狗竜色の鬼灯 (しばりんぐ)
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狗竜色の鬼灯




 イヌホオズキの花言葉って、ご存じですか?






 

 

 兄は、立派なハンターさん。

 

 私の兄は、とても立派な上位ハンターさんなのです。自分の体より大きな剣を振り回して、大きくて怖いモンスターに立ち向かって! それでも楽しそうにお酒を飲んでは笑っている、とっても素敵な兄なのです。

 

 私は、彼の妹のテルナ。ジャンボ村に住んでいます。今は雑貨屋のお手伝いをしつつ、忙しい兄を支える毎日。大好きな兄さんのために、日々奮闘しています。

 

「じゃ、行ってくるな。テルナ」

「はい! 気を付けて、兄さん!」

 

 赤くて逞しい鎧を着込んだ兄の、その分厚い籠手を握って。兄の出発を、私は笑顔で見送るのです。

 兄さんは、ドンドルマという大きな街に赴きます。そこにいけば色んな依頼を請け負うことができて、たくさんお金を稼ぐことができる。そう、嬉しそうに語ってました。だから今日も、この空の向こうで、兄は頑張ってくれるのだと思います。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 ジャンボ村は、私たちの故郷。とはいっても、生まれた場所って訳じゃあないけれど。

 ────両親は、旅の商人でした。けれど、旅の途中にモンスターに襲われて。幼い私たちを残して、帰らぬ人となってしまいました。

 それでも、ジャンボ村の人たちは私たちを温かく迎えてくれています。まだ発展途上で、見ず知らずの子どもを気にかける余裕なんてないはずなのに。それでも、村長さんは優しく私たちを抱き寄せてくれました。

 私も兄も、みんなに恩返ししたい気持ちはおんなじです。だから兄はハンターになって村を援助して、私は村の中で働いて支えるのです。

 

「わっわわっ!」

 

 ────時々、ドジをしてしまうこともあるけれど。

 

「あらあら、テルナちゃん。また派手に転んだわねぇ」

「あう……もう十四歳になるのに……いつまでも、転んじゃうのが治らないのです」

「何もないところでつまづくのが特技だもんねぇ」

「あうぅ……」

 

 積み上げたモンスターリストを散乱させてしまって。ぶつけたおでこを擦りながら、その紙を拾い上げて。私を雇ってくれた店主のおばさんは、あらあらと微笑んでは一緒にそれらを集めてくださいました。

 

「ごめんなさい、また私……」

「いいのよいいのよ。はい、じゃあこれはそこの棚にしまっといてくれる?」

「りょ、了解なのです!」

 

 おばさんも、とっても優しくて。私たち兄妹のことを、とても気にかけてくださいます。

 

「ロランくんは元気にやってるかしら」

「兄さんは強いです。きっと、大丈夫ですよ!」

 

 私の兄────ロランは、本当に凄いハンターさんになりました。森と丘に現れた赤い飛竜を、なんと一人で討伐してしまったのです。昔はモスに蹴られて泣いていたのに、今では立派なハンターさん。上位という、凄く強いハンターさんっていうことが認められた地位にいるのですよ。だからドンドルマでも、引っ張りだこ間違いなしです!

 

「最近は村にもあんまり帰ってこれてないからねぇ、おばさん心配しちゃって」

「確かに、そう簡単には帰れないみたいですけど……でも! 手紙をたくさん送ってくれます! 今日も、アイルーちゃんが届けてくれました!」

「あら、そうだったの。じゃあ安心ね」

 

 兄さんは、マメな性格です。

 昔から泣き虫だった私のために、あれやこれやと色々してくれて。年の離れた妹のために、兄はたくさんのものを捨てました。私のことを、いつも選んでくれました。

 今も、私のことを気にかけてはたくさん手紙やお土産を送ってくれます。兄さんと一緒にいれる時間は少しずつ減っていってますけど、テルナは全然寂しくないのですよ! ほら、今日もこんな手紙を送ってくれましたから!

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 元気にやってるか?

 こっちは順調だよ。いい感じにお金も集まってきたし、次帰るときは少し長くそっちにいれそうだ。といっても、まだまだいくつか依頼が残ってるから先になりそうだけど。

 狩りにいって、モンスターを倒して、報酬を受け取って。その後狩友と飲む酒が旨くてなぁ。お前も成人したら、いい酒持って帰るから一緒に飲もうな。そっちの話も、また聞かせてくれ。

 

 ロランより

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 この世界には、いろんなモンスターがいます。

 空を羽ばたく巨大な飛竜から、群れを成す鳥竜に、水や砂の中を泳ぐ魚竜。雑貨屋でモンスターリストに触れるけれど、見たことのないモンスターばかりで飽きません。そのモンスターについて、村に帰ってきた兄から話を聞かせてもらうのが、一番の楽しみです。

 ゲネポスという、黄色のランポスみたいなモンスターのこと。

 兄が単独で撃破した、リオレウスという勇ましい飛竜の話。

 雄を食べてしまう、とっても怖い虫の女王様のことも聞きました。

 ハンターという仕事は、本当に世界中を駆け回ることができるらしくて。兄は面白い話を次々と持ってきてくれるから、いつもいつも兄と会えるのが待ち遠しいです。今度は、どんなお話をもってきてくれるのでしょうか。

 

「私的には、あの話が面白かったね。ガノトトスの」

「ガノトトス……あ! 捌いて食べたって話でしたっけ?」

「そうそう。なんか、ドンドルマでウマがあったハンターにご馳走になったって話」

「討伐したらすぐ血抜きして、鱗を剥がし出したとか、言ってましたもんね」

「素材目当てじゃなくて調理目当てで剥ぎ取りするハンターは初めて見たって言ってたねぇ」

「その剥ぎ取りナイフも、包丁の形してたんでしたっけ」

 

 なんて、飽きない兄の話に花を咲かせ。

 次に兄が持ってきてくれるお話は何かなぁと思いながら、新しい彼からの手紙の封を切るのです。

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 返事有り難うな。工房のおばあちゃんがまたぎっくり腰になったって聞いて、びっくりしちゃったよ。でも、あのばあちゃんのことだから次の日には元気にトンカチ振り回してそうだなぁ。

 テルナが元気にやってるって聞いて、兄ちゃんは安心してる。なんか、依頼がさらに重なってなかなか帰る日程が組めないけど、兄ちゃん頑張るからな。

 あ、そうだ。今度はな、ザボアザギルって奴食べたんだ。あの狩友から、お裾分けってことでフライになったのを貰ったんだけどな。なんか、変わった味してた。別に進んで食べようとは思わない味だけどね。

 また手紙送るよ。

 

 ロランより

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 この世界は、モンスターの世界。

 人間は、モンスターに比べたら圧倒的に数が少ないです。竜もいれば獣もいて、蟹も虫も、魚だっている。そのどれもが人間の体なんて軽々と呑み込めてしまうほど大きくて、その種類も数えられないくらいたくさんです。そう、この世界の主は、モンスターたちなのです。人間は、その一部分をちょこっと間借りさせてもらっているだけなんです。

 それでも、人間こそがこの世界の主だと思っている人も少なくなくて。国は領土を広げようとするし、密猟に走るハンターさんも多くいます。兄も、そんな悪い人たちを何度か見たと言ってました。

 

 ────でも、そんな考え方、勘違いだと私は思うのです。

 

「……クシャルダオラ、かぁ」

「……村長さん?」

「いや、少し昔を思い出してね。昔……そうだなぁ、まだ君たちがここにやってくる前にね、凄いモンスターが現れたのさ」

 

 古龍。

 村長さんが口溢したそのモンスターは、なんと古龍と呼ばれるモンスターなんだそう。悠久の時を生きる古き存在にして、自然現象の具現化とも呼べる力をもつ。人間どころか、飛竜と比べてもその存在の大きさは段違いで、この世の理そのものなのかもしれないと、彼は語っています。

 

「彼の者の吐息は、瞬く間に突風へと成り変わってね。彼が羽ばたけば、それはすなわち暴風雨。密林の木々も軽々と薙ぎ倒されるんだ」

「羽ばたくだけで、そんなに……?」

「うん。そして彼の逆鱗に触れた者はみな、黒い嵐に引き裂かれるんだとさ。僕の古き友が、その目で見たそうだ。彼もハンターだったけれど」

 

 きっと、その古龍に比べたら、人間なんてちっぽけな存在だと思うのです。この世界の支配者は、彼らなんでしょう。

 

「……兄さん……」

 

 今日も、兄はこの世界の何処かで狩りに赴いています。兄は────大丈夫でしょうか。

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 もう少しでそっちに帰れそう……と思ったんだけどなぁ。何やら、ドンドルマ付近で奇怪な事件が起きてるんだ。武器庫の火薬が根こそぎなくなってたり、撃龍槍っていう大きな武器が奪われたりしてな。しかも、そこには黒い粘液が残されてたって話だ。盗賊かなって、思ったかもしれない。だけど、残された足跡は人の何十倍もの大きさでな、どうやら未知のモンスターなようだ。

 それの対応のために、多くのハンターが待機しなければならなくなった。だから、しばらく帰れなさそうだ。ごめんな。前に欲しいって言ってた奴、同封したからさ。許してくれ。

 それじゃあな。

 

 ロランより

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

「うー……兄さん……」

「どうしたんだい、テルナちゃん」

 

 店のカウンターに座っては、手紙を読んでますテルナです。今日もこの店には村の人しかお客に来なくて、とっても暇です。だから、兄さんが送ってくれた手紙を読んでいます。

 手紙によれば、兄さんはすぐには帰れないとのこと。相変わらず忙しいみたいで、会えないのが残念です。店のおばちゃんが心配そうに声をかけてくれますが、なかなか元気な返事ができません。

 

「兄さん、しばらく帰れないみたいです。……寂しいです」

「あれま、そりゃ残念だねぇ。もう何ヶ月帰れてないかねぇ、あの子」

「うー……分かんないです」

 

 私がわがまま言ってもしょうがないけれど!

 でも、やっぱり会えないのは寂しいです。できることなら、今すぐにでも会いたいのです。

 

「でも、ロランちゃんは大変ながらも頑張ってるもんね。応援してあげないと」

「……はいっ」

 

 そうですよね。私ばっかりの気持ちを押し付けて、兄さんに怪我や苦労をさせれません。兄さんも頑張ってるんだから、私が応援しないと、です。

 

「そうだ、兄さん、何かを同封したって……」

「ん? お土産か何かかい?」

 

 やけに分厚い封の奥には、何やら固い何かが入ってました。触ってみるとざらざらとして、重くはないけれど固い何か。そう、まるでモンスターの鱗のような────

 

「こっ……これは……っ!」

「……ジャギィの鱗?」

「……間違いありません! 正真正銘、ジャギィの鱗です! 兄さん、これを送ってくれたのですね!」

 

 私は思わずその鱗を抱き締めました。だって、欲しくて欲しくてしょうがなかったんですもの!

 

「か、変わってるねえ。テルナちゃん、そんなの欲しかったのかい?」

「はい! この地方じゃ会えないですし、見ることもままならないんですもの! 狗竜は可愛いと知って、その鱗にずっと触ってみたかったんです! 兄さん、私のお願いを覚えていてくれたんですね……!」

「そ、そう……そんなに好きだったんだね」

「それはもう! いつかジャギィフェイクをゲットするのが夢です!」

 

 その言葉に、おばさんは引き気味だったけれど。それでも、私は嬉しかったです。

 兄さん、有り難うございます! どうかお仕事、気をつけて。テルナはずっと応援してますよ!

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 この前のジャギィの鱗は、気に入ってくれたか?

 あの奇怪な事件の話なんだけどな、真相が分かったんだ。

 古龍だ。何と、古龍だってよ。驚いたぜ、まさか生きてる間に古龍に会える機会が来るなんて。

 詳しい情報はまだ分かんないけど、リオレウスやグラビモスなんかとは比較にならないほどデカい奴らしい。しかも、背中にあの撃龍槍を背負ってるんだとさ。古龍って、ほんと訳わかんねぇよな!

 そいつが今、ドンドルマに向かっているらしい。俺たちハンターは総出で迎撃作戦だ。もちろん、俺も参加するよ。名乗りを上げるチャンスだし、ギルドに貢献したいしな。

 大きな作戦だけど、必ず成功させてくるよ。楽しみにしててくれ。

 それじゃあな。

 

 ロランより

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 凄い手紙がやってきました。兄が、古龍に立ち向かうそうです。それも、とっても大きな古龍なんだとか。モンスターリストに載ってる、ラオシャンロンっていうモンスターでしょうか? よく分かりませんが、とても大事にな仕事が回ってきたみたいです!

 

「テルナちゃん、ドンドルマのこと、聞いたかい?」

「はい、聞きました。兄さんが、凄く頑張るみたいです」

「かつてない大掛かりな作戦になるんだって? 凄いねぇ。ロランちゃん、心配だね」

「心配……ですけど、でも、兄さんですから。きっと勝ってくれると思います。私はここで、祈ってます」

「……そうね。ここで私たちが支えてあげないとね。さ、それじゃああの子に負けないように、私たちもせっせと仕事しようかね」

「はいっ!」

 

 ジャンゴ―ネギや激辛ニンジンといった野菜を籠に詰めるおばさんに、私も元気をもらいます。負けじと花を瓶に差して、店へと並べました。

 ドンドルマで大きな作戦が行われるなら、それ相応の物資が消耗されるはず。兄さんを支えられるように、ジャンボ村でもしっかり蓄えて、いざとなったらドンドルマに送れるようにしなきゃいけません。

 回復薬にボウガンの弾薬など、様々な品を並べ終えてほっと一息。支援係も楽ではないのです。前線で闘う兄に比べれば、とは思いますけど。それでも、たくさんの品とにらめっこしてると、頭がこんがらがってしまうのです。

 

「……あっ」

 

 額を流れる汗を拭こうとして。うっかり上げた右ひじに、何かがぶつかりました。それは先程差した花の瓶。カランと音を立てて、軽快に地面へと崩れ落ちて────

 

「ちょっ、テルナちゃん! 大丈夫かい!?」

 

 横たわるは、ホオズキ────によく似た葉をつけた花。割れた瓶に滴る水の中で、その花が静かに四肢を投げ出していました。

 

「……は、はい」

 

 なんでしょう。なんだか、凄く悪い予感がしました。

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 元気にやってるか? 俺はこの通りすっごく元気だ。もう絶好調だ。

 ……さて、あの古龍の話だけどな。もう伝わってるかもしれないけど、無事に撃退したよ。俺たちハンターの総力を挙げて、あの巨体を何とか退けることができたんだ。もう、俺たちはみんな英雄さ。ドンドルマを守ったんだからな。

 けど、やっぱり被害は大きくてさ。ドンドルマの街も結構ボロボロになっちまった。ジャンボ村からの救援物資ももらったぜ。他にもココット村とか、ポッケ村とか。いろんなところから支援がきてて助かってる。傷薬とか、なかなか足りなくてなぁ。

 だけどよ、ハンターの総力戦ってのは大きな出来事だったんだ。今まで関わらなかったような奴ともつながりができた。いやぁ、本当にいい機会だったよ。今そこで出来た友人と一緒に療養してるんだけど、これもまた楽しいんだ。ハンターをやれて良かったと思ってるよ。

 じゃあ、また手紙送るな。色々有り難う。

 

 ロランより

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

「兄さん……っ! 無事でよかった……!」

 

 私は、思わず手紙を抱き締めました。兄さんは、無事だったのです。元気にあの古龍を撃退できたようなのです。

 

「おぉ、ロランは元気そうか! いやー、良かった良かった」

 

 そんな私の頭を、村長さんはぽんぽんと撫でてくれます。雑貨屋のおばちゃんも、優しく私の背中を擦ってくれました。

 

「流石はロランちゃんだよ。やっぱりあの子はえらいねぇ!」

「はい……はいっ! 兄さんは最高の兄さんなんです! よかったぁ……」

 

 兄さんは、元気な様子で手紙を送ってくれました。

 ドンドルマを守ったハンターの一人です。英雄の一人です。これはほんとに、凄いことなのです! もう、妹としても誇らしくて。それ以上に兄さんが無事だったことが嬉しくて、ついつい涙が零れ落ちてしまいました。

 

「じゃあ、これで一仕事終わったんだろう? ロランちゃん、もうすぐ帰ってくるかもねぇ」

「ほう、じゃあ宴の用意しないとなぁ」

「あ、えっと、なんだか兄さん、今は療養中のようなのです。だから、もう少し時間がかかる……かもです」

「ありゃ、そうかい? じゃあ、また帰ってくる連絡があったら僕に教えてくれるかい?」

「はい! すぐに!」

 

 村長の優しい笑顔が眩しくて。撫でてくれるおばさんの手が温かくて。私はなかなか、にやけが抑えられません。

 ドンドルマが必要とした物資は多くて、今この村はとても余裕のない状態だけど、それでも心はあったかいのです。

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 元気にやってるか? こっちはぼちぼちだ。

 療養も進んで、少しずつ回復してきてる。もう少ししたら、そっちに帰れると思う。

 しばらく狩りには出れてないけど、療養生活も悪くないんだ。この前話した新しい友人とまったり過ごすことができてな。結構充実してる。

 こいつが凄いんだ。ハンターとしての腕はいいし、人当たりもいい。何度も俺の窮地を救ってくれたし、互いに背中を預け合った仲だ。もうこいつとは親友と言っても過言じゃないかもしれない。できるなら、こいつをジャンボ村に連れて行ってやりたいとも考えてるんだ。

 テルナは、それでもいいかい?

 また返事を聞かせてくれ。それじゃあな。

 

 ロランより

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

「はー、兄さんのお友達……どんな人なんでしょう」

 

 兄さんにしては珍しい、私に確認するような内容でした。でも、兄さんのお友達とあればもちろん大歓迎です。むしろ、会ってみたいのです。

 

「もちろん、大丈夫ですよ……っと」

 

 だから、その思いを筆に乗せて紙へと刻むのです。そんなこと、心配無用ですよって。

 兄さんが親友とまで言うその人は、どんな人なんでしょう。以前言っていた包丁のような剥ぎ取りナイフを持ったハンターさんでしょうか。その人だったら、なおさら会ってみたいものです。きっと、いろんなモンスターを食べてきたのでしょうから。

 ふふ、考えたらワクワクしてきました。あまり充分な食材は村にないので、今日もお腹はやや満足できてませんが、心は満たされていくような、そんな気がします。

 

「兄さんが、その友達と村に来るのを……待ってます……よっと」

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

 テルナへ

 

 返信有り難う。

 そう言ってくれて嬉しいよ。ほっとした。

 ……ただ、ただな。この前は、手紙に書けなかったんだけどな。その友達、先の古龍との戦いで大怪我を負ってしまってな。医者も懸命に手を尽くしてくれたんだが……残念ながら両脚を切断しなきゃいけなくなってな。だけど、折角こうして仲良くなれたんだ。俺はそいつをこれからも支えてやりたいと思う。

 そいつを村に置いてやっても、いいか?

 

 ロラン

 

 

 

 □  □  □

 

 

 

「……そう……だったんですね……」

 

 兄さんの手紙を読んで、私は思わずそう溢しました。

 まさか、その友達がそんな大怪我をしていたなんて。私は一向にそんなことを考えなくて、とても心が締め付けられました。

 

 もちろん、助けになりたい。大切な兄さんの友人なのだから、私も支えたいのです。

 ────でも。今のジャンボ村はとても余裕がない状態です。先のドンドルマの支援のために大量の物資を送って、枯渇状態が続いてます。何人かの男の人は、出稼ぎにいってしまいました。それくらいまでにあの古龍の被害は大きくて、村もピンチです。そこに、その友人さんを置いても苦しい思いをさせてしまう……かもしれません。

 

「……もちろん、歓迎です。でも、ずっとは……難しい、かもしれません……。その、友人さんが……安心して住める場所を……一緒に探していきましょう……っと」

 

 せめて、もう少し村が安定した状態だったらいいんですけど。今は、これが精一杯だと思います。村長さんもいつも頭を抱えてますし、雑貨屋の品数はどんどん減っておばさんも困ってますし。こんな時、自分の力のなさを恨むのです。

 

「でも、来てくれるのを待ってますよ。兄さんと、そのお友達さん」

 

 そう言いながら、私は手紙を包みました。来てくれる日が、とっても待ち遠しいのです。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 それから、数週間。

 手紙は突然、音沙汰がなくなってしまいました。兄からの便りは、一向に届かなくなりました。一体何があったのか、彼はどうしているのか。それすらも全く分かりません。

 

「兄さん……」

 

 一体、どうしてしまったのでしょう。あれから、何かあったのでしょうか。あれこれ考えるのですが、考えても答えは出ません。それに村の近辺では最近牙獣種の活動が活発になり、警備で手一杯になってしまいました。そちらばかりを考えていられない状態です。依然として、経済状況はとても深刻なのです。

 せめて、せめて兄さんがこの村の専属ハンターとして活動してくれたなら。そうしたら、少しは状況は改善するでしょうか。

 いえ、それは良くない考えです。兄さんにばかり押し付けられません。むしろ、私たちが兄さんたちを支えなければ。この国の英雄さんたちを、守らないといけないのですから。

 

「兄さんは、元気にしているかなぁ……」

 

 なんて呟いた、その時でした。

 村の門のその向こうから、軽快に走る影。それが、勢いよく滑り込んでくる姿が見えたのです。

 白い毛並みに赤い帽子。大きな赤い鞄を背負ったその姿は、いつも兄さんからの手紙を届けてくれるあのお方。郵便屋さんのアイルー、その人でした。

 

「ニャーッ! お待たせしましたニャ! 手紙、お届けですニャ!」

「えっ……本当ですか!?」

 

 慌てて滑り込んできたその子が渡してくれたその手紙。どうやらドンドルマから送られてきたもののようです。

 兄さんだ。そんな思いが胸にこみ上げてきて、私は感極まってしまいました。ついつい、郵便屋さんを抱き締めてしまいます。

 

「ニャッ、離すニャ! まだ仕事があるのニャー!」

「えっ、あ、ごめんなさい……っ! つい……!」

 

 慌てて離すと、その子はぴょんっと着地しては瞬く間に駆け出してしまいました。とっても忙しいのですね。

 ううん、今はいいの。また会った時に謝りましょう。それよりも、今はあの子から受け取った手紙だけで、頭が一杯なのです。もうそれを確認したくてしたくて、たまらない────

 

「……あれ?」

 

 おかしいのです。

 いつもと、何かが違うのです。

 封筒が、送り先が、その綴られた字が。

 ────私の知っているものと、違う────?

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 死亡告知書

 

 本籍 ジャンボ村

 

 ドンドルマギルド所属 上位ハンター

 ハンターランク7 ロラン=ボルフィード

 

 ドンドルマ歴648年温暖期時刻不明

 ドンドルマギルド医療棟に於て死亡を確認致しましたから御通知致します

 

 ドンドルマギルド

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 その後、兄の遺体が村に届けられました。

 彼の体は清められ、いつまでもハンターでありたいという彼の願いに応え、死に装束の代わりにあの真紅の鎧が着せられていました。深い傷が目立つその鎧が、まるで血だまりのようで。白い肌とはとても対照的に、私の目には映りました。

 握られていた狗竜の鱗には、おびただしい罅が入っていて。その破片が、兄の白い肌を薄く裂いていて。でも、決して赤くは染まらない。

 兄がどうなってしまったのかを如実に表しているその光景に、私は言葉を失ってしまうのです。手に持っていたホオズキの花が、くしゃりと悲鳴を上げました。

 

 ────着せるところがないから、と。棺桶の中で静かに寝かされたレウスSグリーヴ。空虚で満たされたそれが、その箱の中で静かに佇んでいました。

 

 

 






 イヌホオズキの花言葉は、嘘です。


 元ネタは、「【意味が分かると怖い話】戦争に行った息子からの電話」です。
 元ネタをご存知の方は、この話の意図や意味が分かると思います。
 そうでない方には、是非とも感想などで声を聞かせていただけたらなぁ、と思います。もちろんご存知の方からの声も聞きたいです。
 ちなみに、イヌホオズキは7月17日の誕生花でもあるそうですね。
 それでは、閲覧有り難うございました。


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