戦姫絶唱シンフォギア Never Ending Odyssey (パイシー)
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第1章 怪獣使いの装者達
第1話「怪獣大魔境」


 ツイッターのフォロワーさんと話し合って決めた企画モノです。独自解釈、オリジナル設定を含みますが、最期までお付き合いいただければと思います。


 夏休みも終盤に差し掛かろうとしていたある時、立花響は史上最大の危機を迎えていた。錬金術師キャロルが起こした魔法少女事変を越えるような修羅場がすぐそこまで来ていた。

「ねえ未来」

「ダメ」

「まだ何も言ってないよー」

 目の前でうなだれている響は未消化の宿題の山を前に、早速敵前逃亡を図ろうとしているようだった。

「どうせゲームセンターに行きたいっていうんでしょ?最近はマリアさんとかクリスが出撃代わってくれてるから、今のうちに宿題片付けなくちゃって響が言ったんじゃない」

 響は魔法少女事変が解決してからと言うものの、S.O.N.Gの出撃、家族水入らずで旅行、エルフナインを入れて8人で夏祭りに行ったり、花火大会をやったりなど徹底的に遊び倒してしまったのだ。

 加えて、最近始まったゲームセンターのゲームにドハマリしたせいで、未来の目を盗んでは切歌と一緒に遊びに出かけているらしい。最近はクリス、調、未来の3人でその話題で少し盛り上がってしまえるほどである。

「未来は大怪獣バトルやったことがないからそんな事言えるんだよー。一回でいいからやってみよう?ね?ね?」

 『大怪獣バトル』。最近流行りの怪獣を操って戦う対戦格闘ゲームらしい。一応男子向けのゲームに分類されるのだが、何故か響と切歌は夢中で遊んでいる。最近では積極的に布教活動も行っているらしいが、成果は出ていないようだ。

「いいから宿題。今日の分終わったら、一緒に行ってあげるから」

「本当!やった!未来大好き!」

 死んだ魚のような有様だった響が、一気に水を得た魚のように生き生きと宿題に取り組み始めた。

(この集中力が最初から出てくれればなあ)

 一応シンフォギア装者としての仕事には熱心なのだが、その熱意がなぜ宿題に向いてくれないのかと1人悩む未来だった。

 

 

 響が宿題に取り組むこと数時間。途中で何度か逃げ出そうとしたが、何とか未来が決めた今日の分が終わった。そして約束通り、2人でゲームセンターに遊びに来ていた。

「あっ響さん!」

「おおっ!切歌ちゃん!」

 たまたまゲームセンターに遊びに来ていた切歌とばったりと会った。後ろから、調と少しやつれ気味のクリスがいるのを見るに、事情は大体同じなようだ。

「響さんも大怪獣バトルやりに来たデスか?じゃあ一戦どうデス?」

「ふっふっふ。いいのかい切歌ちゃん?私はあれから色々動画とか見て勉強してるんだよ」

「私も昨日までの私と違うと思い知るといいデス。響さんのキングジョーなんて、私のドラコのドラコで解体してやるデスよ!」

 2人はお互いで盛り上がって、ゲーム筐体の前に座ってゲームを始めた。

「お前も大変だな」

 少し離れた席で座っているとクリスが話しかけてきた。

「クリスも大丈夫?最近色々と忙しいみたいだけど」

「まあ先輩とかと3人で回してくのは結構辛いんだけどな。その上あの2人の面倒も見なくちゃいけないから、楽じゃない。でも、あたしは十分楽しいんだ」

 疲れていたクリスの顔は、少しだけ笑顔になっていた。未来はクリスの身の上はよく知らないが、それでも、彼女が十分充実しているということだけは伝わってきた。

 響と切歌の対戦が第2回戦に差し掛かろうとしていた時、未来以外の4人からアラームが鳴った。それを合図として、4人の顔が一気に強張り、耳の無線機に耳を澄ます。

「出撃?」

 通信が終わった頃を見計らって、響に話しかけると響は少し戸惑ったような表情を浮かべた。

「うん。そうみたい、でも、未来にも来て欲しいって」

 正式な装者ではない未来を連れて行くことに、響だけではなくクリス達も戸惑っているようだった。しかし、未来が出す答えは一つだった。

「いいよ。行く。私も響のお手伝いができるなら行きたい」

「未来……。分かった。行こう」

 響は未来の覚悟を改めて確認すると、それ以上何も言わなかった。

 

 S.O.N.Gの司令室に到着すると、既に風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴが待機していた。現在風鳴司令は不在なので、実質的にエルフナインが司令官として振る舞っている。

「お待ちしてました。ギャラルホルンに活性化の兆しが見られたので、みなさんを招集しました」

 司令室ではエルフナインが周囲に指示を飛ばしたり、相談をしたりして忙しそうにしていた。周囲の慌ただしさから今回の事態の重さが伝わってくる。

「今回のケースは異例中の異例です。ギャラルホルンを伝って、向こうの世界から通信が飛んできました」

 それを聞いて、装者達に動揺が走った。基本的にギャラルホルンは並行世界へ渡る為の扉。並行世界から干渉など不可能に等しいと考えいていたからだ。

「恐らく、向こう側の世界にもギャラルホルンがあるものと考えられます。通信の内容を今から出します。ブリーフィング代わりにご覧ください」

 エルフナインはモニターに映像を出した。モニターには『SOUND ONLY』の文字しか無いが、流れてきた音声は、信じられないものだった。

『こちら、S.O.N.G所属のキャロル・マールス・ディーンハイムだ。こちらの世界が侵略者の攻撃を受けている。そちらの世界から援軍が欲しい。そちらの世界にギャラルホルンがあることは確認している。至急シンフォギア装者、もしくは適合者をこちらの世界に送ってほしい。以上だ』

 通信の相手は、並行世界のキャロルだった。あまり取り乱すイメージのない彼女だが、その口調から少し焦りが見えていた。

「今回の作戦は、キャロルがS.O.N.G所属の世界に渡り、現状の調査、及び事態の解決です。この後、キャロルと何回か通信を取った所、既にセレナさんと奏さんが戦線に参加しているようで、詳しい状況は彼女たちから聞いて欲しい、とのことです」

 エルフナインがキャロルからの通信に付け加えた。そして並行世界への渡航のため、ギャラルホルンが保管されている部屋に移動した。

「では未来さん。これを」

 未来は神獣鏡のシンフォギアをエルフナインから受け取り、エルフナインはギャラルホルンの起動に取り掛かった。

「今回風鳴指令は別件で不在ですが、私にできる限りのサポートはしますので、健闘を祈ります」

 エルフナインの操作でギャラルホルンのゲートが開く。7人は覚悟を決めて、並行世界へと足を踏み入れた。

 

 「あれ?」

 響が並行世界に降り立つと、周囲は瓦礫の山と化していた。しかも、一緒にいるのはマリアだけである。

「私達、7人で来ましたよね……?」

「そのはずだけど……」

 周囲を見渡しても、人がいる気配はない。まるで、嵐が通り過ぎたあとのようだった。

「おーい!未来ー!翼さーん!クリスちゃーん!」

 声を上げてみても、響の声が虚しく響き渡るだけで状況は変わらなかった。

「やっぱり、罠だったのかしら……」

 突然の分断に遭ったマリアが、険しい表情で状況の分析を始めていた。

「そんな!キャロルちゃんを疑うんですか?!」

「こんな状況になれば、どうしても考えちゃうわね。元々敵だったわけだし」

 マリアも、これが罠であると信じたくはなかった。もし罠であれば、最悪の事態であるという事の証明になってしまう。その可能性を信じたくはない。

 周囲の探索を始めようとした時、周囲の瓦礫がうごめく音がした。何かが這い出ようとしてるのが瓦礫の動きでわかる。

「誰かいる……?要救助者?」

「きっと私達の声が聞こえたんですよ!行ってみます!」

「あっ!待ちなさい!」

 マリアの制止を聞かず、響は瓦礫に近寄って手を差し伸べようとした。しかし、瓦礫の山から出てきたのは予想だにしないものだった。

 瓦礫の下から出てきたのは、異形の怪物だった。ノイズとは似ても似つかない、昆虫人間といったほうが正しいかもしれないほどの怪物だった。

 昆虫人間は、こちらを見て響の存在を知ると、その手の鉤爪でいきなり襲いかかってきた。

「嘘っ!?」

 響は咄嗟に昆虫人間の攻撃を避けて距離を取る。更に瓦礫の山から昆虫人間が次々と現れ、マリア達は囲まれてしまった。後から現れた個体の中には、『何か』を咀嚼しているような個体もいた。

「何こいつら。ノイズ、じゃないわよね……?」

「スペースビースト、ですかね。どうしてこんな所にいるのか分かりませんけど」

 次の瞬間、包囲網の穴めがけ、いきなり響はマリアの手を引いて駆け出した。響は拳で戦う都合上、マリアを守りながら戦える保証はない。マリアもLiNKERを多く持っていない以上は無駄な戦闘は避けなければならない。

マリアは一瞬戸惑ったが、すぐに響に合わせて走り出す。

 昆虫人間達は走り出した響達をすぐに追ってこなかったのが幸いだった。たまたま近くに廃ビルが見つかったので、そこに身を隠す事ができた。

「ちょっと、スペースビーストって何?なんであなたがそれを知ってるのよ……」

「マリアさんは知りませんか?大怪獣バトル」

 方向も分からずガムシャラに走ってきたせいで、2人とも肩で息をしていた。

「大怪獣バトル?ああ、最近切歌がハマってるっていうゲームね。それがどうかしたの?」

「それの、元になった特撮の一つに出てくる敵にスペースビーストっていうんですよ……」

 マリアはそれを聞いて、耳を疑った。テレビの中の怪物が現実世界に出現するとは思えない。しかし、切歌がよく響の名前を出していたので、彼女のが嘘をついているようには見えなかった。

「アレの名前は、確か……。バグバズンブルード。テレビ本編には出てこなかったので、少し思い出すのに時間がかかりました」

「名前なんかこの際どうでもいいわよ……」

 せっかく披露した自分の知識が不要なものと一蹴され、響は目に見えて落ち込んだ。マリアはそれを気にかけず、外の様子を窺う。バグバズンブルードの群れがこちらを探しているようには思えない。

「スペースビーストは人間を食べるんですから、気をつけてくださいよ」

 響からの助言で、マリアはバグバズンブルードの何体かが食べていたモノがなんであったのかを理解してしまった。自分たちがもう少し早ければ、間に合ったのかもしれないと思うと、少し悔しい。

「でもスペースビーストって意外と小さいのね。大怪獣バトルの原作って言うから、もっと大きいと思ってたわ」

「いいえ違いますよ。あれは特別小さいやつです。しかもアレは―――」

 響がそこまで言いかけた所で、地面が大きく揺れた。地震とは比べ物にならない程大きい揺れで、マリア達は廃ビルの外まで避難せざるを得なかった。

 外に出ると、地震が収まり、巨大な虫のような怪物が姿を現した。バグバズンブルードといくつか共通点を持っているが、全体的なフォルムが異なった。

「成る程、アレが親玉ってわけね。さしずめバグバズンって所かしら?」

「はい。アレが、スペースビーストは大体あんな大きさなんです……」

 バグバズンの大きさに2人は驚きを通り越して、笑うしかなかった。響達の世界でも大型ノイズであそこまで大きい個体はほぼいない。強いて言えば、フロンティア事変の時のネフィリム・ノヴァを持ち出してやっと一回り小さいレベルだ。

 バグバズンは大きく吠えると、周囲を手当たり次第に踏み荒らし始めた。よく見ると、ゆっくりとこちらに向かってきているようにも見える。

「とんでもない世界に来ちゃったわね……。怪獣の世界って……」

「まさかゲームの世界に来ちゃうなんて想像もできませんでしたよ……」

 イグナイトモジュールや絶唱を駆使しても、アレほど大きいものは足止めが精一杯で撃破は難しい。しかもスペースビーストの性質上、負ければ響がそのまま捕食されてしまうのは間違いない。

 そう考えると、響達は逃げる以外選択肢はなかった。しかし、既に周囲をブルードの群れに囲まれているようで、逃げ道も先程より細くなっている。

「バグバズンの巣に飛び込んじゃったみたいですね……アハハ」

「呑気に笑ってないで逃げる方法を考えなさいよ……」

 マリアは胸のアガートラームを起動させて、一気に活路を開く事も考えた。しかし、相手がノイズでない以上、こちらが優勢とは限らない。場合によってはマリアの刃が届かない可能性もあるのだ。

 絶体絶命の状況の中、一つの声が聞こえた。

「薙ぎ払え!ミーモス!」

 次の瞬間、巨大な黒い影が現れ、バグバズンを殴り飛ばした。マリア達を囲んでいたブルード達も一瞬にして薙ぎ払われた。

「やっと見つけたぞ。やはりアイツラを回収に向かわせたのは正解だったか」

 一冊の分厚い本を持ち、怪獣を使役している少女は、響達にも見覚えのあるものだった。

「キャロルちゃん!」

「待っていたぞ、シンフォギア」

 響達を助けたのは、この世界のキャロルだった。キャロルの手に握られた本から光が放たれると、キャロルが放った怪獣、ミーモスが動いた。

 バグバズンもミーモスに応戦するも、キャロルの指示から繰り出される素早い動きに翻弄されていた。ミーモスは回し蹴りでバグバズンを蹴り飛ばして転倒させた。そして次にバグバズンが起き上がるのを見計らい、全身から金属片をブーメランのように飛ばし一気に切り刻みバグバズンを撃破した。

 役目を終えたミーモスは光となって消え、キャロルの本の中へと戻っていった。

「ひどい妨害に遭ったな。今回はこちら側のミスだ。途中でアイツの妨害されてな」

 バグバズンを討伐したキャロルは本を閉じて響達に歩み寄ってきた。しかし警戒心は解いておらず、敵はまだ残っているようだった。

「あーあーあー。やってくれたな」

 瓦礫の上から、キャロルが勘付いていた存在が顔を見せた。

「レギュラン星人トゥエルノ。珍しいじゃないか。ヘッドが直々にお出ましとは

「そりゃそうさ。こっちだってモタモタしてねえ。敵の戦力が増えるってんなら、さっさと潰しておくに限る」

 トゥエルノは瓦礫の上から飛び降りて、周囲の状況を確認する。周囲にいたスペースビーストたちが全滅していることを再確認すると、呆れたような仕草をとった。

「スペースビーストをあそこまで育てるの、大変だったのによお。ボスはスパークドールズくれねえから、こっちは怪獣揃えられねえのによぉ。あームシャクシャする!出てこい!ゴメス!」

 トゥエルノが合図をすると、空から一体の怪獣が転送されてきた。古代怪獣ゴメスである。

「こいつら全員を踏み潰してやれ!」

 トゥエルノはゴメスに指示を飛ばすとどこかへ姿を消した。ゴメスは大きく咆哮を上げると、響達めがけて向かってきた。

「ちょうどいい機会だ。立花響、ゴメスを倒せ」

「え?倒せってあんな大きいのを!?無理無理!いくらなんでも無茶ぶりすぎだよ!」

「オレがやってみせただろ?お前も怪獣を呼べ。シンフォギアを起動すればできるはずだ」

 響はどうすればいいのか分からなかったが、次の瞬間、脳内にイメージが流れ込んできた。とある怪獣の記憶、とある孤島で、「王」と呼ばれるほど強い怪獣の記憶である。

『Balwisyall Nescell gungnir tron 』

 響が聖詠を唱えると、シンフォギアは展開されずに胸のガングニールから光が放たれ、一体の怪獣が現れた。

「レッドキング……!」 

 どくろ怪獣レッドキング、その強い怪力で以て怪獣たちの王と言わしめるほどの強さを誇る怪獣である。

 レッドキングは吠えると、そのすべてが響に伝わってくる。響は自分がレッドキングであるような錯覚さえ覚えた。

 響はレッドキングを操り、ゴメスに向かう。響がレッドキングの戦い方を思い描くだけでレッドキングは思い通りに動いてくれる。その豪腕でゴメスを殴り倒す。ゲームとは勝手が違うので、完全にレッドキングがついてきてくれるわけではないが、それでもレッドキングは思い通りに動いてくれている。

 響の戦闘スタイルとレッドキングは相性が良く、ゴメスに反撃の余地を与えずに攻撃を加えていく。ゴメスはレッドキングの猛攻の前に為す術もなく、すでにフラフラだった。

 響はゴメスが弱ったその瞬間を見逃さなかった。レッドキングが右の拳を大きく握ると、赤い炎が吹き出し、腕も少し黒く変色する。レッドキングは炎の勢いに身を任せ、ゴメスを貫く。ゴメスはレッドキングの一撃に耐えきれず、全身から炎を吹き出しながら爆発四散した。

 レッドキングはゴメスを撃破すると、光となって消えていった。同時に響も倒れ込み、マリアに支えられる。

「大丈夫?相当集中してたみたいだけど……」

「結構堪えました。かなり眠いですよ」

「しょうがないわね。私がおんぶしてくわ。あなたは寝てなさい」

 マリアは響を背負い、キャロルと共に歩き出す。

「これから基地へ向かうぞ。他の装者も回収部隊が動いてるから安心しろ」

 怪獣を操る宇宙人との戦いはこうして幕を開けた。何も情報のないこの世界で、マリアはあの怪獣軍団に勝てるのか、他のみんなは無事なのか、不安を感じていた。 




SONG怪獣図鑑
どくろ怪獣 レッドキング
体長:45メートル 
体重:2万トン
ステータス
力:★★★★★
技:★★★☆☆
知:★★☆☆☆
 多々良島に生息する怪獣たちの王とされる怪獣。非常に凶暴な怪獣として知られ、怪獣と縄張り争いを行っている光景がよく見られる。
 最大の武器はその腕力で、岩を投げつけて攻撃する場合もある。
 響と共鳴することで発動する必殺技は、『我流・溶岩拳打』。片腕を一時的にEX化させて放つ最大の一撃である。

装者のコメント
 響:ゲームでも現実でも、私の最高の相棒ですッ!


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第2話「防人の翼」

 並行世界に到着した翼は、目の前の現実が信じられなかった。目の前に広がっていたのは、瓦礫の山と、巨大な蜘蛛の巣を作っている巨大怪獣だった。それに、一緒にいるのは調だけで、他の5人については全く見当たらない。

「どういうことだ……?月読、これはどういう……?」

「分かりません。ただ、あの怪獣は確か切ちゃんが好きだった奴……確か名前は、バンピーラだったはずです」

 翼はますます状況が飲み込めなくなった。切歌が最近ゲームにハマっているのはマリアを通して聞いていた。しかし、それに出てくるキャラクターが現実の生物として存在しているというのはどういうことなのか。

「とにかく、情報を探そう。他の皆がどうなっているのかも気になる」

 翼は調を連れて音を立てないように動く。バンピーラは巣の上から獲物を探しているようだが、幸いこちらには気づいていない。このままなら逃げ切れるかもしれない。

「成る程、あなたが剣さんなのね」

 逃げ道を塞ぐようにファラ・スユーフが立っていた。キャロルが味方ということを考えれば、彼女も味方であると考えるのが普通だが、どう見てもそういう風には見えない。

「マスターからは、あなた達の回収を命じられてはいますが……」

 ファラはおもむろに怪獣の人形を取り出し、翼達に見せつける。

「別に、”回収が間に合わなかった”という事にしても構わないですよね」

 ファラは人形に口づけをすると、人形を放り投げた。すると人形は強烈な光を放ち、巨大な怪獣に変化した。

「古代怪鳥レギーラ。スパークドールを回収するのには苦労しましたが、別に良いでしょう」

 レギーラは翼達の真上で旋回し、威嚇をするかのように鳴いている。まるで、バンピーラにこちらの位置を教えているようだ。

「貴様!キャロルの仲間ではないのか!?」

「ええ、仲間ですよ。あなた達の仲間かどうかは、別ですが」

 ファラは空間転移の小瓶を割り、その場からそそくさと退場してしまった。時を同じくして、バンピーラが翼達めがけて突進を始めた。レギーラはバンピーラに体当たりを始め、バンピーラも糸を吐いて応戦を始めた。

「走るぞ!」

 2頭が争っている間に少しでも距離を取ろうと翼と調は走り出す。バンピーラとレギーラの戦いは頭上を取っているレギーラが優勢だが、ファラの言葉が正しければ、勝ったほうがこちらの敵になるだけである。

「一体どうなってるんだ……?怪獣無法地帯にでも迷い込んだか?」

「いざとなったら、シュルシャガナの機動力で」

「ダメだ!バックアップが揃っていない以上、お前に変身させるわけにはいかない!」

 調はLiNKERも少数ながら持ってはいる。しかし、ウェル博士が改良したものではないので、使用には副作用が絡む上にシンフォギアからのバックファイアを治す手段もないのだ。魔法少女事変の一件で、無茶はできないと分かっていたが、それでも調は歯がゆい思いに駆られた。

 バンピーラ達から距離をおいた時、いきなりバンピーラの巣が爆ぜた。更にもう一体の鳥のような怪獣がバンピーラの巣を焼き払って姿を現した。

「3体目、だと……?」

 翼は自分を落ち着かせようと必死に自分に落ち着けと言い聞かせる。しかし増える怪獣と調も守らなければいけないという責任感から、逆に焦りを生んでしまう。

「翼!大丈夫!」

 焦る翼を助けに奏が姿を現した。

「奏!?助けに来てくれたの?」

「そう。キャロルから頼まれてね。ファラだけじゃ心配だからって」

 奏が助けに来てくれたお陰で、翼も少しだけ落ち着く余裕ができた。月読も助けが来てくれて安心したようで、強張っていた顔が少し緩んだ。

「バンピーラに、レギーラ、そしてバードン……。こりゃ酷いね。一旦退くしかないか……。この近くに拠点があるし。そこならバックアップができるはず」

 奏の提案で2人は拠点へと向う。最後に見た怪獣たちの乱戦は、バンピーラの劣勢という状況のようだった。

「さてと、ちょっと粗末だけど、ここが私達の拠点。ゆっくりしていってね」

 奏でに通されたのは、比較的小規模な地下シェルターだった。最低限の衣食住はできるようになっており、数日間の籠城も可能にしているような印象を受けた。

「さてと、まずは調ちゃんにはこれあげるよ。無いと困るでしょ?」

 奏は貯蔵庫を開けて、LiNKERの入った注射器を調に投げ渡した。

「LiNKER?どうして?」

「あたしもこっちの世界に来てビックリしたんだけどね。どうもこっちだと改良型LiNKERが量産できてるみたいでさ、SONGに本部に行けばいくらでも補給できるらしいのさ」

 奏は引き続き貯蔵庫を漁っており、なにかを探しているようだった。

「お、あったった。翼にはこれね。とりあえず一個しか無いから、翼に渡しとくわ」

 奏が翼に渡したのは、シンフォギアのコンバーターユニットのような結晶体だった。だが肝心の聖遺物の欠片のようなものは見受けらなかった。真ん中に穴が空いており、コンバーターユニットをさせるようなスロットが設けられている。

「これは?」

「レイオニクスコンソール。シンフォギアで怪獣を召喚できるようになる補助器具だよ」

 奏は自分のコンバーターユニットを見せて、既にコンソールを付けていることを示した。

「怪獣を召喚する……ってシンフォギアにそんな機能はついてないはずだけど?」

「その通り。怪獣を召喚するのは、この世界でしか動作しない特殊機能。そのコンソールがなくても使役はできるけど、正規の適合者でもバックファイアが酷いからね。それを緩衝材にするってわけ」

 奏の話は信じがたい内容が含まれていたが、翼はあんな非現実的な光景を見てしまったので、納得せざるを得なくなってしまった。

 翼はコンソールユニットを装着し、少し眺めてみる。非常に独特な形をしており、その見た目はクワガタのように見えなくもない。

 これからどうしようかと考えいていた時、突然シェルター全体が大きく揺れた。

「何!?」

「地上の怪獣決戦に動きがあったのか……?」

 翼は怪獣という存在がどういうものなのかは分からない。ノイズの一種なのかもしれないし、あるいはこの世界に実在している本物の生物なのかもしれない。けれど、この世界で生き残るためには、怪獣を召喚して戦うのが一番であると理解した。

「よし、じゃ準備ができたことだし、行こうか。怪獣退治」

「ええ。でも私一人で行くわ。何かあったら、月読をSONG本部に連れてって」

「……分かった。いってらっしゃい」

 翼の決意を見て、奏は特別引き止めるようなことはしなかった。翼は地上へ上がるはしごを登り、地上へ出る。

 怪獣の三つ巴の戦いを制したのは、バードンだった。バンピーラの死骸が無残に転がり、レギーラは逃げたのかその姿を消していた。

 バードンは周囲の廃墟を荒らし、何かを作ろうとしているようだった。

(……行くぞ)

 翼はレイオニクスコンソールを付けたシンフォギアを握りしめ、聖詠を唱えた。

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 そこから先はいつものシンフォギアと違った。翼の脳内に様々なイメージが次々と浮かんでは消えていく。古今東西、ありとあらゆる怪獣のイメージ。その中で、翼はある怪獣の記憶を呼び覚ます。

「出でよ!デマーガ!」

 次の瞬間、シンフォギアから光が放たれ、一体の怪獣が実体化する。溶鉄怪獣デマーガ、日本の言い伝えをまとめた太平風土記にも登場する怪獣である。

 「防人の生き様、見せてやろう!」

 デマーガは翼の言葉に反応するように大きく吠えた。

 バードンはデマーガを敵と認識し、空中に飛び上がって襲いかかってきた。翼はそれに動じること無く、撃ち落とすイメージを作る。するとデマーガの背びれが一瞬光り、口から熱線を発射した。

 デマーガの熱線は、空中のバードンを正確に捉え、撃ち落とした。それを見て、翼は怪獣の扱い方を把握していく。翼がデマーガの戦い方を思い描くと、デマーガはその通りに動いた。

 デマーガは落ちてきたバードンを殴り飛ばし、更に熱線で以てバードンの羽根を完全に焼き払った。そしてバードンは熱線で自慢の羽根を焼き払われ、ノロノロと地上を這いずり回る。デマーガの攻撃に驚き、どこかへと逃げようとしているようだった。

「逃がすか!」

 デマーガは翼の意志に応えたかのように、腕の一部から鋭い刃のようなものを生やした。僅かに蒼い光を帯びたその刃は、バードンの背中を一閃のもとに切り伏せた。その太刀筋はどこか、翼の蒼ノ一閃に似ていた。

 バードンは背中を切られ、うめき声のようなものを上げながら、爆発四散した。

「勝った、のか」

 翼はデマーガに指示を送っただけとは言え、少し勝利の高揚感に駆られていた。デマーガも戦いが終わると、翼に礼を言うかのように光の粒となってシンフォギアの中へと消えていった。

 デマーガが消えた後、一瞬疲労感に襲われたが、少し立ちくらみがする程度に和らいだ。

「お疲れ様。どう?初戦の感想は」

 翼の勝利を感じ取ったのか、奏が調を連れて地上へ上がってきた。

「不思議なものね。怪獣を使って戦うというのは」

「まあ最初のうちだけね。この後回収部隊が来るみたいだし、それまで拠点で休んでたらどう?」

「そうさせてもらうわ」

 この世界で初めての勝利を掴んだ翼は、奏と共に拠点へと向かう。翼はこれまで体験したことのない戦いを経て、響たちにもあの戦いぶりを話してみたい気持ちでいっぱいだった。

 

 

「ほう、デマーガを引き当てましたか。私はてっきりメカザムでも出すかと思ったのですが」

 翼の戦いを遠目に見ていたファラは素直な感想を漏らした。その手には回収したレギーラとバードンのスパークドールが握られていた。

「全く、手当たり次第に焼き払おうなんて、ミカの行動には困ったものね」

 この場にいるのはファラ1人だけだ。バードンを召喚して暴走させたミカは既に撤退済みで、事後処理のためにファラが出てきたのだ。

「ミカにスパークドールを渡すなとアレほど言ったのに、誰が渡したんだか」

 ファラ達オートスコアラーはシンフォギアを持たない故、怪獣を使役して戦わせるにはスパークドールズに頼る他ない。しかしミカのように複雑な思考ができないオートスコアラーは、スパークドールズを浪費させる結果に終わる危険だってあるのだ。

 しかし、今回の出撃は風鳴翼が召喚した怪獣についての情報を得られたので、悪い気はしなかった。

「はてさて、あの剣さん、どうやって導きましょうか?それとも、潰してしまおうかしら?」

 ファラは笑みを浮かべながら転移を行う。ファラ達にとって新しい戦力となるシンフォギア装者。それを導いて、一線級に育てようか、それともこちらの手持ちを使って全滅させてしまうのか。ファラはどちらかにしようかと悩むことさえ、楽しんでいた。




SONG怪獣図鑑
溶鉄怪獣 デマーガ
体長:50メートル
体重:5万5千トン
ステータス
力:★★★★☆
技:★★★☆☆
知:★★☆☆☆
 日本の歴史書である太平風土記に記されている古代怪獣。体の79%が溶けた鉄で構成されており、体温は非常に高い。
 身体能力はそこまで高くないが、溶鉄光線が最大の武器として敵を焼き尽くす。
 翼と共鳴することで発動する必殺技は、『蒼ノ一閃』。ツルギデマーガの状態を再現し、刃から蒼ノ一閃を放つ。ダークサンダーエナジーを用いないので、刃の色は蒼くなっている。

装者のコメント
 翼:天羽々斬と勝手が違うので、最初は戸惑ったが意外と頼りになる相棒だ。


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第3話「吠えろ!怪獣地獄」

 並行世界に飛ばされたクリスは、早速絶対絶命の危機に陥っていた。目を覚ましていきなり得体の知れない怪物に取り囲まれ、目の前で人が捕食されている所を目にしてしまったのだ。

「なんでペドレオンがいるデス!?ネクサスの世界にでも迷い込んだデスか!?」

 後ろで切歌と未来を守りながら、シンフォギアを装着して目の前の怪物と戦っている。幸い、面で攻撃できるクリスと相性がよく、何とか耐えられている。しかし怪物は際限なく襲ってくるので、いつまで持ちこたえられるか分からない。

(一刻も早くコイツらを逃さねえと……)

 イチイバルのシンフォギアが問題なく動いたのはクリスにとって幸運だった。今の所胸のコンバーターユニットが青くなっただけで、使える技、歌に変化はない。ならば、火力によるゴリ押しでこの群れをとっぱできるかもしれない。

 しかし、クリスの体力がいつまで持つか分からない。集中力が少しでも途切れれば2人は怪物の餌食になってしまう。

 クリスは一か八か、ある賭けに出ることにした。スカートアーマーから、ミサイルを展開し、あたりも付けずに無茶苦茶に乱射した。

「行くぞお前ら!舌、噛むなよ!」

 クリスはすぐに切歌を背負い、未来の手を引いて駆け出す。そして思いっきり跳び上がり、群れのどれにも当たらずに飛んでいくミサイルに跳び乗った。普段より人数が多いので、バランスを取るのに苦労するが、ある程度高度が出てしまえばあの怪物も追ってこない。

「ふぅ……危なかったぜ」

 クリスは何とか怪物の群れから脱出できて安心できた。

「クリス、大丈夫?ずっと戦いっぱなしだったみたいだけど」

「何とか、な。後少し決断が遅かったら、ダメだっただろうな」

 どういうわけか、普段シンフォギアで戦うより、体に疲れが溜まっているような気がする。あそこで思い切った決断ができなければ、ジリ貧になった全滅してしまっただろう。

 そしてミサイルに乗って移動し始めて1分程経った頃、いきなりクリス胸のコンバーターユニットが赤く点滅を始めた。それと同時にクリスの指先から少しずつ力が抜けていく感覚に襲われた。

「な、なんだよこれ!?力が、抜けていく……!」

「カラータイマーみたいなものデスかね?3分経つと自動的に変身が解除される機能なんて聞いたこと無いデスが」

「いつの間にシンフォギアはラーメンタイマーになったんだよ!」

「クリス!?本当に大丈夫なの!?」

 突然シンフォギアに起きた異変で、一行はパニック状態に陥った。原因は切歌が余計な一言を言ったせいのもあるが、クリス自身異変を感じていたので余計に説得力を持ってしまった。

 クリスは力が抜けていく感覚に抗えず、イチイバルの変身も解除されてしまった。足場になっていたミサイルも消滅してしまい、3人は地上めがけて真っ逆さまに落ちていく。

「―――ッ!―――ッ!クソ!聖詠ができなくなってるし、何がどうなってるんだ!」

「いつの間にイチイバルにカラータイマーが……?それともクリス先輩はウルトラ族……?」

「ちょっとー!どうなってるのー!?」

 怪物の群れから少しでも遠くに離れようとかなり急角度でミサイルを打ち出したせいで、ここから地上に落ちれば、間違いなく命はない。

 結局全滅する運命だったのかとクリスが半ば諦めた時、突然何かがクリス達をに覆い被さり、ものすごい速度で近くのビル群へと減速しながら着地した。クリスはそれが誰なのか確認しようとしたが、減速した時の衝撃で意識は闇の中へと消えていった。

 

 クリスが目を覚ますと、マンションの一室で寝かされていた。隣では切歌と未来も寝かされ、眼の前で、鼻歌を歌いながら誰かが料理をしていた。

「目が覚めましたが?」

 料理を作っていたのは、セレナだった。彼女のイメージとは違い、味噌汁や焼魚といった和食を作っているようだった。

「お久しぶりです。丁度危ない所だったみたいですので、助けてここまで連れてきたんですよ」

「ああ、ありがとう」

 セレナは4人分の食事を机に並べて、切歌や未来を起こす。クリスが部屋の様子を確認すると、かなり生活感のある部屋で、実際に人が住んでいるようにさえ見えた。

「なあ、この部屋って」

「はい?ああ、ここは私の部屋ですよ。こっちの世界で戦うにあたって、ここで暮らしてるんです」

 セレナに起こされ、残りの2人も目を覚まし始めた。

「ん……あれ?セレナ、大きくなったデスか?」

 切歌はセレナの姿を見ると、いきなりそう聞いた。クリスはセレナとあまり遭ったことがないので、気付かなかった。しかし言われてみれば、13歳という年齢にしては大きすぎるような気がしてきた。雰囲気や見た目から言って、15~6歳ぐらいがちょうど良いだろうか。

「え?ああ、私は皆さんより未来の時間から呼ばれたので、その分成長してます。私からすれば、2~3年ぶりにお会いした感じです」

「成る程ねえ……」 

 確かに、13歳ほどの精神的に未熟なセレナより、ある程度成長した状態のセレナを招集した方が戦力になる。目的のためには自害すら厭わないキャロルなら考えそうなことだ。

「さてと、とりあえずご飯の支度ができてるので、食べましょう。話はそれからです」

 クリスが時計を見ると、既に7時を回っている。時間的にはちょうど良い上に、断る理由はなかった。

 セレナが点けたテレビではちょうどニュース番組をやっていた。ニュースの内容は、怪獣災害の規模、被害状況や街頭インタビュー等、怪獣の話題でいっぱいだった。

「怪獣は何故現れるのか、ねえ。信じられねえけどなあ」

 一応、怪獣が頻繁に出没するエリアとそうでないエリアがあるらしく、一般人は安全地帯で暮らせているらしい。怪獣の被害に遭う人間は、安全地帯が攻め落とされた時か、仕事の都合で危険地帯を通らなければならない時にしか現れないという。

 4人が食事を終えると、セレナは手際よく片付けを終えて、クリスたちに資料とシンフォギアのコンバーターユニットに似た結晶体を3つ差し出した。

「怪獣災害の機密資料と、怪獣を召喚できるようにするコンソールユニットです。私のスペアで申し訳ないですが、これがあれば怪獣に襲われても対抗できます」

 クリスは怪獣を召喚できるという機能に耳を疑ったが、ここまで手の込んだドッキリはあり得ない。戦うために必要だと判断して装着した。切歌と未来もセレナを信頼して、コンソールユニットを装着した。

「おお!かっこいいデス!レイブラッド星人の頭みたいデスよ!」

 またしてもよくわからない名前を口にしながら大興奮する切歌、心ここにあらずといった感じでどこか遠い目をしている未来と反応はそれぞれだった。

「怪獣とうまく適合できれば、すぐにで怪獣を召喚できるんですけど、まだ適合してないのでとりあえず今はお守り程度に思ってくださいね」

「了解。ちょっとこの資料に目を通させてもらうぜ」

 クリスは適当に資料を取って中身をめくる。内容は、この世界に攻めてきているものの正体、怪獣災害の現状について詳細な検証を元に、分かりやすくまとめられていた。

 この世界を攻めてきているものは、宇宙人のギャングというのがその正体だった。現状その下部組織であるスペクトルが日本で暴れまわっており、東京を中心にあちこちで破壊活動をしているらしい。幹部は、リーダーのメトロン星人トゥエルノ、参謀のバルキー星人ジーク、技術者のミジー星人スズチェンコの3人らしい。

 そして、怪獣についてはトゥエルノが捕獲した地球怪獣が戦力の大多数として暴れまわっており、それ以外にスズチェンコの開発したロボット怪獣が確認されている。それ以外にも、彼らに支給された宇宙生物スペースビーストが斥候や尖兵として使役されているらしい。

「なあ、この宇宙ギャングってのを倒せば今回のあたし達の作戦は終わりってことでいいのか?」

「はい。現状ボスが誰なのかは不明ですので、その3人を倒すのが最優先目標ですね」

 他にはクリスにはわからない内容が多く、クリスはとりあえず大体の目標を理解するだけにした。

「あの、セレナさん。響は今どうなってるの?私達はぐれちゃって不安で」

 どこかうわの空だった未来がどこか口を開いた。よそよそしい口調ではあったが、コンソールユニットを装着したシンフォギアを握りしめてすぐにでも飛び出して行こうとしているような雰囲気さえ見える。

「響さん達は今SONG本部で保護されているようです。ここからそう遠くないので、明日行きましょう。危険地帯を挟む以上、夜中行くのは危険ですから」

 セレナに説明されて、未来は少し安心したようだった。親友の響と離れ離れになって、不安を覚えていた未来とは対象的に切歌は興奮していた。

「すごいデス!迷子になったザンドリアスとか記事になってるデス!こっちは動物図鑑にピグモンとか載ってるデス!」

 セレナが整理していた新聞を読み散らかし、怪獣の名前をスラスラ言いながら読み漁っていた。クリス達が横になっていた布団も、すっかり新聞で散らかってしまった。

「おいおいお前少しは緊張感を持てよ……。一応作戦中だぜ?」

 クリスは散らかった新聞を片付けながら、切歌をなだめる。明日から忙しくなるのは目に見えている上に、シンフォギア装着の疲れも抜けきっていないので、早く休みたかったのだ。

「でも先輩。情報収集は大切デスよ。こういう何気ない新聞に重要な情報が載ってたりするデスよ」

「はいはい。そういうのはSONGの仕事だろ。あたし達はあたし達にできることをすればいいだんだからよ」

 新聞を片付け終えると、クリスは布団で横になって眠りについた。

 

 

 翌朝、朝食を終えたクリス達は、セレナの運転するジープでSONG本部へと向かっていた。

「にしても、運転なんてできたんだな」

「安全地帯ではできませんが、移動用に練習したんですよ。一応、公務上必要な措置として限定の免許証だって発行してもらったんですよ?」

 SONG本部まではそこまでかからないならしく、瓦礫に埋もれて遠目に街が見えてきた。

 セレナは何かを感じ取ると、いきなりブレーキを掛けて、ジープを止めた。

「どうした!?」

「敵です。完全に待ち伏せされてました」

 セレナが止まるのに合わせて、昨日の怪物、ペドレオンの群れが現れた。

「セレナ、あたしがイチイバルで道を開く。すぐに走らせろ」

「そうはいかないんだなあ、これが」

 ペドレオンの群れの中から、異形が姿を現した。昨日の資料にあった、バルキー星人ジークである。

「昨日はミサイルに乗ってくなんてイキな真似するじゃねえか。こっちのペドレオン養殖計画が少しずれちまったけどな」

 ジークはペドレオンの一頭を撫でて、何かの合図を送る。するとペドレオン達が一斉に一箇所に集まりだし、巨大な一頭のペドレオンへと変化した。

「今度は逃さねえ。お前らまとめて、こいつらの餌になってもらうぜ!せっかく作った養殖場なんだからな!」

 ペドレオンはゆっくりな動きでこちらに向かってきた。ジークはそれだけ言うと何処かへと姿を消した。

「あれがペドレオン本来の大きさデス。ああ見えて頭もそこそこいいので、厄介デス」

「解説はいい!早く走らせろ!」

 セレナはすぐにアクセルを踏んで、ジープを走らせる。SONG本部まで逃げられれば、そこにいる戦力で迎撃ができると踏んでのことだった。

 しかし、ペドレオンの触手がジープを捉えるのが早かった。一行はジープの上から転がり落ちて地面を滑る。着地には成功したので大きな怪我はない。

 セレナはすぐに無線機で連絡を取り、回収要請を出しているようだった。しかし回収部隊が来るまで時間がかかる上に来た場合はこの場で討伐をしなければならない。

(仕方ねえ、一か八かだ……!)

 クリスは怪獣を召喚できる可能性にかけて、イチイバルを使う決心をした。

『Killter Ichaival tron』

 聖詠を唱えると、何も起きなかった。イチイバルのシンフォギアを纏うのでもなく、怪獣が出てくるのでもなかった。ペドレオンの触手が切歌や未来をこの場で失ってしまえば、調や響に合わせる顔がない。

「クソッ!なんでだよ!?」

「適合係数が足りない……?でもシンフォギアが纏えるなら怪獣を呼び出せるはずじゃ、でもなんで……?」

 怪獣召喚に比較的詳しいはずのセレナもこの状況について理解が出てきなかったようだ。ペドレオンは、その触角で敵を探し、切歌へ向けて触手を伸ばす。

「この状況を何とかできるなら、どんな弱い怪獣だった構わねえ。なんでも良いから、出てきやがれええええ!」

 クリスが力いっぱい叫ぶと、突然『空が割れた』。その向こうには赤い空間が広がっていて、一体の怪獣が佇んでいた。

「そっか。召喚できていたんだ!隠れてただけで、失敗はしていなかったんだ!」

 その怪獣は空を叩き割って現れると、ペドレオンを殴り飛ばした。

「アレが、私の怪獣……」

「クリス先輩、あれ怪獣じゃないデス。超獣デス。一角超獣バキシムデス!」

 バキシムは雄叫びを上げてペドレオンを威嚇する。クリスは、それが自分の怪獣だと分かると、繰り出せる技、できることが次々と頭の中にインプットされていく。

「成る程、じゃあ、慣らし運転と行こうじゃねえか!」

 バキシムは腕に取り付けられたバルカンでペドレオンを乱れ撃つ。肉の塊でしかないペドレオンに対してバルカンは肉を削ぐ以上の効果を上げられなかったが、ペドレオンを転倒させるには十分だった。

 バキシムの攻撃の手が止むことはなく、次はミサイルを発射してペドレオンの触角を破壊した。感覚器を失ったペドレオンはうまく立ち上がる事ができず、なんとか立ち上がったかと思えば、手当たり次第に触手を振り回す事しかしなくなった。

「このまま一気に畳み掛けてやる」

 ペドレオンの触手がバキシムの両腕を捉え、バキシムの攻撃を封じた。しかしバキシムの奥の手は、腕から出るのではなかった。

 バキシムの特徴的な一本角が肥大化し、ブーメランのような形状へと変化し射出される。バキシムの角は、ペドレオンの体を貫いて、バキシムの頭へと帰る。体に大きな穴を開けられたペドレオンは光の粒子となって消滅していった。

「ふう、いっちょ上がり、だな」

 バキシムも戦闘が終わると役目が終わったと判断したのか、自分が出てきた空の割れ目へと帰っていった。バキシムがいなくなると、空の割れ目も逆再生されたかのように直った。

「先輩すごいデス!超獣を引き当てるなんてすごいデスよ!」

 目の前で怪獣のファイトが見られて、切歌は大興奮の様子でクリスにじゃれついてくる。未来は目の前の戦いを見て、圧倒されたのか何か考え込んでいた。

「お疲れ様です。とりあえず、本部についたらメディカルチェックですね……」

 愛用のジープが壊されたからなのか、セレナはどこか浮かない様子で、乾いた笑いを浮かべていた。

 怪獣を使い、初めての勝利を得たクリスは、ふと空を見上げる。空の向こうからは、回収部隊のヘリが飛んでくるのが見えた。




SONG怪獣図鑑
一角超獣 バキシム
体長:65メートル
体重:7万8千トン
ステータス
力:★★★☆☆
技:★★★★☆
知:★★★★☆
 ヤプールによって製造された超獣。芋虫と宇宙生物を合成して生み出され、全身に装備された重火器を駆使して戦う。
 また、空間を叩き割って出現するため、奇襲を仕掛ける事もでき、その巨躯に見合わず器用な戦い方を得意とする。
 クリスと共鳴することで発動する必殺技は、『CRIMSON HORN』。その一本角を肥大化させて相手を貫く。発射した角はブーメランのように戻ってくるので、クリスさえ平気なら何度でも発射できる。

装者のコメント
クリス:最初は出てこなくてヒヤヒヤしたが、何とか召喚できて良かったぜ。技もイチイバルと似てるから、戦いやすかったしな。


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第4話「怪獣のいる世界」

 撤収してきたマリアは、集中治療室で眠りに就いている響を見守っていた。この世界に来てはや3日。何故か響は2日間眠ったままだった。

「響っ!」

 いきなり扉を開け放ち、未来が入ってきた。後からやや呆れた様子のキャロルと翼が入ってきた。

「触るな。今ケアをしている所だ」

 中に入ろうとしている未来を引き止め、キャロルはパネルを操作して響の状態を確認していく。

「翼、無事だったのね。他のみんなは?」

「皆無事だ。雪音と奏も暁達と一緒に居住スペースを見に行っている」

 翼の言葉を聞いて、一安心した。ギャラルホルンで移動した途端、分断されて一時はどうなるかと思ったが、こうして再会できたのだ。

「セレナもここにいるのかしら?」 

「いや?見てないな。雪音の話だと、入り口で別れたらしい。壊された車を応急処置を施して修理工場まで運転していったらしい」

「セレナが運転!?ダメよ!万が一事故にあったら大変だもの!私が運転するわ!」

 まだ13歳のセレナが運転をしたと聞いて、マリアは居ても立ってもいられなくなった。すぐにでもセレナに会いに行こうと飛び出していこうとしたが、翼に止められた。

「まあ待て。セレナは成長した状態でこの世界に呼ばれたらしい。もう子供という年ではないのだから任せてみよう。可愛い子には旅をさせよと言うだろう?」

 翼に返す言葉もなくマリアは大人しくなった。セレナも成長していれば、マリアを煙たがるかもしれない。もしそれでセレナに嫌われてしまえば、明日からどうやって生きていけば良いのかわからなくなる。マリアはそう自分を納得させることにした。

「話は終わったか?」

 響の状態の確認が終わったキャロルが口を開いた。

「立花響のケアは大体終わった。ちょっとした実験のつもりだったが、『コレ』を付けないで怪獣を使役させるのはやはり危険だったな」

 キャロルは響のコンバーターユニットに何かの結晶体を装着して、マリアに投げ渡す。結晶体を取り付けられたソレは、二股の槍のようにも見えた。

「レイオニクスギア、専用のコンソールを使って軽い負担で怪獣を使役できるようにしたものだ。お前が持ってろ」

「ちょっと!それ響の―――」

「良いから黙ってろ。お前がしゃべるとややこしくなる」

 響のシンフォギアをマリアに渡した意図が掴めない。未来は当然抗議したが、キャロルに黙らされた。

「ガングニールは他のシンフォギアと事情が違う。専用の調整が必要になるかもしれないからな。まずはお前で試す。LiNKERも必要な時に渡す」

 キャロルはつまり、マリアを実験体としてしか見てなかったのだ。マリアの適合係数が低い以上、仕方のないことだがマリアは捨て駒のように扱われていることにあまりいい思いをしていなかった。

 

 

 クリス、切歌、調の3人はSONG基地内を探検していた。奏は今回の事態の報告をするのでこの場にはいない。クリス達はその間の時間潰しも兼ねて、この基地の間取りを確認しているのだ。

「にして、あたしらの世界とはちょっと違うんだな」

「それじゃ行くデスよ!じゃーんけーん、ポン!……やったデス!あたしが上のベッドデス!」

「くっ……」 

 割り当てられた部屋の前で、切歌と調がじゃんけんを早速始めている。部屋にあるのは2段ベッドと人数分の机と椅子。非常に質素な作りで、ただ寝泊まりするだけなら十分である。娯楽室や談話室も完備されているそうなので、個室が質素であることにあまり抵抗はなかった。

「てかお前ら馴染みすぎだろ。不安じゃないのか?こんなよく分からない世界に―――」

 クリスが2人の方を見たが、既に2人の姿はなく、トレーニングルームの方へと向かっているようだった。

「すごいデス!大怪獣バトルの筐体が置いてあるデスよ!しかも無料で遊び放題!ここは天国デスか!?」

 トレーニングルームと各自の個室はそう離れておらず、大興奮の切歌の声がダダ漏れである。クリスも追って中に入ると、本当にゲームセンターの筐体が置かれていた。しかも4台。それ以外にも、防音ガラスの向こう側では、資料室のつもりなのか怪獣図鑑が置かれているのが見える。

「クリス先輩!大怪獣バトルしましょう!」

 目をキラキラさせてはしゃぎまわる切歌とは対象的に、調は部屋の入口でじっと切歌を見つめているだけだった。いつものように、切歌と一緒になってふざけたりとかもしていない。

「はいはい。ゲームは今度なー。お前本当緊張感ゼロだよな。今は一応任務中なんだぞ?」

「でもでも!こんな物を見せられて興奮しない怪獣好きはいないデスよ!だってだって怪獣図鑑はもちろん、最新の超全集もある資料室!無料で遊び放題の大怪獣バトル!」

 切歌は遊園地に連れこられた子供のように色々と説明している。一応、そこそこ充実しているのは伝わってくるが、大怪獣バトルなんてやったことが無い上に興味もない。クリスからすれば、怪獣に立ち向かう兵器としか思っていないので、この部屋の存在意義そのものが意味不明だった。

 

 レギュラン星人トゥエルノは、根城にしている宇宙船でバルキー星人ジークの報告を受けていた。

「成る程、怪獣使いが増えたか……。養殖場を2箇所も潰されたのは痛いな」

「だろ?ボスがこれを聞いたらお怒りだぜ?」

 トゥエルノがリーダーを努めている『スペクトル』は、ボスの小間使いという性質上、慢性的に資金不足である。欲を言えば、強力なロボット怪獣を買って、一気に侵略を進めたい所だがそれは難しい。

「いや、もうボスには報告しちまった。スペースビーストのスパークドールズだけでも回収してこいだってさ」

 それを聞いて、ジークはがっくりとうなだれた。ペットのサメクジラに会いたい一心で帰ってきたのに、早速別の仕事が入ってきたからだ。

「オッケイ。行ってくるよ」

 哀愁漂う雰囲気を漂わせ、ジークは宇宙船を後にした。それを見たトゥエルノは、帰ってきたら何かごちそうでも用意しておこうかと思った。

 

 マリアはキャロルの命令で、一番最初に降り立った廃墟を探索していた。LiNKERも3つ持たされたので襲われても対処できる。

『なんでもいい、連中が落としていったスパークドールズを探せ。絶対にあるはずだ』

 今回の作戦はそれだけだった。キャロルからサンプルとして、スパークドールズを見せられたが、一見するとただの人形にしか見えなかった。どういう用途に使うのかも説明されず、乗り気はしなかったが一応キャロルは味方である。無意味に逆らう必要はないと思い、この作戦に参加することにしたのだ。

 マリアがキャロルに指示されたポイントに到着すると、キャロルに持たされたレーダーのスイッチを入れる。近くのスパークドールズの位置がわかると説明されたものだ。

(この辺かしら……?)

 レーダーの反応を頼りに、瓦礫を掘り起こすと、何かコンクリートととは違うものが少し見えた。マリアがそれを拾い上げると、グロテスクな肉塊のような人形が姿を現した。

「なにこれっ!?」

 目の前の人形を改めて見る。正直グロテスクすぎて見るのもためらうが、これも仕事なので仕方がないと諦めた。しかし、しっかりと持っていなかったことが仇になったのか、突如飛び出してきた影にスパークドールズをひったくられた。

「よう、ご苦労さん。これは頂いてくぜ」

 飛び出してきたのは、ジークだった。キャロルから渡された資料通りの風貌で、一瞬で判別がついた。

「ペドレオン回収完了っと。バグバズンも回収できたし、今日のところはここで引き上げるか」

 ジークが手元の端末を操作すると、一体の怪獣が転送されてきた。ゴメスを細くしたような違う一本角の怪獣だ。

「なるほど、アーストロンかあ。悪くない。じゃあお嬢ちゃん、こいつの相手でもしててよ、こいつのスパークドールだったらやるからさ」

 ジークはそう言い残して何処かへと姿を消した。

「もしもしキャロル?今の聞いてた?」

『ああ。スパークドールを取られたのは痛かったが、仕方ない。ここは試験がてら、ガングニールを使ってみろ』

 マリアはLiNKERを打ってガングニールを取り出す。響のように怪獣には詳しくないが、マリアはできるだけのことはしようと思い、聖詠を口にした。

『Granzizel bilfen gungnir zizzl 』

 次の瞬間、ガングニールから光が放たれ、一体の怪獣が召喚された。黒い体と鋭い一本角が特徴の怪獣だ。

『召喚成功だな。用心棒怪獣ブラックキングが出てきたか。よし、次は実戦データだ』

 マリアはブラックキングを召喚すると、必然的に五感がブラックキングと接続されているような感覚を覚えた。

(よし、これなら……!)

 もしここで剣や銃といった、マリアが使ったことのない武器を持った怪獣が出てきたらどうしようかと思ったが、体術なら多少の覚えがあったのでなんとかなりそうだった。

 アーストロンとブラックキング、互いに得物は持っておらず、そのまま肉弾戦に突入する。

 マリアはアーストロンを捉えて殴り倒そうと考えていたが、しかしブラックキングの攻撃をかいくぐるかのようにアーストロンは素早い動きでブラックキングに攻撃をしかける。

 ブラックキングは自分の懐に潜り込んできたアーストロンを蹴り飛ばし、距離を開ける。そして拳で追撃をしようとするも、アーストロンは後ろに退いて避けられてしまう。

(やっぱり、響みたいには行かないわね)

 マリアは普段自分が戦うような要領でブラックキングを操るが、ブラックキングの巨体では、攻撃が届くまでに時間差がどうしても出てしまう。それがアーストロンに決定打を与えられないのだ。

(どうしようかしら……。ゲームなんてやったことないし、怪獣の上手な使い方とか分からないし……)

 マリアはアーストロンの攻撃を防御するしかなく、マリアの体力だけが削られていく。LiNKERの効果時間が迫ってきていると思うだけで、焦り、無駄な攻撃を仕掛けてしまう。

 なんとか体当たりをしかけてアーストロンにダメージを与えたが、それでもこちらの消耗に比べれば微々たるものだ。

「どうしろっていうのよ、これ……」

 やはり、適合係数の低い自分では怪獣を扱う資格が無いのか、そう思い始めた時だった。

『マリア!ブラックキングは、パワーだけじゃないデスよ!』

 通信機から、突然切歌の声が聞こえてきた。

『ブラックキングはレッドキングと比べてパワーが低いデスけど、その代わり、バグマ光線や尻尾のなぎ払いで戦える怪獣デス!』

 切歌のアドバイス通り、尻尾を薙ぎ払うイメージを描き、ブラックキングを回転させる。 

 すると、ブラックキングの長い尻尾は見事にアーストロンを捉えた。アーストロンの体を薙ぎ倒し、初めて決定打を与えられたのだ。

「すごい……。さすが切歌ね」

『当たり前デス!SONGの怪獣殿下は伊達じゃないデスよ』

「怪獣、殿下?」

 通信機越しでも、切歌が胸を張っているのが想像できる。切歌のお蔭で、少し心に余裕ができた。LiNKERの効果時間は残り少ないが、このまま仕留めるのはそう難しくはないだろう。

「でも助かったわ。おかげで自信がついたわ。ありがとう、怪獣殿下」

 アーストロンはフラフラになりながら立ち上がり、なお立ち向かってこようとする。少し冷静になってみれば、アーストロンはこちらに真っすぐ進んでくることしかしていない。一見変則的に見えた動きも、こちらの攻撃を避けるための動きでしかない。

(じゃあ、まっすぐ、ギリギリで最大の一撃をぶつければ!)

 マリアはブラックキングにエネルギーを一点に集中させ、アーストロンをギリギリまで引き寄せる。避けるほどのスペースが無ければ、全力の一撃をぶつけられる。

 ブラックキングはアーストロンの肩を掴みかかり、口からマグマ熱線を放つ。真正面からブラックキングの最大火力をぶつけられ、アーストロンは悶え苦しみながら、爆発した。

 直後、LiNKERの効果時間も終了し、一気にマリアを疲れが襲った。偶然、爆発の衝撃で飛んできたアーストロンのスパークドールが頭に当たった。

「痛っ……。結構怪獣を使うのって、苦労するわね……」

『ご苦労だった。保険として出動させていた別働隊もゴメスのスパークドールを回収したと報告があった。作戦終了だ、すぐに回収のヘリを回す』

 マリアは瓦礫に腰掛けて回収のヘリを待つ。今回はなんとか戦えたが、これから先、もっと強い敵と戦うとしたら、どうなるか分からない。マリアはもっと強く、そして上手く怪獣を扱えるようになりたい。そう思うのであった。

 

 

 マリアの戦闘が終了した後、キャロルは一人、響の状態を見に来ていた。

「やはり、ガングニールを出し惜しみはしていられんか」

 レイオニクスコンソール無しで、怪獣を使役した場合でも、適切な処置を施せば一日ぐらいで全治する程度の疲労しかたまらない。

 つまり既に響は既に回復しているのだ。すぐにでもシンフォギアをまとって戦っても問題ないだろう。

 しかし、ガングニールの装者は他にいるのだ。響が戦わなければならない理由はないし、レッドキングを失う、敵に奪われるというリスクを考えれば、このようにコールドスリープして封印しておくのが最善というものだろう。

 もしマリアが苦戦せずにアーストロンを討伐すれば、このまま響を眠らせたままにしておくつもりだった。しかし、マリアは怪獣に関しては素人な上に、出撃の度にLiNKERを消費する。場合によっては浪費してしまうこともあるだろう。

 それならば、LiNKER無しで戦えて、尚且怪獣の扱いについても評価できる響を解凍した方が良いだろうとキャロルは判断した。例えそれが、レッドキングを失う結果に繋がったとしても、負けるよりかは断然マシだ。

 キャロルはパネルを操作して、響の解凍を始める。少し時間が掛かるが、今日中には目を覚ますだろう。

(こいつもレイオニクスではないし、無駄にしてもまた別のを呼ぶか)

 キャロルがこの世界のギャラルホルンを使い、別世界の装者を集めているのは、怪獣使いの遺伝子を持ったレイオニクスを集める事が目的の一つだった。レイオニクスでなければ、消耗品として使い捨ててしまえばいい。そう考えての計画だった。

 貴重なレッドキングを危険に晒すのは惜しいが、それよりレイオニクスを確保するほうが最優先だった。この世界のフィーネと同じ遺伝子を持った人間、それならば、レイオニクスギアを使った場合とは比較にならないレベルで怪獣のポテンシャルを引き出すことができるのだ。

 翼もクリスもメディカルチェックの結果でレイオニクスではないと結果が出ている。

 

 残る候補は、マリア、切歌、調、未来の4人。




SONG怪獣図鑑
用心棒怪獣 ブラックキング
体長:65メートル
体重:6万トン
力:★★★★☆
技:★★★☆☆
知:★★☆☆☆

 ナックル星に生息している怪獣。高い攻撃力と防御力を持ち安定して戦える反面、これと言ってなにかに秀でているわけではないので、一芸に秀でた怪獣に弱い。
 レッドキングと似たタイプの怪獣だが、レッドキングがパワー重視で一点突破型なのに対し、こちらはバランス重視で堅実な戦い方が要求される。
 マリアと共鳴し、必殺技の『HORIZON†MAGMA』を放つことができる。発動後は大幅にエネルギーを消耗するため、最後の一撃以外で使うことはない。

装者のコメント
切歌:ブラックキングはウルトラマンを苦戦させたこともあるほどの強豪怪獣なのデス!
マリア:ガングニールで呼び出したのが、『ブラック』キングっていうのも面白いわね。切歌がいなかったら、時間切れで負けてたかもしれないし、本当助かったわ。


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第5話「悲しみのメロディー」

 レギュラン星人トゥエルノ達が根城にしている宇宙船にて、バルキー星人ジークは回収してきたスパークドールズを差し出した。

「リーダー、待たせたな。頼まれてきたものだぜ」

「ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ」

 ジークはトゥエルノにスペースビーストのスパークドールズを渡すと、ペットのサメクジラ、マリーの様子を見に行こうとした。しかし、ジークは何か違和感を感じた。

「あれ?スズチェンコはどこいった?」

 いつもなら部屋の片隅でミジー星人スズチェンコが機械のメンテナンスをしたり、メンバーの装備を作っている。

「ああ、ボスからの指令が丁度来てな。そっちに出向いてる」

「指令?」

「この前の怪獣使い共の話をしたら、アイツラを捕まえて戦力にできないか実験してこいって言われたんだ」

 ジークはそこまで言われて、納得した。確かに、怪獣を声一つで召喚、使役できる存在がいるとしたら、さぞ強力な戦力として使えるだろう。

「で、その作戦にはスズチェンコだけが行ったのか?」

「いや、デイトナも一緒だ」

 レイビーク星人デイトナ、この手の任務にはうってつけのメンバーだ。

 ジークはスズチェンコ達なら大丈夫だと安心し、マリーの世話に戻ることにした。

 

 

 私が切ちゃんとの間に距離を感じるようになったのは、いつだっただろうか。

 魔法少女事変が終わってからというものの、私達は基本的には学生として過ごしている。たまに並行世界に行ったりしてたけど、そう頻繁に行ってたわけじゃない。

 夏休みのある日、ゲームセンターに遊びに行った時、たまたま未来さんから逃げてきた響さんと会った。

「いやさぁ、最近面白いゲーム見つけたんだよー。このゲームなんだけどさ……」

 それが大怪獣バトルだった。

 あのゲームを始めてから、切ちゃんは怪獣の話を持ち出してくることが多くなった。クリス先輩を上手くかわして、ゲームセンターにコッソリ遊びに行くことも増えたし、いつの間にか逃げる切ちゃんとクリス先輩みたいな構図が普通になっていた。

 私は宿題をこなして、早く片付いてる時はたまに切ちゃんに付いていったりして、クリス先輩に追いかけられたりした。でもクリス先輩は切ちゃんだけを叱る場合がほとんどで、切ちゃんは響さんと遊ぶ機会も増えていって、いつからか、私だけが蚊帳の外に置いてかれてるような気がした。

 切ちゃんの口から出る話も、ゲームのことばかり。一度、切ちゃんに勧められて一作品だけ、怪獣が出てくるドラマを見た。切ちゃんの解説のお陰で何とか最後まで見たけど、どうも私には合わなかった。

 それを境に、切ちゃんとはどこか話が合わなくなった。切ちゃんと一緒にゲームセンターに行ったりして、一緒にいる時間は変わらないように努力はした。

 けれど、私が一緒にいようと近づく度に、切ちゃんがドンドン遠い所に行ってしまうような気がして、結局余計に距離感を感じてしまう結果に終わってしまった。

 この世界に来て、切ちゃんと離れ離れになってかなり不安だったけど、再会した切ちゃんは私に会えたことより、怪獣がいっぱいいることの方が嬉しそうだった。

 切ちゃんにとって、私より怪獣のほうが大事なんだろうか。

 

 

 今日は元気になった響さんと切ちゃんの特訓の日。戦力増強も兼ねて、試しに怪獣を召喚してみるということらしい。響さん達は怪獣に襲われたその場で怪獣を召喚していたが、今回は怪獣を召喚できるかどうかテストしてから実戦配備されるらしい。

 私は切ちゃんに置いてかれないようにと思い、一番手に名乗り出たが、結果は不発。ギアが展開されなかったし、なんの怪獣も召喚できなかった。

 2番手は響さんの指名で、未来さんがやることになった。未来さんが聖詠を唱えると、見事に怪獣を召喚できた。けれど、召喚できたのは一瞬だけ、すぐに未来さんは息を切らしてへたり込んでしまった。

 未来さんが怪獣を召喚できたのは、真っ黒なカミキリムシみたいな怪獣。ゼットン、と自己主張するような鳴き声が不気味だ。

「すごいよ未来!ゼットンを召喚するなんて!」

「ウルトラマンも倒した強豪を引き当てるなんて、さすがデス!」

 ゼットンという怪獣は、かなり人気なのか、響さんも切ちゃんも大はしゃぎだ。未来さんも少し戸惑っている。

「あたしも負けてられないデスね!」

 そして最後の切ちゃん。切ちゃんはやる気満々だった。未来さんが怪獣を召喚できたのを見て、元々みなぎっていたやる気が一層みなぎっている。

「行くデスよ……。『Zeios igalima raizen tron 』」

  聖詠に合わせて、切ちゃんのレイオニクスギアから一体の怪獣が召喚された。

「おぉ!コッヴが出たデス!」

 コップ?コンブ?名前がよく聞き取れない。とにかく、発音が難しい怪獣らしい。両手の鋭い鎌が特徴の、凶暴そうな怪獣だ。

「おめでとう切歌ちゃん!やっぱりかっこいいなあ。よし、私も!」

 響さんも怪獣をすぐに召喚した。響さんの怪獣の名前はレッドキング、体が赤くないのにそんな名前なのか分からないけど。

 ここは地下深くの怪獣専用の演習場として開発されたものらしい。錬金術の技術でも使ってるのか、外と勘違いするほど広い。立体映像で山や宇宙空間といった風に背景も変えられるらしい。

「さあて、行くデスよ!」

 切ちゃんはすごい嬉しそうに響さんの怪獣と演習を始めた。目の前の2人は怪獣の対戦に夢中で、私の方を見ていない。私は嬉しそうな切ちゃんを尻目に、コッソリと演習場を後にした。2人の邪魔をしてしまうような気がして、そこ場に留まることなんできなかった。

 この世界のSONG本部は、私達の世界と同じ潜水艦と、今私のいる、私達の世界にない兵舎から成り立っている。遠目に見れば、亀のように見えるかもしれない。そんな独特なデザインをしている。

 地下からエレベーターで上がると、トレーニングルームから何かを遊んでいる音が聞こえる。大怪獣バトルでも遊んでいるのだろうか。聞く所によれば、奏さんやセレナなどが主体で、怪獣に関するイメージを掴んでもらうために設置したらしい。

 確かに、あんな広い演習場ができてしまえば、普通のトレーニングルームはこんな風に使うのが効率的だ。

 トレーニングルームでは、マリアとクリス先輩が奏さんに教えられながら大怪獣バトルを遊んでいる。2人とも、慣れないゲームだが、使っている怪獣はそれぞれが召喚したものを使っている。

「成る程、体力ゲージが少なければその分、パワーアップも早くなるのね。たかが怪獣ゲームってバカにしてたけど、結構面白いわね」

「へっ!そんなの、一気に焼き払ってやるぜ!」

 クリス先輩もマリアも、慣れないなりに頑張っているようで、かなり楽しそうだ。すっかり大怪獣バトルに夢中になっている2人は、私が入り口に立っていることには気づいていない。

 このまま資料室に行って、切ちゃんの怪獣を調べても3人は気づかないだろう。でも、盛り上がってい3人に水を差してしまうように思えて、入る気にはなれない。

 結局、私は資料室に入る勇気が出せず、エレベーターに戻ってきた。切ちゃんがいない。ただそれだけなのに世界が変わってしまったみたいだ。ただでさえ広いエレベーターが余計に広く感じる。

 私は、切ちゃんみたいに明るく笑ったり、自分から誰かと仲良くしたりなんてできない。学校に行っても、私は切ちゃんといつも一緒で、切ちゃんがいないとひとりぼっち。

 この前の作戦の時も、マリアが戦ってるって聞いて切ちゃんはすぐに飛び出していって、マリアをサポートしていた。不慣れなマリアも帰ってきて、切ちゃんに感謝をしていた。

 一方の私はただ見ていることしかできなかった。 怪獣のいるこの世界で、怪獣に詳しくて戦える切ちゃんと、何も知らなくて、怪獣も召喚できない私。居場所があるのかどうかなんて、一目瞭然だ。

 それでも、自分の居場所が無くなったのを認めたくない一心で、私はSONG本部を飛び出していた。視界も潤んでいて、よく見えない。自分でも自分が何をしているのか分からない。

 いつまでも、私は切ちゃんと一緒だと思ってた。ずっと一緒に勉強して、戦って、2人でこれからも頑張っていくと私は思っていた。しかし、現実は残酷だった。私はシュルシャガナのギアすら纏えず、テストの結果は虚しいものに終わってしまった。切ちゃんが怪獣を召喚した時、私も見たことがないくらい喜んでいた。切ちゃんは私がいなくなってもいいのだろう。

 もうSONGに私の居場所はない。皆は優しいから、きっとそれでもいいって言ってくれる。でも、皆はきっと気を使うかもしれないし、無理をさせてしまう。

 この世界にはノイズはいないから、シンフォギア装者がいる必要はない。私がいなくなっても、未来さんが私の代わりに戦ってくれる。1人ぐらいいなくなった所で、何も変わらない。

 このまま皆の前から消えればそれでいい。さようなら、皆。どうせ足手まといになるから、これが最善なのに、どうして私は泣きそうになってるんだろう。

 走り疲れて、こらえられなくなって、私の目から涙が溢れ出てきた。私は、1人になりたくて、路地裏に入り込んだ。しかし、路地裏に入り込むと、人間ではない何かと鉢合わせしてしまった。カラスのような頭をした『ソレ』は黄色い瞳でこちらを舐めるようにじっくりと見つめ、持っていた銃をこちらに向けた。

『Various shul shagana tron』

 目の前のカラス人間が引き金を引くより早く、私はシュルシャガナのギアを装備して鋸でもって切り刻む。シュルシャガナの刃は、いとも簡単にカラス人間を真っ二つに切り裂いた。

 仲間の死を嗅ぎつけたのだろうか、次々とカラス人間が集まってくる。シンフォギアを纏った私を、敵とみなしたのか次々と襲いかかってくる。しかし、相手を選ばないシュルシャガナの刃がカラス人間を次々と葬り去る。

 よくよく考えれば、当然の結論だった。敵が宇宙人なら、怪獣を召喚する前に倒してしまえばいい。こうやって敵を全部切り刻めば、切ちゃんの役に立てるかな。そんな事を考えながら、敵をなぎ倒していく。

 気がつけば、私の体は血に染まっていた。それがカラス人間達の返り血なのか、LiNKER無しで戦い続けた私の血なのかは分からない。でも、悪くない気分だった。むしろ、切り刻めば切り刻む程、私のこの気持ちが晴れるような気がした。

 こんな状況では、私には戦場(いくさば)で戦う人形としての価値しか無い。カラス人間達がこちらに銃を向けているが、私は構わず突っ込む。別にココで果てても構わない。

 だって、もう私の居場所なんてないのだから。

 

 

 調がいない。その事実に気づいたのは、あまりにも遅すぎた。切歌はSONG内を駆け回り、調の姿を探すが、影も形もない。

「どうしたの?」

 切歌がバタバタと走り回ってる姿を見たのか、心配そうな顔でマリア達がやってきた。

「調が、調がいないんデス!」

「はぁ?お前、喧嘩でもしたのか?」

「してないデスよ!さっきまで、地下の訓練所にいたと思ったんデスけど、気がついたらいなくなってて、どの部屋にもいないんデスよ!」

 切歌の焦りを見て、マリア達はただ事ではないと察したのか、顔立ちがすぐに変わった。お互いの顔を見て、何かを合図し合ったようだった。

「……わかったわ。すぐにでも探しましょう。敵に襲われてたら大変よ」

「ああ」

 マリア達はすぐに走り出した。切歌は、調がいない不安から、SONGを飛び出した。

 調は自分から不満を口にすることは少ない。嫌なことがあれば自分の中で抱え込んでしまう悪い癖がある。もしかしたら、怪獣について何も分からないことに引け目を感じていたのかもしれない。

 切歌がこうして好き放題に遊んでいられるのも、調の存在が大きかった。彼女がしっかりしてくれているから、多少の無茶もできたのだ。調がいない、それだけのことで切歌は内心かなり焦っていた。

『ごめん、ちょっと私には合わないかも……』

 前、一緒にウルトラマンを見た時、調は申し訳なさそうにそう答えた。切歌も少しがっつきすぎたと反省しているのだが、アレ以来、どこか調との間に溝ができてしまったような気がしていた。調が切歌に気を使っているような、少しずつ調の方から離れていっているような、そんな風に思えた。

 切歌が無我夢中で走り回っていると、おぞましい光景に遭遇した。辺り一面にレイビーク星人と思しき死体と、乾いた血が転がっていたのだ。倒れているレイビーク星人達は、何か鋸のようなもので肉を抉られたような跡がある。誰が戦っていたのかは、ある程度想像がつく。

 戦っていた跡から、その人物がどちらに向かったのかは分かる。切歌はすぐにでも追いかけようとしたが、一旦落ち着くためにも通信機を取り出して、マリアへ連絡を入れる。

「マリア、誰かが戦った跡を見つけたデス。血痕があるので、追いかけるデス」

『オッケイ。気をつけてね。キャロルがさっきスペースビーストがその辺に出たって言ってたわ。気をつけてね』

「了解デス」

 切歌は通信を終えると、すぐに血痕を追って走り出した。ただ、調の無事だけを祈って。

 

 

 切歌が血痕を追って辿り着いた場所は、いかにもな廃工場だった。巣に迷い込んだ獲物を狙うかのように、カラスのような頭をした謎の集団が姿を現した。レイビーク星人、ここに来るまで死体が転がっていたことを考えれば、やはり調を襲った犯人は彼らで間違いないだろう。

 切歌はコンソールを外して、イガリマのシンフォギアをまとう。ここに到着する直前、LiNKERを使ったので、ある程度は戦える。あまり時間はないが、追手をまきながら調を探すのは難しいだろう。ここで殲滅するしかない。 

『当たりね、すぐにクリスもそっちに到着するわ。できるだけ、持ちこたえて』

「言われなくても、分かってるデスよ!」

 レイビーク星人自体はそれほど戦闘力のある種族ではない。このままクリスの援護がなくとも調救出に向かうことができる。

 切歌が最後に一体を撃破した時、廃工場から人影が出てきた。

「見つけた、敵……」

 その人物はシンフォギアを身にまとい、いきなり切歌に飛びかかってきた。切歌は思わずイガリマの鎌でその人物を弾き飛ばす。

「えっ……?」

 切歌に襲いかかってきたのは、いなくなった調だった。その様子は明らかにおかしく、おぼつかない足取りで立ち上がると、またしても切歌に襲いかかってきた。

(まさか、敵に操られてるデスか?)

 切歌は調の様子を探るつもりで、調の攻撃を次々といなす。調は普段からは想像できないような笑みを浮かべており、明らかに正気ではなかった。一刻も早く、敵の支配から解放してあげたい一心で、切歌は調にイガリマを向ける。

 調は咄嗟に回避したが、少しだけ反応が送れて刃が頬をかすめた。切歌はしまった、と思ったものの調の顔にはヒビが入っていた。

 そのヒビは、少しずつ大きくなり、ガラス細工のように表面が崩れ落ちていく。崩れていく調の顔の下には、デスマスクを思わせる無機質な別の顔が見え隠れする。

 調のヒビはものすごい速度で調の体全体に回り、殻を破るようにして調の中の異形が完全に姿を現した。

「そんな、嘘デス……」

 調の変貌した姿は、どこかウルトラマンに似たフォルムでありながら、仮面をかぶった道化師にも見える姿だった。切歌は知っている、ソレの名前がなんなのか、どういう存在なのかを。

「ダーク、ファウスト……」

 ダークファウスト、光の巨人(ウルトラマン)と対を成す闇の巨人(ウルティノイド)。それが調の変わり果てた姿だった。

『切歌、どうしたの?ねえ、切歌?切歌!』

 敵に回った調を前に、切歌はショックのあまり呆然としていた。ただ、無線機からマリアの声が虚しくこだましていた。




SONG怪獣図鑑
宇宙戦闘獣 コッヴ
体長:77メートル
体重:8万8千トン
ステータス
力:★★★☆☆
技:★★★★☆
知:★★★☆☆
 M91恒星系に生息しているとされる宇宙怪獣。「Cosmic Organism-Vangard」の頭文字を取ってコッヴと呼称される。
 最大の特徴はその両手の鎌であり、敵対するものを容赦なく切り刻む。
 一応、切歌と共鳴して放つ、『斬裂・廃Ka舞ゥ裏イ』があるが、まだ実戦を経験していないので未使用。

装者のコメント
切歌:コッヴは中々強い怪獣デス!これなら、調も皆も守れるデスよ!
響:切歌ちゃんゲームでもたまに使ってるもんね!相性も文句なしだよ!


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第6話「私の居場所」

SONG人事ファイル
暁 切歌
 ギャラルホルンの能力で招集した装者の1人。
 大怪獣バトルにのめり込んだ影響で、装者の中で一番怪獣に精通している。しかし、怪獣図鑑を通して得た知識が中心であり、エピソードまではよく分からない。
 大好きな怪獣が跋扈する世界に来て、非常にご満悦の様子。
 お気に入りの作品は『ウルトラマンネクサス』


 SONG本部から姿を消した調は、最悪の状態で切歌の前に姿を現した。

 ダークファウストは既に目の前に迫っていた。切歌は慌てて防御するが、力に押し切られてよろめく。ファウストがその隙を逃すはずはなく、切歌を蹴り飛ばした。

「調……一体どうして……」

「……」

 蹴り飛ばされた切歌はなんとか立ち上がって応戦しようとする。しかし相手が調と思うと、攻撃することができない。対するファウストは攻撃の手を緩めず、切歌を一方的に痛めつける。

 切歌はLiNKERの効果時間が迫ってきているのに、力が入らない。未だ自分の中にある躊躇いを断ち切れない。ファウストに首を絞められ、切歌は苦悶の声を漏らす。

 ファウストの戦い方は、機械のそれで、調らしさを感じない。最早そこに調の意思は残っていないのか、戦う人形と化してしまっている。

「調、目を、目を覚ます……デス……」

 なんとか声を絞り出す事ができたが、調にその声は届いていない。ファウストの絞める力がより一層強まっただけだった。

「……!」

 ファウストは乱暴に切歌を投げ、両腕にエネルギーを集中させて、両拳をぶつけることで解放する。ダークレイ・ジャビローム、ダークファウストの持っている必殺技だ。

 放たれた光線は、切歌の心臓を貫き、逃げ場のないエネルギーが切歌の体を駆け回る。同時にLiNKERの効果時間が終了し、切歌の体は無残に地面に転がった。

「おい!大丈夫か!?」

 同時にSONG本部から駆けつけたクリスが到着し、切歌を抱き起こす。切歌はまだ息があるものの、完全に心が折れてしまったようだ。

「……」

 ファウストの存在に気づいたクリスが、シンフォギアを取り出す。しかし、腕の中の切歌がそれを止めた。

「だめ、デス……。あれは、しら……べ……」

「なんだって!?」

 目の前の異形の正体が調と聞かされ、クリスにも動揺が走る。しかし、やらなければこちらが殺される。クリスは自分を奮い立たせ、シンフォギアを起動させる。

 『Killter Ichaival tron』

 クリスは牽制としてガトリングを乱射するも、ファウストには一発も当たらずファウストはこちらの弾幕の隙間を縫うようにして距離を詰めてくる。クリスは慌てて、ミサイルを発射するが、それでもファウストを少し後退させることしかできない。

「クソッ!撤退だ!おい!コイツのデータ、なんか心当たりはねえのかよ!こんなヒーローヅラした怪獣、すぐ見つかんだろ!」

『え?何言ってるの……?』

 通信機越しのマリアから返ってきたのは、意外な答えだった。調が敵に回ったという危機的な状況なのに、何故かマリアは焦っていない。

「何言ってるのって、お前!コイツが見えねえのかよ!いるだろ!目の前に!」

『そっちこそ何を言ってるのよ!こっちはそっちをモニタリングしてるけど、何も映ってないの!あなた達はさっきから何と戦ってるの!?』

「はぁ!?じゃあ、コイツはなんだよ!カメラに映らねえ怪獣なのか!?」

 通信機から聞こえてきたマリアからの一言で、切歌の中で何かが閃いた。この工場から発せられるスペースビーストの反応、目の間にいるはずなのに、カメラに映らない敵。

「そういうこと、デスか……」

 切歌の中で情報が次々と結びつき、一つの結論が出た。幻覚を見せるスペースビースト、それが敵の正体だと。

「クリス先輩、この場、任せてもいいデスか?あたしは本物の調を助けに行くデス」

「え?本物のって……。なんか心当たりがあるんだな?じゃあ、お前に賭ける。その代わり、絶対に助けて帰ってこいよ」

「はいデス!」

 クリスからLiNKERを受け取り、切歌はダークファウストを避けて工場内に向けて走り出す。本物の調は、敵にはまだなっていない、そう信じて。

 

 

 廃工場の地下に、ミジー星人スズチェンコとレイビーク星人デイトナはいた。部屋の中央には、捕獲した調が機械のコードに繋がれ、周囲のモニターに彼女の様々な情報が映し出されている。

 この工場の前まで来た時、不意をついて罠にかけて捕獲したのだ。子分を何人も失ったが、それでも十分な収穫だった。

「……あぁ、かわいいなあ」

 デイトナは調を見て呟いた。機械に繋がれ、定期的に薬品を投与される度に声を漏らす彼女がとても魅力的に映ったのだ。子分が殺されたと聞いた時は激怒したものの、ここまでかわいいと流石に許してしまいそうになる。恋は盲目とは、よく言ったものだ。

「なあスズチェンコ、コイツ改造が終わったらボスに渡しちまうんだろ?勿体ねえなあ」

「それでも命令は命令だからね。しかもボスは気に入ったみたいだから、多分ボスの愛人にでもするんじゃない?せっかくスペースビーストも貰ったんだし」

 ボスから貰ったスペースビーストはかなり強力な個体で、その能力を駆使して外敵を一切寄せ付けない設備がこの工場にはある。

「いやぁ、まさに眠りの乙女!いいなあ、一回でいいから抱いてみてえなあ」

「やめときなって、それにこの子、レイオニクスみたいだし」

「レイオニクス!?あの怪獣使いの!?」

 暇そうにしているデイトナとは対象的に、スズチェンコはさっきから忙しそうにデータの解析を続けている。その中で、彼女の特性についてもいくつか情報が開示されてきている。

「うん。ストルム星人フィーネ、彼女と同じ遺伝子を持ってるから、ほぼレイオニクスで間違いないと思う。ボク達みたいに他の世界から来たみたいなんだけど……。まさか並行世界同士で同じ遺伝子配列を持った存在が、同じ場所にいるなんて考えられないし……。どういうことなんだろう?」

 スズチェンコはブツブツと独り言を言っていたが、デイトナは調がレイオニクスと聞いて、更に興味深そうにじっくりと観察をする。

「あ、デイトナ。少し離れて。ちょっとレイオニクス活性剤を試すから」

「へいへい」

 スズチェンコの操作で調に薬品を投与される。調は苦しそうに悶えるものの、暴れたりはせず、じっと耐えている。

 レイオニクス活性剤、かつてレイブラッド星人の驚異に怯えていたとある科学者が開発した試験薬だ。投与された時の反応が陽性なら、レイオニクスだと分かる仕組みになっている。集団ヒステリーに陥った各惑星で使用され、レイオニクスであることがバレて暴れだす者もいれば、無抵抗なまま殺されたレイオニクスもいたとされている。

「反応は……陽性。間違いないね」

 スズチェンコはすぐに解析したデータをボスのいる宇宙船に送信する。そしてすぐに、ボスから新しい指令が送られてきた。

『その娘を、すぐに送れ』

 スズチェンコはすぐに調を送る支度を始める。といってもやることは記憶をリセットだけで、それもボタン1つで完了してしまうような容易い作業だ。

「それじゃ、デイトナ。写真とか撮りたければ撮っていいよ。そろそろ送るから」

「マジで!?サンキュー!」

 デイトナはどこからともなくカメラを取り出し、調の撮影を始める。彼としては怯えた表情を取りたかったが、仕方がない。この際は寝顔だけで我慢するしかない。

 デイトナがカメラのシャッターを切ろうとした瞬間、いきなり地下室の入口が蹴り開けられた。

「そこまでデス!」

 イガリマを纏った切歌がやってきたのだ。予想だにしない侵入者に、2人は驚いて、大慌てで逃げる準備を始める。

「どうして!?偽装は完璧にしたはずなのに!」

「カラクリさえ、バレれば楽勝デスよ」

 実際の所、怪しそうな所を片っ端から破壊して回ったらこの部屋に出ただけなのだが、切歌は見栄を張るために適当なことを言っていた。

「さあ、調は返してもらうデス!」

 切歌は調が囚われている装置めがけて一直線に突っ込み、装置の電源ケーブルを叩き切る。直後、調の拘束具のロックが一気に外れ、倒れ込んでくる。切歌は調を抱きかかえて一気に部屋を離脱する。調は救出したので、もうここには用はない。後は追手を巻きながら逃げるだけだ。

「あっ!待って!その子はボスのお気に入りなのに……」

「俺に任せな!」

 後ろからレイビーク星人が追ってくる。切歌は肩の刃を飛ばして少しでも距離を稼ごうとする。出口までもう少し、ヘマをしなければ逃げ切れる。

「デェーーース!」

 切歌は出口を勢いよく飛び出すと、その勢いでクリスと戦っていたダークファウストを蹴り飛ばした。不意打ちの前にダークファウストは崩れ去り、そのまま光の粒となって消滅した。

「クリス先輩、お待たせしたデスね。大丈夫デスか?」

「遅いぜ。後数十秒遅かったら、やばかったかもな」

 そういうクリスは余裕そうで、疲れている様子はあまり見えない。

「お前ら!その子を返してもらうぜ!」

 やっと追いついたのか、肩で息をしているデイトナがやってきた。

「その子はボスのお気に入りだし、俺の恋路の邪魔はさせねえからな!!この場でぶっ潰してやる!」

 デイトナが合図をすると、工場から一体の怪獣が飛び出してきた。ギリシャ神話に登場する、ケルベロスを彷彿とさせる、凶暴そうな怪獣だ。

「やっぱりガルベロスだったデスね」

「ガルベロス?」

「強力な幻覚能力を持つスペースビーストデス!あのニセ調も、きっとアイツが出してたモノに違いないデス!」

 切歌は自慢げにガルベロスについて語ってみせる。クリスは呆れたようにため息をつき、イチイバルを一度解除する。

「とにかく、ここはあたしが引き受ける。お前は安全な場所にそいつを連れて逃げろ」

「分かったデス」

 切歌は調を抱えたまま走り出す。間もなくして、バキシムが現れてガルベロスと交戦を始めた。背後から、バルカン砲の音や、ガルベロスの咆哮が聞こえてくる。

 LiNKERの効果時間が終了して、ギアを解除した時にはかなり距離が離れた場所まで逃げてこられた。同時に、眠っていた調が目を覚ました。

「調!大丈夫デスか?!」

「切、ちゃん……?」

 調はゆっくりと立ち上がって、状況を確認し始めた。そして、自分が切歌に助け出されたのだと悟ると、逃げるようにどこかへ行こうとした。

「どこに行くデスか?」

「どこだって良いでしょ。切ちゃんには関係ないんだし」

 調の手は、血で赤く染まっていた。1人でLiNKERも無しに戦い続けたツケが回ってきている証拠だ。切歌には、調を行かせてしまえばきっと調は無理をして戦い続けるのだろうと分かってしまう。

「行かせないデス!調、あたしと一緒に帰るデスよ!」

 切歌は調の手をとるが、調はそれを振り払った。

「切ちゃんは、私なんかいなくても大丈夫だよ……」

 調は今にも消え入りそうな声で、そう呟いた。それは、調が絞り出した本音のようにも聞こえる。

「大丈夫なんかじゃないデス!」

 逃げ出そうとした調を切歌が思いっきり抱きしめた。切歌は少しだけ、涙目になっているように見える。

「離してよ」

「離さないデス!調がどっか行っちゃうなら、絶対に離れないデス」

 調は切歌を振りほどこうとするが、切歌の力は強くなる一方だった。

「お願いだから、私を離してよ。私がいなくても切ちゃん戦えるよ。きっとこの世界だって救える」

「そんなことないデス!」

 切歌の力は強まり、ついに調を押し倒してしまった。調の顔に、切歌の涙がこぼれ落ちる。

「例えこの世界を平和にしても、そこに調がいなきゃ、意味ないデス!あたしは誰よりも、何よりも、調を守りたいんデス!例え調が嫌がっても、あたしは調を離さないデスよ。調があたしから逃げるなら、世界の果てまで追いかけていくデス!」

 そこまで言ってみせた切歌に対して、調は驚いたような表情を作った。そして、どこか影のあった表情が消えて、安心したような表情ともに涙がこぼれそうになる。そして調は切歌の決意に応えるようにゆっくりと切歌を抱きしめた。

「分かった。切ちゃんがそこまで言うなら、そばにいてあげる」

「調……!」

 切歌も調を抱き返す。時間にしてほんの少しだったかもしれないが、調にとってはとても長い時間のようにも感じた。

(そっか、ここが私の居場所)

 調は切歌は何も変わっていない。今までどおりの切歌だったと、ここに来て理解した。切歌の温かさに包まれ、自分の中のわだかまりが溶けていくような感覚さえ感じた。

「おいお前ら!そういうのは部屋に帰ってからやれよな!」

 前線で戦っていたはずのクリスが何故かやってきた。その顔からして、劣勢だと言うことが伝わってくる。

「悪い、時間切れで倒しきれなかった。後は任せてもいいか?」

 切歌は調を放して、ゆっくりと立ち上がる。2人の顔にもう陰はない。元通りの、

「切ちゃん、いってらっしゃい」

「いってくるデス!」

 切歌がガルベロスに向かっていこうとした時、クリスを追いかけてきたのかジープに乗ったセレナがやってきた。

「雪音さん!乗ってください!離脱します!後、これも!」

 セレナは調と切歌にLiNKERを渡した。2人の臨戦態勢が整ったことを確認すると、セレナはジープにクリスを乗せて走り出した。

「あたしは、ガルベロスを何とかするデス」

「じゃあ、私は宇宙人を何とかする」

 2人の分担を確認すると、それぞれのギアを展開する。ガルベロスを前にして、切歌のコッヴが大きく吠えた。

調は踏み潰されないようにしながら、敵を探す。

「いた!おお!戻ってきてくれたのかぁ!嬉しいなぁ!」

 廃工場へ戻る道中、自分をさらったレイビーク星人と遭遇した。調を見て大興奮の様子で、今にも違う意味で襲いかかってきそうだ。

「さぁ!ためらうことはない!俺の胸に飛び込んでこい!」

 レイビーク星人は完全に調にゾッコンなようで、調はため息を吐いて、レイビーク星人に思いっきり飛び込む。

鋸を車輪へと変化させた上で。

「嘘だろッ!?マイ、エンジェル……」

 レイビーク星人は無抵抗なまま、無残に真っ二つに切り裂かれた。元々戦闘向きじゃないのか、面白いほどあっさり倒してしまった。

 調がガルベロスの方を見ると、自分とは反対に苦戦しているようだった。ガルベロスの幻覚は遺憾なく発揮されており、自分の幻覚を映し出したりしてコッヴを翻弄している。

「切ちゃん、頑張って……」

 切歌の健闘を祈り、調はギアを解除する。しかし、戦況がコッヴに傾く様子はなく、むしろ無駄に疲弊させられていく一方のようだった。これでは、クリスが倒せなかったのも納得である。

(私に、切ちゃんを守る力を……)

 調はもう一度、怪獣の召喚を試みる。さっきのテストとは違い、切歌に縋っていく為ではなく、切歌の隣を歩けるようにと祈りを込めて、詠う。

 しかし結果は変わらなかった。怪獣が出てきて一発逆転とはならなかった。

 だが自然と調の中から歌が浮かんできた。切歌の事を思い、調は全力で歌う。例えそれが誰も聞いていない歌であったとしても、その歌の力が切歌に届くと信じて。

 するとどういうわけかコッヴの反応が急によくなった。幻覚を物ともせず、ガルベロスと真っ向から戦えるようになっているのだ。

 ガルベロスも操っているレイビーク星人が倒れたからなのか、動きが鈍り始めていた。

(これなら、行ける……!)

 調は歌いながら勝利を確信した。どういう原理でこの現象を引き起こしているのかは不明だったが、現にコッヴは有利に戦えている。調はこの際、原理は考えないことにした。

 コッヴとガルベロスの戦いは完全に肉弾戦に移行していた。コッヴは両手の鎌でもってガルベロスに斬りかかるが、ガルベロスの2つの首がそれを抑える。

 ガルベロスはタックルを仕掛けるが、コッヴはガルベロスを蹴り飛ばして体勢を崩させる。LiNKERの限界時間まで、後1分。

 ガルベロスとコッヴとの体はぶつかり合い、一進一退の攻防が続く。お互いの実力差はやっと対等になったのだが、逆を言えば決定打に欠ける。

 互いの怪獣は体力を浪費させられると判断したのか、じっくりと互いを見つめ、隙を伺い始めた。状況は膠着し、仕掛けた側が負ける、そう言っても過言ではない状況だ。

 (切ちゃん、頑張って……!)

 調が切歌の勝利を願い、歌い続けた時、コッヴも歌に応えるように大きく吠えて、仕掛けた。ガルベロスとの決着は、この一撃で決まる。それは誰が見ても明らかだった。

 コッヴとガルベロスが衝突する直前、LiNKERの限界時間が来てしまった。調が纏っているギアも、コッヴも消滅してしまいそうになったが、それを調の歌がそれを繋ぎ止める。コッヴは消えるどころか、向かっていくの速度が大幅に上がっている。

 そしてコッヴがガルベロスにとどめの一撃を刺す寸前、姿が大きく変化した。これまでの響達のように体の一部ではなく、全身が大きく変化したのである。

 全身の姿が鋭利化し、さながら(スーパー)コッヴとでも言うような姿に変化し、ガルベロスの体を切り裂いた。

 ガルベロスの体が爆発四散すると同時に、コッヴの姿も元に戻り、役目を終えたことを示すかのように消えていった。超コッヴの姿を保っていられたのは、本当に一瞬でしかなかった。

 調が切歌の勝利を確認すると、一気に疲れが襲いかかってきた。全身の力が抜け落ち、その場に倒れ込んでしまう。

 戦闘が終わると同時に手の中に、見覚えのある白い機械が出現した。調はそれが何なのか、もう少しで思い出せそうだったが、それよりも早く調の意識は闇の中へと沈んでいった。

 

 

「……レイオニクスの力はいざという時のための切り札だ。俺が預からせてもらう」

「調をどうするつもりデスか!?」

「敵にレイオニクスの存在がバレた以上、こいつを自由にさせるわけにはいかない。意思を封じる」

 薄っすらと浮かび上がる意識の中で、誰かが言い争いををしているのが聞こえてきた。まだぼんやりと夢心地で、具体的な内容までは分からない。これがそもそも現実なのか夢なのかさえハッキリしない。

 目を覚ますと私はベッドの上で寝かされていた。メディカルチェックを受けていたのか、服も着替えさせられている。既に時間帯は夜のようでさっき聞こえてきた言い争いは終わっていたようで、私を庇うように切ちゃんが眠っていた。

 さっきまでの言い争いの内容はよく覚えていないが、切ちゃんが私を守ろうとしていたのは確かだった。

「調は、あたしが守る……デス……」

 切ちゃんはうわ言のようにそう呟いている。切ちゃんは夢の中でも私を守ろうとしていた。きっと、切ちゃんの隣は私の特等席。これから先、どんな未来になるか分からないけど、切ちゃんがいれば、辛いことも乗り越えられる気がする。そう思うと、私は自然と笑顔がこぼれた。

 私が感謝の気持ちも込めて、切ちゃんの頭を優しく撫でると、切ちゃんは笑って、「調ぇ……大好きデス……」と呟いた。

 うん。私もだよ、切ちゃん。




SONG怪獣図鑑 
フィンディッシュタイプビースト ガルベロス
体長:52メートル
体重:3万9000トン
ステータス
力:★★★☆☆
技:★★★★☆
知:★★★★☆

 スペースビーストの中でも上位に位置する実力を持っている個体。幻覚を操る能力を持ち、シンフォギア装者捕獲計画の用心棒として“ボス”から渡された。
 幻覚能力と高い生命力を武器としているが、力押しに弱いのが欠点。

幻覚調
 ガルベロスの能力で生み出された偽の調。切歌が調のことで頭がいっぱいだったので、調の姿として現れた。
 切歌の記憶から、ダークメフィストの姿を投影して襲い掛かった。切歌が見ていたテレビ本編のダークメフィストの強さと同じ力を持つが、結局は実体の持たない幻影なので、落ち着いて対処すれば突破は容易である。 

装者たちのコメント
切歌:調には怖い思いをさせちゃったデスね。でもこれからは大丈夫デスよ。調は何があっても守るデス。
クリス:幻覚を見せる怪獣って、かなり面倒だな……。やりようによっては、死体とかも偽装できるんじゃねえか……?


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第7話「騒動の裏側で」

SONG人事ファイル
天羽 奏
 この世界のギャラルホルンの効果で、並行世界から招集されたシンフォギア装者の一人。
 招集された時点では、まだ宇宙人の侵攻が本格化する前だったが、状況の変化に伴いキャロルに雇われるという形で協力している。
 怪獣の召喚もできるが、出撃の度にLiNKERを消費するため、仕事の大半は侵略計画の事前阻止と、異星人の暗殺が占めている。
 因みに彼女が招集されてから、響達がこちらの世界に来るまでは3ヶ月ほど経っていない。


 キャロルは、切歌に押し切られて調を捕獲できなかったことに苛立ちを感じていた。レイオニクスの力があれば、こちらの戦力増強は思いのままにできる。力を酷使すれば調の命に関わるが、元々消耗品として装者を喚んだのだから、1人や2人死んだ所で関係ない。

『調に指一本でも触れれば、容赦はしないデスよ……』

 力づくで調を確保しようとした時、切歌はそう言った。別に、切歌を倒すことは難しくない。しかし切歌という怪獣を喚べる駒を一つ失ってしまう上に、装者の連携を乱す危険性がある。そうなれば、キャロルの本来の目的どころか、地球防衛すら難しいだろう。

「随分とご立腹みたいじゃない?」

 司令室で調を確保する算段を立てていた時、奏が突然入ってきた。今は作戦時ではない上に、夜も遅いので司令室にいるのはキャロルと奏の2人だけである。

「あのイガリマの子と喧嘩してたみたいだけど、どうしたの?」

 奏は差し入れのつもりなのか、缶コーヒーをキャロルに渡す。

「余計な詮索をするな。お前は黙って戦ってればいい」

「あのシュルシャガナの子が、探してたレイオニクスだったんだろ?」

「なんのつもりだ?」

 キャロルは天羽奏という人間が嫌いだ。細かいことにこだわらず、何も考えていない単純な人間かと思いきや、抜目がない。彼女も戦力増強の為に並行世界から召喚した人間の1人だが、余計なことまで詮索してくるせいで、扱いにくい事この上ない。

「別にどうもしないよ。一応仲間だし、心配してあげただけ」

 キャロルは奏を無視して、作業を続ける。調の保存が難しい以上、制御装置を使ってコントロールすればいい話だ。調を人質にとれば、切歌の謀反も未然に防げて一石二鳥だ。

「じゃ、邪魔しちゃったね。あたしはもう寝るわ」

 奏はキャロルの反応が素っ気なくなったのにつまらなくなったのか、司令室から出ていった。

(まったく、何を企んでるんだ……?)

 奏が去った後、キャロルがデータのアクセス履歴を確認すると、誰かがデータにアクセスした跡があった。誰がアクセスしたのかのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 

 翌朝、奏の手には一枚のUSBメモリが握られていた。昨晩、司令室から回収してきたデータが入っているものだ。翼にこれを渡せば、奏の目的はひとまず完了なのだ。

「あら、奏。おはよう」

 奏がこのデータをどうやって翼に渡そうか考えていた時、たまたま翼が通りかかった。

「翼、おはよう。これから一緒に朝ごはんでもどう?」

「ええ。いいわ」

 翼と共に食堂へと向かう。道中、簡単な世間話で会話が弾む。怪獣のことを理解したくて、太平風土記に目を通しした、初めて触った大怪獣バトルはちょっと難しくて合わなかった等、他愛のない内容だったが、あっという間に食堂についてしまった。

「そうそう、翼。これ、あげるよ」

 手早く朝食を済ませ、翼にUSBメモリを渡した。

「これは?」

「中は見てからのお楽しみ。昨夜ちょっと司令室に忍び込んで取ってきたんだ。まあデータ自体はここのパソコンからなら自由に見れるやつだから、こうして渡す必要もないんだけどさ」

 翼は不思議そうな顔をしてUSBメモリを受け取った。パソコン自体は各自の寝室に備え付けてあるので、別で用意する心配はない。

「それじゃ、あたしは別で仕事が入ってるから、先行くね」

 奏は手を振って翼と別れた。渡したデータの内容は、セキュリティ権限がなくても閲覧できるものに絞られる。けれど奏は翼なら、自分の言いたいことが分かってくれると信じていた。

 哨戒任務という口実で奏は街へ出ると、セレナの家へと向かう。SONG本部に全く顔を出さないセレナに何かあれば連絡をする。翼たちか来る前から続けている習慣だ。

「おーい、いるー?」

 奏が声を掛けると、奥からバタバタと慌てるような音がして、セレナがすぐに出てきた。

「もう、来るなら言ってくださいっていつも言ってるじゃないですか」

「ごめんごめん。あ、ちょっと待って」

 セレナの乱れた髪型を直し、「Z」のようになっていた髪留めを元に戻す。セレナは簡単に髪を整えて奏を奥に通した。

「今お茶入れるので、待っててくださいね」

「あぁ、ありがとう」

 セレナが麦茶を用意して奏の前に座る。奏は一口だけ口にして一息ついた。

「あの、今日はどんな用事ですか?」

「レイオニクスが見つかった」

 その一言を聞いて、セレナの顔が変わった。怪獣同士の戦いが重要なこの世界において、レイオニクスの存在は戦況を覆すような力を持っているのだ。

「シュルシャガナの子がレイオニクスの素質があったんだってさ。持ち怪獣はまだ無い」

「月読さんが、ですか」

「ま、元の世界でもフィーネの魂を宿してたって話だ。ありえない話じゃない」

 レイオニクスの確保は、キャロルがギャラルホルンを使う最大の理由でもあった。恐らく、キャロルはどんな手を使ってでも調を捕らえようとするだろう。

「それで、いつになったらSONG本部に来るの?キャロルが寂しがってたよ?」

 奏が突然話題を切り替えられ、一瞬困惑したようだったが痛いところを突かれて、すぐに目を逸らした。

「えぇっと……。その、ですねマリア姉さんにどんな顔をして会えばいいのか分からなくて……」

 セレナは申し訳なさそうにそう答えた。周囲にはマリアと話す練習でもしていたのか、そういった関係の本であったり、コピー用紙を束ねた台本のようなものが散らばっている。

「そんな理由?別に普通に会えばいいじゃないか。久しぶり~って」

「そうできれば良いんですけど、なんて言うか、まだ私の中で気持ちの準備ができてなくて……」

 奏はそこまで聞いて、思わず笑ってしまった。この前大怪獣バトルに誘った時のマリアとどこか重なったのだ。

「もう!なんですかいきなり!」

「いやいや、やっぱり姉妹なんだなって」

 マリアも、大怪獣バトルをやらせるまでがかなり大変だった。そもそもゲームという物自体に触れたことが殆ど無いマリアは、セレナと同じような反応をしていたのだ。結局始めたら、思いの外のめり込んでしまっていたが。

「よし、じゃああたしがなんとかしてやるよ。いきなりマリアが無理なら、翼とかね」

「が、頑張ります……」

「じゃああたしは帰るわ。お邪魔したね」

 奏はひとしきりの用を済ませて、セレナの家を後にする。奏でがこちらの世界に来てから3ヶ月、妹分として接してきたが、彼女には幸せになってほしいと奏は思っていた。

 セレナの家を出ると、レイア・ダーラヒムが待ち伏せをしていた。やはり、警戒パトロールという口実はバレていたようだった。

「マスターから伝言を預かってきました。月読調が囚えられていた廃工場跡を調査せよ、とのことです」

 レイアは端末を取り出し、廃工場跡までの地図を表示した。町外れにあるので、少し遠いが別に歩いていけない距離ではない。

「あいよ。サボってたことはお咎め無しってことでいいのかい?」

「それは成果次第、だそうです。それでは私はこれで」

 奏に端末を手渡し、レイアは去っていった。奏も一応上官であるキャロルの指示に従って廃工場跡へと向かった。あまり彼女の機嫌を損ねたくはない。

 

 

 地図に従って廃工場に入ると、少しだけ腐臭がした。この前の戦いで戦死したレイビーク星人の死体が転がっていて、あちこち派手に荒らされていた。

(随分と派手にやったなこりゃ……)

 あちこちの壁が歪んでいた所から、切歌が相当焦っていたことが伺える。調が囚えられていた地下研究室についても、隠し扉が凹んでいる上にしらみつぶしに探し回ったのか、壁にいくつも亀裂が入っている。

「もしもし、キャロル?地下研究室みたいなの見つけた。どうする?」

『了解。通信記録を中心にデータを集めてくれ。奴らのボスの正体が知りたい』

「あいよ」

 奏は端末とコンピュータを操作して、データを吸い出していく。しかし、残っているのは通信の内容だけで肝心の相手がわからない。

「こりゃダメだ。内容しか吸い出せないよ。相手はボス、としか分からないな」

『やはりか……。一応データの解析を行いたい。回収を続行してくれ』

「了解」

 奏はデータの吸い出しを続行し、それが完了すると端末を回収し、研究室を出た。他にある施設といえば、怪獣を収容していたと思しき巨大な倉庫が見えるぐらいだ。

 その倉庫にしても、何かがいるような気配こそすれ、目を凝らしてみても、何も見えない。

「キャロル、ひとしきり探し回ったけど、データ以外に目ぼしいものはないよ」

『そうか。敵の待ち伏せに警戒しながら、撤収してくれ』

「あいよ」

 奏は来た道を引き返し、出口を目指す。奏は見落としがないかを再度確認するが、やはり誰か立ち入った跡があるぐらいしか見当たらない。

 ようやく入り口まで戻ってくると、予想通り、敵が待ち伏せていた。

「スズチェンコ、か。これは随分なお迎えだね」

 ミジー星人スズチェンコが護衛用の地底ロボットユートム2体を連れて待ち構えていたのである。敵はわずか3体だが、退路を塞がれている以上、突破するしか無い。

「デイトナをやった娘じゃなかったか、残念。君に恨みはないけど、敵だもんね。倒すよ」

「なるほど、やられたお仲間の弔いってわけか」

 奏は隠し持っていたLiNKERを口にして、空の容器を投げ捨てる。重要なデータは回収できなかったが、ここでスズチェンコを討ち取ればキャロルの手土産にはなる。

「悪いが、返り討ちにしてやるよ!」

『Croitzal ronzell Gungnir zizzl』

 ガングニールを身に纏い、スズチェンコに突っ込む。ミジー星人は戦闘に長けた種族でないことは分かっているので、怯むことはない。

 スズチェンコは咄嗟にユートムを盾にして、奏の攻撃を防ぐ。奏のガングニールはスズチェンコの体ではなく、ユートムを一体破壊するだけだった。

「甘いッ!」

 奏は破壊したユートムを足場にして、跳び上がりスズチェンコの背後に回る。この間合なら、ユートムを盾にはできない。

「悪いけど、こっちも伊達に星人を追う仕事してないんだわ」

 しかし、奏のガングニールがスズチェンコの体を貫くことはなく、空を切るだけだった。スズチェンコはどういう理屈なのかは不明だが奏と距離を離していた。

「この工場は、僕の庭なんだ。だから、こういうこともできる!」

 スズチェンコは残っていたユートムの背中のハッチを開き、スパークドールズを入れた。するとユートムの両腕がムチのように変化し、金属の軋む音が野獣の咆哮のように唸り始めた。

「スパークドールズの使い方は、別に怪獣を実体化させるだけじゃない。こういうこともできるんだ」

 主人であるスズチェンコの姿が消えると同時に、改造ユートムはこちらに襲いかかってきた。奏でがこれまで相手にしてきたユートムからは信じられない速度だった。

 ユートムはスズチェンコが連れている護衛用のロボットとして、これまで何度も対峙してきた。しかし、ここまでのスピードとパワーを実現した個体は初めてである。

(改良型、ってか。こっちも時間が限られてるし、さっさと片付けるか)

 奏はガングニールを構えて、ユートムの様子を窺う。いくらユートムが強化されてるとは言え、その強度に変化はない。しかし、両腕のムチでアームドギアを絡め取られてしまえば一気にこちらが不利になる。

 一撃でいいのだ。それだけ叩き込めればこちらの勝ちだ。

 奏は一気に駆け出し、ユートムの直前で跳び上がる。伸びてきたユートムの触手が奏の足を捉えたが、奏は逆にそれを利用してユートムの喉元にガングニールを突き立てた。ユートムは大きくよろけ、触手の拘束も緩んだ。

 体を投げ出される格好になった奏は上手く着地をして、ユートムに刺さったガングニールを思いっきり蹴り込んだ。ユートムの頭はそのまま崩れ落ち、残された体も膝を付いて倒れた。胸の所にあるハッチが開き、中にあるスパークドールが顔を出した。

「グドンか。まあ、一応収穫はあったね」

 スパークドールを回収した奏はキャロルとの通信を開いた。

「もしもし?敵の待ち伏せに遭ったけど、グドンのスパークドールを回収できたよ。このまま帰投して大丈夫?」

『あぁ。早く今回のデータを解析したい。帰投してくれ』

 キャロルの許可ももらい、奏はグドンのスパークドールを持って帰ることにした。敵のボスの正体は結局不明だったが、収穫があっただけでも奏は良しとすることにした。

 

 その夜、クリスは翼に呼び出されて演習棟の屋上に来ていた。今晩は、たまたま満月で月がよく見える。

「なんだよ、こんな時間に呼び出して」

「雪音、セレナと会ったそうだな」

 翼はいきなり本題に入ってきた。かなり真剣そうな眼差しでこちらを見ており、話の内容がなんとなく伝わってくる。

「え?そうだけど、それが?」

「何か、おかしな点はなかったか?」

「おかしな点……?」

 クリスはセレナに会ったあの日の事を思い返す。何故か成長していた所とか、何故か作った食事が和食だったとか、そんな程度の話だ。

「成る程、これで確信が持てた。雪音、落ち着いて聞いてくれ」

 クリスの話を聞いた翼は、ある一つの結論に辿り着いたようだった。少しそれを言うことに戸惑いのようなものもあったようだが、最早ためらっている暇もないのだろう。

「クリスが会ったセレナは、偽物かもしれない」

 翼が言い放った言葉は、衝撃的なものだった。




SONG怪獣図鑑
地底ロボット ユートム
体長:2.8メートル
体重:2トン
ステータス
力:★★☆☆☆
技:★☆☆☆☆
知:☆☆☆☆☆

 スズチェンコが使役していた自動兵器。肩書こそ地底ロボットだが、宇宙ギャングの間では、割りと安価で手に入る警備用ロボットである。
 スズチェンコが使役していた個体は、スパークドールズを読み込むことで怪獣の力を宿す改造が施されている。能力発揮中は力が2段階上昇する。
 しかしあくまで警備用ロボットなので、一体一体の戦闘力は非常に弱い。シンフォギア装者ならば、蹴散らすことは造作もない。


装者のコメント
奏:なあ、この地底ロボットって間違ってないか?コイツ宇宙で生産されたんだろ?
キャロル:知るか!


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第8話「かけられた疑惑」

SONGデータベース
項目名:セレナ
※警告※
 このファイルは一部情報がロックされています。
 ユーザー:Tsubasa Kazanari はセキュリティクリアランス1までの情報が閲覧可能です。
 以下、クリアランスレベル1までの情報を表示します。

セレナ
 [編集済]
 年齢:15歳
 聖遺物:[編集済]
 SONG所属のシンフォギア装者。寄宿舎ではなく、SONG本部から離れた市街地のマンションにて一人暮らしをしている。
 表面上はしっかりした優等生だが、本当はかなり弱気な性格で強引に迫られると断ることができない。
 普段は本部にこそいないが、奏を介して今の状況は理解しており、必要に応じて響達を支援するつもりでいる。
 [編集済]であるこの世界の■■■とは強い絆で結ばれており、彼女の存在が心の支えになっている。


 セレナが本物ではないかもしれない、その意味がクリスには分からなかった。

「偽物?一体どういうことだ……?」

 クリスの質問に、翼は黙って一つのUSBメモリを見せた。

「これは、今朝奏が私にくれたものだ。中に入っていたのは、この世界のギャラルホルンの起動実験の記録だ。半年前、キャロルが怪獣を呼ぶ石とされる謎の聖遺物を改造して、ギャラルホルンを作り出したとある。そして、3ヶ月前に最初の起動実験として起動され、奏が召喚された。その次は私達6人だ」

「じゃあ、あと一人はどこから来たんだよ?」

「さあな。私も今日一日調べられる範囲で調べたが、出てこなかった。それ以前に、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』という名前すら見つからなかった。マリアはフロンティア事変の実行犯として記録されているのに、だ」

 翼の言っていることに矛盾はない。セレナが生まれず、マリアが一人っ子として育った世界がこの世界とすれば矛盾は発生しない。しかし並行世界から渡ってきたメンバーにセレナの名前が無いとなれば、話は違う。クリスが出会ったセレナの説明がつかない。

「奏がなぜ私にそれを教えようとしたのかは分からない。だが、あのセレナが私達の知っているセレナではない事は確かだ」

「セレナが敵のスパイかなにかだって言いたいのかよ」

「いや、その確証はない。ただ、あのセレナが誰なのか、それはハッキリさせるつもりだ。協力してくれないか?」

 味方の中にスパイがいるとはクリスは思いたくはなかったが、正体不明の人間がいるとなれば話は別だ。クリスは、翼の提案を承諾した。

 

 

 スペクトルの拠点に帰ってきたスズチェンコは、トゥエルノに手厚く出迎えられた。

「スズチェンコ!無事だったのか!?」

「ごめん、デイトナはやられちゃったし、シンフォギア装者も連れてこられなかった」

「良いんだ良いんだ!お前さえ戻ってきてくれれば!デイトナのことは残念だったが、一人でも帰ってくれたんだからな!」

 トゥエルノはスズチェンコを思いっきり抱きしめた。実際、スズチェンコが調の解析を行ったことで、レイオニクスのDNAサンプルという貴重なデータが手に入ったのだ。決して無駄ではない。

「ボスだって、レイオニクスがいるって分かって喜んでたぞ!」

「うん、ありがとう……。それでね、トゥエルノ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「おうおう!何でも言ってみろ!何かいい考えなら、やってみようじゃねえか!」

 トゥエルノに促され、スズチェンコは自分の作戦を話し始めた。

 

 

セレナが偽物かもしれない。クリスは翼の仮説を未だに半信半疑でいた。あまりセレナと仲の良い訳ではないが、助けてくれた人間を敵なのではという疑いをかけていいのだろうか。

(でも先輩にああ言っちまった手前、変にセレナの肩は持てないよなあ)

「あ、クリス。良い所に」

 クリスがどうしようか考えていた時、マリアに声をかけらた。

「ねえ、クリス。セレナに会ったらしいわね」

「ああ。そうだけど?」

「その、元気そうだった?あの娘確か料理とか覚えてないはずだから、ちゃんとしたもの食べてるか不安なのよね」

 クリスは一瞬、受け答えに迷った。もしここで、正直に答えれば、どこで料理を覚えたのかとマリアは気になるだろう。そして適当に答えれば、ツッコミを入れられてボロが出てしまう。

「あぁ、悪ぃよく覚えてねえや。でも覚えてないってことは、元気ってことじゃねえか?」

「そうよね。私が気を使いすぎたのかもしれないわ。ごめんなさいね」

 マリアはそう言い残して去っていった。なんとか無難に乗り越えられたようで、クリスも思わずため息が漏れた。本来であれば、マリアにもセレナのことを伝えておくべきだったのかもしれないが、うっかり地雷を踏んで連携の不和でも招いたら元も子もない。

 クリスは外の空気を吸ってリフレッシュしようと、一度外に出た。そこで、玄関口でウロウロしてる不審な人物がいた。

「セレナ?」

 セレナは声をかけられて小さい悲鳴を上げて、クリスの方を向いた。普段は見ないキャスケット帽を被っているので、一瞬誰だか分からなかったが、なんとなく雰囲気がマリアに似ていたので分かった。

「なんだ、雪音さんですか……」

「なんだってなんだよ。お前、かなり怪しいぞ」

 セレナはキャスケット帽に加え、半袖のジャケットを羽織り、ミニスカートを履いている。普段の格好とは勿論、ちょっと遊びに行くにしても少しおしゃれすぎる格好だ。そんな人間が入口付近でウロウロしていれば、否が応でも目立つ。

「私、そんなに目立ってます?」

「あぁ、バッチリな」

 クリスに指摘されて、セレナはがっかりしているようだった。アレで目立っていないと思っていたのだろうか。

「てかこんなところで何やってんだよ。なんか悩みがあるなら相談にのるぜ?」

 ここでいつまでもグダグダとしていたら、マリアと鉢合わせして余計ややこしいことになる。これ以上気苦労を背負いたくないクリスは、場所を移そうと考えた。

「あれ?クリスちゃんにセレナちゃん?こんなところで何やってるの?」

 たまたまお昼を食べようとしていたのか、本部から出てきた響と鉢合わせしてしまった。クリスは、下手をするとマリアより面倒な人間と遭遇し、やってしまったという思いに駆られる。

「あ、ど、どうも……!奇遇ですね!私達これからお昼なので、一緒にどうですか?!」

 セレナも平静を装って、響を誘っているが、どう見ても顔がひきつっている。

「え?いいの?いやあ、助かるよー。この辺のふらわーとか無いみたいだし、お昼どうしようかな~って思ったとこだったんだ!」

 こうして、ノリノリな響、戸惑いを隠しきれていないセレナ、いまいちスッキリしないクリスの3人でお昼を食べに行く事になった。行き先は、元の世界でもよくあるファミリーレストランだ。

 クリスはすぐに響を止められるように響の隣に座り、セレナがその向かいに座る。特に食べたいメニューもなかったので、日替わりランチを3つ頼んだ。

「うん、味も変わらないね。私の知ってる味と同じだ」

「さすが、チェーン店。どこの世界に行っても同じ味が楽しめるんですね」

 響とセレナもそんな話をしながら、運ばれてきた料理を食べている。事情を知らない響がうっかり地雷を踏まないかと心配していたが、杞憂で終わりそうだった。

(よし、このまま何事も無く終わってくれれば……)

「そういえばさ、セレナちゃんはマリアさんに会わないの?すごい心配してたよ?」

 その一言で、場の空気が一瞬で凍りついた。セレナは完全に固まってしまい、クリスは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってむせてしまった。

(コイツは地雷原でタップダンスでも踊ってるのか!?どうしてこうも的確に地雷を踏みに行くんだ!)

 セレナは何か言おうとしているが、うまく言葉を紡げていないようだ。

「え、えっと……。マリア姉さんと、距離の取り方がわからないっていうか……」

 何とかセレナが放った言葉それだけだった。何かブツブツ言っているようだが、上手く聞きとれない。

「よし!じゃあ私がマリアさんの代わりになって、予行演習をしよう!私をお姉ちゃんだと思ってくれていいんだよ?」

 響は大きく腕を広げて、頼もしいお姉ちゃんアピールのようなものをするが、わざとらしすぎて逆効果だ。セレナも反応に困っているようだ。何とか笑顔を取り繕うとしているが、どこか陰のあるような表情になってしまっている。

「おいやめろよ。困ってるだろ」

「えー。いい考えだと思ったんだけどなー。私、一人っ子だから妹とかいたらなーって思うんだよ!セレナちゃんいい子だし、セレナちゃんが妹だったいいなーって……」

「いやいやダメだろ、こんなバカの妹なんて……」

 2人が喧嘩しているのに嫌気が差したのか、セレナは突然立ち上がった。

「ごめんなさい。これは私の問題なので、気を遣っていただかなくても平気、です。もうへっちゃら、ですから」

 セレナはそれだけ言い残して走り去っていってしまった。終始俯いていたせいで、その表情までは読み取れなかった。さすがの響もマズいと思ったのか、さっきまでの威勢は鳴りを潜めている。

(こりゃデカい地雷踏んだなおい……)

 響のこういう無遠慮さはいつものことだが、今回踏んだ地雷は、かなり大きいものだとクリスは実感せざるを得なかった。

 

 

 気まずい空気のまま、食事を終えてレストランを後にする。レストランを出ると周囲が騒然としているのがすぐに分かった。周囲の人々が、『何か』を見て、怯え逃げ始めたのだ。クリスはその『何か』がいる方向を見て、敵の正体を確認しようとした。

「はぁ!?何だありゃ!」

 真っ黒な塊がそこには浮いていた。その表面はよくわからないが、デコボコしていて、ゴツゴツとしているのは分かる。

「おい、アレも怪獣なのか?」

「えぇ!?あんなのゲームにはいないよー!ちょっと待ってて!切歌ちゃんにも聞いてみる!」

 響は通信機を取り出して、切歌に連絡を取ろうとしている。クリスはすぐにバキシムを召喚しようとしたが、ココで召喚すれば出現するだけでも甚大な被害が出かねない。

「もしもし?切歌ちゃん?真っ黒な塊の怪獣って知らない?なんていうか、表面はすごいゴツゴツしてて、こう……そう!ゴミを固めたような……。え?なんだって?それが名前?……うん!ありがとう!私平成はまだ見てないの多かったから、助かったよー」

 切歌から無事、怪獣の正体を教えてもらえたらしく、響は満足そうに通信を終えた。

「で、アレの名前は?」

「ユメノカタマリ、だって」

 響はすごい言いづらそうに言った。切歌の怪獣に関する知識は間違いなく本物だと分かってはいるものの、そんなファンシーな名前の怪獣がいるとは信じがたかった。

「ユメノカタマリねえ……。どう見てもゴミノカタマリだろ」

「私も一瞬、分からなかったけど、よく分からない塊っぽい怪獣って言ったら、多分コレデス!って……」

 突拍子もない名前で、響自身も困惑しているようだった。正直名前などどうでも良いのだが、クリスはアレをユメノカタマリという名前で呼ぶのはあまり良い気がしない。

「ユメノカタマリなんてふざけた名前、さっさとぶっ潰してやろうぜ」

 幸い、ユメノカタマリは浮いているだけで、特に被害は出していない。逃げ遅れた人も見当たらないので、少し開けた場所でなら問題なく怪獣を召喚できるだろう。

「させるかよ!」

 クリス達が移動しようとした時、いきなり頭上から奇襲を受けた。クリス達はとっさに回避して距離を取る。

「悪いがスズチェンコの邪魔はさせねえぜ」

 上から襲ってきたのは、レイビーク星人トゥエルノとバルキー星人ジークの二人組だった。2人は強化アーマーのようなものを纏っており、今にも襲ってきそうだ。

「お前たちがアレを作ったってことでいいんだな?」

「当たり前だ。スズチェンコが立てた計画でな。邪魔させるわけには行かねえんだよ!」

 クリス達はコンバーターを外して、通常のシンフォギアとしてギアを起動させる。キャロル曰く、レイオニクスギアと通常のギアの使い分けは本人の気持ち次第でできるらしいが、クリス達はまだうまくコントロールができないのでこうするしかない。

「行くぜ!」

 クリスはイチイバルを乱射して先手を打つが、それより先にトゥエルノ達が攻撃が回避する方が先だった。トゥエルノ達の足から小型の車輪が現れ、すばやくイチイバルの攻撃から逃れる。続いて響がトゥエルノ達を先回りして一撃を浴びせようとするが、トゥエルノ達の機動性の方が上だった。

「行くぜジーク!」

「おうよ!」

 トゥエルノの合図で、腕のコンテナ部分が開き、巨大なチェーンソーが現れた。2人は円を描きながらクリス達めがけてチェーンソーを振り下ろす。響が手甲を盾にしてなんとか跳ね返したが、一撃だけでも息を切らしている。

「その武器、調ちゃんの……!」

 色や細かな意匠こそ違うが、トゥエルノ達が装備しているものは明らかにシュルシャガナに似ていた。だがオリジナル程変幻自在の無限軌道は再現できず、せいぜいチェーンソーの形を似せる程度しかできていないのだが。

「ああそうだ!デイトナが残してくれたデータで作った武器だ!俺たちは死んだ仲間も無駄にはしねえ!最後に残ったやつが目的を果たすんだ!」

 再びチェーンソーの攻撃が来る。響はまたしても攻撃を防ごうとするが、今度はチェーンソーが真ん中で折れ、的確に響の首を狙う。距離から言って、回避することは容易だが、そうなればクリスの身が危ない。

「クリスちゃんごめん!」

 響はクリスを突き飛ばすようにして攻撃を回避した。しかし、かなり無理がある体勢で回避したせいか、響の肩をチェーンソーが掠めた。響は傷口を抑えてその場に跪く。抑えているのは利き腕ではなかったから良かったが、響の戦闘スタイルからいって、腕をやれたのは痛い

「おい!大丈夫か!?」

「大丈夫、へいき、へっちゃら」

 響は自分を落ち着かせるかのようにそう答えた。傷はかなり深いようで、抑えている手からも血が溢れている。クリスは短期決戦をしなければと思い、ペンダントに手をかけた。

「イグナイトモジュール、抜剣!」

 クリスはイグナイトを抜剣し、すぐさまトゥエルノとジークの腕めがけて弾をばらまく。姿が変わったことに驚いたのか、トゥエルノ達は一瞬の隙を突かれて片方のコンテナを破壊されてしまった。腕から伸びていたチェーンソーは、根本から折れて、地面に突き刺さった。

「クソっ!隠し玉か!?」

「トゥエルノ、どうする?押し切るか?」

「いや、撤退だ。アレを見ろ」

 トゥエルノが指した方向には、ユメノカタマリに立ち向かおうとする一体の巨大ロボットがいた。漆黒のボディに巨大な槍を携えて、今にユメノカタマリに向かっていこうとしている。

「おい何だありゃ!?ペダン星人でもいたか!?」

「とにかく、スズチェンコの応援に行くぞ!」

 トゥエルノ達は一目散に撤退していった。クリスはすぐに通信を入れて、救護要請を出した。

「おい!響が負傷した!すぐに助けを頼む!後、装者を連れてこい。怪獣を呼べるやつな!」

 ここがSONG本部からそう遠くない場所なのが幸いしたのか、救護用のヘリが5分足らずで到着した。中にはマリアと切歌、調の3人が乗っており、響の止血を始めた。

「すみません、マリアさん……」

「そういうのは後でいいの!切歌!調!早くいってらっしゃい!」

 2人は無言で頷き、ユメノカタマリに向かっていった。響はマリアに担がれてヘリに乗って、マリアにガングニールのギアを託して撤退していった。

「随分早えな。助かったぜ」

「ええ。こっちも出撃準備をしてる最中だったし、タイミングばっちりね。クリスもゆっくり休んで頂戴」

 クリスはこの状況が片付いたという安心感から、一気に肩の力が抜ける。2対1という不利な状況ではあるが、ユメノカタマリは動かないのだ。あの黒いロボットだけ相手にすればいい。そう思っていた。

 しかし、事態は予想外の方向に動いた。黒いロボットの槍が、ユメノカタマリを貫いたのだ。ユメノカタマリは手足が生やして狼のような姿に変化した。それで逃げ切るつもりなのだろうが、黒いロボットはユメノカタマリの核らしき部分を正確に掴んでいる。

 最早逃げることすらできなくなったユメノカタマリは、無様に黒いロボットに突き刺され、崩れ落ちていった。それは戦闘と言うにはあまりにも一方的で、処刑、といった方が正しいような、そんな一方的な戦いだった。

 黒いロボットはユメノカタマリが消えたのと同時に消滅し、あっという間に事態は収束してしまった。

「なんなんだよ、あれ……。あたしらの敵か?」

「さあ……。まだ判断材料が少なすぎるわ」

 程なくして、2人の通信機から着信音が鳴った。マリアが応答すると、焦った切歌の声が聞こえてきた。

『大変デスマリア!セレナが、すごい熱を出して倒れてるデスよ!』

「なんですって!?待ってて、すぐ行くわ!」

 切歌はかなり焦っていたのか、マリアだけでなく、クリスの通信機にまで通信を入れてしまっている。しかし、それだけ事が大きいのだと物語っている。

 マリアとクリスは、通信を終えるとすぐにセレナの救助へと向かうのだった。




SONG怪獣図鑑
ユメノカタマリ
体長:不定
体重:不定
ステータス
力:★★☆☆☆
技:★☆☆☆☆
知:★☆☆☆☆

 スズチェンコが開発した怪獣。コアのユニットに街中のゴミを吸収させて誕生させた。
 本人は、かつて地球に侵攻したミジー星人の先輩が製造したロボット怪獣を作りたかったが、予算の都合でこうなってしまった。
 本編ではあまりにもあっけなく倒されてしまったが、コアを破壊しなければダメージが通らないという厄介極まりない性質を持つ。

装者のコメント
切歌:まさかダイナ怪獣が出てくるなんて思わなかったデスよ……。
クリス:こういうのが怪獣って、デザインしてた奴は何考えてたんだ?


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第9話「少女の秘密」

SONG人事ファイル
風鳴翼
 並行世界から渡ってきた装者の1人。天羽々斬の適合者で、一騎当千の近接戦闘を得意としている。
 デマーガを召喚できるも、怪獣の事はまったく分からないので怪獣の操作技術は全装者中でも最低レベルである。シュミレータとして大怪獣バトルの筐体が用意されているが、ゲームが苦手なので生かし切れていない。なので、響か奏と演習場でひたすら模擬戦を繰り返して特訓をしている。
 まじめな性格故に物事の白黒をハッキリさせたがる節があり、ギャラルホルンで渡ってきていないセレナに対しては懐疑心を抱いている。


 レギュラン星人トゥエルノは、ボスがいる宇宙船に来ていた。ボスがいる部屋では、ボスが重用しているギルドのリーダー、テンペラー星人ビエント、ボスの右腕であるメフィラス星人ジュピアが控えている。

 ビエントは最近入ったという新人のイカルス星人とポーカーに興じており、ジュピアは黙ってボスの隣に佇んでいる。

「トゥエルノ、随分と苦戦してるそうじゃないか」

 程なくして、部屋の奥からボスが姿を現した。チブル星人に作らせたパワーアーマーが与える威圧感は、何度見ても慣れない。

「ボス聞いてくれよ。あんなの聞いてないぜ?スズチェンコも今は怪我しちまってるし、俺たちはどうすりゃいいんだよ?」

「こちらも怪獣使いには手を焼かせられている。パヴァリア光明結社だったか、3人の錬金術師共が邪魔なのだ」

 ボスはそう言って、ジュリアに一体のスパークドールをトゥエルノに差し出した。

「貴重なウルトラマンのスパークドールズだ。これを試してみろ」

「ボス!いいんですか?こんな良いものを……」

 ボスは黙ってうなずき、トゥエルノは大喜びで部屋を出ていった。

「よろしいのですか?」

 傍らで一連の流れを見ていた、ジュピアがボスに耳打ちをした。トゥエルノは組織の中でも、下に位置する存在である。そんな人物に新しい戦力を授けて良いのだろうか。

「構わないさ。まだウルトラマンのスパークドールズはある。デモンストレーションとしても最高じゃないか」

 ボスはただ、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 地下の演習場で翼と奏は特訓をしていた。翼は大怪獣バトルが苦手なので、怪獣の操作技術を向上させるには、直接戦わせるのが最適なのだ。

「それじゃ、行くぜ」

「ええ、お願い」

 奏はLiNKERを打って、聖詠を唱える。奏のギアから怪獣が召喚された。青白い体に日本の角を備えた怪獣だ。

「エレキング、これがあたしの相棒さ」

 翼もデマーガを召喚する。2体の怪獣は己の存在を示すかの如く大きく吠え、ぶつかり合う。典型的なパワータイプであるデマーガはエレキングは掴み掛るも、すぐにデマーガは痙攣したように震えながら手を放してしまった。

「電撃!?」

「そう、エレキングは電気に特化した怪獣なんだ。パワーはちょっと低いけどね」

 デマーガが後退したのを追うようにエレキングの長いしっぽが絡みつき、デマーガを電撃で苦しめる。

「パワーがなくても、こんな風にも戦える。力押しだけが戦いじゃないだろ?」

「なるほど、じゃあ!」

 デマーガは苦しみながら熱戦を吐き出し、エレキングを引き離す。全力の時にはなったものと比べればあまりにも弱弱しいものだったが、拘束を解除する

「そうそう、怪獣はあたしらと違って肉弾戦以外もできる。この先戦ってくなら、覚えておいた方がいい」

 翼がエレキングに攻勢を仕掛けようとした時、響が演習場に駆け込んできた。

「翼さん!奏さん!大変です!セレナちゃんが倒れたんです!」

 緊急事態を聞かされた翼たちは急いで怪獣を撤退させ、響と共にセレナの所へ向かう。

 医務室の前に着くと、マリアが疲れた様子で項垂れていた。

「マリア?大丈夫か?」

「翼?ええ、セレナはキャロルが診ているわ。技術は本物だから、信用していいと思わ」

 直後、医務室の扉が開き、中からキャロルが出てきた。

「治療は完了した。しばらくすれば―――」

 マリアは話も聞かずに医務室の中に駆け込んでいった。翼も続いて中に入ると、ベッドの上でセレナが寝かされていた。マリアはセレナの体に傷がついてないことを確認すると、一安心したようだった。

「人の話を聞け。しばらくは安静だ。この状態のセレナを戦わせれば、命に係わるだろうしな」

 翼が周囲を見渡すと、奇妙なものが目に入った。どこかで見覚えがあるような、黄色い結晶だった。

「離れろ、これから病室に移す」

 キャロルはマリアを押しのけて、セレナのベッドを押して部屋を出て行った。

「そうだ、それには触れるな。なんてことない、LiNKERの材料だからな」

 部屋を出ていく直前、キャロルは翼にそう言い残していった。翼はキャロルの言葉に疑問が残ったものの、それ以上の追及のしようがないと判断して、その場を後にした

  

 

セレナが目を覚ますと、ベッドの上だった。ゆっくりと起き上がり、自分の体に異常がない事を確認する。

(そっか。私、また倒れたんだ……)

 キャロルからは無茶をするなと釘を刺されてはいるが、それでもセレナはこうして前線に近いところで戦っているのだ。どうせ、自分は死んでもかまわない人間なのだから。

 セレナは前髪に違和感を感じて触れる。無い、大切にしていた髪飾りがなくなっている。治療の邪魔と判断されて、キャロルが外したのかもしれないが、周囲を探しても見当たらない。布団の中、周囲の机の上、服の中、どこを探しても見当たらない。

「探しているのはこれか?」

 病室の入り口から、翼が入ってきた。その手にはセレナが探している髪飾りが握られていた。

「返してください!それは大切なものなんです!」

「そんなに大切なものか?()()()()()()()()が」

 翼の言葉にセレナは言い淀んでしまった。この場で笑い飛ばすようなら、翼はすんなりこれを返すつもりだった。だが、それを聞いて自分の中の疑いが確信に変わった。

「やはりか。マリアの目に留まる前に拾っておいて正解だったな。やはり、お前はセレナではないな?」

 セレナの呼吸が早くなり、冷や汗が出る。この場で自分が隠していることを話すべきか、しかし、それで翼は本当に信じてくれるのか。下手に答えれば、敵とみなされて殺されるのではないか。セレナの中で不安と恐怖が溢れてくる。

「答えろ、お前はだれだ?」

 殺気を出しながら迫ってくる翼に、セレナは怖くなってその場から逃げ出した。病室を飛び出してS.O.N.G.本部からも逃げ出そうとするが、すぐに息が上がってせき込みながらその場にへたり込んでしまう。

「おい!?大丈夫か?」

 偶然近くを通りかかったのか、クリスがやってきてセレナに駆け寄ってきた。

「雪音!そのセレナを押さえていろ!やはり()()はセレナではない!」

 すぐに翼が追いかけてきた。翼は今にもセレナに切りかかりそうな勢いで、完全にセレナを敵として見ている。

「おいおい、落ち着けよセンパイ。完全におびえてるじゃねえか」

「落ち着いていられるか!仲間の名を騙る偽物がいたのだぞ!?奏は恐らく、これを伝えようとしたのだ!」

 翼は完全に興奮しきっており、このままでは間違いなくセレナに切りかかるだろう。翼の気迫を受け、セレナは完全に怯えきっており、今にも泣きそうだ。

「あー、しょうがねえ。ちょっと食堂で話そうぜ?それからでも悪くはないだろ?」

 クリスはこの場を穏便に収めるため、2人を食堂まで連れていき、そこで話をすることにした。とにかく、セレナが結局誰なのかをハッキリさせなければ、翼は矛を収めてくれないだろう。

 食堂にてクリスは翼の隣に座り、その向かいにセレナを座らせた。

「それで、お前は結局誰なんだ?ギャラルホルンで連れてこられた奴じゃないんだって?」

 翼ではセレナを怖がらせてしまうと思い、クリスが主導権を握ることにした。翼もとりあえずは落ち着いている。

「えっと、この世界の、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ、です……」

 セレナは思いの外あっさりと正体を告白した。言葉の節々に若干の嗚咽が混じっているので、まるで恐喝しているようでいい気分ではないのだが。

「それで、その髪飾りは?」

「この世界の、響さんから、頂いたお守り、みたいなものです」

「そうだったのか……。この世界にも、立花がいるのだな」

 セレナの正体がはっきりして、翼も先程までの気迫を収めたようだった。だが冷静になってさっきまでの行いを反省しているのか、目が泳ぎ始めている。

「本当、すまないことをしたな。謝罪させてほしい」

「いいえ……。こちらも皆さんを騙すようなことをして申し訳ありませんでした……。いつかはちゃんと話すつもりだったのですが、その、中々言い出せなくて」

 セレナは嗚咽交じりで、黙っていたことを謝った。そして泣くのを堪えながら自分の事について語り始めた。

「私は、現状S.O.N.Gたった一人のこちらの世界側の装者です……。前は3人でチームを組んで戦っていましたが、その、お……1人はS.O.N.Gに変わるときに辞めてフリーで活動してて、もう1人はこの前の事件の時に負傷して、今は療養中だったはず、です……。この世界のマリア姉さんも、装者でした……」

 セレナはそれから何かを言おうとしていたが、あまりに見るに堪えないありさまだったので、そこで止めた。

「いや、もういい。その、寂しい思いをしていたのだな?私たちもできる限りフォローをしよう、そうだな……雪音、少しフォローしてやってくれないか?」

「はあ!?何であたしが!?」

 クリスは翼に抗議しようとしたが、即座に翼に肩をつかまれて耳打ちをされた。

「私は年下の後輩というものと縁遠くてな。これ以上怖がらせてしまっては申し訳ない。だから、セレナが我々に馴染めるように手伝ってはくれないか?」

 思い返してみれば、至極当然の発想だった。学生時代、トップアーティストとシンフォギア装者の二足わらじで生活してきた翼は年上の人間と接することは多くても、年下の人間との関わりは少ない。

 そして初めてできた後輩と言える存在があの響なのだ。確かに、翼には年下の後輩を導くという経験が圧倒的に足りていない。

 それに比べて切歌や調の面倒を見ているクリスの方が、セレナの面倒を見るのに適任だろう。

「そ、そうか!分かった!あたしがバッチリフォローしてやるぜ!」

 少しぎこちない笑顔になってしまったが、クリスの言葉に少し元気づけられたようでセレナの顔が少し明るくなる。それを見て、思わず安堵のため息が漏れる。

「さて、それじゃ私はここで退散するとしよう。雪音、後は頼んだぞ」

 翼は席を立ち、食堂を後にする。セレナを追い詰めてしまった罪悪感に耐え切れず、足早に食堂を後にした。

「翼ー、見てたよ?」

 食堂を出ると、奏が一部始終を見ていたようで、からかうような笑みを浮かべて待っていた。

「奏……。セレナの事、知ってたんでしょ?どうして直接言ってくれないのよ?お陰で恥かいちゃったわ」

「まあ、セレナの口から言わせたかったんだよ。大事なことだしな」

 奏はセレナについては何か思う所があるようで、彼女の事を考えての事だったらしい。

「なんかさ、妹と重なって見えるんだよな。放っておけないっていうかさ。たまに寝言でお姉ちゃんって言ってるのが聞こえるし。あたしらほとんど初対面だけど、セレナには幸せになってほしいんだよ」

 翼たちの世界では、奏は翼を妹分のように可愛がっていた。しかし、今目の前の奏は逆に翼を喪った奏なのだ。だからこそ、年下の人間に対する情は厚いのかもしれないと翼は感じ取った。

「ま、一応あたしの狙い通りにはなったんだ。それじゃ、お休み」

 奏は自分の部屋の前に到着すると、翼と別れて自分の部屋に帰っていった。翼はセレナの正体がハッキリしてスッキリした気分と、無理やりセレナの事を聞き出してしまったという罪悪感とが入り混じり、複雑な気分だった。

 

 

 

 翌日、クリスはセレナと共に彼女の家を訪れていた。キャロルに外出許可を求めたところ、渋い顔をされたがシンフォギアを使わないことを条件に許可が下りた。無茶はできないが、少し遊ぶ程度なら問題ないらしい。

「にしてもきれいな部屋だよな……。ん?」

 部屋に飾られた写真がクリスの目に留まった。大きな屋敷の前で、響とセレナが写っている写真だ。もちろん映っているのはこの世界の響であり、クリスの知っている響と比べて若干髪が長い。

 2人は幼馴染なのか、写っている写真では二人とも幼く、セレナの様子がどこかよそよそしい。他には響の両親も写っているが、セレナの両親の姿が見当たらない。

「あっ!ちょっとその写真は恥ずかしいので、あまり見ないでもらえますか?」

 クリスが写真を眺めていると、セレナが慌てて写真を伏せた。クリスは軽く謝罪をして写真から離れた。

「そうだ!ちょっと散歩に出かけませんか!?この町、雪音さんの世界との違いとかあったらよ聞かせてくださいよ!」

 セレナはやや強引気味にクリスの腕を引いて外に出ようとした。元々、部屋でゆっくちする予定だったが、特別断る理由もなかったのでクリスはセレナの意見に従うことにした。

「セレナ!外に出て大丈夫なの!?」

 買い物に行こうとしたその時、マリアが突然セレナの家にやってきた。ここまで走ってきたのか、若干息が上がっている。

「ダメじゃないセレナ!外はどんな宇宙人が歩いてるかわからないわ。私が守ってあげるわ」

「マ、マリア姉さん!そうだ!一緒に買い物に行かない?ちょっと最近の仕事の話とか聞きたいなあって……」

 セレナはマリアを家に上げたくない理由でもあるのか、玄関口でマリアが入ってこないようにしながら、提案をしていた。

「え?別にいいけど……。とにかく、早く帰るわよ。あんまり無茶ができないんだから」

 マリアはセレナの意見を飲み、3人で買い物に出かけることにした。何を買うのかは決まっていないが、セレナにとっては出かけるということ自体が重要だったようで、うれしそうな笑顔を浮かべている。

「あ、そうそう。セレナ、表札のスペル、間違ってるわよ」

「えぇ!?」

 セレナが家の鍵を閉めたとき、マリアが表札を指摘した。クリスが改めてみてみると、確かにスペルが違っていた。これでは『サレナ・カデンツァヴナ・エヴァ』である。

「アハハ……。こっちの響さんに作ってもらったからかなぁ……。後で注意しておくね……」

 セレナは今の今まで気づいていなかったようで、顔が引きつっていた。こちらの世界でも、響はおっちょこちょいらしい。

「いいわ。後で私がちゃんとしたスペルのやつをつけてあげるわ。行きましょう」

 マリアが先導し、3人は買い物へと出かける。セレナは今まで間違った名前を掲げていたことが恥ずかしくなったのか乾いた笑みを浮かべていた。

 クリスはどこか違和感のようなものを覚えていたが、気のせいだと思い、特に気にすることなくその場を後にした。

 

 

 ボスからウルトラマンのスパークドールを預かってきたトゥエルノは、スズチェンコに渡した。前回の作戦でスズチェンコは救出できたものの、車いすでの生活を余儀なくされていた。

「スズチェンコ、ボスからこれを預かってきた。何かできそうか?」

 トゥエルノは、スズチェンコにリベンジの機会を与えてやりたいと思いスズチェンコにスパークドールを渡した。

「うん。普通に使っても、これならどんな怪獣にも勝てると思う。この前のユメノカタマリは失敗したけど、あれとこれを組み合わせれば、もっと強くなれるはず」

 スズチェンコは手元のパソコンを操作して、ウルトラマンのスパークドールのシルエットを映し出す。そこに、次々と鎧を装備させていき、全く別の姿を作り出す。

「ウルトラマンのスパークドールズは、性能が高い代わりに実体化させるのに制限時間があるから、それを他から吸い上げたエネルギーでカバーすれば、もっと長時間活動できるはず」

 スズチェンコが作り上げた怪獣には、『Zelganoid』と表示させた。

「おぉすげえ!さっすがはスズチェンコだ!早速で悪いが、改造に取り掛かってくれるか?」

「うん。いつでも行けるようにしておく」

 これまで負け続きだった、トゥエルノは一抹の希望が見えて、端から見ても大げさに見える程大喜びしていた。

「よし、完成次第、ウルトラ作戦第一号始動だぁ!」

 宇宙船の中に、トゥエルノの叫びが響き渡った。




SONG怪獣図鑑
放電竜 エレキング
体長:26センチメートル~56メートル
体重:1.3キログラム~4万2千トン
ステータス
力:★★☆☆☆
技:★★★★☆
知:★★★☆☆

 ピット星に生息している宇宙生物。電撃を操る能力を持ち、放電攻撃だけではなく、電気を吸収する能力も兼ね備えている。
 また伸縮自在で、電子機器に対しては無類の強さを発揮するため、現代においては強力な戦力になる。奏が
 必殺技は自らを電撃に変えて突進する『MOTEORITE∞STRIKE』

装者たちのコメント
奏:他と比べるとどうしてもパワー負けしちまうが、結構データ集めとかで重宝するんだよなあ。
マリア:レッドキング、ブラックキング、エレキング、ガングニールで呼び出される怪獣はキングが付く怪獣が多いわね
響:じゃあ、この世界にガングニールの装者がいれば、キングジョーとかが出てくるかもしれないってことですね!


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第10話「覚醒する力」

S.O.N.Gデータベース
項目名:レイオニクス
 レイブラッド星人の末裔の総称。バトルナイザーを使うことで、怪獣を召喚、使役は勿論、強化も可能である。
 この世界ではフィーネがストルム星人のレイオニクスであり、彼女が携わったシンフォギアシステムにも当然この技術が組み込まれている。
 対侵略者用の装備として用いられているレイオニクスギアは、フィーネの手持ちだったブルトンを介し、怪獣墓場からその聖遺物に引き寄せられる怪獣を一体召喚できる。その為、レイオニクスギアで召喚された怪獣は、外部からの補助がなければ強化できない。
 バトルナイザーを使って怪獣を使役するレイオニクスは、怪獣を使役しながらシンフォギアで戦うこともできる上に、歌うことでレイオニクスギアで召喚された怪獣を強化させられる。
 フィーネの魂を宿した人間であれば、この世界出身でなくても、レイオニクスとしての力を帯びる。だが数が非常に限られている為、レイオニクスの数が戦況の優劣を左右するといっても過言ではない。


 調はメディカルチェックを終えて、その結果を見ていた。体調に異常はない。特に普段通りだ。

「調!大丈夫デスか!?怪しい薬とか機械とか渡されてないデスか!?」

 検査を終えるや否や、切歌が飛び込んできた。調の体をペタペタ触って異常がないかを確かめる。

「うん、大丈夫だよ。切ちゃん。検査の内容も私たちの世界と同じだよ」

「本当デスか?キャロルが実は怪しい薬を仕込んでたとか……」

 調は切歌を引きはがして、乱れた服を整える。切歌は意外な顔をした。

「いい加減にして。切ちゃん、最近しつこいよ?」

「でもあたしは調の事が心配で……!」

「心配なのはわかるよ、でもしつこいよ」

 調は救護室を飛び出して、走り出す。当然切歌もそれを急いで追おうとした。

「ついて来ないで!」

 呆然とする切歌を尻目に、調はその場名から逃げ出した。

 

 

 走ること10分弱、調は市街地まで来ていた。

(本当、最近の切ちゃんはしつこいんだから……)

 以前と比べて、切歌が傍にいてくれる時間が増えたのは単純に嬉しい。しかし、今度は過保護すぎるのだ。こうも束縛が激しすぎると、逆に一人の時間が恋しくなってしまう。

 一応、出口付近にいた翼と奏に出かけるとだけ伝えてあるので、切歌に要らない心配をかけるようなことはないはずだ。

「どうして私がそんなに心配なんだろう」

 以前、切歌とキャロルが言い争いをしているのを見たことがある。自分がレイオニクスという特殊な体質であることについて言い争いをしているようだった。自分の特別さが全く分からないが、とにかく2人にとってはかなり重要なことのようだった。

 切歌がついてきていないことを確認すると、調は一安心した。今日は特別何をするわけではないが、散歩をしたり、食べ歩きをするつもりなのだ。ちゃんと誰もついてきてないことぐらいは確認したい。 調が影から出ると、前から走ってきたセレナとぶつかりそうになった。

「セレナ?」

「ごめんなさい!って月読さんじゃないですか!すいません、匿ってください!」

「え?」

 調はどうしていいかわからなかったが、偶々コンビニがあるのが目に入った。マリアがここに乗り込んでこなければ、やり過ごすことは容易だろう。

「えっと、じゃあこっち」

 近くにあったコンビニにセレナと入ることにした。そこで雑誌を立ち読みするふりをして、マリアをやり過ごす。しばらくして、マリアが走ってきて、周囲を見渡してセレナがいないことを確認するとどこかへ走っていった。

 遠目から見てもマリアが血眼になってセレナを探しているのが分かった。

「それで、どうしたの?」

「えっとですね、お昼を食べて服屋さんに入ったところ、雪音さんとマリア姉さんとでケンカを始めちゃって……」

 なんとなくその光景が目に浮かぶ。ただでさえマリアはセレナに対して過保護気味だというのに、倒れたとなれば尚更だろう。一方のクリスは機能性重視で服を選んでいるようで、オシャレな服は肌に合わないと言っていた。

 そんな2人がセレナの服選びをするとなれば、ケンカは避けられないだろう。セレナが怖がって逃げ出したというのが意外だが、それほど2人の言い争いがすごかったのかもしれない。

「本当、2人の気迫は怖かったです。どっちも決められなくて、見ての通り逃げてきちゃいましたけど……」

 調はそこまで聞いて、セレナに同情した。2人とも悪気があったわけではないのは分かるのだが、マリアの心配性が祟ったと言えるだろう。この世界に来てからというものの、マリアはセレナのことを心配しすぎているような気さえする。

「そういえば、暁さんはどうしたんですか?いつも一緒にいますけど?」

「うん、今日は一人。最近の切ちゃんは結構しつこいから、たまには一人になりたかったの」

 一度、どういうゲームか勉強してみようと大怪獣バトルの入門書を資料室で見つけた時には、切歌がかなり情熱的に教えてくれたものの、その量が多すぎて結局覚えきれていない。

「お互い、大切な人で苦労してるんですね……」

「うん……」

 要するに、切歌もマリアも相手との距離の取り方が苦手なだけなのだが、そのせいで二人はかなり苦しめられていた。

 

 

 SONG本部にて、未来は怪獣を召喚する訓練を続けていた。あれから響と一緒に勉強した結果、ゼットンがいかに強い怪獣であるかがハッキリとわかったので、未来は自主練のつもりで励んでいた。

 最初に召喚ができたのは、ほんの数秒、何度か試した今では、3分弱がせいぜいだった。響のレッドキングと何度か戦ってはいるものの、代名詞と言える一兆度の火球も、テレポーテーションも使えない。

 唯一使えるのは、ゼットンシャッターだけで、死なないだけマシ、というような状況だった。

 コンソールユニットのおかげで、召喚した時のバックファイアは抑えられてはいるが、それでも体力の消耗が激しい。

 今日も特訓を終えて、汗を流すためシャワーを浴びていた。シャワールームを後にして、ふと食堂に立ち寄ると、切歌が一人でうなだれていた。響に負けず劣らずの元気さを見せている彼女にしては珍しい。

「どうしたの?」

 放っておけなかった未来は、2人分のドリンクを用意して切歌に話しかけた。

「調に嫌われたデス……」

 遠くからではわからなかったが、切歌はこの世の終わりのような顔をしていた。確かに、いつも一緒にいる調の姿が見えない。

「調にハッキリと拒絶されたデス……。もうダメデス……」

「そんなに落ち込まなくていいじゃない。一応、どこにいるかは分かってるんでしょ?」

「翼さんがさっき伝えに来たデスよ……」

 それなら、一安心だと未来は思ったが、なぜか切歌は落ち込んだままである。

「調はレイオニクスなんデス……。怪獣を持ってないのに、宇宙人に狙われたら一発デスよ……」 

 切歌の言っている意味は未来にはわからなかったが、何となく、以前の自分と重なって見えた。響が融合症例だった頃、響のことを心配しすぎてかえって迷惑をかけてしまったあの時の自分に。

「大丈夫だよ。調ちゃんなら、きっと平気だって」

「そんな楽観的なものじゃないデス!前だって、調は1人で外に出た時に捕まったんデスよ!?こうしてる間にも、また狙われてるかもしれないデス!キャロルだっていつ調を捕まえに来るか分からないんデスよ!?こうなったら、あたしが調を捕まえて……」

 未来はそこまで聞いて、切歌に軽い手刀を浴びせた。

「何をするデス!」

「それじゃ、本当に調ちゃんに嫌われちゃうよ?」

 切歌も未来の指摘をわかっているのか、黙り込んで俯いてしまった。

「調ちゃんだって、1人の人間なんだよ?やっぱり踏み込んでほしくないところとか、やっぱりあるんじゃないかな」

「でも未来さんは、不安じゃないんデスか?響さんがいつもいろんな国や世界に行って、その、命を落とすかもしれないのに……」

「不安だよ」

 きっぱりと言い放った未来の答えを切歌は予想してないのか、意外そうな顔をした。

「響だって、遊びで戦ってるんじゃないんだもん。いつか死んじゃうかもしれない。でも、私は信じてるもん。響は帰ってくるって」

 未来は懐から、神獣鏡を取り出す。あの時使っていたものとは違うとはいえ、見るたびに思い出してしまう。響を救おうとして、響に襲い掛かったあの時のことを。

「だって、私にはそれしかできないから。神獣鏡(これ)の力を使えば、響を助けられると思ってた。でも、逆に響を傷つけるだけだったし、何もできなかった」

 結果的に、融合症例の症状に苦しんでいた響を救うことはできた。しかし、それは未来が望んだものではなかった。

「だからね、思うんだ。大切な人っていうのは、一緒にいるだけが全部じゃないって」

「未来さん……」

「私の場合は、響が帰ってこられる場所を守ること。響が迷っても私のところに帰ってこられるようにって。だからね、切歌ちゃんも切歌ちゃんなりの調ちゃんとの付き合い方、探してみるといいともうよ」

 未来に諭されて、切歌は思う所があったようで、少し考え込む。未来の言い分には一理ある。しかし、調の事を考えれば考える程、ダークファウストの影が切歌の脳裏をよぎる。

 幻影だったとはいえ、調が敵に回って襲い掛かってくる恐怖は間違いなく本物だった。キャロルに捕まっても、敵に捕まっても、調が辿る道に相違はないに違いない。

 調が敵になるという恐怖が、切歌の正常な判断を鈍らせる。

「でも、キャロルがどこまで信用できるかわからないデスよ……」

 切歌は未来には聞こえないようにこっそりと呟いた。もしかすると、キャロルに味方する必要なんてどこにもなく、調を連れてどこかに逃げ出した方が良いのかもしれない。切歌の中にそんな考えが浮かんできた。

 その時、サイレンが鳴り響き場の雰囲気が一変した。未来たちも慌てて指令室に向かう。指令室は緊迫した雰囲気に包まれている。

「市街地に謎のエネルギー場が出現!通信、進入共にできません!」

「早く解析を急げ!なんでもいい、アレの材質を確かめろ!」

 キャロルがほかのスタッフに指示を飛ばし、事態の究明を行っていた。少し遅れて、指令室に響達がやってきた。

「来たか。見ての通りだ。イチイバル、アガートラームとは連絡がついている。だがシュルシャガナ、そして……セレナとは連絡がつかない。恐らくはあの中だ」

 切歌はそれを聞いて、すぐに飛び出していこうと思ったが、少し考える。恐らく、がむしゃらに向かっても、何もできない。ならば、自分にできるのが何かを考える。

「ガギ……」

 切歌の言葉に、全員が一斉に振り向いた。

「何か思い当たる節があるようだな?」

「怪獣が原因なら、ガギが使われてるかもしれないデス。ガギは、強力なバリアを張って、その中で繁殖活動をする習性があるデスよ……」

「なるほどな。よし、アーカイブを開け!ガギのデータを集めろ!」

 キャロルの指示で、次から次へとガギのデータが集められていく。そして、そのバリヤーを破壊する条件が次々とリストアップされていく。

(調……)

 ガギがどういう怪獣かよく知っている切歌は、ただ調の無事だけを祈っていた。

 

 

 調とセレナは、バルキー星人ジークと遭遇し、逃げている最中だった。

(こんな時にLiNKERを忘れるなんて……)

 調はLiNKERを忘れた自分を恨んだ。ジークは、いきなり調を引き渡せば穏便にこの場を済ませると言ってきたのだ。調はどうして自分が狙われているのかはわからなかったが、セレナはそれを知っているようで、すぐに調の手を引いて走り出した。

「セレナ、一つ聞いていい?」

「なんですか?」

 ジークが追ってこないことを確認した時、調は口を開いた。セレナはシンフォギアを首から下げてはいないようだが、、いつ襲われてもいいように備えているようだった。

「どうして、私が狙われるの?」

「もしかして、知らないんですか?」

 調の質問に対して、セレナは意外そうな顔をした。むしろ、知っていることが当然ともいえるような顔だ。

「いいですか?月読さんは、レイオニクス……最強の怪獣使いの素質があることが分かったんです。だから、あなたがいるといないとでは、戦力に大きな違いが生まれてしまうんですよ」

 調はそれを聞いて、一つ合点がいった。敵に捕らわれたあの日、調が切歌の怪獣を強化できたのは、それが理由だったのだと。

「もしかしたら、ですけど暁さんはキャロルさんからあなたを守りたかったんだと思いますよ」

 セレナは軽く笑って見せた。調はそれを聞いて、なんとなく合点がいった。切歌に不要な心配をかけてしまったこと謝らなければならない。その上、これからの事について話し合わなくてはならないのかもしれないと思った。

「見つけたぜ」

 ほんの一瞬、油断した時、ジークに見つかった。セレナ達は急いで物影から出て、ジークと距離を離す。しかし、それを阻むかのように透明な壁に激突した。

「探すのに苦労したが、ガギのスパークドールが見つかってよかったぜ。ターゲットを逃がさずに済むからなあ」

 それと同時に、地面が大きく揺れ、2体の怪獣が現れた。1体は、長い触手を持った怪獣、そしてもう1体は以前、切歌に倒されたはずのガルベロスだった。

「スズチェンコがな、最後の最後で幻を使わせて、地下に逃がしてたんだ。頼れる仲間だろ?」

 絶体絶命の危機だった。セレナが怪獣を召喚できるかは不明な上に、調はシステムからして違うので怪獣の召喚は絶望的である。セレナが怪獣を召喚できても、2対1では多勢に無勢で押し切られてしまうかもしれない。

 緊張からか、自然と鼓動が早くなり、体が熱くなってくる。それに合わせ、息も上がっていき、立ちくらみに襲われる。

(私にも、怪獣がいれば……!)

 朦朧とした意識の中から、調の意思に応えるかのように『何か』がせり出してくる。初めて知るような、でもどこかで知っているような感覚。調はそれに手を伸ばし、『何か』をつかみ取った。

『BATTLENIZER MONSROAD』

 その音声とともに調の意識が明瞭になり、『何か』の正体が分かった。ガルベロスを撃退した時に調の手元に現れた白い機械、それが『何か』の正体だった。

 バトルナイザーが開いて、一枚のカードが飛び出した。調はそれを手に取ってバトルナイザーに読み込ませる。すると、バトルナイザーから光が放たれて、一体の怪獣が姿を現した。

 その怪獣は登場と同時に冷気を放ち、調の背後にあった壁を打ち砕いた。

「これが、月読さんの怪獣……」

 宇宙海獣レイキュバス、それが調の召喚した怪獣だった。レイキュバスは両腕の鋭利なハサミで、ガギに切りかかる。

レイキュバスのハサミはガギの触手を切り落とし、背後に迫っていたガルベロスを振り向きざまの冷気ガスで一瞬にして氷漬けにした。

「おいおいマジかよ……」

 2対1という状況なのに、押されている状況を見て、ジークに焦りが見えた。そして追い打ちをかけるかのように、虚空叩き割ってバキシムが現れた。

「セレナ!大丈夫!?」

 クリスを抱え、アガートラームを纏ったマリアがやってきた。

「うん。一応、大丈夫だけど、月読さんが怪獣を召喚できたおかげで」

「じゃあ、あれが調の怪獣なのね?」

 レイキュバスを指したマリアの問いに、セレナは無言で答えた。クリスは今までのメンバーの怪獣とは毛色が違うので、戸惑っているようだった。

「ええい!こうなったら、最後の手段だ!」

 ジークは黒いLiNKERのようなものを取り出し、自分に打ち込んだ。すると、ジークの体が巨大化し、レイキュバスとほぼ同じ体格になった。

「魔法の石の力、見せてやるぜ!」

 巨大化したジークは、調たちを見下ろして高らかに宣言した。




S.O.N.G怪獣ファイル
宇宙海獣 レイキュバス
身長:65メートル
体重:7万5千トン 
ステータス
力:★★★☆☆+★
技:★★★★☆+★★
知:★★☆☆☆+★
 調がバトルナイザーで召喚した怪獣。鋭利なハサミ、冷凍ガス、火炎放射といくつも武器を持っており、多種多様な戦術が取れる。
 加えて、バトルナイザーを介しての召喚であるため、若干ステータスが向上している。
 また、敵がウルトラマンのスパークドールズを使用した場合でも、ウルトラ族の弱点である冷気を操れるため、有利に立ち回る事ができる。

装者たちのコメント
調:これが、私の怪獣……。これで切ちゃんの隣に立てる……!
響:調ちゃんはレイキュバスかあ……。ゲームだとコンボが複雑だから、あんまり使わないんだよなあ。切歌ちゃんがタマに使ってるの見るぐらいだし……。


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第11話「レイオニクスの力」

S.O.N.Gデータベース
レイオニクス
 ストルム星人フィーネが人類という概念に仕込んだ呪い。太古の昔に行われたレイオニクスバトルで敗退したフィーネが、レイブラッド星人に会いたい一心で施したものである。
 フィーネは地球上に大量のレイオニクスを覚醒させ、蟲毒の要領で最強のレイオニクスを作り出そうと目論んでいた。
 シンフォギアの派生の一つであるレイオニクスギアとは相性が悪く、バトルナイザーを用いなければ怪獣を召喚、使役ができない。その代わりにシンフォギアと組み合わせることで、レイオニクスギアで召喚された怪獣を強化したりできるという利点がある。
 この世界ではレイオニクスギアを用いるのが一般的な戦い方の為、レイオニクスの有無は戦況を左右する要素になる。


 ボスから貰ったスパークドールの改造が終わり、出撃しようとした時、レギュラン星人トゥエルノは町の異変に気付いた。

 侵攻開始地点を探っていた偵察機がガギと、ガルベロス、そして巨大化したジークを捉えたのだ。

「あいつ!?何やってんだ!?」

 トゥエルノは完成したゼルガノイドのスパークドールズと、実体化用の装置を手に取り、急いで出かける。

「悪い、ジークを止めてくる。後は頼んだぞ」

 ミジー星人スズチェンコに後を任せて、トゥエルノはジークを止めるために出撃した。

 

 

 レイキュバスがガギのバリアを破壊したことで、SONG本部のモニターに今の状況が映し出されていた。

「3対2か。シュルシャガナを回収して一度撤退しろ。怪獣が出せるようになった以上、レイオニクスを失うわけにはいかない」

『はあ!?町は見捨てるのかよ!?今ここで倒さなきゃ被害が出るだけだぜ?』

 命令を聞いて、通信越しでもクリスが戸惑っているのが伝わってくる。

「そうだ。この戦いでレイオニクスは切り札になる。そう簡単に手放してたまるか」

『ふざけんなよ!これじゃ街の人たちがみご―――』

『分かったわ。調を回収して戻るわ』

 クリスの言葉を遮るかのようにマリアが答えた。クリスはキャロルに抗議をしようとしていたが、向こうから通信を切った。

「シュルシャガナを保管する。各自準備を始めろ」

 キャロルは周辺のスタッフに指示を飛ばして、何かを始めた。調がレイオニクスだと発覚した時の出来事が切歌の脳裏をよぎる。

「調を、どうするつもりデスか……?」

「言わなかったか?レイオニクスの持つバトルナイザーは、お前らのシンフォギアとはわけが違う。レイオニクスとして覚醒したなら、貴重な戦力として役立ってもらうまでだ」

 切歌の思った通りだった。調の意思を奪い、自動人形として戦わせる。それがキャロルの狙いだった。以前はまだレイオニクスと判明しただけだったので、キャロルも引き下がったが、今回もそう行くとは限らない。

 切歌は調を守ろうと飛び出していこうとするが、すぐに響に引き留められた。

「切歌ちゃん、どこ行くの?」

「あたしが先に調を捕まえれば、調は戦わされずに済むデス」

「待ってよ!キャロルちゃんだって何か考えがあるはずだよ!話し合えば、きっと……」

「調を兵器としてしか見てない人に、調を任せろっていうんデスか!?」

 切歌の言葉に響は黙ってしまった。当然だ、キャロルの目的を知っているのは切歌だけなのだ。マリアがそれを知っているのかは不明だが、きっとこのまま和解を求めても、キャロルにはどうせ届かない。

「響の言うとおりだよ。調ちゃんの意思も確かめないと……」

「うるさいデス!」

 切歌を説得しようとしていた未来も黙らせ、切歌は指令室を飛び出した。もうだれも信用できない、立ち去る寸前の切歌の目はそう告げていた。

「追うな。すぐにこちらでも迎撃態勢を整える。レッドキング、デマーガで迎撃、追ってきた敵をバキシムで挟み撃ちにする」

 指令室を出ていった切歌を響たちが追おうとしたが、指令室の扉が閉まってロックがかかった。

 キャロルは完全に切歌の事を見捨てるつもりのようで、淡々と作戦の説明を続けている。しかし、装者の中では誰もその説明に耳を傾ける者はいない。

「イガリマの事など放っておけ。後で別の世界から、新しいイガリマを招集すればいい」

「ふざけるな!」

 キャロルの放った一言が、翼の逆鱗に触れた。翼はキャロルの胸ぐらを掴み掛り、そのまま殴りかかろうとして、奏と響に止められた。

「暁は私たちの大切な仲間だ!今までは必要だからと指示に従ってきたが、仲間を侮辱するようなら……!」

「いいのか?この世界のギャラルホルンを動かせるのは俺だけだ。俺をここで切れば、お前たちは帰れなくなるんだぞ?」

 奏や響きに押し止められていたというのもあり、翼はこの場だけは矛を納めた。そして出撃準備をするために指令室を後にしたのだが、翼はキャロルを睨み付け、響は不安そうな顔をしていた。

 これから迎撃作戦に当たるのに、SONGの結束はあまりにもお粗末なものだった。

 

 

 キャロルから通信が来たとき、マリアはクリスから通信機を奪い取り、勝手に撤退するという形で話をつけてしまった。

「おいどうすんだよ!これじゃ街に被害が……」

「ええ。だからよ」

 マリアはクリスの言葉を遮るように答えた。現在、巨大化したジーク、弱体化したガギを相手に、凍結した状態のガルベロスを解凍させないように守りながら戦っている状況だ。何とか2対2の状況に持ち込めているので、それほど苦戦してはいない。

「街の外まで連れ出すのよ。ここじゃ戦いづらいでしょ?」

 マリアの指摘はもっともだった。2人は苦戦をしているわけではない。だが、町への被害が気になってイマイチ勝負を決めることができない。

「なるほどな……。おい!作戦変更だ!」

 クリスは調に作戦の内容を伝えて、レイキュバスを引っ込めた。クリスは氷漬けのガルベロスを撃破して、スパークドールを回収した。

「あら?調はシンフォギアで怪獣を出してたんじゃないの?」

「うん。私はちょっと特別だから、ギアは使わないの」

 マリアは懐から、2本目のLiNKERを取り出して調に渡した。

「予備のLiNKERよ。セレナはギアを持ってないみたいだし、疲れるかもしれないけど、セレナを担いでくれる?」

「うん、わかった」

 調は渡されたLiNKERを使い、シュルシャガナを纏う。マリアもクリスを担いで移動する。ジークはガルベロスのスパークドールを奪われたとみると、予想通りにマリア達を追ってきた。

 マリアたちは市街地を抜けて、SONG本部の方角へと向かう。機動力の高い調は、先行してセレナを比較的安全な場所で降ろした。

「それじゃ、行ってくるね」

「はい、頑張ってください」

 調はセレナと別れると、すぐにマリアたちの方へと向かおうとしたが、調の背後から一体の怪獣が追ってくるジーク達に向かっていった。

「切ちゃん……?」

 向かっていった怪獣はコッヴだった。コッヴはジーク達を足止めし、ここまでの時間稼ぎをしているようだった。調が戸惑っていると、後ろから装甲車が走ってきて、切歌が降りてきた。

「調!一緒に来るデス!」

 装甲車から降りてきた切歌は調の手を掴んで、装甲車の中に引きずり込もうとしたが、調は慌てて切歌の手を振りほどく。

「いきなりどうしたの!?」

「キャロルはもう信用できないデス。戻ったら何されるかわからないデスよ」

「でも、マリアたちを放っておけないし」

 調はバトルナイザーを構えて、立ち向かおうとする。切歌は舌打ちをして、調からバトルナイザーを奪い取り、調の腕を強く掴んだ。

「ダメデス!調はあたしと来るデスよ!」

「でも、クリス先輩だけじゃ2対1は……」

 間もなくして、クリスのバキシムが現れて、コッヴと共にジーク達と交戦を始めた。そして合流しないのを不審に思ったのか、マリアがこちらに向かってきた。

「切歌!?こんなところで何やってるの?」

 マリアは切歌に駆け寄り、問いただそうとするが、切歌は黙って装甲車に調を引きずり込む形で乗り込んだ。同時に交戦していたコッヴも消えて、調を乗せたまま装甲車は走り去っていった。

「ちょっと待ちなさい切歌!一体どうしちゃったの!ねえ!」

 マリアの言葉も聞かず、装甲車は走り出した。装甲車の中は完全に密閉されており、窓越しにマリアが叫んでいるのが見える。

「切ちゃん!なにやってるの!引き返して!」

 切歌は黙り込んだままパネルを操作しており、この装甲車の行先を決めているようだった。

 調は必死に扉を開けようとするが、厳重にロックがかかっており、びくともしない。外に出ようと必死に扉をたたいて外に出ようとするが、扉が動くことはない。

「ねえ切ちゃん!どうしちゃったの!?マリアたちが心配して―――」

「うるさいデス」

 調の言葉を遮るように切歌が調を引き倒した。さらに、調の首に枷をはめて装甲車の柱に括り付けた。

「調は黙ってあたしに従ってればいいデスよ」

 恐怖に囚われた切歌の手には黒く濁ったLiNKERが握られていた。

 

 

 切歌に逃げられたマリアはすぐに通信機を取り出して、キャロルに回線を繋ぐ。

「キャロル!どういうことなの!切歌が乗ってる装甲車はだれが運転してるの!?」

「はぁ!?待ってろ……。クソっやられた……。この世界の立花響だ。あいつの仲間がイガリマの脱走に手を貸したようだ……。その装甲車も奴らがあらかじめ用意してたものだ」

「なんですって!?この世界にも響がいるの!?」

S.O.N.G(こちら)側ではないがな。話はあとだ。お前はさっさと敵を仕留めろ!」

 キャロルの断片的な話を聞いて、マリアは一つの疑問が浮かぶ。この世界で響の代わりにルナアタック事件やフロンティア事変を解決したのは一体誰なのか、と。

 当たり前の光景すぎて気が付かなかったし、誰も指摘しなかったが、この世界の月はマリアたちのいる世界と同じく欠けていたのだ。ならば、フィーネによるルナアタック事件は起こっている上に、それを原因とするフロンティア事変も起こっているはずなのだ。

 詳しい話はキャロルから聞くことにして、マリアはセレナを探して走り出す。調がセレナを逃がす前に切歌に連れ去られたとしたら、セレナは安全な場所へ避難できていないのかもしれない。シンフォギアを持っていないセレナがこんな所にいるのは危ない。

(セレナ、どこなの……?)

 マリアは心配になってセレナに通信をしているが、セレナからの応答はない。周囲のがれきの山を掘り返し、セレナがいないか探すが見つからない。

(いた……!)

 少し離れた地点で、セレナの姿が見えた。まだ辛うじて建物の残骸が残っている場所で、そこの影に隠れているようだった。

 だがどこか落ち着きがなく、周囲の様子をうかがっているようだった。マリアは不審に思い、姿を隠してセレナを見守る。

 セレナの手にペンダントが握られている様子はないし、身に着けているようにも見えない。セレナはゆっくりと胸に手を当てて、深呼吸をした。

『B――― ――― g――― tron』

(え……?)

 セレナの聖詠は明らかにアガートラームのものではなかった。直後、セレナが光となってクリスたちが戦っている方へと向かう。

 そして光となったセレナは、一体の怪獣を形作る。響たちも知らないと言っていたが、何故かS.O.N.Gのデータベースに情報があった怪獣。キングジョーブラックカスタム、それがセレナが変身した怪獣の名前だった。

 キングジョーはバルキー星人に掴みかかると、その怪力でもって投げ飛ばした。そして次に片腕をランチャーに変形させて、バルキー星人を狙い撃つ。

 バルキー星人も負けじと武器を召喚し、手甲で銃撃を防いだ。バルキー星人の手甲からの大鋸が飛び出し、キングジョーに切りかかった。キングジョーはそれをガードすることなく体で受け止め、機体から火花が飛び散る。キングジョーはそのまま鋸の根元を掴み、力任せに引きちぎった。

 キングジョーはそこから追撃をしようと構えたが、急によろけ始め、脱力したかのようにフラフラとし始めた。少しでもバルキー星人から距離を取ろうと突然戦線を離脱し始め、そのまま倒れ込むようにして消滅してしまった。

 同じく戦っていたクリスのバキシムは、突然の乱入者に何もできず終始見守ることしかできなかった。

(セレナ……)

 あのキングジョーが本当にセレナが変身したものなのなら、あの様子ではすぐにでも助けに行かなければならない。マリアはキングジョーが倒れた方向へと駆け出した。

 

 

 レギュラン星人トゥエルノがジークの戦いを見ながら焦りを感じていた。ムザンX。ムザン星で採掘される魔石を加工した身体強化用の薬品である。組織に属する者であれば、ほぼ全員に支給されているものだ。

 しかしトゥエルノのような末端のメンバーに渡されるのは、質の悪いものばかりで命の保証すらない。トゥエルノ達にとって、ムザンXというのは文字通り最期の手段なのだ。

 ジークには絶対に使うなと釘を刺していたのに、彼はムザンXを使ってしまった。そして追い打ちをかけるように、以前ユメノカタマリを撃破した黒いキングジョーまで現れたのだ。もうなりふり構っている余裕などない。

「ジークの馬鹿野郎……。あれほど使うなって言ってたのに……!」

 トゥエルノはゼルガノイドのスパークドールを取り出して、ボスから貰ったダミースパークを使おうと構える。

「待ってろ、すぐに助けに行ってやるからな!」

 ゼルガノイドのスパークドールを使おうとしたその瞬間、トゥエルノの体を巨大な刃が貫いた。トゥエルノは何が起こったのか理解できずにその場に崩れ落ち、ゼルガノイドのスパークドールも、ダミースパークもその場に落ちた。

「そして、背後からの不意打ちに気づけなかったというワケダ」

 その人物はゼルガノイドのスパークドールを拾い上げて、うんざりしたようなセリフを吐いた。

「こちらプレラーティ。対象の始末を完了した、回収を要求するワケダ」

 トゥエルノは最後の力を振り絞って、ゼルガノイドのスパークドールを取り返そうとプレラーティに襲い掛かるが、その肩に担いでいた巨大なけん玉を振り回して叩き伏せた。

 プレラーティの背後から、潰れたような音がして、それ以後トゥエルノが抵抗してくることはなかった。

「了解、回収ポイントに向かう」

 プレラーティはファウストローブを解除して、カエルのポシェットの中にスパークドールをしまった。

「プレラーティ、ご苦労だった」

 回収ポイントへ向かう道中、同じ命を受けていたサンジェルマンと合流した。今回の任務は、不審な動きがみられたトゥエルノの監視と、S.O.N.Gの援護だった。

「カリオストロは?」

「別件ですでに出動している。S.O.N.Gから脱走した装者の護衛だそうだ」

「無限へのパスポートに騙されたな。結局私たちは体のいいパシリにされたというわけだ」

「そういうな。例え世界が違えども、人類を救うということに変わりはない。報酬だって悪くない」

「その通りなわけだが……」

 プレラーティは本来の目的から外れたこの仕事には多少の不満を感じてはいた。しかし、自分の石では帰れないので今は彼女の雇い主に従うしかない。

 街はずれの回収ポイントに到着すると、一台のヘリが下りてきた。そこには彼女の雇い主も乗っていた。

「お疲れ~。何か収穫あった?」

「敵がこれを持っていた。やっぱり何かあったわけだ」

 プレラーティは回収したスパークドールを雇い主に投げ渡す。

「うへぇ。なにこれ。ゼルガノイドっぽいけど、素体はダイナかぁ。後で直さないと……。じゃ、私は小夜(サヨ)に会ってくるから、じゃあね!」

 雇い主と入れ替わりになるようにして、プレラーティ達はヘリに乗り込む。

「あれがこの世界の立花ヒビキか。やはり聞いていた話とは違うな」

「それだけ、妹の存在が大きいというワケダ」

 彼女たちを雇い、何かを企んでいるこの世界の立花響と、その妹小夜。プレラーティ達は会ったことはないが、ヒビキが彼女のために行動しているのは間違いない。

 S.O.N.Gから要注意団体と目されている最悪のシンフォギア装者、それがこの世界の立花ヒビキという少女だった。




S.O.N.G怪獣図鑑
 キングジョーブラックカスタム
身長:55メートル
体重:5万トン
ステータス
力:★★★★★
技:★★★☆☆
知:☆☆☆☆☆

 セレナが変身した怪獣。外見こそキングジョーブラックと大きな違いはないが、唯一、片腕の武器がペダニウムランチャーだけではなく、ペダニウムランサーや素手から一種を選択するという違いがある。ただし、好き放題に付けられるというわけではなく、素手とどちらか一方しか使用できない。
 変身者であるセレナが万全の体調ではないので活動時間こそ短いが、経験豊富なのでその戦闘力は群を抜いて高い。

装者たちのコメント
マリア:セレナ、あなたは一体、何者なの……?本当に私の知ってるセレナなの?


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第12話「怪獣三重奏」

S.O.N.G人事ファイル
立花 小夜

年齢:16歳
誕生日:7月17日
血液型:AB型

 この世界の響の妹。リディアン学院高等部1年生。
 立花洸の連れ子だったとされており、それ故にヒビキの義妹にあたる。妾の子と冷たく扱われた為、彼女自身は非常に気弱な性格に成長してしまった。
 昔から自分を守ってくれた、義姉であるヒビキの存在が彼女の心の支えとなっている。
 かつて事故に遭った際、外科医だったこの世界の櫻井了子に救われた経験から、医者を志していた。
 特異災害対策機動部二課にも[編集済]として加入しており、ルナ・アタック事件、フロンティア事変の対処に尽力した。
 その為、『天羽奏の遺志を継がなかった響』と解釈することもできる。


(逃げなきゃ……)

 セレナは朦朧とする意識の中、建物の陰に隠れながら少しでも遠くに行こうとしていた。

 キングジョーに変身した時、誰にも見られない場所で変身したつもりだったが、肝心なところでマリアに見られてしまった。今の状態の自分をマリアに見せるわけにはいかない。見られてしまえば、きっと知られてしまうだろう。マリアにだけは絶対に知られたくなかった自分の正体が。

 セレナはポケットに忍ばせていた薬を打って、意識を持たせる。これで多少はマシになるだろう。

 既に左半身の感覚はなく、走ることすらままならない。ここで一息でもついて、症状が治まるのを待った方が賢明な判断ではある。しかしこの場所がマリアに見つからないという保証はない。少しでも遠くに、少しでも目立たない場所に逃げなければならない。

 セレナは、マリアに自分の素性を知られるわけにはいかなかった。その為には『マリアの妹』を演じ続けなければいけないのだ。他はいくらでも誤魔化しが利くが、今の自分の姿を見られれば、確実に自分がマリアの知っているセレナではない、と看破されてしまう。

 少しでも遠くを目指して歩き続ける。絶対に捕まってはいけない。その思いだけがセレナを突き動かしていた。

 

 

 コッヴ、謎のロボットの介入で、クリスの戦況は少しだけ有利になっていた。しかしそれらがいなくなった今、バキシムとバルキー星人の1対1で決着をつけなければならない。

 バルキー星人はロボットの介入以後、こちらの増援を警戒しているのか、アーマーを召喚してこちらを全力で叩き潰すつもりのようだった。

 アーマーを纏ったバルキー星人は、脚部の車輪を展開して一気にバキシムとの距離を詰める。バキシムはバルカン連射で迎撃するが、いともたやすく回避されてしまう。

 バルキー星人は破壊されていない方の腕からチェーンソーを展開し、バキシムに襲い掛かる。バキシムは体をズラして急所を避けるが、その代償として左腕が吹き飛んだ。

 断面から光の粒子を放出しながら、バキシムが苦悶の声を上げた。バキシムは最後の悪あがきとして、頭の角を発射するが、それがバルキー星人の装甲を貫くことはなかった。

 バキシムはバルカンで抵抗をつづけたが、結局それが届くことはなく、バルキー星人によって無残にバラバラにされて消滅してしまった。

 クリス再度召喚を試みたが、何故か聖詠が出ない。召喚できるはずのバキシムが先ほど倒されてしまったので、当然と言えば当然の顛末だ。

(クソ、ここまでかよ……)

 バルキー星人はクリスを見つけるや否や、クリスめがけて拳を振り下ろした。

 覚悟はしてきたつもりだった。戦場に立つ以上、必ず生還できるとは限らない。ましてやこんな非常識な世界での生還率なぞたかがしれいている。

 主戦力となる怪獣が召喚できなくなった以上、このまま敵に潰されて死ぬのがオチだ。クリスは誰にも看取られる事なく無様に死ぬ自分を笑った。

「クリスちゃん!」

 バルキー星人がクリスを潰そうとした時、レッドキングがバルキー星人を殴り飛ばした。それに合わせてヘリが降りてきて、響と翼が降りてきた。

「ごめんね、ちょっと遅れちゃった。あれ?クリスちゃん泣いてる?」

「う、うるせえ!」

 クリスはこぼれそうになっていた涙を拭いて、改めて戦況を確認する。レッドキングはバルキー星人に掴みかかり、残っていた方のチェーンソーを引きちぎっていた。

 装備が破壊されたことで優勢になると思われたが、バルキー星人は破壊された装備を捨てた。身軽になったバルキー星人はスピード勝負に出て、レッドキングに襲いかかる。

「嘘!?バルキー星人ってこんな強かったっけ……?」

 響は余裕そうに言うが、その表情は戸惑いと焦りが隠しきれておらず、怪獣の操作に集中しているのがすぐにわかる。

 対するバルキー星人はこちらが不利だと知っているのか、レッドキングの急所を的確に突きながらシャドーボクシングをするなどして完全にこちらを挑発していた。

 響は一撃でも多く攻撃を叩き込もうとバルキー星人に近づくも、それが余計な隙を作ってしまう。響が攻撃しようとする度にレッドキングは追い込まれていた。

「立花、絶唱を使ってみないか?」

 苦戦する響きを見かねたのか、翼が意外過ぎる提案をした。

「絶唱?無茶言うんじゃねえよ!生身で絶唱なんてできるわけないだろ!?」

「いや、立花のギアはあそこにある」

 翼が指さしたのは、レッドキングだった。

「我々が使っているのは、レイオニクス『ギア』なのだろう?ならば、絶唱が使えるのではないか?」

「でもあのバカはもう―――」

「やろう」

 クリスの言葉を遮るように、響が絶唱を使う案に乗った。マリアがいない以上、絶唱のバックファイアを軽減できないのにも関わらず、である。

「このままじゃきっと勝てないよ。だから、やろう」

 一見すると、響の決心は堅いように見える。しかし、マリア抜きでの絶唱という今までにない事態に恐怖も感じているのか、少し手が震えていた。

 クリスはやれやれと思いながら、震えている響の右手をとった。

「しょうがねえ、付き合ってやるよ。後で奢りだからな?」

 一度決心を決めた響は言ってきかない。ならば、クリスにできることは響の背中を押す事だけだ。

「クリスちゃん!」

「決まったようだな。見せてやろう、私たちの誓いのフォーメーションを」

「翼さん!」

 クリスと翼がギアを纏い、3人はS2CAの準備を整える。信頼できる仲間と繋がったお陰で、響の顔から不安はなくなっていた。

「2人の力、お借りします!セット!ハーモニクス!レイオニックバースト!」

『Gatrandis babel ziggurat edenal』

『Emustolronzen fine el baral zizzl』

『Gatrandis babel ziggurat edenal』

『Emustolronzen fine el zizzl』

 3人分の絶唱が響に集中する。絶唱自体の発動は成功した。だがやはり生身で絶唱の力に耐えるのは辛く、響の顔が苦悶の色で染まる。

 だが響は折れることなく溢れ出る力に抗う。そして、胸のペンダントから一条の光が放たれ、苦戦していたレッドキングに注がれた。

 すべての力がレッドキングに注がれると、レッドキングの体が黒く染まった。そして溶岩のように赤い光を発しながら胎動していた。両腕も肥大化し、強化されたレッドキングは大きく雄たけびを上げた。

「やった……!EXレッドキングに進化したよ!」

「ふぅ……つっかれたあ」

 絶唱の膨大なエネルギーをその身に受けた反動で、全員がその場にへたり込む。もうこれ以上戦うことはできない。よって、この戦いのすべてはEXレッドキングに委ねられた。

 EXレッドキングは響の気持ちを代弁するかのようにその両腕を地面に叩きつけた。直後、バルキー星人の足元からマグマが吹き出して地割れに呑まれる。これでは自慢のスピードも意味をなさない。

 EXレッドキングはバルキー星人の頭を殴り飛ばし、バルキー星人の体が打ち上げられる。

拳から炎が噴き出し、EXレッドキングは静かに腰を落として力を込める。そしてバルキー星人の体が落ちてきたところで全力の一撃を叩き込んだ。

 逃げ場のないエネルギーがバルキー星人の体を駆け巡り、体中から炎が噴き出しながら爆発四散した。そしてその衝撃で響達の足元にバルキー星人のスパークドールが落ちてきた。

 バルキー星人ジークを撃破し、レッドキングは光の粒となって消えていった。同時に響はせき込み始め、思わず押さえた手が血に濡れた。

「大丈夫か?立花?」

「はい。何とか」

 響は無事を取り繕うが、顔色から言って明らかに無事ではない。翼はすぐに通信機を取り出してキャロルに連絡を取る。

「こちら翼。敵の撃滅を完了した。回収用のヘリを要請する」

『分かった。詳しい経緯は帰還してから聞こう』

 キャロルは必死に怒りを堪えているようだったが、翼は構わず通信を切った。無理もない。いくら装者は他の世界から補充できるとはいえ、その度に練度がリセットされるのだ。無駄に消耗するわけにはいかない。

 

 

 セレナを追ってきたマリアは、キングジョーが消滅した地点までやってきていた。しかし、肝心のセレナの姿が見えない。

「セレナ!どこなの!?」

 マリアはセレナの姿を探して周囲を探すが、セレナがいたという痕跡が見当たらない。マリアはセレナが行きそうな場所を考える。キングジョーの消え方から言って、セレナはかなり弱っているはずだ。ならば、そう遠くへとはいけないはず。

 周囲を走りながら、セレナの姿を探す。建物の影、中、セレナの影がないかを探すが、全く見当たらない。

 マリアはセレナに会って、どうしてもその正体について聞いておきたかった。どうしてアガートラームを持っていないのか、そもそもセレナは何者なのか。

 周囲を探索するうちに、一軒の廃墟にたどり着いた。趣のある建物で、もしこの建物が使われていたのなら、街のシンボルになっていたかもしれない。中に入ろうとしたとき、マリアの足元にプレートが引っかかった。

「リディアン、学院……?」

 文字の一部が欠けてしまっていて読めなくなっているが、読める文字を拾っていくとそう読めた。ここはリディアン跡地、元の世界でカ・ディンギル跡地とされている場所だったのだ。

 だが、マリアの知っているカ・ディンギル跡地とはかなり違い、建物の一部は残っている上に、肝心のカ・ディンギルが見つからない。

「セレナ-!いるー?」

 マリアは一つ一つ教室を確認していくが、セレナの姿は見えない。職員室があったであろう管理棟は完全に倒壊しており、残っている教室棟も一部が崩れている。いつ崩れるのか分からない以上、事態は一刻も争う。

「マリア姉さん」

 背後から声をかけられて、振り返ると弱弱しい笑顔を浮かべていた。本人は必死に取り繕っているようだが、すぐにでも倒れてしまいそうだ。

「セレナ!大丈夫なの!?」

 マリアが駆け寄ると、セレナはマリアに倒れ込んできた。セレナは自分の力で立とうとするが、うまく力が入らないのか立ち上がることができない。

「騙すようなマネをしてごめんなさい。私はマリア姉さんの知ってる私じゃないかもしれない。でも今は、全部を話すことはできないの。でも、いつか絶対、話すから。待ってて」

 セレナは肩で息をしながら、マリアに告げてきた。マリアもセレナの意思を汲んで、追及するようなことはしなかった。

「別にいいわよ、セレナ。無理をしなくても、世界が違ってもあなたは私の妹なんだから」

 マリアは優しくセレナを抱きしめた。世界が違ってもセレナはセレナに変わりはない。だからこそ、彼女の正体が何であれ、自分だけは味方でいよう。マリアは心にそう誓うのだった。




S.O.N.G
溶岩剛腕獣 EXレッドキング
身長:49メートル
体重:2万4千トン
ステータス
力:★★★★★
技:★★☆☆☆
知:★★★☆☆

 3人の絶唱により響のレッドキングが進化を遂げた姿。大きく発達した両腕が特徴で、力任せに戦うその姿は、偶然か否か暴走時の響と似ている。
 その怪力は地面に亀裂を走らせるほど強力な反面、絶唱のフォニックゲインを調節するマリアと、それを生身で受ける響に多大な負荷がかかっている。その為持続時間は1分と非常に短い。

装者のコメント
響:いやぁ、まさか本当に絶唱で怪獣が進化するなんて思わなかったよ。成せば大抵何とかなるもんだね!
未来:確かに強い怪獣なんだろうけど、でもちょっと怖いかも……。


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第13話「剣VS剣」

立花小夜の自宅で回収された手記
 この世界がこうなってしまったのは、私のせいだ。
 FIS事件の時も、お姉ちゃんのことも、もっと私がしっかりと選択できていればもっといい未来があったのかもしれない。
 キャロルが招集した並行世界の装者はみんないい人だけど、やっぱり素性不明の私を怪しむ人もいる。
 いつかは私が[判読不能]であると辿り着いてしまうのだろう。
 そうなった時、私は……。


 クリスと翼、セレナの3人はS.O.N.G本部から離れて喫茶店で休息をとっていた。

「はぁ~。やってらんねえ。こんなありさまでこれから戦っていけるのか?」

「戦っていくしかないだろう。戦力の増強も難しいのだ。立花の戦線復帰が叶うまでは我々3人で頑張らなくてはな」

 うなだれるクリス、焦る内心を隠そうと必死になっている翼、そして2人の顔色を窺うように飲み物を口にしているセレナと、決してこの場の雰囲気も良いとは言えない。しかし、S.O.N.G本部はそれ以上に緊迫していたのだ。

 切歌と調の脱走や、度重なる響の負傷といった事件が立て続けに起こり、装者の中にも混乱が広がっていた。マリアも何か考え込んでいる様子で、この混乱を解決しようとは見えない。

「えぇっと、我々3人って私も入ってます?」

 2人の顔色を窺っていたセレナが口を開いた。今の今まで2人の前で怪獣戦をやったことがない自分がまさか3人に含まれているとは思いもしなかったのだろう。

「当然だ。こちらのセレナもLiNKERを必要としないのだろう?LiNKERの必要なマリアや奏では戦える時間や回数に制限ができてしまうからな」

「やっぱりそうですよね……。私、怪獣戦って苦手なんですけど、頑張ります……」

 セレナは乾いた笑いを作り、目をそらした。姉のマリアと同じく、彼女も怪獣というものに馴染みがないのかもしれない。そこで翼が特訓を申し出ようとした時、セレナの携帯が鳴った。

「あ、すいません。電話みたいなので、出てきます」

 セレナは足早にその場を去り、翼とクリスだけが残された。

「なあ雪音。セレナの事、どう思う?」

 翼はここにきてやっと言いたい事を言うことができた。セレナの前では言いづらいうえに、あの話の直後にあの戦いがあったので、今の今までこういう話ができずにいた。

「どうって……。確かにまだよそよそしいっつうか、なんか隠してる気がするけど、別にどうも思わねえっつうか……」

 クリスは言葉を濁らせた。クリスの中では、あのセレナはこの世界のセレナであり、それ以上深入りするべきではないと考えていた。

 だが翼は対照的に、セレナの正体が分かってからいろいろと調べていたようで、クリスに端末の画面を見せてきた。

「そうか。私はあれから調べてみたんだが、一つ気になることが見つかった。これを見てくれ。昨年度の二課の職員名簿だ」

 翼が出してきた端末を手に取って確認する。この名簿自体は別に機密事項でも何でもない。クリスたちの世界でも職員ならばいつでも閲覧できるものだ。

 クリスは上から見ていく。翼、響の名前は確認できた。『風鳴調』という気になる名前も載っていたが、マリアと切歌の名前が載っていない。クリスは最後まで見て、何か違和感を感じてもう一度見返す。そして、載っていなければならない人物が載っていないことに気づいた。

「どういうことだよ、これ。セレナの名前が載ってないって……。だって、あいつは3人でチームを組んでたって言ってたじゃねえか」

 セレナの言っていることを信用するならば、二課時代にセレナが所属していないのはおかしい。

「分からない。だが雪音、ここに一つ気になる名前が載っているのだ」

 翼はクリスから端末を取り上げ、その地点を指して再びクリスに渡した。そこには響の名前の上に、『立花小夜』と名前が載っていた。

「立花小夜……?誰だよこれ」

「まだ分からない。立花という名前自体はそう珍しい名前ではないしな。だがこの世界に立花がいる以上、聞いてみなければならないだろう」

 翼は言葉を濁してはいるが、小夜という人物が響の関係者ではないかと疑っているのが態度に出ている。

「もしかして、セレナと組んでいた奴ってこの小夜って奴じゃないのか?」

「だがセレナの話をどこまで信用できる?」

 クリスは思わず黙ってしまった。翼だって、セレナを信じたいはずなのだ。しかし『セレナ』がS.O.N.Gの職員ではないとわかってしまった今、セレナを信じ切れるだけの材料がないのだ。

 2人がこれからどうするか、悩んでいた時に電話を終えたセレナが戻ってきた。

「すいません!ちょっと友達が近くまで来てるそうなので、私はそっちに行きますね!お代は払っておくので、ごゆっくりどうぞ!」

 セレナは慌ただしく戻ってくると、申し訳なさそうにお辞儀をして早歩きで席を去っていった。

「遥かなる友人か。マリアが聞いたら喜ぶかもしれないが、果たして喜んでいいものか……」

「で、これからどうするんだ?確か、3人の装者の内1人が療養中って言ってたが」

 2人で話し込んでいる間に、頼んでいた飲み物は飲み切ってしまった。ここを出るにちょうどいい潮時だ。

「そうだな。他に宛もない。病院に行くしかないだろうな」

 誰が入院しているのかは分からないが、セレナ以外でこの世界の装者から話を聞ければ、有力な情報になるかもしれない。

 幸い、翼やマリアも健康診断や負傷した時にお世話になっている病院が同じ場所に建っていた。もし装者が療養しているとすれば、ここの可能性が一番高い。

 受付でS.O.N.G職員証を見せて、機密事項の伝達という名目で入院している装者を呼び出してもらうように頼んだ。

「すみません、調様でしたら先日退院しておりますが」

 帰ってきたのは、意外な一言だった。ここにいたのは、この世界の調だったのだ。こちらの二課では、セレナと調が装者だったという事しか収穫を得られなかった。

「空振りだったな」

 病院を後にして、クリスと共にうな垂れる。何も収穫がないまま時間を浪費しただけで、新しい情報は何も分からなかった。こちらの世界でも調が装者だったとわかっただけだ。

 病院の玄関を出ると、見覚えのある人物がかき氷を頬張っていた。

「あ、来た来た。ずっと待ってたよ~。すぐ食べ終わるから待ってて」

 その人物は急いでかき氷を口の中にかき込み、頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。彼女は、翼たちが一番知っている人物でありながら、全く別人のようにも見える。

「この世界の立花か」

 翼たちを待っていたのは、この世界のヒビキだった。容姿こそ翼達の響と同じだが、じゃかん雰囲気が大人びている。

「そう。私がこっちの立花響。よろしくね」

ヒビキは軽く笑顔をこちらに向けた後、体をほぐし始めた。単に挨拶しに来ただけではないのが見て取れる。

「それで、お前はあたしらが無駄足を踏むのを高みの見物しに来たのか?」

「え?違う違う。探してたんだよ。並行世界の翼さんって強いのかなあって。気になるでしょ?」

 ヒビキはポケットからペンダントを取り出して、翼たちに見せた。手合わせをしてほしい、という意思表示に見える。

「分かった。だがここでは被害が出る。場所を変えよう」

「オッケー。じゃついてきて」

 翼たちはヒビキの挑戦を受けて立ち、広い場所に移動した。ヒビキは病院の裏手にある原っぱに翼たちを案内した。病院の影が3人を包み込み、緊張が走る。

「ここならいいでしょ?」

「ああ、十分だ」

 翼もペンダントを取り出し、両者ともにシンフォギアを纏う。

『『Imyuteus amenohabakiri tron 』』

 シンフォギアが展開され、翼はおろか見ていたクリスも驚いた。なぜなら、ヒビキのギアはガングニールではなく、翼の天羽々斬と寸分違わず同じものだったのだから。

「天羽々斬、だと!?」

 翼が驚いたその隙にヒビキは一直線に翼に切りかかってきた。翼は反射的に刃を受け止め、ヒビキを押し返す。今の太刀筋に迷いはない。当たっていれば致命傷は免れなかっただろう。

「貴様、ガングニールではないのか?!」

「へえ、そっちの私はガングニールなんだ」

 再びヒビキが向かってくる。翼はヒビキの刃をいなしてヒビキに一太刀浴びせようとするが、突如飛んできた蹴りがそれを阻む。

「マリアさんが使ってたガングニールは回収してきたけどさ、これ使いづらいんだよね。火力は出るけど、アームドギアが私のスタイルに合ってないんだよね!」

 翼とヒビキの刃が交わる。一見すると拮抗しているように見えるが、翼が若干押されていた。ヒビキの刃は突きを軸に確実に急所を狙ってくる上に、隙を見せたかと思えば、彼女のリーチまで誘導されている。

 ヒビキの剣は大振りで、それをカバーするかのように蹴りが飛んでくるのでこちらの攻撃を許さない。まさに攻防一体の剣だった。

「殺すための剣、か……」

 ヒビキを見たときからずっと感じていた違和感。それがハッキリとわかった。殺気だ。この世界のヒビキは他人を殺める為に剣をとっている。

「殺すための剣?当たり前じゃん。剣は人を斬るもの。むしろ人を殺す覚悟ができてないなら、剣をとる資格はないと思うんだよね」

 翼がどこから攻め込もうかと思案していた時、少しだけヒビキの攻め手が緩んだ。一瞬だけヒビキは独特な構えをした後、翼の心臓めがけて突きを繰り出した。

 咄嗟に刃を防ぐ。しかしどういうわけか、肩を何かが掠めて斬られた上に、ヒビキの刃が喉に突き付けられていた。

「守るための剣なんて方便。剣も弓も槍も、元々は人を殺す道具なんだからさ、殺すつもりで振るわないと」

 口調こそ普段のヒビキに似せていたが、これが彼女の本性だった。最初から、翼を殺すつもりだったのだ。ヒビキは翼の剣を蹴り上げ、鳩尾を蹴り上げる。さらにもう片方の足で翼の体を蹴り飛ばした。

「まさか、知り合いと同じ顔が切れないなんて情けないこと言わないよね?イグナイトだっけ?あれ使ってもいいからさ、本気で来なよ」

 ヒビキは翼の剣を取り、ゆっくりと翼に向かってくる。翼も起き上がりヒビキへ向けて逆羅刹を放つが、あっさり受け止められ、逆に翼の体が投げ飛ばされた。

「がっかり。何を守って、何を壊すのか。そんなこともハッキリと決められないなんて、装者失格だよ」

『Balwisyall Nescell gungnir tron 』

 ヒビキは新しくペンダントを取り出して、聖詠を唱えた。黒い怪獣が召喚され、ゆっくりとS.O.N.G本部めがけて歩き出した。

「このハイパーゼットンでギャラルホルンだっけ?取りに行ってあげるから、今すぐ元の世界に帰りなよ。この世界の事はこの世界の私たちに任せてさ」

 ハイパーゼットンはゆっくりとS.O.N.G方面へと歩いていく。クリスはバキシムを召喚して追撃しようとしたが、聖詠が紡げない。

(やっぱりダメか……。なら!)

『Killter Ichaival tron』

 クリスは通常通りにシンフォギアを展開し、ガトリングでヒビキがいる辺りを乱射する。だが聖詠を紡いだ時点でヒビキに行動が読まれており、クリスに肉薄していた。

 咄嗟にミサイルでヒビキを吹き飛ばそうとするも、ヒビキに腕を掴まれて銃を叩き落とされた。クリスは体を逸らしてヒビキの剣を避けたが、それでも胸元をわずかに掠めた。

「狙いが単純なんだよ!」

 クリスはコンテナから拳銃を取り出して、ヒビキを狙う。流石にヒビキもそれを想定していなかったらしく。一瞬だけ動きが止まった。その隙に付け込んでヒビキを取り押さえるが、ヒビキは寝技の要領でクリスを投げ飛ばした。

「そっちのイチイバルは芸達者なんだね。こっちのシラベちゃんにも見せてあげたいや」

 ヒビキは剣を構えなおして、クリスに再び突撃しようとしたが背後から、ハイパーゼットンが倒れ込んできた。その衝撃で突風が吹き荒れ、ヒビキの構えが崩れた。クリスはその隙に翼の所へ駆け寄り、少し離れた場所に移動させた。

 ハイパーゼットンが倒れてきた方向では、黒いキングジョーが今にも倒れそうなフラフラの状態で立っていた。

「小夜?どうして……」

 黒いキングジョーの乱入で、ヒビキの態度が一変した。先ほどまでの態度は鳴りを潜め、動揺が明らかに表に出ている。

 ハイパーゼットンは起き上がって、キングジョーに火球を放つが、キングジョーはそれを避けずに逆に殴り返した。ハイパーゼットンはキングジョーを止めるために両腕のハサミで攻撃をするが、キングジョーはどれも避けることも防御することもしない。両肩の装甲がえぐれるも、キングジョーはお構いなしと言わんばかりにハイパーゼットンにつかみかかる。

「……しょうがない。今日は見逃してあげる。次会った時は本気出してよ」

 ヒビキはハイパーゼットンを退却させると、錬金術師が使っているものと同じ、転移用の小瓶を取り出した。

「そうそう、一つ教えといてあげる。小夜はね、私の妹なんだ。会った時はよろしく伝えてね」

 ヒビキは最後にそう言い残すと、足元に魔法陣を展開してその中へ消えていった。キングジョーの乱入で、完全敗北ということに変わりはなかった。

「大丈夫か?センパイ」

「ああ、なんとかな」

 翼は肩が切られたのと、全身を強く打った程度でそこまで重症ではないようだった。

「ああ。なんとかな」

 翼は強がっては見せているが、それでもダメージが響いているようだった。

「雪音、私はすぐにでも動けるようになる。早く小夜を追え。今なら間に合うかもしれん。彼女なら、セレナの正体を知っているはずなんだ」

「分かった、すぐ戻ってくるからな」

 クリスはすぐにでも翼の手当てをしたかったが、彼女の気持ちを汲んで小夜を追いかける。キングジョーの消えたであろうおおよその地点へと向かう。

 キングジョーが消えた場所に到着すると、既に人影はなかった。周囲にどこか人影がないかと探し回るが、姿はおろか気配すら感じない。

「逃げられたか……ん?」

 クリスは足元にLiNKERを注入する注射器が落ちていた。拾い上げてみても、特別に何かがついているわけではない。至って普通のものだ。

 負傷した翼をあまり放置できないと判断し、クリスは舌打ちをして翼の元へと戻った。ちょうど病院の裏手だったのが幸いして、すぐに手当てを受けることができた。

 

 

 翼はのケガは大事に至っているものではなかった。傷自体は浅く、数日で動けるようになるらしい。本部に帰るなりキャロルには文句を言われたが、2人はそこまで気にしていなかった。

「結局、無駄足に終わったな。新しく分かったことと言えば、この世界の立花に妹がいる事ぐらいだろう」

 クリスは一瞬、小さい響がじゃれついてくる様を想像する。ただでさえうるさい響が、2人に増えて構ってくると思うとぞっとした。

「そういや、あのキングジョーを見た時、小夜ってあのバカが言ったんだよな。ってことはやっぱりあいつら姉妹で装者ってことになるけど、それだと……」

「ああ。セレナの話と合わない。もしかしたらこの世界は、『セレナがフィーネとして武装ほう起した世界』なのかもしれないな」

「じゃあなんであいつはあんな嘘を?」

「私たちに、フィーネだった頃の自分を知られたくなかったのかもしれないな」

 翼の話が本当なら、セレナの話と名簿との矛盾がなくなる。

 二課に所属していたのが響と妹の小夜、調の3人で、F.I.Sの装者がフィーネの魂を宿したセレナと姉のマリアと切歌かクリスの3人であったのなら、翼たちと同じようなフロンティア事変を経験した世界として成立する。

「後はこの世界の月読か、立花の妹に会うことができればすべてが明らかになるだろう」

「まあ、あたしらは結局は部外者なんだ。あんま深入りするのもどうかと思うぜ」

「そうだな。私もこれ以上分からないようなら手を退くさ」

 時間も遅くなってきたので、クリスは翼と別れて自分の寝室へと向かう。

 切歌の脱走、響の妹小夜の存在、天羽々斬を纏ったヒビキの襲撃と色んなことが立て続けに起こったせいで、クリスは混乱のあまり行き場のないイラ立ちを感じていた。

 

 

 みんなが寝静まったころ、S.O.N.G指令室にとある人物が訪れていた。

「やっと帰ったか。遅かったじゃないか」

 一人で切歌の行方を捜索していたキャロルは、振り返らずその人物を察知した。この状況で入ってくる人間は一人しかいない。

「すまない。響の襲撃にあってな。イチイバルを奪われた。雪音もな」

 本来ならば、彼女は昼間戻ってくるはずだったのだ。並行世界から招集した響たちにも自己紹介をする手はずになっていた。

「小夜を救う、か。まさに暴走する正義だな」

 今までの響の行動を思い返して、キャロルは彼女を1人笑った。結局彼女がやっていることは、完全な独り善がりでしかない。

「並行世界の装者達はどうだ?そちらの望んだとおりになったか?」

「概ねな。イガリマの装者がレイオニクスを連れて脱走した。次はそれの追撃任務が待っている。ほかは戦力としては申し分ない。後は並行世界のお前が、小夜の周りを嗅ぎまわっているぐらいか」

 キャロルは今まで集めた情報を見返して、情報の整理に一区切りがつくと振り返る。

「研修が終わっての初仕事がこんな状況で大丈夫か?俺が指揮を執ってもいいが」

「いや、私が執る。今のS.O.N.Gがこうなってしまったのは、私にも責任の一端があるのだからな」

 キャロルは特別反論することなく、作業に戻った。彼女こそ、この世界における3代目二課司令官にして、S.O.N.Gの初代司令官、風鳴ツバサだった。




S.O.N.G人事ファイル
立花ヒビキ
 17歳
 並行世界側の立花響。S.O.N.Gの前身である特異災害対策機動部に天羽々斬の装者として所属していた。
 F.I.S蜂起事件の後に失踪し、S.O.N.G結成直後に起きた『深淵の竜宮襲撃事件』gaにてS.O.N.Gの敵として姿を現した。
 現在はヤントラ・サルヴァスパをはじめとした聖遺物を回収しており、装者のシンフォギアも狙っている。
 宇宙人たちとつながっている可能性も指摘されているが、現在はどちらでもない第三勢力であるとみなされている。
 こちらの世界では義妹の小夜がいたので、ツヴァイウィングのファンにはなっていない。その為ライブ会場の事件も、報道されている以上の事を知らなかった。
 ある意味その在り方は『世界ではなく、響を守る剣となった翼』と言えるかもしれない。


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番外編『その頃の本編世界』&オマケ

S.O.N.G人事ファイル
キャロル・マールス・ディーンハイム
 並行世界における、特別技術顧問。本編世界における、エルフナインの立場を担っている。
 フィーネの死後、新しい異端技術者担当として二課にやってきた。
 本編世界とは異なり、直接二課を操り、万象黙示録の完成させる為にマッチポンプの体制を作ろうと裏で目論んでいた。
 オートスコアラーに指示を出して、魔法少女事変を起こそうとしていた矢先、ヒビキの暴走によりヤントラ・サルヴァスパを奪われてしまう。
 その上宇宙人の侵略を受け、その対処に追われる事になる。まさに踏んだり蹴ったりである。
 本来の指揮官であるツバサが対策会議でS.O.N.Gを離れる事になった為に、一時的に指揮権を任されることになった。
 周りとの軋轢も恐れずに過激な命令を飛ばすのも、万象黙示録を完成させようとする焦りから来るものである。


「失礼しまーす……」

 マリアたちが旅立った後、マリアたちと親しい方のセレナが入れ替わりになるようにして遊び来ていた。しかも今日は、ナスターシャ教授の許しを貰って泊りがけで遊びにこれたのだ。

「あれ?マリア姉さんたちは任務かな?」

 いつもなら、本部で待機している装者の声が聞こえたりするのだが、今日に限ってはそれすらない。

 セレナが廊下に出て、様子を確認しようとした時、後ろから出てきた人影に突き飛ばされた。セレナはその場に転んでしまい、後ろからやってきた人物に踏まれる格好となる。

「あーついたついた。並行世界の移動って何度やっても馴れないわ」

 踏まれているセレナは必死にもがいて足元にいることを必死に伝えた。向こう側もすぐにセレナを踏んでいることに気づき、足をどかしてくれた。

「あ、ごめんなさい。気づかなかったわ」

 セレナは背中についた汚れを払い落としながら、立ち上がる。そして互いの顔を見て、お互いに驚いた。

「月読さん?」

「小夜?」

「いいえ、私はセレナですけど……」

「私は風鳴って前言ったはずだけど……?」

 セレナに続いて並行世界から渡ってきた人物は、調だった。姿こそセレナの知っている調だが、スーツに身を包み、その手にはキャリーケースが握られている。

「風鳴さん?じゃあ、あなたは他の世界の月読さんですか?」

「ええ、そういうことになるわね。じゃああなたは……ごめんなさい。人違いだったわ。知り合いと似てたから、間違えちゃったわ」

 並行世界の調はどこか悲しげな眼をして、答えた。セレナはその意味が分からなかったが、並行世界の調は自分で納得したようだった。

「それじゃ、自己紹介ね。私は風鳴シラベ。弦十郎の養女なの。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 セレナとシラベは握手を交わす。実際に近づいてみると、身長やスタイルが大きい場所であることに気づいた。

「それじゃ、司令室に用があるから、案内頼めるかしら?」

「ええ。いいですよ」

 シラベは司令室に用事がようで、2人で司令室に向かうことにした。

「それで、小夜さんってどんな人なんです?」

 廊下を歩いていた時、セレナが口を開いた。シラベはそれを聞いて、どこか回答に困ったようで、少し考えこんでから口を開いた。

「そうねぇ……。あなたに似て、前向きで明るい娘、かな。ちょっと不安な所もあるけど、割と雰囲気とか似てるの。本人が見たらきっとビックリするはず」

「へえ。一回会ってみたいですね。私に似てる子かあ」

 セレナは自分に似ているという小夜という人物を想像してみる。自分と気の合う年の近い少女、となれば必然的に心が躍る。

 司令室に到着すると、エルフナインが出迎えてくれた。

「風鳴シラベ、今よりこちらの世界のS.O.N.Gの指揮下に入ります」

「キャロルから話を聞いてます。そうかしこまらなくても大丈夫ですよ。ではこれをどうぞ。この通信機で今後は指示を出しますので、こちらをお持ちください。こちらの世界の情報入手にも使えますので」

 エルフナインはシラベに通信機を渡した。画面には既にホテルの位置や画像が表示されており、シラベは色々と弄って情報を集めていた。

「ありがとう。大事にするわ」

「何かできることがあれば、言って下されば私が力になります」

「そう。じゃあ、トレーニングルームを貸してほしいのよね。わたしも病み上がりだから、ギアの調整をしたくって」

「分かりました。すぐ手配しますね」

 エルフナインは慣れた手つきで各所に指示を飛ばして、準備を始めた。そして準備ができると、シラベはエルフナインに礼を告げて、セレナをと共にトレーニングルームへと向かった。

「えっと、私は何をすれば……」

『Rei shen shou jing rei zizzl』

 シラベは突然聖詠を唱えて、シンフォギアを纏う。シラベのギアは神獣鏡であり、未来と比べると軽装で、忍者のような印象さえ受ける。

「あれ?シュルシャガナじゃないんですね」

「シュル……?あぁ、あの子が使ってたやつね。そうよ、私は神獣鏡の装者なの」

 シラベが指を鳴らすと、トレーニングルームが一斉に衣裳部屋に変化した。セレナが見たことないような服もちらほら見受けられる。

「すごいでしょ?私のギアはこういう風に幻覚を作れるの。あくまで外側だけなんだけどね」

 セレナは見たこともないような服が多くあり、嬉しそうに色々と見て回っている。

「風鳴さんのギアはすごいですね!こんなこともできるなんて!」

「シラベでいいわ。私、あんまり名字で呼ばれるの好きじゃないのよ」

「えぇっと、じゃあ、シラベ……さん!これ、どうするんですか?」

 セレナはぎこちない様子でシラベの名前を呼んだ。

「分からないかしら?じゃあ、これから楽しいことをしましょうか……」

 セレナに詰め寄ってきたシラベは、あからさまに何かを企んでいる顔だった。

「な、なんですかこれ!」

 セレナはシラベにいきなり服を剥かれると、周囲にあった服を次々と着せていった。しかも選ぶ服は、メイド服、サンタ服、水着、ドラゴン風のビキニアーマーとかなりきわどい衣装ばかりだった。

「良いじゃない、似合ってるわ」

 シラベは周囲を瞬間移動しながら、セレナをありとあらゆる角度から写真を撮っている。しかも一枚ではなく、連写で撮っているようで、完全に不審者のそれである。

「良いわ!良いわ!これなら、最高だわ!」

「あの、これ、幻なんですよね?じゃあ、別に私裸じゃなくても……」

「ううん。幻でもね、ちゃんと服を着てるって感覚が欲しいの!あくまで私の想像力を投影してるだけだから、服があると邪魔なのよね」

 シラベは次に服を選んで、セレナに見せる。今度はバニー服を選び、セレナに着せようと迫ってくる。

「大丈夫、サイズはバッチリ分かったから。まあ私はちょっと大きめの方がそそるけど……」

 シラベは顔を赤くしており、息も少し上がっている。明らかに様子がおかしい。

「さあ、大人しくしてね……。すぐ終わるから……」

 セレナはシラベが怖くなって、咄嗟に近くに置いておいたアガートラームを手に取って、聖詠を詠う。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 シンフォギアを纏い、セレナは駆け出す。

「待ってセレナ!さっき着てた服は私のギアで投影した―――」

 シラベが来たという世界ではどうなのか知らないが、ここの構造はセレナの方がよく知っている。シラベから逃げ出すことなど造作もない。

 だが彼女は忘れていた。彼女が今まで着ていた服は、すべて神獣鏡により投影されたものであり、実際には何も着ていなかったということを。

 

 

おまけコーナー シンフォギアNEO DVD&Blu-rayCM風コント

第1話

マリア「最近、切歌がウルトラマンっていうのにハマってるらしいわ。確かウルトラマンって、青い目をした巨人とバルタン星人と戦うSFドラマよね?そんなに人気も出なくて、13話しか制作されてないって聞いたけど?」

響「違いますよマリアさん!本場日本だともっと作られてるんですよ!テレビシリーズだけでこんなにあるんですよ!どれも面白いので、気になったやつから見てくといいと思いますよ!」

マリア「へぇ~。って多すぎよ!こんなの、仕事の合間に全部見るなんて無理よ!響!……あっ最近のシリーズは26話ぐらいなのね。ちょっと見てみようかしら……」

 

第2話

翼「一体何なんだこの世界は?怪獣とやらは映画とかの話だろう?」

調「残念ながら、これは現実みたいです。あんなに大きいのを相手にしなくちゃいけないなんて……」

翼「にしてもどうして私の怪獣はデマーガなんだ?もっと防人らしい怪獣がいた気がするのだが……。そう思わないか?」

調「私に言われても……」

 

第3話

切歌「いいデスか!クリス先輩のは超獣!怪獣より一ランク上の怪獣なんデスよ!」

クリス「へえ。別にどっちでもいいじゃねえか怪獣でも超獣でも。要は敵キャラなんだろ?」

切歌「全然ダメデス!今度クリス先輩の家でAを一緒に見るデスよ!お勉強の時間デス!」

クリス「はいはい……」

 

第4話

マリア「ふぅ。とりあえずエックスまでは見れたわ。子供向け番組って言っても侮れないわね。次は、ウルトラマンオーブってやつね……」

響「クックック……順当にマリアもこちら側に来ているようですなあ」

切歌「このオーブリングで完全に堕としてやるデスよ……」

未来「なんか、2人の笑顔が怖い……」

 

第5話

セレナ「はぁ。こっちにマリア姉さんが来てるらしいけど、どうやって話しかけたらいいんだろう。すごい良い人なのは知ってるけど、私にも心の準備ってものが……。でも大丈夫。へいき、へっちゃらだよね。大丈夫。多分マリア姉さんとも仲良くやっていける。うん。よしまずは電話をして一緒にご飯を食べる約束でも……あれ!?繋がらない!?仕事中なのかなぁ……。やっと勇気出せたのに……。私、呪われてるかも……」

 

第6話

響「ところでさ、調ちゃんが切歌ちゃんに見せてもらったウルトラマンって何だったの?」

調「えぇっと、ネクサス?ってやつだったかな。とにかく怪獣がグロテスクで話もよく分からなかったしであんまりお面白くなかったんですよ」

響「えっ!?」

調「切ちゃんは、この暗いストーリーがあったから、最終回で感動できるんデス!って言ってましたが、私にはまったくその良さがわかりませんでした」

響「あちゃー。今度、もっと分かりやすい奴、一緒に見よう。……初代ウルトラマンがいいかな……。」

 

第7話

キャロル「まったく、どいつもこいつも好き勝手して……。少しは作戦を考える俺の気分にでもなってみろ」

奏「そうかっかしないで。ほら、差し入れ。アメちゃん好きだろ?」

キャロル「お前……。俺を子ども扱いするなといつも言ってるだろ!」

 

第8話

マリア「そういえば、あなたの怪獣デマーガだったわよね?」

翼「あまり防人らしくないから、私は好きではないのだがな」

マリア「大丈夫よ翼!デマーガはツルギデマーガって怪獣に強化されることが最初から決まってた怪獣で撮影で使われたスーツも最初から改造されること前提で設計されてたの。だから落ち込むことはないわ。翼のデマーガももっと防人らしく輝ける日が来るわ!」

翼「マ、マリア。随分と、詳しいんだな……」

マリア「ハッ!?た、たまさかよ……」

 

第9話

クリス「センパイに気おされてアイツの面倒をすることになっちまったが、あたしで大丈夫なのか?こっちの状況全然知らねえんだぞ?一応後輩の面倒を見るのは苦手じゃないが、なんかあたしはああいうのがちょっと苦手なんだよな……。ちょっと買い物にでも誘ってみるか。一緒に出かけりゃなんかわかるだろ!」

 

 

第10話

調「すごい、敵が大きくなった」

セレナ「敵が大きくなるのはてっきり戦隊系の専売特許だと思ってましたけど、そういえばウルトラシリーズでもそういうシーンが結構あったような……?」

調「セレナ、随分詳しいね」

セレナ「た、たまたまですよ!私も勉強用に見てただけですし!」

調「へえ……」

 

第11話

マリア「何が一体どうなってるのよ……。切歌は調をさらってっちゃうし、セレナは怪獣に変身するし……。この世界は本当に何なの!?怪獣動物園なの!?こっちの響にあったら絶対にとっちめてやる。切歌をたぶらかした罪は重いわよ!待ってなさい!絶対にぶっ飛ばしてやるわ!」

 

第12話

響「いやぁ。我ながらよくやったと思うよ。なんとか敵の幹部を一体倒せたんだからね!これで最近蚊帳の外にいる気がする私も、立派に活躍できたと思うよ!」

未来「ねえ響。本当に大丈夫なの?へいき、へっちゃらなんて誤魔化さないでよ?」

響「多分、大丈夫だと思うんだよねえ……。これで入院とかでまた前線から下げられちゃったら、本当に影薄くなっちゃうし……。うん、きっとこれからも活躍すると思うよ!」

第13話

ヒビキ「クックック。このCMは今回から私たち立花姉妹が乗っ取った!」

小夜「ダメだよお姉ちゃん。私たちまだちゃんとした出番貰ってないんだから、もっと他の人たちに遠慮しないと……」

ヒビキ「えー?いいじゃん別に。だって小夜は―――」

小夜「わーっ!わーっ!もう、危ないなぁ……」

 

 




S.O.N.G人事ファイル
風鳴調
 15歳
 並行世界において、レセプターチルドレンにならなかった人間の1人であり、神獣鏡の装者。
 神獣鏡の適性が確認されたことで弦十郎の義理の娘として引き取られた。その為翼の義従妹にあたり、二課にも所属していた。
 幼少期の教育の際に『自分は本家の人間ではない』という負い目を植え付けられたせいで、名字で呼ばれることを嫌う。
 小夜とは寮の部屋が隣同士であり、リディアン入学時からの親友だった。
 色の濃い野菜もしっかり食べているので、本編世界の調と比べて若干発育がいい。
 本編世界と比べた場合『響より先に正式な装者になった未来』に相当する存在。

 当初、天羽々斬の支援兵器として訓練されたので、未来の神獣鏡と異なり攻撃手段をほとんど持たない。
 その反面相手に幻覚を見せたり、空間を歪めたりとかなり強力な支援能力を持つに至った。ルナアタック事件後ギアの限定解除に伴い、自衛手段として鏡の欠片をクナイや手裏剣のように扱う事も可能になった。


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第1章終了時点での、装者と聖遺物の対応表

 第1章も一区切りついたので、並行世界側の装者も増えてきたことですし、それに対する対応表なんかを載せておきます。第2章以降読む前に、情報を整理したい方だけ読んでください。
 ?????になっている所は、必ずしも今後明かされるとは限りません。便宜上埋めている箇所もあります。

 一応、末尾に簡単な情報のまとめを載せておきます。第2章に進む前の情報の整理と思っていただければと思います。


・本編世界陣営

 立花響/ガングニール/レッドキング(EXレッドキング)

 風鳴翼/天羽々斬/デマーガ(?????)

 雪音クリス/イチイバル/バキシム→撃破されたたため現在は無

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ/ガングニール/ブラックキング

               /アガートラーム/?????

 

 天羽奏/ガングニール/エレキング

 小日向未来/神獣鏡(シェンショウジン)/ゼットン

 

・脱走組

 暁切歌/イガリマ/コッヴ(超コッヴ)

 月読調/バトルナイザー/レイキュバス

 

・並行世界陣営

 キャロル・マールス・ディーンハイム/ミーモス/?????

 セレナ/?????/キングジョーブラックカスタム

 風鳴調/神獣鏡(シェンショウジン)/?????

 

・立花陣営

 立花響(並行世界)/天羽々斬/?????

         /ガングニール/ハイパーゼットン(イマーゴ)

・その他

 立花小夜/ガングニール/黒いキングジョー(正式名称不明)

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ(並行世界)/ガングニール/ハイパーゼットン(ギガント)

 暁切歌(並行世界)/シュルシャガナ/?????

 雪音クリス(並行世界)/イチイバル/?????

 風鳴翼(並行世界)/無/無

 

・立花小夜に関する情報

1.NEO世界の立花響の義理の妹である。

2.ガングニールの装者であり、本編世界における立花響に相当する存在。

3.二課がS.O.N.Gに再編された時点では、セレナの代わりに彼女の名前が載っている。

4.現在、どこで何をしているかは不明。

5.親友の調曰く、本編時空のセレナと似ている。

 

・NEO世界のS.O.N.Gに関する情報

1.現在の時点で所属している装者はセレナのみ。

2.並行世界側の装者は確認できているだけでセレナ、響、調、マリア、クリス、小夜、会話でだけ登場したクリス、設定だけ存在する切歌の8人。その内、S.O.N.Gに所属していたのは3人。

3.ルナアタック事件はあったが、カ・ディンギルが建造されていない。

4.何故か小夜に関する情報がすべて伏せられており、本編世界からやってきた装者は小夜について調べることができない。

 

・セレナの謎

1.NEO世界のシンフォギアチームは、自分と2人で計3人と証言。その内訳について明言しなかったが、証言内容から響、調である。

謎→証言の中からマリア、並行世界側の翼の口からクリス、二課時代の名簿から小夜の存在が明らかになり、人数が合わない。

2.響から貰った髪飾りを大事にしている。一緒に写っている幼い頃の写真も残っている。

謎→ヒビキの口から一切セレナの名前が出ていない。彼女の口からは小夜の名前しかでておらず、セレナのセの字も出ていない。また、セレナがヒビキとの写真を隠した理由も不明。

3.表札のスペルミス

謎→ヒビキが間違えた、と本人の談だが今まで何故修正しなかったのか。自分の名前のスペルミスを何故気付けなかったのか。

4.体の異変

謎→キングジョーに変身した後、謎の発熱に襲われている。普段持ち歩いている薬で症状を抑えることができるが、シンフォギア由来の症状を都合よく抑えてくれる薬をどこで手に入れたのか。

5.自分の正体を偽り、未来から来たセレナだと最初は自己紹介していた。

謎→クリス達にわざわざ隠す必要性がない。彼女が嘘をついたせいで、余計な混乱を招いてしまっている。そこまでして隠さなければいけない事情でもあったのか。



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第2章 Sの真実
第14話「小夜を探して」


 あの日の事は今でも覚えている。

「―――、あなたのすべてを賭けてかかってきなさい」

 F.I.Sの野望を食い止めたあの日、マリアと自分は最後の決戦に臨んでいた。彼女らが根城としていた豪華客船の上で、2人の装者がぶつかり合った。掲げた理想のため、課せられた使命のため、どちらかが正しいなど些細な問題だった。

 既にF.I.Sに所属していた者はマリアしか残っておらず、他のメンバーは既に無力化された後だった。どの道、マリアの願いは何も叶うことはなかった。

 そして戦いが終わり、生き残ったのは自分だった。マリアは負けたというのに、すがすがしい表情をしていた。

「強くなったわね―――」

 違う。

「大丈夫よ。あなたは優しくて強い子だもの」

 こんなんじゃない。

「行きなさい。あなたの居場所に」

 自分はこんな結末を望んでいたわけじゃない。

「大丈夫、あなたの生命(いのち)の輝きなら、この先だって……。ほら、泣かないの」

 彼女の胸には深々と槍が突き立てられている。そして自分の手には―――。

 

 

 翼とクリスはいつものように食堂で朝食をとっていた。いつものように食堂でクリスは席を探して、翼と向かいに座った。

「それで、小夜はどう探すんだ?」

「何も手掛かりがないのだ。地道に探すしかないだろう。装者なのだ。どこかしらに情報が載っているはずだ」

 ヒビキの襲撃を受けてからというものの、小夜に関する情報を探していた。しかし結果は芳しいものではなくむしろ、小夜に関する情報だけが綺麗に抜き取られているという奇妙な状況だった。

「どうして小夜の情報だけが載っていないのだろうな」

「そんなにあたしらに知られたくないのかよ。なあ、もしかしてあたしら踏み込んじゃいけないところに来てるんじゃないのか?」

「わからない。だがまだこの世界に装者がいるのなら、暁たちが戻る間だけでもこちらの戦力になってくれれば頼もしいのは確かだ」

「隣、いいかしら?」

「ああ」

 盆を持ってやってきた翼が隣に座り、目の前の翼と会話を続ける。

「あなた達、小夜を探してるらしいわね?」

「そうだけどよ。全然手掛かり無くて、どうしようかと思ってたんだ」

「待て雪音。その隣にいる私は誰だ?」

 クリスはいつもの癖で隣の翼に反応してしまったが、すぐに隣にもう一人の翼が座っていることに気が付いた。

「えぇ!?センパイが2人!?」

「貴様、何者だ!」

 声を荒げた翼に対して、もう一人の翼は特に何もするつもりはなく、そのまま朝食を食べている。

「こちらの響に会ったなら、察しが付くと思うけど?私はこの世界の風鳴ツバサ。あいさつ代わりにと思ってね」

 よく見ると、隣にいるツバサは髪の結い方が違う。クリスたちも怪しい人間ではないと知って、すぐに矛を納めた。最初はびっくりしたが、ここは並行世界。翼が2人いてもおかしなことはないのだ。

「じゃあ、後で指令室で会いましょ。伝えたいことがあるわ」

 ツバサはそれだけ言い残して、去っていった。

「った、なんだったんだ一体……」

「あれがこちらの世界の私なのか。やはり、少し違うな」

 クリスたちも朝食を終えて、司令室へと向かう。こちらのツバサに小夜について調べていることを知られてしまった。果たして彼女が何を考えているのか、そればかりが募ってしまい小夜についての議論は続かなかった。

 指令室へと向かうと、先に到着していた響達がツバサを見て驚いていた。

「揃ったようだな」

 どうやらクリスたちで最後だったようで、キャロルが口を開いた。そして中央のモニターに情報を表示させた。

「昨夜、トゥエルノの死体が見つかった。解剖の結果、こいつは腹の中に通信機を仕込んでいたのが分かった。自分が死んだとき、部下全員に逃げるように自動送信されるように細工がされていた」

 クリスたちからは、おおよその犯人の目星がついた。恐らくは、この世界のヒビキの仕業なのだろうと。天羽々斬を持っている彼女ならば、それができる。

「敵の基地のおおよその場所が分かった。脱走したイガリマは今ミカに探させている。お前たちにはその間、残党狩りに当たってもらう。スズチェンコだけでも捕らえろ」

 キャロルが映し出したのは、ここからほど遠くない雑木林だった。車を使っていけば、すぐに迎える場所だ。

「そして、俺は今回の作戦立案で司令官代理を降りる。作戦の指揮はこいつが執る。俺は元の技術者に戻る。ギアの不調があったら俺の研究室に来い」

 キャロルはツバサを指して指令室を去っていった。

「というわけで、これからは私を執る。こちらの世界のS.O.N.G初代司令官、風鳴ツバサだ。よろしく頼む」

 その一言で、司令室に驚嘆の声が響き渡った。

「こっちの世界だと、翼さんが司令官!?じゃあ師匠は!?」

「あのセンパイが指揮官?大丈夫なのか!?」

「そうかだからこちらの世界の立花が天羽々斬を持っていたのか……」

「まさか翼が指揮官だなんて意外ね。でも大丈夫なの?」

 装者全員が心配する中、ツバサはあきれた様子でため息をついた。

「まあ、皆の言いたいことはわかる。だがちゃんと弦十郎叔父様の太鼓判も貰った。こちらの世界では、叔父様は奏が死んだ時に辞職してな。それからは風鳴家の次期頭首だった私が後を継いだ。しばらくは父上や叔父様の補佐だったが、S.O.N.G結成と共に私が単独で指揮を執る事になった」

 ツバサは持ち込んだカバンから書類を取り出し、全員に配布した。

「これからの作戦概要だ。脱走した装者2名の確保、それと、残党の捕縛が主だった目的になる。先日、トゥエルノの死体が回収された。敵も多少混乱しているだろう。これを機に敵の情報を聞き出すぞ」

 渡された資料には、怪しいとされる人物とトゥエルノの解剖結果が載っていた。そして、切歌たちの脱走に関与したとして、この世界の響の詳細なデータも一緒に載せられている。

「そして2人の行方だが、キャロルの部下が捜索している。発見され次第、すぐに動けるように予め班を2つに分けておく。そちらの私、響、小日向の3人がこちらに残り、雪音、マリア、奏の3人に追跡を行ってもらいたい。追跡部隊はこちらの世界の響との衝突が予測されるから、覚悟してほしい」

「待って。セレナがいないけど、どうしたの?」

 淡々と作戦説明をするツバサに、マリアが口を挟んだ。元々セレナが作戦に参加すること自体稀なので気付かなかったが、セレナがこの場にいないのだ。

「セレナ?……あぁ。彼女には別の任務がある。今回の作戦には不参加だ」

 ツバサは完全にセレナの存在を忘れていたように見え、マリアは不満そうな顔をした。ツバサは特に気に留めていないようで、作戦の説明をつづけた。

 

 

 太平洋上空を飛ぶ巨大戦艦、それがヒビキ達の根城だった。サンジェルマン達に遅れて帰還したヒビキは、ある人物の来訪を受けていた。

「それで、試供品は渡していただけましたかな?」

「うん。バッチリ渡したよ」

 来訪者は、テンペラ―星人ビエントだった。現在地球に侵攻している宇宙人たちの親玉お抱えの闇商人であり、対価さえ用意すれば敵味方問わず商売を行う根っからの商人気質なのだ。

「それはよかった。では、これを」

 ビエントはアタッシュケースを取り出し、中身をヒビキに見せた。中に入っていたのは数本の黒く濁ったLiNKERだった。今回わざわざビエントが出向いてきたのは、これを渡すためだ。

「ありがとう。じゃ、お代はこれでいいかな?」

 ヒビキは回収したゼルガノイドのスパークドールを差し出した。ビエントはそれを手に取り、ちゃんと本物であることを確認した。

「確かにいただきました。では今後、スパークドールズを回収した際にはよろしくお願いします」

 ビエントは静かに礼をして去っていった。彼とはそういう契約なのだ。スパークドールズを提供する代わりに、物資を提供する。今回の取引も、最終目的としてはヒビキが調を、ビエントが切歌を手にするという事で既に話がついている。

(待っててね、小夜。もうすぐ届くから……)

 ビエントから手に入れたLiNKERを握りしめ、ヒビキは妹の事を考えていた。

 

 

 新たな指揮官となったツバサが最初に持ち込んできた任務は、ミジー星人スズチェンコの追跡任務だった。トゥエルノの死体から発見された通信機から、潜伏しているであろうアジトの位置はおおよそ目星が付いており、そう苦労はしないはずだと説明された。

 ツバサが出撃する装者として指名してきたのは、響、クリス、未来の3人だった。まだ切歌たちの行方が判明していないので、並行世界側の装者の力試しも兼ねての人選だった。

 そして情報通り、敵のアジトらしき宇宙船が森の奥にひっそりと佇んでいた。

「こちらシンフォギアチーム、問題なく指定の場所に着いたぜ。情報通り、敵の宇宙船もある」

 クリスは通信機の電源を入れて、本部に通信を入れた。

『了解した。では予定通り、雪音と響で中に潜入、小日向はバックアップとして待機、いざというときは殿を務めてほしい』

「了解です!翼さんとこういうやり取りをするなんて新鮮ですね!これからよろしくお願いします!」

「ダメだよ響。静かにしないと。これから潜入するんでしょ?」

 未来に注意されて響は少し声を落として謝罪をした。幸い、敵側には気づかれていないようで、このままうまく潜り込めそうだった。

「それじゃ、行くぜ」

 通信を切って、宇宙船の中に向かう。入り口は開いたままになっており、簡単に中に入ることができた。

 内部はあまり入り組んでおらず、中央の部屋に向かい長い廊下が一つと、そこから枝葉が伸びるようにして設けられたメンバーの個室があるだけだった。

 故郷の家族の写真、趣味のもの、気に入った地球のお土産品など各人の個性がにじみ出ており、読めない文字で書かれた書物も大量に置かれていた。

「……行くぞ」

 クリス達は中央の部屋に入る扉を開けて、中に入る。中ではスズチェンコがスパークドールを弄っており、すぐにこちらに気づいた。

「大人しくしな!そうすりゃこっちで安全は確保してやるぜ」

 有無を言わさずクリスは銃口を向け、スズチェンコに投降を迫った。

「どうしてこの場所がわかったの!?」

「その話は後だ。投降するのか?しないのか?」

 スズチェンコは後ずさりしながら壁に手を沿わせる。そして隠し収納を開けると、何かを取り出した。

「動くな!」

 クリスは威嚇射撃を行ったが、スズチェンコはわずかにそれをかわして、取り出したものを見せつけてきた。

「トゥエルノのとっておき、ここで使わせてもらうね!」 

 スズチェンコは手元にあった装置にスパークドールをかざして起動させた。すると周囲を眩い光が包み込み、クリス達も思わず目をつむってしまった。

「ゴルドラス!?クリスちゃ―――」

 響は何かを言おうとしていたようだったが、クリス達の視界が光に覆われると同時にヒビキの声も聞こえなくなってしまった。

 

 

 クリスが目を覚ますと、見知らぬ街角だった。意識を失った影響でギアも解除されており、周囲には響もスズチェンコの姿も見えない。

「どこだ、ここ……?」

 クリスはゆっくりと立ち上がり、ここがどこかわかるようなものを探す。本部に通信をかけてみるが、反応がない。次に響の個人用回線にかけてみるが、少し待った後に出た。

『あっ!クリスちゃん!やっと出てくれた……!もう探したんだよ!今どこ?』

「どこって、分からねえよ。こっちもさっき目が覚めたばっかりなんだ」

『えっ?だって私が目を覚ましたのって、一昨日だよ?私の方が昔に飛ばされちゃったのかなあ』

 響は今の異変の正体に心当たりがあるようで、何かを考えこんでいるようだった。クリスは誰かが走ってくるのを見て、すぐに物陰に隠れた。

「悪い、誰か来たみたいだ。後でかけ直す」

 クリスはすぐに通信機を切って、やってきた人影を確認する。もしかしたら、敵地のど真ん中に放り込まれた可能性だってあるのだ。できるだけ誰かに見つかるリスクは避けた方がいい。

 走ってきた人物は、2人組だった。しかも声からして、まだ子供のようだった。

(ったく、脅かしやがって……)

 クリスがこっそり外を窺うと、その人影は非常に見覚えのあるものだった。そこにいたのは、いつか、写真で見た幼いヒビキそのものだった。目の前にいるのが信じられないが、信じるしかないだろう。

(マジかよ。タイムスリップってやつか……?)

「待ってよ、お姉ちゃん!」

 少し遅れて、もう片方の人物がやってくる。口ぶりからして、小夜なのは明らかだ。クリスは顔だけでも見ておこうと、小夜の顔を凝視する。

「は……?」

 クリスはそこにいた人影を見て、驚かざるを得なかった。何故なら、その人物はクリスもよく知っている人物だったのだから。

「もう遅いよ、小夜。早くしないと置いてっちゃうよ?」

 ヒビキは『小夜』をからかうように言いながら、『小夜』に手を差し伸べた。姉としての優しさが垣間見え、本気で置いていくつもりは最初からないのが見て取れる。

「お姉ちゃんが走るの早いだけだって……」

 『小夜』は息を整えながら、差し伸べられた手を取った。

 ヒビキを追ってきた人物、それが『小夜』であった。しかし、クリスは目の前で起こっていることが理解できない。

 何故なら、ヒビキを追ってきた人物……『小夜』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだから。




次回予告
 小夜の正体は、セレナと瓜二つの容姿を持った少女だった。それは敵の見せた幻なのか、それとも秘められた過去なのか。
 クリスは過去の世界を脱し、秘密を解明する為にも過去の世界を奔走する。果たしてセレナの正体とは!?
次回、「4本目のガングニール」


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第15話「4本目のガングニール」

 眼を開けると、途中で切れたロープと、顔を青くした姉の顔が入ってきた。足元には、乱雑に蹴り倒された椅子が転がっている。

「どうして?」

 姉は何をやっているの、と言いたげだ。

「お姉ちゃん、私、なんのために戦ってたんだっけ……。私、もう耐えられないよ……」

 大切なものを守りたいと願い、彼女はこの力を手にした。しかし、今となってはそれは絵空事で終わってしまいそうだ。

「おかしいよね。私だけが生き残って、こうしてのうのうと生きてるなんて」

 そんなことはないよ。姉は優しく抱きしめてくれた。いつだってそうだ。姉は自分を守ってくれる存在。自分にとっての正義の味方そのものだった。

 だけども、この時は、その優しさが胸に痛かった。

 

 

クリスは、目の前で起こっていることが理解できていなかった。何故セレナが小夜と呼ばれているのか。そもそも、この世界は何なのか。

 少し距離を置いて、響に通信を取る。スズチェンコが使ったスパークドールについて、何か知っているようだったので何か情報を得られるはずだ。

「もしもし?」

『あっ、クリスちゃん。どうしたの?』

「さっき、あの怪獣の人形について、なんか知ってるみたいだったが、なんか知ってるのか?」

『うん。あの怪獣はね、ゴルドラス。時空界っていう異世界に住んでる怪獣で、時間を歪める能力を持ってるんだ。だから多分、私たちは過去に飛ばされたんだよ。今どこにいるの?合流しよう』

「分かった。詳しい話は合流してからだな」

 クリスは周囲を見渡して、何か目印になりそうなものを探す。少し離れたところに、リディアンらしき校舎が見える。クリスは行ったことはないが、響から聞いていた場所、見た目と一致する。

「今、昔のリディアンの裏にいるみたいだ。そっちは?」

『えぇっと……。多分クリスちゃんとリディアンを挟んで反対側、かな。待ってて。そっちに行くから』

 響は通信を終わらせて、クリスはもう一度周囲を見渡す。未だに過去に来たという話が信じられないが、セレナの部屋にあった写真と目の前にいたあの2人が合致したのだ。信じるしかない。

「お待たせー!」

 響が走ってきて、クリスと合流した。全力で走ってきたようで、肩で息をしている。

「いやあ、良かった良かった……」

「大丈夫か?ちょっとその辺で飲み物でも買うか?」

「ありがとう……。でもクリスちゃんお金持ってるの?私お金使いきっちゃってさ、アハハ……」

 無理もない。元々、支給されている最低限度の資金しかないうえに、2日も1人で過ごしていれば、底をつくのは容易に想像できる。

「一応、な。まさか必要になるとは思ってなかったが」

 クリスは近くの自動販売機で水を2本購入し、一本を響に渡した。近くのベンチに並んで座り、響はのどを潤す。

「ふぅ~。生き返った~!」

 隣で水を飲んでいる響を見て、クリスは先ほど見たあの事を伝えるか悩んでいた。セレナが響の妹、そういうだけなら簡単だ。だが何故セレナはそのことを黙っていたのだろうか?セレナは何か知られたくない事があったのではないだろうか?そう考えてしまう。

 そして、もしこれを自分が他の装者に話せばどうなるかを考えてしまう。この世界の響をよく思っていない翼は間違いなく彼女を敵視するだろうし、マリアはセレナを守ろうとするだろう。

 そうなってしまえば、ただでさえ不安定な自分たちの絆は本当にバラバラになってしまう。それだけは避けたかった。

(そうだ……。あたしが黙ってれば、それでいいんだ。あたしが言わなきゃ、センパイらがセレナの事に辿りつくことなんてねえし……!)

 クリスは、セレナの事は黙っておこうという結論を出した。本当の事がはっきりするまでの間だけでも、黙っていれば今のままでいられるのだ。

「ねえクリスちゃん。どうしたの?」

 響に声をかけられてハッとした。クリスは、表面上だけでも取り繕って、この場だけでもやり過ごそうとする。

「いや、何でもねえよ……。ただ、さっきこの世界のお前を見かけたってだけだ」

「もしかして、セレナちゃんの事も考えてなかった?」

 響に図星を突かれ、クリスは咄嗟に目を逸らした。セレナの事を絶対に話すわけにはいかない。特に口の軽い響なら、どこから情報が漏れるか分からないのだ。

「な、なんだよ急に。別にアイツの事なんて……」

「ねえクリスちゃん。セレナちゃんってさ、私の事響さんって呼ぶんだよね。仲のいい切歌ちゃんとかは暁さんて呼ぶんだよね。何か心当たりはない?」

 クリスは返答に困った。ここで本当の事を話してしまうのか、それともしらを切って、誤魔化すのか。どう答えればいいのか、クリスは必死に考える。

「し、知らねえよ。あいつ自身は未来から来たって言ってるんだろ?それでいいじゃねえか」

 クリスは立ち上がって、ベンチから去ろうとした。やはり、このことは言えない。響にセレナの事を伝える勇気が出ない。

「クリスちゃん!」

 響はクリスの手を掴んで、振り向かせた。先ほどの発言は、響がなんとなく感じていた違和感を言っただけだと思っていた。だが違う、眼を見ればわかるのだ。完全にクリスが隠し事をしていることを感づかれている眼だ。

「クリスちゃん、最近何か隠し事してるよね?翼さんが負傷した時から、なんか変だよ。私でよければ相談に乗るよ?」

「……お前には関係ねえよ」

「関係あるよ!だって私たち、友達でしょ!相談してくれたっていいじゃん!」

 クリスは振りほどいて響から離れようとしたが、響は手を放さずにクリスをじっと見ている。

「私、クリスちゃんの味方だよ?私に力になれることがあったら、協力させてよ!」

 響の目は絶対に逃がさない、という意思が現れており、クリスはダメだと思わざるを得なかった。

「……分かったよ。話すよ、全部。だけど秘密だからな!他のやつにべらべらしゃべるんじゃないぞ」

 クリスはベンチ座り直して、話すことにした。セレナの事、この世界の響に襲撃されたこと、そして、セレナが響の妹じゃないかという事。

「……。これで全部だ。正直、あたしはどうしていいのか分かんねえ。そもそも、本当にアイツがお前の妹なのか。それとも、ただ単に仲が良いだけなのか」

 響はクリスの話を黙って聞いていた。聞き終わった後も、特に茶化すようなこともせず、表情は真剣そのものだ。

「じゃあさ、クリスちゃん。だったら、早く帰らなきゃね。クリスちゃんが見たこと、本当なのか確かめなきゃ」

「あぁ。話してスッキリした。ありがとうな」

「そっか、セレナちゃん、私の妹かもしれないんだ。じゃ、尚更早く帰らなきゃね」

 響は、いつものように笑顔を作った。やっぱり、響が仲間になってくれると心強い。クリスと響はすぐにでも過去に帰るべく行動を開始した。

 

 

 響たちが敵のアジトに潜入してから数分後、それを突き破るようにして一体の怪獣が姿を現した。

 外で待機していた未来は、すぐに通信機のスイッチを入れて、本部に連絡を取った。

「ツバサさん!怪獣が出ました!」

『了解。データベースに該当怪獣が確認した。超力怪獣ゴルドラス、小日向、迎撃できるか?』

「やってみます!」

 未来は通信を切ってシンフォギアを握りしめる。この世界に来た以上、響たちの足手まといにならないようにと特訓を重ねてきたのだ。今なら、戦える。未来はそう信じて詠った。

『Rei shen shou jing rei zizzl』

 握りしめたシンフォギアから光が放たれ、ゼットンが現れた。ゼットンは牽制として火球を放ち、ゴルドラスを後退させた。一兆度には程遠いが、それでも攻撃としては十分な威力だ。

(時間は限られてる……。早く決着をつけなきゃ……!)

 未来がゼットンを召喚していられるのは、今の所、2分44秒が最高記録だ。幻影に近い形で召喚した頃に比べれば進歩しているが、それでも時間が限られていることに変わりはない。

 ゴルドラスは大きく吠えて、ゼットンに向かってきた。ゼットンもそれに立ち向かい、ゴルドラスにラリアットを仕掛けた。ゴルドラスも負けじとその怪力でゼットンの腕を押さえ、投げ飛ばそうとする。

 ゼットンは抱きつくように姿勢を変えて、至近距離から火球を放って距離をとった。吹き飛ばされたゴルドラスは地面に倒れ込み、起き上がると同時に角を光らせ、ゼットンめがけて雷光を放った。

 未来はそれを見た時、ゼットンにゼットンシャッターを展開させず、胸の発光体で受け止めさせた。ゴルドラスの大技が当たる直前、ゼットンは手を合わせて特殊な力場を形成し、受けたエネルギーを変換して打ち返す。奏や響との特訓の末にやっと習得できた、ゼットンの代名詞的な必殺技、ファイナルビームである。

 ゴルドラスはバリアを展開して、それを防ごうとしたものの、あっさりとバリアは粉々に砕かれ、ゴルドラスは爆発四散した。

 同時に未来のゼットンも消滅し、集中力が切れた未来はその場にへたり込んだ。ファイナルビームはゼットンを象徴する大技の一つだが、発動タイミングがシビアすぎて、かなりの集中力を使うのだ。

(まだまだ特訓、かなあ……)

 一度深呼吸をしてから未来は立ち上がり、ゴルドラスが爆発した地点へと向かう。敵が使ったスパークドールズを回収することも、今回の作戦に含まれているのだ。

 

 

 響たちは過去の世界でスズチェンコの手がかりを見つけられず、どうしようかと悩んでいた時、突然視界が歪んで元いた敵のアジトに戻っていた。しかし何故か半壊状態であり、通信機が突然けたたましく鳴り響いた。

「はい!立花です!」

 いきなり着信音が鳴り、響はびっくりして大きな声が出てしまった。

『響か?よかった。無事だったんだな。雪音も傍にいるのか?』

「はい。クリスちゃんも無事です!」

『了解した。敵怪獣は小日向が撃破した。今敵のドールの回収に向かっている。撤収してくれ』

 ツバサは必要事項を伝え終えると、通信を終えた。声は平静を装っていたが、無線の向こうで安堵している様子が目に浮かんだ。

「さ、行こうか」

 響はクリスと手を繋いで、帰途に就く。彼女たちの目的は、ここからなのだ。セレナの正体を突き止める事。その為を果たすために帰ってきたようなものなのだ。

 クリスは自分の混乱を解くためにも、一歩踏み出した。

 

 

 スズチェンコは、ゴルドラスのスパークドールを握りしめて、ひたすら遠くへと走っていた。トゥエルノが万が一の為にと、自分に作らせていたスパークドールズにライブするための装置と、ボスにも内緒で隠し持っていたゴルドラスのスパークドール。

 いざという時は、敵か味方のどちらかを過去に送り付けることで身を守ると言っていたが、まさか使う羽目になるとは思わなかった。

「トゥエルノ、どこ行っちゃったの……?」

 ジークが倒されて以来、トゥエルノもいなくなってしまい、一人ぼっちになってしまったスズチェンコ。先輩に憧れたが、技術者としてくすぶっていた自分に手を差し伸べてくれたトゥエルノは今でも忘れられない。

「すいません。地獄からの誘いでーす。なんちゃって」

 いなくなったトゥエルノに思いを馳せていた時、いきなり目の前にヒビキが現れた。

「あれ?!君は、さっき過去に飛ばしたはずじゃ……」

 ヒビキは戸惑うスズチェンコを前に、一切のためらいもなく天羽々斬を纏い、胴体を切り裂いた。

「取引でさ、君ら3人を殺してくれって頼まれたんだよね。別に恨みはないけど、これも大事なことだから」

 切り伏せられたスズチェンコは痛みを抑えて少しでも遠くに逃げようとするが、ヒビキはそれを逃がさないと言わんばかりにスズチェンコの足に刀を突きたてた。

「て、停戦って、まさか……!」

「私は会ったことないんだけどね。でも、あなた達のボスは分かる人だよ。このままじゃ共倒れだし、美味しくないからって停戦することになったんだからね」

 ヒビキは短刀を引き抜き、スズチェンコに馬乗りになると、そのままスズチェンコの首をはねた。ついでに持っていたスパークドールを回収し、撤収しようとした時、誰かが走ってきた。

「誰?」

 向こうから走ってきた人物は、未来だった。響きも多少は面識があるが、辛うじて名前と顔を覚えている程度だ。

「あなた、この世界の響、だよね?」

 この世界の未来は、侵略者の来訪に伴って避難している。その口ぶりと合わせて、並行世界の未来であることは容易に想像がついた。

「そうだけど。別にあなたには関係ないでしょ?」

「あるよ!だって私たちの世界の翼さんを襲ったんだから。私たち、仲良くできないの?今は装者同士で戦ってる場合じゃなくて、協力し合う時なんじゃないの?」

「みんな仲良く、ね……」

 未来に言われてヒビキは少し悲し気で、どこか懐かしむような顔を作った。

「私がS.O.N.Gに戻らないのは、そこじゃできない事があるから。本当はね、私だって信じたかったよ。皆で共に生きる道ってやつをさ」

 ヒビキは意味深なことを呟き、転移の小瓶を割って撤退してしまった。未来はヒビキに聞きたいことがあったのだが、それも聞けなかった。結局、手元に残ったのはスズチェンコの死体だけだった。

 

 

 本部に帰還したクリスは、真実を確かめるべく、セレナを呼び出した。だが相手はあのヒビキの妹かもしれないのだ。迂闊に聞けば、こちらの身が危ない。

「あの、なんですか?」

 万が一戦闘になったことも考えて、クリスが呼び出したのは地下演習場だった。ここならば多少派手に暴れても、訓練をしていたと説明できる。

「なあ、今回の作戦で出た怪獣、知ってるか?」

 強引にお前が小夜なのか?と聞けば言い逃れされてしまうかもしれない。おそらく、セレナに正体を問いただすチャンスは一度しかない。ならば、確実に問いただせるように、少しずつ追及してくしかない。

「ゴルドラス、ですよね?でもスパークドールズは取られたって聞きましたけど」

「そいつの力でさ、あたしら過去の世界に飛ばされたんだよ」

 それを聞いて、セレナの表情が一変した。明らかに焦っているのが見える。クリスは、逃がさないように慎重に言葉を選ぶ。

「流石に遠目だったから、良く見えなかったんだけどさ、気になるものを見たんだ」

 セレナはどうしていいかわからないようで、何かを必死に考えているようだった。それを見て、クリスは最後の質問を繰り出すことにした。

「お前そっくりの奴が、小夜って呼ばれてたんだよ。何か知らねえか?」

「え、えぇっと……。何を言ってるんですか!私は、セレナですよ!マリア姉さんだって、ちゃんと私の事をセレナって―――」

「じゃあお前、自分がセレナだって証明して見せろよ。免許、持ってるんだろ?」

 S.O.N.G本部から離れているセレナは、特別に免許をとって、ここまで車で来ている。その免許証に名前が書いてあるはずなのだ。そこだけは絶対に偽れない名前が載っているはずなのだ。

「あたしの見間違いとか勘違いだったならいい。最後に確認するぞ。お前は小夜なのか?」

 セレナは俯いたまま、返事を返さなかった。それどころか、無言のままこちらへ向けて駆け寄ってきた。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 非常に小さい声で、セレナは聞き覚えのある聖詠を詠った。シンフォギアを装着し、クリスに襲い掛かってきた。クリスは紙一重で回避し、イチイバルを取り出す。

 セレナのギアは、響と同じガングニールだが、その手には奏のものとは違う長槍が握られている。

(一体どこからギアを出しやがった!?まさか、あのバカと同じ融合症例か?)

 この世界の響が天羽々斬に適合していたのなら、ガングニールに適合したのは誰だったのか。クリスは少し気になっていたが、セレナがガングニールの融合症例だったなら彼女の態度共に彼女の正体を示す証拠となりうる。

 二課の名簿に『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』の名前が無かったのは、彼女がS.O.N.Gになってから所属した装者だったからではない。彼女は、『立花小夜』として名簿に載っていたのだ。

「すみません。困るんですよ、私の正体を知られるのは」

 セレナはその一言と共に、アームドギアを構えた。

 まさかこんな風にして戦うことになるとは思ってもいなかった。最悪の事態として想定していたとはいえ、クリスは望まぬ形でイチイバルを展開させ、小夜を迎え撃つのだった。




S.O.N.G怪獣図鑑
宇宙恐竜ゼットン
身長60メートル
体重3万トン
ステータス
力:★★★★☆
技:★★★☆☆
知:★★★★☆

 ゼットン星をはじめとした多くの星で育てられている生体兵器。一兆度の火球、テレポーテーション、ゼットンシャッター、ゼットンファイナルビームと多彩な技と強い力を持ち、一度はウルトラマンを打倒した非常に強力な怪獣である。
 本編世界の大怪獣バトルでも強力な怪獣として実装されているが、バランスをとるためにプレイヤーが育成するという特殊な怪獣として実装されている。その育成もバランス調整が難しく、多くのプレイヤーがブモーと鳴く通称『養殖ゼットン』を見ることになった。

装者達のコメント
未来:ゼットンって、かなり強い怪獣だって響が言ってたから、頑張って使えるように特訓したんだよね。私も響の役に立てることがしたくて。
響:いやあ、特訓は大変だったよ。火球が明後日の方向に飛んでったり、バランス崩して危うく踏みつぶされそうになったりさ~。
未来:もう響!そういうことは覚えてなくていいの! 


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第16話「融合症例」

 S.O.N.G設立の少し前、キャロルはツバサへの報告書を持って、彼女の執務室に向かっていた。しかしその道中、ヒビキがツバサに詰め寄っているのが目に入った。

「なんで聖遺物の使用許可が下りないんですか!?小夜の為なのに!」

「何度も言っているだろう。これから二課は解体されて、国連直属の別組織に変わる。これからは聖遺物の確保、収容、保護が我々の主な仕事になるんだ。私情で聖遺物の運用など許されるはずがない」

 ツバサの言っていることはもっともだ。キャロルも聖遺物の収容施設の設計についての報告書を持ってきたところなのだ。

「だって、小夜は世界を救ったんですよ?それなのに、救った世界でこんな仕打ちを受けなきゃいけないんですか?こんな世界、間違ってるとは思わないんですか!?」

 興奮して掴みかかろうとしたヒビキを避けて、ツバサが落ち着かせるべく肩を掴んだ。

「ヒビキ、剣を教えた時に言っただろう?私たちの剣は世界を守る剣だと。これは、仕方のない事なんだ。小夜1人の命と60億の命、天秤にかけるまでもないだろう?」

 小夜を救うには、彼女が犠牲になるしかない。世界を守るという事はそういう事なのだと、ヒビキに諭そうとしているようだった。

 だが、ヒビキの反応は違った。ツバサの手を振り払い、彼女に背を向けた。

「だったら、こんな世界。間違ってると思いますよ。私は私の方法で小夜を救います」

 ヒビキはそれだけ言い残すと、その場から走り去っていってしまった。

 それが立花ヒビキを二課所属の装者として見かけた最後の姿だった。

 

 

『Killter Ichaival tron』

 クリスはイチイバルを纏い、クリスはセレナを迎え撃つ。胸のコンバータユニットが青く染まり、シンフォギアが展開される。

 小夜の槍を受け止め、クリスは距離を取りながら狙いを定める。実の所、イチイバルというものはこういう状況には向いていない。クリスの武器は、翼のように峰打ちもできないし、響のように受け止めることもできない。

 つまるところ、人を殺すことしかできないのだ。セレナに真実を問いただすためにも、彼女のを死なせるわけにはいかなかった。

「正体を知られると困るってなんだよ!最初から言ってくれれば、あたしらだってできることがあっただろ!」

 クリスの言葉を聞かず、セレナは一直線にクリスの急所を狙ってくる。一方のクリスはセレナを傷つけるわけにもいかず、威嚇射撃を行う事しかできない。

(仕方ねえ……!)

 イチイバルの白兵戦に弱いという欠点を補うため、一応最低限の護身術は心得ている。普段の戦闘では使う場面に乏しい故に正直不安だが、やるしかない。

 まず腰から、ミサイルを乱射してセレナの周りに打ち込む。狙いなど付けていない。所詮は爆風で目くらましができればそれでいいのだ。大方の予想通り、セレナは煙を抜けてきた。セレナの足を止めることができたおかげで、クリスも大弓を用意する時間を稼ぐことができた。

(新技、行くぜ!)

 魔法少女事変以後、使えるようになった新技は、まだ一本しか矢をつがえる事しかできないが、今はそれで十分だ。クリスの予想では、セレナが放った矢を回避する隙に距離を詰める事ができるはずだった。

 だが、結果は予想とは大きく異なった。クリスの放った矢をセレナは回避することなく、セレナの胸に矢が深々と突き刺さったのだ。

「嘘だろ!?」

 心臓を貫かれ、セレナはその場で一瞬止まった。だがすぐに動き出し、胸の矢を引き抜いて捨てた。セレナの胸からは血が流れておらず、空いた穴もすぐに塞がった。セレナは槍を構えなおし、大きく飛び上がった。落下の勢いに任せてクリスを串刺しにするつもりらしい。

「化け物かよ……」

 クリスは再び矢を召喚して2撃目に備える。クリスの知っている融合症例とは違うが、セレナが死なないというのであれば、手加減する理由はない。マリアに何か言われるかもしれないが、ここでやらなければセレナに殺されるだけだ。

 セレナの槍先の一部が花弁のように開くと、周囲に赤い粒子のようなものが散布され始めた。それと同時にクリスの胸元のコンバータユニットが点滅をはじめ、セレナが落下してくるのと同時にイチイバルが解除されてしまった。

 クリスは紙一重でセレナを回避し、距離をとる。セレナは床に突き刺さった槍を引き抜き、こちらをまっすぐ見据えている。

「どうなってんだよ、お前……」

 この世界のセレナは、まるで装者を殺すためだけに作られた人形のようだった。何故かセレナは心臓を貫かれても無傷、シンフォギアを解除する謎の技を持っている。面影こそセレナと同じだが、クリスには未知の怪物にしか見えなかった。

「私のアームドギアの特性は、奪い取る事なんですよ」

 ここにきて、やっとセレナが口を開いた。ギアを展開できないのを知っているのか、ゆっくりとこちらに歩いてくる

「私が『欲しい』って思ったものをすべて奪い取って、自分の力に変える。それが私のアームドギアです。あくまで一時的に奪い取るだけなんですけどね」

 この世界に来た時、クリスのイチイバルは明らかに様子がおかしかった。突然ギアが解除されるのは、この世界特有の現象か何かと思っていた。

 だが違う。犯人は、セレナだった。彼女がギアの適合係数を奪い取り、強制的にシンフォギアを停止させたのだ。

 セレナが槍を指揮棒のように振ると、虚空からクリスのガトリングが出現し、狙いを定める。

「奪ったものを持っておけるのは、せいぜい数十秒が限界なんですけど、ここであなたを仕留めるには十分です」

 クリスは絶体絶命のピンチを乗り切るために、何ができるかを考えていた。シンフォギアが使えないのなら、どうにかしてセレナの攻撃を逸らすしかない。

「じゃあよ、あたしが死んだら、すぐにばれるんじゃないか?」

 クリスの一言でセレナの動きが一瞬止まった。その隙を逃すクリスではなく、セレナから距離を離す。セレナの言葉が本当ならば、時間を稼いでいれば再びシンフォギアを纏うことができる。セレナの手の内が分かった今、すぐに応戦できるはずなのだ。

「セレナちゃん!」

「お前!何やってるんだ!」

 セレナがクリスに銃口を再び向けた時、響がキャロルを連れてやってきた。響はすぐにガングニールを纏い、セレナに掴みかかって槍を奪い取った。

「……どいてください」

「どかないよ!私たち同じ人間でしょ?話せばわかるって!」

 セレナは響から武器を奪い返そうとするが、響ががっつりつかんで離さない。セレナの細腕では響の握力を上回ることができないようだ。

「響さんには関係ないことですよね?」

「そんなことないよ!クリスちゃんから聞いたよ。この世界のセレナちゃんなんだよね?理由があって隠してたんだよね?なら、話を聞かせてよ。この世界のマリアさんの事とか―――」

 響がマリアの名前を出した途端、セレナは血相を変えて響の不意を突いて槍を奪い取った。響は思わず距離をとって、クリスとキャロルを庇う要に立ちふさがった。セレナは響も狙いに付けたようで、すぐにでも襲い掛かってきそうだ。

「やめろセレナ!」

 キャロルが2人の間に割って入り、魔法陣を展開して岩塊を射出してセレナを吹き飛ばす。壁に叩き付けられたセレナの体から血が飛び散ったが、キャロルが魔法陣を引っ込めると、セレナの体には傷一つついていなかった。

「いいから落ち着け。ここでこいつらを手にかければ、お前の事を他の人間にも説明しなくてはならなくなる。並行世界のお前の姉にもな」

 マリアの名前を出されて、セレナは悔しそうにギアを解除した。すぐにセレナはポケットから注射器を取り出して、首元に打ち込んだ。注射器には赤いLiNKERが補充されているのが見える。

 セレナはキャロルに何も言わず、黙ってその場を後にした。セレナは終始うつむていて、その表情は伺えなかった。

「おい、何がどうなってんだよ。あいつはセレナか?それとも小夜なのか?」

「いや、両方だ」

 意外にもキャロルは響たちの問いにスムーズに答えてくれた。もう隠してはおけないと判断したからなのかは分からないが、そのままキャロルはセレナについて説明を始めた。

「もう10年以上前になるか……。マリアとはぐれたセレナが偶然立花洸に保護されたのがすべての始まりだった。だが、本人が名前を言わなくてな、仕方なく小夜として立花家に引き取られた。表向きには、洸の連れ子ということにされてな」

 更にキャロルは言った。この世界ではセレナがガングニールの融合症例になり、F.I.Sの事件の最後で本当の姉であるマリアを亡くしたのだと。それ以来、彼女は心から笑わなくなったという。見せても、それは取り繕った空虚な笑顔だとキャロルは言う。

「セレナはガングニールとの融合が進みすぎて、今じゃ何をやっても死なない。まさかオレも永遠の命を持った人間がいるなんて思いもしなかったさ」

 キャロルはそれだけを言い残して、その場を去ろうとした。だが途中で何かを思い出したようで、最後に一言だけ付け加えた。

「お前たちは外の世界の人間だ、小夜についてはこれ以上詮索はするな」

 演習場からキャロルがいなくなり、その場には静寂だけが取り残された。

 

 

 S.O.N.G本部から極秘裏に派遣されていたミカ・ジャウカーンは、森の木々に隠れた一台の装甲車を見つけた。逃げた方向や途中の監視カメラの映像を追って、大まかな地域しか分からなかったが、これで調の確保に向かうことができる。

 キャロルから言われた手順に従い、された写真と照らし合わせてそれが目標の装甲車であることを確認する。

「見つけたゾ。えーっと……この発信機をあそこに打ち込んで……」

 幸い、目標の周囲に護衛らしき人影は見当たらない。ミカが掌の発射口を装甲車に向け、発信機を射出した。

「悪いけど、そう簡単にゲットさせるつもりはないのよね」

 目の前には一人の女が現れ、ミカが発射した発信機をキャッチして握りつぶした。

「あーし、こういう任務って向かないと思うのよね。こういうのはサンジェルマンの方が向いてるきがする……ってあなたに言っても無駄よね」

「むー?誰だゾ?」

 任務を妨害されて不機嫌そうにしているミカに対し、女はわざとらしい程丁寧にお辞儀をして名乗った。

「あーしはカリオストロ。雇われ錬金術師ってとこかしらね。あなたに恨みはないけど、アレを守ってって言われてるの。だから、あなたを通すわけにはいかないわ」

 カリオストロはノイズが封じられているジェムを一個だけ取り出し、アルカ・ノイズを召喚した。ミカはノイズを討伐すべく構えたが、直後周囲が亜空間に覆われて、周囲の風景が森の中から荒野に変わり、晴れていた空も宇宙空間のようになっている。

「今度出す新作のアルカノイズよ。まだ調整中なんだけどね」

 続いてカリオストロは短剣型の道具とスパークドールズを取り出した。

「まあ、これを使ったのはこのためなんだけどね」

『モンスライブ!ガンQ!』

 そのまま短剣をスパークドールズの足に突き刺すと、カリオストロの体が光を包まれて巨大な眼球のような怪獣に変身した。

「退屈してた分、派手にいくわよ!」

 ガンQの眼から光線が放たれ、ミカを焼き払おうとする。牽制として水晶を打ち込むが、少しぐらい狙いを逸らす程度しか効果を発揮しない。

「こうなったら、マスターから貰った奥の手で行くしかないゾ!」

 ミカの腕の一部が開き、中の空洞が露出する。隠し持っていたスパークドールズをセットして、水晶の代わりに射出する。

「ファイヤーゴルザ、出番だゾ!」

 腕から放たれたスパークドールズが巨大化し、元の姿となってガンQを殴り飛ばす。ガンQは光線を放ってファイヤーゴルザに応戦する。ファイヤーゴルザも熱線を放ってそれに答えたが、何故かガンQは光線の出力を弱めて、わざとファイヤーゴルザの熱線を受けた。

 勝った、とミカは思ったもののガンQに直撃した熱線は眼に吸い込まれていき、完全に吸収してしまった。ファイヤーゴルザはガンQと交戦勝負は分が悪いと判断し、格闘戦に持ち込む。元々腕力の高い怪獣だったという事もあって、ファイヤーゴルザは軽々とガンQを投げ飛ばした。そして馬乗りになり、ガンQの頭を殴り続ける。この距離では、ガンQの光線より、ファイヤーゴルザがガンQを倒す方が早い。ミカは今度こそ、勝負が決まったと確信した。

 ガンQは最後の抵抗のつもりなのか、眼から放った紫色の光がファイヤーゴルザを包み込む。ミカは無駄なあがきとして歯牙にもかけなかったが、それを浴びたファイヤーゴルザは、ガンQの体内に吸い込まれて行ってしまった。

「あ、あれ!?どうなってんだゾ?!吸い込まれちゃったゾ!?」

 拘束から解き放たれたガンQはミカの体を見下ろしてそのまま踏みつぶした。ガンQの足元には彼女のを構成していたであろう木片等が転がり、同時に亜空間の崩壊も始まった。カリオストロは慌てて変身を解いて身を隠す。その手には、ガンQとファイヤーゴルザの2つのスパークドールズが握られている。

「はぁ……。持続性に問題ありね。こんな簡単に崩れちゃうんじゃ商品にならないわ」

 手の中の回収したスパークドールズを眺めながら、試作品ノイズの不甲斐なさをカリオストロは呟いた。小夜曲(セレナーデ)




S.O.N.Gデータベース
セレナの真実
 この世界において、セレナは立花小夜として育てられた。元々は内戦の激しい地域の出身であり、立花家の勧めで偶然ボランティアに参加していた立花洸によって、保護された。
 保護された時点では、名前が分かるものを何も持っておらず、かつ文字も読めないという有様だった。何とかしてセレナという名前を聞き出すことに成功したものの、洸が嫌な思い出を忘られるようにと願いを込めて、小夜曲(セレナーデ)に因んで立花小夜と改名された。
 尚姉のマリアはセレナの助けを呼びに彼女の傍を離れており、セレナは死んでしまったと思い込んだまま、拉致されてレセプターチルドレンになった。


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第17話「過去との決別」

S.O.N.Gデータベース
セレナのガングニール
 この世界のガングニールの融合症例であるセレナのシンフォギア。
 本編世界と違ってフロンティア事変終盤で融合症例が治癒されなかったせいで、聖遺物との融合が進んでいる。適合係数も上昇し続けており、アンチLiNKERを投与しなければシンフォギアを纏う度に死亡するレベルにまで上がっている。
 再生能力も強化されており、再生を通り越して不死のレベルにまで達している。ただし死なないだけなので、痛覚などはしっかりと感じる。
 アームドギアの特性は奪い取る事であり、セレナの視界にあるものをセレナに移すことができる。一時的にしか収めることしかできないが、元の所有者が死亡する等して戻る場所がなくなった場合、セレナのシンフォギアの一部として組み込まれる。


 キャロルが並行世界の装者を招集する2か月前、ツバサに聖遺物の申請を却下されたヒビキは実家に帰っていた。目的は立花の家が持っている資金と人脈を獲得する為である。

「何を言ってるんだヒビキ……。家を継がせろなんて」

「小夜を救うために必要なんだ。この家のお金と、コネクションがさ。だから、全部ちょうだい」

 洸は今何が起こっているのかを知らなかった。どうして今ここで家督を譲り渡すことが小夜を救うことにつながるのかが理解できない。

「小夜に何かあったのか!?まさか、誰かにけがをさせられたとか!?」

「違うよ。多分、病気みたいなものって言った方がいいかな。とにかく、早く小夜を助けたいんだ。その為にはね、すごいお金とか人脈が必要だから、ちょうだい?」

 ヒビキは、手元にペンダントを忍ばせていつでも天羽々斬を展開できるようにしている。もし交渉が決裂したなら、切り伏せてしまえばいい話だ。

「なんだって!?小夜を置いてきたのか!?一緒にリディアンに入れる時に小夜を頼むって言ったじゃないか!

 やっぱりだ。洸は小夜に入れ込みすぎるあまり、彼女の事となると冷静さを欠く。昔から小夜ばかり構っていて、寂しい思いをしていたのを覚えている。

「だって、私が傍にいたって何も変わらないもん。私じゃ小夜は治せないよ。だから一刻も早く治してあげられるようにこうしてきたのに」

「なら、小夜を救急車なり使ってうちまで連れてくればよかったじゃないか!小夜の気持ちも考えたのか!?」

 洸はヒビキが小夜を捨てて逃げてきたと完全に思い込んでおり、こちらの話を聞くつもりなど無いようだった。だがまだ交渉は続けられるかもしれないのだ。

「違うよ。私だって、小夜の事を考えてるよ。これが小夜にとっては最善で―――」

「じゃあ小夜がそう言ったのか!?小夜が早く治してくれって言ったのか!?言って無いんだろう?それじゃ結局、お前の独り善がりじゃないか!」

 ヒビキの見え透いた嘘を洸はすぐに見抜き、独善だと糾弾した。ヒビキは間違っていると、ヒビキのやり方じゃ、小夜は救えないと彼は言った。

「違う……。普通のやり方じゃ、小夜は救えないんだ……!」

 ヒビキは洸に否定されたことで、我慢ができなくなった。元々ヒビキが想定していた中では最悪の状況なのだ。交渉は決裂し、力づくで手に入れるしかない。

 聖詠を詠い、天羽々斬を纏って刀を構える。洸はヒビキが突然、刀を構えたことに驚き、腰を抜かした。未だヒビキの中では覚悟が決まらない。これを振り下ろせばいいのに、手が震えて振り下ろすことができない。

「ごめんね、お父さん」

 それでも、小夜を救いたい一心で、自分の中の迷いを断ち切るようにまっすぐ刃を振り下ろした。なるべく苦しまないように、確実に急所を狙う。

 気が付けば、足元には父親だったものが転がっている。これでもう後戻りができなくなった。こうなってしまった以上は、絶対に小夜を救わなければならない。例え世界中を敵に回しても、小夜を救うのだとヒビキは心に深く誓った。

 

 

 キャロルが部屋で小夜の対策に頭を悩ませていると、ガリィ・トゥーマーンが戻ってきた。他のオートスコアラーに比べ、長期間の運用ができる彼女にはスパークドールズの回収や並行世界の調査を任せていたのだ。

「ガリィ、戻ったか」

「はぁい、ただいま戻りましたぁ。えぇっと、頼まれてたスパークドールズの内、ハンザギランとバラバは敵の錬金術師に奪われちゃいましたよ。でも、シーゴラスとキングクラブは回収できたんで十分ですよね?」

 持っていたケースから2つのスパークドールズを取り出してキャロルに見せる。元々、敵との争奪戦が予想されていただけに、半分持ち帰れただけでも収穫はあったと言える。

「そうか。ご苦労だった」

「もうそれだけですかぁ?超獣のスパークドールズって超レアなのに、確保するのにすっごい苦労したんですよぉ?」

「お前にはまだ働いてもらう。先ほど、ミカがやられたようだ。こちらが招集した装者3名と共に向かってもらいたい」

 キャロルはガリィをひたすら無視して、指示書を手渡した。指揮官としてツバサが帰ってきたが、まだ彼女は経験が浅い。ガリィに構っている余裕などないのだ。

「はいはい。マスターも人形遣いが荒いですね。じゃ、行ってきますよ」

 相手にしてもらえなかったからか、不機嫌そうにガリィは去っていた。並行世界から装者を招集する以前から、彼女にはあちこち動いて貰っている。彼女も彼女なりに遊びたいのかもしれない。

「……ひと段落したら休みでも与えるか」

 人形に休みが必要なのかはわからないが、気晴らし程度のものは必要なのかもしれないとキャロルはぼんやりと考えていた。

 

 

 S.O.N.G本部から帰ってきたセレナは一人部屋でうずくまっていた。自分が小夜だとクリス達に知られてしまった。あの様子では、きっと響にも伝わっているだろう。

 加えて、自分の正体を知られたことが気になって、短絡的に襲い掛かってしまったことは逆にマズい。もしかしたら、敵とみなしてクリス達に襲われるかもしれない。

 そんなことを考えていた時、通信機の呼び出し音が鳴った。セレナは恐る恐る通信機を手に取った。恐らく発信者はキャロルだ。

 要件はいったい何なのだろうか。クリスに襲い掛かったことで何かの罰でも与えるつもりだろうか。いくらこの体が不死とはいえ、痛覚がある以上心を壊しにかかってくるのだろうか。

 いつまでも通信は鳴りやまず、セレナは通信をとった。

『オレだ。やっと出たか』

 通信の主は、キャロルだった。怒鳴り散らされるかと思ったが、意外にも彼女の声は落ち着いていた。

「どうしたんですか?」

『アイツの居場所が分かった。始末してほしい』

 通信の内容を聞いて、セレナに戦慄がはしった。アイツ、キャロルがわざわざセレナにそれを伝えたという事は、それが指す人物は一人しかいない。

『一体どこに行方をくらましていたのかと思っていたが、今さっきS.O.N.G宛てに果たし状を送り付けてきた。並行世界の装者を派遣して余計なことを喋られるとこちらでもフォローしきれない。この前暴れた罰も兼ねてお前に出撃させることにした。準備しておけ』

 キャロルはそれだけを伝えると一方的に通信を切った。所詮はこの程度の扱いなのだ。生きていても死んでいても同じなのだから、道具同然として扱う。今のセレナにとっては理想の関係だった。

 その日の夜、夕食は何にしようかと考えていた時、呼び鈴が鳴った。奏が来るにしては遅すぎる。そもそも、キャロルがわざわざ奏をよこしたとは考えにくい。

 来訪者が誰かと不審に思い、外を窺うと、スーパーの袋を持ったマリアが外に立っていた。セレナは他に誰もいないことを確認すると、鍵とチェーンを外して扉を開けた。

「こんばんは。一緒にディナーでもどう?簡単なものしか作れないけど、私が作るわ」

「えぇっと、いいけど……。ちょっと待っててね」

 セレナは急いで家の中に戻って片づけを始める。姉と一緒に撮った写真やツバサから送られた寄せ書きを見ないところに隠す。マリアがそれを見たところでどうしたところでもないのだが、見られたくないものは見られたくない。

「入ってきていいよ」

「ええ、じゃあ。お邪魔するわ。キッチン、借りるわね」

 マリアは持ってきた荷物を下ろし、どこから持ってきたのかシンプルなエプロンをつけて台所に入っていった。

 慣れない並行世界に来て、色々と忙しいはずなのにマリアの手つきは慣れたもので、スムーズに準備は進んでいた。

「セレナ、お皿はこれを使っていいかしら?」

「え?あ、それで大丈夫だよ」

 既に時間のかかる下ごしらえは済ませていたようで、後は火を通したり細かい味の調整だけだったようだ。調味料の位置や皿を使ったいいかという簡単な質問こそされたが、マリアは滞ることなく夕食の支度を済ませた。

「はい。おまたせ」

 しばらく待って出てきたのはハンバーグだった。形こそ少し歪んでいるが、それでも焼き加減、匂いから決して粗末なものではないのが伝わってくる。

「ごめんなさい。運んでる最中にちょっと潰れちゃったの。でも味は問題ないから」

「うん。いただきます」

 セレナはハンバーグを口に運び、味を確かめる。

「……おいしい」

「そう、良かった……」

 マリアは口では気にしてないように見えたのだが、やはり出来栄えが気になっていたようだった。裏で相当練習していたのかもしれない。

「じゃ、私もいただきます。……うん。ばっちりね」

 続いてマリアもハンバーグに手を付ける。お互い食事中ということもあってか、それほど会話が弾んではいないが、しても当たり障りのない世間話で、マリアから自分について探るような質問はしてこなかった。

「ねぇマリア姉さん」

 食事を終えて、食器の片づけが終わった時に思いきってセレナは口を開いた。

「どうしたの?セレナ」

「マリア姉さんは、聞かないの?私が誰なのかって」

 セレナはマリアの知っているセレナではない。その事実こそ間接的に明かしたものの、セレナ自身が話すことはなかった。

「マリア姉さんは、怖くないの?私がセレナじゃないかもしれないのに」

 自分は立花小夜であるという事実は、まだ自分の口から打ち明けてはいない。クリスや響が彼女に話していても不思議ではないが、それでもセレナは確かめておきたかった。

「無理に聞き出すつもりはないわ。セレナが話したい時に話してくれれば、それでいいの。だって、私にとってあなたはセレナなんだから」

 マリアはそれ以上何も言わなかった。セレナは自分の正体を無理に追及されないと分かって安心したが、同時にその優しさが苦しかった。

 

 

 翌日、セレナはキャロルから支持された合流地点で待っていた。マリアも別件で出撃するようで、セレナを見送った後にS.O.N.G本部に行くらしい。

 集合時刻になると、上空から迎えのヘリが降りてきた。セレナがそれに乗り込むと、中にガリィが乗っていることに気付いた。

「どうしてあなたがここにいるの?」

「ミカの回収任務。あなたを送ったついでにね」

 セレナはガリィ、というよりオートスコアラーが苦手だった。何考えているのか分からないときがある上に、遠慮というものを知らずにこちらに踏み込んでほしくないところまで踏み込んでくる。

 そしてキャロルから情報を与えられているので、お茶を濁したりもできない。特にガリィはこちらの神経を逆なでしてくるだけに嫌いなのだ。

「本当つれないわねぇ。あそうそう、マスターからこれを渡してくれって頼まれたんだったわ」

 ガリィが取り出したのは、アタッシュケースだった。セレナがそれを受け取って中身を見ると、奇妙なデバイスと、ゴモラのスパークドールが入っていた。

「レイオニクスギアの機能だけを抽出したものよ。まだスパークドールズの実体化と制御しかできないけど、その内バトルナイザーの模造品も作るって言ってたわ」

 セレナは黙ってアタッシュケースを閉じて、外を眺める。旅立った街は既に見えなくなっていて、眼下には山が広がっている。

「そろそろ作戦地域が近いわ。ヘリで近くに降りるのは難しいから、開けたところにパラシュートで降りてもらうわ」

「分かった」

 セレナは備え付けのパラシュートを背負って、荷物を確認する。ガリィが持ってきたデバイスとスパークドール、上がりすぎた適合係数を調整するためのアンチLiNKER。これだけあれば戦える。セレナはパイロットから降下する合図を確認すると、ヘリから飛び降りた。

 訓練通りにパラシュートを開いて、木の少ない場所を狙って降下すると、パラシュートを脱ぎ捨ててアンチLiNKERを取り出す。敵がどこに潜んでいるのか分からない以上、いつでも投与できるようにしておいた方がいい。

「お待ちしてました。時間通りで助かりますよ」

 空から降下したのを見ていたのか、敵から近づいてきた。セレナは振り返り、足元にアタッシュケースを置いて構える。

「良い場所でしょう?好き放題暴れても目に付かない。戦うなら最高の場所だ」

「呼び出した要件はそれだけですか?」

「ああそうだ。僕が君らに果たし状を送れば、君が送られてくると思っていた」

 今回の敵、それはジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称Dr.ウェル。F.I.S蜂起事件でマリアたちに手を貸していた研究者であり、セレナ達が並行世界から装者を呼ぶ前に何としても排除しておきたかった人間だ。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 セレナはすぐにアンチLiNKERを投与し、ガングニールを纏う。この男に容赦する必要はない。一秒でも早く仕留める。それだけだ。

「おっといけない」

 ウェルはガングニールの一撃を避けて距離をとった。あまりにも決着を急ぐあまり、攻撃が単調だったのが仇になってしまった。

「僕だって無策で装者に挑むわけじゃない。僕だって策を用意してきたんですから」

 ウェルはポケットから黒く濁ったLiNKERを取り出し、自分の首筋に投与した。そして、もう片方のポケットから、シンフォギアのペンダントを取り出した。

「フォニックゲインは利用できませんが、誰でも適合者となれる特別なLiNKERですよ。宇宙人の手を借りるのは癪に触りますが、あなたを始末できればそれでいい……!さあ、応えろ!アガートラーム!」

 ウェルのペンダントが光り輝き、ウェルの体を白銀の鎧が包み込む。神々しさを放ちながらも、どこか歪みを感じさせるその輝きは、彼が思い馳せる『エイユウ』への憧れの象徴のようだった。

「待たせたな……。さあ始めようじゃないか、破壊を、苦悩を!」

 ウェルはアームドギアを構えてセレナを睨む。セレナはここで過去に決着をつけるべく、に真っ向から挑みかかった。




S.O.N.Gデータベース
ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス
 Dr.ウェルの名で知られる研究者。この世界ではエボリュウ細胞の研究に努めていたが、その危険性から学会を追われた身だった。しかしその研究を利用しようとしたフィーネに拾われて、彼女がF.I.Sに取り入るための材料として利用される。
 F.I.S内でまだ幼かったマリアと出会い、F.I.S崩壊後はマリアとナスターシャ教授と共にハンバーガー屋を経営していた。
 その後マリアがシンフォギア装者としてCIAに採用された際に、セレナの真実を知ってしまう。セレナが日本の研究機関に拉致されたと勘違いしたウェルは、マリアの頼みもあってセレナの保護という名目の拉致計画を画策する。
 実験体であったメタモルガを使ったこの計画は見事に成功し、マリアとセレナを10年ぶりに再会させた。
 マリアに好意を持っており、武装蜂起事件後に彼女にプロポーズをするつもりでいた。マリア本人もウェルを悪くは思っていなかったため、成功していたならばマリアとセレナ、ウェルの3人で幸せな家庭を築いていたのかもしれない。


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第18話「救世の悲愴」

S.O.N.Gデータベース
武装組織F.I.S
 かつてマリアが所属していた武装組織。本編世界と違い、組織を率いているのはウェル博士であり、マリアはあくまで象徴的な存在でしかない。
 セレナが生きていることを知ったマリアの平和な世界を作りたいという願いに賛同した人間で構成されている。この世界の斯波田事務次官に、過激派アイドルファンクラブと揶揄されている。
 本編世界との大きな違いとして、規模がけた違いに多く、ノイズと訓練された軍人が所属しているため、シンフォギア装者だけでの対処には困難を極める。
 ただし怪獣戦の訓練は受けていないため、小夜との相性は最悪であり、キングジョーに変身されるとウェルが製造した怪獣を出撃させなければならなかった。
 


 セレナを見送ったマリアは、S.O.N.G本部に戻るとキャロルに無理を言ってセレナが乗るヘリに乗せてもらった。ただし、本人にバレないように操縦士として。セレナと別れる前、嫌な予感がしたのだ。別れる寸前のセレナの顔には見覚えがあった。フロンティア事変の時の、自分を押し殺している顔だ。

「ほら言ったらどう?アイドル大統領さん?」

 セレナが降下するのを見て、ガリィが副操縦席に乗ってきた。恐らくこのまま降下してしまえば、マリアが来たことがバレてしまう。なら、少し遅らせてセレナから離れた地点に降下する方がいい。

(嫌な胸騒ぎで終わればいいんだけど……)

 名目上は、セレナのバックアップという名目で出撃しているため、見つかっても問題はない。しかし、それではセレナの本心を聞くことができない。優しいセレナなら、きっと自分に気を使ってしまう。この作戦に挑むセレナの決心を踏みにじってしまうかもしれないのだ。

「もう少し後でね」

 マリアは降下するタイミングを1人見計らっていた。

 

 

 セレナとウェルの刃が交差し、2人の力が真っ向からぶつかる。ウェルが起動させたアガートラームはフォニックゲインを得られない為に、セレナのガングニールよりスペックで劣る。だがウェルはシンフォギアの研究に携わっていたのだ。実力や経験のなさをカバーできるだけの膨大な知識を持っているのだ。真正面からぶつかり合えば、結局は五分五分の勝負になってしまう。

「お前のせいだ!お前さえいなければ!マリアは幸せでいられたのに!」

 ウェルは無数の短剣を召喚してセレナに差し向ける。セレナも直感的に槍で弾きながら短剣を回避する。何本かはよけきれずに体に刺さってしまったが、引き抜けばすぐに傷は塞がった。

「お前さえいなければって、私たちを引き合わせたのはあなたじゃないですか!」

「違う!あれはマリアの為だ!お前がどう思うと関係ない!」

 ウェルはセレナにとびかかり、セレナの首筋を狙う。セレナは槍ではじき返し、逆にウェルを突き刺す。しかしウェルは体の筋を逸らし、鎧で衝撃を受けた。

「マリアは間違いなく、英雄だった!絶えない人間の争いに心を痛めて、平和な、いつか見た未来を作るために必死だった!それなのに、お前はそれを踏みにじったんだ!」

 セレナとウェルの一進一退の攻防は続く。ウェルの剣が鎖のように展開し、セレナのリーチの外から攻撃を仕掛けてくる。セレナは槍に剣を絡ませて捨てることでウェルから剣を取り上げた。

「そのアームドギアも、元を正せばマリアのものなのに!貴様はそうやって何もかも奪い取るのか!」

「……私だって、好きでこの力を振るってるわけじゃない。本当なら、マリア姉さんとだって……!」

「そんなのただの言い訳じゃないか!結局君はただの人殺しだ!」

 ウェルの言っていることに偽りはない。事実、この世界のマリアは、武装蜂起事件の最後でセレナとの一騎打ちの末に敗れて死亡したのだ。

「この死体風情が!胸のシンフォギアに生かされているだけの人形がぁ!」

 ウェルは短剣を引き抜いて、セレナに向かってくる。セレナは捨てた槍を拾って巻き付いた剣を払って、振り向きざまにウェルの腹を突き刺す。鎧に守られていないその部分は、セレナの槍を易々と貫いた。そして完全に槍がウェルの体を貫くと同時に、槍の刃先が展開する。そこから周囲に赤い粒子が展開されて、ウェルのギアが強制的に解除され生身の体に戻る。ギアが解除されると同時にセレナは槍を引き抜いて、ウェルの体を引き抜く。

「ぐっ……。何故だ……!なぜ負ける!死体ごときに!」

「……」

 セレナは、ウェルが投降してくるようならそれを受け入れるつもりでいた。セレナとて無作為に殺したいわけじゃない。だが、ウェルにその意思はないうえに、このまま生かしておけば自分の秘密を周囲に言いふらすつもりなのだろう。ならば、この場で始末してしまうしかない。

「あの黒いLiNKERは、エボリュウ細胞を組み込んで僕がさらに改良を加えたものなんだぞ!それなのに!」

 ウェルは2本目の黒いLiNKERを取り出して、再度投与しようとする。セレナはその前にウェルに止めを刺そうとする。

「そうだ、もっとだ……。もっと力があれば、こんな化け物なんて倒せるんだ。エボリュウ細胞!もっと力をよこせぇ!」

 だがウェルの方が早く、黒いLiNKERを投与してしまった。ウェルはそのままアガートラームを再起動させるつもりだったのかもしれないが、ウェルの体に異変が訪れた。

 それは短時間にLiNKERを投与しすぎた結果なのか、それとも上がりすぎた適合係数とエボリュウ細胞の何かしらの反応が起きたのか。全身から電撃を発しながら異形へと変貌し、更に肥大化していく。

「モット力ヲオオオオオオ!」

 変貌し終えたウェルは何かにとりつかれたかのように叫び声をあげた。それは力なきものが力を求め続けた哀れな末路のようであった。愛するものを喪った絶望に囚われ、その復讐に駆られた男は、異形進化獣エボリュウとなり果ててしまった。

 セレナはシンフォギアを解除して、キングジョーに変身することも考えたが、ガリィから渡されたデバイスがあったことを思い出し、アタッシュケースの傍まで戻る。

 アタッシュケースを取り出し、ゴモラのスパークドールをデバイスの読み込み部分にかざした。

『CYBER GOMORA realize 』

 スパークドールズがデバイスに吸い込まれていくと、光となって射出されてサイバーゴモラとして実体化した。

 サイバーゴモラはエボリュウに掴みかかり、軽々と投げ飛ばす。更に両手の爪でエボリュウを切り裂き、断面から黒い液体が垂れてくる。

「図ニ乗ルナァ!」

 異形へとなり果ててもウェルとしての自我は残っているのか、サイバーゴモラに襲い掛かる。全身からめちゃくちゃな方向に電撃をまき散らしながら、サイバーゴモラに掴みかかり電撃を纏った両手のムチを打ち付けた。しかしサイバーゴモラは少し怯む程度のダメージしか受けていない。

 それからもエボリュウの攻撃は続いた。もっと力を、もっと力をとうわごとのように叫びながら何度も何度もサイバーゴモラに鞭や電撃を浴びせたが、それがサイバーゴモラに響くことはなかった。

 もはや、目の前にいるのは敵ですらない。マリアを喪ったという現実を乗り越えられず、セレナに復讐することにとりつかれた哀れな怪物でしかない。

 サイバーゴモラはエボリュウをいとも容易く組み伏せ、両手の爪を深々とエボリュウに突き立てた。エボリュウはもだえ苦しみながらも電撃で反撃したが、サイバーゴモラはびくともしない。

「モットオオオオ!モット力ヲオオオオオオオ!」

 セレナはこれ以上ウェルの悲しい叫びを聞いていられず、サイバー超振動波で仕留めようとした時だった。

 突然エボリュウが電池が切れたようにピクリとも動かなくなったのだ。そして光の粒子となって消滅してしまった。セレナはそれを見届けるとサイバーゴモラを撤退させ、手元に戻ってきたスパークドールとデバイスをケースの中に戻した。

 そしてエボリュウが消滅した地点へと急いで向かう。ここからはそう遠くはない、アンチLiNKERが効いている時間もそう長くはない。まだウェルが生きているのなら、とどめを刺す必要がある。

 エボリュウが消滅した地点に到達すると、誰かがウェルと一緒にいるようだった。ウェルがその人物に何かを告げており、その人物の顔が驚愕の色に染まっているのが見える。

 ウェルはその人物にすべてを告げて、最期に安らかな表情を浮かべて事切れた。

 最期にウェル博士が会って、。なぜならその人物は、今朝別れたばかりのマリアだったのだから。

「マリア、姉さん……」

「セレナ?」

 ウェルが事切れたのは遠目でもわかったので、セレナは纏っていたシンフォギアを解除した。だが、なぜマリアがここにいるのかが理解できない。それにもしかしたら、先ほどの話もすべて聞かれてしまったかもしれない。

「どうしてここにいるの?」

「セレナが心配になったの。だって、セレナ、すごい辛そうな顔をしてたから……。そしたらDr.ウェルがいたのよ。ねえ、今の話、本当なの……?」

 マリアはウェルからすべてを聞いてしまったようだった。セレナが必死に隠し通してきた、マリアを殺してしまったという事実を、ウェルのせいで全部ばらされてしまった。

「……そうだよ。その人の言ったことは本当だよ。今まで、隠してたのは、そのことを知られたくなかったから」

 セレナの衝撃の告白を聞いて、マリアの動揺がより大きくなった。もう下手に隠しても仕方ない。()()()()()()()誤魔化しても、いつかはバレてしまうのは分かっている。ならば、ここでいっそ潔く明かしてしまおうと考えたのだ。

「そう……。でも、セレナにも何か事情があったのよね?言いたくなければ、言わなくていいわ……。無理に聞いちゃ、いけないことだものね」

 マリアはセレナを責め立てることも問いただすこともしなかった。ただ伏し目がちであり、必死にいつもの優しいマリアを取り繕うとしているのが見える。セレナは自分の秘密を知られてしまったという事は、次にすることは、一つである。自分の秘密を知ってしまった以上は、生かしておくわけにはいかない。

 立花小夜は融合症例である。マリアのようにLiNKERを投与する必要も、ペンダントを取り出す必要もない。この場で聖詠を詠えば、すぐにでもマリアも殺すことができる。

 セレナはマリアに救いを求めていたのだ。自分を人殺しであると知らないマリアならば、姉妹関係のやり直しができると思っていた。人殺しであるという現実から目を背けさせてくれる心のありどころになってくれると思っていた。

 その為に、セレナはできることは全部してきた。S.O.N.Gのデータベースの自分に関するデータはロックをかけて、並行世界の装者からは立花小夜という存在を知られないようにと尽くせる手は尽くしてきた。

 自分はセレナ・カンデンツァヴナ・イヴであると振る舞い、前線には立たずにシンフォギアを使わないことでガングニールの装者であることも徹底的に隠してきた。

 あくまで自分はセレナであると振る舞い続けることで、『立花小夜がマリアを討った事で、F.I.S武装蜂起事件は終幕を迎えた』という事実に辿りつけないようにした。

 だが、現実は異なるものだった。誰かのお節介のせいで、自分がこの世界のセレナであると露呈され、クリスが敵の罠で過去に飛ばされたせいで自分が小夜であるという事も知られ、そして、マリアが心配してついてきてしまったせいで、自分がマリアを殺したという事実も知られてしまった。

 並行世界のマリアは、自分に優しい姉だという事は分かっている。セレナに気を使って、いつも通りのマリアと振る舞おうとしている。

 この世界の立花ヒビキもそうだった。優しい姉だった彼女も、マリアを殺さざるを得なかった自分に同情し、小夜を救うために奔走した結果、暴走して世界を敵に回してしまった。並行世界から来た翼も、自分が並行世界の人間であることを突き止めた瞬間、今にも切りかかってきそうな気迫を見せた。

 ならば、目の前のマリアもきっと変わってしまうのだろう。セレナを救おうと苦心し、ヒビキに手を貸してしまうかもしれない。そうなってしまったら、自分のせいで並行世界の装者もバラバラになってしまう上に、またしてもマリアを敵対することになる。

(あぁ、そうか……)

 一番の秘密を知られてしまったセレナは、一つの結論にたどり着いた。非常にシンプルで、簡単な答えである。

(もう一回、最初からやり直せばいいんだ……!)

 セレナはゆっくりとマリアに歩み寄り、隙を伺う。セレナの導き出した答えは、マリアが敵に回る前に殺してしまうというものだった。

 可能性の数だけ存在する並行世界。それならば、様々な可能性のマリアがいてもおかしくはない。だからこそ、このマリアに執着する必要はないのだ。いくらでも替えが利くのならば、一人や二人を殺したところで変わりはない。あの時と同じようにすればいい。セレナは自分に必死に言い聞かせて、覚悟を決める。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 ガングニールのリーチに入ったところでセレナは聖詠を詠い、シンフォギアを展開する。槍を構え、マリアの心臓めがけてセレナは一直線に突き出した。

 マリアは直前で察知したようで、セレナの槍を回避した。

「セレナ!?」

 槍を回避できたのは、完全に無意識の行動だったようで、セレナが攻撃してきたということにマリアは驚いていた。

「どうしたのセレナ!?」

 セレナは黙って槍を構えなおす。きっとマリアは自分をせき止めようと説得するだろう。そうなってしまえば、セレナの心が揺らいでしまう。そうなってしまえば、本当にセレナが望んでいたものが手に入らなくなってしまう。

「セレナ!やめて!槍を収めて!」 

 マリアは相当訓練でも積んでいるのか、完全にセレナの攻撃を見切って回避してしまう。先ほどからの攻撃をすべて紙一重で回避している。

「セレナ!何とか言って!」

「違う……」

 マリアは、LiNKERを取り出すこともしなければ、シンフォギアを構えることもしない。セレナは、自分のためらいを断つためにも、マリアに隠し続けてきた真実を話す。

「私は、立花小夜。立花ヒビキの義妹!セレナじゃない!」

 セレナは、立花小夜として槍を振るう。マリアは突然の宣言に驚きを隠せず、動きが鈍った。

 もう一度、もう一度だけでいいのだ。初めからやり直して、自分は人殺しであるという事実をなかったことにする。例えその過程が矛盾に満ちていたとしても、小夜はそれを貫き通すのだと決めたのだ。

 アンチLiNKERを投与せずにギアをまとった以上は、何度か死ぬかもしれない。でもいいのだ。13歳の時に、自分はフィーネの策略で死んでいるのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。初めから死んでいる以上、何度死のうが関係ない。

 小夜はもう一度やり直すために、アームドギアの握りなおした。




S.O.N.G怪獣図鑑
異形進化怪獣 エボリュウ
体長:52メートル
体重:5万3千トン
ステータス
力:★★☆☆☆
技:★★★★☆
知:★★★☆☆

 ウェル博士がエボリュウ細胞を過剰投与したせいで変貌した姿。通常のシンフォギアにおける、XDモードに相当する形態ではあるが、力が暴走してしまい、かえってパワーダウンしてしまっている。
 完璧に使いこなせていたならば、アガートラームのアームドギアも展開できたが、ウェル本人が制御できていないので、もっと力を、もっと力を、と暴れまわる怪物と化してしまった。
 その姿はマリアを喪ったという空白に耐え切れず、復讐固執し続けた哀れな男の末路、といえるのかもしれない。


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第18.5話「望まぬ力と、空虚な笑顔」

 元々、19話冒頭の回想シーンの予定でしたが、長すぎたので分割しました。
 NEO世界で起こったことの顛末や、セレナの胸中描写が中心ですはい。


 1年前、フィーネと対峙した時、彼女は言った。私は13歳の時に遭った事故で、死亡し、シンフォギアを体内に埋め込んだことで完成した融合症例第1号なのだと。

 レイオニクスギアを無条件で起動できる私は、いわば生きたバトルナイザーだって。私はショックで動けなくなって、戦えなくなってしまったが、お姉ちゃんや、シラベが励してくれたことでもう一度立ち上がることができた。

 初めのうちは制御できなかったキングジョーへの変身をしっかりと制御することができるようになり、フィーネが作った最強の怪獣を撃破し彼女を倒した。

 その余波で、月の一部が欠けてしまったけど、それでも世界の平和を守ったんだから、誰も私たちを責めなかった。

 後にルナアタック事件と呼ばれるこの事件で、私は人知れず世界を救った。いや、後にして思えば、救っちゃった、というほうが正しいのかもしれない。

 ルナアタック事件に関わった後、私たちの素性はあっという間に調べられ、アメリカのCIAのエージェントとして働いていたマリア姉さんにも、すぐに届いた。

 私が生きていると知った姉さんは、私が日本の生体兵器として改造されたと思い込んでいたらしい。そして半年後、リディアンの高等部に進学した頃にマリア姉さんは行動を起こした。

 ノイズとウェル博士の怪獣を使った分断作戦に私たち3人は完全に分断されて、ウェル博士の怪獣に負けた私はそのまま拉致された。

 姉さんたちが拠点としていた豪華客船で目を覚ました私は、セレナとして暖かく迎えられた。姉さんと、同じ施設出身で数少ない生き残りの暁キリカさん、そして姉さんの保護者のナスターシャ教授、みんないい人だった。

「いいですか皆さん!私たちのマリアの妹、セレナの奪還に成功しました!これで、あの国に報復をすることができます!」

 そして、マリア姉さんの支援者であるウェル博士と、姉さんたちに賛同した傭兵の人たち。争いのない平和な世界を作るという名目で活動するテロリスト集団、それが武装組織F.I.Sの実態だった。

「幸い、向こうは私たちの対策で手をこまねいている様子……。日本を叩くなら今です!セレナを苦しめた、あの国に天誅を下しましょう!正義の一撃作戦を発動します!皆さん、明るい未来を!」

 明るい未来を、と賛同した彼らは行動を起こした。マリア姉さんたちは、今の世界を壊して、平和な新しい秩序を作るらしい。

「姉さん!おかしいよ。どうして、平和な世界を作るのに、こんなことをするの?」

「ごめんなさい、セレナ。でもこれは必要な犠牲なの。今のままだと、世界は広すぎるの。だから、争いのない平和な世界に作り替えるの」

 私はマリア姉さんの言葉に、なんて言っていいか分からなかった。姉さんと離れて10年ぐらいだったかもしれないけど、何が姉さんを変えてしまったんだろう。

 後で聞いた話だけど、二課で私の足取りは掴んではいたらしい。だけど下手に国外でシンフォギアを出動させれば、日本の最重要機密に関わるから、二課は出動できないかったらしい。それでもお姉ちゃんは命令を無視して出動しようとして、懲罰房に入れられていたらしい。

 私に割り当てられたのは、異様と言えるレベルで豪華な個室だった。まるで一流ホテルの一室みたいな部屋で、私が好きなものしか置いていない、どこか歪んだ部屋だった。

 私は基本的にはそこに閉じ込められて、必要な時だけ姉さんに連れ出されているというペットみたいな生活を送っていた。

 そして私を助けに来たのは、シラベだった。確かに、幻覚一転特化型のシラベのギアなら、確かに一切誰の目にも触れられずにここまで来れる。それでも失敗が許されないので、かなり危ない賭けだった。

「お待たせ。逃げるよ」

「待って、姉さんと話を―――」

 シラベは私の話を聞かないで、神獣鏡のアームドギアで勝手に転移して船の外に出た。流石にシラベも方向も分からない場所へは転移できないようで、私たちは試作品の光学迷彩を使った二課の潜水艦に乗って、脱出した。危うく迷彩が切れて二課の存在がバレるところだったらしい。

 そして帰ってきてからというものの、私はなぜ狙われたのかという事について問いただされた。セレナとは何なのかと。どうやらお姉ちゃんたちを陽動していた姉さんが言っていたらしい。

 隠す理由もないので、私は自分の過去について明かすことにした。

「私が、セレナです。マリア姉さんの実の妹で、小夜は、お義父さんに助けられた時にもらった名前です……」

 私の告白に、周囲がどよめいたのを今でも覚えている。当然だ。だって今まで言う必要はなかったのだから。

 私が正体を明かした数日後、脱走したことを知ったマリア姉さんたちは、すぐに私の引き渡しと全面降伏を求めてきた。もし要求が通らなかった場合、核を日本に発射すると宣告してきた。

 私たちは、核発射を阻止するために再度マリア姉さんたちのいる船に乗り込むことになった。

 そして、私にとって忘れられないあの時がやってきた。核兵器発射20分前。マリア姉さんが首に下げた制御装置を破壊すれば、安全装置が働いて核発射を阻止できるという状況に私はいた。当然、マリア姉さんがそれを許してくれるはずはなかった。

「どうして?こんなことをしても、私たちみたいな人たちを増やすだけだよ!?」

「セレナこそ、どうしてわかってくれないの?こんなに争いのある世界だからこそ、誰かが絶対的な支配者にならなきゃいけないの!これは、私たちが勝ち上がるための第一ステップなのよ!」

 マリア姉さんは、私と生き別れてしまったことで変わってしまったのかもしれない。私の記憶の中の姉さんは優しくて、少し引っ込み思案な所があるけど、しっかりしていた。でも今の姉さんは、ただの世界の平和を脅かすテロリストにしか見えない。

「いいわ。セレナ、あなたのすべてを賭けてかかってきなさい」

 話が平行線になると踏んだ姉さんは、実力勝負で私と決着をつけようと提案してきた。でも、私はシンフォギアの力を姉さんと戦うために使いたくはない。

「私が勝ったら、このまま核は発射される。あなたが勝てば、この制御装置を上げるわ」

 マリア姉さんは槍を構えて私と向き合う。戦わない、という選択肢は私には無かった。応戦するしかなかった。

「人生最高の10分間にしましょう」

 その言葉を皮切りに、私とマリア姉さんの最後の戦いが始まった。他の装者の力を奪う、という私のアームドギアの特性は、姉さんと相性がいい。だが姉さんはシンフォギアに依存しない強さを誇っている以上、過信はできない。

 私はすぐに姉さんの槍を奪い取って、自分のものにした。即座に捨てて、マリア姉さんに降参するように言ったが、聞く耳を持ってもらえなかった。

 結局行きつくところは同じだった。お互い素手での殴り合い、それがこの戦いのすべてだった。文字通り、お互いの全てをぶつけあい、すべてをさらけ出し、ほぼ相討ちまで勝負を引き延ばした。

 そして核発射まであと2分というギリギリの状況で、姉さんの足をとって、何とか転ばせた。

「……それ、外してよ」

 姉さんを殺したくない。私は姉さんとも一緒に暮らしたいと思っていた。だから、首元から装置を外すように迫った。

「嫌よ。もし核発射を止めたいなら、私ごと貫きなさい」

 姉さんも譲る気はなくて、自分の体すらも盾にした。そこまでできる理由も分からなかったし、

「どうせ私には戻る組織も、国もないもの。ここで何もできないなら、死んだ方がマシよ」

「できないよ……」

 私はそれができなくて、槍の刃先を姉さんからどけようとした。でも姉さんはなぜか、私の槍を掴んで、自分の胸の前で固定した。

「あなたは戦士なのでしょう?なら、任務を遂行しなさい」

 それは、姉さんが私に送ってくれたエールなのかもしれない。それとも、私の甘い覚悟にいら立っただけなのかもしれないけど、今となっては分からない。

 それから何度も説得を試みた。でも、姉さんの心が傾いてくれることはなく、時間も刻一刻と迫ってきた。

 残り1分を切った時、私は覚悟を決めて、全力で叫びながら槍を振り下ろした。後悔を振り切るように、できるだけ何も感じないように。

 だけど、あの手ごたえを覚えている。機械を踏み砕いた感覚と、肉を裂く感覚。命を奪う感覚だけは、絶対に忘れることができなかった。

 姉さんの体には、深々と槍が突き刺さり、私はその場で泣き崩れた。救えなかった。この力で一番救いたかった命を、奪ってしまった。

 でもマリア姉さんは、私の頭を優しくなでてくれた。その表情も憑き物が落ちたみたいに安らかなものだったのも覚えている。

「強くなったわね、セレナ」

 違う。

「ここまで強くなったのなら、これから先も大丈夫よ。あなたは優しくて強い子だもの。はっきりと分かったわ」

 こんなんじゃない。

「ほら、行くべき場所があるんでしょう?行きなさい。あなたの居場所に」

 私が望んでいたのはこんな結末じゃない。

 姉さんを殺したという事実が受け入れられなくて、その場で泣き崩れた。

「大丈夫、あなたの生命(いのち)の輝きなら、この先だって……。ほら、泣かないの」

 辛くて仕方がないはずなのに、姉さんは私を励ましてくれた。もしかしたら、これが姉として、姉さんが一番やりたかっだったなのかもしれない。もしそうなら、私たちが10年も経って、やっと姉妹に戻れた瞬間なのかもしれない。

「ねえ、セレナ。私の最後のお願い、聞いてくれる?」

 今にも途切れそうな声で、マリア姉さんは私に問いかけてきた。私は即座にうなづき、マリア姉さんはかすかに笑った。

「……ありがとう。じゃあ、連れて行ってくれるかしら……あなたの……作る、懐か……し……い……未……来へ……」

 それがマリア姉さんの最期の言葉だった。最後の力を振り絞って、私にその言葉を託してマリア姉さんは事切れた。

「小夜!」

「マリア……?」

 私たちが戦っている裏で、足止めをしていたはずのお姉ちゃんと、されていたウェル博士がほぼ同時に出てきた。私が、マリア姉さんを殺してしまったという事実しか見られていないようだが、最悪の状況を見られてしまったのだ。

「お前……殺したのか……?自分の姉を?」

「大丈夫!?」

 お姉ちゃんは抜刀してウェル博士の前に立ちはだかる。ウェル博士の手にはソロモンの杖が握られているが、ショックのあまり動けないでいるようだった。

「どうして、マリアを……?この人殺しが!マリアの事も何も知らないでぇ!」

 ウェル博士はソロモンの杖でもって、私たちをノイズの物量作戦をしかけようとした。だが上空で待機していたヘリから、直接飛び降りてきたゲンジュウロウさんに蹴り飛ばされ、ソロモンの杖は太平洋の水底に沈んでいってしまった。

「クッソ……許さない……。僕は絶対に、お前を許さないっ!絶対にマリアの仇をとってやる!」

 そう捨て台詞を吐いてウェル博士は逃げていった。私は何もできずに呆然とするだけで、なにもできなかった。

 それからはお姉ちゃんもゲンジュウロウさんも何も追及することはなく、私とマリア姉さんをヘリに乗せてその場から撤退した。

 F.I.Sの武装蜂起事件の後、キリカさんとナスターシャ教授が逮捕されて、重要参考人としてアメリカ政府から取り調べを受けることになったらしい。

 私は、核発射を阻止した『立花小夜』として、『英雄』として大々的に表彰された。日本の偉い人からも英雄として表彰され、今まで見たことがない額の報奨金も貰った。こんなお金を持ったのは生れてはじめてかもしれないというレベルだ。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは核を打ち込もうとした狂人として扱われ、(セレナ)は最初からいないことにされた。

 日が経てば経つほど、姉さんを殺したという罪悪感や、英雄として扱われ続ける重圧に耐え切れず、とうとう生きているのが辛くなってきた。

 学校も休んで、もう生きているのが辛くなった私は姉さんの後を追って、自らも命を絶とうとした。

 だけど、死ねなかった。

 自害、毒、飛び降り、首つり、入水、練炭、ネットで調べられる限りのありとあらゆる方法を試しても死ねなかった。

 実はマリア姉さんとの戦いで、私が奪った姉さんのアームドギアや適合係数が私の中に残ったままになっていたのだ。

 そのせいで私の適合係数は2倍という信じられない上がり方をしてしまった。キャロルさんの検査で判明したことなのだけど、私の胸のガングニールが異常活性していて、私自身が完全聖遺物に近いものになってしまったらしい。

 もはや生きたバトルナイザーではなく、人の形をしたバトルナイザー。それが今の私だった。

 そして最悪なことに、お姉ちゃんに首を吊っている所を見られてしまった。私が死ぬ方法は一つだけ。胸のガングニールを神獣鏡の力で除去する事。シラベが神獣鏡の適合者だから、シラベが手を貸してくれればすぐにでも私のガングニールを除去できる。

 シラベもキャロルさんを介してそのことを知っていたらしく、私に会ってくれなくなった。自爆しようとしたキリカさんを庇って入院してたらしいけど、退院したかどうかは聞いていない。

 私がどうしていいかわからなくなった時、各国の聖遺物を収容していた深海の竜宮が襲われたというニュースが私たちの所に入ってきた。現状戦える装者は私だけだったので、当然私が行くことになった。

 小型の潜水艇を使って、キャロルさん達より先に深海の竜宮似た入ると、中は悲惨な状況だった。警備員の死体、破壊された壁、収容スペースからことごとく姿を消した聖遺物。

 未だ億からは銃声が聞こえていて、襲撃してきた誰かはまだこの場に残っているようだった。

 私が奥に辿りつくと、ありえない人間と出会った。

「小夜、久しぶり」

 それは、お姉ちゃんだった。お姉ちゃんと最後に会ったのは、私が首を吊った時だ。あの時はお姉ちゃんがすぐに縄を切って私を助けてくれたけど、あれから、お姉ちゃんは私の前から姿を消していた。

「どうして……?」

「大丈夫だよ。すぐ終わるからさ」

 天羽々斬を纏っているお姉ちゃんは、返り血で濡れていて、そんな姿なのにいつもみたいに笑って見せた。そして足元には、聖遺物を収納しておくための特注ケースが大量に置かれていて、襲撃犯の正体がお姉ちゃんではないと否定できなくなった。

「だってさ、おかしいと思わない?どうして小夜は世界を救ったのに、こんな仕打ちを受けなきゃいけないの?どうして小夜がマリアさんを殺さなきゃいけなかったの?」

 それは仕方がなかった事、と私は否定したかったけど、でもお姉ちゃんの言葉は私がずっと考えていたことだった。お姉ちゃんのやってることは間違ってるって頭では分かってるのに、お姉ちゃんの言葉を否定できない。

「世界の平和は守られた、っていうけどさ。小夜が幸せになれない世界なんておかしいよ。どうして誰も小夜の幸せを考えてくれないの?」

 私自身の幸せ。それは今まで考えてもみない事だった。戦ってる間は死なないように毎日毎日を生きるので精いっぱいで、幸せになるなんて考えてもみなかった。

「でも大丈夫。私が小夜を幸せにしてあげる。さ、おいで」

 お姉ちゃんは私に手を差し伸べてきた。それは、いつかいじめっ子を追い払ってくれた時と同じ、私を守ろうとしてくれる顔だった。

 手を取れば、お姉ちゃんがまた私を守ってくれる。間違っているとしても、私の体を治せるのはお姉ちゃんについていくしかない。そう納得しかけた時だった。

「悪いけど、そりゃ乗れない相談だね!」

 私の背後から、知らない装者が現れた。長くて綺麗な赤い髪をたなびかせて、私の前に現れたその人は、大きな槍で私とお姉ちゃんの間に割って入った。

「事情はよく知らない。でも、人を殺してまで作った世界に何の価値がある?結局それは、お前の考える幸せをこの子に押し付けてるだけじゃないのか?」

 それが、奏さんと初めて会った時の事だった。お姉ちゃんは舌打ちをして、持っていた転移の小瓶で周囲の聖遺物ごと撤退した。

「悪いけど、私疲れてるんだよね。流石にシンフォギア装者を相手にするのは厳しいかな。今回は退いてあげる。でも、私は自分の方針を変えるつもりはないから」

 お姉ちゃんはそう言い残していった。キャロルさんやツバサさんも後から合流して、事態の惨状やお姉ちゃんが敵に回ったことを知った。

 

 

 それから事態は急変した。突如襲来した謎の怪獣が街を襲った。ザ・ワンと命名されたその怪獣のせいで、世界中は大混乱に陥って、お姉ちゃんを追うどころではなくなった。そして来訪者を名乗る宇宙人が宣戦布告をして、私は怪獣と戦わざるを得なくなった。

 奏さんがレイオニクスギアを発現させて、私と交代制でしばらくは戦っていた。だけど、奏さんはLiNKERが切れれば戦えないし、私も変身した後はケアをしなければ、()()()()してしまう。戦力不足なのは明らかであり、キャロルさんは奏さんを呼んだように、他の世界から装者を集めることにした。

 そして集められた6人の装者の中には、マリア姉さんも、お姉ちゃんもいて、私は喜んでいいのか分からなかった。

 ただ、また同じことを繰り返してはいけない。私の正体やこの世界で起きた事件について知られてしまえば、私を救う為にきっとよくない結果を招いてしまう。

 だから、私は『セレナ』でいようと決めたのだ。

 並行世界の姉さんたちには、ただ敵を倒してもらって、それで帰って貰えばいい。私を救おうと思ってもらわなければいい。

 キャロルさんも、私が立花ヒビキの義妹だと知られるのは、あらぬ疑いを招きかねないからと、この考えに賛成してくれた。データベースの情報にロックをかけて、表面上は立花小夜という人間は存在しないことになった。

 

 

 それなのに、私の正体がクリスさんやお姉ちゃんにバレてしまった。しかも最悪なことに、私が姉さんを殺した事実をウェルにバラされてしまった。

 もうどうしていいかわからない。並行世界の姉さんは、私を人殺しとして避けるのか、私を憐れみの眼で見るのか。どちらにしても、姉さんも変わってしまう。姉さんには何も知ってほしくない、私のマリア姉さんでいてほしいのだ。もう何も知らない姉さんに戻らないなら、もう一回やり直すしかない。

 たとえそれが、もう一度姉さんを手にかける事だとしても。 




S.O.N.Gデータベース
第5号聖遺物「セレナ」
 立花小夜の死体に、天羽カナデが遺したガングニールを埋め込むことで完成した聖遺物。
 天羽々斬に適合したてのヒビキのフォニックゲインを浴びて『起動』した。親族には重体で面会謝絶と説明し、本人は『治療』と説明して家族と3年間離れて暮らしていた。
 レイオニクスギアを展開した場合、小夜の体が変化するので、通常のものと比べて経験値の蓄積で成長するというバトルナイザーと同じ戦力となる。
 一見すると普通の人間と大差はないが、実際は死体なので胸のガングニールが健在であれば、死亡しても機能停止するだけで一定時間たてば再起動する。
 融合症例としてシンフォギアを展開できるが、あくまで副次的なもので、フィーネは予備のバトルナイザーとして彼女を確保していた。
 その為、この世界ではクリスはフィーネに拉致されずに二課所属の装者になった。

 人間に見えるが、実態はバトルナイザーの為、レイオニクスがいれば本人の意思にかかわらず支配下に置くことができる。


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第19話「覚醒の剣」

S.O.N.Gデータベース
マリア・カデンツァヴナ・イヴ(NEO世界)
 故人。享年18歳。
 生き別れた並行世界のセレナの実の姉。
 セレナが洸に助けられた後、セレナは死んだと思い込み、自暴自棄になってF.I.Sのモルモットとして幼少期を過ごしていた。体も本編世界以上に改造されているので、LiNKERがいらないレベルにまで適合係数が上がってしまっている。
 セレナが生きていると知った時には、日本に拉致されて自分のように改造されたと思い込み、思想に賛同したものを連れて武装蜂起事件を起こした。
 事件の終盤、「立花小夜」によって討たれ、その生涯に幕を下ろす。公には死体は海に沈んだことになっているが、二課の手により立花家の近くに無縁仏として埋葬されている。


 マリアはLiNKERを投与してアガートラームを纏った。目の前の小夜をおとなしくさせて、一度話をするためだ。小夜の槍を受け止めて、奪い取ろうとするが、小夜は抵抗する。

「セレナ!落ち着いて!一体どういうことなの!?」

「ソイツに全部聞いたでしょ?私はこの世界の私!立花小夜。この世界のマリア姉さんを殺した、ただの人殺しだよ」

 小夜はマリアと話をするつもりはなく、マリアを振りほどいて槍を握り直す。マリアも仕方なく剣を構えて応戦する。できればセレナに傷をつけたくはないが、こうなってしまって戦う以外の選択肢は残されていない。

「待って!じゃあなんで私に襲い掛かってくるの?!こんな口封じなことをしなくたって、きっとあなたの力になれることが―――」

「私、そんなこと頼んでないよ」

 マリアの言葉を遮るように、小夜は槍を振り下ろした。マリアは剣で槍を弾き、バランスを崩した小夜が後退する。

「私さ、一度でも助けてって頼んだ?姉さんは部外者の癖に、私の問題に入ってこないでよ」

 小夜の表情は俯いていてわからない。だが、小夜が自分を拒んでいるのがはっきりと分かる。だとしても、マリアが小夜に歩み寄らない理由にはならない。

「誰かを助けるのに理由がいるの?そうやって抱え込まないで、私にも協力させてよ!」

「うるさい……」

 小夜はそれでもマリアを拒絶した。彼女は今でこそ大人しくしているが、今にも襲い掛かってきそうだ。

「私さ、2年前に死んでるんだよ。私はガングニールの力で動いてるだけで、結局はただの死体だよ。そんな私を救うってどうするの?殺してくれるの?」

 小夜の告白に、マリアも言葉が詰まってしまった。マリアは、セレナに笑って幸せになってもらいたい。だけど、融合症例の治療ができる未来に小夜を攻撃させれば、彼女にも人を殺したという十字架を背負わせてしまう。

「結局さ、マリア姉さんは赤の他人なんだから黙っててよ。外の世界から来て、こっちの事情に踏み込んでこないでよ!」

 わずかに見えた小夜の眼には、諦め、絶望といった彼女が抱えてきた闇が顔をのぞかせていた。小夜はしびれを切らして槍を握りなおして襲い掛かってくる。マリアはどうにかして小夜を救得ないかと考えるが、それより小夜が襲い掛かってくる方が早い。

「関係あるわよ!世界は違っても、私はあなたを妹だと思っているもの!私だって、昔を乗り越えたから今があるの。だから、きっと立ち直れるはずよ!」

「黙れ!私はマリア姉さんみたいに強くない!」

 マリアは小夜の攻撃をいなしつつ、何とか言葉を紡いでいくが、それでも小夜の心には届かない。オマケに小夜はこちらの攻撃を防御することも回避することもしないので、戦いが長引けば長引く程小夜の体に傷がついていく。傷は即座に回復してしまうので大したダメージにはなっていないが、それが余計にマリアを追い詰める。

「私は強くなんかないわ!ただ、自分は弱いって受け入れただけ!だって、大切なのは自分らしくあることだから!」

「それはマリア姉さんが強いからそう言えるんでしょ!?名前も、立場も、夢も、この力も、全部他人に作られた偽物の私の自分らしさって何!?」

 それでも、マリアは説得を諦めなかった。LiNKERの時間は刻一刻と迫っているが、小夜を救うためならそんなことを気にしている場合ではない。

 だがマリアは小夜にかける言葉が徐々に見つからなくなってきた。マリアとは真逆の存在と言える立花小夜という少女を救うには、今のマリアには難しい。だとしても、それが小夜を見捨てる理由にはならない。たとえ命がここで果てるとしても、『セレナに笑っていてほしい』という思いはなんとしても伝えなければならない。

 小夜とマリアの実力は完全に拮抗し、マリアのLiNKERの効果時間が切れるのは時間の問題だった。

 だが小夜の動きが止まり、マリアと少し距離をとった。マリアは話をする気になってもらえたのかと少し希望を抱いた。

『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl Gatrandis babel zigguratedenal Emustolronzen fine el zizzl』

 そんなマリアの思いとは裏腹に、小夜は呼吸を整えて詠い始めた。絶唱。小夜が確実にマリアにとどめを刺そうとしているのは火を見るより明らかだった。

 小夜の体が光に包まれ、アームドギアと一つになっていく。

 それは、運命に翻弄され続けた彼女が自由になりたいと願った姿なのか、それとも誰とも関わりたくないという拒絶が現れた姿なのか。小夜が変異したその姿は、エイのようなステルス戦闘機だった。

「これ以上、私の心に土足で踏み込んでこないで」

 小夜はマリアが聞いたことがないような冷徹な声で、そうつぶやいた。

 その言葉を最後に小夜は飛び去り、マリアめがけて突撃しながらミサイルを発射してきた。ミサイルは非常に小型で、イチイバルのものと比べてもけん制程度のものでしかない。だがそのせいでマリアが逃げる隙間は確実に減らされており、突っ込んでくる小夜の軌道上へと誘導される。

 マリアは降り注ぐミサイルを払い落としながら、少しでも退路を確保しようとするが、それでも小夜が突撃してくる速度の方が早い。

(こうなったら、仕方ないわ……)

 イグナイトモジュールを使うことも考えたが、空を飛べる小夜相手に剣では分が悪い。マリアは絶対に使いたくなかった手を使わざるを得なかった。

 マリアは短剣を右腕のユニットに、短剣を()()()()()()()()新しい技を発動させる。右肩から鋭い砲身が出現し、エネルギーをチャージが始まった。LiNKERの効果時間から言って、この砲撃が使えるのは一回しかない。回避されないためにも、できるだけ小夜を引きつけなければならない。

 小夜を限界まで引きつけて、マリアは貯めていたエネルギーを解放した。

 砲身から放たれたエネルギーの反動で、マリアの体が大きく反れてしまった。結果として、レーザーの軌道は大幅にズレてしまったが、ステルス戦闘機ごと小夜の体を貫いた。絶唱が解除され、胸に穴が開いた小夜の体が地面に叩き付けられた。だが、既に再生が始まっていてまもなく完全な状態に戻るだろう。

 マリアは全身から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。まだ調整中の大技だったが、小夜を止めることに成功した。本当に不死なのかは定かではないが、小夜を止める為にはあの技を使わざるを得なかった。

「素晴らしい。見事な戦いでしたよ」

 突如として目の前の空間が歪み、満身創痍のマリアの前に1人の宇宙人が現れた。小夜は未だにぐったりとしていて動かない。

「お初にお目にかかります。私はメフィラス星人ジュピア。以後、お見知りおきを」

 ジュピアはわざとらしいほど深々とお辞儀をした。

「本当、シンフォギア装者というものは厄介なものです。私たちと違って、スパークドールズを用意しなくても怪獣を使役できて、尚且つ本人の戦闘力もそこそこ。私たちでは対処に困ります。では、どうすればいいか。答えは一つ。潰し合わせればいいんですよ。まあこの結果は想定外のものでしたが、結果的に目標は達成できたのでよしとしましょう」

 ジュピアの口から語られたのは、信じがたい事実だった。しかも装者同士を分裂させるのが狙いだったのなら、必然と一つの答えが現れる。

「まさか、切歌が脱走したのは……!」

「ええ。イガリマの装者は本当に素晴らしい。心が隙だらけの未熟者ですから。付け入る隙などいくらでもありますとも」

 マリアは満身創痍な体に鞭を打って、ジュピアに立ち向かう。対するジュピアは手元で何かを操作し、周囲の空間を歪めて大量の機械人形(ゴブニュ)を召喚して見せた。

「もしビエントだったら、あなたを剥製にして売り物にしていたかもしれませんが、あいにくそんな趣味はないのでね。摘み取れる芽は摘み取っておくに限ります」

 もう既にLiNKERは無い。ウェルが持っているかもしれないが、ウェルの死体は先ほどの衝撃で遠くに行ってしまって、セレナを見捨てることになりかねない。

 マリアはそれでもペンダントを構えて、死を覚悟した。例え命に代えても、セレナを守るとその胸に誓って。

 

 

 負けてしまった。小夜はあいまいな意識の中で、その思いだけが募っていた。

 自分が持てるすべてを出し切ったつもりだった。アームドギアの特性を起動させず、真っ向からの火力勝負で短期決戦を仕掛けたが、逆に決着を焦ったせいでマリアの大技を一身に受けてしまった。

 体の傷は既に癒えている。すぐにでも起き上がって、マリアを仕留めることだってできる。

 だけど、一度は負けてしまったという事実が小夜の心に重くのしかかる。覚悟は決めたつもりだったのに、マリアを殺そうとしてしまったという罪悪感、もう姉妹ではいられないと分かってしまう喪失感が小夜の心を支配し始めたのだ。

「セレナ」

 もうどうしていいか分からなかった時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。もう聞こえないはずの、懐かしいあの声が。

「姉さん……?」

 気が付くと、小夜の目の前には自分が殺したはずのマリアが立っていた。

「どうして姉さんが?」

「さてね。私はあなたの中に残った、マリア・カデンツァヴナ・イヴの残滓、最後に残った未練みたいなものかもしれないわ」

 小夜はすぐにでも目の前のマリアに抱き着いて、自分がしたことを謝ろうとしたが、自分の腕は虚しく空を切っただけだった。

「ねえセレナ。あなたの夢、聞かせて?」

「それは……」

 将来は、医者になる事。それが小夜がかつて掲げていた夢だった。自分の命を救ってくれた了子のような、立派な医者になりたいと。だが人生の目標としていたソレは初めから自分を利用していて、結局はフィーネに踊らされていただけだった。

 それからは、生き別れた姉に会いたいと、胸の中に秘めた願いとしてきた。いつか日本の外に出て、生き別れた姉を探す。それが小夜の密かな目標だった。その願いは最悪の形で実現してしまい、姉と死別することになってしまった。

「無いよ。私に夢を見る資格なんてない」

 それが小夜が導き出した結論だった。姉を殺し、自分だけが生き残ってしまった現実で、夢を見る資格など自分にはないと。

「そんなことはないわ。夢に必要なのは、夢みる勇気だもの。資格どうこうじゃないわ」

 マリアは小夜を優しく包み込み、耳元で優しくささやく。マリアの体は陽炎のように消え始めていて、それが妹に贈る最期の言葉なのだと小夜は直感的にわかってしまう。

「いい?光はね、影があるから光って言えるの。だから、自分の中の陰を消そうとしちゃだめ。優しく抱きしめるの。全部自分なんだって、受け入れて前に進むの」

 既にマリアのひじから先は見えなくなっていて、もう消えてしまうのも時間の問題のようだった。

「セレナ、行ってらっしゃい。世界中があなたを待ってるわ。良い夢、見つかるといいわね」

 その言葉を最後に、マリアは完全に消えてしまった。小夜はマリアの名前を呼んで引き留めようとしたが、目の前に広がっていたのは、血を吐きながら戦うマリアと、自分たちを取り囲むゴブニュの群れだった。

「やめてよ……」

 小夜が放った一言は、たったその一言だった。ボロボロになりながらも必死に戦う姉は、見てもいられないほど酷い様子だった。

「私なんか捨てて、逃げてよ!姉さんがボロボロになることはないよ!」

 マリアは小夜が目を覚ましたのを見て、逃げるどころか、むしろ不敵な笑みを浮かべて見せた。向かってくるゴブニュを殴り飛ばし、その度に鎧の隙間から血が流れる。

「私なんか?違うわ。あなただからよ。私はあなたに生きていてほしい。例えここで力尽きるとしても、後悔はしないわ!」

 ゴブニュを殴り飛ばしながらマリアは小夜に自分の覚悟を告げた。アームドギアも使わず、最低限の機能だけでバックファイアも最小に抑えているが、いつ倒れるかわからない。マリアはボロボロになりながらも戦い続けていた。

「お願いだから逃げて!私が生きてる意味なんてないよ!」

「だったら探せばいい!」

 マリアは声を振り絞りながら、小夜を叱責した。2人は世界の違う他人だが、マリアが小夜を奮い立たせようと言葉を紡ぐ。

「生きている意味は、後から、探せばいい!だから、だから―――」

 マリアはやっと見つけた。小夜に伝えたかった言葉を。かつての自分も奮い立たせてくれたあの言葉を、今度は小夜に贈る番だ。

「だから……生きるのを諦めないで!」

 その言葉を小夜に伝えたと同時に、マリアの体は限界を迎えて自動的にギアも解除されてしまった。

「いやあ、お見事。不完全ながらここまで戦えるとはお見事です」

 ジュピアはゴブニュを操作し、総攻撃を仕掛けるつもりのようだった。今の今まで、一体ずつけしかけて、わざとマリアを消耗させていたようだった。

「素晴らしい見世物を見せていただいたせめての礼です。一思いにやってあげましょう」

 マリアはボロボロになりながらも、足元に落ちたペンダントに手を伸ばす。もう一度ギアを纏えば命はない。マリアは小夜の為に死ぬつもりだった。

「ダメっ!」

 小夜は立ち上がり、マリアの前に落ちていたペンダントをかすめ取った。突然小夜が動き出したことにジュピアは驚き、ゴブニュが動きを止めた。

「自分らしさとか、生きる意味とか、正直分からない。多分これから先だって分からないと思う」

 小夜はペンダントを握りしめ、息を整える。

「私がもし、たった一つだけ、夢を見てもいいっていうなら、誰かのためのヒカリになれたらって思うの。だから……私は、私の闇を抱いたまま、光になる!」

 小夜の決意に呼応するように、胸に聖詠が浮かぶ。小夜はためらわずに詠う。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 聖詠と共に、新しいギアが小夜の体を包む。同時に周囲を閃光が覆い、マリアもジュピアも目を覆う。光が収束すると、そこにはアガートラームを纏った小夜が佇んでいた。

「私は前に進む。立花小夜として、セレナ・カデンツァヴナ・イヴとして。マリア姉さんが生きたこの世界を守るために!」

 小夜の手には、新たなアームドギアとして大剣が握られ、一振りでゴブニュの群れを振り払う。洗練されていない素人の剣だったが、それでも小夜は迷うことなくゴブニュの群れに向かっていき、次々と薙ぎ払う。

「そんな即席の戦力じゃ、私には届きませんね」

 ジュピアは次々とゴブニュを繰り出し、身を守る。小夜の攻撃はゴブニュの群れを薙ぎ払うには向いているが、精密さに欠けているのでゴブニュに守られているジュピアまで届かない。

 故に小夜は、マリアを抱えてゴブニュの群れを蹴散らしながらジュピアから離れた。別にここでジュピアを倒さなくてもいい。マリアを守れれば目的は達せられるのだ。

「セレナ。私たちのギアには、イグナイトっていう切り札があるの。今のあなたなら、制御できるはずよ」

 安全な所に移されたマリアは、セレナにイグナイトの存在を伝えた。小夜がまだアガートラームに慣れていないのなら、威力を上げてゴブニュごとジュピアを倒せばいい。それがマリアが考えた突破口だった。

「分かった。やってみるよ」

 小夜は一度、マリアから離れて、再びジュピアと向かい合う。イグナイトを起動させるために、胸の制御装置に手をかける。

「姉さん。見ててね」

 背後のマリアがどんな表情をしているかは分からないが、小夜は覚悟を決めてイグナイトモジュールを起動させた。

「イグナイトモジュール、抜剣!」

 起動したイグナイトが小夜の体を貫いた。同時に小夜の心にあの時感じた絶望、喪失感が襲う。生き別れの姉を自分の手で討たなければならなかったという、絶望。

 そう、あの時から、自分は何も見ないようにしてきた。自分の中に閉じこもって、誰も自分の心に入ってこないようにした。二度と傷つきたくない一心で、手を差し伸べた装者にも刃を向けた。

 だけども今は違う。必死に戦うマリアの背中、マリアから貰った言葉、それが自分を後押ししてくれる。

「私はもう闇を恐れない!皆の光が、私を呼んでいるんだッ!」

 あの日の、胸を貫かれたマリアの姿が脳裏をよぎる。小夜はそれを打ち払うように、心から叫び、マリアの幻を振り切る。

 するとイグナイトの制御に成功し、アガートラームが黒く染まり、追加の装甲がセレナの体を覆う。見た目こそマリアと似ているが、どこか響と同じ意匠が見られ、腰には加速するためのスラスター、そして首元には黒いマフラーが巻かれた。

「行くよ……」

 小夜は大剣を構えなおし、ゴブニュの群れに向かう。イグナイトを起動していられる時間は短い。ならば、余計なことを考えないでまっすぐ向かえばいい。

 マリアからある程度離れると、スラスターに点火して加速する。マフラーを使ってゴブニュを薙ぎ払いながら一直線にジュピアのもとへ向かう。

 ジュピアはゴブニュの群れを移動しながら、小夜を避けているようだが、今の小夜には多少の距離など関係ない。

 小夜の大剣が展開し、鞭のように周囲の敵を薙ぎ払いながらジュピアを狙う。既にジュピアの逃げ場はなくなっており、ジュピアごとゴブニュの群れは全滅した。同時にイグナイトの制限時間も終了し、通常のアガートラームに戻った。

「……こんな屈辱は初めてですよ」

 だというのに、ジュピアは生きていた。当たる直前で体を逸らしたのか、体に深々と傷を負わせたが、ジュピアは生きていたのだ。

「いいでしょう。あなたの名前は憶えておきましょう。この借りはいつか必ず……」

 捨て台詞を残して、撤退していった。小夜はギアを解除して、マリアに駆け寄った。マリアは小夜の戦いを見ている傍ら、助けを呼んでいたようで、手には通信機が握られている。

「姉さん、大丈夫?」

「ええ、何とかね。でもよかったわ。セレナが前を向いてくれたみたいで」

 ボロボロの体ながら、マリアは何とか笑顔を作った。笑顔は弱々しく、相当無茶をしたことが分かる。

「ありがとう、姉さん。マリア姉さんが言ってくれた言葉のお陰で、少しだけ前を向けた気がする」

 小夜は、マリアに向けて優しく微笑んだ。

 マリアが呼んだ救援用のヘリはそれからすぐに駆けつけ、ウェル博士の死体の回収や、マリアと小夜の治療が手早く行われた。キャロルから苦言を呈されたが、当初の作戦は達成し、同じく帰還したガリィのお陰で脱走した切歌の進路予測を立てる見通しも立った。

 こうして姉を手にかけ絶望の底に沈んだ少女は、他の世界から来た姉のお陰でほんの少しだけ、前を向くことができたのだった。




S.O.N.G怪獣図鑑
機械人形 ゴブニュ
体長:2メートル
体重:350キログラム
ステータス
力:★★★★☆
技:★★☆☆☆
知:☆☆☆☆☆

 ジュピアが操る機械人形。その正体はナノマシンの集合体で、安価で大量に生産できる。非常にパワーは強いが、その強度はノイズと大きく変わらず、シンフォギア装者と戦えば蹴散らされてしまう。
 だが、時限式の装者との相性が悪く、数で押されてしまえば時間切れでそのまま倒されてしまう危険性も持っている。
 近々テンペラ―星人ビエントを通して全宇宙向けに発売予定。


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第20話「嶽鎌の行方」

S.O.N.Gデータベース
アガートラーム(小夜)
 小夜がマリアのペンダントを使って変身したシンフォギア。
 マリアのものと異なる点として、アームドギアが大剣一つになっていて、短剣を使った搦め手が使えないという欠点を抱えている。
 だがマリアどころか全装者中トップクラスの火力を誇るため、使いこなせれば非常に頼もしい戦力となる。



 響たちはツバサの要望で、作戦室に集められていた。

「今日は、新しい装者を紹介したい。と言っても、多分皆知っていると思うが……」

 作戦室の扉が開き、全員の視線が入り口に向いた。

「はじめまして。立花小夜です。アガートラームの装者として、これから作戦に参加します」

 立花という名前を聞いて眉をしかめた翼、不機嫌そうなクリス。戸惑う未来と事情を説明しようとする響、意外なカミングアウトに驚いている奏、小夜の姿を見た装者達の反応はそれぞれだった。

「前回の作戦でマリアが負傷して、しばらくは動けない。しばらくは小夜がその代わりとして戦う。ギアの適合係数も申し分ない」

 ツバサは淡々と説明をつづけた。そして機器を操作すると、モニターに様々な地図と、切歌たちが通ったであろうルートが記された画面を表示させた。

「脱走した装者の進行予測はこれだ。この予測に合わせてオートスコアラーを配置、装者はこちらが指定するポイントで待機してもらう。そして遭遇次第オートスコアラーで足止めをしつつ確保する。メンバーは、そちらの世界の私、小日向、小夜、響の4人だ。雪音、奏の2人はこちらの基地で護衛任務に就いてもらう」

 発表された作戦に参加するメンバーと、各々の待機場所が表示された。待機地点自体もそう離れておらず、状況によっては囲い込めるように配置されている。

「それと、敵が使ったLiNKERの解析結果が出た。私たちが制作したLiNKERをベースに、スペースビーストの細胞を混入させることで、強引に適合係数を向上させるようだ。通常のLiNKERと比べて強力な反面、使用者自身に怪獣化のリスクがある。恐らく、敵が使うLiNKERは全てこれと同じと考えていいだろう」

「すいません」

 機械的に説明を続けるツバサに対して、未来が話を遮った。

「切歌ちゃんたちを脱走させたのは、この世界のヒビキなんですよね?何が目的なんですか?それに小夜ちゃんって一体……?」

「ああ。すまない。そちらの世界とは事情が違うのだったな。小夜、そちらの世界でいう所のセレナはヒビキの義理の妹だ。小夜は融合症例のままで、症状が進みすぎて治療もできない。ヒビキはそれを解決しようと、私たちの敵に回ってしまったのだ」

 流石にツバサは小夜が死体であるという事実は隠した。別段教える必要もなかったし、下手に教えればメンバーの不和につながりかねないからだ。教える情報は絞らなければならない。

「じゃあ、こっちのヒビキとも分かり合えるかもしれないんですね?」

 未来はやはり響と戦いたくはないようだった。和解できる希望があると思い、その目から少しだけ希望が見える。

「あぁ。アイツにまだ人を信じる気持ちが残っているのならな……」

 ツバサは敢えて回答を濁した。聖遺物を使って小夜を助けたいという申し出を受けていれば、もしかしたらこうはならなかったのかもしれないと、後悔していた。

「とにかく2人とも助けたいのなら、これ以上手をこまねいているわけにはいかない。準備ができ次第、すぐに出撃する。説明は以上だ。各自、解散してくれて構わない」

 ツバサの一言でその場は解散となり、丁度昼飯時だったというのもあり、装者達は食堂へと向かうことになった。

「ねえねえ、セレナちゃん?小夜ちゃん?どっちで呼んだらいいのかな?」

 食堂の席は、響と未来と小夜、クリスと翼と奏という組み合わせになった。席に着くと、さっそく響が話しかけてきた。

「えぇっと、好きな方で大丈夫ですよ。いきなり呼び方を変えると大変そうですし……」

 小夜は話しかけてくる響より、目の前の席に座っている翼とクリスに気が言ってしまう。翼は露骨にこちらを疑っている上に、クリスも隠そうとはしているが、こちらを疑っているのは同じなのが分かる。

「ねえ響。私状況が飲み込めてないんだけど、このセレナちゃんはただそっくりなだけの、響の妹さんなの?」

 食いつくように質問を続けていた響を止めるためにか、未来が口を開いた。小夜はどこから答えていいか分からなくなっていただけに、この質問は嬉しかった。

「はい、私はこの世界のセレナで間違いないですよ。ただ色々複雑で……この世界の響さんとは義理の姉妹です。まあ話すと楽に長くなりますが、この世界では私がガングニールの融合症例なんです」

 小夜はそこから先を話すかを考えた。マリアを殺したという事実と向き合うと決めたのだが、食事中に話すような内容ではない。

「へえ。じゃあ後で、セレナちゃんの事もっと聞かせてよ!この世界の了子さんとか、マリアさんの話とかさ!」

 小夜はこれから仲間になる並行世界の装者の為にも、これまでの戦いについて、話す覚悟を決めた。

 

 

 食事の後、響たちが使っている部屋に小夜は呼ばれた。そして、これまでに起きた事件についてすべてを話した。地球人同士のレイオニクスバトルを目論んだフィーネとの戦い、そして些細な勘違いから姉と対峙することになっていしまった事件の事を。

「そっか……。色々、辛かったんだね」

 響と未来は小夜の話を聞いて、少しだけ同情するような目を向けた。だが、すぐにいつものように笑って見せて、それ以上追及するようなことはしなかった。

「でもセレナちゃんが前を向いて、これからも生きてこうっていうなら、私は全力で応援するよ。こっちの私とだって、きっと分かり合えるよ」

「そうだね。響も色々あったけど、こうして6人で頑張ってこれたんだもん。きっとうまくいくよ」

 響を後押しするように未来も優しい笑みをみせた。直後、部屋に翼がやってきた。2人とも背格好までそっくりなので、見分けがつかないが、響の世界と違いすこし緊張しているように見える。

「ここにいたのか。小夜、向こうの私が呼んでいた。演習室で待っているとな」

 セレナではなく、小夜と呼んだので目の前のツバサは並行世界側のツバサだった。

「あっはい!分かりました!」

 小夜はすぐに礼をして、部屋を出た。演習室へと続くエレベーターまでそう遠くはない。胸のアガートラームもしっかりつけているので、八つ当たり気味に襲われても対処できる。

(今までペンダントつけてなかったから、忘れそうになるんだよね)

 ウェルから回収された方のアガートラームは現在解析中で、このアガートラームはマリアから借りたものである。絶対に無くすわけにはいかない。

 演習室に着くと、ギアを纏った翼が剣を構えて待っていた。予測していたとはいえ、実際に敵に回った所を見るのは小夜の胸を締め付ける。

「来たか。ギアを纏え」

 翼はこちらを見るなり、アガートラームを纏うように言った。こちらを出合頭に攻撃する気はないようで、じっとこちらを待っていた。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 小夜はアガートラームを握りしめてアガートラームを纏う。手には大剣が握られ、襲い掛かってくるであろう翼を待つ。

「マリアから受け継いだそのギア、実力を見せてもらおうか」

 翼は見覚えのある構えをとって、小夜に向かってきた。小夜は大剣で翼の剣をはじいたが、翼はその隙間を縫うように小夜の体を蹴り飛ばした。小夜は大剣を振ったせいで回避が間に合わず、壁に叩き付けられた。翼は攻撃の手を緩めず、小夜の腕を掴んで引き寄せて投げ飛ばし、小夜の首元に剣先を向けた。

「その太刀筋、お姉ちゃんの……」

 ずっと感じていた既視感の正体がやっとつかめた。ヒビキの剣と似せているのだ。動きにはまだぎこちなさが残っているが、比較的近い動きをしている。

「そうだ。天然理心流、私も少しかじったことがあってな。ノイズ相手には役不足だが、人を殺めるのには向いている。まさかこちらの立花が使ってくるとは思わなかったが」

 翼は小夜から離れて、手を差し伸べた。小夜には翼が何を考えているのか分からなかった。てっきり、自分がヒビキの妹だと知って、襲い掛かってきたのだとばかり思っていたのだから。

「私が立花と戦った時、助けてくれたのだろう?ならば、私もそれなりの礼をしたい。剣に慣れていないなら、私が教えよう」

 小夜は翼に助け起こされ、大剣を構えなおす。アンチLiNKERで適合係数を下げる必要がないとはいえ、小夜に剣術の心得はない。正直翼がここで指南を申し出てくれたのは嬉しかった。

「ありがとうございます……。てっきり私をスパイと思われちゃったのかなって不安になりましたよ」

「正直な所、私も複雑な気持ちではあるがな。だがここでセレ……小夜を襲ったところで何かが変わるわけではない。むしろ、貴重な戦力を減らしてしまうどころか、皆のひんしゅくを買いかねない」

 翼は小夜がヒビキの妹だと知って、やはり敵だとは疑っているようだった。だが、翼なりに分別をつけて、小夜に接することにしたようだった。

「はい!じゃあ、よろしくお願いします。後、私の事は、セレナでも小夜でも好きに読んでもらって構いませんよ」

 小夜も自分なりに翼に握手を求めた。翼もそれに快く応じてくれて、小夜が思っていたより早く良好な関係を作ることができて安堵した。

「いいかセレナ。これからこちらの立花と戦うという事は、この剣と戦うという事だ。忘れるな」

 それから、小夜と翼の一対一の特訓が始まった。だが剣については素人の小夜が、百戦錬磨の翼に敵う道理などなく、姉の不完全な模倣でしかない剣ですら勝てなかった。

「その剣は貴様の姉とは違う。同じように振るってもダメだ」

 翼は戦いを通して、小夜に剣の扱いを叩き込んでいく。小夜も力任せに振るったり、姉の記憶を頼りに振るうのではなく、当てることを意識して、一直線で攻めてくる翼の剣を薙ぎ払う。

 結果、翼の剣を弾いて体勢が大きく崩れた。小夜は翼の懐に踏み込み、更に一撃を浴びせようとしたが、蹴りが小夜の鳩尾を蹴り上げた。小夜の体勢が逆に崩され、追撃の蹴り、止めの一閃で小夜の体は真っ二つに切り裂かれてしまった。

 小夜の体はすぐに再生し、ゆっくりと起き上がった。一度意識を失ったせいか、ギアが解除されてしまった。

「大丈夫か!?」

 翼にとっても小夜を切ってしまったのは不本意だったようで、すぐに駆け寄ってきた。しかし明らかに致命傷なのにすぐに回復したのを見て、驚いてもいるようだった。

「はい……。私は、死ねないからだですから、大丈夫です」

「そうか……。いや、詳しい事情は聞かないでおこう。今はとにかく、剣を使いこなせるようになってもらわなくてはな」

 翼は小夜の事情より、小夜が戦力になる事を重視しているようだった。小夜はすぐに立ち上がり、再度アガートラームを纏う。翼もまだまだやる気のようで、剣を構えなおした。

「もう一度、お願いします!」

 小夜は剣を構えて翼と対峙する。小夜はマリアから借りたアガートラームの名に泥を塗らないためにも、諦めずに翼に向かっていった。

 

 

 切歌達の乗った装甲車は、追っ手に阻まれてヒビキ達との合流地点に遅れていた。

「またウルフガスデスね……。野獣包囲網にでもハマったデスか?」

 ヒビキの協力者を名乗る女性から貰ったLiNKERを使って、指示されたルートを逃げてきた。だがキャロルにはそれもバレているのか、こうして定期的に追っ手の怪獣が現れる。ウルフガスだけではなく、アロンやギラドラスといった様々な怪獣が送り込まれ、何度も撃退してきた。

 LiNKERの残りも少なくなってきた。できるだけ戦闘は避けたいが、このままでは先に調を奪われてしまうのが先だろう。

 切歌はLiNKERを手に取り、一度装甲車を停止させる。指示された合流ポイントまでそう遠くはない。ならば周囲の安全を確保してから、ヒビキとの合流ポイントへと向かえばいい。

「じゃあ調、いってくるデスよ」

 調の頭を優しくなでた。手首に着いた跡が痛々しいが、今となっては大人しい。最初の頃は食事に手を付けないといった抵抗も見せたが、今は切歌に従順になった。バトルナイザーもシュルシャガナも今は切歌の手にある以上、逃げ出してもすぐに捕まえられるのだが。

 装甲車を降りると、ウルフガスが唸り声をあげて近づいてくる。切歌はLiNKERを投与して、イガリマを纏う。

『Zeios igalima raizen tron』

 大鎌を構え、切歌はウルフガスの群れに向かっていく。何度も戦っている相手なので、今更苦戦するようなものでもない。

 しかも今使っているLiNKERに変えて以降、体が軽く感じるようになっていた。今までのものとは比べ物にならない快適さに、並行世界に来てよかったと感じる程にまでになっていた。

「調は絶対に渡さないデス!」

 切歌の鎌はウルフガスの群れを薙ぎ払い、あっという間にウルフガスの群れをせん滅する。最早こうなってしまってはただの作業に過ぎない。

 気が付くと、ウルフガスの群れは全滅していた。この『作業』を終えると、調の食事の時間になっている事を思い出した。

 シンフォギアを解除してすぐに車内に戻ると、備蓄してあったレーションを取り出して調の前に広げる。

「さあ、調。ご飯デスよ」

 一口スプーンにすくって調の口に運ぶ。調は口を開いて、切歌の差し出したご飯を食べて咀嚼する。最初の頃は無理矢理口にねじ込んだりしたが、今は素直に食べてくれるので切歌もスムーズに食事をさせることができるようになった。

 これが逃げ続けている切歌の日常だった。追ってくる怪獣を撃退し、調にご飯を食べさせて移動する。誰にも邪魔はされないし、キャロルのように調を捕まえようとする人間もいない。切歌にとってはまさに楽園というのにふさわしい生活である。

 だが彼女はこれが、歪み切ったものであるとは気付いていない。




S.O.N.G怪獣図鑑
獣人 ウルフガス
体長2メートル
体重:130キログラム
ステータス
体:★★★☆☆
技:★★☆☆☆
知:★☆☆☆☆

 キャロルが放ったと目されている怪獣。日中はガス状の生命体として存在し、夜になると獣人として活動する。群れで行動する習性があり、知能は低いが社会性は高い。
 通常に撃破する分には問題ないが、場合によっては周囲の町を破壊するレベルのガス爆発を起こすことがあり、対処には用心しなければならない。

装者達のコメント
切歌:調は誰にも渡さないデスよ。アタシが調を守るデス。


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第21話「追撃作戦開始」

S.O.N.Gデータベース
ビーストLiNKER
 ウェルの死体、および所持品から採取されたLiNKER。ウェルがエボリュウ細胞を加えるという改造を施していたものの、その本質はスペースビーストの細胞が混入されたLiNKERである。
 外見は黒く濁ったLiNKERであり、男性であってもシンフォギアと適合できるまでに係数を爆発的に上げる。だが人体への悪影響は計り知れず、ビーストヒューマン化する危険性を孕んでいる。ウェルの場合、エボリュウ細胞に呑まれ、エボリュウそのものに変化してしまった。
 テンペラ―星人ビエント経由で入手されており、ヒビキやウェルは彼から購入したものを所持している。


 切歌達の追跡作戦の決行前夜、翼との特訓により最低限度の練度にまでは到達できた。後は明日に備えるだけだ。

 小夜が廊下を歩いていた時、見知った人物が前から歩いてきた。向こうもこちらに気づいたようで、気まずそうに眼を逸らした。

「シラベ、退院してたんだ……」

 この世界のシラベがS.O.N.G本部にいたのだ。小夜の体の事が分かってから、シラベがどうしているのかは知らなかったが、こういう形で再開するとは思わなかった。

「そう。私は定期報告にこっちに戻ってきただけ。すぐに現場に戻らなきゃいけないの。じゃあね」

 シラベは小夜を無視するようにその場を後にしようとした。だが小夜は久しぶりの親友との再会という事もあって、調の手を繋いで引き留めた。

「待ってよ。なんで退院したこと、黙ってたの?」

 小夜の体を治すことは、小夜を殺すことと同義であり、それがシラベにしかできない事なのは互いに知っているはずである。それでも小夜は、シラベからその真意を聞きたかった。

「私に自分を殺してっていうの?」

 シラベは突き放すように小夜に告げた。当然の発想だ。親友を殺せと言われて、それを受諾する人間はいない。だからこそ小夜はここでシラベの誤解を解いておきたかったのだ。

「確かに、私の体は治せないのかもしれないよ。でも私はそれでも前を向いて生きてこうって思ってて、私の新しギアが見つかったから、もうその必要もなくなったっていうか……」

 マリアからアガートラームを受け継ぎ、融合症例のデメリットを無視できるようになったお陰で急いで治療する必要はない。小夜はそう伝えたかったが、うまく言葉を紡げない。

「……分かったわ。とにかく、私が手を貸す必要はなくなったのね?」

 シラベの言葉に小夜は頷いた。小夜の体を無理に直す必要がなくなったお陰か、少しだけ表情も和らいだように見える。

「じゃあ、後はヒビキさんだけね。そうすれば、全部元通り」

「うん。だから、お姉ちゃんを連れ戻してくるよ。お義父さんの事とか、色々あるけど、まずは連れてこなきゃ」

 シラベとのわかだまりも解消され、小夜の中のもやが一つ晴れた気がした。これで心置きなく調、およびヒビキの追跡作戦に臨むことができる。バラバラになった3人が元通りになれるようにと祈りながら。

 

 

 翼はひとりでマリアの病室を訪れていた。作戦前の不安を解消したい目的もあったが、マリアが復帰できるか否かも気になっていた。

「入るぞ」

 中ではマリアがベッドに横たわりながら、ぼうっと外を眺めていた。ツバサが入ってきたのを見ると、体を起こそうとしたが翼に止められた。布団の合間から見える、うっすら血の滲んだ包帯が痛々しい。

「あまり無理をするな。まだ意識が戻って時間がたっていないのだからな」

「ごめんなさい。あまり落ち着いていられなくて」

 ここに運び込まれていた時、マリアはかなりの重体で、その命すら危うい状況だった。キャロルが的確な指示を飛ばし、何とか一命をとりとめたものの意識が戻ったのはつい先日の事である。まだマリアの治療は完璧ではなく、一日の内面会ができる時間もかなり限られている。

「もうギアを纏えるかわからない、ですって。アイドルなのに、自分の限界も分からないなんて馬鹿ね」

 マリアは自嘲気味に言ったものの、今の状態に不満を抱いてはいないようだった。むしろ、清々しているようにも見える。

「でも、無駄ではなかったのだろう?」

「不思議よね。もう戦えないかもしれないのに、すごい清々しい気分なの。セレナが前を向いてくれたからかしらね」

 マリアは弱々しいながらも、笑って見せた。

「私のアガートラームが、セレナを守ってくれる。そう思えば、こうなっても不満が湧かないのよ。でも一つだけ、頼んでいいかしら?」

「あぁ」

「私の代わりに、セレナの事を頼めないかしら?セレナを導いて、あの子が、本当にやりたいことを見つける手助けをしてほしいの」

 マリアは翼に手を伸ばし、翼もそれをとった。翼は内心、自分よりセレナを優先する所にマリアらしさを感じた。

「分かった。その願い、しかと聞き届けた。私の剣に誓おう」

「ありがとう。そろそろ時間でしょ?頼んだわよ」

 翼が時計を確認すると、面会時間の限界が近づいてきていた。翼はマリアに別れを告げて、病室を後にした。

 病室の外に出ると、奏と偶然出くわした。マリアのお見舞いにやってきたところのようだった。

「翼、マリアはどうだった?」

「一応元気だったわ。セレナの事をよろしく、だって」

「そっか。じゃ、今度の任務気をつけなきゃな。風鳴師匠」

 そう呼ばれて思わず翼は赤面した。この前の特訓の際、最後に小夜から一度だけそう呼ばれたのだ。思わず恥ずかしくなって、なるべく呼ばないようにと釘を刺したのだが。

「どうしてそれを!?」

「この前の訓練の映像、記録用に録画が残っててさ。マリアに見せたら喜んでたぞ?」

 そう言われてしまい、翼はそれ以上言い返すことができなくなった。本当はうっぷん晴らしも兼ねての小夜との特訓だったのだが、こうも好意的に取られると恥ずかしい。

「アタシがこっちのセレナと会った時さ、あの子は本当に道具みたいだった。敵が現れたら戦って、死んで、生き返って。また戦ってさ。本当に戦うだけの機械みたいだった。アタシがエレキングをうまく使えるようになってからは、翼も知ってる通り前線から外されて何とかマシになったけどさ。アタシじゃあの子の心を開くことができなかった」

 奏も小夜の変化について思う所があったようで、奏も翼たちに感謝をしているようだった。自分を顧みずに戦い続ける小夜と、かつての自分が重なって見えたのかもしれない。

「死ぬ気で戦う事と、死んでもいいって戦うことは違う。そんな簡単なことも教えられなかった。でも翼たちが来てくれたおかげで、あの子も自分と向き合おうって思ってくれた。だからさ、あたしとしてもお願いしたいんだ。アタシに仲間の大切さを思い出させてくれたみたいにさ」

 奏は翼の肩を叩いて病室へ入っていった。マリアと奏、2人から小夜の事を頼まれた翼は、2人の期待を裏切らないために決意を新たにした。

 

 

 

 作戦決行日、小夜たちは司令室に集められ、再度作戦の段取りを確認していた。そこにはツバサだけではなく、キャロルの姿もある。

「シュルシャガナ回収作戦の概要は以上だ。ガリィがミカのコアパーツを回収してくれたおかげで、オートスコアラー達も4機問題なく稼働している。現在先に先に現地に向かってキャンプ地の確保や監視を行ってくれている」

 モニターにはオートスコアラー達の位置情報が表示され、問題なく作戦は進んでいるようだった。「外に出撃用のヘリが出ている。担当装者はこれから出撃してほしい。残ったイチイバルと天羽奏は本部の防衛を行ってもらう。イチイバルのレイオニクスギアの再調整もこちらで行っておく。以上だ。こちらの戦力が手薄になってしまうのが不安だが、この作戦が成功すればレイオニクスが戦力に復帰し、こちらから打って出ることもできる。必ず成功させてほしい」

 キャロルの説明が終わり、小夜、翼、響、未来の4人の装者はヘリポートへと移動し、クリスや奏、ツバサに見送られてヘリに乗り込む。

「大丈夫なのか?以前、ヒビキに負けたと聞いたが」

 翼がヘリに乗り込もうとした時、もう1人のツバサに止められた。この世界のヒビキが絡んでいる以上、彼女との対決は避けられない。一度負けた翼がこの任務に向かって良いのかやはり不安なようだった。

「ヒビキの剣は教えた私自身が一番よく知っている。もし不安なら、私が代わりに行ってもいいのだが?」

 姿かたちが同じだからこそできる、替え玉作戦。確かに、ヒビキに剣を教えたツバサならば勝率はぐっと上がるだろう。しかも本部には作戦指揮を執った経験のあるキャロルもいる。確実な成功を狙うなら、ここで入れ替わった方が得策だ。

 だが翼はその提案に乗ることはなく、親指を立てて不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。こちらの立花ヒビキが殺す剣で向かってくるのなら、私は誓いの剣で立ち向かうだけだ」

 マリアから託された思い、奏には到達できなかった夢、それらが今の彼女の背中に乗っている。ここで投げ出すわけにもいかないのだ。

「そうか、なら任せたぞ」

 もう1人のツバサもそれを汲み取ってくれたようで、それ以上は何も言わずに翼を送り出した。

 4人を乗せたヘリは乗り終えると同時に飛び立ち、作戦決行地へと向かう。ここから少し時間がかかるため、時間が経つにつれて緊張してしまう。

「あの、私以外の人たちは、会ったんですよね。こっちの私に」

 ヘリの中で、響が口を開いた。今ヘリに乗っているのは、ヒビキの義妹の小夜、ヒビキと戦った翼、作戦中に遭遇した未来だった。

「そうか。立花は会ったことがないのか……。そうだな、私も一度しか会ったことがないから詳しいことは言えない。ここはセレナが説明するのが妥当ではないのか?」

 視線が小夜に集まった。小夜はいきなり話を振られて、驚いたものの少し息を整えて説明を始めた。

「私のお姉ちゃんは、私を救いたいって頑張りすぎちゃったんです。止めようとしたお義父さんも、S.O.N.Gの人たちも、みんなを敵に回して……」

 小夜はそこから先を濁した。そこから先は言わなくても分かる。小夜を救うためには手段を選ばなくなったヒビキの剣を受けた翼なら、尚更だった。

「お姉ちゃんは今、この世界の聖遺物を集めて回っていて、それと私を救うことがどう関係してくるのか分かりません。でもそちらの響さんと比べて、手段を選んでいないのは確かです」

 小夜自身、ヒビキが何を考えているのかは分からない。以前に日本に帰ってきた時、電話で呼び出されて一緒に来ないかと誘われた。しかしヒビキが正しいとは思えずに断ったのだ。

「そっか……。でも、世界が違っても私は私なんでしょ?だったら、絶対に分かり合えるはずだよ!」

 響はある程度事情を聴いて、小夜を励ますように言った。小夜はヒビキを討って、義父や殺された職員の仇を討とうとは思ってはいなかった。小夜はもう一度姉を亡くすという最悪の事態だけは避けたいのだ。

 そんな最中、背後から突如巨大な影が現れ、その際の風圧でヘリが大きく揺れた。響たちが外を覗くと、何故かガンQが立っており、響たちめがけてゆっくりと前進してきていた。

「何の目玉!?さっきまであんなのいなかったのに!?」

「なんでガンQ?とにかく、応戦しないと!」

「とにかくサイバーゴモラを出します!ガンQなら、パワー勝負じゃないと!」

 小夜は即座に携行品の中から、ゴモラのスパークドールとデバイスを取り出し、サイバーゴモラを召喚した。ヘリの目的地までそう遠くはない。ここで何があっても撃墜されるわけにはいかない。

 サイバーゴモラは実体化するとガンQに向かっていき、体を抑え込む。ガンQはその巨大な目から、吸収光線を放ったが、紙一重でサイバーゴモラは死角に回り込んだ。背後から蹴りを浴びせて転倒させると、鉤爪を突き立てて投げ飛ばした。

 ガンQはフラフラになりながら立ち上がり、周辺の木々を浮かび上がらせ、同時に目から光線を放ってサイバーゴモラに攻撃を仕掛けてきた。しかしサイバーゴモラはビクともせずにガンQに肉薄した。

 しかし、それこそがガンQが仕掛けてきた罠だった。猛スピードで迫ってきたサイバーゴモラめがけて、吸収光線を放ったのだ。先ほどはいとも簡単によけられてしまったが、こうなってしまっては回避する余裕もなく、直撃を食らってしまった。サイバーゴモラの体はガンQに吸い寄せられ、体の半分が飲み込まれてしまった。

 だがサイバーゴモラは抵抗するそぶりも見せず、飲み込まれるのを受け入れているようにも見えた。サイバーゴモラの体が半分のみ込まれた時、突如としてサイバーゴモラの体が光り出してガンQが悶え始めた。

「そっか、サイバー超振動波でのカウンターだね!」

「はい!上手くいきました!」

 サイバーゴモラの必殺技、サイバー超振動波がガンQの体内を直接攻撃したのだ。不条理の塊といえるガンQに決定打を与えるには、脆い体内を狙うのが一つの策となりうる。

 弱ったガンQを逃がすはずもなく、もう一度爪を立ててサイバー超振動波を浴びせる。そしてそのまま爪で体を引き裂き、ガンQは爆発四散した。

 その場に残ったサイバーゴモラも流石にエネルギーの限界を迎え、すぐに光となって小夜の手元に戻ってきた。

「ふぅ……。一時はどうなるかと思ったけど、まさかサイバーゴモラがあるなんて知らなかったよ……」

 怪獣同士の戦いが見られて、少し興奮気味だった響だったが一つ危機を超えられて安心したようだ。

「サイバー振動波は咄嗟の思い付きだったんですけど、何とかうまくいって良かったです……」

 小夜は気が抜けてゴモラのスパークドールとデバイスを落としてしまいそうになったが、慌てて拾い直して携行品が入った鞄の中に戻した。

「さて、そろそろ到着するはずだ。皆、気を引き締めろ」

 ガンQの奇襲という予想外の展開があったが、響たちの野営地が無事に見えてきた。ヘリに乗っていた4人は、まもなく始まる作戦を前に、緊張せざるを得なかった。




S.O.N.G怪獣図鑑 
電脳怪獣 サイバーゴモラ
体長40メートル
体重2万トン
ステータス
力:★★★★☆
技:★★☆☆☆
知:★★★☆☆

 キャロルが保有していたゴモラのスパークドールを、サイバー怪獣として一時的に巨大化させた姿。レイオニクスギアのシステムが用いられており、基本的な仕様は同じである。
 これまでの課題だったスパークドールズから実体化させた怪獣の制御と、撤退を任意に行えるという部分が解消された。また、シンフォギアに依存しないため誰でも召喚できるようになったという利点も増えた。

装者達のコメント
響:そういえば夕べ、セレナちゃんが大怪獣バトルを必死に遊んでたのって……?
小夜:はい。サイバーゴモラの練習をしてました。ゲームだと、カウンターは一回も成功しなかったんですけどね……。
響:確かに。結構タイミングシビアだもんね。ゴモラとかは私もたまに使うけど、一回も成功したことないよ。


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第22話「二律背反の交響曲」

 12月31日は30日が特撮ヒーローもお休みという事もあって、更新をお休みさせていただきます。次話更新は1月7日を予定しています。


 私は片手を繋がれたまま、ここ数日間を過ごしてきた。シュルシャガナもバトルナイザーも取り上げられて、切ちゃんの不意を突いて逃げることもままならない。逃げ出して最初の頃は、切ちゃんから何度か、逃げて本当に良かったのか、マリアたちに迷惑をかけていないかと何度か私に相談をしてくることもあった。

 私もそこですぐに引き返そう、と言ったけれど現実は違った。私たちを追い立てるように怪獣たちがやってきた。ある時は大きな怪獣、またある時は狼男みたいな怪獣。状況から言って、キャロルが送ってきた怪獣だと思った切ちゃんは、私を守るために応戦した。切ちゃんがコッヴを召喚している間だけは切ちゃんがシュルシャガナを返してくれた。私は切ちゃんを守るために歌った。私が歌っている間だけは、コッヴは超コッヴに進化して、どんな怪獣相手でも負けなしの実力だった。

 でも、私は少しおかしい所に気づいた。怪獣が現れるのは、いつもきまって同じ時間帯。たまに違う時間帯に出てくることもあるけど、大型の怪獣は基本的に昼間にしかやってこない。キャロルが本当に私たちを捕まえようとして来るのなら、もっと本気で怪獣を送り込んできそうなものだけど。

「何を言ってるデスか調。こんな的確にアタシ達を狙ってくるのはキャロルしかいないデス」

 切ちゃんに本当にキャロルが怪しいのか、と聞いた時に切ちゃんが返してきた答えはそれの一点張りだった。切ちゃんが言うには、私たちはキャロルの追跡をまいた後にヒビキさん達と落ち合う予定になっているらしい。だから、本来の集合地点にはかなり遠回りをして向かっていると言っていた。

 だけどキャロルにここまで追跡されている以上、遠回りをして行くのは無意味じゃないかと私太は疑っていた。それに、響さん達がキャロルに全部任せて追ってこないのも気になる。

 私の心配とは裏腹に、切ちゃんの様子は日に日におかしくなっていった。あの黒いLiNKERを使い出してから、言っていることが段々支離滅裂になってきたり、キャロルどころか響さんまで敵と思い込むようになっていた。私は切ちゃんが怖くなって、差し出された食事を拒んだり、切ちゃんの言葉に極力反応しないようにした。

 でも切ちゃんは、私の口に無理矢理ご飯をねじ込んできたり、私が反応しなくても一方的にずっと話しかけてきた。追ってくる怪獣も決まって同じタイミングに現れ、切ちゃんは戦い続けた。切ちゃんの異変のせいか、私が歌っていなくても超コッヴの状態で戦えるようになって、私はまるで大事ないお人形みたいにこの車の中に押し込まれた。

 聞けばあのLiNKERはこの世界のヒビキさんの仲間がくれたものらしい。そして決まった時間に現れる怪獣、切ちゃんの異変。怪獣を操っている「誰か」と、追ってくるキャロルが別で、私たちを保護してくれると言ったこっちのヒビキさん達、もしくはその仲間が怪獣を放っていると考えた方が自然かもしれない。

 それならば、切ちゃんの異変を解決するにはマリア達の力を借りられる。外で何が起こっているのか、一刻も早くこの世界の状況を知りたかった。だから、私は逃げられる機会をずっと伺っていた。切ちゃんがこの手錠を外してくれれば、すぐにでも逃げられる。

 私はおかしくなっていく切ちゃんを傍目に、ずっと機会を伺っていた。今では自分と私以外の装者は敵と思い込んでいて、マリアも敵に回ったのかと嘆き始めた。今は耐えるしかない。切ちゃんが油断して私の手錠を外す瞬間を伺っていた。

 その日は思っていたより早く訪れた。切ちゃんがある日、柱に括り付けられていた方の手錠を外してくれた。

「そろそろヒビキさんとの集合地点デスよ。今の内に体をならしておくといいデス」

 切ちゃんは嘘しか見えなくなった霞んだ瞳を私に向けた。私はゆっくりと立ち上がって、体を慣らす。ずっと座りっぱなしだったから、体が若干鈍っている。

 でも、切ちゃんから逃げるには体が動けば十分。

「ごめんね、切ちゃん」

 それが久しぶりに発した言葉だった。私はすぐに切ちゃんのお腹を殴って切ちゃんを怯ませた。そしてすかさずシュルシャガナとバトルナイザーを回収して、車の外に出る。外に出ると、巨大な目玉の怪獣と、翼さんの怪獣が戦っていた。そして空には、見慣れたS.O.N.Gのヘリが見える。

『Various shul shagana tron』

 切ちゃんがおってくるより早くギアを纏って、空を飛ぶ。LiNKER無しで、しかもバランスがとりにくい飛びながらだったけど、なんとか切ちゃんと距離を稼ぐことができた。全身に走る激痛を堪えながら、私はS.O.N.Gのヘリを追いかけた。

 できれば、乗っているのが私たちの味方であって欲しいと信じて。

 

 

 野営地に到着した響たちは、当初の予定通りに本部と通信をする無線機を設置していた。一般人である未来だけが設営のための訓練を受けていないので、周辺の警戒任務にあたっていた。

 オートスコアラー達は現状の通達を行った後、各自の持ち場に戻っていった。警戒任務とは言うものの、実際は周囲の暇つぶしに散策しているに過ぎない。

 周囲は木々に囲まれた森で、登山道こそ整備されているものの、道の外は見通しが悪いので少し気味が悪い。

 未来が登山道を歩いていると、後ろから走ってきた誰かとぶつかった。謝ろうと振り返ると、それは思いもよらない人物だった。

「未来さん……。切ちゃんを、助けて、ください……」

 息を切らしながらやってきた人物、それは未来たちが連れ戻そうとした装者の片割れの調だった。調はここに来るまで体力を使い果たしてしまったようで、すぐにふらついて未来に支えられる。

「大丈夫!?近くに響達も来てるから、行こう?」

「はい。お願いします……」

 未来は疲れている調を抱えて、響達の待っている野営地へと戻った。

 

 

 戻ってくると、すでに無線機の設置が終わり、通信テストをしている最中のようだった。

「クリスちゃん大丈夫?寂しくない?……あはは、冗談だよ冗談。ってえぇ!?調ちゃん!なんでここにいるの!?」

 そのテストも概ね良好だったようで、響達は雑談をしていたようだったが、未来が調を連れてきて驚いたようだった。翼と小夜もこうもすぐに見つかるとは思っていなかったようで、驚いていたようだが、翼はすぐに無線機をいじって、無線機からスピーカーに切り替えた。

『変われ。シュルシャガナが見つかったようだな。だがなぜだ?予測よりずっと早いが』

 キャロルも無線を聞いていたようで、すぐに無線を代わった。調は状況を説明するため、未来から降りておぼつかない足取りで無線機の傍までやってきた。

「一つ良い?キャロルは、私たちに怪獣を送ったりした?」

『怪獣?何のことだ?お前たちはやっとの思いで見つけ出したものだ。この追跡作戦もやっとの思いで実現したものだ』

 調はそれを聞いて、一つの確信を得た。やはり自分が思っていた疑惑は正しく、切歌が戦ってきたのがヒビキ達だったと思わざるを得ない。

「ありがとう。私たち、逃げてる間ずっと怪獣に襲われてたの。毎日決まった時間に、現れて切ちゃんが黒いLiNKERを使って戦ってたんだけど、切ちゃんはどんどんおかしくなっていって……。私は切ちゃんを助けたくて、逃げ出してきたの」

 調はこれまで起こったことを、極力概要だけ話した。S.O.N.Gのデータベースを利用できれば、非常に心強い。

『そちらの事情は了解した。すぐにでも撤収させたいところだが、こちらにまでシュルシャガナを護衛するのはさすがに厳しいだろうな。せめて、こちらの立花ヒビキだけでも止めたい。よし。作戦変更だ。シュルシャガナを簡易のメディカルキットで体の異常を確認と治療し、追ってきたイガリマや立花ヒビキを迎撃。LiNKERは持たせていないから、シュルシャガナは小夜に代わって怪獣戦を担当してもらう。できることならイガリマも捕縛したいが、難しいようなら殺すしかない』

「サヨ?」

 聞きなれない名前に調が首を傾げた。ほかのメンバーも調にこのことを伝えるのをすっかり忘れていたようでしまった、といった顔をしていた。

『……。そうだな。互いに情報共有をしていなかったな。ガリィ達にはこちらから作戦変更を通達しておく。その間、現地では情報交換をしておけ』

 キャロルはその言葉を最後に通信を切った。

「えっと、サヨっていうのは……?新しい装者?」

「いえ、私の事です……」

 小夜は申し訳なさそうに手を挙げた。今まで確認する時間すらなかったので仕方のないことだが、今更説明するのも少し気まずい。

「どういうこと?あなたはセレナじゃないの?」

「えっと、話すと長くなりますが……。なんて言えばいいのかな……こっちの世界だと、私が立花ヒビキの義理の妹として生き残った、と思っていただけたら概ねあってると思います。いろいろ事情があって隠してましたけど、私の本当の名前はセレナ、書類上は立花小夜になってます」

「……そう、こっちの世界でもセレナは大変なのね」

 調は表にこそ出さないが、明らかに動揺と困惑の色が出ている。

「ま、誰が誰でもセレナちゃんはセレナちゃんだよ。名前なんて、小さい問題だよ!」

 少し暗くなった雰囲気を払しょくするように響が二人を遮った。響は二人の肩を抱いて、笑顔を見せた。それで反応に困っていた二人も思わず笑ってしまった。

「そうですよね。世界が違ってもセレナはセレナ。私たちの仲間ですよね。よろしくね、小夜」

 調は小夜に手を差し出して小夜もすぐ握手にに応じた。だが調に対する態度にはどこかぎこちなさが残っていて、並行世界の装者から小夜と呼ばれることに慣れていないようにも見えた。

「えっと、今まで通りセレナって読んでもらって構いませんよ?急に呼び方を変えるといざって時混乱すると思いますので……」

「そう?セレナがそう言うなら、これまで通りセレナって呼ばせてもらうわ」

 実際の所は小夜としても、親友と同じ顔をした別人と同じ呼び方をされると、困惑するからこその申し出をしたのだ。調もそれに応じてくれたのので一安心した。

 だがそれを邪魔するように一つの拍手の音が周囲に鳴り響いた。

 周囲の視線がその一点に集まると、そこにはもう一人のヒビキが立っていた。

「切歌ちゃんから聞いたよ。ダメだよ逃げ出しちゃ。調ちゃんは小夜を救うために必要なんだからさ」

 ヒビキは並行世界の同一人物とは思えないような笑みを浮かべ、ペンダントを取り出した。

「でもいいや。ここで装者を減らせば、私たちの邪魔もできなくなるし」

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 シンフォギアを纏い、刀を構えて響たちめがけて一直線に突っ込んできた。その速さが、この世界のヒビキが人を殺めるという事にためらいがない剣だと証明していた。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 真っ先に反応したのは響だった。並行世界の自分の太刀筋を見切り、綺麗に白刃取りをしてヒビキを止めた。

「お見事」

「ねえ待ってよ。あのさ、どうしてこんなことをするの?私なら、話し合いでどうにかできるって思わなかったの?」

「話し合い?今更誰と話し合えっていうの!?」

 ヒビキはもう一人の自分を拒絶するように蹴り上げ、体勢が崩れた隙に切りかかった。だが響も負けじと剣をかわし、ヒビキを殴りつけた。意外な反撃を食らい、ヒビキは距離をとった。

「信じてたツバサさんも、お父さんも、全員が反対したんだよ?世界を救ったのに、どうして小夜はまだ融合症例の症状に苦しまされなきゃいけないの?こんな世界、絶対変だよ」

「そんなことない!こんな方法に頼らないで、セレナちゃんを救う方法は必ずあるはずだよ!」

「……うるさいよ」

 この世界のヒビキと、この世界にやってきた響。2人の響の意見は完全に平行線であり、ヒビキは話を打ち切って、響に狙いを定めて切りかかってきた。

「ねえ、並行世界の可能性ってさ色々あると思わない?例えばさ、あなた達みたいに最高の結末に辿りつく世界を証明するためだけに存在する『行き止まりの世界』とかさ」

 ヒビキの言葉に一同は凍り付いた。そんな世界があるとは微塵も想像したことはなかった。いや、明るい未来を信じて戦ってきたからこそ、滅びの未来を想像したくないのかもしれない。

「『ある』ってことを証明するには、『ない』って事を証明しなくちゃいけいない。もしそっちが『ある』世界なら、ここは『ない』世界。あなた達が掴んだ第三番惑星の奇跡を証明するだけの、ミライのない行き止まりの世界だよ」

 ヒビキは攻撃の手を緩めることはなく、響に刃を突き付ける。対する響も応戦するが、未だ攻撃を意思を固めきれず、手ぬるいものになってしまう。

「だから私は決めたんだよ。小夜が幸せになれる理想郷を作るって!」

 それがヒビキの目的だった。残酷な運命に翻弄され続ける義妹の小夜が、幸せになれる世界。

「ねえ、同じ私ならわかるでしょ?小夜がマリアさんを殺さなきゃいけない世界なんて間違ってる。世界を作り直した方がいいって」

 ヒビキの思いに呼応するかのように、地面が揺れて一体の怪獣が現れた。ガリガリに痩せた、骨と皮だけになったようなネズミに似た怪獣だった。明らかに生物とは思えないような雰囲気からそれがスペースビーストであることは容易に想像がついた。

「決めたんだ。私がどんな手を使ってでも、小夜を救って見せるって。このノスフェルがその証だよ」

 ノスフェルはゆっくりと響たちに向けて歩き出した。ヒビキは刀を握り直し、響に向けて一直線に距離を詰めた。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 ヒビキを遮るように、小夜が大剣を振るってヒビキの刀だけを正確に弾き飛ばした。血は繋がっていないが、姉妹だからこそできた芸当だった。

「違うよ。こんなの。私だけが幸せな世界なんて、絶対に間違ってる」

 小夜という予想だにしない乱入者に、ヒビキは言葉を失った。

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 それに続くようにデマーガが現れ、ノスフェルをなぎ倒した。翼も小夜に合わせてペンダントを握りしめていた。

「何言ってるの?これは小夜の為なんだよ?小夜だって、マリアさんと一緒に暮らしたいと思わないの?」

「思うよ。もしそうだったら、良いなって思う。でもね、こんな方法で作った世界なんて、偽物だよ。私が生きたいのは、マリア姉さんの生きたい世界だから……!」

 小夜はこれまで、ヒビキに対して明確な拒絶の意思を持つことはなかった。しかし、今は小夜にも守りたいと思える人物が現れた。その人物は、自分にこの剣を託してくれた。小夜はその意思に応えるために、ハッキリとヒビキに敵対する意思を見せた。

「……ダメだよ。どうせ小夜はこれからも辛い目に遭うに決まってるよ。こんな世界で生きてても辛いだけ。私が幸せになれる世界を作ってあげるから、こっちにおいでよ!」

「確かに、私はこれまで辛い目に遭ってきたよ。でもね。私は生きるのを諦めないって決めたから!私は此の今を生きて、私が本当にやりたいことを探すって決めたから!」

 小夜は響を守るようにヒビキに剣先を向けた。流石にヒビキも小夜を敵に回すのはできないようで、後ずさりして懐から小瓶を取り出した。

「そう。仕方ない、今回はここで退くよ。でも私もあきらめないよ。絶対に小夜が幸せな世界にして見せるから」

 小瓶を足元に叩き付けて魔法陣を出現させると、ヒビキは撤退していった。ノスフェルの方に意識を向けると、デマーガが若干押され気味のようだった。

「すまない。向こうの方が一枚上手だ。私のデマーガでは抑えるのがやっとだ」

「いいえ。平気です」

 若干焦りを見せた翼に対し、調がバトルナイザーを構えて口を開いた。

「こっちのヒビキさんが撤退してくれたおかげで、私も怪獣の操作に集中できますから」

 調はバトルナイザーを起動させて、レイキュバスを呼び出した。解き放たれたレイキュバスは解放された喜びを表すかのように方向を咆哮を上げて、ノスフェルに向かっていった。

 火炎弾を吐き出し、ノスフェルを怯ませ、両腕のハサミでノスフェルの体を切り裂く。更にレイキュバス尻尾でノスフェルを薙ぎ払って転倒させた。

 ノスフェルも黙ってやられるはずもなく、即座に立ち上がって鋭い爪をレイキュバスの体に突き立てた。だがレイキュバスはそれをものともせず、ノスフェルを蹴り飛ばした。そして冷凍ガスでノスフェルの足を氷漬けにして動きを封じた。

「翼さん、私のレイキュバスだと火力が足りないので、トドメをお願いします」

「ああ、任せてもらおう」

 レイキュバスは再度冷凍ガスを吐き出し、ノスフェルの体を完全に氷漬けにしてしまった。氷塊へと姿を変えたノスフェルに、デマーガの最大火力の熱線が襲い掛かり、ノスフェルの体を貫いた。

 そのままノスフェルはそのまま崩れ去り、あとには静寂だけが残った。

 翼と調も怪獣を撤退させ、周囲の緊張が解けた。

「お疲れ調ちゃん。翼さんもお疲れ様です」

「ああ。まずは本部に連絡して、LiNKERを用意してもらおう。月読も戦線に参加する必要がありそうだ」

 予期せぬヒビキの襲撃があったものの、調の保護という元々の目的は達成できた。しかし、未だ行方の分からない切歌、和解できなかったヒビキ、そしてその背後にいる侵略者と目の前に立ちふさがる障害が存在していた。




S.O.N.G怪獣図鑑
フィンディッシュタイプビースト ノスフェル
体長:50メートル
体重:3万9000トン
ステータス
力:★★★☆☆
技:★★★★☆
知:★★★☆☆

 ガリガリに痩せたネズミのようなスペースビースト。非常に鋭利な爪を持ち、ウルトラマンでさえも致命傷を負わせるほどの鋭さを誇る。加えて、口の中に再生器官を持ち、そこが破壊されないまま倒されると再生するという特性を持っている。
 本体の戦闘力も高いが、その細胞にも強い毒性があり、感染者をビーストヒューマンにして支配下に置いたり、場合によっては記憶障害のような後遺症まで引き起こす。
 戦闘力、再生能力、特性とどれをとっても非常に危険な存在で、撃破には困難を極める難敵。

装者達のコメント
調:そういえば、切ちゃんが見せてくれたウルトラマンにこんなのが出てきたような……。
響:切歌ちゃんも嬉しかったんだろうけど、流石に初心者にネクサスは辛いよね……。


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特別編:NEOの世界の年表

 一度自分の頭を整理するためにも、NEO世界で起こった事件とかをまとめます。殆ど裏設定に近いですが、過去の時系列が分からなくなった人はどうぞ。


2010年(小夜12歳)

4月:小夜、リディアンの中等部に入学。入学時の健康診断で、了子=フィーネにマリアの妹と気づかれる。

5月:ツヴァイウィングのライブ会場襲撃事件が発生。事態の対処にツバサ、カナデ、クリス(当時14歳)の3名が当たるも、ノイズの数が3人の処理能力を超えていたことやクリスの経験不足によりカナデがやむを得ず絶唱を使ってノイズをせん滅。

 この事件の後、クリスはショックでイチイバルを纏えなくなり、ツバサは自分の力不足に悩みながら戦い続けることになる。

8月(小夜13歳):帰省中の小夜が乗った飛行機が、了子の放ったペギラにより墜落。この時に小夜を含め乗客の過半数が死亡する。

9月:カナデのガングニールを埋め込み、小夜が融合症例として蘇生される。それからは療養と称して了子のもとで暮らすことになる。

 

2011年(小夜13歳)

5月:力不足に悩んでいたツバサが、自分より高い適合係数を示したヒビキに天羽々斬を託す。この時にツバサが自分の剣をヒビキに教える。

6月:ツバサの義理の従妹にあたる風鳴シラベが神獣鏡の装者としてシンフォギアチームに参加する。

 

2012年(小夜14歳)

4月:小夜の調整が終了し、リディアンに復学。ヒビキと一年半ぶりに再会し、その縁でシラベとも出会う。

 了子が放ったノイズから身を守るため、小夜のガングニールが起動。同時にノイズをせん滅し、二課に緊急保護される。その後はシンフォギアチームに参加することが決まったものの、小夜を戦わせたくないヒビキや、未だにカナデの死を乗り越えられないクリスなどからは反対された。

5月:小夜が正式な装者として二課に登録される。ヒビキ達とは、極力出撃させないという方向で合意を得た。

6月:装者として訓練をこなし、実戦経験も着実に積む。しかし二課とは深くかかわらせないというスタンスが仇となり、フィーネの手によりレイオニクスギアが強制起動させられ、キングジョーに変身させられた。以後小夜はフィーネの手先として、彼女の支配下に置かれる。

7月:レイオニクスバトルのリベンジを果たそうとしたフィーネが、小夜を操り二課を襲撃。保管されていたデュランダル争奪戦が起こる。

 ヒビキらの呼び掛けで小夜は正気を取り戻すも、フィーネが奥の手として用意していたゼットンの亜種、ラギュ・オ・ラギュラを召喚、見せしめとして月の一部を破壊する。

 この時彼女の口から小夜の真実が判明、そしてフィーネの死後発見されたレポートにより、小夜が既に死亡しているという事実が二課の中に知れ渡ることになる。

 自分の意思でレイオニクスギアを発現させた小夜により、フィーネとラギュラは撃破され、事件は一度幕を下ろす。

10月:アメリカにてマリアがセレナが小夜として生きていることを知る。ウェルやナスターシャ教授に呼びかけ、彼女の保護計画を推し進める。

 

 

2013年(小夜15歳)

4月8日:小夜はリディアン高等部に進学。体の異常については、ひとまずは保留という方針となった。

  20日:来日したマリアが多数のノイズに襲われ、同時に別地点をゲオザークが襲撃。マリアの護衛にヒビキが、ゲオザークの対処に小夜が出撃するも、ゲオザークがキングジョーの機能を停止させた為敗北し、小夜が拉致される。

 

5月2日:武装組織F.I.Sが行動を開始。アメリカ政府から全世界に向けて指名手配される。しかしその所在がつかめず、かつ逮捕後のマリアたちの処遇についての交渉もあり、二課が一切の身動きが取れなくなる。

 25日:痺れを切らしたシラベを筆頭に、小夜の電撃救出作戦が決行される。小夜の救出には成功したものの、F.I.Sが小夜の返還を求めて日本に宣戦布告。核攻撃をちらつかせる為、二課が本件の対処に当たった。

 27日:マリアと小夜の一騎打ち。その結果、小夜に殺されることをマリアが選び、小夜も核攻撃を止めるためにやむを得ずマリアを殺害。F.I.S武装蜂起事件はひとまず幕を下ろす。

 

6月13日:落ち込んでいる小夜を励まそうと、ヒビキが小夜の寮を訪れた際、首を吊っている小夜を発見。即座に縄を切りを落とした為、無事だったが、彼女の部屋の自殺未遂の跡を見てしまう。

  20日:一回目の聖遺物使用許可をヒビキが出すも、却下される。この時既にS.O.N.G発足が決まっており、小夜の事を隠すためにも許可を出す事ができなかった。

 

7月12日:5回目の聖遺物許可が却下される。ツバサがヒビキの説得を試みるも失敗。これを最後にヒビキが行方をくらます。

 

7月18日:立花洸をはじめとした立花家にいた人間の死体が発見される。いずれも刃物で急所を突かれており、ヒビキが犯人と目される。

 

7月26日:ギャラルホルンを使った第一次装者召喚実験が行われる。同日、行方不明だったヒビキが深淵の竜宮を襲撃。聖遺物を強奪し、対処に来た小夜も連れて行こうとするが、召喚された奏により止められる。

 

7月30日:スペースビーストザ・ワンが襲来。日本のみならず各国大都市を襲撃し、小夜がいた日本だけがキングジョーの力で撃退に成功。以後、ギャラルホルンを使ったレイオニクスギアの運用が研究されるようになる。

 

8月3日:奏や小夜の弱点を見て、キャロルの考案で他にも装者を招集することが決定される。

 10日:ガリィの調査で、本編世界の装者達に白羽の矢が立てられ、招集することが決定した。

 13日:第二次装者召喚実験。響ら7人の装者が並行世界に召集されるも、ギャラルホルンの処理能力限界により、装者が引き裂かれる。仕方なく、キャロル、奏、小夜の3名が回収を行った。

 

S.O.N.Gデータベース

『行き止まりの世界』

 並行世界の研究をしていたフィーネが提唱していた概念。ゲーム等でいうバッドエンドルートとも言うべき世界だが、現実の場合基底となる世界の定義が難しいため机上の空論とされていた。

 ヒビキは運命に翻弄され続ける小夜を見て、自分のいる世界がこの世界に該当すると思い始め、更にマリアと和解した世界の存在を知って確信した。

 並行世界とは無数のifにより分岐した世界で、この世界の存在も必然と言える。だが、今の世界がこの世界に該当するかどうかを証明する方法はない。



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第23話「謡精の歌」

 あけましておめでとうございます。本日から、シンフォギアNEO更新再開です。年末年始のバイト疲れで、更新が滞らないか不安ですが、可能な限り頑張ります。


 ヒビキを撃退した翼たちは、一度キャロルと連絡を取り、状況の説明と支援物資の要請を行っていた。

『分かった。こちらからLiNKERを送る。こちらの居場所がバレてしまった以上、シュルシャガナを守りながら戦うのも厳しくなってくるはずだ』

「了解した。作戦の変更は、この世界の立花の撃退だけか?」

『ああ。ガリィ達にも作戦の変更を通達済み。アイツらだけで迎撃できるような雑魚は相手しなくていい。イガリマを含めた敵装者、侵略者が相手になるはずだ。シュルシャガナだけは必ず死守しろ』

 キャロルはそれだけ言い残して通信を終えた。調が脱走した以上、切歌と戦わなければならない。その事実は回避できない事が全員に重くのしかかる。

「月読、大丈夫か?このままだと、暁とも戦うことになるが……」

 重い空気の中、翼が口を開いた。切歌との戦闘が不可避となった今、一番辛いのは彼女だ。敵の狙いが彼女である以上、本部に返すわけにはいかないが、それでもケアは必要だった。

「大丈夫です……。今の切ちゃんが話を聞いてくれるとは思いませんけど、絶対に連れて帰ります」 

 調からは必死に不安を隠そうとしているのが伝わってきた。響たちも何か慰めの言葉をかけたかったが、中途半端な気休めは逆効果になるような気がして何も言えなかった。

「ちょっとじめじめしちゃったね!みんな、ご飯にしよう!」

 重い空気の中、真っ先に口を開いたのは響だった。思い返してみれば、ヒビキの襲撃のせいで昼食をとるタイミングを逃してしまっていた。

「確か、カレーがあったはずだよね?未来、手伝って!」

「えっ?うん」

 響は未来を連れて食事の準備を始めた。持ってきたのは簡素な戦闘糧食だったが、響は響なりに場を持ち直そうとしているようだった。

「セレナ?どうしたの?」

 食事の準備をしている響を見て、小夜は何か思う所があったようで、食事の準備を続けている響を眺めていた。

「いえ。お姉ちゃんも、前にこうしてご飯を作ってくれたことがあったなって。ただ、お姉ちゃんはいつも塩とかの分量を間違えて微妙な味の料理しか作れなかったんですよね」

 小夜は姉の作る変な味の料理を思い出して、笑顔がこぼれた。この世界のヒビキはヒビキなりに小夜を元気づけようとして料理をしてくれたが、本人は一切の経験がないので、できあがったのは妙にしょっぱいカレーであったり、味の薄いみそ汁等が出てきたことがほとんどだった。

「それで我慢できなくなって、私が料理を覚えちゃったんですよね。お陰でかなり腕も上がっちゃって、尚更お姉ちゃんは料理しなくなっちゃったんですよね……」

 最初の頃は姉と同じく、調味料の分量を間違えていたが、今ではちゃんと人に出しても恥ずかしくないものが作れるようになった。この世界に響達が来た時に、クリスや切歌に振る舞ったが評判は上々だった。

「はいお待たせ!ちょうど4人分用意できたから、みんなで食べよう!」

 思い出話をしていると、ちょうど支度を終えた響が戻ってきた。軍用の戦闘糧食を持ち込んだ紙皿に移しただけなのだが、それでも普通の料理とそん色ない仕上がりだ。

 全員にいきわたり、食事を始めると緊張していた場の空気が緩んだような気がした。

「……おいしい。テレビとかゲームだと、こういう料理ってマズいっていうけど、かなり美味しいね」

「確かに。スーパーとかのレトルトカレーとそこまで味が変わらないですよ。これ紙皿に移しただけですよね?」

「でしょ!?任務とかで遠くに行くと大体これ食べてるんだけど、世界が違ってもやっぱりご飯はおいしいからね!」

「そういえば以前、マリアにアメリカのレーションを食べさせてもらったのだが、アレは酷かった。マリア達はアレを食べていたというのだから、同情する」

「えぇ。アメリカのレーションは本当においしくないですから……。たまに切ちゃんと期限近いやつ貰ってきて食べるぐらい日本のレーションは味が良いんです」

 出されたカレーを口にして、各々が感想を漏らす。先ほどまでの緊張した空気は完全になくなっており、先ほどでは考えられなかった笑い声が出始めた。

 食事が終わるころには、すっかり空気も和んでいて、先ほどまでの口を開きにくい雰囲気はなくなっていた。

「さてと。じゃあお腹も膨れたことだし。頑張るぞー!」

 食事を終え、響たちは円陣を組んで、これからの任務に向けて気合を入れ直した。

 

 

 撤退したヒビキは、近くの森の中で呆然としていた切歌を回収し、自身が拠点としている空中戦艦に帰ってきていた。

 いつも腰かけているコントロールルームでは雇った錬金術師3人が待ち構えていた。その向こうでは、テンペラ―星人ビエントと、彼のボディガードのイカルス星人フリッドが控えている。

「貴様!どういうつもりだ!」

 真っ先に口火を切ったのは、サンジェルマンだった。プレラーティとカリオストロも何か言いたげだが、サンジェルマンにすべてを託すつもりらしい。

「貴様は言ったはずだ。この世界を救うと。その為に宇宙の敵に立ち向かうと!それなのに、何故敵を招いている!?」

 サンジェルマンはヒビキの胸倉を掴みかかり、必死の形相で睨み付ける。その拍子に小脇に抱えていた切歌が床の上に落ちてしまった。

「私は嘘を言ってないよ。最終的にはこの世界を救うつもりだよ?ただ使えるものを使っただけ。向こうだってそのつもりじゃない?邪魔になったら切り捨てる。ある意味理想の関係だと思うけど?」

「貴様……!」

 サンジェルマンは足元に転げ落ちた、まるで人形のように虚ろな目の切歌を見てヒビキに殴り付けた。殴られたヒビキはその場にひざまずき、殴られた頬を押さえた。

「バッカじゃないの……」

 ヒビキは特に反撃することもなく、サンジェルマンにただ一言浴びせた。そしてゆっくり立ち上がり、あざ笑うように笑った。

「別に私は侵略者を倒して平和を守るとかどうでもいいんだよね。ただ邪魔だから戦ってるだけ。取引した方がどっちも得するって思ったから、私は取引してるだけだよ」

「だからと言って、こんな方法が許されるわけないだろう!」

 サンジェルマンは拳銃を引き抜き、ヒビキの眉間を狙ったがプレラーティ達が慌てて制止した。

「もう待ってよ。あーし達で争っても意味ないでしょ?」

「離せ!やはりこいつこそが世界を脅かす悪だ!この世界の住人に代わって、私が成敗する!」

 2人の制止を振り切り、引き金を引こうとしたが寸前のところで拳銃を取り上げられ、ヒビキは撃たれずに済んだ。サンジェルマンは拳を握りしめて、行き場のなくなった怒りを近くの壁に叩き付けた。

「……悪いが私たちはお前にはついていけない。ここで手を切らせてもらう」

 サンジェルマンはそれだけ言い残すと残り2人を連れてその場を去って行った。部下の離反という予想だにしない事態だったが、ヒビキは全く気に留めていないようだった。転げ落ちた切歌を抱き上げ、ビエントに近づいた。

「お仲間さんに裏切られて、残念でしたねえ。よろしければ私の部下でもお貸ししましょうか?」

「良いよ別に。それより、検体はこれでいい?」

 ヒビキは机の上に切歌を置き、ビエントは丁寧に切歌の体を触って感触を確かめた。

「ええ。十分です。この完成度なら、十分に商品として通じます」

 ビエントは懐から首輪を取り出し、切歌の首に取り付けると切歌の体が大きく跳ねた。更にビーストLiNKERの入った試験管を取り出し、首輪に接続した。

「後これも。コレの制御装置です。これで多少は言う事を聞くでしょう。これは検体を用意してくれた報酬です」

 ヒビキは腕輪型のコントローラを投げ渡され、自分の右腕に取り付けた。試しに起動スイッチを押すと、切歌が虚ろな足取りで立ち上がった。

「シンフォギアとはこの星の生物は面白いものを作ってくれましたよ。適合者の愛情に応じて適合させるとはね。薬品で足りない適合係数を補いたいのであれば、適合者の心をそれだけにしてしまえばいい。もっとも、愛を向ける対象から嫌われてしまえばこのようになってしまうわけですが」

 投与された人間の心を歪め、病的な愛を強制的に抱かせることでギアへ無理矢理適合させる。それが侵略者の開発したビーストLiNKERの正体だった。そして長期に渡り投与を続ければ、愛していた対象に拒絶された時に生きる意味を失い、このように人形のような兵器として完成する。

 ビエントはこれを使い、人形のようになったシンフォギア装者を販売するのが目的らしい。世界をやり直す事を目論むヒビキには関係のない話なのだが。

「後護衛として、フリッドをつけましょう。有効に役立ててください」

 ビエントは深々と礼をした後、歪めた空間の中へと消えていった。ヒビキは小夜や調を連れ戻すために、次の作戦で使う怪獣のスパークドールズを用意した。

「ファイヤーゴルザ、ガンQと……後はノスフェルを再起動させればいいよね……。そうだ。これを渡しとくよ」

 ヒビキは余っていたスパークドールズを一つ取り出し、フリッドに投げ渡した。

「メルバのスパークドールを渡しとくから、まずはそれで陽動を仕掛けて。その後切歌ちゃん達に戦ってもらうよ。だから適当に戦って、逃げちゃっていいよ」

 ヒビキの指示にフリッドは黙ってうなずいて出撃していった。彼の素性は知らないが、とりあえず錬金術師のような正義感を振りかざして戦うタイプではないとは分かった。ヒビキはこの作戦を成功させるためにも、第2波の準備を始めた。

 

 

 翌日、昼頃にS.O.N.G本部から飛んできたヘリが段ボールを投下し、届いた物資の中身を確認していた。中にはLiNKERとアンチLiNKERが合わせて10本弱、それと追加の食糧と作戦指示書が同封されていた。

 小夜はLiNKERを調に渡してアンチLiNKERを懐に忍ばせる。サイバーゴモラやアガートラームでガングニールは使わなくてもよくなったが、使わなければならない状況を想定しなければならない。

「……では読みますね。まず、敵の襲撃があった場合、月読さんを中心に円陣を組んで守りながら迎撃。怪獣戦に突入した場合はサイバーゴモラと、響さんか翼さんのどちらかで迎撃するようです」

 昨日の昼食での一幕もあり、まるでキャンプのような雰囲気で過ごしていたが、具体的な作戦内容を伝えられて再び緊張が走る。特に調は顔がこわばっていて、未だに切歌と戦うという覚悟を決めきれないようにも見える。

「大丈夫!私たちはいつだって、自分が正しいって事を続けてきたんだから、今回だってうまくいくよ!」

 響の言葉で場の空気が少しだけ緩み、切歌を助けるという意思を固めた。

 そして何かが始まる合図かのように怪獣の方向が響き渡った。響たちが怪獣を振り返ると、空から怪獣が大きな翼を広げ、自身の存在を誇示するように周囲の森に降り立った。

「空を飛ぶ相手か。なら、私のデマーガの方が適任だろう。月読、行けるか?」

 レイオニクスギアの性能を底上げするためにも、翼は調の様子を見た。昨日、簡易的な処置は行ったものの、LiNKERを使わずにギアを纏っていた以上、無理はできない。

「はい。長い時間は無理ですけど、やれるだけやってみます」

 調は早速LiNKERを首に打って準備を整える。呼吸を整え、2人は同時に詠った。

(切ちゃんを、助けてみせる……!)

『Imyuteus amenohabakiri tron』

『Various shul shagana tron』

 翼のペンダントから光が放たれ、デマーガが召喚され、調の体をギアが覆う。

「あれ?違う……?」

 だが展開されたギアはいつものシュルシャガナではなく、全体的に蝶のような意匠があしらわれ、どこか妖精にも見えるギアだった。

「心象変化による新しいギアか。これは心強い」

「やれるだけ、やってみます!」

 調は決意を固め、胸の歌を詠う。いつかの時のように、それが切歌を助ける為に必要な力と信じて。歌の力を受け、デマーガの姿も新しいものへと変化した。

 全身から青い光を放ちながら、鋭利な刃物を生やし、同時に全体の姿も生物的なものから機械的な無機質の体へと変化していく。

 姿が変わったデマーガは大きく咆哮を上げ、両腕の刃を振り回した。

「カミソリデマーガです!その剣でバッサバッサとやっちゃいましょう!」

「何?サキモリデマーガ?ふっ。この私に相応しい名前だ!」

 カミソリデマーガはメルバに切りかかり、メルバも両腕の鎌でそれを受け止め、二体の怪獣はつば競り合いをするも、調の歌の力で強化されたデマーガの方がパワーを押し切り、メルバの体に人たちを浴びせた。

 2体の実力差は圧倒的で、すぐに決着がつくものと響たちは思っていた。だが、それを妨害するように一人の陰が翼に襲い掛かった。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 咄嗟に小夜が反応し、大剣でその攻撃を防いだ。攻撃を仕掛けてきた人物は、大きく下がり、その手に持っていた鎌を構えなおした。

「迎えニ来たデスよ。調」

 翼に切りかかった人物は、首輪をつけられた切歌だった。だがその様子は目に見えておかしく、明らかに翼たちに殺意を向けてた。

「暁さん!一緒に帰りましょうよ!マリア姉さんだって心配してました!」

「心配?帰る?あンなキャロルのいル所に戻るナんて真っ平ごメんデス。ソんなことヨり、調の方ガ大事デス」

 切歌は鎌を振りかぶり小夜に切りかかる。小夜は再び大剣を盾にして翼を守るが、その巨大な見た目とは裏腹に、切歌の鎌はこちらの守りをかいくぐるかのように素早い動きでこちらに向かってくる。

「何度も何度モ、あたし達に怪獣を向けタ癖によク言うデス。調ヲそんな所に置いテおイたら、ロクなことニなラないデス!」

 切歌はこちらの話を聞くつもりはなく、翼の命を狙って何度も襲い掛かる。小夜は何とかいなし続けて翼を守るが、それもいつまで持つか分からない。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 翼を守るため、響がガングニールを纏って切歌を取り押さえた。切歌は必死に抵抗を続けるも、体格差もあって拘束から逃れることができない。

「やめてよ切歌ちゃん!無理矢理調ちゃんを連れて行っても、調ちゃんは喜ばないよ!キャロルちゃんとだって、話せば切歌ちゃんのお願いだって聞いてくれるはずだよ!」

「うるサい!散々こっチを追いかけマわシて、今更話し合おウなんてムシが良すギるデス!」

 切歌は響の隙を付いて蹴り飛ばし、距離をとった。

「コうなっタら仕方ないデス。コの明日なき対決に終止符を打ってやルデス!」

「待って!話し合おうよ!だって、私たち同じ人間なんだよ?」

 切歌は響の言葉を無視して、スパークドールと短剣上のアイテムを取り出した。スパークドールの足に突き刺した。

「調ハ返してもラうデス。それだケなノに、何を話シ合うってイうんデスか?」

『モンスライブ!ゼルガノイド!』

 切歌の体とスパークドールが一つになり、一体の怪獣へと変貌する。それは、どこかヒーローのように見えて、歪な怪物のようにも見える、異形そのものだった。

 超合成獣人、ゼルガノイド。それが切歌が変貌した怪獣だった。

 ゼルガノイドは抱えていた恨みや憎しみを吐き出すかのように、獣のような唸り声をあげた。




S.O.N.G怪獣図鑑
次元凶獣 カミソリデマーガ(サキモリデマーガ)
体長:60メートル
体重:7万トン
ステータス
体:★★★★☆
技:★★★★☆
知:★★★☆☆

 異次元に住まうと言われているデマーガの亜種。この世界においては、翼のデマーガが調の歌を受けたことで進化した。
 デマーガと比較した場合、全身が鋭利な刃物に覆われているのが特徴。そこから放たれる一撃は相手を容赦なく切り刻む。
 初めてこの姿に進化した時に、翼は名前を聞き違えてしまい、サキモリデマーガが正式な名前だと勘違いしてしまった。

装者達のコメント
翼:やはりカミソリというのは締まらない。私の怪獣なのだから、サキモリデマーガに改名した方が良いとは思いわないか、雪音?
クリス:いやどうだっていいだろ……。怪獣図鑑にはカミソリで載ってんだし。
翼:そうか。だが私は諦めない。サキモリデマーガが正式な名前になるその日までは!


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第24話「怪獣使いの悲劇」

S.O.N.Gデータベース
謡精ギア
 レイオニクスのポテンシャルを発揮できるように発現したギア。その特異性もあって、実質調専用のギアである。
 調自身もレイオニクスの力を理解して戦えるようになった為に、レイオニクスギアで召喚された怪獣を進化させる能力一点特化型である。
 ただしLiNKERの効果時間が事実上の活動限界として存在していること、攻撃手段を一切持たないことが弱点。完全に後方支援特化型のギアである。


 小夜たちが任務に出かけ、周囲もそのサポートで忙しくしている中、マリアは一人ベッドの上で天井を見上げていた。リハビリも順調で、日常生活ができる程度までに回復するまでそう時間はかからないと見積もられている。だがこうしてベッドの上で大人しくしているのは性に合わなかった。

「大丈夫か?」

 差し入れにと貰った本に目を通そうかとしていた時、病室に奏が入ってきた。

「ええ。それよりここにいて大丈夫なの?」

「ああ。キャロルのお墨付きだからな」

 奏はベッドの脇に座り、呼吸を整えていた。少し顔もこわばっているようにも見え、息抜きに訪れたようではないようだった。

「それで、なんの用なの?」

「こっちのツバサから頼まれたんだ。下手にぼかす訳にはいかないからってさ」

 マリアは何を告げられるのかは分からないが、少なくとも朗報ではないとだけは分かった。奏は少しでも安心させようと笑って見せるが、それが空元気だとどうしてもわかってしまう。

「……切歌が助かるかは分からない、だってさ」

 奏が放った一言は衝撃的な一言だった。切歌が帰ってこないかもしれない。それを告げる事がどれだけ残酷なことか、奏も分かっているからこそ、必死に不安を隠そうとしていたのだとわかる。

「そう……」

 マリアが咄嗟に返せたのはたったその一言だった。奏は自分の不安を肩代わりしようとしているのだから、なるべく動揺しないように自分の中の不安を押しとどめる。

「私たちだって、遊びで戦ってるわけじゃない。ましてやこんな世界だもの。誰かが欠けることだって、ありえない事じゃないもの」

 今まで自分たちは誰一人欠けることなく6人で戦ってきた。だが、自分たちの世界のセレナ達のように志半ばで倒れた装者だっているのだ。誰がどこで欠けてもおかしくはない。頭では理解していたが、無意識に見ないようにしてきただけだとマリアは思い知らされていた。

「でも、私は信じてるの。響たちなら切歌も調も連れて帰ってくるって。例えそれがうたかたの空夢だったとしても、信じたいの」

「そっか。じゃ、あたしはツバサたちの所に戻るよ。何か欲しいものとかある?」

 マリアが見せた優しい微笑みを見て、奏は安心したようだった。椅子から立ち上がり、病室を出ていこうとした。

「そうね。そろそろ新しい本とか欲しいとかその辺ぐらいね」

「了解。今度持ってくるよ」

 奏はそう言い残して出て行った。マリアは奏に響たちを信じていると言ったが、未だ自分の中に

(お願い……。みんな無事で帰ってきますように……)

 マリアはひっそり、自分の望みが叶うようにと祈っていた。

 

 

 ゼルガノイドの出現は、周囲を動揺させるには十分な衝撃だった。調の歌にも若干の乱れが見られ、カミソリデマーガの姿も陽炎のようにおぼろげなものになっていた。

 響はすぐにサイバーゴモラを召喚し、ゼルガノイドを遠ざけた。

「とにかく切歌ちゃんをすぐ止めましょう!翼さん!先にメルバを!」

「承知した!」

 カミソリデマーガが刃を打ち鳴らし、メルバに一直線に向かう。大振りに構え、一撃で仕留める大技を繰り出そうとした。

 だが攻撃が当たる寸前にメルバは消え、代わりに出現したファイヤーゴルザが背後からカミソリデマーガを蹴り飛ばした。カミソリデマーガの体勢が崩され、変化していた体もノイズが混じりながら通常のデマーガに戻りかけていた。

「月読?」

 翼が調の方を振り返ると、調の歌が弱まっていた。翼の為にも歌おうとしているのだが、徐々に旋律が乱れ始めている。

「大丈夫か?ここは私たち4人に任せて下がってもいいが……」

 切歌が目の前で怪獣に変身したことの動揺が目に見えていた。まだ心身ともに未熟な調では、戦闘の局面を左右するほどの重要な役回りはできないように思われた。

「いえ、大丈夫です。私に、歌わせてください……」

 調は翼の提案を断り、呼吸を整えて自分を落ち着かせる。もう一度、歌を届かせるために深呼吸をして、調子を取り戻す。

「私は、切ちゃんを助けるためにここに来たんです。一人だけ逃げるなんてできません」

「そうか、なら頼んだぞ!」

 調が再び歌い出し、カミソリデマーガが再び吠えた。ファイヤーゴルザに向かい、その体を刃が切り裂いた。

 一方のサイバーゴモラはゼルガノイドに苦戦する一方で、更に増援として現れたガンQに殴り飛ばされ、撃破されるのは時間の問題だった。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 響が増援としてレッドキングを召喚すると、EXレッドキングとして現れ、ガンQを殴り飛ばした。これで3対3、数だけで言えば相手と対等な条件で戦うことができるようになった。

 EXレッドキングがファイヤーゴルザに挑み、それに挟み撃ちにしようとしたゼルガノイドをカミソリデマーガが阻み、ガンQをサイバーゴモラが押さえた。

 サイバーゴモラは元々ゼルガノイドとの戦いで疲弊させられていたとはいえ、元々ガンQとの相性もあって、比較的優位に立ち回ることができていた。EXレッドキングもパワー差もあってファイヤーゴルザを押していた。

 だが問題はゼルガノイドとカミソリデマーガだった。お互いに実力が均衡しているが、逆に決め手に欠ける状況が続き、押しとどめることしかできない。調の負担を考えると、長期戦をつづけるのは得策ではない。

「翼さん!すぐに助けます!」

 EXレッドキングはファイヤーゴルザを殴り飛ばし、サイバーゴモラが鉤爪を突き刺し、ガンQを撃破した。EXレッドキングの拳から炎が噴出し、ファイヤーゴルザは爆発四散し、残るはゼルガノイドだけとなった。

 しかしガンQを倒した一撃でサイバーゴモラは力を使い果たし、消滅してしまった。だがEXレッドキングとカミソリデマーガの2体が相手ならば、力の差で押し切ることもできる。

 だがその不意を突くように火球が無防備な響たちに襲い掛かってきた。それに気づいた小夜が咄嗟に身を挺して2人を庇って吹き飛ばされた。

「セレナちゃん!」

 いくら小夜が不死身とはいえ、響は心配せずにはいられなかった。集中力が途切れてEXレッドキングがゼルガノイドに殴り飛ばされた。

『Rei shen shou jing rei zizzl』

「響は切歌ちゃんに集中して!私がみんなを守る!」

 未来は扇を展開し、後から飛んできた火球をすべて弾き飛ばした。そして木々の間から、カエルのような怪物が姿を現した。その後ろでは、イカルス星人がライフルを構えており、すぐに反撃ができるようにしているようだった。

「レイオニクスは捕獲する。貴様らには死んでもらう。フログロスが倒されても私が貴様を倒す」

 機械的で、かなりぎこちない言葉でイカルス星人は宣言した。未来は扇を展開し、イカルス星人に狙いを定めて光線を放ち牽制するが、フログロスを盾にしてイカルス星人は森の中へ姿を消して回避した。

「未来大丈夫?私が代わろうか?」

「平気だよ。足止めぐらいならできるから!」

 実戦経験の足りていない未来を心配して、響が交代を申し出たが、未来はそれを断った。今重要なのは、切歌を助け出す事であり、敵を倒す事ではない。ならば、実戦慣れした響と翼に怪獣戦を任せて、自分がそれ以外の補助に回るのが妥当であると判断した結果だった。

 フログロスはゆっくりと未来たちの所に向かってきたが、未来が放った閃光に包まれ、瞬く間に消滅してしまった。だが、問題は木々の間に隠れたイカルス星人だった。未来がフログロスに気を取られた隙にどこかに移動してしまい、木々の間を移動しながら的確に未来たちを狙ってくる。未来は射撃音を頼りに扇で弾丸を弾いたが、少し対処が遅れて何発かは響たちの間をかすめた。幸い、調を取り囲むようにしているように立っているお陰でイカルス星人もすぐに仕留めることはできずにいるようだった。

「未来……」

「立花!敵に集中しろ!」

 苦戦する未来を響が心配し、翼が集中するように言った。そのせいで2人集中が乱れ、ゼルガノイドはそこで生まれた隙を見逃さなかった。腕を十字に組んで発射した光線がカミソリデマーガを襲った。翼がすぐにそれに気づいたためカミソリデマーガは紙一重で回避し、肩の刃が吹き飛ばされる程度で済んだ。だがそれと同時に2体の姿が揺らぎ始め、調の力が弱まり始めた。

(LiNKERの限界時間か……。流石にこれ以上長引かせるわけには……)

 翼も早く決着をつけようとした時、空が陰り、明るかったはずの周囲が突然暗くなった。思わず空を見上げると、昨日倒したはずのノスフェルが顔を覗かせていた。

「こいつは昨日の……!こいつも復活していたのか?!」

 全ては囮だったのだ。怪獣を大量に仕掛け、装者達が求めている切歌を前線に放つ。そして怪獣戦に参加していない装者を攻撃し、注意をそこに向ける。注意があいまいになった装者に復活させたノスフェルを仕掛けて一網打尽にする。敵が総力戦を仕掛けてきたと勘違いし、完全に敵の罠にはまってしまった。

 カミソリデマーガたちを戻そうにも、ゼルガノイドと戦っているためにすぐに戻すことはできない。未来が怪獣を出せばイカルス星人の銃撃になすすべがなくなる。完全に詰みの状況に追いやられていた。

「万事休すか……」

 ノスフェルは鋭い爪を振り上げた。アレに貫かれれば、人間が即死するのは火を見るより明らかだ。響達は自分たちの敗北を悟った。

 だが、ノスフェルの爪が振り下ろされることはなかった。目をつむっていた響たちが恐る恐る目を開けると、ゼルガノイドの胸をノスフェルの爪が貫いていた。

「切ちゃん……」

 ノスフェルは自分の爪が阻まれたことに腹を立てたのか、何度も何度も執拗にゼルガノイドを爪で切り裂いた。だがゼルガノイドは怯むことなく何度でも何度でもノスフェルの攻撃から響たちを守った。

 ゼルガノイドは倒れることはなく、ゆっくりと立ち上がり、フラフラになりながらも腕を十字に組んでほぼゼロ距離で光線を放ち、ノスフェルの口を貫いた。ノスフェルは必死に口を押さえながらよろめき、大きく後ずさった。

 ノスフェルが後ずさりした隙にようやくたどり着いたカミソリデマーガが走り抜けた勢いを乗せて、頭頂部から衝撃波を放ち、体を貫かれたノスフェルは爆発四散した。

 ゼルガノイドは、戦いの結末を見届けると、崩れ去るように消えていった。

「切ちゃん!」

 不穏な消え方をしたゼルガノイドを見て、調はわれ先に飛び込んでいった。

「すいません翼さん!私行ってきます!」

 響はレッドキングを撤退させて、調の後を追った。翼は通信機を取り出し、S.O.N.G本部へと通信を繋ぐ。

「こちら翼。敵の撃退には成功した。切歌もこのままだと保護できるかもしれない。だが、妙な胸騒ぎがする。至急救護ヘリを頼む」

『了解した。準備ができ次第直ちに派遣する』

 ツバサは冷静に対処をしてくれたようで、通信はそこで途切れた。切歌の安否が気がかりだったが、翼は残る敵を前に、それを気にしている場合ではなかった。

 

 

 調がゼルガノイドの消えた地点に辿りつくと、切歌が仰向けに倒れていた。

「切ちゃん!」

 切歌の体を抱き起すと、切歌はうめき声を開けて虚ろだった目に少し光が戻った。

「調……無事、だったデスか……。良かったデス」

 切歌は弱々しく笑って見せ、今にも力尽きそうだった。

「しっかりしてよ!一緒にみんなで帰ろう?そうすれば切ちゃんの怪我だって……」

「調が無事なら、あたしは、それで、充分。デス……」

 途切れ途切れに切歌は言葉を紡ぎ、調の無事を喜んだ。だがそれとは対照的に調の頬には、涙が伝っていた。

「嫌だよ……!切ちゃんがいない世界なんて、私は嫌だよ!」

「調、泣いてる、デスか?もう殆ど見えない……デス」

 切歌の顔からは徐々に生気が失われ、切歌がそう長くはないことを悟らせてしまう。

「お願いだから、しっかりしてよ!ねえ!切ちゃん!切ちゃん!」

「ダメデスよ。せっかくの、綺麗な顔が……台無し、デス……」

 その言葉を最期に、切歌はぐったりと動かなくなった。

「切ちゃん……?切ちゃん?切ちゃん!」

 調は何度も切歌の体を揺さぶるが、切歌が言葉を返すことはなく、切歌の体は揺さぶられた勢いで調の体から崩れ落ちた。

 そしてその際に気づいてしまった。自分の手に付いた、切歌の背中から流れていた赤い血の存在を。もうあの温もりに触れることはできないと、嫌でもわかってしまう。

「あぁ……。あぁ……」

 絶望。切歌を救えず、ただ敵の掌の上で踊らされていただけという絶望という名の黒い感情が調の心を塗りつぶす。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

「切歌ちゃん!大丈夫!?」

 響が調のもとに駆け付けると、調を中心に黒い渦が吹き荒れ、周囲から倒したはずの怪獣たちの雄たけびが共鳴するように響き渡る。

「まさか、暴走……?」

 響は知っていた。感情を昂らせたレイオニクスは、暴走することがあるという事を。だが調に限ってはそれはあり得ないと思っていた。むしろ、敢えて伝えないことで調は敵に回らないと安心しようとしていた。

「見つけたぞ、レイオニクス……!」

 イカルス星人も調の存在に気付いたようで、渦と共に吹き荒れる旋風を掻い潜って調に肉薄する。調は完全に力に呑まれており、イカルス星人が近づいていることに気づいていない。イカルス星人が空間の歪みを作り出して、調を底に引きずり込もうとした。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 響はギアを纏うと同時に抜剣し、イグナイトモジュールの高出力で旋風を一気にかき分けて進む。そして調に手のふれていたイカルス星人の手を引き離し、自分ごとイカルス星人を空間の歪みに押し込む。

「貴様、何をする!?」

「調ちゃんは、連れて行かせない。絶対に守るって決めたから!」

 たとえ何があっても、調を敵の手に渡らせない。調が正気を喪おうとしても、敵からは絶対に守る。それが響のやり方だった。

「ごめんね。調ちゃん。すぐに戻るから……!」

 響はそう言い残してイカルス星人を空間の歪みに押し込み、歪みの中に消えていった。

 そして、それを皮切りに調から放たれた黒い渦が倒された怪獣のスパークドールズに流れ込み、一点に集まっていく。そして切歌のペンダントも呑み込み、調の体を核にそれらが合成されていく。

 ファイヤーゴルザ、メルバ、ガンQ、(スーパー)コッヴ、レイキュバス、5体の怪獣が混ざり合い、一体の怪獣が産声を上げた。

 それは一体の完成された怪獣でありながら、どこか歪で、整然としていながら不自然さを兼ね備えたまさに化け物(ファイブキング)の名に恥じない怪獣が誕生した。

 暴走したレイオニクスの力に呑まれ、ファイブキングは破壊衝動のままに周囲の森を焼き払った。




S.O.N.G怪獣図鑑
超合体怪獣 ファイブキング
体長:75メートル
体重:5万5千トン
ステータス
体:★×20
技:★×15
知:★×10

 ファイヤーゴルザ、メルバ、ガンQ、(スーパー)コッヴ、レイキュバスの5体の怪獣が混ざり合った怪獣。チブルスパークではなく、レイオニクスの能力で合体しているのがオリジナルの個体との違い。
 5体もの怪獣が混ざり合っているという事もあって反則レベルに高い実力を誇る。本来であれば、調が操り、最強の戦力となりうるはずだった。しかし、その調が暴走してしまっているため、手あたり次第に暴れまわる破壊神よ呼ぶふさわしい怪獣兵器となり果ててしまった。
 装者側のレイオニクスギアでは歯が立たないため、核の部分に宿っている調を殺害するしか止める方法がない。


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第25話「望む未来」

 1週間ぶりの更新です。すっかり遅くなってしまって申し訳ないです。


 突如出現したファイブキングを前に、翼は撤退させていなかったデマーガを差し向け、迎撃に向かった。だがデマーガの腕はレイキュバスのハサミに掴まれ、必死の抵抗として吐いた熱戦はガンQの腕に呑まれ、メルバの翼で飛び上がってデマーガを地面に叩き付けた。

 デマーガは完全に手も足も出ず、ファイブキングは続けて超コッヴの足で踏みつけ、ファイヤーゴルザの頭から吐き出した火炎弾で容赦なくデマーガを痛めつけた。

 憤怒、慟哭、憎悪、絶望。そういったものが入り混じったようにファイブキングは叫んだ。その姿はまるで誰かの意志が強く反映されているようにも見えた。

「くっ、やはり月読の援護がなければ厳しいか……」

 ファイブキングが焼き払った地点はまだ少し距離があり、自分たちがいる場所に火の手が迫るまでは時間がある。だがこの状況では撤退するにもヘリが近づけず、切歌の無事が確認できない以上、撤退できても彼女を見殺しにしてしまうことだってありうる。

『こちらS.O.N.G本部。ファイブキングの出現を確認した。何か知っていることはないか?』

 翼が次の手を考えていた時、突如としてもう一人の自分から通信が入った。翼が顔を上げると、すぐ近くまでヘリが近づいていた。

「いや。何も分からない。突然アレは現れた。立花と月読に通信をかけてみたが、応答がない。オマケにこのままではデマーガが倒されるのも時間の問題だろう」

『了解した。こちらでも大方の解析結果は出ている。内部からイガリマ、シュルシャガナの反応がある。そして内部に怪獣とは別の熱源があることから、恐らくは調の変身した怪獣だろう。原因は色々と考えられるが、とにかくレイオニクスギアでは太刀打ちできん。小夜に対処をさせろ。小夜が時間を稼いでくれれば、暁の回収もできる』

「だが小夜は……」

 先ほど小夜は負傷し、傷が癒えているかは分からない。加えて、融合症例として小夜がガングニールを使えば、彼女を苦しめることになる。もし小夜に余計な負担をかけるようなことになれば、マリアに合わせる顔もない。

「大丈夫です。私なら、いけます」

 後ろから小夜の声が聞こえた。少しふらついてはいるが、傷は癒えて戦える程度には回復しているようだった。

『無理を言ってすまない。小夜』

「大丈夫ですよ。アンチLiNKERだってまだ残ってますし、へいき、へっちゃらです」

 小夜は優しく笑ってアンチLiNKERを取り出し、自分の首にあてた。

「待て。セレナ」

 だが翼は小夜を見送るようなことをせず、引き留めた。この状況では、彼女が切り札になるということは理解できている。だが、彼女を黙って見送るわけにはいかなかった。

「セレナ。一つだけ、約束してほしい。絶対に帰ってきてほしい。もしセレナに何かあれば、マリアに合わせる顔がない」

「はい!師匠の言いつけを守るのが弟子の務めですから!」

「セ、セレナ!私の事は師匠と呼ぶなと……」

 小夜は話を最後まで聞かず、笑顔を作って走って行った。その笑顔は、非常に見覚えにある誰かに似ていた。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 小夜が走って行った先から、黒いキングジョーが出現し、撃破されかかっていたデマーガを守るようにファイブキングを止めた。だがキングジョーのパワーでも限界があるようで、ボディにひびが入り始めていた。キングジョーの全身にヒビが入ると、キングジョーの体は崩れるどころか、メッキが剥がれ落ちるように黒い外殻が剥がれ落ちて、中から金色の装甲が姿を現した。黄金に輝くその様は、黄金の城塞(キングジョー)の名に相応しい輝きを放っていた。

 キングジョーはファイブキングを投げ飛ばし、その怪力でもってファイブキングを抑えつけた。同時に燃え盛っていた周囲の森が凍り付き、火の手がいったん止まった。

『ガリィに周囲の安全を確保させた。これからイガリマの装者を回収する。引き続きオートスコアラー達には周囲の安全確保を優先させるお前たちも救護ヘリに乗って撤退しろ』

 凍った森の中にヘリが下りていき、未来たちもそこへ向かう。ヘリが着陸した地点に到着すると、救護スタッフが切歌をヘリに搬入している最中だった。

「お待ちしてました。切歌さんは辛うじて生きてます。今から搬送すれば、まだ助かるかもしれません。早くこちらに」

 乗ってきた救護スタッフが未来たちにヘリに乗るように促した。だが響の無事が確認できていない以上、翼はヘリに乗り込むのは気が進まなかった。未来もどこか落ち着きがなく、上の空のように見える。

 翼は通信機のスイッチを入れて、本部と無線を繋ぐ。

「すまない。立花と月読の安全が確認できていない以上、私たちは撤退することができない。先に暁だけでも本部に連れ帰ってくれないか?」

『了解した。そちらの意見はもっともだが、負傷した暁を安全に運ぶためにも、最低でも護衛の装者が同行してほしい。2人残ることは了承できない』

「……分かった。私が同行する」

「えっ?」

 翼が護衛を申し出て、驚いたのは未来だった。装者として経験の浅い未来が護衛を兼ねて撤退し、

『そうか。道中でこちら側のヒビキが襲撃してくるかもしれないが、用心してくれ』

「ああ。小日向、立花たちを頼んだぞ」

 翼は未来に残った仲間を託して、ヘリに乗り込んだ。未来はペンダントを握りしめ、響を探す。遠くの方では、ファイブキングの咆哮とそれを押さえるキングジョーの駆動音が聞こえてくる。

(……響たちはどこ?早く探さないと)

 周囲の森を走り、響の影を探す。少しずつ氷が解け始め、ここが火の海になるのも時間の問題だった。

『Rei shen shou jing rei zizzl』

 再度神獣鏡を纏い、全力で響を探す。だがその痕跡は見つからず、少しずつ木々に着いた火が燃え始めている。

「響!いるの!?どこ!?」

 未来は響の名前を呼びながら、探すが響の姿が全く見えない。遠くでは、ファイブキングとキングジョーが戦っている姿が見える。キングジョーは先制攻撃こそ決められたが、ファイブキングの怪力の前には持ちこたえるのがやっとで、いつ押し負けるか分からない状況だった。

(響も心配だけど、セレナちゃんも心配だな……。一体どうしたら……)

 このままでは響が見つかる保証はない。しかも小夜が負けてしまうのも時間の問題だった。未来は一度深呼吸をして考える。どうすればいいのか。もし響が隣にいたらなんていうのか。

 考え抜いた末に、未来は耳元の通信機のスイッチを入れた。

「もしもし、小日向未来です。あの怪獣の弱点とか無いんですか?」

 未来の出した答え、それは小夜を助けることだった。響だったらどっちとも助けると言う。そう信じての結論だった。

『こちらでも解析が進んでいるが、今のところ進捗はない。何とかして中の月読だけでも救助できれば状況は変わってくるだろうが……』

「中の調ちゃんは外から取り除けないんですか?」

『理論上は可能だろう。だが、どんな影響があるかが分からない。周囲一帯を巻き込んで爆発するか、或いはひどい後遺症に見舞われるか……』

 通信機越しでも翼が焦っているのが分かる。状況は完全に八方塞がりで、このままいたずらに時間を浪費する一方だった。

『一つだけ、試したいことがあります』

 通信機から聞こえてきたのは、小夜の声だった。顔を見上げると、キングジョーはファイブキングから少し距離を離していた。ファイブキングもキングジョーの様子を伺っているようにも見える。

『キングジョーの、シンクロゲイザーを起動させれば、中の月読さんと同調して能力を解除できるかもしれません』

『だが小夜も支配下に置かれるのではないか?危険すぎる賭けは了承できんな』

『でも月読さんを助けるには、もうこれしか残ってません!』

『待て小夜!』

 ツバサの制止も空しく、キングジョーの右腕に巨大な槍が出現し、刃先が花弁のように展開する。展開された槍の中には、小さな刃が仕込まれており、キングジョーがファイブキングに肉薄して刃を突き立てた。キングジョーとファイブキングからまばゆい程の光があふれだし、ファイブキングが苦しみ悶えた後、2体の怪獣はそのままの姿勢で動かなくなった。

『しかたがない……。小日向、小夜のキングジョーには、他の装者と同調して性能を引き上げる機能が搭載されている。だが失敗すれば小夜も月読に呑まれて暴走してしまうが、成功すれば月読の暴走を止められるはずだ。どの道結果が出るまでは無防備だ。いざという時はゼットンを出撃させろ』

「は、はい!」

 ツバサが現状について説明を付け加えたが、未来はイマイチ要領を得なかった。だが小夜を守れば調が助かるかもしれないということは分かったので、気を引き締めた。

 未来は頭上から迫ってくる気配を感じ取り、扇を盾にして弾いた。その人物は、未来が探していた人物と同じ顔をしていた。

「あーあ。全員帰ったと思ったのに、一人残ってたか……」

 ヒビキは刀を構えなおし、再び未来に切りかかろうとしていた。姿こそ響と同じだが、纏っている雰囲気や言動はまるで別人だった。

「ねえ、私たちって戦わなくちゃいけないの?私たちって分かり合えないの?」

「無理だよ。だって小夜のガングニールを取り除くには、聖遺物の力を使わなくちゃいけない、でもツバサさんはそれを許可してくれなかった。じゃあ私はどうすればいいの?戦えば苦しむ小夜を黙ってみてればいいの?」

「なら、私の神獣鏡でセレナちゃんのガングニールを取り除いてあげれば……!」

「そんなことをすれば小夜は死ぬ!」

 ヒビキは痺れを切らして未来に切りかかってきた。未来は扇で剣を弾くが、ヒビキの剣はその隙間を縫うようにして襲い掛かってくる。未来は体を反らして剣を回避するも、剣先が頬を掠めた。

「どこまで聞いてるのか知らないけど、小夜はね、死んでるんだよ。今は胸のガングニールのおかげで生きていられる。そんな小夜からガングニールは取り除けない。でも小夜はガングニールに侵されて苦しんでる。じゃあさ、最初からやり直すしかないじゃん。小夜が死ななくて、マリアさんと幸せに暮らせる世界を作るしかないじゃん!」

 ヒビキの言い分はもっともなものだった。妹の幸せを願う姉としては全うな発言だった。だが未来はヒビキの攻撃の手が一瞬緩んだのを見逃さず、ヒビキの剣を正確に打ち抜いた。撃ちぬかれた剣は真っ二つに折れて剣先が地面に突き刺さった。

「それは違うよ。あなたのそれは、自分の正義を押し付けてるだけ。あなたの考えた幸せを押し付けて、セレナちゃんは本当に笑顔になれるの?セレナちゃんの気持ちを無視して作った世界なんて、結局は偽物だよ」

 ヒビキはそれでも抵抗を続け、小刀を取り出して未来に肉薄するも、ビットから放たれた光線でそれすらも弾かれた。ヒビキがうろたえた隙を逃さずに未来は閉じた扇でヒビキを殴り飛ばして地面を転がった。

「やっぱり、あなた弱い。私たちの立花響よりずっと」

「そんなわけない!私はそっちの私とは違う!邪魔するものは全て切り捨てた!あの私じゃ辿りつけない場所にまで届いたんだ!」

「だからだよ」

 未来も、ヒビキがこうせざるを得なかった事情があるとは思っていた。世界中を敵に回してでも、妹を救いたいと願えるほど、彼女は純粋だった。だが未来はヒビキを否定し、胸のコンバータユニットを狙う。

「私たちの響は、いつだって悩んでばかりだった。あなたと違って、誰かと手を繋ぐことを諦めなかった。だから私たちは7人で今こうしてここに来た。あなたと違って、私たちの立花響は、みんなを照らしてくれる太陽だから!」

 未来がヒビキの暴走を止めるために、胸のペンダントを狙い撃ちしようとした時、ヒビキがかすれそうな声で何かを詠っているのが聞こえた。思わず射撃を中止して大きく下がる。次の瞬間、ヒビキの体が浮かび上がり、背中から3対の翼が生えてきた。腕部には鉤爪を備えたガントレットが装着され、頭上には光の輪のようなものが出現した。

「私が弱いだって?いいよ。だったら全力で叩き潰してあげる」

 ヒビキの口から血が垂れ流れ、それを拭った。この姿が絶唱によるものだという証にも思えた。ヒビキのアームドギアは杭のようになり、未来を逃がさないと言わんばかりに地面に突き刺さり、未来たちの周囲を回り始めた。

 未来たちの世界の立花ヒビキとは程遠い、神々しい光を放つヒビキのその姿は自分が正義だと主張して憚らない、彼女の独善性を象徴するようだった。

 だがヒビキの纏っているものがシンフォギアである以上、未来の神獣鏡で対処できる。

「止めてみせる。だって、あなたの作る平和なんて、絶対に間違ったものだから!」

 未来がヒビキに狙いを定めて体を打ち抜こうとした時だった。静止していたキングジョーとファイブキングが消滅し、2人の間に調を抱えた小夜が降りてきた。その姿は、アガートラームとガングニールを合体させたような、白銀のギアに身を包んでいた。

「小夜……」

「やっぱり、来てたんだね。お姉ちゃん」

 小夜はゆっくりと調を下ろし、ガントレットを合体させて一振りの剣を作り出す。

「月読さんと繋がった時ね、伝わってきたんだ。暁さんと一緒にいたいって思いと、過保護すぎる暁さんが嫌だっていう気持ちが。どうすればいいのか迷って、結局暁さんを喪っちゃったってすごく公開してた。ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんがやってきたことって、本当に正しい事なのかな?」

「どうして?私は小夜が幸せになれる世界を作るんだよ?正しいことをしてるに決まってるじゃん」

 ヒビキは自分が正義だと信じていた。フィーネの計画に巻き込まれて殺害された挙句、彼女の手ごまとして改造された。更に実の姉を殺さざるを得なかった小夜を憐れみ、ヒビキはその悲劇をなかった事に仕様と考えていた。

 だが、小夜は考えを変えないヒビキを見て、一つの答えを出した。

「じゃあ、私はお姉ちゃんを……切るよ」

 小夜はヒビキの言葉を聞き入れず、剣を握りしめた。その矛先をヒビキに向け、姉を切ろうとする意志に迷いはない。

「ねえお姉ちゃん。こんなこと止めよう?こんな事までして作った世界に価値なんてあるの?私ひとりの楽園ができれば、他はどうなってもいいの?」

「私は手段を選ばないって決めたの。小夜が幸せになれるのなら、どんな犠牲だって払う。世界だって敵に回して見せるってね」

「ならやっぱり、お姉ちゃんは私の敵だね。私は誰かを犠牲にして作った未来なんて嫌だよ。みんなが笑っていられる未来を作ってみせる」

 小夜はヒビキめがけて飛びかかって切りかかる。ヒビキは空へ舞い上がって回避し、小夜のリーチから外れる。

「誰も犠牲にならない未来?そんな未来、できるわけないよ。小夜がその証だよ」

 ヒビキは杭を操り、小夜体を貫こうとする。小夜は剣を使って弾き、杭を回避する。

「小夜が私を否定するって言うなら、無理やりにでも連れて行くよ。小夜にとって最善の世界を見せてあげる。争いのない世界をね!」

 ヒビキは急降下してきて小夜に襲い掛かる。それは小夜に否定され、行き場のない感情を小夜にぶつけているようにも見えた。だれにも理解されず、ただ一人で戦う事を強要されたこの世界のヒビキは、小夜には自分の思いを理解してほしくて、襲い掛かっているようにも見える。

 ヒビキの一撃は重く、小夜の剣でも弾かれてしまう。未来はヒビキの一撃から小夜を守るべく、ガントレットに狙いを定めた。未来から放たれた光線は被弾する直前にヒビキに悟られ、ガントレットをかすめる程度に終わった。だが、それでも小夜を守るという目的は達せられ、一瞬自由になった小夜がヒビキの翼を狙う。

「私はお姉ちゃんのものじゃない!私の未来は、私のこの手でつかみ取るものなんだ!」

 小夜のギアが再度変化し、アガートラームのものに変化する。その影響でアームドギアも、大剣に戻った。

「イグナイトモジュール、抜剣!」

 小夜はイグナイトを起動させ、再び大剣を振りおろす。力任せに振るった一撃だったが、大剣は途中で鎖のように分離し、避けたヒビキを容赦なく追い詰める。 

 ヒビキは空高く飛び上がり、再び小夜から距離を離す。そして杭を操り、未来や小夜を狙う。

 未来は迷うことなく、杭を打ちぬいて破壊し、小夜の大剣が真っ二つに割れて音叉のように変形した。

「小日向さん!一緒に!」

 未来は小夜の申し出にうなづき、神獣鏡のエネルギーを扇の先の一点に集めて小夜の大剣に重ねた。

 チャージされた神獣鏡のエネルギーは、アガートラームの大剣を削りながら、調律されて一点に収縮されて未来が放ったものとは比べ物にならない速度でヒビキを狙う。想定外の攻撃に、ヒビキは回避しようとするも、既に遅くヒビキの片翼を貫き、無様にも地面に落ちた。

 ヒビキのギアは解除され、小夜たちに負けた悔しさのあまり、地面を殴りつけた。

「なにこれ……。私、バカみたいじゃん。一人で頑張って、父親まで手にかけたのにさ、結局なんにもならないなんて」

「ねえお姉ちゃん。今からでも遅くないよ。みんなに謝ろう?」

 小夜は、ヒビキに手を差し伸べ、今までの罪を償おうと勧めた。だがヒビキは小夜をにらみ返し、転移用の小瓶で撤退していった。

「お姉ちゃん待って!」

 小夜の制止も聞かず、ヒビキは魔法陣の中へと消えていった。後に残ったのは、静寂だけだった。

『こちらS.O.N.G本部、今ヘリを派遣した。状況の報告を頼む』

 ヒビキが撤退したのと同時に、ツバサからの通信が入った。未来は通信機に手を当てて、報告をしようとした小夜を止めた。

「この世界のヒビキに遭遇しましたが、セレナちゃんと力を合わせて撃退しました。怪獣はセレナちゃんが何とかしてくれたみたいで、調ちゃんも無事です」

『了解した。そちらの響は見つかっていないようだな?捜索班も向かわせている。小日向達は撤退して休んでくれ』

「……分かりました」

 本当は未来も響の捜索に加わりたかったが、あてもなく探し続けても無駄に消耗するわけにはいかないと分かっていたため、不本意ながらもそれに同意した。

 

 

 未来たちが本部に戻ってきて目にしたものは、集中治療室で治療中の切歌だった。キャロルが彼女の診断状況を説明してくれた。

「一応生きてはいる。スパークドールズを使ってこんな傷を負ったなんて聞いたことないが、如何せん装者の状態が状態だどうなってもおかしくはない。後はコイツの体力次第だ。明日には死ぬかもしれない」

 状況は絶望的だった。響は行方不明、切歌は瀕死と切歌と調を連れ戻すという目的こそ達成できたものの、その結果は最悪としか言えないほど悲惨なものだった。

「行方不明の装者についても、現状進捗の報告はない。ガリィ達にも探させているが、殆ど痕跡も残っていない」

 キャロルは淡々と事実だけを述べた。報告を聞いていた一同は、切歌たちの帰還を喜べずにいた。装者の数は減る一方で、戦局が苦しくなるのも時間の問題のように思われた。

「シュルシャガナは先ほど意識を取り戻したが、部屋に閉じこもったままだ。追加の装者も投入しなければな。今ツバサがアメリカ政府と交渉して、装者の派遣を要請できるようにしているところだ。この世界のシラベの報告にあった、並行世界のも呼ぶことになるだろう」

 今この場にマリアがいないのが幸いだった。もしこの場にいたのなら、彼女はセレナを前線に出すことに反対し、またしても反発を招いていたのかもしれない。

「いいか。俺たちに負けるだの逃げるだのという選択肢はない。俺たちが負ければこの世界はそこで終わってしまう。俺たちはどんな手を使ってでも勝たなければならないんだ。例えそれが、戦死者を出す結果となったとしてもだ」

 キャロルはそれだけを言い残して去っていった。ツバサが本部に戻ったことで指揮権は彼女に戻ったが、キャロルの考えは変わらない。去っていくその後ろ姿には、悪魔と罵られようが勝利を得ようとする姿勢が見て取れた。

「なんなんだよアイツ……。あたしらを捨て駒扱いかよ」

 重い空気の中、口を開いたのはクリスだった。後輩2人は前線に出られず、響は行方不明。挙句それらをフォローするようなことも言わないキャロルという現状に嫌気がさしてきているようにも見えた。

「仕方ないさ雪音。敵は未知数の相手なのだ。こちらとて、容易く勝てるとは思えない」

「そうだけどよ……」

 クリスは翼に言われて渋々黙った。クリスに限った話ではなく、装者のキャロルへの不信感、減り続ける戦力に対する不安、それらは装者の中で溜まっていくのは明らかだった。

 それからというものの、響の発見報告はなく、正式に行方不明者として処理されることになった。このまま見つからなければ、戦死扱いになるという事実は、装者達の胸に重くのしかかった。




S.O.N.Gデータベース
ヒビキ絶唱態
ステータス
力:★★★☆☆
技:★★★★☆
知:★★★☆☆

 NEO世界の立花ヒビキが絶唱により変異した姿。
 その姿は彼女の独善性を示すかの如く、天使を模している。腕部は肥大化した手甲に覆われ、杭のように変異したアームドギアを操って戦う。
 敵対するものであろうと、誰にでも手を差し伸べる響とは対照的に、敵対するものは全てなぎ倒し、自分の思いを貫き通す様は、本編世界の響とは完全に真逆の存在と言える。
 単体の戦闘力は立花響とは比べ物にならないが、仲間と共に強くなっていく装者と比べると、ずっと弱い。


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第26話「鏡合わせの装者」

 シラベが並行世界から帰還すると、ツバサが出迎えてくれた。

「ただいま、ツーちゃん」

「ああ。並行世界の任務ご苦労。それはお土産か?」

 ツバサはシラベが肩から下げているスポーツバッグを指した。

「うん。向こうで見つけた珍しいものなの。自分用にお土産に持ってきちゃった」

 シラベはそれだけ言い残して、その場を去って行った。そっけない態度をとったシラベを見て、ツバサは少し不審に思った。

 

 

 未来は日課のトレーニングを終えて、昼食をとっていたのだが、どこか上の空だった。

「大丈夫ですか?」

 偶然一緒に訓練していた小夜が向かいの椅子に座った。小夜に声をかけられて、未来は我に返った。

「え?あぁ、大丈夫。ちょっとぼうっとしてただけだから」

「響さんの事ですか?」

「うん……。今頃どこにいるのかなって」

 響が見つかったという報告は未だない。規模こそ縮小されたものの、捜索は未だに続けられている。だが捜索が打ち切られるのも時間の問題で、響は人知れず死んでいるのではないかとさえ思ってしまう。

「大丈夫ですよ!響さんだってきっと生きてますって!」

「だと良いんだけど……」

 小夜は未来にも元気になってほしいと思う一方、中途半端な希望を持たせていいのだろうかとも悩んでいた。その結果、今も部屋に閉じこもって出てこない調の現状があると考えると、小夜は本当に未来を励ましていいのかとも考えてしまう。

(でも、響さんはまだ生きてる可能性だってあるんだから、私たちも頑張らないと……)

 だが響が死んだと決まったわけではない以上、小夜は自分を奮い立たせる意味も含めて、未来を励ました。

 昼食を終えて、マリアの病室へ向かう途中、誰かが走ってくる音が廊下の奥から聞こえてきた。

「待って!小夜!その娘捕まえて!」

「え?」

 小夜が聞き覚えのある声を聞き取った時、廊下の奥から現れた人影が小夜の鳩尾と激突した。腹に重い一撃を食らった小夜は、思わず腹を抱えてその場にうずくまった。

「だ、大丈夫ですか?!」

「ちょっとお昼のうどんが喉元まで……」

「セレナちゃん、大丈夫?」

「え?私は別に平気ですけど、そっちの人は大丈夫なんですか?」

「え?」

 妙な事を言葉を聞いた未来がぶつかってきた人影を見ると、それは未来たちが見覚えがある方のセレナだった。

「小日向さん!?なんでこんなところにいるんですか!?」

「セレナちゃんこそ!」

「私は無理やり連れてこられて……。とにかく!マリア姉さんが近くにいるなら、匿ってください!」

 小夜にぶつかって来たのは、未来たちの面識のあるセレナだった。相当急いでいるようで、汗をかいていた。

「と、とにかく!追われてるんです!早く匿ってください!」

 セレナは鬼気迫る表情で、未来に迫る。未来も小夜を休ませる目的もあって、すぐにマリアの病室に駆け込んだ。

「あぁ、未来。いらっしゃ……」

 病室に入ってきた3人を見るなり、マリアは硬直してしまった。当然である。入ってきたのは、見知ったセレナと、お腹と口を押さえた小夜、そして困惑する未来だったのだから。

「セレナが、2人……?えっと……」

「あっ、分かりにくいなら、私は小夜で大丈夫……。うぷっ……」

「姉さん!」

 小夜は口を開いた拍子にうどんを吐き出してしまいそうになったが、ゆっくり深呼吸をして何とか押しとどめた。

 セレナはすぐにマリアに抱き着き、マリアは戸惑いながらもセレナを優しく抱きしめた。

「私、すごい怖かったの……。無理やり連れてこられて……」

「なんですって?」

 すっかり怯えきったセレナを聞いて、マリアの表情が一変した。キャロルの強硬な姿勢から考えれば、戦力になる装者を無理やり連れてこさせる事も十分に考えられた。

「誰がそんなことをしたの?まさか、キャロルが……」

「キャロル?違う、私を連れてきたのは、多分この世界にいる、月読さんなの」

「調が?どうして?」

 この世界の調の名前が出てきたことで、小夜は何か思い当たる節があったようで、目を逸らした。マリアはどうしてこの場で調の名前が出てきたのか分からず、セレナの話をゆっくりと聞いた。

「えっと、マリア姉さんたちの世界に来たら、ちょうどシラベさんが来るのとタイミングが被っちゃって……。色んな服に着せ替えさせられて、写真もいっぱい撮られて、寝てる時に縛られて、無理やり連れてこられたの」

セレナの話を聞いて、マリアはますます状況が飲み込めないようだった。

「えっと、ごめん、マリア姉さん。それ、この世界のシラベだよ……」

 話を聞いて、小夜は完全に革新したようで、口を開いた。セレナは小夜の態度が妙に感じたらしく、首を傾げている。

「自己紹介がまだだったね。私は立花小夜。この世界のあなただよ。呼びにくいようなら、小夜でいいよ。よろしくね」

 セレナは平行世界の自分という予想だにしない出来事に、戸惑っているのははっきりとわかった。小夜はどうしても事情を説明しなければならないと思い、説明を続けた。

「それでね、この世界のシラベが多分セレナちゃんを連れてきたのは間違いないと思う。普段はおとなしいんだけど、一回スイッチ入ったりすると、止められなくて……。私も色んなところ触られたりしたし、色んなコスプレさせられて……」

 小夜はスマートフォンを取り出して、少し操作すると、マリアたちに手渡した。そこには様々な服を着せられた小夜の写真が表示されていた。セレナたちもそれで状況が飲み込めたようで、セレナは同情の目を小夜に向けた。

「ごめんね。シラベも悪い子じゃないんだけど、多分舞い上がっちゃったんだと思う。だから、悪く思わないであげてね……」

 小夜の言葉にセレナは黙って頷き、とりあえずシラベに変態の汚名が付くことだけは回避できた。

 とりあえず、シラベの誤解を防いだ時、病室の扉を開けて、翼が入ってきた。

「失礼する」

 翼はスーツに身を固め、肩にはS.O.N.Gのバッジを付けている。マリアたちの世界のツバサとは少し違う服装から、それがこの世界のツバサだとわかった。

「あら?あなたが来るなんて珍しいわね」

「ああ。装者が密かに連れこまれたようなのだ。……ここか?」

 ツバサはアンチLiNKERを持ち、なにもない所に手刀で叩いた。空振りするはずだった手刀は、空を切るはずが、何かにあたり、誰かの声が漏れた。ツバサはすかさずアンチLiNKERを叩いた場所に突き刺すと、虚空から人の影が浮かび上がり、シラベの影が浮かび上がった。

「やはりこの部屋にいたか。勝手に装者を連れてきたりして、一体何を考えている?」

「ごめんつーちゃん。バレないと思ったんだけど……」

 シラベは苦笑いを浮かべて、ツバサの脇を通って、走り去ろうとした。しかしそれは完全にツバサに読まれており、あっという間に首根っこを掴まれて、止まった。

「話は後で聞く。反省文も提出してもらうからな」

 ツバサは小夜たちに謝罪をして、シラベを引きずって病室をあとにした。

「……あれがこの世界の風鳴さん?」

「ええ。この世界だと、S.O.N.Gの司令官になっててビックリしたけど」

 病室に潜んでいたシラベがいなくなり、マリアたちの病室には奇妙な静寂だけが残された。

「それでマリアさん。調子はどうなんですか?」

「ええ。もうすっかりね。まだ検査も多いし、リハビリも残ってるから、前みたいには行かないけどね……」

 マリアはいつものように照れ隠しのように笑ってみせた。

「一応、このまま何もなければ、ギアも纏えるかもしれないって言われたの。時間はだいぶ短くなるって言われてるけどね」

「マリア姉さん。何かあったんですか?」

 口を開いたのはセレナだった。今までシラベに追われている恐怖もあって気にもとめていなかったが、やっとマリアがベッドに寝ていると自覚できたようだった。

「ええ。ちょっとこの世界のセレナを助けるために、ちょっと無茶をしちゃったのよ。でも大丈夫よ。すぐに元気になるから」

 混乱していたセレナだったが、マリアが負傷したと聞いて、一つ確信したようだった。

「ねえ、マリア姉さん。私が姉さんの代わりに戦うってできないかな?」

「大丈夫だよ。私がマリア姉さんのアガートラームも借りて戦ってるんだから、別にセレナちゃんが戦う必要なんてないよ」

「そうよ。危ないわ」

 まだセレナは小夜や未来と比べるとまだ幼い。調や切歌の前線復帰が望めない現状で、セレナを戦場へ送り出すのは非常に高いリスクを伴う。だが、セレナが引き下がるつもりはなく、少し考え込んだ後、小夜を指した。

「じゃあ、小夜さんと戦って、小夜さんがいいよって言ったら私もこの世界残ってもいい?」

 それは、衝撃的な申し出だった。セレナは自分だけが元の世界に帰るということが嫌だったようで、意地でも仲間に加わろうとしていた。

「……いいわ。小夜、相手してもらっていいかしら?」

 マリアもセレナの気持ちを汲み取り、小夜に模擬戦の相手を依頼した。

「うん。私は構わないけど……大丈夫?」

 小夜も断る理由がなかったので、セレナの申し出を受けることにした。セレナはベッドから降りて、病室の出口へと向かう。

「じゃあ、演習室に案内するよ。あそこなら派手に暴れても被害は出ないから」

 セレナを連れて病室を後にする。小夜は平行世界の人物とはいえ、過去の自分と戦うことになるとは思っても見なかった。

 

 

  私はどうすれば正解だったんだろう。おかしくなっていく切ちゃんを助けるために、私は響さんたちを頼った。いつもみたいに響さんたちと力を合わせれば、きりちゃんだって助けられるって思ってた。

 でも結果は違った。結局は響さんたちを危険に晒し、切ちゃんをボロボロにしただけに終わった。オマケに私は力に呑まれて危うく響鬼さんたちの敵になりかけた。黒い感情に呑まれていた私に『誰か』が手を伸ばしてくれたから、今こうしていられるけど、次はどうなるか分からない。

 ガラスの向こうで機械に繋がれた切ちゃんを見る度、このバトルナイザーは壊してしまったほうがいいのかもしれないと何度も考えた。でも、シュルシャガナで刻んでも、外に捨てて戻ってきても、気がつくと手元には戻ってきてしまう。まるで呪いのアイテムみたいだった。

 切ちゃんの意識はまだ戻っていない。それどころか助かる見込みすらない。今はこっちのツバサさんのお蔭で治療に時間を回してもらっているけど、もしクリス先輩や翼さんが負傷したら、LiNKERを消費しないと戦えない切ちゃんは真っ先に見捨てられるかもしれない。

 どうして私だけにレイオニクスなんて力が宿っちゃんたんだろう。どうして私が生き残っちゃたんだろう。そんな自問自答をずっと繰り返していた。もしこのまま切ちゃんと会えなくなるなら、私も―――

「あっ!こんな所にいましタ!」

 ……横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。すぐに振り返ると、そこには切ちゃんが立っていた。

「探しましタよ。はい!お土産のケミカルバーガーですヨ!元気がでます!」

 そう言って切ちゃんはハンバーガーをくれた。日本語の発音がおかしい、話し方が違う、歩き方も違う、利き手も逆。そもそも切ちゃんはカゴいっぱいのハンバーガーを買わない。間違いない。この世界の切ちゃんだ。

「えっと、あなたは……?」

 もしかしたらこの世界にも私がいて、そっちと勘違いしているのかもしれない。そもそも別の誰かと間違えているのか……。

「また忘れたんです?なら、何度でもいってやります!キリカ・アルバ・テイラー!CIA所属の[[rb:装者 > シンフォギアラー]]です!」

 やっぱりだ。名前まで違うとは思わなかったけど、この世界の切ちゃんだ。いや、キリカさんって呼んだほうがいいかもしれない。

「そう、ありがとう」

 私は素っ気なく挨拶をして、ハンバーガーの包を開けて、一口食べる。見た目こそ派手な色で、食べるのをためらうけど、実際食べてみるとそうでもない。むしろ、色んな調味料の絶妙なバランスがいい味を出している。

「……おいしい」

「やっぱりケミカルバーガーはおいしいですよネ!?化学調味料は各国で認可されているものだから体にも安全で、オマケに安く作れて日持ちもして、任務のお供にもちょうどいい。最高の一品デス!」

 今更だけど、ケミカルバーガーになにか薬が入っているようには思えない。聞き慣れない単語が聞こえたときは驚いたけど、このキリカさんはいい人だ。

「あ、そうそう。あっちで│装者(シンフォギアラー)同士の模擬戦やるみたいですヨ!で、さっき青い髪の人に落ち込んだ感じで引きずられてたみたいなので、誘うついでに元気づけようと思いましタ!」

 間違いない。キリカさんはこの世界の私と勘違いしている。できればその誤解を解いてあげたいが、それをするとなると余計にややこしくなりそうだから、なにか問題がない限りは黙っていたほうが懸命なのかもしれない。

「さ、こっちこっち!」

 キリカさんに手を引かれて、演習室へ向かうエレベーターに乗る。そして観客席のあるフロアで降りると、セレナが2人に増えて、向かい合っていた。片方は、この世界で出会った立花小夜として育ったセレナ、もう片方は私達のよく知っている方のセレナ。

「あ!ちょうど始まるみたいデス!」

 ガラス張りの観戦席に移動すると、黒いツインテールの女の子が座っていた。どこかで見覚えがある気がして、とりあえず挨拶だけでもしておこうと思って、声をかけることにした。

「えっと、こんにち……」

「げっ」

 座っていたのは、私だった。まるで鏡を見てるみたいにそっくりで、すぐにこの世界の私だと察しがついた。

「えっと、こっちの私……?」

「うんそう。とりあえず座ったら?」

 こっちの私はかなりそっけない態度だった。もしかしたら昔の私もこうだったかもしれないと思うと、態度とか考えなきゃいけないかもしれない

「あれ?双子?でもそんなのドキュメントには……」

 後ろでキリカさんが英語でブツブツ呟いている。必死に今の状況を理解しようとしているみたいだけど、すぐに納得してくれたみたい。

「あ!こっちは[[rb:並行世界 > パラレルワールド]]の方ですネ!どうりで素直だと思ったら……。あっ!ケミカルバーガーは……」

「いらない。どうしてそんなゲテモノを食べなきゃいけないの?」

 キリカさんが差し出したケミカルバーガーを、こっちの私がはたき落とした。キリカさんは慌てて拾い上げてカゴの中に戻した。

「せっかくの食べ物を粗末にするなんて、もったいないですヨ!」

「そう思うなら、そんな物作る方が食べ物を粗末にしてるでしょ。もっとしっかりしたものを食べなさいよ」

「パラレルワールドの方はちゃんと食べてくれましたよ!?」

「えっ……。まさかあなた、あれを食べたの……?口に無理やりねじ込まれたとかじゃなくて……?正気?」

 向こうの私はゴミを見るみたいな目で私を見た。確かに見た目だけで言えば最悪の食べ物だけど、実際に食べてみると美味しい。多分食わず嫌いだと思うけど。

 そうこうしている間にガラスの向こうから、金属音が聞こえた。

「ちょっとどいて!もう、始まっちゃったじゃない」

 こっちの私が私達を突き飛ばして、ガラスに食い入る様に見る。キリカさんは不機嫌そうに鼻を鳴らして席に付き、私も空いている席に座り、セレナたちの戦いを見守ることにした。

 

 

 セレナと小夜の戦いは、終始小夜が主導権を握っていた。白銀のガングニールを身に纏い、アームドギアを構えずにセレナの攻撃をいなし続ける。

(全力で来てください、って言うから思わずこれ出しちゃったけど、いいのかなぁ)

 調を助け出す時に偶然発現した、アガートラームとガングニールの中間とも言えるのがこのギア。だが小夜自身このギアがどういうものなのかはっきりとは分かっていない。前回の戦いでは、確実にヒビキを止めるためにアガートラームに切り替えたので、尚更このギアの実力を試す機会というのがなかった。

「どうしたんですか?私とは、戦う資格がないっていうんですか!」

 セレナの攻撃は、長剣と短剣を組み合わせ、自分のリーチに誘導しつつ着実に相手を仕留めるような動きをしている。だが逆を言えば、こちらの急所を突くことに躍起になっていて、攻め手が単調になってしまっている。お蔭で小夜も攻撃を防ぐのが楽で、このままセレナが息切れするのを待った方が懸命にも思える。実際セレナも息が上がり始めており、攻撃の手も若干緩くなっている。

(本気で殴って怪我させちゃったらまずいし……。ここはギリギリ手加減してるってばれないレベルで……)

 セレナの攻撃が緩んだ一瞬、小夜は拳を握りしめ、セレナの装甲が一番厚いであろう胸元に叩き込む。拳に込める力は若干緩め、手加減もしたつもりだった。

 だが小夜の予想とは裏腹に、ガントレットは火を吹き、セレナの体は思いっきり吹き飛ばされて床を転がった。

「えっ!?」

 小夜は思わず声を上げてしまい、セレナに駆け寄る。セレナは自分が知っている昔の自分より小さい。思いっきり攻撃すれば、マリアのようにベッドで寝込むことになってしまう。だがセレナは剣を杖代わりにして立ち上がり、小夜を睨みつけるようにして立ち上がった。

「今、手加減しましたよね?あなたにとって、私はそんな存在なんですか?どうでもいい存在なんですか?」

 今の一言で手加減したことがバレ、セレナの逆鱗に触れてしまったようだ。彼女は全力の小夜を倒すことを望んでいるようで、力任せに剣を振りかざしてきた。

「私を子供扱いして、のけ者扱いして!」

 向かってくる刃を白刃取りし、セレナの体を投げ飛ばす。

(どうしよう……。何か怒ってるし……。でもどこまでなら平気かもわかんないし……)

 まさかこの状況で不死者である自分が枷になってくるとは思わなかった。これまで手合わせしてきた相手も、自分と同じぐらいか年上ばかりで、セレナのような子供を相手することなんてなかったのだ。本当に全力で相手をすれば、確実に死んでしまうだろう。

 小夜は本当に困っていた。とりあえず腕のガントレットを合体させて、アームドギアを構える。剣を握ってみて、ゆっくりと翼が言っていたことを思い出す。

『まあ、この技を使うことはないだろう。隙きが大きい上に、装者との演舞戦ぐらいでしか使わない技だろう』

 模擬戦で使うかもしれないと、息抜きに教えてもらった小技がある。セレナがそれを知っている可能性がないわけでもないが、試して見る価値はあるだろう。

 小夜はゆっくり腰を落とし、フォニックゲインを剣先に一点集中させる。セレナも小夜が大技を繰り出すと分かっているようで、一瞬だけ笑みを浮かべた後、柄を握り直して守りの姿勢に入る。小夜の背中のブースターが火を吹き、小夜は一気にセレナに肉薄する。

 セレナは小夜に驚き、防御が一瞬揺らいだ。彼女の油断など無視して、小夜はセレナの剣を真っ二つに叩き割り、反動でセレナの体が大きく崩れた。小夜は逆に反動を利用して飛び上がり、小夜の頭上を通過して後ろに回り込むと、セレナの後頭部に全力の手刀を叩き込んだ。本当はこの後、回し蹴りを使う技で、かつ本来はイグナイトモジュールの使用を前提に考えられた技だが、このギアの思わぬ特性が発見できた。

 後頭部に手刀を受けたセレナは、衝撃に耐えきれずに気絶し、その場に倒れ込んだ。何かが割れた感触がしなかったので、死んではいないはずだが、小夜はセレナが心配だった。

 セレナが言い出した模擬戦は、小夜の圧倒的勝利という結果に終わってしまった。

 

 

「ごめんなさい!」

 あの後、医療室で検査を受けたところ、セレナは軽い脳震盪だったとわかり、意識もすぐに取り戻した。検査を行って、経過が良ければこのまま元の世界へ帰還という手はずになるらしい。

 そして小夜は帰ってきて、マリアに頭を下げた。セレナを納得させるためとはいえ、彼女に怪我をさせてしまったことは、セレナにとっても不本意なことだったのだから。

「いいのよ。結局何事もなかったんだし。それより……」

 マリアが病室の出口の方を指すと、頭に包帯を巻いたセレナが無言でこちらを睨みつけていた。小夜が気付いたのを見ると、不機嫌そうに去っていった。

「ごめんなさいね。きっとセレナもヤキモチを焼いてるんじゃないかと思うの。だから、ちょっとだけでも仲良くしてもらえないかしら?」

「えっ、うん……」

 小夜は平行世界の自分と、仲良くやっていけるか不安しかなかったが、マリアに余計な心配をかけさせないためにも、努力しようと心に決めた。

 

 

 一方のシラベは、反省用の独房に入れられ、反省文を書かされるという業務に追われていた。ギアも取り上げられ、書き終えるまでは外の奏とクリスが交代で見張りをしている。外からの救出は絶望的である。

「ねえつーちゃん。見てるんでしょ?反省文なら一回書いたんだから、見逃してくれてもいいんじゃない?」

『駄目だ。あんなものが認められるわけないだろう。大人しく書いてもらうぞ』

 ツバサの性格からして、シラベがサボっていないか監視しているのは容易に想像できる。だが『勝手に並行世界の小夜を連れてきて、すみませんでした』とだけ書いた反省文らしきものを提出してしまった以上、見逃してくれる可能性は絶望的なまでに下がってしまった。

「せっかく小夜が戦うところを見られるっていうのに、無粋なことして……」

『聞こえてるぞ』

 小夜とセレナの戦いを観戦中、またしてもツバサに見つかって無理やり連れてこられたので、不満を漏らしたところ、ツバサに釘を差されてシラベはため息を付いた。

 

 

 数日後、未来たち5人は作戦会議という名目で招集され、司令室に集まっていた。現状戦場に立てる装者は調を含めれば6人。一切の制限がなく怪獣戦がこなせる響が欠けている上に、怪獣の知識に強い切歌もいない。こうして全員が集まったことで、その事実がより一層一同の胸に刺さった。

「すいません。遅れました」

 少し遅れて調が入ってきた。少し支度に手間取っていたようで、少し服装や髪型が乱れている。

「月読、もう大丈夫なのか?」

「正直なところ、まだ、ですけど……。でも皆さんが戦っているのに、一人だけジッとしている訳にも行きませんし。私にできる限りで戦おうと思います」

 切歌に致命傷を追わせてしまった。そのショックから未だ完全に立ち直ったとは言えないが、それでも調なりに前を向いて行こうと決心し、誰もそれ以上言わなかった。

「遅れてすまない。新しい装者の用意に時間がかかってしまった」

 少しして、ツバサが3人の装者を連れて出てきた。だがそのメンバーは見覚えのある顔ぶればかりだった。

「装者の欠員を埋めるため、この世界の装者や並行世界の装者を連れてきた。レイオニクスの護衛や並行世界の装者業務の代理が主な任務になる」

「キリカ・アルバ・テイラー!CIAから派遣されてきたシュルシャガナの[[rb:装者 > シンフォギアラー]]デース!まずは友好の証に、ケミカルバーガーをどうゾ!」

 キリカは背負っていたカバンからハンバーガーを取り出して、全員に配る。全員は戸惑っているようだったが、ハンバーガーを受け取り、キリカは笑顔を見せた。

「風鳴シラベ。ギアは│神獣鏡(シェンショウジン)。前司令、弦十郎の義理の娘で、つーちゃん……現司令とは義理の従姉妹に当たります」

 対するシラベは面倒臭そうに素っ気ないあいさつをした。

「一応、私も簡単にさせていただきますね。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ、アガートラームの装者です。マリア姉さんの『妹』で、怪我で戦えない姉さんの分まで頑張ります」

 3人目はセレナだった。自分はマリアの妹であることを強調し、小夜とは目を合わせずにお辞儀をした。小夜に対する対抗心は未だに消えていないようだった。

「マリアの同意を取り付けるのに苦労したが、何はともあれ、これで欠けた人員は補充できるだろう。基本的に各世界にオートスコアラーを配置し、対処が難しい案件は彼女たちが動員される。行方不明者の捜索、救助にもあたってもらうだろう」

 ツバサの口から、現状の彼女たちの仕事が告げられた。今までの装者では手が回らなかった部分を担当してもらうことが決まり、最年少のセレナを戦わせることに抵抗のあった装者も納得したようだった。

 新しい装者も加わり、装者は9人にまで戻った。だが、見知らぬ並行世界の装者を前に、メンバー同士の不和があるのは間違いないようだった。

 中でもクリスは、姿かたちこそ同じなのに、雰囲気の異なるキリカやシラベに対してなにか思うところがあるようだった。




S.O.N.Gデータベース
白銀のガングニール
 小夜が調を助けるために、全力を振り絞った結果発現したギア。ガングニールのアンダーウェアに、アガートラームの装甲をまとったような姿をしている。
 アームドギアは刃がガングニールのものと酷似した剣だが、変形させることで槍やトンファーなど応用ができる。ただし、小夜本人が使いこなせるかは別の話である。
 実際の性能はガングニールとアガートラームを足して2で割ったような性能を持ち、両者の火力と手数を受け継いでいる。だがガングニールのアームドギアを展開したり、イグナイトモジュールを起動させるといったことはできない。
 性能の高さより高い拡張性に富んでいるため、小夜が辿り着いた終着点、というよりかはこれから彼女自身の人生を歩むための始発点といった方が正しい性質のギアである。


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オマケ:NEO世界の装者情報

 前回登場した、キリカ、シラベについて書いておきます。本編じゃ拾ってない裏設定含むうえに、基本的に本編とはあんまり関係ない部分もあるので、邪魔なら読み飛ばしてしまって構いません。


・キリカ・アルバ・テイラー

年齢:16歳

使用ギア:シュルシャガナ

 NEO世界の切歌。この世界でもレセプターチルドレンとして育てられ、F.I.S出身である。本編世界との違いは、調と一緒でないこととギアが違うことぐらいで、性格面での違いはない。

 F.I.S解体後の調査で『暁 切歌』の戸籍が発見されたが、彼女の意思もあってアメリカで暮らすことになり、その際に名前も現在のものに改めた。

 その後CIA所属の装者として正式に採用され、ノイズ災害の対処にあたっているが、任務がない時はハイスクールに通い、チアガールとして活動している。

 彼女の好物のケミカルバーガーは、ウェルのハンバーガー屋で実際に販売されていた商品であり、自作のものも含めて常に携帯している。

 風鳴翼の大ファンで、日本語が堪能なのは死に物狂いで勉強したため。彼女に会えるという目的もあって今回の作戦にも喜んで参加した。

 シラベとはF.I.S武装蜂起事件のとき、ノイズを率いて対峙したが、彼女のギアにあっさりと負けた上に、制御装置として渡されたソロモンの杖も奪われてしまった。その後の対峙で、自爆しようとしたが、確保を優先したシラベが手榴弾を取り上げて庇ったために、しばらく重要参考人としてアメリカ政府に拘束されていた。本来なら死刑もあり得たが、装者の重要性が向上したために活躍に比例して減刑するという条件で釈放された。

 命がけで自分を守ってくれたシラベにはかなり恩義を感じており、仲良くなろうとしているが煙たがられている。

 

・風鳴シラベ

年齢:16

使用ギア:神獣鏡(シェンショウジン)

 NEO世界の風鳴弦十郎の義理の娘でツバサの義理の従姉妹に当たる。こちらでは身元はハッキリと分かっていたが、彼女の父親が風鳴家の血を引いていたため、両親が死亡した際に名前も現在のものに改めさせられた上で引き取られた。NEO世界の風鳴訃堂の手引きもあってか、装者としては申し分なく、学校の成績も比較的優秀。その上表向きは社交性が高く見えると人間として真っ当に見える。

 だが学生寮に引っ越す際に、小夜と隣の部屋になってしまったことで全てが一変。小夜の身の上に親近感を覚え、装者として二課に所属するようになってからは、一緒にいる機会が増えた。小夜を着せ替え人形のようにいろいろな服を着せて楽しんだりしていた。フィーネ討伐後は、小夜と一緒にいる頻度が圧倒的に増え、半ば彼女のストーカーと化していた時期がある(小夜本人はストーカーされていることを知らない)。

 本人の人間関係は小夜>家族>その他と非常に偏っており、小夜が絡まないと辛辣な言葉を浴びせてしまうことも多くなった。また、ギアを悪用した盗撮や盗聴は日常茶飯事であり、発覚する度にツバサに捕まって反省文や謹慎処分をもらっているが本人は反省する気はない。

 偶然出会ったセレナも例外ではなく、その愛は彼女を自分の世界に拉致してくる程にまでになってしまった。尚、もしセレナが脱走しなかった場合、彼女と姉妹ごっこをして過ごそうと画策していた。

 色んなコスプレをさせられたり、拉致されたという経緯もあってセレナは初めて他人に対して殺意というものを抱いてしまった。

 

・セレナ・カデンツァヴナ・イヴ

年齢:13歳

使用ギア:アガートラーム

 『イノセント・シスター』の世界のセレナ。

 NEOの世界にはシラベに拉致される形で連れてこられた。本来であれば、元の世界へと返される予定だったが、立花小夜という並行世界の自分と出会ってしまい、対抗心からツバサに頼み込んでこの世界に残ることになった。

 性格は大人びているようにも見えるが、まだまだ子供っぽい所も多く、小夜への対抗心も元を辿ればマリアを取られるのではないかという危機感がきっかけである。

 実は小夜は自分自身でもあるため、マリア達に向けられないような素直な感情を向けられる現状唯一の相手である。また、小夜本人が不死者というのもあって日頃の鬱憤をいくらでもぶつけられるというある意味かけがえのない存在なのだが、当人は気付いていない。

 尚小夜本人は小さい時の自分そのものなので、どう接していいか分からない部分も多く、年上としてしっかり守ってあげようと思っている。だがそれがセレナの神経を逆なでしてしまっていることに気付いていないので、2人が仲良く相談し合ったりするようになるまでの道程は遠い。



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最終章:響き渡るは小夜曲の調べ
第27話「沈む夕陽」


 ある日、食堂で食事をしていたクリスは遠目に机を囲んでいるセレナ、シラベ、キリカの3人を眺めていた。3人の雰囲気こそ険悪だが、ちょうどいい具合に調和しかえってチームの平穏は保たれているようだった。

「どうしたのクリス。気になるの?」

 小夜に押されて、車椅子に乗ったマリアが声をかけてきた。もうマリアの体は歩ける程度にまで回復しているが、体力面での不安などもあって車椅子での移動が勧められているのだ。

「いや。別に。顔は同じでも、やっぱり別人なんだなってな」

「本当よね。あの2人も世界が違うとここまで違うなんて」

 バックアップチームと命名された3人は、崩れそうで崩れない絶妙なバランスを取っている。シラベが隊長として任命されたらしいが、キリカが実質的な隊長としてチームを回しているように見える。

「最初はセレナをさらって来た娘と同じチームっていうのは不安しかなかったけど、杞憂だったみたいね」

 マリアはシラベの存在を不安に思っていたようだったが、キリカが彼女の防波堤としてうまく作用している。お蔭でセレナもチームに対する不安感が多少拭えているように見えて、マリアも安堵の笑みが漏れた。

 

 

(これからどうしよう……)

 並行世界からやってきたセレナにも、当然S.O.N.Gの寄宿舎の部屋が割り当てられている。他の2人は代理の装者として並行世界に挨拶に出かけていった。セレナは疲れを癒やすためにも自分の部屋で休んでいた。希望通り、マリアが使っていた部屋が割り当てられたものの肝心のマリアは病室にいるので2人っきりの時間とは言えない。並行世界の自分である小夜に対する対抗心は消えていないものの、その具体的な対抗策も思いついていない。確かに年上である小夜のほうが力は強いし経験も豊富、いざというときに頼れる存在なのは確かだが、マリアの隣に彼女がいることが許せなかった。

(マリア姉さん、私のことを忘れないといいけど、うーん……)

 ツバサに頼み込んでこの世界に残れるようになったのは嬉しい。ただ、小夜に対抗することで頭が一杯でそれ以外の時間を何に使うかということについては全く考えていなかった。つまるところ、彼女がS.O.N.G本部から帰ってしまえばやることがなく暇なのである。部屋のものを好きに使っていいという許可は得ているので、マリアが読んでいた本や、映画のDVDとかが見つかるかもしれない。

(なにか面白そうな映画とかないかな。あれ?なんだろうこのダンボール)

 ベッドの奥の方に、こっそり隠すようにしてダンボールが置かれていた。中を開けてみると、DVDといくつかのおもちゃが入っていて、DVDにはパッケージの上から英語で書かれたラベルが貼られた。

「ウルトラ、マン……ゲード?ジード?」

 どうしてこのような物があるかわからないが、ちょうど部屋にはパソコンも備え付けられている。セレナは不思議に思いながらも1巻目のディスクをパソコンに入れて再生を始めた。

 

 

 翌朝、クリスが食事をとっていると、妙な光景が目に入った。

(あいつの妹がいねえ……)

 不機嫌そうに食事をとっているシラベ、ハンバーガーを口にするキリカの中に、セレナがいない。代わりにシラベが小夜の隣で食事をっている。

「ねえ小夜、セレナちゃん知らない?今朝から見かけないんだけど」

「私も知らないな。昨日は一緒に訓練してたんだよね?」

「うん。まだ説明の段階だけど、これから3人で連携と分断された時の訓練が入るってつーちゃんが言ってた」

 小夜達もセレナの居場所は知らないようだった。食事を終えたクリスは口元を拭くと、セレナが使っているらしい部屋に向かう。

「おーい。いるかー?」

 クリスが声をかけても中から返事が帰ってこない。ドアを開けようとしても、鍵がかかっていて開かなかった。

「おーい。起きてるか?」

 クリスがドアをノックしてみても、反応がない。一応、ツバサに頼めば鍵を外してもらえるが、わざわざそこまでする必要もない。

「おーい!もう朝だぞー!」

 もう一度呼びかけをして、少し強く扉を叩いてみる。これで何もなければ他を当たるしかない。

 そう思っていた時、部屋の中から何かが擦れる音が聞こえ、部屋の鍵が空いた。

「姉さん……?おはよう……」

 中から出てきたのは髪も乱れ、寝ぼけたセレナだった。昨夜は夜更かしでもしていたのか、目の下には少しだけ隈ができている。

「どうしたんだ、お前。昨夜は遅かったのか?」

「え?雪音さん……?ちょっと待っててください!すぐに支度しますので!」

 セレナはすぐに自分が寝ぼけていたことに気づき、部屋の中に戻って行った。乱れた髪や服を直しているのだろうが、少しして寝息が聞こえてきた。

「はぁ……」

 クリスは頭を掻きながら半開きになった扉を開けて中に入ると、中でセレナがクシを片手に眠っていた。乱れた髪は少し粗雑ながらも整えられており、どうやらそこで力尽きてしまったらしい。

「仕方ねえな」

 クリスはセレナの手からクシを取ると、髪を整え直す。マリアたちには負けるが、クリスだってセレナと戦っていたのだ。多少なりとも髪型は整えられる。

「よし。こんな所か」

 セレナの髪を整えて、服のシワを伸ばすと、机の上でパソコンが置かれているのに気付いた。

「ウルトラマンなんか見てたのかよ……。別に後でも見られるんだから、さっさと寝ろよ……」

 パソコンを閉じて、寝ているセレナを背負う。今の時間からしてもう一度寝かせておくわけにはいかない。とりあえず食堂に連れて行って朝食をとらせるつもりである。

 背負って少し歩いてみたものの、背中のセレナが目を覚ます様子はない。せっかくなので、クリスは少しだけ遠回りすることにした。

 食堂へ向かう前に、集中治療室のあるフロアに降りた。ガラスの向こうでは、切歌が時折苦しそうな声を上げている。切歌の容態は少しずつ回復しているそうだが、予断を許さない状況であることに変わりはないらしい。

 そして集中治療室の前では、調が切歌の様子をうかがっており、すぐにこちらに気がついた。

「クリス先輩。おはようございます」

「あぁ。お前はずっとこいつを見てたのか?」

「はい。切ちゃんが目を覚ました時、誰もいないと寂しいと思うので」

 あの作戦までは、誰もが切歌と調が無事に戻ってくると信じていた。でも結果は、瀕死の切歌と落ち込んだ調が戻ってきた。ここまで作戦が失敗したのは装者達の間でもはじめての事かもしれない。

「クリス先輩。どうして私が助かったんでしょうか?私にそこまでの価値なんて……」

「バカじゃねえの」

 未だに気持ちの整理がついていない調に対して、クリスは真っ直ぐな気持ちをぶつけた。調も予想していない答えが帰ってきて、驚いているようだ。

「命に価値があるとかないとか、そういう事じゃねえよ。人間なんてすぐに死んじまうんだ。コイツは、お前を命がけでも守りたかっただけ。お前が考えることじゃねえよ」

 両親を喪い、戦地を渡り歩いたクリスは知っていた。命というものは良くも悪くも等価値であると。故にかつてはそれが踏みにじられない世界を作ろうとフィーネに手を貸していたのだから。

「それにコイツはまだ死んじゃいない。だからお前は自分が助かったかで悩むんじゃねえよ。お前は助かったんだから、いつも通りにしてりゃいい。それだけだ」

「……ありがとう、ございます。少しだけ気が楽になった気がします」

 クリスは言葉を返さずにその場を去っていった。背中のセレナはまだ目を覚ます様子はない。少し回り道をしてしまったが、このまま食堂で起こすつもりだ。

(ガラにもねえこと言っちまったな……。クソッ、あのバカがいねえと調子が狂う) 

 今この場にいない響もきっと無事であるとただひたすら祈っていた。

 

 

 食堂に到着すると、セレナを席に座らせてから軽い食事を注文した。食堂にはあまり人はおらず、朝の喧騒に比べれば静かだった。

「ん……」

 料理を持ってくると、セレナが目を覚まして目をこすりながら起き上がった。

「よう、目は覚めたか?」

「あれ……?私、寝ちゃって……」

「よう。モノ食えるか?」

 セレナは目をこすりながあくびをして、クリスが差し出したおにぎりを手にとった。だがまだ半分寝ぼけていたのか一口食べた瞬間に咳き込んだ。

「あーあーあー。ほら、お茶飲めよ」

「すいません……。パンだと思ったら違ったので……」

 セレナはクリスが出したお茶を飲んで深呼吸をして落ち着いたようだった。寝ぼけ気味だったセレナもやっと落ち着いたようだった。

「ったく……。遅くまでウルトラマンなんて見てるからそうなんだよ。もっと早く寝ろよ?」

 クリスの一言で落ち着いて食べていたセレナが何かを言い出そうとしてまたしてもむせた。すぐにお茶を飲んで落ち着いたが、クリスの何気ない一言がセレナの気に障ったらしい。

「ウルトラマンなんか、じゃないですよ!すごい作りこんであって面白いんですから!」

「はいはい。面白いのはわかったから、そういうのは程々にしろよ。それで体壊したら、余計な心配かけるだけじゃねえか」

 セレナもクリスの言葉でマリアに余計な心配がかかるだけだとわかったようで、大人しくなっておにぎりを食べだした。

 セレナの食事が終わった時、敵襲を告げるアラートが鳴り響いた。それまでゆったりとしていたS.O.N.G本部の空気が、一変して緊張したものへと変化する。

 クリスとセレナも食べ終わった食器を片付けて、司令室に向かう。

 司令室に到着すると、装者達も集まっており、ツバサが各スタッフに指示を飛ばしている。

「集まったか。先程、新種の怪獣発見された。怪獣は動かないのだが、不審な点が多くてな。いつでも出撃できるようにしてもらいたい」

 ツバサがスタッフに指示を飛ばしてモニターに怪獣の映像を表示させると、その映像に全員が目を疑った。

「場所は東京湾近海。S.O.N.G本部と結んで一直線の場所だ」

 そこに写っていたのは、ゴモラとレッドキングを混ぜ合わせたような怪獣だった。だがそれ以外にも、ところどころに赤い結晶体が爪のように指先から飛び出しており、胸のところにはシンフォギアのコンバータを思わせるような結晶体が付けられている。

「対象の怪獣は中々該当する怪獣が見つからず、特定も難航している。だが、コイツの胸を見るに、我々への挑戦状ととって間違いないだろう」

「……スカルゴモラ?」

 セレナが思わず発した一言で、全員の注目がセレナに集まった。ツバサはすぐにスタッフに調査させて検索結果を表示させた。映像の横に、『ベリアル融合獣 スカルゴモラ』の画像、データが表示される。

「確かに、胸のマーク以外はほぼ同じだ……。おそらくこちらの世界では制作されていない作品の怪獣だろうな……」

 モニターに表示された詳細には、身長、体重、そして『レッドキングとゴモラを融合させた怪獣』という概要が表示されており、メンバーに動揺が走った。

「レッドキングか……。とにかく、あの怪獣についてのデータが必要だ。すぐに現地に向かってもらう。先遣隊として、並行世界の私、雪音、奏の3名に向かってもらう。そして状況次第では小日向、小夜、月読の3名を派遣して討伐に当たる。ヒビキや他の侵略者の襲撃にも警戒してほしい」

『待て』

 作戦の内容が決定した時、キャロルが回線を通じて割り込んできた。

『ガリィが奴の体組織の採集に成功した。奴の体細胞は自律型聖遺物のソレに近い。微量ながらフォニックゲインも観測済みだ。以後、こいつは融合獣型聖遺物、とでもカテゴライズするのが妥当だろうな』

 キャロルは遠隔でツバサの手元のモニターに検査結果を表示し、ツバサは手早くソレに目を通していく。

『これがこの世界のヒビキが持ち出した聖遺物かは不明だが、どの道このサイズとなれば相当なフォニックゲインが必要になるはずだ。しかも短期間で起動させたとなれば、行方不明の装者は既に死亡したものと考えていいだろう』

「だが、まだ行方不明の響が死んだと決まったわけではない。対象が聖遺物であるというのなら、収容も検討しなければならないしな。装者を中心に調査班を派遣する」

『了解した。これからも融合獣タイプが出てこないと決まったわけじゃない。調査用のサンプルをできるだけ確保してくれ』

 キャロルはそう言い残して通信を終了した。ツバサは改めて奏者たちの方を向き直り、出撃を言い渡したのだった。

 

 

 クリスたちはヘリに乗り込み、スカルゴモラの存在する地域まで向かっていた。敵が聖遺物であると判明した以上、元々先遣隊として出撃するメンバーに小夜が加わっている。

「どうしたクリス?元気ないじゃん」

 出発してから考え事をしているクリスを見かねてか、奏が肩をたたいた。

「いや、世界が違うとこうも別人になるんだなってな」

 補足事項としてツバサから渡された資料には、2人に面識はないと記されており、それだけで2人が別人であると思うと、少し複雑な思いがある。

「ま、同じセレナでもこうも違うんだ。違うなら違う。それでいいじゃないか」

 奏は小夜の体を叩いて笑ってみせた。幾多の並行世界の装者と出会ってきた彼女だからこそ、言えることだったのかもしれない。

「ま、あたしもこのセレナに会った時はビックリしたもんさ。何せ雰囲気とか全部違うんだからさ。こっちの装者は曲者ぞろいであたしだってまだ全部受け入れられたわけじゃない。でも時間ならあるんだ。仲良くやっていこうじゃないか」

「だと良いんだけどな……」

 クリスは奏の言っていることが頭では理解できていたが、どうしても腑に落ちない部分があった。

 

 

 胸にモヤモヤしたものを抱えながら現場に到着し、ヘリから降りる。既に日が暮れ始めており、夕日をスカルゴモラが照らしている。動かないとはいえ、その迫力は本物で遠目に見ても威圧感が伝わってくる。

「これが、聖遺物か。怪獣にしか見えないがな」

「基本的にはあたしらは研究員の護衛が仕事なんだ。ノンビリ構えてりゃいいさ」

 奏は持参したキャンプ用の椅子に座り、小夜は何故か竹刀でもって翼と特訓をしていた。クリス達に続いて、多くのヘリや車両が到着し始め、研究員が続々と降りてきてスカルゴモラの調査を始めた。

 クリスは何かをすることもなく、スカルゴモラに近寄ってみる。研究員達がライトでスカルゴモラを照らしたり、数多くの機材を取り付けたりしている。遠目にはガリィが研究員から受け取ったデータをキャロルに転送している姿も見える。

 日も暮れて辺りが暗くなった頃には、スカルゴモラも正体不明の聖遺物として収容されることが決まったようだった。

 そしてスカルゴモラに拘束用のロープが接続された時だった。突如としてスカルゴモラが吠えたのだ。研究員たちはすぐに逃げ出し、クリスも身構える。

 スカルゴモラは咆哮とともに歩き出し、研究員達も急いで撤収を始めている。

『動き出したか……。分かってると思うが、そいつの進行ルートにはS.O.N.G本部がある。ルートを変えるか、止めるかしろ!収容は無理だ!』

 キャロルからの通信が入り、研究員が載っているであろうヘリや車が走り出していく。

『雪音下がれ!デマーガの熱線でやつを止める!』

 スカルゴモラの異変に気付いたようで、すぐに怪獣を出撃させようとしていた。だがクリスには

「いや、センパイ。あたしがなんとかする。センパイの怪獣だってスタミナがあるだろ?ならパワーとかもっと上の奴を出したほうがいいだろ?」

『だがセレナのキングジョーはリスクが……』

「あたしがやるよ」

 クリスはペンダントを握りしめ、覚悟を決める。

「レイオニクスギアの調整は終わってんだ。センパイ達は逃げ遅れたやつとかいないか探してくれ」

『……分かった。任せていいんだな?』

「あぁ!任せとけ!」

『Killter Ichaival tron』

 聖詠に合わせてレイオニクスギアが起動し、クリスのギアから光が放たれて一体の怪獣を召喚した。その怪獣は、両腕にガトリングを備え、その顔にもレーザー砲が取り付けられている。そのあまりにも生物らしさからかけ離れすぎた姿は、怪獣というより兵器と呼んだほうが妥当であろう。

 無双機神インペライザー。ソレがクリスの新しい怪獣の名である。

 インペライザーの体からタラップが降りてきて、クリスはスカルゴモラがやってくるより早く駆け上がる。中の操縦席に座ると、操縦桿を握りしめてスカルゴモラに立ち向かう。

『それが雪音の新しい怪獣か……。なぜすぐに動かない?』

「そりゃあたしが中に入って動かすからだよ!何しろ急ごしらえなんでな。中のAIまでは間に合わなかったってわけだ!」

 インペライザーでスカルゴモラを殴り飛ばし、向かってくるスカルゴモラを押さえる。まだインペライザーのポテンシャルをすべて引き出せたわけではないが、訓練を積んだ結果最低限の実力は出せている。

(コイツ、なんて馬鹿力だ……。センパイの怪獣の一撃でどうにかるレベルじゃねえ……)

 インペライザーの馬力と重量に物を言わせ、なんとかスカルゴモラを押さえているが、スカルゴモラが疲れているようには見えない。インペライザーのほうが押し切られるのは時間の問題だった。

 頭部のガトリングやレーザー砲でスカルゴモラを押し止めるも、互角に持ち込めるのがようやくといったところだろう。全火力を出せば撃破は可能かもしれないが、周囲への影響が脳裏をよぎりどうしても踏みとどまってしまう。

『雪音さん!援護します!』

 クリスを援護するためにキングジョーが駆けつけ、スカルゴモラを殴り飛ばした。

『周辺の避難は完了した!思う存分やれ!雪音!』

 翼からの通信に後押しされ、クリスは引き金を握りしめる。

「おい。最大火力でぶちかますには時間が必要だ。時間を稼げるか?」

『はい!任せてください!力勝負には自信がありますから!』

 クリスはインペライザーの火力をすべて砲門に集め、一点に集中させる。キングジョーもスカルゴモラに向かっていき、取り押さえて動きを止めさせる。パワーだけで言えばキングジョーのほうが勝っているようで、スカルゴモラを上手いこと抑えている。

 インペライザーのエネルギー充填率は滞りなく溜まっていて、最大火力まではもうまもなくである。

「よし溜まった!離れろ!」

 クリスの合図でキングジョーはスカルゴモラをクリスがいる方へ投げ飛ばし、同時にインペライザーの砲門全てから圧倒的な量の弾丸、レーザーが放たれた。インペライザーの全エネルギーを使って放たれたそれは、スカルゴモラの胴体を貫き、わずかに逃げ遅れたキングジョーの方をかすめた。

 心臓を貫かれたスカルゴモラは崩れ落ちながら爆発四散し、エネルギーを使い果たしたインペライザーも同時に消滅した。同時に翼と奏も駆けつけ、クリスは落ちているはずのスカルゴモラのスパークドールを回収に向かう。そしてスカルゴモラが爆発した地点にたどり着いた時に、空間が歪みテンペラー星人ビエントが姿を現した。

「お勤めご苦労さまです。お陰でこれが回収できた」

 ビエントが足元から拾い上げたのは、ゴモラ、レッドキング、そして行方不明になっていた響のスパークドールズだった。

「立花のスパークドール……?貴様、立花に何をした!」

「私は何もしていません。フリッドと一緒に本拠地に転送されてきた時は焦りましたけどね。フリッドと相打ちになって二人仲良くスパークドールズとして私達の手元においてあるだけです」

 ビエントは懐からイカルス星人のスパークドールを取り出して翼たちに見せた。

「地球人のスパークドールズなんてはじめてのことでしたからね。解析をしていたら、レッドキングのスパークドールが偶然生成できてしまったんですよ。そこでゴモラ、レッドキング、そしてこの少女を融合させたらどうなるか?と実験して、生まれた怪獣を地球に放った。後はあなた方の知るとおりです」

 スカルゴモラは、響の変わり果てた姿。そう告げられて全員に戦慄が走る。つまり、今まで自分たちはずっと探していた人物と戦わされていたのだ。

「恐らく彼女は自分が怪獣になったことにも気づかないで、どこかに帰ろうとしていたのではないですか?大切な仲間のいる場所へ」

 ビエントの嘲笑が周囲に響き渡る。響が怪獣として利用されていた事実を認められず、翼が天羽々斬でもってビエントに斬りかかるも、易々と受け止められた。

「今すぐ立花を返せ!」

「商談ですか?残念ですがこれは売り物ではないんですよ。それに彼女にはまだまだ働いてもらわなければならないのですよ。それに彼女は貴重な地球人のメスとして展示用にしてもいいかもしれませんね」

 ビエントは翼の体を軽々しく投げ飛ばし、続く奏を片手でいなした。クリスは自分が屠った相手が探していた相手だという事実を受け入れられず、ただ呆然とそれを眺めることしかできなかった。

「フリッドがいなくなったのは本当に惜しいですね。護身という面倒な『手間』が増えてしまった」

 懐から短剣状のアイテムを取り出し、ビエントは響のスパークドールに突き刺した。ビエントの姿が響のものとなり、一瞬足が止まった翼を殴り飛ばした。

「それとも、この体を他の惑星に売り飛ばしてもいいかもしれませんね。これほどに強い体なら買い手も付くことでしょう」

 ビエントは響の声で高笑いをしながら空間の歪みに消えていった。後には何も残らず、ただただ響が敵の手に堕ちたという絶望感だけがその場に残された。




S.O.N.G怪獣図鑑

融合獣型聖遺物 スカルゴモラ
体長:55メートル
体重:5万7千トン
ステータス
力:★★★★★+★★★★☆
技:★★★☆☆+★★☆☆☆
知:★★☆☆☆+★★☆☆☆

 テンペラー星人ビエントがスパークドールズ化した響とレッドキング、ゴモラを融合させたことで誕生した怪獣。ベリアル融合獣ではない為、胸部がベリアルのカラータイマーではなく、シンフォギアのコンバータユニットのモノ、もっと言えばイグナイトモジュール起動中の状態のものと同じ模様になっている。また体組織は怪獣というより、ネフィリムのような自立型聖遺物に近い構造をしている。
 性能実験のために地球に解き放たれ、響の意識が回復したことで動き出した。
 ビエントが言った通り、彼女はただS.O.N.G本部に帰ろうとしただけであり、侵略者勢力では唯一S.O.N.Gに敵意を持っていない存在である。
 ただ響は自身が怪獣化していることに気づいておらず、わけも分からずに味方であるはずのキングジョーに攻撃を受けて、インペライザーに倒された。クリスの乗ったインペライザーだと知らずに倒されたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
 またスパークドールズが健在な限り、何度でも生産可能でもあるため、倒してスパークドールズを回収する必要性の高い敵でもある。

装者達のコメント
クリス:嘘だろ……。あたしが、アイツを……。
翼:おのれ侵略者め……。立花の体まで悪用するとは許せん!必ず討ち取ってやる!


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第28話「装者の絆」

 S.O.N.G本部に帰還したクリス達は今回の戦闘で起こった事とキャロルが手に入れたサンプルの解析結果を照らし合わせていた。

「事態は最悪だな……。サンプルを解析したところ、立花響と同じDNAが確認された。アレが立花響自身と呼んで差し支えないだろうな」

 モニターには様々な角度から撮られたスカルゴモラの映像と、響の模擬戦の映像が流れている。キャロルは一時停止やスロー再生を繰り返し、スカルゴモラと響の比較を続けている。そしてそれぞれの動きを比較して、類似点を探しているようだった。

「やはり、どちらも動きの癖が似ている。ここまでしないと分からないが……」

 キャロルが指摘したのは、拳の握り方や立ち方、戦闘中の立ち回りが響のものと酷似していた。

「自体は想像以上に厄介だ。これまでの怪獣と違って、ただ倒すだけでは駄目だ。その後スパークドールズを回収しなければ意味がない。撃破しても敵宇宙人との争奪戦に勝たなければこちらが消耗するだけになる。バックアップチームを編成したのは正解だったな。その分の人員が回せる」

「あの……」

 キャロルが作戦を考えていた時、小夜が手を上げた。スカルゴモラの対策として、なにか考えがあるようだった。

「月読さんの時みたいに、私のシンクロゲイザーで、響さんだけを分離させることはできないんですか?」

「無理だ。むしろお前はこの作戦には参加できん」

 キャロルは小夜の考えを却下した。

「レイオニクスの暴走で偶発的に生まれたファイブキングとは違う。スカルゴモラは遺伝子レベルで融合してしまっているからな。装者の心を分離させた場合、魂の抜けたスカルゴモラの身体と、肉体を持たない立花響の魂に分かれてしまうだろうな」

 キャロルは補足事項として、ファイブキングとスカルゴモラの熱源探知結果を表示させる。ファイブキングが調を含めた6つの生体反応があるのに対し、スカルゴモラは1つしかない。ツギハギの怪獣に過ぎないファイブキングと、新しい生命として生まれたスカルゴモラの違いがハッキリと映された瞬間である。

「それに、お前の変身したキングジョーはバトルナイザーから召喚された個体と同じく、撃破した怪獣がスパークドールズに戻らない。撃破した場合、間違いなく貴重な装者を失うことに繋がる」

 小夜はキャロルに言われて、押し黙った。レイオニクスギアが使えない調も自分がこの作戦に参加できないと悟り、手元のバトルナイザーを握りしめた。

「いいか。スカルゴモラについては撃破しても敵の戦力を削ぐことには繋がらない。むしろこちらの戦力が削られるだけだ。故に、立花響はなんとしても奪還しなければならないだろう」

 キャロルの発言でスカルゴモラと戦えるのは、翼、クリス、未来、奏の4名しかいないことが確定してしまった。スカルゴモラが響と同じ力を持っているとなれば、パワータイプの未来かクリスが相手するに妥当ではあるか、響を撃破しなければならないというのはある意味残酷な選択を強いてしまうことになるだろう。

「バックアップチームの面々と連携し、迅速なドールズの回収の訓練を開始する。幸い、立花響のデータは腐るほどある。前回のように敵にドールズを使われても戦えるように備えておく」

 キャロルはモニターに訓練のスケジュールを表示して去っていった。響が敵の手に堕ちた、という事実は全員の胸に重くのしかかった。

 

 

 キャロルの作戦が発表された数日後、小夜とセレナは偶然にも昼休憩のタイミングが重なってしまい、シャワー室で鉢合わせしてしまった。だが両者ともにどう接していいのかわからず、ただただ見つめ合ったままで硬直してしまっている。

「え、えっと、一緒にお昼とか、食べる?」

 沈黙を破ったのは、小夜だった。自分に対して意地を張っているセレナとも打ち解けたいと思い、考え出した策だった。

「……いいですよ。できれば、あなたの家で」

 意外にもセレナは小夜の話に乗ってきた。自分の家を指定されたのは予想外だったが、小夜は仲を深めるきっかけを掴めて、気を引き締めた。

 外出届を出し、停めてあった車に乗り込んでエンジンをかける。

「あれ?免許持ってたんですか?」

「うん。家との往復限定で、だけどね」

 セレナは助手席に乗り、車は走り出す。外に出ると、セレナは外の景色に目を奪われたようだった。大分復興が進んでるとはいえ、S.O.N.G本部周辺が瓦礫の山から荒れ地に変わった程度でしかないのだから。

「なんですか、これ……」

 思い返してみれば、セレナが本部の外に出たのは初めてかもしれない。こちらに来てからは、各種データの収集や施設の説明など外の景色を気にする時間は本当にわずかしかなかった。

「こっちの世界はこうなってるの。何割かは前の戦いで、半分ぐらいは宇宙人が放った怪獣、残りは私が壊しちゃったかな」

 小夜はお茶を濁すためにも空笑いをするも、セレナは何を言われているのかよく分かっていないようだった。

「さて、着いたよ。ここが私の家」

 走り慣れた道を通り、自分が住んでいるマンションに到着した。フィーネの戦いの時に学生寮は半壊してしまったので、それ以来ここに住んでいる。

 エレベーターを登り、自分の部屋まで案内する。エレベーターから少し距離があるので、少しの無言が気まずい。

(食材まだあったかな……。カップ麺とかを出すのも悪いし……)

「あの」

 用意する料理を考えていた時、小夜の部屋の前でセレナが口を開いた。小夜が顔を上げると、セレナが口を開いた理由がわかった。

「名前、間違ってますよ」

 セレナが指を指したのは、小夜が想像で書いたセレナの名前が書かれたでたらめなスペルの表札だった。

「あっ!ごめん!私セレナのスペル知らなかったからさ!適当に書いてそのままになってたみたい!あはは……」

 大慌てで表札を外し、下から『立花』と書かれた表札が現れた。小夜はポケットから鍵を取り出して、扉を開けた。元々物が少ないこともあって中は片付いていたので、これ以上セレナに情けないところを見せずには済んだ。

「ここが小夜さんの家ですか……。随分と片付いているんですね」

 セレナは早速小夜の部屋に入り、部屋を物色して回る。部屋に飾ってある写真、小物、かけてあるリディアンの制服などを手に取り、小夜の生活を感じ取っているようだった。

「あれ、マリア姉さんとの写真じゃ……?」

 セレナが手にとったのは、1枚の写真だった。自分と同じぐらいの小夜が、響とその家族と写っている写真。そしていろいろと部屋を探してみるが、マリアの痕跡が全く無いことに違和感を感じているようだった。

「あれ?この写真……?」

 セレナがいろいろと探し回って、ある違和感にたどり着いた。シラベと写った写真や、ヒビキとシラベと遊んでいる時の写真など、数多くの写真が家にはあるが、マリアが写っている写真だけがなかった。実の姉であるはずのマリアの写真だけがこの家のどこにもなかったのだ。

「ごめんね。こっちのマリア姉さんとは、私全然会ったことなかったから」

 冷蔵庫にあった食材で簡単な調理を終えた小夜が2人分の食事並べた。

「私、小さい時にこっちの響さんのお父さんに助けてもらって、それからは立花小夜として生きてきたの。マリア姉さんと会えたのだってつい最近になってから」

 皿の上に盛られた食事を食べながら、セレナは話を聞いていた。

「あなたの世界の姉さんのことは知らないけど、この世界の姉さんは、アメリカで人体実験の材料にされてたの。日本に引き取られた私も同じ目に会ってるって考えてたみたいで、私を助けるために、私達の敵としてやってきたの」

「じゃあ、この世界のマリア姉さんは……」

 そこから先は、小夜が一番語りたくない話ではあった。だがセレナに下手な隠し事をすれば距離を縮めることは出来ない。他の装者には既に言ったことでもあるので、小夜は告げる。この世界のマリアと起こった出来事の末路を。

「私が、殺したんだよ」

その一言でセレナの手が止まった。何を言っているのか理解できないというのが見て取れ、明らかに困惑している。

「殺したって……。姉さんはこのことを?」

「最初は隠してたんだけどね。でも私嘘を付くのが下手だから、すぐにバレちゃって……。でも並行世界から来た姉さんはそれでも良いって、言ってくれたんだ」

 セレナは小夜の話を聞いて、

「だからね、ちょっとだけ羨ましいんだ。ずっと姉さんと一緒で、肩を並べて戦えるっていうのがね」

「……違いますよ」

 小夜は少しぎこちないながらも、笑ってみせたがセレナはそれを否定した。

「私の世界のマリア姉さんは、私を庇って亡くなったんです。だからあの姉さんは違う世界の姉さんなんです。知り合ったのも、つい最近のことです」

 セレナとて、自分の世界のマリアと過ごせた時間はあまり多くはない。小夜もセレナとマリアの関係を告げられて、驚いているようだった。

「だから、私とあなたは、ちょっとだけ似てるのかもしれませんね。別世界の自分同士ですけど」

 小夜ははじめ、セレナを打ち解けられるか不安でしかなかったが、互いの身の上を明かしたことで少しだけ打ち解けられた気がした。

 

 

 小夜とセレナが食事をしている中、向かいのマンションの一室で双眼鏡を覗いている人物がいた。

「はぁ、はぁっ……。んっ……セレナちゃんもかわいいなぁ……」

 シラベはの家は、小夜が住んでいるマンションの向かいのマンションの一室だった。元々の学生寮では小夜とは隣同士だったのだが、リディアンの校舎が移るのに合わせてこちらに引っ越したのだ。理由は単純明快で、この部屋が一番小夜の部屋を覗くのに最適な位置なのだ。

「犯罪デス!」

 日課の小夜(セレナ)ウォッチングに耽っている時、後ろからいきなり手刀がシラベの脳天を直撃した。その衝撃で覗いていた双眼鏡も床に落ちてしまった。

 シラベが頭を抱えながら振り返ると、そこにはキリカが立っていた。合鍵を渡した覚えはないのに、何故かこの場にいる。

「ちょっと!これ高かったんだから、壊れたら危ないじゃない!それに、どこから入ってきたの!」

「風鳴司令からもらってきましタ。シラベがセレナをこれ以上怯えさせないようにとの命令デスヨ」

 シラベは完全に失念していた。アメリカから来たこの装者は、てっきりハンバーガーを食べているだけの能天気な人間だと思っていたが、完全にツバサ側に立ってしまった以上、シラベにとっては敵も同然である。

「聞きましたヨ?別の世界から装者を拉致してくるなんて、出るとこに出たら、一発でアウトデスヨ」

 シラベは小さく舌打ちをして、玄関へ向かう。ここが最適のポイントであることに変わりはない。だが、他にも場所は押さえてある。ここ以外でもセレナ達を見られればそれでいいのだ。

「ハーイ、ちょっと失礼しマスネ~」

 キリカがそれを見逃すはずがなく、シラベの腕に手錠をかけて、片方を自分の腕にかけた。手錠の間を結ぶ鎖は1メートルは少なくともあるので、そこまで動きを制限するものでもないが、シラベは完全にキリカに繋がれる形になった。

「え?なにこれ。これじゃ小夜のところに行けないんだけど」

「そう言えば、前にあたしをこんな風に縛ったのは、どこの誰だったかしラ?」

 キリカは自分が捕縛されたときの意趣返しと言わんばかりに、シラベを引っ張って意地の悪い笑顔を浮かべた。

「やっぱりあの時、見捨てておけばよかった……」

 彼女が今この場にいるのは、シラベが庇ったせいなのだが、この時ばかりは命令どおりに彼女を逮捕した自分を恨んだ。

「どうして年中ハンバーガー食べてるようなのと一緒にいなきゃいけないのよ……」

「それは聞き捨てなりまセン。せっかくですし、今からランチタイムと行きまショウ!」

 シラベがこぼした愚痴をキリカはバッチリ聞いており、シラベを引きずって台所へと入っていった。キリカは冷蔵庫を物色し始め、使えそうな材料を取り出していく。

「さてと、片手は使えないので、ちょっとお願いネ?」

「はいはい……」

 シラベは渋々キリカの指示通りに調理をしていく。互いに片手が不自由な中で、不器用ながらも料理を続けていく。しかしながらシラベの家には最低限の食材しか無かったこともあり、結果として出来上がったものはかなり簡素なものだった。

「パスタ……?」

 2人での調理は苦戦することが多く、調理は難航したが最終的に見た目だけなら普通のナポリタンが完成した。

「マムとの研究の末に完成させた、特製ナポリタンデース!」

 完成したパスタをテーブルに並べ、フォークを用意してシラベはパスタを口にした。

「悔しいけど、美味しい……」

「当たり前デス!あの日日本料理のレストランで食べた味に近づけるために、決死の努力を重ねましたカラ!」

 キリカが自慢気に胸を張った時にシラベの体が引っ張られ、すぐに引っ張り返したことでキリカがよろめいた。

「仕方ないから、ちょっとだけあなたの側で大人しくしてあげるわ。セレナちゃんの前でも大人しくしてるわ」

「分かればいいのですヨ。分かれば」

 シラベは不本意ではあったものの、キリカに邪魔をされないようにするためにも、彼女と共にいることを選択した。互いが互いを見張り合うという奇妙な関係であったものの、2人は共同生活をスタートさせた。

 

 

 翌日、演習室では半ば日課のようになった模擬戦を行う小夜とセレナの姿があった。だが今まではセレナがガムシャラに突っ込んで、小夜がそれをさばくという光景が見られたが、セレナの攻め手に少しだけ落ち着きが見られるようになっていた。

 セレナも冷静に攻められるようになったことで小夜の隙を突いた戦い方ができるようになり、小夜もセレナの実力が上がったと実感できるようになった。感情に任せた戦い方をセレナがしなくなったことが、ここまで大きく影響してくるとは小夜も思っていなかった。小夜は剣を握り直し、向かってくるセレナと向かい合う。

 これまでは、小夜を敵視するセレナとそれに戸惑うセレナという構図がこの場には存在した。だが、今は違う。小夜を乗り越えたいと思う、ある種の向上心を持って立ち向かえるようになったこと、そして小夜もセレナの意思を汲み、自分が出せる実力を出し切ろうとしている。並行世界の自分同士という関係にある2人だが、意図せず互いが互いを高め合うという関係へと変化していた。

「お疲れ様。精が出るわね」

 手合わせが一段落したところで、マリアが差し入れを持ってやってきた。ちょうど時刻も昼頃であり、昼食にちょうどいい時間帯だった。

「姉さん、歩いて大丈夫なの?」

「ええ。本部の中なら、っていう条件付きでね」

 問いかけてきた小夜に対し、マリアはコンビニの袋を見せた。中には二人分の弁当が入っているのが見える。

「本当はしっかりしたお弁当を作りたかったんだけど、まだそこまでは無理って言われちゃった。こんなものでごめんなさいね」

「そんなこと無いよ。持ってきてくれただけで嬉しいよ。そうだ、私も姉さんと食べようと思っておにぎり作ってきたんだ。一緒に食べよう?」

 マリアの差し入れを受け取ろうとした時、いつの間にか荷物を持ってきていたセレナがマリアにおにぎりを差し出した。

「この前ね、暁さん達が教えてくれたんだけど、おにぎりを作ってきたの。ちょっと形は変だけど」

 セレナが荷物から取り出したのは、小さなカゴだった。中には不揃いなオニギリが6つ入っており、マリアはそれを一つ手にとった。

「ありがとう。いただくわ」

 おにぎりを一つ手に取り、口に運ぶ。

「美味しい?」

「ええ。形はともかく、味はしっかりしてるわ」

 マリアはおにぎりを完食し、次のおにぎりに手を出す。セレナは小夜を一瞥すると、マリアには気付かれないように笑ってみせた。

(えぇ……)

 確かにセレナと小夜の関係は、一方的な敵対関係ではなく互いを高めあえるライバル関係とまでになったものの、セレナの対抗心が消えたわけではなかった。マリアの妹という立場に関しても、小夜の上を行こうとしているようだった。

(やりにくいなぁ……)

 小夜は未だ自分に対して対抗心を燃やし続けるセレナに対し、どう接すればよいのか未だにわからない部分も多かった。

 

 

 昼食後、装者達に招集がかかり、司令室に全員が集まっていた。今回は回復したマリアも消臭されたメンバーに含まれている。司令室ではツバサとキャロルが作戦の方針について話し合っている最中のようだった。

「……揃ったな」

 キャロルが機材を操作すると、モニターにはゆっくりと歩いている最中のスカルゴモラが映し出された。

「今回は前回と違い、始めから活性化している。前回と同じ方法で再生成されたと見て間違いないだろう。やはりこちらに向けて直進している。当然敵侵略者の妨害もそうていされるだろう」

 今度はツバサがS.O.N.G本部周辺の地図を映し出し、とあるポイントを指し示した。

「今回の作戦は旧リディアン跡地を使う。アレぐらい開けた場所であれば、多少の被害が出ても構わないし、装者の増援も送りやすい。なんとしても立花響を連れ戻す。異論はないな?」

 ツバサの言葉に、異を唱えるものはいなかった。響を連れ戻すという目的の下、装者の心は一つになった。

「出撃メンバーは、小日向、雪音、月読を中心にして、バックアップチームを派遣する。万が一の場合は、スカルゴモラを月読のバトルナイザーに収納し、本部で分離作業を行う」

 ツバサの合図で作戦が発動され、響を助け出す為の作戦が始まった。




S.O.N.G怪獣図鑑
無双鬼神インペライザー
体長:60メートル
体重:6万トン
ステータス
力:★★★★☆
技:★★★☆☆
知:無し

 キャロルの手により修復された、クリスのレイオニクスギアから召喚された怪獣。
 豊富な武装と高い火力を両立している半面、急ピッチで修復したため、AIが搭載されておらず直接クリスが操縦する。
 再生機能も完備しており、上半身を破壊されても再生し、戦闘を続行することが可能である。(ただし中のクリスは再生しない)

装者のコメント
小夜:雪音さんの怪獣も、私と同じロボット怪獣なんですね!いつか、ロボット怪獣について一緒に話をしませんか?
クリス:いや、あたしは全然知らねえよ。敵を倒して、世界を守れればいいだろ?
小夜:そんな、勿体無いですよ!ちょうどS.O.N.Gの資料は充実してるんです!ついでに勉強もしておきましょう!


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第29話「サヨナラ、ケダモノ」

 任務の出撃時間が迫る中、調はいつものように切歌の眠る集中治療室の前にいた。切歌は順調に回復しているとは言え、明日死ぬかもしれない命が、一週間持つかどうかの命になっただけだ。日を追うごとに食事も喉を通らず、眠れない夜が続いている。

「おい、時間だぞ」

 集合場所にやってこない調を見かねてか、クリスがやってきた。調はすぐにクリスの所に駆け寄 ろうとした時、一瞬ふらついてクリスが慌てて支えた。

「おい!大丈夫か?」

「えぇ。まだ貰った栄養食がありますから」

 調はポケットからゼリータイプの携行糧食を取り出して、口にねじ込む。一瞬咳き込んで吐き出してしまいそうになったが、半ば無理やり飲み込み、少し息切れしながらも完食した。

「これで、作戦中は持ちます。万一の時はLiNKERを多めに打てばなんとかなります……」

 必死に平常を取り繕う調に対して、クリスはそれ以上追求することができなかった。これ以上追求してしまえば、調が壊れてしまうような気がしたのだ。

 響がいない。数字にすればたった一人装者がいないだけなのに、この場にはそれ以上の『なにか』が欠けているように感じられた。

 

 

 クリス達6人が装甲車に乗り込み、リディアン跡地に到着すると、スカルゴモラ迎撃作戦の準備を進める。市街地へ逃げないようにするための誘導ルート、捕縛するための装置、敵侵略者が現れた際のフォーメーションの確認など、確実に捕らえるための準備を続けていく。

 調は一人装甲車の中に残り、本部との連絡を行っていた。準備は順調で、スカルゴモラの進行速度も変わらずにまっすぐこちらに向かっている。

 スカルゴモラが刻一刻と迫る中、クリスはペンダントを握りしめてスカルゴモラを待つ。今度こそ、絶対に響を助けると心に誓い、震える手を必至に押さえた。、

「大丈夫だよ。クリス、私がやるから」

 震える手を取り、未来がスカルゴモラ迎撃の一番手に名乗り出た。未来は響と戦うことを避けたがると思っていただけに、意外な一言だった。

「そっちこそ大丈夫なのか?あのバカと戦うんだぜ?」

「ちょっとだけ不安はあるけどね。でも響があんな姿にされるのはもっと嫌なの。私の手で元に戻せるなら、戻してあげたいから」

 未来はクリスに向かて優しく微笑み、クリスの震えは収まった。

「それじゃ、後はよろしくね」

 未来が覚悟を決めた時、スカルゴモラが視界に現れた。未来たちなど眼中にないと言わんばかりに真っ直ぐこちらに向かってきている。

(待ってて、すぐ助けてあげるから)

『Rei shen shou jing rei zizzl』

 ペンダントを握りしめ、未来の聖詠でゼットンが姿を表した。スカルゴモラはゼットンの姿を見て、戸惑ったかのようにその場で立ち止まった。だがゼットンはスカルゴモラに向かっていき、ためらうことなくスカルゴモラを殴り飛ばした。

「これはこれはお揃いで」

 周囲の空間が歪んで数のゴブニュを引き連れたテンペラー星人ビエントが姿を表した。セレナ達はペンダントを握りしめ、ビエントたちの前に躍り出た。クリスもスカルゴモラの相手を未来に任せて、ペンダントを構える。

「悪いけど、てめぇにあのバカは渡せねぇ。商談だかなんて知るかよ」

「では残念です。お客様でないというのなら、ここで片付けてしまいましょう」

「行くぞ!」

 クリスの合図でキリカはLiNKERを打ち、それぞれのギアを身にまとう。

「へえ、それがあなたのギアなんだ」

 手錠を外され、自由になった腕を動かしながらシラベはキリカのギアを眺めた。外見の特徴は調のシュルシャガナとほぼ同じだが、武装は両腕に取り付けられた盾のみと非常にシンプルなギアである。両足にはブースターのようなものが備え付けられ、機動力に特化したギアのようである。

「ええ。ごちゃごちゃした装備は、戦闘の妨げですからネ!」

 キリカは足のブースターで跳び、向かってくるゴブニュの群れに飛び込んでいく。

「アタシが先行するデス!取りこぼした敵をお願いしマース!」

 一番槍を申し出たキリカは、敵の中に入ると両腕の盾で周囲の敵を殴り飛ばし、続いて盾の縁から刃を展開してを投げ飛ばし、繋がれたワイヤーで巧みに操る。投げ飛ばされた盾は敵の関節を切り裂き、次々と機能停止に追い込んでいく。

「しっかたねえな!」

 クリスはガトリングを構え、セレナも敵陣に向かっていく。キリカから見て、死角になっている範囲を攻撃し、セレナは真っ直ぐキリカの所へ向かうべく敵を薙ぎ払う。だがそれでも敵の数は多く、中々数が減らない。

「私が援護します」

 最後列で様子を窺っていたシラベが口を開いた。ギアのバイザーが閉じ、祈るようなポーズを取ると、敵陣の中に突っ込んでいったセレナの姿が消え、直後にゴブニュの頭部が切り落とされ続いてセレナが違う地点に出現した。

「マジかよ……」

「セレナちゃんに傷がついたら大変なので、周囲の背景と同化させてます。集中力が必要なので、黙って私を守ってください」

 一方のキリカは、クリスが破壊した残骸を踏み台にして跳び上がり、別の地点に降下しては盾を投げ飛ばして敵を薙ぎ払う。クリスからすれば、狙いがつけづらく、フォローに回りにくい。シラベがセレナを守ってくれているので、セレナを気にかけなくて良いのは幸いだった。

 クリスは後列からの支援が難しいと判断し、キリカの元へ向かった方が早いと判断した。だが、セレナを実質護衛しているシラベを放って敵陣の真ん中へと向かう訳にはいかない。クリスは装甲車の壁を叩き、中の調を呼び出した。

 スカルゴモラとゼットンの戦いも終始ゼットンが優勢であるようで、すぐに救援は必要なさそうである。ならば、調にこちらの世界の彼女を護衛させるのが妥当な判断である。

「おいすまねえけど、こっちのお前の護衛頼めるか?アタシはあっちに行く」

「はい。大丈夫です」

 調は装甲車から降りてLiNKERを構える。相変わらず無理をしているように見えるが、今は彼女に任せるしかない。クリスはグリップを握り、敵の中へと突っ込んでいった。

 

 

 ゼットンとスカルゴモラの勝負は常にゼットンが主導権を握っていた。スカルゴモラはパワーだけで言えばゼットン以上のものを備えていたが、スカルゴモラに戦意がなく、あくまでこちらに対する反撃程度しかない。もしスカルゴモラが本気でゼットンに襲いかかってきたなら、厳しいが、現状なら未来1人で撃破できるはずである。

 ゼットンの一兆度の火球がスカルゴモラの頭部を直撃し、大きく体勢が崩れた。すかさずスカルゴモラを殴り飛ばした。だがスカルゴモラは必至の抵抗をするべく、角にエネルギーを集中させた。紅い稲妻を帯びた2本の角をゼットンに突き立てまいとする。即座にゼットンシャッターを展開したために直撃こそ免れたが、ゼットンシャッターに亀裂が入り、すぐに崩れ去ってしまった。

 スカルゴモラの攻撃はそれでは止むことを知らずにゼットンに殴りかかる。一撃一撃がゼットンの身体に一撃一撃が重く響く。だがゼットンは負けじと頭部を押さえ込み、口を大きく開けさせる。スカルゴモラの抵抗のせいで、長くは押さえることが出来ない。ゼットンは短時間でチャージできる最大の火球をスカルゴモラの口内に放った。火球はスカルゴモラの脳天を貫き、スカルゴモラはゼットンに身を任せるように倒れた後、光りに包まれながら消滅した。それと同時に3つの小さな影が宙を舞い、地面へと落下していった。

「響!」

 スパークドールズ化した響を回収するため、ゼットンを撤退させて落下した地点へと向かう。ゴブニュを率いていたビエントもそれに気付いたようで、ゴブニュの一部を未来に差し向けた。

「残念ですが、彼女は私の商品です。渡しませんよ」

 未来は神獣鏡(シェンショウジン)を纏い、ゴブニュを薙ぎ払うが、次から次へと増援が送られてくるので中々響の元へと向かうことが出来ない。

 ビエントはゴブニュと必死に戦う装者達を尻目に、ゆっくりと響が落ちた地点へと向かう

「渡さない?それはこっちのセリフだ!」

 だが包囲網の綻びを抜けたクリスがゴブニュを飛び越え、ビエントを無視して真っ直ぐ響の元へ向かう。

 響が落ちた方角に向かい、たどり着いたのはちょうどイベントなどで使われるホールの中だった。老朽化が進んでいるのか、天井は崩れ落ち、天井から指す陽の光がスポットライトのように響のスパークドールを照らしている。

 クリスは響を拾い上げると二度と離さないように強く握りしめた。

 直後、後ろから火球がクリスめがけて発射され、被弾する直前にクリスはリフレクターを展開して起動を反らした。

「困りますねえ、私の商品を取られては」

 軌道をそらされた火球はホールの壁に激突し、鉄骨が崩れるような音がした。絶妙なバランスで残っていた建物が、今の衝撃で崩れそうな音が聞こえてくる。

「ゴブニュだってタダではありませんからね。ここであなたを排除させていただきます」

 ビエントは背中の羽を広げ、威嚇するように両腕のハサミを広げた。響を回収できた時点で作戦は成功。後はビエントに見つからないようにこの場を立ち去ればよかったのだが、クリスの機動力では逃げ切ることは難しい。ならば、答えは1つしかない。クリスは胸元に響を隠し、銃口をビエントに向けた。

 クリスの弾丸が放たれると同時に、ビエントは飛び上がってそれをかわす。ビエントの放つ火球はリフレクターで弾き返すも、空を舞うビエントには当たらない。

「あなたにはその商品の価値がまるで分かっていない!私の方がもっと有効に活用できるのに!」

「分かってねえのはそっちだ!こいつは金で語れるような奴じゃねえ。金でしかこいつを見れねえお前が触れていいもんじゃねんだ!」

 急降下してきたビエントを弾き飛ばし、着地したビエントがクリスに肉薄し、的確に響のスパークドールを奪い取ろうとする。クリスは負けじとビエントのハサミを蹴り上げ、響を守った。

「戦いというのは本当に面倒です。間合い、攻め手、守り手、立ち回り、考えなければならないことが多いのに、儲けにならない。本当に面倒ですよ」

 ビエントはゆっくりと、クリスの様子をうかがいながら呟いた。ホールが崩れるまで時間はあまりない。決めるなら、次の大技で倒すしかない。

「商売の邪魔になるから、どうしても必要なのですよ。私の代わりに戦って死んでくれる誰かが!」

 先に仕掛けてきたのはビエントだった。クリスの頭上を跳び、不規則な動きでクリスの背後に立った。クリスはしゃがみ、ビエントの懐からスパークドールズに変身するためのアイテムを奪い取った。

「しまった!」

 ビエントは奪われたソレも奪い返そうとしたが、クリスは先に響のドールに使った。

 響の記憶や経験といった彼女が今まで体験してきたことのすべてが脳内に流れ込み、一瞬どちらが自分なのか分からなくなる。だが、クリスは己を見失わないようにと覚悟を決め、それらを響きの記憶として受け入れた。

 結果、響に変身すると思っていたクリスの姿は変わらず、代わりにガングニールのガントレット、ブースターが装着され、首元には響のマフラーが巻かれた。

「スパークドールズでそのような変化がもたらされるとは、彼女だけでなくあなたも回収したほうが良いかもしれませんね。これは人間採集が捗りそうです」

 ビエントはクリスも捕獲しようと襲いかかるが、クリスのブースターが火を吹き、勢いに乗せた拳がビエントを地面に叩き落とした。着地したクリスは起き上がるビエントに蹴りを入れて、客席までふっとばした。

「ぐっ、何故だ!彼女の記憶には、あなたと彼女とでは戦闘スタイルが違いすぎるはず!何故使いこなせる!」

「決まってんだろ。いっつも一緒にいたからだよ」

 クリスと響が一緒にいた期間は、それこそ一年と少ししかない。だが、いつも隣で共に訓練をし、死地を抜けてきた仲である。クリスは響の動きの癖や長所を思い描きながら力を振るう。それだけでクリスの身体は自然とついてくる。

「最高の商品だ……。地球人のスパークドールズは希少価値で売れると踏んでいましたが、こうなるのであれば、もっと高く売れる!地球人同士の融合実験はまだしていませんでしたからねぇ!」

 クリスの攻撃で急所を突かれたはずのビエントはそれでも尚、響を確保しようと立ち上がる。だが今はクリスもその対象に含まれているのは明らかだ。ビエントは今までの速度からは考えられないような速さでクリスに肉薄した。全速で迫ったが故にクリスを捕まえられると確信したその刹那、クリスのブースターが火を吹き紙一重でビエントをかわした。クリスは大弓を展開し、1本の矢をつがえて狙いを定める。この距離であれば、確実に急所を仕留められる。響の力が上乗せされた今なら、元を絞るのにそこまで時間はいらない。ただ、この矢にすべての神経を注げばいい。

 

「閻魔様によろしくな。クソ野郎」

 

 上下逆さまの状態ではなったクリスの矢はビエントの脳天を貫き、ビエントの身体はホールの壁に縫い付けられる格好となった。ビエントはまだ息が残っており、最後の抵抗を繰り出そうとしている。だがそれを阻むようにしてホールの天井が崩れ出し、ビエントの身体は崩れてきたガレキの下敷きとなった。

 ビエントにとどめを刺したことが引き金となり、ホールの天井や壁が次々と崩れだしている。崩落に巻き込まれる前にクリスは、全速力でホールを後にした。

 外に出るとゴブニュ達が糸の切れた人形のように停止しており、装者達が一斉にクリスの所に駆け寄ってきた。

「クリス、そのギア……」

「あぁ。あのバカとあたしのギアを合わせたものだ」

 クリスがギアを解除すると、同時に響のスパークドールが弾き出され、クリスの手に収まった。

「小日向さん!ゴモラのスパークドールも見つかりました!これで全部です!」

 スパークドールズの捜索にあたっていたであろうセレナが、ゴモラのスパークドールを持って未来のところへとやってきた。後からレッドキングのドールを見つけたキリカが合流し、スカルゴモラに使われていたスパークドールズが揃った。

「これでミッション終了、だな」

 クリスの言葉に未来も頷き、響を助け出すことができた達成感に安堵した。

 

 

 響救出作戦の後、回収したスパークドールズの復元作業をキャロルを筆頭に編成された研究班が行っていた。響が復帰すれば、装者達に流れていた陰鬱とした空気も一掃されるはずだった。

 響が回復することを願い、クリス達は落ち着かない様子で司令室にいることが多くなった。簡単な書類整理や、哨戒任務、キリカが持ってきた元の世界のレポートに目を通すだけの時間が流れた。

 そうした日々が続いたある日、キャロルが司令室にやってきた。キャロルの顔を見るなりクリスがキャロルに駆け寄った。

「一応、処置は終わった。立花響の復元は完了した。怪獣のスパークドールズとは勝手も違うし、何しろ怪獣と融合していたからな。復元には手間取った」

 響が元に戻ったことで装者達の緊張が一気に解けた。未来は脱力しクリスに支えられる。

「だが戻せたのは体だけだ。ヤツの記憶、意識はバラバラの状態で怪獣のスパークドールズと同化してしまった。それに小夜に試させたが、シンフォギアも起動しない。問題は山積みだがな」

「では、立花はもう元には戻らないのか?」

 悲観的な結果を話し始めたキャロルを前に、キャロルは首を振った。まだ希望的観測が残っているようだ。

「現状では成功率が低いが、こちらの世界のヒビキが持ち去った聖遺物回収すれば成功率は上がるだろうな。小夜の時は使えない手だったが」

 キャロルが示した希望、それはこの世界のヒビキが持ち去った聖遺物だった。

「アイツの隠れ家を捜索させた所、奴は侵略者と取引して手に入れた宇宙船か何かに乗っている可能性が高い。恐らく日本上空にいるはずだ」

 キャロルの発言に、全員の気が引き締まる。ヒビキが持ち去った聖遺物を取り返し、響を復活させる。そして標的がヒビキに定まったことで、必然的に彼女との決着は不可避となった。




S.O.N.Gデータベース
小夜の治療申請
 ヒビキが妹を治療するために何度も申し出て、全て却下された申請。当時は装者の立場が高くない上に、S.O.N.Gがまだ結成して間もない頃だったために聖遺物を用いた小夜の治療は許可されなかった。
 それ以外にも、聖遺物そのものと言える小夜の存在が国連に知れ渡ってしまうため、彼女を守るために却下せざるを得なかったという背景がある。
 もしこの申請が通っていた場合、小夜は聖遺物として収容されただけではなく、人間との違いや再生能力の限界を研究するための実験材料として使われていたのかもしれない。
 絶対に死なず、また強靭な再生能力を持つ彼女は、研究材料だけではなく、無限に臓器が提供できる臓器バンクとしても非常に有用であるのだから。


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第30話「戦場の刃、いつか世界を呑みこむまで」

 マリアはアガートラームを首に下げ、キャロルの研究室にいた。予想より彼女の経過がよく、ギアが纏えるかという起動実験を行う事になったのだ。

「それはウェルが持っていたアガートラームを調整したものだ。念の為、こちらでギアが解除できるようにしてある。LiNKERも濃度を下げた。ギアの安定した起動が確認出来た時点で実験は終了だ」

 キャロルの説明を受け、セレナ達が見守る中、マリアはLiNKERを打ち、一度深呼吸をして聖詠を口にした。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 直後、シンフォギアは起動しマリアの身体をシンフォギアが包む。ギアの展開が完了し、マリアの適合係数といった様々なデータが表示されていく。マリアがアームドギアを展開して軽く体を動かそうとした時だった。全身を激痛が襲い、その場に跪いた。直後咳込みだし、押さえた手が血が滲んだ。

「実験中止だ!早くしろ!」

 キャロルの操作でアガートラームが解除され、マリアの足元にペンダントが転がった。マリアを襲う激痛は収まり、肩で息をしながらゆっくりと立ち上がった。

「姉さん!大丈夫!?」

 小夜が駆け寄り、マリアを肩で支えながら立ち上がらせる。そして念のために用意していた車椅子に乗せて、バックファイアを抑える薬を飲ませた。

「装着自体はできるが、とても使えんな。今後も治療を続ければギアは装着できるかもしれないが、完治までは程遠いな」

 キャロルは今の状況を想定していたようだが、それでもマリアの復帰が絶望的という状況は彼女にも堪えるものだったようだった。

 未だにギアのバックファイアが尾を引いているマリアを見て、セレナは優しくマリアの手を握った。

「大丈夫だよ。私達がマリア姉さんの分まで戦うから、姉さんは治療に専念して」

「……ありがとう。2人共、無茶はしないようにね」

 マリアは弱々しくも笑って見せ、2人は決意を固めた。

 

 

 調は一人、切歌の病室から離れて市街地にいた。切歌を守るためにも、クリス達と力を合わせて戦うと決めたものの、切歌のことが頭から離れず、いつものように活躍できずにいた。

 ふとコンビニに寄って、どこにでも売っているようなアイスを買って出る。何の変哲もない、ただのアイスである。

(これ、切ちゃんが好きなやつだったな)

 封を開けて舐めると、食べ慣れた甘い味が口の中に広がった。食べ慣れた味のはずが、頬を涙が伝い、ほのかに塩気のようなものが交じる。物陰に隠れて、涙を必死に拭うも次々と涙が溢れてくる。せめて任務や訓練の時は切歌のことを忘れて目の前の的に集中しようとするも、そう思えば思うほど切歌の笑顔が脳裏をよぎる。明日には切歌が死んでしまうのではないかと不安で頭の中が一杯になる。

 徐々に声に嗚咽が混ざり始め、やがてアイスも食べ終えてしまうとその場で泣き崩れてしまった。本部では心配をかけまいと無理をしていたものが、ここに来て無理が祟って抑えきれなくなってしまったのだ。

「こんにちは」

 この姿を見られまいと必死に隠れていたつもりが、背後から聞き慣れた声が聞こえた。調が振り返ると、ヒビキが笑顔で立っていた。その出で立ちは響と同じなので、一瞬間違えそうになったが、響は今動けないことを考えれば、この世界のヒビキであるとすぐに分かった。

「ちょっと、お話しない?」

 ヒビキは敵対の意思はなく、調と話がしたいだけだったようだ。だが、調はそのつもりはなく、ヒビキが許せず、必死に涙をこらえながら向き合った。そして、ポケットに隠し持っていたものに手を伸ばす。

「やる気?シンフォギアと怪獣戦、どっちにするの?」

 調が取り出したのは、一丁の拳銃だった。調の小さい手には不釣り合いな程大きく、実際調も引き金に指を届かせるのがやっとである。

「へぇ。そっか。私を殺すんだ。でも、それ、正式に支給されたやつじゃないでしょ?」

「うるさい!あなたが……あなたが切ちゃんにあんな物を渡したから!」

 調は涙で滲んだ目で狙いを定めるも、手が震えて引き金を引くことができない。必死に引き金を引こうとするも、元々ギリギリで届いていただけに引き金を引けるだけの力が入らない。

「そんなの向けられたら落ち着いて話なんて出来ないよ」

 調が引き金を引けないことを分かっているのか、ヒビキは調に近づいて銃を蹴り飛ばした。蹴り上げられた銃は調の手を離れ、少し離れた場所に転がった。すぐにでも取りに行こうとしたが、ヒビキに背中を向けることは出来ない。

「確かに私が渡した改造LiNKERで切歌ちゃんがああなっちゃったのは事実だよ。だからさ、せめてものお詫びってわけじゃないけど、私が持ってる聖遺物を使えば、切歌ちゃんを治せるって言ったらどうする?」

 ヒビキが聖遺物を持ち去り、亡くなった聖遺物が必要であるという状況は知らされていた。それをヒビキ自身が提供してくれるなら、これ以上の話はない。

「もちろんタダでってわけじゃないよ?調ちゃんが私に協力してくれることが前提」

 ヒビキは空いた調の手を握り、何かを握らせた。調が確認すると、USBメモリだった。

「私の宇宙船の待機ポイントが入ってるよ。パソコンに挿せばすぐに分かるようにしてあるよ」

「私に何を……」

「簡単なことだよ」

 ヒビキは硬直した調の耳元でささやく。まるで調の弱みに付け込む悪魔のようだった。

「私にいくつかスパークドールズを持って来てほしいんだ。ある怪獣を作るのに必要なんだよね」

 いつ意識が戻るかわからない切歌を目覚めさせることができる。それだけで調にとっては非常に魅力的な報酬である。だが、そのために他の仲間を裏切るべきか?という疑問が脳裏をよぎる。

「別にそれは自由に使って貰って構わないよ。正直に私についてきてもいいし、それをキャロルちゃんに渡してもいいよ」

 ヒビキはその一言を最後にその場を去っていった。調の中では、切歌を治したいという思いと、仲間たちを裏切りたくないという思いが渦巻いていた。

 

 

 S.O.N.G本部に帰ると、備品の拳銃を持ち出した事でツバサに問いただされた。

「あぁ。ごめんごめん、アタシが渡したんだ」

 返答に困っていた時、奏が現れて調をかばってくれた。

「だってこの子はレイオニクスなんだろ?護身用道具の一つくらい持たせたって良いじゃないか」

「奏……。ならちゃんと申請を通してほしい。こちらでちゃんとサイズが合ったものを用意する」

「そうかい。余計な心配をかけてすまなかったね」

 奏が泥をかぶるという形になった事で、調については厳重注意止まりでそれ以上の処分が下されることはなかった。開放された調は部屋に戻り、備え付けのパソコンにヒビキから貰ったUSBメモリを差し込んだ。

 中には地図の画像が入っていて、そこが指し示した地点は、ここから程遠くない、かつて自分が捕まった時の工場付近の場所だ。ヒビキはここでずっと調を待っているのだろう。そして、持っていくべきスパークドールズの名前と画像のデータも添付されていて、一通り目を通す。

 スパークドールズが保管されている場所については知っている。キャロルの研究室の隣に保管庫が設けられているのは何度も見ている。演習用という名目でスパークドールズの持ち出しについては咎められることは少ない。

 だが本当に仲間を裏切って良いのか?という不安が脳裏をよぎる。切歌を助けるためとはいえ、仲間を見捨てて的に手を貸して良いのかいまだに迷ってしまう。

 気持ちを整理するためにも、切歌の病室に寄る。ガラス越しに眠ったままの切歌を眺めてどうすれば良いのか、もう一度自分に問う。仲間を裏切るのか、それとも仲間と相談してこの窮地を脱するのか。

「お前か。ちょうどよかった」

 調が考え込んでいた時、病室からキャロルが出てきた。手には切歌の現在のデータが表示されているであろうタブレットが握られている。

「コイツの現状を伝える。順調に回復しているが、それでも予断を許さないのに変わりはない。救出したガングニールの装者を優先的に維持することが決まった。見殺しにはしないが、本格的な治療は一時中断する」

 キャロルが告げた一言は調にとって衝撃的なものだった。切歌の目覚めが遠のく。LiNKERを必要としない響を復帰させれば、即戦力になるのは理解できる。キャロルの言葉通りなら、LiNKERが必要である切歌の優先順位が下がるのは理解できる。だが、調は未だに飲み込みきれない部分がある。

「ガングニールの装者が復帰次第、こちらの治療も再開する。それだけ伝えておく」

 キャロルはそれだけを言い残して去っていった。調はキャロルの宣告を受けて、保管庫へと向かう。

 キャロルは言った。響が復帰すれば切歌を治療させられると。そしてそのためにこの世界のヒビキから彼女の持っている聖遺物を回収しなければならないと。

 そしてヒビキは言った。調が彼女に協力すれば、切歌を目覚めさせることができると。彼女の居場所を知っているのは自分だけ。もし仲間に相談した場合、彼女から協力を取り付けることは難しくなるかもしれない。

 ならば、自分がヒビキに協力する見返りとして切歌を治してもらう。そして、聖遺物を取り返せば響も治す事ができる。仲間からは裏切ったように見えるかもしれないが、仲間を裏切らずに切歌も響も助けることができる。

(そう、大丈夫。これなら誰も傷つかないし、切ちゃんを助けられる)

 調は保管庫へと向かい、キャロルが研究室にいないことを確認すると、保管庫の扉を開けた。中では様々なスパークドールズが眠っており、記憶の中の画像と照らし合わせながら目標を探す。

 リストに載っていたのは、シーゴラス、ベムスター、バラバ、ハンザギラン、レッドキング、キングクラブの7体。一部はヒビキの手元にあるようで、集めなくても良いと書かれていたのもハッキリと覚えている。

 そして必要なスパークドールズを回収し、持ち出し用のアタッシュケースに詰める。保護用のカバーもかけているので思っていたより重くなってしまったが、このまま見つからずに外に出れば問題はない。

「何をしてるんですか?」

 不意に背後から声をかけられて、調はアタッシュケースを隠すように振り返る。振り返った先には、小夜がこちらを見ていた。その表情は非常に冷酷なもので、今まで見てきた小夜の印象とは似ても似つかぬものだった。

「別に。訓練用に怪獣を借りようとしてただけ。セレナには関係ない」

「そうですか。もし仮にそれを外に流そうとした場合、利敵行為とみなしてこの場で処分することも許可されています。念の為、その中身、預からせてもらってもいいですか?」

 小夜は調の後ろのアタッシュケースに手を伸ばす。調はそれを取られまいと立ち上がり、小夜を突き飛ばして走り出す。小夜に見つかった以上、捕まる前に彼女を撃退しなければならない。

 調が振り返ると、アガートラームをまとった小夜の姿が見える。調は少しでも走って逃げようとしたのだが、小夜が放った短剣が調の影に刺さり、調は何かに引っ張られるように倒れた。

「これ、翼さんの……」

 小夜が翼の影縫いを使えたことには驚いたが、翼ほどの精度がない。足止めは不完全だったようだ。

「やっぱり、見よう見まねだとこのレベルですね」

 だが追いかけてきた小夜から逃げるには不十分で、調はあっという間に追いつかれてしまった。小夜は調からアタッシュケースを奪い取り、短剣を何本か調の影に刺して調の動きは完全に止まった。

 小夜はアタッシュケースの中身を見て、調がスパークドールズを持ち出そうとしていたことが分かってしまったようで、一瞬悲しそうな目をした。

「これ、お姉ちゃんに渡そうとしたんですよね?大方、切歌さんを治すことが交換条件でしょうか」

「……だったら、返してよ。切ちゃんに早く良くなってもらうにはそれが必要なの!」

 不完全だった影縫いの拘束が緩み、調は辛うじて自由が利くようになった腕をアタッシュケースに伸ばした。だが小夜はその隙を見逃さず、調の喉元に剣先を向けて静止させた。

「私はS.O.N.G職員として、収容物の横流しは看過できません。もしこれを使って、私達を裏切るなら、あなたも切らなければなりません」

 小夜は必至に感情を押し殺しているのが見て取れ、調に対しては『仕事』としてこの場にいるようだった。

「セレナ、それを返して。切ちゃんを治すために必要なの。ヒビキさんだけが頼りなの。ヒビキさんが持ってる聖遺物だけが―――」

 そこまで言いかけたところで小夜は剣先をより調の喉元に近づけた。今迂闊に動けば、そのまま斬られてしまう。

「小夜。ご苦労だったな」

 調がどうして良いかわからなくなった時、職員を連れたツバサがやってきた。

「小夜に見張りを頼んだのは私だ。キャロルからお前の様子がおかしいと聞いてな」

 背後に控えていた職員たち離れた手付きで調に手錠をかけた。

「とにかく懲罰房行きだな。話は後で聞く」

 調は必至に抵抗してスパークドールズを奪い返そうとしたが、2人係で押さえられては抵抗も虚しく連れて行かれてしまった。

 

 

 調が連行された後、小夜は調の部屋を訪れていた。ツバサの依頼で、証拠品を集めるためでもある。

 そして中に入ると、パソコンの電源が入ったままになったのに気付いて画面を再度確認する。表示されているのは地図の画像データと、怪獣たちの画像と名前が書かれたデータが表示されていた。

「これって……」

 調がスパークドールズを渡そうとしていた相手は、ほぼヒビキで間違いない。調はどうにかして彼女と会い、これを受け取ったのかもしれない。小夜は耳に取り付けてあった通式のスイッチを入れて、無線を繋いだ。

「ツバサさん。今月読さんの部屋に来てるんですけど、やっぱりお姉ちゃんの差金で間違いないみたいです。お姉ちゃんが今いる地点も確認しました」

『了解した。後でそのデータを確認する。他には何かないか?』

「いえ。何も……シーツが少し乱れてるぐらいです」

『そうか。ご苦労だった。今日は休んでくれ』

 小夜は通信を終えると調の部屋を後にする。小夜は狡猾な手を持ち出してきた姉のことが気がかりだった。切歌が瀕死の重傷が負っているとなれば、彼女のことを思っている調がヒビキの誘いに乗らないわけがない。

 既に時間は深夜を回っていて、本部の中は静まり返っている。ガングニールによって生きている小夜は、厳密には人間ではなく、自律型の聖遺物に区分される。よって、食事や睡眠といった習慣もあくまで人間だった頃の名残として続けているに過ぎない。定期的にフォニックゲインを吸収さえすれば、休みなく活動が可能なのだ。

 そんな小夜に任された任務は、夜警任務だった。夜間の敵の襲撃や、先程の調のように夜間を狙って行動を起こす人間を監視するのが主な任務である。とはいえ、実際はほとんどやることもなく、結局は演習室で歌ってフォニックゲインを補充する時間のほうが圧倒的に長い。

 本部内を歩いていた時、ふとマリアの部屋の前で足が止まった。今マリアは病室で眠っているので、今この部屋に泊まっているのはセレナのはずなのだが、何か中から物音が聞こえてくるのだ。

(あれ、もう寝てる時間、だよね……?)

 小夜は念のためにゆっくりと扉を開けて中を確認する。

「Here we go!」

『我、王の名の下に!』

 ……何もなかった。すごく発音の良い掛け声が聞こえた気がしたが、小夜は何もないことを確認したので、そっと扉を閉じて見回りに戻ることにした。

 

 

 翌朝、調が渡された情報を元に、ヒビキ攻略作戦が開始された。今回は小夜、翼、セレナの3人が現場に派遣され、装甲車で任務開始地点まで移動している。指定された地点は、ヒビキが待っている地点より少し離れた場所で、そこから徒歩で向かう手はずになっている。

 今回の出撃する装者はLiNKERを必要とせず、かつシンフォギアによる交戦音を最小限に抑えられる装者が選ばれている。

 ヒビキが持っているレーダーがどこまで捉えられるかも分からないので、最低限度の通信機器だけを持ち、それ以外は目や耳を頼りに近づいていく。

 そして目標地点まで辿り着くと、そこには情報通りに巨大な戦艦が宙に浮いていた。ステンドグラスのような外観をしたそれは、兵器でありながら芸術作品のような美しささえ感じられる。

 翼達は声を殺して、ハンドシグナルだけで展開すると、三方向から分散するように戦艦に近づいていく。流石に天羽々斬には飛行装備は搭載されていない。何かしらの出入り口があるはずだ。

「あれ?調ちゃんじゃないんだ」

 頭上からヒビキの声が聞こえ、降りてきた。ここまでは想定通りだ。ヒビキを捕縛し、聖遺物のありかを聞き出せばいい。

「でもいいや。小夜が来たなら良いや。丁度いい」

 戦艦の下部が開いてヒビキが降りてくる。作戦はこの後、三方向から一斉に襲いかかり、またたく間に捕縛する。時間との勝負となる電撃作戦だ。

 狙うはヒビキの足が地面についた瞬間である。ギアをまとってはいないので、3人で襲いかかればまだ対処ができる。全員が剣の柄を握り直し、襲撃の瞬間を狙う。

 ヒビキの足が地面につくまで残り数秒。響を助けるためにも、ここで失敗はできない。そして、ヒビキの地面に足がつき、全員が一斉に飛びかかろうとしたその時だった。

「ありがとう。小夜を連れてきてくれてさ。手間が省けた」

 ヒビキは懐から拳銃を取り出し、有ろう事か不死者である小夜の胸を撃ち抜いた。強力な再生能力を持つ小夜に拳銃による攻撃は効かないはずだった。

 しかし銃弾を受けた小夜は、ギアが解除されただけではなく、その場に倒れてそのまま動かなくなった。

「何!?」

 あり得ない。実際、訓練中の事故で小夜は何度も負傷しているが、このような状況にはなったことがない。うっかり脳天を撃ち抜かれた時も、少し動きが止まる程度で、このように動かなくなるという事はなかった。

「驚くことはないよ。これ、対装者用のアンチLiNKER濃縮弾だから。撃ち抜かれればギアは解除どころか強制停止するんだ」

 ヒビキは動揺する一同に対して追い打ちをかけるようにジェムをバラマキ、アルカ・ノイズを召喚してみせた。一瞬固まっていた一同は、アルカノイズの出現で完全に小夜と分断され、助けに向かう事ができない。

「そこに倒れてるの、小夜じゃないよ。ただのシンフォギアで動いてるだけの死体。ギアが停止すれば、ただの死体に戻る」

 小夜達はアルカノイズをなぎ払い、小夜のもとへ向かうが、数が多いので中々辿り着けない。

「最初から、こうすれば良かったんだ。小夜が私の思い通りにならないなら、私の思い通りになる小夜にすればいい。こんな閉ざされた世界なんか壊して、小夜ごと世界を作り直せばいい」

 ヒビキはゆっくりと小夜に近づいていく。ヒビキをここで逃すわけにも行かないが、小夜を連れて行かれるわけにもいかない。

 セレナが剣をムチのように展開し、アルカノイズをなぎ払って道を作る。アルカノイズの包囲網を抜け、ヒビキの前に躍り出たのはセレナだった。だがあるかノイズの処理をツバサ1人に任せてしまっている以上、できるだけ短時間だ小夜を離脱させなければならない。

「どいてよ。そこに要られると邪魔なの」

 殺気。並行世界の同一人物とは思えないような気迫。思わずセレナは逃げてしまいそうになるが、引き下がるわけにも行かない。

 ヒビキは吐き捨てるようにセレナを見下すと、ポケットからペンダントを取り出した。

「そう、あなたも私の邪魔をするんだ。じゃああなたも斬るよ」

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 ヒビキはギアをまとうと、セレナの急所めがけて剣を振り下ろした。ギアまで違うので一瞬驚いたものの、少し遅れてヒビキの剣を弾いた。危うく心臓が串刺しになるところだった。

 セレナはヒビキの剣を弾くのが精一杯で、全く攻勢に出ることが出来ない。殺気だけではなく、剣の腕もヒビキのほうが上回っているが故にヒビキの剣に対して有利に立つことが出来ない。

「別にあなたに小夜を守る必要なんて無いよね?どこから連れてこられたのか知らないけど、赤の他人なんだからさ!」

「そんなことはありません!」

 一瞬だけ響の太刀筋が緩み、セレナがヒビキを弾き飛ばして距離を離した。

「小夜さんはもう一人の私である前に、一人の仲間です。仲間がピンチなら、助けるのは当たり前のことですから」

 小夜とセレナが一緒に過ごしてきた時間は本当に短い。互いが互いをどう思っているかなんて確認する時間もなかった。実際セレナ自身も、小夜とマリアが一緒にいることに対する苛立ちのような感情をうまく説明できないでいる。

 だが、それが小夜を見捨てていい理由にはならない。仲間だから守る、セレナは当たり前の行動をしているつもりだった。

「じゃあ聞くよ?あなたと同じぐらいの時にフィーネに殺されて、わけも分からないまま融合症例に改造されて、生き別れたマリアさんを殺さなくちゃいけなくなってさ。どこに小夜が幸せになれる部分があるの?こんなメチャクチャな人生、私だったら嫌だよ。シンフォギアとも関係なくて、マリアさんと一緒に暮らせる世界にするよ」

 ヒビキの攻撃が緩んだのを見逃さず、セレナはヒビキに迫るが、すぐに剣を持ち直してセレナの剣を受け止めた。

「じゃああなたは小夜さんの答えを聞いたんですか?嫌だって、マリア姉さんと一緒に暮らしたいって一言でも言ったんですか?」

「……うるさい」

 ヒビキの剣を握る力が強まり、セレナが押し戻されてヒビキは鬼のような形相を見せた。

「部外者のくせに、偉そうに口出ししないでよ!妹の幸せを願って何が悪いの!?もう一回、小夜を笑顔にしたい。それしかもう私にできることはない!」

 ヒビキの剣は先ほどとは比べ物にならない強さと速さを持っており、油断すればすぐに押し切られてしまう。先ほどとは違い、繊細さがかけているのが唯一の救いだが、体格差も会ってセレナが不利であることに変わりはない。

「いい?小夜と長くいたのは私なの。小夜の幸せを分かってあげられるのも私、小夜の気持ちを一番知ってるのも私なの。あなたなんかにわかるわけがない!」

 勝負を決したのは、本当に一瞬だった。ヒビキの力に耐えられず、セレナの剣が揺らいだほんの一瞬。それをヒビキが逃すはずもなく、ヒビキの剣がセレナの剣を弾き飛ばした。ヒビキの剣はそれだけに留まらず、無防備なセレナに襲いかかり、彼女の体を切り裂いた。

「セレナ!」

 翼の呼びかけも虚しく、セレナは崩れ落ちた。ヒビキはセレナの体を蹴り飛ばし、小夜に近づく。だがセレナは諦めずにヒビキの足にすがりつくようにして彼女を止めた。

「へえ。まだ動けたんだ。ちょうどいい。せっかくだから実験台にしよっかな」

 ヒビキはうっとうしそうにセレナを蹴り飛ばすと、セレナの喉元を切り裂いた仰向けに倒れたセレナは血まみれになりながらも、ヒビキに手を伸ばすも、その力は段々と弱々しくなっていき、やがては糸の切れた人形のように動かなくなってしまった。

 ヒビキは小夜の体を小脇に抱えると、セレナを抱えて吸い込まれるようにして戦艦の中へと消えていく。

「待て!」

 アルカノイズの包囲網を突破し、なんとかヒビキの元にたどり着くも、既にヒビキは戦艦の中へと消えてしまい、後にはセレナが倒れていた血溜まりだけが残された。

 ヒビキを捕縛し、聖遺物を奪還するという作戦は、大失敗に終わってしまった。




S.O.N.Gデータベース
アンチLiNKER濃縮弾
 元々はシンフォギア装者を鎮圧するために研究されていたモノ。適合係数を大幅に下げることで、ギアを強制停止させて捕縛するために運用がされる予定だった。
 しかし、S.O.N.Gに装者の多くが所属してしまったことや、侵略者の襲来により研究は一時停止されてしまっていた。
 通常の装者が被弾しても、ギアが解除されて負傷するだけで済むが、融合症例である小夜が被弾した場合は、ギアが機能停止してしまうのでただの死体に戻ってしまう。
 死体にもどった小夜はフォニックゲインを大量に充填させない限り死体のままなので、事実上小夜に対抗できる数少ない装備である。
 欠点は量産性に乏しいので、連射ができないこと。


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第31話「剣を取る理由」

 先週は内定者呼び出しとか、免許更新とかあったので、やむを得ず更新をお休みさせていただきました。その分二倍の量でお届けします。


 小夜達が連れ去られた後、キャロルが派遣した調査隊がセレナの血痕や痕跡を調査していた。ヒビキを乗せた戦艦は既にこの場にはおらず、その足取りすら掴めていない。

『回収された薬莢を解析したところ、アメリカで保管されていた試験用の弾丸だと判明した。まさかこれを持ち出してくるとは想定外だった。それと、セレナの血痕を調査結果だが、傷が報告どおりなら、出血量から見て既に死亡しているのは確実だろうな』

 通信機を通して、調査結果を淡々と述べていく。セレナを守れなかった。あの状況では仕方がなかったと言わざるを得ないが、翼はマリアに合わせる顔がなかった。

『とにかく、ヒビキの再襲撃はないようだ。ご苦労だった、帰投してくれ』

 キャロルとの通信はそれで終わった。翼は作業員が持ってきたバイクに跨り、エンジンを掛けて走り出す。己の無力さを呪いながら、翼は本部へと走り出した。

 

 

 本部に帰ってくると、奏が出迎えてくれた。翼を責めるような態度はなく、むしろ温かい態度で出迎えてくれた。今回の作戦の様子は奏もモニター越しに監視していたはずなので、当然失敗に終わったことを知っているはずである。

「おかえり」

 奏は他にかけたい言葉もあったのかもしれないが、ただ一言だけだった。翼を責めるわけでもなく、かつ健闘を讃えるようなことばでもなかった。

 帰還報告も兼ねて司令室に戻ると、未来だけが残っていた。まだ調の拘束は解除されておらず、任務中であるこの世界のキリカとシラベの姿も見えない。司令室の雰囲気は重苦しく、状況が逼迫しているのが伝わってくる。

 現在戦える装者は翼、クリス、未来3人。7人でやって来たのに、戦えば戦うほど状況は不利になっていく一方だった。

「小日向、今回のことはマリアは知っているのか?」

「はい。途中までですけど見てました。途中で倒れそうになったで、クリスが病室に連れて行きました」

「……そうか」

 帰還報告を終えて、翼は司令室を後にしようとした。合わせる顔はないが、セレナを守りきれなかった以上、マリアに謝らなければならないだろう。

 だが翼が出口に立った時、突然通信が入り、全員に緊張が走った。思わず翼も足を止めて

『こ……ナ……。……本部、……ます』

 通信はノイズが多く非常に断片的で、誰が通信を仕掛けてきているのかさえわからない。

「今すぐ逆探知をしろ!もしかしたら、ヒビキの位置がわかるかもしれん!」

 帰還報告をまとめていたツバサが周囲のスタッフに指示を飛ばし、スタッフに通信をしてきた地点を逆探知させる。だが飛んできた電波が非常に弱く、逆探知にはかなり手間取っているようだった。

 もし通信をしてくる人間がヒビキの戦艦の内部にいるのであれば、ヒビキの足取りを掴むことができる。

 

 

 セレナが目を覚ますと、牢獄のような部屋の中にいた。最低限度の家具が置かれているだけで、非常に殺風景な部屋だった。

「あれ……?」

 セレナは胸を袈裟斬りにされた上に、首も切られた。だが、痛みは全く感じられず、傷も塞がっている上に、出なくなっていた声も出せる。セレナがこの状況には違和感しか覚えなかった。

「やっと起きた」

 誰もいないと思っていた部屋の中で、聞き慣れたような声が響いた。セレナが慌てて周囲を見渡すと、椅子に座っている一人の少女が目に入った。だが少女からは一切の気配がなく、完全に背景に溶け込んでいる。

「雪音、さん……?」

 椅子に座っていたのは、この場にいないはずのクリスだった。だが、その雰囲気はセレナの知っているクリスとは全く違うもので、一瞬別人かと思ってしまった。

「小夜まで連れてくるなんてビックリ。しかも縮んでるし。どうしたの?ヒビキになにかされた?」

 クリスは椅子から降りると、セレナの目線に合わせてしゃがみ込んだ。セレナは立ち上がろうとしたが、一瞬目眩がしてクリスに支えられた。急に立ち上がったせいもあり、頭痛が襲ってきた。

「本当に大丈夫?貧血?とりあえず、ゆっくり寝た方が良いよ?」

「すいません。頭痛くて……」

 クリスはセレナの知っている彼女からは考えられないほどフランクで、セレナを気遣って横にした。

「おっかしいな。小夜、貧血って人生初めて?でも了子さんもそういう風に調整するはず無いし……。もしかして、縮んだせいとかある?」

 セレナは彼女が自分が小夜と勘違いしているようだった。確かに並行世界の同じ人物であるので間違えるのも無理はないのだが。セレナは訂正をするために起き上がろうとすると、またしても目眩がして起き上がれない。

「だから寝てなって。……ちょっとごめんね」

 クリスはセレナの喉を触り、かつ服をめくってセレナの体を確認する。一瞬シラベにまさぐられた時のトラウマが脳裏をよぎったが、セレナの体を堪能しようとするシラベの触り方とは逆に、じっくりと、何かを探るような触り方だ。

「……ちょい傷跡残ってるね。しかも浅くないし。、切られた箇所は、喉と、胸……致命傷じゃんこれ。小夜は傷跡なんて残んないし、聖遺物とか出直したのかな。ちょっと名前聞いていい?」

 クリスはやっとセレナが別人だと気付いたようで、誤魔化すように笑って見せた。

「はい、私はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ、並行世界から来た、小夜さんです」

「そっか。アタシは雪音クリス。そっかそっか。キャロルが呼ぶって言ってたのはあなたのことだったんだ」

 クリスの誤解は解けたようで、セレナも一安心した。

「あ、でもアタシの名前を知ってるってことは、そっちの世界にもアタシがいるんだよね?なんか別の名前使ったほうがいいか……。うーん……。そうだ!クーちゃんでいい?ツーちゃんも昔はそう呼んでくれたし!」

 つーちゃん、が誰を指すのかをセレナには理解できなかったが、クーと名乗る事でセレナ達のクリスと差別化することにしたようだった。

「そういや、耳に何かつけてる?通信機?」

 クーちゃんが自分の耳を叩いてセレナも耳を探る。すると、耳につけていた通信機が手にあたった。

「ヒビキは今はああなっちゃったけど、根っこは結局バカだからね。それ外すの忘れちゃったっぽいね。ダメ元で通信してみる?」

 セレナは通信機のスイッチを入れて、通信を入れる。通信機から聞こえてきたのはノイズだけで何も聞こえない。

「こちらセレナ。S.O.N.G本部応答願います」

 ノイズも途切れ途切れではあるものの、返答は聞こえない。セレナは通信機のスイッチを切って繋がらなかった旨をクーちゃんに伝えた。

「そっか。まあ中継機もないし当然か……。じゃ、脱出しよっか」

 クリスは前髪を留めていたピンを外し、ペンのように小さいドライバーを取り出し、2つを使って鍵を外した。

「え?」

「ヒビキ、アタシを捕まえてから何もしてこなかったから、この程度慣れちゃった。ピッキングは自前だけど」

 クーちゃんは笑顔を見せ、セレナの手を引いて外へ出る。

「じゃ、まずはシンフォギアでも取り返しに行こっか?」

 並行世界の同一人物でありながら、セレナは戸惑う部分こそあったものの、クーちゃんのお蔭で一筋の希望が見えた気がした。

 

 

 その日の夜、マリアは1人アガートラームを手に基地の外へ向かっていた。通信の逆探知には何とか成功し、ヒビキの足取りもある程度推測されている。明日、装者を総動員した突入作戦が結構される手はずになっている。

「セレナの仇討ちにでも行くつもりか?」

 格納庫に向かっている途中、エレベーターの前で待ち伏せていた翼と鉢合わせしてしまった。翼もどこか落ち着きがなく、セレナを守れなかった自分を責めているようにも見える。

「別にどこに行ってもいいじゃない。私の勝手でしょ」

 マリアは翼を無視してエレベーターに乗り込もうとしたが、翼がマリアの腕を掴んだ。

「セレナのところに行くのだろう?なら許可はできんな」

「別にあなたの許可なんていらないわ。私は私の行きたいところに行く。離しなさい」

 翼の腕を振りほどこうとするが、翼の手は緩むどころかむしろ強くなった。意地でもマリアを行かせるつもりはないらしい。

「離してよ。あなたには関係ないでしょ?」

「いや、独断専行は許可できん。ギアもロクに纏えない身体でどうするつもりだ?」

「離してって言ってるでしょ!」

 マリアは何とか翼の手を振りほどき、恨めしそうに睨みつけた。マリアからすれば、セレナのことは諦めろと告げているようにも見えた。

「いい加減にしてよ!じゃあ逆に聞くけど、あなたが行って何ができるって言うの!?ヒビキに負けて、セレナも守れなかったクセに!あなたなんかに私の気持ちがわかるわけないじゃない!」

 それは、初めてマリアが翼に対して本音をぶつけた瞬間だったのかもしれない。ヒビキから二度も敗走した上に、セレナも守ることが出来なかった。妹を二度も喪うという悲しみを味わせてしまった。

 翼は自分の無力さを突きつけられ、自分ではどうしようもない苛立ちから、思わずマリアを殴りつけてしまった。マリアはその場に転倒したまま立ち上がれず、自分の体がまだ完全ではないという事実を突きつけられてしまった。翼は思わず殴ってしまった事に対し、後ろめたさを感じ、マリアにどのような言葉をかけて良いのかわからない。翼は思わず黙ってしまう。

「……分かってるわよ。こんな事何にもならないって。でも妹が目の前で切られて、落ち着いていられる?私のこの気持ちはどこにぶつけたらいいのよ……」

 翼に突き放され、やっとマリアは落ち着いたようだった。最年長者として他の装者から頼られ、常に完璧である事が求められ続けた彼女が、自分の弱みを誰にも見せられないという悩みが、ここで爆発してしまったのかもしれない。

「マリア。セレナは私達の仲間だ。助けたいのはマリアだけじゃない、私達だって同じだ。それに小夜だって、私が剣を教えた弟子だ。マリアのその思い、私に託してくれないか?」

 翼はマリアと目線を合わせ、マリアをなだめる。セレナを守りきれなかった自分がこんな事を頼むのはおこがましいのかもしれないが、それでもマリアには言わなければならない。自分が手を差し伸べて、彼女の思いを背負えるということを証明しなければならない。でなければ、彼女はまたいつ爆発してしまうかわからない。

「一回だけよ」

 少しの沈黙の後、マリアが発したのは短い一言だけだった。

「その言葉、嘘はないはね?絶対にセレナを連れて帰ってきて。私には、ここで待つことしかできないから」

 マリアは翼の肩を掴み、翼も優しくマリアの手を撫でた。無言で頷き、マリアの意思を継いだ。マリアのためにも、この作戦は絶対に失敗できない。ヒビキを止めて、彼女に奪われたものを全て取り戻さなければならない。

 

 

 戦艦の中を探索していたクーちゃんとセレナは、聖遺物を保管している倉庫を発見した。だが中にあるのはケースに入っているシンフォギアぐらいしか見当たらず、それ以外はセレナ達も何に使うのか検討もつかないようなものばかりである。

「よし見つけた。あったあった。はいガングニール。あなたのギアはこれだよね?」

 クーちゃんはガングニールとラベルの貼られたシンフォギアをセレナに手渡したが、セレナはケースから取り出さず、クーちゃんに返した。

「あれ?開け方わかんない?」

「いえ、私のギアってそれじゃなくて……」

 セレナはクーちゃんの脇を通り、棚からアガートラームを取ってケースを開けた。セレナがこのケースを見るのは初めてだったが、構造自体は単純だったのですぐに空いた。

「何それ?アガー、トラーム……?聞いたこと無いギアだけど?」

「ええ。こっちの世界の私はガングニールの装者になっちゃったみたいですから、せれな(わたし)に渡らなかったみたいです……」

「そういやなんか小夜は装者の適性があったって聞いたことあったっけ。そっか、それが本来の小夜のギアだったんだ」

 クーちゃんは棚をあさり、イチイバルを回収して首に巻いた。セレナは警報が鳴るのではと警戒していたが、2人は何事もなく部屋を出ることが出来た。

「まあここ、倉庫でも何でも無いみたいだったっぽいね。クルーが寝泊まりする部屋かな」

 クーちゃんは警報は全く気にしていなかったようで、セレナも自分の心配が杞憂に終わってホッとした。船内は不自然なほど静まり返っており、警備を気にする必要がないとはいえ、それがかえって不気味さをかもし出している。

「それじゃ、ブリッジ行こっか。小夜も捕まってるんでしょ?捕まってるならそこだろうし」

 クーちゃんに手を引かれ、小夜を助け出すためにブリッジへと向かう。クーちゃんはどこか焦っているようにも見え、脇目もふらずにブリッジを目指しているのが見て取れる。

「あの、クーさん焦ってたりします?」

「クーちゃんでいいよ。まあ、焦ってないって言えば嘘になるよ。小夜に戦いのイロハを仕込んだのはアタシだからね。そりゃ心配にもなるよ」

 並行世界のクリスが教官を務めているのはセレナからすれば意外だったが、セレナの知っているクリスも思い返せば後輩思いな人物でもあるため、そこまで不自然でもなかった。むしろ、別人に見えていたクーちゃんも『雪音クリス』だったと思える。

「それで、ブリッジの場所ってわかるんですか?」

「ちょっとそれは分からないかな。でも船のブリッジって、構造上高いところにないと意味ないし、上に登ってけばブリッジに行けるでしょ」

 クーちゃんは具体的にここを攻める計画を持っていないようだったが、船の構造からヒビキに迫る方法を考えているようだった。

「それにここ、ハシゴがあるの気になるんだよね。ちょっと行けば階段があるのにさ。しかもホコリとかも無いし。もしかして、ブリッジとここを往復するための非常用のやつだと思うんだよね」

「じゃあこれを登っていけば―――」

「あ、それ上から攻撃されたら逃げられないし却下。遠回りになるけど階段で登ってくよ」

 セレナの言葉を遮り、クーちゃんは階段へと歩きだした。いまいち掴みどころのないクーちゃんだが、セレナは彼女を信用して付いていくことにした。

 明かりも少ない薄暗い階段を登り続けると、彼女が生活に使っていると思しきスペースに出た。ゴミ箱に捨てられたカップ容器の山や脱ぎ捨てられた服などが散乱している。そして先程のハシゴもココに通じていたようだった。

「ひっど……。食事バランスもメチャクチャ、部屋も汚いし」

 クーちゃんは踏みつけないように部屋の中を散策する。部屋の中に上へと続く階段は見つけられない。部屋の奥に上へと続くハシゴが伸びているだけだ。

「多分、この上だね。先にアタシが見てくるから、合図したら登ってきて。それまでセレナちゃんはココで警戒しててね。警備がいないのすごい気になるし」

 クーちゃんははしごを登り、セレナはハシゴを守るように部屋の中を見渡す。階段や廊下の中と比べると、部屋の中は若干明るいとはいえ、それでも最低限の照明しか無い。

 部屋の中に置かれた家具などを見ていると、生活の跡が徐々に見えてくる。若干くたびれた服や、乱れたベッド、破り捨てられた手帳など、ヒビキが退廃的な生活を送ってきているのが伝わってくる。

 戦艦の中は武器なまでに静まり返ったままで、しばらくするとハシゴからクーちゃんが降りてきた。

「やっぱこれがブリッジに続いてる。小夜も封印されたままだったし。アタシのギアじゃブリッジごと吹き飛ばしそうだから、セレナちゃん行ってくれる?安全確保はアタシが代わるからさ」

 セレナはクーちゃんに代わり、はしごを登っていく。ハシゴ事態はそこまで長くはないが、内部は明かりが一切指さないため暗い。そして何か天井のようなものにぶつかり、セレナがゆっくりと持ち上げると一気に視界が光に覆われた。目がなれてくると、そこは真っ白な部屋で、その奥でカプセルに封じられた小夜が眠っている。

 はしごを登りきり、部屋の中に入ると、一面が白で統一された部屋だった。いくつかコントロールパネルのようなものが見えるが、セレナは真っ直ぐ小夜に近寄る。どうすれば小夜が目を覚ますのかは分からない。だが、シンフォギアが強制停止させられてこの状態になっているのならば、セレナのフォニックゲインで目覚めさせることができるかもしれない。

 セレナが小夜が眠っているカプセルに手を伸ばした時、背後から強烈な殺気を感じ、とっさに身をかわした。振り返ると、ギアをまとったヒビキが見えた。

「残念。気づかなかったら仕留められたのに。死んだら死んだで実験用の素材ができるだけだし」

 ヒビキは剣を構え直し、セレナもペンダントを握りしめた。小夜を助けるためにも、彼女を無力化しなければならない。一度は敗北を喫したものの、ここでその屈辱を返せばいい。

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 セレナも剣を構え、ヒビキに斬りかかる。前回の対戦から、彼女との対策はまったくできていない。だが、セレナは一つ一つヒビキの挙動に注意しながら剣を交える。だが、力も技量もヒビキには及ばず、結局は後退りせざるを余儀なくされる。

「せっかく聖遺物で生き返らせてあげたのに、勝てない戦いを挑むなんて。ま、実験としてもう一回殺すつもりだったからいいけど!」

 一瞬の隙を突かれ、セレナの剣が弾き飛ばされてセレナの身体が無防備になる。手甲から短剣を抜いて次の一撃を反らしたが、ほんの一撃をかわしただけである。

 絶体絶命の窮地かと思われたその時、セレナは胸元のコンバータユニットの異変に気付いた。セレナのギアとは大きく形が異なるのだ。

(このギア、マリア姉さんの……)

 確かに、ペンダントの状態ではどちらのギアなのか判別がつかない。だが、小夜から回収したアガートラームがあそこにあるとは思わなかった。

 だが、これがマリアの世界から持ち込まれたアガートラームなら、一度だけ見たことがある決戦装備が起動できるはずだ。マリアからは止められたものの、あの装備なら状況を打開できるかもしれない。

「イグナイトモジュール、抜剣!」

 セレナはイグナイトシステムを起動させ、射出されたコンバータユニットがセレナの旨を貫いた。

 直後、セレナの心を一気に負の感情が支配する。

 自分とマリアは姉妹でもない赤の他人である。

 自分より成長した小夜の方が、人間としても、装者としてもマリアの隣に立つにふさわしい人間である。

 

 故に、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』という少女はは無価値である。

 

 この世界に来て、マリアを小夜に取られてしまうのではと思っていた不安が、ここに来て一気にセレナの心を塗りつぶす。小夜がいる限り自分(セレナ)に価値はない。小夜は見捨ててマリアとともに元の世界に帰らなければ、マリアの足手まといでしか無い自分は捨てられるのみである。その不安がセレナの心を覆い尽くす。それに対し抗う作を持たなかったセレナは負の感情に支配され、獣のような唸り声を上げてヒビキに襲いかかった。

「せっかくイグナイトモジュールが見られると思ったのに、残念。暴走しちゃった」

 ヒビキは襲いかかってきたセレナを蹴り飛ばし、続いて向かってくるセレナを羽虫をはたき落とすかのごとく潰していく。暴走した彼女にはもはや剣など必要ない。圧倒的な力で叩き潰す。それだけで十分なのだ。

 暴走を続けるセレナは確かに一撃の攻撃力は増している。だが、それを制御できていない以上、技量を上回るヒビキには勝てない。どの道、小夜を死体から元の少女に戻す実験の後、殺して捨てるのだ。どれだけいたぶっても問題ない。

 ヒビキはセレナの首を掴み、小夜の眠るケースに叩きつけた。セレナは未だに獣と同じ唸り声を上げているが、もう十分にいためつけたからか、こちらに向かってくる様子はない。後は、彼女の首をはねて殺せばいい。ヒビキは捨てた剣を拾い上げ、セレナにとどめを刺すべく歩み寄る。

「それじゃ、さよなら」

 ヒビキが剣を振り上げた時、セレナの視界に小夜の姿が写り込んだ。そして同時に、セレナの脳裏に小夜との記憶がよぎる。最初はつまらない嫉妬から彼女に強くあたってしまったものの、彼女は一度たりともセレナを邪険にすることはなかった。

 それどころか、自分と似たような境遇であると言い、手を差し伸べてくれた。

 マリアも、一度も自分を邪険にはしなかったし、できるだけ小夜とセレナを平等に扱おうとしてくれた。

 その記憶が、負の感情に支配されていたセレナの心を呼び覚ました。

 セレナは喉が潰れんばかりに大きく叫び、驚いたヒビキが後退りする。自分を縛る負の感情を振り払い、セレナの姿が大きく変わった。

 イグナイトモジュールの起動に成功し、その形状が大きく変化する。それは蓮の花が開くように、優しい光に包まれ、イグナイトモジュールをまとったセレナが立ち上がった。

「私は無価値なんかじゃない。私は私、小夜さんは小夜さん。別に姉妹は2人じゃなきゃいけないわけじゃない。私達は、3人で姉妹なんだ!」

 彼女の意思に従うように、弾き飛ばされた剣が彼女の手に収まり、形を大きく変えた。刃は大型化し、柄もバイクのアクセルレバーのような形状に変化した。セレナが柄をひねると、剣は火を吹き、点火(イグナイト)の名にふさわしい剣となった。

(重い……でも!)

 変化した剣はセレナが扱うには重すぎる代物だが、火を吹く反動を利用し、その重量を相殺することができた。セレナは腰を沈めて火を吹かして隙を伺う。そして互いがしびれを切らしたように肉薄する。

 セレナの剣は彼女の小さい体には不釣り合いなほど大きい。だが、セレナは剣が火を吹くのをを逆手に取り、その反動を利用して接近する。その威力で以てヒビキとの力の差や機動力の差を埋める。だが、セレナ自身がこの変則的な戦い方に慣れていないこともあり、剣に振り回されるような格好になる。

(まだイグナイトモジュールは、私の力じゃ制御しきれない……なら!)

 元々、剣の腕ではヒビキには勝てない。イグナイトモジュールで力の差を埋めたとは言え、実力差までは埋めきれない。故にセレナは真正面からヒビキとぶつかることだけは避けた。

 ヒビキの突きを噴射剤を吹かせた反動で回避し、そのまま手を離す。セレナの体は剣から投げ出され、ヒビキの頭上を舞う。ヒビキの意表を突くことに成功したセレナは着地し、ほんの一瞬だけ動きが鈍ったヒビキの手元を蹴り上げる。イグナイトの力で増強された蹴りはヒビキを大きくのけぞらせ、セレナは続いて体当たりを仕掛けてヒビキを転倒させた。

(今なら……!)

 戦いの主導権がセレナの手に移った好機を逃さず、セレナは床に突き刺さったままになっていた剣を握り締め、全力でひねる。フロア全体を揺るがすほどの爆音が響き渡り、セレナは一気に力を開放した。その勢いに乗り、炎の剣と見紛うばかりにセレナの剣は炎を吹き出し、その反動を制御しヒビキとの距離を詰めた。

 そして剣を振り上げ、ヒビキの体を真っ二つに切り裂いた。焼き切られたヒビキの身体は血を流すことなくその場に崩れ落ちた。

「負け、た……?」

 ヒビキは自分が負けたという事実が分からないようだった。小夜を救うという目的の下、幾多の屍を築き上げてきた彼女が、虫も殺せないようなセレナに負けるはずがない。その油断が彼女の敗北を招いたのだ。

 袈裟斬りにされ、致命傷を負ったヒビキは助からない。セレナにはヒビキの傷を治す術がないので、彼女を生き返らせることも出来ない。故に、セレナが取れる手段は1つしか無い。

「あなたは、強いんだね」

 セレナはヒビキを壁に立てかけ、今際の言葉を聞いた。重い剣を引きずり、『覚悟』を決める。

「そんなことないですよ。皆さんに置いていかれないように一生懸命です。今だって、イグナイトモジュールを制御しきれているとは言えません」

「ううん。あなたは、強い、そして、正しい……」

 セレナは剣を振り上げて、ヒビキの胸元を狙う。イグナイトモジュールの起動限界が近づいているのを肌で感じる。これ以上ヒビキを苦しめないためにも、迷っている時間はない。

「私はさ、バカだから、結局小夜のために、何をしてあげられるのか、わからなかったから……。気がついたら、引き返せなくなっちゃった」

 自嘲するようにヒビキは懺悔の言葉を綴る。その目には涙がこぼれ落ちた。セレナもこれ以上くるませる訳にはいかないと、全力で剣を振り下ろした。

「本当、バカだなぁ。私」

 ヒビキの最期の言葉は、その短い一言だった。セレナの剣から放たれた炎がヒビキの遺体を一瞬で焼き尽くし、崩れていたその場に焦げたヒビキのペンダントが落ちた。

 初めて人を手にかけた感触はあまりにもあっけなく、人間の命がいかに軽いかという事実を突きつけられただけだった。これまでノイズに襲われた人々や、対峙してきた人々を考えれば、人間の命がいかに軽いかなど理解してきたつもりだった。

 だが実際に人の命を奪ってみて、それがいかに簡単で、守るということがいかに難しいことだったのかが思い知らされた。

 殆ど面識がなかったとは言え、並行世界のヒビキに引導を渡してしまったことに対し、罪悪感がこみ上げてくる。だがヒビキを救うことばかりに注力して、小夜を見捨ててしまっては本末転倒である。これは仕方のないことだったと必死に自分に言い聞かせ、重りが付いたように動かない体を引きずって小夜が眠るケースの前まで移動する。

 小夜のガングニールを再起動させられれば、小夜は目を覚ます。だが、イグナイトのバックファイアに蝕まれた体では、小夜に注げるフォニックゲインは本当に微々たるものでしか無い。下で待っているクーちゃんを呼ぼうとも考えたが、はしごのところへ向かう体力さえもう残っていないかもしれない。

 結果、セレナが小夜を助けるために取れる方法は1つしか無かった。

(こんなことしたら、マリア姉さん。怒るんだろうな。でも、今はこれしか出来ないから……)

 セレナは呼吸を整え、歌を紡ぐ。命を燃やし、未来へ紡ぐ力に変える歌を。

 

 

 暗闇に沈んだ意識の中、小夜は胸に刺さった鋭い痛みを感じた。暗闇の中にあった意識も同時に、誰かに引き上げられるように一気に明瞭なものとなり、体の感覚が徐々に戻ってくる。

(暖かい、光……?)

 小夜が意識を取り戻すと、眼の前でセレナが倒れていた。周囲はなにもない白い部屋で、部屋の片隅には、『誰か』が倒れていたような焼け焦げた跡が残っている。

「セレナちゃん!」

 小夜がセレナを抱き上げると、セレナは、薄っすらと目を開けて、弱々しく笑った。

「良かった……。成功した」

「しっかりしてよセレナちゃん!すぐにここを出よう!本部まで帰れれば、キャロルさんがきっと治してくれるよ!」

 セレナは持っていた2つのペンダントを小夜に託す。1つは、自分がつけていたアガートラームを。もう一つは、焼け焦げたペンダント。ここで戦闘があったことを考えると、それが『誰』のペンダントなのかが分かってしまう。

「これ、こっちの立花さん……。ヒビキさんのです。あなたのお姉さんの、たった1つの遺品、です」

 セレナは今にも消えそうな声で小夜にペンダントを託した。小夜は色々と聞きたいことがあるが、今はとにかくセレナを救わなければならない。ココがどこなのかが分からない以上、迂闊にキングジョーに変身はできない。もしココが地下深くの研究所となれば、瓦礫の下敷きになってしまう。

 だが立ち止まるわけはいかない。ここを脱出しなければ、セレナを治すことも出来ない。小夜はどうすれば良いのか考えるが、セレナが今にも息絶えそうなのも相まって、落ち着いて考えることが出来ない。

「あ、小夜。起きた?」

 どうして良いのかわからなくなった時、床の一部が開いてクーちゃんが顔を出した。顔こそクリスと同じだが、雰囲気や喋り方が違うので、こちらの世界側のクリスであるとすぐに分かった。

「クリスさん!いたんですか!?」

「まー捕まってたからねー。ヒビキとは決着着いたみたいだね。逃げるよ」

 クリスに連れられて小夜もハシゴを飛び降りる。セレナを治すためにも、一刻も早く脱出

「色々と聖遺物持ってるみたいだったけど、とりあえずシンフォギアは全部取り返したから、ひとまずつーちゃんのお土産は十分かな。脱出路も確保していたから大丈夫。小夜、跳べる?」

 廊下を走りながら、クリスの言葉を聞く。負傷したセレナを抱えているので、どうしても速度は制限されてしまう。

「ここがどこだかわからないのでなんとも言えないんですけど……。私分離して飛ぶってやったこと無いんですよね……」

「今、太平洋付近を飛んでるみたい。さっき制御室でここの航路を見たんだけどさ、そろそろ無人島の上を通過するっぽいんだよね。だから、キングジョーに変身して着地してほしいんだけど」

「やってみます……!」

 主の不在を告げるように、艦内が揺れ始め、所々で崩落が始まっている音が聞こえる。考えている暇はない。

「確か、キングジョーの中に人が入れるスペースあったよね?その中にあたしとセレナちゃんが入るから、小夜は着地に全力を尽くして」

「はい!」

 クリスは最奥部で足を止めて、ハッチの開閉スイッチを押す。ハッチが開くと同時に風が吹き込んできて、転ばないように必死に堪える。セレナをクリスに預けて、先にクリスが飛び降りる。

 小夜は聖詠と共にキングジョーへと変身し、同時に胸のハッチが開いて中にクリスたちを収容する。眼下には海と、わずかに小さい島が見え、そこに飛び降りるように角度などを調整していく。

 最初は不安こそあったものの、体制をうまく整えて無事に海岸に着陸することに成功した。クリス達を下ろし、ふいに降りてきた戦艦を振り返る。ヒビキがいなくなったことで、空を舞う戦艦も、主を求めるかのごとく空をさまよい続けると思っていた。

 だが、実際は違った。戦艦は『崩れていた』のではなく、『変形していた』のだ。

 バラバラに崩れたガラス細工のかけらを、モザイクアートのように組み替えて行くかの如く戦艦は形を変えていく。

 そして、人形になった時に『それ』はゆっくりと海上に降り立ち、『顔』の部分が点灯した。

 電脳魔神デスフェイサー。ヒビキが乗っていた戦艦の正体であり、真の姿でもあった。




S.O.N.Gデータベース
セレナ・カデンツァヴナ・イヴ(イグナイトモジュール)
身長:148センチメートル
体重:50キログラム(装備込み)
ステータス
体:★★★★★
技:★☆☆☆☆
知:★★☆☆☆

 無意識に抱いていた小夜への劣等感や嫉妬を乗り越え、イグナイトモジュールの起動に成功した姿。蓮の花をあしらったようなギアに変化し、アームドギアもバイクのアクセルレバーのようになった。アームドギアがバイクのアクセルのようになったことで、小柄なセレナでもマリアと同じレベルの機動力を手に入れた。
 スペックだけで言えばマリアのイグナイトモジュールのように高機動と高火力を両立させる事が可能である。しかしセレナの発育が不十分なので、実際には加速と減速を組み合わせたトリッキーな戦い方を取らざるを得なくなってしまっている。
 必殺技はマリアと同じく『SERE†NADE』


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第32話「魔神降臨」

S.O.N.G人事ファイル
雪音クリス(NEO世界)
 シンフォギアNEO世界の雪音クリス。本編世界のクリスと容姿の違いはなく、黙っていれば見分けがつかない。加えて名前も同じなので、本人はあだ名の『クーちゃん』を自称している。
 NEO世界では、フィーネは小夜を利用することにしたため、普通の女の子として育った。なので性格は真逆で喋り方も全く違い、NEO世界のツバサとは幼馴染の関係にある。
 将来を期待されたミュージカル女優としても有名で、リディアンではなく演劇系の学校に通っている。その実力は高く、本気の演技はツバサですら見抜くことが難しい。
 一時期精神的ショックでギアが纏えず前線を引いていたが、現在は問題なく使用可能。ただし本人にトリガーハッピーの気があり、味方を巻き込むためシンフォギアチームには参加できなかった。


 セレナ救出作戦には、翼が自ら志願して参加していた。ヒビキへの雪辱を張らすために、翼は必ず彼女に勝利して見せると心に決めていた。作戦地までの運搬ヘリの操縦にはマリアが指名され、セレナの回収や負傷していた場合の治療が任された。

「不思議なものね。私もこうして作戦に参加できるなんて」

 操縦桿を握りしめたマリアが呟いた。ギアを纏えないだけで、その他運動には支障がないと判断されたが故の今回の作戦だった。総指揮を執っている翼曰く、負傷した彼女の運用実験も兼ねているとのことだった。

「セレナ達に何事もなければいいのだが……。こちらの立花の考えが分からない以上、どうしようもないのがはがゆいな」

 翼はこの時ばかりは響が不在で助かったと感じていた。S.O.N.G本部の意思決定会議では、ヒビキに対して殺処分が下されていた。翼としても、彼女とは相容れないと分かっていたし、真剣勝負の末に彼女に引導を渡すことになっても不思議ではないと考えていた。

 もし響の意識が戻っていたなら、きっと彼女は最後まで和解を試みたに違いない。翼は太陽のような輝きを持つ彼女には、このような汚れ仕事は知らずにいてほしかった。

「翼!あれ!」

 小笠原諸島上空を通過したとき、マリアが先を指差した。そこでは、小夜が変身したであろうキングジョーと、見たことがないロボットが対峙していた。

「すぐに確認するわ!こちらマリア。未確認の怪獣を確認。直ちに照合を要請します」

『こちら本部。怪獣の画像を受信した。すぐに称号結果が出るはずだ。……検索結果が出た。該当する怪獣は、デスフェイサーと見て間違いないだろう。だが小夜だけが無事なのも妙だ。付近に生存者がいないか確認しろ』

「了解!」

 通信機越しだったが、すぐにデスフェイサーの正体を突き止められた。マリア達にはそれがどのような怪獣なのかがわからなかったが、とにかく周囲に生存者がいないかを確認し始める。

「翼!ギリギリまでヘリを近づけるわ!周囲に誰かいないか確認してくれる!?」

「心得た!」

 翼は双眼鏡を取り出して、周囲の人影を探し始める。よく見ると、キングジョーは島を守るように立っており、その島の海岸では、小さな人影が必死にSOSの文字を書いているのが見える。

「誰かいるぞ!あれは……セレナと、雪音?この世界にもいたのか?」

「分かったわ!ヘリを下ろすわよ!着陸準備をお願い!」

 デスフェイサーに向かっていくキングジョーが起こした風圧で、ヘリは大きく揺れたものの、すぐにマリアは建て直して海岸にヘリを下ろした。

 当初の手はず通り、マリアは応急処置の準備を始め、翼は先に降りてセレナたちの救援へと向かう。

「あ、つーちゃん久しぶり!指揮はどうしたの?現場に来て大丈夫だった?」

 翼の顔を見た平行世界のクリスは、想像にもつかないほど友好的だった。翼たちの世界のクリスであれば、皮肉のひとつや二つでもいったのかもしれないが、彼女はそんな様子が一切ない。

「つー、ちゃん……?」

「あれ?じゃあこのつーちゃんも別世界から来たつーちゃんなんだ。細かい話はあとでするから、とりあえずあたしのことはクーちゃんって呼んでね!先にセレナちゃんがかなり弱ってるから、早くヘリに乗せてあげて」

 クーちゃんは状況を即座に理解し、浜辺に寝かせていたセレナを担いで翼と共にヘリに乗り込む。セレナはわずかに呼吸をしているようなそぶりがあるが、非常に弱々しく、いつこれが途絶えても不思議ではない。

「セレナ!よかった。生きてた……。すぐに元気にしてあげるわね」

 マリアはクーちゃんには目もくれず、セレナを受けとると容態の確認に移った。セレナの心拍数や血圧といたデータが次々と機材によって表示されていき、セレナがいかに危うい状況なのかが見えていく。

「心拍数もかなり低いし、呼吸もわずかしかない……。余程ひどい目に遭わされたのね。すぐにヘリを出すわ!すぐにセレナを本部に運び込むわよ!」

 セレナを簡易的な生命維持装置に繋ぎ、わずかにセレナの命を繋ぐ。この状態では焼け石に水かもしれないとも思ったが、何もせずにセレナを見殺しにしてしまうよりかはマシである。

「待って。念のために信号弾上げておくね。小夜にも伝えておかないと」

 クーちゃんはヘリの奥から拳銃を取り出すと、小夜に見えるように信号弾を上げた。小夜にもそれは分かったようで、うなずいたような仕草を見せた。

 再度ヘリを浮上させ、本部との通信を繋ぐ。一刻も早くセレナを助けたいと焦る気持ちもあったが、確実に助けなければならないので、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 マリアが口を開こうとした時、後ろに乗っていたクーちゃんがマリアから通信機を奪い取り、本部との通信を始めてしまった。

「あー、もしもしつーちゃん?あたしだよ。そうそうクリスクリス。セレナちゃんと一緒に逃げてきたはいいんだけど、セレナちゃんが小夜を助けようとして倒れちゃってさ。すぐに治療ができるようスタンバイしててくれる?セレナちゃんの様子?ちょっと心拍数がヤバイかな。小夜が起きた速度を考えると、多分絶唱を使ったと思うんだけど、血とか出てないし変かなって。うん。分かった。じゃ、あとはよろしくね」

 クーちゃんは勝手に通信を終えると、通信機をマリアに返却して後ろに戻った。クーちゃんの態度にはどこかよそよそしいものを感じており、マリアは妙な違和感を感じた。

「さてと。とにかく状況を整理しよっか。まず、ヒビキに捕まってたあたしは、セレナちゃんを使って逃げてきたの。あたしだけでも逃げられたけど、正直逃げて無事って言う保証がなかったし。誰か他に捕まってくれないかなーって思いながら待ってたんだ。ちょうどつーちゃんが助けに来てくれて助かった助かった。サバイバル訓練の経験はあったんだけど、お風呂とか入れないのはちょっとやだし」

「あ、そ、そうか……。それは、大変だったな」

 クーちゃんは本当に雪音クリスなのかと疑ってしまう。ここまで饒舌に話すクリスなんて見たことないし、態度や口調もまるで別人である。別の人生を歩んだクリスでもあるので、完全に同一人物ではないと理解しているつもりなのだが、ここまで別人だとその違いに戸惑ってしまう。

「それで、こちらの世界の立花はどうした?」

「立花?小夜ならさっき戦ってたじゃん。あの金色のロボットがそうだよ」

 クーちゃんの受け答えを聞いて、翼は思わずため息を漏らした。そうだった。この世界において、小夜=セレナと言う認識は広まりきっていないのだ。この世界の住人からすれば、セレナ・カデンツァヴナ・イヴという少女は立花小夜の別の名前という認識しかない。セレナと言う名前自体使いなれていないのだ。

「いや、立花ヒビキの方だ。すまない」

「そっか。ヒビキは多分セレナちゃんが殺したんじゃないかな。あたしが現場に行った時には、セレナちゃんと小夜しかいなかったし、何より、ヒビキがこれを落として逃げるなんて考えられない」

 クーちゃんが取り出したのは、焼け焦げたシンフォギアだった。ここまで傷がついたペンダントが存在するということは、セレナとヒビキが戦い、その結果であると示している。

「そんなバカな。セレナがそんなことをするわけがない。彼女がそんなことをするはずがない」

 翼はマリアに聞こえないように声を落とし、クーちゃんの言葉を否定した。セレナが人を殺したと聞けば、マリアが黙っていないだろう。マリアにこの話を聞かせるわけにはいかない。

「でもあたしはこの子のことをよく知らない。普段は違う性格を演じてて、本性はシリアルキラーでもあたしは驚かない」

 クーちゃんは弱々しく呼吸をするセレナに目を向けた。彼女は人の命を奪ったとは思えないほどに幼く、また翼から見てもセレナが人を殺すようには思えなかった。あくまでセレナはヒビキとの死闘を制してギアを奪い取ったのだと信じたかった。

「いや、そんなはずはない。セレナは誰より純粋で、素直な性格だ。そんな人の命を容易く奪える性格ではない」

「純粋、ね。ある意味それが一番恐ろしいのかも。自分が信じたことにまっすぐで、目の前に敵が現れれば、容赦なく斬り伏せる。本当なら、こんな子に武器を持ってほしくない。そんなに純粋なら、手を血で汚さずにいてほしい。少なくともあたしはそう思う」

 クーちゃんはセレナがヒビキを殺したと決めつけているようだった。それを頑なに認めたくない翼は、クーちゃんを自分とは相容れない存在であると感じた。だがヒビキを殺したと思っているからこそ、セレナには戦場に立って欲しくないと言うクーちゃんの言葉を聞いて、彼女にもクリスのような優しい部分もあると感じ、彼女を邪険には思えなかった。

 だが、ヒビキが既にこの世にいないと仮定した場合、翼の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

(では、あのデスフェイサーは誰が呼び出したのだ……?)

 キングジョーと交戦していたデスフェイサー、その正体が気がかりだった。

 

 

 翼たちが飛び去った後も、キングジョーとデスフェイサーの戦いは続いていた。これまでは流れ弾がクーちゃん達に飛ばないように警戒しなければならなかったが、それも救助ヘリが間に合ったことで気にする必要はなかった。後は、デスフェイサーを撃破して帰還するだけである。

 だがデスフェイサーは小夜が考えている以上に手強かった。隙のない挙動、キングジョーと対等に張り合えるパワー、そして豊富な武装とまるでキングジョーを叩き潰すために作られたと疑ってしまう程である。

 キングジョーもペダニウムランチャーを装備して応戦しているとはいえ、その性能差を埋めきることはできない。

『ーーーしい』

 デスフェイサーのハサミがキングジョーの腕を捉え、それを間一髪ふりほどいた時、デスフェイサーが言葉を発した。

『本当に素晴らしい。あの少女を使ってタイラントを作らせる計画は失敗しましたが、代わりにあなたと戦えるとは思いませんでしたよ。こんな素晴らしい機会、そうそうない』

 その声に小夜は聞き覚えがあった。メフィラス星人ジュピア。マリアを負傷させ、装者達を混乱に陥れた存在を忘れるわけがない。

『我々の計画は本当にうまくいった。お陰でシンフォギア使いは4名も減らすことができました。とどめにタイラントをぶつけて全滅に追い込もうとしていましたが、まあいいでしょう』

 デスフェイサーのガトリングを受け止め、ペダニウムランチャーを打ち込む。だがデスフェイサーの装甲には敵わず、全て弾かれてしまう。

『あなたの姉は本当に優秀だった。あなたの戦闘データがあったからこそ、このデスフェイサーは完成したのですから。あなたを全力で叩き潰す最高の怪獣の完成です』

 キングジョーはペダニウムランチャーを捨てて、デスフェイサーに殴りかかるも、デスフェイサーはビクともしない。せめてもの抵抗として、デスフェイサーを投げ飛ばそうと掴みかかる。だがデスフェイサーも黙って見過ごしているはずもなく、キングジョーの腕を掴んでハサミで片腕を強く挟み込む。あまりにも強い力は、キングジョーの腕をあり得ない方向に曲がってしまう。苦痛に悶えるキングジョーに対し、デスフェイサーは逃さずガトリングの銃口を押し当てて連射する。

 デスフェイサーはそのままキングジョーを投げ飛ばし、空中を舞うキングジョーの足をアームを伸ばして捉えた。キングジョーは逆さ吊りになりながらも必死に抵抗するも、それでも振り払うだけの力は出ない。

 キングジョーの抵抗も虚しく、デスフェイサーの胸元がゆっくりと開き、一門の砲身が現れた。砲身には次々とエネルギーが充填されていき、砲身に光が集っていく。ペダニウムランチャーで発射を阻止しようとするが、デスフェイサーの攻撃を阻止することはできない。

 そしてキングジョーが再び放り投げられると同時に、デスフェイサーの胸元からエネルギーが放出され、キングジョーの胸を貫いた。逃げ場をなくしたエネルギーはキングジョーの内部を駆け巡り、空中で爆発四散、その破片が海に降り注いだ。

『ネオマキシマ砲、素晴らしい威力です』

 キングジョーの撃破を確認し、ジュピアが小さくつぶやくと、デスフェイサーを操って空の彼方へと消えていった。

 これで脱落した装者は5人。タイラントを使って残った装者を一掃する作戦だったが、ヒビキが倒されてしまった以上、自分でスパークドールズを取りに行くしか無い。

 だがデスフェイサーとタイラントの2体で攻めれば、より効率的にシンフォギア装者を一掃できるのだ。

 

 

 セレナが目を覚ますと、無機質な病室の中だった。小夜が心配で、急いで起き上がると、頭が割れそうな頭痛や、激痛が全身を襲った。

「駄目よセレナ起き上がっちゃ!」

 ベッドの隣で控えていたマリアがセレナの体を抑え、慌てて寝かせた。マリアがベッドの角度を調整し、セレナが起き上がらなくても部屋全体が分かるようにした。部屋の奥の方ではキャロルが各方面からの報告をまとめており、セレナの容態を確認し終えた後のようだった。

「体の消耗具合からして、イグナイトモジュールと絶唱を同時に使ったか。全く無茶をしてくれる……。本来ならバックファイアで死んでもおかしくはないが、適合係数の高さに救われたな」

 キャロルは無造作にセレナにレポートを渡し、マリアと共に目を通していく。レポートには、セレナの負傷箇所と治療の過程が記されている。

「今回は処置が間に合ったから、数日で動けるようになるはずだ。ギアも短時間なら使えるようになるはずだ。今は休んで体力をつけろ」

 だがキャロルの関心事はそれではなく、むしろ他にあるようだった。用意していた椅子に座り、ボイスレコーダーを取り出した。

「帰還したこちらの世界の雪音クリスからあらましは聞いている。だがあくまで伝聞でしかない。こちら側の立花ヒビキがどうなったのかを知っているのはお前だけだ。故にこれから報告をしてもらう。正式な記録として録音させてもらうからな。もし虚偽の発言をすれば処罰もあり得る」

 キャロルはボイスレコーダーのスイッチを入れて、セレナに問う。あの時、ヒビキとの戦いの結末を。

「では、立花ヒビキとの交戦結果を話せ。イグナイトモジュールはどのタイミングで起動した?」

 セレナは慣れない状況で緊張してしまうが、一度深呼吸をして、慌てずゆっくりと真実を話す。

「はい。こちらの世界の立花ヒビキさんは、私が殺しました。イグナイトモジュールは戦闘中、足りない力量を埋めるために抜剣しました」

 セレナは事実を包み隠さず、全てを話した。セレナの話を聞いてマリアは信じられない、といったような顔をしたが、キャロルはなにも言わず淡々と報告を聞いている。

「ヒビキを殺したか。ではあのデスフェイサーはなぜ動いている?ヒビキが動かしているのではないいのか?」

「それはわかりません。私は小夜さんを助けるために絶唱を使いましたから。後はこちらの雪音さんが言ったとおりです」

「そうか。今のところ話に矛盾点はない。ご苦労だった。小夜が戻り次第、その後の検証をする。ご苦労だったな」

 キャロルはボイスレコーダーをしまい、病室を去っていった。セレナは緊張が解けて一段落したのだが、マリアはセレナを不安そうな目で見ていた。

「ねえセレナ。人を殺したって本当なの?」

 マリアの不安は最もだ。虫も殺せないような性格のセレナが、人を殺したのかが信じられないようだった。あの状況でセレナが嘘を付くはずはないが、マリアはセレナの口から事実を知りたいようだった。

「ごめん、マリア姉さん。私には、それしかできなかったから……。どうすればこの世界のヒビキさんと分かりあえるのか分からなかったから、私には楽に逝かせてあげることしかできなかったの」

 ヒビキに手を下した理由は、非常にセレナらしい理由だった。セレナが致命傷を負ったヒビキを治療できるわけがないし、ましてや相手だって武装しているのだ。判断を下すのに長い時間があったとは考えにくい。

 セレナがヒビキを殺したのは仕方がないこと。セレナに落ち度はない。マリアは頭でこそ理解できていたが、どうしても飲み込めない。本当はセレナが人を殺す必要はなかったのではと考えてしまう。

 帰りのヘリで偶然聞こえた、クーちゃんの言葉が脳裏をよぎる。純粋とは恐ろしい。真っ直ぐであるからこそ、敵の命を奪うことに躊躇がない。

「ごめんなさいセレナ。ちょっと席を外すわ」

 マリアは席を立ち、病室の外に出る。本当なら、セレナを励ましたいのに、言葉がでない。小夜がそうだったように、セレナだって罪悪感を感じているはずである。だからこそ、セレナを励まさなければならないはずなのに、かける言葉が見つからない。

 マリアがどうすればいいのかわからなくなっていたとき、今まで聞いたことがないような程けたたましいサイレンが鳴り響いた。緊急非常事態を告げるサイレンである。マリアは急いで司令室に向かい、状況を確認する。

「来たか」

 司令室には現在戦える全ての装者が集まっており、モニターには小夜と戦っているはずのデスフェイサーが映っている。

「小夜は負けたのか。すぐに回収チームを編成する。早く小夜を回収して戦闘準備をさせろ」

「ちょっと!まだセレナを戦わせるの?!」

 キャロルの発言は耳を疑う内容だった。デスフェイサーがこの場にいるということは、小夜だって負傷しているはずである。彼女にも休息があってしかるべきなのだ。

「ああそうだ。デスフェイサーでここが全滅しては元も子もないからな。小夜なら死んでも回収すれまだ戦える。殿を務めるにふさわしい」

 マリアは思わずキャロルを殴りつけたくなった。だが、小夜の不死という特性が持つ価値も理解しているし、キャロルがこのような指示を出す理由だって理解できる。だが傷ついたセレナを戦場に向かわせるのを看過できない。

「大丈夫だよ、姉さん」

 司令室に、傷ついた状態の小夜がやってきた。胸を押さえ、少し足取りもおぼつかないが、ここまで戻ってきたようだった。

「大丈夫。すぐに動けるようになるから、まだ戦える」

「駄目世そんな状態じゃ!そんな体で無事に帰ってこられる訳ないじゃない!」

 小夜はすぐにマリアに支えられ壁によりかかる。少し遠くでは分からなかったが、小夜の体は濡れていて、ここまで必死に泳いで戻ってきたのだと分かる。

「だがどうする?デスフェイサーを倒す手立てがない以上、死なない小夜を盾にして逃げるほかあるまい。それともお前がレイオニクスギアを使って戦うのか?」

 キャロルの言葉にうまい返答が見つからない。未だに使ったことのない可能性に賭けるのか、それとも今使える手で生き残り、反撃の手を狙うのか。答えは見えているようなものだが、マリアはそれを告げたくない。

 セレナが悲しむと分かっていても、セレナを守るために自分が犠牲になるのが正解と口にしようとしたとき、また新たに司令室にやってくる人物が現れた。

「いや、手だてはある。スカルゴモラを出せばいい」

 これまで響の研究結果でも聞いていたのか、ツバサが司令室にやってきた。ツバサは研究レポートを握り締め、デスフェイサーを迎え撃つ準備ができたようだった。

「スカルゴモラを?無理だ、俺たちじゃ制御できない」

「ああ。だから、別の怪獣を使う。まだ試作段階だが、起動できる条件は揃っている」

 ツバサはスタッフにディスクを一枚手渡し、その中身をモニターに表示させる。

「シンフォギアは共鳴によりその性能を向上させることができる。レイオニクスギアが絶唱に対応していた以上、共鳴でその実力を高めることができるはずだ。これはその装置だ」

 モニターに表示されたのは装置と、その起動条件だった。ツバサは説明を止めずに続けていく。

「一応理論自体は完成していたものだ。まだ同じギア同士でしかできないが、ギアの性能を収束させた状態で怪獣を召喚できる。出力を安定させるために、その核には小夜が必要だ。怪獣に変身できる小夜ならば、怪獣を安定的に実体化させられる。そして、小夜と息をあわせやすい人間。シラベは今ここにいないからな、マリアに参加してもらう」

 ツバサの示した道、それは姉妹の絆を利用した作戦だった。セレナに負担をかけたくないマリアにとって、この作戦に乗らない理由はない。

「分かったわ。その作戦で行きましょう」

「まさか使えるレベルにまで達しているとは思わなかったな」

「ああ。ファイブキングの例が応用できたからな。すぐに準備に取りかかる」

 ツバサに導かれ、装者一同、機材がおかれている部屋に向かった。本部の一角にある空き部屋にはいると、大がかりな装置がおかれ、その傍らに機械に繋がれた調が座っていた。

「調?」

「ああ、彼女の力を使う。今回のことを帳消しにする代わりに、この作戦に協力してもらうことになった」

 そして少し遅れて車いすに乗せられたセレナがやってきた。まだ点滴などが繋がれたままで、本当に動けるようにしただけに見える。そしてその負傷具合に、装者達に動揺が走った。

「すいません、遅れました。私もこの作戦に参加します。まだ歌えるはずですから」

 負傷したセレナがこの作戦に参加できるとは思えなかった。だが、彼女が前線に立つわけではない。なるべく短時間で決着をつければいいだけの話である。

「今回は、小夜、セレナ、そしてマリアの3人の共鳴を収束させる。月読には適合率の制御を担当してもらう。ギアをの負荷は小夜に集中させて2人の負担を軽くする。当然だが長時間の使用はできん。せいぜい3分弱が限界だろうな」

 スタッフの指示に従い、小夜、セレナ、マリアの3人が機械に繋がれ、3つのアガートラームが首に巻かれる。各計器に異常がないことを厳重に確認し、作戦開始の時間が迫る。

「では作戦を開始する。頼んだぞ、3人とも」

 ツバサの合図で作戦が開始され、聖詠の三重奏が響き渡り、辺り一帯が光に包まれる。3機のレイオニクスギアが同時に起動し、暴走しないように必死に外部から制御をする。小夜のキングジョー、そして2人のギアから出力された怪獣を分解し、一つの怪獣に束ねていく。細心の注意を払いながら、ギアを出力し、一体の怪獣の生成に成功した。

 光が収束し、放たれた怪獣がモニターに映し出される。だが、その結果にツバサは眉をしかめた。

「妙だ。計画通りなら、小夜だけがいなくなるはずだが……」

 視界が開けてくると、装置には座っていたはずのマリアとセレナがおらず、調を残して3人の姿がなくなっていた。

「まさか、装者ごと融合したのか……?そんなまさか」

「仕方がない。元々安定的な運用の保証がないんだ。この程度の不具合は許容するしかない」

 キャロルはいなくなったマリアとセレナには気にもかけず、モニターに目を移す。本来の想定ならば、2人のギアでキングジョーの強化パーツを生成し、強化したキングジョーでデスフェイサーを迎え撃つ手筈になっていた。だが、実際に生成されたものは全く違うものだった。

 強化パーツをまとったキングジョーではなく、キングジョーの右半分と、そして見たこともない怪獣の左半分とが繋がった怪獣だった。

「すぐに解析を急げ。この現象を突き止めろ」

 困惑しているツバサとは対照的に、キャロルは目の前の怪獣に対して冷静だった。立場上はツバサの方が強いが、数百年の時を生きたキャロルの方が経験の差で想定外の事態にも冷静だった。元がシンフォギアであったからなのか、比較的すぐに解析結果は出た。

「スカルゴモラという前例があった以上、やはり特定も早かったな。もっとも近いのは……キングギャラクトロン、か。シンフォギアの反応は、アガートラームと……ガングニール?」

 だが解析結果はキャロルも眉もしかめる内容だったようで、少し考え込んでしまう。だが、ある程度の仮説は立てられたようで、仮説を打ち出した。

「恐らくは、だが、マリアの歌に小夜のガングニールが反応した結果、キングギャラクトロンに3人ごと融合してしまった。そう考えるのが自然かもだな。そんなことがありえるのかは分からないが」

 まだ明確な答えが出ていないが、キングギャラクトロンはデスフェイサーを倒すべく動き出した。キングギャラクトロンは緩慢な動きでデスフェイサーを掴み、突き飛ばした。キングギャラクトロン自身もまだ動きになれていないのか、動きには無駄が多く、力押しでデスフェイサーと戦っているように見える。

 キングギャラクトロンはペダニウムランチャーで伸ばしてきたハサミを打ち落とし、左腕に装備された大剣を盾にして銃弾を防ぐ。キングギャラクトロンはデスフェイサーに迫り、腕を掴み、引きちぎろうと力を込める。

『見た目が変わっただけかと思いましたが 、総合スペックも上がっているようですね。カラクリは分かりませんが!』

 デスフェイサーはキングギャラクトロンを振りほどき、その喉元をハサミでねらう。キングギャラクトロンは、それをかわしてハサミを引き延ばす。そして大剣でハサミと本体を繋いでいたワイヤーを叩き切った。

 腕を切られたデスフェイサーは一瞬動揺した様子で、ガトリングで牽制をしながら後退する。そして胸のハッチが開き、砲身が姿を見せる。ネオマキシマ砲で再度撃破をねらうようだった。だがキングギャラクトロンも黙っておらず、剣を展開して残っていたガトリングの銃身を切り落とした。

 デスフェイサーのエネルギーを充填する速度を上げて、自爆する覚悟でキングギャラクトロンを狙う。そのままキングギャラクトロンもペダニウムランチャーを捨てて突っ込み、砲身ごとキングギャラクトロンの胴体を打ち抜いた。

 砲身に充填されていたエネルギーは行き場を失い、デスフェイサーのあちこちから爆発があがり始めた。このままでは本部周辺地域が焼き払われてしまうのは火を見るよりも明らかだ。それを危惧したかのように、キングギャラクトロンの体から淡い光が放たれ、優しくデスフェイサーを覆った。デスフェイサーを覆った『膜』は、デスフェイサーの爆発を包み込み、周囲への被害を相殺した。デスフェイサーを撃破しただけでも十分な戦果だったが、その余波を押しとどめたと言うのだから、驚きの結果である。

 爆発が収まると同時に、デスフェイサーの残骸が周囲を転がり、レーダーに一人の生体反応が映った。

「やはり中に誰かが乗っていたか!すぐに捕縛を急げ!」

 キャロルはすぐに指示を飛ばして、デスフェイサーに乗っていた誰かの捕縛を急いだ。だが、突如として上空に生体反応が映り、疲弊していたキングギャラクトロンがなぎ倒された。

 いったいなにが起こっているのかが分からなかったが、その正体はすぐにモニターに映し出された。

 それは、大きさから言えば確実に怪獣であると断言できただろう。だが、怪獣とは思えないような神々しさが、それを怪獣と認めることを阻む。

 黄金の魔神、と称するにふさわしい光を放ったそれは、優雅に地面に降り立ち、足下からデスフェイサーの搭乗者を拾い上げた。

「映像の解析を早くしろ!あれの正体を突き止めるんだ!」

 キャロルがすぐに解析を行わせ、拾い上げられた者はヒビキではなく、メフィラス星人ジュピアであると突き止められた。だがそちらに注力をしてしまったせいで、黄金の魔神の正体を突き止める間で少し時間がかかってしまった。

『シンフォギア装者の諸君。初めて地球に降りたったのだ。名乗らせてもらおう。私は、エグララグ。君たちの星を狙ってきた、侵略者の親玉、と思っていただければ十分だ』

 黄金の魔神は、余裕を保ったまま名乗り、仰々しく会釈をした。スタッフも必死に解析を急いでいるようだが、敵の首魁が現れたというプレッシャーがそれを遅らせているようにも感じる。

『今はこの体を借りている身でな。あくまで今日は部下の回収と、軽いあいさつに寄っただけだ。これで失礼させてもらう』

 黄金の魔神はそういい残して空のかなたへと帰って行った。エグララグという黄金の魔神の出現で、装者やS.O.N.Gの面々に緊張が走った。

 決戦の日は、そう遠くないのかもしれない。




S.O.N.G怪獣図鑑
電脳魔神 デスフェイサー
身長:77メートル
体重:9万6千トン
ステータス
体:★★★★★
技:★★★★☆
知:無

 ヒビキが侵略者との取引で入手した巨大戦艦の真の姿。オリジナルの個体とは異なり、完全に異星人側の兵器として地球に襲来した。
 ヒビキがヤントラ・サルヴァスパを保有していた関係上、誰でも簡単に操縦ができ、かつ簡単に高火力で敵を薙ぎ払うという絵に描いたような理想の怪獣とも呼ぶべき存在である。
 ヒビキが最終的にこれの起動を視野に入れていたかは不明。

装者達のコメント
シラベ:ヒビキさん、こんなものを持ってたのね……。
ツバサ:そうだな。本当にこれでどうするつもりだったのか、それとも最初からこれを知らないで運用していたのか……。


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Interlude:セレナの初体験

 デスフェイサーを討伐し、敵の首魁のエグララグが出現したことで本部内の緊張は高まっていた。だが、まずは響の回復が最優先され、デスフェイサーが爆散した周辺地域の調査が行われていた。現在はキリカと未来、クリスの3名が回収された聖遺物の再起動や護衛にあたっていて、他の装者は待機任務や事後処理に追われていた。

 故にマリアよりひと足早く回復したセレナは暇なのである。まだ検査が残っているとは言え、殆ど完治しているセレナは基地の中で待機に当たっていた。

 そして迎えた3日目の昼。セレナは一人昼食を前に佇んでいた。小夜がうどんをよく食べていたので、それに対抗心を燃やして、日本の2大麺料理であるそばを注文したのだ。セレナ自身は、日本でラーメンを中華そばと呼ぶ事だけを知っていたので、そばはラーメンの一種だと思いこんでいた。だが実際に出てきたのは―――。

(黒い、麺……)

 ザルの上に盛られた黒っぽい麺の山、器に注がれためんつゆ、薬味の刻みのりやネギがセレナの前には立ちはだかっていた。割り箸に加えて、食堂のスタッフが気を利かせてフォークもつけてくれたのだが、セレナにはそれ以上の難関が立ちはだかっているのだ。

 セレナは、黒い食べ物を食べたことがなかったのである。セレナは現在F.I.S日本支部に所属しているとは言え、スタッフの大半はアメリカ人であり、当然食堂のメニューもアメリカ基準で制作されている。つまりそれは、日本の食卓ではよく見かけるのりや醤油といった黒系の食材をほとんど口にしないことを意味している。

 たまに他のスタッフが寿司を食べているのを見かけるが、それでのりのような黒系の食べ物にはどうしても抵抗感を抱いてしまうのである。

 そんなセレナの前に立ちはだかるそばは、黒系の色をしている上に、めんつゆ自体もセレナにとっては初体験である。

 正直なことを言えば、他の誰かにこれを渡して、自分は食べ慣れたサンドイッチなどを注文することも考えた。だがしかし、それは『食べ物を粗末にするな』というナスターシャ教授の教えに反してしまう。

 セレナは一度深呼吸をして、割り箸を手に取る。切歌や調と食事をすることも少なくないので、必死になって割り箸の使い方は覚えた。絹ごし豆腐は無理だが、木綿豆腐は掴めるまでにはなったのである。

 割り箸を2つに割り、そばを一山すくい上げる。頭脳をフル回転させて、これを食べる方法を考える。麺類である以上、めんつゆを使うことは理解できた。だが、麺の量に対して、圧倒的に器が小さすぎる。加えて、全てめんつゆに浸すのであれば、はじめから分ける必要はない。だが麺自体に味がついていないのかが気になり、一口つゆを付けずに口に運ぶ。

(やっぱり、味がしない……。やっぱりこのつゆを使うんだ……)

 セレナはこのつゆをどう使えば良いのか困っていた時、視界の端にふと誰かの影がよぎった。セレナが振り返ると、丁度未来とクリス、小夜の3人が食事をしているようだった。未来以外の二人はこちらに背を向けているので、何を食べているのかぎりぎり見えないが、未来が自分と同じそばを注文しているのは分かった。そして、喋りながらだがそばを食べているのである。

(そっか、少しずつ付けて食べるんだ!この横のやつは味を調整するための、食材だったんだ……!)

 セレナは未来に習って、そばをつゆにつけて、ゆっくりすする。未来のように音を立てて食べる事はできないが、セレナは自分のペースで口の中に運ぶ。

(すごい、おいしい!)

 先程の無味無臭の麺ではなく、そこにつゆの味をつけただけで大きく変わった。口の中に広がる甘いつゆの味と、噛みごたえ抜群の麺。そして、まるでブレーキなど知らないように口の中に消えていくのどごし。先程までの味がせず、飲み込みにくいものとは大違いである。

 セレナはそばを一山めんつゆの中に入れて、試しにネギを乗せてみる。セレナは薬味に使われているものはどれも見たことがないものだったが、既にそばの味を知ってしまったセレナは、好奇心から薬味と一緒に口に運ぶ。すると、今までに加えて、新しく味が加わった。ネギの香りと辛味がつゆの味を引き立て、加えて麺の食感もネギのおかげで豊かになる。

 続いてのりを載せてみる。初めは少し抵抗感があったが、いざ口の中へ入れてみるとネギとは違う香りや味が広がった。ただ黒いというだけで敬遠していた自分がバカバカしい。

 そして薬味を楽しみながら、一口、また一口とそばを口へと入れていく。そばの山も少しずつ減っていき、セレナはすっかりそばの虜になってしまっていた。

 そばも終盤に差し掛かった時、薬味の載った皿もほとんどなくなり、セレナはあるところで手を止めた。

(これは、一体……?)

 薬味の皿の片隅に載せられた、緑色の物体。セレナが今まで見たこともないようなものである。スタッフの気遣いで、並より量を少なめになったわさびは、セレナからすればどういうものなのかがわからない。握り寿司を食べる時も、ナスターシャ教授がわさび抜きのものを頼んでいたので、セレナは全く未知の存在と今対峙しているのである。

(これもきっとそばのオマケ、だよね。ちょっと食べてみようかな)

 わさびをひとつまみ、そばに載せて口に運ぶ。すると鼻に激痛がはしり、思わず鼻を押さえてしまう。

(い、痛い!?しかも辛い!なにこれ!こんなのを日本人は食べるの!?)

 今まで感じたことがないような味と、感覚。少し乱れた呼吸を整えながら、もう一度わさびをそばに乗せて口に運ぶ。またしても激痛と辛さに襲われ、そのまま悶えてしまう。この場に誰もいなければ、きっと大声で叫んでいただろう。

 せっかくそばを美味しく食べていたのに、ここに来てわさびというラスボスが待っているとは思わなかった。わさびを残せば、美味しくそばを食べることができる。だがしかし、本当にこれだけ残しても良いのかとセレナのプライドが許さなかった。

「あれ?セレナちゃんそば?珍しい~」

 どうするべきか悩んでいた時、トレーを持ったクーちゃんが現れた。さっきまでのわさびで悶えていた一悶着は見られていないようだが、目の前に彼女が座ってしまった以上、我慢してわさびを食べるしか無い。

「あれ?わさびだけ残ってんじゃん。食べないの?やっぱ苦手だった?」

「え、えっと、あんまり食べたことなくって……」

「あー、小夜はうどんよく食べてるもんねー。変に対抗心とか燃やしちゃって頼んじゃったとか?わさび苦手だったらもらうけど、どうする?」

 セレナは一瞬、ここで素直になるべきか迷った。ここで素直にクーちゃんにわさびを渡して、残りのそばを美味しく食べるか、それともプライドを貫き通し、そばもわさびも完食するか悩んだ。そしてセレナが取った選択は―――。

「すいません、お願いします」

「はいはーい。ありがとう」

 クーちゃんはすぐに薬味の皿を手に取り、残っていたわさびをご飯の上に載せた。

「捕まってる時は辛いの食べらんなかったからさー。少しでも欲しいんだよね」

 セレナは残ったそば口にしながら、クーちゃんの話に耳を傾ける。今日のクーちゃんのお昼は見事なまでの赤一色で、見ているだけでも辛そうだった。

「その、好きなんですね、辛いの……」

「普段はこんな食べないけどねー。だってつーちゃんしつこいんだもん。捕まってる時のことを根掘り葉掘りさ。アタシはな~んも知らないのにさ」

 クーちゃんの話を聞きつつ、セレナは最後の一口を食べきった。未体験こそ多かったが、非常に得るものも多い食べ物だった。

「別にセレナちゃんも苦手なものがあったら、遠慮なく他の人と交換したりしてもいいんだよ?無理して食べる必要はないんだし」

「でも、作ってくれた人に申し訳ないです。できれば完食したほうが気持ちがいいですし」

「でも結局誰かのお腹に入るんだから変わんないでしょ?それに、美味しく食べられる人が近くにいるんだから、その人が食べればいいっしょ?アタシだってクレープとかあんま好きじゃないし、他に誰か美味しく食べてくれる人がいるんだったら、その人が食べてもらったほうが良いと思うんだよね」

 クーちゃんは食べる手を少し止めて、セレナに自分の考えを聞かせる。

「だからさ、気負うこと無いよ。セレナちゃんはアタシの助けになってくれた。それでいいじゃない。じゃ、ちょっと向こうのアタシでもからかってこようかな。見る感じマジメそうな感じだし」

 クーちゃんは一度席から立ち上がり、向こうで食事をしているクリスのところへ向かおうとする。自分が注文した激辛料理でも食べさせようとしているのかもしれない。

「セレナちゃんは小夜を助けてくれた。すごく助かったよ。ありがとう」

 すれ違い際にクーちゃんは小さくつぶやいた。今までのことは、ヒビキを手に掛けたという事実を重く受け止めているであろうセレナを励まそうとしているようだった。クーちゃんはセレナを見て、安心したようで、クーちゃんは去っていった。

 セレナだってヒビキを殺したくなかったのは同じなのだ。だがクーちゃんはそれを否定するわけでも、仕方のないことだったと肯定することもしなかった。小夜の仲間として、礼を言ってくれたのだ。

 クーちゃんの励ましも合って、セレナは極力忘れようとしていた今回のことにも、少しだけ向き合ってみようと思えた。

 何はともあれ、食事を終えたのだ。せっかくなので、日本の流儀に倣うことにする。

 セレナは両手を合わせて、小さくつぶやいた。「ごちそうさま」と。



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第33話「小夜とセレナと」

S.O.N.Gデータベース
セレナと小夜
 平行世界の同一人物同士であるセレナと小夜は、思考パターンが似通っているため、本来であれば息のあったコンビネーションを発揮できるポテンシャルを秘めている。
 だが2人の関係を阻害しているのがマリアの存在である。彼女の存在のせいでセレナが対抗心を燃やしている為、息が合わなくなってしまっているのが現実である。
 ヒビキの1件でセレナは小夜も大事な姉妹であると認めたものの、互いが無意識に自分が上だと思っているのでこの問題が解決されたとは言い難い。
 尚、純粋に年齢で言えばセレナが上で、体の発育で言えば小夜が上であるため、どちらが上かという問題は永遠に論争が続く問題になってしまう。


 セレナが目を覚ますと、電車の中で揺られていた。外には、見たことがないような山と海岸線が広がっている。

「え?……え?」

 一瞬、セレナはまたシラベに拉致されてきたかと思い、周囲を見渡す。だが、シラベの姿は見当たらず、隣には小夜とマリアが座っている。

「あ、目が覚めた?すぐ寝ちゃったから覚えてないかな?」

 隣の小夜が口を開いた。ボストンバッグのようなものが見つからないので、また無理やり連れてこられたというわけでもないようだ。

「どうして、私はここにいるんですか?」

「やっぱり覚えてないかな?3日前、キャロルさんになんて言われたか覚えてる?」

 セレナは小夜の言葉でキャロルが3日前に行っていたことを思い出した。

 

 

 3日前、キャロルの指示の下、キングギャラクトロンの性能テストが行われていた。オリジナルとは乖離したキングギャラクトロンが、どのような性能を発揮するのか、それを確かめる実験が行われていた。今回は3人共通信機を装備し、誰がキングギャラクトロンの支配権を握っているのか明らかにする目的も含まれていた。

「それでは始めるぞ」

 キャロルの合図でキングギャラクトロンの性能実験は始まった。今回の訓練の相手として、未来のゼットンが抜擢された。

「エグララグと戦う以上、融合獣タイプの聖遺物が戦力として加わってくれれば、戦局も有利になるはずだ。この訓練は必ず成功させたい。頼んだぞ」

 キングギャラクトロンとゼットンが演習場に出現し、演習が始まろうとしていた。キングギャラクトロンは動くことはなく、ゼットンの様子を窺っているように見える。

『よし。それじゃ行くわよ……』 

 スピーカーから先に聞こえてきたのは、マリアの声だった。その口ぶりから、マリアが指揮を取り、キングジョー部分を小夜が、ギャラクトロンの部分をセレナが動かしていると思われた。

『最初は、グー!じゃーんけん、ぽん!』

 だが、全員の予想とは裏腹に、スピーカーから聞こえてきたのは、3人がじゃんけんをする声だった。キャロル達は3人が役割を分担して戦っていると思っていたのだが、それとは真逆の方法を撮った3人が信じられなかった。

 じゃんけんの結果、勝利したのはセレナだったようだ。スピーカーからは嬉しそうなセレナの声が聞こえてくる。

『それじゃ、いっきますよー!』

 セレナは調子よくゼットンに向かっていき、キングジョーの腕でゼットンを殴りつけた。ゼットンは攻撃を受け止め、掴んで投げ飛ばそうとする。

『痛い痛い痛い!セレナちゃんちょっと貸してよ!私の腕がちぎれるから!』

 今度は小夜の声が聞こえたかと思えば、キングギャラクトロンがかなり無理のある姿勢で

『待ってくださいよ!ちゃんと正々堂々と私が勝ったんですから、私が戦います!』

『ううん!だって半分私の身体なんだよ!ぞんざいに扱うのは流石に許せないよ!』

『ちょっと2人とも落ち着いて!』

 キングギャラクトロン内部で大喧嘩が起こっているようで、主導権を誰が握るか決まったはいいモノの、その戦い方で今度は揉めているようだった。

『じゃあじゃんけんが嫌なら、私と小夜さんで動かすってことでいいですね?小夜さんはキングジョーの部分を担当してください』

『え?うん。わかった』

『それじゃ、せーので行きますよ。せーのっ!』

 今度は小夜とセレナの分担で動かすことが決まったようで、キングギャラクトロンは突然両足を上げてその場で尻餅をついた。突然の尻もちは身体に響いたようで、キングジョーの腕で尻をかいた。

『いったた……。ちょっと両足上げたら転んじゃうじゃないですか!』

『だって普通左足から上げるじゃないですか!』

 今度は上げる足の左右で揉めていたようで、またしても2人で喧嘩が始まり、先ほどと同じようマリアが喧嘩を諌めている。

 だがゼットンが喧嘩をしている2人を見逃すはずもなく、キングギャラクトロンがこちらに攻撃をしてこないと判断すると、いきなりキングギャラクトロンを蹴り飛ばした。そしてキングギャラクトロンは起き上がって反撃しようとするが、今度は両腕を上げてしまい、ゼットンにそのまま投げ飛ばされた。

 それからというものの、妙に息のあわない動きが続き、キングギャラクトロンはゼットンにされるがままだった。

 この惨状を見て、キャロルは怒り心頭といった様子で、怒鳴りつけた。お前ら、いいかげんにしろ、と。

 

 

 セレナはそこまで思い出し、なんで自分がここにいるのかを思い出した。

「あぁ、確か、キャロルさんに息を合わせろって怒られて、今合宿に向かってる最中なんでしたっけ……」

 キャロルから事前に日程は渡されていたが、まさかここまで出発が早いとは思わなかった。まさか寝ている間に連れてこられるとは夢にも思わなかった。

「セレナちゃん、起こしに行ったんだけど、起きなかったからってガリィさん達で乗せたんだよね。今ここには私達以外いないから、問題ないよ」

 この場にシラベがおらず、セレナはすぐに襲われるような心配がないと安心した。

「あ、そろそろ着くよ」

 電車が間もなくして停止し、小夜達は荷物をまとめて電車の扉の前に立つ。小夜がドアの脇のボタンを操作し、ドアを開いて駅を降りると、野山とコンビニがあるだけののどかな風景が広がっていた。駅前には小さな観光案内所も存在しているが、本当にただあるだけでそこまで賑わっているようには見えない。

「えっと……ここは?」

「私の実家の近く。ヘリじゃ遠すぎるから、飛行機と電車でここまで来たの」

 小夜の案内で彼女の実家へと向かう。ここから少し歩く場所にあるようで、マリアと小夜とで荷物を分担することになった。

 車通りの少ない道路やあぜ道を通り、どんどん人気のない方向へと向かう。人の多い都市部で暮らしているセレナには、ここが本当に人が住んでいるのかと疑ってしまうほど、新鮮な光景である。

「さてと、着いたよ」

 駅から歩くこと20分弱、小夜に案内されたのは塀に囲まれた大きな一軒家だった。屋敷と呼ぶには小さすぎるが、それでも普通の家と呼ぶには大きい。表札にはしっかりと『立花』と刻まれ、ここが小夜の実家であるという事実にゆるぎはないようだった。

「ちょっと待っててね」

 小夜はポケットから鍵を取り出して鍵を開けると、セレナ達を家の中に招き入れた。

「一応お手伝いさんとかに頼んで、定期的に掃除してるんだけど、ちょっと汚れてるかも」

 外から家の大きさはなんとなくわかったが、中にはいるとその大きさがより一層感じられて圧巻された。加えて、小夜がお手伝いさんと言ったことが衝撃的だった。

「お手伝いさんなんているの!?もしかしてこの世界のセレナってお金持ち……?」

「ううん。お金の殆どはお姉ちゃんが持ってっちゃったから、私はちょっとだけ。この家を管理するだけのお金しか無いの。お給料もあんま余裕ないし……」

 小夜はやや乾いた笑いを浮かべ、あまり金銭状況に余裕がないというつらい現実に哀愁を感じた。

 家の中に通されると、中は静まりかえっており、荷物を置いて客間に通される。ここは小夜の実家だというのに、家族の一人も姿を見せない。

「それじゃ、私ご飯作ってくるから、待っててね。部屋の中は好きに使っていいから」

 小夜はそれだけ言い残すと客間を後にした。気づけば時刻は正午を回っていて、相当長い時間移動していたことに気がついた。

「ねえマリア姉さん、ここの家、変だと思わない?」

「どうしたのセレナ?」

 セレナはこの家についての違和感を正直にマリアに告げることにした。

「だってここの家、変に静かだと思わない?小夜さんの家族も出てこないし……」

「ええそうね……。でも小夜だって後で話してくれるんじゃないかしら?だってこっちのヒビキがああだった以上、小夜の家族だって黙ってるわけじゃないでしょうし」

 マリアはヒビキの暴走やこれまでの足跡を知って、確信にまでは至らないものの、小夜の家族が既にこの世を去っているのかもしれないと思っていた。まだ憶測の域を出ないが故に、マリアはセレナにはこのことを話すつもりはなかった。もしかすると、今は別宅に避難していて、実家は小夜の担当になっていてもおかしくないのだ。中途半端に情報を与えて彼女を混乱させるようなことはしたくなかった。

「うん。ちょっと私、ここを調べてくるね。トイレの場所とかも知っておきたいし」

 セレナは未だ釈然としないようで、客間から出ていった。マリア達に気を使ったのか、最初からこうだったのかは判断できないが、和風の家でこの部屋だけが洋室であったことが彼女を余計に不安にさせてしまったのだろうか。マリアはそんなことを考えながら、キャロルから渡された行程表に目を通す。二泊三日でどこまでできるかは分からないが、3人の息を合わせて、キングギャラクトロンの安定的な運用を目指すものである。

 マリアと小夜(セレナ)同士は息も合う。だが小夜とセレナの息が合わず、最初に成功したときに奇跡的に噛み合っただけに終わっている。恐らく、セレナがまだ小夜を受け入れる準備ができてないとマリアは考えていたが、ほとんど付け焼き刃になるであろう今回の合宿でどこまで埋められるかが不安だった。

 そう思っていた矢先、マリアの手元にあった携帯から着信音が鳴り響いた。合宿の際に、ツバサから貸与されたもので、本部の誰から連絡がくるのかすぐにわかるようになっている。着信元は『クーちゃん』と表示されており、マリアは携帯を手に取った。

 

 

 セレナが家の中を歩いていると、やはり不自然なほど静かなのが伝わってくる。ここまで広いのであれば、両親はおろか祖父母まで住んでいてもおかしくないのだが、誰かが生活をしている痕跡が全くない。きれいに掃除はされているものの、汚された跡がない。セレナが気になって庭が一望できる部屋を覗いた。勝手に人の部屋を覗くのは気が引けるが、今はこの疑問を解決する方が先である。

 セレナが恐る恐る戸を開くと、中は非常に薄暗くわずかにさびた鉄のような臭いが漂ってくる。セレナが戸を全開にして部屋の中を覗くと、壁一面に広がった血痕が飛び込んできた。

 驚いて腰を抜かし、顔から血が引いていくのが分かる。逆に異様な不気味さの正体はこの血痕にあるという確信が自分の胸の中の懐疑心を晴らしてくれるような気さえする。

(そう言えば聞いたことある……。日本だと、こういう山奥の家には妖怪が住んでて、旅人をとって食べることがあったって……!)

 セレナは切歌に見せてもらった怪談集の事を思い返していた。当然昔話なので今それが作り話であると理解しているのだが、怪獣が跋扈しているこの世界では、その常識が通じないのではと思ってしまう。

 現にこの家は駅から少し歩くので、すぐに遠くに逃げることはできない。それに、こういった場所では電車は一時間に一本くるかどうかという話が脳裏をよぎり、絶対に小夜からは逃げられないと言う結論が弾き出されてしまう。そのことが、小夜は自分たちをとって食うつもりなのではという妄想を加速させてしまう。

「セーレッナちゃん♪」

 後ろから唐突に声をかけられ、セレナが悲鳴を上げようとした時、シラベが口をふさいで部屋の中に引っ張り込んだ。

「静かに。下手に騒がれると面倒だから」

 シラベが戸を閉めたせいで部屋の中が暗くなり、セレナは必死に抵抗してシラベから離れようとするが、シラベの拘束が解ける様子はなく、むしろ拘束が強まっただけである。

 ここの部屋が薄暗く、セレナの視界の端に血痕が映り、このまま殺されてしまうのではと不安がよぎる。

(この部屋、もしかしてーーー)

 この世界のヒビキがそうだったように、シラベも彼女に賛同していた可能性だってある。もしかして家の中が異様に静まりかえっているのも、彼女がこの部屋で全員手にかけたからであるとさえ思う。

「御願いだから大人しくして。何にもしないから」

 シラベの拘束から逃れようと必死なセレナを落ち着かせ、シラベは何か話をしようとしているが、パニックに陥った彼女には意味がない。

「大丈夫。別にとって食べたりしないから、ね?いいから私の話を聞いて!」

 しびれを切らしたシラベはうっかり声を荒げてセレナを落ち着かせる。もはや抵抗も無意味と悟ったのか、セレナはとうとう泣き出してしまった。

「そこでなにをしているの!?」

 先ほどの声を聞かれてしまったのか、マリアが戸を開けて部屋の中に入ってきた。部屋の中には、壁一面に広がった血痕、ギアをまとい、セレナを押さえつけているシラベ、そして涙目になっているセレナがいた。もはやここでなにをしようとしていたのか、火を見るよりも明らかである。

「セレナから離れなさい!」

「あっ、あの、すいません。別にそういうんじゃーーー」

「いいから早くどきなさい!」

 マリアは聞く耳を持たず、シラベもせっかく捕まえたセレナを手放していいか迷ったが、このまま離さなければマリアに殺されるかもしれない。仕方なくセレナを解放する事にした。

 解放されたセレナはマリアに駆け寄り、嗚咽を通り越して大声で泣き出してしまった。マリアはセレナを優しく抱きしめ、その頭を優しく撫でた。

「かわいそうに……ちょっと!あなたどういうつもりよ!セレナをこんなに怖がらせるなんて!この部屋でなにをするつもりだったの!?」

「い、イヤだから別になにも。私はただ、影武者に全部任せてこっちに来たけで---」

「こんな小さいセレナを狙うなんて最低!抵抗されないからって、弱いものいじめして恥ずかしくないの!?」

 マリアは完全にヒートアップしていて、シラベの話を聞いてくれそうにない。セレナも少しは落ち着いたとはいえ、マリアの後ろに隠れてしまっており、完全にこちらを警戒している。

「だ、だから私は遊びに来ただけで、セレナちゃん成分を補充しようと……」

「だからこんな薄暗い部屋でセレナを無理矢理襲おうとしたのね!どうせ嫌がるセレナの顔が見たかったとか、そんな下らない理由なんでしょ!」

 もう完全にマリアの中では『風鳴シラベはセレナを襲おうとした変態である』という図式で固定されており、シラベの言葉を変な風に解釈してしまう。シラベは弁明をするためにも一度マリアを落ち着かせようとする。

「あの、ちょっといいですか……私はただーーー」

「まさかこの世界のシラベがこんな変態だとは思わなかったわ。クリスからは捕まえてって頼まれたけど、一回ぐらいオシオキしたほうがいいんじゃないかしら……。大丈夫セレナ?痛い目に遭わされたりとかしてない?」

「えっと、その……いいから私の話を聞いてよぉ!」

 あまりにも話を聞いてもらえず、堪忍袋の緒が切れたシラベの絶叫が家中に響きわたった。

 

 

 そして騒ぎを聞きつけてきた小夜を挟んで、シラベとマリアとセレナの3人の話し合いの場が設けられていた。シラベはセレナのみならずマリアから汚物を見るような目を向けられており、マリアがギアをまとえたのならば、すぐに彼女に切りかかっていただろう。

「えっと、じゃあまずシラベの言い分から」

「私はそっちの世界の私を影武者に仕立て上げてこっちに遊びに来ただけ。小夜の家は場所しか知らなかったし、セレナちゃんが泊まってるってだけでいかない理由がないし。最近は小夜も忙しいみたいで全然私に構ってくれないし。だったらセレナちゃんで我慢をしようかなあって思ってたの」

「やっぱりセレナを襲うつもりだったんじゃない!この変態!こんなのが装者をやってるなんて大丈夫なの?地球を守る以前に、妹の平和を守って欲しいわ!」 

 マリアのセレナに向ける殺気が一層強まり、セレナを守るように抱き寄せた。シラベはマリアと保護者の女性に承諾を貰えれば、セレナを自分の妹として迎えようとまで画策していた。だがこのままそれを切り出せば、この場で殺されかねないので、その計画は虚しく、シラベの胸中で密かに頓挫した。

「と、とりあえず落ち着いて!このままいがみ合ったってしょうがないよ。さっきツバサさんに連絡して、明日の朝に迎えに来てもらうことになったから、それまでシラベは私と一緒に行動してもらうけど、それでいいよね?」

「うーん……。仕方ない。じゃあ小夜で我慢する」

 さすがのシラベもマリアまで敵に回したくないのは同じだったようで、小夜が提案した案を呑み、大人しく引き下がった。

「それじゃ、お昼出来てるから用意するね。シラベ、手伝って」

 小夜に連れられてシラベは不本意そうに厨房へと向かっていった。そしてすぐに更に盛られたうどんとめんつゆを持って戻ってきた。小夜とシラベ、マリアとセレナで向かい合うように座る。両者の間には未だぎこちない空気が流れていたものの、食事自体は非常にスムーズに進んだ。問題ごとを持ち込んだシラベを責める小夜、箸をぎこちない持ち方で扱うセレナをフォローするマリアと特に問題こそ無いものの、それが3人の中を深めたかとは言い難い雰囲気だった。

 

 

 その夜、セレナは不意に目が覚めてしまった。シラベの恐怖が払拭されず、また慣れない布団がセレナの眠りを妨げていた。セレナはゆっくり起き上がり、少し夜風に当たろうと客間を後にした。

(やっぱり、床で寝るのは慣れないな……)

 セレナが家の中を歩いていると、縁側に誰かが佇んでいるのが見えた。セレナは一瞬シラベが待ち構えているのかと身構えてしまったが、雰囲気がシラベのようなものとは違う事に気がついた。

「ん?セレナちゃん?どうしたの?」

 庭先にいたのは、小夜だった。月の光に照らされて、遠目に見ると別人のように見えた。

「すいません。上手く眠れなくて」

「そっか、やっぱりベッドとか用意したほうが良かったかな?部屋は洋風にしたんだけど」

「小夜さんは寝ないんですか?」

「私はほら、死んでるから。気分で寝たりするだけ。今日はたまた起きてただけだよ。ちょっと待ってて」

 セレナは近くにシラベがいないことを確認すると、小夜の隣に座る。小夜は入れ替わるように立ち上がると、すぐにお茶を持って戻ってきた。

「はいお茶。ちょっとぬるくなっちゃってるけど」

 セレナはお茶を受け取り、口に含む。確かにぬるくなっているが、かえって飲みやすい温度になっている。

「……小夜さんはすごいですよね。私にできないことがいっぱいできて、私が持ってないものをいっぱい持ってます」

 ふと、こぼすように漏れた一言がそれだった。小夜はセレナの言葉を聞いて面食らったようだった。

「そうかなぁ。そんなに変わんないと思うけど」

「だって、小夜さんにはこんな家があって、学校にも行ってて、友達だっています。料理だってできて、羨ましいです」

 小夜はここに来て、セレナのことをあまり聞いていない事に気がついた。データとしては知っているものの、その事についてセレナに聞いたことがなかった。

「私はずっと施設で育てられて、学校に行ったこともないですし、友達だっていません。料理なんてしたことありません。だから小夜さんが羨ましいです。私が持ってないものを全部持ってて、私なんかじゃ足元にも及びません」

「ううん。私だってセレナちゃんが羨ましくなる時があるよ。マリア姉さんと仲良しでさ。ギアの扱いだって私より上手だし。私にないものを持ってるよ。学校に行ったって、特別なことなんてなにもないよ?私引っ込み思案だから友達もシラベしかいなくてさ、いっつもお姉ちゃんと3人で遊んでたっけ」

 セレナはリディアンに復学したときのことを思い返す。まだ自分の運命も知らず、自分がただの少女であると思いこんでいたあの頃を。

「私は別に生まれた世界とか、条件が違うからって人ってそこまで変わらないと思う。並行世界から来たお姉ちゃんとか、マリア姉さんを見て思ったんだ。世界が違ってもお姉ちゃん達はお姉ちゃん達。性格も根本的には変わらない」

「そう、ですか……?」

 セレナは小夜の言っている意味がわからなかった。周りの年の近い少女が全て学校に通っていて、ナスターシャ教授が気を利かせなければ、初歩的な計算すらできなかったかもしれないのだ。装者として剣を振るうことに抵抗感を覚えているセレナにとって、小夜が自分に憧れる理由が分からなかった。

「うーん……。じゃあちょっと模擬戦、してみる?」

 小夜が切り出したのは突然の申し出だった。セレナから何度も申し出たことはあったものの、小夜から切り出すのははじめてのことだった。

「今まではさ、セレナちゃんからだったけど、今ならなにか分かるかもしれないよ?人気のない場所なら知ってるし、マリア姉さんたちにも迷惑はかからないし」

 セレナは小夜が何を言いたいのかと考えてしまうが、でも小夜への対抗心から行っていない模擬戦であれば、いつもと違うものが感じられると思うのも確かであった。セレナは小夜の申し出を呑み、模擬戦を受けることにした。

 小夜の案内で家を出ると、少し移動して開けた交差点に案内された。周囲の見通しはよく、車が走っている様子も無い。ただ信号機が無機質な光で照らしているだけである。

「ここなら車は来ないし、多少騒いでも誰も聞こえない。派手に戦えるよ」

 互いの呼吸を整え、同じ聖詠で同じギアを纏う。そして両者ともにそれぞれの剣を構えて向かい合う。いつもなら、セレナから積極的に仕掛けてくるのだが、今回はセレナがそこまでの力では無かったというのも手伝って、セレナは動かなかった。

「それじゃ、行くよ」

 小夜は剣を構えてセレナに切りかかった。当然セレナは剣を受け止め、小夜を押し返す。セレナは小夜の気持ちを無駄にしないためにも、真剣に小夜との立会に臨む。

 2人の刃は交わり、真夜中の交差点にただただ剣戟の音だけが響き渡る。今までみたいにセレナがガムシャラに小夜に突っ込むのではなく、小夜の攻撃の合間などを突いた絡めても織り交ぜて、確実に小夜を追い詰めていく。だが小夜も負けじとセレナを体格差で押しつぶすように攻めていく。小夜が押しつぶし、セレナがその隙間を縫う。どちらも気が抜けない攻防戦が繰り広げられる。

 そうして剣を交え続け、二人の間に沈黙が流れる。そこには会話など無く、お互いの剣を互いに示すだけの時間が続く。互いの実力は同じで、そこに大きな違いはないように見える。だが、技のキレではセレナが勝り、一撃の重さでは小夜が勝る。

 一撃、また一撃と剣と剣が交差する。言葉などなくても、両者が剣に乗せた思いがぶつかり、ある種の対話とも呼べる奇妙な時間が続いていく。このまま剣を交えるだけの時間が続くと思われたが、ある一瞬、セレナの集中がほんの一瞬途切れた時だった。小夜の一閃がセレナの剣を弾き飛ばし、セレナの剣が離れた所に突き刺さった。セレナはすぐに取りに行こうと振り返ったが、小夜が首筋に剣先を向けた事で模擬戦は終了した。

「また私の勝ち、だね。何かわかったことがある?」

「負けてないです。私が油断しなかったら勝てましたから」

 セレナは口では負け惜しみを言ったものの、何かを感じていたようで、小夜と目を合わせようとしない。小夜自身、猪突猛進に突っ込んでくるいつもの戦いぶりと比べたら、本当に負けていたのかもしれない。それほどの接戦だったのだ。

「本当、危なかったなあ。私とセレナちゃんの実力差なんてそんなモノだよ。冷静になれば、私達にそこまで差はないはず。本当に最後に決めるのは運次第ってところ」

 結局の所、2人の勝負を分けたのは運だったのだ。今まではセレナの実力が十二分に発揮されていなかったというだけなのだ。

「……次は絶対に勝ちますからね」

 セレナはそれだけ言い残してその場から去っていった。と言っても帰る場所は同じなので、未だ小夜に対して素直になれないだけなのだが。小夜もすぐに追いかけた。

 

 

 翌朝、マリアが目を覚ますと隣にセレナが寝ていない事に気がついた。シラベにさらわれたのではないかと不安になり、部屋を出て急いで探す。すると、床の間の前でシラベが何かを見下ろしていた。

「あなた……ッ!」

 シラベを追求しようとすると、彼女に口をふさがれ、静かにするように促された。シラベが足元を指差すと、小夜とセレナが2つ布団が並んでいるというのにもかかわらず、同じ布団で眠っていた。2人は決して寄り添うように眠っていないものの、その寝姿は姉妹と呼んでも差し支えないほど似ていた。

 少しすると呼び鈴が鳴り、小夜達が目を覚ましてしまった。2人はいつの間にか同じ布団で眠っていた事に驚き、一瞬硬直したが二度目の呼び鈴で我に返り、小夜が急いで玄関へと走っていった。

 小夜が戻ってくると、ツバサがやってきて逃げ出そうとしていたシラベを捕まえて速やかにギアを取り上げて手錠をかけた。

「ちょっとつーちゃん!なにこれ!?」

「見ての通りだ。まだ懲りないのか?罰としてしばらく泊まり込みで本部勤務だな」

「ちょっと待ってよ!セレナちゃんがいるっていうのに、真面目に仕事してる場合じゃないでしょ!?私はいつか色んな世界の小夜を集めて小夜ハーレムを作るっていう計画が……ぐふっ!」

 途中まで言いかけたところでシラベはツバサの拳骨制裁を食らい、その場で押し黙った。それ以降はふてくされて大人しくなり、邪な野望について喋らなくなった。

「今回は折角の合宿だったのにシラベのせいで迷惑をかけた。本当にすまない」

 ツバサは深々と頭を下げ、シラベの頭を無理やり掴んで頭を下げさせた。

「い、いいえそこまでしなくていいんですよ!?私達も、シラベが来てくれたお陰で色々と気づけたこともありましたし……」

 小夜が3人を代表してシラベのフォローをした。シラベは一瞬得意そうな笑みを浮かべたが、ツバサに足を踏まれて、すぐに涙目でツバサを睨みつけた。

「それでは私はこれで失礼する。残り日数は少なくなってしまったが、せめて楽しんで欲しい」

 ツバサは最後にそれだけ言い残し、シラベを引きずって帰っていった。シラベ本人もことの重大さは理解していたようで、文句こそ言っていたが、おとなしく引き下がっていった。

 もっと暴れて抵抗するものと思っていたマリア達は、あまりにもあっけない幕引きに唖然とせざるを得なかった。

 

 

 2日後、シラベの乱入以外は問題なく予定を終えたマリア達は、本部に帰還した。本部の門をくぐると、目を覚ました響が出迎えてくれた。

「セレナちゃんお帰り!いやぁセレナちゃんもこっちに戻ってきてるなんてびっくりしたよ!」

 響は検査衣のままセレナに抱きついた。響が目を覚ましたことは驚きだったが、まさか数日でここまで回復するとは予想していなかった。

「響。まだ完全になおってないんだから、大人しくしてないと」

「ごめんごめん!でもみんな帰ってきたって聞いたら落ち着いていられなくって!それじゃまた後でね!」

 未来に窘められて響は本部の奥へと戻っていった。そして入れ替わりになるように、報告書を持ったキャロルが現れた。

「立花響は無事に目を覚ました。イガリマの装者の除染作業も再会する見通しだ。だが、これだけは伝えておかなければならないだろうな」

 キャロルは淡々とした口調で報告を続け、響の現状についての説明を始めた。

「結論から言えば、奴は全部覚えていた。自分が怪獣になっていた事は知らなかったようだが、目を覚ますとS.O.N.G側の怪獣に攻撃されたと言った。本人も相当混乱しているようだったのでな。スカルゴモラに関する情報は一度全てロックした。当然証言するのも禁止だ」

 マリア達はキャロルの判断に異を唱えることはしなかった。彼女の判断は妥当なものであり、響にも不都合な事実は知らないでいた方が幸せであると判断したからである。

「さて、必要な事務連絡はこれぐらいか。一度休憩を入れて、キングギャラクトロンの模擬線を行う」

 キャロルの指示で早速キングギャラクトロンを使った模擬戦が行われることになった。演習場にインペライザーが召喚され、クリスがその中に乗り込んだ。そして少ししてキングギャラクトロンが現れ、すぐに無線が入った。

『こちらキングギャラクトロン、準備完了です』

 今回は小夜が主導権を勝ち取ったのか、通信機からは小夜の声が聞こえてきた。確かに怪獣戦に一番慣れている小夜がキングギャラクトロンを操れば、勝率は一番高くなるだろう。

 結局の所、キングギャラクトロンは当初の想定通り小夜の強化形態として扱われると、観戦していた全員が思っていた。マリアとセレナが巻き込まれたのは欠陥なのだと判断した。

 だが実際に模擬戦が始まるとその考えが覆された。

『セレナちゃん!ギャラクトロン部分の担当をお願い!』

『はい!』

『姉さんと私で一緒にキングジョーで攻撃するから、息を合わせて!』

『分かったわ!』

 キングギャラクトロンの動きは見違えるほど改善されており、それどころか小夜を中心としてそれぞれのパーツを担当することで、小夜の判断が回らない部分をフォローしていく。

 キングギャラクトロンの機動力の違いはハッキリと分かった。それは欠陥だったのではなく、3人で分担して操作することで2体の怪獣の潜在能力を最大限に活かすために必要なものだったのだ。

 3人の緻密な連携により、キングギャラクトロンはカミソリデマーガを相手ともせずに一蹴し、ものの見事に撃破してみせた。カミソリデマーガが手加減していたという事実を差し引いても、この事実は最初からすれば大きな進歩だった。

『……戦闘終了。これなら実戦にも応えうるだろうな。本部防衛の要として申し分ない』

 今回の模擬戦の結果をキャロルは冷静に分析していた。しばらくして、マリア達が戻ってきた。今回の模擬戦は非常にいい結果だったものの、既に疲労の色が見えている。

「帰還早々の模擬戦ご苦労だった。しばらくは休んでくれ」

「ええ。そうさせてもらうわ。あそこまで動けるようになったのは良いけど、セレナがかなり疲れてるみたいだしね」

 セレナはマリアに背負われており、どうして今回のように小夜に合わせるようにしたのかはわからないが、セレナの変化が今回の結果をもたらしたのは確かだった。




S.O.N.G怪獣図鑑
融合獣型聖遺物 キングギャラクトロン
体長:65メートル
体重:7万4千トン
ステータス
体:★★★★☆+★★★☆☆
技:★★☆☆☆+★★★★☆
知:★★★☆☆+★★☆☆☆+★★★★☆

 キングジョーを強化するべく、アガートラームを介して召喚された怪獣を合成させる予定が、ギャラクトロンが召喚された為に合体してしまった偶然の産物というべき怪獣。
 スカルゴモラ同様ウルトラマンベリアルが素材に含まれていないので、外見が大きく違い、両怪獣の特徴が色濃く出ている。キングジョーの腕はペダニウムランチャーと換装可能であり、ギャラクトロンの腕にはギャラクトロンブレードが装備されている。
 操縦は3人で行うので、3人の息が合わないとただ硬いだけの鉄塊となってしまうのが弱点。また、調のバトルナイザーと特別な設備が必要なので、S.O.N.G本部周辺以外で運用不可能という欠陥を抱えている。
 デスフェイサー戦はひっ迫した状況だった為に奇跡的に息があった。


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第34話「悪魔の侵攻作戦」

 衛星軌道上に無数に浮かんでいる宇宙ゴミを隠れ蓑にするようにして、一隻の宇宙船が浮いている。エグララグ達の根城となっている宇宙船は、宇宙ゴミに紛れていながらも近づくとはっきりと分かる程の存在感を放っていた。

 そこのブリッジにて、エグララグは地球を見下ろしながらメフィラス星人ジュピアと晩酌に興じていた。この時ばかりはエグララグもパワードスーツを脱ぎ、素顔を露わにしている。

「こうして飲んでいると、昔を思い出すな。2人しかいない所とか特にな」

「ええ。昔は私とボス2人しかいませんでしたから。ビエントもあの装者も死んで、ずいぶんと寂しくなったものです」

 まだほかの惑星など考えていない、遙か昔のことである。ジュピアが道の病に冒され、自暴自棄になっていた時、通りかかったエグララグがそれを見事に治して見せたのである。それ以来、ジュピアは命を救ってくれた恩を返すべく、こうして従者として仕えてきた。彼のためにもてる全てを振るい続け、気がつけば、宇宙を荒らすギャング一味としてならず者の一大勢力になっていた。

「ビエントも、あの少女もいなくなってからここもずいぶんと広く感じる」

「ええ。ビエントを喪ったのは痛手でした。まさか彼の慢心が彼自身を殺める結果になるとは」

「ああそうだ。だから次は報復の時間だ。弔い合戦といこうじゃないか。ジュピア、任せてもいいな?」

「さようでございますか。かしこまりました。明日にでも支度を始めましょうか」

 エグララグの一声で、次の標的をはっきりとシンフォギア装者達に向けた。地球侵略をする上で一番の障害になっている彼女たちを倒せれば、もう不安な点はない。

 ジュピアは酒を楽しみつつ、次の作戦の算段を考える。地球に来て、彼が直接動くのは初めてのことである。企みを考えているジュピアの手には、黒いバトルナイザーが握られていた。

 

 

 響が目を覚ましてから、妙な出撃が続いていた。日本あちこちに怪獣が出現し始めたのだ。当然装者達がこれにあたり、次々と撃破しているのだが、全く作戦の意図が読めない。

「ただいま戻りました……」

「ご苦労だった。次の出撃まで休んでくれ」

 ツバサは戻ってきた調から報告を受けていた。本来であれば撃破した怪獣のスパークドールズも届いているはずなのだが、それがない。

「また、か。今週に入ってもう10件目か。装者の数が多いことが幸いしたな。敵はなにを考えているのか……」

 現在本部に残っているのは調、そして小夜とセレナとマリアの5人である。翼と奏で東日本、クリスとクーちゃんが西日本で出現した怪獣の討伐に当たっている。できることならば、響も戦線に加えたいのだが、未来の希望もあって本部で静養している。

 エグララグが地球にやってきてからと言うものの、奇妙な時間が続いた。最初は敵も体勢を立て直していると考えていたが、今はなにも考えずにデタラメに攻めているとしか思えない。まるで自暴自棄になったかのような作戦を展開するような相手ではないとわかっているだけに、ツバサは対策に困っていた。

(何かの陽動のつもりなのか、それとも何かの布石なのか……)

 調の報告を元に作成した報告書に目を通しつつ、ツバサは考える。調がファイブキングを召喚できないという事実が気になるが、だが現状装者側が用意できる最高戦力がここに集まっている。そう簡単に敗れるということは考えにくいが、ツバサの気が休まることはなかった。

 

 

 任務の合間、セレナは市街地に来ていた。幸い、本部周辺に怪獣が出現していないので彼女にも余暇を楽しむ時間はある。

(やっぱりまだ日本語って難しいな……。姉さんとか小夜さん連れてくれば良かったかな)

 セレナがこれからどうするかを考えていたとき、ふと司会の隅で動くものが見えた。なにやらこちらの様子を伺っているように見えるが、こちらに接触してくる様子はない。もしかしたら敵のスパイかもしれないし、そうでなくてもあんな怪しい動きでこちらを見ている時点で警戒しなければならない。

 相手から見えないようにこっそり近づき、こちらを探している隙を見て、後ろから話しかける。

「えっと。あの……」

「ひぃっ!」

 相手は短く悲鳴を上げ、セレナも思わずびっくりしてしまった。相手はセレナよりも年上の女性で、どこかで見たことあるような後ろ姿をしている。

「えっと、何かご用、ですか?」

「あ、あぁっ……えっと、セ……じゃなかった……えっとなんだっけ……そう!小夜!小夜ちゃんに会いに来たの!」

「はぁ……。私は小夜さんじゃなくて、セレナ・カデンツァヴナ・イヴですが。小夜さんの親戚ですか?」

 セレナをこそこそ見ていた人物は、キャスケット帽を深くかぶり、色眼鏡をかけているので顔はよくわからない。だが、小夜の名前を言い換えたということは、彼女の事情をよく知る親戚かもしれない。とりあえずは探りを入れて、彼女の正体を探る。

「え、えっと、そうそう!私は小夜ちゃんに会いに来たの!ほら、ここのところ物騒じゃない?大丈夫かなーって心配になって!えっと、あなたは小夜ちゃんの友達?」

「えぇ。まぁ」

「そうなの!?じゃあよろしくね!セレナ、ちゃん!」

 女性はセレナの手を強く握る。先ほどまでの動作やしゃべり方のたどたどしさ、どう考えても小夜の親戚ではない。彼女のストーカーか何かであると見て間違いないとセレナかは確信した。

「あの、ところであなたは……?」

 セレナに指摘され、女性は初めて自己紹介をしていないことに気がついたようで考え込む。セレナは誰かに似ているような気がするのだが、思い出せない。声や所作は確実に見たことがあるはずなのに思い出せないことに鬱憤がたまってしまう。。

「ご、ごめんなさい!自己紹介してなかったわね!私はマ、マ、ま……真夜(まや)立花真夜(たちばなまや)よ!よろしくね!」

 真夜と名乗った女性は表面上は明るく振る舞っているものの、喋り方に吃音が混じっている時点で怪しすぎる。それに、見え隠れしている顔の特徴はどう見てもアジア人のものですらない。やはり真夜と名乗った女性は小夜の知り合いではない。セレナはそう確信した。もしかすると、アメリカから小夜を拉致するために来たスパイかもしれないのだ。

(とりあえず、適当なことをいって帰ってもらおう)

 いくらセレナが小夜に対抗心を燃やしているといっても、こんなストーカーと会わせるほど鬼ではない。適当に町を案内して、予定が合わなかったと言って帰ってもらおうとセレナは考えた。

「それじゃ、ちょっと確認するので、その間町を案内しますね!」

「ありがとう!この辺、全然知らないから、道も分からなくて困ってたのよ!」

 セレナは支給された携帯電話で確認する振りをして、真夜を案内する。頃合いを見て、小夜本人に確認した方がいいだろう。本当に親戚である可能性だってあるのだ。

「真夜さんはどこか行きたいところとかあります?」

「えっと、うん……。そうね、まずはランチとか食べられる場所とかあるでしょ?そこに連れてって欲しいわね」

 セレナは最初、小夜へのお土産を買っていくためにお菓子屋や服屋が選ばれると思っていた。だが真夜が飲食店を希望するとは全く考えていなかった。基本的にS.O.N.Gの食堂か、物珍しさに寄ったコンビニでご飯を済ませているセレナにとって、この辺りの飲食店事情は完全に専門外だった。だがセレナは頭をフル回転させて真夜の期待に添えるような飲食店を考える。

(思い出すのセレナ。F.I.Sの人たちの話を思い出すの。絶対においしいご飯屋さんがあるはずなの)

 幸い、名前だけならセレナが知っているお店がちらほらと並んでいる。

(持ってるお金から考えて、高そうなお店は入れないし……。日本人が気軽に食べてるものといえば……)

 もしここに小夜がいたならば、適当なラーメン屋に案内するのだが、日本人の食事上に詳しくないセレナはラーメン屋に入るという発想ができなかった。

 ふとした時、セレナは見慣れた看板の文字を見かけた。日本はおろか、世界中にチェーン店を展開する世界的なハンバーガー屋である。日本限定メニューでも頼めば満足するはずである。

(ハンバーガー屋さん!これなら、きっと!)

「あのお店にしましょう!今ちょうど限定メニューが出てるんですよ!」

「ハンバーガーのお店……?セレナちゃんのおすすめならいいけど……」

 真夜を連れて店の中に入る。正直言ってこういう場所ではどう頼めばいいのか分からないが、ちょうど他の客もいたので、それをマネして注文をする。

 運ばれてきたハンバーガーのセットを手に取り、2階の席へと向かう。

「思ったより、小さい……?」

「どうかしました?」

「あ、ううん!なんでもないの!最近食べてなかったから、ちょっとビックリしただけ!なんでもないの!」

 真夜の様子はかなり不自然で、引きつったような笑みを浮かべながらハンバーガーの包みを剥がして食べる。セレナも限定の2文字を頼りに選んだメニューであるので、セレナも味の保証はできない。

 だがこのハンバーガーを食べてからというものの、真夜は明らかに何かを言いたそうにしている。目が泳いでいるのに黙々と食べている様は正直不快である。

「えっと、何かありましたか……?」

「え?いや、ちょっと慣れない味だなって……」

 やはり、外国から来たであろう真夜にとって日本のハンバーガーは口が合わなかったようだった。そこでセレナはとあるものを持っていたことを思い出した。

「あの、これ食べます?」

 セレナが取り出したのは、少し前にキリカからもらったケミカルバーガーである。貰えた事自体は嬉しいのだが、セレナの口には合わなかったのでずっと持ったままなのだ。

「あ、ありがとう……。いただくわ……これケミカルバーガー?!やった!これ好きなのよ!この味がいいのよね!まさかここで食べられるなんて思わなかったわ!あなたはウェルの知り合い!?」

 キリカは言っていた。このケミカルバーガーはアメリカではそこそこの人気はあるものの、海外輸出は失敗続きであると。アメリカ人以外にはジャンキーすぎて敬遠されたり、口に合わないらしい。

 故に例外を除けばこのハンバーガーを食べて感激した人間は高確率でアメリカ人らしい。つまり、立花真夜という名前で小夜の親戚であるというのは真っ赤な嘘であり、当然偽名である。真夜本人もそれに気づいてしまったようで、冷や汗をかいてそのまま脱兎の如く逃げ出した。

「あ、待ってください!あなたは結局誰なんですか!」

 セレナは逃げる真夜を追いかけて、ハンバーガー屋を飛び出した。不幸中の幸いか、食べ賭のハンバーガーなどは全て持ち去ったようで、片づけもそこまで時間はかからない。加えて、走りながら食べていることを考えれば、体の小さいセレナでも追いつけるかもしれない。

 律儀に片づけを終えてセレナは真夜が走っていた方向へと向かう。道中、携帯電話を操作しながら真夜の正体を問い合わせる。小夜に電話すべきかと考えたが、真夜の存在を伏せておきたいセレナにとって、小夜に電話をするわけにはいかない。この状況で頼りにできる人間は一人しかいない。電話帳から目的の番号を探し出し、電話をかける。

「もしもし指令の方のツバサさんですか?!」

 セレナが電話の相手として選んだ相手は、この世界のツバサだった。小夜とのつきあいが長い彼女ならば、真夜の正体も知っているかもしれない。

『風鳴司令と呼んでもらってもかまわないのだが……。そんな事よりどうした?敵襲か?』

「さっき、真夜っていう小夜さんの親戚と一緒にいたんですけど、どうも怪しくて正体を聞き出す前に逃げれられちゃたんです!何か心当たりはありませんか?」 

『小夜の親戚……?いや、そんな事はないはずだ。ヒビキの協力者を洗い出すために親戚周りを調べたが、真夜なんて名前はなかった。ヒビキに次ぐ侵略者側の装者かもしれない。なんとしても正体を暴いて欲しい。こちらもその人物を捜してみる』

「はい!」

 セレナは真夜の走っていったであろうルートを辿り、彼女の姿を探す。土地勘のない真夜は確実に逃げ切るためにも人通りが少なく、かつ遠くに逃げられそうな道を探すはずである。

(いた……!)

 ほとんど勘頼りの不安定なルートだったものの、無事に真夜のいるところまで追いつけた。セレナはアガートラームを握りしめ、相手の出方を探る。場合によっては、また人を切らなければならないのだ。

「もう、危ないところだったわ……。バレたら一巻の終わりっていうのに、なにやってるのよ、私……」

 真夜は息を切らしながら周囲にセレナがいないことを確認している。セレナは背後からゆっくり近づき、真夜を取り押さえようと忍び寄る。あまり時間をかけては意味がないので、一気に距離を詰めなければならない。

 後一歩で真夜を捕まえられると思ったそのとき、背後から忍び寄る気配を気取られ、伸ばした手を掴まれて、背負い投げされて真夜に取り押さえられてしまった。

「誰!?……って、セレナちゃん!?なんでここに……?」

「だって突然逃げ出すから、追いかけてきたに決まってるじゃないですか……。いきなり逃げるなんて酷いですよ」

 真夜はセレナが追いついてきたことに驚いていたようで、セレナも背中の痛みをこらえながら真夜と向かい合う。

「えっと、ごめんなさい……。ビックリしちゃって……あはは」

 真夜はセレナを起こすと、ついでに服に付いた土なども落としてくれた。だが目を合わせようとしてくれず、目が泳いでいる。セレナを投げ飛ばしてしまったことに対して必要以上に動揺しているようにも見える。

「それじゃ、単刀直入に聞きます。あなたは一体誰なんですか?」

 セレナは真夜を刺激しないように、優しく問いかけた。真夜もどう答えていいのか分からなかったようだが、少し間を置いて、話す決心をしてくれたようだった。

「私は、事情があって本名は言えないけど、小夜に会いに来たただのアメリカ人よ。ウェルとは前の職場で色々とお世話になった人で、ケミカルバーガーもよく食べてたわ」

 真夜の話に対してセレナは黙って話を聞いていた。彼女の正体に迫るためにも、一言も聞き逃す訳にはいかない。

「ねえお願い。小夜に会わせてくれないかしら。一目会うだけでもいいの」

 真夜の頼みを無碍にする理由もないが、セレナがその判断を下せるかと言われれば、非常に判断に迷うところであった。彼女のこの態度は演技で、実は小夜を狙っている可能性だってあるのだ。

 そんなセレナの思考を遮るかのように、何も前触れもなく現れた怪獣が吠えた。今まで怪獣が現れるような兆候は見受けられなかった上に、警備の厳しいこの地域で侵略者が潜伏していたとは思えない。

 怪獣の出現を見たセレナは、すぐさま本部に無線を入れた。この異常事態であれば、なにかしらの情報を手に入れているはずである。

「こちらセレナ。目の前に怪獣が出現しました!指示を!」

『ああ。こちらでも把握している。該当する怪獣は、怪獣酋長ジェロニモン。怪獣を蘇生させる能力を持っている。総力戦も考慮した作戦プランを検討中だ。各地に配備した装者達も呼び戻す』

「了解しました!真夜さんを連れて一時避難します!」

『了解。こちらも響を向かわせる。回復したばかりで無茶はできんが、露払い程度ならできるだろう』

 ツバサとの通信を終え、セレナは真夜の手を取って逃げようとする。ここでレイオニクスギアを発現させて立ち向かおうにも、彼女の安全を確保しなければ巻き込んでしまう。

「逃げますよ!」

「えっ?う、うん!」

 セレナはそのまま走り出す。周囲の道や避難所の位置は頭にたたき込んである。ここからでは少し遠いが、逃げられない距離ではない。

「セレナちゃん!」

 大通りに出ると、上から響が飛び降りてきた。真夜は響の顔を見て驚いたようだが、響は真夜独特の雰囲気を見ても全く動じない。

「あなたが真夜さんですね?避難所まで護衛します!」

 響に真夜を預け、自分も本部に帰投しようと考えていた時、空間が歪み、黒い人影が現れた。メフィラス星人ジュピアである。その手には、黒いバトルナイザーが握られている。

「まさか、私が直々に戦場に出てくるなんて思いませんでしたよ」

「バトルナイザー!?なんで!?」

「別に珍しいものでもないでしょう。レイオニクスは各惑星に一人現れるもの。私たちの中に一人ぐらいいても不思議ではないでしょう。特に、私はジェロニモンがお気に入りでね。アレがいれば絶対に劣勢にならない」

 ジュピアは見せつけるようにバトルナイザーを見せる。侵略者が幹部を倒されても平然としていた根拠は、ジュピアにあったのだ。ジェロニモンの生死を入れ替える能力があれば、倒された見方を無限に生き返らせることができるのだ。

「少し計画に誤差が出ましたが、まあいいでしょう。すぐに修正できる」

 恐らく彼は手負いの響では返り討ちにあうのが関の山だろう。セレナが戦うと仮定した場合でも、真夜を守り抜くことは難しい。であれば、ここでの最適解は一つしかないだろう。

「立花さん。真夜さんを頼みます」

「セレナちゃん、大丈夫?」

「ええ。私だって立派なシンフォギア装者ですから。一人でも戦えます」

 真夜を響に預け、セレナはペンダントを強く握りしめる。正直なところ、怖いわけがないが、引き下がるわけにはいかない。

「うん。すぐに応援を呼んでくるから、それまで頑張ってね。私もすぐに戻るから」

 響はセレナを信じ、真夜を抱えて跳んでいった。セレナも聖詠を詠い、ギアをまとう。剣を構えて、ジュピアと向かい合う。

「素晴らしい。この世界のあなたもそうですが、愛情とは本当に素晴らしいものです」

 ジュピアとセレナはしばらく互いの様子を伺っていたが、その静寂を破ったのはジュピアだった。彼の発射した光弾をセレナの剣が弾き、戦いの幕が上がった。

 飛んでくる光弾をかわしながら、セレナはジュピアの懐に飛び込み、大きく開いた傷口を狙う。だがジュピアも黙ってはおらず、セレナの刃を弾き飛ばした。セレナの小さい体ではジュピアの懐に容易に飛び込むことはできても、ジュピアの腕力に耐えきれず一緒に吹っ飛ばされてしまう。

 空中で姿勢を立て直し、ジュピアの背中を見せないように着地をしたものの、目の前にジュピアが迫っており、防御する暇も与えずにセレナを殴り飛ばした。ジュピアは地に伏したセレナの首を掴んで持ち上げる。最後の力を振り絞り、セレナはジュピアに一太刀でも浴びせんとするが、すぐにでもはたき落とされてセレナは対抗手段を失った。

「小さいあなたでは駄目でしたね。本当に残念でした。あなたの細い首を折ればすぐに終わります。ですが……」

 ジュピアはセレナの首に込める力を強め、セレナの顔が苦悶の色に歪んだ。

「どうせ死ぬんですから、苦しんでくれたほうが気晴らしになります。じっくりと絞めることにしましょう」

 セレナは必至にもがき苦しみ、一刻も早くジュピアの拘束から逃れようとするが、体格差もあってかジュピアの腕が離れることはなかった。

 まるでセレナの抵抗をあざ笑うかのように締め付ける力が強くなっていき、セレナのもがく力も徐々に弱くなっていく。そしてギアを維持することもできなくなり、抵抗を続けていたセレナの手足も力を失い、セレナは糸の切れた人形のように動かなくなった。既に瞳には生気を宿しておらず、意識が残っているかすら疑わしかった。

「弱い。あまりにも、弱い。もう少し粘ってくれると期待していたのですが、残念です」

 ジュピアの力では、ただの少女に過ぎないセレナの首を折ることなど造作もない。これ以上セレナが抵抗してこないとハッキリと分かっているので、ジュピアはこれ以上楽しむ必要もなく、そのまま握る力を強めた。

 

 

 全国に散っていた装者の中で、一番最初に現場に駆けつけることが出来たのは奏だった。セレナが一般人を逃がすために単独で敵と交戦しているという情報を受け、補充のLiNKERを受け取り、すぐに駆けつけた。調は出現したジェロニモンに対する切り札として出撃させるわけには行かず、翼達の帰還はまだ先である。響はまだ本調子ではないが故に、敵の幹部と対峙させる訳にはいかない。

(クソっ、こんな時に……!)

 装者が全国に派遣されると決まったとき、最終的に戦える装者はセレナしか残らないことははっきりと分かっていた。だが、あの時はまさか敵の幹部が攻めてくるとは予想することは出来なかったし、セレナがまだ他の装者と比べて幼いこと、彼女が本部防衛の要であるという理由で派遣することはできなかった。まさに最悪の事態とはこのことだった。

 奏が現場にたどり着くと、そこには見慣れない装者の姿と、右腕を切り落とされたジュピアの姿がそこにあった。

「まさかあなたがそうするとは……」

 ジュピアと対峙していた装者は、明らかに異質だった。傷んで変色した長い髪とボロボロに擦り切れたマント、そしてその隙間から垣間見える、先端の折れ、所々が傷んだアーマー。それはシンフォギアというより、亡霊と呼んだほうがふさわしい程、それは異質な雰囲気をまとっていた。

「本当に残念です。シンフォギア使いをひとり潰せると思ったのですが」

 ジュピアは傷口を押さえながら撤退していった。同時に本部に迫っていたジェロニモンも消滅し、ジュピアを対峙していた装者がこちらを向いた。仮面を被っているのでその素顔は分からないが、顕になったその姿は、奏も非常に見覚えのあるシルエットをしている。黒いガングニールをまとい、倒れていたセレナに手を伸ばす。

(狙いはセレナか……!)

 謎の装者がセレナを狙う理由はわからないが、得体の知れない人物にセレナを渡す理由もない。奏はアームドギアを構え、セレナに手を伸ばすその人物の前に躍り出た。

「悪いがこの子は渡せないな。お前は誰だ?」

 ガングニールの刃先を向け、謎の装者を牽制する。正面から対峙してわかったが、全体的に傷みきった黒いガングニールを纏う彼女の手足に、黒く光る枷のようなものが取り付けられていた。ボロボロのギアとは対象的に、その部分だけが真新しいのがかえって不気味である。

「……フィーネ」

 ジュピアの相手で消耗し、奏を相手取る余力もないのか、謎の装者はそれだけを言い残してその場から去っていった。奏はフィーネと名乗った装者を追うこともせず、彼女が逃げ切ったことを確認すると、背後で倒れていたセレナの方を向き直った。

「弱々しいが息はしてる……。間に合ってよかった」

 奏は安堵の笑みを浮かべると、セレナを担いでその場を後にする。ジュピアの撃退した謎の装者フィーネは敵か味方かは分からない。ただ今は、セレナが無事であるという事実を奏は喜んで受け止めるだけだった。



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第35話「幽槍・ガングニール」

 

 

メフィラス星人ジュピアの侵攻、謎の装者フィーネの出現と立て続けに異常事態に見舞われ、ツバサはキャロルと2人で執務室で意見交換を行っていた。キャロルは黙々と今回の戦闘データなどに目を通して意見を自分の中でまとめているようだった。

「それで、お前はどう思うんだ?」

「ジェロニモンの能力を考えれば、フィーネを名乗った人物の正体は必然と絞り込めるだろう」

 ジュピアに敵対しているとはいえ、フィーネがこちらの敵にならないとも限らない。ガングニールの適合者となればアメリカ政府のデータベースや日本に残っているデータを探せばその正体は容易に割り出せる。問題は彼女がジェロニモンの能力で蘇生された人間なのか、それともジュピアが雇って呼び寄せた装者なのか、という点が不明であるということだ。それが分からない以上、特定には時間がかかるだろう。

「まだ正式な決定にする訳にはいかないが、侵略者と敵対するシンフォギア装者となれば、我々の戦力に加わってくれるかもしれない。敵と断定するのは早計だな」

 戦いが熾烈を極めるに連れて、装者たちの負傷が目立ってきている。徐々に回復しているとはいえ、今後のことを考えると戦力は一人でも多く確保したいのがツバサとしての意向だった。

「そうか。確かに交渉の余地が無いと決まったわけじゃないからな。立花響はどうした?帰還報告が届いていないが……」

「あぁ。そのまま保護した一般人の保護を続けると報告を受けた。相手は小夜の親戚を名乗っているが、セレナの話を聞く限りではかなり不審な点が多い。」

 侵略者の中でも重要な立場にあると目されているジュピアが出てきたのだ。戦いは終盤に向かっているというのが現在のS.O.N.Gの見方である。

「それと、暁切歌の除染もかなり進んだ。時期に目を覚ますはずだ。ギアがまとえる段階まで回復した時点で、元の世界に送り返せ。さすがにそこから先は面倒を見きれん」

 キャロルは手元にある切歌の治療経過を見ながら告げた。元々、LiNKERを要する装者については期待していなかった。最悪の場合、響達を逃がすための囮とするつもりだったのだ。だが、調はレイオニクスとして覚醒し、マリアは小夜の戦意を維持するために欠かせない人材となった。その中で唯一、切歌だけが貢献するどころか調を拉致するという面倒な結果を持ち込んだ。装者の数は多いに越したことはないが、切歌にこだわる必要はないのだ。

「それでは失礼する。他の仕事が待ってるからな」

 キャロルはそれだけ告げて執務室から去っていった。一人残されたツバサの憂いは、まだ晴れない。

 

 

 調は今日も切歌の治療室の前で彼女の見舞いに来ていた。経過は至って順調で、目を覚ます日もそう遠くないと聞いて、少しだけ安心している。

「……またここにいたの?飽きないね」

 廊下の奥から、こちらの世界の自分がやってきた。以前、彼女に押し切られて仕方なく彼女の影武者を頼まれたのだが、すぐにばれてしまったのは記憶に新しい。

「もう、しっかり影武者やってよ。妙に大人しいからバレちゃったじゃない」

 シラベは顔をあわせるなり悪態をついた。普段は意識することがなかったが、こうして顔を合わせると、体の大きさや雰囲気がまるで違う。平行世界(もしも)の自分がここまで変わるともはや別人である。今のところ、一番相違が少ないのは翼ぐらいのものである。

「ごめん……」

「ま、私たちってほとんど別人みたいなもんだし、はいそうですかってできたら苦労はしないか……」

 シラベは自分にもっと不満をぶつけたいようにも見えたが、調の態度を見て、あまり強くは言おうとしないのが見て取れる。だが縮こまっている調を見て、少し苛立っているのも事実のようだった。

「切歌ちゃん、だっけ?大切な人に構うのはいいけど、実戦で足引っ張らないでよ」 

「う、うん。ごめん……」

「ばぁっ!」

 シラベが悪態をついている最中、通りすがりのクーちゃんがいきなり現れ、2人を驚かした。調は驚いて声も出ず、シラベはまたか、といった顔をした。

(これが、こっちの世界のクリス先輩……。全然違う人、本当にクリス先輩なのかな?)

「もうダメだよ、そんなこと言ったら?シラベちゃんってばただでさえ友達が少ないんだから、仲良くしてくれる人は多い方がいいでしょ?」

「別に。私には小夜がいるし、セレナちゃんの方がだってしますし。余計なお世話ですよ。クリスさんは黙っててください」

 やはりシラベもクーちゃんに苦手意識があるようで、クーちゃんがやってくるなり鼻を鳴らして去っていった。

「ごめんね~。シラベに悪気はないんだけど、口が悪くってさ。あんなんだから、小夜(セレナ)以外の友達がいないんだよね。まあ、本人があそこまでストレートに言ってくるってことは、そこそこ信頼されてるってことなんだけど……。仲良くしてあげてねっていいづらいけど、邪険にしないでくれるとうれしいな。はいこれ、差し入れ」

 クーちゃんが差し出したのは、コンビニでも売られているあんぱんだった。特に何の変哲もないあんぱんだが、調達の世界のクリスが食べているのと同じメーカーが出しているあんぱんのようだった。

「こんなんでごめんね。今お金無くてさ~。切歌ちゃん、早く治るといいね」

 クーちゃんは本当に挨拶によっただけのようで、調に簡単に謝罪をして去っていった。クーちゃんとクリスは雰囲気やしゃべり方こそ違うものの、『後輩思いの先輩』という点はあまり変わらないようだった。

(でもこれ、こしあん……)

 平行世界(もしも)のクリスは、やはり限りなく本人に近い別人であるということに変わりはないようだった。

 

 

 クリスが訓練を終えてシャワー室にはいると、たまたま未来と小夜がいた。2人ともシャワーを浴び終わった後で、ゆっくり話し込んでいる最中のようだった。

「そう言えば小夜ちゃん、こっちの私って今どうしてるの?」

「そうですね……。小学校を卒業してから、会ったことがないのでよくわかりませんが、多分元気だと思います。昔、よく遊んでもらってたんですけど、リディアンじゃなくて、地元の学校に行ったとしか聞いていないんですよ」

「へえ、まあ私もここにいること自体偶然みたいなものだし、それも私なんだよね……」

「そういや、おまえは両方の世界のほとんどの奴らと面識があるんだよな?アタシら結構違うから、最初は戸惑ったりしただろ?」

 クリスは手早くシャワーを終わらせて、未来の隣に座る。最初は小夜しかいなかったが、今ではこちらの世界の装者全員がここにいる。両方比べてみると、クリスとクーちゃんのように別人に近いものから、そこまで相違がない人物もいる。マリアのように比較のしようがない人物もいるが、

「最初はビックリしましたよ。みんな知ってる顔なのに、ぜんぜん別人みたいで。あのときは私も私のことでいっぱいいっぱいでしたし、そこまで意識する余裕もありませんでしたが」

まだクリス達がここに来て一年も経っていないが、最初の頃が遠い昔のように感じる。最初はここまで長期にわたってこの世界に留まるとは思わなかったが、時間の早さを実感させられる。

「みんな大変!セレナが飛び出して行っちゃったの!」

 クリス達が話に花が咲かせていると、あわてた様子のマリアが駆け込んできた。セレナが飛び出していった、その一言で全員が臨戦態勢に入った。この世界にきて一番負傷の激しい彼女が

「おい、何かあったのかよ」

「さっき、響から援軍要請があったの。また敵が攻めてきたって。それを聞いたセレナが飛び出して言っちゃったの。場所はここからそう遠くないし、ギアのアシストがあればセレナでも行ける場所なの。お願い、セレナを止めてくれないかしら?」

 マリアの申し出を受けて、クリス達はギアを取り出して身構える。幸い、本部防衛に支障をきたすような人数ではない上に、敵の本丸をたたけば消耗戦を避けられる。ツバサを説得するには十分だ。

『緊急事態発令、ペドレオン、バグバズン、アラクネアの侵攻を確認。装者は迎撃準備にあたってください。繰り返します---』

 だがそれを阻むかのように敵襲を告げるアラートが鳴り響いた。クリス達はすぐにでもセレナを追いたい気持ちを必死にこらえ、司令室へと向かった。

「来たか。状況を説明する。マリアが言ったように、セレナが逃げ出した。恐らく行き先は響が護衛している一般人のところだろう。すぐにでも回収部隊を編成したいが、敵の侵攻がある以上、まずは本部防衛が最優先だ。本部防衛には小夜、小日向、奏の3名が、回収部隊には月読と雪音、もう一人の私が向かって欲しい。フィーネを名乗るガングニールの装者と交戦になる可能性がある。そうなったら、対象の保護が最優先だ。生きていれば状態は問わん」

 ツバサから各人に通達が出された。しかし、本部防衛の観点から、遠征任務に当てられていなかった調が回収任務に当てられることには違和感があった。

「いいか、敵のメフィラス星人は例鬼楠であることが確認された。あのジェロニモンは野生の個体以上の能力がある可能性が高い。シュルシャガナができることならファイブキングを操り撃破して欲しい。無理ならレイキュバスで凍りづけにしろ。援軍を派遣する」

 隣に控えていたキャロルが今回の作戦に付け足しをした。レイオニクスが操る個体が強いことはファイブキングの騒動で証明済みである。確かに調は切り札になりうるが、いたずらに戦力を消耗しない為に彼女の力を使うほかない。

「それでは作戦を開始する。各人、配置につけ!」

 ツバサの号令で装者を含めた全職員が配置につく。回収部隊に任命された装者達は、マリアの運転する装甲車に乗り込み、防衛任務に当たる装者と本部の入り口で別れた。

 

 

 現場に到着すると、そこはリディアン跡地よりさらに奥にある、廃墟だった。何かの処理場だった跡があるが、ボロボロになった建物からは推測することが難しい。

 中からは金属音がかすかに聞こえ、敵襲から響が孤独に戦い続けてるのが分かった。

「行くぞ」

 翼の合図で中に入り、敵影を探る。だが中は不気味なほど静まりかえっており、敵がいないことを確認すると、音のする方へ急いで向かった。

 音の場所にたどり着くと、その光景に翼達は目を疑った。戦っていたのは、武装したジュピアと、報告にあった謎の装者(フィーネ)が交戦していた。響の姿は見えないが、今はとにかくジュピアを撃退することが最優先である。

 クリスは2人めがけてガトリングで牽制し、翼と調がその間に割って入る。続いて調のコンテナから放たれた鋸がジュピアの装甲を削り、わずかに後退させた。

「雪音!月読!そいつは任せるぞ!フィーネは私に任せておけ!」

「あいよ!」

 クリスはフィーネとの相手に翼を専念させるために、ジュピアを押さえつけて、建物の外まで押し出した。翼はクリスたちが出ていったのを確認すると、剣先を向けた。

「貴様、そのガングニールはどうした?もう2人、この辺にいたはずだがな」

「……知らないわ。これは初めから私の物よ」

「しらを切るつもりか……!」

 彼女が報告どおり、1人でジュピアを撃退し、また補給もなしに彼と対等に渡り合っていたのなら、相当な手練ということになる。もし戦闘になった場合、苦戦は免れないだろう。

「今、貴様は捕縛命令が出ている。抵抗しなければ手荒な真似はしない」

 フィーネを刺激しないように、翼は慎重に投降を促す。彼女がS.O.N.Gを狙ってきた敵の手先でないのなら、不必要な争いは避けるはずだ。

「それで、あなたは私に何をするつもりなのかしら?」

 少し考え込んだ後、フィーネが発した言葉がそれだった。翼は次のカードを考える。まだ完全に彼女を信用できるわけではないので、武装を解いて、彼女警戒心を和らげる事は非常にリスクが伴う。仮面で素顔が見えないが、彼女がこの世界のフィーネと仮定した場合、武装解除と同時に襲いかかってくる事もありうるのだ。

「こちらとて、貴様の身元を確かめねばならない。フィーネを名乗っている以上、放置するわけにもいかん」

「そう。悪いけどこちらにはあまり時間がないの。ここで時間を浪費する訳にはいかないもの」

 フィーネは翼の要求を呑むつもりはないらしく、槍を向けた。翼はこうなるようなことは想像していたが、フィーネが投稿してくれることも内心期待していた。だが、それが叶わないとなった今、彼女を撃破しなければならない。

「あなたこそ、ここで大人しくしてれば悪いようにはしないわ」

「断る。貴様には答えてもらわねばなるまい。立花の行方、そのギアの出所、貴様の正体をな!」

 翼はフィーネを捕まえるために、先に勝負を仕掛けた。油断できるような相手ではないが、翼とて素人ではない。対等には渡り合えるはずだと信じていた。

 向かってくる翼にフィーネは動じることもなく槍を振るう。一太刀交え、フィーネの戦い方が響のような豪快なものではなく、マリアや奏のように訓練されたマニュアルに従った戦い方をしているのが伝わってきた。それは彼女が一人ではなく、組織の人間であることを意味している。

「貴様、どこの人間だ?」

「アメリカ、とだけ答えてあげるわ」

 フィーネはそれ以上のことを語らず、翼との刃を交える。彼女の戦い方に迷いはないが、それとは違う何かを感じる。間違いなくフィーネは手練れだが、一撃一撃に彼女自身の心が乗っていない。本当に学んだとおりの機械的な戦い方をしている。

「このままではラチが開かん……。やむを得ん!イグナイトモジュール、抜剣!」

 対人戦でのイグナイトモジュールの使用は躊躇するところもあったものの、装甲(アーマード)メフィラスと戦わせているクリス達に負担をかけてしまう。確かにフィーネを捕まえることは重要だが、あくまで翼達の目的は地球を守ることなのだ。目の前の敵を放置していい理由にはならない。

 イグナイトモジュールを身にまとい、改めて2本の刃を構えて向かう。フィーネは姿が変わったのを見て、驚いたような素振りを見せたが、槍を握り直して翼と合間見える。

(正直な話、二刀はそれほど得意ではないが、四の五の言っていられないか)

 翼は利き手でマリアの槍を受け止め、逆手の剣で彼女の槍をねらう。彼女の槍を弾き飛ばせれば、彼女の攻撃手段はなくなる。彼女も投降してくれると翼は確信した。

「さすがにこけおどしじゃ、無いわね!」

 翼の出力があがったのを体で感じ取り、フィーネはマントをひるがえして翼から距離をとった。ボロボロのマントではマリアが使っていたときのような強さは見せなかったものの、翼を少しだけ引き離すには十分な力を持っている。

「流石に分が悪いわね……」

 フィーネはギアの性能差を実感しているのが分かり、撤退をしようとしているのか周囲の様子を伺い始めた。翼は彼女を捕らえるべく、最後の一撃を構える。

「逃がすか!」

 翼は剣を一本の大剣に束ね、フィーネの喉仏に狙いを付ける。実際に首をはねるわけではないが、彼女への最後の威嚇としてそこを狙うしかない。

 最後の一撃を構え、ブレることなくフィーネに向けて一直線に突き進む。直前で止まるとはいえ、手を抜くようなことはしない。

「待ってください!」

 フィーネの首に刃が届こうとしたとき、セレナが二人の間に割って入り、翼は足を止めざるを得なかった。セレナはギアをまとっているが、息を切らしていて、今さっきここに到着したようだった。

「風鳴さん、待ってください。その人、悪い人じゃ、無いん、です」

 絶え絶えの息でセレナは翼を引き留める。翼は勢いを無理矢理殺したために、剣を放り投げて強引に攻撃を逸らすことしかできなかった。

「セレナ!なぜ邪魔をする!」

「待ってください。だって、この人は……」

 セレナはなにか言いたいようだったが、それを言うことをためらっているようだった。実際、フィーネもセレナの言いたいことを察してしまっているようで、逃げるに逃げられずにいるようだった。

「この人は悪い人じゃないんです。ただ、なにか事情があって私達と一緒にいられないだけで……」

「確かに、セレナの言うとおりなのかもしれない。だがセレナ、目的を履き違えるな。私達はこの世界の平和を守るために戦っているのだ。一刻の猶予もない今、分かり会えるだけの時間があるか?」

 イグナイトの起動限界が迫る中、翼は小刀を取り出し、フィーネを見据える。彼女を殺すつもりはないが、セレナのようにゆっくり対話している時間もないだろう。

「話し合って分かり合える。立花のように綺麗事で解決できればそれに勝るものはない。どうしたって分かり合えない事だってある。時には剣を取り、誰かを傷つけなければならないことだってある。私は立花のように真っ直ぐは生きられない。ならば、私が立花の代わりに剣を取り、汚れ役を買って出るしかないだろう……!」

 響の手を不必要に汚さないためにも、剣を取り、敵と戦う。それが翼の結論だった。立花響は正義のヒーローである、という定義を崩さないためにも彼女に任せられない汚れ仕事を引き受ける。それが響と付き合いの長く、やや不器用な翼が決めた彼女なりの接し方だった。

「だから、違うんです。この人は―――」

 なおフィーネを討たんとする翼に、セレナはしびれを切らし、セレナを押しのけて進もうとした翼を突き飛ばし、同時にイグナイトの時間が切れて翼のギアが解除された。

「ちょっと、失礼します!」

 いきなりセレナに突き飛ばされ、何が起こっているのか理解できていない翼を尻目にフィーネの仮面に手を伸ばす。フィーネは仮面を取られまいと引き下がったが、セレナは迷わずにフィーネの仮面を殴り飛ばした。セレナの全力を持った拳はフィーネの仮面を打ち砕くのに十分な力を持っており、仮面を砕かれたフィーネは素顔を晒さないように顔を伏せた。

「いつ、分かったの?」

「最初にあった時から、です。それに、私を助けてくれたじゃないですか。悪い人には思えなかった。ただ、それだけです」

 フィーネはセレナの言葉を受けて、笑みをこぼしつつ、ゆっくりと顔を上げる。顕になったフィーネの顔を見て、翼は驚愕せざるを得なかった。

 

 

 フィーネとジュピアを引き離したはいいものの、苦戦が続いていた。連携に問題はない。実力も十分に出せているのにもかかわらず、それでもジュピアとの実力差は圧倒的だった。

「本当にシンフォギア使いというものは不快です。あと少しであの娘を仕留められるはずだったのに」

「そんなん知るかよ!」

 ジュピアの義手が変形し、サーベルとなってクリスに襲いかかった。銃身で剣を受け止め、ゼロ距離で発砲する。銃弾はジュピアの装甲を貫くことは叶わなかったが、

「あたしらはてめえの都合なんざ関係ねえよ。テメェらがあたしらの星を荒らすから、それを収めているだけだ」

 クリスは少し距離を取り、弓を展開してジュピアの関節を狙う。だがその発想もジュピアには読まれており、あっさりと装甲で弾かれる。短く舌打ちをしてガトリングでジュピアを牽制し続ける。もしこの場でミサイルや手榴弾が使えれば、あの装甲を歪めて弱点を作ることだってできたかもしれない。一つ弱点が生まれれば、消耗戦は避けられる。だがそれは前衛を買って出てくれている調ごと吹き飛ばす事になりかねない。彼女を下がらせても爆風を完全に避けられるほどの時間があるとも限らない。

「本当に目障りです。羽虫のごとく、叩き伏せれば、あなた達は黙るのでしょうか?」

 ジュピアはバトルナイザーを取り出し、ジェロニモンを召喚した。召喚されたジェロニモンは大きく吠え、クリス達を踏み潰そうと足を上げた。

 すかさず調もレイキュバスを召喚し、ジェロニモンを押しのけた。レイキュバスは冷凍ガスでジェロニモンを氷漬けにし、

「おい!あの、でかい混ざったやつじゃねえのか?あれ結構強いんだろ?」

「すみません。私もあれ以降何回かやったんですけど、駄目でした。素材になってる怪獣は呼び出せるので、私の怪獣は今5体です」

「しれっとすごいことになってんだな……」

 現状、一人同時に一体までしか保有できないという状況の中、調が5体も連れていると知り、キャロルが調を切り札として据えている理由がわかった気がした。

「5体?それがどうしたというのです。数だけが多くても、戦況が覆ることはありえませんよ」

 ジェロニモンはすぐに起き上がり、背中に生やしている羽を飛ばし、レイキュバスを押し返す。

「レイオニクスの怪獣は野生の個体とは似て非なるもの。まだ覚醒して日の浅いあなたに遅れを取る理由はありません」

 ジュピアの言動とは裏腹にジェロニモンはレイキュバスの冷凍ガスで氷漬けにされ、身動きが取れなくなった。だが同時にジェロニモンの周囲に火の玉のようなものが上がり始め、レイキュバスを襲う。調はガンQを召喚して一時的な盾とするも、不規則に動き回る火の玉を吸収しきれず、レイキュバスも撃墜することができない。

「そして、レイオニクスはただの怪獣使いではない!」

 ジュピアの言葉に呼応するように、氷が内側から打ち破られてジェロニモンが動き出した。火の玉に翻弄されているガンQを掴み、いとも簡単に投げ飛ばした。続いてレイキュバスを殴り飛ばし、圧倒的な実力差を見せつける。

 それだけに飽き足らず、レイキュバス達の指揮に気を取られている調を隙を突き、蹴り飛ばした。クリスは地面を転がった調を守るためにジュピアの前に立ちふさがって押し返そうとするも、クリスの弾丸はジュピアの装甲に弾かれて落ちていく。

「当然、レイオニクス当人が死亡すれば、怪獣だって消滅します。ですからレイオニクスのステータスには、当人の強さも考慮されます」

 サーベルを構え、ジュピアは調にとどめを刺そうとする。調は急いで立ち上がり、ジュピアから逃れつつレイキュバス達を操って少しでもジェロニモンに押し勝とうとしたが、全て虚しい抵抗でしかなかった。

「レイオニクスはただ1人残ればいい。あなたがファイブキングを制御できてしまうのは大変不都合です。不要な芽は摘み取ってしまいましょう」

 ジュピアは跳び上がると同時に調を回り込み、サーベルで調を貫こうとした。

 だが調の体にサーベルが貫かれる衝撃が来ることはなく、代わりに誰かに突き飛ばされるような感覚が襲った。

 反射的に目をつむっていた調が恐る恐る目を開けると、そこには胸元を貫かれ、血を流したクリスが立っていた。ジュピアはサーベルを引き抜いてクリスを蹴り倒した。

「クリス先輩!」

 調はクリスを反射的に抱えた。クリスなりに急所は外したようだが、どの道この傷では助からないかもしれない。

「しっかりしてください!クリス先輩!」

 クリスは調に何かを伝えようとしているようだったが、目に見えて弱っているので何を言っているのかを理解するのは難しい。

「残念ですねぇ。あなたが弱いばかりに、お仲間が次々と倒れていきます。いっその事、あなたが死んだほうがお仲間のためではないですか?」

 ジュピアの刃先は既に調を捉え、本来であればクリスの犠牲を無駄にしないためにも、ここは逃げなければならないはずなのに、調の体は動かない。抵抗しないことを良いことに、ジュピアは剣を振り上げた。

『Zeios igalima raizen tron』

「何!?」

 だが今度は空か舞い降りた1人の影がジュピアの剣を弾いた。

「……調が弱い?当たり前デス。欠点だらけデス。アタシが一番良く知ってるデスよ」

 その人物は、鎌を構え、ジュピアを睨みつける。その声、武器、仕草を見て、曇っていた調べの顔が明るくなった。

「だからこそ、アタシたちは9人でここにいるデス。今思い出したデス。アタシたちはみんな弱くて、間違えてここまで来たデス。手を取り合って、弱いところを補い合って、みんなでここまで戦ってきたデス!」

 彼女は鎌を構え直し、ジュピアに切りかかる。ジュピアは動揺しているのが伝わってきたが、すぐにサーベルで応戦する。

「早く逃げるデス!早く手当できればクリス先輩が助かるかもしれないデス!」

「ありがとう……切ちゃん!」

 調のピンチに駆けつけた人物、それは致命傷を負い、前線を退いていたはずの切歌だった。

「暁切歌、一回限りの大立ち回り、見せてやるデス!」

 切歌は血反吐を吐き捨てると、調が逃げる時間を稼ぐために命をかける覚悟をした。



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第36話「悪魔の最期」

 遡ること数分前、目を覚ました切歌は調が出撃しているという知らせを聞き、急いで出撃準備を進めていた。着替えを済ませ、今行われている作戦、これまでに起こった出来事をまとめられた書類に目を通していく。本来であれば、じっくりと情報共有をするべきなのだが、調が出撃していると聞いて、落ち着いてはいられなかった。

「ねえ、本当に行くの?あなた目を覚ましたばかりで適合率とか大丈夫なの?」

 後ろではこの世界のシラベが口を開いた。目を覚ました時、シラベが全くの別人だったので戸惑いもしたが、本人はさほど気にしてないようだった。

「アタシたちの調が戦っているんデス。ここで寝てる訳にはいかないデス」

 切歌は衣服を整え、ペンダントを握りしめて外に出ようとする。すると、シラベが一回分のLiNKERを差し出した。

「これ、マリアさんの実験に使う予定のLiNKER。負荷を軽くするために薄めてあるから、効果時間は短いし、ギアの性能だって落ちる。本当に時間稼ぎ用のやつだけど、使う?」

「当たり前デス!」

 LiNKERを受け取り、切歌は飛び出していこうとする。シラベはため息を付いてペンダントを取り出した。

『Rei shen shou jing rei zizzl』

「あれ?ギアまで別物デスか?」

「うんそう。送ってくから、掴まってて」

 シラベに掴まると、周囲の景色が万華鏡のようにたちどころに入れ替わっていく。慣れない景色に酔いそうになったが、必死にこらえる。周囲の景色が定まると、調達が戦っているのが遠くに見える森の中だった。

 慣れない移動で、切歌は一瞬立ちくらみをしたがシラベに支えられてすぐに感覚を取り戻した。

「うぅ……未知の体験だったデスよ……」

「別に酔うのは勝手だけど、あっち、ヤバイみたいよ?」

 シラベが指した方向では、調を庇ったクリスが血を流しながらぐったりとしていた。

「もう大丈夫デス……。言われなくても、行ってくるデスよ。クリス先輩を頼むデス!」

「行ってらっしゃい」

 切歌はシラベから離れると、特製LiNKERを打ち、調のところへ向かっていった。

 装甲(アーマード)メフィラスのサーベルを防ぎ、調を絶体絶命の危機から守ることに成功した。

 切歌は調を逃がすと、彼女を追おうとする装甲(アーマード)メフィラスをせき止める。通常のギアと比べてアームドギアは重いだけでなく、手足は重りでも付けられてるように思い。体に負荷をかけないようにと作られているだけ合って、本当に最低限ギアを纏うだけのLiNKERだと改めて実感させられる。

「スペースビーストの細胞に汚染された体で、私と渡り合えると思っているんですか?だとしたら、ひどい思い上がりだ!」

 切歌は重い体を引きずり、一撃一撃を弾き返していくが、装甲(アーマード)メフィラスはあざ笑うかのようにバトルナイザーを切歌に突き出した。同時に切歌の体は動かなくなり、敵に背を向けて調が逃げていった方へと勝手に向いた。

「成る程、スペースビーストの細胞を除染したのですね。ですが完璧ではない。やっと人の意識を取り戻しただけに過ぎない。あなたはとうに人間ではなく、怪物(ビーストヒューマン)となっているというわけだ」

 バトルナイザーに突き動かされるように切歌は調の方へ向かっていく。必死に抵抗をするも、既に体は装甲(アーマード)メフィラスの支配下に置かれてしまっているようで、切歌が押し止めることができない。

「あなたに渡した細胞は元々私の怪獣から作られたもの。即ちあなたは私の怪獣なのです。ボスはシンフォギア使いが欲しがっていましてね。あなたを利用するのは非常に簡単だった」

 敵の支配がどこまで続いているのかは分からないが、このままでは切歌は自分の意志が残った状態で調を襲うことになってしまうことは想像に難くない。

「本当はあのレイオニクスを捕まえる計画でしたが、まあ良いでしょう。レイオニクスは私がいますし、レイオニクスを研究材料として消費してしまうのは非常に惜しい。ですが放置しておくわけにも行かない。ならば話は簡単です。シンフォギア使いを操ってレイオニクスを始末すればいい」

 元の世界でウルトラシリーズに詳しい切歌であれば、メフィラス星人の狡猾さは知っていた。だがそれでも実際に体験してみるとは思いもしなかった。

「悪いけど、私の友達は大事にしてくれないかしら?」

 切歌が必死に抵抗している間に、ふと聞き覚えのあるような声が聞こえ、装甲(アーマード)メフィラスからバトルナイザーを取り上げた。同時に切歌の体も自由になった。

「また、ですか……何度私達の邪魔をすれば気が済むのですか」

「はじめからあなたに協力する気はないわ。私は確かに世界が憎い。でも、よその人に渡したくはないの。放って置いて」

「切ちゃん!」

 少し遅れて、調が戻ってきた。そして彼女たちを守るように翼とセレナも合流し、状況は装者側に傾いた。

「月読、暁、ご苦労だった。後で雪音にも謝っておかなくてはな」

「翼さん、あの人は……?」

 切歌を守ってくれたのは、不鮮明な画像だったものの、報告書に載っていたフィーネという装者と酷似していた。彼女とは協力関係ないはずなのに、何故彼女はココにいるのだろう。

「彼女はフィーネと名乗っていた装者、そして立花真夜と名乗っていた女、つまりは―――」

 翼はボロボロのギアを身にまとい、切歌たちを救ってくれた新しい装者の名前を口にした。

「彼女は、この世界の、マリアだ」

 絶体絶命の切歌やセレナを救ったのは、死んだはずのこの世界のマリアだった。

「地球人とはことごとく恩知らずな種族です。せっかくジェロニモンで呼び出したのに、私に逆らうなんて……」

「お生憎様。私は小夜(セレナ)の味方なの。だから私は立花真夜(セレナの味方)として戦うだけよ」

「あぁそうだとも。たとえ彼女が世界を敵に回したとしても、彼女は地球を滅ぼしたいわけではない。彼女にも、彼女なりの誇りがあることを忘れてもらっては困る」

 翼は真夜の隣に立ち、装甲(アーマード)メフィラスと向かい合う。

「あぁ、忌々しい……。ですが、こちらの怪獣にストックはありません。ジェロニモンがいる限り、無限に呼び出せるのですから」

 沈黙を守っていたジェロニモンを操り、次々と怪獣を呼び出す。即座にレイキュバス達を動かし、蘇ってくる怪獣たちを蹴散らしていくが、呼び出される怪獣達は明らかに調の処理能力を越えており、次第に劣勢になっていく。調は焦ってガンQをフォローに回すものの、かえって隙が多くなり2体とも追い詰められていく。

(駄目……。こんなに捌けない……。でも……)

 次第に追い詰められていく中、調の脳裏にファイブキングのイメージがよぎる。レイオニクスの力をすべて開放してファイブキングを呼び出せば、この窮地も脱出できるだろう。しかし制御できていないファイブキングを呼び出せば甚大な被害が及ぶことは想像に難くない。

「大丈夫デスよ。調」

 何かに怯えている調を見かねてか、切歌が震えている調の手に優しく手を重ねた。

「調の力は、アイツとは違うデス。怪獣を自分の道具として操るものじゃなくて、怪獣を一緒に戦う仲間にする力デス」

「仲間に、する?」

 切歌の一言で、調は少しだけ気分が楽になった。調のようにバトルナイザーを扱えない切歌だからこそ、調の力になるように彼女を励まそうとしてるのが伝わってくる。

「アタシには励ますことしかできないデスけど、調が元気になるように何回だって励ますデスよ。大丈夫デス、アタシは大怪獣バトルもしっかり見たデスから、調の力がちゃんと正しいことにも使える力だって知ってるデス!」

 少しちぐはぐ気味になった励ましを聞き、調の顔に笑みがこぼれ、少しだけ肩に入っていた力が抜けた気がした。今ならば、ファイブキングを制御することができる気がする。

「ありがとう、切ちゃん。ちょっとだけ元気出たかも」

 切歌は調の言葉を聞いて、優しく笑った。調はバトルナイザーを握り直し、怪獣達を一度呼び戻すと、中で眠っている怪獣達に呼びかける。いつものように出てきて、戦うように命令するのではなく、一緒に力を合わせて戦おうと頼む。言葉の通じない相手に祈りが通じるかは分からないが、怪獣達は調の意思に応えるように吠えたのを感じた。

 怪獣達の意思を一つに束ね、一体の怪獣を生み出す。少しでも力を抜けば、呑まれてしまいそうなほど大きな力が調の体内を伝う。調はそのエネルギーを手先に集中させ、一体の怪獣を呼び出した。

「お願い、出てきて!ファイブキング!」

 バトルナイザーが開き、一筋の光が解き放たれる。怪獣達が消えたことに余裕を見せていた装甲(アーマード)メフィラスも嘲笑ったが、その後登場した怪獣を見て、隙のない攻撃に一瞬だけ揺らぎが生まれる。

 以前とは違い、制御され、正義の力として呼び出されたファイブキングは、その大きな翼を広げて飛び上がり、熱線で迫り来る怪獣をなぎ払い、冷凍ガスで氷漬けにした怪獣を強靭な足で踏み潰して蹴散らしていく。次々と放たれる熱線も、ガンQの目玉で吸収して跳ね返す。

 ファイブキングの力は強く、調は呑まれないように一つ一つの動作を丁寧に制御していくが、それでもファイブキングは他の怪獣を蹂躙している。5体の怪獣が混ざっているというのは伊達ではなく、他の怪獣にひけをとらないどころか、全く寄せ付けないほどである。

「ファイブキングを制御したところで、経験の差が開いています。所詮はこけおどしです!」

 翼と真夜の攻撃を避けながら装甲(アーマード)メフィラスはバトルナイザーを拾い上げてジェロニモンに指示を出す。今までは怪獣の軍勢の大将として動かなかったジェロニモンが動き出し、ファイブキングに襲いかかる。ジェロニモンの操る羽根の嵐をファイブキングは空へと逃げることで回避し、追ってくる羽根を次々と熱線で焼却していく。

 ファイブキングはジェロニモンの死角に回り込み、ドロップキックで襲いかかるも、ジェロニモンは即座に反応し振り返ってファイブキングを受け止めた。ジェロニモンはファイブキングを投げ飛ばし、口から発した光線でファイブキングに追撃をする。

 しかし空中で姿勢を正したファイブキングはジェロニモンの光線を吸収し、それを跳ね返した。ジェロニモンは光線を放った反動で回避行動を取ることができず、自分で放った光線に捉えられ、中を舞う。華麗に着地したファイブキングは先程とは逆にジェロニモンを手繰り寄せ、レイキュバスの鉤爪でジェロニモンを突き刺しにした。抵抗する暇すら与えられなかった

「確かに、私は怪獣戦の経験なんて無いし、怪獣達をうまく操れる自信なんてまったくない」

 ジェロニモンは先程と同じように凍り付き、ファイブキングはすかさず投げ飛ばして熱線がジェロニモンの体を貫いた。

「でもね、私は誰かを守りたいって気持ちであなたに負ける訳にはいかないの」

 胴体を貫かれ、はるか上空でジェロニモンは爆発四散した。同時に装甲(アーマード)メフィラスも胸の辺りを押さえ、苦しみだした。ジェロニモンの痛みがそのまま伝わっているようで、翼たちが付け入る無防備な姿を晒してしまう。

「その首、討ち取った!」

 翼はよろめいた隙に装甲(アーマード)メフィラスの首を討ち取ろうとしたが、ギリギリでそれは弾かれてしまう。だがその後ろに控えていた真夜の一撃を防ぐことはできず、鎧の隙間に槍をねじ込まれ、そのまま中の肉を抉られる。切れ味はひどく落ちているものの、真夜の一撃はそれを感じさせないほど装甲(アーマード)メフィラスの身体に深く突き刺さった。

「くっ、こんなはずでは……」

「アンタは地球人を舐めすぎたのよ!」

 真夜は間髪入れずに槍を展開し、そこから発射された放出されたエネルギーが装甲(アーマード)メフィラスの身体を貫き、メフィラスはその場で息絶えた。敵が動かなくなるのを確認し、しっかり死んでいることを確認した翼たちはギアを解除して一息をつく。真夜もメガネをかけ直す。

 真夜の姿を見たセレナは何かに気づき、突然真夜の手をとって走り出した。

「ちょっと!いきなりどうしたの?」

「早く行かないと、もう時間がないんじゃないですか!?だって小夜さんに会いたいんですよね!?」

 ジェロニモンの能力で蘇った彼女が、立花真夜という偽名まで使ってまで果たしたかった目的。それは彼女の妹である小夜に会うこと。テロリストの汚名を被った彼女が本名を明かすことはできない。むしろ警戒されるだけである。故に彼女は自分の名前を偽ったのだ。

「もしもし!小夜さんですか!?今大丈夫ですか!?すぐに今から言う場所に来てください!」

 遠い向こうで、S.O.N.G本部へ現れたスペースビーストや怪獣たちが光の粒子となって崩れ去っていく。ジェロニモンが倒れた今、それの能力で蘇った生命が黄泉に帰るのは自然の道理である。ならば、真夜の本懐を遂げさせることこそがセレナにできる精一杯のことである。

 本部の防衛が完了した今なら、小夜がここに駆けつけられるのも不可能ではない。キングジョーとして戦っていたのならなおさらである。

 セレナが小夜に依頼した合流ポイントまで後少しというところで、セレナが握っていた手が空を切り、派手に転んだ。

「痛た……。いきなり手を離さないで―➖➖」

 セレナがふと振り返ると、既にマリアの体は透けていて、手を掴もうとしても虚しくすり抜けるだけだった。

「やっぱり、間に合わないわね。もうちょっとだけ顔を見たかったんだけど」

「そんなことないです!もう少しなんですよ!?」

「ううん。もういいわ」

 真夜の身体は消える寸前であり、自分が消える時間がもう迫っていることを感づいているようだった。いつ消えてもおかしくない中、セレナの必死に呼びかけを無視した。

「私は組織に拾われた後、装者になるために改造されたから、小夜もきっとそういう目に遭ってると思ってた。だから、最後の手段としてテロリストである私を殺させて小夜を英雄にするっていう手段だって用意した。でもね、私を殺すことで小夜が思いつめたりしてないかずっと心配だったの。ねえ、最後に聞かせて。あなたから見て、小夜は幸せそう?」

 消えかかっている真夜は最期の質問としてセレナに尋ねた。セレナがこの世界に来て、小夜と一緒に過ごした時間は本当に些細なものでしかない。真夜に胸を張って言えるようなことはない。

「私は、あまり小夜さんとお話したわけではないですから、小夜さんがどう感じているのかはわかりません。最初は私も突っかかることも多かったです。ただ、私から見て、幸せそう、だとは思います。毎日懸命に戦って、訓練して私からは辛そうには見えませんでした」

 真夜に対して、セレナは満足の行く言葉を言えたかはわからない。ただ、真夜はセレナの言葉を聞いて、何かを感じ取ったようだった。

「そう。あなたの言葉を聞いて安心したわ。流石にもう無理ね。私も限界が近いみたい」

 小夜の話を聞いて、真夜は満足そうな笑顔を浮かべた。

「それじゃ、私は逝くわ。小夜によろしくって伝えておいて。それとこれ、あの娘に返しておいて。ありがとうって」

 真夜は笑顔を浮かべたまま、光の粒子となって空へと帰っていった。小夜に会うという本懐を遂げられなかったのにも関わらず、彼女が最期に浮かべた表情は、一点の曇りもない笑顔だった。

 

 

 後日、響は今回の騒動について問題行動があるということで取り調べを受けていた。

「それで、フィーネにガングニールを無断で貸与、彼女を捕縛するどころか、逃走に手を貸したと?」

「あはは……。だって、こっちの世界のマリアさんだったから、協力しない訳にはいかないと思って、だってあんなに頼まれたら協力しない訳にはいかないでしょ?」

 取り調べを担当しているキャロルは、響の言い訳を調書にまとめていくが、彼女の楽観的な返事に呆れてため息しか出ない。

「今回はこちらに味方してくれたから良いものの、本当に敵だったら一大事だったんだぞ?」

「いやぁ。流石にマリアさんに悪い人はいないと思ってさ。それにあんなに必死なマリアさんを見たら、手を貸さないわけにはいかないよ」

「まあガングニールは手元に戻ってきたし、病み上がりのお前にメフィラス星人との戦いは荷が重い。今回は結果オーライということにしといてやる」

「本当!?ありがとうキャロルちゃん!」

「今回のお前の処分は訓戒処分としておく。今後このようなことがアレば、処分も重くなる覚悟しておけ」

 キャロルはそれだけ言い残して取調室を後にした。本来であれば、響には然るべき処分を下すべきだったが、それは彼女の出撃に際して重荷となってしまう。今回討伐したメフィラス星人ジュピアが、謎の宇宙人エグララグの側近であると仮定した場合、これから最後の戦いが控えている可能性だってあるのだ。加えて、その後の処理を考えれば装者に余計な縛りを加えたくない。

 キャロルの憂いは、そう遠くない未来で実現することになった。

 

 

 ジュピアが戻ってこないのを確認し、エグララグは1人で酒を楽しんでいた。腕を失ったジュピアに強化装甲をまとわせ、以前以上の力を引き出せるように手を施したのに、装者に負けるとは予想だにしていなかったのだが。

「ジュピアは……負けたのか」

 誰もいない部屋で1人、散っていた同胞のために乾杯をして酒を飲む。口の中に虚しい味が広がり、もう共に飲んでくれるジュピアがいないことの寂しさを実感する。

「さて、最後の締めと行こうか。部下が世話になった礼はしなくてはな」

 エグララグは身にまとっていたパワーローダーを脱ぎ捨て、本来の姿を晒す。自分の醜い姿を晒さないようにまとっていたこの鎧を脱ぎ捨て、本気で彼は装者をねじ伏せるために動き出した。

「戦場に出るのは久しぶりだ。本当に」

 黄金のスパークドールズを手に取り、ジュピアが遺していった最後のビーストを2つの橙色の瞳で睨む。最後の作戦や戦力を支度し終えると、最後に自分の過去を呪うように鉤爪のような手で自分の顔の右半分についた古傷を撫でた。




S.O.N.G怪獣図鑑
装甲(アーマード)メフィラス ジュピア
体長:2メートル
体重:80キログラム
ステータス
体:★★★☆☆
技:★★★★☆
知:★★★★☆

 フィーネ(NEO世界のマリア)によって腕を切断されたメフィラス星人ジュピアが応急処置を施して再出撃した姿。
 レイブラッド星人の鎧ではなく、あくまで負傷した部分を補う装置なので、導のスライ等と比較した場合、スペックで劣るという欠点を持つ。
 だがジュピア本人がジェロニモンをパートナーとしているので、実際の戦力はカタログスペックより高い。


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第37話「悪魔の降り立つ日」

 ジュピアとの戦いや真夜の一件が終結してから数日後、小夜は久しぶりに戻ってきた自宅で1人思いにふけっていた。真夜については、セレナから聞かされている。生き返った自分の姉の話を聞いて、それがずっと小夜の心に影を落としていた。

「小夜、いるよね?」

 ベッドの上でうずくまり、ぼうっとしていた時、シラベがやってきた。小夜はベッドから降りて、出迎えようとするが、足元に転がっていた雑誌に足を滑らせてテーブルにスネをぶつけてしまった。

「やっぱり……ってまた部屋散らかってるじゃない。すぐに片付けるからおとなしくしてて」

 シラベはテーブルの上に合鍵を置くと、慣れた手つきで周囲の片付けを始めた。ついつい片付けを後回しにしてしまいがちなのが小夜の悪い癖だが、こうしてシラベが片付けてくれるだけに中々の癖を治せずにいるのがもどかしい。

「そういえば、今日はセレナちゃんのところじゃないんだね」

「流石に小夜が落ち込んでるのは放って置けないよ。どうせ、生き返った方のマリアさんのことでも考えてたんでしょ?会いたかった~とか」

「まあね。姉さんとゆっくり話なんてできなかったし、今の私を見てほしいって気持ちもあったし……」

 小夜の話を聞き流しつつ、スムーズに片付けを終え、一息つく。

「あ、髪もボサボサじゃない。せっかく小夜ってきれいな髪してるのにもったいない」

 今度は小夜の髪が乱れているのが気になったらしく、バッグからくしを取り出して小夜の髪を整える。そして予備のヘアゴムで後ろで一つにまとめる。

「はい。小夜って本当もったいない。ちゃんとおしゃれすればかわいいのに」

「別にいいよ。だってシラベみたいに誰かとデートするわけじゃないし。それにお化粧しても戦ってればすぐ落ちちゃうし」

「私だって好きでやってたわけじゃないけどね。ただ告白されたから、仕方なく付き合ってただけだし。もうちょっと早くセレナちゃんと会えてればなあ。セレナちゃんを口実に断れたんだけどねぇ……。はい、おしまい」

 小夜の髪を結い終えて、ようやくシラベも一息つくことができた。小夜は立ち上がり、お茶と茶菓子をシラベに差し出した。

「ごめんごめん。ちょっと出すの遅れちゃった」

「ううん、大丈夫。それにしても、こうして二人っきりでゆっくりすのも久しぶり。最近は本当色々とバタバタしてたから」

 シラベが小夜の家にくるのも久しぶりだったが、2人でこうしてはなすのも久しぶりである。 FISの事件の後、ヒビキの離反や、侵略者達の襲来と立て続けに事件が起こったせいで、なかなか時間を作ることができなかった。

「そう言えば、向こうの響さんとかが帰った後、どうするかって考えたことある?ツーチャンがさ、次の山場が最後の戦いになるかもしれないって言ってたし。そうなったら私と小夜でにんむにあたるとかいってた。クーちゃんは聖遺物ごと敵を倒しちゃうから無理だって。一応国連本部に増員要請は出すみたいだけど、それまでは私と2人っきりで戦うことになるってさ」

 シラベがこの家にきた理由はそのことを聞きにきたようだった。小夜は今ここで気がついた。響達はこちらの世界の人間ではない。この戦いが終われば元の世界に帰るのだ。

「そっか、姉さん達も帰っちゃうんだっけ……。考えてなかった」

「まあ、私だってよく考えてなかったし。セレナちゃん達帰っちゃうのかぁとか考えちゃうと寂しいよね」

 これまでS.O.N.Gでは侵略者を撃退することに意識が向いていたが、ツバサ達の見方が正しければ、それももう終わるのだ。その後の処理の事なども考える必要があるだろう。

(お姉ちゃん達が帰った後、か……)

 ツバサ曰く、扱いは一般職員だが、書類上はS.O.N.Gの備品として扱われているらしい。正直死なない上に巨大ロボットに変身できる自分はこのまま戦い続ける以外に選択肢はないと思っているが、侵略者がいなくなれば、キングジョーに変身する必要だってなくなる。そうなったとき、小夜は自分の身の振り方をどうすべきか悩んでいた。

 そう思っていた最中、S.O.N.G本部からの着信が鳴り、小夜が電話をとった。

「もしもし?」

『小夜か?テレビをつけてみろ』

 ツバサからいわれたとおり、リモコンをとってテレビをつけてみる。すると、そこには黄金の魔神(エグララグ)が映っていた。

『地球の諸君。私は、エグララグ。各地で活動している宇宙人、スペースビーストの主にして、地球を狙っている者だ。先日、私の腹心がそちらの世話になった。故に、今回は私が直々に手を下そうと思う』

 画面の端に成層圏とおぼしき画像が移り、怪獣とおぼしき影が青い膜に包まれて浮かんでいた。

『手始めに、私のスペースビースト、イズマエルを24時間後に地球に降下させる。場所はS.O.N.G本部上空。これより私エグララグは、地球に対し、正式に宣戦布告させてもらう』

 エグララグは一方的に宣戦布告を宣言した後、画面から消え、ちょうど放送していたであろうニュース番組の司会者達が困惑している場面に切り替わった。

「これって……」

『敵の首魁が本気を出してきた。これが最後の戦いとなるのは間違いない。至急、本部に集まって欲しい』

 ツバサとの通話はそこで切れた。以前、デスフェイサーとの戦いで姿を見せた黄金の魔神が、地球に対して正式な敵対宣言を下した。小夜は胸に不安を抱えながら、本部へと向かう支度を始めた。

 

 

 小夜たちが本部に到着すると、既に作戦会議の準備が終わっており、すぐに作成された資料を受け取った。会議室いっぱいに両世界の装者が勢揃いしている様は壮観だが、規定人数いっぱいまで人のいる会議室は少し息苦しくも感じる。

「よし、揃ったな」

 全員が揃ったところでツバサが口を開いた。小夜は急いで資料に目を通し、内容を頭に入れていく。内容自体は推測される敵の正体や、対策、出撃する編成などが記載されている。

「では最後の作戦を説明する。まずエグララグが体として使用している怪獣は、時空魔神エタルガーという事が暁らの話でわかった。こちらの世界では制作されていない作品の種族だが、急いでガリィに資料を取りに行かせた。多くの平行世界を渡っている侵略者で、ウルトラマンでさえ手を焼く強敵とのことだ。そして、エグララグ本体はそれを越える程の実力者という可能せしが高い。そこで我々はイズマエル戦と並行て別働隊も編成での奇襲作戦を仕掛ける。今回の作戦が成功すれば、残党の掃討を残してこの戦いは終わる。皆、気を引き締めてかかってほしい」

 モニターにはエタルガーの写真や各スペックを表示させ、同時にイズマエルについても詳細なデータが公開されていく。いずれも強敵ばかりで、その後でエグララグ本体を相手にしなければならないとなれば、ここが最後の山場であると実感させられる。そしてキャロルがモニターを切り替え、装者の配置や作戦の工程について詳細に記した画面になった。

「では作戦の説明に移る。まず、イズマエルの相手を天羽々斬のカミソリデマーガ、神獣鏡(シェンショウジン)のゼットンをを中心に編成した部隊で迎え撃つ。レイオニクスであるシュルシャガナにはこちらに残ってもらう。そして鹵獲した敵宇宙船を用いてイズマエルと入れ違いになるように、強襲部隊を送り込む。LiNKERの補給が見込めない以上、必然的に1号装者のみとなる。こちらの世界の雪音クリス、立花響、小夜、セレナの4名で行う。天羽奏とイチイバルは各装者のフォロー、残りの装者は本部防衛任務に充てる」

 作戦に参加するメンバーが発表され、全員に緊張が走る。クーちゃんはやっと出撃できると知り、武者震いを見せているのみで、セレナを送り出すことに未だにマリアは不安感を拭いきれないのが見えるぐらいである。

「イズマエルはあらゆるスペースビーストを混ぜ合わせたようなやつだ。恐らくこれまでのビーストはこいつの細胞から培養することで生み出されたと仮定していいだろう。エタルガーにもかつての敵をエタルダミーを召喚する能力もある。本来であれば、各個集中して撃破したいところだが、今回は作戦の都合上無理だ。敵が第二波を送ってくることを想定し、この作戦は長引けば長引くほど不利になることを覚悟しろ」

 キャロルの説明はそこまでだった。最後の作戦、と聞いて

「では明日の朝、出撃準備に移る。作戦終了後に別世界の装者は元の世界に帰還することになるので、作戦開始前に心残りがあるようなら、済ませておくといいだろう。質問は適宜受け付ける。以上、これにて解散とする」

 作戦会議が終了し、全員が思い思いに散っていく。久しぶりの出撃で嬉しそうにしているクーちゃんを除けば、皆が深刻そうな表情をしている。泣いても笑ってもこの作戦が、そのままこの戦いの終結に直結する。勝っても負けても、これが最後だと言う事実が装者全員の胸に重くのしかかる。

「これで最後、か……」

 シラベから話が聞いていたが、まさか後も突然最後の戦いが始まるとは思ってもいなかった。一気に9人も装者が増員され、自分の隣で戦ってくれることが当たり前のように感じていたが、それももう終わるのだ。小夜は最後の戦いが終わっても後悔しないように、尚の事気を引き締めた。

 

 

 その日の夜、小夜はツバサに招かれて食堂にやってきた。最終作戦前の壮行会を兼ねて、豪華な食事を振る舞うらしい。

 指定された時間にやってくると、装者だけでなく他の職員達がビュッフェ形式で並べられた料理を、自分の皿に料理を盛っているのが見える。先程の作戦会議の静けさがが嘘のような盛り上がりを見せており、明日が作戦ということを忘れそうになる。

「あれ?小夜ちゃん食べないの?」

 あまりにも予想と違う雰囲気で唖然としていると、響が声をかけてきた。その皿には既に山盛りの料理が盛られている。

「い、いえ。今来たところですから……待っててください。すぐに料理を取ってきますので」

「ゆっくりで大丈夫だよ!私向こうの席でもう未来と食べてるから!良かったら来てね!」

 響は手を降ってテーブルの方へと向かっていった。小夜も自分が食べる量を皿に盛って響達が食べているテーブルへと向かう。マリアと食べるべきかも迷ったが、彼女は翼と一緒にセレナに対して今後の話をしているようで、とても近づけるような雰囲気ではなかった。

 比較的に落ち着けると思っていた響たちの席についても、食事に手が伸びない。最終作戦の緊張もそうだが、響たちと別れると突然言われて未だに気持ちの整理がつかないのもある。

「あの……」

 だがそんなことなど気にしていないように、いつも通りに振る舞っている響達を見て、小夜は口を開いた。もしかしたら、響達が自分たちの不安を晴らしてくれるかもしれないと一抹の不安を抱いた発言だった。

「響さん達は、この作戦で勝ったら元の世界に帰るんですよね?寂しかったりしませんか?」

「うーん。寂しいっちゃ寂しいけど、そんな寂しいとか感じないかなぁ。未来はどう思う?」

「私は響みたいに並行世界に行った回数は少ないし、寂しいかな。でもそれはこの世界が平和になったってことだし、安心の方が強いかな」

 響たちの答えは、小夜の予想していた通りのものだった。彼女たちと触れ合って、小夜は自分なりに成長できていると思っていたのだが、まだまだ未熟な面も多い。響と比べると、まだまだ自分は遠く及ばない存在のように思える。

「どうしてそう思えるんですか?もう会えないかもしれないのに」

「だって、会えなくなっても私達が頑張ったことはみんな覚えてるから。例え違う世界でも、私達は同じ地球で毎日頑張って生きてる。そう思うと、寂しいっていうより、負けないように頑張ろうって思うんだ」

 響の話を聞いて、小夜は考える。マリアから聞いた話では、響達は今の段階にたどり着くまでは決して楽な道のりではなかった。小夜たちだって、その日その日を生きるために戦ってきた。響達が教えてくれたこと、気づかせてくれたこと、それは数え切れないくらいあるからこそ、寂しさを越えて戦おうと思えるのかもしれないという結論に至った。

「そう、ですか……。そう思えるようになれば、響鬼さん達が帰った後も寂しくない、のかもしれませんね……」

「そうそう。今はとりあえず、ご飯に集中!まずは明日の戦いに勝たないと!さあ!食べるよ!」

 太陽のような笑顔を一瞬だけ見せて、食事に戻った。小夜も戦いに負けないためにも、精力をつけるために食事に集中した。

 

 

 翌朝、響達は鹵獲した宇宙船を前にし、作戦開始の時間を待っていた。最後の戦いを前に、緊張をした面持ちで強襲部隊の面々は地上に残る奏者から選別などを受け取っていた。

「では立花、こちらは任せてほしい。立花は立花にできることをやってこい」

「はい!任せてください!敵をバッチリ殴り倒してやりますよ!」

 響は翼が用意した弁当箱を受け取り、小さく敬礼をして宇宙船に乗り込んでいった。

「セレナ、大丈夫?やっぱり今回の作戦は辞退したほうが……」

「大丈夫だよ姉さん。今回は小夜さんもついてるし、そう簡単に負けないよ」

「姉さん、私が絶対にセレナちゃんを守るから」

「そう……?本当なら、私もついていきたいけど、流石に宇宙船は操縦できないもの。あなたに任せるしかないのかしらね。いいこと?あなたもしっかり無事で帰ってくるのよ?こっちのセレナだけとかは許さないから」

 マリアは小夜にセレナを託し、去っていった。それも、セレナだけではなく、小夜の生還も条件として示した。

「さ、みんな揃ったね?じゃ、敵の根城に乗り込む覚悟もできてるよね?ここを出たら、撤退なんてできない。助からないってあたしが判断したら、見殺しにするしかできないし、あたしらが負けたら例えイズマエルを倒せても負け。残酷なこと言うけど、あたしらは特攻隊みたいなもん。例え最後の一人になってでもエグララグを倒さなきゃなんない」

 もう間もなく出発となった時、クーちゃんは全員を脅すように厳しい説明をした。最終的にエグララグを倒さなければ意味がない。まるで突き放すような残酷な発言に、一同の緊張が高まる。

「ま、脅すようなこと言っちゃったけど、全員生きて帰ってくるのが一番。みんな頑張ろ?」

 だが最後にクーちゃんは笑顔をみせて、場の空気を緩ませた。作戦開始時間までもうあまり時間はない。

『……作戦開始時間になりました。これより、最終作戦を開始します』

 作戦開始のアナウンスが鳴り、出発の準備をしていた宇宙船が本格的に宇宙へ飛び立とうとする。急いで全員が配置に付き、轟音とともに、響達を乗せた宇宙船は宇宙へと飛び立っていった。

「……さて、私達も気を引き締めるぞ、小日向」

「はい!」

 敵の根城に向かった響たちの宇宙船を見送り、翼達は自分たちにできることをすべく、戦いの覚悟を決める。

 そして程なくして、悪魔が地球へと降り立った。



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第38話「暗黒の魔神」

 敵の根城めがけて宇宙へと飛び立った響達と入れ替わるように、青い炎のようなものに包まれたイズマエルが姿を現した。

 ゼットンとデマーガが召喚され、調もマイクの前に立って深呼吸をする。自分たちはこの作戦の要ではないが、響達が安心して帰還するためにも、勝たなければならない。

「調、大丈夫デスか?」

 隣で控えている切歌が心配そうに声をかけてきた。病み上がりである彼女は前線に出る許可が降りなかったが、ファイブキングを制御できた時のことは認められ、こうして調のメンタル面での補助を任されている。

「大丈夫だよ切ちゃん。響さん達が安心して帰ってこられるように、負けられないもん」

「じゃあ、思いっきり歌って、大勝利、納めるデス!」

 切歌が見せた笑顔を見て、調は覚悟を決めて、歌う。今回用意された装置は、調の力を最大限に引き出すためのものである。フォニックゲインをチャージする都合上、レイオニクスギアの強化は遅れてしまうが、調が歌っていない間でも強化が一定時間持つように設計されている。長期戦を考慮し、調が休息をとれるようにすることがこの装置の最大の特徴だった。

『こちら救護班。風鳴シラベ、キリカ・A(アルバ)・テイラーの両名の準備完了。いつでもいいわ』

 万が一装者が負傷した場合に備えて、シラベ達が回収部隊として今回の作戦に参加している。何も抜かりはない。全員が自分にできる最大限のことをすれば、勝てる戦いである。調はそう確信すると、マイクを掴み、もう一度切歌の方を向いて、最後の覚悟を決める。

「では、行きます!」

 息を整えて、マイクに歌を込める。自分に課せられた期待を裏切らないように、自分にできる精一杯のことをするために。

(もうレイオニクスとか関係ない。私は私。月読調として、私の気持ちを歌に乗せる……)

 調の思いを込めた歌は、一度S.O.N.G保有の聖遺物にフォニックゲインを吸収させ、一定量溜まった段階で怪獣たちに向けて放出される。フォニックゲインを受け、デマーガはカミソリデマーガに、ゼットンはEXゼットンへと進化した。

 触手に絡め取られていたデマーガが触手を切り裂き、ゼットンの火球がイズマエルを大きく後退させた。続くカミソリデマーガがすれ違いざまにイズマエルの肩に生えていた角を叩き斬る。先手を取ることに成功し、緊張していたS.O.N.Gの職員たちも少し緊張が和らいだ。スペックだけで言えば、あの2人の怪獣に敵うわけがないのだ。いくら敵が最強のビーストでも、多勢に無勢となれば型なしである。この場にいる誰もがそう思っていた。

 だが、その予想は用意に打ち破られることになった。イズマエルの花弁のような右腕から粉のようなものが撒き散らされ、周囲を黄色い花粉が覆い尽くす。

「まずい!ラフレイアの花粉だ!直ちに周囲の装者は退避しろ!喉まで焼かれるぞ!」

 キャロルが指示を飛ばすより早く、モニターに映された戦場では、花粉が付着した周囲の草木が燃え始めていた。更にそこから延焼し、周囲の建物まで燃え始めている。いくら怪獣が強くても、それを召喚する装者が倒れてしまえば意味がない。

「回収班!直ちに装者を回収。回収後速やかに周囲を封鎖し、作戦再開まで待つ!」

 確かに、EXゼットンとカミソリデマーガの2体を相手にして勝てる怪獣などいない。ましてや今回は敵は総力戦を想定しているのだ。装者が不利になるように調整された個体というのを想定していなかった。

『駄目……敵の糸に翼さんたちの足が絡まって、あんまり遠くまで行けない……!キリカちゃんの盾を全力で展開してるから、なんとか花粉の直撃は避けてるけど、いつまで持つかわからないし……』

 シラベの厳しい発言に、一同に緊張が戻ってきた。こういう時、こちらの世界のキリカのアームドギアが盾で助かった。もし彼女がいなければ、ここで全滅していただろう。

『にしても、視界も全然利かない……。怪獣に指示出してる翼さん達も手探りみたいで、攻撃も殆ど当たってないっぽい……。怪獣の悲鳴っぽいのが聞こえるし……』

 ラフレイアの花粉は非常に可燃性の高い物質で構成されている。そんな状況でEXゼットンの100兆度の火球は言うまでもないが、他の怪獣が盛っている熱線や火器を使えば一体が一瞬にして燃えてしまう。キリカの盾など意味はなさず、そこに隠れている装者全員が一瞬で全身に火傷を負うだろう。

 響達がこちらの世界にやってくるより前、ラフレイアと交戦したことがあったが、その時はまだ完全な状態で残っていた自衛隊の発砲した機関銃の火で一瞬で大部隊が全滅、防火服をまとって救護活動に当たった救急隊職員すらも全身に火傷を負い、逆に救助される結果となった。あの時は小夜のキングジョーで強引に撃破したが、今回はそうは行かない。既に小夜は宇宙に旅立ってしまった上に、小夜一人でイズマエルを撃破できる保証がない。キャロルは次の手を考えるが、刻一刻と追い詰められていく状況に焦りを感じて思考がまとまらない。

「あたしが行く」

 そんな時、司令室に瀕死状態だったはずのクリスが現れ、作戦の参加に名乗り出た。前回の戦闘の傷が癒えきっていないのは容易に見て取れ、立っているのもやっとのようだ。

「あたしのインペライザーなら、中に乗っているあたしは燃えないし視界だって利く。火なんて出さなくても、怪獣をぶん殴れる。まさにあたし向けの状況じゃねえか」

「待て雪音!その傷で戦うつもりか?悪いが、死にに行くつもりなら許可はできん」

 怪我の体を圧して出撃しようとするクリスをツバサは当然のように却下した。だがクリスはその程度であきらめる気はないようで、引き下がる様子はない。

「じゃあ、あたしがあの花粉を止めたら即撤退して、後はセンパイ達に任せる。どっちみちこのままじゃジリ貧になって負けるだけじゃねえか」

 クリスの指摘は最もだった。視界の利かない中で、イズマエルの位置を正確に探知し、ラフレイアのパーツを正確に破壊できる保証はどこにもないのだ。

「……ラフレイアの花弁を破壊したら即時撤退しろ」

 この状況を打開できるのはクリスのインペライザーしかないとツバサも分かっていたようで、不満そうにクリスに出撃許可を下した。

「分かってるぜ。じゃあ、ちょっと行ってくる」

 この戦いの勝敗を決めかねない重大な大役を背負っているのに、クリスは不適な笑みを浮かべて司令室を出て行った。それは、ツバサに余計な心配をかけ避けないために無理をして笑ったのか、クリスの本心を読みとることができなかった。

(最初は別人と思っていたが、やはりクリスはクリスだ。本当、素直ではない)

 ツバサは死地へと向かった、平行世界の親友の生還を祈った。

 

 

 インペライザーに乗り込むと、クリスは次々と計器のチェックをした。まだ傷は癒えきっていないが、自分だけが寝ているということはできない。自分にもできる事がしたい。その思いがクリスを今回の行動に駆り立てた。

『いいか。スペースビーストは、その生まれ故に特殊なビースト振動波を前進から常に放射している。レーダーにも写っているはずだ。それを頼りにしろ』

「ああ、見えてるぜ。すっげえでかいのがな」

 今、インペライザーのレーダーに移っているのは、アウフヴァッヘン波形で象られた交戦中の怪獣と、それらとは違うもので象られた怪獣。クリスは操縦桿を握りしめ、イズマエルに向け進撃する。 

 カミソリデマーガやEXゼットンは手探り状態でイズマエルに攻撃を仕掛けているものの、イズマエルには届いていない。

 インペライザーは一直線にイズマエルにつかみかかり、ラフレイアの花弁を探す。中に乗り込んで操縦するが故に、このような状況でその強みを発揮するが、イズマエルの輪郭しか分からないが故に、視覚が利かない状況では勘で目標を見つけなければならない。

 当然 イズマエルも黙っているはずがなく、インペラいざーをふりほどき、回避する体勢も整えぬ間に鉤爪で切り裂いた。インペライザーの自動修復機能がダメージの心配をさせないのは頼もしいが、中のクリスはそうではない。イズマエルの与える衝撃で傷が痛む。

「ったく、大人しくしてろよ……」

 痛む胸を押さえながら、再びイズマエルに挑む。レーダーに映っているのは、正面から見た姿とおぼしき地点なのでラフレイアの花弁のある右腕はこちら側から見て、左側にあるはずだ。

 クリスは左側に回り込み、イズマエルの腕を掴む。案の定、花弁に当たるような部分が見え、クリスは狙いを定める。

「ここだ!」

 インペライザーは花弁をつかみ、一気に引きちぎる。すると花粉の放出が止まり、イズマエルの苦しむ声が周囲に響きわたる。

『よくやった!後処理はファラにやらせる!早く撤退しろ!』

 花粉の放出が止まってしばらくすると、いったいの怪獣の咆哮と共に、突如として周囲に竜巻が発生した。花粉は全てその竜巻に飲まれていき、靄がかかっていた視界も晴れていった。

 視界が晴れると、竜巻の中心に一体の青い巨鳥が佇んでおり、竜巻に集められた花粉は一カ所に集められて、空高く舞い上がっていった。

『ファラの動力源として使っていたマガバッサーのスパークドールを起動させた。風の魔王獣の力なら、燃える花粉を大気圏外まで打ち上げることなど造作もない』

 視界が晴れ、クリスも役目を終えて撤退しようとしたとき、イズマエルの右肩から太い触手が伸び、インペライザーを捉えた。怨恨を晴らすかの如く強く締め付けるそれは、クリスが撤退するために必要なコックピットの開閉さえできない。

「クソっ!これじゃ逃げられねえ!」

 両腕をおさえられ、何とか頭部のバルカンで応戦するが、雀の涙程度のダメージしかない。そして遂には無重力光線でインペライザーが浮き、その馬力で踏ん張る事すらできなくなった。

 クリスのピンチを察知し、カミソリデマーガ達が助けにはいるより早く、イズマエルの全身にあるビーストの頭から炎や電撃が一斉にインペライザーの胴体を打ち抜いた。その衝撃を逃がすことすらできず、インペライザーの巨体は宙を舞い、爆発しながら周囲の市街地へと落下した。

『負傷した装者の回収を急げ!』

「分かってる!」

 ツバサの迅速な指示がでるより早く、シラベはクリスのところへと走っていった。クリスの落下地点さえ分かれば、直接テレポートして救助に向かえるのだが、それがわからない以上、直接走って探しに行くしかない。

「雪音!」

 翼はすぐにでもクリスを助けに行きたかったが、イズマエルを放置することはできない。だからこそ、翼と未来は踏みとどまり、イズマエルを討つべく立ち向かうのだ。

 2体の怪獣はイズマエルと真っ向からぶつかり、己が持てる全ての武器をぶつける。イズマエルの触手がカミソリデマーガの刃を捉え、動きを封じたが、直後にEXゼットンの火球が触手を焼き切った。

 自由になったカミソリデマーガすかさずイズマエルに切りかかり、首を落とすことは叶わなかったものの、肩の一部を削ぐことに成功した。続いて火球がイズマエルを襲うも、カウンターで放たれた電撃と火球が相殺した。

 イズマエルの力は徐々に削られ、今まで対等であった実力差がより顕著に現れるようになっていた。まだイズマエルが押し負けてはいないものの、このまま力を削ぎ続ければわからない。

「このまま押し切るぞ!小日向!」

「はい!」

 勝機を確信し、イズマエルへと向かう。EXゼットンの展開する壁を盾にしながら距離を詰め、イズマエルに肉薄したカミソリデマーガが腕を切り落とした。イズマエルのさっきが揺らいだ一瞬を逃さず、カミソリデマーガの刃が、ノスフェルの頭部を狙う。

(あの再生能力まで残っていると厄介だ……)

 潰せる不安要素は潰しておくに限る。イズマエルの片腕の反撃を避けて、カミソリデマーガの刃がノスフェルの喉を貫いた。だが、ノスフェルの顔を潰されたイズマエルが最後の抵抗として放った一撃が、ノスフェルの体制が崩れていただけにあらぬ方向へそれ、一直線にS.O.N.G本部の方へと向かってしまった。

「しまった!」

 今からカミソリデマーガを向かわせても、身を盾にして守ることはできない。他の怪獣を召喚しても、即座に本部の盾になるように操るのは難しい。

 万事休すかと思われたその時、虚空から一体の黒い影が現れ、即座に展開した光の壁が盾になった。本部に襲いかかるはずだった火球は、黒い影に阻まれ、防がれたのだ。

「え……?」

 光の壁の向こうにいたのは、EXゼットンだった。だがゼットンの機動力でも一瞬であそこまで移動はできない。テレポートしたと考えるのが自然ではあるが、未来はそれに気づいていないようだった。

「嘘……発動した……?」

 まさか未来もテレポートがこんな土壇場で発動するとは思っていなかったようで、驚愕の表情を浮かべた。

「小日向、よくやった!」

 偶然の一撃に助けられたとは言え、これ以上イズマエルの攻撃を許す訳にはいかない。カミソリデマーガにフォニックゲインを収束させ、蒼ノ一閃を放つ。通常のデマーガのときとは違い、フォニックゲインが伝わってくる速度や質が違う。

「最後に一撃、一際大きいのを食らわせてやる……!」

 普段のシンフォギアでは、一撃を放つのがせいぜいだが、今のカミソリデマーガならば、いくらでも打てるような気がする。それほど今のカミソリデマーガにはフォニックゲインがチャージされていた。

 今度は蒼ノ一閃を斬撃として放つことはなく、刃に乗せたままでイズマエルを切り裂く。ただでさえノイズを一掃する一撃を、刃に乗せたまま何度も打ち付けられているのだ。イズマエルはそれだけでも致命傷となりうる。

 カミソリデマーガは最後に、イズマエルにとどめを刺さず、その巨体を遙か上空へ打ち上げた。

「小日向!もう一度できるか!?」

「え!?はい!やってみます!」

 未来はできる限りのことをしようと願い、EXゼットンがそれに応えるようにしてイズマエルが打ち上げられた先に転移した。

「合わせるぞ!」

「はい!」

 カミソリデマーガは最後に、蒼ノ一閃を2振り、十文字を切るように放ち、それと挟むようにEXゼットンの百兆度の火球がイズマエルを襲った。

 2体の最大の攻撃を受けたイズマエルは、逃げる余裕さえなく、空中で爆発四散した。その爆発は非常に大きく、地上から見ていた翼たちからもハッキリと分かるほどだった。

『こちら風鳴シラベ。致命傷を負ってたクリスさんを発見。瓦礫の下に逃げて、なんとか生きてたみたいだけど、傷が開いちゃってる。すぐに救護の準備を要請します』

『こちら本部、了解した。イズマエルの討伐をたった今確認した。撤収作業を始めてくれ。エグララグの下へと向かった部隊が壊滅した場合に備えて、各装者は急速に当たれ』

 イズマエルを討伐し、地上での戦いは一幕降りた。しかし、まだ敵の首魁であるエグララグが残っている以上、油断はできない。

(後は任せたぞ、立花……)

 翼は宇宙へと旅立っていった仲間に、できる限りの激励を静かに飛ばした。

 

 

 イズマエルが地球へと降下を始めた時、すれ違いになるようにして響達は大気圏を抜け、敵の本拠地に向かっていた。

「いや、ビックリだよね。まさかこっちのクリスちゃんは宇宙船も操縦できたんだぁ……」

「クーちゃんって気軽に呼んでくれていいよ。まあ、これでも教官だったからね~。ちょっとギアを纏えない時期があってさ、その間に色々勉強してたから、勉強するくせがついちゃったってだけ。色んな勉強したな~。格闘術、剣術、射撃、応急処置。一回アメリカ軍とか自衛隊とか言って、研修に行った事もあったっけ~」

 宇宙ゴミを避けながら、クーちゃんは器用に

「別にこれの操縦なんて簡単だよ?戦闘機の操縦ができれば楽勝だって。ちょっと宇宙ゴミが邪魔だけど」

 クーちゃんは冗談混じりに宇宙船の操縦について言ったものの、全く注意力を落としていない。まだ彼女にも余裕が残っている証拠である。

「さて、着いたね。全員戦闘準備。これから敵の本拠地に突っ込むよ」

 宇宙ゴミの群を抜けると、敵本拠地が見えた。宇宙船、というにはあまりにも大きく、城塞と呼んだ方がしっくりくる巨大さである。

「本拠地の図面は手元にあるけど、どこに出るか分かんないから、突入後はまず現在地を確認して、それからエグララグと本番。道中のエタルダミーはアタシ等が片づけるから、とにかく小夜を送り込むことが大事。オッケー?」

「はい!」

 響達の返事を聞いて、クーちゃんはまっすぐ宇宙船を敵の城塞のハッチを破壊して中に突っ込んだ。響達は用意されていた宇宙服を身にまとい、宇宙船を降りて内部に乗り込む。ハッチの中はクーちゃんが扉を破壊したせいで、中の空気が外に流れ出ているが、クーちゃんがハッチの操作パネルを発見し、それを操作するとハッチが閉まり、風も止んだ。

「いや~。ダメ元でもやってみるもんだね。壊れたハッチも閉められるなんて、さすが宇宙人。あたしらの常識が通じない」

 ハッチ周辺には、警備にあたっているはずの部下もいない。船内に入る扉を通っても、警備に回っているのが感じられない。

「……静かすぎますよね……?」

「うん。多分見えてるはずだから、エリガルみたいな毒ガス吐ける怪獣でも置いてると思ってたけど、それすらない。とりあえず、空気は地球塗装変わりないみたいだし、最低限の装備だけ残して宇宙服脱いじゃお?邪魔だし」

 クーちゃんが安全を確保し、一同は宇宙服を脱ぎ捨てて、持ち込んだ図面で現在地を確認する。

「とりあえず、場所は問題ないみたい。最初につーちゃんと理想の場所ってことで目星つけてた場所に出れたみたい。こっからグルっと回ってブリッジを目指すよ。多分えぐらラグもそこにいるはず。途中エタルダミーと戦うことを考えると、小夜を中心にあたしら3人で護衛する。いいね?」

 作戦の段取りを再確認した後に全員がギアを装着し、クーちゃんを先頭にしてブリッジを目指す。エグララグさえ倒してしまえば、この戦いは終わる。全員はこの戦いを終わらせるべく、駆け出した。

「ところで、こっからどうやって行くの?」

 少し走ったところで、響がクーちゃんに確認をとった。今回の作戦の具体的な立案に参加したのは、ツバサとクーちゃん、キャロルだけである。響達も敵地の図面を理解できるだけの時間はなかった。

「うーんと、こっから格納庫を抜けて、回り道しながら上を登っていけばブリッジに到着。待ち伏せされてるかもだから、今回は遠回りなんだ」

 クーちゃんは手元の地図を逐一確認しながら、着実に船内を駆け抜ける。道中、警備として用意したつもりだったのか、小型のスペースビースト、ユートム、ゴブニュが待ち構えていたが、響達の敵ではなく、容易に撃破してしまえる。

「そろそろ格納庫だけど……。ほら来た」

 格納庫の奥から、巨大な影が歩いてくるのが見える。それは近づいてくると、一体の巨人であるということが分かった。ゼルガノイド、以前切歌が変身した怪獣が目の前に立っているのだ。

「これがエタルダミー?思ってた以上に本物だね。とりあえず、ここは行くしかないんだけ、ど!」

 クーちゃんがアームドギアを取り出すと、クリスのものとは大きく異なるランチャーとなった。更には体中に砲身のようなものも展開され、クリスとは対照的に攻撃的な姿となった。

「じゃ、後はよろしく。あたしはこいつを倒して、追いかけるからさ」

 クーちゃんはランチャーを構えてゼルガノイドに向けた発砲した。さながら火の玉とも言うべき巨大な砲弾は、ゼルガノイドを後退させ、響達が進む時間が生まれた。

「絶対、後で会おうね」

「当たり前でしょ?怪獣がなくても、戦いようなんていくらでもあるんだから」

 圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、クーちゃんは不適な笑みを崩さないままヒビキ達を見送った。

「さて、と。じゃ、お仕事始めよっか。これだけ広ければ、派手に暴れても誰も文句言わないし」

 クーちゃんは、引き金を握りしめ、単身ゼルガノイドへと向かっていった。

 

 

 クーちゃんに送られ、場内を進む響達。だが、新たなエタルダミーが響達の足を止めた。

 少し開けた大広間のど真ん中に、記憶にも新しい陰が立っている。装甲(アーマード)メフィラスと、テンペラー星人ビエントである。

 2人は何も言葉を発することはなく、無機質な人形のようにこちらを見据えている。

 そして響達が大広間に足を踏み入れたのを確認すると、響達めがけて一直線に襲いかかってきた。だが響達もそれをよそうしており、響がビエントを、セレナが装甲(アーマード)メフィラスを押さえることで小夜は守れた。

「小夜ちゃん!行って!」

「私たち二人なら、なんとかなります!早く奥まで!」

 2人が2体のエタルダミーを押さえていられる時間はそう長くはない。小夜はこの時間を無駄にしないためにも、無言でうなづいて船内の奥を突き進んでいった。

 クーちゃんから託された間取りでは、大広間を抜けるとすぐにエグララグがいるであろう部屋にたどり着く事になっている。

 最後の扉までは小夜が想定していたよりも早く到着し、最後の覚悟を決めて中に入る。

「早かったじゃないか。一人、と言うことはエタルダミーは他が押さえているか。もっと数をおいた方が時間稼ぎにはなったか」

 部屋の中は、幾多もの鏡が漂い、距離感や平衡感覚を狂わせる。その中心部にエグララグはたたずんでいた。

「君は、世界が憎いと思ったことはないか?」

 いきなり戦闘になると思っていたが、意外にも、エグララグが吐いたのは、たった一つの質問だった。

「自分をこんな風にした世界が憎い、姉を奪った世界が憎い、一度は考えたことがあるだろう?」

「……どういう意味?」

「君のことは十分調べさせてもらってね。君と私は似ている。君の身体を私の技術で再調整すれば、過剰適合に悩まされずに戦える。ましてやキングジョーだ。星の一つや二つ、容易に手にできる」

 エグララグは小夜を迎え入れるような仕草をした。確かに、一度は考えたことはある。マリアを手にかけた後、自分は悪くない。悪いのは、自分たちを引き離した世界であると、逃れようとしていた。

「ううん。憎くない。だって、姉さんが教えてくれたから。自分の弱さを呪うより、それを受け入れて生きていくことが大切なんだって」

 だが生きる意味を無くしていた自分はもういない。マリアに助けられ、いくつもの戦いを経験し、自分はこれからどうやって生きていけばいいのか、それがはっきりとわかっているからだ。

「私は、世界が憎い」

 エグララグの全身にひびが入り、それが砕けるようにして崩れていく。崩れた破片はスパークドールとして一点に集まり、エグララグの手に納まった。

「その昔、ウルトラマンベリアルに心酔した愚かな奴がいた。ソイツはベリアルを復活させるエネルギーを集めるために、ウルトラマンになれる生命体を作ろうとした」

 エタルガーの中から出てきたのは、漆黒の巨人だった。ウルトラマンを思わせるような特徴こそあるが、所々の造形が歪んでおり、顔に大きくついた傷や、右肩に焼き付いた『09』の焼印が痛々しい。

「そしてベースとなる生命体として、様々な星の生命体が選ばれた。地球人やモネラ星人のような高い知能を持った生命体を集め、ウルトラマンに変身するのに最適な種族を探した。その実験体の一体が、私だ」

 エグララグは顔の傷を撫でた。彼の境遇を、小夜は理解できないでもない。だが、共感することは出来なかった。

「レゾリュームルギエル、あの男はそう呼んだ。そしてこういった。他の実験体を倒して、最後の一人になれば解放するとな。私は必死に戦い、最後の一体となった。だがあの男はこう言ったのだ。『元に戻れぬ失敗作は不要』とな!結局は私と最後まで争った地球人を選んだ!私は宇宙に捨てられ、ジュピアと出会うまで宇宙をさまよい続けた。私の全てを台無しにしたあの男と、地球人への恨みを抱いてな!」

 再びエタルガーのスパークドールズを取り出し、手から生成した漆黒の短剣状のアイテムを突き刺した。

『DRAK LIVE! ETERGER!』

 黄金の外殻を身にまとい、エグララグは軽く肩をならした。小夜との決別がハッキリした今、エグララグが攻撃を待つ理由はない。すぐにでも襲いかかってくるかもしれないのだ。

「故に、私は憎いのだ!私にこのような屈辱を味あわせたこの世界が!私から自由を奪った地球が!奪って、奪って、奪い尽くす!全並行世界の地球を手に入れるまでだ!」

 完全な逆恨み、エグララグが地球を狙う理由はそれだった。だが、彼を放置していれば、この世界だけではなく、響達や、セレナ、奏の世界まで危うい。この戦いは負けることが許されない戦いである。この場で彼を止めなければならないのだ。

「もしあなたが実験体だっていうのなら、その実験体にされた地球の人の辛さだって理解できたはず!それなのに復讐だなんて、それがあなたの理想だっていうの!?」

「理想だと!?戯言だ!」

 エグララグはしびれを切らして小夜に襲いかかる。小夜もその姿をキングジョーへと変化させて立ち向かう。地球の命運を左右する、最後の戦いが今幕を切って落とされたのだった。




S.O.N.G怪獣図鑑
ベリアル融合獣 レゾリュームルギエル
体長:55メートル
体重:5万5千トン
ステータス
体:★★★★☆
技:★★★☆☆
知:★★★★☆


 かつて、ウルトラマンになれる生命体を作る実験で生み出された試作型融合獣の一体。ベリアルが制作した怪獣カプセルと、遺伝子を無理やり体内に埋め込まれて誕生した。
 戦闘力のテストとしては最高の実力を誇り、他を寄せ付けない実力を見せたものの、ベリアルを復活させるための捨て駒としては強すぎるという理由で、破棄されたという経緯がある。
 その後、最後まで残った実験体だった地球人の遺伝子とベリアルの遺伝子を掛け合わせることが決定した。
 その生い立ちから、にせウルトラマンベリアル、と呼んでも差し支えない。使用されたカプセルはアトロシアスと同じものだが、こちらはベースとなったダークルギエルやエンペラ星人の特製が強く出ている。
 ダークルギエルの出自や、ウルトラマンとして制作された経緯もあって、その姿はウルトラマンベリアルと酷似している。


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最終話「小夜曲は星の瞬きと共に」

 クーちゃんは、レイオニクスギアを発言していないながらも、ゼルガノイドとは対等に渡り合っていた。クリス以上に火力に特化させたイチイバルは、圧倒的な体格差をものともしていない。

(やっぱり、人目を気にしないで暴れ回れるのって、最高!)

 ゼルガノイドの腕を吹きとばしつつ、格納庫の中を縦横無尽に駆け回る。ツバサから前線に出ることを禁じられたのも、クーちゃんは戦闘中は周りの目を気にせずに乱射して回るからである。

「さてと、気分もアガってきたし、とっておき、いっちゃおうかな!」

 先ほどから何発かゼルガノイドに直撃させているが、致命傷までには至っていない。このまま着実に削っていけば、いつかは倒せるかもしれないが、時間がかかればかかるほど、響達に負担がかかる。できることなら、短時間で決着をつけたい。

 クーちゃんはランチャーを二丁、空中に放り投げ、さらに二丁取り出して構える。

「さあて、あたしのワンマンショー、楽しんでいってよね!」

 絶勝の歌とともに、4丁のランチャーが組み合わさり、一つの巨大な戦車となる。ゼルガノイドと比べるとまだまだ小さいが、クーちゃんは不適な笑みを浮かべて乗り込んだ。

 レバーを操作し、戦車はバック走行をしながらゼルガノイドにミサイルを撃ち込む。先ほどまでの砲撃とは桁違いの火力にゼルガノイドは大きく後退し、戦車はゼルガノイドの急所を狙える狙撃ポイントを探す。胸のカラータイマーを破壊すればその活動は停止するはずだが、それを破壊できるだけの火力を放つには、ゼルガノイドが振り返った瞬間を狙うしかない。

「やっぱ思ったとおりには行かないよ、ねっ!」

 ゼルガノイドを襲う砲撃は激しさを増す一方であるが、中々ゼルガノイドは背中を見せない。エタルダミーにどれほどの知性が受け継がれているのかは分からないが、クーちゃん自身、ここまで苦戦するとは思ってもいなかった。 

 クーちゃんは一度狙いを変え、ゼルガノイドが無防備になった瞬間ではなく、足を狙う。胴体と比べて的が小さいが、このまま砲撃を続けていても、いたずらに時間を消費するだけである。

「いっただき!」

 ほんの一瞬だけ、ゼルガノイドが油断した一瞬を狙って、4門の砲門から両足めがけて一気にミサイルを打ち込む。バランスを崩したゼルガノイドはうつ伏せに倒れ、すかさずその下に潜り込む。

 その巨体に押しつぶされそうになる前に、今放てるだけの砲弾を一斉に打ち込む。そのままでは潰されてしまうが、クーちゃんは黙って潰されることはなく、カラータイマーごとゼルガノイドをうちぬいた。撃ち抜いた穴に飛び込み脱出すると、格好良くポーズを決めてみせた。同時に背後のゼルガノイドは粒子となって消滅し、絶唱で生み出された戦車も無傷でその場に残った。

「っつ~。ひっさしぶりの絶唱は効くなぁ~」

 だが流石にクーちゃんはギアの負荷に耐えられず、ギアを解除した。ところどころ痛む体を押さえて、軽く咳き込むと、手に付いた血糊を持ってきたスカーフで拭き取った。

「さてと、助けに行こっか」

 痛む体にムチを打ち、響たちを助けに向かう。本当は休んでいなければならないが、少しぐらいは無茶をしてもバチは当たらないはずだ。

 

 

 響とセレナは2対2という対等な条件でありながら、苦戦を強いられていた。元々装甲(アーマード)メフィラスは複数人でかからなければならない相手である上に、ビエントの援護も相まって、装甲(アーマード)メフィラスに集中することができない。

 もしここにクリスがいれば、ビエントを引き付けさせて、その間に装甲(アーマード)メフィラスを撃破することができたかもしれない。しかし、今は自分より経験の劣るセレナしかいない。どうすればいいのか、必死に考えを巡らせながらこの場の最適解を探す。

(イグナイトを使ってもいいけど、それこそ仕留められなかった無理だし……。どうすれば……)

 セレナが一度装甲(アーマード)メフィラスに敗北していることが頭をよぎり、自分がビエントを引き離す囮を買って出ることができない。セレナのリーチなら、空を飛ぶビエントと渡り合えるかもしれないが、万が一のことがあれば、マリアに合わせる顔がない。

「立花さん、一つ、提案があります」

 できるだけセレナに傷が届かないように守りながら戦っていると、セレナが口を開いた。やはり、このままでは埒が明かないと考えているのは自分だけではない。

「私が、あのテンペラー星人を先に倒します。その間、あのメフィラス星人を引き付けてくれますか?」

「え?」

 セレナが自分からビエントを引きつけるとは思ってもみず、思わず声が漏れた。

「でも、大丈夫なの?セレナちゃんだけで……」

「心配しないでくださいよ。私だって、元の世界じゃノイズ駆除とか結構やってるんですよ?それに、キリカさんとかがよく見てるアニメとかだと、私ぐらいの女の子が主人公としてよく活躍してるものです。だから、へいき、へっちゃら。です!」

 響を意識したのか、セレナは響の口癖を真似て強がりをみせた。本当ならば、響はセレナを止めたかったが、よく見ると、セレナの手が震えているのが見え、響の心が揺らぐ。どのみちどちらかがビエントを倒さなければならないのだ。響はセレナの勇気を買い、この場を任せることにした。

「じゃあ、お願いしてもいい、かな?」

「はい!任せてください!」

 セレナは響の背後から出ると、空を飛んでいたビエントの翅を絡め取り、響から引き離す。響も一歩踏み込み、装甲(アーマード)メフィラスの鎧の一点に打撃を集中させ、鎧を歪ませる。ビエントの支援がなければ、時間などいくらでも稼げる。

 ビエントは徐々に響きたちから引き離され、セレナは頃合いを見て、翅を引きちぎって墜落させた。そして間髪入れずにまっすぐ切り込み、ビエントの首を狙う。だが、ハサミに阻まれてそれは叶わず、セレナは大きくよろめいた。

 再度剣を構え直し、セレナは諦めずにビエントに立ち向かう。すぐに攻撃は弾かれてしまうが、すぐに体制を立て直し、ビエントのハサミを狙う。セレナの刃は簡単に捉えられ、ビエントは剣ごとセレナを放り投げた。だがそれはセレナの計算のうちだった。セレナは剣から手を離し、自分が放り投げられるのを阻止すると、セレナはすぐにガントレットから短剣を引き抜いてビエントの胸に突き立てた。思わぬ一撃にビエントはたじろぎ、セレナはさらに柄を蹴り込んで置くまで剣をめりこませた。そして投げ捨てられた剣を拾い、ビエントの背中に回り込んで、縦一文字に切り裂いた。ほんの一瞬の連続攻撃の前に、ビエントは対処する暇さえないまま、そのまま光の粒子となって消えた。

(ふぅ、なんとかなった……。立花さんは……)

 敵を倒し、セレナは一息つきたかったが、自分を苦しめた強敵を放置しておく訳にはいかない。すぐにセレナは響のもとへと向かう。響と装甲(アーマード)メフィラスは、分断こそ成功したものの、リーチの差に苦しめられているようだった。響の拳はリーチこそ負けているものの、歪んだ鎧ではその攻撃を相殺しきれず、逆に装甲(アーマード)メフィラスの攻撃の一つ一つが正確であるため、一撃でも当たってしまえば致命傷となりうる。お互いに実力は拮抗しており、時間だけをいたずらに消費している状況だった。

「立花さん!」

 響の間合いの外から、セレナは大きく切り込み、装甲(アーマード)メフィラスのサーベルを抑えた。そのお陰で響は回り込んで、頭を殴り飛ばすことができた。

「セレナちゃん!ありがとう!あとちょっとだけ抑えてて!」

 装甲(アーマード)メフィラスはセレナの拘束から逃れようとしているあまり、響に対処するだけの余裕がない。その間に、響はガントレットを一つに束ね、背中のブースターが火を吹いた。この一撃を確実に決めるために、タイミングは慎重に決めなければならない。じっくりと腰を落とし、そのタイミングを待つ。

 そして響が準備を整えたとほぼ同時に、セレナが振りほどかれて装甲(アーマード)メフィラスがこちらに向かってくる。響は溜めていた力を開放し、全力の拳で装甲(アーマード)メフィラスを殴りつける。響に勢いに圧され、装甲(アーマード)メフィラスの体は壁まで一直線に叩きつけられ、その鎧もとうとう砕けることとなった。

 だが致命傷にはならなかったようで、まだメフィラスには対抗する意志が見えた。だが響も黙っているはずがなく、一撃、また一撃とメフィラスへと重い一撃をぶつけていく。

 そしてメフィラスが残ったサーベルで響の体を貫こうとしたと同時に、響は飛び上がり、サーベルを足場にして更に上へと跳ぶ。そして空中で一回転すると、そのまま踵を落としてメフィラスの体を真っ二つに切り裂き、メフィラスは光の粒子となって消滅した。

「ふぅ、つっかれた……」

 敵を殲滅し、響は肩の力が抜けて自然とギアが解除された。セレナも敵が周囲に隠れていないが警戒をしながら響と合流する。

「あっれー?終わっちゃった?急いで駆けつけてきたのに」

 少しして、周囲に敵がいないことを確認し終えるとほぼ同時にクーちゃんがやってきた。なにもないように取り繕ってはいるが、クーちゃんの挙動の節々には不自然さが見え隠れし、相当苦戦していた事が伺える。

「お疲れ様です。こっちも一段落して、敵が隠れてないか確認してたところですよ」

「ふむ。関心関心。とりあえず船の中には幹部とかが隠れてたりはしないっぽいね。小夜も苦戦してるだろうし、行くよ!」

「はい!」

 響たちはクーちゃんと合流し、小夜がいるであろう部屋へと向かう。ここからであれば、すぐにたどり着けるであろう場所だ。小夜の負担を軽くするためにも、響達はまっすぐ部屋に向かった。

 

 

 響達が部屋の中に足を踏み入れると、キングジョーの巨体が部屋の壁に叩きつけられ、部屋が大きく揺れた。部屋の中央では、無傷のエタルガーが神々しく浮かんでいる。

「小夜ちゃん!大丈夫!?」

『その声、響さん達、ですね……。なんとか、耐えてはいますが、ちょっと厳しいです。』

 通信機越しに小夜の無事を確認できたが、状況が不利であるという事実に以前変わりはないようだった。

 響もすぐにレッドキングを呼び出して応戦するが、エタルガーの外殻は硬くレッドキングの一撃にビクともしない。、キングジョーを助け起こし、エタルガーに立ち向かうが、攻撃が効いている様子はない。そして、全く見当がつかない方向から、突如レッドキングが殴り飛ばされ、エタルガーは何事もなかったかのようにその場に佇んでいる。

「弱い。あまりにも、弱い」

 エグララグは悠然と空中に浮いていた。黄金の魔神(エタルガー)の何違いない強さを見せつけた。

 レッドキングはキングジョーと共に挟み込むようにして襲いかかるも、またしてもエタルガーは姿を消し、互いが互いを殴りつける格好となってしまう。そして虚空から現れたエタルガーが空中から2体を殴り飛ばした。

「何故だ……。地球人はこうも弱いのに、怪獣を使わなければ私と並び立つことすら不可能だと言うのに、なぜ私は失敗作の烙印を押されねばならぬのか……。強かった私ではなく!」

 エタルガーは自分の出自を呪うように、つぶやいた。響たちにはその真意はわからないが、小夜にはそれに対する答えが一つだけあった。

『そんなの、考えれば分かるじゃないですか』

 諦めずに立ち上がり、キングジョーの腕にペダニウムランチャーを装備する。直接攻撃が駄目ならと、遠距離攻撃を仕掛けるも、エタルガーには命中していない。

『あなたは力を求めることしか考えていない。誰かから奪って、自分を満たす今年考えられない。だから捨てられた。それだけのこと』

 ペダニウムランチャーから放たれる砲撃は、エタルガーにかすりもせず、代わりに背後の鏡が割れた。エタルガーはその音を聞いてなぜか戸惑い、その姿が大きく揺らいだ。先ほどまではしっかりとした実体として見えていたはずのエタルガーの姿が、まるでノイズの混じった映像のように不安定なものへと変化する。

「鏡……?なんで」

「とにかく、あの無敵の正体は鏡でよくわからないトリック使ってたことなんだし、全部叩き割るよ!セレナちゃん、準備はいい?」

「え?は、はい!やってみます!」

 残っていた2人はギアをまとい、辺り一面を無差別に破壊して回る。クーちゃんの砲撃は周囲の鏡をたたき割るのに十二分な火力を持ち合わせており、少しずつエタルガーの姿が全く別の場所に現れる。それは、今までエタルガーが浮かんでいた場所ではなく、その上、ちょうど響達を見下ろせる場所だった。

「侵略者の親玉のくせして、せっこいね」

「あいにく正々堂々と勝負をしに来ているわけではないのでね」

 エタルガーはゆっくりと降り立ち、独特な構えを取る。これでエタルガーに攻撃が通るようにはなったが、あくまで同じ土俵に立てているだけでまだ優勢になったわけではない。

 それを証明するかの如く、キングジョーとレッドキングの攻撃はエタルガーに直撃こそすれ、まるでダメージを受けている様子がない。あざ笑うかの如く2体の懐柔を薙ぎ払い、余裕の姿勢を見せた。まだエタルガーには届かない。外殻にヒビでも入っていれば変わったのかもしれないが、今はそんなことを考えている余裕などなかった。

「私の姿を暴き出したところで、エタルガーの体に傷一つ付けられないのでは無意味だ」

「ううん。そんなことはない」

 勝ち誇ったようなエタルガーに対し、響は未だに諦めていないようだった。彼女レッドキングも、諦めるどころか闘志を燃やしているのが見てとれる。

「一発でダメなら、10発、10発でダメなら100発撃ち込めばいいだけ!」

 レッドキングは大きく吠えて、エタルガーに襲い掛かる。響の気持ちに応えたのか、レッドキングの両腕はEXレッドキングのように大きくなり、エタルガーの外殻を殴り続ける。響の気合の一撃に、エタルガーの顔面にヒビが入った。その一撃はエタルガーも予想していなかったようで、逃れようとするが、とっさの回避ではレッドキングの猛攻をよけきることができない。

 そしてついにレッドキングの拳はエタルガーの顔面を粉々に砕き、エグララグの本体が露になった。響は露になった素顔を見て驚愕した。

「アトロシアス!?でも、ちょっと違う……?」

「貴様……。よくもエタルガーを砕いてくれたなぁ!」

 エタルガーの外殻を砕いたことは、エグララグの逆鱗に触れたようで、エグララグはレッドキングを殴り飛ばした。一部が砕けたことで、エタルガーの外殻が連鎖的に砕けていく。当初は顔しか見えなかったが、最終的には全身が露になった。

 ウルトラマンベリアルと酷似していながらも、どこか違う、ダークルギエルやエンペラ星人といった怪獣の特徴が強く表れたような姿をしていた。そして片腕の『09』の2文字がオリジナルとは別物であるということを物語っている。

 自らの姿を無理やり引きずり出された事にエグララグは激昂し、力任せにレッドキングを殴り飛ばした。そして腕を乱雑に十字に組み、そこから発射された光線でレッドキングは反撃する暇さえないまま撃破されてしまった。

 エグララグの怒りはそれでは収まらず、獣のようなうなり声とともに響達に襲い掛かるが、キングジョーが割り込んで妨害した。

「私の姿は、私が許したものだけに見せるものだ!貴様らのような人間に見せるものではない!」

 キングジョーが盾となり、エグララグの攻撃を防いだものの、響達から離れることができないためか、十分に戦うことができない。

『ここは私が食い止めます!早く逃げてください!』

「でも、小夜ちゃんを置いてくなんて……!」

『怪獣が出せない以上、ここにいたら危険です!大丈夫です!私一人で何とかしますから、先に行って、安全の確保をお願いします!』

 響は小夜を置いて一人で戦わせることには不安があったが、どのみちここにいては小夜の足手まといにしかならないことも同時に理解していた。

「それじゃ、先に行って待ってるから!絶対に帰ってきてね!」

 小夜に全てを託し、響達は部屋を去っていった。小夜もエグララグに立ち向かっていき、響達が逃げられる時間を稼ぐためにも組み伏せる。正直分の悪い戦いであるとは承知しているが、響達にまで被害が及ぶのは看過できない。

 響達が部屋を後にしてからしばらくすると、小夜も一転して攻勢に出る。キングジョーとレゾリュームルギエルの一騎打ちが始まった。パワーではレゾリュームルギエルの方が上だが、防御力ではキングジョーの方が上である。

 総合で見れば、互いの能力差はなく、互いに拳をぶつけ合うだけの勝負が続く。エグララグの光線ではキングジョーの装甲を破ることは出来ず、キングジョーも特別決め手を持たないが故に純粋な格闘戦に持ち込まざるを得ない。だからこそ、小夜は今打てる拳にすべてを乗せる。

 生きる意味を見失っていた自分に、平行世界から来た姉は言った。無いなら探せばいい、生きるのを諦めないでほしいと。その言葉は小夜に生きる意味となり、姉を殺めた自分と向き合う勇気をくれた。

 そして現れた姉の幻は自分に問うた。夢はなにか、本当にやりたいことは何か?と。小夜は答えた。世界を守り、みんなが笑顔で暮らせる世界を作りたいと。

 自分の義姉は笑った。そんなことは絵空事だと。そんな世界は来ないと。だが小夜は力強く答えた。絵空事だからこそ、美しい世界を目指すのだと。手に入らないから、必死に手をのばすのだと。

 平行世界からやってきた装者は、皆響が伸ばした手をつなぎ、世界を守ってきた。生まれた世界が違っても、響に出来たことなら自分にもできるはずだ。

(だから、伸ばすんだ!もう一度!何度でも!私の、夢のために!)

 拮抗を続けていた両者の拳だったが、小夜が意思を固めた瞬間、ほんの僅かだけ小夜の拳が、エグララグの拳をすり抜けてエグララグを殴り飛ばした。大きく体勢を崩したエグララグを、キングジョーは逃すことなく拳を浴びせ、戦いの主導権を握る。

 キングジョーの猛攻の前に、エグララグは反撃の体制を整える暇すらなく、大きく殴りつけられると同時に、壁に叩きつけられた。そして再度ペダニウムランチャーを装備し、その砲身に小夜の思いをすべて乗せて全身のエネルギーを一点に集中させて、エグララグに狙いを定めて放つ。今まで感じたことがないような反動とともに、ペダニウムランチャーの一撃はエグララグの体を貫き、エグララグは爆発四散した。

 エグララグを倒したと確信すると同時に、キングジョーの変身も解けて、全身を激痛が襲う。小夜は慌ててアンチLiNKERを打って、適合率を調節すると、部屋の外に出る。先程の戦闘の余波で、部屋だけではなく、この城塞すべてが崩れる音があちこちから聞こえてくる。バランスを失ったこの城塞は地球の引力に引かれて崩れながら地球へと落ちていくのだろう。

 だが小夜もこの城塞とともに死ぬわけにはいかないので、すぐに響達のもとへと向かう。

「小夜さん!」

 クーちゃんが戦っていた格納庫まで下りてきたとき、セレナが奥から駆けつけてきた。中々戻ってこない小夜を心配して戻ってきてくれたのだろう。

「大丈夫ですか!?勝ったんですよね?」

「うん、なんとか。ギリギリ勝てたって感じかな。私もボロボロだけど」

 セレナに支えられ、皆の待つ宇宙船へと向かう。城塞も上の方は崩れているようで、格納庫も崩れてきた上層部の重みに耐えられずに崩れそうである。

 そして格納庫の出口も近づいてきた時、クーちゃんから連絡が入った。

『もしもし!?セレナちゃん!早く引き返して!まずいよ。ここ、崩れてるんじゃなくて、無理やり軌道を変えながらまっすぐ落ちてるっぽい……。このままだとS.O.N.G本部直撃コースだよ!先回りして、早くつーちゃんたちを避難させないと!』

 先に宇宙船で撤退の準備を始めていたクーちゃんの声が通信機から聞こえる。この状況下でそんなことができるのは、一人しかいない。エグララグはまだ生きていたのだ。

 小夜はその通信を聞いて、まだ戦いが終わっていないのだ。であれば、自分がやることは決まっている。

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

「小夜さん?」

 ガングニールを身にまとい、アガートラームのペンダントをセレナに握らせた。

「ごめんセレナちゃん。私、ちょっと行ってくる」

「え!?」

 セレナは一瞬いわれていることが分からないようだったが、すぐに意味を理解した。小夜は帰らないつもりでいるとわかるや否や、すぐに小夜の腕を引いて引き留めようとした。

「何言ってるんですか!?姉さんは、私たちに帰ってきてってお願いしてたじゃないですか!ここで残ったらーーー」

「大丈夫だよ。セレナちゃん。キングジョーの装甲は大気圏の摩擦ぐらい耐えられる。本当に危なくなったら、変身すれば大丈夫。それに、エグララグを本当に倒せれば、ここはバラバラ崩れて、大気圏との摩擦で燃え尽きるはず。本部だって守れるの」

「でも、小夜さんが無事に戻ってこれるわけが……!外は宇宙なんですよ!?」

「キングジョーに変身すれば、大気圏なんて突破できる。テレビとかでもキングジョーは宇宙から来たんだから、大気圏ぐらい余裕で突破できるって」

「でも……」

 セレナはなんとしても小夜と帰りたいようだったが、小夜がエグララグを完全に撃破すれば本部の危機も回避できると理解しているがゆえに強く引き止められないようだった。

「大丈夫セレナちゃん。私を信じて。絶対に追いかけるから」

 小夜はセレナに諭すように言い聞かせる。恐らく思いつく限りのことはやっただろう。キングジョーに変身すれば大気圏も突破できると言ったし、自分が言い出した以上、エグララグの撃破は自分がやらなければならないとも言った。あとはセレナが行ってくれるのを祈るだけである。

「……待ってますから」

 セレナは小夜がここに残ることに同意してくれたようで、小夜から託されたアガートラームを握りしめてその場から去っていった。

(また、嘘ついちゃったな)

 もしここに来たのがクーちゃんだったら、絶対に反対されただろう。なぜなら、今の適合率では、ギアをまとうことはできても、キングジョーへの変身はできない。セレナたちを先に逃がした為に、ここから脱出できる方法もない。

(それじゃ、最後の大仕事、始めようかな)

 もうこの城塞は限界が来たようで、格納庫も限界を迎えて崩れ出す。同時に天井から巨大な影が姿を現した。もはやそれをエグララグと呼んでよいのか、その異形は全身からツタのようなものを生やし、崩れていくガレキを無理やりつなぎとめて一つの巨大な怪物へと変貌していく。

「貴様に、この痛みが分かるか!?元に戻れぬ苦しみが!」

「分からないよ。私は、あなたのようにはならないから。自分の今を呪うぐらいなら、私は明るい未来を勝ち取るために戦うって、決めたから!」

 すでに格納庫は原形をとどめておらず、中に溜まっていた空気が外に放出されている関係もあってものすごい風が周囲を襲う。すでに大気圏に入っているのか、視界の端が少し青くなっているのが見える。大気圏内で燃え尽きさせるためには、2分以内に倒さなければならない。

「ならば味わうがいい!ここで散り、何も守れない絶望を!終わらぬ悪夢をな!」

 エグララグは巨大な塊から、一体の異形へと姿を変えた。ガレキを取り込み、変化を続けた彼は、エタルガーのような神々しさも、レゾリュームルギエルのような禍々しさもない、ただの獣同然の姿だった。

 小夜はアームドギアを握り、エグララグに組み付く。これがレゾリュームルギエルの固有能力かは分からないが、少なくともエグララグ本体を完全に貫いて、初めて勝利といえる。しかも、エグララグはガレキを取り込んで徐々に大きくなっているので、とにかく時間をかけるわけにはいかなかった。

小夜を振りほどこうと襲い来る触手を薙ぎ払い、中心部めがけてガレキを外していく。あと少しで中心に到達できるかというところで、エグララグに振り落とされ、地面を転がる。アームドギアを支えにして落下するのだけは避けられたが、残りは60秒もないかもしれない。

『Gatrandis babel ziggurat edenal』

 最後の一撃を放つため、最期の歌を紡ぐ。

『Emustolronzen fine el baral zizzl』

 姉との約束は果たせないが、小夜は後悔をしていなかった。

『Gatrandis babel ziggurat edenal』

 地上に残っているシラベやツバサは、これから先復興作業で忙しくなるだろう。

『Emustolronzen fine el zizzl』

 もう小夜がそれを見ることは叶わないが、この世界のS.O.N.Gが作る未来はきっと明るい未来なのだろうと願い、全身のフォニックゲインを一点に集中させる。

 もう二度と会えない親友や姉の顔が刹那に脳裏をよぎり、頬を涙が伝う。小夜は覚悟を決め、最期の一撃をエグララグに向けて放った。

 小夜の手から放たれた一撃は、エグララグの体を貫き、その中心にいた本体をも貫いたようで、エグララグを構成していたガレキが、バラバラになっていく。

「バ、バカな……。この私が、たかが小娘ごときに……!」

 崩れていくガレキの中から、無数のツタが絡み合ったような小さい影が零れ落ちる。その胴体には、小夜の放ったアームドギアが深々と刺さっている。

「おのれぇ……。滅べぇっ!滅んでしまえぇっ!」

 最期に見苦しい呪詛を吐きながら、エグララグは目の前で息絶えた。同時に小夜も倒れこみ、ギアも解除される。

 全身のフォニックゲインを使い切ったのだ。キングジョーの変身はおろか、もはや意識を保つことすら困難になるのは明らかだ。

(あぁ、マリア姉さんとの約束、果たせなかった、な……)

 薄れゆく意識の中、約束が果たせずに、マリアを悲しませてしまう事に罪悪感を抱き、そのまま意識は暗闇の中に沈んでいった。

 

 

 セレナが宇宙船に戻ると、出発準備を終えたクーちゃん達がセレナしか戻ってこないことに違和感を感じた。

「小夜は?」

「えっと、エグララグにとどめを刺すって残ってます。でも、後で必ず来るって……」

「はぁ!?何それ、ちょっと待ってて、すぐに連れ戻してくる!こんな状況で置いてけぼりにできるわけないし!」

 クーちゃんは操縦桿から手を離し、小夜の元へと向かおうとした。しかしその直後、船全体が大きく揺れ、ドックが一気に傾いた。既に地球の重力圏に入っているのか、宇宙船はドックの中を滑る。クーちゃんはなんとか逆噴射などを駆使して戻ろうとするが、それも虚しく宇宙船は城塞から投げ出されて、まっすぐ地球へと落ちていく。

「待って!このままじゃ小夜ちゃんが!」

「こればっかりは諦めるしかない、かな……。こんなところで無理に方向転換したら、こっちの船体が持たない。もう小夜を助けになんて行けない」

 クーちゃんは表面上は取り乱さないようにしているが、その頬には不釣り合いな冷や汗が滲んでいた。

「……。とりあえず、本部近くに着地させるよ……。つーちゃんに連絡して、回収してもらわないと……」

 小夜を見捨てる形で城塞から脱出となっていまい、一同は黙り込んでしまった。クーちゃんは小夜を喪ったという事実から目を背けるかのように、淡々と冷静に自分の役目を全うした。

 

 

 

 響達が地球に到着するという連絡を受け、推定座標周辺に向けて、シラベ達は出発していた。マリアの運転する輸送車に乗り、応急処置に必要な道具や担架を積んでいる。

「きれい……」

 本部を出ると、外はすっかり暗くなっていて、空にいくつもの流れ星が舞っていた。シラベが今まで見たことがないような量に、思わず魅了される。

「帰ったら祝勝会ね。セレナ達にいっぱいお祝いをしてあげなきゃ」

 運転席のマリアが漏らした。既に通信でエグララグを倒し、作戦は完了したということは伝えられているので、車内の雰囲気は明るい。

「日本の戦闘糧食(レーション)って美味しいデス……。やめられない、とまらない……」

 ブツブツ呟きながらキリカは持ち込んだ食事を食べている。小夜やセレナに用意した食事を食べられるのは我慢ならないが、クリスを始めとした一般人の救助で疲れている体に無理を言っているのだ。あまり強くキリカを責められない。

「ちょっと、それセレナちゃんに用意した良いやつなんだから、ちゃんと残しといてよ。ちゃんとあなた用のハンバーガーだって用意したんだし」

「なんか日本のは、甘くって微妙デスネ。それに、アタシだってハンバーガー以外も食べるんデスヨ?例えば……例えば……?」

 キリカはハンバーガーばかり食べてると思われたくないようだが、思い返してみればハンバーガー以外を食べる機会というのが少ないことに気がついてしまったようだった。シラベは思わずため息を漏らしてしまった。

「そろそろ見えてきたわ……。外で待ってるみたいだけど、小夜の姿が見えないわね。中にいるのかしら?」

 マリアがそろそろ到着することを告げたが、小夜が見当たらない、という一言が不安にさせる。確かに、今回の作戦は小夜を主軸に据えたモノで、小夜にかかる負担は決して軽いものではない。宇宙船の中で休んでいる可能性も否定できないが、それはそれで急いで処置をしなければならないので、不安を駆り立てる。

 シラベ達を乗せた車が到着すると、不安を拭うためにも、シラベは飛び降りて小夜の姿を探す。

「小夜!」

 急いで中に駆け込み、宇宙船の中を探すが、休んでいる小夜なんてどこにもいない。周囲で見張りでもしているかとも思ったが、響達が呼び戻す様子もない。そして何より、勝利したというのに響達の表情が暗すぎる。

「セレナお帰り。もう一人のセレナはどうしたの?近くにいないみたいだけど……」

 マリアも車から降りて、小夜がいないことに気が付いたようだが、セレナは真実を伝えることをためらっているようだった。

「小夜さんは、まだ生きてたエグララグを倒すために……」

 重い空気の中、セレナが言えたのはたった一言だった。もう戻ってこない。そういうことはできないが、マリアやシラベはその先を理解してしまったようだった。

「小夜さんは、最後に嘘をついたんです。キングジョーに変身すれば戻ってこれるって。でも、アンチLiNKERがないと小夜さんの適合率は安定しないので、キングジョーに変身できるほどの適合率まで上がりきらないって……」

 セレナは申し訳なさそうにすぐに言った。小夜が帰ってこれない。その一言は衝撃的すぎるものだった。今頭上で流れている流れ星の中で、小夜が燃え尽きていると暗に語っているようだった。

 小夜の再生能力は、あくまで失った体のパーツを再構築するものである。故に、大気圏との摩擦で細胞の一片も残らずに燃え尽きてしまえ再生する前に全身が灰となってしまう。

 キングジョーに変身して脱出できなかったという事実は、小夜の帰還が叶わないということを意味していた。

「なによそれ……」

 それを聞いたシラベが漏らした一言はそれだった。小夜を連れ戻さなかったことに対する怒りか、もう戻ってこないことへの悲しみか、少し声が震えている。

「なんで、何でよ!なんで小夜ばっかりこんな目に合うの!?小夜が一体何をしたっていうの!?どうして小夜は普通の女の子として暮らせないの!?ねえ、何でよ!」

 シラベはついにこらえ切れなくなり、その場で泣き崩れた。マリアは小夜の事を受け入れられていないようで、悲しみよりも、信じられないというような表情をして固まっている。

 この世界に襲来した宇宙人たちの侵略は、首魁であるエグララグが倒れたことにより阻止された。だがそれは、一人の装者の犠牲という大きい代償を支払って手に入れた、辛い勝利だった。



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Epilogue『夜明け』

 エグララグとの戦いが終わり、はや2週間が経過しようとしていた。響達を元の世界に戻す手続きや、残党狩り、復興作業といった事後処理に追われ、気がつけばそれほどの時間がかかっていた。小夜の死が受け止められず、件名の捜索活動が行われてモノの、小夜の痕跡は何一つとして見つからず、ついに先日死亡認定がくだされた。

 葬儀にはS.O.N.G職員と、装者一同が参列し、彼女の墓は2人の姉と同じく彼女の実家からほど近い霊園に設けられた。小夜の実家は、取り壊される話も持ち上がったものの、シラベの意向で彼女の義父名義で買い取り、シラベが保有することになった。

 小夜の葬儀では、小夜の早すぎる死を悲しむもの、未だに信じられずに呆然とするものと参列者の反応は様々だった。ツバサはただ一言、「小夜は2年前の時点で死んでいた。本当は、元に戻る場所に戻っただけなのかもしれないな」と漏らした。それは、小夜の死を受け入れられなかったツバサなりの解釈だったのかもしれない。

 そうして葬儀が終わり、シラベは荷物を持って小夜の実家にやってきた。本部から離れた土地にあるものの、ギアを使えばさほど往復に苦労はしない。

「シラベさん」

 持ってきた荷物を整理したり、ホコリの被った家の掃除をしていると、セレナが訪ねてきた。彼女たち別世界から来た装者は明日にも元の世界に帰る手はずが整っている。最後の別れのあいさつに来てもおかしくないのだが、保護者(マリア)がいないというのは珍しい。

「セレナちゃん?珍しいね。お姉さんはいないの?」

「はい。マリア姉さん、あの日からずっと元気がなくって。姉さんは取り繕ってますけど、見ていられなくて……」

 キャロルは小夜の死で、第2、第3のヒビキの登場を危惧していた。小夜の蘇生を目的に、反旗を翻す装者の出現は、この状況では対処しきれない。

「シラベさんは、あんまり応えてなさそう、ですよね?」

「そうでもないよ。私がここにいるのだって、小夜のことをまだ諦めきれないからだし。いつか、帰ってくるんじゃないかって。それに、みんなを裏切ってまで小夜を生き返らせても、きっと小夜は喜ばないだろうし……」

 シラベがこうして小夜の家を買い取り、住むことを決めたのも、小夜はまだ死んでいないと心のどこかで思っているから、というのもあった。いつかまた、小夜が帰ってきてくれるのではないか、

 縁側で2人並んで、空を眺める。セレナも、シラベのいるところだけは行きたくなかったが、それ以上に本部の重い空気が耐えられなかった。どこか行くとしても、本部から離れた場所というとここしか知らないから、こうしてここに来たのだ。

「すいませーん。宅配便です!ハンコお願いします!」

 特にすることもなく、2人とも無言でいると、突然宅配便のトラックがやってきた。何かを注文した記憶はなかったが、もしかすると引っ越し祝いで遠くで活躍している義父からかもしれないと、シラベは印鑑をもって宅配便を受け取る。長い髪を後ろで一つに束ね、目鼻の整った配達員から渡された伝票にハンコを押す。差出人含め、海外から送られてきたようで、すぐには差出人などが分からない。

(それに業者も聞いたことない……。パ……ユー?ブイ……?)

 しかもトラックは大型トラックの荷台には、カラースプレーで乱雑に書かれたロゴはシラベではすぐに判読することができない。流石に義父でもこんな怪しい業者を使うわけがない。

「それじゃ、荷物持つの手伝ってもらえますか?さすがに一人だと重いので」

「え?えぇ……。かまいませんけど」

 配達員に指示されて、トラックの荷台に回る。荷台に積まれていたのは、1.5メートルはあるであろう巨大な木箱だけだった。まるで棺桶のような大きさで、実際持ってみると、普通の荷物では考えられないほど重かった。少なく見積もっても50キログラムはあるだろう。

(重い……。誰よこんなの送り付けてきたのは……)

 庭先に木箱を移動させると、配達員はそのままトラックと共に去っていった。木箱全体を見渡すと、かなり厳重に封をされており、中の荷物は相当壊れやすいものということだけはわかる。

「ところでシラベさん。木箱ってどうやって開けるんですか?」

 木箱をじっくり見ていたセレナがつぶやいた。シラベが昔見た映画では、バールのようなものでこじ開けていたが、さすがにそんなものはここにはない。仕方がないので、神獣鏡(シェンショウジン)のクナイで中身をこじ開けることにした。

 だが、クナイは思った以上に短く、中々金具と木箱の間に入らない。何度か挑戦したものの、木箱の表面を削っただけで、中身が出てくることはなかった。

「ああもう!面倒くさい!」

 中々あかない木箱に対し、シラベはとうとうしびれを切らして、叩き壊して開けることにした。ギアのアシストがあれば、こんなものは簡単に壊せる。

 一度呼吸を整えて、全身全霊のかかと落としで木箱を壊して中を見ると、一通の手紙と装飾の施された棺桶が出てきた。セレナは手紙を拾い上げて、内容を読み上げる。

「えっと……『S.O.N.G本部の装者御中。この度の戦いの勝利、心よりお祝い申し上げます。その健闘をたたえまえして、ささやかながら祝いの品を送らせていただきます。パヴァリア、商会……?』多分これで合ってると思います。多分……」

「多分ってなにそれ、こんな重い物送ってくるなんて、悪趣味にもほどが、あるでしょ!」

 棺桶を開けようとするが、蓋が重くて中々開かない。蓋自体が重いというのもあるが、木箱に収まるギリギリのサイズで作られているというのもあって、指を入れる隙間もない。

「だってこの手紙、一応日本語で書いてあるんですけど、字が汚くて……。何か字もアルファベットみたいに歪んでてすごい読みにくいんです。多分、日本語に慣れてない外国の人が書いたんだと思うんですけど……」

「そんなこと、どうでもいい、から!これ、開けるの、手伝って!」

 セレナは手紙をポケットにねじ込み、シラベとは反対側を持って持ち上げる。2人がかりで蓋を持ち上げたことで、蓋はスムーズに持ち上がり、中に入っているものがやっと顕になった。

「え……?」

 パヴァリア商会を名乗る謎の集団から送られてきた正体不明の棺桶の中にはいっていたもの、それはシラベ達にとって全く予想していないものだった。

 

 

 翌日、響達は帰る前に、シラベ達が持ってきた棺桶の『中身』を見て目を丸くしていた。何故ならば、それはここにはないはずのものなのだから。

「小夜ちゃん、見つかったんだ……」

 正体不明の組織から送られてきたもの、それは五体満足の状態で眠りについている小夜だった。傷は完全に癒えており、いつ目を覚ましてもおかしくはない状態だった。

「正確には、復元したといったほうが正しい。オリジナルの小夜は回収こそされたが、絶唱のバックファイアと大気圏との摩擦で大破、その送り主が回収していなければ、本当に大気圏との摩擦で燃え尽きていただろうな」

 キャロルは棺桶の底に埋まっていた解説書に目を通していた。それは技術者が読むことを想定しているのか、表紙からして英語が並んでいる。

「小夜の送り主だが、闇市場に手を出してる錬金術師の集まりだ。金になるなら何であれ売る。金にがめつい守銭奴が仕切ってるところだ。小夜を復元して、こちらに恩を売ったつもりだろうな。何を売りつけられるかわかったもんじゃない」

 キャロルは悪態をつきつつも、小夜が戻ってきたことに内心安堵している面もあるようで、若干気が緩んでいるように見えなくもない。

「見ての通り、今の小夜は基底状態の聖遺物同様、フォニックゲインが無ければ目を覚まさない。本当なら最優先で復帰させたいが、こちらも装者のスケジュールが手一杯でな。しばらくは本部で保管することになるだろう」

「そして、だ。小夜についてはしばらく他の世界に預けることにする」

 ツバサが言い出したのは、衝撃的な一言だった。小夜が帰ってきたこともそうだが、小夜を他の世界の装者に管理させる事は誰にも予想できなかった。

「今この世界の装者は、シラベ、クリス、キリカの3人しかいない。それにこの混乱に乗じて小夜の奪取を狙う連中が現れないとも限らん。ならば、一時的に他の世界で預かってもらい、小夜が目を覚ましたらこちらの世界に戻すことにした。定期的にオートスコアラーを派遣するから、その時に小夜の容態を見て連れて帰らせる」

 小夜を預けることについて、具体的な説明がなされる中、小夜を誰が預かるのか、それだけはハッキリとさせなかった。ツバサは志願制と付け足したが、小夜を預かって良いのか、という迷いが二の足を踏ませているのだ。

「ここは、姉であるあんたが預かったらどうだい?」

 そんな沈黙を破るように、奏がマリアの方を叩いた。マリアは小夜の面倒を見きれる自信がないようで、快諾はしなかった。

「でも、私が預かって良いのかしら?私忙しいし、小夜と一緒にて挙げられるかどうか……」

「別にいいじゃないか。この中じゃ一番多く装者がいる世界だし、弦十郎の旦那もアホみたいに強いんだろ?だったら何が来ても守れるさ」

 奏の後押しもあり、マリアは小夜を預かりたいという旨を申し出た。ツバサもそういうのは分かっていたようで、マリアの申し出をすぐに承諾した。

「ああ。特に志願者がいなければ、そちらの世界に任せる予定だった。小夜を頼んだぞ」

 マリアは承諾を得て、眠っている小夜を棺桶から引き上げて、愛おしそうに優しく抱きしめた。やっと戻ってきた。世界を守った自慢の妹が戻ってきたという実感がマリアの心の中に満ちたような、優しい笑顔だった。

「さて、名残惜しいが、そろそろ帰還時刻だ。ゲートを開くぞ」

 小夜の処遇が決まったところで、響たちが元の世界に帰る時間がやってきた。長い間戦ってきて、愛着の湧いてきたこの世界と分かれるのは名残惜しいような気もするが、響たちもそれぞれが守らなけれならない世界もある。いつまでもこの世界に残る訳にはいかないということも十分理解していた。

「小夜を送り届ける都合もあるからな。先に立花達の世界から繋いで帰還させる。次はどちらからにする?」

「私は小夜さんのことが気がかりなので、立花さんたちと一緒に帰ります。そこからなら自分の世界にも帰れますので」

「じゃ、せっかくだからあたしも一緒に帰ろっかな」

 この世界を守った8人の装者は、バラバラではなく、全員で帰ることを選択した。常に一緒に戦ってきた装者達らしいと言えば、らしい選択だった。

「そうか。では全員同じ世界に転送する。本当、今回の戦いはよく戦ってくれた。この世界のS.O.N.G代表として、感謝する」

「そんな、私達は私達にできることをしただけですって!」

「ああ。本当にありがとう。では、元の世界でも健闘を祈る」

「はい!そちらこそ、頑張ってください!」

 響たちは名残惜しそうではあったものの、順番にゲートをくぐって帰っていった。奏も、ツバサやキャロルを励まして、ゲートをくぐっていった。

「そうだ。最後に一つ、忠告をしておこう」

 マリアがゲートをくぐろうとした時、キャロルが引き止めた。

「もしも、小夜が目を覚ましても、お前のことを覚えていないかもしれない。直したのは体だけで、記憶が引き継がれている保証はないぞ?」

 それはキャロルからの親切心からだったのかもしれない。小夜が目を覚ましても、それは小夜かもしれない。自分を姉と認識できないかもしれないし、ましてや敵として立ちふさがることだってありうる。だが、マリアの答えは最初から決まっていた。

「大丈夫。私はセレナのお姉ちゃんなんだから。覚えてなくても、覚えててもやることは変わらないわ」

「……そうか」

 マリアの満足そうな笑みを見て、キャロルはそれ以上警告することはなく、ゲートに消えていくマリアを見送った。

 そして最後にセレナが残り、ツバサとキャロルにあいさつをし、ゲートをくぐろうとすると、シラベがセレナを引き止めた。

「セレナちゃん。いつでも遊びに来てね。セレナちゃんが来たって聞いたら、地球の反対側にいても飛んでいくから。ご飯とか可愛い服とか色々用意して―――」

「嫌です」

「そんな事言わなくても……。もう寝てるところを連れてきたりは……って痛っ!スネ蹴られた!あ、待ってよセレナちゃん!」

 蹴られた足を抱えてうずくまるシラベをよそに、黙ってセレナはゲートを通っていった。先日は警戒されなかったがセレナがシラベに心を開いてくれるのは、まだまだ遠い未来の話のようだった。シラベはすぐにセレナを追いかけてもおかしくなかったのだが、今回だけは悔しそうにセレナが通っていったゲートを悔しそうに見つめるだけに留まった。

「さて、これから忙しくなるな。それにあのアダムに貸しを作ったとなれば、今後何をふっかけられるかわかったもんじゃない」

「まあそう言うな。ちゃんと小夜も無事だったのだから、今は喜ぶべきだ」

 キャロルは小夜を直したパヴァリア商会に貸しを作ってしまったことに不満があったようだが、ツバサがそれをたしなめた。

 これまで、10人以上の装者が暮らしていた本部だが、こうして半分以上が帰ってしまうと一気に寂しくなる。

「まあ、寂しくはなったがこれから忙しい。私達も私達で頑張っていかないとな」

 こうして、侵略者との戦いは幕を下ろした。まだ問題は山積みではあるものの、決してツバサ達は嫌な顔をしていなかった。奏者たちの結束は強まり、これからやっとこの世界のS.O.N.Gは出発することができるのだ。これからも、S.O.N.Gの戦いは続いていく。けれども、今の装者たちであれば、どんな敵とも戦っていける。その確信がツバサの希望となったのだから。

 



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