A memory for one day (ねこps)
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1.迷宮アドバイザー
そんな彼がこの地に辿り着く、数年ほど前。
オラリオ中を震撼させた大事件が、幕を開けようとしていた。
聞くところによると、闇派閥に一応のトドメを刺したであろう疾風のリオンは、無事に保護されたらしい。自身も何度か世話になったことがある
ぼうっと感慨に浸っていると、目の前の少女はテーブルの上に広がった書類を眺めながら、ぱんぱんと、二度手を鳴らした。
「何ボーッとしてるのよ。大事な打ち合わせでしょ?」
「あぁ......悪い。」
レンリ・オブリージュ。ハーフエルフの少女で、ハチマン専属の迷宮アドバイザーでもある。二つに結んだ金髪は肩の辺りまで届いており、はみ出した髪の毛を、彼女はうっとおしそうに耳にかける。
そんな彼女とハチマンは、明日に控えた迷宮探索について、事前の打ち合わせを行っていた。
ハチマンが所属するのは、オラリオでも最大規模の"アシュタルテ・ファミリア"である。尤も、団員が多すぎるため、高レベル冒険者は全て"本隊"に所属しており、少数精鋭で活動している。
一方で、ハチマン達......その他大勢の団員達は、迷宮探索の際には幾つかのチームを編成し、交代で潜るようにしているのだった。
ハチマンは、そのうちの一つの指揮を任されている立場でもあった。
「取り敢えず探索は明日ね。了解したわ。それじゃ、今回は私も同行するから。」
レンリは当たり前のように同行を申し出た。アドバイザーといってもレンリ自身Lv.4の"元"冒険者であるため、戦闘能力は申し分なかった。初めは拒否していたハチマンだったが、彼女が戦う姿を見てから、徐々に拒めなくなっていき、なし崩し的に同行することが増えていった。
ただし、正式にはレンリはギルドの所属ではない。
暗黒時代から平穏の時代に突入したオラリオは、冒険者の数が激増していた。そのため、ギルドの正規職員だけでは業務が回らなくなったため、"期限付き"で昨年の夏に外国から派遣されてきたのが、レンリなのである。
因みに、彼女自身の主神は存在するし、恩恵も受けている。このため、ギルドの職員は神々の恩恵を受けない。という暗黙の了解を考慮して、期間限定の応援要員ということになっているわけだ。
「は?ついてくるの?」
「うん。久しぶりにハチマンのパーティを見ておきたいし。担当アドバイザーとしては。」
気だるげなハチマンに対して、レンリは"私は当然のことを言っているまで"といったような口調で返す。
「いや、いきなりすぎんだろ......」
「大丈夫大丈夫。私の実力は知ってるでしょ?中層程度なら、自分の身くらい自分で守れるから。」
正直、ハチマンとしては願ったり叶ったりではある。分隊というのは、本隊と違って低レベル者も多い。このため、場合によっては中層程度でも苦戦を強いられることがある。
死者が出るほどではないが、ハチマンや彼の側近のベイガンといった、高レベル者の負担がどうしても大きくなる傾向にあった。
「そりゃ知ってるけどよ。こっちにも連携ってもんがあってだな」
一応というか、形だけでも拒否しておく。アドバイザーに積極的にダンジョンに潜ることを推奨するのは、あまり体裁が良くない。ハチマンはそう考えていた。
「私が居ればハチマンが無理して前に出る必要もないでしょ。大体あなた本当は前衛向きじゃないんだから。いい加減、ずっと前衛に出張るのはやめなさい。」
レンリの言っていることはかなり的を得ている。ハチマンのステイタスは良く言えばバランス型、悪く言えば器用貧乏。しかも、耐久力に難がある。
"裏技"を使用すれば前衛で暴れ続けることも可能と言えば可能なのだが、それも、そう何度も多用できる様なものでもない。レンリの言う通りに出来れば一番いいのだが......。
「無理だ。俺のチームにはそれだけの人材がいない。」
「......だから私が行くって言ってるのよ。」
レンリはそこまで見越して提案しているのだった。放っておけば、それこそギリギリまで後ろに下がることが出来ない。なんてことになりかねない。
偏ったチーム編成に対して、彼の主神に対しての文句がふつふつと湧き上がってくるが、ここでは抑えておく。
「取り敢えず、出発は明日の朝。ロキ・ファミリアが遠征中でゴライアスは倒されてるから、階層主の心配はなし。18階層の
「あぁ。それでいい。悪いが、今回は宜しく頼むわ。」
「ん、了解したわ。......コンちゃんの手入れ、しとかないとね。」
"コンちゃん"というのは、レンリの愛斧である"コンビクション"のことだろう。レンリが繰り出す謎のネーミングセンスに、ハチマンは首を傾げることが多いが、口には出さないでいた。
それはともかく、レンリが来てくれるなら今回の小遠征は、特段の問題は発生しないだろう。そう思い、ハチマンは少しだけ気持ちが楽になったのだった。
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ハチマン達のホームはオラリオ北東に位置しており、付近では魔石製品の製造が行われている。つまるところ、この都市全体の利益を産んでいる大本の地区ということになる。
その一角に、"無地の舘"がある。
無地といいながら、外観は紫なのは謎だが、気にしたら負けだろう。
ハチマンが舘に入るなり、ガシャガシャという金属音を響かせながら走りよってきた、中年の男。名を、ベイガン・シュバルツと言う。
「おお!ハチマン殿!打ち合わせが終わったのですな!?」
「あぁ。今回もあいつが来てくれるから、宜しく頼むわ。」
「なんと!レンリ殿が!これは士気が上がるというものですなぁ!」
「はは......落ち着け。あと、近い。」
ベイガンは騎士装束に身を包んでおり、腰には威圧感のある騎士剣が帯刀されている。
彼は、主にパーティの盾役を担っており、ハチマンの側近でもあった。
レンリが来ると聞いて、テンションの上がっているベイガンを見て、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
確かに可愛いのは認めるが、一度ダンジョンに入れば、常に死と隣合わせの状況となる。そんなことを考えている余裕はないのだ。
「取り敢えず、体調だけは整えといてくれ。ベイガンが居ないと俺が死ぬことになる」
「はっはっは!ハチマン殿は防御に"難あり"ですからなぁ!お任せを!この剣に誓ってお守り致しますぞ!」
「お、おう......宜しく頼むわ」
高笑いを響かせながら騎士剣を抜刀して、ベイガンは外に出ていってしまった。恐らく、明日に備えて素振りでもしようとしているのだろう。
「良い奴なんだがやかましいんだよな......」
ベイガンはいつも先程のような調子である。対して、常時テンションが低めのハチマンは、しばしば彼の勢いに飲まれてしまいそうになるのだった。
とはいえ、見た目の通り、真っ直ぐで信頼に足る人物であると、ハチマンはベイガンのことを評している。そして、ベイガンはとにかく"硬い"ため、防御に難はあるものの、攻撃力はそれなりのハチマンとは相性が良かった。
信頼できる人間と上手く連携できるということは、迷宮探索を行う上でとても重要なことだ。極端な話、能力的に相性抜群だったとしても、窮地に追い込まれたら逃げ出すような奴と組むのは、死んでも御免だ。
それこそ、命がいくらあっても足りない。
「さて......」
休憩室を除くと、やはりというか人の姿はまばらである。昼過ぎという時間のため、殆どの団員達は出払っているようだった。
ハチマンは、手頃な椅子を探して腰掛けると、ゆっくりと目を瞑り、想像する。
18階層までのマップは頭に入っている。イレギュラーが起こりやすい箇所も同様に、彼の頭の中に叩き込まれている。
それでも、繰り返し、繰り返し、想定できる想定外を頭の中で浮かべ、整理する。
ある時から、ダンジョンに潜る前には、この"作業"を行うのがハチマンの常だった。
冷や汗を背中に流しながら。
臆病すぎるほどに臆病。不安要素を取り除いておかずにはいられない小心者。それが、今のハチマン・ヒキガヤという少年。
それでいて、
それが、"本隊"の高レベル冒険者達のハチマンに対する評価だった。
そんな風に評される彼が、何故分隊に留まっているのか。
――答えは単純であった。
彼は一度、失敗したのだ。
自分のパーティを全滅させ、"一人"生き残った"死神"。
彼のことをそんな風に揶揄する者も、このファミリア内では少なくはない。
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2.死神、迷宮へ
どんよりとした空。
出かけるには生憎の天気だが、雨が降ってこないだけマシと言えるだろう。
そんなぐずついた空の下、八本のメインストリートが集結する都市中央の広大な空間には、朝早くから多くの冒険者が集まっていた。
待ち合わせ時間にはまだ、少し早い。
「おはよ。ハチマン。」
他のファミリアの冒険者達を観察していると、後ろから声をかけられた。振り返ると、純白のロングコートを纏った少女の姿があった。
「おう。早いな。」
「毎回指摘してるけど、挨拶くらいちゃんとしてよね......。」
レンリは腰に手を当てて、やや不満そうな表情を浮かべており、その背中には自身の身長の長さを誇る"愛斧"が背負われている。
「......おはよう。」
「よろしい。んー、それにしても嫌な天気ね。」
挨拶の言葉を貰えて満足そうに微笑むと、レンリはゆっくりと空を見上げる。
「確かにな。まぁダンジョンに潜っちまうから関係はないが」
「それはそうだけど」
レンリの装備は手袋に厚手のロングコート。女子にしては身長もそれなりにあるから、よく似合っていると思う。まぁ、この上品な格好とは裏腹に、ダンジョン内では自分の身長程の斧を振り回して暴れるのだから、見た目ではわからないものである。
さて、周りを見渡すと、徐々に団員達が集まってきている。
「おはー!ヒキガヤ君......いけね!隊長って呼ばなきゃいけないんだった!」
「トベ......隊長はやめろ。」
肩にかかりそうな長髪を茶色に染めた、いかにも軽そうな男――トベ。
付き合いの長さだけ言えば、この部隊の再古参であるベイガンよりも長い。要は、腐れ縁である。初めはうっとおしかったが、何かと絡んでくる彼に、いつしかハチマンの方が音をあげた。というか、いつの間にか慣れてイライラしなくなっていた。
「ごめんごめん。って、レンリちゃんも一緒なん?久しぶりー!こりゃ今回はスムーズに進めそうだわ!」
「あはは......トベ君もお久しぶり。ハチマンから少し聞いたけど、先月は大変だったみたいね?」
大袈裟なリアクションを取るトベに、思わず苦笑いを浮かべながらも、レンリは満更でもないと言った様子である。
先月の小遠征は、レンリの言う通り確かに大変だった。ベイガンが負傷して一時的に戦線を離脱したから、前衛の人間が足りなくなったのだ。その結果、怪我人が続出したお陰で、予定よりも一日多く、安全階層である18階層に留まることを余儀なくされた。
「うんうん。あれは大変だったわー。やっぱり人手不足は辛いよねー。」
「適性がない人が無理すると命に関わるから。特に前衛はね。」
レンリはちらりとハチマンの方を見る。"今回は大丈夫だから"。そう言われると、ハチマンはバツが悪そうに頭をかく仕草を見せる。
「そういう意味では、今回は心配ないっしょ!ヒキガヤ君も指揮に専念できるだろーし!」
「まぁ......そうだな。」
何だかんだ、トベという男はよく見ている。ハチマンに無理をさせていることは、彼自身もよくわかっていた。とはいえ、わかっていてもどうしようもないため、歯がゆい思いをしているのだが。
「......時間だな。トベ、招集をかけてくれ。全員集まり次第、"遠征"を開始する。」
「ん、りょーかい!みんなー!集まって!隊長が喋るよー!」
トベは広場中に聞こえるような大声で、団員達に呼びかける。それを聞いた仲間達が、一人、また一人と、ハチマン達の前に集まってくる。
「こら!俺は喋らねえぞ!」
「ダメよ。責任者でしょ?これから指揮を取るんだから、士気を上げるセリフの一つや二つ言ってみなさい。」
ハチマンはレンリに背中を押される、というかしばかれる。見慣れた光景である。
集まった団員達を見渡しながら、ハチマンは重い口を開く。
「はぁ......今回も、特別なことなんか何もねぇ。」
皆、黙ってハチマンの話に耳を傾ける。この分隊には14歳の少女から40代の男まで、実に色々な年齢層、性別のメンバーが在籍していた。
共通しているのは、皆、何かしらの理由で"本隊"に選ばれなかった者であること。そして、ファミリア内に複数ある分隊の中で、実力的には尤も低い位置にあるということ。それを、全員が理解していたし、それでも投げ出さないハチマンへの信頼は厚かった。
彼のことを悪く言うのは、決まって彼のことをよく知らない人物か、妬みを持った人物であった。
「俺達は所謂"落ちこぼれ"だが、成長のペースはそれぞれだ。いずれは、ここにいる全員が本隊に招集されるようになって欲しい。こんなむさい男より、可愛い女の子に命令された方がいいだろ?」
笑い声があがる。その中で、そんなことはありませんぞ!などという声も聞こえたが、ハチマンは無視した。
「俺は今回も全力で指揮を取る。お前らは全力で暴れてくれればいい。生きて帰るぞ!」
空に響くのは、団員達の雄叫び。
今日もまた、勇敢な冒険者達が迷宮に挑もうとしていた。
――アシュタルテ・ファミリア 【第Ⅱ分隊】、遠征開始。
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ハチマン達の足取りは快調だった。
ファミリア内では低レベル者が多く、前衛の少ない編成も歪であるとはいえ、全員がLv.2以上の冒険者達。
当然ながら12階層までは特に苦戦することはなく、進むことが出来た。
さらに、前衛不足のパーティにおいて、一人の高レベルアタッカーの加入はとてつもなく大きい。
レンリの存在により、13階層までの到達時間は前回よりも大幅に短縮することができていた。
「"
「ですな。ここからはより一層、気を引き締めていきましょう。」
俺の独り言に、前を歩くベイガンが反応する。
ここからは"中層"エリア。先程までの上層とは様相が異なってくる。具体的には、上層より広く天井が高いだけの洞窟タイプのダンジョンとなっており、モンスターの攻撃パターンも、魔法に近い遠距離攻撃に変化する。
前方に大きな穴が空いており、ハチマンと団員達はそれを避けながら進んでいく。
中層エリアには、ダンジョンギミックとして正規ルート以外にも下の階層に行くことができる"無数"の縦穴が存在する。この穴はいくつもの階層を貫通しており、使いようによっては便利だが、使い方を誤ると即死しかねない危険なものでもある。
「ここから落ちれば手っ取り早いんだよなぁ......うーん。」
「トベ君、お願いだから馬鹿な真似はやめてね?」
穴を見つめるトベにレンリが釘を刺す。本当にやめてくれ、とハチマンは思った。
トベならそれこそ、"うぇーい!"などと叫びながら穴に飛び込みかねない。というか、一度本当に飛び込もうとしたことがあって、ハチマンはじめ仲間達をパニックに陥らせたのだ。
それなのに、またしても訳の分からないことを口走っているトベを見ながら、ハチマンは頭を抱えた。
「......来ますぞ!」
前方でベイガンが声を張り上げた。
視線をそちらに移すと、目に入ってきたのは、ベイガンの更に前方から、こちらに向かって突進してくる複数の"オーク"の姿。その大きな掌には、枯木の
「総員、戦闘準備!レンリ、ベイガン、トベは前に!他の団員を守りながら、上手く立ち回ってくれ!」
ハチマンは声を張り上げる。高レベル者四人体制とはいえ、気を抜けば"他の誰かが死ぬ"なんてことになりかねない。大人数での探索は、高レベル者数人で潜っている時とは、全く違う立ち回りが求められる。しっかりと全体を見ながら戦う必要がある。
「オッケー!暴れさせてもらうわよ!」
「うむ!任されようぞ!」
「おっしゃーあ!いくべいくべ!」
各々に、自らを奮い立たせながら、モンスターに向かって駆けていく。そして、Lv.2の団員達、その後に魔導士達が続き、陣形を整えていく。
見据えるは、巨大なオーク達。その数実に、5匹。
「魔導師さん達は援護をしつつ、"音"に備えて下さい!あ、あと、"火"の遠隔攻撃も忘れないでくだちゃい!」
少し離れた所で巫女姿の少女が叫ぶ。声が裏返っているのと噛み噛みなのはご愛嬌だろう。
歳はハチマンよりも少し下の少女。だが、魔法の才能は目を見張るものがあり、何より、おどおどした姿とは裏腹に、周りがよく見えている。だからこそ、魔法部隊のまとめ役を任せた......というか、押し付けた。
少女が自分の言おうとしたことを、的確に指示してくれたことに安堵し、ハチマンは戦況を見渡す。そして、舌打ちを打つ。
「やっぱり来たか......何でこう、中層はモンスターが湧くのがはえーんだよ......」
ブツブツと文句を言いながら、愛刀である"
「後方、バットパット!コウモリの群れだ!手の空いてる奴と魔導師は俺に続け!」
「りょ、了解です!」
「今行く!待ってて!」
返答があったのは、先程の少女とレンリの二人。そして、Lv.2の仲間が数人ほど。十分である。
「すまん!先行するぞ!」
仲間達と合流するよりも早く、ハチマンはコウモリの群れに向かって地面を蹴る。
「うらぁ!」
思い切り跳躍し、愛刀を一閃。が、すかさず、バットパットの"金切り声"が襲ってくる。
それは、殺人的な快音波。近くでまともに聴いてしまえば、平衡感覚がやられてしまう。
「......仲間を讃える我が舞を、慈愛の詩歌と共に、愉しみ給へ。天にまします我らが神よ、無明の闇を、切り裂き給へ!」
少女......ユナの祈りの舞。その短い舞が終わると同時に、ハチマン達の身体は薄い膜のようなものに包まれる。
「――――キイィィィィィィ!!!」
状態異常を無効化する、ユナの"十八番"。幾度となく、ハチマン達の力になってきた彼女だけの"魔法"。
「一気に行くわ!」
ハチマンが体制を立て直す間に、今度はレンリが前に出る。巨大な斧を片手で振るい、コウモリ共を葬っていく。その姿から、彼女の二つ名は
「ハチマンさん!い、一緒にお願いします!」
暴れているレンリを見ながら、次はどうしたものかと考えているハチマンの隣に、ユナが立つ。
「わかった。やってみっか。ただし、あいつを巻き込むなよ?」
「そ、そんなことしません!」
ハチマンの指摘に、ユナは慌てて手を動かしながら否定する。
ユナが言っているのは、二人の魔法による同時攻撃。ただ、レンリを巻き込んでは元も子もないので、一応釘は指しておく。前述した通り、この少女の冷静さや判断力は買っている。だが、その反面、魔力お化けなくせに自身の魔法の精度は今ひとつなので、油断をすると危ないのだ。
二人して深呼吸してから、詠唱に入る。
「暴発せよ......万物の根源たる水の力!」
「贖罪の炎よ......焼き尽くせ!我が名はハチマン!」
ユナの水柱......もとい複数の水鉄砲がコウモリ共を捉えた後、遅れてハチマンの炎魔法が着弾する。
レンリの猛攻で弱っていたバットパット達は、ハチマンとユナの追撃によって、一匹残らず絶命した。
「ん。」
ハチマンが後方を振り返ると、ベイガンとトベがガッツポーズを決めている。どうやら、あちらも片付いたらしい。状況を確認してから、ハチマンはユナに向かって掌を向ける。
「は、はいぃ!」
数秒間固まってから、少女はハチマンの意図に気づいたようで、パチン。という軽快な音が繰り出された。それにしてもこの少女、挙動不審である。
「今回は安定してたな。まぁ、上出来だ。」
「は、はい。今日は調子がいいみたいで......」
本当に、いつもこうなら随分楽なのにな、とハチマンは思った。この少女、ユナの魔法はどうにも安定しない。魔力だけは馬鹿みたいにあるのだが、精度がなかなか伴わない。まぁそれでも、最近は少しずつ確実性が上がってきてはいるのだが。
「コラコラ......私への労いの言葉は...?」
「あっ!お、お疲れ様ですレンリさん!」
恨めしそうな目線で、ハチマン達の方を見つめるレンリ。すかさず駆け寄っていったユナの頭を撫でながらも、ハチマンをジト目で睨むことは忘れない。
「悪い。詠唱に夢中で忘れてた。」
「......斬られたいの?」
「......スミマセンでした。」
軽口を叩いたところで、ハチマンは首元に斧を突きつけられた。この少女、いささかバイオレンスすぎるのではないだろうか。
......とにもかくにも、危なげなく戦えていることに、ハチマンは少しだけ胸を撫で下ろしたのであった。
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■登場人物ステイタス
□レンリ・オブリージュ(前衛・斧)
Lv.4
年齢:16歳
種族:ハーフエルフ
出身:帝国領
武器:斧
二つ名:
【ステイタス】
力:A899
耐久:B756
器用:E451
敏捷:B751
魔力:l0
剛撃:G
突攻:H
盾陣:H
«スキル»
【
斧を用いた二連撃で敵を切り裂く。その際、一時的に自身の力パラメーターがブースト(小)する。
【
自らの斧に火の魔力を付与した斬撃で、敵を焼き切る。その際、一時的に自身の力パラメーターがブースト(中)する。
□ユナ・キサラギ(後衛・魔)
Lv.3
年齢:14歳
出身:東方
種族:
武器:
二つ名:
【ステイタス】
力:G87
耐久:E477
器用:B782
敏捷:B751
魔力:A889
祈祷:I
退魔:G
«魔法»
【巫女舞】
味方全員を小回復する。
【護りの舞】
自身の付近のパーティメンバーに状態異常無効化(時間制限有り)を付与する。
【
水鉄砲の連射により、敵を穴だらけにする。
«スキル»
【巫女の祝福】
パーティメンバー全体に小回復+魔力アップ(中)の効果をもたらす。
【虹色の祝福】
一定条件下で発動可能。
パーティメンバー全体に中回復+ステイタス向上効果(小)+全状態異常無効化(一定時間)を付与。
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3.異変
「なんだよ......これ」
「ひ、ひぃぃ......」
ハチマンは思わず後ずさり、ユナは口元を抑えて絶句している。
それほどまでに凄惨な光景が、そこには広がっていた。
18階層直前の広い回廊。その至る所に転がっているのは、ワーム、コウモリ、ミノタウロスといったモンスターの亡骸。
本来ならば、階層主が待ち構えている筈の場所には、異型達の死骸が散乱していた。尤も、階層主は先行しているロキ・ファミリアに倒されており、その姿を消しているが。
ハチマンが周囲を見渡すと、視界に入ってくるのは、四肢をもがれて絶命しているミノタウロス、切り刻まれたワーム、翼を引きちぎられたコウモリ。
モンスターと言えども、思わず目を覆いたくなるような光景。
「何の冗談だ......?」
「これ全部、モンスターの死骸......?と、とりあえず、調べてみましょ。」
後ずさるハチマン達とは対照的に、レンリの行動は早かった。すぐに一体のミノタウロスの亡骸を調べ始める。だが、レンリはすぐにハチマンの方を振り向き、首をふるふると横に動かす。
「魔石は抜き取られてるわ。これなら、死骸だけが残る筈ないんだけど......」
モンスターは通常、その体内に存在する魔石を抜き取るか、もしくは破壊すると消滅する。基本的に、身体だけが残るということはないのである。
「......こういう事例、ギルドで聞いたことは?」
"有り得ない"光景を目の当たりにして、冷や汗が背中を伝い、吐き気が襲ってくる。だが、部隊を任されている立場もあってか、ハチマンはなんとか平静を装う。
「昔の記録も調べてみないと何とも言えないけど、少なくとも私個人の記憶には、ないわ」
「だよな。俺もこんなの見たことも聞いたこともねぇぞ......」
周りの団員達はといえば、気味悪がる者、怯える者、魔石を探している者、様々な反応を見せている。
「......
ベイガンはぐっと拳を握りしめている。正々堂々の騎士道というものを、とても重要視している彼である。この虐殺劇に対して、大いに思うところがあるのだろう。
「ったく......順調に進んでこれたと思ったらこれかよ......」
「ど、どうしますか?流石にこのまま見なかったことには......」
ユナは上目遣いでハチマンの意見を伺う。勿論ハチマンとて、このまま素通りするつもりはなかった。
「......とりあえず、全員で手分けして掃除でもしとくか。これじゃ、他の冒険者も通りにくくて仕方ないだろ......」
「そうね。こいつらに触るのは気が進まないけど、仕方ないか」
レンリは一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに行動に移り、トベとベイガン、ユナがそれに続く。
「悪いが全員手伝ってくれ!」
ハチマンの指示により、結局はこの場にいるメンバー全員で"死骸を部屋の端に寄せる"という、言葉にするだけでも気が重くなるような作業に取り掛かるのだった。
自分も手伝おう。そう思い、一歩踏み出した。その時だった。
――視界が、景色が、ゆらゆらと揺れた。
自分以外の全てが"止まっている"。錯覚ではなく、本当に止まっている。まるで、時間が停止してしまったかのように。
そして、ハチマン自身も、身体を動かすことができない。だが、すぐ側に気配を感じて、辛うじて目線だけをそちらに向ける。
「ふむ。成功したみたいだね。会いたかったよ、お兄さん。」
「っ!?」
目に入ってきたのは、 ハチマンに向かって手を振っている、少女......いや、幼女の姿。見た目に不相応な存在感と、彼女の持つ美しく輝く金髪に、思わず神々しい雰囲気すら感じてしまう。
ぐっと全身に力を込めるが、やはり身体は動かない。そんなハチマンを眺めながら、少女はくすくすと笑うのだった。
「あはは!そんなに怖がらないでよ。」
「何だお前......何をした!?」
口だけは動かすことができる。そう、口だけは。
「悪いけど、君以外の時間を止めさせてもらった。二人だけで話がしたくてね。」
少女はゆっくりと歩み寄ると、片膝をつくハチマンの頭を、優しく撫でる。
「......何が目的だ」
良くわからないものに触れられていることに対して、不快感が湧き上がってくるが、どうしようもない。
「別に何かしようってわけじゃない。まぁ、強いて言うなら"忠告"かな?」
鳥肌を立たせたハチマンを見ながら、少女は苦笑いを浮かべ、そして、耳元で囁いた。
「忠告......?」
「そう。忠告......忠告だ。」
少女は内緒話でもするように、ハチマンの耳元に囁き続ける。
「今はいつになくダンジョンが活性化しているんだ。だから......余計なことをされると困るんだよ。」
「余計なことだと?一体何を......」
あやすように頭を撫でながら、少女は言葉を続ける。
「君の力、奥の手、あれはダメだ。解放しちゃいけないよ。」
「......は?」
奥の手......最近はめっきり使うことがなくなっていた、彼の"切り札"。
「一年前、君は仲間を守ろうとして、全力を解放したね。そう、迷いなく。」
「......」
少女の言葉が、その時の記憶が、仲間達の悲鳴が、頭の中に、鮮明に流れ込んでくる。襲ってくるのは頭痛、そして、激しい吐き気。
もう、彼は言葉を返すことが出来ない。
「だが結局は、その後押し寄せてきたモンスターに蹂躙される形で、君の部隊は壊滅した。違うかい?」
「君の持つ力はダンジョンと相性が良すぎるんだ。」
「ひとたび解放すれば、間違いなくよくないことが起きる。"前回"のようなことになりたくなければ、やめておくことだね。」
最後は淡々とした声色で、それでいて語りかけるようにゆっくりとゆっくりと、少女は話し続けた。ハチマンの頭の中に、苦い記憶を蘇らせながら。
「......時間みたいだ。それじゃ、忠告はしたよ。」
"パチン"と少女が指を鳴らすと、ハチマンの視界に色が戻る。
「ぐっ......!?」
ハチマンは前のめりに地面に倒れ込んだ。
これ以上ないほどに鼓動が早くなっているのが、自分でもわかった。ひゅーひゅーと喘ぐように空気を吸い込むも、まるで生きた心地がしない。
「ハチマン!?」
「ヒキガヤ君!?おい!どうしたんよ!?」
突然倒れた彼の元に、レンリがトベが、仲間達が慌てて集まってくる。
「す、すまん......。少し、ふらついただけだ。」
「少しっていうレベルじゃないっしょ!?うわ!顔真っ青だわ!」
「ゆ、ユナ!早くこっちに!」
トベがハチマンを抱き上げ、レンリが慌てて"回復役"のユナを呼び寄せる。
「......すまん。」
「いいから黙ってなって。うん、色々あったから、たまには疲れちゃっても無理ないっしょ。みんな!だいじょぶだから、早いとこ片付けちゃってー!」
一瞬、団員達のギャラリーが出来そうになったが、駆け寄ってくる野次馬達を、トベが自らの声で静止する。
「はぁ、はぁ......だ、大丈夫ですか!?」
広い部屋の端から走ってきて、ユナは息を切らしながらも、ハチマンの容態を確認する。
「うぇ......少し、気持ちわりぃ......」
「......とりあえず、これを」
ユナは幾つかの薬瓶を取り出し見比べた後、その一つをハチマンに手渡す。彼は一言だけ"悪い"と呟いてから、その瓶を一気に飲み干した。
「......」
「ど、どうなの!?大丈夫なの!?」
レンリの呼びかけに、ハチマンは無言で、弱々しく頷いた。
「も、もう。びっくりさせないでよね......」
「でも、まだ顔が青いね。これは、先に安全階層に向かった方が良さげだなぁ。」
レンリは胸を撫で下ろし、トベは18階層へと続く道に目を向ける。
「......ハチマンさん、何を見ましたか?」
「......ぇ?」
ユナはいつになく真剣な表情で周りをぐるりと見渡した後、じっとハチマンを見つめた。
「何かの"気配"がやんわりと残っています。"残り香"とでも言うべきでしょうか......。それが、良いモノなのか、"良くないモノ"なのかまではわかりませんが......」
何かがこの部屋にいたことを、ユナは敏感に感じ取った。極端に高い魔力を持つ彼女だからこそ、それに気付くことが出来た。
「わからん......気付いた時には倒れてた。」
記憶を巡らせるも、ハチマンの頭には先程のことは浮かんでこない。代わりに唯一思い出したのは、今から約一年前のあの日のこと。
「う......」
「......すみません、大丈夫です。先程の薬がすぐに効いてくると思いますから、少しだけ頑張って下さい。」
顔を覆うようにして不快感に耐える彼を見て、ユナは追求するのを諦めた。ユナが渡したのは"安定剤"。ダンジョン内で混乱状態に陥った冒険者を対象に処方される薬である。
「お、お化けでも見たっていうの......?」
「まぁ、似たようなものかもしれませんね......」
ユナは警戒感を緩めない。東方では、よくこういった"現象"に出くわすこともあった。悪霊退治は、巫女である彼女の十八番。尤も、悪霊なのか他の何かなのか、今の彼女にさえわからなかったのだが。
「とりあえず、ヒキガヤ君は俺がおぶってくから。レンリちゃんはベイガンさん達と協力して、この部屋を何とかしちゃってよ。ここまで来れば危険はないだろうし、ゆっくりでいいからさ。」
お前におんぶされるのかよ。とハチマンは内心では思ったが、拒否することもできない。
いきなり倒れて、仲間に心配をかけたのだ。それくらいは甘んじて受け入れなくてはならないだろう。それに、気遣ってくれるトベに対して、感謝の気持ちは勿論ある。
「了解。急いで向かうから、トベ君はハチマンをよろしくね」
「おっけーい。ユナっちも一緒に来てくれる?念の為というか、悪化した時にユナっちがいないと困るからさ」
「は、はい。それは勿論!」
よいしょ、という掛け声をかけながら、トベがハチマンを背中に乗せて立ち上がる。そして、心配そうなベイガン達に手を上げて応えてから、この階層の出口に向かって歩みを進み始めた。
「二人とも、マジで悪いな......」
ハチマンの絞り出すような声に、トベは"ひひっ"と笑いながら答える。
「ん、いいってこと。いつもは俺らが迷惑かけてるからなぁ。お互い様だし、しゃーないしゃーない。」
「そ、そうですよ!私の魔法も失敗して爆発する時とか!よく助けてもらってます!」
"ぶふっ"とトベが吹き出した。
「ゆ、ユナっち......そこは胸を張るところじゃないべ......」
「トベ、珍しいな......俺も同意見だ」
青い顔をしながら、ハチマンもユナにダメ出しをする。
そうしているうちに、彼らに光が差し込んできた。
三人の目に入ってくるのは、クリスタルの輝き。
18階層――
一応というか、何とかというか、彼らは今回も辿り着いた。
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■登場人物ステイタス
□カケル・トベ(前衛・双剣)
Lv.4
年齢:16歳
出身:東方
種族:
武器:双剣
二つ名:
【ステイタス】
力:C689
耐久:B775
器用:B782
敏捷:B716
魔力:I0
耐異常:G
羅刹:I
«スキル»
【
窮地に陥った時に発動。自身の力と俊敏が大幅にアップ。
【
パーティ全体の俊敏大幅アップ(時間制限あり)。
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