ナーサリー・ライムが現実世界に現れただけの話 (飛び出す絵本(りみてっど))
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ナーサリー・ライムが現実世界に現れただけの話

 

 ――――突然だが、貴方が朝起きて初めに考えることとは何だろうか?

 

 顔を洗わなくちゃ、だという人もいるだろう。

 カーテン開けよう、と考える人もいるだろう。

 或いはランニングしてくるか、なんて考える人もいるかもしれない。

 

 しかし一つ確かなことは、起きたら目の前で特大サイズの絵本が宙に浮かんでいる、なんていう目覚めは間違いなく普通じゃないということだ。

 

 その絵本の表紙における題名の部分には、あまりに有名な童話作品のタイトルである『ALICE IN WONDERLAND』とだけ書かれていた。

 

 

 ♦  ♦  ♦  ♦

 

 

 ところで、Fate/GrandOrder というゲームアプリに出てくるキャラの一人である、ナーサリー・ライムという少女をご存じだろうか。

 FGOにおける彼女のことを端的に表すなら、"本であり、また少女でもある"とでも言うのが適当ではないだろうか。つまり、一人の少女としての姿をもつ一方で、一冊の絵本としての姿をもっている、ということだ。―――今まさに俺の目の前にあるような、特大サイズの絵本としての姿を

 

「…………ナーサリー・ライム?」

 

「…………!」

 

 まさか、とは思いつつもつい漏らした一言に、眼前の絵本はびくっ、と反応した。まさか、本当に……? 疑いつつも絵本をじっと見つめて向こうからの接触を待つ……が、待てども待てども他にこれといったアクションを起こしてくることはなかった。

 しかし、その一方で今か今かと何かを期待しているような視線を痛いほどに感じる。一体俺に何を期待しているというのだろうか。

 

「ナーサリー・ライムであってる……よな?」

 

「…………」

 

「……うーん、ナーサリーじゃ「……!!」ないとす……今、反応したよな?」

 

「…………」

 

 もしかして呼び方の問題、ということだろうか。二回目の方が反応が大きかったことから、こちらの方が正解に近いのだろうと推測する。

 ナーサリー・ライムでは駄目、ナーサリーだともう一声、といったところか。となると……

 

「……あぁ。なるほど、そういうことか。……アリス?」

 

「……!!!!」

 

 そうして口に出した三つの音を聞くや否や、絵本が高速でぐるぐると回り始め、それと同時に辺りへ白い光を放ち始めた。あまりのまぶしさに、思わず目をつぶる。

 

 ―――次に目を開いた時そこにいたのは、一冊の絵本ではなく一人の少女だった。

 黒いドレスと黒い帽子が目を引く彼女こそが、ナーサリー・ライム。子供たちのための童歌。終わりのない物語。またの名を――アリス。

 

「おはようね、すてきなあなた(マスター)! 夢見るように、出会いましょう?」

 

 我がカルデアにいる絆レベル10勢(好感度カンスト済み)のうちの一人である彼女が、何故か現実(リアル)にて単独顕現していた。

 

 

 ♦  ♦  ♦  ♦

 

 

「マスターの作ってくれたごはん、とっってもおいしいわ!」

 

「そうか、ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ」

 

 あれから俺がまず初めに考えたことは、"よし、とりあえず朝飯作ろう"であった。人間、驚きすぎると一周回って冷静になるものだ。

 そして料理をする段階になってふと気になりアリスも食事をとるのか聞いた結果が、テーブルの向かい側で幸せそうな表情をしながらスクランブルエッグを頬張っている彼女と会話している現在の状況である。

 ちなみに俺は一人暮らしの大学生であり、今朝は俺たち二人だけでの食事だ。

 

「ごちそうさまでした。量はそのくらいで大丈夫だったか?」

 

「ええ、ちょうど良かったわ! マスター、ごちそうさまでした」

 

「なら良かった。お粗末様でした、っと」

 

 そう呟いて席を立ち、自身の皿を両手に持って流しへと運ぶ。それからアリスの分の皿も持ってくるために踵を返そうとするが、気付かないうちに背後にぴったりとついてきていた彼女がお皿を持っていたことでその必要がなくなる。

 

 びっくりして心臓が止まるかと思ったことは表情に出さなかった、はず。

 

 

「それでだな、アリス。色々気になることがある、っていうか多すぎて何から聞くべきか迷ってるんだが……そうだな。まず、ここにいる理由とかって分かるか?」

 

 洗い物を終えてリビングで一息ついたところで、現在の状況の整理と、アリスと情報のすり合わせを行うことにした。ただし彼女はこちらに顔を向けながら俺の膝の上に座った状態で、だが。勿論これは彼女からのお願いの結果であって、俺の提案ではない。……ホントだよ?

 しかしこの体勢、何がとは言わないがかなりヤバい。顔近いし。柔らかいし。お菓子みたいな甘い香りするし。たまに身じろぎしてくるのは頼むからどうかやめろください。

 

 ちなみに先ほど手元のスマホで確認した所、FGOのアイコンは残っていた。起動もできると思われる。また、検索サイトで『ナーサリー・ライム』と検索したところ一番上に表示されたのは目の前の少女のことだった。つまり世界中の人の記憶からFGOは消えました、みたいなパターンではないらしい。

 そんな物語の中の存在であるはずの彼女は、俺の問いに首を横に振ることで答えた。しかし、その表情はきらきらという擬音が付きそうなほどに嬉しそうな笑顔であった。

 

「でもね、マスター。こんなに素敵なことってないわ! だってそうよね、こうしてマスターとお話しできるなんて、わたし(ありす)には出来ないはずのことだったもの(・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

「…………ん? うん? それは、どういう……」

 

「……? それ、っていうのは何のことかしら」

 

「あー、うん。ほら、出来ない筈のこと、っていう部分なんだけど…」

 

 そう告げると、アリスはきょとんとした顔になり、次いで優しい雰囲気の笑顔を形作ると、口を開いた。

 

「ねぇ、あなた(マスター)わたし(ありす)のことを最後の1ページまで愛してくれる、すてきなあなた(読者)。でもね、わたし(ありす)は欲張りなの。もっと幸せになりたいの! だって、そうよね。あなた(マスター)わたし(ありす)に話しかけてくれるけれど、わたし(ありす)とお話してくれないもの。あなた(マスター)わたし(ありす)に会いに来てくれるけれど、わたし(ありす)に顔を見せに来てくれないのだもの。だけど今はこうしてわたし(ありす)あなた(マスター)は一緒なの、こんなハッピーエンド、他にあるかしら!」

 

 

 タイム、と即座に宣言した。

 

 アリスが首を小さく傾げて疑問符を浮かべながらも頷いたのを見て、先ほどの彼女の発言の意味するところをゆっくり整理することにした。

 つまり……俺が主人公(ぐだ男)を通して彼女たちに干渉していたように、彼女たちも主人公(ぐだ男)を通してこちら(現実)の事を知っていた、みたいな感じだろうか。ふわっとした理解だが、今の俺ではこれくらいが限度だ。

 しかし、ということは……。ふむ、なるほどなるほど…………俺は突如として心の中で片膝をつき、今までゲーム中の変な選択肢を避けてきた過去の自分に心の底から感謝をささげた。よくやった、過去の俺ぇ! ブラボー!

 

 

「ねぇねぇ、マスター。考え込むのもいいのだけれど……そろそろお時間は大丈夫かしら?」

 

 あ、と思わず呟いた。突然の非日常によって、今日も大学で授業を受けなければならないという日常をすっかり忘れていた。……いや、しかし目の前の少女をそのままにしていくというのもどうなんだろうか。

 

「……あ、そういえばアリス。霊体化ってできるのか?」

 

「うーん、どうかしら? やってみるわね、マスター!」

 

 そう呟くや否や、彼女の姿は消え………なかった。だが一方で、向こう側の景色が透けて見えるようになった。しかし物理法則から解き放たれたかというとそうでもないようで、霊体化する前よりも大分軽くなったとはいえアリスの体重が膝にかかっている感覚が相変わらず残っているという奇妙な状態だ。

 

 質量を持ったホログラム、という表現が最もしっくりくるだろうか。

 

《マスター。聞こえるかしら?》

 

 目の前にいる霊体化したアリスが口を動かすと、それに合わせて声が聞こえてきた。しかし何か変な感覚だな、と思わざるを得ない。

 

「聞こえるぞー、アリス。ただ、なんていうかな。声が頭の中で響いてるような感じというか……まぁ少なくとも耳で音を拾ってる感じはしないな。実体化の方はどうだ?」

 

 そう告げると、アリスは霊体化を解除した。そして彼女としても一連の状態に何か違和感でもあったのか、小首を傾げつつ口を開いた。

 

「これでいいのかしら…… なんだかとっても不思議ね、マスター?」

 

「あぁ。ただ確かに不思議だが、俺としては色々と助かるかな。……よし、アリス。少しそこのソファーに座っててくれるか? 外出するからな、着替えてきたい」

 

 未だに俺は寝間着である。これから大学に行くのだ。着替えたりするので、残念ながらいつまでもアリスを膝の上に乗せておくわけにはいかない。

 そう告げると、彼女は悲しげな顔でこちらを見上げつつも膝から離れた。

 

 とてつもない罪悪感が俺を襲う。こうかはばつぐんだ!

 

「行ってしまうのね、マスター。……そうよね、マスターは大人だもの。時間を気にせずに、ゆっくりと読書を味わえるような子どもじゃないものね」

 

「いやまぁ、子どもでないことは確かだけどな…… 別にアリスを置いていく気はないぞ? ま、あんまり楽しいところじゃないかもしれないけどな」

 

 苦笑しながらそう言うと、アリスはぽかんとしたような顔になった。

 

「ん? もしかして違ったか? 家の中にいたいっていうなら俺も何か考えるが……」

 

「………いいえ、いいえ! わたし(ありす)も連れてって、マスター! ……うっふふふふふっ、うれしいわ、うれしいわ、うれしいわ! わたし(ありす)ったら、夢の中にいるみたい! まるでおとぎ話(わたしたち)だわ、すてきね!」

 

 そういって満面の笑みを浮かべながらくるくると回転する少女を見ながら、俺は思った。

 

 

 起きたら目の前で特大サイズの絵本が宙に浮かんでいるなんて、そんな目覚めはやっぱり普通じゃない。しかしどうやら、最高の目覚めではあったらしい、と。

 

 





他の作品の息抜きに書いたので、続きは書いたり書かなかったり。

じ、需要次第ということで……(震え声)


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