ガンダムSEED C.E.72 ETERNAL LIGHT (新米提督?)
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ガンダムSEED C.E.72 ETERNAL LIGHT

お久しぶりでございます。書く気になったのであげてみました。


何年前のことだろう。

 

長くて短い戦いの日々の中で、沢山の仲間を得て、そして失って。

ミハイルも、スワロフスキーも、そしてシュライヒも、レイも、硝煙にまみれた戦場からついに帰っては来なかった。

何より俺の大切な親友であり仲間であった、セルゲイ・コルゼノフも。

 

 

 

 

 

親友で戦友、セルゲイ・コルゼノフに捧ぐ

 

 

 

 

ユーラシアの第4モビルスーツ師団に俺が配属されたのは、71年の12月の事だった。ザフトの軍勢はもうすぐそこに迫っていて、俺達は訓練の間もなく戦場にいた。何人もの仲間が、知らない戦友が、尊敬していた上官が死んでいった。それほどにザフトは強かった。

 

ミハイル、スワロフスキー、シュライヒ、レイ。俺が良く馴染んだ4人の死に際は、今も夢に出るほど覚えている。ミハイルは敵陣の中で大立ち回りを演じて、最後は敵のゲイツのビームサーベルに真っ二つにされた。スワロフスキーはジンの重斬刀をコクピット、そしてその身に突き立てられながら、最後の力でジンを道連れにした。シュライヒは撤退する歩兵の殿を務めると言って、爆炎の中に消えていった。レイはミサイルを食らって、そのまま敵艦に特攻した。皆全て、男らしい死に方をした。故郷の英雄になるんだと言って。本当は死にたくないけどと言って。あるいは最後くらい男らしくしなきゃなと言って。自分の命を無駄にはしないと叫んで。

 

 

 

俺は死ねなかった。怖かった。死んで何が待っているのか。そんな恐怖を、死んだらもう戦えないという理屈で上から塗りたくって、必死で死なないように戦っていたんだ。

 

 

 

 

セルゲイに出会ったのはその頃だった。セルゲイは母艦を撃沈されて、何機ものゲイツやディンに追いかけ回されて、1人だけ生き残ったと言った。驚く俺に奴は笑った。

「運が良かったのさ」

俺は小隊を組む戦友を立て続けに失っていた。セルゲイは俺と小隊を組む事になって、俺のところに来て言った。

「どっちが小隊長をやるんだ」

「階級が上の方だろ」俺は奴の階級章を見た。セルゲイは中尉だった。その頃は俺も中尉だった。

「どっちが先任だろうな」

「どっちでもいいさ」

「そうだな、それでどっちが小隊長なんだ?」

こいつは妙にこだわるな、と思って俺は言った。その頃は頭を使うより無心に戦いたかった。

「そっちがやってくれ、俺は頭を使いながら戦うのは苦手でね」

「そうか」会話はそれきりで、奴は搭乗員割の白板に《第7小隊:小隊長 セルゲイ・コルゼノフ》と書いた。

 

俺達は来る日も来る日もザフトの軍勢と戦っていた。なぜ戦わなければいけないのか、それすらもわからないまま、ただ生きるために敵を殺す。地球軍もザフトも同じくらい非情で、救いも癒しもそこにはなかった。

 

1度だけ、セルゲイに駄々をこねた事がある。雪の降る寒い日だった。1つの街を巡って互いの軍が激突し、街は焼け野原になった。俺も敵を何人も墜とし、俺の戦友が何人も死んでいった。命がギャンブルの掛金のように失われた冷え込む夜、俺は堪えきれず奴に尋ねた。奴が、セルゲイが知っているはずもないことを、聞かずにはいられなかった。

「どうして俺達はここまでして戦わなきゃいけないんだ?こんな、こんな戦いを…」

奴の顔が強張って、眼光が俺を刺した。奴は石になったように俺をきつく見据えて、そして言った。「どうしてって、死にたくないからだろ」そして少し笑った。

俺は何も言えなくなった。きっとセルゲイの方が、俺の百倍くらい苦しかったんだろう。母艦からたった一人生き残って、まだ戦わなければいけないその苦しみを、俺はその時まで知らなかったから。

 

その後は俺も奴も口を開かなかった。奴はピースをくゆらせながら、真っ暗で明るい夜空を一心に見上げていた。つられて俺も空を見た。ちょうど流星群の時期で、宇宙から降り注いだ星屑が、幾筋もの光になって流れていた。俺はその時まで煙草を吸ったことがなかった。なんだか無性に欲しくなって、奴に言った。

「1本くれ」

「ああ」奴はあっさり承諾して、鳩の描かれた箱から1本引っ張り出して俺にくれた。平和を描くはずの鳩が、戦地ではひどく場違いだった。初めての煙草は美味くなかった。喉に流れ込んだ煙に思わず噎せた俺を見て、奴は悪そうな顔で笑っていた。

 

年が明け、戦争は少しずつ終わりに近づいていくようだった。戦いの場所が東、シベリア地域に動いていき、戦いの規模も小さくなったようだった。

季節が着実に冬から春に変わるように、世界が平和に戻る、そんな予感があった。まだ厳寒の3月9日、全軍に停戦命令が下った。少し前に宇宙のヤキン・ドゥーエ宙域で起こった大規模戦闘が実質的に連合の勝利で終結したと聞いてから、ザフトはめっきり勢いを失ったようだった。

 

3月10日。機体の中で俺達は放送を聞いていた。ザフトと連合が講和条約を結び、2年にわたる大戦役は終わりを告げた。

 

戦争は、ついに終わりを迎えたのだ。

 

偵察機からはイルクーツクからのザフト撤退の報があり、俺達の命のやりとりはここに終了するだろう、そう連合側の誰もが確信していた。

 

その頃の俺達には、みんな恋人か婚約者がいたものだった。モビルスーツ搭乗員になった時点で命に明日はない。いつ戦場の塵と消えるか分からない息子を親は心配し、子は家を絶って親に迷惑をかけぬようにと、そんないじらしい理由で恋人がいたり婚約者がいたりしたのだ。基地での話は故郷のことや趣味のこと、家族のことなど多岐にわたっていたが、恋人や婚約者の話も多かった。ただセルゲイだけは婚約者がいなかった。話を振られても少し笑って、空爆に巻き込まれて死んだと言うだけだった。誰もそれ以上は聞かなかった。

 

そして俺にも婚約者はいた。笑顔の綺麗な人だった。よく笑う優しい婚約者を見て、叔母が俺には勿体無いと言うくらいだった。

 

婚約者はヤクーツクに住んでいた。ヤクーツクはシベリアの大都市にも関わらず、未だにザフト軍の勢力圏には入っていなかった。月に一度寄越される手紙には便箋いっぱいに近況が書いてあって、そうして最後に俺の身体を気遣う内容があった。停戦の日に届いた手紙にも、近況と、それに加えて戦争の終わった喜びがびっしりと綴られていた。他の戦友にもそれぞれ手紙が来ていて、夕食時にはそれを見せ合った。セルゲイは見せる手紙がないと言って断っていたが、気づくとなんとなく混ざって手紙を見ていた。手紙を眺める奴の横顔からは時折のぞく悲しげな微笑以外、何の感情も読み取れなかった。

 

11日には部隊は少しだけ警戒を解いて、朝から交代で復員の準備をした。12日に部隊は解隊され、全員鉄道で西の都市サンクトペテルブルクまで戻り、そこで解隊を認証されてから解散する手筈だった。

 

昼食時に警報が鳴った。最初は誰も信じなかった。きっと何かの誤報だろうと誰もが思って、規則だけで俺達はモビルスーツに飛び込んだ。コクピットのコンソールが、喧騒に包まれた司令部を映した。情報担当の声が響いた。

 

「ザフト軍残存勢力がヤクーツクを占領した。現時点で敵の正確な戦力は不明なるも、相当数のモビルスーツと歩兵戦力がいると推定される」

 

 

頭の中が真っ白になった。戦争が終わるなんて大嘘だ────

 

 

本当はまだ、始まってすらいなかったのかもしれない。俺にとっての戦争は確かに命のやり取りだっただろう。しかしそこに守るべき人はなかった。守るべき人は安全な所にいてくれたのに、今度は俺は守るべき人のいる都市に殴り込む事になる。景色が回っているようで、俺は慌てて機体の中に置いていた嘔吐袋を引っ張り出した。

 

総攻撃は翌日に延ばされた。俺は内心で安堵していた。心の準備ができてないまま出撃したら死ぬと思った。俺は守るべき人が危険に晒されていても、それでも自分が死ぬのは避けたい、卑劣な男だった。でもそんな事は言えなかった。戦友が総攻撃の順延を嘆いて怒る夕食時の食堂から、俺はふと外に出た。その雰囲気の中には到底いられたものではなかった。その夜は薄曇りで、月も星も見えない真っ暗な夜だった。俺は明滅する煙草の火に吸い寄せられるように歩いた。煙草の火までは意外と遠かった。1分ほど歩いて、煙草の主の顔を見ようとした。

 

「何だ、お前か」

俺が顔を覗き込む前に話しかけられた。よく知った声だった。セルゲイが、1人でタバコをくゆらせていた。足元にはウォッカの瓶の破片が割れて転がって、煙草の火を映していた。

 

「そうだ」

そう言って奴は腕の時計を外した。金色のとびきり上等な文字盤が煙草の光を反射して俺を小さく照らした。

「お前にやる。持っててくれ」

奴は俺の手に腕時計を握らせた。ほのかに温かかった。

「なんで────」

「明日」

「明日?」

「俺…明日の攻撃の…白襷隊に選ばれた」

奴は静かに笑っていた。声が震えていた。

「嘘だろう」

「恐らく俺は帰れないだろう。親にはもう連絡をつけた。後はお前に言おうと思ってたんだけど、言えなくてな」

「だからって、そんな」形見なんか渡すことないだろ、その言葉は喉から飛び出ようとしなかった。形見と口に出してしまえば、目の前のセルゲイが急に遠い影になって消えてしまうような気がした。

「犬死にする気は無いし、俺だって生きて帰れるなら生きて帰りたい」

「じゃあ、どうして白襷隊なんて」

「選ばれたものを断れば、他の誰かに回る。それで他の誰かが死んで俺が生き残っても、俺は喜べない」

正論だ、正論だけど認めたくない。どうしても認めたくない────

「じゃあ、お前の代わりに俺が」

「やめろ」今まで聞いたどの声よりも鋭かった。突き放された、というより突き飛ばされたような気がした。

「それでお前が死んだら、結局俺は素直に生きて喜べない」

そう言ってセルゲイは宿舎へ歩いていった。俺は腕時計をしばらく眺めて、それをポケットにしまった。付けてはいけない気がした。

 

季節がまだ早く、朝はまだ薄暗かった。俺は奴を朝の闇の中で必死に探して、機体に乗ろうとするセルゲイに駆け寄った。

「武運を────」続きが喉から出てこなかった。奴はそっぽを向いたまま、小さく頷いて、ヘルメットを被った。そうして機体の中に消えていった。

出撃前の準備は遅々として進まなかった。何回も踏んだ手順を忘れてやり直し、本気で心配された。体調が悪いのか?ノー。何か心配事があるのか?ノー。悩み事があるなんて誰にも言えない。だいたい自分のことではないのだ。それでも俺は漠然と不安だった。喉まで出かかったその気持ちを押し潰して、俺は機体を起動させた。

 

 

 

 

 

今回のヤクーツク奪還の作戦は、初動で白襷隊が町の南側から突撃。敵がそこに気を取られているうちに本隊が北側、西側から突入するというものだった。南側から突撃する白襷隊は35機、北、東から突入する本隊は75機。敵は80機程度であり、連合の物量の優勢は明らか。パイロットの熟練度で見ても、こちら側には一年前の開戦時からのベテランが何人もいたのに対して、街を占領したザフト側の大半が半年だけ訓練を受けて投入された新兵だった。普通にやれば勝てる戦いの、ただ一つの不安要素が白襷隊だった。少ない機数で突撃したら、文字通り袋叩きにされる。囮としての役割を果たす為に、腕の立つパイロットを選ぶ。普段なら疑いなく受け入れられる論理が、妙に白々しく聞こえた。

 

 

 

 

白襷隊が先行して1時間後、本隊が発進する。基地から120キロの距離を翔んで、俺達はついにヤクーツクの街を眼下に視た。

 

 

 

 

最後の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

警報音が止まない。前の敵を撃つと横から撃たれる。横の敵を撃つと後ろから撃たれる。全方位が敵で味方の戦場、いや火葬場に突っ込んでしまってから、もう時間の感覚がない。5分のようにも、5時間のようにも思える極限状態で、まだ自分が息をしてることが不思議だった。

「退きやがれ」

組み付いてきた敵を蹴り飛ばして、相手が倒れる前にビームライフルを撃つ。光の線が相手のコクピットを突き抜ける。ここじゃない。俺の居るべき場所はここなんかじゃない。

 

探さないと────

 

奴はどこにいる。セルゲイは。セルゲイは無事なのか。どこで戦っているのか。

 

いくら戦場をモビルスーツで駆け回っても、セルゲイだけは見つからない。倒す敵はいくらでも見つかるというのに。どこだ。どこにいる。

 

煩い警報音がまた響いた。反射的に空中に跳ぶ。コンマ1秒前まで自分が立っていた場所に焔の柱が上がった。ミサイルに狙われている。

 

もう自分の限界がそこまできていることは分かっていた。でも見つけなければならない。その為には進むしかない。

 

「…!」

後から殴り飛ばされたように機体がつんのめった。ミサイルが背中のエンジンに当たる。一瞬動きが止まった自分の機体に、敵が組み付く。一機。二機。三機。一機目の喉元をナイフで貫き、蹴り飛ばす。二機目は咄嗟に素手で殴り飛ばした。倒れ、そして起き上がろうとする敵の機体にビームサーベルを投擲する。光の剣は一本の槍となって、敵を串刺しにした。三機目がマシンガンを振り上げる。この距離で撃たれたら終わりだ。軋み、震える機体を必死で動かそうとする。モニターは損傷表示で真っ赤に染まっていた。もしかしたら俺の血が混ざっているかもしれない。敵のモビルスーツが引き金を引く、その指の動きが見えた。俺は固く目を閉じた。

「────!」

誰かが叫んだ。俺は目を開けた。熱く光る銃弾の火線が俺の顔をめがけて翔んできて────

 

 

 

 

セルゲイの機体を、貫いた。

 

 

 

 

セルゲイのパーソナルマークだった桜の花の印が光に散った。

 

光が俺の目を満たした。茶色と緑の迷彩の機体が、火球に呑まれていく。呑まれたあとに、白い機体が見えた。ザフト軍の機体、ザクウォーリア。自分のストライクより高性能な、手強い、倒すべき敵だ。

 

俺にはもう何も分からなかった。手強いかどうかなんて考えられなかった。こいつは「倒すべき敵」なんかじゃない。

 

「コロして、抹殺して、消し炭にして、焼き尽くして、コクピットをパイロットごと握り潰してでもこの世界から消し去らなければならない」敵だ────

 

ストライクのツインアイが光を取り戻す。ザクウォーリアがマシンガンを構え直して引き金を引く。そのわずかな時間で充分だった。敵にはさぞストライクの動きが変わって見えたことだろう。そうだ、俺は変わった。その瞬間だけは俺は人じゃなかった。敵の喉笛を引き裂いて喰らう魔物だった。残像を生じながらザクウォーリアの後に回り込むのと、敵を蹴り飛ばすのと、ナイフを取り出すのと、敵のコクピットをこじ開けるのが同じだった。許さない。許さない。許さない。コクピットの中には当然人がいて、そいつは怯えきった顔でこちらを見た。俺は嗤う。嘲笑う。当然の報いを前に震える、愚かな敵を嘲笑う。そして俺は躊躇いなく刃渡り3mの巨大ナイフを、パイロットの喉元にねじ込んだ。

 

 

 

ストライクのツインアイから光が消えた。敵の残骸から先端が赤く染まったナイフを引きずり出して、そうして俺は気づいた。

 

敵に見つかっている。

 

敵を文字通り潰してしまったが、まだ残党がいる。そいつらに撃たれれば終わりだ。俺は迷いなく決心した。

 

 

ここから逃げる。

 

 

座席の下のバックパックと小銃、そしてネームタグを引っ張り出した。そして目の前の自爆装置のレバーを引く。元々赤いモニターがもう一段赤く発色して、一分間のタイムリミットめがけて数字を減らし始めた。俺はコクピットを開けて、スリングで地面に降りた。

 

俺は地面に降り立って走った。街路を走る。そこで思い出した。

 

────時計!

 

慌てて機体の方を振り返ったその瞬間、機体が真っ赤な火球に包まれた。セルゲイの機体が爆発する光景がフラッシュバックして、俺は目を逸らした。

俺は必死になって腕時計を探す。一度は要らないと言ったのに。要らないままならどれだけ良かったかと思うと、バックパックを漁る視界が滲んだ。

 

「あった…」

数分の捜索の後に腕時計は無事発見された。バックパックの底に突っ込んだまま、自分で忘れていた。俺は腕時計を腕に巻いて、ただ走った。コンパスで方角を見て、シベリア鉄道の駅に向かう。峠を登って振り返ると、ヤクーツクの街が朱く燃え落ちていった。婚約者が生きているとは思えなかった。俺はいつまでも、いつまでも街を眺めていた。いつしか頬が濡れていた。

 

 

 

俺が総司令部のあるサンクトペテルブルクに辿り着けたのは、かれこれ10日も経ってからだった。錯綜した情報の海の中をたらい回しにされ、旅塵に汚れた俺を出迎える仲間はいなかった。出世コースから外れた中堅将校、といった風情の四十がらみの中尉が復員係をやっていた。中尉は俺のネームタグを見て言った。

 

「まず君は戦死広報を取り消さなきゃならんぞ」

 

俺は戦いから10日の間でKIAにされてしまっていた。中尉は仕事が増えたとぶつぶつ言いながら、手際よく俺の戦死広報の取り消し手続きを済ませてくれた。俺は中尉に聞くしかなかった。俺はこれからどうすればいいんだ?

 

「国にでも帰って親に孝行すりゃいいじゃあないか」俺に親はいない。いたら兵士なんかにはなっていないとも言える。

 

中尉は俺を見て、俺にひとつのポストを紹介してくれた。なんでも軍人会を作るために復員した兵士の行方を把握していく仕事らしい。やる事の無い俺は二つ返事で受けることにした。そして目的はもうひとつ。

 

 

 

セルゲイと俺の婚約者を、見つけ出す。

 

 

 

 

一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、三ヶ月経っても、なお俺は片方すら見つけ出せずにいた。復員した名簿から現住所を確認し、また行方不明者については最後にいたであろう戦場になった都市での戸籍を追う。地味な作業の嫌いな俺がずっと続けられたのは、ひとえに2人とも見つけ出すと決めていたからだった。

 

 

 

 

さらに二ヶ月が経った暑い夏、俺の最後の親族だった叔母が亡くなった。俺が死んだと知らされてから徐々に衰弱していた体に、この年の夏の暑さは最後の一撃となったに違いなかった。叔母の死で俺は本当に1人になった。俺は連日連夜、血眼になってコンピュータを睨み、行方の僅かな痕跡でも逃すまいと探し続けた。それでも奴の行方は杳として知れなかった。

 

 

 

短い夏が終わり、急激に空気が冷え始める。転げ落ちるかのように、季節が変わろうとしていた。

 

 

 

街路樹の葉の色緑から黄色、黄色から赤に変わる頃になっても、俺はコンピュータに向かっていた。戦死の2文字が頭の中で大きくなっていく日々に、俺は少しずつ倦み始めていた。半ば義務のようにコンピュータを立ち上げ、再び住民登録と名簿を読み漁る。

 

 

ひとつの都市の名前に目が止まった。見覚えのない都市名は、戦争によって消えた街の住民をまとめて生まれた新しい街のものだった。俺は何かに操られるように、その街のページを開いていた。

 

 

………セ……………………

……………………ル………

……ゲ………………………

…………イ…………………

 

 

 

 

 

 

俺の中の一切の時間が止まった。

 

 

 

 

 

 

その名前の項目を開く。

 

 

 

 

 

果たしてそれは、俺が探し続けた人間だった。

 

 

 

 

セルゲイは生きていた。長らく戸籍上死亡のまま暮らしていたが、今度新しくなった街に越す時に住民登録をし直したようだ。

 

 

 

 

俺は決めた。何がなんでもそこへ行こう。休みを取ってシベリア鉄道に乗って、あいつにクリスマスのプレゼントを届けてやろう。俺は腕時計を見た。腕時計が電灯の光を反射して、暖かく輝いた気がした。

 

 

 

 

 

チョコレートのケーキにまぶす砂糖みたいな薄い雪は、気づけば厚い白銀の床に地面を変えていた。赤と緑の色が、自分のいる季節の記号として街に躍る。俺は硬券を握って、シベリア鉄道の駅に立っていた。長い旅になる。胸いっぱいの不安を抱え込んで戦場へ向かったあの日。それから1年が経って俺はまた、あの場所へ向かおうとしている。一つ深呼吸をして、車両に乗った。

 

 

 

 

 

何日も鉄路に揺られ同じ景色を見続けた。白以外の色をほとんど見なかった。気付けば何度も戦争の日々を思い返していた。何度も、何度も…

 

 

 

 

12月24日、朝。何十回も見たような没個性な駅に列車は軋みながら止まった。今まで見た場所は判で押したように何処も彼処も雪が降っていたのに、ここだけは雪が止んでいた。駅前には樅の木と、古いモビルスーツが立っていた。駅の近くは焼け野原になったまま根雪に覆われて、1面白い雪原になっていた。おんぼろのバスに乗って、「新しい街」を目指す。

 

 

 

 

街は意外に賑やかだった。俺はポケットからくしゃくしゃになった紙片と地図を取り出す。セルゲイの現住所を書いたメモと地図を交互に見ながら、俺は歩き出した。

 

 

 

 

新しい街の道はかなり複雑だった。都市計画を立てた奴の頭がすっからかんだったのか、都市計画すらなかったのか。恐らくは両方だろう。昼までにはセルゲイの家を見つけてやろうと思っていたにも関わらず、昼飯を食べて日が傾き始めて、街を照らす光が紅く、柔らかくなり始めても俺は奴の家を見つけられないでいた。

 

日が翳り、少しずつ暗くなる。暗くなるのと比例して、俺の不安と焦りは加速していく。何かを間違ったのだろうかという疑いが心を覆う。しまいには、セルゲイが生きていたというのは俺の身勝手な心が作った幻影なんじゃないかと思い始めた頃合いだった。

 

 

「帰りましょうか」

 

 

雑踏の中に声が聞こえる。騒がしい中で、その声だけがはっきり聞こえる。

 

「そうだな、買い忘れはない?」

 

ただの幸せそうな会話が、耳に直接刺さる。

 

「ないみたい。混んでるし、早く帰った方がいい」

 

振り向いた。通行人にぶつかって、謝る。すぐまた振り向く。歩いてくる遠い面影が一つ、そして────もうひとつ。

 

 

 

俺は詩人ではないからこの気持ちは文字にできない。できることは真実を書くことだけ。

 

 

 

 

 

 

セルゲイと、俺の婚約者が歩いていた。楽しそうに笑って。嬉しそうに、見つめあって────

 

 

 

 

 

 

気がついたら、俺は道の端に押し出されていた。建物の壁に寄りかかる。自分の心臓が自分のものじゃないみたいだった。勝手に暴れて、苦しくなる。脳裏にはあの声と、微笑んだ顔が蘇ってくる。

 

 

俺は歩き出した。ただ苦しかった。しかしどこかで安心していた。セルゲイならうまくやるだろう。俺の婚約者もきっと困ることなく生きていけるはずだ。俺なんかの側に居るより、ずっと────

 

 

 

俺は近くの郵便局で便箋を買い、近くの喫茶店に入った。腕時計を外して眺めた。チョコレートのケーキを食べて、手紙を書いた。郵便局に戻って、小包を頼んだ。金色の腕時計を外して、便箋と入れる。手続きを終えて俺は外に出た。ちょうど流星群の時期で、宇宙から降り注いだ星屑が、幾筋もの光になって流れていた。俺は空を見上げ、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

私の戦友とその伴侶の淑女へ

 

メリークリスマス。今日のこの良き日に、父なる神が、二人の永遠の幸せを嘉し給わんことを。

 

P.S.

腕時計を返す、俺と貴様の思い出として。

 




いかがでしたでしょうか?習作の類とも言えますが、これはこれで個人的には満足しております。少しでも良いと思っていただければ嬉しいです。


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