Báleygr (清助)
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第一章 Sweet Rain 第一話「プロローグ」

 

 少女は訊ねた。

「此処にはどうして光がないの?」

 彼は答えた。

「誰も見ようとは思わないからだよ」

 

                          ――すべての始まりの会話より

 

 

 

 

 

 

第1章 Sweet Rain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世の中には……いや世の外では、偶にどういうわけかどうしようもなく残酷で不条理な事が起こる。おそらく、稀にだ。メイビー、サムタイムズ」

 黒い服を着た男が呟いた。

「今が、まさにその時だ」

 黒い。

 空間も肌も思いも魂も。

 深遠と呼ぶに相応しい。

 光は何処にも存在しない。

 果てしなく深い闇の中で、千の魂が揺らいでいた。

「お前らは死んだ。だけど生きている。言っておくがこれは矛盾していない。神の言う事はすべて、絶対的に正しい」

 何もない空間を男は歩く。全員の魂が彼に向いているのがわかる。それはわかる。それだけは理解できる。

 ――だけど、俺にはそれがとても恐ろしかった。

 思考回路は正常だろう。身体はないのに意識ははっきりとしている。

 自覚している夢の中にいるというのだろうか。

 少なくともこの現実が夢なら、今まで生きてきた人生は夢に違いない。

 ただ目の前にいる男から感じる恐怖は、生まれてきた赤ん坊が産声をあげるくらいに自然で当然な生理反応に思えた。

 間違えようのない絶対的な存在。

 それが存在している。

「そして神の行動原理を理解してもらおうとは思っていない。不意に小惑星が爆発しても、蟻の足が108本になろうとも、暇潰しに異世界を征服してみたいなんて言い出しても、納得してもらおうとは思っていない。――そう、納得なんてできるわけがないだろ?」

 男は立ち止まって腕を広げた。

「説明を開始するぞ豚ども」

 あまりにも高慢で冷酷な言葉に反応したのか、複数の魂に僅かなわめきが見られた。男はそれを見逃さない。

「文句があるならお前らはいらない。代わりは腐るほどいる」

 ぱちんと指を鳴らすとその魂は小さく爆ぜ、あとには大きさの異なる別の魂が浮かんでいた。

 驚くほどあっけない、絶対の無。

 男はそんなことはどうでもいいことかのように話を続ける。

「これからお前らに転生してもらうのは、HUNTER×HUNTERの世界。程度に差はあれど読んだことがある奴を基準に選んだ。ついでに教えてやる。これはオレのゲームだ。そのために態々死後の魂を集めて第二の人生を与えてやるっていってるんだ。感謝しろよ?」

 目の前の状況についていけずに唖然とするしかなかった。考える思考すら与える暇のない演説が淡々と響く。

「オレの能力は至極単純。お前ら一人一人に新たな命を与える代わりに、原作に必ず関わらなければならない使命を課す。ノルマってやつだ、簡単だろ? しかしながら使命を達成できなければ当然死ぬ。あっけなく逝く。単純に、当たり前に、永劫の地獄へ逆戻り……期限は《蟻の王が死んだ地で降る最初の雨の日》までだ」

 男はそこで初めて笑う。

「与えられる使命は完全にランダムだ。ゴン・フリークスと友達になれとか簡単なものもあれば、アルカ・ゾルティックのおねだりを聞けなんてエグイものもある。そこら辺は運任せ……」

 おぞましい笑みだった。

「祈れ」

 誰も何も言わないことに、男は片眉を下げる。

 その赤銅色の瞳が斜め上を向き、不意に思いついたように彼は指を掲げた。

「ところで……HUNTER×HUNTERに出てくる主人公の敵キャラは逐一覚えているか? 例えばボマーとか……神がわざわざこれから始まる人生とその死について説明するなんておかしいよな?」

 それは死刑宣告だった。

「郷に入っては郷に従え。別の神が管理する世界に介入するには、その法則が必要なんだなこれが――まあ言いたいことはこうだ」

 

 

 能力を対象の前で説明する事項を満たし、条件はすべて整った。

 これより我が念能力「死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)」を発動する。

 

 

 

 瞬間、引き込まれるような感覚。

 脳裏に浮かぶのは、絶望の知識。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――特質系能力「死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)

 

 

 

 

 

1、 能力発動後、対象者にこの能力の概要を認識させる。

2、 ハンターハンターの世界で原作に関わる内容の「誓約・制約」を対象者に課す。課す条件はE~SSSの難易度によってランダムに区分けされる。

3、 対象者はハンターハンターの住人に原作に関わる内容をいかなる手段を用いても伝達することが不可能になる。この念能力は除念によって消すことはできない。

4、 能力発動者は対象者が指定した時間までに条件を達成できなかった場合、対象者を己の管理する世界に追放することができ、さらにその念能力を剥奪することができる。

5、 能力発動者は能力発動時点で他の神々の世界に干渉することが可能になり、同時に神による干渉を阻害する。

 

 

 

 

 

 

制約と誓約 

 対象者はハンターハンターの内容を一定以上知っている人間でなければならない。

 能力を発動する際は1000人の魂の前で簡単な説明を行わなければならない。

 指定時間が長いほど達成条件は難しくなる確率が上がるが、指定時間は100年を過ぎてはならない。

 能力発動後、発動した能力者は死神としての力そのものを失う。

 指定時間から13日後に世界を崩壊させなければ、この能力の発動者は消滅する。

 

 

 

 

 

指定時間 キメラアントの王メルエムが死んだ日から数えた最初の雨の日

 

 

 

 

 

 

達成難易度B

≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫

 

 

――未達成。

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが始まった。

 

 

 

 

               




勢いで書いた。


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第二話「出会い」

特質系能力「死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)

 

 

1、 能力発動後、対象者にこの能力の全貌を認識させる。

2、 HUNTER×HUNTERの世界で原作に関わる内容の「誓約・制約」を対象者に課す。課す条件はE~SSSの難易度によってランダムに区分けされる。

3、 対象者はHUNTER×HUNTERの住人に原作に関わる内容をいかなる手段を用いても伝達することが不可能になる。この念能力は除念によって消すことはできない。

4、 能力発動者は対象者が指定した時間までに条件を達成できなかった場合、接触することでその対象者を己の管理する世界に追放することができ、さらにその念能力を剥奪することができる。

5、 能力発動者は能力発動時点で他の神々の世界に干渉することが可能になり、同時に神による干渉を阻害する。

 

 

制約と誓約 

 対象者はHUNTER×HUNTERの内容を一定以上知っている人間でなければならない。

 能力を発動する際は1000人の魂の前で簡単な説明を行わなければならない。

 指定時間が長いほど達成条件は難しくなる確率が上がるが、指定時間は100年を過ぎてはならない。

 能力発動後、発動した能力者は死神としての力そのものを失う。

 指定時間から13日後に世界を崩壊させなければ、この能力の発動者は消滅する。

 

 

指定時間 キメラアントの王メルエムが死んだ日から数えた最初の雨の日

 

 

達成難易度B

≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫

未達成。

 

 

 

                            

 

 

 

 

 命がけの使命を帯びた時、果たして人は何を思うのだろうか。

 別に娯楽で強くなりたいわけでもなく、異世界を謳歌したいわけでもない。

 命の最優先。

 ならばまず何処にいくか。

 結論、ハンター協会である。

「此方にネテロ会長はいらっしゃるでしょうか?」

「……申し訳ありませんが会長は現在不在でございます。何か言伝がありましたら伝えておきますので口頭でのみお願いします」

 幼いからと門前払いをくらいそうな年齢を危惧していたが、受付嬢は見た目13、14歳児の俺――実際15歳だけど――に対して片眉を潜めるも、すぐに澄ました顔を取り戻して答えてくれた。

 迷うことなくネテロえもんへ助けを求めに行動した俺に誰か拍手を。

 さすがにハンターライセンスなしでは会えそうにないが、とにかく誰かしらの指導でいいから良い念の師範代が欲しい。

 自分の身を守れる程度には強くなりたいのだ。兎に角、念だ。念を学びたい。

 ふと目の前の姉ちゃんを見る。ハンター協会の受付をやっているくらいだから念は知っているはず。それに美人だ。むちむちだ。彼女に学ぼう。

 我ながらスマートな思考に自画自賛しつつも、いまさら純真無垢な子供を演じてにこりと微笑んだ。

「……えーと、お姉さん、ね………のこ……」

「……?」

 そうして、突然動かなくなった自身の言動に愕然した。

 薄々と想定していた懸念に該当したのでそのまま笑顔で押し黙る。

「…なんでもないです」

 受付のお姉さんが怪訝な顔をしてらっしゃる。

 ふとその顔が得心したようなそぶりを見せて、小首を傾げながら口を開く。

「メルエムさんですね?」

 それは蟻の王の名だった。

 狼狽する心臓を押さえつける。

「……違いますけど、その名前をどこで?」

「1年ほど前にこちらに訪ねてきた男性の方に『自分と似たようなそぶりを見せた人間がいたらこう聞いてみてくれ』と申しつけを受けておりました。質問をしてきたら自分の居場所を教えるようにとも」

 急に背中を刺されたような強烈な違和感を覚えた。

 びくりと跳ね上がった脊髄を軸に自分でも驚くほど反射的に後ろを振り向く。

 窓の外には都会を行きかう人々で溢れている。その向こう側の喫茶店に視線を射止めると、椅子に腰掛けている男性と目があう。

「その人って、そこの向かいの喫茶店にいる眼鏡をかけた大柄の男?」

「そうですよ。今日はいますね。3日に1度はあそこに座っていらっしゃるのでもう覚えました」

 剣呑な雰囲気を纏い始めた受付嬢に軽くお礼を告げた後、協会の自動ドアを潜って表通りに足を出す。

 向かう先はもちろん喫茶店だ。

 人ごみを真っ直ぐに抜けると、目的の人物の前で立ち止まった。

 目の前の人物はスーツ姿の金髪の男だった。長身で大きな身体の割りには随分と若く感じる。歳は20代後半だろうか。

 男は無表情で湯気のたつコーヒーをスプーンでくるくると回している。コップの中の液体は乱気流のように弧を描いていた。

 途端に先ほど感じた圧倒的な違和感が全身を覆う。

 熱湯をかけられたような感覚と目も眩むような壮絶な衝撃に、気絶しないように立ち尽くすしかない。

 二度も経験すれば習得していなくてもわかった。

 念だ。

 自分は念に晒されている。

「何歳だ?」

「……え?」

 唐突に投げられた質問に一瞬思考が停止するが、沸騰した激情が意識を無理やり繋ぎ止める。

「お前だ、お前。原作のウィングみたいな頭をしている釣り目の少年」

「15歳だけど……」

「何をしていた?」

「え?」

「お前は今まで何をしていた?」

 違和感が膨れ上がった。

 自然と自分の足から震えが全身に伝導する。

「その歳で念も覚えていないのか……」

 今すぐ逃げ出したかったが足が竦んで動かない。

「……死にたいとしか思えない」

 灼熱。

 広大な砂漠の中にいるような絶望的な感覚。

 男がかき回しているカップからはごぼごぼとコーヒーが溢れていた。

 膨れ上がり続ける念の影響下になすすべがない。

 これが、念。

 凡人と超人との壁を隔てる絶対的な境界か。

 びっしりと汗の浮かんだ額を上げながら、俺は精一杯の虚勢を纏う。

「……っせーよ……孤児だったんだ。毎日生きていくのに必死で覚える暇もなかったし……覚えようとしてもできるもんじゃなかったぞ……」

「お前は誰かに手伝って貰えないと自転車にも乗れない餓鬼か」

「何の参考書も音声教材もないのに……そうそう英語が話せるようになるのか?」

 コーヒーをかき回していたスプーンがぴたりと止まった。

「……それは難しいな。オレも英語は苦手だった」

 ふっ、とかけられていた重圧が嘘のように消える。

 俺は無意識に膝をついて荒い息を吐いた。

「オレ達にかけられた念能力《死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)》の解除条件を満たすための、最初に障害となるべきものはなんだと思う?」

 分厚い眼鏡の奥の瞳は見えなかったが、投げかけられた質問の声色には鋭利な知性を感じる。

 質問の返答は受付で経験してきた。即答で返せる解だ。

 しかしながら先ほどまで死のふちにいた俺は易々と返せるような精神状態ではなかった。男もそれを察してか、静かに発声を続ける。

「《原作知識をHUNTER×HUNTER世界の住人にいかなる手段をもってしても伝えることはできない》、だ。両親に話せた事例があるが、そもそも戯言として認識されなかったという見解がある。これによってハンター世界の住人に直接事情を話して助力を乞うことが困難になった」

「他人に教わらない限り念能力も「原作知識」ってことか」

「そういうことだ。筆記や電子メール、念能力すら伝達不可。伝えられないようになっているし、そもそも伝わっても認識されない。オレ達にかけられた念能力は、小憎らしいほどによく出来ている」

 そこまでいい終えて、男は静かに俺に向き直った。

「初めましてだな、74番目の同胞。試すような真似をして悪かった。この世界では情報屋、チーボと名乗らせてもらっている」

「ルカだ。ハンター協会にやってきた人間は俺で74人目ってことか?」

 差し出された手を握り返すと、チーボと名乗った男は不敵に頷いた。

「オレも2年前くらいから調査を始めたばかりで、転生者たちの生まれた歳に微妙な差異が発生しているから正確な数値はわからないがな。転生者の3割は何らかの道場へ通っている正統派組、1割は天空闘技場やゾルティック家門前修行等に挑戦している邪道組、1割はハンター協会へ訪問する効率組、その他は3割ってところだ。残りの2割は……」

 ふと妙な間を感じる。

 目の前の男の台詞に違和感を覚えて、俺は恐る恐る尋ねた。

「残りの2割は?」

「死んだよ。今年の初めの時点で212人」

 ちりちりと瞼が焼け付くような感覚。

 予想はしていたが驚くほどに残酷な数字だった。突きつけられた死の数字に自ずと唾を飲み込んだ。

「偉く具体的な数字が出てきたな…」

「知り合いに転生者の死を認識できる能力者がいた。去年の10月で確認できた数字だ。今は4月だからまた増えている可能性もある」

「原因は?」

「半数が流星街を始めとした無法地帯や紛争地域で死んでいる。マフィア絡みの連中は特に悲惨だ。あとの半数は精孔を無理やり開いて失敗したり、ハンター試験に挑戦して死んだやつだな。中途半端に念を覚えてゾルディックや幻影旅団、ヒソカと接触して死んだ馬鹿はこの際仕方ない」

 そこまで言い終えるとチーボはコーヒーに口をつける。

 俺はというと、いつまでも膝をついているのは周囲の視線的に見ても恥ずかしかったので、近くの適当な椅子に腰をかけた。

 それから目の前の男を凝視する。

「それで……なんでそんな情報を俺に話してくれたんだ?」

「同胞と情報をわけあう事がそんなに問題か?」

 外を見ながらチーボーは面白そうな口調でたずね返す。

 俺は引き下がらなかった。

「俺自身、あの黒服の男――死神に念をかけられた者同士だから最初は仲間になれるかと思っていたけど、ひとつ問題があることに気がついた」

「検討もつかないな。言ってみろ」

「……例えばAさんは、幻影旅団員を全員殺すことが念解除の条件だとする。一見するとこの条件は、原作世界に対しては良い方向に進むのかもしれない。しかしながら仮に別の誰か、例えばAさんとは全く赤の他人のBさんの解除条件が、幻影旅団員の一員であり続けることだったりしたら? Cさんの条件が、死ぬはずのウヴォーギンを助けることだとしたら?」

 チーボは笑みを浮かべていた。

 構わず続ける。

転生者の解除条件が相反する可能性がある(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。密室型のデスゲームなんかでよく取られる手法だ。お互いの解除条件を転生者は安易に話すことができない。そして今の所、解除条件次第では敵になる可能性がある俺に、あんたが情報を分け与えるメリットは特にないはずだ。真っ先に思いついた可能性としては念能力……例えば『相手の知らない情報を渡すことが能力の発動条件』になっていたとか」

 そこまでいい終えてじっとチーボを見据える。

 場の空気が針金のように奇妙に捩れていく。

 今自分が言ったことが本当であるとしても、念にかけるということはこちらを利用するつもりだろう。少なくとも今は殺されない可能性も十分高かった。

 目の前の男は外を見ながらおかしそうに口元を歪めた。

「言い忘れていたな。転生者同士の殺し合いで死んだものも何人かいる。だがな――」

 間を置かずに小さく噴出したあと、楽しそうに目を細めたままコーヒーを一口飲む。

「――だとしたら、何だ?」

「……」

「だとしたら何だというんだ? お前の右肩に爆弾を仕掛けた。さあ、お前はどうやって生き残るつもりだ?」

 膨れ上がる圧力が大気を焦がす。

 視線を右肩に流し見るが、何も見えない。

 見えていないだけで、もしかしたらもう詰みの状態なのかもしれない。

 しかし俺はその言葉を聞いて脱力していた。

 ほっとしたのだ。

 笑みすら浮かべたこちらを見て怪訝そうな顔をしたチーボに、ため息と共に理由をいう。

「嘘だろ。あんたは強化系だ。さっき俺に念を飛ばしたとき、明らかにコーヒーが溢れていた。爆弾とか……ボマーかよ。即席の嘘にしてはお粗末過ぎる」

 暫しの沈黙。

 ふっ、とチーボから小声が漏れた。

 緊張の空気が飛散する。

「ルカと言ったか、頭の回転は早いみたいだな」

「それほどでも」

「確かにオレは強化系能力者だ。この通り化かし合いは大好きだが、いかんせん下手でな。情報を渡したのは完全に善意だが、お前の考えている懸念事項についてはどうでもいい。敵になれば関係なくぶっ倒すからな」

 お手本のような強化系思考だ。

 知的な風貌から垣間見えた肉食獣のような表情を見れば、嫌でも嘘ではないことが理解できる。

 ――とはいうものの、こいつに悪意がないと気づいたのは実はそれが理由ではなかった。

 最初に感じた業火のような感覚。

 あれは純粋な怒りだった。

 何故同じ同胞なのに、こいつはこんなにも弱いんだ、という嘆きの怒り。

 まだ念を習得していない俺ですら、見えないオーラからそんな真っ直ぐな気持ちが感じ取れたほどなのだ。ある意味気持ち悪いほどの仁義である。

 しかしながら、出会ってすぐだが信頼するに十分足りえるものだった。

 俺は内心で笑いながら口を開く。

「あんたが此処で同胞たちに情報を与えている本当の目的は、最後の戦いのためってことだろ」

「……」

 案の定当たっていたのか、驚いたようにチーボが眼を見開いた。

「《死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)》の最後の項目、『指定時間から13日後に世界を崩壊させなければ、この能力の発動者は消滅する』。言い換えれば、つまり最後に世界を崩壊させようとする死神を倒さなければ、仲良く全員バッドエンドってことだろ?」

「……1人でそこまで予測していたか」

「修行の代わりに考える時間だけはあったもんで」

 これはかなり確証がもてることだ。

 念能力《死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)》の大半に極悪なまでに原作ブレイクをさせようとする魂胆が見え隠れしているうえ、解除に失敗した念能力者の念を簒奪するオマケつき。  それが意図するのは、死神が強大な力で強大な何かを倒そうとしているということだ。

「此処で問題なのは、死神はどうやって世界を崩壊させようとするのか……ここまで考えればもう察しはつく。漫画の世界で漫画が成り立たなくなる最大の理由は最大のタブーを犯すこと。つまり――」

「蟻の王が死んだ後、オレ達はこの世界の主人公ゴン・フリークスを全力で守らなければならない」

 やつの目的はゴン・フリークスの殺害ということになるのだ。

「そこまで判っていたのなら情報を与えて危機感を煽ることもなかったな。皆どの程度習得していたかは定かではないが、数にして既に最大212人分の死者の念を操ることができるラスボスだ。転生者同士の連携がなければどうやっても倒せまい」

 飲み干したカップをテーブルに置くと、もう用はないとばかりにチーボはすくりと立ち上がる。それから内ポケットから出したメモをテーブルに投げた。

「ホームコードだ。最終決戦までに生き残れたらまた会おう」

 そう言いながら店から出ようとするその背中に壮絶な決意を見て、俺は寸前で呼び止めた。

「なあチーボさん、俺に念を教えてくれないか?」

 真摯に言ったつもりだ。交渉事にはこういった実直な行動がプラスに反映されるとテレビで見た気がする。

「唐突だな。答えはノーだ。お断りする」

「理由はなんだ? 俺の条件に触れなければあんたの念解除も手伝う。協力者は多いほうがいいはずだ」

 玉砕しつつも食い下がろうとする俺に、チーボは首を振り続ける。

「別にいらない。ここにはいないが、弟子は既にもう二人いる。それにこちらの条件につき合わせると、例えお前が念を覚えていたとしても死ぬ可能性が十分ある」

 代わりに知り合いの美少女念能力者を紹介しよう、と携帯電話をかけ始めた。

 魅力的な提案に俺の口から一瞬文句が引っ込んだが、果たしてこれでいいのだろうか。

 間違いなくこの男は信用できるし、弟子を抱えている時点で念能力者としての実力も高いはずだ。

 俺の解除条件に妥協は許されない。

 命をかけた使命に余裕はあるのか。

 店から出るときのこいつの背中には覚悟があった。

 

 

 俺には――?

 

 

 携帯から人の声が聞こえてきたが、耐え切れなくなって俺は立ち上がった。

「≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫――達成難易度Bの幻影旅団とのガチ交戦が俺の解除条件だ。俺はどうしてもあんたに念を教わりたい……頼むっ!」

 チーボの瞳が僅かに見開く。

 俺はその視線から目を逸らさない。

 しばらくの沈黙。チーボはどこか諦めたように静かにため息をつき、会話していた携帯をそっと閉じた。

 その口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

「奇遇だな。同じ系列の解除条件だ」

 言葉と共に外された眼鏡の奥の瞳は、興奮したのか鮮やかな「緋の色」に染まっていた。

 

 



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第三話「コックピット」

「968………969………」

 身体を支えている腕はがくがくと震え続けていた。

 額から流れる汗が濁流のようにぼたぼたと地面に落ちていく。

 高地特有の空気は始めこそ新鮮に感じたが、修行をするとなると圧倒的に少ない酸素量に愕然とする。

 腕立て伏せを口に出すことは簡単で、想像も容易にしやすい。

 だが、実際にやるとなると50回ほどから腕が体重を支えきれなくなり、70回付近から心が折れてくるのはもう理解した。それが1000回を目処にするとどうなるかも、もう理解した。

「……972……いいいいいいいいっ!」

 既に何十回目だろうか。

 限界を超えた両腕が悲鳴をあげて、体重の重みと共に落ちるように地面に叩きつけられる。

「くふっ……うう…………うううううううっ!」

 食いしばった口元から自然と獣のようなうなり声がでる。

 身体を起こそうとしても手がぴくりとも動かない。自分自身でも何を言っているか理解できない絶叫をあげながら、肘を稼動区間にして無理やり姿勢を正した。止め処なく出てくる涎が滑稽にさえ思える。

 荒い呼吸を抑えて、息を整えようとする。

 ――と、灼熱の違和感が身体を襲った。

「うえっ……がっ……げえええええええっ」

 胃の中の物をすべて吐き出す。胃液も汗もまとめて滅茶苦茶にぶちまけた。

 そのまま無くなったかのように錯覚した両腕と共に、今しがた形成した吐瀉物の中に身体を沈ませる。

 ペースト状に溶けた今朝の食べ物を見てもったいないな、と思う余裕はまだあるようだ。

 精神は限界まで稼動しているのに、限界を超えた身体は鉛のように機能しない。

「休んでいいと誰が言った。あと100追加だ」

 今しがた無防備な人間に容赦なくオーラを浴びせた師匠――そう呼べと言われた――が、冷徹な言動で罰を述べた。

 奥歯を強く噛んで漏れ出そうになった泣き言と悪態を飲み込む。

 俺は絶叫しながら腕立て伏せを続けた。

 結局その後1300回まで回数が伸び、早朝に昇り始めるのを見た太陽は既に真上を通り越していた。

「なに? この汚いの……」

 どうやら知らぬ間にぶっ倒れていた俺の頭上で、細いソプラノボイスが響く。

 両腕が動かないので芋虫のように地面に這ったまま視線をあげると、師匠の横に知らない少女が立っていた。

 セミロングの真っ直ぐな黒髪で、人形のような端正な顔立ちをしている。こちらを見ている視線は砂漠の夜のように冷たい。はっきり言って俺の嫌いな眼だった。

 片手にはカツサンドが握られている。

 もぐもぐと喋りながら話す様はかなり失礼極まりない。残念なタイプだ、と俺は心の中で呟いた。

 肝心の師匠はというと、切り株の上に腰掛けて文庫本を愛読中だ。表紙に18禁な絵が描かれているのには突っ込んでもいいのだろうか。

「あんた誰だ?」

「こっちの台詞。最近、里に戻らないかと思ったらまた弟子を増やしたのかしら、兄さんは?」

 少女は咀嚼を続けながら呆れたように師匠を見ていた。

 言葉から判断するに、どうやら妹のようだ。厳格そうな妹に若干眉をひそめた兄は、読んでいた本をぱたんと閉じる。

「お前と同じ《クルタ族エピソード系》の解除条件者だ。共にいればお前の解除もより容易になる」

「そんな事は聞いてない。最初から里にいたアルバインはともかく、私はまだ兄さんの弟子のつもりってことはわかっているの? こんな所にいないでこの人つれて集落に戻ってくればいいのに」

「オレなりに考えがあるんだ。お前への修行も、この後直ぐに再開するつもりだから心配しなくていい。こいつは念をまだ覚えてもいない阿呆だから、なるべく基礎を早く学ばせた方がいいと思ってな」

 まあオレの方の苦労もわかってくれ、とチーボ師匠は小さく呟いた。

 それを聞いて少女は悲しそうな顔を一瞬見せたあと、カツサンドを食べ終えた手を払いながらこちらに顔を向けた。

「キシュハよ。あなたは?」

「ルカだ。師匠の妹さんか……」

 二人の髪の色が違ったので気になったが、深い事情があるかもしれないので聞かないことにする。

「あなた、とても臭うわ。兄さんの下で修行を初めてどのくらい?」

「2ヶ月。山篭りだから当然風呂には入ってないし、水行にもいかせてもらってない」

 形の良い眉を潜める少女。

「……ひょっとして、弟子の志願はあなたから?」

「そうだけど?」

「追い出しコースか……よく耐えられたわね……」

「…え?」

 侮蔑の視線から一転して憐憫を浮かべたキシュハに首を傾げる。

 彼女は感心したようなため息をついていた。

「あなたみたいに食い下がってきた面倒な志願者のために、わざと厳しくあたる兄さんオリジナルメニューのこと」

「……」

そのまま師匠に視線を合わせると、うんうん頷いていた。

「正直根をあげると思って適当にしごいてた」

「待てコラ」

 今までの死にそうなくらい激しい修行は何だったのだろうか。

 1日中筋トレしたり、殴られ続けたり、ほふく前進したのは何だったのだろうか。

 よく考えればほふく前進とか修行とは全く関係ないことに気づかなかった自分とは何だったのだろうか。気づけ自分。

「今、ルカ君はとても泣きたいです師匠」

「泣いていいぞ」

「悪魔めっ」

 頼みを承諾された時、向こうもわりと運命的な出会いだと感じていたはずだ、と感動していた俺の思考は完全に錯覚だったようだ。

 この男は自分では格好良い事言っているつもりだろうが、言動が壊滅的に理不尽ドSだということに気がついていないのだろうか。いや気づいているな畜生め。

 俺が呆然としていると、キシュハも不憫に思ったのか半笑いで慰めてきた。

「まあ、私が呼ばれたってことは本格的に指導が始まるってことだから」

「……そりゃ良かった」

 見た目完全年下の少女に慰められつつも、台詞の内容に僅かな希望をもつ。

 キシュハは後ろに振り返って少し大きめの声を出した。

「兄さん。それで、起こしていいの?」

「ああ、やってくれ」

「?」

 二人のやりとりに疑問を抱いていると、キシュハがこちらを向いてにやりと笑った。

 兄と同じS顔だった。

 どうにも嫌な予感しか思い浮かばない。

「天才と凡人の境目は、いつも神様だけが知っている……あなたはどちらでしょうね」

 とん。

 心臓付近に手を軽く置かれた。

 電流を流されたような衝撃が襲う。

 湯気のように身体から魂そのものが抜けていく感覚。

 おいおい、これは――。

 まさか。

「強制的に、念を起こしたのかっ……!」

「阿呆。幻影旅団が来るまであと約3年だ。悠長にゆっくりと起こして貰えるとでも思っていたのか? ほら、とっとと念を纏えないと死ぬぞ」

 腕を組んだ仏頂面のまま、チーボ師匠が告げてくる。

 そう言っている間にもどんどんオーラが流れ出ていく。

「……っ、わかったよ」

 俺は深呼吸しながら瞳を閉じた。

 確か血液の循環が最も定着させやすいイメージだったはずだ。落ち着いて身体の周辺をぐるぐると回すイメージを作る。

 頭から全身に、全身から中心に。

 行って帰り、また行く命の想像。

 だが感じる。

 出てる、出てる。

 やばくね、これ。

 循環だから心臓か? 心臓から流れいくようなイメージか?

 出ている、出ている。

 ああ、やばいやばい。

 どうすればいいんだ?

 思えば血液の循環と言われても、正確な医学の知識でもない限り精密な想定など不可能なはずだ。 論理的ではなく感覚で掴めということなのだろうか。

「安定していない。余計なことを考えてる」

 はっと目を開く。

「漫画の知識を鵜呑みにしてない? オーラをこじ開けた同胞は、恐らくそれで全員死んだと思う。あれはウィングのオーラで、ウィングがそうしやすいようにイメージしてこそ血液の循環なんてイメージで自身のオーラを纏えるようになるのよ。でも、実際はそうじゃない。念というのは、乗り方さえ知っていれば誰でも扱える自動車なんかじゃない。あなたの今の状況は、墜落していく飛行機のコックピットに乗った状態と同じ」

 キシュハがこちらをじっと見ていた。

「大事なのは、自分が最も自然体だと思える形にもっていくこと。基本に史実に、とか考えちゃだめ。一番楽な姿勢なら寝そべってもいい。上手くいえないけど、オーラを留めることよりも「自分の在り方」みたいなのを考えたほうがいい。それが、自然体ってこと」

 表面上では兄と同じ仏頂面だったが、その視線には心配の色が見て取れた。

 俺はそれに小さく笑うと、再び意識を沈める。

 在り方、在り方。

 自分の最も自然な在り方ってなんだ。

 脱力? やる気のなさとか? 

 正義。努力。友情。勝利。

 嘘だな。

 変化。後悔。皮肉。空虚。

 助けられない。助けない。

 ん、何を考えている?

 溶け込む。解け込む。融け込む。熔け込む。

 誰にも咎められないように。

 誰にも見られないように。

 あれ?

 ん?

 えっと。

 ああ、そういえば。

 空気のようになりたかったっけ?

 ――ふっ、と身体からすべての存在感が抜けた気がして。

 俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 そう、夢だ。

 どうにもメルヘンチックな、くだらない夢。

 

 誰も死んでいないのに、皆は誰かを殺したいのだろう。

 その中に俺が入っていたことに、俺は自分自身を否定することはできなくて、許してくれとも思わない。

 ちらりと教室の隅を見やると、窓際の机の上に花瓶が一輪置かれている。

 まるで誰かが死んだみたいだ。

 教室の扉ががらりと開く。

 伏せ目がちに入ってきたその女の子は、注目されている目の中を頼りない歩みで通り過ぎていく。

 俺はそれを横目で見ながら友達と談笑している。まるでそこにいないかのように、自分に嘘をついて息をしている。

 彼女は席においてあった花瓶を見ると僅かに震えた。

 隠すようにそれをどかそうとするが、花瓶の底は接着剤で癒着してあり、そんな簡単には取れないのだ。花瓶と拮抗する白く細い腕には痛々しい痣がついている。

 不意にくすりと笑い声がした。

 嘲りだった。嘲笑だった。

 笑い声は少しずつ大きくなり、彼女をすぐに包み込んでいった。

 何故立ち尽くすことしか出来ないのだろう。

 教室に彼女の居場所なんて何処にもないのに。居場所がないのなら作ればいいのに。作れないなら逃げればいい。

 立ち尽くすことなんて誰でもできる。

 行動を起こせば、世界はどうにでも変わるのに。

 なんで、何もしない道を選ぶのか。

 俺は唇を真一文字に結ぶ。

 そうしてそんな資格なんてないのに、哀れむように彼女に視線を向けていた。

 下らない遊びだ。別に誰だって良かった。人より少し臆病なだけで、彼女は運が悪かっただけだ。

 震える彼女は周囲をきょろきょろと見渡していた。

 そんな縋るような瞳が、昨日まで普通に会話をしていた俺自身を捕らえる。

 助けてと、いつもみたいに助けてよと。

 川で溺れた子みたいな、そんな苦しそうな瞳。

 お願いだ。

 そんな眼で俺を見ないでくれ。

 俺はそこにはいないんだ。そこには行けないんだ。

 お前が悪い。何もしないお前が悪いんだ。

 反射的に立ち上がろうとした足を押さえつける。前とは違ういいようのない恥ずかしさが脳内を駆け巡っていた。重なった視線をたまらず外して第三者に紛れる。

 その時のその子の目をまともに見ることなんか、きっと神様だってできやしなかっただろう。

 ただ、もう戻れないような気がして。

 俺は空気のようになりたくて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――《ブラックジャック》。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っはあ!」

 水面から出たような感覚。

 いつの間にか流れていた涙で視界が見えなかった。喘ぐように呼吸をして少しの間だけ入っていなかった酸素を全力で補充する。

 俺の胸元から手を離したキシュハは短いため息をついていた。

 呼吸を整えながら俺は手を凝視した。

 流れる半透明のオーラがそこに感じ取れる。

「……一瞬、死んでたよな、俺」

「いいや」

 腕を組みっぱなしだった師匠はきっぱりと言い放った。

「3回は死んでいたな」

「4回よ。さすがにこっちのオーラがつきそうだった。ここまで凡人だった同胞は久しぶり」

 そう言ったキシュハは頭を抱えながら切り株に腰掛けた。

「医療系の能力者だったのか」

「そうよ。よくわかったね」

「某有名医療漫画の題名が聞こえた気がする」

「う……」

 師匠がせせら笑った。

「能力名を発動と共にいう癖は直したほうがいいぞ、キシュハ」

 そう言われた彼女の白い頬が若干赤く染まる。

「人の事言えるの? 言ったほうが精密に動くし、誰彼構わず自分は強化系ですって言いふらす誰かさんよりは全然ましだから」

「強化系は皆いうもんだ」

「あー、はいはい馬鹿馬鹿」

 付き合ってらんないとばかりに、キシュハは手を横にふった。

「まあとにかく――」

 師匠はこちらに向き直って、あの野獣のような笑みを見せた。

「こちらの世界へようこそ」

 その巨躯に纏うオーラは遥か大きい。

 だが、感じ取れる程度には成長したということだ。

 俺は両手を強く握りこむ。

 先ほど見た己の夢は、道化のように忘れたふりをした。

 

 




キシュハの能力の元ネタはもちろん某漫画です。


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第四話「次の目的地」

 攻撃は受けてはいけない。

 この世界に生まれ落ち、念能力の修行をして約半年。

 俺はそう結論していた。

 念での戦闘において攻撃を受けることは致命的だ。

 そもそも相手の総オーラ量が確実にこちらより下ということはありえない。相手が強化系の場合もある。触れることや傷を負うこと自体が敵の能力発動に繋がるケースも存在する。

 水身式で調べた俺の系統は変化系だった。

 自身の系統が肉弾戦でも十分通用するとはいえ、受けるよりも避けの選択、それに越したことはないのだ。

 ましてや転生して間もない15歳の子供の身体、僅か半年の未熟な念技術、なにより俺自身の念の才能の凡庸さ。

 すべてが、物語っている。

 これは操作系のシャルナークが敵の攻撃を掻い潜りアンテナを刺すように、特質系のクロロが暗殺者二人の猛攻を捌くように、おおよそ強化系から離れた系統の能力者ほどにその本質が試されるのだろう。

 すなわち、「回避」というプロセス。

 ――だというのに、

「はっ……」

 避け切れなかった、という後悔すらも置き去りにする凶悪な感覚が脳裏をよぎる。

 とん、と俺の胸に置かれる手の平。

 これまでの修行から、反射的にオーラを集中させる己の肉体。

 だが、それはこの能力の前では意味のない行動だ。手で払おうとするが、そのタイムラグこそまさしく命取りだった。

「……っ!?」

 衝撃。

 呼吸が停止する。

 ついでに思考も止まりかけるが、本能だけで無茶苦茶に下がりながら後ろに退避する。

 とにかく後ろへ、後ろへ。

 ひとしきり距離をとったあと、生命の危機を実感して荒い呼吸を吐き出す。

 そうして追撃してこなかった目の前の相手を慎重に見やった。

 彼女は手のひらをこちらに向けた奇妙な構えを見せている。

 あの手のひらが、まずい。

 釣鐘のように稼動し続ける心臓を押さえつけながら、俺は対抗策を考えるために時間稼ぎの会話を投げた。

「《神の領域には届かない(ブラックジャック)》って言ったか? 医療系能力のわりには殺傷力もある……全く本人の性格の悪さがよく出てるな」

「たかがオーラで心臓を操作する程度(・・・・・・・・・)の能力。わたし自身の未熟さで発動も遅いから、まだまだ実践では使えそうにないけど、口の悪いあなたにはこれで十分でしょ?」

 キシュハはそう良いながら笑った。

 何がそろそろ練習相手にちょうど良いだ。

 どうやら鬼畜チーボ師匠の発言はまったく信用できないものらしい。

 その糞師匠はというと、ここ数日の間妹に修行を任せて何処かへふらりと蒸発中である。いい加減にもほどがあった。

 一方で妹のキシュハは教え方こそ丁寧だが実践主義で、か弱い俺は朝が来るたびにぼこぼこにされていた。

 なんだろうこの兄弟そろっての鬼畜仕様。

 俺は理不尽な現実に涙しながら、彼女の能力を慎重に検討する。

 操作系は一撃必殺。

 如実に表しているその能力は、成長すれば触れるだけで相手を倒すことができる能力になるだろう。

 合気道をベースにしているのか、キシュハ本人の体術レベルも非常に高い。

 さらに厄介な本質はその持続性だ。

 自身の心臓すらも操作しているであろうキシュハは、息一つ乱れていない。

 本人は明言していないが、おそらく心臓周りを中心とした肺や血管などの臓器も操作している可能性が高い。

「何がたかが、だ……心臓に直接ダメージを与える能力なんざ防ぎようがない――っと!」

 時間稼ぎがばれたようで、こちらが話している途中で掌打が飛んできた。これを左手で捌き、空いた胴に拳を放つ。

 拙い流の移動によって拳の先に集められたオーラは完全に脆弱だったが、格上相手を想定しているのかキシュハは腰を捻り右に回避。

 そのままくるりと回転して回し蹴りを繰り出してきた。

 鈍い衝撃がガードした両腕に走る。

「……っ!」

 彼女から放出されたオーラが人体を通じて心臓に到達し、一瞬だけ心臓が跳ね上がった。

 電撃を浴びせられたかのような衝撃に身体が硬直する。そしてそんな隙を、彼女が逃すわけがない。

「はい、診察開始」

「…………注射は嫌いなんだけど」

 背中に押し当てられた掌にぎくりとしながら後ろを振り向くと、どす黒い笑いを浮かべた少女がいた。

 自分の心臓が止まる感覚を何度も経験するのは、そうそうあっていいものじゃないと個人的に愚考する。

「――」

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですか、このゴミは」

 最近俺の廃品回収率が格段に推移している件について訴訟を起こしたい気分になる。

 面をあげるとおとなしそうな茶髪の少年がこちらを見ていた。どうやら名誉毀損罪級の台詞はこのキュートなボーイから出てきたらしい。

 どうでもいいがこの展開前にもなかっただろうか。

 キシュハはホットドッグにかぶりついていた。横では師匠が切り株に腰掛けてエロ本を読んでいる。ブレねえなこいつら。

「誰だお前」

「ウィルです。初めまして」

「おう初めまして、ルカだ。初対面の人にゴミ言われたのも生まれて初めましてだ」

 手を差し出してきたので立ち上がり握手する。

 もちろん全力で念を込めて全身全霊の報復という名の握手をしてみた。

「すいません……あの女の子がこう言うと喜ぶからって……」

「お前かよっ!」

 ぐあっと首を物理的に限界な方角に直角曲げして元凶を睨む。

「兄さんと同じ強化系ね。なんでこの系統だけこんなにもわかりやすいんだろう……」

「確定していることは変化系と操作系は相性が悪いってことだな。主に性格的な面で」

「系統図では対極だからね」

「訂正。問題があるのは人格の方みたいだ」

 雌狐との舌戦に疲れた俺はそもそもの元になった師匠に向き直る。

「で、師匠。なんですか? この美少年は」

「拾った」

「……何処で?」

「ハンター協会前だ。武道の心得はあるようだが、お前と同じで念は覚えていなかった。いわゆる正統派組みというやつだな。こいつも弟子にしようと思う」

 眼鏡を押し上げながら厳格に語った。視線はエロ本から離れていないので全く威厳はない。

 だが俺はその言葉にひどく違和感を抱いていた。

「……念を、覚えていなかった?」

「ああ」

「……え?」

 やり取りを見て当惑していたウィルに再び視線を戻す。

 オーラだ。

 爆発的ともいっていい膨大なオーラ。

 傍目に見ても師匠、いやそれ以上の量だ。

 それが小さな少年の身体全体を包み込んでいた。

 無意識にごくりと喉を鳴らす。

「洗礼をしすぎて精孔を開けてしまった。だが10秒と掛からず纏をしたよ。聞けば原作での念の知識もうろ覚え……正しく天才なんだろう。死神にかけられた念解除条件も緩いうえ、オレ達の解除条件にも相反しなかったから無理をいって連れてきた」

 それを聞くとウィルは大げさなほど首を横に振った。

「とんでもない。念を教えてくれる方を探していたので僕も助かりました。差し支えなければ、先輩たちの解除条件にも協力したいと思います」

「別に危ない橋は渡らなくていい。お前の念の才能は、先に話した死神との最終決戦で必ず役に立つはずだからな」

 鍛えれば間違いなくオレより上の念能力者になる。

 そう呟いて、師匠は本を閉じた。

 どや顔のまま俺をちらりと見る。

 彼なりに伸びの悪い俺への「当て馬」を用意したのだろう。これは確かに対抗意識を燃やさずにはいられなかった。

「改めて自己紹介でもしようか。チーボ・レシルーク、師匠と呼べ。死神にかけられた念解除条件は《クルタ族を滅亡させるな。自身は含まない》。察しの通りオレ自身もクルタ族だ。よろしく頼む」

 そう言いながら師匠は、食事を終えて樹木に寄りかかっていた黒髪の少女に視線を流す。

 彼女は深いため息をつきながら口を開いた。

「妹のキシュハ・レシルーク。解除条件は難易度B《クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、および原作登場人物フェイタンを殺害せよ。暗殺依頼などの間接的な殺害方法は不可とする。それ以外の方法なら手段は問わない》。よろしく」

 順序的にどうやら俺のようだ。

 新人君の肩をちょんちょんと軽く叩きながら口を開く。

「俺はルカだ。解除条件は前の二人とだいたい被っている。ウィルと同じでハンター協会前をうろうろしていたら今の師匠に捕まった。まあ、兄弟弟子ってことでよろしく頼む」

 改めて手を差し出すと、緊張が解けたのかウィルも元気よく握り返してきた。

「よろしくお願いします。ウィル・ウィンセントです。解除条件は《原作登場人物キルア・ゾルティックと天空闘技場で対戦せよ。対戦時期は幼少期でも可とする》で、難易度Eの解除条件です。早く皆さんの強さに追いつけるように頑張りたいと思います」

 なんとなく「守りたい、この笑顔」みたいなフレーズが思い浮かんだが、アホらしくなったのですぐに気を取り直した。

 同時に、ウィルの難易度Eの解除条件の緩さに愕然とする。

 キシュハの難度は厳しい。

 やや解除条件を省略しているような感じのする師匠はともかく、キシュハは解除の難易度Bという俺と同じレベルにも関わらず、その実かなりの困難を伴いそうな条件だ。

 俺の条件≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫は、考えようによっては一発殴って、クルタ族の誰か一人を捕まえて逃げればいいのだ。

 禁止しているのは事前の逃亡であって、途中放棄の禁止については咎が存在しない。そう考えると自分の今置かれている状況は思っていたよりもずっといいのかもしれない。

 開発途中の発もわりと逃亡向きの能力でもあったりするので都合もよかったりもする。

「自己紹介が終わったところでこれからの指針についていう」

 いつものごとく師匠が仏頂面で口を開く。

 声色は真剣さを帯びていた。

「まずウィルの解除を優先で行ってみようと思う。原作情報に則ると、1993年に幼少期のキルアが天空闘技場の200階を目指して修行を始めている。今は1992年、本来ならあと1年でその時期がやってくるはずだ」

 とそこで、寄りかかっていたキシュハが片手をあげた。

「兄さん、それ少し気になっていたんだけど、旅団襲撃事件は確か1994年。時期的にクルタ族の集落を離れるのは少し危険すぎない? ウィルには悪いけど、わたしやルカは大前提として旅団と一度交戦しなければならないからそう遠くへはいけないと思う」

 それを聞いたウィルは頷く。

「キシュハさんの言うとおりですよ。僕なんかに構うより里の警備を強化してみては? 僕の解除条件はそれほど難しくないので一人でも全然大丈夫です」

「阿呆」

 ごんっと鈍い音が頭に響いた。

 師匠が持っていた長棒で叩いた音であるが、問題はなぜか黙って聞いていた俺に直撃していることである。

「なぜ俺……」

「なんとなくだ」

「理不尽っ!?」

「まあともかく、最後まで話を聞け。確かに本来ならキルア・ゾルディックが天空闘技場で修行を開始するのは1993年だった。だが予定の繰り上げがあり1992年、つまり今年に入って既に天空闘技場にいるそうだ。ウィルの念解除ついでに、しばらくしたらお前たちにはそこで修行を開始してもらう。実戦経験としてはあそこ以上のところはないからな」

 確かに修行場として命の危険も少なく、200階クラスまでは念能力者も皆無な天空闘技場は最良の場所かもしれない。

 俺はそんな思考を展開しながら口を開いた。

「他の転生者の影響か?」

 面白そうに師匠が笑った。

「お前は本当に頭だけはよく回る。その通り、原因は長男のイルミ・ゾルディックが知り合いの転生者と戦って瀕死の重症を負ったせいだ。普通ならそういうことをすれば自分の息子を傍に置くものと思っていたが、あそこの父親は随分と大物らしい……まあ何にせよ嬉しい誤算だった」

 ほえーと横にいるウィルは意味のわからない声をあげた。

 俺もそんな声をあげたくなったが、キシュハが既に同じ声をあげて顔を赤くしていたのでパスした。

 そんなこんなで3ヵ月後、天空闘技場へ行くわけになる。



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第五話「鈍く光るもの」

 

 

 規則的な振動と音が三半規管に響く。

 極限まで意識を研ぎ澄ませる。

 指先で変化させていたオーラは形状を徐々に変えていった。

 変化系のオーラ修行は、念そのものを覚えるよりも随分と簡単な作業だ。

 オーラを消して汗を拭う。

 視線を窓辺に寄越すと、果てない海が広がっていた。反対側に視点を移動すると、アメリカのような広い荒野が横たわる。向かうは山脈。僅かに上り坂。

 空はやや暗いのが残念だ。

 この分だと、夜辺りに雨が降るかもしれない。

 鋼の車両はその役割に従い、銀色の線路の上で煙を吐き出しながら黙々と走っていた。

 飛空挺での移動はもう飽き飽きしていた所だ。

 ハンター協会本部が存在するスワルダニシティから飛行船に乗って数時間、パドギワ共和国の東部に位置する天空闘技場への道のりは、空と陸を経由する。

 長時間空中にいた後だと、こういった西部劇のような列車での移動も趣があっていいものだった。

 自然と笑みがこぼれる。

「……うっぷ」

「吐くなよ」

 現実逃避という壮大な想いに囚われながら、視線だけ正面に戻して釘を刺しておく。

 兄弟弟子のウィルが青い顔をしていた。修行を共にしていれば、誰でも彼の念の習得速度の速さには驚嘆するだろう。

 性格も至って真面目だ。

 癖のある師匠たちに比べると、俺たちの中では最も常識人である。ちなみに俺は常識人殿堂入りしているので余計な詮索は不要だ。

 まあそんなウィルにも、乗り物酔いという弱点があったみたいだ。

 師匠の強烈なしごきにも弱音を吐かなかった彼が、別の意味で吐きそうである。

 見続けているとこちらまで気持ち悪くなってしまうので、被害を避けるために視線を隣に移す。

 隣の座席では師匠とキシュハが向かいあって弁当を豪快に食べていた。

 こちらも変なところで似たもの兄妹である。

「キシュハさん……あなたの念で、うっぷ……治療とか出来ま、せん?」

 紫色にまで変色した顔でウィルが訴えた。

 大きなエビフライを頬張っていたキシュハはそれを確認すると、僅かに眉間に皺を寄せる。

「乗り物酔いは……自律神経の失調状態で、あくまで……臓器関係しか操作できないわたしの能力で治療は……ごくん、無理よ、ごめんなさい」

「申し訳なさそうに言っているところ悪いが、もぐもぐしながら話しても説得力はないな」

「む、そういう兄さんはエロ本読むか、食べるかどちらかにしたら?」

「俺にしてみればどっちもどっちだぞ」

「……おえっぷ」

 片手で器用にページをめくりながら卵焼きを摘む師匠に対して、キシュハが呆れながらに言う。

 どうでもいいがお前も箸を置け。

 横にいるウィルが大量の食べ物をかきこむ二人の様子を見て余計体調を悪化させている。不憫だ。

「酔い止め飲んでそれなら、いっそ睡眠薬でも飲む? あ、お弁当食べないなら貰っとくわね」

「う………お願いし――」

 言いかけたウィルが前方に屈む。

 そのままリバースされては堪らないので、咄嗟に弁当を包んでいた紙袋を差し出す。ぎりぎり間に合った。

 キシュハがウィルの背中を撫でて心配そうに振舞う。その視線が彼の弁当に固定されていなければ女神のようである。

 

 ――列車は変わらず進む。

 

 

 

 昼食も終わりうとうとと転寝を漕いでいると、俺たちのいるコンパートメントの外に人の気配が近づいてくる事を感知する。

 「失礼」と扉を開けてきたのは軍服姿の警官が二人。

 入ってきたのはそれだけだったが、外の方にも似たような気配が何人かいた。

 一瞬師匠が何かやらかしたのか、と隣を見たが、同じことを考えていたらしく見つめあう形になった。これには肩を竦めるしかない。

「なにか?」

 代表という形で師匠が憮然と訪ねる。

 どうでもいいがあんたはいい加減卑猥な書物から意識を外した方がいい。

 警官は師匠の持っているアレな本に顔を僅かに顰めるが、おほんと気を取り直して姿勢を正した。

「身分証の確認をさせて頂きたい」

 その言葉に俺は眉を寄せた。

 やべえ。流星街とそう変わらないスラムから逃げるような形で此処まで来たので、その類のものは持ち合わせにない。

 どうごまかそうか内心どぎまぎしていると、内ポケットを漁った師匠が目線を下にやったまま、何処かで見たことのあるカードを取り出した。

「これでいいか?」

 記載された名前と共にそれを見た警官の背筋が慌てて伸びる。

「失礼しました。ブラックリストハンターの方でしたか」

「そうだ。こいつらの身元の保証はオレがしよう」

 ちゃっかりとハンターライセンスを懐に戻しながら師匠が続ける。

「随分と大げさな取締りをしているようだが何かあったか?」

 コンパートメントの外の様子を言っているのだろう。実際に隣の部屋からもそれらしき声が聞こえてくる。

 警官たちは顔を見合わせて逡巡すると、視線を戻して口を開く。

「危険な脱獄犯がこちらの車両に乗り込んだとの情報を得たので、現在捜索中であります。次の駅で我々の応援部隊が待機していますので、お手数ながら乗り換えの準備をお願いします」

「ふむ……警戒しておこう」

「ご協力感謝します!」

 びしりと敬礼した警官が部屋から出て行こうとする。

 その背中に師匠が声をかける。

「ちなみに脱獄犯の名は?」

 警官は今度こそ返答に詰まった。

 何か戸惑っている雰囲気だ。二人で視線だけの会話を交錯する。片方が場を取り持つように奇妙に笑った。口内の金歯が鈍く光る。

「ジョネス……です」

「……ほう」

 師匠はようやく本を閉じた。

 聞いていたキシュハがぴくりと顔を動かしたのがわかった。

 空気が少しだけ変わる。何処かで聞いたことのある名前のような気がするが、いまいち馴染みのない名だ。

 警官たちが部屋を離れていくのを見送りながら、隣を肘でつつく。

「ハンターライセンス持ってたのかよ」

「便利だからな」

 腕を組んだままの短い返答が続く。

「……やらないぞ」

「あんたは俺のことを何だと思っているんだ」

 黙ってこっそり売って夜逃げしようとかちょっとしか思っていない。ちょっとしか。

 恨みがましく師匠を見やると、彼は天井のネットから荷物を取っていた。

 袋からごそごそと3本の棒を取り出して手際よく組み立て始める。

 顔を顰めたキシュハが口を開く。

「兄さん、また麻袋に入れてきたの?」

「悪い。忘れていた」

「せっかくベルトに着けられるようにしたのに……」

 聞いているこっちは何のことか判らない。

 かちゃかちゃと念入りに組み立てる音が車内に響いた。

 徐々に長くなっていく。

 連結する度に大事そうに表面を磨いていた。

 思い出したかのように師匠が呟く。

「そういえばルカはスラム出身か」

「ん、ああそうだ」

「身分証は?」

「ねーよ、気づいたら孤児院にいた」

「そうか」

 また黙って作業に戻る師匠。

 なんでもないかのように扱われて少々傷つく。

 こちらの世界に来た当初は割と大変だったのだ。流星街とは言わなくてもそこそこ治安の悪いところにいた。悲鳴や血の臭いは日常的だったし、実際一緒に暮らしていた孤児院の子供たちも何人か死んだり行方不明になったりした。

 前世で平和な日本に生まれたことが、どれだけ幸せなことだったかあの経験で良く理解できた。

 ――しかし身分か。

 先ほどの時のように面倒なことが起こらないように、暇があればハンターライセンスでも取りに行ってみてもいいかもしれない。

 警笛が鳴らされる。

 駅が近いようだ。

 警官に言われたとおりに乗り換えの準備をしようと軽い伸びをした。

 窓ガラスを見ると緩いカーブを描いたレールの先、無人の荒野にパトカーの音と黒い車両が集合している。

 脱獄犯一人に随分と大げさな展開だ。

 俺はそう思いながら横目で確認していた疑問を口に出す。

「ところで、なんで戦闘準備してるんだ?」

 師匠が組み立て終えた物の全長は、子供一人分ほどの長さだ。

 通常のそれとは違い、やや短い印象。

 長い棒の表面には見慣れない文字が刻まれている。

 神字というものなのだろう。

 その証拠に、凝で見てみると僅かに念の気配が漏れている。

 最後に取り出したケースの中には薄い陶器のような刃物。

 これも薄っすらとした念の文字が銀色の輝きを放っていた。

 それを先端に装着すると、立派な「槍」の全貌が生まれる。おそらくこれが彼の愛用の武器なのだろう。

 師匠は片手で重さを確かめるように持ち直して聞いてくる。

「ジョネス、という名前に聞き覚えは?」

「……?」

 言われながら片隅に妙なひっかかりを覚える。

 聞いたことはあるがいまいちピンと来なかった。そんな俺の様子に、師匠は短くため息をついた。

「こういえば判るか――原作でのトラップタワーの所は読んだか?」

 思い出した。

「解体屋ジョネスか」

 そういえばそんな奴がいた。

 ザバン市史上最悪の殺人鬼、解体屋ジョネス。その驚異的な握力で多くの人間を殺してきた凶悪犯だ。

 原作の方では囚人試験官として登場して、キルアに心臓を抜き取られて死んだキャラ。

 今は原作開始前なので、当然刑務所にぶち込まれているはずである。

 それがなぜ――。

 そこまで考えて俺はなんとなく察しがついた。

 師匠を見上げると、武器の最終チェックに入っている姿が目に映る。

「ジョネスが今どうしていようと関係ない。今は原作開始前だからな。脱獄していようが死んでいようがそれも関係ない。しかしながらただ一つ、気にかかる事がある……判るか、ルカ?」

「脱獄を手伝った人物がいる……」

「そう、転生者だ。おそらく自身の念解除のために逃がした」

 瞬間、大きな爆発音。

 まるで線路上を綱渡りのようにぎりぎり走るような甲高い音が辺りに響く。

 列車が大きく揺れてあちこちから悲鳴があがった。

 脱線はしなかったようだ。

 走り続ける列車の窓から顔を出すと、前の方で蒸気とは違った煙が流れ出ているのが見えた。

 後方には呆然とした顔で駅に立ち尽くす警察の面々。

 止まるどころか列車の速度は増している気がする。どうやら先ほどの爆発は強制イベントの合図らしい。

「暴走列車ってか……」

 後ろで冷静な声が聞こえる。

「派手に暴れているな。どうやら周りが見えないほど必死らしい」

「で、どうすんだよ師匠?」

 窓辺から身を戻して柔軟をする。

 答えは分かりきっていた。

「同胞を確認しだい制圧だ。処遇は後で決める」

 実戦はこれが始めてである。

 しかしノリノリの師匠を見ていると安心感が違う。師匠は未だに潰れているウィルをちらりと見やると、眠たそうに欠伸をしている妹に顔を向けた。

「ウィルのお守りは任せるぞ」

「了解。気をつけてね」

「ルカは着いて来い」

「あいよ」

 俺は思い切り伸びをして答えた。

 そうして室内から出るとき、師匠は思い出したかのようにこちらに向き直った。

「相手の意識を奪うには頚椎を手刀で狙え」

 本物の対人経験の少ない俺への配慮だろう。

 俺は原作のキルアを思い出した。

 あんなに綺麗に決めることができるのだろうか。

 不安が押し寄せきてつい訊ねてしまう。

「込めるオーラ量はどのくらいだ?」

 む、と師匠が唸った。

 少し考えて、手にオーラを集める。

「これくらいだ」

「……」

 明らかに多い気がする。

 疑問の視線を寄越すと、師匠は心外そうな顔をして素早く自分が座っていた席に手刀を繰り出す。

 どぼおお、と惨めな音が鳴り響いた。

 無言で大穴の開いたシートから手を抜き取った師匠は、酷くまじめな顔で俺に言う。

「これくらいだ」

「相手さんの首が落ちる想像しかできないんだけど」

 この人は俺に人殺しをさせたいんだろうか。

 内心でも突っ込んでいると、黙っていたキシュハがいい加減な咳をたてた。

 彼女の方を向くと、乗り物酔いで相変わらず苦しそうにしているウィルが目に入る。

 その頚椎に一閃。

 相棒は白目を向いて気絶した。

「このくらいよ」

「…………わかった」

 後は相手が懸念通り好戦的な念使いだった時を見越して、オーラ量を見て調節していけばいいだろう。

 ウィルは犠牲になったのだ……犠牲の犠牲にな……。

 憮然とした師匠についていく形で、俺は列車の前方を目指していった。

 



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第六話「鉄の棺桶」

「ひとつ、注意しておくことがある」

「……ん?」

 車両を歩きながら師匠が言う。

 絶で気配を隠していたので、反応が少し遅れた。

「戦闘に入った場合、ジョネスとの戦闘は避けろ」

「……なんだそりゃ」

 思ってもみない忠告だった。

 まさか非念能力者に俺が負けるとでも思っているのだろうか。納得いきませんという顔つきで疑問を投げるが、憮然とした態度は変わらない。

「警告はした。おれに任せておけば何も問題はない」

 反論しようと口を開いたが、その前に前方で轟音が鳴り響く。

 多くの悲鳴と窓ガラスが割れる音。

 列車がぐらりと傾く。

 一瞬の浮遊感が身体を襲い、思わず息がつまった。激しい金属音と衝撃が乱反射のごとく車両を駆け抜ける。列車は重力の方向に従い、かろうじて再びレールの上にその身を落ち着けたようだ。接触不良のせいか、下方から木霊する金属音が鳴り止まない。

 奇跡的な偶然はそう何度も続かないだろう。

 噤んでいた言葉を再開する。

「どういうことだ? 意味がわからないんだが」

 断続した重低音が鳴り響く。

 形状の変化した連結ドアを槍で壊しながら、師匠は淡々と口を開いた。

「ダージ・ムロニルス」

「……?」

「そういう男がいた。ダブルのゴーストハンターで、強力な特質系能力者だった」

 突然何を言い出すんだこの人は。俺は顔を顰めた。

 車両がトンネルに突入する。

 先ほどの爆発で電気が停止したのか、空間は一様に暗くなる。

 こじ開けた次の車両に踏み込んで、俺は鼻を覆う。

 子供の頃、こんな臭気を感じた気がする。

 それは覗き込んだ井戸の底に、蝿を漂わせながら浮いていた猫の死骸を見た時のような感覚だ。

 明かりがないので先は見えない。

 規則的な列車の音だけが鮮明に聞こえた。

 闇の中で師匠の声が静かに反響する。

「昔の話だ。そいつは成り行きで創成期の幻影旅団やネテロと戦っていたが、悉く生き残っていた。今にして思えば、ひどく悪運の強い男だった」

「師匠の友人だったのか?」

「修行仲間だったな。おれよりもずっと強かった」

 歩き出した足元にぬるりとした感覚。

 語られる内容が過去形なのは、嫌な予感しかしない。

「ひょっとして、死んだ……とか?」

「ああ、そんな男でも死んだ」

 トンネルを抜ける。

 視界に入るのはどす黒い朱色だ。

 窓や床にそこかしこに飛び散っている。

 そこらじゅうの座席に座っているのは、人間ではなく肉塊だった。

 込み上げてくる吐き気をかろうじて抑える。

「ダージは何が原因で死んだと思う?」

 おぞましい光景を前に師匠は歩くのを止めない。

 前方の車両に人の気配を感じたからだ。

 俺は死体を見ないように背中だけを見つめていた。

「病気とか……か?」

 その背中が止まり、ちらりと視線を一度向けられ、すぐに戻った。

 深いため息が聞こえる。

「原作登場人物トンパを殺害せよ。依頼などの間接殺害は不可。時期は問わない」

「……え?」

「奴の解除条件だった。難易度はCランク。熟練の念使いにとっては取るに足らない簡単なもの、そう思っていた」

 何処か遠いところのことを思い出すように続ける。

「だが現実は振る舞われた紅茶に入っていた毒で即死だ。なぜダージは何の疑いもなくそれを飲んだのか、なぜ一般人であるトンパをすぐに殺さなかったのか、そもそもトンパが毒物を使うのか。経緯も動機もわからない。だがなるべくしてそうなった」

 そこまで言われて、俺は初めて事態の異常性に気づく。

 同時に死神の念能力について気になっていた箇所を思い出す。

「『能力発動者は能力発動時点で他の神々の世界に干渉することが可能になり、同時に神による干渉を阻害する』……」

師匠は振り返った。

「そうだ、神による干渉の阻害。阻害ということは僅かでも干渉がある、ということだ。死神とは別にこの世界にも、どうやら神様はいるらしい。そしてこの神は、転生者がどう足掻こうが強制的に物語を『原作沿い』にしようとする」

「じゃあ師匠の知り合いは……」

「転生者の間では、この現象を修正力と呼んでいる。特に原作登場人物に何らかの危機が訪れると、ご都合主義のごとく周囲のすべてが転生者に牙を向く。いいか、もう一度言う。ジョネスには手を出すな」

 放たれた理由にしばし沈黙する。

 ひょっとしてこの電車に逃亡したジョネスがいる時点で、俺たちは何者かによる作為的なご都合主義の舞台に上がってしまったのではないか。

 そう思えたからだ。

 答えるべき解が見つからないまま俯いていると、ふいに服の裾を引っ張られる感触がした。

 振り返ると、座席に座った女性がこちらを見ている。

「師匠! 生存者が……」

 言いかけた希望の言葉は、彼女の胸元から溢れる大量の鮮血を凝視して飲み込んだ。

 顔は土気色だ。瞳に生気がない。

 血まみれの手に抱えられているのは、顔のない幼児。

 吐き気よりどうしようもない遣る瀬無さを感じて、俺は唇を噛むしかなかった。

「立ち止まるな、行くぞ」

「……あいよ」

 静かな怒りを表すように、先ほどよりも乱暴に次の車両のドアが開け放たれる。

「凝を怠るなよ」

「了解」

 車内とは打って変わり、野外の開けた場所だった。

 流れる景色と風が捩れるように視界を過ぎる。

 通常はコンテナが載っている貨車の部分だろう。平面状に伸びた戦場が3両ほど連結して繋がり、その奥に煙をあげた機関室が見える。

 所々に警官たちの死体と燃え盛る荷物が転がっていた。

 向こうの扉の前に人影が二人。

 柔和な顔をした大柄な男と、眠たそうな瞳をした女性だった。

 片方はジョネス、もう片方は転生者だろうか。

「……ジョネス、逃げて」

 こちらに気づいた女性が男を押し出すように前車両に移動させる。

 逃がすまいと一歩踏み出すと、真横に突き出された師匠の左手に静止をかけられた。

「師匠?」

 戸惑いの声を上げている間に女性が振り返る。

 立ち昇るオーラが念能力者であることを如実に表していた。

 左手を下げながら師匠が前に出る。

「解除条件は?」

「……?」

 物静かな姿勢を崩さない女。

 構わず師匠は続ける。

「死神の念能力解除条件はなんだ? 条件次第なら手伝おう」

 女はそれを聞くとほっとしたような、苦虫を噛み潰したかのような複雑な面持ちをした。

 数秒の沈黙の後に呟くように口を開く。

「ジョネスのトラップタワー登場を防げ、です……」

「嘘だな」

 間髪いれずに師匠は怜悧に切り返す。

 俺も同意見だ。

 そんなものは例えば自分ならハンター試験の試験官になったり、駄目もとで他の理由をつけてネテロ会長に頼む。そうでなくても原作時期に脱獄させれば事足りる。

 何より既に多くの死人を出しているこの過程は踏まない。

「ここまでの惨状、ジョネスの殺人を許容している節がある。解除条件は、おそらくそれに関係があるものだろう」

 眼前のオーラが爆発した。

 膨大な師匠の念量を見た女が忌々しそうに瞳を歪める。

ついでに俺も気圧された。それほどの圧力だった。

「出来るなら穏便に事を進めたい。もう一度聞く、お前が死神にかけられた解除条件は何だ?」

 告げる断罪者の口調はどこまでも明瞭だった。

 巨大な背中は揺れることなく、その手に携える槍のように真っ直ぐ伸びている。

 勝ち目がないことを悟ったのだろう。

 女は諦めたように眼を閉じる。

 深呼吸をしながら語られた内容は、恐ろしいほどに澄み切った絶望だった。

「『原作開始前までに解体屋ジョネスに666人以上の解体をさせよ。生きている人間に限る』。達成難易度Cランクです。これで、満足ですか?」

「……同情する」

「結構ですよ、偽善者め」

 吐き捨てた言葉とは対照的に、彼女の顔は今にも泣き出しそうな子供のようにくしゃくしゃになっていた。

 死へ向かっていくような緩慢な動作で、敵意という名の交戦の意思を見せる。

 容認はできない。

 まともな人間なら、きっと誰もが思うことだ。

 だからこそかける言葉が見つからなかった。

 こちらも対応するように構えるしかないのだ。

 殴りかかる理由がまたできたみたいだ。死神という糞野郎に。

 師匠が俺の方に歩みを戻しながら、肩を軽く叩く。

「お前に任せた。殺すなよ」

「了解」

 迷わず答えた。

 流れ行く景色が町並みのそれへと変わっていく。

 歩き出す足先からオーラを滾らせる。

「……子供?」

 女が前に出てきた俺に訝しげにそう言う。

「でも手加減はしない……」

 呼応する形でこちらに歩みを伸ばした。

 緊張で少し喉が渇く。

 風が突き刺さすように頬と服を叩いている。

 修行で身についた回避重視の構えは、自分でも驚くほどスムーズに進行する。思ったよりも行ける気がした。

 鋭く息を吐き出しながら丁寧に堅を行うと、相手が息を呑む様子が伺えた。

「……っ」

 先に動いたのは相手だ。

 反射的に凝をする。

 視界に映るのは踏み込みからの右の掌打。移動した念量は表面のオーラ割合で言うと4割ほど、対応して左手を添えながら同時に回避すべく腰を捻る。

 完全に軌道から反れた。

 何が起こったのか判らないといったその顎先を無意識のまま殴る。

 これは僅かに掠る。

 足先から落ちそうになった女は驚愕の表情を浮かべて即座に後方に逃げた。

 一瞬のやり取りだ。

 身体が硬かったせいで狙いが浅くなってしまったが、本気で殴っていれば今の一撃で勝負が決まっていただろう。

 ひょっとして自分が思っていたよりも強いのか、俺は。

「キシュハ相手に毎日組み手をしていれば、そうなる」

 ちらりと後ろを振り向くと、仁王立ちで腕を組んだ師匠が当然のごとくそう言った。

 正確には毎日気絶させられていた、の間違いだけどな。

 ただのイジメとしか思えなかった今までの修行の日々も、実は立派な強さの糧となっていたのだ――そういうことにしておこう。じゃないと泣くしかない。

 気を取り直しながら再び構える。

 硬直した首もとの筋肉を慣らしながら、じっとりとオーラを練った。

 顎へのダメージから復帰した相手が念弾を放ってくる。

 想定していたより速度は遥かに遅い。

 先ほどの攻撃の衝撃から抜け切れていないのだろう。追撃をかけなかったことを後悔する。

 ――いや遅すぎる。

 僅かに白く発光する念の弾。

 凝で確認するまでもない。何か仕掛けられている。

 追尾機能がついている可能性も考慮して全力の堅を続けながら回避。

 ――案の定、念弾が炸裂する。

 つんざくような大音量を響かせながら、小さな小規模のオーラが散弾となって襲い掛かった。

 車両内で数度聞いた派手な爆音の正体はこれか。

 花火のような拡散型の発。相手の能力は放出系か変化系とみた。

 腕にオーラを回して置いたので全力でガードする。

 後方で巻き込まれた師匠が見える。

 すべての念弾を槍の一振りで弾いているのを尻目に、俺は素早く脚にオーラを流し込んだ。

 散らばる分、回避は難しいが威力はない。

 オーラ総量を含めた実力も俺の方が上。

 ならやることは、全力で近づくことだけである。

「――!?」

 俊足で接近し、拳を叩き込んだ。

 ガードされるが構わず上から殴り飛ばす。狙いは顎だ。師匠には首元を狙えと言われたが、あいにく俺にはそこまでの力量はない。

 吹き飛んだ相手は前方の車両に激しい音を立てて激突した。

 女のオーラが極端に乱れる。

 条件反射のように手を伸ばしてもう一度念弾を打とうとしているようだが、完全に顎に攻撃を当てた。

 しばらくまともな念の行使は不可能だろう。

 意識を完全に刈るべくさらに力強く踏み込む。

「……ますか」

「……?」

 ふら付きながら幽鬼のように立ち上がる相手が呟いた。オーラが正常に動作するまでの時間稼ぎのつもりならお粗末――。

「間違っていますか、私は」

「……」

 それは気味の悪いほどに静かな口調だった。

 追撃をかけようとした俺は足を止める。

 先ほどから変わらない眠たそうな瞳で、女は静かに続けた。

「貴方達だって判るでしょう? 達成できなければ地獄に落ちるって言われて、はいそうですかって足掻かない人間が、一体どこにいるんでしょうか?」

 臓物を傷つけたのか、口から大量の鮮血を吐いていた。

 それにも関わらず、歌うように女は問う。

「貴方ならどうします? 他人の命を犠牲にすることが己の使命ならば、貴方ならどうします?」

「それは……」

「私は」

 震える声だった。

「私は、666人が虐殺されていくのを黙ってみようとする道を選びました。誰にも認められることのない糞くだらない自己犠牲をするよりも、ずっと安全で楽な道を選びました。それが間違っているんでしょうか。間違っているって言えるんでしょうか。そもそも、此処に住んでいる人たちって、漫画の世界の住人なんじゃないですか? 親しくもない人間ですらどうかも疑わしい生き物に、どうして自分の命を投げ出さなきゃいけないんですか?」

 それはきっと、転生者全員が思っていることだ。

 ここは漫画の世界。

 華々しい主人公が歩いていて、絶対的な悪が存在していて、記号化された人々が呼吸をしている。

 それが当たり前なのだ。当たり前のことだから。

 何故俺は小さい頃から孤児院で暮らしてきたのに、明確な思い出や一緒に住んできた子供たちの顔を思い出せないのだろうか。

 何故俺は車両にいた乗客たちの死に様を見て、言いようのない空しさを感じたのだろうか。

 俺は果たしてそれらを現実と認めて、彼らを人間として接して生きているのだろうか。

 考えるのが怖くなった。

「……だからって、誰かを殺していい理由なんてないはずだ」

 苦し紛れに内心の心情とは違う正義を使った。小さな反論は過ぎ去る町並みに溶けていく。

 それを見透かしたように、女は優しい笑みを浮かべる。

「見逃して、くれませんか? 忙しいんですよ、これから。毎日毎日、いかれた殺人鬼が満足するように、身寄りのない孤児や不治の病を持った生贄を連れて行かなきゃいけないので………………お願いします、どうか見逃してください」

 腹の底から搾り出すように出した懇願に、俺は立ち尽くすしかなかった。

 動けと命令しても身体が言うことを聞かない。

 残酷な運命を持ってしまった彼女に、いったいどんな言葉が、行動が、絶対的に正しいと言えるのだろうか。

 俺にはわからなかった。

「己を捨てなければ、守れないものもある」

 それは誰に向けた言葉だったのだろうか。

 後ろからそんな師匠の声が聞こえた。

 振り返った俺は、きっと迷子のような情けない顔をしていただろう。

「戸惑うな。やれ」

「師匠――」

「やるんだ、お前がどんな選択をしても、結局は自己満足に過ぎない」

「……」

「ルカ」

 言葉に促されて考えないように女に近づいていく。

 彼女は壊れそうな笑みでこちらを見据えている。

 俺は歩みを止めることができなかった――と、女の背後のドアノブが回されるのが視界に映る。

「……ルカ!!」

 一際大きい師匠の叫び。

 先ほどとは違う警告の声。

「悪いな。やっぱり我慢できなかった」

 開かれた扉からぬるりと手が伸びて、呆然としている女の喉元に触れられる。

「あんたの肉、掴みがいがありそうだ」

「え……?」

 ゴムのような物がはち切れる音がした気がする。

 女の首元からパンクした自転車の空気ように、大量の血液がごぼごぼと湧き出す。糸が切れたように崩れる女性。

 それを見下ろすジョネスの顔は恍惚としていて――。

「――っ!」

 咆哮をだす前に冷水を掛けられたように俺の思考は停止した。

 火山のような強大なオーラが背後から感じられたからだ。

 振り向くと、悠然とこちらに向けて歩んでくる金色の獅子。

 猛るオーラは大気を焦がし、まるで蜃気楼のように周囲を歪めている。その表情は相変わらず何を考えているのかわからないくらい憮然としていて、それが何か恐ろしかった。

 眼鏡の奥の瞳が、鮮やかな朱色を浮かべている。

 師匠は俺の肩に軽く手を置くと、目の前を通り過ぎる。

 肩に感じたオーラが酷く重い。

 異常に気づいたジョネスが本能で後ずさるがもう遅いだろう。

 瞬きしている間に轟音が響いた。

「師匠……」

 あり得ない方向に身体を折り曲げているジョネスいた。小刻みに動いていることから辛うじて息はあるようだ。

 緩慢に棍を引き抜く師匠が視界に入る。

 しかしながら今の動き、全く捉えることすらできなかった。

「あ……」

 師匠の足元で倒れている女性を見る。

 こちらは眼を見開いたままぴくりとも動かない。

 言いようのない罪悪感。

 俺がもっと早く決断していたら、女性は助かったかもしれないのだ。

 いや、本当は安心していたのかもしれない。

 逆にあの場で女を助けたとしても、真の意味で彼女を救うことなどできなかったと諦めてもいた。 これで良かったと許容してしまう自分が許せなかったのだ。

 しゃがみこんだ師匠はその瞳をそっと閉じた。表情は伺えない。くるりと反転すると、足早に俺に近づいてきた。

「いてっ」

 槍の棒先で軽く叩かれる。

「戦闘中に考え事をするな、阿呆」

 炎のようなオーラが嘘のように落ち着いていた。

 緋の目も元に戻っている。

 いろいろな意味でもっと怒られると思っていた俺は拍子抜けした。

 それが顔に出ていたのか、師匠が煩わしそうに片眉をあげる。

「なんだ」

「いや、殴り飛ばされるくらいは覚悟してたんだが」

「……ドMか?」

「俺が悪かったから真面目な顔で一歩下がってから言うのは止めてくれ」

 ふむ、と気のない返事をして師匠が押し黙った。

 視線を逸らして再び女の亡骸を見る。

 彼女のような人間は、きっとこれからも出るに違いない。そのとき果たして俺は、迷わず悔いのない行動を選ぶことができるのだろうか。

「ルカ」

 虚無感に浸る俺に、一声がかかる。

 目の前には聳え立つ大きな背中が見えた。

「正しいことをしたいなら、まずは強くなれ」

「……へいへい」

 不器用な慰めの言葉に、同じく不器用に俺は返すしかない。

 流れ行く景色を見やる。

 過ぎ去る市街。その奥には天空闘技場が雄大に構えていた。

 願わくば戦いの地で、この腑抜けた心も鍛えられるようになれば、と思った。

 そうしてふと、忘れていた事柄を思い出す。

「というか列車、止まらなくね?」

「みたいだな」

 茶化して現実逃避した俺に、マイペースな返答が届いた。

 

 



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第七話「雨」

 

 

 飛び込むように機関部に駆け込んだ。

 部屋内に黙々と蒸気があがっている。

 半壊した機関室に付けられたブレーキレバーは、血だらけの駅員の片手と共に綺麗に破壊されていた。

「くそっ! ご丁寧に壊しやがって!」

 悪態をつきながら貨物車両に飛び戻る。

 同時に機関室から数度目の爆発が響いた。車両が大きく揺れて外に投げ出されるが、咄嗟に伸ばされた師匠の腕に掴まる。

「あぶねえ、助かった……」

「手間をかけさせるな」

 貨物車両に転がり荒い息をつく。

 危うく死に掛けた。

 初戦の直後で、今の俺を守るオーラ量は極端に少ないのだ。

 今度は慎重に立ち上がって状況を確認するが、一向に景色の流れは遅くならない。

 山から下る形で降りてきたせいか、熱量の異常稼動のせいかはわからないが、車両自体の重みで止まる気配がなかった。

 むしろ刻々と速度を速めている気さえする。

 相変わらず町並みは濁流のように流れていく。住宅街に入ったのか建物の数も多くなってきた。

 前方を凝で見ると、案の定嫌な予感が的中する。

「まずい師匠、終着駅だっ!」

 言いながら咄嗟の判断で車両を繋いでいる連結部位を見下ろす。

 ――此処を破壊すれば!

 残り少ないオーラを収束させた。

「待て」

 掲げた硬の右腕をあっさりと止められる。抗議の視線を寄越すと、師匠は眼鏡のずれを直しながら口を開いた。

「根本的な解決にはならない。速度が落ちても激突して終わりだ」

「じゃあどうするんだよ!?」

 慌てるな、と軽く叩かれる。

 この状況で慌てないほうがどうかしていると思うんだが。

 釈然としない俺から離れると、師匠は槍を静かに構えた。

 穂先は真下に向いている。

 どうみても良くないことをしようとしている気満々だ。

 取り巻く念が一際に増大した。

 眼鏡の奥の瞳は、水遊びをする子供のように輝いている。盛大なフラグである。顔を引きつらせながら、大急ぎで俺は近くに手すりがないかを探した。

「捕まってろ」

「言われなくても!」

 オーラが乱気流のように回転。

 彼の構えた槍先が弾丸のように迸る。

 その顔に浮かぶのは、肉食獣の獰猛な笑み。

「――貫け」

 突き刺さる槍。

 凄まじい衝撃が身体を襲う。

 車両を貫通して線路上に触れているのか、鮮烈な火花と金属音が白い閃光となって周囲を覆った。

 笑みを零す師匠の顔が、場違いな肝試しのように恐ろしすぎてトラウマになりそうだ。

 筋肉を強張らせながら、振り落とされないように必死に車両にしがみつく。

 浮遊感がおかしい。

 しゃくとり虫のごとく後方の車両が緩く曲がり浮いているのが見えた。

 飛行機が緊急着陸すればこんな気持ちになるのだろうか。

 激しい破砕音に耳朶を刺激されながら、俺は神に祈りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確信はあった」

「キリッ」という効果音でも聞こえてきそうなドヤ顔で脳筋がのたまった。

 前方では地に足がつくことに感動してはしゃぐウィルがいる。隣には立ち寄ったコンビ二で購入したフランスパンにかぶり付くキシュハ。

 あんな大きな事件に巻き込まれた後だというのに、いつも通り平常運転な面子である。夜の市街を予約していたホテルまで悠々と歩く俺たち。

 抗議の眼差しを止めない俺に対して、師匠は面倒くさそうに返答する。

「あの場にはジョネスがいた」

「ああ、いたよ。それがどうした?」

「修正力については話したはずだ。おれたちは結果としてジョネスの脱獄を阻止する方向に導かれたわけだが、気づいていたか?」

 言われてみれば妙なことだ。

 たまたま乗り合わせた列車に原作登場人物が乗っていて、たまたま事件が起き、たまたま線路上を暴走した。まるでゲームのイベントのようだった。

 師匠は思案する俺を置いて続ける。

「多少強引な方法だとしても、ジョネス本人は余程の事がない限りご都合主義に守られて死なない。本人の意識がなくなり、自力での脱出が不可能になった時点で、列車が止まるのは確定していた事項だったということだ」

「修正力ってのはそこまで酷いものなのか?」

 胡散臭さよりも驚きの方が大きかった。

 実際に刹那のオーラ配分しだいで列車が吹っ飛ぶことも、脱線してしまうことも有り得たのだ。

 いくら師匠が優れた念能力者だとしても、槍一本で走り続ける列車を損害なしに止めることは至難を極めただろう。

「天秤のようなものだと思えばいい。今回はおれたちが乗ったことで結果が傾いた」

「原作沿いに有利な天秤ってことか」

「そういうことだ。反対側に乗ったあの女には、荷が重すぎた」

「……」

 修正力か。

 ますます自分たちの念解除にとって厄介な代物が出てきたものだ。

 原作とは異なる行動をすると、原作のレール上に強制的に戻そうとする力。果たして俺たちの重さだけで、神の天秤を傾けることができるのだろうか。

 遠くで鳴るサイレンの音を聞きながら、俺はふと気になっていたことを聞いた。

「そういやジョネス、念とか覚えちまわないか?」

 師匠の一撃で仕留めたのだ。

 あの衝撃で念に目覚めてしまっても何ら不思議はない。しかし言っておいてすぐに今の話に照らし合わせればいいことに気がついた。

「あれ……でもそれも結局何か帳尻ができて原作沿いになるのか?」

「多分、な」

「なんで失敗したような顔してるんだよ……」

 そこまで考えてなかったのか。

 確かにあの時の師匠は単純に怒りに任せていたように見えたが。

「大丈夫だ、多分」

 真顔でフラグ立てするな。

 先行きに不安を感じながら、俺はこれからの修行の日々の始まりに思いを馳せる。

 ――ぽつり。

 思考していた頬を冷たい何かが通り過ぎた。

「む・・・・・・雨か。少し急ぐぞ」

 師匠がいつもの憮然とした顔で告げる。

 空にはいつの間にか暗雲が広がっていた。

 まるで誰かが泣いたような、切なく細い雨だ。

 列車で死んだ眠たげな瞳の女性を思い出す。

 師匠はああ言ったが、この先どれだけ強くなっても、決して報われない人間もいるはずなのだ。

 それこそが俺たち転生者にかけられた、死神の念能力の真に恐ろしいところ。

 俺はきっとこれから先も、こんな気持ちで雨に打たれる日が来るのだろう。

 陰鬱な気持ちのまま見上げた視線の先には、ライトアップされた天空闘技場が聳え立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジョネス逮捕、ご苦労だった」

「はっ! ありがとうございます!」

「家に帰ってゆっくり休むといい、褒章は後日通達する」

「了解であります!」

 救急車に搬送されていくジョネスを横目で追いながら、若い警官は綺麗な敬礼を行った。ベテランの刑事はそれを見ると満足そうに踵を返す。

 夜の街は騒音に包まれていた。

 脱獄犯ジョネスによる列車ジャック事件が起きたためだ。

 この若い警官は仲間と共に現場に向かったただ一人の生存者であり、警察の応援部隊が現場に駆けつけるまでにジョネスを確保した人物だった。

 もっともそれまでに民間のハンターが付き添っていてくれていたが、列挙したお礼は最後まで頑なに拒まれて去られた。結果として一番の功労者となったのである。

 近くで耳を立てていた同僚が、自分のことのように嬉々として警官の肩を組んだ。

「こいつううう、やったじゃねえか!」 

「せ、先輩……苦しいっす」

「わりいわりい、給料あがったらおごってくれよ?」

「え……嫌っすよ!? たまには後輩の前で逆に太っ腹な所も見せてくださいよお」

「どの口が言うか! この口かあ!」

 ほれほれと二人で子供のようにはしゃぐ。

 周囲の警官たちはいつもの掛け合いを目にして仕方なさそうな顔をしていた。

「離してくださいよお、先輩」

「嫌だね。お前がおごってくれるまで俺は離すのを止めない!」

 満面の笑みを浮かべてじゃれ合う二人。

 その背後でジョネスを乗せた救急車が、サイレンを鳴らして走り出そうとしていた。

「離してくださいってばあ」

「なんだよ、ノリ悪い――ぶへえらっ!?」

 同僚は奇声をあげて吹き飛んだ。

 歯を何本か捻り飛ばしながら、信じられないといった表情で宙を舞う。

 現場の検証をしていた警官を何人か巻き添えにして止まっていた車両に激突した。

「いやあ、すいませんねえ先輩」

 殴り飛ばしたのは若い警官だった。

 唖然とする周囲を他所に、内ポケットに手を忍ばせる。

「でも仕方ないんだなこれが。ジョネスを殺すなんて解除条件(・・・・・・・・・・・・・・)、これを逃すとこの先チャンスは何時来るかわからない。残った修正力がくせえ息した中年男との安い友情ごっこだけなら、均衡を崩した今の状況は指先ひとつで転がりこむ」

 後ろを振り向きながら取り出した愛用の武器を投げつける。

 高速で回転したその武器はジョネスを搬送している車両に激突。貫通しながら次々と周囲の警察車両にも穴を開けていった。

 爆音を響かせながら炎が爆ぜる。

 吹き飛ぶ人々。窓ガラスが次々と割れ、警報装置の誤作動で辺りに甲高い音が反響する。

 場に立っているのはその警官だけになった。

 衝撃を和らげるために纏ったオーラが怪しく揺らいでいる。

 戻ってきた自身の武器を悠々と受け取る男。

 それは鉄球だった。

 鉄を操作する念能力――《屑鉄の案内人(スティ-ル・ボール・ラン)》。

「ようやく条件達成かねえ……」

 警帽を被りなおしながら彼は思う。

 此処まで本当に大変な作業だった。

 同胞の女をそそのかしてジョネスの脱獄を示唆したまでは良かった。

 刑務所内はハンターであるリッポーの監視の目が厳しかったし、まともにやろうとしても実に理不尽な運命の妨害を受ける。

 それらが届かないように隔離した列車、それもわざわざ自身の念能力で操作した鉄の棺桶の舞台を用意したのに、偶々乗り合わせていたハンターが列車を止めてしまったという事実。

 おかげで暴走列車からの脱出用に持ってきたミニカートも、まったくの不要の産物になってしまった。

 まさか途中立ち寄った車両に、念能力者の集団がいるとは誰も思わないだろう。

 リーダー格である眼鏡の金髪男に至っては、実力が違いすぎて去ってくれるまでジョネスに手を出そうとは考えられなかったくらいだ。

 同胞の女の能力《散り逝く残火(ホワイトベリー)》では傷をつけることすら出来なかっただろうに。

「まあ結果オーライでしょ。るんるん、るんるん!」

 燃え盛る夜の一角で男は滑稽に踊る。

 月明かりと紅蓮色の炎に彩られる影が、亡者のように狂い彷徨う。

 笑みを浮かべた口元には、眩しいくらいに輝く金歯の列。

 帽子をもう一度深く被りなおして、まるでお決まりのように奇妙な笑い声をあげた。

「ニョホ!」

 

 

 

 

 

 

ジョルア・フェイニード

 

達成難易度C

 原作開始前に解体屋ジョネスを殺害せよ。ただし暗殺依頼は不可とする。

                                  ――条件達成。

 

 

 

  

                                 第1章 Sweet Rain 終

 

 

 




念能力元ネタはそれぞれジョジョとバンド名です。
実は副題がrain(雨)とtrain(電車)を掛けたものだと誰も気づくまい!


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第二章 Ash and Snow 第八話「天空闘技場」

 

 勝っても負けても灰のように汚れるから

 負けても勝っても雪のように綺麗だから

 

                             

                                  天空闘技場の観客より

 

 

 

 

 

 

 

第2章 Ash and Snow

 

 

 

 

 

 

 

 戦場の聖地に到着して幾分かの時が経過していた。

 ホテルに滞在しながら念の修行を続けること2週間。基礎的な念技術は一通り学び終え、やることと言ったら後は「登る」だけである。

 つまり現在進行形で何をしているかと言うと――。

「おっと」

 不意につかれた拳を捌く。

 通常の速さでは足りない。持っていた腕の力学方向とは真逆にオーラを一瞬だけ放出し、加速をつけて攻撃をいなす。

 念能力者なら誰もが無意識にやっていることだ。足にオーラを集めたところで移動速度は変わらない。突き詰めれば身体動作よりも早い流と、エンジンのように体外に放出させるオーラ技術が身体をより速くする。さながらロケットのような、操作系と放出系のオーラカテゴリを組み合わせた加速戦闘の技術。

 堅によるオーラ消費が静止時よりも稼動時に多いのはそのためである。ロケットが推進力を得るには膨大なエネルギーが必要だ。すべての能力者はオーラによる流の運用とは別に、推進オーラの消費により爆発的な加速を得ている。

「……っ」

 拳はフェイクだった。

 捌かれた体勢を反転させながら繰り出された回し蹴りは、俺のわき腹に鈍い衝撃を与える。追撃が来ないように俺は反射的に後ろに後退しながら呟いた。

「勉強になるな……」

 念は最低限しかしていない。攻撃もしていない。

 相手は武道家とはいえ念を覚えていない一般人だ。当然攻撃は痛くないし、オーラを乗せたこちらの攻撃は当たれば相手の骨を容易に砕くだろう。

 勢いをつけて飛び蹴りをしてみるが、暖簾のようにひらりとかわされた。がら空きになった胴に再び拳を叩きつけられたので、軽く吹き飛んだふりをする。

 周囲に沸く歓声の中で、攻撃を加えた男は顔を顰めていた。

 ――鉛を殴ったような感覚。

 きっとこう思っているだろう。

 念能力者との絶対的な壁はあまりに高い。相手が念を習得した強化系能力者だった場合、俺は既に2回は死んでいた。そして一介の武道家の攻撃を捌き切れない俺ごときに、旅団を相手にできる地力はないに決まっている。

 必要なのは体術だ。

 ゾルディック家の育成方針のように、念を覚える前にまず己の肉体を極めるべきだったのだ。

 何が孤児だったからだ、だ。

 そんなのは言い訳にしかならなかった。

 せめて基礎である身体を鍛えるチャンスはいくらでもあったはずだ。

 ここの所修行を共にする兄弟弟子のウィルを見ているとよくわかった。

 俺は凡人だ。

 それこそどうしようもない凡人。

 堅による持続時間は既にウィルに追い越され、比較的得意な分野である絶の技術も精巧なキシュハのオーラには遠く及ばない。念の総量に至っては師匠の遥か下をいく。

 流も硬も円も未熟。

 1年でこれだ。果たしてあと2年で旅団の強さに追いつけるようになるのか。

 師匠は気にするなと言った。

 お前はよく考える分、回り道をし過ぎている、と。

 ウィルのように一直線な愚直さでいいのだと。

「……っ」

 ――天才と比べんな。

 最小限に留めていたオーラを噴出させて、相手の拳を受け止めた。

 驚愕する相手に対して、俺は暗い笑みを浮かべるのを我慢することができない。

「回避の練習、助かったよ」

「なん……」

 そのままオーラを纏った手で軽く押しやると、相手は木の葉のように場外に吹き飛んだ。

 大逆転に熱狂する歓声の中で、審判が捲くし立てるように200階へのクラスあがりを宣言した。

 片手を軽くあげながら悠々と会場を去る。

 通路の長い廊下を歩いていくと、俺の視界に仁王立ちで構える少年が映った。

「相手に対してあんな中途半端な戦い方は失礼だと思います」

 今しがた脳裏を過ぎった兄弟弟子のウィルだった。

 栗色の髪の下で揺れる表情は幾ばくか固い。

「あれが俺のやり方なんだよ。少しくらい許してくれ。それよりもお前はどうなんだよ。キルア・ゾルディックとは戦えたか?」

「本人の姿を確認しましたけど幼少期に戦うのは無理そうです」

「……はい?」

 耳がおかしくなったのだろうか。

 それ自体が当初の目的だったはずだが、出鼻を挫かれたような気がする。

「天空闘技場の下位層では、対戦する相手が完全にランダムな事を忘れていました。現在50階クラスをうろついているキルア君が、対戦相手を事前に勧誘できる200階クラスまで来るのは原作通りの年表でいうと1994、5年です。さすがに2年も待てませんよ。そもそもキルア君と同じような勝ち負けのテンポで天空闘技場の階層を進めなければ、彼と対戦することは不可能だったんです」

 既に今日俺と同じように、200階への片道切符を手に入れてしまったウィルは深いため息をついた。

 自然と口からうなり声が漏れる。

「一方的に試合外で対戦を仕掛けるのは? 条件に天空闘技場でキルアと戦えばいいニュアンスしか入っていないならいけるはずだ」

「暗殺一家を敵に回したくはないです」

 俺の提案した案にも、ウィルは表情を曇らせたまま答えた。

「キルア君本人は気づいてなかったみたいですけど、何人か見張りがいます。ちらりとしか見えませんでしたけど、多分ゾルディック家の執事です」

「ああ……そりゃそうか……」

 下手すれば命を落とすような場所に、言葉の通り子供を投げ入れる親馬鹿はさすがにいないだろう。

 しかしなんというか……めんどくせえ。

「確かに考えてみれば妙な話だ。難易度Eといえど、やり方によっては原作に全く影響力を及ぼさないような条件解除が、果たして死神の意図するところかって事に気づくべきだったな」

「その通りでした。否応なしに原作時期のキルア君と戦うしかなさそうです。本当に悪質な念ですねこれ」

 一筋縄ではいかない。

 通路を出てエレベーターに向かう。ロビーでは夕飯時が近いのか、むさ苦しい男たちが盛大な祝杯を挙げていた。

 彼らを無視して俺たちはエレベーターに乗り込んだ。

「酔いそうです」

 閉口一番にウィルが真顔で告げる。

 この少年は天空闘技場に来た当初、筋金入りの乗り物酔いを懸念して外階段を利用していた猛者である。

「吐くなよ」

「一応キシュハさんに特製の酔い止め改を貰ったので大丈夫だと思いますけど……あ、200階お願いします」

「畏まりました。上へ参ります」

 エレベーターガールが上昇の掛け声を発声する。

 その背中をちらりと見やる。割と強力な念使いだ。此処の従業員の一部は選手より強い気がする。 容姿が記憶と違うので、原作アニメの方で念を覚えたゴンとキルアをぼこぼこにしていたエレベーターガールではないようだ。

 俺は階数表示のディスプレイに視線を移しながら、隣の相棒に声をかける。

「そういや最近見ないけど、師匠とキシュハは?」

「一度里の方に帰ったみたいです。師匠からの伝言は『同胞への最終決戦の警告を広めておけ、それとどちらかがフロアマスター挑戦権を得たら連絡しろ』。キシュハさんからは『実はあなたが修行で気絶してた時とか能力開発のためにこっそり心臓止めてたごめん』だそうで」

「酷いカミングアウトだなそれ」

 脈打つ胸元を無意識に押さえつける。まさかこれが恋か。ありえん。まったくもって心臓に悪い話を聞いた。

 俺は嫌な思いを振り払って腕を組んだ。

「それにしてもフロアマスターはともかく、最終決戦の警告ねえ……」

「思ったんですけど、始めからそれが師匠の狙いだったかもしれません」

 そう言われて俺は少し考える。

 もしかして師匠がふらりといなくなるのは、世界中を飛び回って情報を伝達しているためなのか。いやそこまでやるのはさすがにお人よし過ぎる気がする。

 首を捻りながら答えた。

「んー……条件の関係上、敵対するかもしれない同胞でも共通の敵は死神。お前の考えは当たっているかもな」

「まあともかく。師匠の課題をクリアして里に行ってみる前に、少しでも仲間は増やしたいですね」

「そりゃ多いに越したことはないか……」

「ああ、あとこれは僕向けですがもうひとつ伝言」

「ん?」

「『強化系念能力者たちを殺害している転生者がいる。天空闘技場にいるという情報があるから気をつけろ』。同胞の間では<キラー>と呼ばれているそうです」

 俺は肩を竦めた。

「おっかねえ話」

 ちん、と乾いた音を立ててエレベーターは200階についた。

「酔いませんでした」

「わかった。わかった」

 呆れながら揃って足を踏み入れる。

 ぴりぴりとしたお決まりの感覚。

「……まあ、予想はしてたけどな」

「いますね」

 複数のオーラが通路の奥から伸びていた。

 ロビーに出ると、こちらを見ている者たちが多数。

 数人ほどいいオーラをしている。

 俺は凝で油断なく見据えながら大きく息を吸い込んだ。

「スウィート・レイン」

 怪訝な顔をするもの、無視するもの、立ち上がるもの。反応は各々だがオーラはごまかせない。

「テレビを見ているスーツの男と角にいる二人組みのゴスロリ少女に揺らぎあり。あとはあからさまに反応した受付傍のアロハシャツの青年……思っていたより少ないですね」

 実際に反応した同胞はもっとたくさんいたが、今ウィルが言った者たちは一様にオーラの質が良かったものたちだ。

「確認した。まともな同胞は少なくとも4人か」

「誰にいきます?」

「アロハシャツは却下だ。センスが悪い」

「酷い理由ですね……。僕はスーツ姿の男の人は勘弁です。オーラが歪すぎます」

 決まりだな、と呟きながら室内の一角に向かう。

 通り過ぎていく人々の視線に嘲りの色が浮かんでいる。二人とも見た目が少年の域を出ていないのと、オーラを必要最低限しか出していないからだろう。

 最初に感じた感覚といい、どうもここの住人は原作のヒソカのように、態とオーラを当てて実力を測ろうとする真似事が好きらしい。

 わかっていない。

 念能力者の実力はキメラアントのような規格外ならともかく、オーラ量そのものより質の方が熟練度を左右するし、そもそもウィルの方は10分の1以下に抑えているというのに。

 その証拠に向こうにいる少女たちの眼には、油断ならない視線と凝が反映されていた。

 そんなことも知らない3人組の男が、こちらにも聞こえるような声で呟いている。

「雑魚だな……いいカモだぜ……」

「ははっ、あんな程度の念でよくここに来ようと思ったなあいつら」

「ああ……特に黒髪の寝癖頭の方はへろへろじゃねえか。どうしたらあんな弱弱しいオーラが出来るんだ?」

 全くだ、と言いながら挑発するように爆笑をしている。

 当の本人の俺もオーラを偽装しているから何とも思わなかったが、横で聞いていた相棒の琴線にはしっかりと触れたらしい。

 ――轟ッ。

 そんな嵐のような凄まじい練を、涼しい顔でウィルは開放した。

 3人組の男はもちろんのこと、奇異の眼でこちらを見ていたものや友好的な笑みを浮かべていたものすらその表情を驚愕させる。

「おいウィル、引っ込めろ。周りからの視線が痛い」

 そういうとウィルはむう、と困った顔をした。

「すいません。けど仲間をけなされてまで我慢できるほど、僕は大人じゃありませんので。自分がオーラを出すまで完全に舐められていましたよ、僕ら」

「俺の事で怒ってくれてありがとうよ、やられたくもない注目を浴びて嬉しくて死にそうだ。相手さんの舐めた舌火傷させたのを確認したら、さっさと引っ込めてくれ」

 納得のいかない表情をしながら、ウィルの念が練から纏に戻る。本来の纏も凄まじいほどに密度の濃いオーラだ。正直並んでいる俺にも無駄な圧力がかかっていたのでほっとしながらも目標地点に近づいていく。

 ゴシックロリータ調の衣装を身に纏った二人組みはどうやら双子のようだった。二人とも西洋人形のような面立ちで服が映える。歳はキシュハよりもやや幼いくらいだろうか、身に纏うオーラは中々に洗練されていた。

 戦えば勝てるかどうかわからない。

 姉妹たちのオーラには揺らめきが見えた。

 どうやら警戒しているようだ。それもそうである。横にいるウィルの膨大なオーラ量を見た後ならば、念をかじっているものなら誰でも緊張する。

 おかげでロビー全体にいる他の同胞の誰もが、萎縮してしまい声をかけようとしない。

 双子たちの方を見ると片方――白いカチューシャをつけている方の足に圧縮したオーラを確認する。

 こちらも凝で注意しつつもさらに近づきながら軽く微笑んだ。

「ルカだ。こっちの小さいのはウィル」

 小さいは余計です、と隣で不服そうな声が聞こえたが無視する。少女たちは怪訝そうに眉を潜めながらもそれぞれ口を開いた。

「ミモザ・メルヒルと言います」

「……ラヴェンナよ」

「白いカチューシャの方がミモザさんで、赤いリボンの子がラヴェンナさんね……今日からこの200階クラスでお世話になるからどうぞ、お二人ともよろしく」

 握手を求めようと手を差し伸べると、白カチューシャの方が答えた。

「私たちに何か御用でしょうか?別に自己紹介にしに来たわけじゃないですよね?」

「いやあ……お二人は此処に来てどのくらいなのかなって……」

「2ヶ月ほどでしょうか……それが、何か?」

 見た目通りのおっとりとした口調だ。先ほどからこちらを睨み付けている――特にウィルの方を――赤いリボンをつけたラヴェンナと比べると、こいつの方が若干実力は上に思える。

「経験豊富な美少女たちで良かった。修行の一環でフロアマスターになりたいんだが、とりあえず此処での情報が欲しいんだ。あんたらが一番まともに見えたから声をかけてみた。服装の方はともかく」

 ネゴジエータールカよ、最後の一言は余計だ。

 ウィルの白い目が痛い。呼吸をするように毒の含んだ言葉をいうのは、キシュハから移されてしまったので許してくれないのだろうか。まったくもって俺は清廉潔白である。

 しかしながらミモザはそれを聞いて、まあと花のような笑みを広げた。

「美少女だなんて……いいですよ。えっと、具体的にはどんな情報が欲しいですか?」

 毒のない笑みだ。なんだか久しぶりに邪気のない人間に当たってしまったようで、俺の罪悪感がぐいぐい上昇中だ。

 少し悪いかなと思いながらも会話を続けようとした俺に静止の声がかかる。

「待って」

「どうしたの、ラヴェンナ?」

 黙っていた赤いリボンの方が一歩前に出た。

 その眼には相変わらず凝が浮かんでいる。

「私達の条件に被るかもしれない。一方的に情報を渡すのはデメリットしかない」

 明らかに転生者同士の条件争いの懸念に気づいている口調だった。

 しかもこいつ、俺と同じような思考だ。

 即答で帰ってきた言葉に俺も満面の笑顔で返す。

「同胞同士仲良くできないかな?俺はゴン・フリークスと仲良くなれれば条件達成だからラヴェンナさん達の敵になる可能性なんかないと思うよ」

 ウィルよ、思い切り嫌な顔をするな。ばれる。

 聞いていたミモザは一人だけ聖女のように微笑んでいた。

「ルカさんの言う通りよ、ラヴェンナ。せっかくご好意で話しかけてきてくれたんだから、助け合わないと」

「ミモザ、この男が言ったことが本当だという根拠はないの。まあ、修行と称して天空闘技場に来た時点であからさまに戦闘が必要な条件みたいだけどね」

 ばれた。

 久しぶりに舌がよく回る狸に出会った気がする。

 ただこいつが勘違いしているのは、死神の念の詳細を考えた奴ならば天空闘技場に修行に来てもおかしくないという点だ。

 つまり最終決戦のことを想定していない。

 俺は両手をあげた。

「オーケー参った。降参だ、お嬢さん。じゃあ交換条件をしないか?」

「交換? 有益な情報を持っているとは思えない」

 師匠には情報をなるべく広めろと言われたが、どうせ伝えるならこれくらいの得はあってもいいだろう。

 俺はにやりと得意げに笑った。

「ところがどっこい……「スウィートレイン終了後の死神からゴン・フリークスを守れなければ、世界は滅びます」ウィルさーん?」

 くっ、まさか予定外の援護射撃が来るとは。

 眼を僅かに見開く少女たち。盗み聞きをしていた外野からも物議の波があがってしまった。

「この件については皆が知るべきことなんです。ルカさんの悪い癖ですよ」

 そう言いながらウィルは、死神の念能力の裏情報についてすらすらと語ってしまった。こういうときの相棒の馬鹿正直さには頭を抱えるしかない。

 

 

 

「――というわけで、死神と戦わなければどのみち助からない可能性が高いです」

「失念してた……自分たちの念能力の解除を気にしすぎてそこまで考えていなかったわ……」

「恐らく索敵や護衛、討伐も含めて数十人規模の強力な念能力者たちが必要になってきます。この最終決戦のことは頭の片隅にでも入れておいてください」

 ウィルがそういい終えると、ラヴェンナは頭が痛そうにこめかみを抑えた。死神の念能力から厄介なのに、その上で戦う可能性があるとなると当然の反応だ。

 ふとその胸の膨らみに眼が行く。

 極めて豊かだ。

 ラヴェンナはロリ巨乳だった。

 しばらく凝視した俺は悟りを開いたような眼でそのまま視線を平行移動し、もう片方に焦点を当てる。

「まさに断崖絶……どうしたんだミモザさん?」

「いえ、何か失礼な視線を感じましたので」

 慈母のごとき壮絶な笑みを浮かべた夜叉がいたので、読心術をされないように全力で思考を封印した。

 しかしおかしい。双子でいえば天然系の方が豊かな体躯と相場が決まっているのに……現実は非情である。

「これ、ホームコードです。もしも生き残って最終決戦に協力する気があったら、そちらに掛けてきてください。僕たちの師匠に繋がるはずですので」

 場が妙な雰囲気になってきたのでウィルが愛想笑いを浮かべながらなんとか修正する。誰のせいとかいう議論は受け付けるつもりはない。

 ラヴェンナはウィルから名刺を受け取ると、口を尖らせて複雑そうな顔をした。しばらく唸ると、親の敵でも見るかのようにこちらを睨んだ。

「ありがと……それで? どんな情報が欲しいの? スリーサイズ以外なら答えてあげる」

 眼を丸くしてウィルと顔を見合わせる。相棒も肩を竦めたので、ラヴェンナの方に懐疑の視線を戻す。

「意外だな。もう少し駆け引きの好きな人間だと思ってたけど」

「あんたと一緒にしないでくれる? 騙されるのが嫌いなだけ。むかつくけど、恩には恩で返すわよ」

 ウィルの正直さが思わぬ方向に転がったわけだ。何故か自分への好感度が下降気味に聞こえるがこの際気にしない。

 とりあえず此処の情報、他の転生者の情報を知りたかった。

 俺が嬉々として口を開こうとすると、ラヴェンナの肩をちょんちょんと叩く者がいた。

「ねえねえ。ラヴェンナ、ラヴェンナ」

「なに?」

 ミモザは微妙に影の入った笑みを浮かべながら、怪訝そうな表情をするラヴェンナに耳打ちをやり始めた。しばらく様子を伺うと、ラヴェンナの容貌が鼠を見つけた猫のように変化していってしまった。

「嫌な予感しかしない」

「多分8割はルカさんのせいですよ」

 大企業の重役のように重々しく呟いた俺に、呆れた様子でウィルが返答した。

 

 



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第九話「能力対決」

「どうしてこうなった」

 割れるような歓声が耳朶を震わせる。

 実況の姉ちゃんは子供同士の戦いを考慮してか、いかに只者じゃないのかを声高々に叫んで会場のボルテージをあげていた。

 ――『灰のミモザ』。

 目の前にいる相手はそういう二つ名を持つ7勝2敗の猛者らしい。

 滾るオーラは量も質も俺と同程度か。オーラに若干の怒りの色が見えることについては言及しない。

 客席にいるウィルをちらりと見上げると、何故か「君のせいです」という無言の圧力を受けた。味方はいないらしい。

 あの後、彼女たちの口から放たれた言葉はだいたい予想通りだった。

『あたしたちと戦って勝ったら教えてあげる』

 片方の胸の標高がないことを暗に指摘されたぐらいでこんな嫌がらせをするとは全く困ったやつらである。

 とんとんと軽く跳ねながらミモザは首を小さく傾げた。

「あと少しでフロアマスターなんです。ちょうど良い対戦相手が見つかって助かりました」

「いやいや俺なんて良い相手じゃないんで、ここは棄権して別の相手を探した方が良いと思うよ。例えばウィルとか」

「仲間を売るって酷い方ですね」

「ライオンの親は子を谷から突き落とすんだ。俺はそれをリスペクトしたい」

 彼女は微笑んだ。

「私、舌が良く回る殿方って嫌いです。あまりお喋りが過ぎると舌を噛ませますよ?」

 片眉をあげてそれに答える。

 審判が試合開始の合図をした。

 湧き上がる熱気と膨れ上がるオーラ。

 視覚から認知した相手の実力が、俺の意識を鋭く研ぎ澄ませる。

 こいつは想定以上に骨が折れる。

「では、参ります」

「お手柔らかに」

 構えると同時にミモザが駆けてくる。予想よりも速度が早い。

 顔面に飛んできた烈火のような右足を肩ごと後ろに引いて避ける。同時に腰の捻りを加えながら掌打を狙うが片足で止められた。

 息をつく暇もなく抉るような左フックが腹部にヒットするが、これはしっかりと流でガード。体勢を崩しているので勝機とばかりに拳を入れる。1撃は防がれたが、もう1撃はわき腹にしっかりと突き刺さり、ミモザの表情に苦悶を浮かばせた。

 さらに追撃をするべく回し蹴りを繰り出そうとすると、乱気流のように回転したミモザが俺よりも速く回し蹴りを放つ姿が視界に映る。

 これは頭部狙いなので屈んで回避し、お返しに軸足を狙ってこちらも足払いをした。

 直撃したかのように見えた一撃を相手は跳躍して回避。

 確認するとミモザの足には凄まじいほどのオーラが集まっていた。ちらりと上を見上げた先に、踵を大きく振りあげた死神が笑っている。

 全身をバネにしながら全力で後ろに飛ぶ。

 衝撃。

 岩盤に轟音と亀裂が走り、弾けとんだ瓦礫が周囲に散らばった。

『ミモザ選手っ、リングを踵落としで砕いたああああ! それを交わしたルカ選手も負けていません! お互い子供の選手同士ながら息もつかせぬ攻防です!』

 審判が俺の被弾1、ミモザの被弾2――クリーンヒットを連続で告げる。

 基礎的な徒手空拳はこちらが上、瞬発力は向こうだろうか。

 リーチで勝つ分俺に利があるが、何しろ速い。致命傷を与えるには不意打ちか、カウンター気味に攻撃を当てる必要がある。

「なかなか見た目より……やりますね」

「よく言われるよ」

 軽口を返しながら二度目の接敵を迎える。

 激しい体術の応酬。

 徒手空拳を主体としてやや後手に回る俺に対し、ミモザの方は完全な足技主体だ。身体の小ささは身体全体を使うことでカバーしている。元はカポエラーだろうか。現実でスピニングバードキックを見たのは初めてだった。

 すべての攻撃を捌いて予定通りカウンターを当てていく。

 右肩に有効打を放ったところで、ミモザが堪らずと言った様子で後ろに下がった。

 留めていた肺の空気を露散して脱力する。

 もちろん凝をすることだけは止めなかった。

 相手の攻撃はその体躯相応に軽い。

 実力がそれほど離れていない分、長期戦はこちらが有利とみた。

 向こうはおそらく強化系から離れた能力系統。硬のような致命的な有効打か特殊な発をもらわない限り俺に負けはない。

 だが当初から気になる足のオーラ。

 そこの威圧感は無視できない異常なレベルだった。

「足癖悪いな」

「お口の悪い人には言われたくないですわ。でも――もう少し悪くなっちゃうかも」

 ミモザは少女には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべたあと、徐に両手を下に伸ばした。

『あっーとミモザ選手っ! 今日はいつもよりも早く靴を脱ぎだしたーっ! 本気! 本気ですっ!! 会場の皆様のブーイングが痛ーい!』

 周囲から控えめな野次が飛んでくる。

 俺はミモザだけを見ていた。

「私がなんで灰って二つ名かわかります?」

「……さあ?」

 にっこりと笑って靴底から灰色の玉を取り出すミモザ。それを周囲にばらまく。玉からは黙々と鈍色の煙が発生した。

 会場全体をさすがに覆いきれないとはいえ、これでは客席からは様子が伺いにくいだろう。観客がブーイングを飛ばすのはわからないでもない。

 俺は一通り周囲を凝で見た後、再びミモザを見つめた。

「煙幕使うからか……」

「それもありますね。ただ実際、現実は小説よりも奇なり、ですけど」

「本当は発をごまかすためだろ? とっとと出せよ。オーラ量は完全にそっち、体術は俺の方が上みたいだから、いい勝負ができそうだ」

「……」

 壮絶な笑みだった。

 来る。本気が。

「原作のモラウさんじゃないけれど、やっぱりゾクゾクするものなのかしら? お互いの発を見せ合う瞬間は……」

 ミモザの足に超密度のオーラが集中する。

 体験したことのない感覚だ。

 敵の能力を間近で見て感じる。血液が沸騰したような熱い感情を押さえつけてただ凝で見届ける。

 ここで攻撃をするほど無粋なことはしたくない。まるで一つの生命の誕生の瞬間を目撃するような奇妙な感覚が身体を止めていた。

 そうして見ている中で。

 彼女の眩いほどのオーラは固定化し、物質化し、具現化する。

「ねえ……」

 それは、ガラスの靴だった。

「ゾクゾクしない?」

 ひゅっ。

 ――消える。

 だが視線は逃さない。

 4次元でも走っているかのような超人的な動きで、俺の背後をミモザが疾走するのを本能で感じた。

 まだ追いつける動き。

 しかし避けられない位置。

 何が起きてもいいように、全力でオーラを回した腕に硬をして防御しようとする。

 同時に、果てしない悪寒のする声で、とある童話のモチーフとなった城の名が囁かれた。

「――《灰被りの暴君(ノイシュバンシュタイン)》」

 ハンマーで叩かれた衝撃。

 追撃を恐れて後退すると、背後に何かぶつかる。

「…………壁?」

 振り向くと豪華な装飾をした壁面が立ちはだかっていた。

 中央には煌びやかなシャンデリア。その奥には巨大な壁掛け時計が時を刻んでいる。

 周囲にはいつの間にか仮面をつけたドレス姿の女性やタキシードの男性が、優美な音楽と共に踊っていた。

 ――念空間。攻撃を受けただけで発動条件を満たしたのか。

 視界の端で人影が映る。

 ミモザだ。

 反射的に追いかけて中央付近に踊り出た。

 周囲の人ごみはこちらにまったく反応しない。凝で見てみるとオーラを纏った念人形のようだった。

 しかしこの数、どういう原理かは判らないが一人分のオーラにしては尋常じゃない量だ。

「余所見をしていていいのですか?」

「……なっ!?」

 いつの間にか背後でミモザの声がした。

 振り向きざまに裏拳を放とうとするが、足がもつれて腹部に強烈な蹴りを貰う。

 どごん、と衝撃が走るが吹き飛ばされはしない。

 否、吹き飛ぶことすらできなかった。

「がはっ……くそっ……!」

 悪態をつきながらも足にオーラを回して繰り出すが、うまく動けず容易に距離を取られた。

 足場が、異様に動きにくい。

「一説によると……王子様はガラスの靴をわざと得るために、床にコールタールを塗ってねばねばにしたそうです。酷い王子様だと思わない? 私はシンデレラのような失敗はしませんけどね」

 そういい残してミモザは人ごみに消えていった。

 円を広げるが念人形自体が彼女のオーラのようで、位置をつかむことができない。

 踊っている人形自体も床と同じで吸着性のオーラがある可能性がある。迂闊に排除することもできなそうだ。

 これがミモザの発。

 十中八九、ガラスの靴に触れた相手を念の空間に隔離して戦う具現化系能力者。

 対象の行動を変化系の吸着オーラで阻害しながら、自身は念人形に紛れて硬規模の攻撃力を纏った靴でヒットアンドアウェイを繰り返すタイプとみた。

 ヒソカのバンジーガムほど応用力はないが、発動すればバンジーガム以上に拘束力の強い念能力。

 隣り合うタイプに操作系が含まれることを考慮に入れると、念人形たちが襲い掛かってきても何も不思議ではない。

 さながら蜘蛛の巣にかかった昆虫のような気分だ。

 俺は周囲を警戒しながら具現化されている広場の時計をちらりと見やった。

 時計の針は動いている。

 精巧に、動いている。

 ひとつの物体を具現化するのにどれだけの修行が必要かはわからないが、天才でもない限り血の滲むような努力が必要だろう。

 それが動いているということは、意味があるということだ。

「やることは最初と変わらないけどな……」

 カウンターだ。

 先を譲り、後の先を取る。

「ほら、こちらですよ」

 言ってろ。

 左から聞えてきた声に、反射的に両足へオーラを集める。

 収束したオーラの推進力を利用して地面との癒着を剥がし、左から飛び掛ってきたミモザの攻撃を紙一重で避ける。

 一泊遅れて腕に回したオーラで反撃を試みるも遅く、敵は既に雑踏の中に消えていた。

 超高速オーラ移動は俺にはまだ実現不可能な技術。

 対応するには地の利を覆すウィルのような圧倒的なオーラの持ち主か、コンマ差で両足の凝から全身にオーラを回せるキシュハのような流の達人である必要がある。

 そしてその双方も俺には持ち合わせがないこともミモザは理解している。

 得意な隠でオーラを隠しながら再び円を広げるが、やはり敵の姿を把握することができない。

「しかもこりゃ……」

 足に回したものと広げたオーラから感じる僅かな喪失感。

「オーラまで食うのか……この床は……」

 長期戦はまずい。

 そんなことはお構いなしに、ミモザは人ごみを踊るように疾走してくる。

 右からの襲撃。

 次は左。

 上。

 後ろ。

 ありとあらゆる方角からの攻めが幾重にも行われた。

 ――堅実な戦い方だ。

 じりじりと俺を包み込むオーラが弱まっていく。

 体中もあちこちに亀裂が入ってしまったように痛みが走っていた。

 一般的に格闘技等において寝技に持ち込まれた場合、かけられている相手の体力の方が早く減少していくのは自然の摂理である。

 加えて何処から来るか予測できない常に緊張を伴った攻防。

 自由な行動がとれない上にまともに動こうとするとオーラ自体も吸引されていくストレス。

 完全な向こうのペース。

 このまま冷静に詰め将棋をされると、自由に動けないこちらに勝ち目はないだろう。

 俺はミモザにも聞こえるように舞踏会全体に聞こえる声量で叫んだ。

「そろそろ外の煙幕が晴れている頃合じゃないか!? さすがに人が消えていれば騒ぎになるぞ!ルカ君は能力解除することを激しく熱望します!」

 ふふ、と嘲笑が聞こえた。

「〝至福の時〟というものは、夢のごとく一瞬のように感じるものでしょう? 《灰被りの暴君(ノイシュバンシュタイン)》の空間は、私の匙加減次第で外と時間軸をずらすことができるのでご心配なさらないで?」

 返ってきた返答に俺は安堵の笑みをこぼす。

 粘着とオーラ吸引の床に、極めて困難であろう特質系の概念にも触れる時間の操作、そして莫大な念空間の具現化という要素が使用されている事実を踏まえる。

 具現化系に近いとはいえ、変化系や操作系の念系統にそこまで複雑なオーラ配分を使用している能力に穴がないわけがない。

「そこまで出来るってことは……さぞかし制約は重いんだろうな。無駄な説明ありがとうよ。お礼に俺も能力説明しようか?」

 沈黙がしばらく続いた。

 変わりに凄まじいほどの圧迫感が空気を変える。

 遅れて硬質的な声色が聞こえた。

「そろそろ終わりにしてさしあげましょうか?」

「時計の針も12時を回るから急がないと能力解けちゃうもんな」

「……」

「相手に触れるだけでこんな厄介な空間に放り込めるんだ。それくらいのデメリットはあって当然だろ」

 シンデレラになぞらえた能力だというなら、能力の傾向は自ずとそうなる。床が相手のオーラを吸収する上に自分の位置を掴ませない空間なら、相手のオーラが尽きるまで逃げ回ればいいだけなのだ。

 攻撃する必要はどこにもないのに攻撃をする。

 これは攻撃自体に能力の条件が関わっているか、今の台詞のように時間制限があるのか区分できる。

 状況やシンデレラの逸話からいえば明らかに後者。それを差し置いてもミモザ自身の顕在念量よりも遥かに大規模の念、おそらく潜在オーラも利用している空間だ。制約で強化したとしてもいつまでも維持し続けていられる筈がない。

 必ず。

 獲物が弱りきったところに最後の一撃が、必ずくる。

「正解です、といいたい所ですけど、その弱弱しいオーラでまだ勝つつもりです? そんなオーラじゃ次のわたしの全力を防ぐどころか、わたしに致命傷すら与えられませんよ?」

「あんまり喋ると負けフラグみたいに聞こえるぞ? 俺の能力がフェイタンみたいなカウンタータイプならどうするんだ?」

「……では、ご要望通り次で、全力で、完全に、確実に終わらせます」

 ミモザの気配が消える。

 濃密な殺気だけが残り香のように立ち込めた。

 俺は残ったオーラを足に込めて全速で走り出した。

 足先からぐんぐんと抜けていくオーラには構わない。

 念人形をすり抜けて急停止。

 オーラを消す。

 そしてその時を待った。

 円を感じた感覚はこれまで一度もなかった。

 なら何故ミモザは俺の居場所を正確に感知し、ヒットアンドウェイを繰り返すことができ、なおかつわざわざ陰で隠していた俺のオーラまで正確に測りとることができたのか。

 最初は念人形を通しての視界の共有かとも思っていたが、可能性は低い。そこまでいけば遠隔技術である放出系の要素をわざわざ足す必要があるうえに、視界を共有するだけでは陰で隠したオーラまで見破られはしない。そこまで高性能な念人形ならとっくに操作させてこちらに襲い掛からせているはずだ。

 《灰被りの暴君(ノイシュバンシュタイン)》は発展途上の念能力。

 では、どうやってこちらの位置を把握しているか。

 忘れるな、あの能力の根幹を。

 頭上から殺気が降り注ぐ。

「気配を消そうとしても無駄です! 食らいなさいっ!」

 ギロチンのような踵落しが繰り出された。

 俺の防御力ではとうていガードしきれない一撃がミモザの情けなのか肩に突き刺さり、そのまま裂傷のように腰深くまで裂いて人体をずたずたにした。

「え!?」

 声をあげたのは彼女だ。

 オーラが相当に乱れている。

 まさか殺してしまうというのは考えてなかったご様子で、予想外に脆かった相手の身体に狼狽したのだろう。

「そりゃそうだ。それは隠と周をかけて纏ったあんたの念人形だよ」

 半壊した念人形の背後から飛び出した俺は、硬直したまま動けない彼女の腹部目掛けて全力で拳を叩き込んだ。

「がっ……!!」

 ガラスの靴を履いた者は床を自由に動けるようだ。

 ミモザは止まることなく人ごみを巻き込んで壁に激突した。

 凝で警戒をしながら、モーゼのごとく割れた道をまだまだ十全に使えるオーラを纏いながら歩く。

 構成した精密な念空間が消えていないということは、時限式故の半オート性能か、ミモザがまだ正常な思考ができているということだからだ。

 注意深く近づくと、彼女は血反吐を撒き散らしながら立ち上がろうとしていた。

「ど……どうし、て? まだ念、が、使える? がはっ……ぐっ……なんで、どうして? 念人形と人間を、間違えた? 私が? げほっ……私の靴は……円の役割も果たすのにっ!!」

「さあ……で? ぞくぞくするか?」

 平然と返した口調にミモザは憤怒に顔を歪めたが、すぐに微笑んで血を軽く地面に吐いた。

「ええ……そうですね……ごほっ……オーラ量は相変わらず私の方が勝ってますし、いい勝負ができそうです……」

 衝撃で外れたのだろう。床に落ちていた白カチューシャを震えた手で再度セットしなおして立ち上がった。

 どうみても致命傷。だが俺のへろへろオーラを見てまだ勝つ気でいるみたいだった。

 小細工など必要ないといわないばかりに、真正面から蹴りかかるミモザ。

 それをしっかりと回避し、右腕に弱々しいオーラを集めて足に攻撃する。

 防御するためにミモザは反射的にそれと同量のオーラを回し、余剰オーラでカウンターを狙うためにローキックを放とうとした。

「ぎっ……!?」

 骨の折れる音とくぐもった声がホールに響く。

 きりもみして床に崩れたのは俺ではなく彼女の方だ。

 向こうのアドバンテージである足は封じた。

 チェックメイトだ。

 ミモザは印象的なふわりとした雰囲気を完全に崩して、陶器のような顔をくしゃくしゃにしていた。

「完全に、防いだはず……なん、でダメージを私、が、食らうの……?」

「攻撃は受けちゃいけない。特に念での攻撃は、なるべく食らわないように越したことはねー…………オーラの大部分をガラスの靴と念空間に充てるあんたの念能力は、相手の攻撃を食らわないことが前提条件で、そこが大きな利点だよな。そこらへんさっきの俺の攻撃をまともに受けた時点で、あんたは何が何でも絶対に逃げなきゃいけなかったんだ。混乱したまま突撃してきた今の行為は完全に悪手だろ」

 シャルナークの針の一刺し、ヒソカのガムの貼り付け。

 ミモザと相性の悪い能力ならたくさんある。

 彼女の能力は攻撃能力に長けている割に、複雑すぎる故に応用が効きにくい。

 一方で俺の念能力は一撃や拘束系ではないのでそこまでミモザの能力とは相性が良くない。

 冷静に彼女が逃亡に専念すれば、再び人ごみに紛れた相手を探すことなどこちらには不可能だったというのに。

 まあ、そうさせないために散々いらいらさせる言動を意識的にしていたわけだが。

「もう動くなよ。効き足折れてるだろ、あんまり女に暴力振るう趣味はないんだが」

 そう言いながらオーラの纏っていない腕を掲げた。

 眼前には俺に無駄な言動を語らせて体力の回復を測り、爆発的なオーラを乗せた飛び蹴りを放ってきたミモザが勝利の笑みを浮かべている。

 雷鳴のような攻撃はオーラを何も纏っていない俺の腕にぶち当たり、強烈な打撃音を響かせる。

 床の吸着のおかげで吹っ飛ばないとはいえ、背骨が軋むので素早く上半身もカバーするのは中々疲れる。

 瀕死の身体を引き摺りながら後退したミモザは嬉々として俺の様子を見ていたが、やがてその笑みは自嘲に歪んだ。

 俺の腕は何も損傷はない。

「ああ……わかって、きました、というよりは態とヒントをくれました……?」

「さあ?」

「纏っているオーラ……偽装ですね。おそらく隠の上位互換能力……念自体の希薄性……。考えてみればあの凄まじいオーラ量をもった人間の仲間が、そこまで弱いはずがないっ!貴方は、オーラを隠す能力者!」

「的外れな推理だな。見ていて恥ずかしいぞ?」

 大当たりだが態々自分の能力を事細かにいいたくはないので、息をするように嘘をついておく。

 彼女の顔は今確信に満ちているが、はぐらかせておけばやがては推測になる。具体的な証拠を伴った事実が出なければ思考の邪魔になるだけだ。

 思えば変化系能力の最たる代表であるヒソカ。

 彼の能力のひとつである《薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)》の原理は考えれば謎に満ちている。

 果たしてその能力は何の性質変化をさせているのだろうか。

 物体やエネルギーの性質を正確に念へトレースするのが変化系能力者であるならば、模写機を対象にすると電源がなければ動かない性質まで付与する必要があるだろうし、鏡の性質なら光も跳ね返さなければならない。

 ただコピーする。それのみを抽出して作り出した能力。

 この実例を見るに具現化系の要素を混ぜることにより、俺はある程度の概念的な性質変化にも着手できるのではないかと考えた。

 そうして生まれた能力が今のこれだ。

 ミモザの言うとおり、俺の能力はオーラを見えにくくする隠の完全上位互換だ。

 傍目に馬鹿にされるほどの脆弱な念?

 天空闘技場に来てからずっとそう見せていただけに過ぎない。

 兄弟弟子であるウィルすらも欺く、それがこの能力の真髄。

 

 

 ――《戦場詐欺師(プライベートライアー)》。

 

 

 それは覆ったものに円や凝にすらも感知されない、認識されにくくする「ステルス」という概念の性質を与える嘘つきのオーラ。

 わざわざ他人の命を助けにいくために、助かりそうもない死地に飛び込んでいく――昔好きだった映画の内容と自らの現状を皮肉ってそう名づけることにした。

 俺は攻防力20を纏った拳をミモザに突き入れる。

 しかし実際にはそう見えるだけで、その周囲にはさらに攻防力40のオーラを纏っているが、能力によって相手には見えない。合計値60の攻撃力。普通に対応すれば大ダメージは免れない一撃。

 ミモザはそれを視認すると攻防力20でガードしようとするが、自らの失態に気づき急いで残りのオーラを集める。間に合わず、何かが折れる嫌な音と共に吹っ飛んだ。

 己の眉間に穴が開くまでは、それがおもちゃのピストルかどうかは容易に判断できないだろう。

 果たして咄嗟に差し出した腕で、放たれた弾丸が本物の弾かゴム弾かを見分けることができる者が、この世界にどれだけいるのだろうか。

 円や凝などの念による探知に全く感知されなくなる俺の能力に対応するためには、俺のすべての攻撃を攻撃の見た目に関係なく全オーラで防がなければならない。

 念に慣れた者ほど、熟練者であればあるほど、相手のオーラに反射的に同量のオーラで無駄なく応対しようとしてしまう。

 戦闘において強敵ほど精密に機能させる流を逆手にとった能力の成果が、予想以上に現れた結果だった。

「それで? まだ続けるか?」

「……当然」

 おいおいおいおい……。

 余裕ありげにふらふらのミモザに聞くが、正直俺の体力も限界だった。

 彼女は俺以上に致命傷を受けているはずなのに……ガッツありすぎでしょこの子。

 弾丸のような速度でこちらに蹴りを仕掛けてくる。

「だからそりゃ悪手だっていってんだろ……!」

 片足は折れているはずなのに、その動きはどこまでも精彩に映る。

 歯を食いしばってこれを防御する。完全にガードしようとしてもダメージが内部に浸透するのは、相手の能力の破壊力が尋常じゃないからだ。

 お返しに殴るが、ミモザはこれをガードしなかった。

 きりもみしながら床を転がっていくが、すぐに立ち上がり再び旋風のように疾走してくる。

 足運びが封殺されている状況で、何度も回避や防御をすることはそう簡単なことではない。

 回し蹴りを捌き、右こぶしをぶち当てる。吹っ飛んだミモザはくるりと空中で建て直して人形を足場にバネのように旋回してこちらに再び飛び込んでくる。両腕で受けて前蹴りを叩き込む。相手は吹っ飛ぶがまた旋回し、背後に滑り込みながら再三蹴りを放ってくる。

 怒涛の攻撃に神経をすり減らしながら捌き続ける。

 ヒットアンドアウェイを捨てた完全な接近戦。

 ミモザの能力の利点は彼女自身が既に捨てている。

 俺の土俵だ。

 攻撃を当てているのも、回避しているのも防いでいるのも、有利なのも俺だ。

 ――なのに何で押されている?

 何度目の打ち合いで、何十回目の有効打を加えたのか。

 当たり前のように吹っ飛んだミモザを見送って貯めていた呼吸を再開する。

 吐き出した息が荒い。

 大量の汗が滴り落ちていた。

「もう起き上がってくるなよ……」

 それは懇願した気持ちで呟いた願いだった。

 しかし、シンデレラは立ち上がる。

 これも念能力なのか。

 嫌な汗が止まらない。

 彼女のガラスの靴の念能力は明らかな具現化系。強大で複雑だが、強化系のような持久力はないはず。

 何がそこまで彼女を突き動かす?

 飛び込んできたミモザを完全なカウンターを決めて今度こそ吹き飛ばす。

 目の前の戦鬼はぎゃりぎゃりと床を擦りながら仁王立ちのまま後退していく。

 もう倒れさえもしなかった。

 真一文字に結んでいる彼女の口元から大量の鮮血が流れている。

 それだけじゃない。

 全身の骨という骨はもう砕けているはずだ。

 雪のように白かった肌は紫色に変色していた。

 こちら見ている視線に何も映していないかのように感じ、俺は思わず背筋が凍りつく。

 ――暴君。

 その威容。

 そのオーラだけが輝いていた。

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 修行ならきっと俺の方が効率的で、効果的で、それこそ地獄のような鍛錬をしただろう。

 良い師にめぐり合えた。それがこの結果だ。

 念での戦いはこちらに軍配があがる。

 だがその勝敗は、最終的に折れることのない強靭な鋼の意志に従う。

 俺の精神は果たして、目の前の怪物と張り合えるものなのだろうか。

 幾重にもガードした筈の己の身体がジンジンと呻いているを感じた。

 このままじゃ、負ける。

 空間に二人の荒い呼吸音が響く。

 ミモザはしばらくこちらを睨んでいたが、ふと右上を見上げて肩の力を抜いた。

「もう……止めときます。魔法の時間も解けちゃうみたいだし……」

「…………そりゃあ、幸いだ」

 同時に時計の針が12時を告げた音が木霊した。

 念空間が粉々に砕かれ、瞬きする間もなく会場に戻る。

 煙幕は終わろうとしていた。

 どうやら時間軸をずらすという話は本当だったらしい。

 絶状態になったミモザが、崩れるように倒れてゆくのを俺は祈るように見ていた。

 勝利宣言を念の枯渇によって朦朧とした頭で聞きながら、適当に手を揺らして会場を後にする。

 勝利の余韻はどこにもなかった。




念能力元ネタはそれぞれ映画「プライベートライアン」とシンデレラ城のモチーフより


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第十話「情報提供」

 柔らかい朝日が揺れるカーテンを避けて頬を撫でる。

 窓辺から見える地上は遥か彼方。

 水平線の海には真新しい陽光が揺ら揺らと輝いていたが、行く手にはいくつもの雲が浮かんでいた。

 此処は雲よりも高いところ。天国に一番近い場所。

 そんな錯覚すら抱く。

 実際には標高3000を超えるゾルティック家の建つククルーマウンテンの方が高いのだろう。

 それでも200階クラスの窓辺から見える景色は、地上のすべての生物をこの世から置き去りにしてしまう感覚を与える。

 無精髭を生やした医師が病室から出て行くのを確認すると、視線をちらりと反転させた。

 寝そべっている白いベッドを挟んですぐ左に、黒髪の少女が座っている。

 人形のように整った顔立ちは慈愛の笑みを浮かべながら、しゃりしゃりと林檎の皮を剥いていた。

 滑らかに裂かれた林檎を皿に丁寧に並べる少女。

 お見舞いのために献身的に尽す様は、端から見れば聖女のように微笑ましく映るだろう。

 俺はその様子を見て朗らかに笑う。

 彼女も天使のような笑みを返した。

 そのまま爪楊枝を林檎にさくりと刺して俺の口元に運んで――は来なく、自らの口元に運んだ。

「お前が食うのかよ……」

「なんで? 私が調理したんだから私が食べるのは当たり前でしょ?」

 心底不思議そうな顔をしてもぐもぐと林檎を食べ続けるのは、最近になって絶賛鬼畜度上昇中のキシュハだ。

「全治三週間とか聞いたけど思いのほか大丈夫そうよね。慌てて私が戻って来るまでもなかったじゃない」

「どうせウィルの奴が大げさかつクソ真面目に伝えたんだろ? あいつは負けたわけじゃないのに騒ぎすぎなんだよ」

「最近兄さんに似てきて困っているわ、切実に」

 二人してうんうんと頷いているが決して仲良しなわけじゃない。

 その証拠にウィルからの見舞い品は大抵キシュハが毒見と称して食べている。この女狐はいい加減豚のように太ればいいと切に願う。

 もぐもぐと無愛想に食べていたキシュハが不意に隣のベッドに視線を流す。新しい林檎を爪楊枝に刺して「食べる?」と微笑んで言った。

「あ、ありがとうございます」

 白いカチューシャをした少女は、戸惑った色を隠さないでそのまま好意を受け取っている。首から下はほとんど包帯に覆い隠されていて痛々しい。

 ついこないだ俺が文字通りふるぼっこしたミモザだった。

 どうでも良いことだが林檎の咀嚼権は俺にある筈なのだが。

「まだ峠を越えたばかりだから辛いでしょ? これ、特殊な調合をした念入りのカモミールだから飲んでみて。よく眠れるけど……あ、毒だとか思ったら捨ててもいいから」

 無愛想な表情のままキシュハはポケットから桜色の紅茶袋を差し出した。

 目を丸くした少女はすぐに満面の笑みを浮かべる。

「いえ、今すぐにでも使わせていただきます。まだ少し体調が悪くて……」

「あそう。なら汲んであげるから少し待っててね」

 手際よく作られて渡されたカップに、ミモザは嬉しそうに口をつける。

 俺はしばらくの間、女同士の雑談を途切れ途切れに聞いていた。同年代の同姓と会話するなんて機会、キシュハには中々ないのかもしれない。

 そのうちミモザは薬の効果が利いてきたのか、口数が減って静かになる。完全に眠りについたようだった。

「こっちの子の方が相当に重症だったじゃない」

 視線をこちらに戻しながらキシュハは責めるような声色で口を開いた。

「女の子を死ぬ寸前まで殴るなんて最低ね」

「かなりギリギリの戦いだったんだから仕方ないだろ」

 真っ白なシーツを見ながら粗雑な言葉で返す。

 ちらりとみたキシュハはすこぶる機嫌が悪い。夜通しの看病の所為か目元が据わっていた。

 念の枯渇、粉砕骨折、内臓破裂、意識不明。

 すべてミモザの状態だった。

 念能力者とはいえ、再起不能になってもおかしくない程度。手加減なんてしていたら俺こそがそうなっていただろう姿だ。念そのものの破壊力に強化系に匹敵するかのような無尽蔵のタフネス。ミモザは強かった。

 赤の他人である筈のキシュハが夜な夜な死んだように眠っていた彼女に、態々念を隠しながらこっそりと治療を施していたのは知っていた。俺ですら薄々と感づいているのだから、施術されていた本人は既にわかっていることだろう。

 俗にいうツンデレという奴か。

 考えながら最後のひとつの林檎に手を伸ばすが、周で強化された無駄に精密な爪楊枝が手の甲にクリティカルヒットして俺は天高く奇声をあげた。どうか俺にも1パーセントでいいからデレ成分をください。

「まぐれで勝ったからって油断してるんじゃない? 念の反応が遅すぎる」

 そう言いながら穴の開いた手の甲を綺麗に塞いできた。

 系統の離れているはずの強化系の治癒行為ですらこの速さ。

 キシュハの念センスは時々圧倒的な存在感を示すウィルすらも凌駕しているように感じる。

 耳を塞ぎたくなる彼女の説教をセルフ幽体離脱しながら聞いていると、病室のドアの前に人の気配がする。

 がらがらと扉を開けてベッドにいるミモザと俺を順番に流し見たあと、残りの林檎を平然ともぐもぐ食べているキシュハを見て、ウィルは疲れたようなため息をついた。

「キシュハさん、貴方の分の林檎も買ってきたのでルカさんにも食べさせてあげてください。一応怪我人ですよ?」

「そうだ、こっちは怪我人だぞ。最近底辺扱いされすぎて感覚麻痺してきたけど、普通怪我人には恥らいながらあーんとか林檎食べさせるのが常識だ」

「ルカさんはちょっと黙っててください」

 自分でもなんか口を開くほど裁判が不利になりそうなので自重する。

 当のキシュハは心外そうな顔をした。

「違うからウィル。林檎が食べたいんじゃなくてルカに食べさせたくないだけ。だから見舞い品を買ってこないのが正解だと思う」

「ほらウィル裁判長聞きました? このド鬼畜大将はなんらかの罰を受けたほうがいい気がします。例えばナース服のコスプレで看病とか」

「ルカさんは黙れません?」

「はいすいません」

 凄まじいオーラを噴出させてきたので手をあげて降伏する。

 人間誰しも見極めどころは重要だと思う。

「なんでこうも貴方たちは仲が悪いんでしょう……」

 いやこの女狐が意地悪しているだけだから。そう言いたいが恐らく俺の口から出てくる言葉は果てしなく誠実さを欠いた皮肉に自動変換されてしまうので肩をすくめただけだった。

 キシュハはため息をつくと、持ってきた医療器具を纏めだしてそそくさと病室を退散しようとする。扉の前にたつウィルの方へ足を進めるかと思いきや、俺のほうへ首だけ動かしてにやりと笑った。嫌な予感がする。

「いつまでも怪我人の振りをしていても強くはなれないわよ。わたしの念をごまかせると思った?」

 冷や汗が滲み出た。

 ウィルの眉間に皺が寄るのを見ないようにする。

「……それは本当ですか?」

「今ちょっとお腹痛くなってきた」

 吹き出しながらキシュハが病室を出ていく。ウィルの背後に少女を見とめると、片眉をあげた。

「貴女ね、監視していたのは(・・・・・・・・)

「ミモザの治癒、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げたラヴェンナのそれには手だけ軽く振ってそのまま去っていた。なんか今の一連のやりとり師匠に似ていてなんとも言えない気分だ。

 それより現状打破の方が大事である。

「いやあれだよウィルさん。知り合いの田中さんのおばあちゃんのひ孫の友達が交通事故で亡くなってここのところその悲しみに明け暮れていたんだ。少しくらい修行を疎かにしてもいいだろう?」

 今にも儚げに消えてしまいそうな憐憫の表情を浮かべながら、俺は沈痛そうに述べてみた。

 ご都合主義と呼ばれる時空を超えた事象がすべてを捻じ曲げてウィルが涙ながらに納得してくれるように願う。次元よ曲がれっ。

「中学生レベルの部活動のサボりみたいな言い訳はやめて下さい。慢心していると足元を掬われますよ」

 無理でした。

 想定よりも激怒はしていないようだったが、どうしようもない幼稚園児を見るような視線は頂けない。

「キシュハにも同じこと言われたよ畜生め……ところで後ろのお嬢さんとの勝負はどうなったんだよ。試合は今日だったんじゃないか?」

 俺のベッドに近づいてきたウィルの後ろでは、爆睡の余り涎を垂らしたミモザの口元を吹くラヴェンナの姿があった。その様は正直双子というよりは歳の離れた姉妹のようだ。

 ウィルもラヴェンナも戦いの後だと言うのに、何処にも怪我らしい痕跡が見当たらない。

「あたしが即効ギブアップして終わったわ」

 ラヴェンナの方が吐き捨てるようにそう言い放った。

「命を懸けた試合でもないのに分の悪い戦いはしない主義なの」

「ミモザとは正反対のスタンスだな」

「むきになって死に掛けちゃったら意味ないでしょうに?」

 そりゃそうだが、と俺は幸せそうに眠っているミモザを見やった。視線に気づいたウィルが薄く微笑むのが癪に触る。

「きっと普段ならラヴェンナさんと同じような考え方だろうと思いますけど、相手の誠意にはちゃんと答えるのがルカさんなんですよ」

「おいウィル、変な精神分析するな」

 自分の能力は奇襲型の分類に属するのはわかっている。

 初撃で決める。

 ミモザとの試合も彼女が強化系に近い系統でないとわかった瞬間に、地力の攻撃力の差をごまかしながら一気に仕留めに行ったほうがよかったのだ。

 ウィルは俺の能力の概要を余り知っていないはずだが、この兄弟弟子は何となくわかっているのだろうか。

 俺は迷走した思考を隅に追いやりながらラヴェンナの方を向いた。

「まあとにかく、こっちが圧勝したんだ。情報くれ」

「圧…勝?」

「うっさいウィル。ラヴェンナ、情報くれ」

「いいわよ。何が聞きたいの?」

 何でもないように少女は肩を竦ませた。

 本来なら無料で入手するはずの手筈だったのだ。当然の反応といえるが、一体こんな回り道をしたのは誰のせいなのか、不届き千万である。

「把握している限りの天空闘技場在住の念使いの数と能力。判っていれば転生者たち個々の念能力解除条件もだ」

 ラヴェンナのスリーサイズとどちらが優先か甲乙つけがたかったが、この病室にいる全人類と敵対したくなかったので心の内にひっそりと置いておいたのは内緒だ。

 彼女は片手で数を数えながらハキハキと答えだした。

「今いるのはあたし達4人を含めて16人。残り12人のうち5人が良いオーラね」

「5人について詳しく」

「一人は黒スーツの男、最初あなた達が来たときロビーで見かけたでしょ? ハルド・ムトーっていう暗殺者の転生者よ。左手の攻撃がやたら凶悪な変化系能力者で相当の実力者。あたしも戦ったことがあるけど普通に負けたし」

 ロビーの事を思い出す。

 確かに暗殺者といえば納得のオーラの歪さだったし、ウィルのオーラを見ていたときも全く恐れている様子はなかった。

 要注意人物として記憶しておこう。

 ラヴェンナは二人目の人物をあげていく。

「オーシャン・アルビオンも多分知っているはず。ほら、あのアロハシャツの青年。最近来たばかりだから念能力はいまいちよく判らない。ただ最初来たときロビーで「カストロさんはいませんかー、解除に必要なんです」とか言っていた馬鹿だから多分強化系」

 黙って聞いていたウィルが何か言いたそうに口を開きかけたが、俺が意地の悪い視線を返すとそのまま押し黙った。お前はマシな方だよ、強化系では。

 ラヴェンナは端整な顔を僅かに歪めて続ける。

「あと、転生者じゃないけどグライシスっていう古参がいる。透明になれる能力者でロリコン変態野朗。こいつは本当に最悪だから戦うことになったら遠慮なくやってね」

 その様子だと自身も被害にあっているのだろうか。地雷を踏む趣味はないので先を促す。

「他は時折観客としてくる関西弁の男と制服姿の女性。ああ、もう此処にはいないけど、〝魔弾〟って異名の凶悪な放出系能力者の同胞もいたわね」

「思っていたよりも詳しいな。ラヴェンナ自身は情報収集系の念能力者か?」

 そう言いながらウィルに視線を流すが、首を横に振られた。

「能力を出させる前に降参されました」

「そりゃ難儀だな」

 嫌な顔を浮かべながら視線を戻すと、にやりとラヴェンナは笑った。

「ミモザと似たようなもの、かしら……そっちの能力はミモザに聞くから言わなくてもいいわ」

「まるで近いうちに戦うみたいな言い草だな……言うよ、こっちは念獣使いだ」

 何時かの時のようにウィルが物すごく嫌な顔をしているのを全力でスルーする。大真面目にフェイクを流して何が悪いのか俺には理解不能だ。

「ふーん……性格別に当てはめるなら変化系っぽいから話半分に信じておくわね」

 目を細くして笑うラヴェンナに、俺は曖昧に笑みを返す。

 今のところこれから能力がある程度ばれる恐れのある彼女とはなるべく戦いたくはない。辛勝したミモザと同じ程度の実力ならなおさら避けるべき対象だ。

 次に此処で戦うとしたら彼女があげなかった残り7人の念能力者たち、もしくは与しやすそうなアロハシャツの青年、オーシャン・アルビオン辺りだろうか。

 誰と当たるにせよ絶対的な強さが不足している。

 情報の続きを前にお手洗いにと部屋を出て行ったラヴェンナを見送ってから、俺はウィルにそっと呼びかけた。

「ウィル」

「なんですか?」

「修行すっぞ」

「……了解」

 今回の師匠による天空闘技場派遣の真の狙いが、俺のモチベーション向上を狙ってやったのだとすれば、おそらくそれは大当たりだろう。



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第十一話「師は埃を掃わない」

 真夏の昼下がり、俺とウィルは売店で買ってきたポッキーをちまちまと食べながら眼下を見下ろしていた。

 会場はいつでも熱気に酔いしれている。

 尽きることのない歓声は人々が娯楽をあきらめない限り永遠に続くだろう。

 見つめる先、リング中央に構えている黒スーツの男のオーラには躊躇いがない。ウィルには及ばないがそう遜色のない力強いオーラ。

 洗練されているというか、落ち着きに満ちている。

 ウィルを烈火と例えるなら、その男のオーラは焔のように不気味に満ちている。職業柄おおよそ戦い慣れしているだろう転生者は、想像以上に厄介な存在なように思えた。

「殺し屋ハルド・ムトーか。やばいなあいつは……」

「ラヴェンナさんの言うとおり左手に要注意ですね。僕でも防ぎきれるか怪しい攻撃力ですし、何より初動が速すぎます」

「強化系寄りの変化系能力者だな。形状は蝿叩きみたいな感じか? 数瞬しか見せてくれないから全容はわからないが、初見で避けるのは相当難しそうだ。俺個人としてはあの堅牢オーラが破れそうにないことが糞食らえって感じだけどな」

 箱からポッキーを出して咥える。ハルドがいかにもモブキャラな残念同胞を、試合開始直後に吹っ飛ばしたのをぽりぽりと食べながら見ていた。

 やはり初動が早い。

 ノーモーションからの正拳突き、ベースは空手だろうか。前世で経験者の可能性もある。オーラにおかしな点はないところから察するに、基本的な身体スペックの違いであそこまでの差がついているように思える。

 生まれたときから戦いの場に身を置いている、そんな様だ。

 原作のキルアの身体機能のように、出自は思った以上に能力者の強さの有無を示している。吹っ飛んだ相手はぷるぷると小鹿ちゃんのように震え足で気丈にも立とうとしていた。

 いや、おそらくハルドが本気出したら即死だから。手を抜かれたことにも気がついてないとかどんだけだよ。

「次の試合、オーシャンさんの方に決定ですか?」

「ああ、ハルドはちょっと無理そうだし、俺には妥当な所だな」

「意外ですね」

「あ? 何がだよ」

 眉を潜めながら見ると、面白そうに伺う相棒のイケメン面が見える。

「わざわざ強そうな人達と戦うところが、いつものルカさんらしくありません。前の試合で何かしら思うことがありました?」

「……ほっとけ」

 内心呆れながらもう一本ポッキーを取ろうとすると、肩から伸ばされた手が素早く2本取っていくのが目に入る。同時に後頭部に一瞬だけやわらかい感触。

「ラヴェンナは1本500ジェニーな」

 盗人の手を視線で追うと、案の定赤リボンのゴスロリ少女が微妙な目でこちらを見ていた。何故わかったのかというと、彼女の豊満な身体と偉大な後頭部先輩に聞いてください。

「ケチな男は嫌われるわよ。オーシャン・アルビオンの試合希望指定日時なら2週間後の連休ね。『視た』から間違いないわ」

「便利な能力だな」

 探る手間が省けた。ラヴェンナを味方につけた事は相当な幸運といえる。

「すいません、ありがとうございます」

「いやミモザさんはどうぞ沢山お食べ下さい。いろんな意味で大きくなってください」

 片割れからお菓子を受け取っていた年齢相応な白カチューシャの少女には全力で接客しておく。

 松葉杖をついているが傷はだいぶ癒えたようだった。瀕死の重傷を負わせてしまったミモザに対してはやはり負い目があった。後遺症が残らないのは何よりである。

 顔色が優れないのはやはり何処かしらの気分が悪いのだろうか。

「まだ本調子じゃないのか?」

「いえ、大丈夫ですけど……ちょっと……」

 歯切れの悪い口調でぼそぼそと言うミモザに、ラヴェンナが鼻息を荒くした。

「気にしないで、此処に来るまでにちょっと変態に絡まれただけだから」

「変態って……グライシスのことか?」

 一瞬だけ俺のことかと思ったが悲しすぎるので誰も責めないでくれるとありがたい。肯定の意を示すラヴェンナが天使に見えた。

「あたしにぼこぼこにされたからって、今度はミモザを狙うとか気持ち悪すぎる。ミモザもあんな奴の言う事聞く事もなかったのに」

「でも試合に勝ったらもう金輪際話しかけないって……」

「あたしの時もそう言ったでしょ。ミモザの怪我見越してわざと吹っかけて来たのよ。あいつのしつこさと言ったら……あーもう、鳥肌たってきた!」

 ラヴェンナは余程嫌っているのか両手を交差させて身体をガードしていた。グライシスには出会ったことはないが、同じ男として彼女を見る心情はわからなくもない。そう厳粛に告げる後頭部先輩に畏敬の念を抱きながらうんうんと頷く。

 まあ生憎ゴスロリ少女には俺は興味ないけど。しかも胸もないミモザの方とか、とてもとても……なぜか微笑んだまま凄まじい視線をよこしてくる暴君は特質系の心を読む能力者かと判断したくなった。

 俺は全力で視線を会場に戻した。

「なに? 敵情視察?」

 釣られてラヴェンナが手すりに乗りかかりながら眼下を見下ろす。

 残念同胞の方が念獣らしきものをハルドへ向かわせているのが見える。

「まさか、俺はあんな化け物と戦うのはごめんだね。単に今日は修行の休日の暇つぶしに来ただけだ」

「というか、相手さん酷いですね。あれで隠しているつもりなのでしょうか? 専門家のルカさんと戦ったせいか、隠のお粗末さがよくわかります」

 肩を竦める俺の脇でミモザがそんな言葉を投げかける。

「専門家? 俺が?」

「え……だってルカさん、隠のスペシャリストじゃありません?」

「いや、そんな覚えはないけど……苦手な分野だしなあ……」

 俺は心底わからないと言った顔をしているだろう。

 実際は能力の根本に根付く隠に関しては達人級だと自負しているが、差異的か天然か判別できないミモザの問いに答えて、己の能力に関する情報を渡すつもりはなかった。

 背後で鋭い視線を向けているラヴェンナがいればなお更だ。彼女とは追々戦うことになるだろうから。

 そしてウィル君はとりあえず顔に出すのを止めなさい。

 ちらりと視線を戻すと念で構成された獣の頭部を、ハルドが何の気負いもなしに吹き飛ばしている光景が目に入る。相手の男の呆然とした顔が痛ましい。

「ん……あのレベルの念獣は一撃か……ウィル、できるか?」

「微妙なとこですね。少なくとも能力の攻撃力は僕の硬レベルと同等かそれ以上に感じます」

「あそこまで破壊されちゃうと具現化系サイドとしては厳しいです。同じものを作るにしろ負けのイメージが付いてどうしようもないですし……この試合決まりましたね」

 ミモザがウィルを物凄いものを見るような目で凝視しながら、こちらの会話に割り込んでくるが気にしない。

 子供の体躯ながら念の修行がまだ1年未満にして、生まれながらの戦闘者たちに迫る天才の理不尽さにはもう慣れた。

 凡人代表の俺は最近あきらめの境地という偉業に達したのである。

 自己完結した脳内の自分に敬礼しつつ、箱の影に隠れていた残り1本のポッキーに手をかける。目ざとく見つけたラヴェンナから物欲しそうな視線が注がれるが無視してかぶりつく。

 何気なく使った戦場詐欺師(プライベートライアー)は覆ったものの感知・認識の程度も下げる。

 原作のメレオロンほどの存在感の無さは再現できないが、これといって意識をしていないと見逃すほどの能力。

 他の物体に周と共にこの力を使うのは中々骨が折れるが、ミモザにも使った実戦でも使用できるテクニックだ。

 こんな小さなことに、とか思ったやつは禿げればいいと思うよ。お菓子は至福です。

「先、部屋戻ってるぞ」

 相棒の返事を待たずに俺は席を立つ。

 ラヴェンナには空のお菓子箱を渡す。もちろん押し付けた箱には修行のために能力を発動しているので、存在感は俺の手が離れるまで無いに等しい。すんなり受け取ってくれた。大事なことなので2度言うが修行のためである。赤リボンのゴスロリ少女が何か喚いているがきっと幻聴だろう、しつこいようだが修行のために観客席から出て廊下を歩く。

 やはり課題は円の強化だ。

 しかも割りと特殊なタイプの円。

 周は他の物体に対して施行した際、放出系統の念の精度が必要になってくる。

 俺はバリバリの変化系。

 しかも系統別修行をやっている感覚からして、放出系と相性の悪い具現化系寄りの変化系能力者だ。

 どうしても手元から離した念の扱いは不得意分野。

 だから完全に切り離すのではなく、オーラを繋げる、伸ばすイメージ――すなわち円に近い方向性の強化をするべきと結論づけた。

 やりたいことはつまりこうだ。

 ――投擲武器や他の物体、第3者の存在を隠す。

 先に述べたようにラジコンのように遠隔で周を操る技術は才能的に不可能。俺は身体からオーラを離して操ることに長けた放出系の能力者ではないからだ。

 簡単な方法として円で全体を包み、特定位置のみにプライベートライアーを発動させる案を当初は考えていたが、コストパフォーマンスと敵の感じる違和感の上昇デメリットが半端なそうなので止めた。

 理想は凧糸のようなオーラで物体を繋ぎとめて能力を発動させること。ミモザ戦では何とか行使できたが慣れないせいかオーラ消費量が尋常ではなかった。さらなる改善が必要である。

 さらに突き詰めるならば、つなぎとめる「回線」の役割を果たすオーラはそこまで糸染みたものでなくていい。オーラの消費量は削減できるが、下手に糸状やピアノ線状の性質変化なんかを目指して無駄な念スペックのメモリを使う必要はどこにもない。結局はそれすらも相手にとっては「見えない」のだから、堂々とぶっとい縄状のオーラでも伸ばせばいいのだ。太いことは「見えている」ものを目撃させれば逆に相手にとってのミスリードにもなる。

 一定方向に形をつけた円を伸ばす技術。

 原作でいえばネフェル・ピトーのような円だろうか。

 あそこまで超長距離はさすがに無理だが、戦闘する際の距離、20メートルほどの長さと自在に変化させられる技術が最終目標である。

 歩きながら人差し指を立てる。

 ヒソカのように骸骨を作ることはまだ不可能だ。ただ、作ったダイヤのマークをその部分だけ隠すことは、もう不可能ではない。

 着実に成長している自分にささやかな笑みを漏らしていると、視線の端を早足で歩く人物が独り。

 入院中お世話になったここの専属医師だ。

 彼はこちらを見つけると救いの女神でも見つけたかのように駆け寄ってきた。

「ルカ君!ルカ君!」

「はいこちら最強の念能力者ルカです」

「ミモザ君を知らないかね? まだ1ヶ月は安静にしてないといけないのだが……全くあの患者は!」

 お怒りである。

 ボケをスルーされた事に地味に傷つきながらも俺は誠意を込めて答える。

「ああ、ミモザなら100階のレストランにいましたよ」

 もちろん彼女に対しての誠意である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、嫌になる」

 青年は椅子の手摺にいたカエルをでこぴんで弾く。色の奇抜な生物は毒物だと相場が決まっている。森林に囲まれた山脈のど真ん中に住居がある此処なら尚更だった。

 空気は薄く、冷涼な風が漂う。

 高地だが逞しく生えている草木は、この地域特有の魔生植物である。中には人を襲う危険なものも存在し、適切な対処法を知らない者たちを食らう天然の要塞だった。

 そして周囲の森の海を見渡せるこの場所は、要塞を守るものたちからすれば格好の物見矢倉だった。

 クルタの集落は閉鎖的だ。外からの来訪者はほとんどいない。

 青年は腰の低い椅子に体育座りで座りなおして対面に視線を戻す。ぼさぼさに伸びた真っ白な前髪と相まって惰性した姿勢が伺えるが、合間から見えるその瞳は鷹のように鋭かった。

 ぱちり、と駒が置かれる。

「面倒くさい話ですよね」

 クルタの集落に来る者はたいてい敵と判断していい。

 そう言ったのは目の前で顰め面をしているチーボ・レシルークだ。仏頂面に浮かぶ遮光眼鏡からは疑問の視線が漏れている。

「何がだ、アルバイン」

「その予知とやらですよ、予知。ネオン・ノストラードみたいな予知能力者は案外何処にでもいるのに、そのどれもがいい加減な言伝でしか念能力を発揮できない。これが面倒くさいって話じゃなきゃ、なんなんですかね」

 盤面に駒が踊る。チーボは軍棋が好きだったが、得意ではなかった。たいてい彼が好きな事柄は、彼にとっては苦手な分野だったりする。

 腕と足を深く組んで椅子に座るその様だけは、さながら歴戦の王者のような威容である。

「そうかもしれないな。だが予知能力者の念に根拠がないのは制約のせいとも思える。伝えられる情報が曖昧なのは仕方のないことだ」

「チーボさん、おれはあんまりそういう与太話は好きじゃないんですよ。宿命だの予言だの、自分の狙い通りに進まない物事は特にね。仮に運命なんてものが存在していたら、こんな状況におれ達を落とした神様を恨みますぜ」

 難航な盤面を進めるのに淀みないチーボに、青年――アルバインは肩を竦めて答え、片目を瞑りながら重い一手を難なく返す。

「だいたい可愛い兄弟弟子達を天空闘技場に放り投げたのも貴方でしょ? おれも挨拶ぐらいはしたかったんですけど。しかもその理由が予言だとか……」

 やってらんねー、と大げさにため息をついて背を伸ばす。

 そんな自身の一番弟子に苦笑しながら、チーボは次に指すべき駒を手に取った。いつの間にか王の駒が孤立している。味方の駒に近づかせるために素早く対応する。

「実際に応対してもらったのは《観測者》の片割れの方だがな。だが見つけるのに苦労した甲斐はあった」

「そう、それそれ、胡散臭すぎますよ《観測者》」

 背伸びをした姿勢をそのままに、天を仰いだままアルバインが呟く。

「しかもネオン・ノストラードの一生バージョンの予知とか、ご都合主義過ぎる。前にいたパチモンみたいに、能力詐称して解除条件とか聞き出そうとしてきた輩じゃないですかい?」

 チーボは静かに首をふる。

「余りにも正確にこちらの現状を把握していた。既に起きた出来事は話せるそうだ。未来について語れるのは能力が成熟したらとも言われたがな。もっとも、GI編まで完成しないらしいが」

「記憶を読む能力者とか」

 師が指した駒を狙っていたかのように鋭く突くアルバイン。

 それをチーボは軽く受け流した。

「心を読む能力者かもしれんぞ? ……だがな、最近になって予言の《詐欺師》を見つけた。他は不明慮過ぎてわからなかったが、これだけはわかり易い未来だった」

 苦笑しながら半年前にとった弟子を思い浮かべる。嘘つきは間違いなくあいつの事だ。

 脳裏に浮かんだのは寝癖頭の皮肉屋だった。

 そして予言に則るならば天空闘技場に送ることによって、自分の死のひとつが回避されていることになる。

「どっちにしろ、おれはそんな判りきった未来なんて信じませんよ……はい王手。あれ、この場合は師手とでもいうのか、軍儀の場合」

「む……」

 盤面を覗くと、いつの間にか自らの王を相手の駒が狙っている。避けようとすればこの布陣の要である砦が取られてどちらにせよ負けそうだ。

 頼みの弓も侍も忍の駒も、相手の師のいる布陣に近づいていて間に合いそうになかった。

「あちらを立てればこちらが立たず……」

 勝ち誇った表情でアルバインが呟く。

 狙い通りの展開は彼好みだった。

「……」

 チーボは眉一つ動かさないでより深く腕を組んだ。長い沈黙の後、眼鏡の奥の瞳が諦めたように伏せられる。

 それから重々しく鎮座する師の駒をゆっくりと持ち上げ

「……せいっ」

 前方へ挑むように叩きつけた。

 周によって強化された駒によって盤面ごと綺麗に叩き割れる机。

 ぎょっとしたアルバインが出来の悪い芸人のようなポーズを取って固まる。

「む、台が割れてしまったな、これは仕方ない」

「ちょ、大人気ねー……」

 アルバインは半目でため息をついた。

 HAHAHA、と外国人のようなドヤ顔をしながらチーボは笑って返した。

 死神の能力と同じように知識として直接植えつけられた文面を、残酷な予言の内容を、頭の片隅にそっと置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何よりも残酷な盤上で 師は埃を被ることを強いられる

 大切な駒は片方しか選べない 貴方の砦か貴方自身か

 

 高き塔に昇ってはいけない 頂きが貴方を突き落とすから

 向かわせるのは詐欺師がいい きっと忍び隠してくれる

 

 合駒たちが頂きから墜とされて 残された駒たちは静寂に服す

 砦の傍なら陥落せずとも 降り積もる者たちは掃えないままに 

 

 蜘蛛の足に弓を摘まれ 忍は使命の盤上から遠ざかり槍となる

 盲目の砦は師に嘆くだろう 貴方は誇りを払わないことを選んだのだから 

 

 



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第十二話「成り斬る」

「正直忘れてた」

 控え室でウィルの奴に、なぜオーシャン・アルビオンの前試合を見なかったのかと聞かれた際に答えた台詞だ。

 割と真面目に殴られた。

 実際は野戦を想定して相手のことを何も知らないほうがいいのではないか、という馬鹿な思考回路から導いた過ちだ。真実を相棒に話せばツンデレ乙とか言われそうなので最後まで茶化した。

 今日はオーシャンとの試合である。

 現在4勝0敗中のウィルは手当たり次第に対戦オーケーしているので、空いた試合から戦いを組まされている。

 俺から見ればかなりのハイペース。師匠の言いつけではどちらかがフロアマスターへの資格を得れば問題ないので、俺は適度に数をこなして過ごそうと計画中である。強化系のように身にまとうオーラそのものが既に必殺の域にある者に比べ、他の系統は自身の発をこのような場所で披露しまくるのはあまり賢い選択ではないからだ。

「……良いオーラだねえ」

 前方から柔和な呟きが耳朶に届く。

 審判の紹介と共にリングへと入場すると、先に上がっていた青年が腕を組んでこちらを見据えていた。

 派手なアロハシャツに赤茶色の髪。容貌は整っているほうだ。

 オーシャン・アルビオンその人だ。

 まだ1戦しかしていないのに、もう女性のファンがついている。リア充爆発してほしい。ついでに昨夜富豪の愛人ぽい女性から、通りすがりに投げキッスされていたウィルも吹っ飛べ。ボマーさんお願いします。

 話すのはこれが初めてなので、間近でそのオーラを見るのもこれが初めてになる。

「ルカだ。良い試合をしよう」

「ご丁寧にどうも。僕の名はオーシャン・アルビオン。対人経験が少ないのでお手柔らかに頼むよ」

 笑顔で話しかけると、オーシャンから心地よい返答が帰ってくる。

 そのオーラ量は下の上、錬度の方は中々。

「もっとも、僕は負けるつもりは毛頭ないが」

 自信は上々だった。

 見た目の大したことのなさが、相手のオーラの強さがフェイクである可能性も示している。

 身近というか、自分自身がそのタイプなので油断はできない。

 よりによって能力で弱小にごまかしているはずの俺の念を一目見て「良いオーラ」とはとんだ食わせ者だ。ここにきての戦いを避けようと思ったハルド・ムトーより強敵の可能性が出てきた。起こしたのは蛇ではなく龍だったのだろうか。

 ……上等。

 試合開始の合図が木霊した。

 歓声と共に熱気のボルテージが急上昇していく。

「行くぞ」

「まあ、焦らないでくれよ」

 仕掛けようとした俺に静止の声。

 構わず接近する。

 最初の一撃で勝負を決めるつもりでいく。

 拳に乗せるのは攻防力80、見掛け上は20の貧弱オーラ。舐めて受け止めれば即効で片がつく。

 疾駆してきた俺に、オーシャンの右腕が出迎える。

 勝った。

フラグっぽい言葉が脳裏を過ぎる。

 冷静な思考はオーシャンの視線が笑っているのを見過ごさない。

 その右手は何かを握っていた。

 剣だ。

 攻撃中断。体重移動を後方に置換。

 さらにはつま先からオーラを噴出させた反動で素早く飛びのく。

 鼻から先の僅かな空間に、鋭利な軌跡は過ぎ去ったのを見て吐息を漏らした。

 こいつもミモザと同じ具現化系能力者。

「……」

「残念、下がるか。カウンターをくれてやろうと思ったのに……」

 直前で踵を返した俺に相手はそう告げた。

 凝を使い、出された獲物を見てみる。

 両手剣の直刃。いかにもな業物。

 だが具現化系にも関わらず、構成されたオーラは微弱過ぎた。

 だからこそ最大限の警戒に値する。

「随分と貧相な剣だな」

「そうかな? 少なくとも君程度の能力者なら断ち切れると思うけど」

 可能性の思考を展開しながらオーシャンに軽い挑発をするが、あっさりと流された。

 まずいな、能力がさっぱりだ。

 同系統のミモザと戦ったときはそのオーラの力強さからパワー系の接触タイプだということは簡単に推測できた。

 だがこいつはその真逆、直接的なダメージはないかもしれない。恐らくそれ以外に相手に致命的な何かを与える能力の可能性が高い。

 真っ先に思い浮かんだのは触れたものを強制的に絶にする能力。これならオーラの貧弱さも納得できる。

「どうした? こないならこちらから行くよ」

 そう言い放ち、疾風のようにこちらに滑り込むオーシャン。下段から切り上げていく剣先を半身で右方にかわす。あがり切った勢いのまま回転する相手を尻目に、空いた胴に拳を叩き込もうとするが、そのままオーシャンは反転。

 奴の左手から一瞬で剣が消え、逆手になった右手から剣が瞬速で再具現化してなで斬りにしようと空を裂く。

 回り込もうと足にオーラを込める俺の視界上方、3本の剣が具現化して降り注ぐ。

 放出系に属する攻撃方法――系統が離れているからそれほどの威力も、当たったときのデメリットもないはず。

 おそらく向こうの脅しだろうから、本体の持つ剣に注意しながら退避を選ぶ。

 そう判断して時間差で振り注ぐ剣雨を柳のように流しながら、バク転をして後方に回避。ついでに追撃が来ないように念弾で牽制しておく。

 打ち出された念弾をオーシャンは容易に避けた。

 剣で弾きにこなかったところを見ると、やはり対人特化の能力の類だろうか、それとも使うという選択肢に偶々反れていただけか。判断はつかない。

 まあ、どちらにせよそれは囮だけど。

「……!?」

 余裕の表情をしていたオーシャンは不意の一撃に首を曲げた。

 もう一度こちらに向かれた鼻先からは血が流れていたので、ひやりとした恨みも込めて思いきりドヤ顔をかましとく。

「良い男になったな」

「……何をした?」

「さあ?」

 《戦場詐欺師(プライベートライアー)》はすべての念を隠す。

 それは放たれたもう一つの俺の念弾すらも例外ではない。顎に昏倒させるくらいの威力を出したつもりだったが、やはり操作系と放出系の精度は悪いようだ。身体から離した所為か、薄っすらと念弾の実体も見えてしまっていた。燃費も悪い。結果も予想の半分以下の威力。

 とは言うものの、少なからず相手方に動揺を与えたようだ。

「放出系か? 瞬間移動の類か……それにしては威力がないな」

 見当違いな方向にぶつぶつと呟いているのは都合が良い。どうやら対人経験が少ないのは本当らしかった。

 剣に神経を注いでいる分、いつもより攻撃に精彩がないがこの際仕方ないだろう。

 子供の体躯と武器の長さに加点される形でリーチが異なるのは中々に厳しい。俺も師匠のように槍でも携えれば良かったのだろうか。いや、プライベートライアーは騙しの念。

 攻撃力は上がるだろうが、見た目上の警戒度が増して余り有効とは思えない。

 こうして考えると正攻法には全く向かない能力とは、つくづく俺らしいともいえる。

 時間は掛かるだろうがフェイントを交えて攻めて行こう。

 ミモザ戦で何を学んだのか。

 相手の剣を掠らせもしないように、シンデレラのように。

 踊るように戦おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――成りきり型」

 ルカとオーシャンが戦っている後方、観客席の奥で幼女が呟いた。

 線の細い容貌、闇色の執事の服を着て我が物顔で立っている様は、まったくもって似合わない。

 隣の若者も執事服を着ているが、突然語りだした同僚に苦笑いしか返せなかった。

 幼女はそんな周囲の様子を無視して続ける。

「転生者に多く見られる念能力のタイプがそれ。生半可な情熱や想いでは失敗するが、元となるモデルに近づけば近づくほど、制約も能力も凶悪になる。彼らはカードゲームを再現して強力な青龍を召還したり、漫画の技を真似て反則的な影分身を行使したり、映画の主人公のように手先から強固な糸を出す」

 前の席で嬉々として試合を見ていた彼らの主が、困惑した顔で視線を寄越した。

「あ? いきなり何言い出すんだミゾラは」

「なんでもありません、キルアお坊ちゃん。ミゾラの悪い癖でございます。虚言でございます。妄想でございます」

 隣にいた若者は慌てた様子でフォローを挟もうと声を出す。

「キルア様! そんな事より試合、試合!」

くたびれたようなよれよれの執事服が、彼の苦労を認識させる。その一方で、ミゾラと名乗った幼女は紫紺色の長い髪の毛を弄くっていた。不機嫌そうな表情の下、桜色の唇がぽつりと呟く。

「どうせ聞かれても、転生者関連は認識できないようになってるし」

「いやそれにしたってお前……」

呆れ顔で若者が頭を抱えた。

「……変な奴。カイも大変だよな、こんな同僚でさ」

 意味がわからないという顔をしながらも、キルアは鼻歌交じりに視線を闘技場に戻す。彼の兄は正体不明の侵入者によって瀕死の重傷を負い、現在も自宅で療養中であった。ご機嫌である。

 そんな小さな少年に、若者の方の執事――カイは疲れたようにため息をつく。

「腐れ縁、という奴ですね。オレに戦うことを教えてくれたので、腕は確かですよ。一応付き合いは長いですし、変な奴でもお友達です」

「ひでえ言われ様、おもしれーやつだな」

 キルアは可笑しそうに言った後、小さな声で一言。

「友達……ね」

 ぽつりと零した。

「キルアお坊ちゃんにも出来ると思いますよ。きっと」

 にっこりとカイが笑うと、血塗られた暗殺一家の少年は一瞬嫌そうな顔をちらりと向け、曖昧な笑みのまま、また会場に視線を流した。

「それよりさ。すげーよな、200階クラスの試合。オヤジにこの階まで昇って戻ってこいって言われてるけど、確かにその通りだった。レベルが違うね」

「キルアお坊ちゃんはまだ40階クラスでしょう。そう見えるのも仕方がありません」

「ま、200階クラスの実力なんかすぐにつけてやるけどな」

「頑張ってくださいませ」

 此処まで昇るのでさえあと2年はかかるがな、とカイは原作知識を思い出しながらくすくすと笑った。

 リングの上では凄まじい速度で動く黒髪の少年の攻撃を、赤髪の男がいつの間にか持っていた剣で捌いている。

「てか黒髪の方、オレより少し上くらいなのに、なんだよあの動き」

「見た目どおりの年齢と思ってはいけませんキルア様。そうやって相手を騙す武術の達人もいると聞きます。あくまで自分の憶測ですが、中身はもっと上の歳ですね」

「勘かよ」

「勘ですね。隣にその実例がいますし」

 二人の視線が静観していたミゾラにぶち当たる。

 幼女は黙ったまま親指を下にした。

 そう言えばこの幼女に年齢の事を仄めかすのはタブーであった。

「っと、オレ、もう少し近くで見て来るわ! カイ、ゴトーの奴が下の階から探しに来たら知らせてくれ!」

「ちょ、キルア様」

 何かを感じ取ったキルアが逃げるように前の観客席に行った。

 呼び止めようとしたカイの手は虚しく空を掴む。恐る恐る後ろを振り返ると、藁人形を手にした魔女が一人。

「大丈夫、痛いのは最初だけだから」

「ミゾラさああああああん!?」

 奇声を発しながら釘と金槌を手に藁人形に打ち込もうとする幼女に、カイは半泣きになりながら飛びついた。

「冗談になってないって! やばいって!」

 髪を振り乱す幼女と半狂乱の青年。

 傍から見て逝くところまで逝ってしまっているような光景に、周囲の観客は何も見ていないように振舞って日常のふりをしている。

「そう! 今さら成りきり型の考察とか、突然どうした? 是非、オレにあんたの意図を教えてくれミゾラ嬢!」

 思いついたかのように矢継ぎ早に喋る同僚に、ミゾラはぴたりと動きを止める。

「成りきり型。うん、その話。そういえばそうだった」

「……ふう、……それがどうかしたのかよ」

そう言いながら懐に呪具が戻っていくのを、カイは冷や冷やしながら見届けた。横暴な物言いは彼の普段の口調である。

「イルミ様を半殺しにした転生者もそれだったかもって今思ったの。しかも完全にトレースしているタイプの」

「オレはその時を見てなかったんだが、そんなに強かったのか?」

「うん。カイ、お前よりも強力な補正が掛かっている真性の化け物だったのかもしれない」

 同じ傾向、いわゆる漫画や小説の登場人物の能力に準えた能力者であるカイは、それを聞いて押し黙る。

 自身の能力の凶悪さは己が一番よく理解している。

 念そのものの質は師であるミゾラに及ばないものの、カイの念能力の対応力やその補正は、おそらく他の転生者のそれを軽く凌駕する。

 そしてその弱点はミゾラの能力と合わせればほぼ穴埋めできるということも。

 己の難攻不落かと思われていた解除条件も、自身の凶悪な念能力の施行、計23回と彼女の立ち回り、加えてその能力のおかげでぎりぎり達成できたといっても過言ではない。

「……仲間にする気か?」

 浮上させた思考と共に、カイは訝しげに問いかけた。

「声でも掛ければ良かったと後悔はしているわ。強力な念能力者は、死神戦で必ず役に立つはずだから」

「はあ……オレ達が戦う必要あるのかよ」

 神と戦う話は、昔出会った情報屋から聞いていた。なるほど、世界を救うという名目上は参加しなければ仲良く地獄行きになるだろう。

 しかしカイ本人としては、態々条件を達成した自分が命がけの戦場に向かうのは馬鹿らしいとも思えたし、今の生活には満足している。

 傍観派、というべきか、放っておいても誰かが何とかしてくれるだろうと思っていた。

 懐疑の視線を込めてミゾラを見ると、彼女は呆れたような仕草を見せた。

「誰が戦うと言った? 楽がしたいだけ。適当に強い人間を集めて死神と戦わせる作戦」

 ああ、そう言えばこの人もこういう人だったな、とカイは思った。

 基本的に他人任せなのは出会った時から変わらない。

 そういえば解除条件の障害になるために、イルミと転生者を戦うように仕向けたのも彼女だった。

 助けてもらった身としては何とも言えない。

 カイが渋い表情になっている横で、事件の黒幕は微笑を浮かべて言った。

「今戦っている二人、試合が終わった後に赤髪の方へ声を掛けてもいいかもね。いかにもな芝居染みた動作に飛びかう剣載――もしかしたら成りきり型かも」

「……まー、そんな気はするな。要は伸び代があるってか?」

「あくまで能力が強力そうだった場合だけどね。あー、あの黒髪寝癖の方、斬られてくれないかなー」

 どんな能力かわからないじゃない、と口を尖らせるミゾラに、カイは半笑いをするしかない。

「妨害でもしちゃおうかな」

「ミゾラ嬢……」

 カイは危険なことを呟きだした相棒に冷や汗を垂らす。もちろん実行するとなるとそういう役回りを押し付けられるのはカイ自身だから余計性質が悪かった。

「寝癖の少年に恨みでもあるのかよ」

「敢えて理由を作るとしたら、オーラが貧弱過ぎる。いくら体術が良かろうとも、咲きそうもない花は好きじゃないの」

 顰め面でミゾラは口を開いた。

 念の戦いにおいてオーラ量と質は無視できないものだ、というのは彼女の持論である。量は足し算、質は掛け算で強さの計算ができるが、前者は才能や体質で、後者は努力や精神で決まるといっても過言ではない。

「むう……」

「何よ?」

「オーラが貧弱、ね……なんか妙なんだよな、あの寝癖少年……まるでミゾラの見た目と年齢のギャップみたいだ……」

 煮え切らない態度でカイが思考する様を見て、ミゾラはきょとんとした表情のままで藁人形を取り出した。素早く釘と金槌を構える。

 数秒後、お尻に画鋲が刺さってしまったような情けない声を上げながら、カイは隣の人物と腐れ縁だったことを後悔することになる。

 もちろん戦っていたルカが自身の念能力《戦場詐欺師(プライベートライアー)》によってオーラ自体を弱く見えるようにしていたことを、この二人の強力な転生者たちは知るわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

カイ・レッドツリー

 

達成難易度S

 「ゾルディック家執事カスガの代わりに原作登場人物アルカ・ゾルディックの67人分の死の“おねだり”を聞き、達成せよ」

                      

                                     ――条件達成。

 

 



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第十三話「都合の良い奴ら」

 

 

 廊下の方から確かな足音。

 消毒された空間は明快な音の振動をよく通す。

 階下で騒ぐ男たちの戦いの声、揺れる歓声、近隣を飛行する旅客機のエンジン音、遠くでは電話の音も木霊していた。

 その中から聞こえる静かな足取り。

 傍で座っていたウィルは堅を止めながら、琥珀色の瞳をゆっくりと晒した。その視線は扉の方に向かう。

 同じく堅の修行を中断した俺も流れに沿う。

 吐き出した息は荒い。

 鈍痛の耐えない身体はまだ本調子ではなかった。

 足音は扉の前で止まり、がらがらとドアが開かれる。

 静寂。静まり返った空間。

 現れた少女はひとしきり室内を見渡すと、俺の隣にいた相棒の姿を見とめて深いため息をついた。

「…………ウィル。今度から呼ぶときは、ちゃんと容態を、正確に」

「む、言いましたよ? ルカさんがまた入院しましたって」

「それで一方的に切られちゃ! 重症か軽症かもわかんないでしょう、この単純馬鹿!」

 隣の街に滞在していたはずのキシュハが珍しく声を荒げた。その眉間は朝一で呼ばれたのが余程堪えたのか多重の溝が刻まれている。自身の能力で血圧すらもある程度操作できる彼女だが、朝には弱いようだ。不機嫌全快である。

「今度から近くのホテルにいる事にする……こうも何処かの猫型ロボット並みに呼ばれるとさすがに疲れるわ」

「ご愁傷様だな」

「元凶の怪我人は黙ってなさい」

「はいすいません」

 頭が痛そうにするキシュハに同情の言葉を投げかけるが、剛速球で投げ返されて口を噤む。傍でウィルが「単純馬鹿……」とか地味にショックを受けているがスルーしとく。

 隣のベッドでは会話をしていた双子は何事かとこちらを見ていた。ちなみに傷の治りきらなかったミモザはこの前以降、結局発見されて医者に病室へと放りこまれたが、大分容態は回復したようだ。確か明日には退院できるとか。

 キシュハは俺の方へぶつぶつ呪詛を吐きながら近づいてきた。

 そこへ空気の読めない横槍がひとつ。

 全快したらしい傷跡を確かめながら、向かいのベッドの上でぴょんぴょんと跳ねていた赤茶色の髪の優男のことだ。

「お、ルカ君の知り合いかな? 随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか。ちょうど朝食もまだだし、よかったら僕と一緒に食事でも――ぐほっ!」

 そんなKYな優男――オーシャンの腹に吸い込まれるようなキシュハの一撃。

 膝から糸の切れた人形のように豪快に倒れこみ、シーツによだれを垂らしたままぴくりとも動かなくなった。綺麗な顔してるだろ、気絶してますどうみても。

 隣でミモザの短い悲鳴があがった。

 彼女に反射的に抱きつかれたラヴェンナは真剣な顔で「一撃? 何かの能力なの……?」とか考察している。傍のウィルは未だに放心状態の痴呆だ。部屋内の全員が怒気に飲まれて反射的に堅をしていた。なにこのカオスな空間。

 俺は現実逃避するために昨夜の試合を思い起こすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 両手を顔の両脇に構えたまま、ボクシングの要領で懐に潜り込む。

 横凪に振るわれた斬撃を、左足の重心をずらすことによって身体ごと前に倒し回避、3歩目の踏み込みと共に掌打を突き上げる。

 確かな手ごたえを感じるが、衝撃を物ともしないと言わんばかりに返された刀身が左方から接近。

 完全な近接において避けるのは容易である。

 ましてや数撃の打ち合いですぐに気づいたが、オーシャンには致命的な弱点があった。

 退避を選ばずに蹴り飛ばす。

 刀身が目元を通過したが大方計算どおりだ。僅かに顎をあげることで見過ごした。そのまま吹き飛んでいく相手を見送る。

 大木のように転がりながらもすぐ手を反動に体勢を立て直したオーシャンは、難しい顔をしたままこちらを睨みあげていた。

 審判の8対0のコールが俺の圧倒的現状優位を示している。

「参ったな、ここまで強いとは思わなかったよ…………」

「剣に頼り過ぎている。その割りには、素人の構えだな」 

 自分らしくなく思っていたことをぽつりと指摘してしまった。実際にその通りなのだ、訂正はしない。

 オーシャン・アルビオンの念能力の全貌は謎に包まれてはいるが、それ以前に体術のレベルが圧倒的に足りていなかった。

 おそらく剣が出来たのも最近の事だろうか。

 具現化した剣を飛ばすなんて芸当、そうそうに上手くいくはずがないのだが、その辺りは見解と現状の相違が見られるためにまだ確定ではない。

 どちらにせよ斬撃の遅さ。

 致命的に、遅い。

 自身の兄よりも柔に満ちた、圧倒的な体術使いである女狐キシュハ・レシルーク。その稽古を受けてきたのだ。小手先の技術だけならウィルにもまだ追いつかれていない。

 俺は踵を軽く叩きつけて石畳を砕いた。

 つま先で真上に蹴り上げ、石塊を掴むとそのまま相手に放り投げる。オーシャンはこれを走りこみながら回避、隠していた2投目も練りこみが足りなかったのかしっかりと剣で弾かれる。

 お返しに来た馬鹿正直な縦の太刀筋をサイドステップで避け、鋭い切り返しから渾身の右ストレート。被弾を確認して再び距離を取った。

 審判のクリーンヒットを告げる声が会場を沸かせる。

「これで9対0、あと1手で詰みだ……とか思ってるんじゃないかい?」

 最後の攻防を仕掛けようとした俺にそう声が掛かった。

 試合前と変わらない柔和な笑みが視界に入る。

「思っちゃ悪いか?」

「いいや、たださっきの状況で追撃をしないのはどうかと思うよ。よく言うだろ? 遠足は、帰るまでが遠足だと」

「……」

「戦いもそんなものさ、今の君は出荷前の家畜のように無警戒だ」

 饒舌に、得意げにそう告げられる。

 はったりだ、と思った。

 仮にオーシャンの能力がこのような状況下で発揮されるカウンタータイプだとしても、俺に対して態々その切り札の示唆をする意味がない。少なくとも俺なら調子に乗っている相手に警戒をされたくはない。

 それとも、そんな思想すら吹き飛ぶような凶悪なカウンター能力なのだろうか。

 ありえなくはない。

 ありえなくはないが、確証もない。

 悪い癖だ。

 自分の勝ちが見えてきたなら思考せずに突撃すればいいものを。それこそがフラグかもしれないが、頭に針を埋め込まれていたキルアじゃあるまいし。

 いや、待て。少なくとも「警戒」すること自体にデメリットはない気がするぞ。

「…………」

 なにわともわれ命を大事に、だ。

 相手の能力が未知数な以上、時間制限のないこの場では慎重に戦うことの方の重要性が高いはずである。

 ――時間を稼ぐことが目的の能力だったとしたら?

 腰を深く落とした俺に別の俺がそう囁く。

 ないだろ。ありえない。

 いやありえなくもないか。

 この時点で既に敵の思うつぼか? もう能力発動条件を満たしたか?

 そもそもこう考えてしまうことが敵の能力だったりするのかどうか。

 可能性だけなら無限だ。悩むだけならプライスレス。

 その中でも現状一番高い可能性は、斬られたら負ける確率が上がる、ということだけである。

 具現化した対象の関係上、「斬る」というイメージに沿って何かしらの能力を付随しなければ、そもそも剣としての本質的な役割から離れてしまう。イメージこそが強さに繋がる具現化系能力者に、 そんな見た目と懸け離れた能力を付与することは愚か以外の何者でもない。

 オーシャンのオーラが練り上がる。

 時間を与えてしまったせいか、十分なオーラの回復猶予が出来ていたようだ。それでも冷静に対処すれば勝ちは難しくはないだろう。多分。

「……いや、ありえないだろ」

 思わず声に出して小声で言ってしまった。

 オーラの回復なんて早々こんなに早く訪れるはずがない。しかもよく見ればオーシャン自身のダメージもそれほど無いように思えた。

 試合は俺が一方的にダメージを与える展開だったはず。普通の能力者なら致命傷のダメージを何回も与えたはずなのだ。

 その実例がミモザ戦だ。

 彼女は「プライベートライアー」の能力に対応しきれずにボロボロになった。通常の攻防程度では初見の騙しオーラに対処できないのが本来の形。

 それを無傷で凌いでいたのか。いや、手ごたえはあった。

 だとしたら奴は回復系の能力者。

 いやいやいや、だとしたら先ほどのカウンター能力らしき言動に説明がつかない。一体何が目的なのか。

「では、フィナーレと行こうか」

 睨み合いに痺れを切らしたのか、オーシャンがゆらりと構えた。そのオーラは爆発的に高まった錬のオーラで満ちている。

 結論の出ないまま、俺は嫌な気分で腰を落とす。

 すべてハッタリだ。そう願うしかない。

 フラグ臭いけど、そう願う。

 とりあえず当たらなければいいんだ。これもフラグ臭いけど。

 思考終了。

 滞りなくオーラを循環させて迎撃へと備える。

 左方からの袈裟斬り。

 なんてことはない一撃。

 オーラも今までと同じく大した雰囲気も感じ取れない。避けて終わりだ。

 

「……!?」

 

 衝撃。

 スローモーションの世界。

 視界が揺れる。

 攻撃を受けた。理解できるのはそれだけ。

 後頭部を思い切り殴られたような重い痛み。完全な認識外からの一撃だった。

 視線を走らせると眼前ではまだオーシャンが振りかぶっていた。

 斬撃じゃない。だが攻撃を受けた。奴の能力じゃないのか。

 避けなければ。

「――」

 思考が追いつかない。ついて行こうとする身体も遥か後方。

 剣先が触れる。

 肩口から斜めに、腰元まで引かれる。

 ワイシャツを切り裂いて肌に到達された感覚が脳髄を刺激した。

 息が止まり、のど元から絶叫が出かけるが飲み込む。

 退避。逃げる。すべてから逃亡する。

 傷は浅い。

 だがやばい。食らった。やばい。

 すべてが元通りになる。

 視界は明瞭になり、聴覚に土砂降りが降ったかのような歓声が降りかかる。

「一手……勝ちが見えてきたかな」

 不気味な笑みを浮かべたままオーシャンが呟いた。

 俺は苦虫を噛んだような顔をしていただろう。

 先ほどの不意の一撃は念弾だった。

 どういう原理かはわからないが全くの別方向から飛んできたわけだ。動揺するなという方が無理な話だ。

 威力はそれほどでもなかったが、完全な視覚外からの攻撃は想定していなかった。

 いや、待て。

 何も念弾を飛ばしてくるのが目の前の対戦相手だけとは限らない――。

 俺は凝を宿して静かに観客席を見上げた。

 異変は感じ取れない。

 だが視線は感じ取れた。

 戦いに集中していて気がつかなかったが、キルア・ゾルディックの姿が見える。注目すべきなのはその後方。

 執事服を着た男女がいた。

 一人は幼いという言葉が似合わない顔つきをした幼女だ。

 暗い紫色の髪に病的なまでに白い肌。挑むような意地の悪い笑みが印象的で、片手から何かを放ったような格好のままこちらを見ていた。

 その後ろでは黒髪の若い男が申し訳ないように両手を合わせていた。

「あいつらか……」

 おそらく先ほどの攻撃の犯人。

 特に幼女の方、師匠レベルの能力者だ。ゾルディック家に執事として勤めている転生者がいることに驚きはなかったが、人の試合に横槍を入れる意味がわからない。

 オーシャンの仲間かとも思ったが、彼の様子を見る限り違うようだ。むしろ実は結構なレベルであるはずの念能力者であるこの200階クラスの審判すら、先の出来事に気がついていなかった。

 通常、試合中に選手を妨害するような反則行為が見られた場合、反則行為によって助けられた選手はもちろん不戦敗になる上、行為に及んだ観客などはその場で取り押さえられて永久に闘技場に来れなくなるのが原則だ。

 その程度のことは念字で隠された大会の規定事項に乗っている上、念能力者の一般客の視線や闘技場の入り口で待機している他の審判の目もある。

 そんな中で堂々と俺に念弾をぶち当てる捩れた度量。

 俺自身も明確な悪意のあった攻撃を食らうまで気づかなかったのだ。

 果たしてそんな都合の良いことがあるのだろうか。

 明らかな念能力。

 しかも俺と同じ何らかの形で「隠す」能力の可能性も高い。おそらく審判にこの事実を伝えても判断までに時間が掛かる。攻撃をくらって押され始めたと感じられて、観客にも受けが良くない。試合は中止にはならないだろう。

 どちらにせよ予期せぬ妨害で非常にやばい事態である。

「余所見をしていていいのかな?」

 ぞくり。

 眼前に刀身が光る。

 反射的に身体を屈めて引いた。念は全力で纏っておく。

 今のところ自身のオーラに何も異常はない。

 いや、何も感じていないと思っているだけで既に能力は発動しているのかどうか。

 正直泣きたい気分だ。

 そのまま斬撃をかわし続ける。

 能力はなんだ、能力は――。

 このままじゃ負けるぞ。

「くそっ……」

 悪態をつく。

 俺ではなくオーシャンが。

「……は?」

「いい加減僕の攻撃を受けろおおおお!」

 かわした剣を投げ捨てるように掻き消すと、振りかぶられた拳が剣だけに集中していた俺のあばら骨に命中した。

「……っ!」

 激しい衝撃。

 完全に防いだと思ったが芯にまで到達する一撃だった。ぴきぴきと身体の内部に浸透するような鈍重な痛みだ。

 骨の折れる、感覚。

 吐き出しそうな鮮血を飲み込む。

 まさか奴の能力は念による防御力を下げるものだったとでもいうのか。

 唇を噛みながら前方に視界を戻すと、当のオーシャンは自分の手を見て信じられないという顔をしていた。

「……はっ! いけないいけない……剣を使わなければな……身体は剣で出来ている、うん、剣で出来ているんだ」

「……」

 何か、おかしい。

 殴るという行動。今までとは違い、流も滑らかな上に篭められていたオーラにも全く淀みはなく、むしろ慣れているといった感覚。 

 具現化系にも関わらず、素手の方が強いのか。

 まさか俺は、何かとんでもない思い違いをしている?

 ふと俺の脳裏に、ラヴェンナが言っていた言葉が思い浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 ――オーシャン・アルビオンも多分知っているはず。ほら、あのアロハシャツの青年。最近来たばかりだから念能力はいまいちよく判らない。ただ最初来たときロビーで「カストロさんはいませんかー、解除に必要なんです」とか言っていた馬鹿だから多分――。

 

 

 

 

 もしかしてこいつ……。

「……僕らしくもないな。お待たせした……行くぞ!」

「……」

 再び剣を具現化して切りかかってくる青年。

 その姿はどこまでも洗練されてはいない荒削りの体捌きだ。

 俺は振りぬかれた剣に合わせる形で、真横から全力で硬を纏った拳を叩き込んだ。

 寸分違わず刀身に命中、交差された形でお互い走りぬける。

 数瞬の空白の後、二人の間に銀色の不協和音が木霊した。

 吹き飛んだ刃先は霧のように消えていく。

 湧き上がる会場。審判がごくりと喉を動かしているのが見えた。

 振り返ると向こうもこちらを見据えていた。

 オーシャンは不敵な笑みを浮かべたまま折れた刀身を見やり、徐に口を開く。

「ふっ……………………僕のエクスカリバーがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 絶叫だった。

 現在の俺の容貌は痴呆じみた猿のような面持ちだろう。

 脱力するしかない。むしろ今まで気づかなかった俺、死ぬがよい。

 オーシャン・アルビオン、強化系能力者だった。

 道理で攻撃を当ててもまるでダメージを食らっていなかったし、剣自体にも特殊な力がなかったはずだ。只の素手の攻撃の方が痛かったし、無尽蔵に見えたタフネスも今にして思えば伺える。

 並ならぬ剣への執着。

 実際の剣強化だけならまだしも、効率の悪い具現化。赤髪の容姿といい、たぶん何かのゲームをモチーフにしているのだろうか。いかんせん中途半端だった。

 カストロさんの最高駄目駄目バージョンと言ったところだろう。

 勝手に強敵想定していた俺の思考こそが最悪の敵だったというわけか。笑えないぞ。

 なんだってこんな勘違い系主人公属性をもった野郎と戦わなければならなかったんだ。

「落ち着け、落ち着くんだ僕! そうだ素数だ、素数をかぞえ――ぶほっ!!」

 とりあえず煩いので殴り飛ばしておいた。

 審判の試合終了を告げる声が気持ちよく響く。

 それにしても――。

「なんのつもりだったんだ、あいつら……」

 もう一度観客席を見やると、背中を向けて戻っていくキルアと、その背後に付き従う先ほどの二人組みの姿を捉える。

 吹き飛んで会場の端でのびているオーシャンの方を見て、幼女は酷く残念なものを見るかのように首をしきりに振っていた。その肩を男が慰めるように軽く叩いている。

 ふと男と目が合う。

 男は再度、俺に対して謝るようなポーズを見せると、右手に握っていた何かを消した。

 ……そのことに今、気づいた。

 本当に、おかしいほど、「都合のいいこと」に、右手に何かを握っていた違和感に気づいた。

 ――念能力、得体の知れないレベルの。

 もしかしたらこの試合中に延々としていた勘違いすらも、その念能力が原因――。

「……なわけないか」

 俺は釈然としないまま闘技場を後にした。

 

 

 




元ねたはもちろんfate


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第十四話「病室で」

 回想は終わり、今の現状に戻る。

 ミモザは恍惚の表情で相変わらずラヴェンナに張り付いているし、張り付かれている本人は「医療系の念能力者としたら、麻酔かそれに準ずる類……」とか地味に良い推論を繰り広げていた。強化系能力者の素晴らしい点についてぶつぶつと語りだしたウィルはこの際視界から除外する。

 つまり結論として何一つ現状は変わっていない。現実は非情である。

「で、何これ」

 たった今拳を叩き込んだオーシャンに対して、鬼畜女狐は汚物を見るかのような視線を投げていた。

 既に物扱いである。ファーストコンタクトで俺と平等かそれ以下に扱われようとしている赤毛の青年に同志が出来たと喜んでいいのかどうか微妙な心境だ。

 俺はこの空間に俺以外に正常な返答が出来る生命体がいるとは到底思えなかったので、嫌々ながらため息をついて口を開いた。

「オーシャン。昨日戦った相手だよ」

「患者なのにアロハシャツとか何なのコイツ、医者馬鹿にしてる?」

「同じこと此処の医者も言ってたぞ」

 それでも頑なに脱ぐことを拒んだのだ。

 念能力の制約条件とかに関係があるのか訊ねたら、何故か憐憫の表情で無いよベイビーと言われた。殴りたかった。

 同じ医療に携わる者として何か思うところがあったのか、キシュハはますます不機嫌になる。

「しかも慣れ慣れしい。ここの病室は何時からルカのお友達部屋になったのかしらね」

「勝手に友達認定するなっての。昨日の敵は今日の友理論とかじゃねえの?」

「学会に出したら叩きだされるわね、それ」

「知るか、医者に聞け」

 病室自体が少ないのだろうか。

 比較的年少組みが多く集まっているこの病室は結果的に転生者だけの特別病棟になってしまったようだ。

「はっ……知らない天井だ……」

 渋い顔をしたキシュハに一応の診察をしてもらっていると、気絶していたオーシャンが呻きながら起き上がった。どうやら先ほどの出来事は記憶にないらしく、しきりに首を傾げている。     

「あの程度の能力者に怪我を負わされるとか……」

 ここ最近安定してきた生ゴミを見るかのような視線でキシュハはそう呟いて、

「何かあった?」

 とその瞳を細めて訪ねてきた。

「ミモザの時とは状況が違うわ。あのレベルの念練度の相手に貴方が遅れを取るとは思えない」

 性格は壊滅的だが、彼女はここらの機敏には相変わらず鋭いようで安心する。

 俺は深いため息をつく。

「邪魔された。ゾル家の執事に」

「ゾル家……そうでしたか」

 声を押し殺しながら話すと、心的外傷から復帰したウィルが納得したような表情で口を挟んだ。

 キシュハは黙ったままウィルの方に目で問いかける。

「おかしいなとは思っていたんです。未完成の具現化系能力者にああも苦戦するなんて違和感がありましたから」

 相槌をうつ。正確にはオーシャンは強化系だったが、この際どうでもいい。誰だってあの剣を見れば勘違いするだろう。

 腰を折るのもあれなので話を続ける。

「念弾を食らったよ。明らかな妨害目的のな」

「念弾……あの袈裟斬りの時ですか?」

「そうだ。ちなみに聞くけどウィル、見えたか?」

ウィルは首を横に振った。

「いえ、全く気づきませんでした」

「俺も着弾するまで、いや着弾した後もしばらく気づかないくらい隠密性の高い攻撃だった。まるで自分の能力を食らっているみたいだったよ」

 本気で攻撃されていたら死んでいた。

 小さな執事の笑みが脳裏に思い浮かぶ。

「『アルカ組』ね」

「……アルカ?」

 沈黙を通していたキシュハがそう言い放った。

「紫色の髪の子供と冴えない青年のコンビじゃなかった? 子供の方は相当なレベルの能力者だけど、実際能力が凶悪って言われているのは男の方って話。難易度Sのアルカ・ゾルディック関連の死神解除条件を達成したってことで、その筋じゃかなり有名な二人組みよ」

「完全にその通りでございますよ、畜生め」

 納得した。

 遥か上位の念能力者だったのだ。能力の片鱗を見た気がしたが、ポルナレフ現象に遭遇するレベルの訳のわからない妨害だった。

 しかしながら、真剣試合を邪魔されるような心当たりが未だに思いつかない。

 理論的に生きることを信条としている俺としては、今回のようなケースは酷く理不尽に感じた。

「んー、目的はなんだったんだか」

「殴りたい顔をしていたとか」

「ちょうど目の前に殴りたい顔があったな、納得」

 いちいち女狐の相手もしていられない。

 返答を求めるかのように何気なくオーシャンの方に視線を向けると、何故かラヴェンナに蹴られていた。

 経緯とかキャラ違うだろとか色々思考の余地があるが、そこらへんはギャグの神様に丸投げしとく。

 俺の視線を追ったウィルが乾いた笑い声をあげる。

「向こう側の空気が完全にコメディですね」

「ラブが前につかない辺り悲しいよな」

「とりあえず病室なんだから静かに出来ないのかしら」

 シリアス路線を走っていた俺たちがなんだか馬鹿らしくなってくる。と、優男を蹴り飛ばして鼻息を荒くしていたラヴェンナが不意に病室の出口の方に視線を移した。

 おそらく策敵系の念能力者である彼女のことだ。何かに気がついたのだろう。

 数泊遅れて覚えのある濃密な気配が病室に近づいてくるのを自身も知覚する。

「これは……」

 ウィルとキシュハも気づいたようで扉に視線を寄越す。

 気配は近づき、病室の扉が静かな音を立てて開かれた。蹴られた頬を押さえていたオーシャンが、入ってきた人物を見て破顔する。

「やあ、見舞い品は持ってきてくれたかい? ちなみに僕はバナナが好物だよ」

「残念だが林檎しかないぞ……」

 重厚で静かな声が室内に響く。

「ん……これは中々……」

 長身に黒スーツ。きっちりとした群青色のネクタイの似合う様はこの場の環境には似つかわしくない。

 樋熊を思わせる体躯を覆っているのは歪で力強いオーラ。

 ハルド・ムトーだった。

 これまた意外な大物が来たものだ。

 黒の暗殺者はベッドにいるオーシャンに向けて軽く手を上げながら、迷いなく近づいていく。その後ろには二人の人物。

 狐目の青年と垂れ目の制服少女。ハルドの仲間だろうか、どちらも実力としては申し分ないオーラだ。

 少女の方はこちらにぺこりと軽く頭を下げた。隣のほうでウィルが釣られて頭を下げるのが見えた。

 傍を通るときにこちらに暗殺者の視線が流される。

 その瞳孔は俺やウィルを見た後、この場には似つかわしくない日本人形を思わせる容姿のキシュハに焦点を合わせる。

 何かを感じたのか、ハルドは目を細めて「ほう……」と小さく呟いた。

 オーラ量はともかくとして錬度だけで判断するなら、この場で最も強いのは文句なく彼女だ。単純な念の技量だけで言えば師匠に勝るとも劣らない。

 そしてそのオーラは医療系の念能力に携わっている故か、誰よりも精錬にして静寂に満ちている。 決してハルドのような表の人間が無意識に警戒するような、いわゆる「死」を連想させるオーラではない。

 とんとんと自らの米神を指で叩くと、身に纏っていたオーラをハルドは露散させた。

 俺やウィルだけならともかく、今は己よりも上と判断できるキシュハがいる。悪戯に威嚇して俺たちを刺激するだけ無駄だと悟ったようだ。

 最初に200階クラスに来た時にオーラを出して――主にウィルなんちゃらさんのせい――周囲を刺激したのは俺たちなのだ。このくらいの物騒な挨拶はむしろ正常な対応とも言える。

「傷の具合は……聞くまでもないか」

「もちろん完治さ」

 一通り目を通したハルド組はオーシャンと会話を再開し始めた。

 どうやら彼はいつの間にかこの天空闘技場の勢力の一つに入っていたようだ。そのまま一言二言穏やかな会話を開始し始める。

 病室に正常な空気が戻っていた。

 思いのほか肩透かしの事態に、俺たちは顔を見合わせて文字通り肩を竦めるしかない。

 止めていた堅の修行を再開する。

 5分でギブアップしている横で――もちろんオーラ量がハルド達にばれないように能力を使っていたという言い訳をさせてもらう――ウィル様が余裕で続けてらっしゃたのは後の反省点だ。

 俺はウィルと久しぶりに他愛無い話で時間を潰すことにした。

 ――とはいっても、師匠の読むエロ本の周期的変更論について局地的見解をという意味のわからない会議になってしまったが。

 いつものごとく俺の見舞い品であるはずの林檎を食べつくしたキシュハは、珍しくミモザ達に手招きされて女の園にするすると入っていった。

 すぐに女性特有の黄色い談合が始まる。なんだ、この温度差。

 そこへ羨ましそうな視線を向けているハルド組の方の制服少女が視界に入る。

 こちらはこちらで男性陣の間で盛り上がっているようだ。

 どうでもいいがオーシャンの声が煩すぎて、ハルドと狐目の青年の声がかなり聞きとりづらい。

 微かに聞こえてくる会話内容が、俺の実力や念能力について議論しているところが若干気がかりだったりする。

 そのうち退屈そうにしていたハルド組みの少女を、目聡く見つけたミモザが輪の中に引きずり込んで行くのが見えた。

「女性陣は仲がよろしいようで」

「羽目を外すのも大事だと思いますよ」

 何時も通り安定の全自動皮肉生産機として稼動した俺に、ウィルは笑い返した。

 全くの同意見だが、歩く氷塊のようなキシュハが普通に女の子しているのは違和感しか覚えない。誰か俺に眼科を紹介してくれ。

「ルカと言ったか」

「ん?」

 ちらりと視線をあげるとハルドが俺に声をかけてきていた。

「何か用か?」

 眠る野獣のような視線はどことなく師匠を思わせるが、こちらの方がよりギラギラしている。例えて言うなら師匠は獅子で、こちらは熊というべきか。

 獰猛な笑みで目の前の好敵手は口を開いた。

「思っていた以上に強いようだな。どうだ? 次の試合、やらないか?」

「…………アッー!」

「そういう意味じゃないと思います」

 とりあえず茶々を入れようとしたら、横からウィルが冷静に突っ込んできた。というかなぜ知ってるし。そしてミモザが何気に反応していたのは忘れとく。

 頭に疑問符を浮かべている常識人という名のハルドに対して、俺はへらへらと笑い返した。

「止めとくよ。パスだ」

「ほう……俺では役不足か?」

 片眉を吊り上げて面白そうに訪ねて来るハルド。

「役不足なのはこっちだよ。熱い戦いがしたいのなら、お隣のウィル戦闘大臣へバトンタッチだ」

 じと目で睨んでくる隣人は当然スルーする。

 俺の能力は突き詰めればオーラの攻防力でアドバンテージを取り、戦況を有利にしていく戦闘補助タイプだ。

 初めからその攻防力そのものにアドバンテージがある格上の能力者とはなるべくやりあいたくない。

 勝てないこともないだろうが、実力が離れすぎていると逆転の目がほとんどないことが俺の能力の浪漫の無さに繋がる。

 前の試合を見るに、ハルドは俺と同じく近接タイプの変化系能力者。

 オーラ量も質も明らかに上と判る相手である。しかもこのタイミングで声をかけてきたということは、ある程度こちらの能力に当たりをつけてきたか、そうでなくても勝てる程度の実力と判断したかだ。

 それこそ本来この能力は奇襲向き。

 闘技場のような場所で正々堂々とはいかなく、実力が遥か上であろうハルドには尚更である。

 さらにもう一つ確定事項。

「それにだ……」

「それに?」

 俺はハルドから顔を逸らした。

 視界の端で揺れる赤いリボン。

 向こうも「そろそろ」だとわかっていたのだろう。

 視線が交錯する。

「先約が、いるもんで」

 ラヴェンナが静かに笑っていた。

 

 



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第十五話「テンプレ小物」

 

「放出系だな」

 俺はがちがちになった二の腕をさすりながら、思考を纏めつつ立ち上がる。

「……誰がです?」

「ラヴェンナだよ、ラヴェンナ。だったら面倒だなと」

 日課となった腕立て伏せをこなしながらそう結論づけた。

 二人部屋となっている自室には同じく汗を流しているウィルがいる。もちろん筋力トレーニングの運動量は後から始めたはずのウィルの方が多いのはもう慣れたので気にしない。天才爆発しろ。

 病室での対談でラヴェンナとの戦いは2週間後に決定した。

「まあ、ハルドと戦う羽目にならなかっただけマシだが…」

「押し付けられたこっちの身にもなってください」

 ついでになし崩し的にウィル戦闘大臣の試合が同日となった。

 天空闘技場で修行すること約3ヶ月。

 既にウィルの勝利数は師匠の課題を超えようとしていて、俺が戦う意味は正直あまりなかった。

 このまま順調にこなしてクルタ族の集落に向かえば良いのだが、ここにきて俺の中の懸念がひとつ。

 此処のところ俺の成長速度に比べて、ウィルの成長速度が相当に目覚ましい。単純なオーラ量で見て俺の1.7倍ほど、傍から見ても圧倒的な攻防力になっていた。

 基礎パラメーターが高いというのだろうか、既に組み手では手加減して貰っている状態だ。

 それがかなり歯痒かった。

 足手纏いは御免だ。

 おそらく天空闘技場での戦いはラヴェンナ戦が最後となるだろうが、一応情けなくも兄弟子という形で自分なりの刺激が欲しかったのである。

 身に纏うオーラから見て、ラヴェンナはミモザに劣っているが、それでも双子という立場。決して弱くはないだろう。負けるとは思えないが、必ず勝てるとも思えない。

 この戦いである程度今後の糧になれば万々歳だ。

 今回の戦いは慣れてきたおかげもあり、ある程度時間に余裕があった。

 そろそろ相手について何かしらの対策をたてるべきである。

 椅子にかけてあったタオルをウィルに投げ寄越す。

「ラヴェンナさんが放出系、ですか……根拠は?」

「詳細はわからないが、情報収集系の能力持ちだからだ」

 片手で受け取ったのを確認しながら、俺は冷蔵庫に向かいつつ説明を続けた。

「監視に適した能力っていったら操作系か放出系、次点で具現化系くらいだ。だが今までの彼女の発言から推測するに、『離れた複数の対象を見ている』節がある。十中八九、放出系能力者だろ」

 第六感のようなものを強化している原作のパームのような能力者は稀有だ。実際問題「視る」という行為そのものはそういう役割をもった物体を操作、または具現化しない限りどうしても遠距離技術である放出系統の能力が必要である。

 そしてラヴェンナがそういった物体を操作、具現化したところを見ていない。

 ハルド達の接近にいち早く気づいた病室でのやりとりが決定的だった。

 どんな能力者にせよ、キシュハレベルの念能力者でなければあの速さの反応は無理だ。そのキシュハでさえも気がついたのは俺達と同じくらいだった。

 この時点で感知タイプの能力者の可能性が濃厚。

 仮に即座に具現化した何らかの監視道具を用いる具現化能力者だったら――傍にいた俺達に気づかれないレベルの隠で隠し通せるくらい優秀な念能力者だったら、そもそも対策をたてるだけ無駄だ。

 この場合、あらかじめ遠くに発現させていた何かを使用しているのならば、放出されたオーラを留めることに長けていると考えるのが最も自然である。

 そしてラヴェンナ自身能力を吹聴している節があったことからみて、それは能力の一部分に過ぎないことを示唆している。

 つまり例え能力がばれたとしても対処の難しい、または白兵戦で戦える能力。これらのカテゴリーから導き出されるに、間接攻撃を主体とする放出系能力者と見ていいだろう。

 そんな俺にウィルの疑問の声がかかった。

「そうでしょうか?」

「じゃあお前はなんだと思うんだよ」

 小型冷蔵庫の中身を漁りながら俺は投げ返す。

「放出系だと思います」

「一緒じゃねえか」

「断定するのは良くないってことですよ」

「予想するのは自由だろ。仮に放出系以外の能力だとしても、能力の方向性の型に嵌っていないなら能力そのものに穴ができるはずだ。ラヴェンナが放出系能力者じゃなかったらむしろやり易い」

 そう言いながらも一番まずそうなのは操作系だったりする。

 視認できないほど小さな「監視者」だったりした場合、戦闘にも応用できそうで恐ろしいし、人間を操作して監視行為をする操作系の能力だった場合も、接近する必要がある俺は気をつけなければならない。

 次点でまんま放出系。これも近距離攻撃が主体の俺とは若干相性がよくない。

「んー」

 思考を纏めながら冷蔵庫の中に2本の牛乳瓶を見つける。

 ついでに昨日作った野菜炒めも発見した。ちなみに調理したのは一流シェフ予定の鬼才ルカ君、つまり俺だ。

 ここのところ前の世界の家庭料理が恋しくなってきたので、外食しないで自炊に励んでいたりする。

 飲み物と一緒に取り出しながら振りむき様に声をかける。

「朝の鍛錬も終わったし、飯にするか。昨日の残り物でいいよなー?」

「はーい。お茶いれますね。食材も少なくなってきたので、お昼は100階の展望レストランにしましょうか」

「ほいほい。あとお子様はこれ飲んどけ」

 いたずら心発動、疑問符を浮かべたウィルに対して瓶を放り投げる。

 プライベートライアーで覆ってみた牛乳瓶を、相棒は眼を細めながらも確かな手で受け取った。

 その結果に顔を顰める。片眉をあげることで返された。

「……見えてたか?」

「ぎりぎり……という感じですね」

 うがーと片手で髪を乱す。

 手元から離して扱うと、相変わらずこの能力の精度は最悪だった。

 ミモザ戦以降からずっとだ。プライベートライアーを補佐するために新たな能力を開発中なのだが、これがなかなか上手くいかない。

 当初想定していた糸状の念能力で対象を繋ぎ止めて隠す行為は、オーラの持続時間と隠密性に対して燃費が悪すぎるので却下。ネフェルピトーのような円といっても、その特異なオーラ形状を再現するのは困難を極めた。

 そもそもイメージとして何かの性質に近づける感覚がまったく湧かなかったのだ。離れた物体を隠すことがコストや持続性から見て非常に難しい。

「ラヴェンナ戦までにはモノにしてえな……」

 そんな俺に笑いを押し殺した激励が届く。

「ルカさんならきっと形にできますよ」

「……そんなほいほい思いついたら苦労しねーよ」

 呪詛と共に肩を落とした。

 ――確かに、確かにだ。

 糸状のオーラは上手くいかなかった。それは伸ばすことによる操作概念のオーラも無意識に取り入れてしまったからだ。

 変化系と最も相性の悪い操作系の能力にするくらいなら、離れた物体を覆い隠す放出系寄りの能力にした方がまだ機能するだろう。そう思って行使してみた牛乳瓶の成果はいまひとつ。

 やはり俺自身の能力に上手く合う、というよりも俺自身のインスピレーションにあった能力の方向性が必要だ。

 消費オーラコストは低く、離れた物体を瞬時に覆い隠し、しかもしばらくの間その物体の隠蔽を固定させる性質変化……。

 そんなご都合性質変化あってたまるかっていう。

 ため息を付くしかない。

 悩める羊となった俺はふと片手に持ったままの野菜炒めを見た。

「……そしてほいほい思いついた」

「はいはい、よかったですね……へ?」

「昼飯も自炊な。買出し行ってくるわ。調理と後片付けも俺がやるから」

「……へ?」

 呆けたウィルを尻目にスキップしながら俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「ふんふん」

 1時間後、フランスパンのはえた紙袋を胸に抱えてエレベーターに乗っている主夫がいた。

 目的の品だけ大量に買い込む姿に店員さんが唖然としていたが、修行のためなので安定のスルーをしてもらった。

 鼻歌交じりの俺にエレベーターガールも物珍しそうな視線をしていたが気にしない。

「ん?」

 エレベーターを降りてそのままロビーを通り過ぎようとすると、真ん中に人が集まっていた。野次馬気質に首を伸ばして様子を伺ってみる。

 囲まれた中にいる人物たちは見知った面々だった。

 どうみても厄介事のようなので瞬時にプライベートライアーを発動、その場を離脱しようとする。

 ――が、発動する直前にその中の一人と視線が交錯。物凄く嫌な顔をされた。

 泣く泣く解除してさも今気づきました風に声をかけることにする。俺ってば紳士。

「よう、お嬢さん方。厄介事に巻き込まれたら死んじゃう病なんだけど巻き込まれてないよな?」

「予想通り現在進行形だから安心していいわよ」

「あ、ルカさん……ごめんなさい」

 ゴスロリ双子が背中にセーラー服の少女を庇うようにして立っていた。

 声はこちらに向けるも、その視線の先は油断なく前を見据えている。

 対峙しているのは男だった。

「……あー、帰っていい?」

 ほつれた黒髪に分厚い眼鏡。滲み出た油がてかてかと額に光って眩しい。紫色の唇が小刻みに動いてその度に口内の粘液が細い糸を伸ばしていた。見開かれた瞳孔は完全に何処かに向いている。

 あれだ、生理的に無理な人種だ。

「……」

 視界に強い違和感がしたので凝を展開する。

 男の両脇に微弱な人型のオーラを発見。形から見て恐らく人間の女性。服を着ているような様子はなかった。漏れ出ているオーラからは瀕死の様態が垣間見えるが、かろうじて肩が上下しているので 生きている人間だろう。念で見えなくしているのだろうか。

 双子も当然気づいている。

 生理的に、無理な人種だ。

 操作系か具現化系の確率が高いと結論して戦闘を想定する。

 いつでも面を殴れるようにだ。

「大体状況はわかった。悪質なナンパか何かだな?」

「絡まれたのはアイシャだけどね」

 ラヴェンナが殺気を出しながら答えた。表面上は冷静を装っているが、噴火前の火山のように見える。

 アイシャというのは後ろの女子のことだろう。

 確かハルド組のメンバーだったはずだ。姫様のピンチだというのに、肝心の男どもは何処に行っているのやら。

「ん、ん。何ですかー? 何なんですカー? 邪魔、邪魔だよ君。今私はミモザと話しているんだ」

 鼻息を荒くしながら男が言う。喋るたびに唾が出ている。

 この世界に来てここまでモブキャラ兼、下衆野朗臭がある人物がいただろうか、いやいない。

 無視して唯一落ち着きのあるミモザに訪ねる。

「誰こいつ」

「例のグレイシアさんです」

「あー、何度か愚痴に出ていた件の人物かい。なるほど、こりゃ確かに嫌悪感が湧くな」

 この場にウィルがいなくて良かった。

 あいつなら問答無用で殴り飛ばしそうな気がする。

 背後の透明人間が同意の上でそうなっているという可能性もなくはない。

「無視するなよう! 悲しい、悲しいぞ私は!」

 こちらの会話が癪に障ったらしい。グレイシアは怒りを露わに叫んできた。

 麻薬中毒者だろうか、言動に統一性がない。

 この手の輩はなるべく刺激しないようにする事は幼少期の貧民街で学んだ。

 溢れ出る雑魚臭とは裏腹に出てきたオーラは割と強かったので、警戒させないように絶の状態で両手をあげる。もちろんフェイクである。

「あー、悪かった。ルカだ。このお嬢さんたちとは友人でして――」

「そんな事はああああ……、うん、聞いてない」 

「……」

 いかん、思考がメルトダウンした。

 顰め面の俺を置いて、双子とグレイシアは口論を再開する。内容は聞くに堪えないグレイシアの「奴隷要求」だ。普通のナンパ行為を逸脱している。

 生成した薬を飲めば透明になれる上に快楽に浸れるらしい。

 どうやらドラッグの具現化系能力者みたいだ。透明になれるという点において特質系能力者かもしれない。

 どちらにせよ最低の糞野朗というのは理解した。

「とにかくアイシャさんは友達なんです。わたし、一応貴方との試合にも条件通り勝ちましたし、出来ればもう自分たちに関わらないでくださいませんか?」

 怒りを押し殺したミモザの懇願も、グレイシアには何処吹く風らしい。

 両手をぴんと左右に伸ばしながら手首を小刻みに動かしている様は、出来の悪いクリオネを見ているようだ。

「ミモザとの約束はあったかもしれないけどお、アイシャの方とはそんな約束してないよー。友達だからとか言う理由で私の邪魔はしないでくれるか?」

「そんな……」

「んんんんん、やっぱりやっぱり! 3人とも私の奴隷にしてあげよう。私の薬を使えば絶対気持ちよくなるからっ! ね!? ね!? ねっ!!」

「……ちょっと、止めてください!」

 興奮したグレイシアがぐいっとミモザに詰め寄るが、我慢しきれなくなったミモザは思い切り顔を仰け反らせる。

 それを見たラヴェンナが凄まじい殺気とオーラを放ち始めたので慌てて肩を叩いた。

 振り返る彼女に買い物袋を押し付ける。

「……何?」

「俺がやるよ。お前じゃ殺しちまう」

 言いながらプライベートライアーを発動させて即座に動く。ラヴェンナが俺の念能力の概要を察して眼を見開くが緊急事態なので仕方がない。

 眼前では怒り狂ったグレイシアがミモザに殴りかかろうとしていた。

 何気に爆発寸前の彼女もカウンター狙いで足にオーラを集めているのがばればれだ。内心どちらも手ごわい能力者で、どちらも頭に血が昇りながらも相手の挙動を逃していない。

 第三者が介入しなければ一触即発必須。

 迂闊に近づいて巻き添えを食うのはごめんだ。気配を隠して一瞬の空白を突く。

 左手でぱしりとグレイシアのフックを止める。

 認識外からの俺の乱入で戦いを始めようとしていた二人が硬直する。

 空いた右手で人差し指を立てて静かにポーズ。

「女の子は、殴っちゃいけない」

「!?」

 営業スマイルのまま握りこぶしに戻してそのまま振りぬく。

 十全の念を込めた右ストレートが顎に命中。

 グレイシアは声を発することなく背後の自販機に放物線を描きながら突っ込んでいった。

 衝撃で自販機のスロットが派手な音を鳴らした。

 周囲は無言である。

「……」

「………」

「……はい、解散解散」

「って、何してるんですかルカさん!?」

 我に返ったミモザとどよめく野次馬を無視してラヴェンナの所に戻る。

 無言で出されたガッツポーズには、同じく親指をあげて返しておいた。

 

 



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第十六話「VSラヴェンナ」

 灰のミモザと雪のラヴェンナ。

 ミモザは勝っても負けても灰のように汚れるから。

 ラヴェンナは負けても勝っても雪のように綺麗なままだから。

 

 観客がつけた意味合いではそういう言伝が正しいらしい。単純なオーラ量や戦闘技術では先に戦ったミモザの方が上、というのが俺の見解だ。

 事前に電話で医療系能力者であるキシュハに聞いたところ、ラヴェンナの佇まいや筋肉の付き方は後衛の「それ」だとの事。  

 実力的な面から見ても正攻法に持っていけば俺の方が有利だろう。

「いてて……」

「大丈夫ですか?」

「心配するくらいならもう少し手加減しろよ……」

 ウォーミングアップとしてウィルに組み手を頼んだのが間違いだったようだ。強打した肩を揉みながら、俺たちは会場に向かっていた。

 ラヴェンナ戦である。

 調子はかなり良い。

 新たな能力もぎりぎり形にすることはできた。場合によっては今日使う機会があるかもしれない。

「……ん?」

「誰かいますね」

 ロビーを通り過ぎて控え室に向かうと、扉の前でうろうろしているセーラー服の女子が一人。

「よお、確かアイシャさんだっけ? ハルドのとこの」

「あ、えと、ルカさんとウィルさん、こんにちは……」

 片手を挙げながら近づくと、びくりと小動物のような反応をされる。

「ル、ルカさん」

「ん?」

「あの、こ、この前はありがとうございました! この前は、あの、わたし頭が回らなくて、呆然としてて……」

 少し大きめの声でそう言われた。そわそわとスカートの折り目を意味なく両手で伸ばしている。

 そういえばグレイシアをぶっ飛ばした時、新能力開発に勤しんでいたのでそそくさとその場を後にしたのだった。どうでもいいが周囲の男どもの羨ましそうな視線がうざい。

 うむ。考えてみればあの時の俺はイケメンだった。

 俺の勘違いなら恥ずかしいが、心なしかこちらを見る顔が赤いように見える。セミロングの黒髪はキシュハを彷彿させてアレルギー持ちの俺には中々堪えるところがあるが、こちらはどちらかと言うと可愛い系なので眼の保養だ。

 俺はにこりと微笑む。

「いや、可愛い子を助けるのは義務だから当然のことをしたまでだよ。それより顔が赤いけど大丈夫か? 熱でもあるんじゃないかな」

「ルカさん熱でもあるんですか」

「黙れウィル」

 笑顔で隣の相棒に釘を刺しておく。

 今俺は鈍感系ハーレム主人公なのだ。お前はお助けキャラよろしく壁のアートにでもなっていろ。

「だだだだ、大丈夫です!」

「そうか、それは良かった」

 心底安心した様子で頷いておく。紳士オブ紳士とは俺のことだ、と宙を泳いでいた彼女の視線が揉み解していた俺の肩に止まった。

「怪我してます?」

「ああ、修行しすぎちゃってね。はは……」

 憐憫の表情で俺って馬鹿だからさ、みたいな空気を出した。横のウィルが恒例の白い目を向けるが恒例の気づいていないふりで対応する。

「失礼します」

「?」

 怪訝な俺たちを他所にアイシャの手のひらが肩に触れる。

 オーラが伝わり、鈍重な痛覚が遮断されるのを脳が感知した。

「お、医療系か。助かった、サンキューな」

 治りが早い。しかもさらに調子が良くなった気がする。

 横にいたウィルも感心していた。

 体内の身体操作をして間接的に対象を回復させるキシュハと違って、こちらはオーラによる治癒能力の強化を促す純粋な医療能力者だった。おそらく強化系か放出系の能力者だろう。

 試合前にこの激励はかなり嬉しい。

「い、いえ……あの、試合応援してますから! 頑張ってください!」

 アイシャは最後まで視線を頻繁に泳がせた後、危なげな様子でとてとてと離れていってしまった。

 好感触。

 握りこぶしを作って感動に浸る。

「良い子ですね。詐欺師に騙されそうです」

「最後の一言は余計だ」

「じゃあ僕は観客席に行っています。試合、油断しないでくださいね」

「おう、お前こそ午後のハルド戦に負けるなよ」

「もちろんです」

 がつんと拳を交わして会場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 長い廊下の先、熱い声援の重低音が耳朶に届く。

『さあ! 今ルカ選手も姿を現しました! 現在2勝2敗! だが負けた試合はどれも不戦敗です! 波に乗っています<寝癖少年>、今日はどんな試合を見せてくれるのか!?』

 寝癖少年は余計だっつーの。

 ウィルなんか<金剛>とかカッコいい渾名を貰っているのに、この格差はなんなのだろうか。泣きたい。

 片手をやる気なさげに掲げながらリングに上がると、普段とは打って変わって綺麗にラヴェンナはお辞儀してきた。

『対するは2勝3敗のゴスロリ少女! 赤のリボンが可愛らしい! 試合結果こそぱっとしないものの、相手に取られた5試合のトータル被ポイントはなんと未だ3点! <雪のラヴェンナ>選手だ! 今日も見えない銃弾が炸裂するか!?』

 会場が沸き立つ。

 答えるようにスカートの両端を摘んで丁寧に観客席に応対するラヴェンナ。

 こいつ、外面良いな畜生。

 なんというアウェー感だ。

「今日は勝たせてもらうぞ」

「こちらこそ」

 不敵に笑いあう。

 良いね、この緊張感。

『では、両者構え……試合開始です!』

 合図と共に突撃する。

 俺は前進、ラヴェンナの方は予想通り地面を蹴り後退する。

 相手から放たれるのは2発の念弾。

 スピードも威力もかなりの速さ。

 方向転換しながら腰を捻って回避する。

 その先にも念弾が3発。

 2発は避けれそうだが、弾速が速すぎてどうしても最後の1発が難しい。

 オーラを回して右腕で弾く。

「……うおっ」

 重い。

 大きさはゴルフボールくらいだが、威力は鉄の球でも投げられたかのように感じる。やはりラヴェンナは放出系能力者。実力にそれほど差はないが、一方的に向こうが殴ってくる感覚だ。  

 遠距離戦は完全に不利。

 駆け回りながら軸足で踏み込んだ岩盤を砕き、ラヴェンナの方向に放り投げる。

 これは落ち着いて避けられる。

 追撃を加えようとさらに岩盤を砕こうとするが、腹部に鈍い衝撃。

「……っ」

 蹲る俺に審判が怪訝な様子を見せる。

 日頃仲の良い子ども同士のバトルと見ているのか、今日の審判は念能力者同士の対決だというのに一般人だ。天空闘技場もいい加減である。

 どうやら闘いは長引きそうであった。

 向こうは隠で見えなくさせた念弾を入れていたようだ。自分自身の戦い方に過信しすぎたせいか、相手もそういった事ができることを失念していた。

 凝で確認しようとするが、間髪入れずに放たれた念弾が来襲し、慌ててその場を退避する。

 返す踵で今度はジグザグに動きながら近づいていった。

 連射性はそこまでないが、無視できない攻撃だ。避け切れない分は歯を食いしばりながらガードしていく。

 右側面から回り込みラヴェンナの顎先を狙うが、余裕を持ってガラ空きの左サイドに逃げられてしまった。

 舌打ちして仕切りなおす。

 もう一度接近するも同時に退避されて思うように近づけない。

 飛び道具がここまで厄介だとは思わなかった。格闘技の試合では逃げる相手を倒すのは至難だと言われているが、まさしくこの状況がそれを指している。

「つれないな。正々堂々と殴り合おうとか思わないか?」

「ミモザの話からだと接近戦はまずいと思ったのよね。負けたくないから遠慮しとくわ」

 軽い野次を飛ばすが何処吹く風だ。

 ラヴェンナ自身が慎重な性格をしているので、俺の十八番である口車に釣られ辛そうでさらにきつい。いらんクレバーさだ。

 放たれる念弾は俺を休ませるつもりなど無いらしく、応対の間も無尽に飛んできた。ミモザほどの威力はないがさすがに体力を削られる。

 身をかわしながらも隙を伺うしかない。

 近づくには被弾は避けられなさそうだ。近づけば俺の勝ち。相手もそれはわかっているはず。

 だからこそ、この牽制の量。

 平面でローラーのように接近しても念弾で逃げ道を誘導されて後退される。

 正解は直線移動で素早く、相手にこそ思考の余地を与えないことだ。

「……ふっ!」

「……!」

 結論した俺は戦場詐欺師(プライベートライアー)を遮断し、堅にのみ集中する。初めて出した俺の本気オーラに目を見開きながらも、ラヴェンナは先ほどより強めの念弾をばらまいた。

 その群に突撃。

 頭部をガードしながらも急接近する。

「ぐっ……」

 手足と胴体にえぐられるような酷い痛みを感じながらも、逃げたラヴェンナを高速で追従。角に追い詰めた。

 振りかぶる。

 戦場詐欺師(プライベートライアー)発動。

 力尽きたように見せかけて攻防力の見た目は20。

 本当は50の必殺だ。セカンドステージを与えるつもりはない。

 俺の攻撃を見たラヴェンナは、回避は無理と判断したようだ。

 相打ち狙いなのか念弾を放つ構えを見せる。

 ワンアクションの分、向こうの念弾の到達の方が速かった。

 想定より遅く威力も無い。咄嗟の判断で錬度を誤ったのだろう。

 だが衝撃で狙いがずれる可能性がある。

 オーラ攻撃力を40に落として10ほど防御に回す。

 重心を落として攻撃を受けながら踏み込み、逆カウンターでラヴェンナの腹にぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ぶち込めなかった。

「……え?」

 何が。

 呆然とする俺の耳におぞましい囁き声が聞こえる。

「オレ、オレ、トメル」

「バカヤロウ、ソレフタリブンダ。フタリブンノ、〝アクイ〟ダ」

「ソウ? ソウカ。ジャアフタリデトメヨウ」

 ずずず、と殴りかかった右手を何かが止めていた。

 驚愕で息が止まる。

 ラヴェンナの押し殺した笑みだけが視界に入った。

 本能で凝をする。

 映ったのは30センチくらいの人型の念が2体。

 止めたのは2体だ。

 だが念人形の数はそれだけではなかった。

「……アクイニハ」

「フム、ベツニジヒハソンザイシナイ」

「ノコリノワレラハ?」

「ナリタツノハ――〝オカエシ〟デス!」

「ヒメスキヒメスキヒメスキ」

 全身が栗立つ。

 まずい、まずいっ。

「こいつ……、こいつら……っ!」

 カウンター系念能力。

 ラヴェンナの背後から飛び出してきた残りの念人形たちが、無防備な俺の身体にそれぞれ渾身の一撃を――。

 吹っ飛んだ。

 

 

 

 



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第十七話「オカエシ返し」

「1体で止められるかと思ったけど、2体分か。やっぱり見た目のオーラと実際の攻撃力が釣り合ってないわね。あんた」

 腰に手を当ててラヴェンナはそう悠然と告げた。

「でも無駄。『悪意ある攻撃』に対しての自動防御だから、あんたのその<オーラを隠す能力>はあたしには届かない」

 後ろでウィルの叫び声が聞こえた気がするが、片手をあげて無事を伝えた。

 口元から流れる鮮血を拭いながら、俺は震える身体を立たせる。拙いな、内臓を損傷したみたいだ。骨も何本か折れてやがる。

「……〝灰〟がシンデレラなら、〝雪〟は白雪姫か」

「そういうこと。相性、最悪でしょ?」

 確かにこれはまずい。

 彼女の周囲には7体の念人形が浮いていた。

 そのどれもがかなりの量のオーラが込められている。彼女自身のオーラは比例して小さい。あの人形が出ている間は最低限の念しかできないようだ。

 相手の視覚と精神に対してアドバンテージを持つ俺の能力は、意思や理性を持たない相手にはまったく役に立たない。

 それを踏まえて対人を想定して念を作成したのに、まさかここまで能力効果の悪い念能力者がいたとは考えていなかった。

「アイショウ、アイショウ。ナニ?」

「バカヤロウ! スキカキライカダ」

「……チガクナイ?」

 中央の白雪姫が手を俺に向けると、7人の小人が取り囲むように包囲してきた。日頃から他者の監視という名目で能力の遠距離操作練習もしていたのだろう。操作系の能力方面も随分と優秀なようで、あっという間に囲まれた。

 目線よりやや高い位置に浮いているので、自然と念人形たちを見上げる形になる。

 まるで自分が裁判の被告人になったかのようだ。

「ジヒナキオマエガワルイ」

「<我が侭な木偶の坊たち(ローア・アム・マイン)>――ワレラヲソウヨブ」

「〝アクイ〟ニハ、〝オカエシ〟デス!」

「ヒメスキヒメスキヒメスキ」

 口の端から鮮血を垂らしながら、俺は歯を食いしばって構えなおした。

 これは、骨が折れる。

 

 

 

 

 

 

 

「無理だな」

 眼下の試合に唇を噛んだウィルに声をかけて来たのは、彼の今日の対戦相手であるハルド・ムトーだった。

 ラヴェンナと交戦した経験者は語る。

「一定以上の攻撃力がなければあれは、無理だ」

 後ろには狐目の男とアイシャがいる。

 彼女の方はルカの様子に顔を青くして心配そうな面持ちを浮かべていた。

 ウィルの近くに腰掛けていたミモザは、黙ったまま試合を見ている。

「どういう意味です?」

「7体の念人形による完全自動防御。使用者であるラヴェンナ・メルヒルに対する攻撃を防ぎ、余剰オーラで相手にカウンターを返す念能力だ。攻略するにはラヴェンナ本人に防御を突き破る強力な攻撃をするか、オーラが枯渇するまで念人形を相手取って一人ずつ倒していく持久戦が必要だろう」

「……」

 ポケットに両手を突っ込んでいたムトーは、内から煙草を取り出して火をつけた。

「強化系能力者や格上相手とはどうやっても勝てない能力だが、それ以外のほとんどの念能力者たちにとっては相当厄介な相手だろうよ。今の攻撃で致命傷を受けたルカには悪いが、おそらく乱れたオーラではもう勝ち筋はあるまい」

 ウィルは唇をかみ締めたまま試合に視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断。

 そう、油断だ。

 実力の拮抗したミモザ戦、相手の力を勘違いしたオーシャン戦。

 どちらの試合も何だかんだで勝った。

 それがこの様だ。

 ラヴェンナが彼らより弱いとオーラだけで判断した俺の慢心が招いた結果だ。蓋を開けてみた彼女の念能力は今までに類を見ないほど強力な能力。例え付属能力であろうと感知タイプの能力者だと思って舐めてかかった。

 思えばいつもより凝も使っていなかった。

 それにしたってもう少し慎重に行動していたら、まだ勝負になっていたはずだ。念人形の動きも威力もそこまで脅威ではない。通常の状態なら総合戦闘能力は明らかにこちらの方が上。角に追い詰めたと思いこんでしまったのが今の状況である。騙しの念能力者である俺自身が、試合の流れに騙されてどうする。

「イタイ、イタイ。ダイジョウブ?」

 右から囁き声と共に衝撃が迸る。

「バカヤロウ。テキノシンパイスルナ」

「……アヤツラレルノキライ」

「フム、ジヒナキハダメ」

 喉に力を入れてなんとか耐え切った。連撃のように次々と身体に突き刺さっていくが、耐えられるレベル。念人形は攻撃している間も、遊戯をしているかのように思い思いに会話をしている。

「ワレラハ〝アクイ〟ニハツヨイガ」

「〝オシオキ〟デハナイト、デス。ハタラカナイノ、デス」

「ヒメスキヒメスキヒメスキ」

 四方からの攻撃を捌きながら、ちらりと視線を戻す。

 ラヴェンナは隙だらけだ。

 おそらく攻撃時の人形はオートではなくリモート。念人形たちの会話から判断してあいつ自身が操作している可能性が高い。

 だがこの会話から察するに、迂闊に近づいてはいけない。

 この能力はつまり正当防衛。相手が攻撃してきた時しか本来の威力は出せない能力。しかしそれならば何故最初からラヴェンナは出さなかったのか。カウンター系の能力なら初撃のぶつかり合いの時に彼女自身は攻撃しなければいい。

 理由は一度出したらしばらく能力を消すことができないのではないか、というのが結論だ。

 こちらが致命傷を受けたにも関わらず、見るからにオーラ消費量の激しいこの能力を未だに使用しているのが根拠だ。念弾の牽制だけでも既に十分きついのに、7体もの強大な念人形を操る理由はない。ミモザと似たような感じで白雪姫に則って当てはめるに、「眠らなければ自分で消すことができない」とかふざけた理由じゃないだろうか。

 さらには遠距離からの攻撃なら俺が対応できる可能性があったか。

 驚愕で硬直した近接距離からの決定打。攻撃を防がれて狼狽した空白を突かれた。致命的な俺の判断ミスだ。

 彼女は広いように見えて狭いギリギリの勝ち筋を鮮やかに手繰り寄せたのだ。敵ながら見事としかいいようがない。

 俺は弾丸のように突撃してくる念人形の一体をかわすと、合わせる形でオーラを集めて殴りぬく。

 攻防力は50、先の会話通りなら念人形1体ならば防げない。

「ギッ……」

「ぐふっ……!」

 隙を見た2体の攻撃が腹部に刺さる。動き自体は単調だ。万全の状態なら余裕を持って捌けていただろう攻撃に歯噛みする。

 意識が飛びそうだ。

 霞んだ視界で攻撃した念人形を見ると、風船のように破裂した。オーラの名残がラヴェンナに戻っていくのを眼で確認して軽く絶望する。あれは再利用とか出来そうだ。

 俺の攻防力40が2体に防がれたということを加味して、1体のオーラ量が約20~30ほどとみた。つまりラヴェンナ本人にダメージを与えるには、最低でも7体分の攻撃力が必要となる。

 全力で攻撃しても5体の念人形に防がれてしまう計算だ。己の能力の性質上、体術の訓練ばかり優先して基礎オーラ量を研磨しなかったのが裏目にでた。

 完全自動防御である以上、頼みのプライベートライアーは効かない。

 いよいよ詰んできた。

 攻撃を貰いながら2体目の撃破に成功する。

 ラヴェンナのオーラがまた一回り増加。

 連射はしてこないが念弾の牽制を再開してくる。

 念人形は増える気配はない。

 一度消えると次に本人に攻撃するまで出てこないのか。

 痛みと貧血で思考が上手くまとまらない。

 攻撃を貰いすぎた。

「普通に戦っていれば、たぶんあんたが勝ったかもしれない」

 ふらふらになってきた俺を見ながらラヴェンナが言い放った。

「攻撃を貰わないように気をつけながら、念人形が出てきたらあたしのオーラが尽きるまで一体一体丁寧に繰り返し倒していけば、あるいは勝負はわからなかった」

「まだ……わからんだろ」

 3体目に蹴りを入れて爆散させる。

 念弾が3発飛んでくるが、横から3体の攻撃を食らいながらも避ける。遅れて攻撃してきた1体を地面に叩き潰した。

 ラヴェンナの認識から外れるためにプライベートライアーを発動。操作されていた念人形たちの動きが一瞬止まったのを確認し、すり抜ける。

 残り3体を背後に置き去りにして彼女に向かい駆け出した。

 攻撃するならこの瞬間しかない。

 今ラヴェンナから出せるのはおそらく4体しかないはず。

 一か八か硬で殴り飛ばす。

 放たれた念弾に左腕を犠牲にして突っ込む。完全に折れた音がするが気にしない。これで決める。

 振りかぶった渾身の一撃は――。

「だから、防御は自動だって」

 ――やはり届かない。

「……まあ、そうだよな」

 俺の全力の攻撃を人形6体が止めていた。

 背後の3体の気配は消えている。本人に危害が加わりそうになると自動的に周囲に移動する機能でもあるのだろう。放出系能力が瞬間移動の要素に精通していることを考えたくはなかった。

「〝アクイ〟ロクニンブンデス。〝オカエシ〟ヒトリデス」

「ヒメシュキイイイイイイイイィィ!!」

 奇声をあげた念人形の一撃が腹部に突き刺さった。

 オートカウンターの威力はおそらく制約によって、彼女自身が操作している時よりも格段に跳ね上っている。彼女は操作系ではなく放出系能力者。純粋なカウンターを放出させていると見て間違いない。

 強力な攻撃。

 予想していたため、今度はぎりぎり防御に成功するが、ふんばりが効かずに後退する。

 みしみしと身体が悲鳴をあげた。

 堪らず肩膝を着くと、6対0ポイントを告げる審判の声が歓声と共に木霊した。随分と一方的な試合展開になってきたものだ。

 ――考えろ。

「タコナグリ、ナグリ」

「ウッセーシュウチュウシロ!」

 止まらない猛攻。

 俺の攻撃ではラヴェンナの絶対防御を貫くことができない。

 かと言って持久戦はもう論外となりつつある。

 遠距離戦は放出系能力者の独壇場。

 彼女のオーラが尽きる前に、俺がぶっ倒れる方が早いだろう。

 どうあがいても勝てない。

 この戦いは彼女に軍配があがる。

「……」

 ――だから、まともに戦うのは止めだ。

 笑みをこぼした。

「あと、もう少し……」

 念人形たちから一気に距離を取って後退する。

 現状から考えれば、さらに放出系の有利になる局面で行った不可解な行動に、ラヴェンナは眼を細めて追撃を止めた。

 慰め程度のプライベートライアーを解除してオーラを可視化させる。

「あともう少しなんだよな」

「……何が?」

「チェックメイトまでだよ」

「確かに、あんたが負けるのも時間の問題よね」

「お前がな」

 円を広げる。

 現在稼動範囲は約40メートル、ちょうどラヴェンナを包み込む。この前まで能力開発のために円の修行をしていたことが役に立った。

 怪訝そうに眉を潜めたラヴェンナは口を開いた。

「何? オーラそのもので攻撃しようとしても無駄よ。念人形を出している間でも、纏くらいなら出来るわ。その程度の悪意では、人形すらも反応しない」

「俺の能力は、<戦場詐欺師(プライベートライアー)>。自分のオーラにステルスの性質を与える能力だ。俺の志向と考えがどんぴしゃだからオーラ燃費もいいし、使いこなすまでそう時間はかからなかった」

「…………正気?」

 ラヴェンナが凝をする。

 周囲に展開する俺の円には何も仕掛けはないように見える。

 直接戦闘に何も関係ない行いをするうえに、自身の念能力を喋る相手がいたらさすがに何かあると警戒するだろう。

 だからこそ続ける。

「お前のオーラ錬度がミモザと比べて低い理由がわかったよ。一定以下の攻撃なら自身の念能力で完全に防御できるもんな。凝や流をする必要がないのも頷ける。『ローア・アム・マイン』だっけ? 俺の能力が全く無意味になる能力者に出会ったのは初めてだ」

 そう言いながら右手をラヴェンナの方に伸ばした。

「でも、俺にもあったようにそっちにも弱点はあるよな。純粋な強化系能力者以外にも、例えば触れた相手のオーラを反射したり、消したりする能力には全くの無力だ……さて此処で問題だ。この手の先から、そういうもの(・・・・・・)が出たらどうする?」

「……」

 挨拶でもするように気楽に言ってみた。

 まるで話しにならないといった様子でラヴェンナの唇が開く。

「……あんたはそういった特殊な能力じゃないのはわかるわ。あたしの動揺を誘っているなら――」

「俺がそういう能力を開発していないとでも思っているのだろうか。いや、ラヴェンナ・メルヒルは俺と同じで直感で動くタイプじゃない。その証拠に、やっぱり凝をしてしまう」

 彼女は口を噤んだ。

 思案するように黄金色の瞳を閉じるが、すぐに決断した顔つきに変わり、右手を前に差し出した。

 7体の念人形が烈火のごとくこちらに突撃してくる。

 思いきりがいいな。

 俺ならまだ用心しているところだ。

 悪戯が成功した子供のように俺は小さく舌を出した。

「残念正解。時間稼ぎでした」

「やっぱりね」

 再び始まろうとする猛攻に、俺は苦笑するしかない。

 最もそんな遊戯をするつもりはもうないが。

「ああ時間稼ぎだとも、十分時間は稼げた」

 向かってくる念人形たちに対して、俺は右手を軽く振った。

「漫画らしく言うなら……能力発動条件は満たされた」

 念人形たちを溶かすように掻き消す。

 7体ともすべて消し飛ばした。

「条件を満たすまでに時間はかかったが、何とかなったな」

 消したぶん、周囲のオーラが増す様が驚愕となってラヴェンナの視界に入っただろう。

 範囲の伸びた円はリング全体を覆うが、相変わらず続けている。

「円範囲内の放出されたすべてのオーラを吸収する第2の念能力『フェリーニ』。使うのはお前が初めてだから紹介させて貰った――ご感想はどうだ?」

「……ありえない」

 呟きと共に掲げた右手の先からオーラを飛ばそうとしたラヴェンナは硬直する。構えたまま忌々しそうにこちらを睨み付けてきた。

 意外と冷静だ。

「飛ばせるわけはないよな。人形7体分のオーラは失うと相当な痛手。これはミモザほどではないが、念能力に顕在オーラを限界まで使用している反動だ。しかも撃破ではなく吸収。今纏っているオーラまで飛ばしたら、お前を守るオーラは完全になくなり、俺の円だけで致命傷になる。なぜなら俺が円をするのは正当防衛で(・・・・・)悪意はない(・・・・・)からだ」

 そういいながら手を下ろす。

 勝利の確信に自然と笑みがこぼれた。

 俺は上機嫌に続ける。

「……変化系能力者はあくまで自身のオーラの性質を変化させる能力者。そう思ってんだろ? だがプライベートライアーで概念的な性質変化も可能なことが証明された現状、〝オーラを吸収する〟性質を持つオーラも、少し難しい制約をつければ可能なんだよ。ミモザの能力が良いヒントになった」

「それで、この円……」

 ラヴェンナは舌打ちして離れようとするが、既にリング全体に伸びているのだ。今更その行動は意味をなさない。

 従者を失った白雪姫に向かって歩き出す。

「さてイーブンだ。殴り合いといこうか」

 俺の言葉に一瞬たじろぐが、まだ余裕があるようだ。

 しかしラヴェンナにならわかるはずだ。

「確かに念人形は使えなくなったみたいだけど、円をしたままオーラを纏ったあたしに勝てるとで……っ!!」

 やはり聡い思考で気づいた。

 狙い通りだ。

 俺は彼女に近づいていくことを止めない。

「さてここで問題だ。能力発動のために円をやっている分、防御に関しては俺が不利。このまま殴り合いをしたら負けるが、果たして俺が殴った瞬間の〝アクイ〟に対して、〝オカエシ〟はどういう末路になるのでしょう?」

「ぐ……」

 無意識に後退しようとしたラヴェンナは後ろがないことに気づいた。

 全力で飛べば十分別の角に退避できるが、焦燥でそこまで頭が回らないらしい。

「答えは〝自動で俺のオーラになる〟だ」

 前方に視線を戻したラヴェンナの前に立ちはだかると、小さな悲鳴が聞こえた。

 俺は頭から血を流しながら無表情に告げる。

「今からお前を一発ぶん殴る。何のオーラも篭っていない普通の攻撃だ。あっさりと人形1体に防がれて、代わりに僅かだがオーラを纏ったお前の拳は、俺の歯を何本か砕くだろう」

 淡々と聞かせるように語ると、ラヴェンナはごくりと喉を鳴らした。

「だが余剰オーラで来る〝オカエシ〟は全吸収だ。へろへろパンチでお前の意識は一瞬くらりといく。お前は焦りと共に全力で蹴りを入れてくる。当たれば多分俺は死ぬかもしれない。だけど今度は避ける自信がある。その場合は返すカウンターで再びお前のオーラを吸収する」

 視線は外さない。

 これは戦いだ。

 ラヴェンナには悪いが心を折る。

「後はその繰り返しだ。お前は俺が倒れるまで身体にダメージを与えればいい。俺はお前が倒れるまでオーラを吸収する……参ったとは言わせない。お前は徹底的に叩く。例えお前のオーラが尽きて意識が飛ぼうとも、一緒に病院送りくらいにはなってもらう」

 そういい残して構えた。

 そろそろ円がしんどくなってきた。俺自身も貧血で正常な精神状態とは言えないのでそう長くは展開できない。

 ラヴェンナを見ると小刻みに震えながら迎撃の構えを見せた。

 素人の構えだ。

 少し前の俺を見ているようで、軽く苛立つ。

「ちなみに聞くが、近接戦闘は得意か? 殴り合いをしたことは? そもそも敵を殴ったことはあるのか? 自動防御の放出系能力者どの」

「っ……」

 あるわけないか、と俺は皮肉げに呟いた。

 耐えられなくなったラヴェンナの拳が繰り出されるが、力を受け流すように捌き、にやりと笑った。空気が固まる。

「さあ踊ろうかお姫様。派手にぶっ倒れろっ!!」

 カウンターで彼女に拳を突き刺そうとかぶりを振る。白雪姫の叫びが漏れ出た。

「やっ……止めて……もう止めてっ!あたしの負――」

「ムシ、ムシ。トメルヒツヨウ、ナシ?」

「バカヤロウ。クウキヨメ! テカドコニイヤガル……」

「……え?」

「げ……」

 困惑するラヴェンナと嫌な顔をしているであろう俺の背後。

 2体の人形が浮遊している。

 遅れて5体の人形が空中に、鍍金が剥がれるように表れた。

「ボクココ……」

「ソンザイナキ。ミナスガタミエナキ」

「ワレラ、スルー」

「カクサレテイタ、デス」

「ヒメスキヒメスキヒメスキ」

 周囲から動かない俺たちに向かって野次が飛ぶが、今それどころではないのだ。

 嘘がばれ、勝利が遠のいた。

 

 

 




念能力の元ネタはぐぐれ。


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第十八話「覆いなる嘘」

 PDVCフィルムというものをご存知だろうか。

 科学名で言えばポリ塩化ビニデリン。

 塩素を含むビニリデン基を重合させた、非晶性の熱可塑性樹脂に属する合成樹脂である。単体で使われる例はほとんど無く、塩化ビニルまたはアクリロニトリルなどとの共重合体が通常は使用される。

 フィルムは自己粘着力を持ち、無色透明で適度な熱安定性に優れ、耐水性や保存性にも大変機能的だ。一般的に使用されるようになるまでは戦争時の重火器の保存に使われていたらしい。

 家庭でも使われることになったのは1960年ほどのこと。

 戦後ダウケミカルのラドウィックとアイアンズという二人の技術者が、ピクニックに行った際にこのフィルムを使用し、レタスを包んだことが発端だという。

 現在使われている馴染みある名称は「サランラップ」。

「……」

「……やっぱり持続時間がなあ。あともう少しで降参させられたのに」

 ため息をつきながら視線を戻すと、じと目をしたラヴェンナがいた。

 瞳には涙のあとがあるので若干可愛い。

 噛み付くような大振りのテレホンパンチに「NDK?NDK?」と意味なく叫びながら後退する。試合はまだ終わっていない。

 野菜炒めの残り物からヒントを得たのは、食材を保存するために必要なサランラップだった。修行のために最寄のスーパーで大量に買い込んだときは、店員さんの視線が痛かったものだ。

 

 

 

 

 

 

 離れた物体を瞬時に己のステルスオーラで包み、一定時間存在を希薄化させる能力

 ――≪覆いなる嘘(フェリーニ)

 

 

 

 

 

 

 完全に補助能力だ。

 俺の本質は自分のオーラを隠すこと。

 放出系要素を伴う離れた物体に関して、オーラに〝サランラップ〟の性質変化を加えることで、オーラそのものの保存性と低消費コストを実現した。

 オーラを吸収する性質を持つオーラ?

 できるわけがない。

 そんな事ができたら俺は物語の主人公である。

「発動条件だとか……この円は……」

「ああ」

 俺は思い出したかのように円を解除した。

「全部ブラフ。手軽さが売りです」

 サランラップだけに。

 喋るだけならプライスレスである。

 オーラを吸収して広がったように見えた円も、実際は隠していたオーラを解除しただけだ。もちろん消したように見せた念人形も隠しただけである。

 憤怒でラヴェンナの体表面が震度7くらいになっていたのでもう2歩後退しとく。

 間髪入れずに怒りに任せた念人形の突撃が襲来してきた。

 『覆いなる嘘(フェリーニ)』発動。

 念人形たちを闘牛士のように俺のオーラで覆う。

 7人の小人は瞬く間に気配すら消える。物体と違ってオーラそのものなので、包んでしまえば意識してもどこにいるかわからない。先ほどのように時間が経てば、やがて声ははっきり認識できるようになり、いずれ解けてしまうだろう。

 念人形での攻撃は、カウンター時以外はオートではなくリモート。

 手元にあるならまだしも、見えないところに存在するラジコンを操縦するのは難しいはずだ。ましてや完全なステルス状態。

 さながらリモコンがあるのにテレビ本体が存在していない状態だ。

 純粋な操作系でもない限り、放出系能力者のラヴェンナでは隠している間、念人形は使えまい。

「……だから、なんなの?」

 ラヴェンナの呟きに、俺は笑うしかなった。

 流れ落ちた血液が思考から熱を奪っていく。

 相手の攻撃を無力化しても、決定打が俺にはない。

 結局このまま能力を使い続けて持久戦にもっていっても、ダメージを受けすぎている俺の負けである。

「根競べだ。悪いな」

「本当、面倒くさいわね」

 俺も彼女も、それはわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは天空闘技場200階クラスで初試合をした後のことだった。

「……ん?」

 ウィルとの修行をさぼるためにこっそり部屋を抜け出した俺は、夕暮れの廊下を歩いていた。今日の試合は終わり、辺りに人通りは少ない。茜色に彩られた廊下は静寂に満ちている。

 その先に、手すりに寄りかかりながら賢明に歩いている人影を見つける。

 白いカチューシャに白い患者服。黄金色の髪から全身に至るまで包帯がぐるぐる巻かれ、片足を引きずる様は痛々しい。

 ミモザだ。

 担当の医者経由で聞いた話では、運が悪ければこの先一生満足に動けるような身体ではなくなってしまうかもしれないとの事だった。

 そうした原因が自分自身だったので声をかけようが迷ったが、目の前でバランスを崩した彼女が床に倒れこみそうになるのを黙って見ていられなかった。

「おっと……」

 条件反射で試行した能力を解除して、ミモザの肩を急いで支えにいく。

「ありがとうございま……あ、ルカさん……」

「どうも」

 そうして何も考えないで行った自分に若干後悔した。

 つい最近生死をかけて戦った相手に対して、どう接していいのかわからず気まずくなった。鼻腔を汗の匂いが刺激する。抱きとめた身体は年相応の少女のようで、折れそうなくらいに細い。   

 こんな小さな少女が何故試合中、あんなにも恐ろしく感じたのか、今となってはわからない。

 詰まりそうになった声を必死に絞り出す。

「……リハビリか?」

「え……、あ、はい。そうです」

 肩を支えながら場を繋げるために話しかけると、ミモザも拙いながらも微笑んで返してくれた。

 そのまま長い廊下を二人で歩いていく。

「ラヴェンナの奴は? あいつなら真っ先に手伝いそうだけど」

 歩きながら何気に双子想いな片割れを思い出した。そういえばいつも重箱の隅を突いてくるような煩いやつがいない。ミモザは言いにくそうに俯く。

「えと、黙って抜けてきてしまってたり……。お医者さんからまだ動かない方が良いって言われているんですよね」

 ラヴェンナには秘密ですよ、とミモザはぎこちなく笑った。

 俺も笑い返す。果たして上手く笑えているだろうか。

 無意識のうちに絆創膏の貼られた彼女の頬をなぞっていた。

「……ルカさん?」

 小首を傾げたミモザに、俺は羞恥を隠す。

「あー、悪いっ。そういえばミモザとラヴェンナってどっちが姉なんだ?」

「わたしですよ、一応。ラヴェンナには頼ってばかりですけどね」

「確かに意外だ」

「はっきり言い過ぎです」

 頬を膨らませて楽しそうに小突かれた。そのまま軽い雑談を始める。

 しばらくして展望ロビーに出た。

 地平線の向こうの雲に隠れていく太陽が、誰もいない空間を暖かい色で染め上げている。

「そこの、椅子までお願いできます?」

 窓辺に置かれている車椅子を指差してミモザは小さく言った。

 断る理由はない。静かに頷いて一緒に歩いていく。完全に支えようとしたら「自分の力で」と軽く手で押し退けられたので、いつでも支えられるように神経を張り詰めていた。

 一歩の足取りは小さく頼りなかった。真一文字に結んだ口元が、奇妙な方向に捻じ曲がっていくのを自分自身で止めることはできない。

 長い時間をかけて、ようやく車椅子にミモザは腰を下ろした。

 耐えられなくなった。

「悪かった、ごめん」

「……?」

「いや、勝負とはいえ、なんつーか、やり過ぎたというか……」

 そう言わなければ俺自身が嫌な思いを抱えたままなので、結局独りよがりの謝罪だ。その事を含めての懺悔だった。不思議そうにこちらを見ているミモザに、そこまで気づかないでくれるように願った。

 彼女は何かを言いかけたが、開いた口を人差し指で押さえて、もう一度面白そうに開いた。

「許しません。ラヴェンナに仕返しして貰います」

「……そうかい」

 ただの悪ふざけと受け取って適当に返答しとく。

「それともこう言って欲しいですか? 女の子を殴っちゃいけません、とか」

 ミモザの言葉に俺は嫌そうな顔をしていただろう。実際あれだけ本気で人間を殴りまくったのは人生初だったのだ。一般的な日本人男性の価値観はそう消えるものではない。あ、キシュハという生命体は例外だ。

 沈んでいく夕日を眺めながらミモザが深く呼吸する。

 俺も横に並んでいた待合椅子に腰掛けた。

 見渡す地平線はどこまでも白い雲の海だった。

 しばらく静かにしていたミモザの口が開く。

「自分から戦うことを選んだんです。わたしは女だからとか、子供だからとか、そういう事で差別されたくはないです。負けた事が自分の責任なら、この傷はわたしが弱いから悪いんです」

「……」

「それでも、何かしらの責任をルカさんが感じているなら……」

 口元を押さえながら唸る包帯少女。

 こちらを向いて何の気なしに続けた。

「今度わたしが誰かに殴られそうになったら助けてください」

「なんだそりゃ」

「シンデレラは王子様に憧れるものなんです」

「はいはい……」

 脱力した俺を差し置いて、ミモザは満足したように何度も頷いた。まあこの時の約束は、思いがけず後日果たすことになったのだが。

「じゃあ俺、もう部屋に戻るから」

 反動を利用して軽く椅子から立ち上がる。

 胸の重みは少し楽になった気がした。

「あ、はい」

「送っていこうか、お姫様?」

 からかったつもりで言ったのだが、当の姫君は薄く微笑んだまま優雅に首を横にふった。

「もう少し、景色でも見ています」

「そうか」

 ロビーから出て行こうとかぶりを振って、何気なくミモザの方に向き直る。

「ミモザ」

「はい?」

「どうしてあの試合、戦い続けることができた?」

 本当は一番聞きたかった事だった。

 そこまでぼろぼろになってまで戦う意味なんてないだろう。

 そう言いたいのは我慢する。

 ただ、なんとなく。

 なんとなく、昔自分が捨ててしまったものを、彼女はまだ持っているような気がしたのだ。

 彼女はしばらく考えて、かみ締めるように口を開く。

 夕焼けが彼女の頬を静かに撫でていた。

「結局はきっと、負けたくなかったから、なんでしょうね」

 何に、とは聞かなかった。

 言葉にすればきっと陳腐で幼稚で、その価値が霞のように消えてしまうから。

 揺らめく炎のように、いつかその想いが尽きて灰になっても、彼女の意思はこれからも続いていくのだろう。

「……怪我、早く治せよ」

「はい」

 その場をあとにする。

 曲がり角を曲がると、壁に腕を組んで寄りかかっている少女が一人。

 金色の髪の上で、赤いリボンが気難しそうに揺れている。

 すれ違うついでに余計なお世話を入れておく。

「優しくしてやれよ、妹君」

「わかってるわよ」

 言葉は当たり前のように返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 念人形の攻撃をサイドステップでかわす。

 後ろの一体をフェリー二で一時離脱させようとするが、流したオーラは器用に回避された。

 代わりに脇腹に2体の突撃が突き刺さる。同時に気配がなかったはずの後頭部の方にも強烈な衝撃が走った。

 こちらの能力で隠した念人形も「慣れ」が生じてしまったのか、ある程度攻撃に参加してくるようになり、逆効果になりつつある。

 食いしばった歯の間から鮮血が漏れ出る。皹の入った右足の激痛に耐えながらかろうじて踏ん張った。

 威力も攻撃速度もあがっている気がする。

 俺が弱くなったのか。

 違う。

 ラヴェンナが強くなったのだ。

 戦いの中で成長するのは何も天才だけに限った話ではない。おそらくこうも本格的な持久戦になったのはラヴェンナも同様だろう。限界まで行使する念能力が、効率や威力の限界を超えて進化する事はそう珍しいことではない。

 流しているのは汗か血か。

 視界はぐるぐると回転しているのに、意識だけはやけにはっきりとしていた。

 猛攻の止まない念人形たちの攻撃も何度食らったかわからなかったが、その動きだけは明確に見えていた。

 まだいける、まだ。

 避ける。ひたすらに避ける。

 どうしても避けられなければ耐える。

 その繰り返しだ。

 途中から業を煮やしたラヴェンナも攻撃に参加してきたが、じっと見つめたまま回避することに専念した。

 盛り上がっていた会場も、いつの間にか熱気は冷めている。俺の耳が聞こえにくくなったせいかもしれない。

「まだ……まだ……」

「いい加減にっ………!」

 苛立ったようにラヴェンナが叫んだ。

 反射で繰り出した拳に7体分のオカエシが発動、俺に直撃する。

「……」

 歯を食いしばって耐えた。

 リングをぎゃりぎゃりと削りながら後退する。倒れてはいけないと思ったから、倒れないように意地を貫く。

 視線をあげると、ラヴェンナが恐ろしいものでも見るかのようにこちらを見ていた。

 ――こんな光景、以前どこかで見たことがあったな。

 観客席に視線をやる。

 ミモザが静かにこちらを見ていた。

 それに僅かに笑みを返す。

 眼前に視線を戻すと、ラヴェンナは立ち尽くしたまま俯いていた。下げられた両手の拳はきつく握りこまれている。

「もういいでしょ……もう十分、十分よ。よくやったわよ、あんたは。よく此処まで粘ってるもんね。びっくりしたわよ――」

 ラヴェンナが叫ぶ。

「だからとっとと倒れなさいっ……!」

 長時間の一方的な殴り合い。

 圧倒的に有利なはずの自分が、汗を流しながら息を激しくさせることなど、彼女は経験してこなかったかもしれない。

 わかる。わかるよ。

 理解不能だよな。俺もだ。

 世の中努力や根性でどうにかなるもんじゃないんだ。

 川に溺れた子供は飛び込んでも助けることができないし、大切な人を銃弾から身を盾にしようが、弾は貫通することもある。

 分相応って言葉があるように、世の中にはどうしても妥協しなきゃいけないことがあるってことが、まともな人間なら理解できるようになってるもんな。

 だけどさ。

「俺の限界を、お前が決めるなよ」

 口を噤んだラヴェンナに接近する。

 右手の先一点にオーラをかき集めて硬を開始。

 隙がある。狙いもばればれだ。

 だが止めない。

 念は揺ぎ無き鋼の意志が勝敗を左右する。

 この一撃に命を込めれば、あるいは届く事だってあるのだ。

 ラヴェンナはかわす素振りは見せなかった。

 酷く難しい顔をして俺を向かい入れる。

 拳が彼女の頬に触れた。

 念人形の追撃は――。

「……」

「……」

 こなかった。

 俺のオーラが完全に尽き、突いた拳は力なく。

 撫でるような動作が彼女の素の防御力を超えることがなかったためだ。

 首から下が言うことを聞かなくなったが、張り付けた笑みは最後まで貫く。

 懲りない唇から、孤独な嘘がこぼれ落ちた。

「俺の……勝ちだな」

「……そうかもね」

 膝から崩れ落ちる形で、今度こそ意識が飛んでいく。

 霞む視界の中で、血に塗れた手のひらが白雪姫の純白の頬を汚していた事に気がついた。

 綺麗なままでは終わらせない、変な意地だけが残った。

 

 

 

 




念能力の元ネタはフェデリコ・フェリーニ。映像の魔術師の異名をもつ映画監督。


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第十九話「愚者たちの日常・前」

 

 

 ――ころころ、ころころ。

 

 

 

 歩いていく道先に、ふと消しゴムが落ちていた。

 周りはそれを拾わない。

 群れに群れて固まって、じっと何かを囲んでる。

 手にすれば持ち主を探さなければいけないと、最後まで面倒を見なければいけないとわかっているからだ。

 

 

 

 

 ――ころころ、ころころ、ころころ。

 

 

 

 正義を気取った愚か者が一人。

 俺はまだ子供で、世の中の仕組みなんか知らなくて、現実はハッピーエンドで溢れているのものだとばかり思っていた。

 

 

 

 

 ――ころころ、ころころ、ころころ、ころころ。

 

 

 

 だからどんなに残酷な行為か理解してなかった。

 救うってことには、覚悟が必要だということが。

 

 

 

 

 ――ころり。

 

 

 

 愚かなのは俺だった。

 拾った消しゴムをもう一度地面に落としたのは、俺だった。

 馬鹿だったから、それがわからなかったんだ。

 

 

 

 

 ――ころ。

 

 

 

 

 人の垣根の向こう側。

 流れる朱色。動かない少女。

 振り返る人々の視線は語る。

 お前が悪い。お前のせいだと。

 逃亡と裏切り。

 慟哭。

 そして消失。

 

 

 

 

 

 ――消えてしまいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼が覚める。

 呼吸は荒い。身体中の至る所が痛かった。

 白い壁と天井に、洗浄された清涼な空気が鼻腔を通る。

 いつもの病室だ。

 どうやら長い間眠っていたらしい。

 小鳥の声が朝日と共にカーテンを揺らしていた。

 「夢か……」

 嫌な光景を見たものだ。此処の所しばらくなりを潜めていたのに、忘れた頃にやってくるので性質が悪い。

 ため息をつきながら視線を横にずらすと、傍らの椅子にこちらを覗き込む形で座っている人影が視界に入る。

 キシュハやゴスロリ姉妹、アイシャ辺りだろうか。普段はそっけないが、こういう時に看病してくれる女性陣は正真正銘のツンデレだ。やれやれ、ハーレム主人公は全くもって罪深いな。

 俺は爽やかな笑みに切り替えつつ視線をさらにあげた。

 オーシャンだった。

 腕を組みながら鼻息を荒くして爆睡している。

 垂れた涎が包帯に巻かれた俺の右腕に前衛アートを描いていた。静まれ俺の暗黒龍。

「……夢か」

「あ、起きましたか、ルカさん」

「このまま永眠させてくれ」

 ウィルが奥の方からお盆を持ってやってきた。

 片手に握られた林檎が瑞々しい。気持ちは嬉しいが、出来るなら女性にやらせて欲しかった。この際ウィルが実は男装の美少女だったとしても一向に構わない。来たれご都合設定。

「丸一日寝てたんですから、そろそろ起きてください」

「そんなにか」

「そんなにです。オーラを完全に使い切ったのが原因ですね」

 爆睡中のネタキャラとは反対側の椅子に腰掛けて、相棒はため息をつく。

「怪我そのものは全治2週間だそうで」

 ほとんど打撲程度ですけど、と付け足された。

 1ヶ月以上のドキュメンタリーばりの重症を覚悟していたが、予想外に傷は浅かったらしい。それとも手加減して貰ったのか。

「治りが早いのは、アイシャさんが看病してくれたおかげですよ。僕も治癒系の発を作ろうかと思いました」

「似合わねえから止めとけ……で、その天使はどこだよ」

「ちょうどミモザさん達と買出し中ですよ。後でお礼でもすることをお勧めします」

「そうしとく」

 俺は隣を顎で指す。

「なんでオーシャンいるの?」

「昨日の敵は今日の友理論だとか」

「わけわからんわ」

 臓器に異常はないようだ。

 酷いのは左腕くらいだろうか。それでも指先は柔軟に対応するので神経は大丈夫らしい。

後でラヴェンナの胸でも揉んでリハビリしよう。

 指先をわきわきと運動させていると、林檎を食べやすいように調理しているウィルの腕に包帯が巻かれていることに気がついた。

 テーブルに置いてあったペットボトルを取りながら聞いてみる。

「そういや、ハルドとの試合はどうなったよ?」

 確か俺の試合の後だった筈。

 話題変更の問いかけにウィルは嫌そうに顔を窄めた。

「引き分けです」

「ドロー? 珍しいなおい」

「ポイント制じゃなかったら勝ってました。第一に審判さんが非念能力者のかたで、碌に念の有効打もカウントしてくれないので長引きましたし」

「お前のとこもかよ」

「大方、僕たちの交友関係を吟味しての判断ですね。闘いを見世物にする事の何が楽しいんでしょうか」

 口調から察するに本人は不服らしい。

 脳筋同士の殴り合いなんて聞いていて面白いものでもないし、それ以上の追求はしないことにする。

 逆にハルドと長時間戦って、その程度の傷で済んでいることを小一時間ほど問い詰めてみたい。

 からからになった喉元に水を流し込みながらそう思った。

「汗、すごいですね」

 皿に切り揃えた林檎を移しながら、ウィルが言った。

 額を拭うと、べっとりとした感触が服越しに伝わる。

「変な夢見たからな」

「変な夢?」

「海岸でお相撲さんの軍団に追いかけられる夢」

「……」

「びたんびたんしながら、ごっつあんごっつあんって……続き聞きたい?」

「結構です」

 此処から王道ファンタジーの展開になる予定なのに。

 相撲取りを真似て声を出した辺りから、横で寝ているオーシャンがうなされ始めたのは気にしない。

 俺は心底残念そうにしながら林檎の欠片を口にした。

 甘味が口腔に染み渡る。確か旬は概ね秋から冬だ。そんな季節も近いのだろう。窓越しを通して群青色の空に浮かぶ飛行機雲が、夏の終わりを印象付けた。

「・・・・・・」

 ――負けた。

 外を見ながら思い出す。

 ラヴェンナは想像以上に強く、聡かった。

 能力の相性もあるが完膚なきまでに敗北した事実は覆らない。

 悔しくないかと聞かれれば嘘になるし、油断していたという免罪符もある。

 それでもあれが命をかけた闘いだったら、自分はどうなっていたのだろうか。

 綱渡りの戦いでは駄目だ。おおよそ幻影旅団を相手にするとなると、今よりさらに遥か上を目指すことになるだろう。

 もっとだ、もっと強く。

 じんわりと汗の浮かぶ掌を握りこみながら、俺は低迷する思考から浮上した。

「・・・・・・部屋に戻ってシャワーでも浴びるか」

「タオルは棚の2段目ですから」

 ぽつりと呟いた言葉に当然のように返された。お前は何処の熟年主婦かと問いかけたくなる。

 身体を慣らしながら起き上がろうとすると、傍で夢の世界にいた住人が跳ねるように飛び起きた。

 悪い光景でも見ていたかのように肩で息をしている。

「・・・・・・夢か」

「……おはようオーシャン」

「ああ、おはようルカ君。ウィル君もおはよう」

「おはようございます」

 垂れた涎を拭いながらオーシャンは深くため息をついた。

 その表情は覚束ない。どうしたのか聞こうとしたが、なんとなく想像がついたので止めた。

「夢を見たんだ・・・・・・海岸で美少女たちに追われている夢だ・・・・・・。困りながら走っていたんだが、ふと後ろを見ると大量のお相撲さんたちが――」

「先、部屋戻ってるからなウィル」

 聞かなかったことにしてベッドから起き上がる。

 気だるさを感じるが痛みはなかった。軽く首を回して部屋を出ようと脚を動かす――と、後ろの方で思い出したかのように響く声。

「大浴場に行こう諸君!」

 いきなり何だろうこの変人は。

「汗もかいただろうに調度いいだろう?」

「めんどくせー、一人で行けよ」

「ふっ、わかってないなルカ君・・・・・・友ならば一緒に風呂に入るのは自然の摂理だよ」

「友達になった覚えもないし初めて聞く節理なんだが」

 助けを求めるようにウィルの方へ顔を向ける。

「そういえば行ったことないですね。220階でしたっけ?」

 意外にノリノリだった。

「湯治の効果も高いと聞いたことがあります。愛用する闘技者さんたちも多いそうですよ」

「やけに詳しいな・・・・・・」

「キシュハさんから聞きました。一般の方も入れるらしくて結構人気みたいです」

「浴場ねえ・・・・・・」

 ちょうど汗をかいた所だし、たまには一息つくのもいいのだろうか。いまいちオーシャンという暑苦しい存在がいるのが気がかりだが。

 視線を戻すと輝く熱血男の瞳が射抜く。

 俺は口元を斜めにした。

「わかったからそんな純粋な眼で俺を見るな。行くよ、行く」

 そう答えるとオーシャンは満足そうに頷いて先陣をきった。俺はウィルと顔を見合わせ肩を軽く竦める。そのまま後について病室を出た。

「なっ!?」

 驚きの声が後方から聞こえたので振り返ると、ばさりとカルテを落とした白衣の男がいた。見慣れた無精ひげを俺は見なかったことにして視線を逸らす。

 此処に来て頻繁にお世話になっている担当医だ。

「だ、駄目じゃないかルカ君! 君はまだ安静にしてないと・・・・・・」

 泣きそうな顔で俺に詰め寄ってくる中年男性。

 この前ミモザの動向について嘘を教えたときから、俺に対するチェックが厳しくなった気がする。誰のせいだ。俺のせいか。

「どうして私の患者たちは大人しくベッドにいられないんだ。強面の男たちじゃないからそれほど手間が掛からないと思った私が悪いのか!?」

「いや俺に言われても・・・・・・」

 半泣きで両肩を強く揺さぶられた。先生、俺怪我人です。

「ふっ・・・・・・ドクター、僕たちはこれから共にお風呂で汗を流しに行くんだ。無粋なことは言わないでくれないかい?」

 赤髪をかき上げながら無自覚に場を乱す青年に、隣の弟弟子が頭を痛そうにした。

 いかん、オーシャンに対する扱いが俺と同じだ。キシュハの対応の時といい、俺はこいつと同レベルなのだろうか。激しく心外である。

 そのまま見かねた様子でウィルは頭を下げた。

「すいません先生。ぼくも湯治として良いと思ったのですが、ご迷惑をかけるようなら部屋に戻ります」

「う、ウィル君もか。しかし君がいるならまあ・・・・・・」

 優等生の真摯な仲裁に医者がたじろぐ。

 俺は余計なことを言わないように素早くオーシャンの口元を塞いだ。ついでに不本意だが自分の口も塞いで見守った。 

 ――結果として数分後、辿り着けた大浴場。

 さすがウィル、やはり天才か・・・・・・。 

 

 

 

 




まったり回。
この話の書き上げたプロット、全10章で少年期と青年期に別れてたりするけどこんな亀進行で大丈夫か?


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第二十話「愚者たちの日常・後」

 大理石の光沢が湯気の中に鈍く輝く。

 壁には獅子の像。口から流れ出るお湯は無駄な豪華さを醸し出していた。

 何故か真下にはその水を受け止める巨大な獅子おどし。サウナ室へ続くドアの隣にはでかでかと富士山らしき山の絵が描かれている。

 洋風と和風が入り乱れる意味不明な光景だ。優美さと風流さのどちらを目指しているのだろうか。

「うへえ、効くう・・・」

「年寄りみたいな声出さないでくださいよ」

「傷に沁みるんだよ、ほっとけ」

 ウィルの声を適当に流しながら一息つく。

 高所での湯浴みも思ったよりいいもんだ。窓ガラスから一望できる景色は壮大の一言に尽きる。

「ふはははっ!貸切だ!貸切だぞ!」

 オーシャンは妙なテンションで泳いでいた。

 午前の時間帯だからか、確かに人はいない。

「しかし本当になんでも在る所だな、此処は」

 肩を軽く揉み込みながら天井を見上げる。

 病院が階層に混在しているのにすら驚いたのに、選手のケアのためにゲームセンターやカラオケ、果てはこんな風呂場まであるとは。

「テーマパークみたいですよね。一般の選手たちがフロアマスターを目指している気持ちもよくわかります」

 名声だけでなく快適な暮らしも保障されるのだ。闘技場だけの運営ならここまでメジャーな場所にもならなかっただろう。

 世界各地にコロシアムなら他にも存在するが、観光名所として有名なのは天空闘技場くらいだ。

 闘いの聖地とはよく言ったものである。

「つーか、ハルド達と一緒じゃなかったのかよオーシャンは。誘うなら普通そっちだろうが」

 ふいにその事を思い出して声をかける。

 雰囲気的にもあの男は好きそうだ。

 徒党を組んでいる筈なのに、オーシャンは単独行動を見かけることが多いような気がする。

「うぐっ」

 痛いところを突かれたように泳ぐのを止める赤毛の青年。

「それはだな……」

 獅子おどしが傾いて浴場に軽快な音を響かせる。

 湯船から立ち上がって、オーシャンはびしりとこちらを指差してきた。

「ふ、ふっ・・・・・・あろうことか僕の強さを理解して貰えなかったようでね。英雄は常に孤独が付きまとうものなのさ・・・・・・」

「つまり弱すぎてハブられたと」

「はっきり言わないでくれたまえ」

「とりあえず前を隠してくれませんか?」

 俺だけでなくウィルにまで白い目で見られ、湯船に崩れる男。こいつ弄るの意外に楽しいな。

 ――と、覚えのある濃密な気配が浴場に近づいてきた。

「この気配・・・・・・」

 隣のウィルの目が細められる。

 がらがらと入り口が開く。

「む……やはり居たか……」

 熊のような巨躯を露に、ハルドがそんな声をあげた。岩盤に似た上半身の筋肉が湯気の向こうから見える。後ろには仲間の男も見えた。俺たちの方を見やる視線は相変わらず鋭い。顔が腫れているのはウィルとの試合のせいだろう。

 腰に巻かれたタオルの上からでもわかるアレを目にした俺は、無意識にケツを手で押さえた。すごく……大きいです……。

「おい見ろウィル、アレをどう思う?」

「言いませんよ」

「元ネタ知ってる時点で自爆してると思うがな」

「……」

 微妙な顔でこちらを見るウィルに、俺は涼しい顔で対応することにした。一人だけ常識人を装おうとしても無駄だ。

 ――いやその考え方だと俺がまるで常識人ではないかのようだ。考えを改めよう。

 嫌な空気が流れる中、ハルドが静かに湯船に浸かった。その背後にいた狐目の男も習うように腰を落ち着ける。

 オーシャンはというと、気まずいのか向こうの方で背泳ぎを始めた。

 何とも言えない感覚が支配する。絶対的な強者であるキシュハがいない時に、会いたくない相手が来てしまったものである。隣の相棒が先ほどからピリピリとしていた。

 厄介ごとが起こらなければいいが。

「腕はもう大丈夫か?」

 フラグ回収ご苦労様です。

「子ども相手に少々本気を出しすぎたな」

 隣まで寄ってきたハルドがウィルに向かってそう言った。自分が試合で与えたダメージの筈なのに白々しい。顔には得意げな微笑が浮かんでいる。

「お構いなく。そちらこそ顔が丸々に膨れてるみたいですけど大丈夫ですか?」

 返す言葉でウィルが斬る。

 陶器が割れるような熱気の空間だ。挟まれている俺の身にもなって欲しい。

「本当の戦いならこちらが勝っていた」

「負け惜しみは止めて下さい。あのまま続いていたら僕の方に分がありました」

「今此処で試合の続きでもしてやろうか?」

「顔の痣を増やしたいなら構いませんよ」

 言葉の応酬が両端で行われる。

 オーラのせいで盛大に風呂が波立った。

 強化系の水見式は水を増やすというより、膨張させるという表現の方が正しい。海でもないのにウィルのオーラで津波が発生して側頭部に襲い掛かった。明確な敵よりもライバルのような関係になるのは結構だが、これ以上は泳いでいるオーシャンが本格的に溺死しそうなので止めて貰いたい。

「威嚇しあうのは勝手だがこっちは怪我人なんだ。勝負がしたいなら他所でやってくれ、お二人さん」

 いらいらを隠さないで俺は言った。

 ついでに親指を立ててサウナ室の方に向ける。

 古来から男たちの間では、密閉空間での我慢大会が部族間の族長を決めるために使われたという。その事を信憑性を上げるために具体的かつ大真面目に二人に伝える。もちろん今思いついた。

「仕方ないですね。倒れても介抱はしないので覚悟してください」

「ふむ、古典的だが良いだろう。ここは一つ我慢比べと行こうか」

 強化系が単純馬鹿ということが科学的に証明されて何よりである。釣られたハルドはもっとどうかと思うが。

 ふっふっふっ、と二人とも妙な笑い声を残しながらサウナ室へ消えていった。俺はもう知らん。

「すんまへんなあ。うちの大将、ウィルはんと引き分けた事がえらいショックみたいで」

 残った俺がようやく緊張を解いて湯船に浸かっていると、特徴的なニュアンスのある声がかかった。ハルドの仲間である華人の男だ。

「いや、こっちのウィルも優等生に見えてすぐ熱くなる奴だから仕方ねえ」

「お互い苦労しますなあ」

「全くだ」

 この男、かなり強い。ミモザ以上ウィル未満といったところか。

 愛想笑いをしながら俺はそう思った。

 先ほど何気に風呂場全体に影響したウィルたちの発。全員が反射的にオーラでガードしていたが、この男の念は金剛石のような錬度の高い纏だった。量こそないが質がいい。地道な修行をしている証拠だ。挙動も武人のそれ。

 念の才能こそないが武芸の達人。そんなイメージだ。

「自己紹介が遅れたん。自分、ユーロウ・リー言います。ハルドはんの一番弟子やらせて頂いとります。どうぞよろしゅう」

「ルカだ。まあ今更言わなくても、もう知ってると思うが」

「耳に蛸ができるほど。ハルドはんがよう闘いたいってぼやいてましたわ」

「男にモテモテでも嬉しくはねえな」

「いやあ、バトルマニアですんませんなあ」

 一番弟子か。

 弟子は師に似るという。道理でハルドに迫る雰囲気だ。

 そういえば俺は3番弟子だった。

 師匠には妹であるキシュハの他に、里の警護を任せているアルバインという優秀な一番弟子がいると聞いた。まだ実際に出会ったことはないが、やはり師匠に似た雰囲気を持つのだろうか。師匠が二人……嫌な光景だ。

「ルカはん?」

「ん?」

「なんやえらいむすっとした態度になってますん。どないしました?」

 想像していたらユーロウに突っ込まれてしまった。

「いや何というか。俺たちの師匠も面倒事が好きな方だから、人のこと言えなかったなと」

「師匠って一度病室であった、あの日本人形みたいな別嬪さん? そんな風には見えへんかったけどなあ」

 キシュハの事を言っているのだろうか。あの歩く食いしん坊万歳に対して別嬪さんの評価とは世も末である。厳密にいうと彼女は師匠ではないが、態々説明するのも癪なので曖昧に肯いておく。

「そかあ、何時かお手合わせ願いたいわあ」

 ぬるりとしたオーラが仄かにあがった。ああ、こいつも戦闘狂だ。

 しかも強化系らしく、お湯が溢れ出てるし。どうも俺の周りにはこういう単純馬鹿たちが多い気がする。

「――ん?」

 気の抜けた現状に脱力していると、天井の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 盛大に声をあげて泳いでいたオーシャンの頭がちょうどすぐ近くにあったので、神経を研ぎ澄ませながら水面に押し込む。

 ぶくぶくと泡が立つが気にしない。

 あっけに取られているユーロウには静かにするジェスチャーをした。

「……ぶはっ! いきなり何をするん――」

 湯から顔を出したオーシャンが声を荒げるが、そっと口を塞いで同様の動作をする。そのまま親指を立てて、俺は無言で壁の一方向を指した。

 

(――ナっ、海が見える!)

(はいはい、わかったから。ちょっとミモザ、はしゃぎ過ぎよ?)

(でも実家の方、山ばっかだったじゃない? 爺やは心配性だからあんまり湖で水遊びはさせてくれなかったし――)

 

 ゴスロリ双子の声が聞こえる。

 ミモザの方は普段と比べて随分と子どもっぽい声色だった。どうやら人前では猫を被っているようだ。ここまでの経過で事情を察したかのように、ぴくりとユーロウの眉が動く。

 

(だ、誰もいませんよね? なんか貸切りみたいで変な気分です)

 

 弱々しい声が頭上に続く。

 この声はアイシャ嬢か。思わぬ幸運である。

 しかし完全ロリは置いといて、ロリ巨乳と女子高生の裸体が壁の向こうにあるのか。

「……」

 見上げた先にはいかにも覗いてくださいとばかりに開けた壁と天井の隙間。

 振り返るとユーロウが深く頷いていた。

「……行くか」

「ついて行きまっせ、ルカはん」

 神は言っている・・・・・・此処で覗かない定めではないと……。

 俺は全力で戦場紳士(プライベートライアー)を発動、さらに覆いなる男の夢(フェリーニ)も並行させてユーロウの身体に纏った。

 俺達の気配が限りなく薄くなったことに、オーシャンが軽く呻く。

 現在の状況において俺の念は最強だ。

 今この瞬間のために作ったと言っても過言ではない。嘘です。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ君たちっ」

 作戦を実行するため立ち上がろうとすると、目的を理解したオーシャンが小声で引き止める。至極真面目な顔でこいつに言われると、なんだか負けたような気がするのは気のせいだろうか。

 俺は厳粛な面持ちで訝しげに問う。

「なにかな軍曹」

「軍曹? いやそれはともかく、淑女たちの裸を覗こうとは男の風上にもおけないだろうに――(キシュハさんて色白で綺麗ですよねー。雪みたいで羨ましいなあ)――何をしているんだルカ君、早く僕にも能力をかけたまえ」

 やれやれ、まさか鬼畜女狐にお熱とは恐れいったぜ。お前こそ真のドMリストだ。ナイスファイト。

 増えた同士へ爽やかに笑いながら能力を施行する。

 男性浴場から一時的にすべての男の気配が消えた。

 今の俺達は名づけて「3人の紳士(バンプ・オブ・チキン)」。決して他人の認識には映らない無敵の紳士たち。

 勇敢にも先陣切って壁を登ろうとするユーロウに、俺は手で静止。

 俺の左手は未だ怪我で上手く動かないので、何らかの安全策がいる。

 そのまま目配せをすると、呼応するようにオーシャンが能力を発現させた。

「エクスカリバー!」

 具現化した剣を数十本、ゆっくりと階段状に並ばせた。もちろん行き着く先は壁の向こうだ。まさに勝利への階段に見えた。

「くっ、さすがにこの数の具現化は堪えるな」

「大丈夫かオーシャン?」

「ああ大丈夫だとも。さあ行こう諸君、僕たちのアヴァロンに・・・・・・」

 強化系にも関わらず、具現化と操作系を無理やり行使しているオーシャンの雄姿に涙が出そうになった。

 彼の努力を無駄にしてはいけない。

 俺は決死の覚悟で階段に脚をかけた。左右に神妙な顔をした二人を従えて上って行く。

 

(むー、ぼいんぼいん。ラヴェンナと私って何でこんなに違うのかしら)

(ミモザ、言い方が親父くさいわよ)

 

 

 天国から蟲惑的な天使たちの声が聞こえてくるようだ。そのトランポリンで俺の心も弾ませてくれ。

 ゴールはすぐ其処だった。

 いつもとは違い、多人数にかけている俺とオーシャンの念能力も精度を維持するのがかなり辛い。念能力が剥がれつつあった。

 足元はぐらつき、気配は徐々に漏れつつある。

 能力が解けない事をひたすら祈るしかない。

 どうか持ってくれ、そして届けえええええええ。

「アレ、アレ。ナンカイル?」

 なんかいた。

 ちょうど目の前の壁の上になんかいた。

「バカヤロウ、ノゾキダノゾキ、ヒメニホウコク――」

 フェリー二の超光速展開を用いて全力で二体の人形を隠す。 

 何もいなかった。うん。

 俺たちはお互いに頷きあって、並んで壁の上に身を潜めた。

 勝者のごとき面持ちで静かに下を見下ろす。

 そう其処には無限の可能性が。

 「……!?」

 衝撃。

 スローモーションの世界。

 視界が揺れる。

 攻撃を受けた。理解できるのはそれだけ。

 頭を思い切り殴られたような重い痛み。完全な認識外からの一撃だった。

 あれ? なんかオーシャン戦のデジャブ?

 視線を走らせると、ラヴェンナが笑顔でこちらを見上げていた。

 その豊かな裸体はタオルで覆われている。畜生反則だ。

 念弾か。なぜばれた。いや念人形になんらかの条件反応をつけてればさすがに判るか。

 オーシャンもユーロウもふらついていた。

 やばい。次弾が来る。避けなければ。

 殺す気だあいつ。殺気が試合の比ではない。突っ込みを入れるとかそういうレベルじゃねーから!

「はあっ!」

 放たれた念弾に横にいたユーロウが、俺たちをかばうように腕を振るう。

 衝撃を耐えられず苦悶に浮かぶ戦友の顔。仮にも武闘派の強化系にダメージを与えるとかどんな念量だ。

 それでも助かった。でも駄目だ、次はない。

「総員退避! 戻れっ、戻れええええええええっ!」

 素でダブルハンドマシンガンをしてくる白雪姫に、大慌てで後方の男湯に飛ぶ。背筋を大量の念弾が掠る感触にひやりとした。

 転がりながら受身を取って着地。仲間の安否を確認する。どうやら二人とも無事なようだ。

 ほっとしながら天井を見上げると、綺麗に大穴が開いていた。

「あ、危なかったな」

「三途の川が見えたよ・・・・・・」

「わい、もう懲り懲りや」

 口々にそう言い合う俺たち。失敗をしたとはいえ、たった今死線を潜ってきた仲だ。互いの健闘を称え合い、賛美した。命があって何よりである。

 だが現実は甘くなかったようだ。

「――っ!?」

 凄まじい炸裂音が耳朶を振るわせる。

 湯気が砂塵のごとく浴場を駆け巡った。

 恐る恐る背後を振り向くと、浴場内を跨いでいた人類の壁が粉々に破壊されている。隣のオーシャンが真顔で「壁が・・・・・・壁が壊された・・・・・・」とか呟いている。おい誰か、立体起動装置を貸してくれ。

 タオルをその細い身に巻きつけ、向こう側からゆっくりと出てくるのは灰かぶりの暴君である。ガラスの靴が神々しく輝いておられる。

 その傍らには、容易に心臓を止めるだろう暴力的な念を手に集中させた死の外科医。眼に光がないように見えるのは俺の気のせいだと思いたい。

 ああ、終わった。

 俺たちは儚い慈愛に満ちた顔で、週末の終末を受け入れた。

 ――数十分後、日頃の疲れを癒すために風呂場に来た担当医が、夢破れた3体の土左衛門を見つけて心的外傷を抱えることになる。

 ついでにサウナ室でぶっ倒れていた盛大なアホ2名も病棟に纏めて回収された。

 嫌な事件だったね……。

 

 

 

 

 

 

 



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第二十一話「そして盤上に降り積もる」

 

 

 天空闘技場を去る日がやってきた。

 期間にして約7ヶ月程度だろうか。師匠のノルマを順調にこなした俺たち――というよりほぼウィルだが――は荷物を纏めて部屋を後にする。

 相変わらず喧騒が激しい。

 地上からは程遠い場所だというのに、此処には地上よりも多くの熱気が渦巻いている。   

 騒がしい歓声が廊下に漏れ出ている中、俺たちは感慨深げに歩いていく。

 いつもの角を曲がりエレベーターに向かおうとすると、ロビーでは当然のように見知った面子が待っていた。

「こりゃまた、揃いも揃って暇人なんだな」

 仁王立ちしているオーシャンを筆頭に、奥の方では双子がテーブルを挟んで飲み物を飲んでいる。向かいの大型テレビの前にはアイシャとユーロウの二人組。

「別に暇人ではないが――」

 すぐ傍のソファーで新聞を読んでいたハルドが背中越しに言った。

「別れの挨拶ぐらいはする。同郷なら尚更な」

「それを暇人だって言ってるんだよ」

 握手を交わしていると、俺たちに気づいた他の奴らもこちらに来た。

「短い間でしたんけど、ようお世話になりました。キシュハはんにも宜しく言っといてくださいな」

「はいよ」

 返事をしながら声の方向を向くと、ユーロウが頭を掻きながら明け透けに告げた。滞在中によくオーシャンと一緒に組み手をして貰っていたらしい。もちろん報酬は大量の食料だったみたいだ。 

 餌付けてあの女を釣るとは恐ろしき策士たちである。

「その通りだ!」

 件のオーシャンもぴんと背筋を正しながら両肩を掴んでくる。

「ルカ君! 出来ればキシュハさんの携帯番号とか、教えてくれないか!?」

 声がでかい、唾が飛ぶ。

 顔を背けていると視界に聖天使アイシャが目に入る。

 口をへの字にしたままの真っ赤な顔。加えて音速のお辞儀三連続とはなかなか出来る子だ。イケメン顔のまま片手で挨拶しておく。後で連絡先を交換しておこう。そこ、ウィル君。悪い男に捕まった不憫な娘を見るような視線を彼女に送るんじゃない。

 相棒との無常な視線バトルに勝利した俺は、聞きたくもないキシュハへの熱い思いを語るオーシャンに待ったをかける。

「お前、それでいいのか?」

「な・・・?」

「見損なったぞオーシャン。お前はもっと熱い奴だと思ってたのにさ。どうやら俺の勘違いだったようだ」

「なん・・・だと・・・?」

 愕然とする赤毛の青年。俺はどんな不利な判事でも逆転しちゃう裁判の如く捲くし立てる。

「本当に相手のことを想っているのならっ、男らしく堂々と本人に聞くものじゃないのか!?」

「っ!」

 オーシャンに電撃走る。鋭い視線は外さない。

「いけよ・・・・・・男なら」

「お、おお・・・・・・」

「何時まで続くんですかこの茶番」

 横で相棒が何か言ってるが気にしない。

 現実は放っておいてオーシャンは深く頷いた。

「・・・・・そうだな、こういう事は自分から言った方がいいな。僕が馬鹿だった。何でもない、さっきの事は忘れてく――」

「ほい、キシュハの個人連絡先」

「――ふっ・・・・・・友? 違うな、僕たちは親友だ」

 差し出したメモごとがっしりと両手で包まれる。これぐらいの男気は当然見せるさ。決して何処かの鬼畜女個人に恨みがあるわけじゃない。

 精一杯迷惑を被れとか露ほど思っていない完全善意自動人間とは俺のことだし。

 ユーロウ、何故いつもの胡散臭そうな笑顔が引きつってるんだい? ウィル君も何故ガラスの瞳なんだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、別れの挨拶だけで30分ほど掛かった。

「ばたばたしてたので、酔い止め飲み忘れました」

 閉口一番に真顔でそう告げるウィルは、当然のごとくエレベーターに乗ろうとしなかった。

 何故かオーシャンと階段降り勝負をすることになったらしい。アホらしい。

 かと言って酔い止めをすぐ飲んで効くはずもないし、一緒に地獄の階段駆け下りもする気はなかったので一人で乗ることにする。

 早朝のせいかエレベーターガールはまだいない。

 ラヴェンナ戦の時の一般人審判といい、こういう些細なところで天空闘技場の経費はケチケチしている。

 200階から1階まで降りるのは久しぶりだ。

 ショッピングセンターや映画館までついているこの建物は、引きこもり物件としても優良だった。

 独特の重低音に身体を揺すられながら下に下りていく。

「っと」

 ちょうど100階で停止する。

 ここには24時間営業の展望レストランがあるので、早朝でも人がよく通う人気階層だ。

「・・・・・・あっ、お世話になりました」

「お、ルカ君じゃないか」

 乗ってきたのは白衣を着込んだ無精髭の男だった。子ども組みに割り当てられた俺たちの担当医だ。何時もやつれた顔をしていたのが印象的な苦労人。

 ぺこぺこと挨拶を交わしつつ、エレベーターが動き出した。

 何となしに階層表示を見上げる。

 この表示が1になったら、その時が此処を去る最後の時だ。少し寂しくもなる。

 俺は薄っすらと瞑目する。

 色んなことがあった。

 最初にミモザと戦って辛勝して、オーシャンともゾル家の執事に邪魔されながらもなんとか勝利して、そして油断と慢心で最後のラヴェンナには負けた。

 その間にそいつらと仲良くもなれた。ハルドやユーロウとも仲良くなれたし、アイシャには癒された。念能力だって強力になった。強くなった。多くのことを学んだ。

 勝てるんじゃないか。

 そう思った。

 希望的な見解で、根拠なんかないけれど、決してこの場所での経験は無意味なんかじゃないはずだ。

 このままいけば幻影旅団に、勝てるんじゃないか――。

 

 

「敗北する」

 

 

「・・・・・・」

「このままでは、敗北する」

「・・・・・・っ!?」

 思考の停止が解除されて振り返ろうとするが、得体の知れない未知のオーラに威圧されて振り向くのが戸惑われる。

 それでも今この場で、背後にいるであろう人物はただ一人。

「あんたもだったのかよ、医者の先生」

「観測者――周囲からはそう呼ばれている」

 背後から返ってくる声には抑揚がなかった。氷のように平坦な声色。

 まずい。

 何がまずいかってこの男のオーラだ。

 決して強力な念ではない。量も質もたいしたことはない。

 ただ感触が違うのだ。

 なんというか、肌で感じるというものではなく、撫でられてるという表現に近い。まるで監視カメラに映った自分の姿を、ねっとりと見られているかのように感じる。嫌悪感に近い。直感でわかる。

 こいつは、特質系能力者。

 この土壇場で片鱗を見せた意図が全く掴めないが、少なくとも背後を完全に取られた無防備なこの状況。下手な動きは見せられない。

 俺に出来ることは会話で相手の目的を探ることだけ。一階についたらウィルがいるはずだ。時間を稼げば戦闘になっても二人掛かりで何とかなる。

「戦闘にすらならない。私は13階で降りる」

「・・・・・・そうかい」

 俺の内心を見透かしたかのように告げられる。パクノダのような能力者だろうか。オーラで包んでいる間、相手の思考を読む能力者、とかありそうだ。そうであった場合は精神アドバンテージを取る俺の能力とは相性が悪い。実力からいってウィルの助けがやはり必要である。

「敗北するってどういうことだ? 今あんたとやって、俺が負けると?」

 額から流れる汗を無視しながら挑発してみた。

 完全に小物臭い自分が嫌になる。男はそんな俺の様子も知っているのか、変わらない調子で続けた。

「そうではない。今の鍛錬程度では、変わらないということだ。そしてお前の考えがそこに行き着いていないことに、お前は気づいていない」

「・・・・・・」

「幻影旅団には勝てない。彼らの世界修正力はゴン・フリークス、キルア・ゾルディック、ヒソカやイルミ・ゾルディック等に次ぐ。お前たちが接触したジョネスの比ではない。何故なら彼らは、この世界を象徴する絶対的純粋悪のひとつだからだ」

「何を、言っているんだ・・・・・・」

 聞こえてきた言葉に狼狽する。

 なぜこの男はこちらの事を知っているのか。

 いやそれよりも、なんだこの全て分かっているかのような口調は。

 まさか未来を見据える能力?

 観測者と名乗った。有り得ない話でもない。

 でもだとしたら、俺は・・・・・・俺たちは。

 生ぬるい汗が首筋を滴り落ちる。

「因果は覆らない。確定された未来は変わらず、結果も変わらない。師は崩れ、弓は消え、砦と侍は喪失し、お前は使命の盤上から誇りを代価に降りていく」

「何が・・・・・・言いたいんだ!」

 振り返りながら拳を放つ。

 男はそこには居らず空を切る。

 真横にすれ違う形で耳元に囁かれた。

「戦闘にすら、ならない。私とも、彼らとも」

 ちらりと電光板を見る。表示には13の文字列。

 乗ろうとした観客が、中で凄まじい顔をしているであろう俺を見てぎょっとしていた。

 男は悠然とエレベーターの外でこちらを見据える。

 肩で息をしながら拳を降ろす。

 男を改めて見ると、あのおぞましいオーラは消えていた。

「また会おう、《バーレイグ》」

「・・・・・・」

 扉が閉まった。

 嫌な気分だった。

 俺は気晴らしとも諦めともいえる気持ちを、ロビーでの別れの続きを思い出すことで誤魔化すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ・・・・・・出会いに別れは付き物という。しかしそれを乗り越えてこそ真に――」

「これから何処に行くつもり?」

「えと、一応修行期間を終えたので、ルクソ地方に滞在している師匠の所に戻ります」

 感極まって演説を始めたオーシャンをスルーするのは様式美。

 そう言わんばかりのラヴェンナの問いに、戸惑いながらもウィルが返答した。

「むー、せっかくお友達が増えたと思ったのに残念です」

 ほんわかとした口調でミモザが言うが、その瞳が潤んでいるのは気づかないことにしよう。思い出したように彼女は呟いた。

「まあでも、実家の近くだからいつでも行けるかな・・・・・・?」

「実家?」

「ルクソ地方のすぐ北の方です。これでも旧家なんですよ?」

 えへんと存在しない胸部を張るミモザ。その件について突っ込みを入れると別の意味で天空闘技場から去ることになりそうなので言わないことにする。

「あたしたちもしばらくしたら実家の方に帰ってるから、暇でもあれば来てもいいわよ。これ、ホームコード」

 そう言いながらラヴェンナがカードを渡してきた。俺は苦笑いをして素直に受けとる。 

 なんだか気恥ずかしい。

「暇があればな。まあどうせ修行で忙しそうだけど」

「修行ね・・・・・・随分と熱心じゃない?」

 目を細めながら白雪姫が言う。薄々こちらの解除条件が何であるのか気づいているのだろう。

「強くなるのに越したことはねーだろ? これでも努力家なんだ」

「サボり魔がよく言います」

 横からウィルが茶々を入れる。俺は夏休み後に夏休みの課題を終わらせるタイプだったからその辺は多めに見てくれ。

「ルカさん」

 返事がした方を向くとミモザが手を差し出していた。

 その瞳は出会ったころと変わらず純粋だ。こいつ主人公属性でも持っているのじゃないだろうか。

 にこりと穏やかに笑って、灰の姫君は口を開けた。

「またいつか戦うことになっても、もう負けませんからね。ウィルさんの方も、覚悟しといてください」

 姉の宣言に続けるように、片割れのラヴェンナが腕を組む。

「同感ね。ウィルはともかく。あたし、ルカには次も負けないから」

 

 

 ――例えこの先敵になるかもしれなくても。

 

 

 そう小さく呟いた。

 喧騒が消えた気がした。

 こちらを見つめる彼女たちの視線は、何処か遠くを見ている。

 俺は愛想笑いを薄く浮かべながら単純に思考した。

 そういえば、彼女たちは此処に来て長い筈。

 念能力もハルドやチーボ師匠のような指南役がいないのにも関わらず、歳に比べて随分と錬度が高い。戦うために相当鍛錬したと考えられる。

 天空闘技場に来ているということは、さぞかし戦闘の避けられない解除条件なんだろうか。

 その歳でそれほどまで上達しないといけないのは、俺たちのように早期に起こる大掛かりな戦闘に参加するためなのだろうか。

 さて問題だ、果たしてそれは、いったいどんな解除条件だろう。

 ――そこまで思考して、俺はその先の答えは出さなかった。

 此処から先は、少し長い冬が来る。

 そしてその先は蜘蛛との闘いだ。

 青春のような夏は終わったのだ。

 空に浮かぶ、淡く白い双子のような雲を見ることすらもうない。

 ほんの僅かな秋の空白へ、俺は笑顔で埋めることを選択する。

 

 転生者同士の解除条件は、望まなくても、何時か何処かで相反する可能性がある。

 

「・・・・・・ん、そうならないように精々足掻くさ。なあ、ウィル?」

「全くです」

 俺たちは何の抵抗もなく彼女たちと握手を交わした。

 何故ならそうする事でしか、今を笑えないからだ。

 

 

 

 

 

 

                          

 

                              第2章 Ash and Snow 終

 




2章のテーマは青春。
灰も雪も、盤上に積もる。


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