ハリエット(シノア)の物語 (揚げ紅葉(カスタード))
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終わりのセラフの柊シノアwith四鎌童子がハリエット・ポッターになっちゃった話
pixivにも同じ話を投稿しています
【ハリエット・ポッター】
女体化
一歳のハロウィンに母リリー・ポッターの死と同時に記憶を取り戻す
髪色は黒 髪質・髪型はシノアのものと同じ 瞳は翡翠かつリリー似
容姿は基本的にシノアに似ている
日本(前世)の柊家と百夜教の呪術科学(しーちゃん情報)とイギリスの魔法をハイブリットさせて色々研究する予定
成績は優秀(シ:まあ、一応柊家ですから)
イギリス魔法界のホグワーツで習う魔法は入学前の時点でほぼ使える
心の中で鬼【四鎌童子】とヴォルデモートの分霊箱と同居している
だから闇の魔法とかも使える
閉心術が完璧
開心術は一切効かない
ハリエット(シノア)の心の防御壁を突破できる“人間”はいない
血の守り(で合ってましたっけ)持ち
感情と体の切り離しは呪術訓練の基本なので幼少期に魔力が暴走することはない
【四鎌童子】
具現化タイプ
シノア曰く 性別がよく分からなくなるほど美しい
駄作者曰く いまだに男だと思えない
吸血鬼の第一位始祖(たぶん)
背中に三対の天使のような大きな羽
色彩は不明だが吸血鬼、鬼は全員瞳が血のように赤いので彼もそれに当てはまると推測している
ハリポタの世界ではどこでも現世で実体化できる
離れて別行動も可能、この場合はTPOに合わせた格好をする
魔法界では吸血鬼時代の恰好をする
ハリエットと一緒に色々暗躍する予定
ハリポタの世界の魔法に興味を持っている
純粋な強さで言えば彼が一番強い
【トム・マールボロ・リドル/ヴォルデモート卿(分霊箱)】
条件が揃って出来てしまった分霊箱
容姿は30代くらい
本来魂の量が少なくなりすぎて原作のままだとできることはほぼ何もなかったはずだが、ハリエットと混ざった時に魂が修復されていろいろできるようになった
抵抗したものの四鎌童子に記憶全て見られた
四鎌童子経由でハリエットにも全て見られる
ハリエット達の研究に協力する(T:協力 させられる の間違いではないのか?
四:まあまあ)
二人からよくいじられる
ハリエットから魔力をもらえば実体化可能
【鬼呪の影響】
人間の能力を7倍以上に上げる
よって魔力量・魔法展開速度・威力・効果範囲が本来のハリエット(ハリー)よりも大幅に上がっている
鬼呪自体が何千もの犠牲の上に完成したオーバーテクノロジーなのでダンブルドアとかよりも強い
ある程度 の毒物は代謝・解毒できる
あまりにも傷が深いと死ぬが、治癒能力も跳ね上がっている。首の骨の骨折くらいなら大丈夫
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ハロウィン
1981/10/31 ゴドリックの谷
「ハリエットだけは、ハリエットだけは‼お願い、助けて、許して――私はどうなっても構わないわ―――」
「どけ、どくんだ、小娘―――」
「ハリエットだけは!!!お願い――――」
ハリエット・ポッターの母、リリー・ポッターが死んだ。
その瞬間、ハリエットの体に、魂に。
リリーの命と引き換えに古い魔法――血の守りがかけられた。
それと同時に―――
さて、ここはどこでしょう。そして目の前の男は誰でしょう。
男は私を見下ろしている。手には杖が握られている。床には鮮やかな赤い髪の女性が倒れている。自分の体に何らかの呪いがかかっているのが分かった。
男からは殺気を感じる。
応戦しようと体を動かす。そこで、異変に気付いた。
「⋯⋯⋯⋯⋯」
手を見下ろす。視界に自分の手が入った。
紅葉のように可愛らしい、小さな小さな、0~1歳児の赤子の手―――
縮んだ手足、真っ平らな胸⋯⋯⋯
ペタペタと、呆然と自分の体を触りながら、鬼に話しかける。
(シーちゃん)
『なんだい』
(コ●ンになったとしても縮みすぎじゃないですかね?)
『ははは、そうだねえ』
(笑い事じゃないですよねえこれほぼ詰んでません!!?なんで!?なんで赤ちゃんになってるの!?)
『大丈夫だよ、鎌を振るうのになにも直接握る必要はないんだ。それに、さっきかけられた呪いは、どうやらとんでもなく強力な守護呪文のようだよ――これは、むしろ呪いを受けたほうがいいかもしれないね』
(はあ?)
「アバタ・ケタブラ」
男が術を使う。発動する。緑色の呪いの光が、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
ぶっちゃけ言えばよけることはできた。慣れない赤子の体とはいえ、鬼呪を持っているのだ。無理矢理加速させればいい。まあでも、とりあえず信じてみることにした。何か意味があるのだろう。
緑の光が私の体に触れた。その瞬間。
部屋が半壊しました。
術弾が術者に向かって反射して大爆発。
崩れた屋根。その間から美しい夜空が見える。
その敵が自爆していった様子を呆然と見つめる。ふと額に痛みを感じる。少し触れてみる。手に血が付いた。傷はそれなりに深く、出血しているようだ。生暖かい血が頬を伝って滴り落ちる。切り傷ではなく、呪詛でできた傷。それが鬼呪で修復されていく。だがさほど間を置かずに、その傷を通して、“ナニカ”が体に入り込んできたのが分かった。
『⋯⋯おやおや、さっきの男がやってきたねえ』
ゆっくりと意識が遠のいた。傷は熱を持ち、酷く疼いていた。
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親の仇
天も地も、見渡す限り真っ白な世界。
柊シノアは、そこにぽつりと立っていた。灰色の髪を持つ15、6歳の軍服を着た少女。
ここは彼女の心の中だ。
「⋯⋯⋯」
『さっきはびっくりしたねえ』
声に振り向く。そこには二つの人影があった。
一つは見知った鬼―――【四鎌童子】
無駄に美しい顔に微笑を浮かべ、死神が使うような大きな黒い鎌に腰掛け足を組んでいる。
そしてもう一つは、知らない男。
黒い髪。赤い瞳。結構整った顔立ち。年のころは30代ほどに見える。
一瞬吸血鬼や鬼かと思ったが、口に牙もないし、耳も肌の色も人間のそれだ。
――何故か、知らない男のはずなのに、こいつのことを知っている気がする。
こいつ自身を、というよりは、こいつの気配を。
いつ知ったのだったか。
ああ、そうだ。さっき額を傷つけた呪詛と、同じ気配だ。
先程、何故か知らない場所にいて、何故か自分は赤子になっていて。
いきなり男に呪いを叩き込まれた。でもその呪いは術者に跳ね返って爆発し、部屋を半壊させながら男の体を破壊した。だが何故かそこから霞の様なものが出てきて。大体が開いた屋根から出ていったのだが、一部が自分の中に侵入してきた。
だが、顔が少し違う気がする。
というか、あの男よりも若い気がする。
だってさっきのあの男、ハゲだった。スキンヘッドだった。つるっつるだった。
「⋯⋯あなたは誰ですか」
男に話しかける。
「⋯⋯⋯こちらの台詞だ。お前達は何者だ」
睨みながら返答される。
「私が誰か。何者なのか。私よりもあなたのほうが知っているのでは?さっき私のことを殺そうとしたでしょう。赤子相手に、殺気まで向けて」
『確かにそうだよね。いまこの体の記憶を探っているけれど、この子の両親は君の襲撃の可能性を知っていた。君は初めから、赤子を目的にしているようだった。目覚めたばかりの私達よりも、君のほうがこの子のことを―――Harriet Lily Potter のことを知っているんじゃないのかい?』
「それ私の⋯さっきの体の名前ですか」
『そうだよ柊シノア。今日から君はハリエット・ポッターだ。改めてよろしくね』
「マジですかよろしくお願いしますシーちゃん」
「なんの話をしている」
「いえ別に。それよりもあなたは誰ですか。教えてくれないなら元ハゲのおっさんとでも呼びますけど」
「⋯⋯ふざけているのか?」
「冗談ですよ」
『ははは』
「⋯⋯⋯Load Voldemort」
「⋯⋯Load⋯卿⋯ヴォルは貴族かなにかですか」
「⋯⋯ヴォル?」
「ヴォルデモート。略してヴォルです。それともモートがいいですか?ヴォルデモーはちょっと長いですねえ」
「勝手に略すな」
「えー」
「なにが『えー』だ」
「だってヴォルデモートてなんか長くて言いにくいじゃないですか」
『もう元ハゲで良くない?』
「ふざけるなあ‼それならまだヴォルのほうがましだ‼」
「じゃあヴォルで。ところで日本語うまいですねえ」
「ふっこの俺様に出来ないことはない」
『⋯⋯君、一人称に俺様なんて使っているの?』
「⋯⋯⋯それがどうした」
『いや別に』
「成程中二病ですか」
「なんだ中二病とは」
「ご自分で調べては?あとそれ色々痛いからやめたほうがいいですよ」
「どういう意味だ」
「いえ別に」
「お前達先程から遊んでないか?」
「お互い初対面ですし緊張を解こうかと」
『主の方針に付き合ってからかおうとしているのは認めよう』
「⋯⋯⋯」
苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを見てくる。
「ところでヴォル」
「なんだ」
「あなたは私―――ハリエット・ポッターを殺しに来たんですよね」
「⋯⋯それがなんだ」
「何故わざわざ私を?普通なら主目的は両親、復讐しに来る子供はついででしょう」
『確かに。私も少し気になるなあ。わざわざ赤子を殺しに来るなんて。ハリエットの母親⋯リリーだっけ?大人しくしていれば別に殺さなかったんじゃないのかい?すぐに殺さず再三忠告を入れたぐらいだし。でも父親はすぐに殺してたよね。彼女に対しては何か殺さないほうが良いような理由でもあったのかい?』
「⋯⋯それを言ってやる必要があるのか?」
「純粋な興味ですかね。だって、気になるじゃないですか。いきなり殺されそうになって、こちらとしても結構驚いたんですよ?」
『そうそう。それに―――』
しーちゃんが鎌から降り立った。と思ったら、既にヴォルデモートの前に立っていた。
ガシリと両肩を掴む。
『―――君に拒否権は、ないよ?』
そう嗤うしーちゃんの顔は、壮絶に美しかった。
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しーちゃんとヴォル
目覚めると、民家の前だった。
「⋯⋯⋯」
周囲を見渡す。自分は毛布が敷き詰められたバスケットに入っている。あたりはもう真っ暗だ。おそらく深夜だろう。
バスケットの中に、手紙があった。
「⋯⋯⋯」
封を開ける。読んでみる。
(⋯⋯⋯ねえヴォル)
「⋯⋯⋯⋯⋯なんだ」
彼は完全にいじけていた。
(まあまあ、機嫌直してくださいよ。幼少期まで見ちゃったのは流石に悪かったと思ってます)
『それに君ハリエットの両親殺害したんだからさ。これぐらい大目に見てよ』
「うるさい――それで、なんだ」
(⋯⋯いくら私の母の姉妹とはいえ、こんな手紙一枚で突然自宅の前に置き去りにされている色々とまだ手のかかる赤ちゃんを簡単に「はいそうですか」って快く引き受けて貰えると考えるほど、イギリスの魔法使いどもは脳内お花畑なのですか?)
「⋯⋯⋯⋯⋯」
返事はない。まあ別に構わない。愚痴を言いたかっただけだ。
家を見ると、既に何らかの守護呪文がかけられているのが分かる。完全に引き取ってもらえること前提だ。
子供一人育てるのが、いったいどれだけ大変なことだと思っているのだろう。頭が痛くなる。
しかも、私が襲撃されたのは10/31。今はもう11月になっているかもしれない。つまり夜
超寒い。そんな中に1歳児を置き去りにするとは⋯⋯
「⋯⋯ま、とりあえず周囲の見張りは私がしておくから、君はもう一度寝るといい。睡眠は大切だよ」
「⋯⋯ええそうですね―――て、え?」
声が真隣から聞こえた。
ばっとそちらを見る。そこには四鎌童子がいた。
頭をなでてくる。完全に実体化している。
「⋯⋯⋯なぜここまで自由に実体化できるのかは分からない。この世界は、どうやら私たちのいたところとはかなり違うらしい。魔術体系もだいぶ違ったしね。まあ、それはおいおい調べていこう。とりあえず今は、寝たら?眠いでしょ」
(⋯⋯それもそうですね⋯おやすみ、しーちゃん)
「⋯⋯ああ。おやすみ。ハリエット」
白い世界から、あの餓鬼がいなくなった。完全に眠ったらしい。
「⋯⋯⋯おい」
『なんだい』
「お前は一体、何者だ。まさか人間とは言わないだろう?」
『君は何者だと思う?』
「⋯⋯⋯」
じっと、睨みながら観察する。先程自分の閉心術などものともせず、余裕の笑みで全ての記憶を強奪していった、ナニカ。
人間ではありえない、性別が分からなくなるほどに整った顔立ち。赤い瞳。長い髪。鋭い牙。尖った耳。神話の天使の様な純白の三対の翼。
「⋯⋯⋯神か何かか?」
『ははは。神なんかじゃないよ。彼はもっと性格が悪い』
「⋯⋯まるで神と知り合いだというような言い方だな」
異形は笑うだけ。感情は一切読めない。
『――私の名はシカマドウジ』
シカマドウジ。それが日本語でどういう字を使うのかまで、頭に情報が入ってきた。【四鎌童子】だ。
『あの娘と契約している鬼だよ』
「⋯⋯⋯鬼?」
『そう、鬼。この大鎌に封印されてるんだ。鬼呪の武器っていうんだよ。私たちの世界の呪いの中でも扱いの難度が非常に高くてね。直接鬼を呼び出して、剣、斧、弓といった、何年もかけて祀られ、清められた神器に封印し、使役するんだ。ただ相当危険でね。実用化に成功するまでは、決して成功することがない、何千人も人体実験をしなければならないような禁呪の研究とされていたくらいだ。その分得られる力も大きい。鬼と契約した人間は、鬼に欲望を喰われるのと引き換えに、通常の人間の七倍以上の能力が得られる』
「――七倍?」
⋯⋯それは、使い始めた途端パワーバランスが崩れるような、とんでもない代物ではないのだろうか。
「⋯⋯⋯契約に失敗したらどうなる?」
『悲惨な末路を迎える。鬼の力に押し潰され死ぬか、体を乗っ取られて人喰いの鬼となり処分対象となるか―――どちらにせよ待ち受けるのは、死だ。言っておくけど君が開発するのは無理だと思うよ。この世界、私の同族の気配を感じられない』
「何故そんな代物を、あの小娘が持っている」
『本人に聞いてみたら?』
「⋯⋯⋯⋯⋯」
朝日の眩しさに目が覚めた。
「おはよう、ハリエット」
(おはようございますしーちゃん。何か変わったことは?)
「特にないよ。君の叔母夫婦もまだ寝ている」
(そんなことまで分かるんですか)
「寝息が聞こえるからね」
そう言って微笑む鬼を見つめる。ひらっひらのワンピースの様な衣を身にまとい、翼を生やしている彼を。
要するに滅茶苦茶浮き、目立つであろう彼を。
「大丈夫、幻術で姿が見えないようにしているよ」
(あ、そうですか)
幻術って便利だ。
「あ、叔母さんが起きたね」
(そうですか)
私にも足音が聞こえ始める。
ガチャリと音がしてドアが開く。女性が出てくる。郵便受から手紙を取りに来たのだろうか。
「―――は?」
女性が私と目が合って、固まる。
そりゃそうだ。自宅の前に赤子が捨てられていたら、誰だって驚く。
「―――ふえ、へへへ」
とりあえず、赤ちゃんらしく笑っておいた。
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仲良しダーズリー家と料理
1986年 6月 プリベッド通り四番地 ダーズリー家
ハリエットは台所にいた。
「チュニーおばさん、何かすることありますか?」
「じゃあジャガイモを潰してくれる?今日はポテトサラダにするのよ」
ハリエットは頑張っていた。何としてでも料理を覚えようと奮闘していた。
勿論純粋に、厄介者の自分を引き取ってくれているおばさんを手伝おうという気持ちはある。実際ある程度体が自由に動ける年齢になってからは、手伝えることは手伝っている。
ただ料理に関しては、かつてなく真面目に習得しようと頑張っていた。
何故か。
正直破滅した世界で食べた食事よりもイギリス料理が不味いのだ。
料理は勿論完食している。おばさんが家族の為に作るものを残せるわけがない。それに不味いとは言っても、食べられないほどではない。それに美味しいものもある。チュニーおばさんのスターゲイジー・パイは結構美味しかった。あとダーズリー家の朝食に外れは少ない。スコーンやミンスパイなど、甘いものは普通に美味しい。何よりシノアだった時の子供時代は料理を作ってくれる人すらいなかったのだ。出来立ての温かい料理が食べられるだけでもうれしい。それでも日本の料理がどうしても恋しいのだ。特にお米とか。
ダーズリー家でかつて一度だけシュールストレミングの缶(確かスウェーデンからの輸入品だった)が開けられたときと、初めてウナギのゼリー寄せが出たとき、 絶 対 に 料理を覚えようと誓ったのだ。
「⋯⋯⋯確かにマグル界の料理は不味いが、そこまで必死になるか?」
『日本人の食へのこだわりを嘗めてはいけないよ。基本全てに対してあまり関心を持たない上に、フライパンを燃やしたことさえある彼女が、こんなに真剣になるくらいだ』
(フライパンを燃やしたのは私じゃないです~みっちゃんです~みっちゃんがいなかったらもうちょっとできましたし~)
「いったい何を作ろうとしていた」
『(オムレツ)』
「一体何をしたらオムレツが燃えるんだ」
『お酒のかけすぎ』
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「ママ‼ポテトサラダ美味しい‼」
「今日のはハッティーが大体やってくれたのよ」
「え、ほんと!?」
「混ざっている細切れのベーコンを焼いたのはチュニーおばさんですよ」
「ハリエットは料理がうまいなあ」
「ほんとですか?ありがとうございます」
ハリエットとダーズリー家の仲は良好だった。
ハリエットは一度も魔力を暴走させたことがない。一見一般の子とそんなに変わらないのだ。それに物心がつくぐらいの年齢から、彼女は少し大人びていて落ち着きがあり、それなりに気配りもできて、なによりダドリーの良い遊び相手になっている。
はじめ難色を示していたバーノンおじさんも、いつしかハリエットを受け入れていた。
「⋯⋯⋯お前はあの年齢の餓鬼の面倒を見るのは疲れないのか?」
「何言ってるんですか。ダドリーはもうすぐ6歳⋯⋯今が可愛い盛りでしょうに」
実際自分はダドリーを可愛いと思っている。弟ができた感覚だ。まあダドリーはハリエットの約一月上なのだが。
「ま、赤ちゃんに対して躊躇なく即死魔法打ち込んだトミーちゃんには分からないかもしれませんが」
「Crucio!!!その名で呼ぶな!!!しかも愛称!!!」
「あっはは~」
ここはノクターン横丁にある隠れ家だ。図書館に行く前か後に立ち寄っている。
主に情報収集、魔法・魔法薬の研究、開発、訓練などをしている。
作成した魔法薬は裏で売って資金にしている。勿論偽名で。
しーちゃんは魔導書を買いに行った。
ヴォルは魔力を分けると実体化できた。
一応全員杖を持っている。イギリス魔法界に本格的に足を踏み入れる前に、イギリス式の魔法戦に慣れておく必要があるからだ。情報では死喰い人どもはほぼ社会復帰したことが分かっている。その中にはもしかすると言葉巧みに魔法省を騙し、機会を狙っている奴がいるかもしれない。戦闘になる可能性も十分ある。杖なしで無言呪文を扱うこともできるが、入学したての一年生がそれをやるのは流石に異常だろう。
「いや、杖を使用したところでホグワーツの全過程を押さえてほぼ全ての呪いを遣える一年生なんておかしいからな?悪霊の炎を完全に制御する一年生なんて俺様でも見たことないぞ」
「流石に人目のあるところで襲撃された場合にそんなモノ遣うつもりはないですよ――ところでヴォル、これ需要ありますかね?」
「⋯⋯⋯⋯効能は?」
「⋯例えばこれなんですけど、これを飲むと、いつか分かりませんでもいつか、
突然尿路結石になります」
「一体何を作ってるんだ」
「しかもあれですよ。確実になるのにそれが3日後か3年後か分からないんですよ。これ怖くないですか?」
「その恐怖に必要性を全く感じない。で、残りは?」
「ああ、これは⋯いつか分かりませんでもいつか、
突然全ての歯が虫歯になります」
「何故そんなモノを生み出した魔法界の英雄」
「さらにこちら、いつか分からないでもいつか、
薬が切れるその時まで3日毎にこむら返りになる呪い薬です」
「なんでそう次々と『周りが深刻に心配はしないが激痛を伴うもの』ができちゃったんだい?」
「あ、しーちゃんおかえりなさい」
「盗み聞きしていたのか?」
「私の聴力は知っているだろう?それに私はハリエットだ。彼女が見てるものは全部見てる」
薬は保管することにしました。いつか役に立つ日がくる⋯かもしれない。
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入学許可証
1991年 夏休み
「うおおおおおおハッティー‼どこだ――――‼」
「くっそ!なんで見つからないんだ‼」
「ハリエットっていつも最後まで見つからないよね⋯⋯どこに隠れているのかしら」
「辛うじて発見できてもすぐにいなくなるんだよな」
「あいつ捕まえられるやつって逆にいるのか⋯⋯?」
ダドリーと、学校の友達と一緒に大きめの公園で鬼ごっこ中です。皆さん終盤になるにつれより団結して必死に私の捕獲に動きますが今まで一度も捕まったことはないですし、鬼になった時に捕まえた人数は私が最多です。勿論魔法なんて使ってませんよ。鬼呪は持っているだけで効果があるのでノーカウントです。
「あ――ハッティーいたぞおおおお!!!」
あ、見つかった。最近私を最初に発見するのはダドリーのことが多いです。
私に付き合って毎朝5時からランニングしているからか、同世代と比べて足も速いし持久力もあります。なかなか健康的に育ってくれました。
あ、今回も逃げ切りましたよ
「そういえばもうすぐ届く時だな」
「何がですか?」
「手紙だ」
ああ、そうか。ホグワーツ魔法魔術学校の、入学許可証。
ここは私の部屋だ。ダドリーの部屋の隣にある。ヴォルやしーちゃんが実体化するので一応鍵と消音幻術をかけている。
「私の両親が魔法使いだったとはいえ育ちは一般家庭ですし、誰か説明しに来ますよね?あなたの時はアルバス・ダンブルドアでしたっけ」
「⋯⋯ああ、あのクソ爺だ」
形容しがたい表情のヴォルに、随分嫌ってるなあ、と苦笑する。
ああ、でも、遂に平穏が終わり、魔法界に足を踏み入れるのか⋯⋯ベットに腰掛けぼんやりとしながら、手に入れた情報を整理する。
学校の教職員には要注意人物が二人いる。一人は、セブルス・スネイプ。
彼は元死喰い人。ダンブルドアがかばって無罪となった男。ヴォルですら認める優れた閉心術師。かつて私の命と引き換えに母さん――リリー・ポッターの命乞いをした男。聞けば、母さんとは幼馴染だったという。基本的にマグル界出身者を“穢れた血”と呼び蛇蝎のごとく嫌い迫害する死喰い人の一員にしては意外だと思ったが、情が残っていたのだろう。
今のところ彼が真の意味でヴォルデモート、ダンブルドアどちらの味方なのかは分からない。入学後は要観察だ。
そしてもう一人―――クィレナス・クィレル。今年最も警戒すべき相手。
世界旅行中にヴォルデモートの本体と接触、イギリス魔法界に連れ帰ってきた男。
ヴォルデモートの狙いが私であること、自分が彼の分霊箱であることを考えると、接触は避けられないだろう。なにせ自分の裂けた魂が宿敵の体内にいるのだ。授業を受けるときに気付かれる可能性は高い。
他に気になる事もある。消息不明のピーター・ペティグリュー。
嘗ての父さんの親友。両親の秘密の守り人であり、そして裏切った男。
シリウス・ブラックと鉢合わせたとき周辺の民間人を巻き込む形で指一本を残し死亡したととされているが――――
彼はネズミの非登録アニメ―ガス。自分で指を切断した後、隠れて逃げることもできるだろう。彼の生死は不明だ。
「ま、波乱万丈の日々になるだろうねえ」
「⋯⋯⋯⋯他人事ですねえ」
じとっと笑う鬼を半目で睨んだ。
「大変だよ‼ハッティーにストーカーから手紙が来た‼」
「はい?」
朝食の手伝いをする私の代わりに手紙を取りに行ったダドリーが血相変えて分厚い羊皮紙の封筒を持ってきた。エメラルド色のインクで文字が書いてあるのが見える。
「ほんとだよ!一番小さい寝室 ハリエット・ポッター様って書いてるんだよ!?普通そんなこと書かないよ‼この手紙出したやつ絶対覗き魔の変態だよ‼」
「燃やしましょう灰にしましょうライターはここです」
(おい)
あれがホグワーツの手紙なのはわかります。なんですか一番小さい寝室って。そこまで書く必要ありますか。
「どれ、見せてみろ。誰からの手紙だ?」
バーノンおじさんが封を開ける。手紙を広げ、ちらりと見る。その瞬間、おじさんの顔が蒼白になった。
「ぺ、ぺ、ペチュニア‼」
おじさんがかつてなく取り乱しながらおばさんを呼ぶ。
「どうしたの?バーノン」
おばさんが訝しげに手紙を取り、最初の一行を読んだ。その途端、のどに手をやり、窒息しそうな声を上げた。いくら何でも取り乱しすぎではなかろうか。
「ハ、ハリエット!あなた、読んだ!?」
「い、いえ、まだです」
「ああ、バーノン、どうしましょう⋯⋯⋯あなた‼」
「ねえ、僕読みたいよ!ハッティーのストーカー、なんて言ってるの!?」
「⋯駄目だ。読んではいかん!二人とも部屋に戻っていなさい!」
「あの、朝ご飯はどうなるんですか?」
「後で持っていく!いいから、行くんだ‼」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
私が手紙を読むのは、まだ先になりそうです。
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説得
ダーズリー家 キッチン
温めておいたポットに茶葉を入れ、沸騰したお湯を手早く注ぐ。
蓋をして三分蒸らし、スプーンで軽く一混ぜして5つのカップに紅茶を注ぐ。
アールグレイの良い香りが部屋を満たす。
その間、ダーズリー家はまるで全員が留守にしているかのように静まり返っていた。
自作のチョコチップ入りのスコーンとともに紅茶を運び、まずいきなりやってきた黒服の“客人”に紅茶を出す。
「どうぞ」
「⋯⋯⋯」
客人は黙っている。というかみんな黙っている。我が家には氷河期が訪れたらしい。まあこの客人は表情には全く出てないもののこちらに凄い視線を向けてきているが。
おじさん、おばさん、ダドリーにもお茶を出した後、自分の分のお茶も机に置き、トレーをかたずけて自分の席に着く。
誰もが微動だにしない中、ハリエットの紅茶を飲む音やカップの音のみが響く。
「――それじゃあ、改めて要件を聴かせていただいても?スネイプさん」
「⋯⋯⋯君は手紙を読んだかね」
「これのことでしょうか。朝自室の窓を開けた瞬間に何十枚もの同じ手紙に襲われればさすがに中身を確認しますよ。まあホグワーツ魔法魔術学校なんて聞いたこともないですし、フクロウなんてないので放置してましたが」
いやー驚きました。空気の入れ替えのために窓をあけた10秒後、部屋が手紙の海と化したのですから。いらないものは焼却処分しました。
私が読んでいることを知らなかったおじさんとおばさんがぎょっとしているのを見て、少し申し訳ないと思った。
「ダンブルドアが一通り書いてある手紙をダーズリー家に渡しているはずだが」
「⋯⋯へ?そんなものがあったんですか?」
まあその手紙はおばさんと初めて顔を合わせる前に確認しているが、そんなことなど一切知らない、という反応をする。
すると、今まで黙っていたおばさんが発言した。
「⋯⋯⋯ええ、あるわよ。あなたに見せたことはなかったけれど、あなたと一緒に10年前玄関に置かれていた手紙が」
「ペチュニア!?」
「バーノン、もう隠せないでしょう。黙っていたところで、きっとこの男がすべて話してしまうわ」
「⋯⋯あの、チュニーおばさん、聞き間違えでしょうか。いま私が玄関に置かれていたなんてとんでもないことが聞こえたのですが⋯」
「ハリエット、ごめんなさいね。あなたには隠していたことが山ほどあるのよ⋯⋯」
ペチュニアおばさんはゆっくりと話した。妹のリリー、つまり私の母が魔女だったこと。母もそのホグワーツに通い、魔法使いの男と結婚し、その間に私が生まれたこと。そして⋯⋯私の両親が魔法使いに殺されたこと。
妬みもあった。仲たがいもしていた。
それでも自分の妹だった。
魔法界にいかなければ、こんな死に方をすることはなかったはずだ。
私がホグワーツに行ってしまえば、今度は彼女までも死んでしまうかもしれない。そう思うと、ハリエットに魔法に関して教えようとは思えなかった。
ペチュニアおばさんが私に手紙を読ませたくない理由は知っていた。耳がいいから会話が聞こえてしまうのだ。だから私も、こうして向こうがきちんと説明に来るまで動かなかった。
「⋯⋯⋯スネイプさん」
「⋯⋯何かね」
「私の両親を殺したのは誰でしょうか」
「⋯⋯それは⋯」
スネイプは一瞬言葉に詰まる。大抵のイギリス魔法界の人間のように名前を呼ぶのが嫌なのか。
はたまた、その死には自分が関わっているということに、負い目でも感じているのか。
「ある闇の魔法使いだ。史上最も最悪と謳われている」
「名前をお聞きしても?」
「⋯⋯⋯我々の世界では、彼は非常に恐れられていて、誰もが名前を言いたくないのだ。それ故にいつもは例のあの人などと呼ばれる。名前だが、綴りを書くだけにさせてくれ」
そういって渡された紙には確かにVoldemortと書かれてあった。
「⋯⋯で、その男は今どうしているのでしょうか」
「お前の家を襲撃したのを最後に、消えた」
「⋯⋯⋯消えた?死んだ、と言わないことは、ただ姿を消しているだけですか?それとも死んだ可能性はあるものの、死体が見つかっていないとか?」
「前者だ」
「⋯⋯⋯それだと、学校が襲撃される可能性がありません?その⋯⋯⋯例のあの人とやらに」
「彼が猛威を振るっていた時、残された数少ない安全な場所がホグワーツだった。校長のダンブルドアは、彼が唯一一目置き、恐れていた人物だ。だから、学校は安全だ」
その 安 全 な 学 校 とやらには、今年はバックにヴォルデモートの本体がいる教授がいるし、ある隠し部屋には視線のみで人を石にするバジリスクなんて大蛇がいたりするのだが。
「⋯⋯そもそも、私がホグワーツに行くメリットは何ですか?もう既に公立のストーンウォール校に行くことが決まってますし、制服も買っていただきましたし。おじさん、おばさんも行ってほしくなさそうですし。納得できる説明がないと、行きたいと思えないのですが」
「今までお前が怒ったとき、困ったときに、不可解なことは起こらなかったかね?」
「⋯⋯⋯うーん、心当たりは無いですねえ。そんなに怒ったことも、困ったこともないので」
「⋯⋯⋯⋯あ!ハッティー、あれじゃない!?」
「へ?」
「前に僕らが知らないおじさんに誘拐されかけた時だよ!ハッティー、すごくでっかい男、軽々とぶん投げたじゃないか‼凄いかっこよかった‼」
「⋯⋯あれはただの体術ですよダドリー」
「まあとにかく、たいていの場合子供は魔力を暴走させる。今までなくとも、これからも起こらないとは限らん。だから、制御する方法を学ぶ必要がある。実際魔力を持った子供の暴走で、マグル⋯⋯⋯魔法を使えない人間が死んだ、という例もあるからな」
「⋯⋯⋯なっ」
「⋯それに、彼は一人で活動していたわけではない。彼の仲間の中でも凶悪な奴らはすでにアズカバンという監獄にいるが⋯⋯まあ、残党に襲われる可能性がある。この家は特殊な守りの魔法がかけられているから今は安全なのだが、君が成人するまでしか守りは持続しない」
「⋯⋯⋯つまり、反撃する方法を学ばなければ、殺されると?」
「可能性はあるな」
「⋯⋯⋯⋯」
暫く、時計の音のみが響いていた。
「おじさん、おばさん」
二人と目を合わせた。
「私を、ホグワーツに通わせてくれませんか」
「は~~~疲れた~⋯緊張したあ~!」
『お疲れ、ハリエット』
何とか今までの関係にひびを入れることなく入学決定にたどり着いた。
スネイプがいきなりやって来て、おばさんと凄い言い争いを始めたときはどうなる事かと思ったが。明日はダイアゴン横丁に行くらしい。ようやく堂々と魔法界に行ける。オリバンダーの店に行きたい。杖の質が全然違うとヴォルもぼやいてたし。
三人のイメージです
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兄弟杖
ついに⋯⋯⋯ついに!幻覚も変身術もポリジュース薬(味改良版)も使わずにダイアゴン横丁に足を踏み入れる時がやってまいりました‼
ちなみに今日は7/31。つまり今の私の誕生日です。
(⋯⋯楽しそうだな)
『まあここまでに一騒動あったしねえ』
「行ってきまーす」
玄関のドアを開けると、昨日と同じく無表情なのに、目線にだけ愛憎が混濁しているスネイプが家の前に立っていた。憎いのはまあ、私の父との軋轢だろう。懐かしそうな視線をするのは、幼馴染の母に対する感情だろうか?
「遅い」
「すみません」
「さっさと摑まれ。姿くらましで向かう」
「はい」
私が左腕を掴む⋯というよりは、身長差のせいでぶら下がると同時に、バチンという音と同時に付き添い姿くらましをした。
不安定な体制だったが、姿くらましは初めてではないのですぐに体制を整えて着地した。移転先は知っている路地だ。
きょろきょろとまわりを見回す。
「ここがダイアゴン横丁。必要なものは全てここで揃えられる」
「へ~、かなり賑わってますねえ。喧騒がここまで伝わってきてますよ」
こちらの短い脚を全く考慮していない大股で颯爽と歩くスネイプ教授を追いながら返事をする。しばらく歩くとグリンゴッツにたどり着いた。入るのは初めてだ。
「スネイプ教授、ここは?」
「グリンゴッツ銀行だ。昨日も説明したが、ここから学費を下ろす」
「ああ、成程、例のあの人とやらがポッター家を襲ったのは財産目当てですか」
「(そんなわけがないだろう)」
わあ、スネイプとヴォルの突込みが重なった。
ポッター家が資産家とは聞いていたが、ここまでとは。直毛薬の力って凄い。⋯⋯もしヴォルの本体が執念と奇跡の復活を遂げたら、育毛薬と一緒に箱詰めで送ってあげるのもいいかもしれない。
(喧嘩を売っているのか?なあ?ハリエット(^^))
『⋯⋯⋯別にいいじゃないか。君だって、顔が削ぎ落ちたのはともかく、髪の毛に関しては気にしてたんだろう?体を作り変えたうえで試せば、今度こそ効くかもしれないじゃないか。育毛薬がちゃんと効いたら、直毛薬も無駄にはならないよ。それに、本体の髪事情がどうなっていようが、今の君にはちゃんと髪があるんだし』
(⋯⋯⋯⋯(#^^))
お金を下した後は別行動になった。
これから杖を購入した後に制服を仕立ててもらい、その間にスネイプが他の学用品を揃えてくれるらしい。スネイプは指示を出すと私に肝心の店の場所を伝えないままさっさと行ってしまった。⋯⋯まあ、知ってるからいいのですが。もう少しフォローがうまい人いなかったんですかね。
⋯⋯それ以前に、元(?)とはいえ死喰い人を私の所に向かわせるのも、どうかと思うのだが。それだけ彼はダンブルドアの信頼を得ているということなのだろう。
彼の今の立ち位置は本当にグレーだ。ダンブルドアの忠実な子飼いとも見れるし、いつでも私を殺せ、かつ情報を流せる位置でヴォルデモートの復活を窺っているともとれるし⋯
まあホグワーツに潜入して直接の接触がほぼないまま推測しているだけでは仕方ないだろう。彼に関しては要観察するとして、いったん保留だ。
「いらっしゃいませ」
オリバンダーの店で積み上げられた箱の山を見上げていると、声をかけられた。
「こんにちは。杖を買いに来ました」
「一人でかね?」
「スネイプ教授と来ましたが、今は別行動をしているので」
老人が急に真剣な顔になり、断りを入れて徐に私の前髪を掻き上げる。額には、とても小さいが、ヴォルが私の中に入る媒体にした為修復しきれずに残った稲妻型の傷がある。
まあ今からでも治そうと思えば、治るのだが。
闇の魔術で付いた傷は普通は治らないし、魔法界では『ハリエット・ポッター』=この傷というイメージが定着してしまっているので、そのままにしている。⋯いっそ手を加えて着色したりして、入れ墨みたいにしてみようか?
「おお、やはりそうか。そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたよ、ハリエット・ポッターさん」
「あら、私を知っているんですか?会ったことありましたっけ」
「お会いしたことは有りませんが、魔法界にあなたを知らないものはいませんよ。それに、あなたの目はお母様によく似ていらっしゃる。そっくり瓜二つじゃ。髪の色はお父様譲りのようですが⋯」
「両親をご存知なのですか」
「わしはこの店で売った全ての杖を覚えておる。お母様は26センチの柳の杖。お父様は28センチのよくしなるマホガニーの杖。そして⋯⋯この傷をつけたのも、悲しいことにわしの店の杖じゃ。34センチのイチイの杖じゃ。とても強いが、間違ったものの手に⋯⋯⋯そう、もしあの杖が世の中に出て何をするかわしが知っておればのう⋯⋯」
あの頃の記憶のトムはなんだかんだ言って可愛い子供だったのに、なんでああなっちゃったんでしょうかねえ⋯⋯
(黙れ)
孤児院でダンブルドアの魔法見て悲鳴上げるトミーちゃんなんて、もー萌え死にしそうなくらい
(黙れこのクソ餓鬼が⋯⋯⋯ッ‼)
額の傷に磔呪文並みの痛みが走った。ごめんって。
紆余曲折あって手に入ったのはヴォルとの兄弟杖だった。偶然なのか運命なのか、はたまた彼の分霊箱としての必然なのか。
柊に不死鳥の羽、28センチの杖は、大鎌【四鎌童子】と匹敵するほど同じくらい手になじんでいた。
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ドラコ君
「⋯⋯⋯ハリー・ポッター、か?」
「はい?」
マダム・マルキンの店で制服ができるのを待っていたら、色白の綺麗な男の子に声をかけられました。ん?ハリー?
「⋯⋯⋯確かに私の家名はポッターですが⋯私はハリエットです。そもそもハリーは男性名でしょう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯あ、ああ、そうだな⋯⋯⋯」
残念そうな顔で俯き、君は違うのか、と呟く。
「⋯⋯違う、とはなんですか?知り合いにでも似てます?」
「あー、まあ、そんなところ、かなあ⋯⋯目や色彩は同じだったから⋯⋯⋯名前を間違えて悪かった。僕はドラコ・マルフォイだ」
「マルフォイ?ルシウス・マルフォイが死喰い人だったマルフォイ家ですか?」
「⋯⋯そうだが、なんで知ってるんだ」
「聞いたので。失踪中の闇の帝王ってどんな人だと思います?」
「⋯⋯名前で呼ばないんだな」
「あ、ドラコは名前大丈夫ですか?じゃあヴォルで行きましょうか」
「何で愛称なの?」
「ヴォルデモートって長いので」
「で、ヴォルってどんな人でした?」
「⋯⋯⋯恐ろしいお方だ」
「ふむ。どんなところが?」
「⋯⋯⋯⋯⋯冷酷で、悪意に満ちて、部下のはずの死喰い人にも容赦なくて、仕えていてもいつ死ぬか分からなくて」
「どんなブラック企業ですか」
「ブラックキギョウ?」
「なんでもありません。というか、やけに実感こもってますねえ。まるでヴォルと直接会ってきたみたいに⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯まさか」
「⋯⋯⋯」
そういうドラコの表情を、見る。
「⋯⋯な、なんだ」
「⋯⋯」
その顔は、嘘をついているモノだった。だがこれはどういうことだろうか。ヴォルデモートが勝手に自爆したとき、ドラコはまだ一歳くらい。会う機会などないはずだが。
「まあ、いいですけどねえ」
その言葉とともに目を逸らした。
「や~しかしヴォル、ぼろくそに批判されましたねえ。だから恐怖政治は駄目だって言ってるんですよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「そんな顔しても、恐怖政治が長続きしないのは事実ですよ。我々柊家に関してはこの際置いといて、一般的に」
「⋯⋯⋯」
「そもそも、何で純血主義を全面に押してるんです?あなた混血でしょ」
「殺されたいか。というか、知ってるはずだろ。あの忌々しい鬼を介して記憶を見たのだから」
「マグルが⋯⋯父親や孤児院の人達と同じ人種が嫌だから?あるいはダンブルドアがマグルびいきだから?」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも、マグル界出身者を受け入れなかったら、いずれ必ず人口問題になりますよ。ただでさえ人数少ないのに」
「⋯⋯⋯」
「ま、イギリス魔法界がどうなろうが、別にいいですけどね。興味ないですし」
「いいのかよ。というか、いい加減肩からどけ」
「嫌です」
「重い」
「十歳児が?」
「鬼のお前と一緒にするな重い。あと、邪魔だ」
「はいはいどきますよ」
「⋯⋯⋯で、なんで膝の上に移動する」
「楽だから。肩からはどきました」
「邪魔だ」
「でも今陰陽道ベースの呪いを研究してますよね?私いなくていいんですか?」
「立てばいいだろ。というか普通に椅子に座れば⋯」
「まあいいじゃないですか。私がどこにいようが」
「よくない」
「あはは~」
「⋯⋯もういい」
はあ、と男が溜め息をつく。表情には僅かに呆れと諦めが見えた。
「⋯⋯⋯ドラコ君、本体と接触したんですかね?」
「接触する理由がないだろう。遭うとしたらマルフォイ家に預けた日記じゃないか?」
「ん~、でも分霊箱の気配は一切感じなかったんですよねえ⋯⋯」
「⋯⋯⋯もしかしたら彼も、転生者なのかもねえ」
「⋯⋯四鎌童子」
「または、同じ人生をやり直してるのか。私たちが世界を超えて転生できたんだ。何があってもおかしくはない」
楽しくなりそうだねえ、と、鬼がくすくす笑った。
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出発の日
「ハッティー」
「はい」
「僕、ボクシング始めたんだ」
「へ?」
「僕の方が兄ちゃんだからな。頑張って、絶対強くなる。強くなって誰が来ても守れるようになるから」
「ダドリー⋯」
「⋯⋯だから⋯もし学校でいじめられたら、すぐ帰ってきていいからな‼」
「!」
「お前の親を殺したやつが来ても、その部下が来ても、守れるようになってやる‼だから、嫌だったらすぐに帰ってきていいんだぞ!」
「⋯⋯⋯」
思わずがばっと抱きしめた。
本当に、成長した。可愛い私のお兄ちゃん。
「行ってきます、ダドリー。ダドリーも、学校頑張ってくださいね」
「⋯⋯うん」
この家が襲われないために。
ダドリーが襲われないために。
私は流れに逆らわず、ホグワーツに行くんです。
「⋯⋯9と3/4番線なんて、どこにもないんだが?」
「⋯多分、案内の教員か、私と同じように学校に行く生徒がいると思いますから、それを探しましょうおじさん」
「⋯⋯もしかして、あの柱を通り抜けられるとか」
「あはは~、まさか⋯」
正解ですよダドリー⋯
「⋯⋯ハリエット・ポッターさんと、ダーズリー氏ですか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯!?」
「どちらですかな?」
「私は今年度からホグワーツに雇われることになった教員です。一般の家庭出身の生徒さんは、ここで戸惑うことが多いので、駅に行けない子がいないように見回っているんですよ⋯」
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けるんだぞ!」
「風邪ひくなよ、ハッティー!」
名残惜しいけど、柱を抜けて駅に入った。
列車の中に入り、誰もいないコンパートメントを探し乗り込み、簡単に人よけの結界をはる。
「⋯⋯⋯」
暫く待つ。出発5分前になって、同じコンパートメントに、一人の男が入ってきた。
人よけはしたが簡易的なものなので、誰かが入ってきてもおかしくはない。入ってきた男を見上げる。
「⋯⋯⋯」
異常に白く、シミどころか毛穴すら見えない、美しい肌。長いまつ毛。青い瞳。ひどく整った顔にうっすらと微笑を浮かべている。耳は丸く、人間のものだ。艶々の長い白髪を三つ編みにまとめ、駅で怪しまれないためだろうか、黒のスーツを着こなして、空間拡張と質量軽減化の魔法をかけられた鞄を持っている⋯⋯
「しーちゃん」
「ん?」
「何してるの?」
「見ての通り、私も行くんだよ」
「どこに?」
「ホグワーツに」
「Why?」
「今年から教員として雇われたって言ったろう?」
「⋯⋯しーちゃん」
「ん?」
「初耳なんですけど!?ぜんっぜん、知らなかったんですけど‼」
「言ってなかったからねえ」
(⋯⋯いつの間に⋯何をしているんだ⋯教科は?)
「それは行ってからのお楽しみだ」
「⋯⋯その青い目⋯カラーコンタクトでもしてるんですか?」
「まあ、こっちの世界の吸血鬼も、目は赤いしね。勘のいい奴が目を見たら、人外だと気づくだろう。ところでハリエット、渡すものがあるんだ」
そう言ってしーちゃんは、鞄から籠を取り出した。
「⋯⋯梟?」
「入学祝だよ。白くて綺麗だろう。梟は手紙の遣り取りにいるからねえ⋯名前はヘドウィグ。店員さんにつけてもらったんだ」
「⋯ありがとう」
しーちゃんが来たので、スペースを保つためかけた人よけを解いた。
私もしーちゃんもすでに着替えている。
「しーちゃん」
「ん?」
「なんで教員になったんです?というかよく雇ってもらえましたねえ」
「教員だったらホグワーツで色々行動できるだろう?君がホグワーツに通っている間、何もしないのも暇だしね。あんなに怪しいクィレルだって雇ってもらえるんだから、私もいけるかなって思ったんだよ」
確かにクィレルは怪しい。ちらっとダイアゴン横丁で見かけたが、とても怪しかった。それに、どうやら本体が頭に憑りついているようだったし⋯
本当に、何でダンブルドアはクィレルを雇ってるんでしょうかねえ?
暫く会話していると、コンコン、とノックの音がした。
「どうぞ」
入ってきたのは、マダム・マルキンの店で会ったドラコ君だった。
「⋯⋯やっと見つけた、ポッター」
「⋯⋯また会いましたね」
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逆行者の思い
「また会いましたね」
そう言って、穏やかに微笑んでいるハリエットを見下ろす。⋯⋯⋯女の子、だからなのだろうか?前のハリー・ポッターと比べるとかなり落ち着いた印象を受ける。
自分は死んだはずだった。普通に老衰で。
入学許可証が届いた時に全てを思い出して、混乱で頭が真っ白になった。
思い出すだけでぞっとするのは、あの人が復活した後のこと。
父上が日記を私的利用し、破壊を許したことの罰で、命令を受けたこと。
また、あれを繰り返すのか。そう思うと顔から血が抜けた。
マダム・マルキンの店で制服を待っていると、「失礼します」と澄んだ声がして、見ると黒い髪の少女が隣に腰掛けていた。
あれ。前は⋯⋯ハリー・ポッターだったはずなんだが。
不躾にならないように観察する。艶やかな黒髪。ポッターと同じアーモンド形の緑の瞳。そして⋯⋯前髪の隙間から僅かに窺えた、古い傷跡。
「⋯⋯⋯ハリー・ポッター、か?」
思わず問いかけてしまった。
学生時代、ポッターたちとはかなり仲が悪かった。卒業してから和解できたのだが、その分後悔もしていた。
プライドやらなんやらが邪魔して全く素直になれなかったが、もっとましな関係性は築けなかったのか、と。
彼、否彼女がもしも自分と同じように”前”を覚えていたら⋯⋯⋯という期待もあった。
まあ、その期待は、外れてしまったが。
彼女は、立場はハリー・ポッターと同じだった。だが、ハリーとは全然ちがう少女だった。
ハリーは闇の帝王のことを名前を聞くことを嫌がる人の前でも堂々とヴォルデモートと呼んでいた。だがハリエットは名前を直接言うことを避けた。だが恐れているわけでもないようで、つい驚いてそのことを追求すると「じゃあヴォルで」と言っていた。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯イギリス魔法界を恐怖と絶望に突き落とし、力を奪われて失踪中の今もなお恐れられている、自分の両親を殺した史上最悪の闇の魔法使いを、愛称呼び⋯⋯⋯。英雄殿はやっぱり大胆だな。ハハッ
また、僕の家名を聞いた時、すぐに「死喰い人」という単語を出してきた。
⋯⋯本当に、彼女は僕と同類じゃないのだろうか。正直彼女との会話は11歳としているように思えなかった。
そして入学の日。
列車が出発して少ししてから、クラッブとゴイルを置いて一人ハリエットを探した。
僕は決めた。直球で彼女に前の記憶がないか聞くと。そして記憶のあるなしに関わらずポッターの苦難に手を貸すと。
扉の前で立ち止まり、深呼吸をする。この先に、ロン・ウィーズリーはいるのだろうか?
扉の先にロンはいなかった。
代わりに、酷く美しい人間がいた。恐ろしいほど顔が整っているが、そのせいで性別が判然としない。
教員だろうか?前では、こんな人物はいなかったはずだ。
いや、それを言ったらそもそもポッターは性別が違う。今いる世界は前といろいろ異なっていると考えた方が良いだろう。
「⋯⋯あの、こんにちは。あなたは?」
「ん?私かい?こんにちは。初めまして。今年から教員となったシカ・マドゥだ。こちらのポッターさんとは友達なのかな?」
「マルフォイ君です。制服を購入する際色々お話したんですよ。」
「マドゥ先生、ですか。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
軽く頭を下げる。マドゥはずっと微笑を浮かべていた。
「⋯⋯⋯なあ、ポッター、ちょっといいか?話したいことがあるんだ」
「⋯⋯はい、いいですけど⋯」
「ああ、二人きりになりたいの?じゃあ私が移動してあげるから、ここを使っていいよ」
「良いのですか?」
「私はほら、荷物も少ないしね(⋯それに私のスペースがないならシノアの中にもぐるなりやりようはあるしねえ)」
気を利かせたマドゥが出てくれた。⋯⋯顔が良い教師でも、ロックハートとは大違いだな。
「あは、気になりますか?マドゥ先生のこと。言っておきますけど、あの人は男ですよ」
「⋯⋯男、なんだ。授業は何かな」
「さあ?それはついてからのお楽しみだと言ってました」
「で、ドラコ君。わざわざ二人きりで話したいことって何ですか?は!まさかまだ学校ついていないうちから告白――!?」
「⋯⋯は、はあ!?こくっ⋯⋯何言ってるんだポッターそんなわけ⋯」
「まあそれは冗談として。で、何ですか?」
「⋯⋯⋯」
なんだろう。遊ばれている気がする。
「⋯⋯単刀直入に聞きたい。別にふざけているんじゃないんだ。」
「はあ」
「⋯⋯ポッター。君に、前の記憶はあるか?」
「⋯⋯前、とは。具体的にどのような?」
「⋯そうだな。少し、僕の話をするよ⋯⋯」
「で、あなたは今、人生をやり直してる⋯⋯つまりは逆行者だと。で、色々事件に巻き込まれるであろう私を手助けしたい、と。そういうことですか」
⋯⋯やっぱり、相当頭が良い。少し話しただけでほぼ全て理解してくれた。
「⋯⋯というかあなた、大丈夫なんですか?」
「⋯⋯なにが?」
「あなたのお父様は死喰い人。ヴォルが復活したらあなたも逃げられない。私のサポートをして大丈夫なんですか?」
「⋯それは」
考えてない、訳ではない。でもまさかここでポッターに指摘されるなんて。
「⋯⋯それでも、決めたんだ」
「⋯⋯そうですか」
「私は逆行はしていません」
「⋯⋯そうか」
「でも、転生はしています」
「⋯⋯⋯え?」
「前の私は柊シノア。日本帝鬼軍月鬼の組の、吸血鬼殲滅部隊に所属していました」
「⋯⋯日本⋯吸血鬼⋯⋯?」
「言っておきますがこちらの吸血鬼とは全くの別物ですよ。昼を歩き、月の満ち欠けの影響を受けず、十字架もニンニクも銀も効かない」
「それは本当に吸血鬼なのか?」
「吸血鬼ですよ。人間の血を吸わないと生きられませんから」
「まあ、お互いどの寮に配属されるかは分かりませんが、波乱万丈な学生生活を頑張っていきましょう」
「⋯⋯行きたい寮とかはあるのか?」
「⋯⋯別にどこでもいいのですが。しいて言うならハッフルパフ?」
「なんで?」
「まずスリザリンはダンブルドアの印象がちょっと⋯あれでしょう?グリフィンドールはスリザリンとの対立が凄くて面倒だし⋯優しそうな人が多そうじゃないですか。まあ選べるならハッフルパフに行きますよ。問答無用で帽子に叫ばれない限りは」
「ポッター・ハリエット!」
「スリザリン‼‼」
問答無用で叫ばれていた。彼女は僕と同じ寮になった。
組みわけの時の名前をポッター・ハリエットにしたのは、日本語訳でそう呼ばれていたからです
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宴会
「スリザリン‼‼」
「ちょっと組みわけ帽子さん!?まだ被りきってすらないんですけど!?」
(しーちゃんなんですかその生暖かい目は!ヴォルもなに嗤ってるんですか!)
(⋯いやいや、嗤ってなんていないさ。良かったな。今はどうか知らんが、スリザリン寮は合言葉が純潔のままずっと変わらない寮で楽だったぞ?中の構造だってすでに知ってる寮だし、いいじゃないか。決して、普段ムカつく半笑いで俺様をからかいまくっているクソガキが、珍しく動揺していることに対して「ザマアw」なんて思ってないからな)
(つまり思ってるんですね⋯⋯もお)
半目になって周りを見る。
大広間はすっかり静まり返っていた。だれも私がスリザリンに配属されるとは思っていなかったようだ。
情報でスリザリン寮が良い印象を持たれていないことは分かっていたが⋯⋯
すっと立ち上がると、ようやくまばらに拍手が鳴った。
そのまま監督生に歩み寄り、笑顔で握手を交わし、そのままドラコ君の隣に着席する。
「一緒になりましたねえ」
「⋯⋯ああ、そうだな」
まあ、ドラコ君にとっては同じ寮のほうがサポートはしやすいだろう。そういう意味ではこれで良かったのかもしれない。
彼は非常に興味深い話をしてくれた。彼にとっての『前』。ハリエット・ポッターがハリー・ポッターだった世界。因みに話しきった時ヴォルは表情が凍っていた。
⋯⋯⋯話を聞く限り、ヴォルはハリーに倒されたというよりも、ただ自滅しただけのように感じたのだが。
少なくともこの10年一緒にいたヴォルが、そんな事態になるとはちょっと思えない。
それは魂が壊れているかどうかの違いなのだろうか。本体と会話したわけじゃないから分からないのだが。
「さて、食事の前に一つだけ伝えることがある。昨年度までマグル学を担当していたチャリティ・バーベッジ先生じゃが、諸事情で退職することとなった。今年度から新しい教員を迎える!シカ・マドゥ先生じゃ‼」
その言葉に、しーちゃんが被っていたフードを下し、立ち上がって一礼する。
数瞬の沈黙の後に大きな拍手と、いくらかの男女の黄色い悲鳴が聞こえる。まるでアイドルだ。
ダンブルドアの「わっしょい!こらしょい!よっこらしょい!」という掛け声で宴会が始まった。
(どうしたクソ爺)
「あの人大丈夫なんですか?」
「さあ⋯でも前も同じだったよ」
「へえ⋯」
食事はイギリスにしては悪くない――のだが、全体的に脂っこくて野菜が少なく、栄養が偏っているように感じた。
シノア時代にはあまり気にならなかったのだが、ダーズリー家の食卓を半分担っている今は気になる。近日中に厨房に行くことが決まった。
今学期の諸注意を受けた。最後の廊下に入るな、という注意だが――それならそこらへん一帯を完全に封鎖すればいいのに、と思う。絶対迷って入ってしまう人が出るだろう。怪我人が出てからでは遅い。学校の責任問題だ。
⋯⋯まあ、封鎖されている理由は分かる。賢者の石だ。おそらく別の場所での保管なり破壊するなりして、いかにも怪しい場所にヴォルの本体をおびき寄せたいのだろう。
まあ、ここまで大々的に怪しくしてしまうと、罠だと思われて逆に来ないと思うのだが⋯⋯
まあでも『前』では来たようだし、彼もそうとう追い詰められているのだろう。
おまけ
あの少女は、ジェームズではない。ましてやリリーでもない。なのに、あの子供の顔を見ていると、無性に心がざわつく。
ペチュニアのもとに――ダーズリー家に自分が赴いたのは、ダンブルドアの指示のためだ。
手紙を受け取って以降音沙汰のないハリエットを入学させること。それが自分の任務だった
「スネイプ‼‼何しに来たの‼ハリエットは渡さないわよ‼」
「ハリエットをお前らの様な危険な連中に引き取らせると思うのか‼?」
「おっさんがどんな奴だろうと、ハリエットの可愛さに目がくらんで、ストーカー行為に走るような男に僕の従妹は渡さない‼」
凄まじい歓迎を受けた。成程、忌々しいあの男とリリーの娘はこの家と良好な関係らしい。
⋯⋯⋯吾輩はストーカーなどではない。断じて。
それから暫く玄関で言い争っていた。いっそ押し入ろうかと思ったとき。
「⋯⋯⋯先程から随分声が響いていますが、お客さんですか?でしたらお茶を入れますから、中で会話したほうが良いと思いますけど。近所迷惑です」
綺麗だが、どこか冷めている女の声がした。
「は、ハリエット⋯⋯」
ペチュニアが呟く。あの少女が、ハリエットらしい。
年の割には低い身長。艶やかな黒髪に、黒い大きなリボン。幼いながらも整った顔立ち。
リリーと同形同色の、澄んだ瞳。
だが、リリーと違って、その目は感情を映していない。
ひどく冷たい目を半目にして、こちらを見ている。
そしてその無感動な目は――――
十年前 ゴドリックの谷
崩れた家。ベビーベットで眠る、額に小さな黒ずんだ稲妻型の傷がある赤ん坊。
床に倒れ伏す、赤い髪に緑の瞳の女性。
瞳孔が開いた、もうナニモ映すことのない、最愛の人の――――
「⋯⋯あの」
ハッと我に返った。
「どうしました?随分と顔色が悪いですけど。もうすぐ八月なのに、随分暑そうな格好してますねえ。熱中症にでもなりましたか?紅茶を入れますので、お飲みになったほうが良いですよ。家の前で倒れられても困りますし」
そう半目でへらへらと笑った少女。リリーの瞳を持つ少女。彼女の娘である証。
自分の渡す少しの情報からこちらのことを推測する様からは、リリーと同じように優秀であることが感じられた。
―だが、少女が動くたびに揺れる髪の色は、誰より憎いあの男の子供だという証。
「⋯⋯⋯⋯」
愛情、自責、憎悪、哀しみ、悔恨、懐かしさ、懺悔
様々な感情がないまぜになり、おかしくなりそうだった。
だが、それは閉心術で抑え込む。やるべきことがあるのだ。動揺など、してはならない――
「――さん、お客さん?」
「ッ⋯何かね?」
「どうしたんです?心ここにあらずといった感じでしたが⋯」
「⋯いや、すまん、何でもない。考え事をしていてな⋯」
これからあの少女にそれなりに会うことになると思うと、気が重くなった。
願わくは、自分の寮には来ないでほしい。まあ、来るわけがないだろうが。彼女の両親は二人ともグリフィンドールだったのだ。それに忌まわしきあの男の娘が、スリザリンに来るわけがない⋯⋯
ないはずだ。きっと。たぶん⋯
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最初の授業 ~ハリエット~
今日は遂に魔法薬学の――スネイプの授業がある。今までは、出席を取る先生が変な反応をしたり、色々な生徒から不躾な視線を向けられていること以外には特に何の問題も起こっていない。既に十数点ほどの加点もいただいているから、もしスネイプから減点されたとしても、まあ問題はないだろう。
「スネイプ先生は⋯⋯どうなんだろうな。ポッターのことは学生時代の件で相当嫌っているはずだが、超が付くほどのスリザリン贔屓だしな⋯」
「正直最後に遭ったのが一歳の、既に他界した父への恨みで嫌がらせされても迷惑なんですけどね」
そもそも手を下したのはヴォルデモート卿だが、予言を伝えてきっかけを作ったのはスネイプだ。ある意味彼が殺したと言ってもいい。復讐はしている。誰より憎い男は死んだのだ。⋯⋯⋯代償に、初恋の女性も死んでしまったが。
『前』の彼はリリーにすがって生きていた。『今』の彼はどうなのだろうか。
スネイプの授業は厨二感溢れる演説で始まった。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すようなバカげた事はやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である……ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだマシであればの話だが」
「⋯⋯」
ちらりと周囲を見ると、期待している者、緊張している者、青ざめている者など、様々な反応が見られた。
「ポッター!」
「はい」
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
⋯⋯とても一年生の、それも初めての授業で、つい先日までマグル界にいた生徒に聞いていい内容ではない。嫌がらせはあるらしい。
「睡眠薬です。この二つを鍋に入れて二度時計回りにかき回し、ナマケモノの脳みそ、催眠豆の汁を加え、水が澄むまで反時計回りにかき回せば、『上級魔法薬』に記載されている生ける屍の水薬の出来上がり。付け加えれば催眠豆は切らずに潰した方が汁がよく出て、催眠豆は13粒の方がよく、最後にかき回す回数は7回半時計周り、1回時計回り⋯⋯という調合法が作成しやすいですね」
自分で作成して売っているのだから、答えには自信がある。
「⋯⋯⋯もう一つ、聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」
「本来は山羊の胃を探しますが~⋯ここから一番近いのはおそらくスネイプ教授の貯蔵庫、切らしているなら医務室ですかね」
少し冗談を言うと、こめかみがピクリと動いた。
「⋯では、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
「どちらも同植物のトリカブト⋯アコナイトを指す言葉です。モンクスフードはトリカブトの花の形が修道僧の帽子に似ていることからついた呼び名で、ウルフスベーンは狼を殺すために使われていたことから来た呼び名です」
教室が静まり返っていた。⋯⋯⋯なんですかスネイプ。それにドラコも。その信じられないような眼は。仮にも命を狙われること確定な世界に行くんですよ。事前に全カリキュラムを習得するのは当然でしょう。
「⋯⋯⋯英雄殿は随分と、予習をしてきたようですな。スリザリンに10点。しかし、今の質問に答えられたからと言って慢心することのないように。諸君、何故今のをノートに取らないのかね?」
皆がノートをとっている⋯⋯やっぱり、全員羽ペンなんですね。シャープペンシルは私だけですか。そうですか。
その後、簡単なおできを治す薬を作ることになった――なったのだが。
「ロングボトムさん。落ち着いてください。説明をよく読んで。時間は十分にあります。鍋を火から下ろさないうちに山嵐の針を入れてはいけません。最初の授業で鍋を溶かすつもりなんですか」
「⋯⋯あ!ご、ごめん⋯⋯」
「いえ、いいですよ。でも手順はとても大切です。薬品を扱う授業は危険度が高いですから⋯」
ドラコが「ロングボトムは最初の授業で鍋をとかしてたな⋯」とか言ってたからペアになったが⋯正解だった。
遠い目をして新薬開発を試みているとき爆発したのを思い出す。⋯⋯あの時、たまたま近くにいたヴォルが巻き込まれてアフロになったっけ。絶望的に似合ってなかったなあ。写真を撮りたかった⋯⋯
(絶対撮るなよ)
(え~(´・ω・))
(と・る・な)
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ハロウィン 追悼とトロール
あれから特に何事もなく、ハロウィンの日がやってきた。
想像していたような、ヴォルの本体からの接触とか、誰かが暗殺しに来るような大きなことも無く、平穏な学生生活。まあ、グリフィンドールとの合同授業の時睨まれたり文句言われたり、スネイプから色々大人げない嫌がらせや嫌味があったりするのにはちょっと疲れるが、気にするほどのことではない。
というか、ヴォルデモート卿は私の中の分霊箱に気付いているのだろうか。視線は感じるけど反応は全く見られな⋯⋯⋯いやいやいやまさかあんな至近距離にいて、しかも『前』と違って分霊箱の意識が確立している状態で気付かないなんてそんな事は無いでしょう⋯⋯⋯
(無いですよね?)
(正直俺が一番不安だ)
(⋯⋯まあ確かに前は自分で自分の分霊箱破壊しちゃってますからね~)
(⋯⋯⋯)
精神世界で、少しむすっとした顔のヴォルを眺める。ここ数年、彼の表情が段々増えている気がする。
今日は出会って10年目の日。私としーちゃんの意識が出てきた日。
――そして、ハリエット・ポッターの両親の、命日。
「⋯⋯⋯」
しばらく歩いて、学校の敷地内にある湖に着いた。
去年まではゴドリックの谷の墓地に直接出向いていたが、ホグワーツでは姿くらましを使えない。
湖の前でしゃがみ込む。魔法で百合の花と、菊の花を造って、湖に浮かべる。風が吹いて、ゆっくりと花が流れていく。
「⋯⋯⋯」
それをぼんやりと見つめて、手を合わし、静かに黙祷する。
自分にはあまり感情がある方では無い。ほとんど知らない両親に対する執着も、復讐心も無い。
だが、あの二人が自分を守ろうとしてくれたのは、事実なのだ。
毎年やっている追悼が終わって、さあ帰ろうと廊下を歩いていると、少しドアが開いているトイレから女の子の泣き声が聞こえてきた。
そこにいたのは、グリフィンドール所属の優秀な生徒、ハーマイオニー・グレンジャーだった。
「⋯⋯どうしたんですか?」
「~~す、スリザリンのあ、あなたには、関係ないでしょ‼あ、あなただって、どうせ⋯う、ううううう⋯」
だいぶ錯乱しているようだった。何があったのだろう。
「とりあえず、顔拭きません?せっかくの可愛い顔が台無しですよ」
「⋯⋯お世辞なんて、いらないわよ⋯⋯グスッ、でも、借りるわ⋯⋯」
別にお世辞ではない。歯を治して、髪を整えれば、おそらく彼女は見違えるほど可愛くなるだろう⋯⋯姉さんには負けるが。
ぽんぽんと頭を撫でる。少し落ち着いてくれた。
「⋯⋯グリフィンドールの私に構ってないで、大広間に戻ったら?というか、貴女何しているのよ」
「私はちょっと所用があって、これから戻るところです。良ければ一緒に戻りませんか?」
『―――いや、グリフィンドール寮に送ってあげた方が良い』
(⋯⋯え?)
『実は今、避難指示が出されて⋯⋯いや、やっぱりその場で十数秒待機。トロールが接近している』
今なんと言いました???
トロール。ホグワーツにトロール。ダンブルドア、警備体制を見直すべきでは?そしてスネイプ。「学校は安全」と言ってませんでした?
入れた犯人は想像はつくが⋯⋯
「⋯⋯ちょっと貴女、どうしたの?それに何?この臭い⋯」
「⋯⋯下がっててください、グレンジャーさん」
杖を出す。彼女の前で鎌を出すのは不味い。
それに、鬼を遣うような脅威では無い。
トロールが入ってきた。その直後に、鍵が施錠される。
暗殺目的、だろうか。
「⋯⋯⋯ひっ」
「グレンジャーさん」
「な、なに?トロールが」
「目を瞑っていてください」
「⋯⋯え」
トロールがこちらに向かいながら棍棒を振り上げる。その無防備な姿に向けて、杖を振るった。
遣うのは殺傷能力の高い闇の魔術、セクタムセンプラ。局所的に集中運用して、首だけを刎ねる。
トロールの首が放物線を描き、ころころと転がる。
「⋯⋯大丈夫ですか?」
「⋯⋯え、あなた⋯⋯いま、なに、して⋯⋯」
「ディフィンドの応用です」
嘘だ。だが流石に事実は言えない。
トロールの首を拾い上げる。
「さて、行きましょうか」
「え!?⋯⋯あ、うん⋯⋯」
鍵を開けて、外に出る。
右を見ると、何故かドラコとロン・ウィーズリーが、マクゴナガル先生、スネイプ、クィレルに囲まれている。
「⋯⋯⋯」
静かに近寄っていく。先生たちが気付く。唖然とした顔。クィレルが小さく「ひっ」と悲鳴をこぼす。
ドラコ君が必死に何かを説明している。
「ですから、僕たちは避難指示が出たことを知らない二人を探しに来たんです!そしたらトロールがトイレの中に入って行って⋯⋯閉じ込められると思ったんで、さっき鍵を閉めたんです!はやく何とかしてください!」
「⋯⋯へ~え、そうなんですか。探しに来てくれたんですかあ。てっきり、私を暗殺しに来たのかと思っちゃいましたよ」
「⋯は!?暗殺!?いったい何を⋯⋯⋯て、え?」
ドラコ君がギギギ⋯⋯と振り向いた。その腕に、ぽんっとトロールの首を置く。
「⋯⋯さて、ドラコ君。一年生の女の子二人、危うく殺しかけた感想⋯⋯聞いてもいいですかねえ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
ドラコは暫く硬直した後、迷うことなく⋯⋯地に足を付けて、頭を下げた。
それはそれは見事な土下座だったという⋯⋯
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トロール戦の後
sideドラコ
子供のころのことを完全に覚えていられる大人がいるのなら、見てみたい。
僕は、老衰で死んだんだ。この頃の記憶ははっきり言って、曖昧だ。
トロールが来ることを思い出した時は、ハロウィン当日。伝えようと思ったときには、ハリエットは既にいなかった。
彼女は一体どこに行ってるのだろうか。今日は宴会なのに⋯⋯
そうこうしているうちに、クィレルがやってきてトロールの来襲を告げた直後、気絶(フリ)した。それでも一応教師か。
慌ててハリエットを捜しに行く。途中で何故かウィーズリーと出会った。「何でいるんだよ‼」と言われたが、こっちの台詞だ!
どうやらグレンジャーを捜しに来たらしい彼と合流して捜してると、トロールがトイレに入っていくのが見えた。
僕らは迷いなく、鍵を閉めてしまった。
ああ、時が戻せるのなら、僕はその前にトイレの中を確認する。
でも、気付かなかったんだ。だって、中からは、悲鳴の一つも聞こえなかったんだ。
ハリエットは微笑んでいるはずなのに、その目の温度は氷点下。
周囲の温度が間違いなく数度下がっている。
ぽんっと何気なく渡されたトロールの生首。切断面から新鮮な血液が滴り落ちていて、僕の腕が生暖かい液体で濡れた。
迷うことなく頭を下げた。
「⋯⋯⋯とりあえず、悪意が無いのは分かりました」
「すみませんでした」
「私がいたから何とか対処できましたが、グレンジャーさんだけだと最悪死んでましたよ」
「本当にすみませんでした」
「まあもういいですけど⋯次は気を付けてくださいね」
「――Ms.ポッター、Ms.グレンジャー⋯貴女方がトロールのことを知らなかったのは分かっています。しかし、皆大広間にいる中、いったい何をしていたのですか?」
「私は所用があって、湖に行っていたんです。大広間に戻る途中、トイレでグレンジャーさんが泣いていたので話してたら、いきなりトロールが入ってきて、鍵を閉められて⋯⋯仕方ないので、殺しました」
「ほう、湖?そんなところに一人で行って、いったい何をしていたのかね」
「⋯⋯今日は私の両親の命日です。することなんて一つでしょう」
そう、いつもの無表情で言ったハリエット⋯⋯そうか、黙祷しに行ってたのか。やはり、両親のことは気にしていたのだろうか。
「そう、ですか⋯⋯トロールと遭遇して無事でいられる1年生はそう多くありません。戦って勝つなんて、もっとです。グレンジャーに10点、ポッターに15点あげましょう。また、生徒だけで動くのは軽率でしたが、トロールに襲われる危険を冒して友人を捜しに来た勇気に、マルフォイとウィーズリーに5点ずつ差し上げます⋯⋯もう帰りなさい。皆寮でパーティーの続きをしていますよ」
sideスネイプ
ドラコ達3名が寮に帰っていく。ハリエット・ポッターもそれに着いて帰ろうとする。が、我輩の隣を通り過ぎようとして、止まる。そのままじっとこちらを見上げてくる。トロールの血で少し汚れた手のひら。いつも通りの冷めた表情。先程平然とした様子で首を抱えていたこの少女には、子供とは思えないほどに、感情の起伏が感じられない。
「⋯⋯何かね」
「⋯⋯その脚。随分と血の匂いがしますが、後で医務室に行った方が良いですよ」
と、小さな声で言って、そのまま立ち去って行った。
彼女のことは、苦手だ。見ているとどうしても両親のことを連想させてしまう。
授業中や普段あったとき、幾度となく大人げない嫌がらせや嫌味を言ったりしている。だが、悪意があるのは分かっているのだろうに、彼女はいつも半笑いで躱し、流してしまう。グリフィンドール生に何を言われても、怒る様子も、傷つく様子も見られない。
その様子に、少し、恐ろしいとすら、思ってしまう。
ドラコが置いていったトロールの生首と、トイレに放置されていた死体の切断面を見る。美しく、無駄なく、見事に切断されている。死体にはそれ以外の外傷は無く、周りに破壊された跡は一切ない。恐らく戦闘は一瞬で終わったのだろう。ハリエット・ポッターが圧勝して。
「⋯⋯あの子は本当に一年生ですか」
思わずといったようにミネルバが呟く。同感だ。
上級生、教師ならともかく、授業で攻撃魔法をほとんど習っていないような一年生の、先日までマグル界で育っていた少女にできることではない。―――天才、という言葉が浮かんできた。
4階の廊下付近
「⋯⋯⋯」
一人の男が、静かに佇んでいる。その視線は、立ち入り禁止区域のドアに向けられている。
――いや、正確に言うなら、ドア付近の床に。
「マドゥ先生、何をしておるのかの」
「⋯⋯ああ、ダンブルドア校長。扉の先が気になっただけですよ。何を隠しているのかは知りませんが、たくさんの教師が色々な方法で守っているのでしょう?最初の部屋にいるのは魔法生物ですかね?唸り声がする。それに⋯⋯」
マドゥが屈み、すっと手を伸ばし、床に落ちた血液を指で掬い取る。
「随分と新しい血液。この騒動を起こした奴が侵入しようとして失敗したのではないですかね」
「⋯⋯⋯」
ダンブルドアは穏やかに微笑んでいる。だが、その瞳には警戒の色が浮かんでいる。
「マドゥ先生。この扉の先を、おぬしが知る必要はない」
「⋯⋯⋯」
「戻りなさい。そしてもう、この付近にはなるべく近寄らんで欲しい。特に、このような騒動のある時は⋯⋯」
「⋯⋯ええ、分かりました」
マドゥは立ち上がり、扉から離れていく。ダンブルドアの視界から出る。
徐に指を唇に近づけて、ぺろり、と舐めとって。傾国といえるほど美しく笑んで。
「⋯うん。悪くないね。セブルス・スネイプの血も⋯⋯罪と、後悔の味」
「ねえポッター、どうして生首を持って行ったの?」
「ああ、あれですか?トロールにはそんなに知能がないから、勝手に侵入できるとは思えないんですよね。誰かが手引きしたか、よほど警備に穴があったかしない限り⋯⋯」
「⋯⋯それで?」
「この騒動の原因になった人がいたら、頭の上に乗せてあげようかな~と思ったんですよ」
「「「⋯⋯⋯⋯⋯」」」
「ねえ、ポッター」
「なんでしょう、グレンジャーさん」
「⋯⋯あの⋯⋯ありがとう」
「⋯⋯⋯」
この学校に来て、初めて、スリザリン生以外に礼を言われた。
「⋯⋯どういたしまして。ハーマイオニー」
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降ってきた教師
「あなたって、もうちょっと怖い女だと思ってたわ」
「え~そんな~こ~んなに優しそうな笑顔で日々を過ごしているのに~?」
「え、それ優しそうな笑顔のつもりだったの?」
「本心からの声やめてくれません?」
校庭で猫じゃらし片手に猫のノーちゃん(ミセスノリス)と戯れていると、そばで分厚い本を読んでいたハーマイオニーに話しかけられた。
ハロウィンのあの日以来、彼女とはよく交流する。この前は私とハーマイオニーとドラコとネビルとウィーズリーの5人で図書館で集まって勉強会をした。ネビルさんはどうやら薬草学がかなり得意らしい。話すときがとても明るく楽しそうだった。⋯⋯動く植物の剪定が得意なのに、どうして魔法薬では危ないことがかなりあるのだろう。いつもびくびくしているから、スネイプに脅えているのだろうか?
「優秀なのは分かってた。天才だと思ってた。どれだけ頑張っても、あなたのように速く上手く薬ができなくて。羨ましいし、ちょっと妬んでた」
「そうですか」
まあ仕方ないだろう。作ってきた年数が違いすぎる。それに私やドラコといったイレギュラーを除けば、間違いなく学年最優秀は彼女だ。飲み込みも速いし実技の成績も優秀。十分天才と言えるだろう。
「あなたの噂も、ちょっとあれだったし」
「噂?」
「氷みたいだ、感情がないんじゃないか、例のあの人があなたを殺せなかったのはそれを超える闇の魔法使いになる可能性のある魔女だからじゃないのか、とか」
「うはあ」
「実際、魔法薬学や飛行訓練の時にあなたを見てたけど、声も目もどこか冷たくて」
「そうですか?自分の顔は自分じゃわかりませんからねえ」
「⋯⋯⋯それで、その⋯⋯」
と言って、暫く言いよどむ。
「ハーマイオニー?」
「前に、私が本を置き忘れた時、届けてくれたけど⋯⋯⋯」
⋯⋯そんなこともありましたっけ
「⋯⋯そっけない態度で、ごめんなさい」
それが言いたかったらしい。
「⋯⋯いいですよ」
にゃあ、と、ノーちゃんが鳴いた。
校舎に戻って、階段を上っていく。
ノーちゃんは私があげた干し魚を咥えてどこかに消え去った。
これから、ハーマイオニーと別れたら、談話室に戻るつもりだった。
そう。本当だったら。
「⋯⋯⋯ん?」
上の方に、違和感を感じた。目線を動かす。
私の寮監が、セブルス・スネイプの背中が。
何故か迫ってきていた。
落ちたのだろうか。
―――避ければ、ハーマイオニーにあたる
巻き込まないように二、三段上にあがる。腕を伸ばす。受け止める。どさりと音が立った。
顔を確認する。気を失っている。いつも以上に、顔色が悪い。体温が高い。発熱しているらしい。かすかに、血の匂いがする。恐らく脚だろう。
「まったく、馬鹿ですか、あなたは」
振り向いて、ハーマイオニーを確認する。その後ろで、クィレルが呆けた顔をしていた。恐らく見られただろう。だがそれはどうでもいい。
「⋯⋯は、え?スネイプ、先生?って、ハリエット!大丈夫なの!?」
「ええ、私は全然⋯⋯ちょっとこれ運んできますんで、ハーマイオニーは先に戻っててください」
「⋯⋯へ?ちょ、ハリエット?」
階段を駆け下りる。目くらましと隠し通路を使って人目につかないように、スネイプの部屋に行く。
教室を通り抜けて私室に入る。鍵を念入りに掛ける。魔法と呪術を重ね掛けして、盗聴を防ぐ。
ベットにスネイプを下す。ズボンを切り裂く。ひどい状態になっている。筋肉の痙攣などは見られない。破傷風ではないだろう。まさか、狂犬病か?一応開発した魔法薬で初期症状の時までなら何とかなるが⋯⋯
鞄から検査薬を出す。
体液を摂取して薬に落とす。
⋯⋯なんだ、風邪か。免疫が落ちているのだろう。
氷枕と冷●ピタで額と首と脇を冷やす。スネイプの薬品貯蔵庫に行って材料を物色して、薬を調合する。
傷薬と風邪薬と包帯を持ってスネイプの元に戻る。傷口に薬を塗って、包帯を巻く。ふと視線を感じて顔を上げると、スネイプの意識が少し戻っていた。
じっと見ている。
ぼんやりと、私の顔を――目を、見つめて。
「⋯⋯⋯⋯り⋯りー⋯⋯?」
――
―――――。
くつくつと、何かを煮込む音で目が覚めた。
「⋯⋯⋯?」
身体が重く、意識がはっきりとしない。ここは⋯⋯我輩の部屋、か?
何故、ここにいる?ベットに入った記憶はない。そもそも自分は今まで何をしていた?
いいにおいがする。スープでも作っているのだろうか。⋯⋯⋯誰が?
寝返りを打つ。小柄なスリザリンの女子生徒が、こちらに背を向けて何かを煮込んでいた。
火を止める。少女が振り向く。それで彼女が誰だかわかった。
「⋯⋯ポッター⋯?」
「⋯⋯気が付きましたか、スネイプ」
何故だろう。普段よりも、声が数段冷たい気がする。
二つの器に何かを入れて、こちらに来る。
「食べてください。その後薬です」
有無を言わせない口調だった。
中身はポリッジ(オートミールのお粥)と、ジャガイモとリーク(西洋ネギ)のスープだった。
味は、かなり美味かった。だが、味わうには、部屋の空気が凍っていた。
ポッターが薬を手に取る。受け取ろうとしたが、何故か彼女は動かない。
「⋯⋯医務室に行けと、言ったでしょう」
ぐっ、と、言葉に詰まる。正直、マダムポンフリーが苦手なのだ。
「あなたは今日、階段で気絶して転落しました。落ちた先には生徒がいました。どういう意味か分かりますか?」
な、と思わず顔を上げる。ポッターは手の中の薬瓶を見下ろしていた。
「幸い、あなたの転落による被害はありませんでしたが⋯⋯体調管理くらいはちゃんとしてください」
ぐうの音も出なかった。
彼女は動かない。
ただ、薬瓶に視線を落としていて。
「⋯⋯ポッター?」
「⋯⋯⋯」
数瞬の後、彼女が口を開いた。
「私の親を殺す情報を売ったそうですねえ。死喰い人さん」
「⋯⋯え」
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尋問
「私の親を殺す情報を売ったそうですねぇ。死喰い人さん」
目線をスネイプに向ける。蒼白な顔をしている。
「⋯⋯⋯な、ぜ」
「あなたの口から聞きました。先程まであなたは高熱で意識が朦朧としていた」
まあ、彼が情報を売った男だというのは、最初から知っていたのだが―――
薬瓶を小さな机に置く。
「学生時代、私の父とは随分仲が悪かったそうですね。いたずら仕掛人、でしたっけ?会うたびに喧嘩してたそうですね。4対1で。まるで弱い者いじめ」
「⋯⋯⋯」
「確か彼らの計画で、死にかけたんでしたっけ。さぞ憎らしかったことでしょう。私への嫌がらせは、その八つ当たりですか」
「⋯⋯⋯」
「さて、そんな憎くてたまらない私の父は、あなたがヴォルデモート卿に売った情報で妻諸共に殺され、憎い男の子供は孤児になったわけですが⋯⋯どうでしたか」
「⋯⋯⋯」
「間接的に復讐出来て、愉しかった?清々した?」
それに彼は、声を詰まらせる。ぐっ、と感情をこらえるような顔をする。
言いすぎたかもしれない。
「⋯⋯⋯ぽ、」
「な~んて、ね」
声に抑揚をつけて、へらりと笑う。スネイプの顔がぽかんと呆ける。
今のはただの嫌がらせだ。入学当初から続いてきた、ねちっこい嫌味と嫌がらせの、お返し。
復讐心は無いが、思うところはあったから。
「チュニーおばさんから聞きました。母さんとは、幼馴染だったそうですね。随分仲が良かったそうじゃないですか。母さんのこと、大好きだったんでしょう?初恋ですか?まあ分かりますが。写真見ましたけど、と~っても可愛い美少女でしたもんねえ」
「⋯⋯⋯」
「でも別れた。『穢れた血』と呼んでしまったから」
「⋯⋯⋯」
「マグルの父親が憎らしかった。だからマグルのことも嫌いだった。でも母さんのことは好きだった。母さんに見てほしかった。何故そうなったのかは理解が難しいですが、闇に染まれば自分を見てくれると思ってしまった。そしてあなたは死喰い人になった」
「⋯⋯⋯」
「シビル・トレローニの予言の一部を聞いた。7月31日に生まれた子供がどの家の子供なのかなど考えず、ヴォルデモートに伝えた」
「⋯⋯⋯」
「ねえ、スネイプ。⋯⋯謝罪がいりますか?」
「⋯⋯なにを、いって」
「7月31日に生まれた子供がいなければ、ポッター家は、少なくともあなたが渡した情報でヴォルデモートの標的になることはなかった。母さんは、今も変わらず生きているかもしれなかった」
まあ、そもそもポッター家は不死鳥の騎士団側で、リリー・ポッターはマグル界出身の魔女だから、予言が無くとも戦死する可能性はあったのだが。
「この子供さえ、いなければ―――そう思ったことは、ないんですか?」
「⋯⋯そんな、ことは、」
「でも私のことを少なからず憎んでいますよね。違う?」
「⋯⋯⋯」
「スネイプ。謝罪が欲しければ、謝罪しますが」
驚きと、哀しみと、後悔が入り混じったような顔でこちらを見つめる。
私も静かに見つめ返す。
暫く沈黙が続いて、
「⋯⋯⋯ポッター」
「はい」
「我輩が、憎くはないのか」
「⋯⋯⋯」
「お前こそ、謝罪はいらないのか。私に復讐したくはないのか。殺したいと思わないのか」
「別に。あなたに復讐するために行動しようと思うほど、あなたに興味がありません。それに復讐するなら、あなたより先にヴォルデモート卿の所に行きます」
「⋯⋯なら、お前はどうしたいのかね」
「とりあえず、いい加減嫌がらせを控えていただきたいですかね。面倒なので」
「⋯⋯⋯」
「あと、あんまりネビルさんをビビらせないでほしいですね。彼が失敗するのって、半分以上、あなたが怖いからなんですよ。ハーマイオニーいわく、彼、薬草学が好きなんだそうです。一年生のレベルの魔法薬よりも難しい動く植物の剪定がうまいんですって。材料と教科書と、落ち着いて作業できる環境が揃っていたら、もっと効率よく調合ができるんじゃないかな~って思いましてね」
「⋯⋯⋯」
「ああ、あと⋯⋯」
薬を手に取る。
「薬。飲んでいただきたいですね」
「⋯⋯⋯」
スネイプが薬を受け取る。飲む。少し目を見開く。
「⋯⋯⋯飲みやすいな」
「あ、そ~ですか?よかったです。私のオリジナルなんですよ、それ」
「⋯⋯⋯お前のかね?」
「味を改良したんですよ。あ、調合する際材料をあなたの貯蔵庫から調達したんで、減っていても驚かないでくださいね。一応使ったもののリストはあなたの仕事机に置いておきました」
「⋯⋯そうか」
「それとですね」
「まだあるのかね」
「今、深夜2時なんですよ」
「⋯⋯⋯は?」
「消灯時間はとっくの昔に過ぎ去りました。良い子は寮で寝ている時間です。今外に出たら、先生に見つかって、減点されちゃうかもしれないんですよ。罰則になるかもしれないんですよ」
「⋯⋯⋯それで?」
ひくひくと頬を引きつらせながら、彼が続きを促した。
「スネイプ先生。私はソファでいいので、この部屋に止めてください」
「帰れ」
「嫌です」
「帰れ。一応ここは我輩の⋯⋯男の部屋だぞ?」
「え?あなた、いくら私が母さんとそっくり同じ目の美少女だからって、11歳の子供に欲情して手を出したくなるようなロリコンなんですか?やだ~へんた~い。近寄らないで」
「⋯⋯ポッター⋯」
「ははは⋯⋯ま、一応あなたのことは信じます。あなたの母への感情に、嘘はないのでしょう。だからダンブルドアはあなたを信じる。あなたは決して、母を、リリー・エバンスを裏切ることができない。あなたの生きる意味はリリーだけ。リリーの子供を守る事だけ。⋯⋯ただそれだけだから」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯でも、ねえ、スネイプ」
「⋯⋯なにかね」
「あなたが私のことを守ろうとするのは、最愛の人を死なせてしまった自分の弱さと愚かさを、誤魔化しているだけですよ」
「⋯⋯⋯⋯わかっている」
「⋯⋯ああ、分かっているんですか。それはつらいですね」
鞄から毛布を取り出し、ソファに向かう。
「本当にここで寝るつもりか」
「あなたの容態が急変しても困りますから。⋯⋯あ、スネイプ先生」
「なにかね」
「あなたが開心術で私からとった情報、全部ダミーなんで、忘れたほうが良いですよ」
「⋯⋯⋯は?」
「じゃ、おやすみなさ~い」
「おいポッター!」
なにか呼ばれているが、もう反応しない。随分遅くなったが、明日も授業はあるのだ。
それだけ叫べるほど回復したのなら、彼も明日から復帰できるだろう。
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欲望
「ハリエット、腕は大丈夫なのか?グレンジャーから聞いたぞ。階段から落ちたスネイプ先生を受け止めたそうじゃないか。というか今まで何してたんだ?」
「おはようございますドラコ君。腕は全然大丈夫ですよ?あの程度じゃどうにもなりません。今までは⋯スネイプ先生の部屋のソファで寝てました」
「ああ、そうなのか、それなら―――は?」
⋯
⋯⋯⋯
「まあそんなことがありましてね。とりあえずスネイプ先生は今のところこちらの味方だということは分かりました」
「⋯⋯⋯そうか⋯なあハリエット」
「なんです?」
「本当に恨みとかはないのか?転生先の、ほとんど知らない人たちとは言っても、君の両親が死んでるのに」
「⋯⋯⋯まあ、そうですねえ⋯⋯正直思うところはありましたよ?嫌がらせやら嫌味やらをた~っぷりうける度に。
⋯⋯⋯まあでも⋯⋯⋯」
『り、りー⋯⋯りりぃ⋯⋯すまない⋯⋯ぼくが、ぼく、が⋯⋯』
「⋯⋯⋯あんなもの見せられたら、多少は留飲も下がります。それに、”ちょっとした仕返し”もしましたし」
「⋯⋯⋯仕返し?」
「⋯⋯なあ、ポッター⋯⋯あれは」
「しーっ朝言ったでしょう」
「⋯⋯え、スネイプ⋯先生⋯⋯?」
「~~~ぶっふぉおwww」
⋯⋯⋯なんだというのだ。今日は妙に、生徒からの視線を感じる⋯
「やあ、セブルス」
「⋯マドゥか」
酷く美麗な、いつも何を考えているのかよく分からない男に話しかけられた。少し警戒する。ダンブルドアに、クィレルに加えてこの男のことも気にかけておくように指示を受けた。なんでもあのトロール侵入事件の時、4階の廊下付近にいたらしい。――私が消えた、後に。
「何か用かね」
「君、体調はもういいのかい?昨日倒れたそうじゃないか。階段から落ちた君を、ポッターさんが受け止めて搬送していったって聞いたよ?お姫様抱っこで」
「⋯⋯⋯はあ?」
一年生の中でも、小柄で細身のあのポッターが、成人男性を受け止めた?それに加えて、おひめさまだっこ?
「⋯⋯なんの、冗談ですかな?」
「別に、冗談ではないんだけど⋯⋯まあ、信じるかは君の自由だ。グレンジャーさんに聞いてみたらどうだい?彼女はその現場を目の前で見ていた」
グレンジャー。最近よくポッターと一緒にいる。長年対立関係にあるグリフィンドールとスリザリンの生徒が交流している姿は、ホグワーツでもそこそこ有名だ。
「まあ、体調管理には気を付けたほうが良い。あとセブルス。君、いったん背中を確認したほうが良いよ?」
「背中?」
じゃあねえ、とひらひらと手を振って去っていく。会話をしている限りでは、怪しいところは全く見られない。
ただ、彼の表情は、我輩にも気になるものがある。完璧すぎるのだ。まるで、作っているかのような。
あの美しすぎる容貌が、余計にそう見せるのかもしれないが⋯⋯⋯それにしても、背中とはどういう意味だ?
黒いマントを脱ぐ。後ろを確認する。
そこには白い紙がテープで貼り付けられていて。その紙には、達筆で、こういう言葉が書いてあった⋯⋯⋯
【★減 点 先 生★】
その日、ホグワーツの廊下に、魔法界の英雄のファミリーネームを腹の底から叫ぶ声が響き渡ったという⋯⋯⋯
シカ・マドゥの部屋
「セブルス。ハリエット・ポッターが服を用意したときは、絶対に不用意に着用してはならぬのだ。そうなりたくなければ、念入りに裏まで見て、何かしらの術がかけられてないか確認して、ようやく袖を通せるのだ⋯⋯」
「いやですねえ、私が一体何をしたというんです?」
「自分の胸に聞いてみろ」
いろいろと悟りきったような表情で、ヴォルデモートは彼女の前科を回想した。
例えば、マグル界を歩くからと彼女に渡されたパーカーが、いつの間にか猫耳になっていたり。
ハリエットが相手に気付かれない睡眠薬を研究していて、データを取ろうとしていた四鎌童子にまんまと一服盛られてソファで寝てた時、油性マジックで顔に落書きされていたり。
容姿を変えてノクターンを散策していて、やけに絡まれるなと思っていたら、自分の羽織っていたローブに【マグル擁護者】という文字が表れていたり⋯⋯⋯
「クリューシオ」
「プロテゴ。何でですか」
「いや、思い出したら腹が立ってきてな。しかしあっさり防いでくれる。たまには当たればいいものを」
「嫌ですよ痛いのに。磔呪文は訓練の時だけで十分です」
「⋯⋯仲いいねえ」
「どこがだ」
小テストの採点をしているマドゥは、三枚の羽をゆったり広げて、四鎌童子としての本性をさらしている。
盗聴や監視の心配は無いということだ。
「そういえば、しーちゃんって普段何を教えてるんですか?マグル学なのは知ってますが」
「数学と理科」
「⋯⋯なんでまた⋯」
「どうせわざわざ自分とは違う世界のことを学ぶのなら、身になる事の方が良いだろう?『マグルが電気を使わなければならない理由』について書いたって、何になるっていうんだい?まあ流石にOWLなんかを控えている学年とかだったらテストに出ることをやるけどね。ところでハリエット」
「なんです?」
「そろそろ就寝時間だよ」
「は~い」
駆け足で部屋を出ていく。黙っていれば、彼女は可愛いのだが。
「ねえヴォルデモート。飲まない?」
「は?」
「ちょっと前に赤ワインを貰ったんだけど、私は飲まないからねえ。結構いいやつだよ」
「何も盛ってないだろうな?」
「盛ってないよ。今回は」
それは、今後も盛る可能性があるということだろうか。今までも本気で気を付けているのに、かなり引っかかってしまっている。
自分がワイングラスを出すと、何故か四鎌童子もグラスを出す。
「飲まないんじゃなかったのか?」
「酒は飲まないよ」
といって、自分に渡したものとは違うボトルを用意する。赤い液体が彼のグラスに注がれる。そのままゆっくり飲み始める。
「誰の血だ」
「さあねえ⋯でも、成人した男の血だ。保存状態が良い。ノクターンで買ったんだよ」
自分も一応何か入ってないか確認しつつ、ワインに口を付ける。確かに美味かった。
「⋯⋯あまり動揺してないね。多少は怒るかなと思ってたんだけど」
セブルスのことだろう。
「⋯⋯ドラコの話を聞いた時から想定はしていた」
「それは知ってるけど」
10年ほど前。俺がポッター家を標的にしたとき。
たしか彼はリリー・ポッターの命のみを要求してきた。
赤子の命も、その夫の命も、どうでもいい。ただ、リリー・ポッターだけを、見逃してほしいと。
正直ただ女欲しさに言っている物だと思っていた。彼は、彼女の意思を全く考えていなかったから。
まあ自分が愛なんて信じていない、というのも大きいが。
「まあ確かに、君がリリーを見逃していたら、血の守りのない彼女の赤子はほぼ間違いなく死ぬだろうね。僅か一歳の我が子をなくし、自分の夫まで殺されて。そんな中で生きるのは、きっと地獄だろうしね。ちょうど今のセブルスとおなじだ。自分がかつて願ったことは、最愛の女性に決してやむことのない絶望を与えることと同じだということに、果たして彼は気付いているのか⋯⋯⋯」
四鎌童子がくるくるとワイングラスを回す。
セブルスはもう、自分のものにはならないだろう。前の自分は騙しきったようだが、あんなものを見せられればさすがにそれくらいは分かる。
あれを見ていない本体なら、騙せるかもしれないが。
「別に、セブルスが離反していようが、今更何とも思わない。そもそも俺の本体を本気で捜索した死喰い人なんて数人しかいなかったしな」
「あはは。そうだったね。傷ついた?」
「⋯はっ。何故傷つく必要がある?」
「セブルスのことは信用していたじゃないか」
「『信用』はな。『信頼』じゃない。あいつは優秀な、使える男だった。それだけだ」
残りのワインを一気に飲み干し、空になったグラスにワインを継ぎ足した。
「元々、俺は誰も信じてない。流石に一人では目的を達成できないから、部下や協力者は必要だが。簡単に他人を信じてもいいことなんて」
「寂しいくせに」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「本当は、家族や仲間といった身近な存在に憧れてるくせに。そういった存在がくれるはずだった愛に、誰よりも飢えているくせに」
「⋯⋯知ったように⋯!」
「それはそうだよ。私はただ君の深層心理の欲望を読み上げているだけだ」
「⋯⋯⋯⋯⋯それが、俺の、欲望だと?」
「そう言っているだろう。だからハリエットに執着心を抱き始めている。自分を唯一、恐れず、真っ直ぐに見てくれるあの子に」
「⋯⋯⋯癪だが、あいつの方が強いからな」
「あっさりと認めるね」
「事実だ」
「ははは」
四鎌童子が深紅の瞳を細めて笑った。酷く美しかった。
校長室
「こんな!こんなしょうもないいたずらをして‼生意気だが規則は守る父親よりかはおとなしい子供だと思っていたら‼やはりあの男の娘だった‼」
「セブルス。少し落ち着くのじゃ。父親との関連性を意識しすぎておるから、似ておると思ってしまうのじゃ。ホグワーツの教師でハリエットのことをジェームズと関連付けているのは、お主ただ一人なんじゃぞ。それに、お主にも悪いところはあった。それはおそらく、いままでの理不尽な扱いの仕返しじゃ」
ぐう、とスネイプが唸った。
「のう、セブルス。ハリエットと何を話してきたのじゃ?」
「⋯⋯それは⋯記憶を取り出しますので、憂いの篩で確認して頂けませんか」
「おお、すまんの」
記憶を受け取ってダンブルドアは確認に行った。その背を見送って、大きくため息をついて、ソファに沈み込む。
確かに、自業自得なのだろう。自分が彼女にしたことを思えば、これくらいは可愛い悪戯だと甘んじて受け入れるべきなのだろう。
今になって、曖昧だった高熱を出していた時の記憶が、僅かばかりだが思い出されてくる。なんてことをしてしまったのだ。馬鹿じゃないのか。彼女をリリーと間違えて、あんな風に泣きついて。ああこんなことになるのなら、四の五の言わずに医務室に行くべきだった⋯⋯
⋯⋯⋯リリーはもう、いないのに。
『ねえ、スネイプ。あなたが私のことを守ろうとするのは、最愛の人を死なせてしまった自分の弱さと愚かさを、誤魔化しているだけですよ』
「⋯⋯それでも。
それでももう、私にはそれしかないのだ。ポッター⋯お前は、私の助けなど、要らないのかもしれないが」
そんな彼の独り言は、フォークスだけが聞いていた。
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接触
空き教室
「⋯⋯⋯」
静かな教室にぱらり、ぱらりと本をめくる音と、紙に何かを書き込む音が響いている。
クディッチの大会の日、ハリエットは観戦に行かずに、ずっと単独行動をしていた。
図書館に行ったり、校舎内をふらふらしたり、ミセスノリスとじゃれたり。
そして今は、宿題のレポートを書いている。
それまでは、まだ誰もハリエットに接触している者はいなかった。
ドラコ君が言っていた。ハリー・ポッターは、最年少のシーカーに選ばれたのだと。
そして初戦の時、クィレルに狙われて、箒から落とされそうになったのだと。
私は今、クディッチ選手ではない。今後なるつもりもない。
事故に見せかけ殺すことを考えた時、選手ではないとなると、攻撃手段が限定される。
せいぜいが、ブラッジャーを操って観客席にいる私にぶつけるくらいだろう。
ただ、私はぶつかってもどうにもならないが、万一周囲の生徒にあたったらまずい。
襲われると決まっているわけではないし、守り切れない自信が無いわけではないが、不安要素は少ない方が良い。
というわけで、朝からずっと一人なのだが⋯⋯
(⋯⋯⋯⋯何もありませんねえ。ねえヴォル)
(なんだ)
(暇です)
(もう一回図書室に行けばいいだろう)
(読書以外でなにか無いですか)
(⋯⋯⋯チェス、オセロ、トランプ)
(じゃあチェスで)
頬杖をついて目を閉じた。
精神世界でチェス盤と駒のイメージを具現化して駒を打つ。彼と私の実力は大体同じ。
私はシノアの時チェスなんてやったことはなかった。ヴォルもルールは知っていたが、精々二、三回ほどしかやったことはなかった。
昨日ハーマイオニーやウィーズリーとチェスをした。
ロン・ウィーズリーは強かった。
チェスをするロンの目は、生き生きと輝いていた。
私はロンと二回戦って、最後の一回で右手の主導権をヴォルに渡してやらせてみたのだが、まあ見事にぼろ負けした。
ヴォルはちょっと悲しそうだった。
「⋯⋯ふふ」
「何を笑ってる?」
「いえいえ、ちょっと昨日のことを思い出しまして」
「ああ、あれか⋯⋯」
「こ~んな(´・ω・`)顔してましたよね」
「してない」
「え~してましたよ」
「してない」
「部屋の隅っこにしゃがみ込んで、周囲にカビを生やしながら⋯⋯」
「それだけは絶対やってない」
「あはは~」
「⋯⋯チェックメイト」
「あ、負けた」
「これで三勝二敗だな」
「じゃあもう一回⋯」
『起きろハリエット』
「え」
目を開ける。
相変わらず閑散とした教室。
だが、少し殺気を感じた。
部屋をぐるりと見渡す。殺気は外の、廊下から。
ゆっくり接近してきている。
「⋯⋯⋯」
腕を軽く動かして、袖から杖を出す。
バンっと教室の前のドアが開くと同時に、
「アバダケダブラ!」
「コンフリンゴ」
フードを深くかぶった男が死の呪文を撃ってきた。私は男の足元を爆破させ、呪文をよけながら椅子を投げる。
男は間一髪で避ける。椅子が壁に突き刺さった。
「ステューピファイ!」
「プロテゴ。ペトリフィカストタレス」
「インカ―セラス!」
「アビフォース、オグパノ」
「「クリューシオ(!)」」
「がああああああああああああああああああああああああ‼」
男が悲鳴を上げる。フードの隙間から顔を覗こうとしたが、仮面をかぶっていて見えなかった。どうやら声を変えているようで、悲鳴からは誰か分からない。
だが、後頭部から匂う人の肉が腐った臭いは間違いなくクィレルのものだし、そこに取り憑いた気配は間違いなくヴォルデモート。
「⋯⋯あなたは誰ですか」
「⋯⋯」
「生徒?教師?死喰い人さん?ヴォルデモート?」
「⋯⋯⋯」
「レジリメン⋯」
「ポッター‼大丈夫か‼?」
「ルーマスソレム‼」
「クッ」
無言でプロテゴを張ったが、攻撃は無かった。クィレルは私の目を一瞬眩ませて、すぐに全力で逃走を図った。
「⋯⋯⋯ありゃ、逃げられちゃいましたね」
今からでも追えば追いつくことはできるだろう。それくらい、鬼呪持ちとそうでない人間には身体能力の差がある。
だが、追う気は無かった。
今の接触で、もう分かったから。
本体は、こんなにも接近しているのに、分霊箱に全く気付いていない。
気付いていたら、今の自分の肉体が無い状態の時に、初撃で死の呪文は遣わない。
(それにしても、十年前に反射した呪文で今肉体が無くなっているのに、また同じことをするなんて⋯学習能力無いですね)
(⋯⋯流石にどうかと思う)
(あれ、怒らないんですね)
(⋯⋯⋯)
乱入者達を見る。
息を切らしたドラコ君と、スネイプ先生がいた。
「どうしたんです?二人とも。クディッチはもう終わりましたか?」
「⋯⋯どうしたって、そんなの僕の台詞だ!さっきまで誰と闘っていた!?」
「さあ?顔は結局見えませんでしたし、声も変わってたのでよく分かりませんでした」
「ポッター。この教室の惨状については敢えて聞かん。怪我は無いかね」
「はい」
「何故観戦席にこなかった?」
「クディッチにあまり興味が無いので、一人でのんびり静かに過ごそうと思いまして」
「⋯⋯⋯そうか。ポッター、今ので分かっただろうが、今年のホグワーツは安全とはいいがたい。なるべく一人にはなるな」
「⋯⋯⋯考慮します」
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休暇前
すっかり冬になり冷え込んだホグワーツの中庭に雪が舞い落ちる。
中庭にはハリエット・ポッターとハーマイオニーがいて、ミセスノリスやヘドウィグと遊んでいた。
彼女たちは最近よくノリスかヘドウィグと遊んでいる。
それに、先程から視線を向けている者がいた。
いつもは三つ編みに纏めている白髪をおろし、口元にいつもの微笑を浮かべている。
真っ白な髪と肌は、舞い落ちる雪にひどく映えている。
「マドゥ先生」
「⋯⋯ああ、ダンブルドア校長。なんでしょうか」
「先程からあの子たちをずっと見てなさるが、どうかしたのかのう?」
「ああ⋯仲がいいなと思いまして。長年の対立が深いあの二寮では、珍しいでしょう?」
「⋯⋯そうじゃのう」
マドゥはいつも自然な表情を崩さない。会話に不審な様子を見せない。開心術でも、ごくごくありふれた情報しか出てこない。
一見、怪しいと思うようなところは、全く見られない。
だから最初、彼が教員になりたいという話を持ってきたとき、承諾したのだが⋯⋯⋯
「ハリエットと、よく話しているようじゃが」
「まあ⋯⋯なにせあの子は、『生き残った女の子』ですからねえ⋯⋯直接教鞭は振るってないとはいえ、折角話せる立場にいることですし、お話しできるときにしておきたいと思いまして。何度か話しているうちに個人的に勉強しているらしい数学や、他教科の質問を受けるようになり、自然と話すことも多くなったんですよ。光栄なことに」
そう言って、マドゥはにっこりと笑う。
それは自然なことだった。生き残った女の子として英雄視されている少女は世間から注目されている。
まあだからこそ、スリザリンに入った後の風当たりも他のスリザリン生よりもきつくなっていたのだが⋯⋯
「それにしても、随分と冷え込みましたね」
「もうすぐクリスマス休暇じゃからのう。そう言っておる割には、いつもと服装が変わっておらんようじゃが⋯⋯」
「ははは⋯暑さや寒さには生来強い方なので。ダンブルドア校長こそ、お風邪に気をつけてください」
そう言ってマドゥは去っていく。
⋯⋯考えすぎ、なのだろうか。
マドゥの表情は、まるで違和感がない。完璧だ。
完璧すぎるのだ。
教員としてホグワーツに迎え入れ、接するようになってから、何となく違和感を感じるようになった。
ヴォルデモート卿――――トム・マールボロ・リドルから感じたものとは別の空恐ろしさを感じるのだ。
ただの老人の思い違いであって欲しいのだが⋯⋯
「ダンブルドア校長?」
すぐ近くで声がした。ハッとして意識を向けると、ハリエット・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーが手をつないでそこにいた。
気づかなかったが、彼女たちがこそこそと忍び寄ってきたのではないだろう。ぼんやりとしすぎた。
「おお、ハリエットか。どうしたのかね」
「いえ、マドゥ先生と話してから、随分ぼんやりとなさっていたので、どうなさったのかなと思いまして」
「⋯⋯そうかの?」
「はい」
そういってこちらを見上げてくるハリエットは、無表情。
彼女はいつもそうだ。どんな悪口を言われても、どんな冷たい扱いを受けても、彼女の表情は普段と変わらない。
傷ついた様子も無い。怒る様子も無い。まるで興味が無いとでもいうように。
スネイプの罪を知った時すらも、彼女に動揺はなかった。
『私の親を殺したそうですねえ』
『この子供さえ、いなければ―――そう思ったことは、ないんですか?』
『あなたが私のことを守ろうとするのは、最愛の人を死なせてしまった自分の弱さと愚かさを、誤魔化しているだけですよ』
「⋯⋯友達ができたのかの?」
「はい、ハーマイオニー・グレンジャーさんです」
「あ、あの、こんにちは⋯⋯」
「こんにちは、グレンジャー嬢。学校は楽しいかね?」
「は、はい!」
「ほほ、そうか。勉強は順調かね」
「あ、えっと、はい、少し⋯⋯」
「あは、もしかして緊張してます?ハーマイオニー」
「そ、そりゃそうでしょ!校長先生よ!?」
「あはは~」
パシパシとグレンジャーがハリエットの肩を叩く。あのハロウィンの日から、随分と仲良くなった。
ハリエットも心なしか楽しそうに見える。
これなら、きっと、ハリエットは、大丈夫だろう。
そう、信じたい。
『愛など――無力だ』
『私は心底教師になりたいと⋯⋯⋯』
『それが、最後の言葉か?ならもう何も言う事は無い‼』
「⋯⋯⋯」
ハリエットは優秀だ。
トロールを殺せるほど。クィレルを返り討ちに出来るほど。
他人の開心術に気付けるほど。
そして、どこか彼に似た、冷たい瞳を持っている。
「⋯⋯⋯くしゅんッ」
「ハーマイオニー?」
「⋯⋯冷えたようじゃの。そろそろ中に戻りなさい」
「は~い」
「す、すみません、ダンブルドア校長⋯⋯」
彼女たちが校舎に帰っていく。
雪はいつの間にか止んでいた。
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初訓練
「訓練したい、ですか?」
「ああ」
朝食の時にドラコ君にそう言われた。
目玉焼きの乗ったトーストを取る。
「自分でも魔法の練習はやってはいるんだが⋯⋯相手が欲しくて⋯⋯」
「良いですよ?」
「本当か!」
「ただ⋯⋯」
「え?」
「普通に試合をします?それとも実戦に近いものにします?」
「何が違うんだ?」
「試合なら、私は禁呪を遣いません。実戦なら、死の呪文を除く全ての手段で攻撃します」
「⋯⋯⋯⋯」
ドラコ君は暫く悩んで、
「実戦で、頼む」
「⋯⋯分かりました」
ゴクンっとパンを飲み込んだ。
必要の部屋
「アグアメンティ!グレイシアス!プロテゴ!エクスペリア―ムス!オブスクーロ!ステューピファイ!」
「⋯⋯⋯⋯んっ」
強い。勝てる気がしない。
闇払いになったハリーと戦闘したこともあるが、比べ物にならない。
時折、我が君――闇の帝王に匹敵するんじゃないかと思うくらいの殺気を向けられることもあった。
ハリエットは、最初の位置からほとんど動いていない。
少し体をひねって避けるか、無言呪文で相殺したり防御壁を張って防いでいる。
「⋯⋯?」
ハリエットが、手を上げていた。
ひらっと、紙が舞う。
その紙には、今まで見たことが無い文様が書かれていて⋯⋯
同時に、ハリエットの殺気が爆発的に膨らんだ。
本能的に、不味いと思った。
「―――起爆」
「プロテゴ、マキシマ‼―――――――ガッハ⋯⋯!」
防ぎ、きれなかった。少し吹き飛ばされ、尻餅をつく。
すっと目の前に白い手が伸ばされる。
「大丈夫ですか?」
「⋯⋯ああ」
ぐっと手を掴んで起き上がる。
「ダメージを受けた時に、攻撃を流すように飛んだりするといいですよ」
「⋯⋯今、なにしたんだ?」
「あ、これですか?」
ハリエットがひらひらっと縦長の紙を振る。
「柊家で使用されていた起爆符です。呪術です。杖を遣わない魔法みたいなものです。紙なのでこんな風に色んなところにたくさん仕込めますよ。袖とか、懐とか、ポケットとか」
「⋯⋯つまり君は、杖を奪われても戦闘を継続できるということか」
「まあそうですね」
「⋯⋯⋯吸血鬼とは、それで戦ってたのか?」
「あはは、まさか。こんなの絶対あたりませんし、貼り付けられたとしても札が起爆する時のタイムラグで避けられちゃいます」
「これを貼り付けられて避けられるのか!?」
「はい。それにこれだとダメージはほぼ与えられませんしね。ですから世界破滅後はサブ武器みたいな扱いでした」
「⋯⋯破滅?」
「⋯⋯⋯色々あって、私の世界では私が7歳のクリスマスに、大量の人間が死んだんですよ。世界の人口は10分の1になりました。同時に人間だけを襲うヨハネの四騎士や吸血鬼という化け物が地上を徘徊するようになりましてね⋯⋯まあ、人間には優しくない世界でしたね」
「⋯⋯⋯なに、それ」
「まあだからこそ人間は、人間をやめることで必死に生き残ってました。きっとこちらの世界の魔法使いが知ったら怒りを覚えるどころではない禁忌を犯しまくっていた。特に柊家は」
「⋯⋯死の呪文⋯⋯いや、分霊箱よりも?」
「あは。あんなものたった一人の人間を殺すだけじゃないですか。しかも誰でもいいんですよ?遣う本人のリスクだって相当なもののようですし。私の所は酷い人体実験してましたからねえ⋯何千、何万という人間を投入した」
「な⋯⋯⋯」
あんなもの。
分霊箱を、あんなものと、言い切るのか。
それに人体実験⋯⋯⋯人の数が、おかしいだろ。
彼女の世界の闇の魔術は、どれだけ酷かったんだ?
「⋯⋯凄い世界だな」
「⋯⋯ここは平穏ですね」
「さて、そんなやばい世界で生き抜くために、人間が命懸けで創り上げた呪いがあるんです」
「呪い?」
「私今、な~んにも持ってませんよね?」
「?ああ、そうだな」
「でも、この完全に丸腰の状態から、『鬼』と『武器』を具現化しちゃいま~す」
でてきて~、と彼女が言うと、彼女の手にブンッと小さなスティックが現れる。
と、思ったら、そのスティックが形を変えながらどんどん大きくなって、やがて成人男性の背丈を超しかねないほど巨大な漆黒の鎌になって、止まった。
彼女はそれをクルクルと廻して、
「私の姉が開発した呪い⋯⋯『鬼呪装備』です」
「⋯⋯ずっと思ってたんだが、君の筋力はどうなってるんだ」
「ははは」
「⋯⋯⋯これを見せてくれるってことは、信用されたってことでいいのかな」
「まあそれもありますが。あなたの訓練をしたいというのも大きいですね」
「僕の?」
「とりあえずこれ使ってください」
そういって彼女が僕の手に何かを握らせる。
「⋯⋯これは、剣?」
「ええ。日本刀です」
「なんで⋯⋯」
「身体強化魔法を使ってもいいんで、ちょっと受けてみてください」
「は、え、ちょっ⋯⋯うわあああ!?」
「ぜーー、はーー、ぜーー⋯⋯」
「⋯⋯ドラコ君、体力つけましょう」
「⋯⋯これ、魔法族に、何の意味が⋯⋯」
「接近戦ができて損はありません。体力があれば持久戦もできます。反射神経は攻撃を避けるときに役立ちます⋯⋯⋯じゃあ次は⋯⋯」
「え!?」
「え?」
「⋯⋯あ~、もう少し休みます?」
「⋯⋯い、いや、いいです⋯⋯」
(⋯⋯⋯まあ、その、なんだ⋯⋯頑張れ)
「―――え?」
「⋯どうしました?」
「⋯⋯⋯いや、何でもない」
知らないような、知っているような人の声が聞こえた気がした。
次回、久しぶりのマグル界(たぶん⋯⋯)
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クリスマスプレゼント
12/25 マグル界
今日はクリスマス。シノアだった時は、今日が誕生日だった。
そして、世界が破滅した日でもあった。
早朝、誰かが入ってきた気配で目が覚めた。
「⋯⋯⋯」
目はまだ瞑っておく。静かに私のベッドに近寄ってくる。
「⋯⋯ハッティー、起きてる?」
「⋯おはようございますダドリー。何時です?」
「4時半」
「早いですね」
「楽しみで目覚めちゃった。プレゼント開けよ」
「あはは」
ダドリーの部屋に私のプレゼントの包みを持って行って二人でプレゼントを開封していく。
私のプレゼントには、おじさんやおばさんのもの以外に魔法界から来たものもいくつかある。
ドラコ君からはかなり詳しめの薬草図鑑と魔法薬の本が送られてきた。持っていないものだったからかなり嬉しかった。私は筋トレグッズを送っておいた。
ハーマイオニーからはチーズ系の料理本と蛙チョコレートの箱だった。私は魔法で作ったヤグルマギクとブルースターを模した装飾を施した青いバレッタと、椿油を送った。
因みに魔法界のプレゼントは、深夜まで起きて梟を待って、包みを窓で受け取ってから寝た。
「なにそれ、蛙のチョコレート?」
「そうです。動きますよ」
「動く!?」
「食べます?」
「ありがと⋯⋯あ、ほんとに動いてる⋯⋯あ、逃げた!」
ダドリーがチョコと奮闘しているのを聞きながら、最後の小さな包みを開く。
中から、するりと銀色の美しい布が出てきた。
「⋯⋯⋯」
布を拾う。水を織物にしたような手触り⋯⋯透明マントだ。それも、かなり上等な。これがあればかなり有利になれる場面がたくさんあるだろう。こんなものを、いったい誰が。
カードが入っていた。それを、読む。
(⋯⋯あのジジイの字だな)
(⋯⋯ねえヴォル)
(なんだ)
(あなたが襲撃したときに、私の両親のどちらかはこれを使用してましたっけ?)
(⋯⋯いや)
(⋯⋯父さんは時間稼ぎのため⋯⋯というか無防備にあなたの前に飛び出していってもう引き返せなかったからまだいいとして、自宅に侵入した敵から逃れようとするときに、母さんがこれを使わないのっておかしくないですか。こんなものがあるなら普通使いますよね?)
(⋯⋯ハロウィンより前に、透明マントはダンブルドアの手に渡っていたと?)
(⋯⋯⋯ダンブルドア、ポッター家を守るつもり、あったんですかね?
まさか、あなたが襲撃して、私が生き残っているこの状況は――――)
「ハッティー?」
「⋯⋯え?」
「どうしたんだ?なんかピリッとしてたけど⋯⋯その布なに?」
「いえいえ、何でもないですよ。あ、これですか?これはですねえ、かくれんぼにおけるさいっこうのお友達です!ちょっと被りますか?」
「⋯⋯うわなにこれすっげえ!透明だ!」
おまけ
休暇中 魔法界のどこかで
「やあ、こんにちは」
―――――――――――――――。
「⋯⋯ねえ、気付いてる?」
⋯⋯⋯【 】
「私かい?私は四鎌童子だよ。⋯⋯そういうことじゃない?でも、これ以外に何を答えるの?⋯⋯少なくとも、君の言っている者ではないな」
【 】
「おおっと、君元気だね。でも何で襲って来るの?⋯⋯その資格も無いのにこの場所に入って自分を起こしたから?酷いなあ。こんな暗いところで引きこもり生活を続けている根暗ちゃんを外に連れ出してあげようとしてるだけなのに⋯⋯」
【 】
「ははは。不思議かい?私はずっと死ねないんだ。何をやっても死ねなくてさ。もし君が私を殺せるというなら、ぜひそうして欲しい。まあ君には無理だけど⋯⋯⋯」
【 】
「馬鹿にするな?してないよ。ただの事実だ。
――さて、そろそろおとなしくしてもらおうか⋯⋯⋯」
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ドラゴンの卵
クリスマス休暇が終わり、学校に戻ってから少しした後、ウィーズリーに誘われたネビルとハーマイオニーが私をハグリットの小屋に誘ったため、ドラコも誘って5人で小屋に行った。
「こんにちはー」
「ハグリット~」
暫くして扉が開く。中から物凄い熱気があふれてきた。
「うわ、あっつい」
「きゃっ」
皆で後ろに一歩下がると、中からとても大きな男が出てきた。
「おお、ロン、お前さんか⋯ん?」
男は私の方をジロジロ見てくる。こういう反応にはもう慣れた。
「⋯⋯お前さん、もしかしてハリエットか?」
「⋯⋯ええ、まあ」
「お前さんから会いに来てくれるとは!大きくなったなあ、ハリエット⋯目は母さんにそっくりだ⋯⋯父さんにはちっとも似とらんな!まあ元気そうで何よりだ‼」
「⋯やっぱり私、父さんには似てないんですよね。スネイプ先生はいったい私のどこに父の面影を感じているのでしょう」
「⋯⋯髪の色じゃないか?」
「ところでお前さんら、大勢でどうしたんか?」
「ハーマイオニーに誘われて」
「私とネビルはロンに誘われたの」
「僕はハリエットについてきた」
「おお、そうか!さあさあ、みんな中に入れ!お茶をご馳走するぞ!」
上機嫌で中に導かれた。小屋はとても蒸し暑くて、サウナのよう⋯⋯というかサウナだった。
暖炉で何かが煮込まれている。
「⋯⋯ん?」
近づいてみる。
「⋯⋯⋯んん?」
「ああ、それには触れんでくれ」
「あの、ハグリットさん」
「ハグリットでいいぞ!」
「じゃあハグリット。これ法律違反ですよ」
「⋯⋯ん?え、あ、いやこれはその⋯⋯」
「どうしたの、ハリエット⋯なにこれ?」
「あ!すごい、これドラゴンの卵!?」
「ええ、ノルウェー・リッジバックの卵です。ここにあっちゃいけないものです」
「い、いや、それはそうなんだが!育てたいんだ⋯⋯子供のころからの夢なんだ⋯⋯」
「あなた⋯ホグワーツを退学になったきっかけ忘れたんですか?これ公になったら追い出され⋯⋯いや最悪逮捕されますよ」
「い、いや、それは⋯⋯!」
「⋯⋯ハグリット。とりあえず私の質問に全て答えてください。いますぐに通報されたくなければ⋯⋯」
「ハグリット。あなた本当にやらかしましたね。あなたは一番漏らしてはいけない人物に⋯ヴォルデモート卿に三頭犬の情報を漏らした」
「そ、そんな⋯⋯そんなつもりじゃ⋯⋯俺は⋯⋯」
(ルビウス・ハグリット⋯⋯お前は何度俺に利用されるんだ)
「⋯⋯あ、あの、ハリエット、どうするの?」
「⋯⋯ハグリット。この卵はダンブルドア校長に引き渡します。今からでも罠を変えれば現時点で持っている情報で侵入を計画している闇の帝王をはめることもできるかもしれない。今回は情報を規制したほうが良いのでこの卵は秘密裏に処理し、自白してくれたこともあるのでお咎めが無くなるように掛け合います。どうなるかは分かりませんが⋯⋯」
「うう、すまねえ⋯⋯俺なんて⋯俺なんて、追放されて当然だ⋯⋯」
「とにかく反省してください。じゃあこれは持っていきますね」
火から下ろしたドラゴンの卵を透明マントに包む。
そのまま真っ直ぐ校長室に足を運ぶ。
『蛙チョコレートだ』
「蛙チョコレート」
ドアをノックし呼びかけると、扉がひとりでに開いた。
「お入り」
「失礼します」
「ハリエット。どうしたのかね」
「相談があって参りました。この卵と、賢者の石の警備について」
ダンブルドアの開心術に対し公開する情報を選びつつ説明する。
「ところでダンブルドア校長。今回の情報漏洩の件、あなたの計画ですか?」
「⋯⋯どういうことかの」
「ハグリットは確かにあなたに忠実です。完全に不死鳥の騎士団側でしょう。ですが彼は口が軽い。蝶の羽よりも軽い。ハグリットをずっと見ていたあなたが本当に情報を隠したいなら、絶対にあなたは彼に情報を渡さないはず。ですがあなたは情報を渡した。あなたは、ヴォルデモートをあの4階の廊下に行かせたいのでは?」
「⋯⋯」
「で、そこで消滅させたいのですか?方法が確立したのですか?」
「⋯いや、今はまだ、彼を消滅させるのは無理じゃ」
「⋯⋯ならなにがしたいのですか?捕縛ですか?」
反応を見るに、違うだろう。
「⋯⋯私の訓練ですか?将来必ずヴォルデモートとぶつかることになる生き残った女の子を、まだ彼の力が弱まっていて死ぬ危険性が少ないときに引き合わせて、精神力や行動力を養い、また親の仇との接触を通して復讐心を目覚めさせたい。ヴォルデモートを倒す英雄を育成するために」
瞳が揺れた。ダンブルドアが意識してやっているのでなければ、これがあたりだろう。
「面倒なことをしますね。孫くらいに年の離れたかよわい女の子に、いったい何を期待してるのでしょう。そんなことをするよりも、あなたが全力で行動する方が確実ですし早いでしょう?今世紀もっとも偉大な魔法使いのあなたが。なのにあなたは特に自分では大きな行動をせずに、私を矢面に立たせようとしている。私の名声もそう。一歳の赤子が闇の帝王に本気で殺しに来られて、自分で抵抗できるわけがない。赤子が生き残ったのなら、赤子ではなく両親が何か細工をしたのだと疑うべきなのに。イギリス魔法界の大人たちは疑いもせずに、私が特別だと信じ、期待する。異常です⋯⋯あなた、情報操作してません?」
「ハリエット」
「まあそれは別にいいですけど。ですが、何故私は英雄視されるのでしょう?私自身は何もなしていない小娘なのに。ヴォルデモートが私を襲う最大の理由となった、例の予言となにか関りが?彼が戻ってきた場合の対策を考えるにも、正確な情報が欲しいので、もしよろしければ教えてくれませんか?私が生き残った理由を。10年前に何があったのかを。スネイプ先生が中途半端に聞いた予言の、全様を。⋯⋯それとも今は私からヴォルデモートに情報が伝わる危険性を考えて教えたくないですか?こう見えて口は堅いですし、閉心術には自信があるんですけどねえ」
「一方が生きる限り、他方は生きられぬ―――ですか。なんだかそれ、矛盾してません?私はこうして元気に生きてますけど、彼だってぎりぎり生きてるんでしょう?」
しかも私はヴォルデモートの分霊箱。私がある限り彼は死なない。彼が死ぬには先に私という器を破壊する必要がある。
共に生きるか、共に死ぬか、分霊箱を解除するか、私の中の魂を他の器に移すか。
だが二人とも生き続けること自体は可能だろう。どちらかが思想を変える必要はあるかもしれないが⋯
「それとも殺さなければならないのは思想ですか?ヴォルデモートに闇の帝王をやめさせるとか――」
「⋯⋯トムが改心するとは思えん⋯⋯してくれるなら嬉しいことじゃが⋯⋯」
「⋯⋯トム?」
「彼の本名じゃ⋯わしもできることなら彼を救いたい」
(貴⋯様、どの口が⋯⋯!)
「⋯⋯彼を改心させるために、何らかの努力をしたんですか?」
私には、ダンブルドアはいままで火にガソリンを注いだようにしか思えないのだが。
「やるだけのことをやってから言ってくださいよ。あなたは教師でしょう?これは私の仕事じゃなくて、あなたがやり残した仕事のはずです⋯⋯まあ、あなたの言葉が届くとは私にも思えませんが」
暫く沈黙が続く。不死鳥が止まり木の上でゆったりと羽を伸ばした。
「⋯⋯君は、この短期間で随分多くの情報を集めたようじゃな」
「ええ、まあ。面倒ごとに巻き込まれるのは確定なのだから、ちゃんと情報を収集しておいた方が良いとアドバイスされたので」
「言われたからやったのかね」
「ほかにやることも、やりたいことも無いですし」
「⋯⋯憎いかね」
誰が、とは言わなかった。
「⋯さあ、どうなんでしょう。両親には生きていてほしかったので思うところはありますが⋯⋯今までの人生に特に不満は無いので、復讐のために身の危険を冒したいとは思いません」
ただダーズリー家を狙うならその時は――――という言葉は飲み込む。
執着心は利用される。
「まあ彼の性格は知っておきたいので、会いに行くくらいはいいですけど。賢者の石は破壊しておいてくださいね。やばそうだったら私はさっさと逃げますので」
「⋯⋯それはもうとうに破壊しておる」
「⋯そうですか。ならいいです」
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秘密の部屋の少女
【ううう⋯⋯もおお嫁にいけない⋯⋯】
「はい?」
(⋯⋯ん?)
水道管から妙な声が聞こえてきた。どこか悲壮感の漂った愚痴⋯⋯それだけなら別にいいのだが、今のは、
(蛇語ですよね)
(ああ⋯⋯恐らくこの裏の水道管から聞こえてきている)
蛇語の愚痴は続く。白い悪魔や化け物への悪口とともに。
(⋯⋯この声は、まさかバジリスクか?)
(秘密の部屋が開かれたのでしょうか?それにしてもこの愚痴はいったい⋯⋯)
水道管の裏に侵入する。ヴォルも実体化する。声のする方向に目を向けると、そこにいたのは⋯⋯
「「⋯⋯は?」」
【⋯⋯え?】
長い黒髪と黄色の瞳を持つ、バニーガールの女の子が、涙目でしゃがみ込んでいた――
――数時間前 秘密の部屋にて
「目を普通に開いて、上を見て⋯ああ、顔は動かさずに。はいそのままじっとして―――うん。大丈夫。マートル、もう入ってきていいよ」
「わかったわ――ってきゃーーーー!可愛い!これが私をゴーストにしたあのバジリスクなの?人の姿になれるのね」
「いや、目が合った生物を石化させる呪いを阻害するコンタクトをつけさせるために、私がなんとか人型にした」
【本当にそれだけか?じゃあお前が今手に持っている、その⋯注射器?とやらはなんなんだ】
「まあ確かにこれの針が蛇のままじゃ肉が厚くて血管まで通らなかったのも理由の一つではあるね。じゃあ早速血液を採取させてもらうよ」
「ねえ四鎌童子、なんでバジリスクはメイド服着てるの?可愛いけど」
「ああ、人型になって裸は不味いだろう?だから着る服の候補を色々持ってきたんだ。あれはそのうちの一つだよ」
「⋯⋯⋯もしかしてあの服の山が、四鎌童子が持ってきた候補?」
「そうだよ。さあこれから着せ替えしていこう」
【え?いや、私はもうこれでい⋯】
「まあまあそう言わないで」
「(バジリスクがなんて言ってるかはわかんないけど)そうそう、せっかくこんなにあるんだから着てみなさいよ。大丈夫よ、その顔と体の細さなら大抵のものは似合うわよ!」
【いや、だから⋯⋯ちょ、ま⋯あ―――――――!】
【⋯⋯で、最初はメイド服から始まり、チャイナ服、アオザイ、帝鬼軍の軍服、セーラー服、ホグワーツの制服などを着せられている間はまだよかったと。段々路線がずれていき、ナース、踊り子、パレオ、サンタコス、蛙の着ぐるみなどを着せられた挙句、最後にはバニーガールにされ、泣きながらその格好のまま逃げてきたんですか。大変でしたねぇ】
【ううう⋯⋯あの悪魔あ⋯やめろって言ったのに⋯⋯こんな格好⋯⋯マートルもすごく楽しそうに囃してきて⋯】
「⋯⋯そもそもあの鬼、いつの間に秘密の部屋を?というか何のために」
「バジリスクを調べたかっただけじゃないですかね?いつ開けたのかは知りませんが」
「ああ、クリスマス休暇中だよ。授業もないから時間がいっぱいあるからね」
「あ、しーちゃ⋯」
【うわああああああでたあああああああああああああ】
「あ!やっと見つけた!じゃあバジルちゃん、次はこれを⋯」
【やだ!もうやだそんなの着ないからな!?普段着の服はもう最初のやつでいいから!】
「なんて言ってるの?」
「もっと着せ替えていいよ!だってさ」
【フザケンナあああああ!ちょ、ほんとにもう⋯⋯あ!継承者!頼む!頼むから助け⋯⋯】
【⋯⋯無理】
【嘘だよなあ!?もう誰でもいいから、こいつらをとめ⋯】
「じゃあ、秘密の部屋に帰ろうか」
【いいいいいいやああああああああ⋯⋯⋯―――――】
バジリスクは水道管を引きずられていく⋯⋯⋯
「⋯⋯⋯帰りましょうか」
「⋯⋯⋯そうだな」
後日、秘密の部屋を訪れると、色々と悟り切った顔をしたメイド姿のバジリスクがお茶を出してくれた。今は英語で話す練習をしているらしい。
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賢者の石
試験が終わり、生徒の大半は解放感に包まれている。けれど私には少し面倒な仕事が残っている。
ダンブルドアはロンドンに向かってしまった。クィレルが既に破壊済みの賢者の石回収を決行するなら今日だろう。
なので先に廊下の奥に向かおうとしたのだが⋯⋯
「⋯⋯⋯ノーちゃん」
「にゃう」
「通っていいですか」
「にゃあ!」
「見逃してください」
「にゃー!」
「ノーちゃ」
「にゃ!」
「おねが」
「にゃん」
「後生で」
「にゃーご」
「⋯⋯⋯」
「にゃう」
私は思わぬ足止めを食らっていた。これは出直した方が良いかもしれない。
そう悩んでいると、ふいにミセスノリスがこちらに寄ってきた。
私の足に体をすりすりして、高い声で泣きながら、こちらを愛くるしい顔で見上げてくる。
これは、あれだ。
『見逃してあげるから、おやつをよこせ』
⋯⋯⋯⋯⋯⋯
鞄に入れていたおやつのほとんどを食い尽くし、ようやく満足したノーちゃんはどこかに行った。
それを見送って、後ろを振り向き、
「何か御用でしょうか。ドラコ君」
「⋯⋯気づいてたんだ」
「はい」
「行くのか?」
「行きますよ」
「⋯⋯ついて行っていいか」
「断っても来るでしょう?」
「まあ、そうだな」
「突き当りの一つ前の部屋に透明マントを貸して置いていきますからね。ドラコ君は様子見していてください。クィレルとの接触中誰か来た時に足止めしてくれると助かります」
「一人で接触して大丈夫なのか?」
「今のヴォルの本体とクィレルに私を殺すのは無理です。行きますよ」
「こんばんは。クィレル」
「⋯⋯ここに私が来たことに疑問を抱いていないな。どこまで知っていた?」
「色々と」
「本当に小賢しく、目障りな餓鬼だ。育ちすぎた蝙蝠のように飛び回るスネイプを疑えばいいものを。ハロウィンの時もクイディッチの時もあんな風に学校をうろちょろして⋯生かしてはおけない」
「あは。じゃあどうするんですか?ここでまた私と戦闘しますか?そんな時間あるんですか?あまり時間を無駄にしていたら、ダンブルドア校長が⋯」
「ダンブルドアは、今ロンドンだ。帰ってくる頃には、私は石を見つけ出し、遠くに行っていることだろう⋯さて、ポッター。痛い目に遭いたくなければ、そこでおとなしく待っておれ。私はこの面白い鏡を調べなければならないからな」
「⋯まあ、あなたに石を手に入れられるとは思いませんから、おとなしく待ってますけど⋯⋯この前痛い目に遭ったのは、むしろあなたの方だったと思うんですけどね」
「今の私は一人ではない。私の行くところ、どこにでもあの方がいらっしゃる⋯⋯石が手に入れば、お前もその余裕な態度を保ってはいられなくなるだろう」
「⋯⋯⋯」
「しかし、この鏡はどうなっているんだ?石が見える。ご主人様に差し出しているのが見える⋯⋯石はこの鏡の中か?」
「⋯『わたしはあなたのかおではなく あなたのこころののぞみをうつす』」
「⋯⋯何を言っている?」
「その鏡の枠に彫られている文字ですよ。その鏡の説明文です」
「⋯⋯なら、石のありかだって映るはずだ⋯⋯だって私は石が欲しいのだから⋯⋯この鏡はどうやって使うんだ?ご主人様!助けてください!」
「その子を使え⋯⋯その子を使うんだ⋯⋯」
「うわ声高。体が無くなって声が変になったんですか?ヴォル」
「貴様、ご主人様に対して⋯⋯しかも勝手に名を略すとは!」
「ヴォルデモート卿って長いので。なんでもうちょっと簡単な名前を考えなかったんですか?」
「良いから早く来い!ここへ来るんだ!」
「⋯⋯」
「鏡を見て何が見えるか言え」
「⋯⋯」
この鏡は望みを映す。つまりここに映っているモノが、自分の望みということになる。
『⋯⋯ああ、百夜優一郎がいる。そんなに優君のことが好きだったの?』
「⋯⋯家族です」
「そこをどけ」
『ダドリーがいるのはいいとして⋯⋯ははは。やっぱり彼もいるのか。嬉しいよ。君の執着が、欲望の対象が増えるのは』
(乗っ取りやすくなるから?)
鬼は答えない。ただ静かに笑うだけ。
「俺様が話す⋯⋯直に話す」
「ご主人様、あなた様にはまだ十分に力がついていません!」
「このためなら⋯⋯使う力がある⋯⋯」
クィレルがターバンを脱いで、後頭部が露わになった。予想通り、ヴォルの本体はそこにいた。
「ハリエット・ポッター⋯⋯このありさまを見ろ」
「初めまして。元気そうには全く見えませんね。ほんとに生きてるんですか?」
「ただの影と霞に過ぎない⋯⋯誰かの体を借りて初めて形になる事ができる⋯⋯この数週間は、ユニコーンの血が俺様を強くしてくれた⋯⋯」
「ユニコーン⋯あんなのよく飲む気になりますね。あれを飲むならまだ死んだ方が良いと思うんですけど」
「呪いに関しては問題ない。命の水さえあれば、俺様は自身の新しい体を創造することができるのだ。さてポッター。賢者の石のありかを吐いてもらおうか」
「知りません」
「おとなしく吐いたほうが身のためだぞ、小娘。命を粗末にするな。俺様の側につけ⋯⋯さもないとお前の両親と同じ目に遭うぞ⋯⋯二人とも命乞いをしながら死んでいった⋯⋯」
「はあ⋯⋯」
母さんが私の命乞いをしたのは覚えているが、父さんが命乞いなんてしていただろうか。
(⋯⋯ただの脅迫だ。あまり気にするな)
「気のない返事だな。興味が無いのか?」
「こういう場であなたが事実を話しているとは限らないでしょう」
「ふむ。それもそうか⋯⋯俺様はいつも勇気を称える⋯⋯お前の両親は勇敢だった。俺様はまず父親を殺した。勇敢に戦ったがな。だが母親は死ぬ必要はなかった。母親はお前を守ろうとしたんだ⋯⋯母親の死を無駄にしたくなければ、知っていることを⋯」
「へえ。母さんを見逃す気、あったんですか。マグル界出身の母さんを?」
「⋯⋯」
「しかし、十年前の襲撃の目的が私なら、私はあなたを助けないほうが良いですね。復活したらその瞬間、用済みになって殺されそうですし。それに賢者の石のありかは、本当に知りません。もう誰にもわかりません。だって賢者の石は、既に破壊されてしまったのですから」
「⋯⋯なんだと?」
「あ、私が壊したんじゃないですよ?だからそんな目で見ないでくださいよ。怖いですねえ。震えちゃいます」
「黙れ。どういうことだ」
「――これが、ダンブルドアの掌の上だということですよ。気付いてます?この部屋は盗聴されている。捕まりたくなかったら、早いところ逃げたほうが良いのでは?では私はもう帰りますね」
「逃がすと思うか、小娘!おいクィレル、捕まえろ!」
クィレルが私に手を伸ばす。動きは遅い。掴むのは簡単だ。
手首を素手で掴んで、折るために力を籠めようとして。
「ぐあ⋯⋯!」
「⋯⋯!」
手に強烈な違和感を感じるとともに自分の額の傷が突然疼き、思わず手を離した。
クィレルの手は酷いことになっていた。まるで火傷を負ったかのように、皮膚が爛れてしまっている。
血の守りだ。10年前、死の呪いすら跳ね返した、守りの魔法。
ヴォルの本体は、自分を呪うことはおろか、触れることもできない。
「ご主人様、やつを押さえることはできません!触れれば、私の手が!」
「それなら殺せ!愚か者め、今この場で――」
「見苦しい」
「⋯⋯え?」
スネイプは走っていた。ノックアウトされた三頭犬を通り過ぎ、悪魔の罠を抜け、呼び寄せ呪文で鍵を引き寄せて扉を開け、駒が粉々に破壊されているチェス盤の上を進み、自分が細工した部屋にたどり着く。
そのまま炎の壁を通ろうとして―――
「待ちなよ」
誰かに肩を掴まれた。この、声は。
「⋯⋯マドゥ、か」
「君はこの先に行ってはいけない」
「貴様の指図を受ける謂れはない。邪魔をするな」
「通さないよ。これから面白くなるところなんだ」
マドゥの腕を振り払い、杖を握る。
失神呪文を放つ。マドゥは当たる寸前で避け、麻痺魔法を放つ。プロテゴを張って防ぎ、また呪文を撃ちあう。
「貴様は誰の下にいる?」
「私はいつだって私に従っている」
「はぐらかすな」
「あはは」
「答えないなら、無理にでも聞き出す!」
マドゥが無言で杖を振る。すると突然いくつもの大きな鎌がスネイプを囲う。
「君は私に近づけない」
「――近づく必要は無いのですがな」
「ん?」
その時には自分の悪霊の炎が、マドゥの背に迫っていた。
「おっと」
慌てたようにマドゥが炎に対処する。その時に、隙ができた。
今なら―――!
「セクタム・センプラ!」
「⋯⋯⋯あっ」
美しい顔に苦痛の表情が浮かび、白い髪を鮮血で紅く染めながら、ガクンと頽れる。
「⋯⋯⋯急がねば」
倒れこんだマドゥに拘束と簡易的な止血をしようと手を伸ばし―――
いきなり目の前の体が消え、視界が白に染まった。
『―――君が近づけないから、私から近づいたよ』
ガシリと拘束され、動けなくなってしまった。
いや、拘束が無くても、動けなかったかもしれない。
恐ろしいほどの重圧を、後ろから感じる。冷汗が全身から吹き出し、鼓動が速くなる。
別人だ。今までとは、別人だ。
闇の帝王からも、ダンブルドアからも、ここまでの恐怖を感じた事は無いというのに。
「⋯⋯⋯」
視界に映る白は、不規則に動いている。その正体は、純白の、羽。
首を少し動かしても、マドゥの顔は見えない。
「⋯⋯お前は、一体、何なのだ」
『シカ・マドゥだと名乗っているだろう』
「そういうことではない!貴様は何者だ!そもそもお前は魔法族⋯いや、人間か!?」
『⋯⋯知ってどうするの?』
「⋯⋯正体のしれない化け物が、このホグワーツにいる現状を、看過することは⋯⋯」
『死喰い人はいていいのかい?今年なんて、ヴォルデモート卿本人がホグワーツにいたじゃないか』
「⋯⋯⋯⋯ッ」
『⋯⋯ヒントをあげよう』
「なにを」
それ以上言うことはできなかった。マドゥが自分の服の首元を緩め、牙を突き立ててきたから。
そのままぎゅるぎゅると、自分の血を吸っていったから。
それに伴う、奇妙で、恐ろしいほど大きな快楽に、体の力が抜けてしまったから。
「⋯⋯ぐあ⋯⋯あ⋯⋯ヴァンパイ、ァ⋯⋯?」
『⋯ははは』
マドゥは温度のない声で笑い、自分から体を離す。
血が足りなくて、立っていられなかった。半分意地で片膝を立て、マドゥを見上げる。
「⋯⋯⋯⋯」
そこにいたのは、化け物だった。
純白の、美しい化け物。
外見はマグルの聖書に出てくる天使。
いつものように穏やかな笑みを浮かべており、一種の神々しさすら感じる。
だが、その瞳には、全く感情が映っていない。
ただ、ただ、空虚だけが広がっている。
ふと、マドゥが何もない空間に手を伸ばし、何かを掴む。
ギリ、という音とともに、くぐもった短い悲鳴が聞こえ、杖が落ちた。
グイっとマドゥが腕を引き寄せると、その拍子に布が落ち、一人の少年が現れた。
「⋯⋯いつから、気付いていた?」
『最初からだよ、ドラコ・マルフォイ。透明マントは君の呼吸や心臓の音まで消してくれるわけじゃない』
「お前、吸血鬼なのか?」
『一番最初のね』
「だがお前は太陽の下を歩いていたじゃないか」
『そうだね』
「⋯⋯お前は、あいつの言っていた吸血鬼の仲間なのか?」
『その、真祖だよ』
「⋯⋯お前は、何のためにここにいる」
『スネイプを止めに来たんだよ。君じゃ止められないだろう?』
「⋯⋯スネイプ先生を殺さないでくれ」
『殺さないよ。吸血だって途中でやめた。それよりもほら、むこうを見なよ。面白いことになってるよ』
そう言ってマドゥが木魚のように白い指先を炎に向けた。その瞬間、炎が跡形も無く消えてしまった。
『あちらからは私たちは見えていないからね』
その先に見えたのは⋯⋯
後頭部にヴォルデモート卿を憑依させた呆然とした顔のクィレルと、状況がつかみ切れていない表情をしているハリエット。そして、
そんなハリエットを左腕に抱え、金属製の真っ黒な杖を右手に握り、右手から顔に及ぶまでおぞましい呪詛を巡らせた、黒髪の青年だった。
『⋯⋯へえ、意外と制御できるんだ。まあ彼女に比べたら不安定だけど』
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