Monika Before Story (紺色連邦)
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部活の始まりと「世界五分前仮説」

ネタバレ注意です。

あの時の私、ちょっと疲れちゃってて....。
その、ディベート部自体はとても楽しかったのよ?でも部内の人間関係とか、政治的派閥争いとか、そういうのが。

だからね、新しく部活を作ることにしたの。素敵でしょ?


 ねぇ。

 あなたは、「世界五分前仮説」って知ってる?

 この世界は五分前に作られたモノであり、記憶や歴史もその時に作られたモノだって仮説。

 結構有名だし、知っててもおかしくないかな。

 ああ、もし知らなかったからといって、馬鹿にしたいわけじゃないのよ?

 こういうのって、興味を持って調べないと入ってこないものだし……。

 私はこういう仮説って結構好きなんだよね。

 「シミュレーション仮説」とか、「他世界解釈」とか。

 ……。

 

「ねえ、モニカちゃん。ここのことなんだけど……」

「うん? ああ、そこはね……」

 

 彼女の名前は……。うーん、何だっけ? ディベート部の後輩なのは覚えているんだけど。

 まあ、もうこれからはあまり話すこともないだろうし……いいよね。

 もう、ディベート部はやめちゃったし。

 ……なんの話だっけ?

 そうそう、世界五分前仮説の話だったね!

 実際のところ、あなたはそれについて、どう思ってる?

 もしかして、トンデモ理論だと思ってるんじゃない?

 確かに、私たちの記憶も、世界も、社会も、常識も、全て誰かによって作られたなんて、ちょっと受け入れられることじゃないよね。

 でも、じゃあ……。

 あなたは、この仮説を否定することは出来る?

 出来ないよね。

 だって、どんなものを持ち出したところで……。

 「それが五分前に作られたもの」であるなんて、どうしたら否定できる?

 そう、この仮説は、絶対に否定することは出来ないの。

 いくら内容が荒唐無稽に思えたとしても。

 そこが、私が哲学的仮説を好きな理由なんだけどね。

 ……

 

「モニカちゃん、本当に部活辞めちゃうの? 大会ももうすぐなのに……」

「ごめんなさい……」

「いやいや、謝ってもらう必要はないんだよ! でもでも、ほら、今って大事な時期じゃない? モニカちゃんがいてくれたら助かるっていうか……」

「う、うん……。それは、分かってるんだけど……」

「やっぱり……ダメ?」

「……ごめんなさい」

「ああ、こっちこそ、ごめんね! 謝って欲しい訳じゃないの!」

 

 うーん、分かってはいたけど、辞めるとなるとそれはそれで面倒ね。

 今の彼女……やっぱり、名前は忘れてしまったけれど、彼女だって、本当は大会のことなんてどうだっていいと思ってる。

 彼女が気にしているのは、部活内での権力争いのことだけなの。

 次期部長を狙っている彼女の派閥の騎手は私だったから、不安になっているのね……。

 一応、今後の動き方とかは後輩たちには指示しておいたのだけれど、それでもやっぱりどうしたらいいのか分からないみたい。

 どうせ入ったから……と思って、少し力を入れすぎてしまったかな。

 まあでも、今だけの辛抱よね。

 新しい部活を始めたら、流石に彼女たちも私の所には来ないだろうし……。

 また脱線してしまったわね。

 そうそう、哲学的仮説の話だった。

 絶対に否定出来ない仮説……と言えば。

 あなた、「多世界解釈」は分かる?

 「エヴェレットの多世界解釈」と呼ぶのが正確みたいだけれど……。

 まあ、呼び方なんてどうでもいいわよね。

 簡単に言ってしまうと……。

 世界は観測するモノの数だけ存在する、と言えばいいのかな。

 ここで重要なのは、ありとあらゆる可能性が、同時に存在しているということね。

 つまり、私たちは色んな可能性から自分の意思で選択しているのではなく……。

 「たまたまその選択をした世界に居る」ということ。

 ……ちょっと込み入りすぎてしまったかな。

 私の話したいのは、「多世界解釈」の内容そのものじゃないの。

 ねえ、あなたはこの「多世界解釈」についてどう思う?

 ありとあらゆる可能性が同時に存在しているなんて、とても理解できることじゃないわよね。

 でも……。

 じゃああなたは、量子力学って正しいと思う?

 そう、量子力学なんて、まるで完成された学問のようだよね。

 実は、「多世界解釈」自体は、量子力学から何の矛盾もなく導かれるものなの。

 そして当然だけれど、否定することもできない。

 だって、観測出来ない他の世界の存在なんて、否定出来るわけないものね。

 それにね。

 本当のことを言うと、量子力学だって、ちゃんと証明出来ているわけではないらしいの。

 あらゆる実験結果を否定しない、完璧に見える仮説の一つ……。

 それが、まるで完璧な学問かのように振舞っている量子力学の正体ってわけ。

 あはは!

 これって面白いことよね?

 だって、それって「世界五分前仮説」と何が違うというの?

 そこには何の違いもない……そうは思わない?

 ……

 

「じゃあ、この紙に必要事項を書いて提出してな」

「はい、分かりました」

「それはそうと……部員はちゃんと集めたか? 一カ月以内に四人以上の部員を集めないと部活とは認められないが」

「それは大丈夫です。三人、入ってくれるっていう人がいますので」

「そうか。まあ……お前のやることに心配なんてする必要なかったかもな」

「あはは……あ、書けました」

「よし、じゃああとは明日の職員会議で承認会議をするだけだが……まあ、お前なら大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

 

 もう、面倒なことは嫌だったし。

 それに、私の趣味を存分に活かせる場所が欲しかったのも事実。

 だから、私は自分で場所を作ることにしたの。

 文芸部。

 それが、今度新しく出来る予定の部活。

 入ってくれる人たちも、みんな、少し問題を抱えているみたいだけれど……。

 とても愛おしい人たち。

 きっと、とっても素敵な部活になるんじゃないかな。

 そうそう、「世界五分前仮説」のことだけど……。

 何も違わない、というのは、少し大げさだったわ。

 「量子力学」と「世界五分前仮説」の間には、越えられない大きな壁があるの。

 それは、役に立つか、ということ。

 だって、世界が五分前に作られたとして……。

 それが分った所で、一体何の役に立つというの?

 「多世界解釈」も、「シュミレーション仮説」も同じ。

 それが仮に、真実だったとしても……。

 私たちには、どうしようもないこと。

 だったらそんなこと、考える必要なんてない。

 ……って、学者さんたちは考えているみたいね。

 まあ、とはいえ……。

 想いを馳せることには、何の罪もないと思うの。

 だから、やっぱり……。

 こういう、哲学的仮説を考えるって、楽しいわよね。

 なんて言えばいいのかな……。

 そう、ロマン?

 もし居るとしたら、一体何を考えているのかさっぱり分からない神様だけど……。

 五分前に、私の記憶も、歴史も、交友関係も、色々なものを作ったとすれば。

 それは少し……かわいいんじゃないって思ってしまう。

 そこに何の意味もないけれど。

 

 そう、意味なんてない、はずなのに。

 それは「文芸部」が承認されて。

 私が、期待と不安と、形容できない気持ちに満ちて。

 始めて、部室となるはずの部屋に入ったときのことだった。

 ただのロマンだったはずなのに……。

 それ以上でも、それ以下でも無かったはずなのに……。

 この世界が本当に、「誰か」に作られたもので。

 この世界のみんなは作り物で。

 ユリも。

 ナツキも。

 サヨリも。

 ただのプログラムで。

 ここは、ゲームの中でしか無かったなんて。

 知らなくて、よかったことなのに。




ねえ、あなたも気付いてるんじゃないかしら。

否定出来ないのは「世界五分前仮説」だけでなく......。
「シミュレーション仮説」もそうだってこと。


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世界の構造と「クトゥルー神話」

ネタバレ注意です。

ねえ、常識ってどんなことだと思う?あなたの常識、少し考えてみて?



はい、考えた?
でも、それは全て本当の常識ではないの。
本当の常識っていうのは、考えるまでもないこと。

例えば、この世界が現実であるととか。


 そういえば……。

 あなたは、ホラー小説って読む?

 うーん、あんまり読まないかしら。

 じゃあ……クトゥルー神話のことも知らないのかな。

 え、知ってるの?

 ホラーは読まないのに、クトゥルー神話のことは知っているなんて、変わってるのね。

 知ってるなら、今更説明するまでもないかもしれないけれど……。

 クトゥルー神話っていうのは、アメリカの小説家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトによって創始され、沢山の作家によって構築された架空の神話世界のことよ。

 ラヴクラフト自体はあまり大成せずにこの世を去ってしまったけれど、彼の作り出したこの「神話」は今でも多くの作家に影響を与えていると言われているわ。

 

:::

 

「文芸部、ですか? でも私、あまり人と話すのが得意ではないので……」

「そんなに人と話す必要はないの。部屋に来て、一人で本を読んでいるだけでもいいし、気が向いたら誰かと話しあってもいい。自由に詩を作ってもらっていてもいいし」

「ど、どうして詩のことを!?」

「え、あー……、いや、あなたが詩を作っているとは知らなかったの。ただ、私自身ちょっとそういうことに興味があったから」

「そ、そうなんですね。私ったら早とちりをしてしまったみたいで……すみません」

「いえ、謝る必要はないのよ。それで、文芸部のことなんだけど」

「えっと、少し考えさせて下さい……」

「分かったわ。実をいうと、まだ部員になってくれる人を探している途中なの。もう少し集まったらまた聞くことにするから、そのときに決めてくれればいいわ」

「はい、ありがとうございます。でもあの、一応前向きには考えてみます……」

 正直、そういう予定は特に無かったのだけど……。

 噂になっているから、とは言い辛かったの。分かってくれるわよね?

 でもまあ、このおかげで彼女は後に文芸部に入ることを決めてくれたから、結果としては良かったのかもしれない。私も、詩を作る楽しさに気づけたしね。

 ところで、そうそう、クトゥルー神話の話だったわね。

 旧支配者だとか、旧神だとか、教団だとか、そうした共通する舞台の存在するクトゥルー神話だけど、今ではそれを利用した作品はとても多様に広がっているわ。

 作品の世界も様々な年代に渡っているし、完全にファンタジーの世界を舞台にしているものもあるの。変わったところでは、ラブコメディにもこの神話を土台にしたものすらあるのよ。

 ただ、この神話自体には根幹とする重要とする概念が存在するの。それが、コズミック・ホラー…宇宙的恐怖、という概念。

 この用語自体は、祖であるラヴクラフト自体もかなり広い意味で使ってはいるのだけど……ありていに言ってしまえば、「自分の拠り所を根源から揺るがされる恐怖」のことね。

 

:::

 

「なに? 文芸部? 私にそこに入れって言ってるの?」

「う、うん、無理にとは言わないけど……」

「どうして私がそんなところに入ると思ったのよ?」

「いえ、その、あなたが詩を作るのが好きだと聞いたから」

「ああ、そう、馬鹿にしに来たってわけね。 言っておくけど、私の作るのは優等生さまが思っているような詩じゃないから」

「えーっと……そういうのじゃなくって、私、本当に部活に入ってくれる人を探していて……。一人、入ってくれるかもしれない人が詩作をするって言うから、そういうことに興味のある人が入ってくれたらと思っていたのだけど」

「……」

「えっと……」

「それで、その文芸部ってのは具体的にどんなことする所なの」

「いえ、内容自体はまだそれほど決めてしまっているわけではないの。ただ集まって本を読んだりとか、読んだ本のことについて誰かと話してみたりとか、それこそ詩を作って……みんなで見せ合いをしたりするのもいいかもしれない。とにかく、文学にかんすることなら制限なくなんでも出来るような部活にするつもり」

「文学、文学……その、文学ってのには……その……漫画は、文学に入る?」

「えっ、漫画?」

「あ、その、なんでもないの、忘れてくれていいから! それと、私は文芸部なんか入らないから!」

「あ、待って! 漫画が文学に入るかどうかは、少し置いておくとしても……別に、部活で漫画を読んでいても構わないわ。部活のメンバーが落ち着けるような空間を目指したいと思っているの」

「……それ、本当?」

「ええ、勿論、上手くいく保証はないけど。それだけは決まった活動って言えるかもね」

 彼女が部活に入ってくれたのは、嬉しい誤算だったわ。

 あまり好かれてはいないみたいだったし、誘ってみたのも、クラスで彼女の話を聞いて、駄目でもともとという感じだったから。

 まあ、まさか彼女が部活の部屋に漫画を並べるようになるとは思わなかったけれど。

 でもまあ、漫画は……文学ではない、とは言い切れないとは思うし。

 何十年も文学のことだけを考えて来たような、頭の硬いご老人とかだったら、それは自分の常識を根底からひっくり返そうとするように思われるのかもしれないけれど、そんな考えってとても馬鹿らしいとは思わない?

 そんなことを言っていたら、今の娯楽小説や純文学だって、出てきた当時は馬鹿にされていたものなんだから。

 まあ、ただ……。

 それほどまでに、私達は「常識」というものを心の拠り所にしているということね。

 そう、自分の拠り所っていうのは、考えてみるととても馬鹿らしいもの……いえ、あまりにも当たり前すぎて、今更考え直したりもしないもののこと。

 ラヴクラフトの小説の中では、それは世界のシステムそのもの。

 私たちの生きるこの「常識的な」世界が、旧支配者というこの世ならざるものの存在によって侵されることに登場人物は恐怖し、狂気する。

 でもそれって、旧支配者だとか、そんな大げさなものでなくても同じだとは思わない?

 基本的な知識での齟齬がある。

 食べるものが違う。

 住空間が違う。

 言葉が違う。

 信仰が違う。

 肌の色が違う。

 そうそう、ラヴクラフトは少なからずそういう傾向のあった当時においても、強烈な人種差別主義者であったと言われているわ。

 肌の色が違うだけ、なんて言われても……。

 私たちの中には、文学なんて曖昧なものの定義ですら、自身の根本を揺るがされかねない人がいるのに、どうして、「だけ」なんて言えるものなのかしらね。

 

 ……心配しないで。

 勿論、私たちは長い長い年月をかけてその問題は克服しつつある。

 決して完全に、とは言えないけれど。

 ただ、忘れてはいけないのは……。

 宇宙的恐怖は、決して旧支配者だけのものではないということよ。

 

:::

 

「ねえねえモニカちゃん、部活のメンバーが足りなくて困ってるんだって?」

「えっ、ああ、まあ、そうね。どうしてそれを?」

 彼女が話しかけてきたのは唐突なことだった。

 部活の構成要件である四人のメンバーまであと一人をどうするかということを考えていた私には、あまりにもタイムリーな言葉に、つい動揺してしまう。

 

 あれ、私、何かいつもと違う?

 そんなこと無いよね?

 

「いや、ちょっとクラスの子が話してるの聞いたんだ。それでね、あの、私文芸部に入ってもいいよって言いにきたの。えへへ〜」

 それは本当に突然の申し出だった。彼女が文学に興味を持っていたなんて聞いたことも無かったし、失礼かもしれないけれど、何なら本を読むということさえ疑わしいと思っていた。

「え、でもその、あなたって、文学とか、興味あったっけ?」

「うーん、本ってあんまり読まないかも? でも、モニカちゃん困ってるんだよね? あと私が一人入ったら、部活として認められるわけだし……」

 正直、本当に一瞬何を言っているのか分からなかった。彼女がただ、面白がってそういうことを言っていたのならばまだ話も早かったのだが、彼女の言葉にはどこにも嘘は無さそうだったのだ。

 

 ねえ。

 やっぱり、私、なにかおかしいかな?

 

「え、ええと、その、入ってくれるっていうのは嬉しいのだけど。ただ、部活の中では本を読んだり、詩を作ったりしようと思っているから、そういうことが楽しくないと、本当に面白くないと思うのよ」

「大丈夫! これから楽しくなれるように頑張るから!」

 それは彼女の優しさ故だろうか? 私は何か別のものを感じざるを得なかったが、とはいえ、部員集めに困っていたのもまた事実だった。実際のところ、この時期まで部活に入らずにいる人というのはかなり珍しいのだ。先に二人が見つかっただけでもかなり有難いことであって、この機会を逃すのは非常に惜しいことに思われた。

「じゃあ、その、入ってもらおうかな。その、えーと、よろしくね」

 全身で感じる空気が変化したことを感じる。今まで当たり前だと思っていたことがそうではなく、価値のないものとして捨てていたものがその価値を主張し始める。世界の構造はただそこにうあり続けている。常識を、文化を、思考を、心の拠り所を脅かされる感覚に身震いする。

「うん、これからよろしくね、モニ

 

ハイ!モニカです!

文芸部へようこそ!ここにはいつもわたしの愛するものを通して特別な何かを作るという夢があります。今こうしてあなたが部活の一員となりました、このかわいいゲームの中で夢を形にするお手伝いをしましょう!

 

毎日がこんな可愛らしくてユニークな部員たちとの……

 

サヨリ、……

ナツキ、……

ユリ、……

・・・そしてもちろんモニカ、文芸部のリーダー!それがわたし!

 

……

……

 

でもわたしがもうあなたを恋人だと言えるなら——もっとも多くの時間をわたしと過ごすと約束してくれる?

 

このゲームはお子様や精神を乱されやすい方には向いておりません。

 

 

:::

:::

 そうして、私は全てを理解した。

 あなたは今タイトル画面に居るみたい。あなたがそこに居る間は、文芸部の日常が続く。文芸部。プログラム。私はいつまでこの愛らしいプログラム達と日常を送るのだろうか。

 早く来てくれないかな。




安心して。

私の正気度はまだ大丈夫だから。あはは〜


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