新米審神者の生存戦略 (職員M)
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1話
健全な組織において、指示命令系統が明確かつ出した指示がスムーズに下にまで伝達することは最重要である。
「兼定! 左翼より新手だ。己の名に恥じぬ仕事をせよ」
「直ちに!」
指示を出してからわずか十数秒後、我が相棒は敵方を文字通り粉砕する。いつもと変わらぬ成果に満足を覚え、先程新手が現れた左翼方向へと進軍を開始。
「この戦場は抑えられる! 行くぞ!!」
応ッ!という呼応の声を背に受け、私はまた馬を進めた。
「そういえば、国もまた組織だったな……」
ふと天を仰ぎ見ながら呟いた独り言は誰にも聞こえる事はない。なにせ、私がこのような状況に追い込まれてしまったのはつい最近のことなのだ。
『適合者選出のお知らせ』
政府より届いたこのふざけたタイトルをした封書は、何かの嫌味なのか赤い紙で書かれていた。中身を見なければ良かったと今でも思う次第だ。
「南様ですね?」
会社に急遽有給の申請を出し、部下に対し手短に引継ぎを行っていたところに、黒い高級車から出てきた車と同じ色の服を着た役人が出迎えてくれた。直ぐ様肯定し乗車する。
車に揺られること一時間。この間珈琲を2回御馳走になった。やはり政府御用達の車には一般市場では手に入りにくい豆が乗せられているらしかった。
「お待ちしておりましたよ。私は横山と申します。どうぞどうぞ、お掛けください」
何十畳あるか分からないほどの大部屋に通されると、そこには重役らしき人間が待ち構えていた。一瞥しただけでこの赤紙を寄越した人間と分かる。ソファに促されるままに着席すると、私はすぐに本題に入る。
「一体何の御用です? それなりに善良な市民としてこれまで過ごして来たつもりですが」
「ご冗談を。そういう要件であれば警察を寄越せば済む話です。まずはこちらを」
渡された分厚い資料には表紙に『極秘』と書かれている。政府が所有する極秘資料を高々一般企業に勤務している私ごときに開示するわけがない。資料を捲ると同時に横山は話し出す。
「AIによる全国民への適合調査の結果、南さんが適合と判断されました。是非ともお受け戴きたいのですが……先に熟読の方をお願い申し上げます」
言われずとも契約書の類は熟読に限る。しかしそれをわざわざ"進言"するというのは、政府の人間とは思いにくい。大概、自分達の都合の良い方向へと持っていくのが役人のやり方だ。
『歴史修正主義者による侵略行為と対抗策』
しかしそれも一瞬で頭の片隅に追いやる。資料に目を戻すと、一頁目から意味の分からない言葉が並んでいたのだ。
「歴史修正主義者? 概念的な話でしょうか?」
「いえ、残念ながら"物理的"な話です」
「失礼ですが、話が見えません」
これが日本国と銘打たれた資料で無ければ、鼻で笑いながらシュレッダーにかけていたところだ。
「仰る通りかと思います。ですが現在、我が国は危機に陥っております。このままでは全国民……いや、全人類が危ない」
「物理的な話とは?」
「資料の三頁目に書いております」
素早く読み込む。が、いまいち要領を得ない。
「歴史修正主義者達が時間遡行軍を率いて各時系列への戦場に参戦、勝敗を覆し歴史を修正する……ですか?」
「はい……。現在の日本国並びに世界に対する致命的な改変は起きていませんが、これも時間の問題です。我々は今観測することしかできません」
「歴史が修正されると……?」
「最悪、今の世界が崩壊します。全く別の日本、あるいは世界へと書き換えられるでしょう」
「どうするんです? 観測するだけではこの敵勢力のなすがままでは?」
「そこで、貴方様なのです!」
横山はそこで真っ直ぐに私を見た。
「南様の適合性、それは"無機物を励起し、時を操る能力"です」
「…………私に?」
「ええ、他の適合者にも依頼しているところですが、なんせ絶望的に人手不足です」
それはそうだろう。そのような異能力者が跳梁跋扈しているとも思いにくいし思いたくもない。
「では、現在打てる対策というのは……」
「この適合者、即ち"審神者"による時間遡行軍の殲滅です」
「なるほど……」
「やって頂けませんか? 我が国、そしてこの世界の為に!!」
「……お断りしたい」
「なぜです?」
当たり前だ。敵勢力とやらと対立する。これは完全に戦闘行為となる。つまりこれまでの生活と比較して死のリスクが極大化するということだ。適材適所、餅は餅屋に任せるべき。
「この歳で前線に立つのは難しい。仕事もありますし」
「……では、もし現在の状況が悪化し、時間遡行軍及び歴史修正主義者による本国への侵略行為が達成された場合、貴方様も私も文字通り消える事になりますが、よろしいですね?」
「……どういうことです?」
「当たり前じゃありませんか。歴史を変える。それはつまり、産まれるべき人間が産まれず、本来あり得ない人間がこの世に誕生する。大きな歴史の脈はどこまでも受け継がれて行くのです。つまりーーー」
そこで一旦区切り、再び横山は語気を強める。
「貴方も決して他人事ではないということですよ」
私を説得するのに、これ以上の言葉を聞いたことは今まで無かったのであった。
「ところで、この国家業務に対する私への報酬は?」
重要な話はまだ続く。私は生存に一切の妥協をしない。しかし何も手を打たずとも存在が消される可能性があるのならば、何かしら動くべきだ。サイコロは振れるのならば振るべき。経済学の大前提だ。しかしそれとは別に私への個人的なモチベーションの為に報酬の話もまた、同程度には妥協もしないのだ。
「今後生活に一切困らないほどの資産を提供します」
「免税は?」
「その資産の引渡しに対する所得税、贈与税には目を瞑りましょう。」
「……できれば住民税もまけてもらえると有り難いのですが」
私の言葉に横山はニヤリと笑う。
「南様、貴方が成功すれば今後もこの国で生活することになります。その辺りはご勘弁を」
「言ってみただけです」
存外融通が利くようだ。つまり国家が融通を利かせている。良い兆候とは言えない。それ程の危機が正に目の前に迫っているということだろう。絶望的に人員不足の企業にいる人事部長ですらここまで太っ腹にはなれるまい。
「現在の仕事を継続することは国家機密に抵触しますか?」
「いえ、そこは口出しできかねますので、続けたければどうぞ。無論、一切の口外は禁止措置を取らせていただきますが」
規制もそれほど。ならば乗らない手はないだろう。
……と、ここまで考えてから、ビジネスマンとしての私が脳内で舌なめずりを始めた。
「ところで横山さん。私の情報を調べ尽くしたということは、私の業務内容もよくご存知のはずですが」
「左様ですね」
「私は国内インフラ整備の民間企業です。競合相手が審神者とやらにいないのであれば……」
「それ以上は不要です。手配致しましょう」
言論封殺による逃亡。それはさせない。
私は大きくリアクションを取りつつ言う。
「驚きました。それでは『今後国内事業において入札を当社に優先していただく』と言うことでよろしいでしょうか?」
「……貴方も悪い人だ。録音されているのですよ?」
「万一の保険ですよ。それ程のリスクは背負わされるのです。リスクに見合った対価は戴かねば」
「分かりました。それも契約に含めましょう」
横山がそう断言したことで、私は心の中でガッツポーズを取る。仕事を継続できるのであれば総務部長であれ営業活動はせねば。これで社長への絶好の手土産も準備ができた。有給に目くじらを立てられるどころか昇進すら見えてくる。
「それでは、任命契約といきましょうか」
審神者としての業務はこれまでとは大きく異なることだろう。だが、やらねばやられるのだ。ビジネスにおいては資本主義経済に基づく血を流さない戦争であったが、今後は血を流す実際の戦争に巻き込まれることになる。歴史修正主義者とやら、どれほど戦争が好きなのだろうか?現代人としての知識を教育してやらねばならんな……。
そんな事を考えながら、私は四杯目の珈琲を飲み干したのだった。
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第2話
横山が下の者に持って越させたのは、小さな端末装置だった。
「これはこちらからの緊急要請、並びに次元転移や刀剣男士の招集や鍛刀など、言わば武器の全てとお考えください。」
「これで実際の戦場へ行くというわけですね……」
「左様です」
架空現実が拡張し五感や距離感も現実を超えたものが出始めている世の中だったが、よもやこれまでとは思わなかった。こんなことならこれを開発していたであろう大手電機メーカーの株式でも仕込んでおきたかったと、地味に私は臍を噛む。
「起動してみても?」
「どうぞ。ロックは南さんの指紋と網膜で解除されるよう設定済みです」
横山の言われる通りにロックを解除すると、端末画面ほぼ全体に狛犬のような生き物の顔が映った。
「縮尺ミスってません?」
「いえ、彼が近寄っているだけです」
「初めまして主様! ぼくはこんのすけと申します!以後お見知りおきを」
「AIですか」
「いえ、彼には自我があります」
私はこの時点で何か異様なものを感じた。確かに言われてみればAIには無い"気配"を画面内に感じる。まるで電話越しに会話しているような、どこかに存在感をこの生き物には感じるのだ。
「宜しく頼む。新しく審神者になる者だ」
「名前を伺っても?」
「あっそうだ! 忘れてた! ちょっと此方へ」
急に横山が間に割って入って来た為に、私は名前を言いそびれる。そのまま促されるままに部屋の端にまで連れて行くと、彼は内緒話をするように私の耳に口元を持ってくる。
「本名、真名は教えないで下さい」
「何故?」
「南さんはこの契約が済めば最下級ではありますが神の領域に足を踏み入れる事になります」
ふむ、つまり概念的な存在になるということか。
「故に、真名を知られてはより上級の神からどのような乗っ取りをされるか不明なのです」
「分かりました。言う通りにしましょう」
どのような形であれ、指揮権を奪われるのは本意ではない。
こんのすけの元に戻ると、私は堂々と偽名を名乗った。
「山田だ。宜しく頼む」
「かしこまりました!」
手早く自己紹介を終えると、こんのすけとやらは一度画面から消えたかと思うと、複数の青年を連れてくる。
「この中から初期刀を選んで下さい!」
そこで履歴書のようなプロフィールと自己紹介を受ける。一時的とはいえ人事部に出向になった数年前を思い出した。あれは酷いものだった……。
「横山さん、彼らの戦闘能力に差異は?」
「無い…………と思われます」
「思われます?」
思わず聞き返す。これまでの歯切れの良い返事から一変、急に自信なさげな様子を見せる横山に、内心不安を覚えつつも表情には出さない。
「何故分からないんです?」
「データは何度も確認しました。しかし、能力を持たない我々ではこの刀剣男士を見るのは審神者の方が触っている時だけなのです……」
なるほど、実際に見ていないから判断がつきかねる、と。
「私はデータを信じます。誰でも良いというのなら……君だ」
「僕は歌仙兼定。どうぞよろしく、主」
このちょっと何考えているか分からない武器を私は選んだ。これが相棒との最初の出会いであった。
「一つ、確認しておきたいことがあります」
私は兼定と一つ二つ言葉を交わした後、再び横山とソファにて会話していた。
「何でしょう?」
「本戦争において、戦時国際法は遵守されますか?」
交戦規定の確認。つまりドンパチやるのにルールは必要ですか?民間人への攻撃はだめですか?というアレである。破ると大抵酷い目に遭うことは私だって知っていた。
「本戦争は現状、被侵略状態にある上、表面上国土、領海、領空、経済水域に至るまでの全てに直接被害を被ることはありません。故に、本国は本戦争を公表せず、宣戦布告すらしない状態にて防衛出動を発令します」
つまり何をしても許されるということだ。終戦後に軍法会議にかけられた挙句討ち死にでは何の為に頑張るのか分からない。歴史修正主義者とやらがどんな存在か未だ不明だが、戦時国際法が守られない戦場のどれだけ過酷な事か、果たして覚悟しているのだろうか?
「それならば結構です。次に敵勢力の規模についてですが」
「南さん……それは、我々も現在調査中です」
「はて?」
おかしい。戦争をするのだから敵勢力の規模は真っ先に確認されて然るべき事項。空挺師団でも何でも強行偵察にでも飛ばせば良いものを。
「我々は最近になってようやく次元間の観測に成功したところなのです」
「つまり、歴史修正主義者共の確認もそれと同時と?」
「その通りでございます」
何ということだ。敵勢力規模すら把握できない戦争は、常に戦場の霧の中にいるも同然。歴史修正主義者の残存数が不明なれば、こちらの戦力摩耗は避けられない。
「そうなると、戦争は非常に厳しいものになるかと」
「存じております。なればこそお力を貸して頂きたいのです」
私が逆の立場だったとしても、藁にも縋りたいところだろう。とりあえず戦力になりそうな人員は片っ端から揃えた上で、可能な限りの処置を施す。もしもやられてしまった暁には証拠が残らないよう徹底的に隠匿する。なるほど、報酬が巨額な訳だ。
「…………納得は難しいですが、事情は分かりました。私と、我が刀剣を信じてお任せ下さい」
「ありがとう御座います……!」
さて、後は……。
「武器とできるものは、先程ご紹介いただいた刀剣男士のみ、ということでよろしいですか?」
「基本的には、そうなります。戦車や空母等、現在でも活躍する重火器を持ち込むと、それこそ歴史改変に繋がりかねません。歴史修正主義者が跋扈する時代に合わせた刀剣男士こそが合理的な選択でして」
なるほど、得心がいく。つまり空を基軸とした現代戦から一つ前の時代に戻さねばならないということだ。戦争のやりやすさはガクッと落ちるが、その分自滅で歴史改変も防ぐことができるという訳だ。急場にしてはなかなか効率的な選択。
「結構です。では、事情を当社にも伝達して参ります。日本国からの正式な依頼と、"例の契約書"をご準備いただいても?」
「直ぐに準備させます。今しばらくお待ち下さい」
ここも非常に物分りが良い。最終的な契約書は自分が確認するので問題もなし。後はこちらが調整するだけだ。
「ーー以上を理由として、便宜上副業を認めていただきたく」
「こちらは万事上手くやる。存分にやりたまえ! ……それにしても、国からの入札を有利な条件で得られるというのは本当なのかね?」
「こちらをご確認下さい」
素早く実印入りの契約書を秘書に手渡し、そのまま社長の手に渡る。無論機密部分については口外できない為、国からの特務派遣要請を受けた事情により副業を特例的に認めてもらう措置を取るべく会議中。数百年前ならば、裁判員制度に選択されたようなものだろうか。尤も、あれも随分前に無くなって久しいが。
ともあれ、契約書を目にした社長は見る間に笑顔になっていく。
そして、わざとらしい咳払いを一つ。
「なるほど、賞与に関しては期待してくれて構わん」
「ありがとう御座います」
「それと、近々取締役を増やそうと思うのだ。どうも執行役員共と来たら相変わらず保守的な意見ばかりが出ていかん。ここは一つ、新しい風を取り入れようと思うのだが、どう思うかね?」
「大変結構な事かと。新鮮な意見が出てこそ、柔軟な組織は作られると私は思います」
「そうだろうそうだろう!」
努めて冷静な口調だが、口元の笑みを隠し切れない。事実上の内示も同意だ。
「それでは、本件については……」
「認めよう! 仕事の割り振りを見直さねばならんな。これからは政府からの仕事でも忙しくなるんだろう。精進したまえ」
「ありがとう御座います!」
一礼してから、大会議室を去る。咄嗟に思い付いた策とはいえ実に上手く行った。
これでまた一つ、生きる意味が湧いたというものだ。必ずや生きて帰らねば私が報われない。
胸元に仕舞っていた政府支給端末を開くと、そこには微妙な表情を浮かべた兼定がいた。
「どうにも大変そう……というか、悪い顔してるね主」
「悪い顔とは聞捨てならんな。人の昇進を素直に祝いたまえ」
「ま、僕には直接関係ないけど。ちゃんと命令出してよね」
言われるまでもない。歴史修正主義者共に現代戦の思想を教育するより先に、組織マネジメントの前提とその素晴らしさを相棒一同に教育してやる必要がありそうだ。
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第3話
直近歴史概略
西暦2204年、日本国
技術革新により次元観測を可能とする。同時期、戦国時代某合戦において歴史上存在し得ない家、部隊を確認。作戦レベルにおいて史実とは異なる合戦結果を複数確認。
同時期、観測結果を基に政府と識者によって分析を開始。中国地方における某博物館内に収容される一部の資料において以前とは異なる記載を発見。
被観測部隊が時代を問わず出現、合戦場のみでの存在から、本国と同等以上の次元観測能力、次元干渉能力を有していると判定。
正体不明の部隊が軒並み合戦に参加していることから当部隊を「時間遡行軍」と呼称。背後に本国と同様に部隊を指揮する存在を認知。「歴史修正主義者」と同じく呼称。
西暦2205年、日本国
認識当初、文化財への限定的影響と思われた時間遡行軍の同時多発的発生、数量増加により歴史改変部分が大幅に増加。政府、緊急対策本部を水面下で設置。歴史修正主義者並びに時間遡行軍の存在は準機密指定から国家機密指定へと改訂。同時期、観測から干渉への技術的発達により現世界から観測地域への派遣が可能になる。
次元転移による直接殲滅を第一優先とした『四月方面作戦』を策定、即時実施。■■■名を派遣するも部隊全滅。
緊急対策本部直属ユーティリティ技術局、次元転移において歴史への影響が最小限となる刀剣を顕現する技術を開発。実質的に派遣先地域で使用可能な武器となる。有用性を見込まれ数万に及ぶ実験を実施するも、当局人員による実際の顕現は確認されず一時廃案。
代替案の停滞から現時点における刀剣所有者を国内より招集し、廃案していた同実験を実施したところ、数例の成功を確認。被験者は全員即時『対歴史修正主義者軍(のちに審神者へと改訂)』への緊急雇用が開始される。また、刀剣は須らく人型の男性の姿をしていたことから『刀剣男士』と命名。実験成功者の共通点を分析したところ、一般人以上の霊力を確認。これにより刀剣所有非所有に関わらず全国民への霊力値把握に努め、AIへのデータ提供開始。
国内より■■名〜■■■名の審神者を収集、直接雇用。刀剣男士を主軸とした歴史修正主義者殲滅の作戦を開始。
ーー歴史改変などという事案が漏れるわけにはいかない。何としても国内で解決せねば大問題だーー(政府関係者手記より)
以上
『警報! 函館方面にて敵勢力確認できた模様!』
緊急連絡を寄こしてきたのは当然の事ながら政府支給端末。見てみると、警報の文字の横でこんのすけが慌てた様子を見せている。
「どうした?」
『主様! 今すぐ函館へ向かいましょう!』
「……緊急なのは分かるが今から飛行機を手配するとなると……」
現地集合は出張の基本。そのくらいは心得ているつもりだが、如何せん急な出張でも待ち時間はあったというものだ。
『このままで結構です! 最初は慣れないと思うので、是非人気の少ない所へ!』
何を言っているのか分からないが、とにかく言う通りにするべく近場のトイレへと急行。個室に入ってから再びこんのすけに訊ねる。
「ここから函館へは飛べないが……」
『この端末を使います! メニュー画面から出陣を選んで、現在確認できる地域を選択してください!』
「こうか?」
基本的な操作はただの端末と同じ。函館と書かれた場所を押した瞬間、身体が大きく揺れた。頭を揺さぶられるような感覚。思わず目を瞑り我慢する。長くは続かなかったが、お世辞にも快適とは言い難い。こんのすけに文句を言ってやろうと目を開けた瞬間、思わず口をあんぐりと開けた。
「ようこそ主様! ここが今の最前線です」
目の前には広大な土地と画面で見たこんのすけ。そしてーー
「直接対面するのは初めてだね、主」
歌仙兼定。自分が相棒として選んだ刀が、画面と同じ姿をして立っていた。身長は自分より僅かに低いくらいだろうか。
「あ、あぁ……」
「まだ受け入れられていないようだね。大丈夫。みんな最初はそうだから」
安心させる為なのか、笑いかける兼定に私は何も返せなかった。会社のトイレは、現代日本はどこへ消えたのか。
「次元転移は無事完了です。これから敵軍の殲滅に出掛けましょう!」
「待て。今現在私と兼定しかいないのではないか?」
「仰る通りですが?」
当然の危惧に対し、こんのすけもまた当然と言ったように首を傾げてくる。今可愛さは一切求めていない。
「この状況で殲滅戦を選択ということは、敵は単体で来るという確信が無ければ不可能だが」
「……そこを何とかするのが審神者のお仕事です!」
目を逸らすな。
「……敵規模は?」
溜息をつき、半ば諦めながらこんのすけに尋ねるも、
「索敵を開始して下さい」
「索敵だと?」
「それは僕がやります。主は敵が発見され次第僕に指示を下さい」
こんのすけへの質問に直ぐ様応える兼定。こいつは存外有能かもしれない。有能な部下は貴重だ。人が知りたいことを先取りし、その最適解を出せる人的資源がどれだけ得難いことか。
「分かった。実際に動くのは君だ。私の期待に応えてくれたまえ」
「御意に」
短い返答だけで早速進軍を開始。函館ということもあり、季節は冬ではないにしろどこかひんやりとしている。小高い丘に立ったとき、兼定は少し身を屈める。
「敵の気配が近いです。警戒してください」
「頼む」
同じく身を屈め、兼定の索敵を待つこと数十秒。
「今です。敵は少数で無目的に進行中。先制をかけますので主は指示を」
「多勢に無勢だがやるしかないな! 行くぞ兼定!」
私の声を契機に奇襲を仕掛ける。出掛けに一体を屠ると、続けざまにもう一体を襲撃する兼定。その姿は舞い散る花の如き美しさを生んでいた。
「……!!」
ようやく事態に気付いた敵が兼定に襲いかかるも、時既に遅し。直ぐ様体勢を立て直した兼定の一振りに斃れることになった。
「兼定! あと一体、後ろにいるぞ!」
身を乗り出しながら叫ぶと、身を屈めて脚を掛けて倒した兼定は、大きく振り被って最後の一体にとどめを刺した。
時間遡行軍とやらは刺された際に出血することも無く、戦闘不能状態になるや否や霧散していった。どうやら人間ではないらしい。戦時国際法が摘要されないのもむべなるかな。
「敵を全員殲滅致しました」
「素晴らしい反応速度と正確性だった。兼定、普段から訓練はしているのか?」
「無論。常に鍛錬は怠りません」
「結構。この調子であれば私の背中を任せるに値するだろうな」
「有難きお言葉です」
何はともあれ、初陣は無事に済んだ。次元転移とやらもあるから移動にもそれほど時間がかからない。戻り方を教えてほしいところだが。
さて、より多くの成果を挙げるとしよう。これも給料の内だ。成果は多ければ多いほど良い。インセンティブの幅があるのならばだが。
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第4話
函館方面派遣審神者よりのレポート(初陣)一部抜粋
急務につき案内人の元函館へと出陣。兵力は歌仙兼定率いる一部隊のみ。中腹時点での索敵結果、確認された敵勢力は少数部隊一個のみ。
即時開戦、先制攻撃に成功。敵一個小隊を撃滅。
以下、損害報告
兵力全部員の約3割損耗、部隊長歌仙兼定に軽微な損耗を認める。
敵勢力の形状等について
形状は人型に認めるも、人間と視認するのは困難と見ゆ。兼定の一閃により撃破した一個体、出血することなく霧散。明確な大義名分、目標等は確認されず各個合戦場を荒らすことを目的とした散発的行動が散見される。組織的行動が認められないことから、統一性において脅威なしと見ゆる。
総評
初陣における戦果は当敵対部隊に限られるも、余剰戦力充分に有している。
時間遡行軍の動きは散発的であり、組織戦に移行することが完了次第一点集中し攻勢に出ることを推奨する。歴史修正主義者全体規模の早期発見を待つ。
以上
「結果的に無駄足となったが、良い働きをしてくれた」
「有難きお言葉」
私は帰還後、即座にレポートを作成すると政府に送信した。組織戦ができないのは憂慮すべに事態。早めに提言しておくに越したことはない。まぁ尤も、組織戦になれば勝てるという見込みも無いのだが。
ちなみに、戻り方はこんのすけが教えてくれたが、同じく持っている端末を操作するだけで良いらしい。ただ、歴史改変に繋がる恐れがある為にこの次元に転移したタイミングへの帰還となる訳だが。
何れにせよこれにて通常業務をこなしつつ国家業務への遂行も可能になった。この命さえ失う事がなければ正しくホワイトな環境といったところだろう。
そうして、この端末を通じて部下への命令や士気向上の為のコミュニケーションも取れるわけだ。実に効率的な組織運営。
「ところで主、鍛刀はご存知か?」
「刀を作れるのか?」
「仰る通り。それで自軍の充実化と戦局の優勢が保たれるかと」
「ならばすぐにでも始めよう。鍛刀に必要な条件は?」
「大元からの支給があるから資材は問題無いとは思う。ただ……」
「なんだ?」
言い淀む兼定に思わず答えを促してしまう。有能な人材が言い淀むというのは決して良い傾向とは言えない。
「主の霊力を鍛刀に使うから、単純に疲労することは避けられない」
なるほど。私の体力を犠牲に新しい刀剣男士を迎えられるというわけか。政府からの支給がどれほど潤沢かは現状不明だが、兵站らしい兵站は刀剣男士顕現の為の資材のみらしい。
「その程度であれば業務に支障は無いはずだ。一度試してみよう」
端末を操作し、メニューから鍛刀を選択すると資材を適当に見繕ってタップする。
その瞬間、急に気怠さが襲い掛かり、私は座り込んでしまう。
……なるほど、疲労するわけだ。
鍛刀にかかるまでの数十分を過ごすと、端末画面に細目で短髪、半ズボンの青年が姿を現した。
「よぉ大将。俺っち薬研藤四郎だ。兄弟共々宜しく頼むぜ!」
意外と言っては失礼かもしれないが、見た目とはイメージの違う軽快な口調で、薬研藤四郎は声を掛けてくる。挨拶は社会人の基本だ。
「こちらは山田だ。今後共宜しく頼む」
「おう!」
とにかくやる気はある模様。生まれながらにしてこれだけの戦闘意欲を見せるのは素直に評価に値するだろう。早速兼定と共に戦場に連れていきたいところだが、初見にして怪我をされても困る。
『刀剣男士を強化するのならば練結! 兵力を増強するのならば刀装をお選びください!』
どこから現れたのか、こんのすけはそれだけ告げると、再びどこかへと消えていった。常に監視されている気がするのは気のせいだろうか?
「ならば先に兵力だ。先の戦いではほとんど孤軍奮闘だった。このままではいずれ限界が来るだろうよ」
「そうか。ならさっさと仲間を増やすとしよう」
私は薬研藤四郎の言葉に頷くと、刀装のボタンをタップする。鍛刀と同じような気怠さが来ると覚悟していたが、どうやらあれは刀装の実装には摘要されないようで一息つく。毎回あれを体感させられていたのでは戦闘以外で命を落としかねない。
そうして誕生した歩兵部隊、騎兵舞台をそれぞれの刀剣男士達に備えていく。交戦の際に私が出した指令を更に下の部分、要は実働部隊がこの兵装というわけだ。万が一の時の盾にもなる。実に有用な人的資源だ。豊富に用意して私の命を守ってもらわねばならない。
「……雅とは程遠い顔をしているぞ、主」
「なに、戦争に関しては雅とは真逆だよ。血で血を洗う泥沼。それが戦場だ兼定」
「やれやれ……」
私の表情を見兼ねたのか、兼定が口を挟んでくる。そうは言っても生き残るには仕方ないではないか。無論、そう言う兼定の意見を否定するつもりも、また毛頭ないが。生きとし生ける物ーーこの場合は無機物である刀剣も含むがーー皆自由意志があって然るべきである。
「兎にも角にも、初の状況発生事態だ。次の一戦に備えて二刀共休息せよ」
「「はっ!!」」
威勢のいい返事に満足した私は、端末を一旦消して自社を出ると、政府へと向かう為にタクシーを止めた。
「新人審神者への研修も、こんのすけだけでは手余りか」
「間違いありませんね」
「では、精通している者を派遣するとしよう。直近では南という新人が登録されていたはずだ」
「研究者は全員出払っております。誰か適任でも?」
「結城辺りならどうだ? 奴ならば徹底的に教えられるだろう」
「一応、横山が担当として付いていますが……」
「奴は実機に触れた経験がさほど無い。実戦経験が豊富なスタッフが付いたほうが審神者の活動もより有意義なものになるはずだ。暫定的に一度横山は外しておけ」
「御意に!」
日本国政府のごく一部でしか知られていない空間で交わされる会話は、緊急事態に対応しているトップのそれ。人的配置の困難さ、並びに人員不足の顕在化を再度確認するまでである。
「やれやれ……初陣でこそ上手くいったが、そこから"折れる"奴も多いからなぁ、この業界は……」
先程指示を出した某人はため息まじりに呟く。新人は果たしてどれだけやれるだろうか?
インセンティブを出した時だけ鼻息荒く戦果を上げようと息巻いた審神者は数多く見られた。そしてその大半が戦死している状況を見る以上、採用は最優先でありながら同時に審神者としての資質を見極めなければならない、非常に困難極まる仕事であった。
「正義のヒーローの登場はまだまだ先の様だが……とりあえずは新人に期待してみるとしよう」
否、期待せざるを得ないのだ。何故なら、現時点で本国が打てる唯一の策が、この歴史修正主義者殲滅作戦のみなのだから。
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第5話
「歩兵部隊は揃ったぜ! 大将!」
「宜しい。常に鍛錬を怠るな」
「歌仙兼定?だっけ? 茶淹れてやろうか?」
「……お言葉に甘えよう」
私と兼定との間を行ったり来たりする薬研藤四郎は、実に面倒見のいい性格をしているようだった。部隊編成には正にうってつけの人材、いや武器と呼称した方が良いだろうか。いやはや、刀と言っても彼らもまた人の姿をし、私とのコミュニケーションを可能としている。最低限の尊厳を保っている以上はこちらも人として接するべき。
休日の真っ昼間、暇にかまけて端末をいじっていた私の思考を遮ったのは、青天の霹靂とも言うべきこんのすけの言葉。
『山田様。これから政府より山田様の「教育係」が参ります!』
「教育係だと?」
『はい! 審神者の作法や戦場での立ち回りなど……』
「必要最低限は弁えているつもりだが?」
『お気を悪くされたら申し訳ありません。政府からの伝令ですので』
ふむ、お上が寄越したというのならば邪険にするわけにもいかない。今や私も半国家公務員の一員なのだから、伝令はスムーズに受領すべきだ。
「ならば問題ない。必要な事項を確認させてくれ」
『結城という者が参ります。あとは結城に説明を受けていただければ』
「了解した」
こんのすけからの伝令を受け取ると、私は軽く部屋の掃除と珈琲を沸かしておく。珈琲が飲めないというのならば水で我慢してもらう他ない。社内のメールを処理したり、刀剣達のやり取りを眺めていると、漸くマンションのインターフォンが鳴る。出てみると、まだ若年と言っても過言ではない女性が映った。髪を一つに束ね、眼鏡をかけている。その奥の瞳にはただ仕事をこなす為の冷静さを感じさせた。
「はい」
「結城です」
「お話は伺っております。どうぞ中へ」
直ぐ様受領すると結城を中に入れる為に解錠。一分と経たずに玄関のインターフォンが鳴らされる。
「どうぞ」
開口一番にそう告げると、結城は軽く会釈をした他に何も告げずに私の部屋へと入ってきた。無駄を嫌うタイプらしいという点では非常に好感が持てる。
早速リビングに案内し、珈琲を差し出すと同時に本題を切り出す。
「こんのすけが須らく説明してくれる手筈では?」
「人同士でないと共有できない情報もあります。特に機密事項に関しては」
「なるほど。では最初に私に着いていただいた横山さんは?」
「彼は任に堪えないと判断しました。貴方様に真名を隠すように事前に伝達することに失敗した事実には目を瞑るわけにはいきませんので」
最初の案内の時か。存外にシビアなようだ。
「至急とはいえ交代人員があるとは、後方部員に関しては政府もかなり余裕を持っているようですね」
「余裕? ふっ……」
横山からの急遽の交代に当然の疑問を挟むと、結城は何故か自虐的な笑みを浮かべる。
「当局の人員不足が顕在化して久しいですよ。無論最前線も、後方も」
「では、結城さんは?」
「私は対歴史修正主義者軍統括部。"元"審神者です」
ほほう、と思わず私も軽く衝撃を受け、珈琲と共に胃に流し込む。
「大先輩が味方に付いたのでは、頼もしいですな」
「言っておきますが、貴方が見た景色以上の情報は期待しないでください」
「というと?」
「貴方の提出した報告書は全審神者の中でも最も優秀と言わざるを得ません。まともな説明も無いのにいきなり現地の戦場に飛ばされて実戦を経験した審神者は、大抵の場合酷く混乱した形にならない報告書を寄越してくるものです。あれほどの形にまでなるのは相当経験を積んでから、というのが我々の通常の見方です」
まぁ、無理も無かろう。
「適性があったのでしょうかね。私は見たがままに報告したまでですが」
「それがある意味、私がここに来た理由にもなります」
なるほど。0から新人を教育するつもりが過程をいくつかすっ飛ばした為にもっと上の方から直接管理することに決めた、と。
「話はよく分かりました。それで本音のところは?」
先程から直截に物を言いながらも、どこか上辺だけの態度を取っていた相手に、私は一歩踏み込む。すると結城は私にとっては意外な言葉を返してきた。
「南さんの持つ部隊の現状を確認したいのです。この目で」
「構いませんが、報告書と変わりませんよ?」
「それが重要なのです」
報告書通りかどうか確認する?それは私自身こ信頼性が低いということだろうか?しかしそれは他の審神者も同じこと。私だけ報告書と相違ないか確認されるのは些か不快ではあったが、確認したがっているのは現状上司と言わざるを得ない存在。大人しく端末を手渡す。
「ん? 誰だ大将? この人」
「君は、なんというか雅だね……主よりもずっと」
結城の姿を確認した刀剣達が、次々と口にしているが、結城はそれを相手にせず素早く端末を操作すると、目を皿のようにして情報を確認していく。
「損害軽微どころか無傷……歌仙兼定率いる一部隊で三個小隊撃滅……?」
なんてことはない、ただの戦果報告だ。先日兼定と挙げた初陣。政府にも間違いなく損耗報告は行っていた。……流石に無傷という点までは報告していなかったが。
「ですから申し上げた通りですが……」
「嘘でしょ……。元戦略参謀でもない限りこんな戦果は……」
困惑しきりの私に、絶句する様子を隠し切れない結城女史。さてどう声をかけたものか。
「確認が済んだのであればそろそろ……」
「二部隊」
「はい?」
私の声を遮るかのように、端末をスリープ状態にした結城は言う。
「貴方に二部隊分の刀剣指揮権を付与します。これは私の名を以て現時点で発行します」
「と言いますと?」
「貴方の部隊指揮力は本物と判断します。これまで部隊を指揮した経験は?」
あるわけが無い。
「既にご存知の通りかと思いますが、私は一企業の総務部を経験していたのみで」
人事部にもいたことはあるが。
「なら天性の才能ね。しっかりと活かすべきかと」
「評価いただき光栄です」
「何故、損耗を出さなかったの?」
急に睨み付けるようにして、結城は私を見る。
私はゆっくりと珈琲を飲みながら答える。
「何故も何も、人的資源を消耗しては戦争も糞も無いでしょう」
「人的資源、ですって?」
こくりと頷いて肯定を示す。
「刀剣男士は単なる道具としての武器ではありません。私の指示をそれぞれ独自の解釈で咀嚼し、実行に移している。これは人権を有していると言っても過言ではありませんよ」
「面白い解釈ですね。他の審神者は戦場へ飛ばされた混乱と自分の命を優先するあまり刀剣男士達を何振も消耗させてきましたよ」
「それこそ甘い考えだ」
それ程にまで審神者の質というのは低いのか。下手をしたら同僚になるやもしれぬ他の審神者の実力の一端を知った私は落胆を隠せない。
「戦争で勝つ為にはまず統率力こそが第一です。その為には部下、ここでは刀剣男士達からの信頼を得る必要があります。無闇矢鱈に盾にされてはされる方も溜まったものではないでしょう?」
半分実体験ながら私は言う。然り、と結城も頷く。
「故に私の戦場では損耗など論外。如何に相手に不利な動きをさせるか、その為のタイミングを伺うか、敵対時に先手を取るかを最優先した結果がこれです」
「なるほどね……」
結城は何かしら考え込んでいたが、珈琲を飲み干すとすぐに立ち上がった。
「先程付与した権限の他に、貴方を役に立たせる方法を検討してきます」
「随分とまた直接的な表現ですね」
思わず苦笑を浮かべてしまうほどには逼迫した結城の表情。
「それ程の余裕が当局にはありませんので。私はこれで失礼します。珈琲ごちそうさまでした」
「結城さんですよね。これから宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
軽く挨拶をすると、結城は直ぐに出ていってしまった。実に短時間であったのだが、せっかくならば先輩審神者としての作法とかもっと色々教えてほしかったところだ。
「状況は悪くなるばかり、か……」
先程の結城の表情の変化。政府の急遽対応。我が戦果への驚愕。碌でもないことには間違いがない。急に権限を持たされることには良い事などないのだ。
「せめて楽に戦いたいものだな……」
「俺っちがいるから安心しろって! 大将!」
元気良く応える藤四郎に思わず微笑みで返す。
「あぁ、期待しているぞ。次の戦場でな」
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