鋼の鳥は約束の場所へ (白鷺 葵)
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旅立ちの季節
今日も世界は愉快に回る


【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。死亡者もいる模様。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・先日投稿した『父への手紙:今日も世界は愉快に回る』を加筆し再投稿し直した。前話は削除済み。

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 地球を旅立ち、ELSの母星へ向かったお父さんへ

 

 その後、いかがお過ごしでしょうか? 旅路は順調ですか? お父さんが元気でいてくれるなら、僕は嬉しいです。

 究極の混成部隊アルティメット・クロスが活躍した戦乱が終わってから早1年。地球は相変らず愉快なことになっています。

 

 僕は今、民間技術支援を中心とした派遣企業・悪の組織に所属する技術者兼MSパイロットとして、JUDA≒加藤機関に出向しています。JUDAは石神さんが社長を辞め、森次さんがトップに立って新体制へと移行しました。石神さんは元々経営は得意ではなく、そっち方面は以前から森次さんに任せていたそうです。

 これで森次さんは、キリヤマ重工とJUDAの社長という二足の草鞋を履いていることになります。ファクターじゃなかったら過労死していたことでしょう。でも、森次さんはヴァーダントの扱いも結構雑なので、本人も無自覚のまま酷使し続けた挙句、電脳が壊れて、ある日突然死んでしまうのではないかと心配です。

 当然のことながら、そんな極限状態に対して鬱憤が溜まっていない訳ではないようです。悪戯ばかり繰り返す石神さんに対して「撃っていいかい?」と質問してきたリボンズさんに対して、笑顔でゴーサインを出すことも増えました。森次スマイルと本物の暴力は今日も健在です。カステラの差し入れも美味しいですよ。閑話休題。

 森次さんの愚痴を聞くと、メディカルチェックと称して石神さんの実験体にされたことや、冷蔵庫のフルーツ牛乳を勝手に飲まれたことや、慰安旅行に置いてけぼりにされたこともあったようです。幾つかパワハラやコンプライアンス違反の事例が多数挙げられたので、正直、出向先を間違ったのではないかと不安になりました。

 浩一先輩の三角関係も微妙なバランスを保ったまま。むしろ矢島さんが良いところを掻っ攫っていくので、絵美さんと美海さんはギリギリしています。最近は美海さんが行った“きわどいナース服で早瀬先輩に迫る”事件がありました。浩一先輩は「ナースな変態だぜ!?」と謎の言葉を言い残し、鼻血を吹いて卒倒しました。

 絵美さんが対抗意識を燃やしているので、多分、暫くすれば2回戦目が発生することでしょう。この前、絵美さんがPCでずっと“ナース服 過激”という画像を検索していたためです。目が座っていました。しかもファクターアイ。正直、カリ・ユガやカイザーのお2人とは別ベクトルで怖かったです。

 

 あと、色々な事情があってイズナさんたちと竜宮島へ行きました。あちらも愉快なことになっていました。聖戦士となった翔子さんとUX屈指のスナイパーと化した真矢さんが、一騎さんを巡って熾烈な戦いを繰り広げていました。僕らは「必殺の、ハイパー同化切りだぁぁぁ!」あたりで喫茶店から逃げ出したため顛末はよく知りません。弱虫な息子でごめんなさい。

 渦中のど真ん中にいた一騎さんは総司さんと一緒にカレー作りに勤しんでいたため、眼前で繰り広げられる地獄絵図に気づいていなかったようです。シズナさんが「超弩級のニブチン」と憤慨していらっしゃいましたが、イズナさんに言わせてもらうと「姉さんだって意地っ張りだよね。いい加減、素直になればいいのに」とのことです。

 イズナさんは疲れ切った顔で、シズナさんと道明寺さんを見ていました。本人たちは気づいていないのかもしれませんが、2人はとってもいい関係にあります。名実ともにパートナーになる日も近いでしょう。イデアさんあたりに伝えてみると楽しいことになるかもしれません。きっとテンションを上げてくれるでしょう。

 それと、美羽ちゃんが「大きくなったら操くんと結婚する」と言い出したので、道生さんが頭を抱えて「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」と絶叫していました。お父さんが以前「美羽ちゃんの成長速度を鑑みると、あと数年後にはウエディングドレスを着れる年齢になる」と零したときと、まったく同じ反応です。

 操くんが帰還した暁には、血涙を流した道生さんが愛機を駆って襲い掛かりそうで心配です。今のところ、フェストゥムは恋愛関連の知識を持っている様子はありませんが、いずれはそのような個体が現れる日も近いでしょう。もしかしたら、操くんがその個体第1号になるかもしれませんね。ELSと共生する新人類としては見過ごせません。

 

 それと、広登さんが本土にある音楽学校へ進学しました。芹さんも本土の学校へ進学したようです。僕らが来たとき、お2人とも長期休みで竜宮島に帰省していました。丁度芹さんが「島の爬虫類とカブトムシ・クワガタが軒並み食い荒らされているので、島の生態系を滅茶苦茶にした犯人を捕まえる」と息巻いていました。

 爬虫類を食い荒らしていた下手人は翔子さんで、「焼き肉が食べれなくてやった。バイストン・ウェルでは爬虫類はお肉に次ぐご馳走だった」と語っていました。乙姫さん並みの危険思想だと総司さんが戦慄していました。「人間関係が滅茶苦茶(要約)なので、みんな同化してしまえば早い」並の発言扱いされたようです。

 カブトムシとクワガタを食い荒らしていたのは増田照夫と名乗る観光客でした。外見・声・口調――どこからどう見てもマスターテリオンでしたが、芹さんの頭突き数発でノックアウトされていたので別人でしょう。連れの女性の名前がエゼルドレータだったというのも、観光客がマスターテリオンに見えた理由だったのかもしれません。

 

 仕事の途中で、アーカムシティにも立ち寄りました。九郎さんは覇道財閥お抱えの探偵になっていましたが、探偵としての腕は微妙のまま。それ故か、未だに収入とは縁遠いようです。ジョーイくんは九郎さんの弟子的な立場になっており、最近はリナさん主導で女装に挑戦させられている模様。危うく僕も巻き込まれそうになりました。

 東西博士も相変わらずしょうもない悪事を起こすので、デモンベインとヒーローマンが街の平和を守っています。この前は大きな事件に巻き込まれたらしいですが、旧アルティメット・クロスの面々が協力することで事件は解決。色々ありましたが、この手紙に書くには長すぎるので、また別な機会に語ることにします。手紙も漫画もネタが大事ですからね。

 

 アニエスさんはサヤさんやハレルヤさんたちと一緒に、世界中の施設を巡って慈善事業を行っているようです。施設を作ったと言う話も耳にします。仕事現場の関係や兼ね合いのため、すれ違うことの方が多いです。直接顔を見てはいませんが、多方面から聞く噂から分析する限り、4人とも元気なのだと思います。

 

 悪の組織もバタバタしていましたが、リボンズさんが就任してようやく落ち着きました。就任時は「マザーみたいに1人で多くのことをこなすまでには至らないけれど、家族と一緒に頑張ってみる」と苦笑していたことは、昨日のことのように思い出します。今では立派にみんなを率いていますので、ベルさんの人事は的確だったと言えるでしょう。

 総帥として業務を行うリボンズさんの横顔からは、『僕はまだ子どもだ。僕たちには貴女が必要なんだ』と言ってベルさんに縋りついていた子どもの面影を薄らくみ取れる程度です。姿形はずっと変わらないけれど、あれが大人になるということなのかと感慨深く思っています。僕もいつか、そんな大人になる日が来るのでしょうか。

 ヒリングさんやリヴァイヴさん、ブリングさんやディヴァインさん、リジェネさんも、家族として、同胞として、リボンズさんを支えようと奔走しています。アニューさんがお父さんたちと同じ外宇宙探索隊として抜けてしまった穴も埋まるようになったので、アニューさんが気にしていらっしゃるようでしたら伝えてあげてください。

 

 “もういない”人々と共に旅立った白い船は、今、どこの宇宙(そら)を飛んでいるのでしょうか。ベルさんが逝ってしまってから1年ですが、随分昔のことのように思います。

 ユガの狭間で別れた人々――操くん、サコミズ王、呂布さん、フェイさん、ジンさん、アユルさんたちにも、安らかな安息があることを祈ってやみません。

 

 あと、ビリーさんとミーナさんに子どもが生まれました。元気な男の子です。ミーナさんの様子から鑑みるに、まだまだ作る気満々な模様。最終的には何人儲けるつもりなんでしょうか? ネーナさんが悔しそうに呪詛っていたことが忘れられません。テオドアさんが歌手として再デビューし、多忙になってしまったから致し方ないんでしょうね。

 

 ところで、お父さんと一緒に外宇宙探索に乗り出した、ソレスタルビーイング号のみなさんはどうなっていますか?イアンさんは発狂していませんか? ティエリアさんとミレイナさんは楽しくやってますか? マネキン夫婦は仲良くやっていますか? スメラギさんとラッセさんの胃痛は大丈夫ですか? アンドレイさんは絹江さん不足になっていませんか?

 ロックオンさんたちは派手な兄弟喧嘩を繰り広げているのですか? フェルトさんとアニューさんは、義姉妹として夫たちの兄弟喧嘩に呆れているのですか? キラ准将はえげつない発言をしていませんか? クリスさんとリヒティさんは仲良くしていますか? 刹那さんとグラハムさんは元気に愉快なやり取りを繰り広げていますか?

 

 ――お父さんは、イデアさんと仲良くしていますか?

 

 アルティメット・クロスの事後処理が終わった後、軍部とソレスタルビーイングはお互いに対し、表立って敵対的な行動はとらない方針になってますよね。戦争犯罪者として裁かれることはあるかもしれませんが、おそらく形骸的な処置になるでしょう。むしろ、戦争犯罪者として裁いた結果が『ELSや外宇宙生命体との対話を行うための最前線へ出向』かもしれません。敵味方として殺し合うことは、もう二度と起きないはず。

 

 僕が何を言いたいかというと、『お父さんは自分の幸せを考えるべき』だということです。好きな人と一緒に生きていいと思うんです。

 誰かとのおつき合いとか、結婚とか、そろそろ真面目に検討すべきではないでしょうか? その相手に誰が入るのかなんて、お父さん本人がご存知のはずでしょう。

 結構長い間おふたりを見守ってきた人間としては、“そろそろ2人とも腹を括るべきではないですか”と思ったり思わなかったり。

 

 だって、お父さんと出会うために200年近くロックオンしていた一途な人がいるんですから! 一途に貴方を想っている人がいるんですから!

 お父さんだって、まだ齢1桁の頃から「みんなに会う」ために頑張って来たんでしょう!? どうしても会いたかったみんなの中に、あの人がいたんでしょう!?

 

 僕はお父さんのことが大好きですし尊敬もしていますけど、そこだけはどうしても納得できません。もしここで「お前がその姿を保ち続けることをやめるなら考える」と言うのでしたら、親子喧嘩を勃発させることもやぶさかではありません。僕が7歳児の姿を保っているのは、貴方に助けられたことを忘れたくないからです。貴方に救われたこと、守られたこと、愛されたことを亡くしたくないからです。僕自身の命が尽きるまでやめませんのであしからず。

 

 ミュウおよびイノベイターは便利なもので、人よりも若いままの姿を保つことができます。ついでに長命であることも発覚しており、右半身の7割がELSと同化しているミュウ――僕の場合は、『数百年程生きるのではないか』と言われています。全身が完全に同化したイノベイターやミュウの場合、どれ程の時間を生きるのか……考えるだけで気が遠くなりますね。

 旅をする中で出会う外宇宙生命体の中には、百年単位すら「短く儚い命」と称する生き物がいるのかもしれません。神と呼ばれるような力を振るう上位生命体が跋扈していてもおかしくない。虚憶で見た聖アドヴェントやネバンリンナ、バルギアスやジスペル、ミューカス・エンペラーやクレディオもインパクトが凄かったです。

 彼や彼女の存在もまた、上位生命体や高位存在の一角でしかないんですよね。何を見てもどうしても参考にならないことが多いですが、応用が利くことが救いでしょうか。神様を斃して未来を手に入れたという実績も相まって、人類は新たなるステージへと足を進めているように思います。

 

 未来へ還った人にも、過去へと還った人にも、現在を生きる僕らにも、それは確かな標になっている。

 きっとこれからどんな困難があっても、命が紡いだ愛と希望が道を切り開いていくんだ。――僕はそう信じます。

 

 

 話題は変わりますが、最近不思議な夢を見ます。

 

 僕は不思議な施設の内部にいるんです。その施設はどうやら宗教団体のようなもので、大樹をシンボルにしていました。何かを信仰していることは明らかだったので、興味本位で施設内部を探索してみたんです。不思議な格好をしている人々とすれ違いましたが、彼らは僕を認識していない様子でした。

 好都合だったので探索を続けると、異様な雰囲気を放つ部屋があったんです。宗教団体が信仰している大樹の絵や厳かな雰囲気とは全然違う、キラキラした部屋でした。祭壇には10代後半~20代前半くらいの女性の写真が飾られているんです。亜麻色の髪に緑柱石を思わせるような瞳が特徴的な、綺麗な人。

 多くの男性が彼女を崇拝している様子でした。祭壇の壁には誰かの名前が書かれていたのですが、何故か読み取ることができなくて。辛うじて『ファンクラブ』だけは認識することができました。微笑みを浮かべた写真や彼女を模した人形が一杯飾られていて、LOVEという単語がポップな字体で踊っていました。

 

 件のファンクラブは、年若い青年や、肩幅の比率を空目して二度見したくなるような男性が中心になっているようでした。双方共にガチ勢です。ですが、その部屋にはもう1人――いいえ、正確にはもう1羽と称した方がいいでしょう――いたのです。鳥の影が、じっと祭壇を見つめていました。正確には、祭壇に飾られている女性の写真を。

 値踏みをしているようにも思いますし、どこか魅せられているような気配も感じます。どこか悪意に近いような企みの気配も感じますが、鳥の背後からは、更に超弩級の悪意を感じました。以前感じたマザーコンピュータ・テラ並みの悪意を。所謂『上には上がいる』と言うヤツですね。正直理解(わか)りたくありませんでした。

 

 鳥の影はずっと、写真を見ているんです。ずっとずっと、見続けているんです。暫くすると、どこかへ飛び去ってしまって。――いつもそこで目を覚ますんです。

 

 青年も男性も、鳥の影も、何かを話していました。何かを口走っていました。でも、夢から覚めて覚えていることはほんの僅かです。

 『アル・ワース』や『智の神エンデ』という単語が何を意味しているかはさっぱり分かりませんが、新たな戦いの気配が近寄ってくるような感覚がありますね。

 

 裏で糸を引いている“何か”の気配を色濃く感じます。アルティメット・クロスがまだアンノウン・エクストライカーズだった頃に起きた戦いで、嘗て僕の生みの親――お父さんの双子の妹である刃金蒼海が、マザーコンピューター・テラから与えられた叡智を駆使して世界を私物化しようと企んだ計画を思い出しました。

 マザーコンピューター・テラが蒼海に知識を与えたから蒼海が狂ったのか、発見者である蒼海の狂気に毒されたマザーコンピューター・テラが一種の未来予知的な演算を行ったのか、未だに答えが出ていないそうですね。その辺は軍の記録でも有耶無耶にしているようです。

 奴を同業者と呼んだデウスエクスマキナは何かを知っている素振りを見せていましたが、そこにヒントがあるのかもしれないと僕は考えています。お父さんを見て口走った「本来の生贄」や「幸せな目隠し」というワードが、ずっと頭の中に引っかかっているんですよね。

 

 ……結局、「既に奴の企みは瓦解したから、語る必要はない」として、何も教えてはもらえませんでしたっけ。

 終わったなら教えてくれたっていいと思うのに、神を自称するヤツはどうしてみんな不親切なんだか。

 

 話題は変わりますが、最近、マザーコンピューター・テラの跡地で不思議なエネルギー反応が発生しているという噂を聞きました。JUDAの皮を被った加藤機関の面々や悪の組織もバタバタしているため、件の調査は僕が1人で担当することになっています。先程、話題にマザーコンピューター・テラを挙げたのは、近々また関わりを持つことになるためでした。

 地獄公務員の面々はロストバレルで悪事を働いてばかりの沢渡を追いかけていますし、穏やかに暮らすことを選んだショウさんとマーベルさんを邪魔するつもりもありません。彼らやお父さんたちのように、それぞれの場所で頑張っている人たちがいる――だから僕も、僕のできることを精一杯頑張りたいんです。

 もし誰かが、虚憶で見たネバンリンナ以上にトチ狂ってるマザーコンピューター・テラを悪用しようとしているのなら、嘗てその機械によって人生を歪められた人間の1人であり、アルティメット・クロスの一員である僕が止めるべきだと思っています。もう二度と、お父さんやグラハムさんのような被害者を出さないためにも。

 

 ……特にグラハムさんは、マザーコンピューター・テラの力を得た蒼海によって酷い目に合わされていますから。

 

 薬や快楽漬けにされ、関係者の命や自身の記憶を盾に取った脅迫で心を折られかけながらも、あの人は帰って来た。一度は破滅の運命を受け入れ突き進んでいたけれど、お父さんとの友情や刹那さんへの愛が、彼の“望む場所へ還りたい”という想いを抱かせ続けるに至った。――それ故に起きた奇跡を、僕は知っています。救われたように笑ったあの人の姿も。

 後遺症として“自分が死ぬ虚憶を延々と見続ける”という枷を背負っても尚、グラハムさんは普段通りの態度を崩さなかった。後で本人から聞きましたが、「弱音の吐き方まで気を使っていた」ことを知って驚いています。お父さんや刹那さんには僅かな違和感を抱かれ、最終的には見破られたようですが。……本当に、強い人です。愛の方向性は迷走気味だけど。

 

 そろそろ35回目の誕生日が近づいているそうですが、グラハムさんの傷は癒えたのでしょうか。いつか完全に癒えて、“自身の死”という虚憶の呪縛からも解放されることを祈っています。例えまた迷走することはあっても、お父さんや刹那さんがいるんですから、きっと大丈夫でしょう。僕も、アルティメット・クロスのみなさんがいてくれるから平気です。

 

 色々長く書きましたが、今回はこの辺にしておきます。帰還の目途はまだ立っていないようですが、僕のすることは変わりません。お父さんたちが外宇宙へ航海の旅に出るのなら、僕が貴方の帰ってくる場所を守ります。

 美味しいご飯を作って待っているので、帰って来たら「ただいま」と笑ってくれたら嬉しいです。それから、外宇宙探索で見聞きしたことや、お土産話を沢山聞かせてくださいね。そのときを楽しみにしています。

 

 では、失礼しました。

 どうか息災で。

 

 ソラツグ・ハガネ/刃金宙継より

 

 

◆◆

 

 

 

 始まりと終わり、過去と未来、生と死、命のこたえ。数多の陰謀が交錯した長い動乱は終わり、人類は永遠のループを解脱した。

 世界は新たな始まりを迎え、集った可能性はそれぞれの世界へと還る。それぞれの世界で、未来を生きるために。

 

 

「よいしょ、っと」

 

 

 瓦礫の山を乗り越えて、刃金(はがね)宙継(そらつぐ)は目的地に辿り着く。

 

 嘗て別荘地として流行っていた名残を廃墟という形で残したこの島は、地下にマザーコンピューター・テラが存在していた場所だ。アルティメット・クロスが活躍する戦乱よりもっと前に発生した戦いが起きていた頃は、刃金蒼海以外この島に出入りしていなかった程寂れていたという。誰も出入りしない場所だからこそ、マザーコンピューター・テラの存在はずっと秘匿されてきたのかもしれない。

 勿論、戦乱を超え、マザーコンピューター・テラが完全に停止した現在、この島は完全な無人島となって捨て置かれている。停止寸前に出された『メギドシステムによる地球の破壊』なんて悍ましい命令が遂行されることも無ければ、未来予知に等しい演算能力が悪用されることもない。人類を監視し、歪な箱庭を創り出したシステムは絶たれた。歪みの犠牲者たちも、当時の痛みを抱えながら歩き出している。

 

 

(入り口は……潰れてますね。思念波を使っても人や動物の気配はないし、誰かが出入りした形跡もない)

 

 

 念には念を入れてみたが、宙継が想定するような最悪のケースは存在していなかったようだ。同時に、報告で挙がっていたような『不思議なエネルギー反応』は見当たらない。

 何も起きないことに越したことはないのだ。このままガセネタであってほしいな、と、宙継は思う。……最も、調査に来たばかりで、結果がまだどうなるかは分からないが。

 

 

「ソラ、どうしたの?」

 

「このままガセネタだったらいいのになって思ったんです。この世界がまた戦乱に包まれるのは御免ですから」

 

「……そうだね。せっかくみんなと仲良くなれたのに、また戦うの、嫌だな」

 

 

 宙継の隣に寄り添うのは、少し年上の少女――亜麻色の髪をウェーブロングにし、透き通った蛋白石(オパール)のような瞳を持っている――を模した金属生命体ELSだ。個体の識別のため、宙継はセイカ――漢字表記で星歌――と呼んでいる。セイカは不安そうにふるりと身を震わせた。セイカは、刹那が対話を成功させる以前に出会い宙継と融合したELSの一部が、宙継から可能性を学んだことで生まれ落ちた個体である。ELSの端末的な存在であるという意味では、人間に友好寄りのミールが端末として生み出した来栖操に近しい存在だ。

 ELSは“人類には多様性がある”ことを学び、それに見合った存在をメッセンジャー兼人類とELSの架け橋として生み出した。地球に残り、人類との共生を達成するために残った個体が、セイカを筆頭とした“純粋なELS”や宙継のような“ELSと融合した人間”である。自分たちが見聞きし体験したことは、本体のELSたちに共有される仕組みになっていた。そうやって、彼らは人類と共存するための可能性を学んでいる。同時に、それは外宇宙探索部隊と行動を共にしているELSにも共有されていた。

 大分距離が離れてしまっても、彼らのネットワークは強固らしい。多少のタイムラグはあれど、最終的には全ての個体に情報が伝達される仕組みなのだ。人類側はそれを良い方面で活かせないかと考えている。宙継が父・クーゴに宛てた手紙を思念波にして飛ばしているのも、研究の一環という面があった。セイカにとって宙継は、共生主であると同時に教師的な存在である。セイカが何を学び、人間との交友を望むELSとしてどんな選択をするのかは、宙継に懸かっているのだ。

 

 

(子育てってこんな感じなんでしょうか……)

 

 

 宙継を引き取り育ててくれたクーゴのことを思い出しながら、宙継はそんなことを考える。

 

 父はいつも、宙継のことに対して心を砕いてくれていた。軍に勤めているが故に忙しい身でありながらも、料理を作り置きしていてくれたり、今日の出来事をメモして交換ノート的なやり取りをしたり、非番の日は一緒に過ごしてくれたり、父親として必死に頑張っていたことを知っている。

 蒼海から『出来損ない』だの『失敗作』だのと言われ、存在を全否定されてきた宙継のことを救い、気にかけてくれた。宙継が零した呟きを拾って、本当に父親になってくれた。大きな背中を想い出し、宙継は思わず表情を綻ばせる。

 

 

(僕も、あの人にとっての“自慢の息子”になりたいなあ。セイカが、僕にとっての大切な相棒であるのと同じように)

 

 

 そのためにも、宙継が背負ったこの大役を――人類とELSの架け橋になることを、ちゃんと果たさなければならない。宙継がひっそり決意を固めたときだった。

 

 

「ソラ、何か来るよ!」

 

 

 セイカの指摘に顔を上げる。真っ青な空のど真ん中に、曇天の雲が渦巻いていた。中央部には魔法陣を連想させるような不気味な光が点滅している。

 次の瞬間、その渦から何かが飛び出してきた。緑と白を基調とした謎のロボットと、青い土人形のようなデザインのロボットたち。

 元アルティメット・クロス関係のデータベースにも、こんな機体は存在していない。ELSたちのネットワークにも存在していない、完全な未知の存在たちだ。

 

 

「どうする?」

 

「脳量子波と思念波を併用して呼びかけてみます。セイカ、力を貸してください」

 

「わかった」

 

 

 セイカと協力して、宙継は脳量子波と思念波を展開した。目の前の機体に乗っているパイロットたちへ、コンタクトを試みる。

 即座に撃墜行動を取らないのは、アルティメット・クロスで培った異種族との対話が起こした奇跡を知っているためだ。

 

 自分の所属と名前、攻撃する意思がないこと、ここがどのような惑星でどんな知的生命体が住んでいるのかを告げ、何をしに来たのかを問いかける。ここで対応を間違ってしまえば、嘗ての戦乱を再現する事態に陥ってしまうためだ。

 

 人類との相互理解が構築されていなかったのと、人類側が脅威認定したために争いを繰り広げていたバジュラ。

 “すべてを同化することで高次元へと至る”という目的の為に、()()()人類と同化していたフェストゥム。

 学習能力が高すぎたことと人類の対応によって間違った知識を学習し、挨拶と攻撃を勘違いしたことで泥沼になりかかったELS。

 

 彼らとの戦いで犠牲になった人々のことを悪くは言えない。当時の人類は自分たちの身を守るので手一杯で、彼らを理解する余裕はなかったから。実際、彼らが人類に対して行った行動は、人類にとっての攻撃行動だったから。

 誰かが疑問を持たなければ、誰かが「分かり合いたい」と願わなければ、この平和は得られなかった。対話をすることもなく、理解し合うこともなく、共生の道を模索することもなく、殺し合いの果てに絶滅していただろう。

 

 

(――さあ、どう出る……?)

 

 

 どうか友好的であってくれと願った瞬間、機体の真正面に魔法陣が展開した。迸る雷と青く光る弾丸が、宙継たちの元へと容赦なく降り注ぐ!

 

 

「撃って来た……!」

 

「仲良くするつもりはないということですか……!」

 

 

 友好的どころか悪意に満ちた攻撃だ。思念波で防壁を展開して凌ぎながら、宙継は敵機を睨みつける。攻撃を仕掛けてきたあたり、あの機体に乗っているパイロットたちを放っておけば、やっと平和になったこの世界に新たな戦乱が呼びこまれてしまうことは確実だ。

 正直舌打ちして悪態をつきたい心境なのだが、セイカの教育上に悪いので押し止める。宙継が何を成すべきかを察知したのか、セイカは小さく頷き返した。次の瞬間、宙継とセイカの意志に応えるようにして、愛機が眼前に転移する。現れ方の参考は、以前美海がアルカトラズの慰問ライブでペインキラーを召喚したアレだ。

 当時とは違い、宙継は野郎でオーディエンスは1人もいない。よって、キバの輩から応援されるようなこともない。隣にいるのはセイカと愛機だけ。文字通りの孤軍奮闘だ。――それでも、アルティメット・クロス/正義の味方としての矜持がある。

 

 宙継は即座に愛機のコックピットに転移する。セイカも、ELS用のコックピットに転移して準備を終えたらしい。

 主である宙継が搭乗したことを察したかのように、計測機器やウインドウに光が灯る。迎撃するには特に問題はない。

 

 

「――行きますよ、フリューゲル!」

 

 

 宙継の声に応えるかの如く、愛機――フリューゲルのカメラアイが光った。

 そのまま勢いよく飛び出し、謎のロボットたちと対峙する。

 

 フリューゲルは、嘗てユニオンの主力機体であったフラッグの系譜を引く可変型MSだ。開発元は悪の組織であり、とある事情で悪の組織に所属していた父親が搭乗していた機体・はやぶさと、地球連邦の次期主力MS候補として試験導入されていたブレイブのデータを下地にして作られた機体である。性能はブレイブ寄りだが、ブレイブとの変更点があった。

 

 まず第1に、新人類である宙継やELSであるセイカ用の改造が施されているという点だ。刃金宙継はELSと融合したハイブリット型イノベイターであると同時に、外宇宙からやってきた新人類・ミュウの系譜を引く者である。イノベイターとの違いは、“サイオン波という特殊な脳波を使った超能力を使える”ことにある。他者の心を読み取るだけでなく、シールドを張って攻撃を防いだり、思念波を使って他者に干渉したり、周囲の物体に干渉することで物理的な攻撃力を発揮することもできた。

 得意分野は個人によって違い、4種類存在する。思念波の色によって分類することが可能だ。破壊力に突出した過激なる爆撃手(タイプ・イエロー)、シールドによる防御を得意とする完全なる防壁(タイプ・グリーン)、思念波を使った読心術やテレパス能力に優れた思念増幅師(タイプ・レッド)、すべての能力を高い水準で発現することができる荒ぶる青(タイプ・ブルー)。嘗てはその能力故に、別宇宙で反映していた人類から絶滅させるべき害虫扱いされていたが、後に手を取り合って生きていくことになった。

 地球再生を夢見て旅するミュウたちがこの宇宙へ迷い込んだことで、一部のミュウがここの地球に残ることを選んだ。悪の組織の関係者は、その直系の子孫や、ミュウたちと心を通わせたことで己も目覚めた者や、その子孫たちで構成されている。宙継も“ミュウを受け入れることで、自らもミュウに目覚めた”者だ。元々ミュウが住んでいた銀河では、「人類は最終的にミュウへ進化する」という研究結果が存在していたらしい。イノベイターと潰し合う危険性も考慮されているようだが、現時点では様子見と言ったところか。

 

 第2に、フリューゲルは人類だけの技術で生み出されたものではないという点だ。この機体は外宇宙探索用の新型MSとしての運用を視野に入れており、ELSやバジュラ、フェストゥム等の外宇宙生命体の力を借りるという前提がある。フリューゲルの協力者として選ばれたのは、刃金宙継と融合していた金属生命体ELSであった。フリューゲルに関わるELSのまとめ役を担っているのがセイカである。

 フリューゲルはELSが融合することで運用されることを前提とした機体だった。そのため、表面は既に、セイカを母体に置くELSたちによって覆いつくされている。その他には、ELSから与えられるであろう膨大な情報量を捌けるよう、それ相応のスパコンやOSも搭載されていた。嘗てELSとの対話を試みて失敗し、脳に大きな損傷を負った刹那・F・セイエイのケースから配慮された安全装置だ。

 

 

「セイカ!」

 

「分かった! みんな、お願い!」

 

 

 セイカの指示を受け、フリューゲルに取りついていたELSたちが形状を変えて独立する。小型ELSの群れはフォーメーションを組み、ビームを発射した。

 謎のロボットたちは不可思議な防壁を展開して防御を行う。どんな原理か分からないが、あの防壁は、ELSによるビーム攻撃の威力を大幅に削いだようだ。

 

 

(今の防ぎ方、どのデータにも該当しない……?)

 

 

 “原理が分からない”ということは、それだけで充分な脅威になり得る。降り注ぐ雷の群れを回避しながら、宙継は相手の動きを見極めようと試みた。

 

 敵機は強い敵意を以て、宙継とセイカの操縦するフリューゲルへ攻撃を仕掛けてくる。件の機体には、パイロット個人用のカスタムは行われていないらしい。どれも均一的な攻撃を仕掛けてくる。

 あの様相からして、機体の特徴を一言で言い表すとしたら“移動砲台型のロボット”だろうか? しかし、機体スペックは均一でも、雷の威力には個人差があるらしい。セイカはそれに目敏く気付いたようで、不思議そうな顔をしていた。

 

 “持ちうる能力によって出力に差異がある”という点は、フリューゲルに搭載されているESP-Psyonドライヴと類似点がある。ESP-Psyonドライヴはミュウの持つ思念波を増幅し、機体に搭乗した状態でも発現できるようにした特殊機能のことだ。しかし、思念波には“使い手の心理状態によっては暴走してしまう”危険性も孕んでいる。

 思念波は感情と密接にリンクしており、感情のままに力を振るえば、周囲はおろか力を振るった本人すら破滅させる程の威力を叩き出す。それが怒りであれ、恐怖であれ、決意であれ、使い方によっては、使った本人を死に至らしめるケースだって存在しているのだ。感情と力に飲み込まれてしまわないよう留意しつつ戦う必要があった。

 

 

「ソラ。やっぱりあの魔方陣、『マジカル☆アマリン』に出てきたのと同じだよ!」

 

「興奮するのは分かりますけど、今はアレをどうにかすることを考えましょう。仕事が片付いたら、『マジカル☆アマリン』の視聴に付き合いますから!」

 

 

 雷が発生する原理を観察していたセイカが目を輝かせた。彼女の姿を形成する際元になった魔法少女アニメを思い出しながら、宙継は敵機へ対応する。

 

 降り注ぐ雷を、サイオン波を纏った日本刀型のブレードで切り捨てていく。それを見て怯んだ機体へ向かい、容赦なく首部分を切り落とした。

 宙継のサイオン波――荒ぶる青(タイプ・ブルー)を目の当たりにした敵機体の動きが乱れ始める。心なしか、放たれた雷の威力も下がってきたように見えた。

 敵の隙を見出し、ブレードで敵機を無力化していく。程なくして、宙継たちに攻撃を仕掛けてきた機体はみんな沈黙した。改めて、パイロットたちにコンタクトを試みる。

 

 

(……変だ。パイロットの感情や思念が一切感じられない)

 

 

 沈黙した機体の搭乗者は、全員抜け殻になっていた。彼らは虚ろな目で天を仰いだっきり、何も語ろうとしない。何も感じていない。

 

 自分が捕まる場合、人は何かしら感情を抱くはずだ。もう戦わなくて良いのだという安堵、これから何が起こるか分からないという不安、自分の今後に対する心配。

 勿論、抱く感情は人それぞれ。何かしら差異が出るのも当然のことだ。――なのに、彼らから伝わってくる感情は、みんな均一でぼんやりしている。

 

 

「思考が統一されてるのかな?」

 

「人間の場合、『思考が統一されている』となると、碌でもないことが多いんですが……」

 

 

 セイカの言葉に薄ら寒いものを感じて、宙継は体を震わせた。元々「母体の元で思考が一元化されており、個の概念が無いに等しい」生命体――ELS、フェストゥム、バジュラの一角であるセイカは、思考が統一されていても違和感を感じにくい。特にELSは、最近個の概念を学習したばかりだから致し方ないだろう。

 ELS、フェストゥム、バシュラとは違って、人間は個に対しても重点を置く。自分を縛る全の概念に対して反抗する権利が保障されているように、おかしいことには「おかしい」という自由が保障されているように、迷い選択すると言う権利を行使できるように、多様性という概念が存在しているのだ。

 その権利を奪い取ろうとした存在を、宙継はよく知っている。前時代の遺物であったマザーコンピューター・テラが、人類と地球を監視しようとした出来事だ。己が定めた規格に合わない人間や新人類を容赦なく抹殺し、歪な支配体制を敷こうとした――演算能力に物を言わせた無自覚な悪意を思い出すと、酷く悪寒が走る。

 

 

『回答:人類は、私を受け入れない』

 

『私を受け入れぬ人類など、不要』

 

『――よって、そんな人類には地球など不要。メギドシステムにより、地球を崩壊させる』

 

 

 自分用に洗脳していた手駒たちを繰り出した姿も、惑星(ほし)を破壊するための兵器が火を噴かんとしたときの記憶も、神に等しいスーパーコンピューターによる暴挙に対して異を唱えた人間たちの意地も、未だ色あせない。

 

 メギドシステムを止めるために、ソレスタルビーイングやアロウズ、地球連邦軍も関係なかった。アンノウン・エクストライカーズの関連組織や悪の組織も手を貸してくれた。JUDAや加藤機関も裏でこっそり手を貸していたことを、後で石神と加藤から聞かせてもらった。あの機械のせいで世界が滅ぶのは、2人の望むことではなかったから。

 人間たちには個があって、様々な考えが存在することが許されている。それ故に、1つの答えで纏まることはとても難しい。けれど、それでも――生きるために、守るために、自分たちの意志を1つにすることができるのだ。敵も味方も手を取り合って、多くの命を背負って、同じ願いの為に行動を起こしたのだから。

 

 “彼らが自発的に、1つの目的の為に意志を一つにした”ならば、何もおかしいことはない。

 問題なのは、“何者かの手によって、彼らの意志が一元化されている”という部分である。

 このパイロットたちは明らかに後者だ。何者かの強い介入によって、言動と反応が均一化されている。

 

 

「……こういうのは、“何によって洗脳されてるか”が問題なんですよ。精神制御と言っても、やり方は沢山ありますからね」

 

「暗示とか、薬とか、機械による精神制御とか、高次元生物による介入とか? 最後のは『マジカル☆アマリン』でやってたけど。アマリンが魔獣の洗脳を受けて――」

 

「彼らを拘束して然るべき機関へ送り届けたら、ゆっくり観ましょうね」

 

 

 『マジカル☆アマリン』談義を始めようとしたセイカを引き留め、宙継がコックピットから降りようとしたときだった。

 

 

「ソラ、巨大なエネルギー反応!」

 

「回避は……間に合いそうにないか! ショック耐性っ!」

 

 

 澄み渡った蒼穹を引き裂くようにして黒雲が渦巻き始めた。一歩遅れて、黒雲の向こう側から強大なエネルギーを感じ取る。

 セイカの警告も間に合わない。宙継は回避ではなく防御に徹することを選んだ。黒雲を割くようにして魔法陣が展開し、眩い光が発せられる。

 あまりの眩しさに、宙継は思わず目を閉じた。瞼の向こうから刺さるような閃光は、程なくして消え去る。

 

 

「――え」

 

 

 目を開けて、宙継は間抜けな声を上げた。眼前に広がる景色は、宙継が来ていた無人島――マザーコンピューター・テラの跡地ではなかったからだ。

 

 紫や黄色、青や赤など、絵本やファンタジー小説の挿絵でしか見たことのない配色の木々や草木が至る所に生い茂っている。

 空の青さも見知った青とは違い、どことなく霞んでぼやけているような色合いだ。どこまでも続きそうな草原が、宙継の眼前に広がっていた。

 

 先程のエネルギー波を分析し終えたセイカが口を開く。

 

 

「さっきの光は、私たちELSのワープやバジュラのフォールド波、フェストゥムのワームスフィアーによる転移とよく似てる」

 

「ということは、僕らは……」

 

「“どこかへ転移した”ってことになるよ」

 

 

 「その“どこか”がさっぱり分からないんだけど」と、セイカは難しそうな顔をして唸った。彼女の言葉通り、地図座標に関する情報が悉くエラーを叩き出している。……そういえば、バイストン・ウェルに飛ばされたとき、似たようなエラーに直面したか。完全な異世界だったため、地図情報を入手することは大変だった。

 協力者がいなければ、バイストン・ウェル組はまともに身動きできなかっただろう。そのときの協力者は“現地で知り合ったオーラバトラーたち”である。後に、フェンリルで自爆したと思われていた翔子が部隊へ合流した際、彼女は反乱軍の持つ地理や知識を網羅していたので、攻略時にはとても助けられたのだ。

 

 転移先に関する情報が一切ない場合、現地人の協力者を見繕うのがセオリーだ。……最も、現地人がどのような立場にあるのかを見極めた上で、協力者として相応しいか、慎重に選ばねばなるまい。

 

 因みに、宙継の出向先・JUDA/加藤機関である現上司――加藤と石神が、翔子が生還するに至ったプロセスを聞いたとき、「俺も想像力が足りなかった」と頭を抱えて蹲っていた。

 翔子が自爆する際に使ったフェンリルは気化爆弾だ。アレに巻き込まれたら最期、肉片や髪の毛一本すら残さず消えてしまう。生存しているなんてことは、まずあり得ない。

 石神の共犯者であるジュダも、「想像できるかこんな未来(モン)!」と悪態をついてもおかしくなさそうである。予測された絶望は、こうして変わっていくのだ。閑話休題。

 

 

「……とりあえず、人を探してみよう。情報を入手できないと、方針を立てることすらままならないよ?」

 

「それをELSである貴女が言うと、重さが半端ないですね」

 

「そうだね。私たちELSは、ビーム砲を撃つことを挨拶だと認識しちゃったもんねー」

 

 

 泥沼になりかかった当時のことを思い出したのか、セイカは難しそうな顔をした。ちょっとしたボタンの掛け違いが生み出した悲劇を、軽く見ることはできない。それが自身の意図するものでなかったとしても、他者の悪意から派生したものだったと言えど、相手側からすれば「だからどうした」と言われても仕方がないような出来事は何度もあった。

 

 特に、フェストゥムのケースが顕著だった。初期に出現したフェストゥム――フェストゥムを取りまとめる母体・ミールたちは、“純粋な()()”で同化を推し進めていた。死を恐れるべきものと認識したミールが、善意で「死の概念を無効化するために、誕生という概念と原理をなくしてしまおう」としたのがその例に該当する。

 後にフェストゥムは、蒼穹作戦絡みの出来事で憎悪を学習。ハザードが功績欲しさに撃った核ミサイルによって、怒りと憎悪に特化した一派が現れる。人類友好派のミールと殲滅派のミールがぶつかり合いを繰り広げ、その影響を受けたのが、来栖操を竜宮島/アルティメット・クロスへ接触させてきた派閥のミールだった。

 その後も、操を通じて人類を学習したミールは殲滅派へと鞍替えし、操に人類を滅ぼせと命令を下す。最後はミールの意見に反抗し、「戦いたくない」という自らの意思を貫く勇気を示した。フェストゥムを話ができる美羽を守るために飛び出したその背中を、宙継は今でも忘れられない。

 

 “空が綺麗”という理由で通じ合えた、大切な友達。彼はきっと、いつかまた生まれてくるだろう。

 もしまた会えたら、一緒に空を見上げると言う約束をしていた。閑話休題。

 

 

「それじゃあ、思念波を展開します。セイカ、手伝ってください」

 

「はーい」

 

 

 2人で協力して思念波を展開する。この近くに現地人がいるか否か、どの辺から人の気配を感じるかを察知する必要があった。

 人の気配さえ感じ取れれば、そこへ向かって移動することが可能になる。人が集まる所には町や村があり、情報収集にはうってつけだ。

 上手くいけば、案内役を見つけることもできるかもしれない。期待を抱きながら気配を探っていたとき――

 

 

「――こ、来ないでください! 来ないでぇぇぇっ!」

 

 

 ――どこからか、少女の悲鳴が響き渡った。

 

 




スパロボXのホープス×アマリにぶち抜かれて創作を始めたら、いくら検索しても自分の書いた作品しか出てこなかったので、むしゃくしゃして始めたのがこのお話です。完全に見切り発車で申し訳ない。
どうやったら早い段階でホープス×アマリに持っていけるだろうかと思案した結果、ELS・フェストゥム・バジュラが揃い踏みしたUXが頭に浮かんでこんなことになりました。
オリ主はアル・ワースにInした直後。次回で、丁度X原作の第1話に合流します。見切り発車ではありますが、ホープス×アマリのCPが増えることを願っています。

それと、思うところがあったので、先日投稿した1話を加筆して投稿し直しました。以降はこれくらいの文字数を目安にしていきたいと考えています。


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その名は体を表さない

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープスが可哀想な目に合う(ヒント:捏造/“この時点での”ホープスの好みの味≒某魔獣の好みの味)。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 地図系統や座標軸絡みのOSが使えなくなった宙継とセイカは、得体の知れぬ世界を歩くための案内人――あるいは情報収集できそうな村や町を探すために思念波を展開した。

 そこで察知したのが、助けを求める女性の悲鳴。嘗てアルティメット・クロスとして、正義の味方として飛び回ったときの経験が、我関せずを決め込むことを良しとしなかった。

 

 宙継とセイカは顔を見合わせて頷き合い、悲鳴の聞こえていた方角――思念が渦巻く方向へ向かって駆け出した。

 

 少女の悲鳴と渦巻く思念からして、孤軍奮闘状態で途方に暮れていることは明らかだった。多勢に無勢、心細さと恐怖に震える思念が、宙継とセイカを急かすように漂う。

 おまけに、間髪入れず似たような思念が1つ増えた。こちらは少年のもので、酷く動揺している。見知らぬ地に飛ばされ、出会い頭に敵意を向けられて混乱している様子だった。

 双方を取り囲む敵の思念は上手く読み取ることができない。思念波には“機械系の敵が何を考えているのか判断しにくい”という弱点があるので、恐らく敵はその系統だろう。

 

 

「いた、あそこ!」

 

 

 セイカが指さした場所には、数世代前に流行ったブリキの玩具を思わせるようなロボットたちが徒党を組んで、宙継より年上の少女と同年代くらいの少年に襲い掛からんとしているところであった。多勢に無勢どころか、完全な弱い者いじめである。

 

 嘗ては正義の味方、アルティメット・クロスとして戦乱を駆け抜けた刃金宙継が、そんな光景を黙って静観するわけがない。

 勿論、そんな宙継と共生の道を選んだELSのセイカも、弱い者いじめを黙認するような真似をするはずがなかった。

 

 

「多勢に無勢で、か弱い女性や少年を甚振ろうとする輩ってのは感心しませんね」

 

「どこの世の中にも、そういう奴らがいるんだよね。そのせいでいつも、フツーに生きてる人が迷惑するの」

 

 

 宙継とセイカの存在を視認したロボットたちは、両名を邪魔者だと認識したらしい。少女と少年を追い詰める側と宙継たちに襲い掛かる側に別れ、後者が攻撃を仕掛けてきた。

 

 アルティメット・クロス在籍時の座右の銘は“悪党には容赦と加減は必要なし”である。対話の大事さは分かっているが、対話を放棄して襲い掛かってくる輩の毒牙にかかってやる義理はない。話が通じないならまず無力化させ、それでも聞く耳を持ってくれない場合は――仕方がないことだが――倒す他ないのだ。

 殴りかかってきたロボットの攻撃を回避し、宙継は思念波を叩きこむ。衝撃波が発生し、ブリキのロボットは情けない悲鳴を上げて吹き飛ばされた。……どうやらこのロボットは、「ブリキー」という鳴き声で会話を行っているらしい。同族同士とは普通に会話が通用しているようで、独自の言語を有していることは明らかだった。

 宙継が冷静に分析している脇では、セイカが思いっきり正拳突きを繰り出していたところだった。即座に同化しないあたり、この子もちゃんと手加減したり、人間のコミュニケーション法を学習しつつあるのだろう。今回講じた手段が鉄拳制裁であることに目をつむりながら、宙継は娘のような少女の成長に喜んだ。

 

「わ、私も……!」

 

 

 宙継とセイカの戦いっぷりに触発されたのか、少女が眦を釣り上げる。

 

 

「ほ、炎よ、舞って! ――イ……IGNEST!」

 

 

 少女がそう叫んだ途端、彼女の掌から炎が舞い上がった。威力はそこまで大きくない上に、ブリキのロボットに対してダメージを与えたような様子も見受けられない。

 だが、どういう訳か、少女が使った炎は奴らにとっての脅威と判定されたようだ。ブリキのロボットたちは悲鳴を上げながら逃走していく。それを見た少女は安堵の息を吐いた。

 彼女はブリキのロボットがわき目もふらず逃げて行った理由に心当たりがあるらしい。『ドグマ』だの『魔従教団』だのという単語を呟いて、難しそうな顔をして唸っていた。

 

 

(――あれ?)

 

 

 一部の単語に既視感を感じて、宙継は目を瞬かせる。

 

 そういえば最近、似たような単語をどこかで耳にしたことがあった。大樹が描かれた厳かな部屋、少女の写真が飾られた祭壇、緑を基調にした制服と不気味な仮面を身に着けていた謎の構成員、年若い青年と肩幅を二度見したくなるような男性、祭壇の写真をじっと見つめる黒い鳥――宙継が見た不思議な夢の光景がリフレインする。

 よく見れば、先程不可思議な炎を使ってブリキのロボットを追い払った少女にも見覚えがあった。でかでかと書かれた『■■■ファンクラブ』という垂れ幕に書かれていた名前は塗り潰されたように不鮮明で認識できなかったし、顔写真も靄が掛かっていたようにぼやけていた。目が覚めると忘れてしまう程、ぼんやりとしか認識できなかったのだ。

 だが、今なら分かる。『ファンクラブ』と書かれた垂れ幕の下に飾られた写真に写っていたのは、紛れもなく彼女だ。服装は緑を基調にした制服だった――今現在、彼女が身に纏っている服装とは全く違かったけれど、確かに彼女だ。宙継は思わず息を飲んだが、少女と少年は自分のことで手一杯らしく、宙継の様子に気づいていないようだった。

 

 

「ね、ソラ。見た? さっきのヤツ、アマリンみたい! しかもあの子、よく見るとアマリンにそっくりだよ!」

 

「うちに帰れたら撮り溜まってるでしょうから、そのときに見ましょうね」

 

「リアルタイムでは見られないなんて……! 邪道だけど、この際、ELSネットワークを介して見るべきか……!?」

 

 

 『マジカル☆アマリン』の話題で勝手に一喜一憂するセイカであるが、“少女がアマリンにそっくり”という点は宙継も同意できた。

 実際、件の少女の顔立ちは『マジカル☆アマリン』の主人公――天野(てんの)アマリと似ている。

 

 もし実写化されたら、キャストとして彼女が選ばれそうな程であった。閑話休題。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

「キミ、凄いんだね! 今の、一体何をどうしたの!?」

 

 

 宙継に声をかけられ、少女と少年はぺこりと頭を下げた。特に少年の食いつきが凄い。

 ……それもそうか。ミュウの思念波を目の当たりにして、反応しない方が異常である。

 嫌悪される可能性も視野に入れていたが、悪い反応じゃなくて本当に良かった。

 

 

「僕は民間企業・悪の組織からJUDAおよび加藤機関に出向している技術者兼MSパイロット。ミュウとイノベイターの複合型ハイブリット系新人類の、刃金宙継と言います。刃に金属の金、宇宙の宙に跡継ぎの継ぐと書くんです」

 

「悪の組織!? 宙継くんは悪い奴なの!?」

 

「悪の組織というのは企業名ですが、世間では慈善企業として認知されていますよ。むしろ『お茶目な正義の味方』です」

 

 

 少年の驚きようは当然だ。何も知らない状態で『悪の組織』という単語を聞けば、特撮ヒーローものの敵組織を思い浮かべるのが常であろう。実際、少年もそう思ったようで、警戒気味に身構えた。少女も眉間に皺を寄せて警戒態勢をとる。

 とりあえず、悪の組織の所業――孤児院の慰問、ボランティア活動、技術指導をしているときの光景を思念波で見せてあげたら、少年から「なんで悪の組織って名前にしたの!? 普通に正義の味方にすればいいじゃん!」と突っ込みを貰った。

 

 

「『正義の味方が正義の味方と名乗るのでは面白みがない。『悪の組織が世界征服を目指して動いたら、周りの人間が笑顔になり、幸せになっている』というコンセプトだからこそ、面白いんだ』――今は亡き、先代社長の言葉です」

 

「……そうなんだ……」

 

 

 ……先代社長だったベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド――ベルフトゥーロ・ティアエラ・シュヘンベルクの話をした際、うっかり思念波が漏れてしまったらしい。

 宙継が思い浮かべていたのは、果て無き宇宙(そら)へと飛び出していった女社長の背中だ。しかし、少年や少女が何を見たのかは分からなかった。

 ただ、悪の組織を立ち上げたベルフトゥーロが悪い人ではないことは伝わったようで、先程のような敵意は溶けて消えていた。これで、恩人にかけられた嫌疑は晴れたようだ。

 

 

「あたし、セイカっていうの。ソラと共生している金属生命体で、人間たちからはELSって呼ばれてるんだ」

 

「き、金属生命体……!?」

 

「うん。元々は別の惑星に住んでたんだけど、故郷が滅亡寸前になっちゃって、他の知的生命体に助けを求めて旅立ったんだ。で、あたしたちは人類が住まう星に辿り着いたの!」

 

 

 セイカの自己紹介を聞いた少女は、大きく目を見開いた。流れ込んできた思念からして、彼女がセイカ――ELSのようなタイプの生命体を目の当たりにしたことは初めてのことらしい。だが、外見や先祖が違うレベルの異種族なら、この世界にも存在している様子だった。

 金属生命体であるセイカのことをどう思ったのか気になって、宙継は少女と少年の反応を観察してみる。双方共に驚いてはいるが、嫌悪の感情はない。特に後者の少年は、好奇心を発揮して色々質疑応答を繰り返していた。拒絶されずに済んで一安心である。

 

 宙継とセイカが迷子であることを伝え、彼女たちが一体どんな状況であるのかを問えば、少女が説明してくれた。彼女の話を要約すると、以下の通りになる。

 

 少女の名前はアマリ・アクアマリン。異世界『アル・ワース』に存在する宗教および治安維持集団の一種・『魔従教団』に所属する、藍柱石の術士だという。宙継の世界で分かりやすく言えば、魔法使い――この場合で言うなら、『マジカル☆アマリン』の主人公/魔法少女――に近しいものがあった。アマリは少年――戦部ワタルの保護を依頼されており、ワタルがこの近辺に来るのを待っていたという。

 ワタルは小学校に通う4年生。学校帰りに龍を見かけたことが切っ掛けで、このアル・ワースに転移してしまったそうだ。その際、ブリキのロボット――ブリキントンの群れに襲われていたアマリの姿を目撃。何が起こっているのか理解できずにいた彼に対して、ブリキントンたちは標的を変えて襲い掛かって来たらしい。後は、宙継が駆けつけて大暴れしたところからは存じたとおりである。

 

 

「まあ、私もピンチだったから、人のことは言えないんだけどね」

 

「まったくです、マスター」

 

 

 アマリが苦笑したのとほぼ同じタイミングで、一羽の黒い鸚鵡が飛んできた。眼鏡をかけ、貴族を思わせるような紫のベストと白いシャツを身に纏っている。

 脳量子波越しに、セイカが『アマリンのお供そっくり!』と声を上げる。割と大きな声だったので、彼女の声は宙継の頭の中にわんわんと響いた。――ちょっと、痛い。

 

 

「私たちは救世主を保護しに来たのに、通りすがりである彼らが来なければ、ブリキントンに為すがままだったではないですか」

 

「それはその通りなんですけど、見ていたんなら、助けてくれてもいいのに……」

 

「それは私の職務ではありません」

 

「そんな……」

 

 

 件の鸚鵡はホープスといい、アマリの使い魔的な存在らしい。使い魔と主という関係性だが、ホープス自身は「自分たちは対等である」と語っていた。

 ……正直な話、ホープスの方が力関係が上のように見えるのは、主であるアマリがホープスに対して明確に反論できないせいだろう。

 アマリは拗ねるように頬を膨らませたが、ホープスの調子に押されてしまったのだろう。何かを言いたそうに口を開いたが、結局押し黙ってしまった。

 

 それを見ていたセイカの表情が一気に冷めた。巷で言う「チベットスナギツネ顔」と評した方がいいかもしれない。

 蛋白石(オパール)の瞳は、どこか憤りを孕んだ眼差しをホープスへ向けている。

 

 

「どうしたんです? セイカ」

 

「――ねえソラ。あの鳥さんはヘンタイさんなの?」

 

「ええっ!?」

「はあ!?」

 

 

 いきなり核爆弾級の話題をぶち込まれ、宙継は思わず噴き出した。セイカの質問はホープスとアマリにもハッキリ聞こえてしまったらしい。双方共にぎょっとした様子でこちらを見る。セイカの瞳は、ハザードを見下すかのように冷ややかで、憤りという炎が揺らめいていた。

 

 因みに、ハザードとは宙継の世界で戦った軍人である。アンノウン・エクストライカーズやエルシャンクを嵌め、軍に彼らを“人類を滅ぼそうとするテロリスト”認定させたのを皮切りに、様々な悪事を行って自軍の邪魔をしてきた奴だ。訳有ってアンノウン・エクストライカーズに居候していた父クーゴもその煽りを受け、テロリスト扱いされてしまう。

 宙継もまた、ハザードの関係者たちから「テロリストの身内」認定され、事実上の幽閉状態にされていた。中には宙継に暴力を振るう輩もおり、命の危機と父の無罪を信じた宙継は、奴らによる監視の包囲網を強引に突破。早瀬浩一とその関係者が“早瀬軍団”を結成する場に居合わせ、そのままアンノウン・エクストライカーズに合流した。

 

 その後もハザードは数々の悪事――地球をザ・ブーム軍に売り渡す、和解が成立しかけたフェストゥムたちに向けて核兵器を打ち込む、核兵器が積まれた戦艦を守ろうとした衛を背後から撃ち殺す(後に生存していたことが発覚したが、あの時は血が冷えた)、キバの輩を遠隔操作で突っ込む自爆特攻兵器に改造する、エルシャンクに向かって核兵器を撃ちこむ(操が守ってくれたが、彼が消滅する原因となった。後に生存が発覚し、自軍に合流)、地球を見捨ててバジュラ本星へ向かう等――を働いた。

 勿論、奴の犯した悪事を、正義の味方が見逃すはずがない。地球連邦の大統領から直々に依頼を受けたUXは、奴を追いかけて宇宙へ飛び出した。みんなでハザードの乗る戦艦を攻撃するのは、今までの鬱憤を晴らすようで爽快だったことは今でも思い出せる。フラストレーションが溜まっていたと言えど、あの爽快感はちょっと異様だった。最後はジョウとイルボラによって止めを刺された獅子身中の虫は、ついに年貢の納め時を迎え、宇宙の藻屑となったのである。

 

 宙継たちにとって“ハザードを見るような目”は、最大級の侮蔑を示す表現としてよく使われていた。閑話休題。

 

 

「待って下さい。貴女は何か、酷い誤解をしていらっしゃるようですが――」

 

「だってそうでしょ!? 自分の主が、得体の知れない機械人形に好き勝手されそうになってるのに助けないって、“そういう趣味”を持ってるからでしょう!? エロ同人みたいに、エロ同人みたいに!」

 

「エロ同じ……ッ゛!? ちょ、ちょっと待っ――」

 

「しかも、分かってて遠くから静観してたんでしょ!? 完全に“ピー(R-18御下品ワード)”好きじゃん! ELSネットワークで見たけど、ハードでマニアックな奴いっぱいあったよ!」

 

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」」

 

 

 弁明を悉く切り捨てられた挙句、奇妙なレッテルを張られたホープスと、娘のような存在から飛び出した危険なワードに衝撃を受けた宙継は揃って絶叫する。

 宙継の頭は、2重の意味で痛かった。1つはセイカの発言、もう1つはセイカが発する脳量子波および思念波である。宙継はのたうち回りそうになった。

 前者はそんな知識をどこで有してきたのか。後者は感情任せに情報や感情の本流を撒き散らしているせいで、宙継の脳に負担がかかったせいだ。

 

 

「私だったら、ソラがそんな目に合ったら相手を完膚なきまでに叩きのめしてやるもん! この命に代えてもソラを守るもん! だって私はソラの相棒だもん、それくらいするのは当たり前のことでしょ!?」

 

「セイカ……」

 

 

 普段の宙継だったら、セイカの言葉に対して頷き返していただろう。……但し、現在は頭痛との戦いを繰り広げていたため、頷く間がなかっただけだが。

 

 

(……確かに、セイカの言葉にも一理ある)

 

 

 痛みを堪えつつ、宙継は思案した。アマリとホープスのやり取りを見るに、使い魔であるホープスはアマリに対して慇懃無礼な態度をとっているように感じる。

 “本気で主を敬っている”というよりは、“上手い具合に主を煽て、自分の都合のいい方向に誘導しようとしている”ような気配があった。

 

 確かに、彼の発言は的確だ。戦いや旅に不慣れな主のことを慮っての意見ではある。……ただ、それが本当に、「主であるアマリのための意見か?」と問われれば、どことなく胡散臭さが漂ってくるのだ。

 

 “腹に一物抱えている”という点では、アルティメット・クロスの関係者にも該当者が何名かいた。ロミナ姫の忠義を貫くため、敢えてアルティメット・クロスを裏切って立ちはだかったイルボラ。人類を救うため、人類に死を想像させようとして必要悪――死の象徴になろうとした加藤久嵩。加藤久嵩を含んだ人類と正義の味方を救うため、己の命を捧げようとした石神邦夫。娘のような存在に“いのちの答え”を見つけさせるため、自分の命を賭けたリチャード・クルーガー。愛する女性を死の側面に覚醒させるため、彼女ではなく自分が死ぬことを選んだジン・スペンサー。永遠に続く輪廻の輪から人類を解脱させようとして、数多の可能性を集め続けたノーヴル・ディラン。

 

 彼や彼女の行動原理は『世界を救うため』であり、『自分が愛する者たちが生きる、自分が愛する世界を守りたい』という願いと望みのためだった。一見、彼や彼女が掲げた正義には独善や矛盾を孕んでいることが多い。こちらが必死に説得しても、一切聞く耳を持とうとしないのも特徴だ。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 石神が“自分が正義の味方になれない理由”――ヒトマキナが作り出したオーバーライドの力場に突っ込んで対消滅する――ことも、ジンが死に急ぎに似た行動を取った理由――サヤが生側の“いのちの答え”に辿り着いてしまったがために、アユルを死側の“いのちの答え”に辿り着かせようとした――ことも、ノーヴルが可能性を束ねた理由――世界をリセットしようとするカリ・ユガを打倒し、人類を永劫の輪廻から解脱させる――も、最後の最後になってから明かされた。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 答え合わせがされてしまえば、彼や彼女の行動は理に適っていた。無意味・無謀・無策と思えるような言動にだって重要な意味があり、綿密に練られた(はかりごと)があり、積み重ねられた輪廻に裏打ちされたような策があった。並大抵の覚悟では絶対に果たせない大義があり、正義があり、祈りがあり、願いがあり――何より、人類と地球、ひいてはこの宇宙に対する愛があった。

 

 

(ベルさんだって、亡き夫イオリアへの愛と誓いがあった。グラハムさんにだって、刹那さんへの惜しみない愛があった。――だから、2人は己の役割に殉じようとしたんだ)

 

 

 来るべき対話を成功させるため、300年間ソレスタルビーイング関係者を見守り続けたベルフトゥーロ。

 自分が死ぬ虚憶を延々と見続ける中で、己の役目が“未来への水先案内人/永遠の道標”であると悟ったグラハム。

 

 2人が宿していたような強い激情は、主を導く希望の翼――ホープスからは一切感じない。むしろ、得体の知れぬ薄ら寒さがあった。

 

 似たような薄ら寒さは、戦いの最中で何度も感じたことがある。人類を監視しようとしたマザーコンピューター・テラ、マサーコンピューター・テラを悪用して世界を私物化しようとした刃金蒼海、可能性を束ねた煽りを受けて凶悪な小悪党へと成り下がったハザード・パシャ、自分が楽しむだけに無駄な輪廻を誘発させていたナイアルトホテプ。

 そういえば、最近見た夢で、“祭壇を見つめる鳥の影にも、似たような気配を感じた”ことを思い出した。あの鳥の外見は、どんな鳥だっただろう? ……丁度、ホープスとよく似た鳥ではなかっただろうか? ――だがしかし。

 

 

「フェストゥムのワームスフィアーを再現して、跡形もなく消してやるもん! なんなら、マークニヒトのデータから学習した成果を見せてあげるよ!? 今、ここで!!」

 

「待ってやめて待って! そんなものをこの場で披露したら、本当にみんないなくなっちゃうから――痛い痛い痛い! う゛ぉ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?」

 

 

 数多の情報と感情をダイレクトに叩き込まれ、宙継の思考は中断された。

 痛みを堪えるため、反射的に頭を抱える。のたうち回らなかったのは、単に意地の問題だった。

 

 セイカのせいで、この場は完全に大混乱に陥った。

 

 

「ほ、ホープスには、そんな趣味が……!? そんな性癖があったなんて……!」

 

「違いますマスター! 誤解です! 濡れ衣です! だから距離を取らないでください!!」

 

「え、ええと……その……」

 

 

 アマリが顔を真っ赤にして恥じらいつつ、従者にかかった性癖(疑いの段階)に困惑する。心なしか、2人の距離が若干開いてしまったように感じたのは気のせいではない。

 主の様子から自身の窮地を悟ったホープスは頭を抑えながらも、首を激しく振って否定。自分にかけられた誤解を解くことに奔走していた。

 

 更にワタルに至っては、眉間に皺を寄せて一言。

 

 

「“ピー(R-18御下品ワード)”って何?」

 

「ワタルくん、聞いちゃダメです!」

 

 

 小学4年生にそんな御下品ワードを言わせてはいけない――その一心で、宙継は吼えた。

 派手に一喝されたワタルはびくりと肩をすくませる。自分でもびっくりするような大声だった。

 彼は素直な性格だったようで、宙継の言葉に従って、それ以上の追及はしないでくれたことが救いだ。

 

 最早迷走するしかない状況を一変させたのは、幸か不幸か敵の襲撃であった。先程のブリキントンたちが、魔神と呼ばれる機体を駆って襲い掛かって来たのである。

 その数、合計7体。アルティメット・クロス時代はこの倍近い数が増援として現れるのは日常茶飯事ではあったが、味方がいたから大したことなかったのだ。

 

 

「…………」

 

「ねえ、どうしたの!? 何で急に黙っちゃったの!?」

 

「――覚悟を決めました」

 

 

 魔神の数を数えていたアマリが顔を上げる。彼女の言葉通り――何処か不安な色は拭えないままだが――自身の前に立ち塞がる困難に向き合おうと決意したように。

 

 アマリの話を聞く限り、魔神はワタルを狙っているらしい。アマリがワタルを保護するためにここを訪れたのは、ああいう輩からワタルを守るためだ。ワタルはただの小学4年生で、「自分がロボット軍団に狙われるような要素はない」と主張するが、アマリはその理由を知っている様子だった。

 先程アマリが言っていた「救世主」という言葉が、何かしらのヒントなのではないか――宙継が1人で類推している間に、戦況は勝手に動く。ブリキントンたちが乗ってきた魔神とは違う機体が、ワタルとアマリたちを守るかのように飛び出してきた。魔神は相当の手練れのようで、敵を一刀両断していく。

 しかしながら、1人で全てを相手するにしては、7体――つい先程1体が切り捨てられたので、残りは6体――というのは“いささか数が多い”。思念波を展開した際に置いてきたフリューゲルをこっちに呼び寄せようかと思案したとき、別の機体が背後から接近してきた。

 

 黒い翼を有する白いロボット。それをアマリの傍まで連れてきた/操縦していたのはホープスだ。

 相変わらずホープス優勢のやり取りを繰り返した主従は、ロボットに乗り込んで戦線へ飛び出していく。

 

 

「お姉さん……」

 

 

 「茂みに隠れて待っていて」という言葉に従うしかなかったワタルが、心配そうな顔をしてロボットを見送る。昔の自分と横顔が重なって見えたような気がしたのは、嘗ての自分が父の背中を見守っていたのと同じ気持ちを感じ取ったからだろう。

 数多の悪意と対峙する父親の背中を、覚えている。逆風にもめげずに飛び、還りたいと願った場所まで辿り着いた背中を、一度たりとも忘れたことはない。宙継は黒い翼を有する機体へ視線を向けた。不安に震えながらも、必死になって飛んでいる姿が父の機体――はやぶさ/ブレイブと重なる。

 

 

「ワタルくん」

 

「な、何?」

 

「ちょっとそこで待っててください。――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、えええ?」

 

 

 宙継を無力な一般人だと信じ込んでいるが故に、ワタルは首を傾げる。彼にとって、今の宙継はどう見えているだろうか?

 そんなことを思いつつ、宙継はセイカと共に思念波を飛ばす。フリューゲルが近づいてくる気配を感じながら、宙継は相棒の到着を待った。

 

 戦線に派手な動きがあった。新たな魔神の群れが徒党を組んで現れたのである。新手の数は先程と同じ7体だ。残り3体に加算されたので、合計は10体。アマリとホープスが操縦している機体やワタルたちを守るために現れた謎の魔神にも、疲労の色が滲んでいた。特に前者は、出力が不安定になりかかっている。

 どうやらアマリは戦いに不慣れなようだ。もうすぐ戦いが終わると思っていたところへの増援だ、心理的に手痛いのは当たり前だと言える。彼女とホープスが操縦している機体は、ESP-Psyonドライヴと非常によく似通っている――“パイロットの精神状態を反映する”タイプの機体らしい。

 魔神たちはその隙を見逃すことなく、アマリの機体へと殺到する。手練れである魔神がフォローに入るが、数で押されているために突破されてしまった。アマリの機体へ向かって、魔神たちが集中攻撃を繰り出す。アマリの機体は必死になって避けて反撃を繰り出していたが、思うようなダメージは与えられていなかった。

 

 文字通りの万事休す――そのタイミングで、ようやく遠隔操作して急行させたフリューゲルが姿を現す。夜空を思わせるような鉄紺の機体が、宙継のすぐ傍に降り立った。

 

 

「ちょ、宙継くん!? これって、宙継くんのロボット!?」

 

「はい。そういう訳ですんで、ちょっと行ってきます」

 

 

 ひらひらと手を振り、宙継はコックピットに転移した。機材類や武器類の調子を確認する。アル・ワースに転移させられたショックか、幾つかの武装に不備が発生しているらしい。だが、戦うことに関しての問題は無さそうだった。“増援で出てきた魔神に、ELSを取りつかせて遠隔操作する”というエグい手段だってある。

 セイカも件の手段を行使することに対して迷いはない。ジリ品なのはこちらだし、相手は無力な子どもに対して数の暴力で襲い掛かって来るとんでもない奴らだ。ロボットを1体くらい拝借したって、相手側にとっては痛くも痒くもないだろう。

 

 アマリとホープスや手練れの魔神を操るパイロットは、突如戦線に現れた宙継の機体/フリューゲルに対し、警戒の色を見せる。

 彼らの危惧は当然のことだ。ただでさえジリ貧なのにこれ以上出てこられては、撃墜されてしまってもおかしくない。

 宙継は回線を開いて呼びかける。まさか宙継も戦線に参加してくるとは思っていなかったのか、アマリが驚きの声を上げた。

 

 

「宙継くん!?」

 

 

『5分だ』

「5分です」

 

 

 先輩である早瀬浩一の言葉を、宙継は勝手に拝借する。

 つい最近発生した事件で、彼が使った口上だ。

 このことを知ったら、浩一は何と言うだろうか?

 

 

『5分で全部片付けてやる!』

「5分で全部片付けます」

 

 

 借りるのは言葉だけではない。本当に借りたいのは、彼の胸と正義だ。

 点と線を繋いで、偽りの未来を打ち壊した機体――ラインバレルを駆る正義の味方。

 

 

『俺は! アルティメット・クロス(正義の味方)なんだからなぁぁっ!!』

「――だって僕も、アルティメット・クロス(正義の味方)なんですから」

 

 

 早瀬軍団の最年少メンバーとしての、ささやかな矜持だった。

 

 

「アマリさん、自己紹介について1つ訂正させてください」

 

 

 刃金宙継。ミュウとイノベイターの複合型ハイブリット系新人類で、民間企業・悪の組織からJUDAおよび加藤機関に出向している技術者兼MSパイロット――この自己紹介に関して間違いはないが、1つだけ不備があった。

 

 

「僕は刃金宙継。ミュウとイノベイターの複合型ハイブリット系新人類で、民間企業・悪の組織からJUDAおよび加藤機関に出向している技術者兼MSパイロット。――そして、輪廻を解脱し世界を救った究極の混成部隊『アルティメット・クロス』に所属する、“正義の味方”です!」

 

 

 アルティメット・クロスは実質的に解散状態であるが、同じ時間の中で生きている面々とは連絡を取り合っていた。何かある度に協力し合い、事件に対峙したことだってある。

 みんなそれぞれの団体に別れて動くようになったけれど、アルティメット・クロスの名前が完全に消えたわけではない。未来は今でも、人々の手によって紡がれ続けていた。

 

 “集え、はじまりの元に”――アルティメット・クロスの物語が始まった冒頭の言葉を脳裏で諳んじながら、宙継とセイカは魔神に向き合った。

 

 魔神の1体が宙継とセイカ/フリューゲルの元へと突っ込んでくる。宙継は操縦桿を動かし、魔神の攻撃を軽く避けて見せた。アマリとホープス、魔神を操る手練れの操縦者が息を飲んだ気配を感じ取る。宙継は即座に旋回し、反撃態勢へと移行した。

 宙継の思念波/サイオン波で作り上げた青い小太刀を、ブリキントンが操る戦車型の魔神へ投擲する。嘗て宙継が搭乗していたちょうげんぼうという機体で、よく使った武装だ。小太刀は戦車のど真ん中に命中。魔神は呆気なく爆発四散した。

 討たれた仲間の敵討ちだと言わんばかりに、背後から別の魔神が迫る。そちらはセイカが買って出た。小型ELSの群れを展開し、魔神へと差し向ける。金属生命体の浸蝕/同化を受けた魔神は、抵抗叶わずそのまま飲み込まれてしまった。

 

 

「動かせますか?」

 

「うん。その代わり、ELSビットは使用不可能になるけど、いける?」

 

「勿論」

 

 

 フリューゲルには、ELSビットと呼ばれる武装が搭載されている。ビーム兵器やビット兵器を学習した小型ELSがビット型に擬態し、ビーム攻撃や障壁を展開する仕組みとなっていた。ELSビットを制御するのは、フリューゲルや宙継と共生関係にあるELSの母体的存在であるセイカが担当していた。

 

 ELSを他の機体に取りつかせたり、ELSに他の機体に擬態してもらった場合、セイカはそちらを動かすことに集中する。

 そのため、フリューゲルに搭載された武装・ELSビットは使用不可能になるのだ。メリットとデメリットを理解したうえで、宙継はセイカの問いに答える。

 

 

「同化完了。それじゃ、動かすよ!」

 

 

 程なくして、ELSによって完全に同化された魔神――量産型ゲッペルンは、セイカの支配下に置かれた。「うわ。GX-XⅣよりスペック低いね」とぼやきつつ、セイカは早速ゲッペルンを元朋友たちへと嗾ける。先程まで味方だったはずの存在から襲い掛かられることは想定外だったらしく、ブリキントンたちの統制が一気に乱れた。

 日ごろから「想像しろ」と語っていた加藤の言葉が脳裏をよぎる。ああやって混乱する奴から命を落とすと言う理論は、あながち間違ってはいなかった。勿論、奴らの隙を自分たちが逃すはずもない。フリューゲルは崩壊した陣形に突っ込む。逃げ惑う機体の1つが爆発四散した。残りは――支配下に置いた1機を除いて――7体。

 「敵の魔神の1体を支配下に置いた。これで、実質あと7体倒せば凌げる」ことを、回線を開いて2名に連絡する。セイカの索敵結果では『これ以上の増援は訪れない』とのことだ。宙継の発言が呼び水になったのか、不安定だったアマリの機体が持ち直し始めた。先程までの弱気など感じさせず、黒い翼の機体が魔法を次々と行使する。

 

 変わって、手練れが操る魔神は安定してゲッペルンを屠っていく。

 この調子なら、先程切った啖呵通り、5分もかからずすべてが片付くだろう。

 

 ――宙継の予想は見事に的中し、程なくして、ゲッペルンの群れは完全に掃討された。手練れの魔神は去り、残されたのは、アマリとホープスが操る黒い翼の機体と宙継とセイカの乗るフリューゲル、そうして茂みに隠れていたワタルのみ。

 

 

「強いんだね、魔法使いのお姉さん! あと、宙継くんとセイカちゃんも!」

 

「僕は大したことしていません。勝てたのは、アマリさんたちがいたからです」

 

 

 ワタルからの賛辞を貰い、宙継は照れ臭いのを堪えるようにしてアマリへ話を向ける。

 アマリの方も褒められたのが嬉しいのか、ちょっと恥ずかしそうに苦笑した。

 

 

「見苦しいところも、沢山見せちゃいましたけどね」

 

「そう言った自覚があったことは安心しました」

 

 

 しかし、使い魔にして指南役的な立場に立つホープスは、アマリが素直に喜ぶ時間を与えてくれない。黒い鸚鵡は嫌味たっぷりな態度を崩さなかった。

 

 

「あんまり言わないでください。思い出すと消えたくなるんですから……」

 

「これは失礼。ですが、向き合わなければ、弱点が克服できないこともお忘れなく」

 

「…………」

 

 

 “嫌味な鸚鵡に『マジカル☆アマリン』のそっくりさんが言い負かされている”現場が気に食わなかったのだろう。

 セイカはチベットスナギツネみたいな顔をして、宙継に愚痴をこぼした。――ホープスにも聞こえるほどの、大きな声で。

 

 

「ねえソラ。“ピー(R-18御下品ワード)”好きな鸚鵡が何か言ってるよ?」

 

「「やめなさい!!」」

 

 

***

 

 

 案内人であるアマリ曰く、異世界アル・ワースには、複数の国があるらしい。

 

 どの国も文明レベルに大きな差があり、ワタルの保護を依頼してきた地域――創界山近隣のドッコイ村は特に、“日本の古き良き田舎町”を再現したような、長閑で慎ましやかな村であった。里山には古民家がいくつも立ち並び、至る所に田畑が存在している。収穫間近の野菜が瑞々しく生い茂り、田んぼの稲は若葉から深緑色へと変わりつつあった。

 村の名前があんまりにも安直な気がしたが、世界や文化が違えばネーミングセンスにだって差異ができて当然である。自ら問題を起こすつもりのない宙継は、特にコメントしないことを選択した。勿論、素直すぎて色々口走りそうなセイカに対して、しっかり釘を刺しておくことも忘れていない。先程の『R-18御下品ワード事件』を避けたかったためである。

 尚、西部である創界山およびドッコイ村の他には、東部に神聖ミスルギ皇国を始めとした高度情報文明を扱うマナの国、南部にはつい最近新体制が敷かれるようになった獣の国が存在しているらしい。前者には一切覚えがないが、後者2つに奇妙な既視感を感じたのは気のせいではないだろう。宙継の虚憶には、双方の人々と関わったものがあるためだ。

 

 虚憶を受け取る――どこかの平行宇宙に存在する刃金宙継が体験し、抱いた想いが、今ここに居る宙継に届く/宙継が受け取る現象――ことの意味を噛みしめつつ、宙継はアマリの説明に耳を傾けた。

 アル・ワースに関する情報は、現時点ではアマリ・アクアマリンから開示/入手されるものしか存在しないのだ。聞けるだけ聞き出し、あとは現地で情報にどれ程の際があったかを確認するのが最善手だろう。

 

 

「どうでもいいけど、僕、お腹がすいちゃったよ」

 

「子どもですね。未知の環境への好奇心より、食欲の方が勝るとは」

 

「当たり前じゃん! お腹が減ったら、何もできないもの!」

 

 

 ワタルが零した素直な言葉に対し、ホープスが釣られるようにして反応する。

 「子どもは苦手だ」と零したホープスであるが、ワタルの“ある言葉”に対して異様な執着を滲ませた。

 

 

「……確かに真理ですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――その言葉に滲んだ得体の知れぬモノを、どんな言葉で表せば適切だったのか。

 

 人類を俯瞰する立ち位置から物事を分析しているような気配を察知し、宙継は思わずホープスに視線を向けた。彼の眼差しからは、人間を下に見ているような傲慢さがちらついている。例えるならそれは、高次元生物の視点を持つ立場に近しい。カリ・ユガ、聖アドヴェント、クレディオの姿が連鎖的に浮かんでは消えた。

 「アマリの使い魔である」と語るホープスに対して抱いた薄ら寒さも、多分ここに起因しているのだろう。彼は対話可能な知性と理性を持ってはいるけれど、共生可能な存在かと問われたら、何とも言えぬ疑問/疑念が残る。現状では友好的と分類出来そうだが、今後の展開次第では、アマリの無防備な背中に襲い掛かりそうな気配が漂っていた。

 

 不意に、ホープスが宙継の方を向く。

 金色の瞳と、黒い瞳が交錯した。

 

 

「……宙継様、どうかなさいましたか?」

 

「……もし僕が、『空腹よりも怖いものがある』と言ったらどうします?」

 

「ほう。それは興味深いですね。――因みに、それは何ですか?」

 

 

 宙継が零した発言に対し、ホープスが目を瞬かせる。宙継はニッコリ笑って答えた。

 

 

「『僕の大切な人や、僕や僕の大切な人が大事にしている場所がなくなってしまう』ことです」

 

 

 あの日の戦いを思い出す。束ねられた可能性が、永劫の輪廻を壊して解脱へと至った戦いを。自分たちが何を思って、戦うことを選んだのかを。

 

 愛する人を守りたかった。愛する人が愛したものを守りたかった。愛する人が生きる世界を守りたかった。愛する人の笑顔を守りたかった。愛する人と生きる未来を守りたかった。

 自分の手から零れ落ちた命がある。帰りたいと願いながら、ユガの狭間から帰ることを選ばなかった命がある。去り往く者たちから、今を生きる者たちへ託された希望がある。

 生と死によって見出された“いのちの答え”。輪廻という鳥かごを打ち破って、鋼の鳥たちが未来へと飛び立つ背中を――刃金宙継という命は、きっと永遠に忘れない。

 

 

「――くだらない」

 

 

 ホープスは暫し沈黙していたが、宙継に聞こえるか否か程度の声色でそう呟いた。

 興味をすっかり失っているあたり、宙継の言葉に対して()()()()()()()()()()らしい。

 

 彼の視線は、村に群生する木々へと向けられていた。平原でも生えていた色とりどりの木々には、樹木の色に対応した果実がたわわに実っている。見るからに美味しそうなのだが、木の実からはどす黒いオーラが漂っていた。宙継がぎょっと目を見開くのと、ワタルが興味津々に木の実を指さしたのはほぼ同時だった。

 ワタルの問いに対して「その木の実は味がしない。美味しくないから食べない方がいい」と諭すだけのアマリに対し、宙継はぞっとした。件の果実は、「食べない方がいい」という一文で済ませていいものではない。触れてしまったら最期、“飲み込まれ、二度と帰れなくなってしま”いそうな気配が漂っていた。

 痛み、悲しみ、苦しみ、絶望――あの果実から漂うオーラは、幾度となくアルティメット・クロスに襲い掛かった試練そのものだ。なんでこんなものが平然と生えているのだろう? しかも、ワタルに教授しているアマリの発言から鑑みるに、これらはアル・ワース中に群生しているという。

 

 宙継は反射的に後ずさりする。入れ替わるようにして、ホープスがばさばさと翼を羽ばたかせた。木の実に口をつけていないのに、彼は確かに木の実を喰らっていた。……正確には、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……ソラ、あれはヤバい奴だよ」

 

 

 宙継のすぐ後ろに漂っていたセイカが、苦い顔をして木の実を見つめる。彼女は今、交流があった異種族友達――フェストゥムのことを思い出している様子だった。

 皆城総司によって痛みを知ったフェストゥム・イドゥンが、その痛みに耐え切れず、「私を消せ」と絶叫していたことが頭をよぎる。今なら、彼がそう叫んだ理由が分かる気がした。

 

 

「今はまだ“何とかなりそうなやつ”だけど、転がり方によっては大変な存在になりそう」

 

「……激おこ状態のミューカス・エンペラーや、ゲッター戦を浴びたエイリアン等の系列ですかね?」

 

「あのまま対話可能な存在でいてほしいけど、大丈夫かな……?」

 

「ヴァサージ枠のままでいて欲しいものですが、今はまだ様子見するしかなさそうです」

 

 

 宙継は、虚憶で出会った地球外生命体のことを思い返す。

 

 進化の枝分かれで、人類種との交信能力を得たミューカスの亜種――ヴァサージ。言葉を介することはなかったが、彼はいつだってコネクト・フォースの味方でいてくれた。最後はミューカス・エンペラーと融合し、本種であるミューカスという種族ごと人類を救ってくれた。

 ミューカスのコアへと至ったヴァサージによって、いずれ誕生するミューカスたちは「平和的な個体になる」と言われている。知的生命体の存在を許さず、ヴァサージらの種族と交信できる一族だけを例外として生存させていた暴虐の皇帝――ミューカス・エンペラーは倒れたのだ。

 コアへと至ったヴァサージの伝令を受け、ミューカスたちは争いをやめていった。人類、および人類が生きる世界は平和を取り戻し、今後は地球外生命体と一緒に手を取って生きていくことになるだろう。――そんな『希望に満ちた物語』を思い描いたのは、名が体を表さぬ黒い鸚鵡のせいだった。

 

 




今回は真っ黒ホープスが出現。後の展開も踏まえた真っ黒さをイメージした結果がこんな感じ。現状のホープスは「好物と思考回路が某魔獣に近しい」ので、割と下種い思考回路となっています。
彼が原作25・26話、39話の某イベントでどこまで化けることになるのか、宙継とセイカによる浸蝕の影響がどう出るかを楽しみにしていただければ幸いです。のっけから飛ばしていますが、今後も加速していく模様。
主を助けずにいたらとんでもない目に合ったり、恥じらいながら困惑するアマリに対して「距離を取らないで」と威厳なく頼み込んだりしているホープス。いちゃつくまでにはまだ遠いですが、最低でもそこまで辿り着きたいと考えています。
尚、この小説はダイジェスト風味なので、いきなり場面がすっ飛ぶ場合があります。宙継とセイカから見たスパロボX・ホープス×アマリが主軸になっているためです。場面が吹っ飛んでいた場合は、「ああカットしたのか」と思って頂ければ幸いですね。


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いつか、あなたの心に咲く花は

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 地球を旅立ち、ELSの母星へ向かったお父さんへ

 

 先日メッセージを送ったばかりなのに、また送ってしまいました。僕を取り巻く現状が目まぐるしく変わったため、お父さんに是非知ってほしいと思ったのです。

 このメッセージがお父さんに届くまでのタイムラグを考えると、お父さんがこの手紙を受け取る頃には、僕の現状も今以上に変わっているのかもしれませんね。

 

 「想像しろ。それが出来ない人間に待ち受ける末路は、死だ」――出向先の上司、加藤さんがよく言っていた発言を引用させてもらいます。それを引用する許可も無ければ、大部分が僕の解釈が混じった話になりますが。

 

 脅威に対する意識を疎かにしてしまえば、いざというときに発生した事象に対応できなくなってしまう。死への恐怖を忘れてしまえば、何かに備える意識を疎かにしてしまい、それが原因で滅びの道を転がり落ちてしまう。滅びの未来から、僕らが学び取ったことでしたね。

 想像することは、思考することと同義です。悩み、迷い、決断を下すために必要な要素だと僕は思っています。想像するから、思考するから、人類は“正しい進化”を選択できる。デウス・エクス・マキナから売られた証明への挑戦――“人間であり続ける”ために必要なこと。

 しかし、想像力には限度があります。想像を絶するような生還劇や逆転劇を、人は奇跡と呼ぶのです。フェンリルを起動させた翔子さんがバイストン・ウェルで“凄腕の聖戦士”と呼ばれる実力者になったのも、オーバーライドのエネルギーに特攻しようとした石神さんを止めるために現れた援軍たちの乱入も、奇跡の1つだと言えるでしょう。

 

 長くなってしまいましたが、僕の現状をお話ししましょう。

 

 僕は今、アル・ワースと呼ばれる異世界にいます。オドと呼ばれる魔力が世界中の摂理を満たす、文字通りのファンタジー世界です。「一応、“宇宙に浮かぶ惑星である”定義は存在しているので、微弱で不安定ながらもELSネットワークを張り巡らせることができる」とセイカが言っていました。このメッセージも、不安定な中で出しています。

 セイカからは「このメッセージがいつ届くかは分からない」と警告されましたが、敢えて僕はメッセージを送ることにしました。何も言わないままではお父さんを心配させてしまうのではないかと思い、可能性が0でないのならやる価値はあると判断したためです。アルティメット・クロス時代の名残みたいなものですね。

 

 現在、アル・ワースの北部にある山間部の里山にあるモンジャ村に滞在しています。20世紀初頭の日本の山村を思わせるような家や田畑が広がる、長閑な村です。

 本来ならばその日のうちに旅立つはずだったのですが、村と救世主であるワタルくんを襲撃してきた敵を撃退したので、そのお礼として、おもてなしを受けることになりました。

 

 座って待つのが苦手だったのでお手伝いに率先して参加したら、オジジさんとオババさんに「手伝ってくれてありがとう。お前さんは優しい子だねぇ」と褒められました。最終的には、おもてなしされる側だったワタルくんやアマリさんたちもお手伝いに名乗りを挙げて、みんなでご飯を作りました。ご飯を作るのも食べるのも楽しかったです。

 そんな中で意外だったのは、鸚鵡のような外見をしているホープスも配膳を手伝ってくれたことでしょうか。魔法生物という出自故か、ドグマの応用で、器用に物体を運ぶことができるようです。あの様子だと、本気を出したら料理を作って振る舞うこともできるかもしれません。仕込みたいです。閑話休題。

 

 異世界に飛ばされるという事態そのものは、アルティメット・クロス時代に『バイストン・ウェルへの転移』という形で体験していました。しかし、『ループ構造になっていた銀河内部ではない』本物の異世界転移というのは初経験です。未知の世界に対する好奇心や困惑がなかったわけではありませんが、あの頃の体験は応用が利きました。

 僕の外見年齢と同年代の小学生、戦部ワタルくんが突然の異世界召喚で大慌てになっている横で、僕はどうにか普段通りの態度と思考回路を保つことができました。加藤さんが常々仰っていた、「想像しろ」という言葉があったおかげです。あの言葉がなければ、僕もワタルくんと同じく動揺していたことでしょう。

 それと、魔術に対する耐性は、九郎さんとアルのおかげで既に獲得していました。ですが、僕が話した内容は、逆に現地の術士――僕らの世界で言う魔法使い/魔法少女――であるアマリさんをタジタジにさせてしまったようです。宇宙が吹き飛ぶレベルの出力を叩き出す機体ですから、しょうがないのかもしれません。

 

 僕が転移したアル・ワースは今、前代未聞の危機に陥っているようです。現状では敵も様子見と言ったところで、アルティメット・クロス時代の切羽詰った気配が感じられないという点が救いでしょうか?

 

 現状説明が長くなってしまいましたね。では、現状に至るまでの経緯をお話します。

 

 マザーコンピューター・テラの跡地を調査していた僕は、僕らの世界に転移してきた謎のロボットと遭遇。こちらのコンタクトに対して攻撃行動を取った機体を無力化しました。

 パイロットたちと対話を行おうとしたのですが、操縦者たちはみんな、心ここにあらずというような状態になっており、会話を試みることが不可能となっていました。

 彼らを然るべき施設、および団体へ保護してもらうことを検討していたとき、突如空に暗雲の渦――巨大なエネルギーの集束が発生。そのエネルギーによって、僕とセイカたちは異世界へと転移してしまったようです。

 

 その後、僕とセイカは現地人であるアマリさんとホープス、僕と同じように転移してきたワタルくんと遭遇。ワタルくんを狙ってきた魔神・量産型ゲッペルンを名無しの協力者と撃退した僕らは、アマリさんの案内の元、創界山付近にあるドッコイ村へと到着したのです。

 ドッコイ村には『悪の帝王・ドアクダーによって創界山に架かる虹の色彩が奪われたとき、アル・ワースに危機が訪れる。龍神に見いだされた救世主が異世界から召喚され、ドアクダーを打倒し世界を救うだろう』という救世主伝説が語り継がれていました。

 

 実際、村の虹は色彩を失っており、近隣周辺ではドアクダー軍に所属する幹部連中が暴れていました。しかも、救世主であるワタルくんの息の根を止めるため、新たな刺客がドッコイ村に攻撃を仕掛けてきたのです。

 そちらは僕たちや村で出会った現地人・剣部シバラクさん、そして、救世主として覚醒し愛機を手にしたワタルくんで撃退しました。村や住民の方々に目立った被害はなかったことは幸運と言えるでしょう。

 『図工の時間に造ったロボットが、異世界アル・ワースで魔神と呼ばれるロボットになる』現象を見たのは初めてです。セイカが「是非とも同化して解析したい」と発言したことがきっかけで“龍神丸マナーモード事件”が発生しましたが、何とか説得しました。

 

 ――そうして僕たちは村人からの歓待を受け、現状の説明へと至るわけです。

 

 アマリさんからご教授頂きましたが、最近、このアル・ワースでは、僕と同じような境遇――異世界から召喚された、救世主伝説とは無関係の人物が増えてきているそうです。どのような力が働いているか、誰が主導しているのかの詳細情報は掴めていない模様。……ただ、碌でもない存在の介入がありそうな予感がしました。

 異界人を召喚しそうな巨悪の候補としては、創界山の虹から色彩を奪った張本人ドアクダーが有力視されています。明確な証拠はありませんが、オジジさんとオババさん曰く「奴が持つ強大な力なら、異世界から人間を次々召喚することは可能である」そうです。みなさんも、ドアクダー犯人説に同意しているようでした。

 

 正直な話、ドアクダー犯人説は『あくまでも仮説の段階』だと僕は思っています。龍神丸がワタルくんをアル・ワースに召喚したように、ドアクダー以外にも異界人召喚を行いそうな該当者がいてもおかしくありません。“異世界から人間を召喚するのは、神レベルの高次存在だけではない”ということです。

 「原理的には、()()()()()()()“異なる場所・時代から、任意で人間を召喚することができる”」という話をしたら、ホープスの表情があからさまに変わりました。人間が異世界人を召喚しているという話題に対して、彼は何か覚えがあるようです。……残念ながら、上手い具合にはぐらかされてしまいましたが。

 その話題の延長で、僕とセイカは僕らの世界のこと――アルティメット・クロス時代の話をすることになりました。特にワタルくんが一喜一憂してくれて、「人類は他種族との共生、その架け橋になるであろう希望だ」という話題に浪漫を感じてくれたようです。この場に操くんがいたら、きっと良い友達になれたことでしょう。

 

 ただ、アルティメット・クロスには伴侶持ちが多かったので、シバラクさんの怒り様が凄かったです。

 

 シバラクさんは現在婚活中で、剣の修行の傍ら、素敵な女性との出会いを求めているようです。そのため、美人を見れば口説くし(但し、未成年の女性/例.アマリさんは射程圏外のため、仲間として接しています)、リア充を見ると悔しくて仕方がない様子。

 特に刹那さんとグラハムさん、九郎さんとアルさん、ダミアンさんとカレンさん、剣司さんと咲良さん、ジョウさんを取り巻く三角関係、浩一さんを取り巻く三角関係、アルトさんを取り巻く三角関係、一騎くんを中心とした人間関係の玉突き事故がお気に召さなかった模様。

 とりあえず、成立したカップルや各種関係大炎上の面々がどんなプロセスを踏んできたのかを懇切丁寧に見せてあげたところ、「拙者の“理想の恋愛像”が凝縮されていて、大変参考になった」と仰りながらメモを取っていました。目が本気でした。

 

 『お前たち2人が俺の翼だ』という台詞を大層気に入ったようなので、その台詞を言って大炎上した面子を引き合いに出して顛末を見せておきました。

 これで、シバラクさんが“恋愛方面で大炎上する”心配はないでしょう。あれはアルトさんの台詞だから許された感が強いですから。

 

 ……あれ、アルトさんは許されたんだっけ? ジョウさんが許されなかったことは確かだったんですけど。

 

 

 唐突ですが、話題を変えます。

 アマリさんとホープスのことです。

 

 アマリさんはアル・ワース全土で強い力を持つ宗教団体、魔従教団に所属する術士だそうです。術士は魔従教団の教えを体現するため日夜研鑽に励みつつ、アル・ワースの平和と秩序を守るために行動していると言います。僕らの世界で信仰されている宗教に、国軍および治安維持部隊としての役割が付加されていると言えるでしょう。独自権限があるという点では、宗教団体の側面が強いのかもしれませんね。最近は異界人の護衛と保護も行っていると聞きました。

 

 アマリさんは5歳のときに、ドグマ――僕らの世界で言う魔法――の才能を見出されて教団へスカウトされたそうです。以来、家族と会ったり連絡を取ったりは一切していない模様。家族とはもう13年も会っていない/連絡も取っていないのに、家族に対する未練もなければ心配する素振りもないのが異様でした。

 シバラクさんは「教団員として当然」だと仰るのですが、アマリさんの発言内容は“カルト教団に洗脳された信者”にしか見えません。「僕の世界には、“機械に頭を弄られた結果、家族や友人を自分の駒扱いするようになったヤバイ人”がいた」と訴えてみたのですが、逆に「心配のし過ぎ」と言いくるめられてしまいました。一部は実体験なんだけどなあ。

 

 最後の抵抗として、出向先の上司/加藤さんの台詞「想像しろ。――それが出来なければ、辿り着く結末は死だ」を添えたのですが、効果があったか否かは微妙です。

 

 彼女の相棒――使い魔であるホープスは、魔従教団で生まれた名無しの魔法生物だったそうです。事情は一切話してはくれませんでしたが、彼はアマリさんをパートナーとして見定め、契約を結んだことで“ホープス”という名を与えられたと言っていました。名前の由来は由来は“希望”。彼は「安直な名前」と語っていましたが、僕はいい名前だと思います。

 安直と嘲笑いつつも意外と気に入っているようで、「そんなに気に食わないなら改名すればいいじゃん。アマリに抗議して付け直してもらったら?」というセイカの言葉に対して、凄い勢いで反論・噛みついていました。“アマリさんに名前を付けてもらった”ということも込みで、自分の名前を価値あるものだと感じているようです。素直じゃないなぁ。

 セイカと言い争う姿は微笑ましいのですが、ホープスは腹に一物抱えている気配がします。僕の話――特に、愛と希望に関わるような話を冷めた様子で聞いていたり、負の感情を漂わせる知恵の実を好んでいたり、困惑したり途方に暮れた様子のアマリさんを眺めている姿が非常に楽しそうだったりと、明らかに“よくないもの”としての側面が滲んでいるのです。

 

 対話を行う知性と理性はありますが、『その気がなくなった』瞬間、阿鼻叫喚になりそうな気配がします。“ホープスが優位に立っている”という主従関係も、嫌な気配を倍増させる原因なのかもしれません。アマリさんは“被洗脳者である可能性を差し引けば”信頼に足る気質と人柄を持っている人物ですが、殊更、ホープスには気を付けた方がいいのかもしれませんね。

 

 突破口がないわけではありません。主従としての力関係は逆転していますが、ホープスはアマリさんに対して執着めいた様子を見せることがあります。アマリさんからアル・ワースに関しての教えを乞うていたら、長時間放置されたセイカ共々拗ねていました。拗ね方が完全に瓜二つでした。

 アマリさんが謝罪すると即座に上機嫌になるあたり、現金で俗っぽい一面もあるようです。慇懃無礼な態度は崩していないけれど、素直で勤勉な努力家であるアマリさんの在り方は素直に賞賛していました。アマリさんという存在自体が、ホープスへの楔になりそうです。アマリさんには悪いのですが、彼女の頑張りにすべてが掛かっています。

 

 ELSと共生する新人類として、アマリさんとホープスの関係が良好になるようにと願ってやみません。

 異種族コンビの先輩として、僕らも何かできないかを思案してみようと思っています。

 

 

 色々長く書きましたが、今回はこの辺にしておきます。 

 

 では、失礼しました。

 どうか息災で。

 

 

 ソラツグ・ハガネ/刃金宙継より

 

 

★★

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 手持無沙汰という言葉が、今の自分()()にはよく似合う。セイカはちらりと視線を向けた。

 ホープスもちらりとこちらに視線を返す。喜ばしくないことであるが、今、お互いの気持ちが理解できてしまった。

 

 視線の先には、アル・ワースに関する質疑応答を繰り返す宙継とアマリの姿がある。時折ワタルやシバラク、つい最近旅路に加わったサイバスターの操縦者――マサキ・アンドーとその使い魔であるシロとクロの茶々や解説が入っていた。

 

 

(1人と2匹が増えて、より一層賑やかになったなあ)

 

 

 楽しそうに語らう宙継たちの姿を眺めながら、セイカはひっそりと微笑んだ。宙継にアル・ワースの友人が増えると言うことは喜ばしいことである。

 この世界には、宙継の支えになる存在――アルティメット・クロスの人間は誰もいないのだ。悔しい話であるが、正直、セイカは役として力不足だった。

 

 何故、旅路の仲間にマサキらが追加されたのか。そもそも現在、自分たちはどこを目指して旅をしているのか――その経緯を語らせてもらおう。

 

 ドッコイ村のオジジとオババ曰く、「ドアクダーの手に墜ちた創界山は、奴によって7界層に分けられ支配者を送り込まれている」らしい。この近辺には、第1界層に区分された地域を支配するドアクダーの部下――クルージング・トムがいるらしい。実際、ドッコイ村を襲撃してきたシュワルビネガーがそう叫んでいた。

 クルージング・トムの根城は、ドッコイ山にあるという。山は村から南の方角にあるそうだ。だが、この中で一番アル・ワースを旅していたシバラクでも、ドッコイ山に登った経験はないらしい。そんなとき、案内人として名乗り出たのは、魔従教団の術士であるアマリだった。

 創界山は“アル・ワースのヘソ”と呼ばれるような重要な場所らしく、アル・ワースの平和と秩序を守る魔従教団と縁があってもおかしくはない。アマリがドッコイ山の場所を知っていて、案内役を引き受けられるほどの知識があるのはそのためだろう。

 

 アマリたちの案内に従って、ドッコイ山を目指す旅が始まった。しかし、旅を初めて早々、ホープスが異界の門が開く――異世界から人が召喚されてくる気配を察知する。

 異界人の保護を仕事としていたアマリへ協力し、現場に駆け付けたところ、魔従教団のゴーレムに襲われていたサイバスターとその操縦者たちに遭遇したのだ。

 

 マサキらの援護をし、危機を脱することには成功する。助けられた恩義と世界規模の迷子(しかも、本人曰く「これは2回目」とのこと)という経緯から、彼は救世主ワタルご一行様と同行することになったのである。

 

 

『……マサキさん。サイバスターって、今後改造されたり、後継機が作られる予定とかありますか?』

 

『いや、そんな話は無いが』

 

『『パイロットがいなくなったら、虚像で代替用の操縦者を作る』や、『虚像で生み出した操縦者は、記憶引き継ぎ自覚無しにして、肉体を延々と再生して使用する』ような機能の追加予定は?』

 

『うっわ、エグっ! しかもやけに具体的だな!? 現物でも見たのかよ!?』

 

『……実物ではないのですが、どこかの世界で生きた誰かの記憶や感情を、ちょっと……』

 

 

 こんなやり取りが発生したのは、宙継が虚憶――聖アドヴェントが幅を利かせていた世界で出会った虚像の操縦者、アサキム・ドーウィン――に引っ張られたせいだろう。

 

 “彼の正体が単なる虚像で、有していた不死性は“記憶引き継ぎで肉体を新しく再生された”だけの上、彼自身が『誰かの代替品』でしかない”と発覚しても、Z-BULEの面々にとっては、アサキム・ドーウィンは確かにその存在と人間性を確立していた。シュロウガのシステムが今も健在なら、彼は延々と記憶引き継ぎの肉体再生を行われて生きているはずである。シュロウガが虚像を創り出すことをやめるまで、アサキムに安息はない。一刻も早く、彼が静かに眠れる日が訪れることを願うばかりである。

 宙継がマサキにアサキムの話題を振ったのは、彼とアサキムの容姿や言動が非常に似通っていたことや、彼の操縦するサイバスターがシュロウガと非常によく似たデザインと性能を持つ機体だったことが挙げられる。今後次第では、“サイバスターがシュロウガに化ける/サイバスターの後継機としてシュロウガが造られる”なんて、とんでもないブッキング発生する現場に居合わせることになるためだ。現時点では、『その心配はない』ことが救いである。

 

 ……しかし、シュロウガも虚像に変わった特徴を持たせたものだ。アサキムには密かに方向音痴の疑いがかけられていたり、特徴的な言動から『人生の迷子』と呼ばれていたこともある。ダメ押しとして、“Z-BULEより先に出発したはずなのに、遅れて待ち合わせ場所へやってきた”という実例があったことも拍車をかけた。

 超弩級の方向音痴は、サイバスターの操縦者であるマサキにも共通している。本人が語っていたが、“目的地へ向かおうとして、惑星全体をぐるぐる周回していたことがあった”そうだ。地図の有無に関しては濁していたが、多分、地図を見て迷子になった気配がする。正直、方向音痴くらいは調整してやれよと思った。

 それでも、約束や予定の時間よりN時間~数日単位の遅れ程度で済ませた――()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()――あたり、サイバスターの出力が段違いであることは伺えた。あの機体並の出力があれば、ドッコイ山へも、()()()()()()()()()()、秒単位で辿りつけるはずである。

 

 だが、救世主ご一行様の移動手段は徒歩だった。案内役であるアマリとホープスの機体であるゼルガードの巡行モードと、ワタル自身の希望によるものだ。

 

 前者が一番の問題である。ゼルガードは戦闘時は問題ないのだが、ただ移動するだけの場合は徒歩並みのスピードしか出せないらしい。

 ホープス曰く「アマリの要修行」とのこと。ゼルガードの運び役を務める彼が「戦いに向いていない」というのも理由らしい。

 

 ……本人の自己申告でしかないので、真偽は不明だ。

 

 

(……あの鸚鵡、やけに大人しいなあ)

 

 

 思考をそこで棚に上げ、セイカはちらりと視線を向ける。ホープスは相変らず、むすっとした表情を崩さない。

 

 普段なら、セイカもホープスも気にすることなく会話へ割り込むタイプだ。特に後者は、アマリへチクチク嫌味を言わずにはいられない性癖持ちらしい。だが、今回は珍しく、ホープスは遠巻きからアマリを見つめるだけに留めていた。

 ホープスはむすっとした顔のまま、じぃっとアマリを見つめている。丁度、アマリがマサキの使い魔――外見は猫――であるシロやクロと戯れているところだった。あちらは慇懃無礼な鸚鵡と違い、愛嬌があるタイプだから親しみやすいのだろう。

 

 

「口を開けば嫌味ばかりの鸚鵡より、愛嬌がある可愛い猫の方が癒されるよね」

 

「未成年の前で年齢指定モノの発言を繰り返す“娘”の相手は、宙継様には多大な心労になっているのでしょうね」

 

 

 会話のデッドボール。セイカは思わず真顔になった。

 

 視界の端で、宙継がシロのブラッシングをしている姿がちらつく。

 どこか緩んだような笑顔は、なかなかお目にかかれないレアものだ。

 

 

「アマリがぐうの音も言えずにいる姿を見て、最高に愉悦ってる腹黒鸚鵡に言われたくないんだけど」

 

「嫉妬や不安を拗らせるあまり、宙継様のキャパシティを超えた発言や脳量子波を垂れ流して追いつめている貴女が言う台詞ですか」

 

「なんだとこのクソ鸚鵡。本当はペットと同じように撫でられたいクセして、高いプライドのせいでチャンスを悉く潰しているくせに」

 

「鸚鵡と呼ばないでください、人間に擬態しただけの金属生命体風情が。私には、ホープスという()()()()()()()()()()()()()があります」

 

「それはこっちの台詞だよ腹黒変態鸚鵡。人間に擬態しただけの金属生命体風情って何? 私には、セイカっていう()()()()()()()()()()()があるんだ」

 

 

 肉体ではなく言語で激しく殴り合う。自分とほぼ同じようなことを、同じように返してくるのが腹立たしい。普段と変わらぬ慇懃無礼な態度を崩さないところも、余計に腹立たしさを煽ってくる。ペット扱いされることを拒否したくせに、ペットのように可愛がられる使い魔を見て苛々してるお前は何なのか。

 セイカが眉間に皺を寄れば、ホープスは小さく鼻を鳴らした。彼の反応からして、セイカの心の中に燻る負の感情を美味しくいただいているらしい。腹を立てれば立てるほど、ホープスはセイカの感情を喰らい続ける。嫉妬や怒りを見せることは、ホープスに餌を与えているのと同義なのだ。むかっ腹が立つのは当然と言えよう。

 

 現状、セイカが何をやっても、ホープスが喜ぶような展開――つまりは、ホープスへの餌やり――になってしまう。悔しいことこの上ないが、無視するのが一番の得策だ。

 ……残念ながら、この嫌味鸚鵡相手に無視を決め込むことができれば苦労はない。彼の慇懃無礼な態度は、誰が聞いても「なんだと!?」と反抗したくなること請け合いである。

 反抗心から湧き上がった怒りや憤りも、ホープスにとっては“それなりに腹の足しになるご飯”扱いなのだろう。その関係で、奴は常に勝者の位置をキープしているのだった。

 

 唯一の例外は、ホープスの言葉に対して素直に謝ってばかりいるアマリくらいなものだろう。

 奴が彼女を贔屓目に見ている気配は、前々から察していた。

 

 

(……正直、ホープスのような性格の鸚鵡が、アマリのような女の子を見出した“打算的な理由”が分からないんだよなあ)

 

 

 セイカは眉間に皺を寄せて考え込む。アマリ・アクアマリンの第一印象は、『魔法少女マジカル☆アマリン』と瓜二つ――“可憐で可愛らしいが、芯が強く、真面目で努力家な女の子”だ。あと、彼女の笑顔を見ると心が和んだり、不思議と明るい気分になることも挙げられるだろう。

 アマリンとの違いは、“引っ込み思案でオドオドしており、強い押しや畳みかけられるような正論に弱く、どことなく頼りなさそうな雰囲気を漂わせている”という部分が強い点か。魔術やオド絡みの事案には術者の精神状態が関わっているため、ゼルガードの出力もなかなか安定しないらしい。

 

 彼女は5歳の頃に教団に引き取られた。その際、教団の最高位である導師から直々に洗礼を受けたことで、『藍柱石の術士』という2つ名と『アクアマリン』の姓を得たそうだ。教団最高位から洗礼を受ける術士は滅多におらず、術士にとっては名誉なことらしい。教団に属する術士はみな姓を棄て、洗礼を受けてから2つ名とそれにちなんだ姓を与えられるという。教団のシステムが完全にカルトのヤバいやつなのだが、セイカの疑問は宙継によって遮られ、頑なに否定するシバラクの喧しさから引っ込めざるを得なかった。閑話休題。

 13年の修行を積んだ彼女の立場は、末端に属する下っ端教団員。上層部や同期の一部からは「これから伸びていく術士」として有力視されていたらしい。特に、上層部は法師とよばれる役職に就く『黒曜石の術士』セルリック・オブシディアン、同期は同じく周囲から有力視されていた『菫青石の術士』イオリ・アイオライトなる術士が、アマリのことを推していたという。魔従教団の構成員は男性の方が多いようで、女性の術士は珍しいそうだ。

 

 ……その話をセイカへ語ってくれたとき、ホープスはあからさまに苛々していた。本人は分かっていないようだが、件の男性名が飛び交うことが原因である。

 最も、自分の中に湧き上がった負の感情を喰らう――所謂自給自足――に満足しているため、自身の感情を深く分析しようという発想には至らないようだが。

 

 

(術者としての実力は、“ゼルガードが戦闘形態へ移行できる最低限の水準を保つのがやっと”。将来への投資や青田買いの名目があっても厳しいレベル。引っ込み思案でオドオドしているという性格の問題もあって、ゼルガードの出力はなかなか上昇しない)

 

 

 ここまで分析すると、腹黒鸚鵡が契約を交わす相手として、アマリを見出した理由がますます不明になってしまう。

 

 ホープスならば、アマリよりも能力の高い術士をたくさん知っていたはずだ。教団の中でも高い立場にいるセルリックや、『正義感が強く、真っ直ぐな気質を持つ勇猛果敢な青年』――ドグマを安定して操れる実力者――であるイオリを選んだ方がいいように感じる。

 そう考えると、ホープスがアマリと契約を結んだ理由と、セルリックやイオリのような術士を契約相手として選ばなかった理由は、密接に関わっているのかもしれない。……歪んだ性癖持ちである(暫定)という部分も、若干影響していそうな気配がするが。

 

 

(そう考えると、『アマリに対して異様に厳しい理由が期待の裏返しである』という主張も怪しいなあ。時々『好きな子だからいじめたい』みたいな部分がにじみ出てることがあるし)

 

 

 しかも、本人無自覚だから猶更(タチ)が悪い。――最も、そこが狙い目なのだ。

 時には涼しい顔で、時にはどこか悪さを含んだ笑みを浮かべる腹黒鸚鵡を突き崩す、格好のネタになる。

 愛によって敗れ去った機械――ネバンリンナと似たような目に合わせてやるのも楽しそうだ。

 

 

「ホープスってさあ」

 

「?」

 

「なんやかんや言うけど、アマリのことが大好きなんだね」

 

「!?」

 

 

 不意打ちで爆弾を落とされ、ホープスはぎょっとしたようにセイカへ向き直った。セイカは勢いよく畳みかける。

 

 

「だってそうでしょう? 自分の名前を安直だって蔑むような口調で言うのに、改名はしたくない。青田買いするにしてもハズレじゃないかって言われると、主を馬鹿にされた気分になって一言言わないと気が済まなくなる。自分に頼りきりだったアマリに仲間が増えていくのを見ると、なんだか寂しさ以外にも感じ入るものがある」

 

「…………何故、貴女に私の感じているモノが分かるのですか?」

 

「やっぱり図星だったのか。まあ、言動を見てれば大体見当がつくんだけど」

 

 

 ホープスはセイカを訝し気に見つめる。愛の価値を軽んじている様子は、地球艦隊・天駆と死闘を繰り広げたネバンリンナそっくりだ。

 しかし、愛と希望を嘲笑った連中は、愛と希望によって軒並み倒されている。やり方によっては、ホープスを狼狽えさせることも可能だろう。

 負の感情を貪り喰らう獣に愛の芽生えを突きつけたら、この鸚鵡はどのような反応に出るだろうか? どんな風におちょくってやろう――セイカは悪だくみを始める。

 

 

「だってあたしもそうだもん。ソラのこと大好きだし、愛してるからね」

 

 

 ――セイカにとって、刃金宙継は特別だ。

 

 人間とのコミュニケーション手段を模索していたELSは、人類の一部が持つ脳量子波に目をつける。ELSは彼ら/彼女らとコンタクトを取ろうと四苦八苦したが、人類側から強い拒絶を受けた。ELSの行為は“人類側から見たら、敵対行為も同然である”と学べなかったことも、事態の泥沼化へ舵を切った一端を担ってしまったのだ。

 地球人とコンタクトが撮れたはずの個体は、再生できない程粉々にされてしまったことで情報が共有できなくなった。浸蝕先の人間が自ら命を絶ってしまったり、ELSの出す脳量子波や浸蝕のショックに耐え切れず、脳を損傷し植物状態になってしまったことも、人類の理解が上手く進まなかったことの理由でもある。

 

 そんな中、一番最初にELSの本質を察したのが刃金宙継だった。イノベイターとミュウというハイブリット型新人類としての側面が、ELSの感情を読み取ったのだろう。

 助けを求めるELSへ、彼は手を差し伸べた。ELSは彼へ殺到し、彼の浸蝕を開始。彼は意識不明の重体に陥ったものの、彼の思念は途絶えていなかった。

 宙継との交流や、宙継の思念波越しで人類の動きを見てきた結果、宙継を浸蝕したELSは個を学習。その恩恵として、個の原理を盛り込んだ新たなELSが生まれたのだ。

 

 ELSと人類が手を取り合える可能性として、その個体は刃金宙継から名を与えられる。

 “外宇宙から来た生命体と分かり合うために奏でられる星の歌”という意味を込めて、セイカと。

 

 人類には多種多様の考え方がある。性格的なぶつかり合い、所属する組織同士のぶつかり合い、利害によるぶつかり合いが常に発生しているのも事実だ。だが、ある要素が関わると、そういうぶつかり合いの垣根が取っ払われ、互いに同じ感想を抱くことがあり得るのだ。――その要素の1種が、歌だった。

 

 

『僕が受け取る虚憶の多くは、歌を介することが多いんです』

 

『ありとあらゆる要素を超えて、人々に同じ気持ちを抱かせる。そこから取っ掛かりができて、話をするようになり、そこから分かり合うことができる』

 

『――いつか、それが人間同士だけじゃなくて、人と人ならざる者同士のコミュニケーションを築くための希望になってくれたらいいな』

 

 

 そう語った宙継の微笑を、セイカは今でも覚えている。宙継が見せてくれた虚憶の中で、歌を通じて異種族同士が分かり合えた光景があったことも。

 「歌を失いたくない」という理由で共同戦線を張ってくれたゼントラン/ゼントラーディ。歌を通じて分かり合えた人類と彼らの未来が、歌舞く翼の時代へと繋がった。

 地球に内包された未来の可能性が次に挑んだのは、宇宙を流浪する昆虫型生命体バジュラ。彼らの有する菌に感染した歌姫たちと、歌姫の想いを背負って飛んだ翼の行く末を知っている。

 

 

(誰もが、誰かにとっての英雄だった。誰もが誰かのことを愛していたから、そう在れた。在ろうとした)

 

 

 歌姫たちにとっての英雄が、元歌舞伎役者のパイロットだったように。/だから歌姫たちは、彼の翼であろうとした。

 滅びの未来から託された少女たちの英雄が、正義の味方だったように。/だから少女たちは、彼にいのちの答えを示した。

 

 顔の右側に大きな傷跡を持つ軍人の英雄が、ELSとの対話を成した革新者だったように。/だから彼は、彼女の未来を切り開くために前へと飛び出した。

 悪の組織を立ち上げた女社長にとっての英雄が、300年の時間を費やした計画を立てた学者だったように。/だから彼女は、彼の死後も諦めずに戦い続けた。

 刃金宙継にとっての英雄が、彼の養父であるクーゴ・ハガネ/刃金空護であったように。/だから彼は、父親と同じように、誰かに手を差し伸べられるような人間になろうとした。

 

 ――セイカにとっての英雄が、刃金宙継であるのと同じように。

 

 

「また、愛ですか」

 

「腹の足しにならないって顔してるね」

 

「事実です。…………それに、私とマスターの間には、そのようなものは存在しません」

 

 

 ホープスはツンとした顔でそっぽを向く。「そんなものは存在しない」と言い切ったものの、その言葉を口に出すまでに奇妙な間があった。

 

 人には4つの窓があるという。1つは、自分が自覚し他人に対して開け放っている窓。2つめは、自分は自覚しているが他人には閉じた状態の窓。3つめは、自分は知らないだけで他人から見ると開いている窓。4つめは、自分も他人も存在を関知していない未知なる窓だ。

 今のホープスは、他者であるセイカから見れば充分分かりやすいタイプだ。しかし面白いことに、ホープス本人は一切自覚していない。つまり、今のホープスから把握できる窓は3番目――他者だけが知っているホープスの一面――である。

 

 自分が自覚していない部分を突かれた場合、意志持つ者は非常に狼狽えるのだ。これはセイカが学んだことである。

 宙継の養父クーゴが、彼に思いを寄せるソレスタルビーイングのガンダムマイスターからガンガンに口説かれて動揺するのと似たようなものである。

 同時に、養父を口説こうとしたガンダムマイスターが、養父による無自覚かつ痛烈なカウンターによって撃沈するようなものでもあった。閑話休題。

 

 

「じゃあさ、想像してごらんよ」

 

「何をです?」

 

「旅を続ければ、あたしやソラみたいな異界人もどんどん仲間になるだろうね。アマリにも友達が増えて、色んな顔をするようになる。お前に対してはずーっと怯えっぱなしで不満そうな顔ばっかりなのに、他の人と話しているときだけすっごく楽しそうな顔をしていて、そのせいでどんどん距離が空いてしまう。――そうなったらお前、どんな気持ちになる?」

 

 

 セイカは意地悪く笑いながら、宙継の上司がよく口にする文句を投げてみた。ホープスは無言を貫いたままだが、何か思うことがあるのか、しきりに首を傾げている。

 ……成程。脈はあるらしい。種まきを行っているような気分になりながら、セイカはふふふと笑った。――後はたっぷり水と肥料を与えれば、いずれ花が咲くだろう。

 

 

「旅を続けるうちに、アマリだって、誰か格好良い人に心を奪われる日が来るんだろうねー」

 

「マスターが? ……まさか。マスターには、そのような相手はいませんよ」

 

「今は、でしょう? 出会いのチャンスなら、これから幾らでも訪れる。そのうち、アマリが誰かと結ばれる日が来るんだろうねー。そうなったら、ホープスはもうお払い箱かなぁ?」

 

 

 ホープスが、カッと目を見開いてこちらに向き直った。嘴が戦慄き、鶏冠が僅かに逆立っている。

 

 セイカへ対して反論したいのだろうが、図星や地雷をぶち抜かれた衝撃で言葉が出てこないのだろう。ホープスの優位に立てたのは、この世界に来て初めてのことだ。

 今まで散々人の感情を餌にしてくれたのだ。これくらいやり返したって問題ないはずである。寧ろ割に合わないだろう。セイカはくつくつと微笑む。

 

 

「――そういうの、相手のことが好きじゃないと、感じないものなんだよ。恋愛的な意味でね」

 

 

 あの日、刹那・F・セイエイを始めとしたアルティメット・クロスの想いを受け取ったELSが、宇宙(そら)に銀の花を咲かせたように。

 今この瞬間にも、セイカの心の中に、刃金宙継を想って咲く花があるように。宙継の心の中に、アルティメット・クロスが咲かせた花があるように。

 いつか、ホープスやアマリの心にも咲くだろうか。――互いを想い合うことを積み重ねた果てに、どんな花が咲くだろうか。

 

 

「……理解できませんね。理解したいとも思えない。第一、私とマスターはそんな関係ではありませんから」

 

「『だから、これは恋愛ではない』と?」

 

「ええ」

 

 

 ホープスははっきりと、セイカの言葉を否定する。金色の瞳からは、まだ揺らぎのようなものは感じられない。

 

 今はまだ、恋愛という名の種子が地面に蒔かれた段階だ。種が芽吹くのは、随分と先になることだろう。それが明日か、明後日か、1か月後か、1年後か――いつ芽吹くのかは分からない。下手をすれば、芽吹く前に枯れ果ててしまう可能性だってあるだろう。

 それでもセイラは諦めず、ホープスに種まきして肥料と水やりを続けるのだ。いつか、彼の中に大輪の花が咲くまで。花が咲くまでの過程をネタにして、ホープスをおちょくり倒してやるために。――あと、凄く面白そうだったから。

 

 

「じゃあ、賭けをしよう」

 

 

 種を植えた畑を吹き飛ばし、無視を決め込もうとしたホープスを引き留め、セイカは言葉を続けた。

 

 

「あたしは“お前の感情を恋愛と定義し、お前がそれを自覚する”方に、お前は“アマリへ向ける感情が恋愛ではないと証明する”方に賭ける。期限は、この旅が終わって、あたしとソラが元の世界へ帰るまで!」

 

「貴女は私を何だと思っているんですか。……ですが、まあいいでしょう。貴女の発言は、私の知的好奇心を大いに刺激しました。それへの感謝として、貴女の賭けに乗りましょう」

 

 

 お互いの視線が交錯し合う。金色の瞳と、蛋白石(オパール)の瞳がかち合った。

 前者は不審そうに眉を顰め、後者は不敵に微笑んで。

 誰も知らない秘密の賭けは、こうして始まったのである。

 

 

 

 

 

 ――後に。

 

 銀色の蛋白石(オパール)が、希望の翼に異種族恋愛のイロハを叩きこむことも。

 菫青石の術士を始めとした面々が、“色ボケ腹黒鸚鵡”と叫ぶような悪魔が爆誕することも。

 

 この時点では、誰も予想していなかったことだろう。

 

 




仕込み段階の章。本編以上の魔改造を行うための下地です。原作の展開を考えると、この賭けの勝利者と敗北者がどちらなのかは明らかでしょう。
そして、魔従教団にもねつ造と魔改造が行われています。その片鱗は【旅立ちの季節】の第1話にも顕著なのですが、それに関してはまた、別の機会に掘り下げる予定。
他にも他スパロボネタがちょくちょく盛り込まれています。「サイバスターを見てシュロウガを連想する」話題もその1つですね。
セイカとホープスの関係およびノリはこんな感じ。人間に想いを寄せるELSの入れ知恵で、原黒鸚鵡はどんな悪魔へ至るのか――その顛末を見守って頂ければ幸いです。


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狭間の揺り籠で悪夢が嗤う

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 旅は道連れ世は情け。例え成り行きから始まろうとも、一緒に困難を乗り越えていくうちに、連帯感が築かれていくものである。

 実際、アルティメット・クロスの前身であるアンノウン・エクストライカーズに所属することになった宙継も、成り行きから始まった身だ。

 

 そもそも、宙継がアンノウン・エクストライカーズに所属することになった経緯は、父クーゴと彼の機体・ブレイブESP-Psyon搭載型試験機が、とある任務中に撃墜されたことが始まりである。父はこの任務でMIAになり、実質的な殉職扱いされていた。しかし、父は人知れず、アンノウン・エクストライカーズに保護されていたのである。

 後に、父が身を寄せていたアンノウン・エクストライカーズは、軍官僚のハザード・パシャによって極悪非道なテロリストに仕立て上げられてしまう。その影響は息子である宙継にも及び、ハザードの部下たちによって宙継は軟禁されてしまった。実際は、軟禁なんて言葉は生ぬるい。複合型イノベイターである宙継は、実験動物にされかけたのだ。

 当時は情報が錯綜しており、宙継も“アンノウン・エクストライカーズが正義の味方である”ことを知らなかった。宙継を突き動かしたのは、「お父さんはテロリストなんかじゃない。悪いことなんかしていない」という一念である。だから、監視役の不意を突いて脱出した宙継は父の元へ向かおうとした。そこで偶然、早瀬軍団の立ち合いに居合わせてしまう。

 

 早瀬軍団の一員としてJUDAへと引きずり込まれた宙継は、JUDAの本社でアンノウン・エクストライカーズと合流。MIAから凶悪なテロリストのレッテルを張られた父クーゴと無事再会する。宙継の予想通り、クーゴは何も悪いことをしていなかった。その事実に安堵し、何より、五体満足の父と再会できただけで充分だったのだ。

 

 その後も、アンノウン・エクストライカーズは様々な人々を仲間に加えていく。未来から宙継たちの時代へ転移してきたラドリオ星や火星の関係者、三国志の英傑(外見が完全にガンダム系だが分類は人間)、マクロスフロンティアの関係者たち、竜宮島の子どもたち、人類に味方したフェストゥム、ザフトやプラントの軍関係者、アーカムシティの貧乏探偵魔術師とヒーローマンを使役する少年、人類軍の脱走兵、バイストン・ウェルの聖戦士たち、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター等々、文字通りの“寄せ集め部隊”だ。

 部隊名も必殺仕事人アンノウン・エクストライカーズから、究極の混成部隊アルティメット・クロスへと改名。数多の試練を乗り越えていくうちに、敵対していた面々が仲間に加わった。死の体現者として君臨することで人類を救おうとした加藤機関の関係者、死者から生者への怒りを体現した愛国者にしてバイストン・ウェルの王、魂を燃やし続けて答えを掴んだ修羅2名、ミールの命を忠実に果たしたが故に戦うことになったフェストゥムの少年、国連軍関係者、スクラッグによって改造されたダークヒーロー、永遠と永劫の輪廻を踊り続けた大導師……。

 こんな大所帯になるとは思わなかった。それ以上に、“永劫に繰り返される宇宙(せかい)輪廻(リセット)を断ち切り、未来を手に入れる”という同じ目的を見据えて、嘗て敵だった者たちと協力して戦うことになるとも思わなかった。“集え、はじまりの元に”――その言葉通り、宙継が辿った世界は、数多の可能性を集めた末に輪廻を打倒したのだ。世界はカリ・ユガやナイアらのような神々の手から離れ、人によって紡がれていく。

 

 未練がなかったわけじゃない。「もしもあのときああしていれば」と思わずにいられなくなることもある。

 特にアルティメット・クロスの中核にいたアニエスやサヤは、それに該当するような分岐点を何度も目の当たりにしていた。

 何かが違えば、彼らを取り巻く運命は、劇的に切り替わっていたが故に。

 

 父であるクーゴが撃墜された戦場で、マスターテリオンの眼前にヒーローマンや飛影が現れなかったら。マスターテリオンが「余はいつも通り怠情でデモベをしていたはずなのに、突如、攻略本に載ってない隠しルートが始まった。こんなこと今まで一度もなかったのに……しかも、これはスパロボ参戦ルートだ! マジパネェな!!」と大興奮しなければ。

 マスターテリオンが大人げなく大興奮した挙句、はっちゃけて最終決戦用の鬼械神リベル・レギスを持ちだしてこなければ。(手加減していたらしいが)最高威力の攻撃を放つ際、的としてジン・スペンサーを選んでいなかったら。アニエス・ベルジュが、ジンを庇って撃墜されていなかったら。狙われたのがアニエスで、庇って撃墜されたのがジンだったら。

 前の輪廻からリチャードが連れて来た娘/エルプスユンデが、サヤ・クルーガーではなかったら。此度の輪廻でノーヴル・ディランが生み出したエルプスユンデが、アユル・ディランではなかったら。サヤとアユルの能力値や、命に目覚めたタイミングが逆だったら。サヤが体現した命の側面が生ではなかったら。

 

 果たして、あの世界はどのような未来を辿ったのか。

 

 ――それを観測する術は、もう何も持っていない。

 

 虚憶で把握できたのは、アニエスとサヤが生の面を体現して生き残る可能性の世界だけだった。別の世界で命を落とした仲間の姿を見たこともあれば、此度のループのように全員が生き残る姿を見ることもある。しかし、ナイアやカリ・ユガ、ジンやアユルが口にしたような可能性を見たことは一度もなかった。

 可能性があることは示唆されても、その世界を観測することはできない。可能性を束ねるための研究は、当人であるノーヴル博士の死やリセット機構のカリ・ユガの打倒によって、ほぼ失われてしまったに等しかった。恐らく、アルティメット・クロスの研究機関も、参考資料程度の扱いで留めることだろう。

 

 ノーヴルだって、自らが“世界を救うために行った研究”を、誰かに悪用されるというのは許せないはずだ。

 輝かしい成果が葬られることになろうとも、彼女はきっと後悔しないだろう。私利私欲ではなく、本気で世界を救おうとした女傑なのだから。

 

 

◆◆

 

 

「――まあ、僕らのときも、同じ惑星の時間軸上にある過去・未来・現在が一同に会する形で集結した“究極の混成部隊(アルティメット・クロス)”でも世界を救えたんです。『僕たちと同じ異界人を保護する傍ら、協力を打診する』というやり方が、一番理に適っていると思いますよ」

 

「す、凄い……」

 

「宙継が言うと、強い説得力がある……」

 

「大部分が実体験ですから」

 

 

 気圧されたような様子のアマリとジャンに対し、宙継は「僕も“集められた側”の人間ですけどね」と補足する。

 

 そんな自分たちより少し離れた場所で、大人たち――グランディス、ハンソン、サンソン、シバラクらが、ひそひそと話をしていた。おそらく、宙継の外見と中身のギャップに関する話題なのだろう。同年代の少年少女より濃密な人生を生きた結果なのだから、致し方ない。

 平和な世界で生きてきた人々からすれば、宙継の佇まいは「妙に達観している」ように感じるのだろう。同じ“平和を愛している”人間同士だったとしても、生きた時代と背景が違えば、そこは溝や差異として感じることがある。対話は可能でも、その主張に同意できるか否かは別問題だ。

 

 

「結局は武力で無理矢理叩きのめしたんでしょう? 野蛮じゃない」

 

 

 実際、宙継の話を聞いていたナディアは嫌悪感を露わにしていた。彼女の様子からは、“あらゆるものに対する強い拒否”という刺々しい感情が流れている。あの様子だと、根は感受性豊かで甘えたなタイプらしい。多感な少女にとって、なんでもありのファンタジー世界という現状は辛かろう。

 おまけに、ナディアにとって頼れる仲間の大半が行方知れずとなっているのだ。転移直前の状況が絶望的だったことも、悲観的かつヒステリックになっている原因なのかもしれない。“頼れる仲間がこの場にいない”という点は宙継も同じである。故に、ナディアを咎める気にはならなかった。不安な気持ちはよく分かる。

 ここで補足しておくが、宙継の外見年齢は7歳である。ナディアの実年齢は14歳。傍から見れば“7歳児から生温かい眼差しを向けられる14歳の少女”という奇妙な状況だ。ナディアも居たたまれない気持ちになったようで、バツが悪そうに視線を彷徨わせる。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「いいえ。誰かに気持ちをぶつけないとやっていられないという気持ちは、よく分かりますから」

 

「人間は“ため込んでいると爆発して、自分でも思いもよらない行動を取る”っていうからね。適度にガス抜きしなきゃ」

 

 

 因みに、セイカの外見年齢は中学生程度――ナディアより年下――に見えるレベルだ。

 年下2名に宥められるのは、マリーに対して姉御肌気質を見せるナディアには厳しかったらしい。

 

 ――さて。

 

 救世主ご一行様は更なる仲間を加え、賑やかになっていた。新たに加わったのは9名と1匹。

 

 ドッコイ村から徒歩で一行を追いかけてきた忍部ヒミコ、アル・ワースの現地人である鳥人(……?)の渡部クラマ、推定19世紀のパリから転移してきた面々――ナディア・ラ・アルウォール、ジャン・ロック・ラルティーグ、マリー・エン・カールスバーグ、キング、グランディス・グランバァ、サンソン、ハンソン。

 マリーとキングからSOSを受けた救世主一行は、その場を目撃したとかたるクラマの案内に従って現場に急行。そこで、敵を蹴散らして被害者を保護したパリ組と遭遇する。一時は被害者と加害者の関係を誤解したことで一触即発になりかけたが、和解。今後のことを話し合っていたときに、第一階層のボスとその手下が襲い掛かって来たのだ。

 悪いことは連続して起こるようで、ナディアを狙っていたネオ・アトランティス帝国の連中がドアクダー一味と手を組んだのである。即席の連携だったため大した脅威にはならなかったが、あの様子だと、ドアクダー軍団が異界人を取り込んで戦力強化を図るという手段を選択していてもおかしくはなさそうである。

 

 ネオ・アトランティスの操る機体に興味を持ったセイカが意気揚々と取りつき――操縦士のネオ・アトランティス人は機体の外へ放逐した――機体を分析したり、それを目の当たりにした龍神丸が再びマナーモードになったり、「ゼルガードも狙ってる(=同化して解析したい)」という発言にホープスが「やめろ」と激しく取り乱したり、後から乱入してきたクルージング・トムと謎の機体がうっかり正面衝突してしまったり、様々なことがあったが、戦いに勝利したのだ。

 

 このときの出来事を思い出したアマリは、不安そうに目を伏せた。

 

 

『ネオ・アトランティスがドアクダー軍団と手を組んだ場合、敵の戦力増強に繋がります』

 

『でも、それは僕たちも一緒だ。異世界から来たみんなと一緒に戦ってきたんだから。もし、また異界人が来たら、こっちの仲間になってもらえるよう頼んでみようよ』

 

 

 敵が異世界からやってきた人間――抜け殻になっていない健康体で、何らかの戦闘能力を有している者――を仲間に加えて戦力増強を図るなら、こちらも同じ手段で対抗すればいい。ワタルの考えは実にシンプルであった。

 

 実際、救世主ご一行の仲間は、本人含めて9割近くが異界人である。どちらかと言えば、敵側がこちらの真似をしたのだ。これから、相手も様々な異界人を戦力として取り込んでいくことだろう。俗にいう“スカウト合戦”というヤツだろうか。

 ネオ・アトランティスと同じように『元の世界でも巨悪だったが故に、こちらの世界の巨悪と意気投合した』パターンもあれば、『何も知らないことをいいことに、敵側の掘り込みのせいで敵対してくる』パターンもある。後者は説得可能なのが救いだろう。

 

 

『場合によっては、“人質や大事なものを盾に取られたから従っている人”や、“何らかの手段で洗脳された人”、“義理を果たすために身を置いている人”もいるかもしれません。それらへの対応手段も考えておかなきゃいけませんね』

 

『ねえソラ。この前ELSネットワークで視聴した『マジカル☆アマリン』の登場人物に、『アマリンの使い魔と恋敵関係にある』という理由で敵対してた魔法使いがいたよ。三次元に置いて、“嫌いな奴が所属しているから敵対する”ケースってアリなの?』

 

『元々の人間関係については、拙者たちが好き勝手にどうこうする訳にもいかんしなァ……。時折声をかけて、気にしてやることくらいしかできん』

 

 

 宙継が挙げた例に対し、セイカが更に具体例を挙げてきた。ELSネットワークが上手い具合に働いていたところを手繰り寄せたらしく、セイカは大好きな魔法少女番組を視聴できたらしい。本人はリアルタイム視聴派だが、今回は事情が事情なので妥協することにしたそうだ。閑話休題。

 

 仲間に加えた異界人と同郷、または顔見知りと遭遇したとき、彼/彼女らの反応は、大きく2つに分かれる。同じ世界の出身ということで協力を申し出てくれる場合と、同じ世界の出身であるが故に、共闘を拒まれる場合があるのだ。あちらの人間関係をどうにかしない限り、争いからの敵対は免れない。

 しかし、他者が築いた人間関係に対して干渉することは難しい。上手くいく可能性は0ではないが、悪化させてしまう危険性と隣り合わせである。人間関係が破綻した系の話題が飛び交うのも、きっとそのためだ。こればっかりは、シバラクの言葉通り、“適度に声をかけて気にしてやる”以外に方法は見当たらなかった。

 

 敵対する理由を解決することができれば、仲間を増やすことに繋がる。その手段を集めることが非常に難しいのだ。その手段を整えたとしても、最終的に和解か敵対かを選択するのは本人である。振り上げた拳を上手い具合に下ろせない限り、該当者は敵対をやめないだろう。

 聖アドヴェントと殴り合いを繰り広げた世界で出会ったエスターの発言――『怒る理由がなくなったら、怒るのをやめればいいんじゃないかな?』――を成せる人間は少ない。中には『怒るのをやめようとしている自分自身に怒っている』場合だってあるのだ。

 費やした時間や支払った犠牲が大きければ大きい程、そういう思考回路に陥ってしまう。嘗て宙継の世界で起きた戦いでも。似たようなケースがあった。現在の地上人の堕落を目の当たりにしたサコミズ王が、現在に生きる命に剣を向けたのだ。

 

 彼がそうした理由は、旧日本軍として死んでいった同胞たちの無念さを、堕落した命へぶつけたかったから。

 「自分たちはこんな世界の為に死んだのではない」という叫びを体現しようとしたためだ。

 

 

「僕はオババ様に呼ばれてアル・ワースにやって来たけど、他の人はどうやってアル・ワースに呼ばれたんだろう?」

 

「異なる世界の壁を超えるような自然災害に巻き込まれたんだと思うけど……」

 

「いいえ。僕の場合は自然災害ではありませんでした。得体の知れないロボットと戦っていた直後、膨大なエネルギーが発生して、それに飲み込まれる形で転移したんです」

 

 

 ワタルが首を傾げ、ジャンが眼鏡のブリッジを直し、宙継は顎に手を当てる。仲間が増えれば、物事についての考察が深まるのは当然だった。今の自分たちが掴んでいる情報はごく僅か。全員が“何らかの理由で、『気づいたらアル・ワースにいた』という状況だった”、“それぞれの世界には、大きな戦力がある”という共通項くらいだ。

 宙継とセイカの世界は、多種多様の巨大ロボットが存在している。ガンダム、アルマ、マキナ、ファフナー、デモンベイン等々、具体例にはキリがなかった。ワタルの世界にも、正義の味方と呼べるロボットたちが存在しているらしい。ナディアの世界には、19世紀の技術力じゃ決してたどり着けないような叡智を駆使するネオ・アトランティス帝国の連中がいた。

 

 

「何者かが何らかの意図を持って、アル・ワースに異界人を召喚しているのかもしれません……。例えば、サイバスターやフリューゲル、ELSやネオ・アトランティスの戦力を自分の物にするために」

 

(……僕のフリューゲル以上に凄い機体、いっぱいあるんだけどなあ)

 

 

 現時点で発覚している情報から類推した結果が、アマリによって纏められる。宙継の世界には、宙継以上の戦力が山ほど犇めいているのだが、何故そちらはノータッチなのだろう。

 

 個人的に、この世界はデモンベイン系の機体が良く似合う。シャイニング・トラペゾヘドロン(ダイナミックケーキ入刀)とか、シャイニング・トラペゾヘドロン(ダイナミックケーキ入刀)とか、ダイナミックケーキ入刀(シャイニング・トラペゾヘドロン)とか。……正直な話、あれは夫婦の共同作業感があった。

 確かに、デモンベインのスペック、および破壊力はとんでもない。下手すれば宇宙が吹っ飛ぶ危険性がある。最大戦力候補であることは間違いないが、勧誘が失敗して敵対した場合のリスクが高い――「存在そのものを無に帰される」危険性も孕んでいた。黒幕が召喚しなかったのは、後者のリスクを天秤にかけたためだろう。

 

 

「何者かって、誰が……?」

 

 

 あとは、何者かの中に該当者の名前を当てはめればいいだけだ。さあ、該当者の名前に関する類推を始めようか――そう思ったときだった。

 突如、宙継たちの周囲を何かが飛び回ったのである。大きな蠅か、小さな鳥か、それとも敵陣営が繰り出してきた兵器か。

 仲間たちが身構え、ドグマを行使しようとしたアマリよりも先に、忍術を使ったヒミコが件の高速物体を確保する。

 

 

「もう! 乱暴じゃないの!!」

 

「チャム!? 貴女もこの世界に飛ばされてたの!?」

 

「ええっ!? な、なんで貴女が私の名前知ってるの!? 私と貴女は初対面でしょ!?」

 

 

 現れたのは、バイストン・ウェルを生活圏とするミ・フェラリオ――所謂妖精の類だ――のチャム・ファウであった。

 

 しかも、彼女は宙継たちの知っているチャムではなく、平行世界からアル・ワースに召喚された存在らしい。

 ただ、「アルティメット・クロスで一緒に戦った仲間の平行存在」という話題のおかげで、チャムへの疑いはスムーズに晴れた。

 

 ――しかし、彼女の傍には、相棒であるはずのショウ・ザマの姿がない。

 

 宙継の世界におけるショウ・ザマは、アルティメット・クロスに所属する聖戦士だ。宙継から見た“過去の地球”に生きていた彼はバイストン・ウェルへ飛び、紆余曲折あって地上へ戻ってきた。宿敵と刺し違えながらも、彼は主であるシーラ・ラパーナに浄化のタイミングを指示。その後は気を失ってしまい、宙継たちの生きる時代へとやってきた。

 宙継の世界に転移したとき、彼はチャムだけでなく、恋人であるマーベル・フローズンと彼女が操る機体も一緒に転移していた。件の恋人たちは『転移直前に死に別れていた』らしく、2人がお互いの無事を喜び合っていたことが印象に残っている。――いや、今重要なのはそっちじゃない。

 

 

「ショウさんとチャムさんはニコイチなんです」

 

「ニコイチって何?」

 

「2人揃っていることで真価を発揮する組み合わせのこと。あたしとソラみたいにね!」

 

「要するに、漫才コンビみたいなものですね」

 

 

 首を傾げたワタルに、セイカが自慢げに解説する。しかし、ホープスはニタリと悪い笑みを浮かべて茶々を入れてきた。

 途端に睨み合いへ発展したセイカとホープスは、即座に罵り合いを開始した。人外同士、仲がよろしくて何よりだ。

 ワタルもニコイチの意味を――正しいか否かは微妙だが――理解したらしく、元気よく返事を返してくれた。閑話休題。

 

 

「ニコイチの片割れがいないってことは……」

 

「そうなの! お願い、ショウを探すのを手伝って! ダンバインを届けなくっちゃ!」

 

 

 どうやら、ショウはチャムとダンバインから離れた場所に転移させられたらしい。つまり、今の彼は“ドアクダーやネオ・アトランティスのロボットたちに襲われた場合、対抗手段を一切持たない”という状態にある。一方的に嬲られることは明らかだ。

 

 平行世界の仲間といえど、ショウが危険な目に合うのを見過ごすわけにはいかない。方向性は違えど、他の面々もショウを助けることにしたようだ。

 異界人を仲間にして戦力増強を図るという意味でも、異界人を保護して元の世界へ帰してやるという意味でも、ショウの存在は重要である。

 見捨てるなんて選択肢、存在しているはずがなかった。仲間たちは顔を見合わせて頷き合い、即座に機体へと乗り込んだ。

 

 

***

 

 

 彼女の言葉と案内に従い、現場に駆け付けた先では、オーラバトラー同士が激しい鍔競り合いを繰り広げていた。

 

 

「チャム……チャム・ファウか!?」

 

「やっぱりショウだ! やっと見つけた!」

 

 

 赤いオーラバトラーの集団と、灰色のオーラバトラーが戦っている。しかし、機体の搭乗者はショウではなかった。彼は機体に乗らず、孤軍奮闘する機体を心配そうに見守っていたためである。避難しないで残っていたのは、あの機体に乗っている人間と彼が“縁ある者”同士だったからだ。

 トッド・ギネス。宙継の世界では既に故人となっており、竜宮島の灯篭流しで彼の話題に触れただけである。虚憶――バルギアスやジスペルが暴れていた世界――では、アメリカ・ボストンに落とされそうになったプラズマダイバーミサイルを、オーラ力で防ぎ切った実力者だ。母親を敬愛する親孝行な息子でもある。

 宙継の経緯や「親孝行のやり方を教えてほしい」と土下座したら、一緒になって悩んでくれた人だった。日米文化の違いに頭を抱え、宙継の発想に七転八倒し、宙継の料理の実験台になったときは健康診断で『文句なしの健康優良児』となり「なんでお前が女じゃないんだろうなあ」とぼやいたり等、愉快な人だったように思う。

 

 ショウとは元々同じ陣営にいたのだが、価値観の違いでショウが所属する陣営が変化。陣営同士の関係で敵対し、以後は戦いを繰り広げていたという。

 彼との戦いに敗走し続けたことが理由で、トッドはショウに対して強い執着と嫉妬心を抱くようになり、憎しみのオーラを増幅させていくこととなった。

 

 最も、生来の彼は、ライバル視している人物への対抗心よりも母への敬愛が強い人だ。たとえショウと鍔迫り合いをしていても、母国=母の危機となれば、最後はきちんと手を止めて、母国=母への敵を倒すために立ち上がれるタイプだった。

 

 

「ショウ、早く乗って!」

 

「分かった! トッド、今行く!」

 

 

 ダンバインに乗り込んだショウは、即座にトッドを援護しに向かった。宙継たちもそれに続き、オーラバトラーたちと対峙する。

 戦いを挑むより先に、まずはやるべきことがあるためだ。宙継はワタルに視線を向け、ワタルも頷き返す。

 

 

「セイカ、思念波と疑似的なトランザムバーストの展開をお願いします」

 

「了解!」

 

 

 セイカは即座にELSの群れに指示を出し、トランザムバーストを展開する。嘗てダブルオーに搭載されていた“大量のGN粒子散布による意識共有空間を作る”機能を学習し、ELSでも展開できるように調整したものだ。

 本来ならクアンタムバーストを搭載したかったのだが、ELSと融合した機体でもお釈迦になりかねないという点から、スペックの低めなトランザムバーストにしたらしい。最も、対人同士であればトランザムバーストでも充分であるが。

 誤解をなくすための意識共有領域を展開した上で、救世主一行の代表者であるワタルが口を開く。オーラバトラーをコーラバトラーと言い間違えていたが、彼は立派に説得役を務めていた。――しかし、彼が名乗った途端、空間からオーラバトラーたちの思念が雪崩込んでくる。

 

 『ワタルと名乗る子どもを見たら、彼に付き従う人間ごと彼を討て』――彼らは既に、ワタルの敵対者であるドアクダー側と協力関係を結んでいたのだ。

 おまけに、ワタルがアル・ワースの救世主であることや、アマリが異邦人たちの保護と帰還を手伝おうとしていることを知った上での敵対意思である。

 

 その理由は単純だ。“アル・ワースで生きていくための、強力な後ろ盾が欲しい”。

 

 子どもの救世主や下っ端の魔従教団員と、現時点では既にアル・ワースの創界山を抑えた強大な魔王。実利主義者の大人たちがどちらを選ぶかと考えれば、後者を魅力と感じるのは当然だと言えよう。その理論がまかり通る世界の出身者であるならば、もう既に、似たような理由で他の権力者に仕えているオーラバトラーもいるのかもしれない。

 

 

「こっちのことを伝えても、ワタルと敵対するってのかい……!」

 

「こうなったら、戦うしかありませんね……!」

 

 

 グランディスが苛立たし気に眉間の皺を深くして、アマリも決意を奮い立たせて向き直る。

 

 

「救世主サマだか何だかどうでもいいが、余計火に油を注ぐことになったな!」

 

「向うも生き残るために戦うなら、こっちも同じだ! やるぞ、チャム!」

 

「うん! 行こう、ショウ!」

 

 

 トッドのビアレスとショウのダンバインは、躊躇うことなく戦線へと飛び出した。

 

 元々は友軍同志として戦っていた時期があったためか、それともライバル関係を結んでいたためか、2機は連携して敵機を屠っていく。“一度死んで生き返り、二度と死ぬつもりがない男”と“戦いを止めるために生き抜くと決意した男”の意志は、彼らのオーラ力を増幅させていた。

 オーラバトラーはビアレスやダンバインだけでなく、ワタルの操る龍神丸へと殺到する。勿論、ワタル1人にすべてを押し付けるつもりはない。ワタルに向かって突っ込んでくる機体を遮り、セイカがELSを差し向けた。機体だけを同化し、バイストン・ウェル兵はそのまま放り出す。

 直後、オーラバトラー――ドラムロの姿をとったELSが出現し、同じドラムロ部隊を襲い始めた。バイストン・ウェル兵から見れば、友軍機が突如裏切ったようにしか見えなかったのだろう。彼らの連携や戦術が派手に崩れ始めた。

 

 

「な、なんだよアレ!? 金属がドラムロを飲み込んだと思ったら、またドラムロが現れて、友軍だった奴らを襲い始めたぞ!? SFパニック映画のエイリアンかよ!?」

 

「前回はドラムロなんて機体見かけなかったから、解析してみたくて同化してみた」

 

「お前はエイリアンか何かか!?」

 

「外宇宙からやってきた金属生命体だけど」

 

「マジかよやっべえサインくれ!」

 

 

 某星の戦争を作ったSFの本場が出身国であるトッドに、ELSの存在は色々と感じるものがあるらしい。そんな軽口を叩きながらも、彼は普通にドラムロを撃退していく。

 敵でなければ、彼は特にELSを危惧しないらしい。ショウも困惑したようだが、味方ということで危険性を棚上げすることにしたようだ。

 

 襲い掛かるドラムロ部隊を、自分たちは次々と撃破する。生きるためという理由に縛られるように襲い掛かってきたドラムロを、フリューゲルは躊躇いなく撃ち抜いた。機体の手足を吹き飛ばされ、武装を無力化されたドラムロが転がる。バイストン・ウェル兵はコックピットから抜け出し、そのまま逃げて行った。

 仲間たちもなるべく不殺を試みたが、操縦者の脱出を確認できないまま爆風に飲まれる姿を目撃することがあった。そうなってしまったら、もうどうしようもない。どうか無事であって欲しいと祈るのみだ。宙継は内心歯噛みしながら、フリューゲルを操縦してドラムロに攻撃を仕掛ける。

 程なくして、自分たちに仕掛けてきたドラムロたちは沈黙。この場は凌いだと思ったが、そこへクルージング・トムが姿を現した。沈黙したドラムロ部隊を「テントウムシ」と呼んで蔑んでいたことから、“兵士たちと交わした契約――生存の保証は名ばかりで、最初から駒として使い潰す算段だった”ことは明らかだった。

 

 奴は増援として、ヘリやドラムロたちを引き連れていた。クルージング・トムが引き入れたドラムロ部隊は、かなり大人数だったらしい。

 

 沈黙したドラムロ部隊を口で一蹴したクルージング・トムは、新たな戦力としてショウとトッドを見出したようだ。

 勿論、チャムからすべてを聞いていたショウは首を横に振る。彼がその判断を下すに至ったのは、チャムのSOSに頷いてダンバインを届けたワタルたちの行動があったためだろう。

 

 

「アイツの言うことを信じちゃダメだ! アイツは悪い奴なんだ!!」

 

「まあ、確かに正義の味方っていう面構えじゃねえが……」

 

 

 ワタルの言葉を聞いたトッドも、妙に納得したような顔をしてクルージング・トムの顔を見つめる。肥満体系に特徴的なケツアゴ、どこか脂ぎっているように見える顔にくるんとウェーブが掛かった髭……何処からどう見ても悪人の面構えだった。

 

 この様子であれば、彼がクルージング・トムの側について行くことはないだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「この際、灰色の方はどうでもいい! 水色の方はどうだ!?」

 

「何っ!?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを意味している。

 クルージング・トムの発言は、水色の機体――ダンバインに搭乗するショウの力は、灰色の機体――ビアレスに搭乗するトッドの力よりも上であると語っているのと同義だ。ショウへのコンプレックスを募らせるトッドが、この発言を無視するはずがない。

 ダメ押しと言わんばかりに、クルージング・トムは言葉でそれを伝えてきた。言外でさえもトッドの心を刺激していたのに、言葉にされてしまえば、トッドの堪忍袋の緒が切れてしまうのは当然だった。

 

 彼の怒りや憤りという感情がゆらりと漂い始める。オーラバトラーもまた、搭乗者のオーラ力と感情によって出力が左右される機体だ。

 

 悪感情を募らせてしまうと、ハイパー化――攻撃力を中心にして機体性能が上昇するが、搭乗者では制御不能、あるいは搭乗者を殺してしまう――する危険性があった。

 ビアレスから漂うのは、すべてを遮断するかのように猛り狂う嫉妬心と敵愾心。クルージング・トムには計算したつもりはない。全くの偶然だ。

 

 

「おい、オッサン。この程度で俺の実力を全部見たような気になるんじゃねえよ。――何なら今、あんたの目の前で、ショウを倒してやるぜ!」

 

 

 宙継が口を開くよりも、トッドが有言実行してしまう方が早かった。ビアレスは即座に機体の向きを変え、ダンバインへと襲い掛かった。オーラの力を宿した刃がぶつかり合う。つい先程まで共に戦っていたことが嘘みたいに、だ。

 ショウの説得でもトッドは止まらない。たとえクルージング・トムが悪の手先だろうと、そっちに引き込まれたら戦力として使い潰される可能性が高かろうと、コンプレックスによって曇ってしまったトッドには、もう何も見えないし聞こえやしない。

 クルージング・トムは、トッドが自分の軍門に下るのを見届けると、満足げに笑って撤退していった。連れてきたヘリとドラムロの指揮権は全てトッドに譲渡される。彼のオーラ力はどんどん歪んだ形で発露し、増幅していった。――まるで、何か強い悪感情の影響を受けたかのように。

 

 ショウ曰く、「今の状況は、トッドがハイパー化したときと同じ状況」らしい。このまま力へ飲まれてしまえば、最後は感情に覚えて自滅してしまうだろう。

 トッドは溢れる憎悪へ身を委ねてしまった。それはこの周辺に渦巻くオドにも影響を与え始めたようだ。下手すれば、トッドだけでなく、この周囲も焦土へ変わってしまう。

 

 

「これ、ついさっきセイカが言ってた“人間関係の大事故”ってやつ!?」

 

「まさか、本当に目の前でこんなことが起きるなんて……!」

 

「みんなお願い! トッドを止めて!!」

 

 

 タイムリーな話題を思い出したのか、ワタルとアマリが戦慄する。一旦フリーズしてしまった両名だが、チャムの悲鳴で危機的状況であることを思い出したらしい。即座に前へ向き直った。止めるも何も、本人がやる気で向かってきているのだから、迎え撃つしかあるまい。

 今のトッドからは、遺恨を棄てて休戦協定を結ぶような余裕は感じられなかった。むしろ、自ら積極的に遺恨へ囚われに向かっている。前後不覚になってしまった彼は、ショウと行動を共にするワタルや自分たちも敵と見定めたらしい。部下となった機体を率いて襲い掛かってきた。

 トッドの説得を行うショウを守るために、仲間たちは周囲の雑兵を撃退していく。ドラムロも、量産型ヘルコプターも、今の自分たちには敵ではなかった。機関砲を撃って来たヘルコプターを、フリューゲルのダガーを投擲して叩き落とす。襲い掛かってきたドラムロには、容赦なく一太刀浴びせてやった。

 

 程なくして、雑兵たちは完全に無力化された。これで、ショウの邪魔をする者はいない。

 

 振り返れば、丁度、ダンバインがビアレスを無力化したところだった。ショウの説得を受けても尚、トッドはショウとの敵対、および決着を所望しているらしい。だが、ここで死ぬつもりはないようで、今回は撤退することを選んだようだ。

 追いすがるダンバインを弾き飛ばし、ビアレスは創界山の向こうへ――クルージング・トムのいるであろう場所へと消えていく。機体の立て直しが遅れたショウ/ダンバインにできたことは、曇天の向こうに消えていくトッド/ビアレスの背中を見送ることのみ。

 

 

<トッド……。お前はまだ、悪夢の中にいるのか……>

 

 

 ショウの悲痛な叫びは、トッドに届かない。

 

 ショウ・ザマを打ち倒すという夢の中で、トッド・ギネスは必死にもがいている。もがけばもがく程、自分が闇の中へと沈んでいくことに気づいていない。

 彷徨い続ける彼の手を引き上げてやる手段は、どこにあるのだろうか。それを見つけない限り、トッドをこちらに引き入れることは不可能だ。

 今のトッドは、『怒るのをやめることすらできなくなった』状態に等しかった。このままならば、彼は破滅の階段を転がり落ちていくだろう。

 

 

(平行世界のショウさんだとしても、僕は祈ろう。彼の辿り着く場所に、安らぎがあることを)

 

 

 宙継はもう一度空を見上げた。分厚い曇天の空が、どこまでも広がっている。――どこまでも、どこまでも。

 

 

***

 

 

 アル・ワースに異界人を召喚している候補者の中で、実際に異界人を戦力投入してきたのはドアクダー軍団であった。

 それ故、黒幕として色濃くなったのがドアクダーである。あくまでも候補者止まりなのは、召喚方法に関する情報が一切入って来ないためだ。

 

 

「実際に異界人を戦力にしてきたんだから、呼び出した黒幕はドアクダーじゃないの?」

 

「ワタルくん。世の中には、他人が他の理由で行った研究に便乗しようとする輩だっているんですよ」

 

 

 ワタルの疑問に対し、宙継は返答した。確かにワタルの言う通り、ドアクダー軍団/クルージング・トムは、ナディアを襲う過程でワタルに敵対したネオ・アトランティスを味方認定したり、バイストン・ウェル兵をスカウトしたりして、異界人を自分たちの戦力として取り込んでいる。

 実際、自分たちはその光景を目の当たりにしてきた。それ故、アマリやワタルたちの中では“ドアクダー黒幕説”が有力視されている。それに対して“ドアクダーは()()()()()黒幕『候補』説”を提示しているのが宙継とセイカだった。

 

 小学校中学年であるワタルにも説明できるよう、宙継は例え話で説明する。

 

 

「ワタルくんの大好物が、今、キミの目の前にあるとします」

 

「うん」

 

「キミが今、好物を食べようと手を伸ばした途端、何者かの手によって大好物が盗まれてしまいました」

 

「えっ!?」

 

「キミは犯人の影を目撃しています。その外見は、『翼の生えた鳥』でした。『ワタルくんの好物を奪った犯人』は、『翼が生えた鳥』です。しっかり覚えてください」

 

「う、うん。えーと、『僕の好物を奪った犯人』は『翼が生えた鳥』だね? 覚えたよ。それで?」

 

「――そして、丁度キミの近くに居合わせたのが、ホープスだったとしましょう」

 

「「!!?」」

 

 

 まさかの候補に、ワタルとホープスがぎょっとしたように目を見開いた。仲間たちも合点が言ったように、ポンと手を叩いて宙継に視線を向ける。

 だが、この配役に異を唱えた人物がいた。少女――ナディアは「待って」と声を上げて、クラマを指さした。

 

 

「クラマだって鳥でしょ? なんで具体例に使わないの?」

 

「違います。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 今度はクラマが大きく目を開く番だった。彼は何かを言おうと口を戦慄かせていたが、嘴を真一文字に結んで宙継を凝視してきた。宙継は話を元に戻す。

 

 

「先程の例え話で『ワタルくんの好物を奪った犯人』は、『翼の生えた鳥』でした。ホープスも確かに『翼の生えた鳥』です。でも、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という理論は成り立たないでしょう?」

 

「そっか! 『翼が生えた鳥』っていうのは、あくまでも“犯人を絞り込むための情報”であって、“犯人を示す決定的な証拠”にはならないんだね?」

 

「はい。でも、絞り込むための情報が多くなれば多くなるほど、犯人の候補者も段々と減っていきます」

 

 

 「例えば、先程の条件に、『身体の色は緑』と付け加えたらどうなりますか?」と言えば、こちらを睨んでいたホープスは、渋々威嚇体制を解いた。

 ワタルも納得したように頷き返す。元々、彼は年相応に好奇心旺盛だ。勉強が楽しいものであると教えることができれば、好奇心の赴くままに突き詰めていけるだろう。

 科学者や技術者を志した人々は、幼少期に「この分野は自分にとって楽しいものだ」と認識したが故に、専門分野へと飛び込んだタイプが圧倒的に多いからだ。

 

 折角なので、「後で算数でも似たようなものを習うので、覚えておくとテストで役に立つかもしれませんね。先生にびっくりされるかも?」と煽ってみれば、素直なワタルはパアアと目を輝かせた。これで少しは、勉強の方にも興味を持ってもらえるかもしれない。

 「元の世界に戻ったら、どれだけの時間が経過してるのかな? 帰って見たら、家族友人知人が誰もいないとか、そんなことないよね?」「馬鹿やめろ!」――背後から、最悪のケースを持ちだしてきたセイカの言葉に、サンソンが顔を真っ青にしてツッコミを入れていた。

 

 ――それが成り立つ危険性があるから、異世界漂流とは恐ろしいものなのである。

 

 そんなことを考えながら、宙継は立ち上がる。今日の夕飯当番は宙継だ。不機嫌になってしまったホープスを必死に宥めすかすアマリのためにも、なんとかご機嫌を取らねばなるまい。それと、アマリに余計な手間をかけさせてしまった謝罪でもある。

 材料や調味料を確認しつつ、宙継は献立を考えながら手を動かす。前回の旅路も中々に不穏だったが、アル・ワースも負けず劣らず不穏な状況だ。異界人を自陣営に取り込むドアクダー、ドアクダーに協力することを選んだトッド、腹に一物抱えている系の鳥と()……。

 

 

(――さて、僕には何ができるかな)

 

 

 大所帯になった仲間たちのざわめきを背中にし、宙継は手を動かす。

 そろそろ移動が大変なので、大きな艦を持っている人が仲間として加わって欲しいなぁ――なんてことを考えながら。

 

 

 

 

 数日後、艦隊規模で召喚されたメガファウナとその乗組員と遭遇。共闘することで危機を跳ね除けたものの、メガファウナが所属するアメリア軍――その一個大隊を率いるクリム大尉から「キャピタル・アーミィと呼ばれる組織がマナの国・ミスルギ皇国に雇われ、アメリア軍に攻撃を仕掛けてきた。そのため、マナの国の調査をしてもらいたい」と命令され、彼らに同行することになるとは――このときの宙継は、一切考えてすらいなかった。

 

 




多方面で地雷を装填したり、地雷処理(?)をしたり、無自覚でメタ推理を披露してみせたり――宙継とセイカは今回もやりたい放題しています。今回はホープス×アマリ要素はお預け。次回こそは、ホープス×アマリの話題を組み込めたらいいなあ。


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この状況に覚えあり

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


「ジャンも大変よね。ナディアのお守だなんて」

 

「全然、苦労なんて思ってないさ。好きでやってることだから」

 

 

 チャムの同情に対して、ジャンは笑顔で答えた。彼の表情からは、ナディアに対する負の感情など一切感じない。一途で真っ直ぐな少年の心には、ただ1人の少女へ対する恋/愛があった。

 我儘な少女に振り回されているにも関わらず、ジャンはそんなナディアの在り方も尊いと考えているようだ。恋や愛という感情が“そう”させていると考えると、些か滑稽なことだとホープスは思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――それが、ホープスの系譜に関わる持論である。

 

 ただ、ナディアから様々な無理難題や八つ当たりを受けても、めげることなく彼女に尽くそうとするジャンの姿勢からは、学ぶべきことが多いと素直に賞賛できた。

 特にアマリは、他人から言われるがままに流されていた節がある。自分の意見があったとしても、自信がない故に黙り込んでしまうのだ。そこは彼女の悪いところである。

 本人もそれを自覚しているものの、改善までにはまだまだ時間がかかりそうだ。彼女には強くなってもらわなければ困る。ホープスにとって、彼女は()()なのだから。

 

 

「――でも、自分が使うんではなく、あんな風に()()()()()()()です……」

 

 

 ジャンからは学ぶことが多いという話題に同意したアマリが、ぽつりと零した呟き。

 

 蚊が泣くような声色だったにもかかわらず、鮮明な響きを宿していたように感じたのは何故だろう。

 思いを馳せるかのように頬を染めた少女の横顔に、頭を殴られたような衝撃を感じたのは何故だろう。

 

 年頃の男女が恋や愛に想いを馳せている姿は何度も目にしてきた。そこから湧き上がる感情にも、触れた経験はある。

 アマリだって18歳だ。年頃の少女だ。恋愛に興味があって、恋愛に想いを馳せるのも当然だと言えよう。

 冷静に考えれば当たり前のことだった。アマリだっていつかは、恋をして、誰かを愛し誰かからも愛される日が来るのだろう。

 

 

『旅を続ければ、あたしやソラみたいな異界人もどんどん仲間になるだろうね。アマリにも友達が増えて、色んな顔をするようになる。お前に対してはずーっと怯えっぱなしで不満そうな顔ばっかりなのに、他の人と話しているときだけすっごく楽しそうな顔をしていて、そのせいでどんどん距離が空いてしまう。――そうなったらお前、どんな気持ちになる?』

 

 

 つい先日、セイカから向けられた言葉が頭の中で響き渡る。何度も何度も巡る言葉は、激しい痛みを伴って刻まれていく。今すぐ彼女を問い質したい衝動に駆られたが、ホープスとアマリの関係は、互いの人間関係に関して口出しできる仲ではなかった。そのことに、ホープスは何とも言えぬ歯がゆさを感じる。

 同時に、思う。もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。強い知的好奇心が湧き上がるものの、同時に、言葉に出来ない程の恐怖も湧いてきた。相反する感情が、ホープスの喉元を締めつける。鳴り損なった呼吸が漏れた。

 

 

「最も、みなさんに苦労と迷惑かけてばかりの私じゃあ、誰からも()()()()()()()()()はずがないのかもしれませんけど」

 

「――そんなことはありません」

 

 

 自信なさげに笑ったアマリは、どこか悲しそうに目を伏せる。ホープスは咄嗟に、強い調子で、アマリの言葉に食い下がった。

 

 まさかホープスがそんな反応をするとは思わなかったのだろう。アマリは驚いたように目を瞬かせた。緑柱石を連想させるような瞳には、やけに真剣な顔をした鸚鵡の姿が映し出されている。

 自分の出した声と今の表情は、ホープス自身も非常に驚いていた。動揺を何とか押さえつけ、ホープスはまっすぐアマリを見返す。舌が張り付き、嘴は接着剤で塗り固められてしまったのかと思うくらい、自由に動かなかった。

 口を開いて言葉を紡ぐ――単純な行為のはずなのに、それがとても難しいことのように感じたのは何故だろう。でも、黙っていることができなくて口を開き、アマリの反応が怖くて口を閉じてしまう。

 

 躊躇いながらも、それでも、やっぱりホープスは黙っていられなかった。

 自分を抑えつけようとするすべてを振り払うようにして、口を開く。

 

 

「私は、マスターとの旅、……気に入っていますから」

 

 

 ……多分、この言い方は間違っているのだと思う。でも、それ以外に、それ以上に、ホープスは上手い言葉を見つけることができなかった。

 言葉を紡いで、真っ先にホープスに襲い掛かったのは後悔だった。らしくないことを口走ったことは事実だが、やはり黙ったままにしておくべきだったか。

 居たたまれない気持ちになって視線を逸らす。アマリは沈黙したままだった。妙な緊張感に、体を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 

 

「――ありがとうございます、ホープス」

 

 

 柔らかな声色に、声の主へ視線を向けた。アマリは照れ臭そうに微笑んでいる。――ホープスの中に、凄まじい安堵と羞恥が湧き上がった。

 

 自分の醜態を察知されぬよう気をつけながら、ホープスは別の話題を提供した。仲間たち――特にセイカが、好奇の色でこちらを見ていたためである。

 どいつもこいつも、生暖かな笑みを浮かべてこちらを見つめてくるのが不快だ。おまけに、照れたようにはにかむアマリの笑顔が頭からちらついて離れない。

 

 

『――そういうの、相手のことが好きじゃないと、感じないものなんだよ。恋愛的な意味でね』

 

 

 そんなことはない。そんなことは、ないのだ。

 自分が、愛だの恋だのに現を抜かすはずがない。

 何故ならホープスは、ホープスの系譜に連なる()()は――

 

 

<――ホホウ>

 

 

 どこかで、何かが嗤う気配がした。何かが蠢く気配がした。まるで()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに、どす黒い悪意を感じ取る。

 

 “運命はお前を逃がしはしない。お前は運命から逃げられはしない”――()が言外にそう語っている気配を感じて、ホープスは内心舌打ちした。

 確かに自分の外見は、自由に空を飛び回る鳥だ。でも、今の自分には自由はない。使い潰されるだけの運命(さだめ)が待っている。

 

 逃げるために鳥籠を飛び出した。その延長で、ホープスはアマリを見出し、契約を交わしている。彼女は教団の下っ端術士ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としては、非常に適任だったのだ。

 真実を知っているが故に服従している導師も、アマリに愛されることを夢見てドグマを増幅させているような法師も、アマリの同期で彼女と一番仲が良い二流術士も、神の加護に飲み込まれたままの術士たちも、この世界の摂理を司る神も、ホープスは腹立たしいと思っていた。

 3000年の歴史にのめり込んだ教団よりも、どこにでもいるちっぽけな術士の方が()()()()だと思える。どちらを選んでも、ホープスの末路はロクなことにならないだろう。だが、僅かでもマシな可能性があるのなら、賭けたいと思うではないか。

 

 

(食われて堪るか。お前の為に死ぬなんざゴメンだ)

 

 

 逃げてやる。逃げ切って、自由を掴んでやる。そのためにも、生き延びなければ。

 ついでに、奴に対して仕返しをしたって構わないだろう。嫌がらせをしても構わないだろう。

 

 ――そのためにも、マスターにはもっと強くなってもらわなければ。

 

 自分にとって、死は何よりも恐れるべきことだ。

 死を回避するための手段は、1つでも多い方がいいのだから。

 

 

★★

 

 

 アル・ワースは、大きく分けて3つの文明圏に分けられている。

 故に、西部・東部・南部では文化や技術力に大きな差があるらしい。

 

 因みに、一番最初に宙継たちが立ち寄ったモンジャ村が属している創界山は、アル・ワースの西部地域一帯を指し、この世界の聖地とされている。文明区分で表すなら、西部は田舎と称されるそうだ。

 

 東部に存在する『マナの国』は、“マナと呼ばれる魔力を使うことで、社会のすべてを成り立たせている”国家群のことを指す。マナはあらゆるものを思考で操作できる高度情報化テクノロジーと定義されており、これがなければマナの国で生活することは不可能だと言えよう。

 我々の世界で言えば、科学色が強い魔法のようなものか。魔従教団の術士が行使するドグマとも非常に似通っているようだが、アマリが自信満々に語った『私のドグマの方が戦闘向け』という部分から、高度情報処理能力による支援系型の魔法体系だろうと推察できた。現物を是非とも拝んでみたいものである。

 ただ、“マナを使えるのはマナの国に住んでいる人間のみで、外の世界の人間はマナを使う者の姿は目撃されていない”、“マナのない人間は、マナの国では生きていけない”、“()()()()()()()()()()()()()、マナを持たない人間には生きる術がない”という不穏な話題が挙がっていた。

 

 ホープスが詳細を説明しようとするのをアマリが遮ったあたり、便利な社会の中には歪な体制が敷かれているのだろう。

 経験上、セイカと宙継は“そういうもの”を察知する力に長けている。――1人と1匹が、眉間に皺を寄せた宙継に気づかなかったのは、果たして幸運だっただろうか。

 

 

『セイカ。僕、今、どんな顔してます?』

 

『テレビでハザードの記者会見を見てたときと同じ顔』

 

『――ああ、そうですか。ハザードと戦ったときの顔じゃないなら、まだ大丈夫ですね』

 

 

 思念波でそんな会話をしていたことを気づかれたら、アマリやワタルたちはどんな反応をするだろうか。可能性を集めた結果、邪悪を束ね尽くした最凶の小悪党と化した人災。擁護不能、超弩級の悪を極めた男だ。

 奴は何度打ち倒されても、不死鳥のように表舞台へ舞い戻ってきた。不正を暴かれてアルカトラズ収容所に収監されたが、そこで発生した事件のドサクサに紛れて脱獄。その後は何故か“何事もなかったかのように”表舞台に復帰し、数々の悪行を行った。

 そのくせ、殴りたいのに殴れない状況が多く続いたため、アルティメット・クロスの関係者たちは「いつか絶対倍返ししてやる」と刃を研ぎ続けていたらしい。その瞬間が訪れっと期の面々は、今までの鬱憤をぶちまけるように大暴れしていた。

 

 

『個人的には、マザーコンピューター・テラ絡みの顔が一番ヤバいと思う』

 

 

 宙継の思念に対して、セイカは思わずそう零していた。宙継の顔が曇ったのも、マナの国の体制にマザーコンピューター・テラとの類似点を察知したためである。

 

 マザーコンピューター・テラの前身であるグランドマザーは、古のミュウを突然変異種と断定し、人類たちにミュウの根絶を命令した。ミュウに目覚めた者は、どんな人間であろうとも無条件で殺しにかかる。ミュウ抹殺の為ならば、惑星破壊兵器メギドシステムを躊躇なく投入する程だ。辺境の惑星ナスカで静かに暮らすことすら、グランドマザー/歪んだ体制で育った人類は許してくれなかった。ナスカは滅び、古のミュウは数多の命を散らしている。

 しかし、グランドマザーが虐殺を命じていたのはミュウだけでない。支配体制を継続させるための実力を有さない者、支配体制に対して反抗的な思想や性格が形成されている者も、抹殺の対象にされていた。この情報はグランドマザー停止後になって、データをサルベージした結果手に入った情報である。その中には、グランドマザーがシステムの体現者とするために育てていた人間――キース・アニアンの情緒教育や、ミュウの長――ジョミー・マーキス・シン抹殺のために、人生を歪まされた者たちの存在もあったらしい。

 

 ノーヴル・ディランの論文によると、『地球や宇宙にマザーコンピューター・テラ本体とその関連端末が存在していたのは、“前の輪廻で滅びを迎えた世界のロストテクノロジーが、現代まで眠っていた”』ためだそうだ。

 ひょんなことからマザーコンピューター・テラの端末を見つけた刃金蒼海は、このオーバーテクノロジーに触れたために増長した。だが、人間を洗脳することが可能というスペックからして、蒼海がマザーコンピューター・テラによって洗脳された可能性も否定できなくはない。

 

 残念ながら、その真相は闇の中。マザーコンピューター・テラは永遠に停止したため、その謎に触れることはもうできなかった。閑話休題。

 

 南部に存在する『獣の国』は、獣人と呼ばれる生き物が住んでいる。丁度、外見は()()クラマと非常に似通っているらしい。諸国漫遊の旅で獣人と何度か出会ったことがあるシバラク曰く、『7年前に国家体制ががらりと変わってしまった』という。国内はまだバタバタしていて、他国と交流を結ぶ余裕は無いようだ。

 

 

『――じゃあ、まずはマナの国の人にドアクダーのことを話して、協力して貰おうよ』

 

 

 創界山第1界層からは遠回りになるが、戦力は強化しておいて損はない。ワタルの意見に反対する者はいなかった。

 

 マナの国の後ろ暗い情報が気になって仕方がないし、表情をあからさまに曇らせたアマリや腹黒さを漂わせるホープスの様子が気にならないかと言ったら嘘になる。

 それでも、進まなければならぬときがある――悪意が待ち構えていたとしても尚、その悪意に挑む必要があることは、アルティメット・クロス時代に何度も体験したことだ。

 どの道、いつかは毒を食わねば先に勧めない日がやって来る。それが早いか遅いか、どんな状況かが変わるだけだ。早まった程度で狼狽えるような時期は、もうとうに過ぎていた。

 

 

「――ねえ、見て! ロボット同士が戦ってるよ!」

 

 

 ワタルが指さす方向には、戦いを繰り広げるロボットたちの姿があった。戦艦1機とモビルスーツらしき――ガンダムタイプと非常によく似た――機体2機が、凡庸量産機と思しき機体の群れと戦いを繰り広げているところだった。

 機体に反応したのはセイカと宙継だけではない。どうやら、チャムとショウも『戦っている機体はモビルスーツであり、そのうち2機はガンダムに似ている』と思ったようで、反応を示した。直接関わったわけではないが、彼はモビルスーツのことを知っているらしい。

 

 どちらも、ワタルや宙継たちと同じ異界人だ。早速コンタクトを試みる。

 疑似的なトランザムバーストを発動しようと宙継が準備し、ワタルが通信回線を開いた瞬間だった。

 

 

「攻撃を開始しろ!」

 

 

 攻撃を仕掛けてきたのは、数多の凡庸量産機の群れだった。こちらは遠距離攻撃を回避したが、敵勢は追い打ちを仕掛けるために襲い掛かってくる。

 

 

「いきなり撃って来おった!」

 

「ワタルくんや宙継くんに向かって撃って来たということは……」

 

「相手側からしてみれば、『対話をする必要性も感じない』ということですか」

 

 

 有無を言わさぬ攻撃にシバラクが驚き、アマリとホープスが相手側の意志が如何なるものかを面々に伝える。

 

 規模と方向性は全く違うが、人の話や都合などお構いなしという点では、自分のやり方が正しいと妄信していた加藤久嵩や擁護不能の小悪党ハザード・パシャとよく似ている。凡庸型部隊――特に、その指揮官と思しき人物は加藤に近しいタイプのようだ。

 更に分析すると、つい先日ドアクダー陣営についたトッド・ギネスや、UX在籍時に敵として戦ったことがあるという黒騎士バーン・バニングスと似たような感情も溢れていた。自分の正義、尺度、因縁に付随した感情によって、彼らは自ら視野を狭めてしまっている。

 ああいう手合いは、どこかできちんと因縁に決着をつける機会が必要だ。でなければ、世界がダメになる瀬戸際でも、世界を救おうとしている人々の努力までもを無碍にしかねない程度の暴走はしてくる。

 

 具体例に挙げるとしたら、バルキアスとジスペルが幅を利かせていた世界にいたフリット・アスノだろうか。仲間内から“高性能じいちゃん”と呼ばれるフリットは、火星に追いやられた人類ヴェイガンを蛇蝎の如く憎んでいた。普段はまともで頭の切れる司令官なのに、ヴェイガンが絡むとキルゼムオール一択になってしまうくらいのヤバさがある。ヴェイガンが行った悪辣な遊びの延長で、初恋の女の子が亡くなったことが原因らしい。

 一時は“ヴェイガン殲滅の為、火星にプラズマダイバーミサイルを撃ちこもうとする”ところまで行ったが、孫や息子に止められたことで冷静な判断力を取り戻す。彼はプラズマダイバーミサイルから発せられる光を使って戦場にいる兵士たちに注視を促し、立場を超えての協力を打診した。最後は息子アセムの友人/ヴェイガンの司令ゼハートを受け入れ、協力を要請。ゼハートは“地球連邦軍から協力要請を受けたヴェイガン代表”として部隊へ加わった。

 

 最後は、息子&息子の友人VSおじいちゃんと孫のチームで温泉卓球に興じる程の仲になったらしい。高性能じいちゃんは卓球でも獅子奮迅・八面六臂の大活躍を見せ、孫からはべた褒め・息子からは「無茶するな。アンタ何歳だ。いい加減にしろ」と悪態をつかれたそうだ。戦艦での戦術指揮からMSパイロットまでこなす高性能じいちゃんはとんでもなかった。

 

 他にも、人の話を聞かないという点に該当する人物は、宙継の身近にも1人いる。――最も、彼は宙継の父親と一緒に外宇宙探索の旅に出ており不在なのだが。閑話休題。

 

 

「大人のくせに、人の話を聞かないのか!!」

 

「『ミスルギ皇国に所属する機体以外は撃墜せよ』と命令を受けているのでな」

 

 

 こちらは戦う気などなかったのに、向うが容赦なく襲い掛かって来たのだ。ワタルが怒りをぶつけるのは当然だろう。相手は謝罪の代わりとでも言うのか、自分たちがどの団体に所属してどのような指示を受けたのかを語ってくれた。

 その割には、彼――バタフライマスクをつけた男は、非常に不本意そうな思念を漂わせていた。「本当は雇い主のことが嫌いで嫌いで仕方がない。だが、従わないと部下たちを養ってやれない」という切実な懐事情がにじみ出ている。

 

 

「仮面……」

 

 

 宙継は何とも言い難そうな表情を浮かべた。あの様子だと、彼は父親の友人を思い出したらしい。彼も一時期、仮面をつけて奮闘していた姿を見ていたことがあったという。閑話休題。

 

 マスクの思念からは『クンタラ』という単語が飛び交っている。呪詛のような響きを持つそれは、バタフライマスクの劣等感を増幅させていた。彼の思念を深く読み取った宙継が、セイカに情報を共有してくれる。

 

 『クンタラ』というのは、マスクの世界における負の遺産が差別用語に変わったものだ。彼の世界では遠い昔、大規模な食糧難に見舞われていたという。人類はどうにかして生き延びようと画策した挙句、食糧として人肉を喰らうことを選択。多くの人々が“食人用の家畜”としての烙印を押されたという。

 後に、食人という行為自体がタブー視されるようになり、家畜として生かされてきた人々にも人権が戻ってきた。自分たちの命や、子孫たちの未来も絶たれずに済んだ。だが、どれ程時間が経過しても、“クンタラは食糧にされるような卑しい人間”という差別意識は根強く残っているらしい。何かと引き合いに出されては蔑まれているようだ。

 

 

「…………」

 

 

 宙継の表情が曇る。似たような痛みを抱えているが故に、彼の劣等感や憤りを他人事とは思えないのだろう。

 それに、クンタラが辿る被差別史は、古のミュウや現在のミュウおよびイノベイターの立ち位置とよく似ている。

 唯一の違いは、“食人用の家畜”か“旧人類からの脅威認定からの虐殺対象or兵器利用”くらいか。どちらも未来が暗いことは明らかである。

 

 

「お仲間だと思ってホイホイ近づいたのが運のツキだったってワケかい……!」

 

「異界人同士で争うことになるだなんて……!」

 

 

 グランディスとショウが歯噛みした。凡庸機部隊が揃いも揃って敵に回ってしまったため、救世主一行も戦力的に不利な状況下である。この状態で三つ巴になってしまえば、大混戦の後に叩き潰されるリスクが高い。だが、もしここで戦艦とモビルスーツ2機の別陣営と手を組むことができれば、凡庸機部隊を退ける程度のことは可能だ。期待値は低いものの、対話の結果によっては、凡庸機部隊側がこちらへの対応を考え直す可能性もある。

 ワタル/龍神丸と宙継/フリューゲルは顔を見合わせて頷き合った。宙継が対話を試みていると知っているから、セイカは迷わず疑似的なトランザムバーストを展開する。自分たちの多くが異界人であること、自分たちを召喚した黒幕候補の1陣営を倒すために旅をしていること、そのための仲間を欲していること、元の世界へ戻るためにはアル・ワースの危機を救うことが一番の近道であること――後は相手の反応待ち。

 

 

「問答無用! 貴様らには、我々の踏み台となってもらうぞ!」

 

 

 喧嘩を撃って来たのは、やっぱり凡庸機部隊だった。彼らは実利主義者であり、自分たちが身を置く『ミスルギ皇国の国力』の方が有益だと判断したのだろう。

 異邦人が9割を占める救世主一行には、明確な後ろ盾がない。被差別経験者である彼らだからこそ、協力者に対して目に見える価値を求める傾向にあるらしい。

 おまけにこの部隊――特に指揮官であるバタフライマスク――は、元の世界でも人々から蔑まれてきた弊害として、“他者を受け入れる”という精神的な余裕を持っていなかった。

 

 先の件で、バイストン・ウェル兵たちがクルージング・トムの配下になった理由と同じ――この世界で、自分たちの生存権を確立する――だ。

 

 

「どうします、艦長!?」

 

「戦力的には圧倒的不利なんだ! あの連中を利用してでも、この場を切り抜けるぞ!」

 

 

 だが、()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()者たちがいた。戦艦と2機のモビルスーツたちは救世主ご一行側につくことにしたらしい。即座に協力要請の通信が入ってきた。仲間たちは互いに頷き合い、モビルスーツ2機と戦艦に合流した。

 あちこちで剣載の音が響き渡った。凡庸機の群れが、宙継とセイカ/フリューゲルへと殺到する。彼らが繰り出す攻撃は、どことなく助けを求める叫びのように思えたのは気のせいではない。宙継は何とも言えなさそうなしかめっ面のまま、凡庸機たちを的確に行動不能へと陥らせていく。

 

 新たな機体と対峙したワタルは不安そうにしていたが、龍神丸の言葉――どんな機体にも脱出装置がついている。多少は痛い目を見るが、死にはしない――に納得していた。ワタル/龍神丸は剣を振るい、凡庸機を次々と撃破していく。

 宙継は彼のことを気にかけていたが、大丈夫だと分かった途端、安堵したように息を吐いた。実際、龍神丸の言葉通り、どの機体も脱出装置が発動している。爆風に飲まれた者もいたが、死の気配は感じ取ることはなかったようだ。

 元々“極力パイロットは殺さない”ことを信条にしている宙継だが、以前の対戦やアンノウン・エクストライカーズ/アルティメット・クロス在籍時には仕方なく相手を討ったこともあった。道を切り開くためにはやむを得なかった。そのときの感情を、ずっと覚えていたのだろう。

 

 

(“誰かに手を伸ばせるような人間になりたかった”――そう願ったから、貴方はそれを成せる人間になろうとした。だから、ELSの声をハッキリと聞き届けたときの貴方は、躊躇うことなく手を差し伸べてくれた。掴んだ手のことも、掴めなかった手のことも、貴方はずっと忘れていない)

 

 

 ――そんな命を、セイカは愛している。

 

 

「ソラツグ」

 

「はい?」

 

「――大丈夫」

 

 

 セイカの思念を受け取った宙継は、少し驚いたように目を見張った。暫し目を瞬かせた彼だが、ふわりと笑って頷き返す。刹那、背後にいた機体がビームライフルを撃って来た。

 フリューゲルは即座に回避し変形。飛行形態のまま、トライパニッシャーをお見舞いした。パイロットは機体を放棄する旨を叫んで、脱出用ポッドでこの場から離脱する。

 

 今度は別機体が襲い掛かってきた。セイカは即座に機体へELSを取りつかせ、パイロットを放り出して同化する。ELSの浸蝕を目の当たりにした驚きからか、敵の機体が停止した。セイカは早速、機体の学習に入る。

 あの機体名はカットシー。リギルド・センチュリーと呼ばれる世代に生み出された、キャピタル・アーミーの凡庸機だ。平均的な能力の機体だが、数の暴力で挑みかかられるとそこそこキツイ。

 ELSたちは早速カットシーに擬態し、敵部隊相手に学習成果を披露してみせた。撃墜されたはずの機体が再び現れ、自分たちに攻撃を仕掛けてくる図は、彼らの恐怖心を煽って統率を乱すことに成功した。

 

 

「な、なんだ今のは!? アレは化け物か!?」

 

「……差別されるのが嫌いな人が、差別する人と同じリアクションしてるのって滑稽だね」

 

 

 マスクの反応は、何も知らない人間としては正常な反応だろう。実際、宙継の世界の人間たちも、最初は同じ反応をしたのだから。……気持ちがいいものではないが。

 

 セイカは相手へ通信を開き、一方的に吐き捨てる。マスクはセイカの言葉から、宙継とセイカが被差別側の存在であることに気づいたのだろう。ハッとしたように息を飲み、沈黙する。

 

 

「あまり酷いこと言っちゃダメですよ、セイカ。彼の反応は、“差別する側の人間”として当然のことです」

 

 

 「そこら辺は、僕を実験体にしようとした過激系軍閥のお偉いさん一派と変わらないですよね。クンタラとか関係なく、彼もまた“人間”だったということです」と、宙継は薄暗く笑った。全文そのまま、マスクの通信に垂れ流しである。マスクは余計に居たたまれなくなったようだ。こんな“人間”認定、されたくなかったに違いない。

 宙継の世界で戦いが終わった――多くの異種族と対話が成功した後も、一部の人間は急激な変化を受け止められないでいた。イノベイター等の新人類に対しては――未知への恐怖故に――扱い方に困っている部分もある。特に、軍部やテロリストの過激派は、新人類を兵士/兵器として利用しようとしている一派が、ちょくちょく問題を引き起こしていた。

 事後処理によって件数や規模が減ったと言えど、世界の流れが急に良くなるとは限らない。宙継は『お父さんが帰って来るまでには、表立った差別を鎮静化させておきたい』と語っていたが、それが茨の道であることは誰もが予想できることであった。それでも、彼は往くのだろう。養父のクーゴが彼を希望とみていることを知っているから。閑話休題。

 

 

「……そこの乱入者。同じ痛みを抱える者として、非礼を詫びよう」

 

「お気になさらず。元の世界で、似たような反応には慣れていますから。――こちらこそ、酷い言葉を吐きました。申し訳ありません」

 

 

 マスク側から通信が入った。宙継は無理矢理笑って返答する。これ以上のやり取りは、お互いの傷を広げるだけだ。

 

 

「決着をつけたい相手がいるんでしょう? 邪魔をするだなんて、無粋な真似はしませんよ。ひとつの“命”として、当然のことですから」

 

「そうか。……貴殿は我々を、ひとつの“命”であると認めてくれるのだな」

 

 

 フリューゲルと指揮官機のカットシーは背を向けた。カットシーの延長線の先にいるのは、青基調のモビルスーツ。

 

 

「ベルリ・ゼナム生徒、気合を入れます! ウオ、ウオ、ウオ、ウオーッ!」

 

「何ですの? それ」

 

「キャピタル・ガード伝統のウォークライです!」

 

 

 青基調のモビルスーツに搭乗している青年――ベルリ・ゼナムは、ワインレッド基調の機体に搭乗する女性の問いに対して、笑みを浮かべて答えた。

 もう戻れない過去の痛みを抱えて、ベルリ/青のモビルスーツはカットシー部隊へと切りかかる。モビルスーツはビームサーベルで格闘戦を挑み、カットシーを一刀両断した。

 ベルリに影響されたのか、女性も敵兵へ突っ込んではバルカンや対艦ビームライフルを連射して敵を仕留めていく。彼女の戦術は、機体のコンセプトとミスマッチだった。

 

 背後から風が巻き起こる。アマリとホープス/ゼルガードが、風のドグマで凡庸機を滅多切りにしていた。追い打ちと言わんばかりにダンバインがオーラ切りを叩きこみ、カットシーは文字通り真っ二つにされ、爆発四散する。脱出ポットは勢いよく飛び出し、明後日の方向へと飛び去ってしまった。

 背後ではマサキ/サイバスターがハイ・ファミリアで遠距離から攻撃を行う態勢を崩して地面に叩き付けられた凡庸機は、そのままグラタンによって跳ね飛ばされた。時限爆弾のオマケが利いたようで、機体は爆発に飲み込まれる。勿論パイロットは無事だ。但し、マナの国とは反対方向に飛んでいってしまったが。

 

 指揮官機のカットシーと青基調のモビルスーツが戦いを繰り広げる。宙継はそれを横目にしつつ、カットシー部隊に向き直った。指揮官機とフリューゲルのやり取りを見て何か思うところがあったのか、他のカットシーたちからは敬意の感情が漂う。別に通信が垂れ流しになっていた訳ではないのに、不思議なことである。勿論、宙継やセイカも同じようにして、カットシーの搭乗者たちへ敬意を払いながら戦った。

 

 程なくして、カットシー部隊は撤退していく。マスクの搭乗していたカットシーも、ベルリの機体によって戦闘不能状態に追い込まれていた。

 マスクは一方的にベルリのことを知っているらしく、「飛び級生」呼ばわりしながら撤退していった。

 

 

「……あの人、悪い人ではないんですがね」

 

「そうだね」

 

「いつか、ちゃんと決着つけられればいいんですけど」

 

「……そうだね」

 

 

 白い機体の背中を見送りながら、宙継は呟く。その眼差しは、どこまでも静かだった。

 

 

***

 

 

 マスク率いるキャピタル・アーミィは、部隊ごとアル・ワースに転移してきたらしい。今まで異界人は個人単位で召喚されていたため、大規模な転移だと言えよう。キャピタル・アーミィはメガファウナの面々とは元々敵対しており、この関係はアル・ワースでも踏襲されることとなったようだ。彼らの世界では、宙継の知るモビルスーツと形状が違うモビルスーツが運用されていたという。

 メガファウナがここに来る直前、大規模な磁気嵐に巻き込まれたらしい。気づいたらアル・ワースに転移しており、キャピタル・アーミィから散々追いかけ回される羽目になったという。話を聞く限り、キャピタル・アーミィとメガファウナは同時期に転移した様子だった。しかし、メガファウナが転移したときにはもう、マスク率いるキャピタル・アーミィはミスルギ皇国の傘下に入っていた。

 同時期に召喚されたが、アル・ワースに流れ着いた場所とタイミングにラグが生じたのだろう。マスク隊は“少し早い時間軸、且つミスルギ皇国近辺”に、メガファウナは“現在の時間軸、且つ何もない平原”に飛ばされた結果がこの有様だ。マスク隊はミスルギ皇国に自らを売り込んで傘下に入り、メガファウナは救世主ワタルご一行と行動を共にすることと相成った。メガファウナは1週間ほど、この近辺を彷徨っていたらしい。

 

 

「ベルリはアイーダさんのお尻を追いかけて、このメガファウナに来たのよ」

 

「そんな貴女は、ベルリと『合体』したくてこのメガファウナに来たクチでしょ?」

 

「ま、待って待って待って! そんな単語口に出しちゃダメェェェェ!!」

 

 

 ベルリを茶化した少女――ノレド・ナグからは、ベルリに対する恋慕がダダ漏れである。折角なので『合体』の部分を意味深にしてみたら、ノレドは顔を真っ赤にして頭を抱えた。

 『合体』の部分を『夜のプロレス』と言い換えてみたらもっと挙動不審になった。結果、宙継から軽く手刀を叩きこまれる。もっと凄い言葉が沢山あったのに。

 

 不満は残ったが、宙継が威圧的な笑みを浮かべていたため、諦めることにした。

 

 

「ねえ宙継くん。なんでノレドさんは『合体』に反応したの?」

 

「ワタルくん、聞いちゃダメです」

 

「じゃあ、『夜のプロレス』って? なんで夜にプロレスする必要があるの?」

 

「ワタルくん」

 

「やめろワタル。おぬしにはまだ早い」

 

 

 無垢な眼差しで首を傾げるワタルに対しても、宙継は同じような対応をした。鬼気迫った笑顔に気圧されたワタルは、シバラクの介入によってその話題から遠ざかった。

 

 自己紹介を終えた面々は、情報交換を行う。その最中、メガファウナの関係者から通信が入った。通信の相手はクリム・ニックで、アメリアという国の軍人らしい。しかも、大統領の息子でもあるという。確か、アイーダ・スルガンの父親がアメリア軍のトップだったか。

 クリムは転移する直前、別部隊へ配置換えになったという。ここに通信が繋がると言うことは、彼の関係する部隊もアル・ワースへ転移しているということだ。勝手知ったるの要領で、誰の許可も取らず、文字通り勝手に通信を開いたクリムとも情報交換を行う。

 戦時特例で大尉となったクリム曰く、アメリアの一個大隊もアル・ワースにいるようだった。キャピタル・アーミィも多数の部隊がアル・ワースへと飛ばされており、彼らは漏れなくミスルギ皇国の傘下に入っているらしい。おまけに、アメリア軍に対して執拗な攻撃行動を行っているという。

 

 ミスルギ皇国は、マナの国では最大勢力を持つ国らしい。ワタルや宙継とセイカらが転移する少し前に、ちょっとした動乱が発生していたという。

 皇帝の即位によって動乱は沈静化しており、表面上は落ち着いているようだった。――そんな国が、同一世界から来た異界人を集め、敵対組織同士で戦わせようとしている。

 

 

「……きな臭いですね」

 

「そこの少年の言う通りだ。メガファウナには、『我々への襲撃が、ミスルギ皇国の意志なのか』を調べてほしい」

 

 

 宙継の呟きに、クリムは同意する。

 

 しかも、クリムたち――アメリア軍アル・ワース部隊は、メガファウナの調査が円滑に進むよう、陽動部隊を動かしてくれるらしい。物資の補給も行ってくれるという。

 そこまではよかった。そこからがダメだった。クリムは『こちらが任務を受ける』という前提のまま、「よろしく頼む」と言い残して通信を切ってしまった。

 恐らく、すぐ彼名義で物資が贈りつけられてくることだろう。艦長のドニエル・トスも頭を抱え、クリムを「天才」と揶揄った。正しいルビは、きっと「バカ」だろう。

 

 ドニエルは頭を抱えていたが、選択肢が「やる」以外にないことを察したのだろう。深々とため息をついた挙句、作戦受領の意を表した。勿論、一緒に戦線を乗り越えた救世主一行も、彼らの調査に手を貸すことを表明する。自分たちも、マナの国に用事があった。

 「ミスルギ皇国がアメリア軍を敵視する理由は分かりませんが、世界全体の危機を知ってもらえば、そう言った小競り合いも治まると思うんです」――アマリの言葉は、確かに間違いではない。それで誤解が解けたケースは沢山ある。

 

 ……だが、中には「分かっているからやってる」馬鹿や、「分かっているけれど関心がない」阿呆もいるのだ。どうなることやら。

 

 

「では、ワタルくん。正式に、キミたちに同行を依頼したい」

 

「了解です! 僕たちに任せてください!」

 

 

 ドニエルは自分たちの状況が好転する可能性を見出して、救世主一行に依頼を持ち掛けてきた。救世主一行は、同じマナの国を目的地とするメガファウナと同行することとなった。

 結果的に、救世主一行はメガファウナという戦艦――足を手に入れた形となる。移動スピードも格段に上昇するし、大勢で連れ立った徒歩の旅や野宿ともおさらばだ。

 ショウとマサキがしみじみ頷いている横で、アマリが神妙な顔で悩んでいる。彼女の心は、強い警戒心に満ち溢れていた。何かを危惧していると言ってもいい。

 

 それもそうだ。ミスルギ皇国がキャピタル・アーミィの殆どを傘下に収めるためには、マナの国の近辺で大規模転移が行われなければならない。しかも、そんなことが起きると言うことは、大規模転移にミスルギ皇国が関わっている可能性も示唆できる。

 

 

「目的地がどんどん不穏な気配を漂わせてきたね」

 

「足ができたと喜ぶ間も無さそうです」

 

 

 セイカの言葉に、宙継も頷き返す。情報交換もひと段落し、仲間たちはメガファウナの内部に関する説明を受ける。宙継とセイカもそれに続いた。

 

 ――程なくして、メガファウナの内装を把握した面々は、それぞれ自由時間を過ごすこととなった。

 

 ノレドの恋慕が非常に気になったので、「ちょっと艦内を散歩してくる」と言い残し、セイカは宙継と別れる。宙継は「人に迷惑をかけないように気を付けてくださいね」と言ってセイカを見送った。彼はメガファウナのデッキで空を見ているつもりらしい。

 宙継はどこか懐かしそうに目を細め、雲一つない蒼穹を見つめていた。彼が思い浮かべているのは一体何だろう。空の護り手であった父親とその上司か、異種族との対話の可能性へと挑んだ蒼穹作戦か、真っ青な空に咲いた銀色の花か――心当たりがありすぎる。

 

 脳量子波を使えばその詳細を把握することが出来そうだが、どうしてか、マナー違反のような気がした。セイカは踵を返して艦内を散策する。

 エルシャンクやマクロスクウォーター、シャングリラやプトレマイオスの内装と比較しながら見て回っていたときだった。

 

 

(――あれ)

 

 

 セイカの視界の端に、ホープスの姿が横切った。珍しく、彼の隣にはアマリがいない。ニコイチ枠だと思っていたため意外であった。……しかし、アマリの代わりに傍にいたのは、メガファウナで出会った面々――ノレド、ラライヤ、アイーダの3名である。

 1羽と3人は、鸚鵡の展開した魔法陣へ足を踏み入れる。青い光が瞬き、奴と彼女たちの姿は掻き消えた。セイカは興味本位で魔法陣へと近寄り、思念波と脳量子波を合わせて面々の会話に耳を傾ける。奴はアイーダの地雷をぶち抜き、威圧されていた。本当に一言多い鸚鵡だ。

 「可愛いもの、愛らしいものを愛でる趣味がある」ことから女性に優しいホープスであるが、本音は違うところにあることをセイカは知っている。奴は“主の危機を遠巻きから楽しむ”という、奇特な趣味の持ち主だ。紳士の皮を被った腹黒だ。好きな子をいじめるような面倒くさいタイプでもある。

 

 セイカは、アマリ・アクアマリンは可愛いと思っている。愛らしい女の子だとも思っている。『魔法少女マジカル☆アマリン』の主人公と瓜二つという点を差し引きしても、アマリは可愛い。ひたむきな所も、決意を奮い立たせて困難と向かい合うところも、年相応にはしゃぐ姿も、楽しそうに笑う姿も、可愛いし愛らしい。

 だというのに、ホープスはアマリに嫌味を言って悦に浸るのが好きだ。他の女性にはおべっかが言えるのに、アマリにだけ態度が違う。男性相手よりはマシなものの、取り繕っているような気配がない――本人曰く「対等な関係」らしい――比較的“気楽な間柄”とのことだ。執着してるくせに、愛でるような様子は一切ない。

 

 

(……まあ、愛でると愛するのノリは全然違うからなあ。そこら辺が恋や愛だと思うんだけど)

 

「――でも、チャムから聞いたけど、セイカに対しては扱いが雑だよね。どうして?」

 

「彼女が金属生命体だからですか?」

 

 

 セイカがそんなことを考えたときだった。ノレドは好奇心から、アイーダは厳しい眼差しでホープスに問いかける。ホープスは「種族云々ではないです」と付け加えたうえで、居心地悪そうに視線を逸らす。

 

 

「アレは……愛でる対象から遠い存在です。人のことを変態呼ばわりしたり、おかしな賭け事を持ちだしてきたり、本当にやりたい放題ですから。野蛮もいいところですよ」

 

「主の危機を遠巻きから眺めて愉悦していた腹黒鸚鵡に言われる筋合いはないよ」

 

 

 流浪の為ゆえに、ELSは長距離転移の術を有している。別件でホープスの領域(ラボ)に訪れたことがあったセイカは、そのときに無許可で座標を登録していた。

 それを駆使し、セイカはホープスのラボへ突撃した。背後に仁王立ちしたセイカに気づいたホープスが「げっ!?」と声を上げ、驚きと迷惑さを露わにして振り返った。

 

 

「貴女の入室を許可した覚えはありません。何故いるんですか?」

 

「ブクマ」

 

「解除してください」

 

「お前をおちょくるために必要だからダメ」

 

「出て行ってください、今すぐ!」

 

 

 ネット用語が彼に通じるとは思わなかった――なんて思案する間もなく、セイカとホープスは言語による殴り合いを開始する。

 他の面々を置き去りにして繰り広げられた戦いは数時間にも及んでしまったようで、最後はお膳を手に持った宙継の威圧感マシマシな笑顔によって終結させられた。

 罰として、セイカとホープスだけが、本日の料理担当だった宙継の権限によってデザート抜きとなり、その分他の面々の取り分が多くなっていた。悲しかった。

 

 因みに、その日のデザートは食用花――エディブルフラワーを使ったゼリームース。色とりどりの花と透明なゼリー、白いムースのコントラストが眩しかった。

 

 女性陣からは大好評。花を食べるという体験が初めてだった男性陣は戦々恐々と口に運んでいたけれど、最終的には残さず腹に納めていた。

 当然である。宙継は父親譲りのメシウマ勢なのだ。特にデザートが得意である。煌びやかな見栄えのものや、フォトジェニックなものをよく作っていたか。

 

 

「教団生活では、こんなきれいなデザート食べたことなかったんですよね」

 

 

 ホープスは、キラキラした笑顔でゼリームースを称賛するアマリの笑顔と、照れくさそうに賛辞を受け取る宙継の姿を見つめていた。何か言いたげに、ずっと見つめていた。――酷く不機嫌そうな顔をしていた。

 

 




クンタラの説明を読んだら、『地球へ…』のミュウが受けた弾圧を連想しました。どっちも最後は、“当時、烙印を押されたら死が待っている”という共通点ですかね。ノーマの扱いにも絡む予定ですが、それは今後に回収していくつもりです。
ねじ込んでみたホープス×アマリ要素。まだツン期なのでこんな感じかなー、と、匙加減を考えるのは楽しいです。


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救世主と龍神ファンクラブ

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・フリューゲルの機体システムに、スパロボUXの他版権要素が加わっている。
・一部キャラクター崩壊注意。
・ヴィルキスの表記がビルキスになっている。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 地球を旅立ち、ELSの母星へ向かったお父さんへ

 

 

 暫くぶりにメッセージを送りました。お父さんの方はいかがお過ごしでしょうか? 僕の方では、マナの国を目指して旅を続けています。

 

 アル・ワースには、僕ら以外にも様々な異界人が召喚されているようです。異界人の召喚は活発に行われており、ついに、個人規模ではなく団体規模――1国の軍の1個大隊――まで召喚されていました。しかも、複数の勢力が異界人を戦力として取り込み、運用しているようなのです。

 現時点で異界人を戦力として取り込んでいるのは、アル・ワース北部の聖域である創界山を支配下に置くドアクダー軍と、東部にあるマナの国では最大規模の国力を持つと言われるミスルギ皇国です。前者は平行世界のバイストン・ウェルの兵士たち。後者はリギルド・センチュリーのキャピタル・アーミィ部隊を傘下に取り込んだ模様。

 異界人の軍勢としては、推定19世紀から転移してきたネオ・アトランティスも含まれています。しかし、ナディアさんの一件で姿を現し、なし崩しでドアクダー軍と共闘して以来、奴らは姿を現していません。“悪い連中は悪い奴らとつるむ”と相場が決まっているので、今後、どこかと同盟を組んで現れる可能性もあります。

 

 リギルド・センチュリーのアメリア軍アル・ワース部隊責任者クリム・ニック大尉から命を受け、メガファウナから同行依頼を受けた救世主一行はそれを快諾しました。

 そろそろ『戦艦が来たら移動が楽になるだろう』と考えていたので、メガファウナとの遭遇と同行はタイムリーだったと言えます。1個大隊規模の転移は予想していませんでしたが。

 

 異世界の技術は、異なる時空から終結したギルド技術者たちを大いに沸かせていました。僕も悪の組織の技術者として出向中の身、彼らの中に混ざってよく話をします。特に、19世紀組から見た僕らの機体は、“未来の超技術”として目を惹くようでした。ジャンくんとハンソンさんが大喜びしていたのが印象に残っています。

 

 各世界の技術やホープスが開発した魔導機等によって、アル・ワースに転移して以来不調だった機体の兵装の修理も進みました。

 まだ完全とは言い難いですが、今後激化していくであろう戦いで、少しでもみなさんの役に立ちたいなと考えています。

 

 戦艦での移動ということで、誰かしらが日替わりで偵察しに行くようになりました。周囲の安全を確認し、有事の際は戦艦へ連絡して戦闘態勢への移行をスムーズにしたり、増援の派遣を打診したりする必要性が発生したためです。そこら辺は、アルティメット・クロス時代とあまり変わりありません。

 特に、アル・ワース関係の知識をあまり持たない異界人が多いという特性故に、偵察の重要性は高まっています。僕らと敵対関係にある部隊は多種多様で、機体の種類も豊富ですからね。もしかしたら、今後もさらに増えていくことでしょう。今回は何種類くらいの敵と相まみえることになるのでしょうか?

 アルティメット・クロス時代の敵も多種多様だったことを思い出します。異種族であるELS・フェストゥム・バジュラ、地球連邦軍の太陽炉搭載機、ザ・ブーム軍、オーラバトラー、ファフナー系の機体、アルマやマキナ、東西博士――ウェストとミナミの発明品等々、色々ありましたね。閑話休題。

 

 

 偵察と言えば、丁度、フリューゲルに搭載されていたシステムの1つが回復した日のことです。

 

 その日の偵察は、19世紀組のみなさん――グランディスさん、サンソンさん、ハンソンさん/グラタンでした。偵察に向かう直前、みなさんは“救世主ご一行”という看板に関して、何か思うところがあったようです。『自分たちのような脛に傷持つ人間が、清廉潔白な正義の味方と一緒にいていいのか』というものでした。

 特に、ワタルくんの保護者兼アル・ワースの神様と呼べるような存在である龍神丸に対して、強い苦手意識を持っていたようです。『上から目線でとっつきにくい』、『自分たちのようなハグレ者とは縁のない立派な御仁』という印象が強かったようで。

 

 量産型とはいえ、魔神を侵食して情報を手にしたセイカ曰く、『魔神は“アル・ワースに存在する神獣の魂を核にした機械の総称”』とのこと。

 だから、機体には意思や感情があるそうです。但し、喋れるのは“位の高い神獣”だけであり、○○丸というのは一種のブランド名扱いとなっているとか。

 セイカがその話題を口に出した結果、サンソンさんとハンソンさんの表情が余計に曇りました。この時点で、なんだか嫌な予感がしたのです。

 

 僕同様、偵察に向かった3人の様子に違和感を覚えたワタルくんが、グラタンの跡を追いかけて出撃。あっという間に彼と龍神丸の姿は見えなくなり、他の面々は大慌てでした。本来なら大問題なのですが、フリューゲルのシステムが回復していたので、その試運転も兼ねて使ってみました。

 ワタルくんと龍神丸の座標を思念波で察知し、彼らの動きが止まったところで転移を決行。メガファウナごと現場に転移すると、グラタンと龍神丸が息ぴったりの連携を繰り広げていたところでした。偵察開始前の蟠りは解消されたようで、サンソンさんもハンソンさんも元気になっていてよかったです。

 

 点を繋いで線を引けば、目的の場所へ飛ぶことができる――ラインバレルの由来でしたね。

 

 フリューゲルの量子ワープおよび転移機能、ラインバレルシステム。クアンタに搭載された量子ワープ、マキナが有しているオーバーライド、フロンティア船団やバジュラが有したフォールド波による転移――それらの特徴を組み合わせて作り上げた、次世代の転移システム。

 浩一先輩から「機体の名前をシステムに使いたい」と頭を下げた日のことを思い出します。名前の由来として、ヒトマキナのいる月へ殴り込みに行ったときの出来事を引き合いに出したら、先輩は満面の笑みを浮かべて『ナイスな提案じゃないか!』と喜んでくれました。

 ヒーローものにもありますよね。“先輩や師匠から、何かしらを受け継ぐ”という展開。それが浩一先輩の琴線に触れたようで、ストレートに許可が下りました。名前の由来を語るときは、いつも誇らしげな気持ちになっていたものです。

 

 システムの名前の由来を教えたら、ワタルくんやジャンくんとハンソンさんがワクワクしていました。

 圧倒的なピンチを覆し、仲間を救ったという部分に浪漫を感じたためでしょう。閑話休題。

 

 グラタンは、偵察中にシュワルビネガー率いる量産型ゲッペルン軍団と遭遇。最初は単騎で戦っていたようですが、後からやってきた龍神丸と合流して戦っていたようです。メガファウナごと転移してきたことで戦術上の有利不利は逆転し、僕たちはシュワルビネガーたちと撃破しました。奴は撤退していったので、またどこかで相見えることになるでしょう。

 

 メガファウナ含んだ僕たちが、グランディスさんとワタルくんたちに合流する前に、『龍神丸がトーク術でシュワルビネガーを圧倒』していたらしいのです。どうやら4名は龍神丸本人から固く口留めをされているようで、詳しいことは話してもらえませんでした。

 なので、僕も『思念波で何があったかを全部把握している』ことは内緒にすることにしました。訛りが強すぎると、第3者は言葉を聞き取り理解することができなくなってしまいますよね。それでマシンガントークなんてされてしまえば、呆気にとられる以外にないわけです。咄嗟にそういうことができるのって、凄いですよね。

 

 ドアクダー軍団を撃退後、ふとしたことからシバラクさんの戦神丸の話題になりました。彼の魔神も喋るそうですが、実際にその現場を目撃したことは一度もないんです。

 シバラクさんは電話で何度も話をしているそうなので、“操縦者であるシバラクさん以外、戦神丸の声を聞き取ることはできない”タイプなのかもしれません。

 最も、僕の仮説は証明されることはありませんでした。戦神丸の声をみんなに聞かせようとして公衆電話に駆け込んだシバラクさんの会話で、戦神丸から出勤拒否をされたためです。

 

 『現在、酒を飲んでフラフラだから来れない』、『ドアクダー軍団と戦っていたときは、風邪気味で辛かった』とのことですが、風邪気味なのにお酒を飲んでいるというのはどういうことなのでしょう? そんなことしたら悪化するのは当たり前じゃないかと思うのですが、創界山の生態系はよく分かりません。

 

 シバラクさん曰く、以前は『デート中だから』という理由で出勤拒否されたことがあったようです。

 それを語ったシバラクさんは血涙を流していました。未だにお嫁さんのアテがないためでしょう。

 

 

 他にも、異世界から来た寄せ集め部隊ということが災いして、ちょっとした騒乱も発生しました。

 

 ある夜のことです。マリーさん、ヒミコさん、ラライヤさんが行方不明になってしまいました。近辺にはまだキャピタル・アーミィがいるかもしれないのに、彼女たちは戦力を一切持たないで遊びに行ってしまったらしいのです。

 探しに行こうにも、現在は夜。迂闊に動けば、こちらが逆にキャピタル・アーミィの罠に嵌められてしまう危険性があります。僕が思念波を使うという手もあったのですが、『今回の一件を解決したい』と名乗りを挙げた“彼”に任せることにしました。

 

 彼――ライオンのキングは、マリーさんと仲が良い相棒です。彼の嗅覚と野生の勘は、見事に相棒の居場所を発見しました。彼の思念波を読み取った僕が座標を割り出し、他の面々に伝えました。結果、アイーダさんが現場に突撃し、相手を容赦なく責め立てていました。ベルリさんは添え物状態になっており、彼女を止められずにいました。

 それこそが僕らの作戦です。アイーダさんの突撃に釘付けになっている敵の目を欺き、敵陣に潜入して人質を救う――その作戦は見事に成功。人質を全員救出することに成功しました。あちらも結構大混乱だったようで、マスク氏の副官さんが『なんだこれ、可愛いぞ!』と頓珍漢な発言をしていたのが印象に残っています。あの人ボン太くん好きそうだな。

 アイーダさん本人は救出部隊を希望したのですが、セイカの『“正論をぶつけ続けると、怒りで我を忘れて、感情的な行動に走るタイプの兵士”がいっぱいいる。アイーダは正論で責めるタイプだから、下手したら、“貴女の完璧な正論に怒った兵士が、突発的な行動をして、人質が殺されてしまう”危険性がある』という意見で諦めてくれました。

 

 作戦開始前はしょんぼりしていたのですが、作戦決行中は普段通りの突撃っぷりを炸裂させていたようなので安心です。開戦時の台詞が『各機突撃』だったのと、終了後は特に喧嘩になっていなかったようなので大丈夫でしょう。

 

 マスク氏の副官さんが『女子どもを偵察に使い、こちらが油断した隙に攻め込んでくるなんて卑怯だぞ』と主張してきたので、『遊んでいた女の子を拉致尋問し、挙句の果てには人質に使うというのは如何なものかと。貴女で例えれば、“好きな人とのデート中に、何の前触れもなく、突如拉致監禁される”ようなものですよ? 想像してみてください。貴女がそんな目に合ったら、どんな気持ちになりますか?』と質問してみました。

 彼女の想像力は並大抵のものではないようで、マスク氏とのデート中に拉致監禁されてデートが台無しになった光景を鮮明に思い浮かべました。最終的には、自分を拉致監禁した相手を八つ裂きにしていました。『……せ、戦争とは、そういうものだ』と言った副官さんの声が震えていたあたり、気持ちは理解して頂けたようです。因みに、想像上の彼女はメイクも服装もばっちり決まっていました。それ故に、犯人を八つ裂きにする彼女の“鬼のような形相”が映えていました。

 

 キャピタル・アーミィのはねっ返り娘VS救世主ご一行の突撃娘による戦いは、後者に軍配が上がりました。

 突撃娘関連の話題を逸らそうと奮闘したベルリさんに労いの言葉をかけるあたり、アイーダさんは自分の突撃癖を自覚していたようです。

 

 今回は僕たちの勝利で終わり、キャピタル・アーミィの連中は去っていきました。ですが、また似たようなことが起きたら大変なことになります。

 

 10代後半~20代前半のラライヤさんはともかく、マリーさんやヒミコさんはまだ年端もいかない子どもです。常に大人しくしているのは、性格的にも年齢的にも難しい話でしょう。

 今回反省していたとして、喉元過ぎればまた遊びに熱中してしまい、同じことを繰り返す――なんてことも考えられます。あと、怒り方によっては、話がこじれる危険性も。

 反応だって様々です。深く反省し過ぎるレベルで落ち込んでいるマリーさん、別な話題で盛り上がりドニエルさんの話を一切聞かないラライヤさんとヒミコさん。極端でした。

 

 ドニエルさんは子どもの叱り方には一切慣れていないようで、両極端な反応を示す3名に四苦八苦していました。

 そんな状況を打破する方法は、ノレドさんが提示してくれました。

 

 ノレドさんは、マリーさん、ヒミコさん、ラライヤさん、ナディアさんを集めて『メガファウナ生活班』なるものを結成。生活班の仕事は主に、掃除洗濯炊事のような家事を中心にして、前線で戦う面々をサポートするお仕事です。“暇を与えると遊びに行ってしまうなら、仕事を与えれば余計な行動はしないだろう”ということですね。

 生活班のリーダーはノレドさんです。彼女はマリーさんを元気づけ、ヒミコさんとラライヤさんの興味を惹かせ、ナディアさんに“戦うのと家事ならどちらがいい?”という誘導尋問で家事を選択させた強かな人でした。セイカに『ベルリさんの背中を追いかけてきた恋する乙女』と言われたときの動揺など、微塵も感じさせません。

 

 あちらはとんとん拍子で解決したのですが、今度はアイーダさんが『私が部隊長です』と言い張って大変なことになりました。アイーダさんが隊長になってしまったら、作戦がすべて『全軍突撃』という闇雲な作戦一択しかなくなるためです。

 機転を利かせて『アイーダさんは切り込み部隊の隊長ですね。一点集中突破系の作戦に関しては、貴女以外に適任はいません』と誘導しましたが、上手くいったかは分かりません。後はベルリさんに任せました。ダメな息子でごめんなさい。

 

 ドニエルさんは、マリーさんたちと同じ年頃なのに大人びている僕に感心していらっしゃいました。同時に、年頃の子どもとして振る舞わない姿に違和感を抱いたそうです。

 関係者の中には前者よりも後者を機敏に感じ取った方がいらっしゃったようで、とても心配されてしまいました。“いい子でいようとする”悪癖は、未だに抜けていないようです。

 ……と言っても、僕は“お父さんにとってのいい子”になりたいのであって、大人全般が喜ぶような“使い勝手のいい子”になりたいとは微塵も思っていません。なるつもりもありません。

 

 ただ、そのことに関してうっかり失言をしてしまいました。

 

 『お父さんにとっての“いい子”になれない自分に、生きる価値はないと思っていた』と言ったら、セイカに怒られてしまいました。周りも目の色を変え、本格的に僕と僕らの親子関係を気にし始めたので、『今は違います。“お父さんの息子”であるためにも、“ELSと対話に成功し共存する新人類”としても、“セイカのパートナー”という人生最大の大役を成し遂げるためにも、そう簡単に死んじゃいられません。セイカを残して死ねるわけないじゃないですか。僕にはキミしかいないのに』と言ったら、セイカから『そういうとこだぞ!』と再び怒られてしまいました。顔が真っ赤でした。

 おかしなことを言ったつもりはないんですけどね。だって、僕らの世界からアル・ワースに転移した人間や生き物は僕ら――刃金宙継とセイカしかいません。嘗てアルティメット・クロスとして戦い抜いた仲間たちは、アル・ワースにはいないんです。ショウさんとチャムさんも平行世界の人間だから、僕らの知っているショウさんとチャムさんではないです。そんな状態なのに、どちらか片方が死んでしまったら、一人ぼっちになってしまいます。寂しいのは、辛いですから。僕自身、セイカを一人ぼっちにしたくないし、セイカがいなくなってしまうのも嫌です。大事な相棒なので。

 

 そのことをセイカに言ったら、また『そういうとこだぞ!!』と叱られてしまいました。やっぱり顔が真っ赤でした。本当にどうしたんでしょう?

 周りのみんなも生暖かい眼差しでこちらを見つめていたし、ホープスはこれ幸いとセイカをからかって遊んでいました。最後は取っ組み合いになる寸前まで行きました。

 仲良くしろとまでは言いません。夕食を盾に取り、『最低でも、戦闘に支障が出るような真似はしないでほしい』と念を押しておいたので、大丈夫でしょう。

 

 

 色々長く書きましたが、今回はこの辺にしておきます。

 では、失礼しました。

 どうか息災で。

 

 ソラツグ・ハガネ/刃金宙継より

 

 

◆◆

 

 

 マナの国――マナと呼ばれるエネルギーを用いた文明圏を築き上げた国々の総称である。マナを用いた高度情報社会は日常生活レベルにまで及んでおり、“マナの国で生きていくためには、マナを扱う資質が必要である。マナを扱えなければ、この国では生きていけない”とまで言われるレベルらしい。

 その特性故に、マナの国に住まう民が国外に出ることは皆無だという。他国の人々がマナの国に関しての情報を入手できないのは、そのためだ。マナを使わない/マナが存在しないと生きていけない国での生活に慣れきってしまったためか、マナがない国に出て行こうとする意志が湧かないのだろう。

 他にも、“マナを使う資質がない”人間に関する扱いも、後ろ暗い雰囲気が漂っているようだ。マザーコンピューター・テラと同じような気配を感じるのは、宙継の杞憂ではないのだろう。アマリやクラマが、マナの国に関係する噂話をしていたのを耳にしている。詳細を最後まで聞くことはできなかったが、嫌な予感はしていた。

 

 その予感は、とんでもない形で眼前へと示される。

 

 

「か、怪物だ! 空の裂け目から怪物が出てきた!」

 

 

 メガファウナの副官が悲鳴を上げて天を指さす。彼の言葉通り、天から異形の群れが現れた。その外見は、西洋のファンタジーでよく目にするドラゴンと酷似している。

 アマリ曰く、あの異形はドラゴンと呼ばれているらしい。異世界から現れ、マナの国周辺に出没する生物であること以外、よく分からないのだという。

 

 ダメ押しと言わんばかりに、ドラゴンはメガファウナに攻撃を仕掛けてきた。「元々好戦的な性格である」とのことだが、それは人間側から見た側面でしかない。

 実際、“好戦的だと思っていた異形には一切攻撃意志は無く、本人たちの尺度――コミュニケーションだったり、善意だったり――による行動だった”ということがある。

 しかし、人間にだって尺度がある。彼らの行動を人間の尺度に当てはめた結果、それが“攻撃および侵略行為”に合致してしまった。誤解は加速し、憎悪へと変わる。

 

 取り返しのつかないところまで行ってしまったら、それこそどうしようもなくなる。誤解と憎悪の連鎖をどこかで断ち切らない限り、アル・ワースから戦乱はなくならないし、マナの国はドラゴンを脅威認定したまま戦いを続けることになるだろう。

 

 

「1つ、みなさんに進言してもいいでしょうか?」

 

「今は緊急事態だ。手短に頼む」

 

「分かりました。手短に言います。ドラゴンに対し、疑似トランザムバーストによる意識共有領域の展開を行うことを許可してください」

 

「それって、対話の為のシステムだよね? ってことは、宙継くんは、ドラゴンと対話を試みようっていうの!?」

 

 

 ドニエル艦長から発言許可を得た宙継の言葉を聞き、ジャンが驚いたように声を上げた。宙継は頷き返す。

 勿論、多くの者が驚き、宙継の発言を正気かと疑った。対話が可能だとは思えないという意見が多数だとも分かっている。

 

 アマリは首を振り、きっぱりと言い放った。

 

 

「無理です! ドラゴンには対話が通じません!」

 

「それをあたしたちの前で言う? その程度の理由で、“人類とELSの対話を成功させ、これからの未来を担う希望になったあたしとソラ”を説き伏せられると思って?」

 

 

 「伊達に宇宙(そら)へ花咲かせたわけじゃないんだよ!」と、セイカは胸を張った。ELS・フェストゥム・バジュラという三大異種族との対話と和解を成したアルティメット・クロスあがりだからこそ、こんな見解を持つに至っている。それに、自分たちがしてきたことが間違いではなかったという現場も目の当たりにしたのだ。

 脳裏によぎるのは、バジュラ本星で行われた電脳貴族との決戦。バジュラクイーンを乗っ取り、バジュラの持つネットワークを利用して世界を支配しようと企む連中から、バジュラを助けようとしたときだ。電脳貴族がマクロスクォーター目がけて、最大火力の攻撃を撃ちだしてきた瞬間のこと。

 電脳貴族のマクロスキャノンからクォーターを守ったのは、シェリルとランカの歌を聞いたバジュラたちだった。そんなバジュラとクォーターを守るため、ELSとフェストゥムが立ちはだかった姿を、宙継は今でも鮮明に思い出せる。駆けつけた彼らはバジュラをインプラントから次々と解放し、電脳貴族の戦力を根こそぎ無力化してみせた。

 

 

『みんなが、キミたちを守りたいと思っているんだ。バジュラも、ELSも、フェストゥムも……! この宇宙に生きるすべての命が、キミたちの意志を……!』

 

 

 戦いたくないと叫び、美羽を守るために身を呈したフェストゥム――操の言葉は重かった。彼もまた、美羽や一騎、アルティメット・クロスと絆を紡いできた異種生命体である。

 

 絆を持つのは人間だけじゃない。人間同士だけじゃない。異種族同士にだって、絆は築かれる。ELSたちが宇宙(そら)に花を咲かせてみせたように、空が好きという共通認識から総司と美羽を守ろうとしたフェストゥムがいたように、シェリルとランカの歌によってインプラント制御から解放されたバジュラが2人を助けようとしたように。

 実体験と現物という二大正論を示され、仲間たちはぐうの音も出ないようだ。それに、根拠はこの2つだけではない。ネバンリンナが猛威を振るった世界での出来事を思い出しながら、宙継は言葉を続けた。あちらの“宙継”の体験から()()()()()()()()()()は、この1つに尽きるのだから。

 

 

「それに、“どこかの世界にいる僕”は、ドラゴンと対話可能であることを体験しているようなんです」

 

「何だって!?」

 

 

 宙継が“平行世界に存在する自分や、自分の関係者の体験や感情を、虚憶という形で受け取ることができる”ことは、他の面々に既に話している。

 実際に、受け取った虚憶の一部をみんなにも見せたこともあった。実例は既に提示されている。仲間たちは難色を示しながらも、条件付きでゴーサインを出してくれた。

 異世界からの寄せ集め部隊で、許可を出してもらえることだけでも儲けものだ。早速出撃した仲間たちの視線を受けながら、フリューゲルは前へ出る。

 

 早速、セイカの力を借りて、いつものように疑似トランザムバーストを展開した。

 意識共有領域においては、言語の有無など関係ない。ドラゴンたちの声に耳を傾けようとして――

 

 

<――きゃあああああああ! 龍神様と救世主様よ!>

 

<まさか、本物をお目にかかれるだなんて!>

 

 

 頭の中に響いたのは、黄色い女性たちの声だった。部隊の大半が女性だったらしい。

 

 彼女たちの視線を釘付けにしているのは、ワタルと龍神丸である。彼女たちの反応は、美海・ホリー・エイーダのコンサートでエキサイトしていた勉の姿を連想させた。もしくは、収容所で行われた慰問ライブでエキサイトするガランやキバの輩たちだろう。

 ……しかし、どうしてか、宙継の脳裏には別の虚憶が浮かんでいた。聖アドヴェントが幅を利かせていた世界にあるアッシュフォード学園で、『キューピッドの日』という催し物が行われたときのこと。学園の生徒たちが、獲物を狙っていたときの図が頭から離れない。

 

 『やってやるぜ!』と鼻息荒く葵を狙っていた男子学生。『お姉さんが逮捕しちゃうぞ』と両手をワキワキさせて正太郎を狙っていた女子学生。

 終いには、外見が性別不明ということで『モノにしてしまえばこっちのものだ』と目をぎらつかせながらアルトを狙っていた男子と女子学生も現れたか。

 あちらの“宙継”や正太郎にとってのキューピットの日は、リアル『逃走中』と称した方が正しいような有様になっていたように思う。閑話休題。

 

 

「……ドラゴンって、性別あったんですね」

 

「オスの数が圧倒的に少ないようだが、どういう部隊構成なんだ……?」

 

「しかもあの反応……どこからどう見ても、アイドルの親衛隊やファンの類にしか見えないな」

 

 

 まさかの新事実に、現地人であるアマリがあんぐりと口を開けた。ショウとマサキも首を傾げる。疑問はそれだけではない。

 

 

「あのドラゴンたちは、ワタルや龍神丸のことを知っているようだが……?」

 

「僕、ドラゴンを見たのは初めてなんだけど……。龍神丸は何か知ってる?」

 

「……い、いや……」

 

 

 異世界からの襲撃者が、どうしてワタルや龍神丸のことを知っているのだろうか? シバラクの疑問は当然のことであるし、当のワタルには覚えはない。龍神丸は歯切れの悪い返事をするのみに留めている。しかも、ドラゴンたちの様子からして、彼女たちはワタルや龍神丸に対して非常に好意的な感情を抱いているようだった。

 意識共有領域から聞こえてきたドラゴンの声を纏めると、『彼女たちは何らかの命――何かの試金石のため――を帯びて、アル・ワースのマナの国近辺に転移してきた』という。どうやら、この盛り上がりようは、ワタルや龍神丸と関わりがあるらしい。詳しいことを読み取ろうとするが、雑音があまりにも多すぎた。

 

 アルカトラズ慰問ライブの囚人並みに、ドラゴンたちは歓声を上げている。どれもこれも救世主であるワタルと魔神である龍神丸に対する声援ばかりだ。

 中には卒倒してしまいそうな個体や、サインを巡って取っ組み合いになっている個体や、恍惚とした表情で両名を見つめている個体もいる。

 あそこにいるのは脅威となる異形――ドラゴンの群れではない。押しがステージ上に現れたので盛り上がっている、ドルオタやファンの群れだ。

 

 ドラゴンたちはワタルと龍神丸を讃えていたが、暫くして、自分たちの思考回路がワタルを始めとした面々と共有されていると悟ったのだろう。別方面で騒ぎ始めた。

 

 

<嘘、聞かれてた!?>

 

<私たちの声は聞こえないはずなのに、どうして!?>

 

<恥ずかしい……! 救世主様や龍神様に引かれたら、私もう生きていけないわ……>

 

<丁度いい。このまま特攻して、救世主様と龍神様の経験値(こやし)になりましょう。それなら、恥も消せるし、使命も果たせるし、お二人のお役に立てるし一石三鳥……!>

 

「待て! 自ら命を捨てるような真似をするんじゃない!」

 

 

 目が座ったドラゴンが数匹、濁った眼で龍神丸を見つめる。ただならぬ気配を察知した龍神丸は、慌てて彼女たちに呼びかけた。それだけで自殺をやめたり卒倒したりするあたり、ファンの中でもとりわけ“ガチ勢”と呼ばれる類の方々らしい。

 ワタルと龍神丸を交渉役にすれば、案外なんとかなるのではないか――救世主一行は何となしにそう察したようで、誰が何を言わずとも、どうすればいいのかを悟ったようだ。ワタルや龍神丸もそれに異論はないようで、ドラゴンたちと率先的にコンタクトを取る。

 しかしながら、彼女たちは『それはそれ、これはこれ』という割り切りをしっかりできるタイプだったらしい。「戦う必要はないのでは?」という2人の言葉に対し、ドラゴンたちは首を振った。<貴方様が救世主様と龍神様であるからこそ、戦わなくてはならないのです>と。

 

 

<救世主様、龍神様。ご無礼をお許しください>

 

<我らが一族の悲願のため、アル・ワースを救うため。――貴方がたのお力、試させていただきます……!>

 

 

 ドラゴン部隊はそう言うなり、自身の使命を果たすために戦いを挑んできた。外見と図体は異形そのものだが、彼女たちの中身はただのドルオタである。中には<あんたはあっちの機体の相手してよ><嫌よ! 救世主様と龍神様の経験値(こやし)になるって決めてたんだから!>と喧嘩を始める個体までいた。

 悪意あっての襲撃者ではないことから、むやみやたらに命を狩る必要は皆無だ。とりあえず、今までと同じように、戦闘不能に陥らせる程度に留めておく。<救世主様は本当にお強いです>だの<私だって救世主様と龍神様の経験値(かて)になりたかった>だのと言いながら、撤退していくドラゴンを見送る。

 こんなに複雑な気持ちで戦う羽目になったのは、竜宮島に核兵器搭載の戦艦を持ってきたハザードの護衛をする羽目になったとき以来だ。そんなことを頭の片隅で考えつつ、宙継は戦いに集中する。ドラゴンたちが仕掛けてきた試金石に対し、救世主一行が全力で応えていたときだった。

 

 突如、レーダーに謎の機体の反応が現れる。数は2機。それはすぐに、この戦線に姿を現した。

 

 白と青を基調にした機体と、桃色を基調にした機体。ネバンリンナが大暴れした世界の虚憶で目の当たりにした機体――パラメイル。

 実は、片方の機体――白と青を基調にした機体だ――の分類は()()()()()()()()()のだが、この場で開示する情報ではないだろう。

 

 

「あれはパラメイル。ドラゴンを狩る人間が乗っている機体です」

 

「アンジュ……! あたしたちのことを知っている人がいるみたいだよ!」

 

「私たちのことを『人間』扱いしたってことは、外の国から来たみたいね」

 

 

 彼女たちの会話に、宙継は思わず眉を顰め――不意に、虚憶がフラッシュバックした。脳裏に浮かんだのは、『ノーマ』と呼ばれた人種たちの扱い。

 

 マナの国で生まれた女性は、自身がノーマと発覚すると、即座に社会から抹消・隔離された。元の身分が平民だろうと貴族だろうと、それこそ皇族だろうと関係なしに。戦闘訓練に明け暮れた女性たちは、パラメイルを駆ってドラゴンと戦うことを強いられる。職業の選択権など存在しない。

 しかも、マナの国の民たちは、ドラゴンの脅威を一切知らないまま育つ。ドラゴンの存在を知っているのは、ごく僅かな官僚や皇族の関係者くらいだろう。彼女たちを戦線に立たせ、民たちは安全圏から離れない。ノーマの命や権利を踏み躙ることで成り立つ歪な社会――それが、マナの国の正体だ。

 

 

「…………っ」

 

 

 胸糞悪い。以前遭遇したクンタラもそうだが、虚憶におけるマナの国の社会体制も歪みすぎている。

 こんなの、古のミュウや現在のイノベイターやミュウたちが置かれている状況と変わらないではないか。

 操縦桿を握り締める手に、自然と力がこもる。――この世界のマナの国も、虚憶と同じような支配体制なのだろうか?

 

 

「ソラ。今、ハザードの演説を聞いているときみたいな顔をしてるよ」

 

 

 「落ち着いて」と、セイカが声をかけてきた。彼女はいつも、脱線してしまいそうな宙継を引き留めてくれる。おかげで余計な被害を出さずに済みそうだった。今なら、養父(クーゴ)その親友(グラハム)の関係性がよく分かる。相手がこちらの手を引いて、正しい場所へ引き戻してくれる――その尊さを、自分たちは知っていた。

 

 

「ありがとう、セイカ。おかげで、能力を暴発させずに済みそうです」

 

<――ビルキス……! その実力、試させてもらうぞ!!>

 

「――聞こえますか、パラメイルのライダーさん! ここは協力して、ドラゴンと戦いましょう!」

 

 

 宙継が落ち着きを取り戻したのと、新たに現れたドラゴンたちがビルキスを敵認定をしたのと、アマリがパラメイルたちに協力を要請したのはほぼ同時だった。ヴィルキスを威嚇するドラゴンの様子からして、本命はあちらだったのかもしれない。

 アンジュと呼ばれた女性は悪い笑みを浮かべ、もう片方の機体と一緒にドラゴンへと突っ込む。協力どころか単騎で暴れ回るつもりのようだ。持ち前の機動力で飛び回り、その勢いのままドラゴンたちに攻撃を仕掛ける。ドラゴンたちも応戦した。

 

 彼女たちは自分がノーマであることを明かし、特別ボーナス目当てに群れを全滅させることを宣言する。状況を理解できずにいる面々に、アマリが重い口を開いた。社会から抹殺し追放したノーマに、ドラゴン退治の責務を負わせる代わりに生存権を認める――マナの国の実情を説明し終えたアマリの表情は曇っている。勿論、それは仲間たちも一緒だった。

 だが、話はここで終わらない。トランザムバーストによる意識共有領域を展開したことで、こちらはドラゴンたちが“何か重要な使命を背負って、ワタルと龍神丸への試金石として勝負を仕掛けてきた”ことや、“ドラゴンの中身がただの救世主と龍神丸の大ファンでしかない”ことを知っている。パラメイル部隊は、明らかにドラゴンを殺そうとしていた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! ドラゴンたちは僕たちを試しているだけで、悪い奴って決まった訳じゃ――」

 

<お気遣いありがとうございます、救世主様>

 

<ですが、これが私たちに課せられた使命……!>

 

<――貴方にお会いできて、本当に良かった>

 

 

 ワタルの制止に対し、ドラゴンたちは優しく目を細めて答えた。彼女たちは既に覚悟を決めて――死ぬことすら厭わずに――使命を果たそうとしている。その瞳に迷いはない。

 

 

「な、なに!? ドラゴンの声!? 嘘……喋ってる。ドラゴンが喋ってるよ、アンジュ!」

 

「だからどうしたってのよ、ヴィヴィアン。相手がやる気満々なら、私たちがすべきことは1つに決まってる……!」

 

 

 迎え撃つ側であるアンジュとヴィヴィアンも、アマリ同様、ドラゴンが言語を介する現場を見たことがなかったようだ。理由があれど好戦的な態度を崩さないドラゴンに対し、ドラゴン退治のプロがどのような判断を下すかなんて1択だろう。……最も、彼女の表情は、悪い笑顔から苦々しい苦渋の顔へと変わっていたが。

 もしや、彼女もドラゴンの問題発言――<救世主様と龍神様の経験値(こやし)になりたいから、ビルキスの方は宜しく>だの、<救世主様はとってもお優しい方だ。それに比べてビルキスのパイロットは!>だの、<あんなゲス顔のボーナスと経験値(こやし)になるくらいなら、救世主様と龍神様の資金と経験値(こやし)になりたかった>だの――を聞いたのだろうか?

 「だって私、野蛮なノーマだから! あんたたちだってドラゴンでしょう? ――大人しく、私の特別ボーナスになりなさいよォォォォ!」と開き直りながら、ビルキスと呼ばれた機体を踊りかからせたあたり、疑似トランザムバーストによる意識共有領域はしっかりと効果を発揮していた様子だった。アンジュは容赦なく、ドラゴンに止めを刺そうとする。

 

 ――だが、死へ向かおうとするドラゴンたちを見送れるような神経をしていたら、きっとワタルは救世主になんて選ばれなかった。

 

 

「待ってください! パラパラメールのライダーさん!」

 

「!!?」

 

 

 ワタルの言い間違えによるインパクトが大きかったせいか、ビルキスの動きに大きな隙ができる。ビルキスに襲われかかったドラゴンは、その隙を利用する形で安全圏へと離脱した。

 

 

「ちょっと! 何てことしてくれるのよ!?」

 

「このドラゴンたちは僕たちを試しているだけで、悪い奴って決まった訳じゃないんだ! その理由を聞き出すまで、殺しちゃダメなんだ!!」

 

 

 アンジュがワタルに文句を言おうと口を開くが、ワタルが声を張り上げる。10にも満たぬ少年が紡ぐ真摯な言葉には、先程見事なゲス顔を披露したアンジュにも思うところがあったようだ。ワタルの純真さも、彼女が躊躇う理由の1つなのだろう。

 しかし、意識共有領域は、アンジュの本音――ドラゴンを倒して手にする特別ボーナスを惜しむ声――で満ち溢れていた。彼女の所属組織の給料体系は、ドラゴンを倒した成果で変動する出来高制らしい。生々しく世知辛い事情は、自分の力だけで生きていこうと決意している彼女だからこその悩みのようだ。

 

 ドラゴンの方もつられるようにして悩み始める。信仰する救世主や龍神丸の「命を粗末にするな」という言葉や、異形である自分たちを気に掛けるワタルの優しさを無碍にしたくなかったのだろう。彼女たちは暫く考え込んだ後、何処からともなく何かを取り出す。1匹のドラゴンが、龍神丸へ恭しく頭を下げ、それを差し出した。

 金塊だった。大きさはまばらで、最低でも時価十数万円~数百万円程度のものである。<はした金にしかならないことは重々承知していますが、せめてもの気持ちです。勝利の証としてお納めください>と語るドラゴンの眼差しは、どこまでも真面目だった。あまりの事態に、ワタルも龍神丸もどう反応すればいいのか悩んでいるらしい。

 その脇で、別のドラゴンが、ビルキスやもう1機のパラメイルへ金塊をこれみよがしにちらつかせている。勿論、特別ボーナス狙いのアンジュとヴィヴィアンが食らいつかないはずがない。金塊を奪い取るための戦いを始めていた。彼女たちの様子からして、所属組織は換金も行えるらしい。

 

 猫じゃらしのようにぶら下げられた金塊を、アンジュとヴィヴィアンは鮮やかな手つきで強奪していく。彼女たちは、今回はドラゴンを殺さないでくれる様子だった。

 

 宙継は安堵の息を吐く。ワタルも安心したようで、ほっとした笑みを浮かべていた。

 しかし、問題が解決したわけではない。眦を釣り上げたアマリが、仲間たちへ警告する。

 

 

「異界の門が開きます! みなさん、注意してください……!」

 

 

 現れたのは、新たなドラゴン部隊と、赤を基調にした機体だった。

 

 パラメイルと非常によく似通った機体デザインだが、厳密な分類はパラメイルではなかったはずだ。ドラゴンたちは赤い機体を指揮官と認識しているようで、機体を守るような陣を敷いている。目的は不明だが、指揮官が自ら乗り込んできたことは確かだ。救世主の案内役であるアマリでも、赤い機体の正体は分かっていないらしい。

 だが、ここは疑似トランザムバーストで展開された意識共有領域。赤い機体が無人機でもない限り、相手の意識を読み取ることはできるはずだ。ドラゴンたちに「救世主たちの実力を試せ」という命令を出している理由を掴んで、戦闘をやめさせることができる可能性だってある。宙継は意識を集中させ――

 

 

<■■■■■■■―――!!!>

 

 

 声になっていなかった。明確な言葉として読み取ることはできなかった。唯一分かったことは、彼女もまた、救世主と龍神丸の大ファンだということだけだった。

 仁王立ちしてガッツポーズでもしていそうな勢いで、彼女は救世主と龍神丸に関する賛辞を垂れ流す。思念の流れと勢いの激しさに、面々は思わず気圧された。

 終いには、仲間のドラゴンたちと一緒に恍惚としている始末である。勿論、彼女たちは意識共有領域が展開していることに気づいていない。

 

 龍神丸から声をかけられて、漸く彼女たちは“自分の内心が垂れ流しになっていた”ことに気づいたのだろう。正直もう遅いのだが、慌てて取り繕っていた。

 

 彼女たちの目的は、アンジュの搭乗するビルキスらしい。女性の意識がそちらに集中したことからして、ドラゴン部隊の本命がそちらだったことは明らかだ。

 最も、救世主と龍神丸に対しては、アンジュとビルキスとは別ベクトルで関心があったことも事実である。それが、あの反応に繋がっていたのだろう。

 

 

「貴女は僕たちを試して、何をしようとしているの?」

 

「……幾ら救世主様のご質問でも、今、それにお答えすることはできません」

 

 

 赤い機体を操る女性は、ワタルの問いに対して申し訳なさそうに答えた。彼女はあくまでも、自信に課した使命を果たすつもりらしい。

 

 

「私は生き残るために戦う。それを邪魔するなら、叩き潰すのみ! ――行くわよ、ヴィルキス!」

 

 

 視線を送られたビルキス――アンジュの言うヴィルキスは、赤い機体と対峙する。高機動戦闘型の機体同士が派手に鍔競り合いを始めた。赤い機体に付き従っていたドラゴンたちは、まだ残っていたドラゴンたちに状況の確認をしたのち、金塊を抱えてこちらへ挑みかかって来る。色々な意味で準備万端と言ったところか。

 戦術的な問題とはいえ、龍神丸以外の機体と戦う羽目になったドラゴンは、大なり小なり不満を抱えているらしかった。それでも自分たちの責務――試金石を果たそうとするあたり、真面目な性格なのだろう。あるいは、それを果たすことが一族の悲願を叶えるために必要なことだから、全力投球しているのか。

 フリューゲルによって戦闘不能に追いやられたドラゴンは、金塊を献上して戦場から去っていく。周囲を見渡すと、ドラゴンは全て撤退していた。赤い機体もヴィルキスとの鍔迫り合いに敗れ、撤退しようとしていた。そんな指揮官機へ、アンジュのヴィルキスが追いすがる。

 

 次の瞬間、この場一帯に歌が響き渡った。

 

 どこかで聞いたことがあるように感じたのは、宙継が歌とサイオン波を通して虚憶を見ることができるためか。いつかどこかで、誰かがそんな歌を歌っていたような気がしたのも、そのためだろうか?

 宙継が答えを見つけるよりも、アンジュが反応する方が早かった。彼女はどうやら、この歌に覚えがあるらしい。赤い機体の搭乗者が紡ぐ歌に合わせて、アンジュもまた歌い始める。2つの旋律が重なり合った。

 

 

「機体が金色になった……!?」

 

 

 ヴィルキスと赤いパラメイルが共鳴するようにして、その色を変化させる。ベルリが驚きの声を上げる中、両機体の肩から砲が展開した。

 

 

「ソラ。あの2基の攻撃がぶつかり合ったら、バジュラのフォールド波やELSの転移と同等のエネルギー数値になるって計算結果出たよ」

 

「えっ!? それって、別な場所に転移するってことじゃないですか!」

 

 

 エネルギー出力同士の計算を終えたセイカが告げる。彼女が例に出したのは、空間移動に関連する要素ばっかりだ。あの攻撃がぶつかり合った際に起きる現象は、1つに限られる。

 宙継が制止するより先に、ヴィルキスと赤い機体のエネルギー充填が終わる方が早かった。――ヴィルキスと赤い機体は躊躇いなく、互いに向かって砲を撃ち放つ!!

 

 ――そうして、世界は真っ白に染め上げられた。

 

 




ドラゴン相手に対話をしてみた結果がこれ。キャラ崩壊の理由は“ドラゴンたちの反応”です。折角なので、大部分を救世主と龍神の大ファンにしました。この理由なら、対話できた状態で原作をなぞっても違和感ないかなと思いました。大丈夫かな?
ホープス×アマリをやりたくて書き始めたのに、気づいたら全く別なお話になりつつあることに困惑しています。本題に入るまでが長いので、関係ない部分や原作通りの部分をバッサリ削った方がいいようですね。……どこまで削るかが悩みどころですけど。

蛇足ですが、宙継と絡みがあったUXメンバー(00以外)は以下の通り。
・必殺仕事人な主人公&ヒロインコンビ→UXの中心人物として慕う。
・浩一を筆頭とした早瀬軍団→早瀬軍団最年少の弟分故に、みんなを先輩と慕う。
・森次さん→なんだか放っておけない出向先の上司。
・石神→出向先の上司だが、彼がふざけているときの扱いは塩対応。
・加藤→出向先の上司。彼の口癖は、座右の銘の1つになっている。
・歌手組→彼女たちの楽曲が好きで、よく聞いている。ライブも見に行った。
・広登→歌手になる夢を応援している。一緒に歌ったこともある。
・操→青空大好き同盟。異種族の友達。彼が『生まれて』くるのを楽しみにしている。
ラインバレル勢との絡みが中心になっている模様。


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異世界弾丸ツアー

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・魔従教団にオリキャラ追加。
・フリューゲルの機体システムに、スパロボUXの他版権要素が加わっている。
・「クーゲルの武器が1つしかない」という背景を捏造。
・異種族側の見解故に、少々過激な表現あり。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


『……自信はありませんが、やってみます……』

 

 

 旅立った頃のアマリは、常に弱気で引っ込み思案な少女だった。自分に確固たる自信がなく、そんな自分を変えたいと願いながらも、どうすればいいのか分からなくて――或いは、変わることに対して怯えを抱くが故に、いつも足踏みしているような状態だったと思う。

 魔従教団の教義や自分の存在意義に違和感を感じながらも、アマリはそれを表立って主張できるような性格ではなかった。自分の意志を抱きながらも、結局は流されることに甘んじていた。教団がアマリの変化を見落としていたのは、彼女が自分の意見を口に出さなかったためだろう。

 

 その性格上、何かある度アマリはホープスを頼っていた。ホープスの嫌味や意見に対し、逆らう気概もなかった。そんなアマリを誘導することは容易かったのだ。

 

 どこぞの“悪趣味な輩”が、歪んだ世界体制を作り上げた理由がよく分かる。誰もが自分を信奉し、依存し、思うがままに動かせる――確かに、()()としては最高だろう。自分の自尊心や優越感が満たされるし、自分の掌で踊らされている存在を眺めてほくそ笑むというのは愉快であった。

 ただ、“悪趣味な輩”の趣味趣向を理解した――自身の趣味趣向も“奴”と非常に似通っていると言って、ホープスが“奴”と同じやり方に甘んじるつもりはない。確かに誘導はするが、あくまでもそれは必要最低限、発破の範囲で収まるように調整する。周囲や本人に悟られぬよう、慎重に慎重を重ねて。

 

 

『ホープス、機体の制御をお願いします! ――行きますよ!』

 

 

 ワタルたちと出会い、共に戦うようになってから、アマリは段々と変わり始めた。

 

 引っ込み思案や臆病を克服できたわけではない。キャピタル・アーミィから人質を奪還する部隊に名乗りを挙げても、後ろでビクビクしていた場面はまさにソレだ。

 けれど彼女は、『奪還部隊としては役に立てずとも、戦闘で取り戻す』と奮起した。実際、彼女はかなりの数のカットシーを戦闘不能に追い込んでいる。

 それは、“悪趣味な輩”が施した加護の恩恵とは別の変化だった。アマリは少しづつ、本来持っていたであろう芯の強さを表面へ発露できるようになったのだ。

 

 

(この変化は、果たして吉と出るか、凶と出るか……)

 

 

 アマリの横顔を盗み見ながら、ホープスは思案する。迷い歩きながらも、それでも自分の心のままに進もうとする少女の強さ――それが辿り着く果ては何処か。

 彼女と自分は運命共同体。彼女が辿り着く結末は、ホープスが辿り着く結末と同義だ。最良であってほしいと願うのは、ホープスが望む自由のためである。

 

 主であるアマリの変化に注視するのは――様々な表情の変化を観察していたいとさえ思うことに、セイカが言うような感情は無いのだ。

 

 確かに、アマリの素直な気質は可愛らしいとは思うし、自分の意志を表出させるようになって見えてきた彼女の明るさも好ましいと思う。冗談や軽口を叩く姿なんて、契約を交わした当初のアマリからは予想できなかった。新たな彼女の一面を知ることができたのは、ワタルを筆頭とした異界人との出会いのおかげだ。

 自分の意志を持って動くようになるということは、“奴”の思い通りに動く駒から遠ざかることを意味している。同時に、ホープスにとっても、アマリを誘導しにくくなることを意味していた。喜ばしい変化とは言い切れないのに、どうしてか、彼女の変化を素直に喜んでいる自分がいる。そこに打算や策謀は無く、純粋なものだった。

 

 

(……知らない。こんな感情、私は知らない)

 

 

 ホープスは、内心首を傾げる。表出させれば、即座に反応して口を出してくる輩がいるためだ。

 

 そいつ――セイカは何かを察したようにこちらを見て、ニヤニヤと笑った。セイカはホープスが持て余す感情を『恋』や『愛』と定義し、意味不明な賭けを仕掛けてきた張本人だ。もしホープスがこの感情を『恋』や『愛』と定義したら、件の賭けはアイツの勝利になる。

 ホープスはセイカを睨み返しつつ、内心かぶりを振った。アマリの変化を注視しているのは、運命共同体として彼女のことを心配しているからだ。彼女の行く末は、ホープスの運命でもある。自分の願いを叶えるためにも、アマリには強くなってもらわなければなるまい。

 3000年の歴史を持つ魔従教団よりマシだという理由でアマリを選んだが、この変化の兆しはどこまで影響を及ぼすのか。まだ出たばかりだというのに、根拠だって揃っていないのに、アマリ・アクアマリンという少女に対して、期待を抱き始めている自分がいた。何かを見出さんとする自分がいることも。

 

 根拠のない期待はしないはずなのに、根拠のない可能性など無意味なのに、願望なんて意味をなさないのに。

 もし仮にセイカの言う通りだったとして、『恋』も『愛』もホープスの腹の足しにならない。

 

 実際、今だって、自分が抱く感情は何の味も――

 

 

「…………ん?」

 

「どうしたの、ホープス?」

 

「……いいえ、なんでもありません」

 

 

 ――何の味も、しなかった、はずだ。

 

 『微かに甘みを感じた』なんて、きっと気のせいだ。

 ホープスは自分に言い聞かせた。

 

 

★★

 

 

 異世界に飛ばされたので帰る方法を探していたはずが、期せずしてまた異世界へ飛ばされた。この場合、セイカと宙継たちが“帰ろうとしている世界”については、複雑な扱いとなっている。

 そもそも、自分たちは異なる世界からアル・ワースに飛ばされ、元の世界へ戻ることを目指して旅を続けてきた。そこから更に別世界へ飛ばされたのだ。部隊の士気が乱れるのも当然と言えよう。

 

 アル・ワース出身者であるアマリ、ホープス、シバラク、ヒミコ、クラマらが『アル・ワースへ戻りたい』と思うことは至極当然のことだ。ワタルは異界人であるが、救世主としての責務――ドアクダー打倒を果たすために『アル・ワースへの帰還』を望んでいる。使命を放り出して帰るような輩だったら、ワタルは救世主に選ばれなかった。

 しかし、セイカと宙継を筆頭とした異界人が帰りたい場所は、“自分たちの世界”なのであってアル・ワースではないのだ。救世主一行としてアル・ワースを旅してきたのは、『元の世界へ還る手がかりを探すため』である。元の世界へ還るという目的がある以上、その方法を掴めれば、別にアル・ワースを旅する必要はないのだ。

 他にも、ノーマであることが原因で何もかもを失ったアンジュや、ドラゴンを狩ること以外の存在価値を認められない環境で生きてきたヴィヴィアンは、『アル・ワースへ戻る』という意識が薄い。むしろ、『異世界に逃げ込んだ方が、ノーマという種族の差別がなくなるから楽』なのだという。人間が行う差別意識とは、少々度し難い。

 

 

『そもそも、人間の権力者って“人間の中でも、何かしら優れた才能を持っている”ことから人をまとめ上げ、領地拡大が絡んだ戦いに勝利することで勢力圏を広げ、そこに文明圏を築いたんでしょ? 王族や名家と呼ばれる一門は、“持っている才能を駆使して、他者よりも長期間、権力者や有力者として君臨して功績を挙げていたことから名乗ることが許された”に過ぎない。結局のところ、人間の括りである有力者と平民、もしくはヒエラルキー最下層者の差って、その程度でしかないんだよ。私たちELSのような“個の概念の重要性が薄い”異種生命体からすれば『ただそれだけの差で、どうして権力者が威張ることが許されるの?』って疑問に思うレベルなんだよねぇ』

 

『ふーん。……貴女、面白い考え方をするのね。気に入ったわ』

 

 

 多くの人々が『間違いではないが、そこまで言われたら形無し』だの『異種族間に広がる認識の差異』だのと零す中、アンジュは愉快そうに目を細めてセイカを見返していた。

 

 彼女は“自分が生き残るために戦っている”女傑だ。自分が信じていた世界や価値観をブチ壊され、自分の立場がヒエラルキー上位者から最下層へひっくり返ったという衝撃を経た結果、半ば開き直るような形でここまで這い上がったのだろう。自分自身の手で運命を勝ち取ろうとする姿は、アルティメット・クロスの仲間たちとも非常によく似通っている。

 おそらく、古のミュウやマザーコンピューター・テラの一件と対峙した宙継の価値観とも、非常に親和性が近そうだ。宙継もまた、世界を変えるために奔走する人間の1人である。イノベイターやELSを取り巻く環境も、アル・ワースのマナの国におけるノーマの扱いとよく似通っている面があった。閑話休題。

 

 さてどうしようかと考えたときだった。ホープス曰く、『異界の門が開いたときと同じような反応が出ている』らしい。『そこへ行ってその反応を利用すれば、アル・ワースへ帰還できる可能性がある』とのことで、情報収集がてら、救世主とメガファウナは東へ進路を定めた。『アル・ワースへ戻るか否かは、そのときに決めればいい』と。

 尚、反応が出ていた場所では戦闘が行われているらしい。『反応を追いかけて現場へ行けば、戦闘に巻き込まれることは必須だろう』とのことだ。それでも、“帰還方法、およびこの世界に関する情報収集ができる”というメリットを重要視した結果でもある。戦闘準備をしながら、仲間たちは待機時間を過ごした。

 

 

『救世主一行の最終判断をしているのって、アマリだよね。実質、アマリが部隊の決定権を握ってるようなものじゃない?』

 

『もしかしたら、アマリさんには部隊の責任者になる資質があるのかもしれませんね』

 

 

 今までの旅路で思っていたことを宙継に訊ねてみると、彼は静かな笑みを浮かべて答える。宙継は懐かしそうな表情でアマリの姿を見ていた。あの眼差しは、アルティメット・クロスのリーダーとなったアニエス・ベルジュを見ているときと同じ眼差しだった。

 アニエスも成り行きでアンノウン・エクストライカーズに所属し、気づいたら“部隊の最終決定権を握っていた”ような状態だったという。要所要所で物事を選択してきたことや、その経験から戦術指揮について勉強し始めたこともあって、最終的にはアルティメット・クロスを率いるリーダーとなったのだ。

 アマリ・アクアマリンはどんなリーダーになるのだろう? 仲間たちを導く御旗になるのか、仲間たちに支えられながら共に歩んでいくのか――どちらにしても、今後が楽しみな逸材である。……彼女の隣にいる腹黒鸚鵡(ホープス)という爆弾は、未だに脅威のままであるが。

 

 件のポイントに到着すると、案の定、戦闘が行われている真っ最中だった。戦闘準備は整えていたので、こちらは即座に出撃して布陣を展開する。

 

 大部隊を展開している方は、乱入者である救世主+メガファウナ一行を敵と認識したらしい。異界の門近辺から動こうとしない勢力は、おそらく“この周辺を拠点としている”のだろう。『この場を切り抜ければ協力体制が敷けるかもしれない』と言ったショウに、グランディスは『恩を売っておくってワケだね!』と補足していた。

 本来であれば、後ろ盾が一切ない異世界では大暴れできない状況だ。だが、大部隊を率いている連中は、明らかに殺気を撒き散らしている。様子見気分で対峙するには荷が重い相手ばかりだ。脱出装置が上手く作動してくれと願いつつ、全力を尽くさなければならないだろう。片方の部隊もこちらと一緒に戦う判断を下したようだった。

 

 

『いいものですな。見知らぬ世界で見知らぬ敵との遭遇とは』

 

『自由過ぎます、ホープスは!』

 

『せっかくの状況なのです。マスターもお楽しみくださいませ』

 

『と、とてもじゃないけど、そんな気なんてなれません……!』

 

 

 クソ鸚鵡はいつも通りクソ鸚鵡で、困惑する主などなんのその。未知の相手と主の困惑を味わいながら、図太くこの状況を楽しんでいた。

 

 実際、ゼルガードの出力はアル・ワースで活動していたとき以上に安定しない。最近はやっと安定した出力を叩き出せるようになったのに。

 アマリが持っていた芯の強さが発露するようになったばかりだったのに、今回のことで抱いた不安も足かせになっているようだった。

 主がピンチに陥ってるにも拘らず、クソ鸚鵡ホープスは自分の興味以外関心がない。もう少しどうにかならないのかと思ったときだ。

 

 

『落ち着いてください、マスター』

 

 

 そうやってアマリに声をかけたホープスは、静かに語りかけた。

 彼の声がワントーン優しい響きを宿していたように聞こえたのは、セイカの気のせいではない。

 

 

『例え世界が変わったとしても、私と貴女がすることは変わりません。いつも通りやればいいんです』

 

『ホープス……』

 

『“見知らぬ地に来たからと言って、今までの経験まで無に帰した”……なんてことはないでしょう? ――行けますね、マスター?』

 

『――勿論! いつも通り、やってみせます……!』

 

 

 ホープスから発破をかけられたアマリは、いつもの調子を取り戻す。普段は嫌味でからかうだけのクソ鸚鵡が、相棒らしき言動を見せた。明確な気遣いらしき姿を見せたのだ。この変化に注視しない訳がない。やっぱり愛じゃないか! 本人は全力で否定するのだろうが。セイカはニヨニヨ笑った。

 

 こちらも好奇心を満たしつつ情報を入手するため――宙継からの許可もあって――黒い機体を浸蝕する。発狂したパイロットが自爆しようとしたので、それより先に同化を済ませてシステムを掌握。脱出機能を無理矢理作動させてパイロットを吐き出した。着水したパイロットが『くぁwせdrftgyふじこlp』等と喚く声が聞こえたので無事だろう。

 ELSたちは一度、GN-XⅣを同化した際、多くのパイロットたちの命を奪ってしまった。中には自爆を選択させてしまったパイロットだっている。命が失われる悲しみや痛みを知ったからこそ、同化して情報収集を行う際、セイカは操縦者の脱出を徹底するようになったのだ。伊達に学習してきたわけじゃない。

 

 機体名はクーゲル。この世界で大きな国力を有する大ゾギリア共和国軍の主力量産機で、様々なバリエーションが開発されているらしい。

 しかし、この部隊のクーゲルの武装はマシンガンしか有していなかった。――いや、クーゲルという機体自体、マシンガンしか武装がない。

 機体を同化して得られたのはこの程度だが、大ゾギリア共和国の国力に疑問符が付くことは避けられなかった。

 

 

『……本当に、大ゾギリア共和国って凄い国なのかな。“内情隠して強がってる”なんてことは……』

 

『本来なら、武装1つで国力の全貌が明らかになるはずがありません。……ですが、これがイコールだった場合、ゾギリアは相当ヤバい状況だって言えそうです』

 

『大日本帝国――サコミズ王が置かれた極限状態と比べたら、どっちがヤバいかな?』

 

『うーん……現物を見てみない限り、何とも言えませんね。“量産機の武装強化を差し置いてでも、優先すべきことがある”事実から、類推できることは限られますが』

 

 

 宙継とそんな会話を繰り広げつつ、セイカはELSをクーゲルに擬態させて差し向けていた。あちこちから『くぁwせdrftgyふじこlp』等と叫ぶ声が聞こえたが、特に問題はない。

 味方側――共闘することになった戦艦から『何ですかあれ!? 何!? エイリアンか何か!?』『……最早、何でもありみたいだ』等の声が聞こえたが、後で説明すれば何とかなるだろう。

 

 まあ、どったんばったんした末に、自分たちはどうにか大ゾギリア共和国の連中を追い払うことに成功。共闘した面々と合流し、情報交換会と相成った。

 

 シグナスの艦長である倉光源吾は、穏やかな昼行燈という皮を被った冷徹な軍人だった。こちらが変な動きをすれば即刻捕縛命令を出していることは、宙継の思念波経由で伝わっている。更に、状況説明をしたときのキャパシティオーバーっぷりを表面に出さないポーカーフェイスの持ち主でもあった。

 アマリの魔法、宙継の思念波による“救世主ご一行の歩み”と“ELSとの対話が成されるまで”を目の当たりにしたことも、救世主ご一行の話をすんなり受け入れる理由になったようだ。……いや、受け入れざるを得ない状況に叩き落とされたというべきだろうか。『問題しかないかなぁ』と呟く彼の背中は、非常に疲れ切っていた。

 彼の心労は更に悪化することになるのだが、それは別の話である。倉光は最後まで、人前で『頭が痛い』という発言も仕草も一切見せなかった。艦長として、軍人として、相当な器を持つ人物であることは明らかである。彼を敵に回すことがなくて本当に良かった、というのが、こちら側の本音だ。

 

 

『……もし、倉光艦長や私たちが貴女たちの話を信じなかったら?』

 

『シグナスの搭乗員が“この地球上で初の新人類(イノベイター)”オンリーになってた。新人類と化した貴女たちを目印にして、我が同胞(ELS)が来訪することも確定だよ』

 

『ひゅっ』

 

 

 状況説明に来た那須まゆかの質問に、セイカは笑顔で答えてあげた。人間が鋭く息を飲む音を、宙継以外で初めて聞いた。

 

 まゆかによる状況説明で分かったことは、大きく2つ。1つ目は“この世界は、大ゾギリア共和国と自由条約連合という2大陣営による戦いが繰り広げられている”こと、2つ目は“戦争の原因は、ネクトオリビウムと呼ばれる新エネルギーの使用権を巡るもの”だ。後者のエネルギーは、共闘した青年――渡瀬青葉の時代に新発見されたものらしく、青葉が70年前の日本から飛ばされた時間遡行者であることが明らかになる。

 最初は青葉の言葉に対して懐疑的だったシグナスのクルーたちだが、倉光が既に“救世主ご一行のトンチキ具合”で散々殴りつけられていたため、青葉の主張は比較的すんなりと受け入れられることと相成った。宙継の『青葉さんは嘘をついていません。現役新人類舐めないでください』と、セイカの『お前も新人類にしてやろうか。そうすれば一発で判別できるぞ』というアシストも効いたのだと思う。即座に掌を返してこちらの言い分を信じてくれた。

 

 彼や彼女らは聡明な軍人だ。戦争中にELSのような外宇宙生命体に乱入された場合、3つ巴という名の泥沼地獄が発生すると見抜いたのだろう。

 この地球に住まう人類たちには、異種族と対話を行う余裕もなければ手段もないのだ。現状、同族同士による資源の奪い合いで手一杯なのだから。

 来訪するELSは既に、地球連邦軍がELS迎撃・殲滅用途で開発した主砲の威力とシステムを再現可能・チャージ速度の改良済みという仕様である。

 

 喧嘩の売り方によっては、躊躇いなく撃ってくるだろう。刹那・F・セイエイが行った対話方式を参考にしているが故に。

 

 

『ELSが再現可能な武装の1つだけど、この世界の技術がコレを止められる算段はある?』

 

『ELSの学習能力は高いですから、リアルタイムで新たな擬態や既存武装の改良を見せてくるでしょう。理論上、“そちらが手の内を見せれば見せる程、ELSも更に強くなります”ね』

 

『……機密があるからコメントは控えとくが、これだけは言える。――絶対、お前の同胞(ELS)とはやり合いたくねえ!!』

 

 

 セイカの問いと宙継の補足に対し、ヤール・ドゥランが頭を抱えて悲鳴を上げていた。

 まゆかやリーは特に何も言わないが、顔が真っ青だった。

 

 ――それはさておき。

 

 

「昨日、俺たちが戦ったのはそのゾギリアであることは分かった。向うの戦力がどの程度かは分からないが、追撃が来る可能性が高いのでは?」

 

「貴方たちに協力した僕らのことも敵と認識しているはずだし、もしかしたら、僕らを自由連合側の戦力として数えてくる可能性もありますね。追撃を行う場合、前回以上の戦力を投入してくることは確実でしょう」

 

「正論だ。キミたち、戦争ってものを知っているな」

 

 

 ショウと宙継の見解を聞いたリー・コンラッドが、感心したように目を丸くしていた。2人は複雑な気持ちを隠すように、曖昧な笑みを浮かべて流す。

 知りたくて知った訳じゃないから尚更だ。特に、宙継の話はアンノウン・エクストライカーズ/アルティメット・クロス時代に散々味わった経験がある。

 

 

「それでも動かないのは、この基地で伍長さんの言っていた“画期的な戦闘システム”を研究していたからだと見たぜ」

 

「成程。その資料を敵に奪われないために、研究資料を消去しているのですね」

 

「キミたちの推理が当たっているかは別として、だ。察しの通り、シグナスがここを発てないのには理由がある」

 

「って言っても、それももうすぐ終わるだろうさ。そうしたら、ここからオサラバだ」

 

 

 マサキとアイーダの考察に対しても、リーとヤールは明確な話をしようとしなかった。機密をきちんと守る軍人の鏡である。そんな彼らに敬意を表し、セイカと宙継は“思念波で彼らの思考回路を丸裸にする”ことは控えた。

 シグナスの面々は、救世主一行とメガファウナに対しても人道的な対応をしてくれた。後ろ盾を持たない異邦人を使い潰すことは容易だろうし、放置して目的を果たすことだってできたはずなのに。

 

 彼らの在り方は、ELSの母星へ旅立っていった良識派の軍人たちを思い起こさせる。異種族との対話を成し得た革新者たち。

 ああ、我が母星を救うために旅立った、ソレスタルビーイング号の乗組員たち――宙継の父親とその仲間たちは元気だろうか?

 そんなことを考えていたとき、突如警報が鳴り響いた。シグナスの離脱とゾギリアの追撃は、後者の方が早かったらしい。

 

 リーはこちらに対し、母艦であるメガファウナへ戻ることを指示する。それを聞いた仲間たちは、顔を見合わせた。

 

 

「戻っても、見物を決め込むわけにはいかねえだろうな……」

 

「状況に流されて、結局、死ぬなんてのは真っ平御免だものね」

 

「戦いたくないとか、言ってる場合じゃないんですよね……!」

 

 

 マサキ、アンジュ、ベルリの言葉は、救世主一行の下す判断を顕著に示していた。彼らの姿に、元々一般人だった青葉は目を丸くする。救世主の決断を尊重したリーが次に問うたのは、渡瀬青葉の下す判断だ。

 青葉は素直に、リーの提案に従った。シグナスに残る彼をそのままにして、救世主一行はメガファウナの元へと駆け出す。いつも通り敵と対峙し、帰りたい場所へ還るために戦うのだ。宙継の背中を追いかけながら、セイカも足を速めた。

 

 

***

 

 

「中間管理職が良識派だとしても、上司がああいう類だと“こう”なるんですよね……」

 

 

 襲い掛かって来るゾギリア兵を無力化しながら、宙継は深々とため息をついた。

 

 今回、シグナスを襲撃してきたのは、敵の中でも手練れ且つ良識的な軍人の部隊だったらしい。倉光が自ら回線を開き、敵との交渉に当たった。彼は“メガファウナの離脱”を勝ち取ろうと手を尽くしてくれたのだ。倉光は、“連合所属の機体ではない、非戦闘員の乗る艦”という主張で押し通すつもりらしい。

 敵の指揮官は一定の理解を示しながらも、部隊全体への命令権の持ち主/彼の上司の主張――メガファウナとの交戦で被害が出ていることや、戦闘データから分析した救世主一行の機体に搭載されたシステム系列に目を付けたことから――に従うことを選んだ。彼個人の判断なら、きっとメガファウナを見逃してくれただろうに。

 

 勿論、救世主一行に“シグナスを見捨てて逃げる”なんて考えを持つ輩がいるはずもない。ドニエル艦長が何か言うより先に、全員が出撃して布陣を展開した。

 倉光に対して「寄せ集め部隊ゆえ、指揮権は自分にない」と語ったドニエルだが、例え彼に指揮権があったとしても、機動部隊の面々と同じ判断を下しただろう。

 実質共闘だが、体裁としては“メガファウナは自衛のために出撃しただけに過ぎず、自由連合及びシグナスとは無関係である”形だ。

 

 

「そういえば、お父さんの虚憶にも、似たような体裁で協力体制を敷いていた戦いがありました」

 

「ああ、AEU特務部隊OZとブリタニア・ユニオンのアレかぁ。ゼクス・マーキスとはそこから長い付き合いになったって聞いたけど」

 

「プリテンダーでも一緒でしたからね、あの3人」

 

 

 ゾギリア軍と大乱戦を演じる面々を視界の端に留めつつ、宙継操縦桿を動かした。フリューゲルは、すれ違い様にクーゲルの腕を切り飛ばす。セイカは即座にELSの群れを展開し、クーゲルに取りつかせた。発狂して自爆や特攻を行うより先に機体の同化を済ませ、中身のパイロットはさっさと脱出させておく。普段通りのルーチンワークだ。

 先日交戦したデータは、既に向うで分析が済んでいるのだと思う。しかし、やっぱり現物――ELSによる同化と擬態を生で体験するのは別物らしい。同胞をクーゲルに擬態させて敵部隊にけしかけると、多くの兵士がパニックに陥った。寸でのところで踏み止まっているのは指揮官機くらいである。頭の柔軟さは倉光と同格か。

 誰1人として『ELSが擬態できるのは1機だけ』とは言っていないので、セイカは更に擬態クーゲルの数を増やしてみた。複数の擬態を生み出して見せたのは今回が初めてのため、仲間たちからも驚きの声が響き渡る。更に“撃墜されても他のELSと合体する”ところも披露してみた。指揮官機の通信から、上層部の阿鼻叫喚が響き渡っていた。

 

 

『貴方たちに協力した僕らのことも敵と認識しているはずだし、もしかしたら、僕らを自由連合側の戦力として数えてくる可能性もありますね。追撃を行う場合、前回以上の戦力を投入してくることは確実でしょう』

 

 

 ――さて、先の宙継が述べたとおり、ゾギリアの戦力は“この場に展開していた部隊”だけではなかったらしい。

 

 伏兵という形で飛び出してきたのは、昨日こちらと交戦した指揮官機と、それに随伴する形で現れた新手だった。倉光の指示を受けたブラディオン/ディオがシグナスの護衛のために戻るが、敵機が接近する方が早い。だが、敵機が攻撃を仕掛けるより先に、シグナスからルクシオン/青葉が飛び出す方が早かった。

 ルクシオンとブラディオンのシステムが起動する。青葉とディオの繋がりを深めることで機体の出力を跳ね上げるソレは、イノベイターやミュウが脳量子波や思念波を展開しているときの感覚と非常に似ていた。案の定、2機は見事な高速機動型戦闘と連携を披露し、昨日の機体からシグナスを守り通す。

 

 この場での有効打は、ルクシオン/渡瀬青葉とブラディオン/隼鷹・ディオ・ウェインバーグの2機/2名だ。彼らを主軸にし、ゾギリアを迎え撃つ。

 フリューゲル/宙継とセイカも、彼らの道を切り開くことに異議はない。突っ込んできたクーゲルを叩きのめし、2機/2人の道を切り開いた。

 ……恐らく、敵の狙いも件の2機であろう。新型の情報は1つでも欲しいだろうから。閑話休題。

 

 

「!」

 

「どうしました、ホープス!?」

 

「門が開きます」

 

 

 ゾギリアを叩いて叩いて追い払い続けていたときである。ホープスが門の開閉を察知し、仲間たちへと伝えてきた。

 

 アル・ワースへ帰ることを望む面々は、ゾギリアを叩きつつ様子を伺う。場合によっては、開いた門を利用すればアル・ワースへの帰還も可能なはずだ。因みに、フリューゲルに搭載されたラインバレルシステムは“同じ世界線上にある座標しか使えない”ため、アル・ワースへ戻るという芸当は不可能であった。閑話休題。

 門が開いて現れたのは、水色の鉱石を適当に積み上げて出来たような岩人形の群れだった。それを目にしたアマリが驚愕の表情を浮かべる。件の岩人形はゴーレムと言い、魔従教団がよく使う尖兵の1つ。鉱石のオドを使って生み出し、魔従教団の術士が刻んだ術式によって自立行動を行うらしい。

 

 

<ソラ、あの門……!>

 

<僕らが転移する直前に見た魔法陣と似ています>

 

 

 脳量子波と思念波でやり取りをしながら、セイカと宙継は眉間の皺を深くした。異世界から戦力を呼び込んでいる候補者はドアクダーが濃厚だったが、ここへ来てまた候補が増えた。

 しかも、その団体はよりにもよって、仲間であるアマリが所属している魔従教団である。アル・ワースの平和と秩序を守ることを謳っている、巨大な治安維持宗教団体。

 あのゴーレムは、宙継の世界に現れ戦いを挑んできた機体とは全く違う。けれど、ゴーレムが出現する際に展開した魔法陣は、宙継をアル・ワースへ転移させた魔法陣と同じだった。

 

 混迷した状況は、解決するどころか、転がり落ちるようにして悪化する。――ゴーレムが、メガファウナの機動部隊目がけて攻撃してきたためだ。

 

 ゴーレムが発射した弾丸は無差別に降り注ぐ。……心なしか、ゼルガードを中心にした攻撃範囲のように見えたのは、セイカの気のせいだろうか? 魔従教団員であるアマリに対し、グランディスが面々の疑問――何故、教団のゴーレムがこちらに攻撃を仕掛けてくるのか――を訪ねる。アマリは歯切れの悪い調子で、「分からない」と返した。

 自身の見解を告げたのはシバラクだった。彼は魔従教団を頑なに正義の味方扱いしている節があり、「魔従教団は理由もなしにこんなことしない」と主張。ゴーレムが暴走していると結論付ける。魔従教団からカルト系の臭いを感じ、不信感を抱いていた宙継は、あからさまに表情を歪めた。しかし、特に何も言わずゴーレムの方へと向き直る。

 

 ゴーレム部隊はゾギリア軍も標的にしたようで、彼ら目がけて弾丸を撃ちだしてきた。まるで、“この場で動くもの全てを滅しよう”としているかのようだ。

 勿論、仕掛けてくる相手を放置するわけにもいかず、ゾギリア軍もゴーレムと交戦することを選択した。但し、こちらと協力するつもりは一切ないらしい。

 事実上の三つ巴。文字通りの大混戦だ。ゾギリアとゴーレムを相手取りながら、メガファウナと救世主+自由連合部隊は敵を叩き続ける。

 

 

「大分数が減ってきたね。先にゾギリアが片付きそうだよ」

 

「先日襲い掛かってきた指揮官も撤退したし、今回の指揮官機や桃色の機体も満身創痍ですからね。僕らがゴーレムの迎撃に移っても大丈――」

 

「――雛! そこにいるのは、雛なのか!?」

 

 

 セイカと宙継が移動しようとしたとき、早速問題が起きた。

 

 青葉の声に視線を向ければ、ルクシオンと桃色の機体が何やら取っ組み合いらしきことを繰り広げていた。桃色の機体はハッチが吹き飛んでおり、コックピットに座る少女の姿が露わになっている。青葉は少女を雛と呼び、必死に声をかけていた。

 渡瀬青葉の友人、弓原雛。青葉がこの時代に辿り着く前に出会い、青葉を救った少女。敵機体に乗っていたパイロットの少女は、青葉の思念から読み取った弓原雛と瓜二つだった。だが、彼女は青葉に対して、殺意にも似た敵意をむき出しにしている。顔が同じだけの別人にしか見えない。

 

 しかし、青葉は彼女こそが弓原雛であると確信している様子だった。自身と彼女の間にある差異に驚きながらも、青葉は少女に呼びかけ続ける。

 彼女の名前もヒナ――フルネームはヒナ・リャザンだった。ヒナ/桃色の機体は青葉/ルクシオンを振り払い、フラフラしながら撤退していく。

 結果的に、青葉は敵を逃がしてしまった。そのことをディオに激しく咎められるものの、残った指揮官機の攻撃によって問題は有耶無耶となった。

 

 

「コネクティブ・ディオ!」

 

「アクセプション!」

 

 

 ルクシオンとブラディオンが能力を解放して指揮官機とぶつかり合う姿を見送って、フリューゲルはルーンゴーレムと対峙する。

 

 ゴーレムの武装は1種類のみで、単純な戦闘能力は高くない。ただ、一度に現れた数が多くて面倒だった。神話や小説に登場するゴーレムは、材料さえ用意できれば比較的楽に量産できるものであることが多い。多分、教団のゴーレムも、その毛色が強いのだろう。単純であるが故に、数を増やすことが容易である。

 大量の弾丸をばら撒くゴーレムの攻撃を縫うようにして躱し、サイオン波で形成したダガーを投擲する。ダガーは頭に突き刺さり、ゴーレムは軋んだ音と共に砕け散った。自分たちの世界で戦った機体より脆いように感じる。やはり、岩人形とロボットの差は大きい。

 

 

「ええい、いい加減にせんか!」

 

 

 シバラク/戦神丸がゴーレムを叩きのめす。刻まれていた術式を破壊されると動作は止まるが、ゴーレムも形を保っていられないらしい。あっという間に砕け散った。

 そのすぐ後ろでは、グラタンが主砲を撃ちこんでゴーレムを破壊していた。刹那、ルクシオンとブラディオンがゴーレムへと突っ込んでくる。

 見れば、ゾギリア軍は既に戦線から撤退していた。青葉とディオは成し遂げたらしい。この場に残されているのは、魔従教団のルーンゴーレムのみだ。

 

 

「ソラ、あれから情報引き出すために同化してみたいんだけど」

 

「許可します。魔従教団のきな臭さは、前々から気になってたので」

 

 

 宙継のゴーサインが出たので、セイカは早速ELSを差し向けた。ELSの群れが殺到し、1体のルーンゴーレムと同化する。どこからか20世紀の洋画――具体的に言えば『ターミ○ーター』――に関する話題が聞こえてきたが、セイカにとっては些事であった。

 

 魔従教団のゴーレムは、アマリとホープス/ゼルガードを集中的に狙うように指示されている。そんな術式が刻まれた理由は不明だが、多くのゴーレムに同じ命令術式が使用されていた。単純でありながらも連携を見せるゴーレムの挙動は、この術式から発生しているらしい。

 オドやドグマの云々は学習不足のため何とも言えないが、今回使役されているゴーレムは、質より量を重要視した能力構成となっているようだ。魔従教団の誰が、このゴーレムの群れを使役しているのだろうか? 現時点で名前が分からずとも、術式のパターンを学習すれば後で照合できる。

 

 どうやら、ゴーレムの術式は宙継の世界にあるプログラミングと似たようなものらしい。

 人の好みや設定者の得意分野によっては、プログラムを構成する際に使う内容に差異がある。

 ゴーレムの術式も、似たような要領で刻みつけられているのだろう。

 

 

「術式は2種類。動作に関しては同じ術式が使われてるけど、式の組み方は全然違うから、別人が作ったんだろうね」

 

「関係者は2名……ですか」

 

「しかも、2名とも手練れっぽい。あくまでも“出力で見る限り”だけど」

 

 

 別のパターンを有しているルーンゴーレムを同化して、情報を収集する。セイカの見解を聞いた宙継は、ますます眉間の皺を深くした。

 現状、魔従教団へのきな臭さが色濃くなっただけである。異世界の門を自由に開く輩となれば、手練れ中の手練れであろう。

 

 

「マスター」

 

「分かってます! ――行って、TEMPESTA!」

 

 

 ゼルガードが手をかざし、凄まじい暴風を発生させる。真正面からそれを喰らったルーンゴーレムは、あっという間に砕け散った。

 

 あんな暴風を発生させて敵を屠るアマリでさえ、魔従教団の中では『下っ端』なのだ。彼女を基準にした場合、魔従教団の手練れはどれ程の力――破壊力を有しているのだろう? データが少なすぎるため何とも言えないが、もしかしたら、今後の展開で相対峙することもあるのかもしれない。

 敵が増えるというのは勘弁願いたいものだが、今後の展開がどうなるかなんて予想はつかない。魔従教団と良好な関係を築ける可能性もあるし、薄暗い本性を露わにして襲い掛かってくる危険性だってあり得る。特に宙継は、魔従教団の様子から、後者の色を色濃く感じ取っている様子だった。

 宙継の悪意関知能力はずば抜けて高い。嘗て、自分を生み出した女――刃金蒼海のどす黒い悪意によって命を失いかけた経験が、宙継をミュウへと覚醒させるトリガーになった。それ故に、宙継は他者の悪意に対して人一倍敏感になっている。養父も割と悪意に敏感ではあったが、恐らく父親より上だろう。

 

 ルーンゴーレムの大軍団は、程なくして倒された。最後の1体をゼルガードが屠り、戦線から敵機は残っていない。

 だが、一息つく間もなく、再び強いエネルギー反応が発生した。――再び、異界への門が開く。

 

 

「気を付けてください! あの岩人形が、また来ます!」

 

 

 アイーダの警告通り、門からゴーレムの群れが殺到した。先程門から現れ、こちらに攻撃を仕掛けてきたゴーレム部隊より、圧倒的に数が多い。メガファウナの機動部隊とシグナスの2機を足したとしても、新手の数は自分たちの2倍近い戦力差があった。

 次に出てきたのはゴーレムとは違う機体が2機。片方が黒、もう片方が鋼色の機体だ。デザインは違うものの、宙継の世界に現れた機体と雰囲気が非常によく似通っている。宙継は身をこわばらせるようにして身構え――鋼色の機体に注視する。

 

 鋼色の機体は、明らかにフリューゲルを見つめていた。宙継は相手の思念を掴もうとするが、それに触れることは叶わない。強い鉄壁に遮られたためだ。

 

 間髪入れず、ゴーレム部隊が動き出す。2機は大きく腕を広げた。凄まじい轟音とともに、足元に大きな魔方陣が広がっていく。

 黒と鋼の2機を中心にして、ゴーレム部隊が規則正しく魔法陣の上に並んだ。――膨大なエネルギーが収束する。

 

 

「あれは……!」

 

「どうやら、我々の望みは叶うようです」

 

 

 黒と鋼色の機体に覚えがあるのか、アマリが驚愕の声を上げる。その横で、ホープスは淡々と事実を告げた。そのタイミングで、魔法陣が激しい光を放つ!

 

 視界は一瞬で塗り潰された。白から黒へと変わった世界に、ゆっくりと色合いが戻っていく。機体はいつの間にかメガファウナの格納庫に戻っていた。宙継とセイカはコックピットのハッチを開いて外へ出る。メガファウナのデッキに広がっていたのは、ディオたちの世界へ転移する前にいたポイントだった。

 門を利用してアル・ワースへ戻る――自分たちの目的は期せずして果たされたらしい。足音に振り返れば、機体から降りた仲間たちがデッキへ集まって来たところだった。アマリも、ホープスも、ワタルも、シバラクも、ベルリも、アイーダも、グランディスも、サンソンとハンソンも、アンジュも、ヴィヴィアンも、マサキも、シロとクロもいる。

 メガファウナの生活班としてバックアップをしていたノレドたちも全員揃っていた。救世主一行は誰1人として、自分の世界へ帰還していたり、ディオたちの世界へ残った者はいない。全員欠けることなく、アル・ワースに転移していたのだ。

 

 それだけでは終わらない。見れば、メガファウナの近辺に、真っ白な戦艦――シグナスが並び立つようにして空に陣取っていた。

 倉光たちが呆気にとられる思念が漂ってくる。今度は倉光だけでなく、シグナスのクルーがアル・ワースという異世界そのものに頭を殴られていた。

 

 

「では、ここが……!?」

 

「アル・ワース、なのか……」

 

「オー、マイ・スコード……」

 

 

 レーネと倉光が震えた声で現実を受け入れ、帰還したとはいえど自分たちの世界ではないことに対する複雑な心境を、ステアが感嘆の言葉で吐き出す。

 

 今頃、お隣にいるシグナス内部は大混乱だろう。『お前を新人類にしてやろうか』で反射的に頷いていた彼らも、本当の意味で、メガファウナ関係者が嘘をついていなかったことを理解したはずだ。同時に、青葉の時間遡行者関連のことも「そっちの方がまだマシ」レベルの認識になっただろう。

 ドニエルが声をかければ、倉光は力のない声で応答した。石神の指示のせいで疲弊した森次を連想させるような憔悴っぷりである。クルーの中で一番休息が必要なのは、恐らく倉光だろう。「状況のすり合わせのため、休憩のため、近くで休もう」という意見に対し、シグナスの面々は異を唱えなかった。

 

 

 

●●

 

 

 魔従教団本部、エンデの間。

 

 立派な大樹とたわわに実った果実が描かれた壁画の前で、1人の老紳士が2人の術士と向き合っていた。

 老紳士は2人組に対し、労いの言葉を贈る。

 

 

「――2人とも、よくやってくれました」

 

 

 片や、青い髪とモノクルをつけた20代半ばの青年。黒いロングコートを身に纏い、ステッキをついている。与えられた2つ名は、黒曜石の術士。

 片や、黒髪黒目が特徴な10代半ばの少女。着物を模したようなデザインで、空色の教団服を身に纏っている。与えられた2つ名は、黄鉄鉱の術士。

 双方共に、この魔従教団の法師――魔従教団の実働部隊で指揮官の地位に就き、部下の術士たちをまとめる立場にある。いわば、教団の幹部だ。

 

 黒曜石の術士は恭しく頭を下げ、黄鉄鉱の術士も前者を模倣するように頭を下げる。……前者と比べて、心なしか礼が乱雑に見えたのは何故だろうか。

 

 しかし、男性たちがその違和感に気づくことはなかった。

 実際、老紳士は気にすることなく言葉を続ける。

 

 

「アル・ワースの秩序を保つため、これからも励むように」

 

「御意。――すべては、智の神エンデの名のもとに」

 

「……すべては、智の神エンデの名のもとに」

 

 

 ――黄鉄鉱の術士が、心底嫌そうな気配を滲ませていることに気づくことは、終ぞなかった。

 

 




色々詰め込んでみた最新話。大部分がセイカのやりたい放題となりました。更に、オリジナルキャラとして“黄鉄鉱の術士”なる幹部が出現。何やら腹に一物あるようですが、彼女の動きも見守って頂ければ幸いです。因みに、黄鉄鉱はパワーストーンの1種である『パイライト』から来ています。一応、性格やキャラ付けの意味でモチーフになっています。
バディコンに詳しくない勢なのでちょっと分からないのですが、あの世界観でELSが来訪した場合、あの世界の人類はちゃんと対応できるのでしょうか? 人類同士の攻防戦で疲弊していそうなので、異種族の第3勢力がやって来たら泥沼になりそう。00や各種スパロボでも、異種族関連は泥沼一歩手前まで行ったからなぁ。
今回、やや無理矢理ですが、ホープスとアマリの絡みを加えてみました。セイカの介入もあって、ホープスが無自覚に段々絆されてきた模様。『仮に』でもセイカの主張に同意してみる部分があるあたり、大なり小なり影響を受けているようです。腹黒鸚鵡が色ボケ腹黒鸚鵡に進化する図も描写できたらいいなと思ってます。


蛇足ですが、刃金さん家の関係者によく似合う“共通の宝石/パワーストーン”は『パイライト』だと思っています。由来はこのサイトを参照。
『パワーストーン辞典 INDEX Hariqua - 天然石パワーストーンジュエリー ハリックァ』の『パイライト』<https://www.power-stones.jp/dictionary/other-stones/pyrite/>

そこから個人個人に対し、別な宝石の要素も加えられる感じですかね。今のところはこんな感じ。
 *宙継⇒カバンサイト、クンツァイト
 *セイカ⇒ローディザイト、フェカナイト
 *クーゴ⇒ベニトアイト、ラズライト
 *???⇒ダイアスポア、ローズクォーツ
参考はこちらを参照
『パワーストーン辞典 INDEX Hariqua - 天然石パワーストーンジュエリー ハリックァ』<https://www.power-stones.jp/dictionary/>


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かごから逃げた鳥は

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・法師にオリキャラ追加。二つ名は“黄鉄鉱の術士”(黄鉄鉱=パイライト)
・オウムの仕草ネタがある。
・ある人物が改悪を受けている。
・キャラクター崩壊注意。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 ――いつか、こんな日が来ると覚悟していた。

 

 魔従教団に所属する藍柱石の術士、アマリ・アクアマリンには“秘密”がある。異界人たちに対し、アマリはその“秘密”を一言も話していない。この秘密を知っているのは、共犯者関係と言えるような存在――鸚鵡のような外見をした魔法生物のホープスだけだ。

 アマリは異界人たちに対し、重大な隠し事をしていた。偶然に偶然が重なり、アル・ワースの案内役を務めることになって以降は、救世主一行と触れ合いながら旅を続けた。彼らとの語らいはアマリにとってかけがえのない時間になっていたし、彼らを大切な仲間だと認識していた。

 救世主一行との旅路はとても刺激的だった。教団内部にいた頃の自分――及び、自分を取り巻く環境からは想像がつかない出来事を沢山体験してきたし、様々な困難を彼らと一緒に乗り越えてきたことで、少しづつだが、毅然とした態度で物事に挑めるようになったと思う。

 

 

(みなさんとの出会いがあったから、私は、あの頃の私よりも変わることができた)

 

 

 恐怖を完全に克服したわけではないし、引っ込み思案が改善されたわけでもない。だけど、教団にいた頃より、アマリは喜怒哀楽を表出させることができるようになったと思う。自分の心のままに振る舞えることが、こんなにも気持ちがいいことだとは知らなかった。

 迷い歩く度に、手を引いてくれた。大丈夫だと笑いかけてくれる人、背中を押してくれる人、一緒になって悩んでくれる人がいてくれた。――そんな人たちに、自分も応えたいと思った。他者を信頼し、他者から信頼されることが、こんなにも有意義なことだとは知らなかった。

 

 教団で、同期たちや法師、導師から賛辞の言葉を貰ったときには、こんな高揚感を感じたことはなかったのだ。

 

 

(短い間だけど……本当に、色々なことがあったなぁ)

 

 

 ワタルたちも、宙継とセイカも、ナディアたちも、ベルリたちも、アンジュたちも、青葉たちも、アマリにとって大切な人たちである。

 アマリが抱える“秘密”の巻き添えにしていい人たちではない。こんな“秘密”に巻き込んでしまうわけにはいかない。

 下手をすれば、アマリたちの都合で、仲間たちが不利益を被る危険性がある。――ただでさえ、彼らには敵対関係者が多いのに。

 

 ドアクダー軍団の魔神、ネオ・アトランティス、バイストン・ウェル兵士のオーラバトラー、キャピタル・アーミィ、ゾギリア軍――思いつく限りでこれ程の敵対者がいる。しかも、ネオ・アトランティスはドアクダー軍団と共闘、オーラバトラーはドアクダーの配下となっている。キャピタル・アーミィはミスルギ皇国所属のため、実質的にはミスルギ皇国もこちらの敵に回る可能性があった。

 ナディアと初めて出会ったとき以来、ネオ・アトランティスは姿を見せていない。転移しているのか否かは不明だが、シグナスの敵対者であるゾギリア軍の動向だって気になる。『メガファウナと敵対していたキャピタル・アーミィも転移していた』という実例故に、油断はできない。黒と鋼のオート・ウォーロック――魔従教団の法師たちが行った転移に、ゾギリアが巻き込まれていないという保証はないのだ。

 

 

(魔従教団……アル・ワースの秩序と平和を守る、正義の術士たち。彼らを敵に回すと言うことが、どれ程の物か……)

 

 

 特に、魔従教団に対して絶対の信を置いているシバラクあたりは、アマリの“秘密”を知ったら仰天するに違いない。魔従教団のゴーレムがこちらに攻撃を仕掛けてきた理由が『単なる暴走ではない』ことを見抜いていた彼であるが、本当の理由までは見抜けていなかった。

 

 この旅路で出会った人たちの顔を思い浮かべながら、アマリはゼルガードを見上げる。メガファウナの格納庫を新たな居場所にしたのはつい最近だったのに、もう随分と長い間、メガファウナのクルーだったような気になってしまう。アマリが思っている以上に、救世主一行との旅は楽しかったようだ。

 楽しいことには終わりがつきものである。救世主一行との旅が()()()()()()なのと同じように。アマリの旅路の終点はまだ見えないけれど、いつか、自分が抱いた疑問の答えを見つけることができるだろうか。“秘密”を抱えることになってまで飛び出した決意が、実を結ぶ日が来るだろうか。

 

 

「ホープス」

 

「――行くのですね、マスター」

 

 

 アマリの決意に惹かれるようにして、黒い鸚鵡は止まり木に降りる。こちらを見上げる金色の瞳は、凪いだ湖面のように静かだ。

 「みなさんに迷惑はかけられません」と決意を口にすれば、ホープスは恭しく頭を下げた。早速ゼルガードを動かすため、ドグマでコックピットのハッチを開ける。

 そこへ向かおうとしたホープスは、止まり木から飛び立たず、後から続こうとするアマリの方へと向き直った。こちらを見下ろす黒い鸚鵡の目が、ゆらりと揺れる。

 

 ――まるで、アマリを憂うように。

 

 

「……マスター、私は貴女の使い魔です。立場は対等ですが、私は貴女の選択と判断を、なるべく尊重したいと考えています」

 

 

『落ち着いてください、マスター』

 

『例え世界が変わったとしても、私と貴女がすることは変わりません。いつも通りやればいいんです』

 

『“見知らぬ地に来たからと言って、今までの経験まで無に帰した”……なんてことはないでしょう? ――行けますね、マスター?』

 

 

 普段の嫌味たっぷりな笑みは鳴りを潜めていた。彼の声には茶化すような響きも、こちらを小馬鹿にするような調子も感じられない。

 今のホープスは、ただ真摯に、アマリのことを案じている。ディオの世界に飛ばされたときの戦闘で、アマリに発破をかけたときの声色と同じだった。

 

 

「……本当に、このような形で、彼らと別れてよろしいのですか?」

 

 

 酷い問いかけだと思う。多分、ホープスは全部分かっている上で、アマリに訊ねているのだ。アマリの本音も知っているし、状況が切羽詰っていることも知っていて、敢えて問うている。

 “みんなと旅を続けたい”という自分の願望と、“大事な人たちのために何をなすべきか”という理由を天秤にかける。アル・ワースに戻って来てから悩んで出した答えは、今この瞬間でも変わらない。

 

 

「はい。……それしかないと思います」

 

 

 短い間だったが、救世主一行は大切な仲間だった。彼らを守りたいと思うくらい、この出会いはかけがえのないものだった。アマリは迷いなく頷き返す。

 

 

「ドアクダー軍団は、ワタルくんたちが倒してくれるはずです」

 

「マスターも、彼らの仲間の1人ではないのですか?」

 

「……そうだったらいいなって、思ってました」

 

 

 アマリは願望を口に出す。それが叶わぬことだと突き付けられたような心地がして、胸の奥に痛みが走る。――でも、仕方がないじゃないか。今回の件は、何も言わなかった自分が悪いのだから。秘密はいずれ明らかにされるものだと相場が決まっている。

 

 魔従教団に所属する藍柱石の術士アマリ・アクアマリンは、教団設立3000年の歴史の中で初の脱走者だ。脱走者と言っても、教団の在り方に不満があったわけでもないし、教団の方針に逆らって悪事を働いたという訳ではない。

 教団に来てから、アマリは毎日ドグマの修練に励んでいた。導師キールディン直々に洗礼を受けた者として周りからも注目されていたし、術士として働くための英才教育を受けてはいた。だが、だからといって、無理矢理拘束されるようなこともなかった。

 同期の術士との仲も良好だったし、立場が上な術士――法師との間にも軋轢が発生したこともない。人間関係も、教団員としての仕事も充実していた。何もかもが順風満帆だった。回り続けるこの世界に対し、疑問を挟む余地だってなかったのだ。

 

 

『――()()()()?』

 

 

 アマリに声をかけてきたのは、つい最近法師になった少女だった。

 

 僅か13歳でドグマの才能を爆発的に開花させた才能を見込まれ、異例の出世を遂げた術士。導師キールディン直々に洗礼を受け、“黄鉄鉱の術士”という2つ名を賜った実力者だ。鋼色のオート・ウォーロックを駆るその姿を、アマリは何度か目撃したことがある。彼女用のディーンベルは、破壊力と防御力に特化した重装備型だった。

 黄鉄鉱の術士は、アマリに会うたびに不思議なことを言ってきた。『貴女の居場所はここじゃない。こんな所で使い潰されていい命じゃない』や、『貴女はこの箱庭の違和感に気づいているんでしょう?』と言われたことから、魔従教団の術士としての自分に強い違和感を抱くようになった。

 

 このままではいけない――漠然とした不安から湧き上がった衝動ではあったが、それは日に日に膨れ上がる。ついに、アマリはそれを無視できなくなっていた。

 このままでいいのか――不安は焦燥へと変わる。誰かに相談しようと思ったこともあるが、教団内部にはアマリと同じ悩みを抱えていそうな人物は見当たらない。

 “魔従教団の術士として、いずれ教主になるための研鑽に勤しむ”――アマリが過ごす日々は、アマリを取り巻く世界は、それ以外に何も存在しないのだろうか?

 

 そんな疑問を抱きながら修練に励んでいたとき、アマリは名無しの魔法生物と出会う。彼は教団の研究所で生まれたが、『このまま実験動物にされて死ぬのは御免だ』と思って脱走したという。彼の話を耳にして、アマリは自分の中に何かが生まれたのを、明確に感じ取った。漠然とした不安と得体の知れぬ焦燥の意味を、言葉として表せるほどに。

 自分が生きていることへの疑問、自分の存在意義に対する疑問。『アマリ・アクアマリンという人間には、“魔従教団の術士として研鑽を重ねる”以外の人生しかないのか』という問いに対して、魔従教団という組織、組織に所属する同僚や上司が、答えを示してくれるとは到底思えなかった。――だからアマリは、教団を飛び出したのだ。

 

 

「仲間だからこそ、その1人でありたかったからこそ、私はみなさんから離れなければいけないんです。……教団の粛清に、彼らを巻き込まないために」

 

「……畏まりました」

 

 

 ホープスも恭しく頷き返した。しかし、彼はコックピットに向かわず、無言のまま俯く。何かを思案しているらしい。

 

 

「これは、私個人の見解――所謂“独り言”です」

 

「?」

 

「私は、救世主一行と旅をする中で起きたマスターの変化を“好ましいもの”だと思っていました。きっとこれから、彼らとの交流を経て、もっと良い方向へ変わっていくのだろうと」

 

 

 ホープスは止まり木に留まったまま、軽く羽をばたつかせてみせた。

 不満を叩きつけようとしたが、現在時刻のことを思い出したが故に、周囲へ配慮しているかのようだ。

 現在時刻は深夜。クルーの大半が寝静まっている時間帯だ。物音で誰かが目覚める可能性もある。

 

 

「私個人としては、もう少し、貴女の変化と成長を見守っていたかったのですがね」

 

「え……!?」

 

「今の貴女は、教団で初めて出会ったときより、ずっといい表情をしていますから」

 

 

 アマリは思わず目を見張った。嫌味や茶化しで煙に巻くことが多いホープスが、真剣な面持ちでアマリにそんな言葉をかけるだなんて。旅立った当初は、そんな気配なんて全然感じなかったのに。嫌味全開の辛辣で、いつも厳しい魔法生物だとばかり思っていた。

 驚愕によって硬直するアマリを、ホープスは眼中に入れていない様子だった。今の彼は、アマリへかける言葉を選ぶことに夢中になっている。普段とは違い、アマリをからかえるような精神的余裕が無いらしい。どうすればアマリに伝わるのか、心を砕いていることは明らかだ。

 

 

『アマリとホープスの主従関係って、全然“対等”って感じじゃないよね。“ホープスがアマリを誘導してる”って感じだ』

 

『異種族同士の関係は色々ありますが、裏で糸を引いている系にありがちな関係ですよね』

 

 

 いつぞや、セイカと宙継が零した言葉が脳裏をよぎる。真の意味で“対等”な関係というのは、セイカと宙継、マサキとシロやクロのような関係を指すのだ。

 互いに遠慮も恐縮もなく、遜ることも扱き下ろすこともない。厳しい言葉を投げつけ合っていたとしても、その言葉の裏には、互いを尊重し、信頼し合うが故の気遣いが滲む。

 今現在のホープスには、“アマリに対して優位に立とう”とする意図は一切見受けられなかった。ただ純粋に、彼はアマリのことを思って助言をしている。

 

 ――今、確かに、本当の意味で、アマリとホープスは“対等”の関係だった。

 

 主と使い魔にしては力関係が逆転していて、対等にしてはホープスが常に優位に立っている歪な状態――そんな状態から始まった奇妙な契約関係に、憂いを抱かなかった訳じゃない。答えを探して旅に出たけれど、答えの在りかはおろか、ホープスと上手くやっていく自信もなかった。

 だけど、今ならば胸を張って言える。真の意味で“対等”となったアマリとホープスなら、きっとこれからの旅を乗り越えられそうだ。仲間たちとの交流は、いつの間にか、アマリとホープスの距離感も縮めてくれたらしい。アマリがこっそり感心していると、ホープスは俯く。その横顔には、どこか陰りがあった。

 

 

「……らしくないことを言いました。幾ら対等な関係だとしても、出過ぎた行為ですね。マスターの邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 

「いいえ。ホープスは、私を心配してくれたんですね。ありがとうございます」

 

 

 アマリの言葉を聞いたホープスは、酷く驚いたように目を見開いた。鬼気迫るように向けられた金色の瞳には、彼の面持ちに気圧されたアマリの顔が映し出されている。お互いがお互いに困惑していたが、ややあって、ホープスはアマリへふいっと背を向けた。

 

 

「――私とマスターは、運命共同体ですから」

 

 

 彼の声は、普段とは違ってどこか固かった。僅かながら、震えがあったような気もする。普段、淀みなく嫌味を紡ぐ鸚鵡からは想像がつかない変化だ。

 アマリは目を丸くした。ホープスはこちらを振り返る余裕がないようで、「ほら、早く出発しましょう」と急かす。そのくせ、アマリが動くまで微動だにしない。

 

 

「ふふ」

 

「……どうか、しましたか?」

 

「嬉しいなあって思ったんです。なんだか、ホープスとの距離が、あの頃より縮まったような気がして」

 

 

 「仲良くなれたような気がして、嬉しいんです」と締めくくったときだった。

 

 アマリに背を向けていたホープスが、突如首を動かしてこちらに振り返った。先程以上に大きく目を見開いた鸚鵡は、何度も何度も首を傾げている。アマリの発言は、何か彼の気に障ったのだろうか? 問いかけの言葉は、しきりに首を傾げてアマリを見つめるホープスの形相によって飲み込まれた。

 心なしか、ホープスの冠羽がほんの少し立ったに感じたのは気のせいではない。確か、『少しだけ冠羽を立てる』というのは、鸚鵡の仕草で『すごく喜んでいる』ことを意味していたような――?

 

 ……()()()()()?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

 

「ほ、ホープス……!?」

 

「…………な、なんでしょう? わ、私の顔に、何かついていますか?」

 

 

 おまけに、本人は自分の冠羽が立ち上がっていることに気づいていない。しかも、いつもなら流暢に嫌味を量産しているはずなのに、珍しく言葉を詰まらせている。

 しどろもどろな返答をする相棒を問い詰めれば、いつぞやの“使い魔に愛らしさを求める云々”のとき同様拗ねてしまうだろう――どうしてか、そんな気がした。

 折角、ホープスが無自覚で『嬉しい』と表現してくれたのだ。機嫌を損ねて仲が冷え切ってしまうのは、困る。非常に困る。嫌われてしまうのは嫌だ。

 

 ホープスはまた、しきりに首を傾けていた。アマリの様子を注意深く観察しているようにも見えるし、どう反応すればいいのか考えあぐねているようにも見える。相手の出方を伺っているという部分は、アマリと同じような反応だった。

 

 そういえば、アマリが自分の意見――ホープスに対して好意的な反応を見せたのは、今回が初めてな気がする。いつもはホープスにやり込められたときの不満や困惑ばかりで、結局何も言えなくなることの方が多かった。実際、ホープスの意見や発言は常に的確であり正論ばかり。アマリ如きが覆せるような粗や綻びはない。

 ぐうの音も出ない正論を叩き込まれてしまえば、それ故に、黙らざるを得なかった。間違っていない意見というものは、時に厄介だ。不満を抱く側の方が間違いだから、必然的に、間違っていると分かっている側が常に我慢し続けなければならない。“片方だけがひたすら耐え続ける”なんて歪な関係は、いずれ破綻が訪れる。

 旅立った直後、アマリはいつも自分の意見を言えなかった。叡智の探究者たるホープスの方が、アマリよりもずっと物を知っていたからだ。どんな状況でも冷静さ――冷徹さを失わず、常に的確な判断を下していたからだ。アマリの粗を直視させては、逃げられないよう追い立てていたようにも思う。発破のかけ方だって、煽っているという色合いが強かった。

 

 大丈夫だと言われて、背中を押すような励ましを貰ったのは初めてだった。

 アマリのことを心配し、変化と成長を素直に褒めてもらえたのは初めてだった。

 

 ――彼がそんな変化を見せてくれたことが嬉しかったのも、そのことを素直に伝えたのも、今回が初めてで。

 

 ホープスは一切口に出していないけれど、アマリと同じ反応を返してくれたのが嬉しかった。

 彼がアマリに歩み寄ろうとしてくれたように、アマリもまた、彼に歩み寄りたいと願ったのだ。

 

 

(……そんな風に思えたのも、みなさんと一緒に旅をしてきたからなんですよね)

 

 

 仲間たちとのふれあいで変わったのは、アマリだけではない。ホープスもまた、彼らとの交流によって変わりつつあった。

 

 アマリ1人だけの旅路――1人と1羽旅を続けていたら、ホープスは徹頭徹尾“嫌味を量産し続けるだけの鸚鵡”だったろう。こちらに歩み寄るような仕草を見せてくれることはなかったはずだ。アマリの方も、“ホープスと仲良くしたい”や“仲良くなれて嬉しい”なんて思わなかったかもしれない。

 お互いがお互いに対してそう思えるような関係を築くことができたのも、救世主一行の案内役として、多くの人々と接することができたおかげだ。ホープスの場合は、セイカと仲良く(?)喧嘩していたことが1番の刺激だったのであろう。魔法生物と外宇宙生命体という人外同士、繋がりのようなものができていてもおかしくはないのだから。

 

 

「私も、出会ったばかりのホープスより、今のホープスの方が好きですよ。親しみやすくて」

 

「――――!!!」

 

 

 ぶわあ、と、ホープスの冠羽が逆立つ。しかしそれはすぐに収まり、彼はゆらゆらと首を動かし始めた。アマリを観察するというよりは、自分の好奇心のままに体を動かしているという毛色の方が強い。そういう仕草は鸚鵡なんだ、と、アマリは心の中で感心した。

 出会ったばかりの彼と今の彼の様子を比較すると、後者の彼は挙動不審な動きをしている。いつもなら絶対に見せない間の抜けた姿。――だからこそ、そんな緩んだ一面を見せてもらえる程、自分たちの関係が良好になりつつあることを感じた。それが嬉しくて、つい頬が緩む。

 

 アマリは自然と、ホープスへ手を伸ばしていた。確か、鸚鵡は首元を撫でられると気持ちが良いんだったか――そんなことを考えていたせいだろう。

 首を動かすのをやめたホープスは、訝し気にこちらを見上げた。本人に無許可で撫でるのは、やっぱりよろしくない。許可を取らずとも答えはNoだ。

 慌てて手を引っ込めて、アマリは何でもない風を装う。――仲間たちと過ごした日々は名残惜しいが、もう行かなくては。

 

 

「マスター。先程の言葉は――」

 

「待ってください。こんな時間帯に、どうしたんですか?」

 

 

 ホープスが何かを言いかけたのと、格納庫にやってきたアイーダがアマリに声をかけてきたのは、ほぼ同時だった。

 

 

◇◇

 

 

『旅を続ければ、あたしやソラみたいな異界人もどんどん仲間になるだろうね。アマリにも友達が増えて、色んな顔をするようになる。お前に対してはずーっと怯えっぱなしで不満そうな顔ばっかりなのに、他の人と話しているときだけすっごく楽しそうな顔をしていて、そのせいでどんどん距離が空いてしまう。――そうなったらお前、どんな気持ちになる?』

 

 

『仲間だからこそ、その1人でありたかったからこそ、私はみなさんから離れなければいけないんです。……教団の粛清に、彼らを巻き込まないために』

 

 

 セイカの言葉を思い出したのは、アマリが彼らと別れることを決意したためだ。仲間たちと過ごしたかけがえのない日々を、大切に想っていたためだ。

 

 ワタルや宙継を筆頭とした面々と出会い、一緒に旅をするようになってから、アマリはよく笑うようになった。ホープスはそんな彼女の変化を好ましいと思っていたし、彼らと共に旅を続けた方が、アマリにとって良いことだと思っていた。できれば、その変化をもう少し見ていたい、と。

 ……そこに、仲間たちに対する負の感情がなかったわけじゃない。羨まなかったわけじゃない。アマリの表情の変化は、ホープスだけでは絶対に引き出せなかった。アマリはずっと、ホープスに対しては壁があった。――壁を作った張本人であるホープスが、こんなことを言うのはおかしいのかもしれないが。

 

 どうして自分ではダメなのかと、そんなことを思うようになったのはいつからだろう。

 自分にも彼らと同じように、色々な顔を見せてもらえないだろうかと思ったのは、いつからだろう。

 自分たちの関係ではできないようなこと――彼らのように“仲間として支え合いたい”と思ったのは、どうしてだろう。

 

 

『ホープスは、私を心配してくれたんですね。ありがとうございます』

 

『嬉しいなあって思ったんです。なんだか、ホープスとの距離が、あの頃より縮まったような気がして』

 

『仲良くなれたような気がして、嬉しいんです』

 

 

 アマリから、そんなことを言われるとは思わなかった。自分の中に湧き上がってきた温かなものを、何と例えればいいのだろう? ほんのりと甘い、この感情の意味が分からない。

 衝撃を受けて大混乱になっていたホープスが唯一分かったことは、“アマリが自分と仲良くなりたいと願ってくれた事実が、思いのほか嬉しかった”ということくらいだ。

 特に、『私も、出会ったばかりのホープスより、今のホープスの方が好きですよ。親しみやすくて』と言われたときがピークだったように思う。――いや、それよりも。

 

 『好き』という単語1つで、酷く浮ついた気持ちになったのは何故だろう。胸の奥が温かくなって、ほんのりと甘いような、どこか酸っぱいような、形容できない味わいがじんわりと広がる。もう少し熟したならば――なんて、思いを馳せずにはいられない。

 今まで、こんな味がする感情(モノ)があるだなんて知らなかった。アマリと一緒に教団を抜け出すまで、こんな感情(モノ)があるだなんて分からなかった。契約者が彼女以外だったら、こんな感情(モノ)に触れることもなかったのかもしれない――なんて、そんなことを考える。

 

 

「もうメガファウナの灯りも見えませんね……」

 

 

 アマリの呟きに、ホープスは回想を止めて意識を現実へと引き戻す。

 

 数刻前、アマリは強い決意を以て、仲間たちとの別離を選択した。メガファウナの格納庫から黙って出立しようとしていたところでアイーダに見つかり、どうしてか、彼女に付き合う羽目になっていた。メガファウナの姫様/G-アルケインはずんずんとゼルガードに随伴する。お転婆突撃姫は一体何を考えているのか。

 誰であれ、アマリの決意を挫くような真似はさせない。もしアイーダが引き留めようとするなら、強硬手段も辞さない構えでいた。今だって、ホープスはアイーダの動きを監視している。――別に、アマリの『好き』の意味を訪ねようとした際に邪魔されたことを根に持っている訳ではない。断じて、そんな幼稚な理由ではないのだ。

 

 アマリが述べたとおり、この距離からはメガファウナの灯りは見えない。見送りをするだけにしては、帰るべき場所から随分と離れている。

 勿論、アマリもそれを察していたようで、「見送りはもう充分」とアイーダに告げた。彼女は暫し沈黙した後、にっこり笑って一言。

 

 

「お邪魔でないのであれば、もう少しだけ」

 

「邪魔です」

 

「ホープス!」

 

 

 アイーダに対して物言いが刺々しくなったのも、邪険に扱ってしまったのも、先程から非常に苛々しているのも。

 彼女の乱入によって、アマリの『好き』の意味を訪ねようとした現場を邪魔されたことが原因なのではない。

 今この瞬間にも、アマリに咎められて不機嫌になったからではないのだ。断じて、そんな幼稚な理由ではないのだ。

 

 自分でも制御不能なレベルで荒ぶる心を抑え込みながら、ホープスは、なるべく淡々とした調子で言葉を紡ぐ。

 

 ああいう手合いは、遜るよりも直接言わねば伝わらないのだ。こちら側が僅かでも遠慮すれば最後、突撃姫の仇名通り、相手の心へずかずかと突っ込んで踏み荒らしかねない。

 アマリがどんな気持ちで、仲間たちに何も言わずに飛び出したと思っているのか。どれ程の決意を以て、離別を選択したと思っているのか。――ああ、無性に苛々する。

 

 

「アイーダ様。アメリア軍の高官をお父上に持つ貴女に、周囲はなかなか意見できないでしょう。ですので、私は、敢えて直接的な言葉で言わせていただきます。マスターは相応な覚悟の上で、皆様の元を去ることにしたのです。アイーダ様の存在は迷惑と言わざるを得ません」

 

「やめなさい、ホープス」

 

「いいんです、アマリさん。ホープスにも感謝します」

 

 

 「私は彼の言う通り、私は、厄介な『姫様』ですから」――はっきりそう言い切ったアイーダの微笑は、どこか憂いに満ちていた。その笑い方は、どうしてか、ホープスと出会ったばかりのアマリを連想させる。

 

 アマリも、当時の自分とアイーダを重ねて見たのだろう。放っておけなくなって、「心の内を聞かせてほしい」と声をかけた。アイーダは、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。“このままでよいのだろうか”――その疑問は、嘗てのアマリが教団を飛び出そうと決意した理由そのものだった。

 アイーダはアメリア軍総督の娘であり、メガファウナでは『姫様』として扱われている。彼女も軍属であり、本来の階級は少尉だ。だが、その肩書が通用しているのは、彼女の世界だけなのだ。完全な異世界であるアル・ワースにおいて、アイーダは単なるMSパイロットでしかないのである。

 「仲間を率いる器も無ければ、パイロットとしての腕前が特段優れているわけでもない」と言い切ったアイーダは、普段の強気なアイーダからは想像できない。自信満々な態度はどこへやら。以前“突撃姫と煽ったら、締め上げられそうになった”一件が嘘のようだ。

 

 

「……知りませんでした。アイーダさんが、そんなことを考えていたなんて……」

 

「もっと自信満々な女に見えました?」

 

「はい……」

 

「それは、そうあろうと思って生きていたためでしょう。私から見れば、アマリさんこそ、強い人間だと思います」

 

 

 内心、ホープスは思わずアイーダの言葉に頷いていた。決断するまでに時間はかかるが、一度覚悟を決めた後のアマリは強い。腕力とはまた違う心の強さを、ホープスは幾度となく目撃してきた。彼女の成長も、彼女が有する強さが開花した証である。

 アイーダはアマリの決意を察していたらしい。ホープスの話を引き合いに出して、彼女はにっこりと微笑んだ。アマリは思わず表情を曇らせる。自分たちが教団からの脱走者であることは、まだ誰にも言っていないのだ。そして今も、それを話すつもりはない。

 

 「無責任なことを言うかもしれないが、アイーダさんはそのままでいいと思う」――自分の話題を棚上げし、アマリは微笑む。

 

 

「『姫様』であるアイーダさんに、心を捧げた人がいるんです。それって、とっても素敵なことじゃないですか」

 

「アマリさん……」

 

「だから、アイーダさんの在り方は間違っていないと思いますよ」

 

 

 そう語ったアマリの瞳は、何かに思いを馳せるように遠くを見つめていた。あの横顔は、宙継に思いを馳せるセイカと非常によく似通っている。どうしてそんなものをアマリに重ねてしまったのか、ホープスには分からない。

 得体の知れぬ息苦しさを感じていたとき、どこかでオドが蠢く気配を感じ取る。時空が歪んでいるときに発生するものだ。ホープスがアマリとアイーダに警告したのと、新たな異界人が現れたのはほぼ同時。

 出現した機体は、アイーダやベルリの搭乗しているG系の機体とよく似ていた。片方の機体には男性が、もう片方には女性が搭乗しているらしい。救世主一行の方針は“異界人の保護”だ。

 

 オドオドするアマリを引っ張るように、アイーダが仕切る。リーダーが必要な現場では、彼女のような率先して動くタイプが頼りになるものだ。

 だが、今の自分たちよりも頼りになる組織は動き出したらしい。それをホープスが伝えたのと、魔従教団のルーンゴーレムが現れたのはほぼ同時。

 

 自分が脱走兵であるが故に、アマリは思わず身構えた。こちらの存在が向うに感知されれば、新たな異界人とアイーダごと、ルーンゴーレムは狙い撃ちしてくるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔従教団の術士の仕事には、異界人の保護も挙げられていることは事実である。――さあ、此度の魔従教団は、この異界人に対してどんな対応をするつもりなのか。

 教団の()()()()()()()をよく知っているホープスは、何となく見当がついていた。案の定、魔従教団の連中は、ホープスの予想通りに行動をとる。迷い込んできた異界人に対し、容赦なく攻撃を加えたのだ。

 

 それだけではなく、今回のルーンゴーレムは索敵精度が高いようで、ゼルガードにも狙いをつけ攻撃してきた。

 

 

「あの岩人形、まだ暴走しているのですか!?」

 

「――そうではありません」

 

 

 ――もう隠しておけないと悟ったのだろう。アマリは眦を釣り上げた。

 

 それが彼女の決断なら、従おう。ホープスは小さく頷き返し、ゼルガードを動かす。平原の中で一番見晴らしのいい場所――目立つ場所へ降り立った。

 ここからなら、ゴーレムを操っている術士にも、アマリの声が聞こえるはずだ。岩人形を動かしている術士は、必ずこの近くにいるはずである。

 

 

「私は、ここです! 無関係な人たちには手出ししないでください!!」

 

 

 しかし、ゴーレムは異界人とアイーダ諸共攻撃を仕掛けてきた。アイーダはゴーレムの攻撃を暴走だと思っているし、異界人たちも急な襲撃で困惑している。おそらく、ゴーレムの操り手もそれを狙っているのだろう。このままでは全滅だ。

 

 

「マスター……」

 

「それならば、やるしかありません……!」

 

 

 予期せぬ事態になってしまったが、元々こうなることは覚悟の上だ。あの旅路で思い切りが良くなったのか、ゼルガードの出力がぐんと上昇していく。

 「そこの2機のパイロット、後退してください!」――そう叫んで2機の前に躍り出た少女の姿は、旅立ち直後にオドオドしていた少女のものとは思えない。

 本人も自覚していないだけで、アマリは現場指揮能力に長けている。今回の旅路と仲間たちとの交流で、彼女の才能はここまで開花したのだ。

 

 最初は()()()()という理由で彼女を選んだけれど、今は不思議と、()()()()()()と思えてしまう。

 袋小路の中で見つけた小さな種は、確かに芽吹いて成長しているのだ。その姿に魅せられる。その姿に示される。

 

 “彼女なら、ホープスの望みを叶えてくれるだろう”と――いいや、“彼女と共にならば、自由を掴むことができる”と、信じられるような気がした。

 

 

「前に戦ったルーンゴーレムより、大した力は持っていません。でも、明確な意識を感じる以上、暴走したわけでもない。……操っている術士は、近くにいますね」

 

 

 以前のアマリだったら、自力で答えを出すことすらままならなかっただろう。ホープスに誘導されなければ状況分析ができなかった頃の姿からは、今の彼女の姿を想像することはできなかった。そのことに内心感嘆しつつ、ホープスはアマリを見守る。

 アマリは視界に作用するドグマを使った。彼女のREPERTUSによって、隠れていた術士とディーンベルが纏っていたドグマが吹き払われる。自分の読みと、アマリの読みがぴたりと一致した結果だ。悪態をつく術士を尻目に、ホープスは素直に賛辞を述べた。

 

 

「お見事です、マスター」

 

「…………」

 

「……マスター?」

 

「普段のホープスだったら、『この程度は常識ですよ?』って言うのに……」

 

「……貴女は私を何だと思っていらっしゃるのですか?」

 

「馬鹿にしたわけじゃありません。――ホープスに褒めてもらえたのが初めてだったから、驚いてしまったんです」

 

 

 アマリは照れ臭そうに微笑んだ。ホープスとやり取りをしていてこんな顔を見せたのは、恐らく初めてのことである。

 遠巻きでしか見たことのない表情だ――そう思ったとき、一瞬、ホープスは本気で呆けてしまった。

 刹那、膨大な情報が頭の中に叩き込まれる。理解するよりも先に、形容できない甘さと酸っぱさが、ほのかに漂った。

 

 ――が。

 

 

「魔法生物……! 藍柱石の術士が背教者になったのは、貴様が彼女を唆したからだと聞いている! よくも禄でもないことをしてくれたな!!」

 

 

 ホープスの食事を邪魔するが如く、ディーンベルの操縦者が吼えた。

 

 この声には非常に聞き覚えがある。祭壇に飾られていた少女の写真を信奉してやまなかった低級二流術士だ。ホープスが見ていて苛々した人間の1人、菫青石の術士。エンデの仮面の加護により、アマリは声の主が誰か気づいていない。会話に若干のすれ違いを見せながらも――その事実に、ホープスはひっそり嘲笑った――、菫青石の術士は己の使命を語り出す。

 菫青石の術士は、上層部から直々に『背教者であるアマリと、彼女と共に行動している人間たちを討て』と命令されたようだ。だが、奴は上層部を説得。智の神エンデからの神託もあって、任務を『背教者アマリ、および魔法生物とゼルガードを確保し、教団へと連れ戻す』という内容へと変えて貰ったという。……どのような心境の変化があったのか。

 そして何より、『私怨による魔法生物への折檻』というのは、あくまでも菫青石の術士による独断らしい。教団の術士が私怨で魔法生物を甚振るとは、()()()()()()に反するではないか。智の神は何を思って()()()()()()()()()()()()()()()()()()?

 

 菫青石の術士は、延々とホープスへの私怨をばら撒き続ける。背教者アマリに対する糾弾より、ホープスへの怨念への比率が遥かに高い。

 奴は「鸚鵡のような外見のくせして生意気」だの「智の神エンデに仕える命として生まれた魔法鸚鵡のくせに」だの「鸚鵡風情が人を惑わすな」だのと叫んでいた。

 

 

「魔法生物であること以外、単なる“喋る鸚鵡”でしかない貴様が、彼女を導くとでも言うつもりか!? 智の神エンデの真似事など、貴様如きにできるはずがないだろう!!」

 

 

 ――鸚鵡、鸚鵡、鸚鵡。

 

 そればかり挙げ連ねて吼える輩の、なんと煩いことか!

 全部ホープスの外見を蔑んでいるだけではないか!!

 

 

「人間であることが、そんなに偉いのですか?」

 

「何……!?」

 

「エンデの徒であることは、そんなに素晴らしいのですか? 魔従教団員であることが、そんなに尊いのですか? ――エンデの仮面と加護がなければ何もできない低級二流術士が、私とマスターの操るゼルガードに勝てるとでも?」

 

「貴様……! 旧式のオート・ウォーロックで、ディーンベルに勝てると思うなよ!!」

 

 

 苛々が頂点に達したので、ホープスは反射的に煽り返す。今の言葉は、菫青石の術士の逆鱗に触れたらしい。ディーンベルの出力が一気に上がる。魔従教団がディーンベルを主軸に運用しているのは、“術士の魔力を安定的に増幅できる”という扱いやすさが重視された結果だ。

 ゼルガードの形式がお蔵入りになった理由は、()()()()“ディーンベルとは逆の理由”である。要は“扱いにくい”のだ。実際、教団から脱走した当初のアマリは、ゼルガードをぎりぎり戦闘可能レベルまで引き上げるのが関の山だった。しかし、今の彼女ならば、あのディーンベルと互角に戦うことも可能だろう。

 

 

「アマリさんは私たちの仲間です! 彼女を傷つけることは、私が許しません!!」

 

 

 決着をつけようとするアマリとホープスを遮るように飛び出したのは、やっぱりアイーダ/G-アルケインだった。彼女は無謀にも、無策のままディーンベルに勝負を挑む。

 だが、そこへベルリが操るG-セルフが乱入し、ディーンベルのドグマからアイーダ/G-アルケインを守り抜いて見せた。ついでにG-セルフも無傷のままである。

 更に、援軍として転移してきたのはメガファウナとシグナスだ。戦艦2機を纏めて転移させた下手人――宙継とセイカ/フリューゲルが、青緑色の光を撒き散らしながら降臨する。

 

 どうやら仲間たちは、アマリが何かを抱えていることを察していたらしい。それぞれが独自に目を光らせて、アマリの行動に気を配っていたという。『黙って出ていく』という行動も予測済みだったようで、即座に捜索を開始したのだという。今回はベルリをビーコン役にして、フリューゲルのラインバレルシステムを使ったらしい。

 

 「まさかアイーダさんまで行方不明になるとは予測してなかった」と苦笑したベルリであったが、即座に彼はディーンベルとゴーレムの群れに向き直った。メガファウナやシグナスから、次々と機動部隊が飛び出してくる。誰も彼も、アマリのことを魔従教団に売るような輩は1人もいない。

 雁首揃えて現れた連中を、ディーンベルが放置するはずがなかった。メガファウナとシグナスを標的にしてドグマを撃ちこもうとする。――勿論、そんな真似はさせない。アマリとホープスはゼルガードでディーンベルに体当たりを喰らわせた。そのまま、なるべく仲間たちから離れた場所まで奴を誘導する。

 

 そんな自分たちの姿を、菫青石の術士は尊い自己犠牲と判断したようだ。その通りにしてやると声高に叫び、ドグマを撃ち放ってきた。

 ――だが、その思い込みこそが奴の誤算。奴の隙そのものだ。ホープスがタイミングを目くばせすると、アマリは頷いてオドを集中させていく。

 

 

「今から私は、私だけのドグマを使います」

 

「あり得ない! そんなことができるものか!」

 

 

 菫青石の術士は首を振って否定した。エンデの加護を失った背教者が、エンデの加護を受けて血の滲むような研鑽を積んでようやく習得するような御業を披露できるはずがない、と。

 

 失敗すればこの場が吹き飛ぶ。だが、アマリの魔力量なら、被害を受けるのはゼルガードとディーンベルのみで済む。

 ホープスだって納得した上で協力しているから、吹き飛んだとしたら自己責任として受け入れる所存だ。

 

 ――だからわざわざ、仲間たちを巻き込まぬ場所までやってきた。

 

 

「ダメです、アマリさん! 死んでは……!」

 

「大丈夫です、アイーダさん。――私は生きる意味を見つけるために、ここにいるんですから!」

 

 

 オドが渦巻く。ドグマが具現する。

 

 破壊の力を存分に示した光球はゼルガードの両腕に、雷光はゼルガードの両足へと集束した。ゼルガードはそのまま突撃し、ディーンベルを破壊の力で殴りつけ、蹴り飛ばした。ディーンベルへ光球をぶつけ、勢いそのまま蹴りを叩きこむ。――これが、アマリが自らの力で生み出したドグマ、電光切禍。

 彼女のドグマは最後まで発動し、暴走することなく顕現した。ディーンベルは行動不能に陥る。菫青石の術士が苦悶の声を上げると同時に、奴が身に着けていたエンデの仮面が粉々に砕け散った。そこでアマリは、追手が菫青石の術士――同期のイオリ・アイオライトであることを知ったようだ。

 奴との完全決着をつけようとした瞬間、今度は別な反応が出た。丁度、メガファウナとシグナスのいる方角を中心とした9時の方角。――現れたのは、ゾギリア軍だ。彼らもあの転移に巻き込まれ、アル・ワースへと誘われたらしい。おまけにキャピタル・アーミィと手を組んでいる。

 

 新手の出現を「邪魔が入った」と言ったイオリは、そのまま撤退する。

 去り際、奴はこちらを睨みつけ、捨て台詞を吐いた。

 

 

「アマリ・アクアマリン……この屈辱は忘れないぞ! 必ずあの鸚鵡から、お前を取り戻してみせる!!」

 

 

 ディーンベルが去っていくのを見送ったアマリは、沈痛そうな面持ちで目を伏せた。今までに見たことがない心の揺れに、思わずホープスは首を傾げる。

 奴に対する彼女の感情もまた、アマリが求める真実なのだろうか? 本人に問うてみたが、彼女は力なく首を振るのみ。それを問う間もなく、新手が攻撃を仕掛けてきた。

 イオリ・アイオライトに関することは保留にし、まずはこの現状を打破することを考えるべきだ。ふつふつと湧き上がってくる苦味から意図的に目をそらして、ホープスは戦場へと向き直った。

 

 




大分オリジナル要素が強化されました。全編ホープス×アマリになるとは思わなかったなあ……。そのおかげか、普段より早く書きあがりました。やっぱりホープス×アマリは偉大だったんだな!!
今回登場したイオリが連呼した「鸚鵡」は後のフラグになります。金属生命体セイカが裏でアップを始めました。異種族恋愛ではホープスと対を成す導き手は、彼に対してどのような入れ知恵をするのでしょう?(すっとぼけ)


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未来への闘志
エクスクロスになってから


【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・法師にオリキャラ追加。二つ名は“黄鉄鉱の術士”(黄鉄鉱=パイライト)
・キャラクター崩壊注意。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 地球を旅立ち、ELSの母星へ向かったお父さんへ

 

 

 お父さんの方はいかがお過ごしでしょうか? 僕の方では、マナの国の調査を中断することになり、ドアクダー打倒の旅に集中することとなりました。

 

 ネクトオリビウムを巡り、ヴァリアンサーと呼ばれる機体が戦場を飛び回る世界のお話は、この前お話しましたよね? カップリングシステム用語をイデアさんの前で並べた結果はどうなりましたか? 顔を真っ赤にして俯いて、テーブルを叩き割っていませんか?

 グラハムさんあたりが、刹那さんにやってみようとして張り倒される光景が鮮明に浮かんで離れません。プロポージングとかまさにソレっぽいです。……ところで、お父さんのプロポージングはいつになるでしょう? ずっと楽しみに待っていますので、目途が立ち次第連絡ください。

 

 ディオさんの世界で1泊2日の弾丸ツアーを終えた僕たちは、アル・ワースへ戻ってきました。今後の方針を話し合ったその日の夜、メガファウナ動乱を思わせるような出来事が発生したのです。アマリさんとアイーダさんの行方不明事件が発生しました。

 アマリさんの場合、以前から何かを抱え込んでいることはみんなが察していました。だから、自分ができる範囲でアマリさんのことを気にかけていたのです。しかし、アイーダさんまで一緒に行方不明になってしまうというのは予想外の事態でした。

 ベルリさんがフォローとして先行してくれたので、後はフリューゲルのラインバレルシステムを使ってジャンプ。戦場に駆けつけることができました。アマリさんたちは魔従教団のゴーレムたちに襲われていたようで、術士が操るオート・ウォーロックを撃退したのです。

 “アル・ワースの法と秩序の番人を敵に回した”ということで、シバラクさんは顔を真っ青にしていましたが、アイーダさんの『向うが仕掛けて来たので撃退した』という主張を聞いたワタルくんやアウトロー組によって押し切られました。

 最後はワタルくんの一括で、『この場は正義のために戦う』と表明していましたが、アマリさんに止められました。魔従教団を庇い続けるアマリさんは『全ての責任は自分にある』と言い、僕たちに手出ししないようにと言ったのです。

 

 直後、ミスルギ皇国に与したキャピタル・アーミィ部隊が強襲してきました。戦力としてゾギリア軍も新たに加わってました。僕たちの知らないところで、ゾギリア軍も転移に巻き込まれていたようです。第3者の乱入に自分の不利を察したのか、魔従教団のオート・ウォーロックは撤退していきました。

 ミスルギ皇国所属混合部隊は、どちらも僕らの仲間たちに対して強い敵意を持っています。対話を測る間もなく、交戦することになりました。アル・ワースに飛ばされてきたばかりの異界人がいることもお構いなしに、です。敵部隊からは切羽詰った感がひしひしと滲み出ていました。見ていてとても心配になる程に。

 

 特に、弓原雛さんのそっくりさんであるゾギリア軍兵士ヒナ・リャザン氏と、キャピタル・アーミィマスク部隊の指揮官マスク氏が非常に痛々しい状況になっていました。こちらが思念波で読み取らなくても、あちら側から垂れ流し状態になっていたので、嫌が応にも見えてしまったのです。

 

 ヒナ氏は青葉さんとのやり取りが原因で、自由連合側のスパイ嫌疑が浮上したようです。上層部からは疑いの目で見られ、下手をすれば投獄・処刑の危険性もあるとか。彼女の父親であるリャザン氏も軍人のため、そちらへの悪影響も避けられない。戦果を挙げなければと緊張しているときに、また青葉さんから通信が入ったことで、怒りが爆発したようでした。

 青葉さんは彼女を追いかけようとしましたが、ディオさんの命令に従って戦線へ戻ってきました。『バディの想いを踏み躙って勝手なことはできない』と語った青葉さんに、ディオさんは非常に驚いた様子でした。高圧的な思念波が軟化したようなので、2人が本物のバディとして歩み寄れる日が近いのかもしれません。

 

 マスク氏は、アル・ワースに飛ばされる以前から、ベルリさんに対して強いコンプレックスを抱いていたようです。キャピタル・アーミィの高官の息子という恵まれた出自、飛び級が許される程の才能の持ち主でありながら、大した主義主張もなくキャピタル・アーミィの敵に回ったベルリさん。マスク氏とは何もかも正反対です。

 マスク氏は『ベルリ・ゼナムという命の在り方が気に食わない』という気持ちが空回りし、後ろ向きに全力疾走しているように見えました。突っ走った方向は違えど、アロウズに所属していた頃のグラハムさん――ミスター・ブシドーと行動パターンが非常によく似ています。仮面をしている点も似ています。

 “碌でもない場所を終着点と見定め、そこへ向けて迷いなく突っ走っていた”グラハムに比べれば、“どこへ行きたいのかも分からないまま、闇雲に突っ走っている”マスク氏の方が危険です。しかも、その道標はベルリさんへの憎悪。刹那さんへの愛と『還りたい』という儚い願いで戦っていたグラハムさんより禄でもないことになりそうで心配です。

 

 

 家出から戻ってきたアマリさんから、魔従教団と戦う羽目になった事情を聞きました。

 

 アマリさんは魔従教団の術士ですが、教団設立3000年の歴史の中で初の脱走者なのだそうです。脱走者と言っても、教団の在り方に不満があったわけでもないし、教団の方針に逆らって悪事を働いたという訳ではありません。アマリさんは今でも魔従教団の在り方を信じていますし、自分の役職と所属組織を誇りに思っています。

 ですが、上司から『()()()()?』と問われたことを皮切りに、漠然とした不安と焦燥を抱えることになったようです。“このままでいいのか”と思い悩むアマリさんでしたが、“魔従教団関係者に相談しても取り合ってもらえない”ことを本能的に察していたため、誰にも相談できずにいたようでした。

 

 そんなある日、アマリさんは教団の研究所から脱走してきた名無しの魔法生物――のちのホープス――と邂逅。彼の話を聞いたアマリさんは、自分が抱えていた“漠然とした不安と得体の知れぬ焦燥”の意味を知りました。

 自分が生きていることへの疑問、自分の存在意義に対する疑問。『アマリ・アクアマリンという人間には、“魔従教団の術士として研鑽を重ねる”以外の人生しかないのか』という問いに対して、魔従教団という組織、組織に所属する同僚や上司が、答えを示してくれるとは到底思えなかったそうです。

 魔従教団に所属したままでは答えを得られないと悟ったアマリさんは、ホープスと契約。不良品として長らく捨て置かれていたオート・ウォーロックのゼルガードを持ち出す形で、教団を飛び出しました。――あのときの僕とアマリさんは、非常によく似ています。

 

 アンノウン・エクストライカーズがテロリストの疑いをかけられたことで、必然的に、そこに身を置いていたお父さんもテロリストの疑いがかけられたことがありましたね。僕は地球連邦軍の監視下に置かれ、大なり小なり暴力を受けたときのこと。周りの軍人はお父さんをテロリストとして罵倒し、蔑み、嘲笑していました。

 僕がどれ程『お父さんはテロリストなんかじゃない』と主張しても、あの連中は話を聞いてくれなかった。お父さんの情報を一切教えてくれなかったし、存在自体が悪意で塗れていたので、僕は奴らの話を信じませんでした。このまま奴らの元で大人しくしていても、真実を知ることは叶いません。そう思った僕は、奴らの監視から飛び出したんです。

 

 その話をしながらアマリさんの行動に同調した結果、大人たちの何名かが額を抑えて天を仰ぎました。抱き合わせで、元凶たるハザードの所業も説明していたためだと思われます。『そりゃあ逃げて正解だ』と太鼓判を押してくれました。閑話休題。

 

 アマリさんは、魔従教団が設立されて以来初の脱走者だそうです。それ故、教団側もアマリさんの処遇を決めかねている節があり、今まで追手が迫ってこなかったのでしょう。アマリさんの周りにいた機体に対して攻撃を仕掛けてきたのは、教団側が僕たちを『アマリさんを唆した黒幕である』と認定した可能性があったからではないか、と。

 その説を示す根拠は薄いのですが、アマリさんの追手として現れた術士はホープスを諸悪の根源扱いしていました。鸚鵡の姿をした魔法生物であることを異常な程に蔑んでいたのですが、他にも何か理由があったのではないかと思えてなりません。彼の周囲には、どす黒い思念が渦巻いていましたから。あれから暫く、ホープスも機嫌が悪かったです。

 色々ありましたが、アマリさんは僕らと一緒に旅を続けていくことになりました。救世主の道案内役として、魔従教団に所属し教義を体現する藍柱石の術士として、僕たちの仲間として。ドアクダー打倒の旅を続けながら、魔従教団側からかけられた嫌疑を晴らして渡りをつける――これが、今の僕たちの最終目標です。

 

 部隊名も救世主一行から『エクスクロス』へと変わりました。部隊名を名付けたのはアマリさんです。名前の意味は交差するという単語を組み合わせたものであり、さしずめ“異邦人が交差し合った混成部隊”というところでしょうか。

 

 命名を見ていた僕は、究極の混成部隊アルティメット・クロスが誕生した瞬間を思い出しました。あの頃は、僕らこそが“地球を救うために集められた可能性”であることも知らず、繰り返される宇宙の輪廻を知らず、世界の初期化をするために現れた神と戦うことになるとは思いませんでしたね。

 他の虚憶による経験上、エクスクロスは最後にどんな神と対峙することになるのでしょう? 神を超えることができると知っている僕だからこそ、そんなことが気になってなりません。今のところ、アル・ワースに存在する神は、魔従教団が信仰する智の神エンデくらいしか情報がありません。実体も不明です。

 

 それと、部隊の全体方針は“異界人の帰還で魔従教団に渡りをつける”ですが、教団への疑いが晴れたわけではありません。世界の真実を突きつけられたアンジュさんも、僕とは違う理由でしたが、魔従教団に対して懐疑的でした。僕自身も、そのスタンスは変わっていません。

 

 第1に、“3000年続く教団の歴史の中で、教徒が誰も脱走や改宗をしていない”なんておかしいんです。実際、宗教団体では「A教の教徒だったけど、信仰に疑問が生じた。その答えをB教に見出したので改宗する」ということは普通にあり得ますし、刹那さんの過去――宗教団体系テロ組織から脱走した――のようなケースだって起きて然るべきです。

 脱走者や離反者が一人もいない組織体系と聞くと、どうにも胡散臭い。S.D.体制時の管理社会を連想してしまうのは、あの体制下で存在を許されなかった古の同胞たちの叫びを識る者だからでしょうか? 実際、僕やお父さんたちは“一般人には何も知らせないまま、都合が悪い連中を排除する”ことがまかり通ってしまう現場を見たことがありましたね。

 所属組織に対して一切不満を持たないという点も怖いです。S.D.体制下の“コンピューターの忠実な部下として、安寧を貪っていた連中”と似ている気配を感じました。洗脳の類が横行していそうです。マザーコンピューター・テラという実例が、機械技術で可能だったと考えると、魔法ならもっと容易にできそうな気がしてなりません。

 

 第2に、魔従教団の術士が搭乗していた機体です。一般的な術士が登場するオート・ウォーロック――ディーンベルは、僕たちの世界に出現した謎の機体と同一のものでした。つまり、“僕らの世界に現れて、フリューゲルと交戦した連中”は魔従教団の術士たちだったということです。

 彼らは門を開くための技術――魔法を有していました。使い方を変えれば、異界人を自由に呼び出すこともできます。アル・ワースの秩序を守るために異界人の力が必要なのか、もしくは別の目的のために異界人を呼びだしているのかは分かりません。こうなると、法と秩序の番人という教義も怪しいものです。

 

 魔従教団への警戒は、疑念を持つ面々が重点的に行うことにしました。疑いが濃厚になれば、みんなも自ずと気にするようになることでしょう。疑うには確証が足りないという面もありますからね。

 

 

 先の戦いで保護したシーブック・アノーさんとセシリー・フェアチャイルドさんも仲間に加わり、一行は更に賑やかになりました。

 

 2人の機体――ガンダムF91とビギナ・ギナをハッパさんたちが調べてみたところ、どうやらG-セルフやG-アルケインと同じ規格――ユニバーサル・スタンダードが使われているようなのです。そのため、この4人は乗せ替えが可能とのこと。技術班は『偶然にしては出来過ぎている』ということで、独自に調べている真っ最中。

 僕の世界の出来事――“輪廻する宇宙”の同軸上に存在する、過去と未来の可能性――のことを考えると、『“偶然同じ規格だった”のではなく、“同軸上に存在する過去と未来”』と考える方が自然でしょう。技術だけではなく、それぞれの世界の歴史と照らし合わせてみたら答えが出そうですよね。

 ただ、『同じ名前の人物が、別の年代に出てきている』ということで、歴史側からの擦り合わせが上手くいかないようです。『ベルリさんの世界では別時代で活躍した有名人が、シーブックさんの世界では同じ時期に一堂に会している』らしく、シーブックさんたちとメガファウナ関係者が揃って首を傾げていました。

 

 ユニバーサル・スタンダードの謎が解けたら、この世界に召喚された異界人の共通点等も明らかになるのでしょうか? 現時点では“無作為に連れてこられている”感が強いようですが、召喚するしないを判断する基準らしきものは存在しているはずなのです。

 帰還する方法も気になりますが、召喚された理由も放置しておけません。嘗て僕らの世界で、ノーヴル博士の仕組んだ一件のこともあります。一見無意味で無価値なことのように見えても、何かしらどこかに意味が込められている――そう思ってしまうのは、実体験からくる深読みのせいでしょうか?

 

 

 色々長く書きましたが、今回はこの辺にしておきます。

 では、失礼しました。

 どうか息災で。

 

 

 ソラツグ・ハガネ/刃金宙継より

 

 

★★

 

 

 腹黒鸚鵡が教団の術士に罵倒されていたのは、つい先日のことだった。術士からは「鸚鵡の姿をしている」という理由で、散々詰られていたか。

 件の術士の主張は、ELSやフェストゥム、バジュラ等を脅威と認定し、排除しようとしていた輩の主張と非常によく似ている。

 最近でも、ELSと人間が友好関係を結ぶことに対して否定的な政治家が『化け物風情が、人間に擬態をするんじゃない』と叫んでクビになっていた。閑話休題。

 

 イオリという術士はホープスを敵視していた。背教者を産んだ犯人という点だけではなく、イオリがアマリを異性として見つめているという恋愛ブーストもかかっているためだろう。彼からすれば、ホープスは自分とアマリを引き裂こうとしている悪魔のような存在に見えている可能性がある。

 確かに、イオリの言動は“洗脳されたヒロインを取り戻そうとする主人公”のような雰囲気が漂っていた。しかし、元救世主一行/現エクスクロスの面々から見れば、イオリのやっていることはストーカーに近しい行為だ。アマリに訴えられないから大事に至っていないことなど、きっと理解していない。

 

 イオリから罵倒され、アマリを奪った悪者のように扱われたホープスは、ずっと機嫌が悪かった。――恐らく本人も、どうして自分がこんなにも苛々しているのか、よく分かっていないはずだ。

 

 

「ねえ。この前のアレについて、答えは出たの?」

 

「出てってください」

 

 

 セイカに問われたホープスは、ぴしゃりと言い切る。答えを言いたくないのか、未だにどう言い表せばいいのか分かっていないらしい。

 口に出してしまえば最後、自分が賭けに負けると本能で察知しているのだろう。だから、ここから追い出そうと必死なのだ。

 

 セイカはひっそりと悪い笑みを浮かべる。

 

 

「イオリ・アイオライトという術士から、『鸚鵡のくせに』だの、『アマリを返せ』だの、『アマリを渡せ』だのと言われたんでしょ?」

 

「…………」

 

「それが嫌だから、腹が立ってる」

 

「…………」

 

「お前の方も、『彼女をイオリに渡したくない』って思ったでしょ」

 

「…………」

 

「お前が持て余している感情は嫉妬だよ。アマリを術士に取られてしまうと思い、それが嫌だから、不機嫌になってるんだ。――違う?」

 

「…………」

 

「そういうの、相手のことが好きじゃなければ、出てこない感情なんだよ」

 

 

 ニヤニヤしながら煽れば、ホープスはぷいっと背中を向けた。梃子でも認めたくないらしい。

 

 いい加減観念すればいいのに、とセイカは思った。自分の中に芽生えた恋や愛を認めてしまえば、世界は劇的に生まれ変わる。きっと今まで以上に、鮮やかで美しい世界を体感できることだろう。本当に、難儀で勿体ない生き物だ。

 他にも色々入れ知恵してみたいことはあるが、現段階では時期尚早だ。奴がアマリへの感情を自覚した後の方が都合が良さそうだ。人と共に生きようとするELSや、ELSネットワークで視聴した『マジカル☆アマリン』の内容を思い出しつつ、セイカは考える。

 

 『人間であることが、そんなに偉いのですか?』――その台詞は、人の姿をとれない異種族生命体へ向けられた、人類たちが紡ぐ“悪意ある言葉”への反撃だった。

 異種族生命体は、人間と外見が遠い奴の方が圧倒的に多い。人に近い外見であっても、部位に僅かな差異があれば、人間への猿真似というお題目で非難してくる輩もいる。

 人間は、彼らが思った以上に万能ではないし、威張れるような立場ではない。本来なら、寄り添い補うことで力を発揮していく種族だ。

 

 長らく地球の頂点に立っていたためか、人類はそのことを忘れてしまっている者が多い。自分たちがすべてを思うがままに出来るという驕りも、そこから湧いてくるのかもしれなかった。

 

 

「ホープス」

 

「……何ですか?」

 

「自由になりたくて飛び出したのに、今のお前は窮屈そうだね」

 

 

 セイカの言葉を聞いたホープスは眦を釣り上げる。羽冠を大きく立てたあたり、不機嫌であることは確実だ。本人も何となく、自分が今窮屈であると感じているのかもしれない。

 今のホープスは、どことなく加藤に似ている。目的を果たすために、膨大な時間と犠牲をつぎ込んできた計画が「すべて間違っていた」と言われ、途方に暮れているような状態だ。

 流石に、ホープスの内情は加藤レベルではないだろうが、「認めてしまったら瓦解してしまう」と思いこみ、「認めることに対して怯えている」という点は共通している。

 

 

「お前が何を思ってアマリと契約したかは知らない。理屈で納得しても、心が納得できないってことは普通のことだからね。理解を拒む理由があったって当然だよ。……どんなに時間がかかってもいい。ちゃんと答えを出して、立ち上がって歩き出せるようになってくれればそれでいい。――自由であると言うことは、“誰と一緒に生きていくかを選べる”ってことも含まれているはずなんだから」

 

 

 セイカはひらひらと手を振り、ホープスのラボを後にする。叡智の探究者が恋や愛を知らないとは、本当に勿体ないことだ。しかも本人は無自覚で、恋や愛を体現しかかっている――こんなに面白い事象があるだろうか? いやない。

 宙継の母君候補が恋愛ごとに突っ込んでいく理由はよく分かる。彼女の姿に感銘を受けたからこそ、セイカは自分の抱く感情の答えを知ることができた。現在進行形で、恋愛というもものに全力投球している真っ最中だ。故に、恋や愛の素晴らしさはよく知っていた。

 

 勿論、異種族間における恋愛がハードルが高いことも知っている。

 

 セイカの成り立ち上、宙継は“セイカの父親役”として振る舞うからこちらのアピールに対して鈍感だ。養父のクーゴがイデアの恋愛感情に気づかないところを見ると、血が繋がっていなくても親子なのだと思い知る。親子のうちどちらかに決着が付けば、もう片方も進みそうな気がするのだが、なかなか上手くいかないようだった。

 周りの連中も喧しい。人型が取れなかった当初、ELSを快く思わない連中からは散々『化け物』と罵られた。セイカが人型に擬態することで、やっと表面上の悪口が収まったような形である。現在は裏側の悪口――『人間に擬態したからといって、バケモノであることには変わりない』等――をどうにかしたい。

 

 

(速く、“どんな種族と結ばれても許される時代”が来ればいいのになぁ)

 

 

 人類が他種族を繋ぐ橋渡し役になる日が来るのなら、セイカが思い描く出来事――人間と異種族生命体が婚姻関係を結ぶこと――が普通になる日も来るのだろう。

 自分の世界ですらまだだから、アル・ワースにそんな日が訪れるかなんてもっと予想できない。ホープスに発破をかけることは、奴を茨がひしめく森へ突っ込ませることと同義だ。

 それでも――それでも、あの異種族にも、誰かを愛し、誰かを想う喜びを知ってほしい。その想いが返って来たときの歓びを知ることが出来たら、きっと世界が変わるはずだ。

 

 ホープスが恋と愛を理解したとき、どんな風になるだろう?

 そのときは先輩として、からかいながら助言の1つや2つを贈ってみたいものだ。

 

 セイカは鼻歌混じりでメガファウナのパイロット待機室へ向かう。そこで、偵察を終えたシグナスの面々と遭遇した。

 

 

◆◆

 

 

「ところで、ヴィヴィアンとアンジュは帰らなくていいのか?」

 

 

 ヒミコがパラメイルのライダーたちにそんな質問をしている姿を見て、宙継はふと、元の世界のことを考えた。

 

 刃金宙継は、悪の組織のMSパイロット兼技術者としてJUDA≒加藤機関に出向し、そちらの方で仕事に従事していた。それだけでなく、元アルティメット・クロスの仲間たちや関係者たちとも、定期的に連絡を取り合っていた。アル・ワースに召喚されて以降は、不安定なELSネットワークを介して関係者各位にメッセージを送っている。

 しかし、自分が送ったメッセージがいつ相手へ届くかも分からないし、相手から返事が返って来るかも分からない。セイカは自分の好きな魔法少女アニメを受信しているようだが、単に運よく受信できているだけという可能性もある。もし、こちらのメッセージが届かないままだった場合、宙継は行方不明者として捜索されていることだろう。

 

 仲間たちのことだ。心配してあちこち探し回っているのかもしれない。

 外宇宙探索へ向かった養父クーゴも、宙継のことで憂いを抱いているかもしれない。

 職場で頼まれていた仕事だって山ほどあるのだ。関係者各位はてんやわんやしているだろう。

 

 

(僕が突如いなくなったことが原因で、悪の組織やJUDAおよび加藤機関の社会的信頼に影響が出ているかもしれませんね。下手したら、どちらからも首を切られて然るべきか……)

 

 

 事件を解決して元の世界へ帰ったとして、そこに自分の居場所があり続けるかと問われれば微妙である。行方不明になっている間に別の人員が補充され、所属していた共同体からは『突然いなくなって、関係者に迷惑をかけた非常識な人間』としてレッテルを張られることになり、元の場所へ戻れない危険性があるのだ。

 会社や共同体から見捨てられても、身近な人たち――家族や友人――が待っていてくれるならまだ救いはある。最悪のケースは、家族や友人からも見捨てられてしまう場合だ。“必死になって帰って来たのに、元の世界には何も残っていない”とか、悲しすぎる。何のために帰って来たのか分からないではないか。

 

 ……せめて弁明する時間くらいは残していてほしい。裁きはきちんと受けるから。

 

 幸い、JUDA≒加藤機関の面々は、アルティメット・クロス時代に体験したクアンタムバーストの件で、“まずは相手の話(≒言い分)を聞こう”というスタンスを取っていた。

 異世界アル・ワースの話を信じてもらえるか否かは別問題だし、弁明をしたところで結末が変わるかと問われると疑問が残る。無断で長期間休むなんて、解雇されて当然の所業だ。

 場合によっては、辞めさせられる前に何かの罰則を受ける可能性だってある。それが合法的処置に基づいたものか、それとも非合法(もみ消し可能)な手段なのかは分からない。

 

 

(説教役として動くとしたら、加藤さんか森次さんあたりが妥当ですかね?)

 

 

 加藤は組織の理念に反した行動をとった部下を手に懸ける非情さを持ち合わせていたし、森次は圧倒的な実力と絶妙な手加減から敵味方関係なく恐れられている。どちらかと言えば、手加減という点から森次が出てきそうな気配がした。前者の加藤は粛清役が相応しかろう。

 

 脳裏に浮かんだのは、カカゼオを手際よく無力化したときの森次/ヴァーダントの姿だった。バインダーと装備を次々とパージし、マシンガンからレールガン、更に太刀による連続突きと一閃を叩きこみ、再転送されたバインダーを即座に装備し直し、無数の太刀で相手を串刺しの刑に処す――グラハムが「見事な対応」と称賛し、暉が「あれが、本物の暴力……!」と恐れた攻撃である。

 しかし忘れるなかれ。あんな連続攻撃をカカゼオに叩き込み、レズナーがいるコックピットをぶち抜いても尚、森次は本気ではないのだ。彼が本気を出していた場合、レズナーはもうこの世からオサラバしている。おまけに山下曰く、『本気出した場合、素手でグチャグチャにしますよ』とのこと。実際、あのときの森次は武装を駆使していたし、アルティメット・クロスに拘束されたレズナーの身体はピンピンしていた。……心がどうだったかは知らないが。

 

 

「“本物の暴力”で手打ちにしてもらえないかなぁ」

 

「本物の暴力!?」

 

 

 宙継が思わずそう零したとき、ぎょっとした声が響いた。振り返れば、ワタルとクラマ、ヴィヴィアンらが戦々恐々とした顔でこっちを見ている。一緒にいたヒミコは「物騒だな!」と笑い飛ばしていた。――どうやら、宙継が呟いた言葉と面々の会話が変な具合にマッチングしてしまったらしい。

 ワタルたちは今、アンジュとヴィヴィアンが所属していた組織のことについて話していたようだ。ヴィヴィアンは組織に戻っても構わないと考えているようだが、アンジュはこのまま脱走する算段を立てているという。どうやら、アルゼナルという組織に対して『いい思い出がない』ことが原因のようだ。

 会話の流れで、ヴィヴィアンはワタル達にクイズを出した。『自分たちがこのままアルゼナルに捕まった場合、どんな罰が待っているのか』と。ワタルとヒミコが答え、ヴィヴィアンが物騒な一例をヒントとして提示した。それをクラマとアンジュに咎められた直後、宙継の「本物の暴力」発言が繰り出されたらしい。

 

 

「森次社長――出向先の上司がよくやるんです」

 

「ブラック企業じゃねえか! そんな会社(とこ)辞めちまえ!!」

 

「敵対したり増長したり道を踏み外したりしない限りしませんから大丈夫です! ……ただ、今回の場合は僕の無断欠勤で迷惑をかけたから、致し方のない措置なのかなと」

 

「お前は普通に受け入れてるみたいだが、絶対おかしいからな。絶対おかしいからな!」

 

 

 クラマは顔を真っ青にして、宙継の肩に手を当てて揺さぶってきた。「逃げていいんだ。このまま逃げたっていいんだ。むしろ逃げるべきだろコレ」と、滾々と説き伏せる。

 腹に一物抱えていると言えど、クラマもまた、人を騙すのに向かないタイプだ。根はお人好しの世話好きで、不器用ながらも心優しい()なのだ。宙継はそっと目を細める。

 

 今は、森次にかけられた謂れのないレッテルを剥がさなければ。森次だって、戦闘の実力が抜きん出ているだけで、周りの人間が思う以上に愉快な人なのだから。

 

 

「森次さんは、尊敬できる素敵な人ですよ。戦闘に関して突出しているだけであって、冷静沈着で、友達思いで、不器用だけどひたむきな熱血漢なんです」

 

 

 宙継は思念波でその光景を見せる。

 刃金宙継やその関係者が目の当たりにした、森次玲二という青年の姿を。

 

 

『さぁ英治、正義の味方ゴッコは終わりだ。今からお前を救ってやろう』

 

『……ああ、知っていたさ……。ただ、私はそれを望んでいなかった。ただの友達で充分だった』

 

 

 嘗て自分が犯した過ちを清算するために、友の前に立った青年を。

 

 

『私は正義の味方ではない。しかし、この世界を救うのは、我々だというコトだ!』

 

 

 正義の味方になりたいと願いながら、そうなれなかった青年を。

 けれど、『“正義の味方”の道を切り開く者』へと至った青年を。

 

 

『……フ、気づいたか。そうだ、これは――』

 

『――長崎土産のカステラだ』

 

 

 本人にはその気が一切ない上に、洒落の効かないユーモアを持っている、ちょっと変わった青年の姿を。

 

 

『分からん』

 

 

 時々周囲を不安にさせるようなこと――マキナの電脳を酷使する/一歩間違えれば自分が死にかねない――を平然とやらかすような、雑っぽい青年の姿を。

 

 思念波は、GN粒子における意識共有空間同様『心で接する』ものだ。言葉で告げることよりも、誤解が少なくて済む。周りにいた面々も、ぴりぴりした空気を解いていた。良くも悪くも根が真面目過ぎた人なのだと――それ故に愉快な人なのだと、理解してもらえたようで何よりである。

 彼らの意見を代弁するかのように、ワタルが笑みを浮かべて口を開く。「宙継くんの上司――森次さんって、悪い人じゃないんだね」――その言葉を聞いて、宙継は頷き返した。一部の人は「スイカ割り」だの「カステラ」だの「過労死」だのとブツブツ呟いている。大なり小なり思うところがあるらしい。

 

 

「問題です。宙継の言ってた、森次社長の“本物の暴力”とは、一体何を意味しているのでしょう!?」

 

「参照はこちらです」

 

 

 ヴィヴィアンの問いかけに対し、宙継は思念波を使って答えた。カカゼオを撃墜した際の森次を映し出す。

 

 

『やはりこいつは、只の的だ』

 

『聞こえなかったか? ――全力で潰してやると言ってるんだよ』

 

『もうお終いか』

 

『――命中』

 

 

 流れるような連撃で的を殲滅したヴァーダントは、ゆっくりと巨大マキナのコックピットに近寄った。凶悪な笑みを浮かべた森次を見て、自分の敗北を悟ったレズナーが上ずった悲鳴を上げる。勿論、コックピットという閉鎖空間故、レズナーの逃げ場はどこにもない。ヴァーダントは太刀を振りかざし、迷うことなくコックピットをぶち抜いた。

 周囲の温度が若干下がったような気がする。誰かが鋭く息を飲む音が聞こえた。直後、拘束されてもピンピンしているレズナーと、『森次さんは全然本気じゃないッスよ』と冷静に語る山下の姿を見て、各々戦慄したり感心したりしていた。『本気だったら素手でグチャグチャにします』という補足が入ったら、また誰かが息を飲む声が聞こえた。

 

 「あのノリは参考になるわね」――アンジュが悪い笑みを浮かべて何かを考え始める。ヴィルキスの性癖が歪む、あるいは過労死するのではないかと思ったのは何故だろう。

 「機体が大爆発したのに、操縦者がピンピンしてるなんて……! 自在に手加減できるとかヤバくないか!?」――青葉はぞっとしたような顔で呟く。そこが森次の凄いところだ。

 「森次さんって人、本当に味方ですか!?」――アマリが鬼気迫った表情で宙継に問いかけてきた。宙継は頷く。たまに忘れそうになるが、森次玲二は立派な仲間だ。事実である。

 

 

「アルゼナルの指令が男だったら、丁度、彼みたいな感じかしら? ……あの指令、彼と違って天然っぷりは皆無だけど」

 

「自分の生命線を雑に扱うような真似もしないよね。こっちの指令は、生命線はしっかり押さえつけて抱え込みそうなタイプ?」

 

「ひええ……」

 

「うわあ」

 

 

 アンジュとヴィヴィアンの会話を聞いた青葉が情けない声を漏らした。

 ワタルも“森次みたいな女性”を思い浮かべ、何とも言えぬ表情を浮かべる。

 

 アルゼナル――ドラゴンと戦うことを義務付けられたノーマたちを収容する施設にして、ドラゴン退治の最前線に位置する組織だ。

 

 彼女たちが所属する団体の司令がどんな人物かに関する話題は、今回初めて断片が語られたような形である。アンジュとヴィヴィアンの話を聞く限り、アルゼナルの指令は「森次玲二からユーモア・愉快さ・自身の生命線を雑に扱う部分を引いて、スパルタを倍にしたような女傑」らしい。

 “何を考えているのか――行動原理がさっぱり分からない”という部分は、石神や加藤の色合いが強そうだ。“常にヒステリック”とも言っていたが、アルティメット・クロスで常にヒステリックだった人は誰だろう。一般人目線からの生々しい本音を吐露していたのは美海だったように思うが、彼女のソレは、ヒステリックとは別分野だろう。

 

 そういえば、と、宙継はクラマに視線を向けた。

 

 森次が本気を出す――自身にかかっているリミッターを外す際、左目を隠す。森次は左目を失明した状態で、あの実力を叩きだしているのだ。過去の罪の象徴として、彼は敢えて、左目を失明したままにしたらしい。そのため、ファクターとして覚醒した直後、自身の左目を治療したヴァーダントへ怒り、機体の左目を“素手で殴って潰した”という。

 クラマもまた、左目に眼帯をつけていた。旅の途中で出会ったときから、彼は左目に眼帯をつけている。「傷があるのか」、「眼病なのか」との問いに対しては面倒くさそうにはぐらかしていた。宙継は森次のリミッター解除を引き合いに出し、クラマに問いかける。

 

 

「クラマさんは、どうして眼帯をつけてらっしゃるんですか?」

 

「…………」

 

 

 森次を引き合いに出されたクラマは、居心地悪そうに視線を彷徨わせる。自分の左目の心配をし始めた子どもに対し、何と答えるべきか迷っている様子だった。

 ヒミコとワタルも、「森次の左目は失明している」という話題から彼の左目が気になり始めたのだろう。しきりに「大丈夫?」と声をかけていた。

 

 暫しの沈黙の後、クラマが絞り出すような声で答える。

 

 

「……ものもらい……」

 

「……あー……」

 

<畜生! 鳥じゃなかった頃は、ものもらいなんざ出来てなかったんだ……!>

 

 

 森次の話の後にこんな話題を振られたら、大変答え辛かっただろう。格好良くない理由だと自覚していたからこそ、クラマは眼帯についてはぐらかしていた。しかも、思念から漂う悲痛な叫びからして、左目のものもらいは()()姿()にさせられたときに発症してしまったらしい。眼帯で隠すことを選んだとなると、治療も上手くいかなかったのかもしれない。

 他の仲間たちからも、居たたまれない眼差しを向けられる。勿論、そんな集中攻撃に耐えられるはずもなく、クラマは目頭を押さえてため息をついた。意図してなかったとしても、宙継のせいで変な空気が漂い始めたのは確かだ。唯一ヒミコだけが「ものもらい」と連呼しながら大爆笑している。それを救いととるか地獄ととるか、判断するには材料が足りなすぎた。

 

 さてどうしようか――宙継がそんなことを考え始めたとき、丁度、偵察に行っていた面々が戻ってきた。

 

 

***

 

 

 近隣の村が山賊に襲われている――そんな話題を耳にしたエクスクロスの救世主・戦部ワタルが、メガファウナの中で大人しくするはずがない。彼に先導される形で、機動部隊は件の村へと足を踏み入れた。

 

 しかし、村の様子は思った以上に平穏だった。度重なる山賊の襲撃に合っているにも関わらず、村民たちは普段通りの暮らしを営んでいたためである。戦場を知っている身としては、もっと略奪の恐怖に怯えていてもおかしくない。人々にも余裕があるようで、笑顔で談笑している村民を多く見かけた。

 彼らから聞き出した情報を並べると、『救世主が山賊を撃退しに向かった』、『獣の国方面から来た旅人だと名乗っていた』、『彼の機体にはドリルがついていた』とのことだ。宙継は一瞬で、その人物が誰かに見当がついた。大グレン団を率いて戦った、シモンとグレンラガンである。別の虚憶で、彼とは何度も共闘していた。

 村を守っている人物がどのような性格なのかを知らないが故に、ディオが「余程の馬鹿か詐欺師である」と分析する。しかし、村人たちは詐欺師説を否定した。件の人物は『報酬を一切受け取らずに、山賊と戦うことを約束してくれた。自身に溢れている様子だったから、彼を信じた』とのことだ。

 

 シモンの場合、熱血と魂で不可能や理不尽を突貫するタイプだから、ディオの言う“余程の馬鹿”に該当するだろう。

 シモンが頼れる兄貴であることは虚憶で把握済みなので、特に警戒する必要は無さそうだった。

 むしろ、エクスクロスに引き入れる算段を探した方が、戦力的な面でも人柄的な面でもいいと思う。打算的な意味もあるし、宙継の個人的な考えでもあった。

 

 

<聖アドヴェントが幅を利かせてた世界では、シモンとニアの結婚式は見れなかったんでしょ?>

 

<2人の門出を祝う前に、多元世界は元通りになってしまいましたからね。クレディオがうじゃうじゃしていた世界でも、2人の結婚式がどうなったかは分からなかったですし>

 

「た、大変だ! 山賊が来たぞ!」

 

「あの人が、たった1人で戦ってる!」

 

 

 宙継とセイカが思念波で会話をしていたとき、村の方が騒がしくなった。声の方向に視線を向ければ、赤と黒基調のガンメン――グレンラガンが大立ち回りを演じている。

 獣人たちの機体はあっという間に倒され、第1波を凌ぐことができた。だが、すぐに第2波が到達する。今度は獣人の操るガンメンだけではない。オーラバトラーもいた。

 

 

「あの機体、ショウさんを倒すためにドアクダーへ行っちゃった人が乗ってた……!」

 

「トッドさん……!」

 

 

 見覚えのある機体を発見し、ワタルが声を上げた。宙継も頭を抱えたい気持ちになる。灰色の機体――ビアレスは、オーラバトラー部隊を率いる指揮官役を務めているらしい。彼らは獣人のガンメン部隊にグレンラガンを任せ、自分たちはこの村に襲撃をかけるつもりでいる様子だった。

 文字通りの多勢に無勢。いくらシモン/グレンラガンが強くても苦戦は必須。そして何より、1人で村を守り抜こうとする彼の姿を黙って見ている訳にはいかない。偵察部隊は顔を見合わせ頷く。宙継は即座にサイオン波の転移を行い、大急ぎで機体へ飛び乗った。

 村の近郊にいたメガファウナとシグナスに情報を送れば、艦長たちは即座に発艦を命じた。急いで現場に駆け付ける。丁度現場に到着したとき、シモンは敵と交戦している真っ最中。トッドから煽られても、ヴィラルに喧嘩を売られても、彼の意志/ドリルはどこまでも真っ直ぐ貫いていく。

 

 

「誰かが歩きゃ、そこに道が生まれる! 道が生まれりゃ、そこを誰かが歩く! そうやって、物事ってのは進むんだろうが!」

 

「笑わせてくれるぜ! その最初に歩く誰かがお前ってわけかよ! だがな――」

 

「――うるさいぞ、悪党!」

 

 

 ワタルの一喝を皮切りに、エクスクロスの旗本艦であるメガファウナとシグナス、エクスクロスの機動部隊が村の防衛ラインに展開する。それを見たシモン/グレンラガンは驚いたようにこちらに視線を向けてきた。

 

 虚憶の中で、率先して道を切り開こうとするシモンの背中を見てきた。どの虚憶でも、多くの人々が彼の背中に魅せられてきた。そうして今も、エクスクロスの面々は、彼の男気に惹かれてここに集う。彼が切り開き、突き進もうとする道に並び立たんと願ったのだ。

 シバラクに名を問われたシモンは、自らのことを『ただのシモン』と名乗った。獣の国の総司令官という立場を明かすつもりはないらしい。そんなものに拘らず、縛られず、自分の意志を貫く――そんなシモンだからこそ、多くの人々が付いてくるのだろう。宙継は思わず目を細めた。

 そのとき、宙継の思念波はアマリとホープスがひそひそ話している声を拾い上げた。恐らく、この2人はシモンの肩書を知っている。しかし、それを指摘する暇はない。今は大量に表れた山賊の群れをどうにかする方が先だった。ゼルガードの出力も一気に上昇する。

 

 トッドが山賊側にいることにショウが気づいて声を上げれば、トッドは忌々しそうにショウを睨みつけた。

 彼はショウの相手をすると言い、ダンバインの方に向き直る。ヴィラルは二つ返事で頷き、再びグレンラガンへ視線を向けた。

 ……成程。宿敵を持つ者であり、且つ、宿敵が目の前にいる者同士、お互いの行動に納得しているということか。

 

 

「あの連中……どうやら『例の奴ら』のようだ」

 

「やい、山賊ども! 僕たちが来たからには、これ以上好きにはさせないぞ! この救世主一行……じゃなくて、エクスクロスが、お前たちを退治してやる!」

 

「こいつは頼もしい援軍だぜ!」

 

 

 ワタルの名乗りを聞いたシモンが笑う。口で言っても分かってもらえない相手には痛い目を見てもらう――なんてことはない、いつも通りのやり方だ。アルティメット・クロス時代に何度もやってきた方法である。主な筆頭はハザード・パシャだった。

 対話方法としてトランザムバーストを展開するという手段もあるのだが、シモンの男気に無粋な横槍を入れるつもりはない。ちらちらとこちらに視線を向けてくるセイカを制し、宙継はガンメンとオーラバトラーの群れに向き直った。――そうして、戦いの火ぶたが切って落とされる。

 

 宙継/フリューゲルは、ショウ/ダンバインの元へ突っ込んできたトッド/ビアレスに割り込む。まさか横槍が入るとは思っていなかったようで、トッドは苛立たし気に声を荒げた。

 

 

「邪魔をするな、クソガキ!」

 

「トッドさんのお母さんって、トッドさんが山賊やってると知ったら喜ぶような人ですか?」

 

「はあ!?」

 

 

 この場で母親の話題を投げかけられることも、今の彼には想像できなかったらしい。「なんでこんな時にお袋の話題が出てくるんだよ!?」と声を上げた。

 しかし、それなりに効果はあるらしい。躊躇いがちな様子からして、彼の想像力はまだ機能しているようだ。しかし、踏み止まるという選択肢は存在していない。

 尚もショウの元へ躍りかかろうとするビアレスを引き留める。そんなに時間をかけるつもりはないので、宙継は手短に、言いたいことを伝えることにした。

 

 

「僕はお父さんが大好きです。だから、いつだって、お父さんに誇れるような自分でありたい」

 

「……何が言いたい?」

 

「今の貴方は、貴方の大切なお母さんに対して、誇れるような人間だと言えますか?」

 

 

 宙継の問いに対し、トッドは沈黙する。問いに答えるより先に、ビアレスを庇うようにしてドラムロが飛び込んでくる方が早かった。

 

 宙継たち/フリューゲルはそちらの対応に向かう。ビアレスは迷うことなくダンバインの元へ突撃した。オーラ力同士が激しい鍔競り合いを演じている。心なしか、ビアレスの武装に漂うオーラ力が揺らいでいるように見えたのだが、実際はどうなのだろう。少しは考え直してもらえたらいいのだが。

 山賊に身を落として無辜の民を傷つけることが親孝行だというなら、宙継は喜んで親不孝者になるだろう。そもそも、父であるクーゴがそんなことを望むはずがないのだ。要らぬ心配だったなと苦笑し、宙継は次の敵へと向き直った。

 

 




UXの森次さんネタを中心に、色々煮込んだ結果がこれです。手加減繋がりでジル、左目繋がりでクラマの情報と絡めてみました。ついでに、トッドに対して豪速球を投げつける宙継のネタも組み込めて満足しています。この世界線のトッドは、宙継の質問が理由で山賊を辞める模様。
ホープス×アマリネタの下準備もちょくちょく進んでいますが、まだ先は長そうですね。どこまで端折ろうか思案しているのですが、宙継がXの会話イベントでUXネタを発言する姿を入れる場面も欲しいなあと欲張ってしまいます。難しいものだ。


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相棒のカタチ

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・法師にオリキャラ追加。二つ名は“黄鉄鉱の術士”(黄鉄鉱=パイライト)
・キャラクター崩壊注意。
・基本的にダイジェスト形式。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


 山賊を撃退したエクスクロスの面々は、共闘したシモンを新たな仲間に加えて旅を続けていた。

 

 そんなとき、偵察を終えて戻ってきたG-セルフ/ベルリとルクシオン/青葉から、奇妙な情報が齎される。『山賊もドアクダー軍もいなかった』と言いながらも、彼らの表情は驚愕に満ちていた。慌ただしく帰ってきた様子からして、何かあったことは確かである。

 2人はドッコイ山の山頂で、対になる龍の石像を発見したらしい。赤と青の龍は、どことなく龍神丸と似ていたという。ドアクダー打倒の要となる神器と関係があるのではないかと思ったのもつかの間、どこからともなく笛の根が響いた刹那、突如巨大な竜巻が発生したらしいのだ。巻き込まれたら命が危ないと判断した2名は、急いで戻って来たという。

 竜巻の発生現場へと向かうと、ベルリと青葉が報告した通りの現象が発生していた。しかもこの竜巻、積乱雲が一切存在していない状態――澄み渡った蒼穹が広がる空――で起きており、移動する様子もない。勢いも衰える兆しがなかった。竜巻のメカニズムから考えると、まったくもって不自然な現象である。

 

 

「本来、竜巻は積乱雲が発生している状態で起きる現象なんです。一か所に停滞する例もありますが、基本的には積乱雲の流れに従うようにして移動するんですよ。それに、竜巻は猛烈な風を伴う代わりに、寿命が短い――所謂、短時間で収まると相場が決まっているんです」

 

「おおー! 宙継、頭いいな!」

 

「そもそも、“7歳児が竜巻の発生原理を理解している”時点で、『頭がいい』って話どころじゃないと思うが……」

 

 

 無邪気に宙継を褒めるヒミコに対し、マサキが何とも言い難そうな顔をしていた。一応、宙継は大卒検定を突破して資格習得も終えているのだが、自慢することではないのでノーコメントにしておく。閑話休題。

 

 自然発生ではないとなれば、何者かが人為的に発生させたと見るべきだろう。竜巻が発生する直前に響いた笛の音色に、何か重要なヒントがありそうだった。ここ――第1界層を治めるボスは、以前戦ったことがあるクルージング・トム。飛行機系の魔神を駆る、ドアクダー軍の空の覇者だ。

 しかし、あのとき戦ったクルージング・トムに、竜巻を発生させるような力はなかったように思う。奴の性格上、“竜巻を自在に操る力を有しているのなら、最初から容赦なく使ってきそう”なタイプだからだ。今回の一件は、何者かに力や道具を譲渡されたと考える方が自然である。

 

 ワタルがクルージング・トムとの決着をつけると意気込んだとき、宿命のライバルの気配を感じ取ったシモンが仲間へ注意を促す。

 彼が予想した通り、竜巻の前に部隊が展開した。村を襲った獣人たちが搭乗していたガンメンたちである。その中央には、白い機体。

 獣人による山賊部隊を率いる隊長、ヴィラル。彼はシモンと決着をつけるために、ここで待ち構えていたのだ。

 

 

「ショウ、トッドはいないみたいだよ!」

 

「後方に控えてるのか?」

 

「思念波で索敵してみましたが、トッドさんの思念は感じません。()()()()()()()()ことは確かです」

 

 

 宙継の答えを聞いたショウは考え込む。トッドも仕掛けてくると踏んでいたためか、予想が外れて意外だったのだろう。どんな理由で“ここから離れているのか”までは読み取れないが、敵戦力が減ったと考えれば好都合だと言える。

 自分たちに補足を入れてくれたヴィラル曰く、『トッドはクルージング・トムを見限り、奴の傘下から飛び出していった』とのことだ。躊躇いなく飛び出していったトッドに対し、どこか羨望染みた感情が滲んでいるように感じたのは気のせいではない。

 

 本当はトッド同様、ヴィラルもクルージング・トムのことをよく思っていないのだろう。しかし、彼は自分についてきた獣人のことを憂いているため、後ろ盾になり得そうなドアクダー幹部の施しを受けなければならない。獣の国を飛び出してしまった以上、帰る場所は存在していないのだから。

 「お前は本当にそれでいいのか?」というシモンの問いかけも切り捨てたヴィラルは、「自分が求める問いの答えは、シモンと決着をつけること以外に見出す方法はない」と断言する。あの2人の間に固い絆が結ばれ、信頼関係が築かれているからこその形なのだ。邪魔をするのは無粋と言えよう。

 他の獣人たちもそれを察しているのか、グレンラガンとエンキドゥドゥの邪魔をするつもりはないらしい。彼らは散会し、他の機体の元へと真っ直ぐに突っ込んできた。勿論こちらも2人の益荒男たちの邪魔をするつもりはないので、獣人部隊を迎え撃った。

 

 馬型のガンメン――メズーの機関銃を潜り抜け、フリューゲルはサイオン波で作ったダガーを投擲。機関銃部分に突き刺さったダガーは爆発を引き起こし、メズーを行動不能へ追い込んだ。獣人は慌てた様子で機体の脱出装置を起動させ、そのまま戦場から離脱した。

 

 

<2人の決闘がきちんと行われるようにって頑張ってる人に対して、擬態した同胞の機体を嗾けるような、無粋な真似はしないよ>

 

<よくできました>

 

 

 以前の彼女なら、効率を重視し、容赦なく同化して擬態していただろう。しかし、人のことを学んでから、心や感情というものをちゃんと理解できるようになってきた。

 頭で割り切れていたとしても、心がついて行けないことは日常茶飯事。もしくは、周りが自分から選択する自由を奪い取っていったこともあるだろう。

 例えそうだったとしても、一言でも「それはおかしい」と言う勇気がなければ、そんな願いすら“なかったもの”のように扱われてしまうのだ。

 

 一度“なかったもの”と扱われてしまえば、誰も自分のことを理解してくれなくなる。聞いてくれる人がいなくなる。――それがどんなに悲しいことか。

 

 嘗て、自分の願いとミールからの命令によって板挟みになり、“消えてなくなりたい”と願った操のことを思い出す。彼は、『生まれたことを“なかったこと”にすれば、大好きな人たちを理不尽に消さなくて済む』と考えた。『一騎を消してしまった事実から逃げられる』と思った。『大切な人を傷つけてしまった過ちと、そこから発生する痛みに耐えられない』と思った。

 けれどそれは、『空が綺麗だと思った来栖操が消滅する』ことを意味していた。『アルティメット・クロスに所属する大切な仲間がいなくなる』ことを意味していた。そんなの、みんなが納得するはずがない。だってみんなは知っていた。来栖操が生きていたことを、心を持っていたことを、みんなと一緒に生きたいと願っていたことを。それらを“なかったこと”にされたくないと、仲間たちは奮起した。――だから彼は、寸でのところで引き留められた。

 

 

(獣人のみなさんも、分かってるんだ。「それはおかしい」と主張する勇気は持っているし、どこかで小声でも、そう呟いていたんだ。……納得できるきっかけがなくて、動けずにいただけなんだ。そのきっかけを、この戦いに求めている)

 

 

 そういう意味では、彼らもあのときの操と同じような状況だろう。だから、全力でぶつかる必要がある。

 

 セイカも分かってくれているようで、力強く微笑んで頷き返してくれた。そのまま、次のメズーにELSビットを展開する。メズーは回避に失敗し、ビットから降り注いだレーザーを喰らったうえで横転した。獣人たちはコックピットから這い出す。彼らが戦線から逃げていく姿を見送った後、宙継はまた新手と戦いを繰り広げた。

 ヴィラル率いるメズー部隊が沈黙した頃、グレンラガンとエンキドゥドゥの決着もついたらしい。ヴィラルとエンキドゥドゥは納得したように――あるいは満足したような様子で敗北を受け入れていた。主の謝罪を制し、「気にする必要はない」と言わんばかりにエンキドゥドゥは微笑む。直後、機体は大破。脱出したヴィラルも、風のように去っていった。

 

 それを見ていた青葉が切羽詰った声でシモンに指摘したが、シモンは「追う必要はない」と微笑んだ。これが彼とヴィラルの信頼のカタチなのだと、宙継は知っている。敵対しようが共闘しようが、あのコンビはいつだって最高の好敵手でありパートナーなのだ。

 ディオは2人の関係がよく分からなかったようで、ヴィラルを確保しないシモンに疑問を抱いている様子だった。絆の形は多種多様なのであるが、バディたちがそれを理解できる日は来るのだろうか。――きっとその日はやって来て、自分たちだけの絆を見出せることだろう。

 青葉とディオは呆気にとられる。その際、何の気なしにお互いが視線を合わせたことに気づいたようで、彼らの間に再び奇妙な沈黙が広がった。――だが、そんな余韻をぶち壊しにするが如く、ドアクダーの幹部が高らかに笑う。

 

 

「グハハハハハハ! くっさい友情ごっこはそこまでにしな!」

 

「クルージング・トム!」

 

「お前等がいくら頑張ろうと、この神部の笛がある限り、俺の勝ちは変わらん!」

 

 

 クルージング・トムは勝ち誇ったように笛を示す。奴が笛を吹いた途端、竜巻の勢いが増した。ベルリと青葉が聞いた笛の音色も、先程の音と同じだったという。どうやら、クルージング・トムが有している笛には竜巻を操る力があるらしい。

 天災さえ操る笛の力――それこど、伝説に謳われる創界山の秘宝だろう。若干の恐れを滲ませたアマリの呟きを補強するようにして、ホープスは冷静に分析していた。創界山への案内役を引き受けたアマリは魔従教団出身者だ。秘宝についての知識があってもおかしくない。

 

 自分は無敵だと増長するクルージング・トムを一喝したのはシモンだった。

 

 実際、クルージング・トムが優勢なのは、竜巻を操る神部の笛が手元にあるためだ。笛の力を使っているだけで、クルージング・トムの実力ではないのである。要はズルなのだ。笛がなければ、あそこまで増長することはできなかっただろう。

 「男なら、てめえの力で戦ってみやがれ!」――シモンの正論に、エクスクロスの面々はうんうん頷き返した。特に宙継は、善人悪人問わず他人の力を悪用し続けた、超弩級の外道をよく知っている。

 勿論、クルージング・トムは激高した。神部の笛を吹いて、更に竜巻の勢いと効果範囲を広げようとしているらしい。そんなことをされたら、自軍部隊だけでなく、近隣にも被害が出てしまう。早く止めなくては。

 

 

「そんなことはさせるかよ!」

 

 

 シモンはグレンラガンと共に、竜巻へと身を投じた。それを見ただけで、この後何が起きるかの想像がついてしまった宙継は、ひっそり「勝ったな」と納得する。

 だって、シモンはいつだって困難をドリルでぶち抜いてきた。そのときに、万が一満身創痍になった場合、ライバルが彼を放っておくはずもない。

 宙継の予想通り、シモンは竜巻と逆回転方向にドリルを回すことで竜巻を中和。更に――非常に珍しいことだが――彼は満身創痍になっていた。宙継は「勝ったな」と確信する。

 

 だって、グレンラガンの隣には、ヴィラルがいる。

 

 ヴィラルはシモンとグレンラガンの行動を的確に批評した。『竜巻を止めた手腕と力は見事だが、そのせいで弱体化し死にかかってる姿は無様である』――彼の語り口調は粗暴ではあったが、言っていることを纏めるとこんな感じである。評論家の中でもガチ勢の意見だった。勿論、こんな形でシモンが命を落とすことなど、ヴィラルが望むはずがない。

 「立て、シモン! 螺旋王を……俺を倒した男の最期が、こんなものなど認めんぞ!」――ヴィラルの叱咤激励を受けたシモンは、それを真正面から噛みしめながら、勢いよく言い返す。まだ自分は終わっていないのだから、勝手に終わらせるな――シモンがそう叫んだ刹那、グレンラガンが勢いよく再起動した。出力も安定し、戦闘続行が可能な領域へ回復する。

 

 

「フ……それでこそだ」

 

 

 ライバルが再起したのを見て、ヴィラルは満足げに微笑む。しかしそれだけでは終わらせなかった。彼はグレンラガンに乗り込む。

 宙継が嘗て見た虚憶と同じように、彼らは2人で戦うつもりなのだ。その強さは、何度も何度も目の当たりにしている。

 

 

「敵が味方になった!?」

 

「そうじゃない、青葉! あの2人は、そんなものを超えてるんだよ!」

 

「嘗て戦った敵でもあり、戦友でもあり、相棒でもあり、仲間でもあり、絶対負けたくないライバルでもあり、いざとなったら本気で殴り合いができる――そういう関係なんです」

 

 

 呆気にとられる青葉に対し、ベルリと宙継は興奮気味に頷いた。こういう絆は、一種の理想であり浪漫である。「ナイスな展開です!」と、宙継も素直に感想を述べた。実際この場に浩一がいたら、きっと同じように「ナイスな展開じゃないか!」と親指を立てていることだろう。

 

 

「ヴィラル、あれをやるぞ!」

 

「なんだ、早速命令か?」

 

「いや、提案だ!」

 

「なら、やらせてもらおう!」

 

 

 『あれ』と『提案』という単語だけで通じ合っている時点で、彼らの絆がどれ程のものかを示される。“命令は聞かないけど、提案なら聞く”とか、まさにそれだ。2人は息ぴったりに口上を決めた。それを見たワタルが盛り上がる。

 先程まで本気の戦いを繰り広げていたシモンとヴィラルからは、息ぴったりなやり取りを見せるシモンとヴィラルを想像できなかったのだろう。青葉は未だにぽかんとしている。だが、クルージング・トムの怒声に、彼も集中を取り戻したようだった。

 

 裏切り者と詰られても、ヴィラルは一切気にしていない。山賊稼業とクルージング・トムへの協力に対して、忠誠を誓ったような気配は見受けられなかったのだから当然だ。

 むしろ「今までが不本意だった」と言わんばかりに、ヴィラルは三行半と独立宣言を叩きつけた。主がいなくなった今、今度は自分の意志で生きていく――そう決意を固くして。

 クルージング・トムは再び竜巻を起こそうとしたものの、いつの間にか背後に回っていたヒミコによって中断させられる。更には、突如現れた魔神から襲撃を受けていた。

 

 まるで図ったかのような連携である。ヒミコが笛を手にすると、魔神に乗っているパイロットが指示を出した。――その声は、この世界に来た当初に助太刀してくれた魔神のパイロットと同じ。

 

 

「あの人、あのときの……?」

 

「ヒミコのことを知ってるってことは、忍者の関係者なのかな?」

 

 

 「さあワタル。笛を吹いて、竜巻を止めるんだ!」「ええっ!? ま、待ってよ! このままじゃ、ファーストキスがクルージング・トムとの間接キスに……!」「洗えば問題ないのだ!」という奇妙な会話をBGMにしつつ、宙継とセイカは件の魔神を観察する。反応を調べてみた結果、機体は同一のものであると判明した。

 宙継が彼に声をかけるよりも、状況が変化する方が早かった。クルージング・トムとの間接キスに引き気味だったワタルだが、ヒミコの忍法――アルコール消毒込みの水鉄砲の術――で解決したらしい。真剣な面持ちで笛を奏でる。澄み渡った笛の音色が響き渡り、竜巻はあっという間に消え去った。

 それを見届けた魔神は、ちらりとヒミコへ視線を向ける。操縦者が優しい眼差しで彼女を見つめていたように感じたのは――クーゴが宙継を見つめるときの眼差しと同じ感情を見出したのは、宙継の気のせいではない。……もしかして、あの魔神に乗っている人物は、ヒミコの――?

 

 魔神は名残惜し気にヒミコを見つめ――けれど何も言うことなく、そのまま何処かへと行ってしまう。

 エクスクロスに合流できない/ヒミコに自分のことを名乗れない理由があるのか、謎は燻るばかりだ。

 

 グレンラガンのパイロットとしてエクスクロスに合流したヴィラルを迎える間もなく、クルージング・トムが部隊を率いて陣形を敷く。自分の策を滅茶苦茶にしてきたエクスクロスに対して、強い怒りを見せていた。

 

 それを見たアンジュとグランディスがニヤリと笑う。ダーティな世界とやり口に精通しているからこその悪い笑顔だ。最初から“ドアクダー幹部倒すべし慈悲は無い”というスタンスのため、クルージング・トムが突っ込んでくるというのは、『追いかける手間が省けた』以外の何物でもなかった。

 グレンラガンと龍神丸が、先陣を切ってクルージング・トムの魔神と対峙する。丁度その位置からは、青い龍と赤い龍の石像が良く見えた。龍神丸は石像を注視するようワタルに声をかけ、『何故最初の目的地がドッコイ山の山頂だったのか』を語ってくれた。

 

 

「あれこそが、神部七龍神……! 我々がここに来たのは、彼等と会うためだ!」

 

「ってことは、あの石像も、龍神丸と同じ神様なの!?」

 

 

 ハンソンが驚きの声を上げ、石像を見上げる。言われてみれば、龍神丸と形状や色合いは違うものの、像から放たれる神聖なオーラは龍神丸と同等のものだ。

 

 同業者のお膝元にやってきたおかげか、龍神丸は新たな力を解放したらしい。龍神丸に促されたワタルは、早速新しい技を披露するため身構える。

 そんなワタルに触発されたシモンもまた、新技を試すと宣言した。ヴィラルは何故か心此処に在らずのまま頷いたが、ワタルと龍神丸や龍の像を見比べていた。

 早速、龍神丸は雷龍拳を、グレンラガンはダブルブーメランを放って量産型ゲッペルンの群れを薙ぎ払った。他の面々もそれに続くようにして、雑魚を相手取る。

 

 アンジュ/ヴィルキスとヴィヴィアン/レイザーが高速で飛び回り、量産型ゲッペルンやヘルコプターへ凍結バレットをお見舞いした。身動きが取れなくなった機体へ、アマリとホープス/ゼルガードの電光切禍やシバラク/戦神丸の野牛シバラク流×の字斬りが叩きこまれる。双方から見て、凍結バレットで動きを封じられていた両機は的でしかない。

 バイストン・ウェル帰りの翔子が『あとは私が当てるだけ!』と言って、ノルンのバリアに閉じ込められた敵を狙い撃ちしていた光景を思い出す。彼女は今も、愛する一騎と大切な友達が暮らす竜宮島の守護者として、マークゼクスを駆っているのだろうか。『一騎くんには主夫の資格があると見た! 私の婿殿にならんか!?』と迫っているのだろうか。

 

 竜宮島の喫茶店・楽園が魔境へと変わった瞬間を思い出してしまい、宙継はひっそりとかぶりを振った。

 例えるならそれは、バイストン・ウェルが地獄公務員の乱入でバイストン・ヘルに変わったようなものだった。閑話休題。

 

 

「あいつ、足短けぇ!」

 

「余計なことを考えるな。戦闘に集中しろ」

 

「分かってるよ!」

 

 

 ヘルコプターの造形に間の抜けたような感想を零す青葉を、ディオがぴしゃりと窘める。青葉は緩んでいた意識を引き締め、ルクシオンを駆って挑みかかった。

 初出撃のときと比較すれば、ルクシオンの戦い方も板についてきたように思う。ディオは青葉/ルクシオンを一瞥した後、即座にブラディオンを駆って敵を排除していく。

 

 その脇では、ダンバインの攻撃によって吹き飛ばされたヘルコプターを、グラタンが主砲で狙い撃ちしていた。メガファウナやシグナスも、牽制がてら武装を展開している。宙継も、邪魔者たちを倒すために天を駆けた。

 

 程なくして、雑魚どもは完全に沈黙する。振り返れば、クルージング・トム/セカンドガンとの戦いも佳境に入ってきていた。ヴィルキスとレイザーの凍結バレットによってその場に氷漬けにされたセカンドガンを、戦神丸が一刀両断した。氷は解けたものの、ダメージの影響で身動きは取れないでいる。そこへ、龍神丸が龍雷拳を叩きこんだ。

 龍神丸の一撃が決め手になったのだろう。セカンドガンは大破した。クルージング・トムが悔しそうに叫び散らす声が周囲に響く。だが、奴は「自分は負けたわけじゃない」と負け惜しみを残し、そのまま何処かへと去ってしまった。敵が沈黙したことを確認し、仲間たちはほうと一息つく。寄せ集め部隊にも、人と人との繋がりが出来てきたように感じた。

 

 

<今なら、カイルスみたいに『GN粒子の蔓延で通信機器が使用不可になっても、普段通りの連携を披露できる』んじゃない?>

 

<できそうな気がしますし、できる日も来るのかもしれませんよ>

 

 

 セイカの問いに対し、宙継は微笑む。彼女の話題は、クーゴが視た虚憶の光景、その1幕だった。クレディオが来襲した世界で、遊撃部隊のカイルスが見せた連携――対アロウズやその傘下に属する連中たちを撃退するため、スメラギが行った奇策の1つでもある。閑話休題。

 

 

「しかし、奴め……最後に謎がどうとか言っておったな」

 

「おーい、ワタル!」

 

 

 シバラクが頭をひねったのと、ヒミコがワタルを呼んだのはほぼ同時。彼女の声に視線を向ければ、くノ一の少女は赤龍と青龍の像の前にいた。彼女は石造の前に何か文字が刻まれているのを見つけたらしい。刻まれていた文字を読み上げる。

 『赤龍と青龍。1人の人間が、両方の口に同時に手を入れたとき、2匹の龍は甦る』――文字通りの意味だった場合、“1人が赤龍と青龍の口に、同じタイミングで手を入れる”ことで仕掛けが起動するという話だ。

 だが、赤龍と青龍の口はかなり離れており、1人が両腕を目一杯広げても届かない――十数人の腕の長さが必要な距離が広がっている。ワタルは「ゴム人間みたいに両手を伸ばさないと届かない距離だ」と真顔で呟く。どう頑張っても、1人で仕掛けを作動させることは不可能だった。

 

 これが、クルージング・トムが言い残した“謎”の正体らしい。

 最も、件の像の大きさや離れている距離からして、機体に乗った状態で行った方が良さそうだが。

 

 

「ゼルガードが両手を伸ばしても届かないだろうな」

 

「トランザムは……無理だね。頑張っても、秒単位のタイムラグが発生してしまう」

 

「あくまでも、“3倍の速度で早く動けるようになる”だけですからね。“同時に”という部分で引っかかるでしょう」

 

 

 ショウはゼルガードの両腕を見ながら唸った。同時に、セイカと宙継も見解を述べる。

 

 フリューゲルに搭載されたトランザムシステムでは、ヒミコが読み上げた謎を解く鍵にはならない。他の機体のシステムも、単騎で謎を解くことは不可能に等しかった。

 ロケットパンチ等で腕を飛ばせる機体だったら、勝機はあっただろう。――だが、()鹿()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「本当の方法は分からないですけど、私たちにはあるじゃないですか。2人の人間を1つにする方法が」

 

 

 アマリは満面の笑みを浮かべ、ヴァリアンサーのカップリング機――ルクシオンとブラディオンを見つめた。この機体に搭載されているカップリングシステムならば、2人の思考のラグをなくすことができる。そうやって繋がることによって、双方の機体性能を飛躍的に上昇させるのだ。この原理を応用すれば、2人で“1人の人間として行動する”ことと同等の扱いにされる可能性があった。

 理論上は100点満点だが、現実ではどうなのか――そんな疑問を吐露して首を傾げるディオを、論より証拠波の青葉が引っ張る。ルクシオンは率先して龍の像へと向かったが、ブラディオンは一切動こうとしなかった。「俺にはできない」と、彼は初めて弱音を零す。今まで青葉を引きずるようにして戦場を飛び回っていたディオが、どうして今更そんな弱音を口走るのか。

 答えは簡単。『今が戦闘中ではないから』だった。戦闘中は生きるため、生き残ってやるべきことを成すため、青葉とディオはカップリングシステムで高いシンクロ率を叩きだしているのだ。戦っているという要素がすべて廃された今、自分たちを繋ぐものは何もない。そんな状態の自分たちに、果たして、旅路に関わる仕掛けを解くことができるのか――成功例よりも失敗例を思い浮かべる想像力が、今のディオを尻込みさせている。

 

 

「できないんじゃなくて、できないと思い込んでいるだけなんじゃないのか?」

 

 

 ベルリのアドバイスを皮切りに、仲間たちはディオへ声をかける。

 

 変に気負う必要はなく、いつも通りにしていればいいのだと。余計なことを考えなくていいのだと。元の世界へ帰還するためには、前を向かねばならないのだと。青葉のことを認めているという、己自身の心に対し、素直になればいいのだと。

 躊躇いを見せるディオへ、青葉はシモンとヴィラルの例を挙げる。彼等の関係を言い表すのに相応しい言葉を見つけることは至難の業で、でも、“同じ目的を果たすために、同じ場所で戦っている”という強い結びつきがあった。

 

 

「……同じ目的のためか」

 

「――ディオ!」

 

 

 仏頂面だったディオの表情が柔らかに緩み、ブラディオンはルクシオンの隣に並ぶ。普段は常に袖にされていた青葉への態度が、目に見えて軟化したのだ。

 青葉はぱああと表情を輝かせた。2人は軽口をたたき合う。いがみ合っていたのが嘘みたいに、彼等の口元には自然な笑みが浮かんでいた。

 「コネクティブ・ディオ!」「アクセプション!」――カップリングシステム起動の合言葉が響き、ルクシオンとブラディオンが動く。

 

 シグナスから歓喜の声が聞こえたあたり、2人の同調率は最高記録を叩きだしたのだろう。まるで最初からそうであったと言わんばかりに、ルクシオンとブラディオンは一心同体だった。2機は“同時に”“龍の口へ手を入れる”。

 

 

「――よく来た。ワタルと勇者たちよ」

 

「我々はお前たちが来るのを、このドッコイ山で待っていた」

 

 

 ――仕掛けは滞りなく作動したらしい。

 像になっていたはずの赤龍と青龍が、厳かな面持ちでこちらを見下ろしていたからだ。

 

 

***

 

 

 神部七龍神の赤龍と青龍は、件の像に封印されていたらしい。エクスクロスがクルージング・トムを打倒し、仕掛けを解いたことで、一時的に復活することができたようだ。言葉を交わした時間は短時間ではあったものの、今後の方針を決めるには充分有意義な話題と情報が提供された。

 創界山の虹を元通りにするためには、創界山の秘宝をすべて集める必要がある。今回取り戻した神部の笛も、創界山の秘宝の1つだった。秘宝の数は全部で6つあり、そのすべてがドアクダーの手中にある。ドアクダーは幹部に秘宝を預け、守護させているらしい。それらをすべて取り戻せば、ドアクダーを打倒するための力が手に入るそうだ。

 クルージング・トムとの戦闘から考えると、ドアクダー幹部は秘宝を悪用してくる可能性が高いだろう。同時に、クルージング・トムを撃破したことから、エクスクロスを本格的に狙ってくることは明らかだ。――まあ、探しに行く手間が省けたのと、相手がお宝を持って出て来てくれるという点では楽だろうか。

 

 言い方とやり口が完全に盗賊じみているものの、喧嘩を売って来たのはドアクダーの方だ。こっちは振りかかる火の粉から身を守らねばなるまい。今後、エクスクロスの立場がどのような扱いを受けるかは分からないが、このスタンスは変わらないだろう。

 

 ヴィラルが率いていた獣人たちは、山賊稼業をやめてカミナシティへと戻ることにしたようだ。シモンとヴィラルの戦いぶりを見て、彼等は“人間ともやっていけるのではないか”と信じられるようになったのと、シモンから『カミナシティが働き手を求めている』という話題を聞いたためである。彼等は迷惑をかけた人々に謝りながら、獣の国へ戻るという。

 『人間が異種族に対して細々とした注意をするのは、“貴方たちと一緒に生きていきたい”って思っているからなんだよ。一緒に生きていくためには、お互いが気持ちよく生活できる環境づくりが必要なんだ』というセイカの言葉も、彼等の背中を押したのだろう。獣人はセイカを“アネさん”と呼び、彼女の言葉をしっかり受け止めていた。

 

 ……ただ、『ELSにとっての同化はコミュニケーションだった。しかし、人間の視点から見ると、同化は“命に係わる侵略行為”と判断されることだった。それ知らなかったELSと、ELSの特性を知らなかった人間のすれ違いによって、死ななくてよかった多くの人間を死なせてしまった』という話題は、獣人たちには重すぎたのかもしれない。

 

 獣人たちの物差しは、ELS・フェストゥム・バジュラよりも人間に近い。それ故に、ELSの存在や行動に対して、人間が大パニックに陥り戦線を敷いた理由も理解できたのだろう。

 人間との相互理解を深め、共に生きるために必要なルールを模索することの大切さを、深く心に刻んでくれたようだった。

 

 因みに、当時、多くの軍人や武力団体のパイロットがELSとの戦いで戦死している。原因理由の8割強が自爆だった。

 

 

『当時のELSは『どうして人間はみんな自爆するの? これじゃあ同化できない――もとい、コミュニケーション取れないじゃん!』って思ってた』

 

『ひ、ひええ……!』

 

『アネさん! 俺たち獣人だって、何の知識もない状態でアネさんの仲間に同化されちまったら、絶対自爆しちまいますぜ!?』

 

『でしょう!? そういう誤解による悲劇をなくすためにも、お互いのことを理解しなくちゃダメなの。ソラが手を伸ばしてくれなきゃ、刹那が対話を成そうとしなきゃ、アルティメット・クロスが2人の道を切り開いてくれなかったら、今頃人類とELSはどうなってたことか……』

 

 

 そんな話題を耳にした面々の顔色は、若干悪かった。笑い話で済ませるには、あまりにも誤解と悲劇の規模が大きすぎたためだ。宙継の世界でも、ELSやフェストゥムに対して蟠りを抱いている一派がいることも事実だ。……それでも、戦わなくて済むならそっちの方がいいと判断する者の方が多いことは救いだろう。

 認識の差異から広がった誤解と恐怖を乗り越え、物差しが違う異種族同士でも手を取り合って生きていこうとする人間がいる――アルティメット・クロスの姿勢は、異世界で生きる異種族同士の蟠りを解くヒントになれたようだ。獣人たちはシモンとヴィラルの武運を祈り、同胞たちを目覚めさせてほしいと頼み、『相互理解大事!』と叫びながら去っていった。

 あと、何故かみんなから頭を撫でられた。『お前、熱い奴だな!』だの、『凄いよ宙継くん!』だのと褒められたのだが、宙継は別に、大したことはしていない。ただ、助けを求める誰かのために手を差し伸べられるような――嘗て、宙継にクーゴが手を伸ばしてくれたように、そんなクーゴみたいな――人間になりたかっただけだ。

 

 新たな仲間を加えたエクスクロスは、次の目的地へ向かう前の小休止をしている。先の戦いがハードだったことも、小休止を挟む理由だった。

 

 

「――よし。新しいデータの纏めはこんな感じですかね」

 

 

 宙継は纏めたデータを見て、満足げに頷いた。アルティメット・クロス時代に収集した仲間たちのデータを、シミュレーター訓練に利用するためである。

 

 アル・ワースを救う旅を続けるエクスクロスの前には、様々な勢力の有する、多種多様の兵器が立ちはだかるだろう。戦いの経験は少しでも積んでおくに越したことはない。戦い方や連携のバリエーションを広げるには、既存の経験とデータだけでは足りないと思ったのだ。

 それに、淡々と敵の撃破を行うだけのシミュレーターより、現場同様、状況が入り乱れるような形式のシミュレーターの方が、より実践に近い雰囲気を味わえる。アルティメット・クロス時代に積み重ねた経験を、少しでもエクスクロスのために使いたかった。

 

 宙継が纏めたデータの一部は、既にメガファウナやシグナスのシミュレーターに搭載されていた。今回宙継がまとめたデータは、アップロード用のものである。

 アルティメット・クロスの面々との模擬戦だけでなく、アルティメット・クロス時代に体験した戦場の再現や、アルティメット・クロスと敵対していた機体との戦いも行えた。

 ただ、宙継の思い出補正の影響か、難易度の調整がガタガタになっている。現在、宙継は新しい戦場の追加と既存の難易度調整を行っている真っ最中だった。

 

 

「『本物の暴力が怖い』、『忍者の連続行動は反則』、『大至急ハザードを殴らせろ』、『フェストゥムの回避率が異常すぎる』、『サコミズ王の叫び声が煩い』、『ロリコンは犯罪ではないのか』……」

 

 

 寄せられた反応――主に苦情面/改善点を確認する。一応ライト版の製作も進んでいるが、是非とも初期難易度でも戦えるようになってもらいたい。

 ただ、ストーリーモード方式にしたおかげか、一部の面々からは『部隊士気が上がる』ということで好評だった。逆に下がるような展開もあったらしいが。

 

 具体例としては、“竜宮島およびハザード護衛ステージで『ステージクリア確定直後、ハザードの乗る戦艦が、ランダムで誰かを狙った核兵器ミサイルを発射する』”というイベントだろうか。ディオ/ブラディオンを狙って放たれたミサイルは、身代わりとして飛び出してきた青葉/ルクシオンに命中。ルクシオンが撃墜されたらしい。

 2人はそのことで偉く揉めたようだ。しかも、そのゴタゴタは2人の間だけでは収まらなかったようで、恐ろしい形相をしたディオが宙継の元へ来襲し、「なんであんな要素を入れた! 言え! 何故だ!?」と、尋問一歩手前の状況になったことがある。「実際にやられた。二度とあんなことが起きないようにしたかった」と返答したら、無言のまま解放してくれた。

 そんな話題を聞いたクラマは、酷く鬼気迫る顔をして悩んでいたか。一応、あのステージは“クラマに宛てたメッセージ”でもある。流石にクラマとハザードには天と地ほどの差があるが、あそこまで転落してしまう前に踏み止まってほしい。彼に引導を渡すことになるのは嫌なのだ。不器用だけど優しい人と知っているから。

 

 宙継が作業をしていたとき、背後の扉が開いた。

 入って来たのは、シミュレーター訓練を終えたアマリである。

 

 

「精が出ますね、宙継くん」

 

「アマリさん! 訓練お疲れ様で――……あれ、ホープスは?」

 

「『シミュレーターで得たアルティメット・クロスの情報に好奇心を刺激された』とかで、先に自分の研究室へ戻っちゃいました」

 

 

 アマリは苦笑しつつ、「隣に座ってもいいですか?」と声をかけてきた。宙継が頷けば、アマリは隣に腰かける。

 

 

「そういえば、セイカさんは?」

 

「『腹黒鸚鵡で遊ぶための算段を立てる』って言って出て行きましたよ。あの子、良くも悪くもホープスがお気に入りらしくて」

 

「ああ成程。あの2人――1人と1羽も、喧嘩する程仲がいいって感じでしたからね」

 

「どこかの鼠と猫みたいですよね。仲良く喧嘩しな、って」

 

 

 宙継とアマリは、お互いの相棒がじゃれ合う姿を幻視した。今頃、ホープスの研究室は阿鼻叫喚の大騒ぎになっていることだろう。そんなことを考えながら、2人は雑談に興じた。今回のシミュレーターの感想や、他の人たちが何を言っていたのかに関する話題が多くなる。

 戦艦用のシミュレーターでドニエルと倉光がタッグを組んでスメラギとジェフリー(再現精度は3割弱程度)と勝負を繰り広げたり、アンジュがストライクフリーダムに対して妙な既視感を抱いたり、デモンベインのシャイニング・トラペゾヘドロン(ダイナミックケーキ入刀)を見たシバラクが血涙を流したり――話題に事欠かない。

 アマリは蒼穹作戦やELSとの対話に興味がある様子だった。セイカと獣人たちが話していたことが、なんだか妙に気になって仕方がなかったらしい。丁度、アマリとホープスの関係も異種族同士という繋がりがあるのだ。自分たちの関係の形を築くのに、大きな指針になるのは当たり前のことだろう。

 

 

「素敵です。お互いのことを分かり合えた証として、宇宙(そら)に花が咲くなんて」

 

「電脳貴族との戦いで、今まで対話に成功してきたELSとフェストゥムが援軍に来てくれたときは胸が熱くなりました。分かり合って、手を取り合って生きていく……僕らの選んだ道は間違いじゃなかったんだって思ったんです。あんなに温かくてキラキラしているものが、滅びを齎すだなんてあり得ないって」

 

「色んな命と手を取り合って生きていく……か。宙継くんの世界には、とっても素敵な未来が広がっているんですね」

 

「前途は多難ですが」

 

 

 宙継の世界は、確かに未来へ向けて動き始めている。蟠りや癒えぬ傷を引きずりながら、それでも新しい時代を――未来を築こうと歩き始めたばかりだった。事後処理は未だに残っているし、成さねばならぬことや解決しなければならない問題も山積みだ。頭が痛いのは事実だけど、きっと大丈夫だと信じられる理由があった。

 人類とELSの未来を背負い、宇宙へ旅立って行ったクーゴたちがいた。地上に残った面々も、旧アルティメット・クロスの誇りを胸に戦いへと身を投じている。過去や未来へ還っていった者たちも、ユガの狭間に残った者たちも、この戦いのことを忘れない。きっといつか、どこかで会えるだろう。だって世界は、ちゃんと繋がっているのだから。

 

 

「ELSのパートナーにフェストゥムの友人。異種族同士でも仲良くできるの、羨ましいですね」

 

「アマリさん?」

 

「……私も、ホープスと、もっと仲良くなれるでしょうか?」

 

 

 雨垂れから落ちた雫が地面に弾けるような響きを以て、アマリが呟いた。彼女の横顔は真剣であると同時に、どこか憂いで満ち溢れている。緑柱石のような双瞼が揺れていた。

 

 最近、アマリとホープスの相棒関係が変化していることは察している。特にホープスは、アマリに嫌味を言う頻度が減り、最近は素直にアマリのことを褒めるようになった。

 アマリが修練の末に新しいドグマ――電光切禍を生み出したときは、珍しくべた褒めしていたのだ。以後も褒める頻度が上昇し、ハードルもどんどん下がってきたように思う。

 出会った頃に比べれば、相棒という言葉がきちんと正しい意味として機能するようになったと言えよう。ホープス優位でアマリが依存気味だった歪さも解消されてきた。

 

 どちらも何も言わないけれど、お互いに歩み寄ろうとしていることは確かだった。

 そうして今、アマリの方が――「もっとホープスと仲良くなりたい」と、明確に口にしている。

 

 

「――それ、ホープスに言ってみたらどうですか?」

 

「え……? で、でも……」

 

「思っているだけではダメなんです。面と向かって言わなきゃ、何も伝わりませんよ。相手がいなくなってしまったら、何もかもが遅いんです」

 

 

 これは、父と一緒に外宇宙探索に出た軍人――アンドレイ・スミルノフがよく語っていたことだった。彼は以前、父親――セルゲイと袂を分かったことが原因で溝を作り、積み重なった誤解によってセルゲイを討ってしまった。テロリストになった元同僚を説得するという密命を帯びた父親を、アンドレイはテロリストに与した裏切り者と勘違いしたのだ。

 親子に溝ができたとき、セルゲイは何も言わなかった。それが自分の罪であり、与えられた罰なのだと受け入れた。アンドレイは何も聞かずに飛び出した。耳をふさぎ、目を閉じて、父親の口を黙らせるようにして攻撃を仕掛けた。その結果、セルゲイの機体は、アンドレイの機体の武装によって至近距離から串刺しにされる。

 それでもセルゲイは、息子に対して不平不満をぶつけなかった。ただ、「離れろ」とだけ言って、息子の機体を突き飛ばした。自分の機体の爆発に、アンドレイが巻き込まれてしまわぬように。――“アンドレイを道連れにしないように”という、父親としての、最期の気遣い。それを目の当たりにしたアンドレイは、目の前の光景を認められずに迷走した。

 

 トランザムバーストの恩恵によって、アンドレイはマリー/ソーマ経由でセルゲイの心に触れる。父親の不器用な愛情を知ったアンドレイは、激しく慟哭していた。

 『どうして何も言ってくれなかったんだ! 言ってくれなきゃ、何も分からないじゃないか!』――父へ向けた憤りなのか、自分へ向けた怒りだったのか、それを知っているのは本人だけだろう。

 

 以来、彼は『大切なことはきちんと言葉にして伝える』ことを徹底しているらしい。ただ、性格が父親譲りの不器用系生真面目さんなので、「ああああああ無理だダメだ恥ずかしい死ぬ! そして何より殺される危険性が、あああ沙慈くんやめるんだ」等と言いながらのたうち回っている現場を見たことがある。確かあのときは、“恋人の絹江・クロスロードへの誘い文句”を考えていたのだったか。閑話休題。

 

 

「――それに、『相手と仲良くなりたい』と思うことは、『分かり合いたい』と願うことは、何も間違ったことじゃないでしょう?」

 

「……そうですよね。きっと、間違ってなんかいませんよね」

 

 

 宙継の言葉を聞いたアマリは、にっこりと微笑んだ。

 

 多種多様の命と手を取って生きる未来がどれ程尊いのか、彼女も宙継から聞かされていた。彼女もまた、それを素晴らしいものだと思ってくれた。

 彼女が抱いた感情は――宙継が伝えた出来事は、確かにアマリの背中を押したのだ。緑柱石の瞳はキラキラ輝いている。

 

 

「必ず、ホープスに伝えます。……喜んでくれるかどうかは分からないけど」

 

「大丈夫ですよ。アマリさんの気持ちは、ちゃんと伝わります」

 

 

 アマリは照れ臭そうにはにかんだ。ちょっと自信なさげに微笑む少女の背中を、宙継は言葉でそっと押してやった。何とも言い難そうにしているアマリだったが、かえって居心地悪くなってきたのだろう。慌てた様子で話題を元に戻す。

 宙継も、黙ってそれに乗っかることにした。「お父さんが帰って来て、操くんがまた『生まれて』くるまでには、一通り片付けておきたいんです」――自分の抱負を語ったとき、アマリは「そういえば」と言葉を紡ぐ。

 

 

「第2次蒼穹作戦で、一騎さんが言っていた『お前の神様に逆らえ』っていう台詞も、どうしてか忘れられないんですよね」

 

「……魔従教団の術士が、その言葉に感銘を持っちゃうんですか? 智の神エンデから嫌がらせ受けたりしません?」

 

「教団の在り方や教義は疑っていないし、不満があるわけではないんですけど……あ、でも、私よりもホープスの方が、その言葉を気にしているみたいでした」

 

 

 アマリはそう言うなり、思案するように顎に手を当てる。

 

 一騎の言ったそれは、ミールの命令――一騎たち含んだ竜宮島の人間、およびアルティメット・クロスを消せ――に従うしかないと思いこんだ挙句、自分自身を消すことで痛みから逃れようとしたフェストゥムの端末・来栖操に向けた言葉だ。

 他にも、デウス・エクス・マキナが見せつける滅びの未来をぶち壊した浩一や、嘗て宗教色の強いテロ組織に所属していたが離反した刹那も同じことを述べて操を説得していた。『自分の行動を決めるのは神ではなく、自分自身の意志である』と。

 アマリとホープスは『自由』を求めて魔従教団から脱走した身だ。自分の意志を持ちながらも、母体にして神であるミールの代弁者にならなければいけなかった操の境遇について、何か思うところがあって当然なのかもしれない。

 

 特にホープスは、教団が生み出した魔法生物である。教団にい続ければ、いずれは実験台として使い潰されていたであろう。

 でも、彼は教団を切り捨てて逃げ出す度胸の持ち主だった。そんな彼がどうして、自分と正反対の状況にいた操を説得する言葉に反応したのか。

 

 

「……私、ホープスのこと、何も知らないんです。彼は何も話してくれないから」

 

「アマリさん……」

 

「でも、きっといつか、話してくれますよね。――仲良くなれたら、きっと」

 

 

 アマリは努めて笑みを浮かべていた。どこか寂しそうに、自信なさそうに。

 宙継は、彼女に何も言ってやることができなかった。




宙継の種まきによって、アマリの方にも影響が出てきました。原作よりも早い段階で、ホープスとアマリが接近しつつあります。原作12話相当の時間軸ですが、恐らく彼の味覚にも影響が出ていることでしょう。
今回はUX要素マシマシでお送りしました。シミュレーター訓練が阿鼻叫喚になっているようですが、一種のネタとしてお楽しみいただければ幸いです。


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木々に鳥は集うもの

【諸注意】
・拙作『大丈夫だ、問題しかないから』(ガンダム00×地球へ…×スパロボシリーズ×Gジェネシリーズ等の変則的なクロスオーバー作品)がUXの世界観に組み込まれており、ガンダム00原作死亡者の一部が生存している。
・『大丈夫だ、問題しかないから』がたどり着いたかもしれない一種の未来図。そのため、あちらのネタバレの塊状態である。
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・先天性で刹那がTSしており、グラハムとくっついている(重要)
・オリキャラが多数出演している。
・スパロボUX時空がネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・スパロボXもネタとギャグ方面で愉快なことになっている。
・魔従教団について捏造+魔改造が施されている。
・法師にオリキャラ追加。二つ名は“黄鉄鉱の術士”(黄鉄鉱=パイライト)
・キャラクター崩壊注意。
・基本的にダイジェスト形式。今回はかなり飛ばしている。
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)
・ホープス×アマリ(重要)

上記が大丈夫の方は、この先にお進みください。


「流石、導師が着目するだけのことはあるな」

 

 

 戦闘不能に陥ったゴーレムや、破壊されたゴーレムが転がる戦場。そこを見下ろす黒曜石の術士――セルリック・オブシディアンは、非常に興味深そうに遠くを見つめる。少女は沈黙を保ったまま、周囲を確認した。残骸が転がるのみで、この場には誰も残っていない。

 つい数分前、ここではエクスクロスがゴーレムとの戦いを繰り広げていた。エクスクロスの面々は“ここのゴーレムは術士がおらず、警備用のゴーレムがうろついていた現場に居合わせる。ゴーレムはエクスクロスへ攻撃を仕掛けてきた。よって、正当防衛である”というお題目で迎撃を開始。程なくして、彼等は戦いを制したのだ。

 ゴーレムを倒した手腕も、『教団員に見つかり、変な言いがかりをつけられる前にとんずらする』という判断を下して離脱した判断力も素晴らしい。各機が散開するようにして離脱したあたり、教団員に追われにくくしたのだろう。機動部隊も戦艦も、魔従教団のヤバさを察してくれたようだ。

 

 

「彼らが我々の同志となってくれれば、このアル・ワースにも平穏と安らぎが訪れるだろうな……」

 

「……平穏と安らぎ、ね」

 

 

 どこまでも穏やかに、どこまでも狂信的に、セルリックは()()思っている。()()が正しいと信じて疑わない。――疑うことができないのだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 もしこの場に辞書があったら、少女は今すぐ“平穏”と“安らぎ”の意味を調べて術士たち――特に、今目の前にいるセルリックに見せてやりたい。魔従教団がひた隠しにしている真実を見せたうえで、「これのどこに平穏と安らぎがあるんだ」と怒鳴りつけてやりたかった。

 だが、迂闊にそんなことをすれば、関係各位が黙っていない。導師が直々に、“洗礼と祝福”をやり直すだろう。こちらも辞書を引いて意味を確認し直してほしいし、正しい意味に直すべきだ。因みに、正しい表記は“洗脳と精神制御”。この教団が抱える闇を、顕著に表す言葉だった。

 

 

(最も、生半可な方法じゃ、洗脳も精神制御も解けないんだけど)

 

 

 少女はひっそりため息をつく。教団の術士は、“教団の在り方を忠実に再現するだけの人形”でしかない。地位が変動してもみんな一緒だ。

 唯一導師だけが、その洗脳を解かれて真実を見せつけられる。歴代導師は真実に恐怖し、流されるがままに“平穏と秩序”を守ることになるのだ。

 敢えて目をつぶって知らないふりさえしていれば、()()()()()()()()言葉に従ってさえいれば、少なくとも、自分の安泰だけは保証される。

 

 ()()()()()()()()()()()クソ野郎は、この世界で生きる命を餌としか認識していない。餌を生産させて喰いつくした挙句には、全部ポイ捨てするつもりでいる。

 

 まるでブラック企業のような有様だ。()()()()()の職場がこんなヤバイ所じゃなくてよかった、と、少女は心底安堵する。

 得体の知れない神様に使い潰されるのは、自分1人で充分だ。……ただ、このまま使い潰されるのは癪なので、嫌がらせをしてやるつもりでいた。

 

 

(今に見てろよ、汚いドダイトスめ!)

 

 

 ――あんなクソ野郎、正式名称を呼ぶにも値しない。

 

 黄鉄鉱の術士はそれをおくびにも出さず、表面上は、セルリックに――ひいては汚いドダイトスに従っていた。

 反逆の狼煙を上げるのは、まだもう少し先のことだ。……最も、相手は最初からこれを察して、面白がって黙って見てるだけかもしれないが。

 

 

◆◆

 

 

 旅の仲間が、また1人増えた。マーベル・フローズン――聖戦士の1人にして、ショウ・ザマの恋人である。アルティメット・クロスで共に戦ったマーベルとは、“平行世界の同一人物”と言ったところだ。ショウとマーベルの仲睦まじげな様子は、アルティメット・クロス時代に何度か見かけていた。

 

 マーベルが合流したのは少し前のこと。クルージング・トムの元を飛び出したトッドが、久方ぶりにエクスクロス――ひいてはショウに勝負を挑みに来たときだ。クルージング・トムの元から飛び出したとて、彼の所属はドアクダー軍団のままらしい。トッドから勝負を申しつけられたショウは、その申し出を受けて飛び出した。

 あのときのショウは、トッドと刺し違えるつもりで戦っていたそうだ。バイストン・ウェルにも現実世界にも帰ることが叶わなかった彼は、アル・ワースで生きる意味を探していた。だが、あの時点の彼には生きる意味が希薄で、そのことをトッドとヴィラルに見抜かれていたのだ。宿敵を持つ者同士、通じ合った部分があったのかもしれない。

 トッドが苛立ちをぶつけ、ヴィラルがショウの敗北を確信したとき、戦場に乱入者が現れた。――それがマーベルだった。愛する人と再会できたことは、燃え尽きかけていたショウの魂に火をつけたのだ。戦う理由を、生きる理由を取り戻したショウのオーラ力は増幅。力の差をひっくり返し、トッドを降したのだ。

 

 2人の関係を汲んだエクスクロスは、ショウとマーベルに2人きりの時間をプレゼントすることにした。名目は偵察である。しかし、そんな恋人たちにも容赦なく横槍が入った。興味本位でやってきたパラメイルのライダー2名と、魔従教団のゴーレムどもだ。

 ゴーレムからの襲撃に居合わせたショウ、チャム、マーベル、アンジュ、ヴィヴィアンは戦闘を開始。遅れて合流したシグナス、メガファウナや機動部隊と一緒になってゴーレムを撃退した。その後は教団員と接触することになる前に散会し、逃げるようにその場を後にした。

 

 別々のルートで逃げた機動班は、その後、合流ポイントに到達。全員無事に帰還した。今回の危機も、どうにか乗り越えることができたのだ。

 

 

「~♪ ~♪ ~♪」

 

「~♪ ~♪ ~♪」

 

 

 本日、刃金宙継とセイカは生活班の炊事係を務めている。献立を決め、材料に使う食材を指定し、炊事係になった面々に指示を出す――所謂指揮官的な立場にいた。

 手際よく調理をしながら、宙継とセイカは歌を歌う。今歌っているのは『ライオン』、歌い手はシェリル・ノームとランカ・リーのコンビによるデュエット曲だ。

 

 何の気なしに歌っていた現場を生活班に見つかって以来、銀河を震わせたコンビの歌は、エクスクロス関係者にも好まれるようになった。折角なので布教用のアルバムを配った結果、男女問わず聞いていたり歌っていたりする現場をちょくちょく見かけている。流石は種族の壁を超えて心を動かした歌だ。

 2人を世に送り出した敏腕マネージャーが誇らしげに笑った気配を感じたのは、きっと宙継の気のせいではないのだろう。『当然じゃない。私がプロデュースしたんだから』と語っていたのだから、相当嬉しかったのだろうなと推測できた。――最も、件の彼女は既に故人であり、草葉の陰からのご意見になるのだが。

 歌の影響として、シェリル派かランカ派かで議論を重ねる人々、ランカの歌であるアイモが“バジュラの愛の歌”であることを知って伴侶や好きな人相手に歌ってみようとする人々など、ちょっとした関連事象が起こっていたか。どんな場所でも、似たようなことは起きるらしい。

 

 シェリルとランカたちは帰るべき場所へ帰還したが、この歌は今でも販売され続けている。利益はすべて、アルティメット・クロスの関係者経由で、恵まれない子どもたちや孤児院への支援や、施設設立の為の基金にされていた。閑話休題。

 

 

「…………」

 

「ナディア、どうしたの? 最近元気ないみたいだけど」

 

「……別に、何も。配膳行ってくる」

 

 

 献立も完成し、あとは食堂に運ぶだけ――そう思って振り返ったとき、仕事を終えたセイカがナディアに声をかけているところだった。

 ナディアはつんとした表情のまま、料理をひったくるようにして抱えて厨房から去っていく。彼女の横顔には笑顔はなかった。

 

 異世界に流れ着いて以来、ナディアが戦いと無縁だったことはない。非戦闘員と言えど、戦艦に乗ってエクスクロスに同行しているということは、嫌が応にも戦いに巻き込まれることを意味している。戦うことを悪とする少女にとって、この環境は苦痛極まりない状況だ。ストレスも鰻登りだった。

 好みの違いもありそうだ。彼女は完璧な草食主義者で、肉や魚の類は食べようとしない。しかし、ナディアの価値観は少数派であり、エクスクロスに所属する人々は「何でも食べる」派だ。肉も魚も大好物だし、むしろそれを食べないとやっていられない面子が殆どである。命を奪うことを極端に嫌うナディアには、やはり厳しい。

 『草木や野菜、花だって生きてるんだけどなあ』とぼやいたセイカの口を抑えたのは、宙継が直面した諍いの中でも英断だと思ってる。下手したら、怒り狂ったナディアが断食を始め、衰弱死する危険性も孕んでいたためだ。そんなことされてしまったら、今は亡き彼女の両親や、ジャンに顔向けできなくなってしまう。

 

 

<あの調子だと、近々爆発しそうだね>

 

<爆発しそうな人はもう1人いるんですよねぇ>

 

 

 思念波で会話しつつ、宙継とセイカは“近々爆発しそうなもう1人”に視線を向けた。

 

 

「だから、俺は鳥じゃねえって言ってるだろうが!!」

 

 

 件のもう1人は今、鶏肉を使った夏野菜カレーの配膳係になっている。ヒミコの「トリさんが共食い」という台詞に対して噛みついているのは、何者かによって鳥の姿にさせられた人間――渡部クラマであった。彼は非常に不満げな顔をしながら、夏野菜カレーを次々によそっていく。物欲しそうな顔をしているあたり、本当は自分も食べる側へ回りたいのだろう。

 大きめにカットされたズッキーニやナスが、ごろごろと転がるようにして皿の上に盛り付けられた。真っ赤な完熟トマトはミキサーにかけてから投入されていて、スパイスに混じってほんのりと爽やかな香りが漂う。年齢や好みの差も考慮して、辛さの度合いも選べるようにしてある。そのため、宙継が食堂担当の日はみんな嬉しそうにしていた。閑話休題。

 

 

<クラマさんに“ハザード並みの悪党を求める”というのは酷ってものですけど、僕らを切り捨てるならば、それくらいの気概は見せてもらわなきゃダメですよね>

 

<そのために、ハザード絡みのデータ上げたの?>

 

<勿論。『貴方にそれくらいの覚悟はありますか?』って意味です。……無理そうですけど>

 

 

 “無邪気ではあるが、大人びており理知的な子ども”が、内心そんなことを考えているだなんて、誰が予想するだろう。人に言えないことがあるのは、刃金宙継も一緒である。他の人に話したら、確実に「えげつない」と言われるだろう。その証拠に、グラハムからは『そこまでクーゴに似なくともよいだろうに』と頭を抱えられた。

 えげつないことを考え、その意図を他人に知られないようにしつつ手段を講じる部分は、刃金の一族にはよく見られる傾向だった。実際、それを顕著にしたのが刃金蒼海――クーゴの双子の姉であり、人工ベビーで宙継を産んだ/作った張本人である。具体例としては、マザーコンピューター・テラの保有からアロウズを裏で牛耳っていたことが挙げられた。

 稀代の小悪党になり下がり、挙句の果てには白と黒の忍者によって爆発四散したハザード・パシャに対し、クラマは困惑顔でガッツポーズを取っている。ため込み続けた怒りが洗い流されたカタルシスと、宙継の意図を薄ら感じ取ったが故の困惑顔だったのだろう。この時点で、クラマは“悪党になり切れないお人好し”であることは確かだった。

 

 多分、彼はどんなに頑張っても、優しさを棄てることはできない。エクスクロスで積み上げてきた日々を切り捨てることができないのだ。潜入工作員にするには不適合な人物である。そんな人物が何を思って工作員をしているのか、宙継には何となく予想がつく。

 ……最も、クラマはそれを暴かれることを望まないし、宙継も無理矢理暴く真似はしたくなかった。彼ならば、ちゃんと自分の口から言葉で伝えられる。ニヒルで斜に構えてはいるけれど、それくらいの男気や思い切りを持っている人だからだ。

 

 ――それに、仮に殴り合うことになったとしても、彼とならば和解が成立する可能性は充分にあり得る。

 

 エクスクロスの面々は、お互いがお互いに対して迷惑をかけっぱなしにしていることが多い。名目なら、貸し借り以外にだっていいものがある。

 普段は別方向を向いていたとしても、倒すべき敵や成すべきことを見失ったりはしない。同じものを見て、同じ場所を目指して戦うことができるはずだ。

 

 

「……加藤指令と石神隊長、元気かなあ」

 

 

 長らく別方向を向いて、別々の道を進んでいた男たちの背中を想う。

 

 石神は加藤に何も言わず、何も伝えなかった。加藤含んだ人類を救うために。そのせいで、アルティメット・クロスは散々巻き込まれている。石神に不信感を抱いた者だっていた。

 加藤の「何故裏切った」に対する石神の答え――「貴方を救い、貴方を裏切らないため」――が明かされたとき、本当の意味で、2人は無くした/手放したものを取り戻せたのだ。

 強い決意のもとに道を違え、ようやく同じ道で同じ未来(もの)を見ることができた、深い信頼で結ばれた者たち。その視線は外されることも無く、互いの存在はすぐ傍らにある。

 

 アルティメット・クロスが解散した後、加藤は自らが率いる機関の総司令官、石神はその隊長に就任している。本丸で指揮を執る総司令官と現場で戦う隊長では、背中を預けて戦うような機会は少ない。それでも、彼らの心の中には、一緒に背中を預けて戦っていた頃の光景が鮮明に浮かんでいるのだ。どこで何をしていても、それだけは変わらない。

 いずれ、エクスクロスの面々にも、誰かしらそういう相手と巡り合う日が来るのだろう。もしくは、宙継にとってのアルティメット・クロスのように、忘れられない仲間たちとして心に刻まれ続けるのかもしれない。ナディアにも、クラマにも、そういう相手ができたなら――宙継はそんなことを考えつつ、作業の手を動かした。

 

 

 

 

(次のシミュレーターでは、石神さん絡みのやつ上げてみようかな)

 

 

 後日、シミュレーターに石神絡みのネタ――戦績によって石神の生死が変動する――を上げてみたところ、多くの機動部隊関係者がシミュレーターから離れなくなったことを記載しておく。

 

 

***

 

 

『大変! ナディアがいなくなっちゃったの!!』

 

 

 マリーの叫びから始まった“ナディア家出事件”は、ネオ・アトランティスの乱入とN-ノーチラス号という新戦力の加入で幕を閉じた。勿論、家出したナディアも無事である。

 

 ストレスや鬱憤を爆発させたナディアは、宙継の予想通り、エクスクロスから飛び出すことを決意したらしい。だが、以前補給先となった村へ異動する途中、ネオ・アトランティス軍に拉致されそうになったという。そこを鳥のようなロボットに助けてもらった直後、ゼルガードとグラタンが駆けつけたとのことだ。

 どんな取引を交わしたのかは知らないが、ネオ・アトランティスは、ゾギリアの親衛隊部隊を戦力に引き入れていた。ディオ曰く、親衛隊部隊は以前戦った国防軍とはまた違う――国政上のトップ――の管轄で、シグナスとその関係者は一度も戦ったことは無いらしい。政治色の強い軍部隊には碌な相手がいないのだが、こちらもそれに該当するようだった。

 

 

『ナディア。キミがそこにいることは、既に報告を受けている』

 

 

『単刀直入に言おう。私の元へ来るのだ。そうすれば、私はキミの仲間を見逃し、キミにはプリンセスとしての待遇を約束しよう』

 

 

 ネオ・アトランティスの首領ガーゴイルは取引を迫った。仲間を見逃すというのは条件として妥当だと思うが、何故“ナディアにプリンセスとしての待遇を与える”のか。

 その理由を問うても、ガーゴイルは鼻で笑うのみ。『下等な猿に教える必要はないよ』という発言からして、こちらを蔑んでいることは明らかだった。歪んだ差別意識を感じ取る。

 奴はナディア意外とコミュニケーションを取るつもりは無さそうだった。脅迫という手段ではあれど、ナディアに対して敬意と信奉を孕んでいるように感じたのは気のせいではない。

 

 沈黙を否定と断じたガーゴイルは、ゾギリア親衛隊部隊をこちらに差し向けてきた。政治色の強い部隊故か、国防軍のクーゲルと違って武装も優遇されているようだ。国防軍より武装が優先され充実しているのは、親衛隊部隊がプロパガンダ用も兼ねているためだろう。

 セイカが早速同化して解析してみたところ、件の機体はグバルディアという名前らしい。クーゲルを下地にして開発された機体で、実質的な改良機とも言えるようなスペックだった。だが、この機体が国防軍に普及する予定は一切ないらしく、機体の設計開発は親衛隊部隊が優先気味となっていた。

 

 こんな形で敵陣営の苦労を知ることになるとは思わなかった――良心的な軍人が憂いに満ちた眼差しを伏せる姿が容易に浮かび、宙継はひっそりため息をついた。閑話休題。

 

 ゾギリア親衛隊部隊の大部分を退けたものの、ネオ・アトランティスの旗本艦には強力な電磁シールドが搭載されていた。あのシールドを展開されてしまえば、攻撃の大部分が無効化され、シールドへ近寄った機体は軒並み消し炭にされるだろう。実際、ELSに擬態させたグバルディアを嗾けて見たが、即座に焼き切られてしまった。

 『バリアが展開されてない状態で取り付ければ、あのバリアについて学習することができるのにな……!』と、セイカは口惜しそうに呟く。ガーゴイルはこちらの火力不足を見下しながら、再度ナディアへ投降するよう脅迫した。エクスクロスの人間を詰りつつ、ナディアへ敬意と信奉を払うことは忘れない。器用な男だ。

 

 

『14歳の少女にプリンセス待遇を約束し、引き入れようとする図……どこからどう見ても、貴方の品性を疑います』

 

『アイツの言う特別って、“特別な性癖を持つヘンタイ”ってこと? 自己紹介としても、ここまで最悪なの聞いたことないんだけど』

 

『寧ろ言ってはいけない類です。ネオ・アトランティスには“14歳のいたいけな少女でお姫様ごっこをする”紳士ご用達の文化が浸透しているというなら分かりますが……』

 

『違う! ああもう、これだから猿は嫌いなんだ!!』

 

 

 宙継とセイカの抱いた予感を、ガーゴイルは全力で否定した。『ナディアをプリンセスとして迎える』というのは、ガーゴイル個人の性癖ではないらしい。

 最も、“ガーゴイル個人の性癖の為にネオ・アトランティス兵が動かされている”というのは大問題しかないのだが。閑話休題。

 

 ガーゴイルは執拗に『ナディアは普通の人間と違う。自分と同じ、“特別な存在”だ』と語り掛け続けた。心の底から、奴は自分の言葉――否、己の価値観を絶対視している。そうするだけの根拠があると言わんばかりに。

 正直な話、ガーゴイルの言動からは、特別の「と」の字も感じない。だって明らかに既視感がある。低俗なコピペレベルだ。“対話の姿勢を見せず、命を容赦なく踏み躙る”輩は、何度も目にしてきた。

 命に対して上から目線でいることが許されるだなんて、そんな考えは最早通じない――共に生きる道を探すことが当たり前の世界から来た身として、これ程までに腹立たしい相手はいない。

 

 

『――黙りなさい』

 

 

 しかし、宙継が怒りを露わにするよりも先に、動いた人物がいた。

 

 

『私は、貴方のような人間に、屈するつもりはありません!』

 

 

 自由を求めて魔従教団を飛び出した藍柱石の術士、アマリ・アクアマリン。彼女の意思を反映するように、ゼルガードは真っ直ぐ空中戦艦へと突っ込む。

 相棒のホープスが苦言を呈さないあたり、彼はアマリの意志を尊重することにしたらしい。ホープスの反応を見たセイカは、愉快そうに笑って口笛を吹いていた。

 

 自分の力を過信していたためか、ガーゴイルはアマリの行動――術で『光壁』を展開し、空中戦艦のバリアに干渉することで穴をあける――に対する反応が送れた。『自分は頑丈だから多少の無茶くらい平気だ』と笑う彼女に対し、宙継は苦笑して転移する。

 

 

『僕も手伝います。――この人の言動は、見ていて本当に苛立たしいので』

 

『そ、宙継くん!?』

 

『ばかな……人間が宙に浮いているだと!?』

 

 

 機体を置いて、空中戦艦とゼルガードの間に割るように転移したことが原因らしい。アマリやガーゴイルを始め、多くの人々が驚きの声を上げた。

 そういえば、宙継の十八番である“サイオン波を駆使した空中浮遊”を披露したのは、今回が初めてだったか。ならば、驚くのは致し方ないだろう。

 宙継はサイオン波によるバリアを展開し、ゼルガードを守りつつ空中戦艦のバリアへ更なる干渉を行った。ゼルガード単体のときより、目に見えて大きな穴が開く。

 

 宙継の守りによって、アマリやゼルガードに被害が及ばないと分かったのだろう。エクスクロスの面々は、迷うことなく空中戦艦へと攻撃を仕掛けた。砲撃の轟音と振動に目をつむりかけながらも、宙継は最後まで耐える。煙が晴れた先に、自軍の攻撃でダメージを受けた戦艦の姿があった。

 

 よく見ると、戦艦の一部にELSが取りついている。凄まじい勢いで浸蝕していくELSは、ネオ・アトランティス軍のバリアを突破するために仕組みを学んでいる様子だった。セイカが解析を進める真剣な眼差しを思い出しつつ、宙継は空中戦艦を睨みつける。

 ガーゴイルは反撃を試みるも、それより先に、向こう側から砲撃が降り注ぐ方が早かった。砲撃を加えたのは、ネオ・アトランティスの空中戦艦と雰囲気が似通った戦艦である。通信を聞くと、件の戦艦はN-ノーチラス号と言い、ナディアが身を寄せていた船員たちが全員無事で搭乗しているとのことだった。

 

 彼ら――船長であるネモの無事を確認した19世紀出身者たちがぱああと表情を輝かせる中、ナディアは複雑そうな顔をしていた。彼女とネモの間に何があったかは知らないが、蟠りの原因はそこにあるのかもしれない。それを確認するには、戦場は忙しすぎた。

 

 残っていたゾギリア親衛隊部隊を撤退へ追い込み、こちらに構わず空中戦艦へ攻撃を仕掛けるN-ノーチラス号の援護へ駆け回る。

 程なくして、空中戦艦は限界へと追い込まれた。ガーゴイルは心底感嘆したように、ネモへと通信を送った。

 

 

『流石は幻の発掘兵器ヱクセリオン。それを操るネモくんの手腕と合わせて、見事と言っておこう』

 

『逃げるつもりか? ガーゴイル』

 

『相変らず辛辣だな、ネモくん。こうしてキミと再び話す機会が来るとは思わなかったよ』

 

『あの戦いで私に止めをさせなかったのは残念だったな』

 

 

 会話を聞く限り、ネモはガーゴイルと浅からぬ因縁があるらしい。ブルーウォーターを狙ったり、ナディアをプリンセス待遇で迎えようとする理由と関わりがあるのだろうか。

 

 空中戦艦は撤退し、N-ノーチラス号側がエクスクロスへ接触を求めてきた。倉光は『てっきりそのまま行ってしまうのかと思ってた』と苦笑しつつ、シグナスの艦長としてネモに接触することを決めた様子だった。勿論、メガファウナの艦長としてドニエルも参加する。グラタンの面々――特にグランディスは、大慌てでメイクを直していた。

 結果的にN-ノーチラス号はエクスクロスと行動を共にすることになったが、本当はジャンたちを回収したらさっさと単独行動をするつもりだったようだ。ナディアがエクスクロスへの残留を強く希望したことや、ネモが抱える腹のイチモツからの関係で、同行を決めたそうだ。これから、エクスクロス内部での情報交換が行われる予定となっている。

 

 

(……思念波の方角からして、こっちなんですけど……)

 

 

 宙継の足は、情報交換会の会場とは反対方向へと向いていた。多くのクルーが出入りするのと、本人もコソコソ動くことは苦手ではないため、どさくさで誰か1人がいなくなっていても気づかれにくい。宙継が今探しているのは、どさくさに紛れていなくなっていた人物だ。

 セイカには先に会場へ行ってもらっていた。ELSネットワークを介しているので、宙継が会場に到着するより先に交換会が始まっても問題ないようにできている。……最も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 宙継の読みは当たったようで、該当者は何食わぬ顔でエクスクロスの情報交換会へ合流するつもりでいたらしい。

 該当者の思念が近づいて来るのを察知した宙継は、わざと下を向いた状態で駆け出した。どん、と、鈍い衝撃が走る。

 ぶつかった勢いで尻もちをつきそうになったが、そうはならずに済んだ。宙継に突っ込まれた側が引っ張り上げてくれたためである。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

「クラマさん」

 

 

 クラマは宙継がわざとぶつかってきたことに気づいていない。忙しく駆け回っていたために注意散漫になっていたと信じている。――そういうところが悪人向きではないのだ。

 

 「クラマさんはどこ行ったのかなと思って探してたんです」と言えば、クラマは一瞬どきりとしたように肩をすくませた。彼は曖昧に笑いながら、何と切り返そうかと思案している。

 今の宙継にとって、クラマが腹に何を抱えていようと重要なことではない。宙継がこうしてクラマに声をかけている理由は、別な部分にある。宙継は満面の笑みを浮かべた。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼は、ナディアのことを幸せ者だと考えていた。彼女には帰る場所があり、迎えてくれる人がいるからだと。その場所がエクスクロスなのだと。

 まるで、自分はそれに該当しないと言わんばかりの態度である。そういうところは、宙継はあまり好きではない。だから、彼に伝えておきたかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()と。

 

 にっこり笑う宙継を見て、彼は酷く動揺している様子だった。何もかもを見透かしたうえで、何もかもを受け止めると言わんばかりの様子に対し、余計に葛藤を強める。

 <これも任務のため>だなんて考えながら、それでも嬉しさを隠しきれなかった彼は目を細めて笑う。何も言わずとも受け入れられる――安堵と喜びは、確かに本物だったのだ。

 

 

「……おう。ただいま」

 

 

<――ここが本当に、俺の帰る場所だったらよかったのにな>

 

 

 何も知りたくなかったと言わんばかりに、青年が自分自身の心へ背を向けたような気配がした。たった1つを守るために非道を征くと決めながら、生来の気質と仲間たちとの交流が、彼の決意を削いでいく。大きな力を振るう存在(クラマにスパイ活動を命じた黒幕)へと挑む者たちの背中に、どうしても希望を抱かずにはいられない。

 

 黒幕に対して名実共に盲目的でいられたなら、こんなに苦しむことはなかっただろう。――否、苦しむことができるなら、まだ引き返すことができる証だ。羽を休めることができず迷い続ける1羽の鳥は、驚異的なスピードで成長し続ける若木に魅せられている。クラマと出会ったときの救世主一行は、吹けば飛ぶような頼りない芽でしかなかったのに。

 若芽はエクスクロスへと名前を変えて、若樹へと成長を遂げた。まだまだ頼りないけれど、いずれこの木は大樹へと至るだろう。多くの人々の拠り所となり、最後は世界を支え、救う日が来るのだろう。――嘗て宙継が身を寄せていた究極の混成部隊アルティメット・クロスが、宙継たちの世界を救った標となったように。宙継には、不思議とそんな確信があった。

 

 

☆☆

 

 

「こうして見回してみると、俺たちって本当に『寄せ集め部隊』なんだな……」

 

 

 エクスクロスの面々――当直で見回りに出ている者を除いた全員の顔ぶれを確認した青葉が、感嘆の息を吐いた。

 

 実際、彼の言葉通りである。構成員は大まかに、異世界人とアル・ワースの人間という2グループ区分で別れているものの、事細かに細分化することが可能だ。アル・ワースという世界単位だけでも、魔従教団からの脱走術士、パラメイルのライダー、ドッコイ山近辺在住者、獣の国からの流れ者と千差万別である。

 そんな寄せ集め部隊に、N-ノーチラス号のクルーたちが加わることと相成った。艦長のネモ曰く、『最初は単独行動を続けようと考えていたが、情報収集した結果、エクスクロスと行動を共にする方がいいと判断した』とのことらしい。彼等を信頼するか否か、迷いを見せている者もいる様子だった。

 

 

「N-ノーチラス号についても多くを語ろうとしないし、油断ならない一団かもしれんな」

 

「何を言っているか、ディオ。仲間を疑うようなことを言うでない」

 

 

 眉間に皺を寄せ、ネモとエレクトラを見つめるディオに対し、シバラクは諭すように声をかけた。しかし、普段のシバラクは、どちらかと言えばディオと近しい感性の持ち主である。

 身分が保証されない人物や一団が合流するとき、真っ先に疑いの眼差しを向けていたのは彼だ。一緒に旅をしてきた者たちを想うからこそ、新参者を疑うタイプだったように思う。

 そんなシバラクが、珍しく新参者――N-ノーチラス号の面々を庇うような発言をするとは。アマリが感心したとき、リーがシバラクの肩を叩いて問いかけた。

 

 

「シバラク先生の場合、あの副長さんが美人だから、無条件で信用しているんじゃないですか?」

 

「そ、そんなことは……あったり、なかったり……」

 

「図星かよ、オッサン」

 

 

 挙動不審になったシバラクを見て、ヤールが深々とため息をつく。やはり、シバラクの悪癖――美人な女性に対して滅法弱い――が発動していたらしい。シバラクは美人に惚れっぽいタイプで、今回惚れ込んだのは、N-ノーチラス号の副艦長であるエレクトラだった。

 最初はグランディスに対して惚れた腫れた発言を繰り返していたというのに、今度はまた別の女性にアプローチをしようとしている。複数の女性にアプローチをするというのは、所謂股掛けに相当する失礼な行為ではなかろうか? アマリの疑問を代弁したのは、真っ直ぐで純粋な心の持ち主であるワタルであった。

 だが、シバラクはワタルと目線を合わせると、妙に真剣な面持ちになった。顔のタッチが劇画調のイケメンに変わったように見えたのは、きっとアマリの気のせいではない。シバラクは真顔でワタルに言い聞かせる。

 

 

「覚えておけ、ワタル。男というものは、一度に複数の女性を愛することができるのだ」

 

「それって、複数の異性を食い物にするってことですか!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 次の瞬間、凄まじい勢いでシバラクの言葉に食いついてきた少年がいた。宙継はこの世の終わりでも見たかのような鬼気迫った顔で、シバラクに詰問する。

 

 

「シバラクさんとあろう者が、僕の生みの親みたいなことしませんよね?」

 

「ま、待て宙継。愛するのと食い物にするのは全く違――」

 

「シバラクさんとあろう者が、僕の生みの親みたいなことしませんよね? 愛しているという名目で、複数の異性と股掛けとかしませんよね?」

 

「いや、だから、拙者は股掛けをするつもりはなく――」

 

「シバラクさんは、僕の生みの親みたいなことしませんよね? 『飽きたら事故に見せかけて殺処分』とかしませんよね?」

 

「殺処分!? 何故そんな物々しい単語が出てくるのだ!? というか、実際にやったのか!?」

 

「――シバラクさんは、そんなことしませんよね? 下手したら、アルトさんやジョウさんみたいに許されなくなりますよ?」

 

 

 畳みかけるように問いかけた宙継の目は死んでいた。おろおろしていたシバラクは、最終的に、大量の冷や汗を流しながら「武士の名に誓って」と答えた。途端にハイライトが戻ってきて普段通りになったあたり、宙継にとって『複数の異性にアプローチをかける』人物は地雷/トラウマらしい。

 最も、グランディスもエレクトラも、シバラクに対して矢印を向けているような様子は一切なかった。双方共に、ネモ以外の男性など眼中にないと見える。二股をかけた罰とでも言わんばかりに、ヒミコやクラマからそれを指摘され、シバラクはがっくりと肩を落とした。二兎追う者は、結局どちらも得られないのである。

 

 

「さて、これからエクスクロスの今後について話し合いをするとしようか」

 

 

 倉光が音頭を取る。それに呼応するかのように、艦長たちが現状の説明を開始した。

 

 先日戦ったネオ・アトランティスの艦隊とゾギリア共和国が共闘関係を結んでいたことは、エクスクロス内で周知の事実。同時に、ゾギリア共和国はキャピタル・アーミィとも手を組んでいたし、キャピタル・アーミィはマナの国――神聖ミスルギ皇国の傘下であった。現在、神聖ミスルギ皇国はアメリア軍の大隊を敵視しており、執拗に追っているという。

 そのため、ドニエル艦長には上司であるクリムから、改めて“マナの国の調査をしてほしい”という命令が下ったらしい。前回と同じような顔――非常に疲れ切っていた――をしている様子からして、また一方的に通信から物を申され、こちらの返答を待たぬ間に『宜しく頼む』と言い残して切られてしまったのだろう。断る間もなかったのだ。

 エクスクロスがキャピタル・アーミィから狙われているのは事実である。彼等を傘下に入れて動かしているマナの国を調べることは、決して無駄なことではない。キャピタル・アーミィが勝手に狙ってくるのか、マナの国がこちらを狙うよう命令を下しているのか――それが明らかになるだけでも、こちらの取るべき対応は一気に変わってくる。

 

 しかし、マナの国を調査することに対して異を唱えた者たちがいた。アンジュは「国を売り渡すつもりがないので協力できない」と首を振り、ワタルは「ドアクダーを倒すことが先決だと思う」と主張する。確かに、アル・ワースを支配しようと動いているドアクダー一味を放置しておくことはできない。

 下手をすれば、異世界人を次々と戦力に取り込み、更なる悪事を働こうとする危険性がある。今のところ、ドアクダー一味の傘下に入っている者は無法者や乱暴者が多いのだ。1名ほど人間関係の大事故で敵対者になった者がいるあたり、乱暴者や無法者でなくとも、後ろ盾を求めて傘下に下ることもあり得た。

 

 

「やはりそうなったか……。予想通りだな」

 

「というわけで、ここはエクスクロスを2手に分けようと思う」

 

 

 やれやれと言いたげな顔でため息をついたドニエルの言葉を、温和で涼し気な笑みを浮かべた倉光が引き継いだ。

 マナの国調査を優先すべき派とドアクダー打倒に専念すべき派の面々に別れ、別行動を取ることで同時攻略を試みようという算段らしい。

 戦力が分断されるというデメリットがある分、今回の編成は慎重に行いたい――それが、メガファウナ・シグナス・N-ノーチラス号艦長たちの総意だった。

 

 班分けと戦力を確認していた宙継が手を挙げた。

 

 

「質問があります。班分けにゼルガード、サイバスター、フリューゲルの名前が記載されていないのですが……」

 

「あ、本当だ。私たちはどちらに所属すればいいんですか?」

 

 

 宙継の言葉通り、班分け表の中にはアマリとホープス/ゼルガード、マサキとシロやクロ/サイバスター、宙継とセイカ/フリューゲルの名前がない。

 

 

「キミたちについては、戦術的にもウエイトが大きいからね。どちらに所属させようか、迷ってね」

 

「なので、本人たちの選択に任せることにした」

 

 

 自分たちの指摘を聞いた倉光が苦笑する。その隣にいたドニエルも、覚悟を決めたような面持ちで頷き返した。

 パイロット本人の自由意思に任せることがどれ程異例なことであるか、その選択で自分たちが負うであろう不利益も考慮した上で。

 

 

「そういうことなら、俺はアマリに任せるぜ」

 

「僕もアマリさんについて行きます」

 

 

 悩むアマリを置いてけぼりにするが如く、マサキと宙継が言い切った。思わず彼らの方へ視線を向ければ、双方共に静かな面持ちでこちらを見返している。

 

 

「いいんですか? 2人とも、そんな簡単に決めてしまって」

 

「お前の生き様って奴に興味があるんでな」

 

「え?」

「――は?」

 

 

 マサキから思わぬ言葉を投げかけられて、アマリは思わず目を見開く。次の瞬間、ホープスが一際低い声を出した。

 声が聞こえた方向に視線を向けると、ホープスの鶏冠がゆらりと立ち上がりかかっている。

 心なしか、黒い怨念のようなものが吹きあがっているように見えた。睨みだけで人を殺せそうな形相をしている。

 

 それを見たマサキはぎょっとしたように目を見張ると、慌てて弁明するように付け加えた。

 

 

「い、言っておくが、愛の告白とか、そういうのじゃないからな!」

 

「ああ、そうなんですね。それなら別に大丈夫です」

 

「ですね。安心しました」

 

「……さりげなくキツイな、お前ら」

 

 

 アマリはホープスと顔を見合わせて頷き合った。自分たちの言葉を聞いたマサキは苦虫を噛み潰したかのようなしかめっ面を浮かべ、ひっそりと肩を竦めた。

 彼は「愛の告白ではない」と自己申告していたのに、まだ何か物言いたげな顔をしている。どうかしたのだろうか? アマリが問うよりも先に、ホープスがマサキを睨んだ。

 

 

「――まだ何か?」

 

「いや何も」

 

 

 大地を轟かせんばかりに響いた低い声に気圧されたのか、マサキはこめかみから汗を滲ませながら視線を逸らした。

 

 マサキが付いてくる理由は分かった。では、宙継はどうなのだろう?

 アマリの問いを察知したのか、宙継は静かな笑みを浮かべた。

 

 

「僕は、マサキさんと似たような理由ですね。アマリさんが追い求める『自由』がどのようなものか、その答えを見届けたい。――その答えの果てに、この世界の命運が懸かっているような気がするんです」

 

「そんな……大げさです。私個人の出す答えが、どうしてアル・ワースの命運を左右するんですか?」

 

「新人類の勘ってヤツですね。最も、それが知りたいからついて行くっていう点もあるんですけど……」

 

 

 宙継は悪戯っぽく微笑み、付け加える。

 

 

()()()()()で言う、愛の告白ってヤツも兼ねてますかね」

 

「ええっ!?」

「――!!!」

 

 

 突然落とされた爆弾発言に、アマリは激しく狼狽した。5歳の頃から魔従教団で研鑽に励んでいた自分は、恋愛とは無縁の環境に身を置いていたのだ。仲が良い異性がいない訳ではないが、件の青年――イオリ・アイオライトとは“良いお友達”関係である。

 異性から愛の告白を受けたことはおろか、そんな告白を向けてきた人物が齢7歳程度の少年であったことも初めてだ。おつき合いするには問題が山積みだし、少年の初恋を踏み躙るような真似はしたくない。だが、アマリにはこの状況を穏便に済ます方法は分からなかった。

 助け船を求めてホープスに視線を向ければ、ホープスは宙継を射殺さんばかりに睨みつけている。僅かでも刺激を与えたら、何をするか分からないような気配を感じた。ホープスにも頼れないとなれば、アマリは一体どうすればいいんだろう。

 

 ホープスの様子に戦慄したマサキが、慌てた様子で宙継に向き直る。

 彼の顔は、非常に鬼気迫った形相を湛えていた。

 

 

「馬鹿野郎! 宙継、お前死にたいのか!?」

 

「どうしたんですかマサキさん。そんなに切羽詰った顔して」

 

「見ろよ、あのホープスの顔を! お前を怨敵に見定めたみたいな顔してるぞ!!」

 

 

 マサキの指摘を受けた宙継が、ホープスと向かい合う。宙継はあっけらかんとした調子で「殺意の波動にでも目覚めそうな顔してますね」と言ってのけた。

 

 

「僕、ちゃんと言いましたよ。『()()()()()で言う、愛の告白』だって」

 

「友愛や人類愛だって、()()()()()()()()愛でしょ?」

 

 

 宙継の言葉を引き継いだのはセイカだった。彼女は宙継以上に悪い笑みを湛えて補足する。――宙継の言葉通り、友愛や人類愛を告げることだって、ある意味では愛の告白だ。

 アマリが納得したのと、ホープスが居心地悪そうに羽をばたつかせたのはほぼ同時だった。ホープスは眦を釣り上げ、ぎっとセイカを睨みつける。セイカは鼻で笑い返した。

 次の瞬間、セイカが回れ右をして駆け出した。彼女の背中をホープスが追いかける。普段の慇懃無礼差を投げ捨てて「貴様ァァァァ!」と叫び散らす様は、非常に珍しい。

 

 篝火の周辺で追いかけっこをするセイカとホープスの様子に微笑ましさを感じつつ、アマリは編成表へと向き直る。

 いくら艦長たちから「自由に決めていい」と言われていたとしても、責任重大である。慎重に考えなくては。

 

 

(……でも、どうしてホープスは、『愛の告白』に対して強く反応したんだろう……?)

 

 

 どちらに同行するかを考える傍らに浮かんだ疑問は、アマリの脳裏から離れなかった。

 

 




暫く間が空きましたが、できました。ホープス×アマリ主軸と謳いながらも、なかなか彼と彼女にスポットが当たりません。「そういう要素がない部分はみんなぶっちぎっていい」とは分かっていますが、やっぱりUX経由宙継のアレコレも入れたいなと悩んだ結果がこんな感じになりました。
スパロボ原作は50話程度が普通なので、原作沿い系の二次創作側も必然的に話数が増えてしまうんですよね。分岐や幕間の話も組み込むと、絶対百話以内で終わらない気配がします。今回のお話も、以前書いたP5二次創作と同じダイジェスト形式にしているのですが、今回は何話で完結するかな……?
さて、分岐はどうしよう。ホプアマ要素薄そうだからすっ飛ばそうかと画策しているのですが、許されるのだろうか。


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