虚構のウマ娘たち  (カイルイ)
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1R:それぞれの再起

はじめに。~以降全話の注意~

1:ウマ娘プリティーダービーの元となった競技である競馬や競走馬に関する知識は、それらを愛する皆様の足元にも及びません。また、作中に登場するウマ娘は架空の物を中心に考えております。既出のキャラクターをある種の雲の上の存在として予定しておりますので、日常的な交流は現状予定しておりません。

 同名の競走馬が存在した場合、理不尽すぎる特性、レース場(競馬場)の特徴の違いなどをご指摘いただけましたら、修正する所存です。

 無知なりに努力いたしますのでお楽しみいただければ幸いです。しかしながら、苦手であると判断されました方は無理をしない様ご了承ください。

2:ウマ娘プリティーダービーの花形である、レース及びライブ描写につきましては勿論ございますが、現状は控えめとなってしまう予定であります。理由としまして、実況、レース場の特徴などなどの知識がないため、調べながらになるためであります。また、傾向として日常生活を主体とする予定であるためです。


1R:それぞれの再起

登場人物

・ヤスダキャップ:本作主人公

・マキダ テッペイ:自称元名トレーナー

・(サガーナウィッチ:新入生のウマ娘)

 

ヤスダキャップ 4月某日

 

 食堂の椅子に腰を下ろし、昼食をとる。ボケーっと定食の味噌汁に浮かんだ自分の顔を見て、つい昨年のことを思い返してしまった。

 

地元の期待の星として、この東京トレセン学園まで来たというのに、今やチームにすら在籍していない。そのせいで、両親や地元の友人に連絡すら取っていない。

 

先月までは自称常勝チームに在籍していたのだが、そこでの勝利は許されなかった。私の血統が許さなかったのだ。私はほかのウマ娘と違い、異世界でのモデルがいないこの世界特有の種として生を受けたのだ。故に在籍していたチームのトレーナーは、お気に入りの血統ウマ娘が勝つための材料として私を散々使った。

 

今でも新人戦での「棒立ちしてでも勝ちを譲れ」という指示を覚えている。ゴール手前で棒立ちをかましたのだ。そこで、「アンスポーツマンシップウマ娘」・「舐めプの帝王」と新聞でもネットでもクラスからも罵られたことも鮮明に記憶に残っている。

 

そういえば、親との連絡が途絶えたのもこのころだったっけ。勝利を求めているウマ娘に残酷な「勝ちを譲れ」という指示はつい昨年2月まで続き、つい先月チームをやめた次第だ。そういえばなんでそこまでされてもやめなかったんだっけ。たしか…

 

 「すいませーん。ここいいですか?」はきはきとした声が悲観的な記憶を遮った。声の主は言わずもがなウマ娘なのだが、数人の集団に相席を求められたのだった。

 

 私はせいぜい「アッどうぞ」としか言えず、少しやかましくもある声に飲まれていった。話を聞いているとどうやらこの春の新入生のようで、どのチームに在籍するか話しているようだった。

 

 「チームなんて適当でいいんじゃなーい?実力勝負でしょ?」そんな声がふと耳に入った。ちょうど一年前、私も同じことを友人に言った記憶がある。その結果がこの情けない今の自分かと思うと奮起したくなる。だが、それにはチームが必要なのだ。過去のチーム・自分を見返したい、頑張りたい、そのためにはチームに在籍しなければならない。チームに所属するためには頑張らなければならないという循環できりがなく、悲しくなってくる。

 

 そうこうしているうちに食事を終え席を立った。先ほどの集団といるとかえって過去の自分を思い出すからいけない。

 

 来る必要もないのに練習場を眺めに腰を下ろしてしまう。練習に励む声、トレーナーの指示の声が気持ちよく、快く感じている。

 

 レースに未練はあるかと言われれば、未練たらたらなのが本音だ。学園内最強と名高いチームや昨年急成長した放任主義のチームなど候補はあるが、今となっては人気もすごくちょっとおっくうになる。

 

 私の一つ上には「総大将」や「怪鳥」などといった名ウマ娘が揃っている。なんと華々しいことだろうか。畜生うらやましい。

 

 「嬢ちゃん。ぼっちか」と後ろから声がかけられた。振り返ると、ゴマシオジジイがいた。

 

 マキダ・テッペイ 4月某日

 重要な話があるからと理事長に呼ばれたのだが、大方想像はつく。メンバーのいないチームの解散だろう。

 

 ひときわ緊張しながら、身だしなみを整え入室する。緊張しながら部屋を出る。話の内容は、想像通りだった。予想外だったのが、私に退職を勧めなかったことだ。

 

 「チャンスが与えられたということダナ」この年特有の独り言を発しながら廊下を歩く。4月中に5人、そして年末ウィンタードリームトロフィーにだれか一名以上の出場が条件となりチーム存続が許された。だが、最速一ヵ月でチームは消える。

 

 とはいえ、自分自身の「ウマ娘の夢をかなえる」という夢を叶えられていない以上、解散に甘んじるわけにいかなかった。しかし、メンバーがいない。メンバーを集めるにはメンバーが必要なのだ。

 

 レースに出場や勝利できないチームには誰も入りたがらないのは明白であって、その点完璧なチームだった。ジジイのトレーナー、メンバー0人、無駄に華やかな過去の栄光等々。

 

 

 日が落ち始めたころ、練習場近くにポツンと一人のウマ娘を見つけた。

 

 声をかけると新入生の子で、最大手のチームの様子や憧れのウマ娘の姿を見に来ているのだそうだ。

 

 「目標は三冠ウマ娘です!」彼女は元気に私に伝え、当面の目標や親が応援してくれている旨を話してくれた。「うちのチームも嫌になるほどのやじウマ娘がいたっけ・・・」一瞬過去の記憶がよみがえった。新入生の子の華やかなオーラの前には、とてもじゃないが勧誘の話はできなかった。

 

 それこそ彼女の夢を壊してしまいそうだったからだ・・・その子はその後追っかけとして去って行った。

 

その奥にももう一人ウマ娘がいた。あまりにもポツンとしており悲観オーラが悶々と出ていた。

 「嬢ちゃん。ぼっちか」と年寄り特有の馴れ馴れしい話しかけ方をしてしまう。

 その無礼は、「はっ?」というそっけなさこの上なく嫌という感情が現れた返事という形で返ってきた。「あっ。すまん」あまりの嫌悪感が私に反射的に謝罪させた。

 

 すると「トレーナーかあんた。」と問いかけがあった。「そうだ。マキタだ、よろしく。嬢ちゃん野良か?」これに対し彼女は、「そうだ。なんていうチームなんだ。」という問いで返してきたので、「ダヴァだ。」と伝えると、彼女は自身の耳を疑ったのか「駄バ?」と聞いてくる。

 

 これは、かつてこのチームの鉄板ネタだった。「ダメなウマ娘しかいないのか?」という素朴な問いかけがあったが、それに対しては「ダメなウマ娘すらいないよ。いるのは虚無だ。」と個人的には面白い返しをした。(つもりだった。)笑っていると思い彼女の顔を見ると至ってまじめな表情でこちらを見ていた。

 

 「じいさん。そのチーム、入れるか?」次の瞬間にはなたれたセリフは、まるで自分が漫画の主人公にでもなったような気持ちだった。血圧高めの心臓にさらなる負担がかかるくらい興奮し、ふらっとしたがそれらを抑え、どうにか「もちろんだ」と伝えることができた。

 

 すると、「私はヤスダキャップていうんだ。よろしくね。ヤスダキャップは長いし、ヤスダはなんか嫌だからヤスキャとでも呼んで。」そう自己紹介を受けるのだった。それから、私は彼女の学年・野良の理由などの話をしていた。

 

 

 突然、「じいさんは、虚構の血統についてどう思う?」と聞かれたのだった。今までの話からして、ある程度トレーナーに不信感がるのだろうか、当然の疑問と言える。

 

 「血統かぁ。実力で判断していたから特に気にしてなかったなア。」私はそう答えた。正直なところ嘘も含まれている。良血統はたいてい結果に出るし、継承しているなら結果が出ると想像しやすいから担保となるのだ。だから、気にはなる。

 

 とはいえ、そうでなくても速いものは速いから結果を見てというのが本音だった。だが、私の答えに安心してくれたようで、初めて見るにこやかな笑顔を見せてくれた。

 

 彼女は、「そろそろ、門限だ。また明日ねじいさん。教えてくれた場所に行くから。」そう言って立ち上がった。つられて私も「明日の練習楽しみだよ。よろしく頼むよ。」と返すと頷いて走り去っていった。

 

 まったくもって楽しみだ。話を聞く限り遅いウマ娘でもなさそうだった。やる気も十分。一人集まれば、勧誘もより効果的にできる。そう考えながら私も帰路についた。

 

 

ヤスダキャップ 4月某日

 あのトレーナーは少なくとも、「勝ちを譲れ」という指示を出すようには見えなかった。それに、チームが栄えなければ困るのはあのじいさんだ。ある意味ウィンウィンの関係なのかもしれない。

 

 まともなトレーニングなんて初めてだから緊張する。ただ、ちょうど一年前に抱いた高揚感がよみがえってきているのも事実だった。

 

 学園生活二回目のルンルン帰寮を果たすとそれを見た先輩に珍しがられた始末だ。そういえば、引退してしまったルームメイトの代わりは誰が来るのかが、正直楽しみだった。元々小さなコミュニティが好きな私は、心待ちにしていたのだ。

 

コンコン。待ちに待ったドアノック。ついに開かれるドア。

 

 「初めまして、ヤスダ?さん。サガーナウィッチです。これからよろしくお願いします。」見事な青鹿毛のそのウマ娘は、少々儚げな独特の雰囲気をまとっていた。

 

 「こちらこそどうぞよろしく。ヤスキャって呼んでね。」と挨拶を返す。どうやらサガーナと名乗った彼女は新入生らしく、私の話すら聞きたがっていた。ああ、二年目にしてようやく楽しい学園生活が送れそうです。かあさん。

 

1Rおわり。




づらづらと文字の羅列は見にくかったため、修正しました。


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2R:初勝利と初敗北

文字の羅列を修正しました。


2R:初勝利と初敗北

 

登場人物

・ヤスダキャップ:本作主人公。脚質:追い込み。毛並み:尾花栗毛。最近食べる量増えた。

・マキダ テッペイ:自称元名トレーナー。ヤスダキャップに自身のチーム、ダヴァを救われた。

・スルガフライヤー:計画的で類稀な力強さを持つ先行脚の栗毛にウマ娘。

 

 

ヤスダキャップ 4月某日

 今日は朝から気分が良い。今日の練習が楽しみかと問われれば、楽しみだ。

 

 退屈でしかなかったレースに関する授業も、いつか役に立つと考えられるようになり、楽しく受けられるようになった。授業を楽しく受けたのなんて一年ぶりだ。

 

 今日受ける分の授業を終えていた私は、午後の練習に備えて食堂へ向かった。今日は奮発してかつ丼の定食を食べることにした。そして昨日と同じ席につき、昨日と同じように味噌汁に映る自分の顔を見た。その顔は、昨日に比べ幾分か気力を感じられるようになっていた。元々食いしん坊の私だが、いつもに比べ食事がおいしく感じられる。気持ちの持ちようと言うのは、これ程重要なものなのだ、とつくづく実感した。

 

 食事の途中、昨日と同じように騒がしくなってきたが、まだ相席はしていない。騒がしさは食堂の入口の方からだった。

 

 この時期になると様々なチームが、ビラ配りを始めとした勧誘活動を始める時期だ。私が道を外したのもこのころだ。私のいたチームは、この学園最強チームや急成長を遂げたチームに比べれば結果は劣るが、確かに出場レースは立派だった。内容はともかくとしてだったが。名前をエースとか言った気がする。

 

 チームエースで一つ勘違いをしてはならないのが、在籍しているメンバーそのものは悪ではないのだ。少なくとも私はそう考えている。その証拠に何人かのチームメイトは、トレーナーに対し、私への「負けろ」という指示に対して異を唱えてくれていた。そのメンバーは追い出されてしまったようだが、別のチームで楽しくやっているようだ。彼女らは忙しいらしく中々会えないが、今でも付き合いがある。

 

 私はボッチではない。

 

 「すみません。あなたがヤスダキャップさんですか。」そう優しく問いかけられた。

 

 私はどんぶりを置き、「アッハイ」という情けない返事とともに声の主に顔を向けた。スレンダーな栗毛のウマ娘の姿があった。「私はスルガフライヤーっていうんです。スルガでもフライヤーでも好きなように呼んでください。今日は、お願いしますね。」ずっと見ていたくなるような笑顔と共に発せられたそのセリフに、私は、「ハイ。こちらこそ。」と返した。だが、続けて「今日何かありましたっけ?。」とすかさず聞いた。

 

 彼女は少し驚いたのか、その青く澄んだ目を丸くしたが、何を言ってんだといわんばかりの表情で、「今日のチームダヴァの選考レースですよ。」そう言いながら、一枚のビラを私の前に示した。そこには、公式レースの広告のようによくできたイラストと「怪鳥を超える最速ウマ娘 ヤスダキャップ」の文字があった。「は?」心の底からの疑問の声が漏れた。

 

 私のそんな声を遮るように彼女、もといスルガは「わたし、夢があるんです。だからできるだけ早いウマ娘さんのいるチームに入りたくて。初めはリギルにしようと思っていたんですが、もっと速い方がいるならそちらにしようかなって思いまして。凱旋門を走った先輩より速いウマ娘さんと走れるなんて夢みたいです!」彼女は眼をキラキラさせながら言うので、そんなことはないことを伝えることができなかった。

 

 「スルガア!まだぁ?」とスルガを呼ぶ声がする。スルガは、「あっ。友達待たせてるんでした。失礼しますね。」そう言って肩まで伸びた髪なびかせながら友達の元へと帰って行った。私は彼女が置いていった間違いなくマキダが描いたであろうビラに目を通した。そこで「怪鳥を超える最速ウマ娘 ヤスダキャップ」の文言の部分が目に留まった。

 

 目を凝らすと、ごく小さな文字で「怪鳥を超える最速(の追い込み脚を持つ)ウマ娘」と描いてあったのだ。俗言う利用規約で嵌める類の犯罪に用いられる手法だ。こうなれば、これが現実となるように走る必要が出てきた。マキダのじいさんを問い詰めるのが先だが。

 

 

 私は、昨日マキダのじいさんに指定された場所へと向かった。その場所は想像していた以上にまともな場所だった。「これが過去の栄光の名残か」と、つい言葉にしてしまった。

 

 中へ入ると、マキダのじいさんは、羊羹をつつきながらお茶を飲んでいた。「ああ来たかヤスキャ。ビラなんだが、すまなかったなぁ。」私を見るや否やの謝罪でこちらの方が驚いた。「ホントだよ。全く。一年生の子がキラキラさせながら話しかけてきたんだ。それになんだあの小せぇ文字!悪徳商法にあるやつだろアレ!」と少し声を張り上げ言いたかったことを伝えた。これに対し「でもウソじゃない」とドヤ顔とともに言い放った。

 

 私は心底呆れたが、私が本当に言いたかったのはこんなことではない。「私、自身がないんだ。今まで負ける事しか知らなかった。それに…あんな大げさなこと言われたら…」自分でも感じるくらいの情けない声だった。

 

 「話しかけてきた子ってスルガフライヤーってウマ娘だろう。」マキダのじいさんは、先ほどとは変わり、落ち着いた口調で言った。「あの子は今日ビラを配ってるときに話したよ。ぴょんぴょん跳ねながら話を聞いていたさ。あの子は速いだろうが、ヤスキャが負けるほどではないさ。」弱気になった私を励まそうとしているのだろうか、根拠のない元気付けをしながら、じいさんらしく「よっこいしょ」なんて言いながら立ち上がった。

 

 「ついて来い。」そういうと彼は練習場の方へ歩いて行った。

 

 

 他のターフの上では、既にほかにチームが練習を始めていた。芝の感覚には慣れていたが、これほどの興奮はいつ振りだろうか。私はスタート地点でマキダと話していた。何を話していたわけではない。ただ、緊張をほぐすための会話をしていただけである。

 

 すると「ヤスダキャップさん。負けないですからね。」スルガは後ろからそう声をかけてきた。すでに、昼間の彼女の友人たちとチラシに騙された?であろうヤジウマ娘達が、そこそこ集まっていた。

 

 「どうやらスルガフライヤー、来てくれたのは君だけのようだな…」と苦笑いを見せながらマキダが言う。それに対しスルガは「そりゃあ、明日はリギルの選考会ですからね。みんな体力残してると思いますよ。」屈託のない笑顔で言う。

 

 「そうなんだよねー」マキダは笑っている。私はマキダに理由を聞いたのだが、「今日しかターフを借りられなかったからなんだよね」だそうだ。今日しか借りられないのもよくわかる。人が集まらないから人気がないのだろう。

 

 「では時間だから始めようか。このコースを一周走ってもらう。スタートとゴールは私が受け持つ。両者位置について。」マキダが説明とスタート地点へ行くよう促した。

 

 私とスルガは位置に着く。「よーい」マキダが声を発するのとともに手を上げる。私は姿勢を取る。スルガは一段と低い姿勢だった。

 

 

 「はじめ!」マキダは、言葉を発するのと同時に挙げていた手を下ろした。

 

 私がスタートを決めたとき、スルガは先行していた。「速い…!」彼女の栗毛が風でなびき、その体系も相まって風そのもののようだった。

 

 スルガは、ダウンフォースと空気抵抗を意識したような低い姿勢で、私との距離をグングン離していった。だが、この位の速さなら、いままでも経験してきた。

 

 既に6バ身程離されたが、ここからが勝負といったところだ。何より今は勝利を期待されて走れていることそのものが、何事にも代えがたい喜びだった。風を切り、地を駆ける喜び。これこそが、私が子どものころレースに憧れた最大の理由だった。昔友達と走った記憶。走るのがたまらなく楽しかったあの頃。ようやく、ようやくそのときの気持ちを取り戻せた気がする。

 

 歓声が聞こえる。そのほとんどが、私に対してではなく、スルガに対してであったが、私の気持ちを盛り上げてくれるには十分な材料だった。それに、微かに聞こえる私への応援が私を勇気付け、勝たねばと思わせる要因となった。

 

 二つ目のコーナーを曲がった直線。ここでは引き離されないことが重要だった。スルガはそれに気付いているのか、当初からの作戦なのか、加速した。このままでは引き離される程に。

 

 しかし、ただでさえ気分の良い私にとって、それは私を加速させる要因となった。

 

 スルガとの距離がわずかに縮まる。

 

 もう間もなく第三コーナーへ突入する。第一コーナーでも感じたのだが、スルガはコーナー突入時にわずかに減速する癖があるようだ。その隙に第四コーナーまで、残り4バ身まで距離を縮めることができた。

 

 ついに第四コーナーへ入った。私は、普段この後の最後の直線で加速している。今回もそのつもりだった。だが、正直なところ、ここでスルガに逃げられる形でラストスパートをかけられてしまえば、追いつける気がしなかった。

 

 彼女のスパート前に勝負を着けたかった。まだ、第四コーナーを曲がり切っていなかったが、私にはこのタイミングしかなかった。

 

 脚と地面とが、滑りそうになるくらいのありったけの力を込め、地を蹴る。体が前に押し出されそうになるのを抑え、姿勢をラストスパートに対応させる。やはりこの加速は何度味わっても心地よい。今日はこのままゴールしてよいというのだから最高だ。

 

 青々としたターフが流れて行き、スルガの姿が近づき、その顔を拝もうとした時には、もう通り過ぎていた。そして視界の先にマキダがいたかと思えば、視界の端で手を上げ何かを叫んでいるのが見えた。減速しながら、人生初の勝利に浸っていた。

 

 少しして、「お疲れさまでした。ほんとに速かったです。」スルガの声が聞こえた。

 

 振り返ると彼女は何故か満足そうな表情を浮かべていた。「さっきトレーナーさんが、私にぜひ加入してほしいって言ってくれたんです。負けちゃったんですけどタイムが良かったからだそうなんです。だからこれからよろしくお願いしますね。」彼女は無垢な笑顔のまま、そう言った。

 

 「初めから採用するつもりだったんだな」私はマキダの考えがすぐにわかったが、それを伝えるのは無粋だし、何よりこれからスルガと一緒に走れることが嬉しかったのだ。「ああ。よろしくね。」この時、私はいつにない笑顔をを浮かべていたのではないかと思っている。気づけば、私が加速する寸前まで聞こえていた歓声は鳴りやんでいたのだが、ヤジウマや応援が去った訳ではなくその場で立ちすくんでいるといった様子だった。

 

 少し寂しくもあったが、何より勝利が嬉しかった。「二人ともお疲れ様。部屋に飲み物と軽食を用意してあるし、ヤスキャの勝利とスルガの加入を祝おうじゃないか!」計画がうまくいったであろうマキダも、笑顔で私たちを迎えてくれた。

 

 「みんな最後ドン引きしてたぞ」とマキダやスルガと話しながらチームルームへ向かうのだった。

 

 

 スルガフライヤー4月某日

 

 クラスの友達とも馴染み始めてきた今日この頃、持ちきりの話題といえば、どのチームに在籍するかでした。

 

 この話題の時、必ず耳にするチームは学園最強と名高いリギルと、チーム一丸となって勝利を得るスピカの二つでした。リギルは現在第一候補で考えているのだけど、選考会一着でないと加入できない狭き門であること、自由が利かないといった理由からあまり乗り気でないのも事実でした。

 

 スピカは裾野が広く、自由な練習と放任主義によるチームメンバー一丸となった練習が魅力です。ただ、元より少人数体制であったチームが、急拡大を遂げて尚今まで通りでいられるかに疑問がありました。出来る事ならより速い先輩ウマ娘のいるチームへと入りたい私は、他のチームも探していました。

 

 そんな中、友達と食堂へ向かう途中、一人の老人が歩み寄ってきたのです。「私はチームダヴァ、トレーナーのマキダっていうんですが、これいかがですかね。」と笑顔で一枚のビラを私たちに渡してきたのです。それは素敵なイラストに「怪鳥を超える最速ウマ娘 ヤスダキャップ」の文字が添えられた見事なビラでした。

 

 友達の一人が「えっ。ここに書いてあること、ホントですか?。」とマキダと名乗ったトレーナーさんに聞いたのですが、「書いてあること、本当だよ。」と微笑ながら返してきたのです。別の友人の「規模はどれくらいなんですか?。」という質問に対しては、「今は小さいけど、昔は大きかったんだ。設備も最大手程じゃないけど整ってるし。」と答えていました。

 

 心の中で、「ここだ」そう感じたのです。ちょうどその時、ほかのチームの勧誘が友人たちに声をかけたことが、このトレーナーに多くを聞くチャンスでした。

 

 私は彼に「私、スルガフライヤーっていうんです。あの、今の人数は何人なんですか?」と聞くと、少しまずそうな顔をして「ヤスダキャップ一人だね…。でもこれからどんどん増える予定だよ。」といったのでしたが、私にとってはちょっと予想外ではありつつも好都合だったので、「そうなんですね。」と伝えました。そして、「ヤスダキャップさんは、追い込みが速いんですね。」と小さく書かれていた文字について質問したところ、マキダトレーナーは少し驚きつつも「その通りさ。」と答えたのでした。

 

 興味がある旨を伝えると、今日選考会を開くのだと伝えてもらいました。

 

 チームダヴァは、以前大規模チームであった為に設備や教育体制が整っていること、現在少人数であるため集中して教えてもらえることや、リギルのスター並みに速いウマ娘さんがいることなど、現状最高条件でした。まるで、リギルとスピカを足したみたいな印象だったのです。この頃には、勧誘を受けていた友人たちも私の元に戻ってきていたので、一緒に食堂へ向かいました。

 

 

 昼時の食堂にはすでに多くのウマ娘さんがいました。多くはビラか何かを持っていて、私と同じ学年だと推測できました。私と友人たちは食事をとりながら、チームについてどうしようかとおしゃべりをするのでした。

 

 「スルガアはチームどうするの?」という一人の友人の問いに対して、「私、さっきのダヴァの選考会受けてみようと思うの。」と答えました。

 

 その答えにその友人は食べていたご飯をのどに詰まらせるほど驚いていました。「そんなに驚かなくても」と半ば呆れながら言ったのですが、「だってエお前エ!リギル受けるって言ってたじゃないかア。リギルの試験明日だしィ、備えなくていいのかよオ。」というまさにその通りという言葉で返されるのでした。

 

 私は「二回走るくらいどうってことないよ。」自信から出たその言葉は本音でした。「だといいんだけどオ」友人は少し心配そうに見つめてくるのでした。食事を終え、練習場に行こうかという話になったとき、奥で見覚えのあるウマ娘さんの姿がありました。

 

 先程のビラで見たヤスダキャップさんその人でした。「ちょっと待ってて。」私は友人にお願いをして、声を掛けに行くのでした。「すみません。あなたがヤスダキャップさんですか?。」尾花栗毛と思われる毛並みのウマ娘さんに声を掛けたのでした。「アッハイ。」彼女は驚いたようでしたが、ビラを見せながら、私が今日のレースについての話をすると更に驚いたようでした。

 

 「もしかしたら知らされていなかったのかもしれないな」と感じたのですが、チームダヴァ期待の星の選手を前にして興奮してしまったようで、一方的に話してしまったのでした。「スルガア!まだぁ?」友人の呼ぶ声がしたので、名残惜しくもありつつ別れを告げたのでした。そしてこれからの選考レースに備え気合を入れるのでした。

 

 

 決められた時間にターフへ行くと既にトレーナーさんとヤスダキャップさんが話をしている最中でした。

 

 合間を見て「ヤスダキャップさん。負けないですからね。」挑発的な意図はなかったものの、挑発的な言葉を掛けるのでした。彼女は静かに頷いたように見え、私の闘争心に火が付くのでした。

 

 そしてどうやらというか、やはりというべきか、今日の選考レースに来たのは私だけのようでした。それもそのはず、みんな明日のリギルの選考会に備えてて、体力を消費しないようにしているはずでしょうから。

 

 それに参戦者が少ないことが容易に想像できる今日に、選考会を開くチームはないでしょうから尚のこと明日への準備をしていることでしょう。ただ、イベントと言えたので、既に周囲には私の友人やヤジウマ娘たちが集まっていました。

 

 「スルガア!負けんなよオ!」友達のいつもより大きい声が聞こえたので、手を振ってそれに答えました。「さあそろそろ。」とトレーナーからルール説明とレースの準備をするように促され、私はスタート地点に立つのでした。「よーい!。」トレーナーさんの手が高くあげられる。それと同時に、私は低い姿勢を作り来るべきスタートの合図を待ちました。

 

 

 「はじめ!」トレーナーの合図とともに私はスタートダッシュを決め、ヤスダキャップさんを引き離しました。

 

 「追い込み脚ということは、最後の直線までにどれだけ引き離せるかが勝負!」私はそう考え作戦を立てていました。姿勢を低くして指先まで神経を集中させます。俗にいう忍者走りと呼ばれる走り方ですが、子どものころ「そんな走り方はやめなさい。」「何その走り方。変なの。」とお母さんや近所の友達にバカにされてきたことを覚えています。

 

 でも、「私の脚力を生かすには少しでもダウンフォースを活かすのが一番なんだ。」そう思い続けて我を通してきたのです。これ極めるために柔軟体操や体幹トレーニングも欠かしませんでした。私が間違っていなかったんだということを知らしめるためにも、少なくともG1レースで勝たなければなりません。だから…。

 

 人が走るくらいの速さでは、手を広げたとしても大して意味はないですが、ウマ娘の最高70km近い速度域では効果がある、そう信じているのです。

 

 第一コーナー突入時の事でした。「う…やっぱり今の筋肉量じゃこのままでは負荷がかかりすぎて、コーナーに入れない…。」コーナー進入時はやはり苦手だなと感じるのでしたが、この程度の減速はヤスダキャップさんを有利にするものではないと判断しました。

 

 第二コーナーを抜けた直線。ここで突き放せればより有利に進められる、と判断し加速を掛けました。しかし、思ったほど引き離せないどころか、距離を詰められている気がしたのです。「まさかそんな」と心の中で焦りが出始めたのです。その焦りが、第三コーナー突入時に今までにない減速という形で表れてしまったのです。

 

 この時私は、ヤスダキャップさんの射程に入ってしまったと感じました。試合前にUmaPhoneでできる限り揃えた情報が水泡に帰した瞬間でした。ただ、まだ勝機はありました。

 

 それは彼女がラストスパートをかける前に私がラストスパートをかけること。そうすれば差を開くことができるし、残っているスタミナの量ならばまだ粘ることができると考えていたのです。というのも、今までの彼女は、最後の直線でスパートをかけていたので、第四コーナー中腹で勝負をかけるしかないと踏みました。

 

 「いっけエ!スルガア!!」と友人の応援が耳に入ってきました。第四コーナーの中腹から最後の直線が見え、ヤスダキャップさんがスパートをかける前にスパートをかけようと踏み、「今だ!!」最後に備えて体制を整え、残った力をすべて脚に込め加速を…。

 

 その瞬間視界の左側を通り過ぎる影がありました。ヤスダキャップさんその人の姿だったのです。正直予想より速いラストスパートはそれほどの驚きはありませんでしたが、私はその速さに戦意が薄れていくのでした。

 

 私が風に例えられるなら、彼女は風を切り裂く弾丸のようでした。その速さは、追いつけるんじゃないかという考えは甘ったれたものだという現実を叩きつけるものでした。

 

 金色に輝くその尻尾が前をちらついて行く。スパートをかけようが、どうあがいても追いつけない現実を知り、悔しさに涙が出たのを覚えています。私は、ヤスダキャップさんがゴールしてから2秒ほど遅れてゴールしました。静まり返った周囲が無力さを感じさせました。子どもの頃から負け知らずだった私の初めての敗北でした。ここまで悔しいものだったとは…

 

 

 「お疲れ様。スルガフライヤー。君のタイムは素晴らしいものだったヨ。もしよかったらダヴァに来てくれないかい。」

 

 半べそを掻いていた私に白いタオルを差し出し、マキダトレーナさんはそう言ってきたのでした。「いいんですか?負けたのに…。」そう私が言うと、「誰も勝ち負けで決めるとは言ってないヨ。」とにこやかに語り掛けてくれるのでした。

 

 「はイ…お願いします。」鼻声になりつつも答えを伝えるのでした。私はこれからチームメイトになるヤスダキャップさんに挨拶といきさつを話し、他愛もない話をする。

 

 すると、「スルガア!ナイスラーン!」と友人の声が聞こえてきたのでした。この嬉しい言葉に満面の笑みを浮かべて手を振るという形で、それに応えるのでした。その後はトレーナーさん、ヤスダキャップさんとこのレースの話なんかをしながらチームルームへ向かうのでした。

 

 

2R終わり。




 ご覧いただきましてありがとうございました。ヤスダキャップとスルガフライヤーとのレース、表現が難しかったです…
 既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、人物ごとに語尾や文章の特徴を出すために変えています。
 正式な文章ではだめなのですが、お楽しみいただければ幸いです。
*2018/07/17誤字および矛盾修正


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3R:誤解と和解と出会いと

今回は、いつもより長くなってしまいました。区切ろう区切ろうと思いながらも、それができず、一話としました。
ご了承ください。


3R:誤解と和解と出会いと

 

 登場人物

・ヤスダキャップ:本作主人公。脚質:追い込み。毛並み:尾花栗毛。

・マキダテッペイ:自称元名トレーナー。毛並み:白髪交じり。ヤスダキャップにチームダヴァを救われた。

・スルガフライヤー:計画的な性格。選考会を経て、ダヴァに加入した。脚質:先行。毛並み:栗毛。

・レッドスター:ヤスダキャップとは以前同じチームだった。脚質:?。毛並み:赤みの強い鹿毛。

・ブルーコメット:自称駄バ。脚質:?。毛並み:青毛。

・ヤツ:チームエースのトレーナー

 

 

 マキダテッペイ 4月某日

 私たちはチームルームで、ヤスキャの勝利とスルガのチームダヴァへの加入を祝っていた。

 

 「ヤスダキャップさん、ほんとに速かったです。」「そうかなあ…エヘヘ。」二人の楽しそうな会話が聞こえてくる。私は「二人ともいい走りだった。」と今日の感想を伝えるのだった。すると、二人は嬉しそうに照れるのだった。

 

 ヤスキャは、まんじゅうをポイポイと口へ放り込んでいる。「食べすぎですよ。ヤスキャさん!」とスルガは笑いながら茶かすのだったが、スルガの前に用意してあったまんじゅうの山が、いつの間にか消えているのを私は見逃さなかった。そして、スっと別のお菓子へと手を伸ばすのだった。ヤスキャに負けず劣らずの食いしん坊なのかもしれない。それを知られたくないのか、先ほどから気づかれぬようにお菓子を食べている。

 

 「いやぁ。勝ちってホントに気持ちいいんだなあ。」ヤスキャは気持ちよさそうに言った。それに連なるように「このまま新人、オープン、重賞と行けたりしたり!。うまく行けばホントに怪鳥を撃墜できたりして!。」スルガは元気よく言う。スルガはその計画的な性格とは反対に、夢を見やすいようだった。根拠として、彼女の様子を見る限り、盛り上げるために言っているというよりも、本気でそう思っているように感じたのだ。

 

 ヤスキャは「だといいなア。がんばらないと。」冷静にいうのだった。レースの出場回数そのものは多い彼女は、現実は知っているというのか。「意外と慎重なんですね。ヤスキャさんは。私ならすぐ調子乗っちゃてだめですねぇ。」どうやらスルガに自覚はあったようだった。だが、気持ちもよくわかる。勝利の余韻は気分を高揚させ、理性を失わせる傾向にある。

 

 ちょうどいい機会であったので、「力の違いを教えるか」そう考えた。だが、口で言うより彼女たちには、経験させる方が早いとも考え、この場の楽しい空気を壊してまで言うのをやめたのだった。

 

 

 実際、現状の彼女たちの実力では、この学園で勇名を馳せているウマ娘と勝負にならない。あっという間の敗北だろう。

 

今回の選考会では、いい勝負をしたように二人は話しているが、厳しいことを言えば、低レベル同士の争いにすぎない。低次元で似通った実力であり、その中でヤスキャがわずかに速かったので勝利したに過ぎないのだ。

 

 なのだが、彼女たちには十分な伸びしろと才能がある。正直私は、ここまで出来すぎているレベルに運が良いのだ。ヤスダキャップについては、学園内でもいろいろと話題になっていたので、昨年から認知していた。追い込みの速さは伸びるものを感じていたので、目をつけていた。だが、他のチームからヘッドハンティングする度胸も、気力も余裕もなかったので、半ばあきらめていた。

 

 しかし、そんな彼女が元居たチームをやめたというので、探していたのだった。それがあんな形での出会いになったのだ。探す手間が省けた上に、レースに対する情熱が失せたわけでもなかったし、二つ返事でチームへ加入してくれたのだ。ヤスキャに関しては、追い込みの速さ以外特筆するものがない。ただそれは、一年もの間、自主練習以外のトレーニングを受けていない状態で、あれだけの速さがあるということであった。つまり、十分に本番慣れしており、非凡な特技を持ち、新入生並みに成長が期待できるという状況にあった。だが、血統のこともあり、ここまま終わるという可能性もある。これからの練習次第と言える。

 

 同様にスルガフライヤーも目をつけていた。身体検査後に事務局から渡されたウマ娘の資料に目を通していた際、直感的に感じたのだった。そのため、できればほかのチームに勧誘される前に声を掛けたかったのが本音だったのだが、それもうまく行ったのだ。そして、加入まで成功している。能力に関しては、絶対的に筋力が足りないだけで、他のスタミナや速さに関しては全く練習していない状態ではよい方だった。ABC評価でいう差し詰め筋力以外Bといったところだった。問題の筋力も、彼女特有の走り方を支えるには足りないのであって、十分にパワフルだった。車で例えれば、力のあるエンジン、剛性のあるシャシー、へなへなのボディーといったところか。

 

 二人とも成長の見込みがあり、弱点がはっきりしているという、トレーナの立場からすれば嬉しい存在なのだった。

 

 「なあ、じいさん。明日はトレーニングするのか?。」ヤスキャは、素朴ともいえる疑問を投げてきた。本来であれば、今日がトレーニングの開始予定日だったからだ。それが、知らぬところで選考会になってしまったのだから確認は当然といえたし、なにより彼女がトレーニングを楽しみにしている証拠といえた。

 

 私は「もちろんだ。明日はトレーニングをするよ。これが予定表だ。」と本来は今日やる予定だったトレーニングのメニュー表を渡した。「計画的なんですね。」と卓上最後のせんべいを手に取りながらスルガは言った。昔からの癖だという旨を伝え、トレーニングの目的を伝えた。二人はそれに納得した様子だった。

 

 私はこの時、ドアの向こうに気配を感じた。「誰かいるのかい?」そう言いながら、ドアを開けるも姿はなかった。その様子見たヤスキャは「ついにボケたかじいさん。」とからかい、それに「三途の川はこっちですよ。」とスルガも窓の方を指し、便乗したのだった。私は、「そこまで歳食っちゃいないよ!」と茶化したのだが、確かに誰かいた気がするのだ。「気のせいかもしれないな」と自分に言い聞かせる形で納得し、二人と笑いながら今後について話したのだった。

 

 

 ヤスダキャップ 4月某日

 昨日の選考会から一夜明け、今度こその初練習に備えていた。

 

 私は例のごとく、食堂、それもいつもと同じ席に着いた。そして、食事を摂りながら、昨日渡された練習メニュー表に目を通していた。当面の行動指針やトレーニング内容などは印刷文字であったが、食事の摂取量など状況に応じて変化する内容は手書きであった。食事の摂取量について決められていると知った私は、焦ったのだった。

 

 いつもと同じように多めであったからだった。記載欄には「食事の量:いっぱい食べていいよ。」と書かれており、安心した。そして、マキダのじいさんのいい加減さと、筆跡から感じられる真面目さの両方を感じたのだった。

 

 「あっいたいた。」とトコトコ歩いてきたのは、スルガだった。「ヤスキャさん。相席、いいですか?。」と半ば挨拶的に聞いてくる。私は迷わず「いいよ。一緒に食べよう。」と伝えるのだった。「あれ?いつもの友達は?」と聞くとスルガは、「今日、リギルの選考会で、そっちに備えるそうです。」といつもは、ピンと立っている耳を少ししょんぼりさせながら、言った。いろいろ寂しさがあるのかもしれない。

 

 スルガは、私よりもやや多めの食事を机の上に置いた。「結構食べるんだね。」私は悪いと思いつつ、口にしたのだった。「ああ食事の量ですか?。」スルガは、ちょっと照れくさそうに言う。「元々食べるのが好きで…。それにトレーナさんの指示では、いっぱい食べていいってありましたし。」と少し慌て気味に言うのだった。どうやら、食いしん坊であることを隠しておきたいようで、今回もあくまでトレーナーの指示だからということにしたかったようだ。

 

 「食いしん坊は悪いことじゃないよ。」と私は慰め的なセリフを言ったのだが、「実は、食べる量と体形が見合わないってよく言われるんですよね。」という一度は言ってみたいセリフが放たれた。私は、スルガの持ってきた食事と体形を見比べた後、自分のそれらと比較したのだが、悲しくなるだけだった。それで妬まれることもあるのだろうと感じ、彼女が隠したがる理由が何となく理解できた気がしたのだった。

 

 それからは、話を変えスルガとメニューの照らし合わせや、楽しみだという話をしていたのだった。

 

 

 「相席、いいかしら。」どこかで聞いたような声が聞こえてきた。スルガは、判断は私に任せるといった表情でこちらを見ていた。「いいですよ。」そう答え、声の主の顔を見た。「久しぶりね。ヤスダキャップ。」私が言葉を発する前に、向こうから話始めた。「あッ。お…、レッドスターじゃないか!」驚いた。私の元チームメイトで、デビュー戦で私が勝ちを譲ったウマ娘だったからだ。

 

 驚いた理由は、久しぶりの再会もあったが、何より当時の高慢さすら感じられるほどあった、プライドが微塵も感じられなかったのだ。「わたし、スルガフライヤーといいます。お二人はお知り合いなんですか。」スルガは興味ありげに聞いてくる。「ええ。昔ね。いろいろあったのよ。」やはり生気がない。「もしよ…」スルガはここまで言いかけて、「もしよかったらもう少しお話しませんか。」と言い直した。恐らく過去の話を聞きたかったのだろう。だが、嫌がっている様子を読み取ったようである。「構わないわ。大して面白い話はないけれど。」話題が変わったことで、レッドスターは少し気が軽くなったようだった。

 

 スルガとレッドスターは極めて典型的な世間話を10分程だろうか、交わしていた。両者の間に微妙な空気が漂い始めたとき、レッドスターの方から私へ話題を振ってきたのだった。「そういえばヤスキャ、あなたチームはどうしたの?」と聞いてきたのだった。

 

 「今はそこのスルガと、チームダヴァのメンバーだよ。」そう質問に答えると、驚いたような悲しそうな表情で、「そう…だったの…ね。あなたがね。」と呟くように言った。私は何となくだが、察したのだ。「わかったぞ。私が野良だと思って。野良仲間を探してきたんだな。」この言葉が見事図星であったようで、隠す気が無くなった様子だった。「その通りよ。あなたがエースをやめた後、私もやめたの。」少し間を置いて、「私ね。あなたに勝ちを譲ってもらったことを知らなかったの。それで、おかしいとは思ったけど、深く考えなかったの。だって、初めての公式勝利だったんですもの。嬉しかったわ。でも、その後は地獄のようだったわ。オープン戦で実力の差を見せつけられたの。それから私に勝利は来なかった。私だけじゃない。あの後、あなたに未勝利で勝ちを譲ってもらった全員がそうよ。そして、一人が「トレーナーがヤスキャに勝ちを譲らせた。」と言い始めたのよ。それが理由で何人もチームを辞めたわ。でも当のトレーナーは「そんな指示はしていない。」の一点張りで揺るがないの。そして、チームの連携も何もなくなってしまった。私は私で意欲がなくなっていって、その時唯一の顔なじみだったあなたが辞めたのを理由に、後追う形で私も辞めたの。」レッドスターは、静かに淡々と語った。

 

 「そんな指示はしていないって言ったのか!あの野郎が?!」元々理性制御の弱い私は、机をたたき、立ち上がり、声を荒げた。周囲の視線が刺さる。それに加え、スルガの同情と「抑えて」という表情が私を落ち着かせ、静かに席へ着いた。「私はもうあのチームへ戻る気はないの。でも、あのトレーナーと話して欲しいの。」レッドスターは落ち着いて言った。

 

 「わかった。それで、ヤツはどこいいるんだ。」「トレーナーの控室じゃないかしら。」私はそれを聞いた瞬間に体が動いた。「私ここで待ってますね。」というスルガの声を背中に感じながら昼時の混んだ食堂を抜け、控室に向かった。

 

 

 控室のドアを叩き、冷静を装い、開ける。するとドアのすぐ近くの椅子にヤツは座っていた。「来てくれたか。」どうやら、レッドスターから知らされていたのか、それとも彼女が頼まれたのかは知らないが、私を待っていたようだった。「もし私が来なかったらどうするつもりだったんだ?」若干の呆れを込め言った。「来るまで待つつもりだったさ。」ヤツは私の目を見て極わめて真剣に言った。私は、ヤツの座る向かいの席に腰を下ろした。

 

 暫く睨み合いというべきか、空気の読みあいというべきか、空白の時間が続いた。私が切り出そうとしたとき、ヤツが口を開いた。

 

 「どんな言葉も受け入れる。ただ、まず話を聞いてほしんだ。」先程と変わらない、表情だった。「ああ。」私は短く答えた。「ヤスダキャップ、君への勝ちを譲れという指示は、僕が言ったことに違いはない。ただ、一言抜けていたんだ。ただ、僕が君のウマ娘としての人生を狂わせた。すまなかった。」とまず、伝えたいことをヤツは伝えたようだった。この時点で言い返したかったが、私は次のヤツの言葉を待った。

 

 「まず、当時の君は、無茶をしてでも全力疾走だった。だから、その後オープン戦のために、ケガを避けたかった。ケガを防ぐために無理をして勝ちを取りに行く必要はない、無理だと思ったら立ち止まっても構わない。と言ったつもりだった。だが、君は勝利しか見ていなかった。そして君と口論になったのを覚えている。僕は、カッとなって「ケガするくらいなら立ち止まってでも勝ちを譲っちまえ!」と言ったんだ。これがすべての発端だった。そして君は「立ち止まってでも勝ちを譲れという指示をこなしたんだ。」それから僕と君とは一切の口を利かなくなったし、君はその後もこの時の指示に従い続けた。あの後、僕はしばらくトレーナー界隈を干されかけたんだ。初めのうちは僕への誹謗中傷の発端は君だと思っていた。でもレッドスターは異を唱えた。君はそんなことを言いふらしていないと。僕への悪口の発端は、雑誌の記事がきっかけだった。その時からだ。君にどうしても謝りたかったんだ。言葉で済ませる気はないが、今は謝らせてほしんだ。」「本当にすまなかった。」ヤツは一通り言い切った。

 

 「ああ分かった。」私は短く答えた。だが、ヤツの顔は真剣なままだった。私が許したわけでないのをわかっているようだった。私は、どうにも自分のせいにされているような気がしたのだ。後から思えば、冷静さを欠いていただけだったのだが。

 

 「てめぇ!」私は声を荒げ席を立つ。多くのトレーナーの視線が向けられたのを感じたが、今度ばかりは理性を保てなかった。「お前のせいで!お前のせいで、夢を絶ったんだ!今更…。」ヤツの襟元をつかもうとした時だった。

 

 後ろから「まあ座れ。」という言葉とともに強い力で肩を押され、椅子へと戻された。

 

 マキダのじいさんだった。ヤツはほっとしたような表情はしていなかった。私が手を出すことを受け入れる気だったのか…?。「よし。迷惑ジジイが仲裁しよう。」マキダのじいさんは言った。そうして、私をなだめながら、ヤツからは話を聞きだしながら情報を集めていった。

 

 「ここまでで得た情報をまとめると、だ。君はヤスキャの気性を考慮せず、怒鳴った。そうなれば冷静さを欠くこと想定できなかったのは、君の落ち度だ。だが、ヤスダキャップ、君も指示を不完全に受け取った。それも君の将来を思っての指示だ。そして君は、トレーナーとのコミュニケーションを断ち続けた。はっきりって被害妄想だ。」マキダのじいさんは言い切った。ショックではなかった。マキダのじいさんに言われると、先入観がないからか冷静に聞けた。

 

 私が3月まで辞めなかったのは、どこかヤツに謝ってほしい気持ちがあったのだと思い出した。これまでも、マキダのじいさんに第三者視点で、散々指摘された私とヤツは、すっかりげんなりしていた。そして、私の怒りの矛先、はマキダのじいさんに向きかかっていた。それ故に、冷静に思考ができるようになっていたのだ。

 

 「すまなかった。」虫の羽音のような小さな声で、私はヤツに言った。「こちらこそ、すまなかった。」ヤツは少しほっとしたような表情で、言った。互いに落ち着いていた。「ヤスダキャップ、もう一度チームエー…」彼がそう言いかけた時、「そうはいかないもんねー!」マキダのじいさんが遮った。

 

 「そうはいかないよ君イ!ヘッドハンティングは許しません!。」幾分かお茶らけた様子で言った。思わず私は笑ってしまい、エースのトレーナーもポカーンとしながらも緊張が解けたようだった。「え?もしかして…」そうエースのトレーナーが言ったとき、「その通り、二日前にヤスダキャップは我らがダヴァのメンバーになったんだからね。」同じテンションでマキダのじいさんは言う。彼はずいぶん軽いテンションだった。わざとだとは理解できた。「そうでしたか…残念だ…。」と残念そうにエースのトレーナーは言った。

 

 「チームエースはライバルかな?」マキダのじいさんは質問するように、わたしとエースのトレーナーを交互に見た。私は静かに頷き、トレーナーは「もちろんです。ヤスダキャップ、今度は全力勝負で君の勝ちを阻止して見せるさ。」と決意を示した。「喧嘩売ってる?」私は半ば冗談で、笑顔のまま言った。「ないよ。」トレーナーもまた、言うのであった。

 

 

 「ヤスキャ、そろそろ練習へ行こうか。」マキダのじいさんが言う。私はそれに応えるように、静かに席を立った。

 

 去り際にエースのトレーナーがマキダのじいさんに「ヤスダキャップを頼みます。」と言ったのが耳に入り、先ほどまでの怒りはどこへやらの気持ちで、照れくさくなったのだった。スルガとレッドスターを待たせていたことを思い出した私は、食堂で二人と合流してからマキダのじいさんの元へ向かった。

 

 チームルームへ向かう途中、今までのことを二人に話した。「良かったわ。」今回のことで一番安堵した声を出したのは、レッドスターだった。「来たか。おや?お連れさんかい。」レッドスターを見たマキダのじいさんは、質問した。「私、レッドスターと言います。実は、このチームのお手伝いをさせて欲しいんです。」と彼女は答えた。

 

 「ああいいよ。」とマキダのじいさんは快諾した。「ちょうど、ウマの手を借りたいところだったんだ。」と言い、にこやかな表情を浮かべた。実のところ加入してほしいようだが、本人の意思を優先した形になった。

 

 「トレーナーさん。どこで練習するんですか?。」私も気になっていたことだが、スルガが先に聞いた。「ここだ。」とマキダのじいさんは、チームルームの床を指し示した。私には、この部屋での練習を意図していることが理解できた。

 

 「ここでするんですかア!」と珍しくスルガの大きな声が部屋中に響く。「いやぁ、実はチームメンバーが2人だと、チーム認定されなくてターフを使わせてもらえないんだよ。」とマキダのじいさんは、肩をすくめながら言った。「じゃあなんで、選考レースはできたんだよ!」とやっつけ気味に聞いたのだが、「それは、あの場所を使う予定だったチームに頼み込んで、あの時間だけ借りたんだ。」と答えた。

 

 「らしいですね。」スルガは拗ねている。「さては、昨日渡したメニュー表読んでないな?」とマキダのじいさんは言うのだ。二人で声を揃え「読みました!!」と反論したのだが、まさかと思い、見直した。すると、メニューの中の多くが「メンバー5人以上で実施」と小さい小さい文字で、注意書きがされていた。「やられた!」スルガは情けなくもお茶らけた声を出し、私は「じいさん、やっぱり悪徳商法、向いてるよ。」と冷ややかにいうのだった。これに対し、マキダのじいさんは、誤魔化しながら謝るのだった。

 

 

 スルガフライヤー 4月某日

 トレーニングが室内と知り、初めはがっかりしましたが、私の得意な体幹や柔軟、筋肉トレーニングであったので、やる気を取り戻しました。

 

 そして途中の休憩時間に、本日開催されるリギルの選考レースを見に行くことが告げられました。これについて、ヤスキャさんは「見に行ってどうするんだ。」と言っていました。私はトレーナーさんに「選考漏れした子に声を掛けるんですか?」と聞くとまさに図星のようで、苦笑いしながら「スルガには敵わないなあ。」と言ったのでした。「汚い手段を使うなあ、じいさん。」ヤスキャさんは言いますが、「夢破れたウマ娘に手を差し伸べると言ってほしいね。」とトレーナーさんは反論するのでした。「さあ!ほら、サボらない!しっかり伸ばせ!」と言い、長座前屈をしているヤスキャさんの背中を押すのでした。「イテテテテ!」聞こえる悲鳴に対し笑ってしまうのでした。

 

 暫くヤスキャさんの悲鳴を聞きながらトレーニングは続きました。私も、ヤスキャさんも体がほぐれたところで、「休憩にしようか。」とトレーナーさんが言ったのでした。「お…終わったぁ。」スパルタ?柔軟体操から解放されたヤスキャさんは、安堵の声を漏らしたのでした。

 

 「ありがとうございます。」「この後、リギル、見に行くんでしたよね。」私は、タオルとスポーツ飲料の入った樹脂容器を渡してくれた、レッドスターさんにお礼を言いつつ、トレーナーさんに確認をするのでした。「さあ行こう。そろそろ始まるからさ。」とトレーナーさんは言い、私たちを先導するのでした。

 

 

 ターフの上では、これから自らの人生を左右しかねない選考会に備え、準備をするウマ娘の姿がありました。私は友人を見つけ、励ましに向かうのでした。

 

 「やっぱりもう来てるなぁ。」とトレーナーさんが頭を掻きながら言うのでした。「何がですか?。」と私が問うと、「他所のチームのトレーナーやらなんやらさ。このチームの選考会を受けるウマ娘ってのは、多くが優秀だから、スカウトかけるのさ。つまりうちと同じ考えってことだよ。」と双眼鏡を覗きながら言うのでした。

 

 周りを見ると確かにそれらしき人や、プラカードなどを持ったウマ娘さんの姿がありました。「傍から見ると変態だな。この構図。」とヤスキャさんは言い、「何見てんだ?。」という質問に対し、「太もも。」とトレーナーさんは、真顔で言うのでした。

 

 この答えに、レッドスターさんをも巻き込んで、私たちウマ娘三人は、大きなため息をつくのでした。トレーナーさんは、「やっぱり速そうなの一杯だなぁ。太もも一杯。」と幸せそうに言うのですが、それが育て甲斐という意味で捉えられるのは、私とヤスキャさん位と言えました。

 

 「エロジジイに見られないように言葉くらい選んでくれ。一緒にいるこっちが恥ずかしいよ。」というヤスキャさんの言葉に対して、私も首を縦に振っていました。実際、レッドスターさんはちょっと距離を取っているのでした。しかし、当のトレーナーさんは聞いていなさそうでした。

 

 「始まった。」とトレーナーさんが言いました。言葉通り、選考会が始まったのでした。しかし、選考会を走るウマ娘さんがゴールをしても、トレーナーさんは動きませんでした。「いいのか?。速そうなの取られちまうぞ?。」と言うヤスキャさんの意見は的確でした。

 

 既に二着やそうでなくとも、何らかの長所を見せたウマ娘さん達はスカウトを受けていたのでした。「わかってるんだけどねぇ。中々良い子がいなくてねぇ。」とトレーナーさんが言うのでした。私は、選んでいる余裕があるのか疑問でしたが、トレーナーさんの判断に従うのでした。最後のウマ娘さんが走り終わった時、「結局、だれもいなかったなぁ。」とトレーナーさんは悲しそうに言うのでした。

 

 

 「候補はいっぱいいたじゃないか。」と言いうヤスキャさんの言葉に、私とレッドスターさんは頷くのでした。「いやさ。こう、ね…」とはっきりしない言葉と続けるトレーナーさんでした。そのまま「なんか、良さそうな子いないかなあ。」と双眼鏡を目に当て、周囲を見渡すのでした。「やめてくれよ、じいさん。私たちまで変に見られちまうだろ。」ヤスキャさんは嫌そうに言うのでした。トレーナーさんは、「お!。」っと声を出し、私に双眼鏡を渡してきました。

 

 「どの子ですか?」聞くと、「青毛の子だ。細身の。」と答えたのでした。そこには、制服のままのウマ娘の姿がありました。「あの子は、選考会出てないですよ。」と私が言うと、関係ないよと言いながら、その子に声を掛けに行くのでした。

 

 

ブルーコメット 4月某日

 また断られてしまった。私はチーム一覧表にバツ印を加える。

 

 「ハア…。」ため息が漏れる。やはり自分は、チームを選ぶ権利はなく、選んでもらえるようなチームに行くしかないのだと落胆した。

 

 将来お約束チーム、リギルの選考会に出たウマ娘たちを眺め、歩いていた。私は入学時の診断で示された自分の能力に失望し、選考会へ出ることを止めたのだ。母親に知らせることすらできなかった。

 

 田舎では、数少ないウマ娘であり、将来を過剰に期待されてきた。田舎特有の過大評価って感じ。でもせめて、チームには入りたかった。これくらいのわがままくらい、神様に許してほしかった。

 

 でも、そのほとんどが書類審査で許されなかった。「私だって走れば…」そう呟くのだったが、書類は嘘をついていない。再びチーム一覧に視界を戻す。残っているチームは少ない。正直、残っているチームはそれだけ優先度は低いというわけなのだが、私はもう選べないのだなと心に決めたのだった。

 

 「今日はもう寮へ帰ろう。」と聞いてくれる人は誰もいないのに声に出す。背負ったリュックに一覧表を仕舞おうと、その場にしゃがみこんだ時、「こんにちわ。」と男性の声がした。私はすぐに「スカウトなのでは?」に期待を膨らませた。「初めまして。私はマキダと言うんだ。チームダヴァのトレーナーをしている。」

 

 私は、ハッと顔を上げた。そこには、50代くらいの白髪交じりの男性の姿があった。その奥には、メンバーらしい三人のウマ娘の姿があった。「ト、トトレーナーさんですか。」私は興奮を抑えきれなかった。

 

 正直チームダヴァは優先度は低かった。訪問を明日に回したチームの一つだ。その理由は、トレーナー本人が勧誘していること、つまり、メンバーがいないということだった。正直、情報は少なく、不透明なことも理由の一つだった。しかし、スカウトとなれば話は別で、少なくとも私に興味を持ったことは間違いないと感じ、それが嬉しかった。興味を持った理由が、「私程度なら加入してくれそうだ」という理由でも構わなかった。

 

 「ここでは、話もしづらい。どこか行きたい場所はあるかな。」とトレーナーは私に聞いてきた。「できるなら、チームルームを見せてもらえませんか。」私はこう言った後、若干後悔した。得体の知れないチームの本拠地へ行ってしまって良いのかと。「こちらのホームになるけど、いいかな?。近くに喫茶店とかあるけど。」そのトレーナーは、こちらの不安を読み取っているようだった。少し考えたのち、「ええ。大丈夫です。」と腹をくくったのだった。

 

 

 案内されたのは、古い学校の教室のような印象の部屋だった。

 

 白塗りのコンクリの壁、樹脂の床、剥き出しの吊るされた蛍光灯、白錆びの浮いたアルミサッシ、部屋の真ん中に大きな机があり、資料棚やテレビ、トレーニンググッズが配置されていた。別の言い方をすれば、昔最も豪華なつくりだったと言えた。

 

 冷蔵庫やエアコン、テレビなどの電化製品は更新されていたし、無線環境を整っていたが、部屋の作りは古かった。この部屋で最も目を引く黒板の上には、まだ色の残っているものから色あせた集合写真が飾られていた。その中心には、おそらく目の前のトレーナーと思われる男性の姿があり、教室の古さも相まって、この老人の衰退と重なって見えた。

 

 私は、尾花栗毛のウマ娘に案内され、椅子に腰かけた。私の向かい側に、トレーナーと所属するウマ娘が座るという形だった。つまり、一対四になる。栗毛のウマ娘が、奥の棚付近で何か作業をしているようだった。「何か飲みますか?」と栗毛のウマ娘が聞いてきた。「いえ。大丈夫です。」私はそれを断った。のだが、ガラスのコップに入った冷えた緑茶が出された。それを差し出してくれた栗毛のウマ娘はにっこりと笑っている。

 

 「ここまで来てもらって、アレなんだけど、君はチームに入っているのかい?」トレーナーが口を開いた。「いえ。ないです。」は私は答えた。「君名前は?」という質問に私は、「ブルーコメットです。」と答えるのだった。するとトレーナーは、端末を取り出した。「マズイ。知られる…」私は慌てた。

 

 今までも面接までは漕ぎつけていたのだが、私の身体能力記録を見られた段階で断られてしまっていたのだ。「ん?検索ってどうやるんだコレ。」とトレーナーは、困惑を露にした。内心、機械に疎くて良かったと感じたのだが、「やり方、教えますよ。」と赤みの強い鹿毛のウマ娘が、余計なことを言いながら、教え始めたのだ。せっかく得たチャンスが不意になるか否かのこの瞬間、手の震えが止まらず、異常な速さで、のどが渇いた。手の震えに気づいたのか、尾花栗毛のウマ娘が立ち上がり、「どうした。身構えなくていいよ。」と私の横に来て優しく語り掛けるように言った。

 

 その時、「あっ。いたいた。」とトレーナーはが声に出したとき、私はハッと顔をトレーナーの方に向けた。「君がそんなに緊張している理由はコレかぁ。」と少し大きくも、はっちゃけた声で私に言った。そのまま、「これが理由で、追い返したりしないよ。大丈夫。」と言ってくれるのであった。

 

 その場にいた、ウマ娘が全員がどういうことだという顔をしており、トレーナはそれに応えるように端末を全員に見せたのだ。「マジかぁ…」と私は落胆したが、全員なるほどねと言う顔で、同情もなければ見下すようなこともなく、ただ、頷いただけだった。そう、私はABCDE評価で言うところのオールEなのだ。「私をどう思いますか?。」聞かなくてよいのに、余計なことを言ってしまう。こんなことを言わなければ、私の評価は言われないのだが、聞きたくなってしまうのだった。

 

 「いやぁ。育て甲斐がありそうだ。」と笑顔で言うのだった。続けて、「どうかな。うちのチームに加入してくれないかい。」そう誘ってきた。すぐにでも頷きたかったが、どうして私なのかと、私を見捨てないかどうかを聞きたかった。「なるほどね。一つずつ答えると、君の脚に伸びしろを感じたんだ。将来的に速くなりそうだと、直感だけど思ったんだ。」とまずは、私を選んだ理由を答えた。思っていたより嬉しい理由だった。続いて、「もし、君が全く成長しなくても、こちらから追い出すなんてしないよ。その点は安心して。でも、君がバカみたいに速くなって、違うチーム行きたいっていうなら別だけどね。」と真面目な顔をして言うのだった。

 

 私は、チーム勧誘に際し、疑問に思っていたことを聞くことにした。「脚、触らないんですか?。」と疑問を投げかけた。今までの多くのチームで、脚や身体の触診があったからだ。

 

 「え。君ってそういう…。」トレーナーは、驚いた表情を浮かべていた。後ろでは、同時にため息をつく三人のウマ娘達。「ちっ違いますゥ!。今までのトレーナーたちが触っていたので、気になっただけです!」そうは言うものの、この言葉もどこか勘違いを生みそうであった。

 

 「いや、私は触らないよ。ウマ娘にとって脚は生命線だしね。ただ、ケガや脚質を調べるときは、触ることもあるだろうけどね。」そうトレーナーは言った。「でも、じいさんは覗き魔だけどな。」尾花栗毛のウマ娘が言ったのだが、「いや!違うってば!誤解を生むようなことは言わないでよ!。」と抵抗したのだった。そこに、赤みの強い鹿毛のウマ娘がさらにからかう、といった感じにこの手の話が続いた。その隙に栗毛のウマ娘は棚のあたりをゴソゴソと探っていた。

 

 いつしか、私の心のどこかにあった、このチームへの抵抗感は完全に消えたのだった。私はここに来て初めて、出されたお茶を口にした。冷たくてさわやかなのどごしだった。それを見た、栗毛のウマ娘が、手に何か持って、こちらへ来た。「これ美味しいのよ。」と大福の盛られた皿を私の前に出した。彼女は、私が遠慮しているのを気にしてか、スッと皿から大福を取り、食べ始め、ウィンクをするのだった。私はそれを見て、大福を一つ手に取るのだった。

 

 

 「おっと、すまない。話しが逸れてしまったね。」とトレーナーがこちらを見た。その時には既に、私は大福を食べ終えていた。「いえ。」と私は、素っ気無さを出したつもりはないが、そう答えた。「そうね。二人でお菓子を食べていたものね。」と栗毛のウマ娘が、付け足してくれたおかげで、私の伝えたい印象を与えられた気がした。

 

 「そうかそうか。それで、どうかな、加入の件なんだけど。」このトレーナーの言葉に、「はい。そうさせてください。駄バですけど、頑張ります。」と答えた。正直、私にとって一世一代のチャンスだ。断る道理はないし、何より、このチームは居心地がよさそうだった。「やったぁ。」子どもの様に喜ぶトレーナー。私も胸をなでおろした。

 

 そういえば、このチームには、撫で下ろせそうな胸のウマ娘しかいなさそうだった。

 

 「これで、三人か。後二人の加入でちゃんとした練習ができるな。」尾花栗毛のウマ娘が言った。そして、「自己紹介。忘れてませんか。」と赤みの強い鹿毛のウマ娘が言った。そういえばそうだ、今までは、毛並みで判断するしかなかったのだ。

 

 「それもそうだね。私はトレーナーのマキダだ。改めてよろしく。」とトレーナーは、私に言った。そして、「ではで、右から順に自己紹介ね。」とウマ娘たちに話を振るのだった。

 

 「でしたら、私からね。」と栗毛のウマ娘。「私は、スルガフライヤー。皆にはスルガって呼ばれてるの。どうぞよろしく。」曇りのない笑顔とともに差し出された手を、私は、握手という形で握り返した。細く小さく、柔らかなその手は見た目に反し、力強い握手をするのだった。そしてスルガさんは、自身の左側へ目線を移した。

 

 それに応えるように、トレーナーの直ぐ脇にいた一見、金髪とも取れるような髪を持つ、尾花栗毛のウマ娘が「私はヤスダキャップ。ヤスキャって呼ばれてる。」と言い、握手を交わした。その引き込まれそうな金色か黄銅色の目に見つめられた。その目は安心感を与えるものだった。彼女は、スルガさんのようなスレンダーな体系ではない。だが、そこには言わば兵士のような逞しさがあった。スルガさんほどの色白さはないものの、肌色の指先まできれいな大きな手は、父親のような安心感を与えるのもだった。

 

 そして誰に促されるわけでもなく、赤みの強い鹿毛のウマ娘が、「私はレッドスター。ヤスキャとは同期なの。一緒に頑張りましょ。」と物憂げなオーラを漂わせながら、言った。肩甲骨くらいまで伸びた赤毛とも言えそうな髪と燃えるように赤い目は、彼女の物憂げさとは対照的だった。彼女の両手での握手は優しく私の手を包んだ。私も改めて自己紹介をした。

 

 「よし。じゃあ、コメットは書類を書いて欲しいんだ。ヤスキャとスルガはトレーニングを続けて。レッドスターは、タイムキーパーをしてくれ。」とトレーナーは指示をした。

 

 「気をつけろよぉ。じいさんは、小さい文字で誤魔化すから、よーく確かめるんだぞ。」ヤスキャさんは、冗談めかして言う。「そうね。」ととスルガさんも頷いていた。「いや。これは、学園側の正式書類だから、そんなことはないって。」と今までは事実だったんだと思わせる答え方をトレーナーはしていた。それから、念のためよく書類を読みつつ、サインをし、これからについて特に目標レースについての話をしていた。その後ろで、体の固さで悲鳴を上げるヤスキャさんと、筋力不足で力尽きているスルガさん、それを取り仕切るレッドスターさん達のやり取りを、途中笑いながら聞いていたのだった。

 

 

 サインが終わると、「おめでとう。明日からの練習メニュー表だ。暫くは後ろでやってるようなことをやるよ。」とトレーナーは、にこやかな表情で、冊子を渡してきたのだった。その時、午後の練習終了の鐘が鳴る。「さあ。夕飯だ。いっぱい食べてこい。」とトレーナーは言い、私たちを送り出していった。その際、トレーニングをしていた二人に、アフターケアのことを伝えていた。部屋を出た私たちは、そのまま四人で夕飯を食べることになった。いつになく楽しい食事。明日からこの人たちと一緒に居られる、練習できる。それが嬉しくてたまらなかった。寮へ帰る足取りがいつもより軽かった。

 

3Rおわり。

 

 

 

 




今回もお読みいただき、誠にありがとうございます。
楽しく書いているのですが、ウマ娘の名前が思いつかない事態が起こり、無い頭をひねっています。特に「スルガア!」の子とか…
それと今回頭を悩ませたのが、ウマ娘の入学時期が、通常の学校通り4月なのか、トレーニングセンターへ入る9月なのかでして、それを調べていたら遅くなりました。
アニメでは、スぺが編入でそのあたりでしたので、通常は4月と判断しました。どうなんでしょうか…


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