試し斬りをダンジョンで行うのは間違っているだろうか (アマルガム)
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試し斬りの壱

 絶え間無く響く、硬い鋼を打つ金属音。工房の中は、赤く揺らめく炎の色と、それを反射する金属光沢に彩られていた。

 何度か音が響き、やがて一際高く鋼が打たれる。

 

「・・・・・出来た」

 

 工房内で掲げられるのは、綺麗な金属光沢を蒔く銀の刀身を持った両刃の剣であった。

 打ち上がったばかりであるため、柄や鍔は未だにつけられておらず、茎(なかご)をそのまま持つ形だ。

 そんな剣を持つのは、一人の少年。

 日焼けした肌に、ボサボサの黒い髪。白のタンクトップに黒のつなぎの上だけをはだけさせた姿。

 頭にオレンジの下地に赤いラインが入ったバンダナを巻いており、それで髪を纏めていた。

 彼は何度か打ち上がった刀身を眺めると、近くに用意していた柄などを取り付け始める。

 そして、完成した剣を鞘に収め、壁にかけていたバックパックへと捩じ込んだ。

 バックパックの中には、先程の剣だけでなく様々な武具が詰められており、鞘がぶつかるとガチャガチャ五月蠅い音をたてる。

 

「・・・・出発」

 

 彼はバックパックを背負って部屋を出た。

 扉が閉まると同時に、炉の火も落ちるのであった。

 

 

 ■■■■

 

 

 迷宮都市オラリオ。バベルを中心とした、ダンジョンによる恩恵によって発展してきた都市だ。

 この地は、様々な神が居り。神々は、恩恵を与えることによって、人を眷属としてファミリアを形成してきた。

 ファミリアには様々な種類があり、主神の特性が色濃く反映されている。

 例えば、ここヘファイストス・ファミリア等がそうだろうか。

 このファミリアは、鍛冶の神ヘファイストスを主神としており、オラリオでもトップクラス鍛冶系のファミリアだ。

 

「ティーズ、どこに行く」

「・・・・ダンジョン」

「試し斬りか?」

「ん」

 

 ファミリアのホーム前で話すのは、バックパックを背負った少年と、眼帯をつけた黒髪の女性だ。

 

「椿は?」

「手前は、これから主神様に話があるのでな。あまり深く潜るなよ?」

 

 女性、椿・コルブランドは少年、ティーズ・クロケットの頭を乱暴に撫でる。

 頭一つ分程の身長差のある二人だ。その様子は姉弟にも見えることだろう。

 誰が思うだろうか。この場にいるのが、ファミリア最高峰の鍛冶師二人であると。

 

 椿はこのファミリアの団長であり、ティーズはファミリア最強である。

 

「椿」

「ん?」

「いつまで撫でる」

 

 ワシャワシャと犬のように、ティーズは撫でられ続けていた。

 無表情のへの字口は、感情を読み取らせないが長年の付き合いから、椿には悪く思っていないという事が読み取れた。

 

「お前には、これを渡しておこう」

「?」

 

 頭を撫で終えた椿は、サイドポーチをティーズへと差し出した。

 中身は、ハイポーションと数本のエリクサー。

 

「怪我をしたときには遠慮なく使え」

「ん」

 

 ティーズが頷いた事を確認し、椿は道を開けた。

 去っていくバックパックを見送り、彼女は優しげな表情を浮かべる。

 

「───────良い表情ね」

「おや、主神様。見ておられたので?」

 

 椿の背後から声をかけたのは、美しい紅蓮の髪をしたこちらも眼帯をつけた女神であった。

 

「ティーズはダンジョン?」

「ああ。ここ最近、工房に籠りきりだったからな。試し斬りに行ったようだ」

「あの子も相変わらずね。一人で、かしら?」

「いつもの通り、な」

 

 椿の答えに、女神ヘファイストスはため息をついた。

 彼女にとって、ティーズ・クロケットという眷属は可愛い子であると同時に問題児でもあったのだ。

 というのも、彼の現在のレベルは6。オラリオでも数える程度にしか居ない実力者だ。

 それもこれも、彼が試し斬りと称してダンジョンに潜り偉業を成してきた結果であった。

 

「幾つになっても、心配ばっかりかけるんだから」

 

 ヘファイストスの言い方は呆れたようなものだが、どこか慈愛を感じさせる。

 

「あやつは、根っからの鍛冶バカだからな」

 椿は笑みを浮かべ、既に見えなくなった背中を遠くに見つめるのだった。

 

 

 ■■■

 

 

 ダンジョン。下へ下へと下っていき、一定の階層を過ぎると地形や現れるモンスター達がガラリと変わる魔境だ。

 

「・・・・ダメ」

 

 今まさに、モンスターの一体を切り伏せたティーズは手にもった大振りなナイフを見て眉をしかめた。

 現在、44階層。

 ソロでここまで潜る冒険者、というのはレアケースだ。基本的に、彼等は数名のパーティを組んでダンジョンに潜る。

 だが、ティーズは違う。幼少期は別だが、鍛冶スキルを得た際に一人で潜るようになっていた。

 無論、椿やヘファイストス、その他ファミリアの面々は止めようとした、が止まらなかった。

 

 その結果が今のレベルであり、ステータスにも表れている。

 

「ん?」

 

 ティーズはナイフをバックパックへと収め、次に取り出したポールウェポンの一つであるハルバードを検分していると顔をあげた。

 深層と呼ばれるこの階層は、基本的にモンスターと一部冒険者しか訪れることはない。

 その為か、音が思いの外反響して響くことがあった。

 そして、冒険者として強化された聴覚が小さな、それこそ日常生活において気にもしないような小さな音を拾ったのだ。

 同時に嫌な予感がしてきていた。

 

「・・・・・」

 

 少しの間逡巡し、ティーズは駆け出した。

 

 

 ■■■■

 

 

 ダンジョン50階層、巨大な一枚岩の上。

 

「くっ・・・・・・不味いな」

 

 ハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴは、目の前の状況に追い詰められていた。

 彼女は、ロキ・ファミリアの副団長を務めており今、この場においての責任者にして重要人物だ。

 

 彼女含めたロキ・ファミリアの遠征隊の面々の前に現れたのは、芋虫型の新種モンスター。

 強さは深層クラス。そして厄介なのが倒した後だ。

 

「ダメです副団長!盾も武器も溶かされました!!」

「くっ、前衛下がれ!フィン達が戻るまで凌ぐんだ!!」

 

 それは、モンスターの体内に内包された大量の強酸性体液。

 一級品の武器や防具も溶かされてしまい、近接組は攻撃どころか防御もできない。

 

「リヴェリア様!?」

 

 思考に耽っていれば、すぐ目の前に芋虫が迫っていた。

 後衛である彼女の元まで迫ってきているのだ。状況は最悪。

 距離が詰められ過ぎれば、動きながら魔法の詠唱を行う、平行詠唱も間に合わない。

 ダメージを覚悟するリヴェリア。

 だが、その傍らを高速で何かが通過していった。

 

「───────────砕」

 

 飛行物体は、芋虫モンスターの数体を巻き込んで岩の下へと落ち、爆散した。

 そうなると、酸が吹き出すのだが、その前に巨大な剣が数本出現し、それを阻んでいる。

 

「リヴェリア、生きてる?」

「ティーズ!?なぜ、此処に・・・・」

「試し斬り」

 

 現れたのは、巨大なバックパックを背負い、頭にオレンジのバンダナを巻いて黒いローブを纏った少年、ティーズ・クロケット。

 

「武器、要る?」

「・・・・・・今は払えんぞ」

「いい。失敗作ばっかり」

 

 ティーズは負い紐を掴むと無造作に、バックパックをひっくり返した。

 中から出てくるのは、十本以上のポールウェポンや何振りもの剣やナイフ。

 

「持ってけ、どろぼー」

「いや、お前が要るか聞いたんだろう」

 

 棒読みのティーズに突っ込みを入れつつ、リヴェリアには勝ち筋が見え始めていた。

 というのも、ティーズはオラリオでも屈指の鍛冶師にして、強者の一人。最もレベル7に近い存在であり、今のステータスも十分すぎる程に強かった。

 何より、彼の魔法はこのモンスターを相手するのに向いている。

 

「すまん、ティーズ。前衛を頼めるか?」

「ん」

 

 丸腰のティーズは、リヴェリアの言葉に頷くと拳を握って前に出た。

 

「“鋼の音、万里に木霊しその身を示せ”」

 

 詠唱すれば、握ったその手に一振りの刀が現れていた。

 更に、握った手に力を込めると一瞬だけ刀身が光り、淡い紅いオーラが出現する。

 

「ちぇい」

 

 向かってくる芋虫に対して、ティーズは刀を無造作に振るう。

 刃は、アッサリとそのブヨブヨとした皮膚を切り裂く。当然、その内側から酸が大量に放出された。

 

「─────────壁剣」

 

 吹き出す酸は、しかし突如としてティーズの目の前に現れた幅の広い剣によって阻まれていた。

 ジュウジュウと音をたてて、剣は溶けていくが酸は相殺される形で向かってこない。

 その間にもティーズは前に進んでいる。

 モンスターを切り伏せ、酸には剣を創造して防御し、再び進む。

 

 武具創造(ウェポンクリエイト)。魔力を消費して武器を創造する魔法だ。

 大きさ種別は問わないず、属性も付与可能。

 ただ、武器の質が上がれば上がるほど魔力の消費が上がり、大きさ、属性も同じくだ。

 そして、ティーズ本人の手からしばらく離れると消滅する。

 

 そして、もうひとつ。

 スキル武具昇華(アーツオブオーソリティー)。

 効果は、持っている武具の強化。

 単純ながら、彼の魔法と組み合わせることで強大な力を発揮する事が可能となる。

 

 この二つによって、ティーズが振るえばなまくら刀も名刀に早変わりだ。

 何より、ソロでダンジョンに潜り続けた彼の技能はそんじょそこらの冒険者とは格が違う。

 

「リヴェリア!」

「フィン!戻ったか!」

 

 どうにか戦況を覆そうとしているところで、別行動していた幹部面々が戻ってきた。

 

「良かった、無事だったんだね」

「ああ。アイツのお陰でな」

 

 団長、フィン・ディムナはリヴェリアの指す先を見て納得する。

 そこでは、顔馴染みの鍛冶師がモンスターを屠っているところであった。

 

「成る程、ティーズか。それじゃあ、今の武器は彼の」

「失敗作らしいぞ。お代は要らんらしい」

「相変わらずだね。っと、そんなに話し込んでいられる訳じゃないんだけど」

 

 フィン達も好きで遠征隊を離れていたわけではない。

 彼等は、カドモスの泉と呼ばれる場所で湧く水を汲みに行っていたのだ。

 そこで待ち受けていたのは、無惨に殺されたカドモス。

 その後、遠征隊を襲ったモンスターと同じ型のモンスターに襲われたのだ。

 

「撤退するよ。今回の遠征は、ここまでだ」

「早い決断だな」

「武器や防具を溶かされて、消耗してるからね。このまま進んでも、こちらの被害が嵩むばかりだよ」

 

 冒険者は冒険してはならない。

 矛盾しているようにも聞こえるが、敵わない相手にとって挑むことを良しとしない、という意味だ。

 勇気は尊重されるべきものだが、隔絶した差が横たわっている相手に挑むのは勇気や勇敢ではなく、無謀や蛮勇と言う。

 死亡同意書に銘記しているとはいえ、そんなポンポン死なれても困るためにオラリオを管理するギルドはこのような規定を作っていた。

 そして、団長であるフィンは感情論ではなく現実を見て決定を下していた。

 

「撤退するぞ!!怪我を負った者に手を貸せ!」

「フィン!こいつらどうすんだよ!!」

「もちろん後始末を──────!」

 

 フィンが更に指示を飛ばす前に51階層に降りる入り口付近の床が破壊された。

 

 現れたのは、先程までの芋虫に、人の上半身をくっつけ、腕を増やし、羽を生やしたような見た目の化物。

 

 化物は、腕を振るう。その瞬間、キラキラと数多の鱗粉が空中に蒔かれた。

 

 

 そして、爆発した。



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ぶっ潰して弐

 モウモウと立ち込める土煙。50階層の一部を包み込んでしまいそうな程の規模は、そのまま爆発の破壊力を表しているかのようだ。

 

「・・・危な」

 

 だが、土煙が晴れたら晴れたで非現実な光景が広がっていた。

 

 剣、それも一般的な両刃の剣だ。

 刃の幅が、成人二人を縦に並べたレベルで巨大な点を差し引けば単なるブロードソードに過ぎない。

 

 そんな剣が一振り、モンスターとロキ・ファミリアを分けるようにして横たわっていたのだ。

 これにより爆発は阻まれ、衝撃も強靭な鋼によって防がれていた。

 

「無事?」

「ああ、何とか君のお陰でね」

 

 剣を造り出した張本人である、ティーズは少し顔を蒼くしながら背後のフィンへと問うていた。

 武具創造は強力だ。文字通り、武具ならば何でも創造できるのだから。

 ただ、こんな巨人でも振るいそうなバカデカイ剣を創造するのは、流石に体への負荷がデカイらしい。

 剣を消し、ティーズは予め椿に貰っていた再度ボーチから精神力を回復するポーションを一本取りだし飲み干した。

 この深層に来るまでに、ポーションを何本か消費している為にポーチには少し空きが見えた。

 

「あれ、どうする?」

「こっちとしても、下手な手は出せないからね。アイズ!」

 

 フィンが呼んだのは、金髪の妖精だ。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ屈指の女性剣士である。

 

「君の魔法なら、モンスターとの相性も良い筈だからね」

「分かった」

 

 アイズは、愛剣デスペレードを抜きモンスターへと駆けていく。

 彼女が突撃することは、当然ながら周りが荒れた。

 しかし、フィンはそれを一声で治める。

 

「心配しなくても、アイズは一人じゃないよ」

 

 フィンが指を指すのは、先程まで鍛冶師が居た場所だ。

 彼の姿は完全に消えていた。

 

 

 ■■■■

 

 

 剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン。

 彼女を知る者達は、一様に似たような印象や感想を持っている事が多い。

 

 抜き身の剣

 

 ただひたすらに強さを求めるその姿は、まるで鞘を失った妖刀の様なのだ。

 その刀身は、切る対象を求め切り続ける度に本人も傷を負っていく。

 それでも厭わないのだから、質が悪い。

 その性質を読み取った相手のとる動きは大きく二つ。

 避けるか、構うか。

 

 そして彼女の周りには、後者が多かった。

 

 

 ■■■■

 

 

 迫り来る豪腕。紙一重で躱して、剣を振るう。

 アイズの剣には、不壊属性という特性が付与されている。

 これは、文字通り武器が壊れなくなるというもの。ただ、切れ味などは落ちるため出鱈目に振るい続ければ、鉄の棒と何ら変わらなくなってしまう。

 そして、彼女の剣には風が纏わされていた。

 

 風の付与魔法エアリアル。攻防一体であり、単文詠唱故に使い勝手もよく、燃費も良い。

 つまり、継戦能力が高く応用が利く。

 

 今も、モンスターを切りつけた際に吹き出した酸を風が吹き飛ばし、刀身を守っていた。

 鋭い剣撃は、容易に硬質とは言えないモンスターの肉体を切り刻んでいく。

 

 このまま行けば、数分も経たずにモンスターを殺せることだろう。

 

「───────っ!?」

 

 このまま行けば、だが。

 反射的にアイズは、その場を飛び退いていた。間を置かずに、彼女の立っていた地面が砕かれる。

 

「2体目・・・・・」

 

 そう、2体目。無傷な個体と、傷だらけの個体。それが横ならび。

 分が悪くなった。単純に強さが二倍、とは言えないまでも攻撃を食らう可能性や広範囲攻撃の密度は二倍に近い、もしくはそれ以上の可能性を秘めている。

 

 だが、彼女は引こうとしなかった。

 というのも、アイズのレベルは現在5であるのだが、どうにもここ最近伸び悩んでいたのだ。

 このレベル値での限界、頭打ち。強くなるにはレベルアップするしかない。

 そして、レベルアップするには偉業をたてねばならないのだ。

 その功績が神に認められ、冒険者ははじめてレベルアップすることが出来る。

 

 冒険者は冒険してはならない。しかし、偉業を立てるには冒険せねばならない。

 

 ジレンマだ。何より、その行いが確実に功績として認められるかは、また別の話である。

 

「・・・・・」

 

 アイズは、剣を握り直した。

 彼女に引く気はやはり無い。むしろ、これを倒せればレベルアップするかもしれない、という期待があるために引く選択肢は採れなかったのだ。

 

 だが、問題がある。相手の攻撃手段が単純な物理攻撃だけではない点だ。

 

 振るわれる腕。同時に蒔かれる鱗粉。

 合計8本の腕から蒔かれる鱗粉は、先程までとは量が違いすぎた。

 まるで視界を埋める津波のように、アイズへと向けて押し寄せてきたのだ。

 

 ここで彼女は、自身の失策を悟る。

 というのも、範囲攻撃持ち相手に横並びを許す、というのが間違いだった。

 

 巻き起こる爆発。その衝撃と威力は、先程までとは比べ物にならない。

 

「“吹き荒れろ”(テンペスト)・・・・・!」

 

 風を増して、とるのは防御の体勢。

 ただ、この規模の爆発だと防御を抜かれずとも吹き飛ばされることは必定だ。

 

 迫る爆発。抉れる床。熱い風が、アイズの頬を撫でた。

 

「──────壁剣」

 

 直後、爆発とアイズの間に鋼の壁が現れる。

 爆発が、辺りを埋めつくし、衝撃が床を抉っていく。

 舞い上がった粉塵が収まれば、悲惨な光景がそこには広がっていた。

 

 抉れた床。焼け焦げた臭い。

 そんな状況で、一ヶ所だけ無傷な所があった。

 

 黒く煤のついた鋼の壁。その後ろは無傷な床が広がっていたのだ。

 十字架のような柄と鍔が一体化した持ち手がつけられた大剣。刀身の幅は人一人が後ろに回って前から見えない程度。

 長さは柄も含めて二メートルと少し、といったところか。

 

「アイズ」

 

 そんな地面に突き立った大剣の鍔に軽やかに降りてきたのは、ティーズであった。

 右手で柄頭を掴み、膝を曲げた体勢で大剣の鍔上でバランスをとっている。

 

「無茶。お前の風でもあれは無理」

「・・・・・何で来たの?」

「オレ、ロキ・ファミリアじゃないから。フィンの命令、聞く必要無い」

 

 剣から降りてきたティーズに対して、アイズは珍しくも若干の棘がある。

 彼女とて、あのまま爆発を受ければどうなるか想像できない訳ではない。

 だからこれは、気持ちの問題。

 自分一人で倒したかったという感情の発露であった。

 

 その棘に対して、ティーズは特に気にした様子はない。

 彼としては、2体目が出現したからこそ割り込んだのだ。もしも1体だけだったならば傍観を決め込んでいたことだろう。

 

「アイズ、どっち?」

「・・・・」

 

 ティーズが問えば、アイズは傷のある方へと突っ込んでいった。

 それを見送ったティーズは、大剣の刺さった部分を蹴り地面から抜く。

 彼自身が小柄故にかその大剣は、見た目以上の大きさと威圧感を放っていた。

 

「・・・・・行くよ」

 

 大剣に刀の時のような光が灯り、ティーズはソレを肩に担ぐ。

 そして、駆け出した。

 

 

 ■■■■

 

 

 斬る、突く、捌く、防ぐ。

 剣が体の一部であるかのように、アイズは目まぐるしい攻防の果てに、モンスターを打倒せんと駆けていた。

 酸を防ぎ、鱗粉を吹き飛ばして、彼女の剣は確実にモンスターを死へと推し進めていく。

 

「“吹き荒れろ”・・・・・!」

 

 ここでアイズは、決めにかかる。さっさと仕留め、無傷の今はティーズが相手しているであろうモンスターへと向かうためだ。

 

 吹き荒れる風が一点に収束し、風が剣の刀身を包み込む。

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 放つは、踏み込みからの渾身の一突き。風が螺旋を描いてその威力を底上げし、アイズは一矢へと変貌しモンスターを突き抜けるのだ。

 

 暴風が吹き荒れ、モンスターの巨体に風穴がぶち抜かれる。

 酸も、迎撃に向けられた鱗粉も、風の螺旋には無意味でありモンスターはアッサリとこと切れた。

 

 魔石と呼ばれる、核が潰され灰へと還っていくモンスターを見送りアイズは、もうひとつの戦いへと目を向ける。

 そして、息を飲んだ。

 

 肉叩き様のハンマーを見たことがあるだろうか。

 重みがあり、肉を柔らかくするために叩くあのハンマーである。

 

「よっこいせ」

 

 そんな気の抜けた声とは裏腹に、文字通り小山のような大きさの、ハンマーは振り下ろされていた。

 重量による速度と、レベル6の膂力から発揮される破壊力。

 

 ハンマーヘッドは、余裕をもってモンスターを叩き潰していた。

 隕石の衝突とも見紛う破壊跡。

 ハンマーが消えれば、その下には酸で溶けた痕と、粉砕され下が若干見えている床の無惨な有り様が広がっている。

 

 技も魔法もない。いや、魔法ではあるのだがその結果は、超質量による脳筋粉砕戦法。

 

 だが、間違ってはいない。圧倒的な力というのは、それだけで十分すぎる強さがあるのだ。

 その前では、稚拙な策略や賢しらな計略など何の障害にも成りはしない。

 

「帰ろう」

 

 ティーズにそう言われるまで、アイズはじっとその光景を見つめ続けるのだった。



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誘われて参

 ダンジョン18階層。安全階層であると同時に、迷宮の楽園とも呼称される場所だ。

 その一角に、ロキ・ファミリアのキャンプが設置されている。

 

「ふむ・・・・・・」

 

 その外れ、湖沼の近くの岩場。岩の一つを綺麗に整え、その上に座っているのはティーズだ。

 彼の周りには、様々な鉱物や素材が転がっており、それらを虫眼鏡で見ながら検分しているのだ。

 

「これ、ダメ」

 

 その一つ、拳ほどの大きさである鉱石を見ながらそう呟く。

 深層で採れる赤の強い鉱石だ。純度を抜きにしても、地上では高値で取り扱われている。

 

 それを、ティーズは路上の石ころのようにぞんざいに扱うのだ。

 素材調達から、鍛冶まで全て一人で行う。

 故に、何から何まで彼次第。気に入らなければ、どれだけ高価な素材も彼の前ではただの石ころでしかない。

 

「んー・・・・」

 

 次に手に取ったのは、30階層に現れるブラッドサウルスの牙と爪。

 どちらも未加工状態で鋭い切れ味を誇っている。

 それこそ、そのままナイフの柄でも着ければ上層のモンスター程度ならば軽く屠れるレベルだ。

 

「これ、良い。これ、ダメ」

 

 牙と爪一揃いで、幾つかあった。

 そこからティーズは、気に入ったモノと不合格なモノを取り分けていった。

 

「────────で?用は、なに?」

 

 仕分けをしながら、ティーズは背後に声を掛ける。

 そこに居たのは、金髪の妖精。

 

「・・・・・」

「オレ、暇じゃないぞ」

「・・・・・どうしたら、強くなれる?」

「んん?」

 

 爪と牙を仕分けていたティーズは首をかしげて振り返る。

 そこでは、アイズが右肘を左手で掴む形で立っていた。

 

「強く?」

「うん」

 

 強さを求めるアイズからすれば、ティーズ・クロケットという男は間違いなく、強者だ。

 レベルだけの話ではない。

 相手の攻撃や策略を苦としない絶対的な攻撃力。

 武器を生み出し強化する、魔法とスキルの相性が良いというのもあるが、それを支える剣の技術。

 

「オレ、強い?」

「強い」

「ふーん・・・・・」

 

 ティーズ自身には、その認識はどうやら無いらしい。

 そもそも、彼自身は武器の試し斬りと素材集めでしかダンジョンには潜らない。

 金銭に関しては、魔石を少々集めて糊口を凌ぐ程度だ。

 強くなったのも、鍛練よりも素材を集める際に上質なものを求めて何度かジャイアントキリングを成し遂げたに過ぎない。

 

「私は、強くなりたい」

「・・・・」

「強く、なりたい・・・・・」

 

 切実な声。そして、答える術を持たない強者。

 この二人の立ち位置が違いすぎるが故の事。

 

 考えたティーズは、そこでふと名案が浮かんだかのように、手のひらを拳で叩いた。

 直ぐに、周りに広げていた素材の数々を武器が無くなったことで痩せたバックパックに詰めて片付けてしまう。

 

 そして立ち上がると、左手に一振りの刀を造り出した。

 

「強い奴と戦う」

 

 ティーズは刀の切っ先をアイズへと向ける。

 これは、彼が強くなってきた行程の模倣だ。

 アイズも、その事は理解したのか愛剣デスペレードを抜き放つ。

 

 そして、金と黒はぶつかった。

 

 

 ■■■■

 

 

 ロキ・ファミリアにとって、ティーズ・クロケットという鍛冶師はファミリアの垣根を越えて何かと世話になる存在であった。

 今回もそうであるが、何より彼の武具はどれも質が良いのに、安い。

 それこそ、億単位の金が普通に取れるような質と素材を持ち合わせていながら、下手すれば一万程度で売ることさえあるほどだ。

 もっと昔では、100ヴァリス程で武器を売ったこともあり、その際には主神と団長、それぞれから拳骨を貰ったりもした。

 

 まあ、何を言いたいのかといえば

 

「武器の補充ができて何よりだったよ」

「ん」

「代金は、要らないって話だったけど。本当に良いのかい?」

「いい。失敗作ばっかり」

 

 最前線から一歩ひいた地点で会話するティーズとフィン。彼らの視線の先では、逃げるミノタウロスの後を追い掛ける冒険者という、通常では見られない光景が広がっていた。

 

 ロキ・ファミリア+ティーズ一行は、上層に入るとミノタウロスの群れに遭遇したのだ。

 接敵に際して、一級冒険者ならばレベル2相当のミノタウロス等、素手でも殺せる。

 加えて一部面々には、ティーズお手製の失敗作が配られているのだ。群れの八割が秒殺される結果となっていた。

 

 野生の獣は、臆病でなければ生き残れない。

 ダンジョンのモンスターを、野性動物として当てはめるのは間違いかもしれないが、彼らにも生存本能はあるらしい。

 一目散に逃げ出して今に至る。

 

 厄介なのは、ミノタウロス達が向かった方向か。

 ロキ・ファミリアが下へ降りる為の階段から来たのだから、彼らから逃げるための逃走経路は上に登るための階段へと繋がっている。

 

 ミノタウロスのレベルは2相当。そして、1レベルでも違えば、それは最早生き物として違うと呼ばれるほどに差があった。

 更に、上層は駆け出しの冒険者達が集う場所。仮にミノタウロスと遭遇してしまえば、命はない可能性が高い。

 

 そうなると、取り逃がしてしまったファミリアの責任となる。

 

 よって、追いかけっことなった。

 

「君は、行かなくて良いのかい?素材が手に入るかもよ?」

「今さら、アイツらの角、要らない」

 

 フィンの提案をティーズは一蹴した。

 彼からすれば、今さらミノタウロスの素材に魅力を感じないからだ。

 敢えて挙げるならば、強化種と呼ばれるタイプならば話が別なのだが。

 

 とにかく、素材に魅力がないならばティーズに戦う理由はない。

 もしも新米が死んだとしても、彼は良心が痛むこともないだろう。

 

 そも、ダンジョンに潜る時点で命懸け。そして、不足の事態などごまんと起きる。

 ロキ・ファミリアも追っているのだから、何とか逃げ切れる可能性もある。

 

 酷とは言わない。泥水を啜ってでも生き残る覚悟がなければ、ダンジョン攻略など出来るはずも無いからだ。

 強くなければ死ぬ。夢と現実を同時に叩きつけるのがダンジョンなのだ

 

「君は意外にドライだよね」

「見ず知らずの相手まで、助けるの怠い」

 

 ティーズにとって他人は、その程度の認識でしかない。

 同じファミリア、若しくは顔見知りでなければ平気で見捨てることもあるだろう。

 

 オラリオでは珍しくない人種だ。むしろ、他人を食い物にしていないだけマシだろう。

 中には、ダンジョンを利用して敵対組織を潰す荒業を行うゲスも居るほどであるし。

 

「そういえば、ティーズ。君は地上に戻ったら、工房に籠るのかい?」

「ん」

「そして、僕らの武器代は要らない、と」

「ん」

 

 後方で荷物を持つサポーター達を守りながら、ティーズとフィンの二人は、周りの第一級冒険者達と比べても遅い歩みであった。

 

「僕らとしては、君個人への借りは少ない方が良いんだけどね」

「別に、いい」

「君は気にしなくても、僕らのメンツの問題さ。そこで提案なんだけど」

 

 隣を歩きながら、ティーズを見上げる形でフィンは指をたてた。

 彼は、小人族であるため年のわりに背が低い。

 ティーズ自身も高くはないが、それよりも更に小さかった。

 

「宴会に参加しないかい?ロキに話を通さなきゃいけないけど、多分了承するはずだよ」

「・・・・・いい?」

「ロキも君の事は気に入っていたからね。ヘファイストス・ファミリアじゃなければ、勧誘していたんじゃないかな」

「・・・・・?」

 

 首をかしげるティーズ。

 彼は、一応ながらロキとの接点がある。

 数年前に、ヘファイストスが彼を連れて神々の宴に参加した為であった。

 余談だが、その折に面倒な神にも目をつけられ未だに勧誘、もとい人攫い擬きを何度か受けている。

 

 まあ、それはさておき。気に入られている理由が彼には分からなかった。

 顔を会わせた事だって片手で足りる程度でしかない。

 

 そんな、頭の上にハテナを浮かべて首をかしげる鍛冶師に、フィンは苦笑いした。

 

 彼も一度ロキに問うた事があったのだ。

 何故、そこまでティーズを気に入っているのか、と。

 返ってきた答えは、嘘がないから、らしい。

 

 神に嘘はつけない。だが、嘘で隠した事は分かるがその内容までは分からない。

 そして、ティーズにはそれがないらしい。

 全て、素。頭で考えたことがポロリとそのまま出てきているらしい。

 因みに、ストーカー女神は、彼の魂に惹かれているようだ。

 彼女曰く、焼けた鉄と強靭な鋼の輝き、らしい。

 

「で、どうする?」

「ん。行く」

「そうか。それじゃあ、地上に戻ったら、僕らのホームに来てもらうよ」

「ん」



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帰ってきて四

 オラリオ北のメインストリート。

 そこに、黄昏の館と呼ばれる歪な建造物は存在している。

 

「おっかえりーーー!!」

 

 ここは、ロキ・ファミリアのホームだ。

 遠征を終えた面々を出迎えたのは、糸目に赤毛の女神。

 彼女は満面の笑みを浮かべて、遠征隊の主に女性の面々に向けて飛び付いていった。

 

 これは歓迎の抱擁であると同時に、セクハラの抱擁である。

 リヴェリアは避け、アイズも避け、アマゾネスのヒリュテ姉妹が避け、エルフのレフィーヤ・ウィリディスが餌食となる。

 

「んん?おお、レフィーヤ、胸大きくなったん?」

「ひゃあああああ!?ど、どこ触ってるんですか!?」

「うひひひ、エエやないか。ほれほれ~」

 

 完全なセクハラ親父の動きである。

 肌をさらす事すらにも抵抗を覚えるエルフの貞操観念は高いのだが、相手が相手であるためレフィーヤも手を出せずにいた。

 

「少し良いかな、ロキ。お客様だよ」

 

 待ったをかけたのは、フィンだ。

 彼の言葉に、ロキは顔をあげ、ついでに彼のとなりに立っていた馴染みの顔に目を向けた。

 

「およ?ティーズやないか。久しぶり~」

「ん」

「相変わらずの無表情やなぁ。ファイたんも気にしとったで?」

「・・??」

 

 ロキの言葉の意味が分からないのか、ティーズは首をかしげた。

 確かに昔から、何かと心配をされることは多かったと彼の記憶にはある。

 しかし、それもレベルが高くなるにつれ、減ったように思っていたのだ。

 

 だが、現実は違う。どれだけ子が強くなろうとも、親は何かと気にしているものなのだ。

 

「まあ、愛されとるっちゅうことや」

「愛・・・・」

 

 その言葉は、彼にはよく分からない。

 

 ティーズ・クロケット17歳。彼の記憶の始まりは、泣き出しそうな女性の顔から始まっている。

 その後、記憶の断裂が起こり次に見るのは、今の主神の顔。

 こちらも泣きそうであった事を、ティーズは記憶していた。凡そ、十四年前だろうか。

 そして、この頃から彼の顔は鉄面皮であった。

 変わるのは顔色が青くなる程度。後は、かなりのレアケースで、口角が若干上がるだけか。

 

「ロキ」

 

 ただでさえ口数の少ないティーズが本格的に黙ってしまった事により、フィンはロキに対して若干の非難を込めた声をかけていた。

 

「今回の遠征で、僕らは彼に助けられたんだ。あまり困らせないでくれ」

「そんなつもりはないんやけどなぁ。というか助けられたん?」

「ああ。少し、厄介な相手に当たってね。手持ちの武器を大半溶かされたよ」

「あちゃー、そら出費が痛いわ・・・・・ん?ティーズが居るっちゅう事は・・・・・」

「彼お手製だよ。失敗作らしいから、お代は要らないらしい」

「ははーん、読めたで。つまり、ウチ等の宴会に参加させようって魂胆やな?」

「察しがよくて助かるよ」

 

 ロキは天界に居た頃には、トリックスターとして名を馳せていた権謀術数何でもござれの、謀神だ。

 その頭の回転は、そこらの神など足元にも及ばない。

 

「ええよ。ウチの子達を助けてくれたんやろ?知らん仲でもないしな」

「本当かい?」

「嘘ついてどうするん」

 

 和やかに会話する、主神と団長の二人。

 その傍らで、ティーズはボーッと虚空を見つめていた。

 彼の思考は、時偶空の彼方に旅立ってしまうのだ。

 

「ティーズ!」

「・・・・」

「ねぇってば!」

「・・・・・ティオナ?」

「無視しないでよ。さっきから声かけてたのに」

「ん、ごめん」

 

 彼に話しかけていたのは、露出の多い褐色の肌をしたアマゾネスの少女、ティオナ・ヒリュテ。

 天真爛漫、というのがよく似合う彼女は何かと、この無表情鍛冶師に絡むことが多かった。

 

「このハルバード、スッゴく使いやすかったよ!」

「そう」

「他にも何かあったりする?」

「・・・・・重い?軽い?」

「うーん、重いのかなあ。ほら、あたしって大双刃使うし、こう、グシャッ!て行ける奴がいいの!」

「・・・・・・・・・これは?」

 

 ティーズが魔法で造り出したのは、手甲だ。

 というより、デカイ。大きさは、大盾のような巨大さであり最早鉄塊だ。

 

「おっきい・・・・・」

「ん」

 

 武具創造による武具は一定時間で消滅するが、流石に手渡して直ぐに何度か振るう程度ならば問題ない。

 巨大手甲を渡された、ティオナは右手にそれを填めると何度か振るう。

 

「重い、けど。う~ん」

「使いにくい?」

「珍しい形だし、振り慣れないかなぁ」

「そっか」

 

 ティオナが首をかしげれば、同時に手甲は魔力の靄へと消えていく。

 その後も、何種類も武器が出てくる。

 最初の手甲に始まり、剣や槍、斧に槌。変わり種ならモーニングスターや三節棍、狼牙棒等々。

 他にも月牙サンやマカナなど、武器の見本市のように出るわ出るわ。

 

 その中でも、ティオナのフィーリングに合ったのは何種類しかなかった。

 

「これは、大双刃に似てて振りやすいよ!」

 

 その一つが、今もブンブン振り回されている槍。

 花槍と呼ばれるモノで、穂先の近くに赤毛の装飾が施されているものだ。

 ぶっ潰す、というよりも華やかに舞いでも舞うような戦い方に向いている武器であるため、大剣二つを組み合わせたような大双刃には似ても似つかない。

 だが、どうやらお気にめしたらしい。

 

「造る?」

「良いの!?」

「オレ、暇」

「やったー!・・・・・・・あ」

 

 嬉々として両手を挙げたティオナだったが、何かを思い出したのか、顔を曇らせる。

 

「?」

「・・・・・」

 

 ティーズが首をかしげるが、ティオナは何やら考え込んでブツブツ呟くのみだ。

 

「お金が無いのよ」

 

 沈黙の平行線を断ち切ったのは第三者の声。

 

「・・・・ティオネ」

「ダンジョンじゃ、声かけなかったし、久しぶり、でいいかしら」

「ティオナ、金欠?」

「そうね。大双刃溶かされたのよ。あれってレアな素材も使ってるし、オーダーメイドだから高いわ」

「ふーん」

 

 ティオナの姉であるティオネに言われて、ティーズは納得がいったらしい。

 ついでに、今更になって彼女が大双刃を持っていないことに気が付いた。

 

 鍛冶師界隈、というよりヘファイストス・ファミリアと鍛冶系を二分にするゴブニュ・ファミリアでは、ティオナは鍛冶師泣かしとして名を馳せているのだ。

 

 時偶、高レベルの冒険者にあるのだが、どうにも技術がついてこないことがある。

 その根底にあるのは、力任せに振るうだけでも武器の性能と、単純な膂力でダンジョン攻略には支障が無いため。

 結果として、高品質の武器も出鱈目に振るわれ、刃を鈍らせ筋を痛めることになる。

 

 勿論、ゴブニュ・ファミリアとしてもそう簡単に武器を壊されてはメンツにも関わるために必死こいてなるべく壊れない武器を造る努力はしている。のだが、今回に関しては彼らも想定外だろう。

 誰が溶かされるなど想定するものか。

 

「・・・・不壊属性付けるしかない?」

「ただでさえ、高いのに更に高くなったわね」

「けど、壊れない。刃は鈍るけど」

 

 西洋の剣は、斬るよりも刃の重さで叩き潰す事に向いている。

 大双刃もその重量によって破壊力と強度を得ているタイプだ。

 ついでに言うと、貴重な鉱石を腕利きの職人数人がかりで数日かけて鍛え上げて漸く完成するため、不壊属性まで付けていればファミリアが機能しなくなる可能性もある。

 そして、職人達が精神的に死にかねない。

 

「いっそのこと、貴方が打つ?」

「・・・・オレ?」

「冗談よ。勝手に鞍替えしたなんて知れたら、ゴブニュとの付き合いも悪くなるもの」

 

 数年の付き合いがあるティオネは気付いていた。

 自身の冗談に、この鍛冶師が一瞬だけ乗り気であった事に。

 

「ティーズ、宴会の日には使いを寄越すからね」

「ん」

 

 勝手に彼が打ってしまう前に、フィンはこの場の解散を促した。

 まあ、隣でこんない会話がされていれば嫌でも耳につくか。

 

「・・・・じゃ」

 

 挨拶も簡素にティーズはフラりとその場を去った。

 彼の帰る場所は、最初から決まっているのだから。

 

 

 ■■■■

 

 

「ああ、良いわ。スゴく、良い・・・・・」

 

 バベルの頂上。そこから、下界を見下ろすのは、何者にも勝るような美貌を誇る女神である。

 熱に浮かされたような口調で彼女は、興味の対象へと視線を送っていた。

 

「熱く焼ける鉄と鍛え上げられた鋼の輝き。同居しない二つ」

 

 女神は、その輝きに目を奪われる。

 

「欲しいわね」



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日常的な五

 北東メインストリート。

 ヘファイストス・ファミリアの工房もある工業系が集まった地区だ。

 

「あら、お帰りティーズ。早かったわね」

「ん」

 

 ファミリアのホームに顔を出したティーズを出迎えたのは、ヘファイストスであった。

 

「・・・・・ねぇ、ティーズ?」

「ん?」

「武器は?」

「やった」

「また、ただで渡したの?誰にかしら?」

 

 笑顔で詰め寄ってくるヘファイストス。だが、その目は笑っていなかった。

 

「前にも言ったわよね?貴方の武器は、そう簡単に渡しちゃいけないって」

「ん」

「それじゃあどうして、渡したのかしら?」

「困ってたから」

 

 ヘファイストスは神だ。目の前の眷属が嘘をついていないことは分かる。

 そして、ティーズの気性も知っているためそれが切羽詰まった状態であったことも容易に想像がついていた。

 

「それで?誰に渡したの?」

「フィンたち」

「ロキ・ファミリアね。そんなに深く潜ったの?」

「ん。50階層ぐらいまで」

「・・・・・はぁ」

 

 案の定の発言に、ヘファイストスはため息をついた。

 そして、眷属の頭を優しく撫でる。

 彼女の表情に、ティーズはロキに言われたことを思い出していた。

 

「・・・・・愛」

「ん?」

「・・・・・やっぱり分からん」

 

 思われることは、分かる。だが、理解はできない。

 

「おお!ティーズ、戻っておったか!」

「・・・椿」

「手前は、先程まで工房に居ったのだ。人肌が恋しいゆえに暫しこのままだな」

 

 ホームにやって来たのは椿。彼女はティーズを背後から抱き締めると、彼の頭の上に顎をおいた。

 

「ふふっ、あなた達見てると本当に姉弟みたいね」

 

 ヘファイストスが言うように、二人には共通点が多い。

 褐色の肌、黒髪、ガーネットのような瞳。鍛冶師であることや、冒険者として強い事。

 違うとすれば、無表情鉄面皮がデフォルトのティーズと、呵々大笑と表情豊かな椿ではみられる表情が違うことぐらいか。

 

「それにしても、お前の表情は動かんなぁ」

 

 椿は、ティーズ頬を撫でながら、どこか憂いの浮かんだ表情でそう呟く。

 呟かれた側のティーズは首をかしげて、椿を見上げた。

 

「ほれ、手前がお前を笑わせてみせようではないか」

 

 見上げてくるティーズの頬をつまんで上に引き上げる。

 

「─────────────あっはっは!かわいいな、ティーズ!お主は、やはり面白いぞ!」

「?・・・・・??」

 

 ワシャワシャと犬でも撫でるように、椿はティーズの頬を捏ねまくる。

 バンダナを着けているため、髪の毛がボサボサにはならないものの、椿のレベルは5。

 実は、けっこう危ない所なのだが、ティーズのレベルは6だ。首がポロリ等にはならない。

 

「ああ、そういえば、ティーズ。ロキ・ファミリアには代金を貰わなかったのよね?」

「・・・・ん」

「それじゃあ、対価は何を貰ったのかしら」

「宴会。呼びに来るって」

「ほう、ロキ・ファミリアの宴か。となると、豊穣の女主人か」

「ロキの許可は貰ったのね。楽しんできなさい」

「ん」

 

 椿に頬を捏ね回され、ヘファイストスに頭を撫でられる。

 分からずとも、やっぱり彼は、愛されているのであった。

 

 

 ■■■■

 

 

 オラリオには、様々なファミリアのみならず多くの商店も存在している。

 

「・・・・ジャガ丸くん」

「おお!ティーズ君じゃないか!」

 

 北のメインストリートに在る、とある出店。

 店番をするのは、幼い面持ちでありながら体つきは、男性垂涎モノというアンバランスな女神であった。

 白い服に、青い紐という奇抜な格好だ。

 

「何味が良いんだい?」

「しょうゆ」

「新商品の小豆クリームは──────」

「しお」

「甘いの苦手だったっけ?」

「あんまり、好きじゃない」

 

 女神、ヘスティアはヘファイストスの神友だ。少し前まで、ヘファイストス・ファミリアのホームに住んでいた。

 

「・・・・・?」

 

 ジャガ丸くんの準備をしているヘスティアを見て、ティーズはあることに気が付いた。

 というのも、ファミリアに居候していた際には見られなかったやる気に満ちていたのだ。

 

「ヘスティア様、楽しそう」

「ふぇ?そうかい?」

「ん。良い顔してる」

 

 受け取ったジャガ丸くんを無表情で頬張るティーズに対して、ヘスティアは頬を掻いた。

 幼い少女のような見た目(一部違うが)である彼女だがやはり神であり、長い時を過ごしてきた存在だ。生娘のようには騒がない。

 

「君は、意外に人を見てるよね」

「?」

「君みたいな眷属が居てくれて、ヘファイストスは幸せだって事さ」

「幸せ・・・・」

 

 ヘスティアは竈などの女神と同時に、孤児の保護者だ。彼女にとって、子供はその全てが分け隔てなく接する相手となる。

 そんな中で、能面少年のティーズの様な子供は、彼女にとって心配の種でもあるのだ。

 

 閑話休題

 

 この出店は、北のメインストリートにあるが同じ区画には、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館もある。

 そして、このファミリアには生粋のジャガ丸くん好きの少女が居た。

 

「ジャガ丸くん、ください」

「いらっしゃい!何味にするのかな?」

「小豆クリーム味でお願いします」

 

 やって来たのは金髪の妖精。

 彼女は、先程ティーズの頼まなかった味を頼み、彼へと歩み寄っていた。

 

「さっきぶり」

「ん」

 

 モゴモゴと咀嚼する彼に答える言葉は発せないために、頷きとくぐもった肯定が返ってくる。

 流石にアイズも間が悪いと思ったのか黙っていた。

 少し経って、ティーズが口を開く。

 

「甘いの好きなんだな」

「うん。ティーズは、嫌い?」

「あんまり」

 

 無表情×無表情の会話なんてこんなものであり、淡々と互いの思ったことを伝え合う。

 

「どこか行くの?」

「ん」

「ついていっても良い?」

「・・・・なんで?」

 

 両者同時に首をかしげた。

 ティーズとしては、何故アイズがついてこようとするのか分からない。

 アイズとしては、何故自分がこんなことを言い出したのか分からない。

 互いが互いに、自分の状況に対して首をかしげれば、その傍らから吹き出す音が聞こえた。

 

 見れば、ヘスティアが口許を押さえてプルプルと震えているではないか。

 

「ヘスティア様?」

「・・・・あ、ああ、ごめんね。君達が、あまりにも似てるから、つい」

 

 確かに、彼女の言うようにティーズとアイズは似ているところがあった。

 主に、コミュニケーション能力の弱さや無表情な所など。

 特に、対人能力に難有りの部分は相当似通っている。

 

「ティーズ君、友達は大切にすべきだよ?」

 

 笑いを収めたヘスティアはそうアドバイスを行う。

 返ってくるのは、首かしげであった。

 

 

 ■■■■

 

 

 オラリオの有名人というのは、町を歩くだけで注目を集めるものである。

 

「おい、『剣姫』が男つれて歩いてるぜ」

「マジかよ。うわ、マジだ」

「誰だ、アイツ」

「お前、潜りかよ!知らないのか?この町、どころか世界でも有数の鍛冶師だぞ!?」

「はぁ?んなもん、ヘファイストス・ファミリアの『単眼の巨師』だろ」

「バッカ、あの人よりもレベルは上って話だ」

 

 下っ端冒険者達が騒ぐ先にいるのは、金髪の妖精と褐色の鍛冶狂い。

 剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインと『錬鉄童子(ブラックスミス)』ティーズ・クロケットその人である。

 

 前者は、有名だが、意外にもティーズに関しては知られていない。

 理由は単純に、彼の武器が出回ることが少なく、彼自身も表立っては目立たないから。

 

 故に知る人ぞ知る名工のようになっていた。

 そして知っている者にとって、彼の武器は失敗作でも高値で取り引きされる。

 酷いときなど100ヴァリスの剣が裏では、その十万倍で取引されたこともあったほど。

 

 閑話休題

 

 二人が歩いているのは、西のメインストリートだ。

 といっても、そこらの商店に用はなく、メインストリートも外れの方まで来てしまっているのだが。

 しかも、路地に入り込んで周りの空気は少し湿っている気がしなくもない。

 

「・・・・」

 

 アイズは、少し前を歩く少年の背を見つめる。

 自分の目指す強さ、という指標にて常に前を行くのが彼だ。

 最初の出会いは、年が近いこともありヘファイストスとロキが一計をこうじた結果だった。

 ファミリアが違うために頻繁に顔を合わせることこそ無かったが、それでもダンジョンに潜り始めれば何度か顔合わせはあった。

 

 最初のレベルアップは、冒険者となった一年後。

 世界最速の記録を二人同時に叩き出した。

 そしてここから二人の道は本格的に別れたとも言える。

 アイズは、冒険者として。ティーズは、鍛冶師として。それぞれの師の元で腕を磨いてきた。

 

 違ったのは、師の数か。そして、方針。

 

 座学よりも実地を主とし、自作武器の性能を確かめるためにダンジョンに潜っていたティーズと、何かと過保護で三人掛りで止められていたアイズ。

 

 最初の差は、レベルが4に上がった頃か。そこからレベルが上がる際に同時に、とはならなかった。

 今でも過保護に止められるアイズと、大分放任されているティーズ。

 この二人では、レベルの上がり方に差があるのは明らかであったのだ。

 

 今では常に追い掛ける状況。

 

「着いた」

 

 アイズの思考が飛んでいると、急にティーズは立ち止まって呟く。

 

「ナァーザ、居る?」

「あら、ティーズさん。素材もってきてくれた?」

「ん」

 

 扉を開けて中に入れば薬独特の匂いが立ち込めた店内に一人の女性が居た。

 彼女、ナァーザ・エリスイスに対してティーズは腰に着けていたサイドポーチから有るものを取り出し手渡した。

 

「ブルーハーブ?」

「ん。冒険者依頼」

 

 アイズが呟き、ティーズが肯定する。

 渡されたのは、群青の色合いをした草っ葉であった。

 ブルーハーブと呼ばれるこれは、様々な薬剤に応用でき、医療系のファミリアでも重宝されている。

 

「それにしても、物好きですねティーズさん。ディアンケヒト・ファミリアならばもっと高く買い取ってくれるでしょう?」

 

 ハーブを受け取ったナァーザは、報酬を手渡しながらそんな憎まれ口を叩いてくる。

 ムッとするような物言いだが、憎まれ口を受け流したティーズには効きはしない。

 渡された小銭の入った袋をサイドポーチに収める。

 

 ナァーザが憎まれ口を叩いたのには訳があるのだ。

 そもそも彼女の所属する、ミアハ・ファミリアはナァーザ一人しか団員がいない零細ファミリアだ。

 更にある理由から、莫大な借金が有り報酬など雀の涙にも劣る額しか払えない。

 

 ブルーハーブはダンジョン中層と深層の境い目附近にしか生育していない故に単価が高いのだ。

 でありながら、彼女達がティーズに払っているのは子供のお小遣いにも劣る額。

 そんな金額では、普通ならば誰も受けるどころかギルドに通報されかねない様な事なのだ。

 でありながら、ティーズという少年は好き好んで、ミアハ・ファミリアの冒険者依頼をこなしていた。

 

 一度、ナァーザは聞いてみたのだ。何故、こんなことをするのかと。

 ティーズは、少し考えて、ヘファイストスの友神だから、と答えた。

 

 そもそも、彼にとって損得勘定があまり意味をなさない。打算やら何やらに一番遠いのがティーズ・クロケットなのだから。

 

「次の依頼は?」

「そうですね。では、ハーブ各種を採ってきてもらいましょうか」

「ん、分かった」

 

 そんな裏事情を知らないアイズが眉をひそめる先で、新たな契約は結ばれていく。

 そこに在るのは、金銭によるモノではなく、信頼による繋り。

 話は纏り、二人は店を出た。

 

「・・・・・良いの?」

「ん?」

「報酬」

「良い。ヘファイストス様も椿も知ってるから」

 

 嘘をつけない男が隠し事を出来る筈もない。

 最初は、アイズのように二人からも良い反応は返ってこなかった。

 しかし、それも最初の何度かのみ。

 

「なんで?」

「・・・・」

「報酬、少ないし」

「別に報酬ほしくてやってないから」

 

 やりたいからやっているだけ。そこには、それ以上はない。

 

「じゃあ、何で?」

「・・・・」

「ねえ」

 

 黄昏の館につくその時まで、アイズに服の裾を摘ままれティーズが質問されまくるのは、余談である。



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怒っちゃって六

「ほな、遠征帰還を祝って乾杯やーーー!!」

 

 そんな挨拶と共に辺りから、グラスがぶつかり合う音と歓声が上がった。

 豊饒の女主人。オラリオでも可愛らしさと美しさを兼ね備えた女性店員が多く、人気の店だ。

 

「……………」

 

 砂でも食ってんのか、と突っ込みたくなるほどに無表情で骨付き肉を咀嚼するのは、ヘファイストス・ファミリア所属のティーズ・クロケットである。

 彼の周りに酒はない。ただ、皿が積まれていくのみ。

 

「お代わりです、ティーズさん」

「ん」

 

 山盛りの肉の皿をもって現れたのは、エルフの店員。

 

「旺盛ですね」

「ん」

「美味しいですか?」

「ん」

 

 黙々と肉を貪るティーズ。その口の周りは肉の油でベッタベタに汚れていた。

 

「ティーズさん」

「ん?」

「汚れています」

「むぐぅ…………」

 

 店員、リュー・リオンは布巾を取り出すと彼の口の周りを拭い始める。

 

「貴方も子供ではないんですから」

「ん」

 

 注意をしながらも、リューはティーズの世話を焼く。

 

 周りでは、ロキ・ファミリアの面々が思い思いに騒いでいた。

 

「ささっ、こちらをどうぞ団長」

「あ、ああ、ありがとうティオネ。ところで、こんなに僕に飲ませてどうする気かな?」

「他意なんてありませんよ。あ、ほら、また空になってますから」

「ガレスーーーーっ!!ウチと飲み比べで勝負やー!」

「おう、掛かってこい!返り討ちにしてくれるわ!」

「当然勝負やからな!これで勝った方は、リヴェリアのおっぱいを好きにしてエエ権利を贈呈やーーーー!!!」

「「「なにぃいいいいいい!?」」」

 

 男性陣総立ちである。

 酒の勢いもあるが、それ以上にハイエルフであるリヴェリアの魅力が凄まじい故の結果であった。

 

「リ、リヴェリア様………」

「好きに言わせておけ」

 

 酔っぱらいほどマトモに相手するだけ無駄な相手は居ない。

 リヴェリアは果実酒の入ったグラスを持って辺りを少し見渡した。

 酒が入っているせいか、どいつもこいつもハイテンションだ。

 

 そんな中で、温度差で陽炎でも見えそうなほど静かな席がある。

 傍らに重ねられた皿が30枚を越えたティーズの席だ。

 

 元々大人しい気質であることと、酒を飲まないため騒ぐことがない。

 傍らには、時折肉を追加してくるリューと喧騒から逃げてきたアイズの姿があった。

 

「美味しい?」

「ん」

「私も、食べて良い?」

「ん」

 

 横並びになって頬を膨らませて肉とサラダを食らう二人。

 どちらも表情は変わらないがかなりの早さで食べていた。

 というか、喧騒の中央を眺めながら無表情でそれぞれの皿を食べている二人というのは存外シュールな絵面だ。

 

「…………ふっ、思ったよりも仲が良いか」

 

 二人の関係性を少なからず知っているリヴェリアは、安堵したように果実酒を煽った。

 過保護なのは、彼女も理解している。しかし、やはり心配なものは心配なのだ。

 

 宴会も佳境、酒がかなり回ってくると人は気が大きくなるというものだ。

 

「ああ、そうだアイズ!あの話してやれよ!」

 

 一際大声を上げて話を振ったのは、酒によって頬に赤みの差した狼人ベート・ローガであった。

 話を振られた側のアイズは、分からなかったらしく、サラダを食べながら首をかしげる。

 

 そこから彼が語ったのは、ミノタウロスに追われた冒険者の話。

 最後には、アイズがミノタウロスを仕留めその血で真っ赤に染まり、そして大声を上げて逃げた話であった。

 

 酒に酔った面々からすれば笑い話かもしれないが、当人からすれば堪ったものではない。

 

 笑っている周りに対して、アイズは少し不愉快そうに眉をひそめるものの、それは誰にも気づかれない。

 だが、そこで隣から服の袖を引かれた。

 

「アイズ」

「…………なに?」

「あの話、何が面白いんだ?」

 

 首をかしげるティーズには、ベートの話の面白さがわからなかったらしい。

 そも、ミノタウロスはレベル2相当のモンスター。そして、上層の中でも地上に近い場所は初心者等しか居ないような場所だ。

 であるならば、逃げてもおかしくない。むしろ逃げねばならない。

 第一、恩恵を貰った初っ端から化け物みたいに強い者など居ないのだ。

 自身の命を守るために逃げた相手を笑えるほど、ティーズは天狗ではなかった。

 

「分からない」

「ふーん……………変なの」

 

 初心忘れるべからず。

 冒険者にありがちな事だが、レベルが上がればそれだけ一人で出来ることも増えるため、万能感が出てくる。

 その万能感はそのまま傲りに繋がるのだ。

 

「それじゃあよぉ、アイズ。つがいにするなら、あのガキと俺、どっちがいい?」

 

 どうやら、相当に酔っているらしい。

 常の傲慢な態度と相俟って中々の爆弾発言をかましていた。

 

「……………私は、そんなことを言うベートさんとはお断りです」

「だぁーーーはっはっは!!フラられとる!」

 

 ロキが笑うと同時に周りも同時に笑い出す。

 この状況でいたたまれないのは、ベートだろう。

 彼の頬には、酒以外の赤みが差していた。

 

「ザコじゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!」

 

 それゆえに、思わず叫んでしまっていた。

 すぐに店内のざわめきに声は飲まれたが――――――――

 

「ベルさん!?」

 

 一人の少年が店を飛び出してしまった。

 一瞬の静寂が訪れるものの、そこは酒場だ。直ぐに喧騒が舞い戻ってくる。

 

「あれ、さっきの話の?」

「………………うん」

 

 飛び出した少年の背を見て、落ち込んだアイズにティーズは問う。

 その答えに、彼は少し頭を回して考えた。

 

「……………ベートだってオレより弱い」

 

 この一言は、喧騒の中でも嫌に響いていた。

 どうやら、彼は考えた末にベートのザコ発言が少年を傷つけたと考えたらしい。

 因みに言うと、この場でティーズを相手できるのは同じくレベル6であるフィンやリヴェリア、ガレス位なのだ。

 後は酒場補正の、ミア位である。

 つまり、ティーズからすれば一部を除いて全員五十歩百歩の域を出ない。

 

「何が言いてえ?」

 

 席を立ったベートは、ジョッキを片手にティーズへと詰め寄った。

 

「俺を、ザコだって言いたいのか?」

「違う。けど、アイツが逃げたのは間違ってない」

「ハッ!ザコに肩入れか?」

「違う。勝てない相手と戦わないのは、生きる上で大切なこと」

 

 ティーズが立ち上り、ベートへと詰め寄った。

 身長差は、ベートが頭半分ほど高い。

 

「そいつは、ザコの生き方だ」

「違う。人は弱い。レベルなんて関係無い。死ぬときは、あっさり死ぬ」

 

 その論は、ベートには相容れない。

 彼にとっては、強者という矜持が全てだ。それ故に、弱い、と評されるのは受け入れられない。

 

「表に出やがれ。鍛冶師風情が…………!」

 

 だからか、地雷を踏んでしまった。

 酒と、一時の怒りによる精神の高揚。

 

「――――――――――分かった」

 

 ザワリ、と全身が粟立つような殺気。

 

「表に出ろ」

 

 

 ■■■■

 

 

 豊饒の女主人前のメインストリート。夜でありながら、そこには多くの人だかりが出来ていた。

 

「………………」

 

 その中央に向かい合って立つのは、ベートとティーズの二人。

 

「ぶっ潰してやるよ」

「ご託は良い。さっさと来い」

 

 ベートの粗野な様子はいつもの通りだが、ティーズは違う。

 いつもならばあり得ないほどの気配の鋭さ。

 完全に、怒らせてしまっている。それが、常の彼を知る者達には、ハッキリと理解できた。

 

「ぶっ潰す…………!」

 

 ベートは、まるでその場から掻き消えるように、姿を消した。

 彼の速度は、ロキ・ファミリアでも随一だ。

 少なくとも、第2級程度の冒険者では対処できない。

 人垣の中、ベートは縦横無尽に駆けていた。

 

「食らえや!!!」

 

 数秒後、彼はティーズの斜め後方に現れる。

 放つのは、跳び回し蹴りだ。後頭部を狙って振り―――――――――

 

「遅い」

「ゴッ!?」

 

 その前に、ティーズは振り返るとその顔面に拳を叩き込んでいた。

 一瞬だけ硬直し、ベートの体は大きく吹き飛ばされる。

 一撃必殺。

 ただの拳一発でレベル5の冒険者を、彼は倒して見せた。

 縦回転しながら、吹き飛んだベートは近くの家屋へと突っ込んでいく。

 

「………………」

 

 見送ったティーズは、握り込んでいた拳を解いた。

 

 彼は、珍しくも怒ったのだ。それも、激怒と言っても過言ではない。

 顔はいつも通りの無表情であった。だが、その内側では、炎が揺れていたのだ。

 

 強靭な鋼の中に、劫火を内包した魂。それが一際強く燃え上がっていた。

 

「いやー、相変わらず強いなぁティーズ。まさか、ベートの速さを初見で対処するやなんて」

「……………ごめんなさい、ロキ様。騒ぎを大きくしてしまって」

「別に構わへんよ。ウチらも無礼講やったけど荒れとったからな。お灸にはちょうどエエやろ」

「そう、ですか………………失礼します」

 

 話もそこそこに、ティーズは頭を下げると、幾らか入った袋をその場に置いて去っていってしまう。

 

「やっぱ、ティーズは強いなぁ。ホンマにレベル6なんやろか」

「確かに、僕らでも目で追うのが厳しいベートのスピードに完全に合わせてたからね」

「至ったんやろうか」

 

 ロキの言う至ったというのは、現世界最高峰であるレベル7という極致の事。

 現在は一人のみ、その頂きに立っている。

 

「さて、ね。ただ、もしもの時には、なるべく敵対したくはないかな」

「それは団長としてかいな」

「いや、友人として、かな」

 

 

 ■■■■

 

 

「お久しぶり。良い夜ね」

「…………………」

「フフッ、そんなに身構えないでちょうだい。別に取って食いはしないわよ。ただ――――――――――――」

 

 その背に白銀の月を背負い、女神は笑む。

 

「私のものに、なりなさい。ティーズ・クロケット」



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絡まれちゃって七

 月夜の晩は静かなものだ。

 

「……………フレイヤ様」

「こんばんは、ティーズ」

「何のようだ」

 

 屋根上から見下ろしてくるフレイヤと向き合った形のティーズ。彼には、強い警戒心が滲んでいた。

 

「決まってるわ。改宗の話よ」

「その件は、断った」

「どうしても、かしら?」

「どうしても、だ」

 

 平行線。しかし、この問答は顔を合わせる度に行われているのだ。

 

「私は、貴方が欲しいのよ」

 

 フレイヤは美の女神だ。神がその力を封じているとはいえ、彼女の美貌は比べることすら烏滸がましい程のもの。

 そんな彼女が放つ、魅了はモンスターですら虜にしてしまう。人間が抗える事も出来はしない。

 だが――――――――――

 

「揺れないわねぇ」

 

 ティーズ・クロケットは揺らがない。

 単純な話、彼は魅了に対して凄まじく鈍いのだ。

 効果は、辛うじて視線を集める程度。それも知り合いが近くにいればそちらへと注意が向いてしまうほどに、彼への魅了効果は無きに等しかった。

 

 それがフレイヤの気持ちを更に昂らせていく。

 もう一つ、目をつけた魂もあるのだがそれとはまた別だ。

 片や透明、片や鋼と焔。

 ある意味では真逆。

 前者は、如何様には己の在り方を決められる下地の段階。後者は、曲がることなく、折れることなく、何者にも染め上げられない、確固たるモノが出来ている。

 

 熱に浮かされるように彼女は、手を伸ばした。

 同時に、ティーズはその場を飛び退き離れる。

 

「…………良い反応だな」

 

 響くのは低い声。

 

「オッタル」

 

 ティーズは、振り向き、今まさに自分の後頭部を掴もうとした男をそう呼んだ。

 彼からすれば首が痛くなりそうな程見上げねばならない巨漢。猪人のオッタル。オラリオ最強の冒険者にして、頂点に立つ男である。

 

「フレイヤ様のご命令だ。お前を捕まえる」

「嫌だ」

 

 再び掴もうとしてくるオッタルに対して、ティーズは躊躇いなく剣を造り出すと、切っ先を彼へと向けて構えていた。

 相手は頂点だ。素手でやりあえば、体格差も相俟って一瞬で制圧されてしまうことだろう。

 欲を言えば、距離を取って戦える武器が良いのかもしれない。

 しかし、ポールウェポンならその柄が仇となり、月が出ているとはいえ、弓矢も大した効果が得られる筈もない。故に使い慣れた剣を振るう。

 

 狙いは、突き出されてくる腕の内側。正確には血管などが外から確認できる手首の内側だ。

 ここさえ斬れれば、血が噴き出して相手の動きを制限することが可能になる。

 

 ヒュンヒュンと何度も空を切る音が響き、石畳を踏み躙る音が夜闇に木霊する。

 

「………………なかなか、やるな」

「だったら、見逃してほしい」

 

 距離をとった二人は、互いに構え直していた。

 オッタルは、未だに剣を抜いておらずその手首にも傷はない。

 対するティーズも同じく無傷であり、息も荒れてはいない。

 どちらも本気ではないため当たり前の結果ではあるのだが、仮に全力でぶつかると、この区画は半壊、もしくは全壊してしまうことだろう。

 

「オレ、帰りたい」

「それは駄目だ」

 

 ここで初めて、オッタルは剣を抜いた。

 片刃の大剣。特殊効果こそ無いものの、その破壊力は並の武器は愚か、モンスターすら一刀両断してみせる。

 一瞬の沈黙、から放たれる大上段の振り下ろし。

 受け止めることなど、考える余地すら与えない一撃。

 

 一瞬、鉄と鉄が擦れるような音が響き、石畳の一部が粉砕された。

 モウモウと立ち込める粉塵。一陣の風が吹き抜け取り払われたそこには―――――――――

 

「ほう」

 

 オッタルの視線の先では、剣を掲げ切っ先だけを少し下ろした 形で、大剣を受け流したティーズの姿があった。

 受け止められないと即座に判断した彼は、柳の枝が風に揺れる様に、柔軟な受け流しへとシフトしていたのだ。

 

「フッ!」

 

 息を短く吐いて、ティーズは剣を振り上げた。

 受け流しに回した剣を振り上げ掲げ、一息に振り下ろしたのだ。

 縦一閃。本来は、受け流しと同時にこの振り下ろしへと移行するのだが、今回は態とゆっくり行っていた。

 案の定オッタルには、アッサリと見切られバックステップを決められて距離を取られてしまう。

 

 だが、それが狙いだ。

 

「――――――せいっ」

 

 片手に、ハンマーを造り石畳へと叩きつけることによって粉塵を巻き上げていた。

 これに乗じて、ティーズは夜闇へと紛れ、その場を離脱する。

 

 猪人として嗅覚も優れたオッタルならば、追うことも可能だ。しかし、彼はフレイヤの護衛だ。そう易々と彼女の側を離れられない。

 

「申し訳ありません、フレイヤ様」

「フフッ、構わないわよ。逃げられれば逃げられるほど、燃えてくるもの。恋ってそんなものよ」

 

 目の前で膝をついたオッタルを一瞥し、フレイヤはヘファイストス・ファミリアがある場所へと視線を向け、熱いため息をつく。

 美の女神の熱病は、無下にされればされるほど、熱く強く燃え上がるのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

 ティーズ・クロケット

 Lv. 6

 力 A827→A830

 耐久 A863→A865

 器用 A817→A820

 敏捷 C662→C665

 魔力 D583→D586

 鍛冶 C

 耐異常 G

 幸運 F

 

 『魔法』

 【武具創造】

 魔力を消費して、武具を造り出す

 効果、大きさ等によって魔力消費に変動有り

 一定時間、造り出した当人から離れると武具は消滅する

 詠唱

 『鋼の音、万里に木霊しその身を示せ』

 

 『スキル』

 【武具昇華】

 手に持った武具の性能を高める

 

 

 ■■■■

 

 

「………………ティーズ。私が何を言いたいか分かるかしら?」

「………………」

 

 ヘファイストス・ファミリアのホームにて、ヘファイストス当人は目の前の眷属を見下ろしながらため息をついていた。

 彼女の手には、一枚の羊皮紙。そこに書かれているのは、今目の前で正座して視線を逸らしているティーズのモノである。

 

「どうして、飲み会に行っただけでステイタスが上がってるのかしら?」

 

 そう、原因はソレ。

 ロキ・ファミリアの宴会から帰ってきたティーズと、出会したヘファイストスは彼の汚れが気になり、それが戦塵によるモノだと分かるとステイタスの更新を促したのだ。

 結果は予想通り、微量ながら上昇していた。

 

「……………」

 

 プイッと顔を背けたティーズ。

 彼自身、周りに散々言われているため、嘘をつけない自覚がある。

 その為、幼少の頃より言いたくないことがあると、彼は顔を背けるのだ。

 

 こうなると、折檻なども意味がない。

 

「………………はぁ、あまり心配させないでちょうだい」

「ん」

 

 結局、ヘファイストスが折れてしまった。

 元の気質からか彼女は何かと甘い。ヘスティアのニートを許してきたほどなのだから。

 

「それにしても、ティーズ。貴方は、ランクアップしなくて良いのかしら?」

「ん」

「けど、折角のレベル7よ?鍛冶のスキルも上がるかもしれないわ」

「まだ、いい」

 

 欲の無い眷属。ティーズには、何かを自慢したいと思ったりするような欲が欠けていた。

 人間の持つ三大欲求含めて、彼は欲が薄かったのだ。

 

 因みに、ランクアップに関しては、既に半年ほど前に達成している。

 

 49階層にて現れる、階層主バロールの討伐。

 

 オラリオでも、未だに一人しか達成していない偉業。

 その結果、彼はランクアップを可能としていた。

 だが、未だにソレは保留状態だ。

 理由は、ある。

 各レベルで彼は満足の行く一振りを打ってからランクアップすることにしていた。

 

 そして、未だにこれだ!というモノは作れていなかった。

 補足すると、それらは非売品としてティーズの簡素な自室に飾られている。

 

「………………あふ」

「あら、眠いの?」

「んー…………………」

 

 いつの間にか、ティーズは船を漕いでいた。

 拳一発で終わった、ベート戦はともかくとして、オッタルとの手合わせ擬きは神経を使ったのだ。

 ついでに酒場に漂っていた酒気にも若干やられていた。

 

「……………大きくなっても、まだまだ子供ね」

 

 既に七割方意識が空の彼方に飛んでいるティーズを抱えて背負ったヘファイストス。

 その表情は、柔らかなものであった。



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出会っちゃって八

 鍛冶師にとって、持てる技術の全てが財産である。

 火入れのタイミング、温度、鎚で叩く回数、力加減、鋼を冷ますために必要な水の温度。

 挙げだせばキリがないほどに多く、その一つ一つが鍛冶師によって差がある。

 

「…………………ッ!」

 

 何度も何度も甲高い金属音が工房に鳴り響く。

 赤く燃え盛る炉の中で、赤熱した鉄を見ながらティーズは鎚を振るう。

 一際強く鎚が振り下ろされ、直ぐに水の蒸発する音が工房に染み渡っていく。

 

「………………」

 

 一瞬で、鋼は熱を奪われ赤熱した状態から、輝きを放つ剣の刀身が持ち上げられた。

 茎を鋏で挟んだ状態で何度も刀身を眺め、ティーズは目を細める。

 見るからに一級品の出来栄えだ。

 完全に、鋼が冷めたことを確認し彼は傍らに用意していた、黒塗りのシンプルな柄へと茎を差し込み、目釘でそれを固定した。

 柄の刃側にあるデッパリが鍔を兼ねており、あまり接近戦に向く形状ではない。

 

「………………うーん」

 

 片手で何度か振るってみるが、しっくりこないらしく、ティーズは首をかしげた。

 両刃の剣ではあるが、綺麗に断ち切るタイプの剣だ。

 その手の武器は、確りと刃筋を立てねば力を発揮できない。

 そして、刀身が真っ直ぐであり、寸分の狂いもなく持ち主の技量を反映できるバランスが必須。

 彼の感覚の話しになるが、何とも振った際に刀身が微かにブレた気がしたのだ。

 気のせいかもしれないし、柄が合っていないだけ、ということもある。

 ティーズもそう考え、直ぐに柄を外し茎を握って何度か振るってみた。

 

「………………鋼が歪んだ、かな」

 

 やはり感じる違和感に、ティーズの落胆は隠せない。心なしか、いつもの無表情にも翳りがみえた。

 売り物には、なる。ソレこそ、バベルのヘファイストス・ファミリアが保有する店舗にて最上ランクが付けられることだろう。

 だが、それはティーズにとっては複雑なもの。

 彼としては、一ミリの瑕疵もない武具を冒険者に使ってほしいのだ。

 これは、鍛冶師になってからの矜持でもある。

 

 常に、“今”よりも良いモノを。

 

 通常の冒険者と違って鍛冶師はレベルが高ければ良い武器や防具を造れる訳ではない。

 確かにレベルが高ければ良い素材や、希少な素材に手を出せるかもしれない。

 しかし、それらを使って相応の武器や防具を造るというのは、二流と言っていい。そんな事ならば、素材をそのまま武器として振るう方が金もかからず、時間も削減できる。

 素材を生かし殺さず、最大限その良さを引き出すこと。これが必須だ。

 

 レベルが上がれば力も増すがその分、加減にも最大限の注意が必要。

 その為か、故意にレベルを上げない鍛冶師も居た。発展アビリティである鍛冶さえあれば様々な武器は打てるからだ。

 というか、実地に赴く鍛冶師自体が多くない。

 基本は、他の冒険者に委託して素材を集めるか、専属契約を結ぶかだ。

 因みに後者は、冒険者から持ちかける場合と、鍛冶師から持ちかける場合がある。

 

 そして、ティーズはどちらもやらない変り者。

 ぶっちゃけ、専属契約を結んだ方が何かと良い。

 まず、鍛冶師としての基準が作りやすい。これによって、際限無く良いモノを求めて、自分の才能に絶望する、ということが起きにくくなるからだ。

 そして、二人三脚である事から腐りにくい。契約相手を高みに登らせようと常に努力するため、上達が早くなる。

 

 ティーズはそんな相手に出会ったことがない。

 周りに目を向けていなかった訳ではないが、鍛冶と試し斬りばかりしていて、いつの間にかレベル6。

 この段階になると、契約相手を探すだけでも一苦労だ。

 

「…………………ふぅ」

 

 炉の火を落とし、ティーズは柄をはめ直した剣を腰に下げて部屋を出た。

 

 

 ■■■■

 

 

 怪物祭。年に一度の祭典にして、人々が楽しみにしている祭だ。

 数日後に祭典を控えた今日この頃は、祭に向けての準備で騒がしい限りである。

 

「……………うーん、酔った」

 

 人混みとも言える状況で、ダンジョンに行く際のバックパックを下ろしてきたティーズは人酔いしたせいか、青い顔をしていた。

 ダンジョンとホームの行ったり来たりばかりをしているせいか、この類いは苦手らしい。

 疲れたように、人混みから外れると近くの噴水の縁へと腰掛けた。

 

 適当に歩き回っていた為か、いつの間にか噴水広場へとやって来ていたらしい。

 ダンジョンへの通り道に無意識でやって来る辺り職業病ではなかろうか。

 無表情でぼんやりと人混みを眺める彼は、端から見れば冒険に疲れた少年にもみえた。

 

「ちょっとそこのお兄さん」

 

 ポケーッと効果音でも付きそうなほどのんびりしているティーズに、不意に声をかけられた。

 

「…………………オレ?」

「はい。冒険者、ですよね?」

 

 立っていたのは、フードを目深に被った大きなリュックを背負った人物であった。

 

「リリは、サポーターなんです。どうですか?雇っていただければ荷物持ちでも何でもしますよ」

「サポーター………………」

 

 目の前の、声色からして少女に対して、ティーズは首をかしげ、顎を撫でる。

 基本ソロな彼には、サポーターという者達には世話になったことがない。

 無論、ロキ・ファミリア等にはサポーターが居るため存在は知っているが、まさか自分のもとに来るとは思ってもみなかった。

 

「うん、良いよ。行こうか」

 

 立ち上がったティーズ。

 今回、武器の試し斬り予定はなかったがサポーターを連れた冒険というものに興味が湧いたらしい。

 

 そんな背中を見ながら、サポーターである犬人、リリルカ・アーデの視線は彼の腰に提げられた剣へと向けられているのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

「リリ、オレの後ろから出ないように」

「は、はひっ!?」

 

 今まさに、ハードアーマードを一太刀で切り伏せたティーズはいつもの通り、無表情でぼんやりしている。

 だが、彼の後ろで、ローブの裾を掴んだリリルカは気が気ではない。

 

 現在、十一階層。ノンストップでここまで真っ直ぐやって来ていたのだ。

 辺りには霧が立ち込めており、視界が悪く、周囲からはモンスターの唸り声が響いている。

 仮にここで離れてしまえば、一瞬で彼女は骨も残さず食い殺されるかもしれない。

 

 そんなサポーターの事情など知る吉もないティーズは、ズンズンと先へと進んでいく。

 霧に紛れるシルバーバックやオークなど歯牙にも掛けること無く切り捨てており、彼が高位の冒険者であることを如実に表していた。

 

「……………」

 

 ティーズは、剣を振るいながら、やはりその刀身の歪みが気になっているらしい。

 切れ味は、モンスターの硬い外殻や堅牢な骨を紙のように斬っている為にお察し。

 それ故にか、剣の歪みが気になってしかたがない。

 

 気づけば、12階層へと降りるための階段がある、部屋へとやって来ていた。

 直後、揺れと共に、霧の向こうから大きな影が現れる。

 

「インファント・ドラゴン……………!」

 

 リリルカがそう呼んだのは、小型の龍。

 その強さは、階層主の居ない上層で実質階層主であると呼ばれるレベル。

 稀少であり、滅多に遭遇できないレア種であった。

 

「………………」

 

 リリルカを守るように、立ちはだかったティーズは剣を構えた。

 

 彼としては、一太刀で倒せる相手。鬼門は、レアドロップだ。

 幸運の発展アビリティがあるとはいえ、物欲センサーは誰の前にも立ちはだかる。

 

「フッ…………」

 

 斬ッ、と振り下ろされる剣。

 4Mの巨体は、一刀の元に断ち切られ、霧が斬れ、更にその奥の壁にも深い亀裂が刻まれる。

 あんまりな光景に、リリルカの目が見開かれ、絶命したインファント・ドラゴンとティーズを交互に何度も視線を動かしていた。

 

 今回声をかけた相手が強いことは、彼女も理解していたつもりだった。

 しかし、ここまで隔絶した実力とは思ってもみなかったのだ。

 ここで、目的を果たそうとすれば、どうなるか火を見るよりも明らかであり、自然と彼女の頬を冷や汗が伝う。

 

「………………帰ろうか」

 

 運良く出たドロップアイテムを回収したティーズがそう切り出し、今回の探索はお開きとなった。

 

 余談だが、魔石換金の際に八割の報酬と多数のドロップアイテムを渡され目を白黒させたリリルカが居たとか、居なかったとか。



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喧嘩しちゃった九

 怪物祭。

 オラリオが町をあげて皆が楽しむ祭だ。

 

「……………」

「ほれ、そんな顔をするなティーズ。折角の祭、楽しまねばな」

 

 椿に手を引かれるティーズは、無表情が若干むくれていた。

 今日は、自室から出たくなかったのだ。

 周りを見渡せば、活気に満ち溢れた町並みと、出店をひやかす人々の波がある。

 

「………………」

 

 いつぞやの人酔いを思い出して、彼の顔に青が差した。

 

 どうして、出掛けているのか。

 発起人は、ヘファイストスだ。

 というのも、ティーズは一度工房に籠ると最短一週間は出てこない。

 だが、煮詰まった今回は珍しくも数日で出てきたのだ。

 そのまま籠らせるのを良しとせず、彼女は一計を案じた。

 

 結果、椿が再び工房に籠ろうとしたティーズを引きずり出してここまで来た。

 

「ほれ、ティーズ。お主の好きな所に行こうではないか。今日は、手前の奢りだぞ?」

「ホー――――――――――」

「――――――――――ム、以外な。折角の主神様の計らい、無駄にするものではない」

「ぐぬ……………」

 

 趣味の無いティーズにとって、好きな所、というのは難しい。

 飲食に興味無く、雑貨も興味が無い。

 かといって、他人の武具を見ると、ダメ出しの一つもしたくなってしまい、最悪打ち直したくなってしまう。

 

 余談だが、それが原因でギルドの支給品が一部改善されていたりする。

 

 さて、趣味無し、好奇心希薄なティーズは、辺りを見渡した。

 改めて見渡せば、周囲には様々な出店が立ち並んでいる。

 飲食系のみならず、工芸品や遺跡などから出土した品。宝石や衣類、家具等。

 その種類は多岐にわたっている。

 

 単純に見て回るだけでも目移りし、一日過ごせるそんなラインナップ。

 

「とりあえず、何か食べる」

「あい分かった。ならば、あの店はどうだ?」

 

 

 ■■■■

 

 

 祭のメインイベント、モンスターの調教。

 このモンスターは、ダンジョンから連れてこられたモノ達だ。

 それこそ、上層や中層ギリギリの所から連れてくる比較的弱く、祭の主催者であるガネーシャ・ファミリアでも鎮圧できるようなモノばかり。

 だが、それも場合による。

 

「フフッ、いい子ね」

 

 暗闇に響く蠱惑的な声。

 周りには、目が虚ろとなりどこか虚空を見つめる冒険者達の姿。

 一人の女神が、モンスターの前にたっていた。

 

「ある子を探してきてほしいのよ。透明なあの子を、ね?」

 

 その美貌は、モンスターすらも魅了し虜にしてしまう。

 

「もう一人は、貴方達じゃ無理ね。――――――――――オッタル」

「ここに」

 

 女神は、従者を呼び出した。

 

「事態は混乱するわ。乗じて餌を撒いて誘き寄せなさい」

「かしこまりました」

 

 従者は影に消え、女神の微笑が闇に浮かぶ。

 

 

 ■■■■

 

 

「やれやれ、とんだ外出になってしまったなぁ」

「…………とりあえず、戦う?」

「ふむ。そう、だな。…………………いや、手分けするか。手前は避難誘導を優先しよう。ティーズ、お主はモンスターを狩りつつ元凶を押さえるべきだろうな」

「了解」

 

 辺りから巻き起こる悲鳴とモンスターの雄叫び。

 それらを聞きながら、ティーズと椿の二人は同時に駆け出した。

 

 祭を回っていた二人であったのだが、そこで事件が起きたのだ。

 モンスターの脱走。数体のモンスターが町に解き放たれていた。

 

 当然ながら、非戦闘員にはそれらは脅威。

 であるからこそ、ギルド職員達は目についた冒険者達に応援を要請していた。

 

 その状況では、固まって動くことは得策ではない。

 椿と別れたティーズは、町中を走っていた。

 先程から獣にでも睨まれたかのように背筋に氷柱でも突っ込まれたかのような悪寒を覚える。

 

「………………っ」

 

 路地を何本か進み、気付けば町の外れまでやって来た頃、彼は唐突にその場を飛び退いた。

 

「やはり、いい反応だな」

「……………また、お前か」

 

 ティーズは、振り返った先に立っていた男を視界の端に収めた時点で剣を造って構えていた。

 その先にいるのは、既に剣を抜いた体勢のオッタル。

 全身からは、覇気が溢れておりいつぞやの夜の邂逅とは雰囲気が違う。

 

「構えろ」

 

 言葉は短く端的に。

 伝える内容は、最低限に。

 

 次の瞬間、ティーズの目の前には鬼が居た。

 

「ッ!!」

 

 巻き起こる土煙と、衝撃が三階建ての建物よりも更に上まで駆け抜けていく。

 

「――――――――――穿槍」

 

 立ち上る土煙を巻き込むようにして突き出されるのは先端が4つに分かれ凶悪な見た目の槍であった。

 その槍は、穂先のみならず鉤のようになった刃が柄の中程まで付けられており、それが回転しながら突き出されたのだ。

 

「ずいぶんと、凶悪だな」

「…………………だったら見逃せ」

 

 土煙が晴れれば、少し距離をとったオッタルと彼と向き合う形で中程から刀身の折れた剣と凶悪な見た目の槍を携え、頭から血を流したティーズが現れる。

 オッタルの一撃により、造った剣は一瞬の拮抗の末に折られていた。

 咄嗟に、身を翻して躱したもののスレスレで擦った結果、血が流れる。

 

「………………」

 

 槍を地面に突き立て、消し。剣の残骸を放り投げて消す。

 新たに造り出したのは、折れず曲がらずよく斬れる、を体現する日本刀だ。

 

 構えは、霞。刃を空へと向け、切っ先を下げることにより、受け流しを主とする。

 

 守勢だ。完全な待ちの体勢。

 狙いは、後の先によるカウンター。ぶっちゃけた話、ティーズはオッタルに突っ込んで先手がとれるとは思えなかった故の選択だ。

 

 レベルの差は、それだけデカイ。焼け石に水、と言っても過言ではない。

 

「無駄だ」

 

 やはり一瞬。ティーズの目の前にオッタルが現れ、大上段から振り下ろしが放たれていた。

 だが、今回は違う。

 鋼がぶつかった瞬間、火花が走った。

 

「………………む」

 

 オッタルは違和感を感じる。

 振るった大剣が横に滑ったのだ。

 瞬間、銀閃が上から下へと放たれていた。

 受け流しの勢いそのままに、刀を振り上げ振り下ろした一撃は、半身引かれたことにより、表面を薄く傷をつけるに留まっていた。

 

「シッ」

 

 振り下ろした刀を突き上げるように、下から上へと放つ。

 ガキリ、と大剣の刀身に刀が突き立てられた。

 火花が散る。

 

「――――――――――潰斬」

 

 ティーズは、刀から左手を放しその手に切っ先が角張り斬ることに特化した鉈のような大剣を出現させ、横薙ぎに振るっていた。

 オッタルが剣を持つのは、右腕だ。そして振るわれたのは、彼から見て右側から。

 普通は、止めること叶わず真っ二つだ。

 

「……………」

「見事なモノだ。――――――――――――――――だが、足りんな」

 

 一瞬で大剣が左手に持ち変えられ、右肘と右膝で挟むようにして大剣は止められていた。

 

「………………………ふんっ」

 

 オッタルは、挟んだ肘と膝に力を込め直しまるで飴細工のように大剣を砕いてしまった。

 砕ける大剣。しかし、ティーズは既に次の手へと移行している。

 剣が砕かれた時点で、柄からは手を放しており、直ぐに短刀を造り出して突きを放っていた。

 

 そこで改めて距離が離れる。

 ゾワリと首筋に鳥肌が立った為に、ティーズがその場から飛び退いたのだ。

 

「良い勘だ」

 

 オッタルの右手が短刀による突きで狙われた位置に置かれていた。

 仮に、突きを放てば手首を掴まれ握り潰されていた事だろう。

 

「…………………」

 

 レベル差が横たわっている。仮に同レベルならばもう少しマシだったろう。

 この差を埋めるには、小手先の技と手札の多さに依存するしかない。

 

 だが、場所が悪すぎた。

 ここはオラリオの町外れとはいえ、町の中であることには変わり無い。

 それ故に、大規模な創造が出来ず、大規模破壊可能な武器創造も出来ずにいたのだ。

 

「“鋼の音、万里に木霊しその身を示せ”」

 

 刀を手放し、完全詠唱で造り出すのは漆黒の刃を持つ両刃の剣。

 

「――――――――――黒剣(くろのつるぎ)」

「魔剣か」

「…………………」

 

 オッタルの答えを否定し、ティーズは剣を持つ右手首を左手で掴んで中段に剣を構える。

 

 そして、消えた。

 

「―――――――――――ほう」

 

 正面。フェイントの小細工なしに、ティーズはオッタルへと斬りかかっていた。

 感嘆の声を漏らしたオッタルだが。この瞬間に、初めて鉄面皮が動いた。

 

 何と、ティーズの剣がオッタルの大剣に切れ込みを浅くだが刻んでいたのだ。

 ギリギリと火花を散らすが、その度に徐々に徐々に、剣が大剣へと押し進められていく。

 

 種明かし、というわけではないが、彼の黒剣は一種の魔剣だ。

 効果は、造り出すだけで内在魔力の六割を持っていかれ、握って振るってる間は断続的に、そして一定量の魔力を吸い続けるというもの。

 その代わり、圧倒的な切れ味、強度、破壊力を誇る。

 

「―――――――――――ハッ!」

 

 珍しく、気合いの籠った掛け声と共に、更に踏み込むティーズ。

 その一振りによって、大剣は半ばより断たれてしまい、オッタルにも鮮血が舞った。

 

「…………………………ここまでやるとはな」

「ッ、ハァ……………!」

 

 薄皮一枚程度とはいえ、オッタルが血を流したのは随分と久しかった。

 とはいえ、ティーズも満身創痍だ。頭から流れる血は止まらず、消費した精神力もかなりのものになる。

 今にも精神疲弊で倒れそうな程だ。

 

 しかし、鍛えられた鋼は折れることはない。

 その瞳からは炎も消えてはいなかった。

 

「――――――――――見事だ」

 

 オッタルは、背に負った予備の剣を抜き膝をつくティーズの前に立った。

 そして、振り上げ―――――――――――――――

 

「オッタル」

 

 甘い声によって、その動きは止められた。

 そちらへと目を向ければ、彼の敬愛する主神が傍らに猫人を侍らせて立っているではないか。

 

「戻るわ」

「……………………しかし」

「いいのよ。彼はそのままにしておきなさい」

 

 フレイヤの言葉に、オッタルは少し固まり、剣を納めると、断ち切られた大剣の残骸を回収し、彼女の斜め後ろの定位置へと向かった。

 

 それを確認することなく、フレイヤは熱に浮かされたような目をティーズへと向ける。

 彼の魂も気に入っているが、彼が本気で創造した武器も好みであったのだ。

 その一振りな魔剣は彼女のお眼鏡にかなったようである。

 

「フフッ、貴方の魂がもっと燃え上がることを期待してるわよ、ティーズ」

「…………………」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべたフレイヤが従者二人を引き連れて帰ることを確認し、ティーズは漸く剣を消した。

 大きく息を吐き出し、大の字で仰向けに横になる。

 

 正直、ヤバかった、というのが感想だ。

 あの剣は切り札の1つだった。

 大剣を折ったあの瞬間、そのままオッタルを断ち切るつもりで振るっていた。

 しかし、寸前で体を引かれて薄皮一枚を切れたのみ。

 

「初めて、か……………………」

 

 切り札切って、倒せない。その事実は、ほんの少しだけ彼の中に新たな感情を呼び起こそうとしていた。

 

 それは―――――――――――



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出来ちゃって十

「……………………出来た」

 

 鍛え上げた鋼を冷まし、研いで刃付けを終えれば、そこに現れるのは、一振りの作品。

 長い柄に、両端にそれぞれ波打つような四角を歪ませたような刃が取り付けられており、大小の差がある。

 

 これは、中国において蛇矛と呼ばれる武器であり。その波打つような刃が治療を難しくする傷を相手に与えることができる。

 似たようなモノだと、フランベルジュがあるだろうか。

 陽炎を名とするこの剣も、刀身が波打っており、独特の傷を相手に与える。

 

 そんな凶悪武器を打ち上げたティーズは、柄の中程を握ると、室内でありながらブンブンと振り回し、そのバランスを確認し始めた。

 波打つ刃は、石をバターのように切ってしまうほどの鋭さを誇っており、石造りの工房内には新たな傷が刻まれていく。

 彼の工房には、そうやって刻まれた傷が幾つもあった。

 最も多いのは切り傷だ。後は焼けた痕とか。

 

「バランス、良し。切れ味…………………及第点」

 

 ティーズは何とか蛇矛を振るい、一つ頷いた。

 そして振り回すことを止めると、炉の火を落として工房を出たのだ。

 

 やって来たのは、ファミリアホーム。主神の部屋。

 

「ヘファイストス様」

 

 扉を数度ノックして入室する。

 

「あら、ティーズ。どうしたの?」

「出来た」

 

 執務を行っていたヘファイストスに対して、ティーズは打ち上がったばかりの蛇矛を持ち上げて見せた。

 彼女は鍛冶の神だ。常に浮かべる穏やかな、優しい雰囲気も失せて、鋭い視線を矛へと向けて椅子から立ち上がる。

 

 手に取った蛇矛を検分するヘファイストス。

 実用性を一番に、装飾の殆んどを施す事の無い、ティーズの作成する武器は全てがシンプルだ。

 

「良い出来ね。今までの分と比べても遜色無いわ」

「ん」

「これが完成したって事は、良いのね?」

「ん」

 

 蛇矛を床に突き立て、ヘファイストスはティーズへと向き直った。

 

「それじゃあ、背中を見せなさい」

 

 主神に促され、ティーズは背を向けると、ローブとシャツを脱ぎ捨てる。

 露になるのは、細くも強靭な背中だ。

 そして、上半身には様々な傷痕が目立っていた。

 刺傷、切傷、火傷、打撲、裂傷等々。

 まるで傷の見本市のように、彼の体には傷痕が刻まれている。

 これらは全て戒めだ。冒険者が無茶な冒険をするとどうなるか、というもの。

 ポーションなどで消せなかった事もないが、彼は態と残している。

 

「それじゃあ、そこのソファに横になりなさい」

 

 促され、うつ伏せになったティーズ。その側に、ヘファイストスは椅子を置くと腰掛けた。

 そして徐に、指先に針を刺すと自身の血を一滴、彼の背中へと落としていた。

 

 

 ■■■■

 

 

 ティーズ・クロケット

 Lv 6

 力 A 830→A 837

 耐久 A 865→A 870

 器用 A 820→A 824

 敏捷 C 665→C 669

 魔力 D 586→D 590

 鍛冶 C

 耐異常 G

 幸運 F

 

 

 ■■■■

 

 

「こっちが、今回の上昇分よ。そして―――――――――」

 

 

 ■■■■

 

 

 ティーズ・クロケット

 Lv 7

 力 I 0

 耐久 I 0

 器用 I 0

 敏捷 I 0

 魔力 I 0

 鍛冶 B

 耐異常 G

 幸運 F

 

 『魔法』

 【武具創造】

 魔力を消費して、武具を造り出す

 効果、大きさ等によって魔力消費に変動有り

 一定時間、造り出した当人から離れると武具は消滅する

 詠唱

 『鋼の音、万里に木霊しその身を示せ』

 

 『スキル』

 【武具昇華】

 手に持った武具の性能を高める

 

 

 ■■■■

 

 

「はい、ランクアップよ」

「ん」

 

 渡された紙に目を通し、ティーズは身を起こした。

 ソファに腰掛ける形になれば、自然と向き合うような格好だ。

 

「…………………」

「ヘファイストス、様?」

「強く、なったわね」

 

 ヘファイストスは、ティーズの傷を撫でた。

 

「あんなに、小さかったのに」

「?」

「人の子は、大きくなるのが早いわね」

 

 彼女の脳裏に過るのは、幼い少年の姿だ。

 

 自身の後をカルガモの子供のようについてくる。さすがに工房には連れていかなかったが、いつも自分が出てくるその瞬間まで扉の向こうでジッと待っているような、そんな子供だった。

 

 いつまでも、小さく幼い筈もない。それは分かっていた。

 しかし、まさかここまで来るとは思っていなかった、というのも事実だ。

 もしも鍛冶系ではなく探索系のファミリアに入っていれば、もっと大成していたかもしれない。

 

「…………………貴方は、ここで本当に良かったのかしら」

「ん?」

 

 気づけば、ティーズはヘファイストスに抱きしめられていた。

 

「後悔、してないの?」

「なんで?」

「もしも、そうね………………ロキやフレイヤの所なら、貴方はもっと有名になってた筈よ」

「別に良い」

 

 ノータイムで、ティーズはヘファイストスの言葉を拒否していた。

 そもそも、どれだけIFを論じても結果は出てしまったのだ。

 であるならば、この問答にも意味はない。

 彼は、ヘファイストス・ファミリアにて保護され、冒険者兼鍛冶師として生きているのだから。

 

「それに、フレイヤは嫌だ」

「あら、美の女神様なのよ?」

「ヘファイストス、様、の方が良い」

 

 育ててもらった恩やら何やらを差し引いて、ティーズはここに残ることを選ぶ。

 少なくとも、余程の事が起きなければ、骨を埋めるその日まで、彼はここで武器を造り続ける事だろう。

 

「ここが良い」

「……………………そう」

 

 それが答えであった。



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