大丈夫じゃないです!」

 その時、俺が走る大通りの真後ろ、T字路の正面のビルが、まるで発泡スチロールのように弾けた。激しい衝撃と巻き上がる粉塵の中から姿を現したのは、黒く巨大な影……ゴジラだった。

 いかにも機嫌が悪そうな唸り声を上げながら、猛然と大通りを踏みしめ、接近してくる。

「もっと出ないか!?」

「コ、コピー元がちょっと悪かったです! これ以上は!」

 原付にしたって非力だ。ゴジラはそれほど速力も無いのに、なかなか引き離せそうにない。

 ゴジラの一歩一歩に軽く車体を跳ね上げながら逃れていると、正面に浮かぶ丸い月に影がかかった。

「……ゴジラ?」

 その遠方に浮かぶ影は、ゴジラと見まがうようなシルエットをしていた。

 “それ”を吊り上げるワイヤーが航空機から外されると、“それ”は背面からジェットを噴射し、真っすぐこちらへ突っ込んできた。

 徐々に大きくなる白銀の威容。ピンと、脳裏に浮かんだのは五年前の巨影の記憶。

「メカゴジラ……いえ、あれは三式機龍!」

「そうか、機龍……!」

 思い出した。前回五年前、ゴジラに対し投じられた人類の兵器。

 ゴジラを模倣した姿が、月光を浴びてギラリと光った。機龍は凄まじい暴風と共に俺の頭上を通過し、ゴジラへと突進した。

 

 



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stage18:巨影大戦争 ②

前回までのあらすじ

ハイパーゼットンは倒れ、人々は生還した。
しかし、相次ぐ巨影の被害に人々は疲れ切っており、絶望を感じ始めていた。
ゆえに絶望を糧にするゼットンに狙われたのだと主人公は仮説をたて、絶望を振りまいたのは自分だ、と悩む。
しかし、ユーコや大塚の言葉に気を取り直し、改めて巨影を追い続けると決心。
その勢いでゴジラの撮影に向かうが、逆にゴジラに追われピンチに。
そんな時に現れ彼を救ったのは、三式機龍〈メカゴジラ〉だった。



 機龍がショルダータックルのような姿勢でゴジラへ衝突すると、大気を震わせる轟音が街に響いた。かのゴジラがいとも容易く吹き飛ばされ、大通りの突き当りのビルに再度衝突し、煙の中に倒れ伏した。

 アスファルトを抉りながら着地した機龍は、油断なく体勢を立て直しゴジラへと向き直る。

「ユーコ、体調はどうだ? 見やすい位置に行きたいんだけど……」

「ええ、いけます。ドローンにはちょっとなれませんけど、機動装置なら」

 原付が姿を変え、立体機動装置となって俺に装着される。

「ありがとう。……なあ、ほんとに大丈夫なのか?」

「大丈夫ですって! 行きますよ!」

 ユーコは先ほどまで、疲労のせいで原付にしか変身できないと言っていたが、今まで無かった事態だけに気にかかる。しかしユーコが話を切り上げるようにアンカーを射出したため、俺もぐっと身構えなくてはならなかった。

 

 程よく高いビルの屋上に登ると、ちょうどゴジラが立ち上がり機龍と対峙する場面だった。

 撮影を開始すると、機龍に装着される装備に興味が向かう。立ち位置として、機龍の背後がよく見えた。

「ユーコ、あの背中と腕の青いパーツは?」

「あれは……バックユニットとレールガン、どちらも強力な武装です」

 噂をすればというやつで、ちょうどその時、バックユニットが稼働した。両肩の上に突き出した砲門からは直線的な軌道のロケット弾が、バックユニット上部からは左右に弧を描くような誘導ミサイルが多数発射され、全てゴジラに殺到する。

 正面と左右から迫るミサイル群にゴジラは動けず、ほぼ全弾が命中し、その巨体は絶え間なく爆炎に包まれる。

「す、げ」

 その迫力に圧倒されながらもカメラを回す。一旦ミサイルの攻勢がやむと、しかしゴジラは平然と黒煙の中から姿を現し、機龍へと迫った。

「おい、あれが効いてないのか?」

 相変わらずのタフさに、呆れに近い呟きが漏れる。

 機龍は両前腕部に着けられたレールガンを放った。機関銃のように絶え間なく、闇夜に線を引く銃弾がゴジラの胸元に火花を散らす。しかしこちらはミサイルより更に威力が低いらしく、ゴジラの足が止まることはない。

 機龍は銃撃をやめ、機械的な足音を立ててゴジラへと接近していく。そして向かい合う二体のゴジラが直接、衝突した。

 二体の足下で地面が爆ぜ、土柱が立つ。お互いの肩を掴むようにして押し合いながら、入れ替わるように立ち回る。そのたび大地が震え、俺の立つ屋上がビリビリと鳴る。

 拮抗を破ったのは機龍だった。ゴジラを一度殴りつけて密着を解くと、バックユニットから誘導ミサイルを放った。至近距離でそれを浴びたゴジラが怯む隙に、機龍はブースターを噴かして大きく後方へと跳ぶ。その際、俺の直上を飛び越えるような軌道を描いたため、迫力ある画を撮影できた。

「少し遠ざかりましょう!」

「ああ!」

 二体に挟まれる位置にあったため、別のビルに移ろうとカメラを下ろす。しかし避難が終わらない内に、着地した機龍は即座に光線を放つ。

 機龍の口内から発された二本の黄色い光線がゴジラの胸元を穿つと、さしものゴジラも痛ましげな鳴き声をあげた。

「二連装メーサー砲です!」

「め、めーさー?」

 聞き覚えのない兵器にオウム返ししてしまうが、事態は好奇心の疼きを許さない。

 時おり振り返りながら必死に屋上を走り、隣接するビルに立体機動装置を用いて飛び移る。そしてカメラを構え直した途端、ゴジラの反撃の瞬間を捉えた。

 メーサーに怯んでいたゴジラの背鰭が青く発光し、そのまま無理矢理に熱線を発射した。機龍は機敏に左腕でガードをするが、左腕のレールガンと左肩の砲門が熱線により爆発、大破。さらに機龍は大きく後方へ吹き飛ばされた。

「機龍!」

 ユーコが叫ぶ。機龍は建設中の鉄骨組みのビルに頭から突っ込み、まるでミニチュアを崩すように簡単にそれを倒壊させた。

「一撃でこれかよ……!」

 機龍は様々な兵器を駆使して一方的な展開を作り上げていた。だというのに、ゴジラの一度の熱線でこうもひっくり返されてしまう。あまりにも不条理な、圧倒的な暴力。人間の信奉する科学をいとも容易く凌駕して見せる、絶対の生命。

 ゴジラは咆哮を上げ、機龍に迫っていく。しかし機龍もすぐに立ち上がり、ゴジラに向き直る。レールガンとミサイルは片方ずつ破壊されたが、その動きに陰りは無い。

「よし、まだやれる」

 一人間として機龍の応援に熱が入る。人類の希望を背負って立つ、機械仕掛けのゴジラをカメラで追った……その時だった。

 向かい合うゴジラたちの奥で突然、街が一区画、大爆発に呑み込まれた。ドーム型の爆炎はまるで朝と見まがうような光量。一瞬遅れてやってきた爆音が耳の機能を麻痺させ――

「ATフィールド!」

 反射的にATフィールドを展開する。その途端、凄まじい衝撃波が街中を吹き抜けていった。まるで核の実験映像のように、屋上に煙が立って後方へと流されていく。衝撃が収まると、俺は脂汗を流しながら膝をついた。

「カメさん!」

 ユーコの声だけが届く。それは鼓膜を介していないからで、自分の荒い呼気さえ今は聞き取れない。

 俺を気遣うユーコの気配が、一瞬で警戒に切り替わる。

「この気配、巨影の……!」

 釣られるように顔を上げる。街を包む炎が、中空を目掛け一つに収束していく。

「なんだ……?」

 炎が集い、渦を巻き、そして徐々に形を成す。一対の巨大な翼、二本の尾、重厚な胴体と……三本の首。

「キング、ギドラ……」

 ユーコが言わずとも、俺の脳が五年前の災害を想起する。突如街を襲撃し、ゴジラとの熾烈な戦闘を繰り広げた、とりわけ異様な姿の巨影。

 黄金に輝く全身が露になると、まるで電話の着信音のような、甲高い鳴き声が不気味に響いた。ゴジラと機龍は戦闘を止めて、上空に出現した新たな脅威を観察していた。

「カメさん……逃げた、方が」

 ユーコの声は震えていた。何を言われずとも、正面に浮かぶ怪獣の脅威が伝わってくる。

「逃げて……間に合うのかよ」

 少し口角を上げながらそう言ってみると、ユーコは無言によって回答した。

 そしてキングギドラは唐突に、三つの頭からそれぞれ雷のような光線を吐き出した。

「引力光線!」

 三本の光線は無軌道にも見えたが、ゴジラと機龍を各々狙っているようで、二体の立つ周辺を乱雑に破壊していった。光線が往復するうちにゴジラたちに幾度か命中し、火花が上がる。

 手当たり次第に街を破壊する光線は俺たちにも迫り、その光量に思わず目をつぶる。

「くそ、めちゃくちゃだ!」

 その時、ゴジラが怒りを滲ませる咆哮を轟かせ、ギドラに熱線を放った。ギドラは素早く三本の引力光線を束ねてこれに対抗し、中空で衝突させ爆発を引き起こした。

 それが収まった時、二体は当然無傷であったが、横合いから飛来した光線とミサイルにまで気が回っていなかったのであろう、それらをもろに浴びることになった。両者の鳴き声が響く中、機龍はありったけの武装を、二体に向け続けざまに放ち続けている。ゴジラはたじろぎ、ギドラは羽ばたきを妨げられて街中に落下した。地震のような衝撃と共に土が高く舞い上がる。

 ゴジラとギドラを共々に、人類に害する敵だと認識したのだろう。しかしこれが両者の怒りを買った。まずゴジラが熱線を放ち、機龍の腹部にそれは命中した。機龍は咄嗟にブースターを噴射させそれ以上の被弾から逃れたが、攻撃の手を緩めたことでギドラに行動を許してしまった。

 ギドラの放った光線を宙で浴びた機龍は、各部からスパークと煙を噴出させ、そのままビルを薙ぎ倒して落下してしまった。

「機龍が……!」

 ギドラが機龍に追撃をかけようとするが、標的を移したゴジラの熱線に阻まれた。青い熱線を腹部に浴びたギドラの、中央の首が苦しげに顔を上げる。しかし左右の首は黄色の光線で反撃し、ゴジラに浴びせることで熱線を途絶えさせた。

 その隙にギドラは巨大な翼をはためかせ、低空飛行でゴジラへと突進していく。ゴジラは鷹揚に構え、ギドラの巨体を受け止めた。さすがのゴジラも勢いに押され後方へずれ込むが、決して倒れない。

 そして勢いを殺し切るとギドラの足を掴み、地上へと引きずり降ろした。こうして二体は地に足を付けたインファイトに突入していく。

 俺はその圧倒的スケールの戦いを撮影しながら、ユーコに聞く。

「機龍はどうした、やられたのか!?」

「気配はまだあります! けど、動きません……!」

 見やれば、機龍の倒れた位置に接近する航空機があった。それはこの戦場まで機龍を吊り下げ、運搬してきた物だった。

「あれは?」

「機龍の操縦者が乗るものです! どうやら、機龍を直すつもりのようですね」

 しかし引力光線が流れ弾として迫り、航空機の翼を掠めた。ユーコが短く声を上げる。

 幸いにして墜落することは無かったが、それ以上接近することなく航空機は大きく距離を開けた。ゴジラとギドラの苛烈な戦闘が、機龍の復帰を阻んでいるようだった。

「……行くか?」

「……やるんですね。危険ですよ、おそらくこれまでで一番」

 ユーコが落ち着き払った声でそう問う。俺は躊躇わず頷いた。

「キミさえよければ、そうしたい。機龍は人の希望を背負ってる」

「……いいに、決まってます!」

 屋上から飛び降り、立体機動装置で軟着陸。そのままユーコはオフロードバイクに変身し、俺を乗せて走り出した。力強いエンジンの鼓動が心臓に伝わってきた。

 



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stage18:巨影大戦争 ③

前回までのあらすじ

機龍とゴジラの死闘の最中、キングギドラが出現。
機龍はゴジラとギドラの攻撃を同時に受け、倒れ伏して動かなくなる。
主人公たちは人類の希望たる機龍を戦線復帰させるべく、機龍の元へと向かう。


 ゴジラと機龍が踏み抜いたアスファルトは、もはや原型を留めず粉々に砕けていた。大きく抉れた足跡の底には、黒い泥水が溜まり始めている。

 僅かに残った道路の端をオフロードバイクで駆け抜け、機龍の元へと走る。

「あんなサイズでも一体化できるのか?」

「できます。問題は修復が可能か、です。最悪、私が一体化すればカメさんは動かせるんですが……」

「つまり、俺が機龍にしがみついてれば動かせるんだな? 簡単だ」

 当然冗談だし、冗談じゃない。この三竦みに介入するには、人はあまりにちっぽけすぎる。

「一応、機龍の内部にはメンテナンス用のブースがあります。しかし当然、かなりのGがかかります」

「ああ、そうだろうよ。……最悪も覚悟しなきゃか」

 ここで機龍を投げ出せば、人類の貴重な戦力を失うことになる。覚悟を決めなくてはと、俺は深く息を吐いた。

 

 機龍の倒れ伏す位置まで残り半分、という時に、道を折れた先で()()が向かい合っていた。こちらに背を向けるキングギドラと、それに対面するゴジラ。

 二者はインファイトの間合いで睨みあい、その雰囲気は一触即発の気を漂わせていた。

「どうします、迂回しますか!」

「……いや、突っ切る!」

 迂回をしては到着の前に機龍に流れ弾が飛び、破壊されるかもしれない。現に屋上から見た限りでも、二体の戦いの余波は広範囲に及んでいた。二体共に強力な光線を惜しみなく放つものだから、まさに一分一秒が急がれる場面だ。

 スロットルを最大まで捻り、軽く前輪を持ち上げながらギドラの股下へ突っ込んでいく。

 その時、道の両端がデッドゾーンに覆われた。

「やべっ!」

 道の真ん中へ進路を逸らした途端、ギドラの二本の尾が強かに地面を打った。アスファルトが砕け土が舞い上がる中、その振動で制御が効かなくなったハンドルが暴れ始める。こうなっては修復の余地はない。

「くっ、ユーコ!」

「はい!」

 バイクが光を放って変形し、俺に纏わりついて立体機動装置と化す。そして地に落ちる前にアンカーがギドラの足の付け根に打ち込まれ、俺の体はグンと、地面すれすれを引かれていく。 

「うおおぉぉ!」

 この雄たけびは興奮と恐怖によるものだった。

 ギドラの股下を潜り抜けると同時に、今度はゴジラの黒々とした巨体が立ち塞がる。脇から抜けるか、また足元を潜り抜けるか……

「足元!」

 ユーコに指示、というより懇願すると、聞き届けてくれた彼女が再びアンカーを射出し、ゴジラの内ももにそれを打ち込んだ。正面を塞ぐ肉厚な尾を躱すため、股下を潜りながら再びアンカーを射出。打ち込まれたビルの方に引かれ、俺の体が“く”の字に折れ曲がる。

「んぐっ」

 体にかかる負荷に声が漏れる。しかしその甲斐あってゴジラの股下を抜けることができた。

「やった――」

「正面!」

 弛緩した瞬間、ユーコの声に反応して前を見る。

「うおっ!」

 ワイヤーで上方に引っ張られ、眼前に迫っていたゴジラの尾を紙一重で躱せた。空気が裂かれる音、その直後に背後から俺を襲った衝撃波に、全身の血の気が引く。

 ユーコは軌道を下方に移すと、振り子の要領で地面に接近し、バイクに変身。俺を乗せて勢いそのままに再び走り始めた。

「あっぶね! すまんユーコ、助かった」

「油断しちゃダメです! ゴジラたちにかかったら……!」

 その瞬間、後方から激しい熱波が押し寄せた。振り返れば、ゴジラとギドラは同時に光線を発射したようだった。お互いの胸に命中したそれは激しく火花をまき散らし、逸れた光線が周辺のビルを脆くも破壊していく。

「早く遠ざかって!」

「分かってるよ!」

 ATフィールドを用いて降り注ぐビルの破片を防ぎながら、一路機龍の元へと向かう。その最中、ゴジラとギドラの咆哮、その衝突の轟きは止むことがなかった。

 

 大小の瓦礫を乗り越えながら、うつ伏せになった機龍の真下へと到着する。見上げる銀色の体は煤に汚れ、目に灯っていた黄色の光は失われていた。

「さっき言ってたブースって?」

「背びれの間です。そこへ?」

「頼む」

 ユーコが立体機動装置に変身し、俺を機龍の背中へと引き上げる。人間で言う肩甲骨辺りだろうか、そこの背びれの間に鉄製のハッチがあった。

「カメさん、入るのは待ってください。まず私が内部を見ますから」

「ああ、頼んだ」

 ユーコの姿が消え、俺一人が機龍の背中に残される。見やれば、少し離れた場所で黒と金の巨体がぶつかり合っていた。

 ゴジラが少したたらを踏んで頭を下げる。そこへ襲い掛かったギドラだったが……油断を引き出すゴジラの作戦だったのか、鋭く振り上げられた黒い尾がギドラの首のうち二本を張り飛ばし、ギドラは大きく後退した。

「おお、凄いな……」

 カメラを構えそれを撮影していると、ユーコの声が聞こえた。

「故障箇所を見つけました! やはり遠隔操作に関係する場所ですが、かなり複雑で……これ以上は厳しいかもしれません」

「そうか、じゃあ――今すぐ動かせ!」

 俺の視界には、ゴジラがこちらに振り向き、背びれを青白く発光させている絶望的な光景が広がっていた。ユーコもすぐ気づいたのか、慌てた様子で言う。

「い、今すぐには!」

「ジェットだけでもいい! なんとか――」

 機龍を逃がさなくては、と心ばかりが焦るが、ゴジラは止まらない。背びれがひときわ強く輝き、鋭い牙の並ぶ口を開きかけた――その瞬間。

 俺の頭上を巨大な影が通過し、ゴジラに突進した。間を置いて強風が吹きすさぶ。

 その“極彩色”の巨影に態勢を崩されたゴジラは、上空のあらぬ方向へ熱線を(から)撃ちして、仰向けに倒れた。

「あれは……!」

「モスラ!」

 ユーコの声に呼応するように、上空で旋回するモスラが甲高い鳴き声を響かせる。

『カメさん、ユーコさん』

 その可憐な声に視線を落とせば、鮮やかな衣装に身を包んだ小美人――コスモス姉妹が、俺たちに微笑を向けていた。

「コスモスの!」

「わぁ、お久しぶりですね!」

 彼女たちは一層笑みを深め、カーテシーで礼をした。

「ご覧の通り、モスラはすっかり回復しました」

「私たちは、恩を返しにきました」

「恩……」

 以前、あくどい人間に攫われた二人を、なんとかモスラの元へ帰した。どちらかと言えば人間のしでかしたことの尻ぬぐい、という感覚でいたが、彼女たちは恩に思ってくれていたらしい。

 降下してきたモスラが俺たちの真上でホバリングする。その翼から吹き降ろす風はどこか暖かく、竦んだ心を奮い立たせるように感じられた。

「どうか、機龍をお願いします」

「ここは私たちにお任せください」

 彼女たちは揃って振り返り、立ち上がるゴジラと復帰したギドラを見据える。

『友よ、あなたたちを守ります』

 コスモス姉妹は光を放ち、やがて一つの光球となってモスラの元へと飛んでいく。それを吸収した途端、モスラは一層強く羽ばたき、ゴジラたちへと向かっていく。

「カメさん、今のうちに!」

「あ、ああ! 直せそうにないんだよな?」

「はい、後は一体化しかありませんが……」

「……やろう。もうそれしかない」

 戦場を見据える。ギドラが放った引力光線を躱し、モスラはひらひらと宙を舞っている。しかし今後のゴジラの動きによっては、さしものモスラも危ないだろう。

「分かりました。ハッチを開きます」

 ユーコが機龍の中に溶け込み、間もなくエアーが漏れる音と共にハッチが開かれる。そこは垂直になった通路で、俺は壁面の突起を伝ってメンテナンス用のブースへと下っていく。

「いてっ、ハァ、よし……」

 時おり体をぶつけながらもブースまでたどり着くと、真下を向く形になっている椅子に無理やり背中を押しあて、厳重にシートベルトを締めていく。

「さあ……いいぞ」

 目の前に並ぶ計器に光が灯っていく。手近なレバーを握りしめる。

「なるほど、中からでも一応動かせるのか」

「はい。しかし操作は必要ありません。エヴァと同じ、イメージをしてください」

「ああ、分かった……」

 目を閉じ、深く息を吐く。すると、徐々に瞼の裏に外の様子が映し出されていく。

「これは……カメさんと機龍の視界が同調しています。いえ、この場合は私と……?」

「どっちでもいいさ。これでやりやすく、なった!」

 レバーを握る手に力と意思を込める。目元と、目じりから頬にかけての線――まるで涙の筋のように、そこがボンヤリと熱を帯びた。

「これは……カメさんの、巨影に力を分け与えるあの色が」

 この時、機龍の目元から頬にかけての赤いラインが、まるで俺の力を取り込んだように、赤紫色に変色していた。

 機龍の目に光が戻り、身を起こす。それと同時に座席の角度も正常に戻っていく。

 視界がグンと高くなり、港湾都市を広く見渡せた。ギドラは痺れを切らしたように飛翔し、背後からモスラを追い立てていた。乱れ飛ぶ三本の黄色い光線を、モスラはすんでのところで躱していたが、反撃に転じることは簡単そうではなかった。

 そこへ、これまで静観していたゴジラが動き出す。顔の動きから照準はモスラに絞られているようで、間もなく背びれにエネルギーを溜め込み始めた。

「カメさん!」

「ああ! 行くぞ、機龍!」

 機龍の背後でジェットが唸りを上げる。急激にかかるGが全身を押し潰そうとした。しかし機龍(オレ)は暗転しそうになる視界を押しとどめ、ゴジラへと突進していく。

「うおおぉぉぉっ!」

 かくして、事態は四つの巨影による混戦へともつれ込んだ。その力がもたらす損害はまさしく、戦争と言って差し支えないものになるだろう。

 




今回の選択肢

「どうします、迂回しますか!」
①突っ込む!→本編通り
②迂回しよう→安全にたどり着く。イージーモード?


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stage18:巨影大戦争 ④

前回までのあらすじ

故障した機龍の元へ走る主人公たち。
ゴジラとギドラの戦闘を潜り抜け、機龍の修理を始める。
ゴジラに狙われたとき、モスラとコスモス姉妹が現れ危機を脱する。
モスラの援護を受けて機龍に搭乗し、戦線に復帰。
ゴジラ、キングギドラ、モスラと機龍という三つ巴の混戦となる。


「うおおぉぉぉっ!」

 雄たけびと共にゴジラに突進する。ゴジラも機敏に反応し、口腔の奥の青白いエネルギーをこちらに覗かせた。

()()()だ!」

 ゴジラの口元を目掛け、右手に残ったレールガンを撃ち放つ。ユーコのサポートもあってか、みごと口腔内に吸い込まれた弾頭が喉奥で火花を散らし、ゴジラはたまらず顔を伏せた。それと同時に溜め込んでいたエネルギーも霧散していく。

 その一瞬の隙さえあれば、機龍の機動力が彼我の距離を埋めるに充分だった。体を捩り、右半身からゴジラに衝突していく。

 しかしゴジラは、レールガンの連射が途切れた一瞬の内に体勢を立て直し、機龍の突進を真正面から受け止めた。

「ぐうぅっ……!」

 歯を食いしばり、満身の力を込めてゴジラを押し込んでいく。二体の足元で地割れのようにアスファルトが砕け、進路上のビルは次々に粉砕される。

 しかし……優勢とは感じられない。当たっただけで分かる馬力の差。まるで巨岩を必死に押すリスのような気分だった。

 その感覚通り、やがてゴジラの足裏がガッチリと地を掴み、勢いは減衰していく。より一層の力を籠めんと俺が強く踏み込んだ瞬間、ゴジラはひらりと身を躱して機龍の力を受け流した。

「なっ!?」

 予想外の技巧に出し抜かれ、機龍はゴジラに振り回されるようにたたらを踏む。続けざまにゴジラは剛腕を振るい、バックユニット右の砲身を破壊した。

「ぐっ!」

 機龍と意識を同調させているせいか、その衝撃が俺の体にも伝わったように感じる。これで直線軌道のロケット砲は左右ともに使えなくなった。

「右手でゴジラを掴んで!」

 ユーコの声に従って、体勢を崩されながらも右手を伸ばし、ゴジラの左腕を掴む。

「メーサーブレード展開!」

 右手のレールガンユニットからナイフのような刀身が飛び出し、先端がゴジラの腕に突き刺さる。突然走った痛みに、ゴジラは顔を上げて吠えた。

 更に、刀身から迸った電流がゴジラの全身を駆け抜ける。ゴジラは苦悶に呻き、その動きを止めた。

「よし……!」

 効いている、その実感から笑みが浮かんだ。しかし直後、黄色の電流の中に見えた青白い光に我に返る。

「退いて!」

 ユーコの警告にも反応しきれなかった。ゴジラは熱線でレールガンユニットを焼き切ると、押しやるように機龍の腹部へ前蹴りを放った。その衝撃は俺の腹部にも走る。

「うぐっ!」

 あまりに重い一撃に機龍は大きく吹き飛ばされ、俺は、さながら自動車事故にでもあったような感覚だった。

 頭からビルに突っ込み、降り注ぐ瓦礫で視界は埋め尽くされる。倒れ込んだ衝撃はコックピットを激しく揺さぶり、俺は強かに頭を打ち付けた。

「カメさん!」

「あ、ああ、大丈夫……まだいけるぞ、俺はな」

 機龍との繋がり、エヴァになぞらえれば“シンクロ”とでもいうのであろうか、その感覚が途絶えている。急ぎ操縦桿を握り直し、再び目を瞑って機龍に意識を溶け込ませていく。

 見えてきた光景は、仰向けになって見上げる夜空だった。周辺のビルも損壊が激しいため、都会らしくない広い漆黒だった。

 その中で、キングギドラとモスラが激しく衝突していた。圧倒的な機動力を誇るモスラはギドラの横合いを通過する度、斬りつけるように翼を打ち付けてギドラを苦しめている。

 しかし攻防の全ては紙一重で、今度はギドラの放った引力光線がモスラの翼に命中した。

「モスラ!」

 ユーコが叫ぶ。モスラは大きく姿勢を乱しこちらに落下してきた。そして機龍に衝突する直前、大きく翼をはためかせて、何とか落下を防いだ。吹き降ろす強風が、瓦礫まみれの街の埃を巻き上げる。

 その時、モスラを背後から追撃せんとするギドラを捉え、反射的に叫んだ。

「メーサー砲!」

 口を開くイメージを強く送れば、機龍の体もその通りにする。そして口腔内の二門の砲身から黄色の光線が放たれ、ギドラの体を穿つ。

「モスラはやらせない……!」

 不意を突かれたギドラは痛みに鳴き声を上げ、飛行には乱れが生じた。

 しかしそこで、腹部に重く掛かった圧力に光線が途絶えてしまう。がはっ、と肺の空気が漏れ出した。

 歩み寄ってきたゴジラが機龍の腹部を踏みつけていた。こちらを見下ろす凶暴な瞳と視線が噛み合い、強く睨み返す。

「ゴ、ジラァ……!」

 しかし、なんという質量か、まるで起き上がれる気配がない。まるで……山と戦っているようだ。

 ゴジラの背びれが発光を始める。口腔の奥に青い光が見えた……その瞬間。

 視界の外から突如飛びこんできた金色の巨影が、ゴジラに衝突して体勢を乱れさせた。

「ギドラまで……!」

 その飛び蹴りのような突進の勢いにゴジラは後退し、機龍の体が自由になる。

「ブースト!」

 その瞬間にバックユニットと機龍本体のブースターを点火し、最大出力で離脱する。背びれを地面に擦れさせながら後退し、距離を置いて姿勢を直立へと戻す。

 見れば、ギドラは身を宙に浮かせたまま、三本の光線を足元のゴジラへと、稲妻のごとく降り注がせていた。苦痛からくるものか、ゴジラの咆哮が轟き、ギドラの甲高い声がそれを塗り潰す。

 凄まじい光景だった。各所から黒煙が立ち上る都市の中央で、自然災害を象ったような超生物たちが、禍々しい光を放って激突している……

『先ほどは助かりました』

 コスモス姉妹の声に視線をやると、上空すぐそばでモスラがホバリングしていた。

「俺たちこそ。けど、これからが正念場だ」

「一体どうなるんでしょう……」

 二体の戦闘を正面に、ユーコが不安げにそう漏らす。

「勝った方が俺たちの敵になるだけだよ」

 ゴジラが勝とうと、キングギドラが勝とうと……俺たちはそのどちらかを、必ず倒さなくてはならない。

「都合よくウルトラマンが助けてくれるわけでもない……ユーコ、機龍はまだ使ってない武器があるよな?」

「分かるんですか?」

 驚いたようにユーコが問う。

「細かいところは分からないけど、なんとなく」

「……機龍の胸部に“アブソリュート・ゼロ”という兵器があります。絶対零度の光弾で物質を瞬時に凍結させ、分子レベルまで破砕。しかしエネルギーを大きく失います」

「もうそれしかないな。二対一で何とか隙を作れれば……」

『では、私たちがその役目を負います』

「危険ですよ? もし巻き込まれたら……」

「しかし他に適任はいません」

「大丈夫、モスラなら直前で躱せます」

 姉妹の言葉に、任せておけと言わんばかりにモスラが鳴く。俺は信頼を込めて微笑んだ。

「頼んだ。俺たちも外せないよな、ユーコ」

「……はい!」

 決心したようにユーコが応える。

 その時、戦況が動いた。

 ギドラの光線はゴジラの全身を包み込み、苦しめていた……しかし、その黄色の発光が徐々に、背びれへと集約されていく。

「まさか、吸収してる?」

 ユーコがうわ言のように呟く。

 ギドラは呆気にとられたように光線を止め、すぐさま離脱しようと翼をはためかせる。しかしゴジラは既にギドラの足を掴み、その自由を奪っていた。

 そしてゴジラはゆっくりと照準を合わせ……放った。

 青と金から成る、都市を昼のごとく照らすその光線がギドラを穿つ。数秒の間にギドラは眩い光に包まれ、都市の直上で大爆発を起こした。

 白とも赤とも、黄色ともとれる爆炎が街を包み込み、凄まじい爆風が湾岸都市に吹き荒れる。その中心に立つ影はたった一つ。天に昇る炎と煙に向かって、ゴジラは勝どきの如く大きく吠えた。

「腹ぁ決めるぞユーコ!」

「とっくに!」

 モスラがゴジラへと飛んでいく。機龍は大きく上体を屈め、バックユニットを射出する。まっすぐ飛来した群青のバックユニットを、ゴジラは正面から受け止めた。しかし充分な距離をとって加速し、今なおブースターが燃え続けるバックユニットはそう軽いものではない。ゴジラも踏ん張るものの、二本の足跡が瓦礫の中に刻まれていく。

 とは言えそこはゴジラ。やがて完全に停止し、ブーストの途切れたバックユニットを投げ捨てる。衝撃でユニットは爆発を起こした。

「今だ!」

 充分に接近したモスラが、ゴジラの正面で強く羽ばたき始めた。生み出された強風の中に、金色に輝く粒子が舞い踊っていた。

「あれは……」

「鱗粉です! 効果は――」

 その時、鬱陶しそうに唸ったゴジラが熱線を発射した。いや、厳密に言えば発射()()()()()()。金色の鱗粉の中で熱線は乱反射し、“線”の形をとらずゴジラの口元で小規模な爆発を引き起こした。

「あれです! 光線の無効化! アブソリュートゼロは光線とは性格が違うので、問題ありません!」

「なるほど、あれならゴジラの攻撃は届かない……モスラに意識を向けている隙に」

 胸部の装甲を展開し、巨大な砲門を剥き出しにする。

「そこに、叩き込む」

 深く息を吐き、操縦桿を握りなおす。

 ゴジラはつかず離れずいるモスラに苛立ち、既に機龍は眼中になさそうだった。集中し、狙いを定める。

「……今だっ!」

 叫んだ途端、身の内から湧き上がってきた得体の知れない()()が、俺の動きを止める。

「な……!?」

 体が熱い。眼球が奥から押し出されるような血の滾り……

 




このモスラは鱗粉を使っても大丈夫なタイプのそれです
そしてアブソリュートゼロ鱗粉へっちゃら論はでっち上げです


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stage18:巨影大戦争 ⑤

前回までのあらすじ

モスラとキングギドラ、ゴジラと機龍で戦闘となる。
ゴジラに押し倒された機龍はとどめを刺されそうになるが、ギドラの乱入によって危機を脱する。
ギドラの激しい攻撃を逆に吸収し、ゴジラはギドラを爆殺。
主人公たちは、ゴジラの隙を突きアブソリュート・ゼロを浴びせようと画策していた。
いざ発射の寸前、しかし主人公に異変が起こる。


 

 古い町並み……昭和、それも戦後間もない日本か? 

 燃えている……戦時でもないのに。ああ、これだ。焔に揺らぐ影の形……ゴジラ。

 家々を潰し、焼き払い、破壊を尽くす巨大な影。

 戦車も戦闘機も、関係ない。全てがガラクタ。全部、蚊が刺すようなものだ。

 

 海の底で眠っている……

 海底のあれは、人? 潜水服を着た人だ。

 眼帯なんかつけて、強面だな。でも恐怖は感じない。

 人っていうのは小さく……脆く、儚く、見つけるのも一苦労。

 彼は何を持っている? あれは……容器、カプセル?

 なんだ、泡が……

 

 ああ、なるほど……すごいな。

 溶ける、消えていく……ゴジラ(おれ)が、骨だけになって……

 

 

「カメさん!」

 はっとして目覚める。息は乱れ、冷たい汗が全身を覆っていた。

「今、のは……」

「まずいですゴジラが、いえ機龍が!」

 機龍の目を通した光景が、真っ赤に染まっている。 機龍はユーコと俺の統制下から既に離れ、こちらの意思を介さぬ咆哮を……まさしくゴジラのような咆哮を上げた。

「これは、暴走か!?」

 五年前にも機龍は原因不明の暴走を起こし、ゴジラを取り逃がしたうえ、都市に甚大な被害をもたらした。機龍が通過し、中央に大きな空洞の空いたビルが、強く印象に残っている。

「はい! 今すぐ脱出を……!」

 その時、機龍はブースターを全開にし、ゴジラへと突進した。そのGに押しつぶされ、立つことも叶わない。

『機龍!?』

 コスモス姉妹が驚愕の声を上げる。

 モスラは機龍の突進を機敏に回避するが、ゴジラは間に合わない。機龍はゴジラの口を塞ぎながら、反対の手で肩を押さえ、そのまま都市の上空へと連れ去って飛行する。

「なに、を!?」

『今すぐ機龍から脱出してください! 機龍はそのまま、ゴジラと共に果てるつもりです!』

 姉妹は焦燥を浮かべて叫ぶ。

 幸いにして、ゴジラを持ち上げたことで機龍の飛行速度が落ちた。今ならなんとか動ける。

「ユーコ、ハッチを――」

 その言葉が終わる前に、メンテナンスブースのハッチが開いていく。冷たい烈風がブース内に吹き荒び、風切り音に包まれる。

「なんだ?」

「カメさん、これ!」

 姿を現したユーコの言葉に振り返れば、コックピットのモニターに“THANK YOU”の文字が表示されていた。

「これは、機龍……?」

 ブースを見回す。返事はもちろん無い。が、そこに俺は“意思”のようなものを感じていた。

「そうか、あの夢は……キミの記憶なんだな。機械(メカ)に象られたゴジラ」

 機龍はゴジラの骨を基礎として造り出された。眼前のゴジラは謂わば子孫。であれば、ゴジラと共に逝かんとするこの行動の意味は……

 ユーコが立体機動装置に変身し、ハッチの傍にアンカーを打ち込む。俺はぐっと身構えながら、機龍に別れを告げた。

「俺こそ、ありがとう。機龍……」

 ワイヤーが巻き取られ、その勢いのまま俺は外界へと飛び出す。白銀に煌めく機龍の背びれの間を通過し、湾岸都市の沿岸部へと落下していく。

 朝焼けの空の中に、ゴジラの影が二つ、飛んでいく。ふと、機龍の胸元に青い光を見た気がした。胸に灯る青……俺はどこか、ウルトラマンの影をそこに重ねていた。

「きついですよ、堪えて!」

 手近なビルにアンカーを打ち込み、人体が耐えられる限界とも思える圧力を受けながら、落下速度をゼロにしていく。内臓が飛び出るのかと本気で危惧した。

 そして地面まで残り二メートル弱、というところで、全身の軋みと共に落下は止んだ。どっと汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。

「はあ、し、死ぬかと思った……今回は本当に……」

「あぶな、かったですね」

 ユーコの声もどこか疲労を滲ませていた。そういえばこの湾岸都市に来た時、彼女も疲れが出ていると言っていた。

 これが終わったらしばらく活動を休止するか、と考えていた時、湾の中央に機龍とゴジラは突入した。次の瞬間、機雷が爆発したような巨大な水柱が立ち上がり、それは落下する前に、瞬く間に氷結した。

 刺々しくも美しい、巨大な氷山が朝焼けの中に屹立する様は、どこか幻想的に見えた。朝の静謐な空気の中、俺はそれに見入っていた。

「カメさん……」

「ああ、どうした?」

「……すいません」

 何を言う暇もなく、俺の体は落下した。ほんの二メートル足らずだったが、あまりに突然で地に転がるより他なかった。

「ユーコ!?」

 ユーコの変身が解けている。彼女は力なく座り込み、その存在感は今にも消えてしまいそうな程に希薄だった。

「どうしたユー、コ……!?」

 思わず伸ばした手が、彼女の肌に()()()。彼女は体温というものを感じさせない……温かくも、冷たくもない。

「なんで、いったいどうなって」

 辛そうに顔を伏せるユーコを、横抱きにする。彼女の整った顔立ちを、こんな至近距離で見たのはいつぶりだろうか。

「言わなきゃ、いけないのは……でも、邪魔したくなくて……」

「邪魔? 言うって、何を……」

 彼女の目が俺を見上げる。どうしようもなく、瞳が澄んでいた。

「私、新しい巨影が、現れるたび……力を吸収されてました。あれは元々、私の力で生み出された、ものだから……」

 息を呑む。ユーコと出会った時、彼女は黒い巨人に狙われており、結局は力の殆どを奪われてしまった。黒い巨人はいくつかの巨影を解き放って消えたが……しかし仮に、巨影に再三エネルギーを吸収されていたとしたら。……ここまでの旅路を想起し、血の気が引く。

 彼女が巨影の出現を予見できたのも、位置を把握できたのも、正体を悟れたのも、全ては巨影と()()()()()()から。その繋がりが、こんな意味を持っていたなんて……

「そんな……いつ、それを……?」

「サーガを、見送ったとき……私の手、一瞬、透けて見えて……」

「……クソッ!!」

 思わず叫ぶ。なぜ気づけなかったのかという後悔、気づいたところで俺にはどうしようもなかったという無力感、絶望感に叫んだ。

 ふと、思い至ってユーコに問う。

「なあ、それ以外に……力を使うことって、あるのか……」

 ユーコは黙して、僅かに視線を逸らした。

「頼む、もう全部言ってくれ、頼むから……」

「……変身も、同化も……」

 予想通りの答えに顔を伏せる。叫びだしたい気持ちを抑えながら聞く。

「なんで……言ってくれなかったんだ」

「私、カメさんが……巨影を追ってるカメさんが、好きだから……力に」

「馬鹿だ! キミは馬鹿だ……どうしようもなく、見くびってくれる……」

「ごめんなさい……ごめんなさい、私……」

 ユーコが涙を流す。こめかみを通って俺の腕に落ちた涙は、空気に溶けるように消えた。

「やめろ、俺だろう、謝るのは……ユーコ」

 彼女の額に俺の額を合わせると、堪えきれなかった涙が零れ落ちる。その雫は彼女に当たらず、俺の膝に落ちた。

 その時、洋上の氷柱が粒子状に砕ける。その中から姿を現し、吠えたのは……ゴジラだった。それはこれまでと比べ、明らかに弱弱しい咆哮だった。海上に上半身を顕わにした姿で、じっとこちらを見据える彼の胸元には、深い傷跡が刻まれていた。

「ゴジラ……」

 その瞳が何かを物語っているように思えて仕方がなかった。機龍の記憶を見てしまったから、余計に。カメラを通さず見るゴジラは……恐ろしいとも、美しいとも感じた。

 ゴジラは黙して振り返り、朝焼けの大海原へと鷹揚に去っていく。その背後で海面が泡立ち、白銀のゴジラ……機龍が浮上してきた。右腕と胸部が破損していたが、その雄姿は健在だった。

「……これで巨影は見納めだ」

「カメさん……」

「何も言うなよ。もう、ここまでだ」

 彼女は頷き、俺の胸に顔を埋め、無言のままに泣いた。俺はそっと、彼女を抱き締めた。

「帰ろう、首都に。また下町に家でも借りよう。そこで、せめて最後まで……」

 朝日を受けて鈍く艶めく機龍が、静かに洋上に佇んでいた。

 




『SAYONARA』と言われるほど絆育んでないですよね。


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stage19:調停と裁定の巨影 ①

前回のあらすじ

機龍が暴走を始めるが、その真意はゴジラと共に自らも果てようというものだった。
主人公たちは機龍から脱出、機龍は海中でアブソリュートゼロを放つ。
それはゴジラに深手を与えるに留まったが、撃退に成功。
機龍も損傷を受けながら生還した。
その時、ユーコに異変がある。
彼女の力は巨影に注がれ続けており、消滅は時間の問題だった。
主人公は巨影を追うことをやめ、首都にて残りの日々を過ごすことにした。


 首都の外れ、時代に取り残されてしまったような下町。高くとも二階建て程度の木造家屋が所狭しと立ち並ぶここは、しかし奇妙なほどに静かだった。

 まだ営業している希少な商店へと向かう途中でも、すれ違うのは高齢者ばかり。かつてここにあった活気、響き渡る子どもの声は、今はしんとして聞こえない。

「あれ、あんたまだおるんかい」

 商店のおばあさんが意外そうに俺を見た。

「俺は最後までここにいますよ」

「肝が据わってるねぇ。みんな逃げちまったっていうのに」

「仕方ないですよ。これだけ被害が出ればナイーブにもなります」

 巨影による壊滅的な被害が全国各地に出る中、首都に大きな被害が無いことは、逆に人々の不安を煽り立てた。

『次にゴジラ級の災難が降りかかるとすれば、首都である可能性が高い』などという根拠のない論調がなまじ広がり、集団疎開よろしく首都住民の地方への避難が流行りだす頃には、もはや消火のしようもない状況だった。

 燎原の火の如く混乱は広がり、首都は現状を晒している。すっかり過密は解消され、過ごしやすいと言えば確かに過ごしやすい。この下町も空き家だらけになり、ハウスキーパーとしての役目も買われて、下宿先は格安で見つかった。

「ふん、地方に行こうがどこ行こうが、巨影ってのは出てくるじゃないか。……ま、老い先短いババアの度胸にゃ誰も敵わないだろうけど!」

 彼女は豪快に笑う。久々に人の笑い声を聞いた気がして、俺も口元が緩む。傍から見れば引きつった笑顔だったかもしれない。

 

 食料の買い出しを済ませ、下宿先の民家の戸をくぐる。

 畳が敷かれた居間の窓辺に腰掛け、心中で静かに彼女を呼ぶ。ぼんやりと浮かび上がった女性の輪郭が、俺の隣に静かに座った。

「どうだい、調子は」

「ええ、良いですよ」

 ユーコはこちらを見て、薄く微笑んだ。彼女は淡く光を纏い……その光が俺には、中空に融け出していく命を思わせて、見ているだけでふとした焦りを覚えてしまう。今にもこの時間が終わってしまいそうで……

 俺の開きかけた口は呼吸を繰り返すだけで、何を言うこともできない。ここ最近ずっとこの調子だ。以前はユーコとどんな会話をしてきたのか、まるで遠い過去のようだ。

 そんな俺の様子を察してか、ユーコは笑みを浮かべたまま、そっと俺の手を握った。その感触が、実在を感じさせない体温がとても()()()て……俺はしばらくされるがままに、子どものように彼女と手を繋いでいた。

『カメさん、ユーコさん』

 突如響いたコスモス姉妹の声に、思わず繋いだ手を離そうとしてしまうが、それをぐっと引き留めたユーコの手を、俺は思わず見つめてしまう。

「お久しぶりです、お二人とも」

 コスモス姉妹は畳の上でカーテシーの礼を取る。

『ユーコさん、その後はいかがですか』

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 二人と会うのは、港湾都市での戦い以来になる。全てが終わった後、この状態のユーコを見た時の姉妹の表情は、今思い返しても胸が締め付けられる。

 姉妹がユーコに近づき、手をかざす。曰く、これは簡単な触診のようなものらしい。

『やはり、ですね』

「……そうか」

 彼女らは言葉を濁したが、要するに何の変化もなく……ユーコは消滅へ向かっている、ということだ。

 俺もそれ以上聞きたくなくて、話題を逸らした。

「そっちはどうだい」

 姉妹の表情が曇る。

『状況は悪化しています』

「巨影の出没は範囲と頻度を上げ、今や世界中がパニックです」

「中でも人間を積極的に襲うギャオス、巨人の増殖は、非常な脅威です」

「だろうな……」

 俺がここに籠ってからというもの、特に被害が広がっているのがこの二種だ。その恐怖は人類全体に蔓延し、大規模な混乱は歯止めが効かない状況にある。

「統制が敷かれてはいますが、使途の襲撃も重なり、この国の戦力は疲弊しています」

「そうか。機龍の修理中はエヴァくらいしか手札がないし……かなりキツくなってきたな」

『モスラも、全力で戦っています』

 四つの小さな瞳は強い光を湛えていた。

「ああ、ありがとう。おこがましいけど、人類代表として」

「でも、危なくなったら逃げてくださいね」

 俺たちの言葉に、姉妹もようやく朗らかな笑顔を見せてくれた。しかしすぐに、その表情も陰る。

『これから戦いは更に激しさを増すでしょう。私たちも、しばらくはお二人にはお会いできないかもしれません』

「……今日はその挨拶でもあったわけか」

『はい』

 一瞬、場を静寂が支配した。

「いろいろ、ありがとうございました」

 明るく声をかけたのはユーコだった。彼女の言葉を聞いて、姉妹の目元が悲しげに落ちる。

「お二人とモスラのおかげで、私もカメさんも助かりました。本当に……」

『こちらこそ、助けていただきました』

 姉妹はユーコの手に自らの手をかざす

『あなた達の日々にどうか安寧を……さようなら』

 

 姉妹が姿を消した後、俺たちは同じ姿勢でぼんやりと座り込んだままだった。窓から差す陽光は既に赤みを帯び、畳に落ちる俺の影を引き延ばしていた。

 その時、携帯がメールの着信を知らせた。その鳴動する様を、俺はぼんやりと眺めていた。

「カメさん」

「いいんだ。叔父さんも義理で送ってるだけさ。気にしてないよ」

 あれから叔父には、短い文章だけを送っていた。

『俺は降りる』

 たったこれだけの内容に、叔父もただ一言『分かった』とだけ返信をよこした。

 それ以降もこうして巨影の情報を事務的に送ってくるあたり、俺の心変わりを期待している節もあるだろうけど、その乾いた態度が今はありがたかった。

 

 日が沈み、空に紅と紺のコントラストが生まれ始める頃、おもむろにユーコが言う。

「覚えてますか?」

「何を?」

「私たちが一つになった理由」

 そう問われて想起する、俺たちの出会い。謎の黒い巨人に力を奪われたユーコと、深い傷を負わされた俺。お互いが助かるには、一体化しか(すべ)はなかった。俺の傷を癒す傍ら、彼女は俺の体を媒体とすることで生存し、徐々に力を回復させる……そのはずだった。

 頷くと、ユーコは視線を逸らし俯いた。

「その、カメさんの傷は……」

「……傷は?」

 彼女が一つ息を吸う。

「もう治ってます。いえ、実を言うと……もっと早く治ってたんです」

 意外というか、全く意識の外にあった事柄だけに、少し反応が遅れてしまった。その沈黙をどう捉えたか、彼女は正面からこちらに向き直った。

「ごめんなさい。私……」

「待ってくれ、謝ることないだろ」

「いいえ。私、その……私自身も、治ってたんです。少なくとも地球から逃げ出せるくらいには」

 堰を切ったようにユーコは言い、また沈黙が部屋に満ちた。その言葉の意味を考えるが、彼女の瞳に映る俺の影がやけに気にかかった。

「逃げていれば、こんな事態にならなかったかもしれないのに、私は……」

 彼女の瞳が水気を帯びて、俺の影が揺らぐ。

「キミは……」

「……一緒にいたかったんです。あなたと駆け回る日々が楽しくて、終わらせたくなくて、わたし――」

 それ以上の言葉を紡ぐ前に、彼女の細い体を抱き寄せた。喉が震えて声も出ない。ただどうしようもなく、離れがたく、華奢な肩を掻き抱いた。ユーコも震えながら俺の体に手を回し、互いに強く引き寄せあった。

 既に空には星が瞬き、寂寞に沈む都市を見下ろしていた。

 

 何日も、そのように過ごしていた気がする。呆れるほど簡素な食事を取り、彼女と並んで座り、旅路の思い出を語らい、小さく笑ったり……

 夜になると、互いに抱き合って眠った。いや、そうすることでしか俺は眠れなくなっていた。

 朝になれば、すぐに彼女の存在を確かめた。お互いの目が合うと、微笑んで挨拶を交わし……この繰り返しだ。

 穏やかな時間だった。近しい人との唐突な別れもあることを考えれば、このような日々も悪いものではないと思えた。

 しかし俺は――恐らくは彼女も、この時間が長く続かないことを直感していた。理由は無い。ただ漠然とそう思えただけだった。

 

 果たしてその日はやってきた。

 ユーコが木目の天井を、その先の遥か天上を見上げ、息を呑む。それがこの日々の崩壊の合図だった。

 

 光を帯びて空を覆い死を運ぶ(おお)いなる(つわもの)の神――巨大な炎がやってくる。

 



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stage19:調停と裁定の巨影 ②

前回のあらすじ

首都の下町に戻った主人公たち。
激戦に身を投じるコスモス姉妹との別れの挨拶も済ませ、二人は穏やかに最期の時間を過ごしていた。
しかし、首都には滅びの炎が迫っていた。


「今すぐこの街から離れて!!」

 昼下がり、ユーコが叫んだのは突然だった。俺は事態を呑み込めず、目を丸くしていた。

「ど、どうしたんだ?」

「ここにもうすぐ……来る。災厄そのものが」

 ユーコの取り乱しようは尋常ではなかった。この能力に幾度となく救われてきた俺は、二の句を継がず家を飛び出した。カメラだけは置いていけなかったが……みみっちい未練というやつだ。

「私が今――」

「やめろ! ……俺が何とかする」

 ユーコに力を使わせまいと、思わず大きな声で制止をかけてしまう。黙って頷いたユーコを尻目に、前々から目星をつけていた駐車場へ向かう。

 砂利の駐車場の車列は既にオーナーが避難しているのか、一台でも抜けがある状況を見たことが無かった。その内の一台に近づき、躊躇いなくドアガラスを砕くと、ダッシュボードを破壊し、キーシリンダーごと配線を抜き出す。

「あの不逞の輩の話も聞いておくもんだ」

 不逞の輩とは当然我が叔父である。古い車種なら余裕だぜ、と語るその悪辣な面構えと言ったらなかった。

 間もなく、エンジンの鼓動が車体を震わせた。

「よし!」

「……すいません、こんなことを」

 ユーコが俯いているが、俺は叔父を模倣していかにも卑しく笑う。

「カメラマンに善悪なんか無い。必要かどうかさ」

 

 現在走行している首都高速道路は、人口減少の煽りで車両が少なく、平時にはありえない密度と速度で巡航していた。快調に盗難車を走らせながら、防音壁の向こうにそびえるビル群に目をやる。車を走らせて十と数分、まだ首都に異変は見られない。

「なあ、やっぱり勘違い……じゃないよな」

「もちろん……今にも、というくらいに」

 ユーコの透き通るような肌はそもそも血の気というものを感じさせないが、それにしても顔色が優れない。

 その時、車に影が掛かり、ふと窓の外に目を向ければ、()()は既に青空を覆いつくしていた。まるで垂れ込める暗雲のように巨大で且つ暗澹たる姿が、何の脈絡も無く街に覆い被さっていたのだ。

「え?」

 思わず呟く。

「ああ、来てしまった……! 調停と裁定の影……巨神兵」

 人の姿をとってはいるが、骨に薄い筋肉だけが張ったような異形。背部には光り輝く棒状の組織が三対六本、翼のように生えており、背後には宗教画の如く光輪が現れている。

 そんな異様な巨影が細長い四肢を鷹揚に広げ、ビル街の直上を漂っていた。

「こいつ、いったい全長で何キロあるんだ……!?」

 あまりに巨大、あまりに規格外。これまで出会ったあらゆる巨影を遥かに凌駕するその巨体は、目測だけでキロメートルを優に超えているように思われた。

「カメさん、早く! 早く離れて……!」

「わ、分かってる!」

 ユーコの呼吸が荒い。この巨影の出現でまた力を奪われてしまったのだろう。その上この巨体だ、かなり危ない状態なのかもしれない。

 それもあって、俺は正面に向き直り首都高を飛ばす。他の運転手も巨神兵に目を奪われているのか、皆一様にスローダウンし、一部は既に路肩に車を寄せていた。

 それらを左右に避けながら走行し、ちらと巨神兵を見やるが、サイズ感のせいで距離をとれているのかまるで分からない。

 更にここでカーブに差し掛かり、巨神兵との距離が一時的に縮まりそうだった。ユーコの顔が不安に歪む。

「このまま行こう。この先またカーブで離れるし、首都から出る。大丈夫だ」

 このまま漂っているだけならな、とは口にできなかった。

 果たして悪い予感の通りか、巨神兵に変化が現れる。突然眩い光に包まれたと思うと、それが収まれば、かの巨体は十分の一程度にか小型化したのだ。

「なんだ? 随分控えめになったな」

 それに油断してつい軽口を叩いてしまうが、ユーコの表情はまるで晴れない。

 小型化した巨神兵は体勢を変え、ゆっくりと地上に降り立った。地に足が付くと背部の翼が縮小し、光を放つ突起物となる。

 小型化したとは言え、まだ巨影の中では最大級を誇るであろうその姿は、住宅街に降り立ったこともあり際立っていた。

「どことなくエヴァに似てるな……」

 細身のシルエット、やや猫背の体勢、ヘルメットのような頭部の形状。似通った部分は散見されるものの、見ているだけで感じる悍ましさのようなものは、むしろ初号機の覚醒状態のそれに近いか。

 などと思っていると、巨神兵はゆっくりと移動を始めた。そこに能動的な破壊行動は無く、ただ目の前の障害物を避けずにいるだけ、というように見られた。

「なあ、あいつはいったい何を?」

 ユーコの返事が無く見やれば、その華奢な肩が震えていた。

「ユーコ?」

「あれは……小さくなったのは、ただそれで()()だと判断したから……」

「充分?」

 巨神兵がぴたりと歩調を止め、腰を落とす姿勢を取る。

「どうした、急に止まって……」

「この世界を……終わらせるには、あれで」

 巨神兵の口元に、喉奥から何かがせり上がってくる。あれは……砲身?

「ユーコ、それはどういう――」

 その瞬間、薄紫色の閃光が車内を照らした。そのコンマ数秒の後に、激烈な爆炎が遠方で巻き起こり、そして数秒の後に凄まじい爆音がフロントガラスを叩いた。

「なっ……!?」

「走って!」

 言われるがままアクセルを踏み込む。

 巨神兵の放つ薄紫の細い光線が、住宅街を撫でるように一閃すると、数キロに渡って大爆発を引き起こし、町一つが一瞬にして爆炎の中に消える。その光線は地の果てまで続くかと思えるほどの射程を誇り、遥か遠方のタワーマンションの上部を焼き切った。

「嘘だろ、最悪だ! どの巨影よりこいつはヤバい!」

 その時、巨神兵の光線が街を横なぎに払い、首都高の直上を通過した。一瞬にして頭上を駆ける紫の光に首をすくめる。

「うおっ!」

 それが意味をなすほど低くを通ったわけではないが、しかし首都高の横合いに立つビルは悉く一閃に伏され、その断面は熱を放って赤く溶けだしていた。次の瞬間には、ペンキをぶちまけたようなデッドゾーンが進路上に出現する。

「止まれない、突っ切る!」

 アクセルを更に踏み込んで加速する。デッドゾーンの中央に差し掛かったところで、横合いのビルが()()()()()。断面から溢れ出た赤色の溶解液が、首都高に降り注いできたのだ。

 死に物狂いでデッドゾーンを駆け抜けると、背後から鉄板に水を落としたような音がする。何台かの車両がもろに被ってしまったようだった。当然、生存は見込めない。

 しかし安堵も哀れみも束の間、首都高の前方遠くを光線が通過し、付近の高架は切断されたミニチュアのようにあっけなく落ちた。

「くそ、降りるぞ!」

「は、い」

 近場の出口から一般道へ下り、混乱する街中を往く。今やそう多くもない自動車は信号も無視し遮二無二走り回り、歩行者は近場の建物へと避難していた。中でも頑丈そうなビルに大勢の人が逃げ込んでいったが、サイドミラーで確認した途端、そのビルに光線が命中し、一瞬にしてミラーが炎に埋め尽くされた。

 しかし、やるせなさを感じる間もない。俺は必死に他の車を躱しながら、巨神兵と距離を置くことだけに集中した。

 前方に、首都のランドマークとなる巨大な真紅の電波塔が見えてきた。しかしそれも、遥か遠方から放たれる一本の線が引かれた途端、赤黒い爆炎に包まれた。

 塔の中ほどから倒壊する最中、ゆっくりと落下する先端部分を更に光線が追い撃ちし、首都の顔たる鉄塔はほんの数秒で鉄くずと化した。

「なんだ、これは……!」

 ハンドルを切りながら、浮かび上がる恐怖と怒り、そして悲しみ。ほんの数分で首都は回復不能なダメージを負い、そこに住まう人々も……

 荒れた呼吸を押さえ込んでいると、ふと、絶え間なく響いていた爆音が途絶えていることに気付く。

「どうした、巨神兵は?」

 ユーコがはっと息を呑み、見上げる。

「上に!」

 突然、眼前に巨大な柱が降り注いだ。急ブレーキをかけて見やれば、それは巨大な指と掌だった。恐る恐るフロントガラスから直上を見上げれば、そこに巨神兵は浮かんでいた。

 この距離だからよく見える、筋線維が剥き出しの体表。口を覆い隠すような牙は鋭く、緑の瞳はエメラルドの如く輝きを湛えている。

 息を呑む間に、巨神兵は巨大な手を伸ばし、俺たちの乗る車体をがっしりと掴んだ。至近距離で見る指の、その大きさに心臓を掴まれたような気分になる。

「うおっ!」

 車体はゆっくり持ち上げられ、見る見るうちに周辺の建物が眼科へ消えていった。

「脱出して!」

「指のせいで、こいつ!」

 ドアを押さえる指を窓から蹴ってみるが、当然の如く動く気配は無い。

 巨神兵は体勢を変え、垂直の姿勢で中空に浮かんでいた。そして車両を掌に置き、まるで玩具を貰った子どものようにじっと見据え……いや、これはどちらかというと……

「俺、いや、キミを見てるのか?」

 ユーコが息を呑む気配がする。

 その時、後輪が掌から滑り落ち、臓腑が一瞬浮かび上がる。

「やばい、一回降りるぞ!」

「巨神兵の手に!?」

「そこしかないからな!」

 ドアを開け、巨大な掌に身を躍らせると、間もなく車は重力に引かれ落下した。これで、我が身一つとユーコしかここにはいない。

 巨神兵はやはり車を気にも留めず、ユーコのことをじっと見据えている。呼吸すら憚られる緊迫感の中、おどろおどろしい声が降りかかる。

『……マ……マ』

 まさに呼吸を忘れる、という瞬間だった。

「今、キミのこと、ママって……?」

「そんな……いや、私の力で生み出されたなら、そうなるんですかね……?」

 その時、巨神兵が僅かに首を動かし、俺を見据えた。その緑の双眸に睥睨された途端、冷たい汗が全身に吹き上がった。

「な、なんだ……」

『ママ……コイツ テキ?』

 巨神兵の目の奥が光を放つ。

「いいえ、いいえ! 違います! 敵じゃない!」

 ユーコが前に立って俺を庇う。しかし巨神兵はどこか不満そうだった。

『ママノ テキハドコ? ママノ タメニ タタカイタイ』

 言うや否や、巨神兵は光線を放った。遠方でまた大規模な爆発があり、ユーコは声を張り上げた。

「やめて! ここに敵はいない! いい子だから!」

『テキ イナイ コロセナイ テキドコ? ココイヤダ』

 巨神兵は収まりを見せず、再び光線発射の構えを見せた。

 その時、俺たちの背後の上空で光が迸った。振り向く間もなく、気づけば俺たちは先ほどとは違う、温かく穏やかな掌の上にいた。

 巨神兵は吹き飛ばされ、高層ビルを押しつぶして煙の中に消えた。

 見上げた先にいたのは、長らく姿を見せていなかった巨影の一人、俺たちが最も恩を持つ、光の巨人だった。

「キミは!」

 光そのものといった姿の巨人が、ゆっくりと頷く。そしてユーコに目配せをして、彼女に掌をかざした。すると、ユーコの体がたちまちに光を纏う。

「ユーコ!?」

「これは……力が分け与えられた? 少なくともここから逃げられるくらいには……!」

 ユーコが光を放ち、気づけば俺は彼女の変身する戦闘機のコックピットに座っていた。

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとう!」

 光の巨人に礼を告げていると、地上から件の光線が放たれた。光の巨人は半透明のバリアを張りそれを凌ぎ切るが、声音からかなりの力を要するようだった。

 光の巨人が目配せし、俺は一つ頷く。ユーコがエンジンを点火し、俺たちは首都上空へと逃れた。

 雲を超えるほどの高度まで到達した時のことだった。激しい衝撃が大気に響き渡り、首都上空の雲が消し飛び、代わりに暖色に染まるキノコ雲が首都に立ち昇った。

「首都が……」

「……でも、生きてるよ、俺たち」

 それだけを支えに、遥かに昇る雲を見上げていた。

 




巨神兵の大きさが違いすぎるのはこういう解釈で


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stage20:雲上、激突する巨影

前回のあらすじ

ユーコの警告を聞き首都から逃げ出す主人公の前に、巨神兵が舞い降りる。
圧倒的な力で首都を破壊しつくす巨神兵。
逃げる主人公たちを巨神兵が捕らえ、ユーコのことを母と呼ぶ。
その時、光の巨人が現れ、主人公たちの脱出の援護をしてくれる。
脱出の直後、首都に巨大なキノコ雲が立ち昇った。


 雲海の水平線に夕日が沈みゆく。コックピット内に充満するジェットエンジンの音にもすっかり慣れ、俺はいつしかそこに静穏すら見出していた。風防を通して臨む雲海の景色が――出力を落としているからとは言え――夜空の浸食以外に何の代わり映えもしないことも、それを助長していた。

 ずっと前から、コックピットには重苦しい沈黙が垂れ込めていた。それを破ったのはユーコだった。

「光の巨人は……無事でしょうか」

「……そう祈るしかない。どちらにしても、もう首都(あそこ)には戻れない」

 話が途切れる。楕円の夕日が目に見える速度で沈んでいく様。それが首都に昇った赤色のキノコ雲を彷彿とさせて、口元に卑屈な笑みが浮かんだ。

「あんなの反則だよな。無茶苦茶だ……。首都はもう、ダメだな」

 操縦桿を握り、俯く。

「次の首都はどこだろうな、やっぱり西かな? ああでも……もう無駄なのか」

 全てを手放し、背もたれに体を預ける。

「どこもかしこも、もう巨影の餌場か。国の終わりだな。その次は世界の終わりか」

 頭の後ろで手を組んで、星が瞬き始めた濃紺の空を見上げる。今日という日に限って、馬鹿ゝしいほどに美しかった。

「……なあユーコ。あの巨人に貰った力、まだ残ってるかい」

「……はい。しばらくは」

「そう。ならさ……逃げちゃおうか」

 ユーコの声がしない。俺は軽口を装って笑う。

「海外でもどこでもいいからさ、人の少ない所に行こうか。終末の日ってやつまで粘ってみよう」

 たっぷり間を置いて、ユーコの声が聞こえた。

「カメさんがそれを望むなら。私はあなたを最後のときまで守り通します」

 目を瞑って深く息を吸う。喉が震えていた。身の底から湧き上がってきた、ない交ぜの感情のままに拳を振り上げ……当たるものがユーコしかないと思い至り、震える拳を開いて風防に触れる。

「ありがとよユーコ……」

 そう言って首を横に振る。

 俺たちは当て所も無いまま、落陽の国の空を飛び続けた。東の雲海には真円の月が顔を出していた。

 

 俺はしばらく月を眺めていた。太陽が沈めば月を見る。これは一種の現実逃避だと思考の片隅にはあった。

 夜の帳が天球を覆い、眩い月光が雲海に深い影を落とし始めた頃。その満月の出ずる場所、遥か遠方の雲の動きに違和感を覚えた。じっと目を凝らした瞬間、ユーコが呟く。

「……来た」

 雲海を割り、巨大な影が飛び出した。極彩色に輝く皮膜を広げ、まるで浮かぶように月光にその姿を晒す。

「掴まって!」

 叫ぶや否や、機体は最大出力でその場から離れる。巨影は皮膜を大きく羽ばたかせ、雲海の上を滑るように接近してきた。その圧倒的な質量に雲の表面が波立つ。

「あれは!?」

「イリス! ギャオスの変異体です……!」

 イリスは凄まじい速力でこちらとの距離を縮めつつあり、次第にその異形も見え始めた。

 ギャオスの変異体と言ったが面影は薄く、シルエットは人間のそれに近い。前腕部は槍状の外骨格に覆われ、頭部もまた鋭利な外骨格がヘルメットのように覆っている。その奥に潜む単眼が不気味に光っていた。

 複数の長大な触手を持ち、その間に張った皮膜で飛行しているらしい。触手の先端は鋭利な矢じり状で、まさに全身を争いに特化させた姿と見て取れた。その特性は、かつて見たレギオンを彷彿とさせる。

「追いつかれる……!」

「やっぱり、こいつもその手の奴か……!」

「はい、間違いなく!」

 イリスは見る間にも近づき、やがて戦闘機の真後ろに位置取られた。

「触手が、避けて!」

 イリスが一本の触手を伸ばし、その軌跡には真紅のデッドゾーンが引かれた。機体をロールさせて回避するよう念じれば、ユーコはそれを汲み即座に回避行動をとった。

 その瞬間、触手の先端から放たれた金色の細い光線が機体を掠める。

「この光線!?」

「超音波メス! また来ますよ!」

 ギャオスの変異体というのは間違いではなく、かつてガメラとゴジラに対峙した個体が放ったものと瓜二つの光線だった。

 それを絶え間なく放つイリス。俺は時折振り返りつつ、デッドゾーンを頼りに上下左右に躱し続ける。全く運が良いことに、常に紙一重ではあるが直撃は免れていた。

 しかしイリスは触手を更に一本伸ばし、二本同時にエネルギーを蓄え始めた。

「嘘だろおい、クソッ……!」

 悪夢のような光景に悪態が漏れる。二本の触手は照準を定め、一層眩く光を放った。

 その瞬間、ユーコが息を呑んだ。

「下に!」

 言葉を言い切るよりも早く、雲を巻き上げて巨大な影が浮上した。イリスはその巨体に押され、体勢を崩し後退する。

 コックピットの横に巨大な顔が並ぶ。鋭利な牙が覗く口を開き、鼓膜を響かせる声で巨影は鳴いた。

「ガメラ!」

 両腕を翼のように広げたガメラが出力を落とし、後方のイリスに接近していく。

「ガメラはギャオスと戦っています、その強力な変異体であるイリスとも……!」

「何にしてもありがたい! 今のうちに!」

 ガメラは巨躯に見合わぬ機敏さでぐるりと反転し、ジェット噴射による急制動でイリスと激突した。イリスは脳髄に響くような声音で鳴き、またも体勢を崩される。

 しかし今度はいち早く立て直し、ガメラを振り切ってこちらに最接近してきた。

「また来ましたよ!」

 ふと疑問に思う。なぜこの場において最大の脅威であるガメラを無視してまで、こちらに接近するのか? 

 その答えは得られぬまま、追いすがるガメラの横からの体当たりを受けて、イリスの追走は再び妨害された。しかし今度は耐えかねたのか、イリスも負けじと体当たりを仕掛けた。

 二体の巨影は苛烈なレースを繰り広げるように衝突を繰り返しながら、俺たちを追走する。その衝撃を背に感じながら、思わず笑みが零れた。

「生きた心地がしないよ、ったく」

 その時、状況が動く。ガメラはひと際強くイリスに衝突し、反動で二体に距離が生まれた。その距離を使いガメラは旋回し、吹き飛ばされたイリスに正面からの体当たりを仕掛けた。

 体勢を崩されたイリスは真正面からこれを受け、ガメラの勢いに押し込まれ続ける。ガメラは体当たりしたまま腕部と頭部を甲羅に収納し、四肢の穴からのジェット噴射によって高速回転を始めた。この攻撃にはイリスも苦悶の声を上げる。

「おお!」

 感嘆の声を上げるのも束の間、イリスの触手がガメラの背後に回り超音波メスを放った。ガメラは回転によって逆に傷を広げてしまい、苦痛の鳴き声を上げる。

「ガメラ!」

その時、戦闘機の主翼に緑色の液体が付着し、衝撃で機体が僅かに揺れる。

「ガメラの血、です」

「ガメラ……!」

 不利を悟ったガメラが距離を置いた途端、逡巡も無くこちらへ迫るイリス。

「来やがった!」

 再び背を向けるように逃避を図る俺とユーコ。

 徐々に距離を縮められるが、イリスの背後にも回転を続けるガメラが迫りつつあった。誰が真っ先に対象に追いつくか、という状況の中で、ガメラの後方に煙を引く二つの光を見る。

「あれは?」

 ユーコの疑問に答えられないまま、それがガメラに命中し爆炎を放ったことで、ようやく正体を悟る。

「ミサイル!?」

「そんな、なんで!」

 悲痛な鳴き声と共に、ガメラが爆炎に包まれる。

「繁華街か……! 犠牲が出すぎたんだ」

 思い当たるのは、首都の繁華街で突如勃発したガメラとギャオスの戦い。ガメラは周囲に気を配る余裕も無く、結果として数千という犠牲者を出すに至った大惨事。これで人間側も黙っているわけにはいかなくなった、ということか。

 その一瞬、ガメラを案じ視線が逸れた数秒が致命的だった。視界の端が金色に染まる。

「ああっ!」

 ユーコの悲鳴が聞こえると同時に、機体が大きく揺れる。そして天地が入れ替わり、俺たちは急激に落下していった。逆向きのGを浴びながら外を覗けば、片側の主翼が中ほどで切断されていた。

「ユーコ!」

 叫ぶや否や、全身に冷風が打ち付けられる。俺は着の身着のまま、遥か上空に放り出されていた。夜空の中のイリス、その後方から迫るガメラの無事な姿を見届けながら、重力に引かれ落下していく。

「カメさん!」

 声の方を見やれば、変身の解けたユーコがこちらに手を伸ばしていた。俺は体勢を変え彼女の手を掴み、俺たちは互いに抱き寄せ合った。

 満月が照らす雲の海を頭上にして、ただ粛々と、定められたように地上に向け落ちる。その中で俺は、彼女の存在をこれ以上無いほどに実感していた。彼女の頭を胸に掻き抱きながら、この存在を守りたいと強く願った。

 やがて雲海に没し、ユーコ以外の何物も見えなくなった時、彼女と俺は目を合わせた。

「カメさん……私、楽しかったです」

 一体となっている俺たちの間に、風切り音など介入できない。彼女の声は耳で捉えるわけではない。

「俺の方が楽しんだ」

「そうかも」

 俺が笑って言えば、彼女もくすりと笑う。しかし、その表情に混ざる感情はもっと、別の……

「私、あなたが好きです」

 ユーコの目が真っ直ぐに俺を射抜く。彼女の言葉に、俺は……

「ああ、俺もキミが好きだよ」

 そう返した。それは家族や友人、恋人に向けるそれとは、また違うものだろう。

 ユーコは柔らかく微笑んだ。彼女から俺に、何か温かいものが流れ込んでいるように感じた。

「ユーコ?」

「私の力の一部です。それで少しでも長く――」

 ひゅっ、と息を呑む間に、ユーコが俺の腕を振りほどいた。

「――生きて、カメさん」

「待っ……!」

 必死に腕を伸ばすが、ユーコの姿はすぐに霧中に消える。

「ユーコ、どこだ! ユーコ!」

 聞こえない。風切り音しか、俺に聞こえるものはない。

「ユーコぉぉぉぉっ!!」

 寒い、あまりに寒い夜空を落ち……やがて雲を抜ける。

 そこは古都。この国の歴史が綴られ、受け継がれてきた場所。その都には今、赤い焔が点々と灯り、黒々とした煙が立ち昇っている。

 古都が、燃えていた。

 




今回の選択肢

ユーコの目が真っ直ぐに俺を射抜く。彼女の言葉に、俺は……
①「俺もすきだよ」→本編通り
②「俺も好きだよ」とキスをする→恋愛ルート
③しどろもどろになる→穏やかに笑う
④「俺は別に」と突っぱねる→悲し気に笑う


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stage21:巨影に沈む都市 ①

前回のあらすじ

首都から逃げ出した矢先、上空にてイリスに遭遇。
追いつかれそうになるが、ガメラが間に割って入る。
上空で激突するガメラとイリス。
その均衡は自衛隊のミサイルがガメラに命中したことで崩れ、ユーコの変身する戦闘機は撃墜される。
変身が解け落下する最中、ユーコは別れを告げ、主人公から分離する。
落下した先の古都には、火の手が上がっていた。



 古都を焼く炎、立ち昇る黒煙に息を呑む。

「何が起きてる……!?」

 その時、視界の端に流星のようなものが瞬く。見やればそれはまさしく流星の如く夜空に線を引く光球であったが、直感的にそれがユーコであることを悟った。

「ユーコ!」

 咄嗟に手を伸ばすが、それは遥か遠い位置にあり、やがて放物線を描くように古都の中央駅付近に降下し、見えなくなった。

「ユーコ、なんで……!」

 なんで俺から離れるんだ。その問いは口に出せぬまま、いよいよ地上が近づいていた。常人ならば当然助からないが、ユーコに分け与えられた力によってそうはならない、と感覚で理解できた。

 その認識の通り、俺の体は淡く光を纏い、降下速度が徐々に緩まっていく。そして最後には水底に降り立つが如く、黒いアスファルトの車道にゆっくりと着地した。淡い光はすぐに消失し、俺は身一つで、炎上する古都の只中に立たされた。

 付近に火の手は無いが、停電しているのか街灯が灯っておらず、薄暗い。そこに火災の熱を乗せた風が吹き込み、肌に汗を滲ませる。低く垂れこめる厚い雲には炎の色が映っていた。

「どうなってる……いや、まずユーコだ」

 なぜ離れたか。ともあれ動機はきっと単純で、俺のためを思ってのことだろう。

「冗談じゃない、キミはまだ分かってないのか」

 だからと言って、このまま逃げ出すことはない。久々の孤独の中で、その肌寒さ、うら寂しさを感じながら、中央駅へ向かう決意を新たにする。

 まずは適当な移動手段を、と考えていたその時。複数の巨大な足音がこちらに迫っていた。足の裏に伝わる振動に緊張が走る。

 音の方向を見ていれば、やがてビルの影から体高八メートルほどの巨人が現れ――

『どりゃあぁぁぁ!』

――続けざまに、それを押しやるイングラム二号機が姿を見せた。二体は道路脇の街路樹を巻き込んで倒れ込み、二号機が馬乗りの体勢になった。

「イングラム!? どうして……!?」

 うつ伏せに押さえ込まれた巨人が暴れるが、イングラムは素早く拳銃を取り出し、そのうなじに銃口を向けた。

『往生せいやあぁぁぁっ!』

 二発、三発とレイバーサイズの銃弾が撃ち込まれ、巨人のうなじの肉を爆散させていく。やがて巨人は完全に停止し、全身から白煙が立ち昇り始めた。

 突然の出来事に呆気に取られていると、イングラムの一号機と白い指揮車が遅れて到着した。

『先行するなと言うとろーが!』

『臨機応変というものだ! 巨人の大量発生などマニュアルには無い!』

 指揮車と二号機のパイロットが言い争いを始める。北方都市の病院で邂逅した時と同様の光景に、少し肩の力が解ける。

『それよりほら! あの人じゃない?』

 一号機が俺を指さす。突然の指名に驚いていると、二機と一台は俺に近づいた。

『あんただな、巨影サイトのカメラマン』

「は、はい」

 今や“元”と付くが、と説明する時間も惜しいので、指揮車からの質問に素直に頷く。

『安心してくれ、俺たちはあんたの護衛につくよう命令されて来た』

「護衛、命令?」

『あんたの望む通りにさせろ、だとさ』

「なんですかそれ……!?」

 全く予想外の事態に目を回す。そんな俺を見下ろしながら、二号機からも疑義が上がる。

『俺も未だに分からん。この非常事態にカメラマンの護衛など』

「非常事態って、今どういう状況ですか!?」

『知ってて撮影しに来たんじゃないの?』

 一号機の女性パイロットは意外そうに呟いた。

『簡単に言えば巨人の大量発生。この手の現象があっちこっちで起きるもんだから、俺たちゃ遠征に継ぐ遠征よ』

「そう、ですか」

 重苦しい空気が張り詰めた一瞬、一号機パイロットが深く息を吸った。

『私も、正直納得いかない』

『おい』

 指揮車の声がたしなめるが、彼女は止まらない。

『だって今も避難してる人が、それを襲う巨人がいるのに!』

『だったら片端から倒すのか? 弱点以外銃もろくに効かないバケモンだぞ!』

『でも……!』

 彼女たちの口論に拳を握りしめる。俺としてもこの命令の意図は分からないし、関知するところでもない。しかし、俺を中心にして彼らが衝突する構図は実に居心地の悪いものだった。

『聞け! 俺は正直、この人に何かあると踏んでる。この命令を正当化するだけの何かだ』

 全員の視線を感じ一筋の冷や汗が背中を流れるが、俺は一つ深呼吸をする。

「俺は……巨影の正体の、一端は知ってます」

『それは、サイトに載せた情報ではなく?』

「それだけじゃなくもっと深い、深淵に近い部分です」

 彼らは黙して次の言葉を待った。俺は路肩に歩み寄り、駐車中のバイクのハンドルに触れる。

「証明はできない。説明してる暇もない。ただ、今から俺は中央駅へ行きます。あなた達の欲しがる“何か”っていうのもそこに」

 言葉を濁して煙に巻いている自覚はある。あくどいようだが、彼ら第二小隊が護衛についてくれるならばこれ以上は無い。しかし、それを唯々諾々と甘受するのもはばかられた。ゆえに、俺はこれ以上の言及は止めた。

「お好きにお願いします。俺は行くんで」

 バイクに跨って感覚を研ぎ澄まし、アクセルレバーを捻れば、重低音と共にエンジンの鼓動が始まる。これはユーコの力の応用だ。

 彼らの惑いを肌で感じていると、突如、無線を通した音声がイングラムのスピーカーから漏れ出た。

『面白い、ぜひ乗るべきだ』

 その凛とした女性の声は、以前に病院で聞いたものだった。確か、救援に来た自衛隊所属の緑色のレイバーに搭乗していたはず。

 第二小隊の面々も知らない仲ではないらしいが、しかし突然のことに困惑している。

『あなたは! しかし……』

『諸君が選択に迷うのならば、片方を受け持ってしまおう』

『それはどういう……?』

『もう見えてくるはずだ』

 ちょうどその時、上空に重々しいエンジン音が轟き始めた。

「この音は……?」

『まさか!』

 指揮車の声は何かに気付いたようだった。

 そして数秒後、古都の上空に大型の輸送機が五機、編隊を組んで飛来した。輸送機は街の上空を通過しながら、何か人型の大きな影を投下していく。その一つ一つが落下傘を開き、等間隔でゆっくりと下降してくる。

『こちら陸上自衛隊機械化空挺師団、ただいまより作戦に参加する。民間人は任されたし』

 イングラムの両パイロットは、その光景に感嘆の声を上げた。指揮者の彼だけが、投下された緑色のレイバーを見て叫ぶ。

『空挺のヘルダイバー! この短時間にこんな規模を……!?』

『鶴の一声だ。大したものだぞ、あのネルフという組織は』

「ネルフ……!?」

 その名が出てきたことに驚くが、第二小隊の面々に衝撃を受けた様子が無い。

『全面バックアップってわけか。あそこも何を知ってるやら』

「まさか護衛の命令を出したのって!」

『そのまさか。驚いたけど、こりゃ本気だな』

 イングラム二機が歓喜の声を上げる。

『凄い、これなら!』

『ぐふふ、心おきなくやれるぞぉ!』

『おい、だからって俺たちが強くなったわけじゃないんだ! 油断は――』

『ああ、それなら。諸君にネルフからの手土産がある』

 真上から吹き降ろす風に見上げれば、“NERV”の刻印が入ったVTOL機が、俺たちの上空でホバリングしていた。その下部にはコンテナのようなサイズ感の、無機質なボックスが吊り下げられていた。

 それを見上げながら、一号機が疑問を投げる。

『手土産?』

『ネルフ謹製、対巨人用イングラム専用兵器、だそうだ』

『おおぉぉぉぉっ!』

 二号機が特に狂喜乱舞とばかりに息を荒げている。この人に俺の命を預けて大丈夫なのか、と不安に思わないでもない。

 やがて地上へ投下されたボックスを開いた二号機が『おお、お、おお?』と素っ頓狂な声を上げて、その兵器を掲げた。電柱の如きその棒の先端はT字を描いており、ぱっと見はまるで……

刺又(さすまた)?』

『じゅ、銃は!? 銃はどこだ!?』

 二号機が銃器を探し求めて視線をさまよわせている。彼ほどではないが、俺もその兵器に少なからぬ不安を抱いていた。

『巨人の弱点はうなじ。そこを狙うには点ではなく線。銃は良い選択ではない』

『しかし、刺又でどうしろと!?』

『うわぁっ!?』

 一号機が弄っていた刺又のT字部分が発光し、甲高い音が鳴り響く。この特長を持つ武器を俺は知っていた。

「まさか、プログレッシブナイフ……!?」

『そう、これはエヴァの装備にも用いられる最新鋭の技術だ。何物をも切り裂くが、扱いには注意しろ』

『つまるところ、プログレッシブ刺又……?』

『なんかかっこ悪い……』

 指揮車も一号機もどこか気の抜けた声だったが、二号機はぐっと刺又を握りしめた。

『ええい、こうなりゃ何でもいい! 早く巨人を倒させろぉ!』

『落ち着け! いいか、イングラム二機が並行して先行する。距離を置かずあんた、殿(しんがり)が指揮車だ、ばらけるなよ』

「はい!」

 言われた通り、イングラム二機の背後にバイクをつける。イングラムの巨大な足がぐっと力を蓄える。

『中央駅の方に巨人は集中している。進むほど危険だと思え』

『了解!』

 全員が応え、俺は一つ息を吐いた。

『よし、行くぞ……突撃ぃ!』

『うわはははは!』

 二号機が心底楽しそうに笑った。

 




だって普通に戦ったら負けそうじゃないですか


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stage21:巨影に沈む都市 ②

前回のあらすじ

古都の中央駅付近にユーコは降下。
離れた場所に降り立った主人公は、彼女の元へ向かうと決める。
古都には巨人が大量発生していたが、主人公の護衛のために特車二課第二小隊が到着。
更に自衛隊の空挺レイバー部隊も投入される。
これらは全てネルフの手配したことだった。
主人公と特車二課はネルフの援助を受けて、ユーコのいる中央駅へと向かう。


『どけえぇぇぇい!!』

 突出したイングラム二号機が刺又を振りかざし、同程度の身長――身長八メートルほどの巨人の両腕を大雑把に切断する。

『こればっか!』

 一号機の女性は愚痴を漏らしつつも素早く接近し、巨人のうなじを撫ぜるように一閃。巨人は力なく倒れ、全身から白煙が立ち昇り始めた。

 一・二号機が足を止めて向かい合う。

『もう、はしゃぎすぎ!』

『とどめを譲ってやってるんだ! 文句を言うな!』

 不毛な喧嘩に指揮車の声が割って入る。

『やってる場合か! とにかく進め、足を止めたら巨人が殺到するぞ!』

 陣形を組み直し、歴史を残す街並みを猛進する。その最中、空挺レイバーと巨人の交戦する重低音が、古都のあらゆる方向から響いてくる。

 道中襲い掛かってきた数体の巨人を問題なく処理し、更に前進する中、|殿(しんがり)の指揮車が呼びかける。

『いいか、二体一の状況から殲滅が理想だが、十メートル級以上は足止めで上等。最悪迂回もある』

『なぜだ、こいつさえあれば!』

 二号機が刺又を持ち上げて見せる。

『考えろ、98式(キュッパチ)は全高八メートルだぞ! 十五メートル級はそのおよそ倍だ。武器がどうあれ荷が重いんだよ。特にお前みたいな猪突猛進の馬鹿にはな』

『なんだとぅ!?』

 その時、背筋をせり上がっていく悪寒に、思わずバイクを止めて上空を見やる。殿の指揮車にも慌ててブレーキを踏ませることになった。

『おい、何やってんだ!』

「……こんな風に感じてたのか、ユーコ」

『何を――』

 古都上空に垂れ込める暗雲に虹色の光が差し込んだ光景を前にして、指揮車の声も止まる。イングラム二機も足を止め、その光景を見上げていた。

 そして雲間からゆっくりと、イリスが姿を現した。触手に張った皮膜から虹色の光を放ち、重力を無視するかのような速度で舞い降りる姿は、禍々しくも美しいものだった。

『なんだ、ありゃあ……』

 二号機が思わずといった体で漏らす。

『あれがガメラとやりあった巨影ってやつか……』

『動き出したよ!』

 イリスはゆったりとした歩調で、俺たちと目的地を同じく、中央駅へと歩き出した。その狙いを察し、俺はバイクのハンドルを強く握る。

「あいつも目的は同じだ! 中央駅!」

『なんでそんなこと分かる!?』

「あそこに()()からだ!」

 上空でも執拗に俺たちを狙い続けたイリス。その目的は恐らく、ユーコだ。巨影がユーコから生み出されたものであれば、その身に宿すエネルギーの基となるのは当然ユーコである。

 彼女をどうするつもりか、具体的には分からないが、この悪寒と胸騒ぎは決して間違いではないはずだ。

「頼む、時間がない! あいつより先に行かなくちゃ!」

『……いよいよ、信憑性が出てきたな!』

 イングラム二機も頷き、俺たちは駅方向に向き直って走り始める。

 しかしその出鼻を挫くように、間もなくパイロットたちが叫んだ。

『前方、十五メートル級二体!』

『十メートル級も一匹いるぞ!』

 先行する二機の足元から通りの先を覗けば、道路脇の民家を焼く火が風に踊り、その逆光の中で三体の巨人の影がゆらりと蠢いていた。十五メートル級の巨人の口元には、人のものと思わしき両足が突き出ている。その巨人が上を向くと、丸呑みにされるように口腔へと消えた。

 喉を鳴らした巨人がこちらに振り向き、その無機質な瞳で次なる獲物を見下す。こうして比較することで分かる、大型の巨人の威圧感。

 それに気圧されてか、イングラム二機が足を止めた。

『どうするの!?』

 一瞬の間を挟み、指揮車の声が応える。

『迂回するしかない!』

『それでは間に合わん! 突撃するべきだ!』

 二号機だけは闘争本能剥き出しに、猪の如く今にも突進しそうな様相だ。

 ふと横合いに目を配れば、民家の屋根の向こうにイリスの姿を捉える。ゆったりと、しかし確実に、中央駅へと進行しつつある。イリスにとって足元をうろつく巨人やレイバーなど何の脅威でもないのだろう。

『……あんたが決めていい』

 その言葉に驚き、指揮車を見据える。

『迂回じゃ間に合わないかもしれない。強行突破するってんなら、あんたの進む道ぐらい作ってやる』

 イングラム二機も即座に頷いてみせる。彼らの決意を受け、俺の中で重い葛藤が巡る。

 ユーコは救う。なんとしてでも。しかし、そのために彼らに危険な橋を渡らせるのか? いや、大型の巨人を避けるのはあくまで慎重論からだ。それにネルフの武器もある。もしかしたら勝てるかもしれないじゃないか。

 巨人たちがこちらに歩み寄ってくる。イングラム二機は刺又を構えた。……両者の歴然たる体格差を前に、俺の中の楽観論は霧散した。

『急げ! 全部無駄になるぞ!』

 そう、一秒をも惜しむ時だ。得るべきものを前に、ベットするべきものを選ぶ時。

 俺が選ぶべきは――捨て去るべきは。

『俺は……!』

 その時、凄まじい咆哮が炎の壁の向こうから響き渡った。その声の主を、俺は知っている。

「まさか、()()()のか……!?」

 次の瞬間、かの巨人――地方都市で、巨大樹の森で、幾度も俺たちを救ってくれた男型の巨人が、炎の壁を突き破って姿を現した。

 先頭を歩いていた十五メートル級の巨人にそのまま飛び掛かり、的確にうなじに喰らい付く。二体はもつれ倒れ込むが、起き上がったのは男型の巨人だけであった。ぷっと、食いちぎったうなじの肉を吐き捨てる。

 突然の闖入者に、残る二体の巨人が猛然と襲い掛かるが、男型はやおら拳を掲げる姿勢で構えた。それは間違いなく、知性ある武術の構えだった。

『なんだよ、あいつは……』

 指揮車から漏れ出す声に答える。

「大丈夫、味方です」

 今は、とは継ぎ足さなかった。前回の女型に対する暴走状態を考えれば、俺の中に警戒が残るのは仕方のないことだった。

 しかし今の彼にその兆候は見られない。見事なミドルキックで十メートル級の頭部を粉砕すると、続けざまに襲い掛かってきた十五メートル級の巨人を躱し、頭部に腕を回してヘッドロックの体勢をとる。

 巨人は痛みに怯むことなどないが、男型は当然把握していた。そのまま前方に走り、自身の足を前に出すように跳躍。巨人をうつ伏せの体勢に引き倒しつつ、落下の勢いで首の骨をへし折った。

『ブ、ブルドッギング・ヘッドロック……』

 圧倒されたように二号機パイロットが呟く。プロレスの技名だろうか?

 動きを止めた巨人のうなじを踏み砕き、男型の巨人は息を荒げながらこちらに振り向いた。イングラム二機が警戒の構えを取る。

 その時、立体機動装置を装備した対巨人部隊が、幾筋もの煙を宙に引いて到着した。彼らは次々に地面に降り立ち、その内の一人が指揮車に歩み寄る。

「こいつは大丈夫だ! 人類側の巨人だ」

『そんな巨人が……』

 そして彼は俺に目を向けた。

「これから俺たちもお前の護衛に入る。駅までの道は切り開いてやる」

「は、はい!」

「では行くぞ! あの巨人が先行する!」

 そう言って、彼は部隊員の元へ早足で戻る。

『俺たちはサイドに回るぞ!』

『了解!』

 一号機、二号機が声を合わせ返答する。

 いったい、俺はどれだけの人に助けられている? ……ネルフがどうやって俺の行動を把握し、何の目的で助けてくれるのか、まるで分からないが、しかし。今目の前にいる彼らの強い意志だけは肌で感じられる。信じられる。

 脳裏に描かれるユーコの姿に、両の拳を強く握りしめる。彼女を守ることが、今俺にできる唯一のことだ。

 その時、男型の巨人がハッとして曇天の夜空を見上げた。俺も僅かに遅れてその気配に気付き、上空を仰ぎ見る。イリスも歩みを止め、同様にした。

「……ガメラ」

 厚い雲から突出した巨大な影――ガメラが、ジェット噴射により古都へ急降下してくる。その音で皆もガメラの存在に気付いたらしく、一挙にざわめきが広がる。

 ガメラは下降したまま、イリスに向かって火球を放つ。二発、三発と立て続けに飛来した火球を、イリスは普通以上に伸長させた触手によって悠々と弾き飛ばす。そして軌道が逸れた火球は点々と古都に落ち――雲まで届きそうな大爆発を引き起こした。その光量と熱に思わず目を瞑る。

 次に目を開いたとき、そこには激しく燃え盛る、古都の変わり果てた姿があった。イリスを挟んで反対側の地域に着弾したため俺たちに被害は無いが……逆であったのなら、まず間違いなく助からなかっただろう。そしてあの炎の中にはまだ多くの避難民や、救助に当たっていた自衛隊員も……

『これが……巨影』

 一号機の女性が、畏怖を滲ませて呟く。男型巨人が喉の奥で唸りを上げた。

 ガメラは中央駅の直上まで降下すると、急激に角度を上げ水平に戻し、駅ビルを掠めるほどの低空飛行に移る。更にそこから体勢を起こし、足からのジェット噴射で急制動をかけた。木造から成る古都の家々を白煙に覆い隠し、吹き飛ばしながら、ついにガメラはイリスの前に降り立った。

 燃え盛る古都の中央で、二体の巨影が相対する。異様なほどに静まり返った瞬間だった。パチパチと、木造の家の燃える音だけが俺たちに届いていた。

 天上を覆い隠していた暗雲に、いつの間にか裂け目が走っている。そこから覗く星々は不変の様相で瞬いており、地上の炎熱を僅かに冷ましてくれるように感じられた。

 




今回の選択肢

俺が選ぶべきは――捨て去るべきは。
『俺は……!』
①迂回だ
②突撃だ
③(時間経過)
→全て本編通りエレン巨人介入。強制イベント


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stage21:巨影に沈む都市 ③

前回のあらすじ

イングラム先導の下、中央駅へ向かう主人公。
その最中、上空よりイリス降臨。同じく中央駅へと歩き始める。
先んじるために急行するが、大型の巨人と出くわしてしまう。
戦闘か迂回か逡巡していると、エレン巨人が乱入し道を開く。
対巨人部隊も参入し中央駅へ向かおうとする中、上空よりガメラ降下。
火球を放つがイリスに弾かれ、古都に甚大な被害が出てしまう。
ガメラが降り立ち、二体の巨影が相撃つ。


 睨みあうガメラとイリスを見ながら、ふと思い至り、呟く。

「イリスをユーコに近づけさせないように……?」

 ガメラは中央駅を背に庇うようにして、イリスの前に立ち塞がっている。今にして思えば、上空での立ち回りにもその意思が見て取れた。

 バイクの空ぶかしで全員の注目を集める。

「ガメラはイリスを止めようとしてる! 行くなら今しかない!」

 圧倒的な破壊を前に立ち尽くしていた彼らも、さすがと言うべきかすぐに表情を引き締め、それぞれ持ち場に走る。

『ねえ』

 一号機の女性に声をかけられ、イングラムの頭部を見上げる。片膝をつくその白い機体は煤に汚れ、周辺の火を反映させ橙色に染まっていた。

『私たちって……今、正しいことしてるんだよね』

 一瞬、答えに窮する。コックピット内の彼女の顔は見えないが、その声音が不安を物語っていた。

「正しい、と思っても、結果は誰も分からない。本当はもっと良い選択もあったかもしれない」

 これまで、あらゆる場面で選択を迫られ……現状はこれだ。ユーコの言う通り、俺たちがもっと早くに別れを選んでいれば、また別の未来もあったかもしれない。

 しかし、とイングラムの緑色のバイザーを見つめる。その奥のカメラは、じっと俺を捉えていた。

「だから、結局は“悔いなき選択”をするしかないんだと思います。俺にとってはこれこそが……」

『……そうだよね』

 一号機は立ち上がり、改めて刺又を握りなおす。彼女の中で選択は済んだようだった。

 ふと視線を移せば、かの男型巨人と目が合った。彼は横目に俺を見つめた後、先陣を切るべく背を向けた。

「全員準備はいいか!」

 対巨人部隊のリーダー格の男が、手のブレードを掲げて振り返った。それに呼応し、他の隊員も雄たけびを上げる。

「行くぞぉ!」

 かくして男型巨人は駆け出し、隊員らは立体機動装置で宙へと飛び上がる。それに続く形で、レイバー率いる第二小隊と俺も走り出した。

 それを合図としたかのように、ガメラとイリスが互いに距離を詰め……間もなく、激突した。両者の咆哮が古都に響き渡る。

 

 対巨人部隊を名乗るだけあって、彼らの戦いぶりは無駄がなく洗練されていた。小型・中型の巨人だけならば、全員が単騎でも撃破できるほどの腕前。十五メートル級の大型巨人が相手となれば、まず隊員が先行し手足を斬りつけ無力化。そこへ男型巨人が強襲し一挙に殲滅、というように、戦術と役割分担が見事に整備されていた。

 しかし、かの自衛隊の女性隊員が言った通り、中央駅へ近づくにつれ巨人はその頭数を増した。

「前方に五体!」

「くっ、おいアンタら! 小型を任せてもいいか!」

『了解!』

 隊員に問われ即座に了承したイングラムの二人は、刺又を構え小型の巨人を相手取る。

 このように、対処は殲滅から俺の通過までの足止めへと移行しいていく。その中で犠牲者が出てしまうのも……これも、選択の先にある結果だった。

 移動中に隊員の一人が、全く意識の外から伸ばされた巨人の手に、がっしりと胴体を掴まれてしまった。彼は助けを求めるでも悲鳴を上げるでもなく、「行け!」とだけ俺たちに叫んだ。

 皆、一瞬の迷いはあったと思う。引き返せば助けられたはず。しかしそうしなかった。

 時折、ビルの合間からガメラとイリスがその巨体を覗かせる。膂力ではイリスが勝るのか、ガメラを少しずつ中央駅方面へと押し込んでいた。ゆえに全員、一刻の猶予もないことを理解しいていた。

 彼を背後に取り残しひた走る中、ふとバイクのミラーを覗き込む。彼を食らおうとする何体もの巨人が手を伸ばし、腕を、脚を掴み、そして……まるで子供が取り合いの末、玩具の人形を壊してしまうかのように……

 そこで視線を切り、前方に向き直った。既に中央駅の巨大な駅ビルは正面に迫っていた。

 

 近づくにつれ、激しい銃撃音が鼓膜に響く。そして駅前のロータリーに至った時、状況を理解した。

 煙を昇らせ消滅していく巨人の骸が、点々と転がっている。中には破壊された空挺レイバー――確か名をヘルダイバー――も数機見えるが、パイロットの生死は分からない。

 そんなロータリーの中央で健在のヘルダイバー二機が、五体は下らない巨人を相手に立ちまわっていた。右腕の速射砲で体の一部を吹き飛ばし、接近してナイフでうなじを斬る。非常に効率的な戦闘をしているが、いかんせん数が多い上に体格で劣る。

 それもあって守勢になりつつある中、男型の巨人が駆けつけて大型の巨人に殴りかかる。殴り飛ばされた巨人を無視し、男型巨人はどこか嬉々とした様相で、残る巨人との乱戦へともつれ込んだ。突然の事態に、ヘルダイバー二機は身を引いて戦局を見守る。

 そんな中、ヘルダイバーの片割れが接近するこちらに気付いた。

『待っていたぞ!』

 その凛々しい声は通信でも聞いた、かの女性自衛隊員のものだった。語らう間など無く、ロータリーに続く大通りから続々と巨人たちが押し寄せてくる。

「俺たちがここを守り抜く! その間に行け!」

「はい!」

 巨人たちに向かっていく部隊員。ヘルダイバーは射撃によって巨人を牽制する。俺は第二小隊に先行され、巨大な駅舎の入口に向かう。

 高さ三メートルほどの中央口の前で、イングラム二機は左右に避け道を開けた。俺の後方の指揮車が呼びかける。

『行け行け、いつまで持つか分からんぞ!』

「はい!」

 バイクに乗ったまま中央口のゲートをくぐり、駅舎内に突入する。

 そこは巨大な吹き抜け構造になっており、天井と片面は全てガラス張りになっている。細かい骨組みは走る様は、どこか植物園を彷彿とさせた。

「ユーコ……!」

 バイクを降り、ユーコの気配を探る。未だ僅かに繋がりが残されているのか、弱弱しくはあるが、彼女の気配らしきものを感じる。

 その時、各階層へと続くエスカレーターの陰から、体高三メートルほどの巨人がゆったりと這い出てきた。不気味なほどに満面の笑みを浮かべたその顔が、ぐるりと傾いて俺を捉えた。

「なっ……」

 息をするのも忘れるほどに、全身が硬直する。その隙に巨人はこちらに駆け寄り――

『そりゃあぁぁっ!』

 俺の背後、中央口のゲートから、イングラム二機がスライディングの体勢で滑り込んできた。二機はその勢いのまま刺又を振るい、巨人をいくつにも切断した。

『まさか中にもいるなんて!』

『まったく虫みたいな奴らだ!』

 威勢よく立ち上がる二号機の頭部にアンテナが見えず、小さく火花が飛んでいる。恐らく、ゲートをくぐる際にぶつけて破損したのだろう。

 間もなく、どこに潜んでいたのか、小型ばかりではあるが、何体もの巨人が姿を見せ始める。しかし彼らはそれに怯まず、二号機など「ぐふふ」と不気味に笑い始める始末。

『上等じゃねえか! 一匹も逃がさんぞぉ!』

 叫び、飛び掛かっていく二号機。一号機は呆れた雰囲気を醸し出しつつも、俺に振り向いた。

『あの人が引き付けてるうちに早く!』

「あ、ああ!」

 彼らに背を向け、ユーコの気配を感じる上階へと、停止したエスカレーターを上っていく。その途中で立ち止まり、戦闘に参加する一号機に呼びかける。

「ありがとう! まずくなったらすぐに――!」

『もっちろん! ちゃんと“選ぶ”よ!』

 この緊迫した状況に見合わず、溌溂とした声で返す一号機のパイロット。その声に背を押され、床板をガンガンと踏み鳴らし駆け上っていく。

 

 五、六階分ほど上ったところで、ユーコの気配を顕著に捉え始めたが、しかし姿が見えない。

「ユーコ、どこだ!」

 気配を辿り、壁面側の背の高い出入り口を抜ける。そこはバルコニーのような広場になっており、接近しつつあるガメラの甲羅がよく見えた。広場へ下りる短い階段の先に、俺はようやくユーコを見つけた。

「ユーコ!」

 駆け寄り、倒れ伏すユーコを抱き起す。弱弱しく燐光を発する彼女が、ゆっくりと目を開いた。

「カメ、さん……?」

「そうだ、俺だよ。分かるか?」

「ええ。……来ちゃったんですね」

 諦めたように、ユーコは目を瞑る。

「別れ方が悪かったな……計画失敗だ」

 冗談めかして言えば、彼女は悲し気に表情を歪ませ、俺を見上げた。

「なんで……これ以上一緒にいても、巻き込むだけなのに……」

 その言葉で、腹の底から湧き上がってくる思い――怒りに、無理やり蓋をする。

「俺とキミは、一つだったろ? 今もそうだ。キミに降りかかるものは全部、俺のものだ」

 ユーコは黙して、また泣きだしそうな顔で俺を見つめた。その表情にふと怒りが薄れ、笑みが零れる。

「キミがいないと静かすぎるよ」

 ガメラの甲羅が、見上げるほどの眼前まで迫り、イリスの眼光が瞬く。もはや論議の猶予は無い。

 彼女を無理やり背負い上げる。存在を疑うほどに、彼女は軽かった。

 そして短い階段を駆け上がり、駅舎内に逃げ込んだ途端。壁面が破裂するように崩壊し、大量の瓦礫を巻き上げながら、二体の巨影は駅舎の内部へと突入してきた。

 




劇中使われる鳥丸口は京都駅の北側、でもガメラたちが戦ってるのは南側なんですよね。
なので今作では南側に鳥丸口がある設定です。


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stage21:巨影に沈む都市 ④

前回のあらすじ

イリスに先んじるため中央駅へと急ぐ一行。
犠牲を払いながらも、何とか先着。
既に空挺レイバー部隊が戦闘を開始していた。
続々と集う巨人たちとの戦闘を尻目に、主人公と第二小隊は駅舎内に突入。
内部に侵入していた小型の巨人をイングラムが相手取る間に、主人公はユーコの下へ。
衰弱したユーコを発見するが、時をほぼ同じくしてガメラとイリスも駅舎内へと突入してきた。


 凄まじい轟音と衝撃、舞い飛ぶ瓦礫によって、もはや歩行すら困難な状況だった。咄嗟にユーコを背に庇い、ATフィールドを展開して瓦礫を凌ぐ。が、その最中にユーコが物理的な干渉を受けないことを思い出し、こんな状況だというのにふと笑みが零れてしまった。あるいは、こんな状況だからこそか。

 そんな中、巨大な吹き抜け構造の駅舎内で、ガメラとイリスは再び組み合っていた。二体は位置を変えながら立ち回り……ひと押し、上回ったのはイリスだった。ガメラの巨体がガラス張りの壁面を突き破り、駅舎の外へと押し出されてしまう。

「ガメラ……!」

 轟音と共に、駅前のロータリーに仰向けで倒れ伏したガメラは、そのまま立ち上がらなかった。イリス、そして人間にまでも傷を負わされ、もはや限界が来てしまったのか。

 残心の如くガメラを見下ろすイリス。その隙に少しでも遠ざかるため、ユーコを担ぎ上げようとした、その瞬間だった。

 足元に広域なデッドゾーンが出現し、弾かれるように駅舎の天井を見上げる。二体の突入によってガラス張りの天井は損傷しており、その一部がまさに崩落する瞬間だった。格子状の巨大な骨組みが落下し、視界を覆っていく。

「くっ!」

 ユーコを抱きかかえてデッドゾーンの外へ跳ぶ。安全圏への離脱と同時に、背後から落下の衝撃と砂塵が押し寄せ、身を丸めてそれをやり過ごした。

「カメ、さん」

 ユーコが俺の名を呼ぶ。目を瞑っているため彼女の表情は分からないが、不安を少しでも晴らすため、俺は小さく笑っておいた。

 全てが収まった後に辺りを見渡せば、今いる階層から逃げ出す道が全て塞がれていた。階下へ向かうエスカレーターはガメラとイリスの戦闘により全て破壊され、屋上まで続く大階段との間には、ひしゃげた天井の骨組みが鎮座していた。

 そして何より……逃げ出すほどの時間は無いらしい。

 イリスの巨大な上半身が、俺たちの眼前に立ちはだかっていた。イリスは外骨格の奥の単眼を光らせ、じっとこちらを――ユーコを見下ろしていた。腹部と胸部の複数の発光器官が、これまでの青色から黄金色に変じている。それはイリスの歓喜を表しているようで、俺たちを照らす柔和な光は、ひどく悍ましいものに感じられた。

 座り込んだままのユーコを背に庇い、イリスを睨みつける。

「駄目です、逃げて……」

「……嫌だ。絶対嫌だ」

 右の拳を握りしめ、ぐっと腰を落とし構える。巨影に立ち向かうなど馬鹿げているが、それで良かった。逃げ出すより遥かに良い。

 その時、イリスの視線が俺に向けられた、そんな気がした。すると金色の発光が止み、通常の青色に戻る。恐らくだが、イリスの機嫌が損なわれたのだろう。

 そして、六本のデッドゾーンが俺に集約されるように現れた。ぞくりと全身が粟立ち、逃れようのない死の恐怖が津波の如く押し寄せる。今にも踵を返しそうになる足を、背に庇っている存在が止めた。

「AT、フィールドッ!」

 俺が叫ぶと同時にイリスの側腹部、三対の発光器官から計六本の触手が飛び出し、同時に襲い掛かってくる。

 これまでに類を見ない硬度のATフィールドを前に、ドラム缶ほどはありそうな太さの触手たちが弾き返されていた。

「ぐ、う……!」

 しかし、凄まじい勢いで体中のエネルギーが燃焼され、赤紫の防壁に徐々にノイズが生じていく。

「もうやめて!!」

 ユーコの声音が、悲痛な感情を乗せていた。

「迷惑です! 最初から迷惑だったんです! 私なんかに……!」

 視界がぼやけていく中、彼女の声だけはどこまでも鮮明に耳に届いた。

「黙れよ……!」

 だからこそ、俺は憤りを隠せなかった。

「ふざけるなよ、俺はキミと――!」

 パリン、と、それはあまりに呆気なかった。視界が急にブレて……気付けば全てが逆さになり、遠ざかっていった。ユーコが振り返り、俺に手を伸ばしている。全てがスローモーションだ。ゆっくりと、彼女の表情が歪んでいく。

 ああ……そんな顔だけはさせたくなかったんだけどな。

 突然現れた大階段が俺の体を打ち付けた……違う、俺が階段に落ちたのか。

 次に激痛が全身を巡った。口からは生温かいものが零れ出している。思考が痛みに集中しそうになるが、聞きなれた声にようやく意識が浮上した。

「――さん!」

 その声だってうまく聞き取れない。しかし……

 聞きたくなかった声を、出させてしまったな……

 イリスの腹部のひと際大きな発光器官が、まるで開花するように開いた。その中央に渦巻く黄金色の流動体が、周囲の空気ごと吸収を始めた。

 ユーコの体がゆっくりと、そこに向かって吸い込まれていく。彼女は必死に抵抗している。もう殆ど動かないであろう足を懸命に張り、命に食らい付いている。

「ゆー、こ……」

 彼女に向かって、血まみれの手を伸ばす。彼女も同じように俺に手を伸ばし……その足が地を離れた。声を出す間もなく、彼女は黄金色の渦の中に消えた。

 そしてイリスが腹部を閉じると、辺りは何事も無かったかのように静まり返った。イリスは最高のディナーの余韻に浸るように、じっとそこに佇んでいた。時折喜ばし気な鳴き声を発しながら……

「ゆ……こ……」

 未だに手を伸ばし続ける俺の周囲に、どこからともなく小型の巨人が二体、集まってきた。イングラムが処理しきれなかったのだろうか。彼らは、ちゃんと避難できただろうか。

 すいません、俺は……結局、こんな結果しか生めなくて……色んな人を巻き込んで、結局……

 意識が闇に沈殿していく。巨人たちが面白がるように、俺を至近距離から観察している。それもすぐに飽きたのか、やがて俺に手を伸ばした。

 食われて死ぬか、このまま逝くのか……どちらが早いかという状態。でも、なぜだか……

 ドクン、と心臓の音がうるさい。

 

 バチュン、という水音と共に、巨人たちが細切れになる。その異変にイリスも顔を上げた。

 巨人たちの死骸が蒸気を上げるその只中に……赤紫の光を放つ、一対の瞳があった。

「ユーコを……」

 その光は零れ落ちる涙のように、俺の頬に線を引いた。それはまさしく、機龍の如くに。

「返せッ!!」

 機龍、そしてエヴァを混ぜ合わせたかのような、到底人間のものではない凄まじい雄たけびを発し、半壊した駅舎内を怒りで満たす。

 イリスが本能で危機を察知したか、巨大な触手をちっぽけな人間に殺到させる。しかし銃弾の如く飛び出した俺を捉えるに能わず、触手の切っ先は全て空を切った。

『GURUAAAAAAA!!』

 もはやそれは言葉でも、声でもなかった。ただ猛りのまま、獣のように叫んだ。

 天井の残骸をひとっ飛びに越え、一気にイリスの腹部へと肉薄する。イリスは再び三対の触手を展開し迎撃を計ったが、両の手を振るえばそれも無数の肉片と化した。いつの間にか右腕はエヴァの、左腕は機龍の、それぞれの形を模した赤紫のオーラに覆われている。

 そのままユーコが吸収された腹部の発光器官に組み付き、右腕を大きく振り上げる。

『オオオオオォォッ!!』

 全力で振り下ろせば、表面を覆っていた皮膜の層が一挙に破裂し、かの黄金色の渦が露出した。イリスが苦し気に呻くが、それは俺にとって何の意味も無い情報だった。俺が求めたものはたった一つ。それを返してもらう。

 俺は躊躇いなく、黄金色の渦に飛びこんだ。

 

 そこは水底のように静かな場所だった。ユーコの気配を辿り進むうちに、彼女と歩んだ旅路が脳裏に想起される。

 衝撃的な出会いを経てから、ずっと巨影を追い続けた。いつも傍には彼女がいて、俺を支え、叱咤し、励ましてくれた。そんな日々も人生の中で言えば僅かな時間なのだろう。それでも、もはや俺には耐えがたいほどの孤独感があった。僅かな時間でも、俺たちはそういう絆を培ってきたんだと信じている。願わくは彼女も……

 そして、とうとう彼女を見つけた。眼球と瞼だけの巨大な瞳が見つめる、薄暗く不気味な空間に降りると、彼女はその中央に漂っていた。

「ユーコ!!」

 俯いていた彼女は、俺の声に顔を上げ、そして目を見開いた。

「カメ……さん」

「目ぇ覚ませユーコ! 帰るぞ!」

 その時、凪のように静穏だった空間が、途端に凄まじい暴風へと変じた。その風は俺を押し戻そうと強く吹き荒れ、しかしユーコは捕らえて離さなかった。

「駄目です、カメさん……」

「ユーコ……!?」

「これ以上、一緒にはいられません」

 彼女が目を瞑る。全てを諦めるかのように。

「なんでっ……!」

「どうせ、出たところでまた狙われるだけです。そしてまたあなたを……だから、もういいんです」

「いくらでも、巻き込めばいい!」

「嫌です、もう嫌なんです……」

 ユーコの目の淵から光るものが零れ、風に乗って飛来し、俺の頬で弾けた。

「だから、もう逃げてください」

「……ふざけるなよ」

 思わず顔を伏せる。

「どこか遠くへ。そこで最後まで、なるべく幸せに、生きてください」

「キミが言ったんだぞ……!」

「楽しかったです、カメさん。本当に……今まで、ありが――」

「俺に言ったんだ、ユーコ!」

 ユーコが息を呑む。

 巨影を追い始めたばかりの頃――湖の畔で、ゴジラの背を見送りながら、キミは言ったんだ。

 

『誓ってください。最後まで絶対に――』

 

「諦めるなあぁぁぁッ!!」

 ユーコが再び、目を見開いた。

「カメ、さ……」

「うおおぉぉぉぉぉっ!!」

 雄叫びを上げながら、吹き荒ぶ風を割いて進む。ユーコは泣き出しそうな顔で俺を見つめていた。

 僅かずつ、少しずつ距離を縮め……俺は右腕を伸ばした。

「ユーコ……っ来い!」

「……っ!」

 ユーコが恐る恐るといった様相で手を伸ばす。また繋いでいいのか、一緒にいていいのか、自惚れでなければそんなことを逡巡しているのだろう。

 応えはこうだ。

 俺は一層手を伸ばした。

「おおぉぉぉぉっ!!」

 エヴァを模したオーラと共に、ユーコの手を掴み、引き上げる。二度と離さないようにと腕の中に掻き抱くと、彼女も俺の背に手を回した。

 風が止まない。吹き荒れる猛威の中、俺たちは互いを確かめ合うように抱き合っていた。

「ごめんなさい……」

「……何が」

「あなたに……最後に、迷惑だなんて」

 思わず笑みが零れる。

「最後じゃなかったろ。だから、いいんだもう。これでいいんだ……」

 その時、外界に強い気配を感じ、顔を上げる。

 俺はこうなることをどこかで見越していたのかもしれない。あの巨影が、不屈の影が、そう簡単に負けるはずがないんだ。

「ここだ、俺たちはここだ……! ガメラーッ!」

 暗闇の中、白く輝く巨大な手が振り下ろされ……俺たちを包み込んだ。

 

 外界において――死の淵から立ち上がったガメラの左手が、イリスの腹部に深々と突き刺さっていた。イリスが痛みに叫び、ガメラが怒りに吼える。

 二体の巨影の咆哮に、古都が震えた。

 




今回の選択肢

 座り込んだままのユーコを背に庇い、イリスを睨みつける。
「駄目です、逃げて……」

①絶対に嫌だ→本編通り
②「一人でっていうなら、お断りだ」とニヒルに→本編通り
③「よし分かった!」と逃げ出す→背中から貫かれ死亡


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stage21:巨影に沈む都市 ⑤

前回のあらすじ

駅舎内で戦うガメラとイリスだったが、ガメラは倒され、起き上がれない。
ユーコを狙うイリスの前に主人公は立ち塞がるが、呆気なく吹き飛ばされ、ユーコも吸収されてしまう。
絶体絶命の危機に主人公の能力が覚醒し、イリスの吸収器官を割いて突入する。
ユーコは生きることを諦めていたが、主人公の呼びかけにより気力を取り戻す。
その時、ガメラがイリスの腹部に手を突き刺し、二人を掴んだ。


 巨大なガメラの手に覆われ、外界へと引きずり出される。周囲の様子も分からないまま、俺はユーコを抱きかかえてその圧に耐えた。

 直後、体を覆っていた気色の悪い感覚が消え、体外へと表出したことを知る。生温かい体液が全身を伝っていた。

 顔を拭って見上げると、こちらを見下ろすガメラと目が合った。以前、レギオンと戦った時の彼とは違う、鋭さを増した相貌だったが、その瞳の奥には確かに変わらない慈しみのようなものが見えた、そんな気がした。

 その時、イリスが怒りを滲ませる様相で槍状の左腕を振るい、ガメラの右手を貫いて壁に縫い留めた。まるで磔刑のように掌の中央を穿たれたガメラは、苦悶の鳴き声を上げた。傷口から緑色の血液が噴出している。

「ガ、メラ……」

 ユーコがか細い声でガメラの名を呼ぶ。

 二体の巨影はその状態のまま睨みあった。ガメラを見下ろすイリスは、表情など存在しないはずだが、どこか勝ち誇っているようにも見受けられる。腹部にはガメラが穿った大穴が空いていたが、そんなものはどこ吹く風という様子だった。

 やがてガメラに突き刺した槍状の左腕が発光を始めた。緑色の光がガメラの手からイリスへと渡っていく。それを見たユーコが顔をしかめた。

「あれは、ガメラの遺伝子情報……」

「遺伝子?」

「つまり、読み取っているんです。能力や、技すらも……」

 その言葉通り、イリスは巨大な触手を二本操り、ガメラに向ける。先端の鏃状の器官を開き、そこにプラズマ火球を再現して見せた。

「な……」

 眼前に現れた太陽の如き二つの火球に、思わず息を呑む。それの威力を知っている身からすれば、正面に立つことは全身が竦み上がるほどの恐怖だった。

「カメさん、手を……!」

 ユーコが俺の手首を掴む。あまりに弱いその力が、俺にできることを思い出させてくれた。

 両の掌が赤紫の光を放つのを確認し、ガメラを見上げて叫ぶ。

「ガメラ! 全部つぎ込む、だから……!」

 ガメラの掌に自身のそれを押し当てる。

「勝て、ガメラッ……!」

 俺の中からエネルギーのようなものが溢れ出して、ガメラに注がれていく。あまりの虚脱感に意識が遠のいていく中、ユーコの手がそこに重ねられる。彼女の顔を見れば、穏やかに笑いかけていた。俺は頷きで返し、いっそうの力を送り込んでいく。

 変化は顕著だった。ガメラが喉の奥で唸ったかと思うと、彼の右手が熱を持って赤く変色していく。そこに突き刺された槍状の腕部が溶解を始めると、イリスは驚愕の様相で仰け反った。

 ガメラが咆哮と共に右腕を振り抜き、イリスの左腕の先端が焼きちぎる。イリスは怒りを滲ませて吼え、二つのプラズマ火球を同時に放つ。ガメラは風穴の空いた右手を突き出し、その火球を全て受け止めた。

 熱を持った衝撃波が押し寄せ、ユーコを庇うように掌の中に伏せる。しかしいつまでも絶えない熱に顔を上げると、ガメラの右腕が肩口まで炎を纏っていた。

「なんっ、だ!?」

「バニシング、フィスト……」

 ガメラは感覚を確かめるように、炎の手をぐっと握りしめた。そして大きく踏み込み、イリスの腹部の傷口へと、空手の抜き手のように右手を突き刺した。

 肉の焼ける音と共に、イリスからこれまでにない絶叫が迸る。ガメラは容赦なく右手を更に深く突き入れ、イリスを体内から燃やし尽くしていく。

 イリスの体の各所から光が漏れ出したと思うと、次の瞬間、空気すら吹き飛ばすような威力でイリスは爆ぜた。真昼のような輝きが溢れ、凄まじい衝撃と轟音が全身を貫く。

 中央駅からは爆炎が溢れ、その衝撃は古都全体を揺さぶった。

 それらが収まった後に目を開けば、駅舎内は甚大なダメージを受けており、瓦礫が溢れる中あちこちに炎が揺らめいている。その中に、イリスの姿は欠片も見受けられなかった。

「カメさん、大丈夫、ですか」

「ああ、なんとも。ガメラが庇ってくれた」

 爆発の直前、俺たちの乗る左手を庇うようにガメラは身を挺してくれた。見上げれば、至る所に傷をつけたガメラが俺たちを見下ろしていた。

 

 駅舎内の上層階に降ろしてもらい、改めてガメラを見上げる。戦いの後の静かな空気の中で、ガメラの威容は変わらず屹立していた。

「ありがとう、ガメラ」

 ユーコを腕に抱きながら、呟くような声で感謝を告げる。その返事か定かではないが、ガメラも小さく唸った。

 その時、俺に身を預けていたユーコが、何かに気付いたように顔を上げた。ガメラも同様に駅舎の崩れた天井を見上げる。

「どうし……」

 一足遅れて俺もその気配――巨影を感じ取り、()()()

「なんだ、これは……巨影なのか?」

「巨影……ギャオス。それも、数えきれないくらい……」

 遥か遠くだが確かに感じる。無数の巨影が全方位から、この古都を目掛けて飛来してくる。世界の各地で大量発生したギャオスがここに……?

 その時、ガメラが駅舎に空いた大穴へと歩き出す。重々しい足取りが彼の状態を示していた。

「まさか、やるのか?」

「ガメラは、戦うつもりです。最後まで。一人になっても……」

 ガメラが駅舎から出ると、俺もユーコを背負い上げてバルコニーへと向かう。

 ガメラの背中が燃え盛る古都の中へと遠ざかっていく。立つこともままならないユーコと共に階段に座り、その姿を見送った。無言のまま、俺たちは互いの手を握っていた。

「ここで……見てようか」

 ユーコがこちらに顔を向けた気配がある。俺はガメラを正面に捉えたまま、続ける。

「たぶんもう、逃げられないし……ここで最後まで、ガメラの戦いを見届けることが、俺とキミの最後に相応しい、と思う」

 そう思ってしまった。

「ごめん。キミを助けたのに、こんな……」

「ガメラは勝ちます」

 予想外の強い語気に、思わずユーコの顔を見つめる。彼女は柔らかに笑っていた。

「負けるなんて、思いません。信じてます」

 なんだか出し抜かれたような気分だったが、俺も笑って返した。

「ああ、そうだな。ガメラは負けない」

 またガメラの背を見て、ユーコの手を強く握る。僅かではあるが、彼女も力を強めてくれた。

 その時だった。まったく予想だに、想像だにしなかった声が、俺の背に掛けられた。

「おい、何やってんだそんなとこで」

 聞き慣れたその声に息を呑み、振り返る。駅舎内の暗がりに、その人……俺の叔父、大塚秀靖は立っていた。口元にいつものニヒルな笑いを浮かべて。

「叔父さん!?」

 立ち上がり、叔父の元へと駆ける。ユーコも驚きの表情で叔父を見ていた。

「なんでこんなとこに? 怪我はどうした、もう動いても――」

「駄目、離れて!」

 ユーコの声は一足遅かった。いや、結局は同じことになっただろう。

 叔父は笑顔を深めながら、ポケットから拳銃を抜き出した。

「――え?」

 パン、と乾いた音が駅舎に響き渡った。喉奥から熱い液体が漏れ出す。腹部を中心に痛みが広がり、俺はその場に膝をついた。

「カメさん!」

 ユーコの声が聞こえる。しかし俺の頭中を巡るのは当て所ない疑問だけだった。

「おじ、さん?」

 口内に溢れた血で、それは水音混じりの声になった。叔父は銃口を覗き込みながら首を傾げていた。

「んん? やっぱ地球の武器は駄目だな。心臓の予定だったが……まあいいか」

 叔父は軽々しく拳銃を投げ捨てて歩み寄り、俺の肩に手を置いた。

「ま、お疲れさん。お前はよくやったよ」

 いつもの笑顔でそう言って、俺の横合いを通過した。後を追おうとするが、体が言うことを聞かず倒れてしまう。右わき腹付近から止めどなく血が流れ出ている。

「カメさん!」

 ユーコは必死に体を引き摺って、俺の傍へ来ようとしている。しかしそんな彼女の前に叔父が立ち塞がった。

「お久しぶり。随分弱っちゃってまぁ」

 ユーコが目を見開いて叔父と目を合わせる。いや、“叔父”なんかじゃない……!

「お前、誰だ、なんでユーコを……!」

「ユーコぉ? そんな名前つけたのか。で、お前はカメか。カメラマンだからか?」

 そうユーコに問いかけるが、ユーコは睨みつけるだけ。さして気にした様子もなく、そいつは笑った。

「そうか、絆を深めてたんだなぁ。しかし残念、ここでお別れだ」

「何を……」

「こいつの力は貰う。こんな状態だが、まあ充分だ」

 ユーコを見下ろすその姿に、よぎった影がある。全ての始まり、ユーコを狙った巨影……

「お前、まさか……黒い、巨人……」

 そいつは表情豊かに、眉を吊り上げてみせた。

「俺のことはそう呼んでんのか。じゃあ以後お見知りおきを。俺の名は……」

 叔父に背後に禍々しいオーラが立ち昇り、その声音にどす黒いものが混ざる。

「ダーク、ザギ」

 




今回の選択肢

無言のまま、俺たちは互いの手を握っていた。
①「ここで見てようか」→本編通り
②「逃げようか」
→ガメラは敗北。人類が巨影に滅ぼされつつある中、主人公とユーコは穏やかに残りの時間を過ごす(アナザーエンド)


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stage21:巨影に沈む都市 ⑥

前回のあらすじ

ガメラの手が二人を掴み、イリスの体内から引きずり出す。
ガメラは危機に陥るが、主人公が力を与えて形勢を逆転。イリスを爆殺する。
しかし無数のギャオスが古都に接近。ガメラは一人戦いに向かう。
その背中を見送る二人の前に、大塚秀靖が現れる。
しかし彼は主人公を銃撃し、重傷を負わせる。
大塚の姿をしたその男は、ダークザギと名乗った。


 “ダークザギ”と名乗ったその男は、叔父とは似ても似つかぬ邪悪な笑みを浮かべていた。

「ザギ、だと……白い巨人に、やられたんじゃ……!」

 ザギは“白い巨人”と聞いた一瞬、その表情を憎悪に歪めたように見えた。しかしすぐに元の笑みに戻り、小さく鼻を鳴らす。

「まあ、確かに危なかったぜ。死ぬところだった……近くに“媒体”が無けりゃな」

「媒、体?」

 その言葉を聞いたユーコが、目を見開いてザギを見上げた。

「まさか……!」

「そう、この女と同じ事をした。少しのあいだ同居させてもらってたんだよ、カメくん」

 ザギが心底愉快そうに笑いかけるが、俺は二の句が継げなかった。ザギが俺の中で生き延びていたなど、そうそう呑み込める事ではなかった。

「しっかし、大塚のマンションにウルトラマンが来た時にゃ焦った! 潜んでるのがバレやしねえかとヒヤヒヤしたぜ。ま、死にかけで弱ってたからか、バレはしなかった。だが一つ誤算もあった」

 ザギは改めてユーコを見下ろす。

「俺の感情がこの女に伝わっちまった。あの時、こいつは不自然にウルトラマンを避けただろ?」

 そう問われ、ユーコの言動に現れていた“兆候”がフラッシュバックする。

『なんでしょう……ウルトラマンに見られたとき、何か、いやーな感じがしたんですよね』

 ウルトラマンと遭遇した際、彼女は警戒感を顕わに、幽体の姿で表出しなかった。

『体を共有しているのでなんとなく伝わってきます』

 湖でそうも言った。一体に同居した意識は、無意識下で互いの感情を共有する。

「このままじゃいずれ存在を悟られる。そう思って引っ越したんだ。この大塚の中にな」

 悪辣に笑って自身の心臓の位置を指さすザギに、胸騒ぎが高まっていく。

「お前、叔父さんに、何をした……!」

「直接は何も。草体の爆発で死んだんで、体を貰っただけさ」

 ……今、こいつはなんて言った?

「死ん、だ……? 叔父さんが? だって爆発の後も、俺たちは……」

 ……会ってない。通話も、メールのやり取りもした。だが、直接会うのは首都で別れて以来だ。

 俺の考えていることを読んだのか、ザギは嘲笑を浮かべ両腕を広げた。

「俺の演技もなかなかのもんだろ? 大塚の記憶を読んで必死に勉強したんだぜ」

 おかしそうに喉で笑うザギに、腹の底から沸々と怒りがこみ上げる。暴れ出しそうになるそれを一抹の冷静さで押し留め、先ほど引っ掛かりを感じた言葉の意を問う。

「……直接は、って言ったな」

「ああ、直接は何もしてない。ただ感情をくすぐっただけさ。くく、まるで寄生虫に侵された昆虫みたいによ、自分から――」

「テメェ!!」

 もはや怒りは臨界に達し、感情のまま殴りかかろうとするも、まともに足腰が立たずまた転がる。腹部から漏れ出す血が勢いを増した。

「カメさん!」

「そんな怒るなよ、リサイクルってやつだ! お前ら(ニンゲン)の好きな言葉だろ?」

 血反吐を吐きながら荒い呼吸を整え、叔父の姿をした邪悪を睨みあげる。

「まあそう死に急ぐなって。せっかくだから色々聞いてほしくてよ」

 ザギは大仰な身振りで、カーテンコールを浴びる舞台役者のように礼をした。

「改めまして……俺はダークザギ。“ユーコ”を狙う目的は復活と支配。最初にすんなり吸収できていれば、こんな苦労もな……」

 ザギはどこか感慨深そうに目を閉じ天を仰いだが、やがて沸々と笑い始めた。

「だがアドリブが利いた! 咄嗟に巨影を生み出し、世界に放った。これは最高の舞台装置だった」

「舞台、装置……?」

「この次元に居るかは定かじゃないが、恐怖や絶望といった感情を喰らい成長する“スペースビート”って異星獣がいる。俺はその生態を研究し……遂に、己がものとした」

 ザギはじろりと、猟奇的な笑みを浮かべ俺を見下ろした。

「分かるだろ? 長期的な戦略に切り替えたんだ。巨影が人類に与える恐怖と絶望を喰らい! この日を……待ちに、待ち続けた!」

 ザギは土下座するように地に手膝をつけて、俺の顔を覗き込んだ。

「お前のおかげだ! お前が人類に巨影を知らせたんだ! 恐怖と絶望を振りまき、じっくりと、最高級のワインみてーに醸造したんだ! 実に素晴らしい働きだった! 我が社の正社員にしてやるよぉ!」

 狂気に染まった高笑いを聞きながら、俺の心は急速に暗所へと堕とし込まれていった。

「俺が……俺の、やってきた、ことは……」

「まず、俺を生かしてくれた。大塚の元に届けてくれた。恐怖を広めてくれた。うん、最高の舞台スタッフだな。まあ人類からすれば大罪人ってやつかも――」

「違う!!」

 ユーコの張り上げた怒声が、その場の空気を一瞬で固めた。興を削がれたように、ザギは剣呑にユーコを見据えた。

「ああ?」

 ユーコはその視線を意にも介さず、鋭く睨み返した。

「カメさんは信念に従った! その奥にはいつも深い思いやりがあった! カメさんの行いが何人を、何体の巨影を救ってきたか、私は知ってる! いつも、傍で見てた!」

 ……俺を覆っていた暗幕が開かれ、一条の光が差し込んでいるような、気持ちだった。喉が熱を持って震える。

 対極にザギは無表情ながらに、心底不快そうな気配が溢れ出していた。

「……うるせえな。もう済ませちまうか」

 そう呟き、ユーコに歩み寄る。

「待、てッ……!」

 必死に地を這うが、もはや俺に状況を変える力など無い。

 ザギは片手でユーコの首を乱雑に掴み、足が付かない高さまで持ち上げる。ユーコは苦し気に表情を歪めていたが、その目はザギを強く睨みつけたままだ。ザギは不快そうに舌打ちした。

「最後まで気に食わねえ女だ……が、まあいい」

 ユーコから赤紫色のオーラが漏れ出し、腕を伝ってザギへと流れ込んでいく。

「ユーコ!!」

 彼女は苦悶の表情を浮かべ、対極的にザギは歪な笑みを深めていく。

「ハァァァ……いいぞ、この力の漲り! こんな状態でもやはりモノが違う! これで総仕上げだ!」

 立ち上がろうともがくが、全身から力が失われている。イリスの体内に突入した時のようなエネルギーがどこにも感じられない。

 俺の目の前でユーコが消えていく。四肢の端から光の粒子となり、花火のように夜闇の中に馴染んでいく。

 その時、固く閉ざされていた彼女の目が僅かに開き、俺を捉え……口元が動いた。『ごめん』とだけ。

「うおおぉぉぉぉッ!!」

 まさに血反吐を吐きながら叫び、獣のように跳躍する。ザギも反応し振り返るが、それを置き去りにするようにユーコに抱き着き、駅舎外のバルコニーエリアへと着地する。着地というよりは落下で、彼女を抱えたまま何度か横に転がる。

 ザギは少し驚いたように、肩眉を吊り上げていた。

「まだそんなに動けたのか。いわゆる火事場の……だが、救助は間に合わなかったな」

 見れば、ユーコの消滅は続いていた。全身が徐々に透明と化しつつあり、彼女を支える俺の掌が明瞭に見える。

「ユーコ、ユーコッ……!」

 呼びかけにも応じず、ユーコは全身を弛緩させたまま目を開けない。その時、両手に微かにかかっていた彼女の重みが消えた。慌てて両手を振り乱し、漂う光の粒子を胸に掻き抱くが、すぐに腕の合間から漏れ出し、消えていく。

「だめだ、そんなっ……」

「必死だねえ、そんな搾りカスに。ま、僅かでも取り込めばいいさ」

 やがて……ユーコは消えた。全てが光と化し、残されたのは空虚な夜の闇だった。視界がぼやけ、それすらも不明瞭になり……気づけば体が横たわっていた。

「はは……いい味だ、絶望の香り……最高の気分だ」

 ザギが階段を上るように宙へと浮かび、燃え盛る古都の街並みを見下ろして両手を広げる。

「さあ……行こう」

 ザギの全身から暗色のオーラが噴き出し、全身を包み込む。眼球が真紅に輝き、顔に赤い文様が浮かび上がる。ほの暗い歓喜を煮詰めたような表情で、ザギは叫んだ。

「復活の時だあぁぁぁぁッ!!」

 激しい突風が吹き荒れ、俺は力なく地を転がされる。次に見上げれば、そこに居たのは黒と赤から成るウルトラマンだった。月が覗く夜空にザギが吼える。

 やがて、興奮を抑えた様子でザギはこちらに振り返った。

 俺を見下ろすその赤い瞳が何を思っているのか。俺にトドメをくれてやろうというのか、それとも“この姿を見よ”という事か。分からないが、しかし……もう俺には何もできない。何も残されていない。この絶望が望みだというなら、見事叶ったのだろう。

 眠気すら覚え、瞼が降りようとした時――その瞬間。

 瞼の向こうで、まるで日が昇ったかのような閃光が放たれた。ザギの驚嘆の声が聞こえ、地が揺れる。

 目を見開いてみると、そこにいたのは光り輝く……巨人。

「キミは……光の……」

 彼は俺を庇うように背を向けていたが、俺の声が届いたのか振り返る。やがて、その光は徐々に収束していき、全身像が明瞭になる。

 俺は……そうか、僅かでも、ユーコの残滓を取り込んだのか? 今なら、彼の名が分かる……

「ウルトラマン……ネクサス」

 兜を被ったような頭部。銀色の体表。胸で赤色に輝く、羽ばたく鳥のようなエムブレム。幾度となく俺たちを救ってくれた、光の巨人。

 混沌の古都において、闇と光の巨人が相撃つ。全ての始まりである彼らが、全ての終わりを告げるのだろうと、鈍った思考のどこかで考えていた。

 




大塚☆自演乙☆秀靖


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stage22:闇を祓う光の巨影 ①

前回のあらすじ

ザギは真相を語った。
白い巨人に討たれそうになったザギは巨影を放つと、咄嗟に主人公の中に入り込んだ。
しかしユーコに存在を悟られることを恐れ、大塚に宿主を変更。
彼の思考を少し操作し、草体の爆発に巻き込んで謀殺、そのまま体を乗っ取った。
巨影に対する人々の恐怖を吸収し、体力を回復しつつ時を待った。
そして完全復活のためにユーコを吸収。
主人公は僅かに奪い返すが、もはや復活の支障にはならなかった。
姿を現すダークザギ。
そこに突如、主人公が“白い巨人”と呼ぶ巨影――ウルトラマンネクサスが現れ、ザギと相対した。


 銀色の巨人――ウルトラマンネクサスは、白熱に輝く目で俺を見下ろし、やおら手をかざした。その掌がよく見慣れた赤紫色の発光を始めると、俺の中に強大で暖かなエネルギーが流れ込んでくる。

 瞬く間に全身の傷が癒え、腹部の銃創すら圧倒的な速度で塞がりつつある。明瞭になった思考の中で、俺は驚愕を持って立ち上がった。

「なんで、キミがその光を……!?」

 ネクサスは黙して答えない。いや仮に答えられたとしても、その間は無かった。

 咆哮を上げたザギが猛然と突進を仕掛け、ネクサスはすぐさま向き直る。ザギの繰り出した拳を屈んで躱し、脇腹にミドルキックを叩き込む。僅かに怯んだザギだったが、すかさず回し蹴りを放ち、ガードの上からネクサスの体勢を崩した。二体はそのまま距離を取り、構えを解かず睨み合った。

「お前まで、生きていたとは驚きだな……!」

 ザギは叔父の声で、少し息を切らしたようにそう語る。

「だが万全ではないようだ……もっとも、それは俺も同じ」

 ザギは構えを解き、夜空を抱くように胸を逸らして両腕を広げた。

「しかし、俺は徐々に力を増している。世界に溢れかえった絶望、死への衝動……デストルドーが、俺に流れこんでくるのを感じる! まるで台風の目に大気が流れ込むように!」

 今度はネクサスが駆け寄るが、ザギは軽く反動をつけて中空へ飛び上がった。

「焦るよなぁ? だがもう少し付き合えよ」

 ネクサスが後を追って飛び立ち、二体は揃って古都上空へ舞い上がっていく。古都中央に佇むガメラが二体を見上げていた。

「ネクサス……」

 脇腹に添えた手を離せば、もはや傷跡も痛みも無い。むしろ体調はこれまでになく良い。体の奥底から人の身に余る力が溢れ出しているようだった。

 しかし……心にあるのは虚脱感だった。限界以上と言っても、所詮は人。巨影を間近に捉え続けた俺には、これ以上が無いことは察せた。

『カメさん』

 そんな俺に掛けられた二重の声は、随分久しく聞いていなかった、友人らの声だった。

「コスモスの……」

『お久しぶりです』

 鮮やかな衣装に身を包む彼女たちが微笑み、小さくカーテシーをする。しかし、俺は彼女たちから顔を背けた。

「すまない、俺は……一人に、なっちまった……」

 ユーコをみすみす目の前で失った俺が、合わせる顔は無かった。しかし彼女たちの声は絶望も失望も含んではいなかった。

『気を落とさないで。できることはまだあります』

「……キミたちはそうだろう。でも俺は違う」

 卑屈に口元が歪む。笑みとも言えない表情が浮かんでいるだろう。

「キミたちは力がある! でも俺は……俺には、もうなんにも無いんだよ。今までは撮影していればよかった。満足だった。でもそれは、あいつに力を与えるだけだった! 俺にもう、これ以上は無いんだ……」

 顔が自然と俯く。情けない、みっともない愚痴だと分かってはいるが、吐露せずにはいられなかった。

 ネクサスとザギの衝突が、上空から音で伝わってくる。

 しかし、コスモス姉妹は首を横に振った。

『いいえあります』

「……どこに?」

『間もなく。巨人を操る少年が、あなたにもたらします』

「巨人を、操る少年……?」

 その言葉で脳裏に浮かんだ姿は、間もなく夜闇の向こうから現れた。

 古都を囲うようにそびえる山々の向こうから、一機の巨大な輸送機が、低空飛行で現れた。

「なんだ、ステルス機!?」

 まるで米軍のB-2爆撃機のような、フラットな全翼機。その下部から巨大な人型の影――エヴァンゲリオン初号機が投下されたのを見て、それがエヴァの輸送機であることを理解した。

 輸送機はそのまま古都上空を通過し、初号機は空中で体勢を整え古都に着地した。慣性を殺すため地に足を突っ張り、アスファルトや黒土を盛大に巻き上げる。激しい振動が廃墟同然の中央駅を揺らした。

 やがて停止した初号機はガメラや上空の巨人たちを一瞬見やり、こちらに駆け寄ってきた。紫色の巨体が近づくたび、歩調による揺れが大きくなる。

「初号機……来て、しまったのか」

 これから古都で生じるだろう激しい戦闘を考えれば、初号機を操る“彼”に来てほしくはなかった。

 初号機は俺の眼前で足を止め、視線を合わせるように身を屈めた。もっとも、それでもまだ見上げるほどの位置に鋭い相貌はあったが。

『あの、巨影サイトのカメラマン、の人ですよね』

 少しおずおずとした様子でそう尋ねられ、俺は大きく頷く。

「そうだ! 無事だったんだな、キミも初号機も」

 最後に見た姿は、ゼルエルを圧倒した暴走状態であったため心配していたが、どうやら問題無いようで安心した。

『はい! あの、あなたに渡す物があるんです』

「渡す物?」

 よく見れば、初号機はラグビー選手のように小脇に何かを抱えていた。

『はい。スイッチがあります、それを押せば開きます』

 初号機の巨大な手が、コンテナのようなケースをテラスの中央に置く。近づいて見れば確かに、プラの蓋がされた分かりやすいスイッチがあり、言われるがままそれを押してみた。

 するとケースは蒸気のような白煙を吐き出し、見る間に展開されていく。二重三重にも厳重に守られたその中身は、非常に小さなものだった。

「これ、インカムと……カメラ?」

 たったその二つだけが中央に鎮座していた。しかし俺はハッと息を呑む。

「これ、俺がネルフに没収されたカメラじゃ……!」

『まだ触れないで! 先にインカムを着けてください』

 カメラに伸ばしかけた手を止め、指示通りインカムを耳に掛ける。すると聞こえてきたのは、あの白衣の女性の声だった。

『お久しぶり。私のこと覚えてるかしら?』

「ええ、まあ……忘れようにも」

 顔を手で覆って答える。ネルフで彼女から受けた尋問は、忘れようにも中々忘れられるものではない。

『そう。なら単刀直入に依頼するわ。これから起こる全てを、それで撮影してほしいの』

 一瞬、その内容に思考が止まる。

「……ちょ、ちょっと待ってください! いきなり何ですか!? それにあなたは知らないでしょうけど、俺が巨影を撮ったばっかりに――」

『世界中でデストルドーが高まり、黒い巨人が出現してしまった?』

 先を打って放たれた言葉に息を呑む。

「……なんでそれを」

『ネルフの諜報能力の賜物ね。時間が惜しいの、簡単に説明するからよく聞いて』

 一言一句聞き漏らさぬよう、インカムを手で押さえる。聞き耳を立てるように、コスモス姉妹も傍に寄ってきた。

『今地球上を取り巻くデストルドー……死への欲望、とでもしておきましょう。それがこのまま高まりリビドーを、つまり生への欲望を失った時、人はどうなると思う?』

「それは……死、では」

『有り体に言えばそうね。でもネルフ(私たち)なりの解釈は少し違うわ。希望という防護壁……ATフィールドを失った者は、自我の境界線が崩壊。そしてLCLと化して、原始に還るの』

 ……全く、理解が追い付かない。

「LCLって、あの、エヴァのプラグの中の液体ですか?」

『そうよ。あれこそ原始の姿、生命のスープといったところね』

「わ、わけが分かりませんよ! 絶望に呑まれたら、液体にって?」

『もちろんそれだけが条件じゃないけど……まあ、今はそれでいいわ。要するに、そのカメラはLCLに漬かって変異を起こしたの。LCLに還りかけている人々、絶望の中にいる何十億という人間とリンクしている』

「リンク……というと?」

『撮影した写真や映像が、リアルタイムで見えるの。脳に直接ね』

「ほ、本当なんですか!?」

『ネルフの確かな研究成果よ。触れてみれば……分かるわ』

 激しい動悸を感じながら、恐る恐るカメラに手を伸ばす。見た目の上では、特に目ぼしい変化は見受けられない。

 しかし黒光りするボディに肌が触れた瞬間、俺は彼女の言葉の意味を知る。世界中の無数の人間の恐怖、絶望が漠然と胸中に訪れる。彼らと俺の体を結ぶ紐のようなものが、感覚の上で捉えられた。

『カメさん!』

『落ち着いて……じきに慣れるはず。そのカメラを通じた感覚はあくまで客観性のもの。あなたを壊すことはないわ』

 白衣の彼女の言う通り、間もなくその不思議な感覚にも慣れた。繋がりは感じられるが、感情にまでは強く作用しない。俺を心配そうに見上げるコスモス姉妹に、少し微笑んで頷く。

「理解……できました。このカメラの力が」

『カメラはカメラマンに。あなたの手で希望を見せるのよ、世界中に』

 でも、と俺は俯く。

「希望なんて、あるんですか? あの黒い巨人に加えて、もうじきギャオスの群れがここに」

『できなければ、全て無駄になって滅びるだけ。足掻けるだけ足掻いてみるの。私たちも、初号機も』

 その言葉に初号機を見上げ――その奥の少年を見つめる。

「まだ、巻き込むんですね」

『言っておくけど、これは彼の希望でもあるの』

「……え」

『彼、あなたに言いたいことがあるそうよ。聞いてあげて』

 俺が固まっていると、頭上から彼の声が降り注いだ。

『あの、僕、まだお礼を言ってませんでした』

 少年特有の高い声でそう言って、彼は一つ息を吸った。

『ありがとうございました。僕、色んなところで助けてもらって……』

「……いや。お礼も謝罪も、俺たちが……大人がすべきじゃないか。キミみたいな子どもに縋って――」

『いえ!』

 強い否定の言葉に、思わず肩が揺れる。

『僕は……確かに、怖い目にもつらい目にも、たくさん遭ったけど……でも。僕は、エヴァンゲリオン初号機のパイロットだから』

 俺は彼の姿を……高く見上げた。

『あのカメラを触った時、そう思ったんです、強く。僕ができること、やれること。怖いけど……やれることがあるって』

 初号機が立ち上がる。

『撮ってください。僕とエヴァは最後まで……戦って、みますから』

 そう言い残し、初号機はその場を去る。俺は二の句も告げないまま立ち尽くし……手を固く握りしめ、額に押し当てた。祈るようなポーズのそれは、自らへの激しい憤りを含んでいた。歯を固く食いしばる。

 白衣の彼女は何も言わず待っていた。

「……やります。俺が撮ります!」

『それでこそよ。何かあればまた話しかけて』

 そこで彼女との通信が一旦途絶える。俺を見上げるコスモス姉妹に力なく笑いかける。

「俺、やっぱり馬鹿だ。救ったつもりだったんだけど」

「……あなたが彼を救ったからです」

「あなたが希望を与えたんです」

「そうか……それで今、今度は俺が……」

 笑いながらカメラを強く握りしめ、夜空を強く睨みつける。

「俺は……行くよ」

『カメさん、あなたの力は』

「ああ、そうだ。エヴァも機龍もだ。救ったつもりが――」

 俺が力を与えたと思っていた。けど、それは()()そう。俺が与えたはずの希望は、こうして俺に返ってきた。

 足の裏に巨影の力を感じる。これはそう、ガメラの飛行能力だ。

 一気に炎が吹き上がり、テラス一帯は白煙に包まれる。

「おっ、とっと!」

 すこしバランスを乱すが、すぐに慣れて体勢を整える。能力を加減すれば、宙に留まることもできる。

『カメさん、あなたは一人じゃありません。私たちも――モスラもいます』

「ああ、そうだよな!」

 駅舎の陰から極彩色の巨大な翼が広がり、モスラがその姿を現す。俺も足からの噴射を強め、一気に古都上空へと飛び上がる。炎と黒煙が立ち昇る古都が視界一杯に広がる。

「与えたつもりが、与えられて……ユーコ、そうだよな」

 俺の中に取り入れた彼女の残滓へ、そう呼びかける。俺と彼女もそうだ。ずっとそうだった。

 だから、飛べる。俺はこの空を……飛べる!

 





LCLとカメラの下りは完全に独自解釈です。ゆで理論みたいなものと思って読み流してください。


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stage22:闇を祓う光の巨影 ②

前回のあらすじ

ネクサスは主人公と同様の力で主人公を治癒し、ザギと戦闘を始める。
主人公は無力感に包まれるが、以前ネルフに徴収されたカメラが、絶望を抱える人々を救うカギだと託される。
それでも希望を見いだせない主人公を、初号機パイロットの少年が勇気づける。
主人公は気持ちを奮い起こし、ガメラの能力で古都の空へ舞い上がる。


 生身で飛行できる速度の限界は、前方に展開したATフィールドによって簡単に突破できた。古都を一望できる高度までの上昇は、体感時間でほんの十秒足らずだったと思う。

 相変わらず、いや更に勢いを増したように見える業火が古都を包んでいた。古い町並みが残るだけあって木造建築が多く、巨影によって消火作業もできないのだから、鎮火の目途など立つはずもない。

 その只中でガメラはじっと佇み、上空の二体の巨人を見上げている。ザギとネクサスの空中戦は熾烈を極めていた。両者ともに目まぐるしく飛び回り、衝突したかと思えば光輪を投げ合う。つかず離れずの距離で互いに決定打の機を窺っているようだった。

 それでも押され始めているのはやはりネクサスの方で、俺が見守る最中、ザギの放った飛び蹴りを受けて大きく吹き飛ばされた。しかしすぐに体勢を立て直し、再び空中戦に挑んでいく。ザギは体をほぐすように首を回し、どこか楽し気な様子でそれに相対した。

「……カメラを回してなくてよかった」

 首に下げたカメラを握りしめながら呟く。この光景を最初に伝えては、不利な状況にあるのが一目瞭然だ。

『そうね、一度リンクが始まると切断は難しいの。でも遅れちゃ本末転倒よ。タイミングはしっかり見計らって』

「はい」

 インカム越しに白衣の彼女の指示を聞く。これからの状況とその撮り方次第でザギに送られる力の増減が決まる……そう考えると、重責が肩に圧し掛かるのを感じる。

 その時、俺に並ぶように横合いを飛んでいたモスラから、コスモス姉妹の声がした。

『カメさん、モスラはネクサスの援護に回ります』

「援護? 大丈夫なのか、あのザギ相手に」

『はい、モスラだって成長しています』

 姉妹の信頼に応えるように、モスラが甲高く鳴く。

「分かった、気を付けて」

『はい。カメさんも』

 モスラは一層強く羽ばたき、あっという間に俺を置き去りにした。凄まじい風圧はATフィールドのおかげで防げたが、モスラの持つ強大な力を肌で感じた。

 モスラの後ろ姿を見送りながら、俺はカメラを上空へ向け構えた。

『そう、ここなのね』

「はい、ここしかない……!」

『あなたが言うならそうなんでしょうね』

 異なる巨影が協力し合う時、そこには必ず希望があった。モスラとウルトラマンコスモス、エヴァとウルトラマン、ガメラと白い巨人――ウルトラマンネクサス。他にも複数のウルトラの一族、機龍とモスラ……数え上げれば、それだけの巨影たちが共闘し、人類に希望を与えてきた。

 だから、思う。人類を絶望で覆いつくそうとしている巨影だが、希望を与えられるのもまた、巨影なのだと。

 カメラを起動した途端、再び数多の人間とのリンクしたのを感じる。彼らに内在する感情は仄暗い絶望と、驚愕と困惑。突然脳裏にカメラを通した映像が流れ込むのだから、それも当然だろう。

〈なんだよ、これ……〉

〈幻覚?〉

〈おい、これって日本の古都の……〉

〈今度は何なんだよ!〉

 混乱する人々の声がどこか遠く聞こえた。彼らに何を説明する暇もなく、モスラは巨人たちの戦場に果敢に飛び込んでいった。その極彩色の姿にザギが気付いた途端、モスラの触角が金色に輝き、一対の光線が放たれた。

 ザギは慌てた様子でそれを回避するが、立て続けに放たれる光線にしばし防戦一方になる。やがて光線が一時止むと、憤った様子でザギは吼え、モスラへ向かう。そこへ横入りしたネクサスが蹴りを放つが、ザギは素早く反応し腕で受け止めた。しかしその隙にザギの背後へ回り込んだモスラが、無防備な背中へ光線を命中させた。激しく火花が散り、ザギは回転しながら前方へと吹き飛ばされていく。

〈おぉ、なんだ!?〉

〈あれ確か、モスラ?〉

〈なんだよ一体、あの黒い巨人は〉

〈銀色の巨人はウルトラマン?〉

 ますます人々の混乱に拍車がかかる。このリンクが双方向性であることは感覚で理解できたので、俺は声に出して皆に語り掛ける。

「みんな聞こえるか。あの黒い巨人はダークザギ。この巨影災害の発端、つまり黒幕、真犯人だ」

 人々の心がざわめく。大量の情報を突然、直接脳に送り込まれているのだから、それも()()()()だった。

「ここは日本の古都。もう報道されてると思うけど、ここにもうすぐギャオスの大群が押し寄せてくる。たぶん、世界中から」

 混乱がより大きな絶望に呑まれていくのが分かる。だからこそ、ここに集った味方の姿を次々にレンズに映していく。

「でも、見てくれ! ガメラとエヴァ、モスラ、それにウルトラマンネクサスがいる。彼らがここでギャオスを迎え撃つんだ」

『ネルフもね』

 念を押すように白衣の彼女が言う。

「そう、それにネルフも……だから、ここでザギを、ギャオスたちを倒せれば、巨影災害は終わる。これ以上巨影は生み出されないんだ」

 そのはずだ、とは言わず、確信を持った言葉を使う。今だけは多少の偏向報道もやむなしだ。

 何億という人々はその言葉に僅かな希望を抱いたらしいが、それでもリンクは殆ど失われない。相変わらず絶望を根底に抱きつつ、疑念を膨らませていた。

〈でも、ギャオスが何体いると思ってるんだ〉

〈期待なんかできないよ……〉

 そんな諦観が次々に浮かび上がる。

 それに拍車をかけるように、ネルフからの通信が入った。

『今情報があったわ。古都に向かって三方向からギャオスの一群が迫ってる。北東、南西、北西……到着予定はほぼ同時刻。間もなくよ』

 その報告に息を呑み、ミュートをかけるようにリンクを一時的に断つ。何の気無しに、ただ感覚でそれが()()()と分かっていた。

「数は!?」

『それぞれ百と二百の間というところね。ガメラが南西に近いから、初号機には北西を担当させるわ』

「それじゃ北東は! それに初号機は大丈夫なんですか!?」

 ネクサスとモスラはザギの相手で手一杯で、北東をカバーできない。加えて、初号機の性能は人類の兵器として破格のものだが、百を超えるギャオスを相手取るには余りに“現実的(リアル)”すぎるように思えた。

『問題ないわ。その二つを同時に解決するものが来ます』

「同時に?」

 その時、山間から現れた輸送機に吊られ、銀色の龍――機龍が姿を見せた。ゴジラとの戦闘で負った損傷はすっかり修復され、その体表に古都の炎を映している。

「機龍! 機龍に北東を?」

『そうよ。なんとか間に合ったみたいね。手に持っている物が見える?』

 カメラに収めて見れば、機龍は何か巨大な兵器……三本のブレードがついた機関砲のような物を持っていた。両脇にはミサイルらしき物も確認できる。

「あれは?」

『あれこそエヴァのため開発された最新複合兵器、“マステマ”よ』

「マステマ……」

 計二機の輸送機は初号機の傍に降下し、機龍が地に降り立つ。初号機が近づくと機龍はマステマを差し出した。

『大型機関砲を軸に、接近戦にも対応するためプログレッシブブレードを装備。そして目玉は……まあ、使えば分かるわ』

 どこか楽し気にそう語る彼女はどこか不穏だったが、気を取り直してリンクを再接続し、皆にマステマの説明をする。やはりというか、不安を解消させるには至らなかった。

 

 南西にガメラ、北西にエヴァ、北東に機龍という配置につくとほぼ同時に、それぞれの方角の遥か彼方の空を、黒い影が覆いつくした。渡り鳥のように見えるその姿を捉えた途端、リンクする人々の心に恐怖がせり上がってくる。

「あれが全部……」

 港湾都市や首都の繁華街で猛威を振るった、怪鳥ギャオス。

『いい? それぞれ合図と同時に発射よ。決してタイミングを逃さないで』

『了解!』

 初号機パイロットの少年と、機龍の操縦者らしき女性の声が重なる。白衣の彼女がカウントを始め……ゼロと同時に、機龍の背部ユニットと初号機の構えるマステマから、一発のミサイルが飛翔した。夜空に白線を描くそれが真っ直ぐに、ギャオスの群れへ向かっていく。

『あなた、目を瞑った方がいいわよ』

 今更すぎる忠告にぎょっとする。

「あれ、何なんですか?」

『N2ミサイル。要するにクリーンな――』

 もはや肉眼に見えなくなったそれが、ギャオスに接近する。

『――核ね』

 え、と呟いたと同時に、二つの閃光が全てを照らした。

『恐怖を上塗りするのは、より強い衝撃よ』

 そんな彼女の言葉が、世界を破滅させるような衝撃の中で聞こえた、気がした。

 



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stage22:闇を祓う光の巨影 ③

前回のあらすじ

古都上空まで上昇し、カメラを構える主人公。
世界中の人々の絶望を感じ取りながら、ザギとの戦闘を撮影する。
そんな中、古都に機龍が投入され、エヴァにマステマという新兵器が渡される。
そして機龍と初号機の放ったN2ミサイルが、ギャオスの群れに直撃した。


 瞼を通過し眼球に突き刺さる閃光が赤色に変わる。目を開けば、遠方の空に二つのキノコ雲が立ち昇っていた。

「原、爆?」

『N2兵器。ネルフが総力を挙げてようやく生み出した、人類が持ち得る最高火力よ』

 白衣の彼女が淡々と語る通り、凄まじい威力で炸裂したそれは、古都から見える風景を一変させた。衝撃波は土煙として地上を駆け抜け、爆心地は草木の一本も残っていないだろう。空を黒々と覆っていたギャオスの群れも今や疎であった。

『今ので……一発につき約二百弱のギャオスの撃破に成功。北西と北東のギャオスはほぼ片付いた計算ね』

「す、ごい……!」

 この国に住まう人間として、いくら“クリーン”とはいえ核が使用されたことに思うところはある。しかし実在する恐怖が迫りくる中にあっては、思わず拝んでしまうような頼もしさを感じていた。

『機龍、続いて南西のギャオスにも発射。カウント……』

 機龍が向きを変え、カウントゼロに合わせ次弾を発射する。先ほどと同じように白線を引くN2ミサイルを、ガメラが首を振って見送る。

 間もなく炸裂し、再び激しい衝撃が大気を揺らす。

「ほんとに、アルマゲドンだな……!」

『人類が滅びればそうなるでしょうね』

 彼女の笑えない皮肉が轟音の中で聞こえる。それが収ると、こちらも北西北東と同様にギャオスはほぼ全滅していた。

「これなら……!」

『油断しないことね。あの爆発を受けて生き残った個体が来るわ』

 彼女の言葉に気を引き締め直すが、しかし確実にカメラを通した“リンク”は減少しつつあった。人類の予想以上の健闘に希望を見出し始めたのか、既に一部の者は絶望の淵……デストルドーの高まった状態を脱したようだ。全体から言えば極々僅かでしかないが。

『あまり、使うべきものではありません……』

 上空でザギを相手に舞うモスラから、コスモス姉妹の声が届いた。その声音は憂いを多分に含むが、同時に躊躇も孕んでいるように聞こえた。

『強すぎる力は自分たちや、地球さえ傷つけます』

「……俺もそう思うさ。でも、俺たちは……弱いんだよ。弱いから必死で……」

 何を言っても言い訳のようになってしまうが、それでも反論するしかなかった。

「巨影が現れて、人間はピラミッドの最上段じゃなくなった。もう余裕が無いんだ。何を持ってしても生き残る、そういう()()になってしまったんだよ」

 雰囲気だけだが、彼女たちは無言で頷いたように感じた。二人はきっと、人類の置かれた立場も理解しているはずだ。複雑な思いは誰もが抱える……この戦いの行方がどうあれ、人間はこの力の債務を抱え込むことになるだろう。

『あのモスラの巫女の双子……話しているの?』

「はい」

 白衣の彼女がインカム越しに自嘲的に笑う。

『感心はしてないでしょうね。けど、人類は()()()それを受け止めるわ』

 彼女の声の調子が切り替わる。

『打ち漏らしたギャオスは約二十、構成は成体から亜成体。各自準備して』

『了解!』

 初号機と機龍のパイロットがそれぞれ応答し、呼応するようにガメラも咆哮する。

 小さな影でしかなかったギャオスたちが夜闇から飛来し、街の炎に照らされ姿を晒す。三角形の扁平な頭部、禍々しい顔つき、翼竜のような翼……体格に個体差こそあれ、皆同様の特長を持ったギャオスたちは、N2ミサイルによって全身に少なからず傷を負っていた。数頭は羽ばたきもぎこちない。

 しかし、と俺は前回ギャオスと遭遇した際を想起する。

「大丈夫なんですか!? ギャオスには超音波メスがあります!」

 あらゆるものを切り裂くその光線に対し、しかし白衣の彼女は冷静だった。

『当然、対策はあります』

「対策?」

『街中をよく見て』

 言われた通り街を見下ろせば、大通りの各所に見慣れぬ大型トレーラーが停まっていた。荷台部分にはパラボラアンテナのような機器を搭載している。

「たしか……原子熱線砲?」

 それは以前、モスラの繭を攻撃した兵器と同じ物に見えた。

『あら、あれを知ってるのね。外観は似ているけど、これは音響兵器なのよ』

「音響?」

『まあ見てなさい』

 各機のパラボラアンテナが持ち上がり、ギャオスの舞う上空へと向けられる。そして青色の光が灯ると、鼓膜ではなく内耳に、脳に直接響くような“何か”を聞き取る。

「なんだ、これ……!?」

 そう言う間に、ホバリングで上空に留まるギャオスたちが一斉に口を開き、地上の三体――ガメラ、初号機、機龍に照準を合わせる。そして口元に黄色い光が収束し――それは弾けるように霧散した。例外は一つもなく、一筋の光線さえ古都に撃ち下ろされることはなかった。ギャオスは混乱の様相を見せているが、それは俺も同じだった。

「失敗した……!?」

『これが対ギャオスの新兵器、“反超音波発信装置搭載型メーサー車”よ』

「凄い、この反超音波、その、これがあれば!」

 非常に長ったらしい名前が頭に入らないが――

『人類が持ち得るものは全て投入する……これは総力戦よ』

 光線を封じられたギャオスたちは怒りに満ちた鳴き声を上げ、ならばと地上に降り注ぐように降下してきた。それに真っ先に対峙し、まさに火蓋を切ったのはガメラだった。

 ガメラが大きく空気を吸い込むと、口腔の奥から輝く炎が漏れ出し……それを一気に解放するように、強烈な火球を放った。

 そこに突っ込む形になった成体のギャオスが一瞬にして火に呑まれ、炎の塊と化して古都に落下し、爆発した。

「始まった……!」

 

 上空のザギが余裕のある態度でネクサスやモスラから目を離し、地上の様子を見下ろした。

「なんだ、なかなか人類もやるもんだ」

 ふん、とザギは嘲笑を飛ばす。

「だが健気な抵抗だ……お前も、じきに絶望に沈む」

 カメラを構える俺がザギの視線の先にいた。

 






すいません、忙しくて短くなりました


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stage22:闇を祓う光の巨影 ④

前回のあらすじ

N2ミサイルが炸裂し、ギャオスの群れを殆ど壊滅に追いやる。
残党が古都へと飛来するが、ネルフの装置により超音波メスを封じる。
ギャオスは接近戦を仕掛けようと降下。
ガメラが火球を放ち、戦闘が始まった。



 エヴァ初号機がマステマの機関砲を撃ち放つと、無数の光球と化した砲弾が夜空を貫く。射線上の亜成体ギャオスは穿たれ、表皮が弾け飛び、血が跳ねる。翼をも撃ち抜かれたギャオスは、悲痛な声を上げて古都へと落下していく。

 不格好に羽ばたきながら落下したそのギャオスは、辛うじて即死は免れていた。眼球が飛び出した凶悪な顔に、しかし影が掛かる。次の瞬間、銀色に艶めく機龍の足がギャオスの頭部を踏み潰した。

 機龍は上空から襲い掛かる成体のギャオスに狙いを定め、口腔から二本の光線を放つ。ギャオスは機敏な制動でそれを躱すが、執拗に狙い来る光線にとうとう捕まり、羽を焼かれ大きく体勢を乱した。

 その瞬間、マステマの砲弾が急襲し、ギャオスはもんどり打つように落下する他なかった。その落下位置に立つ機龍は、ギラリと光る尻尾を大きく振り、まるで回し蹴りのようにギャオスに叩き込んだ。吹き飛ばされたギャオスは古都の街を破壊しながら転がり、停止する頃には既に事切れていた。

 成体ギャオスが二頭、上空を旋回しながら機龍を狙っていた。機を見計らい、一頭が高度を落とす姿勢に入ったその時。突如として下方から上昇してきたガメラがその首に咬みつき、白煙をたなびかせ更に上空へと連れ去ってしまう。

 痛みに暴れるギャオスだったが、ガメラの顎が緩むことはない。むしろだくだくと血は流れ出し、ますます悲惨に鳴くギャオス。とどめとばかりにガメラは口腔に炎を充満させ、ギャオスの首を焼き切った。力の抜けたギャオスの体が古都へと落下していく。

 その死骸の脇をもう一体のギャオスがすり抜け、ガメラへと向かっていく。ガメラは四肢と頭を甲羅に収め高速回転状態になり、反転して古都へと落下するように降下を始める。

 ギャオスもその軌跡を追って降下を始めるが、ガメラに追いつくよりも先に、初号機と機龍による対空迎撃に遭う。マステマの砲弾が、機龍の背部ユニットからのミサイルが殺到するが、距離が開いていることもあってそれらを掻い潜るギャオス。

 しかし弾幕の先へと抜け出してみれば、そこには顔を出して炎を蓄えているガメラが待ち構えていた。ギャオスが回避に移るよりも早く、ガメラの放った火球がギャオスを呑み込んだ。

 

 俺はそれらの戦いを余すことなく、カメラのフレームに収め続けた。ガメラの飛行能力がなければ到底叶わなかったことだ。古都を縦横無尽に飛び回り、それぞれの活躍を皆に届ける。

 初号機の持つマステマの機関砲は、亜成体であれば屠るだけの威力はあったが、成体相手にはやや火力に欠けた。しかし射程や弾速に優れるだけあって援護に回る機会が多い。

 機龍は様々な遠隔武器を巧みに使い分け、大小問わず着実にギャオスの数を減らしていた。その中にあってガメラを援護することも多々ある。

 そしてガメラは、自身も中空へと飛翔し、積極的に強力な個体を叩いていた。この戦闘において最も重大な働きを見せ、撃破数は他から頭一つ抜き出ているだろう。

「また落ちた! 全く順調だ、何の危なげもない」

 素直な感想ではあるが、どことなくワザとっぽく聞こえるのは、人々のデストルドーからの脱却を少しでも促すためだ。実際この戦いが始まってからというもの、絶望を抱きデストルドーに呑まれかけている人は相当に減少している。

〈なんか、いけそうじゃないか?〉

〈光線がなければギャオスなんてこんなものか!〉

〈ガメラは複雑だけど、今は応援してるぞ!〉

 そんな思考が彼らの中に渦巻き、希望を抱き始めた者からリンクが切断されていく。切断された彼らは戦局の経緯を把握できないだろうが、今はそれでいい。ザギに絶望という感情を供給さえしなければ、これ以上の強化は叶わない。

「いいぞ、このままなら……」

 遥か上方、夜空の中で戦うザギとネクサス、モスラを見上げる。光線や光輪が飛び交い、時折激しく衝突する。その戦闘は未だ互角に見える。

『まだ楽観視はできないわよ。古都にギャオスの第二波が向かってる』

 白衣の彼女がそう告げ、俺は一層気を引き締める。

「今度は何体!」

『百はいかない程度。小型、特に幼体に近い若い亜成体が多いわ』

 その内訳に少し安堵を覚えるが、しかし百体ともなると今対処している群れより規模は格段に上がる。

「N2ミサイルはどうです、使うんですか?」

『……いえ、あの双子の言う通り、そう易々と使える代物じゃないのよ。ここは正面から迎え撃ちます』

 彼女の言葉と同時に、第一波の最後のギャオスがガメラによって屠られた。

 

 間もなく、北東の空に点々とシルエットが見え始めた。

「確かに、第一波みたいな密度じゃない。小型が多いからか」

 横に伸びた群れの影は、それほど規模の大きいものとは感じられなかった。第一波の際、三方向から押し寄せた二百程度の群れと比べれば尚更に。

『初号機、機龍は成体から大型の亜成体を優先的に対処』

『了解!』

 パイロットたちの声が揃う。

 その時、ふとカメラ越しに気付いたことがあった。

「あの、小型の個体がまだ見えません」

『もっと下よ』

「下?」

 いわれた通りにカメラを下方、山間を通る道路の方に向ければ、そこから忍び込むように飛来する小型のギャオスたちを捉えた。

「あそこか!」

『視線を上下に分けた? ……妙ね』

「妙って、何が?」

『ギャオスの、それもあれほどの大群に、そんな戦略めいた行動がとれるのかしら。まるで誰かに統制されているみたい』

「誰かって、まさか……!」

 その時、上空から声が降りかかる。

『そうさ、俺だよ』

 見やれば、戦闘中のザギがちらりとこちらに視線を向けた。

『簡単な命令しかできねえが、それで充分だろ?』

 ネクサスの攻撃を躱しながら、ザギは余裕を崩さず語る。

「小型をいくら忍ばせたって――」

『いや充分だね、耳障りな音を止めるには』

 息を呑む。ザギの狙いを察し、思わず視線をそちらに下ろす。

『簡単な命令だ。“耳障りな音を発するメーサー車(もの)を狙え”ってな』

 小型のギャオスたちは()()早く飛来し、古都の外郭にまで迫っていた。

「まずい、早くエヴァたちに命令を!」

 超音波メスを妨害するメーサー車を破壊されれば、圧倒的な物量と相まって勝算はほぼ消えるだろう。

 しかし、白衣の彼女は冷静だった。

『いいえ、そのままよ。成体、亜成体を優先』

「そんなことしてる間に……!」

『問題ないのよ。見てなさい』

 その時、街中に複数の気配が動くのを感じ、視線とカメラを向ける。そこには、シェルターのような物から次々に展開する、自衛隊所属のレイバー部隊がいた。

「レイバー、今までどこに!」

『地下鉄や地下街、そして巨影災害に備え全国に急造された地下シェルター。それらに避難させていたレイバーたちよ』

 彼らは方々に分散し、メーサー車の周囲へと展開する。その中には、第二小隊の駆るイングラム二機と、あの男型巨人の姿もあった。

「無事だったのか! よかった……」

『イリスとガメラの戦闘が始まった時点で、全機に退避命令が出されたわ。対巨人はかなりの戦果を挙げたし、中央駅付近に巨人が集中していたおかげで、イリスの爆発でほぼ壊滅した状況ね』

 様子を見るに、第二小隊と男型巨人は同班となり、この作戦に当たるようだった。

「でも、彼らが守るんですか……!?」

『そうよ。今や最前線に立つ彼らしか頼るものがないの』

「でも、危険ですよこんな状況で! ギャオスはあまりに……」

 ギャオスは成体ともなれば体長八十メートルを優に超える。レイバーは一律しておよそ八メートル前後。単純に比較して十倍にもなる差がそこにはある。

『やめるよう命令しても無駄よ。彼らはやるわ』

「え?」

『志願制なのよ。覚悟がなければ足手纏いだもの』

 それを聞いて、俺は……彼らをカメラで追い続けることしかできなかった。

『彼らの中にも今まさに、あなたの撮る映像を見ているものがいるかもしれないわね』

 レイバーたちは次々に、メーサー車の荷台から武装を取り出している。アサルトライフルからバズーカ、近接用であろうブレードも中には見える。

『ネルフは彼らの勇気に対し、バックアップを惜しみません。これが人類の総力戦よ』

 そしてついに、小型ギャオスとの戦闘が一部で始まった。どの個体も小さくともレイバーと同程度という圧倒的な質量差を、ネルフ謹製の装備は埋めて余りある活躍を見せた。

 自衛隊のレイバーたちは統率の取れた編成で銃弾を浴びせ、弱ったところを近接武器で仕留める、非常に効率的で確実な戦闘を見せていた。

 その中ではやはりというか、第二小隊と男型巨人の急造チームは悪目立ちしていた。イングラム二号機はトリガーハッピー状態で爆笑しながらアサルトライフルを撃ちまくり、一号機はそのフォローに回って必死に刺股を振り回している。

 男型巨人は対巨人部隊のようにカッター状のブレードを両手に持って、まるで好き勝手に大暴れしている。しかしそうであっても器用にギャオスの首を切り落とすあたり、知性というか、訓練を重ねた軍人めいた技巧を感じられる。

『ねえ、なんかあっちの方がかっこいい!』

 一号機の女性は男型巨人の装備に羨ましそうに声を上げ、

『うわはははははは! ネルフ様様だぁ! じゃんじゃん来やがれぇ!』

 二号機パイロットはもはや返事すらせず、ひたすらに銃弾を放ち続けていた。

 ……この戦いの行方がどこに向かうか分からないが、彼らだけはなんとなく、しぶとく生き残る気がしてならない。

 



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stage22:闇を祓う光の巨影 ⑤

すいません、ほんとすいません。遅刻です。



前回のあらすじ

機龍、初号機、ガメラの戦いは圧倒的で、ギャオスの第一波は難なく凌いだ。
しかし第二波は超音波メスを封じるメーサー車を狙う個体が混ざっていた。
それに対処すべく、自衛隊のレイバーやイングラム、男型巨人が戦線に参加する。



 地上のレイバーらの奮闘もあり、ギャオスの第二波はほぼ無力化されていた。上空を逃げ回る最後の成体ギャオスにガメラの火球が掠め、片方の翼が炎上する。きりもみ状態で地上へ落下するギャオスを、最後は初号機のマステマのブレードが貫いた。

 三本の刃が胴から飛び出し、口腔から血を溢れされるギャオスは、最後の力を振り絞って超音波メスを放とうとした。しかし、レイバーたちが守り抜いた反超音波メーサー車がその光を霧散させ、間もなくガクリとこと切れた。初号機がマステマを軽く振り、その遺骸を地へと投げ捨てる。

 これで第二波は乗り切った。地上を見下ろせば、成体から幼体までのギャオスの骸が四方に散在している。その中で、レイバーたちが腕を振り上げ一時の勝鬨を上げていた。いくつか大破したレイバーもあるようだが、死者は未だ出ていないようだし、ここは勝利とって過言でない。

 男型巨人は咆哮し、イングラム二号機は上空へライフルを撃ち放っている。

『喰らいやがれ黒いのぉ!』

『届かないって、やめなよ!』

 どうやら現在も交戦中のダークザギに向けた発砲らしいが、一号機の彼女の言う通り、彼らの高度はあまりに高い。ネクサスの銀色、モスラの極彩色が翻る様が辛うじて捉えられるだけで、俺の目にはダークザギは夜闇に紛れて見えづらい。

 その時、地上から響いた轟音にカメラを向ければ、ガメラの足元から白煙が噴出し、今にも飛び立とうとしていた。

「ザギともやるつもりか!」

 ロケットの打ち上げのように上昇し、俺の真横を通過していくガメラ。その風圧から身を庇っていると、あっという間に夜空の中に溶け込んでいった。

 ネクサスとモスラを相手に縦横無尽に立ち回るザギに向かい、真下から三発の火球を立て続けに発射する。気付いたザギは咄嗟の回避で全弾を躱し、ガメラへと振り返る。

「来たか、全く骨が折れる……!」

 その様子にはまだまだ余裕が残っていたが、言葉の節にはどこか苛立ったニュアンスが含まれていた。やはり、と俺は確信する。

「絶望の供給が明らかに減ってる……! ザギの力はそう増してない!」

 皆の奮闘の様子が伝えられたことで、デストルドーによるリンクはあからさまに減少していた。残る人々の抱く絶望も、当初ほど悲惨なものではない。皆が希望の兆しを見出し始めている。

 ザギは三体の一斉攻撃を高速で回避しながら、俺の呟きに応じる。

「その通り。ったく粘りやがるな」

「当然だ! あと何体ギャオスが来るのか知らないが――」

「ああそうか知らないからかぁ」

 にんまりと笑うように、厭らしくザギはそう言った。

「――なに?」

「ちゃんと探ってみろよ、それかネルフに数えてもらえ」

 言われるがまま、意識を集中させ巨影の気配を探れば、俺の全身に悪寒が走った。震える喉でインカムに囁く。

「次に……ギャオスは、何体、来るんです」

『……それを知ってどうするの』

 白衣の彼女の()()()ない、歯切れの悪い応答が全てを物語っていた。

 俺が黙っていれば、彼女は溜め息と共に明かした。

『今、隣県の上空に集結しているわ。戦力の一斉投入というわけね』

「……何体ですか」

 ふ、と彼女が鼻で笑った。

『二千よ』

 まさしく桁が違うその数に、俺は息を呑んで二の句が継げなかった。

 第一波が合わせてせいぜい六百、第二波はそれ以下。さらに言えば、第一波はN2ミサイルによってほぼ壊滅状態だった。

「でも、N2! あれをもっと撃ち込めば……!」

『……残念だけど、あれは急造品なのよ。機龍と初号機に二発ずつ、それで今持ち得る全てよ』

 ……もはや、俺には何を言うこともできない。

 彼女はまた小さく笑う。そこに含まれる自嘲と諦観は感じ取れた。

『本当はこの場への投入も早すぎるくらいよ。まあ……それも言い訳ね。科学は、一足遅かった』

 その時、古都を囲む山々の遥か向こうの空に、黒い雲が()()()。ぞわりと、全身に駆け上がったものを押さえ込む。

『……私たちが、全力で戦います』

『きっと守ってみせます』

 モスラから、コスモス姉妹の声がそれぞれ届く。その声音は、やはりN2兵器に対して複雑な感情を孕んでいるようだが、彼女たちの言った言葉に嘘偽りはないだろう。そういう決意もまた読み取れた。

『もはや防衛も無駄ね。全レイバーは撤退、シェルターへの避難を急いで』

『ま、待ってください! 自分は最後まで戦います!』

 イングラム二号機のパイロットが、白衣の彼女の命令に反抗した。

『今度は捌き切れない成体まで車両を狙うの。確実に死ぬわよ』

『しかし、ここでギャオスとあの黒いのを倒せなければ、どうせ助からんのでしょう!? なら自分はやります! 最後までやりまぁす!』

『じ、自分も!』

『私も!』

 続々と賛同の声を上げる自衛隊のレイバー隊員たち。その声に溢れて何も聴き取れなくなった応酬を余所に、俺は上空で激しく争う三体の巨影を見上げていた。特に、火球や高速回転でザギに対抗するガメラを。

「ガメラは……分かってたのか、ザギを先に仕留めるしかないって」

 ガメラの行動が迅速だったのも、彼だけが知りえる感覚でギャオスの動向を把握していたからかもしれない。

 しかし、どうやらそれも間に合いそうにない。まるで入道雲のように空に立ち上ったギャオスの群れが、徐々にその姿を露わにし始めた。その数や密度たるや、まるで一つの生き物のように蠢く巨大な影の集積体。

 地上を見れば、初号機と機龍がギャオスの群れを見据えて構え、レイバーたちも避難を始める機体が出始めた。それでもなお、その場に残り続ける者が大半だったが。

『人類の希望を、味方である巨影を、見捨てることはできません!』

『子どもが戦っているというのに、逃げ出す訳には!』

 戦士たちの声が戦場にて誇りを叫ぶ。

『そんな、初号機なら平気です! 早く逃げて!』

 初号機のエントリープラグから、かの少年の声が届く。しかし彼らの決心は強く、堅い。最初に避難した機体を除き、もはやその場を動く者は無かった。

『……これ以上は、何も言いません。初号機、N2ミサイルの発射用意!』

『はいっ!』

 初号機がマステマを構え、徐々に迫りくるギャオスの群れに向ける。カウントの後、号令が下る。

『発射!』

 直後に飛翔し、夜空へと伸びる白線。その行方、ギャオスの群れの中に飛び込んでから数秒の後、今夜四度目の小太陽が灯った。一瞬の後、音とも取れぬ轟音と衝撃波が全身を貫き、大気の震えを臓器で感じ取る。

 それが収まって目を開いて見れば、ギャオスの大群の中にぽっかりと抜け落ちたような穴が広がっていたが、全体からすればそれも一部に過ぎなかった。

『ギャオス第三波の、およそ二十パーセント、約四百頭のギャオスの撃破を確認』

「あと、千六百体……」

 口にしなければよかったと、思わず後悔した。

 間もなく、無数のギャオスが翼で空を切って飛来した。その数はこれまでの比ではなく、古都の夜空は瞬く間に旋回するギャオスに埋め尽くされた。まるで竜巻の中に飛び込んだような、悪夢そのものといった光景だった。

 それを映すカメラから伝わってくる、人類を呑み込む絶望。それは色濃く深みを増し、今まさに芳醇なエネルギーをザギへ供給しているのだろう。奴は心地よさげに腕を広げ、胸を膨らませ深く息を吸ったようだった。

「いいねぇ……おっと」

 モスラの放った光線を難なく躱し、余裕ある態度で腕を組んだ。

「そら、お前らも対処しなくていいのかぁ? 地上の奴らだけじゃ持たないぜ?」

 ザギは粘り気のある声で、相対するネクサスたちをそう絡め取った。ネクサスは周囲を見渡し、モスラとガメラに一つ頷く。それは、“ここは任せろ”という目配せだったようで、モスラとガメラは即座に反転し、ギャオスの群れへとそれぞれ突進していった。

 それを皮切りとしたように、ギャオスの渦は形を崩し、まるで獲物を狙うピラニアのように古都の夜空を覆いつくした。こうして古都は上空から地上まで、ギャオスの大群が所狭しと飛び回る地獄となり果てた。

 

 ガメラはかつてないほどの短い間隔で小ぶりな火球を放ち続け、確実にギャオスに手傷を与えていく。接近を許せば高速回転も織り交ぜ、ガメラ一体だけにギャオスの群れは大きく掻き乱されていた。

 モスラは柔軟に翼を翻し、ギャオスを引き付け縦横無尽に古都の夜空を舞っている。しかしよく見れば背後に鱗粉を撒いているようで、金色の粉塵が後続のギャオスたちに降りかかり、それを吸った個体は苦し気な様子で戦線から離脱していった。

 地上の機龍と初号機は、一撃離脱の戦法を取るギャオスに対し、それぞれミサイルやメーサー砲、機関砲などで状況を有利に進めていた。接近されようと機龍は元より対ゴジラを想定して近距離戦にも長けており、初号機もまたマステマのブレードを十全に活用して上手く対応していた。

 しかし……あまりに、ギャオスの頭数が多すぎる。それぞれ相手取るギャオスは、千六百を単純に割っても四百にも及ぶ。

 そんな中、あぶれた亜成体のギャオスが、上空を飛び回り逃げ続ける俺にも襲い掛かった。その鋭い牙が迫る中、俺は自身の内より湧き上がった“知識”を元に、カメラのシャッターボタンを押した。眩いフラッシュを嫌う素振りを見せたギャオスに対し、ここぞとばかりに連続してシャッターを切り、フラッシュを焚き続ける。

 その個体は堪らず俺から遠ざかったが、続いて二体の幼体ギャオスが俺に突っ込んできた。深紅のデッドゾーンが俺の体を貫いている。

「くっ!」

 足裏からの噴射を操り、一体目のギャオスの突進を躱す。しかし二体目の突進を躱しきれず……

「ATフィールドッ!」

 咄嗟に張ったATフィールドをそのギャオスは破れず、しかし俺も勢いまでは殺せず、軽く吹き飛ばされた。

 そんな中で、俺は……この頭に湧いて出た巨影知識に、確かにユーコの存在を感じて、無意識のうちに少し、微笑んでいた。

 地上付近で再びジェットを噴射し体勢を整えるが、また別の幼体のギャオスが迫りくる。俺は道路上を低空飛行で逃避しながら、背面のギャオスに目を配る。血走った目で(オレ)を見据え、今にも喰らおうと口を開いていた。

 しかしその顔を、巨大なブレードが打ち据えた。ギャオスの勢いもあって、血しぶきを上げてその首と胴がバラバラに飛んでいく。

 急停止し振り返れば、イングラムと男型巨人が交差点にてギャオスに相対していた。

「無事だったか!」

『そっちもね!』

『カラスどもぉ! 往生せいやぁぁッ!』

 アサルトライフルを撃ち続ける二号機、ブレードを振るう男型巨人。

 しかし、そうしている間にもギャオスが集い始め、交差点は瞬く間に亜成体と幼体からなるギャオスらに包囲されていた。

 しかし不思議なことに、威嚇はするものの一向に襲い掛かる雰囲気がない。

「なんだ……?」

「俺が止めてるんだよ。ちょっと話したくてな」

 その声に見上げれば、ザギがゆっくりと俺たちの眼前に降下してきた。その遥か向こうの空で、ネクサスが無数のギャオスたちを相手に立ち回っていた。どうやら、ザギがギャオスを操って意図的に足止めしているらしい。

「さすがに諦めもつくだろ? こんな景色が広がっていればよ」

「……は、まだ俺の絶望はやらんよ」

 アドレナリンの迸るまま、口元を釣り上げて言う。しかし、ザギはまだ笑いを含んだ様子だった。

「なあ、俺は不思議だったんだよ。なんであの女は……逃げなかった?」

「……何が言いたい」

「だからさぁ、なんであの女は()()()()()()()()()()()……お前なんかと一体化したんだ?」

「……は?」

 ザギの表情が、愉悦に歪んだ気がした。

「だからぁ、俺が力を奪ったって言っても、地球から逃げ出すにゃ充分なエネルギーはあったんだよ」

「……だってユーコは、今にも、消えそうだって……それで、俺の傷を治しながら、自分も……」

 彼女はそう言った。それが彼女のためでもあると、俺は彼女を快く迎え入れた。……そのはずだった。

「はぁぁ? お前それ信じたのか? かーっ、泣かせるねぇその健気な心!」

 だがよ、とザギは少しずつ上昇しながら、ギャオスが飛び交う夜空を背景に腕を広げた。その体が、紫がかった深い闇に覆われていく。

「あいつだけでも逃げてりゃ、こんなことにはならなかったのになぁ!」

 ザギが闇を解き放った瞬間、心臓を槍で射抜かれたように、圧倒的なまでの重圧と恐怖が全身を貫く。時を同じくして、インカムから白衣の彼女の声が聞こえた。

『新たにギャオスの第四波、第五波出現! 数はそれぞれ……約、五千よ』

 気丈だった彼女の声が、絶望に染まりゆく様が分かる。それは……俺も同じだった。

「お前は……最後だ、カメ。人類そのものをお前の前で全て、全て! その心を最高の絶望で飾り立てて、至高のディナーを完成させてやる!」

 狂ったように笑うザギの声が、脳髄の奥にまで染みつくようだった。足元からせり上がる闇が、全身の熱と力を奪っていく。

「さてまずは……後ろの連中だ」

 ザギが掌を向けた先は、イングラムと男型巨人。彼らは各々武器を構え、自身の数倍はあろうかという体長の相手に、最後まで戦う意思を見せた。

「や、めろ……」

 声もろくに出ない。ザギにそれをさせたら……俺の心はもはや、戻れない。沈み込んでいくだけだ。

 ザギの掌に黒い光が集った。

 ――その瞬間、上空で何かが光った。

 ザギが咄嗟に身を翻すと、その体を掠めて光の輪がアスファルトに突き刺さった。それは高速で回転し、地表を抉りながら周辺のギャオスを次々に切り刻んだ。

「この……光」

 見上げればそこに、六人の人影が並んでいた。六人の……光の巨人。

 赤や青、そして銀からなる艶めく体表、闇の中で輝く瞳、胸の中心の青いランプ。

 ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンレオ。

 そして、ダイナ、コスモス、ゼロ。

 幾度となく、俺たちの旅路を開いてくれた、我らの――

「……ウルトラマン」

 山間から、青白い一筋の光が夜空に伸びる。それはぐるりと百八十度の弧を描き、古都の上空を一閃。その延長線上にいたギャオスが、ことごとく焼き尽くされ、消滅する。

 この理不尽なまでの、圧倒的な暴力。そのシルエットは夜の闇において、また光線に眩んだ目において、山の稜線のように見えた。しかし、俺はこの巨躯に覚えがある。英語表記にあっては神の名すら冠する、怪獣の王者。

 ――ゴジラが、古都を前にして咆哮した。

 

 かくして、全てのキャストが揃った。巨影を追う旅路の終着点。

 全ての岐路は、選択肢は、全てがここに繋がっていた。

 

 



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stage22:闇を祓う光の巨影 ⑥

前回のあらすじ

レイバーの奮闘もありギャオスの第二波は乗り切った。
しかし二千頭にもなるギャオスの第三波が襲来。
古都は混戦の様相が色濃くなる。
主人公がギャオスから逃れる中、ザギが目の前に現れる。
ユーコの隠していた真実、そして更なるギャオスの襲来に絶望に染まりかける主人公。
そこに、これまで出会った六人のウルトラの戦士、そしてゴジラが姿を見せ、戦局はまた一変する。



 六つの巨影、十二の輝く瞳が俺を見下ろしていた。彼らは何を語らずとも、ただ一つ頷くだけで――ダイナはぐっと親指を立て――それだけで、俺の心に根差した絶望を取り払ってくれた。

「ウルトラの……! それに、ゴジラだと!?」

 突然のことに、聞き馴染んだ叔父の声でザギは狼狽えていた。

 鼻の下を擦ったゼロが、いの一番に突っ込んできた。急降下しながら頭部のブレードを取り外し、逆手に構えザギに向かっていく。

「くっ!」

 ザギは地を蹴って飛び上がり、俺たちの頭上を通過してそれを躱す。ゼロの振るったブレードは空を切り、彼はアスファルトを砕いて着地した。その振動に俺やレイバーまで僅かに浮き上がってしまう。

『すんごぉい……! ほんとにウルトラマンだぁ……!』

『見りゃ分かることを言うな!』

 呑気にゼロを見上げるイングラム一号機のパイロットに、珍しく二号機パイロットが突っ込んでいる。

 ゼロがザギを見上げ、ザギは肩を戦慄かせてゼロを見下ろす。

「どこまでも忌々しい連中め……、ッ!」

 その時、急降下してきたネクサスが目にも留まらぬ速度でザギに突進し、そのまま上空へと連れ去った。見れば、ネクサスを足止めしていた無数のギャオスたちに、ウルトラの戦士たちが逆に猛撃を加えていた。

 ウルトラマンの放った光輪が冴えわたり、ギャオスたちの翼や胴をズタズタに切り裂いていく。セブンは複数のギャオスの突進を躱しながら、額のカラータイマーからエメリウム光線を放ち、次から次に撃墜していく。レオは飛行中であるからこその縦横無尽の格闘で、無数のギャオスと真っ向からインファイトに臨んでいる。

 ダイナとコスモスは並び立ち、同時に光に包まれた。そして次に現れた彼らは、赤を基調とした戦士と化していた。

「あれは……ストロングタイプ、それにコロナモード!」

 ユーコの力の残滓による巨影知識により、彼らの新たな姿の名を知る。そしてその特徴はすぐ露わになった。名が示す通り、彼らの戦闘スタイルは力強いものに変じていた。

 ストロングタイプのダイナは、筋骨隆々の体格からギャオスに掴みかかり、ジャイアントスイングの要領で大きく投げ飛ばす。コロナモードのコスモスは従来の温和な雰囲気がガラリと変わり、振るわれるその力に一切の躊躇いはない。両者ともに、まさしく制圧のための変化であると見て取れた。

 彼らウルトラの戦士は皆、対ギャオスにあって圧倒的な立ち回りを見せていた。それは素早く飛び回るギャオスに対し、同等かそれ以上の飛行能力を有するだけに、相性もあったのかもしれない。彼らにとっては無数のギャオスですら恐れるに足りないのだ。

 いや、例え相手が何者であろうと、彼らは恐れることなどないのだろう。その姿こそが、人々に希望を与える象徴たり得るのだ。

「みんな、見えているか! ウルトラマンたちが、ゴジラが、ギャオスと戦ってる!」

 デストルドーによるリンクで伝わってくる。人々は悲観と諦観の絶望の淵から、既に脱却しつつあった。

 そんな時、ウルトラマンたちが何かに気付き、素早く身を翻す。その直後にゴジラの熱線が上空を横切り、避けきれなかったギャオスを焼き払っていった。

 傍若無人、唯我独尊。味方も敵も一緒くたに薙ぎ払わんばかりの横暴に、人々のデストルドーの減少もわずかに停滞する。皆、ゴジラが敵か味方か判断しかねているのだろう。

 しかし、俺には不思議な確信があった。ゴジラはこの場において、人類の味方ではなくとも、ギャオスとザギの敵であろうと。

 ゼロはこちらに一度視線を落とし、上空の戦いに参加するため飛び立っていった。俺はイングラムと男型巨人に振り返り、笑顔を見せる。

「俺も、撮りに行きます!」

『え、じゃあ私たちも……!』

 その時、インカムから白衣の彼女の声が響いた。

『駄目よ、全レイバーに再度避難命令を出します。これ以上の長居は無用よ』

『で、ですが! そう、メーサー車を守るべきでは!』

 取ってつけたように食い下がる二号機のパイロットに、彼女はピシャリと言い放つ。

『ギャオスにメーサー車を狙う余力はもう無いわ。後は戦闘に巻き込まれないよう適宜位置を調整するだけよ。これで正真正銘、あなたたちの仕事は完了したの』

 どこか労わるような声音でそう告げられれば、彼らもそれ以上の追求はできなかった。俺はガメラの能力で少しずつ上昇しながら、彼らにカメラを向ける。

「ありがとう、みんなの戦う姿が人々に希望を見せました」

『そ、そうかな……っていうか、それどうやって飛んでるの?』

『やい聞いてるか!  この程度で諦めるなんざ、ぶったるんどるぞ人類!』

 二号機がカメラを指さし、全人類に向けてきつい檄を飛ばす。そんな無体な、と思わないでもないが、その言葉がきっかけでリンクが切れた者もいるのだから、彼のエネルギーに満ち溢れた言動も決して欠点ばかりではないのだ。……在りし日の首都では破壊神だの何だのと言われてはいたが。

 少し高度が上がり、じっと状況を観察していた男型巨人と目が合う。こうして正面から向き合えば、その目に宿る光は間違いなく人間のそれだ。正しい知性と強い意志を持ち合わせたそれだ。

 彼は何を言うでもなく、ただ一つ、俺に頷いてみせた。感じ取れるものは、「託す」という感情。俺がウルトラマンやガメラ、モスラといった巨影に対し示すものを、今は俺が受け取っている。そうだ、これが俺にしかできないことだ。

 俺もまた頷きで返し、一気に出力を高め急上昇する。見渡せば、古都の至る所で戦局は動いていた。

「……おい、ちょっと待て」

 中でも一層目を引いたのは、相対するゴジラと機龍だった。互いに上空を飛び交うギャオスに目も暮れず、静かに、しかし鋭く視線をぶつけ合っていた。

 漂う一触即発の雰囲気に喉が鳴る。こんな状況を映してはまた人類のデストルドーが上昇するのではないか、という懸念はあるのだが、思わず見入ってしまう。

 そして遂には、互いの口腔から光が漏れ出す。ゴジラは青白い熱線の光、機龍は二連メーサー砲の黄色い光。息を呑む間にそれが放たれ……互いの背後に迫っていたギャオスを同時に撃ち落とした。

 ゴジラの熱線を浴びたギャオスは爆散し、機龍の光線を浴びた個体は地に落ちてゴジラの足元に転がった。ゴジラは大きく尾を振り上げ、そのギャオスに容赦なく振り下ろした。

 力なく息絶えたギャオスを睥睨しながら、ゴジラは背後へと振り返る。機龍も同様に背を向け、二体は背中合わせの状態で上空から襲い来るギャオスを続々と迎撃した。

 その光景に……俺は言い知れぬ感動を覚えていた。二体のゴジラが互いに背を預け共闘する様は、以前の港湾都市での死闘に立ち会ったこともあって、ただの共闘以上に特別なものを感じさせた。

 撮影を続けて正解だった。リンクがまた次々に途絶えていくのを感じる。

 地上ではもう一つの動きがあった。マステマを構えるエヴァ初号機を庇うように、ウルトラマンとセブンが並んでギャオスを迎え撃っていた。彼らとって紫の巨人を駆る少年は庇護の対象なのだろう。

 しかし、彼は巨影災害の中で成長した“男”だった。初号機は二人の背後からマステマを撃ち放ち、襲い来るギャオスの翼を撃ち抜いた。驚いたように振り返るマンとセブンを置き去りに初号機は駆け出し、落下するように飛来するギャオスをマステマのブレードで突き上げた。

 痛みに金切り声を上げるギャオスに、とどめとばかりに再び機関砲をゼロ距離から放つ。無数の砲弾が胴を貫通し、ギャオスはその活動を停止させた。

 構えを解いたマンの方をセブンが叩き、頷く。その彼らの横合いをレオが駆け抜け、初号機に迫っていた別のギャオスにタックルした。吹き飛ばされ地上に転がるギャオスを睨み、初号機に対し頷くレオ。これに初号機も頷きを返し、彼らは同時に駆け出した。ギャオスもこれを迎え撃たんと立ち上がる。

 レオと初号機は完璧に同調(ユニゾン)したタイミングで飛び上がり、互いに飛び蹴りの構えをとった。レオの足に焔が灯り、その咆哮が鳴り響く。ギャオスも飛行し二体に突進するが、赤と紫の脚はギャオスの体を貫いた。そして着地した彼らの背後で、ギャオスが爆発四散する。

 ああ、と思う。どうして、この光景を見て絶望などできようものか。こんなにも力と勇気に溢れた闘士が奮闘する中で。

 リンクがまた切断されゆく。その間際に届く声の多くは、巨影に対する応援で溢れていた。まるで子どもがヒーローを応援するように無心で、大きな声だった。

 

 



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stage22:闇を祓う光の巨影 ⑦

前回のあらすじ

ウルトラマンたちの参戦で戦局は有利に傾いた。
ゴジラですらザギとギャオスを敵とし、機龍との共闘まで果たす。
更にエヴァとウルトラマンたちの連携。
その光景を前に、主人公の中にもはや絶望は無かった。


 ウルトラマンたちの参戦により、古都の上空では多元的な戦闘が繰り広げられていた。縦横無尽に飛び交い、多彩な光線を放つ彼らは夜空の中でひと際目立つ存在だ。

 その中であっても、モスラの鮮やかな翼の翻る様は、見ていて惚れ惚れするものだった。

 空を埋め尽くさんばかりのギャオスの群れ。その隙間を縫うように舞い、煌びやかな鱗粉を後方に振りまいていくモスラ。直接の戦闘ではなく、敵の身体の自由を奪い他者を援護する、まさにコスモス姉妹の人柄を表すような立ち回りだった。

 ――彼女たちを奪われた際のモスラの荒くれぶりを体感している身としては、モスラ自身はそこまで穏やかな性質ではないのでは、と思っている。

 閑話休題、そんなモスラに対し、更に上方から降下し襲い掛かるギャオスの個体があった。

「危ない!」

 俺の声を姉妹が聞き取ることを期待し叫ぶが、結果としてそれは徒労だった。

 モスラの危機を察知したウルトラマンゼロが素早く構え、父のセブンと同様の細いレーザーを額から発射する。それを顔面に受けたギャオスは苦悶の金切り声を上げ、逃げ去るように軌道を変えた。

 しかし、その先には不運にもガメラがいた。彼はヒレ状の腕と尾、頭を甲羅に収め、ジェットを噴射し高速回転を始める。そして這う這うの体のギャオスに衝突し、そのまま鋭利な甲羅の角で皮膚を、肉を削ぎ落していく。ギャオスの声はすぐに消え、ボロ雑巾のようになった体が枯葉のように落下していった。

 大きく旋回するモスラをゼロは指差し、その指を立ててチッチと振った。まるで「危ないぜ、気をつけな」とでも言わんばかりのキザなジェスチャーだったが、なんとモスラは彼に向かって光線を放った。

「え!? あ、ああ」

 一瞬面くらうが当然、それはゼロを狙ったものではなく、彼の背後に迫っていたギャオスに放ったものだった。触覚からの光線を受けたギャオスは体勢を崩して落下し、下方で待ち構えていたダイナの拳の餌食となった。

 どことなく悔しそうにするゼロの背を、後方から来たコスモスが軽く叩いていった。何か言いたげな様子で手を伸ばすゼロの肩を、今度はダイナが少し強めに叩いて通過した。

 溜め息をつくように肩をすぼめたゼロが、気を取り直して二人の後を追って飛ぶ。この短いやり取りだけで、彼らの関係や親密さが伝わってくる。

 彼らの向かう先では、ネクサスとザギがギャオスの合間を飛び交いながら、激しい打撃の応酬を繰り広げていた。互いに決定打の無い状態ではあるが、実際はザギ優勢であることが見て取れる。それでもネクサスがある程度食い下がれるのは、やはりデストルドー、絶望の供給源が目減りしているせいだろう。

 そこへ参戦する三人のウルトラの戦士。ダイナが赤色のストロングタイプから赤と青の基本形態、フラッシュタイプへと姿を変え、交差させた腕から眩いソルジェント光線を放つ。

 瞬時に反応したザギは大きく飛び退いてこれを躱すが、先行していたコロナモードのコスモスが鋭い拳を突き入れる。しかしザギはこれも片手で受け止め、コスモスと至近距離で睨み合った。

「ったく、よくよく邪魔をする……!」

 明らかに苛立った様子のザギに対し、ネクサスも加わり攻勢をかける二人のウルトラマン。これでようやく対等といった感じで、ザギは彼らの拳や蹴りを鮮やかに捌くが、その背後からゼロが切りかかった。彼の頭部のブレードを一体化させた巨大な刃が振り下ろされる。

「おっ、と!」

 ザギはまたも超常的な反応速度で身を捩り、この一閃すら掠めるだけで済ませた。

「クソッ! どこまでも忌々しい、ウルトラの――ッ!」

 その言葉は突如飛来した赤熱の火球に掻き消された。ザギを中心に爆炎が広がり、ウルトラマンたちは即座に離脱する。見やれば、火球を放ったガメラはザギを睨むように周囲を旋回していた。

 勝てる。そう確信させる情勢だった。ウルトラマン、そしてゴジラの参戦により天秤はこちらに傾いた。ザギは強力ではあるが、もはやこれ以上の強化は見込めない。今この瞬間も世界から絶望は取り除かれ、瞬きも追いつかない速度でデストルドーによるリンクが切断されていく。

「……真逆だな、おじさん」

 今は……もういない、憎たらしい顔を思い出して呟く。

 俺たちは皆に巨影を認めさせるため、伝えるため、知らせるため。危険を冒しても彼らを追い、撮り続けた。それが今では、結果として巨影を彼らに見せないよう動いている。

 こうしている間にもリンクが切れる。当初の膨大な数が嘘のように、今や数え切れるほどにそれは減少していた。

 これでいい。暗澹とした絶望に呑まれるくらいなら……みんな、知らないままでいい。

 黒煙が晴れると、腕を十字に組んで身を庇った体勢のザギがそこにいた。深手とはいかなかったが、所々に軽い負傷はあるらしい。しかしその傷はザギの余裕を根こそぎ奪ったようであった。

「貴様ら……この、ゴミ共が……!」

 怒りに身を震わせるザギを中心に、どす黒いオーラのようなものが立ち込め始める。ぞくりと、これまでの雰囲気を塗り替えるような悪寒が背筋を走る。

 獣のようなザギの咆哮が、衝撃波の如く古都を駆け抜ける。その途端、まるで時空そのものを吸引するかのように、禍々しいオーラがザギへと集約されていく。

「ッ!? ギャオスが!」

 古都を埋め尽くしていたギャオスの群れが、まるで実体を持たない幻影、まさに影のような姿となって、凄まじい速度でザギへと吸収されていく。

『いけません! ザギを止めてください!』

 コスモス姉妹の叫びが内耳に響く。

「何が起こってる!?」

『ザギは自分の支配下にある巨影を、全て取り込むつもりです! そうなれば……!』

「俺に負けは無い……!」

 ザギの声が俺と姉妹を遮断した。ザギの体が徐々に高度を上げていく。

「今後を考えると手間だが、仕方がねえ……お前らを皆殺しにしてから……全てはそれからでいい……!」

 その時、地上からウルトラマンがスペシウム光線を放った。続いて他のウルトラマンが、エヴァが、機龍が、モスラが……光線や砲弾を放つも、ことごとくザギの纏う漆黒のオーラを貫通することはなかった。

『いけない、止めて!』

「無駄だ、もう届かねえよ!!」

 ギャオスの影が見る間にも取り込まれていく。巨影を察知する能力が痛いぐらいに発揮され、その存在感はこれまでに類を見ないほど強力なものになっていく。圧倒的なまでに広大なデッドゾーンがザギを中心に広がり、古都そのものを呑み込んでいった。

『世界中のギャオスが影になってここに飛来してる! もう数分と無いうちに……!』

 白衣の彼女が、これまでにないほど焦燥を滲ませた声でまくし立てる。

「どうすれば、いい……ユーコ……!」

 胸をぐっと押さえ、俺の中に僅かに取り込んだ彼女に、思わずそう縋ってしまう。ぼうっと、押さえた胸が熱を持った気がした。

 その時、ザギを見据える俺たちの正面に、ネクサスが飛び入ってきた。ザギを数秒見上げた後、ネクサスは俺たちへと振り返った。

 彼の胸元の赤い光、翼を広げる鳥のような形の部位が、眩く光力を増していく。

「なんだ……!?」

『あそこに、皆さんの光線を!』

 コスモス姉妹が間髪入れずに叫ぶ。

「どういうことだ!」

『ネクサスは全員の力を束ね、ザギを倒せるほどの技を放とうとしています!』

 ネクサスが両腕を広げ、俺たちを見下ろす。その目に映るものは、相変わらず温かい、信頼に満ちた光だった。

 最初に反応したのはウルトラマンたちだった。スペシウム光線を、ワイドショットを、レオとゼロでダブルフラッシャーを。ソルジェント光線を、ネイバスター光線を、それぞれがネクサスの胸元へ命中させる。複雑な光の奔流を、ネクサスは体を張って受け止めた。

『まだ足りません!』

「野郎、()()()マネを!」

 その時、狙いを察したザギが腕を振り上げ、ネクサスの背を狙った。

「ネクサス!」

 俺が叫ぶと同時に、地上から青白い光線が伸びてザギへと命中する。

「ぐっ、このロートルが……!」

 ゴジラの鋭い視線が、ザギを敵と捉え鋭く光っていた。

 更に、地上に降り立ったガメラが大きく口を開き、周辺の大気ごと取り込むように吸気する。それは通常の火球を放つ前段階とは様子が違い、古都のあらゆる箇所に揺らめく炎まで取り込んでいた。

 そして全ての炎を身に取り込んだガメラは、一瞬の間を置き、太陽のごとく巨大で強力な火球を放った。

「う、ぐおぉぉぉあっ!」

 ガメラの強大な火球を、ゴジラの熱線が押し上げる。完全燃焼する炎のように、赤熱の火球が青へと変色していく。さしものザギもこれには守勢に回らざるを得ず、ネクサスへの攻撃は中断された。

『今です!』

 この隙を見逃さず、機龍とモスラが光線を放つ。

 そしてエヴァ初号機の口元が開き、低く響く咆哮を放つ。それは暴走状態のようでもあったが、初号機から感じる“雰囲気”は、まるで我が子を守る母のようなそれだった。 

 初号機の口腔から一直線のレーザーが発射され、ネクサスの胸元へ届く。これで全ての巨影が参加した。しかし……

『あと少しっ……このままでは、僅かに!』

 姉妹が必死の様相で叫ぶが、ゴジラもガメラもザギの足止めで手一杯だ。

「そんな、ここまできて……!」

 あと少し、そこまで来たのに、このままでは届かない……!

「こ、の……!」

 僅かずつだが、火球と熱線の勢いにザギは対処しつつある。このままじゃ……

 その時――火が付いたような胸元の熱に、思わず見下ろす。そこには赤紫色の光が溢れていた。俺はこの力の正体を……彼女の影をそこに見ていた。

「ユーコ……これが、君の残した……」

 強く瞼を閉じる。暗幕に浮かぶ彼女の笑顔を見て、俺はネクサスとザギを見上げた。

「ま、待て! いいのか、俺をやるってことは、俺の中のユーコごと……!」

「だから……何だ。ユーコはもう俺の中にいて……二度と帰らない」

「いいや! まだ俺とお前の中の“残り”を集めりゃ、可能性はある! お前がそれを撃って、使い切らなければな!」

 ……心が揺れる。そう、俺も確信があった。これを撃てば、俺の中のユーコの残滓は消え果て……俺と彼女は、二度と。

『カメさん、惑わされないで……!』

 姉妹の懇願するような声が聞こえる。

「これは真実だ! 撃たなければ、約束する。ユーコの復活に全力を尽くす! その後、俺は宇宙の果てにでも消えてやる! だから撃つな……!」

 ザギの言葉には、ある程度信憑性がある。いや、違う。俺がそう信じたいだけか……? 

 もう一度、会いたい。その僅かに空いた心の隙間に、甘美に響き渡る誘惑。

 幾重もの選択を超えた、旅路の果て。終着点に設けられた究極の択一を前にして、俺は……

 

 




①ユーコと再会する

②ユーコに別れを告げる


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stage22:闇を祓う光の巨影 ⑧

前回のあらすじ

戦局は有利に進み、ザギをも追い詰め始めた。
しかしザギは最後の手段として、自身が解き放った巨影、ギャオスを吸収し始める。
攻撃を一切寄せ付けず、強化を進めるザギ。
しかしネクサスもまた奥の手として、巨影たちの光線を受け止め、自らの力に変換しようとする。
それに気づいたザギは妨害を図るが、ゴジラとガメラに阻まれる。
だがネクサスに集う力が僅かに足りない。
そこで主人公は残るユーコの力と、ネクサスに与えられた力を使い光線を放とうとする。
ところがザギは交渉として、撃たなければユーコの復活に尽力すると言う。
主人公は大きな選択を迫られた。


 ……おそらく、それは数秒の逡巡だった。ネクサスに集約する光線、ザギを縫い付ける火球と熱線。それらの轟音が降りかかる環境にあって、俺は奇妙なまでの静けさの中に居た。それはこの凪いだ心の表れだろう。

 走馬灯のように、ユーコの姿がいくつも脳裏をよぎっていく。カメさん、カメさんと、人懐こく俺を呼ぶ。時に笑い、怒り、悲しみ……目まぐるしく移りゆく表情。しかし最後に浮かぶのはやはり、あの柔らかく温かい笑顔だった。

 俺は一つ、焦げ臭い空気を鼻から取り込み、少し自嘲を込めて呟く。

「嘘は……つけないよな」

「ハッ……!」

 ザギが喉の奥で笑う。

「カメさん……」

 コスモス姉妹の声には失望と、多大な憐憫が含まれていた。ウルトラマンたちの視線も肌に感じる。

 俺は微笑みを浮かべたままザギを見上げ……拳を握った両腕を、胸の高さに掲げた。喜色に溢れたザギの雰囲気が一転する。

「何の真似だ……?」

「ウルトラマンの……真似だ」

 掲げた上腕の間に電流のような、赤紫色の光が迸る。そこに感じるのは、中央駅舎で譲り受けたネクサスのエネルギー。これにユーコの残した力の残滓が注ぎ込まれていくのを、感覚で把握していた。

「ば、馬鹿が! 俺が死ねばユーコとは――」

「いいや、よく見ろザギ……!」

 腕の間を走る光が増幅されゆく中で、俺の肩から胸にかけて腕が回される。白く細い、淡く透ける愛しい手……

「そんな、馬鹿な……」

 唖然とした様子でザギが呟く。

 背後に感じる暖かな気配。彼女の――ユーコの手が、俺の胸元で結ばれた。俺を背後から抱きしめる形で、彼女はそこに確かに()()。無言のまま、語らぬまま、しかし僅かに微笑む彼女と、俺は再会を果たした。

「ユーコ……いくぞ!」

 溜まったエネルギーを左右の腕に取り込み、大きく広げる。

 胸元の中央で結ばれたユーコの手。それはちょうど、ネクサスの胸に輝く発光器官――“エナジーコア”とよく似た、翼を広げる鳥の形を思わせた。

 本能の察するまま両手を大きく回す。そしてウルトラマンたちと同様、立てた右手に左手を添える形で構え――

「ハァァッ!!」

 放たれたのは、赤紫色の光線。猛々しさや激しさといった言葉から縁遠く、まるで流れ落ちる一条の砂のように、滑らかに古都の上空へと伸びる。

 他の光線と同様、それはネクサスのエナジーコアへと命中した。その瞬間、ネクサスに集う幾筋もの光線が凝縮され、コアへと吸収される。極彩色の発光を始めたネクサスを見て、巨影たちは光線の照射を止めた。

 ネクサスが胸元に右手かざすと、その手首にコアの形の、光の弓が装着された。虹色に輝く弓からは濃密でかつ温かく、何より力強い、巨影の気配が感じられた。

 ネクサスはザギへと振り返りながら右腕に左手を添わせ、まさに弓を引く形で構える。

「ふ、ざけるな、俺が……!」

 ザギは何やら怒りを滲ませるが、もはや言葉が届く段階にない。

 ネクサスは弓を引き絞り……そして解き放った。巨影の力を集約した必殺の一射。“アローレイ・シュトローム・オーバー”。

 極彩色の弓そのものが超高速で射出され、瞬きの間もなくザギの胸元へと命中した。

「ぐおあぁぁぁぁっ!!」

 ザギの絶叫が轟く。そこにガメラとゴジラが練った特大の火球も押し寄せ、ザギの全身を呑み込んでいく。

「ば、かな……! こんな、こんなぁぁぁッ!!」

 最後に聞こえたのは叔父の声ではなく、まるで獣のような、ザギそのものの悲鳴だった。そのことに、俺はどこかで安堵した。

 ザギの体を光の弓が貫いた瞬間、古都に一瞬の静寂が訪れ……そして次の瞬間、目も開けていられないほどの閃光がザギの全身から溢れ出した。光が全てを呑み込み、巨大な影たちを照らしていく。

 

 ……気づけば俺は、崩壊した古都の只中で、仰向けになって藍色の空を眺めていた。すっかり見晴らしの良くなった東の空に、朝日が昇り始めていた。

 寝ころんだまま見渡すが、巨影たちの姿が無い。まるで夢だったとばかりに……。残骸に溢れる滅びた古都だけが、それを否定してくれた。

 ふと、俺の体から抜け出し、明け方の澄んだ空に立ち上る光の粒に気付く。それはユーコとの残された時を告げる砂時計のようだった。

「ユーコ……ごめんな……」

 右手を伸ばす。小さくて弱弱しい、煤けた人間の腕。その指先を摘まんだのは、白く輝く彼女の手だった。

「さよなら、ユーコ……」

 白み始めの空を背に、彼女が微笑む。ゆっくりと、ユーコの体が光の粒子へと変じ……やがて空へと()()()いった。

 必死に伸ばしていた右手が地に落ちる。

 ……静かだった。風もなく、人も動物も、何者もいない都市。寂寞が込み上げて、嗚咽を止めることができなかった。

 誰もいない。叔父も、仲間も、ユーコも……皆、もうこの世界にはいない。押し寄せた孤独に胸が抉られ、幼児のように、泣きながら声さえ上げた。まるで全てが死に絶えたような静寂に、むせぶ声が残骸の片隅に響いた。

 しかし、唯一応える者が現れた。不意に、赤色に輝く光球が真上に出現し、瞬く間に俺へと降りかかって、視界は閉ざされた。

 

 次に目を開くと、そこは()()のようなものに満ちる薄暗い空間だった。そこにぽつんと、俺一人だけが立っている。

「ここは……いや、どこかで……?」

 その既視感がふと、答えに辿り着く。俺とユーコが出会ってすぐの事。ザギによって死にかけた俺に、彼女が一体化を申し出た、夢の中のような不思議な空間。

「なんでまたここに……、ッ!」

 眼前に現れた巨大な人影に息をのむ。しかしその緊張も一瞬で、正体を悟った俺は肩の力を抜いた。

「ネクサス……キミが俺を呼んだのか?」

 そこに立っていたのは、僅かに燐光を放つネクサスだった。彼の瞳が俺を見据えている。

『そう、彼と……俺だ』

 背後から聞こえたその声に、俺は目を剥いて振り返る。

「……俺、か?」

 そこに居たのは……“俺”だった。そうとしか言い様がない。同じ顔、同じ体格。しかし雰囲気だけがどこか、人間性を超越したものを感じさせる。

 “俺”は薄く笑い、こちらに一歩歩み寄る。

『そう、お前だ。正確には今日ここに至るまでの何十、何百もの分岐の集積体』

「集積……? 一体、どういう事だ?」

 わけも分からずそう問えば、彼もまた頷いた。

『そうだな、順を追って説明しよう……。簡潔に言えば、この巨影災害の時間は何百回と繰り返されている。ネクサスの力でな』

 “俺”がネクサスを見上げる。振り返れば、ネクサスは首肯で返した。

「繰り返す、分岐……まさか」

『そうだ。いくつもの危機を潜り抜けてお前は生き残ったが……それは本当に奇跡的な事なんだ。この時間軸に至るまで、何十何百と“俺”は……死んだ』

 その言葉のもたらした衝撃に、俺は口をつぐんだ。

 ネクサスを見上げる“俺”の目が、懐かしむように細められた。

『ネクサスはザギを追ってこの地球までやって来た。が、ユーコの力を取り込んだヤツには勝てず……そこで目を付けたのが、分岐を誤り、死にかけている俺だった』

 ネクサスと再び目を合わせる“俺”。

『ネクサスは死にゆく俺の魂を取り込み、基準となる“座標”に設定することで、僅かに地球の時間を巻き戻すことに成功した。ユーコとザギが接触する少し前にだ。もちろん俺も否は無かった。そのまま死ぬよりずっといい』

 だが、と“俺”は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

『生半可な道のりじゃなかった。ネクサスが時を巻き戻すには大量のエネルギーを使う。その状態でザギとやるんじゃ、とてもじゃないが勝ち目は無い』

 ネクサスが深く、重く頷いた。

『ザギを倒すために休息をとりつつ、しかしその時間軸の俺を救わなくちゃならない。俺が死ねばユーコは脆弱な存在として投げ出され、すぐにもザギに吸収される……その時点で詰みだ』

「だけど、そんなの……」

『そうだ。俺って奴は何周目だろうが馬鹿で無鉄砲で、とても守り切れたもんじゃない。我ながら呆れたよ……』

 はあ、と深々とため息をついた。

『俺が失敗する度にその魂を取り込み、ネクサスは時を巻き戻す。これを繰り返した……何度も』

「だからお前は、“集積体”なのか。……だから、ネクサスに俺が混じっていたから」

 ネクサスは赤紫の光を操り、俺に力を与えることができたのか。

 “俺”は頷き、腕を振るう。すると、暗い空間にいくつもの映像が浮かび上がった。

『分岐によっては、いろんな結末があった。巨人が、ギャオスが、レギオンが。地球を埋め尽くし、人類を滅ぼす世界』

 それらの映像は酷くおぞましく残酷で、俺はすぐに目を逸らした。

『他にも、ハイパーゼットンに支配された世界。初号機が人類補完計画のキーにされ……これは二度と見たくないな』

 その映像から響いた、初号機パイロットの少年の叫び声……凄惨極まる絶叫が、この世界の地獄を表していた。

「一歩間違えば、俺もこんな……?」

『そう。まさに薄氷の上だったが……お前はやり遂げた』

「……やり、遂げた?」

 “俺”は薄く笑い、手を広げた。そのニヒルな立ち振る舞いは、不本意ながら叔父とよく似ていた。

『ザギは倒され、人類は生き残った。お前、いや俺もな』

「それで、やり遂げただと……!?」

 自分の言ったこととはいえ、いやだからこそ、腹の底から煮え滾るものがせり上がった。

「どこがだ! 叔父さんは死んだ、ユーコも……! これで何が、何を! 俺はできたんだ!」

 “俺”は憐れむような視線を投げかけた。

『……だが、一番()()だ。最善の結果だ』

「お、お前だって俺だろ! ユーコを守れない俺によくもそんなこと!」

 叫びながら詰め寄るが“俺”は動じることなく、こちらの瞳の奥まで覗き込もうとしているようだった。

『……すまん。だが本当にマシなんだ。“俺”たちの味わった地獄からすれば』

 彼の纏う雰囲気に、重苦しい疲労の色が浮かぶ。

 そうだ。彼は、いや()()は、巨影のもたらす地獄を全て覚えているんだ。だからこそ、こんな結末ですら救いと思えてしまうのだろう……運よく生き延びただけの俺には、想像もし得ないことだった。

 ……だけど。それでも。

「魂を……取り込めば。過去に戻れるんだな?」

 ネクサスを見上げ、そう問いかける。その雰囲気から隠し切れない驚愕が伝わってくる。それは“俺”もそうだった。

『まさか……本気なのか?』

「分かるだろ、俺なんだから」

 ネクサスを再び見上げる。

「ネクサスはたぶん、今までで一番良い状態なんじゃないか? あれだけみんなから力を預けられたんだ。時間を巻き戻しても、今なら余力があるんじゃないか?」

 僅かな間を置いて、ネクサスは渋く頷いた。“俺”の表情も苦々しく歪められていた。

『……俺もネクサスも、それを明かすつもりはなかった』

「ああ、ありがとう。でもさ、こうなるのも分かるだろ」

 彼らの気遣いは有り難いが、()()()()()()だ。成すべきことはもう決まっていた。

「どうすればいい。一回死ななきゃダメか?」

『いや、魂だけあればいい。体は遡る時間に巻き込まれ、ユーコと出会う直前に……全てを忘れた状態で、目覚める』

 ああ、と得心する。あの日、雨も降り出そうかというのに俺は傘も差さず、ぼんやりとした思考のまま街をふらついて……そういうことだったのか。

 となると、俺から抜き出されるのは魂より“記憶”と言うのが正しいのかもしれない。魂に刻まれた時間の記憶を読み込み、ネクサスは時を巻き戻す……原理はこんなものだろうか。

 とは言え、理屈はどうでもいい。必要なことは全てを塗り替えるだけの力、そして覚悟だ。

 “俺”が歩み寄り、何かを差し出した。白を基調としたそれは、鞘に収まる短剣を思わせた。

「これは?」

『エボルトラスター。ネクサスに変身するための道具で……絆の証』

「絆……」

 差し出されたそれを、ゆっくりと受け取る。その瞬間、脳から溢れ全身にまで流れ込む“俺”の記憶。絶望と涙と、僅かな希望で象られた、遥かなる旅路の痕跡。その傍らには常にユーコの姿があった。

『ユーコを……諦めない。それでいい。俺は、“カメさん”は、そうでなくちゃな……!』

 “俺”が光となって吸収されていく。諦観を捨て去り俺の一部となる、全ての記憶たち。

「これで、いい……ネクサス!」

 一つとなった俺はネクサスを見上げれば、彼は力強く頷いた。

 すると、もやの掛かった薄暗い空間が突如、光の奔流に溢れる。まるで巨大な穴に落下していくような、強力な引力を感じながら、俺の意識は走馬灯の中に混在していった。

 

 

 ウルトラの戦士……彼らが来てくれた時、俺は絶望を抱くことなどなかった。敬愛すべき、温かな光の巨人たち。

 

 ゴジラやモスラ、機龍……生命の域を超えた、超常的な存在。彼らには畏怖を覚えたものだが、言い様の無い親愛もまたあった。あのゴジラにさえ……

 

 エヴァンゲリオン初号機。パイロットの少年、ネルフの人々……人類の生み出した業。でも、あの子は……そんな大人の身勝手を置き去りに、大きく成長した。複雑ではあるけど、どうしようもなく嬉しかった。

 

 人類と言えば、特車二課第二小隊、イングラムとパイロットたち。ある意味……彼らが最も絶望から遠い場所にいた。どこまでいっても、彼らは日常の延長にいた。それがどうにもホッとして、居心地が良かった。

 

 彼らは、最後までよく分からなかったな。巨人と相対する人々、そして巨人を駆逐する巨人……だけど、彼らに宿る闘志、圧倒的な敵手に立ち向かう勇気は、しっかりとこの胸に刻まれている。

 

 そして、ガメラ……地球を守るため、人類との敵対も厭わない覚悟。それでも失えない慈しみを持ち続けた、この星の守護神。俺は、彼の覚悟すら背負っていかなければならない。

 

 いくつもの場面が目の前に現れる。そう思えば次には消え、消えては現れ……

 

 

 ……こうして、今に至る。

 長い夢を見ていた気分だ。全てを想起すれば、なんて無茶な旅だったものか。

 だけど……楽しかったな。焦がれ続けた巨影を追い、ユーコと二人駆け回った日々。今となってはどこを切り取っても輝く、人生最良の記憶たち。

 自然と、口が笑みを浮かべていた。不安も恐怖も無い。ただあるべき場所へ、全てがあるべく、行動するだけ。

 光のトンネルに、暗幕のような終点が見え始める。ここを抜ければそこが……旅の出発地にして、全てを終える場所。

 キミと俺が出会った、あの日の首都。

 



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"THE NEXT"stage1:影の英雄

前回のあらすじ

主人公はザギの交渉を蹴り、光線をネクサスに照射した。
力を集約させたネクサスは巨大な光の弓を放ち、ザギを完全に滅ぼす。
崩壊した古都の中で主人公とユーコは一瞬の再開を果たし、別れた。
そんな主人公を、自らの内世界へと誘うネクサス。
そこで主人公は、ネクサスと一体化を果たしていた“自分自身”と出会う。
彼曰く、最善の未来を導くべく、ネクサスはこの巨影災害の時間を何度となく巻き戻し、戦っていた。
その基点として、巨影災害のキーポイントである主人公の魂が選ばれた。
主人公が選択を誤り死に陥る度、ネクサスはその魂を取り込んで時間を巻き戻す。
それを聞いた主人公は、自分の魂を使いもう一度過去に遡れば、ザギが巨影を生む前に倒せるのでは、と提案した。
渋りはしたがネクサスはそれを受け入れ、主人公の魂は過去へ、あの日の首都へと帰って来た。


 頬に水滴が弾けるのを感じ、ビルの合間の空を見上げてみると、予報を裏切る雨が降り始めていた。家路を行く人々は慌てて走り出したり、用意のいい者は折り畳み傘を広げたりしている。俺はそのどちらもせず、相変わらずぼんやりと歩いていた。

 雨粒が地を打ち、けたたましく往来する車の音を聞きながら、灯り始めた街灯をふと見やるも、俺の心を占める単語はただ一つ、『巨影』だ。叔父から幾度となく聞かされた、解答無き問いかけ。その答えを薄い意識下で探っていた時だった。

 狭い空を一杯に覆いつくした暗雲に一瞬、枯れ木のような紫電が走ったような気がした。道行く人もそれを見ただろうかと気にかかり視線を下げると、ぼうっと、彼らの輪郭がピントずれを起こしたように鈍っていく。人だけではない、ビルも、車も、何もかもが俺の焦点に結ばれない。

 俺が唯一認識できる像は、人波の向こうに女性の形で佇んでいた。不自然なほどに波打つ長い髪、しなやかな肢体を含め、彼女は女性の形をした()だった。影のように輪郭だけがあり、顔つきやその他の情報は何も読み取れない。それなのに、くすんだ風景の中で輝く彼女は、俺を視線に捉えているような気がした。

 え? と、気づけば間の抜けた声が洩れていた。あまりに非現実な光景。しかし彼女が歩き出し遠ざかっていくのを見るや、彼女を追いかけなくてはと、俺の中に異様な焦燥感が生まれる。

「ま、待ってくれ!」

 みっともなく、年甲斐も無く走り出し、人々の間を縫って彼女を追いかけていく――

 

 

「……来た」

 かつて俺とユーコが出会った首都の片隅。そこを遠目から見下ろせるビルの屋上に、今や半幽体と化した俺は立っていた。輪郭は淡く光を放ち、半透明の体は雨粒にも当たらず、向こう側が薄っすらと透けて見える。

 目の前で今、常人には観測し得ない異空間――ダークフィールドが展開された。半球状で、夜闇を煮詰めたような暗色のそれは、一瞬で膨張し街を一区画まるごと呑み込んだ。

「こんなことになってたんだな」

 ネクサスと一体化した今だからこそ知覚できる、ザギの作り出した異空間。ユーコを追い詰めるため作り出された、閉ざされた狩場。道行く人はそのドームに気付きもせず、平然と通過していく。次元ごと隔離され、外部からの干渉を一切受け付けない空間となっているのだろう。その中に居るのはユーコとザギ、そしてあの日の俺だけ……

 手に握られたエボルトラスターを見つめ、ぐっと握り締めると、俺の脈動に合わせるように光を放った。

 

 

 ビルの壁面を走るパイプが雨露に濡れている。空調のうめきがどこからか響く。こんな人通りの無い裏道に、得体の知れない存在と二人きりでいる。その現実が徐々に不安感を煽り立てた。

 雨が止んだことに気づいた時、彼女が振り返る。すぐ近くで見れば分かる、人間に極めて近い造形の……光。表情など判別できるものではないが、しかし俺はなぜか、彼女が不安の中にあって、助けを求めているような気がしてならなかった。俺の中にあった不安は立ち消えていた。

「えっと、俺は怪しいものじゃなくて……そう、キミを知りたいんだ」

 なるべく柔らかい声音を意識し語り掛けるが、反応は芳しくない。どうするべきか、そもそも自分はどうしたかったのか、根本的なところから悩んでいると、彼女に反応があった。

 大きく身じろぎした彼女は、しかし俺ではなくその後方、遥か高い位置を見上げているようだった。何かと思い振り向いてみると、そこにいたのは……黒く、巨大な影だった。

 

 

 ……例えザギを倒したとして、肉体もなく、魂だけとなった俺はその後、どうなるのか。消え去るのか、それ以外の道があるのか――どうでもいいことだった。ネクサスに尋ねようとも思わない。

 無力に苛まれた旅だった。欲深にも俺は、目の前の人を救いたくなり……結果は砂の如く、全てが指の隙間から零れ落ちるだけだった。一番身近で、半身とも感じていた存在すら失って……

「……感じるよ、ユーコ」

 だが、失ってなお。

 この力は、光は、何百という軌跡を辿りここにある。全てを救うとは言わない。俺は完全無欠の英雄じゃない。ただ一人、せめてユーコだけは……

「キミとの……(ネクサス)を」

 居合のようにエボルトラスターを腰に構え、一気に鞘から引き抜く。流星の如く瞬いたそれをもう一度腰まで引き、天に向け大きく振りかざす。

「おおおぉぉぉぉぉっ!!」

 光が溢れた。

 

 

 黒い巨人が腕を振るうと、俺たちの前で道路が爆発する。鼓膜が破れそうな轟音、熱と爆風に思わず顔を庇う。煙が晴れると、そこには捲れ上がったアスファルトで壁ができていた。巨人は俺たちを殺しはせず、しかし逃がすつもりも無いようだ。

「くそっ!」

 せめてと彼女を背に庇い、黒い巨人を強く睨みつけるが、まるで意に介する様子はない。その足が踏み出されようとした、まさにその瞬間。

 黒い巨人に巨大な火球が衝突し、彼は大きく横に弾かれ視界から消えた。突如横から飛来し、なお交差点に留まり続ける太陽のような火球は、やがて収束し人の形になっていく。片膝を突いた状態からゆっくりと立ち上がったそれは、黒い巨人とは対極的な、光の巨人とも言うべき姿だった。

 その光は徐々に収束していき、全身像が明瞭になる。兜を被ったような頭部。銀色の体表。胸で赤色に輝く、羽ばたく鳥のようなエムブレム。

「あれは……?」

 

 

 巨影を忘れ生きていた、あの日の俺。その背に庇われる、懐かしく、愛おしい人の姿……俺を見上げる彼らに、力強く頷いてみせた。

 轟く咆哮に振り向けば、興奮状態のザギが獣のように駆け寄る姿があった。

 恐怖は無い。あるのは、ここから一歩も通さないという、強い覚悟だけ。

『来いッ!!』

 腰を低く落とし、構えをとる。大丈夫、この高すぎる視点も機龍で経験済みだ。

 ザギが大きく横に振るった拳を屈んで躱し、無防備な脇腹に蹴りを叩き込む。怯んだザギに追撃をかけようとするが、ザギは即座に切り返し、顔めがけて横蹴りを放ってきた。瞬時に上体を反らしダメージは軽減されたが、ザギは立て続けに後ろ回し蹴りを放った。両腕でそれを受け止めはしたものの、あまりの威力に思わずよろめく。

『くっ!』

 よろめいた姿勢を活かし上段回し蹴りを放つも、ザギは軽い足取りで後退し距離を取った。両手に残る痛みを押しやり、拳を構えてザギを見据える。奴は余裕を感じさせる態度でゆったりと歩み寄ってくる。

 やはり一筋縄にはいかない。いくら巨影たちから貰い受けた力がネクサスにあっても、時間を巻き戻すため多分に消耗もしている。だが、そんな言い訳に何の価値も無い。

『これは――絶対に、勝たなければならない戦いなんだ!』

 俺の声に応えるように、幾重にも折り重なった記憶の断片が溢れ出してくる。

『これは……!』

 気づけばザギは眼前に迫っており、その拳を突き出す瞬間だった。しかし俺は異様なまでに落ち着き払い……その拳を、円を描くように受け流した。体勢を崩したザギの足を払い、容易く地に転がしてみせる。

 ザギは受け身をとりすぐに立ち上がるが、その雰囲気に隠し切れぬ驚愕が見て取れる。

『コスモスの……技』

 ルナモードのコスモスの構えをとりながら、俺自身も驚いていた。しかし同時に、自分に起こっていることは全て理解していた。

『そうだ、“俺”は集積体。あらゆる分岐の中で俺は……!』

 ネクサスを例外として、俺が扱える巨影の力は、エヴァ初号機、機龍、ガメラの三種のはずだった。俺が赤紫の光で彼らを助けたからこそ、与えられた力。

 しかしそれは、直近のたった一周だけの話。幾百の時間軸、分岐の中で“俺”は、あらゆる巨影を救っていたんだ。そして今のネクサスの状態ならば、彼らの力を十全に使いこなせる!

『来い……! 本当の戦いは、ここからだ!!』

 ザギが猛り、暗色の光弾を連続して放つ。それをバク転で回避すれば、逸れた光弾がビルや道路を爆砕させた。しかしついぞ命中することなく、俺はそのまま空中へと飛び上がり、両の掌にウルトラマンの光輪を生成する。

『ダァッ!』

 両手を交差させて投合した光輪を、ザギは大きく飛び上がることによって回避した。憎々しげにこちらを睨んだザギが咆哮を上げると、その全身から無数の光弾が発射され、全てが俺へと飛来する。

 俺は最高速で上昇、旋回と回避行動をとるが、光弾の雨はホーミング機能付きのミサイルの如く、執拗に俺を付け狙う。

『キミなら……余裕だろ、モスラ!』

 華麗に舞い飛び敵を翻弄するモスラのように、急制動、急加速、急旋回を織り交ぜ、優美とさえ見えるほどに鮮やかに、光弾の爆発を回避し続ける。最後に、モスラと同様の金色の鱗粉を後方に散布すれば、その層に当たった光弾が全て誘爆した。

 下方の中空に浮遊するザギが、少なからず驚いた様子を見せている。

『ザギィィィッ!』

 叫びながらザギへと突進し、腹部に肩を突き入れ、そのまま抱えるように上空へと連れ去る。互いに掴み合い、ゼロ距離での乱打戦へともつれ込んだが、やはり正面から打ち合うのでは分が悪そうだった。

 俺はザギの拳を浴びながらも両の掌を突き出し、ガメラの火球を生み出す。ザギは咄嗟に回避しようと身を捩ったが、間に合わない。

『喰らえぇ!』

 一発、二発と赤熱の火球を打ち込んでいく。ザギは痛みに吠えながらも、二発目の火球には両腕を交差させ、しっかりとガードしていた。

 しかし間髪入れず、燃え盛る右足による飛び蹴り――レオキックを突き入れる。

『ハイヤァァァァッ!!』

 ザギの腹部に叩き入れた右足を更に押し込み、高速で地上へと突っ込む。激しい衝撃と共に全てが黒土の中に消え、進路上のいくつものビルが倒壊する。勢いを殺し振り返れば、激しく立ち上る黒煙の中にザギはいるようだった。

 これが俺に与えられた、俺が持ち得る唯一の力。旅路の中で結んできた、巨影(かれら)との絆――

 ちらりと、ユーコたちを確認する。接近させないよう気を遣ったこともあり、相当以上に離れたドームの壁際に二人は居た。

 しかしその時、ザギのいる場所から悍ましい悪意と力の高ぶりを感じ取り、俺は迷わずユーコたちの方へと跳ぶ。それと同時に放たれた黒と赤の混在する光線は、間違いなく彼女たちを狙って放たれたものだった。

『ATフィールドッ!!』

 間一髪で間に入り、輝く八角形の光壁を展開する。次の瞬間には光線が直撃し、そこに込められた力の強大さ、凶悪さに気付く。

『ぐ、うぅ……ッ!』

 純粋な威力に圧され足元がずり下がり、アスファルトの道路が捲れ上がる。

『やら、せない……!』

 奥歯を噛み砕くほどの渾身の力を込めて耐え忍ぶ。

 脳裏に浮かぶのは――走馬灯か、ユーコと過ごした日々だった。信頼と親愛に溢れ、笑い合い、庇い合い、駆け抜けた日々を……

 その時、明滅を繰り返す視界の端に、小さな光の粒が写り込んだ。

『……こ、れは』

 気づけば、俺の体――ネクサスの体に、柔らかく、温かな光の粒子が降り注いでいた。光を辿って背後に振り返って見れば、手を組み、祈りを捧げるユーコの姿があった。この時間軸の俺が、目を見開いて彼女を凝視している。 

 この現象は、そう、サーガを生み出したあの時の……

 俺に、こんな俺にまだ、くれるんだな……

 信頼を。祈りを。勇気を。

――諦めないで――

 ユーコのそんな声が聞こえた気がした。

『はああぁぁぁぁッ!!』

 絶叫し、全ての力を解き放つ。全身から白銀の光が溢れ出し……ネクサスが、姿を変える。

 光が収束し、人の形をとる。鈍く輝く銀一色の体表。胸に赤く輝くエナジーコア。背中には天へと伸びる一対の翼。

 ネクサスの真なる姿……ウルトラマン、ノア。

 ザギは目に見えて警戒を強め、威嚇する獣のように吠えた。だが、もはやそれを脅威とも思わない。この身の底に湧き上がる絶対の力は、何者にも負けはしないと確信している。

『うおおぉぉぉぉっ!!』

 一気に駆け寄り、ザギに拳を繰り出す。ザギは両腕でそれを受け止めようとするが、たった一度の衝撃だけで、黒い体は宙に浮かび上がった。そこで手を休めず、二発三発と連続で拳を叩き込み、ダメ押しにと前蹴りでザギを吹き飛ばす。

 地面を抉りながら大きく後退させられたザギが、片膝をついた状態から憎々しげに立ち上がる。その感情を多分に含んだ咆哮を轟かせ、こちらに駆け寄ってくる。

 俺は腰を低く据えた姿勢で構え、右手で左腕の上腕をなぞる。すると見覚えのある青白い光が左腕に宿った。いつの時間軸かは定かではないが、俺は……状況によってはゴジラにさえ力を与えたらしい。

 ぐるりと回転して勢いをつけ、ゴジラの力を宿した左拳をザギに叩き込む。まるで星の怒りを体現したかのような、強靭な力が溢れ出る。

地球(ここ)から、出ていけぇ!!』

 左拳から放たれた熱線が、ザギの体を一直線に押し上げていく。その暗色の体はドームの屋根を突き破り、現実世界の空に低く垂れ込める暗雲を、一瞬で突き抜けていった。

 ものの数秒で大気圏外にまで打ち上げられたザギが、ここでようやくゴジラの熱線を振り払った。

『終わりだ……ザギ!』

 胸の前で腕を触れ合わせた後、大きく広げる。その軌跡はエナジーコアと同様の、緩やかなV字を描く。両腕に集約されたエネルギーを、ウルトラの戦士と同様、スペシウム光線の構えで上空へと放った。

『ハァァッ!!』

 温かな暖色の光線が、ドームに空いた穴を通過し、暗雲に穴をあけ一直線に伸びていく。

 宇宙空間のザギもまた同様の構えで光線を放つ。二極の光線は正面からぶつかり合い、鍔迫り合いの様相を呈した。

 だが……俺に宿る力は、ザギのそれとは比較にもならない。ノアのそれだけではない。受け継いだ想い、背負った定め、紡いだ絆――それが全て、俺を支える。

『はぁぁぁっ……!』

 光線が更に輝きを増す。こうなればもはや、ザギに為す術は無かった。

 自らの光線が押しやられる様を見たザギは驚愕し、そのコンマ数秒の後、温かな光線に全身が包まれ……消滅した。

 宇宙空間で大規模な爆発が発生し、夜空を覆う暗雲がその余波で円形に押しやられていく。瞬く星々が地上に光を落とした。

 俺は深く息を吐いて構えを解き、全ての終わりを見届けた。

 

 並んで俺を見上げるユーコたちを、俺もまた見下ろした。彼女らの様子は安堵に溢れているが……“俺”はやっぱり、光の巨人を巨影と結び付けて興奮しているようだった。

「ありがとう……な、なあ。キミがもしかして、その、巨影ってやつなのかな?」

 俺はその問いに少し思考を巡らせ……ゆっくりと首を横に振った。

 それ以上の質問をされる前に、ドームの天井に空いた穴を目掛け、力強く飛び去る。体が一筋の光となり、一般人には知覚されない状態となってドームを抜けた。

 星が煌めく夜空、それを塗り潰してしまうばかりの眩い首都が眼下に広がる。滅びの影も無く、ただ淡々と日常を刻む都市が、遥か遠方の山々の裾野にまで広がっている。

 怪獣も超人もいない。巨人もいなければ、それに対抗する組織も無い。巨大人型兵器も、それを運用する秘密組織も無い。人々を守る警察は人型ロボットなど使わないし、工事現場には普通の重機だけがある。

 そうだ、これこそがこの世界の姿。それでいいんだ。この街の灯が消えないのなら、誰も知らないままで……

 とある日の首都。この都市は未だ巨影を知らない――

 

 

 あっという間に姿を消してしまった巨人を惜しみ、肩が落ちる

「ああ……くそ、おじさんめ。だから早くカメラ寄こせって言ったのに……」

 撮影し損ねた悔しさからそう愚痴を吐いていると、目の前に光の彼女が歩み出た。その雰囲気はどこか、微笑みを湛えているようだった。

「……その、お互い無事でよかった」

 ふと、彼女が俺の手を取った。不思議な感触で、そこに体温というものは無く、温かくも冷たくもない。でもなぜだか、俺にはほんのりと温かく感じられた。少しの間、俺たちは心を通わせ笑い合えていた……そんな気がする。

 やがて彼女の放つ光が増し、思わず目を閉じる。そして次の瞬間には手から彼女の感触が消え……目を開いて見上げれば、直上の夜空に枯れ木のような紫電が走った。

 

 気づけば、空を覆っていたあのドームが影も形も無く消え去っており、いつの間にか周囲には帰路を歩む人々が姿を現していた。街にも先ほどの戦いの余波など見られない。まったく普通の日常がそこには広がっていた。

 歩道上にぼんやりと立ち尽くしていた時、携帯がいつの間にやら鳴動していたことに気付いた。急ぐ気になれず、ゆったりとした所作で携帯を耳元にあてがう。

「……もしもし」

『おせぇ! どこほっつき歩いてんだ!』

 その喧しい叔父の声に、脳が薄っすらと現実感を取り戻していく。

「なあ……俺さ、今、巨人と会ったんだよ」

『あ? どこで』

「首都のど真ん中で」

『……お前、今日は休むか?』

 らしくない妙な気遣いが逆に癪で、すぐに行くとだけ言って通話を切った。

 歩き出した俺は、しかしすぐに立ち止まり、掌を見下ろす。

「夢……だったのかな」

 そんなことないよな、と、彼女を思い出すように手を握り、また歩き始めた。

 

 

 地球から一つの光が飛び出し、際限なく広がる宇宙の暗黒へと飛び去って行く。

「さよなら……ユーコ」

 その輝きが見えなくなるまで、俺はじっと見上げていた。いや、宇宙に上も下も無いのだから……とにかく、見つめ続けた。これで見納めだから。これで……永遠の別れだから。

「ありがとうネクサス。いや、ノア」

 振り返れば、銀色の巨人が薄っすらと姿を現す。彼は一つ頷き、地球へと目を向けた。俺もそれに倣い、影に覆われた夜の地球を見下ろす。先ほどまでいた首都は、その中でもひと際眩い場所だった。

「彼女を見届ける時間と、こんな時間をくれて」

 こうして、宇宙の只中の地球を視界いっぱいに味わうなど、誰もができる体験じゃない。

 ふと見下ろすと、俺の全身から淡い光の粒子が漏れ出していた。徐々にではあるが、俺という存在が消えようとしている。消えた後どうなるのか、気にならないではないが、まあ、ノアの事だ。そう悪いことにはならないだろう。

「彼女も守れたし……悔いは無いな。欲を言えば、朝日が見たいかな」

 かの巨影たちが必死に守り抜いたこの星に、朝日が昇る瞬間が拝めたなら文句なしだ。

 それだけでいいはずだった、のだが。

 

「カメさん」

 

 あまりにも突然、穏やかに微笑みながら俺を呼ぶ、懐かしいその声がして、呼吸も忘れて振り返る。

「ユーコ……!」

 そこに居たのは紛れもなく、俺の知るユーコだった。上品な白いワンピースと、そこから伸びる白磁のような美しい四肢。カラスの濡れ羽色をした長い髪が白い肌によく映える。長いまつ毛に縁どられたガラス玉のような目が、俺の姿を映している。

「なんだか、とってもお久しぶりですね」

 微笑むユーコが歩み寄り、俺の目の前に立つ。あまりに久しいその姿に胸が詰まり、今や半幽体の身だというのに、視界がじんわりと水気を含んだ。

「ああ……そうだな。でもどうして……? キミは俺と一緒にいたユーコ、だよな?」

「はい。ノアが時間をくれました」

 ユーコがそう言って見上げたノアは、静かに頷いた。

「ありがとう、ノア。本当に……」

 ユーコが俺の腕を取って、優しく地球へと振り向かせる。夜闇に覆われた星の輪郭が、僅かに明らんできているようだった。俺たちは二人並び立って、その静かな光景を見つめていた。

 どちらが言い出すでもなく、自然と、俺たちは互いの手を握っていた。

「奇麗ですね。この星は」

「ああ。本当に奇麗だ」

「……あ、あの辺ですかね。ゴジラが出た湖」

「え、あれかな? 小さすぎて分からないよ」

「初号機とウルトラマンが一緒に戦ったのは……」

「あの辺じゃないか? 結構首都から遠いな」

「それで、古都はあの辺り……色んな所に行きましたね」

「ああ……行ったな。キミのおかげだよ」

「へへ、そうですかね……」

「……」

「……」

「……あの」

「ん?」

「私と……一緒で、一緒に旅ができて、良かったですか?」

「……俺は」

 そっと、囁くように答える。俺の選んだ答えに、ユーコは瞳に少し涙を溜め、一層深く笑った。これもまた、分岐の一つなのだろう。

 やがて、地球の輪郭に光の線が引かれた。新たな朝を迎えるべく、この星が廻っている証拠だ。

 体が徐々に、光の粒子となっていく。ゆっくりと宇宙に溶け出し、間もなく消滅するのだろう。見れば、ユーコも同じ状態にあった。だからだろうか、自分が消える恐怖も、彼女を失う恐怖も、今は全く持ち合わせていない。これで別れなどと、少しも思えなかった。

 俺が少し強く手を握ると、彼女も同じだけ力を込めて握り返してくれた。

 そして、この星に朝日が昇った。水平線の向こうから泡の如く溢れ出す陽光が、炸裂したように眩い光を放つ。

 その時には既に、そこに俺たちの姿は無かった。朝日を浴びて煌めく光の粒子が、宇宙の何処かへ向けて、さらさらと流れていった。

 

 

 




この後、主人公たちは……
①宇宙に溶け出し、消滅した
②別の生命として生まれ変わり、また巡り合った
③ノアに連れられ、惑星ジュランの一員となった
④現時間軸の自分自身と魂が融合し、記憶を保持する存在となった



お付き合いいただいてありがとうございました。


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