転生者くん、頑張ってね (SINSOU)
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1話

兵藤一誠には、同い年の弟がいる。

名前を兵藤優一、一番優しい子になってほしいという両親の願いからだ。

二人は双子であったが、二卵双生児なのでそっくりと言うわけではない。

一誠にとって、優一は大切な家族であり、大切な弟であった。

ゆえに、一誠はなにかと兄らしいことをしようと考え、行動した。

 

しかし、一誠と優一には大きな差があった。

優一は、とても頭もよく、運動でき、なおかつ人に好かれやすかった。

もちろん、一誠もそれなりに出来る子だ。

もちろん、一誠だって好かれている。

でも、なぜか周りは優一を見るようになっていった。

優一を評価するようになっていった。

 

何をやっても、優一君の方が、何を頑張っても、優一君の方が、

何をしても何をしても何をしても・・・・・・、周りは弟の優一を見るようになっていった。

何をやっても優一よりも低い、劣っている。

それは一誠の自信を少しずつ削り取っていく。

 

家での両親は、分け隔てなく一誠と優一を愛している。

分け隔てなく一誠と優一のことを考えてくれている。

それが一誠の心に負担となっていく。

それが一誠の心を不安させてくる。

それでも、一誠は兄らしくしようと、優一の兄であろうと努力し続けた。

 

だというのに、何故か一誠の周りは優一へと流れていく。

家の隣に住んでいた男の子も、かつては一緒に遊んでいた仲だった。

でも、いつの間にか優一と一緒に遊ぶようになっていった。

 

 

どうして?

 

なんで?

 

僕だって頑張っているんだよ?

 

僕だって、優一に負けないくらい必死なのに

 

なんでみんな優一を見るの?

 

誰も僕を見てくれないの?

 

助けてよ

 

僕を見てよ

 

僕がここにいるって、誰か認めてよ

 

 

 

一誠の心は限界だった。

優秀過ぎる弟の存在、頑張っても認められない努力、周りの姿。

彼を追い込むには十分すぎるものだった。

 

ああ、僕は・・・

一誠は全てを諦め心を閉ざそうとしていた。

それが自分を守るのに一番簡単だったからだ。

一誠が目を、耳を、心を閉じようとしていた時、声が聞こえた。

 

「あなた、私の友達になって!」

 

 

 

 

 

 

 

『オキテオニイチャン! オキテオニイチャン! 

 オキナイト、フライングボディープレスヲスルゾー!』

 

「あと5、6分・・・寝させてくれよぉ・・・・

 今、禁断の果実がこの手に・・・ゴファ!?」

 

俺は唐突な衝撃に、身体がくの字に曲がる。

肺の空気を一気に掃出し、俺は咽ながらも目を開ける。

 

「やっほ!起きた?」

 

俺の目の前には、自分を笑顔で見つめる少女がいた。

 

 

 

 

「私は宇都、新芝宇都よ(ニイシバ・ウト)。

 この町に引っ越してきたの、よろしくね!」

 

そう言って、自分に手を差し伸べる宇都に、一誠は戸惑った。

なにせ、一誠はこういったことを何度も経験している。

自分と友達になってほしいと言ってくれた子はいた。

隣に住んでいた男の子もそうだった。でも、気付けば優一の方に行っていた。

誘っても、優一の約束が先だと、断られるようになっていた。

だから、一誠はその手を取ることに躊躇した。また裏切られると思ったから。

 

「もう、恥ずかしがり屋なんだからー」

 

そう言うと、宇都は一誠の手を掴んだ。急に手を掴まれたことに、一誠は吃驚する。

なにせ、相手から手を掴まれたことは無かったからだ。

 

「私が友達になろうって言ったんだから、貴方はもう私の友達なの。

 だから、私の手を取らなきゃダメなの!」

 

「それってオウボウなんじゃないの?」

 

「良いの!私が決めたんだから!」

 

「そんなムチャクチャな・・・」

 

「ほら、私が名乗ったんだから、貴方も名前を言いなさい」

 

宇都のムチャクチャな言葉に、一誠はしどろもどろに答える。

 

「一誠・・・」

 

「そう、一誠ね。じゃあ一誠、私は約束するわ」

 

宇都は一誠の手を強く握る。

 

「私は貴方を裏切らない。私が来たからには、もう絶対に傷つかせない。

 私がずっと、貴方の傍にいるわ」

 

気付けば一誠は、宇都に抱きしめられていた。

 

 

 

 

 

 

「一誠のお母さん、一誠を起こしましたよー!」

 

「いつもありがとうね、宇都ちゃん」

 

「いえいえ、私の仕事なのですから!」

 

未だ痛む腹を押さえながら、俺は二人を恨めしく見る。

 

「そんな目で見ても駄目よ、遅く起きる一誠が悪いんだから。

 少しは優一を見習いなさい。もう学校に行ってるのよ」

 

母さんのその言葉に、俺は苦い思いがこみ上げる。

 

「一誠のお母さん、私の仕事を無くさないでくださいよー。

 一誠を起こしに来るために私がいるのですからー。ね、一誠?私に感謝してるもんねー」

 

宇都がチラリと俺を見ると、こくりと首を縦に振る。

俺は少し気恥ずかしくなった。

 

「はいはい、解ってるよ。だったらもっと優しく起こしてくれても良いじゃんか」

 

「え、良いの?優しく起こしていいの?本当に?」

 

俺は宇都の表情と声に寒気を感じ、「やっぱなしだ!」と首を横に振る。

 

「えー、一誠が言ったんだよー?酷くないー?」

 

「今の表情を見たら、誰だってそう思うぞ!女の子の表情じゃなかったわ!」

 

そう、まるで餌を前にした肉食獣のような顔だった。

絶対にヤバいって!

 

「一誠、女の子の顔をそんな風に言うもんじゃないぞ?

 宇都ちゃんの顔は、お父さんからしても綺麗だと思う」

 

「あらやだ、お義父様。そう言っていただけると嬉しく思います」

 

「ちょっと待て、なんか字が違うよな?なんか違う意味で言ったよなその言葉!?」

 

俺の言葉に、宇都は「な、なんのことかなー?」としらばっくれるが、

目がゆらゆらと揺れているのが丸判りだ。

 

「わ、私、外で待ってるからねー」

 

そう言って、彼女は玄関へとそそくさと走って行った。

逃げたな・・・俺は確信した。

 

「一誠、早くご飯を食べて支度しなさい。宇都ちゃんを待たせちゃ駄目よ」

 

母さんの言葉に促されるように、俺は朝食の席に着いた。

 

 

 

 

「おっす一誠、宇都ちゃんを連れて登校ですか羨ま死ねー!」

 

「俺らに見せつけんじゃねぇぞボンバー!」

 

学園の校門前で、俺は二人の男子から羽交い絞めをくらう。

羽交い絞めにしたのは、坊主頭と眼鏡男子。前者が松田で、後者が元浜だ。

共に俺の親友なのだが、登校時は毎回絡まれる。

 

「おのれ一誠、俺と元浜がモテないというのに、お前は美少女とリア充ライフを満喫しやがって!」

 

「俺たちは親友だったというのに!一人だけ抜けしおって!許せん!」

 

「二人とも、一誠と仲がいいねー」

 

宇都の言葉に、二人は顔をにやつかせる。

 

「そうです宇都さん!俺たちは一誠と、し・ん・ゆ・う・だからな!な、一誠!」

 

「ええ、そうですよ宇都さん、俺たちはずっ友ですから!」

 

「だったら現状のこれはなんだってんだ!お前等は俺に何の恨みがあるんだよ!」

 

「うるせー!幼馴染と登校なんてエロゲ・シチュエーションの体現者が!」

 

「お前はモテない男子の敵だー!」

 

「うん、みんな仲良しだねー」

 

宇都の言葉とは裏腹に、俺は校門の前で、声にならない声で悲鳴を上げるのであった。

 

 

 

 

 

「いやー相変わらずねー。見ていて飽きないわ」

 

教室に入って席につけば、眼鏡を掛けた女子が話しかけてくる。名前は桐生藍華。

俺たちと仲良くしてくれる珍しい女子だ。

 

「あ、桐生ちゃんおはよう」

 

「宇都ちゃんオッハー。いや相変わらず可愛いわねー、ちょっと胸触っていい?」

 

「え?いいよ?私、桐生ちゃん大好きだし」

 

「ごめん、今ので自分が許せなくなったわ」

 

「?」

 

桐生が床に崩れ落ちる姿に、宇都は首を傾げている。

こうしたボケなのか本音なのか判らないが、宇都はこういうことを平気で言う。

結果、元浜も松田も、宇都の前でエロネタを言わなくなった。もちろん、俺もだ。

一回、松田がパンツ見せてと言った際、「私ので良ければいいよ?」と返され、

松田は無言のまま、地面に頭を叩き付けながら土下座をしたことがあったのだ。

元浜もスリーサイズを聞いた際は、「触ってたしかめた方が早いよ?」と返され、

ただ一言「すみませんでした」と謝っていたこともある。

 

「元浜君も松田君も、頑張っている姿とか、普通にかっこいいのになー」と言った際は、

「俺たち、真っ当に生きようと思う」と、二人に決意させた経緯もある。

結果として、俺たちの駒王学園のモテモテ計画は破たんした。

だが、何故かそれで良かったのかもしれないと思うのだ。理由はよく解らないけど。

 

そんな風に、俺たちがワイワイしていると、外の方でキャーキャーという声がする。

見ると、赤い髪と黒い髪、そして白い髪の女生徒と、金髪の男子生徒が歩いていた。

 

「おー、学園の二大お姉さまの御登場ね。あらマスコットにイケメン王子もいるわね」

 

教室から外を見ていた桐生が言う。

その声は他の生徒とは違い、至って普通だ。いや、周りが叫び過ぎているのか。

 

「それにしても凄いわね。あの人たちが通ると、みんな声を上げるんだから。

 ま、人気者の性って奴かしら」

 

「そうだねー。本当にすごーい」

 

宇都が間延びした声で応える。その声色に俺は何となく違和感を感じた。

 

「って、あれ?後ろにいるのって一誠の弟?」

 

「「・・・」」

 

俺は無意識に手を握りしめる。

 

「ほんと、彼奴ってすげぇよな。成績優秀でスポーツ万能、挙句にイケメンときたもんだ。

 なんか、あそこまで行くと嫉妬すらわかないわ」

 

「そうそう、なんつーか、別世界の人間?って感じ。

 それに、俺からすればなんか怖いんだよなぁ。こう、腹に何か抱えてそうでさ」

 

松田と元浜は、直ぐに「わりぃ」と俺を見て謝ってくれた。

 

「いや、いいよ。あいつは俺よりも凄いってのは事実だし。

 まいったなぁ、兄貴の面子丸潰れだわ・・・」

 

俺は自分で自分を情けなく思う。

彼奴に兄貴らしいことをしようと頑張っても、彼奴は簡単に俺を越えちまう。

だから俺は・・・。

 

「一誠」

 

沈み込もうとした俺はハッとする。

 

「私は、一誠が今のままでも良いと思う。私は今の一誠も大好き。

 だから無理しなくていいんだよ?」

 

「ば、何急に言ってんだよ!?」

 

「何って、私の気持ち」

 

首を傾げる宇都に、俺は気恥ずかしさで顔を背ける。

 

「見せつけやがってコノヤロー!」

 

「孫に囲まれて老衰で死ねー!」

 

「ほんと、面白いわね」

 

周りの声も、俺には聞こえないほどに、俺は顔が熱かった。

 

 

 

「それじゃあね、一誠。また明日」

 

「おう、また明日な」

 

俺は家の前で宇都と別れた。宇都の家は俺の家の近くだ。だから、毎回俺の家に来る。

もうかれこれ、出会ってから長い時間だが、本当に解んない時がある。

毎回俺を起こしに来たり、隙あらば抱きついて来たり、俺は毎回ドキッとする。

今日もそうだ。

あの告白まがいの言葉に、俺は悶々とする。

くそ、やっぱいいように弄ばれているのか?あー、もう!

 

俺は母さんにただいまと言うと、直ぐに部屋に駆け込み、ベッドに飛び込んだ。

俺は、ベッドで横になりながらも、彼奴の言葉の意味を理解しようと、悶々とするのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふふん、可愛かったなぁ」

 

私は彼の真っ赤になった顔を思い出し、自然と顔が笑顔に歪む。

まるで完熟トマトか、リンゴのように真っ赤になった彼の顔。

うんうん、思い出すだけでも口から涎が出ちゃう。

って、いけない、本当に垂れてた。

慌ててハンカチを取り出し、口元を拭う。回想は家に帰ってからにしないとね。

自然と足が速くなる。

 

 

 

それにしても、

 

「本当にいたんだねぇ」

 

私は一振り返り、一誠の家がある方へと目を向ける。

『本来いるはずのない弟がいる兵藤家』へと。

 

「ま、それを言ったら私もそうね」

 

いるはずのない『キャラクター』・いるはずのない『弟』・いるはずのない『私』

『筋書から外れた物語』『役割を失った者・それを奪った者・それを補う者』

これがこの世界。

 

「ま、私はどーでもいいしー」

 

私はニンマリと笑う。

そう、どうでもいい。私にはどうでもいい。これは私の本音。

誰がなにをしようと、誰が誰に成り代わろうと、誰が誰を救おうとも、私にはどうでもいい。

 

だって私には

 

 

 

「ん?」

 

私の後ろで何か音が聞こえた。

なんだろうと後ろを振り向こうとしたら、背中に衝撃が走り、何かが砕けた音が響く。

気が付けば、私は壁に叩き付けられていた。

 

 

 

 

「グヘヘヘエhエエヘイエヘエイエ、良い音だぁ」

 

それは毛むくじゃらの塊だった。毛の塊に大きな手足があった。

そして、つぶらな二つの目と、大きな口があった。

それは怪物だった。

その怪物の趣味は、綺麗な女を殴り、その身体が砕ける音を聴くことだった。

怪物が追放されるまでは、正式な場で多くの女悪魔を砕いてきた。

だが、怪物は満足しなかった。満足しなかった結果、怪物は人間の世界に逃げた。

初めは戦々恐々としていたが、自分を殺すための追手が来ることもなく、

今ではこうして、この町でのんびり趣味に没頭しているというわけだ。

 

「さぁあぁぁあぁて、良い音もきぃけえたぁぁしぃ、ごはんにしちゃおうおうおうお」

 

怪物は、壁に叩き付けた手を退かす。その怪物の趣味はもう一つあった。

それは、砕いた相手を食べるということ。

強張った骨も綺麗に砕け、柔らかい肉が食べられるという、

趣味と食事が混ざった、まさに一挙両得な食事法だ。

 

さて、今晩もおいしい食事にありつけたということで、

怪物は獲物の有様を見ようとして、「あのさぁー」と声をかけられた。

怪物は、その声に振り返ると、そのつぶらな瞳を震わせた。

 

「これは酷いんじゃないのー?」

 

そこには、身体がくの字に曲がった、血まみれの女が立っていたのだから。

 

 

 

「いったぁぁぁい!」

 

私は力の入らない足で踏みとどまり、なんとか立つ。

が、どうやら背骨が砕けているらしく、イナバウアーのように逸れるか、

くの字に前に歪むかで、身体のバランスが取れない。

視界が後ろに行ったり前にいったりと、気持ち悪くなってきた。

って、腕も普段の方向とは逆方向に曲がってる!螺子のように捻じれてる!

取りあえず、身体を前向きにして、顔を相手に向ける。

 

「あーもう!折角思いにふけっていたってのにー!なんでお楽しみタイムを邪魔するのかなー?

 それとも何?私にはお楽しみをお楽しむことすら許されないって訳?

 は?ふざけんなよ!こっちは愛しい一誠と、明日どうしようかと考えていたってのにさー!」

 

「」

 

「ちょっと、黙ってないで何か喋りなさいよ!私をこんな体にしやがってさ。

 あんた、酷いって自覚無いの?ないわけ?」

 

あーもう、頭がふらふらする・・・って、うわ、私まっ赤じゃん。

道理で視界が真っ赤に染まってると思ったら、血を流してるじゃん。

ったく取りあえずどうにかしないとね。

 

私はフラフラな頭を冷静にして、念じる。

それは本来いない存在が、

この世界で生きるために『渡された・願った・奪い取った・望んだ・押し付けられた』力。

 

 

すると、私の脚元に広がる血だまりと影が盛り上がり、二重らせんのように私を包み込む。

 

「あーあ、普通に生きたかったのになー」

 

そして、私は力を使った。

 

 

 

私は、自分の身体を確認する。うん。腕も身体も出血もなし、うん、元通りね。

私は安堵を感じつつも、今の自分の姿に溜息を吐く。

頭から大きな山羊の角を生やし、黒いドレスを纏う私。

自分の足を見れば、それは人間の足ではなく、山羊のように短く、蹄だ。

その私の足元から、影から、そしてドレスからは、無数の黒い手がうごめいている。

これが、『私が神に押し付けられた力』

勝手に殺されて、勝手に選ばれて、勝手にこの世界に放り込まれた私には、

ある意味相応しい姿かもしれない。

 

「ああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!?」

 

あら、私の姿を見て、目の前の怪物が発狂してる。

まぁいっか、私もこの姿は嫌いだし、さっさと済ませちゃおっと。

 

私は、発狂している怪物を捕まえるように、黒い手に指示を出す。

私の身体なので、念じるだけ十分なんだけどね。

 

「いやだぁぁぁぁぁあああ!助けでぇ!じにだぐないぃぃぃ!」

 

怪物は黒い手から逃げようと必死に足掻くも、そうは問屋が卸さない。

しっかりとラッピングさせて貰いまーす。

そして、黒い塊となったそれを見ながら、私は右手を掲げ、そして、

 

「えい♪」

 

握り潰した。

 

 

 

 

 

 

「おはよう宇都、今日もいい天気だな」

 

「おはよう一誠!会いたかったわー!」

 

私は一誠に抱きつく。

はー、一誠の香りが良いのですわー!極楽極楽ですわー!

 

「ばかっ!急に抱きつくな!臭いをかぐな!」

 

「えー!?いいじゃなーい、減るもんじゃないしー!」

 

「俺の大事な何かが減るんだよ!」

 

「はーい止めまーす。一誠に嫌われたくないし」

 

私は一誠から離れる。

おや、一誠の顔があかいねぇ?ふふん、照れてるのかしら?

 

「ところで一誠、訊いて良い?」

 

「なんだよ、突然・・・」

 

「私の恋人になってくれませんか?」

 

「」

 

私の言葉に、一誠は時間から隔離された様に固まってしまった。

あれ?もしかして間違えたかしら。

 

「おーい、一誠?もしもーし?起きてるー?」

 

私は、固まった一誠をつっつき、撫でまわし、クンクンし、撫でる。

 

「ばっか、おま、急に何言ってんだよ!?」

 

「だって昨日、私、言ったじゃん?好きだってさ。それでどう?」

 

私の言葉に、一誠は顔を背けつ、頬を掻き、そして

 

「取りあえず・・・よろしく」

 

「はい!」

 

私は一誠の出してる右手を、両手で包み込んだ。

 

私には一誠がいればそれでいい。

それが、この世界で自分の与えられた役割だとしても。

本来の世界を盗られた彼を守れるなら、私はそれでも構わない。

たとえそれが、原作キャラと、私と同じ存在と刃を構えることなっても。

それは同情かもしれないし、憐れみかもしれないし、傷の舐め合いかもしれない。

でも今では、それも構わないと思っている。

せめて、私は好きに生きようと思う。自分に正直になろうと思う。

一誠が好き、それが今の私の気持ち。この世界の一誠を。私が幸せにするの。

 

なぁに、何があっても世界は回るわ。

既に狂って(原作とかけ離れて)いるんだから。

私は、照れてる一誠を見て、そう思った。



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2話

「おっそーい!遅いよ一誠!私ずっと待ってんだよー?」

 

「わ、わりぃ・・・。なんか今日のことを考えてたら寝れなくてさ・・・」

 

公園の噴水まで、俺は宇都に頭を下げた。

チラリと宇都の方を見ると、案の定、顔を膨らませていた。

やばい、こういう時の宇都は非常に厄介だ。

小さい時、時間を間違えて宇都を待たせたことがあった。

あの時の宇都も、同じように顔を膨らませていた。

そして、それを宥めるのにすっごい苦労した覚えがある。

確か、オママゴトで夫婦役をやらされた気が・・・。

 

「ふーん?今日のことを思って眠れなかったのねー?」

 

「あ、ああそうだよ。俺としたら、こういうのは初めてだしさ・・・」

 

宇都の視線を受けながら、俺はどぎまぎして答えた。

すろと宇都の奴、さっきまで膨れていた顔を、ニンマリとさせた。

 

「そっかー、そうなんだー、へー」

 

「なんだよその意味ありげな笑顔・・・って、ば、いきなりなんだよ!」

 

宇都の奴、いきなり俺と腕組みしやがった。

突然のことに、俺は何が起ったのか一瞬分からなかった。

 

「私を待たせた罰ですー。今日は一誠と腕組みしますのでー」

 

「ば・・・やめろって!こんなのを元浜たちに見られたらヤバいって!」

 

「どっちみちヤバいでしょ?今日のことを見られたらさ」

 

宇都の言葉に俺は顔を赤らめるも、言い返せずに黙る。

宇都は、俺の顔を見てニシシと笑うと、絡んでいる腕に力を入れてきた。

 

「さてさてー、それでは行きましょうか一誠!今日は二人のデートよ!」

 

叫ぶ宇都の言葉に、俺は顔から火が出そうだった。

 

 

 

 

 

「にゃははー!楽しいね一誠!」

 

「お、おう」

 

ぐいぐいと俺を引っ張る宇都に半ば引き摺られながらも、

俺はどうしてこうなったのかを思い出す。

きっかけは宇都が俺に告白した日のことだ。

宇都の奴、学校帰りに俺の家に上がるとすぐに、俺の母さんに俺と付き合うことを喋ったのだ。

母さんは一瞬呆けてたけど、直ぐに宇都の両肩を掴むと、

「一誠のこと、よろしくね」と泣きながら感謝してた。

その時の俺は、穴があったら入りたい位に、ものすごく恥ずかしかった。

その日の夜なんか、母さんが父さんにそのことを言っちゃうから、

「そうか!宇都ちゃんなら心配ないな!」って言って来たんだぜ?

あまり話すことがなかった優一も、

「兄さん、僕にも宇都さんって子を紹介してよ」って興味ありげだったし。

それにしても優一の奴、オカルト研究部に入ったからって、夜に出かけることが多くなったなぁ。

何かと物騒なんだから、兄ちゃんとしては心配だけどさ。

学校の方も、活動に許可を出しているみたいだし、ただのお節介なのかもな。

 

それにしても、まさか優一がオカルト研究部に入るなんてな。

彼奴、そういったものに興味ないと思っていたけどさ。

リアス・グレモリー先輩からって、同学年の木場祐斗、通称イケメン王子から誘われてたっけ。

今じゃ、放課後になると直ぐにオカルト研究部に行って、相当に可愛がられてるようだし。

やっぱ、リアス・グレモリー先輩たちも女の子なのかねぇ。

まぁ弟が可愛がられているなら、俺は何にも問題ないんだけどな。

 

っと、そんなことも考えてたら、急に宇都が止まった。

もしかして、俺が上の空だったのがばれた・・・のか?

 

「一誠」

 

「ん、どうしたんだよ?」

 

宇都はくるりと俺の方を向く。

 

「私、なんか唐突にパフェが食べたくなっちゃったなー。

 だからさ、駅前の喫茶店に行こー?」

 

「なんだよ急に。さっきまでクレーンゲームでぬいぐるみをゲットよー!って言ってたのに」

 

「ごめんね、なんか突然食べたくなったのよー。だから予定変更、駅前に行こう!」

 

そう言って、俺を腕を引っ張りながら駅前へと行こうとする宇都。

一体どうしたんだ?と思い、俺たちが行こうとした方向をちらりと見た。

金髪の美少女と一緒に歩いている優一が見えた。

 

 

 

 

「はい、一誠アーン!」

 

俺に向かって差し出されたスプーンに、俺は宇都の方を見た。

宇都はすっごいいい笑顔で俺にスプーンを出している。

 

「宇都」

 

「なにー?」

 

「何してるんだ?」

 

「このパフェ美味しいから、一誠にもおすそ分け」

 

「いやだからさ、なんでスプーンを俺に向けてるの?」

 

「なんとなく、一誠にアーンがしたくなった」

 

宇都の言葉に、俺の顔は一気に赤くなった。

毎回宇都のこういった行動には、どぎまぎしていたけど、

まさかここまで天然だったとは思わなかった。

 

「いやだからさ、それは恋人がやる奴であって・・・」

 

「一誠」

 

俺の言葉を遮るように、宇都は言葉を被せてきた。

 

「私と一誠はどういう関係?」

 

「えっと、幼馴染?」

 

「違う」

 

「友達?」

 

「それも違う」

 

視線を逸らす俺を、宇都は先ほどまでの笑顔じゃなくて、真剣な目で見てくる。

ああ、宇都の聞きたいことはつまりそう言うことか。

 

「言わなきゃダメか?」

 

「うん」

 

俺の心は弾けそうなほどに鼓動し、頭が真っ白になりそうになる。

でも、ここで言わなきゃいけないのは解ってる。宇都の想いを無下にしたくない。

俺は何度も深呼吸をし、顔から汗を流しながらも言う。

 

「恋人」

 

「正解」

 

俺の答えに笑顔を戻した宇都は、既に溶けたパフェをもう一度スプーンで掬い、俺に向けた。

ようは、そういうことだ。

俺はさっきの言葉のせいで逃げ切れないと悟り、視線を逸らしながらも食べた。

その時の味は、俺には全く分からなかった。

 

 

 

 

そうした喫茶店の出来事を終え、俺は宇都に腕を組まれつつも振り回されっぱなしだった。

映画館に行こう!と言われて引き摺られ、欲しいものがあるの!と言われて引き摺られた。

あれ?俺すっと引き摺られっぱなしだった?俺の思っていたデートってこうだったか?

 

「あー楽しかった!ね、一誠」

 

「お、おう」

 

夕暮れになり、俺は家の前にいた。

なんか、散々引き摺られていた記憶しかないけど、宇都の笑顔が見れて良かったよ。

 

「ねぇ、一誠」

 

「うん?」

 

夕日を見ながら俺に背を向けている宇都が尋ねてきた。

 

「私とデートして楽しかった?」

 

宇都の言葉に、俺は言葉が出なかった。

ああ楽しかったぜ!と言えば良いのかと思ったけど、ちらりと宇都の方を見た。

後で組んでいる手が震えているのが見えた。

ああそうか、俺は宇都の想いを察した。

 

「そうだなぁ、確かに楽しかったけどさ。俺からすればまだまだだったな」

 

「そうなの?」

 

「だからさ、今度は俺からデートをさせてくれよな」

 

「いいの?」

 

「もちろんだ」

 

俺の言葉に、宇都はくるりと振り向いた。

 

「だったら楽しみにしてるからねー?絶対に私を楽しませなさいよー?」

 

「おう!」

 

宇都の笑顔に、俺は笑って言った。

 

 

 

 

「それじゃあね一誠。また明日」

 

「じゃあな宇都。お前も気をつけろよ」

 

そうして家の前で別れ、家の門をくぐろうとした時、ふと宇都が俺に声をかけた。

 

「一誠!今日の夜は家から出ない方が良いよー!」

 

「え、なんでだよ」

 

「なんか星占いでそう書いてたからー!じゃあねー!」

 

俺は宇都の言葉に首を傾げながら、宇都に手を振った。

そして俺は、家に帰るやいなや、母さんから今日のことを根掘り葉掘り喋らされた。

ちなみに、その後に父さんからも同じことを聞かれ、俺は恥ずかしさでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、今日なのね」

 

私は家へ帰りながら、今日のことを思い出す。

一誠とのデートで、私なりに計画を立て、一誠に楽しんでもらおうとしていた。

買い物をして、喫茶店に行って、っそしてゲームセンターに行こうと計画をしていた。

しかし、『アーシア・アルジェントと仲良くゲームセンターに行く一誠の弟』を見て、

私は急遽、ゲームセンターと公園をデートのルートから除外した。

なぜなら私の予測が確かなら、今日が原作1巻の大詰めだからだ。

 

アーシア・アルジェントが、本来の一誠とゲームセンターにいく。

これは原作の流れを汲むならなら、最後に公園で1巻のボスであるレイナーレと戦って負ける。

その後は攫われたアーシア・アルジェントを助けるために、

一誠たちが廃教会へと殴り込みをかけるからだ。

ゆえに、一誠を巻き込まないためにも、私はゲームセンターと公園を取りやめた。

一応帰り際、夜に家から出ないことを一誠に言っておいたから問題ないと思う。

まあ転生者の方も原作に従うなら、あの後はオカルト研究部に駆け込み、

そのまま廃教会に行くだろうし。

 

「それにしても、解りやすくていい子ね」

 

私は転生者をそう評価した。

私は、一誠を本来の原作に巻き込ませないために、出来るだけ原作組と距離を置かせた。

それこそ、願いを叶える契約チラシすら目に届かないよう徹底的に。

そのせいで、一体今は原作のどの部分なのか?というのが判断し辛くなった弊害もあったが。

でも、そこは転生者の振る舞いを見ていれば何となくだが理解出来た。

一誠たちは忘れているようだが、転生者が『天野夕麻』に告られたことや、

オカルト研究部に入部したこと、それから見れば大体の状況は察することが出来た。

今じゃ、オカルト研究部の方に時間を割いているみたいだしね。

一誠が心配してたけど、そんなことは転生者からすれば、いらないお節介なだけみたいだし。

そして今日のデートでの光景だ。ようは、今日が原作一巻の終わりと言うことだ。

 

「でも、せっかくのデートなのに水を差された気分なのよねー」

 

転生者は出来るだけ原作を壊さないように、原作の一誠と同じ行動をしている。

まあ、元浜君や松田君が私の方に来ちゃったから、原作のような変態行動はしてないけど。

私の考えが当たっているなら、転生者は私と同じように原作知識を持っている。

持っているからこそ、本来の一誠と同じような行動をとっているし、とれるのだ。

傍から眺めているだけでも、オカルト研究部のみなさん、みんな転生者の虜っぽいのよねー。

まだちゃんとした手順(結婚騒動・聖剣事件・父親、姉問題など)を踏んでいないから、

単に心を許せる関係って感じだったけどー。

 

つまり、『原作に実在しない、私という存在』を理解している。

自分も本来ならいない存在ってことを棚に上げてねー。

 

私が心配だったのが、転生者特有の『俺以外の存在は排除する思考』。

自分と同じ存在がいると知った場合、大体の転生者が『排除』する方向に行く。

そうだったら私としても簡単なのよねぇ。私も全力で殺しに行くだけだから。

まあでも、危惧していた『私』や『邪魔な一誠』を排除する気もないし、

あちらにしてみれば、自分の邪魔をしたら・・・って奴なのかもね。

私も同じだけど。

 

「さて、これからどうしよっかなー」

 

私はこれからのことについて考える。

これが原作一巻の終わりならば、次に起こるのはアーシア・アルジェントのホームステイだ。

原作2巻の当初から、リアス・グレモリーの機転によって、

アーシア・アルジェントが一誠の家に来るのだ。

そこから2巻のメインである、憐れなかませ犬のライザー・フェニックスとの、

リアス・グレモリーの結婚をかけてのレーティング・ゲーム。

それによって、新たにリアス・グレモリーが一誠の家に居候する。

確か、そこからヒロインの居候が段々と増えていき、何度か改築するんだっけ?

ただの一軒家だったのが、最終的には地下プール付きのマンションになってたかなー?

ほんと、周りの人や何もかもが自分たちのために蔑ろって感じよねー。

 

まあそれはさておき

 

「可哀想だけど、一誠をどうにか家から引き離さないといけないのかなー」

 

私はそれを危惧する。

今も言ったが、これから一誠の家には、転生者が行う本来の一誠の行動によって、

これからどんどんと女だけの居候たちが増え、そしてどんどんと家が改築されていく。

肝心の一誠のご両親は、リアス・グレモリーの催眠によって、

そのことに関しては疑問を持たないようになっている。

というか、もう催眠されてるのよねー。

私の『押し付けられた力』で、そう言うのは丸判り。

全く、私のお義母さんとお義父さんに何してくれてるのよー!

でもだからと言って、催眠を解いちゃったら絶対にややこしくなるから、

分かっていても何も出来ないというジレンマ。ごめんなさい。

 

閑話休題。

と言うわけで、一誠のご両親は問題ないけれど、一誠は違う。

たとえ力も立場も失った、『ただのモブである兵藤一誠』でも、私としては不安の種。

先ほども言ったが、下手に『本来の主人公』を『原作ヒロイン』たちと合わせてしまったら、

一体何が起るか分からないのだ。それこそ、唐突に修正力が働くかもしれない。

奪われたドライグが、急に一誠に戻るかもしれないのだ。

そうなってしまったら、下手すれば転生者が本当の意味で『一誠に成り代わる』可能性すらある。

まあその前に、私が全力で転生者をコロコロしに行って、その後は姿を晦ませるつもり。

だっていずれは、私も修正力に何をされるか判らないからだ。

 

「だから頼むよ転生者くん。私と一誠のためにね」

 

君が原作の主人公に成り代わって、原作ヒロインとイチャイチャしようが私には関係ない。

むしろ私にとって、それは願ってもない好都合。

君が主人公として振舞ってくれるだけで、私は一誠と仲良く出来る時間が増える。

君が主人公として頑張ってくれるだけで、私は一誠と楽しく日常が過ごせる。

これを言ったら一誠が悲しむから言わないけど、

君が主人公として傷付こうが、モテようが、果てに原作と同じように、

盛りのついた猿の如く「おっぱいおっぱい」と叫んでいようが、私は一誠の方が大切なの。

君が主人公と言う物語の避雷針になってくれるなら、私はずっと君を見守ってあげる。

私は『良い子の転生者である一誠の弟』のことを思い、そして笑う。

 

でも、もしも欲に目が眩んで・不安に苛まれて・調子に乗って、

私と一誠を何かしようとした時は、どんなチート能力だろうが特典を持っていても知ったことか。

 

『その時は覚悟しておいてね』



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3話

俺、兵頭一誠は目の前の光景に呆然としていた。

 

「いっせ~、だぁ~いすき~」

 

俺の目の前に宇都がいた。

 

 

 

俺はゆさゆさと揺れられ、もう朝かと思って目を開けた。だが、目の前に見えたのは俺の部屋とは違う天井。なぜか天井の明かりではなく、なにやら値段が高そうな布に覆われていた。そして周りを見渡せば、俺の勉強机や漫画本の入った棚などなく、同じように高そうな椅子や鏡の付いた机が置いてある。これはどう見たって俺の部屋じゃない。なんだなんだと思うも、まだ眠っている俺の頭ははっきりと考えられない。

そんな中、寝ている俺の隣で、なにやらごそごそと音がする。おかしい、俺は昨日、一人で自分の部屋で寝たはずだ。ならば誰かが俺の隣で寝ているはずがない。弟の優一は、急に部活の合宿で10日ほど出かけることになり、家にはいないからありえない。というか、そもそも俺みたいな男と添い寝をする奴なんているだろうか?それこそ泥棒ならばとんだイカれた奴か、その手の趣味を持っている奴だろ。いやちょっと待て、もしもそうだったら俺、今かなりやばくない!?俺は急に身の危険を感じ、どうにか逃げ出そうとするが、なぜか体が動かない。やばいやばいと焦る俺に更に追い打ちをかけるように、俺の背中に何かが触れた。

 

「ヒィ!?」

 

思はず声を上げてしまった。まずい、起きていることがばれた!?そんな思いに駆られたが、そんな俺を無視するように、俺の背中に触れた何かがゆっくりと前へと進んでいく。パジャマ越しに感じるそれはひんやりとして冷たい。だが、動けない俺にはとても恐ろしい何かに感じてしまう。そしてゆっくりと進んでいく何かが俺の胸に触れた。そして俺は、それは手だったことに気が付いた。俺の隣にいる誰かが、まるで俺を抱きしめるかのように、手を伸ばしてきたのだ。そしてまた、背中に何かを感じた。ふよふよふにふにと柔らかく、まるでマシュマロのような感触である。

 

何か分からないけどやわらかい・・・。

 

そんな場違いなことを考え出す俺を見計らったかのように、俺はくるりと転がされ、隣にいる人物とご対面したのであった・・・そう、新芝宇都であった。

 

 

 

 

 

なぜか宇都が俺の隣で寝ていた。しかも俺のベッドとは違い、真っ白なシーツを被っている。そしてこれが一番問題なのだが、真っ白なシーツを纏っている宇都の姿は、どうみてもである。ほんのりと桜色に色づいた宇都の肌。そして纏っているシーツ越しから見える、宇都のくっきりとしたボディーライン(凹凸)。小柄な宇都と反比例するように

 

 

ダイナマイトボディー!(ボン!キュ!ボン!)

 

慌てて両目を手で覆うが、俺の中の男が宇都の姿を気になってしまい、ちょっと手を開く。ほんの小さく開いた隙間から見える宇都の姿に、俺の喉はごくりと鳴る。というか、むしろ余計にエッチじゃないか?だが、そんな俺を見て、宇都は思いも知らない行動に出た。

 

『だぁめ、ちゃんと見ないと駄目だよぉー』

 

なんと、宇都の奴は俺の手を掴むと、その華奢な肉体とは裏腹に、力づくで俺の手を顔の前からどかす。その結果、シーツ越しの桃色肉まんを直視する羽目になるわけで。

 

待て待て待て落ち着け俺!?これはなんだ?ナンダコレは!?

 

俺は混乱する頭をなんとか落ち着けようと必死に目を逸らす。が、男の悲しい本能化、宇都の姿が気になってしまい、ちらちらと見てしまう。薄いシーツ越しから見える、薄紅色をした宇都の姿。

 

「?」

 

宇都が、どうしたの?と言いたげに首を傾げる。だからそれをヤメロォ!その姿も色っぽさと相まって俺を誘っていると勘違いさせてくる。ダメだ、落ち着け!落ち着け俺ぇ!

俺は自分の中を駆け巡る獣を抑えようと必死だ。今すぐにでも俺は宇都にとびかかり、思う存分に宇都の身体をむさぼりたい。でも、それは駄目だ、ダメなんだ!確かに俺は宇都と恋人になった。デートもした。俺は宇都のことが好きだし、宇都も俺のことが好きだと言ってくれた。でも、()()()()()夢だからってこんなことをしたくないんだ。宇都とは、まだそういったことでやっちゃダメなんだ。俺は拳を必死に握りしめて耐える。俺の頭の中では、宇都と一緒にいた記憶が浮かぶ。そうだ、宇都は俺にとって大切な存在なんだ。そんな存在を、俺は、俺は・・・!

 

「俺はァァァァぁあぁぁァァァァアァァァァアアアァァァあ!!」

 

 

「きゃっ!」

 

俺は叫び声をあげて体を起こした。その際、布団がベッドから転げ落ちたが、そんなことを気にできるほど、俺の心は冷静ではなかった。ハッとした俺は、すぐに周りを見渡す。俺の部屋の光景に俺は安堵の息を零した。未だに俺の心臓はドクドクと忙しなく鼓動している。気づけば汗もビッショリだ。

 

「夢・・・かぁ・・・」

 

良かった。あのまま目が覚めなかったら俺は宇都を・・・ん?そういえば、さっき宇都の声が聞こえたような・・・。でもここは俺の部屋だし、あの謎の部屋じゃない。なら、なんでだ?そう思いながら俺は目覚まし時計を見ると、宇都が俺を起こしに来る時間をきっかりと指していた。ということは・・・!?

 

俺は油の切れた機械のごとく、ぎちぎちと音立てながら俺の部屋の入口へと目を向ける。

 

「あいたたた・・・。酷いよ一誠、急に起き上がるなんてぇ」

 

そこいたのは、尻餅をついている宇都。俺は2回目の大声を上げることになった。

 

 

 

 

 

「おはよう、一誠」

 

「・・・・・・」

 

「おはよう一誠」

 

「・・・・・・」

 

「ねぇ、一誠ってばー」

 

「・・・・・・」

 

学園へと歩いてる中、俺は宇都から顔を背けっ放しだ。声をかけてくれる宇都に対しても、素直に挨拶をすることさえもできない。やっぱり夢のことが原因だろう。あんな夢を見るなんて、俺はどうしちゃったんだ?そんなことをぐるぐると頭の中で考えて続けていたら、不意に宇都が声をあらげ、そしてずっと黙りっぱなしの俺の前に回り込んできた。チラリと見れば、その顔は風船のように膨らんでいる。

 

「一誠、今日はどうしたの?今朝から私を見ないようにしてるし、声をかけても答えてくれないし。私、一誠になにかした?」

 

「そんなんじゃないんだよ」

 

そう、現実の宇都のせいじゃないんだ。でも宇都を見ていると、あの時()の宇都を思い浮かべてしまい、凄く恥ずかしくなる。だから宇都を直視できないのだ。

 

「ならなんで私を見てくれないの?今だって私から目を逸らしてる。ねぇ、私ナニカした?」

 

「だから宇都のせいじゃないんだよ」

 

「なら何で?」

 

「だから・・・」

 

俺は喉まで出かかった言葉を正直に話そうか迷った。まさか夢でお前と、なんて言ったら宇都はどう思うのだろうか?変態と気持ち悪がれるのか?それとも怒るのか?どっちにしろ良い思いはしないだろう。なら黙ってしまった方が・・・。

 

「一誠、お願い。正直に話して・・・」

 

宇都の顔を見て、俺は正直に話した。トマト色に染まった宇都の叫び声が、通学路に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「おいす~お二人さん。今日も一日いい日になり・・・・・・何してるの?」

 

「別に・・・」

 

「何でもない・・・よ」

 

俺と宇都の返答に、桐生の眼鏡越しの目が細くなった。どう見ても怪しんでるのが分かる。

 

「宇都ちゃん、ちょっとこっち」

 

何を思ったのか、桐生の奴は宇都を連れ出して廊下へと連れ出そうとする。あいつのことが、宇都から事の真相を聞きだそうとするに決まっている。そして宇都のことだ、恥ずかしいと思いつつも正直に話してしまうだろう。そうなったら最後、俺は桐生の奴からずっと弄られ続ける。あいつのことだ、今日のことなんてまさに格好のネタなのだ。教室に行く度に桐生から弄られる・・・・・・ま ず い !!

俺はそれを阻止するため、二人を追いかけようとするが、それを遮る影が二つ。

 

 

「一誠!お前と言う奴はー!!」

 

「この!この!裏切り者ー!」

 

「な、元浜に松田!?何だよいきなり!っていうか、今はお前らに構ってる暇なんて・・・!」

 

元浜と松田を押しのけ、桐生たちを追いかけようとするも、二人ががっしりと俺の手を掴む。

 

「逃がすか一誠!お前、宇都ちゃんと恋人になったって本当か!?」

 

「しかもデートまでしたってどういうことだ!!聞かせてもらおうぞ!」

 

「な、なんで二人ともそんなことを知って・・・・・・って、今はそれどころじゃないんだよ!離せー!

 

「「話すのは貴様だぁぁぁー!」」

 

俺は二人に羽交い絞めにされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、説明してもらおうかしら?」

 

「なっ、なんのことかな?」

 

桐生ちゃんに手を引っ張られ、私は廊下に連れ出され、そして着いたのは階段の踊り場。不幸にも周りに生徒はいなくて、私と桐生ちゃんの一対一である。背中に壁の固さを感じつつ桐生ちゃんの視線から目を反らす。が、反らした先に桐生ちゃんの顔。メガネ越しの視線が鋭いのは気のせい・・・じゃないよね、多分。

 

「一誠と何かあったでしょ?」

 

『!?』

 

直球どストレートの一言に、私はその場から離れようとするも、桐生ちゃんの手がどーん!と遮った。いわゆる壁ドンである。

 

「宇都ちゃん」

 

「はい」

 

「別に私は興味本意で聞いてる訳じゃないの。そりゃ気になるからってのは否定しない。でも、私の友達になんかあったら、何か力になりたいってのは本当」

 

桐生ちゃんの目が私を見つめる。

 

「だから宇都ちゃん、何もないなら何もないで良いの。単に私の勘違いってだけだから。でももし困っているなら正直に話して、お願いだから」

 

「・・・」

 

ああ、やっぱり()()()()()()()()()()()()・・・。桐生ちゃんだけじゃない、他の人と一緒にいることで感じたことを私は思い出す。

 

「えっと、その・・・ね?これは私の友達から聞かれたことなんだけど・・・ね?」

 

取りあえず、私ではないことを始めに言っておき、私は桐生ちゃんに話した。

 

「こ、恋人の夢で、その、お互いがそう、えっと、その、アレなことをやりそうになった、って言われたら、桐生ちゃんはどう思う?」

 

その後、桐生ちゃんはしきりにお腹を抱えて笑い転げ、笑いを堪えながら私の頭を撫でだした。その後、戸惑う私に色々と教えてくれて、私は頭をフットーさせながらも桐生ちゃんの言葉を一字一句覚えようと必死になった。チャイムが鳴る時刻になり、教室に戻ると、なぜか床で元浜君と松田君に羽交い絞めにされている一誠を見るのだが、今朝のように顔を逸らされた。私も一誠を見ることが出来なかった。だが、桐生ちゃんのアドバイスを思い出し、私は決意するのだった。

 

そして今、私は一誠と一緒に下校しているのだが、やっぱりどちらもしゃべらない。元浜君と松田君は、なぜか桐生ちゃんに耳を引っ張られながら先に帰ってしまった。何やら叫ぶ男子二人と、にんまり笑顔で私を見つめていた桐生ちゃんの構図は、どこか奇妙であった。しかも桐生ちゃん、何やら一誠にごにょごにょ話をしていたのだ。その後、一誠が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。普段の私では聞こえなかったから、一体何を話していたのだろうか?

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

沈黙がもどかしい。昨日まで一緒に喋っていたせいか、違和感を感じてしまう。でも、どうやって話を切り出せばいいのか分からない。ああ、一誠の家が見えてきちゃった。このままじゃ駄目なのに、このままじゃ・・・。

 

「なぁ」

 

「えっ」

 

突然の一誠の言葉に、私はビクリと身体を震わせた。どうしよう、急なことでどうしたらいいのか解らない。でも、一誠が話しかけてくれたんだから、どうにか答えないと。

 

「えっと、なに?」

 

ようやく出せた声は、酷く上擦っていた。ああ、私のバカー!

 

「その今朝のことなんだけど・・・さ」

 

「うん」

 

私は一誠の方へ顔を向ける。彼の顔は、ほんのり赤みが勝った色だが、その眼は私をじっと見つめている。

 

「本当にごめん!」

 

そして頭を下げた。どういうことか戸惑う私に、一誠は話す。

 

「えっとその、本当にごめん!俺もどうしてそんな夢をみちゃったのか解らないんだけど、でも、夢でも俺は宇都に襲い掛かろうとしちゃって。その俺だっていっぱしの男だからそういうのに興味はあるんだけど、でもなんか宇都にそんなことをしようとしたら、宇都を裏切るんじゃないかと思って。それで俺、自分が酷く情けなくて・・・」

 

「一誠」

 

私は声をかけた。私の言葉にビクリと身体を震わす一誠。

 

「一誠、顔を上げて」

 

ゆっくりと顔を上げる一誠の表情は、どこか叱られるのを怖がる子供のような印象。私はそんな彼を見て、

 

「ありがとう」

 

ハニカミながら抱きしめた。

 

「え、宇都?怒ってないのか?」

 

「どうして?」

 

「だって、俺は夢とはいえ宇都のことを・・・」

 

「それって、夢でも私のことを思ってくれてたってことでしょ?桐生ちゃんが言ってたの。夢でも思ってくれるなんて、そいつはとんだ恋愛馬鹿だって。だから私、一誠が私のことを大好きだって思えたの。うん、だからありがとう」

 

「え、なんでそんな風に考えって、桐生!?あ、あいつ、帰り際に言ってたことってこのことかぁ!何が『素直に謝れば上手くいくわよ。安心しなよ』だ!宇都に変なことを教えやがったなぁ!!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ一誠に、私はくすくすと笑いだす。ああ、やっぱり生きてるんだなぁ。そんなことを想い、私はふとあることを思いだす。これは桐生ちゃんに教えてもらった、仲直りの定番だったっけ?

 

「一誠」

 

私は一誠から少し離れ、ちょいちょいと手を振る。

 

「ん?何だよ」

 

「ちょっと顔を出して」

 

「なんでだよ」

 

「いいから」

 

私の言葉に首をひねりつつ、顔を出した一誠に私は・・・。

 

 

柔らかい感触を、唇に感じた。

 

 

そのまま下を向きながら家へと駆け込み、私は階段を駆け上がると自室のベッドに飛び込んだ。すぐさま枕を抱きしめ、ゴロゴロゴロゴロと転がる。ああ、顔が熱い、身体が熱い、やっぱりこれはやめておこう。下でママの声が聞こえるが、私はそれに頭が回らないほどに、私の顔は熱かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズル・・・ベチャ・・・べちゃ・・・

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃいい!?」

 

ソレはいったい何なのか?月の明かりが遮られた倉庫の中、ソレは現れた。最初は不思議な音だった。パリ、ペりと、何かが細かく割れていく音。だが彼はそれを気にすることはなかった。なにせ彼のいた倉庫は長い間棄てられて、至ること壊れていたからだ。ひび割れた窓。鉄骨がむき出しの壁。それこそまともな部分など探す方が難しいほどに。ゆえに、彼はどこかの壁が剥がれたのだろうと思った。だが、その破砕音は止むことはなく、むしろ音がどんどんと大きくなっていく。ペり、パリ、がパリペりとなり、果てにべき、ペきとなっていく。ようやくオカシイことに気が付いた彼だが、周りを見ても何も以上はない。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()で・・・。

 

「穴?」

 

彼は不思議に思った。どうして空間に穴が開いているのだろう?しかも()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

バキリ

 

 

その音が響き、穴は人一人が通れるほどの大きさになった。穴の向こうは光さえも見えないほどに真っ黒。そしてその穴から突然、手が生えた。しかも二本。その瞬間、彼は体が重力に屈したように地面に倒れた。重い。急に彼の重力が何十倍にもなったかのように、身体を支えることが出来なくなった。混乱する彼の視線は、不幸にもその穴に固定されていた。ゆえに、彼はそれを見てしまった。突如現れた手は、そのまま穴の端を掴み、ぐっと力を込めたように見えた。それはまるで、窮屈な穴から身体を引き上げるような。そして見てしまった。山羊のような丸まった赤黒い角、血を固めたような二つの光、夜を織ったかのように真っ黒なドレス。そして、身体中から生える何本もの黒い手。そのい出立ちの異形から発せられたのは、

 

「まったく!領地を離れるならちゃんとやってから出かけてよね!いくら補佐に彼女らがいても万全じゃないってのに、話とはいえ普通に10日間も留守にするって・・・。原作だからって・・・もう!これじゃぁ一誠が心配で一人の時間も作れないわよ!折角勇気を出して・・・また顔が熱くなってきちゃった・・・。ああ!恥ずかしい!恥ずかしくて死んじゃいそう!」

 

酷く場違いな、誰かへの罵声。

 

「でも仕方がないわね。これも大好きな一誠やみんなのため。うん、頑張れ私!頑張ればいいことある!そしてゆくゆくは・・・きゃー!駄目だよ一誠!それはまだ早いよ!私たちまだ学生だからぁ!」

 

そして自分を励ました後、気持ち悪く身体をくねらせる。それにつられて体中の手も揺れる。そしてしきりに自分の世界に浸っていたそれは、

 

「だからね」

 

ゆっくりと彼を見下ろし

 

「さようなら」

 

笑った。



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