ぼっち缶 (緑茶P)
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赤裸々ガールズトーク

自前俺ガイル大学生編です。

今回はガハマさん、三浦、めぐめぐが登場します。

エロくはないですが赤裸々です笑



 大学に入学を果たしてから約一年が経過し、目新しいものもなくなりつつある休日の昼下がり。

 

 まだ少し肌寒さを残す街並みを歩いていると、久しい顔を見つけ思わず顔がほころんでしまう。

 

 懐かしさに早速そちらに足を向けるが、見慣れない人物が一緒にいるのに気付き、躊躇いが生まれてしまう。

 

 卒業し、別の学校に進んだ時点で別のコミュニティーができるのは仕方のない事だとは分かっているが、なんだかやりきれない感情を感じてしまう。

 

 そんな感情の対処に答えを出せずにいると、向こうの方が自分に気づき、大きな声で自分を呼ぶ。

 

「わあ、優美子!!久しぶり!!」

 

 卒業した時のまま・・・いや、その時よりも女性らしさの増した華やかな笑顔で由比ヶ浜結衣は手を振ってくる。

 

 自分とは違い、恋を叶えたおかげか昔の卑屈そうな所は見当たらず、ただ自分との再会を喜んでくれるのが嬉しい。

 

 その笑顔につられるように止めた歩みを再開させると、向かい合って座っていた柔らかそうな印象の女もこちらを振り返る。

 

「あ、学園祭で歌ってくれた子だよねぇ。あの時はありがとねー」

 

「は?だれ、あんた?」

 

 その女が振り向いた途端にポワポワと馴れ馴れしく話しかけられ、ついつっけんどんに返してしまう。

 

「ゆ、優美子!私たちの二年の時の生徒会長さんだよ!!」

 

 結衣の慌てたようにフォローを受け、ぼんやりとそんな人間がいた事を思い出す。その人物もこんな間の抜けた口調だった様な気がする。

 

「はは、あんま目立つつながり無かったからね。改めてはじめまして。城廻めぐりです」

 

 私の険のある対応にも眉を潜めることなく、彼女は自己紹介をして握手を求めてくる。

 

 今まで会って来たどのタイプとも違う反応に、肩すかしを感じつつもこちらも手を差し出す。

 

 別に噛みついてこない相手に舌を出すほど、好戦的な性分でもない。

 

「・・・三浦優美子。よろしく」

 

 思いのほか穏やかな自己紹介となった事に結衣も驚いたのか、口を半開きにポケーとしている。しかし、すぐに気を取り直した彼女が場をとりなし、喫茶店の店員にもう一つの椅子を用意してもらい、どたばたしながら久しい友人とのお茶会が再開された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「で、ねぇねぇ。さっきの話の続き聞かせてよ!」

 

「え、えー。優美子も来たし、もういいじゃないですか」

 

 お茶やケーキなど注文の品が出そろった所で、めぐりが待ち切れないといった表情で話題を切り出し、それに対して結衣は恥ずかしがりながらも、まんざらではない表情で言い渋る。

 

「なんの話してたん?」

 

 どうやら自分が来る前にその話題で盛り上がっていたらしいのだが、話が見えずに紅茶を啜りながら素直に聞いてみる。

 

「え、結衣ちゃんの夜の生活の秘訣だよー」

 

「ブッ、がっは、ご、ほ・・・・・っ馬鹿じゃないの!!!」

 

 ほんわか打ち返された剛速球に口に含んだ紅茶を全て吹き出し、思わず怒鳴ってしまう。

 

 こんな昼間からなんて話をしてやがるんだ!この女は!!

「えー、でも、私の彼氏が全然手を出してくれないからホントに困ってるんだよー。同じ奥手な彼氏を持つ結衣ちゃんの戦略を学んで、頑張ってもらわなきゃ!!」

 

 この女、雰囲気はゆるふわなくせに、中身は淫乱肉食系らしい。

 

 しかし、そんな事よりも重大な事実が今の発言に潜んでいた。

 

「・・・え、結衣。もう、済ませたの?」

 

 軋んだ動きで尋ねた私に、彼女は耳まで真っ赤にして俯きながら小さく頷く。

 

「・・・いつ頃?」

 

「・・・半年くらい前、かな?」

 

 恥ずかしげに、それでも、嬉しそうにはにかみながら彼女は言う。

 

 そんな幸せそうな顔されてしまったら、こっちの立つ瀬がない。

 

「あー、馬鹿らし。私だけ焦ってんのチョー恥ずいじゃん」

 

 脱力しながら椅子に座り直し、吹き出した紅茶をハンカチで拭いていく。

 

「あの、言ってなくてごめんね、優美子?」

 

「謝る様なことじゃないでしょーが。・・・少し寂しかったけどね」

 

「優美子・・・」

 

 私の呟きを聞いた彼女は困ったように紅茶のお代りを注いで、もう一言だけ謝った。

 

 当初はヒキオと付き合ってどうなる事かと思ったが、こんな幸せそうな顔をしているのだ。大切にしてくれているのだろう。

 

 自分にとってはそれだけ知れたら十分だ。

 

 そんな二人のちょっとした距離をクラッシュしてくる人物がいたことを忘れていた。

 

「で、結衣ちゃんは彼氏にOKのサインを伝えるときはどんな合図をだすのかな?」

 

 ほんと、何なんだこの女は。

 

「あんたさぁ・・・」

 

 あんまりな女の言動に私もついに声を荒げるが、めぐりは静かに私の肩に手を置きゆっくりこちらを見る。

 

「ひっ」

 

 その薄く開いた目に私は修羅を見た。

 

「わたし、彼氏と付き合って三年目なの。同棲を始めて二年目なの。その間、一回も手を出されてないんだ」

 

「えっと・・・」

 

「もう就活が始まるまでが勝負なんだよ。だから、今日は何があっても引けないの」

 

 淡々と囁くような彼女の言葉の鬼気迫る迫力に私も結衣も頷く事しかできなかった。

 

「んじゃ、どうやって誘うのか教えてもらっちゃおうかな?」

 

 彼女は肩の手を離すと同時に、朗らかな雰囲気に戻りつつもメモ帳を取り出し臨戦態勢に入る。

 

 笑顔に細められた目の奥の恐怖を思い出してか、結衣も観念したように赤面しつつも語りだす。

 

「ええっと、ウチの場合はですね、ヒッキー・・じゃなくて彼氏が誕生日にくれたチョーカーを着けたまましちゃったのが切っ掛けでそれを寝る前に着けてるのが・・・サインだったり・・無かったり」

 

 だんだんと語るのが恥ずかしくなってきたのか結衣の声は尻すぼみになっていくが、めぐりは真剣にメモを取っていく。

 

 真剣な話を邪魔された時は腹がたったが、やはり私も未経験者だ。

 

 こういう話に興味がないわけではなく、つい聞き耳を立ててしまう。

 

「その時の服装とかはやっぱり、そーゆー服の方がいいのかな?」

 

「えっと、最初のうちはそんなに気にしてなかったですけど、こう、バリエーションとか多い方がいいかなーと思って少しずつ試してみましたよ?」

 

 当初あった照れも少しずつ解消されてきたのか、結衣の語る口調にも熱が入りはじめ、携帯でお勧めの店まで紹介し始めている。

 

 まあ、こういう下方向のネタを話せる人間というのは存外いないもので、さらに、茶化さず真剣に聞く人間はさらに貴重だ。

 

 そういう意味では蓄積されていた惚気話ができて、結衣も気分が乗ってきたのだろう。

 

 そう思い、私は黙って友人のお喋りに耳を傾けることにした。

 

「でも、彼氏の好みとかあるよね?それってどうやってしらべてるの?」

 

「うーん、やっぱり一番簡単なのはヒッキーのパソコンの隠しフォルダを見ることかなー?」

 

「あ!!その手があったかぁ~!!」

 

 ・・・マジか、こいつら。

 

 黙って聞いていようと思っていた矢先に飛んできた話題に思わずこめかみを押さえ、口を挟んでしまう。

 

「・・・ちょっと待って。結衣的には彼氏が自分以外のそーゆー写真を持ってるのはアリなん?」

 

「うーん、そりゃちょっとは嫌だけど”男の人はある程度仕方ないのよ~”ってママも言ってたし。好みを手探りで探すより分かりやすくて安心できるよ?」

 

 結衣ママ、娘に何を教育してんだよ。

 

 そう心中で呟きながら、あまりの自信ありげな表情にこちらの常識の方が揺らいで来てしまっている。

 

 というか、自分が理想を抱き過ぎているだけで、現実的な恋とはこんなにも赤裸々な、身も蓋もない現実の積み重ねなのだろうか?

 そんな自己問答に陥っているうちに二人の会話はさらに加速していき、もう完璧に自分の理解の範疇を超えていく。

 

 最中に荒っぽく首輪を引かれるのが興奮するだの、おねだりした激しいプレイのあと申し訳なさそうに痕をなでてくるのが可愛いだの、携帯のチェックをすると自分より戸塚や平塚とのメールが多くて腹が立つなど。

 

 つらつらと会話を聞いていても、ほとんど理解できない内容が白熱していき、気がつけば日は落ちていき、あたりは真っ赤に染まっていた。

 

 そのころになるとめぐりのメモ用紙も真っ黒に染まり、彼女が満足げにそれを閉じたところでお開きの空気となる。

 

「いやー、貴重なお話ありがとうね!!結衣ちゃんのテクニックを使えば彼の籠絡まちがいなしだよ!!」

 

「いえいえ、なんか勝手に惚気ちゃっただけで申し訳無いです!!でも、めぐりさんなら絶対大丈夫ですよ!!」

 

 そんな事を言いあいながら彼女達は、長年連れ添った戦友の様な笑顔で腕をくみ交わしていた。

 

 力尽きている私はもうただただ、その風景に溜息を洩らすしかない。

 

 人は変わる。

 

 よくそんな言葉を耳にするがきっとそれは嘘だ。

 

 変わったと思うならばそれはきっと、その人間が持っていたものを見落としていただけなのだ。

 

 今の結衣もきっとそんな一部分なのだ。

 

 後はそれを許容できるかが、友人と知り合いの線引きなのだろう。

 

 私よりずっと先に行き、新しい自分を次々と見つけていく彼女。

 

 自分のテリトリーを大きく駆け出した彼女に自分はどんな評価をつけるのだろう?

 挨拶が終わりこちらに歩いてくる彼女を見つつ、そんなことを考える。

 

「ごめんねー、優美子!!なんか置いてきぼりで会話にあつくなっちゃって!!」

 

「いいわよ、別に。あんな目されてまともな会話なんか出来やしないし」

 

 心の思考が現れてしまったのか、返答に棘ができてしまった。

 

 そんな自分にまた頭を痛めるが、次の彼女の言葉に思わず顔をあげてしまう。

 

「ごめんって。じゃ、次は何処いこっか?飲み屋でも優美子は大丈夫?」

 

「つ、次って?」

 

 問い直した自分に彼女は不思議そうにこちらを見つめてくる。

 

「え、もしかして優美子このあと予定とかある?せっかくだから姫菜も誘って飲みにいこー、とか思ってたん、だけ、ど・・・」

 

 言葉尻を窄ませながら、窺うように見てくる彼女に思わず苦笑してしまう。

 

 やはり、人は変わらない。

 

 遠くに感じた彼女が一瞬で昔と同じ距離感に戻ってきてくれるのだ。

 

 ならば、私が出す結論も変わら無い。

 

 彼女が遠くまで駆け出していくならばそこまでが私のテリトリーだ。

 

 それが不器用で夢見がちな私の友人への線引きなのだろう。

 

 そう頭の中で結論づけ、携帯を取り出してもう一人の友人に電話をかける。

 

 こっちはどんな変化を遂げているのか、と心を躍らせながら。

 

 





 どうも、作者です。

 新シリーズ開幕です。

 重めしっとり系の”川崎家の専業主夫シリーズ”に対して、頭軽い系の”ぼっち缶シリーズ”です。

 疲れた時や、笑いたいときにこちらを呼んでいただければと思います笑。


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散歩日和

八結です。

馬鹿ップルだった頃の二人をご覧ください。

リア充ってホント猿。


 時刻は午後2時。

 

 澄み渡る晴天に紫煙で円状の雲を浮かべてみるが、木枯らしが無情にもかき消して行ってしまう。

 

 その空しい光景に人生とはなんぞやと、禅問答に耽りそうになるのを足元から聞こえる荒い息遣いが邪魔してくる。

 

 視線を煙から足元へ移すと、不満げに足元で出発を催促してくる洋犬が一匹。

 

 ゆっくりとしゃがみ込み、ソワソワしている毛玉をなでくり回すと、自分が何を期待して催促していたのか忘れたかのようにじゃれてくる。

 

「主人に似たのか、ちょろい奴だなぁ。サブレ」

 

 溜息混じりにコイツの主人を思い浮かべながら話しかけると、腹を向けた状態で”へ?”みたいな間抜けな顔を向けてくる。

 

 ・・・いや、マジで同じリアクションするよな。こいつら。

 

 あまりのシンクロに若干ビビりながらも、自宅の玄関が開くのを確認して立ち上がる。

 

 ピンクがかった髪の毛を綺麗にお団子にし、服装はばっちり流行を取り入れた秋服こでーねーとした女の子が階段をかけ下りてくる。

 

 メイクも薄く施しているのか唇の艶めかしいツヤにしばし目を奪われる。

 

「ごめんね!おまたせ!!」

 

「いや、マジで遅えよ・・・」

 

「もー、なんでそういうこというかなー」

 

 不満げに頬を膨らます由比ヶ浜結衣が、俺のマジレスに笑顔と共にあげていた手を緩く握って殴ってくる。

 

 いや、そんな可愛い仕草されても普通に待たせ過ぎだろ。 

 

 時計を確認すると2時15分。

 

 サブレの散歩ついでにデートを提案してから既に40分以上経過している。

 

「犬の散歩でそんなめかし込んでどうすんだよ・・・。いつもみたいにくまさん柄のパジャマで十分でしょ」

 

「くまさん言うなし!!もう変えたの知ってるでしょ!!」

 

 再び激怒しながら拳を握る彼女をなだめるが、余程ご立腹なのか攻勢はなかなか止まない。

 

 というか、俺が言ってるのは子供っぽいパジャマとか待ち時間の事じゃなくて、と口に出して説得を試みようとすると足元から寂しげな泣き声が聞こえてくる。

 

 つぶらな瞳で仲間外れにされている事に抗議をしているサブレだ。

 

 その垂れ下がった尻尾と耳がコイツの寂しさをありありと表している。

 

「サブレ、ごめん!お姉ちゃん、サブレに寂しい思いさせちゃったね!!」

 

「あっ、馬鹿!!」

 

 さっきまでの激昂はどこへやら。俺の制止を振り切り、ガハマサンは瞳を潤ませながらサブレへと飛びついて行く。

 

 感動の主従愛を溜息混じりに眺めていると、しばらくして由比ヶ浜の動きがふと止まり、サブレを一旦地面に戻して振り返る彼女の服は、大量の毛にまみれていた。

 

「うぅ、ヒッキー・・・」

 

「言わんこっちゃない」

 

 おそらく卸したてであろうコートとマフラーは見るも無残に毛にまみれており、現在進行形で足元にじゃれつくサブレが黒のストッキングにも容赦なく毛をなすりつけている。

 

「・・・ヒッキーの言う通りだったね。着替えてきていい?」

 

 涙目の由比ヶ浜の服についた毛を軽くほろってやっていると、由比ヶ浜が申し訳なさそうに申し出てくる。

 

 その表情は先ほどまでの明るいモノではなく、少しがっかりしたような表情だ。

 

 そんな顔をされると非常に居心地が悪い。

 

 そもそも、手間暇かけて彼女が身だしなみを整えてきたのは誰のためなのか?

 例え、それが今回のように空回りすることになったとしても、その彼女の気持ちを無碍にするのはなんだか忍びない。

 

 それに、まだ自分は大切な事を彼女に伝えてはいないのだ。

 

「いや、ここまでくっついたらどうせ家でコロコロしなきゃダメだろ。帰ってから一緒にやりゃいい。それに・・・」

 

 彼女の服を一通り払い終え、サブレのリードを手に取る。

 

 そのどさくさに紛れて、由比ヶ浜の手を取り、軽く引く。

 

「せっかく似合ってんだ、わざわざ着替える事もねえだろ」 

 

 こんな臭い台詞を聞いた彼女がどんな顔をしているかなど確認できる訳がないが、引かれるままに歩いていた彼女が途中から腕を組んできたので機嫌は悪くないのだろう。

 

 手が恥ずかしさで湿ってきてたので非常にありがたい。

 

「へへ、ヒッキー。ありがと」

 

 呟くような彼女の声にさらに頬が熱くなった気がするが、木枯らしがその熱を冷ましてくれる。

 

 天気は快晴。

 

 少し肌寒いが、二人と一匹で歩くにはちょうどいい。

 

 今日は絶好の散歩日和だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ガハママからサブレを預かったのはつい先日の事だ。

 

「留守中の結衣とサブレをよろしくねー」と気軽な一言で旦那を引きずりながら彼女達は旅行に言ってしまい、状況が理解できていない由比ヶ浜とサブレが残された。

 

 まあ、遺憾ながら、ガハマ家に女の子と番犬にもならなそうな犬一匹を残すわけにもいかずに、自分の下宿先にお招きしたのが三日前である。

 

(というか、由比ヶ浜が通い妻よろしくウチに来てくれているので、そこにサブレが足されただけなのだが)

 

 半同棲生活も一年も経つとドキドキがなくなるモノらしいが、相方のおかげかそんな事もなく過ごし、さらに犬一匹増えただけで随分と生活がにぎやかになった。

 

 そのサブレが四六時中くっついて来るせいか、実家に顔を出すとカマクラが不機嫌そうに鼻を鳴らして体をこすりつけてくる。

 

 後で調べたら、これは所有権を匂いを付けて主張する行動らしく、猫に主人では無くモノ扱いされている事が判明した。

 

 マジかよ、カースト内にすら入れて貰えてねえのかよ。

 

 ちなみに、由比ヶ浜も他の女性とぶつかったり等の接触があった日は、匂いで分かるらしく、その日の晩に入念にマーキングをしてくる。 

 

 おかげで次の日の朝は、大学内で「リア充死すべし」と唱えられ続ける羽目になる。

 

 戸塚と遊んだ日もマーキングされるのはなんででしょうか?

 これはもう逆説的に戸塚は女の子なんじゃない?そうに違いない。いや、もう男女関係なく戸塚との未来を真剣に考えなくてはいけないだろう。俺にだって男としての責任がある。

 

 などと益体もないことを考えていると、手の甲をグッとひねられる。

 

「・・・いてぇだろうが」

 

「なんか他の子の事考えてるでしょ」

 

 女の子では無いが、戸塚とのハネムーンを計画までしていたので、ジト目で睨んでくるガハマサンの視線からつい逃れてしまう。

 

 というか、エロ画像はオッケーなのに何でここまで他の女には厳しいのか・・・コイツの判断基準ってホントに謎だ。  

 

「むー、油断するとスグに他の女の子をひっかけて来るんだから!!」

 

「いや、別にひっかけてねえだろ・・・」

 

 むくれる彼女に苦笑を浮かべながら答えると、ガハマサンはさらに目を細めながらこちらを睨んでくる。

 

「ほー、彼女との待ち合わせ場所に別の女の子とお茶してるのも?」

 

「ルミルミに勉強教えてただけだろ?総武高に行きたいからって今から頑張ってるなんて真面目な奴だよな」

 

「へー、いろはちゃんと部室に二人きりでいるのも?」

 

「材木座が無きものにされているのがアレだが・・・、アイツ意外と本読むのな。試し読みしてもらうと結構いい指摘がくんだよなぁ」

 

「ふーん、沙希のお買いものに付き合うのも?」

 

「卵パック買う時の頭数は貴重だからなぁ」

 

「はー、平塚先生と二人で遠出してラーメン食べに行くのも?」

 

「ホントに穴場知ってるよなぁ、あの人。俺なんかとラーメン食いに言ってる時間なんか無いはずなんだがな・・年齢的に」

 

「・・・」

 

 つらつらと挙げられていく冤罪の数々に金さんも真っ青なお裁きをくだして行くと、由比ヶ浜の眉間に見る見るうちに青筋が立っていく。

 

 ていうか、大学違うのに何でそこまで俺の動向知ってんの、この子おっぐふぁ!!

 女子のネットワークの広さに戦慄を覚えていると、いつの間にか組んでいた腕を解いた由比ヶ浜の拳が俺の水月に突き刺さる。

 

 あまりの的確な打撃に脳内で平塚先生がフラッシュバックしつつ、俺は膝をついてしまった。

 

「ヒッキーの馬鹿っ!!」

 

 単純明快な罵りを残して彼女はサブレを連れてずんずん進んでいく。

 

 一体、何がそんなに気に障ってるのか・・・いや、なんとなく検討はついてるけど。

 

 改めて言われると彼女以外の接触多いな、俺。

 

 なんなら、あと雪ノ下姉妹関係や実家の町内会の強制参加のレクレーションでの折本との再会などあるのだが言わぬが華だ。

 

 体を起こして、由比ヶ浜がどれくらい先に行ってしまったのかを確認すると思っていたほど進んではいない。

 

 怒ってますと言わんばかりの歩き方をしつつ、こちらをちらちら気にしている彼女に思わず笑ってしまう。

 

 いちいち、そんな事を気にしなくても由比ヶ浜以外と付き合う事など無いというのに、心配してくれる彼女がいる自分は幸せ者なんだろう。

 

 いまだ痛みの抜けきらない腹部をさすりながら、機嫌を直してもらうための精いっぱいの言葉を用意しつつ、彼女のあとを追いかける。

 

 

 




 
 お久しぶりです。

 毎日暑くてとけそうです。

 そんな中で、付き合ってる時期の八結を投稿です。

 ガハマサンのマーキングの部分のネタを思い浮かんでから、いつか書いてやろうと思っていたネタです笑

 モテル旦那を持つと大変ですね。


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いろはすデート(27歳編)①

幻と消えたいろはルートのノーマルendのその後。

結婚まではいかないまでも、作家と担当編集として二人三脚でパートナーとして、恋人として寄り添う二人です。


 暗い室内、女性特有の甘い匂いと微かな衣ずれが否応なく耳に入り、何とはなしに落ち着かない。

 

 そんな中で細く華奢な指をたどたどしく繰りながら、彼女、一色いろはは小さく息を洩らす。やがて指は一瞬、動きを止めて、覚悟を決めたかのように黒い一物にそっと指を伸ばした。

 

「・・・一色、ホントにやるのか?」

 

 緊張ゆえか、これかる始まることへの戸惑いか、どちらかは分からないが深く深呼吸を繰り返す彼女を見てつい声をかけてしまった。

 

 すると、少し不満げに頬をふくらませて俺を睨んでくる。

 

「ここまで来て何を言ってるんですか。やるって言ったらやるんです!・・・それに」

 

 勢いづいた返答から一拍、膨らませた頬から空気を抜いた彼女は、ほんの少しはにかむように告げる。

 

「先輩の前だけですから、こんなことできるの」

 

 さっきまでの緊張は何処へやら、その柔らかい表情を見せられ思わず息を呑んでしまった。

 

 そこまで言われて俺も覚悟を決める。

 

 そんな俺をみて、一色はまた照れたように笑い、もう一度だけ息を吸い込んでその一物に、思い切り

 

 

「課長のばっかやろーーーーー!!」

 

 

 絶叫した。

 

 続いて流れる自分たちが生まれるより古いであろうギザギザなハートを歌った曲を熱唱する一色を見ていると思わずほろりとしてしまう。

 

 薄暗い部屋で男女二人っきりの色っぽい空気も、一歩間違えれば言い訳しようのないさっきの会話も、彼女の余りに実感の籠った「そんなに私が悪いのかー!!」という悲痛な叫びによって一瞬でかき消されてしまった。

 

 そりゃ、こんな姿を自分以外には見せられやしないだろう。

 

 付き合いの長い俺でも今日の荒れはすには、若干ビビっているのに、彼女の上っ面に騙された野郎や友人が見たら思わずウナジにチャックを探し始めてしまう事請け合いだ。

 

 何でこんな事になってるのかって?俺が聞きてえよ。

 

 そんな事を考えながらチビチビとドリンクを舐めるように呑んでいると間奏に入った瞬間にリモコンがずずいっと俺の前に置かれる。

 

「今日はアニソンは禁止です。私が好きそうな癒される渋い曲オンリー、つまり、いろはオンリーです」

 

「・・・ぷりきゅ「論外です」

 

 何この理不尽。

 

 あと、プリキュアはもうアニソンを超えた何かだと非常に訴えかけたい気持ちが沸きたつがコイツの目がマジなので後日にすることにした。というか、俺にアニソン以外とかマジか。みたいな意見を口ではなく目に乗せてみるが彼女は勝ち誇ったようにこちらを見返してくる。

 

「小町ちゃんが、二人でカラオケに行くときにメジャー所は大体仕込んでくれてるらしいですね~?しかも、目を瞑って聞けば悪くないとの事です」

 

「実の妹が敵とは思わなかったぜ・・・」

 

 衝撃の事実に泣き崩れそうになっている振りをして誤魔化そうとするも、問答無用でリモコンを渡されて文句を言う前に本人は歌に戻ってしまった。

 

 文句を言う相手を失って、力を失った言葉を溜息に変えて吐きだす。

 

 言いたい事も、文句も、主張もあったが今日は大人しく呑み下すことにした。

 

 なにせ、ひっそりとプライド高い後輩が、こんなにもストレートに”励ませ”と要請してきているのだ。

 

 これに答えなきゃ、男が廃る。その前に小町に怒られちまう。

 

 そんな事を考えながら、慣れない手つきでリモコンを操作していくとピッタリの曲が目に着く。

 

 まあ、これを聞いて笑うか泣くかは人それぞれかも知れんが、結果の保証適用外の商品を求めたのはアイツだ。

 

 せいぜい笑ってくれたなら幸いと思いつつ、俺は曲を送信する。

 

 

 

~ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あっはははっはっはっははははは!!ふつー人を励ますのにあのラインナップで攻めてきます!?あはははは!あー、さいこー!!」

 

 そうは思ったモノのコイツは笑い過ぎである。

 

 こっちだって鳥肌が立つのを我慢して数曲歌いあげたのに、ここまで笑われると少々気分は良くない。

 

 そんな憮然とした表情の俺を見た一色はあざとく腕に手を回してきて笑いをかみ殺しつつも、ご機嫌とりを始めてくる。

 

「く、っくく。いや、でも、選曲はともかく、歌が始まった最初はガイドボーカルが入ってんのかと思っちゃうくらい上手かったですよ。アニソン以外もあんなに歌が上手いならいつも普通に歌えばモテるのに」

 

「お前は自分の事は棚にあげての発言が日増しに凄くなっていくな・・・。他人の好みで自分の好みを曲げてまで歌いたかねぇーよ」

 

 にまにまと見上げてくる猫みたいな両目と身体の柔らかさや匂いにあっさりと不機嫌を直しつつある自分のちょろさに辟易しながらも適当に返答すると、その相貌が微かに見開かれた後、ババッと距離をとる。

 

「な、なんですか!他人の為には主義を変えないアピールからの”お前の為なら主義くらい幾らでも変えてやんよ”アピールですか!?不覚にもときめきそうでしたけど、もっと夜が更けていい雰囲気の時に言い直してもらっていいですか!?ごめんなさい!!」

 

「・・・いや、もうそれでいいや。で、次は何処いくんだ?」

 

 もう、このやり取りも10年近くやってるのかと思うと、呆れを通り越して単純に凄いと思ってしまう。

 

 そんな諦観と共に溜息を吐きだして、一色の愛車の屋根を叩くと彼女は、不満げに頬を膨らませて”もーちょっと、相手してくださいよー”と言いつつ颯爽と助手席に乗り込んでしまった。

 

 そして、ハンドルタイプの窓をんしょんしょとあざとく開けた彼女は満面の笑みでカギを差し出してくる。

 

 俺は、この流れを知っている。

 

 何度となく苦汁を味わって来た、あの質問が、また要求されている!!

「・・・どこ、行きたいんだ?」

 

「先輩の行きたい所でいいですよ?」

 

 俺は天を、いや、灰色の駐車場の天井を見上げる。

 

 まさに、いまの俺の心境にふさわしいくすみ具合であることは間違いない。

 

 えーーーー、もうこの質問無しにしようってこの前いったじゃーん。

 

 そんな俺の心の声など無視するように一色は笑顔で車のキーを差し出している。なんならさっさと取れよと言わんばかりのプレッシャーまで感じる。

 

 大体、コイツの判断基準がほんとよくわかんないんだよなー。なんか嫌々入って行った俺の趣味全開の所だと最後には文句言いながら楽しそうにしてるし、気を使っておしゃれな所に行くと笑いながらむすっとするし。もうなんかどうしたらいいの?これ?

「いや、今日は、ほら、もう満足したし、疲れただろうし家まで「”私は”満足してませんし、疲れてませんよ?」

 

 自然な流れで帰宅を提案したらバッサリといいきる前に切られた。昔やったクイズの間違えを突き付けられた気がする。何が彼氏の家だ、馬鹿じゃねーの。

 

 自問自答、愚痴、不平不満、その他多くの葛藤と闘いながら、俺はやがて目を見開く。

 

 かつての俺には出せなかった回答が今は確かにある。

 

 くすんだ天井も今だけは淀んだ目に輝いて見え、一色の差し出す鍵を力強く手に取る。

 

「一色、最高の場所に連れて行ってやる」

 

「・・・こんな力強く言われて不安しか出てこないのってある意味才能ですよね?」

 

 やかましいわ。

 

 

―――――――――――――

 

 

「私、先輩に謝んなきゃいけませんね・・・」

 

「いい、一色。もう細かい事なんか忘れた。だが、この後の一杯はお前のおごりだからな」

 

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか!!」

 

 先輩のアリの様なちっさな心に思わず突っ込んでしまうが、今はそんな些細な事さえすぐになごみ溶けて行ってしまう。

 

 自分の目の前に広がるのは、真っ白な湯気とうっすらとした照明に浮かぶ乳白色のお湯とほんのりと薫るヒノキの匂い。

 

 そんな空間が自分の体と頭の芯に残ったコリをほぐして行く感覚に身をゆだねて、ゆっくりと吐息を吐きだし、吐いた息の代わりに優しい木の匂いが心を更にほぐして行く。

 

 まさに夢見心地といっても過言ではない。

 

 そんな極楽気分のまま、視線をちらりと同居している人物に移してみるが、この極楽に感じ入っているのかこっちを見もせずに静かに湯船の中で目をつぶっている。

 

 こんな美女と同伴で来ているのにこっちを見もしないのは少々礼を失していると怒ってみるが、彼の普段見ない表情に口を突きかけた言葉を呑みこんでしまう。

 

 彼の代名詞でもある淀んだ目は静かに閉じられ、長い睫毛や整った顔立ちにほんのりとした朱がさしているせいか何時もよりずっと健全な雰囲気を感じさせ・・・不覚にも、綺麗な顔だと思ってしまった。 

 

「・・・ほんと、先輩って残念美人ですよね」

 

「オーケー、さっさと湯船を出ろ。今度こそお前との決着を着けてやる。卓球でな!!」

 

「そこで拳とかじゃなくて、卓球が出てくるのがいい事なのか悪いことなのか判断に迷いますね・・・」

 

 水面を揺らしながら立ち上がってラケットを構えるポーズをとる彼を見て思わず苦笑してしまう。

 

 彼の顔も、鎖骨のラインも、細いけど自分とは違うその腕も、全部好きだけどやっぱり自分の奥底をくすぐるのは淀んだ彼の双眸とくだらない事しか考えない彼の内面なのだと改めて認識させられるから。

 

「というか、不満はないですけどデートで”温泉ランド”を選ぶのは十分に”残念”と言わざる得ない気がしますけど~?」

 

 そんな照れくささを隠すためワザと憎まれ口を叩いてみると彼は不満気に顔をしかめながらまた体を湯船へと沈めながら答える。

 

「元々が、あの質問やめろッてんのに振ってくるお前が原因だ」

 

「それでも毎回必死に考えてくれる先輩の気持ちが嬉しくて、つい」  

 

「・・・ぶっ飛ばす」

 

 憮然と答える彼が面白くてついコロコロと笑ってしまう。

 

 でも、これについては一切嘘ではない。

 

 いつも自分の中では”無い”と思っていた経験が、体験してみたら面白くて、楽しくて、つい何度でもねだってしまう。

 

 隣にいる彼の楽しんでくれるかと自分を気遣いつつも、本人が待ちわびてる顔が、大切にされていて、彼が好きな世界に触れるのだとするあの実感が本当に嬉しくて好きなのだ。

 

 逆に、彼が自分に気を使って選んでくれた様な場所を紹介されると、少し悲しくなる。罪悪感が、ある。

 

 貴方の見る景色を一緒に見て、体験してみたいのに、自分がそれを妨げている事が、悲しくなってしまう。

 

 それが身勝手な感情だとは分かっているがどうしようもない。

 

 それでも辞められないこの行為に気付いてくれない彼にだって罪はあるのだ。

 

 私曰く、”貴方色に染めて”とこんなに伝えているのだから。

 

 いろはにほへと・・・ほど殊勝な心ではないけれど、こんな凡俗な気持ちだって今を生きる私の本心だ。

 

 一色いろは、自身をそう皮肉って、愛しい男の肩へとゆっくりと寄りかかる。

 

 

 「先輩、大好きですよ」

 

 

 答える男は憮然とし、されど頬染め。 

 

 

 「・・・」

 

 

 その無言こそ最上の答えと知ってか知らずか、ただその頭をなでる。

 

 

 その不器用さこそが、彼の最大の誠意だと知る少女は更に深く息を吐いて、その身をゆだねる。

 

 このろくでなしを好きになって良かったと、心底息を吐く。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

蛇足

 

「で、ここは誰に紹介してもらったんですか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 優しげな笑顔で思い切り俺の太ももをひねる一色に俺は涙を滲ませながら笑顔で答える。

 

「こ、このまえ、平つかァァァァアァァあああああああああああ!!!!!!」

 

 捻られた太ももが思い切りつねられる、て言ううかいたいあたいいいいいいい!!

「へー、先輩はあんな生殺しの返答した後輩を差し置いて、年増の美女とこんないやらしい所にきちゃう方だったんですねー?」

 

「いや、tyyう、違い舞うjh義うあヘリhああsdfgh、ひ、平塚先生と来たのは貸切の方ではあああああ、なく!!一般の、共同スペースだけです!個室は借りてない!今と同じ!みずぎじょうたいんんんんんんのののおののの!!ごめんんなさいいいいいいぃぃxじぃい!!」

 

 絶叫と共に叫んだ謝罪と共に一色の万力のような指が俺から離れ、ほっとしたのは束の間、思い切り両頬を掴まれて無理くり正面に一色の顔が迫る。

 

「比企谷さん」 

 

 普段は絶対呼ぼうとしない名前で呼ばれ、微かに朱色が滲む湯船からの意識が無理やり引きはがされて、目の前に映るのは、泣きそうな、それでいて切なそうな少女・・・いや、ろくでなしのせいで抱えなくていいような不安を抱えた一人の女性の顔だった。

 

 あの時、あんな曖昧な選択をせずに、はっきりと彼女を選んでいたら、彼女にこんな顔をさせずに済んだのだろうかと。意味の無い葛藤を数瞬して、ゆっくりと彼女の額に自分の額を当てる。

 

 今の自分には、それしか、出来ないから。

 

「平塚先生と来たのは共同の温水プールみたいな所で、なんもねえよ」

 

 優しく、出来る限り真摯に彼女に語りかけるが、それでも彼女はお気に召さないようで。

 

「それだけじゃ信じられないです。先輩、浮気性ですから。今日、個室にした理由を述べてください」

 

 きっと自分のなかで答えはあるくせに涙目で問うてくる彼女が可笑しくて、普段は絶対に言えない言葉が口をすべる。

 

「・・・大切な女の肌を、他の野郎になんざ見せたくねぇだろ」

 

 そう口走った瞬間にあたった何かを説明するのは、後日に回そう。

 

 それを詳細に説明するには少々、長くなりそうだ。  

 

 

 

 



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いろはすデート(27歳編)②

「私、先輩に謝んなきゃいけませんね・・・」

 

「いい、一色。もう細かい事なんか忘れた。だが、この後の一杯はお前のおごりだからな」

 

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか!!」

 

 先輩のアリの様なちっさな心に思わず突っ込んでしまうが、今はそんな些細な事さえすぐになごみ溶けて行ってしまう。

 

 自分の目の前に広がるのは、真っ白な湯気とうっすらとした照明に浮かぶ乳白色のお湯とほんのりと薫るヒノキの匂い。

 

 そんな空間が自分の体と頭の芯に残ったコリをほぐして行く感覚に身をゆだねて、ゆっくりと吐息を吐きだし、吐いた息の代わりに優しい木の匂いが心を更にほぐして行く。

 

 まさに夢見心地といっても過言ではない。

 

 そんな極楽気分のまま、視線をちらりと同居している人物に移してみるが、この極楽に感じ入っているのかこっちを見もせずに静かに湯船の中で目をつぶっている。

 

 こんな美女と同伴で来ているのにこっちを見もしないのは少々礼を失していると怒ってみるが、彼の普段見ない表情に口を突きかけた言葉を呑みこんでしまう。

 

 彼の代名詞でもある淀んだ目は静かに閉じられ、長い睫毛や整った顔立ちにほんのりとした朱がさしているせいか何時もよりずっと健全な雰囲気を感じさせ・・・不覚にも、綺麗な顔だと思ってしまった。 

 

「・・・ほんと、先輩って残念美人ですよね」

 

「オーケー、さっさと湯船を出ろ。今度こそお前との決着を付けてやる。卓球でな!!」

 

「そこで拳とかじゃなくて、卓球が出てくるのがいい事なのか悪いことなのか判断に迷いますね・・・」

 

 水面を揺らしながら立ち上がってラケットを構えるポーズをとる彼を見て思わず苦笑してしまう。

 

 彼の顔も、鎖骨のラインも、細いけど自分とは違うその腕も、全部好きだけどやっぱり自分の奥底をくすぐるのは淀んだ彼の双眸とくだらない事しか考えない彼の内面なのだと改めて認識させられるから。

 

「というか、不満はないですけどデートで”温泉ランド”を選ぶのは十分に”残念”と言わざる得ない気がしますけど~?」

 

 そんな照れくささを隠すためワザと憎まれ口を叩いてみると彼は不満気に顔をしかめながらまた体を湯船へと沈めながら答える。

 

「元々が、あの質問やめろッつてんのに振ってくるお前が原因だ」

 

「それでも毎回必死に考えてくれる先輩の気持ちが嬉しくて、つい」  

 

「・・・ぶっ飛ばす」

 

 憮然と答える彼が面白くてついコロコロと笑ってしまう。

 

 でも、これについては一切嘘ではない。

 

 いつも自分の中では”無い”と思っていた経験が、体験してみたら面白くて、楽しくて、つい何度でもねだってしまう。

 

 隣にいる彼の楽しんでくれるかと自分を気遣いつつも、本人が待ちわびてる顔が、大切にされていて、彼が好きな世界に触れるのだとするあの実感が本当に嬉しくて好きなのだ。

 

 逆に、彼が自分に気を使って選んでくれた様な場所を紹介されると、少し悲しくなる。罪悪感が、ある。

 

 貴方の見る景色を一緒に見て、体験してみたいのに、自分がそれを妨げている事が、悲しくなってしまう。

 

 それが身勝手な感情だとは分かっているがどうしようもない。

 

 それでも辞められないこの行為に気付いてくれない彼にだって罪はあるのだ。

 

 私曰く、”貴方色に染めて”とこんなに伝えているのだから。

 

 いろはにほへと・・・ほど殊勝な心ではないけれど、こんな凡俗な気持ちだって今を生きる私の本心だ。

 

 一色いろは、自身をそう皮肉って、愛しい男の肩へとゆっくりと寄りかかる。

 

 

 「先輩、大好きですよ」

 

 

 答える男は憮然とし、されど頬染め。 

 

 

 「・・・」

 

 

 その無言こそ最上の答えと知ってか知らずか、ただその頭をなでる。

 

 

 その不器用さこそが、彼の最大の誠意だと知る少女は更に深く息を吐いて、その身をゆだねる。

 

 このろくでなしを好きになって良かったと、心底息を吐く。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

蛇足

 

「で、ここは誰に紹介してもらったんですか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 優しげな笑顔で思い切り俺の太ももをひねる一色に俺は涙を滲ませながら笑顔で答える。

 

「こ、このまえ、平つかァァァァアァァあああああああああああ!!!!!!」

 

 捻られた太ももが思い切りつねられる、て言ううかいたいあたいいいいいいい!!

 

「へー、先輩はあんな生殺しの返答した後輩を差し置いて、年増の美女とこんないやらしい所にきちゃう方だったんですねー?」

 

「いや、tyyう、違い舞うjh義うあヘリhああsdfgh、ひ、平塚先生と来たのは貸切の方ではあああああ、なく!!一般の、共同スペースだけです!個室は借りてない!今と同じ!みずぎじょうたいんんんんんんのののおののの!!ごめんんなさいいいいいいぃぃxじぃい!!」

 

 絶叫と共に叫んだ謝罪と共に一色の万力のような指が俺から離れ、ほっとしたのは束の間、思い切り両頬を掴まれて無理くり正面に一色の顔が迫る。

 

「比企谷さん」 

 

 普段は絶対呼ぼうとしない名前で呼ばれ、微かに朱色が滲む湯船からの意識が無理やり引きはがされて、目の前に映るのは、泣きそうな、それでいて切なそうな少女・・・いや、ろくでなしのせいで抱えなくていいような不安を抱えた一人の女性の顔だった。

 

 あの時、あんな曖昧な選択をせずに、はっきりと彼女を選んでいたら、彼女にこんな顔をさせずに済んだのだろうかと。意味の無い葛藤を数瞬して、ゆっくりと彼女の額に自分の額を当てる。

 

 今の自分には、それしか、出来ないから。

 

「平塚先生と来たのは共同の温水プールみたいな所で、なんもねえよ」

 

 優しく、出来る限り真摯に彼女に語りかけるが、それでも彼女はお気に召さないようで。

 

「それだけじゃ信じられないです。先輩、浮気性ですから。今日、個室にした理由を述べてください」

 

 きっと自分のなかで答えはあるくせに涙目で問うてくる彼女が可笑しくて、普段は絶対に言えない言葉が口をすべる。

 

「・・・大切な女の肌を、他の野郎になんざ見せたくねぇだろ」

 

 そう口走った瞬間にあたった何かを説明するのは、後日に回そう。

 

 それを詳細に説明するには少々、長くなりそうだ。  

 



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Look at me only

がはまるーと


 唐突だが、”私の彼氏はモテる”っと宣言された時に、貴方は何を思うだろうか。

 

 傍から聞けばなんて鼻持ちならない高慢ちきな台詞だ。

 

 異性から引っ張りダコの高スペックな男が自分の所有物であるというアピールする言葉であるし、それに伴う苦労によって大変なのだと外に伝える事によって優越感とヒロイズムを満たす事が出来るとってもお得な一言だ。

 

 こんな事を唐突に言われたら大概の人は言葉を濁しつつ、苦笑いを浮かべるほかないだろう。もちろん私だってそうする。

 

 そうする、はずだったのだが・・・今ならば、その苦労がちょっとだけ分かる気がしてしまう。まさか自分がこの言葉を呟いてしまいそうなほど、頭を抱える日々が来るなどと夢にも思わなかった。いままで、聞かないふりをしてやり過ごして来た自己主張の激しい友人たちに謝意を送らせて頂きたい。

 

 ちなみに断っておくが、私の彼氏”比企谷八幡”は決して、決っっしてイケメンではない。更に言えば、漢気もやる気もない濁った眼をした重度の捻くれ者でもある。

 

 そんな男のいい所を知っているのは自分ともう一人の親友だけで十分だったし、周りから”なんであんなのを選んだの?”と言われる事に密かな安心感と優越感を得る事が出来ていたのだ。

 

 だが、最近はどうにも風向きが怪しい。

 

 友人Y.M 曰く

 

『結衣―。あんたの彼氏さー。この間、後輩の女と一緒にいちゃつきながらデートしてたけど、あんたたち別れたん?』

 

 友人H.E 曰く

 

『あ、そういえば結衣の彼氏がこの前、サキサキと一緒に小さな子連れてお買いものしてたけど、どうしたの?倦怠期寝取られ萌えプレイ?』

 

 友人K.T 曰く

 

『俺も、ヒキタニ君がさーなんかチョー美人のオネーさんとお茶してんの目撃しちゃってるわけよ~。マジコレパネッショ!!』

 

 彼氏の妹 K.H 曰く

 

『あー、いや、私としてもお二人のお付き合いにアレコレ口出すつもりは無いんですけど・・・なーんか最近、お兄ちゃんの様子がおかしいんですよね?なーんか隠しごとしてるみたいな・・・』

 

 このような目撃情報の密告が両手の指に収まらないほど各所から挙げられているのは一体何の冗談だろうか?

 

 確かに、自分は彼のいい所をもっと皆に知って貰いたいと思っていた時期がある。だが、いまさらになってソレを知ったハイエナ共が自分の彼氏にちょっかいを掛けているのを見過ごせるほど寛大では無い。

 

 というか、恋人たる私が試験やバイト等が重なり、あまりデートできていないことを我慢しているのに、何で友人未満の娘たちが私以上に恋人っぽい事をしているのか!?

 

 考えれば考えるほど苛立ちと、頭痛が増してくる。

 

 そもそも、誰が倦怠期か!!気分はバリバリ新婚さんだ!!

 

 自分の中に溜まる煩悶とした感情を爆発させるようにうがーと頭を掻き毟りつつ、持っていた筆記用具を放り投げて部屋のソファーへとダイブを決める。

 

 やり切れなさをかき消すようにクッションに顔を押し付けて、ぐりぐりしていると微かに彼の匂いを感じる事が出来てホッとしてしまうのが更に悔しい。

 

 彼の部屋のカギを預けられて三年。

 

 彼と過ごした季節はあっという間で、大学の卒業だってもうすぐだろう。

 

 思い返すだけでも満たされる日々の中で聞かされる今回の報告は暖かな気持ちに浸っていた自分にさっと冷水を浴びさせられるような感覚を味わさせる。

 

 もしかして、飽きられてしまったのだろうか、と。嫌な想像が脳裏をかすめてしまう。

 

 お世辞にも自分は頭がいい方ではない。それに容姿だって、自分よりずっと上の知り合いには心当たりが多すぎる。何より、ご飯だって彼は毎日食べてはくれるものの、美味しそうな表情はほとんど見たことが無い。夜の方だって、最近は昔ほど頻繁に求めては来てくれない気がする。

 

 考えれば考えるほど、自分が浮気されそうな要因や心当たりが多すぎて、思わず、泣きそうになってしまう。

 

 問題の本質を問い詰めてしまえば、彼氏がモテる事が問題なのではなく、ソレを引きとめる魅力が自分にはあるのだろうか?という事に行きつく。

 

 ソレを肯定できるほどの自信は、どうにも、持てそうにもなく、色んな雑音が自分の耳から離れる事は無い。繋ぎとめるための努力をすることすら正しいのかどうかも判断することができない。

 

 試験やバイト、就職活動が続いたせいか、思考が悪い方向に向かっているのをどうにも止められず、溜息を一つついて、身体の力を大きく抜く。

 

 少々、だらしないけど、姿勢を正す元気は出てこない。

 

 なにより、こんな悪い事ばかり考えるのはきっと疲れのせいだと思い込む事にして目を閉じる。

 

 煩悶と頭のもやもやを抱えつつも、身体は最近のドタバタのせいか急激な睡魔に包まれてゆくのを感じて、そのまま身をゆだねる。

 

 自分が目を覚ます時に、彼はまだ自分の隣に居てくれるだろうか?

 

 最近、すれ違いばかりの生活をしていた好きな男を想い浮かべ、ほんの少し涙をためつつ、由比ヶ浜結衣は思考を手放した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 深夜ちょい前、木枯らしが吹きつける中をいそいそと帰宅してみれば自宅には電気がついており、彼女こと由比ヶ浜結衣が来ている事に気がつく。

 

 今日は来る事を伝えるメールは来ていなかったので一瞬だけ驚いて足を止めてしまうが、ほんの少し頬が緩むのを感じつつ歩みを再会する。

 

 最初の頃には自分が外出中に家に誰かがいるという感覚に戸惑っていたものの、半同棲生活を三年もしているうちに自分の帰りを待っていてくれる人がいる事を随分嬉しく思うようになってきてしまった。家族以外でこんな感覚を味わうのはいまだに少しむず痒い。

 

 だが、最近は彼女も忙しく、自分もある目的のため家を空ける事が多かったため、どうにもすれ違う生活が続いていた。久々に会えるとわかった瞬間に足がさらに速まるのだから、現金な自分に思わず苦笑してしまう。  

 

 それに今日ばかりは浮ついた気分が収まる気配を見せないのには心あたりがあり過ぎる。

 

 ポケットの中に納められた小さな箱。

 

 寒さを誤魔化すように帰宅途中もずっと手のひらで転がしていたのだが、家に待つ人物を自覚した瞬間にどうにも持て余してしまう。

 

 数か月、色んな伝手を辿って金策に走りまわり、ハズレが無いようなデザインを生意気な後輩に教えを乞い、苦労の末に手に入れた学生には少し不相応なプレゼント。

 

 自分でも少々先走っている自覚もあるせいか、これを贈った彼女の反応が恐ろしくもあり、楽しみでもある。

 

 まあ、俺が好きでやった事だ。受け取って苦笑でもしてくれりゃ幸い、引かれたらいつもの調子で煙に巻きながら押し付けてやればいい。

 

 それくらいの心持じゃないと期待値の落差で死にたくなってしまうだろうけど。

 

 願わくば、喜んでくれたらと思うのは男の悲しい性だ。

 

 そんなこんなで、ポケットのソレをどんな風に彼女に渡すかを考えているうちに、いつの間にか家の玄関の前に辿りついている事に気がつく。

 

 今の自分が、彼女とどんな顔をして向き合えばいいのか一瞬迷ったが、頭を振って思考を打ち切る。

 

 どうせコレが渡せるのは彼女の試験や就職活動が終わってからの話だ。今から一人で緊張するのも馬鹿らしい。

 

 だから、いつも通りに能天気な彼女の出迎えに”ただいま”と答える事にしよう。

 

「?」

 

 そう思い直して一気にドアを開けては見るが、一向に彼女が出てくる気配は無い。いつもならば、彼女が実家で飼っている毛玉よろしく駆けつけてきて体当たりしてくるのがテンプレなのだが、今日はやけに静かだ。

 

 それに、大体の場合において失敗した料理の香ばしい香りがしてくるはずなのだがそれもない。

 

 いつもと違う我が家の様子に首をかしげつつも、玄関で靴を脱いで中に上がると、その理由が分かった。

 

 ソファーの上で不貞寝した子供の様に身体を丸めた由比ヶ浜と、ローテーブル一杯に広げられた参考書やプリントの上に乱雑に放り投げられたシャーペン。

 

 ソレを見ればお察しするのは実に容易く、試験問題に行き詰って不貞腐れた彼女を想像して思わず笑ってしまった。

 

 可愛すぎるだろ、俺の彼女。

 

 ひとしきり笑いが治まったあとに、起こさない様に彼女に近づいてそっとその髪を撫でる。

 

 特徴的だった彼女のお団子は今はなく、今では肩甲骨辺りまで流れるように伸びた髪と、昔よりほんの少し大人びた顔立ちには昔の面影は少ないが、それでもそんな子供じみた行動は昔とまったく変わらない事が堪らなく愛おしい。

 

 そう思いつつも、撫でていると彼女の目の周りがほんのりと赤い事に気がつき少しバツが悪くなる。

 

 最近の彼女の忙しさを知っていながら子供っぽいと笑うのは少し失礼だったかもしれない。

 

 もしかしたら、そんな忙しい中でわざわざ俺に会いに来て深夜まで待っていてくれていた可能性だってあるのだ。

 

「ごめんな、由比ヶ浜」

 

 そんな事を考えると思わず言葉が口からこぼれた。

 

 ほんとなら”ありがとう”と一番に伝えるべきだが、とりあえず謝ってしまうのは日本人の悲しい性だろう。

 

 そんな益体も無い事を考えていると、やんわりと頬を撫でていた手に由比ヶ浜がそっと手を添えられ、彼女が起きた事に気がつく。

 

「お、起きたk「・・・やっぱり、ヒッキー。私に飽きちゃった?」

 

「は?」

 

 俺の言葉を遮って紡がれたその唐突過ぎるその一言と撫でていた頬を新たに伝う涙に、俺は訳も分からずに間抜けな返答しか返すことができなかった。

 

――――――――――――――――――――

 

 起きた瞬間にぎゃん泣きを始め、俺の胸元にすがりつくように暴れていた彼女の言葉はどうにも要領を得なかったが大きく纏めると以下の様なものになる。

 

 曰く、浮気してるだろ。とのことである。

 

 ソレを聞いた時の自分の心境をなんと説明したものだろうか?

 

 まずは、怒りを抱いた事は否定しない。自分が彼女との繋がりをそんな蔑ろにして来たつもりは一切なかったのにそんな事を言われれば腹の一つだって立つ。

 

 次に感じたのは、申し訳なさだ。

 

 確かに、最近は彼女と会える時間は減る一方で、別の異性と用事があったとはいえ会う機会が多くなっていた事は事実だ。それが、恋愛感情でなくとも憎からぬ・・・いや、親しげな相手とばかりとの目撃情報を聞かされれば不安に思うのは仕方がないことでもある。

 

 傍から見れば、彼女の忙しい時期を狙った浮気だと噂されて、彼女にいらぬ心配をかけた事はなんだか申し訳なさが沸き上がってくる。

 

 そんな二つの感情にどんな答えを出すべきか迷っているうちに、ちょっとずつ顔を出しつつあるもう一つの感情がどうにも扱いを決めかねているのだ。

 

 それは、前述の二つの感情とは比べもつかないほど身勝手な感情のくせに、どうにも自分の本心を現しているようでどうにもバツが悪い。

 

 端的に言えば、不謹慎にも、自分はこの状況を、嬉しく思っていたりしてしまうのだ。

 

 こんないい女が、自分の動向を気にして、捨てないで欲しいと大泣きしながら胸にすがりついてくる姿にどうしようもないくらい愛おしさを感じてしまう。

 

 捨てる訳が、無い。

 

 手放す訳が、無い。

 

 自分の身には手に余り過ぎるこの幸福を、決して手放さない事を彼女に伝えるにはどうするべきか考える。

 

 考えるが、良案は思いつきはしない。

 

 どうするべきか、どうやれば彼女の涙を止める事が出来るのか?

 

 そんな事を考えるうちに、身体が勝手にうごく。

 

 胸元にすがりつく手を取り、俯く顔にそっと手を添えてゆっくりとその唇を奪った。

 

 唐突なその行動に最初は抵抗を示していた由比ヶ浜を、いつもはしないような強引な手つきで身体を抑えつけながら続けると、彼女の吐息が切なげな吐息に変わり、暴れていた身体がゆっくりとこちらに委ねられるのを感じる。

 

 その変化に、いつものごとく理性が飛び、襲いかかりそうになるがゆっくり深呼吸して心を落ち着ける。

 

 そんな自分の動作に一瞬、傷ついたような表情を浮かべる彼女に愛おしさは更に増し、襲いかかりそうになるが・・・今は我慢だ。

 

「由比ヶ浜」

 

 唐突な呼びかけに彼女の身体が強張るのを感じながら、出来る限り慎重にその手を取る。

 

 ポケットから、箱から、取りだしたその円形の金属。

 

 ソレをそっと彼女の左手の薬指にはめる。

 

「・・・ヒッキー?」

 

 おれの唐突なその行動にまったく理解が追いついていない彼女。

 

 指に嵌められたソレの名前を知りつつも、その存在を信じられない物を見る様な眼でみている。

 

 戸惑う彼女に、俺は、なんと答えるべきだろうか?

 

 きっと、今回のように泣かせてしまう事もあるのだろう。

 

 きっと、将来には俺が彼女を怒らせて大喧嘩をしてしまうことがあると思う。

 

 きっと、苦労を掛けて泣かせてしまう事だってあるだろう。

 

 でも、ソレを自分以外の誰かに、どっかの馬の骨に譲る気にはなれなかった。だから、自然と口が言葉を紡いでいった。

 

「由比ヶ浜、好きだ。少し、予定は早まったけど言わせてくれ。・・・大学を出たら、結婚してくれないか?」

 

「・・・」  

 

 無言の彼女。

 

 それを、静かに俺は、待つ。

 

 彼女が何を思っているのか分からないが、真っ赤に染まった彼女が、どうか、俺との未来の事に考えてくれている事を願う。

 

 緊張に身体を固くしていると、彼女はポツリ、ポツリと言葉を吐き出して行く。

 

 そんな、彼女の呟く様々な欲求を全て二つ返事で受け入れて行く。

 

 そうしていくうちに、彼女の顔は遂に、苦笑ともいえる様な笑顔を浮かべてくれる。

 

 ようやく、浮かべられたその表情にほっとしていると、彼女はそっと俺の首へと身体をよせてそっと呟く。

 

「他の子みちゃ嫌。大変でも、面倒でも、私だけみてくれないと・・・拗ねちゃうからね?それでも、ヒッキーは、私と一緒に居てくれる?」

 

 その返答に、言葉なんていらなかった。

 

 思い切り、力の限り、彼女を抱き寄せた。

 

 彼女は、小さくため息を漏らしつつも、まんざらでもなく受け入れてくれた。

 

 たったそれだけでこの数か月の報われた気がしたのだ。

 

 泣き、怒り、笑い、様々な表情を浮かべる優しい彼女を、どうか、自分の力の及ぶ限り守って行こうと。

 

 そう誓った。



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