二回死ぬだなんて聞いてない (ファザー)
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1話

 

 

死んだと思ったら生きてた。白い天井を見上げてそう思う。

俺には前世というものがある。普通に生まれて生きて、平凡の凡を生き抜く凡人だった。大人になって会社からの帰宅途中で死んでしまったけれど、この世界に生まれて第二の生を授かり、前世での平凡とはかけ離れた生活を送っていた。

俗に言う、両親が裏側の人間だったというものだ。生まれた時から、表では生きられない運命。表で生きていてから裏に落ちて来たやつとは違い、俺は最初から裏側の人間だった。

生きるか死ぬかのこの世界では、皆が皆生きるのに必死で、それで他人の命など考えてはいない。とにかく俺はもう死にたくないから、必死に腕を磨いた。今ではもうアクションをしながらヘッドショットもできるし、刃物だって扱える。人の骨の関節の外し方やら、どこを刺せば撃てば死ぬのかなんて把握済み。表で青春を謳歌しているだろう歳にはもう、俺の両の手は真っ黒に染まっていた。

そんな中俺は死んだ。……いや、今生きて回想してるから死にそうになったが正しいか。

俺の所属していた組織と、裏側でも有名な世界的犯罪組織との抗争。勿論、俺たちの負けで。相手の組織の仲間であろう銀髪野郎に腹を撃たれて倒れた。

油断していた。あの真っ黒なトレンチコート相手に俺の動きについてこれないだろうと判断して、いつもよりも少し遅く対処していたのがいけなかった。動きを止めるためだろう。的の大きい胴体を狙ったのは正解だ。血を吐き、動きを止めた。さらに何発もの銃弾を貰って、衝撃で浮かんだ体が地面に倒れる。ビシャッと血の池に放り込まれた。

血を失いすぎたのか、段々と視界が霞む。でもそれでも、聴覚は衰えなかったのかある言葉を拾ったのだ。

曰く。

 

「良い素体になるだろうな」

 

銀髪野郎からは考えられない女の人の声が聞こえて来たのが、最後の記憶だ。

そして今、見知らぬ白い天井を見上げている。こういう時はなんと言うのだろう……確か。

 

「知らない天井だ」

 

操縦者と機械がリンクしているアニメのセリフであったはず。

周りを見渡すと知らない機械が沢山ある。下手に触ると壊れそうで、でもずっと寝ているのもダメな気がするから起きよう。寝転がった状態から起きて、頭を振る。髪の毛が舞った。

 

……………………舞った……?

 

恐る恐る後頭部に手をやり、己の髪の感触を味わいながらそれを辿っていく。目の前に来るようにしてやると、腰ぐらいまである鈍い銀色の髪が目に入った。目をひん剥く。

 

「な、なっっっっが!?!?」

 

えっ???長!?!?髪の毛が長いよ!?!?いつの間にこんなに伸び!?えっ?????しかも銀!!!!鼠色!!!!何コレ!?!?俺の髪じゃねぇ!!!!

ええぇっ!?と驚いていると、ベットであろう場所から落ちた。ゴン!!という物凄い音がして、腰を打ち付ける。衝撃が伝わって顔を顰める。

 

「痛い……」

 

地味に痛い。打ち付けた部分と言うより、衝撃が痛かった。

腰をさすりながらベットを手すりに立ち上がる。寝ていたからか、身体が重く感じたけれどうごかせない事はない。

というより、先程ブチブチと何かを引きちぎるような音がしたのが心配だ。ベットの周りを見渡すと、やはりというか機材が転がっている。この線みたいなのが俺につながっていたのだろう。点滴か何かだろうなと思いながら持ち上げるが、生憎その先っぽは針ではなかった。どう見てもコード。巨大コンピュータに刺すようなコードだった。

え?と目を見張る。元を辿っていけば、献血パックなんて無くて何やらタッチパネル式の機械があるではないか。

 

「え、えぇー……」

 

何コレ。超怖い。

コレが俺に刺さっていなかった事を願って、それを置いて辺りを見渡す。やはり知らない場所だ。となると、あの記憶の後何処かに連れ込まれたか……またもや転生したかの二択だ。後者の場合、一度起きた事だ。もう一度起きていてもおかしくはない。銀色の髪がそれを証明しているような気もした。

その時だ。自動ドアが開くような音がしたのは。誰かが来たと判断すると同時にその後の方向へ振り返り、腰にあるホルダーから愛銃を抜こうとして、丸腰であった事の気がつく。しかし目の前を睨むのを忘れない。

 

「気分はどうだ?」

「良いように見える?」

「くくっ、見えないな」

 

悪い顔で笑う今しがた入って来た女性。紫がかった黒髪を揺らしながらこちらに歩み寄って来た。正確には俺の側にある機械にだ。

露出度の高い格好をしている彼女は白衣を羽織っている。医者か、研究者か。どちらかわからないけれど、この部屋の雰囲気からして後者だろう。嫌な予感がするのは俺だけだろうか。

 

「途中でデータが途切れているな……先ほど聞こえた音からして、ベットから転げ落ちたか」

 

なんとも間抜けな奴とくつくつ笑う。

正直にむっとするが、本当の事なのでおし黙る。仕方ないだろう、驚いたんだから。

ところで今の俺の状況を説明してくれる人で良いのだろうか。

機械を弄る彼女を見ていると、ふと振り返った。にまりと笑う。

 

「混乱しているようだな、リカルナ=フォルドー。無理もない、知らない場所だからな。だが、そうだな……直々に俺が説明してやろうではないか」

 

お、おう。俺っ娘なのね。前世でモードレッドが好きだったオレにとってはたまらない設定ですね。年上好きでもないので、なんとも言えないが。

 

「まぁその前に、動作状況はどうだ?何か違和感は?」

 

ん?動作状況?どういう意味だろう。違和感ならないけど。そう伝えると満足そうに笑みを作り、いつの間にか挿していたUSBメモリを抜いて彼女は歩き出した。どこかに行くらしい。

後をついていく。自動ドアの向こうにある廊下も真っ白で無機質だった。何処かのラボだろうか。ここまで研究所だぜ!と主張しているところは初めて見たな。そんなのに携わるような人生歩んでないし。

いくつかの曲がり角を曲がってある扉を潜った。彼女が首から下げていたパスケースをかざしていたからID入力が必要なのだろう。その後に網膜認証的なのもあったし。ハイテクだなー。

その部屋はやはりというか全体的に白い。そこは良いが、ソファーやテーブル、ダイニングと思われるテーブルと椅子。ましてやキッチンまでもがある。というかめっちゃ広い。一人で使用するにはもったいないぐらいの広さだ。奥にも扉があるのが見えるので、あれは多分寝室かシャワールーム、トイレとかだろうな。

 

「座れ」

 

命令口調で言われたが、意外と不快感はない。まぁあの状態から助けてくれたので文句はないし、俺はただ状況を確認したいしな。座れと言うことは、説明してくれるのだろう。

大人しく彼女が座った対面側のソファーに座る。ふかふかのそれは、思いの外沈んだ。思わずうぉっと声を上げてしまう。

 

「鈍臭いな……ま、戦闘に関しちゃピカイチだから良いか」

 

脚を組み白衣のポケットからタバコを取り出す。手際よく火を付けたと思えば、息を吸う。

タバコは前世の俺も良く嗜んだものだ。ちょっとかっこいい所があるからで始めたそれだが、中盤辺りではハマっていた。最初は煙たくて良く咳をしていたというのに……ニコチンとは恐ろしい。

 

「さて、自己紹介と行こうか。俺の名はジム。本名かどうかはさておき、そう呼ばれてるしそう名乗っている」

 

彼女、ジムは手元にあったタバコを口元に持って来て吸う。煙がジムの口から吐き出された。

 

「お前の自己紹介はなくて良いだろう。知っているしな。それよりここはどこかどうかを気になっているかと思うが、ここは黒の組織の一部。私が仕切る研究所だ」

「…………は??黒の組織だって!?」

 

驚いた。

黒の組織とは世界を跨ぐ犯罪組織。俺の所属していた組織とは違って、何十年も前から存在している謎に包まれた組織だ。

入るのは簡単だとは聞いているが、出るのには自身の命を手土産にしなくてはならないらしい。そんな名前もないトレードマークが黒ってだけの謎の組織に俺は引き入れられたらしい。

そして、その黒の組織とは俺が最後に戦っていた相手の組織だ。

……そりゃ負けるわけだ。日本だけに展開している俺の組織とは違う。世界を相手にしている巨大組織。何十カ国も敵に回しておきながら、何十年も存在するそれは正直規模が違いすぎた。

 

「と言っても、俺がしたい事をしたいが為にこの組織の力を借りている状態だ。ま、その最初がお前だなんて思わなかったがな、リカルナ」

 

ん?と首を傾げる。まるで昔から俺を知っているかのような口ぶりだ。俺は知らないぞ?お前のような俺っ娘なんて。娘っていう年じゃないだろうけど。

俺の様子を見たジムは苦笑しから立ち上がった。

 

「この部屋をお前に与える、好きに使え。それと、お前に頼みたい事がある。付いて来い」

 

またもや部屋を出て行く。どれだけ移動すれば良いのだろうか。

はぁとため息をつきながら、同じく扉を潜る。この後、廊下を歩くその道中で説明された事に俺は発狂するだなんて、この時は思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身サイボーグになるなんて誰が思うだろうか。

 




支部でも投稿しようか迷う。


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2話

 

 

「おい、リカルナ」

 

呼ばれて振り返る。

この組織に所属する事になった俺は、ここ一年間は慣れる為にと様々な軽い任務を与えられた。

あの後、俺の状況を説明された俺はこうして渋々ではあるが組織に貢献している。元々所属していた組織よりも強大な場所だ。逆らう気もなかった。

まぁ前の組織のように、カモフラージュとして学校に通えないのはなんとも言えない。前の時は高校の半ばで死んでやめてしまったから、あの時の友人達には申し訳なく思う。彼らは正義感の塊だ。俺の死が足枷にならなきゃ良いけど。そもそも死んでないけど。

死んではいないが前とは印象が違うので気づかれないだろうし、俺が死んだ時より十年は経っている。忘れてるだろうしな。

視界の端に映った鈍い銀色の髪を尻目に、俺を呼んだ人物を見る。ガタイが良く、サングラスに黒いスーツ。ウォッカだ。

 

「なんだ、ウォッカか。どうしたんだよ」

「兄貴がお呼びだぜ?」

「うわ、マジかよ」

 

因みにこの黒の組織の幹部は全員酒に因んだコードネームを与えられる。因んだと言っても酒の名前そのままだけどな。

リカルナと本名で呼ばれている事から察せられると思うが、俺にはコードネームは与えられていない。ただ、数々の任務をしっかりとこなして来ているからネームレスの間では幹部有力候補らしい。ジムが教えてくれた。

このガタイの良い男性であるウォッカも、こいつが兄貴と慕っているジンも幹部。しかも古株の実力者だ。

それはともかく、黒の組織ではネームレスにとっての幹部は全員上司に当たる。そんなコードネーム持ちから呼び出されでもしたら断れるわけでもなく。渋々ウォッカに着いて行く。

そもそもあいつ、呼び出しを断りでもすれば次会った時に問答無用で銃をぶっ放してくるからな。避けられない速度ではないので、軽々と避ければ盛大な舌打ちをくれちゃうが。

ま、避けなくても問題ないけど。

 

「ここだぜ」

 

ウォッカが三回ノックする。入れという低音ボイスが聞こえたと思うと、ウォッカは徐にドアを押した。組織のドアは殆ど押し扉式である。

 

「やっとか。待ち草臥れぜ」

 

ニヤリというような効果音が付きそうな笑みを目の絵の銀髪から向けられる。約一年前、俺を殺した張本人である。あの時は油断したが、あの時以降は全く油断せずに相手している。まぁ早々死ぬような身体では無くなったが、念のためだ。

銀髪、ジンの側まで歩いて行ったウォッカの後ろについていき、対峙する。俺はあまりこいつが好きではない。ジンは何故か俺を気に入っていたりするが、多分それは兵器として見ているんだろう。使い勝手の良い道具は、笑みを自然に溢れさせる。

 

「なんだよ、ジン。俺、これからメンテナンスなんだけど」

「そりゃぁ悪かったな」

 

全く悪びれない口調でそう告げる。そんなジンの態度に溜息を吐いた。こいつはいつもこうだ。上司と部下に挟まれる中間管理職である彼にとって、部下とは弄るもの。きっと彼の銀髪は俺と同じくストレスでなったのだろう。そんなわけないだろうけど。

 

「テメェに任務だ、リカルナ。そこの幹部共と一緒に害獣駆除してこい」

 

幹部共と言われて指されたのは三人組。一人は三人の中でも目立つ、銀髪褐色。一人は無精ひげの男。一人はジンと同じくロン毛でニット帽を被った悪人面。

うち二人めっちゃ見たことある面影してる。すっげー見たことある。正直に言うと十年前に、通ってた高校での友人達だ。

あの二人は警察官になるとかなんとか言っていた。人生のやり直しという得点を貰っていた俺に負けに劣らずに優秀な彼らが黒の組織になんて落ちるわけもなく。多分潜入捜査だろうなぁと推測する。

紹介された幹部のうち二人がNOCだなんて、やっぱ黒の組織ガバガバだ。誰でもウェルカムすぎる。

ジンは詳細は幹部達に渡しているとだけ告げると、ウォッカを連れて部屋から出て行った。ポツンと残された幹部×3とネームレス一名。相手は覚えてないだろうけど、十年ぶりな友人達に少し気まずい。ま、俺の体感時間では一年ぶりぐらいなんだけども。

 

「あー、リカルナ=フォルドーだ。ネームレスだけど、幹部並みには動けるぜ」

 

よろしく、と右手を差し出す。グローブに包まれたそれはここ日本じゃ失礼かもしれないが、ま、裏の人間には関係ない。

そもそもこの手を無視する奴だっているしな。ジンとかジンとかジンとか。

 

「初めまして、バーボンです。情報屋をしています」

「俺はスコッチ。狙撃手だ。ま、隣の奴には負けるけどな」

「ライ。スコッチと同じく狙撃手だ」

 

順番に俺の手と握手して行った幹部達。手を取るあたりまだ友好的だな。

しかし、狙撃手二人という偏ったメンバーだな。ここに遊撃に長けた俺が加わると丁度いいってわけか。

 

「早速ですが、貴方の得意分野を教えて頂きたい。噂はかねがね聞いていますが、何せ初めて会いますしね」

「おいおい、噂ってなんだよ」

「知らないのか?」

 

曰く、幹部最有力候補。

曰く、ジンのお気に入り。

曰く、組織の隠し球。

曰く、あの方直属の部下。

 

などなど。絶えない噂があるようだ。

過大評価にも程がある。そもそもの話だ。俺はあの方には会ったことはない。ジムはあるらしいから、多分直属の部下はジムの事だろう。

 

「最初の二つはともかく、後半は知らない」

「ホー……最初のは認めるのか」

「認めるも何も、そう言われたからな」

 

ウォッカとベルモットに。

ジンとウォッカとベルモットは幹部の中でも有名中の有名。しかもベルモットはあの方のお気に入り。あの方が次の幹部はこいつにしようかだなんて言ったら、伝えるのは大体ベルモットの役目だからな。あ、ジンもその役目を担っていたか。

 

「ま、それは置いておこうぜ。で、俺の得意分野だったな。遊撃だ」

 

俺を呼んだからには抗争とかあるんだろ?と視線を投げかければ、バーボンは怪訝な表情を浮かべた。

 

「……変ですね。今回のターゲットは女性。しかも表向き一般企業の秘書です。それにここには暗殺と書かれています。つまり貴方が出る出番は---」

 

呼ばれたのに出る出番はないだなんて理不尽にも程があるだろうとジンに不満を募らせていると、バーボンの資料をペラリとめくっていた手が止まった事に気がついた。

どうした?と今度は俺が怪訝な表情をする。

 

「---いや、ありましたね」

「え?ないんじゃないのか?」

 

くるりと資料を差し出してくるバーボンの手から受け取る。

褐色の指が指し示した場所は、ターゲットの異性の相手の好み。

 

「身長は自分より上、長髪が好みであり特に銀色が好き。まぁつまりは貴方に当てはまるんですよね」

 

ターゲットの身長は百六十七。女性にしては高めだが百七十七ある俺より下だ。そして俺は鈍い銀髪の長髪。確かにストライクゾーン真っ只中だろう。

 

「俺にハニトラをしろと……?」

「そういうことですね」

 

でも言わせてくれ。

 

「これ、ジンでも良かったよな……?」

 

そうポツリと零して周りを見るが、三人共に目を逸らされてしまった。巻き込まれたくないんだろう。わかる、俺もそうだ。

資料を持つ手がわなわなと震えた。破らないように気をつけながら、俺は心の声を叫んだ。

 

「逃げやがったなッ!!!!!!!あの野郎ーッ!!!!!!!!」

 

今度会ったらぶん殴ってやる!

 

 

 




殴れ殴れー。


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3話

 

 

あの後のメンテナンスでジムに愚痴れば盛大に笑われ、ベルモットに言えば微笑まれ、シェリーに至っては呆れたため息だ。

そしてバーボンによるハニートラップというものを習った激動の数日間。ついに作戦実行日が来たのだ。

 

『では、手筈通りに』

『『「了解」』』

 

インカムを通じて支持された場所へと向かう。そこにはターゲットである身長の高い女性がいた。ヒールを履いていることから本来の身長は今の身長よりは低いだろうと思うが、それは今は関係ない。とりあえず俺の身長よりまだ低くて良かったと安堵する。

仮面の下で目を瞑り、精神統一を図る。小さく深呼吸をして、自分はやれると意気込んだ。

 

「よし」

 

雄叫びが聞こえる。

ターゲットが足しげく通う此処は、闘技場。ただ金持ち御用達のお洒落な場所だ。

会場の中央は吹き抜けになっていて、地下の部分にあたるそこは土が敷き詰められ、屈強な男達が戦っていた。その周りでは、仮面を付けた老若男女が自分が勝つと思った選手のチケットを握っている。

さながら競馬場。ただ、戦うのは同じ人間。此処は、古代ローマ時代に流行った殺しありの闘技場。小さいコロシアムだ。

流石、裏に通ずる金持ち達。皆が笑顔で苦しむ男達を見ていた。

 

ま、それは無視するんだが。

 

これで顔を歪めていてはいけない。俺も裏の人間。ウェイターから受け取ったシャンパンを片手に歩く。

 

『ターゲットまで、3、2、1』

 

斜め後ろに立って、優雅に笑う。

 

「少し宜しいですか、Mademoiselle?」

 

丁寧に手入れされたであろう髪が目の前を横切り、形の良い顔が現れた。

まっっっっって????待ってくれ???めっちゃ美人じゃん????????美人過ぎない????えっ?????写真で見たものより、実物ヤベェな。こりゃジムに並ぶほどの美人だ。ベルモットにも及びそう。

しかしその小さな綺麗な手は見た目だけで、内側は真っ黒に染まっている。俺と同じく真っ黒で、心までもが闇に染まった悪。そして黒の組織に目をつけられた可哀想な人だ。

彼女は俺を見て微笑む。目だけを覆う仮面に隠れていない頬が仄かに赤く染まったことから、俺がストライクゾーンだったのだろう。まずは気に入られたことにほっとする。

何の用だと言う彼女に俺は微笑み、闘技場を見下ろす。

 

「暫く前から貴女のことが気になっていまして」

 

驚く彼女。

 

「良く此処で見かけますから、賭け事が大好きな仲間なのかと」

 

ジャケットのポケットに入れていたチケットを取り出す。選手の番号と金額が書かれたそれは、賭け札。

俺のチケットに載っている番号を見て、目を細めた。どうやら彼女が飼っている選手の番号らしい。知ってるよ、だから買った。

 

「そうなのですか?……ふふ、慧眼の持ち主と謳われている貴女の駒のチケットを買えて良かった」

 

最近負け続きでしたから。

すると彼女は大丈夫よと笑う。これからは大勝ちだと近づいてくる。

 

「(すっげぇ、近いんですけど!)それは良かった」

 

頬に手を添えられて使い道を考えとけと言われて、その手の上に手を重ねて貴女とのデートにでも使いましょうかと微笑んだ。徐ろに赤くなる彼女。チョロいなぁなんて思う。

手を頬から離して、反対側の手を腰に回して相手の手の甲に口付けをする。

 

「このパーティが終わりましたら、貴女の部屋でデートプランでも練りましょう」

 

真っ赤っかになりながらも優雅にコクリと頷く彼女。流石金持ち。仮面を被るのは比較的得意らしい。

わぁあ!と会場が湧き上がる。どうやら勝敗がついて、次の試合に変わったらしい。隣に立つ彼女の雰囲気が恋する乙女から、妖艶に笑う女王様へと変わった。チケットにある時間と、腕時計を見比べる。どうやら次が彼女の駒の出番らしい。

誇らしげに説明された。曰く、美しい娘だと。曰く、その強さはそこらの者には勝てまいと。

屈強な男達が戦う場所で美しい娘を出場させる。銀髪長髪という早々いないタイプを言う人ではある。人にはしない事をしてしまう勇気はあるようだ。だからこそ、黒の組織目をつけられたのだが。

入場してきた娘は金髪で、目が死んでいた。美しい白いドレスを身にまとい、細い剣を携えている。確かに見た目はただの小娘。しかしその立ち振る舞いには隙がない。現に、相手を一撃で倒してしまった。

俺からして雑魚な男は、世間にとってはそうでもない。けれどそれを一瞬で倒した彼女は確かに強い。強過ぎる。

懐に入って突き刺された剣は男の眉間を貫いていた。剣捌きが達人のそれだった。怖い。

 

『リ--ナ-』

 

なんだ……?雑音が。インカムからじゃないなこれは。脳内に響いている気がするし。

 

『----カルナ!リカルナ!!聞こえているんだろう!上司を無視するとはいい度胸だなぁ?』

 

うわっ!?ジム!?

 

「〈じ、ジム……?どうしたんだよ。俺今任務中なんだけど〉」

 

脳内に積まれているだろう通信機に小声で返す。ちらりと横を見るが、彼女には聞こえていないようだ。ほっと息を吐く。

 

『知っている。お前のハニトラがどんなもんかと見てやろうと思ってな。視界を繋いでいた』

「〈プライバシーの侵害……!〉」

『お前の身体は俺が作ったんだ。侵害も何もないだろう』

 

確かにと思うが、一言ぐらい言ってくれれば良かったのに。許容するかしないかはさておき。

いつもの如く、ジムの奔放さに溜息を吐きたくなりながら、何で通信を繋いできたのかを問う。ジムはよっぽどのことが無ければ放任主義だ。メンテナンスには厳しいが、それ以外ではジムの所に帰ってなくても何も言わない。寧ろデータを集められるから、どんどん外に行ってこいなんて言うぐらいだ。

リカルナ、と呼ばれた名前に意識を戻す。ジムにしては真剣な声音だった。

 

『そこにいる白いドレスを着た小娘。其奴を連れて帰ってこい。連絡したのはその為だ』

 

良い素体になる。頼んだぞ、と言われて俺が何かを言うまでもなく通信は切れた。いや、説明をくれよ!!!!!!

 

『リカルナ?』

 

今度はバーボンからだった。

今回の作戦を考えたのはバーボンだ。このパーティという名前の賭博場に彼女が来ると調べ上げたのも彼。なので指示するのも彼である。所謂リーダー的存在だ。

隣にいる彼女に聞こえないように返事をする。

 

「〈なんだ?〉」

『今、通信状態が少し悪くなったのですが……何かありましたか?』

 

あぁそれはジムと連絡を取ったからだろう。俺の脳内に載っている奴は、インカムよりも電波が強いらしい。多分だがそのせいでジャミング的な作用が起きたと思われる。

 

「〈今し方、ジムから連絡あって。あの白いドレスの子を拉致ってこいとさ〉」

『はい?』

『それマジか?』

『ホォー、何をする気だろうな』

 

三者三様の反応するのやめてくれ!耳が五月蝿い!

 

「〈俺はターゲットに付きっ切りだから、他の誰かやって欲しいんだけど〉」

 

ちゃんと連れて帰らないと俺がジムに殺されるからな。

 

『それならバーボンか、スコッチだろう。俺はそこにいないからな』

『なら僕がやりましょう。スコッチ、貴方はリカルナのサポートを』

『りょーかい』

 

どうやらバーボンが何とかしてくれるらしい。彼は情報屋と言っていたが、俺が見る限りオールマイティだ。それもどれもこれも一流の。流石にした事がない事に関してはできないと言うらしいが、一般に比べたら出来る方。この男、俺と戦って俺の動きについて来れる程だしな。

すまない、と伝えると別に良いと返ってきた。貴方はターゲットに集中して、と。コクリと頷き、彼女へと向いた。

 

「どうやら貴女の駒が優勝を飾りそうですね。もはや見るまでもありません……どうです?このまま……」

 

肝心の事は言わずにぼかしただけだが、彼女は“そう”と捉えたらしい。顔を赤らめ頷いた。手を取り、腰に手を当てて会場を後にする。

 

さぁ……ここからが本番だ。

 

 

 

 

 

あの後俺の話術を駆使して、組織が目を付けるにあたった情報を抜き出し、ライに狙撃してもらった。

俺が直接殺しても良かったが、血が服に染み付くのは勘弁なので有り難い。眉間に穴が空いた彼女は地面に倒れ伏し、血を垂れ流している。

部屋にあった彼女の端末から聞き出した情報を全て消去し、ネット上にある同じ情報を消した。そしてその血を踏まないように歩き、部屋を出てスコッチの案内で会場を後にして、組織に帰ってきたわけだ。

 

「僕はジンに報告に行きますけど、貴方達はどうします?」

「俺はバーボンと行くわ」

「俺は帰らせてもらう」

「んじゃ、俺はジムんところ帰るよ。バーボン、彼女は?」

 

バーボンに頼んでいた白いドレスの子は何処にいるのか聞くと、指された場所は車のトランク。まさかここの中にいるのかと開ければ、本当に気絶した金髪の女の子が丸まって寝転がっている。

 

………………oh。

 

「連れて行こうとしたら、警戒され斬りかかって来たので気絶させときました」

 

そんな、冷たかったからレンジで温めときましたみたいなノリで言われましても。

怖。バーボンが怖いです。

だからって車のトランクに入れるだろうか普通。確かに座席余裕はなかったけれど、少し詰めればいい事だったのに。黒の組織の幹部の時点で、常識が欠落してるのは知ってるけどさぁ……情報屋はまだ常識的かと思ってたのに。

まぁとにかく、此奴をジムの所へ持って行くのが先だ。

 

「じゃ、貰ってくよ。バーボン、ありがとな」

 

じゃぁなーと手を振りながら、白いドレスの女の子を脇に抱えて歩く。小娘一人ぐらい今の俺にはどうって事ない軽さだ。

この子をジムの所へ持っていけば、俺としては任務完了だ。あくまで俺の上司はジムだからな。あの方でもラムでもジンでもない。

ゴツゴツと靴底を鳴らしながら、俺は施設内を歩いた。

 

 

その後、ジムに良くやったと褒められたのは普通に嬉しかった。

 

 

 




蜂蜜、美味しいよね。


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4話

 

 

「おにーさん、変な格好だね」

 

とある休みの日。久し振りに休日を言い渡された俺はそこらの公園で一休みしていたのだが、とある中学生に声をかけられた。

学ランであろうそれは茶髪の彼には似合っていた。重たい上半身を上げて首を傾げ、そうかな?と言う。

俺の今の格好はなんというか真っ赤な服だ。語彙力が乏しいのでちゃんと言えないが、黒いタンクトップに黒いジーパン、ブーツ。その上から真っ赤な袖なしコートの様なものを着込んでいる。多分革製品。右手には革グローブとよく分からない黒いオペラグローブみたいなので、左手には包帯と指ぬきグローブ。

……首を傾げといてなんだが、こんな格好現代日本でするべきではないな……。

 

「そうだぜ。どっかの軍人……いや、軍人でもそんな格好はしないな」

「……ま、昔は軍人だったからあながち間違いじゃねぇかもな」

「え、軍人だったのか?」

「嘘だけど」

「嘘かよ」

 

あっさり引っかかった少年に笑う。彼は俺の態度が気に入らなかったのか、むすっとして隣に座ってきた。

 

「おにーさん、マジックは好きか?」

「マジックってーと、手品か?」

 

そうと頷く。少年は何処からか取り出したトランプを手際よくシャッフルする。良くある参加型の手品だろうか。一枚選んで良いぞと言われたので選び、そして見る。

 

「三秒後、そのカードの絵柄が変わります」

 

スリー、ツー、ワン。ぽんと軽く音を立てて煙を発生させたそれは、いつの間にか絵柄が変わっていた。驚いて眼を見張る。しっかり掴んでいたのにも関わらず変わったそれを、角度を変えて何度も見る。不思議なものだ。魔法のようで、でもタネも仕掛けもある手品。んー、わからない。

ききーっと猿の様な笑い声が聞こえた。

 

「良い反応するな、おにーさん。マジシャン冥利に尽きるぜ」

 

そう笑われて頬をかく。本当のことを言われたのに何故か居た堪れない。子供に言われたからだろうか。最近は純粋に驚くだなんてなかったし。

 

「でも、その年でそこまでできる君も凄いな」

 

中学生で大人並みのマジック。正直凄いと思う。先程見せられたのは簡単な方なのだろうか、それとも難しいのか。俺には判断基準なんてないから分からないけど、やっぱ凄いなとは思う。

心からの本心を言うと、彼は頬を染めてはにかんだ。まるで内から湧き上がってきた感情を押し殺そうとした感じだ。ただの褒め言葉なのに、とても喜んでいる少年に驚く。

 

「ありがとう、おにーさん。俺さ、マジックしてるから人の表情の機敏とかわかるんだよな……だからさ、おにーさんのそれ……本当だってわかったから、嬉しいぜ」

 

そっか。この身体になっても表情がある事、人にそう言われて嬉しく思う気持ちがある事。その全てを残してくれたジムに感謝しつつ、まだ俺は気持ちを忘れていない事に嬉しく思う。

裏にいるとどうしても、感情が消えるから。

その後少年は話してくれた。マジックは初見は驚いてくれるけれど、同じ事を繰り返せばマンネリ化する。観客を喜ばすのは難しい。少年にはまだ、レパートリーが目標程ないからまだ勉強中なんだそうだ。

 

「目標って?」

「親父!俺の親な、マジシャンなんだ!黒羽盗一って知ってっか!?」

「あの世界的マジシャンのか!?知ってるも何も結構な有名人だぞ?」

「知らない奴だっているんだよ!」

 

知ってると言ったら少年はキラキラと表情を光らせて、黒羽盗一の事に関して話し始めた。

黒羽盗一と言えば、世界中で活躍するマジシャン。そこまで知らない俺でも知ってる程の有名人だ。だが、約六年前にマジックの仕掛けがうまく作動せずに死亡。マジックの失敗というマジシャンにあるまじき失態を最後にあの世に去った。

だが、世界的マジシャンとなると今更マジックの失敗なんてするだろうかと当時は思った。失敗すれば命がない危険なマジックだったのだから、何度も仕掛けをチェックしたはずだ。なのに死亡。不審すぎる。

そこは息子である少年もそう思っていたらしく、皆親父の失敗だって言うけど絶対おかしい!と憤慨している。

 

「親父は悪くねぇ!段取り通りにしようとしただけだ……!だから!……だから」

 

俯く少年。握りしめた拳は震えていた。

どう声をかけて良いのか分からず、同じように俯くことしかできなかった。

ただ軽く少年の頭をぽんぽんと叩いて、撫でる。くしゃりと癖っ毛がさらに癖付く。

 

「そんなに思い詰めるな。世間は事故死だと思ってる。けど、君がそれを覆すような証拠を見つけて世間を驚かせたのなら」

 

それはそれでマジシャンぽくはないか?

そう悪戯っ子のように笑って、もう一回少年の頭を撫でた。

彼は一瞬ぽかんとした表情を浮かべてから、きししと笑う。

 

「それ、良いな!最高だ!」

 

 




ケケケーッ。


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5話

 

 

それから一年経った今でも公園で会った少年とは付き合いが続いている。前の組織にいた時と違い、今は表の学校へと通えない。けどその空白の青春を埋めてくれるかの様に少年は会ってくれた。表での俺の友人だと言えるほどだ。

そんな彼、黒羽快斗とは今日会う約束をしている。なんでも今度三年の送迎会でマジックを披露する事になったそうだ。一年程前に高校に上がった彼は今では高校の中で注目の的。何せ黒羽盗一の一人息子なのだから。

一年にして三年の送迎会とは大変だなと思いながら待ち合わせの場所へと急ぎ、快斗を見つける。こちらに気づいたから手を振った。

 

「おまたせ。ちょっと遅れちゃったな」

「いや大丈夫だ。それよりリカルナ、俺さ連れいるんだけど良いか?」

「連れ?」

 

合流した快斗からそう言われて首を傾げる。連れとは誰だろう。快斗の知人だろうが、俺は知らない奴だろうな。そもそも快斗以外にあいつら除いて友人いないし。

そんな時、快斗ー!という呼ぶ声が聞こえて一人の女の子が小走りでこちらを向かっていた。快斗を呼んだのは彼女の様だ。つまりは、連れは彼女だろう。

彼女は快斗の横に俺がいると認識来た途端、先程まで浮かべていた笑顔は消え怪訝そうな顔をした。怪しまれているのだろうか。彼と初めて会った時の戦闘スタイルじゃなくて、普通の私服なのだけれど。コーデはバーボンに任せた。俺はそういうのには疎いからな。

たたたっと小走りでこちらに来た彼女は快斗の側に行って耳打ちする。ただの女友達にしては距離感が可笑しいが、彼らは自然体だ。

 

「ねぇもしかして、この人が快斗が言ってた人?」

「そ。リカルナ=フォルドーって言うんだぜ。俺のファン!」

「快斗のファン〜?そんな嘘!青子には通じません!」

「う、嘘じゃねぇって!」

 

うん、嘘じゃないけど明確には言ってないかな。それと微笑ましいけど。

 

「夫婦漫才はその辺にしてくれるか?」

「「なっ!?」」

 

口喧嘩に夢中な二人に聞こえるように言うと、二人とも顔を真っ赤にしてこちらを振り向いた。おーおー、赤くなっちまってー息ぴったりだな。

夫婦じゃない!と叫んでくる二人だが、それでは余計にそう見えるだけだ。彼らの言葉を聞き流して、まだ頬がほんのり赤くなってる彼女の方へと向いた。因みに快斗の方はもう普通だ。流石マジシャン、ポーカーフェイスはお手の物か。

 

「君が快斗の連れか?俺はリカルナ=フォルドー。快斗とは縁あって友人やらせてもらってる」

「そうなんですか!私は快斗の幼馴染で、中森青子と言います!」

 

右手を差し出すと握り返してくれた。日本では馴染みない挨拶なのにサラッと返してくる所、よくできた子だと思う。気前も良さそうで元気だし、中々の優良物件ではなかろうか。良かったな快斗。

そもそも幼馴染属性を持つ異性が側にいて好きにならないはずがない。お前はギャルゲー主人公か。朝に布団をしっぺ返してくるタイプだろうね、青子ちゃんは。

 

「リカルナさんは外国人なんですか……?」

 

恐る恐るてな感じで聞いてくる青子ちゃん。それに俺は苦笑いしながら、頷いた。

 

「生まれは海外だな。だけど殆ど日本育ちだし、両親も片方が日本人だった」

 

嘘じゃない。ただその両親はもうこの世にいないが。

片方が外人だからか黒髪黄色肌だったのにも関わらず、赤目だったから学校に通っていた頃は珍しがられた。今の方が奇抜だけれど。何せ鈍い銀色の髪に、髪で隠れている方が赤目、もう片方は黄色いというオッドアイ。黄色い方はもれなく照準が付いてくるのだけれど……うん、見た目やばいな。

 

「確かに日本語お上手ですもんね」

 

純粋な笑顔に苦笑いする。そりゃ前世日本人ですし、寧ろ英語できなくてモテない身長低い生粋の大和男子でしたし?今世はなんの因果か、ハーフイケメン高身長になったが裏の人間だったという壮絶な生まれだけれど。

まぁ、今の身体ほど壮絶な人生はないだろう。組織の科学力が可笑しいのか、それを考え出したジムが可笑しいのか。どう考えても両方だが、ヤバさで言えばジムだ。どうしてないものを作り出せるのか……天才を通り越してる気がしてならない。

 

「じゃ、自己紹介もしたし。行こうぜ!リカルナ!」

 

片方の腕を掴まれて引っ張られる。俺は結構重いはずなんだけど、よく引っ張れるな……最初よろめいてたのは見なかったことにしてあげよう。

 

「おっもい!」

 

そんな事を言いながら引っ張る彼の負担を減らそうと自身でも歩き出す。ゴツゴツと他とは違う足音が響くのはもう慣れたものだ、

 

「そりゃ重いだろうな、鍛えてるし」

「鍛えてあるにしても可笑しな重さなんだけど!」

「こら快斗!失礼な事言わないの!」

 

まぁ鍛えてるってのはあながち嘘ではない。腕が鈍らないように色々と訓練はしてるしな。この身体では鍛えても、筋肉はつかないけど。

因みに俺の体重は二百……どれぐらいだったか……忘れたが二百キロ超えだ。特殊装甲の所為とかなんとか。ただ今度仲間になるあの少女は俺ほど重くならないらしいが。

力は入れているとは言え、二百キロ超えの俺を引っ張れれるなんてて快斗は結構力持ちなのかもしれない。まぁ俺が力を抜いて任せてしまえば、彼はすっ転ぶだろうけど。

 

「最初どこ行く?青子はデザート巡りしたいんだけどー、リカルナさんはどうします?」

「リカルナで良いぜ。(見た目は)歳近いんだし」

「そうだぜ、青子。リカルナ相手に遠慮はいらねぇ。なんなら奢ってくれるってさ!」

「え」

「本当ですか!じゃなかった、本当!?良いの!?」

「え?」

「おう!デザートは全部リカルナの奢りだ!」

「えっ?」

「やったー!!」

「良かったな!青子!」

「えぇー……」

 

なんか勝手に奢らされてる……?

 

 




デザートはケーキよりパフェ派。


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6話

 

 

楽しくショッピングといきたいところだったが、そうもいかなかった。いきなりジンから連絡が来たからだ。内容は組織絡みであり、今手に持っていた袋に入った服を落としてしまう程には衝撃的な事だ。

 

『喜べ、リカルナ。スコッチがNOCだ。殺せとのお達しだぜ』

 

仲良しこよししていたテメェへの罰だそうだ。

何だそれ。意味がわからない。確かに一年前にスコッチ達と一緒の任務をこなしてからは仲良くしていた。元々俺は組織の人物を嫌悪丸出しに警戒なんてしない。ジンは嫌いだが、殺そうとは思わないほどだ。だから気が合うスコッチとは友達とも言える間柄になっていっていた。

あぁ。昔からいい奴だったのに……ここで死なせてしまうのだろうか。それはとても悲しくて辛い。一生会えない辛さを俺は知っているから。

取り落とした袋を掴み上げて、此方を怪訝そうな表情で見ていた中学生二人にごめんと謝る。

 

「用事できちゃったんだ。どうしても外せないやつ」

「えっ!」

 

青子ちゃんは純粋に驚き、じゃぁ仕方ないと言ってくれた。良い子かッ!

対照的に快斗はマジかよという表情をしている。確かに今買い物をして遊んでいるのは快斗達だ。そこへ来た用事。勿論俺としてはこのショッピングを優先したいのだけど……彼の事を考えると早めに動いた方がいいし。

 

「……仕事か?」

「……まぁ、な」

 

仕事と言えば仕事だ。

快斗には俺は学校へは通わず働いていると伝えている。本来なら(見た目は)高校生だからな俺。まぁ外国人の血が混じっているのにも関わらず童顔なのはさておき、両親が他界してるから働くしかなかったと伝えている。高校は義務教育じゃないしな。

嘘とは真実を交えるからこそ、現実味を帯びる。両親が他界したのは本当、働くしかなかったのも本当。高校云々は嘘だ。

 

「はぁ……やめといた方がいいぜそこ。休日に呼び出すなんざ、ブラックだブラック」

 

黒の組織だけに惜しい事を言っている。労働基準法なんか守ってくれない組織はまさにブラック企業。唯一良い点は羽振りが良いことだけだ。

ジムに拾われた日から俺はブラック企業の仲間入り。まぁ前の組織よりは断然マシな待遇なので、突然の任務には目を瞑ろう。

快斗達とまた今度遊びに行く約束をして、別れる。自身の戦闘服が置いてあるセーフハウスへ早足で向かいながら、俺はジムへと連絡した。ツーコールで彼女は出る。

 

「もしもし!ジム!?」

『てっめ。わざわざ携帯で電話とか、時代遅れてんじゃねぇのか?せっかくあるんだから脳内の通信機能使え』

「いや、ジムが先先行きすぎてんだよ!それに使い方わからないし!っあーそうじゃなくて……もう聞いたか?」

『このポンコツ……。あぁ、NOCの件だろ。俺だって組織の中枢にいる人物だ、入って来てるぜ。全く間抜けな顔してると思っていたが、案の定NOCだったとはな』

 

溜め息を吐きながらそう言う彼女の言葉に驚く。それではまるで前から彼がNOCだと知っていたような。

 

「知ってたのか……?」

 

思わずそう聞くとジムは鼻で笑った。

 

『寧ろ、知らないとでも?』

 

回線が携帯電話から脳内の通信機能へと変わった。携帯電話での通話は切って、ポケットにしまう。自信満々にわかっているだろう?とそう言っているかの様な声音に溜め息を吐いて、思ってないよと返す。

俺を殺し、そして改造した人間が元々の素性を調べていないわけがない。寧ろ改造しても大丈夫かどうかを気にするだろう。黒の組織は犯罪組織。公的機関ではないからこそ、周りを気にして潜まなければならない。まぁ偶にジンが派手にやらかしていたりするが……アイツ本当になんで幹部落ちしないのか謎だ。

ジムはきっとスコッチが俺の友人だと知っている。知っていながら組織に報告しなかった。忠誠心なんてなんのその、彼女は自分がやりたいことができるからこそ此処にいる様なものだ。

 

『そんなてめぇに良い案を授けてやろう。俺にそのスコッチの死体を持ってこい。ジンには俺が引き取ったと言うだけで大丈夫だ』

「っ!!」

 

息を飲む。だって、それって……その意味って。

 

「彼女は良いのかよ。まだ一年しか経ってないぜ」

『あぁ。お前と違って通常装甲だからな。時間も金も十分の一で事足りる。事前に準備していたのが幸いした』

「なんで俺だけ特殊なんだよ」

『リカルナ=フォルドーは特殊。これは前々から決まっていたことなんだよ』

 

どういう事だよ。

ジムの言うことは時々よくわからないけれど、今回の意図は理解した。

何故か視界が滲んでよく見えない。鼻水が出て来た。花粉症だろうか。年中出ている花粉の中で何かこの時期のにでも当たってしまったのだろうか。杉とか全くないのに。

ずびっと鼻をすすって、ジムに礼を言う。ありがとう、そう言っただけなのに鼻から鼻水が垂れた。

 

『きったねぇ音だな、おい。設定ミスったな…………礼は後だ、馬鹿野郎』

 

鼻で笑った様な声が聞こえた。

 

『命令だ、リカルナ=フォルドー。スコッチをぶち殺してこい!!』

「了解!ボス!」

 

勢いよくそう返事をすると、ジムは笑い出した。良い感じに締めたというのに、台無しじゃねぇか。なんたよ、とふてくされる。

 

『くくっ、俺はボスじゃねぇぞ。リカルナ』

 

なんだ、そのことか。

俺にとってのボスはアンタだよ、ジム。

 

 




ずぴっ。イイハナシダナー。


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7話

 

 

どうして。

 

そんな思いがずっと胸の内に潜んでいる。

態度で隠そうとも、笑顔で取り繕うとも、必死に忘れようとも、ずっとずっと思い出してしまう。

 

どうして。

 

「どうしてなんだッ!」

 

あの日の言葉が脳内を犇めく。

 

---スコッチは俺が殺した。

 

鈍い銀色の髪が、赤によく映えた。

べったりと咲く血の花に、とても、とても。

 

 

 

いつか置いて行った彼の面影を持った少年に、幼馴染は殺されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼馴染が自殺すると知って、必死に駆け回った。足を動かし風を味方につけ、あらゆる可能性を排除して、彼が行くであろう場所に辿り着いた。

きっと彼は身投げをする。辿り着いた廃ビルの屋上から飛び降りれば情報源である端末も壊せるし、何より飛び降りてしまえば誰にも止められないからだ。拳銃すら持っていないと思われる。

 

「(だからと言って死なせてたまるか!)」

 

そんな思いと共に、必死に階段を駆け上がった。

カツンカツンと革靴と鉄の階段がぶつかり合う音が遠く聞こえて、それでいて屋上付近に近づいて聞こえた言葉はやけにハッキリと聞こえた。

 

「じゃぁな、スコッチ」

 

それは銀髪の彼の声。我らが敵視している中間管理職の真っ黒なトレンチコートを着た奴でなく、真っ赤な派手な格好をした少年の声。

そんな声が聞こえたと同時に、パァアンと乾いた音が響いた。ハッとして屋上へと躍り出る。

 

「君だったのか、バーボン」

「遅かったな?」

 

銀と黒の長髪。僅かに吹く風に揺られて靡くそれを尻目に、俺は彼らを見る。幹部の一人ライと、ネームレスでありながら実力者であるリカルナ=フォルドー。彼らはそれぞれ得物である拳銃を片手にこちらを向いていた。

彼らの足元に広がる赤い液体が何を指し示すのかを、優秀な頭脳は瞬時に判断するけど、それを必死に遮断した。

最悪の事態なんて、考えたくはない。

 

「ライにリカルナではないですか。遅かったとは一体……?」

 

わかってる。現実逃避だと。

 

「探り屋の君がまさか理解していないとは思うまい。取られたんだ、手柄をね」

 

ライは肩を竦めて、俺の横を通り階段を降りて行った。暗くてよく見えなかった赤い液体を垂れ流す物体が、ライが消えた分だけ見える。息を呑みそうになって、耐える。ここで反応してしまっては、己までNOCだとバレてしまう。生粋の黒の組織であるリカルナには知られてはいけない。

 

「そういう意味ですか。参りましたね……僕がネズミを捕らえてもう少し上にのし上がりたかったのですが」

 

ところでそれ、生きてます?

そう問いながらも、死んでいると確信している。彼から流れる血は何も地面に水溜りを作っている分だけではない、もたれかかる後ろの壁に一面べったりと張り付いている為に存命はしていないはずだ。

否、否!死んでいるはずがない!しんでいいはずがない!だって、だって!だって俺の!

 

俺の!大事な幼馴染っ!

 

「いや、死んでるぜ。心臓を狙ったからな」

 

確認するか?

ほら、とぐったりとした猫を首根っこを持って差し出すように、それをこちらに向けた。

支えを失った首は斜めに傾き、凡そ三キロもある頭部はだらりと垂れ下がっている。薄い唇からは血が溢れ出し、その猫目はきっともう開くことはない。

ポタポタと足先からコンクリートの地面に滴る血。その色は先ほどの水溜りと同じで、いやにも現実を突きつけてくる。

 

 

 

 

 

嘘だ。

 

 

 

 

 

 

 

こんなのあんまりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うそだ。

 

 

 

 

 

 

 

彼が何をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウソダ。

 

 

 

 

 

こんなの絶対。

 

 

 

 

 

 

 

間違ってる。

 

 

 

 

 

「(うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダうそだ----ッ!)」

 

〝いいや?嘘じゃないぜ?〟

 

彼の声が聞こえる。耳を塞ぎたくなる。ダメだダメだ!聞くな!聴くな!訊くな!

 

本当に?だなんて言っちゃいけな---。

 

〝受け入れろよ……俺は死んだ。そうだろ?〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが壊れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ伝えておいてくれよ、バーボン」

 

 

 

スコッチは俺が殺した、ってな?

 

 

 

 

足音が遠ざかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い。

 

 

 

昏い。

 

 

 

溟い。

 

 

 

闇い。

 

 

 

「…………す、ものか……」

 

赤い水溜をすくい上げる。するすると手のひらから逃げていくそれは、鉄の匂いがしてどろりと手にへばりつく。

そこに映るは、己の顔。醜い、穢れた歪んだ顔。悲しみと怒りがごちゃ混ぜになったその顔は見れたものではない。

あぁ、嗚呼。己の人生の中でここまで心を締め付けるものが、縛り付けるものが、昂らせるものがあっただろうか。

ぽつりぽつりと、零れ落ちる言葉。それはこれからの己の定義を唱える歌。

 

「許すものか……あぁ、待っていろ。スコッチ、お前の無念は絶対に晴らしてやる」

 

湧き出る感情の名は憎悪。

 

 

「そうだ、絶対だ。いつか絶対に、確実に」

 

 

復讐の炎は今、燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺してやる……!」

 

 

 

 

 

リカルナ=フォルドー……ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、どうして。

 

 




少年は悔いた。助ける為とはいえ、殺してしまったこと。そしてもう一人の友人の中に潜む赤黒い炎を見た瞬間、己が正しかったのかどうかの判断を鈍らせた。
少年は撫でた。簡素な、それでいて清潔なベットに横たわった友人の頭を。頬は色づき、胸も上下に揺れる。けれど少年は知っていた。中身が眠る前と異なっていることを。
人の身ではなくなったけれど、確かに彼は生きているのだ。

「お前はいつ目覚めるんだろうなぁ」

景光。


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8話

 

 

スコッチNOCバレの一件から一年。前はやたらと話しかけてくれたバーボンとは滅多に会うこともなく、ウィスキートリオの一人であったライは最近NOCだと判明して抜けた。

あの三人の内二人がNOCだと思っていたが、まさかライまでとは。本当に黒の組織はそこら辺が杜撰すぎる。

 

「ジムー、今日って俺当番?」

 

何かと関わっていた俺まで疑われて、頭が痛い今日。最近使い慣れてきた脳内の通信機能を使ってジムへと連絡を入れる。そうすると何よりも早く彼女が通信に出てくれるので楽だ。

 

『あぁ。忘れていたとは言わせないぜ?』

「忘れてなんかないさ。ただの確認」

 

自分に当てがわれた部屋を出て右に曲がる。壁も床も天井も真っ白なここは迷子になりやすいが道順はもう既に覚えている。足取りは軽く、次の曲がり角を曲がる。

 

『んじゃ、今日の任務、シャルに肩代わりさせとくぞ。後で礼言っとけ』

「いつもシャルには申し訳ないな」

『仕方ねぇな。彼奴はここに正式に入って一年だ。実力はあるとしても実戦が少ない。リカルナの肩代わりをすることで、有能さも示せる事ができる。一石二鳥だ』

 

シャル。シャル=ファインデット。

約二年前、バーボンとスコッチ、そしてライと任務に当たった時に連れ帰った少女の名前だ。生まれて間もなく両親を亡くし、裏社会に売られてあの女性に買われたという。俺と同じように壮絶な人生を歩んでる少女だ。

年齢的には俺より下。高校生あたりだろう。まぁ俺は空白の十年を含めた数字だが、前世分もあるので間違いではない。

そして一年前に目覚めた新たな俺たちの仲間である。通常装甲の彼女は特殊装甲である俺とは違って、スピード特化タイプ。ロッドを用いて戦う。俺より断然軽いんだそうだ。何で俺だけ重いんだろうなぁ。

文句を言っても仕方がない。彼女はいつでもこう言うのだ。“リカルナ=フォルドーは特殊装甲”ってな。

 

『そうだ。パス変更してあるから』

「えぇっ!?先言ってくれよ!」

 

重厚な扉の前に着き、勝手に認識されて開いた扉を潜る。いつものように近くにあるコードを手に取り繋いだところでそう言われた。

全く、ジムは直前に言うことが多い。それまでに言ってくれれば、何かと対処できるのに。

 

『お前のせいで疑われてんだよ。ったく技術提供してやってるの何処のどいつだと思ってやがんだ、あのクソ餓鬼』

 

成る程。よく連んでた三人組の内二人がNOC。しかもその一人は手元に、もう一人は出て行った。俺もNOCじゃねぇかって疑っているんだろう。経歴見ればNOCじゃないって一瞬でわかるのにな。そもそも今一番疑われてるのはバーボンの方だろう。大変だな、NOCは。

この分なら、この施設のあらゆるパスが変わっているだろうなぁ。覚えるの大変だったんだけど……!

 

「で、パスは?」

『待て、今送った』

 

脳内に直接送られてきたそれを浮かべてパスコードを解除する。コードを通じて機械的な音声が流れる。

 

【入力を確認しました。識別コードを確認……確認しました。識別個体名“MOTHER KEEPER”、“リカルナ=フォルドー”の接続を許可します】

 

そもそもNOCじゃねぇかって連んでた奴を疑うぐらいなら、そのNOCを組織にまんまと入れてしまったジンに何か罰を与えればいいのに。というか、組織自体がセキュリティガバガバなんだよな。どうしてここまでやっていけてるのかが、謎だ。

っと。

 

「接続」

【確認しました。識別名“MOTHER”へ接続…………確認。“MOTHER”を起動します】

 

白く広い空間の中、中心にある巨大な動力部が点滅してとある一点に集中する。子供一人分程入れる収納スペースらしきものの蓋が開く。

真空だったのだろうか。空気が抜けるような音がして開いたそこから、一人の少女が起き上がった。寝たきりの状態だったのに背伸びもせず、ゆっくりとした動作で目を開き俺を捉える。

 

【“MOTHER”の起動を確認。現在時刻10時24分09秒です。おはようございます、マザー】

「おはよう、マザー」

 

俺より少し明るい銀色の髪に、深紫色の生気のない瞳。無表情な彼女はコクリと頷いて、近くにあった真っ白なウサギの人形を抱きかかえた。

 

【個体名“リカルナ=フォルドー”への接続を解除します】

 

コードが勝手に外れて、収納スペースへと勝手に帰っていく。AIってのは本当に便利だなと思うけれど、全身サイボーグな俺もある意味AIかもしれない。元人間だから違うかもだが……まぁ、このマザーは多分そうだろう。

マザーへと近づき、跪いて手を差し出す。気分はまるでお姫様をダンスに誘う王子のよう。俺は王子なんて性分じゃないけど、バーボンの方が似合うだろう。

 

「行こう、マザー。月に一度のお出かけだ」

 

コクリと頷いた彼女が俺の手を取ったのを確認してから立ち上がり、扉へと向かう。

 

「戸締りよろしく」

【了解しました。いってらっしゃいませ。“リカルナ=フォルドー”、そして我らが“MOTHER”】

 

 




マザー、可愛いよね。


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9話

 

 

黒の組織には幹部のみ知り得る特殊な部隊が存在する。

指揮官を入れてたった三名しかいないその部隊は、一人だけで幹部を数人相手取る力を持ち得る。隊員への指揮権はその部隊を率いる指揮官のみ。例え組織のボスやNo.2のラムでさえ、その指揮官が許可しなければ命令できる立場でもない。

隊員は普段はネームレスとして組織に役立っているが、その実力は幹部以上。その事からネームレスの中で幹部昇格に近いと言われている。

ただ、先程も言った通り組織のボスでさえ指揮権を持たない。つまり完全独立している為に、隊員にはコードネームは与えられない。

謎に包まれた部隊……その名は。

 

 

 

 

 

 

 

特殊独立部隊“MOTHER KEEPER”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ってのをやろうと思う』

「マザーとの買い物楽しんでる時に、言うことか!?それ!!」

 

ジムの突拍子さにはいつだって振り回されてきたが、何回でも慣れることはない。

月に一度のマザーとのお出かけ。彼女が服を選んで試着室でお着替え中に、暇だからとジムと本当に何気ない世間話をしていたというのに、途中から突然物語の冒頭シーンのような説明された俺のことを考えて欲しい。場所も弁えず、叫ぶと思う。

突然叫んだ俺に店員さんはジトリとこちらを見る。髪色で年の離れた兄妹だとは思われているが、彼女の事をマザーと呼ぶ俺は相当おかしな奴だろう。そもそも日本語を流暢に話す外国人だ。元から目立っていた。

日本人特有の苦笑いで誤魔化すを発動して、ジムとの通信へと戻る。いやほんと、急になんでそうなった。

 

『今までただの研究機関だったからな。俺の研究成果を組織に提供する事で、金を貰っていた』

「まぁ、win-winな関係ってわけだ」

『そうだな。だが、俺が目指していた研究は完成したわけだ。お前という実例がな』

「なるほど」

『で、シャルも加わった。いつになるかわからんが、NOCもいる。で、重要なのはお前の大事な大事なこのNOCだ』

「………………なるほど」

 

NOCを殺したまでは良い。その後に研究の素体としたのも別に組織としては有りだろう。しかし、その完成形が俺のようなサイボーグならどうだろうか。前よりも強くなった裏切るかもしれない爆弾を抱え込む事になる。

当然、ジムが開発した技術だ。本人の意思関係なく、意識を落とす事ができる。つまりはシャットダウン。

しかし、せっかく生き返ったNOCだ。潜入捜査するほどの実力を持っている事から、黒の組織に有利な情報をたんまりと持っているに違いない。

あいつは日本の警察だしな。それも世界を脅かす犯罪組織に潜入となれば、十中八九公安だ。

情報が入った端末は破壊されたとは言え、ご本人がご健在ならばその必要もなし。拷問フィーバータイムの始まりだ。

 

……サイボーグ相手に拷問できるのかは謎だが。

 

「(まぁ痛覚はあるから、無駄ではないか)お前に権限はねぇからってことか」

『そういうことだ。ま、ラムにはもう言ってある。俺もそれなりに組織に貢献している。少し脅せば、簡単に頷きやがった』

「ラムちゃんに会ったのか?」

『あぁ。契約書にサインしてもらう為にな……って何だ、そのラムちゃんってぇのは』

 

ん?大分前からそう呼んでたんだけど。知ってるのってまさかラムちゃんだけか。

何故か待ち伏せでもしていたのか組織内でラムとご対面した事があった。その時はラムだとわからなかったが。

何せラムは老若男女、あらゆる姿を持っていると言われている。男か女か、若いか老いているか。出身地は、年齢は、誕生日は。どんな姿をしていて、どんな声を発するのか……その全てが謎だ。

幹部とのやりとりはメールか、電話にしても毎回声は変わる。ボスよりは表に出てきているはずなのに、相変わらず正体不明。そんな奴がひょっこり目の前に現れたとしても、わからないだろう。

俺が会った時は少女の姿をしていた。淡いピンクのゴスロリ衣装を着ていた。彼女がラムだと名乗らなかったら、なんで組織内に子供がいるんだろうと首を傾げていた。

ま、その時にその姿からラムちゃんと呼んでいる。決してだっちゃの方ではない……掛けてはいるけども。

 

『そのラムは、RUM21だろうな。俺が作り出した電子信号で動く機械人形だ』

「えっ」

『彼奴は引きこもりだからな。普段は俺が作り出した人形を操って生活している。脳波を直接汲み取って人形へと電波を送っているからな……多少のラグはあれど、反応速度は人間とさして変わらない』

「どうやって電波送ってるんだ?」

『そりゃ、街中に張り巡らされた電線を伝ってだ。こうしてお前と会話しているのと同じ要領だな』

「…………因みに、何番まであるんで?」

『確か…………百番代まではいっていたはずだぜ』

 

あー、うん。そりゃぁ姿がわからないはずだ。だって会ったとしても、それは全部仮初めなんだから。しかも滅多に死ぬ事のない、言うことを再現してくれる人形。

ジムがラムちゃんを脅せたのもわかった気がする。ラムちゃんは自分の生活を脅かされたくないのだらう。あれ壊れたら本人が出なくちゃならない。いつかは錆びる機械人形。手入れの仕方なんてわからないだろうし。

はぁとため息をついて、前を見る。丁度試着が終わったのか、カーテンを開いてこちらを見るマザーがいた。

どう?と問うてるように、その場でぐるりと一回転してまた見つめてくる。いつもの黒いロリータファッションではなく、清楚な白さをイメージしたレースのあしらわれたワンピースは彼女に似合っていた。

コクリと頷いて、グッとサムズアップする。

 

「大丈夫。めちゃくちゃ似合ってるぜ!」

 

俺の声を聞いた彼女は一旦ワンピースを見下ろして、そしてまた俺を見た。コクリと頷いてサムズアップする。私もそう思うの意だろう。

シャッとカーテンをまた閉めたマザーはごそごそとしている。多分次のやつに着替えるのだろう。

女の子との買い物は付いていくだけかと思いきや、感想を聞いてくるから疲れる。マザーはまだ良い方なので、こうしている時間が暇だ。もしお喋りなら、忙しかったろうに。

 

「ジム」

『なんだ、リカルナ。私は今忙しい』

「また暇になったから話し相手になってくれ。さっきの続きが気になる」

『なんで俺が…………まぁ良いさ。少しだけ長くなりそうだ』

「……できるだけ短めでお願いしまーす」

『てっめ……!図々しいな!』

 

図々しいさは俺の取り柄だからな!

 

 




ストックが尽きたので、不定期更新は移行します。


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10話

 

 

マザーが買った服の紙袋を持ちながら、前を歩く彼女の後ろを歩く。先程買ったアイスを美味しそうに舐めながらてくてくと歩く彼女は到底コンピュータには見えない。

ありとあらゆるコンピュータ、ネットワークの頂点に位置する存在。それが彼女、MOTHERだ。

彼女がいれば勝手に戦争だって起こせるし、核兵器だって作ったり操れる。今はネット社会。それもまだネットワークが脆弱な時。この子さえ手に入れば、世界を掌握できるのではないかと言われている。

まぁ言われてるってとジムがそう言っていただけだが、ジムがいる研修施設はほとんどマザーが制御を行っていると聴いた。

そんなマザーだがやはり人の感情はあるのか、こうして一ヶ月に一度のお出かけをしている。その順番は交代制で、二人しかいないので今日は俺の番だ。今までは俺一人でしていたことだけど、シャルが加わったのでそれも無くなった。

そんなこんなで無表情で楽しむマザーを尻目に、ジムから脳内に通信が入った。服を買っているときは暇潰しだと言って話してもらっていたが、途中からさっきまでは何やら忙しいと一方的に通信を切られたのだ。今日はもう通信は来ないなと思っていた矢先に入るとは。

 

「今度はなんだよ。今は暇じゃないから話は別に」

『お前、あのほのぼの系の娘と仲良かったよな?』

「ほのぼの系……?あぁ、宮野明美か。仲良いぜ。最近お茶飲みに行った」

『お前、俺より女子してんじゃねぇよ。で、その宮野明美だがな、殺されるらしいぜ』

 

……………………うわぉ。

 

「マジで……?」

『マジだ。あのロン毛NOCの恋人だっただろ。NOCを引き入れたって事で、抹殺命令が下った。詳細を送る』

 

目の前に半透明の画面が浮かび上がる。未来的なそれはジムだからこそ作れたものだ。

俺以外に見えないようにしているそれに指を這わせて、上から下った命令を流し読む。詳細はこうだ。

宮野明美はシェリーと呼ばれる組織にとって重要な幹部の妹がいる。妹想いの彼女には妹の話は効果覿面だ。組織の資金稼ぎの為に銀行から十億円を盗み出せ、そしたら妹とお前を解放してやる……そう言えばイチコロ。見事盗み出しても、盗み出せなくてもどっちでも良い。組織にとっては宮野明美だけ死んでくれれば良いのだから、最後には利用してやろうという算段だ。

盗み出せれば御の字というところが、実に悪どい。

それにしても“解放してやる”だなんて、組織を抜けるときは死ねな組織が丸分かりな嘘を吐いたのは驚きだ。流石に善良と言えど、裏側の人間である明美もわかるかと思えばそうでもなかったらしい。

 

『あの女、二つ返事で受けやがった。妹との事となると必死だな』

「あー……そこが明美の欠点だな。唯一の家族の事となると周りが見えなくなる。寧ろ見ていてほしいぐらいだ」

 

裏にあまり関わらず、いるだけの存在でずっと善良でいられた明美は組織の悪どさをわかっていないのだろうか。

 

「(否)」

 

わかっていても、それでも一筋の希望に縋り付いた。その先が例え死だとしても、妹の為。

泣ける姉妹愛。でもそれは裏にいる人間にとって致命的な欠陥だ。

 

『で、だ。死体は俺のところに来ることになっているから、命令だリカルナ=フォルドー。宮野明美を殺してこい』

「いえっさー。で、いつだ?」

『今日の夜だ』

「早くない!?!?!?」

 

なんでいつも唐突なんだよ!こん畜生め!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回はテメェに譲ってやるが、シェリーは俺にやらせろ』

「はいはい。ってもこれは上からの命令だからな。次もそうでも俺に当たるなよ?ジン」

『フン』

 

そうして通話が切れる。

ジンは何故か宮野姉妹に結構な執着がある。詳しく言うのならば、組織の為に貢献できるシェリーにだ。

ボスの期待に応えられるかもしれない人材であるシェリーは組織にとっても、組織に忠誠を誓っているジンにとっても有益な人物。決して逃すこともなく、そしてその姉を殺すことによって恐怖で縛りつけようとしているのだろう。

そもそも、姉の方は要らないものであったらしいし。

 

「(しかし、そう上手くいかないだろうな)」

 

シェリーはあぁ見えて結構強情だ。クールで知的、ならば最善の道を選ぶなんて事を常にすると思っているのだろうが、そうでもない。姉同様、姉妹の事となると周りが見えなくなる。

姉と違い殺されはしないだろうが、姉が組織に囚われていると言う事実が消え、この世からいなくなったと知った瞬間、何をするかは想像に難くない。復讐か、絶望だ。

ゴツゴツと靴底を鳴らして移動する。十億円が盗まれたというニュースが流れて数十時間。落ち合う場所である港のコンテナ街の裏に向かった。

仕事着であるいつもの赤い服を纏い、俺にしか扱えない二丁拳銃を後ろのホルスターに差し込んで、暗視カメラで明るく見える夜の道を余裕綽々と歩いている。

まぁ、殺しに使う拳銃は俺の武器ではない。この武器は対人に使うには強すぎるし、何より戦闘をするならまだしもほぼ一般人相手だ。直撃すれば体が吹っ飛び、良くて風穴、悪くて肉片に変わる。それはちょっと困るので、普通の拳銃を持ってきていた。

 

「!…………どうやら、時間通りみたいだな」

 

角を曲がった先、人の息遣いが聞こえた。暗視カメラによってはっきりと見えるその人相はどう見ても宮野明美その人だった。

 

「……リカルナ君なのね。てっきりジンだと思ってた」

「だろうな」

 

シェリーの監視はジンに任命されている。だからこそ必然的に会う確率の高い幹部はジンとウォッカだ。

だからこそ、今回のもジンだと思っていたのだろう。まぁ死体はこちらで預かるので、抹殺命令が回ってきたのだが。

 

「久しぶり。元気にしてたか?」

「……えぇ。最近忙しかったけど、それで妹は」

「焦るな焦るな。先に問うぞ……十億円はどこにある?」

 

悲痛そうな表情で妹の安否を確認しようとする明美を制して、組織としての問いを投げかけた。

明美は俺の言葉を聞いた瞬間、少しだけ目を逸らしてからまたこちらを向いた。今俺が組織の人間だという事を再確認したようだ。

 

「言わないわ」

「言えないじゃなくて言わない、か」

「そうよ、私だけしか知らない場所にあるから。だからその十億円と交換して頂戴」

「……何を?」

「志保を解放するって約束よ!」

 

強気なその言葉に俺は苦笑する。本当に妹の事となると周りが見えなくなるな。今のお前は滑稽で仕方ない。

俺は銃口を彼女の心臓部分に向けた。

 

「っ!」

 

息を飲んだことがわかった。本当にわかりやすい表情を浮かべる。きっと彼女はどこまでも裏には染まりきれないのだろう。

 

それが少し、羨ましく思う。

 

「組織のボスはお前を抹殺しろとのご命令だ。だから、例え十億円を盗み出せたりしても結局は殺される運命。お前はシェリーをダシにして躍らされた憐れな仔羊だ。羊飼いには所詮逆らえないって事を忘れていたようだな」

 

羊のシ◯ーンはまだしもな。

 

「ま、肉になるか、毛皮になるか。俺は後者がオススメだぜ?」

「……銀髪も相まって、まるでジンね」

 

あいつと一緒にするなよ。

 

「そうね……私のした事は無駄だったのかもしれない。でも、それでも一筋の希望に縋り付かなきゃいけなかったの。私は力を持たない一般人。地獄に齎された蜘蛛の糸は、確かにあったのだから」

 

それが千切れたってわけね。

悲しそうに目を伏せて呟く彼女の目にはもう希望はない。俺が組織の一員であるのと、知り合いで友達であったとしても殺せる相手である事を知ったからだろうか。

普通は友達を殺せない。けれど俺は殺せる。前だって友人を殺したし、任務でターゲットと気が合って友達になったとしても殺した。

俺は黒、そして彼女は白。本来交える事ができない色。灰色という中間色があるけれど光というので考えれば、俺たちは決して交わることが出来ない。だって相反する色だ。

 

「言い残す事は……?」

 

俺の言葉に彼女は笑う。

 

「ボスに言っておいて、“バーカ!”って」

 

ははっ、彼女らしい。顔が引きつっていて、少し震えていたのは目を瞑ってやろう。

俺は嗤う。

 

「了解した」

 

じゃぁな、宮野明美。楽しかったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だ、後方右に熱源反応が現れたのは。

 

「ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---パァアン!

 

 

 

銃声が響いた。

 

 




羊のやつ毎回見てた、好き。


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11話

 

 

「(あ゛ぁ〜……しくったぁ)」

 

コンテナの影で蹲りながらそう嘆く。急に現れた熱源反応に驚いて宮野明美を一発で殺せなかった。今頃彼女は一般人に見つかっているはず。ずっと遠くからパトカーのサイレンが聞こえることから、あの熱源はあらかじめ呼んでいたに違いない。となると、彼女を追ってきていた人物。探偵か、警察関係者だ。

明美は今や、十億円強盗犯の一員だ。狙われないわけもなく、こうして追い詰められた。どうやって回収しようか、と思案していると彼女の側にいた熱源反応が徐々に離れていくではないか。どうやら離れるらしい。チャンスと一歩踏み出す。

タタタタッと大人にしてはやけに軽い足音が離れたのを確認して、明美に近づいた。腹と口から血を垂れ流した彼女の顔を見る。安心したような顔だ。この数分で良いことでもあったのだろうか。

 

「(それなら良かった)」

 

あの一般人が何したのかは知らないが、もし彼女が安心して眠れるような出来事があったのなら友人として嬉しく思う。こうして命令だから殺したけど、苦しんで死んで欲しくないから。それに、悪夢のまま飛び起きるなんて、嫌だろう?

血で汚れるのも嫌なので袋を取り出して中に入れる。女性一人なので別に重くもなく、すんなり終わらせた俺はそのまま離れることにした。あぁ、足跡は消さないとな。この靴は特別製なので一般には売られていないが、組織にたどり着かれる可能性がある。

せっせと消しまくって、退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴツゴツ、ゴツゴツ。真っ白い研究施設の中を歩き回り、やがて一つの部屋へと立ち入る。

 

「ジムー」

 

適当に呼びかけると奥から白衣を着た女性が出てきた。でるとこはでて引っ込むところは引っ込む、そんな理想な体系を持った俺っ娘、俺の上司ジムである。

 

「おう、帰ったかリカルナ。そこに置いておけ、状態は?」

 

指定された場所に明美が入った袋を置いて中身を取り出す。じーっとジッパーの間からのぞいた肌は青白く、腹部の服は赤黒い。

 

「腹部損傷による出血多量死。綺麗に殺せなくてごめん」

「謝らなくて良い。どうせ全部掻き出すんだ、関係ねぇよ」

 

さらりと黒い事を言ってくれちゃったジムは明美の周りをぐるりと回ってから、手足をあげたり傷の確認をしたりして頷いた。

 

「手足の損傷がない、傷は腹だけ。破れた皮も銃弾サイズだ。充分綺麗だぜ。寧ろ頭をぶち抜かれて殺されるより良い」

 

頭を打たれた場合、脳の損傷が激しい。そうなるとサイボーグになる際、記憶に障害が出る可能性がある。俺たちは脳の中まで機械だが、その記憶の元は人間の脳だ。元々が壊死して記録されていたものがなくなれば、いくら復活したって真っさらな人間になる。エピソード記憶だけならまだしも、意味記憶までもが忘れたら赤ん坊の状態になるだろう。

記憶の復元は、ジムでさえ難しい。

 

「(できないって言ってないのが怖いけどな)……そりゃ良かった。んじゃ任務達成か?」

「あぁ、俺からラムにでも報告しとくぜ」

 

そう言って早速準備に入るジム。さまざまな専用の道具を集め、部屋の温度を下げていく。早く腐らないようにするためだろう。剥製にするにも解剖するにも、動物は生きたまま凍らした方が良いからな。すぐ取り掛かるから今から凍らす意味なんてないので、冷やすだけだが。

 

「リカルナ」

 

さて、こっからはジムの専門分野だ。邪魔者は退散しようとするとジムから声がかかった。扉の前で振り返って体温低下防止用の服を着るジムを見る。

 

「06へ行け。ついさっき目が覚めたぞ」

「え」

 

06。それは部屋の番号。俺の部屋は07。つまりは俺の隣の部屋のことを指していた。

だがその部屋は一年前からずっとある人物専用の部屋と化していたのだ。ノックしても入っても全く返事をしない、彼の。

 

「ま、まさか」

 

……まさか、彼が。

 

「そのまさかだ」

 

っ!

ニヤリと笑うジムから目を逸らして素早く振り返る。自動で開いたドアを通り過ぎて、用いる全速力で向かった。

まさかまさかまさか!!もう目覚めているとは!!

 

『こいつはシャルと同じく通常にする。生憎通常用しか残ってなくてな……お前のような特殊はもう生まれないと覚えておけ』

『あぁ、別にいい。こいつがまた、目覚めるなら』

 

過去のジムとの会話を思い出す。そうだ、彼は通常装甲だった。ならシャルと同じく一年で目を覚めるはずだ。通常は特殊より簡単で組み立ては半年、調整に半年かかる。その五倍はかかった俺とは違う。

ゴツゴツとした足音がガッガッ!に変わる頃、自分の部屋を通り過ぎて廊下の最奥地。06と書かれた部屋へとたどり着く。足を止めて息を整える。どこまでも人間に近く作られた身体は、機械だというのに何故息が上がる。俺がそう思っているだけかもしれないが。

 

「…………っ……!」

 

右手を上げて数秒。ノックしようとするけど、勇気が出なくて下げる。何度かグーパーを繰り返してまた上げる。そして下げる。

どうやって声をかけよう。相手からすると俺に殺された。俺が敵だ。また昔みたいに話しかけられるだろうか。今の職業を諦められるかと問えるだろうか。あぁいやでも彼は、彼らは心の奥底から日本が好きだから……無理かもしれない。

いや、そうじゃない。そんな世間のことは無視して、俺と彼奴の問題で。許してとは言わない……だだ、言わせて欲しい。

腕を上げる。勇気はある。コンコンコンとノックを三回して、どうぞと返事が来た。一歩踏み出し、ドアが開いて中に入る。

 

「お、まえ……っ」

 

見開く彼の真っ黒な日本人らしい瞳に、俺は込み上げてくる気持ちを抑える。あぁ、あぁ彼がいる。

一歩また踏み出す。彼が警戒する。だけど無視して踏み出して、彼が座っていたソファーの近くまで歩み寄る。拳銃を手にしようとしてないのに気づく彼に、俺が取った行動と同じことをしていて思わず笑ってしまう。

笑う俺に彼は驚くけれど、そんなの御構い無しに笑って笑って……微笑みかけて。

 

ただ、言わせて欲しい。

 

「おかえり、景光」

 

また会えて、嬉しいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら知らない天井だった。

どこかで聞いたネタを脳内で行いながら寝転んでいる状態の身体を起こす。簡素なベットとシーツの上に寝ていたであろう俺は、頭を抱える。

 

「(どうして、生きている……?)」

 

確かに俺は死んだはずだった。銀髪の彼に心臓を……胸ポケットにある端末ごと撃ち抜かれて。左ポケットに入れておいて良かったと思うが、彼はそれをわかったように初めから心臓を狙っていた。何故と思うけれど彼は初めからジンとは違い、胴体の腹ではなく胸を狙う。最初から心臓を射抜くのは明白であった。

 

いやそれよりだ。何で俺は生きている?

 

最初の疑問にぶち当たり困惑する。だが、わからないことがあってもずっとここでくすぶっていてはいけない。

部屋の風景からして病院というわけでもない。ここが何処かを確認してもし敵の手の中なら探りを入れて脱出、身内の中なら知り合いを見つけないと。

ベットから降りると靴を履いていることに気づく。靴を履いたまま寝ているなんて日本人にとってあり得ないが、外人ではあり得る事。特には気にしないが、その靴が自分が最後に履いていたものではないと気づいた。よく見ると手にはグローブが嵌められている。胸から下の胴体には自分の趣味ではない服装がある。

今俺はどんな格好をしているのだろう。近くに大きな姿見があったのでふらふらと近づき覗くと、俺は絶句した。

 

「だ、誰だこれ……」

 

鏡に右手を這わせる。鏡の中の住人は同じタイミングで同じ動作をした。それはまさしく俺である証拠。

嘗められないようにと生やしていた無精髭は綺麗さっぱりなくなり、髪も肩下まで伸びきっている。確かセミロングと言われる長さで、少し萩原みたいだ。ただ髪色が黒色から暗い緑になっているのが気になる。いつの間に染めたのだろうか。

髪型と色を変えるだけで一瞬ではわからないほどの変化を遂げている。人ってこんな単純に変わるんだな、と思いつつ写っている服へと視線を移した。何処かで見たことのあるレザーコートのようなもの。髪色と同じ色をしていた。

 

「……(凄く見覚えがある)」

 

ただ、レギンスにブーツは彼とは少し違う気がする。それに彼にはフードもついていなかったと思う。

この服装からすると俺をここに居させているのは彼、ということになるが……最後の状況的にはあり得る可能性だ。

ともかく自分自身の服装に関しては置いておき、この部屋から出て探索と行こう。ここが何処かを突き詰めなければ。

この部屋の唯一の扉の方へと歩いて行くと、扉の方が不意に開いた。驚いてバックステップを取り、いつも忍ばせている懐にあるはずの拳銃が無いことに気づきながら相手を見た。若い白衣の女性だ。

 

「あ?起きたのかよ、ならそうと言えよ」

 

ぶっきらぼうにそう告げた美人な女性は、俺の横を通り過ぎて謎の機械に手を這わせる。見た目からして心電図だろうか?医療器具には詳しくないのでわからないが、そうしたら彼女は女医ということになる。ただ俺が生きている以上そんな単純とは思えないが。

 

「思ったより同調率が高ぇな……こりゃ特殊でも……いや元を考えると普通でも充分か」

 

訳のわからないことをあーでもこーでもと独り言で呟く彼女は満足したのか振り返り、扉を指差した。

 

「その先はキッチンとリビングになっている。自由に使って良いが、食材はないぞ。必要がねぇからな」

 

その女性はいつの間にかもっていたUSBメモリを振ってニヤリと笑った。

 

「逃げようだなんて考えなよ。お前はもう俺のものだ。それにこっから出てっても古巣には帰れないぜ」

 

後でメンテナンスがあるから大人しくしとけよと言われて、出てった女性に呆然とする。怒涛の勢いすぎてよくわからなかった。つまり俺はここに囚われの身ということになるのだろうか。

 

「(冗談じゃないな……!)」

 

自分自身がNOCとバレたのはその古巣が関係している。中に組織の内通者がいて、それが俺の連絡役になった。だからこそバレたのだし、そいつは俺を容易く売って上に行こうとした。だがその意味は私利私欲の為に容易く身内を売るということ。

その浅はかさで組織に危険分子扱いされたそいつは報告した瞬間に殺されたとは聞いたが、他にもいるかもしれない。

もし他にも侵入されていたら幹部になっているあいつが、ゼロが危ない。連絡役はあの生真面目な風見さんだから良いが、もしもっと上に内通者でもいれば公安が終わる。

あの女医らしき人が出て行った箇所しか出口がない。自動ドアであるそこを潜ると、確かなリビングとキッチンがあった。

質素な壁と床はともかく立派な広さを誇るそれにここがどこかわからなくなる。病院のような場所かと思えばそうでもなし、もし研究所だとしても仮眠室にしては立派すぎる。

ここがどこかを予想しながら壁伝いに部屋を周る。つなぎ目のないのを確認しながら、唯一の出入り口であろう扉を前に立つ。

 

「……(反応がない)」

 

取っ手がないそれは扉の上にあるセンサーからして自動ドアなのは明白だが、目の前に立ったとしても全く反応しない。手を振っても足を振っても回っても踊ってもだ。

電気が来ていないのかと、小さな凹みに手をやって思いっきり引っ張っても開かない。押してもダメ。何しても開かないそれに溜息を吐き、妙に疲れた俺はまた壁伝いに歩き周る。他の場所へ通じる道はあの開かない扉と天井にある小さな通気口のみ。あれは己の胴体だと全く入らない大きさだ。

壁を叩いた音からしても中身が詰まっているのは明白。金属であろうそれにまた溜息を吐きたくなり、仕方なく簡素なソファに座った。めっちゃふわふわだった。

 

「ふっわふわ……!見た目から想像できないなぁ」

 

ちょっと考えることを放棄した。

何故生きているのかという謎は解けないままで、此処がどこかなのかもわからない。謎の美女は何処かへ行ってしまった。

 

「……いやー美人だったな。一晩くらいお伴したいね」

 

相手をしたら手綱を握るのではなく握られる方だろうけど、それはそれで楽しそうだ。

現実逃避してだらける。こんなセクハラな言葉も彼女は聴きたいなあ防犯カメラや盗聴器などの類が無いのはわかっている。そもそも置けるような場所がないほど簡素な部屋だ。

寝転がりながらこのソファにもないか調べていると突然開かなかった自動ドアが開き、驚いて立ち上がる。警戒しながらも瞬時に相手を見て、自分を殺した犯人だとわかると懐に手を伸ばす。

 

「(あっ)」

 

しかし改めて拳銃が無い事を自覚して、仕方なく彼を見ると苦笑していた。

何が面白いのだろうか。彼の表情の理由がわからないまま、近寄ってくる彼に警戒を解かず背を向けずに見つめる。彼はずっと嬉しいのか微笑んでいて、しかし申し訳なさそうに罪悪感が混じった複雑な表情をしていた。

彼、リカルナ=フォルドーが俺の数歩先で止まったかと思うと、泣きそうな顔で綺麗な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「おかえり、景光」

 

その優しい微笑みが、何故か十年前に行方不明になった彼と重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、今更お前の顔が浮かぶんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキ。

 

 




容姿をどこかリカルナに似せたのに彼がその事に驚かないのは、起きたっていう嬉しみの方が強いっていう。


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12話

 

 

あいつと出会ったのは高校一年。

新しい学校に、新しいクラスメイト。出席番号順にに決められた席順の中、クラスが同じで出席番号順の時は絶対に前後一緒だった幼馴染のゼロと俺の間に入ってきた男子生徒。

それがあいつだった。

 

「あー、もしかして友達?」

 

その言葉にコクリと頷く俺たちに彼は気まづそうに頬を指先で掻いた。

 

「そりゃ悪かった。俺、松秋桜花。よろしく」

 

そう言って両方の手で握手を求めてする彼に手ぇ取りづらいだろ!と笑った。

 

 

 

真っ黒な髪に赤い瞳。ゼロの金と青と対になるようなその容姿は学校の中で一目置かれていた。俺も顔は良い方と自負はあったが、明らかに外人の血が入っている二人に比べたら見劣りするものだった。

けど赤い瞳というのがどこか怖いのか、顔は良くても女子たちには近づかれず、逆にその快活さから男子たちにはしょっちゅう遊びに誘われていた。逆にゼロはプライドの高さから男子には嫌われている。

告白の為に女子から呼び出されるゼロをアキと見送り、男子たちに呼び出されるアキをゼロと見送った。たまに先生に呼ばれる俺は二人に見送られる。

それぞれ好かれる場所あったけど、どうしてか三人が三人とも同じ場所に帰ってきていた。と言っても席が順番なのだから仕方ない。

だから、開始宣言もなく徐々に俺たちはアキと親友になったんだ。

 

 

 

「お前らの夢は何?」

 

高校二年の夏。唐突にアキはそう聞いてきた。その言葉に驚いてゼロと顔を見合わせて、そして同時に笑った。

 

「「当然!警察官!!」」

「だろうな!」

 

会った頃から言っていた俺たちの夢。

日本を守る警察官になること。自衛隊ではない、自衛隊を出させないように平和な世の中を望む。きっと緩みきったこの日本では珍しい言い分だろう。

ゼロも昔から警察官が夢で、俺も同じ夢。けど彼がお巡りさんで済ます気がないから、大学受験しなくちゃならないけど。

俺たちの言葉を聞いた彼は、やっぱそうだよなと苦笑する。どうして俺たちの夢の内容がその表情をさせるのかがわからない。だから追求せずに問い返す。

 

「お前は?」

「え」

「アキの将来の夢は何だ?」

 

そう問うたら、アキは黙り込んだ。考えていなかったのだろうか。それにしては表情が曖昧だ。

 

「俺は……何も考えてないや」

 

困ったような笑みを浮かべてそう言った彼に、ゼロはじゃぁさ!と乗り出す。

 

「お前も警察官になれよ!」

「ゼロ?」

「夢、ないんだろう?なら、俺たちと警察官目指そう。一緒にこの日本を守るんだよ!」

 

両手を広げて笑顔いっぱいでそう言ったゼロに、俺も感情が高ぶり笑顔になる。アキの方を向いて何度も頷いた。

 

「アキもなろう!警察官!」

「えっ、でも」

「お前とならなれる気がするぜ!」

「俺もお前らとなら、絶対になれる!」

 

右手と左手をそれぞれ同時に差し出す俺たちに彼は笑って、両方の手を取った。

その微笑みははにかむように、嬉しそうに頬を染めていた。照れているのだろうか、ちょっと困り眉だったのを覚えている。

 

「お前らと警察官かぁ……それも良いかもな」

「「だろ!」」

 

これが彼との最後の思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一年ちょっと。彼と一緒にいたのはそれだけ。一緒に警察官目指そうと言ったのに、彼は翌日から行方不明になった。

大規模な捜索を行われるけれど彼はどこにもいなくて、代わりに大量の死屍累々が蔓延っていた。その事を知ったのは警察になったあとだが、その時は誰も詳細を教えてくれなくて彼がもういないという事実だけを突きつけられた。

墓を建てる気はなかった。だって死んでいないから。でも流石に半年は経つとみんな彼を忘れていって、一年経つと教室にある花瓶には誰も何も言わなくなった。

菊が入った花瓶が彼の机の上に現れる度にゼロは舌打ちをして菊を捨てていたのが脳裏に残っている。そしていつも捨てた後はこう言う。

 

「アキは死んでいない」

 

悔しそうに歪められた表情に俺も同じく悔しくなって、俺たちはより一層警察官への道を辿っていく事を決意したんだ。

 

 

だから彼を見た時、リカルナ=フォルドーを見た時、内心でとても驚いた。それはゼロも一緒で、後で二人で似ているという話になったもんだ。

けれど彼の見た目がアキが行方不明になった時と一緒で、十年も経っていれば俺たちみたいに年をとっているはずなのにそれもない。それに銀の長髪で、隠れていない方の片目の色は黄色だ。可笑しな目の模様していたけれど、あの特徴的な赤ではなかった。

だから別人だと決めつけた。心の中で死んでいると思っていたのかも知れない。

 

「アキ……」

 

目の前でコーヒーを入れるリカルナから目を逸らし、かつての親友のあだ名を呼ぶ。アキ、松秋桜花。女みたいな名前だけど、でもみんなに好かれていた人気者。男子限定だけど。

 

「なぁ、アキ」

 

お前、生きているのだろうか。

 

「何だよ、さっきから人の事呼ん……で………………ぁ」

 

コトリと置かれたコーヒーカップと同時にそんな言葉が降りかかってきて、思わず顔を上げる。そこには気まづそうな顔をしたリカルナがいて、何でもないと呟いた。

入れられたコーヒーカップを手に取る。常に常温であるこの部屋の中での唯一の温もりが手のひらを伝って温めてくれる。

鼻を近づけ匂いを嗅ぎ、まぁ大丈夫かと口をつける。警戒心がないとか思うかもしれないが、さっきので完全に解けた。

 

「何でもないことはないだろう」

 

コーヒーから口を話して、そう返した。ちらりと目の前に座ったリカルナを見てみると、彼は目を合わせず温かいコーヒーを啜っている。音が鳴らないだけマシだが、行儀が悪い。

 

「何でもないったら何でもない」

「意固地。だったらこの状況を説明してもらうぜ?アキ」

「あぁ。ジムからもそう言われてる……って俺はアキじゃねぇ!」

 

どうだか。

 

「じゃぁ何故俺の名前知ってた?何故、俺が生きてて嬉しい?何故、発音も字面も違う“アキ”が自分の名前だと思ったんだ?」

 

疑問に思っていた事をぶつけると彼はぐぅと呻いた。それに少し嬉しくなる。

彼が、リカルナ=フォルドーが松秋桜花と確証しているわけではない。確信していた。ただ俺がそうだと信じたくて、信じたら信じた分だけそれは事実として返ってきてるからこそ、こうして確証に至ろうとしている。

 

なぁ、お前はアキだろう。生きていたんだよな。

 

十年間、生きていると思っていたのに死んだものとして扱っていた親友。それが変わったとしても目の前に現れている。それがどれだけ嬉しいか。正直平素を偽るのも厳しいぐらいに感情が振り切っている。

 

「じゃぁ逆に聞くぜ、スコッチ。確証もないのに俺がアキってったら信じるのか?」

「あぁ」

「即答かよ!!ちょっとは考えろ!」

 

“即答!?ちょっとは考えろよ!ヒロ!!”

 

過去の彼の言葉まだぶってまた嬉しくなる。緩み切る頬は隠せずに、ニマニマと笑った。

 

「ッ…………はぁ……とにかく俺はアキじゃない。そういうことにしといてくれ」

「あぁ、お前はアキじゃない」

「……往生際が良いのか、悪いのか」

 

ため息を吐く彼が俯いた瞬間、ちらりと見えた赤い左目が過去の彼と同じで無性に何かが込み上げて来る。ぽろぽろと水が流れて、それが俺の目から溢れている涙だとわかるのには時間がいった。

同じように俯いて、逆に顔を上げた彼が驚いた表情をしたのが見えたがそれを気にする余裕もなく。ただ、ぽんと優しく頭の上に置かれた手が感情の抑えをなくす。

ずっと泣いている俺に何を思っているのかわからないけれど、彼、リカルナ=フォルドーはため息を吐いた、

 

「俺も見てないことにするから……あー……だからさ、誰も見てないぜ?」

 

感情の揺れ幅が壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で友人に泣かれてギョッとしたけど、なんとか大丈夫だった。

景光が生きていたことに対する俺の気の緩みだったけど、“アキ”という昔のあだ名に反応してしまって俺が一年間半程友達だった松秋桜花だとバレた。ただ、こいつは行方不明者扱い。俺はリカルナ=フォルドーであってアキじゃないと、そうしてくれと願ったら簡単にイエスと言ってくれた。まぁその後なぜか泣かれたのはよくわからないが。全く、心臓に悪い。

まぁリカルナ=フォルドーの方が本名だし、松秋桜花は偽名だ。両親の偽名から引き継いだな。彼らも偽名を使って生活していたし。戸籍をどうやって手に入れたのかは知らないが。

因みに行方不明者が七年間行方不明だと、法律上死亡したことにすることができる。俺の場合は十年。ジムがとっくに死亡扱いにしたらしい。その時に手に入った保険金やら何やらは俺の懐の中だ。生きてるのに自分を死んだことにするのは中々シュールだが、お金が手に入ったので良しとしている。

 

「ボクはシャル=ファインデット。君は?」

「俺はフィーネ。フィーネ=イニッツィオだ」

「そっか!よろしくね!フィーネ!」

 

イタリア語で終わりと始まりの意味を指す言葉であるフィーネとイニーツィオ。ほぼそのまんまの名前だが彼は景光が終わって(fine)、フィーネが始まる(inizio)と比喩する為にこの名前にしたそうな。

前に使っていた偽名は色々とバレるので不採用なのと、見た目がもうほぼ外人であることで海外風の名前にした。それっぽく見えるだけで日本人は騙されてくれるものだ。わざわざ意味まで調べまい。多分、な。

ニコニコと笑って手を差し出すシャルに対して、同じくにこやかに手を握り返す景光。ただの挨拶なのに何故か薄ら寒いものを感じて、思わず二の腕をさすった。

 

「ねぇ、ジム。何でボクと同じ通常装甲なのさ?」

「通常の方が安く済むからな」

「プロトの方が安いでしょ!」

「馬鹿だな。配線回路と素材が違うだけで、値段はほぼ同じだ」

 

煙草に火をつけながら気怠そうに理由を話すジムに対して、シャルは段々と機嫌が悪くなる。いや悪く見えるだけで、あれは実際には悪くなっていない。ただ頬をエサを詰め込みすぎたハムスターのように膨らませてるだけ。ジャンプしたら上下に揺れそうだ。

 

「それにプロトの分の素材は一体分しかない」

「……」

 

同じ通常装甲の何が嫌なのだろう。ジムの言葉で黙ったシャルだが、ジッと景光を見た後そっぽを向いた。景光はそんなシャルを見て苦笑している。

それからスタスタと俺の横を通って部屋を出て行こうとするシャルに驚いて振り返る。

 

「おい!シャル!どこ行くんだよ!」

「マザーのとこ!!」

「任務は!?」

「そこの新人くんに任しといて!!」

 

そんな勝手な……。

シャルが去り自動ドアが閉まった後、景光は首を傾げて、マザー?と呟いた。

 

「彼奴、あの決闘場から連れて来た奴だろ?」

 

暗に母親なんていたか?と問いかけて来る。シャルは孤児だ。あの日のターゲットであった女性に買われ、飼われて育った。謂わば俺と同じで根っこからの裏社会の人間である。

見た目と性格では普通だろうが人を殺すことに抵抗はないし、この状況にも適応が早い。あのジンにだって気に入らなきゃ噛み付くような子だ。

まぁ人殺しが好きというわけではないのだろう。やれと言うならやるだけで、忌避感がないと言うだけで。でも表からすれば狂った感情だ。

 

「何だ、話してなかったのか?」

「今から発足するんだろ?だから別に必要ないかなって。シャルには?」

「もう説明したぜ」

 

成る程、だからマザーのところに。

景光には彼自身の身体の事と、ここが何処かを説明した。それが一番早く知りたい事だろうからだ。それに彼がスナイパーだとジムに伝えているので、それ専用に身体が改造されていたりする。つまりは同じ通常装甲と言っても中身は別物だ。

 

「リカルナ、説明してやれ。俺はこいつの武器を取って来る」

「えっ俺が?」

「他に誰がいる?」

 

いや、ジムが。

説明が面倒だからジムに押し付けようと説明してなかったのに、また俺が説明することになるらしい。上司の命令には逆らえないのをいいことに、彼女は白衣のポケットに手を突っ込みカツカツとヒールを鳴らして去っていった。

武器を取りに行くと言っていたので、多分あの化け物武器だろうな。俺の双銃も化け物だが特殊装甲だからこその賜物だ。でもあの武器は通常装甲の景光に扱えるようにしてあるのに、とんだじゃじゃ馬である。少なくとも俺には無理だった。

 

「で、説明してくれるんだろ?リカルナ先輩?」

 

見た目は上で年齢は同じな彼に先輩と呼ばれたらちょっと寒気がした。人好きのいい笑みを浮かべた彼にジト目を送りながら、俺は口を開く。

 

「マザーってのはマザーコンピュータ、通称“MOTHER”の愛称だ。まぁそのまんまだな」

「マザーコンピュータ?コンピュータに愛称なんてつけてんのか?」

 

最もな疑問だ。だがマザーはただのコンピュータではない。

 

「そりゃ無機質な物に愛称なんてつけるか。それをするのは愛着が湧いた時だけ。マザーは只のコンピュータじゃない、意思を持った“人”だ」

「は?」

 

心底意味がわからないと言うようにこちらを見る景光に、俺はごそごそとポケットから端末を取り出す。よくあるスマートフォン。因みに林檎の方で、最新機種ではない。

残念な奴を見るような表情をしている彼に、この前のショッピングで撮ったマザーとの写真を見せつける。服屋での買い物を終えて、よくあるクレープ屋のクレープを二人仲良く買って自撮りした奴だ。

大きくピースして笑っている俺と表情がないながらも嬉しそうにクレープを見せつけながら小さくピースしているマザーの写真。それを見た景光は俺と写真を交互に見ている。

 

「まさか……」

「そのまさか。ここに写ってる少女が“MOTHER”だ。それで俺たちがこれから発足する部隊、“MOTHER KEEPER”。即ち、この子を護ることを目的とした独立部隊だな」

 

そして“MOTHER”が世に出たときに伴う危険性を伝える。この子が誰かの手に渡り悪用された場合、最悪世界が終わると。

今のネットワークはジム達が持つ技術に追いついていない。サイボーグなんて作ってしまう近未来的な技術があるのに、ネットワークに繋がったコンピュータであればあらゆるものを扱えてしまうMOTHERもいる。正直ここの部隊だけ戦闘力がとてつもなくやばい。

つまりは、彼らを敵に回してはいけない。

 

「だからこそ護る。俺たちの手の中にいさせる。それが俺たちの役目だ」

 

そう言って納得する景光に、ときに景光?と話しかける。

 

「お前、景光を捨てられるか?」

「え……」

「一度NOCとしてバレた以上、おまえの居場所は組織にも元の場所にもない。どうせ密かに殉職した事になってんだろうし、ここにいる限り組織と関わる。だから、景光を捨てフィーネとして生きられるか?」

「………………」

 

景光は黙り込む。

景光を捨てるということはこれまであった人間関係すら捨てるということになる。俺の今はリカルナ=スォルドーなように、彼の今はフィーネ=イニッツィオである。

幾ら景光が終わったと比喩しようと二十年以上もその名前で生きてきたのだから、そう簡単に捨てられるはずがない。

此方に目を合わせず俯いたままの彼に溜息を吐いて、苦笑いする。

 

「何もずっと捨てとけと言ってるわけじゃない。もしここを支援する場所がなくなって、あっちに居場所があったらその時は景光だ。まぁここなくなったら俺たち終わるんだけど」

 

ジムとここの設備がなければ俺たちは生きられない。

だから、だからさ。と景光に笑いかける。

 

「今だけだ」

 

右手を差し出す。これを取ったらお前は景光でなくフィーネになるという意味を含めた握手。

その手を見つめていた景光はさっきの俺のようにため息を吐いて、俺の右手を取った。

 

「よろしく、リカルナ先輩?」

「あぁ、よろしくな。フィーネ」

 

 




だんだん多くなる文字数……。
因みにアキはちゃんと景光の事、ヒロって呼んでたりします。


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13話

 

 

使い慣れたソフトカバーのギターケース。自分の趣味と職業を併せ持つこれはよく背に馴染む。と言っても前に使っていたのとは別物だが。

今の髪色と同じ黒に近い深緑のギターケースを横に置き、チャックを開けて中身を取り出す。必要なのはベースギターではなく、その下にあるライフルだ。

“MOTHER KEEPER”についての説明を受けた後、押し付けられた任務の為に新たな上司となったジムの指示のもとこのビルの屋上に来ている。対象の詳細は聞かされていない。このジムから渡された特製ライフルの試し撃ちだそうだ。ついでに任務もやってしまおうという考えから、少し彼女が物騒な思考をしていると考えられる。まぁそれでも一晩相手してもらいたいけど。

男として当然だろうと頷きながら、ライフルを取り出す。だがいつものように取り出そうとしてその重さに少し驚く。

 

「……重い」

 

そう呟き暗闇の中、着々とベースギター以外を取り出して並べる。その数々は今までの俺の常識を覆すものだった。

ベースギターのケースから察してほしいのだが、今まで使っていたスナイパーライフルは大まかに言ってアサルトライフルと呼ばれる小銃弾を使った狙撃銃だった。弾は5.56mmや7.62mmが一般的。適正距離は500m〜600m。つまり約650ヤードまでのやつ。

まぁつまりはアサルトライフルが俺にとっての狙撃銃だったんだが……このケースの中に入っていたのはアサルトライフルではなかった。

 

『フィーネ、聞こえるか』

 

ジムからの脳内通信が入る。ここに来るまでにも何回か通信が入って驚いたが、今では慣れたものだ。この数時間で慣れた俺にリカルナが怪訝そうな顔で見て来たのは面白かったが。そんなリカルナはこのビルの屋上の入り口付近にいる。

 

「聞こえてるぜ。早速質問いいか?」

『何だ』

「ジムがくれたこのライフル。俺が使ってたのと違うんだが」

『あぁ、そうだが?』

 

悪びれもなく返答したジムに項垂れる。つまりは元々俺が扱っていた銃と違うとわかっていてこれを渡して来た。特製品とは言っていたが、せめて慣れたやつが欲しかった。

 

『そんな事を聞くという事は、開いたんだな?』

「あぁ」

『ではこの俺が直々に使い方を説明してやろう』

 

上から目線な彼女の指示に従って銃に手を出す。どうやらこれは組み立て式らしく、上半分と下半分をくっつけて一つの銃にする。その時“ピピッ!”という音がしたので嫌な予感しかしない。

高倍率のスコープを取り付け、脚立で立たせる。暗闇の中慣れて来た目で見ると、そのスナイパーライフルはとてつもない存在感を放っていた。ここに来る前にリカルナに頑張れと言われたのを思い出す。

 

『で、銃弾だがケースの外側にあるポケットに入っている。取り出せ』

「いや銃弾をそんなとこに入れるなよ。万が一触られてバレたり、暴発したりしたらどうすんだ」

『そのポケットだけ特殊加工したハードケースにしている、そんな心配は皆無だな。で、取り出したか?』

「あ、あぁ。でもこれは」

 

銃弾が入った箱に書かれた名称を呆然と読み上げる。いやだってこれは、滅多にお目にかかれない。

 

「.408 Chey-Tac弾……だって……?」

『ん?どうしたフィーネ。お前なら知っているだろう。スナイパーなら皆が皆欲しがるものだ』

 

.408 Chey-Tac弾。とある会社が作る特殊な弾だ。因みにこの弾を使う狙撃銃はかなり限られて来る。一番有名なのは。

 

「まさかこの狙撃銃、M200だったりするのか?」

『惜しいな、M300だ』

「は?M300??」

『お前が知らないのも無理はない。M300はまだ開発途中……まぁそろそろ完成だろうがその図を入手してな、M300を参考にしたオリジナル狙撃銃だと思ってくれれば良いさ』

 

M200 Intervention .408、通称M200は.408 Chey-Tac弾を使用する狙撃銃だ。その飛距離は2000mにも及び、現存する中で最高距離を誇ると名高い銃である。

発射された弾は音速を誇り、狙撃音は撃った後に聞こえて来るほど。そもそも二キロ先から狙撃されれば何が起きたのかさえわからない。それに二キロ先であっても狙撃時から速度を全く落とさず、付属には弾道計算用コンピュータが付いて来る。化物ライフルだ。

俺が公安から組織に潜入する際に申請した狙撃銃の一つなのだが許可が降りなかったものでもある。一度使ってみたかったのだがそもそもの弾丸の生産数が少ないというのもあり、高価なので諦めていたものだ。そんなのをここで使えるとは。

とは言え、ジムはM200ではなく開発途中のM300を参考にしたオリジナルと言っていた。流石に完成間近とはいえ、完成していない銃を作れなかったらしい。と言っても、オリジナルの銃を作れるジムの財力が気になるのだが。図を入手したというのはこの際スルーしておく。黒の組織も突拍子もないことをするしな。

 

『ま、完全オリジナルなのは付属のコンピュータだが。ギターケースと一緒に渡したヘッドフォン、持っているな?』

「あぁ、ずっと首にかけたままだぜ」

『よろしい。ではそれを装着して、任務開始だ。彼女の手順に従え』

 

彼女というのは誰だろうと考えるがわからないのでスルーしつつ、りょーかい、と呟きヘッドフォンを装着する。すると急に耳元から女性のような声が聞こえた。ジムとは違う高い声だが、どこか機械的な声だ。

 

【使用者の装着を確認。狙撃手補助コンピュータ“デルタ”を起動します】

「はっあっ?」

 

狙撃手補助コンピュータ?デルタ??俺の知ってる弾道計算用コンピュータじゃないんだが!?

 

【おはようございます】

「あ、あぁ。おはよう……?」

【マスターの声帯パターンを認識、登録しました。初めまして、マスター。私はデルタ。只今から貴方をサポートさせていただく、独立型AIです】

「え、AI?」

 

AIってあのAI??

しかしヘッドフォンから聞こえて来る声は機械的ではあるがまるで人間のようで、俺の呟きにもきちんとハイと答えていた。

AI技術はまだ日本では確立されてないはずだ。いやAIと言っても偏にこうした喋るタイプだけでなく、ゲームとかでいうNPCやCOMのようなものもある。まぁあれはある一定パターンを入力されたものなのである程度読み取れるが、このAI技術は行き過ぎている。

 

【それでは今回の任務、ターゲット岡本剛議員の暗殺をサポートさせていただきます。まずはこちらを】

「うぉっ!?」

 

突然視界に出現した物に驚く。青白い四角い何かは暗闇の中でも目に優しい色をしていた。いや青白いのに優しいとか意味がわからないが、目が痛くないのでそうなのだろう。

その四角いパネルのようなものの中に色々な文字が飛び交う、そして数秒ほどである情報を表示した。

 

「(これは……)」

 

これは今回狙うターゲットである、岡本剛のプルフィールだ。名前から生年月日、体重や住所、はたまたプライベートなものまで。いくら太った人だからって女性用下着を着けてるのは知りたくなかった。胸を美しく見せようとしてどうするのだろうか。

 

【この情報はもうすでに把握しておられると思いますので、私が説明するのは次の項目からとなります。まずターゲットの居場所ですがここから4.8km先、岡本剛家宅、二階寝室でございます】

「4.8っ!?!?」

 

ほぼ五キロじゃねぇか!届くのか!?それ!

 

【届きます】

「心の声読まれた!?」

【声に出ていました。そして岡本剛家宅の寝室ですが南側と東側に窓があり、一つは小窓でございます。ですが、その南側の小窓から丁度岡本剛議員の顔が見えますので、それを狙っていただきます】

「小窓ってどのくらい」

【横枠約40cm、縦枠約120cmでございます】

「無茶な!?」

 

いやいやいや!いくら元M300で.408Chey-Tac弾だとしても無茶だ。俺の技量が行き届いていない。銃というのは一直線に飛ぶ簡単な事象でできているが、狙撃というのはそんな単純なのではない。もし、真っ直ぐスコープの照準通りに合わせて撃ったとしよう。絶対にそこには当たらない。

銃から飛び出した弾丸はあらゆる影響を受ける。知覚できる限りで風や湿気、天気、はたまた重力など。あとは自転だ。何の?地球のだ。地球はゆっくりと人が知覚できないほどに回っているが、音速で動く銃弾は影響を受けやすい。そうミリ単位でだ。これらを考慮しなければ狙った場所には当たらないだろう。

二キロ圏内なら俺も経験があるので大丈夫だがそれ以上、それも五キロなんて無茶にも程がある。ここを選んだリカルナやジムは狙撃手をどう考えているのやら。

 

【無茶ではありません。その為に私、デルタがいます。ミッション開始の宣言をしてください。そうすれば、今の貴方に必要な情報を全て開示して、私は全力でサポートいたします】

 

AIだからそう言えるのだ。いくら計算できたって撃つのは俺だ。俺がしくれば、全て失敗する。嫌な期待だ。化物銃に視線を落とした。

 

『言っておくが拒否権は無しだ。これはお前を組織に認めさせる試験。ボスにはバレてねぇがラムにはお前のことバレてるからな。俺という後ろ盾がなければ今頃お前はジャンクだ』

「……ジム」

「ま、諦めろ。フィーネ、お前はもう“MOTHER KEEPER”の仲間だ。ジムの命令には逆らえねぇよ」

「リカルナ…………は、逃げ道はとうに断たれてたか」

 

髪をくしゃりと握り込み、苦笑いをする。

どうやら覚悟を決めないといけないらしい。

 

「お前は逃げ癖があるからな」

『だろうな。NOCバレした時、組織の情報をろくに流さずに自殺しようとしていたからな。そうだろうとは思ったぜ』

「公安に組織の手の者がいたはずだぞ、それも下っ端」

『あぁ、馬鹿だと早々に殺されたがな』

「うわー……公安の後始末を組織が?うわー」

「人が折角集中しようとしてんのに!その会話とその態度やめてくれ!?」

 

グサリと心に刺さる言葉に声を荒げると、リカルナは苦笑して去っていった。屋上の階段から降りる音がするということは、下を見てくるらしい。彼の足音は重くて独特な音がするのでわかりやすい。

彼を見届けた後は前を振り返る。一面闇の中、綺麗に光る星が見えた。

 

【マスター、決心しましたか?】

 

数秒の沈黙の後AI、デルタの言葉に頷く。すると彼女はそうですかと呟いた。その呟きがどこか人間臭くて、本当にAIじゃないみたいだなと俺は苦笑する。

多分これから長い付き合いになるであろう彼女によろしくと言うと、すぐさま返事が返ってくる。よろしくお願いしますと言った彼女が頷いたような、そんな気がした。

 

「デルタ」

【はい、マスター】

「ミッション……開始(スタート)だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【承りました。マスター、フィーネ・イニッツィオによるミッション“岡本剛議員の暗殺”のサポートを開始します。開始まで3、2、1…………】

 

 




銃云々については必死に調べた結果なので許してください。元々カッコいいなとは思ってても形しか知らないにわかだったので、おかしな点があっても見逃してくださいな。
因みにM200、異次元の狙撃手であの糸目大学院生が使っていた銃らしいですね。割とラストらへんの。ヤベェな大学院生……いったい何秀一なんだ……。


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