一度死んだ私のヒーローアカデミア~Centipede Queen~ (燐2)
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外伝
UA100000記念:ベストマッチな奴ら 前編


UAが100000に行ったことにテンション爆上げで作った何かです。
とりあえずハッピーエンドが書きたくてお酒飲みながら適当に作った無駄に長いものです。

※本編とは全く関係ないパラレルワールドです。
※本編のネタバレを多く含む可能性があります。
※作者の好きでビルドした作品です。

それでも良かったらどうぞ


 これはあったかもしれない物語。

 二人の本当の笑顔を浮かべれる陳腐な幻想。

 手を伸ばそうと届かない蜃気楼の中の世界。

 転生という世界を超える個性で同時に同じ場所で(・・・・・・・・)この世に落ちてしまった二人の長い人生の一片。

 

 幸せに満ちた奇跡のような夢が始まる。

 

 

◆◇◆

 

 

 

 僕――――緑谷 出久(みどりや いずく)には夢がある。

 それはヒーローになること。人類の約8割が個性という特異体質を持つ時代の中で、凶悪な犯罪や事故が多発する世の中で凛然と輝く職業だ。ナンバーワンヒーローのオールマイトのようなどんなピンチでも笑顔でみんなを助けれるような最高のヒーローに憧れた。

 一度は無個性と診断され、ひどく落ち込んだ時もあったけど、いろんなことがあって【思いの強さをパワーに変換する個性】を悪魔(実姉)のような存在と契約して、譲ってもらった。

 まぁ、そんなことは昔のことで、今は憧れのオールマイトの母校、雄英高校に入学を目指して毎日訓練と勉強漬けの日々だ、しかし今日はそれもひとまずお休み、一般家庭でも多く見られるように我が家でも年末の大掃除の時期がやって来たのだ。

 

「ま、待って!!ここは私の部屋ですわ!!自分で片付けるか―――あ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!!!」

 

 まずは要らないものを集めようと各自部屋を片付けていると、決して女の子が上げていけない断末魔が響いた。

 

「こらぁぁ!!貴女は、またこんな変な本を隠して!!」

「違いますわ違いますわ!!それは私の友達が貸してくれた大切なモノですの!!」

「『心を溶かされてしまったのは最愛の妹、許さない禁断の性夜(R-18版)』なんてぶっ飛んだ内容の漫画なんて読むのは貴女ぐらいでしょ!」

「う゛わ゛ぁぁぁぁ!!!」

 

 あまりの大きな声に僕たちは思わず自室から顔を出した。目が合ったのは学校で圧倒的支持により生徒会長に就任、男女問わず優しく接する、家事勉強スポーツどれもトップレベル、容姿は母さん譲りの可愛い系の顔で、ボランティア活動と聞けば積極的に赴く、趣味は絵描きで全国で開かれるコンテストでも最優秀賞を貰った事もある嫉妬を抱くのも馬鹿らしいほどの完璧な僕たちの妹、次女の緑谷百合(ゆり)だ。

 

「タイトルまで大声で読み上げるとか、母さん凄いね……」

「うん、いつものことだけど流石に可哀そう……」

 

 母さんが際どいタイトルの成人向けの雑誌を抱えて部屋から出ようとするのを必死で止めているのは緑谷家最大最強の問題児と言われる、長女の緑谷零明(れいめい)姉さんだ。全国模試一位独占中、百合と比べて二歩下がるがそれでも身体能力は高く、学校では深窓の令嬢のような綺麗な容姿、上品な喋り方をしてみんなの憧れの的だったらしいが、それは学校限定の顔で、家に帰れば下ネタを呼吸するように口にして、百合に対する異常なセクハラ行為によっていつもみんなを困らせている。長男の僕から言わせてもらうと変態という言葉がこれほど似合う存在はいないだろう、と思える人物だ。

 

 だけど、僕に個性()をくれた人物でもある、ヴィランの思想論、どんな状況でも戦える方法等々、前世で培った(・・・・・・)体験したことを交えながら、百合と一緒に鍛えてくれた頼りになる姉さんだ……絶対に本人の前で言わないけど。と、いうか零明姉さんとの訓練だけで僕はいったいどれだけのトラウマが量産されたんだ……。

 

「百合ぃぃぃ!!弟くん!!この境地、今こそ我ら三つ子(・・・)の絆を示す時ですわ!!」

「ふふ、兄さんの部屋は相変わらずオールマイト一色ですね」

「憧れ、だからね。絶対に雄英高校に受かってみせるよ百合と一緒に」

「ヘルプミー!!!!」

 

 因みに今助けを求めている零明姉さんは既に経営科の推薦枠に入っている。

 それも『貴方達ならサイドキックのままでは終わらない、独立したときに私が無茶しないようにサイドキック兼マネージャーになってあげますわ』とのことだ。何時もの言動と行動がアレだけど、こういう時は人が変わって『姉さん』なるのだから、頭が上がらない。まぁ、その後舌を巻きながら『プロヒーロー試験なんて私はてんっっさいっ!なので一発で合格して追い付きますわよ、ははははは!!』と言われた時は百合と一緒に上昇した好感度が一気に零になったけど。

 

「……今でも信じられないよ、私のような大罪人がヒーローを志すとか」

「それでも、誰かの助けになりたいって気持ちがずっと有ったんだよね、なら百合のやりたいことを実現するには一番ヒーローが近道なら、僕はそれを兄としてライバルとして応援するよ」

「……兄さん、ありがとう」

「お願い!!助けて!!!私の、僕の、宝物がぁぁぁぁ!!!」

 

 ……………見つめ合った僕たちは修羅場に突入している零明姉さんと目を合わさず静かに部屋に戻った。

 

「「さて、掃除しようか」」

「神は死んだ!!?」

「堪忍しなさい!!どうせ前みたいに百合と貴女が(自主規制)している自筆漫画も隠しているんでしょ!?それも出しなさい!」

「絶体絶命のピンチに私を助けてくれるヒーローは!!?」

「それは初耳!毘天来て!今から一緒に姉さんの部屋に行って探すよ!!」

『御意!!』

 

 ドン引きする僕を他所に百合と共にどこからともなく現れた蜈蚣の軍隊が零明姉さんの部屋に突撃。

 多数の個性を使った無駄のない洗練された、無駄のない技術で隠された、無駄にクオリティのあるエロ漫画は怒った百合によって塵も残されず焼却された。因みに零明姉さんの宝物も悉くゴミ箱行きになり、部屋の片隅で胤翼と呼んでいる赤い翼で体を覆い自閉モードになった状態で女々しく泣き続けてた。

 

「私の心血と情熱と色欲を注いだ、私と百合の濃厚な溶けるような熱愛の薄い本が………あはははっはは」

「……その笑い方まだ余裕あるわね、百合まだ隠しているわよ」

「あ、この勉強机の柱、穴開けてその中に隠しているね。あとはこの床とか少し浮いているわね一枚ずつ巧妙に差し込んで隠している、焼かなきゃ」

「」

 

 あ、零明姉さんの万策が尽きたのか真っ白になった。

 因みに父さんは年末は忙しくていつも参加出来ないけれど我が家の大黒柱として頑張って遅くまで仕事を頑張ってくれているので年末の大掃除は免除されている。

 

 ……少し昔を思い出した、こんな日常になるまで色んなことがあった。

 今でこそ零明姉さんは僕を弟くん、弟くんと可愛がってくれるが、最初はずっと百合と一緒にいることを望んだ。『百合(レギオン)以外は私の人生に不必要』なんて子供の時から周囲に敵意をぶつけ続けた。百合も百合で、こうなることを予想して周囲に被害がでないように零明姉さんを誘導しつつ、子供を慰めるように相手をしていた、その様子はまるで悪魔に進んで体を授ける生贄のようにも見えた。

 

 小さな僕でも二人の関係は変だった。最初から言葉を交わさなくても、通じ合っているような、だけどそれは悪いほうに互いに依存しているような、ただの姉妹ではない絆が二人の間には生まれる前からあったように感じられた。その時は言葉でどうこの違和感を言ったらいいか分からず、僕も無個性なのが判明した時期も重なってひどく落ち込んで、家族が空中分解しかけて、あの時期は母さんと父さんには本当に迷惑をかけてしまった。

 

 転機といえばテレビでオールマイトの特集を見た時に流した百合の涙だった。いつもクールで大人な雰囲気がある百合が赤ん坊のように大声で感情全てを流すように泣き叫んだ。それを必死で慰める零明姉さん、心配して近づこうとした母さんに向けて個性を使い、伸ばしたその手を両断した(・・・・・・・・)

 

『蟲が、邪魔だわ。私達を見るな私達の声を聞くな私達を感じるな。レギオン、私たちは比翼の鳥ですわ。一緒に行きましょう、全てが貴女を傷つける世界なら、再び私は屍山を積み上げて神の座へと至り、誰も手が付けない無限の空の中で二人だけで生きましょう?』

 

 その時、僕は片腕を無くした母さんが黙って見ていた。噴水のように溢れる赤が床を汚していくそれが、どんな意味を成すのか、どのようなものなのか、幼い僕には理解が出来ない領域だった。震える百合、天敵から守るように抱きしめて目に映る全てを敵と殺意を露わにする零明姉さん。

 

 

 そして、母さんは、倒れることなく、残ったもう片方の手で零明姉さんの頬を叩いた。

 

 

 

『ふざけないで、貴女は百合を守ろうとしているけど違う!!今の貴女の顔を鏡で見てみなさい!!』

『ッ――――蟲が!!!貴女たちに僕たちの何が理解できる!!もう私は失敗しない!!二度とこの手を僕は放すものか、絶対に!!』

『確かに貴方達は生まれる前から普通とは違う何かが結ばれているのは分かっているわ!!だから教えてほしい、私に何ができるか分からない、オールマイトのようなヒーローのようになれない、それでも――――貴女は私がお腹を痛めて、生んだ愛しい子供達よ。お願い、貴方達が背負っているものを聞かせてほしいの………そ、れで、少しで、も、気が休、まる………な、ら………力、に』

『――――――――』

 

 母さんは最後まで、言い切ることなく倒れた。

 それを零明姉さんは、意味が分からない恐ろしい者を見るような目つきで固まり、何が起きたのか明白に理解した百合は抱きしめてきている零明姉さんを両手で押し出して、リビングの固定電話に走って叫ぶ声で救急車を呼んだ。

 

 それから、やってきた救急車に乗った僕たちは病院に運ばれて母さんは緊急手術を受けた。

 切り落とされた腕の傷の断面は綺麗だった為、再接着は無事に終了した。ただ出血が酷く、もう少し遅ければ命が危なかったと言われ、それを聞いた父さんの顔は真っ蒼になった。この後の母さんが目覚めるまでが緑谷家の一回目の修羅場だった、百合からポツポツと経緯を聞いた父さんは顔を真っ赤にして零明姉さんを手を上げようとしたとき、僕は百合より先に零明姉さんを庇うように両手を広げた。

 

『れいめいおねえちゃん、ゆり、ずっとないている。ぼくはおとこのこだから、こういうときぼくがみんなをまもるんだ。おとうさんおねがいゆるしてあげて、れいめいおねちゃんもゆりも、ずっとずっと―――――こわいおもい、してきたんだとおもうから』

 

 そんなことを言っていたような記憶がある。お父さんは息を荒くしながら震える手を下げ、ソファに暫く座り込んで自分を落ち着かせてから、僕たちを家に送って、不器用にご飯を用意してくれて、病院に戻った。

 

『……ねぇ、蟲』

『………ぼく、むしって名前じゃないよ、いずくだよれいねえちゃん』

『どうして私を庇おうとした?あの蟲は正当な理由で私を傷つけようとした、貴方がやっているのは意味のない善意ですわ』

『……れいねえちゃんのいってるいみわかんない』

『…………どうして私のような奴を助けようとしたの』

 

 零明姉さんは、僕の顔を見ようともしないほうに体を向けたまま質問を投げてきた。

 幼い僕は簡単な計算問題を解くように答える。

 

『ないていたから、あのままだったら、もっとみんなないちゃうようなわるいことがおこりそうだったから』

『……余計なお世話ですわ。あぁ、でも確かにあのままだったら私はあの蟲に反撃して殺してしまっていたかもしれませんわね』

『よけいなおせわはヒーローのほんしつだってオールマイトがいってた!』

『……何を喜んでいるか分かりませんわね、私は貴方の母親を傷つけた張本人なのに、その小さな知能では現実を理解できませんか?』

『……ちがうよ?れいねえちゃん、ぼく、ゆり、みんなのおかあさんだよ?』

『ッ!―――――れ、レギオン。ごめんなさい、私はちょっと外で風に当たってきますわ』

 

 立ち上がった零明姉さんは頭を押さえながらふらふらと千鳥足で出て行ってしまった。

 

『……凄いね、兄さん』

『あたりまえのことだよ???』

『………私も、イリスも、そういう当たり前をうまく受け止めれないの、ごめんね。………ありがとう、兄さんのおかげで勇気が湧いたよ』

 

 それから百合は零明姉さんを追いかけて、初めて喧嘩のように大きな声で言い争っていたのを覚えている。

 父さんは有給休暇をとって病院と家に回るような日々で、母さんは三日ぐらいで意識が戻った。その間に百合たちは覚悟を決めた顔で入念に人影を気にしながら、腕を組む父さんとベッドに座る母さんの前で一つの告白をした。

 

『父さん、母さん―――私たちは転生者です』

 

 その時、僕も一緒にいたけど同時の僕じゃ話の内容をほとんど理解できなくて、けれど真剣に話をする零明姉さんと百合の話を邪魔するのも悪いような気がして、そのまま母さんのベッドで寝てしまったけど途中から聞こえた母さんの声は覚えている。

 

『ありがとう、そんなこと話してくれて、辛いでしょそんな前世の話するのは』

『……いえ、既に終わってしまった話ですから、それで提案のほうを受けてください、お願いします』

『却下よ、貴方たちを産んだことすら忘れて生きろ……だなんて、私が首を縦に振るとでも?』

『…………もう一度言います、私は人と蜈蚣が混ざり合った怪人で、血と個性因子さえあれば個性をコピーすることが出来ます。イリスは他者の個性を奪い、それを強化することが出来ます、与えることも出来ます………私たちはこの立ち直り始めている社会を狂わせる一矢にやりかねない危険な存在です。私たちは、貴女達のような善き人の子供であり続けることは、不幸を招くことになる厄です。どうかも「黙りなさい!!」ッ』

 

 母さんの怒鳴り声に飛び跳ねるように起きてしまう。

 

『いい!?子供の仕事はね、やんちゃして何度も失敗して、くだらないことに笑って喧嘩して、人が人を理解する一番大事な時よ!まだ五歳になったばかりの貴女達の事情を飲み込んだわ、壮絶な地獄の世界を数百年も自分なりに救おうとして努力してきたのに、失敗してとても辛いでしょ――――だけど、はっきりと私は言わせてもらう、知らないわよそんなことって』

『『…………え』』

 

 お父さんは途中までうんうんと頷いて、最後のほうで体勢を大きく崩した。

 

『私にとって大事なものはね、どんな酷いことが起きても零に戻って明るい方に歩いて行ってほしいと願いを込めて零明と名付けた貴女と、百回以上の善き出会いがあることを願って百合と名付けた貴女なの………前世の貴女達が何をしようとも、何を犯そうとも、今を笑顔で暮らしてほしいの、残酷で無責任で無慈悲に聞こえるかもしれないけど、私は貴方達の親よ、願うのはいつも一つ―――幸せに生きてほしい』

 

 その時、寝ぼけていた僕にもはっきりと見た。

 母さんの聖母のような見ただけで安心する笑みを。

 その両手で僕も、百合も、零明姉さんを包んだ温かい抱擁は、いつしか二人の静かな嗚咽が病室に響き始め、流されるように思わず僕も、父さんも母さんも涙を流した。僕たちが生まれて五年、その時から、やっと百合と零明姉さんは、僕たち緑谷家は一つになれたのだ。 

 

 それからというもの、零明姉さんは深く頭を下げて謝罪して母さんは当然のようにそれを受けた。他者を蟲呼ばわりする零明姉さんは少しずつ人を名前で呼ぶようになり、百合のこともレギオンと呼ぶことは無くなり、百合も零明姉さんをイリスと呼ぶことは無くなった。

 ただ人が変わろうとしても、個性は変わらない。零明姉さん達はネットで調べた強すぎる個性を持ってしまい日常生活に支障をきたす特別な子供たちの専用学校に通いたいと言い始めた。まだ幼稚園すら通い始めた時期なのに、ただの一般家庭である僕たちを気にしてくれたんだろう。それと同時にもう一度、個性と人間と社会に、向き合ってこの世界で自分たちにできる事を模索したいとの願いに両親は頷いた。

 

 それと同時に零明姉さんと二人きりの時に『私たちの世界なら真っ先に使い潰されて家畜の餌となるようなお人好しのご両親を守りなさい、二人ならどんな敵でも問題ありませんが、もしもの時に無個性なんて足手纏いはいりませんわ。力を与えます、ついでにこれでヒーローでもなんでもなるといいですわ』と個性を与えられ、その使い方を物理的に教え込まれた。

 

 幼稚園を卒業して、二人は市役所に個性届を提出して、第二回目の修羅場がスタートした。

 飛行機に乗って家族で人工島(後にI・アイランドと知る)まで連れていかれ、なんとオールマイト含めたトップヒーロー達(後で全員のサイン貰った)や警察たちの前で、百合と零明姉さんの個性について様々な実験が開始された。僕はその時、何か分からないけど凄いことが起きていると単純に思っていたが、両親含めた色んな人たちがずっと険しい顔になっているのは少し怖かった。

 

 偉そうな人、ヒーロー達、両親が話し合った結果、二人はI・アイランド内の全寮制の小学校に通うことになり、僕たちはヒーローの事務所の近くに引っ越すことになった。本当は友達と別れるのは嫌だった、我慢しても泣いちゃいそうになったのはよく覚えている。特に僕をデクって呼んでくる友達のかっちゃんとの別れは寂しかったけど、互いにヒーロー志望だったので雄英高校で会おうって約束した。……で、引っ越し先の学校で新しい友達、轟 焦凍(とどろき しょうと)くんと仲良くなっていくうちに彼の家庭内の悲惨さに思わず単身突撃、ちょうど長期休暇でI・アイランドから帰ってきていた百合と零明姉さんも遅れて突撃………二人には『やっぱり貴方は大物になれる』って呆れられた。因みに母さんが一番凄かった、僕たち3人に拳骨した後、近い将来ナンバーツーヒーローになるエンデヴァーを震えさせるほどに威圧で”お話”している姿は僕たち三人に再度『どれだけ強くなっても、この人には絶対に勝てない』と再認識させた。その後、母さんは入院しているエンデヴァーの奥さんに色々と教えに行った結果、直ぐに退院して焦凍くん(兄弟が沢山いるから名前で呼んでくれと頼まれた)の家族内で親父の立場が最下位に落ちたと笑いながら話してくれた。余談として焦凍くんのお母さんがエンデヴァーを容赦なく罵倒すると、ちょっと頬を赤くするエンデヴァーがいたとか。

 

 小学校時代はエンデヴァーの元に通いながらひたすらヒーローになるために焦凍くんと個性と体を鍛え上げ、長期休暇で帰ってきた二人には挑んだが全然敵わないままで、悔しい思いをして悩んでいたら母さんは『安心しなさい、あの二人より強い物を出久は持っている、まずはそれを磨き続けない』とアドバイスをしてくれた。それから少し時間が過ぎたある日に、百合と零明姉さんが帰ってきている時にオールマイトがやってきて三人だけでコソコソ何かを話していた、気になって耳を傾けても何度も『オール・フォー・ワン』という単語が出てくるだけで、話が終わった後は零明姉さんは安心したように胸に手を置いて深く息を吐き、百合は複雑な顔で黙り込んでいた。心配すると百合は僕に抱き着き何も言わず震え始めたので、治まるまで頭を撫で続けた、その時の指を噛みながらハイライトで僕を見つめる零明姉さんは凄く怖かった。

 

 中学時代は小学校時代とはあまり変わらない日々だった。ただ訓練内容が一気に実戦形式へと変わり厳しさも格段に上がった。僕一人なら音を上げてしまう所だったけど、長男としてのプライド、隣で歯を食いしばり進んでいる焦凍くんを見ると負けてられないと必死に走り続けた。そして零明姉さん達は飛び級でI・アイランドの学校を卒業、高校は僕と同じ雄英高校に通うことを決めていたので家に帰ってきた。

 

『お父様のような一般サラリーマンに三つ子は負担ですわ、私はてんっっさいっ!なのでそこら辺を察して既に雄英高校経営科の特別推薦枠を取っていますわ、あはははっは―――――あ゛ぁ゛ぁぁぁ!!お゛母゛様゛ぁぁ!!!』

『……ごめん、こんなに変わってくれたことには嬉しいけど凄くうざくて……つい』

『は、は゛な゛じでェ!!』

 

 母さん必殺のアイアンクロー!零明姉さんはノックアウト寸前だ!!

 

 

 

 

  



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UA100000記念:ベストマッチな奴ら 後編

※作者がお酒飲みながら好きなモノだけ詰め込んだ闇鍋です。
※緑谷母は最強になってます
※仮面ライダービルドは全話録画するぐらい面白かった。




 時間は一気に飛んで雄英高校の試験当日、幼稚園の時に約束して別れた懐かしい友達は僕を見ると『強くなったかよ』と言ってきて僕は『君より強くなっているかもね』と返すとかっちゃんは鼻で笑い『お前は一生、俺の下だ』と買い言葉、売り言葉を口にして、最後に互いにわずかに笑みを浮かべて、それ以上の言葉は不要と別れた。周囲の人たちは『お、王道だ』と呟いていたけど、どういう意味なのかな?

 因みに焦凍くんと百合はヒーロー科推薦枠に入っているのでこの場にいない。僕も受ける事は出来たけど残念ながら落ちてしまった、零明姉さんがくれた個性は爆発力はあっても安定性がネックなんだよね……。

 

 始まる実地試験は、仮想ヴィランを倒して得られたポイントの累計を競うまるでゲームのような内容だった。

 試験会場は残念ながらかっちゃんと一緒じゃなかったけど、あの後躓いた時に個性で助けてくれた女の子が居たのでもう一度、ありがとうと伝えようと足を進ませた瞬間、スタートという掛け声に反射神経で体が動いた。零明姉さんから家族を守るために、と譲ってくれたのは【思いの強さをパワーに変換する個性】。言ってしまえば強く念じられるほどに出力が上がり、身体能力を向上させることが出来る個性だ。極限まで念じればたった一振りだけだがオールマイト級の力を発揮できるとエンデヴァーからお墨付だ。欠点としては僕の心理状態によって出力の高低が激しいので、揺るぎない無尽蔵の精神力が重要だと零明姉さんと百合は言っていた。

 

 昂る心の熱を体中に流し込むように個性を発動した僕は、一気に同じ受験者を追い越していき仮想ヴィランを次々と倒していく。試験当日に零明姉さんから色んな系統の個性を一時的に貸してあげますわ、と言われたが僕はそれを断った。なんだかズルをしているような感覚もあったし、『零明姉さんから最初にもらった最高の個性で僕は僕に挑戦したい』と言うとため息を一つ、『そういえばこういうの弟くんは嫌いでしたわね、せいぜい頑張りなさい』と背中を押してくれた。

 

 試験の終盤、そこらのビルより二回りも大きい、倒す意味もない妨害ロボットが現れた。みんなが逃げていく中で僕だけが気づいていたのかもしれない、『転んじゃったら縁起悪いもんね』と助けてくれた女の子が瓦礫に足が挟まって動けないままでいるところを。

 

「もう大丈夫、僕が来た!!」

 

 既に彼女の前の前には仮想ヴィランの巨体を支えるための足が接近している。近づいて直ぐに瓦礫でも撤去して逃げても間に合わない。なら、僕が出来る事は決まっている。

 憧れのヒーローの台詞を自分を昂らせるために叫んだ。一気に身体能力が肉体の限界を超えて向上する、ぶちぶちと筋肉が悲鳴を上げるが知ったことではない、僕はヒーローになるためにここに来たのだから!!地面が砕けるほどの力で上空に体が跳び、仮想ヴィランが頭部に狙いを絞って強く拳を握る。

 

SMASH(スマッシュ)!!!」

 

 僕の肉体破壊を条件に放った禁断の一撃に巨大仮想ヴィランの頭部はめり込み、ゆっくりと周囲の建物を押しつぶしながら倒れていく。そこで精神力が尽きてしまい僕は意識を失い、目が覚めてみれば雄英高校の保健室、僕を見下ろす怒った顔を百合と零明姉さんの姿。

 

「にーいーさーんー?」

「ご、ごめん!!」

 

 学校側の連絡を受けて急いでやって来た二人。百合に封印指定した技をどうして使ったんだと怒られて、零明姉さんはせめて自分で着地するぐらいの余力ぐらい残しておきなさい、あの饅頭のような顔をした女の子が助けてくれたのよ、と注意を受けながら僕たち三人は肩を並べて家へと帰った。数日後、僕は雄英高校に合格した。三人で同じ学校に通う誰にも言ってない密かな夢が叶った瞬間だった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 雄英高校に入ってまだ数日だけで濃い体験を幾つも体験した、新しい環境で友達ができた、ライバルが増えた。だけど、ここはヒーロー科で、ヴィランにとっては脅威となる存在を育成する組織だ。数日前に起きたマスコミ侵入事件に推薦枠として1-B組に入った百合と同じく経営科に推薦枠で入学した零明姉さんは、これは近々荒れると予想していたが、今ヒーロー科1-A組はピンチに陥っていた。

 

「―――平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 学校から離れたUSJでまさかのヴィラン襲撃。

 人の形をした黒い霧のヴィランによって僕たちは分断された。落とされた水難ゾーンの巨大なプールの中でサメのような姿をしたヴィランに襲われて危なかったが、蛙吸さんに助けられ、同じく彼女に助けられた峰田くんと共に力を合わせてヴィランの動きを封じながら、窮地を脱出できた。二人は止められたけど、邪魔になるようなことを考えていないが、僕たちを逃がすために囮になった相澤先生が不安になり体が動いてしまった。僕のヒーローコスチュームの腰のベルトに収められた細長いポケットから取り出したのは、零明姉さんと百合がとある特撮番組を元に設計した変身アイテム灰色と深紅のメタリック塗装された『プライドライバー』を握りしめて、これを渡されたことを思い出した

 

『I・アイランドの知り合いに依頼して作った私たち三人の変身アイテム、変身するための中身は今私の胤翼の中で生成中で多分体育祭前までには間に合うわ』

『……因みに零明姉さんに付き合ってくれた知り合いって?』

『デヴィット・シールドというお方ですわ』

『ノーベル個性賞を受賞した“個性”研究のトップランナー!?オールマイトのアメリカ時代の相棒で、オールマイトのヒーローコスチューム、ヤングエイジ、ブロンズエイジ、シルバーエイジ、そしてゴールデンエイジ!!それらすべてを制作した天才発明家!!?』

『………凄い早口ですわね。えぇ、かなり無茶な注文でしたが、オールマイトのことを喋ると喜んでやってくれましたわ』

『…………脅してないよね、あと今度サイン貰ってきて』

『しませんわよ、勝手に(・・・)頑張ってくれているだけですわ、サインは今度貰ってきてあげますわ』

 

 まさか、零明姉さんがとんでもない大物と知り合いになったとは思いもしなかったけど。

 

「緑谷、なんだよそれ一昔のなりきり変身玩具か?」

「……その形、たしか弟たちが似たような番組を見ていたわね……なんだったかしら、たしか仮面ライダーと言っていたわね」

「仮面ライダービルドっていう番組だよ。これはその僕の姉と妹が中身を自己解釈して設計して作られた模造品だよ」

「なんだよそれ、オマエ変身できるのか!?」

「いや、中身がまだできていないからこれだけじゃ何の意味もないよ」

「ダメじゃん!!!」

 

 けど、これはあの二人が作ったものだ。その目を輝かせながら語ってきた零明姉さんから仕組みも聞かされている。

 

「これ、実は常に位置確認している機能が有って、ヴィランによって通信機器がダメになっているならこれも当然切られているんだ」

「………え?それって……まさか!」

「少なくても、何か異常が起きたことは外に流れている」

 

 僕の言葉に峰田くんが目を輝かせた。問題はあの二人がどう動くかだけど、ちゃんと先生達を呼んでくるだろうか?あの二人が揃った時の個性勝負なら、天と地がひっくり返ることでも起きない限りは絶対に無理で、強すぎるから他人に頼ることってあまりしないから普通に二人だけでこっちに駆けつけてきそう。

 

「応援はもうすぐで来ると思うから、僕たちは少しでも相澤先生が撤退するときに手助けになるように動こう」

「ケロケロ、直接戦闘になりそうなら直ぐに撤退する条件ならいいわ」

「うう……緑谷、嘘ついたら一生呪ってやるからなぁ!」

 

 それは勘弁してほしいなぁと返しながら、プールの隅を移動しながら中央に僕たちは近づく。

 先ほどは僕たちの個性が相手に伝わっていないことを逆手に取ることで、水面に飛び出した僕のパワーで穴を空けて峰田くんが【もぎもぎ】を投げつつ、蛙水さんの【カエル】の個性で跳躍しつつ一気にヴィラン達の上を通って水難ゾーンから逃げる。水面に強い衝撃を与えたら、広がりまた中心に収束していく原理を利用して僕たちはヴィラン達を一網打尽した、また肉体の限界を超えるパワーを使ってしまったけど入試の時と比べて出力を最低限にしたお陰で、多少腕が痺れるだけだ。

 

 そして、僕たちは相澤先生がヴィランを抑えている場所に行くと――――想像しなかった最悪の場面があった。オールマイトのような巨体をしたヴィランが相澤先生の腕を曲げていけない方向に捻じ曲げていた。まさか、相澤先生が倒されるなんて、……応援はあともう少しで来ると慢心した僕のミスだ。

 

「大変です!死柄木弔!!」

 

 慌てた様子で現れた黒い霧をしたヴィランが、リーダーらしき体中に手のパーツをつけたヴィランに話しかけた。

 

「あぁ、どうした黒霧、ちゃんと13号をやったんだろうな?」

「全員です」

 

 信じらないことが起きたように震えた声で黒霧と呼ばれたヴィランの言葉に全員の思考がストップした。

 

「あの噂の二人の奇襲によって全員逃げらました!!!」

「はぁ!?なんでこんなに早く外に情報が漏れているんだよ!!」

 

 その言葉と同時に目を開けられないほどの衝撃は走った。

 ヴィラン達の悲鳴が耳に届く場所が徐々に変わっているような不思議な感覚があり、目を開けると 

 

「怪我はなかった?兄さん」

「雄英高校も思ったよりセキュリティは大したことないわね。私たちが動いても、先生たちは誰一人として気づいてなかったわよ」

 

 赤い翼を生やして零明姉さんと背中から異常な大きさの蜈蚣を四匹も生やして怪我をしている相澤先生を抱えた百合がいた。僕たちは零明姉さんの翼の一部に捕まえれられている状態で、ヴィラン達の集団の前に移動していたのだ。

 

「お前たちが先生が言っていた、イレギュラー……!」

「さてさて、どうでしょうか?それは私達にとってどうでもいいことですわ、さて弟くんプレゼントです、受け取りなさい」

 

 零明姉さんが胤翼から取り出したのは、設計図通りに金属製のボトル缶のようなものに機械的な装飾が施され、上には三人で考えた左右に歯車のような形をした蜈蚣が、その真ん中には縦に長いクリスタル状の模様に、中央にはオールマイトをイメージした勝利のⅤ字がある赤い極彩色で彩られた僕たちのシンボルマークが刻まれていた。下には二つの接続パーツと、回してシンボルマークの絵が刻まれている正面にすることでボトル内の個性因子を活性化させることができる『マテリアルドライブOL』が備わっている、まだ未完成と言われた変身ボトルがあった。

 

「……完成、したんだ」

「まだ未完成ですわ、変身時間は一分程度で、それでもこの雑魚ども殲滅ぐらい余裕ですわ」

「言い方悪いけど試験運用のテストだね。兄さんの学友さん達この先生を抱えて少し離れていてね。大丈夫、直ぐに終わるから」

 

 渡されたソレはとても重い物だった。口には決して出さないけれど零明姉さんがこの世界で初めて得た本当の家族を守るための力、百合が朧げながらずっとなりたかった象徴に近づくために詰め込んだ物、二人が生きた狂った世界故の恐怖を砕くために求めた、輝く希望と未来への宝物を守り、明日を創る正しいと望み続ける力の結晶。

 

「……二人ともいい?」

「「いつでも、どうぞ」」

「……なんなんだ、いったい何が始まるんだ!?」

 

 『プライドライバー』をお腹に当てるだけで、左右からベルトが伸びて装着される。

 二人の前世の遺恨、虚しく壊れた世界で得た衝動をボトルに宿らして、善き今にするためのボトルを逆さに持ち、『マテリアルドライブOL』を正面に向けて、左スロットに入れる為の接続パーツを叩いた。

  

『『レェボリュゥゥション!!』

 

 隣の百合が恥ずかしそうな赤い顔をした、ボトル缶から発せられた二人のこんな低い声を聞いたの初めてだよ。あとちょっとうるさい壮大なBGMは、零明姉さんが作曲したんだ視界を向けたら意味深くウィンクしてきたから。

 回転させながら左手から右手に持ち直して、二つの接続パーツを『プライドライバー』の二つの接続ソケットに差し込んだ。

 

『『オーバーレギオン!!!』』

 

 そして左手のレバーを回すと、ベルトから中身の入ってない二つのパイプが地面を沿うように走り、ボトル内に収縮されていた血を思わせる液体がパイプの中を巡り、回転しながら起動するような音を立てながらプラモデルのランナーのようなファクトリーが僕を挟むようにして完成する。更に左右にいた零明姉さんと百合の体が赤い瘴気の様なものへと変化して、DNAのような螺旋状が描く円を前後のファクトリーから更に挟み込むように展開する。

 

『 Are you ready?』

「「「変身ッッッ!!!」」」

 

 左右の腕を一瞬交差して構えると、ランナーが僕を挟み込んで装着、更に零明姉さんと百合の二つが装甲のような姿へと変わり僕を更に覆う。

 

『刮目せよ三位一体の最強ファイター!

オーバーレギオン!!

マジヤベェーイチョーヤベェーイ!!!』

 

 完了した姿、甲殻類のような装甲のように見える赤い外套を纏い、生物的な要素が見れるが騎士のようなヘルムの左右には鬼のような角が後ろから生えており、装甲は夜天のように漆黒、全体的に見れば西洋の悪魔のような姿をしていた。

 

「これが、三人で一つの仮面ライダープライド、オーバーレギオン……」

『オマケもいるけどこれが百合と一緒になった感覚……うへへへへ』

『……姉さん気持ち悪い』

 

 せっかくの晴れ舞台なのに閉まらないなぁ……。

 

「変身ヒーロー気取りか、脳無やれ」

『言った通りこれ一分が限界だから気を付けて!』

 

 分かっていると言う前に相澤先生の腕を捻じ曲げたヴィランが襲い掛かってきた。三人と意識が共有されている僕たちは一瞬で相澤先生の個性を物ともしない力を素で持っているのか、それとも異形型の個性を持っているのか思考が巡り、どちらであっても一分という時間なので周囲の状況も合わせ小手先の技術で攻めるより、単純なパワーで攻めるやり方がいいと結論をだした。

 

『弟くん!』

 

 攻めりくる最初の一撃を受け流し、脳裏に描いた実現したいことを可能する個性は共有意識内で常に伝達されており、二人が保有する個性たちを使って、夢を現実にしてくれる。僕は脳無と呼ばれたヴィランの続いてくる二撃目を片手で受け止めることが出来た。

 

「……オールマイトと真正面から殴り合える性能してるんだよなぁ、なんで片手でしかも一歩も動いてないんだよアイツ!!?」

『オーバーサイド!!オーバーフィニッシュ!!!』

 

 レバーを一回転すると零明姉さんの厳つい声が発せられる。同時に触れた奴のヴィランの個性を奪いながら、麻痺毒を流し込み、動けなくなったところで幾重にも増強型の個性によって極限まで強化された一撃がヴィランの腹部に叩き込んだ。更に【筋肉発条化】と【振動共振】により破壊的衝撃が指先まで浸透させられたヴィランは、音速でその場から消え失せ、ヴィラン達の遥か後方まで吹き飛んだ。

 

『まだ慣れませんわね【ショック吸収】は盗れましたが、【超再生】はまだですわ』

「まずは頭数を減らすよ、百合お願い!!」

『任せて兄さん』

『オーバーサイド!!レギオンサイド!!レギオンフィニッシュ!!!』

 

 レバーを二回転すると零明姉さんから百合の猛々しい声が響いた。胤翼が背中から溢れると同時に血の玉となり分散した。力を込めて地面を殴るとその衝撃が地面を切り裂くように前方に走ると同時に空中に浮かんだ小さな胤翼から氷の槍雨が、風の弾丸が、灼熱の炎が、高電力の雷撃が、まるで流星群のようにヴィラン達に降り注ぎ大爆発を引き起こす。

 

「これで殲滅できたかな?」

『いえ、まだですわ』

 

 二人、まだ立っていた。他のヴィラン達を盾にして。

 

「なんだよ、なんなんだよお前達はぁぁ!!!」

 

 半狂乱でヴィランが叫ぶと、再生途中の脳無が突貫してくる。どうやら毒に耐性がある個性も持っていたようだ。時間は残り少ないし、次で決める。レバーを三回回すと今度は僕を含めた三人の声がボトル缶から響く。

 

『オーバーサイド!!レギオンサイド!!トリプルサイド!!』

「そんなの決まっている」

『えぇ、すごく簡単なことですわ』

 

 心の熱が体中を巡りこれまで以上の力が溢れてきた、その衝動に身を任せるように走り出す。僕たちにそっくりに変化した胤翼達があらゆる個性を使い脳無の動きを抑制、最後にはその自由すら奪った。その隙に僕らは跳躍して宙を舞い、背部から激しく火炎のブーストが口を開いて推進力を激しくまき散らして突き出したキックの態勢は馬上の槍を連想させた。

 

『私たちは平和を愛することできた―――――ヒーローだ』

『オーバーレギオンスマッシュ!!!』

 

 音を置き去りにした渾身の跳び蹴りの一撃が叩き込まれる。完全に全ての個性を奪った脳無はUSJの壁を粉砕し、先ほどとは比べらないほどの距離を吹き飛んだ。これでも百合と零明姉さんの神業の如き出力調整によって死んではいないのは舌を巻くしかない。

 

「……ふ、ふざけるな。あれはオールマイト用に先生が……反則だ、チートだ………!!」

「逃げますよ死柄木 弔!!相手が悪すぎました!!」

 

 逃がすか、と体を動かそうとする前にヴィラン達は黒い霧の向こうに消えてしまっていた。最後まであの死柄木弔と呼ばれたヴィランは現実を逃避するような言葉を壊れたラジオのように口にしていた。周囲の安全を確認して、オーバーレギオンボトルをプライドライバーから抜くと僕を纏っていた装甲が液体となり、ボトル内に戻っていき、二人は赤い瘴気から元の体に戻った。

 

「さて、大本は潰したので後は簡単なゴミ掃除ですわね。ちょっとUSJ一周しながらやってきますので、百合はそこの怪我人の治癒をお願いしますわ」

「分かったよ、姉さん。怪我はしないように」

「えぇ、また後で、それにしても貴女との融合の感触だけで今日の夜の運動は10回は行けますわね、今度は肉体的な意味で接合してみませんこと!!?私ちゃんと処女のままでしてよ!!!」

「早く行ってくださいどうぞ」

 

 ゴツーンと百合の早口と同時に容赦ない拳骨の音が響く。

 

「ううう、行ってきますわ……」

 

 頭部の頂点に大きなたんこぶが作られ涙目になりながら、零明姉さんは胤翼を羽ばたかせてみんなの救出に向かった。

 今までの全てを見て放心状態の三人に近づき、ボロボロの相澤先生を痛々しそう見て血だらけの腕に唇を当てると、曲がってはいけない方向に曲がった腕が元に戻り、まるで風化したように崩れた腕の肘、顔の傷が塞がっていく。

 

「それはリカバリガール先生の個性?」

「緊急だからって姉さん、本人の許可なしで盗ってきたってここに来る道中で渡してきた……」

「………後で謝りに行って返させよう」

「勿論、私も一緒に行くよ……」

 

 零明姉さん、法律には個性を奪うことは違反とは書いていませんわとか理由で、どっかの誰からか個性を盗ってくるんだよなぁ。それを直ぐに百合がコピーして持ち主の元へ謝罪の言葉と共に返しに行くことはI・アイランドでの生活で毎日のようにしていたことらしい。

 

「ッ、お前、いやお前たちは……」

「私は1-B組の緑谷百合です。今あなたの生徒達を救出しに行ったのが私たちの姉の零明姉さんです」

「………知ってるさ、大層な個性を持っているそうだからな、いろいろ言いたいことがあるが……助かった」

 

 いえいえと返事をしながら百合の指し伸ばした手を握り、立ち上がった相澤先生の姿に安堵のため息が出る。間に合ってよかったと。その後、正気を取り戻した峰田くんが急に怪我をしたと叫びながら百合に助けを求めてきたが傷なんて嘘だと知っているので、とてもいい笑顔で拳をちょっと鳴らすと『な、治ったぁぁ!!』と直ぐに嘘を認めてくれた。後に蛙吸さんは『緑谷くんが闇落ちした……』と言っていたが、意味が分からないなぁ。

 

 その後、直ぐにオールマイトが来てくれて、その頃には零明姉さんの手によって、USJの半分くらいのヴィランはお縄についていた。残りはオールマイトも参加して、大きな怪我はなくみんな無事に生還することが出来た。そして、百合と零明姉さんはヴィランが襲撃してきたとはいえ、詳しいことを何も言わず授業中から飛び出したことについて駆けつけてきた担任のヒーロー達に警察が来るまで怒られていた。

 

 

 そして、その日の夜に色々あって疲れた僕たち三人はベランダで星を眺めていると唐突に零明姉さんが口を開いた。

 

「私と百合は比翼の鳥ですわ」

 

 知っている、二人でヒーローのいない狂った世界と数百年立ち向かい続けて結ばれた絆は、まだ十年とちょっとしか生活を共にしてきた僕と比べられないほどに深く強くものだと言うことを。

 

「そう思っていたけれど、私たちは実は羽だけだった。体が無いまま飛んでいた愚鳥だった。その先の未来が見えないまま間違った選択肢が選ぶこともしてきてしまった結果が崩壊へと繋がってしまった」

 

 百合が悲しそうに語る。二人の最後は気が付くと、たった一人を助けるために、今まで築いてきた全てを投げ捨てるか、苦楽を共に分かち合ってきた家族のような存在を切り捨てるのかの究極の選択を選ばされた。結果はどちらも嫌だと叫び、第三の道を探そうとしたが時間は既に無く無情に全てが終わってしまった、死んでも死にきれない残酷なバッドエンド。

 

「……この世界に転生して、恵まれすぎている環境で育てられた結果、生まれた時から化物だと思っていた私は全然違うことに気づきましたわ」

「零明姉さんは結構心配性で直ぐに落ち込むし、寂しがり屋だよね」

「……………むぅ」

 

 前世では零明姉さんも百合も真面な両親じゃなかった。どちらも邪悪な外道が居た、そして誰も助けてくれない環境は、二人の心をダメな方に歪ませた。まるでそれは呪いのように長い時間の中で二人を蝕み続けた。今必死にそれを受け止め、いい方向に持っていこうとしている。

 

「百合もずっと起きたことをため込むタイプだよね、限界が来ても強く見せようとして最後は暴走しちゃう困った妹」

「……………うう」

 

 昔の二人ならそんなことはないと顔を真っ赤にしながら否定してきたと思うけど、ちゃんと自分を理解しているんだろう。僕も今回の事件でちょっと自分の命を軽視しているかもしれないと思った。僕の判断ミスが僕だけじゃない、誰かの命を脅かすことに、選択するという責任の重さを深く受け止めなければならない。

 

「零明姉さんが困ったことがあれば僕と百合が話を聞いてあげて、百合がため込み始めたら零明姉さんと僕が支えて、僕が人を助けたくて頑張っても手が届きそうになかったら」

「「私たちは弟くん(兄さん)の背中を押し出すよ」」

 

 二人はそう言って、僕の手を握った。

 

「幼いころに兄さんがくれた勇気で、私は真実に向き合えることができた、だから」

「弟くんがいなかったら私はずっと無知蒙昧のまま命と個性を奪い続けていた、だから」

「「これからも末永くよろしくね、温かい陽だまりの場所に案内してくれる私たちの体」」

 

 これはありえたかもしれない一つの世界。

 飛ぶことしか知らない鳥がたどり着いた安息の地。

 太陽のように眩しくも月のように冷たくもない境界線上の幻。

 それでも、今という尊さを胸に三人はこれからも明日をビルドする。

 

 あぁ、幸せに満ちた奇跡のような夢がこれからも続いていく。

 




安心してください!!決して本編ではこんな展開は”絶対”になりません!!!

妄想OP『To be continued…』
flumpool様
妄想ED『Be The One』
PANDORA feat. Beverly様


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外伝:愛しい甘さ

バレンタインなので投稿です。即興ネタです。
※キャラ崩壊
※ぶっちゃけバレンタインあんまり関係ない
※書き殴っただけ
以上のことを踏まえてお読みください


 

 

 2月14日、それは一日だけの戦争である。

 

 男は己の魅力と地位を証明できる日。

 女は己の熱い秘める思いを渡せる日。

 

 誰もが菓子を燃やす程の熱気を発しながら仕事場へ学校へ。

 今日は至る所で怨嗟、狂喜の激しい音が戦争の始まりを告げる号砲となり響き渡る。あるものは勝者に対して嫉妬の血涙を流し、あるものは敗者に対して勝者は陰で笑い。誰が先に尚且つ濃い記憶を刻み付けるのか、策略するもの、裏切りもの、地獄の底のような熱意と氷檻より冷たい意志を胸に混沌の日は来たり。

 

 

 ハッピーバレンタイン。

 

 蕩ける甘い思いは誰の手に渡るのか。

 

 

 

 

◆◇◆ 

 

 

 

 

 

 突然だが、姉弟で一緒に寝るというのは何時頃まで続くものだろう。まだ親に甘える幼稚園のころだろうか?成長期を迎えた小学生あたりだろうか?時が過ぎるにつれて人は心と体を成長させる。気にしていたものを気にしなくなり、気にしなかったものを気にし始めたもの、男の子らしい体格、女の子らしい体格、たとえ同じ屋根の下で暮らす中でも気になる部分はどうしても出てしまうものだ。

 

「……すぅ、すぅ」

 

 ここに一人の少年が眠っている。『神野の英雄』、『正義の猛獣使い(ジャスティス・ドレシスト)』、『魔王×2を手懐けているヤバい兄兼弟』、『仮面ライダー』等々の学生という身でありながら多くの人々から畏服と尊敬を受ける時の人、緑谷出久だ。

 世間では、絶対に手を出していけないランキングで緑谷家が一位にランクインされ、その次は彼、以下はその姉と妹たちと複雑な独占状態の彼も、今日が休日ということもあり、いつもより少し長い睡眠時間に入っていた。

 

「ん………んん…?」

 

 最初に感じたのは違和感だ。寝返りをしようとしたのに体が酷く重い、というか動けない。両腕もまるで重りが載っかっているように動かすことが出来ず、自由が利く足をまず動かすと両腕の不明な物体がびくっと震える。腕は動かせずとも手は動かしてみると柔軟で薄いカーテンを触るような感触からまるで人肌のような温かさへ。

 

「………………あーー」

 

 そこで察した出久、瞼を開けてその双眸で状況を確認する。

 

「弟君、のえっち……そんなとこ触るなんて」

「兄、さん、こそばゆい、よ」

 

 絶世の美人姉妹の薄い寝間着の姿に出久は薄く笑った。ここは雄英高校の寮で、二人は本来違う場所で寝泊まりしているはずだ。だからこれは夢だと。

 

「あらまた寝てしまいましたわ」

「そうだね、昨日の合同訓練も頑張っていたから…」

「私と百合がチームで1-Aと1-Bの皆さんが空高く飛んでいくのは中々楽しかったですわ」

「相澤先生にこいつ等をドMにする気かって注意されたね」

 

 昨日のことを思い出して、二人の姉妹は顔を合わせて楽し気に笑うとぎゅっと出久の身体を抱きしめて再び静かな寝息を立て始める。

 

 ……その後に朝食の時間に遅れると起こしに来たクラスメイトが出久の左右を挟むように眠っている二人のあられもない姿と乱れた寝間着の出久の姿に悲鳴が上がり、真っ先にたどり着いたブドウ頭の少年が般若のごとき顔つきで出久に襲い掛かろうとして血の鞭と蜈蚣の麻痺毒で一瞬で制圧された。騒動を聞きつけた教師が、三人の姿を確認するとお得意の布操術で縛り付けて朝から説教の時間となった。

 

 因みに出久は、なんでさ……と女性関係でトラブルが多い有名なヒーローと同じ言葉を繰り返していた。

 

 

「朝から姉妹丼とか緑谷はマジ殺す」

 

 

◆◇◆

 

 

「はぁ……」

「なぁに?そんな溜息吐くと幸せ逃げちゃいますわよ?」

 

 一体誰の所為だ、と喉元まできた言葉を飲み込んで目の前の引き込まれる妖艶な長い黒髪、服の上からでも分かるアイドルの中でもトップレベルだろうプロポーション、美しさと存在感から思わず平伏しそうになるほどの美貌、世間では『世界一ヤバい姉』、『超常を統べる魔王(スペリオール・ルシファー)』、『個性特異点の片割れ』と呼ばれる緑谷零明。

 

「姉さん、流石に一緒に寝るのは不味いよ。我が家なら……問題ないと思うけど」

 

 顔を赤らめしおらしくなっているのは肩まで伸ばした透明感のある黒髪、零明と比べてプロポーションは劣るが逆に体のバランスが整っており、気品と自信に満ちた美貌によって多くの人から『世界一オモい妹』、『超常を暴食する魔王(スペリオール・ベルゼブブ)』、『個性特異点の片割れ』と呼ばれる緑谷百合だ。

 

「なんで態々、僕のベッドに……一応寮にも防犯機能とかあったしどうしたの?」

「「個性で無力化」」

 

 出久は頭を抱えた。世間じゃこの二人が本気になれば社会を壊せると信じている人達もいるほどの爆薬扱いだ。容姿や個性だけで目立つのに雄英体育祭で二人の最大の攻撃に観戦していたプロヒーロー達の多くが二人の戦いを止める為に突貫してオールマイトすら吹き飛ばされるシーンは網膜に焼き付いている。二人とも相当気を付けていたらしく派手な音や派手な個性で観客を楽しませようと色々画策していたが、まさかプロヒーロー達が乱入してきた所為で計画を変更せざるをえなかったと残念そうな顔をして、ボロボロになったプロヒーロー達をドン引きさせたのが始まりだった。(オールマイトと変身した姿で戦ったシーンは視聴率30%まで上ったとか)

 

「そういえば兄さん、お腹すいてない?」

「……突然どうしたの?今三時ぐらいだから少しすいているけど」

 

 今日は説教後に三人で買い物だった。外に出かければ出久も含めて様々な人に話しかけれる。握手を願われ、サインを頼まれ、三人の変身シーンを見せてくれ、といつの間にか人の波の中心に。遠くでヴィランが暴れていると零明が感知して、リクエスト通りに変身して現場に急行、速攻で片付けて警察関係者に引き渡した後、マスコミの応対をしてと今日起きたことを思い出すと濃い一日だったなと遠い目を出久はした。

 

「兄さん、今日は何の日か知ってる?」

「バレンタインでしょ?毎年貰っているから分かるよ。もう、自分の血を入れるとか勘弁してよね」

 

 食べたけど、美味しかったけど、と内心呟いた。作った百合曰く友達にアドバイスを受けたとのことだ。

 

「だって……どんなに頑張ってもチョコの原材料は誰かが手を付けているんだよ?私は何も作っていないから、私だけが入れれる私だけの特別なものを入れようとすると考えた時、血が一番いいかなって」

「百合、私もその意見には賛成よ。けど新鮮さを追及するあまり自分の心臓を取り出したときは流石にお姉さん焦ったわ」

「なにそれ!?聞いてないよ!!」

 

 確かに血液は心臓から送り出されるが、そこまでやるかと出久は妹の将来が不安になった。いつの間にかテーブルに置かれたのはチョコケーキだ。数日前から仕込みを始めていたのだろう、プロレベルまでに徹底的に計算された材料と技術を遺憾なく発揮した一品だ。漂う甘い香りに思わずお腹が鳴るが、先ほどの会話の所為か警鐘が脳内で鳴る。

 

「………まさか爪とか髪とか入れてないよね?」

「もう兄さん、呪いの人形じゃないんだから、それに不衛生だよ」

「血は不衛生じゃないの!?」

「大丈夫、ちゃんと個性で綺麗にしましたわ、それに血なんてほとんど水みたいなものですわ」

「そういう問題なの……?」

「これでも百合の初期案では個性を使って腕をケーキに限りなく近い物質構成にして切り落とそうとしましたわ……流石に止めましたが」

「え、えへへへ………」

 

 この流れは今年も入っているのではと出久は思ったが、世界一可愛い妹である百合と頼りになるときしか頼りにならない唯我独尊な零明がせっかく作ってくれたチョコケーキを食べないという選択肢はない。渡されたナイフは僅かな熱を持ち、チョコでデコレーションされたケーキを易々と切り分けていく。

 

「………うん、美味しいよ」

「「イェーイ!」」

 

 仲良し気に二人はハイタッチした。チョコの苦さと甘さが黄金律の如くマッチしており、ケーキに使用したスポンジ生地もこのケーキのために調整して作られたのだろう、口に深く残らないほどの後味で何切れでも食べれそうだ。

 

「……で、今年はなにを入れたの?」

「「…………企業秘密!」」

 

 これは血以上の何かを入れたな、と未熟ながらヒーローとしての勘が察知した。しかし、同時に深く踏み込めば海淵のような黒く冷たいものに溺れるような予感がしたので出久は考えることを止めるようにテレビをつけた。

 

「懐かしいわね」

 

 零明の言葉に二人は頷いた。テレビで流れたのはオールマイトの最後の事件、平和な筈の神野市に突如として出現した脳無達と、傷ついた百合たちを庇って連れ去られヴィラン『オール・フォー・ワン』の手によって洗脳された零明はオールマイトを相手に優勢だったが、それは『オール・フォー・ワン』を油断させるための罠であり途中までは確かに洗脳を受けてはいたが、零明のもう一つの人格によって洗脳は解除されており、ワザと命令に従いオールマイトを追い詰め、一瞬のスキをついて零明は今までの鬱憤を晴らすべく『オール・フォー・ワン』の()()()()()()()()()()()()。そのシーンは全国放送で流れ、悶え地面に倒れる『オール・フォー・ワン』を見下ろしながら最高に爽やかな笑みを受けべる零明の姿は男性にとって最大級のトラウマになるだろう。事実、一番近くにいたオールマイトも思わず両手で股を守ったのは仕方がないことだ。

 

「「これは酷い」」

「攫われたピー〇姫ポジションでしたわよ?」

「「全国の〇ーチ姫ファンに謝って」」

 

 雄英高校退学の覚悟の上で助けに行っていたのにあんな物を見てしまった僕たちの気持ち分かる?と言うとばつが悪そうに零明は視線を逸らした。その後は出久と百合、零明が揃い変身、激高する『オール・フォー・ワン』を相手に激闘の末に必殺技を決めて勝利。逃げられたヴィランもいたが、あの怯えるような眼で果たしてこれから先、何が出来るのだろうかと零明はクスクスと笑う。

 

「あ、私たち仲良く警察に連行されましたわね」

「あの時は仮免すら持ってなかったし、仕方ないよ」

「反省文で済んだのは奇跡だったよね」

 

 当時を振り返り、互いに話の花を咲かす。別の所ではバレンタインのチョコを何個貰った等と自慢話や、ホワイトバレンタインの期待に胸を膨らます級友たちを気にせず、三人はこれからの未来に夢を抱きながら話を弾ませる。

 

 

「「「今日も善い平和な日だった」」」

 

 




外伝なのでハッピーが継続します。


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小話:二人の後継者 後編

すんません、頭痛くなって昨日投稿出来ませんでした!


 死柄木弔は、意味が分からない奴と出会った。

 目付け役の黒霧はドクターに呼び出され、先生も用事がなければこちらに連絡を入れてくることもない。つまり、今日は誰にも縛られず自由に出来る日だと、廃人レベルでプレイしているPCゲームをするために椅子に深く座り込んだ瞬間。

 

『会わせたい人がいる。話してみるといい、きっといい刺激になる』

 

 昔から聞いてきた耳障りな言葉と共に意識が暗転。

 そして、目の前にいたのは世間が最も注目しているオールフォーワン。

 プロヒーローが立ち往生している現場に突如として現れ、瞬時にヴィランを制圧、火災に見舞われた建物から要救助者と共に脱出、その実力はトップヒーローレベルだと言われ、USJ襲撃事件を終えてオールマイトですら一方的に追い詰められたヴィラン相手に勝ったと世間では思われており、“次世代のオールマイト”と称えるものがいるほどだ。

 

 そんな時の人となっているオールフォーワン(ヒーロー)は、死柄木弔(ヴィラン)に対して申し訳ないように頭を深く下げながら手を合わせている。

 

「ごめんなさい」

 

 混乱する中で、頭を下げたままのオールフォーワン。

 何らかのリアクションを取らない限り、頭を上げないだろう。

 しかし、この体勢でも一切の隙が感じられない。

 死柄木弔の個性は“崩壊”彼の五本指で触れたものをバラバラにする人を簡単に殺し、その遺体すら残さない恐るべき力だが、もし今ここで彼女に触れることが出来たとしてもバラバラに出来る前に自身が殺されると直感が訴えている。故に、死柄木弔は遠い目で壁に吊られた時計を見て無意識に呟いた。

 

「………あーあ、おなかすいた」

「! ちょっと待ってて何か作ってくる!!」

 

 と言い残し、キッチンへと向かった。

 驚いたことに、幾つもテーブルが並ぶこの空間を音もなく、消えるような速さで移動する技術と速さに抵抗する意思すら失せる。

 

「…マジで、何なんだあいつ」

 

 死柄木弔の中ではオールフォーワンは自身の敵であるヒーロー側の人物だと思っていた。本来なら嫌悪される暴力を振るいながら、多く人を魅了し、認められる弱き者の味方だと。

 噂ではヒーロー資格試験に落ちて、夢を諦めきれずヴィジランテになったと言われているが、そういう風には見えないと死柄木弔は感じていた。

 

 呑気で穏やかな口調と態度は“オールマイト”の言葉を聞いた瞬間、豹変した。

 

「(あの気迫……)」

 

 それに当てられただけで、死柄木弔は意識を失った。

 一瞬だけ感じられた尋常ではない殺気と存在感は、先生と同等かそれ以上、まるで本性を別次元に閉じ込めているかのようで、能ある鷹は爪を隠すという言葉があるが、あれは悍ましい怪物が人の肉体に無理やり入り込んでいるかのような恐ろしさがあった。

 

 一刻も早くこの場所から離れたかったが、外に出ようとすると体が勝手に動いて(・・・・・・)椅子に座らせられる。脳内には自身の思考ではないものが介入して、たった一言囁かれる。

 

『まだだよ』

「……あの、くそ女」

 

 俺の体になにか仕込みやがったな、と悪態をつく。

 出来ないことを探すほうが大変な自称(・・)先生の娘を名乗る黒霧以上にお節介を勝手に焼く時と冷たく他人のように振る舞う両極端の幼い時から共にいた存在。

 先生すら扱いに困っているほどに実力も高く、USJ襲撃事件の時もオールフォーワンの介入がなければ二体の脳無とオール・フォー・オーバーによって確実に葬れたほどだ。

 

「お待たせ、お昼から少し時間が経っているしホットケーキ焼いてきたよ。何を載せる?王道のバターとメープル?それともクリーム?口直しにコーヒーもあるけど、もしかして紅茶派?」

「お前ほんと何なんだよ」

 

 傷だらけの顔がきょとんとして傾げる。

 死柄木弔は、頭を抱えたくなった。瞬きする間にまるでマジシャンの軽業のようにテーブルに置かれる。食欲を誘う綺麗に焼けたホットケーキにトッピングする用のフルーツやシロップ、ナイフとフォーク。

 

「…私は、ただのヴィランだよ」

「ただのヴィランが『次世代のヒーロー』なんて呼ばれると思うか?」

「法によって個性の無断使用は禁止されている。それを破っている私がそんなこと言われても……困る」

「お前変わってるな」

 

 死柄木弔と向き合うように席に座ったオールフォーワンは視線が僅かに下に向き、両手を組むようにしていた。

 

「…変わっているか、そうだね。私は普通じゃない、普通の人がすることがないようなことをしようとして、その経過で色んなことをしていたら何時の間にか、世間からヒーローのような扱いを受けている」

「不満なのか?」

「……殺人を犯そうするヴィランが、まるで正義の味方のように評価されているんだよ?こんなバカな話があってたまるか」

 

 本来、オールフォーワンは事件を解決すれば、そこから直ぐに離れる。それ故、その発言がテレビやネットを通して出ることは少ないが、その中でもはっきりと本人が口に出しているのは、彼女の目的が、とあるヴィランの殺害であること。

 

 しかし、それを含めて彼女は世間から見れば受け入れられている。

 

 オールフォーワンの積んできた実績が並のプロヒーローでは到底出来ないほど、周囲の被害を最小限にしようとする姿勢、複数の個性を同時に使用する派手さは一種のカリスマ的な魅力があり、本人の温厚さも合わさって、陰ではオールフォーワンが殺害しようとしているヴィランはこの世に生きてはいけない人外のような存在だと思われている。そう、あの数の有利を得ていたとしてもオールマイトを一方的に無力化した恐ろしいヴィランのように。

 

 人が人を殺すことは、嫌悪を覚える人が多いだろう。

 しかし、それが化物であるのなら納得してしまう人もいる。

 オールフォーワンが勇者なら、奴の倒すべき存在は悪の化物。

 善良な存在が殺すべきだと認識している相手なのだから。

 

 なら、それはいい事なのだと。

 今、オールフォーワンは歪な信頼を得ていた。

 そのことに彼女は複雑な感情を見せていた。

 

「お前、もっと楽な生き方あるのに何故それをしようとしない」

 

 死柄木弔は、彼女を哀れだと思った。

 見えない糸に体中を縛られ、好きなことを好きなように出来ない不自由な存在。だが、それから脱却するのは強大な力を持つ彼女なら容易の筈だ。しかし、今の彼女は動かない誰かのためにいいようにされているのに、それを受け入れている。

 

 オールマイトに向ける殺意があるのなら、直ぐにそれを解放すればいい。公式の場で否定はしたが、オールフォーワンが雄英高校の学生である真実は、オール・フォー・オーバーの口から死柄木弔は知っている。

 

「楽な、生き方か……」

 

 重々しく呟かれる言葉、まるで考えたこともないように。

 

「そんな力を持っているんだ。ムカつく奴をぶっ殺したりさ、むしゃくしゃするときに目障りなもの全部ぶっ壊したくなった時とかあるだろう?我慢し続けたら毒だぜ?」

 

 

 

「…………私さ、もう長くないんだ」

「はっ?」

 

 唐突な言葉に死柄木弔は目を丸くした。

 

「オール・フォー・オーバー……イリスを殺すだけに私の意味はある。だから体を弄繰り回して、寿命を一気に燃やし尽くすように使って、力を無理やり跳ね上げている。もって二年、早ければ一年くらいかな。電源が落ちるみたいに私は死ぬの」

 

 日向の光を浴びて気持ちよさそうに目を細め、最後を楽しむように彼女は微笑んだ。

 

「―――私は、私の人生は、誰かに残るもので(・・・・・・・・)あってほしくない(・・・・・・・・)

 

 誰かを生かせて、誰かを助けて、誰かを笑顔にして。

 そうして、最後に自身が無価値(ゴミ)のような死ぬ。

 あぁ、それが私に相応しいと、彼女はそう言うのだ。

 

 

「………く、ははは」

 

 それに対して死柄木弔は

 

「はははははははっはははは!!!!」

 

 世界最高のショーを見たように笑った。

 

「頭の可笑しい奴だと思っていたが、これは予想外すぎる!間違いない!!お前は悪い奴(・・・)だ。それも最高に最悪に最狂に!!!」

 

 人を惹きつけ、人から頼られ、人から期待される。

 そんな彼女はそれを受け入れながら、周囲を巻き込む自己破滅主義なんだと死柄木弔は理解した。

 

「分かってくれた?」

「あぁ、よーく分かったよ!!で、なんだ?オールマイトを憎む理由はもしかして、お前が数少ない残したいものを傷つけたとかそんなところか?」

「…そうだね。彼は人として最低のことをした」

 

 みんなを助け、守るヒーローとしての手段と考えれば、最悪の手段ではない。次に託そうとすることは間違えではない。だが―――

 

 

 大切なものが大きすぎるもの(・・・・・・・)が、

 大切なものが少なすぎるもの(・・・・・・・)にしたことは、

 あまりに残酷だった。

 

 

「上手いな。お前の焼いたホットケーキ」

「…いきなり気分が良くなったね。ずっと私を殺そうとしてたのに」

「あぁ、お前は確かに俺たちの敵だが、脅威じゃない。待っていればお前は、バカみたいに死ぬ。出来ればオールマイト殺して死んでくれれば嬉しいがな!」

「それは、難しいかな。もし、私が死ぬときに元気で、オールマイトが平和の象徴でなくなってたら殺そうかな」

「へぇ、お前に興味が沸いた、話をもっと聞かせろよ」

 

 それからすっかりと気が合う友人を見つけたように上機嫌となった死柄木弔は日が沈むまでオールフォーワンと様々なことを話した。

 

 オールフォーワンの不安の一つ、オールマイトが築き上げたこの平和を前提(・・)としたプロヒーローが多い事に対する愚痴、これからも増える個性の多様性に対応する法律の不足点等。

 死柄木弔はそれに興味深く聞きながら、時に何度も質問を投げかけそれにオールフォーワンは分かりやすく答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、オールフォーワン。俺に足りないものは何だと思う」

 

「それはあなた自身が探さないといけない。だって、それは私があなたを見て感じたことを言葉にしたのであって、あなたが自分で見つけた答えじゃないから、原点は常に自分しか分からないよ」

 

「お前、先生と似たようなことを言うな」

 

「………ふふ、もっとホットケーキ焼いてあげようか?」

 

「マジか、頼むぜ」

 

「あぁ、そうだ。死柄木さん」

 

「なんだ、オールフォーワン」

 

「ヒントぐらい出してあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――天才も学歴も報わない時はあるが、執念と覚悟があれば無敵になれる。

 

 




個人的に百合は自身にとっての『悪』を表現しようとしたキャラでもあります。

彼女は自身が近く死ぬと決めているので、未来に起きる問題に対して分かっていても、どうしようもしません。ヒーローに対しても信じているが頼ってない、誰かに託すことをしないので、結局何もしない。なのに実力は高いし、目の前の問題に対しては真摯に向き合うので人の信頼を得やすいので頼られる存在という、こうやって書き綴っても酷いなこの主人公。

……頑張れデク!



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小話:二人の後継者 前編

本編の進みぐらいがよくないので生き抜きなお話し。
と言いながら、本編とがっつり関わる内容な模様。
文才、構成力、画力、全部欲しい。

※時間軸はUSJ襲撃事件後、雄英体育祭前になっています。ネタバレご注意!


 出会いとは、未知との遭遇だ。

 自身の知らない世界を見てきた者から得られる思想、理念、感情は体験したことがない世界を広げてくれる。それは生きる上でとても重要なことだ。友情や親愛は一人では作れない、どんな苦行も誰かと一緒なら乗り越えられる。それは、人類の歴史が証明し続けている。

 

「……お前か、お前が、あいつの!」

 

 彼は私の存在を知ると殺意をむき出しにする。

 普通の人ならば恐怖に震え、その場から動けないかもしれない。

 しかし、それは春風を感じるような、むしろ心地いいぐらい。

 

 兄さんたちと過ごす日々も私にとって大事な世界だ。

 しかし、殺気と鮮血に濡れた闇の世界で育った私にとってこういう人物と対峙することが普通なのだろう。

 

 私はこの出会いを感謝したい。

 たとえ、社会の破滅を願う悪人だろうとも。

 

「―――初めまして、死柄木弔(・・・・)さん。私はオールフォーワン。イリスの頼みで今日は貴方とお話しに来ました」

 

 これは、親愛なるマスターが選んだ少年とのただの小話だ。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「ねぇ、レギオン。お父様の後継者候補に会ってみない?」

 

 彼女は突然、思いついたように核爆弾級の破壊力がある台詞を言ってきた。

 

「……………は?」

「会ってみない?」

 

 もう一度、言われた。

 意味が分からない。

 あまりの唐突さで力が緩んでお皿を落としそうになるが、背中から生える毘天がキャッチしてくれたお陰で割らずに済んだ。ありがとうと伝えると『ドウイタシマシテ』と返事が返ってきて、私は洗い終わったお皿を乾燥機に入れて、スイッチを押した。

 

「イリス、それはどういうこと?」

 

 濡れた両手を個性で乾燥させ、振り返りながらエプロンの紐を解いて、指定場所に畳んで置いて彼女のいる場所に体を向けた。

 昼飯を食べ終え、ソファでテレビを見ながら寛いでいる悪の帝王の娘―――イリスはトントンと私に隣に座れと言わんばかりにソファを叩いたので、ため息をつきながら彼女に従った。

 

「前にも言ってかもしれないけど、僕たちは死柄木弔のお世話係だった(・・・)時がある」

「聞いた、貴女のもう一つの人格が勝手にしたんだよね。路頭に迷っていた彼を拾ったとか……」

「その後に、僕たちはお父様と最悪の再会を果たしたんだけど……まぁ、その話はどうでもいい」

「もう隠さないんだね。この世界のマスターの存在」

 

 私がマスターと呼ぶ存在。オール・フォー・ワンという悪の帝王。

 前世での話になってしまうが、私は死にかけた時に彼に拾われ、彼の下であらゆる知識と経験を得て、最後に見殺しにしてしまった親愛なる人だ。

 

「下手に隠して、貴女から勝手に接触したら僕と『私』の互いの計画は壊れてしまうからね。なら、もう知ってもらい、貴女には接触禁止してもらうほうが都合がいいからね」

「………それは、イリスが決めていい事じゃない」

 

 彼女の言動はあまりに勝手だ。

 そもそも、せっかくの休日に毘天達のお世話をしていたら突然連れてこられて、こんな家政婦みたいなことをさせられている。

 私はイリスを殺すために生きているようなものなのに、どうして前世の時にお世話していたようなことをしてしまうのだと自己批判の言葉が脳内で次々に浮かぶ。

 

「僕か『私』が、今ここで死んでと言われたらレギオンはどうする?」

「今勝手に膝に頭を置いた貴女の首を掻っ切って、その後に私も死ぬ」

「そう、ある意味で僕とレギオンの命は繋がっている。けど、この絶対的な繋がりを唯一介入できるのはお父様ただ一人」

「……何が言いたい」

 

 

「お父様の命令なら貴女は今の家族を捨てれるわ(・・・・・・・・・・)

 

 

 ――――――そ、れ、は。

 

 

「顔色が変わったね。あぁ、そこで即座に否定できないのなら貴女は出来る。そういう風に教育したのはお父様だから、それを受け入れたのはレギオンだから、そしたら今の貴女はまた(・・)壊れる。残ったのは機械のように忠実にお父様の指示に従うことを生きがい(・・・・)にするだけの最強で最悪の隷属――――――それが嫌だから、僕たちは貴女を縛る」

 

 後、貴女を取られたら僕たちもお父様に従うしかなくなる、と。

 イリスは最悪の未来を想像して震える私の腕を手に取って、噛んだ。

 血が出るほどに、傷跡を残すように、離さないように。

 

「これは僕のものだ。絶対に奪わせたりしない―――愛してる、愛してる、愛しているよ」

 

 噛む力はどんどん強くなっていき、皮膚を食い破り、血を啜りながら、魔性の美貌は狂気じみた表情で愛の言葉を語り続ける。

 それを私は振りほどかない、振りほどけない。

 捕食される痛みも狂気の寵愛も当然のように受け入れる。

 それは私もイリスを――――

 

「……あぁ、ごめん、話が脱線していた」

 

 暫くしたいようにさせていると、昏き金色の双眸に理性の光の取り戻したイリスが口元を蛇のような長い舌で綺麗にすると改めて、最初の話に戻った。私は元気になったイリスとは逆に貧血気味になので、自室から毘天を呼んできて傷の治癒と輸血をしてもらいながらイリスの言葉に耳を傾ける。

 

「まぁ、一言で言えば―――僕は死柄木弔のお世話なんてしたくない」

「めんどくさいんだね」

「そうだね」

 

 そこは即答してほしくなかった。

 

「前世の話になるけど、部下の教育なんて主に『私』のほうの人格か、レギオンがやっていたし僕の適任じゃない」

「さっき世話役だった、と言っていたからもう辞めたのにどうしてまた?」

「お父様の玩具を紛失した責任をね」

 

 おも……脳無のことか。

 

「それだったら、『私』のほうの人格に変われば?そろそろ起きて、貴女と支配権の争奪戦しているでしょ」

「渡したら、僕がまたいつ出てこれるか分からないじゃないか。策略なら僕が絶対に負けないが、物理なら僕は『私』に一歩、いや半歩劣るから」

 

 と、悔しそうにイリスは答えた。

 仲良くしなよ体を共有しているのだから、と前世の時から言い続けているが、水と油みたいに一向に交わらない。その所為で個性制御も不安定だから、日によって強さの上がり下がりがある。私や組織に危険が及ぶ場合は即座に手を組んで本来の実力を発揮するけど、プライベートになるといつも争っているのはいつになっても変わらないなぁ。

 

「まぁ、そんな訳で『私』のほうの人格が完全に復帰したら当分は僕が出てこれない。あいつに時間を割く猶予は僕にはない」

「……今ものすごくゆっくりしてるけど」

 

 具体的には、個性で創り出した耳かきで私に耳の掃除をさせるぐらいには。

 ここで普通の人間なら即死するような毒物を流し込んでも、あらゆる個性を使って即座に解毒若しくは体を作り変えてくるから無駄だろうな。

 

「休憩時間だから問題なし、勿論報酬は用意するよ」

「……報酬?」

「レギオンが望むなら、なんでも用意するよ」

 

 なんでも、と言われると少々困る。

 何故なら彼女は悪の帝王の娘、私が希望する物はあらゆる手を使って何でも用意するだろう。下手なものを頼めば悲劇が起きてしまう。なんとか穏便に済ます方法を悩んでいるとイリスは幾つか提案をしてきた。

 

「僕たちが持っている個性でもいいよ。流石にこの前貸した『オール・フォー・ワン』を希望するなら時間が掛かるけど、それ以外なら大体用意できると思うよ」

「うーん……」

 

 いいかもしれないが、私の最終目的であるイリス殺害時に貰った個性は使えないものになる。

 イリスからすれば、上げる立場である以上はそれは把握しているものだ。今イリスに対して有効な個性を選んだとしても、簡単に対応されてしまうので意味がなく、タダ働き同然だ。

 

「他には……お父様から貰ったこのブラックなカードで何でも買ってあげるよ。レギオンだって女の子だしオシャレに興味とかないの?色々買ってあげるよメイド服とかチャイナ服とか婦警服とか」

「ちょっと待って、なんでそんなコスプレ服を推してくるの?」

「プレイが捗る」

 

 真顔でなんてことを言うんだこの娘は。

 

「因みに()のおススメはR-18禁ヒーロー『ミッドナイト』のコスプレ服、この姿で『くっ、殺せ!』と恐怖を押し殺して強気になるレギオンを快楽でドロドロになるまで犯したいわ」

 

 真顔でなんてことを言うんだこの娘達は(震え声)。

 

「前世ではこういう文化が復帰し始めた頃に全部滅んだからね。アニメ、コミック、ゲーム等など私がこの世界に来て一番驚いたのは間違いなくこれ等だね。心に余裕があるもの達が作り出す娯楽は実に素晴らしい。人狩りや拷問、策略以外に面白いと思えるものに巡り合えるとは!」

 

 ここまで明るいイリス(『僕』)を初めて見たかもしれない。

 イリスの二つの人格は、喜怒哀楽を半分にしたもの。

 喜び楽しむ『私』と怒りと哀しみの『僕』。

 そんな二つが、互いに共感できるとき、その時の主人格は混ざり合ったように人らしい感情を露にする。こんなところを見るのはきっと、私が目の前で傷ついた時ぐらいにしか見せない顔だ。

 

 ………イリスはこの世界を私以上に楽しんでいるかもしれない。

 そう思うと少し、悲しい気持ちになった。

 

 結局、USJ事件と言いこの頃、無茶続きだった毘天達のために彼らが大好きな高級蜂蜜水をプレゼントすることにした。勿論、毘天羅の分も確保するため、最終的にオリンピックサイズのプールが満杯になるほどの蜂蜜を世界中から取り寄せることになった。毘天達は大変喜んでくれたから良かったものの、イリスはブラックマーケットで買った怪しげな薬片手に官能的な笑みを浮かべていた。……当分、近づかないでおこう。

 

 

 因みに兄さんと共に迎えた誕生日にどこからかメイド服やチャイナ服、婦警服、ミッドナイト先生のヒーローコスチュームが送られてきたが、無間焦拳で塵も残さないほどの業火で焼き尽くした。

 

 

◆◇◆

 

 

 後日、イリスの依頼を受けた私は指定された場所、街から外れたひっそりと建つ喫茶店で彼と出会った。今日は貸し切りにしているのか客や店員すら姿がない。傷のあるお尋ね者が集まる隠れた会合場所かもしれない。個性で風景を誤魔化しているように見えることも含めて、この近くに人が立ち寄っても本能的に近づいてはいけないと暗示を受ける仕組みだろう。こんな細かい所まで入念に、そして高等な技術力で個性を使うのは間違いなくイリス主導の下、作られた場所だ。

 

「おい」

「はい」

「ふざけているのか」

「ふざけてないです」

 

 あの時は殺すべきイリスと救うべき1-A組の皆さんに集中していたから、あまり印象には無かったが、全身手のようなパーツをつけている奇抜な姿をしている死柄木弔さんは喉を掻いている。不衛生に伸びた髪の間から覗く鈍い光を双眸は私を射抜かんと輝いている。もし、私が決定的な隙を見せた瞬間、迷いなく殺しに来るだろう。

 

「なんでお前がこんなところにいるんだよ。……オール・フォー・オーバーと結託して俺を笑いに来たかクソチート野郎」

「笑う?……あぁ、たしかUSJ襲撃自体は貴方の発案だったっけ。今思い出した」

「テメェとオールマイトが来なければ、最高に楽しいショーになるところだったのに邪魔しにきやがって……!」

「…ねぇ」

 

 そう、間に合ったから良かったものの、兄さんが死ぬところだった。

 ほとんどをイリスの手で行われたとはいっても、こいつがそもそもふざけた襲撃事件を起こさなければ、皆さんは怖い思いをすることはなかった。私個人の感情でいえば、即座にこいつの首を刎ねてもいい。

 痛みすら感じさせずに、確実に殺せる。

 けど、イリスからの依頼だから我慢できる。

 ――――けど

 

「私の前でオールマイトの名前を口に出すな」

 

 それだけは我慢できなかった(・・・・・・・・・・・・・)

 

「……ッ!!!」

 

 許せない、許してなるものか!!

 私の大事な人を過酷な運命に落とした憎きヒーロー!!

 あいつが平和の象徴でなければ、ナンバーワンヒーローでなければ、社会を支える柱でなければ迷いなく殺しに行っていた!!

 

『…ゴ主人』

「……なに?」

『ゴ主人ノ殺気ニ当テラレテ、コイツ気絶シテルゾ』 

 

 ……………あ。

 

 

 

 

 

 




早ければ明日続き投稿予定。


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BAD END:魔王の懐刀

本編が全然書けなくて困った。
こんなはずじゃなかったのに、もう作り直そうか、それとも最終話だけ書こうか迷い中。
原作も話が暗すぎて、ヒロアカの世界観で輝かしいヒーロー像をどう書いていいか分かんなくなってしまった。
そんな鬱憤した気持ちで書き殴ったから鬱な内容がとにかくぶち込まれています。
もしかしたら、このまま凍結するかもしれません。

こんな作者でごめんなさい。


 

「まさかお父様が直接会いたい、なんて今日は一体どういう要件かしら?」

《油断するな『私』。僕達が奴に対して殺意を抱いていることは昔から察知されている。ただの会合じゃない》

 

 その日、唐突に憎きお父様から連絡があった。昔から表舞台に立つことは少なく、裏で暗躍することが多いお父様だったが、英雄オールマイトによってやられた傷によって真面に動くことすら出来なくなっていたはずですが。

 

 お父様に殺意を抱いている私達と直接接触することを恐れ、海外研修という名目で私達を国から追い出したことから察するに相当追い詰められていたはず。オールマイトを中心にしたチームによってお父様の組織は崩壊寸前にまで壊されていたことを考えると、当然の流れですわ。

 

 むしろお父様が提案したときにあっさりと乗ってきた私達にびっくりしたかもしれませんが、あの時はいくら弱体化していても、お父様を抹殺して一番欲しいものを手にするほどの力は私達には無かったので、都合よく私達は動いてあげた。

 

「だとしたら、なにかしら?」

《……最悪のパターンかもしれない》

「つまり、私達はこれから王手(チェックメイト)を指される敗北者ってことからしら?」

《…………》

 

 私の言葉に、もう一つの人格である『僕』は黙りました。

 お父様との連絡は、常に傍受されない特殊な秘密通信によって行われる。

 直接顔を見たのは、もう五年以上前になるかしら?

 

 忌々しい昔のことを思い浮かべながら、日が沈んだ夜の高級市街の中、蟲が多い道路を歩いていく。この周囲に住む富豪層に雇われたヒーローが多く、治安がこの国で一番いいとされている地域に私達を呼ぶとは一体どういう要件なのかしら。

 

 目的地の高層ビルの前に着くと、外で待機していた若い従業員が私に気づいて声をかけてきましたわ。

 

「イリス様ですね。どうぞ」

「…………はい」

 

 偽名ではなく、本名を呼ばれ一瞬殺そうかと考えたが、周囲の環境を考え、止めましたわ。

 

 周囲を警戒しながら、案内に従い豪華なルームからエレベーターに乗る。

 

「お客様から、イリス様にレストランに入る前にお召し物を用意されておりますのでまずは更衣室にご案内させていだだきます」

「………いいわ」

「しかし……いえ、失礼しました。このまま最上階のレストランまでご案内させていただきます」

 

 優秀な従業員ね。そこで駄々こねたら感情と記憶を引っこ抜き、そのまま私一人で行くつもりだったのに、不機嫌な雰囲気を即座に察知し、私の一般的な恰好に対して何も言わず、私に合わせ(・・・・・)直ぐに適切で不快にさせないように対応してエレベーターのボタンを屋上へと変えましたわ。

 

「受け取りなさい」

「……ありがとうございます」

 

 一応、私の存在を忘れなさいと気持ちを込めて多くチップを握らせて私が従業員を帰させ、予約しても三年ほど待たされることになると評判の高級レストランに入った。既に個性で察知していた通り、そこは厨房にコックの存在が分かるだけで、多くの出入りがあるはずの晩餐の場は伽藍としていましたわ。

 

 しかし、殺風景ではない。この場を支配する悍ましいプレッシャー、ただの蟲なら死を錯覚し、そのまま気絶するか自ら命を絶つほどですが、私にとって春の風程度でしかなく、レストランの中を進むと信じられない人物を見つけた。

 

 

《あぁ、最悪だ》

「―――やぁ、私の愛娘。久しぶりだね」

 

 

 悪の帝王、オール・フォー・ワンが、そこにいましたわ。

 いや、そこに問題ない。いることは見なくても分かっていた。

 私が驚いたのは―――、

 

「数日前まで、奇跡なんて陳腐なものを信じるつもりなかったんだけど、素晴らしい出会い(・・・・・・・・)があったね」

 

 聞いていた怪我なら、一番酷いとされる顔面は顔が無くなるほどだと予想していた。体中に医療器具を繋ぎ合わせて、無理やり生かしているような惨状だとその時の私はざまぁみろと嘲笑を他人に悟られないように必死で我慢していた。

 

 でも、目の前にいる男は―――その表情(・・)に確かな喜びを浮かべながら、歓迎するかのように私の姿をその瞳に捉えながら微笑んだ。

 

「御覧の通り全快(・・)さ」

「………それは、おめでとうございますわ」

 

 血流を操作して、動悸を抑え込め。

 困惑を悟られないように、顔を隠すようにお辞儀して時間を稼げ!

 

「今日は素晴らしい祝日として君を呼ばせてもらったよ。ささ、席に着きなさい」

「は、い。では失礼させてもらいますわ」

 

 精一杯の作り笑いをして私はお父様の言う通りに席に座りましたわ。

 必死に表情を作りながら、頭を回しながら、お父様が海外研修で起きたことを聞いてきましたわ。海外のヒーロー情勢やそれに対するヴィランの動き、とある国が密かに個性について人体実験をしていた研究施設から生み出された哀れな蟲達のことを話しましたわ。

 

「なるほど……あらゆる個性を他者に移し替えることで超人を生み出す実験か。その話は、時間があるときにドクターに詳細をお願いしていいかい?その情報は脳無に新たな可能性を生み出すかもしれない。優秀な君のことだ、持っているだろ?」

「………なにを、ですか?」

「弔とは違い、君は人を従わせるより、操る術に非常に長けている。君の力と君のお友達となら、小国の一つや二つ(・・・・・・・・)を動かせるだろう?そんな君があの国のお腹を痛める情報を持ちながら、一人で海外を渡り歩いていたとは考えにくい、その研究施設から何匹か飼ってないかい?」

《………喋りすぎだバカ》

 

 テーブル下で震える手をもう一方の手で抑え込みながら、必死に言葉を探しましたが、結局一人もう休ませようとした部下を一人、お父様の元に送ることが決定しましたわ。

 

「君は、雨に濡れている子犬や子猫を見捨てられない優しい子だからね。だけど、ちゃんと反抗しないように調教もするし、君は本当に優秀な子だね」

 

 いつから、なんて決して口にはしませんでしたわ。

 しかし、もうこの話の主導権はお父様が握っていて、何とか話の流れを変えようと四苦八苦するが、このレストランに入った瞬間から、お父様の都合のいいように話を進めるしかないような状況になっていた。

 

「今日は初めての愛娘との晩餐を心から楽しめた。この幸せを君にも知ってほしいから、僕に奇跡をくれた人(・・・・・・・)を紹介しよう」

 

 用意された味の分からない料理を無理やり呑み込んで、ここから一刻も早く抜け出したい晩餐が終わろうとしたとき、ワインを楽しむお父様がテーブルに置かれたベルを鳴らす。

 

「……だれ、ですか」

「そう焦ることはないよ。イリス、さきほど君も会ったばかりじゃないか」

《――――嵌められた。そういうことか!!》

 

 私の頭の中に住む『僕』が最大の警報を鳴らせた。

 すぐにこの場から逃げろと。

 

 だけど、彼女が―――好感を抱いた私の案内係だった蟲の姿が現れる。

 

「どういう、こと……?」

「久しぶりに頑張って変装したよ。気が付かなかったってことはまだ腕は錆びてないってことだよね―――イリス」

 

 顔が変わる、姿が変わる、声が変わる。

 私の一番大事な人が、お父様に一番会わせたくなかった人物が、そこにいました。

 

「僕は君のような娘を造った記憶がない、だけど君は僕と同じ、いや……発展した個性を持つ。それはどうしてだろう?とずっと疑問に思っていたんだけど、この子が全てを話してくれたよ―――確かに君は僕の娘だ。前世(・・)という事象が前につくけどね」

 

 ユリが、そこに、いた。

 お父様の隣で、まるで忠実な部下のように、いた。

 

「先ほどから我慢していたその動揺が遂に我慢できなくなったね。何度も言うけど奇跡だよ。彼女が偶然見つけたヴィランを捕まえる時に僕の本拠地の近くにいたんだ。前々から彼女に興味があったからね。黒霧にお願いして、通信越しに話しかけると彼女は突然、泣き出して懺悔し始めたからびっくりしたよ」

 

 あぁ、容易にその場面を想像できてしまう。

 死んだときに精神を病むほどに、ユリはお父様を本当のお父様のように慕っていた。

 

 悔しかった。死んでも尚、お父様はユリを縛り付けるのか。

 呪われた個性を渡してユリがどんな地獄の道も歩けるようにしてしまい、その結果何が起きたのか、お父様はそれを知ってしまった。

 

「今日は大変いい日だ。オールマイトに負った傷を治療してくれたのは僕にとって姪のような子だなんて、生き別れた家族と再会できたような気分だよ」

「えへへへ、ありがとうございます。私もマスターの傷を治せて本当によかったです」

 

 気持ち悪い、気持ち悪い!!

 どうしてユリが私の隣にいないの!?

 どうして殺した父様の隣にユリがいるの!?

 

「……聞かせてほしい、ユリ」

「声の感じが変わった、僕のほうかな」

「そうだよ。いま『私』のほうが混乱しててね、あっさりと主導権を握れたんだ。で、聞きたいんだけど―――君は、緑谷百合として、どうする?」

「勿論、今のまま続行かな。あともう少しで雄英高校に入れるし、一般の生徒として、レギオンとして、活動するつもりだよ。勿論、これはマスターの許可は貰っているよ」

「そっか、君のお兄さんのことだけど」

「珍しいね?貴女が緑谷出久を気にするなんて、あの子はスパイとしても、駒としても、使えないから―――もう、再起不能にしたよ(・・・・・・・・)?」

「……ありがとう、少し安心した。それさえ聞けば僕は特に何も言うことないかな。次はお父様に言いたいことがある」

 

 

 ………やる。

 

 

「負けたよ。運命の女神が存在いたら僕は迷いなく、そいつの胸に神殺しの槍を突き刺す。あぁ、畜生、子供が親に勝つのはやっぱり難しいなぁ。色々と策を練っていたのに」

「先ほどまで話していた私と名乗るのほうは嫉妬深いめんどくさい娘だと思っていたのに、君はずいぶん落ち着いているね」

「この展開はこの場所に呼ばれた時点で予想していた。はぁ……疲れた、今日は僕はもう眠るよ」

 

 …して、やる。

 

「お休み、いい夢が見れるといいね」

「お休み、クソ屑なお父様、痛み目を見ろ」

 

 『私』へ、全権を譲ってやる。

 僕たちの生きるべき原点が握られた。

 あの時は僕達とお父様は立場が同じだった。

 けど今は違う、もう取り返すことは出来ない。

 後はただ、お父様に支配されていくだけだ。

 それは許せないし、腹が煮えかける思いだ。

 だから、最後に好きにやればいい。

 底辺なペットのように飼われる前の最後の抵抗だ。

 

 

「お下がりください、マスター」

「これは、激しい反抗期になりそうだ」

「マスターは手出し無用です。怪我が治ったとはいえまだ病み上がりなんですから」

「分かったよ。しかし、ここは新しい僕の友達も多い(・・・・・・・・・・)。違う場所へ転移しよう。そこで君の強さをこの目で見せてほしい」

「――――貴方の傍に如何なる厄災がこようとも!私がここに居る限り、そのすべてを超えることを証明いたします!!!いくよ相棒(毘天)!!」

 

 言われなくても!!!

 お父様をもう一度!!!

 今度はこの手で殺してやる!!!!!!

 

 

◆◇◆

 

 

 

 私は、失敗した。

 

 僕は、失敗した。

 

 ユリの過去を奪うことは出来なかった。

 

 ユリの未来を奪うことは出来なかった。

 

 お父様は、魔王として再びこの国を支配しました。

 

 ヒーローと名乗っていた者達はメディアや市民によって奴隷のように働かされている。

 

 雄英高校はお父様に都合のいいヒーローを作り出す教育機関となりました。

 

 オールマイトは殺した。緑谷出久を利用することで毒であっさりと殺せた。

 

 この国はもう終わりますわ。お父様はそろそろ国外に手を出そうと計画してます。

 

 毘天羅には流石にドクター共々扱いに困っていた。下手に使えば世界中の組織が手を結んで殺しにくるから未だに使ったのは僕たちを殺す時ぐらい。

 

 

「イリス、今日もお父様の任務だから頑張ろう」

 

 

 私はあの日、

 僕はあの日、

 ――ユリに殺されました。

 

 そしてユリ専用の脳無として生まれ変わった。

 

 感情を抑制されて、個性を制御させて、思考を操作させて。

 

 もう、私と僕が混ざり合って溶け合って、わけわかんなくなって

 

 あぁ、でも。

 

「愛しているよ、イリス。私の家族(もの)

 

 いま、しあわせだから、べつにいいや。

 




『僕』が唯一安心したのは、イリスが三度も家族を殺さずに済んだこと。


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本編
プロローグ:すれ違い


見切り発車で始めました。
キャラ崩壊はお友達。
誤字脱字は恋人。
イメージソングは米津玄師様の「ピースサイン」。


 

 今から数百年前、中国の軽慶市で発光する赤子(・・・・・・)が生まれた。それが何かの引き金だったように以降、各地で後に“個性”と呼ばれるようになる超能力を発現した子供たちが次々に発見された。その原因は私が知っている世界、この世界でも原因は判然としないまま時は流れた、いつしかそれは“個性”と呼ばれる特異体質であり、それを持つのは総人口八割を占めたと言われる。

 

 

 

 ここまでは一緒だった。

 違ったのは世間の流れだ。

 前の世界ではヒーローは現れなかった(・・・・・・・)

 この世界ではヒーローは現れた(・・・)

 

 世の中を安定させようと努力する人が少なかったのか、それともそうなることを望む人たちが多すぎたのか、“個性”によって引き起こされる混乱は収まらず、犯罪はこれまで以上に複雑化し、多くの罪なき人々が亡くなり、その憎しみや怒りは国同士の戦争へと発展した。悪意と憤怒が作り出した激流を変える事は最早人間には不可能であった。総人口の三割は死に絶え、空は灰色へと変わり、綺麗な青空は指で数える程しか見たことない、僅かな食料を巡って殺し合うなんて日常茶飯事だった。強い“個性()”を持ってないとゴキブリのような生活を脱する事なんて夢物語。

 

 この世界では問題視されている個性婚は、私の世界ではそれは当たり前の事だった。子供を産み育てるのに愛なんて必要ない、自分たちの生活を楽にする為の便利な道具を造る感覚。一応、国家という基盤も生きてはいたが、弱者を助けることはせず強者に縋ることしか能が無い連中ばかりだった。

 

 私には前世の記憶がある。そう、この世界と限りなく似たよう形、けれど異なる道に進んだ“もしも(if)”の世界だ。

 

 これは日記、私が私を忘れないようにする為に残す物だ。

 

 この世界はとても平和だけど、未来に何があるか分からないから、もしもの事態を想定してここに記しておく。前の私が『レギオン』という名だったことを、ヴィラン連合の表の首領(・・・・)として『オールフォーワン』を名乗り、人類個性抹消計画を企て、惨めな終わりを迎えた全てをここに残そうと思う。

 

 この世界の私の名前は緑谷百合(みどりや ゆり)

 残酷な事にあっちの世界もこっちの世界も、生まれた瞬間から“個性”という呪いを刻まれてしまうどうしようもない世界だけど、いつか私の前に現れる運命に真っ直ぐに向き合う為に、今日も明日も前に進み続けよう。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 僕―――緑谷出久(みどりや いずく)は双子の妹と生まれながら絶対的な壁があった。

 母さんとよく似た馴染みやすい微笑や、小さい時から常に堂々とした姿勢で、それは例えヴィランを目の前にしても崩れない。性格も温厚で他人に優しく気が付けばクラスメイトの中心にいて先先にも頼りにされる存在、暇さえあれば体を鍛えていて服から見えないけど全体的に引き締まって、アスリート選手のような体格で、その俊足の前では“個性”無しという条件はあるものの負けた所を見たことは無い。唯一自信もある勉強も僕よりできて全国模試で五本指に入るレベル。何より妹には僕と違って――――“個性”がある。

 

 母のちょっとした物を引き寄せる“個性”が特異変質した蜈蚣を引き寄せる“個性”だ。

 そう、あの、毒もある多足類の節足動物だ。妹に失礼だが気持ち悪い、或いは怖いと一般常識で言われるであろうあの生き物を好きと聞かれ、頷く人は間違いなく妹ぐらいしかいないだろう。そんな蜈蚣を妹はまるで家族のように接する、毎日ご飯を上げて、()()()()()()()()()散歩するのは日課だ。多い時は数百という数を呼んで遊んでいる所を目撃してしまった母は白目になって倒れた以後、服の下に隠している事が多い。(それでも我が家の妹の部屋には放し飼い蜈蚣達がいるので入るときは注意が必要だ)

 

 一見するとただの恐ろしい“個性”(見た目)だが、妹はどうやら蜈蚣とコミニケーションが取れるようで、妹が蜈蚣に噛まれた事なんてないし、噛んだらいけない者、噛んでいい者と識別させることができる。昔、下着泥棒のヴィランと偶然鉢合わせた時なんて、凶器を持っていたにも関わらず突貫、自分より一回りも二回りも大きい男を放り投げて接触時に服の下に潜ませていた蜈蚣がヴィランの体に這って体中に噛みついて、ヒーローが来るまで取り押さえたこともあるほどだ。

 

 蜈蚣はあの足の数で高速で動く事ができるので接近戦で精神肉体合わせて相手に大きなダメージを与える事が出来るだろう。実際僕達の幼馴染である、あの(・・)かっちゃんは、可哀そうになるぐらい蜈蚣に体中を噛まれつつ体を束縛されたこともあって、蜈蚣という生き物に苦手意識を持たせる程だ。

 

 蜈蚣に対する愛は家族内でもちょっとおかしいと思っているが、逆にそれを除けば絵に描いたような完璧超人だ。

 

 

 そして、僕達兄妹の仲は……ちょっと気まずい。

 

 

 と、言うのは主に僕が原因だ。

 クラスメイト(妹とは別クラスだが)、同級生や先生から昔から僕と妹は比べられる。

『このテスト、百合は100点満点だったぞー兄貴ならもうちょっと頑張れよ』

『かわいそうだな出久、妹に才能を全部取られたんじゃねー?』

『妹の足引っ張れないように頑張れよー』

 周囲からそんなことを言われ続け、何時の間にか僕は妹が苦手になっていた。

 見返すために努力しても、一度も妹に勝てないままで、周囲に反論する事も出来ず更にそれを受け入れようとする僕自身も嫌いになった。  

 

 ―――――将来はまだ決めていませんが、ヒーローにはなりません。

 

 決定的な小学年六年の頃、母さんと三人の晩御飯を食べている時に将来を聞かれた時に百合はそう言ったんだ。

 劣等感、嫉妬、色んな感情が一気に混ざって僕は持っていた皿をテーブルに叩きつける様に置いて、びっくりした二人を置いて自室に引き込まった。

 

「最悪だ……緑谷出久(ぼく)

 

 ベッドの潜り込んで呟く。

 幼い頃から憧れたナンバーワンヒーロー、オールマイトのグッズで彩られた夢の部屋だ。

 今でも一日に一回以上は絶対に見ているオールマイトのデビュー映像、大災害が起きた場所で笑顔を絶やさず、たった10分で100人も救う姿を心と記憶に焼き付いた。

 手を伸ばして、暗くてもはっきりと覚えている本棚から取り出したのは『将来の為のヒーロー分析』と書かれたノートだ。その名の通りいつか、いつかはと“個性”が発現することを夢見て、色んなヒーローについて自分なりに考察、研究したデータを書き綴った物、唯一妹に胸張って勝てると言えるヒーローの知識、もし検定があったとしたら一級は確実に取れる自信がある。

 

「こんなもので勝ってもどうしようもないよな…」

 

 こんなものを自慢して誰が僕の事を認めてくれるんだ。

 ヒーローになりたいという夢を笑わないんだ。

 母さんには夢については言わない。きっと泣いてしまうから。

 四歳のころ母さんと共に病院に行って、とても珍しい無個性と医学的に証明されて、帰宅後習慣のようになったオールマイトの動画を見ていたら、ごめんと何度も繰り返して謝ってきたのは今でも忘れない。あの自身を責める様な泣き顔はもう見たくない。

 

「……兄さん」

 

 扉の前で百合の声がした。 

 

「ご飯まだ残ってるからここに置いておくね……ごめん、無神経だった」

 

 料理が乗っているであろうお盆を置く音がしたあと、百合は消える様に立ち去った。

 

「……百合が謝る必要なんてないよ」

 

 完全に気配が無くなった後で漸く出た言葉はあまりに遅すぎた。

 結局小学校生活で、百合との間に在った溝が埋まる事は無かった。

 しかし、中学生二年生の三学期目、そろそろ高校受験のことを考え始めようとしたとき起きた事件を切っ掛けに僕らの距離は一気に近づくことになる。

  

 

◆◇◆

 

 

 “個性”というのは有利な社会的地位を築くための一種のステータスだ。この世界では一般人は許可なく“個性”を使ってはいけないという法律があり、一般人とヴィランを分ける境界が出来ている。“個性”というのは体の一部、手足と同じだ。それを抑制されれば鬱憤は溜まる為、解放できる公共の場所もあるし、個性を行使されてもそれが人や社会に被害が及ばなければ黙止される傾向がある。

 

 私達が通う学校も日常で生徒も先生もちょっと使っても、咎める者は居てもほとんど建前上で言っているだけ。“個性”を使って誰かを怪我させた、虐めて傷付けたという事件も全国的に見ればそんなに珍しいものでもなく、ヴィランや無垢な子供に、荒んだ或いは幼稚な心に武器は危険と言う訳だ。

 

『こんなこと言うのもおかしいけれど、出久をお願い。学校の先生にも伝えているけど、“個性”がない理由で虐められるかもしれないから守ってあげて』

 

 幼稚園を通っていた時から母さん―――緑谷インコは兄さんの見えないところで私の手を握って、苦しそうな顔で願いを伝えている。ずっと兄さんが無個性なのは産んだ自分の責任だと思い込んでいる部分があるだろう、私達を産んだ時はモデル女優のように痩せていたが、歳を経るごとに太っていく母さんの姿にいつもこう伝える。

 

『分かったけど、何もかも助けたら兄さんのためにはならないから私は選ぶよ(・・・・・)

 

 助ける時と助けない時を。

 泣き虫で小心者で本当に何もできないと全て諦めていたら、全てに手を貸そう家族だから。しかし、無個性であっても誰かの為にあの爆豪勝己(ばくごう かつき)相手に震えながら真正面に立つぐらいの根性ある。なにより――――

 

『ヒーロー目指している兄さんが、ヒーロー目指していない私に助けられ続けるって屈辱的だと思うよ』

『…………出久はヒーローにはなれないわ』

 

 母さんは兄さんの前では絶対に言わない言葉を吐いた。私もそれには頷く。

 

『夢を実現するなら相応の代償を払わなければならない。ただヒーローの活躍を喜び、ヒーローの知識を深める今の兄さんの現状じゃ、何も救えはしない、誰も笑顔にすることはできない。その事をまず受け止める始まりすら、兄さんはできていない』

 

 兄さんは知るべきだ。誰かを救けられる立場の重みと責任を。ただ憧れだけでヒーローができるほど現実は甘くはない。

 

 

 

 

 

 

 



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一話:誓い

 私と兄さんの仲はそこまで悪くはない……と思う。

 私個人として兄さんはそこまで嫌いじゃない、私と同じ緑色混じりの黒髪をした縮毛(私は癖のないロング)で顔のそばかすが特徴(私にはない)で真剣な眼差しでヒーローについて研究している横顔は、いい男の子の顔つきだ。ただ私の無神経な一言が兄さんを傷付け、中学年に上がった頃からお互いに挨拶ぐらいしかしないようになってしまった。明らかに避けられるようになった。

 

 はぁ、と放課後の学校の廊下を歩きながらため息が出た。私はあまり目立ちたくなかったが、前世(・・)では行けなかった学校に通う未知の体験に少し羽目を外して色々やってしまった結果、いつの間にか小学生の時からクラス委員長を任されるようになって、みんなに頼られる存在に。これでも数百年生きてた身だ。周囲に合わせようと努力はしたが個性も含めて異質なんだろう私は。それが上手い具合に好意的に受け入れられただけ。そして私という存在が大きくなりすぎて、兄さんに皺寄せが行っている現状だ。

 

 もう一度溜息、私が悪い、と言う意味を含めて。

 

 

「おい蜈蚣女」

 

 ……うわぁ。

 

「なんなんだよ!その嫌な奴を見たと言わん限りの顔はよぉ!?喧嘩売ってんのか!!」

「……察してくれてるなら話しかけてくれないでくれる?なに?またウチの兄さん虐めたから相手してほしいとか?」

「俺は何もしてねぇよ!!」

 

 この髪型も性格も爆発しているようにぶっ飛んでいるのは爆豪勝己(ばくごう かつき)さん。不本意だが、私と兄さんの近所の幼馴染だ。前世でも上位にランクインするであろう手から汗を出して爆発を起こす強力な“個性”の持ち主で、本人も頭がよく学園ではトップクラスの頭脳だ(私は今のところ一位)

 

「…用件はなに?私貴方のために時間を割くほど暇、ないよ?」

「こ、この(アマ)ぁぁぁ……!!」

 

 いつの間にか周囲に人はいない。私と彼が会えばいつもこんな剣呑な雰囲気になるから巻き込まれたくないのであろう。彼の戦いの中で成長する才能は凄まじいが、こっちも数百年も生きてきた中で培った戦闘経験があり、全盛期と比べれば指先一つで抹殺されるレベルだが、それでも簡単には負けてあげない。

 爆豪さんの両手から小規模の爆発がおき、私の服の中に潜んでいた蜈蚣達があらゆる場所から這い出る。中・遠距離からずっと爆撃されたら敵わないけど、私に有利な接近戦を好むんだよなこの人。

 

「お前のその眼が気に入らねェ……没個性のくせに!!」

「その没個性に一時はトラウマ抱いたのは、どこのどいつでしょうか?―――――今度噛むときは痛い痛い毒入りにするよ?」

 

 一触即発とはこういうことだろう。既に学校の壁で徘徊している毘天達は窓の隙間から侵入して爆豪さんに飛び掛かる準備はできたが、爆豪さんは腕を下ろした。私も毘天達の目に映る情報によって背後からこちらに歩いてくる先生の姿を確認した。

 

「……潔癖な学生生活でここ卒業したいんでしょ?それでもやる?」

「……テメェはいつか俺が潰す」

 

 そう言い残して帰って行く爆豪さんを確認し、私は後ろに振り向いてため息を零す先生にお礼を言う。

 

「緑谷妹、校内で個性発動は原則禁止だ。あと爆豪をいつも弄るな」

「別に弄るつもりはありませんよ。彼は自分が一位じゃないと気が済まないから勝手に突っかかってくるだけですよ。というか先生なら爆豪さんの性格どうにかしてくださいよ。周囲の環境の所為ですよあれ」

「耳が痛い事を言うな……」

 

 幼稚園の時から周囲から凄い凄いと褒められ、持ち上げられて、自らの上の存在となる者はいなく、自身の実力を過信したまま、プライド高い意識が形成されていくのを近くで見ていた。一度も折れる事を知らずに才能だけで勝ってきてしまった。それは不幸と言えるかもしれない。

 そんな中でみんなとは違う見方で接するから兄さんも嫌われ、特に自身の自尊心を揺るがす私も非常に嫌われている。

 

「とにかく、ことあるごとに俺を蜈蚣で呼ぶなよ。緑谷妹」

「はーい、因みに兄さんは?」

 

 今は少なくなったが爆豪さんは兄さんを虐めていた、やりすぎ(・・・・)まではいかない。それは私の報復を恐れているのか、それとも学校問題に発展してあそこ(・・・)に受験する時の印象を悪くしないためか。

 

「緑谷兄か?見ていないが……どうした?」

「どうも上級生に目を付けられているみたいで……無個性だから」

 

 自己主張しない小心者だから、ターゲットにされやすいかもしれない。母さんのお願いもあるし、暴力沙汰になりそうなら、そうなるまえに止めに入るのだけど、今日はまだ校門を通っていないみたいだから。ちょっと不安になった。

 

「……そうか、大変だな」

「一番大変なのは私ではなく兄さんですよ」

 

 毘天達が兄さんの教室を確認、通学に使うバッグがあるのに近くにいないってことは誰かに呼ばれてその場を離れたということで、一応男子トイレの中も毘天が調べてくれたがそれらしき影もなし。ちょっと不味いな。

 

「どうした?何かあったのか?」

 

 私の不安げな表情に後でもう一仕事お願いしますと先生に伝えて、その場を直ぐに離れる。私の“個性”は【蜈蚣を引き寄せる】ものだと周囲は認知させているが本当は違う。

 

 私の本当の個性は【ブラッド・ハザード】。他者に血を与えることで対象を操ったり、体を別の物に改造することができる個性(ちから)だ。

 そして毘天と呼んでいる蜈蚣達は、あっちでもこっちでも唯一の存在と言ってもいい個性【同化】をもった蜈蚣だ。このことは誰にも話していない、余計な災いを引き寄せるかもしれないし、何より私達の個性を使えば相手のDNA情報を手に入れてしまえば相手の個性を複数コピーすることだって可能だ。一人一つの“個性”が当たり前の世界では、私という存在は危険物(ハザード)になりえる。

 毘天たちとコミュニケーションを取ったり、毘天たちが見ている物を私が見える様にコピーした“個性”をうまく使っている。この学園内に徘徊させている毘天たちによってあらゆる場所に監視カメラがあると同じ故。

 

「――――見つけた」

 

 誰も立ち寄らない体育倉庫の中なんてベタだなぁと思いながら。廊下を走りながら体内に格納している毘天達の指示を飛ばす。【ブラッド・ハザード】は私自身にも使用して肉体を強化することが出来る、更に体の中の蜈蚣達が個性【同化】を利用して骨や筋肉を補助し、体中に蜈蚣が這うような生々しい黒い刺青が浮かび上がる。

 

 

 エクシードレギオン・フェーズⅠ。

 

 これが今の私の姿だ。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「無個性君、実は俺達“ヒーロー”を目指したんだよ」

「今年の受験であの300倍という狂った倍率の雄英のヒーロー科を受けてさ、落ちたんだよ」

「ふざけた試験だったぜ、あんなの誰が受かれるってんだ」

 

 僕は今、体育倉庫内で名前も顔も知らない上級生たちに囲まれていた。帰ろうとしたら突然、肩を掴まれここまで連れてこまれた。突然の出来事で何も分からない、ただ笑顔を見せる先輩達の表情が鳥肌が立つほど恐ろしかった。

 

「……ヒーローになれば“個性”使い放題で金やら名声やらも簡単に手に入るだろう!?」

「最高の職業じゃねェか!ヴィランさえ倒せれば有名人なんだぜ」

 

 ヒーローを語る先輩達は目が汚れていた。

 

「誰もが俺を賞賛してさ、上から見る景色は最高なんだなと思ってたんだ。けどさ、落ちたんだ」

「必死に俺達頑張ったんだぜ?三年になってから一緒にヒーローになろうって三人で頑張って頑張っても!!みんな俺達より先に行っちまうんだ」

「「「ふざけんなって話だよな?」」」

 

 体が震える、息が詰まる、後ろに下がろうとしても壁で逃げる場所なんて先輩達の背後にある扉しかない。

 

「不公平だ」

「理不尽だ」

「こんなの認められていいはずがねぇ!!」

 

 一人は腕がハンマーのように変わった。一人は指先がナイフのように鋭く伸びた。一人は口を開くと狼のような牙を鈍い光を見せた。恐ろしかった、無個性だと馬鹿にされた理不尽な目に合いそうなときは、いつの間にか百合がやってきて助けてくれたけど、僕の傍に百合はいない。

 

「認めようとしない奴等、全員ぶっ殺してやる。けど俺達個性あまり使い慣れてないんだわ。だから――――サンドバッグ、なれよ」

 

 血走った怖い目でじりじりと距離を詰められる。無個性な僕では何もできない、ただ怖い怖いと震え、誰か助けてと叫びそうになったその時。

 

「大丈夫――――私がいる」

  

 聞きなれた声と共に扉が吹き飛んだ(・・・・・・・)

 

「なぁ!?」

「ぎゃっ!?」

 

 先輩達二人はそれに巻き込まれ、壊された扉の下敷きとなった。煙が立ち込める中で先輩達の比にならないほどの圧力を感じた、思わず気絶しなかったのは僕が良く知る妹で、見たことがない血の凍るほどに冷たい表情でいたからだ。

 

「て、てめぇは……!!」

「申し訳ないけど、少しだけ話を聞かせてもらった」

 

 体に付いたであろう埃を手で掃いながら百合は淡々としゃべり出す。

 

「そもそも今まで特に何も努力してこなかった奴がいきなり三年生になって頑張っても雄英に受かるほど世の中甘くないよ」

「あと動機、金が欲しいから名声が欲しいからヒーローになりたい?論外だよ」

「見ず知らずの誰かの為に、真っ先に手を差し伸べるのがヒーローだ。お前達みたいに勝手に枠組み作って努力した頑張ったって吼え散らして挫折してやってることは弱い者虐め、アホか」

 

 その一言が心に響いた。僕はヒーローになることを夢見て様々なヒーローのことを調べた、調べて、調べて――――そしてなにをしてきた?

 

「勝手なこと言いやがって!!俺達のこと何も知らないくせに!!」

「知らないとも。だけどねこれだけははっきりと言える――――本気でやろうとしている人の目は善悪関係なく輝いて見える。貴方達は違う、ただ自分のできない理由を自身の所為にせずに周囲にぶつけているだけだ、鏡でも見たら?薄汚れたヴィランの中でも最低の部類に入る目をしているよ」

「お、おまえぇぇぇぇぇ!!!」

 

 簡単に肉を引き千切るように鋭牙を全て見せる様に大口を開き逃がさないと両手を大きく広げ飛び掛かる先輩に対して百合の手が消えたように見えた。と、同時にぱんっ!と弾けるような音と共に先輩の頭部を中心に後方に倒れ込んだ。恐る恐る見てみると白目を向いていた、瞬殺だった。

 

「怪我はない?ごめんね、直ぐに来れなくて」

「あ、う、うん……ありがとう」

 

 まるで少しだけ遅れて青信号の時に渡れなかったような軽さで百合は手を差し伸べ、僕はその手を握って立ち上がらせてもらい埃っぽい体育倉庫から外に出してくれた。日は沈みかけたオレンジ色の空と少し冷たい風が激しく鼓動していた心を落ち着かせてくれた。

 

「先生に伝えて乗り込んだから、直ぐに来ると思うよ。兄さん、事情をしっかり先生達に伝えてね」

「わ、分かった」

 

 用意周到な妹に感服していると同時にいくつもの疑問が浮かび上がった。

 

「こんな時だけど、幾つか聞いてもいい?」

「……兄さんが私に質問だなんて珍しいね。はい、なんでしょうか?」

 

 後ろに目を逸らすと意識を失った先輩達を見た。僕はヒーローに憧れる者として彼らと同じではないと言い切りたかった。けど心のどこかで引っ掛かる部分もあった。

 

「どうして僕をいつも助けてくれたの、その僕達そこまで仲がいいわけじゃないし」

「家族だから、理由はそれだけで十分でしょ?」

「さっき先輩を殴り飛ばしたのは全然見えなかったけど新しい個性?」

「可笑しなこと言うね……純粋な体術だよ。顎を殴って脳を揺らした、それだけ」

「なんでそんなに体を鍛えているの?ヒーローになるつもり、ないんだよね」

「…………」

 

 その質問に即答せず、妹は少し考える素振りを見せて空を見ながら答える。

 

「世間は一人でみんなを助ける(ワン・フォー・オール)、そんなヒーローが普通(・・)でしょ」

 

 そう、一人或いはみんなを助ける事こそ“ヒーロー”の仕事、当然な事だ。

 ただ百合が普通という言葉を酷く重たそうに言ったのが気になった。

 

「私はね。百人の見知らぬ人と兄さんただ一人、どっちを選ぶと聞かれたら迷いなく兄さんを選ぶ」

「見知らぬ誰かの為に命なんて賭けられない、そんなことより友達や家族を守りたい、それが私のやり方」

全てはただ一つの為に(オール・フォー・ワン)、それが私の信念、ヒーローに興味はあるよ?でも私の場合はなれないんだよ(・・・・・・・)。見ている方向が、違うから」

 

 まるで“ヒーロー”を志しているかのように鍛練を重ねてきた百合が、どうして“ヒーロー”にならないかの理由が衝撃的だったと同時に納得が出来た。“ヒーロー”の中にも地元専門として遠征にいかない者達がいる、百合の場合はその範囲が更に狭いのだ。でも、百合の言葉は自分のことなのに傍観しているようで違和感を感じた。

 

「兄さんの質問は終わりかな?そろそろ先生来ちゃうけど今度は私からいいかな」

「うん、いいよ」

 

 僕と同じ色の双眸で百合の迷いない眼差しは、心の底まで見えてしまいそうだった。

 

「兄さんがヒーローになりたいのはただの憧れ?それとも別の理由?」

「憧れだよ。オールマイトのような、みんなを笑顔にできて、みんなを助けられる……カッコイイヒーローになりたい」

 

 だけど、そうなるために今まで僕がしてきたことを振り返って果たして本気でそうなりたいのかと自分に疑問を持ち始めた。百合のように本気で体を鍛える事なんてしたことない、学校の授業で体を動かす程度で家に帰れば色んなヒーローの情報を集めるそんな日々。僕がしてきたことは間違えてはいないはずだ、ただ………

 

「……今、兄さんはそれが出来ると思う?力の有無は関係なく、心でそれが出来ると思う?」

「それは……」

 

 “個性”があれば、力さえあれば。

 心のどこかで、自身にないものさえあれば、なりたいものになれるとそう思っていた。

 だけど、例え“個性”がなくても強くなれる手段はあると、目の前の百合が証明した。僕の太っても痩せてもない、けれど鍛えていない平凡な身体でいったい何が出来るって言うだ。

 

「分からない」

「そうだね、それが普通の答え」

「……でも」

 

 それでも、憧れ続いているあの背中を負いたい。

 

「どんなときも笑って、助けられるヒーローになるって夢を僕は諦めれない」

「………そう」

 

 少しだけ悲しそうな声、でも嬉しそうな顔で百合は僕の前に立って、今一度手を伸ばした。

 

「困っている人を助けられる?今を絶望する子供にここが終わりじゃないと温かい毛布を被せてあげられる?自分という一つを全ての為に使える事が出来る?どれだけ努力しても無個性である兄さんは天地がひっくり返ってもオールマイトのようになれない。それでも……やれる?」

 

 

 

「うん、やるよ。僕は絶対に諦めず前に進める」

 

  

 

「なら兄さんはヒーローになれるよ」

 

 この後、僕はただのヒーローを追いかけるオタクじゃなくて、本気でヒーローになるために走り出すことになる。

 それは本来の僕にとって少しだけ早かった決意の表明、夕焼けの誓いだ。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 




緑谷百合の個性紹介

“ブラッド・ハザード”
他者に血液を飲ますことで、対象の体を操作、果ては細胞レベルで改造することが出来る。(自身も可)
操作又は改造する対象は成人男性ならば一合(180ml)、子供程度ならばその半分程度で可能であり発動条件さえ揃えてしまえば無敵に等しき個性だが、発動までに自身が貧血、最悪失血死の可能性があるので使い所が重要。


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第二話:夜の私

小説書くのって改めて難しいと思った(;一_一)
7/10大幅削除、修正しました。



 昨日の緑谷兄暴力未遂事件(通称)は無事に片付いた。ある意味であの三人も爆豪さんと同じ、幼い時より甘やかされ成長して、自分がこの世界の中心だと思い込んだまま成長してしまった人たちだ。それ故に息子がこんなことをするはずない!と先輩の親達が訴えたが、爆豪さん用の抑止させるボイスレコーダーと携帯端末を先回りできる毘天たちに渡しておいた。兄さんを雄英高校に落ちた鬱憤晴らしに袋叩きしようとした証拠の映像と音声は、ばっちりと撮った上で先生に提出した(何故かドン引きしてた)。そんなこともあって最終的にはあちらは非を認め、兄さんに謝らせた。こっちも母さんと話して怪我をさせた訳ではないから、学校側も事を大事にしたくないので、受験のプレッシャーで学生が思わずやってしまったという事で丸く収まった。あちら側が徹底的に戦うのなら、こちらも更に追い詰める為の用意はしていたが無駄になったのはちょっと残念。

 

 まぁ、それは捨て置こう。兄さんは前人未到の無個性”ヒーロー”を目指すべく知識だけではなく体も鍛える事を決意した。ヒーローを目指す者の過酷さはこれから死ぬたくなるほど味わうだろうが、これからする努力の時間は決して無駄にならようにするために、まずは自分のヒーロー理想形を考えよう。

 

「僕の理想形……」

「うん、正直なところザコなヴィランならともかく、それなりに実戦経験のあるヴィランの場合、接敵しただけで兄さんの人生は終わるから」

 

 兄さんの部屋、オールマイトのグッズが至る所に並ぶオタク部屋でノートを開いて二人だけの会議を開いていた。 

 

「今思いつく限りは、とにかく直接戦闘を避ける為に体力と脚力を鍛えまくって人を抱えた状態で安全圏内まで逃走するタイプだね」

「だとすると場所によって走りにくい場所は危ないぞ?何時も常に地面が平行で在ってくれるはずがないしヴィランも直ぐに追ってくると想定すれば生半可な体力と走力じゃ足りない動きにも意識しないとパルクールを基本とする人間の身体能力を極限にまで引き延ばしつつ周囲の環境を最大限に利用する反射能力と判断力が求められるいやそれは僕だけ逃走する前提での話で実際の現場では誰かを抱えてもしかしたら怪我人を抱える状態かもしれない持ち方にもよるが基本両手は使えない状態なのは明白だそれに下手な動きは怪我を悪化させる可能性がある寧ろ必要なのはどんな体勢で走ろうとも芯が歪むことがないバランス力が大事になるのかこれはなかなか難しいけど個性がなくても出来る一つの可能性……ブツブツ」

 

 久しぶりに見た兄さんの並列思考モード。ノートに凄まじい速度で文字が埋め尽くされていき、喋りながら修正されていく。予想力は予期せぬ未来を当てる一種の予知能力、それを幼い時からずっと無意識に鍛えてきた兄さんなら一見無理だと思える事でも直ぐに解決への道を切り開ける。問題はこれを極限状態でも出来るかだけど、今それを求めるのは速すぎるよね。

 スタート時期はほとんど一緒かもしれないけど、あの三人の先輩のように互いを慰め合って甘え合ってきた立場とは違う。兄さんが本気で目指す以上は、相応の現実を見せながら私は兄さんを鍛えよう。

 

「兄さん兄さん、必要なことまとめれた?」

「うん、オールマイトのようにはなれないけど、今すべきことは見えて来たよ」

「それじゃ、私からこれを」

 

 そういって兄さんに私が書いた内容を見せた。それに目を通すと兄さんの顔にはいくつも汗が流れ始めた。

 

「………なにこれ?」

「いつも私が毎日している量よりちょっと多いぐらいのトレーニング表、正直すぐに全部やろうと思ったら体壊すと思うから最低でも20km走ろう。全力疾走で(・・・・・)

 

 休憩時間も含めて四時間あれば熟せる量だ。本気で雄英高校に行こうとするならば、低学年の頃から体を鍛えているだろう、そんな人たちに追いつくには多少の無茶は覚悟の上だよね兄さん。

 

「はは、確かにこんなの毎日やっていれば個性に頼らなくてもあんな動き出るよね」

「最後に信用できるのは肉体(我が身)だからね」

「ちょっと恥ずかしいよ。僕は心のどこかで個性さえあればヒーローを目指せると思っていたけど現実は違う。個性も必要なだけだ、僕に一番足りなかったのはどんな時でも動ける体なんだ」

 

 それは才能を持っている爆豪さんを見続けてしまったから、少し兄さんは勘違いしていたのかもしれない。あの人は天に二つ以上の物を受けた理不尽な勝ち組だ。

 

「……早速走りに行く?嫌な事とか汗と一緒に流れて気持ちいいよ?」

「うん!」

 

 それじゃ五分後に動きやすい服を着て玄関に集合ね、と私は兄さんの部屋を出る。

 時間を見ると思ったより話しこんでいたらしい、今日の戦闘訓練(ヴィラン退治)は少しだけ遅れそうだ。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 私達の世界にも似たような存在はいたが過去に自警団(ヴィジランテ)と呼ばれるヒーローのルーツとなった人達がいたそうだ。法に警察にヒーローに頼らない自らの意志で集い自治活動する物資的な見返りを求めない正しきヒーロー精神の形と言うに相応しい者だ。ヒーロー飽和状態の世の中ゆえに現代にてヴィランの変種と呼ばれる彼らの在り方には尊敬の念を抱く。確かに私的な自警行為は世を乱すこともあるだろう、感情だけが先走りヴィランに対して必要以上の攻撃を加えてしまうこともあるだろう。だが正義とは常に後出しで遅いのだ。ならば多少強引で私情が入っていても、早い方がいい。正義を語る暇があれば、偽善と呼ばれようとも最速で実行できる方を私は選ぶだろう。

 

「まぁ、こんな考え方だから余計に私はヒーローになれない」

 

 そもそも前世では()()()()()()()()を企てたヴィランの表の首領だったのだ。多くの人の命を奪って、たくさんの未来を壊した、今更あんな輝く者になる資格なんてありはしない。

 

「前世であっても過去で私の一部だ」

 

 思い出せば昨日のことのように惨状が脳裏に浮かぶ。築き上げたのは栄光ではなく地獄のような死屍累々の山々。全て虚実だと切り裂いて理想を狂信して、それを投げ出すには背負いすぎて、なるべくしてなる未来の道筋に私は立っていなければならない。

 

「……行こうか毘天」

『御意』

 

 全ては一つの為に(オールフォーワン)

 私にとっての祝福、信念、最後だった。

 見えない運命が私の前に現れても、その時を後悔しないために私は過去の私より強く在ろうとする――――その為の戦闘訓練(ヴィラン退治)だ。

 

 

エクシードレギオン・フェーズⅡ。

 

 

 夜の明るい街に私達は跳んだ。その身は蜈蚣の甲殻のように黒く硬く、その瞳は四対に増え見える景色が広がり、背中の皮膚を突き破って四体の四メートルはあろう巨大な蜈蚣が伸びて、周囲の物を掴みながら踊るように地面に降りていく。同時に個性【サーモグラフィー】と【ズーム】を使用する。四体の毘天と私の目を通して、10Km先の全範囲で熱を持った生き物の場所を把握する。私の顔は正面を向いているが、毘天達と視界は共有されているので、探索のために周囲全てを見渡せるように配置していることもあって死角はない。

 

 私の服装は、どこにでも売っていそうな全身を覆い隠す黒いレインコートを毘天達の体液で満たし、個性【同化】を使用することで服の色を変えたり、防弾性防火性等の機能を個性によって発揮できるようにしている特注品だ。

 

 ビルとビルの間を駆け巡り、小競り合いが起きそうな場所を探していく。探知系の個性は持ってはいるが、流石に町全ての人たちの把握できるほどの力はない。勿論他の個性との組み合わせすることで更に上位の個性に深化させることは可能であるが、それをするにしても時間が必要であり、一日中戦闘訓練していることは出来ない、それならば使えそうな個性持ちを探してコピーさせてもらったほうが効率がいい。流石にトップヒーロー辺りから個性をコピーさせてもらおうとすれば下準備が必要だけど。

 

 前世と違って、しっかりと私を育てようとしてくれる両親に迷惑はかけたくない。前世は表の首領として目立つことをすることで注目を集めつつ、本当の支配者は影からサポートするという体制だったが、今回は顔も声も体も変えながら、個性集めと戦闘訓練(ヴィラン退治)を積まなければならない。いっその事、ヒーローに相手してもらおうとも考えたこともあったけれど、最悪の事態を想定すればこっそり個性だけコピーさせてもらった方が安全だ。

 

『ゴ主人、9時方向デヴィラン発生シタ銀行強盗ダ』

「了解、みんな今日も油断せずに慎重に行こうか」

『『『『了解!』』』』

 

 ただの一般人としての緑谷百合の生活。

 夜はかつて名乗っていた“オールフォーワン”として、全てを糧とするためにヴィランを倒す。

 それが私達の日常だ。

 

 ………まぁ、油断も怠慢もしたつもりはなかったのだけど。

 まさか兄さんが一番憧れているヒーローと接触してしまい、相手が何故かやる気満々で襲ってくるから大変だった。下手に相手をして怪我をして兄さんや母さんに悟られないために適当に相手をしながらチャンスを窺ったが、結局ボロボロになった私は太陽が出る前に自宅へと帰ることができた。

 




眠たかったり、疲れている時は主人公の心を曇らせてしまう病が発症してしまい朝見直したら「ないわ。この展開」と思い書き直しました。更に次はかっちゃん中心に書こうとか思ってましたが、もうちょっと主人公とお話しさせてからやります。あまりに接点と描写の少なさから決めました。自身の都合により大きく勝手に変更してしまい、申し訳ありませんでした。以後もうちょっと心に余裕を持って緑谷百合の物語を書いていきたいです。

※ややこしいので原作でのオール・フォー・ワンを指す時はオール・フォー・ワンを描写し、オリ主でのオール・フォー・ワンを指す時は
・無くしてオールフォーワンと書くようにしてます。


個性:【同化】
前世の世界、今いる世界でも唯一無二の存在であろう個性を持つ毘天と名付けられた蜈蚣。
当初は周囲の環境の色と同化する程度しか使えなかったが、オール・フォー・ワンの手によって捕獲され相性がよいという理由で百合に譲り生活を共にして、百合の個性によって改造を施され人間に近い自我と知恵を身に付けることで様々な汎用性を秘めた個性へと成長する。
原子レベルまで介入可能であり触れた物であれば内部に侵入、或いは吸収することで“削る”ことができるが、蜈蚣本来の大きさでは削る量にも限界はある。ただし、数を集めた(百合の個性により雌雄同体の生物へ改造されているので栄養さえあれば無限に増える)場合、その破壊力は凄まじい物になる。因みに同化速度は発動した瞬間、対象に沈むように溶け込むため速く、小さい個体ならば感触は蚊に刺された程度しかないので気づかれにくい、気づいても直ぐに摘出しないと血肉を栄養として数を爆発的に増やして内部から喰らい尽くす。


共存個性:【レギオン】
自分も含めた他者に血を与える事で人間を操り改造【ブラッド・ハザード】、どんな物でも侵入する【同化】を組み合わせる事で個性すらコピーできるようになり、オール・フォー・ワンより名付けられた個性の名称。
毘天が対象の内部に侵入、個性因子とDNAを採取して、百合の個性でそれが使える様に体を改造することによって他者の個性をコピーするように見せる。ただし複数同時に使う場合は似たような個性でなければ拒絶反応により発動する事も出来ず身を傷付けてしまう可能性があり、それを回避する為に手だけ、半身だけを変化させているが、それでも体への負担が大きく、更に体の遺伝子情報から書き換えているので使おうとしている個性に合わせた体に作り替える時間が必要。あらかじめ使用する個性を毘天を体内に格納して、同化を使い瞬時に使用する手もあるが毘天と自身への負担があり、死亡した場合は所有していた個性因子も消えてしまうので、多用はしないようにしている。









因みに生体情報があり後天的な欠損であれば、皮膚でも目でも、呼吸器官や胃袋さえも毘天達の体で対象の体の中で作り出して元通りにできる。(つまりオールフォーワンとオールマイトの怪我は(・・・)治せる)




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第三話:心動かすもの

今回の話はかっちゃんアンチを含んでおります。
嫌な人はブラウザバックをお願いします。


「兄さん、もし私の身に何かあったら母さんをお願いね……」

「ど、どうしたの百合?」

 

 吐きそうになるほど厳しいトレーニングを熟し、足が生まれたての小鹿のように震えが止まらないほどボロボロな僕に、足元が覚束ない疲れ果てた様子の百合は暗黒オーラを出しながら沈んだ声で僕に言う。

 

「目の前に黒い猫が通り過ぎ、鴉が私を見て鳴き、お気に入りのランニングシューズの紐が千切れたり良くない事がこの頃多いから………半死体で何であんな動きが出来るの……?

「この頃元気ないなと思っていたけど、そんなことになっていたの!?」

 

 どうやら不幸前兆のオンパレードが百合に襲っている様だった。隣にいても聞こえないぐらいの小さな声でブツブツと呟く姿と落ち込んでいるのは始めて見たかも……。

 

「なんか適当な理由付けて休みたかったけど、これでも私はクラス委員長だしそんな理由で休む訳にもいかないし……」

 

 こ、これは重傷だ。こういうちょっと落ち込んだ時に僕より先に慰めようと百合の服から出てくる毘天(蜈蚣の名前)達も出てこない事から相当追い込まれているようだ。なにより百合が自分から弱い所を見せること自体、異例中の異例だ。

 だから、僕は寧ろ心を強く持った。誰からも生まれてくる順番を間違えたと言われる頼りない兄貴だけどこういう時こそちゃんと元気づけさせるのは兄貴の役目だ。で、でも百合以外の異性とか精々あいさつ程度しかないし、こういう時なんて言えばいいんだ……!!

 

「……兄さん、危ないよ」

 

 へぇ?。あいたっ!!

 

「考え事するのはいいけど、ちゃんと前を見て歩こうね……ん?」

 

 電柱に頭から当たってしまい痛みに唸る僕に呆れつつ百合は別の方向に視線を向けると、巨大な人の姿が暴れていた―――ヴィラン!?その一撃を華麗に避けたのは人気急上昇中の若手実力派ヒーロー、シンリンカムイ!?

 

「……どうでもいいや」

「え?一緒に見ていかないの!?」

「それより教室で一眠りしたい………昨日も追い回されていたし

「そ、それなら僕も行くよ。百合が心配だし」

 

 そういうと百合は目を丸くする。

 

「この頃“オールフォーワン”が色々やっている所為でこの街、犯罪件数下がりっぱなしだし、こういう現場見ておいた方がいいよ兄さん」

「あとでまとめ動画とかネットで上がるだろうし、そんなことより百合が心配だから」

 

 ちょうど二か月前、家族だからという理由で僕を助けてくれた百合に比べたら全然大したことないだろうけど、それでも僕は大切な妹を放って置く事が出来なかった。

 

「……ありがと、兄さん」

 

 少しだけ頬を赤くしながら百合の小さな声に笑顔で返しながら僕達は一緒に学校へ足を進ませる。

 今日から中学三年生、特に変わることがない学校生活も受験という選択を考え始めなければならない時期だ。

 

 

◆◇◆

 

 

 眠たくなるような始業式が終わり教室に戻り席に着く僕達に、先生が進路希望のプリントを渡そうとしたがそれを投げた。理由は簡単、みんながヒーロー科を受ける事を知っていたからだ。既に一回目の調査でほとんどの人がどこの学校にいく迷いはあってもヒーロー科へ行くことが決まっていた。クラスのみんなが和気藹々と自分たちの個性を使いながら騒ぐ中、幼馴染である――――かっちゃんが声を上げた。

 

「せんせぇ―――「皆」とか一緒くたにすんなよ!俺はこんな“没個性”共と仲良く底辺なんか行かねーんだからよ」

 

 皆からのブーイングの嵐、更に先先が雄英高志願であることを伝えると一同は驚愕の前に口を閉じた。そんな中でもかっちゃんは更に煽るように机の上へと立ち上がる。

 

「模試じゃA判定!!俺はこの中学唯一の雄英圏内!!あのオールマイトが逃がしたオールフォーワンをぶっ殺して俺はトップヒーローと成り、必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!!」

 

 “オールフォーワン”それは二年前からこの街を中心に出没する自警団(ヴィジランテ)だ。地元でちょっと有名な絶滅危惧種とされていたが、その実力はあまり知られていなかった。彼或いは彼女によって倒されたヴィランのほとんどが何をされたか分からない奇襲からの一撃であり、少ない証言を元に様々な個性を扱う複合型だと推測されていたが、少し前に遠征でやってきていた“オールマイト”と激突、ヒーローを相手にする事は無く逃走一手の“オールフォーワン”も流石に簡単に逃げる事が出来ず戦闘になり、最終的にあの“オールマイト”に僅かに手傷を負わせた隙に逃げる事に成功したニュースにより一気にその名前は全国に広まった。

 個性は全くの謎に包まれた“オールフォーワン”をぶっ殺す(マジじゃないと思う)事で“オールマイト”を超えると宣言しているように見えたが、先生の一言にかっちゃんが止まる。

 

「そういえば、緑谷兄妹も雄英志望だぞ。兄はヒーロー科、妹は普通科。因みに妹の方は爆豪と一緒で文句なしのA判定だ」

 

 その時、僕は光速(気持ち的な意味)で両手で頭を覆い隠した。絶対に碌でもない事が起きると。始まったのはクラスのみんなからのバカにするような笑い声、それなりに勉強は出来てもかっちゃんや百合と比べると劣るレベルだ。“無個性”だからと人は笑う、確かにそれはどうしようもないことだ。でも思い出したのは夕焼けの空の下、誰もが諦めろと言った僕の夢を受け止めてくれた百合の姿だった。

 

「なるんだ!!前例がないだけで、僕は絶対に「こらデク!!」うわっ!?」

 

 目の前で爆発で起きた、その衝撃で僕は思わず転げ落ちる。顔を上げると機嫌を悪くしたように頭を斜めにしながら見下ろし、手から爆発後の煙を立ち上がらせているかっちゃんの姿。

 

「“没個性”どころか何も持ってない“無個性”のテメェが何で俺と同じ土俵に立ってんだよ!!?あの忌々しい蜈蚣女もだ!!」

 

 僕の必死の制止の言葉に耳を貸さず、じりじりと距離を詰めてくるかっちゃんが怖かった。後ずさりをするとあっという間に壁にぶつかる、あの時のように。

 

「べ、別に張り合おうとかそんなの全然考えていないんだ!ち、小さい頃からの目標で……百合も応援してくれるし………」

「何がやってみないとだ!?記念受験かよ!しかもあの蜈蚣女がお前を!?ついに蜈蚣で頭を可笑しくなったのかよあの女!!ははははっは!!!」

 

 かっちゃんが笑う、みんなが笑い始める。奥歯に力が入る。

 

「マジかよ、あの百合が!?勝己の言うとおり春ボケか?」

「あんなに頭いいのに実は兄にベタ甘なのね!頭大丈夫かしら」

「百合もこんな奴に期待するなんてどうかしてるぜ」

 

 黙れ。

 

「あぁ?」

「黙れって言ってんだよ!!!」

 

 思わず自分でもびっくりするほど声が出た。

 

「僕の事は幾らでもバカにすればいいさ!!でも百合は毎日朝と晩必ずトレーニングして土日は一日中汗まみれになりながら夜遅くまで勉強をずっと頑張って君達よりずっとずっっと―――凄い人なんだ!!」

 

 頭がぐらぐらする、足が震える、喉が枯れる。でも、口は動かせるし声も出せる。

 

「笑うなよ!僕の最高の妹をバカにするなよ!!!」

 

 言い切るとボンッ!と、僕の真横で爆発が起きて焼けるような熱さに頬が焼けそうになる。

 

「調子のるなデク―――今まで妹の影でコソコソしていたお前がいまさら何をやれるんだ!!?」

 

 静かになった教室で嫌になる程にかっちゃんの声が響く。その事実に僕は言い返せる言葉が無かった。

 

 

◆◇◆

 

 

 兄さんは変わった、毎日そう思う様になった。正直なところ、兄さんに渡したトレーニング表はいきなり全部出来ないだろうなと思った。だけど、何度も足が絡まって転んだら起き上がって、走る姿勢はゾンビのようになりながら、唇を真っ青にしながら、どれだけ遅れようとも私に着いてきた。その姿勢は私に一つの勘違いを消した、憧れでヒーローというのは出来ないものだと私は思っていた。

 『本当のヒーローというのは、どんな状況でも折れない、そうさせるだけの暗い過去があり、それが原典として原動力となる』と思っていたのだ。

 最近は違う、兄さんに習った様々なヒーローを調べて、何故ヒーローになろうとしたのか単純で深い、この内容に多くのプロヒーローたちの答えを聞いた。確かに私が思った通り、幾つかは過去何らかの事件に巻き込まれ大切な何かを失ったのが原因で、自分と同じ者をこれ以上生み出さないようする決意を秘めた者達もいた。けど、ヒーローの中には最初は憧れで、けど様々な事を学び本物になった人たちもいた。

 

「憧れも本気で夢焦がれ、努力し続ければ本物になる……か」

 

 兄さんもそうなのだろう。いや、そうなろうとしているのか。

 無茶して、体壊して、大事な時期に本領発揮できないようにトレーニング表を調整しようと考えて、放課後兄さんを迎えに行こうとしたとき、どうもみんなの様子がちょっとおかしい事に気付く。クラスメイトは私を見てクスクスと笑うのだ

 

「あの爆豪にビビらさせていたのに妹のことになると一気にムキになったよあいつ」

「笑うなよ、僕の最高の妹をバカにするなよってさ!シスコンかよ」

 

 陰口なら、もうちょっと静かにお願いしたいものだ。

 それにしても爆豪さんに立ち向かったのは四歳の時が最後だ。

 

「……はぁ、全く兄さんは」

 

 廊下で私を見ながら笑っている集団にちょっと耳を傾ければ、大体何があったのかは想像ができた。最近の兄さんは成長したなぁと思うと少しだけ口元が緩くなってしまう。何故だかとてもいい気分になっていた、今日の夜またあのヒーローに会ってしまっても余裕で逃げれるくらい自信が沸く程に、そして私は兄さんの教室の扉を開けようと―――――

 

「お前でも“個性”が手に入るかもしれないとっておきの方法を教えてやるよ――――来世は“個性”が宿ると信じて屋上からのワンチャンダイブ!!」

 

 ――――――は?。

 

「誰が入って―――いっ!?」

「か、勝己やばいよ!!」

「あぁ?どうし……た?」

 

 教室に入って、状況を見る。爆豪さんとよく見るその二人の取り巻き。奥には何かを放り投げられたように窓から手を出していた兄さん。

 

「な、なんだよ。こいつが俺の道を――――がっ!?」

 

 それ以上、爆豪さんの声を聞きたくなかった。だから首を掴んで持ち上げた(・・・・・・・・・・)

 

「……爆豪さん、あなたは兄さんと同じヒーローに憧れていましたね。昔のことですがよく覚えていますよ、駄菓子屋でオールマイトのカードを引いた時、凄く嬉しそうだったから」

 

 制服に隠れていた蜈蚣達が一斉に私の手を通して爆豪さんに移って、その身を使って両手を封じる。

 

「ヒーローを……それもトップヒーローを目指す者が、弱者に対することは()()ですか。全く以て理解不能、不愉快、失せろよお前。お線香は立ててあげます、来世はあなたが無個性になって周囲に嘲笑されることを願って!!!!」

「おいやめろって!!勝己の顔真っ青になってるって!!」

「お、おれ先生呼んでくる!!」

 

 取り巻き二人が何か言っているが理解できない。腕限定だが、私の個性と毘天の個性で強化されたフェーズⅠは人の首程度は簡単に握りつぶせる。敵対象(・・・)は窒息状態で既に封じられた手を諦めて必死に足で私を蹴ってくるが、長年鍛えてきた私にはお前が死ぬまでは耐えられる。

 ……あぁ、思い出すな。前世ではお前のような生まれながらの勝ち組が、必死に生きようとした奴を嘲笑いながら惨殺していたなぁ!!!強い個性があるからって理由で!!人間の皮を被った悪魔のような奴らが本来あるべき人の理を歪めて!!!だからそんな世の中を憂いて私の親友は世界をあるべき姿へ戻そうとして―――――

 

「やめて!!」

 

 兄さんが私の腕を掴んで叫んだ。

 

「僕は大丈夫だから、怪我してないから、ちょっと言い合いになっただけだから……」

 

 兄さん。

 

「かっちゃんを解放して、百合のそんな顔見たくないから」

 

 ……………分かった。

 

「げほ、ごほッ、て、テメェ……!!!」

次は無いと思え

 

 手を離して倒れ込んで苦しむ爆豪さんだけに聞こえる様に伝えると肩を震わせた。兄さんに感謝するんだな、と心の中で呟き毘天達に指示を出して最も危ない両腕も解放して私の元へ帰ってくる。

 

「………ごめん、兄さん」

「ううん、ありがとう心配してくれて一緒に帰ろう百合?」

「先に帰っていて、私が先生に事情説明するから」

 

 先ほどの取り巻きが先生を連れて帰ってくる姿を毘天によって確認できた。振り向くと既に爆豪さんともう一人の取り巻きも姿を消していたが、事情は説明できる人が残っておいた方がいいだろう。

 

「なら僕も……」

「いいから先に帰っていて、暫くこの顔治りそうにないから」

 

 兄さんが血の凍るような表情で怖いと言ったのは前世では普通の私の顔。兄さんは見たくないと言ったけれどまだ私の中にそうさせる激情はまだ治まりそうにない。

 

「………分かった」

「ありがとう兄さん」

 

 どうなるんだろう。最悪の場合、兄さんと同じ高校に行けなくなるかも、そう考えるとこちらを気にしながら帰って行く兄さんを見ながら少し悲しくなった。

 

 




初期のかっちゃんってこんな感じですよね……?と今日は二話ぐらい投稿できるかなと思いましたが無理でした!!ここまで書くのに多分倍ぐらい書いて「ないわー」と消したりしてます。
もしよろしければ感想、誤字報告お願いします!!

7/13推薦は速くても6月ごろ、この時期はまだ三年になったばかりの4月なのでこの時点で推薦貰っているのは変だと思ったので少し削除


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第四話:なんとかみせた

気付けば多くの評価、お気に入り件数100件も越えて嬉しい限りです。
自分のような文才でどこまで行けるか分かりませんが、少しずつ更新頑張ります。


『君は本当に爆豪くんの首を絞めたのかい?いや、違うだろ?私は君の模範的な学校生活をいつも見ているのだから』

 

 あいさつ程度しか接点がない先生が私の何もかも知っている様な口ぶりで喋る。

 

『そうだとも、それは何かの間違いだろう?あの雄英高校のA判定を頂けるほどに君は優秀なのだから』

 

 私と一緒にきた爆豪さんの取り巻きは想像と現実の差に絶句している。

 

『もし、そんなことがあったとしても、それは爆豪くんを通して正式な訴えがないと私達は動けないよ』

 

 私の担任である先生を見ると苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

『これは君達の間の問題だ。君たち二人が話し合いなさい』

 

 自分たちは、なにもしない、聞いていない、関わらないと言っているように聞こえる。

 

『君達はこの学校の希望なのだよ。いいね?しっかりと勉強して雄英高校で活躍しなさい。そこの君もバカな事を広めないように!これから君達は大事な時期、余計な問題はない(・・・・・・・・)ほうがいいだろう?』

 

 その時、先生たちの目は怒る事もなく呆れている様子もなかった。あるとすれば怠惰の色と微かな恐怖だ。

 爆豪さんのことだ、きっと自分だけが雄英高校に合格することで、私達が通う折寺中学校から唯一の合格者という箔を付けたいのだろう。それは学校側も同じ、ただの一般中学校が誇れるといえば“誰が”、“どこ”の高難度の高校へ輩出したかだ。

 

 学校側も生徒が集まらないと困る。豊富な予算による大規模な設備や、その土地特有の歴史等、親若しくは生徒達がこの学校へ行きたいという理由を作るには、誰もが知っている様な確かな実績があればいい広告塔になる。だから、特に私と爆豪さんは特別扱いされるのだ。いつか君達の名声を私達に貸してくれと……そんな所かな。

 

「お前、本当に中学三年生か?」

「失敬な、貴方が担当するクラスの委員長ですよ」

 

 いや、まぁ、そうだけどなぁ……、と複雑な心境なのだろうか頭を乱雑に掻いているのは職員室を後にした時、周囲の先生たちを無視してやって来てくれたであろう問題が発生する前若しくは円滑に解消するためにいつも呼ぶ一番まともな先生だと思っている人だ。

 

「良くある話だと思いますよ?パワースポットとか科学的根拠がないのに人が集まるのと同じような仕組みですよ、彼らだってこの学校が有名になればいろんな意味でいい気分が味わえるんですから」

「はぁ……なんか、すまんな」

「いえいえ、いつもお世話になっていますから」

 

 今の私より倍は生きているだろう、先生は自然な態度で頭を下げた。そういう姿勢に好感が持てたから私は貴方を信用して頼っているのです。

 

「もし私が有名人になって、貴方が所属している学校で生徒に話をしてほしいって依頼が来たら私喜んで受けますよ」

「有名人か、……他の奴も何度も言ったと思うがヒーローになるつもりはないんだな?」

「蜈蚣を呼ぶだけの“個性”ですよ、恐ろしくても強いとは言えないでしょう」

 

 オールフォーワンとして活動している時は存分に私と毘天の個性を多く使用しているが、大きすぎる力はいつか災いを呼ぶ。それを受け止めるのが私だけならいいが、兄さんや母さん、出張中の父さんの身が危なくなる可能性を考えれば、この秘密は誰にも言わず墓まで持って行った方がいい。いつでも居なくなってもいいように二年前オールフォーワンとして活動する時から遺書は机の中に入れている。

 

「―――思うんだが個性が強かろうが弱かろうが、ヒーローになれる奴はヒーローと呼ばれるようになってる。そういうものだと思う」

 

 それはそうだ、努力して強くなったからと言ってそれはヒーローと呼ばれる存在ではない。誰かの痛みの声に立ち上がれるような高潔の精神が必要だ。

 

「お前の人生だ。別に強制する気もない、勝手に否定する気もない、ただ教師として言わせてもらうなら……どんな理由があろうとも、人を棄ててまでやる行いの末は、何を救おうが外道そのものだ。覚えておいてほしい」

貴方は私に恨みでもあるんですか……

「ん?なんか言ったか」

「ないですよ(ピー)歳独身先生」

「この野郎!いいこと言ったのに!!俺が一番気にしていることをぉ!!!」

 

 殴るぞと言わんばかり(見かけだけ)に顔を猿のように真っ赤に染めながら腕を振るう先生に私はさよならーとダッシュで逃げ出した。先ほどまで鬱憤が積もった心境だったが、校門を過ぎたあたりから両手を伸ばしながら青い空に歌いたい爽快な気分だった。

 

 

◆◇◆

 

 

 禍福(かふく)(あざな)える縄の如し、と言う言葉がある。災厄と幸運とは編まれた縄のように表裏一体で代る代る巡ってくるということわざだ。前世も含めた私の人生は正にそう、悪いことあればいい事が起きたと思えばまた悪い事が起きて元通り、そうやって世界は巡っていると考えれば、よく出来たものだとため息が出てくる。

 そう、先ほどまでいい気分だったのだ。だったら次は悪い事が起こる。少し遠回りして参考書でも買いに行こうかと商店街に足を進めてみれば、突然爆発音が耳に届いて焦げた臭いが鼻孔を刺激して、近づくにつれて慌ただしい雰囲気が肌で感じられた。

 

 その時、何を思ったのか少し気になった私は野次馬に近づくと兄さんがいることに気付いた。近づくと顔色は真っ青で口に両手を当て体が震える恐慌状態なのに、周囲の人たちは連絡端末を出して写真を取ろうとする始末、明らかに他と比べて様子がおかしいと声を掛けようとしたが兄さんが大きく目を開いた瞬間、手に持っていた黒焦げの大事なノートを落して人混みの中を駆けた。

 

「えっ」

 

 落ちた角度によってノートが開かれる。そこには、もし自分がヒーローになったらというこんな姿になりたいコスチュームが書かれていた内容。ヒーローたちの制止を呼びかける必死の声を無視して、至る所に炎が立ち上り周囲が巨大な力で破壊された現場の中を兄さんは走った。その先には、悍ましい混濁の色をした粘着性の塊が何かを取り込もうと渦巻いているその中心部へと。

 

「――――毘天!!」

『ゴ主人、オールフォーワントシテ活動スル際ノ服ハ持ッテナイ。コチラニ持ッテクルトシテモ……モウ走リ始メテルカ』

 

 その時、色んな思いがあった。あのヘドロのような体をしているヴィランが何をしようとしているのか、プロヒーロー達がいるのにどうなっているのか、今兄さんはこの状況を覆す技を何一つ持っていない事は兄さん自身一番理解している筈なのになぜ動いたのか、今までずっと見ていた側だったのにどうして、野次馬の中を駆け抜けて声を上げるヒーローや警察たちも追い抜いて、兄さんの背中を追った。

 

『人ノ目多スギル。目立ツ“個性”ハ使エナイ』

「上等!!」

 

 ヴィランが手を人体ではありえない程にしなる鞭のように曲げた。その前に兄さんは背中のバッグを素早く手に持ってヴィランへの顔を狙って放り投げた。衝撃でストッパーが外れ、色んな物が溢れ出してその一つが偶然にも目に当たり、思わず怯んだ隙に兄さんは一気に距離を詰めた。

 

「かっちゃん!!」

「何で!!テメェが!!!」

 

 幼馴染の声を上げて、ヘドロに飛びついて掻き出して救出しようとするが両手で取れる量なんて爆豪さんを助けるのには、あまりに絶望的な少量のヘドロしか取れない。

 

「兄さん!!」

「百合!?どうして……」

「詳しい話はあと!今からちょっと無理するから私の体を引っ張って!!」

「な、なんでテメェらが……!!」

 

 なんか爆豪さんが言っているが無視だ。私達を見下ろす悪意の双眸が光を取り戻す前になんとかしないといけない、だから私は取り込まれる前提で爆豪さんを掴む為に右手を奴の体に突き刺した。とても硬いスライムのような気持ち悪い感触の中で、右手全部を入ったあたりで爆豪さんの胴体に手が届いた。

 

「よし、爆豪さん思いっきり抵抗して兄さん私とタイミング合わ「アホかお前!!俺の体は自由に動かせるんだぞ!!」

 

 万力機で固定されたように右手は動かなくなった。脳裏で危険信号を鳴る。

 

「あともう少しなんだよ、邪魔をするなぁぁ!!」

 

 そのまま怪力で関節部分を中心にあらゆる方向に捻じ曲げられた(・・・・・・・)。一瞬右手が悲鳴を上げて、枯れた枝木が折れるような音と共に激痛が走った。ただ骨を折られた感じではない、折れた骨が皮膚を突き破った感覚だった。爆豪さんと兄さんの顔が凍りつき、ヴィランの表情が悦を見せる。

 

「甘いよ」

 

 やるなら私の手もやるべきだった。取り込みたい対象を傷付けたくない故に無意識でそうなったのだろう。ヴィランは勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべて右手の拘束が緩む、私の手は爆豪さんの服を掴んで放していない。今の拘束力は油断してこいつの見た目通り、ヘドロそのもの程度になった。だから一人で、いけた。

 

「なッ!?腕は完全に潰した筈なのに!!」

 

 驚愕するヴィランの腹から、体中ヘドロだらけの爆豪さんを取り出すことに成功した。同時に多重関節のように曲がってはいけない方向へ幾重にも変形した腕からは、骨と血肉が混ざった物が露出していた。助けた爆豪さんも兄さんも口を呆然と開けて呼吸すら忘れている様な表情で視線は私の原型を留めていない右腕に向けられる。三人でヴィランに背を向けて一緒に逃げようとするが、私は失敗したと確信した。

 

「それは、それは!俺の物だ!!!」

 

 こうなることは予想していた、だから私は私の脳を弄って痛覚を一時的に遮断した。だけど二人、兄さんと爆豪さんとの意識の差が頭に無かった。螺子が切れた人形のように動かない二人と右手が潰されている状態で一緒に逃げるのは個性で体を強化しようとも、既に振り下ろされようとしている凶器の鞭を止めることは出来ない。

 

「(せめて……!!)」

 

 力の限り後ろに飛びながら左手で兄さんを突き飛ばして、爆豪さんを引き抜くための運動エネルギーを利用してそのまま反転、ヴィランに背を向けながら盾になるように抱き締める。人質はなんとかした、プロを名乗るヒーローなら直ぐに対応するだろう、と迫りくる衝撃に心構えをした瞬間、見たくない見知った笑顔のヒーローが目の前に現れ、その偽りの強靭な肉体でヴィランの一撃を受け止めた。

 

「情けない。ヒーローでもない勇敢な少女が人質を救った所でようやく動き始めた己が……!!!」

 

 私の足が先に地面に着くようにして、背中から滑り込むように着地した私と爆豪さんの目の前には余りに大きすぎる背中、鋼鉄の如き硬さを幻視させるであろう拳を握りしめ。

 

「君に諭しておいて、己が実戦できていないなんて!!!」

 

 あぁ、終わった、後はお任せしますと安らかな気分で目を閉じた。

 

「――――――プロはいつだって命懸け!!!!」

 

 DETROIT(デトロイト) SNASH(スマッシュ)!!!!。

 

 ナンバーワンヒーロー、オールマイトの一撃を最後まで見ることなく意識は闇の中へ。目覚めたその時、何人ものヒーローや一般人に見送られながら救急車に積まれ病院へと運び込まれた。その後は色々大変な事もあったけど、一番残念なのは三年連続皆勤賞を逃してしまった事だ。

 

 




ほんと言うと、オールマイトは出さずにその場にいるヒーローだけでなんとかしたかったが無理だった……バックドラフトが水でヘドロ飛ばしつつデステゴロが薄い場所から爆豪を引っ張り出せばいけるか?シンリンカムイが体の欠損覚悟すれば一人でもいけるんじゃないか?周辺のヒーローたちの個性が分からないからいい考えが思いつかない、ということを二日間ぐらいずっと考えてやっぱ無理という結論に至った。悔しい。なので百合には腕を捻じ曲げてもらいました。

オールマイトは嫌いじゃない、ヒーローの理想形だと思います。でも……人間としてはどうなんだろうか。(某二番目なのに七がつく光の巨人の有名なセリフをオールマイトに言ってみたい)


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第五話:終わらないマラソン

とても短いです。
日々の評価、誤字報告など大変助かっております!ありがとうございます!!


 個性『ヘドロ』を使い爆豪さんの体を乗っ取ろうとして商店街の一部の建物が全焼したヘドロ事件と呼ばれるようになった事件から数日が経った。

 

 私は兄さんと爆豪さんを助ける為に負った怪我は全治一か月と医者から判断され、利き手である右手がギプスで固定されていることに不都合を感じながら、地元の病院で初めての入院生活を体験した。医者曰く本来なら後遺症が残ってもおかしくない程に危険な状態だったのだが、奇跡的に多少傷痕が残る程度で済んだ。毘天達が傷と覆う様に『同化』して、『ブラッド・ハザード』により体の構成を組み替えて傷そのものを埋めることも出来るのだが、緑谷百合の個性は蜈蚣を呼ぶ“個性”として周りに認知させているので、そんなことしたら最悪の場合、私のもう一つの顔がばれる可能性が非常に高いので致命傷にならない程度に“個性”と毘天を使って治して、後は大人しく自然治癒に任せた。

 

 いつも早朝、夕方、深夜の時間帯にトレーニングしているのだが入院生活ではそれらが出来ないので非常に暇になった。昼は毎日学校の先生が持ってきてくれたプリントをやったり、母さんに家から持ってきてくれるよう頼んだ教科書等を読んで、気になる所をノートにまとめたりとみんなが学校で授業を受けている時は勉強しようと決めていたが、それでも体を自由に動かせないというのは苦痛だ。鬱憤を積もらせる毎日、ただその日はちょっと違った。

 

「やぁ、初めまして!私はオールマイト!」

 

 気配で嫌な感じはあったが、部屋に入ってきた瞬間、毘天達と共に戦闘態勢に移行しかけたのは悪くないと思う。兄さんがヒーロー目指す切っ掛けになった超有名人、誰もが知るナンバーワンヒーロー、オールマイトの私服姿だ。

 

「……初めまして、私は緑谷百合です。貴方のような人物に会えて光栄です」

 

 警戒しながらの発言にオールマイトは少し目を丸くしたが、直ぐに私が差し出した左手を握り返す。

 

「堅いなぁ、君の兄さんは私に会った時なんて、カルチャーショックを受けた様な反応だったよ」

「兄さんは小さい時から、貴方が活躍した動画を貴方の玩具を握りながら大喜びで毎日見てたぐらいに貴方に心底惚れこんでいますから」

「なるほどね!あ、これお見舞品だよ遠慮せずに食べてね」

「ありがとうございます、そこの机に置いておいてください」

 

 オールマイトからお見舞品、兄さんが聞いたら羨ましがるだろうなぁ。あっちはいつの間にかサインを貰って大喜びしながら見せてくれたけど。そんなことを思っているとオールマイトは椅子を取り出して腰を下ろした。

 

「すまない」

 

 早く帰って欲しいなと思った私に対して、オールマイトは深く深く頭を下げた。

 

「私がもっと早く駆けつけていれば、君がこんな怪我をして傷跡を残すことはなかった、すまない」

「頭を上げてください、貴方もあの場にいたヒーロー達も私は責める気はないですし、むしろ仕事を邪魔してしまったこちらこそ謝罪しなければならない立場です」

 

 オールマイトが来る数日前も、ヘドロヴィランの前に立ち往生をしていたヒーロー達が忙しい筈なのにやってきて同じように謝罪の言葉を口にした『君の傷は私達の怠慢が招いた事だ、無茶をさせてすまなかった』と彼らを代表してシンリンカムイが頭を下げた。説教が来るのかと身構えていた予想と真逆の言葉に鳩が豆鉄砲を食った様に唖然としてしまったことを思い出した。だから、私はあの時と同じように表情を柔らかくして答える。

 

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 家族もいる、友達もいる、大切にしたい自分の命もある。

 ヒーローとは、他人の命を助ける為に自身の命を賭けられる(・・・・・)存在だ。だからと言って目の前に今失う命を未来に紡ぐために自身が犠牲になることは躊躇しないものは、そもそも自身の命に興味がない奴か、人間であることが耐え切れず、人間を救うために、人間を捨てた正義の怪物だ。しかし、人間を助ける事が出来るのは人間だけだ。

 

「……そう言ってもらえるとありがたい。ただ!また同じ場面に立ち会った時はどうかヒーロー達に任せてくれないか、この街のヒーローも私も常に進歩している!!もう同じような結果にはならない筈だ!!」

 

 ……あぁ、確かに貴方は間違いなくヒーローだよ。だからこそ怖い。

 話をしている間に同時に幾つかの“個性”をこっそり使って貴方の体を見させてもらった。幾度も貴方から逃げながら見てはいたが、呼吸器官半壊、胃袋全摘、腹部に度重なる手術痕がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、その強靭な肉体を維持するだけで想像を絶する苦しみと痛みがあるだろう。

 

 オールマイトの生体情報を元に毘天の身体を再構成することで拒絶反応が出ない新しい臓器を造りだすことが出来る。体内の弱った体も毘天達が“同化”することで補助する事ができる。長生きできない体の寿命を伸ばすことも出来る。勿論一度は憔悴(しょうすい)してしまった体だ、リハビリのための時間も必要だろうけど全盛期に近い状態までは戻すことが出来る。

  

 でも、輝く笑顔を見ながら思う。その裏で血を吐き続けながら走り続ける悲しいマラソンを終わらせてあげた方が元平和の象徴として未来の後輩たちの教育に移ったほうがいいのではないか、と。

 怪我を治せば、きっとこれまで以上に無茶をしながら走り続けるだろう。その先に多くの者の希望は確かにあるが、昔の私達のように人間として求めて当然の幸福を棄てた化物となってしまうかもしれない。だから私は太陽の如く輝く笑顔を前に口が開かない。

 

 

『貴方の傷を治せます』とオールマイトに対して簡単な一言が出ない。

 

 かつてマスターが言っていたことが脳裏に浮かぶ。

 

『不決断というのは最も醜い害悪だ』

 

 ……ごめんなさい、あんなに『教育』してくれたのに、貴方の望む『完全』になれなくて。

 

 

 

 

 




まず、ごめんなさい(土下座)
本当はオールマイトの話が終わった後、爆豪さんが見参りに来てきっちり説教しようと思ったんだけど、百合の気持ちが重すぎてこのまま爆豪さんの話に移るのは無理だと断念したので、次の話に分けます。次の話も今回みたいに短くなります。
因みに百合にとっての他人、オールマイトの”個性”と意志を継ぐ者が現れた場合、百合は喜んでオールマイトの傷を治すでしょう。しかしそれが自身の最愛の兄だと気づいたら………。


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第六話:普通と違うこと

なんか評価バーが赤くなってるんですけど。
お気に入り件数とかUAが凄まじいことになっているですけど。
ランキングみたら23位とか、HAHAHAHA!!!
………ありがとうございます!!
期待にお答え出来る程、面白い物が書けるか分かりませんが少しずつ頑張っていきます!!

あと、熱いからみんな水分補給しよう!作者は家に帰った途端頭痛くなってちょっと寝込んだぞ!


 今日は、私が退院(ギプスはまだ取れてない)してから久しぶりに学校に行く日だ。一か月と少しぐらいの時間しか経ってないのに、いつも歩く通学路がまるで別世界のように感じた。

 

「ねぇねぇ、あの子ニュースに出てた……」

「プロヒーローが立ち往生していたのに、勇敢に人質を助けた女の子よ!」

「じゃ、隣にいるのは何も出来なかった男の子ね。こう見ると似ているわね……姉弟かしら?」

 

 こんな感じで周囲の人から好奇心が込められた視線が私に向けられている。巡回中のヒーローを見かけた様にこちらをチラチラと見てくる。

 

「すっかり有名人になったね」

「別になりたくてやった訳じゃないよ……」

 

 兄さんは、ため息を吐く私に苦笑した。あとそこの人、私は妹だからね。そこパズルの最後のピースぐらい重要だからね。

 

「何も出来なかった男の子……とか、どれだけの人が兄さんと同じことが出来るって言うのよ」

「……でも、事実そうだったし」

「兄さんが動かなかったら、私行かなかったよ」

 

 爆豪さんは確かに小さい頃から兄さんと見てきたが、幼年期はまだ可愛げはあった。歳を重ねる事に落ち着きが無くなっていき、他者に対して攻撃的になり見下ろすようになっていた。兄さんと関わりが無かったら、私はとっくの昔に絶縁を叩きつけたよ。結果的に腕を犠牲にして爆豪さんを助ける事になってしまったけど、思わず体が動いてしまったのだから仕方ない。

 

「……そういえば爆豪さんどうなの?」

「え、会ってないの?」

「私が(狸)寝入りしている時に来たかも知れない。光己さんはお見舞品持ってきてくれたけど」

 

 今思えばそんなに長い入院生活じゃないのに、色んな所からお見舞品貰ったなぁ。

 果物系なら毘天達が喜んで全部食べてくれたけど、お菓子系はまだ家に残っているんだよね。因みに爆豪さん、私が寝ているふりをしている事に気づいていたのか、気づいてなかったのか分からないけど、見下ろして『クソが』と言い残して帰った。その対応に毘天が怒りを込めて殺りましょうと個性”毒生成”で、毒を濡らした牙で爆豪さんの後を付いて行こうとしたから止めた、やるなら痛いだけで済むレベルにしなさい。

 

「かっちゃんは……ここのところ静かだよ」

「あの常にダイナマイト体中に巻き付けて導火線に火をつけてる狂人が?明日は世界の終わりかな?」

 

 言いすぎだよと兄さんは、思い当たる表情をしながら少し笑った。その視線は真っ直ぐ狂わず私の方に向けられていた。

 

「……私が原因?」

「……かっちゃん、百合が救急車で運ばれている時、車が見えなくなるまでずっと見てたから」

 

 にわかに信じがたい、けれど兄さんが言うのだから本当のことなんだろう。それにしてもあの爆豪さんがね……。

 

『おまえ、デクと違ってあたまいいよな!おれがトップヒーローなったらお前をヨメにしてやる!!』

 

 ……ないわ。ヨメという意味すら分かっていない頃、私にそう言ってきた小さい頃の爆豪さんを思い出して眉を(ひそ)めた。前世では必要以上に私に近づこうとしてきた異性は、次の日には行方不明になるか半殺し状態で発見されるのだ。行方が分からない人は本腰で調べて死んでいることは確認できたが、そこから更に調べようとすると部下達が泣きながら総出で止めてくる。私の親友、裏の首領である“オールフォーオーバー”は不機嫌になって帰ってくるなり(目的地は知らない)膝枕を要求して、それに答えながら失った人員を埋める為の再配置を考えたりしていた。つまり、どうも私は異性と心の距離が一定まで近づくと異性に不幸な事が起きる呪いのような”個性”があるらしい。因みにこれを注意勧告として部下達と毘天に知らせると共に苦笑いしていた。

 

「ないわ」 

「ど、どうしたの?そんな嫌な顔して……」

 

 少なくとも、人に対して簡単に死ねやら殺すとか言って手から火花散らす様な野蛮な奴とは友達になろうとも思えないよ。それに、最初から勝ち組だった爆豪さんは、確かに才能もあって同世代の中では間違いなくトップレベルで強いが、自身の弱さや脆さを認めて受け入れる器があるかが問題だ。じゃないと簡単に折れるだろう。

 

「……今日会って話をしてみようかな」

「だ、大丈夫なの!?僕も一緒に……」

「この前のこと謝らないといけないしいいよ。先生達からも二人で話し合えって言われているし」

 

 そう言うと兄さんの表情が曇った。ヘドロ事件の少し前に学校内で起きたことを封殺されようとした一部始終は兄さんには話している。ある意味で無個性という特別な存在故に学校から腫れ物扱いされている兄さんからしても、いい気分にはならない話だろうが、何も言わなければ、何も起きていない、そんな都合があれば悪い気分になるだろう。

 

「……ごめんね、僕が弱くて」

「弱さを知って更に弱くなる事は無いよ。変わりたいって本気で想った時に既に変われている。兄さんは胸張って笑っていればいいよ、それが大事な事だから」

「百合には敵わないなぁ」

「それを私に言わせるぐらいに強くなってね」

 

 それは険しい道のりだと楽しそうに笑う兄さん。二か月前と比べたら制服を着ていても分かるほどに肉体が鍛えられているのを見ながら私達は一緒の道を行く。願わくは私たち二人とも雄英高校に行くときもこうなるといいなと思いながら。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 お昼休み、ヴィランと対峙してどうだったかとか怪我は大丈夫なのかとか、他の組からもクラスメイトが集まって、質問攻めにあっていた私はお昼飯すら食べる暇がない程に忙しいその時、ボンッと爆発音が響いて私を取り巻いていたクラスメイト達はヴィランとでも会ってしまった様に顔が青くなって、ある人物が通れるほどの道を即座に空けた。

 こちらに歩いてくるのは常に睨んでいるように見える三白眼、爆破したように無差別に立っている髪、着崩れた制服。これほどまで特徴があるのはこの学校で一人しかない。

 

「おい蜈蚣女、面貸せ」

「いいよ、みんなごめんね。話はまた後で」

 

 今日はお昼無しかな、と久しぶりに作ってくれた母さんのお弁当が食べられない事を少し残念だと思いながら。私は彼に付いて行く。場所は外に出た校舎裏、そこには校長の趣味なのか色鮮やかな鯉が飼育されている。影差す湿った空気の中で爆豪さんは静かに口を開いた。

 

「なんで俺を助けた」

「……無我夢中だった、と言えば納得してくれる?」

 

 正直な所、あの場でオールマイトが来てくれたおかげでどんな事が起きても私達三人は無事だった。むしろ兄さんが爆豪さんを助けようと走らなくても、全て解決されていたかもしれない。

 

「けっ!テメェの本性はデクと同じだ!!金魚の糞のように勝手に付いてきて!その上俺を見下して他の奴等と同列に扱う!!」

「……特別扱いされる気分はいいだろうね。でもそのままだと空の広さを知れないよ」

 

 君は井戸の中のカエルだ。周りの凡庸な人たちが勝手に君に期待して、その期待に応えられる才能があったから更に調子に乗って、褒めることしかしなかった周囲の人達の中で君の心にある傲慢が膨張していた。

 

「確かに同世代で考えたら爆豪さんは間違いなくトップを狙えるよ。けど絶対にトップにはなれない」

「あぁ!?どういうことだよ!!」

「ヒーローってどんな仕事だと思う?」

「そんなのヴィランをぶっ潰すのが仕事だろうが!!」

「当り、同時に違う」

 

 はぁ!?と表情を歪める爆豪さんに私は答える。

 

「強さはヒーローに大事な事だ、同時に人を喜ばせる事が出来るのがヒーローでもある」

 

 オールマイトはどんな状況でも常に笑顔だ。その裏にどんなものを抱えていようとも、それを絶対に面に出さない、恐怖とは伝染するもので希望とは常に輝いていなければならないもの、そのことを彼は誰よりも理解しているだろう。

 

「永遠の№2ヒーローと呼ばれるエンデヴァーって知っているでしょ?あの人、事件を解決する手際とかサイドキックの配置とか、適材な人を動かす事に関しては間違いなくオールマイトより優れているよ。だけど一番になれないのはあの人が近くにいると安心できるとは言えない、あんな上を憎むような眼をしていたら、ヴィランが潜伏しているのを探しているのではないか?と実力は信頼できるけど不安を生み出してしまうから、居るだけで人々を喜ばせる事はできない」

「………何が言いたいんだよ!!」

「爆豪さん、貴方は、本気で、その破壊的な“個性”と貴方の心で――――どうやったら人の心が救えるか真剣に考えたことある?」

「―――――人の心、だと?」

 

 他人を救う事、綺麗ごとを幾ら並べてもその重さは計り知れない。

 

「ヴィランを倒して他者を救えば全部解決なんてそんな単純なものじゃない。恐怖や絶望とか、そういう他人のものを自分の分も含めて飲みこまないといけない。ヒーローを名乗るってことは誰かの心の弱さを支える柱になることだと私は思っている」

 

 前世の私はそこまで考えなかった。自分の全てを出しきって救い出す方法はどんなものでもいい、代償の為に人間を捨ててもいい、“個性”によって歪められた社会を世界そのものを零にするために私達は命を賭けた。他人からどう思われているのか深く考えず知らずに、痛いと止めてと言う人々に耳を貸さずに容赦なく理想を武器に殴り続けた屈服するまで、降伏するまで、死ぬまで、何度でも。

 

「貴方はどう思ってるの爆豪さん、自分が満足するためにヒーローになるの?他人なんて自分を引き立ててくれる道具って思って!!ムカついたら貴方の事を命を賭けて助けようとした兄さんにたとえ冗談だとしても自殺教唆した気持ちが今も変わらないなら!!本気でそう思い続けるのなら!!貴方はヒーロー(助ける側)になるべきじゃない!!!」

 

 徐々に胸に秘めていた思いが沸騰して冷静に言っていた言葉が、いつの間にか激情を乗せた声音に変わっていた。言い切った私は荒く深呼吸をして心を冷やして、唖然とする爆豪さんに伝える。

 

「他人のたった一つしかない命を、自分のたった一つの命を賭けて助けに行くのがヒーローです。大した事のないと思った一言が言われた本人にとって自殺に追い込む凶行へと走らせてしまうことを知ってください、兄さんにちゃんと謝ってください」

 

 昼休みを終えるチャイムが聞こえた。このまま教室に戻っても遅刻確定だけど、このままここに居るわけにもいかず私は足を進め爆豪さんを通り過ぎた。

 

なにが間違っていたんだ

 

 小さな声、だけど私には、はっきりと聞こえていて一瞬足を止め何かを言いかけたが結局何も言わず私は足を進める。ここで止まると言うのなら幸せだろう、それでも進むと言うのなら、その時は背中を少しだけ押してあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆゆゆゆゆゆゆ、百合ぃぃぃ!!!」

「どうしたの兄さん、落ち着いて」

「かっちゃんが僕に向かって舌打ちしながら『サーセン』って言ってきたぁぁ!!!!」

「……ふふっ」

「なんで嬉しそうなんだよ!!こんなことは絶対にありえない!明日隕石とか落ちて来るって!!」

「兄さん兄さんちょっと落ち着いて、大丈夫だって……ふふ」

「百合ぃぃぃ!!」

 




キャラ崩壊はお友達、最後まで爆豪さんのキャラはどこまで言わせていいのか境界が分からないからほとんど百合に話してもらいました。
戦闘描写も碌にないし、なんでガールズラブを入れた理由とかまだまだ書けてないし、次は緑谷兄の修行風景書いてやっと雄英受験する予定です。

最後に恥ずかしくて同じくらいに嬉しかったマキシマムトマトさん、あんな感想始めてでした。確かに重いとは感じましたけど、それ以上に全部見てくださってありがとうございます。誤字報告してくださった方々もありがとうございます。


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第七話:知る故に

一時はランキング4位とか5位とか8位に載っていたのを見た時、私のガラスハートが『ひぎィ!?』となりました。丸一にくらいパソコンの前に立ちながら自分が書いているのはひょっとして面白いのか(目がグルグル)と思い、プロットなんて作らずその場のノリで書いているのに、とか色々考えましたがまぁ楽しければいいやと開き直り中、評価感想ありがとうございます!!


 僕、緑谷出久には家族に隠している秘密があります。

 あのヘドロ事件の後、僕はあのオールマイト直々に後継者にならないかと誘われた。“無個性”だとずっと笑われてきた僕がヒーローになれる、“個性”を受け継ぐに値する心を持っていると。

 

 僕は即答した、お願いしますと。

 一瞬だけど永遠にも感じた過去が脳裏を過った。

 僕に出来るのか、僕がオールマイトの後継者に本当になれるのか、そもそも僕はやり遂げる事が出来るだろうか。

 だけどかっちゃんの言葉、百合の言葉が全てを吹き飛ばした。

 

『妹の陰でコソコソしていたお前が今更何をやれるんだ!!?』

 

『トップヒーローを目指す者が、弱者(・・)に対することはこれですか』

 

 二か月前から必死に百合の自己鍛錬する背を追ってきた。自画自賛だけど昔と比べて体が鍛えられて身体能力が向上したことが嬉しかった。でも、ヘドロ事件で出来たことは走っただけだ。僕とかっちゃんを助ける為に大怪我してギプスをやっと外せたことに喜んだ百合の右手の関節には痛々しい手術痕が残っていた。

 それを見た時、あぁ、僕はなんて弱い(・・)んだと、守る側であるヒーローではなく只の一般人である守られる側にまだ居るのだと痛感させられた。心の底から悔しかった。

 

 オールマイトが僕専用トレーニングプランを作ってくれると聞いたとき、僕は百合と一緒にやってきた内容を伝えると、それを含めたプランに調整してくれるそうだ。

 

「緑谷少女と会った時、私の高校世代を思い出すほど鍛え抜かれた体だと思ったが、鍛練を小学生の頃から?」

「母さん曰く幼稚園児の頃から既に筋トレを始めていたらしいですよ」

 

 記憶の中でも百合は気づいたら僕より遅く寝て早く起きて、走って筋トレして、学校行って帰ったらすぐに走って筋トレして、また勉強して寝るという生活をずっとしてきた。休みの日も基本的に友達とどこかへ遊びに行く時も含めて、家にいる時は少ないぐらいだ。

 

「ふむ、それだけしているのにヒーローを目指している訳ではないのか」

「周囲に散々言われてますけど、私の“個性”はヒーローに向いていないだとか、他人より身近にいる人を優先したいとか、そもそも皆が求めるヒーロー像と私が目指しているヒーロー像が違うとか」

 

 あぁ、そういえばこんなことを言っていたな。

 

全てはただ一つの為に(オール・フォー・ワン)、それが百合の信念、だからなりたくないじゃなくてなれないって」

「なるほど、遠征せず地元を守る専属ヒーローとしての考え方を更に範囲を狭くした感じか」

 

 骨と皮膚だけの貧相な体、テレビでよく知る剛強の肉体ではない。本人曰くとあるヴィランの襲撃で負った重傷によるものが原因で、力を入れてしまえば折れてしまいそうなゾンビのような姿をトゥルーフォームと自称している姿だ。僕も知った時は驚いたけど、逆に言えばどんなヴィランでも倒せると無意識に思い込んでいたオールマイトにあれほどの怪我を負わせることが出来る存在がいるということだ。

 

「あの、百合から聞いたんですけどオールマイトはお見舞行ってくれたんですよね?ありがとうございます」

「なに大したことないさ、しかし未来の後輩になるかもしれないと思ったが……そうかヒーローにはならないのか」

 

 少しだけ残念なそうだった。今こうやってオールマイトの後継者になるべく体を鍛えているが、思想が違っていれば百合が受け継いでいたかもしれないと思うと納得できる、寧ろ心のどこかで百合の方が相応しいのではないかと思う所もある。

 

「どちらを選ぶとなれば私は同じように緑谷少年を後継者に選んでいたよ」

「え!?」

「顔に書いているよ、緑谷少女の方が良かったのではないかと」

 

 驚愕する僕にオールマイトは君は分かりやすいなと零しながら立ち上がる。

 

「確かに君と比べて器は彼女のほうが完成している、私の“個性”を受け継いでも問題なく行使できるだろう……だが君も見ただろう、あの血の凍るような表情を」

「…………はい」

 

 あれを初めて見たのは暴力未遂事件―――だと思ったのが、時間が経って思い出したことがある。四歳の頃、かっちゃんが虐めている同じ歳の子供を庇ったことがあった。相手は“個性”を持った三人、僕は”無個性”でたった一人、勿論これでもかと言わんばかりにボコボコにされた時、騒ぎを聞きつけたのだろう百合がやって来て三人が蛇に睨まれた蛙のように止まった。その時、意識が朦朧としてて何があったのか詳しくは覚えてはいない。ただ、かっちゃんを含めた三人の痛々しい悲鳴と涙声を漏らしながら逃げる背を睨む姿は、僕をあの先輩達から助けてくれた百合の瞳と重なった。

 

「長くヒーローをしているとね、色んな物を見てしまう。ただ己の快楽のために“個性”を使って善良な市民を傷付けるそんな奴とは別に、善悪関係なく己の使命を成し遂げる為ならば、他者も自分さえも平気で天秤に置くことが出来る意志を」

「そんなものが……?」

「平たく言うと復讐心、或いは大切な人との約束を果たす為とかね。敵に回すと“個性”に関係なく一番危ない存在になる、死んでも終れない(・・・・・・・・)不滅の意志は私の”個性”であっても絶対に砕けない物だからね」

 

 ナンバーワンヒーローとしての言葉の重み、というものだろうか。そして、疑問なんて思いつかない程に納得した。

 

「あの歳であんな目をする者を私は見たことがない。だから私は緑谷少女に個性を譲渡するのは危険だと判断した。確かに多くの人を助け、ヴィランを倒してくれるだろうが、だが目的の為ならば何をやってしまうのか……想像が出来ない」

「……大丈夫です」

 

 僕はまだ頼りない胸を張ってオールマイトにはっきりと伝える。

 

「もし、間違ったことをしてしまいそうな時は僕が止めて見せます。僕は百合の兄貴なんですから」

「……そうか、そうだよな。私の後を継ぐんだ、妹一人ぐらい危なくなったら止めて見せろよ緑谷少年!!」

「はい!!」

 

 双子の兄妹として生まれたけど僕は百合と向き合うことが出来なかった時間が多すぎる。だけど過去を振り返っても後悔しても、何も生まれないのなら今と未来を大事にしよう。オールマイトの言葉で改めて理解した百合の心の闇をいつか受け止めて、笑顔にするために僕は走り出した。まずはオールマイトの“個性”を受け継ぐ為に体を鍛えて、雄英高校ヒーロー科を合格して百合と一緒の学校に行くために!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 今日は二月の二十六日。遂にこの時が来てしまったのだと、母さんは嬉しいような苦しいような、受験する私達二人より緊張した硬い顔だった。流石にそんな人に包丁は持たせられないと私は無理やりテレビでも見ていてと兄さんと協力して母さんをソファに座らせて、朝食を作り食べて、昨日の夜にアイロン掛けしておいた制服に手を通す。

 

「が、がんばってきなさい。どんな結果になってもわ、私は貴方達を誇りに思うわ!!」

「「……いってきます!」」

 

 それはちょっと言い過ぎで早すぎではないかと私達は内心突っ込みをいれながら、こういう所が母さんらしい。外に出て、私達は歩き出す。かなり時間に余裕を持って出かけたからゆっくりでも大丈夫だ

 

「ふぅ……」

 

 何度も兄さんは胸に手を当てて深呼吸をしている。あのヘドロ事件より数日後、プロヒーローに気に入られ特別トレーニングプランを受ける様になった兄さんは、10か月という遠いようであっという間な時間で見違える程に肉体が鍛え上げられた。私は元々模試判定Aなので過去問をやりながら、日夜使えそうな”個性”を手に入れヴィランと戦い経験を積んでいたら、どうもこの街をオールマイトがロックオンしたようで、何もしないまま逃げる日々が続いたので土日だけ“オールフォーワン”として活動することを決め、県を跨ぐほど遠い場所へ行ってヴィラン退治に精を出す日々だった(それでも来るときは来るが)。

 

「ちゃんと想像通りに“個性”使えそう?」

「うん、百合のお蔭で色々出来そうなことが増えたよ」

「まだまだ付け焼刃だから、無茶をしないでね」

 

 驚くことに一か月と半月ほど前、兄さんに“個性”が発現した。と言って腕をぶっ壊して入院した兄さんの笑う姿は記憶に新しい物だ。どうも増強系の“個性”でその強大すぎるパワーの反動で痛めたらしい。

 勿論こっそり兄さんの“個性”を調べてさせてもらった。“ワン・フォー・オール”、私が前世でマスターに最後に貰った“個性”、マスターが殺したマスターの弟さんの“個性”、前世で私が最後に使って死んだ“個性”だ。

 

「…………ふぅ」

「あはは、百合も緊張してる?」

 

 なぜ、兄さんがその”個性”を持っているのか、一番怪しいのは兄さんを鍛えたというプロヒーローの存在なのだが多忙のため会えず、念のために兄さんに前世のマスターの姿を模写して見せたが知らないと言っていたので、本来の正しい使い方で譲渡された“ワン・フォー・オール”なのだろうか、それともオールマイトと初めて邂逅した時に言われた“オール・フォー・ワン”は私の知っているマスターでなくとも、同じ個性を持った誰かで、何らかの目的で知らぬ間に兄さんに与えた物なのか、と様々な疑問で頭が一杯になって痛いんです。

 

「……そうですね、緊張してます」

 

 主にこれから先、ヴィランは必ず動き出す。良い“個性”を手に入れれたおかげで毘天達の数も安定して増やすことが出来る(数が数なので餌代が凄いんです)のでフェーズⅢになれるほどの軍隊は整った。フェーズⅣはまだまだ先、あれはなるだけなら簡単だが人間に戻れない条件で“ワン・フォー・オール・アンリミデッド”を使いこなすための形態だ。制御する為には、まだまだ“個性”が足りない。

 

「一緒に、頑張ろう百合!!」

「…………はい」

 

 こっちは頭の中が心配の花畑となっているのを知らず、兄さんはぎこちない笑顔をする。それを見ていると、独り立ちできるのはいつになるのだろうかと、心配になってくるし、支えないといけないって思いも湧き出てくる。しかし……

 

「意外に早いかもしれない」

 

 兄さんに聞こえない声で、決意できていない意志で私は未来を憂う。

 緑谷百合を捨てるのは、割とすぐそこまで来ているのかもしれないと。

 




百合色々勘違い中。
下手にオールマイトと百合を合わせてしまって百合が兄が後継者と知ってしまったら色々終わってしまうので、どうやろうとした結果がこれだよ!!
共存個性レギオンと一番相性いいのは”凝血”と思って色々考えたらあれ?”ワン・フォー・オール”のほうがヤバイという結論に至ったこの頃。


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第八話:積み重ねた結果

暑すぎ、それ以上に言葉が見つからない。


 遂に来た雄英高校、パンフレットで見たけれど見上げる程に大きい校舎だ、軽く周囲を見渡しても警備のために見せている物、隠している物がたくさんある。清掃もしっかり出来ている、これは前の学校みたいに気軽に毘天を張り巡らすことは難しい。なにより、この場所に足を進めていくほどに隣の兄さんは緊張しすぎなのか、ロボットのようなカクカクの動きをしている。大丈夫だろうか。

 

「兄さん、兄さん」

「な、ななななななななななんななに?」

「“な”がゲシュタルト崩壊してるけど、大丈夫?こういう時って手に“の”って書くと落ち着くらしいよ、書いてあげようか?」

 

 兄さんの手を握ろうとした時、どけ!と響く声の方に向くと爆豪さんがいた。

 

「…おはよう」

「お、おはようかっちゃん今日はお互いがん……」

 

 爆豪さんは何も言わず私達を通り過ぎていく、大きな声だったのでいつの間にか同じ受験生の視線が集まっており、テレビで一応出ていた私達は注目されていた。いつになったらあの時の事が忘れて貰えるんだろうか、今思えば入院していた時に気軽に記者からのインタビューに答えるべきじゃなかった、とか後悔してため息が出る。

 

「あの日から爆豪さん、兄さんに何かしてこなかったよね?」

「う、うん」

 

 それは良かった。しかし、兄さんと爆豪さんは同じヒーロー科、もし同じクラスになったら大変かもしれない。片方マシにはなったけど過激な発言が多いし、片方それに対して特に言い返さないから、互いに面と向かって話したことない筈だから。心配はするが、私は介入するつもりはない、流石に血が出るような喧嘩なら止めに入るが、私も知らない二人の間にある問題は二人で解決してほしい。

 

「そうそうヒーローというのは実力、精神的な意味で問われる存在だから直接本人の素質を目で見る面接がないってことは……実技に混ざっている可能性があるから気を付けてね」

「そ、それはどういうこと?」

「ヒーローとはなにをする者(・・・・・・)なのか、それを今一度飲みこんで考えてね。それじゃ、受験場所が違うから」

 

 バイバイと兄さんから離れる。ここから貴方が主役、私の予想通りなら兄さんのある行動一つで合格の有無が確定的になる。

 

 

◆◇◆

 

 

 実技試験はプロヒーロー『プレゼント・マイク』が説明してくれた。入試要項通り、10分間の模擬市街地演習で、三種類の仮想ヴィランを各々なりの“個性”で行動不能にしてポイント稼ぐのが目的だ。しかし渡されたプリントには仮想ヴィランは四種類と記載されている。そのことに同じ受験者が質問すると、それは0ポイントのお邪魔キャラと言う訳だ。最後に『プレゼント・マイク』は声を高らかに雄英高校の”校訓”をプレゼントしてくれた。

 

 かの英雄ナポレオン=ボナパルト”は言った。「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく物」、Plus Ultra(更に向こうへ)”と。

 

 

「広っ」

 

 試験場での移動の為に乗り込んだバスから降りると誰かが呟きそれに全員が頷いた。僕達の目の前には幾つもの巨大なビルが立ち上る都会の街並みそのものを区切ったような場所だった。流石天下の雄英高校かとびっくりしながら、動きやすい着替えを済ませた僕は、百合と母さんが話し合って、少しでも手足(・・)の負担が軽減できるようにとバイクに乗っている人が使っているような腕と膝をカバーできるプロテクターをきつく装着する。百合も忙しい筈なのにスパーリング付き合ってくれたおかげで、だいぶ形になってきた筈だ。

 

「うう、緊張してきたぁ……!!」

 

 えっと、この場合は掌に”の”って書くんだっけ?

 

「ののののののの……」

「そこ!試験会場でも言ったが諄いぞ!!」

 

 咎める声音に思わず体が震える。僕の肩に触れたのは『プレゼント・マイク』の登場に思わず癖でボソボソと私語を呟いて、怒ってきた眼鏡をかけた男の人だ。

 

「精神統一を図っている人も多くいる中で、周囲の集中力を妨げる行いは即刻やめろ!何だ?妨害目的で受験しているのか?」

「おいおいアイツ、たしかヘドロの時、何も出来なかった奴だぜ」

「あぁ!あれか、はは注意されて萎縮しちゃってるよ」

「少なくとも一人はライバル減ったんじゃね?」

 

 なんだかラッキーって思われてそう。確かに少し離れた場所で考える「ハイ、スタート!」ん?

 

どうしたあ!?実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!試験は既に始まってんぞッ!!

 

 え?えぇええ!?いきなり!!?ってみんなもう行ってる!!

 

「落ち着け、落ち着け、あの10か月を思い出せ!!」

 

 春は毎日のように筋肉痛に苦しみ、夏は一日に何度も吐いて、秋は一度腕を壊して入院して、冬は何度も百合とスパーリングした日々を!!

 

 

『兄さんの“個性”は自らの肉体すら破壊する強烈なパワー、それを制御するのは今のところは無理』

『…そんなに落ち込まないで、今のところはでしょ?学校行って、受験勉強しながら、兄さんを指導してくれているプロヒーローさんのノルマを達成していたらそんなに時間が残されていない、かといってこれ以上無理したらどっかで体壊して、実技で落ちて筆記で落ちたら目も当てられないからね』

『この前街で会った兄さんと同じ増強型“個性”のプロヒーロー、デステゴロさんにちょっとアドバイスを貰ったんだ。圧倒的なパワーに大切な事は“手加減”だって』

『相手が同じような“個性”ならともかく、ヒーローはヴィランを倒すのも大切な仕事の一つだけど、もし殺してしまえばヴィランと同じだ。だからこそ、手加減。一撃、或いは連続攻撃で確実に意識だけを潰す、つまり出力に区切りを作れないかな?この辺りまでなら体は壊れないってライン維持しつつ、それを全身に纏うイメージで……』

『うんうん、それを常に出来るようにね。なんでいきなりチョップしてきたかって?これで解除されたでしょ、この程度で集中力を解いちゃダメ、早く巡らせて尚且つ維持が課題、上限向上は直ぐに出来なくても、それならいつでも出来る訓練だから』

 

 

 

『一緒に雄英高校、行けるといいね』

「――――ワン・フォー・オール・フルカウル、3%(・・)!!!」

 

 もう何度もやった溢れ出る力を全身に纏い、地面を蹴った。

 

「なッ!!?」

「は、速いって!!」

 

 一気に跳躍して景色が変わる。緊張からの震えは既に止まっていた。

 入試要項では仮想ヴィランを倒せという内容だけど、その総数も配置も書いていなかった。つまり、この会場に“どこ”に“どれだけいる”か僕達は教えられていない。ポイントになる仮想ヴィランをどれだけ早く見つけて、移動して、倒して、冷静に判断出来るかの早い者勝ちだ!!

 

「標的捕捉!!ブッ殺ス!!」

 

 路地裏から出てきたのは仮想ヴィランは1Pの奴だ!アームに取り付けられたシールドで防御される前に地面を思いっきり蹴って、その加速のまま殴る!

 その一撃は仮想ヴィランの腹部を捉えビルの壁に陥没するまで吹っ飛んだ!火花を上げなら行動不能、これで1Pゲット!

 

「いける、いけるぞ!!」

 

 あの時とは違う、僕はちゃんと戦える!!オールマイトから授けられた“個性”と百合のアドバイスを元に僕の体に合う様に調整した“フルカウル”。

 小さい頃からかっちゃんと喧嘩したら負けたことがないぐらいに慣れていた百合からは脚を使った技、オールマイトから拳を使った技を教えてもらった。まだ理想に程遠いけれども、それでも昔のような傍観するだけの立場じゃない!

 

 広場には多くの仮想ヴィランがいたが、それ以上にそれを狙う同じ受験者が多かった。協力してポイントが分割されるなんて言われていないから、そう考えると一人だけでどれだけの仮想ヴィランを倒せるかだ!探知系の“個性”を持っていない僕はとにかく単独で動き回り、人が少ない路地裏でまだこちらに気付いてないロボット集団を発見した。

 

VIRGINIA(ヴァージニア) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 強化された身体能力で跳ぶように飛び蹴り。二体を貫通して、腕と足のプロテクターが滑り止めを役目をしてくれたおかげで強引に体勢を整え、こちらに武器を構えようとしている仮想ヴィランをジクザクに高速で動くことで、照準が定まらず混乱している内に距離は詰まった。

 

SMASH(スマッシュ)!!」

 

 これで46P!!無茶に上限以上の力を出してしまえば筋肉が千切れたり、骨が折れたりしてしまうから無理は出来ないから、見つけたら飛び出して速攻で一つ一つ倒していくしかない。体を壊すほどの出力を上げれば殲滅できるぐらいの破壊力を出せるけど、10分間動き回らないといけない内容で、一番高ポイントの仮想ヴィランでも3Pしかない!それが都合よく集まっている所なんてないし、このまま確実にやって『ドンッ!!』……え?

 

 見てしまったのはプリントにも載っていた0Pの仮想ヴィラン、周囲のビルより一回りも二回りも大きく、僕が倒してきた仮想ヴィランなんて蟻のような大きさだ。

 

「……逃げる!!」

 

 試験の内容からしても倒す必要なんてない!!一切メリットなんてない仮想ヴィランを相手にする必要なんて……

 

『ヒーローとはなにをする者(・・・・・・)なのか、それを今一度飲みこんで考えてね』

「あ……」

 

 脳裏に浮かんだ言葉に僕の足が止まった。みんなは逃げていく。心のどこかで一緒に逃げてしまえと語る僕がいる。だけど、それはヒーローの行いなのか?自分より強いヴィランが現れたから逃げるを選択するヒーローは果たしてヒーローと名乗れるのか?

 

「違うッ!!!」

 

 そうじゃないだろう緑谷出久!!オールマイトに授けられた“個性”がある、あの夕暮れに誓ったはずだ!百合がヒーローになれると言ってくれて沢山の事を教えてくれた、色んなことを一緒に考えてくれた!!そんな二人に胸を張って笑顔を絶やさないヒーローになる為に僕がする行動は逃げることじゃないはずだ!

 路地裏から出て状況を確認する。みんな逃げ出している中で僕は見た。百合と別れた直後、こけそうになった時に助けてくれた女の子が瓦礫に足を取られて動けない姿を。あと一歩進めば押し潰せるほどに接近していた巨大仮想ヴィランの姿。

 

『転んじゃったら縁起悪いもんね』

「――――今、助ける!!」

 

 直ぐに瓦礫を退けて抱えて逃げるのは不可能、今の3%で巨大仮想ヴィランを倒すことは出来ない。そんなことは僕が一番分かっている。だからフルカウルを解く。そして全ての力を足に込めて蹴る。景色が変わり、一気に目の前まで肉薄する。

 

DETROIT(デトロイト)――――」

『緑谷少年、もしもう一度100%を使うとき君はきっと誰かを助ける為に使うだろう。その時はケツの穴ぐっと引き締めて心の中でこう叫べ!!!』

 

 筋肉がブチブチと嫌な音を上げるが気にしない渾身の力で拳を握る。

 

「――――SMASH(スマッシュ)!!」

 

 巨大ヴィランは、弾けるように大きく上半身を後ろに傾け周りの建物を巻き込みながら倒れた。 

 

 




試験で力持ってたら結果は同じになるだろうけど、こうなるかな、とか思って書きました。多分この小説で初戦闘、主人公の百合の戦闘シーンはまだ先だなぁ…誤字脱字、感想評価ありがとうございます。励みになります。


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第九話:これからの決意

更新遅れて申し訳ない。
エアコン壊れてヤベーイ事になってました。


 試験が終わり、一週間という時が経過した。その間の兄さんはずっと落ち着かない様子で、誰かに電話をしようとして難しい表情をして結局電話をせずに近くに置いてあったダンベルを持って体を鍛えている。

 雄英高校に合格する為に十か月の間、まともな休日を挟むことなく常に無茶ギリギリの所まで肉体と精神を追いこんで全力疾走してきた兄さんは試験で相当無茶をしたらしくリカバリーガールに治療を受けて試験が終わっても自力で帰れない程に体力を消耗して、私は兄さんに肩を貸してタクシーを呼んで家に帰った。ヒーロー科の試験内容は後日、兄さんから聞いたが、とてもじゃないが戦闘経験なんてないであろう中学生にいきなり戦闘をしろ、なんて無茶な内容だ。

 

 しかし、同時に納得した所もある。雄英高校は最初から何もかも教えるつもりはないのだ。ある程度の戦闘力、知識、判断能力、それらを試験前から所持している前提条件で、それを持っていない物には雄英ヒーロー科の小さな門を潜る資格はないのだ。

 

「46P、ね」

「……うん、それが僕があの場で出来る全てだった」

 

 たった1~3ポイントしかいない仮想ヴィラン達を倒して、そのポイントの上位メンバーによって合格者が決められる。兄さんが得たポイントは確かに多いとは思うが、あの一般入試枠36人で倍率300倍という控えめに言って頭おかしい狭い門を兄さんが潜り抜けれたか、どうかは合格通知が来るまで分からないのだから。

 

「…………」

 

 兄さんの表情は暗い。スタートダッシュがみんなと遅れたり、思い返してみれば色々と後悔が思い浮かんでいただろう、筆記のほうは自己採点でギリギリ合格ラインには届いているのは確認したとのことだから、本当に実技試験で兄さんのライバル達がどれほど点数を稼いでいたかだ。

 

「そ、そういえば百合はどうだった?面接と筆記試験は」

 

 母さんが暗い雰囲気に耐え切れなくなったのか、話を別の方向に移そうとする。因みに母さんそれはもう言ったけど。

 

「面接は問題ないよ、普通に答えて終わった」

 

 因みに普通科も倍率は10倍以上になるほど受験者も多いので、集団面接だった。相手は世間で有名なプロヒーロー達と写真で見たけど雄英校長の根津校長、その姿と容姿はネズミ(大体幼稚園児くらいの大きさ)そのもの。異形型“個性”ではなく毘天のような人間以外で“個性”が発現した者だ。

 

「筆記試験も特に問題なし、全教科100点あるとしたら95点ぐらいだから」

「「………ははは」」

 

 兄さんと母さんは思わず苦笑い。むぅ、私だって兄さんと同じ高校行きたかったから頑張ったよ。オールフォーワンとしての活動も勿論していたから毎日遅くまで眠れなかったし、オールマイトとエンカウントしたら活動限界まで全力で隠れて逃げてを繰り返したし、大変だったんだよ。

 

『ニュースです。オールフォーワンが神野市に出没、凶悪なヴィラン達をたった一人で一網打尽しました』

「あ、また出たんだ」

 

 居間のテレビに映ったのは、偶然にも撮られてしまった私が大暴れするヴィランを倒す映像だ。街中だったから、毘天達で一般人を逃がしつつ交戦していたのだが、奴の個性は異形型の個性”オニ”、単純明快なパワーのたった一振りで瞬く間に建物を崩壊させるほどだった。プロヒーローも何人か駆けつけ一度は捕まえる事に成功するが、個性を増幅させる薬を体に撃ちこんで更に狂暴化、プロヒーローに漁夫の利で捕まえられたくなかったから背を向ける事はしないようにしていたが、奴の傍で歪んだ車の中に幼い子供とその親の恐怖に震える姿を見たら、もうやるしかないと思って突撃してしまった。

 

『凄いですね。あの怪力を真正面から受け止めながら背の蜈蚣で車を一部破壊、中に閉じ込められていた親子を救出、体の一部をヘドロ状に変化させて(・・・・・・・・・・)拘束、そのまま誰もいない場所に投げ飛ばすことで安全を確保している鮮やかです』

 

 そっと横目で兄さんと母さんを様子を見ると二人の意識は、テレビに釘付けだ。

 テレビに映っている私は背から生やしている四体の毘天の口から火を勢いよく噴き出すことで加速、大木のように巨大化した拳を避けると、ヴィランの表情は更に烈火の如く赤くなり嵐のようなラッシュを繰り出すが、既に個性“残像”によって奴の視界から姿を消しており、私を象る影達を好きなだけ殴り続ける間に既に脳天目掛けて放たれた個性“筋力増加”を重ねた回し蹴りが確実に奴の意識を刈り取った。ヴィランの巨体が倒れ、ヒーロー含め騒然とする場所で、未だに震える親子の下へ駆け寄って涙と鼻水で濡れる男の子に視線が合うようにしゃがんで頭を撫でる。

 

『もう大丈夫、私がいる』

 

 子供を安心させるような優しい声音、その言葉は、もう死ぬ運命を受け入れていた小さな私を救ってくれたマスターの口癖のようなもので、私と初めて会った思い出の最初の言葉でもある。

 

「……どうしたの百合?」

「母さん、何でもないよ」

「でも、初めてヒーローを見た時のような泣きそうな顔していたから」

 

 何でもないと再度言い放つ。前世では悪の帝王とか色々言われていたが、私にとってマスターは間違いなくヒーローだった、たとえ私の“個性”目当てで、使い勝手のいい駒にするためでも、それでも良かった。マスターに教わった全てが私にとって明日の希望に繋がる物だったのだから。

 

『複数の“個性”を同時に使う前例がない“個性”、更にオールフォーワンによって倒されたヴィランの証言によると、自分の“個性”をコピーされた、と言っており実際にこの映像後に再びオールフォーワンが目撃された時、体の一部がオニのように赤く巨大化してヴィランを空高く殴り飛ばした、という情報を入っております』

「“個性”をコピーする”個性”………凄い、そんなことが出来るなら全能に近い存在だ」

 

 ブツブツと私達の個性について考察を始める兄さん、映像は終了して個性研究の専門家やヒーロー研究者、元警察の署長も交えて議論が始まった。どうしてこれだけの事が出来るにも関わらずヒーローにならないのか、もしくはなれないのか、“個性”というのはオンリーワンな物を同時に使う事は危険な薬品を混ぜる事と同じで非常に危険な筈なのにそんなことが出来るのかとか。そもそも―――――私はヒーローなのかヴィランなのか。

 

「ヴィランだよ、オールフォーワンは間違いなく」

 

 時々鋭い意見が飛び交った、法外で好き勝手に“個性”を乱用する存在はどんな行いであってもヴィランだと、ヒーローが倒されてから動き始めたオールフォーワンが動かなければ更なる被害が及んだ、どんな状況であれ法は人の論理に境界を作る物であり歪められてはいけない、ならあのままあの親子が殺されていても仕方がないと済ませていいのか、それは私には答えらない、オールフォーワンは間違った事はしていないヒーローとしての当然の責務――――

 

「あ、あれ?テレビが消えた」

「どうしたのかしらまだ新品のはずよ」

「調子がおかしいのかな」

 

 毘天ナイス、そのままちょっとテレビが映らないように部品除いておいて。

 

「私、ちょっと外走ってくる」

「今の時間に?外は暗いわよ」

「ちょっとコンビニで雑誌買ってくるだけだから、兄さんアイスでも買ってこようか?」

「別にいいよ、それより遅いよ?明日でもいいんじゃないかな」

 

 今買いに行きたいと二人に強引に言い聞かせて、私は逃げる様に外を出る。目的は勿論コンビニじゃない別の場所だ。

 

「……困ったな」

 

 向かった先はゴミ箱海岸と呼ばれた市宮多古場海兵公園だった。海流的な理由で漂着物が多く、そこに付け込んだ不法投棄が好き勝手に行われたこともあって、水平線が見えない程のゴミだらけの場所はきれいさっぱりにされていた。元から一か月に一度は()に会う為に足を運んできたが遂に善良な市民、或いはヒーローが片付けてしまった。ここは、人が滅多に立ち寄らず、海に面して一番手軽に私が来れる場所だったんだけど、別の場所を探すようにしないと。

 

「毘天、周囲に人影はある?」

『暫シオ待チヲ………クリア、アリマセン』

 

 ありがとう、そう言って私は毘天達に周囲に人影が来たら直ぐに、思い浮かんだ言葉を文章にして頭に情報として伝える個性“メール”を使って報告するようにと指示を出して、解散させた。暗い夜空を映すように、黒い海、街灯の光が少しでも届かない約束の場所に足を進めると既に()は海の中で待っていてくれた。

 

「お待たせ毘天羅(・・・)

『いえ、来たばかりです、ご主人様』

 

 他の毘天とは違う片言ではない言葉と同時に海面が持ち上がった(・・・・・・・・・)。現れたのは超巨大な蜈蚣、山すら巻きつけるであろうと巨体、その牙だけでも旅行バスのよう大きく、その体は戦艦のような太さで、放たれる威圧感と常識を超えた存在は、生者というカテゴリーを外れた正真正銘の化物と断言できるものだ。

 

『雄英試験お疲れ様です。ご主人様のことです、当然合格でしょう』

「だと嬉しいね、体の調子はどう?」

『まだまだ傷は癒えそうにないですね、この巨体です。回復系の“個性”を持ってないのもあって時間は掛かります』

 

 毘天羅は他の毘天とは違い、前世の唯一の生き残りで“ワン・フォーオール・アンリミデッド”を持つことが出来る毘天だ。私は死んで転生という形、この毘天羅は死なずにあの戦いの影響で、この世界に転移してしまった存在。

 

『………何かありましたか?』

「ちょっとね」

 

 私は先ほどのニュースの事を伝えた。私はヒーローにはなれない、なってはいけない存在。闇の中で生まれ闇の中で生きてきた、大勢の人々を幸福にさせるために不幸にさせてしまった。

 

『変わりましたねご主人様、前世の貴方は冷酷で激烈でした。全てはオール・フォー・オーバー様を裏で暗躍させる為に』

「……私達は個性無き世界を造ろうとした。最後は世界がそれを否定した………あの後、人類はどうなったんだろうね」

 

 8割の人類を無個性にした時点で既に表裏の頭領も存在がばれている。残りの二割の人類は私達が操る人を素体にした怪人、“脳無”と呼んだ複数の“個性”を持ち、更に私が持っている制御不能まで強化してしまった物とは別に調整された“ワン・フォー・オール”を持つ脳無達の部隊と共に世界を侵略したが、最後の最後で人工的に個性を生み出す技術を人類は手にした。造りだしたのはある言葉をトリガーとし、持ち主の精神を破壊する“個性”。

 それに元から数億(・・)の個性を抱えて、幾度も改造を繰り返し人間を辞めても足りず精神的にも肉体的にも限界寸前だった私の親友で、マスターの実娘、オール・フォー・オーバーはその“個性”を奪ってしまい、発動させてしまった。

 

 恐怖と絶望と憎悪と憤怒、あらゆる負を解放した狂ったバケモノ(家族)は全人類を抹殺しようとした。数十万という脳無が世界中で殺戮を開始した。無個性という本来の人類の歩み方を始めた、私達が救ってきたと信じていた人たちは、無個性故に抵抗も出来ずみんな殺されてしまったんだろう。

 

「………あんな状況なのに、私は親友を止める方法だけを考えてしまった」

 

 誰かが救われますように、

 誰かが笑顔になれますように、

 誰かが明日に希望を持てますように、

 そんな願いを抱いて私は戦ってきたはずなのに、誰かの助けの声が聞こえていた筈なのに、最後は家族を選んでしまった。

 

 あらゆる“個性”を試して悪魔に堕ちた家族を助けようとした。

 でも出来なかった、苦しませるぐらいならもう殺すしかなかった。

 狂っても数億の個性を持つ人類が到達してはいけなかった“個性”の究極が相手だった。同じく人間を捨てた私でも死力を尽くして相打つしかなかった。

 

 

 そして私達は死んだ。

 “個性”が原因で国同士が戦争したように、私達も殺し合った。星に癒えぬ傷を負わせて。

 

「私達が歩んだ先は、殺戮でも、救済でもなかった、虚無に終わった」

 

 星の生命活動まで介入できる神の如き技のオール・フォー・オーバー。

 星に罅を入れる巨人の如き力のワン・フォー・オール・アンリミデッド。

 そんな私達二人が本気で、周囲の環境を一切考えずに、殺し合えば……何が残るって言うんだ。

 

『……ご主人様』

「もしも、もしもの話、私と同じようにオール・フォー・オーバーがこの世界に転生したとしたら……私はこの身を犠牲にしても止めないといけない」

 

 この世界は平和だ。私達があんなことをしなくても世界を安定させようとしてくれるヒーローという心強い人達がいる、誰かの為に立ち上がってくれる人たちが暗闇の中で星のように輝いてくれる。あぁ、本当に心を裂くような悔しくて悲しくて、だけど嬉しくて楽しくて。

 

「だからこそ、お願い毘天羅。私に一発……いや二発でもいいアンリミデッドの灯火を頂戴。今の私なら打てるはず」

『回復系の“個性”は確認できているだけでヒーローのみ、それも自身ではなく他人を対象するものばかり、ご主人様死にますよ最悪の場合、放つ前に』

死んでも終れない(・・・・・・・・)、大丈夫だよ私はやれるから」

 

 この世界を前世の世界と同じようにはさせない為に、きっと私はもう一度チャンスを与えられた。だから、最後まで付き合ってよ相棒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あともう少し、ふふふふ

あ、映画ヒロアカ超楽しかったです。
どうしても原作では雄英学校内での話し故に教師と生徒という関係が出来てしまっているオールマイトと緑谷出久ですが、映画はそこがちょっと違う肩を並べる戦友のような感じで感動しましたED曲ロングホープ・フィリアも最高だった。


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第十話:お前は

※今回の話しはキャラ崩壊濃厚回です


 毘天羅、私の身に何か有った時の為に個性と遺伝子を保存しておくための特別個体、その唯一の生き残りで“ワン・フォー・オール・アンリミデッド”をその身に宿す程ことができる今の私にとって最後の切り札と言える存在、その大きさは山を七巻き半するほどの超巨大であり、その一撃は一瞬にして地図を書き換える必要が出る程の災害級の破壊力。だけど、その体はあの戦いの傷が未だに癒えていない状態だ。

 私の個性“ブラッド・ハザード”を使えば、ある程度の治癒は出来るが、これは対象にそれを治すだけの生体エネルギーがないと出来ない。更に改造(ちりょう)するために私は対象の体の中のあらゆる組織の構造を理解しなければならない(なので異形型の“個性”持ちは難しい)。自分の体を治す時でも、時間と精神力を大幅に消費して疲労するので毘天羅のような超巨大な体を治すことは非常に難しい。

 長年大きな悩みの種だった毘天羅の体調を少しでも良くするための餌(海の中にいるので主に魚類)は、その大きさ故に量が膨大、お腹を満たそうとしたらこの辺りの海域の生物がいなくなってしまうので、世界中を巡ってもらい悟られないレベルで餌を確保してもらった。前世では“個性”を使って異常な速度で作物を育てたり、餌を巨大化させて食べさせていたので、特に問題に感じたことは無かったが、ここまで維持が大変だったとは。

 

「個性“光合成”のお蔭でなんとか大丈夫になったけど……」

 

 暗い帰り道、私は考え事をしながら家へ帰っていた。あの毘天羅は性格が紳士だからなにも言わないけど、その眼は“たまには腹いっぱい食べたいです、ゴ〇ブリ食べたい”と語っている。毘天用の餌として繁殖させているレッドローチとかデュビアはあまりに小さすぎるし、自身を巨大化させる“個性”はあっても、相手を巨大化させるものはない。というか、あの毘天羅が満足するぐらいの量と大きさを用意できても、捕食しようとしたら目立つ絶対に。

 

 私が思うのも変だが、毘天羅を相手にするなら某怪獣王とか某光の巨人を呼んで来いってレベルだ。

 

 転生した影響で前世で持っていた“個性”をほぼ全て無くし、あの毘天羅は”ワンフォーオール・アンリミデッド”だけを保有する為の個体だ。“個性”の収拾と調整、毘天羅と毘天達の世話、学校生活、オールフォーワンとしての活動、何もかも一人でやらなければならない、家族は隣にいない、寧ろ殺してでも止めないといけない強敵になっている可能性の方が大だ。

 

「さて、雄英高校の生活はどうなることやら」

 

 数々のプロヒーローを輩出してきた名門校、それを狙うヴィランも必ずいる筈だ。ただの鉄砲玉ではない、闇の中でひたすら時を待つ狡猾な奴らが、その中にきっといる筈だから。

 

「おい」

 

 考え事をしていると唐突に街角から出てきた影から手を掴まれた。周囲に配置している毘天から送られてくる情報で既に誰かは分かっていた爆豪さんだ。

 

「……なに、どうしたの?強姦?」

「寝言は寝て死ね」

 

 どうしたのだろう?いつもなら手から火花を散らしながら威嚇してくるが、今日は随分と大人しい、その瞳は遠く感傷に浸っていたのだろう。

 

「こんなところで、なにしているの?今日か明日は合格発表の通知が来るんでしょ」

「合格した」

「おめでとう……って爆豪さんの場合は只の通過点か、トップヒーロー目指しているんだものね」

 

 ということは既に兄さんにも結果が来ているな、私は合格している自信あるから特に心配はしてないけど、気になるな。

 

「当たり前だ、俺はオールマイトを超えるヒーローになる」

「そう、頑張ってね。学科は違うけれど応援しているよ。でも、せっかくの祝日なのにこんな場所にいるの?」

「それは俺のセリフだ……受かったのか?」

「珍しいね、爆豪さんが他人の結果を気にするなんて……ううん、まだ結果は見ていないけど合格している自信はあるよ」

「………けっ」

 

 凄く嫌な顔された、落ちてほしかったんだろう。

 

「史上初!唯一の雄英進学者、お前の所為で俺の将来設計が早速ズタボロだよ!!」

「そんなこと一々気にする?トップになればそんな細かいことは関係ないと思うんだけど……後、お前じゃないから、きっとお前達(・・・)になるよ」

「!?あのクソナード、“無個性”のあいつが受かるわけねぇだろうが!」

「“個性”なら発現したよ、ちょっと前にね、凄いパワーだったよ」

 

 もし100%の力を完全にものにしたら、トップヒーローも夢じゃない。無茶しそうで怖いんだけどね。それにしても、爆豪さんが呆然と口を開いて驚愕する様は久しいな、昔危ない場所に子分達と行って落ちた所を助けた時だったっけ。

 

「嘘だろ、個性の発現は通常四歳までだぞ……!?」

「そうなんだけどね、奇跡ってありえるんだね」

 

 まるでコミックの王道的展開だ。……まぁ、兄さんの反応見るに裏がありそうだから調べないといけないけど。誰がワンフォーオールを兄さんに渡したのかを。

 

「もう兄さんは道端の小石じゃない、爆豪さんの背中を今も追っている。気を付けないと超されるかもよ」

「ッ!!テメェ……!!」

 

 握る手が強くなる。その視線に怒りが込められる。

 

「……そこ手術した所だから、あまり力込められると痛いんだけど」

「!!!」

 

 毛虫でも触れてしまった様な反応速度で爆豪さんは私から離れ、複雑な表情をする。……まるで自分の所為だと罪悪感に沈んだような、兄さんと同じような反応だ。

 

「別に気しなくてもいいよ、この怪我は自業自得、無茶無謀をやった当然の末路だから」

「~~~~!!!」

 

 下唇噛んだ状態で何か言葉を発しているように見えたが、爆豪さんの言葉は残念ながら私には解読不可能だ。

 

「それじゃあね」

 

 そう言い残して駆け足で私は家へと帰る。爆豪さんがどれほど思いを心に抱いているのか知らないまま。 

 

 

 

「「百合ぃぃぃぃっぃぃぃぃ!!!!!!!」」

 

 因みに家に帰ると私を迎えたのは二人の涙と鼻水でぐしゃぐしゃな兄さんと母さんだった。結論から言えば私たちは雄英高校に合格していた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 あいつとの出会いは、親同士が近所で仲良かったそれだけだった。

 いつもおどおどして何も出来ない兄と、物静かでなんでもできる妹。

 幼稚園児の頃からの幼馴染で、俺と妹の方にはいつも人が集まっていた。

 俺の個性“爆破”を褒め称える事しかしない奴等と勝手に群れてついてくる奴等。

 妹の方は俺より何でも知っていて、どんなことにも答え、仲間外れだった園児もいつの間にか自分のグループに引き込んでいてクラスメイトや先生にも一番頼られる存在だった。

 

 気に入らなかった。俺より何でもできる奴が。

 体力勝負や“個性”は俺の方がはるかに上だった。

 なのに喧嘩では“個性”を使っても勝てない。

 どれだけ裏で努力しても届かない。それどころか勝っていた筈の体力勝負が徐々に追いつかれそうになった。

 大事なモノが崩れそうになる焦燥感、あいつの兄も何も出来ないくせに俺を他の奴と同じように扱う、徐々に俺の後ろに付いてくる奴らがいなくなる、嫌だ止めろ、俺を一人に……!!

 

『ばくごうってたいしたことないんだね』

 

 ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焦って焦って、むかついてむかついて。

 あいつを見下ろすことが出来るぐらいの、絶対的な功績があれば、誰も出来ない事をやれば俺はまた一位になれる、元に戻れる。そして俺は子分を引き連れて、入ってはダメだと言われた暑い夏空の下、山の中に適当な理由をつけて入って、雑草に隠れた穴にみんな落ちた。

 

 怪我をして立てない奴がいた、家族の名前を泣き叫ぶ奴がいた。

 状況が分からずどうしたらいいか分からない奴がいた。

 俺は助けを呼ぶ為に必死に穴から登ろうとして何度も落ちた。

 大丈夫、きっと誰かが助けに来てくれるから落ち着こうと言うデクの言葉を無視して、汗が滝のように流れ、体が熱くなって、頭がガンガン痛んでも無視して――――気づけば俺は動けなくなっていた。

 

 俺以外の奴ももう泣き叫ぶ体力すら無く、もうダメだと思ったら。

 

 

『だいじょうぶ、わたしがいる』

 

 朦朧とした意識の中で一番嫌いな声が聞こえた。

 目が覚めるとそこは病院だった。

 クソババアから思いっきり拳骨を喰らって、どんなことが起きたのか聞かされた。

 デクの心配をした蜈蚣女が、こっそりと後を付いて行ったらしい。一度見失うが俺達の声で落ちたことに気付くと、炎天下の中を急ぎ走り帰って大人達を呼んで俺達が落ちた場所まで案内した。そして、大人に交ざって俺達を助ける為に色々やって終わった瞬間、俺と同じ症状で倒れた。後から聞いたが熱中症といって一歩間違えたら俺達は死んでいたかもしれない、と聞いて背筋が冷えた、俺がどれだけバカなことをしたかクソババアと普段温厚なクソジジイも怒鳴りつけてきた。

 

『きにしないでやりたいこと、しただけだから』

 

 蜈蚣女はいつものように責めるわけでもなく、咎める事もせず、こんなこともあるさと軽く受け流した。俺がしたことで更に周囲に人が減っていった。危ない奴だと周囲から爪弾きにされた。でも、デクも蜈蚣女も俺に対する態度は一度も変わらなかった。

 それが更にムカついて、蜈蚣女に喧嘩を仕掛けた。結果は勝たせてもらった(・・・・・・・・)。その時は気づけなかったが。それから更に物静かになり、他者とあまり関わりをもたなくなった。何時の間にかあいつのグループは自然消滅して、俺は元通りになった。

 

 あいつが俺より本当は強かった事に気づいたのは、中学校に進学した頃だ。下着泥棒のヴィランを蜈蚣女が一人で倒した。相手は刃物を持っていたにも関わらず、蜈蚣女はそんなこと気にもかけず捕らえた。その事は大きく取り上げられ、多くのモブ達に囲まれて褒め称えられた。昔のように、しかし蜈蚣女は昔のように変わらず、それに付け上がる事もなかった、あんな“没個性”どころか誰からも嫌われそうな個性なのに、何時の間にか蜈蚣女の周りにはモブ達が集まっていた。

 

 相変わらず俺の道をうろうろするデクが鬱陶しくて、なによりあの時勝たせてもらった事にやっと気付いてムカついて、思わずデクを殴った。その瞬間、俺はその様子を見た蜈蚣女に全く反応が出来ない速度で殴られた。

 

『……いつまでクソガキのままでいるの、貴方が一番見下ろしている兄さんより貴方の方がクソガキだ』

  

 その時、蜈蚣女と互いに全力で喧嘩をした。あっちは火傷多数でボロボロ、俺は両肩外されて、他の奴らは引き分けだと言ったが俺は完全に負けていた。あの血の凍るような表情に勝てない、殺されると恐怖を抱かされた。それから俺達は互いに顔を合わせる事がほとんどなくなった、昔はデクと同じように“かっちゃん”と勝手に呼んできたが、“爆豪さん”と他人行儀になった。

 

 

 

 漸く俺は気づいた。

 俺はあいつのことライバルだと思っていて。

 だからこそ、俺はあいつに一番認めてほしくて。

 だけどあいつがいつも見ているのは俺より遥かに弱いデクで。

 なのに、俺が危なくなるといつの間にか現れて勝手に助けて、感謝される事じゃないと直ぐに遠くに行ってしまう。

 

「クソが……クソ、が………」

 

 どうして俺があのクソナードに嫉妬(・・)してるんだよ……!!!

 

 




本当は雄英高校の話を書きたかったけど、そういえば爆豪について話し書かないと、短く済むやろ……と思ったらこの様です。
爆豪のキャラっていざ書こうとすると難しい。これが敵ならフルスロットルで書けるんだけど、一応ヒーロー側だからと考えると一々指が止まってしまう。
あと勝手に動き始める百合ちゃんよ、ちょっとお前無神経すぎない?

日々の感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!!毎日の活力になっております。


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第十一話:雄英高校

 何時の間にか私はそこにいた。

 死臭漂う灰色の廃墟、前世で幾度もなく這いずりながら見てきた光景、マスターに出会った運命の場所。この国では、まずありえない滅びの嵐が過ぎ去った残痕が、強く刻まれている終わってしまった世界の中で足を進ませた、何度も前世の私が辿った道を、夢の中の世界を。

 

『ねぇ、レギオン』

 

 酸性を含む白い霧の中を懐かしい声がした。妖艶な耳に粘着するように残る甘い声、漆黒の闇の如き中に煌々と輝く黄金の双眸、黒曜石の如き光沢を放つ美しい長い髪、どんな高名な絵描きでも彼女の全てを書き写すことは不可能だと血涙を流しながら自らの腕を叩き折るほどの魔性の容姿。彼女はマスターと同じ黒い服装を好み、”個性”の副産物であるこの世の物とは思えない赤い極彩色の翼を広げる様は、正に人の皮を被った悪魔と呼ばれる所以だった。

 

『今日は月が綺麗よ』

 

 胤翼(いんよく)と呼ばれる個性因子と血肉によって形成された翼が空を無造作に裂いた。遠雷の轟音と衝撃波は溺れてしまうほどの死臭、眼下の建物すべてを別の空間へと消した。人智を超えた存在、この世を造り直す為に現れた天魔、《災禍の魔王》―――――彼女はそう呼ばれ畏怖された。同性の私も見惚れる程の美しい笑みをして淡い月の光が濡らした幻想的な光景の中で彼女の口が動く。

 

『お父様は、もう死んだ?』

 

 その時の私は答える。『死んだ』と。

 悪の帝王と呼ばれた男は、たった一つの”個性”を残して、目の前の彼女が全て奪い去った。それだけではない、名声も部下も財宝も組織も全て乗っ取ったのだ。たった一つ残された”個性”と遺志は私が受け継いでしまった。

 

『私を怨んでない?』

 

 私は沈黙した。涙に濡れた瞳で、握りしめた拳で。

 私に何も言う資格なんてない、私の命は彼女のためにあるもの、そうやって教育されてきたのだから、その為に私の人生はあり、そう期待され信頼されたのだから。殺してしまった、止めることは出来なかった、私に残された守る物はマスターの遺志だけだ。

 

『……凄くいい顔しているわ、お父様が居なくなったから今度は私だけが貴女に与えられる、奪う事が出来る。ふふふふふふ』

 

 深淵に潜む魔女のような笑い声で、瞬間移動したと錯覚するような速さで私の目の前に現れ優しく抱擁した。耳元で脳髄まで犯す様な透き通る声が響く。

 

計画(プラン)を始めましょう。この”個性”という呪いに蝕まれた世界を元通りにして、あらゆる不合理を排除して、始めから人類をやり直す為に。ねぇ―――レギオン?いえ違うわね、私ではなく継いだのは貴女だもの、オール・フォー・ワン』

 

 

 

 

 さぁ、二人で神様になりましょう。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「……久しぶりに見た」

 

 目が覚めると見慣れた私の部屋の天井だった。枕元に置いてある携帯端末で時間を確認、寝過ごしてしまった。これじゃ朝の鍛錬には行けそうにない。またオールフォーワンとしての活動時にオールマイトに見つかってしまって追いかけ回された。会った当初は血眼になって追跡してきたが、この頃はどうも様子がおかしい、捕まえるつもりはない、話がしたいと言ってくるようになった。

 

『ゴ主人、起キタカ?飯ヲクレ、ハーヤークッ』

「分かった、分かったから”個性”無しでいきなり鼻とか耳から入るのはやめて」

 

 よいしょと眠気を訴える体を起こしながら、数百は居るだろう毘天達のご飯を用意する。本当の総数で言えばこの十倍はいるのだが、全員のご飯を用意するのは社会人でもない私には厳しく、バイトも学校と親が許可してくれないので何日か交代でご飯を上げている。他の毘天は各自裏山にでも行って狩ってこい、だけど生態系に異常が出来る程の暴食はダメだと禁止している。後人間見たら逃げる事、攻撃してきたら反撃許すと言った感じだ。市販で売っている様な殺虫剤如きでは死なないが、余り本気を出してくるとこちらも相応の反撃をしてしまい、”個性”を持った蜈蚣という存在が世間に広まったら更に大変な事になるので、あくまで普通の蜈蚣で出来る範囲でお願いしている。

 

『『『『『『ウマウマウマ!!』』』』』』

「……あははは」

 

 流石に人間の味覚じゃ繁殖させている餌(ゴ〇ブリ)の味は分からないが、満足しているので良しとしよう。クローゼットに仕舞ったまだ袖を通していない今日から通う雄英高校の制服を着て自室を出ると、同じタイミングでまだ寝巻の兄さんが部屋から顔を出した。目下には、はっきりと黒い隈が見えた。

 

「お、おはよう、百合……」

「おはよう、兄さん。早速だけど今すぐシャワー浴びてきた方がいいよ」

 

 ほ、ほんとう?と目を白黒させていたので洗面台まで押していく。遠足が楽しみで眠れない小学生か!と内心思ったが、今日はほぼ一年ずっと目指したいた高校の入学式で、良く緊張する兄さんの事だ、少しは気持ちが分かるので今日は何も言わないでおこう。

 

「ちゃんとネクタイ結べる?身綺麗にしないと精神は引き締められないよ」

「う、うん分かってる……」

「ティッシュとハンカチはバッグの中に入れてる?」

「ちゃんと入れてるよ」

「なら良し、着替え用意してさっぱりしておいで、私は母さんとご飯作るから」

 

 はーいと欠伸混じりのあいさつをして、服を脱いで洗濯機に放り込んでいる兄さんの体は一年前と比べて全体的に引き締まった。まだまだワン・フォー・オールを完全に扱えるまでのレベルに達してはいないが、それでもあの努力を続けていけば、いつか辿りつけるだろう。

 

「母さん、おはよう」

「おはよう百合、新しい制服姿、超可愛いわ……出久は?」

「色々あったみたいで寝不足気味だったからシャワー浴びさせることにしたよ。まだ時間に余裕あるみたいだし」

 

 そういえば母さんもいつもより早起きしてたみたいだ。私が手伝う間もなく、既に朝食は出来上がっており、盛り付けられた皿を食卓に並べる事ぐらいしかやることが無かった。椅子に座って兄さんを待っていると母さんが神妙な面持ちで口を開いた。

 

「ねぇ、百合。私はちゃんと貴方達の母親でいられているかしら」

「……どうしたの突然?」

「一年前、出久が学校の先輩に暴力振るわれそうになった事件、本当なら私がきちんとしなきゃいけないのに、何時の間にか百合が相手側の両親に交渉して、私は頷くことぐらいしか出来なかったわ。そこから貴方と出久の仲が良くなったのは凄く嬉しかった。私は昔から出久がヒーローになる夢に走る姿を陰から見守る事しか出来なかった、”無個性”として産んでしまった私はずっと諦めて、けど百合は最後まで出久のことを見てくれた」

 

 いざ兄さんが本当にヒーロー科に行くと決まって色々と思う事が溢れて来たんだろう、母さんは懺悔するように語った。

 

「百合の応援が無かったら、出久は雄英高校に落ちていたかもしれない。それほどまでに貴女の存在は出久にとって大きいのよ。貴方は自分の事や出来る事に対して無神経すぎるところがあるから分からないかもしれないけど、それに対して……私は」

「大丈夫だよ、母さんが私たち二人を愛してくれているってこと、ずっと知っている。だから私は安心して前に出れる。そんな悲観することない、ありがとう母さん」

「百合ぃぃぃぃ……」

 

 あーもう、親子含めて泣き虫だよ本当に。ここにはいないけど出張先で毎日体調を気にしてくれているお父さん、ちょっと臆病だけど芯はしっかりしている母さん、頼りないように見えて本当は誰よりも心に消えぬ炎のような意思を持っている兄さん。

 

『お前は俺を完璧にするための道具だぁぁ!!』

『解放させて、私を解放させてよぉぉぉぉ!!!』

 

 ………自分の為に理想の”個性”を生み出す為に多くの人に手を出したアイツや、私を産んだショックで精神が壊れ怪しい宗教に嵌って私を”生贄”に奉げようとしたアイツとか、温かい家族なんて夢物語だと思っていたけど、私は貴方達の下に産まれて本当に幸福だ。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「しかし、広いな……」

 

 場所は変わって遂にやってきました雄英高校、四つのビルがヒーローのHにどこからでも見えるような構造だ。合格通知と一緒に入っていたパンフレットに載っている学校の校長先生がまるでマスコットキャラの如く、設備の説明や学校の場所について教えてくれている。一緒に来た兄さんとは既に別れ、私は自分の新しいクラスである普通科1-Cの部屋へとやってきた。窓からは既に何人かの影が見える。

 

「よし、行こうか」

 

 ちょっとだけの緊張、これから共に三年間切磋琢磨する生徒達がどんな人達か楽しみに思いながら無駄にでかいドア(多分異能型の”個性”持ちを配慮してのこと)を開けると同時にカシャっと携帯端末に内蔵されたカメラのシャッター音がした。

 

「初めまして!!」

「……は、初めまして」

 

 明るい山吹色の髪をした活発を体で表現したような少女が私にニコニコしながら手を伸ばす。友愛の握手なのだろうか、とりあえず差し出されたその手を握る。

 

「私は写原(しゃはら) 念音(ねね)!!貴女の名前を聞かせて!」

「緑谷百合、よろしく」

「おー!?アンビリバボー!!貴女もしかして”ヘドロ事件”時、”個性”を使わず二人の男の子を助けたヒーロー!!?」

 

 彼女の高い声にオーバーリアクションに一斉にクラスの目が私に集まった。そして皆口々に私を見ながらあの時の事を話し出した。みんなニュース見ているんだな、と広がってしまった熱は収まる様子を見せず、私の手を握ってブンブン振り回す写原さんをどうやって止めようかと考えていると鞭を地面に叩きつける乾いた音が教室に響き渡り、視線は全て私の後ろに立つ女性に向けられる。

 

「はい、これで静かになったわね。有名人を前に騒ぎたい気持ちもあるけれど、貴方達は今日から高校生、大人の階段を一歩登ったのよ、少しは落ち着いた行動をするように」

 

 全身白いタイツの上に黒いレディースファッション、凸凹のはっきりとしたグラビアアイドルのような肉体美、クラスの一人が彼女を指さして興奮しながら叫んだ。

 

「貴方は18禁ヒーロー”ミッドナイト”!!」

「そう!そしてこのクラスの担任を務めるわ、みんなよろしくね!!」

 

 うぉぉぉぉ!!!とクラスが揺れるような叫び(主に男性)、私の手を握っていた写原さんは妖艶なポーズを決めるミッドナイト……先生を撮りまくる。その姿を見て後で売ってくれ!と男達、突然のプロヒーローの姿に涙を流す者達、私はふぅとため息を吐いて濃いなぁと思った。

 

 

 




タイトル詐欺だと思う人……俺だよ。
何か気づいたら書いてて、気づいたら雄英高校の描写がどんどん後になった結果がこれだよ!!

MHWやって、FGOやって、アズレンやって、小説書いて毎日とても忙しい!!!



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第十二話:互いの始まり

約一か月更新なくて申し訳ないです。
リアルで色々ありスランプ状態になっておりました。これからの更新も遅くなると思いますが一応この小説のゴールはオールフォーワンと決着つけるまでと決めていて、そこまでは行きたいなと思っております。ではでは


 今更のことだが、私は普通科の試験で一番の成績で合格してしまった。

 そう、つまり主席という名誉を頂いてしまった。

 あの日の夜、合格通知と一緒に内包されていた小さな円形のパーツは兄さんと同じもので、スイッチを押すと表示されたのはオールマイトではなく、雄英校長である根津校長だった。

 

『おめでとう!!緑谷百合君!君は合格だ!雄英高校と言えばヒーロー科という認識が世間では一般とされているけれど、経営科、サポート科、そして普通科も優秀な人材を育てる為に試験として非常に難解な問題を用意した。今年は例年より難しい物でエリート校からの挑戦者すら何人も落ちたにも関わらず、その中で君はトップに輝いたのさ(・・・・・・・・・)!』

 

 それを聞いて顎が外れそうになるほど驚いた母さんと兄さんの反応はちょっと面白かった。因みにその情報が母校に伝わった時は、もうお祭り騒ぎで私を胴上げしようとする教師もいたぐらいだ。(スカートなので遠慮したが)

 

『主席緑谷百合君、もし君さえよければ新入生代表として答辞を読んでみないかい?原稿はこちらで用意してもいいし、君が考えてみてもいい、返事を待っているよ』

 

 と、言い残して空中に投影されたディスプレイは消える。私は自分のことのように涙を流す程に喜びながら左右に体を揺らしてくる二人に身を任せながら、心に宿った罪悪感と共に受ける事にした。

 

 

――●○●――

 

 

 入学式、この国トップクラスと呼ばれる程の雄英高校の入学式は非常に騒がしい物だった。最初はそうでもなかったが、教師説明となると空気が一転した。今なお現役のプロヒーローとして活躍する人達がテレビでは絶対に見る事が出来ないであろう豪華さで並んでいた。ヒーローのファンなら絶対に残したいだろう、この集合に思わず写真を撮る生徒もちらちら見える。普通の入学式ならばNG行為だが、毎年恒例入学式終了後に五分だけの撮影時間が設けられることが説明され、隠れて写真を撮ろうとすると私の隣にいる写原さんのように容赦なく没収されてしまい多少のブーイングが聞こえたが、こんな場所で暴走するような輩はおらず直ぐに鎮火した、ように見えたがプロヒーロー達の自己紹介に何度も広い体育館が震えた。因みにオールマイトが天井から華麗に飛び降りて自己紹介した時は新入生大興奮のあまりガラスが割れるかと思うほどの熱烈な感激の嵐が起きた。何故かヒーロー科B組が居るにもかかわらずA組がいないことを不思議に思っていたが。

 

『ゴ主人、侵入成功シマシタ』

 

 ………うん、一番の難関だと思われた猟犬ヒーロー”ハウンドドッグ”の不審な行動は見られない。試験当日靴の紐を結ぶ素振りで雄英高校の土を確保してよかったかもしれない。個性”犬”というのは身体能力も凄まじいものだと予想出来るが、私達が一番気を付けなければならないのは人間を遥かに超えた嗅覚だ。そこで、日常的に嗅いでいるであろう雄英高校の土の臭いを纏えば気づかれずに侵入出来るかもしれないという実験を行った。結果は大成功、後は人と機械の目がない場所を慎重に把握しつつ毘天専用の仮拠点を造りだすだけだ。

 

「(毘天、散策ついでにちょっと兄さん探してくれない?)」

『了解』

 

 ”メール”による返信は直ぐにきた。因みに最後に自己紹介を始めたのは根津校長だ。非常に話が長い、まだ午前中で騒いだ連中は目が覚めているかもしれないが私はそこまで一個人に対するヒーローに熱意を抱いていない深夜のオールフォーワンとしての行動も重なって重い眠気が襲ってきた。

 

『ゴ主人、緑谷出久ヲ発見シマシタ』

「(何をしてるか教えて)」

『”個性”ヲ使ッテ走ッテオリマス』

 

 ………走ってる?入学式に出ずに?

 

『結果ヲ出シテ記録シテイル様子デス』

 

 考えれるのは教師側が生徒達の個性を把握するためのテストかな。三年という長いようで短い中でプロヒーローまで育てる為には一秒一分とて惜しいと感じるような先生なのかもしれない、ヒーロー科B組担任のブラッドヒーロー”ブラドキング”の視線を追うとヒーロー科A組が座る予定だった空席を見て微かに唇を『イレイザー、またか』と動かした。”ズーム”を使って読唇術を使えばこういうこともできる。

 

『……ゴ主人、緑谷出久ガ言イ寄ラレテイマス』

「(爆豪さんが癇癪起こした?)

『違イマス、ポニーテール……トイウ髪型ノ女』

 

 私が思うのもなんだけど兄さん女性に対する免疫皆無!私や母さんならともかく、小学校中学校と女性と真面に会話した(全て業務的な内容)ことなんて指で数えれるぐらいだよ!?ちゃんと会話できるかな、悪いとは思うけど兄さんの学校生活ボッチみたいなもの(主に爆豪さんが原因)だったからコミュニケーションに心配があるんだけど、やる時はしっかりとやってくれるけど!し、心配だ……!!

 

『新入生代表、緑谷百合!』

 

 あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!!

 こんな時にぃぃぃぃ!!!

 

『ドウシヨウモナイデスッテ科目ガ違ウ時点デ、アイツノ可能性ヲ信ジテアゲマショウ、ゴ主人(コレガ世間デ言ウ”ブラコン”カ)』

 

「は、はい!!」

「………頑張れー、ファイトー、オー!」

 

 荒れ狂う内心を落ち着かせ気持ちを切り替えて立ち上がると数千の視線が一気に私に向いた、前世では数十万人レベルの前で演説など幾度となくやってきた身なので緊張より、すこしだけ懐かしさがあって、写原さんの言葉に頷きながら私は教壇のマイクが置かれている前まで移動する。すれ違い様にこれから私達の担任を務めるミッドナイト先生が”頑張りなさい”と言う様にウィンクを送って来たので何も言わず頷いておいた。いつの間にかオールマイトは姿を消していたが、気にする事ではないかと表情を緩く、深呼吸を一つして予め考えていたこと答辞を話しだす。

 

「答辞。出会いと別れを思い出す春の刻、温かな日差しはまるで祝福しているように思える今日、私達は雄英高校に入学することとなりました」

 

 ここに入学しようと思ったのはヒーローという物を知りたいから。

 前世での世界には存在しなかったもの、必要だったもの。

 私が一番なりたかったもの、なれなかったもの。

 

「中学生活から新しい一歩が踏み出され、夢や希望と同じくらいに不安と心配がいっぱいです。これから学校生活で自分に何が出来るのか何を出来る様にするのか、そのための沢山の困難という壁にぶつかるでしょう。その度にクラスメイト、先生方に迷惑をかけてしまうことが沢山あると思います、しかし一つ一つの問題に向き合い乗り越える折れない心と努力を続けることで自立できる強さを獲得していきたいと思っています」

 

 私の手は血まみれで地獄の深淵に落ちる存在だ。

 人を救うために人をやめてしまったバケモノだ。

 

「私達は雄英高校としての自覚と責任感を持ち、共に励まし合い切磋琢磨していける仲間になれるよう努力していくことを誓います。最後にかの英雄ナポレオン=ポナパルトは言いました『不可能は、小心者の幻影であり、権力者の無能の証であり、卑怯者の避難所である』故に”更に向こうへ(プルスウルトラ)”」

 

 だから残したいと思ってしまった。いつかバケモノになってでも目的を達した後、自害することは決定している。だからこそ、緑谷百合として何かを残したいと。

 いつの間にか私は兄さんと一緒に初めてヒーローという存在を知った一本の動画を思い出して、そのヒーローがするように拳を突きたてるように空に強固な柱の如く立たせた。

 

「……更に向こうへ(プルスウルトラ)

 

 どこからか声が聞こえた。

 

更に向こうへ(プルスウルトラ)……!」

 

 その声は広がっていく。年齢を越え、性別を越え、いざ高らかに私達は雄英高校の入学のスタートを切った。

 

「「「「「更に向こうへ(プルスウルトラ)!!!!!」」」」」

 

あぁ、それにしても兄さんが心配だ。

 

 

―――○●○―――

 

 

 

 

 その甘美の鼓動は官能的、ドクンとドクンと脈動する様は生命の根源。

 透き通るように刺激する悲鳴は生にしがみ付く素晴らしき原初の意志。

 故に穿つ、穿ち尽くす。

 穢れた目は美しい空虚の瞳をして既に旅立ちの旋律は終わった。

 救われ穢れた残った器は私の物。

 切り裂いて、粉砕して、吸収して翼の一部にする。

 血、血、血、まだまだ足りないもっと欲しい。

 いつか、自由になる為に好きな場所に行くためにまだ足りない。

 

「……ッ!お迎えに参りましたイリス(・・・)様」

「あら、久しぶりね黒霧、お父様やドクター、弔くんは元気かしら?」

「ええ……皆さんは変わりないです。貴女は……相変わらずですね。もう何人吸収しましたか?」

「さぁ、千人(・・)までちゃんと数えていましたがそれ以降は」

 

 正確に数える為に動けないようにして頭を持って、腕を持って、胴体を持って、足を持って、地面に並べて合わせて数えてから翼の一部にしましたわよ。途中からもう面倒になって全部繋げてあげたら、まぁ新しくて醜い獣の塊の出来上がり。燃やしたらピアノを叩きつけた様な音に思わず消し飛ばしてしまったのは失敗ですわ。

 

「お父様との約束通り、植物以外の動物もみんな私を見たら翼の材料になってもらったわ、街を歩いてしまった時なんてガラの悪そうなお兄さんが猿のように発情しながら襲ってくるのですもの、自己防衛”個性”を使ったら皆さまに見られてしまったからもう………みんな私の一部になってくれるしかないでしょ?」

 

 それにしてもいきなり国外に留学なんて、もしかして私はお父様に嫌われているのかしら?前世(・・)では”個性”全てを頂きましたが……いえ、可哀そうだと思って一つだけ残して”個性”使えないようにして、言う事を聞いてくれなかったら、何もあげなかったら気づいたら死んでしまったけれど――――あぁ、あの時のレギオンの顔は今でも忘れられませんわ、思い出そうとすれば下着が大変なことになってしまうわ。

 

「実はオール・フォー・ワンから伝言が」

「あぁ、それは後にしてくださいませ、そろそろ来ますので」

「なにが、ですか?」

「私、実は狂暴な獣に追われていますの、そろそろこの国ともお別れですわ。ここの海の幸を使った料理は大変美味だったのに……」

「……それはヒーローですか?」

 

 さぁ?そんな名前だったかもしれないし、違ったかもしれない。みんな一緒になってしまえば同じものですわ。

 

「あれほど目立つことは厳禁だと言われていたはずですが!?」

「だが、守るとは言ってませんわ」

 

 ケラケラと嗤うと黒霧は頭を抱え始めましたわ。一体どうしたのでしょうか?頭が痛いなら頭を消してあげましょうか?と聞くと何かを思い出したように慌てて帰って行ってしまいましたわ。でもちゃんと伝言は受け取りましたありがとうございます黒霧、さてお父様は私に帰ってこいと。

 

「αからΩチーム対象を包囲しました!!」

「よしここで《魔王》を撃ち、遺族たちの無念を晴らすぞ!!」

「全員撃てぇぇぇ!!!」

 

 あははははっはははははははっはははははははっははは!!!!!!

 

「撃て撃て!!銃身が溶けても撃ちつづけろ!!奴は数万人(・・・)の”個性”を吸収したバケモノだぞ!!」

「あら、バケモノなんて酷い。これでも立派な痴女(レディ)を目指しておりますのに」

 

 『”ブラッド・ハザード”+”大気圧縮”+”筋骨発条化”+”瞬発力×6+膂力増強×6+ロックオン』×4

 

 胤翼から作り出した砲台で先ほどから資源の無駄使いをしてくる愚かな獣たちに発射、今日は気分がいいのでいつもより多く周囲に撃ったら、何時の間にか周囲は濃厚な死の香りがする川が出来ていましたわ。ふふふふ、今日は本当に良き日、皆さんはどんな”個性”なのかしら?いい者が有れば、もうすぐで会えるレギオンにプレゼントになりますわ。

 

「ば、ばけ、ばけもの……!?」

「あらあら、あらら生きてらっしゃいましたか頑丈になる”個性”と見ましたわ。でもちょうどいいですわ、歓喜しなさい、天壌に響くほどに高らかにやっと始まりますわ、子機(・・)から伝わる情報だけでは堪りませんわ、あの肌に触れられるあの瞳で見てくれるまた前世のように与えて奪うことが出来る!!……あはははははは」

「な、なんだ……!?耳が、痛」

 

 

 

 『”ブラッド・ハザード”+”鎌鼬”+”大気圧縮”+”風流操作×10”+”回転×5”』

 

 

「……ち、ちい、さな、台風…?」

「数百ナノメートルサイズの微小の風の刃を乱気流のように回転させながら無理やり球状へと昇華させたものですわ」

 

 説明してあげると顔を見る見る青く染めて……つまらない。

 私の大好きな人なら、それでも諦めない。死んでも諦めない。

 そして私に全てを差し出しても、悔いなく死んでくれる。私だけの大事な大事なレギオン。

 

「た、たす、」

「貴方は害獣を始末するとき命乞いを聞きますか?」

 

 さようなら。醜い獣。

 解き放った風刃の竜巻は周囲の地形を変えた。何もかもを切り刻んで無へと。残った物と言えば血、血、血。回収しないといけないが生身の体ではそろそろ限界ですわね。

 さて、私の方が先にこっちに来ちゃったから20年ぶりの再会ですわ緑谷百合(レギオン)ちゃん。

 貴女の目にはこの世界は一体どんな風に見えるでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話:越えなければならない壁

何で皆さんそんなにポンポン更新できるんだよ……


 事件というのは人が起こす災害。

 それを守り救うのはヒーローの仕事。

 けど、風が吹くような唐突の出来事はどうにもならなくて。

 結論から言えば、僕達が通っていた中学校の教師をしていた人が行方不明になった。僕もお世話になったことがある百合のクラスの担任だった人だ。関係者によると無断欠勤するような人ではないのに、突然仕事場に来なくなったということで、電話しても応答はない。家族にも連絡したが、誰も行方を知らず、住んでいたアパートも確認されたが、どこに行ったか手がかりもなく、遺書もなく、最終的に謎の失踪ということで片付けられた。

 それを知ったのは何気ない朝の出来事、毎日のようにテレビで放映されるヴィラン出現によって起こされる事件の数々の中にそれは流れた。

 

「――――――」

 

 それを見た百合の表情は凍った。

 

「ゆ、百合……?」

 

 何処までも冷たい瞳で、まるで人形のように表情は変わらない。初めて見るであろう横で朝食の準備をしていた母さんは蛇に睨まれた蛙のように止まった。頭のいい百合は学校で起きた生徒では解決できない大きな事があると先生にやらねばいけない状況へ誘導して”お願い”をすることがあって、行方不明になった先生には特に頼っていて仲が良かった。

 

「……大丈夫だよ。兄さん、母さん」

 

 近寄りがたい雰囲気のまま感情を押し殺す様な平穏な口調で百合は喋る。

 

「こういう時こそヒーローや警察がいるから」

「そ、そうよね、早く見つかるといいわね」

「大丈夫だよ!この町ってヒーローランキングの中でも100位以内に入っているヒーローいるから直ぐに見つかるよ!」

「………そうだね」

 

 少しだけ表情を柔らかくする百合に母さんは安心するように胸に手を置いたが、僕は見てしまった一瞬その横顔の恐ろしい憎悪に燃える瞳は、同じ日に産まれた僕が一度も見たことが無い漆黒の意志が映っていた。

 それからはいつもの朝、という訳ではない。中学校は徒歩で通える距離だったけど、雄英高校は家から遠いので交通機関を利用しなければならないので、早く家を出なければ間に合わない。

 何時もと同じように朝食を取って、百合は寝る前に明日の準備をしっかりとするので、さっさと自室に戻って早々に家から出ようとした、いつなら急かしてくるけど待ってくれるのに今日は、僕の分のお弁当箱だけ残して百合は何も言わず行ってしまった。

 

「久しぶりに見たわ、あの怖い顔……」

「え、母さん見たこと有ったの?」

「……あの時は貴方は横ではしゃいでいたから気が付かなかったのね」

 

 母さんは、哀感の顔で語り始める。

 それは、百合が初めてヒーロー(オールマイト)という存在を知った時の話だ。僕の記憶の中では百合は完璧であり、何もかも一人で出来てしまうかっちゃんと同じ天才タイプで、どんな状況でも姿勢を乱さず最善の手段を選ぶことが出来る人なのだが、生まれた当初は死んでいるのではないかと思われる程に無気力で、泣くこともなく、ご飯すら真面に食べようとせず、医者からはまるで鬱病だと言われたこともあるぐらいに、放って置けば直ぐに死ぬぐらいに生きる事を放棄した(・・・・・・・・・)赤子だった。

 

「毎日が、必死だったわ」

 

 母さんの言葉は、僕には想像が出来ない程、重かった。

 

「今の百合は何も言わなくても全部やってくれる手のかからない子よ。でも昔は目を離したらそのまま消えてしまうような弱弱しい子だったわ、まるで別の世界からやってきて、私達とは根底から違う存在だと悟っている様な虚ろな目で、何も言わず何もしない子だった。けどヒーローをテレビで見た時、初めてあの子が感情を見せたの」

 

 最初は驚愕、そして救われた人のよう安堵の表情から、理不尽の怒りに震えて、今にも泣きそうな顔色へと転々と変わっていった。その時から百合は変わった、家族を大事にするようになり、家事をする様になり、毎日体を鍛えるようになり、”個性”が発現したと蜈蚣を飼うようになった。

 

「ずっとね、百合には私達家族に言えない何か(・・)があるって色々聞いてみたこともあってけど、話してくれなかった」

 

 僕は頭を強く叩かれた衝撃が合った。全然気がつかなかった、ずっと僕達兄妹は比較され続けられた。良く助けれてくれたのに、何も求めようとしない百合が怖くて、周囲の目が鬱陶しくて今でこそ仲良くなれたけど、昔は僕から百合に干渉することがほとんどなかった。百合には闇があるってことをずっと母さんは知っていたのに、僕が知ったのは最近の出来事なのだ。

 

「百合は器用だから、きっとあんな顔しても直ぐに切り替え出来るでしょうけど……出久、百合のことお願いね、この頃少しずつ昔に戻っている気がするから」

「うん、任せてよ!!」

 

 初めて母さんからの百合の事をお願いと言われた事に驚いたが僕は力強く頷いた。

 オールマイトから力を授かり、昔のようにただヒーローの活躍を見るだけの僕じゃない!僕は――――ヒーローになるんだ!妹ぐらい助けられなくてどうするんだ!!

 

 

 

 だけど、その時、未熟な僕は知らなかった。

 それが、どれだけ過酷な道であることを。

 前世の因縁がどれだけ百合を呪っているかを。

 報復を繰り返してきた黒き戦火の力を(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

―――○●○―――

 

 

 

 被服控除という入学前に個性届と身体情報を提出すると学校専属のサポート会社が要望に合わせてコスチュームを用意してくれる素敵な制度、母さんと百合が用意してくれたジャンプスーツと手足の負担を減らすためのプロテクターを改良し、僕にヒーローになる切欠をくれたオールマイトをイメージしたユニフォームを纏って僕はグラウンド・βへやってきた。目的は勿論――――

 

「始めようか有精卵共!!!戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 遂にヒーローとして最も重要と言っても過言ではない内容の訓練だ。みんなカッコイイユニフォームだ。

 

「あ、デクくん!?かっこいいね、地に足ついた感じ!」

「麗日さ……!?」

 

 思わず仮面の上から鼻を抑えそうになった。麗日さんのユニフォームは宇宙飛行士のようなヘルメットが特徴的だ、しかし、スーツは体のラインがはっきりと分かるもので百合とは違う凹凸がはっきりした体に顔が沸騰しそうだ。因みにデクというのはかっちゃんがつけた蔑称なんだけど、「頑張れ、って感じの響きで好きだ私」という新境地を示してくれたので、もうデクでいいやということでそのままにしている。因みにこれを百合が聞いたら、クスクス笑いながら、いい人がいてよかった是非とも兄をよろしくって頼まなきゃとまるで僕の保護者のように喜んでいた。

 

「ヒーロー科、最高」

「えぇ!?」

 

 何時の間にか僕の隣にいた峰田くんが親指を立てていた。

 

「オールマイト先生、ここは入試の演習場ですが、あの時のように市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 この声は飯田くんだ、風を裂くようなフルアーマーで速く動ける”個性”を最大限発揮するために理に適っているカッコイイユニフォームだ。

 

「いいや、その二歩先に踏む込む!屋内での対人戦闘訓練さ!!」

 

 オールマイトが教えてくた。ヴィラン退治は主に屋外で見られるけれど、統計で言えば屋内の方が凶悪敵ヴィラン出現率は高いんだと。確かに屋外ではチンピラ程度のヴィランはただ暴れるだけで、避難は屋内より遥かに容易だし人質を取られた時の危険性もいくらかマシになる。屋内だと最悪の場合、誰がヴィランなのか分からないまま逃げられてしまう可能性もある。……っと、ちゃんとオールマイトの話を聞かないと。

 

 状況設定はヴィランがアジトである五階建てのビルの中に核兵器を隠していてヒーローはそれを処理する。

 ヒーロー側の勝利条件は制限時間内にヴィランを捕まえるか核兵器を回収する。

 ヴィラン側の勝利条件は制限時間内にヒーローを捕まえるか核兵器を守る事。

 そして、コンビ及び対戦相手はくじだ。このことに飯田くんは驚いたけど、プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いからそういうことじゃないかなと言うと直ぐに納得して謝罪の言葉と共に頭を下げた。真面目だなぁ。

 

「すごい!縁があるねデク君!!よろしくね!」

「う、うん!よろしく麗日さん」

 

 僕のパートナーは麗日さんだった、異性と話した事あまりないけれど、大丈夫かな?ちゃんと合わせられるかな……。

 

「続いて、最初の対戦相手はこいつらだ!!」

 

 オールマイトが取り出したくじはヒーローチームA、これは僕達のチームだ。

 そしてヴィラン役で対戦相手はDチーム、飯田くんと―――かっちゃんのチームだ。

 オールマイトから説明を受け、先に核兵器を置く場所を決める為にヴィランチームは先にビルの中に入っていき、姿が見えなくなる瞬間、かっちゃんは僕を見て舌を打った。

 

「……今はビルの見取り図を覚えないと」

 

 渡されたプリントの内容を頭に叩き込んでいると麗日さんが話しかけてくる。

 

「大丈夫!?手が震えているよ?」

「ごめん、ちょっと武者震いで」

「爆豪さん、デクくんをバカにしている人なんだっけ?」

 

 確かに昔を思い出してみれば酷い記憶しかない。

 百合に何度付き合いを考えて、と言われた事か。

 目標も、自信も、体力も、”個性”も僕よりも何倍も凄くて、勝負なんて成り立たないぐらいに僕より凄い人だった(・・・)

 

「……嫌な奴なんだけど凄い奴なんだ。ずっと追ってきた。昔ならどう足掻いても負ける、でも今なら―――勝てるかもしれない(・・・・・・・・・)

 

 オールマイトのようなトップヒーローになるなら絶対に超えなければならない人だ。

 

「―――男のインネンってヤツだね!!カッコイイじゃん!」

「あ、ゴメン麗日さんには関係ないのに……」

「私達コンビだから気にしない!一緒に頑張ろう!!」

 

 麗日さんは凄いなぁ、こんなに明るくてはっきりと物事を言ってくるような人、百合以外に見たことないよ(僕の人間関係狭すぎなのも原因)。

 

「………よし!」

 

 仮面を外して両頬を叩いて気合を入れる。今思えば同じ歳とは思えない百合が教えてくれた戦闘技術(・・・・)を活かして勝利を掴んでみせるぞ!!

 

 

 

 

 

 

 




因みにこの出久君、フルカウル使えるお蔭で個性把握テストでは優秀な成績で特に相澤先生に言われていません。その所為で峰田君は生きた心地がしなかったでしょうけど。


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第十四話:私のいる普通科

いつも誤字報告ありがとうございます!


 兄さんや母さんから逃げるように私は雄英高校に足を運び自分の机に上半身を投げ出すようにして目を閉じた。

 

 あのニュースを聞いた瞬間、胸の中に燃え盛るような感情があった。

 何度も前世で繰り返した報復を繰りかえしてきた時に蘇る黒い怒り。しかし、その熱を手足に送るように力を込めて静かに空っぽの心を冷やす。それなりの付き合いだったので先生という人格は知っている悪いことをするような人ではないのに、どうしてヴィランに拉致されたのか、だ。

 今考えれるのは三通り。

 まず私の町のチンピラヴィランが面白がって先生を誘拐した。この場合は今捜索に回している毘天によってもうすぐ場所を特定できるはず。

 二つ目は別の町にいるヴィランがやってきて先生を誘拐した。先生の"個性"は一般的なもので珍しくはない、もしかしたら先生の家族や友人関係が切欠になった場合はあるが可能性としては低い。

 三つめは―――――見てはいけないものを見てしまったか。こうなると捜索場所は山の中か海の中での死体探し(・・・・)になる。一応毘天羅に連絡を入れよう。

 

「ねぇねぇねぇ!!!百合ちゃん!!」

「………なに、写原さん」

「ご、ごめん………いやなことあった?」

 

 顔を上げるといつものカメラを持ったまま写原さんは居心地悪そうな顔をしていた。

 

「私そんな、顔してる?」

「今にも人殺しちゃいそうな顔をしてるよ」

 

 ………私もまだまだなぁ。一般人に分かるぐらいに感情が表に出るなんて、演技でもなく素の状態でだ、マスターがいたならばため息交じりで赤点を言い渡されていただろうなぁ。

 

「ごめん、大丈夫だから用事はなに?学級委員長としてかな?」

 

 少し憂鬱な気分で私は写原さんのほうに体を向けた。普通科担任のミッドナイト先生がどう決めましょうか?と言うと全員がクラス全員がこちらを向いて、面接で有利になるかなと中学での事も言っていたことを先生も覚えていたらしく、やりたいかと聞かれた。断ろうとしたが、隣の席の目をキラキラされている写原さんがいつの間にか調べていた私の情報を出しながら推薦した結果、みんなが期待を込めて(面倒ごとを擦り付けれる意味も含めて)私を見てきたので、とても気軽に断れる雰囲気じゃないので委員長になってしまいました。

 

「ううん、推薦活動」

 

 首を横に振る写原さんに頭を傾げる。

 

「実は私オールフォーワンの大大大ファンなの!!」

 

 私の体に冷たい風が通り過ぎた気がした。

 

「へ、へぇ………」

 

 思わず苦笑いでそう返した。私の微妙な反応とは裏腹に写原さんのマシンガントークが炸裂する。

 

「今話題沸騰中のオールフォーワン!全てが謎に包まれ"個性"を無限にコピーする"個性"という世界中の専門家たちにも類を見ないと言われる超々激レアな"個性"を持ち!性別不明!というか体を改造しているのか身長も体格も目撃されるごとに変わりその共通点といえば背には巨大な蜈蚣を四体生やしていること!様々な街を縦横無尽に駆け回りプロヒーローたちが苦戦するような数々の凶悪なヴィランをいとも簡単に退治した逞しい姿!一部の評論家は視覚的な最悪のヴィランだと言うが!!私はかっこいいと思う!!その実力はオールマイトに匹敵するとまで言われ!顔は隠しているもののその言動からは聖人と言わんばかりの気品と温かみがある言動から子供から大人まで人気があり!活動時間は平日は深夜!週末は朝昼夜の時間帯で広い範囲で目撃されているためその正体は社会人と推測されているよ!!」

「へ、へぇ……ソウナンデスネ」

 

 あまりの熱意に思わず片言になった。

 少しだけ安心した、流石に学生とは思われていないみたいで。

 

「でも一説では俺たちとそんなに変わらないって噂があるぜ」 

「そうそう、活動期間って言っても別に学生でも通るんだ。実はこの高校にいるとかな」

 

 ふぁ!?

 

「いやお前らありえねぇよ。もしそうなら、あの速すぎる男ことウィングヒーロー『ホークス』なみに速いってことになるぞ?ってオールマイトに匹敵する実力ってどこ情報よ、それ」

「オールマイトと何度か戦って逃げきれているから、互角と思われているんじゃない?」

 

 いつの間にか私を中心に人だかりが出来ていた。みんながオールフォーワン()の個性や正体について自己解釈の考察会を繰り広げている。あくまで地元で活動していたが、オールマイトが私を追うようになってから活動範囲を広めた結果がこれ?ちょっとあいつが憎くなってきた。

 

「それにしても写原さんってオールフォーワンに詳しいね?もしかしてファンクラブ入っているの?」

「ふふふふ聞いちゃう?それを聞くということは貴様ら覚悟は出来ているだろう!」

 

 ファンクラブ!?なにそれ知らない。

 口調を変えるほどに大袈裟に写原さんに財布から豪華なカードを抜き取り、みんなに見せたそこには非公式オールフォーワンファンクラブ会員番号9番と記入されていた。

 

「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 仰天の喝采を上げるクラスのみんな。

 私はもう現実逃避したかった。

 

「マジか!?最近会員が1000人超えたファンクラブだぞ!?ほぼ初期メンバーじゃん!」

「俺持ってるけど500番……」

「私700番、テレビで話題になったあたりから一気に伸びたよね」

「……30番持ってる」

 

 全員がその声をした方へ向くと紫色の立った髪と徹夜明けを連想させる濃い隈をした男の人が立っていた、その手には確かに会員カードが握られていたけれど騒ぐことはなく身構えて警戒していた。私は昔助けたこと(・・・・・)がある彼の名前を気軽に言った。

 

「心操さんもファンなの?」

「昔、チンピラに絡まれた時に助けてもらった」

 

 心操(しんそう)人使(ひとし)――――彼の個性は"洗脳"という非常に珍しいものだ。使いようになっては完全犯罪すら可能にする魔の囁き、発動条件も問いかけに答えるだけというシンプルさ。それ故に彼を知っているものから流れた情報がチンピラに流れ狙われたのを偶然見かけた私が助けた。私の体は常に外側と内側で蜈蚣が徘徊しているから、僅かな衝撃で洗脳が解ける彼の"個性"とは相性が非常にいい。そして、残念なことに彼も(・・)あのヒーロー科試験で落ちてしまった人だ。

 

「ね、ねぇ、大丈夫なの?」

「"個性"のこと?別に気にしないよ、ヒーローを目指すような人が"洗脳"なんて気軽に使わないよ」

「……知っていたのか?」

「ここに入ってから、まず感じたのは俺は私はここじゃなくてヒーロー科に入りたかったって目をした人たち多かったから、ね?」

 

 ミッドナイト先生の普通科の予定するスケジュールとか校則とか聞いたときに『優秀な成績を出したものはヒーロー科編入も検討してくれるわ』の一言にどれだけの人が目を輝かせたか、私は問いかけながらみんなを見渡すと何人かは苦虫を嚙み潰したような顔をする。ネットでは雄英高校の普通科はヒーロー科を落ちた集まりなんて心無い批評を見たことがある。まぁ、そんなこと言うやつは大体消費するだけの暇人だから、気にはしないけど同じような内容を見てしまった人もこの中にはいるだろうな。

 

「お前は……ヒーロー科を受けなかったのか」

「ははは、私の"個性"は自己紹介の時聞いたでしょ?蜈蚣を引き寄せる大したことない物だよ。それより心操さんの"個性"のほうがすごいと思う」

 

 え?そうなの?って顔をするクラスメイトに私は頷く。ヴィラン向き"個性"と言われてきたであろう心操さんを見つめながら語り始める。あの時は少し励ましてさようならしちゃったからね、今あの時言えなかったことを言おう。

 

「一対一なら個性発動した時点でほぼ詰み。一対多なら一人洗脳して盾にしたり情報抜いて奇襲する用意をしやすい。多対多なら更に厄介、声を変えれるような道具を用意して洗脳を何度もする。縦え全て失敗に終わっても相手に会話に対する恐怖心を抱かせる。そうなると心操さん一人だけで多くのヴィラン達の注意と不和を買うことができる。私がヴィランなら多少の被害を被ってでも確実に潰しにいくレベルかな。存在しているだけで場を抑制されるから」

 

 みんなが感心するような反応をする。似たような"個性"なら前世でたくさん使っていたから、これぐらいはね。

 

「個性は手足と同じ、少し違う視点で見れば出来ることがたくさんある」

「どうやってそんな考え方ができるようになるかな?」

「誰でもいいからたくさんのヒーローの"個性"を調べて彼らがどうやって戦っているかを調べてみるといいよ。真の強者は"個性"をうまく使う努力と考察を止めないものだ。言ってなかったけど私には兄さんがいるんだけど、個性発現が中学三年の春の時で、そこから死に物狂いで努力して今ヒーロー科A組にいるから」

「「「「うそぉぉぉぉ!?!?」」」」

 

 全員の絶叫に近い声を上がり、周りから次々質問がくる。

 どんな訓練をしたかとか、日々どんな勉強の仕方をしたとか、自分の"個性"ならどんなことができるとか、私は聖徳太子じゃないからと落ち着かせながら一人一人に返そうとしたところでミッドナイト先生がやってきて朝のホームルームが始まる。ちなみにその日の休憩時間は兄さんのことや"個性"の活用方法、伸ばし方などクラスのみんなの質問に答える時間に費やした。"個性"が原因で少しみんなと距離を置かれていた心操さんも、同じヒーロー科試験を落ちた同類と傷の舐め合いではないが、同じ屈辱と味わった人たちを中心にクラスのみんなと話せるようになった。

 

 安心したといえば、オールフォーワンの話題をこれ以上聞かずに済んだこと。酷評されることをしていると私は思っている、本来してはいけないことをしていると思っている、どれだけ感謝されようが私がしてきてしまった罪悪感と後悔が晴れることはないむしろ責められているような気がして気持ちが悪い、まるでヒーローのように称賛されるようなことを言われると吐き気がする。

 

 そんな私も今日は本当に驚くことがあった。

 あの兄さんが爆豪さんを相手に一人で勝った(・・・)ことだった。

 

 

 

 

 

 

 




本当は爆豪VS出久の戦闘シーンをがっつり書こうと色々考えたけど無理でした。自分の文才の無さに泣けてくる……。
因みに爆豪に勝っても試合には負けてます。原作とは違ってこっちの出久はまともに振るえる力があるせいでちょっと心に余裕がありすぎるので、100%の力を気軽に使いません。(というか使ったら百合が"鬼"になる)
次回はダイジェストでどうやって勝ったとか書きたいなぁ、というかいつになったらちょっと伏線してた八百万と百合との出会いを書けるんだろうか。


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第十五話:激闘と帰還

生存報告、私生きてます。
寒くて寒くて指が……!


 時刻は夜の九時頃、日の光が落ちた夜の時間。広大な敷地を有し多くの生徒が通い切磋琢磨する熱気あふれる雄英高校も静寂が溶け込んだような沈黙が風と共に流れている。多くの生徒たちは家へと帰り、プライベートの時間を過ごしているだろう、そんな中で雄英高校内の教師専用寮の一角ではヒーロー科1-A組の担任を務める相澤消太(あいざわ しょうた)は今日のヒーロー科実習における屋内での対人戦闘訓練のデータを再生していた。

 

 この授業はあの(・・)オールマイトが考案した物で、それを自身を含めた教師たちが調整して行われたものだ。数多くのヴィランをあらゆる場所でその手で倒してきた、オールマイト故に重要視する一つとして、ヒーロー役とヴィラン役に二人ずつ分かれて屋内で行われる戦闘訓練、限られたスペースでの過度な破壊行動をすれば失格となり、ビル内での制限された空間、会ってまだ数日しか経っていないクラスメイトと連携するコミュニケーション能力、設置された核兵器(という設定)の場所をヴィランの妨害の中で探し出し無力化するための作戦をすぐに考案実行する行動力等々、教師としてもこれから育てなければならない二十人というまだ孵ってすらいないヒーローの卵たちの実力を一人一人調べることができる理に適った内容だ。

 

 全五試合、一つ一つオールマイトが採点したテキストを見ながら拝見する。特に目を引いたのは推薦入試でもトップクラスの実力を発揮した轟焦凍だろう、訓練場のビル全てを凍らせ内部で待ち構えていたヴィランチームは何もできず氷結の波に自由を奪われ、核兵器もそのまま無力化、相対したチームは運が悪かったと思うしかない。すべてに目を通し、緊張感の欠けたもの、想像力が足りないもの等、多くの問題を抱えているが筋は悪くない―――――と個性把握テストでそう思っていたが、思わず頭を抱えてしまいそうな試合が一つあった。

 

 飯田天哉&爆豪勝己VS麗日お茶子&緑谷出久の試合を今一度再生した。

 

 腕からニトロのような汗を出し自在に爆破する個性でマンションの構造の中でも高速で移動することで、マンションに侵入した緑谷チームを奇襲したのは爆豪だった。高熱の爆風が侵入者(ヒーロー)達を襲うが、身体能力強化の個性(ということになっている)の緑谷は予測していたように麗日を抱えて地面を強く蹴ることでそれを回避する。

 入学試験の時から見ていた決して派手な"個性"ではない、その力と速さは本人も完全に扱い切れないほどであり、体を壊すほどの全力時の破壊力はあのオールマイトの"個性"に匹敵するほどだ。

 

 避けられた事に青筋を立てて至近距離で爆破を狙おうと突貫する――――より先に、緑谷は動いた。瞬時に距離を詰める速さに驚愕の顔色を見せたが迎撃のための右手が既に動いた、凄まじい反応速度だったが、その動作を予想していた緑谷が先に伸ばした左手を振るうことで発生した風圧で狙いが外れた、その刹那、懐に潜り込んだ緑谷の右のストレートが爆豪の顔にねじ込まれた。

 

『があぁぁッ!!』

 

 後方に吹き飛んだ爆豪を更に迎撃することも出来る。更に単純に数の差でも勝っているが緑谷が選んだのは爆豪との一対一の勝負だった。困惑する麗日に対して緑谷はこう言った。

 

『かっちゃんの"個性"だとこんな狭い空間で大爆破なんて使われたら二人ともやられる!麗日さんは飯田君をお願い!!』

『それだとデクくん一人やん!大丈夫やの!?』

『……あの地獄の十か月の中で教えてくれたこと、もしかしたら百合はこんな展開を予想していたかもしれない、口では言わなかったけど今なら分かる、何度も喧嘩したから知っているかっちゃんと同じような動きで百合は僕に戦い方を教えてくれた』

『戦い方って……もしかしてデクくんの妹さんって物凄い人なの?』

『うん、世界一自慢できる妹だよ』

『……分かった!武運を祈るぜ!!デクくん!』

 

 麗日は手を振りながらその場から撤退する。

 その間、一度も振り返ることもなく緑谷の視線は壁に叩きつけられても大したダメージではなさそうに平気で立ち上がり般若の表情を見せる爆豪に対する恐怖心で揺らぐことなかった。 

『死なすつもりはないけれど、殺す気で行くから』。と、あの砂浜で肉体的にサンドバッグのように叩き込まれ、殺気と戦意を心底まで焼き付けられた緑谷は、あんなのに比べたらかっちゃんに爆破されたほうがましだと思うほどの暴力を知った。

 

『デク………お前、オマエェェェェ……!!!』

『……もう出来損ないのデクじゃない、今の僕は頑張れって感じのデクだ』

 

 彷徨う幽鬼のように活力を感じられないが、その両手には鍋の中の沸騰した水のように小さな爆破が起きている。まずはと緑谷は走り出した、逃げた麗日とは別の道へ。支給品の一つであるこのマンションの構造を脳内で浮かべながら、少しでも自分に有利な場所へ。

 

『――――俺から逃げるんじゃねぇぞ!!クソナードォォ!!!』

 

 予想通り追いかけてきた。と内なる衝動と少しでも気を抜いてしまえば一気に追いつかれると新兵のような震える足で緑谷はフルカウル状態で走った。速さはほぼ同じだったが徐々に距離を詰められているように感じられた。汗が媒体となる“個性”故に体温が上がり発汗が良くなると、それだけ爆破の威力も増すだろう、更に並外れた反射神経によって急なカーブも速度を極力落とさず対応する。

 

『やっぱりかっちゃんは凄いなぁ……』

 

 だからこそ勝ちたい。小さな声に秘められた大きな決意の意思をマイクは確かに拾った。

 

『―――――面白かったかよ』

 

 対照的に爆豪の心境は荒れ狂っていた。

 ずっと見下ろすだけの存在だった、

 自身と比べるまでもない無個性だった、

 どれだけ突き放しても追いかけてきた、

 情けなく虐められても最後には奴の妹が何もかも解決していった。

 

『蜈蚣女に鍛えられたんだろ!?あいつなら俺の癖ぐらいよく知っているからなぁ!!さんざんぶっ飛ばしてきた俺を倒せば一人前って蜈蚣女に言われたのか!!』

『――――え?』

 

 この言葉に出久の動きが止まった。

 その一瞬の、致命的な隙に爆発の衝撃が襲った。

 殺意を込めた一撃に咄嗟に両手で顔を守った出久は吹き飛ばされ、壁に体を大きく打ち付ける。同時に集中力が必要であるフルカウル状態が解けた。

 

『おらぁ!死ねぇ!!』 

『(右からの大振り……!!)』

 

 鈍器のように横殴りに振るわれる右に意識と視点が集中した。もし、出久がもう少しフルカウル状態を維持し冷静でいたのなら、爆豪全体の動きを見ていただろう。それだが罠であることを予測できていたであろう。

 

『――――がぁッ!!?』

 

 出久の目の前で起きた右の赤と黒の爆発の光に思わず怯み、体が硬直する。両手の爆発を推進力にして、体を器用に回転させながら大鎌のように振るわれた蹴りが煙幕を切り裂いて出久の無防備だった顔面に突き刺さる。吹き飛ばされた出久を爆豪は容赦なく追撃する。

 

『お前をいくらぶっ飛ばしても、昔のように蜈蚣女はここに来ねぇよ!クソナードてめぇはあいつがいないと個性持ちになっても何も変わらねぇデク人形のままだ!!』

 

 爆破、格闘、爆破、格闘の嵐だった。相手に考える時間を許さない猛攻の前に血混じりの吐瀉物を吐きながら、出久は必死に建物の奥へと進む、そこは広いスペースがある窓が多い場所に壁を背にするようにユニフォームの至る所が焼き切れたボロボロな体で出久は千鳥足で立ち上がる。

 

『……そうだよ、僕はずっと…………百合に守ってきてもらった。無個性って理由だけで虐められた時、百合は僕を助けてくれた、無個性でヒーローを諦めろと皆が言っていたのに百合だけはなれると僕を信じてくれた……僕の頼りない体を百合も受験あったのに傍で鍛錬に付き合ってくれた』

『………ッ!!』

 

 ギリッと歯と歯が軋む、それは心のどこかで憧れていた体験だった。

 怒りが溢れる、心の底から黒い感情が沸き上がる。

 どうして自分より弱い奴が、欲しかったものを独り占め出来ているのだと。

 ほとんど見向きすらされない、一方的なライバル視から何も関係が変わらず対等の立場で競い合いたい願いは、叶うことなく別の学科に行ってしまった。

 

『かっちゃんは知らないかもしれないけど、百合は心の中に闇があるんだ。想像もつかない途方もない闇が……僕はそれを照らしてあげたい、守ってあげたい。百合に心の底から安心して笑ってほしい……だから!!』

 

  

 ―――――百合と対等だった君に勝ちたい。

 

 

 その言葉に、爆豪の導火線に火が付いた。

 

『ふざけるなぁぁぁ!!!』

『フルカウルッッッ!!!』

 

 

 ぱたんと相澤はそこでノートパソコンを閉じた。

 

「ガキの喧嘩か?」

 

 そのあとの展開はお互いに広くも狭くもない部屋で爆撃と拳打が響き合った。最後は出久が試合開始から拳しか使っていないことを逆手にとって、意識外からの蹴りの強襲が冷静さを欠いていた爆豪を窓枠ごとビルの外へ吹き飛ばし判定負け。心身ともに消耗しきっていた出久はその場所で気絶。

 残った者同士の飯田天哉&VS麗日お茶子となるが、個性相性は麗日のほうが圧倒的に不利であり健闘虚しく捕まり、ヴィランチーム勝利という呆気ない勝敗だった。

 

「互いに目の前の相手に夢中でチームの話を一切聞いてないし、連携とか皆無に等しい。戦闘能力は評価するが、ヒーローとしての行動は失格っと」

 

 はぁと乱れた髪を掻きながら相澤は妖しく光る月を見ながら今年の問題児をどう教育してやろうかと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 今日は最悪の日だ。どうしてかって?この世で一番ヤバい怪物がまるで我が家に帰ってくるような軽さで突然隣の席に音もなく現れたからだ。

 

「久しぶり弔くん、元気にしてた?」

 

 毒婦のようなおぞましい声が俺を呼ぶ。返事をせず、目も合わせず、目の前の黒霧を睨みながら声を出す。 

 

「…………おい、黒霧、誰がここにいる最悪のイカれ野郎にこの場所を教えた?」

「私は教えていません」

「せっかくこの国に帰ってきたお姉さんにその態度は何かしら?あ、場所は個性で調べたわ、正確には黒霧さんが個性で逃げ帰った時の思考を読んでここに辿り着いたわ」

「………おい」

「死柄木弔……このお方の前では常識なんてありません」

 

 ……チッ、先生と同じ”個性”。いや、それが更に進化した最悪最凶のチート個性の前では俺らのような雑魚(・・)の常識こそ、こいつの前では非常識か。

 

「お父様に聞いたわ、雄英高校襲撃事件、面白そうじゃない。ふふふ、こんなことちゃんと考えるまで成長するなんて姉として嬉しいわ。あ、黒霧一杯頂戴」

 

 金色の中に悍ましく煌めく双眸が愉快な物を想像するように歪む、見なくても分かる。こいつはそういう奴だ、人間を人間と見ていない、雑草を踏むように簡単に殺す。それも一度に大量に、もしこいつが解き放たれたらこの国は終わるだろうな。ヒーローもヴィランもそれ以外も全て平等に。

 

「……来る気か?」

「成長した弔くんの成長が見たくてね、お父様から許可は貰ってきたわよ」

 

 許可が有ってもなくても、こいつは関係なく自分が楽しい方向に行くだろう。先生もこいつの対応には細心の注意を払っている。下手すれば自分の個性、全部持ってかれる可能性があるからな。対平和の象徴怪人でも全く相手にならない。精々数秒持つかもしれない肉壁程度だ。

 

「はい、プレゼント」

「……なんだこの紙束?」

 

 どこからともなく渡された封筒を開けて目を通す。そこにはガキどもが”個性”使って戦っている画面を写真に収めたものだ、それもたくさんの。

 

「……なんだこれ?お前まさかそういう趣味か?」

「いえ、死柄木弔……これはまさか」

「今期入学した雄英高校のヒーロー科の小さな虫達が健気に頑張っている写真よ。明日は別クラスのを用意出来るかもしれないわね」

 

 そう言って黒霧が用意したウィスキーを口に注ぐ。ちょっと待て、まだ雄英高校のスパイから何も情報が来てないのに、どうしてこんな写真をこんなに早く用意している!?

 

「不思議な顔をしているわね、既に私の子機は雄英高校の普通科にいるわよ。私の”個性”で手足のように働いてくれるの、直ぐにばれると思って自爆の用意していたのに、意外に大したことないのね雄英高校とやらは……それを使って襲撃作戦の完成度を更に上げなさい。捨て駒の手下の”個性”もちゃんと把握して、場所決めをして、ちゃんと駆除できるようにね」

 

 まるで遊園地の開場を待つ子供のように、悍ましい殺人鬼が獲物を楽しそうに研ぐように。そいつは無垢な禍々しい笑みを浮かべがら、グラスに入った氷を鳴らした。

 

 

 




今年最後の投稿、感想評価等、本当にありがとうございました。
仕事しながら妄想で原作でのここをどうやって改変してやろうかとずっと考えながら、でも帰ったら疲労困憊で眠ってしまう毎日でしたが何とかこんな形ではありますけれど書けました。良かったら来年も感想評価等よろしくお願いします、よいお年を!!


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第十六話:見つけた

やっつけだぜ。
あ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 これは簡単な話だった。冴えない中学教師を攫って殺すだけ、ただし直ぐに殺すのではなく数日だけ生かしてから、と。彼自身も含めたヴィラン達は高額の依頼金を前に悠々と受けた。ヒーローやその身内、政治家などではない一般人の誘拐はとても簡単なもので、夜道の人気がない場所を歩いた瞬間、誘拐した。簡単すぎて何人かが裏があるんじゃないかと疑ったが、既に遅すぎた。

 

 ――――蜈蚣(・・)に見られた。

 ヴィランと繋がりがあるホテルに誘拐した男と共にチェックインして依頼達成の金が来るまで夜まで待機していると誰かが罵倒と共に蜈蚣を踏み殺した。ヴィラン達がその様を笑っている、蜈蚣を殺して顔を青くしながらヴィランが言う。「こいつはオールフォーワンの手先だ」と。その言葉と共に部屋の電気が消える――――同時に悲鳴がホテルに響いた。

 

 

 携帯端末で誰かが悲鳴の元を照らす、そこには壁と同化(・・)されたヴィランの姿があった。

 

 

 ――――悪夢のようだった。

 電源が切られていたはずだが、エアコンが勝手に(・・・)動き始めた。空気に味が感じられた瞬間、毒だと気づき部屋から出ようと”個性”でドアを破壊、逃走を開始する。逃がさないと訴えるように暗闇の廊下の至る所から次々と蜈蚣が現れる。ある者は噛まれた瞬間白目を剥き口から泡を吹きだしながら倒れ、曲がり角に仕掛けられた蜘蛛の巣のように広げられた糸に捕まり、蜈蚣達を振り払おうとするが体の中に次々と侵入されていき発狂する者もいた。

 その中で彼は、集められたヴィラン達の中では一番の実力者、溶接された窓ごと膂力で破壊して外に飛び出すことができた。そして、まるでここに来ることが計算されていたように漆黒のコートで身を隠されている話題の善性ヴィラン――――オールフォーワンがそこにいた。

 始まった戦いは、大人と児童の差のように明白だった。自慢の膂力は真っ向から受け止められ、更にそのまま拳を砕かれた(・・・・)

 

「この誘拐は貴方たちの意思?それとも誰かに頼まれた?後者なら誰がこんな下らないことを頼んだのか教えて」

「ぐ、あ、ぁぁ……」

「話して」

 

 また体が空に浮かぶ。その口調は穏やかだが、その内には確かな怒りが込められていた。

 

「ごほっ……マジか、よ……」

「……よく見たら《血狂いマスキュラー》か。そうなると後者か、貴方は群れるタイプじゃない、力で動かされたか、金で動いたか、……」

「――――最高じゃねぇか」

 

 オールフォーワンは背中から蜈蚣はない大きさの蜈蚣を四匹生やして距離を空ける。

 

「他のやつらは金、金、金だったが……俺は違う。依頼者さんは親切に俺の見えない左目の代わり(・・・・・・・・・・・・)をくれたばかりか、欲求を晴らしてくれる場所を用意してくれると言ったんだ。はははっは!!マジで強いなお前!!」

 

 無残に拳を潰された手が肉の繊維に覆われた。彼の纏っていた雰囲気が変わり体中を纏う肉の質が更に濃密に、更に体中にポンプのような器官(・・・・・・・・・・・・)が現れ、血流を加速させていき、流れる汗が蒸発するほどの熱が距離をとっているはずなのに感じられ、その左目は蠅のような多眼(・・・・・・・)だった。

 

「――――――お褒めの言葉として受け取らせてもらうよ《血狂いマスキュラー》」

「行儀がいいねぇ、その目の奥でどんな化け物を飼っているんだ?」

「あなたに見せるまでもない」

「そう言われてるとますます見たくなるねぇ」

 

 オールフォーワンは待機させていた毘天たちを通して近隣の住民の避難を促す。―――それは、今まで戦ってきたヴィランとレベルが違い、周囲の環境を気にしている余裕はないという判断だ。

 

「お好きな手段でどうぞ?抵抗はさせてもらうよ」

「俺好みの返しだな。それじゃ――――血を見せろ!!オールフォーワン!!!」

 

 その日、折寺市の隣の奈部市の内にある冴えないホテルの近くにて二人のヴィランが衝突することになる。二人の衝突に駆けつけたヒーロー達は、手足を完全に破壊(・・・・・・・・)された状態で病院に運ばれる《血狂いマスキュラー》と流星群でも降り注いだような惨状を見ながらマスコミに対して「私達が見てきたオールフォーワンは今まで手加減をしていた、あれはもう人間じゃない化物の類だ」と恐怖に押し殺した声で答えた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 《血狂いマスキュラー》が逮捕された!と昨日の……いや、ギリギリ日付は変わっていたかな。朝からニュースキャスターが現地入りして生放送をしていた。もし奴自身の”個性”のみなら、何時ものように一撃でなんとか出来たかもしれないが、元々の”個性”を強化する”個性”を与えられていた。もしオールマイトなら数発で済んでいたかもしれないが、速さはともかく、あれほどの破壊力を出す方法がなく。それでも奴の貰ったらしき”個性”である【ポンプ】と【多眼】を使いこなしていたら、もっと手強い存在になっていた。

 倒した後、周囲の惨状を直すことになる人たちに心の中で謝罪しながら、誘拐された先生(毘天を通じて解毒剤注入した)を助けられたし、捕まえるときに乱暴されたようだが、それ以降拷問めいたことはされていないようで良かったと思いながら駆けつけたヒーロー達に渡して私は大急ぎで逃げた。どうして急いだかと言うと、私が去った十秒後にオールマイトがやってきたからだ。危なかった。

 

「あ、指切った」

「百合っ!?」

 

 大丈夫大丈夫と母さんに言いながら、浅く切ってしまった指を口の中に入れてキッチンから出ると直ぐに兄さんが救急箱から絆創膏を出して渡してくれた。

 

「ありがとう兄さん」

「どういたしまして……初めてじゃない?百合がこんなことするなんて」

「そうよ、何か思い耽った顔だったし、やっぱり雄英高校の生活じゃない?中学校と違って勉強速度とか全然違うでしょ?」

 

 心配する声にもう一度大丈夫だってと言い返す。どうもこの頃兄さん母さん二人とも「相談事あるなら何でも聞くよ!」って圧が凄い。気持ちは非常にありがたいが、この問題は私の前世での話で、そんなこと言っても信じてくれるとは思ってないし、大事な家族に命の危機に繋がるような内容を話せるわけない。これは私だけの問題なのだから。

 

「大変だったら毎日お弁当作らなくてもいいのよ?雄英高校の食堂って格安なんでしょ」

「なんでそんな話になるの?私はいつものように元気よ」

 

 絆創膏を切ってしまった指に巻く。二人の眼差しは一向に変わらない。

 

「……そんなに私無理してるように見える?」

「「見える」」

 

 自己鍛錬に家事の手伝い、毘天のお世話に勉強にオールフォーワンとしての活動を含めても毎日二、三時間()眠れているし、そんなに気を張っているように見えてしまうのだろうか?原因と言えば、遂に私の問題の原因が動き出したかもしれないということだ。前世なら何が起きても冷静で居られたのに精神は随分幼くなってしまったと実感する。

 

「―――善処、するよ」

 

 ため息交じりに答えると目を輝かせる。私をダメにしたいのかこの二人は。

 

「あ、今日のお昼時間ちょっと時間いい?」

「大丈夫だけど……どうしたの?」

「紹介したい人がいるんだ、あの人は百合のこと知っているみたいだけど」

 

 分かったと頷く兄さんの頼みなら断る理由はない。よくお昼ご飯を一緒に食べる写原さんには悪いけど今日は他の人と食べてもらおう。

 

 

◇◆◇

 

 

「初めまして私は1-A組ヒーロー科の八百万 百(やおよろず もも)ですわ!」

「1-C組普通科の緑谷 百合です。……えっと、どこかでお会いになりましたか?」

 

 昼休み食堂で、兄さんが紹介している人に会ってみるとやっぱり初対面の人だった。一応毘天を通して一方的に見たことはあるけど、私自身初めて会う人だった。しかし、本人は目を輝かせて、まるで旧友と出会ったような様子だ。

 

「それは仕方ありませんわ、私も貴女に出会ったのは初めてですから」

「………???」

 

 あっちも初めて出会うのに私を知っている?どういう意味?

 気品を感じる言葉使いと姿勢、お嬢様な立場の人に出会ったことないけど。

 オールフォーワンとしての活動時、誘拐監禁された御曹司とか助けたこともあったけど、記憶にない。

 

「……ずっと貴女のこと私はライバルと思っていたのに」

 

 待てよ、互いに会ったことないということなら、名前は知っている過程で考えていこう。八百万 百(やおよろず もも)さんという名前を聞いたとき既知感は有った……あ。

 

「小、中全国模試で常にベストスリー入っていた人……で合ってる?」

「正解ですわ!」

 

 向日葵のような笑みを浮かべて私の両手を掴む八百万さん、確かにお互いに会ったことはないけれど競い合ってはいた、テストの点数で今度は勝った、今度は負けたと思い出してみれば、確かに私は彼女を競う相手として意識している人だった。

 

「……すっっごい偶然、確かに同世代だとは思ったけど雄英に来てたんだ。兄さんから受験内容、聞いたけど大変だったでしょ?」

「私、一般受験ではなくて推薦ですわ」

 

 尚さら凄い、確か推薦席はヒーロー科は四人だったはず。その中で選ばれたエリートの中でのエリートだ。そんな人に私はライバルと思われていたのか、少し嬉しいな。

 

「えっと積もる話もあるから席に着こうか、どうぞこちらへ」

 

 ふと前世で突然イリスが、お嬢様プレイしたいとか、ちょっと頭大丈夫かなと思いながら付き合ったことあったなと思い出しながら、案内しようとすると八百万さんは目を丸くして、微笑んだ。

 

「どうしたの?」

「ごめんなさい、まるで我が家の執事のことを思い出して……」

 

 あ、やっぱりお嬢さまだったんだ。

 それから、ちょうど窓際の二人席が空いていたので案内して、私はお弁当だからその場でバッグを置いて、八百万さんは明らかに一人前じゃない量の料理をトレーに持ってやってきた。今度はこちらが目を丸くしてしまった。

 

「た、食べるんだね」

「ええ、私の”個性”は【創造】と言って、脂肪を別の原子に変更して体から取り出すことが出来ますわ」

「……凄い個性、やれることたくさんがある」

 

 素直に言葉が出る。同時に私が前世で使っていた”個性”の一つだった。色んな場面で役に立ったことがある。取り出す部分を調整すれば至近距離の奇襲になり、異物を植え付けられた時も体を傷つけず体外に排出することができる。これは彼女だけしかできないが本来なら生命は作ることが出来ないのを可能にして、多くの”個性”を併用して一夜で大軍を作り出したこともあった。

 

「似てますわね緑谷さんに」

「兄さんと私のこと?あ、私は百合でいいよ兄さんとどっちか分からなくなるから」

「では私のことは百と呼んでください、百合さんと緑谷さんは”個性”を自己解釈してその応用を考えているときの目がそっくりですわ」

 

 そ、それはちょっと恥ずかしい。でも、そうなんだ兄さんと似ているんだ。

 

「ふふ、その表情を見れば分かりますわ。本当に仲がいい兄妹ですのね」

「うっ……あの兄さんが何かご迷惑をかけていませんか?」

「まだ同じクラスになって日は浅いので彼のことはまだ良く知りませんわ。ですが、強い個性を活かすために辛い鍛錬を積んできたのは、この前の実習で肌で感じられましたわ」

 

 実習、というと昨日爆豪さんと戦った時の。

 一瞬爆豪さんの様子が気になったが、気にしない。幼馴染だけど私は兄さんのように彼をよく思っていないから。

 百さんは色々食事しながら、雑談を楽しむ。今日は学級委員長を決める日で副委員長になったけど本当は委員長になりたかったとか、私は委員長になったことを言うと悔しがったり、兄さんはクラス全員の前で僕の妹は世界一と唱えたり、いろんなことを話してくれた――――だが、

 

『(ゴ主人、緊急事態デス)』

 

「(どうした?)」

『(コノ学園二侵入者、校門ヲ崩壊サレタ)』

 

 毘天の声と共に立ち上がる。その瞬間、けたたましい警報が響き渡った。

 

「な、なんですの!?」

『セキュリティ3が突破されました生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

 

 放送が流れた。百さんも立ち上がり、突然慌ただしく食堂内に目を向けた。

 

「セキュリティ3って……」

「確か校舎内に誰かが侵入してきた案件ですわ」

 

 学生手帳にそんな内容書いてあったようなと思い出しながら毘天たちが送ってくる情報に意識を向けた。侵入者は朝にもいた多くのマスコミ達だった。既に何人かはカメラを持って食堂の窓からシャッターを押している。迅速に行動する多すぎる生徒たちは出口へと走りこむ為にパニック状態へとなってしまった。私は百さんの手を掴んで直ぐにマスコミ達を指差しながら状況を説明する。

 

「侵入者はマスコミ、では雄英バリアーはどうなっているのでしょうか?」

「分からない」

 

 この学校を回るように敷かれた校門は最新鋭の技術で作り上げられており、生半端な”個性”で破壊されるような物ではない。だが、毘天は崩壊されたと報告してきた。ということは今侵入してきているマスコミの中にいるのか、或いはこの状況を作り出すことで学校側の人員を校門に集中させて、本命は既に校舎内にいる可能性がある。

 

「……場の空気に流されてはいけない。俯瞰して冷静に自分に何ができるかを考えよう」

「………ええ、ありがとうございます。落ち着きました」

 

 それから私達は近くにいた生徒たちにマスコミ達の姿を指差しながらあれが侵入者だから、問題ないと落ち着かせて他の人にも同じように伝えるようにお願いして回った。その後、兄さんとよく一緒にいるのを見る飯田 天哉さんの活躍のおかげで場は落ち着いた。

 

「なんかごめん、こんなことになって」

「百合さんが謝ることなんてありませんわ。こちらこそごめんなさい、直ぐに取り乱してしまって……もしよかったらまたこうやって一緒に食事をしませんか?百合さんとのお話とても楽しかったですわ」

「……うん、私も百さんと話せてまた世界が広がった気がしたよ、私こそ良ければまた」

「……はい!」

 

 そうお互いに握手をしてお昼時間が終わった。確か兄さんとよく一緒にいるもう一人の麗日 お茶子さんの”個性”によって飯田さんを浮かべて”個性”による加速で一気に出口の上に到達、そのままパイプを掴んで姿勢を固定して端的に必要な情報だけ流して場を一気に治めるその光景を見ながら胸が熱くなった。あれが未来のヒーロー、楽しみだ。オールマイトだけじゃないけどこの学園の教師(プロヒーロー)にどう鍛えられて素晴らしいヒーローになるのか、どんな未来を作り出すのか楽………ん?

 

「……マスコミ達の様子が可笑しい」

 

 警察が到着しているが、しつこくマスコミは帰らず()をカメラで撮っている様子だ。何か雄英高校に対する悪評でも書かれていたのか?

 

『(ゴ主人!!緊急事態デス!!!)』

「(どうした?)」

 

 脳内に送られる情報は、先ほどとは違って感情が乗るほどの切羽詰まった様子、もしかして雄英バリアーを崩壊させたとかいうマスコミかヴィランが居たのか?

 

『(……お伝えします)』

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『(雄英高校入学おめでとう、オールフォーワン。あなたの愛しい人より)』

 

 ―――――ああ、イリス。

 貴女はいつも私より先に行ってしまう。

 

 

 

 




やっとここまでこれたぁぁぁ!!

個性紹介
個性【ポンプ】
体の至る所にポンプのような機関があり、血流速度を加速させることで身体能力を向上させる個性。《血狂いマスキュラー》自身の個性と組み合わせた結果、オールマイト程ではない一歩劣る程の怪力と速さでオールフォーワンを翻弄したが、知ってる個性故に至近距離の殴り合い時にポンプ部分に毘天達を侵入され【ブラッド・ハザード】により暴走、そのまま制御出来ずに手足を暴発させた。

個性【多眼】
左目を負傷した《血狂いマスキュラー》に新たに植え付けた個性。蝿や蜻蛉の如き量の眼で並みの人間ではありえないほどの視点の広さが特徴。ただ、オールフォーワンとの戦いでは直ぐに特性を理解され徹底的に右側を取られており性能を活かしきることは出来なかった。





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第十七話:隠し事

『オールフォーワンが雄英学園に入学したという噂は本当ですが!?』

『えー調査中です』

『オールフォーワンの危険性について雄英学園側はどのような認識でしょうか、対策は既にしてあるのですか!?』

『えー機密事項です』

『オールフォーワンという存在に個人的にどうお考えなのでしょうか!?』

『ただのヴィランです。それ以上に言うことはありません』

 

 

 

「……なんだかすごいことになったわね」

 

 母さんがテレビを見ながら茫洋な声音で呟いた。

 

「相澤先生、大変だなぁ……」

「あの人が兄さんたちのクラスの担任なんだ?」

 

 そうだよと頷きながら味噌汁を啜る兄さん。少し調べなきゃ分からなかったけど確かヒーロー名は『イレイザーヘッド』。見る者の個性を消す【抹消】という強力な個性を持つ。個性に依存しているヴィランからすれば天敵だ。

 

「母さんあまりオールフォーワンについて深く知らないけど、凄い人なの?」

 

 その素朴な疑問に対して兄さんは、少しの沈黙の後に語り始めた。

 

「まずオールフォーワンが活動を開始したのは今から三年前と言われているよ。その時は蜈蚣を纏い街中を飛ぶ悪趣味なヴィランという認識だったけど、ヴィランを倒すより先に周辺の住民を避難させることを優先する、ヒーローが戦闘を行っている場合は助力はせずにこれも住民の避難を先に行う。もしヒーローがピンチになったら初めて戦闘に加入する。因みにその実力は基本一撃で終わらせるためとんでもない強さだと噂されているよ。個性は不明、だけど個性をコピーできるみたいで体格を自由に変えていて正体はいまだ謎のまま……と言った具合かな?」

「……まるでヒーローを見守るヒーローみたいね」

 

 母さんの無自覚な呟きに内心否定する。それは、世間を敵にしたくないだけ。見つけられて、即通報なんかされたらオールフォーワンとしての活動が困難になってしまうから。それに彼らがしていることは国に認められた合法的な仕事だ、もし私が何もかも解決してしまったら彼らが信用がなくなり、廃業になってしまうかもしれない。未来の可能性という花を摘むような非道なことは絶対にしない、したくない

 

「うん、それは僕も思ったことある。非合法だけど、やっていることは確かに人を助け守っている、そしてヒーロー達に敬意を払っているような姿勢も感じるよ」

「そんな人が雄英高校に入学しているのかしら、本当なら今は出久と同じ歳でオールフォーワンとしての活動は……中学校に入学したぐらいじゃない」

 

 前世だと来る前に壊されたから(・・・・・・)体感が無かったが、辛かった初めての生理の問題を物理的に解決した頃の話、あれから本格的にオールフォーワンとして活動を始めた。最初は一般人にもヴィランにも見られた瞬間、悲鳴を上げられていたなぁ……。

 

「だから僕はヴィランが雄英高校を混乱させるためにデマだと思っているよ。確かに正体不明でも僕らと同じ歳と考えると現実味が無さすぎだよ。最初から一人でヴィランを退治できるぐらいに強くて今は更に強くなってきているのに、雄英高校に入学する理由が思いつかないよ………百合?」

「静かと思ったら手を付けてないじゃない、今日はおなか減ってないの?」

「―――――ううん!今日も母さん料理がおいしそうで何から手を付けらたいいものかと、ははは」

「変な子、これぐらい毎日作っているのに、百合もこれぐらい作れるでしょ?」

「母さんの味はまだ出せないよ。いただきまーす」

「……………」

 

 横から向けられる。兄さんの神妙な顔と視線から逃げるように私は急いで母さんの手料理を胃の中に送り込んだ―――――私自身驚いてしまった、雄英高校に入学しようとした理由、それを胸を張って言うことが出来ないなんて。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 モヤモヤした感情を抱いたまま私は、何時ものように寝たふりをしながら深夜の時間まで待って、毘天の個性【同化】を利用して部屋から外に出た。

 

「よし、行こうか」

『了解、ゴ主人』

 

 周辺の人影は一切ないことを毘天を通して入念に確認して、【脚力増加】と昨日手に入れた【ポンプ】を併用して一気に跳躍、景色が変わりフェーズⅠからⅡへと段階を進め背中から生やした四対の毘天が後方に向き口から火を吹くことで加速――――さぁ、ヴィラン退治の始まりだ。

 

「ううーー!!!」

「むーーむーー!!」

「……大丈夫、私がいる」

 

 今夜は、まず二人組の強姦魔を捕まえた。あともう少し遅かったらと想像すると前世の痛い記憶が蘇りそうになるので頭を振って考えないようにする、まずは目の前の被害者だ、服を一部引き千切られた震える女性に手を出す。

 

「あ、ありがとうございます。オールフォーワン!」

「どういたしまして」

 

 差し出した手を握ってくれた女性を立てさせようと少し力を込めて引っ張るがうまく立ち上がれない、女性は私に謝罪の言葉の口にした。

 

「ご、ごめんなさい腰が抜けちゃって……」

「分かった、こいつら引き連れて交番まで行くけどいい?」

 

 大丈夫だと返してきたのでコートを脱いで女性に被せた。オールフォーワンとしての活動時は私に繋がるようなものは持ち込まないし、女性が抵抗した際に落ちたバッグから飛び出した携帯端末に触れると電源が付かないので、これしかない。

 

「え……あの、素顔……見えちゃってますけど」

「ん?別に意図的に隠しているわけじゃないよこれ、こうした方が集団戦の時に誰を狙っている分かりづらく出来るから」

 

 それに顔を見られても問題ないように、【ブラッド・ハザード】で私の顔は前世の私の二十歳ぐらいの顔へと改造している。何億人も救い導いておいて、最後に一人のために全てを見殺した大罪人の金色の闇の双眸が、傷だらけの顔が見えているだろう。

 

「……女の人!?」

「さぁ、どうでしょうか?」

 

 クスクスと場を和ませるために笑ってみる。中性的な顔つきなので、男か女かは分かりづらいが、この人からすれば同性のように見えたようだ。

 

「では失礼します。お嬢様」

「あ、あう……」

 

 可愛らしい顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。私のコートで首から下が見えなくなった女性を足と背中に手を回して持ち上げる。所謂お姫様抱っこという奴だ、二人のヴィランは【粘着糸】でグルグル巻きにしている状態で背中の毘天で巻いて持ち上げた。

 

「行くよ、舌を噛まないようにね」

 

 とんっ、と人気のない路地の壁と壁を蹴りながら生ゴミと煙草臭かった空間から抜け出した私は、建物の屋上を足場にしながら近くの交番を目指す。

 

「あ、あの……あれって本当のことですか?」

「あれ?」

「貴女が雄英高校に入学したって噂が……」

 

 あぁ、あれねと大袈裟に呆れたため息を吐きながら答える。

 

「全く誰だよ、あんな的外れたこと書いた馬鹿なヴィラン」

「あははは、やっぱり違うんですか」

 

 当たり前だ。決まった時間に毎日行っているオールフォーワンとしての活動をここで休止したら、本当に関係者と思われる。こういう時こそ、迷惑そうにしながらいつもと変わらない活動をするほうがいい、名も知れぬヴィランの落書きと私自身の言葉、どっちを信じるのか考えなくても分かる簡単なことだ。しかし、私が私だと思われるために顔を見せるという行いは必要なこと。

 

「もし貴女にメディアの知り合いがいれば言ってくれませんか?あれは間違いだって……私の顔を見てくださいよ、これが青春の十五から十六歳に見えますか?」

「……見えないです」

 

 良かった、良かった。一人誤解が解けた。あとは交番に送り届けて態とらしく建物内に監視カメラとかに私の顔を記録してもらえばいい、個性を使わない規則がある警察側がいきなり個性使ってでも私を捕まえようとはしないはずだ……してきても即逃げられるように心構えはしておくけど。……それにしても明らかに残念そうだなこの人。

 

「どうしてヒーローになる道を選ばないんですか?貴女のような人がヒーローになればもっと世の中が安心できます!」

「………ヒーローになるってことはヒーローに縛られ続けるということ、それが私には出来ない」

 

 この顔を見ろ、この血に染まった手を見てみろ。

 

「ごめん、私は――――きっとまた同じことを繰り返す」

 

 みんなを選び続け、最後に一人を選んだ。

 そのことに罪悪感はあっても、後悔はない。

 そう思ってしまう私自身が一番恐ろしい。

 もうあんな気持ちになるぐらいなら最初から一つを決めてしまおう。

 …………私はもう私に諦めてしまったのだ。




次回からいよいよUSJ襲撃編!
原作とかなり別にする予定(果てしてうまいこと書ききることが出来るだろうか……)


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第十八話:ヴィラン来襲

いつも感想評価ありがとうございます。


 日常と化したヒーロー科での生活は僕にとって驚きと興奮の連続だ。街の一角をそのまま再現した訓練場の中で行われる訓練は、まるで自分が事件の現場にいるような緊張感と焦燥感の中で必死に走り、考える日々。困っている人、傷ついた人を笑顔で守り助けることが出来るようなオールマイトのような最高のヒーローになるために今日も昼のヒーロー授業に不安と期待を膨らませた。

 

『―――ねェ、兄サん』

 

 振り向くとそこには最愛の妹が不安げな顔で僕を見ている。

 

『ヒーロー科目の授業ってモチロんプロヒーローが近くで待機してイルんだよね?何人くらイイるの?』

『え?どうしたの突然』

『……ソノ日になってミナいと分かラナい?』

 

 まるで心を読んでいるような問いに僕は頷く。雄英高校は生徒も教師も”自由”だ。その日にやる授業がどのような内容なのか、それは相澤先生がその時間になって初めて伝えられるので、教師側のカリキュラムでも見ないと今日何をするのか分からないよと伝えると百合は静かに目を伏せて頷く。

 

『気を付ケテ、今日は特二嫌な予感ガスる』

『分かった怪我しないように気を付けるよ』

『……ウン』

 

 ごほごほと咳をしながら小走りで僕から姿を消した。

 

「……あれ?百合の背って……あんなに小さかったけ?」

 

 いつもは姿を見せない服の中にいる毘天達がちょろちょろと頭を出していたし、百合と話していても目の前の人物は百合じゃないような奇妙な感覚。体調を崩して風邪を引いてしまいマスクをつけた声がいつもと違ったガラガラ声は別の言語を無理やり人の言葉に変換しているようにも感じられた。

 

「デクくーん」

「おはよう緑谷くん!!」

 

 後ろから同じクラスの友達の声がして僕は振り向く、いつもの表情で手を振るう、その胸に押し切れない不安を抱えながら。

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 私は人気のない建物内でひたすらその時を待つことにした。

 毘天と私の個性で、毘天達が私の体を模造するのは時間と力を必要とした。本来ならもう少し時間が欲しかったが、一徹ぐらいではあれぐらいが限界だった。今日を無事に乗り切ることが出来たなら、もっと改良を加えよう。

 

 雄英高校には既にプロヒーローが気づかないように毘天達が蟻の巣のような拠点を作り上げている。幾重にも張り巡らされたルートは本校を中心に様々な施設に伸ばしている。雄英高校の広大な敷地内では訓練場に移動する際にバスを用意するほど距離が離れている建物もあるほどだ。

 

 私の中では、昨日の事件でヴィラン側は本校に侵入してカリキュラムを入手しているはずだ。そして、戦力が分断するヒーロー基礎学の時間を狙って建物内のあらゆるセンサーや警報を無力化、出口などを封じて静かに抹殺を開始する。私がヴィラン側だったら考えることだ。

 

 問題は数人のプロヒーローを相手に出来る戦力と実行まで掛かる時間、攻めたところでプロヒーローに返り討ちに合うかもしれない、下手に時間を稼がれたら応援が来る可能性もある。ならば物量で行くとしても数が増えれば増えるほどどうやって奇襲できる距離まで雄英高校内に侵入しているか、見方を変えれば敵の本拠地を狙う博打である以上、相応のリスクを伴うのだ。だが、イリスがヴィラン側にいるとなればあらゆる問題は解決する。

 

 イリスの個性の前にはあらゆる常識は無に還す。

 マスターと自身と私の個性を複合することで深化した個性特異点と呼ばれるようになる災厄の個性【オール・フォー・オーバー】。

 

「数日前の私ならどうしようもなかったけど間に合った(・・・・・)

 

 マスターから最後に渡された個性、それを数百年の間に繰り返して力をストックし続けて強化した結果、星すら動かすと言われた最悪の個性【ワン・フォー・オール・アンリミテッド】の微かな灯を受け入れることが出来た。まだ人間の体を捨てていないためスペックが足りず、先ほどから体中が引き裂かれるような激痛に襲われる、少しでも気を抜いた瞬間、私の四肢は爆散してしまうだろう、最悪は個性に体を乗っ取られる(・・・・・・・・・・・)

 

『……ゴ主人、質問ヲヨロシイデショウカ?』

「(な、なに……?)」

 

 喋ることすら肉体的に辛く、激痛を抑え込むように震えながら深呼吸をしながら毘天達を見つめる。

 

『ゴ主人ガソコマデ命ヲ賭ケルホド、奴ラニ可能性ハアリマスカ?』

「(分からない。けど期待は出来るよ)」

『オ言葉デスガ我々ノ前世ニオイテ、アノ程度ノ実力者ハ奴ラヨリ幼イ子デモ腐ルホドイマシタガ……』

「強い、だけじゃ……正しくない」

 

 悪環境に適応して、家族を失っても鼻で笑うような奴らが、

 戦って勝って奪い犯すのは正義じゃない、正しい道理なんて認められない。

 欲望と自由に生き、他者に憐憫して共感できない霊長類に未来なんて存在しない。

 

「前にも、言ったでしょ――――この世界は美しい、それだけで十分」

 

 毘天は、喋ってはいけないことを思いついてしまったのか黙ってしまった。

 私の代わりに雄英高校の生徒として、授業を受けている毘天達の集合体に幾つかの指令を出し、外では移動を開始するヒーロー科の人たちの後を追いながら、その時まで体を休ませようと目を閉じる。

 

『……自身ノ身ヲ軽視シナイデクダサイ』

 

 分かっているさ、私の命の終わり方はもう決めている、だからそこにたどり着くまでは終わらない。

 

◆◇◆

 

 

『昨夜にもオールフォーワンが登場!ついにその秘密のベールが解かれる!!』

「お、緑谷そのニュースって俺にも見せてくれ」

「いいよ。……それにしてもオールフォーワンの素顔ってこんなのなんだ」

 

 隣席に座っていた砂糖 力動(さとう りきどう)くんに声を掛けられ、僕はバスで移動する中で僕は携帯でニュースサイトを見ると昨日の深夜に犯罪者を何人か捕まえたオールフォーワンの姿が合った。驚いたことにその日は顔を隠すフードを被らず、その素顔が世間的に公表された。

 

「若い顔つきだけど、歴戦の猛者って感じで凄みがあるわね」

「あ、それウチも今見ているけど顔にこれだけ傷だらけって事は体はもっとすごいことになっていそう」

 

 僕のもう片方の隣席から画面を覗いたのは蛙吹 梅雨(あすい つゆ)さん(本人に梅雨ちゃんと呼んでと言われる)と別の席で携帯端末を触っていた耳郎 響香(じろう きょうか)さんが声を上げる。

 

 SNSでヴィランに襲われ助けられた被害者がオールフォーワンに頼んで肩を並べた写真が投稿されてその容姿が鮮明に分かる。裂傷や火傷だらけの二十歳ぐらいの顔、可憐や美しいといった言葉は合わずどちらかと言えば女性だと分かるがイケメンだと感じる一方、まるで月と夜をイメージさせる双眸は冬の寒さを感じるほどに冷たく感じた。

 

「本人が直々に雄英高校とは関わりがないって言ってるし、やっぱりこの前の落書きはヴィランが適当なこと書いたんだな」

 

 上鳴 電気(かみなり でんき)くんの発言にみんなが頷く。更に偶然にも近所で住んでいたと思われる百合とよく一緒にいる友達の写原さんがオールフォーワンに突撃、なんとインタビューの動画まで撮っていたので、さっそく再生して聞いてみる。場面には居心地悪そうに頬を掻くオールフォーワンがあった。

 

『……ね、ねぇ、君何歳?もう日付変わるぐらいの夜だよ?両親とか心配している早く帰ったほうがいいよ。ほら私今、ヴィラン捕まえたから警察署とか交番に届けないと』

『私は貴女のファンなんです!!どうか!どうか!!そんな細かいことよりこの運命を永遠に私は保存したいのです!!』

『こ、細かいことって……あーもう!少しだけだからね!夜道は危ないんだから』

 

 下手に断れば永遠に付いてきそうな追ってきそうな気迫に負けたのか、ため息を一つ、渋々とした様子でオールフォーワンは質問に答えていく。

 

『どうして非合法なヒーロー活動をするのか』

『別にヒーローを気取るつもりでこんなことやってないよ目的のため』

『目的とは?』

『とあるヴィランをこの手で殺す、殺し合いせずに済むかもしれないけれど、まずは再会してからだね。あ、このヴィランについては黙秘するよ』

『むー気になる『絶対ダメ、だからね』ちぇ……あ、どうして顔を見せてくれたんですか?いままでずっと隠していたんですよね?』

『別に深い理由ってものはないよ。ただ、こうした方が戦いやすかった部分があっただけで、だけどこの前私が雄英高校に入学しているってデマを流された以上は顔出してはっきりと違うと言わないと。私はヴィランだけど、ヒーローには敬意を払っているから、迷惑にはなりたくない』

『ふむふむ、なるほど……次は恋人とかいますか!?」

『こ、恋人!?あー…………秘密で』

『その沈黙と考える余地があるということは特別に親しい人が居るということですね!?』

『勘弁してください……』

 

 写原さんのマシンガントークに疲れた様子で最終的には子供はもう寝なさい、と強引に話を切ってオールフォーワンは気絶させたヴィランを抱えた状態で夜の闇に溶け込むように消えた所で動画は終わった。

 

「なんていうか……善悪まるごと飲み込んだような人ね」

 

 蛙吹さんの言葉に僕たちは頷く。ずっと投稿者の安否を気にしたり、色沙汰の話となると顔を赤くして動揺したり、ヒーローに関しては敬意を払っている言動の重みは真実と感じられ、オールフォーワンが殺し合いになるかもしれないと言ったセリフも同じように冷徹の決意が感じた。

 

「俺、爆豪みたいに死ねぇ!って感じのキャラをイメージしてたわ」

「逆に俺は轟みたいなクールキャラな感じだと思ってた」

「てめぇ、俺がヴィランの一員みたいなこと言ってんじゃねぇよ殺すぞ!!」

「……………そうか」

 

 かっちゃんは獣のように歯をむき出して敵意を露わにして、轟くんは何を考えているのか分からない、ただ表情を変えず頷いた。

 

「もう着くぞ、いい加減にしておけ」

「「「ハイ!!」」

 

 相澤先生の声にみんなが答える。

 

「………ちっ!」

 

 背中を刺すかっちゃんの睨み、あのみんなから実戦というより喧嘩と言われたこの前のかっちゃんとの戦いに勝利した僕は目をつけられている。あのかっちゃんに勝ったと喜ぶ僕に百合は淡々と言った。「それで満足してはいけないよ」と。確かに、僕はオールマイトの個性を引き継いだ最高のヒーローにならないといけないと一つ気を引き締めてもらった。(尚その日の晩御飯は僕の大好きな大盛りのカツ丼だった)

 

 初めて入るドーム状の施設に入ると、そこは周囲全てを見渡せる高台だった。水難事故、土砂災害、火事などあらゆる事故や災害を想定して僕たちを待っていたプロヒーロー『13号』考案の演習場、その名をウソや災害の事故ルーム(USJ)だ。

 

「私、好きなの13号!」

 

 僕の隣で歓喜の声を上げたのは麗日さんだ。好きなヒーローに会えて、喜びを隠しきれない様子だった。13号先生と相澤先生は二人で僕たちに聞こえない声で何か話し始める。何か合ったのかな?と思ったけど直ぐに終わり、13号先生が僕たちの前に立って話し始める。

 

「えー、始める前にお小言を一つ二つ三つ……」

「「「「(増える……)」」」」

 

 もしかして長い話になるんじゃないかなと思ったけど13号先生の話はとても大事な話だ。【ブラックホール】という、どんなものでも吸い込んで塵にしてしまう、その個性を使って災害救助の現場でめざましい活躍をしているが、それは決してただ便利というものではなく、簡単に人を殺せる力でもある。

 

 超人社会と言わる現代、個性の使用を資格制にして厳しく規制することで、一見成り立っているように見えるが、一歩間違えれば容易に人を殺せるいきすぎた個性(・・・・・・・)を個々が持っていることを忘れないということ、そしてこの授業では体力テストや対人戦闘とは違い、人命のために個性をどう活用するのかを学ぶ授業だと身に染みるようなとてもカッコいい話だった。皆が拍手喝采する中で相澤先生がまずはと施設を指差そうとして体が固まった。

 

 

 

『――――あら?お父様を倒した御伽噺の英雄(オールマイト)が見当たりませんわね』

 

 

 ――――息をすることさえ出来なかった。

 ただ声だけが聞こえただけで、どんな存在が来たかもわからない。

 しかし、その魔嬢の囁きだけで僕らの本能がこう叫ぶ。

 逃げろ、さもなくば死ぬ。と

 

 

「ちっ!くそ、お前ら動けるか!!奴の気迫に取り込まれるな!!」

 

 相澤先生の声に僕らは答えることは出来なかった。ただ震え、泣き、恐怖するだけだった。その日、僕は知ることになる。どうしようもない絶対的な絶望というものを。

 

 

 

『残念ですが、いいですわ。では皆さん、とても楽しいゲームを開始しましょう』

 

 それは赤い液状の双翼を震わせ、月と夜を連想させる双眸を細くて、悪魔のような笑みを浮かべた。

 

  

 

 

 




個性紹介

個性【オール・フォー・オ-バー】
二つの【オール・フォー・ワン】と【ブラッド・ハザード】との複合個性。
個性を使う、というより個性因子そのものを操ることで、奪った個性の本来できない事を可能にする。それを与えることは出来るが大半は制御できず死ぬ(例えば触れる必要のある個性を触れなくても発動できるようになる)
他者からの個性を奪い続け、体に内包できない個性因子は体外に自らの血肉と混ぜた胤翼と呼ばれる器官を生み出し、【ブラッド・ハザード】を併用することで個性を使用する為の部品へと変化させることが可能であり、尚且つあくまで胤翼とは言わば出力機器であり、本人はリモコンのような役割であるため制御が難しく自己破滅する可能性があるほどの超多重同時発動の個性による体への反動はゼロである。勿論、胤翼の大きさや薄さ、頑丈さは奪った個性を使うことで自由自在であり、体の一部であるためこれに取り込まれると個性を奪われる所か、体中をバラバラにされ翼の一部とされる。全てを超える者に相応しい史上最悪の個性である。


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第十九話:化け物

注意!!!この話から内容が残酷な描写、鬱展開が多くなりますのでついて行けねぇと思ったらブラウザバックしよう!


  

 アングラ系ヒーロー『イレイザーヘッド』またの名を雄英高校ヒーロー科1-A担任の『相澤消太』は出入口のUSJの施設を見渡せる高台から、広場から黒い霧から溢れるように出現するヴィラン達を見下ろした。

 

 プロヒーローとして、修羅場を何度も経験した途方もない悪意がこちらを見上げる。一見すれば烏合の衆の集団だが、その中で今まで相対してきたヴィランの中でトップに君臨するだろう悍ましいほどの気迫と無限の如き悪意で黄金の瞳を汚した血のようなドレスを纏った美少女がいた。

 

「可笑しいですね、13号とイレイザーヘッドが見えますが先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが」

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

 恐らくこの場所に転移してきた黒い霧が人の形をしたヴィランにイレイザーヘッドは悪態をついた。

 不機嫌そうに体中に手のパーツを付けた最初に顔を出したヴィランが汚れた瞳で虚無を見上げる。

 

「ちっ、どこだよ、せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ、オールマイトが、平和の象徴がいないなんて……」

「えぇ、本当に残念ですわ。何か変更が有ったのかしら……でもゲームは既に始まっていますわ、弔くん。計画通り最初は私から行かせていただきますわ」

「……勝手にしろ、だがいきなり皆殺しするなよ。今のお前は俺の駒だ、あとその無駄な威圧感を引っ込めろ、こいつ等がまともに動かねぇ」

「――――Yes、my lord」

 

 まるで水の中に沈みこまれていたような気迫は嘘だったように消滅した。飲み込まれていた生徒たちがようやく動き出すことが出来た。高名な貴族のようにドレスの裾を両手で持ちながら優雅に一礼すると、背からスライムのような粘着性を感じる赤い双翼が強風に吹かれた木々のように揺れた。何か来る、そう経験上の直感が警告する。

 

「気をつけろ!!既にここはあのヴィランにとって攻撃可能な距離かもしれん!!」

 

 首元にマフラーのように巻き付けている炭素に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器を手に掴み、空いた手で黄色のゴーグルをつける、既に何か個性を発動していようとも、それを抹消できる個性は彼にはある。少しだけ安心した生徒たちの内心をあざ笑うかのように天井が地震が起きたように揺れた。

 

「ウソだろ!?相澤先生が見た奴は個性が使えなくなるんじゃなかったのか!!?」

 

 個性【抹消】、見た者の個性を消す。という必然を崩され混乱する生徒達、赤い翼のヴィランは難問を前にしたように顔を歪ませながらイレイザーヘッド含めた全員を覆うように開いた手を向けた

 

「久しぶりの感覚ね、けど……この程度で私は止めることは不可能ですわ」

 

 その瞬間、天井を支えていた鉄柱が折れた。それを皮切りに次々と固定するためのネジやボルトが歪み、空中に放り投げられるように解き放たれる。どんな個性なのか、それともこれは個性と分類されているものなのか、抹消が唯一消せない異形型の個性による現象なのか、その思考を奪うようにこちらに向けられた開いた手が握りしめられた。

 

「―――いますぐ出入口に向かって走れ!!」

 

 ヴィランの目的に気づき叫ぶが、既に遅かった。ドームを支えていた鉄の備品たちは流星群のように生徒たちの背後、出入口を重ね合うように降り注いだ。金属同士が激しくぶつかり合う衝撃と轟音に誰も近づくことが出来ず、出入口は誰も通ることが出来ない鉄屑の山に隠された。

 

「連絡手段を奪い、そして出入口を封鎖する。次は戦力の分散ですわ、行きますわよ黒霧」

「……そうしたいのは山々なんですが、私は貴女のように個性を使えないのですが、どうやって使っているですか?」

「あの蟲の個性は、見た者の個性因子を止めるもの。けど私は個性因子そのものを操ることが出来ますわ……多少(・・)止められた程度では抵抗することは容易ですわ」

 

 無茶苦茶だ。あの集団の中で一番強いであろう女性のヴィランの発言にイレイザーヘッドは奥歯を強く噛んだ。この世の理解できないものを見てしまった恐怖が精神を蝕む。

 

「あ、相澤、先生……外と連絡が……!」

 

 先ほどから13号達を含めた生徒たちが外に連絡を試すが、全て失敗に終わっている。この状況を作ることができる個性を目の前の人の形をしているだけの恐ろしいヴィランによるものか、それとも別のヴィランが隠れて電波を遮断し、侵入者用のセンサーの機能を妨害しているのか、不明。だが、こうやってにらみ合っている間にも施設のあらゆる場所から破壊音が響く、おそらく非常口すら潰しているだろう。

 

「……校舎と離れた隔離空間、そこに小人数が入る時間割、最初に逃げ道を封鎖する、ヒーローの学校に入り込む一見蛮行のように見えて、確実に殺せる連中を集めて用意周到に画策された奇襲だ」

「轟ッ!!冷静に解説するなよ!!オイラ今にも恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだよ!!あんな綺麗で怖くていいおっぱいした女の子見たことねぇ!!」

「落ち着け峰田!今ここでパニックになればみんな余計に不安になるだろう!」

 

 轟焦凍が額に汗を流しながらも状況を把握、峰田実は噴水のような涙を流しながら発狂し、それを半泣状態ながらも瀬呂範太が諫めた。他にも生徒達は同じようにヴィラン達を恐れた、完全に戦意が折れてしまっている。そんな中で教師としてヒーローとして、覚悟を決めたイレイザーヘッドは戦闘態勢のまま高台から降りる階段へ足を進めた。

 

「……13号、俺がヴィランの気を引き付ける、その隙にその鉄屑の山をお前の個性で吸い尽くせ、そして生徒達を守りながらここから直ぐに退去しろ」

「ま、待ってください!!先生は!?一人で戦うつもりですか!?」

 

 震えながら声を上げたのは緑谷だ。全員の視線が集まる中でイレイザーヘッドはいつものように低い声で語りだす。

 

「あの数じゃ個性を消しても……そもそもイレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。消せない個性をもったヴィランの前じゃ……!」

「これが最も合理的な判断だ緑谷、お前はまるで俺が嬲り殺しに遭うと予測しているだろうが……一芸だけじゃヒーローは務まらん、13号!後は任せた」

「……ご武運を先輩」

 

 信頼できる後輩と真正面から飛び込むことで生徒たちに安心を与えるためにイレイザーヘッドは一人、ヴィランの集団に突貫した。

 

「は、馬鹿か?個性を消すってチートかもしれねぇが、この数で一気に襲えば問題ッ―――!!」

 

 髑髏のような仮面を被ったヴィランがイレイザーヘッドをあざ笑いながら仲間たちと共に獲物を持って襲い掛かるが、伸ばされた捕縛布に口元を巻きつかれ動揺した瞬間には、別のヴィランへと投擲されていた。

 

「油断するな!あいつはプロヒーローだぞ!!あの布みたいなのをどうにかすれば後は簡単だ!!」

「(ちっ、滅茶苦茶だが対策してやがる)」

 

 それは既に決められていたことだった。イレイザーヘッド、個性【抹消】を分析した結果、誰が個性を消されているか分からない状況が出来上がっている、ならば最初から個性を使わない前提で殴りかかればいい。相手が武器を持っているのなら、それを奪うなり壊してしまえば後は囲んでしまえばいい。―――本来なら彼らはただのチンピラだ、暴力の快楽に酔っている彼らのチームプレイは適当に組まれた故にバラバラの筈だったが。

 

「(見てやがる!あいつが)」

「(あの化け物が俺たちを品定めするような目で!!)」

「(下手な真似したら殺される!!あいつらの様に!!)」

 

 イレイザーヘッドを含め生徒達は知らないだろう。この襲撃のためだけに集められた彼らの命はイリスによって握られていることを。

 ヴィラン達の意思は叩き潰され恐怖に支配されていた、尊厳も自由も未来すらも。参加しているヴィラン達は見せられた、イリスによって恐ろしく殺された同業者を。

 全ての関節が逆に曲がりきって千切れた者。

 逃げ出したものは形を変えた翼に突き刺されてミイラの様に骨と皮だけになった者。

 反発しようとし気骨があっていいと胤翼にミキサーのように切り刻まれながら吸収された者。

 

「こいつら急に動きが……!!」

「さぁ、行きなさい疑似(・・)脳無達」

 

 【ブラッド・ハザード】+【マルチタスク】+【バーサーカー】+【人形遣い】。

 ヴィラン達の動きが徐々に洗練されていく。感情が薄れていきその代わりに強靭な肉体へと改造されていく者、理性を無くした獣のような咆哮を上げながら突撃する者、彼らの自由は既になく、目の前のヒーローを抹殺するだけの人形へとなっていた。

 

「……つくづく、貴女が私たちの敵にならなくて良かったと思いますよ」

「ふふふ、誉め言葉として頂きますわ」

「……外道め」

 

 弔の悪態すら左から右の様子だった。

 イリスにとって他者とは蟲、或いは獣だ。蟲とは脅威にならない者、獣は脅威になる可能性がある者。この場にいる全員で唯一獣と認定されているのは弔と黒霧だけだ。それ以外は人間が何気なく蟻を踏み殺すような感覚のようにイリスにとって視線に入れることすらしない存在でしかない。

 

「くそぉぉ!!」

 

 イレイザーヘッドは自身の手足を延長させたような巧みな布術で次々とヴィランを捕縛していく。【抹消】は確かに効いている。見た者と見ていない者の動きにカメとウサギ並みの差があるのだ。感情が薄くなるにつれて凶暴さが向上していくヴィラン達は何らかの個性を使って操られていることは明白だ。一見、ヴィラン相手に無双しているように見えるだろう、少なくとも高台から心配しながら見下ろしている生徒たちには。しかし痛覚がないのか撒菱(まきびし)を踏んでも顔色一つ変えず、捕縛した同士で頭を衝突させても平気で立ち上がり、一切の恐れを見せず突撃してくる様は、まるで生きている死体(リビングデッド)達と戦っているようだった。

 

「弔くんもアレに交ざってみます?」

「殺すぞテメェ……それに、こんなことしてたらせっかく先生から借りた脳無の出番がねぇだろうが」

「それはオールマイトに使って遊ばせてあげる予定ですわよ。黒霧そろそろ鉄屑の山が抜かれますわ、行けますよね?」

「えぇ、最初はこちらから視線を外さないように必死になっていたヒーローですが、貴女の素晴らしい個性によってこちらを見る余裕すらなくなっています」

「よろしい、では行きましょう。………既にレギオンは動き始めていると思いますから」

 

 黒霧が形を変えて、イリスを包む、その狂喜を隠した小さな囁きは誰にも聞こえることは無かった。

 

◆◇◆   

 

 

 

 正直な話、僕は調子に乗っていたかもしれない。

 かっちゃんに勝って浮かれた気分を百合に注意されても、僕は心のどこかで全能感があった。しかし、それはあの息すら出来ないほどの気迫を発するヴィランを感じた瞬間、折れた。足が震える、喉が急激に乾く、一刻も早くあの化け物を感じる空間から逃げなければならない。

 

「す、すごい!鉄屑の山が一気になくなっていく!」

 

 13号先生の個性は【ブラックホール】吸い込んだものは何でも塵に変えてしまう強力なものだ。出入口を封じていた重ね合うように落とされた鉄屑の塊は見る見る間に形が崩れていき、あともう少しで僕たちが通れるようになる。そう感じた瞬間、13号先生の個性の影響が出ない範囲に黒い霧から現れた二人のヴィラン。

 

「精が出ますわね、蟲たち」

「ッ!ヴィラン!!」

 

 しかも、そのうちの一人は、赤い翼を生やした相澤先生の個性を物ともしない個性を使う反則技を見せたヴィランだ!

 

「初めまして、我々は敵連合(ヴィランれんごう)。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは――――平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 黒い霧が人の形をしたヴィランがとんでもないことを言った。こいつ等オールマイトを狙ってこんなところに来たのか!?

 

「私個人としてはオールマイトのファンになっちゃいそうなぐらいに興味があるわ。彼が死んだあとの社会の未来がどんな風になるのか、それを予想して彼が何を残そうとしているのか、ねぇ?」

 

 ヴィランの言葉に思わず血の気が引く。オールマイトの後継者、【ワン・フォー・オール】を持つ僕に向けての発言の様に聞こえたからだ。13号先生が鉄屑の撤去を中止、無防備に現れたヴィラン二人を吸い込み塵にしようする前に駆けた二人がいた。

 

「オラァッ!!」

「死ねぇぇぇ!!」

 

 切島くんの【硬化】による斬撃とかっちゃんの【爆破】が二人のヴィランを襲ったが、僕たちの目の前で切島くんの姿が消えた。

 

「……この蟲の個性はもういいですわね、同じようなもの幾つか所持しておりますから」

 

 赤い翼がまるで鞭のように変化して、切島くんはその足を巻き付けられて数十メートル上空まで持ち上げられ、消えた。同時に僕たちの隣に体が持ち上がるほどに響く衝撃。叩きつけられた切島くんは地面の中に吐血しながら沈んでいた。

 

「―――ですがそこの蟲の個性は、いいですわね」

「切島ッ!!」

 

 【インビジブル・ハンド】+【オール・フォー・ワン】

 

「がぁっ!?」

「かっちゃん!!?」

 

 爆煙からは無傷のヴィラン達、かっちゃんは見えない何かに首を掴まれたように空中で囚われた。ヤバいと思いながら助けだそうと動き出す僕を13号先生が止めた。

 

「動かないでください!!これ以上被害を大きくするつもりですか!!」

「ふふ、冷静ですわね、それじゃこの蟲はお返ししますわ」

 

 まるでゴミを捨てるように放り投げられた、その落下先には階段があった。すぐさま【ワン・フォー・オール・フルカウル・3%】で落ちる前のかっちゃんを抱きかかえる形で救い出した。

 

「―――離せ、デク!!」

 

 想像はしていたけど、強く首を握りしめられたのか咳をしながら僕を突き飛ばした。

 

「このクソヴィランが……絶対にぶっ殺す!!」

「爆豪!落ち着けって、切島がやられているんだぞ!」

「そんなこと関係ねぇ!!こ―――え?」

 

 かっちゃんの動きが止まった。まるでネジが切れた人形のように。

 初めて見る理解が出来ないと言わんばかりに混乱した表情で自分の両手を見つめた。 

 

「探し物は―――コレですか?」

「皆さん僕の後ろに早く!!」

 

 【ブラッド・ハザード】+【爆破(・・)】。

 双翼が合体して見上げるほどに巨大な手へと変化、もう何度も見てきたバチバチと手の平から火花を上げ、僕たちの目の前は赤一色に染まった。

 

 

 




まずは1人目。


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第二十話:絶望

注意※吐き気を催す邪悪がいます。


「オール・フォー・オーバーやりすぎです。計画では最低でも三人生還させると言ったのは貴女ですよ」

 

 まるで新しい玩具を手に入れて振り回す子供のように、奪ったばかりの個性の試運転として【ブラッド・ハザード】によって胤翼を巨大な異形の手のように変化させ、汗腺と似た器官を形成することで放った特大の爆破砲は地面が抉れるほどの熱と破壊力だった。黒霧はもし自身がその場にいたらと悪い予想が浮かんでしまい背筋が冷える恐れを感じながら焦り顔でイリスを咎めた。

 

「……少し予想が外れましたわ」

「なんですと?」

「【ブラックホール】で爆風を吸い込まれました、全員生きておりますわ」

 

 黒霧からすれば巨大な爆煙が原因で、ヒーロー達の姿を目視できなかったがイリスは目を細め、蛇のように唇を舐めた。黒い煙は渦を巻きながら吸い取られていき景色が晴れていく。多少爆熱にコスチュームが焦げていたが、元から宇宙服のような重装甲の姿なのもあって無傷に等しいだろう、両手を前方に向けて指先から吸収し終えた13号、そして彼らの背後にいた全員も怪我は何時もなかった。地面に叩きつけられ衝撃で吐血して意識がない切島以外の話だが。

 

「皆さん怪我はありませんか!?」

「大丈夫、です」

「死ぬかと思った……!」

「流石13号先生や!」

 

 口々に安否の報告を耳に傾けながら13号は目の前のヴィラン二人に意識を集中した。一人は霧のような姿で物理攻撃の効き目が無いに等しいに加えて、好きな場所に移動するためのゲートを作り出すことが出来る。もう一人は今まで出会ったヴィランの中で嘗てないほど凄まじい黒い威圧感を醸し出した異形の手を赤い双翼に戻して、こちらを見定める黄金の瞳があった。

 

「………委員長、私に賭けてくれませんか?」

 

 ヒーローとしての予感が、あの禍々しい翼に対して最大の警報を鳴らす。それでも常にこの事態を解決させる最善を考えなければならない、冷静に状況を整理する。まず自分たちの背後にある広場では必死にヴィラン達と交戦している相澤、目の前のヴィランの個性によってUSJの非常口全ては封じられたと考えていい、こんな騒ぎが起きているにも関わらずこの建物内に配置されている幾つもの警報器が一つも鳴らないことからこの状況は外には知られることはない、唯一の希望はヴィラン達の背後にある出入り口を閉じた鉄屑の山、【ブラックホール】によってその大半は塵となっており少し登れば外に出れる程度の空洞が出来ている。

 

 13号はこのクラスの中で一番速い人材を見つめた。委員長でもある飯田の存在を、その個性は【エンジン】であり、恐らくこの場では誰よりも速いはずだ。悟られないように後退しながら出来るだけ小さな声で13号は飯田に話しかける。

 

「あの二人のヴィランは僕がなんとか動きを止めて見せます、その間に学校に向かって駆けてこの事を伝えてください」

「しかし、クラスメイトを置いていくなど委員長の風上にも……!!」

「既に怪我人が出てしまっています、爆豪くんも何か様子がおかしい。この状況を知っているのは今僕たちしかいません、応援を呼んでください―――一刻の猶予もありません、君に託します」

 

 それでも、しかしと口を濁す飯田にクラスメイト達が背中を押す。

 

「流石に雄英高校全体の警報は止まれないはずだ、あいつらが事を起こしているのもUSJの中だけ!」

「外に出られたら追っちゃこれねぇよ!お前の足ならあいつ等をぶち抜けるはずだ!」

 

 砂藤や瀬呂が震える手で拳を握り、勇気づけるように飯田を叩く。

 

「食堂の時みたくサポートなら私達、超頑張るから!!」

「轟くん、君の氷で素早くあの二人を囲える?一瞬でもいい13号先生の個性の影響が及ばない時間が出来れば、あとは飯田くんが一気に行ってくれるから!」

「………任せろ」

「委員長、俺は死ぬならおっぱいの中で死にたいんだ……!頼むよマジで!!」

 

 全員が飯田を応援してくれている、いつの間にか震えが止まり脳裏に浮かんだのは先ほど13号先生が語ってくれた個性を使って人を助ける事、それは誰よりも速く駆けつけて不安な人々を助ける憧れの兄のこと思い出させた。

 

「……一秒でも早くたどり着いて見せる」

 

 その瞳は情熱の火を灯して、この危機的な状況を絶対に打開させて見せると決意が決まった。

 

「オール・フォー・オーバー、どうやら逃げる算段が出来てしまったようですよ?なぜ黙って見ているのですか?このエリート高校に入学した実力者たちです、油断はできません貴女がやらなければ私が……」

「黒霧、私は見たいんですよ。愚かな蟲達の必死の足掻きを……あくまで私たちの目的は彼らの死ではないのですから……さぁ、楽しませてくださいませ、ゲームを始める前のちょっとした余興ですわ」

「見せてあげますよ、貴方達を打ち倒すヒーローの力を!!!」

 

 まず動いたのは13号だった。先ほどの爆破を吸収し尽くしたように両手をヴィラン達に向けて指先のパーツの全てが開いて、そこから全てを塵に還す強力な【ブラックホール】達が解放された。

 

「その個性、強力ですが好みではありませんわ」

「そんなこと言っている場合ですか!!?」

 

 黒霧の体が徐々に吸い込まれていき、イリスは翼を鞭のようにして胴体に巻き付け、翼をアンカーのように先端を尖らせて地面に突き刺した。

 

「轟くん!!」

「凍りつけ……!!」

 

 その瞬間を逃すことなく緑谷の指示で、轟の足から生み出された氷結の山が瞬く間にヴィラン達の左右と後ろを捉え、ドーム状に形成させる。勿論、前方は空いたままであり、二人は【ブラックホール】の吸収力に逃れないのにプラスして、周囲に張られた氷の壁によって更に逃げ場を失う。 

 

「「行って(行け)飯田(委員長)!!!」」

「任せてくれ!!」

 

 足の脹脛から生えたマフラーから火が噴き出す、ヒーローになると誓ったその日から鍛錬を重ねてきた最善の走り方で飯田は一気に加速。

 

「―――これは逃げられますわね」

 

 イリスは細い木の枝サイズの血の鞭で強引に自分たちの横を通り過ぎようとした飯田に向かって振るうが、虚空を裂くだけだ。氷の壁によって飯田の姿が見えなくなる、鉄屑の山を駆ける音がする。ヒーロー達は勝利を確信した、応援を呼びオールマイトが駆けつけてヴィランを一網打尽にしてくれるという希望は飯田の悲鳴(・・)と共に引き裂かれた。

 

「私、こう見えて傲慢するときはしっかりと準備した後ですわよ」

「な、なに……!?」

「そこの蟲、強い個性を持っていてもそれ以外が失敗ですわね」

 

 今にも翼を地面に突き刺した状態のまま【ブラックホール】に吸い込まれそうな状態のまま、視線をヒーロー達から離し、期待外れと言わんばかりにため息を吐いた、その瞬間、13号の腹から鋭い血色の大きな刃が生えた。

 

「13、号、先生?」

「そ、……んな、地中、を掘り進ん、で……!!」

「私の翼の範囲は血さえあれば無限に伸ばせますので、私が胤翼を地面に刺した時点で察せなかった時点で……貴方は最低ランクですわ」

 

 13号の背後、その地面から生えた形状変化、硬質化した刃は背から突き刺さり、腹部とコスチュームすら貫通した。【ブラックホール】が止まる、体が動かなる、脊髄(・・)を貫かれた事実を理解した、その正確さ判断力、自分たちを欺く演技力に最初から手のひらで踊らされていた事を朦朧として意識の中で理解し、13号は絶望が心を染めながら意識を失った。

 

「う、ウソ……い、いや………!」

「あら?蟲が死ぬのは初めて(・・・・・・・・・)見られますか?それはダメですわよ、貴方達がヒーローとやらになれば嫌でも見るものですから、いい勉強になられましたわね」

 

 クスクスと悪魔のように微笑みながら、抜かれた血の刃は地中に戻っていく。全身の力が抜けた状態で支えを失い地面に倒れ、血の水たまりが先ほどまでヒーローとして大事なことを教えてくれた13号を中心に広がっていく。1-A組全員の時間が止まったように、誰も動かない。その静寂を引き裂く悲鳴が聞こえるまでは。

 

「離せ、離せぇぇぇ!!!」

「そうそう私は金属を操作出来ますわ、だから貴方達が仲良く会議をしている時に作ったトラバサミが私の予想通りのルートに嵌ってくれましたわ、全くこれから楽しいゲームの前に逃げようとする悪い足は――――」

「やめろ……やめろぉぉぉぉ!!!」

 

 一番速く再起動したのは緑谷だった。個性を発動させることも忘れて手を伸ばし駆けだした。鉄屑の山を元に個性から作り出されたトラバサミに右足を挟まれて転げ落ちてしまった飯田の場所を見ずに、切島を叩き落したように血の鞭が、氷の檻を溶かすように貫通して飯田の足を巻き付いて持ち上げた。もう一方の血の鞭は形を変え、基点を中心に刃と刃を左右に伸ばし()のような形状へと変わって暴れる足に左右の刃が挟まれる。

 

「―――ちょきん」

 

 緑谷の伸ばした手は届いた。

 落ちる飯田を受け止めることにギリギリで成功した。

 

「……………あ」 

「クスクスクスクス」

 

 目の前の悪魔が笑う。

 背から落ちる態勢だったので、飯田は見えなかったけど分かっていた。

 緑谷は、位置の所為で、はっきりと見えてしまった。

 

「……ぼ、僕の」

「なんて無様で無力で無駄なんでしょうか、ヒーローとやら」

 

 視線の先、持ち主から切り落とされた足が、緑谷の顔目掛けて落ちる。顔面に衝撃と痛み、鼻腔に生々しい血の匂いが感じられ、コロコロと転がり真っ赤な道を作り出していく。

 

「僕、の、足がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うあ、あああああああああああああああああ!!!」

 

 発狂。

 発狂。

 発狂。

 発狂。

 発狂。

 

「……ッ、悪趣味ですよオール・フォー・オーバー」

「子供が小さな蟲の手足をちょっとだけ力を込めて抜いた、誰にだってこんな経験があると思いますが……これもこれからのゲームを楽しくするための大事なことですわ?」

「虫唾が走りますよ、早く貴女と死柄木弔が考えたゲームを開始してください」

「クスクス、嫌われちゃいましたわ。さて、ゲームの説明しましょう」

 

 あるものは目の前の現実を嘘だと夢だと壊れたラジオのよう同じことを何度も呟くと。今にも憎悪の目で殺してやると狂い駆けてきそうなものもいる。隣人と抱きしめ合って泣くことしか出来ないものもいる。その中でイリスは微笑みながら説明を開始する。

 

 

 

 

「まずは簡単に一言、貴方達頑張って殺し合って生き残ってくださいませ」

 

 

 

 

  




残念今回は収穫ゼロ。


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第二十一話:希望

いつも評価、誤字報告ありがとうございます。



 お昼が過ぎ、教師と生徒たちは午後の授業をしている二時頃に休憩室でやせ細った男が、疲労の色を濃くした表情で深いため息を吐いた。この男こそ存在するだけで深刻化したヴィラン達の存在を抑止する平和の象徴オールマイトだ。今でも絶大なる人気により不動のナンバーワンヒーローとして人々の笑顔を守るために戦っているのだが、数年前の怨敵との決戦により治療不可の後遺症を負ってしまった上個性を後継者に譲ってしまい、今は筋骨隆々の肉体を維持する時間は更に短くなってしまっている。それでも、オールマイトは事件と聞けば東西南北どこでも駆けつけるため、今日は一時間で三つもヴィランによる事件を解決した。そして、雄英高校の教師として戻ったが、咳き込む毎に吐血する消耗しきった体では皆が知るオールマイトとしてヒーロー科の午後の授業に出られる時間はあまりに短い。

 

 それでも、教職に就いた身として出なければならない。ヒーローとしては後輩だが、教師として先輩の相澤と13号と連絡が繋がらないことに不信を抱きながら立ち上がるとドアが開き、そこにはネズミをそのまま人間にしたような生き物が、人間の正装を着ていた。彼こそは人間以外で個性を発現させた大変珍しい珍妙な雄英高校のトップ、根津校長だ。

 

 根津校長はオールマイトに教職としての心得を身に付けてほしいと言った。雄英高校の教師のほとんどは現役で活躍するプロヒーローであるが教師でもある、その立場である以上、ヒーローとしての活動することは少ないが、それは仕方のないことだ。未来のヒーロー達を育てるために、自身のヒーローとしての時間を削るのは、この道を選んだ時点で理解しなければならない。しかし、オールマイトはまだそこの所を受け止め切れていない部分もあり、教師とヒーロー、どちらを優先するかと考えてしまうとき、街には何人ものプロヒーローがいるにも関わらずヒーローとしての活動を選んでしまう。

 

 それ自体を悪く言うつもりは微塵もないが、少しだけ立ち止まって他のヒーローのことを信じ頼ってほしい善意で、オールマイトの足を止めたのだ。

 

「(話が、長いなぁ)」

 

 その気遣いもオールマイトは理解している。しかし、それでも、と動いてしまうのが自身の本能と言ってもいい衝動だ。根津校長の話を真摯に聞きながらも、ちょっと喉が渇いたなと淹れてくれたお茶を一口つけた時、ふと校門に視線が動いた―――――何かいる。

 

「―――であるからして……どうしたんだいオールマイト?私の話はそれほど退屈かい?」

「いえ、そうでは………ムムム?」

 

 黒い校門の壁に張り付いている、汚れにしては綺麗な形をしすぎている。なにより動いている(・・・・・)。その瞬間、校門を飛び越えるものが現れた。瞬間、耳を劈くような高音の警報が雄英高校に響き渡る。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』

「―――見えたかい?」

「えぇ、アレは………」

 

 並の人ならその速度は影としか捉えれないだが、オールマイトは見えた、そしてその存在を知っている、あの黒いコートを、背中から生えた四匹の蜈蚣を、既にいないと思っている因縁の怨敵と同じ通り名を名乗っている人々を救うヴィランの存在を。

 

「校長先生はプロヒーロー達を集めてください。嫌な予感がします」

「そうだね、オールフォーワンがこんな行動することは初めてだ。なにより問題は彼女がいるということは――――」

 

 オールフォーワン、彼女が現れたときは決まってヴィランが現れたときだけだ。オールマイトはオールフォーワンがどちらに走って行ったか根津校長に伝えると、そのまま窓から見上げるほどはあろう高さから躊躇なく跳んだ。嵐のように過ぎ去ったオールマイトの背を見届け、直ぐに連絡端末で何者が侵入してきたのか、そしてオールフォーワンが移動した方向からして、直ぐにどこを目指しているのか予測を立て在中している全ヒーローに連絡を入れた。

 

「……これは大事になりそうだ」

 

 USJ、その場所が恐らく戦場になると根津校長は走り出した。

 

 

 ◆◇◆

 

 

「………ここは」

 

 あの黒霧と呼ばれたヴィランによって僕たちはバラバラに転送された。目の前にあったのは轟々と建物たちが燃え広がるUSJのステージの一つ火災ゾーンだ。かっちゃんとの戦いでボロボロになったコスチュームは修復をお願いしているので、今の僕は雄英高校のただの体操服だ。防炎機能なんてない、肌を焼くような暑さから立ち上がり、茫然と先ほど聞かされた悪魔のようなゲームの内容が思い浮かんだ。

 

『この会場には六つのゾーンがありますわ、今から貴方達19人(・・・)を私たちの判断で転移させ、私たちが用意した蟲達と殺し合っていただきますわ、一つのゾーンにつき生き残れるのは一人だけ』

 

 息をすることが辛い。

 

『中央ゾーンに最初にたどり着いたものを勝者としますわ、但し二番目三番目と脱出者が現れた場合はその場で生き残りを賭けて殺し合ってもらいますわ、それを拒否してもよろしいですが、その場合は私が一人を選んでそのゾーンの脱出者を全員(・・)潰しますわ』

 

 動くことが辛い。

 

『勿論貴方達が協力してヒーローとやらが来るまで持久戦をしてもよろしいですが、応援が来たと私が判断したら三人にまで減らし(・・・)ますわ。ここに到着するまでに何処にいようとも、それぐらい容易ですわクスクス』

 

 何もできない。

 

『怪我人はどうすると?関係ありません、平等(・・)ですわ。むしろラッキーと思いますわよ?簡単に殺せて生き残る確率が上がるのですから』

 

 望みもないに等しい。

 

『目的?そうですわね、貴方達には広告塔―――生き証人になっていただきたいのですわ』

 

 ここにヒーローはいない。

 

『絶望、地獄、狂気をこれから貴方達に心の底から味わっていただきますわ。そして見事に生還して、私達の組織の恐ろしさ強さを世間に社会に知らしめてほしいのですわ。ああ、何も語らずと良いですわよ?蟲や獣は知らないことになると強欲になりますから、自分勝手な妄想で補っていただけますから』

 

 希望はない。

 

『あぁ、19人というのは私が個人的に最初から選んだ生還者がいるからですわ、創造持ちの彼女は私が既にいただいております。どうしてと?八百万グループなんて聞いたことありませんの?結構な社会的に上納者ですから―――――人質として大変価値がありますから、色々と酷いことをしたら、可愛い一人娘がこんな目に遭った責任はいったい何処に矛先が向くと考えられますか?……と、このぐらい私がわざわざ言わなくても直ぐに想像できるかと思われますが、これが将来私の敵となるかもしれない人材とは……とても悲しくなりますわ』

 

 もし、僕が生き残るために行動して生き残ってしまえば僕はヒーローになると一生言うことはなくなる。

 もし、僕がこのゾーンで生き残りを集めても、あのヴィランに勝つことも逃げる事も不可能だ。

 もし、僕が何もしないことを選択すれば――――嫌だ。

 

「百合に道を示してもらって、オールマイトに認められて、やっと……やっとここまで来れたのにクソ………クソォォォォ!!!」

 

 煙火の中で僕は叫んだ、ヴィランが来るかもしれないと考えることなく。

 目の前で人が死んだ、目の前で友達の足が切り落とされた、目の前に倒すべき悪がいたのに。

 

「――――無力、だ」 

 

 なにもできなかった。

 オールマイトの個性を授かっておきながら、案山子のようにただそこにいることしか出来なかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それデも、ドウしたい?』

「――――え?」

 

 声が聞こえた、幻聴かな?あのヴィランの個性の一つかもしれない。

 

『望ミハ絶たれタカモしれなイ、一寸先は闇しかナイかもしレナい』

『そレデも、貴方の心二、何ガ、ある?』

 

 目の前には炎しかない。けど、脳裏に過るものがある。

 あの時の色も風景も場所も違う。

 けど、どうしてだろうか、あの夕焼けの空を思い出した。

 

『―――君はヒーローになれる』

『―――なら兄さんはヒーローになれるよ』

 

 僕の蛮勇を笑わず称賛してくれた憧れの人がいた。

 僕の夢を笑わず背中を押してくれた大事な妹がいた。

 

「―――僕はヒーローになる。みんなを助けたい」

『……分カッた』

 

 喜び混じりの笑ったような声がした。……所でこれってどこから声が発せられているんだ?今日も似たような声を聴いたことあったような。

 

『下だヨ、下』

「下?――――む、蜈蚣……!!?」

 

 燃え盛る場所で絶対いないであろう生き物に仰天しながら、一度真っ白になった頭が一気に回転したような気がした、もしかして………もしかして!!

 

『もう大丈夫、私がいるッテネ』

「オールフォーワン!?」

 

 ど、どうしてこんなところに!?つい先ほど動画を見たので声だけでオールフォーワンだということは直ぐに分かった。しかし彼女の活動は週末と祝日以外は夜しか活動しなかったはずなのに!?驚きを隠せない僕にオールフォーワン(蜈蚣)がどこからか声を発した。

 

『静カニ、あと一分グライでソッチニにたどり着く』

「だ、ダメだ!!オール・フォー・オーバーってヴィランが言っていたんだ、増援が来た時点で僕たちを――――選んだ者以外、皆殺し、するって」

『………ソウか、ってあ、ヤバいヤバいヤバい!最悪!!イや最高二なるノか!?目ガ合った!!』

 

 …………え?  

 

『何が目的だ!!オールフォーワン!!!』

『「オールマイト!!」』

 

 一寸先は闇に光が見えたような気がした。

 

『チっ、に………誰か知らないけど実ハ、コれ確認デキている全員二私の従者が渡っテイる。今、ゾーンの至ル所でヴィラン達を混乱サセテいる所!!』

『その声は緑谷少年か!?オールフォーワンがいる時点で嫌な予感がしたが、大丈夫か!!!』

『事情説明するから、ちょッと静かにオールマイト!!最初二言ってオク、其方の状態は把握シテいるツモリだ、そして――――全員だ、私は君たちを助けるために来た』

 

 僕は周囲を警戒しながら移動を開始する、既にあのヴィランが動いているかもしれない、既にクラスメイトが何人か殺されているかもしれない、という恐怖を抱きながら。

 

『頼む!あとゴメン!!10秒、1秒でもイイから生き残れ!!私たちが現場にたどり着ク少しダケの猶予を作って!!!』

 

 そんなこと―――無理、に。

 

『不可能を可能にする男は言った!更にその先へ―――Plus Ultra(プルスウルトラ)だと!!私は貴方達を信ジテイる!!』 

 

 どこからか大きな振動を感じた、戦いと呼べない戦いが始まってしまっているのか。怖い、けどそれより冷めしてしまったと思っていた心に熱が蘇った。

 

『もう一度言うよ――――大丈夫、私がいる!!!』

「―――見つけましたわ」

 

 聞きたくもない声に振り向くと赤い翼で宙を浮かぶ最悪のヴィランがいた。到着まで残り約30秒ほど、僅かな時間だったけど、僕にとってこれはこれ以上にないぐらいに長い時間の始まりだった。

 




二人目、しかし不味いことになった。


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第二十二話:魔嬢が笑うとき

 彼らをゲーム会場に転移した後、イリスと黒霧は広場に戻っていた。つい先ほどまで激しい戦闘が行われていたのか、地面には何人ものイリスが操ったヴィラン達が倒れこんでいた。個性を使い、理性を代償に身体能力を向上させ、体のコントロールはイリスが握っている。相対した者の個性が原因で思うように操作は出来なかったが、それでもその拳で掠るだけで皮膚を裂き、直撃すれば骨は粉砕するだろう、そんな疑似脳無化させたヴィランに対して、一歩も引かなかった人物は本物の脳無に両腕を捻じ曲げられ、地面に叩きつけられていた。

 

「お前ら遅すぎだ、ガキ共と教師一人にどれだけ時間費やしているんだ?」

「想像以上にいい反応をするものですからちょっと味見をしてしまいましたわ」

 

 潤った唇に舌を滑らす悪女は血の凍る微笑みを体中に手のパーツを付けた異様の姿をした弔に送った、顔面に付けた手のパーツによって表情が見えにくいが、それでも分かるほどに露骨に嫌な顔して、視線を外し黒霧のほうへと向ける。

 

「逃げた奴はいないだろうな?」

「ええ、もし私が一人なら危なかったかもしれませんが、遊ぶようにオール・フォー・オーバーが片付けてくれました」

「こいつがいて間違いが起こることはまず無いだろう、それより予定通りの場所にガキ共を送っただろうな?」

「ええ、これで生徒達の心に傷をつけ、もし生き残ったとしても再起不能になるでしょう、そしてヒーロー達の矜持、信用、ブランド等は粉々になるでしょう」

 

 そうかと満足げに頷き、脳無に取り押さえられ身動き一つできず、また掴まれた頭を地面に叩きつけられる男に目をやる。本来の怪力であれば片手の腕力だけで頭蓋骨を粉砕できるだろうが、それを命じず痛みつける方を選んでいるあたり、私と同じだとイリスはクスクスと笑いながら胤翼に格納していた八百万の顔を胴体だけを出して、その頭を掴む。 

 

「作戦はいい具合に進んでいるな、あとはオールマイトだけか、おいオール・フォー・オーバー……何をやってる?」

「お楽しみですわ」

 

【ワン・フォー・オール】

 僅かなうめき声と共に胤翼に格納された蟲から『創造』が奪われた。体の異変に気が覚めた八百万の瞳に映ったのは、自分が個性を使うように、腕から凶器を『創造』して抜き取った姿だった。

 

「なるほど、対象の分子構造まで頭にないと創造できないとは頭の悪い者には使いこなせない個性ですわね。あと生物は作れませんか……ふむ」

「あなた、いったい私に何を……!」

「では、こうしてみましょうか」

 

 【オール・フォー・オーバー】+【ブラッド・ハザード】+【創造】。

 

「――――――」

 

 八百万は常識ではありえない光景に言葉を失った。この個性を宿して十年と少し、出来ないとされた技が目の前に起こった。オール・フォー・オーバーの背中から生える血色の翼の先端から骨が墓場から現れるゾンビの如く現れた。それは瞬く間に神経が駆け巡り、それを覆うように筋肉繊維が紡がれて、黒い肌が塗られるように生成されていく。肉厚のある腕から、次はボディービルダーのような腹が、巨体を支えるための足が地面に立ち、脳味噌がむき出しの頭部が露わになる。

 

「元なしで作ってみましたが、これは非効率ですわ、血の消費が多すぎます」

「……おいおい、なんだよそれ?ははははは、黒霧お前も見たか!?反則すぎて笑えてくる!脳無を創りやがった(・・・・・・・・・)!!」

 

 八百万はそこで漸く、オール・フォー・オーバーが作り出した脳無の元になった脳無によって今現在、クラスの担任である相澤が、その両腕を捻じ曲げられている惨状を目のあたりにして顔色を青く染める。

 

「相、澤……先生……?」

「………の、声は……八百万、か?」

 

 今にも消えそうな声で僅かに目を空けた相澤は状況を確認した。個性を使わずとも人の腕を簡単に骨折させる怪人がいつの間にか増えていた、赤い双翼を生やした魔嬢も黒い霧が体のヴィランも全員揃ってしまっていた。

 

「あ、い……つ、らは……」

「喜べよイレイザーヘッド、お前たちのカッコいい頑張りは全部生ゴミと同じになったよ」

「ですが、安心しなさい。誰かは証人として生かしてあげます、貴方も条件付きで」

 

 その言葉に怪訝な顔をする弔と黒霧にオール・フォー・オーバーは使用実験ですわと脳無二号に、こう命令した。

 

「そいつの両目、抉り取りなさい(・・・・・・・・)二号」

 

 その場にいる全員が彼女の指差す方向に視線を動かした。そこにあるのは脳無一号によって身動きを封殺されている相澤の姿だ。

 

『…………』

 

 それは一号の肉体構造を元に作られた故に感情はなく、人間を改造した成れの果てではないために、魂すらもない。ただ創造主による命令に従うだけの心無き怪人だ。それが足を進ませた。翼によって拘束されている八百万の悲痛な叫びが響くが、うつ伏せに倒され両手を潰した脳無がのしかかっている状態の相澤に逃れる術はない。それを悟られない距離で見つめる毘天達にも、今まさにこちらに駆ける彼女にも為す術がなかった。

 

「い、いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 悲鳴が木霊する。ブチブチブチ、と爪を立てた両手を含む六本の指が相澤の眼軸内に挿入され力任せに引き千切られる。僅かな血とコラーゲンゼリーが脳無二号の手を汚した。己が創造した脳無二号の精密性を調べるためにこのような行為をしたオール・フォー・オーバーは、両目を失い、暗闇の世界に堕ちたとしても、気配は感じるのだろう、血涙を流しながら目なき目で相澤がこちらを睨んでくるのを感じた。それに感心するように胤翼の中で恐怖に支配された体で震える八百万を一瞥し、手を叩いた。

 

「……評価を改めますわヒーローとやら、この蟲は女々しく涙を流すのに、貴方は表情を歪ませても泣き言一つも言わないなんて、その精神力は称賛に値しますわ」

「お前が、誰かを褒めるなんて珍しいな」

「蟲でも獣でも、立派と思えば褒め称えますし、働き次第では報酬もちゃんと用意いたしますわよ?あぁ、残念ですわね、貴方の内に秘める慈愛と気高さを持ちながら私たち側であれば、《血狂いマスキュラー》のように個性を与えるのも吝かではありませんでしたが、残念ながら私たちが会ったこの場と時間、立場が最悪でしたわね」

 

 脳無二号に指示を出して、両手に収まった眼球はごみを捨てるように無造作に捨てられる――――毘天達が隠れている場所へ。そして、先ほど殺して、まだ死後硬直もしていない脳も死んでいない、蘇生可能な死体である13号が徐々に蟻に運ばれるように僅かに動いているのを視界に捉え、オール・フォー・オーバーは笑みを浮かべる。

 

「弔君、これは貴方に譲りますわ。流石の私でも個性をコピーすることは出来ません。この創った脳無二号には幾つか増強系の個性を渡してはいますが、一号のように超再生は持ってはいないので気を付けてくださいまし、所詮これは贋作でしかありません、パワーだけなら一号より上回っていますが」

「……やっぱりお前は敵に回したくないヴィランだな、オール・フォー・オーバー……所でガキ共が決着つくまで俺たちいつまで待っている?」

「そうですわね……」

 

 オール・フォー・オーバーは周囲を見渡す、今までの全ての絶望に心が折れてしまったのか人形のように静かに涙を流す八百万、意識は朦朧としているものの未だ戦意を無くしていない相澤、後は疑似脳無化させているチンピラヴィラン達とまだ何もしていないヴィラン達。

 

『【念話】発動、弔君、黒霧、生かすと決めたヒーローとやらがいる以上、この場で情報漏洩の危険性を防ぐためにこのようなことをさせていただきますわ』

『あぁ?いきなり面倒なことをやるなお前』

『今現在、私の子機が雄英高校にて授業中ですわ。あちら側で変わった様子はなく私たちの動きを知っている連中はいないと想定しますわ』

『子機?貴女が仕込んだスパイのことですか』

『えぇ、個性【念写】と私が幾つかそれに相性のいい個性を渡していますわ。蟲達の個性を調べてくれたのも彼女ですわ。これからの話ですが……』

『平和の象徴、オールマイトを殺す』

 

 弔の強い憎悪の念を感じ、それを心地良い風を受けたようにクスッと笑ってオール・フォー・オーバーは話を続ける。

 

『分かりましたわ、ではヒーローとやらの連絡端末からオールマイトだけをお呼びいたしましょうか、声は十分に聞きましたので個性を使って同じ声で怪しまれることなくここに誘い込めますわ』

『せっかくだから、この雄英高校の教師全員呼んで殺してやろう、お前ならオールマイト以外の教師を全員相手にしてもやれるだろう?』

『私たちの目的はあくまでヒーローと雄英高校の信頼性の失脚ですわ。そして私ばかり目立ってしまえばせっかくのヴィラン連合の広告が不十分、私はあくまで協力者であって組織に入ってはいませんわ』

『『………いまさら、その心配するか(しますか)?』』

 

 弔と黒霧は呆れたようにため息を吐いた。オール・フォー・オーバーは少しでも彼女を誘い込むだけにちょっとだけ、考えなくやりすぎたのだろうかと今更自身の行動を振り返って恥ずかしくなったのか、頬を赤くした。因みに超がつく極悪人のそんな女の子の反応にその場にいるヴィラン達は鳥肌が立って空気が冷たくなった。

 

「んんッ、では手はず通りにオール・フォー・オーバーはオールマイトをこちらに誘い込んでくださいます?」

「了解いたし――――あはッ

 

 胤翼を操作して相澤から連絡を盗ろうしたオール・フォー・オーバーの発する雰囲気が変わった。その場にいる全員が脳髄を侵すような濃密な甘い声に狂喜の笑みを浮かべて、哄笑を響かせた。

 

あはははっははははっははっはははっはっははっははっはっははあははっはは!!!!!――――見ーつーけーた

 

 誰も口を開くことは出来ない。制御が不安定になった胤翼は様々な形に変わっていく混沌を見せた。立ってはいられないほどの暴風が周囲に巻き起こり、チンピラヴィラン達は何が起こっているのか意識することもなく、上空に体が投げられ個性で無事に着陸できないものは死んでいく。人の形をした災禍の権化、魔導に堕ちた偽りの凶王は、呼吸すら困難にさせる絶対的な威圧感を発しながら静止した空間を歩き始める。

 

「20年ぶりの再会の時ですわよ、()だけの愛しいレギオン」

 

 蜃気楼のようにイリスの姿が消える、格納していた八百万を捨てて、意味が分からずどこに行ったのか混乱する黒霧とは対照的に弔に動揺することは無かった。協定で決まっていたことを思い出していた。アレが求めるのはただ一つの事、彼女が唯一、人と認識して異常なまでに執着している人物がこの場に来ているということ。

 

「黒霧、慌てるな。これは決まっていたことだ」

「何か知っているのですか死柄木弔!?」

「あの化物とは先生と同じくらいの付き合いがあるからな、来たんだろう。先生と同じ名を名乗るヒーロー気取りの同じ化物が」

 

 最悪この襲撃計画は外にバレたな。と弔は結論付けた。イリスの狙いが昔から変わっていないように、こちらもここにきた目的に変化はない。社会の歪みの根源、平和の象徴オールマイトを殺す、それだけだ。

 




ここまでですね、あとはご主人様が自由気ままにするだけ。
それでは私は授業に集中しようと!


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第二十三話:30秒の逃走

スランプ状態に陥りました。


『――――もっと、強くなりたい?』

 

 それは雄英高校の受験前の頃、リビングのダイニングテーブルで雄英高校の試験勉強を二人でしていた時の話。

 

『兄さんが扱える個性の強化状態だと、そこらのチンピラ相手じゃ目で追いつくのがやっとぐらいの速さと、一撃で気絶させるぐらいの力があると思うけど』

 

 不思議そうに百合は器用にボールペンを回しながら首を傾げた。確かに百合がそう言ってくれるならそれが出来るだけの力は確実にあるだろう。でも、個性とは生まれて五歳までに発現しているのが常識だけど、僕は想像もつかない方法で無個性ながら、個性を得る事が出来た。

 

 個性【ワン・フォー・オール】、幾多の人たちが力を培い次世代に託されてきた力の結晶、それを僕は受け継いだ。その力は凄まじく、全力で使えば災害級の力を発揮できるが器として未熟な僕では到底使いこなせるものではない。今でこそ、自分に合った使い方で身体能力を凄まじく向上させれるが、オールマイトと比べると次元が違う、あまりの高い壁に歯を食いしばって登っていく覚悟はある、だけど、思ってしまうことがある今の僕が出せる力を上回るヴィランと対峙したときに僕はいったい何を武器にして戦えばいいだろう、と考えてしまった。

 

『何を焦っているの?』

 

 百合には人気のないところで個性を使っての実戦形式で相手をしてもらっている。百合のアドバイスで強大すぎる力を体が壊れないように調整しつつ纏う【ワン・フォー・オール・フルカウル】を使っても一度も(・・・)勝ったことはない。

 

 百合曰く思考と動作が合ってない、思い描いた機動に体の動きが追い付いていないと言われた。無意識にオールマイトの戦い方に似せようとしても無駄だと言われた。背後からの奇襲が決まったと思った瞬間、振り上げた拳を簡単に抑えられ地面に叩き伏せられた時は精神的に辛い物があった。

 

『兄さん、オールマイトがこの町に来てから意識が高くなったよね』

 

 百合の言葉に思わず指が止まった。

 

『無個性だった時、オールマイトのようなヒーローにはなれないけど、自分なりのヒーロー像を色々考えていたよね?だけど個性が発現してから、絶対にヒーローになる!……から、絶対に『最高』のヒーローにならなければならない…って、そんな自分に言い聞かせているように見えるよ』

 

 【ワン・フォー・オール】のことは家族にも話していない。この個性の特性上、もし知られてしまえば危険なことに巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 

『雄英高校に入るだけじゃなくて、そこでトップになるぐらいの気持ちが兄さんにあるよね。それを悪いと言うつもりはない、だけどプロヒーローさんと私との訓練に加え、隠れて自主練までやっているよね………体を壊すつもり?』

 

 物腰柔らかな百合の視線が冷たい視線へと変わっていく。

 これは怒っている、と冷や汗が流れてた。

 恐ろしいと感じるほどの洞察力だった。

 

『……はぁぁぁ』

 

 暫しの沈黙の後、百合は大きなため息を吐いて頭を抱えた。

 思わずご、ごめんと謝ると半目で僕を見つめる百合。

 

『…………あるにはある、けれどこれは諸刃の剣、だから教えたくない』

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で視線を外しながら百合は言う。

 時間は有限だ、既にオールマイトに個性を授かった影響で、オールマイトの弱体化は加速してしまうだろう。その代わりにならないといけない僕は一刻も早く強くならないといけない。他の人よりも何倍も努力しないと僕は誰にも追い付けない、もし仮に雄英高校に合格できたとしても今の僕じゃ誰にも勝てない。

 

『家族だから、この世でたった一人の私の兄さんだから、自分から傷ついてほしくない。たとえ誰かを助けるためでも、複数の他人と兄さん、どちらしか選べないなら私は迷いなく兄さんを選ぶよ……私の気持ち分かってくれる?』

 

 ……………うん。長い沈黙の末、僕は大きな振動を感じた心で小さく頷いた。

 ヒーローとは見ず知らずの人々を助ける事、オールマイトのようになりたい一心、僕がなりたい未来、それは結局のところ、僕のエゴで、焦る気持ちから家族にどう見られているのかその時やっと気持ちにブレーキが掛かった。

 

『それでも、兄さんはヒーローになると言うんでしょ?』

 

 うん、と今度は直ぐに返事ができた。

  

『もし、雄英高校に落ちたら、その時は教えない。もし受かったら………教える。だけど約束してほしい』

 

 百合は真剣な眼差しで、少し悲しそうな表情で、僕の手を握って祈るように言った。

 

 

『―――――元気な姿で、帰ってくること』

 

 

 これ約束できる?と聞かれて百合が望んでいるように思いを込めて返事をした。

 後に、雄英高校に受かって百合が教えてくれたのは【ワン・フォー・オール・フルカウル】の応用と言える運用方法であり、僕にとっての必殺技とも言えるものになった。確かに諸刃の剣でもあり実際に使ってみれば成功率は非常に悪い、だからこそ百合は怪我をすることを心配して黙った。

 

 元気な姿で、この家に帰ってくること、心の中で大事なことを復唱する。

 ヒーロー以前に、家族として百合の気持ちに応えるために、約束を心に刻んだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 イリスが最初に襲撃したのは緑谷出久という名前の最愛のレギオンの今の家族の一員だ。

 子機が遠くから仲睦まじい兄妹を見た時は、なんて羨ましい奴なんだと嫉妬の炎を燃やした。胤翼で少しずつ体を削りながら殺意を持って虐殺してやろうと何度も考えた相手だ。子機の記憶から見る限り、ありふれた増強型の個性でその中でも別に目立つほどの性能ではない。殺してやろう、いやあれはレギオンが家族と認識している相手、気に入らないという理由で殺して悲しませるのは本意ではない――――だけど、アレは()のものだ、なのに生まれたその時からずっと同じ家で同じ空間で同じ時の中で日々を過ごせていることが許さないゆるさないユルサナイ―――――よし、生かせてあげよう、けど体はぐしゃぐしゃにしてやる、と決めていた。

 

 【オール・フォー・オーバー】+【金属操作】+【念動力】

 

 あらゆるものが轟々と燃える火災ゾーンの中で、イリスは手を指揮者のように振るわれると、出久の一番近くに有った建物がガラスが砕かれてたように自壊する、その破片は一斉に降り注がれる。赤熱された鉄骨を操作し、念動で加速させ牢獄のように閉じ込めることで蒸し焼きにしてやろう――――と思ったが。

 

「…………速い(・・)ですわね」

 

 イリスは不思議なものを見たように目を丸くした。降り注いだ凶器の流星群を圧倒的な速さで退避することで無傷のままだ。それは子機から得られた情報を遥かに上回る速度で、もしかしてあの時は本気を出していなかった?若しくは使えない状況だったのか?と疑問を抱きながら横目でこちらを見ながら逃げるのを追い始める。

 

「はぁ、はぁ、………ッ!」

 

 少しでも攪乱(かくらん)させるためだろうか、先ほどと比べてため息が出るほど遅く左右に跳びながらイリスと距離を離そうと試みているようだが、ここは炎の世界。激しく動けば動くほど体は焼かれ、息をすればするほど肺が焼かれるだろう。ここは疑似災害再現施設の為、何人も通れるような安全ルートは存在しているがヴィランはイリスだけではない、この火災ゾーンに何人ものヴィランが待ち受けていることはゲームの説明で知っている。人が集まりやすい場所に行ってしまえば挟み撃ちに遭う可能性の故、許された手段は倒壊した建物を掻い潜りながらイリスの目から少しでも逃れる事。

 

『アマリ息ヲスルナ、人間三十秒程度息ヲ止メテイルコトハ出来ルダロウ?』

「そ、そんなこと言っても……って、さっきと声が違う!?」

『アレハ、ゴ主人様ノ声ヲ流シタダケダ、コレハ我ノ意志デアル……受ケ取レ』

 

 先ほどのオールフォーワンとは違い、噛み合わさってない人語を話す蜈蚣は出久の肩に捕まり口から自身の体よりシャボン玉のような大きな泡を膨らませて出久の口へと投げた。

 

「むぐっ………!?あ、あれ呼吸できる?」

 

 だが、煙火を吸うことを恐れて細く呼吸する必要は無くなかった。

 

『我ノ保持シテイル個性ノ一ツダ。頑丈ニ作ッテイル。多少激シク動イテモ問題ナイ、少シデモ時間ヲ稼ゲ。アノオ方ガ、オ前ヲ狙ッテイル限リ他ノ奴ラハ狙ワレナイゾ?』

「蜈蚣が個性が持っているなんて聞いたこと『来ルゾ!』ッ!!」

 

 蜈蚣の声と同時に悪魔の視覚に入ってしまったような寒気が体を巡った。

 反射的に先ほども使った百合に教えてもらった【ワン・フォー・オール】の新しい使い方が脳裏に過る。

 

『私が提案するのは【フルカウル】の限定的二重纏い(・・・・)、体ってどう動かすか知っているよね。脳から指令を受け取った筋肉が伸び縮みして骨が動くという一連の動作を人間は無意識で行っている。これは神経伝達の速度は音速に近い、誰だって体を動かしている時にどの筋肉や骨が動いているのか知覚するのは難しい。これを衝撃の時だけ――――例えば足で地面を蹴る瞬間、何かを殴る刹那、その部分だけ(・・)の出力を一気に上げる』

『今の兄さんの体だと出力を上げすぎたら直ぐに体を壊してしまう――――だから、壊れる前に動作を終了させる。そうだね、感覚的には0.1秒で今の【フルカウル】の状態を維持しながら特定の部分だけ【フルカウル】を発動させて動作を終えたら解く』

『言っていることが滅茶苦茶?はははは、プルスウルトラでしょ?練習するならリカバリーガール先生の許可を貰って先生の傍でするように……失敗したら筋肉断裂ぐらいはすると思うから』

『怖いことが聞こえた気がする?気にしない気にしない――――え?技の名前ってそういうのは兄さんが考えて………はいはい分かったよ、ケジメってそういう意味に使うの?そうだね、一つの動作のみ限界を超えるから技だから――――』

 

 それは出久にとって、目から鱗の運用方法だった。習得難易度は間違いなく最上、水溜まりの中に波紋が起きないように手を高速で出し入れしろ、なんて言っているのようなものだ。しかし間違いなく足りない物を埋めてくれてる。さっき(・・・)は偶然にも出来た、成功ではない右足が走るたびに筋肉が悲鳴を上げるが、それでも動かせる。背後には先ほどと同じようにイリスが建物を崩した部品を触れずに動かしている、今度は閉じ込める気はないと言わんばかりに殺傷能力を上げるために鋸のように回転させている。

  

「――――【ワンアクション・オーバーリミット30%(・・)】!!!」

 

 イリスが放ったブーメランのように円を描く火炎の鉄骨は出久を捉える事は出来なかった。電光石火の如き速さで、その場から傍に姿を消していた。凶器と化した回転する鉄骨が何もない空間に振り下ろされ、そのまま建物に衝突、烈火が花のように散り、樹木が倒壊するように建造物は轟音共に消えていく。その中で、炎より濃い赤色の双翼を広げるイリスは再び一気に距離を離している蟲の背中を首を傾けたまま無表情で見つめる。

 

「………僕はレギオンを家族と思っていますわ。……だから、まぁ、腹立たしくても蟲でも親戚、みたいに思っていますから、せっかく生かして、帰らせて、上げようと……………………………………もう、いいですわ。みんな死ね」

 

 【オール・フォー・オーバー】+【金属操作】+【念動力】

 

 その瞬間、イリスを中心に火災ゾーンの全ての建物(・・・・・)が悲鳴と共に崩壊していく。突然のことに毘天達によって混乱させられていたヴィラン達は逃げ始めるが、次々に圧倒的な質量の雪崩に押し潰される、炎や熱に耐性がある個性持ちのヴィラン達は命からがら逃げようとするが、イリスの視界に入ったものは無慈悲に首だけ(・・・)が回転、捩じ切れられていく。

 

「…………」

 

 押しつぶされながら、尚生きているヴィラン達が生きながら燃える生々しい悲鳴が合唱のように響く空間の中でイリスは、無表情で燃える全てを眺めていた。前世での最後の光景によく似ている、ただ狂った己がいて、死だけがある世界で、最愛の人は――――

 

 

「―――――全てを元に戻させてもらう、オール・フォー・オーバー」

「また僕()殺すのかしら?レギオン、いえ……オールフォーワン」

 

 あぁ、やっぱり来てくれた。とイリスの瞳に表情に生気が宿っていく。

 夜を思わせる黒い外套、僅かに露出している肌には蜈蚣のような動く入れ墨が見え、歴戦を歩んできた戦士の傷跡の凛々しい貌、背中からは常識ではありえない大きさの蜈蚣が四匹生えており、口から火を吹くことで推進力として宙に浮かんでいる。

 この時をどれだけ待ったか、前世では20年なんて適当に敵を食い散らかしていれば終わる出来事のように思えたのに。

 

 

「あぁ……!!貴女の姿を見るだけで世界に色彩が戻っていく!!20年ぶりの再会ですわ!!!やっと会えた僕の恋しき愛しい人よ!!まずは祝砲を鳴らせましょう!そして性交のように激しくぶつかり合いましょう!!きっと絶頂するぐらいに気持ちいいわ!!!」

 

 【ブラッド・ハザード】+【大気圧縮】+【筋骨発条化】+【瞬発力×6】+【膂力増強×6】×4

 

 その胸から溢れる無限の狂喜の意思は胤翼を山すら削る圧縮された空気の弾丸を放つために風船のような機構を四つ膨らませた。

 

「あまり変わってないようで、喜んでいいのか、悲しむべきなのか――――とりあえず、私の恋しき愛しき主様、一発……いや千発ぐらい殴った後に、キチンとお話ししましょうか!!!」

 

 【ブラッド・ハザード】+【ゴム化】+【筋肉増強×10】+【鋼鉄化】+【加速×5】+【爆破】

 

 右腕がゴムのように数十メートル後方に薄く伸びた、それを覆うように真っ赤な筋肉繊維が絡んでいき大木のような太さの拳は真っ黒に染まり、手の平からは導火線を焼く火花のような音を発する。

 

「――――打ち落としますわ!!」

「――――打ち砕く!!」

 

 それは数百年生きた怪物、悪の帝王と呼ばれた男ですら初めて見る。

 数多の個性を宿すもの同士の戦争の開始の合図だった。

 

 

   




いつも感想、評価、誤字報告などありがとうございます。


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第二十四話:限りない私はみんなのために 前編

 天にも届きそうな衝撃が走った。それは地震のようにUSJを揺らして、爆発と轟音を響かせる。

 彼らからすれば雷鳴の如き閃光のような物が見えるだけ、それが過ぎ去れば絨毯爆撃が降り注いだ惨状が残される。

 

 彼女は私に任せて、と言い残し一気に建物内に侵入する宿敵と同じ通り名を名乗るヴィラン。

 僅かに遅れて到着した平和の象徴と呼ばれた男の手には、彼女に渡された来客用のパンフレットの案内図の上で22匹(・・・)が何かを追うように忙しく動いていた。同業者(教師)と生徒たちの居場所を指し示すものだと理解、既に入り口付近まで逃げ進めている者、最もヴィランの数が集中している中央エリアに集まっていく者(・・・・・・・)、最も出入口から遠いゾーンに走り出そうとしたオールマイトは思わず足を止める。複合した増強型の個性で凄まじいパワーを発揮しながら戦うオールフォーワンと様々な個性で天変地異を引き起こすオール・フォー・オーバーとの激闘は、宿敵オール・フォー・ワンとの死闘を鮮明に思い出すほどに苛烈だった。

 

「聞こえているかオールマイト、これが見えるよなぁ?」

 

 ねっとりと愉悦交じりの声のほうに意識が向いた。その先は噴水がある中央エリア、そこには蜈蚣達が指し示した通り生徒の一人と教師が一人、ヴィラン(脳無)によって拘束されている状況だった。

 

「ここからでもしっかりと見えるよ、お前の真っ赤に歪んだ顔がな。ほら見下しているんじゃない、こいつらの命は俺が握っている、理解できるよな?」

 

 何を喋っているのかオールマイトには二人の戦闘音の所為で聞こえなかったが、来いと言われたような予感のまま歩きながらパンフレットと蜈蚣達をポケットに隠して近づく、あらゆる場所から掴まれるような手の装飾品を付けた弔の周りには、明らかに理性が消えた猛獣のような目つきをしたヴィラン達と明らかに人間ではない脳味噌のようなものが露出して、その中に双眸を瞬きする不気味な二体の脳無がいた。内一体は教師――――相澤に馬乗りしており、巨木のような太さの腕の怪力によって複雑に腕がへし折られており、黒い手によって持ち上げられた面にオールマイトは絶句した、相澤の眼球のあるべき場所に眼球がない虚空の眼軸には、血の涙が流れていた。

 

「……き、貴様………!!」

「怖い怖い、其処らのチンピラならその目だけで戦意を喪失させるだろうな、平和の象徴。だけど俺が何を握ろうとしているかちゃんと見えているか?俺は触れた物をなんでも塵にする、お前達が誇っていた雄英バリアーをぶち壊したのも俺だぜ?」

「オールマイト先生……!」

 

 両手を後ろに片手で掴み、その首に四本指で締め上げながら、個性発動条件にクリアする五本目の指を触らないギリギリの所で、挑発するように弔は八百万の苦痛の表情をオールマイトに見せた、真っ白になるほど強く握りしめる。それは表情を見えにくい手のパーツをつけている筈の弔の口元が、半月に笑みを浮かべたのがはっきりと見えるほどだ。

 

「お前ならどっちか救えるだろうなぁ。同時にどっちかは見捨てることになるだろうけどなぁ。なぁ、平和の象徴―――勇敢な同業者と可愛い生徒どっちを助ける?」

 

 死柄木が笑うごとに、オールマイトの顔つきは険しくなっていく。腕をへし折る力があるのなら首をへし折る力があると言っても過言ではない脳無一号の手には相澤が、雄英バリアーを塵と化したヴィランによって拘束され、死の恐怖に震えている八百万の瞳からは涙が流れている。一人を救おうと動いた瞬間、どちらかがどちらかを殺すだろう。そうさせるだけの本気をオールマイトは感じていた。しかも、今まさに周囲の施設はオールフォーワンとオール・フォー・オーバーによって地獄絵図へと変わっていく、このまま時間が無意味に流れてしまえば他の生徒たちが彼女たちの戦いの余波を受けてしまうかもしれない――――状況は最悪だ。

 

「ほら、いつも俺たち(ヴィラン)に暴力を振るう前に言っている台詞があるだろう??えーと『私が来た、もう大丈夫!』ってどうした?言わないのか?あの偽物の動きから察するにガキ共の居場所を理解した上で必死に誰もいない場所にオール・フォー・オーバーを誘導しているように見えるよ。凄いなぁ、あの化物を相手にしながら直ぐに死なない所か、誘い込むほどの余裕があるなんて……」

「…………いったいお前達は何が目的だ」

『あははははっはは!!楽しいわ、海外で色んな蟲や獣を潰し回って来たけれど、貴女が一番よ!!』

 

 嵐の目の中にいるような場所で弔達が見たのは、流星群の如く降り注ぐ鋼鉄の塊、意志を宿したように炎の海が飢えた獣如く暴れ狂いあらゆるものを灼熱の内に飲み込む、水難ゾーンの巨大なプール内の水を操り幾多の螺旋が高速で描きながら触手のように建物を抉り削る、そんな災厄を中心には赤い翼の魔嬢がいた。

 

『ヤッパリフェーズⅢデナケレバ歯ガ立タナイゾ!!我々モ協力シテイルガ一人ハ足ノ再接着、一人ハ内臓破裂ト複雑骨折少々、一人ハ傷ノ同化デ閉ジ込メナガラ蘇生スルタメノ【ブラッドハザード】ノ制御ヲオール・フォー・オーバー様ヲ相手ヲシナガラヤルナナンテ、ゴ主人!無茶シ過ギダ!!』

『分かっているよ!それでも、ゴフッ!、やるしかない!!』

 

 それに立ち向かうのは蜈蚣を統べる者の激情を込めた応酬だった。コピーした同じ個性を同時に使用することで出力そのものを格段に上昇する行為、更に他の個性も同時に使用することで、肉体の限界を度外視した必殺の一撃は降り注ぐ鋼鉄の塊を、炎の巨獣を、螺旋の水槍を真正面から叩き潰して見せた。個性同時使用による弊害は体を蝕み、その背中に救うと約束した生徒達のために身を削るような痛みに耐えながら、血を吐きながらオールフォーワンは戦っていた。

 

「二ィ――――脳無二号、やれ」

「ッ、しま!?」

 

 不意打ちだった。石像のように身動き一つしなかった脳無二号が弔の命に反応。この状況を打開するために方法を模索するための焦躁したオールマイトが一瞬、意識を逸らした瞬間を狙った奇襲。咄嗟に動いた一撃は、脳無二号に備わっている【体が赤ん坊サイズまで小さくなる個性】によって空を裂いた。懐に入られそのまま攻撃が来るとガード固めるが、脳無二号は背後に回り元のサイズに戻り、オールマイトの両腕を抑え込むように両腕で拘束した。

 

「因みに、この二人は俺たちの存在を見せつけるためにワザと生かす。だから―――――安心して死ねよな!!あの世でも平和の象徴になれるといいな!!黒霧!」

「分かりました」

 

 多くの増強型の個性を付与された脳無二号の強靭な肉体によって、暴れるオールマイトはその場から動くことすら出来ず、黒霧が作り出したワープゲートに体が沈んでいく。

 

「私の中に臓物が溢れるので嫌なのですが……あなたほどの者なら勲章として喜んで受け入れる。このまま脳無二号と共に半端に留まった状態でゲートを閉じ――――引きちぎるのは私の役目」

「く、そッ!!身動き一つ取れん……!!」

「あ、あぁ………!!」

 

 絶望的な状況に八百万の心が壊れそうになる。

 目の前で格上の教師の残酷な姿を目の前にして、戦う術をあっけなく奪われ、今はただの無力で価値のある人質に成り下がってる。 

 

『ゴ主人!アノ小僧カラ提案サレタ作戦デス。今ノ状況ナラ……!!』

『―――作戦了解………この身の弱さを痛感するよ、助けようとした手に助けられる(・・・・・)なんて!!!』

 

 しかし、それを毘天達と共に見ていた者たちがいた。

 同じように心が折られかけても、巨大な絶望の中に灯る希望を見つけ立ち上がった者がいた。

  

「おっと、動くなよ女。黙ってそこで平和の象徴が無残に殺される最高のパフォーマンスを目に焼き付けろ。激しく動いて全部の指で掴んじゃったら、死んじゃうんだぞ?――――無個性になったお前に何もできない」

『……………3』

 

 その言葉にオールマイトは驚愕を隠せないように目を全開に開いた。

 死柄木はあぁ、とその反応に目を楽し気に細くした。

 

「俺たちに協力してくれている化物、いま先生の偽物と戦っている奴な――――名前はオール・フォー・オーバー、あいつは触れた奴の個性を奪って、それを強化できるクソチート個性なんだ」

「―――――な、に?」

『……………2』

 

 子供が玩具を自慢する弾むような軽い口調で説明する死柄木に、オールマイトの脳裏には邪悪に笑う宿敵の表情が浮かんだ。あまりに似ている、いや奴の個性より更に強化されているだと……?

 

「いずれあいつは『混沌の象徴』として歴史に名を残す極悪人なるだろうなぁ。残念だな、お前はそれを見る事は決してない」

「離せッ!!離せェェェェ!!!!!」

『……………1』

 

 最大の障害であるオール・フォー・オーバーはオールフォーワンに釘付けであり他に意識を向けるようなそぶりを見せない、脳無一号は相澤、黒霧はワープゲートを展開し、二号はオールマイトを拘束して動けない、個性によって強化され操られているヴィラン達も命令がなければ動けないようにされている。弔はオールマイトの殺害の瞬間をこの目に焼き付ける為に周囲に気を配るようなことをしていない。この場で考えれる(・・・・)ヴィランは勝利を確信していた。

 

『みんな――――行くよ!!』

『『『『おうッ!!!』』』』

 

 未熟なヒーロー達の逆襲が始まった。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 それはヴィラン達からすれば突然の奇襲だった。決して強いとは言えない個性でありながら鍛錬を重ね、格闘技を会得することで数多のライバルたち競った雄英入試試験をクリアした、ただ尻尾が生えているだけの地味な個性を持つ尾白(おじろ)猿夫(ましらお)の鍛え上げられた尾の横に振るった一撃が、脳無一号を吹き飛ばした(・・・・・・)

 

「――――はっ?」

 

 弔は目を丸くした。その間に尾白は脳無一号は対オールマイト用の個性の一つとして【ショック吸収】がある。なのに、まるで抵抗が出来ないまま倒れ込んだ。連絡係として最低でも一人に一匹ついていた毘天達は【同化】によって地面の中を進み、その間に【毒作成】によって作られた麻痺毒(・・・)を巨体故に生まれる影を利用することで弔達から見えない場所で注入され、突けば倒れるほどに体が痺れた。これがただの人間であるなら噛まれた時点で声を上げていただろうが、脳無の媒体になった者は体中を改造され如何なる痛みに反応しない、体に異常が起きて気づいたとしても、それを相手に伝える術がない。

 

「―――八百万さんを」

『ワンアクション・オーバーリミット――――』

「死柄木、弔ッ!!」

 

 既に尾白は相澤を抱えその場から撤退を開始した。突然の奇襲に対して、黒霧がワープゲートを広げようとするが、既にオールマイトを始末するために使用しているため、展開があまりに遅すぎた(・・・・)

 

「離せッ!!!」

『20%』

 

 瞬間、顔面からの衝撃に弔の視界が勝手に動いた。もう少しで憎きオールマイトの無残な死に様を見られると思ったのに、手を伸ばすことすら叶わないまま、緑谷の【ワン・フォー・オール】によって、高速で運転した車に撥ねられたように弔は飛んで何度も地面に転がった。

 

「蛙水さん!!」

「梅雨ちゃんと、呼んで!!」

 

 『ワンアクション・オーバーリミット』の速さは、空中で体勢を突然変えることは出来ない故に緑谷は八百万から離れていく。それは緑谷も承知の上だ、だからこそ彼女は追うように飛び出した、蛙のような跳躍力と(リーチ)の長さで八百万をヴィラン達から救い出す。緑谷と同じ(・・)火災ゾーンで苦しめられながらも脱出した蛙水は尾白と共にヴィランではない、何かから逃げるように急いで遠ざかる。

 

「――――散々、好き勝手してくれたな。これはお返しだ、受け取れ」

 

 怒りを含んだ冷たい声と共に、蛇のように地面を走った氷の道が指示が無いと動けないヴィラン達と触れた瞬間、彼らは静寂する氷像へと化す。1ーA組最強の実力者と言われる(とどろき)焦凍(しょうと)が口から白い息を吐きながら緑谷が着地した場所の近くの茂みから現れる。広範囲による氷結はヴィラン全員を巻き込み、唯一オールマイトと自慢げに自身の個性は指にあると公言してくれた弔は指に触れないように凍らされた。

 

「「………マジかよ」」

 

 一瞬の逆転劇に凍ったことで力が緩んだ脳無二号の拘束から脱した、オールマイトと目が見えなくても空気で感じた相澤はあまりの手際の良さに唖然とした。

 

「さぁ、みんなすぐに脱出を!あの黒いモヤモヤは氷の中でも転移できるかもしれない!僕は尾白くんを手伝うから、轟くんは蛙水さんと一緒に八百万をお願い!!」

「……分かった」

「みんな早く!俺たちがいつまでもUSJ内にいたらオールフォーワンの邪魔になる!!」

「えぇ、分かっているわ、八百万ちゃん走れる?」

「大丈夫、ですわ。……ありがとうございます!」

 

 八百万は恐怖から解放されたように涙を流した。僅かに空気が穏やかになったが、未だにオールフォーワンとオール・フォー・オーバーの激闘が続いている為、直ぐに気持ちを切り替えて、全員が走り出した瞬間。

 

「あらあらあら?少し目を離した隙に愉快なことになっていますわね……」

 

 【ブラッドハザード】+【鋼糸】。

 胤翼のあらゆるところから鈍い光を発した糸が、轟の氷山を解体した。

 動けるようになった脳無二号と黒霧、胤翼を触手の様な形に変えて顔の形が変わってしまった弔を回収、更に麻痺毒によって動けなくなった脳無一号の体内に胤翼を侵入させ、【ブラッドハザード】により毒だけを抽出して外に排出させたことによって脳無一号は立ち上がる。

 

「………い、りす……?」

「分かっていますわ()、これは()のミスですわ。………黒霧、脳無を残して撤退しなさい。これは命令(・・)ですわ」

 

 弔をまるで怪我をした子犬のように撫でると黒霧の体に有無言わさず弔の体を突っ込ませた。

 

「………ご武運を」

「ええ、戦果を期待していいですわ」

 

 黒霧はイリスも共にとは言えなかった。もし、共に逃げようとすれば、その時はオールマイトとその隣に着地したオールフォーワンに転移する前に倒されてしまうだろうと直ぐに予想が出来てしまったからだ。後ろめたい気持ちを感じながら黒霧は弔と共に姿を消す、脳無二体とオール・フォー・オーバーを前に下手に動くことも出来ず二人のヒーローとヴィランは黙ってそれを見逃した。

 

「さぁ、これで何も気にせず思いっきりやれますわねレギオン、そしてオールマイト」

 

 空気が一気に重くなる。個性によるものではない。ただの威圧感、数百年という人間が生きることがない時間の中で培われた狂気と悪意の一部が顕わになっただけだ。この程度で怯むようなら、イリスと戦う資格すらない。オールマイトたちの後ろで震える生徒達は既に失格だ。

 

「オールマイト……ッ!!」

「大丈夫さ、緑谷少年」

 

 緑谷は知っている、マッスルフォームと呼ばれたオールマイトの姿は三時間ほどしか維持できないこと、そしてすでに昼の間に三つも事件を解決していること、既に活動限界が目の前まで来ていることを。

 

「………オールフォーワン」

「怪我なんて気にしないで、今は自分の命を大切にしなさい」

 

 轟含めたみんなが分かってしまう。オールフォーワンが立っている場所が徐々に滴り落ちる血によって汚れていることを。背を向けられていて、どれほど酷い怪我をしているかは分からない。隣にいるオールマイトは見えている、吐血しながらも安心させるために穏やかな口調で話している所、生徒達を守るために自らの体を何度も盾にしたのだろう右顔面に強い衝撃を受けたのか真っ赤であり右耳が無い、右手は炭化して、体中には抉られたように無い部分が目立った、その上に火傷後や裂傷が数えきれないほどにある。

 

「オールフォーワン、君のその怪我では……」

「何を気にしているの、貴方のほうがよっぽど酷い傷があるのに」

 

 はぁとため息を吐いて、その視線はオール・フォー・ワンとの決着の際に負った傷の方に向けた。

 

「お互い難儀な性格していると思わない?」

「HAHAHA………確かにお互いに立場が違うのに、見ている物が同じだ、君とはじっくりと話し合いたい所だけど今はこの恐ろしいヴィランの相手に協力してくれるかい?」

「私がここに来てよかったと思えること、もうたくさん貰えたから、全力でお手伝いさせてもらうよ」

 

 実はレギオンはあんなことを言いながら、半分くらいは死ぬだろうなと思っていた。

 最悪の場合は兄さんだけでも救い出せば、それでいいとすら考えていた。

 しかし、来てみればむしろこっちが助けられたと思われるほどの作戦と連携を見せてくれた。

 毘天達の奮闘もあり施設に分散していたヴィランのほとんどは数か所に集められて、最短距離の逃走ルートにおける危険性のほとんどを排除できた。

 

「クスクスクス、さて続きをしましょう。これも私の悲願の為に、至高の存在になるために」

「覚悟しろ、オール・フォー・オーバーこれからお前は」

「――――私たちの後ろから一歩も踏み込めると思うなよ」

 

 一人は狂喜、一人は太陽の如き笑み、一人は不敵な笑みを浮かべ走り出す。

 決戦はまだ終わらない、いや………まだ始まったばかりだ。




後半に続く!
もしよかった、評価感想、誤字報告などよろしくお願いします。


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第二十五話:限りない私はみんなのために 中編

私は帰ってきた!!!


 深く、大きく息を吸い込もう。

 この胸に宿る種火を焚き上げるために。

 

 数百年の時の中で数えきれないほどに繰り返してきた行い。

 私という一つをみんなのために使うために力を使うための儀式。

 

 たとえ、世界を滅ぼす程の力へと変わっていたとしても。

 たとえ、屍山の如く積み重ねてきた負の結晶だとしても。

 

 それでも、私は祈り(呪い)を積み上げていく。

 

 いつか、みんなが救われますように、と願いを込めて。

 

 

◆◇◆

 

 

【オール・フォー・オーバ-】+【炎熱操作】+【金属操作】+【水流操作】+【念動×5】

 

「――――面白いことを仰いますわね、私に一歩を踏み出させないと?」

 

 地震が起きたようにUSJが激しく揺れた。地中にあった電線やパイプたちが地面を砕きながら墓場より現れたゾンビのように牙をむき、火災ゾーンの炎が意志を宿したように灼熱の獣を形作る、更に水難ゾーンの水のほとんどが宙に浮かびその表面はいくつもの螺旋を描かされていく。それらを操るものは喜劇を冷笑するような細い双眸、線を引いた唇、絶世の美女は優雅に指を鳴らした。

 

「蟲を殺すために私自ら動くなんて愚行の程がありましてよ」

「来るよ、オールマイト!」

「分かっているさオールフォーワン!」

 

 瞬間、幾重の蜈蚣と個性を操るオールフォーワンと常識を超える力を持つオールマイトが動いた。狙いは彼らの背後で撤退をしている生徒と先生たちだ。鋼鉄すら貫通するであろう水流の螺旋槍が一気に放たれた、それを二人は絶大な拳圧だけで機動をずらすことで狙った場所とは当ての違う方向へと向かってしまう。

 ならば、と次に仕向けたのは炎がオオカミのように姿を変えた群れたちだ。地面を滑る様に走る様は獲物を見つけた獣そのものだ。

 

「―――OKLAHOMA SMASH(オクラホマ スマッシュ)!!」

 

 水槍の一点集中ではなく、広範囲に炎獣を展開しての奇襲はオールマイト自身が高速で回転することによって発生する竜巻に飲み込まれていく。あまりの強烈な力を前に内側から焼却してやろうと思い【炎熱操作】の個性を使用するが既に操作できないほどに炎はない。

 

「(――――お父様を倒すほどの実力者ならばあの程度、わざわざ足を止めるほどでもありませんが……ふむ?)」

 

 

【ブラッドハザード】+【筋肉増強×3】

 

「レギオン、貴方のこともちゃんと忘れていませんわよ」

 

 炎獣を次々吸い込んでいく有様に僅かに別の意識を動かした瞬間、血を吐きながら突貫したレギオンによる一撃を鋼鉄の巨像の両腕によって防がれ脆い木偶人形の如く粉砕した。桜が散ったような欠片の中で背中から生やした四対の蜈蚣から火を吹かして後退した。楽しそうにイリスは指を弾くと、鋼鉄の欠片が一斉に【爆破】した。

 

「オールフォーワン!!」

 

 体が持ち上がってしまいそうになるほどの衝撃、轟音に表情を歪めながらオールマイトはオールフォーワンの名を叫んだ。高熱の白光は黒い煙火へと変わり、火を吹くジェットのような高音と共にオールフォーワンが姿を現し、オールマイトの隣に滑る様に着地する。

 

「その体……!大丈夫か!?」

「別に大したこと、ないですよ」

 

 至近距離で爆風を全身に受けてしまったのであろう、黒い外套の一部は吹き飛んでおり、そこから見えた肌は真っ赤に焦げていた、咄嗟に炭化した腕で顔を守ったのだろう、表情からは体中に負った火傷が見えていないようにその瞳は氷のように冷めていた。

 

「しかし……!」

「………26人」

 

 淡々とした声音で発せられた言葉にオールマイトは眉を顰めた。

 

「あの怪人を除いて、イリスの足元にいたヴィラン達の数です。……誰一人手を掴めなかった」

「――――――――」

 

 オールフォーワンの小さな呟きに言葉が出なかった。

 

「あ、そういえば制御下に置いたままの蟲達に何も命令を下していませんでしたわね。……脳無達は自力で避けましたか、当然ですわね」

 

 赤い翼―――胤翼を球状に展開することで無傷のイリスは黒ずんだ地面に降りた周辺には人の形をした黒い物体(・・・・・・・・・・)が沢山、倒れていた。それが数秒前まで生きていた人達がいたと思えないほど高熱によって焦げた臭いにオールマイトは体中を震わせ、叫んだ。

 

「どうしてそんな残酷なことができる!そいつらは君たちの仲間ではなかったのか!!!人の命を、なんだと思っているんだ!!!」

「『平和の象徴』の笑顔が台無しですわ、今の貴方はまるで荒々しい鬼のようですわねオールマイト」

 

 並のヴィランなら一瞬で逃げ出すことすら出来ないほどの威圧感を前にイリスは心地いい微風(そよかせ)を感じたように自身の乱れた髪を戻す姿は、見る者の視線を釘付けにするほどの艶麗なる美人の仕草そのものだ。しかし、その足元には何も出来ないまま、自分の身に何が起こったのか分からないまま死んでいった者たちの遺体だけが残されていた。つい先ほどまで生きていたとは思えないヴィラン達を一瞥し、レギオンは静かな声でイリスに問いかける。

 

「どうしてこんな回りくどいことをする?」

「貴女と会いたかった、ではいけませんか?」

「たくさんの人を傷つけて、悲しませて、その上で私に会ってイリスは何をしたいのか、分からないよ」

「…………あなたこそ、久しぶりの『私』と『僕』に会って随分と落ち着いておりますわね。何かほかにありませんの?」

「いつもイリスは綺麗だね……それぐらいかな」

 

 まるで遠く離れた親愛なる知人の再会を喜ぶような弾んだ声にオールマイトは怒りを忘れ言葉を失った。多くの人間が真っ黒に焦げた中で微笑むイリスと、放置していれば失血死する恐れがあるほどの重傷を負ったレギオンの顔色一つ変えない異常な光景に。

 

「あら、ありがとうございます。しかし、相変わらず無茶をしますわね、だからこそ処理する必要がありましたわ」

「イリスのことだから『個性』か力で口封じしているから、頭から直接情報を引き出そうと思ったけどそうするということは、貴方の背後にいる輩の情報を知っている可能性があるということだね」

「そうですわね、一々下等な蟲達の心の風景を見ているほどの暇はありませんわ。……私の愛しいレギオン、お互い(・・・)に時間稼ぎは終わりました。止血できたでしょう、私が殺したあの蟲も蘇生は完了できたでしょう。―――――聞かせてください、貴女の目的は?」

 

 焼死体が内側から何かが蠢くように体が揺らす。

 レギオンは、イリスに対してこの手を握ってほしいと言わんばかりに血だらけの手を指し出した。

 

「私たちはこの世界の癌細胞―――――だから、一緒に死のう(・・・・・・)

「――――それほど、蟲達の社会が好きか!それほど、この世界が好きか!どうして、ここまでして『私』と『僕』を見ても変わらないまま………!!!」

 

 初めてイリスの余裕が消えたのをオールマイトは感じた。

 胤翼が糸状に変化して、ヴィラン達の体に巻き付け、折れてはいけない方へと曲げた。それを何度も何度も繰り返し、小さくなった肉塊を胤翼の中へ吸収し始める。目の前で起きた惨事を自分の所為だと責めるような、今にも泣きだしそうな目をしたまま、力なく指を鳴らした。

 

「「―――――!!」」

 

 同時に動いたのは異形の怪人、脳無達。『個性』によって既に止血したイリスと状況を飲みきれないオールマイトが僅かに遅れて駆けだした。

 

 

◆◇◆

 

 

 

 イリスは悲しい顔をした、どうしてだろう。

 一緒に死のう―――なんて、前世ではイリスの方から言ってきたのに。私はそれを頷いた、もし私という存在が残っていたのなら、私の全てはイリスの物になってもいいとも言ったら心の底から喜んでくれたのに。分からない、分からない事だらけだ。しかし、しなければならないことはずっと前から決まっている。

 

 個性社会を狂わせる要因になりえる私という存在。

 世界すら破滅させる要因となりえるイリスという存在。

 

 どっちもいないほうがいい、と。だから、殺そう。

 私もイリスも死んでくれれば平和的解決だから。

 その為に命を賭ける、もうあんな思いは沢山だから。

 

「オールマイト、一匹は任せた。私はもう一匹とイリスを」

「………私は」

 

 脳無の拳と拳がぶつかり合い、その衝撃破が地面を破壊しながら広がっていく。中々のパワーだ、今まで戦ってきたヴィランの中で最高レベルに強い。

 

「君はヒーローになれる素質を持っていると信じていた」

 

 周囲の地形が瞬く間に変わるほど激しく戦いながら、オールマイトは悠長に私に言葉を投げた。

 

「………狂っているよ、君は、どうしようもなく」

 

 脳無相手に有利に立ち向かう余裕がありそうなオールマイトだが、どこか苦しそうだった。先ほどは烈火のごとく怒っていたのにどういうわけか分からない。こっちの脳無はいくら殴っても衝撃を吸収されるので、拳と拳が重なった瞬間、体内に毘天達を侵入させた。本来ならイリスを意識して、体力を温存しながら戦っていたいが、残念ながらイリスもただ私達が脳無達と戦う姿を眺める気はしないようだ。既に黒焦げにされていたヴィラン26人達が骨を砕き肉を引き裂きながら胤翼の一部となっている、今戦っている脳無のどれかを創って消費した部分を補う時間が欲しかったようだ。

 

「最初から分かっていたことですわ『私』――――僕達には贖罪の機会すら与えられないこと、たとえ相手の気持ちを捻じ曲げても、無理やりでも、理想のハッピーエンドを押し付けるしかないと」

 

 

【ブラッド・ハザード】+【バーナー】+【炎熱操作×5】+【創造】+【流体操作】

 

「魔剣、抜刀――――」

「オールマイト逃げろ!!私たちごとやる気だ!!」

 

 イリスの腕が火炎放射を連想させる形に変化、轟々と炎を纏う液体を激しく噴き出し、竜が空を泳ぐように伸びたソレは、直ぐに天井を突き破る長さにまで達する。それは、直視できないほどの高熱を発する炎の巨大な柱だった。

 

 

「レーヴァテイン」

 

 

 神話で語られた災厄の杖は、ここに再現された。

 天を穿つように伸びた炎の柱、それが私たちに向かって躊躇なく振り下ろされた。

 

 

 

 ―――〇●〇―――

 

 

 僕たちは、オールフォーワンとオールマイトの力もあって地獄と化したUSJから脱出することが出来た。

 足を止めたら死ぬと、圧倒的な死の重圧感から傷だらけで、泣きながら走って、痛くても走りぬいた。その横で、多数の蜈蚣がまるで精錬された軍隊のように列を組んで13号先生を運ぶ姿があった。出入口を抜けると感じる、肌を照らした日光と撫でるような風が緊迫した空気を少しだけ安らぎ、ある程度離れたUSJから離れた場所で僕たちは足を止めて互いの安否を確認し合って、思考が真っ白になって思い出す―――――僕たちは初めて人が殺されるところを見てしまったんだ。

 

「13、号、先生……」

 

 僕の後ろを走っていた麗日の震える声に鮮明に思い浮かんだのは、ヴィランの血の刃によって貫かれ倒れる13号先生の姿、今日初めて会った僕たちに“個性”の危険性と可能性を教えてくれた人が、何もできずに殺される様を見ていることか出来なかった。みんな、それぞれ同じ思いなのか、顔は暗いままだった。

 

『………良シ、蘇生ハ完了ダ』

 

 げほっと13号の宇宙服のようなヘルメットに血痕が浮かんだ。…………え?

 

「あ、あの……」

『我ラハ大変忙シイ、何カアルナラ速ク言エ』

 

 見たことないぐらい大きな蜈蚣だけど、蟲なのでその表情は分からない。だけど、とてもめんどくさそうな声でこちらを見つめてきた。恐る恐る僕は聞いてみた。

 

「……13号先生、大丈夫なんですか?」

『一命ハナ、ダガ想像以上二出血ガ酷イ。今ハゴ主人ト我等ノ“個性”デ体内二残ッタ血液ヲ操作シテ、モタセテイルガ輸血シナイトイズレ、何ラカノ後遺症ガ残ルダロウ』

「そ、そんなことが出来るの!?今までコピーした“個性”を使って?」

『殆ドハ自前ノ“個性”ダ。ゴ主人ノ【ブラッドハザード】ト我々ノ【同化】ガアレバ、生キテサエイレバ何デモ出来ルゾ』

 

 ご主人と我々の“個性”……って、やっぱり。

 

「もしかして、蜈蚣なのに“個性”、あるの?」

『何ヲ驚ク、貴様等ノ校長モ人デハナイガ“個性”ガアルダロウ?人間シカ“個性”ガ宿ラナイト誰ガ決メタ?』

 

 先ほどのことを思い出す、火災ステージにて赤い翼のヴィランから逃げるために建物が倒壊したり崩れている複雑なルートで逃げていると蜈蚣がシャボン玉のような物で僕の顔を覆って炎を吸わないようにしてくれたことを。

 色々と理解が追い付かないが、とにかく規則外なのはよく理解できた。混乱する頭を納得させると後方で飯田君の両足と……二つの眼球を背中に乗せて高速で追いつてきた蜈蚣達がやってきた。僕も含めた何人かが思わず悲鳴を上げてしまった。

 

『ドウダ?』

『足ハ問題ナイ……ガ、眼球ノ方ハ損傷ガ激シイ、ゴ主人ガヤレバ完璧ダロウガ、サポートシカ出来ナイ今ノ状態デ我々ガヤレバ後遺症……視力ガ落チルカモシレン』

「先生の目を治るんですか!?」

「飯田の足を治せるのか!?」

 

 芦戸さんと尾白くんの声に蜈蚣達は頷いた。

 

『因ミニ赤髪ノ小僧ハ地面二叩キツケラレル直前、個性発動ガ間二合ッテイル。最初カラ命二別条ハナイ……水難ゾーン二投ゲ出サレタガ、偶然(・・)ニモ動ケル奴ガ近ク二居タカラナ助カッタナ』

 

 そう言って蜈蚣達の視線が切島くんを担いでいるかっちゃんの方に向いた。

 かっちゃんは無言で何か言いたげな視線で蜈蚣を見つめた、それに対して蜈蚣達はかっちゃんと八百万さんを見つめ、残酷な真実を口にした

 

『ソレは病気デモ怪我デモナイ。オ前モ、ソコノ女モ、二度(・・)ト“個性”ヲ使ウコトハ出来ナイ』

「二度と……て」

『アノオ方ノ“個性”ノ一ツ、他者ノ“個性”ヲ奪ウコトガ出来ル、奪ワレタ者ハ当然無個性ダ』

「……頭の悪いクソガキが想像するような最悪な“個性”が存在するとはな」

「先生!」

 

 尾白くんが抱えていた相澤先生が口を開くとみんなの視線が集まる。瞳を無くした瞼からは流血したままだった。

 

「聞かせろ、お前達はこの事態を予測していたのか?」

『オマエ、ソンナ怪我デヨク話セルナ……答エハ、イエストモノートモ言エル』

「どういうこと意味だ?」

近々何カシテクルダロウ(・・・・・・・・・・・)、タダ漠然トソレシカ分カラナカッタ。タダ、アノオ方ノ行動パターンヲ元二様々ナ可能性ノ元デ推測シテ上デ、今日ハ特二危ナイト感ジタ、ソレダケダ。モウイイダロウ?治療スルゾ』

 

 そんなことを言いながら意識がない飯田君の治療に入っていた。数体の蜈蚣が飯田君の足へと沈むように入っていき、飯田君の傷口を蜈蚣達が舐め始める。

 

『……言ッテオクガ、コレハ消毒ダカラナ?勘違イスルナヨ』

「「「「してません!(スプラッター映画かと思ったけど!)」」」」  

 

 飯田くん、意識がなくてよかったね、この場面はトラウマになるほど強烈だよ。ここまで護衛するように傍にいてくれた蜈蚣達には感謝するしかない。僕は百合の影響で蜈蚣を見ても平気だけど、蜈蚣なんて見慣れる人の方が少ないわけで、特に女性陣は血の気が失せた青い顔で震えている。

 

 激痛走るから寝てろと、一匹の蜈蚣が有無言わさず相澤先生を噛むと意識を失った(麻酔のようなものを注入したのだろう)。そして二つの眼球を持って相澤先生の抉り取られ無くなっていた眼軸に入れて、忙しく動いている。

 

 二人とも助かるんだと、心の底から喜んでみんなと共感したかった。……だけど、“個性”を奪われ、遠回しにヒーローになる夢すらも奪われた二人の魂が抜けてしまったような表情に僕らは何も言えなかった。……飯田君の足を繋げていた一匹の蜈蚣が僕たちの傍までやってきた。

 

『……オ前達、マダ動ケルモノハ早クココカラ離レロ。動ケナイ者ハ地面ニ倒レテ天二祈レ』

「あ、あの、オイラ達あのラスボスみたいなやつから逃げてこれたばっかなんすよ?まだ何か恐ろしいイベントが用意されてるの……?」

『―――――【ワン・フォー・オール・アンリミテッド】』

 

 その言葉に僕は思わず耳を疑った。

 

「わん・ふぉー……なんだよそれ?“個性”の名前?」

『我等ノゴ主人ノ最強ノ切リ札ダ』

「あの魔王の如き力を持つヴィランを倒すための秘策が合ったのか、流石だな」

「蜈蚣、それは俺の“個性”のような広範囲攻撃が出来るようなものなのか?」

『……イヤ、違ウ。タダノ増強型ノ“個性”ダッタ(・・・)モノダ。』

 

 みんなが何か話しているが、耳に届かない。

 どうしてだろう、昔を思い出した。

 

「もしかして使うと凄いデメリットがあるとか?」

『……………』

「い、いきなり黙るなよ。え?大丈夫だよな?オールマイトもいる近くにいるだろう?」

 

 まだ雄英の試験すら受けていない頃の記憶、オールマイトが説明してくれた、僕が引き継がれた“個性”【ワン・フォー・オール】は何人もの極まりし身体能力が一つに収束したもの、生半端な身体では受け取りきれず――――――

 

『使エバ、ソノ力二ヨッテ……四肢ガ捥ゲナガラ、身体ハ爆散シナガラ、最強ノ一撃ヲ放ツ事ガ出来ル……………後ハ花ガ散ル様二、ゴ主人ノ命ハ終ワルダロウ』

 

 

 

 




久しぶりに書いたから自信がないけど、せめてイリスとレギオンの決着までは書きたい。


6/22日付け足しました。
中編が想像以上に短くなって、これだと後編がものすごく長くなってしまうので一部こっちに繋げました。


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第二十六話:限りない私はみんなのために 後編

約一か月お待たせしました!



『魔剣抜刀・レーヴァテイン』

 

【創造】によって創られた可燃性の液体を【バーナー】によって炎と共に放出することで立ち昇ったのは巨大な炎の柱。社会の常識を覆す多数の“個性”による同時使用によって絶大な質量とマグマの如き炎熱による破壊力はUSJの天井すら楽々と切り裂き、悪魔のような笑みを浮かべ、炎の魔剣に触れる全てを焼き切りオールマイト達目掛けて振り下ろされた。

 

 対してオールマイトとオールフォーワンはピンチだ。

 大振り故に遅く、何もなければ二人とも持ち前の力で難なく避ける事は出来るだろう。しかし、死を恐れない怪人二体によって動きを封じられていた。オールフォーワンと戦闘している脳無と呼ばれる怪人はあらゆる衝撃を吸収する“個性”とオールマイト級の怪力の一撃に物ともしない耐久力と傷を負っても即座に閉じてしまう再生力。オールマイトと戦闘しているのはイリスによって生み出された量産型の脳無、自らの体の大きさを操作できる“個性”を中心にオールマイトと同等のパワーによって追い詰められていく二人。

 

「―――ッ!!」

 

 迫りくる脳無達と自分たちを滅殺する炎の柱にオールフォーワンが取った行動はシンプルだった。

 

 あれがこちらに触れる前に吹き飛ばす。

 

 脳無にワザと殴られ、その衝撃で距離を取った。

 

 背後の四体の毘天達を前に、肩から腕を覆うほどの多数の毘天達が皮膚から顔を出し、左手が白く染まる。【ブラッドハザード】により腕を改造、それは幼馴染である爆豪よりコピーした【爆破】を手のひらだけではなく、腕そのものを媒体として起爆させた。

 

 【ブラッドハザード】+【爆破×16(・・)

 

 真っ白な閃光が世界を白く染め、大気が震えるほどの轟音が響いた。

 胤翼を防御姿勢にすることで、僅かにイリスは後退させられた。盾のように前方に展開していた赤い翼を広げると、そこには。

 

「オールフォーワン――――左腕、が!」

 

「……安い物ですよ。あれを振り切っていたならば今頃私達どころか外の人たちまで伸びてましたから」

 

 あぁ、やっぱりとした顔でイリスは目を細めた。

 左腕を突き出すような姿勢で、オールフォーワンは答えていた。そこにあるはずのものは無くなっていた(・・・・・・・)

 

「レーヴァテインは液体によって形状を保っている。それを纏う炎ごと吹き飛ばすなんて、無茶しますわね」

「脳無とオール・フォー・オーバーを同時に攻撃するなんてこれぐらいしか思いつかなかったから……」

 

 オールフォーワンと交戦していた脳無二号は、あの閃光で僅かに動きが止まった、その隙にオールマイトの一撃によって後方の壁に、脳無一号も【ショック吸収】があるものの爆風によって壁に激突はされていないが、遠くへ吹き飛ばされていた。

 

「………それで、貴女はその様ですか」

 

 オールフォーワンは足元が水溜まりに見えるほどに血を吐いた。

 

「他者の“個性”を無尽蔵に使うのは【オール・フォー・ワン】か私の“個性”、その血を持つ者にしか許されない事。普通の蟲ならば両手で数えるほどの“個性”を持つだけで糸の切れた人形のようになる。あなたはそこまでの負荷には余裕で耐えられるでしょう【ブラッドハザード】もありますし………しかし、多数の個性を同時に行使すれば、その反動は体を引き裂くでしょう」

 

 返ってくる返事は今にも倒れそうな体を気合で無理やり保つことに必死な荒い息遣い。今までの戦いで相当な量の出血もあって意識も朦朧としているだろう、今のオールフォーワンの身体は増強系の“個性”を多数使う前提で改良したもの、なのに別系統の“個性”を多重使用してしまえば体内の個性因子が反発して、常人なら既に発狂するほどの激痛が容赦なく痛めつけるだろう。

 

「べらべらと!私もいることを忘れないでほしいな!!」

 

 このままだとオールフォーワンが死ぬ、と判断した速攻をかけたオールマイトは影すら残らないほどの速さでイリスとの距離を詰めた。脳無達がこちらに駆けつけてくるが遅い。あの赤い翼の展開を許さないほど、完全に間合いに入ったオールマイトの必殺の一撃は――――

 

【衝撃反転】

 

 イリスに触れた瞬間、力はそのままオールマイトへと返ってきた。殴ったほうの腕を中心に体が後方へ、轟音と共にその体は沈没した。直ぐに瓦礫となった中からオールマイトは這い上がり、最初に見たのは興味深い物を見て好奇心を表情に浮かべるイリスは嘲笑うような口調で問いを投げた。

 

「オールマイト、既に貴方の中には【ワン・フォー・オール】はないわね」

「――――!」

 

 思わず息が、詰まった。

 

「どうして分かる、と?貴方の全盛期ならこんな脳無(ザコ)は数秒で倒せて当たり前。私の弱い(・・)攻撃も守りに入っただけ。お父様と戦って数十年経ったというのなら衰えたと考えるべきでしょうが……失敗しましたわね。貴方はこれまでの行動すべてに(・・・・・・・・・・・)

 

 赤い双翼を羽ばたかせながら地面へと着陸するイリス、その目はオールマイトの心の中まで覗くような暗い黄金の双眸が輝いていた。

 

「まず最初の失敗から言いましょう――――それは私の父『オール・フォー・ワン』を仕留めそこなった事。ちゃんと死亡したか死体を確認してもいないのに、あの傷なら生きていないだろう(・・・・・・・・・)という希望的観測、『平和の象徴』という片腹痛いご立派な二つ名で称賛され貴方は頑張った、頑張って、頑張りすぎましたわ。オールマイトがいれば大丈夫だと、平和という腐りやすい生物(ナマモノ)の上に蠅が舞う今の社会を作り上げてしまった」

 

 まるで面白おかしい喜劇の感想を伝えるように笑いを堪えた上擦った声でイリスは続けた。

 

「そんなある日に貴方は突然教師になると言った。今の時代ならゆっくりと後継者を育てれると思ってのことでしょう?しかし【ワン・フォー・オール】を知るものなら直ぐに見当が付きますわよ、オールマイトは自分の様な後継者(生贄)を求めていると!」

 

 豊満な胸が揺れるほどに左右にスキップしながら、その瞳の先はいつもの笑顔を浮かべられないほどに緊張に固まったオールマイトの顔だ。

 

「で、今回の襲撃事件。“私”個人としては貴方がまだ【ワン・フォー・オール】を渡していないと睨んでいましたが、それは違った。貴方は既に火種を無くし冷えていくだけの残り火ですわ!」

「“僕”は既に譲渡済みだと予測した。【ワン・フォー・オール】には才能がいる。それは体格的な意味であり、意志の力であり、信念の重さ。なら、最初から決めて雄英高校に入学させ三年間じっくりと教える事で効率よく強く出来る」

「私達の個人的な謎々はここに答えを得ましたわ。極限下の環境に置くことでヒーローとやらは自らを守るために、仲間を救う為に全力を出さずにいられない――――緑谷出久(みどりや いずく)って言うのでしたわね、あの貧弱な蟲は」

「――――――ッ!!!!」

 

 誰かを思い出すようにイリスが目をつぶった瞬間、オールマイトはありったけの力を込めて大地を蹴った。まるで最初から答えを知ってその過程を知るためにやってきたと思うほどの推理力と知識、ここでこいつを生かして帰してしまえば――――緑谷少年とその周囲が命の危険が襲われる、と。

 

DETORIT SMASH(デトロイトスマッシュ)!!」

「あら、目眩ましですか」

 

 渾身の一振りを地面に、超常のパワーを前にあらゆるものが破壊されキノコ雲のような砂煙がイリスを飲み込んだ。

 

「(レギオンはあの爆破で耳がやられていたのか全く動きませんでしたわね)」

 

 どのような盟約の下で、あの蟲が【ワン・フォー・オール】を受け継いだか。見えぬ運命が殺しに来ることを知った上での譲渡なのかは家族としてそれを了承しているのか……今は考える事ではないかとイリスは目を細くして赤い翼を振り回して砂煙を吹き飛ばす。【衝撃反転】はオールマイトのような戦闘スタイルに対して便利な“個性”ではあるが、あれは力の発生点が目に見えていない状態では使えない、まずは視界確保の手段を取った。

 

「貴様に打撃は効かないのであれば!!」

「拘束技、そんなこと考えなくとも分かりますわ」

 

【オール・フォー・オーバー】+【毒棘】+【硬質化×3】

 

 空を飛ぶ鷹のように両手を広げ急襲するオールマイト。

 イリスの周囲の赤い翼が触れれば毒が体に回る棘と“個性”によって強度を増しているにも関わらず、直ぐに対応してその拳で破壊される。たとえ、傷ついて毒が体内を侵されようとも、このヴィランだけは。

 

「……私達は一人ではありませんわよ」

 

 指が触れる瞬間、さらに上から落ちてきた二体の脳無にオールマイトの身体は今までの努力が無駄だと言わんばかりの力により地面に叩きつける形で自由を奪われた。

 

「卑怯だなんて、言ってもいいですわよ?情けない負け犬の遠吠えを貴方の口から聞けるなら、それはとてもいいことですわ。因みに私がここで貴方を殺そうが生かそうが、その全てをお父様に聞かせますわ。とても喜んでくれるか、悔しがってくれるか………それとも、私の言うことを聞いてくれる代わりに彼を殺せと言うのかしら」

 

 クスクスと笑うイリスにオールマイトは血を吐きながら立ち上がろうとする。だが、二体の脳無によって体が持ち上がることは無い。

 

「私と僕なら、あの緑蟲の四肢を引き千切った絶望と苦痛の声を貴方に聞かせながらゆっくりとお父様の前で殺すというのは、いいと思いますわ。ねぇ、『平和の象徴』その消えそうな火でどう足掻いてくれます?」

 

 イリスは悪徳に満ちた笑みを浮かべる。

 オールマイトは確信した。目の前の邪悪はその実力も底なしの悪意すらも怨敵を超えるかもしれない最悪の逸材だと。

 

 

―――――◆◇◆―――――

 

 

 

 

 

 

 

 耳が、聞こえない。

 

 あの炎の柱を吹き飛ばそうと多重【爆破】を使った影響だ。【ブラッドハザード】で耳を閉じようとしたけれど間に合わなかったみたいだ。白黒する視界の中でイリスとオールマイトが何か喋っていた。普段であれば二人の唇を見るだけで何を話しているか分かるのに、意識がはっきりとしない所為で内容が分からない。

 

 それに体に無茶をさせすぎた。一瞬だったが、私の中の【ワン・フォー・オール・アンリミテッド】が目を覚ました。 【爆破】の多重使用は本来ならあの炎の柱を吹き飛ばすほんの一瞬だけ使うつもりだったのに、制御が追い付かずに放ってしまった。左手の感触がない……あぁ、左手を爆弾のようにしたから、もう無いのか。

 

 

 

 オールマイトが脳無達とイリスを相手にして戦っている。

 

 助けなきゃ、守らなきゃ、あの人はこの時代に必要な人だから……。

 

 みんなの希望を背負う人、平和の象徴を担う人、もしこの人がヴィランに殺されそれが世間に広まったら、私が生きた世界へとたどり着く切欠になる可能性がある。

 

 今でもオールマイトを見ていると凄く嫌な気分になる。

 初めてテレビで見た時から憎いという感情すら溢れた。

 

 

 

 

 

 どうして貴方(ヒーロー)は―――――私達の世界で産まれてくれなかったの?

 

 

 

 

 

 私の様な中途半端ものじゃなくて、貴方ならもっと上手く人を助けられた、守れた。

 私は許せなかった。理不尽だとずっと叫びたかった。

 私にとって貴方はどうしようもなく残酷なほどに理想のヒーローだった。

 

 この世界に生れ落ちて、私のような大罪人が居てはいけない温かい陽だまりの家族のもとで育ててもらった。その恩に私が出来ることはなんだろう、とずっと考えてきた。明日のために社会のために今の私のような危険物に居場所なんてない方がいいと考えてきた。

 

 だから最初から私の生は長くなくていい、流れ星の様な刹那の時間だけでいいのだ。

 

 イレギュラーである私のできる事なんて、同じイレギュラーと共倒れするしかないんだ。そうすれば元通りだ、もしかしたら私達が何もしなくても私たちの世界のようになるのかもしれない。けど、その危険性は今は無くていい。

 

 

 

 私にとってヒーローとは星のようだ。

 それは小さな光かもしれないけど、暗い場所で彷徨う誰かの道を善き場所へ導いてくれる。

 明けない夜はない、と地面を見る人たちに光を見せてくれる。

 

 

 私の手は真っ赤な手。

 理想のために現実を殺し続けた殺戮者。

 今更誰かの道標となるための星になる資格はない。

 

 だけど、だけど!!

 

 いつか、誰かの命と心が理不尽な悪意に襲われた時に立ち上がり、救う為に戦い、戦って救う。

 そんな誰かの未来のヒーローのために戦いを選ぶことぐらい私は出来るはずだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 だから、だから―――――――私に力を貸せ私達(・・)!!!。

 

 そう心で願った刹那、意識は反転する。

 生々しい赤の世界、屍山の墓場、鮮血のような赤い空。

 伽藍洞の目から無限に流血する沢山のワタシ達が手を伸ばす。

 私は、それを躊躇なく握った。

 

 

 

 

 

 

 

 




反省、前編後編に分ける予定を前編中編後編に分けても終わらなかった。すいませんでした(土下座)
書きたいこと書いていたらこうなってしまいました!!!イリスをチートにしすぎた!!とかこのままじゃみんな死ぬ!とか勝手に指が動いてしまって、これ何回書き直したんだっけ……。

次回で決着は必ずつけます!


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第二十七話:■■のために

ずっとスランプ状態でなんとか出来ました。
まさか、この全体の構想にぴったりの曲が見つかるとは……。
いつも感想、評価ありがとうございます。


 突如として空気が変わった。

 

 死肉の焦げた臭いが満ちた空間に巨大な鉄槌が振り下ろされた様な衝撃が轟いた。二体の脳無によって地面に拘束され冷汗を流すオールマイトも表情に愉悦の色を見せたイリスも、その場全てを支配する絶大な威圧感に思考が一瞬止まった。巨人が寝返りを打ったような地鳴りの先には、陥没した地面に立っている別人の如きオールフォーワンの姿。

 

「(何かしらの個性を使用したのか……だが、どうしてだ?私は彼女の個性を知らないはずなのに、知っている!?)」

 

 まるで地獄の扉が開かれたように言葉にならない怨嗟の()が世界を侵食していく。悪霊があの世に引きずり込もうと身体を掴むようにオールフォーワンの姿が深淵の如き黒い紫電を纏っている。闇そのものになろうとしている姿に不思議とまるで人生を共に歩んできた相棒のような親しみに戸惑うオールマイトに対して、釘の刺さった藁人形を見るような忌々しそうにイリスは口を滑らせた。

 

「見えていますか、レギオン。それは……呪い(・・)ですわよ」

「叔父様が最後に残したもの、お父様の手中に残った家族の縁、貴女に何度も生と死を繰り返せた歪んだ負の結晶、『私』達を殺した個性で『僕』達をもう一度殺そうとしますか?」

「(こいつ等いったい何を話して……!!)」

 

 ありえない、その言葉がオールマイトの思考を埋め尽くした。

 個性というものは親から子へ引き継ぐことは常識だ。故に『オール・フォー・オーバー』のような存在に驚愕はしたが納得は出来た。だが、オールマイトの個性だった『ワン・フォー・オール』は違う、あれは引き継がれるものでなく、受け継がれていくものだ――――そう、聖火の如く。

 

 しかし、あれは違う。

 同じ物なのに、そのはずなのに。

 焼べられた(おもい)が違う。

 

「■■■■■ッ―――………」

 

 ぐしゃ、と。

 べしゃ、と。

 その力に耐えきれたず、体がぐしゃぐしゃになる。

 

 【ブラッド・ハザード】+【分解】+【再構成】

 

 

 何事もなかったように直される。

 一歩進むたびに体は崩壊していく。

 まるで食材を探すようにレギオンが左右に顔を動かすと、焼却された屍山に無垢な瞳を向けた。その次の瞬間には無くなっていたはずの右腕は歪な形で再構成された。

 

 

「……ッ、触れずに蟲達の死体を分解して自らの体の一部に……!」

「『私』、呆けている場合じゃない『呪い』の中身がどんどん溢れて使える個性が急激に増えていく。ここで僕たちを殺してそのまま負荷で死ぬつもり――――!!」

 

 今までの妖艶の笑みは既に無く。胤翼を羽ばたかせ急速に後方に下がった瞬間、イリスが居た場所には剛腕の薙ぎ払いが空を裂いた。

 

「既に毘天が仕込まれていましたか、もう脳無は使えませんわね」

 

 連れてきた方の脳無一号が作り出された脳無二号を拳で殴り飛ばし、オールマイトを抱えレギオンの後方へ跳躍した。

 

「ゲホゲホ!オールフォーワン、その個性……は」

 

 自由になった体で血交じりの咳をしながらオールマイトは、今まさに再生と崩壊を繰り返して、どんどん人間離れになっていく事に威圧感が増していくオールフォーワンを見た。

 

『急イデ、ココヲ離レルゾ』

「待て!私は……って、君喋れたのかい!?」

『今、此奴ノアラユル神経系ニ侵入シテ操ッテイル。無駄話ハ出来ナイゾ』

 

 先ほどまでオールマイトの鉄拳を何度も受けても表情一つも変えなかった脳無の身体の節々から蜈蚣達が顔を出す。その悍ましい姿に思わず青ざめるオールマイト。

 

『(……ゴ主人ナラ、目ヲ輝カセル筈ダガナ)』

 

 少しナイーブな気持ちになっている脳無(毘天達)はゆっくりと背後を確認する(・・・・・・・)ように、移動してるイリスに気が付いた。

 

「……やりますわよ、『僕』」

「もし耐え忍んで殺せたら、『僕』の目的は果たされ『私』の目的は泡と消える」

「―――――こうなることを読んでましたわね?」

「………さぁ、どうだか」

 

 【筋骨発条化】+【瞬発力×■■】+【膂力増強×■■】+【肥大化】+【増殖】。

 

「『全能は我が手中にあり(オールインワン)』を使うなら、『僕』は協力してあげよう」

「『私』は協力しませんわ。長生きできなくなりますわ。それはレギオンのためにならない」

「甘いわ『僕』の半身。これが一番簡単なことなのに」

 

 

 【ブラッド・ハザード】+【オール・フォー・オーバー】+【鎌鼬】+【大気圧縮】+【風流操作×20】+【回転×10】。

 

 

 オールフォーワンの右手が自身の背より巨大な拳の形を形成される。膨大なエネルギーが込められているのが感じられ、少しでも気を抜いてしまえば吹き飛ばされそうになるほどに。

 相対するイリスは胤翼を合わせ一つの手にすると、巨大なドームのUSJが全体の風が渦を巻きながら耳を劈くような異音を響かせながら見えるほどの風の塊が圧縮されていく。

 オールマイトの脳裏には平和の象徴と言われる前の記憶が鮮明に蘇る。贓物をまき散らしながら、憎き奴に最後の一撃を与えるあの時の緊張感、焦燥感、恐怖が。

 

『……コレハ、不味イ』

「あぁ、これはもう止められない。お互いにここで最後にするつもりだ」

 

 よく見るとイリスの耳や鼻から血が流れていた。確かに胤翼を介することで個性同時発動の負担を減らすことは出来る。しかし、それでも限度と言うものが当然あり、一定の水準を超えてしまえば制御するためのコンピューター()がオーバーヒートを起こす。

 

『違ウ!!オ前ソレデモ―――ココ(・・)ノ教師カ!?』

「何を言って……」

 

 毘天の言葉に思考が動く。今の立ち位置に、イリスの背後に何があるのかを。

 

『ゴ主人ノ今ノ中途半端ナパワーデモ、数キロ先ハ消エルゾ(・・・・・・・・・)!!!』

「ッ!!!」

 

 今まさに授業中で多数の教師と先生がいる本校、その前にイリスは今更気が付いた?と言わんばかりに笑みを浮かべた。

 直ぐにオールマイトはレギオンの身体を止めようと動くが、脳無に乗り移った毘天たちがそれを止めた。

 

「なにをする!?」

『オール・フォー・オーバー様ノアレガ撃タレタラ、コノ周辺ガ塵ト化スゾ!!』

「だとしても、最小限の被害で……!」

『オ前ガ英雄ラシク死ヌノハドウデモイイ!!ダガ、オ前ノ後継者(・・・・・・)ハ無事デ済マナイゾ!!』

「―――――あ」

 

 まだ力を受け継いで一年も経たず、オールマイトの予想をはるかに上回る形で逞しく強くなっていく愛弟子の姿に剛腕に対抗とする体が止まった。まだ名前も知らない数百人とこれから多くの命を助けれる素質をもつヒーローの卵たち数十人、その両方がオールマイトの両肩にあった。

 

『ゴ主人!ゴ主人!……アァ、ダメダ。【ワン・フォー・オール・アンリミテッド】ノ一撃ノタメニ五感モ捨テテイルノカ応答シナイ!!』

「わ、私は……!!」

 

 両方とも救いたい。しかし、既に限界を超えたこの身体で何が出来る。何が――――

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 人が死ぬ直前になると、過去のことを鮮明に思い出すことが出来ると聞いたことがある。

 それはどんな気分になるだろう、忘れてしまったことを思い出すことは時に苦痛を伴うことがあるだろう、しかしそれが温かい思い出なら、例えば大事な人との約束とか、家族との何気ない日々とか……。

 前世では走馬灯を見ることは無かった。ただ狂ってしまった大事な人を止めるのに必死で、いつ死んだのかすら分からない。

 今生では、見えた。生まれた日の泣きながら感謝する父さんと汗ばんだ憔悴した顔ながら宝石のような輝きにも見せた笑顔で私達を抱えた母さん、その隣では鼓膜が可笑しくなるじゃないくらい泣き叫ぶ兄さん。

 

 

 まるで時間がガムみたいに伸びたような感覚。今の私はイリスを殺すための一撃のために体の機能のリソースを全て注いでいる。確実に殺せる自信があり、心に安堵は……無かった。

 

 兄さん、大丈夫かな?私が居なくて大丈夫かな?そんな毎日のように考えたことが思い浮かんだ。オールフォーワンとして活動し始めた時から遺書は書いてある。家族との思い出を残しておこうとみんなに上手いと言われた絵とか毎日書いている日記とか一緒に自室の机に引き出しに入れている。

 

 ………仕方ないよね。この世界の人類(・・)を守るためだもの。

 たった一つの命を失い、一つの家族が仮に壊れてしまっても、これから続く全体の未来に大きな変化は起きない。

 

 ………あれ?何かを忘れているような気がする。

 自分に言い聞かせてきたことだったような気がするけど、なんだかどうでもよくなった。

 

 私が死ぬ、人類のために死ぬ。

 これほど満足する死に方もない。

 

 

 ………だから、どうして拳が震える。これで終わるなのに、私に人間らしい人生なんて必要なんて要らないのに。

 そうだ、イリスの顔を見よう。殺す相手が見えるなら、やる気も上がるはずだ。少しだけリソースを割いてしまうけど眼球の一つくらい許容範囲内の筈だ。

 

 良し、見えた。イリスの胤翼の中には小さな台風があった。激しく渦巻き周囲の物を破壊の限りを尽くす暴虐の爪牙が今まさに放たれそうだ。私は正拳を体と平行になるように構えている。力の充填は完了しているこれだけあれば必ずイリスを殺せる、そして私はその反動で死ぬ。これでいい、これこそ、正しき私だけの終末だ。………あぁ、どうしたんだよ、私の身体、見る機能を治したはずなのに、泣く(・・)機能まで直したつもりないのに、どうして。

 

『――――察しなさい』

 

 それがイリスの言葉だった。涙の所為でよく見えなかったけど、そう喋っているのは見えた。

 脳内の情報が多くのピースとなって一気に集まって一つの絵を作った。そこにはどうして入学したいのか忘れてしまった雄英高校の本校があった。………あぁ、そうか今握っている拳の中にはそんなものがあったのか。私がこのまま攻撃すれば、イリスとみんなを殺すことになるのか。

 

『ねぇねぇ、みんなで写真を撮ろうよ!!』

『突然どうしたの?』

『だって私達あの雄英高校に入れたんだよ!きっとこの中から有名人が生まれてたらものすごくプレミアつくでしょ!?』

『………どうせ行事で撮るだろう、意味ねぇよ』

『心操くん!大事なのは日常の中で自然体にいることなんだよ!それにほらこのクラスって復活枠だし!私や百合ちゃんみたいに興味ない人もいるけど、みんなヒーロー科狙っているでしょ?もしかしたらすぐに今クラスからいなくなるかもしれないし、ならこの時にこの場所にいたって記録を残しておくって凄くいいことだと思うの』

『で、本音は?』

『プ レ ミ ア』

『『『はい、みんな解散です』』』

『そんなーー!!』

 

 さっき走馬灯を見た所為か、みんなとの記憶が昨日のように思い出してしまう。前世で何度も見てきた理不尽に死んでいく命、人類の未来のために必要な犠牲だと『私達』は痛くても飲み込むしかなかった。個性所有者に自由を求める連中を皆殺しにて毘天達の餌にして戦力を増やしてきた。そんな生き方で、無個性者を保護し続けてイリスに個性を奪ってもらって隷属として加えてきて人を集めて理想郷を作って――――

 

 

「斬魔嵐翔『ディエス・イレ』!!!!」

 

 時間が来た。もうイリスも私も止まらない。殺して死ぬか死んで殺しにいくかの選択。

 私より先にオールマイトが私の前を駆けた――――が、そこは既に空気を弾力を与えているのでオールマイトの顔はサランラップをひっつけたみたいな超密着した大変お面白い絵を見せてもらって、後方に吹っ飛んで毘天が操る脳無がキャッチした。

 

「ッ!!―――オールフォーワン!!!!」

「大……丈夫……私、が………ここに……いる………!」

 

 最後は笑顔で送って、ありったけの個性を発動してそれを【ワン・フォー・オール・アンリミテッド】に乗せて

 

 

CLEVELAND(クリーブランド) SMASH(スマッシュ)

 

 

 私の拳は、天を貫いた(・・・・・)

 




自分で書いておいてあれだけどUSJ、君はいい場所だったよ。


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第二十八話:思い出すこと

約二か月ぶりの更新です。アズレンとかモンハンとかアズレンとかモンハンとかポケモンとか頭の中で思い浮かんでもこれをどう文章にすればいいのか悩んでいたらこんなになりました。すんません


 ――――全員集マレ!!

 

 人外の存在が無理やり人の言葉を発した。それは一つではなく、地面の色が分からなくなるほどの蜈蚣の大軍から合唱の如く響いた。

 

 超人社会と言えでも、人語を理解、人間並みの知能を持ち、人の言葉を話す、『個性』すら使う蜈蚣達はどこに行っても見ることは無いだろう。しかし、その存在は確かに目の前に存在し、命の危機から救ってくれた。故に彼らは迷うことなく回復中の酷い怪我をした二人を守る様に一つの塊となった。

 

 

 その瞬間、あらゆる音が消えたように、世界は静寂になった。

 次に想像を絶するほどの雷霆(らいてい)が落ちたような爆音と共にUSJの天井が、団扇で煽られた木の葉のように浮かんだ。押し出された空間が元に戻る様に天井も壁すらも粉砕されていく。まるで巨人の手によってUSJが無理やり小さくされているような現象だった。そして、圧縮された空間による破壊の圧力により、施設の全てを回るだけで午後の授業が終わってしまいそうな広さをしていたUSJは悲鳴に聞こえた破砕音と共に爆散した。

 

 彼ら――――1年A組があまりの轟音に朦朧としながら目にした光景は、まるで流星が落ちたような惨状、見上げる青空の先にブラックホールがUSJだった残骸を吸収していているように空に浮かんでいる物だった。

 

「………なぁ、俺たち夢でも見ているのか?こんなのアニメとか漫画の世界だろ」

「は、はははは……いくら頬つねっても痛いだけで目が覚めねぇ。可笑しいな、きっと起きたらオイラ達まだバスで移動中の筈だぜ?」

「まさに終焉戦争(ラグナロク)の終わりを告げる黄昏のようだな」

 

 心が溶け込んでしまうような非現実的な光景に誰もが正気を失ったように見入ってしまう。それほどまでに彼らから見えるものは幻想的であった。

 

「USJ、無くなちゃった」

 

 胸から溢れる形状できない感情に笑うものがいた、泣くものがいた、感情が表情から消えたものがいた。

 

『現実逃避ヲスルナ小童共』

「「「「痛ッ!!!!」」」」

 

 虚ろな目をしていた彼らに対して毘天達は容赦なく足を噛んだ。全員に電流でに走ったような痛みに跳びあがり、生気が目に満ちた。何人かが目元に涙を溜めながら毘天達を睨むが、足を切断された生徒一名、体に風穴を開けられた教師、両目を抉られた教師の治療に参加していない少ない毘天達はUSJの跡地に向かって進み始める。

 

「お、おい、どこに行くんだ?」

『……………オ前達ハソイツ等ヲ残シテココカラ離レテオケ、暫クスルトゴ主人ガ打チ上ゲタ瓦礫ノ山ガ落チテクルゾ』

「なっ!?そんなことしたら委員長とか危ないじゃん!!」

『今ハ治療中ダ。下手ニ動カスト危ナイダロウ、心配スルナ。先程、毘天ラガ到着シタ』

 

 心配することはないと、言い切るように毘天達は動き出す。その速度は遅くまるで、見たくないものを見に行くような重い足取りのように見えた。感じたのは深い深い悲しみ。

 

 そして、思い出したのは毘天達が先ほどまで言っていた内容だった。諸刃の必殺の『個性』を使うことをオールフォーワンが決意したことを。重々しくなる空気の中で彼―――爆豪が口を開いたのか。

 

「……んだのか?」

『………分カラン』

「それじゃ、今すぐ探しに―――」

 

 蛙水の言葉が最後まで開くことは無かった。

 目が合った。彼らが感じたのは心臓が掴まれたような威圧感。

 毘天達が一斉に悲しく嘆くように、口を開いた。

 

『ゴ主人、我々ハ理解出来マセンデシタ。コノ様ナ小童共ノ為二、命ヲ人生ヲ未来モ使イツクシテ―――――守ル価値ガアッタノカ(・・・・・・・・・・)?』

 

 返事が返ってこないのは分かっているのに、空気に溶けるような囁きにその場にいた19人(・・・)の胸の中には一つの言葉が支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無力だな、俺たち」

 

 

―――●○●―――

 

 

 

 僕は破壊尽くされ原型が無くなったUSJの中を走っていた。

 どうして、こんなことをしているのだと思う。

 

 オールマイトが心配だった。それもある。

 みんなと一緒にいるべきだ。それが正しい。

 まだヴィランが潜んでいるかもしれない。逃げた方がいい

 オールフォーワンのことが知りたい。そうとも言える、違うとも言える。

 

 僕の胸の中に色んな感情が混ざり合って、方向性が全く定まらない。僕がここにいても危ないだけ、足場は安定しない、いつ瓦礫が崩れても可笑しくない、空に打ち上げられたUSJの一部だったものが落ちてきて最悪死んでしまうかもしれない。

 

 それでも僕は必死に彼女を探した。

 漠然と映像越しで見たオールフォーワンに対して、どうしてヴィランであることを選んだのか、どうして素晴らしいことが出来るのにヒーローになろうとしなかったのか、話を聞く限り宿敵と思える人と対話できる可能性もあるような言動だったのに。とそんな疑問ぐらいしか思い浮かばなかった。

 

 けど、実際に会って見て、どうしようもない違和感があった。

 どうしてか僕はオールフォーワンに対して既知感があったのだ。初めてな筈なのに、街ですれ違ったとか、昔どこかで会ったとか、そんなものではい。毎日顔を合わせているような、まるで家族と触れ合っているような心の近さを感じてしまった。

 

 だからこそ、オールフォーワンの笑顔を僕は受け入れることは出来なかった。

 

 

 

 死にたいと思える程の激痛が僅かに和らいだ時に浮かべる安堵のような笑み。

 

 

 

 僕はその壊れた笑顔(・・・・・)を見たことがある。小さい頃に一度だけ、忘れてしまうほどに記憶が薄れてしまっていたけど、はっきりと思い出した。

 

『ゆり、どこかいたいの?』

『………わたしわらっているよ』

『なんかちがう!いまにもたおれちゃいそう!』

『あのにいさん?だいじなふくをどうしてわたしにかぶせるの?』

『だいじょう!おにいちゃんがぜったいにゆりをまもるよ!!』

 

 生まれた時から隣にいた。僕が喧嘩に負けた時は怒ってくれた、僕が困ったときは何度も助けてくれた、僕がみんなと違うと仲間外れされた時も傍に居てくれた。

 

「……思い返せば、昔の僕って最悪だな」

 

 けど僕は『無個性』で、妹は『個性』が使えた。周囲と何度も比べられ、それを理由に虐められ、それを百合に何度も助けてもらった。それが悔しくて苦しくて僕は逃げだしたんだ。なんでもできる百合をこれ以上見ないように、自らの夢を殻にして閉じこもったんだ。

 

 どうしてオールフォーワンを見ると昔のことを思い出してしまうか分からない。だけど、僕の心の中では既にオールフォーワンは家族のような特別な人になっていた。―――――だけど、生まれながら誰もが平等でないように現実は無慈悲に語り続けてくる。

 

 やっと見つけたソレを理解する前に僕は胃の中の物全部、吐いた。

 血と肉の塊に浮かぶ多数の動く気配のない蜈蚣達、周囲は風船が爆裂したような生々しい血痕によって汚れていた。それが元々人であった事だということを理解して納得するまでの時間は、針地獄のような苦しみだった。

 

「緑谷少年ッ!!」

 

 瓦礫が大きく崩れる音と共に僕の隣に着地した。僕が見ている惨状をオールマイトは手を口に当てて顔を震わせた。

 

「………ここは、危ない。直ぐに私と一緒にここから出よう」

「オールマイト、一ついいですか?」

 

 僕の肩を掴む温かい手、いつもだったらオールマイトの言葉に従っていただろう。でも、僕は両手を握りしめて、涙も鼻水も無様に流しながら自分でもよく分からないほどの震えた声で口を動かす。

 

「ヒーローになるって、こんな悲しいことを背負い続けるんですか……!!」

「…………その通りだとも―――戦うことを選ぶということは、こうなることも覚悟しなければならない」

 

 僕は再認識させられた。助けてもらった安堵を何もできなかった無力さを恐ろしく冷たい死を生き残ってしまった痛みを。僕がオールマイトから引き継いだ『ワン・フォー・オール』の所有者達もこんなことを繰り返して、それでもと立ち上がっただろう。だからこそ、あれほどの力を得ることが出来たのだ、燃え滾る聖火を更に大きくするために体と思いをその火に体を預けて。

 

「……私は君を後継者として命を賭けて育てる、私がそうであったように。しかし、その隣にいつも私は居られない。とても険しく辛い道になるだろう――――すまない。私は、甘かった」

 

 心から申し訳ないようにオールマイトは雑誌やテレビで見たことがないほどに太陽の如き笑みの表情を悲愴に歪ませながら腰を落として、その手が汚れる事を気にもせず、オールフォーワンの優しく頬を撫でた。その隣には怪人がいたことに驚いたが、体の節々から蜈蚣達が顔を出しているのを見ると直感的にもう敵ではなく、蜈蚣達の手によって支配下に置かれているのだと理解した。

 

「「緑谷ーー!!」」

 

 みんなの声がする。振り向くと教師たちもいた。

 

「立ち上がれ緑谷少年、これを皆に見せるわけにはいかない」

「………はい」

 

 最後になるかもしれないオールフォーワンの顔をもう一度見る。二度と忘れないように心に刻み付ける為に――――ぴくり、と頬が動いた。

 

「………え」

『『『………………へ?』』』

 

 蜈蚣の怪人は信じられないようにオールフォーワンの上に手を広げると体内にいたであろう蜈蚣達が溢れて出て、血だらけの臓器の上に降りると浸透するように傷の中に入っていき、顔を出したと思えば互いに〇、✖と言い合い僕らを見つめた。

 

『………ナントカナルカモシレン』

  

 オールマイトも僕も唖然としてしたが、蜈蚣達は大きく叫んだ。

 

『頼ム!!ゴ主人ヲ助ケテクレ!!!』

「「何をすればいい!!?」」

 

 即座に僕たちは言い放つ。燃え尽きていたと思っていた命は、まるで奇跡のように息を吹き返して確かに目の前に合った。 

 

 




次回で一応USJ消滅編は終わりの予定、後日談とか色々ありますが、更新速度は一か月に一回とか完結いつになるだろうと思いながら少しずつ書いていきます。期待しないで待っててくれたら幸いです。


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第二十九話:毘天羅

何度か見直したから誤字脱字ないはず(希望的願望)



 

 目を開けると、そこは生々しい血の色をした満月が世界を照らしてきた。

 辺り一面は穢れた血の湖、満たされる多くの私の姿。

 体の一部が欠損していたり、胸部に風穴が空いていたり、頭部の半分が抉られて無くなっていたりと様々だ。

 私が、私『達』が歩んできた道、『ワン・フォー・オール・アンリミテッド』という“個性”を最強にするべく廃棄してきたもの、()の座に至るために築き上げた死臭漂う屍達の世界。

 

「………私は」

 

 死んだのかな。と道端に転がっている蟲の屍を見たような軽さで言葉を紡ぐ。

 

『いいえ、ご主人様はまだ死んではおりません』

 

 否定する声の方へ体を向けると、そこには巨大な蜈蚣の姿。

 大陸そのものを相手をする為に創り出した毘天達の長、大災害級の事象を引き起こす生きた怪物――――前世にて暴走したイリスを止める為、共に出撃した九体(・・)の毘天羅がいた。

 

「懐かしい顔ぶれ、だね。現世では初めてかな」

『……そう、ですね。しかし貴方の目の前にいる我々は本物ではない。『ワン・フォー・オール・アンリミテッド』に保存させている感情と記憶によって再現された偽りの物です』

 

 分かっているよ。本当の君たちはあの時、私の我儘(わがまま)のためにイリスと猛々しく戦い死んでいった。“個性”で繋がっている故に死んだことは分かっても、私は振り向くことはしなかった。あの時はイリスのことしか頭に無かった。

 

「どうして私はここにいるの?私はあの時……」

 

 『ワン・フォー・オール・アンリミテッド』を全開にした反動でイリス共々死ぬつもりだった。私たちはこの世界にいてはいけない存在だから、と決意したつもりだったのに………。

 

『思い出しましたか?あの一撃は確かに必殺の威力、が。最後の最後でご主人様はオール・フォー・オーバー様の攻撃を相殺するように出力にセーブをかけました』

「………イリスも殺しきれず、私も死にぞこないか、何も意味も成果もない結果になったと」

『オール・フォー・オーバー様も、ご主人様も普通の人間ならば死んでいるほどの重傷を負いましたがね、今ご主人様の体の中の臓器は7割も損傷しているんですよ?』

 

 ソレは凄い。けど、そうなると出血多量でもうすぐで死ぬよね。

 

『いいえ、毘天達が今必死にご主人様の命を繋ぎ留めています。ヒーロー達も協力してくださっているようで』

 

 見てくださいと毘天羅達が言うと空に鏡のような物が現れて外の様子が映し出される。私のバラバラになった姿を囲うように皆さんが見下ろす姿が見えた。

 

『コノ中デ、小僧ト同ジ血液型ノ奴ハイルカ!?』

「僕の血液型はO型だよ!ほかの人は!?」

「たしか切島が……」「あいつ外だぞ!?」「俺、O型だ」「俺もO型だ!!」

 

 私が見たのは、毘天達の助けを求める声に必死な顔になっている人たちだ。もし万全状態ならば血液型が違っていても体内で抗体を書き換えるが、今の状態では無理だろう。毘天達も私と同じ“個性”を持っているが、私のように扱えるわけではない。

 

 顔色が悪い人がとても多く、嘔吐してしまった人もいるようだ。肢体が吹き飛び贓物が垂れ流れている肉の身体は、私にとって見慣れたものであるが、他の人はそうではない。酷い顔になりながらもO型の人たちが私の体に手を伸ばすと毘天達が互いの尻に噛みつき、糸のようになって手を差し出してくれた人たちに噛みついて吸血を始めた。

 

『毘天達が生命に必要な最低限の傷を覆い血管を繋げています。ご主人様の意識が目覚めれば後はどうにでもなるでしょう。無くなった手足と贓物は脳無の物を移植するつもりでしょう?』

「……よくわかったね」

『十体目の毘天羅――――“ブッシュ”はご主人様の身体から摘出した子宮を使うことを躊躇っているようですから。それに………』

 

 皆を代表するように喋る最初の毘天羅――――“ニミッツ”は、この世界でも輝きが分かるほどの双眸で私を映した。

 

『ご主人様は、今の(・・)お家族を愛していらっしゃいます。なので、ご主人様の母様に産み落とした体は出来るだけ残すように心がけていることも我らは分かります。“ワン・フォー・オール・アンリミテッド”を受け止めた時点で、その特別な思いは』

「――――――」

 

 その言葉に反論することはなかった。ただ、認めたくないことから逃げるように目を泳がせた。

 

『………ご主人様、あなたは』

「喋らないで」

 

 今の幽霊のような体ではなく、肉体があれば私は今頃血が出るほどに両手を握りしめ震わせていただろう。

 

「人間から私は生まれた。けど私は人間なんかじゃない………人としての道徳が欠落した、悍ましい力を持っただけの化物なんだよ、それでいい、それでいいじゃないか………」

 

 今更あんなことをしておいて、人間として生きて、人間として幸福なんていらない。

 私の命は、この世界の人類の明日のために使い捨てられるのが一番、いい。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 突如として周囲が暗くなった。まるで巨大な雲が頭上を通過するように。だけど、空の上から何かの存在を感じた。まさか、と脳内に浮かんだ最悪な予想を遥かに上回るとんでもないことが起きた。

 

『………我は毘天羅、ご主人様の命を繋いでくれたこと、感謝する人間よ』

「「「「「……………………」」」」」

   

 葉隠さんのような姿を消す“個性”を使っていたのだろうか、僕たちの目の前に雲が晴れるように姿が現れになっていく超々巨大な蜈蚣、今は姿形が無くなってしまったUSJすら入りきらないほどの大きさ。目の前の現実を疑う、もしかして今僕たちはUSJ行きのバスのなかで眠っているのかもしれないと思うほどに、脳が理解することを拒むほどの超常の存在が目の前にいた。

 

「(ぶくぶくぶくぶく)」

 

 あ、プレゼントマイクが口から泡を吹いて倒れた。他にも氷の如く固まってしまった人が複数(主に女性)。

 

「あー……あー………こ、言葉通ジルカイ?」

『なぜ片言なのだ、人でなく“個性”を発現した我らの同類よ』

 

 一番最初に言葉を発したのは校長先生だった。

 会話が通じると判断し、教師同士がアイコンタクトを取ると僕たちを守る様に前へと出て、目の前の存在を見上げた。

 

「一応聞いていいかな、君は僕たちの味方かな」

『それを決めるのはお前たちの行動次第、そして我らご主人様が決める事だ。………時間もあまりない、我は早くご主人様を回収してこの場から離れなくてはいけない』

 

 焦るような口ぶりで毘天羅と名乗る蜈蚣が見ているのは『オールフォーワン』だ。今は僕、轟くん、上鳴くん、青山くんが繋がった蜈蚣によって輸血をしている。

 

「時間がない………もしかしてこちらに気を遣ってくれているのかい?」

『当たり前だ。我らの存在はこの世界においてあまりに大きすぎる。ご主人様は我らの存在がこの世界に露見した最悪の場合、私たちの力を求めて世界大戦が起きる可能性もあると仰っていた。貴様たちの目の前の存在は単体で国を相手することを目的とした創られたモノだ』 

 

 まるで怪獣映画に出てくるような存在だ。人智では理解が及ばない次元の違う生き物、人類の長い時間を掛けて作り出したものを移動するだけで破壊する化物、この場に『オールマイト』や『オールフォーワン』がいなければ、心が砕けて発狂していたのかもしれない。

 

「分かったよ毘天羅くん、しかし君たちのご主人様は見ての通り重傷だ。こちらは彼女に大切な生徒達を守ってもらった身だ。今すぐにでも病院に搬送し、相応の処置をしなければ命に係わる」

『それは既に問題はない。むしろ、我らには別の問題がある』

「……僕たちの処遇かい?」

 

 流石だな“ハイスペック”の個性を持つもの。と息を吹く。今まで抑え込んでいたであろう威圧感が溢れてくる。直ぐに息ができなくなる、視線が固定され目が離せなくなる。この場所を襲った赤い翼のヴィランすら超えるほどに絶対的な存在感に僕たちの心は恐怖に染まった。

 

『我はご主人様の望みを叶えた後に自死することが決定している。故に望みが叶うまで死ぬことは許されず、命令として我の姿を見たものを抹殺せよ、という命令に従い続けなければならない』

「しかし、それを躊躇する理由が今の君にあるんだね」

『―――――ご主人様が、お前たちを認めたからだ』

 

 それは少し時間が遡る話、僕たち1-A組が殺し合いをしなければ生きて帰れない悪夢のようなゲームが開始される以前から『オールフォーワン』はUSJに潜んでいた蜈蚣を通して中の映像を見ていたのだ。

 

 恐ろしい理不尽、激痛を伴う現実、逃げ出したくなる恐怖を前にその人物の本性が浮き出る。生き残るためにあらゆることを手を尽くす、それがたとえ他人を蹴落とすことでも、命を奪う結果になろうとも、でも―――――

 

 

 『オールフォーワン』は見たのだ。

 

 1-A組は誰一人として誰かを見捨てる事はしなかった。

 

 その場で蹲る人もいた、泣きだす人もいた。

 

 それでも、誰かの命を奪ってまで自分だけ助かろうとする人はいなかったのだ。

 

 

 それだけでは終わらない。

 

 “個性”を奪われ無個性になっても、気絶した級友を背負ってヴィランにいつ襲われるか分からない中で藻掻いた人がいた。

 

 蜈蚣を怖がりながらも“個性”を通して会話をして「僕は大丈夫だから、小さきもの達よ。他の人を助けてあげて」と願う人もいた。

 

 オールマイトが人質を前に戸惑っているとあんなことがあったばかりなのに仲間と協力して人質を見事な連携で助けたのだ。

 

 

 …………もう十分だ。私がここにきてよかったと思えること、もうたくさん貰えたから―――――安心して命を賭けられる(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

『ご主人様は、お前たちの往く未来が素晴らしいものになると認めたのだ。ご主人様の命令は絶対だが、それを覆すのもご主人様の命令だ。状況を判断するに貴様たちをここで抹殺するのは――――ご主人様の御意思に反すると考える我がいる』

 

 既に僕たちを縛る威圧感は無くなっていた。誰かの、或いは自身の嗚咽が聞こえる。

 色んな感情が胸の中で渦巻いて処理しきれない。体の中から溢れる熱が体中を蹂躙している。どれだけ涙を流そうと、それは決して冷めることは無い。

 

 

 僕たちはその日。

 ヒーローに憧れる子供ではいられないことを。

 ヒーローになる夢を命を賭して守ってもらった事。

 ヒーローである残酷さを、胸に刻んだ。

 

 




ヒーロー目線から行くと百合ちゃんは素晴らしいことをしているように見えて、実は現実を受け止めきれず歪んでその歪みを自身で理解(つもりでいる)して耐え切れずに誰かのために死ねば人類の未来になれる!と頭クルクルパーなのがこの小説の主人公なんです。ほんと誰だこんなキ◯ガイ考えたやつ


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第三十話:言い訳と事故処理

クリスマスギリギリ間に合った!(特にやることなかった)

因みにオール・フォー・オーバー或いはイリスのイメージモデルはアズレンの大鳳です。(声も中の人同じイメージです)



 イヤなことは連鎖して起きるもの。

 財布を落としたら、中に入ったカードによって個人情報が晒されたり。

 気に入らないという理由で始まった陰口が広がって本当ではないことが本当のことのようになったり。

 失敗と後悔と怪我を負って、彼らに教えてない隠れ家で療養していると

 

『まさか、君がやられるとはね』

 

 一番声を聞きたくない者から電話がくるとか。 

 

『事のあらましは黒霧から聞いたよ』

 

 きっと『私』ならば、電話に出る事さえしなかっただろう。声を聞くたびに思い出す忌々しい声、前世で殺したはずの最も憎き相手。

 

『君が、いや………君たちがご執心なオールフォーワンの存在を』

 

 オールマイトによって五感のほとんどを失うほどの重傷を負いながらも生き長らえている悪の帝王――――『オール・フォー・ワン(お父様)』。

 

「……………何の用ですか?今回の失敗の責任は取りますが」

『今日は随分としおらしい。報告書は見たよ、随分派手に動いたそうじゃないかこれからすること(・・・・・・・・)も含めて、結果は十分だ。今は責任を問い詰めるつもりはないよ。生真面目な君のことだ……回復次第、紛失してしまった脳無も君が創り、補充するつもりだろう?』

「その予定です。………弔の怪我は?」

 

 お父様の声に苛立ちが沸いてくるのを声に込めないように抑えながら、ふと思い出したことを聞いてみるとため息混じりの返答が返ってきた。

 

『顎が砕かれているみたいだ。暫くは僕と同じ加工品しか口にできないだろうね』

「………そう、ですか」

『弔達が撤退した後の君達の活躍を見たよ。久しぶりにオールマイトが曇った顔をしたところを想像するだけで僕は満足さ』

 

 “個性”を使い僕たちが見た記憶を電子データに変換したものを動画として報告書と共に載せていたのを見たようだ。きっと、脳無二体に押さえつけられ『私』が話す内容にいつもの笑顔を歪まし絶望の色を見せたオールマイトの姿を知るだけでお父様は満足したようだ。

 まぁ、目が見えてないからいつもそばにいるドクターが、隣で説明しながら伝えたのだろう。

 

『しかし、残念だ』

「あれは僕のものだ」

 

 何を考えたか直ぐに分かった。 

 

『むぅ……ダメ?』

「僕たちが貴方と協力関係を結ぶときの条件について決めたことの一つ。オールフォーワンに手は出さない……もし破ると言うのであれば、この国を隅々まで死の大地にしてでも、お父様を殺しに行く」

『可愛い娘の想い人と話をしてみたい親心だよ』

「……………最初に弔の死体を晒す」

『それは困る、彼は僕たちの未来の“シンボル”なのだから……全く弔を拾ってきて(・・・・・)可愛がった君がそこまで言うとは、そんなに特別な存在なんだね』

 

 それにしては未だに無邪気な安い悪意しかない。確かにカリスマ性、“個性”の成長性も合わせて才能はあるだろう。しかし開花してない蕾を丁寧に育てるほどに余裕なお父様に複雑な気持ちになる。あと、僕はそこまで彼に興味はない、『私』は会ったばかりのレギオンと同じ目をしていた、と自身の慰め程度にその手を握ってしまったみたいだが(そのあと大変だったが)

 

『君にも素質があって色々と経験済みなのだからフォローを頼むよイリス』

「下手すれば潰しますが」

『その時は次を探すさ。最悪の場合、君が継げばいい』

「冗談、僕はどんな形であれ社会の中で生きていくこと自体が至極面倒、レギオンがいればそれでいい」

 

 『私』は僕と別の道と終わりを見ているが、それでも『オール・フォー・ワン(お父様)』を継ぐことは死んでもゴメンだろう。弔のように僕たちにも素質はあるだろうが、才能と活力はない。完全な死を経験してしまった影響か、前世ではあれほどあった破壊衝動は衰え、社会に対して復讐心も無ければ、革命を志す情熱の黒い炎もない。

 

 『私』も僕も、それぞれ一つの願いを残して、骸骨の身体を動かす心臓があるだけだ。

 

 

『全く、これが反抗期というものか』

 

 これ以上の話をしても意味ないと判断し、電話を強制的に切る。あまり長話をしていれば、お父様や弔にも話していない隠れ家の存在を気づくかもしれない。ベッドに倒れ込み、麻痺した右半身を睨む。『私』が放ったあの一撃の反動に眠りについた為、僕の右半身は血が抜かれたように動かない胤翼も左翼は安定するが、右翼は不安定、実力は半減している。

 

「お父様がレギオンに興味を持つことは仕方がないこと。………守らないと」

 

 もし、お父様がレギオンに接触する事態になればゲームオーバーだ。

 レギオンは、お父様の命令に対して絶対に断ることが出来ない――――そういう風に“教育”されている。

 毘天羅の存在も知られてはいけないし、『ワン・フォー・オール・アンリミテッド』も非常にに不味い、お父様の傷も僕たちは出来ないが、レギオンの『ブラッド・ハザード』なら全快に近い状態まで治せる。

 

「さて、最後は全て僕が貰うが。あの無能共も今回の事件でレギオンの正体ぐらい勘付くだろうが……保険でも掛けておくか」

 

 駒の一人に連絡を入れる為に、電話を掛ける。

 オールマイト、想像したより弱体化していたが、お父様の意識を逸らすには十分使えるだろう。

 

「待っててねユリ(・・)……今度は、今度こそは失敗しないよ」

 

 レギオン本人すら忘れてしまったその名前を口にして彼女を呼び出す。

 今からすることは蟲共に餌を上げる事で少々不安な所があるが、一番の脅威であるお父様を対処しなければならない。それは僕も『私』も利害は一致している。

 直ぐに相手は、活発的な明るい声で電話に出た。

 

「オールマイトに招待状を送りたい、やってくれるね?」

 

 ……さて、『私』は今回の回りくどいゲームに可能性を見たいと言っていたが、今更奴らに何を期待しているのだろう。どうせ、何も変わりはしない。自分たちに出来ない事が出来ると言うだけで、レギオンに全てを放り投げて自分たちは正しいことをしたと綺麗な顔で何も知らない顔で毎日を過ごす。………そんな腐った奴らは人間ではない、ただの蟲だ。 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その日、数々のプロヒーローを輩出してきた長い歴史を持つ雄英高校は前例がないほどの大規模の損害を被った。

 午後の授業中に隔離された大型訓練場所で起こったヴィランの襲撃によって、教師生徒も含めて危険に晒され、何人もの生徒が軽くない傷を負い、教師の中には致死状態になるものまで出た後にUSJ消滅事件と呼ばれるものだ。

 

 雄英高校に在中しているプロヒーローと警察関係者も集まっての緊急会議、その内容はセキュリティ強化案、襲ってきたヴィランに対する調査報告を合わせた重要な事案だ。

 

「オールマイトの推測通りなら死柄木弔の思想もある程度、予想できるとして……問題はオール・フォー・オーバーか」

「オールマイトですら相手にならないなんて……信じられません」

 

 重苦しいため息と共に吐き出されたスナイプにセメントスが信じられないと頭を左右に振る。電子機器類はヴィランの“個性”によって使用不可にされている以上、当事者たちの言葉だけが真実の証明になってしまう。集まる視線、腕が折れギプスを付けたオールマイトは目を沈めながら言葉を発する。

 

「事実さ……あの時の私では到底敵う相手じゃない。彼女にとっても私は多少手古摺るモブキャラと言った感じだろう」

 

 過去の事件によって戦闘時間が制限され、やせ細った体と疲れ果てた声は、とてもナンバーワンヒーローと呼ばれる存在とは思えないほどに小さい物だった。オールマイトの証言によってその実力の片鱗を知った教師達も頭を抱える。

 

「そのオール・フォー・オーバーについてだけど、実は情報があるんだ」

 

 この場にいる唯一の警察関係者に教師たちは半目で見た。

 

「……それは真っ先に言うべき情報だ。そうでないということはあまり良くない事なのか?」

 

 ブラドキングの言葉に塚内の表情は青く、その手に持つ書類は力を込めすぎたのか震えて歪む。 

 

「そうだね、国内に情報が無かったから、思い切って海外にいる知り合いに聞いたら血相変えて書類を送ってきて言われたよ―――直ぐにその国から脱出しろ、と」

「話してくれ、そう言われてはいそうですかと逃げる訳にはいかない!俺たちは人民を守るヒーローなのだから」

「……分かった、覚悟を決めて聞いてくれ………コードネーム『魔王』の一片を」

 

 塚内は自身の感情を吐き出すように呼吸をして話し始める。

 その存在が確認できればヒーロー並びに警察、軍も殺害を許可される特別指定ヴィラン。

 出現は十年以上前としてされ、主に海沿いを移動することが知られており、正確な姿と“個性”は一切不明、その原因だが常に周囲に磁場を発生しており写真や動画にも一切残らず、姿を見たと思われる人物は行方不明、或いは殺害されている。

 

「そしてオール・フォー・オーバーという一人によって行方不明或いは殺害された数は―――一万人以上だそうだ」

「い、一万!?」

 

 多くの教師達は、あまりの悍ましい内容に絶句する。

 たった一人で災害級の被害を引き起こし、姿を見た物はいない。

 

「今回の襲撃事件、オールマイトを含め1-A組の生徒たちが唯一彼女の姿を真面に見て生き残ったんだ」

「……ちょっと待て、海沿いを移動すると言って、さっき国内で調べたら分からないって言っていたよな」

「その通り、この国でオール・フォー・オーバーの出現したのは初めてだ」

「これから先、更なる被害が及ぶ可能性があるってことか!」

「数か月前に軍とヒーロー達の共同チームを組みオール・フォー・オーバーの進行ルートを予測して戦闘になったが、数分も持たず全滅したそうだ」

 

 まさに化物を退治するような話だ。

 

「……唯一の対抗手段はオールフォーワンだったのね」

「しかし、彼女のあの怪我は……!」

「思い出しただけで意識がブラックアウトしそうになるんだけど、聞いた話によると怪人の身体をオールフォーワンに移植するって言っていたそうだな」

 

 教師たちの脳裏に過ったのは、四肢と体に仕込まれた火薬が爆破したように生きているとは思えないほどの惨状のオールフォーワンだ。普通の人間なら既に死んでいただろうが、蜈蚣達と生徒達によって命を紡いだ。

 

「オール・フォー・オーバーに迫るためにはオールフォーワンと接触しなけばならないのか」

「そのオールフォーワンも謎だらけ、これは時間がかかりそうだ」

「しかし、こうしている間にも………!」

 

 会議は難航、それもそのはずだ。

 最初から最悪の情報しかないのだから。

 唯一教師達が理解しているのは、今のまま状況が進めば生徒達どころかこの国そのものが危険だと言うこと。

 

「…………色んな意見が飛び交っているところ申し訳ないけど、みんな落ち着かないかい?」

「校長先生……」

 

 人でない身でありながら“個性”を持つ根津校長は手を叩き、不安と恐怖が充満する部屋をリセットするように促す。

 

「セキュリティの強化、生徒の安全の確保がまず最優先事項だ。この会議はあくまで問題点を皆で理解、共有することだ。今すぐに対応できることではなく、被害が拡大する可能性を危惧し直ぐに行動に移らなければ気持ちも分かるけど、今は耐えるときだよ」

 

 諫める優しい声に教師達が、興奮のあまり立ち上がっていた姿勢からゆっくりと席に体を預ける。

 

「あの蜈蚣―――毘天羅と名乗っていたね。彼が僕たちに渡してくれたもう一体の怪人を解析すれば、オール・フォー・オーバーの“個性”についても何かわかるかもしれない」

 

 あの時、毘天羅は見えない何かを操る“個性”を使い瓦礫の山と化したUSJの中から怪人、脳無と呼ばれる存在を掬うように教師達の前に「今のこいつは初期化している状態だ」と放置した後、口から触手のようなものを出して、オールフォーワンと蜈蚣達を回収し空を泳ぐように飛んでいき姿を消した。

 

「……明日は偉い人たちも大勢やってくる。今日はここまでにしよう」

 

 国家機密指定されるであろう毘天羅、病院に運び込まれた教師や生徒たちの身の安全、今も鳴り続いているだろう生徒の関係者からの電話や、未だに外で騒ぎ立てるマスコミ達の対応に頭を抱える。

 

「……校長がそう言うのあれば」

「ありがとう、何度も言うけど今は耐え時だ。色んな悪評が流れると思うけど、こんな時こそ変わらないままの姿で、みんなの不安を大人の僕たちが取り除こうじゃないか」

「「「はい!」」」

 

 こうして、緊急会議はひとまず終わり教師達は各々会議室から出ていく。

 その中で、オールマイト、リカバリーガール――――ミッドナイトが呼び止められた。

 

「すまないね、呼び止めてしまって」

「いえ、しかしどうして私たちだけ?」

「オールマイト先生や根津校長、リカバリーガール先生は長い付き合いがあるとは聞きましたから、私少し場違いな感じがしますけど」

 

 そう言いミッドナイトは居づらそうに言葉を濁すが、根津は腕を組んで何度か悩むように唸るだけで、何もしゃべらない。

 

「何か分かったのなら早く言いなさい、みんな疲れているのよ根津校長」

 

 その態度にリカバリーガールが咎める、それに押されるように覚悟を決め根津はしっかりとした目でミッドナイトを見た。とても嫌な予感がした。

 

 

 

 

「実はね、オールフォーワンの正体が分かったんだ。この学校の生徒だ」

 

 

 

 




ノリって怖い。


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第三十二話:赤い記憶

今年最後の投稿、良いお年を!
よろしければ感想、評価などよろしくお願いします!


 目が覚めると、僕は濃い黒い霧が全てを包むような不思議な世界にいた。

 

「――――――」

 

 思わず声が出そうになるが、声は出ない。

 僕の身体は黒い霧に覆われて、体そのものがない。

 ただ、視界と歩くという機能だけが残っていた。

 

「(いったいここは?)」

 

 夢―――にしては、意識がはっきりとしている。

 周囲を確認してみるが、濃い霧の所為で前がほとんど見えない。唯一分かったことは今僕が立っている場所は凸凹がある荒野らしき大地がある、そして僕のことを見つめてくる視線だけだ。どうして僕がこんな場所にいるのか分からないけど、見つめてくる視線の相手はこの霧の中でもしっかりと見えているようだ。

 

「(……誘われている?)」

 

 その謎の視線に向かって体を進めると移動速度と同じ速さで僕から離れていく。

 試しに僕から離れていくと視線の主は僕に近づていく。

 

「(行くしかないか)」

 

 僕はそれしかないと決めて視線の主に導かれるように黒い霧の中を進んでいく。

 その間に眠る前のことを思い出す。

 

 あの恐ろしいヴィランと対峙したオールフォーワンとオールマイトの激闘の末にUSJは消滅した。僕は妙な焦燥感に襲われ、危ないと分かっていても瓦礫の山と化したUSJの中を走って、命を賭して僕たちを守ろうとしたオールフォーワンのあまりに残酷な姿を目撃した。最初は、もう息を引き取っていると思っていたけど、彼女と共に戦った蜈蚣達によると両手足がなく、臓器も七割ほど吹き飛んでいるが、それでも生命活動を行う最低限の回復が出来ると言うことで、それに必要な血――――O型の血液型を欲した。

 

「(それであれが出てきた)」

 

 空想から出てきた思うほどの超常の存在、山すら巻き付くことができるほどの巨体、“個性”を使って姿を現す蜈蚣の形をした怪物。それは自身を『毘天羅』と名乗り、主人――――オールフォーワンを助けてくれた感謝の言葉と自身の存在の危険性を警告し、その場所から一刻も早い撤退を求めた。

 

 本来なら、自身の存在は徹底的に隠蔽されるものであり、もし知るものが現れた場合は、消滅させよとオールフォーワンに命令されており、本来ならば僕たちも消すつもりだったが、今回の襲撃事件を見ていたオールフォーワンは僕たちの可能性を信じ、未来に必要な人として残すと決めるであろうと、それを育てる先生たちも含め何もしないことを決め、互いに見ていないということを僕たちの代表である校長先生が決めた。

 

『…………い…』

 

 その後、『毘天羅』は蜈蚣とオールフォーワン、怪人を回収して姿を消した後に直ぐに警察や救急隊、他のプロヒーロー達が駆けつけた。

 両足を切り落とされた飯田くん、両目を抉り取られた相澤先生、背中から急所を貫かれた13号先生はオールフォーワンと蜈蚣によって回復、或いは蘇生してもらっていて、他には地面に叩きつけられた切島くん、他にもボロボロ姿のオールマイトや強制的にバラバラにワープされた時にヴィランと対峙して戦闘した結果、体に傷を負って同級生達は大丈夫な様子だが、救急車に乗せられた人もいた。

 

『……め……………い』

 

 僕も、体の至る所に軽度の火傷と足の捻挫程度だったが救急車に乗せられて病院で入念に検査を受けた結果、問題なしとなった。そこから警察の人と簡単な事情聴取後に学校の連絡で母さんが迎えに来てくれて、そのまま帰宅となった。家には百合の姿はなく、母さん曰く「昼休み時間帯に仲良くなった友達とお泊りする」とメッセージを送られて以後、電話に出ないらしい。心配にはなったが、今日のことで疲労が積もった僕は気づくと寝てしまった。

 

 

 そして、今に至ると。

 

「(……それにしても)」

『ご………さ……』

 

 進めば進むほど、何者かの声が聞こえる。

 なんて言っているのか聞き取れないが、同じ言葉を何度も言っているようだ。

 

「(……あれ?)」

 

 ぴちゃ、と足音が変わった。黒い霧の荒野を越えて、僕は赤い空と湖のような場所に来ていた。

 気づくと僕を見つめてくる視線は、まるで消えたように感じない。見渡しが良くなった景色の周辺を探索して分ったことがある。

 

「(………これ、血!?)」

 

 ただの水にしては粘着性があると思い、この夢(仮)の中では腰を下ろすことも腕を動かすことが出来ないため、それが何であったのか分かるまで少し時間か掛かった。

 

『ごめ………さ…い』

 

 血の湖だけじゃない、進んでいくほどわかる土を踏む感覚でなく生々しい硬さ――――人の身体だ!

 ここ一帯を満たす血は全て、人の身体が流れたもので出来ている!

 進めば進むほど、屍の山が周囲に積まれてそこから生々しい血が途切れることなく流れていく!

 

「(な、なんなんだ!!ここは……!!!)」

 

 ここは地獄だ。僕は地獄に来てしまった!

 引き返そうとして初めて気が付いた。この場所に足を踏み入れた時点でまるで見えない壁が僕の一歩後から形成されていくことに!完全に閉じ込められた!!

 

『ごめ…な……い』

 

 何度も聞こえるその言葉に込められる感情がはっきりと伝わってくる。

 絶望、痛み、悲愴、憎悪この世のありとあらゆる負を込めた言葉が僕の身体にうち込められていく。

 

「(………き、君は)」

 

 進むことを強制された僕は、呪いのように何度も呟かれるその言葉の中心地に足を進めていく。

 生々しい赤の世界、屍山の墓場、鮮血のような赤い空の下で僕は見た。

 後ろ姿だったけど、その声は、その背中は忘れようがないオールフォーワンの姿だ。

 

『ごめんなさい』

 

 喉が潰れたような掠れた声で、彼女はひたすらに謝り続けていた。

 贖罪を欲すように。

 

『子供を見捨ててごめんなさい命を粗末にしてごめんさい殺してごめなんない生かしてごめんなさい見捨ててごめんなさい生きていてごめんなさい家族を得てごめんなさい幸せになってごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

 

 悍ましいほどの狂気がこもった呪いの言葉を前に、僕は恐怖した。

 何もできず、後ろに道が無いことを理解しているはずなのに、何度も後ずさりをしていく。逃げたい、ここから早く逃げたい!!ダ、ダレカ、タ、タスケテ……

 

『このままだと不味いのではないのか?』

『二つの異なるワン・フォー・オールが繋がっている異例の出来事だ。こっちは異常であっちは正常だろうがな』

『あっちに吹き飛ばすことぐらい出来るだろう。それよりもこいつをここに呼んだのは誰だ?ご丁寧に逃げ道も封じて』

『歴代のご主人様の内の誰か?それとも………』

『検索はあとだ、ご主人様でも精神汚染を引き起こす程の数百年の蟲毒の間に煮込まれた劇烈の呪詛をこいつが受けていては精神が砕けるぞ』

『『『『……そうだな』』』』

 

 バラバラ、二、ナル、ナ、ナニモ、カモ……。

 

『聞こえるか、ワン・フォー・オール継承者よ。自身の名前を思い出し、自我を保て』

 

 黒く染まっていく意識、まるでこの世界に食べられているような感覚だった。それでも僕は歯を食いしばり、足に力を込め、拳を握りしめ、僕が願望をこの地獄のような世界に響かせた。

 

『………!』

『……なに?』

『彼女を……助けたい!!』

 

 オールフォーワンに笑っていて欲しいと心から思った。

 

『ぷ、ぷはははっは!!!あいつといいワン・フォー・オール継承者は凄いな!!あの救いようのないぐらいに自ら堕ちていくご主人様を!!?助けたい!??これは傑作だな!!!』

『……笑ってやるな』

『そうだぞ、オール・フォー・オーバー様にも失礼だ。あれはどちらも別々の道を見ながら命を賭してでもご主人様を救おうとしているのだから。まぁ、それ以外は悲惨なことになるが』 

『あぁ、すまんすまん、けど気持ちぐらい分かってくれ。ここまで嬉しい気持ちは初めてだ……そうか、凄いな。直ぐに諦めて同じ地獄に堕ちると決めた我等より』

『『『『やめてくれそのセリフは我に効く』』』』

 

 八つの巨大な影、見たことがある。

 たしか、今日も会った……。

 

『いいだろう、お前がご主人様とオール・フォー・オーバー様を救う鍵となりえるか』

『そこに絶対的な力は不要だ。必要なのは闇を溶かすような暖かな曙光』

『しかしお前が知るのは世界を背負う闇、艱難辛苦の険しい道、赤い記憶』

『愚かで愛しいご主人様の選んだ道、全てを救える(壊せる)力をたった一人のために使った代償と罪科』

『―――――傷跡を辿れ、そこに真実がある』

 

 僕を見下ろす八体の『毘天羅』の姿。

 優しく体が浮くような感覚、離れていくオールフォーワンの姿を脳裏に焼き付けながら、僕は――――緑谷出久は誓った。

 

「絶対に――――助けるから、ここから出してみせるから!!」

 

 急激に景色が変わっていく。この手を伸ばして掴んでみせると、巨大な八つの影に宣言して意識が暗転する。

 

 

 最後に見たのは、暗く輝く二つの黄金の瞳をした女性だった。

 

 



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第三十三話:そこは私にとって

 

 

 雷撃が体を貫くような痛みが走った。

 

『……ゴ主人』

 

 心配そうな声で私を取り囲む毘天達の視線を感じる。

 大丈夫、と声が出なくても口を動かした。

 今日は至る所で怨嗟、狂喜の激しい音が戦争の始まりを告げる号砲となり響き渡る。あるものは勝者に対して嫉妬の血涙を流し、あるものは敗者に対して勝者は陰で笑い。誰が先に尚且つ濃い記憶を刻み付けるのか、策略するもの、裏切りもの、地獄の底のような熱意と氷檻より冷たい意志を胸に混沌の日は来たり。

 

 毘天達と協力しながら肉や骨の余計な部分を調整、元の戦える体へ、元の私の姿に戻していく―――――あれ?どうして元の姿に戻す必要があると『私』は判断している。余計な作業だ、これをしなけば既に私は立ち上がれているはずだ、きっと生きているイリスを殺すための体に、緑谷百合としての姿は必要なのか?

 

 そもそも、『私』は帰るつもりなのか。

 あの優しい陽光があたる暖かな家に。

 イリスが既に活動を再開している可能性すらある。

 なのに、あんな家族ごっこに付き合う必要があるのか?

 きっと、母さんも父さんも――――兄さんも悲しむだろう。

 だからどうした、ありふれた家族だ。数億人が住まうこの星の上に生きているたった三人だ。

 イリスを止めなければ、ありふれた多くの人々が危険に晒される、なら今することは分かっている筈だろう?

 

『……ゴ主人』

 

 思考が乱れる中、毘天が態々家から持ってきたのだろう私の携帯電話を持っていた。………暗闇の中、生物的体内の肉が照らされ、映し出される場面には母さんからの何通もの着信記録があった。

 

『イカガナサイマスカ?』

 

 捨ててしまえ――――私の中にいるワン・フォー・オール・アンリミテッド(私達)が答えた。もう緑谷百合()は必要はなく、目的を果たすために溶け合うことを優先するべきだと。そもそもあの時にどうしてイリスを殺そうとしなかった、たとえあの一撃により雄英高校が吹き飛んで多くの死者が出たとしても、イリスを放置しておくことによる被害の方が多くなるのにと、語り掛けてくる。

 

『……百合?聞こえる!?』

 

 母さんの声が聞こえた。毘天が勝手に留守電話を再生させ始めたのだ。

 

『テレビで見たけど凄いことになっているじゃない!学校の先生から電話がきて、今日は集団下校と聞いたけど帰ってみたら貴方まだ帰ってないの!?一体どこにいるの?母さん今から出久を迎えに行かなきゃならないから家にいないけど、寄り道しちゃだめよ!今日具合悪そうだったし、明日は一緒に病院行きましょう?もう有休も取ってたし、お願いだから――――ちゃんと、帰ってきて姿を見せて』

 

 ………………毘天。

 

『ハイ』

 

 あれからどれくらい時間がたった?

 

『12時間ホドデス』

 

 ヒーロー実習が昼過ぎだから、今は外は真っ暗な深夜。……心配させちゃったね。

 さっき、体をくっつけたばかりだから、指一つも動かない、濃密な血の臭いもなんとかして帰らないと。―――待ってくれている人がいるなら。身体を治すために個性制御のために意識を再度集中し始めるとまた私の中にいるワン・フォー・オール・アンリミテッド(私達)が語り掛けてくる。

 

 私達は、数億人の人々をたった一人のために見捨てた。 

 私達が、自身を満たすために行動することは許されない。

 

 非難の声が騒ぎ出して頭痛が激しくなる。

 確かにその通りだ。そう言われると何も言えない。

 事実と分かっていても、理解していたとしても、帰っていい場所を求めてしまう。

 

 

 

 

【もう、私達は人間らしく幸せになる(・・・・・・・・・・)資格なんてないんだよ】

 

 私達の中で諦めの感情込めて、静観するような口調で語り掛けてくる言葉に私は背を向けるように瞳を閉じた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 次の日、起きるとあの赤い夢、のような出来事を思い出す。巨大な蜈蚣の毘天羅のこと、僕の託された個性とオールフォーワンの個性が同じものだということ、あまりに痛々しい背中を救いと思った事。そのどれもが、先ほどあったのように鮮明に脳裏に焼き付いている。ただの夢ではなく、現実で起きたような確信があった。

 

「傷跡を辿れ、そこに真実があるか……」

 

 毘天羅達の言葉を信じるなら、オールフォーワンの個性は僕と同じということになる。オールマイトはこの個性を聖火の如く受け継いできたと言っていた、その言い方だと『ワン・フォー・オール』を受け継ぐことが出来るのは一人しかいない。様々なヒーローを研究してきた僕は個性についても自分なりに考察することが多い、だからこそ『ワン・フォー・オール』のような特殊な個性は存在するかしないかぐらいのレアだ。毘天羅達が言っていた異なる(・・・)『ワン・フォー・オール』というキーワードも気になる。まるで、同じ物でも生まれのルーツが違うような言い方だ。

 

「……僕は『ワン・フォー・オール』について知らない事が多すぎる」

 

 一番知っていそうな人物――――オールマイトに聞こうとしたが思い返せば、昨日のヴィラン襲撃によって決して軽くはない怪我をしていたし、教師という立場上、今は大変忙しい時間の筈だ。とりあえず、時間があれば『ワン・フォー・オール』について詳しく教えてくださいとメールを送り、リビングに行くと鼻孔を刺激する強烈な臭いがした。

 

「あ、出久、起きたの?」

「母さん、何このキッツイ臭い……」

 

 足を進めるとソファに真っ赤な顔でぐったりとしている百合がいた。その表情は険しく、呼吸は荒々しい、額には凄い量の汗が流れていた。

 

「百合!?どうしたの?」

「今日泊まった友達の家から帰る途中に変な人たちに絡まれたそうよ。かなりきつい香水を体に吹き付けていたみたい……全く心配させて、あともう少し遅かったら警察に電話するところよ」

 

 病院に行く前に着替えさせるから少し待ってもらえる?とテキパキと着替えの服を用意するお母さん、兄妹でも異性の下着姿を見るようなことはないので、僕は直ぐに自室に戻った

 

「百合が病気なんて珍しい……」

 

 思い返せば小学、中学と百合が具合を崩したところなんて初めて見た。いつも百合を頼りにしている母さんも初めての百合の不調に看護するやる気が凄く、いつもの三倍速く動いている気がする。時間を見ると学校に遅刻だ、と思ったが母さんが大きな声で今日は休校で自宅待機と言ってきた。

 

「確かに、昨日あんなことが起きればそうなるかな…」

 

 あの巨大な施設であるUSJがまるまる吹き飛んだんだ。携帯でニュースサイトを見ると、どこも僕たちが通う雄英高校でのヴィラン襲撃事件が取り上げられていた。しかも、前回の雄英バリアー崩壊の時から周囲をうろうろしていたフリー記者が、偶然にも雄英高校の塀を飛び越えるオールフォーワンの姿を激写していたのも話題に上がっている。

 

「…………力は不要って言ってたけど、僕にいったい何がいるんだ?」

 

「出久ー!今から百合連れて病院に行くわ!朝食は用意しているから、今日はゆっくりしていなさい!」

 

 母さんの声にはーいと返事をする。とは言っても、多分今日も警察関係者から事情調書を受けることになるから、あっちからの電話を待ってるんだけど。やる気に燃えているお母さんを邪魔しちゃ悪いから、もう少し時間が経ったらメールを送ろうと。

 

「……兄さ、ん」

「百合!?」

 

 今にも消えそうな声でドアが開いて、百合が顔を出した。

 

「今は動いちゃダメだって少しでもゆっくりとして体力を回復しなきゃ」

「き、昨日の事、だい、じょうぶ…?」

 

 ―――――思わず声が詰まった。今の僕より百合の方が大変なのに、それでも僕のことを心配してくれることに驚き、申し訳がないと思った。僕が強かったら、冷静な判断が出来れば飯田君が足を切り落とされるなんて怪我せずに済んだかもしれないし、13号先生も救えたかもしれない。思い返すだけで悔しいことが一杯だ、だけどここで暗い顔をすれば百合の優しさを無駄にしたくなかった。

 

「大丈夫だよ、百合」

 

 だから僕は頑張って笑った。

 

「…………う、ん。良かっ、た」

 

 それを見て、百合も辛そうな顔をしながらも微笑んでくれた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 白い部屋――――と見て思い出したのは、前世で初めてイリスに出会ったあの頃。

 殺風景な部屋、薬の臭い、そこにいた名前すら付けらなかった無垢な少女。

 運命に出会ったと言えば陳腐だが、全てを賭けて守るべき未来の私の身体(・・・・)だとマスターが紹介してくれた。視線が合い、その美しい宝石のような黄金の双眸に魂から魅了された。

 

「…………(少し意識が落ちてた)」

 

 ツバサ病院(・・・・・)の一室、名前を呼ばれた百合は体を引きずる様に動かした。今現在、百合の身体は完全ではない。骨や筋肉、神経を通して体を動かしているものではなく『ブラッドハザード』を使用して、血を動かすことで無理やり体を動かしているのだ。母親の温かな手を握りしめながら、ゆっくりとくっつけた臓器と四肢が外れないように慎重に動いている。

 

「ほう、懐かしい顔じゃな」

「先生お久しぶりです。あの時はお世話になりました」

「いやいや、ワシもあの時はお子様にきつい言葉をかけてしまって申し訳ない」

 

 ()()()()()()()()をした老人の医者が深く息をしながら腰をついた。

 健康な身体であることを個性で作ってきた百合にとって馴染みのない人物ながら、僅かな既知感によって薄っすらと記憶が蘇る。

 

「…あ、あな、た……は」

「久しぶりじゃな百合くん」

 

 確か、出久を無個性を言い放った医者だと思い出し、小さく頭を下げる。

 

「さて、診察に入ろうかの熱は39.5度、見たらわかるほどの倦怠感……どこか痛いところあるかの?」

「……頭が、痛い、で、す」

 

 本当は全身が痛いが、それとなく百合は頭を抑えながら呟く。

 

「ふむ……季節外れのインフルエンザ、という訳でもないなさそうじゃ、何か体の中に入ったウィルスが悪さをしているかもしれないから採血するぞ」

 

 百合は、何故か悪寒を感じて腕を出すことを躊躇う。今の百合の身体は既に半分以上が脳無と言っても差し支えなく、記録している緑谷百合としての身体にほど遠い状態だ。血液を採られて、入念に調べたら――――――

 

「ん?もしかして注射が怖いかの?」

「いえそんなのことは……百合、どうしたの?」

 

 この状況では百合の選択肢は最初から無かった。

 ドクターの言う通り、右袖を捲って差し出した。

 

「………ほほう、実はワシはヘドロ事件のことで百合くんを知っておるんじゃよ」

「そう、なんですか?本当にこの子は誇らしい優しい子なんですよ」

「手術後の傷がどれほど残っているか不安じゃったが、何もなかったように綺麗(・・・・・・・・・・・)なものじゃ若い者はいいの」

 

 ―――――不味い。ちくっと右腕に注射が刺された痛みで、百合の表情は一気に険しくなった。あの腕はもうなく、今の右腕は元の大きさに調整した脳無の腕、改造されたと思われる傷は見られても不穏に思われるように消してしまっている。そう、今の百合の右腕はヘドロのヴィランに捻じ曲げられたは傷跡ない。

 

「おっと、痛かったかの?」

「い、いえ………」

「すまんの……よし、これから検査をするから結果が出たら呼ぶから待ってていなさい」

「ありがとうございます先生」

「……あり、がとう、ございま、す」

 

 刺した後の傷の上に消毒液で浸したコットンを押し付けシールで固定、ソレを更に指で押さえながら百合は不安げな表情を隠しきれない様子で母親と共に病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くくく、耐えるんじゃわし、小学生じゃあるまいし喜びの衝動を抑えるやり方は知っておろう?いや、しかし………オール・フォー・オーバーよ。確か条約はわし等からの接触はダメじゃが、あちらからなら問題はあるまい?脳無の身体を移植しながらも、あの程度で済んでいるということは………この血の中にはわしの想像を絶する神秘が隠されておるわ。楽しみじゃ、ああ早く調べ尽くしたい………!!!」

 

 

 




新年あけましておめでどうございます。これからもこの小説をお楽しみにしていただければ幸いです。(一月末)

さて引子お母さん、手のかからない娘を助けられるとやる気が燃え上がっております。
ただしダイス結果はファンブルです。



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第三十四話:僕が来たよ

「ごめんなさい、ユリのお母さま……ここまで酷くなったのは僕の我儘です」

  

 見知らない人が、お母さんに深々と頭を下げていた。

 私と同じくらい背、小麦色の長い髪と金色の双眸、アイドル番組で出てきそうな可憐な容姿。

 

「……両親の突然の出張で誰もいない家に心配した百合が貴女の家で家事を手伝っていたのね」

 

 実際は違う、あの友達の家に泊まりますという内容のメールはフェイクだ。その友達というのも存在するはずがないのだ。なのに、右手に松葉杖を付けて右半身を引きずる様に歩いていた目の前の少女は、障害のある体を忌々しく見つめる。

 

「はい、具合が悪そうだったけど……お互い別々の学校に進んで、久しぶりの再会で………ごめんなさい!」

 

 ――――始柄紀(しがらき) (れい)と名乗る知らない人。偽りの仮面を被っている誰か。

 その正体は今世間を騒がしているUSJ消滅事件の中心人物である最悪の個性を持つイリスだ。

 

「………そう、分かったわ。とりあえず……家に入る?」

「よろしいでしょうか?私は………」

「百合の友達なんでしょ?……その手に持ってる果物とか薬は百合のために用意したんでしょ?……上がりなさい」

 

 お母さんの言葉に先ほどまで罪悪感の色をしていた表情が向日葵のように明るくなって、おじゃましますと言う弾んだ声に家の中にイリスは足を踏み込んだ。

 

「………あぁ、くそ」

 

 先生が誘拐された事件、その後の雄英高校のメッセージといいバレているとは思っていたが既に家も特定されていたか、玄関に潜んでいる毘天から送られてくる映像に悪態をつく。病院の診査の結果、重い風邪と診察され一息つけたと思ったらこれかと私はベッドの中で最悪だと天を仰ぐ。

 

「――――こんにちは、ユリ。僕だよ」

 

 淑やか彼女の声が聞こえドアを開く音と共に姿を現す。昨日殺し合った者が、個性を使って偽りの姿で。

 部屋に放置されている毘天達はあらゆる場所で人を簡単に殺せるほどの毒を牙に濡らした状態で客人に警戒心をむき出しにする。そんなことしても、勝てるわけないだろうと毘天達の行動にため息交じりに私は彼女と視線を合わせて、彼女の本当の名前(・・・・・)を呟く。

 

「………こんにちは、イリス」

「もう、うまく話を合わせたんだからここでは零と呼んでくれない?ちゃん付けでもいいよ」

 

 コンコンと松葉杖で床を叩きながら、体を引きずる様に歩いて私が横になっているベッドに腰を下ろす。

 胸には赤いリボン、白を基調としたベストの学生服、頭にはベレー帽と言った服装だ。

 

「……………その服」

「あぁ、これ?学生という設定のほうがスムーズだから、聖愛学院という所の制服をいただいたよ」

「……殺して?」

「僕も『私』も枯れ気味の嗜虐衝動はあるけど、そこまで蛮族みたいなことしないよ。買ったんだよ普通に」

 

 困ったように頬を掻いているイリス。昨日のことを思い出したら正直に頷けないが、前世からイリスは両方とも可愛い服を好んで着ることが多かったので納得してしまった。しかし、こいつは人を人と見ていない稀代の殺人者、彼女がこれまで行ってきた悪行は公になるようなことは知っている。大きい案件だと数百人規模のテロリスト集団を一夜で消したことだろう、大人も洗脳途中の子供も含めてだ。日本ではあまり情報が入って来ないが、この世界にイリスが存在する時点で確信している、散歩するような足取りで偶然にも進路にいた人を草木のように踏み潰してきたのだろう。

 

「怪我は大丈夫?」

「明日には普通に動けるようにする予定」

 

 まだ移植した部分が私の身体に馴染んでいない。戦闘行動のような激しい動きのためにはもう少し時間がいるが日常生活範囲の行動なら明日にはどうにかできそうだ。

 

「相変わらず火炎放射器で蝋燭を溶かすような生き方をしてるね。ユリの家族として凄く悲しいよ」

「私たちはこの世界に本来存在しないイレギュラー、私たちの知識と個性は、この世界をあの時代に突き落としてしまうかもしれない」

「超常黎明期のその先――――【人理崩壊期】ね」

 

 前世の私たちの時代、幾つもの悲劇により生じる怒りや憎しみによって人が人としてある倫理観や道徳意識が欠落していき、獣の如く他者を粉砕し、蹂躙し、犯し、殺す。子供も大人も関係なく人殺しの目をして汚染された大地で僅かな食料を巡って殺し合う世紀末時代。

 

「この世界は私達が生きた時代とは根本的に違う。人の善意により持ち直したんだ、ヒーローという星の光によって真面な道に人類は歩むことが出来ている。……イリス、どうしてあんなことをした?」

「あんなこと……ねぇ?雄英襲撃のことなら僕は出るつもりはなかったよ」

 

 イリスの中で『僕』を名乗る者は呆れたように首を振るった。

 

「『私』と違って僕は『オール・フォー・オーバー』の存在を知るものは出来るだけ存在しないようにしたいんだ。雲のように風のように、そこにいない知らないというのは暗躍するとき色々都合がいいからね。もし『オール・フォー・オーバー』の存在が大きく広められた場合、警察もヒーローとやらも威信や栄誉のために勝手にやる気をだしてくる。精神論は時に肉体の限界を超える、芸術的な数式のような計画を歪めるのはいつもそんな心さ」

 

 ―――――二重人格、後天的にイリスはこうなってしまった。人の感情である喜怒哀楽の中で『私』が喜び楽しみに『僕』が怒りと哀しみに分かれた。主人格は『私』だが、あのUSJ所か周囲一帯を根こそぎ刈り取るような大規模な個性運用の反動に今は眠っているのだろう。

 

「故に、今回の襲撃は僕は皆殺しのつもりだった。あんなゲームは必要なく、ただ雄英高校には生徒を誰も守れずしかも敷地内で殺された結果だけあれば良かったのに……はぁ、あんなに遊んでしまえば失敗はするさ」

「やっぱりイリスがあの襲撃事件そのものを企てわけじゃない?」

「僕なら()()()()()()()()()()()()

 

 まぁ、そうだよね。イリスなら雄英高校のあらゆる施設を掌握した上で大混乱を誘発、本校の守りを手薄にさせて、内部に潜ませていたスパイでシステムを一時的にダウンさせて雄英高校を落とす……それくらいするだろうと主戦力は本校に集めていたから態々回収する羽目になった。

 

「なんてイリスが尖兵のようなことを?というより誰がこの襲撃事件を考えたの?ものすごく……雑」

 

 雑兵をいくら用意してもオールマイトに勝てるわけない。あの脳無も凄い完成度だったけど、私にとっては骨董品みたいなものだ。前世ではもっと強い個体を作り出すことが出来た。そもそもどうして一体だけ?やる気あんの?遊びかな?あの程度でオールマイトを殺されたら平和の象徴になるまえに死んでるよ。

 

「―――――素質は、あるんじゃ、ないか、な?」

 

 イリスは蹲って堪えるように呟く。USJでは戦うのと1-A組を守ること相澤先生達を治すことに集中力を割いていたからイリス以外のヴィランの顔を覚える前にあの人間が黒い霧を象っているヴィランによって逃げたな。他のやつらを見殺しにしたということは、あの時に逃げた奴が司令官だったのか?

 

「……話が逸れた。イリスがいまヴィランの組織に与しているんだよね」

「色々と便利だからね、協力関係さ。隙見つけたら容赦なく乗っ取るけど」

「―――――この世界のマスターがいる組織?」

 

 私の質問にイリスは、さてどうだろう?と意味深な笑みを浮かべて買ってきていた果物をナイフを切っていく。右半身が使えないから念力を使っているのだろうか、果物が空中で停止してそこにナイフが綺麗に皮だけを剥いている。

 

「教えてくれないんだ」

「ユリは今でもお父様を慕っている。そして僕も『私』も一度殺したくらいじゃ晴れないぐらいに憎んでいる。……だから、教えない。僕たちはお父様の人形と化したユリの姿がこの世で一番嫌いだ」

 

 『大丈夫――――僕がいる』前世でもう死ぬかもしれない時にマスターはそう言って、ゴミのような姿の私を拾ってくれた。体を洗って綺麗な服を温かな食事を用意してくれた、どれもが夢のような物で、その恩に報いるために私は命を賭けてこの人のために生きると誓った。裏切りマスターと死別したとしても、もしあの人が私を必要としてくれるなら、私達(・・)は全てを捨ててあの人に忠誠を誓うだろう。イリスは、どうしてかマスターを嫌っているけど。

 

「………お父様はユリに酷いことをしたのに?」

「………………え?」

 

 イリスの言葉に私は何を言っているのか分からないように頭を傾げた。イリスはその白い指を私がオールフォーワンの容姿に変わった時に特徴的な顔中の傷をなぞるように動かす。

 

「ユリはあの時、心が砕かれ発狂した。原型が分からなくなるほどに自分の顔を切り裂いた(・・・・・)状態で『私』に会いに行き、『私』の提案でユリは顔を『私』そっくりに作り直したんだよ。僕たちには理解できない辛く痛々しい出来事はその時に全部忘れて、ユリは別人のようになった――――――そして、僕が生まれた」

「え?あ?……??」

 

 意味が分からない。どういうこと?

 マスターが私を引き取ってくれた後、なんとか恩返ししたいと伝えたら『今の君じゃ僕の力になれない』と言われ落ち込んでいるとマスターの部下の医者の誘いで改造手術を受けたような気はするが……えっと……え?

 

「互いに長生きしたし記憶は曖昧になるもの……しかし、あの時の忘れもしない悲哀と憤怒によって僕が生まれた。……何も知らないだろうけどね」

「……一体、なにを………?」

「これ以上は言う必要がないかな。僕はユリを愛している。だから悲しい顔は出来るだけ見たくないし、僕の目的にユリの過去は必要ない………『私』は必要としているみたいだけどね」

 

 はい、どうぞ。と渡された綺麗に切られた果物を口の中に突っ込まれる。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■(胃が破損して流体物しか食べられない)

 

 正確には胃に穴が開いてる状態で下手に胃液を出したら大惨事になる。モガモガと伝わるか分からないけど、イリスは察したように念力で私の中から果物を取り出して、自分の口の中にいれて咀嚼し始めた。

 

「……いや、あの……それ私の唾液で濡れてるんだけど……」

「もしゃもしゃ」

 

 汚いから、捨てて……と言っても聞こえていないように何度も噛み続ける。……まさか。

 

「待って!前世で肉体接触的意味で凄いこと何度もしたけど!!わ」

 

 私の視界がイリスの顔で一杯になる。呼吸すら肌で感じられるほどに、繋がった口の中に注がれる甘酸っぱい流体、あまりに突然のことで体を逸らそうとするが念力で固定されているのか動けない。ただでさえ高熱が出ているのに体の熱が更に増して、目をつぶって早く終わってと切に願った。

 

「…………――――――――ん」

 

 終わったと思ったら今度は蟲同士の交尾のように激しくイリスの舌が私の舌を絡めてきました。くちゃくちゃと下品な音を立てながら、妖艶の赤に染める頬に舌の先から伸びた銀色に光る糸をイリスは落ちないように掬い取る。もしかしたら一分以上もしていたかもしれない呼吸が荒くなって、呂律が回らない。

 

「……まだ欲しい?」

「………かんべんしてください………」

「ん………僕がもっと欲しいから続行」

 

 こたえになってないよ!?い、いや……いやぁぁぁぁぁぁ!!!!  

 

『………助ケル?』

『イヤ、サッキオール・フォー・オーバー様ノ念話デ邪魔シタラ殺スッテキタ』

『ゴ主人様ノアンナ姿、初メテ見タ……ナンダ胸カラ湧キ出ス思イハ!?』

『腹減ッタカ?ゴキブリ食ウカ?』

『ワーイ!食ベルー!ッテイイノ?』

『本気デ嫌ナラ今ノゴ主人デモナントデモナルダロウ。ソレニ……』

『『『『ソレニ……?』』』』

『普通嫌ガル事ヲサセラレルト、ムシロ喜ブ人種モイルミタイダゾ』

『『『『ナルホド!ツマリゴ主人ダナ!!』』』』

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 ふぅ、とりあえず満足した。まるで目の前の御馳走を巡って一クール濃密なバトルを終えてやっと口にできたような達成感と快楽だった。ここにユリ以外の蟲がいなければ音を気にせず(自主規制)まで持っていたが、残念ながらユリのお母さまがいるのでここまでだ。お昼ごろにお邪魔したが、学生という設定故にそろそろ帰らないと不審に思われてしまう。

 

「では、ユリのお母さま、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう。態々来てくれて、その体だと動くのも辛いでしょ」

「大丈夫ですよ。みんな優しいですから」

 

 ――――――ユリは優しすぎる。昨日のあれほどのことをしたのに、前世のように僕を受け入れてくれた。ユリとってヒーローとやらは希望の星、この世界の度し難い生贄達だ。この世界はユリが立て直そうとした夢そのもの、それを傷つけるようなことをしたのにユリに怒り(・・)はなかった。多分、この相手が弔の場合なら容赦は無かっただろうが、僕達だけ違う。憎まない、怒らない、焼き殺すような激情を向けてこない。

 

「……そう」

「では、僕はタクシーを呼んでいるので今日は帰ります」

 

 分からない分からない分からない。なのに、それを当たり前のように受け入れて甘えしまう自身が一番度し難い。個性を使って簡単にユリの身体を調べた、肉体を弄り過ぎてもう長くはない。僕たちを殺すためだけに全てを注いでいる。感情的ではなくあくまでユリは義務として僕たちを殺すつもりだ。

 

「ねぇ、始柄紀(しがらき)ちゃん」

「はい?」

 

 帰ろうとした時に呼び止められた。

 

「これからもあの子の友達でいてあげてね」

「…………………」

 

 友達じゃない僕にとってユリは唯一の家族だ。

 

「あの子、誰とも仲良くできるけど積極的ではないし壁を作っているの。だから、それを越えられた始柄紀(しがらき)ちゃんは百合にとって、とても大事な人だと思うから」

「えぇ、そうですね。僕もユリのこと大事に思ってます」

 

 それはそうだ。ユリは自身の存在をこの世界で決して認めようとしない。生きていけない、と自身に呪いのように刻んでいる。ソレに対して僕も『私』も経緯は違ってもユリに生きてほしい結果は同じだ。

 

「良かった、あの子も出久のようないい出会いがあったみたいで」

 

 僕は個性を使って相手の心理を読むことが出来る。集中力を要するので戦闘中に使うのは難しいが、それでも前世とは違い、いい母親という思考を覗いてみたくなった。

 

 見た物は嘆きだった。泣かず弱っていく子供を呼ぶ声。

 体は健康そのもののはずなのに、まるで死を望むように何も求めず死んでいく我が子に対する嘆き。

 

 『いい出会いが、百回ぐらいあればこの子は変われるかもしれない――――そうだ、この子の名前は百合(ゆり)にしましょう』

 

 

「…………どうしたの始柄紀ちゃん?」

「え?あ、………なんでもないです、はい。さようなら」

 

 偽りの名前を呼ぶ声がしたが僕は振り向かずこの気持ち悪いマンションから出た。タクシーを呼んだと言うのは嘘で、人気のない場所に行けば胤翼を羽ばたかせ姿を消す個性を使いながら帰ろうと思った。二つある『オールフォーワン』の片方と昨日奪った『創造』を交渉によりユリに預けた、何をしようとしているのか大方想像がつくが……。

 

 ふと、道路を歩いていると事情聴取が終わったのだろうユリの兄もパトカーに送られ帰ってきていた。それなりに恐怖を叩き込んでやったが、その瞳には絶望はなかった。

 

 

『『僕』聞いてくれます?私は――――――可能性を見たいですわ』

 

 

 USJ襲撃に対して反対する僕に『私』はそう言い、協力することにした。僕達の世界にはいなかったヒーローという娯楽の中で生まれたご都合主義の存在が現実で現れ、世界を歪める。蟲がいる限り湧き出す無限の悪意を止めることは善意では不可能であり、破滅という無慈悲の理。

 

 

 

「………あぁ、本当にお父様の記憶と経験から生まれたとは思えないほど、僕は出来損ないだ」

 

 




そこに答えはない。


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第三十五話:残痕の影

いつも誤字脱字、ありがとうございました。
何度も見直しているのですが、眼が節穴みたいです。


 USJ消滅事件と呼ばれるようになったあの事件から数日が経った。

 多くのプロヒーロー達が卒業していった雄英高校の誇る施設がヴィラン襲撃により姿形すら残らない甚大な被害。狙われていたようにその場にいた雄英の生徒と教師はヴィランの策略により分散させられ、ヴィランと戦う術を教わる前から実戦を余儀なくされた。

 

 結果は、誰がどう見てもヒーロー側の敗北に終わった。

 

 セキュリティを掌握され、隔離されたUSJの中で暴れるヴィラン達にその場にいた『イレイザーヘッド』、『13号』のプロヒーローは重傷、残された生徒もヴィラン達の手によって分散させられ、その場に待機していた悪の手先達の手によって、少なくない傷を負った者もいた。誰もが、絶望に蝕まれたその時に現れた希望は雄英高校に在籍しているプロヒーローでもない、世間一般的にヴィランと認定されている『オールフォーワン』。いかなる手段を用いて彼らの危機を察知したのか、彼女は雄英バリアーを跳んで乗り越え、それを偶然にも目撃した『オールマイト』と共にUSJに突貫、人質にされていた生徒や教師たちを救いヴィランを見事、撃退した。しかし、ヴィランの実力は並のプロヒーローでは相手にならないほどの次元を超えた存在であり、その恐ろしい力によって襲撃に加わっていた多くのヴィランを殺戮しながら『オールフォーワン』、『オールマイト』を相手にして追い詰めた。

 

 その戦いに何が起きたのか『オールマイト』しか最後まで見ておらず、そして彼はそのことに口を開こうとしなかった。マスコミとの面談に応じるが肝心なことが何も話そうとしない、ならばと土日なら深夜に確実に目撃されたはずの『オールフォーワン』すら姿を見せなかった。

 

 

 あまりの事態の大きさに関わらず毎日のように流れる情報は断片的であり、誰もが求む情報は出てこなかった。故に世間には不安が積もっていく、故に誰もが知ろうとするあの日、何が起きたのか。

 

 

 その答えは、まるで狙いをつけたように、根津校長や雄英関係者による記者会見の後に一本の動画がサイトに投稿された。説明文は白紙、無音(・・)ながら、規制がかかるような残虐な動画故に直ぐに消去されたが、既にダウンロードされた者たちから一気に世間へと広まった。

 

 

 その動画の題名は――――『真実』。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 そこは寂れたラウンジ、日光が入らない遮光カーテンによって店の中は暗く、唯一棚に飾られた大量の酒類(世界中を巡ってイリスが入手してきたもの)が宝石を飾る様に並べられている。黒霧は個性を利用して目の前の魔嬢がお気に入りのグラスにちょうど入る氷塊を用意して、注がれる上質で味わい深いウィスキーを味わうようにピンク色の唇につけた。

 

「………いい腕よ、黒霧」

「感謝の極み」

 

 日ごろから閑古鳥が鳴くような寒い風景に誰もが心酔するような魔的な笑みが咲いた。この国では酒類を飲んでもいい歳になったばかりの死柄木弔という黒霧が仕える人物が目の前にいるが、彼は子供舌なので酒類を好まずそこらで売られるようなジュースを所望する。別に不満があるわけではないが、こうやって黒霧自身もいつ学んだかを思い出せないバーテンダーとしての腕を振るえる相手は好ましいと思った。相手は一万人もの人間を殺すほどの大量殺人者故にあまり心が安らぐことはないが。

 

「………はぁ」

 

 それは彼女も同じで、先ほどから隣で肌を爪で掻きむしる音に嫌悪を吐き出すようにため息を付く。

 

「人が風情を楽しんでいる時に不快な音を立てないで欲しい」

「どうしてオールマイトを殺さなかった?あんな社会の塵、生かしておく理由はないだろうがぁ?」

「僕も数の暴力の前には慎重になるさ」

 

 イリスは面倒くさそうに言い放つ。CIEVEIAND(クリーブランド) SMASH(スマッシュ)の一撃は資料として既に『オール・フォー・ワン』に提出した故に、彼の後継者として教育されている死柄木弔は当然拝見している。

 

「はぁ?お前が?慎重?一体何の言い訳だ」

「今の状態みたら分かるでしょ、右半身不随、戦力半減、命賭けてオールマイトを殺すつもりなんて最初から無かったから」

「お前は俺の手下だろうが…!!」

「それを了承したのは『私』であって僕ではない」

 

 屁理屈だと弔の黒い眼光が更に鋭さを増すが、彼女はそよ風のようにワインを楽しんだ。

 

「レギオンに会ってきたけど、君に対してはかなり辛辣な評価だったよ。雑、だってさ」

「はぁ?………あぁ!?お前あのクソチートの居場所知ってるのかよ!!?」 

「知っているとも、彼女はあまり他者に迷惑を掛けないように嘘をついたけど、今は傷ついた体を治している。今日ぐらいから復帰するんじゃないかな?」

 

 既に彼女の電話番号も直接見ているので、毎日のように電話をしている。困った声でけれど絶対に止めてと言わない優しさで相手をしてくれる。何時か、何時か、望みが叶うことを夢見て。

 

 しかし、桃色の雰囲気を待とう恋する乙女のような様子を面白いくない表情で黒霧はまさか今回の計画は全て、彼女の逢引のために歪められたのではないかと問う。

 

「………オール・フォー・オーバー、まさか今回の襲撃は全て貴女の計画に入っていたのですか?」

「餌は固まっていた方がいいでしょ?」

 

 その言葉と共に発動条件を揃えれば、どんな物質でも崩壊する個性が殺意を露わにして彼女に襲い掛かる。

 

 『個性強制介入』+『惰力増加』+『ブラッドハザード』

 

「―――――治してあげた顎の次は手を砕かれたい?」

 

 弔の凶器となる伸びた手を見ずにイリスの胤翼が握り返す(・・・・)。個性が強制的にスイッチをOFFにされたように弔の脳内で数秒先の描いた未来は実現せずにむしろ、ギリギリと常人ではない力が少しずつ弔の手の形を歪めていく。

 

「オール・フォー・オーバー!!」

 

 直ぐに黒霧が制止を呼びかけるが、イリスは耳を貸さない。

 

「貴方は弱い。力も個性も意志すらも、だからこうなる(・・・・)

「ッッッッ!!」

 

 逃げられないと判断したのか、もう片方の手で襲い掛かろうとするが、行動する前に胤翼によって封じられる。

 

「これでも僕は君を心配しているよ。嘘つき、卑怯者、貴方のような悪い子供は本当に悪い大人の格好の餌食になる。それを防いでいるのはお父様のお陰、貴方が不自由なく生きていられるのはお父様のお陰、好きなことが出来るのはお父様のお陰、考え続けろ死柄木弔――――お前しか出来ない全てを」

 

 畏怖を感じさせる暗い黄金の双眸を前に沸騰していた怒りも憎悪も沈黙していった。ただ、家族のような近い存在に叱りつけられ、ばつが悪い表情で死柄木弔は舌打ちをして、顔を見られないようにフードを深く被り外に出た。

 

「………いいのですか?」

「僕にとって死柄木弔という存在はどうでもいいんだよ。……ただ」

「………ただ?」

「生まれたその瞬間から、選べない個性という理不尽な病魔に侵され、翻弄され続ける蟲達の生き様は悲しくなるほど愚か――――そう思っただけさ」

 

 イリスはそう他人行儀に言い残し、グラスに残ったワインを口の中に流し込み、黒霧に次の注文を頼んだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 私、緑谷百合の身体は激しい戦闘行動しても問題ないまで回復し、学校に再び通うことが出来るようになった。未だにUSJが粉砕された残痕は残っており、校舎の上階から見下ろせば見えてしまう距離。思い出されてしまう戦いの記憶、血と臓物を垂れ流しながらイリスを殺すために全てを焼き尽くす勢いで戦い、生きてしまった今。

 兄さんから聞いた話では、個性を奪われた爆豪さんと百さん以外は全員出席できるようになったみたいで一安心だ。イリスと交渉して一時的に得た『オール・フォー・ワン』を使い個性を返せば、きっと元通りになると信じている。百さんの住所調べるのはちょっと苦労したけど、爆豪さんは一応幼馴染だから嫌でも知っている。

 

「ねぇねぇ、百合ちゃん百合ちゃん!!」

「人の名前、何度も呼ばなくても分かるから……写原さんどうしたの?」

雄英体育祭(・・・・・)どうなるのかな!?」

 

 1-A組は問題はないと思ったら、別の問題が発生しました。それも学園そのものの一大イベントの中止されるかもしれない噂だ。

 

「……難しいと思うよ?」

 

 ヴィランの襲撃が有ったばかりなのもある。しかし、一番の問題はイリスがやらかしました。その内容はUSJ内の電気機器が無効化されているにも関わらず、自身の視点(・・・・・)で兄さんたちを襲う場面、私とオールマイトが駆けつけた後の激闘の記録を――――ネットに流した。しかも、根津校長先生達の謝罪会見が終了した瞬間である。見た物をデータ化する個性でも使ったんだろうね!悪意しかないね!

 

 イリスの残虐な行為、恐怖に震える1-A組のみんな、『オールマイト』と流血に流血を重ねた私のゾンビのような姿、あらゆるメディアで盛り上がっているものだ。世間に与えた劇薬の如き衝撃は凄まじく、あの動画が拡散された次の日には全国の犯罪発生率が2%上昇したと言えば、その影響力は計り知れない。

 

 誰もが信じてやまない平和の象徴を真正面から相手をして常に優勢だった。もし『オールフォーワン』がいなければ殺されてしまった、と多く人が最悪の未来を想像して恐怖した。逆に平和の象徴という存在そのものがヴィラン発生の抑止力となっている絶対的な柱が傷つき弱った、と裏社会の人間たちが見逃すわけもない。あの動画を捏造だ!と叫ぶ声も勿論あるが、焼け石に水、現実に起きたとしてUSJは消滅した証拠、最後の一撃による衝撃と轟音は本校まで届き、私たちの戦う姿を無音の動画ではあってもタイトル通り『真実』だと信じ込む人が圧倒的に多かった。

 

「やっぱり?」

「うん」

 

 その手にトレンドマークと化しているカメラを悲しそうに持ち上げた写原さんには申し訳が無い気持ちが一杯だ。普通はやらないよね、普通は。

  

「……………」

 

 隣の席の心操さんなんて、もう半開きの口から魂でも出てしまいそうな落ち込みようだった。彼も含めてヒーロー科に受験して落ちてしまい滑り止めで普通科に在籍することになったクラスメイトは多い、雄英体育祭での結果次第ではたとえ普通科であっても、ヒーロー科に編入も検討してくることは担任のミッドナイト先生が入学ガイダンスで話していた。――――高校生活は三年、三回はチャンスがあるといえば聞こえはいいかもしれないが、ヒーロー科に編入できたとしても、それは皆よりスロースタート(遅い始まり)を意味する。それが長ければ長いほど、彼らのチャンスは絶望的になる。

 

「マジでこれからどうなるんだよ……」

「……お前も見たのか?」

「オールマイトとオールフォーワンが二人掛かりでボコボコにされるヴィランなんて存在そのものバグみたいなものだろう……」

 

 クラスメイトの悍ましいものを見てしまい震えるような話が聞こえた。イリスあのとき全然本気じゃなかったんだよね。無駄な個性を所持しすぎて体を動かしづらそうにしてたし。私もフェーズⅢがあるけど、毘天の全戦力集めないとなれないという点においては本気を出していたけど、全力は出せなかった。

 

いい気味

「………写原さん?」

「あぁー!オールフォーワン様がどうにかしてくれないかなー!!」

 

 いや、貴方の目の前にいるけど無理です。イリスと共に神になること約束はしたけど途中で潰えた。口には決して出さないけど。

 

「はーい、みんなおはよう!!」

「「「おはようございますミッドナイト先生!!」」」

 

 教室のドアがガラッと開き、いつもと変わらない露出度Maxな服装のミッドナイト先生が入ってくる。それぞれのグループで雑談していたクラスメイト達は自分たちの席へと戻り、学級委員長(不本意ながら)の役目として皆を代表して朝礼をする。ミッドナイト先生は礼から顔を上げた私をじっと見つめ、どうしたのだろうと顔を傾けると慌ててホームルームが開始された。

 

「まずは突然の休校ごめんなさい。今日またみんなと会えて嬉しく思うわ。ヒーロー育成校故の弊害とか今まであるにはあったけれど今回は皆も知っている通り、今までのとは全くの別物だった」

 

 黙ってミッドナイト先生の真剣な言葉にクラスメイトが耳を傾ける。

 

「今色んな不安を抱えていると思う。だけど、大丈夫!今は心無いマスコミに理不尽なことを聞かれることがあっても、悪が栄えた道理無し!私も含めてプロヒーローや警察が今と未来が良い物であるように尽力します」

 

 はっきりと皆の心の巣食う闇を払拭させるような、輝きを感じるような声だ。前世でも、こんな人がもっと多ければ、と何度この世界で思った事か。

 

 

 

 

「そして、昨日職員会議で遂に決まった!雄英体育祭は去年の警備10倍にして開催決定よ!!!」

 

 

 




次回は爆豪と八百万の個性返却の予定。
体育祭、どうしようかな。正直、百合は学校行事のイベントはあまり場を引っかき回さないだろうから、出久メインの話が多くなりそう。

感想がたくさんこれば更新速くなるかも(速くなるとは言わない)


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第三十六話:八百万百の再起

 ここに一人の少女がいる。ヒーローを育成する専門校としてトップに並び立つ雄英高校、ヒーローに憧れるのなら誰もが知り、憧れるスペシャル高等学校。そこに決められた者から更に厳選され難関な試験を合格した八百万(やおよろず) (もも)というエリートが。

 

 容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、欠点らしい欠点が見つからないそんな彼女の目元には、何日も寝ていないと思わせる黒い隈が出来ていた。多くの死傷者を出したUSJ消滅事件の中で、特に重傷だと思われた二人の内の一人なのだ。

 

 あの悪魔が人の仮面を被ったような魔嬢に触れられたあの瞬間から、個性が使えなくなっていた。

 

 彼女の個性の都合上、膨大な量の知識が要求される。日常生活において知らなくとも問題ない多種多様なジャンルの情報を記憶しなければ、八百万百の個性は力を発揮しない。故にヒーローを目指した瞬間から、普通の子供ならば遊んでいる時間などを全て勉学に注ぎ込んだのだ。その努力によって遂に雄英高校に入学し、夢への第一歩を進めた瞬間、今までの人生が、これから歩み続けるはずの道が音もなく崩壊した。彼女は狂乱するように叫び、嘔吐するほどに泣き叫び、目に見える全てが憎たらしくなり気づけば自室は強盗が入ったように悲惨な有様。家族の声から目も瞑り、耳も隠し、絶望に沈んでいく。

 

「――――お嬢さん、これから私と夜の散歩に行きませんか?」

 

 自身の手で破いたカーテンから月の光に濡れる手を握る前までは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 彼女の部屋と姿は、まるで彼女の精神状態を表したものだった。力任せに引き千切られたカーテン、投げ捨てられた椅子、散乱する滅茶苦茶な衣類達。動きやすいように黒いポニーテールで絞められていた髪はボサボサで鋭い印象を受ける目元には隈が出来ていて、凛とした振る舞いの大和撫子風な彼女は、まるで悪霊に憑りつかれた苦しんでいる様子だった。雄英高校ほどではないが高度なセキュリティが充実している豪華な館に侵入して、彼女の状態を見て、個性を返却して元通りになるとは到底思えなかったので、場所を変える事にした。差し出した手を握り返してくれたので、私の方に引き寄せてそのまま抱きかかえて移動した。

 

「このあたりでいいかな。はい、温かい物」

「あ、……ありがとう、ございます。オールフォーワン」

 

 到着したのは町を見下ろすことが出来る、山の中の小さな公園のベンチに二人で座った。寒い深夜に活動していることも多いから懐にそこら辺の自動販売機で買った温かい飲み物を入れている時がある。今日は缶カフェオレだった、それを暗い顔のまま俯いている百さんに渡した。

 

「……………」

「…………もしかして、紅茶派?」

 

 しばしの沈黙、缶カフェオレをじっと見たまま固まっている百さんに聞くと、顔を真っ赤にして唇が弱々しく歪んだ。まさか……

 

「えーーと、開け方、分からないの?」

 

 無言で百さん頷いちゃったよ。初対面した時に感じた上品な立振る舞いにお嬢様だということは察していたけど、まさかここまでとは、配慮が足りなかったか。貸して、と告げて百さんから缶カフェオレを受け取りタブに人差し指を引っ掻けて上げるとスコア部分の金属片が押し込まれてカチッと心地いい音を立てて開口したものを再度、百さんに渡す。

 

「重ねて、ありがとうございますわ。あの怪我は……」

「どういたしまして、怪我は個性で完治させているから心配ご無用だよ」

 

 安心させるために微笑み、拳を作りながら親指だけ立てて見せると百さんも惹かれるように笑みを浮かべたが、その遠い目で重々しく語り始めた。

 

「………私、役立たずでしたわ」

 

 あの時、何もできずヴィランに捕らわれたこと、相澤先生が怪物に痛めつける時に何も出来なかったこと、両親から転校を遠回しに勧められたこと等。

 

「一番辛かったのは……私の個性を奪って、それで誰かを簡単に傷つけるものを創り出したことですわ」

 

 本来なら生物は創れない筈だが、それをあの恐ろしいヴィランは簡単に実行した。長い時間、個性を万全に使える為に努力し続けてきた百さんを嘲笑うかのように、奪った個性で創り出された怪物が相澤先生を傷つけたことによってまるで自身がこの事態に招いたように。

 

「今でも忘れませんわ!あの怪物が相澤先生の目を……!!」

 

 震える百さんに慰めの言葉は思いつかなかった。個性というものは最初からそういうもの(・・・・・・)だ。人をどんな絶望的状況でも奇跡の如く助けてくれる、その逆も当然存在する。個性そのものに善悪は存在せず、使い手次第であらゆる方向に向かう。だから、私が百さんにできる事は選択肢を提示することだ。

 

「貴女は、個性が怖くなった?ヒーローを目指すのが嫌になった?戦うことから逃げたい?」

「そ、れは……」

 

 別にここで終わってもいいんだよ、誰だって生き方を変えることが出来る夢を変える事も出来る。1-A組は善いヒーロー達になれると信じている、けどそれは私の期待でしかない。残された時間の中で、私は兄さんと共に雄英高校を卒業することなんて出来ない。未来に希望を抱いていても、希望の花が咲く頃には私はいない。

 

「これから、世間は良くも悪くも変わる。あのヴィランは平和の象徴程度(・・)を殺せると発信したのだから、あの存在を認めていない人も大勢いるが、私達はこの目で見て体験した」

 

 あの恐怖の魔王の一片をその心身に刻み込まれたはずだ。あの『真実』というタイトルの映像は見た。既に疲労困憊だったのもあるが、あの状態ではオールマイトはイリスと脳無達に打つ手がない。平和の象徴と呼ばれたヒーローが玉砕覚悟で攻撃を繰り出しても、イリスたちに届くことは無かった。

 あれでも、イリスは過剰に個性を持ちすぎて弱体化していた―――――なんて、私が言ってしまえば、本当に存在するだけで抑止力になるオールマイトという絶対的な柱が崩れしまう。私もイリスもこの世界に存在してはいけないバグのような存在、数百年という長い時の中で人類を支配するためにあらゆる手段を用いて、人という枠を超えた怪物なのだから。

 

「これからもあの脅威は人々に恐怖を感じさせ、同業者からは崇められるようになる。今まで暗闇の中で潜んでいたヴィラン達はあの映像でオールマイトが弱体化していると確信して、動き出すかもしれない。未来は不安と恐怖の色が濃くなるかもしれない。でもね、私は――――大丈夫、彼らがいるって胸を張って伝えたい」

「……………彼ら?」

「君達のクラス、1-A組だよ」

 

 あの時の状況を思い出し語る。悪の魔物たちの手から逃げ出して、尚且つ百さんを救う為に作戦まで経てて見事に形勢逆転の一手を打った。あれがなければ、オールマイトが死んでいたか、私が庇って死んでいたか、両方とも死んでいた可能性も大いにある。それを救ったのは、守るべきだと思われた者たちの勇気の逆襲劇だ。

 

「けれど、私は何も出来ませんでしたわ」

「………今の貴女が、事件に起きる前の貴女に会えたらこんなに辛いことが起きるから、ヒーローになるのを止めろ―――って、説得する?」

「……………」

 

 私は、百さんがヒーローになるだけの思いを知らない。彼女ほどの知能であれば、別にヒーロー以外の道も見つけることは出来たはずだ。少し世間知らずな所もあるけど、ヒーローという職業がどれほど危険で大変なのか、知らないままなろうとするとは思えない。人気のない夜の山で静かに私は百さんの答えを待ち続けた。

 

「出来ま、せんわ」

 

 パキパキと渡した缶に震える指の力が込められていき形が変わっていく。話している間、ずっと下を向いたままだった百さんが面を上げた。その瞳には先ほどまでとは違う活力が漲っていた。

 

「ずっとヒーローになる夢を追いかけてきた、それを私自身が否定できるわけありませんわ!」

 

 泥の中で藻掻き苦しむように百さんは叫んだ。

 

「私は生まれた時から立場も、環境も、個性も、恵まれています。けれどそうでない人が沢山この世界に溢れています。異形型個性に対する差別、世代を重ねていくごとに進化し続ける個性、毎日のように報じられるヴィランの悪行の数々、これからの未来、たとえあの赤い翼のヴィランが生まれてなくても私たち今を生きる人間が向き合い続けなければなりませんわ」

 

 そうだとも、そうしなければ(個性)に溺れ、秘められた獣欲を開放した人類が愚かになり、どれほどの嘆きが生まれたのか、最悪の時代を渡った私達はよく知っている。だから私達は驚いているし、妬ましいのだ。私達が生きた世界と、この世界は似た道を辿っていたはずなのに、どうしてこうも違ったのかを。

 

「13号先生の言う通り、個性が使い手次第では怖いものになると理解しました、ヒーローへの憧れを新しく思い出しました、戦いを選ぶ恐ろしさを肌で感じましたわ―――――けれど、私はそれでも諦めきれませんわ」

 

 最後の凛とした言葉は、百さんの魂の言葉だった。個性を持っていて無個性にさせられた。持っていた物を糧に努力し続けてきた大切なものを一瞬で奪われた喪失感は百さんの今までを壊してしまうほどの絶望だった、けれど私と話して百さんは立ちあがってくれた。それが嬉しくて、私は百さんの頭に手を置いて撫でた。

 

「あ、あの……」

「君は、もう大丈夫」

 

 頬を赤らめ困惑する百さんに、過剰に個性を持つことで不安定になっていたイリスの身体を調整することを条件に借りていた『オール・フォー・ワン』を使って『創造』を返して手を離した。……少し残念な顔をされたが、そんなに良かったのかな?

 

「個性を使ってみて」

「え?それはどういう意味で――――」

 

 ぽん、と百さんの手の甲から人形の玩具が創造され、落ちるところを背中から生えている毘天が素早くキャッチして私に渡してくれた。

 

「ありがとう、相棒」

『ドウイタシマテ』

 

 百さんは唖然するように口を開けて、缶カフェオレを落とし、信じられないように自らの掌を見つめ先ほど創造した幾つもの人形の玩具を何個も量産し始めた。それは創造するだけに思考を割いている無差別なもので、止めどなく溢れてくる。毘天達が頑張って回収しているけど、直ぐに私の両手じゃ持てないほどに増加している

 

「そ、そろそろやめよう?」

「あ――――」

 

 焦る私の声に百さん正気を取り戻し、その瞳から大粒の涙を流した。溢れる感情、沸いてくる激情に口元を両手で抑えながら、私の胸に頭を預けた。毘天に両手で持っている人形の玩具を持つようにお願いして、私は嗚咽を零す百さんの背中を大丈夫と囁くように言いながら背中を摩り続けた。

 

「失礼いたしましたわ」

「私程度の胸ならいつでも貸すよ」

 

 充血している真っ赤な双眸に私は創造した(・・・・)ハンカチを差し出す。それを見て、百さんは黒い瞳を大きく開いて驚く。

 

「ごめんね、あのヴィランじゃないけど貴女の個性は便利だからコピーさせてもらったよ」

「………いえ、ごめんなさい、少し驚いただけ―――――」

 

 百さんの言葉が突然止まり、素早く私から離れた。今、初めて百さんはしっかりと私の顔を合わせたのだ。恐らく1-A組の中で一番はっきりとイリスの素顔を見た人物だからだろう。脳裏にはあの凶悪で妖艶の容姿は深く刻まれている、そして前世での私は瞳も髪の色も同じ、顔面には傷だらけでも分かるだろう――――――似ていることを。

 

「……オールフォーワン」

「なにかな?」

「貴方は何者なのですか、その顔は……!」

「あのUSJを滅茶苦茶にしたヴィラン、オール・フォー・オーバーって名乗っているんだけど………私と彼女は血が繋がっているって言ったら驚く?」

 

 その発言に百さんは酷く驚いた。間違いではない、『ワン・フォー・オール・アンリミテッド』を使った代償に破損した部分を戻すために移植した脳無は元々イリスが()()()()()()()。そのおかげで複数の個性を使う際に生じる体への負担が元々の身体と天地の差が出るほどに軽減したことだ。しかし、その所為で緑谷家とは全く異なるDNAになったので、別人と言っても過言ではない。

 

「………姉妹、なのですか」

「そんなところ、だから私はオール・フォー・オーバーを止めなければならない。それが私の責務、生きる理由、不滅の命題だよ」

 

 私が体に力を込めて立ち上がる。そろそろ爆豪さんの家にも行って個性を返さないといかない。ある意味で私は百さんを誘拐したものだ。そろそろ居なくなっていることにも気が付いているかもしれないから私は百さんを家に帰すべきだ。しかし、先程の発言に警戒レベルを上げている百さんをどうやって運ぼうかと考えなければならない。部屋からそのまま連れてきてしまったから、寝間着姿で素足だ。もう春だけど、こんな夜中で家まで行くのは時間かかるから、風邪でも引いたら悪い、素足だから山の中を歩くのは非常に危ない。

 

「………ごめんなさい」

 

 突然、百さんが頭を下げた。私はどういうことだろうと頭を傾げた。  

 

「たとえオール・フォー・オーバーと血縁者だとしても、貴女は私たちを命を賭して守ってくれた。強大な力に溺れることなく、今回だけの話ではなく3年前から貴女はヴィランに震える人のために戦ってくれた。そんな貴女に疑惑を抱いてしまったことに対する謝罪ですわ」

「………姉妹組んで君たちの信頼を勝ち取り、油断させるための八百長試合をした可能性を考えないの?」

「血だらけになりながら、手足を失いながら、私たちを想ってくれた恩人をそうは思えませんわ。それに」

 

 百さんは、頬を赤らめながら自らの頭に触れた。

 

 

 

「貴女の手は、とても温かった」

 

 

 

 ――――――――ソンナハズハナイ。

 ――――――――コノ手ハ穢レテイル。

 ――――――――ドレダケノ人間ヲ殺シテキタカ。

 

「そろそろ貴女を家に帰す。家族が心配しているかもしれないし、私も暇じゃない」

「次は爆豪さんですか?」

「………………………」

 

 先程まで悪霊に憑りつかれて死んでしまいそうな人物とは、到底思えないほど夜の暗闇の中でも分かるほど明るく百さんは笑っている。

 

「時間が勿体無い行くよ」

「分かりましたわ、私のヒーロー」

「……………………」

 

 私、この娘、苦手になりそう。

 

 

 

 その後、ひと悶着あったが無事に百さんを家へと送り届けた。その時に彼女が創造した人形の玩具を一つ貰い(押し付けられた)私は飛び立つ――――爆豪さんの家へと。

 

 




家へと帰った八百万百がまずしたのは非公式のオールフォーワンファンクラブに加入したのでした。終わり。


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第四十話:爆豪勝己の再起

誤字報告いつもありがとうございます。
頭の中では出来ていたのに、なんて思いながら修正させていただいております。何度も見直しているのに……何故だ………。


 深夜に差し掛かる夜の時間、少年は虚ろな目でその動画を見ていた。あまりの凄惨さ故に直ぐに削除された筈の『真実』だ。この動画には幾つかの段階がある、まずは雄英教師が数の暴力に追い詰められていく隙に生徒ともう一人の教師たちを襲う姿、炎の中でのオールフォーワンと撮影者との激しい戦い、逃げる生徒達を守る様に立ち塞がるオールフォーワンとオールマイト、そして決戦といった流れだ。

 

 その中でも特に凄まじいのは、オールフォーワンと撮影者との戦いだろう。広い敷地内のUSJを凄まじい速度で駆け巡り、あらゆる個性で攻撃する撮影者はオールフォーワンを狙いながら、転移させられていた生徒たちも狙っていた。残虐な撮影者の翼から放ったナイフのように尖った血の雨、巨大な火の玉、幾重にも落ちる爆破の流れ星、不可視の空気の大砲、他にも数えきれないほどの災厄をオールフォーワンは相殺し、出来なければ自分の身体を盾にしてでも、雄英の生徒達を守った。生きているのが不自然と思える程の重傷でも、黄金色の目は死なない。

 

 その後の今までの攻撃が遊戯だと思うほどに激しさを増した撮影者の個性が乱発して地形を変えていく姿に絶望する人たちも多い。巨大な炎の魔剣を相殺するべく片手を犠牲し、限界が来てしまい沈黙するオールフォーワン、それをカバーするようにオールマイトが動くが二体の化物に抑え込められ絶体絶命の時、オールフォーワンが再起動する。血を流していない場所なんてないほどの身体からは悍ましい漆黒の紫電を纏い、化物一人のコントロールを奪いオールマイトを助ける。

 

 そして撮影者とオールフォーワンの最後の一撃、赤くなっていく視界からはUSJ内部が嵐のように破壊の渦を巻きながら極限まで圧縮されていく災禍の球体、オールマイトを下がらせ近くの無機物有機物問わず分解、再構築されていく歪んだ右腕を覆う更なる腕が砲台のように大きくなり、オールフォーワンの身体より大きくなっていく。そして撮影者が動いた瞬間、動画は終わる。

 

「……………」

 

 少年――――爆豪勝己は、昔見下ろしてきた幼馴染と同じ無個性にさせられた無力となった両手を見つめる。ぽっかりと伽藍洞の心でパソコンから目を逸らして、暗いベッドに体を引き摺るように動かそうとして止まる。今夜は晴れていたはず、そしてベッドは日の当たる場所に置いているからだ。

 

「こんばんは」

 

 窓越しに体育座りで空に浮かんで気軽に挨拶をするオールフォーワンの姿に爆豪勝己は目を点にする。

 

「眠れないなら、少し付き合ってくれない?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 私は、爆豪勝己という男が嫌いだ。

 自らの個性と才能に溺れて、鼻が伸びている傲慢な男が嫌いだ。

 一応、近所で親同士が知り合いで幼馴染という関係だが、兄さん虐めておいて仲良く、なんて決してできない。

 

 それにだ、無個性という唯一無二の個性を持ってしまい危ない立ち位置にいる兄さんを虐めるから、周囲にも「こいつは虐めてもいい奴」だと共通認識が学校中に広がり、精神的に幼い子供たちが多い小学校時代は特に大変だった。持ち物を兄さん不在時に隠される事は良くあったし、集団で人気のない場所に誘い込もうとした者たちもいた。こんなことになった原因の全てが爆豪さんの所為だとは言わないが、それでも責任の一部くらいは知ってほしくて、爆豪さんに伝えたことはあったが「無個性のあいつが悪い」と返され、兄さんだけじゃなく母さんも馬鹿にするかコイツ!、と問答無用で殴り飛ばして喧嘩が始まったこともあった。

 

 

 ………嫌いだ。本当に嫌いなんだ。

 でも、山の中で密かに個性を猛特訓している姿を毘天達は見ている。

 入試の時にロボットを爆破して破壊した時に欠片が他の受験者が当たらないように気にしてたし、0ポイントの巨大ロボットを他者に巻き込まないように引き付けることもして救助ポイントも含めて入試一位通過したとスーパーで出会った光己さん(爆豪さんの母親)が嬉しそうに教えてくれたし。

 USJ事件のときも無個性にされたのを知って一番最初に死ぬかもしれないと思っていたのに、気絶している赤い髪の人を背負ってボロボロになりながらも逃げ切って見せた。

 

 今までしてきたことを簡単に許せる訳じゃない。……けど、変わろうとしている姿を見て唾をかけるようなことはしない。百合ではなくオールフォーワンとしてだけど、二人で話をしてみたかった。

 

「はい、温かい物」

 

 もう時間が遅すぎることもあって、周囲の地域を理解しているから近所の公園に私たちは腰を下ろした。百さんの時と同じように近くの自動販売機でお茶を買った。よくよく考えたら夜にカフェオレはダメだよね。私は長い時間を移動するからいいけど、これから寝ようとする人が飲んだら寝にくくなってしまう。

 

「テメェが飲め」

「せっかく買ったのに?」

「動きにキレがねぇ、あの化物の臓器や手足を移植したばかりだろうが、とっとと病院行ってこい」

「あははは辛辣……分かるんだ。さっきまで見てたから?」

「覗き魔かよ」

 

 百さんとは違って爆豪さんには苦手意識があるんだよこっちも、しかも見ていたのイリスが撮影していたもので、私まだ見てなかったから思わず、ね。ともかく、そう言われれば好意と受け取って自分で買ってきたお茶に口をつける。因みにお互いに四人くらい余裕で座れるベンチに座っている。互いに端に座っているけど。

 

「どうして俺に会いに来た」

「私は貴方と同じ個性を使える。そして私は個性を譲渡できる個性を持っている」

 

 そう言うと虚ろな目が活力を宿し、私を見てくる爆豪さん。

 

「どういう目的だ。俺に何か要求するつもりか?」

「別に?毘天羅が言ったと思うけど君達に期待しているから、善いヒーローになれると思っているから――――気にしないで、やりたいこと、しただけだから」

「…………お前、あの蜈蚣女に似ているな」

 

 似ているじゃなくて本人だけですけど。昔の私があの時に言ったことを覚えているかなこの人は。

 

「蜈蚣女って、私みたいに背中からデカい蜈蚣生やして好き勝手にする奴いるの?」

「ちげぇよ……お前みたいに命を賭けることに疑問も葛藤もないキチガイ野郎だ。見ていると気持ち悪い、何も求めない癖に勝手に満ちた顔で逃げるように離れていくンだよ――――明日には死ンでいるから無駄だと言っているようにな」

「……………そう」

 

 その言葉に私は何も言えない。それぐらいに爆豪さんは私の心を見透かしているようだった。もしかして、このまま話していれば彼は私の正体に感づいているじゃないかと思うぐらいに頭が回るかもしれない。だから、話を強引に元に戻した。

 

「それで、その蜈蚣女に似た私が持っている個性を君は受け取ってくれる?無個性のままじゃヒーローにはなれないよ」

「…………」

 

 その言葉に苦虫を嚙み潰したような表情になる爆豪さん。君は、知っているはずだ。無個性のままヒーローになるというバカげた話を、君自身が笑い飛ばした妄言の重さを。

 

「あの赤い翼のヴィランは私が命を賭してなんとかするよ。でも、未来に同じような脅威が生まれない保証はない。その時は今生きている君達がなんとかしないといけない。その最前線に立っているのはきっと未来のヒーローなのだから」

 

 今なら無個性という理由で逃げることが出来る。ヴィランの脅威に震える日々かもしれないけど、戦う日々に身を委ねることはもっと過酷だ。君の才能なら、ヒーローにならなくても別の道は幾らでもある。もっと楽に社会に貢献できる人物になって楽に稼ぐことができる。

 

「……どうすれば個性を得る事ができる?」

「選ぶんだ、そっちを」

「俺は今クソナメクジみたいに弱ェ」

「そうだね」

 

 それは純然たる事実だ。あれだけ下に見ていた兄さんを相手にしても、今の爆豪さんでは相手にもならない。良く見積もって多少の時間稼ぎになるかどうかだ。

 

「力が欲しいンだよ。オールマイト、オールフォーワンも超える力が!デクに二度と負けないぐらいに力が!!俺が弱いせいで何も出来ないのは嫌なンだよォ!!!」

 

 ………そういえば忘れていた。右手が焼かれたのは君たちを庇ったからだったね。私が振り向きながら逃げろと叫んだ時、君は唇を噛みしめながら背を向けて走っていた。その相手に今にも死にそうなほど掠れた声で瞳が屈辱の涙で潤みながら爆豪さんは立ち上がって私に頭を下げた。

 

「俺に、もう一度チャンスを、くれ!!!」

「いいよ」

 

 即答した。ここまで言われて何もしない奴ほど心が枯れた私ではない。下げられた頭に触れて、『オール・フォー・ワン』で個性を爆豪さんに返した。感覚で個性が使える事が分かったのか、爆豪さんの手のひらからバチバチの火花が迸る。

 

「そういえばもうすぐで体育祭があるんだって?そこで見せてよ新しい君の決意の証明を」

「見せてやるよ、デクとあの蜈蚣女をぶっ殺して、二位の奴が霞んで見えるほどの完璧な一位を」

 

 そう言って見慣れた凶悪な笑みを浮かべる爆豪さん、百さんと比べて部屋が滅茶苦茶になっていなかったし、精神的に余裕が幾つかあったみたいだ。………あと兄さん頑張れ、私も頑張ろう、うん。

 

「さてと、私はこれからリハビリ(ヴィラン討伐)に行くから」

「連れていけ」

「は?」

「俺を連れていけ」

「なんで???」

「お前の全部、俺の物にするからだ」

 

 嫌、無理だから、何かあったら君たちの両親に申し訳ないから!!!大体君まだ仮免すら持っていないのに個性使った時点で警察にお世話になるよ!!え、お前が運べばいい?大問題だよ!!!君は雄英生徒、私はただのヴィラン!!一緒に居れば誘拐に勘違いされて事件になったら最悪雄英体育祭中止になっちゃうかもしれないんだよ!?黙って言うこと聞け!?あーもう!!強制的に寝てもらう!!!ってうわ、結構素早い!!

 

 

 

 

 

 

 

………つかれた。

 

 

 




八百万とは違って割とあっさり終わった感。
爆豪もイリスの顔は結構見ているので、顔が似ている事には気づいているが百合自身が語らない以上は何も言わない、気軽に相談するタイプじゃないしね。

いよいよ、体育祭が近づいてきました。
はぁーーー………どうしよ(空白のプロット見ながら)


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第四十一話:羨ましい

超短いけど投稿です。
ややこしいですが原作のオール・フォー・ワンは・を付けていますが百合の場合は・を付けていません。

5/17これからの展開を考えて、内容を大幅に変更しました。


「先生、彼女の元々の個性が凡そ分かったぞ」

 

 暗い不気味な部屋で薬臭のする白衣をした老人がその手に携帯機器を持ちながら入室した。そこは様々な医療機器に繋がれた一人の顔が無い男性が、ソファに体を預け、眼前の幾つもあるディスプレイの映像を感じていた(・・・・・)。その内容は全て、彼女が報告書と共に送られていた自身の個性を更に強力にした未知なる存在のオール・フォー・オーバー、自身と同じ名(・・・)を名乗るオールフォーワンとの激闘を収めた動画だった。待ちに待ったと言わんばかりに彼の口元が笑みを作った。

 

「ドクター、思ったより時間がかかったね。それほどに彼女の存在は特異なのかい?」

「……彼女から摂取した僅かな血液だけでも、数十の別々の個性因子が入っておったわい。あれは今製造中のハイエンド脳無が霞むほどの人間を超えた超常の存在じゃな。先生のようなオール・フォー・オーバーのような複数の個性因子に体が適合しているような性質を持っていなければ、とっくの昔に死んでいるわい」

「ふむ……報告書と映像を確認すると僕達のような性質を持っているような感じでないようだけど」

「個性多重使用あとじゃな」

 

 ドクターと呼ばれた老人が手元の携帯機器を操作して、問題の場面を再生する。多数の個性を発動して地形変えるほどの絶大なる力で空気の弾丸を打ち出す一撃を同等の力で相殺するシーンだ。そこからオールフォーワンは数重にも及ぶ個性を長年使い慣れたよ行使した後に血を吐き、オール・フォー・オーバーを相手にしながら、雄英高校の生徒をその体で守って見せた。皮膚が引き裂かれ、肉が抉られ、骨は砕かれながらもその瞳の光は一切霞むことはなく、人並み外れた回復力と精神力で不死身の如く何度も立ち上がる姿は畏怖すら感じさせた。

 

「仮説だが、彼女本来の個性は肉体を弄ることじゃ。変幻自在に体の中身或いは外すら改造することによってあらゆるものに適応する最高級(ハイエンド)の個性。それに個性を使う蜈蚣という前代未聞の存在を従わせることによって無限の可能性を内包しているのが彼女という存在じゃ、そして彼女が使役している蜈蚣の調査も大きく進展したぞ―――………彼女とあの蜈蚣がいれば、先生の怪我を治せるかもしれん」

「………驚くべき情報だ」

 

 憎き怨敵であるオールマイトによって負傷した傷跡は未だにオール・フォー・ワンの身体に深々と刻まれた。ストックしていた“個性”も視覚や嗅覚も失い、全盛期に比べ劣ってしまったこの忌々しい体を治せる可能性を彼女達が秘めていることに思わず舌を巻いた。

 

「伝手でな、オール・フォー・オーバーによって負傷されたヒーロー達には致命傷により一時は心肺停止された者、両足を切断された者や眼球を抉られた者が病院に運ばれた際に検査したカルテを特別に見せてもらったのだ」

「公式では重傷だが命に別状なし、と流れていたね」

「そうじゃ、彼らが病院に搬送された時には既に殺されたヒーローは蘇生された、切断された生徒の両足はくっ付けられていた。両目を失ったと思われたヒーローは視力は僅かに落ちたそうだが他には全く問題がなかったそうじゃ」

「………凄まじい」

 

 陳腐な言葉しか口から出ないほどにオール・フォー・ワンの想像の上を行く能力の持ち主だと考えを改めた。

 

「彼女の個性は他者にも使用可能じゃ、何かしらの条件があるだろう。しかし、それを多数の蜈蚣を媒介にすることでクリアしておる。しかも蜈蚣そのものが恐らく傷を生めるコーティング剤のように体そのものを分解、再構築して切断面を繋げた――――一番蜈蚣によって傷を埋められた両足を切断された生徒の拒絶反応は出てない」

 

 体には外から入ってきた細菌やウィルスに対して殺傷し、排除する防衛機構がある。体の一部、或いは臓器を移植した場合もそれは働き、それを抑える薬などを使って徐々に慣らしていくことが普通だ。オール・フォー・ワンも失った体を移植して治そうとドクターに協力を仰いだが、自身の特殊な個性に適応できる体が見つかることは今の段階で見つかっていない。

 

「彼女の改造する個性は血液型は当然として、もっと深いところまで変える事ができる。対象を解析して、拒絶反応が出ないようにその本人に合わせた細胞を創り出す。それが出来なければ、あの三人は死んでおる」 

 

 それは、つまり他者の身体を解析すれば、蜈蚣を媒介してそれと同じ物を創り出す。失った臓器も、皮膚すらも元通りにすることが出来る。

 

「く、くくくく、はははっは!!!」

「先生!?」

 

 気が狂ったようにオール・フォー・ワンは笑いだした。あの場で本気を出していないオール・フォー・オーバーでも、プロヒーローでは足で蟻を踏み潰す程の実力差がある相手をしながら、三人の重傷者を治癒しながら、大勢の人間を庇いながら、脱出経路を確保、合流したオールマイトに対しても決して油断せずに冷静に戦力として加味して立ち回っている。最後には己の命を賭して放った一撃で見事に巨悪を打ち破った。

 

 あの絶望的な盤面から、彼女は己と使役しているちっぽけな蜈蚣の力で全てを救い、守り抜いたのだ。

 

 ありふれた英雄劇を見ているようだった。

 確かな実力と義務を胸に何処までも行く。

 誰もが絶対的な善の存在と称える偉業。

 

 なのに、オール・フォー・ワンが個性を通して見るオールフォーワンの姿はそういうことをやることを教え込めれた一種の洗脳を受けた愚者に見えたのだ。

 

 まるで、狂った二人の脚本家によって綴られた狂気と愛の独唱曲(アリア)の舞台で壊れても、砕けても、踊り続けられる主役のあまりに哀れな喜劇を。 

 

 

「あぁ、突然笑いだして悪いねドクター。少し面白いことを思いついた」

「突然のことでびっくりしたぞ。しかし、彼女をどうする?ワシとしてはあらゆる手を使って手に入れたい検体じゃ、そのためにはオール・フォー・オーバーをなんとかしないといけないが奴め、いつの間にか彼女と同じマンションに住み始めているようじゃ、手を出した瞬間あちらはこちらを潰しにくるぞ」

「……あぁ、今は放置していいよ」

 

 その発言にドクターは困惑した。興味が尽きない様子のままオール・フォー・ワンは現状維持を決めたのだ。己の傷を治せる可能性があるものをそのままにしておく判断したことに理解が出来ない。

 

「先生、その理由は?」

「彼女―――………緑谷百合は遠くない未来で自己破滅する。しかし、そのタイミングはオール・フォー・オーバーを監視していたら分かることだ。彼女の二つの人格の中の『僕』と名乗る者なら、簡単な条件で僕の傷を治してオール・フォー・オーバーも僕達の善き隣人になってくれるさ」

「あれだけの力を持ちながら、自己破滅の道を選ぶ?うむ……ワシには到底理解できない、先生は彼女が欲しくないのか?もし彼女を脳無に改造できればこの世を支配出来るかもしれぬのに」

「欲しいさ、しかし一番楽な方法があるなら、そちらを選ぶさ。それにオール・フォー・オーバーの存在は弔にいい影響を受けるよ。今は放置しておくのがいいさ、僕たちが何もしなくても、二人のオール・フォー・オーバーは仲が悪いからね。あれは時間が経つに連れて勝手に傷つけあって消耗していく」

 

 ドクターを下がらせオール・フォー・ワンは一人思考の海を泳いでいた。もし、一つの身体に二つの人格を持つオール・フォー・オーバーが互いに手を組めば一切手を出せないだろう。しかし、互いに見ている未来が違う上に彼女達はどちらかの足を引っ張り合いをして、実力者は凄まじく頭も回るが、あの妖艶な表情の裏では常に余裕がない状態のままだ。静かにその瞬間を狙えば―――………。

 

「問題は緑谷百合がオール・フォー・オーバー以外の人物に影響を受けて本質が変わるか、という点だが。あれほどの深い歪みを変えられる者が果たしているかどうか、だね。まぁ、あのオールマイトは決して彼女を救えは出来ないだろうけど」

 

 もし、彼女を変える事が出来るなら、それはきっと、緑谷百合の深淵に身を落としてながらも這い上がり、全てを受け入れる事が出来たものだけだ。

 

 




原作読んでオール・フォー・ワンって絶対弟のこと大好きなんだろうなと思った。はっきりとは分からないけど弟さん監禁されて兄か兄の部下に色々お世話してもらっていたと思うこの頃。


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第四十二話:しっかり準備をしよう

あれは数週間前でしょうか、熱が上がったり下がったりを繰り返し世界を騒がせているコロナかと何度も病院に行き、結局コロナでは無かったですが肝臓が悪くて入院しておりました。更新お待たせしました


 あのUSJ消滅事件から世間の流れが変わった。

 平和の象徴と呼ばれたオールマイトは長年のヒーロー活動により弱体化していると噂が流れた。存在するだけでヴィランの抑止力になるというブランドは深い傷跡が刻まれた。元より教師になったことでヒーロー活動が大きく制限になったことも影響されているだろう。

 

 ………オールマイトだけが素晴らしいヒーローという訳ではない。それ以外にも素晴らしい信念を抱いているヒーロー達は今日も平和のために、誰かのために戦っている。ただ、オールマイトが実力もカリスマ性も存在感も、他のヒーローと次元が違う存在で彼という柱に社会そのものが依存してしまった結果だと思っている。しかも、本気でオールマイトを超えようとするものは少ない、知ってる中でも爆豪さんとエンデヴァーくらいだ。

 

「………僕、頑張るよ。今よりもっと」

 

 数日前では考えられないオールマイトという存在について懐疑的な意見を述べる内容のニュースを見た兄さんは思い詰めた表情を崩しながら笑みを作っていた。それが痛々しいものだが、私は黙って胸の奥に押し込んだ。オールマイトの大大大ファンにとって、そしてヒーローを志した原点がオールマイトにある兄さんにとってこれ以上に辛いことはないだろう。……無論、それだけではないことは分かっている。

 

「………そっか」

 

 しかし、私は深く問い詰めることはなかった。

 ヒーローになることを決意したのは兄さんだ。

 ヒーローになることを選んだのは兄さん自身だ。

 

 どんなピンチも、痛みも、それを飲み込みながらも歩み続ける強い精神が必要だ。家族として、もし兄さんが未来に不安を抱いて相談してきたのならその時は出来る限りのことはする。しかし、兄さんが踏み出してこない限りは私は何もしない。私がいなくなった時に私のことを引き摺ったままの弱い者になってはいけない。

 

「ねぇ、百合」

「どうしたの?」

「今から組手、お願いしていい?」

 

 今は体を動かし嫌な気分を汗と一緒に流したいのだろうか。

 晩御飯が食べ終わり、時刻はもう夜の8時だ。お母さんは今はお風呂に入っているので家から出る事は容易だ。風邪と偽った体の調子も既に問題ないレベルに戻ったので喜んで付き合える。

 

「いいよ。お母さんに見つかった止めるから、こっそりとね」

「ありがとう、百合………ご」

 

 言い終わる前に人差し指で兄さんの下唇を突いて微笑んだ。

 

Plus ultra(プルス ウルトラ)!でしょ?……準備するよ」

 

 兄さん達と同じ場所にいられる時間は少ないけど、今はまだ大丈夫。

 私は、雄英学校を卒業するまで身が持たない(・・・・・・・・・・・・)けど、今できる事は精一杯やるよ。部屋に戻って直ぐに動きやすい服装に着替えて、兄さんより一足早くマンションから出た。

 

「………今日は早いね」

 

 夜の冷たい風より冷たい声が耳に届く。最近私達が住んでいるマンションと同じ階に引っ越してきてという始柄紀(しがらき) (れい)―――――イリスが夜空より深い昏い長髪を抑えながら立っていた。もう普通に歩くことが出来るが、半身不随という設定なので松葉杖を持ったままだ。

 

「貴女の所為でこれからヴィランは活発になるよ。その者たちを集めて組織を大きくする計画?」

「……お見通しか。そして君は社会に認められるヒーローになっていく」

「この血だらけの手でヒーローなんて、今ヒーローとして活動している人達を冒涜する行為だよ」

「君の主張なんて社会は気にも留めない。オールマイトという古い物から新しい別のものを探し出す。まずは分かりやすくオールマイトが敵わなかったヴィランを撃退した君という強き存在を」

 

 …………この頃、私――――オールフォーワンの見方が世間で変わった。少し前までは、凄まじい力を持ちながらあらゆることが不明であることから不審な目で見られる事が多かったが、この頃は私が現れただけでその場に居るヒーローを無視した喝采が起きたり、サインとか写真とか強請られることが多くなった。写原さん曰くあの事件以後オールフォーワンのファンクラブ(非公式)の入会者が爆上がりで、ファンクラブが独自に作り出した私のフィギュアが高額で取引されていると知った時は……死にたくなった。

 

「………そういえば気にしないね。僕が君の正体とか住所を知っていたこと」

「先生を拉致するようにヴィランを雇ったのはイリス……貴女でしょ?そして手下か貴女が遠い場所で追跡でもしたでしょ。映像越しでも、イリスなら見られただけで私の正体は看破できるだろうし、後は保険のためにあんなゴロツキを用意して確実性を得たと」

「ふふ、そうだね。あぁ――――これだけは安心していい、僕も『私』もユリの家族にはこちらからは手を出さないよ」

「………既に兄さんに襲ったのにそれを信じろと?」

 

 出来るなら今ここでイリスを殺しにいきたい。しかし、USJという隔離された空間なので被害は最小限に留める事ができたが、ここは人口密集地帯で、もし私達が戦闘をした場合、大規模の自然災害を局地的に起こしたような惨状になる。簡単に計算しても、まず周囲の地図は作り替えないといけなくなる。そして救える命は今度は両手で数えれる程度、毘天羅を呼んだ場合はこの県が無くなる。

 あちらも目的のために今は死ぬつもりはないから下手に私を刺激することは抑えたいはずだ。私も家族を人質に取られているような状況故に動けない。私の中にいるO(ワン・)F(フォー・)A(オール・)O(アンリミテッド)は殺意を燃え滾らせ、頭が痛くなるほどに殺人を求めてくる私達を歯を噛みしめて抑え込む。

 

「手加減したさ。酷くてもヒーローなんて報われない存在になれない体にする程度……ユリも別にあれがヒーローとやらになることを心の底から賛成しているわけじゃないだろう?名声や収入という甘い言葉に隠された危険性をよく理解しているだろう?」

「…………」

 

 痛いところをついてきた。私は兄さんには必ずヒーローになってほしい訳ではない。これからの時代は決して安定しているとは言えない。超常黎明期と同じような状況を作り出して社会のリセットを図り支配者になろうとする組織が闇の中に潜んでいる可能性もある。今のままだとその混沌の中に真っ先に兄さんが駆けつけてしまうことを考えてしまった。ヒーローという仕事は家族としても誇りに思う、だけど、だけど…………。

 

「百合?……と、貴女は?」

 

 頭痛の種である兄さんが動きやすい服装で外に出てきた。目を白黒してイリスを見つめる。 

 

「こんばんは、ユリのおにーさん。今日はいい夜ですね」

「あ、こ、こんばんは。始柄紀、さん?」

 

 コミュニケーション力にちょっと難がある(特に女性)兄さんだけど、真面目で夢に向かって只管、努力できる才能がある。別にヒーローにならなくても、もっと安定できる生き方は沢山ある。

 

「はい、最近引っ越してきた始柄紀です。貴方の妹にはいつもお世話になっています」

「あ、あ、はい。百合は僕もいつもお世話になっています。ほんと何でも自慢の妹なんですけど、ちょっと厭世的な暗いと「兄 さ ん ?」ど、どうしたの?あ、体を引き摺らないで!」

 

 突然何を言おうとしているんだ。と私は、兄さんの手を掴んで無理やりその場から離れる。

 振り向くとイリスは舐めるような熱意の込めた双眸を輝かせ、口元は妖艶に微笑みながら手を振ってその口はモゴモゴと動いており、声なき声は

 

『イツモ見テイル。イツモ聞イテイル。永遠ニ愛シテイル―――――』

 

 そう語っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 人は生まれながらに平等じゃない。それと同じようにどんなに積み重ねた素晴らしい功績も一つの失態で崩れ落ちて始めてしまう。勿論、これぐらいのことオールマイトなら気にもせずにあの輝く笑顔で大丈夫!と言って、きっと世間の疑惑の視線なんて簡単に取っ払ってくれる。

 

『―――――緑谷少年、突然の電話すまないね。実は明日の放課後の時間をくれないかい?二人だけで話したいんだ』

 

 昨日、百合にお願いして夜中に夢中で組み手をした後、帰ると母さんのお説教を二人で受けた後に気づいたオールマイトが残した留守電話を聞いて、僕は慌ててオールマイトに電話をしようともしたが既に時刻は深夜帯だったのもあって逆に迷惑になると思い電話することを止めた。

 

 ――――次の日、朝から雄英学校の校門前に集まったマスコミ達をなんとか掻い潜り、教室に入ると一番最初に目が合ったのはUSJ消滅事件で最も重傷な一人として数えられていた飯田くんだ。もうすぐで開催される体育祭に出られるか不安だったけど、先生から問題ないと診断されたと嬉しそうに語っていたことは記憶に新しい。

 

「おはよう!緑谷くん!!」

「おはよう飯田君。足は大丈夫?」

「病院のお医者さんも仰天していたが、いくら走っても違和感も痛みもない、傷跡は残ってしまっているが、気にするほどでもないさ………心配かけたね」

 

 飯田君の思い出すような遠い目に、僕もあの時の恐ろしい現場が脳裏に蘇る。初めて、人が斬られるところを見てしまった。溢れ出す流血、痛みによる慟哭、体から切り離された両足が目の前で吊るされていた日常では決して見ることは無い惨状を。

 

「色々、考えたよ。………俺はオールフォーワンを危険な存在だと思っている。あれほどの力を公的に認められないまま無作為に使うのは間違いなくヴィランと呼ばれるものだ。だからこそ、謎なんだ。どうしてあれほど立派な正義感と高潔な心を持っているのに、ヒーローとしての道を選ばないのか」

「この前、インタビュー動画を見返したけどある人物を殺す……なんて言ってたし、それが要因やない?」

 

 僕と飯田の間に突然声が掛かる。この学校を通い、積極的に声をかけてくれる初めての異性の友人の麗日さんだ。

 

「飯田君はあの時気絶してたけど、あの赤い翼のヴィランとオールフォーワンの間にただならぬ雰囲気を感じたんよ。もしかしたら、因縁の敵同士かもしれん」

「そうだったのか?」

「うん、普通な感じではなかったよ」

 

 ずっとあのヴィランはオールフォーワンを見ていた。あの場で最も脅威になるオールマイトが現れても眼中になかった。悪いと思いながらも探し出した無修正版の『真実』の動画を見るとそれが良く分かった。オールマイトの対策をしていたのもあるかもしれないけど、相対してから一度たりとも視界からオールフォーワンを外していなかった。

 

「……話してみたいな。オールフォーワンと」

「私達のこと期待しているみたいやし、もしかしたらどこかで見ているかも」

「いや、もしかしたらこの学校にいるかもしれないよ」

 

 突然会話に介入してきたのは、あまり話したことがない青山くんだった。

 あまりの唐突な登場に僕達は、顔を合わせて止まってしまうがそんな様子を気にも留めず嬉しいことがあったように弾んだ声で、一方的なトークが始まった。

 

「あの事件の前にヴィランが雄英バリアーが崩壊された後に残された落書き!あれが宣戦布告だったことは知っているよね!」

「あー……でも、あれってオールフォーワン自身が否定したって報道されていたけど」

「アレはマンソンジュ()さ!彼女は体を改造する個性を持っているんだ、体も声も、僕達がみた彼女と本当の姿は違うものだと思っているよ」

「オールフォーワンの個性は、体を改造する個性なのか?」

 

 飯田君の質問に青山くんは、今日調べたであろう情報を見せてくれた。(青山くんの携帯電話は豪華な色だった) 

 元々オールフォーワンと対峙したヴィランはいつの間にか個性をコピーされていたと多くの情報が流れていた。そしてUSJ消滅事件後に出現した時に新たに確認された時に青山くんの『ネビルレーザー』と轟くんの『半冷半熱』を使用していた。本来『ネビルレーザー』は腹部でしか放つことが出来ないが、体を改造する類の個性によって蜈蚣の口から放出するものへと変化していて、武器を持ったヴィランの武器をレーザーで素早く打ち抜き無力化していたと記事に書かれていた。

 

「僕たちは彼女にサン()を送った。その結果、彼女は僕たちの個性を使い、更に僕には一生解決できないネビルレーザーの放出口を操作することさえ可能にした!これはすさまじい事さ!!もしかしたら僕の個性が広まって誰よりも僕がプロヒーローになってしまうかもね!!!」

 

 あ、だからテンションが上がりっぱなしだったのか。

 

「なるほど、オールフォーワンは個性をコピーすることにも加えて体の一部を改造することで、個性そのものデメリット緩和することが出来るのか……改めて敵でなくてよかったよ」

「……見て見て!ただでさえチートな轟くんの個性も使ってる写真ある」

 

 麗日さんが見つけたのは轟くんの『半冷半熱』も使用した写真だった。元より氷と炎を使うというチート性能の個性だが、オールフォーワンはその先を行った。炎を高圧縮することで、まるでレーザーのように放つエンデヴァーの必殺の赫灼熱拳シリーズと全く同じ技(・・・・・)に加えて、同じように冷気を超圧縮した技でヴィランのあらゆる攻撃を触れずに塵にしたと目撃者による恐ろしいコメントが残されていた。

 

「……………」

 

 その時は分からなかったけど、峰田くん曰く轟くんがこちらを絶対零度の目線をしながら無表情で見たとか。

 

「おいお前等、席につけ」

 

 両腕が粉砕骨折によりギプスを巻いている相澤先生が来たところで僕たちは熱中していた会話を止めて、席に急いでついた。

 1-A組は今日も全員出席できていた。一時は個性が奪われていたかっちゃんと八百万さんが退学するか別の科に編入するかもと僕たちの間で不安が過ったが、直ぐにオールフォーワンによって個性を譲渡されたとか、そんな個性を所持しているのかとオールフォーワンのファンクラブに加入したと嬉しそうに八百万さんが語ってくれた。

 

「朝のホームルームを前に……分かっていると思うが、週末に雄英体育際が開催予定している。正直なところ、俺は反対だったんだが、そこは策があると校長に説得された」

 

 如何にも気分が悪いオーラ全開で相澤先生が藁人形に釘を押し付けような冷たい声で言葉を続ける。

 

「今、ヒーローという立場は危機にある。誰もが頼りっぱなしだった無敵のヒーローをぶっ飛ばすような史上最悪のヴィランの出現と同時に悪趣味な動画が垂れ流れ、社会は不安定な状態だ。だからこそ、今はヒーローが、お前達が歪むことないようにしないといけない。………まぁ、いつの間にか今を時めくオールフォーワンが期待しているのがお前達だ。失望されるような無様な結果を残すなよ。以上だ」

 

 ――――Plus ultra(プルス ウルトラ)。きっとみんな心の中で呟いた。

 二度と忘れられないほどに情熱と狂乱を呼ぶ僕たちの雄英体育祭が、もうすぐ始まろうとしている。




※百合は刀語の鑢七実の能力『見稽古』に似たことが出来る。

次回からは遂に体育祭編です。
一応プロットは出来たけど……これ通りに書けるかな(遠い目)


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第四十三話:その瞳の奥に

 放課後、何時もなら仲のいい飯田君や麗日さんとヒーロー科で受けた授業内容と雑談とを交えながら帰ることが多いが、今日は違った。重い事態を抱えていることが窺えるほどに深刻な表情をしたオールマイトが放課後に仮眠室に来てくれと言ってきたのだ。

 

 その内容がオールマイトから託された『ワン・フォー・オール』と同じような名前で、同じような個性を持つオールフォーワンに関わる内容になると確信していたので、百合にも今日は遅くなるかもしれないと伝えてた。

 

 そして、僕はオールマイトの言ったとおりに一人で仮眠室の扉の前でノックする。

 

「ヒーロー科1-A組、緑谷出久です」

『入ってくれ』

 

 中にいるオールマイトの了承の声に部屋へと僕は入った。中は僕の部屋の倍はある広い空間、新品同然に綺麗で清潔な部屋の中でソファに前かがみの姿勢で腕を組んでいるトゥルーフォームのオールマイトだ。皮膚と骨しかないような体でも、平和の象徴としての意志の強く輝く双眸は一切の穢れはない。ただ、今日はどこか疲れているような印象を受けた。

 

「掛けたまえ」

「失礼します」

 

 いつもと雰囲気が違うことに息を呑みながら、僕は質素なテーブルの向こうに用意された席へと座りオールマイトと対面になる。

 

「USJの件、私の不甲斐なさの所為で、怖い思いをさせてすまかった」

「そんな…オールマイトが謝ることでは」

 

 むしろ、あの黒い霧が人型になっているヴィランによって分散され、恐ろしいゲームが強制的にスタートされてすぐにオールマイトとオールフォーワンが駆けつけてくれた。二人の助けがなければ、僕たちは全滅していたかもしれない、もし生き残っていたとしても二度とヒーローを夢見ることがないような心に深い傷を負うことになっていた。命を賭して僕たちを守ってくれた二人には僕もみんなも深く感謝している。

 

「あの、話って」

「………色々だ。すまない話は長くなる」

「大丈夫です。家族には遅くなると言ってますから」

「緑谷少女に、かい?」

 

 はいと頷くと瞳を閉じて、しばらくして決意を固めた瞳が開かれた。

 

「君にも色々と聞きたい内容があると思うが、まずは前提として聞いてくれ―――――ワン・フォー・オールという個性の原点(オリジン)を」

 

 それはまだ個性が個性と呼ばれず、人類に突如として超常現象を起こせる病気が流行し、世界のバランスが崩れ、混沌に満ちていた百年以上前の『超常黎明期』の話から始まった。それまでの社会情勢では対応できない急激な人類への変化によって、法は意味を失い、文明が足を止めた荒廃の時代に一早く人々をまとめ上げた人物がいた。

 

 彼は自身の個性で、個性を奪い(・・・・・)圧倒的な力を蓄え、個性を与える(・・・・・)ことで他者を信頼あるいは屈服させていった。個性を与えられた人の中にはその負荷に耐え切れず糸が切れた木偶人形のようになったものも多く、その話を聞くとオール・フォー・オーバーが動画内で従えていた怪人(脳無と呼ぶとのこと)が思い浮かんだ。因みに与えられた個性と元から持っていた個性が混ざり合うケースもあったそうだ。

 

 彼には無個性の弟がいた。体も小さくひ弱だったが、正義感の強い男性だったらしく兄の所業に心を痛め抗い続ける男だった。そんな弟に兄は“力をストックする”という個性を無理やり与えた。なぜ、そんなことをしたのか、それを知るものは最早本人しか知るものはいないだろう。

 

 しかし、その行為がワン・フォー・オールという個性の始まりだった。

 

 それはきっと弟も兄も、誰もが気付きようのない“個性を与える”だけという意味のない個性が“力をストックする”個性と混ざり合った。これがワン・フォー・オールのオリジン。

 

 

「皮肉な話さ、正義はいつも悪より生まれ出ずる」

 

 それが一つの区切りであったようにオールマイトは愚痴をこぼした。 

 

「あの、その内容は……」

「あぁ、破綻している」

 

 ワン・フォー・オールは言わば一子相伝の個性。与えたいという意志がなければ渡されず、逆に無理やり渡すことができるその性質上―――――二つ同じものがあることはありえない。

 

「だが、私も君もあのオールフォーワンの蜈蚣達の言葉を聞いたはずだ。ワン・フォー・オール・アンリミテッドという個性の名を」

「悪いと思いながら、あの動画を見ました。調整に失敗して体を壊したときと同じような傷の付き方でした。まさかとは思っていましたが……一番近くで見たオールマイトからしても、あれはワン・フォー・オールだったんですか?」

「あれは確かに私が授けられ、私が君に授けたワン・フォー・オールで間違いないよ。しかし……」

 

 重々しく信じられない現実に動揺を隠せないように口が開かれる。 

 

「込められたものが違う。あの本質にあるのは―――……蛆が泳ぐほどに腐った血の臭いと汚毒が蔓延するように周囲を侵食する意思だ」

 

 この人の教え子として短くない時間を共にした。その中で、ワン・フォー・オールという救いを求める声と義勇の心が紡いできた力の結晶という神聖を汚されたものを憤慨するように、それを扱う者のあまりの過酷さを嘆くような複雑な表情を浮かべた。

 

「机上の空論ですけど過去に一つの個性を二つにするような個性によって分裂された可能性は…?」

「ない、とは言い切れない。しかし、そうなるとその片割れはどうしてこの時代まで何もしてこなかったという話になる。あれほどの力を発揮できるために数十、いや数百回以上の譲渡が必要になるかもしれない。そもそも、彼女は君の――――」

 

 何かを言いかけて、オールマイトは慌てて口を閉じた。

 

「どうしたんですか?何か思いつきました?」

「………なんでもないよ。ほかにも重要な問題はあるんだ」

 

 それは僕たちを恐怖と絶望を深淵に叩き込んだ史上最悪最凶のヴィランのことだ。かっちゃんと八百万さんの個性を奪い、脳無を個性で生み出し、オールマイトを相手にしても一切の怯みもなく、むしろ必殺の攻撃を簡単に弾き返し、二体の脳無を操り絶体絶命のピンチに追い込んだオール・フォー・オーバーの存在だ。

 

「あれは私の代で倒したオール・フォー・ワンの実子の可能性が非常に高い。そして彼女の言動から先ほど倒したと言ったオール・フォー・ワンが実は生き延びていることが判明してしまった」

「………それは」

 

 映像越しでは分かりづらいが、個性を奪い、個性を与えることが出来る常識外れの存在が二人もいて、両方ともオールマイト級の強さを持っているかもしれない。その規則外の存在が、今も闇の中で悪行を計画しているかもしれない。いや、すでに僕たちの知らないところで既に動き始めている。

 

「私はとんでもないことをしてしまった。今この時代なら猶予がある(・・・・・)と思っていた。裏の支配者がいない間に君を……後継を育てる時間が」

 

 しかし、現実は違った。もっと想像を超えるほどに最悪の展開だった。

 

「―――――私の無力が君に修羅の道を選ばせてしまった。私の代で解決できなかった大問題を君に渡してしまう形になってしまった。すまない」

 

 僕の憧れの人は、そう言って申し訳ないと深く頭を下げた。

 こんな後悔と罪悪感に満ちた声も、まるですべて自身の責任だと語るオールマイトは見たくなかった。とても、腸が煮え切らない感情が湧いてきた。

 

「僕は、貴方のファン、です」

 

 それは、昔も今も未来永劫、変わらない。

 

「けど、僕はオールマイトが選んでくれた後継者です。そんなに責任を感じないで、頼ってください。今は泣き虫で弱くても、僕はあなたのような立派なヒーローになってみせますから」

 

 少しぐらい貴方が背負っているものを背負わせてくださいよナンバーワン。

 

「す、……ありがとう。私の後継者」

 

 そう言ってオールマイトは顔を上げた。心なしか表情の暗さが無くなっていた。

 

「……それにしても、体も心も強くなった緑谷少年!感激だぜ!」

「僕もみんなも、USJの出来事は良くも悪くも糧になりましたから」

 

 相沢先生も事件後最初の言葉が『今なら誰も責めない、辞めるなら今だぞ』だった。

 その後、みんなと色々話して暗い雰囲気になったけど峰田くんが『ここで下りたら、一生女の子にモテる男になれねぇ!』と恐怖を押し殺した声に普段変な目で見られがちの耳郎さん達に拍手を送られたり、それぞれ自身と向き合いそれでもヒーローになることから目を逸らした人はいなかった。

 

「見ていてくださいよ。今週の体育祭―――僕が、僕たちが来た!ってところ世の中に知らしめてみせますよ!!」

 

 きっと、それが僕たちのために命を賭してくれたオールフォーワンに対してできる最大限の感謝だ。

 

「それは楽しみだ!そこまで啖呵を切ったならば、トップ目指して頑張れよ!!次世代のヒーローの卵!!」

 

 心の底から嬉しそうにオールマイトはそう応援してくれた。

 窓際に一匹の蜈蚣がずっといたことも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、が、オールマイ、トの後継」

 

 

 

「オールマイトが、この世界のワン・フォー・オール継承者……?」

 

 

 

「何故どうして今更(・・)そんな話をする?」

 

 

 

「何故そんな大事なこと(・・・・・)をどうして?」

 

 

 

「何故そんなことを最初から知らされていない(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 

「都合が悪くなったタイミングで、問題を提示する……?」

 

 

 

「オールマイト」

「お前は都合のいい生贄を探していたのか」

「真面な説明もせずに兄さんに渡したのか」

「ふざけるな」

 

 




初めてフォント使ってみました。
怒っている感じが表現できて気に入りました。


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第四十四話:始まる体育祭の前に

久しぶりです。
色々あって小説から目を背けていましたが、やっぱり面白いものを書いてみたい欲求が日々強くなったので再開します。更新は不安定ですが、どうかよろしくお願いします。


 その日、その時間、数千人規模の観客が満ちたスタジアムは今まで視線を釘付ける激しく派手なバトルによって滾らされていた熱狂が嘘のように静まり返っていた。ステージにいたのは見たことがない体術で圧倒された出久の姿だった。空中に蹴り上げられ、そこから放たれる必殺の連撃により内臓を損傷したのか口から吐血をしながら倒れており、その瞳の光は今すぐにでも消えてしまいそうになりながら、眼前を見下ろす最愛の妹に向けられていた。

 

「……兄さん、私はあなたにヒーローになってほしくない」

 

 目が合っただけで死を連想させるほどの殺意、満足に呼吸すら出来ないほどの威圧感、体の震えが止まらないほどの存在感によって騒ぎ立つ観客席は最初から誰もここにいないよう、シャッターの多くの光の点滅もなく、彼女の発する悍ましい気に当てられ気絶したものさえいる。

 

「ど、どうし、て……」

 

 強さは知っている。出久は個性を使っても妹に勝ったことがないから。

 あの日、あの夢を見た以降、同級生から別人のように強くなったと賞賛されるようになった出久は腹部を潰されたような激痛に耐えながら必死に体に力を入れようとする。

 多くの人から見ても、重症と言える姿に審査員のヒーローが止めるはずだった。だが、動こうとした瞬間、首と胴体が引き千切られる幻覚が脳裏に浮かぶほどの濃密な殺気をぶつけられ足が震えて動かない。

 

「家族だもの、危ないことをしようとする家族を傍観することは出来ないから」

 

 優し気に聞こえるだけの声、火山から流れるドロドロのマグマのような秘められた感情、この場でヒーローという夢を潰してでも(・・・・・)彼女は最愛の兄を守ろうとしていた。

 

 この平和な社会の柱を打ち壊せる悪夢のような悪魔はその存在を証明されている。それに立ち向かわなければならない可能性があるというのなら、理不尽に奪われる命を守るために彼女は喜んで悪魔(奴と同じ存在)となる。

 

 どうか今だけでもいいから、目を閉じてほしい。

 これから生まれる希望と悪意は、必然の如く生まれる。

 それでも、自分たちと同じような存在が産まれるのは、遠い未来の筈だから。

 

 

 お願い、止まって、諦めて、何もしないで。

 私達が兄さんを殺す前に(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 その日、大事な体育祭、当日に不幸を告げるかのように、僕の携帯に電話がきた。

 場面には非通知の文字が表示されていた。怪しいとは思っていたが、まるで電話を取ることを望んでいるかのような視線を感じた。この場所は体育祭会場の1-A組の控室なので、勿論この場にはみんながいる。各々貴重品をロッカーに入れたり、不安を拭うように雑談をしたり、一人精神集中する人もいる中で僕を見ている人はいないのに関わらずだ。

 

 その僕の行動を期待するかのような、眼差しは壁からした。いや、壁のはるか向こうかもしれない。この頃、訓練で個性を使えば使うほど神経が研ぎ澄まされたり、感覚が鋭くなっていくような感覚の所為かもしれない。だから僕は皆から控室からこっそりと抜け出し、廊下で僅かに震える手で電話に応じた。

 

『―――あぁ、良かった。今日がどんな日なのかは知っていますが、非通知の電話なんて取ってくれるか不安でしたわ。声で分かっているとは思いますが、オール・フォー・オーバー、私のほうですわ』

 

「………ッ」

 

 その声を聴くだけで、恐怖が体を震わせた。

 あの事件で味わった絶望が鮮明に思い出される。

 

『もしかして私はもう死んでいたと思ってます?。そんな甘い考えをしているから私達(ヴィラン)に勝手に好き放題されるのですわ』

 

「一体、何の、用事だ」

 

 カラカラに乾いてしまった声を振り絞って出た言葉はあまりに陳腐だった。

 

『あら、ごめんなさい。貴方の言葉がなければこのまま弄り倒す所でしたわ。単刀直入に言いましょう。貴方、()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

 蕩けるような妖艶の声から悍ましい内容の話だった。

 

『ほかの二人は適応する体質でもないから彼女達の声は届かないし、聞こえない。しかし、同じ個性同士で同じ体質に近い、貴方とレギオンは繋がってしまった。既に彼方から干渉(・・)を受けたと思いますわ』

 

「………凄い数の人と、凄く大きい蜈蚣が出てきて話しかけられた」

 

『ニミッツ達と、会話ができた?それは凄い、私達すらそこまで出来なかったのに余程気に入られたのでしょう。レギオン達にそしてニミッツ達に……それにしても懐かしいですわ』

 

 あのオール・フォー・オーバーの声から発せられる雰囲気が突然変わった。もう会えない知人を思い出して憂うような、哀愁を帯びた柔らやかな声に硬直していた体が和らいだ。

 

「……君の知っていることを教えてほしい」

 

 今度はこちらの質問の番だと強めの声で問い質すが、耳に届いていないのか、しばらくの沈黙後に焦った声が返ってきた。

 

今の私(・・・)が表にいられる時間も少ないから貴方の状況は説明できないわ。『僕』のほうは貴方に対して知っていても言わない、事が起きた後の傷心したレギオンの方が付け入りやすいでしょうし』

 

「僕の体になにかよくないことが起きているの?」

 

『―――今、貴方の体に呪いが蝕んでいますわ。その正体はワン・フォー・オール・アンリミテッド』

 

 心臓を掴まれたような不快感に体に力が入り、まるで金縛りでも起きたようにそこから瞬きすら出来ない。ただ、聞きたくもない甘い声だけが耳元で囁かれる。

 

『この個性は持ち主が生きてさえいれば半永久的に個性を記録する(・・・・)不滅性を持ちますわ。貴方がまだ出来ないのか、それとも知らないのか議論はするつもりはないですが、個性因子そのものがその個性を使えるように体の規格を()()()()()()()()()()()。それがワン・フォー・オールという恐るべき特異性』

 

 初っ端から理解が追い付かないほどの情報に頭が混乱する。

 だが、彼女はこちらの意図を無視して、話を続ける。

 

『私達が協力することによって奪ってきた数多の個性を肉体改造によりあの娘は体に無理やり収め続けた。それをワン・フォー・オールは限りなく(・・・・)記録し続けた。その個体が持っていた感情も力も含め』

 

 忌々しいことを思い出したように電話の先で歯軋りが聞こえた。

 

『記録された感情と力、更にそれを完璧に扱えるようにする肉体改造によって無類の強さを得ることが出来た。私達のように個性を奪ってもそれを完全に扱えるようになるには時間が必要ですが、そんな当たり前は彼女には通用しない。しかし、そのための代償はとても耐え切れるものではありませんわ』

 

 ワン・フォー・オールがただの身体能力を蓄積したものじゃない。

 個性に感情が乗る、なんて聞いたことがない。

 個性に合わせて体を改造するなんて正気の沙汰じゃない。

 

 ……いや、それ以前にオールマイトが言っていたじゃないか。

 

 

 ―――あれほどの力を発揮できるために数十、数百回の譲渡が必要になるかもしれない。 

 

 

「………ッッ!」

 

 どこから始まったのか分からない。

 ただ、理解できてしまった。

 ワン・フォー・オールという個性を持ち、力の渇望によって見境なく起こした行動によって、あれほどの代償を払うようになってしまった。

 

『貴方のワン・フォー・オールは慎重に譲渡先を選んだわね。だからこそ、勝手に暴れることもなければ、過去の自身が体を支配しようとする、なんてことはしないでしょうね。けど、貴方のワン・フォー・オールとレギオンのワン・フォー・オール・アンリミテッドの源流は叔父様だわ。だからこそ、繋がってしまった』

 

「……これから、どうなる?」

 

『…………』

 

 一番重要なところで彼女の言葉は止まってしまった。

 電波状況が悪い場所に行ってしまったのか、どうしようと悩んでいると。

 

 

 

 

 

『全く、『私』には困ったものだ。主人格様とはいえ、あんなに復活したばかりの弱った状態で僕を乗っ取ってくるなんて、これも愛の力かな』

 

 声だけで屈服しそうになるほどの悍ましい気配がする声が耳から流れて、体中に行き渡る。このタイミングで人格が変わった!?

 

『託す望みはあまりに博打すぎる。レギオンを救えるのはどんな世界でも僕だけだというのに……あぁ、小蟲。君は自由にするといい、力を行使する自由は侵害されてはいけない。法と秩序は常に破滅と再生の円環の理の中、その中で一体いくつも命が尽きようとも、それは誰もが受ける可能性がある必然なのだから』

 

「オール・フォー・オーバー………君は一体彼女をどうする気なんだ?」

 

 分かりにくいがオールフォーワンのことを彼女はレギオンと呼ぶ。どうしてそう呼ぶのか、分からない。ただどちらもどこか唇を尖らす不服そうな感情を感じた。

 

『全身全霊で愛しながら、殺すよ。彼女の全てを手に入れて永遠に一つになる。誰かのためにある彼女がこれ以上、誰かのために傷つかないように』

 

 クスクスと不快感を煽るように笑う。

 ……どうしてだろう、いつも彼女たちに抱いていた恐怖が徐々に無くなっていくのを。

 少なからず憎たらしいと思っている。何故なら彼女は僕の友達を傷つけたから。

 

 電話が切れる。彼方がもう話す意味もないのだと言うように。

 そこで、僕は初めて爆発しそうなるほど激しく鼓動する心臓と全身の冷や汗を感じて、まるで先ほどまで死んでいたかと思うほどだ。

 

「……時間、は…まだ大丈夫かな」

 

 大事な日なのに、呑み込めないほどの重大な話の所為で頭が混乱している。彼女が言うように、この頃体の調子が自分でも心配になるほどいい。今なら、一度も勝ったことがない百合に組み手で一本取れるんじゃないかと思うほどに。

 

 だけど、これは僕の体と個性は関係ない。“ワン・フォー・オール・アンリミテッド”、限りない力の渇望によって呪われてしまった禁忌の力が僕に干渉してきている。これからどうするのか、頭を冷やしたくなったので体育祭が始まるまでもう少しだけ余裕があると確認して急いで近くのトイレで顔を洗うことにした。

 

 そこでヒーローコスチュームを着たボケているお爺さんと出会うなんて、想像もせずに。

 

 

 

 




因みに百合が産まれて、数年オール・フォー・オーバーの存在に気が付いてなければ彼女は自殺してました。逆の場合も同じ結果。
つまり、緑谷家に闇がある程度で多分、出久も世界も原作通りに進む。


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第四十五話:来るつもりなら

「──―……予想を遥かに超える最悪の展開じゃ」

 

「死んだと思われておった悪の帝王の存命、更に奴の悪意と個性を引き継ぐ娘、オール・フォー・オーバーと名乗る怪物によって今社会は不安を募らせている。絶対的な力を持つ柱であるお前が為すすべなく叩きのめされ、話題沸騰中のヴィジランテでさえ追い詰められ漸く撃退出来たい相手じゃ」

 

「……撃退? そうとも、あのオール・フォー・ワンの娘。俺もUSJの無くなった現場を見た、お前すら超えるパワーの拳圧で殴られた。あの時の残骸がまだ宇宙を彷徨っているとんでもないパワーでだ」

 

「恐らくあんなの喰らって生きている生物なんてこの星にはいない。だがな、お前が腹に風穴を開けられながらぶっ殺したと思っていたあいつがそうであったように、オール・フォー・オーバーも俺たちの常識から外れた超越者だ。必ずどこかで傷を癒しながら潜んでいる」

 

「根津校長にも会って話した、いくら数だけ集めたところで蟻が集まった所で山を崩すことが出来るのか? むしろ養分になるだけとな」

 

「……だからこそ、やる意味があるか。なぁ、オールマイト」

 

「ヒーローってのは、結局のところ水商売と大して変わらねぇ。世間様の嗜好を見ながら、自らの命を資本にして血を吐きながら走り続ける終わらないマラソンだ」

 

「お前の選んだ小僧に会って少し話をした、可能性を感じる面だが、大きな迷いにぶち当たった様子だった。だが、奴が成長してお前のようになるまでどれほどの年月がいる? それまでに悪意はどこまで成長すると思う? そもそもお前に依存してしまったこの社会がどこまで協力してくれる?」

 

「俊典───お前がサーの予言通り死ぬまでに時間内に奴らをもう一度倒せるか? その体で」

 

「…………あぁ、そうだな。お前ならそう言うと思っていた。だからこそお前は『平和の象徴』と呼ばれる男になれた。オール・フォー・ワンもオール・フォー・オーバーもヴィジランテ『オールフォーワン』も全て闇に葬られるべき存在だ」

 

 

 

「お前も感じたかもしれないが……アレは、ヴィランの敵になれても、ヒーローの味方になれない。貴い自己犠牲な精神じゃねぇ、アレは呪いを垂れ流しながら周囲を巻き込みながら破滅していく、オール・フォー・ワンとは違った最低な悪意(・・・・・)の一つだよ」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 雄英高校では、普通科に籍を置いている者は時に同情に似た意味深な目で見られることがある。

 数々のトップヒーローを輩出してきたこの学校は、当然ヒーロー科が毎年注目を浴びる。これは差別ではなく、区別という当然の理だ。

 故にだろう。普通科はヒーロー科に落ちたものたちが、いつか返り咲くために在籍している者たちが当然のように多い、むしろ私のような最初から普通科を狙うのは近所に住む同世代や単純にレベルの高い高校を選びたかったという理由くらいのものだ。

 多くの人達からすれば、ヒーローを目指してても、ヒーローになるスタート地点すら立てなかった敗北者のように見えるだろうか。

 

 ミッドナイト先生が言っていた特別措置として、この雄英体育祭を含めた行事や普段の成績で優秀な結果を残せばヒーロー科に転属することが出来るとのことだ。

 勿論、逆な出来事も過去有ったそうだが、それは私には関係ない話なのだが、要はあのUSJ襲撃前から雄英体育祭で優秀な結果を残せるように気合を入れていたクラスメイトがたくさんいたということ。

 

 だが、あの動画が世間に流れてしまって、あれだけやる気を見せていたクラスメイト達が徐々に瞳に不安を映すようになってしまった。

 

『ヴィランってあんなに恐ろしい奴がいるの?』

『噂だけど、あのオールマイトとオールフォーワン相手にしたあのヴィランまだ生きているとか』

『はぁ!? いや、無理無理無理! 殺されちまうって! ヒーローってもっと()()()()()()()()()!?』

 

 そんなクラスメイトの話を聞いたとき、思わずため息が出てしまった。

 確かに訓練された兵士が、武器を持っただけの民兵に負けるはずがない。

 ヒーローは孤高だが孤独ではない、同業者は多いし、警察だって無能じゃない。

 

 そしてヒーロー飽和時代になって、ヴィランの数は減少すると共に質すらも落ちる。

 

 それは、いいことなのだが……同時にヒーローの質すら落としかねない。

 このままだと、あの八つ裂きにしたいくらいに憎らしいオールマイトの身に何かが有ったときに勢力図は一気にひっくり返ることなる。足りないのは……

 

 

 そう──恐怖が足りない、絶望が足りない、失う命が足りない

  凌辱された命の血の味を、腐敗した四肢から産まれる蛆の味を

 

 

「………ふぅ」

 

 割れそうな頭痛、震える手足、内臓がひっくり返ってしまうほどに体の中から出てこようとする(・・・・・・・・)者達を大きく息を吸い込んで呑み込み、気合で押し込まさせる。私が覚えきれないほどの記憶の中に存在する私が表に出ようとしてきたのだ。

 

「百合ちゃん、大丈夫?」

 

 私の冷や汗だらけの顔をハンカチで拭いてきた。直ぐに離れようとしたが、心配そうな目でしてくれる写原さんに無理に離れるのは申し訳ないような気がして、そのまま身を任せた。

 

「百合ちゃんって緊張に弱いタイプだっけ?入学式のときに立派に答辞をみんなの前で読んでいたのに」

「心配かけちゃった。ごめんね」

 

 具合が悪かったら休む?と言われたが断った。

 あの時は忘れていたが、私がこの学校に来たのは、これからの未来を担うヒーロー達を見たかったからだ。せっかくそれを誰よりも近くで見えるんだ。絶対にやる。

 

「うーん、無茶しちゃダメだよ?これから障害物競争なんだし、辛くなったら直ぐに降りてもいいよ。ほら、私達普通科だし」

「……その言い方は、どうかと」

「だってねぇ?あの事件からヒーロー科の人たちは、落ち込むどころかやる気増し増しだけど、ウチのクラスメイトはどこか腰が引けてる人ばかりだよ?心操くんぐらいかな?ガチで勝とうとしている人って」

「心操くんが?」

 

 『ヴィラン相手によって二転三転する程度の都合のいい気持ちで俺はヒーローを目指してねぇんだよ』と一人だけやる気に満ちた心操くんを不思議に思い、写原さんが聞いてみると、そう返事が返ってきたそうだ。

 

「多分、百合ちゃんのおかげじゃないかな」

「どうして??」

「だって、心操くんの個性を褒めちぎっっていたし、よく相談にも乗っていたじゃん」

 

 よく、兄さんと一緒にやってた訓練方法を詳しく聞かされて、初めて会った時と比べると、体が出来上がり始めていたから、心操さんに必要になりそうな技術をちょっと教えたぐらいだけど。 

 

「………あ、百合ちゃんって男をその気にさせる才能があるタイプなんだー、しかも無自覚で」

 

 写原さんが、納得したようにうんうんと頷いている。

 謎だが、本人が納得できたみたいなので良しとしよう。

 

 今年の一年主審であり、私たちクラスの担任でもあるミッドナイト先生の指示で障害物競走のスタート地点に移動していると、心操さんが話しかけてきた。

 

「なぁ、緑谷。お前はこの競技で予選通過を目指すのか?」

「別に私はリザルトは気にせずに体育祭らしく楽しめればいいかなって思ってるよ」

 

 今の私の体の大半は改人脳無だから、身体能力は非常に高い。拒絶反応も完全に克服できたし、フェーズⅠに移行せずとも上位を目指すのは余裕だろう。しかし、こんなところで勝ちに行く理由がない。適度に手を抜いて、予選通過も出来たら嬉しいな、程度の心持だ。

 

「そう、か……」

「何か、あるの?」

 

 私が頭を傾げると、ちらちらと私を見て言いよどんでいる様子だったが直ぐでも障害物競走が始まりそうな雰囲気に心操さんは決心をしたように私を真っすぐ見てきた。

 

「お前のお陰で、俺は少しだけ前を進めた。だから、俺はお前に挑戦してみたい」

 

 ――…………。

 

「お前の全力を俺は見たいんだ。一対一で」

「だから、勝ち上がって来てほしいの?」

 

 あぁ、と力強く頷く心操さん。どうやら彼の中で私の存在は予想以上に大きいものになっているみたいだ。

 自分がどれほど強くなったのかを証明するために、

 相談に乗ってくれた私に強くなった自分を見せるために。

 

「心操さん、気持ち上がりすぎ、ちょっと落ち着いたら?」

「うっ、そ、そうか?」

 

 皮肉を言うことが多い口がへの字に曲がり、恥ずかしそうに心操さんは顔を赤くする。

 

「組み手すらしてきたことない私にそんなこと言われてもちょっと困るし、そんな過大評価しなくても、別に私は心操さんと同じ夢に憧れているわけじゃないんだよ?この障害物競走だって心操さんにとって有利な競技じゃないんだから予選通過できない可能性だって十分にあるし」

「……そう、だな」

 

 ………見れば分かるほどに落ち込んでいる。彼にとってそれほど私と戦うことが楽しみだったのか?彼の性格からして、他人を蹴落としてでも勝利を掴もうとする執念を持つ人だと思っていたのだけど。

 

「でも、俺は……」

 

 困ったな。別に熱に浮かされたつもりでもなかったんだけど。

 “洗脳”という一聴すれば悪いイメージを受ける“個性”を持ちながらも、雄英高校に挑戦してヒーロー科に落ちた。しかし、それでも諦めず普通科に滑り込んでこの時を待った彼の在り方に惹かれている気持ちはある。

 

 

 そんな彼が私に戦いと。

 

 

「ねぇ、心操さん。私って結構―――負けず嫌いなんだ」

 

 このままだと私が勝負すら逃げた臆病者じゃないか。

 それは嫌だな。

 やるなら拳を空に掲げて勝利の雄叫びを響かせたい。

 

 

 

「1-C組委員長 緑谷百合、挑むというのなら全力で来るといいよ」

 

 ただし、私の立つ土俵まで来れたらの話だけど。

 

 

 




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ネタ帳
設定帳という名のお墓 ストーリー編 前編


恐らく二年ぶりになるかと思います。
一応生きてますが、色々ありまして小説を書くことが難しいかなと思うこの頃になってきました。
凍結、という形でこの話は終わりますが、頭の中に時より思い浮かぶ緑谷百合という人物の物語が思い浮かぶことが多々あり、時間があるうちにまとめてみようということで書いてみることにしました。
では、では。


 

『“終わる世界”で生まれた最後の絶望』

前世名:ユリ

現世名:緑谷(みどりや)百合(ゆり)

イメージCV:斎藤千和

誕生日:7月15日

身長:164cm

血液型:O型

性格:卑屈な自己破滅願望者

 

 

 

 

“個性”:ブラッド・ハザード

血を媒介にして、自身の体を自由に変形できる個性。

この力は完全な自身の体の掌握であり、血の一滴、細胞の一つ一つまで知覚することで操り人形のように肉体を捉え、人体の限界を超えた動きを可能にする。設計図が頭にあれば性別を変更したり、獣のように姿すら変われる変幻自在であり、体内に入るあらゆる物質は本人の質量を一定量を超えてなければ、たとえ即死級の猛毒でさえ無効化する。正し、変化には大量の生命エネルギーが必要であり、それを無視して個性を使用しようとすれば死ぬ。応用として対象の体内の血を大量に摂取させるとそれを媒介に相手の体の“全て”を支配することが可能。

更に“同化”の個性を合わせることで他者の個性因子を解析して、それを扱うことが出来る体に自身を造り変えることで他者の個性を使用可能にしている。当初はそれでも自身の体をベースにしていることから複合使用をするとその反動に耐えることが出来ず体を傷つけることが多かったが、あらゆる個性を扱うイリスの遺伝子情報を再度入手することで前世と同じようにあらゆる個性を十全に使用できるようになっている。

因みに一般的に自身の個性は“蜈蚣を引き寄せる個性”と偽っている。

 

 

百合の人となり

彼女の母である緑谷引子からは「もし私がバリバリのキャリーウーマン目指して自分に徹底的に厳しくしてたらあんな風なっていたかも」と言われており、どことなく優しい表情ながらその眼光は鋭く、それでいて無表情でいることが多いせいか、内面が分かりづらい印象を受ける。しかし、困っている人には気を遣ったりヴィランを相手にしても倒してしまうほどの実力を持っていながら、謙虚に振る舞う様子から正義感が強い人物だと思われている(・・・・・・)

しかし、彼女自身は前世での出来事が原因で常に自虐と罪悪感に蝕まれており、その自省の念から後先考えず思わず助けてしまうことがある。本人は時にそのやってしまったことに対して、他人(主に家族)が関わるとき場の雰囲気と合わせて周囲を操作することで都合のいい成果を得ようと画策することがある。

家族というものを心から愛し、大事にしているがそれは『人』というより『物』に執着している一方的な思いであり、出来れば触れることも話すことも近づくことすら慎重になるほどで、落ち着かない様子を見せることがある。

 

 

 

序章:夢を得た兄と夢を亡くした妹

無個性が原因で周囲から孤立気味の兄とそのことに悩む母親をフォローしながら、優等生と周囲から評価される蜈蚣を引き寄せる個性をもつ緑谷百合には誰にも言えない秘密があった。周囲に偽った“個性”、例外的な存在“個性”を宿す蜈蚣達、絶望のまま夢が終わった前世での出来事をそれらを抱えながら夜の闇に紛れてヴィラン達と対峙する、もう一つの顔である『オールフォーワン』としての姿。

そんな日々の中で、進学のことを考え始める中学二年秋頃に誰もが知る有名なプロヒーロー達を輩出した雄英高校の試験に落ちて荒んだ先輩たちが、緑谷出久に暴力を振るおうとしたところを緑谷百合が実力で制圧、緑谷出久は自分の欲しかったもの(個性)を持っていて苦手意識を向けていた百合の守るために力を得た姿に夢しか見ていなかったヒーローに必要なものを見つける。

無個性だった自分の無謀な夢、誰もが笑うか無理だと憐れむ。

幼いころに自身の夢を聞いた母親は、無個性に産んでしまったこと悔いて泣きながら謝罪の言葉を口にする。

だけど百合は笑うことも憐れむこともせず、決意を確認するように厳しい現実を突きつける。その問いに出久は真っすぐ答えると百合は少しだけ悲しそうに嬉しそうに、その夢を祝福した。

「なら兄さんはヒーローになれる」

あの日の夕焼けの誓いは、緑谷出久の中でもう一つの原点となる。

 

 

第一章:英雄との邂逅と偉大な一歩

百合の協力の下、訓練と勉学に励む出久の前にヘドロのようなヴィランにより緑谷双子の幼馴染の爆豪勝己は囚われ、衝動的に助けに向かい結果的に百合は大怪我を負い、憧れの№1ヒーローの『オールマイト』に助けてもらい、更に出久の素質を感じた『オールマイト』は自身の個性の秘密を明かし、後継者になることを提案する。己の弱さを痛感していた出久はこれを了承。その日からオールマイトのちょっと不器用な教育方法にも喜んで従いながら、本格的に雄英高校に入学して、百合も多くの人も守れるヒーローになるためにひたすら驀進する出久。

 

 

第二章:血翼の魔嬢

体を徹底的に鍛え上げ、オールマイトの予想より遥かに早く器を成した。

授けられた個性『ワン・フォー・オール』の扱い方に苦戦して怪我を負うこともあったが、個性の内側まで知っているような(・・・・・・・・・・・・・・・)百合のアドバイスを元に直ぐに『ワン・フォー・オール』の扱い方を学習する出久は雄英高校のヒーロー科試験を難なく合格、百合も普通科を主席で合格した。

新たな環境で今まで出来なかった友達と共にプロヒーローを目指して、厳しい訓練を今年から教師となったオールマイトの元で受けているその陰で共に百合の前世を知るヴィランの魔の手が雄英高校を襲う。それは後にUSJ消滅事件と呼ばれるようになり、学生たちはオールマイトの宿敵『オール・フォー・ワン』と同じ雰囲気を持つ『イリス』の超常的な力の前に何もできずに生き残りを賭けた死のゲームに翻弄されそうになったが、その事態を数日前から漠然と予想していた百合の介入により事なきを得た。しかし、この事件が出久を含めたクラスメイトと雄英高校の教師達は、世界すら破壊できると思わせる恐るべき存在を知ることになる。

 

 

第三章前半:聖火の如き/陰火の如きワン・フォー・オール

USJ消滅事件から不安が広がっている世間を払拭するように雄英高校は毎年恒例の行事として雄英体育祭から開始すると宣言。その陰でとある出来事により、百合の前世から持ち出されたオールマイトから授かれたものと全く異なる《ワン・フォー・オール》の存在は、出久の《ワン・フォー・オール》に大きな影響を受けることになる。

調子を崩すことが多くなった百合を心配しながら、出久はこの体育祭でオールマイトの不安すら吹き飛ばすほどに成長したところを見せようとするが、謎の声に《ワン・フォー・オール》の使用を控えるように言われる。最初は、心の片隅でどこか調子が可笑しいことも分かりながら、USJ事件で精神も体も一気に成長したクラスメイトの快進に個性なしでは追いつくことも出来ず、出久は禁じていた《ワン・フォー・オール》の使用する。

 

その瞬間、地平線まで血濡れた地獄のような世界で、その中で死んでいるような体の彼女達は出久を認識すると蜉帙r雋ク縺励※縺ゅ£繧(力を貸してあげる)という溺れるような激情の思いが込められた声と共に体に触れられた感触と共に今まで感じたことがない全能感に溢れ、ふと気が付けば第1種目障害物競走の三つの関門を真正面から粉砕し、一位でゴールをしていた。そのあまりの蹂躙劇を賞賛する声はなかった。百合は個性なしだが最下位で通過した(原作の青山優雅に代わって)

 

第2種目騎馬戦の前に、なにをしたか分からない(・・・・・・・・・・・)出久に対して百合は今まで見たことがない表情を見せながら、今すぐ体育祭事態を棄権することを提案するが、直ぐにオールマイトの前で期待に応えないといけないことを宣言していた出久は拒否する。兄妹は互いのクラスメイトに止められるほどに激しい言い合いになるが、ミッドナイト先生に頭を冷やすように言われ、その場はなんとか治まる。

原作通りのペアを組めた出久、百合はクラスメイトの心操人使と組んだ。他メンバーを心操は自身の個性を使って集めようとするが、百合に「今のヒーロー飽和時代を考えるとヒーローがヒーローとして食べていく必要なことは時に他者を蹴落とし活躍して、事件規模によって他者と瞬時にチームアップしなければならない。それに第三種目は最後の競技なことも考えると1VS1の純粋な実力を測る競技になる可能性が高いと予想して、洗脳を使ってしまえば、それをクラスメイト同士で共有されると不利になる可能性がある」と指摘され、とりあえず交渉で始めること提案される。

その結果、角取ポニー前騎馬、峰田実騎手、後騎馬百合、人使となる。(因みに人使は誰も誘うこと出来なかった)

 

百合の提案では、百合の蜈蚣を糸代わりにもぎもぎを連結させてロープ状にして鉢巻を確保する方法、第二の手段として角をもぎもぎに刺して遠隔操作する方法、更に広範囲攻撃がきたときは、騎手を空に逃がすプラン等を提示し(事前にミッドナイトに騎手が地面に接触しなければ失格しないと確認した上で)、更に人使の“個性”に対して二人に『自身の声に相槌した者の動きを止める』効果と嘘と真実を半分ほどに仕込んで人使は内心百合の巧みな話術にドン引きしていた。因みに峰田に競技中に競技とは別のことをしたら「分かっているよね?」とこっそり脅している。

オールマイトから授けられたワン・フォー・オールとUSJ消滅事件の時自分たちを命賭けで守ってくれたオールフォーワン(百合)が持っていると推察しているもう一つのワン・フォー・オールは感応しているようで、個性を少しでも使おうとすると菴薙′縺サ縺励>縺ョ(体がほしいの)という声と共に出久の体に触れようとする赤い影が迫るが七つの影がそれを遮り、白い何かに覆われた人物は出久に言葉を残す。

『大きな蜈蚣たちから事情は聞いたよ。ここは任せて君は彼女を頼む……僕たちと彼女達は始まりから終わりまで何もかも違う―――でも、その根底は明るい未来を夢見た結晶だったんだ。幾千の死と血と悲劇の中で忘れてしまったけどね。』

 

意識は戻り、多少の違和感はあるが出久は今まで通りに『ワン・フォー・オール』を使えるようになり、第二種目の騎馬戦は持ち点故に多くのチームに襲われ轟チームに持ち点を奪取されピンチに陥るが、別の高得点の鉢巻を時間ギリギリで奪取することに成功して無事、第二種で上位8チーム内に生き残ることできた。

 

第三種目は百合の予想通り1VS1のなんでもあり(場外アウトあり)のバトル形式で、その前に全員参加レクリエーションでは出久は同じクラスの轟に親からの虐待的な教育を受けて、その反発から父の力を使わず父を超える存在になると宣言される。百合は複雑な感情のまま出久に弁当を渡すために放浪しているときに№2のエンデヴァーに呼び止められる。騎馬戦における作戦により、心操チームは目立った動きこそないが一番消耗がない無駄のない動きによって体力を温存していること、その司令塔が百合であることを見抜いており、その手腕を高く評価された。百合は事務的にだが第二種目の轟の動きに対する評価すべき所を上げるとエンデヴァーは喜んでいる様子だが、その瞳の奥に妄念じみた思想が轟焦凍を蝕んでいると感づき、ヒーローという仕事の悪い意味での理想体だと結論付け、逃げるようにエンデヴァーから離れる。その背中にエンデヴァーは百合の怜悧なさまと家庭的なところに、これで個性が強ければ、轟焦凍の将来の相手(・・・・・)に最有力候補になれた、と残念そうに呟いた。

 

 

 

 

一回戦目

緑谷(兄)VS心操(緑谷勝利) 

百合から出久の個性は筋力増加なのを知っているのでさっそく初見殺しの洗脳を使い、あと一歩で場外アウトだったが、負ける直前に強い力を望む声に呪われたワン・フォー・オールが過剰に反応して個性が暴発して意識を取り戻す。そのまま洗脳のカラクリを見抜いた出久のパワーにより心操は敗北。

 

轟VS瀬呂 

原作通り轟勝利

 

百合VS上鳴(百合の勝利)

上鳴の放電による広範囲攻撃を見ていたため、高ジャンプして放電により動きが止まっている上鳴に蜈蚣を使った指弾術により、相手の動きを鈍らせ場外に吹き飛ばした。

 

飯田VS初目 

原作通り飯田勝利?(あれをガチバトルと言っていいのだろう)

 

芦戸VS峰田(芦戸勝利)

始めは峰田のもぎもぎにより有利だったがもぎもぎを酸で溶かし、更に酸の粘度を調整することでもぎもぎを無効にして、高い身体能力を活かして勝利。

 

八百万VS常闇(八百万勝利)

現在の体育祭における活躍に納得がいかず歯がゆい思いをしたが、『このままだと命も救ってもらい、個性も取り戻してくれたオールフォーワンに申し訳がありません』と手元にあるオールフォーワンファンクラブ会員カード(非公式)で自分を奮い立たせて、今までの試合運びを冷静に分析し、常闇の個性である“ダークシャドウ”の弱点が光であることを突き止め、自身の個性である“創造”により閃光手榴弾よる徹底的な有利な状況を創り出して勝利する。

 

切島VS角取(切島勝利)

角取の個性“角砲”では切島の“硬化”を傷つけることが出来ず、切島も角取が空中に退避されてしまえば手出しは出来ず、結果的にお互いに真っ向から全力勝負に出来ることになり、“角砲”は“硬化”を前に砕かれ力勝負によって切島が勝利する。

 

爆豪VS麗日 

原作通り爆豪勝利

 

二回戦目

緑谷(兄)VS轟(緑谷勝利)

ワンアクションオーバーリミットは溜め動作がいる都合上、一瞬で氷山の如き広範囲の氷結をしてくる轟相手に不利だと感じ、出久はフルカウルの上限を3%から5%に引き上げて、相手が自身の動きに目が慣れる前に決着をつけると意気込むが、想像以上の轟の猛攻に押されていき一度は氷に閉じ込められるが、咄嗟に百合が使っていた指弾術を思い出し、指をはじく瞬間だけ100%の力を行使するデラウェアスマッシュで脱出。指は損傷するが一気に攻勢にでる。轟本人から聞いた境遇や決心は、計り知れないものだと理解はしている。しかし、出久はオールマイトの後継であること、恐るべきヴィランであるイリスの存在、その激情が忘れていた母との言葉を、轟自身の原点を思い出させ封印していたエンデヴァーから引き継いだ炎を使い、出久もここにいる多くの助けとなりたい自分になるために、轟から放たれる巨大な氷の山と炎の波、そこから発せられる水蒸気爆発を五連続のデラウェアスマッシュで打ち破り勝利する。

 

 

緑谷(妹)VS飯田(百合勝利)

相手が友人である出久の妹であり、更に女性でもあるため短期決戦を狙いトルクオ-バー・レシプロバーストで勝負を決めようとするが、瞬時にその動きに反応してみせ、強烈なカウンターにより勝利する。後に百合は飯田に対して『勝敗を分けたのは、勝負しているのは“私”だということ……余計な気遣い』と残している。

 

八百万VS芦戸(八百万勝利)

酸に対して耐性のある物質で体を保護して、芦戸は機動力で翻弄しながら互いにギリギリの勝負の末、常闇戦で使用した閃光手榴弾を使った隙を捉えて八百万勝利。

 

爆豪VS切島 

原作通り爆豪勝利。

 

 

三回戦

アナザー・オリジン

緑谷(兄)VS緑谷(妹)(緑谷(兄)勝利)

実は百合は出久が『ワン・フォー・オール』の後継者であることを知っていた。そしてオールマイトが、それがどういう未来に進むことが強制されることを出久に伝えてないことに激しい怒りを滾らせていた。

この雄英高校祭で自分の『ワン・フォー・オール』が出久に悪影響を及ぼしていることを、勝利のためなら肉体の損傷を惜しまない出久の姿に、百合は前世を思い出し、酷く苦しみ後悔して、今すぐ出久を止めなければ惨たらしい死が待っていると思い込み(・・・・)百合は出久の夢を終わらせるために戦うことを決意する。

試合は一方的だった。どれだけ肉体強化されようが百合は出久が強くなっていく様を一番近くで見続けてきた、微かな癖から動きを読み取り、何もできず接近戦で強烈な攻撃で何度も出久は倒れ―――立ち上がる。

 

『私には、兄さんの夢を始めさせた責任がある!』

『今の時代、ヒーローはたくさん、いるよ。でも……兄さんは、一人しか、いないの。私の兄さんは、一人しか、いないの』

 

呪われたワン・フォー・オールが、出久を媒介にして体を支配してしまえばその反動で出久は死ぬ。百合は前世で個性を無くすために全ての個性を集め、人類を個性が産まれる前の時代に戻そうとした。そのためにたくさんの死を乗り越えてきた。その過程で痛み、悲しみ、怒りを当代の百合たちは飲み込んできた、どれだけ飲み零しても、それだも進むしかない。

それが、気が付けば自身を否定するように自分の顔を引き裂いて、何もかも忘れてしまった空っぽのユリに、イリスが教えてくれた―――ユリの夢だったから。

その結果が、世界を滅ぼした。

 

『……百合、ありがとう』

 

両肩を外され、的確に急所を殴られて、意識が朦朧とした出久は思い出す。

なぜ、こんなにも、頑張っているか。今にも泣きそうな百合に出来ることがあるか。

 

『ワン・フォー・オール』を渡した時を誤って罪悪感を感じているオールマイトを安心させるためだったのか。

オールマイトのように笑いながら大きな期待でも応えられる最高のヒーローになりたいためだったのか。

 

それもそうだ。

でも、もっと昔―――この世の終わりを見たように薄笑い顔で、静かに泣いていた妹を助けたかった。

 

自慢できるような、特技があるわけでない。

誇れるようなものなんて、他人から譲り受けたものだ。

希望溢れるような言葉で、勇気を与えられるほど口は回らない。

何もかも持っていると思っていた妹を憎たらしく思って目を背けたことさえある。

ダメダメだ、世界一ダメな兄かもしれない。

 

『オールマイトより、クラスメイトより、誰よりも百合が、百合の口で安心できる人、って最高にカッコいい兄貴になりたいんだ!!!』

 

超えろ、超えろ、超えろ。

予想を、反応を、予測を。

今ある全部を使って、一歩だけでも、一瞬だけでもいい。

限界すら超えて、この時間を勝ち取れ。

 

Plus Ultra(プルス ウルトラ)!!!!』

 

出久は倒れながらも勝利した、今にも崩れそうになりながらも。

最後の一撃は、百合は今まで構えたことがない防御姿勢のまま場外まで吹き飛び、百合は敗北した。意識がなく保健室に運ばれていく出久から逃げるように百合は控室に戻っていく。その後を追ったのは担任のミッドナイト先生だった。

 

『……ミッドナイト先生、私は間違っていますか』

『間違えてないわ。家族として心配になることは当然よ。ヒーローの仕事は危険がいっぱいで、安全とは遠い存在、心を勇気づける賞賛の声がいつもあるわけじゃないわ、知り合いにも助けたはずの人に罵倒されて心が折れてしまったヒーローもいたわ』

『でも、誰かがやるしかないの、その誰かは偶然にも残酷にも貴方の兄さんになるかもしれない』

『……………』

『でも、私は貴方の兄さんは大丈夫だと思うわ。だってあんなに真っすぐで気持ちで百合のこと大事に思っている』

『私のほうが兄さん大事に思ってるもん……』

『あら私の大好きな青臭さ、そういう一面貴方にあったのね……今は難しいかもしれない、でもね少しでもいいから歩み寄りなさい、信じてあげなさい、それも家族じゃないかしら(・・・・・・・・・・・・)

『可愛い生徒をちょ……お世話するのが私の役目よ。今はしっかり休みなさい』

『ありがとう、ございます(今調教といいかけたこの人)』

 

爆豪VS八百万(爆豪)

爆豪の容赦ない猛攻を前に敗北(スッカスッカ頭の中で何度もシミュレーションしたけど爆豪の爆発力や機動力的に八百万はワンチャンすらないby作者)

 

 

決勝

爆豪VS緑谷(兄)ドクターストップにより爆豪優勝

出久、無意識の多種個性の使用と激闘による肉体と精神の消耗により起き上がることが出来ずリカバリーガール曰く『ここに私がいなかったら救急車からの即時入院レベル』とのこと。爆豪、ものすごく暴れる。

 

 

 

 

 



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