就職は異世界で魔王!? (羊頭狗肉)
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プロローグ
日頃のストレスを発散すべく、日頃の妄想を書いてみたくなり投稿しました。
初めての作品なので、お見苦しい点があるかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
とある町のアパートの一室、とある少年が恐る恐る手に持った書類に目を通している。
書類の文字を穴が開くのではないかというくらいジッと見つめ、ガックリとうなだれる。
「……またか。」
届いたのは就職試験を受けた企業からの合否結果通知書。
またかという言葉から分かるように、結果は不採用。
「……はぁ。」
少年、佐賀 岬はため息を漏らし、箪笥の上の卓上カレンダーを見る。
今日は9月1日。学校を卒業してから、一年と約半年が経過していた。
就職試験を受けたことから察せるが、彼は無職、就職浪人である。
別に彼が学生の間、就職活動を怠っていた訳ではない。
むしろ就職氷河期とさえ言われているこのご時世、精力的に活動した。
企業への合格を決め、卒業式を終えて社会人として最初の一歩を踏み出す…はずだった。
内定取り消しの通知が届くまでは。
踏み出した地面が脆くも崩れ去り、人生という名の階段を転げ落ちている気分だった。
もちろん学校もそういった卒業生を対象に緊急措置として1年間の就職支援期間を設けた。
企業見学会や企業への斡旋等、さまざまな支援を行った。
しかし、その甲斐も無く悉く不採用。
溜息の1つでも吐きたくなるというものだ。
(就職内定率が安定してきたなんて、絶対嘘っぱちだ。)
学校側も1年以上は面倒を見きれないのか、「頑張ってください」や、「強く生きてください」といった言葉を言うだけとなった。
RPGゲームのNPCなのではと思ったくらいだ。
「…はぁ、コンビニ行こ」
憂鬱な気分を払拭しようと、気晴らしに外に出ることにした。
ジーンズに白地にメーカーのロゴがプリントされたTシャツ、薄手の上着を着て道を歩く。
(弁当と、今週の雑誌…はまだ買ってなかったけ?)
買うべき物を脳内でピックアップしながらなんとなく周囲に目をやる。
生まれてからずっと見てきた見慣れた町。されど年月が進み、旧い物は新しい物と入れ替わり
幼い頃からあった建物は数えるほどしかない。2度と戻ることの無い風景は一種の郷愁を呼び起こしさえする。
(……なんか、俺だけ変わらないっていうか俺だけ周囲(まわり)から置いてかれてるな。)
級友達は定職に就いており、路頭に迷っているといった話は無い。中には1児の親となった者も居る。
それに比べ、未だに職も恋人も見つけられない自分に焦燥感が沸いてくる。
「あぁ、仕事欲しい……できれば福利厚生がしっかりとした。」
職を求める者としては当然の考えかもしれない。だが世間には働こうにも働けない人々のいる昨今、とても贅沢な要求かもしれない。
しかし岬は知らない。数十分後に自分の未来に大きな変化が訪れることを。
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第1話 探索者の憂鬱
とある洞窟の中の一画。そこに洞窟には不釣り合いな程に重厚な扉がある。
扉の中は薄暗い室内。しかし、置かれている家具や調度品はシンプルなデザインではあるものの、持ち主が高貴な者である事を窺わせる。
その部屋の中央に部屋の主が大きな椅子に座っている。
いや、椅子は普通の大きさである。座っている人物が平均的な人よりも小柄なのだ。
小柄で線は細く肌は白い、触れた瞬間に砕けてしまう印象を受ける。髪は腰の辺りまで伸び、1本1本が宝石の如く銀色に輝いている。翡翠色をした瞳は安らぎを覚えるほど澄んでいた。
純白のドレスに身を包み、まるで精巧なビスクドールを思わせる。
容姿に加え、額に存在する瞳と同じ色の水晶がその者が人間でないことを物語っていた。
その人物―――クラ―レ・エスペルトは手元にある水晶玉から放たれている光をジッと見つめている。
光はプロジェクターのように壁に当たり、映像は1人の少年―――岬の姿を映していた。
クラーレは岬を見つめ、眉を顰める。複数の感情が胸中に渦巻き、どんな顔をすればいいのか判らない。
見た瞬間に確信した。この人しか居ない、見つかって良かった。
今を逃せばもう機会は無い。しかし、彼は受け入れてくれるだろうか。
いや、そもそも彼を巻き込んではいけない、見つからないままの方が良かったかもしれない。
岬を見つける前から何度となく繰り返し、答えが見つからない思考を再び行う。
が、今までと同じく解決策は見つからない。
「……どうすればいいの」
抵抗感が拭えない。他に方法は無いのか?見落としている手段は無いのか?
執事然とした初老の男が、今もなお躊躇っている主に進言し、頭をたれる。
「姫様、迷っておられる場合では御座いますまい。このままでは我々は間違いなく終わりです。確かに我々が行うことは彼にとって理不尽で横暴でしょう。言い訳はしません。この危機を脱したなら可能な限り彼の要求を呑むつもりです。今はどうか…」
言われなくても理解している。しかし、納得できるかは別だ。
今から行うことは、映像を介して映し出された少年の人生を大きく捻じ曲げるだろう。
本来なら自分達が陥っている状況に他の、それも異世界の者の手を借りるということ自体間違いなのだ。
しかし、状況はそれ以外の選択を許さない。このままでは自分達は、敵に駆逐されるか、他国に吸収されるか…どちらにしても明るい未来など無いのは明白だ。
「…わかりました。彼を召喚します。皆に誠実な対応をするように徹底させなさい」
「かしこまりました」
苦渋に満ちた表情で覚悟を決める。
采を投げられた。未だ燻ぶる逡巡の思いを押し込めて彼女は歩き始める。
彼と自分たちに幸福な未来が訪れるようにと願いながら。
「ふう、ごちそうさまっと」
岬はコンビニで買った弁当を食べ終え、コーヒーを飲みながらパソコンを立ち上げる。
憂鬱な気分も少しは抜け、次の企業を探そうとしていた。
「うーん、流石にこの時期だと中途採用枠も少ないな、なんか無いか?」
求人募集のサイトを開き、募集一覧のページに目を走らせる。
画面をスクロールしては次のページをクリックをしていく。が、「次へ」のページをクリックしたとき異変が起きた。
「…あれ、フリーズかな?」
カチカチとマウスを押すがウンともスンともいわない。
キーボードを使い再起動をしようとするがこちらも無反応。
「ひょっとしてウイルス!?」
急いでLANケーブルを抜く。とりあえず強制終了しようと電源ボタンを押した。
しかし、パソコンはそれも反応しない。つまり終了さえしないのだ。
「どうなって…!?」
もう1度電源ボタンを押そうとした時、ディスプレイが黒一色となった。
そして徐々に赤い円形の模様が浮かび上がり、ミステリーサークルか魔方陣のようなものができた。
「犯人はオカルトかファンタジーマニアかなにかか?それとも新手の嫌がらせ?」
とりあえず、もうパソコンは駄目だろうと電源コードを抜こうとした。
が、ここでもう1つの異変に気づく。
「あれ!?抜けない!」
どれだけ力を入れてもコードは抜けない。
更に異常が異常を呼ぶかのように、ディスプレイから黒い手がいくつも飛び出てきた。
「な、なんだよこれっ!?うわぁぁぁっ!」
岬は後ろへ飛び退こうとするが、黒い手は岬を逃がすまいと頭や腕を掴み引っ張ってくる。
抵抗をするが、まるで歯が立たず黒い手が飛び出してきたディスプレイまで一気に引き込まれていった。
文をどこで区切ればいいのか、わかりません。
短くてすいません。
あと姫様しばらく登場しないかも…。
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第2話 召喚と勧誘と誤認識
挿入投稿させてもらいます。
(…あれ、痛くない?)
画面にぶつかる寸前で目を閉じたが、衝撃が無い、岬は不思議に思いゆっくり目を開けた。
そこには見慣れた筈の自分の部屋ではなく、薄暗い洞窟だった。
(何だ此処?洞窟、何かの儀式場?……にしては)
石版のある祭壇にそれを中心に四方に方尖塔(オベリスク)が聳えている。
入口らしき扉から自分のいる場所まで等間隔で蝋燭の火が灯されている。
たしかに儀式場といった風景だが、自然のままの洞窟に床面と扉だけ体裁を整えたような印象を受ける。端的にいえば中途半端なのだ。まるで作りかけの映画の舞台セットといった感じだろうか。
岬は周囲を見回していると扉が開き、誰かが入ってきた。
入ってきたのは3人。全員が異様な格好だった。
1人目は初老の執事服を着た男性。
肩まで届きそうな髪をオールバックにして紐で後ろに結わっている。
全体はほっそりとしているが、どこか力強く、年月を経た大樹を思わせる。
顔は口周りに髭を蓄え、左目は黒い眼帯をつけている。
2人目はメイド服を着たまだあどけなさが残る少女だった。
ボブカットで切り揃えられた黒髪にその幼げな顔とは不釣合いなほどに女性の象徴(むね)がデカイ。
そして、胸よりも目が向いてしまうのは下半身。フリルのついたスカートから見える足は人間の足ではなく、蜘蛛の足だった。
洞窟が薄暗いため分かりづらいが彼女の背後は確かに蜘蛛の胴体がある。
3人目は特に異様だ。漆黒の鎧に身を包み、腰には片手剣と盾をつけている。
だが、視線を上に移動するとあるべき筈の顔が無い。首なし騎士という言葉がピッタリの姿だ。
3人は岬をジッと見る。視線には値踏み、期待、不安が込められていた。
しかし、岬も岬で3人の人間とはかけ離れた容姿と先程の異常現象に理解が追いつかず頭がフリーズしていた。
(えーと、此処って映画の撮影現場?でもさっきまで俺の部屋だったし)
現代日本でこんな人達が居そうなのは撮影スタジオかコスプレ会場くらいしか思いつかなかった。しかし、先程まで確かに自宅に居た。でも洞窟も3人の容姿、服装は特殊メイクや作り物には見えない。
頭に浮かぶ疑問に納得できる回答が出てこない。しかし、3人が岬に近づき話すことで岬の疑問は解消されていく。
「まずは、そちらの意思を無視して召喚してしまった事をお詫びしたく思います。本当に申し訳ございません。」
「あ、えっと、これはご丁寧にどうも?」
執事が謝罪の言葉とともに頭を下げ、それに追従するように他の2人も頭を下げた。
未だ困惑している岬に事情を説明しようと話が続けられる。
「単刀直入に申しますと、貴方様には我等の危機を救って頂きたく此処に召喚させていただきました」
「え、あの…召喚?よくゲームや漫画で使う魔法の?」
「どのような遊戯(ゲーム)で行われるのか、マンガというものが何かは存じませんが、おそらく思い描かれているもので間違いは無いと思われます」
現在進行形で現実離れした事が起きているが、それに拍車をかけるような単語が飛び出してきた。確かに召喚されたのであれば、自宅での黒い手も、此処にこうして居る事も魔法が存在するものと仮定すれば説明はつく。百歩譲ってそれは認める。話が進まないし。
しかし、なぜ自分が召喚されるのか理解できない。自分よりずば抜けた運動神経を持った者や優れた知識を持っている者を選べば良い。
ふと、ライトノベルが大好きな友人が愛読していた小説を思い出す。
平凡に生きていた少年が異世界に召喚され、チートでハーレムな勇者となって魔王を倒してハッピーエンドとなるご都合主義万歳のテンプレ小説。
いやいや、そんな現実という言葉にケンカを売るような展開ある訳が無いと岬はかぶりを振る。
しかし、今起きている状況が頭の中で否定した考えを更に否定する。背中に嫌な汗をかきながら、そうであって欲しいという願いを込めて聞いてみた。
「は はは、まさか強大な敵と戦って平和を勝ち取ってくれとか?」
「概ねその通りです。後この地の整備もお願いしたく……」
「土地整備!?」
自分のやるべき仕事内容を聞けば聞くほどハードルが高いように思える。
自分自身が戦力になるとは到底思えない。そもそもなんで土地整備まで。
異世界、言葉は知れど、例言や本の中でしか知らないもの。岬は大いに惹かれたが、力にはなれそうも無いと思った。戦闘面は格闘技を少々習い事と体育の授業で学んだ程度。学業にいたっては可もなく不可もなく、高校も特徴的なものが一切無い普通の高校だ。
断ろうと口を開きかけたが、執事が膝を折り頭を下げる。謝罪と懇願の為に。
「お恥ずかしい話ですが、現在の我々の状況は最悪といっても過言ではありません。先代、先々代の当主は既に逝去なされており、跡を継がれるのは年若い姫様ただ1人。しかし、姫様は戦いに向かぬ性格。家臣の中には見限り離反する者が出るばかりか、こちらの内情や財宝と引き換えに敵方へ寝返る者まで居る始末」
今まで無表情だった執事が初めて感情を表した。不甲斐無い自分と離反していく者達への怒り、まさに苦虫を噛み潰したようにゆがめていた。視線をずらすとメイドは目に涙を溜め、首なし騎士は拳を握り締め小刻みに震えている。
「本来、我等と何の関係の無い貴方様に頼るのは筋違いであるのは重々承知しております。しかし、家臣も残り少ない上に、他国の者が姫様を欲しているのです。伏してお願い申します。どうか我等を、いいえ、姫様をこの窮地よりお救いください」
相手が自身の非を認め且つ誠意を持って話していることは分かる。ここまで言われて断るほど岬は割り切りの良い人間じゃない。
戸惑いはあるがこの願いを受けようと思い最後に念を押した。
「…初めに言っておきますけど、俺は戦闘も内政もからっきしですよ?」
「全てを押し付けるつもりはございません。我等が指導させて頂きます。また知識についても問題ありません」
「わ、私達も微力ではありますが力になれるようがんばります!」
「我等とて、魔王軍の一翼を担っていた者、全力で支えよう」
他の2人も同意の上のようだ。岬達4人は、今後具体的にどうするのかを話すことにした。
が、ここで岬は自分の勘違いに気づいてしまう。
「では、場所を移しましょう。応接室へ御案内いたします」
「宜しくお願いします。・・・・・・あの」
「なにか?」
「さっき、聞き間違いじゃなければ、魔王軍って聞こえたんですけど?」
歩き出した執事を呼び止め、首なし騎士の言っていた言葉を確認する。
姫様・召喚・執事・メイド・騎士・他国・敵・窮地。
今まで聞いてきた単語からどこかの国に召喚されたのだとばかり思っていた。
「聞き間違いではございません。我等がお仕えしている。エスペルト家は、魔王軍の1軍を任されていた家系です」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
つっと冷や汗が顔を伝い落ちる。魔王側に召喚された、つまり岬が戦うのは。
「……じ、じゃあ。敵って言うのは、…人間?」
「………その通りでございます。」
その言葉を聞いて、まるで自分が深い穴に落ちていくような感覚に襲われた。
薄暗い洞窟の暗さがより一層増したような錯覚を覚える。
「ち、ちょっと待って!俺は」
「どうか落ち着いてください。何も人間を殺して欲しいというのではありません。エスペルトの再興が目的であり、必ずしも命を奪えと言っているのでは無いのです」
お家の再興というと土地、領土の整備、それに伴う経済交渉や政治交渉。
確かにこれだけを聞けば戦い命のやり取りをする内容には見えない。が、それは平和的且つ公正に行われる場合だ。
相手がグレーな交渉をしてきた場合。こちらもグレーな手段を取らざる得ないこともあるのだ。
つまり内政のみに従事しても直接か間接かの違いで犠牲は出る。
「確かに今の言葉は綺麗事です。命を奪わなくても良いとは言いましたが、傷つけなくても良いとは言ってないのですから卑怯といっても良い。場所を変えて全てお話いたします」
言い終わると再び扉に向けて歩き出した。自信の今後について不安がよぎる。
まずは話をすべて聞こうと、岬は心を落ち着かせようと息を深く吐き。歩き出した。
見直して修正したのに、ほかにも誤字脱字があったりします。
気づいた時って地味にへこみます。
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第3話 召喚理由と苦労話
場所を移してから話をしようと扉を出て左の方向に歩く。
『歩く』といっても人の手が加えられていない洞窟。整備などしてあるはずも無く躓いたり身を屈めたりと短い距離なのに長く感じる道のりだった。もっとも岬以外は慣れているのかすいすいと進んでいく。
歩いていると扉が見えてきた。儀式場のものと同じ装飾は一切無い。飾り気は無いがどこか高級感あふれる扉だ。
が、天然の洞窟に扉が設置してある光景は言いようの無い違和感をかもし出している。
(うん。やっぱりアンバランスだな。)
中に入ると応接室。長方形のテーブルに椅子。儀式場と違い壁もきちんと平らにならしてあるが壁紙が無い。部屋の脇には食器棚がある。此処も最低限の物しか見当たらない。儀式場と同様どこか足りていない感じがする。
岬は儀式場に来た時から感じる違和感を此処でも感じた。しかし、それが何なのか分からず言葉にできない。
悩んでいる間にメイドが人数分のお茶を淹れたことで今後についての会話が始まった。
「そういえば、大まかな事情の説明ばかりでまだ自己紹介すらしておりませんでしたな。申し遅れまして誠に失礼にいたしました。私、オルディ・ジェラールと申します。見ての通り、姫様の執事をさせていただいております」
執事改め、オルディが恭しく頭を下げる。あとの2人もそれぞれ印象通りの挨拶をする。
「あ、あの、えっと、すいません。わた、私はフェア・ベリナです!種族はアルケニーです。ご、御用などがございましたら、お申し付けください!」
「申し訳ございません。見ての通りメイドなのですが、初対面の相手はどうもこの調子で・・・」
「気にしないで下さい。佐賀 岬です。」
それでメイドが務まるのか疑問を感じつつ、岬も笑顔で挨拶を返す。
握手をしようと手を出すと、フェアはガチガチに緊張した様子で手を握ってきた。
「常日頃から人と接するようにと言いつけてはおるのですが・・・。まぁ、それは一先ずおいておきましょう。シャル、貴方もご挨拶を」
孫を見るような優しく困った顔をしながら、オルディは首なし騎士に自己紹介を促す。
シャルと呼ばれた首なし騎士の正面に向き直ると、響くような高い声が聞こえた。
「私は、シャル・カルメル。デュラハンだ。」
「声から分かると思いますが女性です。鎧を依り代にしているのですよ。彼女の体は既に土に還っております」
岬は少し頭を押さえて彼らのプロフィールを整理する。此処はファンタジーな世界で自分の住んでいた世界とは常識も異なる事は理解していたつもりだが、まだ理解が足らなかったらしい。何故そんな体をしているのか聞こうとも思ったが信頼を得ていないのに他人の過去を聞くのは躊躇われた。
「え、えと宜しくお願いします」
「ウム」
「ではオルディさん、どういうことなのか話してください。俺は誰と戦い、何をする為に召喚されたんですか?」
此処に来るまでずっと聞きたかったのか、早く早くと責付く。
オルディは頷き、まず自軍とその始まりの歴史から語られた。
いつの間に用意したのか地図や資料まであり、岬の目の前に積みあがっていった。
「まずはこの地図をご覧下さい。これがこの辺りの地図になるのですが、我らは大陸の北部。山脈周辺が我等の領土です」
羊皮紙に書かれた地図を見る。それは広大な大陸があり海はほとんど記載されていない。大小さまざまな山や川があるが、殆ど陸続きだ。時間を無視すれば大陸の端から端まで歩いていけるだろう。
丸で範囲指定された領土。そこから南へ少し離れた場所に街がある。その街から南西の方角には砦だろうか。門に槍が交差している絵が描かれている。その絵は東の方にも1つ描かれている。
「フォルド・エスペルト様。姫様の祖父に当たられる方なのですが、フォルド様は(・)偉大な方でした。500年前より魔王様に仕え魔王軍の将としてその名に恥じぬ軍功をお立てになり、エスペルトの名はこの大陸を越え魔界にまで轟いておりました。ですが・・・」
かつての時代を思い出すように誇らしげに饒舌にオルディは語る。しかし、徐々に眉を顰め、魂まで吐き出さんばかりのため息をつく。
「フォルド様の御子息、つまり先代のエスペルト家当主。姫様のお父上であるデボレー・エスペルト様が・・・その、文武にあまり恵まれない方でして。そのせいかフォルド様に劣等感を抱かれていました」
父が優秀なだけに子への周囲の期待や重圧感は相当なものだった。しかし、文武両方に才が無いことが知れると期待は侮蔑と嘲笑に変わっていった。次第に塞ぎ込んでいったそうだ。
「そのまま450年間、当主はフォルド様のままエスペルト家は安泰でした。しかし、フォルド様もよる年波には勝てなかったようです。日に日に老衰は進み、眠るように息を引き取られました」
ここでオルディは言葉を区切る。そして、左手で右手首も掴み身体を震わせた。
「そして、50年間。今日に至るまで地獄を思わせる日々が続きました。当主はデボレー様が継がれたのですが。家臣達は直ぐに縁談を持ち掛けました」
「縁談・・・ですか?」
「はい、デボレー様は既に家臣達からは世継ぎを作る為の存在としてしか見られておりませんでした。当主としての仕事は与えられず、毎日縁談の申し込みや、女性が貢がれてきたのです」
フォルドに比べ、デボレーの能力が低いのは周知の事実。このままではエスペルトは衰退する。では孫はどうか?
家臣達は前当主の息子ではなく、孫に望みをかけたのだ。
「ところが、あの方は縁談を全て断り、エルフを攫い嫁にしたのです」
「エルフって森の妖精の?」
「はい、妖精族は我々魔族も人間同様に持ちつ持たれつの関係でした。妖精族には武具作成や環境を整えてくれる者が居りますので。しかし、デボレー様がエルフを攫ったことで種族間の関係は拗れに拗れました」
他国から住人を攫ったのだから当然といえるだろう。
しかも、妖精族の代表が直接魔王に抗議文を飛ばしたらしい。
「ことは魔族全体に関わる大事。魔界側も妖精族の要求を呑む形で決着がつきました。しかし、これがきっかけでエスペルトの名は地に堕ちました。かつて向けられた尊敬や畏敬の視線は全く無く…」
この件を境に家臣達も次々と見切りをつけていった。どんなに頑張っても当主がアレでは無理なのだと。
真にエスペルトを想う者もそうでない者も、1人また1人とはなれて行く。
残ったのは兵どもが夢の跡。かつて栄華を誇ったエスペルトの残骸と、その残骸すら喰らい尽くそうとするハイエナだけ。
「それでも、我等は耐えました。ただ耐え忍びました。デボレー様が妻にしたエルフの女性が姫様を身篭り、フォルド様のような聡明で勇ましい方になるようお世話しようと」
ですが、と言葉を止める。岬も確信めいた予感があった。あぁ、この展開はまた何かやらかしたなと。
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第4話 回想と癇癪と陰謀の香り
~40年前 魔界 魔王城の一室~
「デボレー様、…納得のいく説明をして頂けますか」
魔王城の一室でオルディはデボレーを問い詰める。
顔は無表情だが、口から紡がれた声は怒りを抑えていることを十分に感じさせている。
しかし、デボレーは意に介することは無く。しれっと聞き返す。
「何を説明しろというのだ?突然部屋に入ってきたと思ったら詰問のような問いかけ、それが栄えあるエスペルト家の執事の振る舞いか!?」
「臣下として礼を欠いている事は承知しております。処罰も甘んじて受けましょう。しかしその前に説明して頂きたい。エスペルト家の財産を売り払い、領地を買ったとはどういうことですか」
「なんだそんなことか、貴様も魔王様のお考えを知らぬわけではあるまい」
「お考え・・・まさか迷宮王国計画のことを!?」
迷宮王国政策、魔王が考案した人間界侵略計画をそう呼ぶ。
現在人間界において、人口の少ない土地や人間が住むには困難な土地を拠点としてその周辺の国々を相手に戦うというもの。
武功、計略、経済に秀でている魔界の各家々の者を頂点とし、支配地域を拡げつつ人間の戦力分散を狙い、ゆくゆくは地上を制圧する。
獲得した支配領域は魔王に献上されるが、統治は支配する魔族に委ねられる。
つまり、1つの国を落とせば、王になれるのだ。また拠点を設け、迷宮を作成することで人間の強みである数の有利性を減らすことができる。
参加希望者は大勢居るが、人間界の大陸は魔界に比べて広くない。その為参加の人数(家)には制限があり魔界上層部が選考を行うのだ。
そして先日、その選考に選ばれ拠点となる領地への競りが行われたらしい。
しかし武功はフォルドが立てていたので分からないでもない。だが現当主に知略は無いし以前の誘拐事件のせいで賠償金を払った為、経済的にも明るいものではない。オルディはなぜエスペルトが選ばれたのか疑問を抱いた。
「今までの様に戦争をするだけでは人間の戦力を集めるだけよ。最近は我等魔族に対抗できる人間や武具、魔法すら開発している。だがこの計画を行えば、それらが完成し集まる前に潰せば良い!おまけに支配地域は、陛下に献上する日までどう扱おうが迷宮の主に一任されている。つまり、献上の際に陛下に捧げるにより相応しい環境にすれば我がエスペルトも再び返り咲けるといものよ!」
自信満々に演説をしている主を執事は冷ややかな目で見ている。
確かに、人間は各国が魔法、武技、魔道技術に秀でた国があり、それらの技術が集結する戦場は魔族側も被害が大きい。
この政策をとれば各国がそれぞれの迷宮へと対応を追われている間に1つ1つ国を潰していける。
「しかしそれは、逆に此方も各個撃破される可能性があるということです。軍に対して戦いに強いものが必ず個に対して強いわけではございません。まして、今や我等エスペルトは以前の勢力はございません」
「むっ…」
自身が行った行為の結果が今のエスペルトの状態を表している。
今まで集い慕ってきた部下たちは今や他の家の傘下に入っていて現在のエスペルトには非戦闘員を除けば100を越えない。
むしろこの計画に参加した場合、他所の者が居ないだけに被害は如実に表れる。そしてオルディは知っている。自分の主にはそこを何とかするだけの知略は無いことを。
「そんなもの、傭兵を雇えばいい。今はエスペルトが周囲から認められるかの方が大事だ」
「仮に計画に参加し領地を支配できたとして、今後はそれを献上するまで守り続けなければなりません。敵は国だけではございません。冒険者や他家の妨害もあるでしょう。それよりは今までの様に戦に参戦するという形の方が希望が」
あると言おうとして言葉を止める。
デボレーは怒り、不満、疑心に満ちた目でオルディを睨み付けた。
「だまれ、私は周囲が私を認める。私への認識を改めるという結果がスグにでも欲しいのだ!貴様や父上には解るまい!文武の才に溢れその才を発揮できる場にも恵まれ周囲から尊敬と賞賛を浴びてきた者には!!」
それは怒声というより咆哮のようだった。
期待の視線が落胆の視線に変わるのをデボレーは何度となく目にしてきた。
フォルドが家督を譲らず、450年の間ずっと日陰者だった。家臣はおろか使用人でさえも同情と蔑みの視線をよこす。
「必死だった!父の名に泥を塗らぬよう、エスペルトの名に恥じぬように!知略も練武も寝食を惜しんで励んだ!だがどんなに知識を学ぼうと、腕が上がらぬほど剣を振るおうと結果が出なければ滑稽にしか映らん。父は家督を譲らず、同情の視線は増すばかり!父が死にようやく私が当主にってみたらどうだ?家臣達は早く世継ぎを作れとほざき女を送りつけてくるだけ。私は今まで当主としての仕事をしたことなど無い!!」
父よりは劣るのは自他共に周知の事実。家臣達からは頼り無く見えるだろう。
しかしあまりにフォルドを大きく、そしてデボレーを小さく見すぎていた。
「私は何だ?子供を作るだけの種馬か!?馬に当主の座は不要か!」
「デボレー様、どうか落ち着れませ。家臣一同その様な事は・・・」
「五月蠅いわ!そちらが不要だというのなら、私もこのような家は要らん!」
「デボレー様!」
懸命に説こうとするが、デボレーは聞こうとしない。
幼い頃から蓄えられた鬱屈した感情が父に対しての劣等感も手伝って周囲全ての者が敵に見えているのだ。
「どの道、私は選ばれて領地はもう買った!後は迷宮を作り、徐々に支配範囲を拡げ、私を虐げた者供を後悔させてやる!」
「お気づきになりませんか!?なぜエスペルトが選ばれたか疑問に思われませんか?」
オルディが抱いた疑問。
迷宮王国政策の当選条件は武功を立てており、知略・計略に長け、迷宮を維持できるだけの財を有している事。
しかし、エスペルト家はこれらを満たしていると言い難い。では何故選ばれた?
選考決定権を持つのは魔界の上層部、彼らの中には1代で高い地位に上り詰めたエスペルトを煙たがっていた。裏があるように思えてならない。
オルディは必死に説得を繰り返すが、デボレーは最後まで聞き入れることは無かった。
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第5話 自棄と承諾と歓迎
「…といった次第でして」
「あ~、なんというか、その」
父親と比べられるあまり不貞腐れ、財産を売り払い魔王の新計画に参加したと。
おまけに見栄を張ろうとしたのか、この領地の競りが行われる際、競り合っていた金額の10倍の額を提示したらしく。
迷宮を整える金も残らなかったらしい。
(この部屋や儀式場の中途半端さは前当主の向こう見ずな散財が原因か・・・)
「そして、その1年後、デボレー様は冒険者に討たれてお亡くなりになりました」
「はぁ!?」
あまりのあっけ無さに岬は絶句する。
冒険者とは各街の冒険者ギルドに加入している者を指す。
「偶然、迷宮の入り口付近で特階級の冒険者とでくわしまして・・・・・・・」
ギルドにはランクがあり、ランクは最高位の特階級から順に1階級、2階級、3階級、4階級、5階級となっている。
ちなみに、特階級は英雄または勇者と呼ばれてもおかしくない強さの者を指す、特階級は世界でも10人いるかどうからしい。
「迷宮始めてすぐ勇者とエンカウントしたのか・・・」
生まれてからずっと不憫な人生を送ってきた前当主、死に方まで不憫だった。
「申しました通り、現在エスペルト家には経済的な蓄えはございません。見限り去っていった者が持ち出したか、デボレー様の散財で消えたかのどちらかです。おまけに傭兵を雇うのに他家から借金をしていたのですが、利子がとんでもなく高い条件で契約されていて・・・」
頼れる者は既にになく、居るのは使用人と幾人かの兵士、死してなおも続く前当主の散財。そしてエスペルトから何もかも毟り取ろうとする他家、まるでゆっくりと沈んでいく船を連想してしまう。
「…苦労されたんですね」
「…そのお言葉。心に沁みます」
よく見ると彼の目には涙が滲んでいた。
もしかしたら白髪なのは心労のせいなのかもしれない。岬はオルディを労いつつ問いかける。
「エスペルト家の成り立ちと現状は分かりました。他の、何故俺なのか、本当に人の命を奪わなくても良いのかを教えてください。あ、良かったらハンカチどうぞ」
「これはかたじけない。・・・岬様、まず岬様が懸念されておられる『相手を殺すか否か』について説明いたします。」
岬は頷く。正直召喚理由よりもそちらの方が知りたかった。
「戦う相手を殺すか否か、それは戦う者に委ねられますので進んで奪う必要はございません」
この言葉に岬はホッとした。
いくらなんでも無理矢理召喚した挙句、『貴方には殺し合いをしてもらいます』は嫌だ。
「そもそもこの迷宮王国計画は目的が幾つか有ります。1つ目は人間の戦力分散。2つ目はそれぞれ支配地域特有の物資または魔力の献上。3つ目は強者の育成・・・とでも言えばいいでしょうか」
「強者?魔族側の?」
「いえ、人間側・魔族側両方です」
この回答に岬は首を傾げる。
計画は人間界を支配するものではないのか?少なくとも1つ目と2つ目の目的は理に適っている。
「当然の疑問ですな、この計画の目的は魔王様が楽しむ為のものなのです」
魔王は闘争を好み、一騎打ちや戦場での指揮など戦いに関すること全般が好きらしい。
そして戦いが終わるのを嫌う。いつまでも戦い続けたいと願い、常に好敵手を求めている。
迷宮計画が進めば人間は窮地に陥る。窮地に陥ればどうにかしようと策を巡らせる。もしかしたら自分と対等に戦える者が出てくるかもしれない。
魔族側もそれぞれ支配した領地で王となり、それに相応しい軍勢を整えるだろう。
我こそはと思うものは、新魔王を名乗り挑んでくるかもしれない。
どちらも上手くいかなければ地上を支配して次の敵を探すだろう。探す間に支配した領地を見て回るのも一興。成功しても失敗しても魔王が楽しむことには変わりが無い。
「戦闘狂ってことですか?」
「戦闘を行うためのあらゆる努力を惜しまない方ですから戦闘狂と言えなくも無いのですが。外交を蔑ろにはしておりませんし、なんとも判断に困る方です。ですが、何においても強き者がこの上なく好きな方です。フォルド様の意見を求められることもありましたので」
ですので、と言葉を区切る。要は強くなれば問題は無い。
他家が政治干渉しても問題が無いくらいに、勇者や英雄と戦っても問題が無いくらいに強くなれば良い。政治・経済・軍事あらゆる面で。と聞いて岬はすごい勢いで首を横に振る。
「いやいやいや、俺は格闘技を齧っただけのずぶの素人ですよ?政治のいろはなんて知らないし、軍の率い方なんて分からないし、そもそもそんな世界を狙える連中と渡り合えませんよ!?」
自身のスペックの低さは理解している。おまけに齧った格闘技は畳みの上限定でしか経験が無い。
誰がどう見ても戦力外だ。しかし、オルディはそれをやんわりと否定する。
「いえ、渡り合えます。その理由が岬様を召喚した理由になります」
いつの間にかフェアが小さな箱を持ってきた。
それをテーブルの中央に置き、彼女は下がる。オルディが箱を開けると深い紫の宝石があった。
よく見ると、宝石の内側に血の塊があり、ピクピクと脈打っている。
「な、なんスかそれ?」
「高位の魔族は自分の力や知識、特性を宝石に封じ込め他の者に受け継がせることができます。特に名前があるわけで無いので、継承石とよんでおります」
それを取り込めば、その石を遺した魔族の力や特性を受け継ぐことができるらしい。
そして、継承するには相性があり、岬の世界で相性が良く、信頼に足る人物を探していたのだ。
(なおのこと俺より適役いると思うんだけどなぁ)
自分の何処がそんな高評価だったのかと考えながら宝石に手を伸ばす。
ちょうど手のひらにスッポリお納まる六角形の宝石をジッと見る。するとフェアとシャルは驚きの表情を浮かべている。
「どうしんたんです?」
「えっ!?あ、ああの。その」
「その継承石はフォルド様が遺された物。悪用されぬよう触れた者が即死するよう術が施されている。持てるのは継承に相応しい者だけだ」
「・・・・・・・え゛」
聞いて冷や汗がブワッと出てきた。
何気なく手を伸ばした石にそんな仕掛けがあるとは思わなかった。そして、触れてもなんとも無いという事実、それは本当に自分がこの石を受け継ぐ資格を持っていることになる。
「何はともあれ、貴方が継承に最適な人材であることは証明できましたな。いかがでしょうか?誓ってこれ以上の隠し事はございません。どうか私共にお力添えを願いませんでしょうか」
オルディが居住まいを正し、岬を見る。
岬はといえば、未だ踏ん切りがつかない様子。1度は引き受けた手前、「やっぱり拒否」はどうかと悩む。
しかし、オルディに加え、フェアと(多分)シャルも見つめてきた。視線に耐え切れなくなり岬は半ばヤケクソ気味に決心した。
(ああ、もうどうにでもなれ!)
「わかりました!わかりましたからそんなジッと見ないでください!出来る限りやってみますよ!」
「御決断、感謝いたします。改めまして、ようこそ岬様、エスペルト家の未来、貴方様に託します」
了承の言葉を聞いた瞬間、にこやかにオルディが微笑む。その言葉を待っていたと顔に出ている。
他の2人も喜び岬に声をかける。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「あ、あのわかったから、あんまり頭下げないで・・・気が引けるから」
気が引けるとは言ったが、実際には頭を下げるたびに揺れる物体に目が行ってしょうがないというのが本音だったりする。
下半身が蜘蛛とはいえ、上半身は幼い雰囲気を残した美少女なだけに目のやり場に困っていた。
「良くぞ言った。それでこそ騎士だ!次期魔王よ!」
(騎士じゃないし人間なんですけど・・・)
自分はいつの間に騎士で魔王にされたのか、岬の肩に手を乗せ共に敵を滅ぼさんと意気込むシャル。
三者三様に喜んでいるようだが、岬は心の中で呟いた。
(あぁ。今日はもう何も考えたくない)
---と。
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第6話 刹那的幸福と勘違いと痛み
こんな駄文にありがとうございます。
今回もグダグダです。すいません。
「・・・朝か」
持っていた携帯の目覚ましが作動し、いつもの起きる時間帯だと悟る。
室内は光源が無いので暗いままだ。地下に作られている迷宮のため日の光は無く、目覚ましが鳴らなければ朝だと気づかなかっただろう。
(目を覚ましたら全てが夢だった・・・、なんて無いか)
迷宮の中の一室。そこは客間になっており、岬はそこで眠っていた。
協力を決心したものの、短時間で濃密過ぎる体験をした岬はとにかく眠りたかった。
「フム、確かに本日はお疲れでしょう。能力の継承や仕事内容についてはまた次の日という事で」
オルディからも昨日は休むように言われ、案内された客間で眠りについた。
そして、1晩経って目が覚めベッドから這い出てきたのだ。
「アレ、部屋の明かりってどうつけるんだ?」
科学が発達した故郷とは違い、リモコンのワンタッチで明かりがつくわけも無く。
とりあえず手探りでテーブルまで歩こうとしたその時、ギィっと扉が開く音がした。
「あ、あの、み、岬様、すいません。さ、先程なにか音のようなものが聞こえたんですが」
「あぁ、おはよう、フェア。大丈夫、ただの目覚まし時計の音」
欠伸を堪えながら問題ないことを伝える。それと明かりが無いかを尋ねようと岬は扉に向けて進路を変えた。
「フェア、明かりは無いかな?暗くてよく見えないんだ」
「え?あ!すす、すみません!明かりを持ってきてませんでした!」
オルディもシャルも蝋燭や明かりの類が無くても暗闇を見渡せるため忘れていたそうだ。
姿は見えないがフェアが謝る声が聞こえてくる。
「ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」
「い、いや、そんなに謝らなくて良いから。あ!ならオルディさんの所まで連れてってくれない?俺1人じゃ前もよく見えなくて」
「か、かしこまりました!でででわ、私のて、手をお掴みください!」
こちらに歩み寄る足音が聞こえる。フェアには岬の姿が見えていて、岬の手を引こうと近づいてくる。
岬は手を前に出した方がフェアが掴みやすいだろうと、歩きながら両手を前に出した。
が、その瞬間。
「ふぇ?」
「んぁ?」
岬の両手は柔らかくも弾力のある物体を鷲掴みにしていた。
どうやら岬が思っていた以上にフェアは近くまで来ていたようだ。
時が止まったのではないかと錯覚するほど室内は静寂に満ちている。
互いがどう反応して良いのか分からないようだ。
「「・・・・・・・・・・・」」
岬もフェアも何も言わない。が、次第に時が動き始め、フェアが小刻みに震え始める。
その振動を今だ掴んで離さない所から感知し、岬は今更ながら謝ろうとした。
「あ、あの、フェア、ごめ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しかし、謝罪を言い切る前に部屋全体を揺るがすほどの悲鳴が響き渡った。
~ 先日の応接室 ~
「ははは、それは災難でしたな」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いや、全面的に俺が悪いんだから・・・」
起きた騒動の経緯をオルディに説明したら朗らかに笑いだした。フェアはまだ岬に謝り続け、岬はそれを宥め続けている。
ちなみに宥める岬の左頬にはくっきりと手形が残っていた。
「さてさて、和やかなのも良いのですが、今後のことを岬様にご説明せねばなりませんな」
「あ、はい。宜しくお願いします」
「まずは今後の方針なのですが、エスペルトの領地は大陸の北側。にあまり大きな街は無く、この付近の王国からは少々距離があります。そのため、すぐに国を相手取っての戦いになることは無いでしょう。幸いにしてデボレー様が討たれた事で王国からの監視の目は緩いですし、この付近の冒険者は強くても2階級の上位者が関の山といったレベルです」
2階級の冒険者がどの位の強さを持った連中なのか、基準が分からないがきっと自分なんかより強いだろう。
岬は今後の方針について、真剣に耳を傾ける。少しでも生存率を上げる為、助言を聞き逃さないように。
「ですので、迷宮の整備をしつつ、シャルを相手に戦闘訓練を積んでいただきます。彼女と対等に戦えるならそこらの弱小冒険者など物の数ではなくなります」
当然といえば当然の方針である。
素質や適正があったとしても戦闘未経験者をいきなり実戦に放り投げても死ぬ可能性の方が高い。
「迷宮の整備等については私とフェアが、戦闘についてはシャルが担当いたします。ああ、その前に継承と武具を選ばなければなりませんな。継承が済み次第武器を幾つか見繕っておきます」
とりあえずここまでにして食事にしましょうと、テーブルに食べ物が並べられていく。
食パンにスープ、ゆで卵とサラダといった喫茶店のモーニングセットの様なメニューだった。
魔族の食事なのだからもっとグロイ物を想像していたので一安心である。
(うん、普通に美味しいや)
異世界に召喚されるような不思議体験をしているが体は正直なものでかなり空腹だった。
岬は残らず平らげ、フェアに美味しかったとお礼を言う。---と。
「それはありがとうございます。作り甲斐があるというものですなぁ」
オルディが作ったものだった。なんでもフェアは料理だけは超が付くほど下手らしい。
今朝の出来事で微妙にギクシャクしている空気を何とかしようとした岬だったが、見事に自爆してしまった。
まさかメイドが作らず、上司の執事が作るなんて誰が思うだろう。
フェアは気にしているのか涙目になり、岬は上手い言い訳が思いつかずひたすら謝り続けた。
~ 30分経過 ~
何とか泣き止んでくれたフェアは岬を召喚した姫様のお世話をしに席をはずした。
泣く子には勝てないとは言うが、本当である。
(なんか昨日よりも疲れた気がする)
岬はもはや精魂尽き果てたようにぐったりとしている。
その様子をオルディは楽しげに見つめていた。
「・・・・・見てないで助けてくれても良かったと思うんですけど?」
「いやいや、若者同士の触れ合いを邪魔するような野暮はいたしません。それに、これを機にあの子の人見知りが少しは改善していけばと思いまして」
理由を聞くと尤もな理由だが、取って付けたようにも聞こえてくる。
ジト目でオルディを見つめると、彼は苦笑しながら継承石の箱を持ってきた。
「さて、早く能力の継承を行いませんとな」
「あの、誤魔化そうとしてません?」
とんでもございませんと笑顔で否定し、継承石を箱から出し岬に渡す。
いよいよ能力の継承が行われると感じ、岬は自然と姿勢を正す。
「では、ぐいっと一気に飲み込んでください」
「・・・・・・は?」
言われた意味が分からなかった。
飲む?この宝石を?この人の拳ほどもありそうな大きさの石を?
「魔族であれば握るだけで継承することも可能なのですが、人間である岬様にはそういった機能、器官はないでしょう。そういった場合、飲み込んで馴染むまで待つ他ありませんので・・・」
さあ、どうぞといった感じで勧めてくる。
しかし、口に含むだけでも精一杯でとても飲み込めそうなサイズじゃない。
おまけに、飲み込む物とは思っていなかった。中の脈動している血の塊が目に入り、口に入れるのを躊躇してしまう。
(いろんな意味で無理だっ!)
「まぁ、人間の口はそう大きくありませんからなぁ」
オルディは仕方ないといった感じで継承石を手に取る。
そして、片手で岬の顎を掴む。
「飲み込まねば話が進みませんので、無理矢理にでも」
「ふががががっ!」
ジタバタと暴れるがまるでビクともしない。
継承石を口に捻じ込まれ、痛みと共に嚥下した。
「あとは体に魔力が馴染んでいきます。身体能力も魔族に近いものになっていくでしょう。ただし馴染まぬ内は無理をなさりません様に」
失礼しましたと水を差し出し、背中をさすってくる。
基本的に優しい人の様だが、笑顔で怖い事する人だと岬はオルディのプロフィールに付け足した。
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第7話 武器の選択と執事との模擬戦
文才欲しいッス。
「オルディ殿、言われた通り武器をいくつか持ってきたのだが」
「シャル、ご苦労様です。岬様、この中から武器をお選びください」
継承石を何とか飲み込み腹に残る異物感と格闘してたらシャルが人が入りそうな箱を背負いやって来た。
中を見ると武器が入っていた。大小いくつかの剣に槍、斧、ハルバード、果ては鋼糸まであった。
「初心者でも扱えそうな物を選んだのだがどうだ?」
(初心者で鋼糸を使うやつ居るのか?確かに少し憧れるけど・・・)
どっかの必殺仕置き人を連想しながら武器を探す。
しかし、ショートソード、ブロードソード、エストック、トライデント、バスターソード、バトルアックス、色々と持ってみたがどれもパッとしない。
武器としての格好良さには惹かれるものの、扱うことを考えるとどれもシックリ来ない。
「むぅ、デスサイズでも持ってこようか・・・」
「やめてください」
なかなかこれといった武器がなく、シャルが焦れ始めた。
さすがにそんな長物、洞窟で振るうのは無理だ。
「ふむ・・・、確か岬様は格闘技を嗜んでおられましたな?」
「嗜むっていうか、幼いころ無理矢理習わされただけですけど」
「なんだそうなのか?では近距離戦の武器をもう少し持ってくるか」
言うが早いか、シャルは武器を探しに行った。
実際岬の言う通りで、どちらかといえばインドアな岬にアウトドアな岬の父親が道場に通わせたのだ。
無駄に声のデカイ体育会系の先生方に怒鳴られ、泣く泣く練習したのを覚えている。
ハッキリ言って思い出したくもない過去だったりする。
「むしろ、銃とかあれば良いのに」
現代兵器ならゴム弾やスタングレネードがあるので、非殺傷性は向上するだろうと考えたが、手入れも使用方法も分からないのだから無理かと諦める。
益体もないことを考えていると、オルディが指で肩をトントンと叩いてきた。
「岬様、実は私、少々格闘には覚えがございます。よろしければ1つ手合わせ願いますか?」
「へ?あ、いやでも、戦えるほどのものでは」
「しかし、現時点で岬様の攻撃手段として使えるのは培ってきた攻撃方法かと思います。今から剣や槍の手ほどきをするより、錆びつつも続けてきた武器をお使いになられた方がよろしい」
岬は思う。確かに戦うという行為で自分の構えを想像すると、自身が習い通っていた道場の構えだった。
今更、他の武器を持った状態での動きを覚えるのは困難だろう。ならばブランクがあるとはいえ、慣れた戦い方を昇華したほうが良い。
物は試しと思い、テーブル等をどかして構える。
「ほう、中々堂に入っておりますな」
お世辞だというのは分かっているので特に何の感情もわかない。
オルディに対して、身体を半身にし顎を引く。顎の延長線上に左手を構え、右手を鳩尾の辺りに構える。
膝を少し曲げ、前後どちらも直ぐに進めるようにする。呼吸を落ち着け、体の動きを抑える。
「・・・お願いします」
「こちらこそ」
オルディはただ半身で左手の甲をこちらに向け手招きする。右手は腰に回していて使わないようだ。
それだけ、いや、それ以上に実力が離れていることを感じさせる。
「ふっ!」
「ほっ」
どうせ敵わないのなら全力で行こうと岬が前に大きく踏み込み、左拳を出す。
オルディはその場から動かず左手を向かってきた拳に添えるようにして軌道を逸らしてかわす。
「せい!」
「おっと」
岬は踏み込んだ勢いを殺さずそのまま膝を曲げオルディの腹部に向けて右拳を放った。が。これも軌道を逸らされる。
それならばと、逸らされた右拳を腕ごとオルディの腹部に当て、右足で弧を描きながらオルディの左側に回り込む。
移動と共にオルディの体制を崩そうする。が、
(う、動かない!?)
力を入れて腕を前に押し、右足を引くがオルディは倒れない。
まるで、不可変式の鋼鉄人形を相手にしてるようだった。
「確かに、体勢を崩すのは良い考えですが、岬様のはやや強引ですな」
微笑みながらこちらに向き直る。岬は一旦下がろうと、後ろへ跳んだ。
が、視界がオルディからいきなり天井へと景色が変わる。次いで背中に衝撃が走る。
「がっ!」
何が起こったのか分からないがとにかく体勢を直そうとした。
しかし、既にオルディが手刀を頚動脈に添えていた。
「つづけますかな?」
「・・・参りました」
手刀はあくまで、お開きの合図。実戦なら既に何度死んだか分からない。
両手を上げ、降参の意を示す。ブランクがある無しにかかわらず、結果は変わらないだろうと岬は思う。
ただ、オルディから言われた通り、自分には近接格闘がシックリと来るようだ。
戦い方がどこまで通じるか分からないが、とりあえずこのやり方でいこうと決めた。
「最後の、アレ何したんです?」
「大したことではありません。岬様が後ろへ退かれる時、体重を乗せた足が地面に付く前に私の足に乗せ前方向へ逸らしたのですよ」
後学の為にさっき何をしたのかを聞いたが岬は呆気に取られた。
体勢を崩そうとしたが岬本人より巧みに体制を崩し返された。
プライドはあまり無い岬だがさすがに悔しさが湧いてくる。
「はは、悔しさがあるということは向上したいという気持ちがあるということです。ご心配なく、岬様は強くなられます」
「が、頑張ります」
「まぁ、戦闘面はシャルが担当しますので指摘指南は彼女に任せますが、強いて申し上げますと体力をお付けになった方がよろしいかと」
指摘された通り、こんなに短い間動いただけで岬はもう息も絶え絶えの状態である。
これから身体能力が向上していくだろうが、それはオルディ達魔族に近づくだけであり彼らを超えるものでも比肩するものでもない。
ならば後顧の憂いは見つけた内に断っておくべきだろう。
受身を取ることなくぶつけた腰をさすりながら、岬はまず体力づくりから始めようと思った。
「とりあえず、その余裕を崩すことを目標にします」
「楽しみにしております」
戦う執事、イメージはブレイブルーのヴァルケンハイン、またはヘルシングのウォルターです。
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第8話 練習と講義と今後の課題
「まぁ、人間の身体能力、それもその辺の一般人と大差無いスペックではな・・・」
武器を取りにいっていたシャルが戻り、オルディとの手合わせの結果を話すとさもありなんといった風に辛辣なコメントが返ってきた。
「蟻が氾濫した川を渡るようなものだな」
確かに岬は改めて魔族の生き物としての格の違いを知った。知ったが・・・。
「せめて、もう少しオブラートに言葉を優しくしてもらえません?」
「現実はしっかり現実として認識しろ。それよりも武器を選べ」
ズイッと押し付けるように渡された箱の中には先程同様に武器が入っていた。
ダガー、投げナイフ、手甲、トンファー、メリケンサックと近接戦を主体にした武器が詰まっている。
(メリケンサックつける魔王なんて居ないだろうな・・・ん?)
箱の中を漁りながら武器を選んでいく。
すると、ある物を手にして漁るのを止める。
「これは・・・」
「ほう、たしかに貴様の武器として最適ではないか?」
手にした武器は手から腕まで鋼鉄で覆われている手甲。全体的に黒く、所々紅い線が描かれている。
左手の方は指が鋭く研がれた爪が付いている。右手の方も爪が付けられているが、手首の隙間に腕の幅とほぼ同じの刃が仕込まれている。拳打や爪で倒せない相手には仕込みのダガーを使うのだろう。
たしかにある程度の攻撃力はありそうだがもう手甲というよりもジャマダハルと言った方がしっくり来そうだ。
「な、なんかこれ着けたらまともに握手できないんじゃ、ペンを持つのも難儀しそう・・・痛っ!」
「否定的な意見ばかり言ってないで着けろ」
先程からまったく武器が決まらないことに焦れたシャルが岬の頭を小突く。
また殴られるのは嫌なので着け始める・・・が。
「す、すいません。どうやって着けるんですか?」
「手甲の着け方も知らんのか・・・教えるから自分で着けられるようになれ」
シャルに手伝ってもらい、何とか手甲を着ける。
材質が特別なのか手に持った時も感じたが、重さをあまり感じなかった。
鏡を前に装備した姿を見て構え、幼い頃に教わった基本的な動きを行う。
鏡が映す自分を相手と想定し、顔、胴体への拳打を放つ。腕は重さを感じない上に、特に動きを阻害しない。
しかし、体力の無い岬はしばらく動いた後、息を切らして床に倒れた。
「岬、どうだその武器は?」
「はぁはぁ、まだ・・なんとも言えないですけど、はぁ・・・他の武器よりはしっくりきます」
「では、今後はその武器の使用を前提とした訓練を取り入れて行う・・・が」
今後の特訓方式が決まった。つらいけど頑張ろうと思っていた岬だが、
シャルが言い放った発言は、その思いすら甘い考えであると悟らせる。
「貴様の体力の無さには不安が残る。これから毎日外を走るからな」
「はぁ、はぁ、・・・あの、外ってのは、・・・はぁ、?」
「もちろん、迷宮の出入り口を出発点として山周りを一周だ。安心しろ、私も一緒に走ってやる」
「あの、・・・少し、まって」
シャルは決定事項なのか走るコースを考えていて、岬の言葉を聞こうとしない。
そもそも鎧を依り代にしている彼女に肉体疲労は無い、道案内としては適役だろうが一緒に走ってもらってもこちらの肉体と精神の疲労が増すだけに思う。
岬が召喚され2日目の今日、早くもこのまま続けていけるのか不安になる岬だった。
~岬が召喚されてから7日目 クラーレの私室~
「姫様、おはようございます。御食事の用意が整っておりますので御召し変えを」
「・・・オルディ、私はいつ岬と会えますか?」
クラーレの問いにオルディは眉を顰め、首を横に振る。
岬も自分を召喚したクラーレについて聞いてきたが、人となりを教える程度にして時が着たら会わせると、面会を控えさせている。
「岬様にもお伝えしましたが、今はまだお互いを会わせられる段階ではありません」
「他家の間諜はもう居ません。彼を召喚したのは私です。せめて一言話しが」
「どうか、お聞きわけください。せめて迷宮が迷宮として機能するまで・・・」
その言葉を聞いて、今度はクラーレが眉を顰める。
家臣の裏切りと父の散財。それに伴う迷宮の整備すら満足に行えない経済難。
結果、部屋から部屋へ行き来するだけでも労力がいる住みにくい迷宮(我が家)。
家臣の中に混じっていた他家の間諜は始末したが、完全に居ないとは言えない。
今のエスペルトはいつ裏切り者が出ても不思議ではないのだから。
ならば、岬が迷宮とエスペルトの軍勢を整えてからの方が危険性は少ない。
「・・・わかりました」
「姫様、ご理解いただけて何よりですがその・・・」
「・・・何?」
最後まで岬を召喚することを躊躇していたクラーレ。
召喚したことへの責任感もあるのだろうが、普段は大人しい主が彼の事となると別人かと思うほど行動的になる。
岬が召喚された日から毎日、深夜にこっそり彼の部屋に行こうとしていた位だ。すべて阻止したが。
ダメな父親にかわり不遜ながら娘か孫のように思っていた主の意外な一面にオルディは戸惑う。
「・・・せめて、こちらをお向きなってくださいませんか?」
「ごめんなさい、今なんとなくそちらを向きたくないの」
どうやら完全に拗ねてしまったらしい。
正当な理由を説いても、会えないことには変わりない。理解はしても納得はしてないと態度で表現していた。
オルディはその後、岬の訓練時の様子や、どんな食事を好むのかをクラーレに聞かせ機嫌を取り続けた。
~迷宮周辺の山中~
「どうした、またペースが落ちてきたぞ」
「はぁ、はぁ、・・・げほっ!」
シャルが体力作りにと始めた山中ランニング。始めて今日で5日目となる。
もう5日と言おうかまだ5日と言おうか判断に困る日数である。
最近の岬の生活サイクルは起床してスグに山中をランニング。その後シャルと戦闘訓練を行い、昼食後にオルディとフェアからこの地域の事と迷宮の整備についてを教わっている。
休憩時間は設けるが、肉体的疲労が半端じゃない。午後の座学が終わり、自室に着くと泥のように眠る。
自分の為にしてくれいることは分かっているが、度重なる疲労に精神が参りかけていた。
(ここって北海道の酪農高校?距離が半端じゃない。あぁ、ジンギスカン食いたい)
体は動かしているが頭は現実逃避しかけていた。
シャルが檄を飛ばすが岬の耳にはあまり届いていない。既に足元も覚束無いのか何度も躓きかけている。
その様子にシャルは足を止め、岬に近づく。手を引きゆっくり歩き、腰に付けてあった水筒を渡す。
「とりあえず走らなくても良い、歩いて呼吸を整えろ。急に止まるのは体に良くない。あと・・・ほら水だ」
「んぐ、・・・はぁ!はぁ!」
岬は呼吸が乱れに乱れて返事ができず、首を振ることで返事をする。
しばらく手を引かれて歩き、道の開けた所で休憩を入れる。
「す、すいません。何度も休憩しちゃって」
「気に病むな、貴様の体力向上のためにしているのだ。始めてまだ5日、そんなすぐに成長するものか」
たしかにそんなに早く成長が見られるなら苦労は無い。しかし、自分に足並みを揃えてもらっていると理解しているのでどうも心苦しい。継承石を飲んだものの、これといって変化が見られないこともあって焦ってしまう。
(協力するって言ったのに、今のままじゃ役立たずだよなぁ)
「急がば回れだ。世話になったと思うならその恩を返すためにゆっくり急げ。死んだら恩を返せんぞ?我等の陣営に死霊術師はもう居らんしな」
岬の表情から考えを読み取ったのか、シャルが正論を述べる。
どこか哀愁を秘めた声で言う騎士を岬は見上げた。相変わらず首が無いため表情は分からない。
しかし、どこか遠くを見つめている様に思える。
焦っても良い、着実に歩を進めよ。目的があるのならそれに向かい歩け。限られた時の中を精一杯ゆっくり歩け。
しかし、決して走るな。走り出したら止まるまで気付かない。振り落としたものや見落としたものに気付かないのだから。
「私の剣の師が口癖のように言っていた言葉だ」
「どこか・・・哲学的な言葉ですね」
伝えたいことは分かり易く、この言葉を紡いだ人が何か大切なものを失ったことを窺わせる。
「そうか?感じ入る物があったのなら聞かせて良かった。・・・柄にも無く説法じみた事を言ったな、走り込みを続けるぞ」
「はい!」
身体的にも魔力的にも劣っている現状。それをすぐさま解決する術は無い。
焦りもあるが、今は目の前にある課題をこなせる様になろうと岬は走り出した。
~迷宮出入り口付近~
「足が留守になっているな、さっきから拳打ばかりしか打ってないぞ!」
「はぁっ!」
走りこみが終わり休憩をとった後、岬はシャルとの戦闘訓練を行っている。
しかし、岬は格闘技を少し齧っただけの素人。攻撃方法が拳と蹴りに偏りがちとなっている。
「牽制に蹴りを使うな!支えの足を払われたら終わりだぞ!ほらっ!」
「うわっと!」
拳しか使ってない事の指摘を受け、蹴りを放つが狙いを付けたわけではない。
ただ言われて思い出したように動かしただけの蹴りは避けられ、体を支えている足を払われそうになる。
いや、実戦なら払われていただろう。シャルが手心を加えているだけだ。
「何の為の手甲だ。指先の爪は飾りか?足運びが素直すぎてどこに動くか丸わかりだ!」
「ぐふぉうっ!」
足運びの動作が染み付いているだけに岬はそれ以外の動きをすることが出来ず、シャルには攻守ともに動きがわかり易く見える。岬が慌てて出した右拳は防がれ、進行方向に先回りされて腹を殴られる。
「基本に忠実なのは大切だが、基本に縛られすぎだ。流派同士の試合ではないのだから状況に合わせて即座に動けるように考えろ!」
「は、・・・はい」
腹を押さえながら何とか立ち上がる。
シャルは剣を鞘に納め、姿勢や構えの指摘を行う。
「構えは好きに構えろ、余程突飛なもので無ければそれで良い。だが貴様は蹴りを放った後、よく構えが崩れる」
指摘の通り、岬は蹴りを放つと構え始めの体勢に戻ろうとする。その隙を何度もシャルに突かれているのだが。
「構えた状態で放つ拳は良し、しかしそれ以外は点数を付ける事すら出来ないくらいに酷い。特に足運びは動く距離が短い上に進行方向がわかり易い。せめてフェイントを織り交ぜるか、1度忘れて自身に合った動きを見つけろ」
「ジ、ジャル゛ざん゛」
「・・・・・どうした?顔が蒼いぞ」
シャルは先程の訓練での問題点や改善点を挙げていたが、岬の顔色があまりにも酷いので言葉を止める。
岬は口を押さえ、シャルにお辞儀をすると茂みの中に飛び込んだ。
「・・・・・腹を殴ったが少々力を入れすぎたか?」
自身の腕が鋼の腕であることを失念していたシャルだった。
~昼食後、迷宮内部 地下1階~
「では岬様、現在の迷宮の状況を説明いたします。といっても簡単ですので疑問な点がございましたらお聞きください」
拳型の痣ができた腹をさすりながら岬は頷く。その横ではフェアが甲斐甲斐しく痣に薬を塗ろうとしている。
本来なら座学についても山中のランニングと平行して行うはずだったが初日から4日目までは岬の体力がもたず、あまり進んでいなかった。
(今でも体力残ってるか微妙なんですけど・・・)
しかし、教師陣がスパルタなのは既に理解しているので口には出さない。
とにかく、聞き逃しが無い様に耳を傾ける。
「昨日はこの迷宮周辺の地理と迷宮の役割をお伝えいたしましたが覚えておいででしょうか?」
復習の意味を込めているのかオルディが聞いてくる。
間違っていないか、不安に駆られつつゆっくり脳内で反芻し答えていく。
この迷宮は大陸の北部にあたり、最寄の街は以前見た地図の通り、南へ5時間ほどにあるブレイニーという街。
他に街や村は無く、南西と東の関所を兼ねた砦を越えないと他の街や国には行けない。
この迷宮は人間側の戦力分散と地域特有物資または魔力の回収及び輸送のためにある。
魔力は迷宮に侵入した人間の感情から吸収。迷宮の主の間に設置された魔王像が核の役割を果たし、迷宮全体に魔力を吸収する効果をもたらす。補足として、あくまで感情からであり、人間から直接吸収でするものではない。理由として魔力を無差別に回収すると魔族側にも影響を受ける上、放つ魔法も威力が落ちるため。
「補足と言うか余談ですが、感情は怒り、悲しみ、不安といった不の感情からの方がより多くの魔力が回収できます。しかし、上出来です。これで次の話へ進めます」
岬の回答に満足気に頷き、話を進めていく。
しかし、にこやかな顔から一転して苦笑したような顔をする。
「次に迷宮の整備方法についてなのですが・・・え~、大変非常に心苦しいことをお伝えせねばならないのですが」
(あぁ、ここでも何かあんのね)
本来なら土の妖精であるドワーフに依頼して迷宮や砦といった建築物の構築や増築を行う。
が、前当主デボレーの起こした不祥事がきっかけで妖精族からエスペルトの依頼は全て拒否されていた。
要するに、建築業者が「お宅からの依頼はご遠慮させていもらいます」といわれたのだ。
「それとこれをご覧ください」
「・・・山の断面図?」
オルディが出した羊皮紙はこの山を真横から見た状態の断面図。山脈の中腹より上辺りに迷宮の入り口が書かれていて、そこから階数ごとの区分けされている・・・のだが。
「・・・2階だけ?」
「はい、実はこの迷宮、現在この階を含め2階層しかございません・・・」
「・・・例によって例のごとく前当主が原因?」
「・・・はい」
ドワーフには依頼できない。その為、魔法と肉体労働で元々あった1階層から地下1階を作ったそうだ。
しかし、オルディ達はドワーフ達と違い洞窟を掘る知識や経験など無く、洞窟が崩れない様に注意して作っていたがこれ以上自分たちで作るのは危険と判断。現在は増築はしていないとの事。
そして最大の難問、資金が無い。
迷宮の維持費や食費はお金が必要だ。しかし、今のエスペルト家はその維持費にさえ困っている。
幸い食費の方は山や川の幸を取ってくればいいのであまり困ってない。が、迷宮の維持費となるとそうもいかない。
各部屋の調度品や武具の整備、(起こった事は無いが)戦闘によって痛んだフロアの修復、、(今はまだ無いが)作動した罠の再設置等、様々な費用が必要となる。
「今後の課題は、資金の確保、迷宮施設の充実になりますが・・・」
「そう上手くいきませんよねぇ」
言葉にすれば簡単かもしれないが、実際にエスペルトを取り巻く環境がそれを難しくさせている。
資金の確保というが、安定した収入は無い、今ある物をや山で獲ってきたものを売っても微々たる物。
迷宮施設はドワーフが居ないことには先に進めない。
迷宮の拡張と整備については一時保留、ただし各部屋の整備はできる範囲ですることが決まり、次にどうお金を工面するかを話し合うことになった。整備方法は整備ができるようになってからでも遅くは無い。目の前の死活問題から終わらせようと満場一致で決まったのだ。
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第9話 能力開花の兆しと初戦闘
~翌日 岬の自室~
昨日の話し合いから一夜明け、岬は携帯の目覚ましが鳴る前に目を覚ます。
さすがに体が習慣を覚えたのか最近は同じタイミングで起きるようになっていた。
「こんな調子で金が無いことにも慣れるのかな・・・」
昨日の岬への講義だった時間はいかにして資金を工面するかの会議に変わっていた。
しかし、まとまった額を手にする方法など思いつかず具体的な案はでなかった。
どうしたものか、と考えながら洗面所で顔を洗う。
「あの、岬様、おはようございます。朝ごはんをお持ちしました」
「あ、は~い。ありがとう。今開けるね」
顔を洗っているとフェアが朝食を持ってきた。
扉を開けるとフェアと一緒にシャルも来ていた。
「あれ、シャルさん?どうしたんです、ランニングまでまだ時間ありますけど」
「む、その、昨日の殴った腹は大丈夫か?」
どうやら昨日の一撃を気にしていたようだ。
未だ腹には鈍い痛みは走るが筋肉痛と大差の無い痛み。岬は笑って首を縦に振る。
「大丈夫ですよ。フェアが薬を塗ってくれたし痛みもありません」
「そ、そうか。では食事を取れ。食べたらまた走りこみに行くぞ」
「では、準備しますので失礼しま・・・あれ?」
フェアが部屋に入り、食事の用意をしようとしたがあることに気付く。
続いてシャルがどうしたのかと中を覗き込んだ。そして彼女も気付いた。
「えっと、特に散らかってないよね?どこかおかしいかな、俺の部屋」
「い、いえ、そうじゃなくて」
気付いていないのは部屋の主だけ。
シャルは無い口でため息を吐き、部屋を指差す。
「岬、貴様は起床してこの扉の前まで来たな?灯りはつけたか?」
「え、灯り?いえ起きたときにはもうついて・・・あれ?」
部屋を見回して岬も気付いた。テーブルや壁にある燭台は火が灯っていない。
つまり、岬は暗闇の中、明かりも無しに扉まで歩いてきたのだ。
目が暗闇に慣れたというレベルではない。光源も無しにまるで昼間のように明るく室内が見える。
「えっ!?火がついてない!でもよく見える!なにコレ!?」
「落ち着け、馬鹿者。やっと継承石を飲んだ影響が出始めた・・・と言った所だろう。フェア殿、とりあえず食事の準備を」
「あっ!は、はい。すぐに準備します!」
部屋のテーブルに朝食を並べ、3人が腰を椅子におろす。
岬とフェアはともかく、シャルは肉体が無いため食べる2人を見ながらさっきの説明を始める。
「おそらく、飲み込んだ継承石がようやく体に馴染み始めたのだ。肉体を人間から魔族に近い物へと変えようと変化を始め、その結果暗闇を見渡せるようになったのだろう」
「でも、変化のわりに余り突出した能力には思えませんが?」
「馴染み始めたといったろ?これからどんどん肉体が変り能力も増していくだろう」
継承石を継承するのは大抵、石を遺した者の血縁者や近しい者で尚且つ相性の良い者である。
他種族で人間が受け継いだ例もあるが、変化は様々。外見が著しく変わる者やまったく変化の無い者も居たそうだ。
「とにかく、変化が起き始めているのは分かった。今後の経過に期待だな」
「あまり見た目が変わるのは遠慮したいなぁ・・・」
「なってからのお楽しみだ。ほら、さっさと走りにいくぞ」
「い、いってらっしゃいませ」
2人してフェアに「いってきます」といって外に出る。
途中の洞窟内部も岬は鮮明に見渡すことができ、少し良い気分だった。
~迷宮周辺 山中~
「ふむ、体力は・・・判断に困るな」
「はぁ、はぁ、自分としては、努力の、成果と思いたいです」
継承石による変化が起こったからなのか、これまで継続して続けてきたからなのか、はたまたその両方か岬の体力は多少の向上を見せていた。息切れはするものの、今までの息も絶え絶えの状態と比べればかなりの進歩だろう。
暗闇が見渡せた事も手伝い、岬は気持ちが高揚し、疲れながらも表情は笑顔だった。
「っ!?岬、止まれ!」
「は、はい!」
突然シャルが静止を呼びかける。
何事かとシャルの前方に目を向けるが何も見えない。と、シャルが足元の石を拾い茂みに投げ込んだ。
「ギャッ!!」
投げ込んだ茂みから甲高い声が響く。
ガサガサと茂みを掻き分け出てきたのは小柄な身長の生き物だった。
肌の色が緑色で耳はエルフのように尖っている。しかし、エルフのように端正な顔ではなく醜く、見るに耐えない。
数にして10体。各々が簡素な武器と防具を装備している。
「えっと、ゴブリンってやつです?」
「その通りだ。どうやらはぐれのようだな」
ゴブリンは単体ではなく常に複数で行動する。
しかし、集団で動く者の中には爪弾きにされたり、自ら群れから離れる者もいる。
そういった連中のことをはぐれという。
「な、なんか目が血走ってるんですけど・・・」
「空腹なんだろうよ、目の前に人肉がいるんだから骨まで食いたいだろうさ」
「あれ、エスペルトの権威って通じません?」
「無理だな。それに奴らの頭の中は食うか繁殖のことしかないだろう。仮に話が出来るとしてあの様子で説得できるか?」
「ですよねー」
今にも飛び掛らんと包囲を縮めるゴブリン達。
全員が口から涎を垂らし、口元を三日月のように吊り上げ笑っている。
1目見て話し合いは無理と分かる。
「貴様は身を守っていろ。可能なら倒せ」
シャルは盾と剣を構え、前方の2体のゴブリンを斬り捨てる。
瞬時に2体の仲間が倒されたことでゴブリン達はシャルへの警戒を強める。
6体がシャルを包囲し牽制。残り2体が岬へと襲い掛かってきた。
「ゲギャギャ!」
「なに喋ってんのか分からないよ!日本語喋れ!」
悪態をついて、ゴブリンの攻撃をいなしていく。
岬にとってこれは練習ではなく文字通り命懸けの初戦闘である。その事実が体の動きを鈍くする。またゴブリンは総じて小柄で的が小さい。そのため拳を振るうが掠るだけで決定打に至ってない。
「グギヒヒヒィ」
シャルに比べて岬が格段に弱いと悟ったのか、2体のゴブリンは醜悪に笑う。
片方は刃こぼれしている手斧を構え、もう片方は自身の爪を舐めてにじり寄ってくる。
「ゲッギャー!」
「うっ!」
持っている斧を岬にめがけて投げつける。
一瞬硬直したが、横に身を捻り岬は斧をかわす。が目の前には爪を振り上げたもう1体がいた。
「ゲギィ!」
「ッ!!」
上体を後ろにそらしたが、左頬を裂かれそのまま倒れこんでくる。
岬は仰向けに倒れ、ゴブリンは岬の胸で馬乗りになり、ニタァッと笑う。
「~~~!!」
その顔を見た途端、岬は恐怖に支配される。
無我夢中で目の前の緑色の小人を殴り飛ばし立ち上がる。
「ゲハッグ!?」
「はぁ、はぁ、・・・・・ふぅ!」
「ガキュ!?」
放った斧を拾い岬に斬りかかろうとしたゴブリンの鼻を右フックでへし折り、殴り飛ばした方の腹を蹴り上げる。
格下と思っていた存在からの思わぬ反撃にゴブリン達は後退る。
岬は裂かれた頬が痛むことにも気付かず、敵と睨み合う。
「まぁ、初の実戦でここまで出来れば上出来か・・・」
いつの間にかシャルが2体の背後に立っていた。
彼女に気付き、振り返ろうとしたゴブリン達は同時に首が胴から離れ絶命した。
シャルは岬に近づき頭に手を乗せる。
「最初の方は目も当てられないが、さっきの動きはまあまあだった」
「はぁ、はぁ・・・」
「初めのうちはあれで良い。徐々に相手の動きを見ることに慣れる」
まだ興奮が冷めないのか、岬は肩で息をする。
その様子を見て、シャルは頭を撫で、歩を促す。
「今日は中々衝撃的だったろ?初の実戦は皆疲労が半端じゃない。今日はゆっくり帰ろう」
「・・・はい」
その後、迷宮に着いた岬は緊張の糸が切れたのか、シャルに寄り掛かるよう崩れ落ちた。
シャルは思う。ゴブリンに襲われたのはある意味運が良かったと。
彼女は岬の浮かれた気持ちに気付いていた。しかし、それをどう諌めればいいのか分からないでいたのだ。
言って押さえつけるのは簡単だが、岬自身が向上心を保ったまま注意を促す言葉をシャルは知らなかった。
力が芽生えてきたのは良い、それに喜ぶのも自然なことだ。そして力を得てそれを自覚したことによる万能感も。
普通の人間にはない力を得たことで、自分が他よりも優れている点があると優越感が岬に生まれていた。
優越感は過ぎると人を傲慢にする。努力する事を辞め、今の実力に胡坐をかき始める。そうなる前に誰かがどこかでその優越感を壊す必要がある。その為、ゴブリン達の襲撃は僥倖といえた。天狗になりかけた岬の鼻を折ってくれたのだから。
(折れた鼻がきちんと元に戻れば良いが・・・)
岬が慢心したかどうかまだ分からないが、初の戦闘で初めて本物の恐怖を味わったはずだ。
目が覚めて恐怖に縛られたままだったり、変なプライドが形成されていたら今後が心配になってくる。
これからの行く末が岬に掛かっているシャル達。「ままならないものだと」呟き、岬を部屋に運ぶことにした。
~その日の夜 南の街 ブレイニー 酒場~
迷宮から南に位置する街、ブレイニー。
隣国から隣国へ渡る際に必ず通り、自然と物も人も集まる流通の要となっている街である。
街の周辺には外敵を阻むための外壁が立っていて外から街の様子を伺うことは出来ない。
また、軍も駐屯していて東西南北に作られた門の警護をしている。
その中の北の門、つまり、迷宮がある山脈への道へと通じる門。
そこから2人組の冒険者が1軒の酒場へ入り、カウンターに腰掛ける。
「マスター、いつもの酒くれよ。しっかし、この時間稼ぎ時なのに閑古鳥だねぇ」
「よし、わかった。桶に溜めた俺の特製ブレンド(客達の胃の中にあった液体)の酒だな」
「スンマセン!金が無いのでお冷いただけませんでしょうかぁ!」
「ごめんなさい、マスター。ガゼルが役に立たないもんだから今日も稼げなかったのよ」
「え!?俺が悪いの?」
ガゼルと呼ばれたこの男。茶髪のツンツン頭にオレンジ色のバンダナを巻き、金属製の胸当てを着けている。
他に防具らしきものは無く、腰に2本のショートソードを差している。髪の色と同じ瞳で相棒の女と酒場の店主を見る。
「どうせ、また坊主が頭ん中で妄想した恋人とイチャこいてる間に獲物に逃げられたとかだろ」
「マスター、貴方預言者の素質あるわよ?」
「当たってねぇだろ!ただ戦闘前にすれ違った女の胸がデケェもん、だから・・・その・・・スンマセン、ネフィカ様」
当たらずとも遠からずな原因を聞き、相棒のネフィカは感情を感じさせない蒼い眼でガゼルを見る。
ガゼル同様軽装で緑を基調とした服に背中に弓を背負っており、腰まである金髪を後頭部で結んでいる
その背中の弓に矢を番えてガゼルの眉間に狙いを定めた。
ネフィカはまるでゴミでも見るかのような視線をガゼルに送る。マスターも呆れているのか白い目で苦言を放つ。
「そんなんだから2階級にすら届かねぇんだよ。」
「ぐふっ!」
「もし戦場だったら、真っ先に突撃要員(捨て駒)にされるでしょうね」
「がふっ!」
「あと、坊主、宿泊費滞納3日分きちんと払えよ、飯代も込みでな」
「ぐはぁ!・・・・あ、ふ、ふふふ!」
トドメと言わんばかりにマスターがガゼルの借金内容を突きつける。
が、唐突にガゼルが笑い出し、テーブルの下に置いたあった大きな麻袋をカウンターの上に乗せた。
「なんだこのゴミ袋」
「ゴミじゃないって、実は北の山中でゴブリンの群れと遭遇してさ、かる~く捻ってやって奴らの身包みを頂戴したのさ!」
「そうね、捻ったわね、既に死んでいたゴブリンの首を」
「つまり手前ぇが殺ったんじゃねぇじゃねぇか」
「まぁまぁ、マスター、確か鑑定できたよね?これで溜まってたツケはチャラってことで!!」
麻袋から出て来たのは今朝方岬とシャルが倒したゴブリン達の身に着けていた防具や武器。
マスターは1つ1つじっくりと武具を見ていく。向かいではツケがチャラになる所かお釣りが出るだろうと期待するガゼル。
そして、その様子を冷ややかに眺めるネフィカがいた。
鑑定が終わったのか、マスターはコップに水を入れ自身の喉を潤す。
「ね、ね、いくら?いくら?多少は利子付いても良いんだけど?」
「・・・・・ガゼル、あんた黙ってなさい」
「むしろ田舎帰れ、ドアホ」
「・・・・へ?」
「どれもこれも手入れが全くされて無ぇ、防具は傷だらけ、武器は刃こぼれや血糊がベットリついてやがる。はっきり言ってガキの小遣いにもなりゃしねぇよ」
「馬鹿なー!!」
ゴブリンの死体を見つけ、武具が大量にあることだけに眼がいっていて、品質について頭が回っていなかったようだ。
そもそもゴブリン達が装着できる物なのだから通常の人間には小さすぎて装備することなんて無理だろう。
買い取り不可と言われ、ガゼルはこの世の終わりのように落ち込み隅で膝を抱える。やはりゴミ袋だったようだ。
もちろん2人は無視を決め込んだ。
「それにしても、妙だな」
「なにがよ?」
「北の山脈は以前、弱小魔王が居たが討伐されて以来、出没する魔物なんてスライムが精々だったはずだ」
「あぁ、あの自称魔王ね、あれならガゼルも良い勝負したんじゃない?」
「坊主が負ける方に全財産かけるわ」
「それじゃぁ、賭けが成立しないじゃない」
「てめぇは俺に賭けろよ!」
薄情な相棒にガゼルが吼えるが2人は見向きもしない。
ネフィカは腕を組み腕の上にたわわに実った胸を乗せて会話を続ける。
「要するに、魔物が活発化していると?」
「偶然流れてきたって線もあるがなぁ」
マスターは蓄えた髭をいじり、ネフィカと話す。
「とりあえず、坊主と組むってことはしばらく北の山を行ったり来たりだろ?日銭の稼ぎがてら様子を見てきてくれ。ギルドに通して依頼しておくからよ」
「任せてくださいよ、マスター!この俺がきっちりその役目」
「テメェはまず、足を引っ張らないように気ぃつけろ」
「居るだけで良いから。余計な仕事増やさないでね」
「・・・・はい(泣)」
彼なりに頑張ってはいるんだが世間の風は冷たかった。
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第10話 目覚めと再発起
読みにくいことないでしょうか?
~迷宮内部 岬の私室~
迷宮の地下一階。岬の部屋に数日振りに目覚ましの電子音が鳴り響いている。
「・・・うぅ」
こちらの生活に適応しかけている岬だが、今回は目覚める気配が無い。
無意識で携帯電話のアラームを止め、また布団を被りなおす。
布団を被り寝返りを打つと扉がコンコンと控えめにノックされた。
「あの岬様、おはようございます。えっと、お加減はいかがでしょうか、その、昨日の」
フェアの声が扉越しに聞こえ、岬は目を擦る。
昨日の出来事はフェアもオルディにも報告を受けていてずっと心配していた。
人見知りをするフェアだが、しばらく岬と食事を共にし、彼の人となりを知って徐々に脅えが薄れてきている。
「んぅ・・・おはよう、フェア。・・・って、あれ?さっきまで俺、山の中走って」
「あ、あの、岬様?憶えていますか?その後ゴブリンに襲われて」
挨拶を交わしつつ、フェアが部屋に入ってくる。
ふと今自分がベッドにいることを疑問に感じ、記憶を辿ろうとしたがゴブリンと聞き、瞬時に昨日の記憶が甦る。
緑色の小柄な魔物、満足に動けない自分、醜悪な笑顔と共にやってきた死の恐怖。
ゴブリンの顔を思い出した瞬間怖気が走った。思わず身震いをして頭を振る。
戦いの結果は今自分が生きているという事は辛勝ながら勝ったという事と無理矢理自分を納得させ、記憶の再生をスキップさせる。
「・・・そっか俺、気を失ったんだ」
しかし迷宮に着いてからの記憶が無いことに合点がいき、片手で頭をかく。
思わずため息をつく。
戦闘についてシャルから叱りこそ無かったが褒められたものでは無かっただろう。
自分がシャルに比べて戦力外なのは分かっていた。しかし、戦闘訓練を重ね、能力の開花し始めたことで足手まといにはならないとも思っていた。だが、初の実戦はこの体たらく、まともに動くことすらできなかった。
(今のままじゃ駄目だ。あの状況を1人で片付けられる位にならないと・・・)
助けを請われたのに差し伸べた手が届かない。届かないばかりか逆に手を差し伸べられる始末。
エスペルトの現状を打破する為に召喚された岬にとって救うはずが救われているこの状況は精神的にいたたまれない。
シャルに自身のペースで鍛えていけば良いといわれたが、果たして岬が鍛え上がるまでエスペルとは存続しているのか?
未来の仮定はキリが無く、考えるよりも体を鍛えようと岬はベッドから起き上がる。
「み、岬様、今日はゆっくり休まれてはいかがでしょうか?昨日の今日ですし、その、ご無理をなさっては」
「ありがとう、フェア。でも大丈夫、たいした傷は無いし今は出来るだけ鍛えたいんだ」
フェアが気遣い休養を勧めるが現在の自分の状況に不安を覚え、岬は鍛錬に向かう。
シャルを探していつも通り走りこみを開始した。
~迷宮入り口付近~
「岬、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、一番酷い怪我が頬の傷なんですから」
シャルが心配したのは精神面の方だが岬は自分の左頬を指差して問題ないと答える。
頬にはゴブリンが引き裂いた3本の爪痕がくっきり残っていた。
「・・・まぁ、問題無いならそれで良いがな。では、いつも通り走るぞ」
「はい!」
「それと・・・これを足につけろ」
差し出された物は脚甲だった。手甲と同様に黒く、膝頭より少し上まで装甲がある。
装飾は無く、膝の関節部分にはサイの角を思わせる1本の太く尖った棘がつけられている。
「これは・・・」
「その手甲と同時期に作られた防具だ。胴体も探したのだが宝物庫も武器庫にも無かった。恐らく裏切り者が持ち出したのだろうな」
「ありがとうございます。・・・え~、すいません」
「・・・あぁ、それの着け方も覚えるようにな。あと胴体も何か着けたほうが良いのだろうが・・・」
シャルは脚甲の着け方を教えながら、言葉に怒りの感情を乗せ始めた。
「エスペルトに属していた者が・・・盗人の如く持ち出して行きおって・・・!」
先代当主の頃から続く、離反。
その際に持ち逃げされた物の中にこの武具の胴体もあるらしい。
「シ、シャルさん?とりあえず、他の物で補いましょう?ほら、今は辛抱の時です」
「・・・そうだな。すまん、手入れの行き届いていた武器庫が今は見る影も無くただの物置と化していると思うとな」
エスペルトの繁栄期を知っているだけに、今の廃れ具合が許せないのだろう。
岬は逆鱗に触れないよう恐る恐るシャルを宥めつつ、走りこみに行こうと促した。
「今は過去の恨みより現在の問題に取り組みましょう。目の前の事を解決していけば過去の事を清算する機会も来ます」
「・・・過去より現在か。よし、防具をつけたら走りこみ開始だ!」
2人は昨日の疲れを感じさせること無く今日も走り出した。
~南の街 ブレイニー 冒険者ギルド~
迷宮の南にある街ブレイニー。街の中央広場の一角にある冒険者ギルドで2人の冒険者が依頼を受けている。
酒場のマスターが昨日のうちに出した依頼をギルドが受け取り、ギルドの依頼掲示板に依頼表が掛けられた。ガゼルはその依頼表を引っぺがし依頼を受付へと向かった。
「では、依頼の内容を確認いたします。1階級冒険者 ガゼル・ディオン様、2階級冒険者 ネフィカ・パルトネル様ご両名、北の山脈の生態調査及び、クラル草20本採取でよろしいですね?」
「えぇ、問題ないわ」
「俺も大丈夫!こんな簡単なのパパッと終わらせてやるぜ」
依頼内容も分かっているので2人は傷薬(ポーション)の原料となるクラル草も一緒に受けることにした。
今日も無駄に元気と自信に溢れているガゼルの依頼を軽視した発言にネフィカと受付嬢は注意と侮蔑の言葉を送る。
「ガゼル様、まずは落ち着いて行動されることをお勧めいたします。それと、どんな依頼も軽んじることの無い様にお願いします」
「今までその簡単な依頼をこなせなかった人が言うギャグにしては面白みに欠けるわね」
補足するならガゼルの依頼達成率は果てしなく0に近い割合である。
獣の討伐では獲物に逃げられ、薬草の採取ではせっかく採取した物を落としたりする。
酷いのはネフィカが同行しても成功率は上昇していないことだろう。彼女が気を付けろと注意を促してもかなりの確率でミスを起こす。
ギルドの受付嬢は笑顔で、ネフィカは無表情でガゼルを威圧した。
「え、え~と!なんていうか!その、すいませんでしたぁ!」
「・・・はぁ、行くわよ、バカゼル」
「名前違ぇし!馬鹿じゃねぇよ!」
「ネフィカ様、その他1名様、お気をつけて~」
「名前呼べよ!」
このギルドでは割と恒例となりつつあるこのやり取りに周りから笑い声が上がる。
余談だが、冒険者ギルドの依頼を達成できなかった場合、違約金を払うことは無いが階級が1つ下がる。
3回連続で失敗した場合警告を促し、5回連続で階級が1つ下がるが、その間に1度でも依頼を成功すれば特にお咎めは無い。
だが、階級が落ちると受けられる依頼に制限がつき、再び階級を上げるのにはギルドが指定した数の依頼をこなした上で昇級の試験を受ける必要がある。多くの冒険者はこの手間を面倒臭がるので依頼を達成しようと躍起になる。
ちなみに1階級から下が無いためこれ以上下がることは無いが、信頼度は新米の冒険者よりも下である。元上位とはいえ、ここまで下がるのは実力が伴わないか他に何某かの問題があるからと思われるからだ。
悲しいことに昇級した事の無いガゼルは前者後者両方が当てはまり、ギルドからの評価は最底辺にある。
「名前呼ばれてぇなら依頼こなして来いよ~」
「るっせえぞ外野!いいか!俺はあがぁっ!」
ガゼルが今までまともに依頼を達成した数は片手で足りる。
それも全てネフィカのお守りつきでだ。
周りからからかうセリフが投げられ、ガゼルは過敏に反応してしまう。
しかしガゼルが何かを言う前にネフィカが脛を蹴りつけた。
「外野に噛み付く前に依頼をこなしなさい」
「お、俺は、まだ本気出しておぐっ!」
「最初から出しなさい」
ガゼルのまるで定職に就かない人間のような言い訳は、屈んだ彼の腹にネフィカがめり込ませた膝によって遮られた。
蹲る彼はそのまま髪を掴まれギルドの外へと引き摺られて行った。
「いででで!髪を掴むな!はげる!はげちまう!」
もちろん講義は聞き入れられず悲鳴がやむことは無く、引き摺られる様子を受付嬢は笑顔で手を振っていた。
~ブレイニー 街中~
ギルドの外に出て北の門へと歩く。
既に髪から手は離したがまだ痛むのかガゼルは頭を撫でている。
「加減しろよ、この歳ではげたらどうすんだよ」
「修道院は東門の近くにあるわよ。あっちね」
「坊主になんてなりたくないっていってんの!」
指差した方向は東門。そこから歩いて5分も経たないところには修道院がある。
修道院といえば禁欲的な生活を送り、神への祈りを奉げるイメージが沸いてくる。
ガゼルは自分ならそんな生活は送りたくないと頭を振る。
「まあ、出家したくなったらどうぞ?私はいつでも大歓迎よ。できれば髪と一緒に粗末な股の羽根ペンも切ってくれる?今すぐ」
「いつでもって言ったのに!?ってか見たことも無ぇのに羽根ペンっておま!」
「そんなことより、さっさと依頼を達成するわよ」
「そんなことって言うなー!」
割と本気な叫びをあげるがネフィカは眉ひとつ動かさない。
それどころか来ないなら置いて行くと言う様に歩いていく。
ガゼルは慌ててネフィカの後を追う。
「話を戻すけど、北の山の調査依頼の件、気を付けなさいよ」
「なんでだ?山を見て回るだけだろ?」
「あのねぇ、この前ゴブリンの死骸が10体あったでしょ、生態系に変化が無いか調べるの」
もし出没する魔物の数や種類が増えていた場合、窮地に陥ることもある。
本当に山を見て回るだけだと思っていた目の前の馬鹿はやっと納得がいった顔をする。
その様子に、最近ため息が増えたと自覚するネフィカは無駄と思いつつも補足を加える。
「それとそのゴブリンだけど、奴らを殺した連中はまだ山の中にいると思うわよ」
「は?なんで分かるんだよ」
「昨日の夜、北門の番兵に他に人が街に戻ったか聞いたの。そしたら帰ってきたのは私達が最後だったって」
「他の門から入ったんじゃないか?」
確かに北の門を通らず他の門を通過する手もある。が、街に戻るのにわざわざ遠回りをする必要があるだろうか?
人であれ妖精であれ獣人であれ、害をもたらす魔物を倒しただけで何も後ろめたい事など無い。
それに存在が知られたくないなら死体も片付けるだろうし街道から外れて他の門に向かう者などそう居ないだろう。
そもそも目立ってしょうがない。
「可能性としては低いわ。後ろめたい事している連中だってそんな愚策とらないわよ」
「空とか山向こうの海とかで行き来して・・・」
「クイズじゃないの、憶測じゃ分からないからとりあえず様子を見に行くんじゃない」
憶測ならいくらでも並べることができる。だがどれも有力付ける証拠は無い。
酒場のマスターの言う通り偶然で、取り越し苦労で終われば良いのだが。
(・・・気になるのはゴブリン達の傷よね)
全てのゴブリンは正確な太刀筋で首を切られていた。
それも断面の組織を切り潰さずに断ち切ってあった。
この街の冒険者では到底真似できない芸当だ。
ゴブリンは単体では2階級下位のものでも倒せるが、集団となると厄介だ。
集団戦に慣れているなら話は別だが、1階級から2階級中位の冒険者は囲まれたら死ぬことも珍しくない。つまり、現在街に居る冒険者たちでは実力的に不可能となる。
無論、街に立ち寄らなかった凄腕冒険者という事もありうるがこの辺りは街周囲の街道を除き、森や林が点在している。態々森を一直線に突っ切ろうとするものなんて居ない・・・。
ネフィカにはもう一つ気になることがあった。
確かにゴブリン達は全員首を刎ねられて死んでいた。相手はかなりの強者である。
だが、その内の2体に剣でつくられた傷とは別種の傷があった。顔に数ヶ所の掠り傷と折れ曲がった鼻。
ゴブリンを屠った者とは思えない粗雑な傷。他の8体には首以外の傷は無いのに2体だけある。
(・・・凄腕と新米コンビ?)
まだ冒険者と決定付けるのは早計だが、少なくとも2人以上は山に潜んでいる可能性が高い。
傷の付け方に差がありすぎる。勿論、ガゼルが言うように海や空を使われたら捜索はできない。
しかし、冒険者で飛行の魔法を使えるのは3階級上位より上の連中だし、魔物でもこの地域で飛べる魔物や水棲系の魔物は居ない。ゴブリン達を屠った人物たちが友好的な存在である事を願いながらネフィカ達は北の門へと向かっていった。
~迷宮周辺 山頂付近~
「しかし、貴様が来てから早10日、短期間で成長しない思っていたが思いの外成長するじゃないか」
「はぁ、はぁ、そぉ、で、すか?」
「あぁ、何度かペースが落ちたが一度も休まず迷宮へ戻ってきたんだ。通常の人間には無理だろう」
走りこみに出た2人は山を1周して1度迷宮に戻った。
シャルが関心したのは岬の体力が思っていた以上に向上していることだ。
確かに息は切れているが一度も止まる事無く走り続けた。
休憩を終えた後、いつもと違う場所での戦闘訓練を行っているが、防戦一方ではなく何度もシャルを攻めてくる。
(もっとも、まだ攻撃が素直すぎるが・・・)
シャルの欲をいうなら、体力と共に技術も向上して欲しかったのだがそう美味い話は無いようだ。
流石に山頂付近だけあって空気は薄く、動きに無駄がある岬はすぐに肩で息をする。
シャルは頃合を見て休憩をいれつつ、雑談に興じている。
だが、何気ない会話のはずが、岬は爆弾を投下してしまう。
「ふぅ、シャルさん、俺はまだ今エスペルト家に所属してる人員をシャルさん達3人以外見たこと無いですけど」
「む、・・・そう、だったか?」
岬が聞いた途端シャルは固まり、無いはずの目が泳ぎだす。
その不振な態度に岬は疑問を抱くが今までの状況からすんなり1つの結論が想像できた。
火の車な台所事情、家臣達の離反、迷宮の整備も出来てない現在。
いや、まさかなと思いながら恐る恐る聞いてみた。
「・・・ひょっとして、離反してあまり残ってないとか?」
「・・・・・・・・」
シャルは答えないが沈黙が答えを表していた。
沈黙は金、雄弁は銀。沈黙のほうが雄弁よりも説得力があるという意味だ。
エスペルトの事情を知っているのも手伝い、本当に納得がいったと思う岬だった。
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第11話 模索と依頼と認識
~迷宮内部 岬の自室~
シャルからエスペルトに残っている家臣の数を聞いてから3日。
岬はずっと頭を悩ませていた。
「・・・まさか6人だけだなんて」
そう、改めて人数を聞いたところ、非戦闘員のフェアを含めて6人しか居ないのだ。
オルディとシャル、フェアの3人、残りの3人の内1人は昨日紹介してもらったので挨拶は済んでいる。しかし、残りの2人は現在迷宮を離れていて直ぐには会えないとの事。
「う~ん、・・・現状のままじゃあ駄目だよなぁ」
今日まで訓練をしなかった日は無い。
ゴブリンとの戦闘以降はより精力的に取り組んでいる。
しかし、訓練を続けても自身は強くなるだろうが人員が増え、経済状況も改善されるわけではない。むしろ岬(戦力外)が増えたことでエンゲル係数が上昇している。
今現在、岬の立場はある意味此処に来る前より酷い。
無職(フリーター)からヒモへとランクダウンしているのだから。
「・・・・よし!」
現状では何の進展も無い。
なら進展があるように進展になりうる情報を探そう。
岬はオルディの私室へと急いだ。
~南の町 ブレイニー 酒場~
ガゼル達が宿泊施設として利用している宿屋兼酒場のカウンターに3人の人間が顔をあわせている。まだ開店前であるため他に客らしき姿は見当たらない。
3人の内の1人、酒場のマスターが深く息を吐いた。
「そうか、特に異常無し・・・か」
「マスターが言ってたように流れてきただけだったみたい」
「の、割には納得してねぇって顔してんぞ」
マスターに指摘され、ネフィカは言葉を詰まらせる。
確かに山の生態系に異常らしき異常は見当たらなかった。しかし、ゴブリンの死骸にあった疑問は未解決のままで得心がいかないのが彼女の心境である。
「ガゼルが足引っ張らなきゃもっと進展あったかもしれないわ」
「いや、俺今回何も落ち度らしい落ち度なかったじゃん!?」
「坊主、自覚持て」
「過程見てないのに!?」
確かに今回ガゼルはミスを起こさなかった。
しかし、悲しいかなそこは植えつけられた万年1階級冒険者という周囲の認識が事実を歪めていた。「どうせ相棒に負んぶに抱っこだったんだろう」、と。
依頼の成功過程を見ていない者からすればガゼルより優秀なネフィカが依頼をこなしたと見るだろう。
「まぁ、当然っちゃ当然だわな」
「理不尽だ!世知辛ぇなオイ!」
「その要因作ったのはアンタ」
カウンターに両手をついて叫ぶがそもそも周囲の認識はガゼル本人の行動故である。
失敗に失敗を重ね、改善されるどころか失敗の内容だけがレベルアップしているとさえ思われている。
「まぁ、坊主の事は置いてといて、頼みてぇことがあるんだわ」
「毎度ご利用ありがとうございます!この冒険者ガゼル謹んでその依頼」
「てめぇが冒険者なら他の連中は全員勇者様だっつの」
「話が進まないから黙りなさい」
新に依頼があると聞き喜ぶが一々反応が大げさ且つウザったい。
2人に静かにしろと言われ、ガゼルは回転式の丸椅子の上に正座と真剣なのかふざけているのかいまいち判断に困る姿勢をとる。
「・・・まぁ、依頼っとは言ったが」
ガゼル(馬鹿)をしばらく見たがマスターは話を切り出す。
しかし、歯切れが悪く話題を進めようとしない。
遠慮がちに姿勢を正したままのガゼルが手を挙げる
「マ、マスター?」
「あぁ、悪ぃな、どう説明すればいいのか迷っちまってな」
「あ、足痺れてきたので姿勢変えてもいいすか?」
「・・・あぁもういい、そのままクタバレ」
「マスター、話の続き・・・」
少しでもこいつが真面目だと思った自分が馬鹿だったと頭に手をあて、マスターは改めて話を進める。ネフィカにいたってはマスターに視線を固定して隣を見る素振りさえない。
そこに人間など居ないとでも言いたげだった。
「依頼ってのはこの街を出歩く時、怪しい奴が居ないか、居たらギルドに報告してほしい。出来れば何処を根城にしてるかもな」
「・・・つまり尾行?いまいち要領を得ないわね」
「ここ最近、奴隷の密売が頻繁に行われてるらしい」
奴隷と聞き、2人の顔が真剣みを増す。
確かに現在この大陸には奴隷制度がある。しかし、それはキチンと法律上の手続きを踏んだ奴隷だ。
主に経済的な理由で生活が立ち行かなくなった者がその身分となり様々な労働に従事する。奴隷と聞いて馬車馬のように働かせ、過酷に扱っても咎めの無い最底辺の身分者を想像するだろうが、奴隷という労働力を悪戯に殺さないよう法律は敷かれている。
しかし、大陸全土にその法が行き届いているかというとそうでもない。
法が敷かれたのは2世紀ほど前。それまでの奴隷はイメージ通り人権と尊厳を無視された存在が普通だった為、今もなお根強く奴隷は道具、消耗品といった認識を持つ輩が後を絶たない。
権力者や裏家業を営む者にとって法で裁かれることが無く、身分や暴力による理不尽を振りかざせる相手(奴隷)は必要不可欠だった。だが法が敷かれて奴隷の待遇が見直され、以前のように大っぴらに彼らに対して力を行使する事ができないばかりか入手さえ手続きが必要となった。
そのため権力者の別邸や街の地下で秘密裏に売買が行われ、法の目に触れないよう奴隷に対する扱いも陰湿且つ狡猾なものへとなっていった。
中には借金の片に無理矢理連れて行く者、商売の契約書に正規の手続きを踏んだ様に偽造する者、果ては人攫いに手を染める者まで居る。
「・・・この街で?」
「この街だからだよ。近くに町や村がないから物や人が自然と集まるからな」
「怪しい奴見つけてその場でふんじばっちゃ駄目なのか?」
ガゼルの問いにマスターは首を横に振る。
「街で見つけられる程度の奴ぁ下っ端だ。大本を潰さねぇと場所変えてまた起こる」
「集まった所を関係者全員捕縛?」
「俺ら2人で?」
2人の疑問に対してマスターは手を左右に振る。
規模はまだ不明だが流石にたった2人で解決できる案件ではないだろう。
「他にもギルドから信頼できる連中に声を掛けてもらってる。口の堅いこと前提のな」
「・・・口が堅い?」
ネフィカは胡乱な視線を横に送る。
どう見ても横の相棒にその言葉が適用されるとは思えない。
マスターも同意見なのか腕を組んで目を瞑る。
「流石にこんなこと辺り構わず喋ったりしねぇよ!」
「まぁ、坊主の自制心と注意力に期待したいんだがな」
「疑わしきは罰したほうが良いわね」
「まだミスってないのに!?」
やはり相棒を含め、彼への評価は低かった。
~迷宮内部 オルディの私室~
「街へ・・・ですか?」
岬がオルディへと持ち掛けた相談は街に探索へ行くこと。
現在の日常サイクルでは戦闘面の強化のみでエスペルトが抱えている問題の解決にはなっていない。収入の見込みが無い今、例え低所得であっても収益を得ないと立ち行かなくなってしまう。
「はい、山と迷宮に居るだけじゃ思いつかない何かがあるかもしれませんし」
「ふむ、・・・一理ありますな」
実際収入に困っていたのは事実。
街には何度も生活の足しに私物を売りに行っているし、これを機に何か手に職をつけるような仕事を見つけて経済面を少しでも軽くすべきだろう。
「わかりました、では私も同行いたします。売りに行く荷物をまとめますので明日の朝に出かけましょう」
「わかりました!よろしくお願いします」
この世界に来て初めて人間の居る街へ行く。
少なからずどんな所なのか楽しみになる。岬は明日の準備のため部屋を後にした。
「・・・私は反対するものと思っていたのだがな、オルディ殿」
「シャル、貴女は反対ですか?」
岬と入れ替わりに入ってきたのは漆黒の鎧を肉体として動く首無し騎士。
どうやら話を聞いていたらしい。シャルは腕を組み椅子に座る。
「・・・半々だな。今の岬に街へ行くことが吉と出るか凶と出るか判断できん。」
「というと?」
「確かに奴は確実に強くなっている。しかし、経験があまりにも不足している。街へ向わせるのは時期尚早ではとも思う」
その経験を積みに街へ行くのだが、シャルは矛盾に気付かず話を続けている。
どうやら気持ち半々というよりも反対側のようだ。
「珍しいですな、シャルなら千尋の谷に突き落とした上に這い上がった手を踏んづけて蹴り落とす位すると思いましたが」
「・・・私の事をどう認識してる?私は悪魔か?」
「我等は魔族ですが?」
流石にそこまではしないと反論しようとするシャルだが、オルディの言葉に苦笑気味に言葉を止めた。確かに魔族が悪魔で無いといっても説得力など無かった。
「この場合は鬼の目にも涙・・・でしょうか」
にこやかなオルディの発言に抗議の言葉は出てこなかった。
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