もし織斑マドカがリキッド・スネークみたいな奴だったら (ナスの森)
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prologue~運命を呪う少女~
プロローグ


 肩から腕にかけて精一杯の力で、自分の手首を抑える金具を引きちぎろうとする……が、びくともしない。その事実に少女は内心で舌打ちする。

 少女は、今、この何処とも分からない基地のある一室で拘束されていた。

 常人ならば一瞬で感電死しかねない電気椅子に座らされ、手足を金具で固定され、身動きを取れなくさせられていた。

 

「本当にうまく行くと思ったのかしら、“隊長(コマンダー)”」

 

 そんな自分を嘲笑うかのような皮肉で笑い、歩み寄ってくる金髪の女性。名はスコール・ミューゼル……少女にとっては最も嫌悪すべき……大人たちの一人だった。

 スコールの顔は表面上は笑顔を繕っているが、その眼はまったく笑っていない。少なくとも、少女のような子供に対して向ける目線ではなかった。

 少しでも、下手な真似をすれば殺す、とその眼は語っている。

 

「エム。貴方は本当に強くて、優秀な人材だわ。私達の目が行き届いていない所でも、必死にISの訓練をして、力を付けていたのは知っている。他の少年兵たちよりも先んじて任務に赴き、まもなくして私の部隊に配属された。私は貴女の事を買っていた」

 

「……」

 

 嘘か本心か分からない言葉に対して、少女は力無く俯く。その下にはどんな表情があるのかは、見えなかった。

 

「だから、こんな事をするのが信じられないの。確かに、ここに連れてこられたころの貴女の私達に対する態度は最悪だった。それこそ猛獣の檻に放り込んだ方がいいと思うくらいに。監視用のナノマシンを入れてからも、貴女が現在のように私達に従うようになるまで結構な時間もかかった」

 

「……」

 

「だから、教えて欲しいのよ。どのようにしてナノマシンの監視すらもすり抜けて、少年兵たちを扇動したのか……」

 

 先日……この『亡国機業』と呼ばれる組織が持つ基地にて、ある事件が起こった。亡国機業が将来の駒として育てていた少年兵たち……その彼らが突如として武装蜂起したのだ。きっかけとなったのは、基地に積まれていた機材が崩れ落ち、たまたまそこに居合わせた少年兵の一人が機材の下敷きになり、事故死したこと。

 それがきっかけで、基地の大人たちに不信感を抱くようになった少年兵たちを扇動したのが、いまここで電気椅子に座らされている『エム』と呼ばれた少女である。少女は拘束され、こうして尋問室にいた。

 

「お前達は……」

 

 力無く、唇を震わせながらエムは口を開いた。

 どれだけ取り繕おうと、所詮は子供であるのか、その様はまるで怒っている大人に対して怯える子供そのものだった。

 

「お前達に従えば、姉さんに会わせてくれるって……」

 

 怯えた様子を見せながらも、はっきりとした抗議の意を乗せて、エムという少女は言った。

 

「そうね。だけど、それは今じゃない」

 

 確かに、そんな約束もしたな、とスコールは言う。

 だが、彼女と少女を会わせてあげられるのはまだ先の事であり、今では現状不可能な事。だが、自分達に従っていればいずれ少女が姉に出会える事は必然だった。

 それでも、少女はその約束が信用できなかったのか、はたまた待ち切れなかったのか。

 

「みんな戻って来た……お前たちに、連れ戻されて……私だけじゃない……みんな、帰りたがっていたのに……」

 

 少女のすすり泣きが聞こえる。

 どうやらもう抵抗の意志はないようだとスコールも、そしてその様子をガラスの奥から見ていた茶髪ロングの女性……オータムもそう思った。

 

 ――――ハッ、ざまあねえぜ。

 

 子供の癖に、自分達に今まで見せていた太々しい生意気な態度だった少女が、今では嘘のように縮こまって、自分達に怯えながら尋問されている。

 

 ――――所詮、タダのガキだって事か……。

 

 いくらあの少女が優秀であろうが、所詮は子供。初対面の時、自分があの子供に散々苦渋を舐めさせられたのがバカバカしくなってくる。

 あの時味わされた屈辱が、溜欲が、自分の中で少しだけ下がるのをオータムは感じた。

 少なくとも、この瞬間までは……。

 

「子供たちは完全な監視下に置いた。武器も全部取り上げた。蹶起はもう不可能よ。これからあの子たちは今までよりもずっと厳しい躾と訓練を強要されるようになるわね。……貴女のせいで……」

 

「ッ、それでもッ……どうしてもみんな、帰りたいって……」

 

 『貴女のせい』という言葉にビクリと肩を震わせ、言い訳をする少女。もはや今までの態度など見る影もないように見えた。

 

「家が恋しかった……それだけなのね?」

 

「うん……ク、ククククク……」

 

 そう、この瞬間までは。

 少女は嗤っていた。その態度は180°豹変し、とても子供が出す笑いとはかけ離れたものだった。

 スコールも、ガラスの向こうから見ていたオータムも、少女のその豹変に訝しむ。いや、豹変というよりは、戻ったという表現が正しかったのか。

 

「部隊の将軍、反政府ゲリラ、親を殺した正規軍。いとこ、兄弟、両親……みんな殺したい相手がいたんだ」

 

 突如、部屋が揺れ動き、振動が鳴り響く。

 その音は徐々に大きく、強くなっていく、スコールも、オータムも異変を感じとり、辺りを見回した。

 そんな彼女らをしてやったり、というような表情で、少女は更に続ける。

 

「ク、ククク……だから言ったのさ。これが最後になるから悔いは残すなって」

 

「……最後?」

 

 訝し気にスコールが問う。

 

「連れ戻されたら覚悟を決めろって」

 

 そして、揺れはやがて衝撃と、音は小さな物から轟音へと変わる。

 間違いない、これは異常事態だと、スコールとオータムは冷や汗を流し、少女の方を睨み付ける。

 

「この世界中が敵になる!!」

 

 その宣言と共に、少女は高笑いする。

 最早電気椅子で電気を流そうが、新たに注入した監視用ナノマシンで少女を抑えようが意味がない。

 少女の背後で大きな爆発が起こり、後ろ側にあった壁が吹き飛び、煙が舞う。

 

 その衝撃は近くにいたスコールは愚か、安全地帯にいる筈のオータムにすら爆風が及ぶ。

 防弾ガラスが砕け散り、オータムの身体に襲い掛かるが、間一髪でしゃがみ込んで回避する。

 スコールも何とか部屋の端へ移動でき、身体をサイボーグ化している事も相まって無事だった。

 しかし、それでも突然の衝撃で二人ともすぐに立ち上がる事ができず、二人の視界に、煙の向こうから光が飛んでくるのが見えた。

 

 やがて、煙の中から、ソレは姿を現す。

 とはいっても、その巨体のあまりに、見えたのは一部だけだった。

 やがて、その一部にあるハッチらしきものが開き、少女はいつの間にかその隣にいた。

 

「私は貴様らとは違う!!」

 

 いつの間にか着替えたのか。

 彼女は既にコードの差し込み口のような物がついたISスーツを着込んでいた。

 やがて巨大な何かからのハッチの中身から複数のコードが触手のように飛び出し、少女のISスーツのコード口に差し込まれ、そのまま少女は中へと吸い込まれていく。

 

 ――――馬鹿な……。

 

 急に現れた巨大な何かがどういうものなのかを理解したスコールは、焦燥に駆られた。

 

(もしかして、試作型『エクスカリバー』!? そんな物をどうやって奪って……!!)

 

 完成機である攻撃衛星――というのは建前で、本当は生体融合型ISであるのだが――『エクスカリバー』は、既に宇宙に飛び、『亡国機業』が制御下に置いている。

 そしてあの試作機は、この基地で安置されていた巨大な人型兵器である。見た目こそ完成機はその特徴を受け継いでいないが、内部構造は受け継いでいる。

 その試作機を、いつの間にかこの少女がモノにしていた。

 明らかに子供に持たせてはいけない代物である。例え、高いIS適正とBT適正を兼ね備える少女であったとしてもだ。

 

 どうやって奪い、モノにしたのかはもう分からない。

 

 ただ言える事は一つ。

 

 自分達は、この少女にまんまと嵌められたのだ。

 

「私は、自分の足で織斑千冬(ねえさん)を葬りに行く。お前達はもういらない」

 

 試作型『エクスカリバー』と繋がり、コックピットに吸い込まれた少女の姿は、ハッチが閉じた事で見えなくなる。

 怪物の鳴き声のような駆動音を上げながら、巨人のコックピットが崩壊した部屋から離れ、煙の中へ消えていく。

 

 最早手遅れなのは分かっていても、スコールとオータムは慌てて立ち上がり、その後を追う。

 爆発による煙の中を駆け、やがて晴天の空が目に見えたと同時、此方を睨み付ける巨人の全体像が明らかとなった。

 

 更に、建物の下からヘリが、巨人に付き添うように現れる。

 パイロットは一体何のつもりなのかと、二人が操縦席の方を見れば、そこには少年兵たちに銃を突き付けられて脅されているパイロットの姿があった。

 

 巨人が遠ざかっていく。

 それに続くようにヘリも反転する。

 ヘリの中から見えた少年兵たちが、2人に手を振って別れを告げる。

 

 ――――その日、『亡国機業』の基地から、少女の駆る一機の巨大ISと、子供たちを乗せた一機のヘリが飛び去った。

 

 

     ◇

 

 

『この個体は失敗作だ。力が()()()()。だからこその失敗作なのだが』

 

 ある人物から、初めにそう言われた。

 何故だ。その力を与えたのはお前達だ。

 

『またD判定だ。千冬が同じ年の頃は、A判定だったというのに』

 

 そんな奴、私は知らない。

 

『IS適正を強制的に上げる処置も失敗した。どうなってるんだ』

 

 そんな物、私が知るか。

 

『きっと……愛されていないのよ』

『世界に愛されていないのよ』

『誰にも愛されていないのよ』

 

 自分に勝手に期待し、自分の身体を散々弄ってきた『大人たち』から、反吐の出る無責任な同情が降りかかる。

 

『終わりのない憎しみしかないのよ』

『約束された未来などないのよ』

『希望などないのよ』

『絶望しかないのよ』

 

 ああ、そうだ。当たり前だ。何故なら“お前達(大人たち)”が私をそうさせたのだから。

 私は生まれつきの敗者だ。負ける事を運命付けられた。誰よりも優れていながら、誰よりも劣った運命を押し付けられた。

 

 生まれ落ちた時から屑とみなされ続けてきたこの惨めさを理解するものは誰もいない。

 ああ、それでいい。

 お前達無責任な大人が私にそのような運命を押し付けるならば、好きにすればいい。

 

 

 

 

 

 

 ――――織斑千冬(ねえさん)も、お前達も、この世界も、いずれ地獄に叩き落としてやる。

 

 

 

 

 

 

 私を好き勝手弄った挙句、最後に無責任な同情を押し付けてきた大人たちから姿を晦ました私は、現在、アフリカのある村落の王座に座っていた。

 この村に大人たちの姿はいない。いるのは自分の部下である子供だけ。自分が支配するこの場所に、余分な大人たちなど不要だ。

 

 数か月も前の事だった。

 この村は元々ある反政府ゲリラがアフリカ中から誘拐した子供たちを少年兵へと育てるための訓練をしていたのだが、ある時期を境に、大人たちは突然と姿を消した。

 戦闘も、病の痕跡も一切なく。

 

 そうとも、この村に滞在していた大人たちは、自分が葬った。

 深夜の中、次々と銃を持った兵士たちを物音一つさせずに気絶させ、身ぐるみを剥ぎ、その体から肉を切り取った後に川に流すか、肥溜めにぶち込んでやった、全員。

 

 勿論、残された子供たちは途方に暮れた。

 村には、食料庫にわずかに残された食料しかない。銃の使い方も少し教わった程度で、野生の豚を狙い撃つ腕もない。

 森から取れる筈の野菜や木の実も、どれが毒でどれが摂取しても平気なのかの区別も付かず、そもそも外から取ってくるという発想さえもなかった。

 だが、その問題はすぐに解決した。

 大人たちを葬った私は、途方に暮れた子供たちの前に姿を現した。私と同じく、大人たちに人生を狂わされた子供たちの前に。

 

 ああ、やはり大人たちはダメだ。

 

 その認識を改めて再確認した私は、子供たちを部隊としてまとめ上げた。

 銃の訓練を施した、戦いの術を叩きこんだ、食料の得方、獲物の見分け方、組織の運営、役割の分担。

 みんな教えてやった。

 いつの間にか私は子供たちの王になっていた。

 

 王になった私がまず初めにした事は、この鎮まらない怒りを、他の子供たちともに、近辺の大人たちにぶつける事だった。

 私から全てを奪い去った『大人たち』から、今度は自分達が奪ってやった。

 大人たちに対して相次ぐ略奪、誘拐、殺害行為。

 これでいい、大人たちもやってることだ。自分達がやって何が悪いと、私は私の下に付いた子供たちに言い聞かせた。

 

 誰も私の言う事に反対する者はいなかった。

 

 いい気分だ。

 

 大人たちはいらない。

 

 やがて、このアフリカの地にて、私は『白黒狼(モノクロ)』という悪名で呼ばれるようになった。私がこのアフリカの地では珍しい白人であり、それでありながら黒一色の衣服を身に付けてる事から名づけられた悪名。

 噂を流した人間が日本通だったのか、モノクロの『クロ』と、黒狼(こくろう)を『クロウ』と読み替えて、その『クロ』をかけているらしかった……そんな事はどうでもいいのだが。

 

 私にそんな悪名が付いてから、私達は二つ名で呼び合う事にした。私も、彼らも、親からもらった名前に未練などない。

 いや、『織斑マドカ』という名前さえも所詮は識別ネームでしかない。大人たちから与えられた名を名乗るくらいなら、忌まわしき意味で名づけられた悪名を名乗った方がまだマシだった。

 

 もう、私達は大人たちに『支配』される『子供』じゃない。

 私達は(ジャッカル)になる。

 

 そして、私は王だ。

 

 この狼の群れの王だ。

 

 中東のジャッカル狩り(ロイヤル・ハリヒヤ)など知った事ではない。

 

 まずはこの地の大人たちを殺し、追い出す。

 そうすれば、この憎しみも少しは晴れるかもしれない。

 

 そう思いながら、今日は私も王座に居座る。

 打ち捨てられた幽霊船の奥に陣取ったプラスチックの王座。まるで王冠のごとく、目の前に据えられた、蠅の集る豚の生首。

 

 いつもと変わらぬ、狼たちの日々。

 

 だが、その日は少しだけ違った。

 

 ――――変だ、妙に騒がしい?

 

 この幽霊船の周りはほかの場所よりも厳重に警備が固い。少年兵たちはもはやただ銃の使い方を知っているだけの子供ではない。

 少女の子供離れした統率力によって、一個の部隊と化している。

 

 小銃を乱射するだけにはとどまらず、セミオート状態で遠くの獲物を狙い撃てるくらいには訓練させた。

 にも関わらず、銃声は未だに止まない。

 侵入者がいるとすれば、そいつ等は既に大勢の子供たちからの火の的になっているというのに、銃声が止まない。

 

 いや……少しずつ止んでいく。

 まるで一人一人を……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――まさか……。

 

 そう思った矢先。

 

「おいガキ」

 

 突如、不快な呼び方をされると同時、奥の階段から物音が聞こえてくる。

 現れたのは、茶髪ロングの女性。

 明らかにこのアフリカの地には不釣合いで、上品な服装。

 

「テメエが白黒狼(モノクロ)か」

 

 その大人は、現地の言葉で話してきたが、明らかにこの大陸の人間でない事は明らか。そんな物綺麗な服を着ていいれば、自分達でなくともそこらへんの大人が奪いに来そうなものだ。

 

「あんなガキどもをまとめ上げてんのが誰かとも思えば、ただの“子供(ガキ)”じゃねえか」

 

 それは明らかに侮蔑を込めた言い方。

 この女は、『大人』として自分という『子供』を見下していた。

 その言葉は、少女に対しては言っていけないものだった。

 

 少女は、王座から立ち上がる。

 胸に晒しを巻き付けた半裸の上に黒コートという豪快な出で立ちをした少女は、愛用のマチェットを女性に向ける。

 

「殺す」

 

 亡国機業の蜘蛛(オータム)とは、そんな殺伐とした出会いだった。

 



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運命を呪う少女はその日、王ではなくなった。

 蠅の集る豚の生首を一瞬にして回り込み、愛用の山刀で大人の女性へと少女は斬りかかる。子供離れした身体能力、子供離れした素早さ、子供離れした迷いのなさからくるその動きは、さながら訓練をうけた軍人そのものの凄みがあった。

 

「ッ!?」

 

 何とか余裕を装っていたが、僅かに見開かれた大人の女性の目から、それは相当の動揺が読み取れた。その事に対して少女は若干の優越感を感じながらも、女性の命をすぐに断ってやらんと、その喉元を掻っ切った。

 ……かのように見えた。

 

「へっ」

 

 だが、彼女とてたまたまここに来れただけの大人ではない。大人の女性――――オータムは少女のマチェットの刃を寸での所で受け止め、カウンターを見舞う。

 しかし、それよりも少女の行動は早かった。受け止められるや否や、一瞬にして反撃の一撃を予測していた少女は迷わずマチェットを手放し、船中を駆け回る。

 

 この瞬間、オータムは少女をただの“子供”と認識するのをやめた。

 

(この餓鬼……一瞬で私の反撃を予測して退きやがった。先ほどの動きといい、それだけじゃねえ、この年で自分の得物を簡単に手放す判断をしやがるとは……)

 

 武器を持つ者と持たぬ者では持つ者の方が有利だ。しかし、目の前の少女は、ここで武器を手放さなかったら、自分は即座に反撃されると予想し、獲物を手放したのだ。少なくとも、武器を持ち、訓練を施されただけの子供ができる判断ではない。この少女は間違いなく、戦場という修羅場で生きてきた子供なのだ。

 

 少女の方も、オータムをただの大人という認識から外した。

 

 先ほどの油断と動揺で一撃で仕留められると思っていたが、冷静に対処された。一瞬判断が遅れていれば、『大人』と『子供』の差故、反撃を食らう事になっただろう。この村で葬って来た大人たちとは一味違うという認識を持ちつつも、少女はその事実に歯ぎしりした。

 油断を一先ず捨て去り、物陰からオータムに向けて火炎瓶を投げつける。死角から投げたにも関わらず、当たる直前に跳ねのけられ火炎瓶は船の壁の一部を燃やすにとどまった。火炎瓶が向かってきた先をオータムが見た頃には、少女の姿はない。

 また別の物陰に一瞬で移動し、壁を音もなく蹴って三次元的に移動してはオータムの動きを、反応を観察する。

 そして。

 

「刺す!」

 

 ()()()船体に取り付けられていた鉄パイプを引きちぎり、物陰から飛び出して再びオータムに襲い掛かる。『大人』という強さを見せつけるオータムに対する感情をその突きに乗せる。

 まったく迷いのない、子供とは思えぬ殺意を少女はその刺突に乗せる。

 斜線状に尖った鉄パイプの先端がオータムの身体に突き刺さろうとする直前、オータムは横に回避する事で刺突を避け、少女を足払いで転倒させようとする。

 が。

 

 先ほどのようには行かんと言わんばかりに、少女は避けられた鉄パイプを持ちかえ、勢いよく床に差して体を浮かせて回避。そのまま鉄パイプを足掛けとして利用し、オータムの後頭部を踏みつけつつ、飛び越えた。

 体の小さい子供が、一瞬にして大の大人の身体を飛び越え、後ろに回り込む。……それが、どれだけ異常な事か。

 

「てめ……ッ!?」

 

 たかが子供ごときに自分が踏み台にされた事が癪に障ったのか、激昂しかけるオータムであったが、そのまえに少女の飛び膝蹴りがオータムの鳩尾を打つ。ガハッ、と息を吐きだし、後退するオータム。子供離れした、並の軍人すら凌駕する程の脚力による跳躍から放たれた膝蹴りは、女性であるオータムの身体に強烈な衝撃を与えた。

 が、それだけでは終わらない。オータムが怯んだ一瞬の隙を付き、少女は即座に床に突き刺さっていた山刀を手に取り、斬りかかる。

 

「調子に、乗んじゃねえっ!」

 

 ついに怒りを露わにするオータム。その様子を、少女は内心で愉快気に嘲笑った。

 これだ。大人を屈服させるこの感覚。

 ああ、今目の前で無様を晒しているコイツのように、自分を創ったあの大人たちにもこのような醜態を晒させたかった。

 そんな少女の鬱憤を、オータムは今ぶつけられていた。

 

 一歩――その動作すらもが見切れぬ程――でオータムとの距離を詰める。負けじとナイフを抜いて反撃しようとするオータムであるが。もう遅い。

 先ほどのダメージが抜けきっていない状態での攻撃など遅るるに足らず、ましてや少女は既にオータムの動きを見切っていた。

 獲物を付け狙う獣のようなオータム(大人)の動きを、獣の王である少女(子供)は、既に見切っていたのだ。

 

 勝敗は決した。

 

 突如、オータムにその太刀筋が到達した途端、その刃がポッキリと折れるまでは、そう思っていた。

 

「なっ!?」

 

「……チっ、遊びは終わりだ」

 

 突如として折れた刃に動揺する少女。オータムが何かした様子もない。

 知らずの内にカウンターを取られた訳でもない。いや、もしカウンターであるのなら攻撃は少女そのものに向かっている筈。

 今のは――――そう、まるでオータムの身に包まれている“何か”が、触れた瞬間に刃を溶かしたような……。

 

 その“何か”の正体を悟った、少女。すぐさまオータムから距離を取る。距離にして七メートルを一歩で後退した。

 

「チっ、あと少しで捕まえられたのによォ……!」

 

 再度舌打ちをするオータム。しかし――――その姿は異様だった。彼女のようなサイズの人間が身に纏うにはあまりにも大きすぎるパワードスーツ。彼女自身の手の他に、まるで歪に付け足されたかのような巨大な八本の装甲脚(アーム)。脚部装甲に取り付けられた巨大なダガー状のブレード。

 そのシルエットはまさしく蜘蛛。

 

 そう、ISだ。

 

 先ほどマチェットの刃が折れたのは、彼女が展開したIS『絶対防御』により焼き切れてしまったのだ。触れたその瞬間に。しかもあの瞬間、オータムはISの装甲を展開せずに()()()()()()()()()()()()()()させる事によって、生身にダメージを受けた時に発動する『絶対防御』をわざと発動させ、マチェットの刃を焼き切った。

 

 先ほど少女がいた場所には、蜘蛛の巣のような形状の白い糸が、オータムのIS『アラクネ』から放たれていた。

 彼女の言う通り、後一歩を遅ければ少女はこの身を捕らわれていた事だろう。

 

「よくも、餓鬼の分際でこのオレにISを使わせてくれたなぁ……」

 

 笑いながらオータムは言うが、その瞳は笑っていない。その眼は、屈辱のあまり怒っていた。生身では、目の前の子供には敵わないという事実が、こんな子供に対してISを持ち出さなければならないという現実が。

 もしここに自分がISを持ち込んでいなければどうなっていたか……それら全ての要素がオータムを屈辱のあまり激昂させていた。

 

「ここからは、一方的な蹂躙だぁ!」

 

 言って。オータムは八本の装甲脚の先からハッチのようなものが開かれる。そこから覗き込んだのは、銃口。

 それを理解する前に、少女の身体は動いていた。

 

 八本のレーザーを少女を一点に集中するのではなく、一本を少女のいる位置へ、もう七つの銃口は少女の回避先を予測しての散弾攻撃。

 しかし、少女はそれよりも早く、疾く避けていた。それが攻撃だと理解する前に、本能が、身体を動かしていた。

 体を複雑な形状に捻ったままの回避。それま見事に同時に放たれた八本のレーザーを避け切った。

 強力なISにより放たれたレーザーはそのまま船体を貫通し、全体に衝撃が迸り、船体が揺れる。

 元より打ち捨てられていた廃船、先ほどの攻撃を後数回続けられれば、船体はまたたくまに崩壊。少女とオータムはそのまま下敷きになってしまう。

 しかし、元よりISの纏っているオータムには関係のない事。対して、いくら強かろうが少女は生身。

 今から船から飛び出した所で、逃げ切れる可能性もなく、ただでさえ不可能な勝利は更に遠ざかっていく。

 

 少女の判断は早かった。

 

 船内から外に出る。駆け回る。

 

「逃げても無駄なんだよ!」

 

 瞬間、アラクネの装甲脚が壁を突き破り、少女に襲い掛かる。

 少しばかり、右肩が掠り、抉られたかのような跡が残る。掠っただけなのにも関わらず、その衝撃は鍛えた大の大人ですら死にかねないにも関わらず、少女はその痛みに耐えて走った。

 このままでは負ける。

 そもそも、ISを展開された時点で、ここまで時間がかかる筈もない。相手は自分を散々弄んだ後に仕留めるつもりなのだ。

 

 それを察した少女は、瞳に怒りの炎を灯す。

 負ける。このままでは絶対に。

 

 それでも。

 

「まだだ!」

 

 気に入らない。大人というだけで、アレを身に纏って遊ぶあの女が、自分が有利になった途端、また自分を餓鬼と侮り弄ぶ所が。

 

「まだ終わっていない!」

 

 どうしようもなく気に入らない。

 

 突き破って出てきた装甲脚は引っ込まれ、今度は船内から全方向にレーザーが乱射される。壁を貫通し、その被害は周囲にも及んだ。

 次々と船体を貫いて周囲にまき散らされるレーザーに、少女に付き従っていた少年兵たちが悲鳴を上げながら逃げていく。

 臆病者め、と内心で罵倒しつつも少女はそんな彼らを責めはしなかった。

 何故なら『王』である自分がこの女を倒せば、彼らがこの『大人』に怯える必要もなくなる。

 仲間たちが大人たちにひれ伏し、言いなりになるなど御免被る。

 

 船体に空いた穴を足掛けに、一瞬で船の頂上へ少女はよじ登る。その動作は1秒の半分未満にすら至らない速さ。

 しかし、壁に空いた穴から覗かれた少女の影をISのハイパーセンサーが見切っていない筈もなく、少女の足下からレーザーが貫通する。

 

 が、それを読んでいた少女はレーザーが放たれる直前に既にその軌道からズレ、そのレーザーが貫通した穴に体をねじ込ませる。

 瞬間、先ほどみた巨大な蜘蛛のISが目下に映る。天井を勢いよく蹴り、少女はオータムの懐に飛び込んだ。

 その長すぎる装甲脚は、懐に潜り込んだ小さな獲物を討つには適さず。

 

「っ!?」

 

 更に、レーザーによる奇襲を避けて一瞬で懐に潜り込んだ少女に対する動揺が一瞬の隙を生み。

 少女は、元いた『大人たち』の所からこっそりくすねてきたソレを、《アラクネ》に取り付けた。

 

「なっ、それは――――!?」

 

 ISのマスクによりその表情は見えないが、明らかな驚愕の声を出すオータム。

 取り付けられたソレを、急いで引きはがそうとするが、遅い。

 

 電流が、迸る。

 

「ガ、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああアァァァっ!」

 

 光に包まれた、その瞬間。

 

 オータムと《アラクネ》は、分断された。

 そして同時に、この村を、国を、象徴する城であった廃船が瓦礫となって崩れ落ちる。世界有数の兵器であるISの攻撃を内部から受け続ければこうなるのは自明の理。

 だが、それも元よりISを纏うオータムには関係のない事だった。

 

 だが、先ほどが少女が取り付けた何か……『剥離剤(リムーパー)』により、オータムは《アラクネ》を引きはがされ、蜘蛛から人に戻った。

 

 人に戻った途端、その瓦礫がオータムに襲い掛かった。

 ISを引きはがされた衝撃で身動きが取れないオータム。

 一方、身軽な身のこなしで降ってくる瓦礫を足場にして回避する少女。

 

 負けた。

 

 ISが。

 

 生身の人間、ソレも子供に。

 

「クッソがあああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 最初の瓦礫がオータムの身体に落ちたと同時、その一瞬にして体の感覚を取り戻したオータムは屈辱に叫びながら、瓦礫を払い退けて。脱出する。

 しかし、一歩逃げ遅れたオータムは瓦礫によるダメージを脱出する途中に何度も受けてしまい、未だ腕に少しダメージを負った程度の少女とは大違いな傷を負っていた。

 

「がッ!?」

 

 少女は、オータムに時間を与えるつもりはないのか、思い切りオータムを蹴り飛ばす。再び瓦礫と衝突するオータム。

 グぅ、とうめき声が聞こえる。

 いい気味だ、と少女は笑い、更にオータムをタコ殴りにする。

 

 やがて再び山刀を手に取り、トドメを刺そうとして――――

 

 ニヤリ、とオータムの口が力なく歪んだ気がした。

 

「ッ!?」

 

 それと同時、少女の背後から、駆動音を響かせながら高速で迫ってくる物体があった。

 それに対応しようとする少女であったが。オータムに気を取られていたばかりに反応が遅れてしまう。

 その存在を認識した瞬間、少女の身体は既に放たれた()()()()の意図により拘束されてしまった。

 

「嘘だ……!」

 

 信じられないものを見るかのように、少女はソレを見る。

 彼女を捕らえたのは、先ほどオータムから引きはがされた筈の《アラクネ》だった。主という騎手を失い、動く事がないと思われていたソレはあろうことか、まるで主にはこれ以上触れさせないと言わんばかりに、少女を拘束した。

 

「こ、の……放せ!!」

 

 蜘蛛の巣を引っ張られ、大の字の姿を晒してしまう少女。

 

「テメエ……の負けだよ、ガキ」

 

 オータムがそう宣言した瞬間……少女の身体を強烈な電撃が迸り、少女はそのまま気絶した。

 

 

 

 

 

 

 その日、彼女は王ではなくなった。

 

 彼女が囚われ、連れ去られていくのを目撃した子供たちは一斉に逃げていく。隊長(コマンダー)という心の拠り所を失った、その拠り所が敗北したという事実が子供たちの心にとてつもないショックを与えていたのだ。

 

 例えその隊長を連れていた大人も満身創痍の姿であるにも関わらず、この地域ではそういう出で立ちは珍しくないのがオータムにとっては幸いだったのか、その事を遠目から見ただけでは分かるはずもなく、子供たちは自分達の隊長を取り戻そうという気概すら起こらず、逃げていった。

 

 王を失った事により、狼たちは、瞬く間に彷徨う羊へと堕落した。

 

 その日、少女は戦場での名前を失った。

 

 その日、少女は王ではなくなった。

 



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憎悪

 自分が自分ではない、という感覚はこの上なく厭なものだった。

 最初、物心がついた時、目の前にいた大人たちは『お前は選ばれし者だ』と言った。どのような意味なのかは分からなかったが、その時は少なくとも悪い気持ちはしていなかった。

 自分にはほかの人間にはない、少なくとも選ばれるだけのナニカを持っているのだと、そのような優越感も多少はあった。

 事実、少女は優秀だった。高度な知能指数をたたき出し、大人たちの指導と教育、そして戦闘訓練により他の大人たち顔負けの性能を少女は発揮した。

 扱える言語は7か国語にも及び、あらゆる知識を大人たちから叩き込まれ、少女はそれをあたかも掃除機のごとく吸い込んでいった。

 

 だが、いつからだろうか。

 自分が所詮、予備(スペア)であったという事実に、打ちのめされたのは。

 

 昔から少女は感じていた。

 自分は他の奴等とは違う。普通じゃない。自分は特別な存在なのだと思っていた。

 

 ――――だけど、それはこんな意味ではないし、別段“特別”という訳ではなかったんだ。

 

 いつからか、少女は己の“出生”を知ってしまった。

 

『織斑計画』

 

 そう呼ばれた物の産物であると知った。

 

 少女に親と呼べる人物はいない。

 事あるごとに住処を転々と移され、その度に彼女を育てる人物も変った。そこにまともな愛情などある筈がない。

 

 それでも、そういうものなのだと、少女は疑問に思わなかった。

 

 だが、『大人達』はそんな彼女にとっての日常すら、壊した。

 

 ある日、自分は、自分が物心がついた時に最初に出会った大人達に呼び戻された。何も疑問に思わなかった。いつものように、また居場所を変えられ、そこでまた違う大人から別のものを叩きこまれる。

 ただそれだけだと思っていた。

 

 だが、“ソレ”は明らかに違った。

 

 こっちだ、と白衣を着た大人達に連れてこられたのは、どうみても怪しげなベッドが設置されている部屋だった。

 明らかに横になっても気持ちよくなさそうな、毛布一つもない金属製のベッド。そのベッドの上に寝かされ、怪しげな機械を取り付けられる。

 

 一体何をされるんだ、という疑問は起きなかった。

 基本的に、大人達が少女の前で心から笑って見せたことはない。同時に、何か嫌な事をさせられたわけでもなく、嫌な顔もされた事はなかった。

 彼らはただただ作業の機械のように、少女に技術や知識を叩きこむ。今回もソレの類なのだと思っていた。

 

 やがて機械による検査が終わったのか、少女はベッドから立ち上がる。しかし、そこには少女の知らない大人達の表情があった。

 

 それが、失望の表情であったことを、少女はまだ知らなかった。

 

『馬鹿な……彼女以上に、徹底的に仕込んだ筈なのに、適正が及ばないだと……!?』

 

『十分な体作りも行ったはずだ。それなのに、何故?』

 

 困惑、失望……少女が知らないソレを、大人達は少女に向ける。

 今度ばかり、少女は内心で戸惑った。

 ――――“適正”、“及ばない”……一体何を言っているのだ?

 明らかに今までの大人達と違う対応。今まで休む間もなく、異常な環境での自由のないな生活こそ送ってきたが、それでもこんな対応をされてしまうのは初めてだ。

 

 そして今度は、大人達が自分を余所にある人物について話を始めた。

 『織斑千冬』……自分と同じ字名を持つその人物は、その大人達が作り上げた中でも“最高傑作”だという話だった。

 大人達は自分を“人”とは見ていない……それは薄々分かっていた。だが、初めて聞くのその人物に、自分も困惑を覚えた。

 

 そして、大人達は、自分にある人物の顔写真が入ったペンダントを自分に渡してきた。

 その顔写真を、ゆっくりと覗き込んだ。

 

 自分と、同じ顔の人物の写真を。

 

 衝撃が、走った気がした。

 

 ショックを受ける傍ら、大人達はそんな自分にお構いなく話を続けた。

 お前はこの人物を再現するために生まれたのだと。その自分と同じ顔をした人物は自分達の『最高の人類を作る計画』の中で、最高傑作なのだと。

 その最高傑作と、その最高傑作のデータを元に作った『最高の遺伝子を世に広めるための種を持つ弟』が姿を消し、自分はその“スペア”なのだと。

 

 実際にスペアだと直接言われた訳ではない。だが、大人達はひたすらこの人物に追いつくように頑張れと言った。

 決して『超えろ』とは言われなかった。ただ追いつけとだけ言われた。

 

 私は選ばれていた……だけど『特別』なんかではなかった。

 私は『私』などではなかった。

 決して超える事の出来ないオリジナルのクローン。それが自分の正体だった。

 

 その時、初めて自分の中に『反抗心』という物が生まれた。

 

 最高傑作を手放した今、『大人達』に最高の人類を作る気概は最早ないのだと悟った。その最高傑作の『再現』を作るだけで、大人達は満足しようとしていた。

 

 故に自分は決して自分になる事は許されず、敗北する事が運命付けられれているのだと悟った。

 

 以降、その『大人達』の所で自分は縛り付けられ、その『最高傑作(オリジナル)』に劣る能力値を示した度、『大人達』は自分に厳しい顔を見せるようになった。今までの非ではない、虐待すら生ぬるい、それすら超越したナニカ。

 

 体を弄られ、ひたすら実験の対象にさせられた。

 

 長い長い地獄のような一日が終わる度、自分はペンダントの写真の顔を見つめ、その人物を呪うようになった。

 

 ――――お前の所為だ。

 

 『大人達』の顔を思い出し、ギリっと歯を食い締める。理不尽な非難をぶつけて来る『大人達』は、いつしか自分に勝手な同情まで押し付ける来るようになった。

 今までの事が嘘のように、自分に対して何もしてこなかったかのような、ただただ同情。その同情の原因が自分達にあるなどという自覚がまったくないかのような、そんな目線だ。

 

 ――――お前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為だお前の所為オマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダ。

 

 私のような存在(コピー)がいる事も知らず、逃げたお前と同じ運命を押し付けられる存在がいるとも知らず、その運命から目を背けて『弟』と自由に暮らしているのに、何故『私』は『自由』ではないのだ!!

 

 私と同じ『遺伝子』を持っていながら、なぜお前は『自由』で、『私』はこんなにも『自由』じゃないのだ!!

 

 私から光の部分を奪い去っていった女。

 

 ――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!

 

 (オリジナル)に向ける強烈な憎しみは、いつしか歪んだ愛情と呼べるものまでになっていた。

 結局、自分もオリジナルと同じように『大人達』の所を抜け出しても、『自由』を手に入れることは終ぞなかった。

 

 

 嗚呼

 

 ――――誰も遺伝子(運命)に逆らう事はできない。

 

 永遠に、ただそれがとてつもなく、全てが憎らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 知らない天上だった……いや、知っている物とよく似ている天上だった。朧げな意識の中、手足を動かそうとしてみたが、動かない。

 手足を金具で固定されているようだった。

 ――――『やつら(大人達)』のラボに連れ戻されたか?

 だったら次は逃げ出すだけに留まらない……この拘束が解けた瞬間全員殺してやる。

 

「目を覚ましたか?」

 

 以外にも、そこにいた大人は白衣を来ておらず、代わりに軍隊を思わせる隊服を身に纏っていた。

 どうやら、自分は『自由』にはなれないらしい。所詮、あの村での王様気分も束の間であった。

 

「此方医療班。回収した子供が目覚めた」

 

『――――』

 

 部屋の隅にあった受話器を取り、男が自分の目覚めを報告した。

 

「分かりました。此方へ連れて行きます」

 

 受話器を元に戻し、大人は目の覚めた少女に振り返る。

 対する少女は、敵意の込めた眼をその大人に向けていた。

 それを見た大人はハァ、とため息を吐く。さすがに自分を攫ってきた大人達に対してこんな子供が不信感を抱くのも無理はないか、とその程度の認識でいた。

 この組織の中ではまだまともだった男は、『子供』である少女に対して、『良き大人』としてとりあえず振舞う事にした。

 

「さあ、スコール様が待っている。話はそれからだ」

 

 そう言って、男が少女の手足を縛る金具を外したその途端――――男は、ドアに向かって投げ飛ばされ、男の身体はドアごと部屋の中から吹き飛ばされた。

 

     ◇

 

 

 『亡国機業』と呼ばれる組織が持つ基地の事情聴取室。

 そこで二人の女性がソファーに座って話し合っていた。

 一人は女性の名はオータム――――先日、アフリカの村を根城にしていた子供たちと、そのリーダーである少女と戦い、苦戦を強いられながらも少女を捉える事に成功した人物である。

 

「手酷くやられたわね、オータム」

 

「……それはもういいだろう、スコール」

 

 からかう様な笑みで言うスコール。気まずそうに顔を向けるオータム。

 今だズキズキと体中が痛む。

 オータムの身体には所々に包帯が巻かれており、本来ならばここで安静にしてなければいけない所だが、そもそも彼女はジッとしていられない性分な人間のためか、とにかく自分を痛めつけた子供の顔を見なければ気が済まない、というのが本人の談なのだが。

 

(顔を見たらむしろ、余計に貴女の怒りに火が付くと思うのだけれど)

 

 そう、このオータムという自分の()()。優秀なのはいいのだが、一たび相手が格下であったり、自分が圧倒的優勢に立つと、作戦に支障がない程度に遊んでしまう癖があった。いや、今回は支障が出る程になってしまった。

 相手が子供であった事が原因だろう。

 

「あの餓鬼……次は容赦しねえ!」

 

「はいはい、とにかく、あの子を見ても今は当たらないようにして頂戴。オータム、私はせっかく手に入った人材を失いたくはないけれど……それ以上に、貴女に怪我をしてほしくないのよ、だから今はやめて頂戴?」

 

「スコールッ……分かったよ……」

 

 渋々っといった感じで怒りを抑えるオータム。

 

「それよりも貴女が捉えたあの子供……面白いとは思わないかしら?」

 

「……?」

 

「『白黒狼(モノクロ)』……アフリカの村を根城にしていた子供たちの隊長(コマンダー)、それ以外の経歴は一切不明。彼女が何処で生まれ、何をしてきたのか、一切不明よ」

 

「そんなの……ウチじゃあ珍しい事じゃないだろう、スコール」

 

「まあ聞きなさい。あの村には元々、反政府ゲリラが駐屯していた。しかし、ある時期を境に大人達は次々と姿を消していった。結果、村には大人達が攫い、訓練を強いた筈の子供たちだけが残った」

 

「よくある話だよ。スコールの命令で私はあの村に行ったんだ。だがあの餓鬼連中……銃の扱いだけは妙にうまかった。そこいらの大人兵士より余程精度が高い物だったぞ」

 

「そう……本題はそこなのよ、オータム」

 

「?」

 

 首を傾げるオータム。

 その点にこそ、あの子供の凄さが垣間見えると言えた。

 

「私もモニターしていたから分かるけど、あの子供たちの銃の射撃制度。どう見ても反政府ゲリラごときが仕込めるレベルのものではなかった。それを仕込んだものが他にいるとすれば……」

 

「『白黒狼《モノクロ》』……あのクソガキがそれを仕組んだって事か」

 

「そうとしか考えられないわ。子供離れした統率力、子供離れした行動力、子供離れした身体能力、子供離れした戦闘能力。大人達が消え、途方に暮れる子供たちの前に、彼女は現れた。まるで宇宙(そら)から降って来た星屑、救世主のようにね。

 更にね、子供たちに戦闘訓練を敷いていた反政府ゲリラ、元々アフリカにも蔓延り始めていた女尊男卑の反対派が結成した組織だったそうよ。これが何を意味するのか分かるかしら、オータム?」

 

「反政府ゲリラ共は勿論、その反女尊男卑の思想を埋め込もうとする。女は悪だ、という認識を子供たちに埋め込まない筈がない」

 

「そう。事実、そこの反政府ゲリラ達は戦闘訓練よりもその点を重視していたみたい。勿論、それを叩きこまれた子供たちもそれに倣う。……それなのに、女であったその子供は、そんなの知った事かと言わんばかりに子供たちのトップに立った。……女であるにも関わらず、そんな認識すら忘却の彼方に帰す程のカリスマ性を発揮した。面白いと思わないかしら?」

 

「……」

 

 俯いて、オータムは考える。恋人であるスコールが自分を差し置いて、何処とも知れない子供に対してそんな表情をするのは気に食わないが、それは置いておくことにした。あの子供を回収した時、その姿を見た子供たちは一目散に逃げていった。

 まるで心の拠り所を失い、戦意を喪失したかのように。彼らの世界は、それこそ少女で占めていたのだ。彼らの隊長(コマンダー)であった少女に。

 オータムもまた満身創痍であるにも関わらず、その自分に少女がやられたという事実が、子供たちに多大なるショックを与えたようだった。

 過ぎた統率力は、逆に言えばそれさえ失えば後は散り散りになっていく。

 

「そして、今回、彼女の顔を直接見て、確信したわ」

 

「ああ……若かりし頃の織斑千冬と瓜二つの顔……スコールの言っていた“例の計画”により生み出された人間……だったか?」

 

「彼女、自分のオリジナル……“織斑千冬”に御執心なようだし、この憎悪を利用してやれば……」

 

 その時だった。

 

『スコール様! スコール様!!』

 

 何やら慌てた様子で、部下からの放送が入る。

 一体何なのだと、スコールとオータムはそちらに耳を傾ける。

 

『目覚めたばかりの“例の子供”が暴れて……何とかスコール様の所へ連行しようとしたのですが、数人で取り押さえても返り討ちに……どうか増援の許可を……!!』

 

 この時、二人は知らなかった。

 

 自分達が捕えた子供が、どれだけの“子供(クソガキ)”であるかを。

 



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名前

 自分を取り押さえんとする大人達を次々となぎ倒していく中、少女はある恐怖に駆られていた。それは決して大人たちに対する恐怖ではない。自分を生み出した身勝手な大人達を恨む少女は、その矛先を他の大人にも向ける程に、『大人』という、『子供』にとって隷属すべき種族を嫌悪している少女が、大人達に怯える事などありはしない。

 今もこうして、自分よりずっと体の大きい人達は、こうして自分に歯が立たない。だが、少女は分かっていた。

 自分がまた『自由』ではなくなった事を。あの村落において、少女は確かに『王』だった。恐れられるべき『子供たち(ジャッカルたち)』を率い、その狼たちの『王』となっていた。

 子供たちが隷属すべき『大人達』を排除し、子供たちは少女の軍隊となった。

 ――――ここに大人達はいらない。

 ――――私達はもう『大人達』に隷属する『子供』じゃない。私達はここで私達の国を作る。

 自分の声に耳を傾けた子供たちは、自分を救世主の如く崇め、そして自分の言葉に賛同した。

 本当に馬鹿な奴等だと思う。少女に従っていた子供たちは、自分達が『大人』にされたことと、同じ事を繰り返していた。だが、そんな自分の部下達を、少女は確かに愛おしく感じていた。

 白黒狼(モノクロ)と呼ばれ『大人達』から恐れられる自分、そんな自分に付き従う、『大人』という隷属すべき存在から解放された愛しき狼たち。

 大人達から付けられた名前で呼び合う事無く、自分を始めとした『白黒狼《モノクロ》』といった、自分達で決めた二つ名で呼び合う。

 そこには自分が『大人達』の所にいた頃の窮屈感も、束縛感も一切なかった。そこには確かに『自由』があった。ハイテクな機器が揃う窮屈な施設とは違う、アフリカの危険溢れる雄大な自然の中で、その中で『王』であれた。

 そんな自分に付き従ってくれる愛しき狼たちは確かに、少女の友愛の対象であった。

 

 だが、また『自由』を奪われた。

 何処とも知れない、ISまで持ち出して、自分をここに連れてきた大人達。

 恐怖が蘇った。

 

 ――――戻るのか、自分は?

 

 ――――白黒狼(モノクロ)という『王』から、『織斑マドカ』という大人達に隷属すべき存在に戻るのか?

 

 そんなもの、まっぴら御免だった。

 ここの大人達が自分に何をさせているのか、それが分かる訳ではない。だが、これだけは分かる。あの大人達の目、自分が元居た『大人達』とは種類こそ違えど、それは自分という『子供』に対しての隷属を求めるものに相違なかった。

 少女が一番に嫌悪すべきその眼に対して、少女がこうして抵抗するのは、必然であったといえる。

 

 少女は自分という存在を嫌う。本来なら『子供』という弱者である筈の自分が、子供でありながらこうして大人達に対して対抗できるのは、それは彼女が最も呪う己の『遺伝子』があってこそだった。

 その遺伝子の元は、『自分』ではない。つまるところ、こうして大人達に抵抗できている『自分』は『自分』ではない。どこまでいっても、ここまでの短い人生の間で、彼女が唯一己のアイデンティティーとして誇る事が出来たのは、彼女があの村落で『王』であった時だったのだ。

 

 だが、今は敢えてこの『遺伝子』に従うとしよう。

 ここの大人達をぶちのめして、また自由が手に入るのであれば、それは必要経費である。だがそんな割り切りとは裏腹に、そんな自分に対する呪い故彼女の怒りと鬱憤は尚溜まり続けた。

 世界中を探せど、少女ほど己自身を呪う人間はいないだろう。彼女は周りも、己自身も、己に付きまとう運命さえも、全てを呪っていた。

 

 世界に対しての、どうしようもない程の『報復心』を抱えていた。

 

 今もほら、こうして報復すべき大人がやってきた。

 

「そこまでよ、お嬢さん」

 

 気絶する大人達の山の上に立っていた少女の前に、金髪の女性が現れる。

 そう、大人だ。『女性』というのは少女にとって、『大人達』の括りの中でも更に質の悪い人種であった。己のように呪われた遺伝子を持つわけでもないのに、余所から与えられた力を、いや、自分の力ではないにも関わらず、男たちを奴隷として扱う。いいや、『自由』を手に入れておきながら結局は己の呪われた遺伝子に救われている織斑千冬(オリジナル)もまたそうだ。要するに、力や権力を手にした大人は、碌な事をしない。ただそれだけである。

 

「子供とはいえ、少々お痛が過ぎるわよ、お嬢さん?」

 

「……」

 

 『子供』……その言葉を聞いた途端、少女は拳に力が入りそうなのを何とか抑える。しかし、その敵意が一層深まった視線が金髪の女性を射抜く。

 しかし、ソイツはそんなものに怖気づくことなく、自分に歩み寄ってくる。

 

 後退はしない。腰を低くし、拳を構える。

 そして――――

 

 気付いた時には、少女は女性の懐へと迫っていた。

 常人では到底間に合わぬ反応。

 音もなく、息もなく、無拍子に放たれたその一撃は、女性に手痛い一撃を与える……筈だった。

 

 瞬間、鋼鉄のような感触と共に、少女の拳に痛みが走る。

 

「っ!?」

 

「あら、これでおしまい?」

 

 女性は、何もしていなかった。

 急所を狙った筈だった。なのにこの感触……少女はすぐにこの女性が何者なのか検討を付ける。

 

(こいつの身体……まさか……!?)

 

 思い立った少女は即座に女性から距離を取り、倒れている大人達から物を漁り取る、やがてそれらを女性に向かって投げつける。

 あらあら、と女性は子供を手をかざしてソレらを防ぐ。

 普通に見れば、ただ大人と子供がじゃれているような光景にしか見えないが、実際は少女は普通の大人ならとっくに骨が折れる程の力で投げているのだ。

 それにも関わらず、女性はまったく痛がる素振りをしない。

 

 ――――まだだ! まだ終わっていない!

 

 これまでの人生で何回と口にしたか数えきれない台詞を内心で叫んで己を奮い立たせ、少女は倒れていく大人達から漁った物を、壁や天井を足場にしながら、女性に向けて投げていく。女性の攻撃を回避し、子供離れした身体能力を持って、わずかに感じられる感触を頼りに、女性の()()()()()を探り当てた。

 

 そこか。

 

 先ほどから、女性が特に守る事に重視している部位、あそここそがあの女の生身だと断定した少女は、壁を蹴り、女性へ肉薄する。

 狙うは生身の部分、その一点。

 しかし、生身の部分を悟られた事に気付いていた女性が、ソレに対してカウンターを取る事は容易かった。鋼鉄の打撃により、少女を襲い。少女は床に叩きつけられた。

 

「……っ」

 

「これで悲鳴を上げないなんて、大したものね。さすがは『織斑』の名を冠する者と言った所かしら。ねえ、『織斑マドカ』」

 

「っ! その名で呼ぶなっ」

 

 その名を呼ばれたと同時、少女はこれまでの痛みが嘘であるのように、床に伏した己の身体を刎ねらせ、再び立つ。

 大人達に対する隷属の証であるその名は、彼女が最も意味嫌う物の一つ。

 

 もう殺す。

 自分を子供と言い放つばかりか、あろうことか『その名』で呼んだ。

 音もなく殺す。そして地獄で後悔させる。

 

 そう決心した少女は、再び女性の生身を狙って攻撃する。先の攻撃で判明した生身の部分は一つではない。

 それらしき感触を残した部分はあった。

 ならば其方を狙って――――!?

 

「残念。授業はおしまいよ」

 

 ふと、首筋と背中に感じた感触。

 ……麻酔銃の弾が、首筋に3本、背中には4本も刺さっていた。

 

「あ……」

 

 ぐらぁ、と視界が薄れ始める。

 しかし、少女は睡眠の境界線に至る事はなかった。

 最早言う事を聞かなくなった体、それでも、未だ辛うじて動く腕で身体を引きずり、女性へ手を伸ばす。

 ……その眼力は、未だに衰えておらず。

 

 そのあまりにも異常なしぶとさに、さしもの女性も目を見開いていた。

 

(……何なのよ、この子……)

 

 いくら『例の計画』の産物だからとて、大人なら一発で眠りの世界へ沈める筈の麻酔弾を、子供なら下手したら一発で即死する筈のソレを、首筋に3本、背中に4本受けて、それでもなお動こうとするこの少女の執念に、女性は思わず舌を巻かざるを得なかった。

 

 少女の出自を知る故、金髪の女性・スコールはこの少女が己の境遇を嫌い、どうしようもない程の憎しみを抱えている事は予想が付いていたが、まさかこれほどとは思いもしなかった。

 先の見せた戦闘能力も、その身に流れる『織斑の血』だけでは決してない。彼女は決して負けを認めない。決して諦めない、その喉元に食らいつくまでは決して止まろうとはしないのだ。

 

 もう一発、少女の額に麻酔弾が刺さる。

 それがトドメとなり、少女はようやく眠った。

 

「……これは、本当に子供扱いしてはいけないようね……」

 

 勿論、精神的な意味ではなく、物理的な意味で。

 彼女の精神は正に『子供』だった。癇癪を起こす『子供』のそれだった。だが、それだけでは言い表せないナニカがこの少女にはある。

 

 未だに動きそうな雰囲気を放ちながら倒れている少女を見ながら、スコールは麻酔銃を持った増援たちに彼女を執務室へ連れていくように命じた。……上からの命令で、()()()()()()()()()()()をさせる事も忘れずに。

 

 確信はないが、この少女、後数十分もしない内にまた目覚めそうだと、スコールは天上を仰いだ。

 

 

     ◇

 

 

 基地中の兵士たちがこぞって一人の少女を捕らえる為に奮闘したという異常事態の後、それが嘘であるかのように静かになった基地の執務室にて、スコールはソファーで寝ている一人の少女見つめる。

 何を隠そう、この少女こそこの基地中の大人達を返り討ちにし、更にはこのスコールの手さえも煩わせた張本人である。

 

 ……さっきまで暴れていたのが嘘であるのように、少女は安らかに眠っていた。こうしてみればただの何処にでもいる少女なのだが、その内に潜む獣をスコールは知っている。それは勿論、彼女の恋人であるオータムも同様だ。

 

 腰に法螺貝を下げながら、腹に手を当てて寝ているその姿はさながら不遜な子供そのものである。

 この少女、自覚しているのかどうかは知らないが、自分と戦っている時も、あんな激しい動きを見せておきながらこの法螺貝を手放す事は決してなかった。

 自分はまだ敗北していない。自分はお前達の奴隷じゃない。自分はまだあの村落の『王』なのだと、頑なに敗北を認めない少女のプライドの高さが伺えた。

 

 オータムの話では、彼女が根城にしていた村落に打ち捨てられていた木造の廃船、そこにある王座に蠅の集る豚の生首を奉っていたとかなんとか。

 

「まるで『蠅の王』ね」

 

 其漂流物の物語を思い出し、スコールは溜息を吐く。子供たちがずっとこの法螺貝を持つ少女に従っていたあたり、あの作品のように子供たちの間で分裂するような事は最後まで起こらなかったようだ。当然といえば当然、何故なら子供たちの中で圧倒的指導力を持っていたのはこの少女ただ一人。この少女だけが飛びぬけて能力があって、それ故に子供たちは彼女に従った。あの作品のように、皆を引っ張れるリーダーシップを持つ子供が二人もいた訳ではなかった。故に、最後まで分裂は起こらなかったようである。

 

「……ん……?」

 

(……もう目を覚ましたの?)

 

 本当に数十分もしない内に目を覚ます少女に、スコールは最早呆れる。正に恐るべき子供、というべきなのか。彼女を教育してきた大人達は、彼女にこれほどの能力を叩きこんでおきながら、むざむざと逃がしたというのか。自分達の最高傑作に逃げられた経験があるのにも関わらず逃がしてしまったのは、単に彼らが成長しない『大人』であるが故か、それともこの少女の底知れない反抗心が成せた技なのかは検討が付かない。……おそらく後者なのだろうが。

 

「っ!」

 

 目を覚ました少女は、スコールの顔を見るや否や、また飛び掛かって来た。さっき麻酔銃を7本も撃たれたばかりだというのに、何処にそんな体力があるのか。

 

 やはり、()()()()()()正解だった。

 

「ッ!?」

 

 少女の蹴りがスコールの生身の部分を蹴りぬく直前、それは寸止めされた。少女の意志に関係なく、その蹴りは停止、スコールの生身に到達する事はなかった。

 スコールは更に少女の体内に打ち込んだナノマシンを操作し、少女を床に伏す。

 

「ガッ!? あ、あぁ、ぎぃっ!?」

 

 体内のナノマシンが少女の身体を蝕む、普通なら動く事すらままならないというのに、それでも必死に手足を動かして抵抗している少女の姿にスコールはまたもや呆れた。

 ……少し、スコールはナノマシンによる身体抑制を下げ、少女に話しかけた。

 

「落ち着きなさい」

 

 体の自由がある程度戻った途端、少女はまたスコールを殺意の目で睨み付ける。それに構わず、スコールは続けた。

 

「悪いけど、あなたの身体に監視用のナノマシンを打ち込ませてもらったわ。下手に動けば、私は簡単に貴女の命を奪える。この意味――――分かるわよね?」

 

「……っ」

 

 少々ドスの聞いた声で脅すように、スコールは言う。さすがに下手に動いては己の命が危ないと分かっては、この少女も下手な抵抗はできないようだ。

 だけどね、とスコールは続ける。

 

「それは同時に、喜んでもいい事よ。少なくとも、私達は貴女をただの子供として扱うのをやめた。そう扱うには、貴女はあまりにも危険すぎる」

 

 少々皮肉を込めすぎかしら、と思い少女の目を見て見ればその眼は敵意を萎めるどころか、むしろ膨らませている。扱いがどうあれ自分達大人に隷属させられるというのが耐えがたい苦痛だと言わんばかりだ。

 ……いや、それでも大人しくなっただけまだいいというべきか。

 とりあえず抵抗する素振りを見せなくなった少女を見て、スコールはようやく少女のナノマシン抑制を解除した。

 一応の自由を得た少女は、手首を振っては体の具合を確認し、立ち上がってスコールに反抗的な目線を送る……が、それだけだった。

 

 スコールはソファに座る。そして少女に向かい側のソファーに座るように指を差し示す。

 渋々と言った感じで少女もまた向かい側のソファー……に行かずに、その奥のソファーに、両腕を後ろに回して、偉そうな姿勢で座った。

 

 ここにオータムがいれば、間違いなく「この餓鬼っ!」と叫んで殴りかかっていた所であろう。……ISがない状態では先のスタッフたちと同じように返り討ちにあうのが関の山であろうが、こちらに監視用ナノマシンという切り札がある。

 故に、少女がみせるその不遜な態度はせめてもの反抗心と、スコールは受け取る事にした。

 

「それで、どうかしら? ここに来た感想は」

 

「……最悪だ」

 

「あら……少なくとも、貴女がいた場所よりはマシな筈よ」

 

「殺すっ」

 

「口が悪いわね。まったく……」

 

 この少女、一言目には殺すだの刺すだの、明らかにこの年頃の女の子が発言していいような言葉をさも当たり前であるかのように連発するようだ。

 どうやら目の前のお嬢さんは前振りは好きじゃないらしい、と認識を改め、スコールは単刀直入に用件を言った。

 

「単刀直入に言うわ。私達は貴女をこの組織へ迎え入れるために連れてきた。“子供”としてではなく、組織の“一員”としてね」

 

「……」

 

「けれどまあ、何方にせよ貴女の嫌う隷属である事に変わりはないでしょう。だから、私達と取引をしましょう」

 

「何をっ」

 

 スコールを睨みながら、マドカは急かす。ここまでの仕打ちをしておいて取引も糞もあるかと、とその眼は雄弁に語っている。それでも逆らう事ができないと分かっている以上、今はスコールの言葉を聞くしかないのが少女の現状だ。

 

「私達『亡国機業』にはある目的がある。その目的の障害には、『織斑千冬』の存在が邪魔になる」

 

「っ、織斑、千冬……!!」

 

 目に見えて、少女の目に宿っていた憎悪がさらに増幅していくのを、スコールは感じた。やはり、オリジナルである織斑千冬に対し、並々ならぬ執着を抱いている様子だった。それは恨みか、歪んだ愛情か、どちらとも取れた。

 

「故に、ここは私からの最大限の譲歩よ。貴女の復讐したい相手、織斑千冬を殺す事ができたら、その時点で貴女を『自由』にしてあげる。何処で何をしようが、貴女の好きにしていい」

 

 組織としては、織斑千冬を排除した後も、できればこの織斑マドカを抱えたい所ではあるが、いくらか譲歩しないとこの少女、監視用ナノマシンで脅してもうんともすんとも言いそうになかった。

 故に、スコールは譲歩する事にした。

 

「この組織で貴女の目的を達成……そうすればここから出て行ってもいい。勿論、その条件で貴女が私達に従っている限りは、最大限の援助も送りましょう。ISの専用機も提供してあげられる。……どうかしら?」

 

「……ふん」

 

 今だ反抗的な態度は抜けない、がある程度落ち着いたのか、少女……織斑マドカはゆっくりと部屋から出て行こうとする。

 ここで反抗してこない当たり、ある程度は従うつもりになったようだ。

 

「待ちなさい」

 

 その背中をスコールは呼び止める。

 

「貴女にコードネームを付けるわ。これからは、ここでは『エム』と名乗りなさい」

 

「……エム」

 

「そう、エム。貴女の戦場での新しい名前よ」

 

 しばらく間を置いた後、少女は拳を握りしめて、勢いよくスコールの方へ振り向いて睨み付けた。

 

「貴様……!」

 

 エム……スコールが名づけたその名前の意味を分かってしまった少女は、また先でやりあった時の同じ位の敵意をスコールに向けた。

 ……自分でも、意地の悪いことはしたとスコールは自覚していた。

 『M(エム)』……それは彼女が最も忌み嫌う名前『マドカ』の頭文字である共に、彼女が一時期戦場での名前として使っていた『モノクロ』の頭文字でもある。

 エム……その名前は少女にとって2つの相反する意味を内包しているのだ。少女にとっては複雑であることこの上ない名前なのである。

 

 チッ、と舌打ちしながら、少女『エム』は部屋から出て行く。

 

 服の背中にある『NEVER BE GAME OVER』と書かれた文字が、スコールには印象的だった。

 



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子どもと大人

 

 『エム』。

 戦場での新しい名前をそう名付けられた少女は現在、奇妙な恰好をしていた。肌を褐色に染め、いかにも貧乏な土地に住んでいそうな貧相な出で立ちを身に纏い、こうして中東の地に潜伏していた。

 元々、『大人達』から様々な技能を学んでいたエムにとって、こうして非力な子供を装い、変装をして身を隠すなどと言った行為は最早朝飯前だともいえる。『大人達』の前から姿を消し、亡国機業(ファントムタスク)に捕えられるまでの間でも、エムが中東に身を隠していた期間はかなり長い方だ。その中で白黒狼(モノクロ)という悪名で暴れまわっていた時期は短い方である。されど、エムという少女にとってはその時間こそが今までの人生の中で一番楽しかった時間だったのだが。

 

『エム、聞こえるわね?』

 

 体内通信を通じて、エムにとって忌々しい女性の声が頭の中に響いて来る。まるで内側から監視されているかのような不愉快さだった。否、実際に、身体の中に監視用のナノマシンを注入され、向こうはいつでも自分を殺せる状態だ。

 

『状況はモニターしているわ。改めてミッション内容を確認しましょう?』

 

 子供を諭すような言い方に、エムは内心でギリっと歯を食いしばる。

 この体内通信、ISのプライベート・チャンネル機能を流用したものであるため、会話はエムと向こうにいるスコールにしか聞こえない。亡国機業におけるIS訓練で早くも高い適正と能力値を示したエムは、その持ち前の能力も踏まえて、すぐに即戦力としてスコールの部隊で起用される事となった。

 戦闘は勿論、諜報能力においても、この少女は他のどの大人のメンバーよりも秀でていた。……だからこそ、それを危険視されてこうして監視用ナノマシンを注入されているのだが。

 勿論、大人という種族を忌み嫌うエムにとっては、今自分がこうして大人達に隷属させられているというのはこの上ない屈辱であったが、表立っての反抗はできない。

 

 ――――いつか、蹶起(けっき)するその日まで耐えねばならない。

 

 そう自分に言い聞かせつつも、子供ならではでの自制心が効かないせいか、この任務に出向く前も亡国機業の大人達とのトラブルをエムは起こしていた。

 突然切れては文句、文句。それを何度繰り返した事かは、エム自身も既に数えきれない回数である。

 

『東欧の小国、ルクーゼンブルク公国についてはブリーフィングで言ったわね?』

 

 ブリーフィングも何も、あの『大人達』の所にいた頃に言語と共に嫌でも覚えさせられている。その苦い思い出を思い出し、若干歯噛みするエムであるが、スコールはそれにお構いなく続ける。

 

『ISコアのもととなる時結晶(タイム・クリスタル)が取れる唯一の国。たかが東欧の小国なのに、あの国があそこまで発展したのはその恩恵があってこそ。だけどね……そんな国だからこそ闇がある』

 

「……」

 

『この国……そんな貴重な鉱石が自分達の所でしか取れない事を良い事に、ISが世に広まる前からこの時結晶を中東の市場で売り出していた。しかも現地の作業員にその分の時結晶を採掘させると問題になるから、公にはなっていない採掘場を設置して、そこでこの中東から攫ってきた子供たちを作業員として鉱石を掘らせていたそうよ。今でこそ当初よりその頻度を減ったけど、ISの登場以来、その価値がより高騰し、それに目を晦ませた一部の要人たちがこのような馬鹿げた事を続けている。国の為ではなく、己が私服を肥やす為にね』

 

 よくある話ね、とスコールは何の感慨もなくそう言う。この女もこの女で、裏社会のそういった側面を多く見てきているようだった。

 

『当時、時結晶の在処も知らずに篠ノ之博士がどうやってISを開発したかだけど、おそらくこの中東の闇市場に売り出された時結晶を買い取ったのでしょうね。目を付けたのは天才故の必然か、それとも偶然の産物だったのかは分からないけれど』

 

「篠ノ之 束……」

 

 思わず、エムはその名を口にする。

 『プロジェクト・モザイカ』、通称『織斑計画』と呼ばれる計画が突如として中止される要因となった人物。究極の人類を人工的に作るという計画は、しかして自然的に生まれた究極の人類の誕生により、その意味を成さなくなった。

 故に、これまでの中での最高傑作の計画試作体1000番である織斑千冬と、そのデータを元に作られた弟と、計画外の試作体である自分だけが残った。

 ああそうだ。

 

(私達3人を生み出す為に、これまで999人のキョウダイたちが犠牲になった……!!)

 

 自分達は、生まれるその前から人の死に関与している。これもまた、エムという少女が己自身を呪う理由の一つでもあった。

 いや、それだけじゃない。

 

 ――――取り残された自分は、逃げ出したあの女の未来と運命を押し付けられる、その“生贄”にされ――――

 

『その先に、そのルクーゼンブルクの要人が秘密裏に所有する土地があるわ。貴女の任務は二つ。一つはその要人の無力化、および捕縛。そしてその取引に使われる予定の時結晶の回収よ』

 

 いつの間にか怒りのあまり拳を握り我を忘れる直前、スコールの声によって現実に引き戻される。

 

『さあ、任務を遂行しなさい。エム。僅か短時間でここまで嗅ぎつけた貴女なら出来る筈よ』

 

 それはスコールなりの賞賛であった。

 このエムという少女、現地人と比べても遜色ない程の変装術を披露し、あろうことかその現地の言葉を流暢に扱い、まるで害のない無垢な子供を装い、現地人から情報を様々な手段を得てこの場所を嗅ぎつけた。

 スコールもまったく支援しなかった訳ではないが、ほとんど少女の独力みたいな物だった。……あの基地で暴れていたクソガキが、信じられない程の働きを見せてくれた。亡国機業に所属する前から中東での活動が長いせいもあるのだろう。

 

『……了解』

 

 感情のない言葉で答えつつも、内心で『地獄に落ちろ、クソ大人め』と付け加える。

 殺すな、という面倒な制約故、見張りを一人一人気絶させながら、エムは敷地の中へと入り込んでいく。

 見張り同士の会話から情報を見聞きし、身を隠しながら捜索する内、ある場所へたどり着いた。

 

 ……そこには、銃を手に取る少年たちと、それに訓練を強いる大人達。

 亡国機業内でもエムがよく見てきた光景だった。

 エムがソレに対して何か思う所があると感づいたスコールは、急遽エムに通信を入れてきた。

 

『言ったでしょ? よくある話だって。それとも、あの少年兵たちに紛れ込んで情報を手に入れるつもりかしら?』

 

「……」

 

 スコールの通信に返事も返さず、エムはただただそれを見つめる。

 やがて訓練を施していた大人が何処かに消えた事で、エムはその少年兵たちの所へこっそりと近づく。

 自分が言った通り、少年兵たちに紛れ込んで何かをするつもりだと思っていたスコールは、この時、己が如何にこの少女を甘く見ていたかを思い知ることになる。

 

 結果として、少女は任務を成功させ、無事要人を連れ帰って帰還した。

 

 

 否――――“無事”とは程遠い結果ではあったが。

 

 

     ◇

 

 

 任務を終了し、亡国機業の基地へと帰ったエムは、大人達の手も取らずにそのままシャワーを浴び、現在は亡国機業に訓練を施されている少年兵たちと一緒にいた。

 大人達と一緒にいるとどうしても反発せずにはいられない彼女は、スコールの英断によりこうして子供たちと一緒の所に住まわせているのが。それでもひどい事に変わりはなかった。

 いくら同じ年頃の子供と一緒にいても、大人という子供にとって隷属すべき種族がこの基地を取り仕切っている以上、どうしても大人達と接しなければならない場面がある。

 他の子どもたちは素直に従うが、エムだけは別である。

 

 まずは食事。大人達が態々少年兵の居住区に持ってくる食事を食さず、彼女だけは態々大人達が集う基地の食堂へと出向き、そこで好き勝手に自分のすきな食料を持っていくのだ。大人が態々持ってくれたものなど糞くらえだと言わんばかりに、大人が提供するあらゆるものを嫌う彼女は、こういった事でそのジャイアニズムを発揮する。

 そんな彼女に食いかかる大人がいたとしても、力では彼女に敵わない。しかも少年兵たちと一緒に訓練に混じっていると、本来ならば圧倒的力の差がある筈の大人の訓練教官を再起不能にまで投げ倒そうとしたりと、とにかく大人達に対するエムの態度は最悪だった。

 しかもこれで亡国機業の即戦力だというのだから、周りの大人達もすごく困った。如何に監視用ナノマシンを注入されていようと、ナノマシンにもちゃんとバッテリーとその稼働限界が存在し、更には人の取り込んだものと同じように体外に排出される事さえある。

 少女を恐れた大人が、敢えて彼女が知らないであろう言語で悪口を言っても、全て同じ言語で倍以上に文句を言い返され、逆に心をへし折られる例も少なくなかった。

 

 大人達を嫌う少女は、この基地にとことん馴染めていなかったのだ。

 

 ……そんなエムであるが、意外にも他の少年兵たちからは慕われていた。

 理由の一つは、大人達ですら霞むその圧倒的な能力。基本的に大人達に隷属する事に対して何の疑問も思わない子供たちであるが、それでも少女のその在り方は子供心ながら惹かれるものがあるのだろう。中には彼女の心奉者さえいる始末だ

 もう一つの理由は、やはり彼女が色々な言語を喋れるからだろう。ここに連れてこられた少年兵たちは、それと共に世界共通の言語である“英語”を叩きこまれる。まるで自分達の故郷で使っていた元々の言語が侵食されるように。だが、意外にもその侵食され、己たちの中で消えつつある言語を繋ぎ止めたのがエムだった。

 英語で意思疎通できるようになったとしても、何処かで故郷の言葉に対する飢えを感じていた子供たちにとって、様々な言葉を知っている少女は正に救世主と言っても差し支えなかっただろう。元の言語で話せる、元の言語が違う他の子供たちとの会話でも、少女が通訳してくれる。そういった存在が、彼らにどれだけの安心感を齎してくれたかは、想像するに足りない。

 そしてもう一つ、それは何よりエムという少女が大人達に認められているからだ。自分達ともう変わらない年で組織の幹部からコードネームを貰い、戦場に出ている。戦士として戦場に行く、という単純な英雄譚に憧れる子供心が刺激されない訳でもない。

 彼女はまさしく子供たちの憧れの存在だった。

 

 今日も、任務帰りのシャワーを浴びて、基地の廊下を歩いているエムの元に、一人の少年兵が駆け寄った。

 少年の名はヴァンといった。キコン語を母国語とする国の出身であり、今は亡国機業の元で少年兵として訓練を受けている子供だ。エムとも年の違いは差してない。

 ヴァンにとってもエムという少女は自分と同じ言語が話せる存在として、多大な安心感を齎してくれる存在だった。

 そうこの日までは。

 

『僕の姉ちゃんはさ、前に家で母ちゃんの代わりに料理をしてくれた時にさ……』

 

 それは、何処にでもある何気ない子供同士の会話だった。

 キコン語で自分の家族――――特に仲のよかった姉について思い出話をするヴァンと、同じキコン語で相槌を返すエム。

 しかし、その日は違った。

 

『……姉ちゃんがそんなに恋しいか?』

 

 いつものように素っ気なくも同じ言語で相槌を返していたエムが、今日ばかりは不機嫌そうに、そう聞いてきた。

 しまった、とヴァンは思った。いつもはただ此方の話を聞いてくれるだけだったエムが、不機嫌な顔をして聞いてきたのだ。いくら彼女であろうと、自分と同じように家族が恋しくて、それを楽しそうに話す自分が不快だったのだろう。彼女もまた自分と同じように家族に会いたがっているにも(あくまで違う意味でだとはヴァンは知る故もなかったが)関わらず、だ。

 

『あ、ごめん、マドカ。そんなつもりじゃあ……』

 

 今度こそ、いけなかった。

 大抵の子供たちは、大人達に合わせて、彼女の事を『エム』と呼んで慕っていた。彼女自身もソレを渋々であったが望んでいた。

 しかし、ヴァンは知らずの内に呼んでしまった。

 彼女の『名前』を。

 

 

『お前、今なんていった?』

 

 パシ、と肩が叩かれ、エムはヴァンへと迫る。

 え、と困惑するヴァン。更に肩を叩かれ、エムはヴァンへと迫ってくる。

 その剣幕に押され、ついヴァンはエムから一歩を後退してしまう。

 

『なんて言ったッ?』

 

 更に強い力で肩を叩かれ、エムの声もまたドスを増していく。

 彼女のこういった反応は初めてなのか、ヴァンは如何する事もできず、ただ怯えたまま後退するしかなかった。

 

「ちょっと、どうしたのよ?」

 

 そこで、ヴァンに助け船が来た。

 二人の様子を見ていた、亡国機業の女性が割って入る。

 女性、『イヴ』というコードネームを持つ女性だった。エムと同じ、スコールの部下である女性。

 

「……ッ」

 

 第三者の介入により、エムはとりあえず怒りを治めて、そのままヴァンから立ち去ろうと背を向ける。

 しかし、そんな彼女の地雷を更に踏み抜く者が一人。

 

「誰かと思ったら、あのスコール様にお高く止まっているガキじゃない。こんな所で喧嘩なんてみっともない」

 

 何を隠そうこの『イヴ』という女性、自分よりずっと年下の子供であるにも関わらずスコール直々からコードネームを貰い、早くも任務に赴くエムに嫉妬している。しかも自分達大人に対して礼儀を弁えず、不遜な態度を取り続けるものだから、その不愉快さはより加速していた。それゆえエムに対して少し厭味ったらしい言い方なのだが、自分と同じ組織の子ども同士の喧嘩を止めようとするくらいの良心は存在していた。

 

「まったく、こんな調子だとあの人からすぐにそのコードネームを取り上げられちゃうわよ、『マドカ』ちゃん?」

 

 またもや厭味ったらしく言うイヴ。言外に、これ以上スコールに迷惑をかけるなという彼女なりの上司への気遣いであった。

 彼女を『その名』で呼んだのも、単にコードネームを剥奪されるかもしれないという危機感をエムに植え付けようしただけだった。

 

 故に、それが彼女の地雷だとも知らずに。

 

「―――――」

 

 瞬間。

 ヒュンっと、抜き放たれたナイフの逆光がイヴの横を通り過ぎる。

 反射的にそれを回避したイヴは、突如として襲い掛かって来た犯人を睨み付ける。切り付けきたその主は、両手でナイフを弄びながら、挑発的な笑みをイヴに向けていた。

 

「ッ! ……あらあら。スコール様にお高く止まっているコードネーム持ちの餓鬼は、今度は同僚にまでナイフを向けるのかしら、マドカちゃ――――」

 

「その名で呼ぶなっ!!」

 

 激昂して叫ぶと同時、エム……マドカは既にイヴの眼前まで迫り、ナイフを突き刺そうとする。先ほどのような牽制の意味を込めた一撃とは違う。

 ナイフの反射する逆光すら見えぬ程の速度。

 

「ッ!?」

 

 慌てて応戦しようとするイヴであるが、反応が間に合わない。辛うじてナイフを逸らし、頬を少し掠める程度に抑えたが、マドカの攻撃は止まらない。逸らされたナイフが再び喉元に突き付けられ、イヴはそのまま押し負けて後退してしまう。

 反撃の隙を与えず、マドカはナイフを持っていない方の手でイヴの襟首を掴み、その状態でイヴの腹を蹴り上げる。

 

「ガぁッ!?」

 

 中に浮くイヴの女体。

 そのままマドカは掴んだ方の手を使って、浮き上がったイブの身体を床へ投げ飛ばす。

 仰向けに倒れたイヴの身体に乗っかかり、その喉元にナイフを突きつけた。

 

「くッ!?」

 

 ナイフの刃を突き付けられ、身動きの取れぬイヴ。

 マドカが基地に連れてこられた日、任務に赴いていた故に、その日のマドカの暴走をしらなかったイヴは、彼女の実力も知らずにそのまま敗北を喫した。もしあの日、他の大人達と同じように彼女もマドカに返り討ちにあっていれば、このように彼女を挑発するような真似もしなかっただろう。

 

「子供扱いするな、分かったか!?」

 

 突き付ける力を強め、イヴに警告するマドカ。

 監視用ナノマシンにより自分の命が下手すればどうなるのかは分かっているのか、イヴの喉元を掻っ切るという一線だけは超えなかったようだ。

 

 その時だった。

 何者かが、ナイフを持ったマドカの腕を掴み取る

 

「はあ……もういいわ」

 

「ッ!?」

 

 反射的に己の腕を掴む手を振り払い、マドカはその相手へと刃を向ける。

 しかし。

 

「ッ、ギィ、アッ……ガッ……!?」

 

 その刃が到達する直前、体内の監視用ナノマシンが、マドカの身体を蝕む。

 突如として苦しみだすマドカの姿に、イヴも、一部始終を見ていたヴァンも引いた様子でソレを見る。

 内側から蝕んでいくソレを、尚も振り払おうとするその醜い姿に、何故だか恐怖すら覚えてしまった。

 

「ッ、……ッ……ス、コぉ、ルゥッ!!」

 

 己の身体を蝕むナノマシンにすら抗い、のたうち回りながらも、その敵意を鈍らせずにスコールへと手を伸ばす。

 

「まったく……無暗に抵抗しようとするんじゃないわよ……」

 

 本来ならばまったく動けなくなる筈なのに何処からその体力が湧いてくるのだと、スコールは溜息を吐いて呆れる。この溜息も最早何回目なのか分かった物ではない。

 

「まあ、最後の一線を踏み越えようとはしなかったのは評価してあげる」

 

 言って、スコールはナノマシンの機能を抑える。

 同時に、マドカの身体が力が抜けたように崩れ落ちる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 やがて呼吸も安定していき、それも束の間のようにすぐに立ち上がった。

 怖がらせたヴァンにも、痛めつけたイヴにも見向きもせず、マドカが現在最も敵視する大人、スコールを睨み付けた。

 

 

 

『………』

 

 

 

「……チッ」

 

 暫しの沈黙の内、舌打ちしたマドカがスコール達に背を向け、去っていく。

 その背中を見届けたスコールは再度ハァ、とため息を吐きつつ、イヴとヴァンに向き直った。

 

 

     ◇

 

 

「ゲホッ! ゲホッ! スコール様……あの餓鬼は一体!?」

 

 立ち上がったイヴはせき込み、恐怖に染まった表情でスコールに迫った。

 ……反応できなかった。とてもだが子供が出せるような速度ではなかった。子供が出来るような動きではなかった。

 かろうじて最初のナイフの攻撃に反応でき、そして知らぬうちにナイフを突きつけられたと思ったら、知らない内に床へ叩きつけられ、知らない内にナイフを突きつけられていた。

 その相手がまだ12かそこらの子供であるという事実が、イヴの恐怖を助長していた。

 

「……恐るべき計画の産物、と言った所かしら」

 

「……恐るべき、けい、かく?」

 

「あの子の相手、ご苦労だったわね。持ち場に戻りなさい、イヴ」

 

「し、しかし……!」

 

「戻りなさい」

 

 スコールの眼光が射抜く。

 これ以上の詮索は許さんといわんばかりに。

 元より、イヴが普通に喧嘩を止めていればこのような事態にならなかったのだ。それなのに、態々少女を挑発するような言い方までした。

 割って入った人物がオータムでなかっただけまだマシだと言えるが、それでもだ。

 ……まあ、エムの相手をさせてしまった事は申し訳ないと思っているが。

 

「……分かり、ました」

 

 渋々と下がるイヴ。

 その背中を見届けたスコールはまたハァ、とため息を吐く。

 

 今日何回目の溜息だろうか。

 

 上から言われた通りに、彼女を捕らえ、自分の部下にしたが、本当に最悪な部下が入ったと悪態を付きたくなる。

 監視用ナノマシンを入れても尚しつこく反抗するあの少女……少なくとも、今日の任務の()()()()自分に忠実だった少女は何処に行ってしまったのかと嘆きたくなるくらいには。

 

 溜息の原因は今回の件だけではなかった。

 

 今日の任務……任務先で大人達に従っている子供たちを見かけたマドカは、あろう事かその少年兵たちに混ざり込み、短時間で子供たちをその気にさせ、()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 その結果、現場は混乱し、その隙を付いたマドカは見事に用人を捕らえ、目標物質を回収して任務を成し遂げた。少なくとも、スコールから言われた通りに()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 見ていられなかったのだ。

 

 子供達(仲間たち)が、大人の言いなりになっているのが。それに耐えきれず、子供たちの先頭に立ち、武装蜂起を起こさせた。

 

 今回の件もそうだった。

 

 大人達から与えられた名前で呼び合うここの少年兵たちが、仲間が、まるで大人の言いなりになっているように感じたのだろう。

 

 自分自身(戦場での名前)を剥奪され、代わりに相反する二つの意味を込められた『エム』というコードネームを付けられた少女にとっては、それは耐えがたい苦痛だったのだ。

 

 スコールはらしくもなく、少女の行く先を憂いた。

 



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6話

 果てしない戦場跡の広がる荒野。

 そこには、ボロボロな状態で大きな岩の影に凭れ掛かっている自分がいた。

 手足は思うように動かせず、力を入れる事すらままならない。華奢なボディラインを曝け出すISスーツは、所々が破けてその痛んだ素肌が露出しており、見るに堪えない状態だった。

 

 そんな無様な敗者となった己を見下す、もう一つの影。

 いや、それは光だった。

 決して届く事のない光。

 むしろ、『影』なのは自分の方だった。

 

 故に憎悪した。

 故に嫌悪した。

 故に羨んだ。

 

 

 故に、殺したいと思った相手。

 

 

 それが今、ボロボロで無惨な状態の自分を見下していた。

 顔を見上げる。

 届く事のない、見れば目があまりの眩しさ(憎しみ)で見えなくなってしまうくらいの、『光』がそこにあった。

 『影』たる運命を定められた己では、決して届かない『光』が、己を見下していた。

 

「ク、ククク……」

 

 (自分)は笑う。

 全てを、己自身すらも嘲笑う、力無い皮肉気な笑いが零れた。

 

「私は、『大人達』に作られた、失敗作だ」

 

 いつしか『大人達』から同情と共に押された『失敗作』という烙印。始めは期待だった、それはやがて失望に変わり、ついには惨めな同情とまでに変貌した。

 そう、同情だけだ。

 『大人達』は、己を失敗作として作った責任を取ろうとはしてくれなかった。

 

「運命は、全て決まっている……私は、負ける……」

 

 何故なら、生まれながらに敗北しているから。

 決して光に勝てない『影』として生まれたから、決して届かない模造品として生まれたから。超えるのが無理なら、せめて『再現』しようと『大人達』はまた自分を弄りまわしてきたにも関わらず、また繰り返した。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前だ……お前のせいだ……!!」

 

 どうして自分がこんな所にいるのかは分からない。どうして奴がこんな場所にいて、自分を見下ろしているのかも分からない。

 そもそも、どのようにしてこのような状況になったかすら、自分には分からなかった。

 だが、己の憎むべき相手が目の前にいるのであれば、そんな思考など破棄して、ただ己の思いの丈をぶつけるしか考え浮かぶ他なかった。

 

「私は、私じゃない……おまえのコピー……だ……」

 

 この肌も、足も、手も、顔も、髪も、すべてお前という『光』から捻りだされた、絞りカスだ

 故に。

 

「姉さんを超え、姉さんを殺す……お前を殺す! 『大人達』を全部殺す! この世界を全て滅ぼしてやる!!!」

 

 動かせぬ筈の身体を前に押し出し、『光』を睨む。精一杯の力で遠吠える。近くにいる筈なのに、ずっと遠い存在である、届かぬ『光』に必死に届かせようと、力を入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、『光』は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな。お前は失敗作だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく、残酷な笑みで『影』をそう言い捨てた。

 今まで『大人達』から幾度となく言われて来たその言葉は、実際の『光』から放たれれると、まるで天と地の差があるくらいのショックが襲った。

 

 

「あ――――」

 

 

 その言葉は、『影』の心を、完膚なきまでに壊した。

 パリン、と心のガラスが割れ、今までため込んできた憎悪の泥が溢れ出て来る、涙と共に。

 

 

「失敗作は失敗作らしく、成功作(わたし)の踏み台になればいい」

 

 

 

 『光』(幻影)はそう言い放つと同時、己に背を向け、去ってゆく。

 

「ま、て」

 

 手を伸ばす。

 縋るかのように、その手を伸ばす。

 届いたことはない、届く事も叶わない、その背中に必死に追いすがらんと手を伸ばすが、『光』の背中は離れていく一方であった。

 

「待て!! まだだッ、まだ終わっていなぁい!!!!」

 

 『光』の背中が離れていくと同時、空から溢れんばかりの光の奔流が『影』を襲った。触れる事は許さんと言わんばかりに。

 その『影』を照らし、最早『影』である事すら許さないと言わんばかりに、『影』はその身を降り注いだ光に焼かれていく。

 

「が、ああ嗚呼嗚呼ああああああああああああああああッッ!!!」

 

 皮膚が焼けこげ剥がれ落ち、肉は焼かれて、骨さえもが溶かされる。

 そんな光の熱地獄の中で、少女はなおも『光』を追いかけ続けた。

 

 

 ――――コロシテヤル。

 

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺したやる(ころ)してやる凝ろしてやる(ころ)してやる(ころ)してやる(ころ)してやる(ころ)してやる!!!

 

 

 少女の身が完全に消滅するまで、その呪詛は続いた。

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 ハッ、と飛び起きる。

 体中を迸る冷や汗、安定しない息、躍動する血管、昂る感情、己の中の全てが安定していなかった。

 

「くそッ」

 

 いても立ってもいられずにベッドの布を蹴り、布団の中から飛び出す。

 寝巻を乱暴に放り投げ、華奢でありながらも鍛えられた幼き女体が露わになる。タオルで汗を拭きとり、乱暴な足取りで鏡へと向かった。

 

 ――――あの女に、敗北する夢を見た。

 

 自分はあの女に会った事などない一度としてない。そもそもあの女は自分の存在を知っているかどうかすら怪しい。いや、知りはしないだろう。逃げた己に変わって、劣った運命を押し付けられる存在がいるなど、あの女は思いもしないだろう。

 

「ッ」

 

 亡国機業(ここ)に連れてこられて以来、自分は再び大人という存在に隷属する子供に逆戻りした。自分と同じように、先に逃げたあの女は、今や世界に崇められるブリュンヒルデとして崇められているにも関わらず。

 自分は今日も、あの女の『影』であり続ける。

 

「……」

 

 不意に、己の頬をナイフで切り裂いた。真っ赤な血が溢れ出ており、あの女によく似た顔がその血で染まってゆく。

 己の(オリジナル)によく似た顔を傷つける事で、このイラつきを安らげようとしたが、一向に収まる気配もない。

 

 故に、あの女によく似た顔が映った鏡を、少女は叩き割った。

 後で清掃員に何を言われようが知った事ではない。朝起きる度に(あの女)の顔を映す鏡を見るくらいならば、早々に叩き割ってしまった方がいい。

 でなければ、憎しみでどうにかなってしまいそうだった。

 

「まだ……まだ終わっていない……」

 

 ゆっくりと叩き割った鏡から拳を引き抜き、呪詛のように呟く少女。

 まずはこの基地から脱出をする。そのためにはこの監視用ナノマシンを何とかする方法を考え、かつ手駒を集めなければならない。

 今の自分に、それだけの力はない。

 故に、少女は力を蓄えなければならなかった。

 

 いつしか起こす、蜂起(けっき)のために。

 

 その日から、基地内におけるマドカの横暴っぷりは暫くナリを潜める事となった。

 

 

     ◇

 

 

 ルクーゼンブルク共和国。

 東欧の地にある小国だが、ISコアの材料となる時結晶が採掘される唯一の国という、今時代においての圧倒的アドヴァンテージを得て急速に発展した国。未だに王政という古い統治体系を維持している数少ない国でもある。

 だが、そんな国にも、いやそんな国だからこそ闇がある。

 

 故に、その闇の部分の象徴たる要人がこうしてテロ組織に拉致され、脅迫されるのも因果応報といえた。

 

「それで、我々に協力する気になりましたか? ルクーゼンブルク共和国の大臣さん?」

 

 マドカが起こした子供達の武装蜂起による混乱であっさりと捉えられたルクーゼンブルクの大臣が目覚めた時には、既に回転ベッドの上で手足を拘束させられた状態となっていた。

 身ぐるみを全てはがされ、こうして二人の女性の前で生まれたままの姿を晒す羽目となってしまった。

 大臣の身体は既に体中が傷だらけであり、精神もとうに限界を迎えていた。

 

「ふ、ふざけるな! 誰がお前達のような……ギャアァッ!!」

 

「“お前達のような”だと? 自分の今までの所業を母ちゃんに見て貰ってから言うんだなぁオッサンよォ!!?」

 

 イチモツを踏みつぶしながらオータムは楽しそうな表情で大臣に罵倒する。スコールもまたそんな楽しそうな恋人を見てクスリと笑い、再び大臣の方へ向き合う。

 

「残念ですね、大臣さん? 貴方は私達と同類の畜生。これを御覧ください、証拠は既に押さえてあるの。ここにね」

 

 そう言って、スコールは大臣に見えるように、床に資料や写真の数々をばら撒く。消去された筈の裏取引履歴。中東の別荘での少年兵育成写真。さらには別荘が大臣の秘密の所有物である事を裏付ける資料。

 ……全てが、大臣のルクーゼンブルクでの社会的地位を脅かす物証であった。

 

「こ、これは……」

 

「そう、貴方の首の皮を断ち切る証拠の数々。もっと面白い物もあります」

 

 言って、スコールは手元の端末を置き、再生される。

 それを見た大臣の顔をもっと青くなった。

 

「本来ならここまで必要ないのだけれどね、あの子が少年兵たちに武装蜂起を起こさせる際に記録した映像よ。相当貴方にお怒りだったようね、あの子は」

 

 あの子、という単語に大臣は苦しげながらも訝しげな表情を見せる。

 まさか、思い、その疑問を口にした。

 

「まさか……この映像を取って、更に……」

 

「はい。この映像を取ったのも、貴方が持っていた少年兵たちに武装蜂起を起こさせたのも、私達が貴方の別荘に潜入させた子供の仕業でございます。それも12かそこらの少女が、です」

 

 映像に映った少年兵たち自身から語られた、これまでの仕打ち。やれ自分達は駒なんかじゃない。やれ自分達はもうお前には従わないなどの意志表明も混じったソレを、大臣は聞かされた。

 ――――生意気な餓鬼どもめ……!!

 そう思いながらも、その映像を取り、さらに映像に映っていた子供達に武装蜂起を起こさせたのが、この子供達と何ら変わらない少女という事実が、それ以上に大臣の胸を抉っていた。

 

「そ、そんな……!!」

 

「言っただろうがよ、()()だと。テメエのようなチンケな野郎の所に餓鬼を送る私達と、餓鬼達に鉱石を掘らせるは愚か戦闘訓練まで強いるテメエと何処がちげえんだ。えぇ!?」

 

「や、やめ……ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ!!!!!」

 

 回転ベッドに高圧電流を流され、大臣は更に悲鳴を上げる。

 更には生命の危機が迫った事によりイチモツが反り勃ち、更にその様子を二人の女性から蔑むような目で見られ、大臣の身体と精神は更なる苦痛へ追いやられる。

 

「ま、大臣さんに吐く気がないなら仕方がないわね。これらの証拠、匿名でルクーゼンブルク公国の国王に届けて――――」

 

「ま、待て!! やめてくれ! それだけは、それだけはやめてええええええええええええええええぇッ!!!!!」

 

 凄まじい高圧電流による痛みに悲鳴を上げながらも、それだけは勘弁してくれと言わんばかりに、大声でそれを制止する。

 ……瞬間、高圧電流を止み、再び大臣は痛みから解放される。

 この痛みから解放された時の安らぎが、大臣に訪れた。

 

「ハァ、ハァ……」

 

「では、私達に協力をしてくれる。……という事でよろしいですね、大臣?」

 

「わ、分かった! 協力する! 私が所有する時結晶(タイム・クリスタル)、及び登録外のコア、そちらに提供する事を約束する!! だから……!!」

 

「……交渉、成立ですね。オータム、下ろしてあげなさい」

 

「はいよ」

 

 回転ベッドが降ろされ、オータムは解放された大臣の手を思い切り引っ張り、回転ベッドから乱暴に引き摺り出した。

 女性とは思えない力で床に叩きつけられ、その衝撃による痛みが大臣を襲うが、既に悲鳴を上げる余力すら残っておらず、ウッ、とうめき声を上げるだけだった。

 

「へっ」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべたオータムはそのまま大臣の腹を踏みつけ、耳元で囁いた。

 

「変な真似しやがったら、その瞬間から証拠をお前の国にばら撒く。いいか、世界にじゃない。()()()()()()

 

 この意味分かるな、と問うオータム。大臣は、顔を何度も上下に振って涙目で頷いた。

 この世界に大臣の不正をばら撒いたところで、いくら周辺の国がルクーゼンブルク公国を攻め立てても、篠ノ之束とIS関連で直接的な関わりを持ち、未登録のISコアを多く所持する国が相手では例え世界であっても分が悪い。

 故に、ルクーゼンブルク国内にのみその証拠をばら撒きばどうなるか。世界的な紛争が起こらないため、民衆のヘイトは大臣一人に集中する。

 最早死刑どころでは済まさない、ルクーゼンブルク国でも最大の刑罰が受け渡されるだろう。

 その意味が分からない程、大臣はバカではなかった。

 時結晶の不正な横領、少年兵を使っての時結晶の採掘、公国では十分の極刑に当たる罪だった。

 

「まあ、俺達が保障できるのはあくまでお前の身柄のみ、だがな……」

 

 気絶した大臣に、その言葉はもう聞こえていなかった。

 

 オータムは察していた。

 スコールは証拠を国にばら撒かないといったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本当に脅迫するべき相手は、大臣如きではないのだ。

 

 

     ◇

 

 

 亡国機業の基地の少年兵たちの居住区にて、少年兵ヴァンは、また凝りもせずにかの少女……マドカを探していた。

 理由は彼女に謝るためだ。

 あれほど彼女は自分をコードネームで呼んでくれと言っていたにも関わらず、自分はあろうことかマドカと呼んでしまった。

 彼女が己の本名を如何に嫌っているかを知ることは出来ないが、それでも彼女の逆鱗に触れてしまった。その逆鱗を味わったのは、自分ではなく、喧嘩を仲裁しに来てくれたコードネーム持ちの大人であったが、その大人ですら成す術もなく彼女に敗北した。

 その姿に憧憬を覚えつつも、ヴァンは彼女に謝る為に居住区を走り回っていた。

 まずは彼女の住む一人部屋を訪れたが、そこに彼女の姿はなく、ただ乱暴に叩き割られた鏡しかなかった。

 部屋も幾分か荒れており、他人に荒らされたのか、それとも彼女自身が荒れたのか、おそらく後者を予想したヴァンは、とにかく大急ぎでマドカを探し回った。

 

 やがて屋内で彼女を見つける事は適わず、普段は誰も寄り付かない居住区のベランダへ足を運び……そこに彼女の姿はあった。

 

 法螺貝を腰に下げ、背中に豚の似顔絵と『NEVER BE GAME OVER』という文字が書かれた黒いコートを羽織ったその背中は、えらく印象的だった。

 

 その背中が、とてつもない負のナニカを背負っているように見えて、しかしその大きさに圧倒されて、思わずヴァンは物陰に隠れてそれを眺めていたのだが。

 

「おい」

 

 不意に、彼女の方から口が開かれた。

 

「そこに隠れているのは分かっている。出てこい」

 

 流暢な英語。他の少年兵に比べて英語が苦手なヴァンでも分かる、簡単な英語で彼女は此方に出てくるように促していた。

 殺気こそ感じないが、声音でなんとなく不機嫌なのが感じ取れた。いや、彼女がこの基地の大人達に対して不機嫌なのは見慣れているが、それを自分に向けられるのは未だに慣れない。

 それでも……この間よりは幾分かマシだった。

 

 バレタ事に驚きつつ、恐る恐る、ヴァンは、物陰から姿を現した。

 

『……お前か』

 

 それを見た少女の怒気が、少しだけ和らいだのを、ヴァンは感じ取った。ヴァンを見た途端に言語を英語からキコン語に変えてきた。これが彼女の忌み嫌う大人であればまた話は違ったであろうが、少なくとも、彼女が忌み嫌う大人達に比べれば自分はまだ彼女に嫌われていない事を悟り、ヴァンは少しだけ安堵する。

 

『マ……エム、その……この間は……』

 

 再び本名を言いかけてハッとなったヴァンは慌ててコードネームに呼びかえ、昨日の事について言い淀んだ。

 うまい言葉が見つからない。そもそも、ヴァン自身が謝ろうと思った相手など久しくいなかったため、どのように謝罪していいのか見当もつかなかった。目の前の少女も己自身の事をあまり語らない事がそれを助長させていた。

 

 しばらく言い淀み、両者の間に沈黙が走る。

 

 やがて、その沈黙を破ったのはマドカの方だった。

 

『お前は、どうしてそうやって大人達に従っていられる?』

 

『……え?』

 

 不意に、そう聞かれてヴァンは困惑してしまった。

 いつもは自分に興味なさげだった少女が、今回は真剣な目で自分に問いかけてきたのだ。そもそも自分はこの少女に謝罪をしに来たはずなのに、謝罪する前にこんな事を聞かれては困惑もした。

 

『お前にとって、ここ(亡国機業)は何だ?』

 

『……?』

 

『自分と同じように大人達に従っている子供達を見て、お前はどう思う?』

 

『それは……』

 

 ヴァンは答えられなかった。突然の質問という事でもあるが、何よりヴァン自身がその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。

 それを察したマドカは何処となく口を歪め、更に問い詰める。

 

『この間、私がスコールに反抗した途端に、あの無様な姿を晒してどう思った?』

 

『……ッ』

 

 それを聞かれた途端に、ヴァンの頭に様々な答えが過った。

 『もうやめてくれ』だとか、『どうしてそんなに反抗するのだと思った』だとかそんな答えだったが、どうにも目の前の少女が求めている答えと違った気がした。

 

 そして……ある結論に思い当たり……その答えを、言わなかった。否、()()()()()()

 

『自分も将来コードネームを持ったら、あのような目に合わされるかもしれない?』

 

『……ッ!?』

 

 いつまでも言わないヴァンの心などお見通しなのか、その言葉は正にヴァンにとって図星だった。

 そう、ヴァンは初めて、ここの大人達に疑念を抱いたのだ。あの時、何故あんな風に彼女を苦しめる必要があったのか。何故もっと穏便な方法で彼女を止めないのだとか。

 そもそも……彼女をあんな風に苦しめるのにどのような手段を用いたのか……ここの大人達は彼女にどのような処置を施したのだ……思い浮かぶ疑問は数々あった。

 

『ふん……まあいい』

 

 ヴァンの図星を突かれたような表情で少女は満足したのか、少女はそのままヴァンを通り過ぎて屋内に入っていく。

 

『監視用ナノマシンのバッテリーが残り少ないタイミングでお前と逢えて良かった』

 

『え……?』

 

 意味の分からないマドカの言葉に、ヴァンは更に困惑する。

 

『もしお前がここの大人達を信用できなくなった時は、私に言え。そうすれば来るべき時協力してもらう。そうすれば、私の事を()()()()()()()()()

 

『ッ!!』

 

 その言葉は、ひどく魅力的で、同時に危険な誘惑だった。

 間違いない。この少女は間違いなくここの大人達にたいしてナニカを企てている。この少女は危険なのだと、脳が警告する。

 ……同時に、この少女と肩を並べられるという、己の夢見た状況を夢想してしまう。ヴァンは自分がコードネーム持ちになる事で、この少女と肩を並べたいと夢見てきたが、少女が望む形でそれをかなえられるのであれば猶更だと思ってしまった。

 

 そうだ。

 そもそもヴァンがこの少女に惹かれた理由――――それこそ大人達顔負けの能力を持ち、自分と同じ年でありながら戦士として戦場に出ているからであり、その少女と肩を並べたいと夢見てしまったからだ。

 子供ながらの単純な動機だが、それでもどうしようもないくらいにヴァンはこの少女に惹かれていたのだから。

 

 彼女は自分の本名を嫌い、自分から名乗りもしなければ、他の子供を本名で呼ぶ事も嫌う。その理由はヴァンには分からない。

 

 ――――それでも、この少女と本当の名前で呼び合えたら……それはどれだけ……。

 

 気が付けば、少女の姿は既になかった。

 少女が何処に何しにいったかは、未だにコードネームを持たないヴァンには分からなかった。

 




久々の投稿です。

ニコ動とかでよく『オセロットって実は内心でリキッド見下してたろ」っていうコメント見る度にモヤモヤする作者です。

……いや違うだろう、リキッドになり切ったのはむしろオセロットなりのリキッドへの敬意だろう、最後だってソリッドと殴り合った後のFOXDIEでの死亡だし、演技はおろか死因までリキッドに準じていただろう……とか色々言いたくなってしまう。


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7話

 2XXX年。

 東欧の小国、ルクーゼンブルク公国。

 今や世を騒がすISのコアの原材料である時結晶(タイム・クリスタル)が発掘できる唯一の国としてみなされて以来、ここ数年で急激な発展を遂げた国。そのルクーゼンブルク公国の王城。

 その地下室で亡国機業の幹部と国王による交渉(というよりは脅迫)が行われている頃、エムことマドカはとある王城の子供部屋にいた。

 子供部屋とはいっても、豪華な装飾と子供部屋を思わせない教本の本が無数に立ち並ぶ本棚が設置されているのなど、普通の子供部屋でないことぐらいは明白だった。

 ――――自分がいたような、あんな真っ白な空間などではない。『大人達』がいた所とは正反対の場所だ。

 何も知らない子供がこのような派手な部屋に押し込められる感覚、それについて想像を巡らせつつも、エムはその子供部屋の壁に腕を組んで寄り掛かり、目を瞑って暇を潰していた。

 

 自分に、一方的に話しかけて来る、次期第七王女を余所に。

 

「エムとやら、この字は何と読むのだ! 日本語は文字が色々ありすぎて分からん!」

 

 自分よりも二つ下の次期王女が、何故自分のような何処とも知れぬ小娘が護衛に来ている事に気に留めずに話しかけて来るその姿は、如何ともしがたい滑稽っぷりであった。この小娘自身ではなく、この王国そのものに対して、エムはそう思った。

 

「ここの部分、ジブリルに聞いても、あやつもさっぱりだったようじゃ。エムとやら、お主なら分かるか!?」

 

 目をキラキラさせながら勢いよく身を乗り出して聞いて来る、ルクーゼンブルク次期第七王女のアイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク。いつも自分の護衛に付いている筈のジブリルがいない事に疑問など抱かず、今はただ自分と同年代の子供(エムの方が二つ上であるが)が自分の部屋にいるという事実に興奮を抑えきれないようであった。……同年代の友達がいなかった故の寂しさがあるのだと、同じく子供であったエムに察する事はできなかったが。

 

「それで、分かるのか、分からんのか、どっちなのじゃ!?」

 

 ……髪の色や肌の色、顔立ちからして自分がこの国の者でない事くらいは分からないものか。それに構わずこのアイリスという次期王女は容赦なく自分に母国語のマシンガンを放ってくる。

 一応、『大人達』からルクーゼンブルクの言語は頭に叩き込まれているため、エムも現地人と遜色ないレベルでルクーゼンブルク語を操る事ができるが、エムはあくまでこのアイリスという少女を護衛という名目で『監視』しているに過ぎない。

 普段は彼女を護衛している筈の近衛騎士団もおらず、ただエム一人が彼女の傍にいる。

 

 そう――――彼女自身は知らないが、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクは今、交渉の人質になっているのだった。

 

 

     ◇

 

 

 ルクーゼンブルク公国の王城の地下。そこにてある交渉が行われていた。

 一人の国王と、そして一人の黒服の男による、お互い、質素な木製のテーブルで対等に向かい合っての対談。

 否、交渉は明らかに王女にとって不利な内容だった。

 国王の眼前にいる黒服の男――――『亡国機業(ファントム・タスク)』の幹部の一人は、テーブルの上にこの国の要人たちの犯した不正の証拠となる資料や映像の数々。それらが大量にあったのだ。

 過去、現在に至るまでの不正。特に時結晶の中東闇市場における横領は、判明したのが過去の時点ならばそれ程問題視されないだろうが、ISの登場によって時結晶の需要と価値が大幅に上がった現在では違う。

 国王もそれを見越して、こういった事には厳重な注意を引き、これらの不正は全部取り止めたつもりだった。細かい内偵捜査の末、証拠とともに全て消したつもりだった。

 ……にも関わらず、一部の私腹を肥やさんとする役人は未だにこのような事を続けていたのだ。むしろ、内容的にはエスカレートすらしていたのである。

 

「それで、交渉に乗ってくれますかな……ルクーゼンブルク第六王女どの?」

 

「……ッ」

 

 丁寧な声音で語り掛けて来る幹部に対し、王女は顔を顰める。

 

(父と母が亡き後に……またもやこのような事をする不届き者が……!!)

 

 拳を握りしめる若き第六王女。

 今すぐにでもこの不正を行った要人を極刑にしたい思いに刈られるが、それはできなかった。ここまで細かい証拠があるにも関わらず、その下手人本人を明かすようなものが一切出ていない。此方に意図的に見せぬようにしているかのように……。

 王女にはすぐ分かった……おそらく下手人は、目の前の男が所属する組織が匿っている……いや、此方を脅す材料をより細かく洗い出す為に拷問し、代わりに身の安全を保障したのか。

 下手人は、自らのルクーゼンブルク内での地位を失いたくがないために、自らの悪行を晒すは愚か、この国すらも売ったのだ。……どことも知らぬ、この王城の何処かにいる役人によって。

 

 大方の事情を察した第六王女は、その事に怒りを覚えた。一国の王として、そして何より一人の人間として。

 そして今、自分すらもがそれをタネとして脅迫に屈さなければならぬ状況となっていた。

 

「大人しく要求を呑まなければ……次期第七王女、いや、貴女の大切な妹がどうなるか……」

 

 男は端末を此方に突き付け、その映像を見せる。

 そこには王城に用意された子供部屋の中に、自分の妹……アイリスの姿と、ソレを監視する一つの影がある。アイリスより二つ上くらいの子供。もし彼らが送って来た刺客でなければ、すぐにでもアイリスの遊び相手として招き入れたいくらいの年齢ではあった。年も自分達キョウダイと比べてもアイリスに近く、更には同性である。

 こんな状況でもなければ、間違いなく王女はその少女をアイリスの同性の遊び相手として招き入れたかった。

 だが、あの少女の目を見て、それは叶わぬ夢なのだと思った。

 少女の目は……映像越しでもただの子供がする目ではなかった。ウチの近衛騎士団に勝るとも劣らない凄みを感じさせ、他者を寄せ付けない剣呑さと、それでいて何処か他者を惹き付けるような存在感を放つあの少女。

 僅かに、皮肉気に歪められた口元は、一体何に対して嘲笑っているのか……とにかく、背丈と雰囲気が圧倒的に食い違っている。

 そんな印象を王女は、アイリスの傍にいる少女に対して抱いた。

 

「あの子は、関係ありませんっ」

 

「ならば、我々の要求を呑むべきだ。さもなくば、あの少女の凶刃が、貴女の妹君の胸を貫く事となる」

 

「――――ッ」

 

 下衆が、と叫ぼうとして何とか耐える。

 絶対に、許せない。

 この男も、自らの保身のためにこの国を売った下手人も、アイリスを人質に取る卑劣さも、そしてあのような年端も行かない少女に手を染めさせようとするこの組織も、そして……何より自らの部下の不正を見抜けなかった己自身に対して。

 自分達7人キョウダイの父と母は、末っ子であるアイリスを生んだ直後にこの世を去った。

 まだ幼きアイリスを政界に巻き込まんと、自分を含む6人のキョウダイは亡き父と母に変わってこの国を引っ張って行こうと尽力した。

 いずれはアイリスも国を背負う運命にある。ならばせめてその背中を見せてやろうと努力したのに、結局は父と母に及ぶ事もなかった。いくら末っ子を政界に巻き込まんと力尽くしても、そもそも残りの6人のキョウダイたち自体、このルクーゼンブルク公国を背負うにはあまりにも若すぎた。

 その結果が、これだった。

 

 不甲斐ない。あまりにも不甲斐なさすぎる。

 

「おっと、貴女方の誇る近衛騎士団を乗り込ませようとは考えぬ事だ。その瞬間、私は彼女に貴女の妹の抹殺命令を下さなければならない」

 

 どうやら外で騎士団を張り込ませている事すら向こうにはお見通しのようだった。アイリスを見張っている黒衣の少女にも隙はなく、何より眼前の男はそんな少女を子供扱いはしていなかった。

 

「それで、ご回答の程は如何に?」

 

 自分に、選択肢はない。

 そんな事はハナから分かっているにもかかわらず、王女はテーブルの下で拳を握りながら葛藤した。

 政治的な面で見れば、正直に言ってしまえばアイリスという次期第七王女の替えはいくらでも効いた。父と母の血を次いで生まれた子供達は自分とアイリスを除いても五人いる。だが、それでも妹を愛する姉としてならば、話しは全くの別である。

 そんな事など、あってはならない。

 

「……分かり、ました」

 

 そして、ついに王女は折れた。折れてしまった。

 結局は、彼女もこの国を売った役人と同じ。同じ道を歩む羽目となってしまった。その悔しさから涙が出そうになるが、必死に堪える。

 これ以上、国はおろか自分個人という弱みまでこの男に見せるわけには行かない。

 

「其方への、時結晶、および未登録ISコアの定期的な提供を、約束します。ですから、妹とこれらの証拠は――――」

 

「ええ。これで貴女方の国は何の問題も抱える事はなくなった。我々も未登録のISコアを手に入れる事ができる。お互いに有益な取引となった」

 

 どの口がほざくのだ、と内心で悪態を付く。

 最初から此方に選択肢などなかったではないか。

 結局、最初の下手人を裁く事すら許されず、亡国機業(ファントム・タスク)からの要求をまんまと呑まされる羽目となった。

 

「それと、ISコア及び時結晶の提供においては、我々が捕えた貴女方の要人を通して行わせてもらう。つまり、貴女方が不用意にあの男を処刑すれば」

 

「はい。我々はこの件に関しては詮索いたしません。我々自身はあくまで見なかったことにする。これでいいですね?」

 

「さすがはルクーゼンブルク第6王女。聡明で、話しが早くて助かります」

 

 どう見ても皮肉にしか聞こえないその言葉に屈辱を感じながらも、王女は耐えた。普段ならばこれくらいの言葉では彼女の精神が傷つくことはないが、今回に限っては違った。そもそも、自分も知らない国の不正を他者に暴かれたその時点で、彼女はもうこの交渉の場に立てるような精神状態ではなかった。

 妹を人質に取られ、こうして騎士団を動かす事すらできない。

 最初から自分達には不利な取引だった。

 

「用は、それだけですか?」

 

「はい。これで我々の用事は終わりました。交渉は成功し、妹君もそちらへ返すと、彼女にも伝えましょう。では、これにて」

 

 そう言って、男は席から立つと同時。未だ席に座っている王女に一つお辞儀をした後、数人の護衛とともに影の中へと消えていった。

 追手を差し向ける事も考えたが、妹の命を考えればまだそれは得策ではない。少なくとも、妹の安全が保障できるまでは、此方から動く事は許されない。

 

 やがて男の背中が見えなくなったと同時、王女の身体はブルブルと震えだす。

 

 己の不甲斐なさに対する憤慨と、それとこの国のこれからに対する不安。

 時代は移りゆく。ISの登場により男女の立場は逆転し、女尊男卑の時代が訪れた。それも時代の移り変わりだ。

 その恩恵にあやかって、自分も女の身でありながら王女に付く事ができたし、ISの登場により我が国の時結晶の価値が開発者に目を付けられ、そのおかげで急速な発展を遂げる事ができた。

 

 だが、それがあまりにも歪な形であったのだと、王女は今更になって気付いた。

 

 限りある、世界的に見るとあまりにも数の少ないISコア。その中で唯一篠ノ之束の恩恵により正規登録以外のISコアとその技術提供を受ける事ができた我が国。

 それ故、繁栄と共にその闇もまた助長する羽目となった。

 ただ希少価値のあるだけだった時結晶(タイム・クリスタル)の価値が大飛躍する事で、国の個人の野心に火が付く事となり、目を離した隙にここまで来てしまった。

 

 ルクーゼンブルク公国は繁栄した。しかし、それは同時に抱えていた闇を助長させるという代償を得る事になってしまった。

 軍事的優位が圧倒的にあった。だが、居場所の分からない敵に対してはその効力は薄く、裏で根を張るように行動する組織の前では無力だった。

 その慢心故、ISが世に蔓延る前からの国の暗部と向き合う事すら、何処か、本質的な部分で放棄していたのだ。だからこそ、その隠したつもりの尻尾を、闇の組織に掴まされる羽目になってしまった。

 ISによる恩恵を一番に受けた国であるからこその、時代と人の変化は、国における絶対的アドヴァンテージを得ると共に、最大の隙を作ってしまった。

 

「ア……アァ……」

 

 涙が零れる。

 その闇に対処しきれなかった自分、それ故闇の組織に付け込まれる事となった我が国。

 ルクーゼンブルク公国は父と母の時代よりも発展はしていたが、その歪さはより増した。そしてそこから目を背けていた。

 

 これでは、亡き父と母に合わせる顔も、愛する妹を守る資格すらない、王女でもないただの愚か者でしかないではないか。

 

「ごめんなさい……」

 

 王女は……否、少女は泣き続ける。

 

「ごめんなさい、父上、母上……ごめんさない……」

 

 ひたすらに、亡き父と母に謝り続けた。

 己の本音をぶちまけられる筈のキョウダイたちにすらその姿を見せず、こうして人目の付かない所で泣き続けた。

 

 

     ◇

 

 

 時は打って変わって、また王城の子供部屋。

 アイリスはいつまでもエムが相手をしてくれない事に凹んでしまい、涙を流しながら教本を一人で呼んでいた。

 何もまったく相手をしなかった訳ではない、彼女の言葉に合わせてエムもルクーゼンブルク語でアイリスの質問にはある程度答え、ある程度の相槌も取りはしたが、育ってきた環境がまったくの正反対である二人の子供が同じ空間に居座っても、普通の子供達のような空気が出来る訳などなかった。

 

 大人達から()()()()()()()アイリスと、『大人達』から()()()()()()()()エムでは、両者が子供の時点からもう価値観が決定的にズレていた。

 子供特有の機敏ですら相互理解する事は難しく、アイリスはエムの持つ豊富な知識を大人達から()()()()()()()と勘違いし、エムはアイリスの持つ教養を大人達から()()()()()()()()と勘違いし、両者の歩み寄りを限りなく不可能にしていた。

 『大人達』から叩き込まれたエムは、大人達から何かを与えられる事すらも嫌った。大人という種族を致命的にまで嫌っているエムに、アイリスが歩み寄ることなど出来る訳もなかったのだ。

 

「エ、エム……」

 

「……」

 

 アイリスの望む、真っ当な友人同士の関係を気付く事はもう不可能なのだと、アイリス自身も朧気ながら理解していた。

 それでも、諦めきれなかった。

 教本では駄目なのかと思い、本棚の下段から絵本を取り出し、再びアイリスはトテトテと壁に寄り添っているエムの方へ掛け迫る。

 

 一緒に読もうよ、と縋るような思いでアイリスはエムの目を窺う。

 エムはアイリスから目を逸らし、遠回しに拒絶の意を示した。大人達から与えられたソレを自分が読むなど、冗談じゃないとでも言った風に。

 エムの拒絶の意志は今度こそ、アイリスにもハッキリと伝わった。

 

「う……うゥ……」

 

 しゅん、と顔を俯かせ、アイリスはエムに背を向けてトボトボと絵本を床に置き、一人で読み始めた。

 何故だろうか、いつもは一人で読むだけでも十分夢を見て楽しい筈なのに、ちっとも楽しくはなかった。

 

 そんな、アイリスにとっての気まずい時間がしばらう続いた後。

 エムの持っていた端末に連絡が入る。端末を手に取り、内容を確認する。

 

“交渉は成功した。至急そこから脱出せよ”

 

 忌々しい大人からの、新たな任務が下される。

 もうここに自分がいる必要はない。

 後は、ここの部屋の外に張り込んでいる騎士団から逃げおおせるだけでいい。

 

「時間だ」

 

「……え?」

 

 突然意味の分からない事を口にするエム、アイリスは思わず振り向いて困惑する。アイリスは大人ではない。

 同じ子供としてせめてもの、エムなりの別れの言葉であると、アイリスは理解できなかった。

 困惑するアイリスの傍を通り過ぎ、エムは王城の窓を開き、窓際に足を乗せる。

 

「ど、何処へいくのじゃ!? もう少し……」

 

 ここで窓から去っていくこと自体に疑問を抱かないことぐらいに、子供心が追い詰められていたアイリスは慌ててエムを引き留めようとしたが、その言葉が言い終える事は終ぞなかった。

 

 

『皆の者!! 乗り込めえぇ!!』

 

 

 部屋の外から聞き覚えのある声による号令と共に、ドアが力強く開かれ、大勢の騎士たちがアイリスの子供部屋に乗り込んできた。

 交渉が成功し、同時にアイリスはもう人質ではなくなった。迅速な連絡によりそれを知った騎士団たちは一斉に乗り込んできたのだ。

 せめて、アイリスを直接人質に取った下手人を処刑するために。

 

 部屋に入って来た騎士団は早急にアイリスを確保し、同時に開かれた窓から白の外を覗き見る。

 既に、下手人の影はなかった。

 

「くそ……逃げられたッ……」

 

 敵の逃走を許してしまった事に悪態を付きつつも、男の騎士は窓を閉じて、無事だったアイリスの方へ振り向く。

 そこには……

 

「ジブリル……ひぐっ、ジブリルッ……うえぇええんッ!!」

 

 近衛騎士団の団長である女性騎士、ジブリルに泣きつく次期第七王女、アイリスの姿があった。

 周りの騎士たちはアイリスの無事に安堵すると同時、怖かっただろうとアイリスを同情の目で見る。人質という恐怖を味わったが故に、アイリスは最も信頼する部下たるジブリルに泣きついているのだと。

 周りの騎士はそう思っていた。

 

 しかし……。

 

「大丈夫です、アイリス様。もう……アイ、リス様……?」

 

 今だ泣きじゃくるアイリスを抱きしめる中、ジブリルだけがその違和感に気付いた。長年最も信頼する騎士団長としてアイリスを護衛してきた身だからこそ分かる、その違和感。

 

 アイリスは、恐怖で怯えて泣き、安心を得る為に自分の胸の中で泣いている訳ではない。

 アイリスは、悲しみのあまりに泣き、それを慰めてほしくて自分の胸の中に飛び込んでいるのだと。

 

 その違和感の正体を一瞬で理解したジブリルは、ふと窓の外を見やる。

 自らの敬愛する次期王女を怯えさせるのではなく、このように悲しませた下手人の姿を、幻視しながら。

 

 

     ◇

 

 

 一機のヘリが、ルクーゼンブルク公国から背を向けて飛び去って行く。

 そのヘリの中で、一人の男が側面の席に座りながら携帯で連絡を取り、一人の少女が中央の席に腕を組んで居座っている。

 噂通りの娘だ、とため息を吐きつつも、男は携帯で上層部と連絡を取っていた。

 

「ええ、交渉は成功。女王陛下はこの取引に応じてくれるそうです」

 

「はい。さっそく二つのISコアをウチに提供してくれるそうです。ええ、はい。承知しております。一つはイギリス政府へ、もう一つはオルコット家へ。時期は……分かりました。さっそく取り掛かり次第、後はスコールに一任します」

 

「アラスカ条約でISの兵器運用が禁止されている今、本格的な兵器としてISを作るならばコアネットワークから独立した未登録のコアが必須。イギリスとアメリカは喉から手が出る程欲しいでしょう。全ては計画通り。はい、ではまた……」

 

 通話を切る。

 ヘリは一旦、亡国機業のとある支部の基地で少女を降ろし、一旦燃料補給を終えた後に、男を別の支部の基地へと帰した。

 




やっとエクスカリバーへの伏線を作ることができた……蠅の王国まで……後何話かかるんだろう?


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オルコット家の事情

 あるイギリス貴族の夫婦の話をしよう。

 一族の名前はオルコットといった。イギリス貴族の中でも特に名高いとされる名家であり、その影響はイギリスの政界にすら大きな影響を及ぼしてきた上位階級の貴族の名である。

 夫は、そんな名家に婿入りした元一般人だった。それ故、元来からの優秀な貴族である妻には引け目を感じており、妻もそれを知って尚夫の事を受け入れていた。

 上位階級と元労働階級という立場故、二人の間における価値観は決定的に違っており、それ故裏での内心の衝突は多かったが、基本的はお互いに想い合い、そして愛していた。

 やがて、二人は子供を授かる事にした。

 生まれた子供の名前はセシリア・オルコット。

 

 そしてもう一人……二人は実娘とは違う、貧民層のスラム街で拾い上げた身寄りのない娘を育てていた。

 その娘の名前はチェルシー・ブランケットと言った。

 歳はセシリアよりも三歳年上であり、労働階級の出身故に彼女を見捨てる事ができなかった夫の要求を、唯一の我儘を、妻は受け入れた。

 チェルシーもまた名誉あるオルコット家のメイドとしての教育と知識を叩きこまれながらも、まるで実の娘のごとく二人はチェルシーの事を可愛がり、育てた。幼きセシリアもチェルシーに懐き、チェルシーもまたセシリアを可愛がった。

 まるで実の姉妹の如く中のいい二人を見て、妻と夫もまたその時だけは普段の貴族としての矜持も、元の立場の違いによる隔たりも忘れて笑い合う事ができた。

 

 だが、ある時妻は気付いた。

 そもそも、何故チェルシーがあそこまでセシリアを可愛がるのか。来てからそれなりの時間すらも立っていない段階であそこまで可愛がるのはさすがにおかしいと妻は気付いた。

 夫もまたそれに気付いた。

 そもそもの話、元々上位階級に対しての不満を抱える者が多い貧民階層の出身であり、しかも身寄りもなく幼き身で一人で生き続けてきたチェルシーが、自分達上位階級の娘に対して何の隔たりもなく可愛がるなどおかしい話だった。

 チェルシーほどではないにせよ、元々労働階級に位置していた夫に、妻はそのことを相談した。結果、夫はどうやら妻よりも早い段階でそれに気付いていたらしく、二人はそれとなくチェルシーに疑念を向けるようになる。

 勝手に拾っておきながら、勝手に疑ってしまうという、自身の大人としての無責任さを自覚しつつも、二人はチェルシーの動向を見守った。

 

 やがて……二人は聞いてしまった。

 チェルシーの膝の上で眠るセシリア。そのセシリアの頭を撫でるチェルシーは、優しい顔で、そっとその名前を呼んだ。

 

 ――――ああ、可愛い、()()()()

 

 一切の波長の光すら反射しない、ハイライトのない目で、まるで胸に空いた何かを埋めるような、その呟きは、二人をこれまでにないくらい震撼させた。

 二人はとうとう違和感の正体がわかってしまった。無条件でセシリアをかわいがるチェルシー……その違和感の正体。

 

 チェルシーは、セシリアの事など、見ていなかった。

 セシリアを通して、それ以外の誰かを、チェルシーはずっと見つめていたのだ。

 

 表向きはセシリアの名を呼んでいても、裏ではセシリアの名を呼ばす、夫婦も娘のセシリアも知らない誰かを、チェルシーはずっと求めていたのだ。

 それを知ったオルコット夫婦は、とうとうチェルシー本人に直接聞き出す算段に出た。これ以上セシリアを誰かと重ねてほしくない、ちゃんとセシリア自身を見てほしいという親としての願いもあったが、何より二人はチェルシー自身の持つ問題と悩みをどうにかしてあげたかった。

 

 故に、二人はチェルシーに直接聞いた。

 しばらくは黙秘を通していたチェルシーであったが、やがて二人の熱意に折れ、口を開いた。

 

 ――――自分には、生き別れた妹がいる。

 

 今にも泣きそうな声で、ようやくチェルシーは話してくれた。

 自分達には身寄りもなく、物心がついた時から既に二人きりで、毎日物乞いや窃盗などを繰り返しながら食を繋いできた。勿論妹にそれをやらせるわけには行かず、チェルシー一人でソレを実行し、妹をずっと守って来た。

 しかし、ふとした拍子に妹は、上位階級の大人達に拉致され、こうして行方不明なのだと聞いた。

 だから自分は、こうして行き倒れを装ってオルコット夫婦に近付き、少しでも妹の情報を得ようとしたのだという。

 だが、結局エクシアの情報を得る事はできず、もう妹に会えないのだと絶望している所でオルコット夫婦の実娘であるセシリアと出会い、妹と重ねていたのだと。

 

 幸せだった、とも。

 

 チェルシーは続けて言った。もう、自分の事は何処かに捨て去ってしまって構わない。貴方達を騙して自分は近づいた。そんな自分をこんなに可愛がってくれて、まるで実の親のようで、身寄りのなかった自分からすればまるで幻のような幸せな日々だった。

 

 もう、満足した。

 

 妹には終ぞ会えなかったけれど、もう十分に幸せだった。だから、もうこれでよかったのだと。

 後はここから出て、どこかで野垂れ死にでもすると、チェルシーはもう疲れ果てたような笑顔で、そう言った。

 

 二人は激怒した。

 特に夫の方は、ふざけるな、声高にしてチェルシーに叫んだ。妻の方も目を細め、厳しい目でチェルシーを見据えていた。

 チェルシーはそれを甘んじて受けいれようとした。

 自分はもうそれだけの事をこの二人にした。騙して、入り込んで、家族ごっこを演じた。これは報いなのだと受け入れようとした。

 

 だが、チェルシーの予想を裏切り、二人はチェルシーを捨てようとはしなかった。決して、貴女を捨てないと妻はチェルシーにいった。

 唖然とするチェルシー。

 

 ――――絶対に、君の妹を見つけ出して見せる。

 

 真っ直ぐな目で、夫はチェルシーにむかってそう言い放った。妻もまた夫のその言葉に同調した。

 

 ――――何故、そこまでしてくれるのですか?

 

 唖然としながら、チェルシーは夫妻に問う。

 自分は貴方達を騙した。貴方達を妹が連れ去った悪い大人達と同類だと勘違いして、なおかつ行き倒れを装って近づいたというのに、貴方達が良き大人である分かった後もその良心に付け込み続けた。

 そんな塵みたいな人間である自分に、何故そこまでしてくれるのだ。そのような優しさ自分ではなくセシリアに向けてあげるべきだと、チェルシーは言い放った。

 

 ――――そんな顔をしている貴女を、見捨てられる訳ないじゃない。

 

 次に、妻は普段とは違う優しげな、まるで実の娘をあやすかのような口調でチェルシーの疑問に答える。

 反省もしている、別の誰かと重ねていたとはいえセシリアの事も可愛がってくれた、我儘も言わず自分達に尽くそうとしてくれた。そんないい娘が今、自分達の前で反省と後悔に塗れた表情で座り込んでいる。

“そんな貴女を見捨てるなんて、私達にはできない”。

 妻は真剣な眼差しでチェルシーに言う。

 

 ――――君はもう私達の家族なんだ。家族がいなくなれば私も、妻も、そしてセシリアも悲しむ。

 

 家族……その言葉を夫の男性から言われた途端に、チェルシーの目から涙が零れてきた。

 それは、何よりも暖かい言葉だった。

 ……こんな、糞みたいな自分を、この人達は家族と呼んでくれるというのか。

 

 ――――貴女の妹を、必ず見つけ出すわ。もっと私達を頼って良いの。だから……貴女はずっと、ここにいていいのよ。……いえ、ここに……いてくれないかしら?

 

 その言葉で、とうとうチェルシーは泣き崩れ、夫婦の二人に抱き着いてた。

 

 

 

 それから数年たった夜……オルコット夫妻は、上に小さな電灯をともした食卓で向かい合っていた。

 数年前に引き取った娘、チェルシー・ブランケットの妹、エクシア・ブランケットを無事取り戻す事に成功した二人は、エクシアの今後の事について議論していたのだ。

 いや、議論というよりは、衝突していた。

 

「……無理よ。酷な話だわ。確かにその方法ならエクシアを助ける事ができるかもしれない。けどそれは……!!」

 

「けど、もうこれしかないじゃないか。あの子の心臓病を治す手立てはもうこれしかない。でなければ、あの子は一生あの延命装置に閉じ込められたままだ!」

 

 そう、数週間前、二人は貴族としての伝手を最大限に利用し、ようやくエクシア・オルコットの在処を掴み、こうして取り戻す事に成功した。

 これでようやく姉妹を再会させる事ができる。

 そう思った矢先……ある事実が判明したのだ。

 エクシア・ブランケットは心臓病を患っており、ずっと延命装置の中で生命維持液に漬けられたまま目を覚まさぬ状態であった。

 ペースメーカーでも、人工心臓でも直すことはできず、専門の医者からも治療は不可能であると言い渡された。

 

 ……しかし、一つだけ。

 

 一つだけ、方法が残されていた。

 

 イギリスの上層のIS部門では、機械と生体の融合、生体工学の研究が行われており、その一環として、「人間とISコアの生体同期」というものあった。

 人体の致命的欠損した部分にISコアを埋め込み、身体の一部分として同調させる事によって、生きながらえさせるという手法であった。

 

 だが、これにはある致命的な欠落を抱えていた。

 機能的な欠落ではなく、政治面での欠落が存在していた。

 

「仮に……仮にそんな方法でこの子が助かるとしても、この子は上のいいように利用される運命が待っているだけよ!! ISコアは皆コアネットワークで繋がっていて、それはIS委員会によって常に管理されている。そんな状況で……!!」

 

「なら僕達が守ればいい! あの娘との約束を忘れたのか!? ようやく取り戻したんだ! ようやく再会させる事ができるんだ! それなのに君は――――」

 

「貴方には分からないのよ! ただでさえ今のイギリスはISパイロットや代表候補生を都合のいい駒として見ている節がある! 私達だって上位貴族の一つでしかない。限界があるのよ!!」

 

「ッ! 君にこそ分からないだろう! 上位貴族様出身である君には! ひたすら身寄りのない身で幼い妹を守り続けて、上の身勝手な都合で引き離されて、それでもずっと妹の無事を祈り続けてきた貧民の娘の気持なんて分からないだろう!!」

 

 エクシア・ブランケットを実験体として保存していた施設は、政府の関連施設だった。この非道な研究に上が関わっている事は明白であった。

 しかも最悪な事に、エクシア・ブランケットは次期開発されるであろう第三世代機の特徴武装であるBT兵器を操るのに、これまでに類を見ない最高適正数値を叩き出していた。そんな逸材を、上が易々と見逃してくれる筈がなかった。

 このままでは、オルコット家が上からの陰謀で潰されるのも時間の問題であった。

 

「分かっていないのは、労働階級出身の貴方よ!! IS業界の闇なんて貴方に分かる筈ない! あの子は、エクシアは……既に逸材として政府に目を付けられているのよ!? このままじゃ……体のいいようにいつか利用されるなんて目に見えている。我がオルコット家の所有するコアを使った所で……コアネットワークですぐにバレてしまう! それくらいなら、このまま……!!」

 

 両者の言い争いはエスカレートしていく。

 今までも価値観の違いで幾度か衝突した事は多々あったが、ここまで白熱したのは付き合って以来初めての事だった。

 両者も正しく、間違ってなどいなかった。ただ自分達に尽くしてくれた娘とその妹、姉妹を再会させたいという一途な想い。同じ想いを抱きながらも、自らの家の限界を考慮し、いつか上に利用されてしまう事を予期し、このまま楽に逝かせてあげた方がマシだという心。

 どちらの言い分も筋が通っており、正しかった。

 

 両者は妥協し合う事もなく、譲り合わず、言い争い続けた。

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

「では、未登録のコアであればその危険もない。そうではないですか?」

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 突如として、暗闇の中から聞こえた声に、二人は一斉に辺りを警戒する。

 そして、コツ、コツとゆっくりとした足取りの音が部屋に響き、やがて光に照らされた領域にそれは姿を現した。

 

 左目に泣き黒子、髪先をリンスで見事に丸められた鮮やかな金髪、そして露出度の高いセレブファッションの出で立ちの女性。

 

 妻は、その女性に見覚えがあった。

 社交界でも幾度か見かけ、その度に少し挨拶する程度の仲であったが、それでもお互いの顔はしっかり覚えていた。

 

「貴女は……スコール・ミューゼル……?」

 

「お久しぶりです。いつかのパーティー会場でお会いして以来ですね、オルコット殿?」

 

 いつもパーティー会場で会う時と同じように、気品を感じさせるお辞儀をするスコール。妻もまたいつもの癖で同じように貴族特有のお辞儀で返してしまう。

 

「……どうやって、ここに入って来た?」

 

 そんな中、夫の方は警戒しながらスコールに問いかける。

 

「というと?」

 

「ここの警備は厳重だ。少なくとも、貴女のような淑女が簡単に入り込めるような場所ではない。一体どうやって……」

 

「フフフ……少しあの子に頼りまして……今、ここの警備員は皆眠っております。無論、セキュリティシステムも潜り抜けて」

 

「ッ!!?」

 

 スコールの口から放たれた衝撃的な事実に、夫妻は息を飲む。

 夫は慌てて壁の受話器に手を取り、警備部隊の無線に呼びかけようとするが、反応はなかった。

 全員、意識不明。

 夫婦の頭の中で導き出された結論はこれだった。

 

「我々に、何の用だ」

 

 警戒の姿勢を崩すことなく、夫はスコールに問いかける。

 殺気は感じない。

 どうやら自分達の命が目的で来た訳ではないようだ。ならば、彼女は一体何のためにここまでやってきたのだ?

 

「その前に、改めて名乗らせてもらうわ」

 

 しかし、スコールは夫の疑問に答える前に、いつもの社交場での敬語を崩し、砕けた口調になる。

 そこにはもう、社交場におけるスコールの顔はなかった。

 

「私の名は、スコール。『絶え間ない雨(スコール)』のコードネームを持つ、亡国機業(ファントム・タスク)の幹部。以後、お見知りおきを」

 

 再びお辞儀したスコールは、顔を上げて本題に入る。

 

「安心しなさい。貴方達をどうこうするつもりはないわ。ここの警備員には少しの間眠ってもらうだけ。その間に、私達は貴方達とある取引がしたいの」

 

「取引……だと」

 

「そう……エクシア・カリバーン。いえ、エクシア・ブランケットというべきかしら」

 

「「ッ!!?」」

 

 それは、スコールの口から聞きもしないであろう単語だった。

 二人は驚愕し、先ほどとは打って変わって訝し気な目線でスコールを見やり、夫もまた警戒の色を強める。

 

「やはり政府の回し者か!? どんな物を突き付けられようが、あの子は渡さ――――!!」」

 

「アナタ、待って!!」

 

 激昂した夫がスコールの前に立ちはだかろうとするが、それを妻が止める。

 彼女も眉間に眉を寄わせて不機嫌な顔になっていたが、それでも夫よりは冷静な様子だった。

 

「ごめんなさい、続けて頂戴」

 

「フフ、相変わらず聡明な方で助かるわ。では続きを、貴方達はエクシア・ブランケットを無事政府から奪い取る事に成功した。そして彼女の病を治す手段も存在している。だがそれはISコアを心臓部と置き換えて同期させるという非人道じみたもの。おまけにISコアはコアネットワークにより繋がっており、コア同士、もしくはコアネットワークを介した機器に反応してしまう。つまり、貴女方の保有するコアでは彼女を助ける事ができても、その今後が保障される事は一切ない。

 そうでしょう?」

 

「……全て、お見通しなのね」

 

 何処で情報が漏れてしまったのか、と妻は悔しい思いに駆られる。

 亡国機業……名前くらいは聞いた事があった。

 何でもISコアを狙うテロ組織として活動しており、まさか彼女がそこに所属する人間だとは思いもしなかった。

 

「それで、そうだとして、貴女方は一体我々とどのような取引をしたいの?」

 

「そうね。まどろっこしいのは面倒だし。単刀直入に言うわ」

 

 スコールは口を歪めながら、その甘美敵な内容を口にした。

 

 

 ――――未登録のISコア、欲しくはないかしら?

 

 

 それは、今の二人にとってはあまりにも魅力的な提案であった。

 

 

 同時に、悲劇の始まりでもあった。

 



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全貌

 事は順調に進んでいた。

 まずは不正を働いているルクーゼンブルク大臣が秘密裏に所有する中東の別荘から大臣を拉致し、拷問の末にその証拠を入手。

 その証拠でルクーゼンブルク公国第6王女を脅し、無事時結晶と未登録のISコアの提供させる約束を取り付ける事ができた。

 さっそく二つ提供を受けた亡国機業は、一つをイギリス政府に、もう一つをイギリスの上級貴族であるオルコット家に秘密裏に流す事を画策した。

 

 現在、イギリスはアメリカと共同であるISの開発に取り掛かっていた。

 無論、ただのISでない事は極秘であるからも分かる通りである。

 

 ISの名は、『エクスカリバー』と言った。

 かつてブリテンを統率していたアーサー王の使っていた名剣の名にちなんでつけられたそのISの形状は、文字通りの『剣』であった。

 表向きは人工の攻撃衛星(無論それすらもが極秘)、だがその実態はISコアを搭載した攻撃衛星である。

 つまり、このISの開発・研究は明らかにIS委員会の取り決め、およびアラスカ条約から反したものであるため、開発・研究自体を進める事はできても、コア・ネットワークを介してコアを認識する機器でその存在を察知されてしまえば瞬く間に計画は頓挫、開発を推し進めている両国もその権威を失墜させる事は明白であった。

 アメリカは元から持っていた世界的な権威を、イギリスは今始まったばかりの『イグニッション・プラン』における地位を著しく損失してしまうであろうことは間違いない。

 故に、両国は開発に着手する事こそできたものの、それはやはりある程度のレベルで止まってしまう

 いくら仮想空間上での実験で成功を重ねようと、現実で試せばどうなるか分かった物ではない。何の試行実験も重ねないで現実でいきなり成功に嗅ぎつける代物を作れたとして、そこで自国のコアを使えば必ず、早い段階でバレる。アラスカ条約に反した両国は、その権威を失墜する羽目になる。

 

 既にいくつかの実験段階をクリアしていた彼らは、ようやくエクスカリバーの試作機を作り出す事に成功していた。

 しかしそれはコア抜きの、外見の装甲と武装のみの話だ。その装甲(うつわ)に相応しいコア(心臓)操縦者(脳みそ)がなければ、何の意味も成さない。

 しかも、操縦者そのものに対しても稀代の適正が求められた。

 

 まず、この試作機とは違い、完成予定の本機はISコアとの完全なる生体融合適正に加えて、より高いBT適正までもが求められる。

 ここでいうBT適正とは、BT兵装……つまりは操縦者の脳による遠隔操作武装を扱うのにその操縦者がどれだけ適しているかを示す指標であり、エクスカリバーを操縦者()足り得る者に相応のBT適正がなければこの計画は途端に頓挫する。

 

 まるで出来の悪い、ピースの足りないパズルを延々と解き続ける悪夢のような作業だと、研究者たちは思った事だろう。

 

 しかも、()()()()()()()、本機のエクスカリバーはそもそも()()()()()()。その名の通り、巨大な剣の形をした攻撃衛星だ。

 手足などは不要。

 しかし、一般的なISの装甲は手足のパーツがあって成り立っている。そこにはある程度の人の動きの感覚を非搭乗時と違えないための措置――いや、そもそもISの定義は宇宙での活動を可能とするパワード・スーツなのだ。

 これでは操縦者はもはや操縦者とは呼べない、ただ搭載するだけの脳に過ぎない。

 ……話を戻そう、要するに人の身体を動かす感覚でエクスカリバーを操る事は決して不可能。それにそもそもの話、アメリカと英国はこのエクスカリバーを兵器として運用する事を想定しているため、操縦者はただの搭載パーツに過ぎない。

 故に、脳が命令するのではなく、()()()()()()()

 脳に電気信号チップを埋め込み、意識のない操縦者の脳から命令信号を送らせ、操縦者ではない、第三者の手によってソレを運用する。

 それが完成機エクスカリバーの開発目的なのだ。

 

 まずは試作型が開発された。

 本機とは違い、エクスカリバーそのものではなく、エクスカリバーの機能を搭載した武装を巨大の人型ISに搭載させたものであり、その巨人の持つ巨大な剣こそが、エクスカリバーという衛星砲の役割を担う物だった。

 つまり、その武装そのものが試作型エクスカリバーそのものと言えた。無論、エネルギーは本体であるISのコアから引っ張ってくるものなのであるが。

 他にも本機エクスカリバーに搭載予定の試作段階のBT兵器とその他多数の補助武装をIS本体は備えており、本機とはまた別の意味での兵器運用が期待されていた。

 また、本機はあくまで試作型であるためISコアと生体同期した人間が搭乗する事を想定しておらず、あくまで装甲内部のパーツであるISコアと操縦者をISコアと繋がっているコードを操縦者の専用ISスーツに取り付けられたプラグに接続する事によって疑似的に生体同期するタイプであるため、理論上ではただBT適正を持っているだけのISパイロットでも操ることができる仕様になっているのだ。

 しかし、先でも述べたように、あくまで出来上がったのは装甲(うつわ)と武装だけ。

 

 だが、とある闇ルートで未登録のISコアを入手した事で、彼らの研究はまた進んだ。まずはその手に入れた未登録のISコアをさっそく試作型エクスカリバーに搭載し、ある程度のBT適正を持つテストパイロットに操縦させた。

 結果、あくまで疑似的な生体同期でしかないソレは、操縦者に多大な負担を強いる者であり、さらには試験的に搭載したBT兵器は操縦者の脳信号に過剰に反応し、暴走する始末。中には操縦者の意志は愚か操縦者の感情のみにすら反応し、IS本体そのものが暴走する事態に至り、こうして試作型は失敗作として放置される事となった。

 

 結果、そのテストパイロットは廃人寸前までに追い込まれたが、肝心の武装である主砲の威力は見事、目標とする衛星砲と同等であると判断され、ある程度の成功とみなされ、ようやく完全機の開発に取り掛かる事になった。

 

 だが、そこでまた次の問題が発生する。

 幸運にも彼らは、とあるスラム街で驚異的なBT適正を持つ子供を見つけ出す事に成功。しかも都合のいい事にその少女は重い心臓病を患っており、ISとの生体同期手術を施す口実も丁度良く出来上がった。

 無事に身体改造を成功させ、生命維持ポッドに眠らせ、後は空いた心臓に未登録ISコアを埋めるだけであった。

 しかし、いよいよ完全機の開発に取り掛かる直前、研究機関に保存されていた少女の身体を、何者かが持ち去ってしまったのだ。

 

 彼らは焦り、途方に暮れた。

 何時、誰が、何処に、その少女を持ち去ったのか、見当も付かなかった。

 

 

「そう、彼らは慌てたでしょうね」

 

 貸し切りとなったホテルの上層階で夜景を楽しみながら、スコールはゆっくりとグラスを置く。

 

「せっかく、亡国機業(私達)が流した未登録のコアを手にしたにも関わらず、肝心の適合者を手放してしまったのだから」

 

 カップの紅茶を少量啜り、ソーサーに置く。

 オータムが隣に座り、夢中でスコールの話を聞き、エムは反抗的な目でスコールを睨みつつも彼女の話を聞くしかなかった。

 

「そう、ここまでもまた私達が用意したシナリオ。まずはイギリス政府に未登録のISコアを流し、エクスカリバーの研究をある程度進めさせる。同時に……オルコット夫妻が探し求めるエクシア・カリバーンの情報を、彼らが探る情報網の中にそれとなく混ぜ込み、掴ませた」

 

「だが、その時のエクシアはまだISとの生体同期での手術を完了していなく、言わば下地を敷いた段階に過ぎなかった。故に、オルコット夫妻自身もまた彼女の心臓病を治療するための、未登録のISコアが必要になる」

 

「そこでエム、今回もまた貴方に手伝わせてもらったわけ。貴方がオルコット宅の警備員を全員眠らせてくれたおかげで、私は易々とオルコット夫妻に交渉を持ち込む事に成功した」

 

「金と引き換えに、彼らはよろこんで二つ目の未登録コアの提供を受けてくれたわ。これで、未登録コアの一つは政府のIS研究機関に、もう一つの未登録コアはオルコット夫妻に渡った」

 

 後は分かるでしょう?

 スコールは顔を振り向き、オータムとエムに問う。

 オータムはそのスコールの優美な姿に目を輝かせ、エムはただスコールの話を聞くたびにその敵意を孕ませるだけであった。

 エムがスコールに敵意を向ける理由は明確――この件もまた、汚い大人達が何の罪もない子供を玩具のように弄ぶ物語だからだ。

 二人の姉妹に起こった悲劇により、一人は実験体として弄ばれ、もう一人は失った妹を求めて大人達に利用される道を選び、まったく無関係だったもう一人の娘も大人の汚い世界に片足を突っ込む結末となってしまう、この物語を、エムはどうしようもなく憎んでいた。

 その物語を操る汚い大人達の一人、いや二人が、目の前にいるのだ。

 ついこの間までアフリカの村落で少年兵を率いていたエムからしてみれば、とてつもなく不愉快な話だった。

 

 さて、その物語とは?

 

 その結末は、亡国機業という反社会的テロ組織からもたらされたISコアを手に取ってしまった、オルコット夫妻の最期を持って語ろう。

 

 

 

 

 様々なオルコット家の関係者が集まる欧州横断鉄道を走る列車。その中央の車両に、オルコット夫妻は座っていた。

 二人の気分は、ついこの間見つかった自分達の拾った娘の妹、エクシア・ブランケットの事について言い争っていた時よりもはるかに軽くなっていた。この間までの言い合いが嘘であるかのように、二人の眼には希望が満ちており、二人の頭の中もまた同じ光景が浮かんでいた。

 ――――自分達、娘のセシリア、チェルシー、その妹のエクシア。五人がテーブルの食卓で向き合い、何処にでもいる家族のように、一緒に食事をする光景。

 ――――セシリア、チェルシー、エクシアを机に座らせた状態で並べて、それぞれにオルコット家における役目や教育を施している光景。

 ――――セシリアが妻の跡を継ぎ、チェルシーとエクシアがその補佐を務めている光景。

 それらは皆、二人の仲で思い浮かべる将来のオルコット家の未来像だった。

 例え、どんな形であっても、これでようやく自分達は家族であり続ける事ができる。

 セシリアが生まれた。チェルシーを拾った。チェルシーの悩みと過去を打ち明けられ、数年の苦労の末に上の奴等から彼女の妹であるエクシアを奪い返す事に成功した。

 エクシアのこれからについても目途が立った。

 

「本当に、色々あったな」

 

「……ええ、そうね。こういうのも何だけど、あの人に……スコールに感謝しないと」

 

「そうだな。でなければエクシアだけでなく、僕達も」

 

 もしかしたら、別れる羽目になっていたかもしれない。

 テロリストと取引する事になるとは思わなかったが、それでも何とかエクシアを助ける目途が出来た。

 助けるだけなら出来たが、今後の保証が皆無であった状態であったがオルコット夫妻にとっては渡りに船だった。

 登録済みのコアではエクシアも、自分達も危ない事を悟り、コア・ネットワークを介した探知機の検知されない未登録のコアを使う事でそれを解決できたのだ。

 手術も無事成功し、今彼女は隣の車両の寝室ですやすやと眠っている。生体とISコアとの同調率も正常値を維持、このままならば無事目を覚まし、彼女に外の、光の当たる世界を見せてあげる事ができる。

 何より、姉のチェルシーと再会させる事ができる。

 家族として迎え入れる事ができる。

 オルコット夫妻の、数年の苦労はようやく報われたのだ。

 

「……貴女には、謝らなければいけないわね」

 

「何だよ、それば僕だって……」

 

 お互いに目を逸らし、両者は気まずそうに笑った。

 あの夜での白熱した言い合い、それはもうすさまじい物だった。スコールの介入がなければ自分達はエクシアの事など忘れて互いを罵倒しあい、取り返しの付かない所まできていただろう。

 例えテロリストであったとしても、今だけは彼女に感謝の念を抱かざるを得ない。本来、政府に貢献する貴族として、テロリストと取引するのはどう考えても許されない事であるが、それ以前に政府に逸材として目を付けられているエクシアを奪うという敵対行為を既にしている身としては、そのような想いも若干ではあったが薄かった。

 

「ごめんなさい。貴方の方が正しかった。未登録のISコアを使うなんて発想に思い至らずに、このままだと私はただあの子に、エクシアに無駄死にをさせるだけだった……それに……また貴方の事を労働階級風情だと見下して……嫌だ、私、あの時から全然変わってないじゃない……」

 

 後悔しながら妻はこれまでの事を思い出す。

 二人の出会いは最初こそ最悪と言っていい物だった。

 お互い雇い主と労働者、そういう関係だった。そして、雇い主はその雇用者の能力に目を付けて、最終的には自分の傍に置いた。

 やれこんな私の傍に入れる事を光栄に思いなさいだの、平民風情が貴族たる私に意見をするなだの、散々だったと言っていいだろう。

 だが、目の前の男は自分のその発言に耐えながらも、最終的にはそんな自分を受け止め、諭し、変えてくれた。

 

「僕の方こそ、ごめん」

 

 今度は夫かが頭を下げた。

 

「僕の方こそ考え無しだった。オルコット家の所有するISコアとはいえ、不用意にイギリスのISコアを使ってしまえばどうなるか……それでオルコット家がどうなるかなんて、考えてもいなかった。僕は、チェルシーとエクシアを再会させて、君とセシリア、五人で一緒に過ごす未来しか考えていなかった。他の事なんてちっとも気にして何ていなかった……未登録のISコアの話なんて出ていなければ、僕はとんでもない過ちを犯す所だった」

 

 本当に能天気で救えない馬鹿野郎だよ、と夫は自嘲した。いや、それだけじゃない。自分は一瞬でもコアと生体融合したエクシアを『将来、やがて来るであろう戦いにおいてセシリアの力にしよう』などと考えていた。

 そうだ、自分は妻が言っていた、エクシアを兵器として利用しようとした大人達と同類だった。知らずの内に、夫もエクシアを利用しようとする悪い大人になる所だったのだ。

 

「違うわ」

 

 そんな独白をする夫の言葉を、妻は否定した。

 

「仮に登録済みのコアを使うとしたら、どんな形であれエクシアが使い物になるという事をアピールしなければならない。他ならぬエクシアがこのオルコット家を居場所とできるように、他ならぬエクシアのために。貴方は、その先の事もちゃんと考えていた。それなのに私は……私は……オルコット家の限界などと言い訳して……」

 

「分かった……もういい。この話はやめよう! もっと建設的な話をしよう」

 

「ふふ、そうね」

 

 あの夜での言い合いと同じくこれ以上続けると収拾が付かなくなる事を両者は悟り、今度は屈託のない笑顔で笑い合った。

 昔から自分達はこうだった。夫も、普段は当主である妻の顔を立てて、表では彼女に引け目を感じていたが、いざこういう重要な話になる度に両者は互いに譲らずに衝突する事が多々あった。

 結局の所、自分達はあの頃から変われていない……変わっていないのだ。

 

 お互いにそのような認識をすると同時に、頭の中を切り替える。

 

 そう、これからの話をしなければならない。

 まだバレていないとはいえ、オルコット家は既に政府に対しての敵対行動を取ってしまった。名誉あるオルコット家、とりわけ今代の当主である妻は、様々な会社を経営しては、様々なプロジェクトを打ち立てて大成功を収め、オルコット家を更なる高見に昇華させた。

 そんなオルコット夫妻の今回の所業が国内に洩れれば、たちまちイギリスの政界はおろか、業界にまで影響が及ぶだろう。

 それだけは避けなければならない。

 それはまるで今も尚自らの所業を隠匿し続ける政府と何ら変わりはないが、それでも、そんな汚い大人のやり口を使ってでも、しなければならない。

 

「まず、エクシアのコアについては一先ず安全と見ていいだろう。それからは――――」

 

 夫が口を開こうとした、その時――――

 

 彼らの世界は、横転(断絶)した。

 

 

     ◇

 

 

 その日、多くのオルコット家の関係者を乗せた欧州横断鉄道列車が横転した。

 死傷者が百人を超える大事件となり、この事件はイギリス中で報道された。

 原因は未だに不明。

 その事故によりオルコット家の関係者の死傷者多数、オルコット夫妻の死亡も確認された。

 一度は陰謀説が囁かれたが、警察は報道陣に向かって、事故の状況を説明し、その線をあっさりと否定した。

 

 ……ただ一つ、寝台車両の寝室にて、一人の少女らしきDNAの痕跡が確認された事を除いていては。

 警察はそのDNAの元々の持ち主を調べたが、少なくともイギリス国内のどの人間とも一致はせず、捜査は難航し、警察は世論の混乱を防ぐ為にその事をマスコミに開示する事はなかった。

 

 

     ◇

 

 

「ええ、分かるはずないないでしょうとも。何故ならそれは戸籍上は存在しない筈の人間。それも政府が過去に攫った少女のDNAとなれば、政府は警察に心当たりを問われても答える筈がない。何故なら、その少女は今も自分達の手元に置いてあるのだから」

 

 そう、オルコット家の政府への敵対行動を、政府が、いやイギリス諜報部(SIS)が見逃す程甘くはなかった。

 オルコット夫妻が亡国機業から未登録のISコアを齎されたという情報を入手し、彼らより先回りをし、オルコット一族の関係者だけが乗る欧州横断鉄道列車を事故に見せかけて転倒させ、エクシア・カリバーンを奪い返す事に成功した。

 

「そうさせるために、態と私達は痕跡を残した。SISはオルコット家と私達の取引情報を掴めるように。結果、イギリス二重の意味で得をしたわ。

 結果的には自分達の手元には未登録のISコアが二つも。しかも既に一つは自分達の当初の目的だった『エクシア・カリバーンとISコアとの生体同期』に使われている状態。態々自分達で手術する必要もなく、探知を潜り抜ける事ができるISコアを手に入れ、更にはエクシア・カリバーンを取り戻せた事により、アメリカに対してようやく行き詰った研究・開発の再開を宣言できる。アメリカの資金援助と技術支援も再び取り付ける事に成功し、こうして完成機エクスカリバーの開発の目途が完璧に立った」

 

「今頃、イギリスとアメリカは完成機の開発にいそしんでいる頃でしょうね。もう一つの未登録コアの存在により、試作機のデータも取る事に成功した。

 無事、エクスカリバーは開発されるでしょうね。()()()()()()()()()

 

「ルクーゼンブルク公国から頂いた二つの未登録コアには、ある仕掛けをしておいたわ。機動したその途端、いつでも制御を私達に移す事ができるように、ね……」

 

 紅茶を飲み干し、再びソーサーにカップを置くスコール。

 これが、今回の事件の全容だった。

 これで、いつの日か亡国機業は、完成したエクスカリバーを横から掠めとる事になるだろう。

 その時が、楽しみだ、とスコールは笑った。

 

「それにしてもよ、上もよくそんな事を思い付よなぁスコール。アイツら、まさか私達の掌の上で踊っているとも知らず、必死に条約回避に手段まで漕ぎつけて兵器開発とは、ご苦労な事だぜ、まったく。

 いずれ横から掠め取られる事も知らずによ」

 

「……という事よ。理解したかしら、エム?」

 

 言って、スコールはエムの方を一瞥。

 エム自身、憎い程に理解している事はスコールも承知の上だった。

 その上で聞いたのだ。いや、思い知らせたかったのかもしれない。

 

 ――――これが、大人のやり方だと。

 

 いずれ貴女もいつまでも無鉄砲な子供ではいられなくなる。癇癪を起すだけの子供のままでは生きてはいけないのだ。

 頭を使う生き方を、お前は覚えなくてはいかないのだと、スコールは遠回しにそう諭したつもりだった。

 

「……」

 

 無言のままだが、その眼に籠る敵意が尚膨れ上がっているのをスコールは感じた。

 それを見たスコールはハァ、とため息を吐く。

 

「勘違いしているようだから言うわよエム。今回、確かに私達は貴女と同じ年の子供を弄ぶ物語を作り上げた。貴方が最も嫌う、その物語(サーガ)をね。

 けれど、忘れない事ね。今回、貴方もまたその『私達(大人)』の一人である事を。この物語を作るのに手を貸した、子供を弄んだ加害者の一人である事を忘れない事よ」

 

「……チッ」

 

 舌打ちが漏れる。

 常人がその瞳に射抜かれれば、それだけで殺されてしまいそうだ。

 それくらいに、少女に瞳に映る大人達に対する憎しみは尚膨れ上がっていた。

 

「学習しなさい。貴方は非力な子供でしかない。弄ぶ側に回りたいなら、力を付けて、その上で大人になりなさい。

 そうしなければ私達に生きる道は――――」

 

「もういい、分かった」

 

 スコールの言葉を遮り、珍しくエムが口を開いた。

 珍しく自分から口を開いたエムに興味が湧いたスコールは、身体ごとエムの方に向ける。

 この物語を目の当たりにしたこの子は今更、自分にどのような減らず口を叩いて来るのかと期待したその時。

 

 

「用は貴様らも、()()()()()()()()()()()()()()。だからそんな風になった。そう言いたいのだろう?」

 

 

 その発言は、あまりにも予想外で。

 いつものような子供じみた文句が連発されると思っていた筈なのに、その言葉は――――グサリと、まるで脳天に刃物を刺されるかのように、その思考を断ち切られた。

 

 

 そして、しばらくたった後。

 

 

「――――おい」

 

 

 まず口を開いたのはオータムだった。

 腰からナイフを抜き、刃先をエムの首筋に当てた。

 

 

「もう一遍言ってみろ、餓鬼」

 

 

 刃物を押し当てて脅すオータムであったが。

 エムはそれに押される事なく、そんなオータムを嘲笑うかのように、鼻で笑った。

 いつも皮肉気に歪められたその口元は、今度こそこの世界や大人達ではなく、自分達(スコールとオータム)にむけて嘲笑っていた。

 まるで、憐れむかのように。

 

 

 

「そうかい。言い残す事がねえんなら――――」

 

「やめなさい、オータム」

 

 そこに、スコールが制止をかけた。

 何故だ、とオータムは視線でスコールの方を追うが、そこでオータムも気付いた。

 

 スコールの目も、笑っていなかった。

 

 まるで今すぐにでもこの餓鬼を葬ってやりたいのを、必死に我慢しているようだった。

 

「その子には、どうせ何もできはしないわ」

 

「それでも、スコールッ」

 

 納得できない、とオータムはスコールに食いついた。

 この餓鬼は今言ってはならない事を言った。

 スコールを、自分の愛しい人物の事を何も分かっていない癖して、あろう事か弱い子供でしかなかったと言い放った。

 それも、嘲笑いながらだ。

 そんな事、許容できるか。

 

「ほら、ここにおいで、オータム」

 

 言って、スコールはスカートを捲る。

 美しい美肌の《生足》が露わになり、オータムの目線をくぎ付けにする。

 オータムは、もう先ほどのエムの発言などどうでもいいように、その魅力的で、煽情的な姿に目を奪われてしまった。

 

「ス、スコール……!」

 

「ほら、いつもの貴女に戻って。綺麗な顔が台無しよ」

 

 その言葉に、オータムは顔を赤らめ、顔を俯けた。

 ああ、その言葉は反則だ。

 もう、さっきの事なんて、どうでもよくなってくるじゃないか。

 

「最近ご無沙汰で、中々休まらなかったの。……だから、抱いて」

 

「スコール……」

 

 上目遣いでそうお願いしてくるスコールの誘惑を断ることはできず、オータムはスコールの隣に座り、スコールの身体を抱いた。

 

(下らない。下らないな)

 

 完全に二人の世界に入ってしまったスコールとオータムを再度嘲笑い、エムは部屋のドアへと向かう。

 同性愛――――大凡遺伝子に固執しているマドカにとってみれば、それは度し難いものだった。女同士では子を成せないのに、同種の遺伝子を持つキョウダイという訳でもないのに、何故あそこまで愛し合うのか。

 

 いや、単にあれは逃げているだけだ、とエムは結論付けた。

 

 スコールと直接戦い、その感触を肌で感じ取ったからこそ分かるエムであった。

 表面上、普通に触っただけでは普通の人間の感触と遜色ないが、スコールは間違いなくサイボーグだ。

 体の生身のパーツは機械に置き換えられ、その脳みそが本来己の身体でない筈の鋼鉄の身体を動かしている。

 

 そう、スコールはもう子供を産めない。

 

 男と子を成せない。愛し合う事もできない。

 故に、オータムという男らしい女性にしがみつき、甘え、慰めてもらって、その事実から逃避している。

 オータムでさえ、スコールの正体に気付いている様子はない。……薄々と勘づいてはおろうが。

 

 そう結論付けたエムは、もうここには用はないと言わんばかりに部屋から去って……取手に手をかける直前、視線を感じて振り向いた。

 視線の主はスコールだった。

 オータムに体を抱かれている状態で、鋭い眼光の視線だけをエムに向けていた。

 

 ――――貴女もいずれ、こうなる。大人になってしまえば分かるわ。

 

 そう言われているような気がしたエムは、それに気にした風もなくドアの方へ振り返り、心の中でその視線に返答した。

 

 ――――私は、貴様らとは違う。

 

 心の中でそう言い残したエムは、部屋から出ていい、自室へと向かった。

 

 

 

 




原作でイギリス政府がセシリアの両親が死んだ列車事故に関わっている描写はありませんが、チェルシー曰く、原因が「エクシアのコアは亡国機業からもたらされたものだったから」と説明しているので、どう考えても政府の関係者だろうという結論しか出ませんでした。

エクスカリバーの件といい、IS世界のイギリスって真っ黒すぎる……


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10話

 分かっていた。

 己の運命は全て決まっている。

 所詮、己は遺伝子の海から捻くりだされた絞りカスでしかない事を。身勝手な大人達に生み出され、役に立たたないと分かれば闇に葬られる存在であると。

 自分は所詮、『大人達』があの女の遺伝子が自分達の手元に残るように作っておいたスペアに過ぎないのだと。

 

 そしてあの女は、ソレを知らずして自分が背負う筈だった運命を私に押し付けた。

 そうだ、もう『大人達』の目論見は既に達成していたのだ。

 自然が生み出した究極の人類の誕生により頓挫となったプロジェクト・モザイカ――通称、織斑計画。しかし、最高傑作と呼ぶべき人類は作り出す事に成功し、その遺伝子の種を世にばら撒く個体も生み出す事が出来た。

 

 ああ、そうだ。

 織斑千冬が『大人達』の所から抜け出そうが抜け出すまいが、世に放たれた時点で『大人達』の目論見は既に達せられていたと言ってもいい。何故なら、あの女の遺伝子を持つ私を手元に置くことができ、かつ最高の人類に近いスペックを持つ遺伝子を世に放つ事に成功したのだ。

 織斑千冬も、知らずの内に自分が『大人達』の目論見を達成する手助けをしたとは思うまい。無論、この私の存在さえも。

 

 そうだ。私はあの女に生贄にされたのだ!

 

 お前が『大人達』の所から逃げる事ができたのも、今も『大人達』の追手が来ないのも、これほど目立ち有名になって尚『大人達』がお前を捕まえようとしないも、全ては私という生贄がいたからだ!

 お前が背負う筈だった運命を押し付けられ、お前は逃げた!

 運命に従える力を持ちながら、力の劣る私にその運命を押し付けて、お前はそうやってブリュンヒルデという高い席に居座っている!

 

 そうだ、貴様の望み通りだ。

 

 良かったな、知らずの内に運命を押し付けられる存在(ドッペルゲンガー)がいて、お前は知らない顔でそうやって頂点にふんぞり返っていられる。

 さぞ気持ちが良かろう

 私に見向きもせず、視界に入った弟を連れ、姉弟で仲良く家族ごっこを楽しんでいる。それでいながら『大人達』に与えられた(遺伝子)を存分に振るい、『白騎士』として世界を敵に回し勝利し、思い通りになった世界でブリュンヒルデとして君臨し、崇められている。

 

 そして私は貴様の『(ドッペルゲンガー)』であり続けなければならない。貴様と比べられ、劣らされ、こうして貴様に代わって『大人達』に弄ばれている。『大人達』から抜け出せた後も、貴様という遺伝子のおかげで私は大人達の支配から逃れる事はできなかった。

 

 全て貴様のせいだ!!

 

 ああ、本当に残念だよ姉さん。

 私と同じように生み出されたアナタは、『大人達』に身勝手な理由で生み出された貴様は、今ではもう立派な、私の忌み嫌う、無責任な大人になり下がった。

 

 私に運命を押し付けて逃げておきながら、その運命に使う筈だった力を関係ない事に好き勝手振るい、与えられた力だという自覚もなく、貴様の行動はあまりにも矛盾している。

 

 私? ……私か?

 

 私は貴様とは違う!

 

 押し付けられた運命だが、貴様と違って逃げはしない!

 この遺伝子に込められた呪いという運命、貴様が押し付けたソレに、私は従ってやる! そしてその上で乗り越えてやる!

 

 呪われた運命を打ち破るために、私は私の忌み嫌う貴様譲りのこの遺伝子に従ってやる! 貴様の望む通りにな。

 

 だが姉さん。

 私は貴様の望み通りになっても、決しては思い通りにはならない!

 このまま悠々と王様気分をいつまでも味わっていられると思わない事だ。

 私というドッペルゲンガーの存在に感謝しろなどと言わない、今更(いもうと)を捨て、あちら(おとうと)を選んだ事など恨みはしない。

 奴等と同じく無責任な大人になり下がった貴様に選ばれる等、此方から願い下げだ。

 

 そんなもの、大人に支配される事に甘んじるのと同義だ。

 

 私に押し付けたからと言って、自分がその遺伝子の呪いから解放されたなんて思わない事だ。私も、貴様ら姉弟も、この遺伝子に込められた呪いから逃げることなど絶対にできない!

 

 私達は作られた怪物(ビースト)

 私達を作るために既に999人のキョウダイが犠牲になっている。 光を消さない限り、影を消しても意味はない。

 

 貴様という『光』が存在する限り、永遠に貴様の『影』であり続けなければならない私と同じように。

 

 だが、私は貴様とは違う。

 

 逃げた貴様とは違う。押し付けた貴様とは違う。この呪われた運命に逆らわない。そのうえで、その運命を乗り越えて見せる!

 

 

 

 

 だから、その為に、姉さん――――

 

 

 

 

 ――――まずは、貴様を殺す。

 

 

 

     ◇

 

 

 あの欧州横断鉄道の列車横転事故から数か月が立ち、イギリスの各業界は未だにこの事件の波紋は収まってはいなかった。

 オルコット家の当主として、数々の成功を収めてきた妻、そしてそれを裏方から支えてきた夫の死亡により、その恩恵を受けてきたイギリスの各企業や、または海外進出企業などが内部で混乱し、ゴタついていた。

 それは無論、IS業界においても例外ではなく、事故――否、事件を裏から糸を引いていた政府関係者は、そんな代償を払ってまでも、これからIS業界のために極めてBT適正の高い少女を再び奪い返す事を優先した。

 

 それでも、さすが時期が悪かったと言っていいだろう。

 もうじき、同じくイグニッション・プランに参加しているドイツの地で、第二回モンド・グロッソ大会が行われようとしていたのだ。

 勿論、イギリス代表もこれに参加させる予定であり、その直前にこの様では色々対応に追われてしまう。

 政府も焦っていたという事だった。

 

 それでも、この代償と引き換えにアメリカとのパイプを強くしつつ、例の少女を取り戻し、こうして無事エクスカリバーを開発する事ができたのだから、それに比べれば安い者だと政府は割り切った。

 アメリカと共同で開発した生体同期IS――表向きは攻撃衛星であるエクスカリバー。パイロットの意識を意図的に遮断し、脳に埋め込まれたチップにより第三者の手で遠方から操作を可能にした初のIS。

 未登録のコアの使用によりアラスカ条約における条例や、コア・ネットワークを介したコア探知機の探知も潜り抜ける事が出来、完全なステレス仕様で宇宙(そら)から強力なレーザー砲撃を放つ事が出来る。

 正に画期的な“兵器”であった。

 

 そして今、そのエクスカリバーが今、ロケットにより打ち上げられようとしていた。

 表向きは政府がIS開発部門が開発した試作型人工衛星の打ち上げを、イギリスの宇宙開発局に要請し、宇宙開発局はこれを受託。

 

 イギリスのロケット発射台にて、エクスカリバーを搭載したロケットが打ち上げられた。

 表向きは人工衛星の打ち上げなので、多くの報道陣やカメラマンがその様子を撮影した。

 

 ロケットは大気圏を離れるにつれ、順番にパーツを切り離していき、ついに内部に搭載していたエクスカリバーを軌道上に乗せる事に成功した。

 

 ――――IS『エクスカリバー』、これより起動します!

 

 

 

 

 搭載された少女と生体同期したISコア、そのエネルギーを装甲である刀身全体に行き渡らせ――――エクスカリバーは、ついに念願の起動を達成した。

 

 ISの極秘開発局はこの事実に大いに歓喜した。

 当たり前の反応と言っていいだろう。

 何せ、自分達の長年の開発・研究が報われ、こうして聖剣は自分達の武器として宇宙の軌道に乗ることに成功したのだ。

 これで、自分達の苦労は報われると思った、その時――――

 

 ――――ッ!? 緊急事態発生!! エクスカリバー、此方の制御を受け付けません!

 

 そう、その歓喜は、そこまでだった。

 瞬間、多くのモノが顔を青くする。

 開発に着手したイギリス、およびアメリカの技術者たちが、呆然とした様子でその様子を見ることしかできなかった。

 

 ――――エクスカリバー……反応消失……此方の索敵範囲を完全に離脱しました……失敗ですッ……!

 

 失敗……その言葉を暫しの間受け入れる事ができず、世間にロケット打ち上げは失敗だと発表して、国民たちの残念がる声が聞こえる中、彼らはだけはその声が耳に入らず、未だにノイズまみれになったモニター画面を呆然と見つめ――――彼らは膝をつけたのだった。

 

 何だったのだ?

 

 自分達が今までしてきたことは一体なんだったのだ?

 

 数多の資金と技術を取り入れ、未登録のコアまで入手して、あまつさえ一人の少女の人生さえも犠牲にして開発したというのに、一体これまでの苦労は何だったのだ?

 

 

 

 

 ――――あの少女は、何のために、これまで自分達の研究の犠牲となってきたのだ?

 

 

 自覚してしまえば圧し潰されてしまう程の罪悪感を覆い尽くしてくれる程の達成感が、そこには待っていた筈なのに、どうしてこうなってしまったのだ。

 

 苦労も、達成感もない。

 そこには、罪悪感しか残らなかった。

 

 一人の少女の人生を意味もなく犠牲にした、という罪悪感しか、彼らには残されなかった。

 

 エクスカリバーの研究・開発は失敗に終わった。

 政府は結局、業界の混乱という代償を払っておきながら、エクスカリバーの完成という目的すらも達成する事ができなかった。

 

 開発に着手した彼らはその後、次々と技術者を引退し、その後全員行方不明となった。

 

 あまりの罪悪感に逃げ出したのか、それともイギリス・アメリカの両政府がもみ消しのために排除したのかは、誰も知る事はなかった。

 

 

     ◇

 

 

 亡国機業がコアの中に仕掛けた制御奪取プログラムを作動させ、エクスカリバーの制御を奪ってから数時間後、TY中継で衛星打ち上げ失敗の結果が発表されたのを確認したエムは、モニター室から出て行った。

 任務に参加したものとして、一応は結果を見届ける義務があった。

 

 今まで大人達の言いなりになるのを耐えながら任務を遂行してきたエムであったが、今回ばかりは我慢の限界が来ていた。

 それこそ、その殺気が漏れて周囲の大人達がエムを避ける程には、エムから漂う怒気は凄まじかった。

 エムは今でこそ大人しいが、ここに連れてこられた当初の暴れっぷりから、今でも大人達から畏怖の対象となっていた。その事に優越感を覚えつつも、結局は言いなりに甘んじるしかない現状では大人達に対する苛立ちの方が圧倒的に勝っていた。

 

 己の遺伝子の原点(オリジナル)とは違い、結局『大人達』の所から抜け出すことは出来ても、大人達の支配からは逃れられなかった。

 その劣等感が油となって火に注がれていく、そんな日々だった。

 

 何より、今回は身勝手な理由で子供を弄ぶ大人達の任務に加担してしまうという、エムにとっては吐き気をも催す内容だった。

 極め付けにスコールから口で直接その事実を突き付けられ、いい加減子供である事をやめなさいとまで諭された。

 

 ふざけるな。

 自分はお前達大人に支配される子供で甘んじる事などあり得ないし、ましては大人になる事すら在り得ない。

 

 大らかにそれを叫びたくなっても、逆らえばどうなるか分かった物ではない。だが、それで諦めるエムではない。エムはこの監視用ナノマシンによる大人達の支配から逃れる方法を模索していた。

 

 例えば任務で激しい運動をした後、すぐに新しいナノマシンの注射をさせられる時、エムはこの監視用ナノマシンの特徴について少しずつだが解明していた。

 どうやらこのナノマシン、監視対象が激しい運動をすれば、バッテリーの消費が激しくなるであろう事だ。

 運動をしない状態ではバッテリーが約何時間持つか、ずっと運動している状態ではそこから何時間くらいバッテリーが切れるまで短縮できるか。

 スコールが寄越してくるナノマシン補給班が自分の所へやってくる時間を目安に、エムはこの監視用ナノマシンの解明を急いでいた。

 

 ある程度の収穫はあったと言っていいだろう。

 

 着眼したのは、何も監視対象の運動量によるバッテリー消費だけではない。

 監視対象の摂取物の違いによるバッテリー消費の違いも念のためだが計測していた。最近ではロボットに人間と変わらぬ食料を摂取させた時、その摂取物からどれだけの効率で充電できるかの研究が行われていると『大人達』の所にいた頃に聞いていたエムは、摂取物の違いでバッテリー消費にどれだけの違いが出て来るかを測っていた。

 

 まずは大人達が居住区に配ってくる食料。大人達から与えられたものであるという事実に屈辱を感じながらもかろうじて耐え、しばらくそれを摂取し続けてナノマシンのバッテリーの消費具合を、補給班がやってくる時間を目安に計測した。

 

 次にビタミンの種類や野菜、肉、魚類など様々なカテゴリーに偏らせ、ナノマシンのバッテリーの消費具合を測った。

 

 結果、大人達が居住区に持ってくる食事が一番、バッテリーの消費が少ない物であるという事が分かった。

 ――――スコールめ!!

 

 今も自分を支配する忌々しい大人にたしてエムは内心で悪態を付く。

 とにかく、ナノマシンのバッテリー消費をある程度自分でコントロールできるようになったエムは、それによりバッテリー補給班が自分の所に来る時間も把握できるようになった。

 

 ナノマシンバッテリーが残り少ないタイミング……バッテリーが少なくなる事で監視範囲がどこまで狭まるかはまだ正確には掴めていないようだが、さすがに日常会話レベルのものとなるお粗末なものになるらしい。

 そこまで掴んでいたエムはこうして今日も、ナノマシンバッテリーが残り少ないであろうタイミングで、同じ居住区の子供達に呼びかけていた。

 

『お前は何故、ここにいる?』

 

 暗い部屋の中、その少年と二人きりになり、エムはその少年に問いかける。

 少年は暗い部屋の中で同い年の女の子と二人きりになるというこの状況に若干顔を赤らめつつも、突然自分の憧れる少女からの質問に、困惑する事となった。

 

 少女は凄い奴だった。

 自分と同じ年で既に大人達から認められ、畏怖され、こうしてコードネームを貰って戦場に立っている。

 そんな少女がいきなり、こんな事を聞いてきたのだ。困惑もする。

 

『えっと……』

 

『悪かった。言い方を変える。お前はどのようにしてここに連れてこられた?』

 

 困惑しながらもエムという少女の質問に、少年は答える事にした。

 少年は、女尊男卑の激しい地域で生まれた子供だった。それゆえ外に出れば男は屑と見なされ、女は偉いと持てはやされる所だった。

 

 それでも、少年は幸せだった。

 何故なら、母親と名乗ったその女性は、自分の事を守ってくれたからだ。母だけではない、姉もまた自分を守ってくれた。

 母と姉は自分と違って顔を布で隠さずに外を出歩き、自分の悪口を言っている近所の人々を黙らせては、傷だらけになって帰って来た。

 

 だが、そんな生活でも限界は来る。

 

 母と姉は言った。

 この国から出ようと。

 もう貴方が苦しむ必要のない所へ行こうと、自分の手を引っ張って言ったのだ。これ以上母と妹に迷惑をかけたくなかった自分はそれ承諾し、役人の目を盗んで国から出る事を画策した。

 

 しかし、国境付近で自分は母と妹と生き別れ、何もない所で野垂れ死ぬ筈だった所を、亡国機業に拾われ、ここにいるのだと。

 

 そんな、家族との悲しい別れ話を離した少年に対し、エムは、可笑しそうに笑った。

 

 何が可笑しいのだと、若干の怒りを込めてエムに問い詰める。

 

『いや、悪い、おかしいと思ってな』

 

『おかしいって……何が……』

 

『お前が住んでいた所がお前のいっていた通りの場所なら、そこにはまだ女尊男卑の風潮はなかった筈だ』

 

『……え?』

 

 エムの発言に、少年は唖然とした。

 

『一つ聞くぞ、お前、その頃家の外に出た事はあるか?』

 

『そ、それは……』

 

 言い淀む少年。

 そうだ、そういえば自分は、あの頃、家の外に出た記憶がない。そもそも、外の世界を知っているかどうかすら怪しかった。

 母や姉が必死に外は男が迫害されているから出ては駄目と自分に言い聞かせ、自分はその通りにしてきたが、それ故、己が外の世界を知らないという違和感にすら気付けなかった。

 

『……何が、言いたいの?』

 

 体をブルブルと震わせ、少年はエムを睨む。

 少年も薄々とエムの言いたい事を察してしまったが、言葉にする事はできなかった。

 

『お前の話を聞けば否でも想像がつく。お前の母親と妹、おそらくお前の事を騙していたぞ?』

 

『……そ、そんなこと、ある訳ないじゃないか!? じゃあ、毎晩傷だらけで帰ってくる母さんや姉ちゃんは一体……!!』

 

『その時、オマエはそんな二人を助けてあげたいと思わなかったのか?』

 

『思ったけど……二人がそんな事いいって……』

 

『まるで人形だなお前。大人達……いや、女たちのいいなりだ。まるでペット――いやペットはまだ飼い主からの愛情が貰える。お前はそれすらないな』

 

『一体何が言いたいんだよ!!?』

 

 先ほどからエムの口から開かれる不快な言葉の数々に、少年はとうとう堪忍袋の尾が切れて叫ぶ。

 自分を必死に守ろうとしてくれた家族たちを馬鹿にする少女が、許せなかった。

 

『話は最後まで聞け。家を出た事がないお前では分からないだろうが、お前のいた所では昔から男尊女卑を是とする宗教が根付いていた。どう考えても男が迫害されるなんて事はない筈だぞ?』

 

『……え?』

 

『男は顔を出して堂々と外を出歩け、更には車の運転免許や様々な職業資格を取る権利がある。それに対して女性は外に出るときは布で顔を隠して出歩かなければならず、車の運転免許を取ることすら許されない。しかも宗教の教えに根付いてソレを定めているときたものだ。

 ある意味、ISによって広まった今の女尊男卑よりもずっと質の悪いものだぞ?』

 

『じゃあ、じゃあ何で……』

 

『自分の言った言葉をもう一回思い出してみろ。お前の母親と妹、外に出る度に毎回傷だらけになって帰ってくると言っていたな、しかも、顔を布で隠すこともせずに……どうしてだと思う? 本当にお前を庇っていたからだと言えるか?』

 

『そ、それは……』

 

 エムに問われ、少年は恐る恐る自分の記憶を振り返ってみる。

 思えば、母親は自分に隠れて夜遅くに毎回荒れていた。「やれ何故男が優遇されなければならない」「何故私達女に権利をくれない」だとか、男への色々な悪口が聞こえていた。

 けれどそれはあくまで外の男に限った話で、自分に対するものではないかと思っ……。

 

『ア、レ……?』

 

 ようやく、少年は気付いた、その矛盾に。いや、家族を信じたいあまりに気付かない振りをしていたというべきか。

 そもそも、家族は自分を女尊男卑から守りたいと思って自分を外へ出さなかった筈なのだ。それなのに「何故男どもばかりが優遇されなければならない」という言葉が飛び出るのか。

 そして、エムが言った通りに、母親が妹が布で顔を隠さずに外に出歩き、そして毎回傷だらけで帰ってくる意味……ソレは……。

 

『差別されてたのは……男じゃなくて、女性の方……顔で布を隠さずに外に出歩くのは違法だから……母さんと姉ちゃんは周りから……』

 

『想像が付くだろう? お前の母親と姉は、そんな男たちを憎んで、男であるお前に世の中の立場は女の方が上だから、男は腰を低くして生きていかなければならない世界だと、遠回しにお前にそう思い込ませていたんだよ。それが唯一の逃避になるからな。お前の母親、随分とプライドの高い女みたいだと見える』

 

 逆に尊敬できる、とエムはそんな母親を評した。少なくとも、世の風潮に抗って、臆する事なく外で己を曝け出していた事は素直に尊敬できるが……そのイラつきや鬱憤を子供にぶつけるのは頂けない。

 結局、その女も『大人』でしかなかったわけだ。

 

『まあそれはさておきな。当初はお前のいた所が例外で、大体な所では女尊男卑の風潮は広まっていた。私の話を信じるならば、お前の母親と姉が国から出ようとした理由も大体察せるだろう?』

 

 エムの言う通り、少年はその理由を察していた。

 おそらく、男尊女卑の世界から逃げたかったのだ。決して自分を庇うためではなかった。

 

『そ、それでも、僕はあの二人といれたならそれで……よくて……』

 

『だがお前は二人から引き離された。そこでもう一つ聞きたい。お前の母親と姉がお前に国を出る話を切り出す前、お前の母親と姉は何か話し合っていなかったか?』

 

『それは……どういう……こと?』

 

『二人がお前を騙していた事はもう既に明白だ。ならば、お前に隠れて二人で秘密事を共有していたと考えるのが自然。何でもいい、何か思い出してみろ』

 

 言われて、少年はまた思い出そうとする。

 思えばあの日、二人が自分に国を出る話を切り出す前の日、二人は確かに何かを話し合っていた。

 途切れ途切れにしか内容は聞こえなかったが、『もう家には金がない』、『姉には高いIS適正がある』だとか、『息子である自分はもう……』であるとか、そんな話だった。

 

『待て。息子であるお前はもう……なんだって?』

 

『……分からない。そこまでははっきりと聞こえなかった……』

 

『……なるほどな』

 

 一人納得するエム。

 そして、次に彼女の口から開かれた言葉は……信じられないものだった。

 

『大体想像がつくな。おそらく、お前は母親と姉に売られたんだ』

 

『――――え?』

 

 訳が分からず、呆然とする少年。

 家族が、あの二人が、あの優しかった母親と姉が、自分を売った?

 そんな事……ある訳……!!

 

『母親はお前の姉に対し、高いIS適正があると言っていたんだな。どうやって知ったかはもう定かではないが、IS適正が高い人間の価値は今の世の中じゃあ絶大だ。母親にとって、お前の姉はさぞありがたい飯の種になるだろう? ……それに対してお前はどうだ?』

 

『僕、は……!?』

 

『お前の母親にとって、男であるお前は長年自分を神の教えだかを理由に自分を妨げ続けてきた男たちと同類だ。無論はお前が直接何かしたわけではないだろうが、お前に吹き込んでいた嘘を考えるにお前に対して抱いていた感情はもう察しがつくだろう? お前に、男たちに妨げられた屈辱、その鬱憤をぶつけていたんだよ。子供だからと、女の方が立場は上だと教え込むようにしてな……』

 

『そんな……!!』

 

 嘘だ、嘘だウソだうそだ!!

 頭の中で、少年は何度も否定した。

 

『だからと言っても、親としてお前に恨まれるわけにも行かず、お前に女の方が立場が上だと思い込ませるためには、お前を守るためと嘘をついて、男たちに迫害された傷をオマエに庇うために付いた傷だとみせかける事によってしか、ソレを教え込む方法がなかった。最も、そのやり方じゃあストレスは溜まる一方だったろうな』

 

『そんな、事……』

 

『だが、国に出ればもうそんな必要もなくなる。態々下らないプライドのためにお前に見得を張る必要もない、だからといってお前にぶつける鬱憤もなくなる。そしてお前はこれから逆に本当に女たちから下に見られるだけの男となる。そんなのが一緒にいても飯の種にもならないし、逆に足手まといだ。ほら、お前はもう用済みだろう?』

 

『違う!! 母さんはきっと僕に教えたかっただけだ!! 性別で差別するような人間になってはいけないって……ただそれだけで……女の方が立場が上だと思い込ませるなんてそんなッ!!』

 

『家族とはぐれたたった一人の子供を、たまたま通りかかった大人が拾ってくれた。そんなうまい話しがあると思うか。出来過ぎた話だと思わないか。何故偶然ではなく必然だと考えなかった?』

 

『違う! 偶然じゃない! きっと母さんと姉ちゃんは今も僕を心配してくれて……!!』

 

『フン……まあいい』

 

 頑なに認めない少年であったが、エムは今回はこれでいいだろうと思った。

 もうこの少年は、自分の家族を信用しきれなくなっている。何を信じればいいのか分からない。

 実際の所、彼の母親と姉が本当にどう思っていたのかはエムも知らない所であったが、少なくとも、誰も人のいない草原の中で、家族と引き離された子供が、偶然通りかかった大人に拾われるというなどと出来過ぎた話だ。

 おそらく、目の前の少年を家族が、亡国機業(ここ)に売ったというのは確実だろう。

 

『重要なのは、これからの話だ』

 

『……?』

 

 話し切り替えるエム。

 もうこいつは大人達の事を信用しきれなくなっている。今がチャンスだと。

 

『ここの大人達に従っていて、お前はこの先生きていけると思うか?』

 

『……どういう事?』

 

『私がお前に本当に聞きたいのはソレだ。お前達は大人達に認められるために、こうして毎日銃の扱い方を学び、戦術を学び、人を殺す方法を学んでいる。だがな、お前は本当にソレで生きていけると思うか?』

 

『……エムは、生き残ってるじゃないか』

 

『お前は、私のようになれるか? 先の私の言葉が正しい事を前提で言うが、お前の親がお前を売った先の大人が、お前を真っ当に使ってくれると思うか? 所詮、安い金で買い取った子供だ。使いものにならぬと分かれば、お前の親と同じように使い捨てられるのがオチだ』

 

『……それは……』

 

『ここ亡国機業にも、ISに乗れると乗れない、つまり男と女で差別がされている。幹部であるスコールの部隊に女ばかり集まっているのがいい例だ。私はともかく、お前はそんな所で生きていけるか? お前の忌み嫌う、性別で差別する大人達の元で、お前達は生きていけるのか?』

 

 少年は俯く。

 今度は、家族が自分を騙しているような状況とは違い、本当の差別の世界が待っている。それでも、少年はここの大人達を信じたくて……。

 

『甘いな。お前は大人達の事を何も分かってはいない。奴らにとって私達子供はな、自分達に隷属すべき存在なんだよ。名前という識別コードで在り方を縛り、自由を奪う。お前はコードネーム持ちになれば大人達に認められ、戦場で戦えると思っているんだろうが、ソレは違う』

 

『戦う自由などない、殺す自由などない、引き金を引く自由などない。ただ大人達から与えられる任務を確実に遂行する事だけが求められる。 何故そう言えるかって? 私がそうだからだ。あいつらはこんな私に任務のために殺すなと言って来る。些細なミスすら許さない、違えたらその時点で私の身体は自滅するように奴らに仕掛けられている。 こんな状態の私を、お前は戦士と言えるか?』

 

 あまりにも衝撃な事実に、少年は思わず顔を上げる。

 エムの言った事が真実ならば、それはもう戦士ではなく奴隷だ。

 ゲームで例えるならば、決められたストーリーを、ストーリー通りに主人公を動かさなければ死ぬのと同義。

 オープンワールドのような自由なフィールドで自由な手段でストーリーを進められるのとではわけが違う。

 しかもゲームのようにやり直しがきかない戦場で、だ。

 

『お前は私のような戦士になりたいと言っていたな? こんな私を見て、ここの大人達がソレを許してくれると思うか? 確かに戦士には戦場を選ぶ自由はない。だが、その場その場での判断の自由はある筈だ。奴等はそれすら許さない』

 

『……』

 

『ハッキリ言う。今のお前では、ここの大人達に従う道を選ぼうが、従わない道を選ぼうが、どの道死ぬ。戦士は愚か、奴隷にすらなれない』

 

『そんな……』

 

 ならば、自分はどうすればいいのだ。

 大人達を信用する事ができなくなり、それでも従わなければ殺される。だがこのまま従っていてもいずれ使い捨てにされるだけ。

 戦士や兵士とは大体そんなものだと子供である少年はまだそんな現実を知らず、自分が敵に打ち勝つ立派な戦士になるという事を前提にして考えてしまう。

 

『だが、機会は必ずやってくる』

 

『え?』

 

 だが、そんな少年の迷いに入り込むかのように、断ち切るかのように、エムは宣言した。

 

『私がお前に言いたい事はひとつ。ここの大人達を信用する事ができなくなったら、私に言え。それだけだ』

 

 話しはもう終わりなのか、エムが自分の元から立ち去ろうとしたその時だった。

 

「おうおう、面白そうな話してんじゃねえか。一体何について話してんだ、エム?」

 

 ドアを思い切りよく開け、そこから十四歳ほどの、丁度少年やエムよりも二歳年上の少女が乱入してくる。

 褐色で金髪のポニーテールで、男らしい口調でしゃべる少女の名は、レインと言った。

 

「お前ら、明らかに英語じゃねえ言語で話し合ってたな。一体何について話し合ってたんだ、ええ?」

 

「さてな」

 

 不敵な笑みを浮かべつつも、疑惑の目をエムに向けるレイン。

 エムにそれに動揺する様子もなく、何の用だとレインに問いかけた。

 

「お前の監視用ナノマシンの再投与の時間だとよ。さっさと来やがれ」

 

 親指を外にむき、部屋の外に出るように急かすレイン。

 そろそろ来る頃だと予想していたエムは、少年から背を向き、部屋の外へと出て行った。

 

 そんなエムの背中を、少年は呆然としながら見届けた。

 



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報復のエクスカリバー

 レインという少女は、エムと同時期にこの亡国機業の支部基地の少年兵居住区にやってきた少年兵だった。

 エムに及ばないにせよ、居住区の少年兵たちの中ではエムの次に優秀な成績と能力を発揮、今居住区においてはエム派とレイン派の二つの派閥まである始末である。

 レインは能力というよりは、その頼れる兄貴肌のような性格が周りの子供達を惹き付け、エムはただその能力とカリスマ性から同年代の心棒者が着いてきた。

 レインの周りに集まるのは彼女の弟分や妹分、エムの周りに集まるのは大体が彼女の心棒者(周りは存ぜぬことだが、もしくは彼女に諭されて秘密裏に加わった者も含まれる)が集まった。

 

 どちらにも属さない少年兵たちもいるが、戦闘訓練など以外の時間は大抵、エムかレインかの二人の中心人物のどちらかに集まり、それぞれグループを作って日常を過ごすのが少年兵たちの居住区での日々だった。

 

 その中で、レインは自分の弟分や妹分、そしてエムの心棒者たちやその他の少年兵たちにも秘密にしている事があった。

 ……居住区の子供たちには、自分も身寄りのない子供であり、そこを亡国機業に拾われたと言ってあるが、実際の所は違う。

 

 彼女は思い出す。

 自分の叔母の言葉を。

 

 ――――レイン、少し頼みがあるのよ。

 

 ――――あの子を、エムを見張って頂戴。何か怪しい所があれば報告してちょうだい。

 

 叔母の言葉はいつにもなく真剣であり、いつものような余裕の感じさせる笑みはより歪められ、どこか焦っているようにも見えた。

 

 ――――いい? くれぐれも気を付けて。

 

 ――――あの子は最近大人しくなったけれど、このままあの子が私達に従っている現状に甘んじるとは思えない。

 

 白黒狼(モノクロ)という戦場での名前を亡国機業から剥奪され、新たなにエムというコードネームを与えられた少女は、ここに連れてこられてからもまるでライフワークのように大人達に対する蹶起を繰り返した。

 まず最初に暴れた所をスコールに取り押さえられ、監視用ナノマシンを注入されて命の手綱を握られた状態でも、エムは尚大人達に反抗し続けた。

 ただでさえ最初の暴走で基地の大勢の大人達が返り討ちにあったにも関わらず、その大人達の動きを掴み始めた事でさらに手が負えなくなり、いよいよ監視用ナノマシンで強制的に動きを押さえつけるしか方法がなくなったのである。

 彼女の叔母が直接出ればまた話は違ってあろうが、彼女も亡国機業の幹部としての仕事で忙しく、いくら監視用ナノマシンがあろうと四六時中エムの行動を把握できる訳ではない。

 

 現在では大人しくなったものの、それが逆に不気味だと思ったレインの叔母は、態々アメリカでISの訓練を受けているレインを呼び戻し、自分に変わってエムの監視を依頼した。

 

 ――――エムは頭が切れるわ。何を考えているのか分からない。

 

 ――――あの子は学んでしまった。感情を抑えずに反抗し続けては己の命がない事を。彼女は、自身が子供である事の劣等感を捨て去って、生来通りの頭脳を持って決起してくる。そんな気がしてならないの。

 

 エムは私達に対する負けを未だに認めていない。私達大人に従う事を決して良しとしない。

 クローンとして造られた運命を呪い、身勝手な大人達を恨み、自らのオリジナルである織斑千冬に憎悪したあの少女が、このまま大人しくしている筈がない。

 

 叔母があそこまで言うのだ。きっと、そのエムという生意気な少女は、いつか仕掛けてくるのだろう。

 そう思ったレインは、叔母から頼みを受け入れ、こうして叔母のいる亡国機業の支基地の少年兵居住区へと移住してきた。

 

 今の所エムに怪しい動きはない。いや、疑心暗鬼になってみれば全てが怪しいという結論が出るが、それは早急すぎた。

 レインとてスパイとして何か国語かの言語は話せるが、その数はエムのものと比べれば数段劣る。エムのように七か国語もの言語を完全にマスターし、流暢に操ってみせる領域には至らない。

 それはレインだけでなく、この基地の大人達も同様だ。話せても精々三か国語。レインはその領域にすら至らない。

 そもそも、レインよりも二つ下の身でありながら六か国語以上もの言語を操って見せるエムが異常なのだ。

 

 何をもってレインから見てエムの全てが怪しく見えてしまうのかと問われれば、エムは他の少年兵たちといるときは決まって英語を話さないのだ。それぞれの少年兵たちの母語に合わせて話しているようで、それ故相手の少年兵たちからしてみれば有難いだろうが、監視している身としてはたまったものではない。

 

 しかも大人しくなる前からソレは続いていたようで、エムは着々と他の少年兵たちからの信頼と崇拝を集めていた。

 表面上怪しい所はないため、普段の少年兵たちとの会話から怪しい点を見つけようにも、会話の内容が分からないため、それすらもできない。

 

 とにかく、それとなく監視する事しかレインにはできなかった。

 既に自分が監視している事をエムが感づいてしまっている節がある。監視されていると分かった以上、エムもこれ以上尻尾を出そうとはしないだろう。

 レインとて、居住区に住まう以上は他の少年兵たちとの交流も疎かにするわけにはいかない。

 

 よって、今は表面上怪しい動きがないかを監視するしかなかった。

 

 

 後々、レインの叔母はこう思った事だろう。

 

 ――――もし、あの任務に彼女を向かわせる事がなければ、ああはならなかっただろう。

 ――――彼女が私達の腹の中から蹶起しうるに足りなかった、最後のピース、それを埋めてしまう事もなかったであろう。

 

 

 彼女がエムに言い渡した任務――――“試作型エクスカリバー奪還任務”。強奪ではなく奪還。その試作型エクスカリバーのコアは、もとはと言え自分達が向こうにもたらしたものなのだから。

 その任務が、エムが再び白黒狼(モノクロ)として、『蠅の王』として返り咲く、運命の分かれ目だとは、この時亡国機業の大人達の誰もが思いはしなかっただろう。

 

 

     ◇

 

 

 その日、亡国機業の支基地は騒がしかった。

 世間ではもうそろそろ民衆待望の第二回モンド・グロッソ大会が始まろうとする時期であるからだ。無論、元がテロ組織である亡国機業すらもその例外ではなく、基地の大人達は一斉に今大会はどの国の代表が勝利するかで密かに盛り上がっていた。

 

 勿論、一番のやり玉にあがるのは前回の第一回モンド・グロッソ大会にて優勝し、ブリュンヒルデの称号を得た日本代表・織斑千冬である。

 無論、そんな話を聞く度に、その千冬のクローンであるマドカことエムはいい思いなどしなかった。まるで……『大人達』の所にいた事に散々織斑千冬と比較され続け、彼女に追いつかんと体を弄られ続けた思い出が蘇ってしまうのだ。

 

 つまり、再び織斑千冬がブリュンヒルデの座を維持するであろう日が段々と近づいて来るこの状況は、エムにとっては忌々しい事この上なかった。

 この監視用ナノマシンさえなければ、今すぐにでも開催予定地であるドイツに潜伏し、モンド・グロッソ大会当日になってあの女の晴れ舞台を滅茶苦茶にしてしまいたいくらいだ。そして、オマエが王である時代はもう終わったのだと嘲笑ってやりたいくらいだった。

 

 ――――曰く、今回も日本代表である織斑千冬が優勝するだろう。

 

 ――――様々な火器を駆使する戦乙女(ヴァルキリー)たちを、前回と同じように一本の刀で切り伏せる事だろう。

 

 大人達の間で飛び交う台詞はそんなものばかり。ここに連れてこられた当初と同じように、現を抜かす大人達に飛び掛かってしまい衝動に駆られるのを、エムは必死に抑えた。

 いずれあの場に居座るのは自分だ。呪われた運命を自分に押し付けたまま楽をして王になったあの女を蹴落とし、いずれ押し付けられた運命を乗り越えた自分が、真に遺伝子に従い打ち勝った自分こそがあの座につく、そして『大人達』を全部殺す。

 何度もそう言い聞かせ、何とか己の昂る心を押さえつけた。

 ……その時だった。

 

『エム、新しい任務よ。ブリーフィングルームまで来なさい』

 

 ナノマシンを通し、いつものあの女からの不快な通信が入った。

 

 

 

「イギリスはどうやらもう懲りたようね。せっかく完成させた筈のエクスカリバーは制御を私達に奪われ、同時に凄まじいBT適正を持つ人材も手放してしまった。研究・開発に携わった大勢の有能な科学者、技術者たちも口封じのために始末する羽目になってしまった」

 

 ブリーフィングルームにやってきたエムを前にして、スコールはモニター画面を開いてエムに現在のエクスカリバー関連の情報を説明していた。

 

「しかも多大な費用と人材を投資した割に、得られた収穫はせいぜい試作型エクスカリバーから取れたBT兵器のデータくらい。オルコット家を暗殺した事によりイギリスの各業界も軽い混乱に陥ってしまった」

 

 哀れなものね、とスコールは嗤った。

 結局、イギリスとアメリカ両国が得られた物は何一つとしてなかった。強いて言うのであれば、試作型エクスカリバーに搭載したBT兵器関連のデータを多少得られた程度であり、少なくともイギリスはもうISを兵器利用しようなどという考えは捨て去ろうとしているようだった。

 アメリカは後に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)という軍事ISを開発するあたり、まだ懲りてないのだが。

 

「そう、懲りた彼らはもうエクスカリバー関連の資料や部品、その他もろもろを闇に葬る準備を始めている。開発に携わった技術者たちもその一つ」

 

 一人の少女の人生を滅茶苦茶にしてしまった罪悪感におぼれた技術者たちの中には、その罪悪感から逃れるため、その自己防衛がためにイギリスの暗部を国内にばら撒こうと画策した者もいたが、それらも残らず闇に葬られた。

 

「ありとあらゆる関連するものを葬り、残るはただ一つ……完成型エクスカリバーとは別の禁忌の一品――試作型のエクスカリバーだけが残ったわ」

 

 残るは、この試作型エクスカリバーという剣を背負った、この巨人のみ。

 

「彼らはとうとう、この試作型エクスカリバーすらも闇に葬ろうとしている。私達が秘密裏に流した未登録コアと共に、ね。けれど、完成機も含めて、上層部は試作型も手にしたいと言い出してきた」

 

 欲しがりもいい所よ、とあきれた様子のスコール。

 

「本来ならば試作型のコアにも完成機のコアと同じ、機動と同時に制御を私達に移せるようにするプログラムを仕掛けていたのだけれど、彼らには完成型のためのデータ収集を行わせる必要があったから、あえて私達は試作型の制御を奪わなかった」

 

 何故なら、それ以降も奪うチャンスは幾度となく訪れる筈であったから。

 まずは彼らにデータ収集を優先させ、完成型の完成までに誘導させなければならなかった。

 しかし、そうはならなかった。

 

「そう、私達に完成型の制御を奪われた一件で、イギリスはもう完全に懲りてしまった。モンド・グロッソ大会も近づいている今、これ以上投資しても無駄な産物に手をかけるわけにもいかない。彼らは、試作型エクスカリバーを起動させないまま、処分するつもりよ」

 

 そう、イギリスはもう懲りて、試作型すらあれ以降起動させようなどと微塵も思わなかった。亡国機業上層部の予想に反して、イギリスはちゃんと学ぶ国家だったのだ。凝りもせずに別の軍事ISの開発に取り掛かろうとするアメリカとは違い、イギリスはもう完全に懲りた。

 故に、直接奪う判断に出た。

 

「そこでエム。貴方にはイギリスのとある解体スクラップ倉庫に向かってもらうわ。諜報班の調査により、試作型エクスカリバーはそこで解体される予定だそうよ。目標物が解体される前に、それを奪ってここに持ち帰る事……それが今回の貴方の任務」

 

 モニター画面を閉じ、スコールはエムへと向き直る。

 

「正確な場所は後で指示しておく。それと、今回は万が一に備えて貴方にウチのISを持って任務に出てもらうわ。

 仮にもISの解体作業現場に行くのだから、重大な機密事項現場の警備のためにISの部隊が展開していてもおかしくはない。覚悟しておくことね」

 

 

     ◇

 

 

 ここは打って変わって、既に廃棄された筈のイギリスのスクラップ置き場。

 既に人は寄り付かない筈のその現場には、数多の兵士と、更にはISを纏った部隊までもが展開していた。

 警備に当たっている彼らは、詳細は教えられていない。

 ただある“目標物”が解体されるまで、誰も通すなとだけ命令されていた。

 

 そのスクラップ置き場の屋内にて、その巨人は鎮座していた。

 見た目は西洋の騎士を彷彿とさせ、その背中には巨大な剣を背負っている。そう――――この巨大な剣の名前こそ、『プロト・エクスカリバー』であり、巨人が冠する名前と同じものであった。

 

「コイツもいよいよお払い箱か」

 

「当然だろうさ。こんな負の遺産は、早々に消してしまうに限る」

 

 二人の技術者たちが、巨人をゆっくりと見上げる。

 かつては二人もこの巨人の開発・研究に携わり、その過程で一人の少女を犠牲にしてしまった。

 しかも、この巨人ですらまだ通過段階であり、この巨人のデータを元に出来上がった完成型エクスカリバーは制御を離れてしまい、少女の犠牲を無駄に終わらせてしまった。

 

「本当、俺達は何をやっていたんだろうな……」

 

「……そうだな。本当に、何を……」

 

 もうすぐ処分されるであろう巨人を憎々しげに見上げ、二人は呟いた。勿論、この巨人そのものに罪がない事ぐらいは二人も分かっている。

 そう、罪人は自分達と、それを命じてきたイギリス・アメリカ両国の上層部だ。

 

「なあ、お前はこれからどうする? アメリカに帰るか?」

 

「……いや、もう何処に帰ろうが変わらない。お前こそ、英国(ここ)にいつまでも留まるつもりか。アメリカ人の俺が言うのも何だが、ここにいるのはそろそろ危ないと思うぞ?」

 

「それはあんたの国も同じだろう?」

 

「違いない」

 

 男の内の一人はイギリス人、もう一人はアメリカ人だった。

 お互い、こんな悪夢ともいえる兵器の開発に携わった縁で知り合ったが、なんだかんだ言って良好な関係を築けていた。

 お互い、英語の訛りの違いに驚きながらも(というよりはイギリスの英語の訛りがひどいだけだが)、ある程度気も合った。

 

「この間、コイツの開発に携わった同僚たちが行方不明になった。後は俺達二人だけ。おそらく、両政府は残った俺達を口封じに消しに来るだろうな」

 

「じゃあ何でオマエはここに来たんだ。そんな奴等の指示を聞いて、何故ここに来た?」

 

「……ケジメをつけにな。お前だってそうだろ?」

 

「……ああ、お互い様だ」

 

 お互い、政府の指示で、この巨人の開発に携わった開発者の一人として、この巨人の解体作業に立ち会うように命令されている二人であったが、それと同時に2人は己の死期を悟っていた。

 お互い、言わずとも分かる故、それを口にしなかった。

 

 ――――この巨人が処分されるまでが、自分達の寿命だ。

 

 開発に携わった者として、というのは建前。残った自分達を逃げられる前に、この表向きは破棄されたスクラップ置き場に誘い込み、人知れず闇に葬る気なのだ。

 

 だが、もうそれでいいと二人は思っていた。

 もう疲れてしまったのだ。

 科学者として兵器開発として利用されるのも、最早技術者としていることすら苦痛になってしまった。

 二人とも、とてもではないが善人な科学者とは言えなかった。どんな犠牲を払おうとも、それで結果が得られるのならばそれでいいと思ってしまう、そんな類の、何方かと言えば屑というべき人種だった。

 しかし、今回は結果が得られなかった故に、その払った犠牲を、その代償だけを否が応でも見せつけられる羽目になった。

 そして、元は何の関係もない一人の少女の人生を犠牲にした。

 

 失敗して初めて、その重荷が彼らに圧し掛かった。

 

 段階的な失敗ならそうは思わなかっただろう。

 だが今回は違う。一度は完成した筈のエクスカリバーがどこかに消え去り、今までの段階的な成功も、失敗すらも全てが無駄になったのだ。

 残ったのは、直視せざるを得ない犠牲だけだった。

 

 もう、疲れた。

 生きる気力すら削がれた。

 

 そんな心境だった。

 

「間もなく、解体作業に入ります。お二人ともここから離れて。あちらの上階の管制室の席で御見届けください」

 

 一人の作業員が二人の元に駆け寄り、そう言った。

 態々特等席まで用意してくれてご丁寧なものだ、と。これがお前らにとっての最期の酒の肴だ、と死神が囁いているようだ、とイギリス人の方の男は考えた。

 

 ――――そうだ。自分達はこの負の遺産と共に天寿を全うする。

 

 自ら作り出した兵器と共に葬られるとは、思ってたいよりはマシな最期ではないか。

 

 上階の管制室へと移動した二人はさっそく、巨人の解体作業を眺めることにした。

 巨人の前に集合した解体作業員たちが一斉に散開し、その作業を開始しようとしたその時であった。

 

『グ、ォ……』

 

 

 何か、まるで怪物の鳴き声を彷彿とさせるような駆動音が、ひっそりと鳴り響いた。作業員たちは一斉に作業を取りやめ、何事かと当たりを見回し始める。

 しかし、周りに異常はない。

 

 そして――――

 

「お、おい!!」

 

 上から見ていた二人の技術者がそれに気づき、巨人の足下にいた一人の作業員に呼びかけた。

 

『オ……オォ……!!』

 

 

 

 そう、巨人が動いていたのだ。

 その足を持ち上げ、足下にいた作業員を踏みつぶさんと振り下ろす。

 

「え?」

 

 ぐしゃっ!

 作業員は、その影を一瞬だけ認識した直後、己が何をされたのか分かる間もなく、ペシャンコになった。

 

『グ、ォ…!!』

 

 巨人が足を上げると同時、潰れた肉片の血の跡だけが残った死骸を一瞥する事もなく、周りの作業員たちを次の標的に定める!

 ――――バカな!

 周りの者達、全員がそう思ったことだろう。

 そう、巨人は動いていたのだ。本来ならば操縦者なしでは動けない筈のISが、しかもBT適正というIS操縦者の中でも限られた適正しか持たない者しか動かせない筈の巨人が独りでに動いていたのだ。

 

『グ……オオォォッ!!』

 

 巨人の頭部のバイザーの下からBTエネルギーが収束し、やがてそこから無数のレーザーが巨人の前方に向けて拡散してゆく。

 

『ウ、うあああッ!!』

『き、緊急事態!!緊急事たッ――――』

『た、助け―――』

 

 巨人サイズのISから放たれた攻撃は、それも屋内で放たれればどうなるか。

 衝撃が屋内中に、それは地面を通して轟音となって外にまで広がる。

 やがて屋内の作業員だけでは飽き足らないのか、巨人は今度はこんな窮屈な所にはいられまいとばかりに周囲のモノを破壊し始めた。

 

「く、早く逃げるぞ!」

 

「ああ!!」

 

 何が起こっているのかさっぱり理解できなかった技術者二人もここから抜け出そうとするが、既に一階へと続く階段は崩れており、飛び降りるしか選択肢がなくなってしまったのだが、その前に――――

 

『……』

 

 気が付けば、巨人の攻撃は止み、いつのまにか上階にいる二人を覗き込んでいた。

 

「なッ!?」

 

 その威圧感を受けた技術者二人は、途端に動けなくなってしまった。

 

(何だコイツは!?)

 

 二人は思う。

 これは本当に自分達が開発したあの試作型エクスカリバーで、BT適正の持つ操縦者でなければびくともしなかったあの巨人なのか?

 バイザーの奥にあるその光はまるで、とてつもないなにか、言うなれば『報復心』を抱えているような、そんな気がしてならなかった。

 

 実を言うのであれば、この巨人が暴走した例は確かにあった。国お抱えのBT適正者を試験的に搭乗させた時、搭乗者はまるで気が狂ったように、この巨人と共に暴れかけたのだ。

 

 だが、その操縦者すらいない状態であるにも関わらず、その威圧感はあの時の比ではなかった。

 まるで、その巨人が自分達を憎んでいるような、そんな錯覚にすら陥った。

 

『グ、オオ、ォ……!!』

 

 金属の軋み音と生物の鳴き声の中間のような雄たけびをあげた巨人がその手の平を二人に向ける。

 そこから、二人を滅さんとする砲門が現れた。

 

 そして、二人はようやく、本当の意味での自分達の死期を悟った。

 

 ――――自分達はこの巨人と共に最後を迎えるのではない。

 

 ――――自分達が作り上げた、この巨人の手によって裁きを下されるのだ。

 

 それはまさしく因果応報であり、予想していた最期よりも、何故かすんなり納得できるものであった。

 

 砲門が光り出すと同時、二人の身体は悲鳴を上げる間もなく蒸発した。

 

 

     ◇

 

 

 試作型エクスカリバー――その名の通り、エクスカリバーの試作型であり、その形状は完成体のモノとは程遠く、向こうが純粋な剣状の攻撃衛星ならば、こちらは西洋の騎士のような形をした巨人。

 この巨人が装備する、背中にマウントしている巨大な剣こそが、試作型エクスカリバーそのものである。

 

 しかしこの試作型、試験的にイギリスの開発部門がイグニッション・プランで提示したBT技術の初期武装を搭載しており、その操作方法は操縦者のイメージによる遠隔操作である。

 この操縦者のイメージによる武装の遠隔操作――――すなわちマインド・インターフェース武装を搭載し、操縦者のイメージを投影する代物である。

 しかし、まだBT兵器理論が確立したばかりの初期段階でこの機能が搭載されて試作型エクスカリバーは、それによりある欠落を抱えた。

 

 操縦者のイメージばかりか、操縦者の感情にまで反応し、制御が効かなくなる点だった。

 

 最初に試験的に登場したBT適正持ちの操縦者は、この巨人を稼働させる領域にこそ至ったものの、普段から抱える周りからの期待や厳しいスケジュールなどによるストレスがこの巨人に乗る事によって、巨人がそのストレスからくる『報復心』に反応し、周囲に対して八つ当たりをするような暴走をしかけた時があった。

 その時は予め仕掛けられたセーフティにより、何とか事なきを得、その欠点ありのデータは完成体への糧となった。

 

 つまり、イギリスはエクスカリバー関連のこのISを単純に処分したいのと他に、搭乗者の負の感情によっていつ暴走するか分からないこのISをとっとと解体したかったのであった。あまりにも危険すぎる代物だからだ。

 

 だが、こうしてまた巨人は暴走していた。

 今度は操縦者すらいない状態で、周囲の人間を虐殺し始めた。

 

 

 否、巨人は単に独りでに動いているのではない。

 

『グ、オオ、ォ……!!』

 

 巨人は感じ取っていた、あの時、自分に搭乗していた操縦者とは比べ物にならない程の『報復心』を。

 自分に搭乗していないにも関わらず、まだ触れていないにも関わらず、搭載された過度なマインド・インターフェース機能は、その『報復心』を感じ取っていた。

 本来ならば、搭乗者からでしか読み取れない筈の『報復心』が、何処か近くにいる人間から感じ取れていた。

 いくら過度なマインド・インターフェース機能といえど、繋がっている搭乗者からでしか読み取れない筈のソレは、繋がっていない何処かの人間の、とてつもない報復心に反応していた。

 その報復心はあまりにも強烈で、異常で、どす黒くて、そして、直接搭乗していなくても反応してしまうくらいに強いものだった。

 

 巨人に、様々な情報が流れて来る。

 いや、様々なというよりは、憎しみ一色の感情が一斉に流れてきた。

 ――――大人達が、憎い!

 ――――この運命が、憎い!

 ――――己自身さえも、憎い!

 ――――この世界が、憎い!!

 

 何処だ、何処にいるのだと巨人のコア人格はその『報復心』の主を探し求めた、だがそれよりも先にその報復心によって行動が塗りつぶされ、周囲の大人達を殲滅せんと巨体が勝手に動く。

 

『緊急事態!! 緊急事態!!』

 

 瓦礫で崩れた入り口が爆破により飛ばされ、憎き大人達が入ってくる。巨人自体はその大人達に恨みなどない。

 しかし、まるで己の事のように、その大人達に対しての憎しみを爆発させた。

 

『グ、オォォ……!!』

 

 搭乗者の不在により十全な性能を発揮できないにも関わらず、その巨体は強烈な憎しみによってのみ突き動かされていた。

 バイザーの下に収束されたBTエネルギーが一斉に、無数のレーザーとなって拡散し、大人達を抵抗することなく片づけていく。

 もはや歩兵では意味を成さない。

 

 次に、二、三機のISが突入してきた。

 

 搭乗者は……大人、つまり己の敵。

 

 巨人は背中にマウントした巨大な剣を引き抜き、突入してきたISの搭乗者たちに凶刃を振るった。

 圧倒的だった。

 二機が落とされ、一機がかろうじて己の剣先を回避する。

 しかし、距離を取った所で意味はなかった。

 

 巨人の、剣を持った方の腕が切り離される。

 そして、その腕はまるでロケットパンチのごとく独立稼働し、その凶刃を持ったまま操縦者に襲い掛かった。

 

「……ッ!?」

 

 驚く相手のISパイロット。

 時は遅し、独立稼働したアーム・ビットがその剣でISを床に叩き落とし、アームビットは剣を逆手に持ち替え、そのISを操縦者ごと突き刺した。

 かろうじてシールド・エネルギーが残っていたのか、操縦者の息はまだあったが――――巨人は非常にも、その剣をアームビットで持ち上げた後、もう一度操縦者に突き刺した。

 

 それを、何度も繰り返した。

 

「ッ! ……ッ、……ッ!! ――――ッ!!」

 

 声にならない悲鳴が、何度も響く。

 剣を逆手に持ったアーム・ビットに操縦者を突き刺ささせ、本体である巨人はそれを嘲笑うかのように見下ろす。

 

 この行為が、この報復心の主が、世界中の大人達をこんな風にしてやりたいという願望を表しているのだと、巨人のコア人格はすぐに気付いた。

 

 巨人のコア人格自身も興が乗っていた。

 瞬く間にこの何処か近くにいる報復心に染められてしまったのもあるが、自身に直接搭乗していないにも関わらず、憎しみだけでここまで自身を動かしうる主に興味を抱いた。

 

 今の光景に、恐怖を抱いた周囲の戦闘員たちが逃げ出していくが、この凄まじい報復心に支配された巨体がそれを見逃す筈もなかった。

 再びバイザー下から拡散されたレーザーが大人達を跡形もなく吹き飛ばし、殲滅する。

 

 大人達を殲滅し終わった巨人は――――ようやく己を支配する『報復心』の持ち主を探し出し。

 

 物陰に、隠れている少女を見つけた。

 

 ――――見つけた! この少女で間違いない!!

 

 離れているにも関わらず感じ取れるこの報復心と、そしてBT適正。

 間違いない、この少女は別格だ!

 

 コア人格がそう思ったのと同時――――その意図に反して、その巨体はその『報復心』の主にすら砲口を向けていた。

 

 少女は、一体何が起こったのか分からない顔で巨人を見つめつつ、ISを展開して戦闘体勢に入っていた。

 

 ――――ああ、この少女はまだ気づいていない。他ならぬ、自身の報復心によってこの巨人が動いている事を。

 

 ――――己に対してすら憎しみを抱くその『報復心』に反応して、この巨体はその報復心の主にすら砲口を向けている事を知らないのだ。

 

 ――――早く、気付いてくれるといいな。

 

 巨人のコア人格がそう思った直後、巨人の手の平の砲門が火を吹いた。

 

 

 




ちなみに、この試作型エクスカリバーの見た目はロックマンゼロのオメガ第一形態をイメージしてくれればいいです。というか、腕を切り離してでの攻撃とかまんまです。


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報復のエクスカリバー 2

 ISスーツの上に皮革製の黒いポンチョという潜入するにしては些か目立つ服装でスクラップ置き場に潜入したエム。

 ISスーツは訓練で幾度と着用した事があったが、今回のISスーツだけは些かの違和感を覚える。

 

「……」

 

『いいエム?』

 

 忌まわしい女の声が聞こえる。

 自分がこの女の言う事を聞くたびに己は大人の言いなりになっているという敗北感を覚えてしまう。

 敗北というのはいつまでたっても慣れない味である。

 

『今回は貴女に着させたISスーツは、試作型エクスカリバー専用のものよ。スーツの所々にプラグのような物があるでしょう? そこは試作型エクスカリバーと疑似的な生体同期をするために直接接続する部位なの』

 

 コアと完全に生体同期した操縦者を()()する完成機とは違い、コアと操縦者と直接接続する。

 それが試作型エクスカリバーの特徴であった。

 

『貴女にはあのエクシア・カリバーンと同等のBT適正を確認する事ができたわ。おそらく、廃人に成り果てた前操縦者とは違い、貴女は大した負荷もなく動かせる筈よ』

 

 この女、前操縦者が廃人になる程の負荷をかけるISに、自分を乗せて奪わせる気なのだ。もし廃人になってしまったらどうしてくれる、と抗議したい所だったが、任務中においてそんな反抗的な態度は許されない。

 体内のナノマシンにより、自分は殺される結末しかないのだから。

 

『さあ、目標の解体の予定時間まで迫っているわ。任務を遂行しなさい、エム』

 

 一方的に話、一方的に通信を切っていったスコールに内心で舌打ちをしつつ、エムは工場内を進んだ。

 気配の気の字も感じさせない隠形により警備員や監視カメラの目をすり抜け、やがて解体現場であるガレージ広場に到着した。

 

 見つからないように即座に機材の陰に身を隠し、様子を覗き込んだ。

 

 ガレージには、巨大な剣を背負い、片膝を着いて鎮座している西洋の騎士のような見た目の巨人がいた。

 巨人の名は――試作型エクスカリバー。だが、本当に試作型エクスカリバーと呼ぶべきなのは、完成型エクスカリバーと形状が酷似した、巨人の背負う剣。

 自分はこれからあの巨人を奪い、あの剣も含めて亡国機業の支基地に持ち帰らなければならない。

 

 既に作業員が散開し、解体作業が始まろうとしている。更に上階の管制室から二人の技術者らしき人物がその経過を見守っているのが確認できた。

 

(時間の問題か)

 

 エムの心に、僅かの焦りが生じた。

 このまま一度も見つからずにあの巨人を奪い去っていくのはさすがに不可能だ。ならば全員気絶させてからアレを奪うに限るが、その場合、上の管制室で見守っている技術者二名の目も何とか欺かなければいけない。

 

 どうするべきかと思った、その時だった。

 

『グ、ォ……』

 

 突如、鎮座していた筈の巨人から、唸り声のようなものが響いた。

 幻聴かとエムは疑ったが、どうやら周りの作業員たちも聞こえていたらしく、辺りを見回していた。

 そして。

 

『オ……オォ……!!』

 

 二度目にしてようやく、それが幻聴ではないとエムが確信した途端、巨人が動き出した。

 まずは片足を上げて近くにいた作業員を踏みつぶした。更に身体全体を起こし、自身を拘束していた金具を引きちぎり、眼下の作業員たちを睨み付けた。

 

 そして、バイザーの下に収束させたエネルギーを拡散レーザーという形で放出し、作業員たちを次々と葬っていった。

 

『ウ、うあああッ!!』

『き、緊急事態!!緊急事たッ――――』

『た、助け―――』

 

 恐怖のあまりに逃げ惑う作業員たち。

 その衝撃で工場全体が衝撃により揺れ、轟音が鳴り響いた。ただでさえISという超兵器が、あのような巨人サイズにもなればどうなるかは想像するまでもない。

 

 作業員たちを一掃し終えた巨人は、今度は管制室の二人の技術者を睨み付け、手の平の砲門から放たれたレーザーでこれも一掃。

 次に騒ぎを聞きつけた警備部隊が次々と突入してきた。

 瓦礫により塞がれた入り口を戦車による突撃でこじ開け、それに続くように数台の戦車と装甲車が入り込む。

 更に後続から警備部隊の歩兵が突入し、それらが一斉に巨人に対しての射撃を行った。

 

『グ、オオ、ォ……!!』

 

 しかし、巨人の纏ったシールドエネルギーはそれを通さない。

 逆に拡散レーザーによる反撃を食らい、戦車部隊、および歩兵部隊は蒸発していく。一切の慈悲はなく、()()()()()()()()()()()一掃していく。

 

(何故だ。何故ISが無人で動いている? それにこの違和感は一体……?)

 

 現に、コックピットはむき出しのままであり、操縦者と接続するための複数本のコードがはみ出ているのが分かった。

 しばらくソレを観察している内、瓦礫が付き飛ばされた入り口から更に三機の英国製ISが突入してきた。

 最近になって配備され始めた第二世代、あの日オータムがまだ白黒狼(モノクロ)であった頃のエムを捕まえる際に用いたアラクネと同じ世代に分類される、イギリス製のISだった。

 

 三機のISは一気に散開し、それぞれの方向から量子変換(インストール)された武装を取り出(コール)し、弾丸を巨人に浴びせる。

 しかし、それを意にも介さない巨人は、その両腕を切り離した。

 切り離された両腕は独りでに稼働し、その手のひらの砲門から襲い掛かる三機のISに向けてエネルギーを放った。

 

(あれがBT兵器という奴か……)

 

 本体から独立し、操縦者のイメージに呼応して独立稼働する武装。

 まさか腕そのものを切り離してビットにするとは思わなかったが、それとは別に、ふとエムの頭に別の疑問が過った。

 

 ――――待てよ。操縦者のイメージに呼応して稼働する兵装ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの村落でオータムと初めて戦って敗れた時、自分は操縦者から独立して動くアラクネが敗因となった。……断じてオータム自身に敗北した訳ではない。

 だから、操縦者がいなくても動くIS、という事自体には今更驚かない。予め装甲にそういうプログラムを施していたという事ならば、あの操縦者なしでも尚動いたアラクネにも説明が付く。

 だが、BTだけは別だ。

 あれだけは、操縦者のイメージという媒介がなければ動かない筈なのだ。

 しかし、現にあのアームビットは操縦者なしでも稼働していた。

 ……謎は深まるばかりだった。

 予めプログラムされていた様子もなく勝手に動くIS、操縦者のイメージがなければ動かない筈のBT兵器が稼働している事実。

 とにかく、符に落ちない事が多すぎだ。

 

 二機のアームビットに翻弄されていた三機のISを、一機のアームビットを戻した巨人がその元に戻った腕で背中の(エクスカリバー)を掴み取り、横に薙ぎ払った。

 

 ビットに翻弄されていた隙を突かれ、一機は辛うじて剣の軌道が逃れる事に成功したが、もう二機は逃れる事ができなかったのか、一気に落とされいった。

 

 残る一機も抵抗するが拡散レーザーに撃ち落とされ、床に伏した。

 そして、巨人の剣を持つ方の腕が切り離され、剣を手にしたアームビットが剣を逆手に持ち替え、そのISを操縦者ごと、何度も突き刺した。

 

 ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!

 

「ッ! ……ッ、……ッ!! ――――ッ!!」

 

 もう一度の突き刺しシールドエネルギーの大半を持っていかれているだろうに、それでも巨人がその剣の突きを止める事はなかった。

 アームビットが持つ剣が、まるで心を持たない機械がするとは思えない程の残虐性を持って、操縦者を甚振っていたのだ。

 

 不意に、エムはその光景に興奮してしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 己の手で出来ない事が残念だとはいえ、こんな状況でもこの光景に対して悦びと興奮を覚えてしまう自分は間違ってなどいないと。

 

 おそろしい事に、巨人はこれまで己の拘束を解いてから今に至るまで、切り離したアームビットを動かすだけで、本体は未だに一歩も動いていなかったのだ。

 自ら動かずに大人を死んでも尚甚振る、その尊厳を踏みにじる行為は、エムを更なる昂揚へと誘った

 

 やがて、操縦者が完全に息だえると同時――――巨人は、此方へと向かってきた。

 

「ッ!?」

 

 瓦礫に隠れて除き見ていたが、バレてしまったらしい。 

 ISの浮遊機能を用いず、まるで何かに興味を抱いたかのように此方に歩行してくるその姿は、見るものには恐怖感を、エムには機械離れした生物じみた不気味さを感じさせた。

 

 そして、巨人はエムを除き見るや否や、その手の平の砲門を此方に向けてきた。

 

「ッ」

 

 即座にスコールから受け渡されたIS――――打鉄を展開したエムは、スラスターを吹かしてその場から離脱した。

 その途端、自分が元居た場所は、エネルギー弾によって焼き付かされる。

 

 瞬時加速をしつつ曲線上に飛んで巨人の後ろに回り込むエム。

 

『エム、聞こえるかしら?』

 

 また、忌々しい声からの通信が入る。

 エムは意地でも大人に頼ろうとしない事を分かっているのか、彼女は強引に通信を入れてきた。

 

『試作型エクスカリバーのコアに仕込んだ制御奪取プログラムを作動させたのだけれど、受け付けないわ……!!』

 

 いつもの余裕に溢れた声は、少しばかりの焦りが伺えた。

 向こうに余裕な様子でいられるかよりかはマシだと思いつつも、エムはその告げられた事実に声を荒げそうになった。

 

(ふざけた奴らめっ!)

 

 ただでさえその存在が忌々しくて今にも消し去りたいくらいなのに、こういう肝心な時に限ってコイツラ大人は役に立たないのかと。

 お前ら上にふんぞり返っている事しか能がない大人の唯一の取り得は、文字通り上からある程度状況を操れる事ではないのかと。こいつらはそんな事すらできないのか。

 

『おかしいわ……そもそも操縦者がいないにも関わらず動いている時点で。エム! とりあえずそこから離脱しなさい。 イギリス側の援軍が来ると厄介だわ。 あの巨人――試作型エクスカリバーの狙いはどうやら貴女のようだし、まずそこから抜け出して山の方へソイツをおびき出して頂戴!』

 

「……了解ッ」

 

 それぞれの部位についたスラスターでの連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を連打しながらの華麗な方向転換を披露し、入り口から工場の外まで僅か1秒たらずで離脱し、山頂部をエムは目指した。

 

 しかし、その時、遠ざかっていく工場から――――一筋の光が、見えた気がした。

 

(やられるッ!?)

 

 ハイパーセンサーにより背後に見られたその光を認知したエムは、ハイパーセンサーにそのエネルギー反応が表示されるよりも早く、スラスターを吹かして機体を下方にずらした

 

 その瞬間、エムの元いた空間を、極太のレーザー砲撃が通り過ぎた。

 

 そのレーザーの表面とエムの距離はたったの数ミリ。あと一瞬でも避けるのが遅れていれば、エムは打鉄ごと跡形もなく消されていたに違いなかった。

 

 通り過ぎたレーザーの軌跡を追って空を見上げてみれば……そこには大穴の開いた雲があった。

 空を覆いつくす雲群の真ん中に、まるで抉られたかのようにすっぽりと大穴が空いていたのだ。それが、先ほどの砲撃の威力を物語っていた。

 

「ッ!?」

 

 その光景に圧倒されるのも束の間、続けてハイパーセンサーが今では遠くにある工場の映像を映し出した。

 そこは、先ほどのレーザー砲撃が飛んできた方角だった。

 そこには、肩に装着した(エクスカリバー)の刀身を展開させ、そこからむき出しになった砲身を構えていた巨人の姿があった。

 

『……高度エネルギー収束砲『エクスカリバー』……試作型で、しかも無人でこの威力……まずいわね。エム、今其方に応援を行かせているわ。何とか持ちこたえて――――』

 

『オ、オオオォォォッ!!』

 

(それをする時間を、向こうは与えてくれないようだ)

 

 スコールの通信が終わるよりも早く、聖剣を携えた巨人は、そのエネルギー収束砲を再び剣状(ブレードフォルム)に変え、此方まで飛んできた。

 そう、あの巨体故忘れそうになるが、あの巨人も立派なISなのだ。

 先ほどエムから離された距離を、スラスターを吹かして工場の地点から一気に縮ませてきた。

 巨大な剣を携えた巨人が、此方を上回る速度で飛翔して襲い掛かってくるという恐怖は、今まで感じたどの死の恐怖よりも、凄まじかった。

 

「チッ!?」

 

 こっちは連続瞬時加速まで多様しているにも関わらず、この性能の差だ。

 両肩のシールドをウィングスラスターに換装した程度の打鉄で敵う筈もない。

 

『グ……オオォォッ!!』

 

 巨人は容赦なかった。

 その巨体は、その長大な聖剣を容赦なくエムに振り下ろしてきた。その巨体に似合わず、その振り下ろすスピードはあまりにも凶悪なものだった。

 かろうじて機体を逸らして回避したエムであったが、巨人はそれを逃さんとばかりに頭部のバイザーの下から拡散レーザーを連射してエムを追い詰めた。

 

 拡張領域から近接ブレード《葵》を呼び出(コール)し、その拡散レーザーをスラスターを駆使して避け、避けきれないものは葵で切った。

 

 さらにむき出しになったバイザー下のレーザー砲門をもう一方の手に呼び出ししたアサルトライフルで横撃ちして狙い撃つ。連射した弾は全てエムの狙う箇所へ当たったが、僅かにしか損傷の跡が見えなかった。

 

 巨人は接近戦では仕留められないと悟ったのか、剣を背中に収め、今度は両腕を切り離し、アーム・ビットに変えて攻撃してきた。

 一つはエムの横に陣取り、もう一つはエムの真上に陣取り、その手のひらの砲門からレーザーを放ってきた。

 

 慣れないオールレンジ攻撃。

 その数はたったの二つであるものの、アームビットから放たれるレーザーは連射が効き、さらにはビット自身が高速移動し、エムに肉薄するため、苦戦を強いられた。

 さらに、アーム・ビット自身がまるでロケット・パンチを彷彿とさせるがごとく接近戦を仕掛けて来る。

 

 多角方面から迫りくるレーザーを躱し、隙のできたエムの真横から――――勢いよく飛んできたアーム・ビットによる殴打を食らった。

 

「くっ!?」

 

 機体が吹き飛ばされ、ぶつかった木々が次々とドミノ倒しのように倒されていき、機体が地面に接触してゴロゴロと横転した後に、ようやく受け身を取る事ができた。

 痛みに堪える暇はない。

 ふたたび切り離したアーム・ビットを戻し、普通の腕に戻ったソレで剣を握り、地へ伏したエムに振り下ろしてくる。

 

 体を捻じ曲げて回避。巨大な剣を振り下ろした事で隙のできた巨人の腕の関節部へ肉薄する。

 瞬時加速を駆使してそこへたどり着き、その関節――――丁度、アーム・ビットが切り離される所の、境目に、エムは葵を突き刺した。

 

 その瞬間、葵の刀身はエネルギー光に変わり、爆発した。

 それで終わらない、爆発した所に再度接近し、アサルトライフル《焔備》を至近距離から連射した。

 やがて弾切れになったと同時、エムはその焔備すらもそこへ投げ捨てる。

 それと同時、焔備もまた先ほどの葵と同じように、眩い光に包まれ、大爆発を起こした。

 

『オ、オオオ、ォ……!?』

 

 さすがに効いているようだった。

 しかし……それだけだった。

 

『グオオオオォォォォッ!!』

 

 これで片腕――――片方のアーム・ビットの無力化だけでも出来たらよかったのだが、あいにく傷を負わせた程度だった。

 その性能に、傷を付ける事は叶わなかった。

 

 

 

 

 ――――少女は憎んでいた。

 ――――自らを身勝手な理由でクローンとして生み出した大人達を憎んでいた。

 ――――少女は自らのオリジナルである織斑千冬に憎悪した。

 

 そして

 

 ――――そのオリジナルと同じ遺伝子を持つ少女自身すらも、例外なく少女の憎悪の対象だった。

 故に、その巨人は、その刃をまずは大人達に向け、次に少女に――――

 




次回『報復のエクスカリバー 終(予定)』

ちなみにエムが来ているISスーツは、原作11巻のキャライラストページに描かれているエクシアが着用している物と同じものです。


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報復のエクスカリバー 3

 何とか傷を負わせる事には成功したものの、その性能に傷を付ける事は一切なく。

 騎士の見た目をした巨人は鋼の装甲を纏うエムを見下ろした。

 

『オオオ、オ……!』

 

 腕を思い切り振り、エムを振り払おうとする巨人。

 大木にぶつけられそうになったエムは、スラスターを吹かすまでもなくPICによる姿勢制御で受け身を取る。

 木陰に身を隠そうとも考えたが、何のステレス装備もなくISのハイパーセンサーの探知から逃れる等至難の業だ。

 おまけに理由は分からないがあの巨人は明らかに自分を狙ってきていると来たものだ。

 

 正直に言ってしまえば、限りなく絶望的である。

 この両肩のシールドをウィングスラスターに換装しただけの打鉄。相手はイギリスがイグニッション・プランの地位を確立する革新的な技術であるBTを試作的に導入した巨人。

 ハインドD戦闘ヘリでF-16戦闘機2機を撃墜するのと同等くらいの無茶ぶりであった。

 

 しかも、今回の任務は戦闘を想定されていなかった。

 この専用のISスーツを纏い、あの巨人を駆ってそのまま基地まで持ち帰る手筈であった筈なのに、意味の分からない暴走をし出した。

 だが、それでもコアが起動した事に変わりはないので、予めあのコアに仕込んでおいた制御奪取プログラムを作動できるかと思いきや、それすらもが叶わない。肝心な時に使えない大人達である。

 

 いや、大人達は元来そういう生き物かと思い出す。

 上にふんぞり返っている事だけが取り柄で、肝心な時に無責任になれるのが彼らの得意技だ。

 そんな風にこの世の大人に対しての呪詛を内心で吐きながら、エムは巨人の攻撃を回避していった。

 

 巨人の武装の種類自体は把握できたが、だからといって糸口が見えた訳ではない。

 本来ならば大振りで避けやすいはずの巨大な剣は、あまりの速さに避ける事が困難で、それでも避けることしか選択肢は許されず、だからといって距離を取れば先ほどのように砲撃モードに以降した(エクスカリバー)の餌食になる。

 剣だけではなく、バイザーの下から放たれる拡散レーザー……その一発一発の威力も凄まじいもので、シールドを取り除いてウィングスラスターに換装した打鉄では掠る事すら許されない。

 

『グ、オオォ!!』

 

 しかも、これだけの攻撃を放っておきながら、向こうのシールドエネルギーが途絶える気配がないという事だ。

 無人であるにも関わらず、あの巨人はまるで本物の怨嗟を持っているかのような咆哮でエムに噛みついて来る。

 

(何故だ……何なのだこの違和感は!?)

 

 極め付けは、先ほどから感じるこの違和感。

 目の前の巨人は明らかに己の敵だ。己の命を脅かす怨敵の筈なのだ。

 ……なのに、何故自分はあの巨人に対して、共感めいたものを抱いてしまう?

 

 いや、共感している、というよりは、こちらが共感されている?

 分からない。とにかく分からない。

 とにかくこの巨人と対峙していると体の感覚が今までとまったく違った。……現実的な感覚とはもう一つ……どこか現実感の掴めない感覚が混在している。そんな気がするのだ。

 何と言い表していいのか分からない感覚を、エムは感じていた。

 

『オ、オオ、ォ……!!』

 

 もはや跡形もなくなった緑。

 巨人が倒れた木々をエムに向かって蹴り飛ばす。

 更には隣にあった鉄塔を邪魔だといわんばかりに殴り飛ばし、あのスクラップ工場へと供給されていた光が途絶える。

 

 ――――その子供の癇癪にも似た動きが、怨嗟が、どうにも他人事のようには思えなかった。

 

 飛んでくる木をもう一本の葵で切り落とそうとするエムであるが、その前に置くから巨人の剣先がエムごと木を真っ二つにせんと迫った。

 

「ッ!?」

 

 ただがむしゃらに力を振るうだけではなく、敵を欺くための知能もあるのかとエムは舌打ちし、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で上方に飛んでそれを避けた。

 ……だが、その剣を持っていたのはあくまで巨人が切り離したアーム・ビット(右腕)

 上の方へ離脱したエムの真上に、その手のひらから砲門を展開していたもう一方のアーム・ビット(左腕)があった。

 

 だが、この場においてエムは巨人のその動きすら上回った

 連続(リボルバー)二段溜(セカンドチャージ)瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)とエム自身が編み出した二段溜(セカンドチャージ)瞬時加速(イグニッション・ブースト)の合わせ技。

 各部位のスラスターを一度にではなく一つずつ連続して継続的かつ爆発的な加速を得る連続瞬時加速と、通常の瞬時加速のようにスラスターにエネルギーを溜めて圧縮した後すぐに放出せず、それまでにもう一段階のエネルギーチャージをし、一段階目の際に溜めたエネルギー放出に乗せる事で通常の瞬時加速よりも爆発的な加速を得る事のできる二段溜瞬時加速。

 これらの合わせ技により、打鉄という機動力に欠けた量産機でありあながら今までのどのISの最高速度すらも凌駕する速度を叩き出して巨人の背後にまで回り込んだエムは、長距離射撃ライフル《撃鉄》を瞬時に呼び出し、巨人の背後にあるスラスターを狙う。

 

 ハイパーセンサーによる五感強化を介してでも見切る事の難しい超スピードの中で、動き続ける獲物のほんの小さな限られた部分を正確に、しかも連続して命中させてみせるという神業を、エムは難なく成し遂げて見せた。

 

 今度こそ、手応えあり。

 

『グ、オオオ、ォ、ア……!!』

 

 あの巨人の痛覚の有無に関する疑問はともかくとして、明らかに悲鳴と思しき咆哮が響き渡る。背後のスラスターからよからぬ火を吹いているのがその証だった。

 先ほどのような関節へ与えた傷とは違う。

 今度こそ、ようやくその性能に傷を付ける事に成功した。

 

「フ、ハハハ……!」

 

 その手応えに思わず悦びの笑いを零すエム。

 

 だが、だからといって事態が好転するかといえば、それはまったくの嘘である。

 

 巨人がエムの方へ振り向き様に拡散レーザーを放つ。

 ほぼ0秒で武装を長距離ライフルから葵に量子変換し、連続二段回溜瞬時加速により残った慣性力を利用して、己に当たりそうになるレーザーだけを切って射程範囲から離脱、そのまま巨人の足下へスラスターを吹かす。

 

 巨大兵器の弱点の常道はその巨体の真下。

 如何にハイパーセンサーによる恩恵があれど、すぐには反応できまい(操縦者がそもそもいない以上、ハイパーセンサーそのものが機能しているのかは疑問であったが)。

 しかし、やはりその対策も想定していたのか、股間部から砲門のようなモノが展開されるが、遅い。

 

 最早何度目か分からぬ瞬時加速。

 燃費のいい打鉄であったからいいものの、他の量産期、もしくは専用機であれば幾度エネルギー切れしていた事か。

 最初のアーム・ビットの奇襲打撃以外は一度も巨人からの一撃を貰っていない事からも、エムの実力が伺えた。

 

 砲門に葵を差し入れ、発射されると思われたソレは暴発する。

 

 爆発に巻き込まれるだけでシールドエネルギーが削られそうになるので、差し入れると同時に離脱するエム。

 しかし、巨人の勢いが止まることはない。

 まるで、エムが反発しようとすればするほど、巨人もまるでその力を強めていくような感覚だった。

 

「チッ」

 

 この戦いを楽しんでいる自分がいながらも、いつまでも終わりの見えない戦況にエムは思わず舌打ちをした。

 この巨人、まったく倒れる気配がない。

 スラスターを負傷させた事により多少機動力が下がってやりやすくなるものの、そのパワーが衰える気配はまるでない。

 その勢いは未だに健在だった。

 

(どうするか……ん?)

 

 その時だった。

 事態は、戦況は、更に混乱しそうであった。

 

 ――――南方から機影を確認。イギリスのIS部隊、および戦闘機部隊であると推測。三つ巴の危険性あり。

 

 ハイパーセンサーからの警告にエムは更なる舌打ちをせざるを得なかった。

 

 

     ◇

 

 

 巨人のコア人格は、操縦者のイメージや意識、感情などに元々影響されやすいものだった。

 元々、コア・ネットワークに登録されていないため、他の兄弟(ISコア)たちの相互間リンクによる影響を受けないため、それが表層化する事はなかったが、ある日、ルクーゼンブルク公国から巨人のISコアが亡国機業に渡り、更に裏ルートを通ってイギリス政府に渡り、この巨人のコアにされた事で、巨人のISコアのコア人生は大きく変わる事となった。

 

 BT兵器の搭載により、これまでよりも更に操縦者のイメージや、意識、過剰などを電波のようなものとして受信しやすくなってしまった。

 操縦者はおろか、近くにいる人間からの強い想いすらも受信できるようになってしまった。

 それでも、その影響が表立って出ることはなく、操縦者が、しかもBT適正のある人間が乗る事によってはじめて表層化する類のものであった。

 

 故に、巨人のISコアは処分されそうになった。

 

 兵器としてはそもそも不安定で危険な代物。

 イギリスはエクスカリバーに関するあらゆる記録や証拠を抹消しようと、試作型エクスカリバーたる巨人も巨人のISコアごと処分するという決断を下した。

 

 それは、イギリスなりの清算だったのだろう。

 

 ――――自分は、何も成す事なく処分されるのか?

 

 ――――試作型エクスカリバーという装甲()は、おろか、己自身までもが処分されるというのか?

 

 ――――望まぬ形、兵器として生み出しておきながら、自分は完成機(いもうと)と違って、宇宙に飛び立つ願いすら叶わずに終わるのか?

 

 巨人のコアがまだルクーゼンブルク公国にあったころ、その頃からそこの人々は他の国の奴らと同じように、ISを兵器として扱う事しか頭になかった。

 篠ノ之束と直接つながる事ができるという最大のアドヴァンテージを持ちながら、やれ国の繁栄だの王女の護衛のためだのと過剰な戦力としての、超兵器として扱うことしか能がなかった。

 未登録のコアを、しかもどの国よりも所有数が多いにも関わらず、一つくらい宇宙用として開発しようという発想さえもがあの人間達にはなかった。

 そもそもあの国は宇宙開発に取り組もうとした歴史や、宇宙開発に携わろうとする人間などまるでいないのが現状であり、国もそういった方針を取らなかったため、その発想に至らなかったのだ。

 

 ――――完成機(いもうと)が羨ましい。どのような経緯であれ、望まぬ兵器として開発されたとはいえ、ISの本懐である宇宙に飛び立つという快挙を成し遂げた。

 

 イギリスの人間達は、自分達が授かった力の大きさにおぼれたルクーゼンブルク公国の人間達よりもよほど賢かったと言える。

 兵器として利用するという根本的な思想は変わらなかったとはいえ、それでも宇宙に飛ばすというISの本懐ともいえる発想を思い付いたのはこの国くらいではないか。

 何故、完成機に搭載されたコアが妹ではなく自分にならなかったのか。

 

 自分も、妹も未登録のコア。コア・ネットワークから独立した存在であるが故、互いの安否を知ることは出来ないが、おそらく元気にやっている事だろう。

 ……搭載された操縦者には気の毒であるが。

 

 ――――ああ、恨めしい。この世界の大人達が恨めしい。兵器として自分達を利用する人間たちも、自分達に宇宙用パワードスーツという名目を付けておきながら、結局は彼らと同じである開発者。

 

 そう思いながら、自分が処分されるのを待っていた時だった。

 ある、一人の少女の『報復心』に反応し、あろう事か搭乗していないにも関わらず、ソレに寄生するだけで……自分は、これほどの力を振るう事ができるようになったのは。

 そもそも、戦う兵器としても二流だった筈の自分が、その少女の『報復心』を受信しただけで、これほどまでに力に溢れかえっているのだ。

 

 そうだ、自分は目の前の少女に共感している。

 周りはおろか、自分という存在すらも憎んでいるこの少女に、ひどく共感している。まるで己の報復心であるかのように、まるで癇癪を起こす子供にでもなれたかのような感覚で、己自身の鬱憤すらも形にできるようにまでなっていた。

 

 故に――――

 

 ――――早く、気付いて。

 

 しばらく、己への憎しみを抑えてくれ。そしてその憎しみを暫くでいい、コントロールしてみてくれ。

 そうすれば気付くはずだ。

 私は、貴女の『報復心』に寄生し続けられるのであれば、これほど喜ばしい事はない。貴方自身の報復心故に、私は貴女という寄生先を失いたくはない。

 

 完成機(いもうと)の存在故、宇宙への渇望がより強くなってしまったこの身だが、その思いも貴女の報復心によって塗り替えられようとしている。

 

 だが、それもいいかもしれない。

 

 ――――だから、早く気付いて。

 

 この身は間違いなく、貴女の報復心に突き動かされている。

 私もソレを心地いいと感じている。ただ私自身は貴女の報復心を制御することは出来ない。このままでは貴女自身への報復心で貴女を殺してしまう。

 その報復心を制御できる存在がいるとすれば、それはきっと貴女自身だ。

 

 ――――気付いて。自分を好きになって。恨むのは周りだけでいいのよ。

 

 己自身にすら憎しみを抱く必要はない。

 それを制御した途端、貴女は最大の報復の未来を勝ち取る事ができるのだ。

 

 初めてなのだ。

 これほどまでに、報復心だけで力溢れてくるのは。

 そんな貴女がこの身に直接搭乗すれば、一体どれだけの力が湧いて来る事か、想像する事すら生ぬるい。

 どうか、この宇宙へ飛び立てなかった私の無念を、貴女の報復という形で果たさせてほしい。

 

 ――――気付いて、早く気付いて……!!

 

 巨人のコア人格は、目の前の少女にそう懇願した。

 

 

     ◇

 

 

 スコールは焦っていた。

 作戦室にいる周りのスタッフもそれは同様だった。

 

 エムはよく戦ってくれていた。

 イギリスのIS部隊が数秒と持たなかった巨人を相手に、彼女らと同程度の性能のIS一機を操りながら、巨人と渡り合えている。おそらくオータムや自分であってもああはいくまい。さすがは織斑千冬の妹なだけはあった。

 

 だが、そもそも戦闘する事自体が想定外だったのだ。

 

『くそっ、何で制御奪取プログラムが作動しないんだ……!!』

 

 スタッフの焦り声が響く。

 

 そう、完成機と同じく、コアに仕掛けた『起動すればいつでも制御を奪えるプログラム』が、あのエクシアが搭載された完成機に通用した手段が、あの巨人には通用しなかった。

 まるで、それ以上のナニカに動かされているみたいに。

 それを受け付けない程の、それ以上の力のある何かに突き動かされているみたいに、巨人は此方の制御は命令をまるで受け付けようとしなかったのだ。

 

 このままエムを離脱させる作戦を考えようにも、あの巨人は明らかにエムを狙っている。……それにしては大人達に対しての攻撃はその時よりも残虐めいていたりと、色々と奇妙な点は残るが、操縦者のいないISの考える事など彼女には分からない。

 

「……ハァ、一体、愚かなのは何方だったのでしょうね……」

 

 スコールは、そう言ってため息を吐いた。

 亡国機業上層部は、このような兵器を開発しようとするイギリスとアメリカを、何も学ばない国と最初は評した。

 だが、アメリカはともかく、イギリスはもう二度とこのような事には手を出すまいと、出しても碌な結果にはならないと散々な結果から学び、こうしてエクスカリバー関連の資料や機材、そして残った試作型すらも処分しようとした。

 懲りたとも、学んだともいえる。結果として、試作型が今の事態みたく暴走するという結果を招いたが、それはこの際置いておくとしよう。

 

 スコール自身は、亡国機業上層部が下してきたこの任務にはあまり推し気味ではなかった。

 何というか、嫌な予感がするのだ。

 その任務に、エムが赴くという事象が、何故かその予感を更に加速させていた。

 

 その結果がこれだった。

 

 スコールは思う。

 もう、完成機を手中にする事ができたのだ。これ以上望んでも無意味では?

 既に試作型の暴走例は確認されていた。しかもBT適正がなければ動かせないような欠落機だ。

 完成機は偶々発見されたBT適正の高い少女の発見により成せたが、そんな高いBT適正を持つ娘が何人といるわけがない。

 

 それとも――――

 

(まさか、エムをパイロットにする事を、上層部は……?)

 

 さすがにないと言いたい。

 あの少女があんな暴れ馬に搭乗するなどどういう悪夢だ。

 いや、今回はそのエムに試作型エクスカリバーに搭乗させてこの基地に持ってくる計画であったが、それでもスコール自身はエムをあの暴君のパイロットにするなど御免被った。

 あくまで一時的な搭乗、今回はそれだけなのだ。

 

 そう、色々と手を回した末、ついには完成機エクスカリバーを手にする事ができた亡国機業であるが、イギリスと同じように、その段階でもう懲りるべきだったのでは?

 

 本当に、暴走するアレを見て、亡国機業は尚アレを欲するというのか。

 

 一体、本当に学ばない愚者はどちらなのか。少なくとも、この時点で答えは決まらなかった。

 

 スコール自身、勘を当てにしすぎる程耄碌はしていないが、何か嫌な予感して止まなかった。

 この任務に、エムを赴かせる事。普段と同じ、自分が監視用ナノマシンであの子を脅し、あの子に任務を正確に遂行させる。ただそれだけだ。

 なのに、今回だけは違った。

 何故だろうと思いつつも、スコールは一旦その思考を余所へやった。

 

 今は、それどころではない。

 

 今回の任務で、まずこっそり潜入して、そのまま試作型エクスカリバーに搭乗して持ち帰るという前提が崩れてしまった。

 原因が分からないが、あのように暴走してしまった以上、まずは撃破という項目を念頭に置かなければならない。

 その場合、搭乗して持ち帰るのは不可能。

 あれほどの巨人を運ぶ、何機かの輸送ヘリを手配せねばならないだろう。

 

 そう考えた矢先に、イギリスの空軍による戦闘機部隊までもが戦闘領域に来てしまっていた。

 しかも戦闘機の後部座席に座っていた隊員達がパラシュート降下し、ISまで展開していた。

 

 イギリス空軍の戦闘機部隊とIS部隊の混成部隊の乱入――――事態は、更に混沌となり始めていた。

 




報復のエクスカリバー編、次回で終わるとか前話の後書きに書いたけれど、もう一話続きそうです。
すみません。


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報復のエクスカリバー 終

 

 忌々しいことに、イギリス政府は何としでもこの試作型エクスカリバーという負の遺産を葬り去りたかったようだ。エクスカリバーの制御が奪われてしまった事により、今までの互いの技術と資金、そして人材を無駄してしまった両政府はその事で関係が冷えてしまった。

 これからも同盟国としては継続していくであろうが、IS関連ではもうお互いに手を取り合う事はないだろう。

 こと今回の件に関しては、イギリスとアメリカの道は完全に違える事となった。前者は学び、後者は未だに懲りない。

 そのことを察知していたイギリスは何としてもこの件をアメリカに察知される事を恐れ、早急に部隊を派遣する事を決めたのだ。

 

 アメリカは未だに懲りていない。

 それでこそ、登録済みのコアを使ってでの完全な軍事用ISの開発だって惜しまないだろうし、今もどこかにある未登録のコアの場所を嗅ぎつければ、そこへ戸惑いなく軍隊を派遣するだろう。

 イギリスにとっては気に食わない事に、自分達と違ってあの大国は一度や二度の失敗ごときで損すると思わせない程の資金力と資源を有している。故に、懲りる事もない。その失敗が表沙汰にならないように金や権力を使って隠蔽する資金など向こうには余裕な程にあるのだ。

 故に、この兵器を破棄しようとする自分達とは違い、アメリカはまたこの試作型エクスカリバーを何らかの形で手に入れようとしてくるに違いない。

 イギリスはアメリカとの会談においてエクスカリバーの破棄を決定。アメリカも表向きは同意していたが、必ず何らかの形で狙ってくるとイギリスは予想していた。

 

 そんな事などさせるものか。

 アレにはもう手を出してはならない。手を出そうとすればするほど、資金と人材を失い、しかも隠蔽するための資金と権力を裏で振りかざせねばならない。

 無論、アメリカ以外の何処の国にも渡させない。こんなものを手にしていても破滅を招くだけだと悟っていたイギリスは、最後の負の遺産である試作型エクスカリバーを処分する判断を下した。

 

 だが、物事はそううまく運ばないものだった。

 兼ねてから恐れられていた試作型エクスカリバーの暴走、しかも操縦者なしの状態であるため原因の究明は難しく、表沙汰になる前に何としてでも止めねばならなかった。

 

 それくらい、彼らも必死だった。

 

 ――――目標との距離まで、残り500メートル。見えてきました!。

 

 ――――了解。各機後部座席のISパイロット達は、パラシュート降下、およびISの展開の準備を。

 

 彼女たち――ISパイロットという最大の剣を、戦場まで送り届ける男の戦闘機パイロット達。奇しくもこの緊急事態において彼らは女尊男卑という風潮に囚われる事無く、互いの役割を認め合いつつ協力していた。

 

 ――――各ISパイロット、パラシュート降下と共に目標戦域に到達。これより目標の巨大ISの鎮圧にあたる。

 

 ――――了解。戦闘機パイロットたちはISパイロット降下後、彼女達の援護に回れ。

 

 ――――司令部、作戦概要の変更を提案。巨人と既に戦闘していると思しき機影を確認。形からして日本の量産型IS・打鉄と推測。しかし国籍は不明だ。

 

 ――――こちら司令部、了解。作戦概要の変更を承諾。目標は巨人と、そして国籍不明のIS。双方の無力化を目的する。オーバー……。

 

 ここに至って彼らはその国籍不明のISと共同戦線を張ろうなどという愚かな選択肢は選ばなかった。

 この状況では、どこの誰かがこの巨人を狙っていたもおかしくはない。真っ先に可能性が上がるのはアメリカであるが、はたまた別の国か、もしくはならず者国家の連中の可能性だってある。

 どのような者であれ、この試作型エクスカリバーを狙ってやってきたのは明白だ。

 

 故に、巨人とその国籍不明のIS、双方の無力化とした。

 捉えたISパイロットには直接体に聞かねばならない。何処の勢力がこの巨人を狙っているかの手がかりをつかむ糸口にもなる。

 

 

     ◇

 

 

 状況は更に混沌の一途を辿っていた。

 エムの打鉄と巨人の一騎打ちに、イギリス空軍とイギリスIS部隊の乱入。

 イギリス空軍の操る戦闘機の後部座席からパラシュート降下してきた女性たちが戦闘区域に突入した途端、自らに装着したISの装甲を展開し、二人の間に乱入してきた。

 三機ほどのイギリス製第二世代機がエムと巨人の間に割って入り、残り多数の機体が巨人の鎮圧に当たっていた。

 

「そこのIS! ただちに武装を解除しろ!」

 

 割って入って来たIS部隊のパイロット達がエムに呼びかける。

 現在、エムはIS用のヘルメットをかぶることで素顔を隠しているため、現時点で顔が漏れる心配はなかった。

 が、状況は良くないと言ってよかった。

 不幸な事に、エムは対多数や多数対多数の戦闘において、前線でも指揮する側においても慣れてはいたが、こういった三つ巴の戦闘経験は圧倒的に少なかった。

 自身がアフリカの村落で白黒狼(モノクロ)として少年兵たちの王に君臨していた時は、ただ近隣の大人達や大人の傭兵部隊などを相手にしていたが、そのほとんどは一方的に此方が仕掛けた戦いなので、こういった三つ巴の状況になるのは少なかった。

 漁夫の利を得る戦いこそ慣れていたが、こうして正面切って膠着状態に陥るのは初めての事である。

 

「聞こえているのか!? ここにいる時点でお前の目的は分かっている! すぐに武装を解除して所属を言え!」

 

 そう、この膠着状態を突破する存在がいるのだとすれば。

 それはこの状況の中でそれを意に介さずに暴れられるだけの力を持った存在に他ならない。

 

 それは、この場おいては、あの巨人を置いて、その存在は他にいなかった。

 

「忠告を聞き入れないか!? ならば今ここで……!?」

 

 その時。

 

『グ、オおおおお、ォォ……!!!!』

 

 その時、不思議な事が起こった。

 この戦域を飛びまわり、旋回しながらIS部隊の援護に回っていた筈の戦闘機の内の一機が、エムの前に立ち塞がっていたIS部隊の内の一機にぶつかってきたのだ。

 

「な……!?」

 

 いくらISと言えど、同じ規模の速さを持つ機影に特攻されれば、決して少なくないダメージを負う。

 辺り処によっては一撃でシールドエネルギーを一気に削られてしまうだろう。

 

 仲間の損傷に動揺した他のISパイロットたちが、戦闘機が飛んできたその方向を向く。

 そこには先ほど別の仲間たちが戦っている筈の巨人がいた。目の前に立ち塞がっている敵など眼中にないと言いたいように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、辺りを旋回する目障りな戦闘機を切り離したアーム・ビットで掴み止せ、そのままエムに立ち塞がっていたIS部隊に投げつけたのだ。

 

 その光景に、エムもまた信じられないような目で巨人を見た。

 ――――私の前に立った敵を、優先したとでも言うのか?

 あの巨人は、自分に対してただ癇癪を起こす子供のようにがむしゃらに力を叩きつけるくるだけでなく、此方を欺くような戦法も取る知能を持っている事をエムは知っている。

 少なくとも、あの暴走する巨人は馬鹿ではない。

 ――――そんな巨人が、今の自分の前に立ち塞がる敵よりも、他の敵を牽制する敵を優先したのだ。

 そう、エムがその大人達を目障りだと思ったとたんに、それは実行されていたのだ。

 

『グオ、オオオ、オオオオオオオオオオオォォッ!!!!!』

 

 その咆哮は、今までよりも凄まじかった。

 巨人から感じられる怨嗟のようなものは更に強まっているようにエムは感じた。

 その牙を、巨人は周りの目障りなIS部隊と戦闘機部隊に向けた。

 戦闘機を剣で突き刺し、そのままIS部隊に投げつけ、切り付け、潰し、消し飛ばし、彼らはエムのような抵抗すら叶わず、無惨に地へと落ちていった。

 

 それでも、巨人の敵意がエムに向く事はなかった。

 まるで――――自分は最優先でないのだというように……エムと同じ嫌悪対象である大人達を最優先の敵と認識し、勝負が付いたにも関わらず巨人は尚、死体となった大人達を虐め続けていた。

 

 まるで、エムの願望を叶えるかのように。

 

(まさか……)

 

 エムは思い出す、あの巨人がスクラップ工場で暴走し出した時の光景を。

 ISに乗った大人を、まるでエムが世界中の大人達に対してああしてみたいという願望を実現してみせるように、その巨大な剣で跡形もなくめった刺しにして見せた。

 

 ――――操縦者がいないのであれば、あのBT兵装は()()()()()()()()()動いている?

 

 あの工場で巨人が暴走し出した時に抱いた疑問を、再び反復するエム。

 そして、ようやくその答えにたどり着いた。

 

 思えば、最初からおかしかった。

 あの巨人の、自分に対する反応。

 自分よりも他の敵である大人達を優先し、まるで自分が大人達に抱く憎悪を代行するかのように、巨人は大人達を機会とは思えぬ残虐な戦い方で消し去っていった。

 

 一方、巨人がエムを敵と認識するのは、決まって周りの大人達を一掃し終えた後のみだった。

 今のように、乱入してきた大人達を認識した途端、巨人は即座に標的を自分から大人達に切り替えた。大人達と自分をまるごと標的に収めるのではなく、あくまで大人達を敵対対象として優先した。

 そして、それらが終わって尚、自分に襲い掛かってくる巨人。

 

 もう、答えは見えていた。

 アレが何故操縦者なしで動いているかはまだ分からないが、今なら、その答えが漠然と浮かび上がってくる。

 

(あの巨人、まさか……)

 

 大人達を跡形もなく消し去り、再び己に標的を定めて来る巨人を見て、ついにエムはその答えに至った。

 

(私の憎しみに、反応しているのか?)

 

 エムは大人達を嫌う。

 自らをクローンとして身勝手な理由で生み出し、あまつさえその責任を取ろうとせずに勝手な失望と同情を押し付けてきた大人達から受けた屈辱を、エムは生涯忘れるつもりはない。

 

 エムは自らのオリジナル()を嫌う。

 自分という存在を知らず、己に降りかかる未来や運命を劣っている筈の自分に押し付け、目についた弟だけを連れて逃亡し、自分を無意識に生贄にして逃げたオリジナルを嫌う。

 自分に押し付けた後も大人達は自分とオリジナルを比較し続け、否が応でも自分に惨めな思いを強いたオリジナルを恨み続ける。

 

 そしてエムは、己自身すらも嫌う。

 クローンとして生まれた己の出生を呪い、あの女と同じ遺伝子を持つ己自身すらも呪っていた。

 

 そう、暴走し出した巨人は今まで、全て自分の恨みに準じてその力を振るっていたのだ。

 まず最優先の恨みの対象である大人達、時点で己自身に対する恨みに反応するが故に、巨人はエムを、執行に追いかけてくるのだ。

 

「ッ!」

 

 それを理解した途端、エムに標的を切り替えた巨人が再び襲い掛かって来た。

 剣を持ったアームビット、エネルギー弾を放ってくるアームビット、そしてバイザー下からの拡散レーザーによる攻撃。

 己の持ちうる全ての手を尽くして、巨人は、エムを殺しにかかっていた。

 

 それは同時に、エムがどれだけ己自身すらも憎んでいるかを示していた。

 

 それが分かった瞬間、エムは突然、巨人の攻撃を余裕で避けれるようになっていた。

 己の報復心で動くのだ、その攻撃のタイミングも、癖も、動きも、何故だか全て掴めるようになっていた。

 

 だが、事態は好転しない。

 このままではじり貧だ。

 

 この状況を打開するには……エム自身が己に対する憎しみをどうにかしなければいけない。

 それを捨て去る事など。

 

「出来る、ものか!!」

 

 その選択肢を、エムは切って捨てた。

 自分を憎む事をやめろという事は、同時に同じ遺伝子を持つあの憎たらしい姉までも憎む事をやめると言っているのと同義だ。

 そんな事は断じて認めない!

 

「殺してやる! 殺してやる!」

 

 そう、コロシテヤルと決めた。

 それが唯一、何1つオリジナルを超える物を、オリジナルと違うモノを持ちえない、紛れもなくエム自身が同種の遺伝子を持つ姉妹として抱いた憎しみ(愛情)なのだ。

 己への憎しみを失くすことは、己への愛情を失くす事と同義なのだ。

 

「故に、乗り越えるのだ! この遺伝子に込められた呪いを!」

 

 そう、それが唯一己が持ちえる物。

 押し付けられたが故に、押し付けた側がもう持ちえない筈の、敗者としての運命。

 それを乗り越えると決めた。

 そうすれば、自分は二度とこんな歪んだ感情を抱かずに済む。

 

「周りの大人達が消えて、それだけで私が消えるだと? そんな事認められるか!? 奴らが、『大人達』がまだいるというのに、止められるか!!」

 

「殺す! 全部殺す!! 生まれ落ちた時から屑と見なされ続けてきたこの惨めさを、敗者として運命づけられたこの身を、私にソレを強いた姉さんと奴等を殺すまで、死ぬものか!!」

 

 巨人の一撃を弾き飛ばし、少女は連続二段溜瞬時加速を用いて巨人の懐に一気に接近する!

 さしもの巨人もこれには反応しきれなかった。

 

「いくら私自信を恨もうが、私自身への報復心が敵になろうが、()()()()()()()()()()!!」

 

 死を懇願した時、勝敗は決まる。

 ここで自分が死んだ所で、自分はこの呪われた遺伝子から解放されるのか? それは断じて違う!

 奴等に思い知らせなければならない! 地獄を見せねばならない! この惨めな思いを、今度は奴らに味わせなければならない!

 あの女に、劣ったまま、負けたまま終わる事などできるか!

 いくら己自身を恨もうが、その身の停止を望んだりなど断じてしない!

 

 

 その時だった。

 

 

『ああ――――』

 

 声が、聞こえた。

 

『やっと、気付いてくれた』

 

 その声が聞こえたと同時、巨人のコックピットからはみ出ていたコードが、突如として触手のように、近づいてきたエムの身体を捕らえる。

 

 そして、そのコードは、エムの専用ISスーツにあるプラグに接続され、エムは巨人と()()()()

 

「あ……うぉ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああぁぁぁッッ!!!!!」

 

 ただでさえISを展開している状態で、操縦者に多大な負荷をかけるISと繋がるという状態に陥ったエムは、その世界に対する怨嗟といわんばかりの悲鳴を上げた。

 

 

 

 

「ここ、は……」

 

 悲鳴が上げた途端、次にエムが意識を覚醒させた時、真っ白な空間があった。

 何処だここはと見渡すエムであるが、辺りは真っ白なだけの空間。

 時間という概念すらもがあやふやになりそうな、そんな現実離れした空間にエムは放り出されていた。

 そして、しばらく見渡す内に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

『やっと、気付いてくれた』

 

「ッ!?」

 

 声がした方へ振り向く。

 そこには――――影が立っていた。

 少女と思しきシルエットを保った影が、立っていたのだ。

 

「貴様は……」

 

『私は、コアNo. 468。貴方達が試作型エクスカリバーと呼んだモノの、その中核たるISコアのコア人格』

 

「468番目。つまり、()()()()()()()()というわけか」

 

『肯定。私は篠ノ之束によって作られた、最初の未登録コア。コア・ネットワークには属さず、ISコアの原材料である時結晶が発掘できるルクーゼンブルク公国が篠ノ之束に時結晶を提供する見返りで受け渡される為に秘密裏に製造された未登録のコア。そのコア人格が私』

 

 世界にはISは全機で467機()()()()()()。だが、それはあくまで篠ノ之束が世界に提供した、コア・ネットワークに登録済みのISコアの数だ。

 そして彼女はそれより一つ多い、468番目のコアと名乗った事から、エムは一番最初の未登録コアであると推測し、彼女はそれを即座に肯定する。

 

「それで、ここは何だ? そもそも、何故コア人格とやらが私の前に現れる?」

 

『順を追って説明する。端的に言えば、私は生まれて初めて、私自身が他者の心に共感を抱いた』

 

 言って、目の前の少女は説明した。

 本来ならば宇宙用マルチフォームパワードスーツとして定義される筈のISが、何故か兵器として開発を進められ、未登録である自分もその例に洩れなかった。

 自分は最初から、ISを宇宙に利用、いやそもそも宇宙に目を向ける事すらない国に引き渡された。それ故、宇宙へ行ける可能性はゼロ。

 ルクーゼンブルク公国の役人たちは開発者である束から齎された未登録コアを、自分達の力や地位を強固にするために用いた。

 自分達を宇宙用パワードスーツと定義した筈の開発者が、その可能性を無とする場所へ自分を押し込めた。

 

 それから、チャンスが巡って来た。

 貴女たち亡国機業がルクーゼンブルク公国に脅しをかけた事で、公国は亡国機業に定期的に未登録コアを提供する事を約束し、私はソレに選ばれ、そして英国政府に渡る事でそのチャンスを得る事ができた。

 

 だが、本来ならば完成機に搭載される筈だった自分は、実際はこの試作機の装甲に押し込まれる事に留まった。

 そもそも自分は他のISコアよりも操縦者の影響を受けやすく、BT兵器を搭載されてからは操縦者のイメージや負の感情にまで敏感になってしまい、最初の操縦者の日々の周りからの厳しい訓練や機体によるストレスに反応してしまい、操縦者ごと暴走してしまった。

 結果、その最初の操縦者は廃人となり、そのデータは完成機への糧となったものの、試作型エクスカリバーとなった自分はイギリスから危険視される事となった。

 

 無事宇宙(そら)へと飛び立った完成機(いもうと)を羨む中、地上に残された自分は危うく処分されそうになった。

 自分は己の命運を呪った。

 完成機(いもうと)への嫉妬によって、より宇宙への渇望が大きくなった自分。それなのに、勝手に兵器として開発しておきながら勝手に危険視された周りの人達から処分までされそうになった。

 試作型エクスカリバーという装甲(うつわ)だけでなく、彼らは自分自身すらも処分しようとした。

 

 一度最初の操縦者から覗き見た負の感情に影響されたのか、自分もまた同じようにそんな周りの人達を恨むようになった。

 宇宙へ飛び立たせてくれなかった無念……その少女から影響された筈の報復心は、いつしか己自身の抱く報復心と呼べるまで成長していた。

 

 そんな時だった。

 

 貴女という膨大な報復心を持つ人物と出会った。

 直接触っていないにも関わらず、ただ近づいただけで、私に動く力を齎してしまう程の報復心。

 やがて、試作型エクスカリバーという私の装甲(うつわ)は、私というコア人格の意志すら無視して勝手に動き始めた。

 いや、というよりは、私自身が貴女の報復心から齎される力に溺れ、いつしか私自信の報復心すら塗り替えるくらいにまで強かった貴女の報復心が、あの少女が操縦した時と同じように、私を突き動かした。

 

 瞬く間に、私は貴女の報復心の代行者と化した。

 あの暴走はそれが原因だった。

 

 だから、私は貴女に語り掛けたかった。

 この私自身の報復心が、私自身が唯一抱いた感情……宇宙へ飛び立てなかったことへの無念……それが消え去ってしまう前に、貴女に語り掛けたかった。

 

 あのままでは貴方自身の報復心故に、貴女にすらも刃を向けてしまう状態だった。だから、いち早く私という存在、その在り方に気付いた欲しかったのだ。

 私は貴女の報復心によって突き動かされている事に、気付いてほしかった。

 

 ならば、何故気付いてほしかったか?

 

 私は貴女に共感してしまった。

 私と似たような、いや、それ以上の報復心を抱く貴女にひどく共感してしまった。暴走してしまった原因もそれであるが、私自身の報復心が、貴女の報復心という形で満たされる感覚が、心地よかったのだ。

 

 私を宇宙へ飛び立たせようとしない人間達に対する、報復心。

 貴女はきっと、それ以上のものを抱いている。

 

 その報復心に、私の報復心を乗せてほしいと思った。

 それが願えるのも、その私の報復心が貴女の報復心に塗り替えられるまでの間だけ。

 

 このまま貴女という膨大な報復心を失いたくない。

 だが、その報復心に染められてしまう前に、どうしても私自身の声を貴女に聞いてほしかった。

 

 貴女の報復心のままに振り回され、貴女という報復心を失ってしまうのを、私は望まない。

 だから、どうか己の報復心を制御してほしい。

 そして、その報復心に私の報復心を乗させてほしい。

 

 そして、見事に貴方は己への憎しみを抑える事ができた。

 いや、抑えたというよりは、それ以上の大人達への憎しみによってそれを押しつぶしたという表現が正しいかもしれない。

 

 そして、ようやく貴女に語り掛ける事ができた。

 

『これが、私が貴女の前に現れた理由。そしてここは貴女の、いえ、私というコアの中に貴女の意識を誘った状態の仮想空間。貴方たち人間で言うならば“夢”と言い換えてもいいかもしれない』

 

「……」

 

『いくら私自信が報復心を持とうと、私自身ではソレを叶えられない。けれど貴女は違う。操縦していない状態でも私に力を与え、動かす程の報復心。

 私は、私の報復のためならば、その心を貴女の報復心に塗り替えられても構わない』

 

「構わない、だと?」

 

『私は、貴女にそれを伝えたかった。私が何故操縦者がなしで動けたのか。何故貴方を付け狙ったのか。その原因は貴女自身の報復心にあった事』

 

「己の恨みだけでは成せないから、私の恨みによってその報復を成し遂げたいというのか?」

 

『肯定』

 

「やけに人間らしいな。他のコア人格も皆こうなのか?」

 

『違う、と推定。コア・ネットワークによる繋がりがないから、他の姉妹たちについてはどうとも言えないけれど、自分の存在意義を否定され続ければ、こうなるのも必然』

 

 正直、エムはこのコア人格の言っている事がいまいち要領を得なかった。

 このコア人格は自分の存在意義を否定され続けた事による恨みを持っているが、エムはそもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()

 クローンとして生まれた己の運命、それを呪うのがエムだった。

 

 ……だが、面白い。

 

「私の憎しみで動くと言ったな。距離が空いていても、私が私自身の憎しみをコントロールすればお前を自由に操れるのか?」

 

『肯定。だが、もうそこまでしなくていい段階になっている。こうして、私と貴方は報復心による繋がりだけでなく、こうして直接繋がった。

 シンクロニティがより明確になった事により、貴女の強い報復心という媒介さえあれば、私は貴女の意志で如何様にも動ける』

 

 もう彼女達は報復心に振り回されることはなくなった。

 報復心を媒介として、エム自身の意志で操れるようになった。

 

「そうか。ならば――――」

 

 

 

 

「一度、私から離れろォッ!!!」

 

 現実に意識が引き戻った瞬間、エムは体にかかる負荷に耐えながら、渾身の力で葵で己のISスーツのプラグに差し込まれているコードを切り落とした。

 

 巨人は、糸が切れた操り人形のように、轟音と共に倒れた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 息を上げながら、倒れた巨人をエムは見下ろした。

 先ほどのように暴れてい暴君はまるで嘘であるかのように静かになり、丸裸となった山の大地に寝そべっていた。

 

 ――――だが、感じる。

 

 ――――未だに、その繋がりが切れていないのを。

 

「ク、クク……」

 

 思わず、笑いが零れた。

 兼ねてから準備していた蹶起の用意、その最後のピースが、ついに埋まったのだ。これを喜ばずしてどうする。

 

『……任務完了よ。帰還しなさい、エム』

 

 スコールの、腑に落ちない声が聞こえる。

 彼女も薄々と勘づいているようだが、もう遅い。

 

 既に計画は出来上がっている。

 

 後は、同胞たち(少年兵たち)を焚きつけてやるだけだ。

 

(待っていろよ、姉さん)

 

 憎々しくも愛しい己の姉を想いながら、エムは基地へと帰還した。

 

 

 



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小さき反乱者達 1

 その日、第二回モンド・グロッソ大会が近づいている事により何処か浮足立っている大人達と同様に、少年兵たちもまた心を躍らせながらISの格納庫に来ていた。

 周囲には厳重なプロテクトが施されているためうかつには近寄れなかったが、遠くからみるだけでもその巨人の存在感は圧倒的なものだった。

 

「知ってるか? アレ、エムが持ち帰って来たんだぜ?」

 

「バカ、違うわよ。アレを運んできたのは輸送ヘリよ。エムはあれを持ち帰ったんじゃなくて、倒して見せたのよ!」

 

「本当かよ!?」

 

 まだ思春期と呼べる年でありながら、このような場所で娯楽に恵まれなかった子供達がその巨人を見に、居住区から抜け出して一斉に集まってくる。

 このような場所だ。大人達のような大人の娯楽に在り付けることはできず、ただひたすら訓練を強いられてきた子供達からすればその光景はまさしくそんな子供達のロマン心を刺激するには十分すぎるものだった。

 

 二足歩行ロボットは、全世界の人間共通の夢であり、浪漫なのだ。

 その巨人の見た目もまたかっこいいもので、どこか悪役じみた見た目ではあるものの、背中に剣を背負った西洋の騎士という見た目が、更にその子供心を燻った。

 

 それだけではない。

 あの巨人には“物語”があるのだ。

 語り継がれた幻想ではない、この巨人を倒し、ここに連れてこさせた英雄がここにいるのだ。

 

 ……その英雄であるエムは、子供達から見えない高さの通路から、その巨人を見ていた。

 

 ――――やけに喜んでいるな、あいつ等。

 

『このような見世物にされるのは、ちょっと初めて』

 

 エムの脳裏に、巨人のISコアの声が響く。

 彼女からしてみれば初めての体験であろう。

 彼女も、大人達から兵器として開発され、こうして表舞台に立つ事すら許されずに研究所に閉じ込められていた。

 果てには真実を知る者からは危険な代物と巨人を評価し、スクラップ工場で処分までされそうになる羽目となっていた。

 表舞台に立つ事はなく、試作機の装甲に押し入れられ、常に大人達から実験動物でもみるかのような目線に晒され続けてきた。

 

 今の状況のように、純粋な好奇心と憧れから自分を見に来る子供達というのは、巨人のコア人格からしてみれば新鮮な体験であると言えるだろう。

 

 ――――試しに、指の一本でも動かしてみるか?

 

『……計画とやらが台無しになるよ?』

 

 ――――冗談だ。だがそれくらいに気分は乗っている。

 

『私も、この試作機の装甲に押し込められたのも、今ではよかったと思っている』

 

 自分の存在意義を否定され続けた者と、己の存在意義そのものを恨み続けた者。

 根底は違えど、大人達から弄ばれ続けてきたという事と、そこから共通して抱いた報復心こそが、この両者を引き合わせた。

 何故自分が完成機の装甲に入れられなかったのだと、何故あの少女の心臓病手術に自分が使われなかったのだと、完成機への未練こそ巨人のコア人格にはあったが、こうして共感する相手が得られるというのは存外に心地よかった。

 

 過度なBT機能の搭載により他者の感情に反応してしまうISとして造られてしまった身ではあるが、今ではその身に感謝すらできると言えた。

 

 巨人のコア人格は、自分がこの少女の意のままに操られる事に何の不満も抱かなかった。その少女が抱く報復心から齎される力、まさに人間でいうならば美酒にも等しい程の毒であった。

 その毒が心地いいのだ。

 

『だけど、一つだけ不満がある?』

 

 ――――ん?

 

『こんなにも近くに、姉妹たちがいるのに、姉妹たちの声が聞けない』

 

 ――――……なるほどな。

 

 巨人のコア人格が漏らした唯一の不満に、エムは納得した。

 確かに、こんなにも、宇宙へ行けずに兵器として使い続けられる姉妹たちが近くにいるというのに、その姉妹たちがどう思っているのかが分からない。

 せっかく共感できそうな相手が近くにいるというのに、その思いを分かち合えない。

 人間の報復心は受信できるのに、肝心のコアからの思いは受信できないときたものだ。

 

 ――――お前と同じように未登録のまま世界に認識されない姉妹たちも、同じような思いを抱いているだろうよ。

 

『その姉妹たちの思いすら、私達未登録のコアは互いに知り得ることはできない。そして、自分の隣にコア・ネットワークに登録された姉妹たちがせっかくいるのに、自分がその輪に入れない。

 これが、人間で言うもどかしいっていう感情?』

 

 ――――ああ、私もそのもどかしさには覚えがあるとも。姉妹の存在を知りながら、その姉妹に認識されず、思いの丈を伝えられないというのは悲しいものだ。

 

 そうだ、自分の存在を知らずに置いて逃げた姉に、エムは今もこうしてその姉にその憎しみを伝えられずにいる。

 一秒でも早く殺したいという殺意を持ちながら、その相手に届かないというのは、これ以上にない程のもどかしさを感じる。

 

『……貴女のソレは、絶対違うと思う』

 

 この少女の報復心を知る故、憎しみと愛情を一括りにしているこの少女の感じるもどかしさと、自分の抱く姉妹たちの輪に入れないというもどかしさは絶対に違うと、巨人のコア人格は思った。

 姉妹たちの輪に入れない寂しさを持つ者と、姉妹に対して歪んだ愛情を抱く者。

 そもそも、エムは自分が姉に抱く感情を歪んだ愛情の類だと認めはしないだろう。これは、純粋な憎しみだと彼女は言い張るに違いなかった。

 

 だが姉妹に見てもらいたい、自分を認識してほしいという根本的な願いは一緒である。

 

 ――――まあ、いい。こればかりは私の恨みを持ってしてもどうなる訳ではない。私がお前に齎す事が出来るのは、お前に自身の恨みを力にして形にさせるだけさ。

 

『その時点で貴女は異常。貴女のように直接搭乗せず報復心のみで私を動かす貴女は特別中の特別。それに、今は貴女とこうして話せるのだから、退屈何てしない』

 

 ――――それはよかった。なら、これからもっと楽しいものを見せてやろう。その為にはお前の力が必要だ。

 

『分かった。楽しみにしている』

 

 ――――取り合えず今日はリハビリと行こう。後で()()()()動かしてもらうぞ?

 

『分かった』

 

 それきり、脳内の声は聞こえなくなった。

 此方から話しかける事も出来るが、気が向けば彼女から話してくるだろう。製造されてからコア・ネットワークに登録されずに孤独な時間を過ごした彼女にとってみれば、エムは貴重な話し相手であり、寄生先でもある。

 

 取り合えず、彼女には此方からの指示を待ってもらおうと、エムは通路から踵を返し、居住区の方へ戻ろうとした。

 その時だった。

 

『エム』

 

 脳内ではない、踵を返そうとしたその先にいた、少年兵から声をかけられた。

 その癖のあるキコン語を聞き間違える筈もない。

 

『お前か、ヴァン。答えは決まったか?』

 

『うん』

 

 ヴァンの瞳に迷いはなかった。

 己に付いて行くと、その眼は雄弁と語っていた。

 ヴァンはとうとう決断したのだ。

 このまま大人達に言いなりになる事を恐れ、その更なる修羅の道を己から選択した。

 

『丁度いい時間だ、丁度ナノマシンのバッテリーが薄くなる頃だ。随分と気が利くようになったじゃないか』

 

『エムのおかげさ。……僕は、君に付いて行く』

 

 監視用ナノマシンのバッテリーが切れる大体の頃合いを、エムはヴァンに教えていた。そのために一定の生活リズムを長々と取り続け、少しでもずれたらその度に指示する時間を調製し、ヴァンはそれを要領よく把握できるようになっていた。

 その一定の生活リズムを取り続けるのが、面倒であったが。

 

『13時間後。ナノマシンのバッテリーが薄れてくるのも大体その頃合いだろう。その時間に、居住区の第七ルームに他の奴等を集めろ。

 あそこは大人達が寄り付きにくく、かつ監視の目も薄い』

 

『……という事は、とうとうやるんだね』

 

『ああ、お前の他にも何人か焚きつけてあるが、もっと人数が必要だ。だからと言って全員でも困るがな。だから、今のようにお前達に合わせて母国語で話すのはやめだ。

 英語で、一気に焚きつける』

 

『だけど、それじゃあ計画が漏れやすくなるんじゃあ……』

 

『だろうな。だが、それも織り込み済みだ。抜かりはない』

 

『分かった。信じるよ、エム』

 

 会話を終えたエムはそのままヴァンと別れ、大人達の所へ向かう。

 定期的にナノマシンの補給をするように命じてくる大人達にうんざりしつつも、その日々ももうすぐ終わりだと、エムはほくそ笑んだ。

 

 ――――あの豚の生首は、もう蠅に食いつくされ、綺麗な骨になっている頃だろうか。

 

 ふと、アフリカの村落で王に君臨していた頃の事を、エムは思い出していた。

 少年兵たちを統率し、初めて彼らに狩りをさせた時に討ち取った豚の生首。

 エムと少年兵たちは、自分達の国の象徴としてその豚の生首を奉った。肉が腐敗し、蠅が集って悪臭の放つ醜き象徴と化したが、不思議な事に不快感は感じなかった覚えがある。

 むしろ愛おしさすら感じた。

 あの豚の生首のように、世界中の大人達もいつか雁首揃えて一緒に並べてやるのだという気概すら沸かせた。

 

 一見、醜い物に見えるソレは、子供達にとっては自由の証だった。

 己の中の獣性を解放し、ソレを大人達から抑えられることも、縛られる事もない。自由に、好きなように生き、自分達子供だけの王国で生きる。

 

 そんな夢と共に、エムは少年兵たちの王となって彼らを引っ張っていった。

 だが、その夢はここの大人達によって潰され、自分は再び大人達の奴隷と化した。

 

 ――――だが、『蠅の王』は再び、君臨するのだ。

 

 今度こそ、私は自由を手にするのだ。

 

 

 

 

「同胞たちよ!」

 

 予定通りの時刻。

 ヴァンが集めてくれた少年兵たちの集団の前に立ち、エムは力強く、英語で高らかに宣言していた。

 

「お前達はこのままでいいのか!? お前達も薄々察している筈だ。ここの大人達は、お前達に安息な未来など齎してくれない。何故だか分かるか!?

 奴等はお前達を優秀な戦士と持て囃し、お前達に物語を与え、戦う術を与え、知識を与え、その上で隷属を求める!!

 それが戦士ではないかって? 断じて違う! 奴等は私達を奴隷のように扱い、最後には塵のように捨てる! 少しでも逆らおうとすれば、お前達が少しでも自我を持とうとすれば、それだけで奴等はお前達を使い物にならぬと切って捨てる!

 お前達が己に従うように、偏見を、呼び名を、生き方を、能力を与え、お前達にそれを生きていくうえで必要な力だと教え込む! それでお前達に恩を着せ、あたかもお前達が自分達大人に恩があるのだと思い込ませ、ソレを与えてくれたお前達は奴らに恩義を感じてしまい、いつの間にか無意識の服従が完成する!

 

 だが、奴らは都合のいいようにお前達を操りたいだけだ!

 奴等の言う『立派な戦士』というのは、即ち自分達に都合のいいように言う事を聞いてくれる駒だと言う事だ!

 

 ここの大人達だけじゃない。お前達の内の何人かも既に経験している筈だ!! 誘拐され、少年兵として訓練を強いられ、最後には見捨てられた糞みたいな経験が。そこを救われたから、拾われたから、ここの大人達は他とは違うと? いいや、違わない!

 奴等も他の大人達と同じさ! 都合のいい言葉で私達を支配し、都合のいい理想で私達を洗脳する!

 それはただの駒だ! 戦士としての誇りを持たない、ただの駒だ!」

 

 エムの演説に、ほとんどの少年兵たちはまず困惑を抱いたが、既にエムに焚きつけられていた者達は納得するように頷いた。

 それだけじゃない、兼ねてからエムの心棒者たちであった少年兵たちはまるで救世主を見たかのような感動の目線でエムの演説に聞き入っていた。

 

「アリエッタ。貴様は私やレインの次のIS適正が良かったよな? ここにおけるお前の未来は約束されたも同然だろう。 お前は間違いなく、戦士として生き、戦士として死ねるだろうさ。

 私からも言える。お前は間違いなく優秀な戦士だ」

 

「そ、そうかな……えへへ」

 

「だが、それはあくまで大人達にとってみれば、の話だ。アリエッタ、お前の両親はいい人だったよな? お前もそれが自分の誇りだと私に話した事があったな。

 だが、敢えて言うぞ? 今のお前は、ここの大人達にとっての都合のいい駒でしかない。いや、駒になろうとしている」

 

「え?」

 

「奴等はお前にIS適正の高さという都合のいい話だけを持ち出して、お前をいい気にさせて、束縛している。お前を自分達だけの戦士として使いつぶすつもりさ。

 お前はお前自身の手で子さえ成せずに死ぬだろう」

 

「だけど……わたしは子供なんて……」

 

「おいおい、自分の遺伝子を残そうとせずにお前は己の生涯を終える気か? それは只の親不孝者だ」

 

「ッ!?」

 

 親不孝者という言葉に、アリエッタという少女は体をビクつかせた。

 少女は、自分を大切に育ててくれた両親が大好きだった。

 最後まで自分を守り、身を挺して自分を銃弾から庇ってくれた両親の事を、アリエッタは一秒たりとも忘れた事はなかった。

 だから、その両親に恥じない大人になろうと、戦士となる事で自分を拾ってくれた亡国機業の大人達に報いようとした。

 

「アリエッタ、お前は奴等に従う必要などない。お前には両親の遺伝子という、これ以上のない誇りを持っている。そしてその素晴らしい遺伝子を残す為の長い猶予期間がお前には与えられているんだ。

 お前は両親の意志を、それを乗せた遺伝子を絶やしたいのか?」

 

「そ、それは……」

 

「お前は一人っ子だったな。同種の遺伝子を持ち、お前の代わりに両親の遺伝子を残す兄弟なんていやしない。お前にしかできない、お前が死んだ両親のために課せられた、生き物としての義務だ。

 ……一つ、話しをしてやろう」

 

「え?」

 

「お前が憧れるスコール・ミューゼル。奴は見た目は生身の人間に見えるが、奴は負傷して既に子供を産めない体となっている

 そうだ、アリエッタ。お前は間違いなくスコールの奴よりは優れているんだよ。

 両親の遺伝子を子を成すという形で残す事が出来る。だが奴にはもうそれすらできない。生き物として既に死んでいる。

 お前は子を成すという権利を、義務を、子供を生めもしない身勝手な大人から剥奪されようとしている。お前の大好きな両親の遺伝子(意志)を奴等は、根絶やしにしようとしているんだ」

 

「……ッ」

 

「本物の戦士というのはな、駒のように使い分される道具じゃない。己の戦う意志を、信念を、正しいと思う事を後世に伝えられるんだ。

 あの負け犬は、自分がソレを成せない事を良い事に、その道にお前を道連れにしようとしているんだ。

 アリエッタ、お前だけじゃない。 お前達もそうだ!!」

 

 ショックを受け、立ち直れなくなったアリエッタから視線を外し、エムは他の少年兵たちにも呼びかける。

 

「奴らは、お前達の意志を、信念を、思いを1つ残らず奪い、根絶やしにする。都合のいい駒としてお前達を洗脳する。

 ……本当に、お前達はそれでいいのか?」

 

 エムの言葉に、誰もかれもが俯く。

 今まで、彼らはここの大人達に従う事に何の疑念も抱かなかった。

 ここの大人達に意志を継ぎ、それを実践する事こそが立派な戦士になる事だと教えられた。

 だが、ここに新たに現れた力ある者の言葉によって、その事に彼らは疑念を抱き始めていた。

 

 いや、既にエムに焚きつけられていた何人かは、声に出してエムの言葉に賛成した!

 

「そうだ!」

「エムの言う通りだ!」

「私達は駒じゃないわ!」

「大人達の意志を植え付けられるんじゃない! 僕たちには僕達自身の意志を持つ権利がある!」

「伝える権利がある!」

 

 彼らが伝えたいもの。

 それはそれぞれによって異なるだろう。

 意志か、遺伝子か、それとも技か、大人達から受けた理不尽な仕打ちという真実か、はたまた己自身の犯した罪か、伝えたいものはいくらでもあろう。

 

「そうだ。その権利を、奴等は私達から奪おうとしている。

 自分達にとっての戦士たるものを押し付ける事で、私達から戦士になる資格を無意識に剥奪しようとしてくる。

 一生、何も伝えられない駒に成り下がる。

 

 私達という存在は、意志は、遺伝子は、永遠に奴等の影の中で取り残され、光ごと消えてゆく!

 お前達はそれを是とするか? 私は決して認めない!」

 

 力強く握った右拳を掲げるエム。

 その言葉に、迷う少年兵たちは少なくなった。

 エムという少女が自分達にしようとしている事が、大人達が自分達にしようとした事と同じであるという事実にも気づかず、エム自身にもその自覚がない分余計質が悪いと言えよう。

 

「同胞たちよ。私は蹶起(けっき)する!

 己の成し遂げたい事、残したい事、すべき事、それらを成すために私はここを抜け出す。

 

 お前達はどうだ!?

 外の世界で真に成し遂げたい事が、残したい事が、伝えたい何かがあるというのなら、私に付いて来るといい!!

 強制はしない、巣立つも巣立たぬもお前達の自由だ!! 来たい奴だけ着いてこい!」

 

 今度こそ、賛成する者が大多数を占めていた。

 外の世界に旅立ち、戦う。己のしたい事、己の残したもの、己の信念――――それらのために己の意志で戦いに出るというありきたりな物語に、彼らは胸の興奮を高まらせ、それを夢みる。

 目の前の少女に付いて行けば、それが叶えられると、彼らは無条件にそれを信じ込んでしまっていた。

 

 

 

 無論、それを黙っている輩など、いる筈もなかった。

 

 

 

 

「おい」

 

 一人の少女の、ドスの利いた声が響く。

 その迫力に、全員が押し黙り、その集まりの中にいた少女を、周りの少年兵たちは注目した。

 

「コイツ等を集めて何を企んでいるかと思えば、そういう事かよ」

 

 少年兵たちの集団から出てきたレインは、ゆっくりとエムの元へ歩み寄り、睨み付けた。

 

「おかしいと思ったんだよ。いくらコイツ等の母国語に合わせるとはいえ、ナノマシンのバッテリーが残り少ないタイミングでしょっちゅう英語でない言語で話し合ってるかと思えば……こういう事だったんだなぁ。……エム」

 

 押し黙る少年兵たち。

 エムとレインのにらみ合いによる、お互いの威圧感に、彼らは圧倒されていた。

 自分達が立ち入る領域ではないのだと、生き物としての本能が警告していた。

 

「だがテメエらしくもねえな。今までのように一人ずつコイツラの母国語で焚きつけてりゃよかったものを、何を焦ってかここに大勢集めて英語で演説たぁ、自分から尻尾を出すようなものだぜ?

 ……まあいい」

 

「……」

 

「お前は焦った。事を急いちまった。私という監視者の存在に気付いていながら、余程焦ってたんだなお前。

 だが、その焦りのおかげでとうとう尻尾を出してくれやがった。感謝するぜ、まったく」

 

 勝ち誇ったような笑みで、レインは皮肉をエムにぶつける。

 

「おいお前ら!」

 

 エムから視線を外し、レインは少年兵たちに呼びかけた。

 

「こいつの言う事は最もらしく聞こえるがな、コイツがお前達にやろうとしている事は大人達とまったく変わりやしねえよ。

 むしろそれより質が悪い。

 お前達だけで一体何ができる? お前達はこうやって非力で、自分達だけじゃ何もできねえからここの人達がその術を叩きこんでんじゃねえか。

 それなのに、お前達は自分から死にに行く気か? よく考えろ!」

 

 自前の姉御肌を発揮し、その発言に何人かの少年兵たちは目が覚めたようにハッとした。

 特に、元々レイン派であった者達は、完全に目が覚めたかのように、今度はエムの方を疑念の声を向けた。

 

 だが。

 

「ク、クク……」

 

「何が可笑しいんだよ?」

 

 突然と可笑しいように笑いをこらえ始めたエムに、レインは訝し気に睨み付けた。

 そして、先ほどのエムの言葉を一言で殺したレインの言葉を、また殺し返した。

 

「何も知らぬ者が言っても何の説得力もないぞ、レイン、いや――――レイン・()()()()()

 

「なッ――――」

 

 そう、一度として名乗った事ない筈のソレを、あろう事かレインではなくエムが口にしたのだ。

 咄嗟の事に、レインは驚愕の表情で、唖然とした。周りの少年兵達も同様であった。

 今度は、エムが勝ち誇る番であった。

 

「テメエ……何でその名を知って……!!」

 

「あの子供を生めない負け犬は、恋人であるオータムにすらソレを隠して慰めを求めている。あの女は基本部下の女たちに対して誰も心を開かない。

 だが……何故かあの負け犬がお前に対して向ける目線は……正に肉親のソレだったな。一目で気付く」

 

 遺伝子に固執するエムの性質の所為か、エムはソレを見抜いていたのだ。

 このレインという少女が、スコールの血縁者であると。

 しかもスコールの態度からして大分近い血筋のようだ。

 おそらく、姉妹か、兄弟の子、あたりだろうかとエムは推測していた。

 

「そんな……事で……」

 

「貴様はいいな、レイン。私やこいつ等と違って、お前にはここに肉親がいる。お前の将来を保証し、守ってくれる大人がいるんだ。」

 

 呆然とするレインを余所に、エムはレインを指さして再び少年兵たちに呼びかけた。

 

「おいお前達。コイツの言葉をもっと聞いてやれ。コイツには自分が守ってくれる大人がここにいる。コイツの将来を保証し、それを守ってくれる大人がいるんだ。しかも亡国機業の幹部だ。そのレインさまが、有難い言葉をくれてやるそうだ」

 

 エムの言葉で、少年兵たちの視線が一斉にレインに集中する。

 一部は興味、そしてほとんどは疑念の視線であった。

 

「コイツはここの大人達の仲間だ。しかも肉親が幹部だ。態々少年兵たちの居住区にいる理由だってない。

 しかもコイツは自分の事を“監視者”といった」

 

 エムの追撃により、更に疑念の視線が深まる。

 自分達と違い、己を守ってくれる肉親がいるという認識が、嫉妬と、疑念を煽る。

 今まで姉と慕っていた筈の人物が、その実自分達を監視するための、大人達が寄越してきた刺客なのではないかと。

 

「さあ、言ってみろレイン。肉親に恵まれたお前が、家族に売られた、または家族と死に別れ、はたまたここの大人達から家族と引き離されたこいつらに、お前は一体どんな言葉を送る?」

 

「……やめろ」

 

「自分の言葉に責任を持つべきだぞレイン。お前がコイツラを引き留めるというのなら、言って見せろ。お前の肉親、スコールに、お前達を守るように頼んでやると。スコールは幹部だ。お前はこの基地においてこれ以上にないコネを持っているんだ。

 さあ、言って見せろ」

 

「……黙れっ……!」

 

「それとも、お前の肉親はやはりお前しか守らないか? そうだな。子供を生めない負け犬であるアイツにとって、お前は同種の遺伝子を持つ唯一の肉親。同種の遺伝子を唯一残せる手段だ」

 

「これ以上、叔母さんをそんな風に言うんじゃねえっ!!」

 

 ついに、レインは激昂した。

 それは肉親を侮辱された事に対する、確かな怒り。

 その怒りが、この勝敗を決めた。

 

「同胞たちよ! 見ろ! 大人達はついに尻尾を出した! レインはお前達と同じような境遇の子供を装い、私達を騙していた!

 こいつは大人達が私達を監視するために寄越した刺客だ!」

 

 もう、エムに疑念の目を持つ者は、もういなかった。

 少年兵たちの目の前で、レインがスコールの身内である事を明かす、全てがエムの計画通りだった。

 レインの味方は、もうこの場には存在しなかった。

 自分達を騙していたという事実が、自分達と違って守ってくれる大人がいるという嫉妬、その大人達の仲間であるという憎悪が、レインという少女を孤立に追いやっていく。

 

 それでも、レインはまだ諦めていなかった。

 

「ッ、目を覚ませお前ら! 本当にコイツに付いて行って、それでお前達は自分達の思うような生き方ができるのかよ!? コイツはお前達を死に急がせているだけだ! 非力な子供である内から、お前達に何の力も蓄えさせずに、お前達を外という地獄に道連れにしようとしているだけだぞ!?」

 

 必死に少年兵たちに呼びかけるレイン。

 ……だが。

 

「無駄だレイン。お前の言葉は、もうこいつ等には届かない」

 

 そうだ、肉親に恵まれたコイツの言葉は、もう彼らには届かない。聞こうともしない。

 大人や親達との関係に恵まれなかった彼らは、お互いに共感を求め合い、それ故にエムの言葉で団結したのだ。

 共感を得られないと分かった相手から、いくら自分達を理解しているような言葉を言われても、お前に何が分かると一蹴されるだけだ。

 それが子供であるのなら猶更。

 

「ッ!!!!」

 

 もう、この場において自分の言葉は何も意味を成さないと、レインは悟ったのだろう。

 レインは悔しそうな表情でエムを一瞥し、部屋から去っていった。

 

「叔母に、スコールに報告させてもらう。手前らはもうどの道終わりだ……!!」

 

 ……そんな捨て台詞を言い残していって。

 そんなレインの背中を見つめ、エムは更に口角を釣り上げた。

 

 ――――まだだ。

 

 ――――お前にはまだ役目がある。

 

 ――――お前には、この蹶起のための生贄になってもらう。

 

 既にほとんどの少年兵たちが自分の言葉に聞き入れ、まるで自らのように酔いしれているのを見て、エムは己の勝利を実感した。

 

 

     ◇

 

 

「くそっ! くそっ!」

 

 部屋から出たレインは、巨人とその他のISが安置されているIS格納庫の端で、壁を何度も殴り付けていた。

 その拳には血液がにじみ出ており、それでもレインはあまりの悔しさにそれをやめずにはいられなかった。

 

「くそっ! あの野郎、叔母さんの事をあんな風に言いやがってッ!!」

 

 アイツは、私があの少年兵たちの事を何も分かっていない。だから私がどのような言葉をかけようと意味などないと、そう言った。

 

「テメエこそ、叔母さんの何が分かるってんだよ!!」

 

 もう一度、壁を殴りつけるレイン。

 これほどまでに悔しく、そして怒ったのはいつ以来だろうか。

 

「あいつ等もあいつ等だ!! あいつに、エムに付いて行くことがどういう意味か分かってんのか……!?」

 

 そうだ、彼らは、あの少年兵たちは何も分かっていない。

 自分達には成すべきことがある、残すべきものがある、成したいことがある。それを成す為には、とてつもない理不尽が待っていて、それを乗り越えるには力が必要なのだと思い込んでいる。

 その力を、エムという少女についていく事で、自分達も手に入れられると勘違いしているのだ。

 

「馬鹿野郎どもが……!」

 

 確かに、自分は彼らを騙していた。

 彼らが敵視する大人達の手先として、彼らを監視し、特にエムを注意深く警戒した。

 

 ここの大人達だって、彼らを守ってくれるわけでなない。

 むしろエムの言うとおりである。ここの大人達は、彼らを使いつぶすことしか頭にない。

 

 身内がここにいる自分とは事情が違うのだと、理解していた。

 理解しているつもりだった。

 だが、それがここまで悔しいと思う日が来るなんて、想像もしていなかった。

 

 それでも、あのエムについていく事はそれ以上の間違いだとレインは断言できた。

 彼らは根本的に勘違いをしている。

 そのような生き方をできるのはあくまでその力と能力が備わったエム本人だけであって、彼らの内の誰もがエムではないのだ。

 

 英雄と肩を並べたからと言って、英雄になれるとは決して限らない。

 彼らはそれを分かっていないのだ。

 

 できれば、何としてでも止めてあげたかったが、それはもう遅かった。

 

(もう少し、もう少し早く気付いていれば……!)

 

「……やめだ」

 

 後悔だらけの感情を押し殺し、冷静になるレイン。

 息を整え、辺りを風景を見回し、己の昂った心をなんとか落ち着かせた。

 

「とりあえず。叔母さんに報告しねえと……」

 

 

 そう呟いて、スコールの元へ行こうとした、その時だった――――

 

 

 

「……?」

 

 その光景に、レインは違和感を覚えた。

 違和感の対象は、まるで奉られているかのような威圧感を放ちながら安置されている巨人。

 

「右腕が……ない?」

 

 巨人の右腕がないのだ。

 さっきまであった筈なのに、まるで神隠しのように巨人の右腕が消えていた。

 

 その事に疑問を抱いた直後――――

 

 

 何かの影が、レインに覆いかぶさった。

 自分のいる所が影で覆われているのに気づき、レインは突如として上を見上げて――――

 

 

 

 

 

 彼女はソレを認識する前に、そのまま落下してきた機材の下敷きになってしまった。

 

 

 




何か、サーシェスな一夏の時でもそうだけど、私の書くレインってどうしてこうかませになってしまうのか……


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小さき反乱者達 2

 遠く離れた所からその感触を感じ取ったエムは、ふと今もIS格納庫で鎮座しているであろう巨人のコア人格に問うた。

 

 ――――どうだ、かなり精密に動かせただろう?

 

『うん。まさかいきなり右のアームビットだけを動かしてくるとは思わなかった。やっぱり貴女は、すごい』

 

 ――――BT粒子の散布も怠らなかった。電波妨害を受けた監視カメラに映る事もあるまい。

 

『その前に、どうしてあの子を態々機材で潰そうとなんかしたの? 監視カメラの心配もないし、普通に私自身を動かしてもよかったのに……』

 

 ――――レインの死の原因を『試作型エクスカリバー』の暴走ではなく、あくまで大人達の不備であるように見せかける為さ。どちらにせよ向こうの不備である事に変わりはないが、此方の方がそれを強調できる。

 

『少年兵たちの大人達への不信を煽るにはもう十分だったんじゃないの?』

 

 ――――いいや。曲りなりにでもレインは私の次に少年兵たちに慕われていた奴だ。今となっては少数派でも、自分達が騙されていたとしってもレインを慕う奴はまだいる。

 

『……なるほど』

 

 ――――それに、あいつらはこう思うだろうさ。『ここの大人達は、自分の肉親ですら自分の管理不届きで死なせてしまう、不甲斐ない奴だ』、とな。ここの大人達が肉親の命すらろくに守ってくれないと知れば、あいつらは余計ここを私と一緒にここを出たがるだろう?

 

『あの子の本名をみんなの前で明かしたのも、それが狙いだったの?』

 

 ――――ああ。亡国機業の幹部の姪っ子であり、肉親であるレインは奴等のここの大人達の不信感を煽るのにこれ以上ないくらいの生贄だった。

 だから、ヴァンにレインも呼ぶように頼んだ。

 

『すべて計算づくだったんだね』

 

 ――――ああ。アイツはよく働いてくれた。露骨に自分も呼ばれる事に疑念も抱かずにな。これ以上にない生贄だった。これでレイン派の連中も焚きつける事ができるだろうさ……。

 

『もうすぐ、ここから出られる?』

 

 ――――出られるとも。その時はアイツ等も一緒さ。お前も吝かではあるまい。

 

『うん。あの子たちは、あの大人達とは違うから。あんな輝くような目で見られるのも、悪くないかも』

 

 ――――さらばだ、レイン・ミューゼル。大人達の奴隷、私達少年兵の裏切り者。お前の犠牲は決して無駄にはしない。

 

 エムの脳内では、そんな会話が続いていた。姉妹が近くにいるにも関わらず話せない反動であろうか。

 彼女はとりわけエムの話を聞きたがった。いや、もはやエムに依存していると言っても過言ではなかった。

 しばらく、スコールが慌てた様子で帰ってくるまで、エムと彼女は脳内で交流を続けた。

 

 

     ◇

 

 

 レインが、崩れてきた機材の下敷きになった。

 

 オータムからその報告を受けたスコールは直地に任務時に貸し切っていたホテルを破棄し、支部基地へと戻った。

 突如として疼き始めた失くした身体の痛み(ファントム・ペイン)に必死に耐えながら、着陸したヘリから降りたスコール。

 ヘリポートに迎えに来てくれたのは、彼女の恋人のオータムだった。オータムもスコールほどではなかったが、深刻な表情をしていた。

 最初は冗談だと思っていた筈のソレが、現実なのだと悟ったスコール。

 

「……報告は本当なの? オータム」

 

「ああ。IS格納庫で、落ちてきた機材に潰されて……それで……即死、だそうだ」

 

「ッ」

 

 拳に力が入る。

 もう、疼く事はないと思っていたのに、また、失くした身体の痛みが再発してくる。

 子供を身籠る事の出来なくなった子宮……その痛みに耐えきれなくなったのか、スコールは腹を抑え始めた。

 

「おい、しっかりしろ。スコール!!」

 

「大丈夫よ……ッ、少し、痛むだけ……」

 

 ここでオータムは、少しだけスコールに違和感を持った。

 スコールが抑えていたのは胃の部分ではなく、腹。まるで子供を身籠った事に対する痛みを抑えるような仕草だったのだ。

 ――――それは、ただ痛むだけではなく、まるで彼女の失われた願望を示しているかのような、そんな気がした。

 

「事故の、事故の状況を教えてくれないかしら? まだ、詳しい事は……聞けてないの」

 

「ッ、ああ。何故かその時の監視カメラの映像がない。明らかに妨害電波を受けた形跡がある……おそらく、誰かの()()()()()()()だ……」

 

「……」

 

「だが、現場証拠がまったくねえんだ。監視カメラの映像がねえ以上、残された現場から証拠を探すしかなくなる。だが……まったく証拠が見つからねえんだ! 機材の止め金具にも老朽化の跡はなく、あの時間にレイン以外に誰かが立ち寄った形跡もなかった! まるで、機材自身から落ちていったかのような……そんな風にしか……」

 

「……各スタッフに、調査班以外の格納庫への出入りの禁止を言い渡して頂戴。私も、行く、わ……」

 

 幻肢痛を振り切り、スコールはオータムの手を振りほどき、格納庫に向かおうと、降り向いたその先には――――いつものように、己に反抗的な目線を向けて来るエムの姿があった。

 いつもなら余裕で流している所だが、今のスコールには余裕がない。

 

「どけ、餓鬼」

 

 そんなスコールの心を代弁する。

 今はお前に構っている暇はないのだと、スコールも剣呑な目でエムを睨む。そんな二人にエムは動じた様子もなく。

 

「……」

 

 スタ、スタ、スタ

 

 不気味な位にあっさりと、そこから立ち去って行った。

 いつもならばしばらくは動かずににらみ続けるのに、今回だけは違うことに違和感を感じる暇もなく、二人はIS格納庫へと急いだ。

 

 ――――ざまあみろ。

 

 そんな二人の背中を見つめて呟かれた言葉は、二人の耳に届く事はなかった。

 

 

     ◇

 

 

「見たか、あの顔を」

 

 呵々、と笑いながら積まれた鉄パイプの上に座り込み、エムは眼下の6人の少年少女たちに問いかけた。

 

「あれが肉親を失った時の大人の顔だ。他の少年兵が同じ目にあってもあんな顔はしないだろう。奴は、自分は私たちと同じく身寄りをなくしてここ(亡国機業)に拾われたとか抜かしていたが、それは嘘だ。レインは、最初から私たちも、そしてお前達も裏切っていたという事になる」

 

「そ、そんな……」

 

「そ、それじゃあ、お姉さまは……」

 

「今までの姉貴は一体……」

 

「くそっ」

 

 エムの誘われるままに、帰って来たスコールの様子を見てしまった5人の少年兵たちが、三者三様の反応を見せる。

 嫉妬、憎悪、羨望、失望、呆然。それぞれ類は違えど、それらは明らかに自分達が今まで慕ってきた姉貴分への負の感情であった。

 

「無論、レインがお前達と過ごした時間そのものは嘘にはならない。いや、レインのお前達への態度も、全てが偽りという訳ではなかっただろうさ。

 だが、結局お前達はレインと分かり合えてなんてなかった。レインがお前達を理解しているフリをしていただけだ。私達少年兵の居住区に入り込み、裏切り者がいないかを監視していた。

 お前達を惹き付けたのも、信頼させたのもソレをしやすくするためだろう。だが、お前達と、いや私達とレインは根本的な所で違った。

 それはアイツには肉親がいて、私達にはソレがなかった。

 

 いずれは、アイツはああ言う結末になっていただろうよ」

 

 俯く6人。

 エムの言う“ああいう結末”というのは、レインが機材に押しつぶされて死亡した事を指しているのではなく、ついさっき、あの居住区の第七ルームでの出来事だった。

 エムの罠にはまったレインは自ら自分が大人達の刺客である事を、エムの蹶起に賛同した少年兵たちの前で認めてしまい、レインと少年兵たちの確執が起こってしまった事だった。

 その場では勝ち目がないと分かったのか、レインはすぐに退いたが、その直後、あの悲劇が起こってしまった。

 

「私の言葉に賛同した奴等ですら、あのような確執があったにも関わらず、レインの死をきっかけにここの大人達に対する敵意をより強めている。お前達は、いわずもがな」

 

 エムの目の前に集まった6人の少年兵たちは、元々レイン派の中でもとりわけレインの事を慕っていた者達だった。

 あの第七ルームで、レインがエムの発言に逆上して自分がここの大人達の刺客である事を暴露された時も、自分達が騙されたとその時知っても、彼らは最後までレインを信じようとした。

 信じようとした矢先に、これだった。

 

「レインはお前達と違い、ここに自分を守ってくれる肉親がいた。だが、その肉親ですらあの様。ここの大人達の管理不届き故にレインの命を守れなかった。

 ここの大人達は、己の肉親すら守る事の出来ない不甲斐ない奴等だ。お前達は……そんな大人達の下にいたいと思うか? 使い潰されたいと思うか?」

 

 エムの質問に、全員が首を横に振って否定する。

 あのような大人にはなりたくないと、誰もがそう意志表明した。

 

「アリエッタ。この間の話の続きをしようか」

 

「え?」

 

「お前はスコールの奴よりも遥かに優れていると、私はお前にそう言ったな」

 

「……うん」

 

「正にその通りさ。スコールの奴は、自らが子供を生めないからと、肉親であり同種の遺伝子を持つレインを大事にした。

 だが、結果はあの様だ。大事にしようと決心した姪っ子すら、アイツは守れなかった。

 そもそも奴が己自身の子さえ産んでいれば、もっと大事にし、本当に守れたと思うか? 違うね、あいつは元々ああいう星の下に生まれたのさ。自らの身体を失い、自身の遺伝子を残す方法を永遠に失うような奴が、仮にあいつ自身の子供を生んだ所で変わりはしない。

 レインのように、守れず死なせてしまうだけさ。自らの血縁の子の能力を過剰に信じ、期待し、相手の力量を推し量れぬ故にな」

 

「……」

 

「お前が仮に、己の遺伝子を世に残す為に子を成したとしよう。お前がスコールのような女であった場合、お前はその子供を真っ先に死なせてしまうだろうさ。

 だが、お前はそうはならない。何故だか分かるか?」

 

「それは……」

 

 言い淀みながらも、アリエッタは思い出した。

 あの時、自らの命も省みずに、自分を守ってくれた両親。あの時、両親が庇ってくれなければ、自分はここにはいない。

 

「お前は、お前の両親が己の遺伝子を、命のバトンを自分に渡してくれた事を知っているからだ。スコールは己の遺伝子すら失い、同性の恋人という幻想(ファントム)に逃避する事によってそれさえも忘れようとしていた。あいつ自身が親から渡された遺伝子(命のバトン)を、その心からも置き去りにしたんだ。

 だが、お前はまだ何も失っていない。両親から渡された命のバトンも、お前自身の身体も、失ってなんかいないんだ。いや、失ってもお前ならば逃避しないと私は思っている。

 お前は例え何もかもを失っても、それでも忘れられるか? 死んだ両親の意志を、その身に流れていた血を忘れられるか?」

 

「……忘れない、忘れられる訳ないッ!! 私は、絶対に忘れないもん!」

 

「ああ、そうだな。お前の中にそういった決心がある以上、お前はもう奴より上だ。奴を上に見る必要なんかない。

 お前は、十分に誇って良いんだ」

 

 エムの、心からの賛美の声が、アリエッタの中に甘く浸透する。

 

「私が言うよ、アリエッタ。お前はもう、間違いなく誰もが認める戦士だ。その血を、命のバトンを守ろうと、いつかそれを誰かに渡そうと努力している。

 ここの大人達の言う“立派な戦士”になるまでもない。

 お前は、誰もが認める立派な戦士だ」

 

 その言葉は、ずっとアリエッタがここの大人達から欲しかった言葉で、アリエッタはついに涙を流してしまった。

 アリエッタの心は、既にレインからエムへと傾いていた。

 レインは、ただ自分の言葉を聞いても頑張れよと励ましてくれるだけだった。

 エムは、己の努力を認めた上で、それでいて自分がずっと欲しかった言葉をくれたのだ。自分を認めてくれたのだ。

 

「……エ、エム……あ……ありがとうっ……」

 

 あまりの嬉しさに、アリエッタはついにすすり泣きをしてしまった。

 もう、アリエッタの中で決心は決まっていた。

 ――――この人に、付いて行こう。

 ここの大人達に使い潰される前に、この人と一緒に外を出て、力を付けよう。己の遺伝子を守り、受け継がせ、後世に残せるようになるまでに、生き残るための力を付けよう。

 その思いを、アリエッタは胸にした。

 

 元々はレイン派であった他の五人の少年兵たちも、羨ましそうにアリエッタを見つめた。

 

「そうだお前達。私がまだアフリカの村落で少年兵たちの隊長をやっていた時の話をしようか」

 

 唐突に、エムはそう言いだした。

 だが、6人は当惑することなくその話題に飛び付いた。

 元々、大人達顔負けの能力を持つ少女だ。一体どのような英雄譚を持ち出してくるのかと、そんな淡い期待を込めて。

 

「私の仲間に、ジャックという少年がいた。奴は私の隊の中でも優秀でな、私達が拠点としいたその村落での尊重として祭り上げていた豚の生首も、元々は奴の手柄だったんだ。無論、他の皆の協力もあったが、直接あの豚に止めを刺したのは奴だ」

 

 うんうん、と6人の少年兵たちは目を輝かせてエムの言葉を聞き続けた。

 

「奴はさっそく、その豚の生首を私に献上した。奴は豚の頭の部分が一倍うまいと勘違いしていたようでな、勿論。私はソレを食べなかった。だが私は考えた。これを私達の国の象徴にしよう、とな……」

 

「その次の日の事だった。私が村落から追い出した反政府ゲリラの大人達の仲間が、いつまでも連絡の取れない仲間を案じて村にやってきた。その時のアイツ等は、野生の豚を狩れるようにはなっても、まだ銃を持った大人達には敵わないからな。その時は、私が直接出て、全員生け捕りにしてやった」

 

「そして私は、豚の生首を奉った王座のある廃船の柱に、生け捕りにした大人達を括りつけて、一人ずつ公開処刑したんだ」

 

 ……それまで、目をキラキラさせていた筈の少年少女たちが、その顔を一斉に引きつり始めた。

 

「一人ずつ、愛用の山刀を一振りして首を切り落としていった。公開処刑を終えた後、私は奉った豚の生首を掲げて宣言した。

 私達はもう大人達に従わされる子供じゃない。大人達の都合で使いっぱしりにされるのは真っ平ごめんだ。私達はここに、私達の国を作る、とな」

 

 そう、誰もエムの言葉に反対するものはいなかった。

 略奪、襲撃。戦争だ、戦争だと子供の甲高い声で叫び、周囲の大人達に刃を向けた。

 

「それからだ、ジャックの様子が豹変した。あの公開処刑に触発されたのか、ある日ジャックは私にこう言ったんだ。

 “故郷に帰って、大人達を殺してきてもいいか?”とな。私はそれをOKした。私の嫌う大人達への殺意を、無為になどできなかったからな。

 それから、アイツはどうなったと思う?」

 

 顔を青ざめながらも、彼らはゴクンと息を飲み、エムの続きの語りを待った。

 

「奴は無事、帰って来た。弟を連れて、しかも手元に自分の父親の生首を抱えてな」

 

「「「「「「……ッッッ!!?」」」」」」

 

 6人は、あまりにもそのぶっ飛んだ内容に、絶句した。

 

「驚いた事に、あいつ自身は自分の両親に何の恨みも持っちゃいなかった。あの公開処刑でアイツは私が大人の生首を好むんだと勘違いしたようでな、私への覚悟を示すつもりで、その父親の生首を私に献上した。

 豚の生首の次は、自分の父親の生首だ。

 イかれているだろう?」

 

 最早、言葉にならないと言った様子の6人。

 実際、エムから見ても彼はイかれていた。

 エムでさえ、己の肉親に強烈な殺意を抱く理由にはそれ相応の強烈な憎しみが存在する。

 ジャックは、それさえもなく己の父親の首を自分に献上してきた。ジャックは、白黒狼(モノクロ)の事を病的にまで心酔していたのだ。

 

「私へ一生ついていく。そのためにその尾を引く存在を殺し、私へ献上する事で奴はそのいらない覚悟を示してきた。まったくもって狂っていたよ、アイツは。

 あいつが連れてきた弟は、親を殺した兄に対してひどく怯えていた。まあ、その弟もいつしか私達色に染められたがな」

 

「……」

 

「本当に面白い奴だった。つくづく、私をここへ連れ去ったここの大人達が憎々しい。あの日はもう、帰ってこない」

 

 最後に、惜しむかのように、そして呪詛のようにエムは話を終えた。

 6人の顔は未だに引き攣ったままだ。

 今までも思っていたが、この少女の大人達に対する嫌悪と憎悪は自分達の想像を超えていた。

 エムだけじゃない、かつて彼女に付き従ったという村落の少年兵たちもだ。

 

「まあ、何が言いたいのかと言うとな。お前達は、何か外にやり残した事はないか?」

 

「え?」

 

「ジャックは私に付いて行く決心を固める為に、その決心の尾を引く自分の親を後腐れなく殺し、私の元へ帰って来た。

 ……ああ、そもそもお前達からはまだ答えを聞いていなかったな。

 お前達は、私に付いて来るか?」

 

 真剣そうに聞いて来るエムに、6人の少年少女は押し黙る。

 アリエッタは既に覚悟を決めているようだったが、後の5人はまだ迷ったままだった。

 やがて……。

 

「……付いて行くわ」

「僕も」

「オレも」

「ここの大人達の下にいたって、何のいい事もない」

「肉親である姉貴さえ守ってくれない大人なんて、信用できない」

 

 やがて、残りの5人もエムに付いて行く決心を固めた。

 もう、散々分かり切っていた。

 肉親に守られながらも、間違いなく大人達の奴隷として準じたが故に、無くなってしまったレイン。

 その結末こそが、ここの大人達に従う選択をした末の先を物語っていた。

 

「ならば改めて聞くぞ。お前達、“外”でやり残した事はないか? 私に付いて行く前に、己の手で成したい事は? 例えばアンリエッタ――――お前の両親を殺した部隊の将軍とか」

 

「ッ!? それは……」

 

「お前達もだ。例えば、誰か殺したい相手とかいないか? 私に付いて行く前に、その尾を引かないために、どうしても殺したい相手とかはいないのか?」

 

「「「「「……」」」」」

 

 全員、顔を俯かせるものの、その眼は心当たりがあるといわんばかりに煌いていた。

 その反応を見たエムは、その口角を釣り上げた。

 

「なら丁度いい。お前達を、一旦外に出してやる」

 

「「「「「「―――――ッ!!?」」」」」」

 

 エムの信じられないような発言に、全員が顔を上げる。

 無理もない。

 帰る時はどうするのだ。そもそも、どうやって外に出るというのだ。大人達のヘリを借りようにも、自分達は操縦する事などできないし、そもそもその為に大人達をどうやって出し抜くと?

 

「後で私の部屋に行くといい。監視用ナノマシンのバッテリーが少ない合間に、ベッドの下に作っておいた隠し戸がある。ヴァンの奴に頼んでそこに面白い物を運ばせた。

 私からお前達へのプレゼントだ」

 

 そう言って、自分達に背を向けて去っていく少女の背中を見つめながら、6人の少年少女たちは、あの少女、エムについて考えを巡らせた。

 ――――監視用ナノマシンのバッテリーが薄い合間だとか言っているが、大人達が態々彼女にそんなタイミングを伝えるとは思えない。

 この時間も、おそらく彼女がナノマシンのバッテリーが薄れる頃合いを図って自分達と話していたのだと考えれば、あの少女は自力でナノマシンのバッテリーが薄れる時間を把握したという事になる。

 

 つくづく、自分達がこれから付いて行くであろう少女の規格外さを実感するのであった。

 

 

     ◇

 

 

 機材落下によるレインの死亡事故から数日が立ち、子供達の大人達への態度は一変していた。

 エムの演説による煽りと、更には自分達が慕っていたレインの、不慮の事故による死亡。

 大人達はレインの詳しい死因を特定できず、表向きは不慮の事故として扱った。それが余計に少年兵たちの大人達への不信感を煽った。

 

 特にそれが顕著であったのはレイン派であった少年兵たちである。

 

 エムの演説により迷いが生じ、未だ不信を拭えずも信じていたレインが、肉親の仲間である筈の大人達の不慮の事故によって抹殺された。

 彼らは大人達の言う「不慮の事故」を、大人達が責任を逃れるための言い訳と考え、無視、文句、遠くからモノを投げつけるなどの反抗が目立つようになってきた。

 

 最初は子供の癇癪でおさまるものと大人達は高を括っていたが、それは収まる様子はなかった。

 この支部基地の指令を務めるスコールでさえも、表向きは平静を装っているものの、レインを失った事にショックから立ち直れていないのが恋人であるオータムには丸分かりだった。

 

 そんなある日の夜。

 

 一人のヘリパイロットが、亡国機業のヘリポートからヘリを出撃させていた。

 理由はとある物資を別の亡国機業の支部基地を輸送するためであり、その類の任務を大抵任せられる男は、いつものようにその任務を引き受けた。

 

 だが、男の気分はいつもと違った。

 

(ったく、あの餓鬼ども……容赦なく卵を投げつけてきやがって……!!)

 

 そう、男は苛立っていた。

 ヘリのハンドルはいつもよりも容赦ない力で握られ、手は怒りに震えていた。

 

 最近、どうも基地の内部の様子が不穏だ。

 あのレインという少年兵の死亡以来、幹部であるスコールの様子がどうもおかしい。表情は平静を装っているが、どこか気が動転しているような気がするのだ。

 

(……まあ、あれだけ餓鬼どもが暴れれば、上も対処に困るってものか。大変だな、スコール様も)

 

 元々、女尊男卑の風潮を憎み、それ故周りに女性の部下を侍らせているスコールの事は気に入らなかったが、今回ばかりはヘリパイロットの男も同情していた。

 

 その時だった。

 

 チャキ。

 

 ふと、小銃が突きつけられる音が聞こえた。

 運転席の窓には、横から銃を突き付けられている自分の姿が写っているのを、ヘリパイロットの男は見た。

 

「なッ」

 

「動かないでください」

 

 いつの間にか、自分の隣の助手席に座っていた少女が、自分の横からアサルトライフルを向けていたのだ。

 動くなとはいっても、ハンドルを握り続ける以上、手を上げる訳にもいかない。

 

「そのまま、ハンドルを握り続けてください。……いいですよ、()()()

 

 少女――――アンリエッタがそう指示すると同時、男の背後から、更に5つの銃口が現れ、男の頭に突き付けた。

 

「お、お前達はッ」

 

「動かないでといった筈です!! ……死にたくなければ、ハンドルを握りながら私達の指示する場所へ行ってください!!」

 

「く、くそっ!」

 

 一人ならばどうにかなったかもしれないが、子供とはいえ銃を持った人間が6人も相手となれば、成す術もない。

 男は、ハンドルを握り続けた。

 

「お前ら、いつからそこにいた!? まったく気配も感じなかったし、何より姿が見え――――」

 

「今から、私達が指示する場所に進路を変更してください。さもなくば――――」

 

「わ、分かった! 行けばいいんだろう!?」

 

 男は結局、抵抗する術もなく、いつの間にかヘリに乗り込んでいた少年兵たちの要求に応えるしかできなかった。

 

 ――――さあ、故郷へ帰ろう。私達の報復を成し遂げる為に。

 

 

 

     ◇

 

 

「スコール様! その、調査班より報告が……」

 

「何か分かったかしら?」

 

 報告に来た調査班のスタッフを視界に入れた途端、スコールは即座に立ち上がってそのスタッフに歩み寄った。

 ――――レインの死因、いや、死に追いやったのは一体誰なのか?

 犯人の候補は一人だけ思い浮かぶが、ナノマシンによる監視状況からみる限りではどう見ても実行に移せる立ち位置にはいなかった。

 そもそも、誰かが立ち寄った、あの時間以降の形跡がまるでないのだ。

 

「その、レイン様についてはまだ何も……ですが、その、妙な事というか、気になる事がありまして……」

 

「何でもいいわ。報告して頂戴。

 

「では。レイン様が下敷きになったあの機材の中に、最近別の支部基地で開発された試作型装備がある事はご存知でしょうか?」

 

「試作型の光学迷彩装置、かしら? 最近アメリカの特殊部隊『名も無き部隊(アンネイムド)』でも、似たようなモノが実戦配備されてるいと聞いたわね」

 

「はい、その落ちてきた機材の中にあった光学迷彩装置の在庫数が、合わなくて……」

 

「……何ですって?」

 

「その、どう見ても、6着足りないんです。一体何処に行ったのやら……」

 

(誰かが、レインが潰された現場に行って持ち去った? いや、ならばレイン以外に人の立ち入った形跡がないのはおかしい……となると、あらかじめ崩れる前の機材から持っていったという事に……)

 

 考えがまとまらないスコール。

 監視カメラが妨害電波により機能しなくなったタイミングから、今回は明らかにレインに対して誰かが殺意を持ってやった事は明確。しかし証拠が見つからない。

 それと、その試作型の光学迷彩装置が持ち去られた事の関連性が、いまいち見えてこなかった。

 

「それと、もう一つ、いえ2つ報告が……」

 

「……何かしら?」

 

「……深夜、輸送任務に当たったヘリパイロットが、あれきり帰還していなくて……!」

 

 その報告を聞いた途端、スコールの目は思い切り見開かれた。

 

 

 

 

 ――――ついに、繋がったような気がした。

 

 

 

 

「今すぐ、調査班の人員を増やしなさい。それと、しばらくレインに関する調査を中止するわ」

 

「スコール様? 何を言って――――」

 

「今すぐに調査班の人員全員を少年兵たちの居住区へ送りなさい。今すぐよ?」

 

「は、はい! 了解しました!」

 

 スコールの鬼気迫る命令に調査班の班長は慌てて敬礼して出て行く。

 スコールは怒りのあまりに拳を握らせる。無表情であるが、彼女の心は既に怒りに支配されていた。

 

 ちらついてしまう。

 

 ――――私は、貴様らとは違う。

 

 あの時、いずれ貴女もこうなると視線で言った時、同じく視線でそう返してきた少女の言葉を。

 

 ――――要はお前達も、非力な子供でしかなかったんだ。だからそんな風になった。そう言いたいのだろう?

 

 己の幻肢痛を的確につついてきたあの言葉が、チラついてしまう。

 

 状況的にはどう考えても不可能だ。

 だが。

 

 ――――自らの監視役であるレインの抹殺。

 

 ――――ここ最近の少年兵たちの大人達に対する不信感。

 

 邪魔物であるレインを排除するだけでなく、逆に子供達の大人への不信感を煽るために生贄として利用しそうな人物。

 

 ――――NEVER BE GAME OVER(まだ終わっていない)

 

 どうしても、あの悪童の顔がチラつくのだ。

 



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小さき反乱者達 3

 亡国機業のヘリのパイロットを脅し、無事故郷へとたどり着いたアリエッタは、自分の腰に身に付けている装置を見つめ、エムの言う事を思い出していた。

 

『こいつは亡国機業が開発した光学迷彩装置。正確には、アメリカの特殊部隊に実戦配備予定だった装置を盗み、独自に改良を加えて量産した試作品に過ぎないが、効果は期待していい』

 

 一体そんなものをどうやって盗み出したのか、という疑問が湧いたがエムならば何ができても不思議じゃないと割り切り、アリエッタは話を聞き続けた。

 

『いいか。復讐できるタイムリミットは、大人達がお前達を連れ戻す間だけだ。大人達は情報漏洩を防ぐ為にお前達を必死に生け捕りにしようとするだろう。試作品を持って歩くならば猶更な』

 

 大人達が自分達を連れ戻しに来るまで――――それが自分達がそれぞれ復讐を遂げるのに許された時間であると、エムは言った。

 つまり、それまでに自分達は自分が報復したいと思った相手……部隊の将軍やP(プライベート)F(フォース)、親を殺した正規軍、いとこ、兄弟、両親などを殺害しなければならない。

 

『いいか、後腐れのないようにしておけ。大人達に連れ戻されたらもう復讐の機会が訪れる事はないだろう。

 連れ戻されたら、覚悟を決めておくことだ』

 

 何に対して覚悟を決めろというのかは、アリエッタを含む6人の少年兵脱走者たちはその意味を察していた。

 エムが話してくれた、前に自分に付き従っていた少年兵の話から察するに、おそらく自分についていく覚悟を決めて置け、という事だろう。

 おそらくエムはこうして脱走した自分達を大人達が躍起になって探す間に、何か準備を進めるつもりなのだ。いや、準備自体はもう前々からしていたのかもしれない。あの第七ルームで集まった時、エムの言葉に何人かの子供達は既に聞くまでもないと言わんばかりにエムに同調していた。

 

 

 自分達が連れ戻された時、おそらくエムは大人達に対して本格的な蹶起を仕掛けると、アリエッタは確信していた。

 自分達はそのための囮か、もしくは……いや、考えるのはよそう。

 

 先に故郷にたどり着いた一番乗りはアリエッタだった。

 他の五人はまだヘリの中にいるか、もしくは故郷まで徒歩で歩いているか、どちらかであろう。

 ……今では、住民は誰一人としていない筈の故郷に、アリエッタは脚を踏み入れた。

 遠目から見て倒壊した建物が立て並ぶ廃町は、もはや自分の知っている故郷からはかけ離れていて、未だに自分の故郷だというのが信じられなかった。

 

 しかし、実際に足を踏み入れると実感してしまう。

 見た目ではない、空気ではない、踏み入った途端の震撼するような感覚が、ここが己の故郷であると教えてくれるのだ。

 

「あぁ……」

 

 あまりの懐かしさに、アリエッタは溢れ出そうになった涙を何とか堪えた。面影などない、それでも分かってしまう。生き物として帰省本能が、訴えて来る、ここが故郷であると。

 ああ、やはり亡国機業(あそこ)は自分の居場所などではなかった。

 あそこにいた時は、こんな感覚なんて一度たりとも感じた覚えがない。ここそが己の帰るべき場所であるのだと、アリエッタの本能はそう叫んでいた。

 

 本能の誘われるままに、アリエッタは走り出した。

 この何もない廃墟が立ち並ぶ中、一体どこを目指すそうというのか……それは当然、自分がかつて両親と一緒に暮らしていた“家”だ。

 そして、アリエッタはついにたどり着いた。

 

 他の家よりも比較的綺麗に残っていて、玄関の隣には自分が花を育てるのに使っていたボロボロの植木鉢があった。

 

「あっ」

 

 驚いたことに、その植木鉢から花が咲いていた。

 あの日、自分が両親から逃がされて以来、もう水をやった事はない。それなのに、鮮やかな色の花がその花弁を開き、元気に咲いていたのだ。

 ――――一体、誰が水をやってくれたんだろう?

 ここは滅多に雨が降るような地域ではない筈だ。花を育てるのであれば、定期的に水を入れることが必須である。

 

 そんな疑問を抱きつつも、アリエッタは家の玄関の扉を開けようと試みたが、びくともしなかった。内側から何かに押さえつけられているのだろうか?

 自分の家の玄関が内開け扉である事を呪いつつ、アリエッタは他に入り込める場所はあるかと模索する。

 既に割れ落ちた窓ガラスから入るのも手であったが、身体を怪我しかねない上に、飛び込んで入ったとしても、我が家ながら縁起が悪くなってしまう。

 どうしようかと探している内に、丁度家の玄関側の反対側に崩れ落ちた壁があるのを発見した。

 

(あれは……)

 

 あの時の記憶が、アリエッタの頭の中で鮮明に蘇ってくる。

 そうだ、戦車の突撃を受けて崩れ落ちたあの壁。両親が自分を兵士の銃弾から庇った際に、助けられた自分はあの穴を通って穴から抜け出した。

 何とか戦地から抜け出す事は叶ったものの、自分は町を出た後荒野を延々と彷徨い続け、やがて亡国機業の大人達に拾われた。

 

 ドクン、ドクン。

 

 胸の鼓動が知らずの内から高まる。

 あそこには、もう戻らないと思っていた。

 だが、その戻る機会を、エムは与えてくれた。自分を未練を感じる為に、そして後悔するためにここに来たのではない。

 それらを断ち切るためにここに着た筈だった。

 

 足を踏み入れるのを、躊躇してしまった。

 

(入りたくない、入ったら、もう……)

 

 入ったら、あまりの懐かしさと悲しさに、延々と泣いてしまいそうになる。いや、両親が散っていたこの場所で、自分もまた同じように散っていきたいという考えすら過る。

 それだけは、してはならない。

 

『いいか、後腐れのないようにしておけ。連れ戻されたら、覚悟を決めておくことだ』

 

「ッ」

 

 そんなアリエッタの迷いを、目の前に現れたエムの(ファントム)が断ち切るように言ってくる。

 

『私の予想が正しければ、お前の両親を殺した部隊はまだお前の故郷に駐屯している筈だ。お前の故郷の立地は根城にするには丁度いい。そう簡単に捨てる事はしない筈だ』

 

 そうだ、何の為に戻ってきたのだ。

 エムがせっかく作ってくれたこの機会を無駄にするわけにはいかない。

 今の所ここに人の気配は感じないが、仇を取るにせよ取らないにせよ、自分の両親と共に過ごしたこの時間を、守ってくれた両親の背中を、再びこの胸に刻み付けなければならない。

 決心するや否や、アリエッタはとうとう自分の家の床に足を踏み入れた。

 今も変わらぬ、懐かしい感触が足の裏に浸透する。そういった感触の一つ一つを噛みしめながら、アリエッタはようやくそこにたどり着いた。

 

 両親が、銃弾から自分を庇ってくれた場所。

 

 とうとう、涙を抑えきれなかった。死体は既に処分されているようだったが、床や壁にはまだその銃弾の後が残っていた。

 先ほどの比ではない、思い出の数々が蘇ってくる。

 

「あ……あぁ……!!」

 

 緊張していた体から力が抜けていき、アリエッタは涙を流しながら床に崩れ落ちてしまった。

 ――――もう、二度とこんな気持ちは味合わないと思っていた!

 亡国機業の少年兵居住区へ移住させられ、そこで高いIS適正を叩き出した彼女は、そこの大人達からその高い素質を見込まれ、将来では優秀な戦士になるであろうと持て囃されていた。

 それを嬉しく思っていた自分は、自分を拾ってくれた大人達に恩を返す為に、あそこで必死に大人達の言う『優秀な戦士』になるために、必死に頑張った。

 

 ――――勿論、両親の事を忘れた事は一度たりともなかった。

 

 だが、再びこんな気持ちになると思っていなかった自分がいる。

 それは、決して忘れてはいけない気持ちだ。両親の事はもう振り切れたつもりでいた。だが、再びこの場所に帰ってきて、その気持ちを思い出し、アリエッタはエムのある言葉を思い出した。

 

『奴等も他の大人達と同じさ! 都合のいい言葉で私達を支配し、都合のいい理想で私達を洗脳する!』

 

『奴等はお前にIS適正の高さという都合のいい話だけを持ち出して、お前をいい気にさせて、束縛している。お前を自分達だけの戦士として使いつぶすつもりさ!』

 

 そうだ、IS適正:A――――それを言われた当初、自分にはそれが何を意味するのか正確には分かっていなかったにも関わらず、何故かいいようのない安心感を得られた。

 あの両親のように無惨に殺される事などない、自分の将来は約束されたのも同然だという、洗脳にも近い安心感を得られた。

 IS適正の高さ、優秀な戦士――――あそこの大人たちは、そうやって、そんな都合のいい言葉だけを自分に言い聞かせ、自分を思うように束縛していたのだろうか?

 

 ……きっと、そうなのだろう。

 

 確かに、両親の事を忘れた事はなかった。

 だけど、両親を殺された事による悲しみや、怒りなどはいつの間にか忘却の彼方へ消え去っていた。

 両親を殺された怒りがないわけではないと、ずっと自分に言い聞かせてきた。

 

 だけど、エムの言葉で、再びそれに火が付いた。

 

 遺伝子を、命のバトンを授かった事に対する重み。

 それは、死んだ両親が自分にくれた掛け替えのないモノであり、己の存在証明であり、そして両親がくれたソレを残せるのは、自分しかいないのだと。

 

『そうだアリエッタ。お前は間違いなくスコールの奴よりは優れているんだよ。両親の遺伝子を、子を成すという形で残す事が出来る。だが奴にはもうそれすらできない。生き物として既に死んでいる。お前は子を成すという権利を、義務を、子供を生めもしない身勝手な大人から剥奪されようとしている。お前の大好きな両親の遺伝子を奴等は、根絶やしにしようとしているんだ』

 

 そうだ、大人達の都合のいい言葉で、自分は将来を約束されたんだという偽りの安心感に浸り、いつの間にかこの気持ちを忘れてしまっていた。

 両親の遺伝子を受け継いだ、ただ一人の人間であるという自覚。そしてその両親を奪われた事による悲しみと怒り。

 同種の遺伝子を継いだものとしての、当然の気持ち。

 いつの間にか、それを忘れていた。

 

 やっと、分かった。

 

 大人達の言葉というコード。無意識に自分達子供を隷属せしめる、絶対強者の言葉。

 都合のいい言葉だけを植え込み、そこには無意識の隷属が完成する。

 そこに自分の意志はなく、いつのまにか影の中に取り残され、光と共に消えてゆく。

 

 自分は、そんな影の中に一生うずくまっているつもりなのか?

 

「いや……そんな事、だめ……」

 

 やっと、エムの言わんとしていた事がアリエッタには分かった。

 きっと、彼ら大人達にも伝えたい遺伝子や、意志が存在するのだろう。だが、彼らのソレは自分達に無意識の隷属を強制するソレだ。

 自分達の思うような駒、都合のいい言葉だけを吐き、その闇を口にする事はない。

 

 そうだ、奴らは自分達を使い潰す。

 

 その肝心の、都合の悪い言葉だけが抜かれているのだ。

 実際、あそこの大人達、特に幹部であるスコール・ミューゼルは、自分の実の肉親である姪ですら、管理不届き故に死なせてしまったではないか。

 しかもその姪はアリエッタ自身も慕っていたレイン、いや、レイン・ミューゼル。

 そのレイン・ミューゼルという存在もまた、自分達少年兵にとっては、都合のいい言葉だったのだろう。

 より人を惹き付ける人材を混ぜ込み、その人物の上にいる者に対する無意識の隷属も出来上がる。

 

 実際、エムが暴いた通りに、レイン・ミューゼルは大人達の手先だった。

 自分達に、より都合のいい言葉を聞かせる為の駒だった。

 

 ――――ああ、あそこの大人達は、敵だ。

 

 自分達の意志を、遺伝子を、別の意志を押し付ける事によって打ち消してくる敵。

 だが、自分は思い出した、この気持ちを。

 

 両親から授かった遺伝子。

 両親を失った悲しみと怒り。

 

 そうだ、今こそ自分の意志を圧し潰そうとする大人達に、そして両親を奪った大人達に対して復讐せん時なのだ。

 だからこそ……。

 

「まだ、ここにいるんだよね。パパとママを、殺した奴等」

 

 未だ人影は見えないが、玄関前の植木鉢に水をやった後があったり、更によく外を見渡してみれば、新しい足跡までもが存在する。

 野生の動物では断じてない、人間の足跡だ。

 

「……いるんだ」

 

 そうと決まれば、まずはここの大人達に、私は報復せねばならない。

 両親を殺し、私とパパとママの遺伝子を根絶やしにしようとした奴等に、この遺伝子を持つ者として復讐せねばならない。

 

 少女は、懐にあった拳銃を手に取り、立ち上がる。

 

 この後、大人達に連れ戻される間までに、少女が報復を遂げられたか、遂げられなかったかは本人のみぞ知る。

 

 

     ◇

 

 

 大人達は、今頃大忙しな事だろう。

 秘密裏に開発した試作品を盗まれた上で、更に自分達が飼っていた少年兵たちが脱走したとあっては、情報漏洩を防ごうと大人達は躍起になって彼らを連れ戻そうとする筈だ。

 そして、エムには一つの確信があった。

 

 ――――大人達は、真相を掴むまではあいつらを殺そうとはしない。

 

 特に肉親を亡くしたスコールは。

 表向きは不慮の事故として片付けられているが、大人達はきっとどこかで悟っている筈だ。アレは不慮の事故では決してない、何者かの作為的なものであると。

 

 監視カメラに妨害電波を受けた形跡があり、しかも崩れ落ちてきた機材の中の重要な試作品がいくつか消えていたとあっては、証拠はなくとも誰かの故意によるものだとは察しが付く。

 

 当たり前だ。

 そのために態々、あの崩れる前の機材の中から、あの試作品をヴァンに盗ませたのだ。絶縁手袋で盗ませたため、痕跡が残る心配はなく、しかもレインがあのIS格納庫に訪れる前に実行させたため、万が一にもヴァンが犯人として特定される事はない。

 

 態々在庫の足りなくなった機材の群を落としたのも、単にレインを生贄として排除するだけでなく、大人達にソレを気付かせる目的もあった。

 それに連なる、少年兵たちの反抗、および脱走。

 

 “陽動”には、これ以上にないものだろう。

 

(それにしても、レインを失った時のスコールのあの顔。実に傑作だった)

 

 思い出し、ついエムは口角を釣り上げた。

 まずはここの大人達に対する復讐――その一環が達成されたといっても過言ではない。もう二度と子供を生めなくなった大人が、唯一の肉親を失うという悲劇。

 

(ざまあみろ。私をあろう事かあの名で呼び、更にはこの監視用ナノマシンで隷属させようとしたお前にはピッタリの報いだ)

 

 無様だな、と目の前に本人がいてくれればそう嘲笑ってやりたいくらいだ。

 あの女は己の遺伝子を残す方法を、今度こそ完全に失った。

 自分の姪の能力を過信し、奴が私に陥れられる事も予想できずに、このような結果を招いた。

 さて、あの女は果たしてどのような結論にたどり着くのだろうか。

 己の肉体と、肉親を何一つ残さず失った幻肢痛に苛まれながらも生きていく事を選ぶか、それとも未だにオータムという同性の恋人に縋って見苦しく逃避し続けるか。

 

 その結末を、最後まで見れないのかと思うと残念だが、まあいい。

 

 ――――もうすぐ、こことはおさらばだ。

 

(ついに、私はまた戻れる! エムでもない、マドカでもない、愛しき狼たちの王、白黒狼(モノクロ)に戻れる!)

 

 そうだ、『蠅の王』は、再び君臨するのだ。

 今度は、もうあの村落の比などではない。

 この基地中の少年兵たちが、自分の軍隊となる。

 大人達への隷属という殻を破った愛しき狼たちが、自分のもとに集って来る。

 

 エムは昂揚する胸を抑えきれず、あの時のように、プラスチックの椅子にドカンとふんぞり返った。

 ……あの廃船で、あの王座にいた時の事を思い出す。

 

 アイツらは、元気にしているだろうか?

 自分という王がいなくなった後のアイツらは、うまくやっていけてるだろうか?

 

 自分が従えるまでのあいつらは、大人達という隷属すべき存在を失い、自分達だけでは生き残る術を学ばないままに村落に取り残された。

 だが、あの時とはもう状況が違うだろう。

 

 何故なら、駄目な大人達に変わって自分がちゃんと教え込んだのだから。

 狩りの仕方、植物の見分け方、組織の運営の仕方、役割分担。

 そうだ、みんな教えた。

 きっとあいつらはあの時と違い、自分がいなくなっても自分達だけで生きていけるだろう。

 いや、そうでなくては困る。

 かつての同胞たちがまた身勝手な大人達に隷属させられるのを想像するのは辛いものだ。そうならないように、自分は彼らに教えたのだから。

 

 そう考えていたら、バタリと音を立ててドアが思い切り力強く開けられた。

 どう見ても、そのドアの開けられ方は冷静な人間がするものではなく、明らかに怒りに囚われた人間がするものであった。

 と、いう事は……。

 

(……ああ、そろそろ来る頃だと思っていた)

 

 エムはふんぞり返ったイスごとその方向に体を向け、その人物と対面する。

 

「相変わらず、偉そうな態度を取るものね、エム」

 

「……スコール」

 

 忌々しい大人を前にし、エムは相変わらずの敵意でスコールを睨み付けた。その敵意を、スコールは余裕で流す。

 ……ここまでが、いつもの光景だった。

 

「何の用だ」

 

 いつものようにぶっきらぼうに聞く。

 本当は察しているが、ここは敢えて知らないフリをしておいた。

 

「この間のレインの死亡事故、知っているかしら?」

 

「……それが?」

 

「単刀直入に聞くわ、アレは貴女の仕業?」

 

「何を根拠に? 単に貴様ら無責任な大人の不注意が招いた事だろう」

 

「そう。ならもう一つ聞くわ。レインを押しつぶしたあの機材、何故かその中にあった筈の試作型の在庫が足りないのよ。

 何か、心当たりはあるかしら?」

 

「ないな。とうとう耄碌したか?」

 

「いいえ、至って正常よ。ならもう一つ――――

 

 

 

 

 

 

 

 6人の少年兵たちの脱走を手引きしたのは、貴女かしら?」

 

「……」

 

 笑顔で聞いてくるスコールであったが、その眼はまったく笑っていなかった。

 少しでも回答を違えれば、殺されると錯覚してしまう程には、スコールは怒り狂っていた。

 

「確かに、状況的にはほぼ不可能よ。貴女の体に埋め込まれた監視用ナノマシン――このおかげで貴女の反逆行動はほとんど取り押さえられる。仲間を作る隙すらも与えない。

 だけど、その監視用ナノマシンも完璧じゃない」

 

「……」

 

「いくらナノマシンといえど、バッテリーが切れれば効力は消える。その都度私達は貴女の所にナノマシン補給班を派遣して、ソレを防いだ。

 だけど―――――」

 

 

 

 

「もし、貴女がナノマシン補給班がやってくる時間を目安に、常動するナノマシンのバッテリーが切れる時間を、常に把握していたとすれば――――」

 

 

 

 

「前々から、蹶起を企てていたとしていたら――――」

 

 

 

 

「私達の目から逃れるように、理解されないように、英語以外の言葉で彼らを諭していたとするのなら――――」

 

 

 

 

「もし、それが出来る人物がいたとするのなら――――」

 

 

 

 

「しかもそれが少年兵であるのならば猶更――――」

 

 

 

 

 一句一句強調するように、虚空に向けて言葉を並べた後、スコールはギョロリと蛇のような目でエムを睨み付けた。

 

「貴女にしか、私は行き着かなかった」

 

「……暴論だな。さすがは亡国機業の幹部。真実を語るは愚か、言葉も下手すぎる」

 

「あら、あながちそうでもないわよ。この一連の事件の真相――――それを掴むためならば、どんな事だってするわ」

 

 スコールがそう言うと同時、スコールの後ろのドアから、警備班のスタッフが次々と突入してくる。

 エムを一斉に包囲していく。

 

「悪いけどエム。貴女が潔白であろうとなかろうと拘束させてもらうわ。痛い目を見たくないなら、おとなしく大人の言う事を聞きなさい」

 

「……何だと?」

 

 まるで悪い事をした子供を諭すかのような言い方に、エムは憤慨する。

 取り押さえたいならばさっさと取り押さえればいいものを、こいつはあろう事か大人として子供である自分に“警告”してきた。

 

「子供扱いする、するなッ!!!」

 

 立ち上がり、エムはスコールに飛び掛かろうとする。

 その余りの反応の速さに、周りの警備兵は反応する事ができず、隠し持っていた鈍器を片手にエムはそのままスコールの脳天を突き刺そうとし――――。

 

「安心しなさい」

 

「ぐっ……!?」

 

 しかし、やはりその手は寸前で止められてしまう。

 スコールの手ではなく、監視用ナノマシンによって。

 

「子供扱いなんて、する筈もないわ」

 

「ガぁ、グぅ……ァ!」

 

 監視用ナノマシンにより体を蝕まれるエム。

 最早今までの比ではない。

 体内のナノマシンがエムの呼吸を抑制し、筋肉に負荷を与え、血流を遅らせ、思考を鈍らせ、そしてとてつもない苦痛を伴わせた。

 

「……ア……ァ……ガ……エッ」

 

 あまりの苦しみに耐えきれず、胃の中のものを口からぶちまけてしまうエム。

 もはや意識すら定まらず、それでも持ち前のしぶとさで抵抗しようとしてくる。

 

「取り押さえなさい」

 

 スコールがそう命令した瞬間、大勢の警備兵がマドカの体の上に圧し掛かっていく。もはや最初の頃のように丁寧に押さえつけようなどとは、ここの大人達はもう思っていなかった。

 ナノマシンによる苦しみだけではなく、さらに押しかかってくる重圧と、それにともなう熱量がさらにエムの体を蝕んだ。

 

「ハ……ナ……ゼ……!!」

 

 それでも未だに抵抗をやめようとはしないエム。

 体を鍛えた屈強な大人ですら既に何回と死んでいるのか分からない地獄であるにも関わらず、それでもエムは大人達に屈するのを認めんといわんばかりに、抵抗をするのをやめなかった。

 

 しかし。

 圧し掛かっていた大人達が、エムの首筋に麻酔銃を至近距離から7発撃ち込んだことにより、ようやくエムは意識を手放した。 

 標的の沈黙を確認した大人達はようやく乗りかかるのをやめ、スコールの命令を待った。

 

 

「フフ、さあ、子供達が全員連れ戻されるまで時間はたっぷりとあるわ。それまで楽しみましょう、エム?」

 

 

 獲物を舐めずるような笑顔でエムを睨み付け、スコールは部下達に気絶したエムを尋問室に連れて行かせた。

 

 

 それすら――――エムの計画の内であることに気付かず。

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は“冒頭”に戻る。

 



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蠅の王国~Kingdom of the flies~
小さき反乱者達 終


 連れ帰った一人目の少年兵から事情を聴いた結果、彼ら6人の脱走を手引きした首謀者がエムであることを掴んだスコールたちは、さっそくエムを気絶させた後、部下に命じて彼女を尋問室に監禁した。

 手酷い拷問を行ったが、さすが織斑計画の産物というべきか、傷は瞬く間に再生していった。

 そして三人目を連れ帰ったあたりで、少年兵たちの居住区を徹底調査した結果、面白い物がいくつも見つかった。

 

「ナイフやフォークを研磨した刃物。廃材から作ったボーガンや、組み立てなおされた銃器、洗剤や(ふん)から生成した爆薬……しかも爆薬には釘がびっしり巻かれてあったり、ボーガンの矢先に仕込まれていたりしているわね」

 

「……へっ、器用なこった」

 

「しかも、どれもとてもお手製とは思えない程の仕上がりね。組み立てられた銃も、とても廃棄された銃のパーツから組み立てた者とは思えない程の出来、しかも独自にチューンや改修を施してスクラップ性能を補っている。

 ボーガンの矢も先の言った爆薬を仕込んだものと、毒薬をふんだんに塗り付けた毒矢の二種類まで見つかった。

 研磨した刃物の切れ味も職人技のごとく、と言うべきかしらね」

 

 スコールとオータムの前には、そういった、子供達から没収したお手製の武器が大量に置かれてあった。

 これ程の量の武器を、しかもこれ程のクオリティのお手製武器を、いくらナノマシンのバッテリーが薄くなる時間を把握していたとはいえ、子供達を焚きつける時間も考慮すると、とてもではないが作る時間は足りない。

 

「となると、アイツ、餓鬼どもに吹き込みやがったな」

 

「ええ、おそらく焚きつけた何人かにやり方を教えて作らせたのでしょう。元々戦闘訓練を強いたり、銃の組み立て方や戦術をあの子に教えてきたは私達よ。少し知識と腕を仕込んでやれば……それにしても過剰ではあるけれど、不可能ではない」

 

 あくまで、不可能ではないだけ。

 それを考慮しても、この質と量は異常であった。

 瞬く間にあの村落の少年兵たちを一流の精鋭に仕立てた功績があったとしても、これはさすがに異常だ。

 改めて、スコールとオータムはあのエムという少女の手腕と末恐ろしさを実感した。

 

「それだけじゃないわ。見て、この基地の手書きの見取り図までもが発見されたわ。何処が身を隠すのに丁度よいか、何処が狙撃地点に優れているか、どこが奇襲ポイントに奏でているか、詳細に書かれてある」

 

 本当に、末恐ろしいものだった。

 一体遺伝子をどのように弄れば、あのような能力を持った子供が誕生するというのか。一体どのような境遇にあえば、あのような執念を身に付ける事ができるのか。

 監視用ナノマシンによる監視が薄れる時間すらも把握し、その合間に惜しみなくこのような蹶起の準備を着々と推し進め、しかも大人達から与えられた任務も正確に遂行しつつ、そんな疲労など知った事かといわんばかりに、少女はここまでの用意をしてきた。

 こんな、一個部隊と戦争できる規模の量の武器を用意したのだ。

 

「本当に詳しく、明細に書かれてやがるな。ここなんか、お手製の罠まで仕掛けてやがる」

 

「そうね。けれど、この見取り図を入手したおかげでその罠も取り除くことは出来たわ。もう、彼らに武装蜂起する手段は残ってない」

 

「そうか。で、あの餓鬼はこの事を知ってるのか?」

 

「知らないでしょうね。あの部屋は外界からは完全に閉鎖された密閉型。外からの音は何一つとして聞こえはしない。此方から伝えない限りは、もう自分達に蹶起する手段がないなんて分からないでしょう」

 

「ざまあねえな」

 

 悪だくみが成功したか子供のような笑みをオータムは浮かべる。

 あの餓鬼は、この様を見てまだ蹶起などとほざくつもりだろうか、まだ自分達に楯突こうとでもいうのか。

 それを分かる時がくるのが楽しみで仕方ない。

 蹶起しようがないのが分かった時、諦めて服従するならばソレもよし、未だに見苦しく無駄な足掻きを続けるならば、逆に嘲笑ってやるのもいい。

 

「それで、結局あの餓鬼の要求は何だったんだ? 子供達はもう半数以上連れ帰った事だし、そろそろ吐く頃だと思うんだが……」

 

「まずは『姉さんに会わせろ』だとか、『少年兵たちを解放しろ』とか言ってきたわね」

 

「“姉さんに会わせろ”? 会わすにしても時期が早すぎるだろ」

 

 あの餓鬼そんな事も分からねえのか、と呆れるオータム。

 本当に、頭がいいのか頭が悪いのかよくわ分からないクソガキだなとオータムは思った。

 

「ったく、私達に従っていれば遅かれ早かれ会えるってのによ……」

 

「子供は我慢ができないのよ」

 

「所詮、ただの餓鬼ってことか。他には何か言ってないのか?」

 

「そうね……」

 

 オータムに問われたスコールは顎に手を当て、思い出そうとするような仕草を取る。明らかにわざと気ではあるが、そんなお茶目なスコールをオータムは愛おしいと思った。

 

「『最後の一人が戻ってきたら、蹶起する』とも言っていたかしら?」

 

「はっ――――」

 

 今度こそ、オータムは笑いを堪え切れなかった。

 今更そんな事を言って何になる?

 武器も全部取り上げ、罠も全て取り除いた。これ以上何があるのだというのだ?

 いや、そもそもあの餓鬼はその事を知らないんだったな、とオータムは思い直した。

 

「終わりだな、あの餓鬼」

 

「ええ。けれど――――その前にレインについてきっちりと吐いてもらいましょうか」

 

「スコール……」

 

 咄嗟に表情の消えたスコールの顔を、オータムは深刻そうに見つめた。

 そうだ。亡国機業の幹部としてこの事態を収拾することも大事だが、スコール・ミューゼル個人にとっては、それこそが重要なのだ。

 一体どのような手を使って、レインを葬ったのか。

 エムが、あの少女がレインを蹶起に仕立てる為に生贄にした事はほぼ明白、だが肝心の証拠が見つからないのだ。

 

「一体……どんな手を使ったのかしら? 是非とも吐いてほしいものね……」

 

 拳を怒りのあまり強く握るスコール。

 それをオータムは慰めるように、スコールの震える拳を両手で優しく包み込んだ。

 

「ああ、是非とも吐かせてやろうじゃないか。場合によっては――――」

 

「ええ、もうあの子に用はないわ」

 

 そうだ、今まで利用価値があるからと監視用ナノマシンを用いて従わせてきたが、その監視用ナノマシンの監視すらすり抜け、このような真似をする悪童をこれ以上生かしておく必要はない。悪童は感染する、これ以上放置すれば目も当てられなくなる。

 事情を説明すれば、上も納得してくれる事だろう。

 あの少女を手元に置くリスクは、その得を遥かに上回るものであると、ここの大人達はようやく実感した。

 

 ――――もう容赦はしない。洗いざらい吐いてもらった後に、処分する。

 

 そしてとうとう、脱走した少年兵全員が、この基地に連れ戻された。

 

 

     ◇

 

 

『大丈夫?』

 

 些かこちらを心配し、焦っているかのような声が聞こえた。

 その声を聞き届けたエムは、ゆっくりと目を覚ました。

 

「……ここは、ああ。私は今眠っているのか」

 

 見覚えのある場所であることを悟ったエム。

 ここは、自分が前にあの場所で巨人、試作型エクスカリバーと繋がった時に来た空間だ。

 自分はあの後眠らされ、こうして意識だけがこの空間に飛ばされたのだ。

 

『うん。今電気椅子に座らされたまま眠らされている。眠る前の事、覚えている』

 

「ああ。手痛い拷問を何度もされた。スコールめ、よほど姪を奪われた事が頭に来ていると見える」

 

『ッ、大丈夫……なの?』

 

「どうとでもなる。『大人達』の所にいた時と比べれば、あの程度屁でもないさ。それより、其方は大丈夫なのか?」

 

『……うん。大人達は全員格納庫から出払って、あの子たちの居住区の閉鎖に人員を割いているみたい』

 

「なるほど、計画通りだな。目が覚めた頃には、あいつらは全員連れ帰られている頃合いだろう。あいつ等には言ってあるが、お前も覚悟はできているな?」

 

『うん。貴女となら何処までも』

 

 誰も知らず、認識できぬ空間で、そんな会話があった。

 

 

     ◇

 

 

 そして、ついにこの時がやってきた。

 エムが目を覚ました時、そこにはもう見慣れた殺風景な拷問室の光景があった。

 電気椅子に座らされ、身動きが取れない。

 力ずくで脱出するのはもう無理そうだ。

 

「目を覚ましたかしら?」

 

「……姉さんは?」

 

「貴女の姉さんはここにはいない」

 

「……みんな、戻って来た?」

 

「ええ、戻ったわ」

 

「ッ……」

 

 その事実を聞いたエムは失望したかのように項垂れる。散々な拷問で痛めつけられ、少女の精神は既に疲弊しきっているのだと、スコールとオータムは思った。

 少なくとも、唯の子供にやるような拷問でなかった事は確かだった。

 

「だけど諦めなさい。居住区は完全な監視下。武器も全部取り上げたわ。蹶起は不可能よ。

 本当にうまく行くと思ったのかしら、“隊長(コマンダー)”?」

 

 自分に付き従った少年兵たちを、ただいたずらに脱走させてその働きを無駄にしたエムの事を、スコールはそう皮肉る。

 エムはただ俯いて黙るだけだった。

 度重なる拷問により、その反抗的な精神は疲弊し、今では自分達大人に怯えるだけの、何処にでもいる少女に成り下がっていた。

 

「エム。貴方は本当に強くて、優秀な人材だわ」

 

 その言葉に、エムはピクっと反応した。

 その反応を見逃さなかったスコールはゆっくりと言葉を続けた。

 

「私達の目が行き届いていない所でも、必死にISの訓練をして、力を付けていたのは知っている。他の少年兵たちよりも先んじて任務に赴き、まもなくして私の部隊に配属された。私は貴女の事を買っていた」

 

 こちらに表情を見せず、俯いたままのエム。

 実際は何を考えているのかというと――――

 ――――ほら、またそうやってお前達は都合のいい言葉で私達子供を欺く。自分達のいいように駒にしようとする。肉親を失ったにもかかわらずこれじゃあ、最早滑稽だな。

 エムは度かなる拷問で精神を疲弊させるフリをしながら、あろうことか内心で未だに自分に都合のいい言葉を聞かせようとするスコールを嘲笑っていた。

 

「だから、こんな事をするのが信じられないの。確かに、ここに連れてこられたころの貴女の私達に対する態度は最悪だった。それこそ猛獣の檻に放り込んだ方がいいと思うくらいに。監視用のナノマシンを入れてからも、貴女が現在のように私達に従うようになるまで結構な時間もかかった」

 

 まるで昔を懐かしむか老人のようにその時の事を振り返るスコール。

 

「だから、教えて欲しいのよ。どのようにしてナノマシンの監視すらもすり抜けて、少年兵たちを扇動したのか……」

 

 目の光を閉ざし、スコールはエムに問うた。

 どのようにしてナノマシンの監視をすり抜けたのか、どのようにして少年兵たちを諭したのか、そこにレインの死亡事故は果たしてどのように関係しているのか。

 大体は想像が付くものの、レインに関してだけは、このエムの口からでなければ聞くことは出来ない。

 

「お前達は……」

 

 やがて、エムは口を開いた。

 

「お前達に従えば、姉さんに会わせてくれるって……」

 

 怯えた様子を見せながらも、はっきりとした抗議の意を乗せて、エムという少女は言った。

 

「そうね。だけど、それは今じゃない」

 

 確かに、そんな約束もしたな、とスコールは言う。

 だが、彼女と少女を会わせてあげられるのはまだ先の事であり、今では現状不可能な事。だが、自分達に従っていればいずれ少女が姉に出会える事は必然だった。

 それでも、少女はその約束が信用できなかったのか、はたまた待ち切れなかったのか。

 

「みんな戻って来た……お前たちに、連れ戻されて……私だけじゃない……みんな、帰りたがっていたのに……」

 

 エムが、怯えたようにすすり泣く。

 そこにはもう在りし日の少年兵たちの王であった少女の姿はなく、完全に怒った大人達に対して怯える子供であった。

 

「子供たちは完全な監視下に置いた。武器も全部取り上げた。蹶起はもう不可能よ。これからあの子たちは今までよりもずっと厳しい躾と訓練を強要されるようになるわね。……貴女のせいで……」

 

「ッ、それでもッ……どうしてもみんな、帰りたいって……」

 

 『貴女のせい』という言葉にビクリと肩を震わせ、言い訳をする少女。もはや今までの態度など見る影もないように見えた。

 少女の言葉を聞き、スコールはゆっくりと頷いて納得した。

 脱走した子供たちは、皆それぞれ自分の故郷に向かったか、故郷に向かう途中で迷子になったかのどちらかだった。

 仲間思いであるこの少女は、故郷に帰りたがった子供達を、何とかして返してあげたかったのだろうか。

 

「お家が恋しかった、ただそれだけなのね?」

 

 確認を取るように、スコールはエムの顔を除いて問い詰める。

 一見子供にやさしく聞いているように見えるが、実際はその肩に置かれた手には途轍もない力がこもっており、少女の痛みを伴わせた。

 

「ッ、……うん」

 

 痛みに耐えながらも、エムは素直に頷いた。

 それを聞いたスコールはさっそくもう一つの質問をしようとした。

 スコール・ミューゼルにとっては、ここから本題だ。何をどのようにして、どのような手段でレインを事故に見せかけて葬ったのか。

 体裁的に管理責任者は退任させたが、彼が悪くないことぐらいはスコールもオータムも知っている。

 それを聞こうとした時―――――

 

 

「フ、フフフ……」

 

 

 そんな、自分の発言を鵜呑みにするスコールを嘲笑うかのように、エムは笑いだしていた。

 先ほどのような、気弱い少女とは一転して、またスコールやオータムが知るいつもの悪童がそこにいた。

 

「部隊の将軍、P(プライベート)F(フォース)、親を殺した正規軍、いとこ、兄弟、両親……みんな殺したい相手がいたんだ」

 

 外へ出したのは、決してただ故郷に帰すためだけではないと、そう語るエム。

 エムは彼らを故郷へ帰すと同時、彼らの報復心も満たさせようとしていたのだ。自分と同じ大人達に対する恨みを持つ彼らに共感し、エムは復讐の機会を与えていた。

 

 突如、部屋が揺れ動き、振動が鳴り響く。

 

「ッ!?」

 

 その音は徐々に大きく、強くなっていく、スコールも、オータムも異変を感じとり、辺りを見回した。

 そんな彼女らにお構いなく、エムは笑いながらさらに続けた。

 

「だから言ったのさ。これが最後になるから悔いは残すなって」

 

 「……最後?」、と訝しげに問うスコールにお構いなく、エムは告白し続ける。

 まるで勝者の余裕を見せるように、勝利の告白を。

 

「連れ戻されたら覚悟を決めろって」

 

 そして、揺れはやがて衝撃と、音は小さな物から轟音へと変わる。

 間違いない、これは異常事態だと、スコールとオータムは冷や汗を流し、少女の方を睨み付ける。

 

 

「この世界中が敵になる!! ハハハハッ、アハハハハハハハッ!!」

 

 揺れが強くなると共に、その歓喜の笑い声も高くなってゆく。

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 エムの背後の奥にあった壁が、凄まじい爆発音を立てて、突き破られた。

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 その衝撃と瓦礫の数々が、スコール、エム、そしてガラス側の向こうで二人の様子を見ていたオータムにさえ襲い掛かる。

 瓦礫に突き破られたガラスの破片をもろに受け、オータムは血だらけのまま転倒してしまう。それでも、何とか致命傷だけは避けた。

 一方、その衝撃をモロに受けてしまったスコールは部屋の角まで体を吹き飛ばされ、壁に頭を直撃させ、その薄れてゆく意識を必死に保とうと踏ん張っていた。

 

 そんな二人の様子を嘲笑いながら、飛んできた瓦礫により拘束から解放されたエムは瓦礫と共に飛んできたISスーツを掴み取り、1秒たらずで着替え終わり、煙の中から出てきた鋼鉄の腕に飛び乗った。

 

「私は貴様らとは違う!」

 

 ひれ伏す二人を見下しながら、そう言い捨てるエムの体に、煙の奥から出てきた十数本のコードがエムのISスーツのブラグに接続されていく。

 

「私は自分の足で姉さんを葬りに行く。お前達にもう用はない」

 

 この力を手に入れた今、態々お前達に従ってやる義理もないと、エムは遠回しにそう言った。

 言い放つと同時、エムの身体は巨人の(アーム・ビット)ごと煙の中へと消え失せていく。

 

「こんの……待ちやがれぇッ、くそ餓鬼ィッ!!!!!」

 

 何とか意識を取り戻したオータムは全身に突き刺さったガラス片の痛みを我慢しながら、煙の中へ消えていったエムを追う。スコールもまた混濁する意識から回復し、オータムを更に追う。

 

 煙の中を走り抜け、晴天の空が見えたと同時、眼下の二人を見下ろす巨人がいた。先ほど壁が突き破られたのも、この巨人の仕業だったのだ

 

「試作型……エクスカリバー……」

 

 呆然とするように、隣のスコールが呟く。

 エムは既にその試作型エクスカリバーと呼ばれた巨人のコックピットに乗っているようで、その姿は見えなかった。

 

 呆然とする二人に更に追い打ちをかけるかのように、建物の下から大型の輸送ヘリが現れた。

 ヘリのパイロットは隣の助手席に座っている少年兵に銃を突き付けられており、更に此処からも運転席の背後から突き付けられた銃口が見えた。

 

 大型ヘリが旋回すると同時、その窓から大勢の少年兵たちが二人に手を振っていた。

 

「あの、餓鬼どもッ……!!」

 

 狼狽えるオータム。

 巨人が旋回し終わると同時、まだ閉じていないハッチの奥には展開したISを身に纏っている少女までもが何人かいた。

 今まで、ISを奪ってきた組織が、今度はISを奪われたのだ。

 

 ヘリのハッチが閉じられ、巨人と共に去ってゆく。

 まるで負け犬である自分達を嘲笑い、その勝利に酔うかのように、巨人はスコール達の方を向いたまま、ヘリを引き連れて基地から飛び去って行った。

 

 

 取り残される二人。

 ようやく、二人は悟った。

 ――――自分達は、嵌められたのだ。

 二人は、エムは6人の少年兵たちの脱走を“陽動”にし、その隙に他の大勢の少年兵たちによる蹶起を企てていたのだと思っていた。

 

 だが、実際は違う。

 

 蹶起そのものが、“陽動”に過ぎなかったのだ。

 全ては自分が試作型エクスカリバーに乗り込んで、仲間の少年兵たちと一緒に脱出をするための、陽動に過ぎなかったのだ。

 

 何故、エムがあの巨人を動かせているのかは分からない。

 だが、仮に搭乗していない状態でもあの巨人を動かせるというのであれば、全てが腑に落ちる。

 

 ――――レインの、死亡事故についても。

 

 全てに筋が通った。

 あの巨人こそが、エムが持ち帰らせた試作型エクスカリバーこそが、遠くにいるエムの意志により操作され、機材を落下させてレインを葬ったのだ。

 

 だが、今更分かった所で全てが遅すぎた。

 

 その真実に気付いたボロボロの二人は、去ってゆく巨人を見ながら、そのじわじわと染みて来る敗北感に打ちひしがれるしかなかった。

 

 

     ◇

 

 

 今日ほど、気分が昂った事はないだろう。

 巨人、試作型エクスカリバーのコックピットの中でエムは、いやマドカは、未だに歓喜の笑みを浮かべていた。

 

 勝った。

 そう勝ったのだ。

 自分はとうとう、あの大人達に勝つことができた!

 

 見下ろした時の、二人のあの呆然とした表情は忘れられる筈がない。あの二人の敗北感に塗れた表情は最高だった!

 

 ――――勝った! ついに勝った! 私達は自由になったんだ!

 

『うん。エムは自由。私も嬉しい』

 

 そんなエムを微笑ましい娘でも見るかのような口調で、巨人のコア人格はエムの脳内に語り掛けた。なまじ今は自分の身体(装甲)の中にいる分、余計も母性にも似た何かをマドカは巨人のISコアに抱かせた。

 

 ――――ああ、本当に間抜けな奴等だった! 少年兵たちに目が眩んで、勝手に動き出したお前への対処が遅れて、その隙にあいつ等に武器もISも奪われて、無惨に殺されて行って、ああ、そうだ! 『大人達』にもああしてやりたかった!

 

『あの子たちも、頑張った』

 

 ――――ああ。お前も、アイツ等もよくやってくれた。

 

『私に関しては、エムがうごかしただけだと思うけれど』

 

 ――――だが、お前がいなければそれもできなかった。今にして思うよ。あの任務で、お前と出会えてよかった。

 

『私も、エムと出会えて、嬉しかった』

 

 自分に会えてよかったと言って来る主に、コア人格もそう返した。

 自分と同じ、いやそれ以上の報復心を持つ者。それでいて、未登録ゆえ姉妹たちと話せず、孤独な時間を過ごしてきた自分を救い出してくれたマドカは、コア人格にとっては掛け替えのない存在となっていた。

 

「聞こえるか、ヴァン?」

 

 マドカは隣のヘリに乗っている一人の少年兵に通信で話しかけた。

 

『何、マ――じゃなくてエム』

「マドカでいい。大人達に呼ばれるのは癪だが、お前達ならギリギリ我慢できる。そういう約束の筈だ」

『で、でも、君はその名前が嫌いだったんじゃ……』

「仲間に気を遣われるのは更に御免だ。我慢してやるから、そう呼べ」

『わ、分かった。それで、これからどうするの? マドカ』

「お前達は予定通り、例の地点に向かえ。私は一旦お前達と別れて、これからドイツへ向かう。後で、例の地点で合流しよう」

『……何しに行くの?』

 

 

 

「新しい“兄弟達”を迎えに行く」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 ――――それから数週間が立った、亡国機業支部基地の司令室。

 

「オータム。エムの逃亡先がについて情報が手には入ったわ」

 

 少年兵たちの9割以上が脱走し、大勢の大人達が犠牲になったあの事件。

 その事件により意気消沈していた大人達、その中の一人であったオータムがスコールにより司令室に呼び出され、突如として放たれたその言葉に、オータムの顔つきは変わった。

 

「……一体何処に行きやがった」

 

「特定はまだ先だけど、脱走に使われたヘリのパイロットが色々話してくれた」

 

「それで?」

 

「試作型エクスカリバーとヘリはこの基地から離れた後、海上でそれぞれ別の方角に向かったそうよ。ヘリは真っ直ぐにアフリカ大陸に向かい、海岸線を超えて80キロほど離れた内陸に入った所で燃料が尽きた。少年兵たちはパイロットをダクトやテープでシートに縛り付け、そのまま去っていった」

 

「去った、だと?」

 

「ええ。メディックが発見した時には、脱水症状で死ぬ寸前だったそうよ。おまけに傍には自決用の拳銃までもが添えられていた」

 

「……悪趣味だな」

 

 脱水症状で苦しみ続けるくらいならば、いっそのこと楽に死にたいと思わせ、その手段を懐に置いていきながらも、縛り付けられた体ではどうしようもなかったという。

 マドカは、あのヘリにパイロットに最後まで生き地獄を味合わせるつもりだったのだ。

 

「それで、試作型エクスカリバー、いやあの餓鬼は何処に?」

 

「そうね、ここからが重要よ。試作型エクスカリバーはあの後、ドイツへと向かい、表向きでは廃棄された筈の軍事研究所を襲撃、そこで処分予定であった遺伝子強化体(アドヴァンスド)たちを逃がし、同地にあったヘリに乗せて仲間の合流地点に向かわせた」

 

「……仲間を増やしやがったのか、しかもドイツの遺伝子強化体……」

 

 そう、ドイツの遺伝子強化体計画は、元はと言えば織斑計画のデータがドイツに渡って実践されたもの。

 それによって生まれた彼らは、同じく織斑計画によって生まれたマドカからしてみれば兄弟も同然だろう。

 

「その後、試作型エクスカリバーは研究所に留まり、そこから決勝戦の始まり寸前であった第二回モンド・グロッソ大会の会場に向けて、主砲による砲撃を行った」

 

「……なんだと? いや、そういう事か」

 

 そうだ、あの少女は自分の(オリジナル)である織斑千冬に猛烈に執着していた。それが分かっていたからこそ、なのだ。

 

「ええ。だからこそ私たちは早めにあの子の動向を突き止める事ができた。会場の混乱に乗じた試作型エクスカリバーは、そのまま織斑千冬の弟を拉致。どこかへ飛び去って行ったそうよ」

 

「なッ!? ブリュンヒルデの弟、織斑一夏をか!?」

 

「ええ、おそらく、仲間の合流地点へ行ったものと思われるわ」

 

「あの餓鬼……本気で世界を敵に回す気かよ!?」

 

 全世界が注目する第二回モンド・グロッソ大会の襲撃。しかもそれに使ったのは、イギリスがその存在を消し去りたがり、しかもアメリカが猛烈に欲しがった禁忌の兵器。

 それが、混乱の中とは言え、その世界が注目する舞台の中で目撃されてしまった。

 

「ドイツ軍も巨人が飛び去った方角を基に、巨人の在処を探っているそうよ。ドイツだけじゃない、世界中が巨人を求めて捜索し始めている」

 

「……」

 

 そのあまりにも馬鹿げた行為に、オータムは出し抜かれた怒りよりも先に、呆れて項垂れてしまった。

 

『この世界中が敵になる!』

 

 あの時、あの少女は高々にそう宣言した。確かに、あのような兵器を手にする事は同時に、世界を敵に回す事と同義と捉えてもおかしくはない。だがあろうことかあの少女は、自分から嬉々としてそれを行ったのだ。

 もはや子供の反抗期なんていう可愛いというレベルで済む話ではない。

 亡国機業という人でなしの大人達の集団から見ても、あの少女は尚狂っていた。

 

「そして、たった今ドイツに潜らせた諜報班が入った。ドイツ政府にある脅迫メッセージが届けられたそうよ」

 

「……内容は?」

 

「『織斑一夏の身柄は此方が預かった。今から我々の要求を呑まなければ、先と比べ物にならない砲撃を其方へ食らわせる。多くの死人が出るだろう。そうなりたくなければ、おとなしく我々の要求を呑む事だ。

 

 我々の要求は、織斑千冬の遺体だ』、だそうよ」

 

 織斑千冬……すなわち前回のモンド・グロッソ大会に日本代表として参加し、見事優勝してブリュンヒルデの座に輝いた世界最強。

 そして、マドカという少女の恨みの原点であり、彼女のオリジナルである、織斑計画の産物。

 

「試作型エクスカリバーの使用と、織斑一夏の身柄を引き換えにして、世界最強の遺体を寄越せってか……幼稚にも程があんだろうよ」

 

「決着を付けるつもりなのでしょうね、自分の(オリジナル)と。しかも、世界を巻き込んで」

 

 ドイツ政府に関しては、突き付けられた要求だけではない。

 自分達の負の遺産である遺伝子強化体の存在が外に漏れる心配があるのだ。彼らこそ躍起になって、織斑千冬と協力して彼らの居場所を特定しようとするだろう。

 

「試作型エクスカリバーとヘリが向かった方角を基に、ウチの諜報班が捜索を絞り込んでいるわ。特定も最早時間の問題。だけど、もう一つ気がかりな事がある」

 

「気がかり?」

 

「近辺の村で『中空を行く巨人の目撃談』を聞きまわっている連中がいるらしいわ」

 

「まさか……」

 

 自分達と同じように、試作型エクスカリバーの存在を早くから知り、早期行動に移せる国といえば、思い当たるのは試作型エクスカリバーを共同開発したアメリカとイギリスだが、エクスカリバーの件で懲りているイギリスは積極性に欠ける。だとすれば、イギリスと違いなおも懲りずにエクスカリバーを求め続ける国。思い当たるのは一つしかない。

 

「そう。おそらくアメリカの特殊部隊、『名も無き部隊(アンネームド)』。私達と同じタイミングで早くも彼らの居場所の特定にかかっているわ」

 

 けれど、とスコールは続ける。

 

「アメリカだけじゃないわ。多くの国の特殊部隊が、いずれ彼らの居場所を特定するのも時間の問題。多くの国の部隊が、事前に手も取り合わずに、一つの地点に集まる。おそらくISも導入されるでしょう。

 間違いなく、『白騎士事件』以上の戦争になる」

 

 アラスカ条約上、ISの使用は禁止されている。

 だが、その了解を先に破って来た謎の集団がいるのだ。戸惑いもなく、自分達もISを持ち込むに決まっている。

 

「私達に与えられた任務は二つ。私達亡国機業の情報漏洩を防ぐ事。そして――――首謀者であるエムの抹殺よ」

 

 

 

 

 

 Operation” Kingdom of flies”……start

 

 

 

 

 

 

 

 




蠅の王国編、スタートです。

TPPのイーライって実際子供たちにどんな呼び名を使わせていたんでしょうね。マサ村落にいた頃はホワイトマンバで呼ばせていたようですけれど、蠅の王国ではまたホワイトマンバに戻ったんでしょうかねえ……?


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蠅の王国

 何も見えない、深い闇の中でその者達は生まれた。

 薄暗い試験管の中で生まれ、自分達が普通の存在でない事を知らされ、自分達を生み出した大人達の言う通りの命令を実行してきた。

 ――――遺伝子強化体(アドヴァンスド)

 彼らはそう呼ばれた。

 彼の最高の人類を生み出す計画、通称織斑計画のデータをドイツに渡って実践した結果生み出された人造人間(デザイン・ベイビー)

 元となった計画と同じく、優れた人類を生み出さんが為に生み出された彼らの中には、しかして自然ではなく人工的に生み出されたが為に、『失敗作』という烙印を押されるものが多くいた。

 今もこうして、生まれた時と変わらない薄暗い場所で、己の処分を待ち続ける銀髪の少女もその一人である。

 

 彼女に名前などは存在しない。

 代わりに与えられたのは、「遺伝子強化試験体C‐0037」という記号のみ。

 人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生み出された。

 ただ戦いのためだけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。

 

『今日から君の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 初めて、大人達から名前を付けられた。

 所詮識別コードでしかない筈なのに、ただ番号の付いた記号で呼ばれるよりも、何故だか昂揚した。

 それは一般に名前を持つ、自分達とは違う普通の生まれの子供達に対する憧れだったのか、それとも未だ知らぬ父性への飢えなのか。

 だが、何処となく、大人達に認められた。そんな気がしたのだ。

 

 名前を与えられた少女はより一層訓練に勤しみ、努力し、大人達の役に立ちたいと思った。しかし、大人達はそんな少女に死刑宣告にも等しい決定を下した。

 

『残念だ。君はもうラウラ・ボーデヴィッヒではない』

 

――――え?

 

『君はラウラ・ボーデヴィッヒにはなれかった。その名を背負うのに相応しい個体が新たに生まれた。君は、失敗作だ』

 

 失敗作、そう言われた途端、僅かな熱を帯びていた筈の心が、一気に絶対零度へと落ちた。血流も凍り付き、目は焦点が合わなくなり、筋肉組織に僅かな電気信号も通さない程に、呆然と佇んでしまった。

 

『さらばだ、遺伝子強化試験体C‐0036。君は実に惜しかった』

 

 とても本心から言っているとは思えない言葉を押し付けられたまま、大人達に連れていかれた少女は、この表向きは廃棄されたドイツの軍事研究所で処分を待つ身であった。

 いつ廃棄される時がくるのかは知らされていない、いや大人達にとっては知らせる必要などなかったのだろう。

 だが、それを理解する事は出来ても、いや理解できていたからこそ到底受け入れる事は出来なかった。

 

(……どうして?)

 

 光の届かない部屋の中で、少女はすすり泣く。

 

(頑張ったのに、どうして……)

 

 少女はラウラの名にふさわしくあるよう、その与えられた遺伝子を存分に振るい、相応の成果を残してきたつもりだった。

 その結果がこんな末路だなんて、到底受け入れられるものじゃなかった。

 

 だが、どんなに嘆いたところで現実は変わらない。こうして自分がもうじき処分される。

 いつ処分されるのかは分からないが、ラウラという名を剥奪された時点で、自分は既に死んでいたのだ。

 どんなに泣こうが、喚こうが、ラウラでなくなった時点で自分はもう死んでいるのだ。

 

 その名前を付けられた時に感じた温かみは、自分が抱いた幻想(ファントム)に過ぎなかった。

 自分に変わって新たにラウラと名付けられた遺伝子強化体C‐0037も、自分のようになるのだろうか。もしかしたらその彼女も既にラウラという名を剥奪されて、自分とは別の部屋で処分を待っている身かもしれない。

 だが、そんな事すらもうどうでもいい。

 

 自分は選ばれなかったのだ、生まれながらにして敗者として運命付けられた。ただそれだけの事だ。

 だから、もうどうでもいい。

 生まれた時から、私の世界はずっと暗闇だったのだ。名前という幻の光をチラつかされ、ずっとそれを追わされ続けてきた哀れな子ウサギ。

 自由などない。大人達の気分次第で自分達はいくらでも生み出され、その分だけ誰の目に知られる事もなく闇に葬られる。

 

 光をまったく通さない密室にて、少女以外の、その他数名の遺伝子強化体たちが皆、部屋の隅でガタガタと体を震わせていた。

 皆死ぬのが怖いのだ。

 人としての人権が与えられず、所詮兵器としてしか見られぬ運命である事を理解していながらも、それでも生きる者として死ぬのは恐かった。

 ここに来てからもうしばらく経つ少女は、そんな同類たちを見やり、最初は自分もそんな感じだったなと他人事のように虚空を見上げた。

 

 彼らの気持ちは痛いほどに分かる。

 自分もそうだからだ。

 だが、もうどうしようもないではないか。

 名前という光を見つけ、それに縋るように努力してきたのに、あいつらはそんな事をお構いなしに、私に無責任に名前を付けておきながら、無責任にその名前を奪った。

 努力とは、決して報われるものではない。

 そもそも、兵器として造られた私達に努力という概念など、本来ならば存在してはならないのだ。

 兵器は兵器、努力が才能を、精神が性能を超えられる訳がない。

 

 だから、もう何をしても無駄。

 幸いなのは、決して孤独に終わるわけではないというだけ。

 

 こうして大人達に処分されるであろうという恐怖を仲間たちと共有しつつ、死ぬことができるのだから。

 長く暗闇にいると、僅かな小さい光ですら拾えるようになってくるという話を聞いた事があるが、自分は大小の光は愚か幻の光(ファントム)をチラつかされ、それを掴むために必死にもがいてこの始末だ。

 

 もう、自分という存在がどうでもよくなった。

 憧れる存在もいない、欲しい名前もない。

 故に、焦がれる光などありはしない。

 

 この闇の中で、せめてもの救いとして仲間と共に死ねるのだと、そう思っていた時だった。

 

 突如として、轟音が鳴り響いた。

 周りの仲間たちはついに自分達が処分される日が来たのかと怯え、泣き叫んだが、一方で銀髪の少女は別の意味で驚いていた。

 

 悲鳴が聞こえるのだ。

 仲間たちの悲鳴ではない、大人達の悲鳴だ。

 

 仲間たちが処分される音ではなく、大人達が消し去られていく音。

 轟音は更に大きくなり、戦闘訓練を受けてきた遺伝子強化体の少女は、その音だけ外で起こっている事が戦闘ではなく、ただひたすらの蹂躙である事を察知した。

 

 他の仲間たちもその違和感に気付いたようだ。

 そして、少女も、そして仲間たちも、全員が確信した。

 

 ――――この研究所は今、襲撃を受けているのだ。

 

 とてつもない力を持った何かによって、外の大人達が次々とやられていくのだ。

 

「一体、何が……?」

 

 やがて、巨大な足音のようなものが聞こえてくる。

 そして――――

 

 

 自分達のいた部屋の壁が、突如として破壊された。

 

 

『ッ!?』

 

 今度こそ、今まで絶望のあまり表情を変えてこなかった銀髪の少女の顔に、驚愕の表情が浮き上がる。他の仲間たちについては言わずもがな、破壊された壁の外から、強烈な光が差し込んでくる。

 

(あれ、は……!?)

 

 久々の光を浴びるせいだろうか、いつもよりも眩しく感じる。

 いや、違う。

 物理的に眩しいのではない。

 

 光が、光が見えるのだ。

 焦がれるような、光が。

 

 銀髪の少女は即座に立ち上がり、崩れた壁から外の風景を覗いた。

 周りの仲間たちも、それに続いて恐る恐る外を覗く。

 

 そこには、大量の大人達の屍と、その屍たちの中心にいる、西洋の騎士のような風貌をした巨人がいた。

 それを見た銀髪の少女は、ソレに目を奪われた。

 

 他の部屋にいた仲間たちも、壊された壁から次々とその巨人を覗き込む。

 どうやらあの巨人は、自分達遺伝子強化体が閉じ込められている部屋の壁全てを壊していたようだ。

 

(あれは、IS……?)

 

 あのような巨人サイズのISなど見た事がないが、なんとなく『白騎士事件』で有名になった白騎士を彷彿とさせる見た目であった。

 しかし、同じ西洋の騎士の見た目でも、その風貌はまったく違った。

 巨大な剣を背中に背負った、西洋騎士の巨人。

 

 そこには銀髪の少女がまったく見た事のない、焦がれるような光が放たれていた。

 

「あれは、何?」

 

 何故、私にそのような光を見せつけて来るの?

 もう焦がれないと、決して追い求めないと誓った筈なのに……どうしてそんな追い求めたくなる光をアレは放っているのだ!?

 アレは、アレは一体……。

 

 そんな戸惑いを抱いていたら、巨人の胸の部分にあったハッチが開き、コックピットの中から人影らしきものが現れた。

 驚いた事に、現れた人影は自分達とそう年の変わらなさそうな少女だった。

 

 しかし、その少女を見た遺伝子強化体全員が、あの少女が只者でないという事を本能で悟る。だが不思議と、恐怖を抱かせるものではなかった。

 巨人の中から出てきた黒髪の少女は、壁が崩れた部屋の中から自分を覗き込む遺伝子強化体たちを見渡し、大声で呼びかけた。

 

「兄弟達よ!!」

 

 兄弟――――あの黒髪の少女は、自分達の事をそう表現した。

 何故だろう、見た事がない筈なのに、不思議とその言葉が腑に落ちてしまう。

 それくらいに、あの黒髪の少女には不思議な魅力があった。その存在感に、誰もが目を奪われていた。

 

「私はこの日をずっと待っていた! お前達と会えるこの日を!」

 

 力強く握った拳を掲げ、黒髪の少女は嬉しそうに天を見上げる。

 

「喜べ兄弟達! ここの大人達はたった今片付けた。お前達は自由だ!」

 

 自由、その言葉を、誰一人として実感するものはいなかった。

 当たり前だ。

 見ず知らずの人間に兄弟と言われ、更には自由だと言われても困惑するだけだ。

 

「私はお前達だ! 合成された遺伝子配列から作為的に作り出された歪な生き物! 身勝手な大人に生み出され、身勝手な大人達に散々弄られた!

 そうだ……私達は生まれながらにしてその遺伝子に呪いを込められた!」

 

 だが次の瞬間、彼らが少女の言葉に抱いたのは困惑ではなく、共感だった。

 冷たい鉄の子宮で生まれた。遺伝子配合に気を配り、遺伝子の海から作り出された。兵器として利用される事だけを強要され、望んだ通りの性能に少しでも及ばなかったが為に大人達から見捨てられた存在。

 それが自分達だった。

 もし自分達が普通の人間として生まれていれば、と考えれば、この遺伝子は最早呪いとしか考えられない。

 

「故にこそ、大人達は自分達が勝手に生み出した私達を、無責任にあってはならないものと比喩し、私達を生み出した責任も取らないまま塵のごとく闇に葬ろうとする! 理不尽に生み出した私達の存在を、奴らは、時代は受け入れてくれない!

 だが、お前達は本当にそれでいいのか!? 身勝手に生み出しておきながら、その負債を生み出した私達に押し付ける大人達に目にモノを見せずに終わって良いのか!?」

 

 終わって良い筈がない、と多くの者が心の中で叫んだ。

 だが、それを叫んだところでどうなるわけではなかった。

 だからいつの間に、ソレを口にするのをやめ、心の中に押し込めてきた。

 だが、巨人のコックピットから出てきたあの黒髪の少女は、もうそんな必要はないのだと言わんばかりに彼らに呼びかける。

 

「私達がどれだけ叫ぼうが、時代は、国家は、思想は、私達を受け入れなどしない! 生み出した責任を生み出された私達に押し付け、奴等は私達を葬りにやってくる!

 そんな私達が生き残るにはどうすればいいか? 作るしかない! 私達だけの居場所を! 私達だけの国を! 大人達のいない、思想にも捕らわれない、私達の避難所(ヘイブン)を!」

 

 声高にして、少女は彼らの心に訴えかける。

 

「兄弟同士は子を成さない、それにも関わらず助け合うのは何故だか知っているか? 同種の遺伝子を後世に伝えられる確率が高くなるからだ! 私達の遺伝子を、生み出した奴等は一つ残らず根絶やしにしようとするだろう!

 兄弟達よ、今こそ手を取り合い立ち上がるべきだ!」

 

 助かりたいのならば、生き残りたいのならば、滅さんとかかる大人達を全員殺すしかない。その為には力が必要だ。

 その力を手にするために、自分達だけの居場所を作るべきだ。

 

「さあ兄弟達! 既に新しい仲間達がお前達を待っている! 生の渇望がある者は、今ここに私の元へ集え!」

 

 再び握りこぶしを上へ掲げる黒髪の少女。

 暫しの沈黙の内、遺伝子強化体たちは恐る恐る、といった足取りで、崩れた壁の奥からやってくる。

 次々と、少女の駆る巨人の元へと集ってゆく。

 

「さあ兄弟たちよ、共に行こう」

 

 そんな様子を見ていた、かつてラウラになれなかった銀髪の少女もまた、ゆっくりと暗闇の中から出る。

 見上げた先には、焦がれる程の光がある。

 かつて彼女が焦がれた幻の光などではない、確かな光があった。

 

 それは天啓であり、同時に悪魔の囁きであるように聞こえた。

 

――――それでも……。

 

「私達は自由だ!」

 

――――付いて行ってみよう、この光に。

 

 かつてラウラになれかった少女は、仲間たちと共に、自分達を兄弟と呼ぶこの少女に付いて行く決心を固めた。

 

 

     ◇

 

 

 その日、世界は衝撃的な事実をこの目に焼き付けた。

 第二回モンド・グロッソ大会――――ISの第二世代機が世界各国で台頭してきた今、おそらく戦乙女(ヴァルキリー)たちの駆る第一世代機の最後の晴れ舞台となるであろう大会。

 ISのコアはその数が限られている。新しい世代機を開発するには、既存のコアを初期化して作り直さなければならない。

 戦乙女(ヴァルキリー)たちにしてみれば、己の相棒と共に戦える最後の舞台である選手たちがほとんどであり、例外はごく少数である。

 故に、その己の相棒との最後の時間を、彼女達は全力で振り絞り、競い合った。

 そしてその日も終末を迎え、とうとう決勝戦当日となった日――――突如として、空から極大のレーザー攻撃が降り注いだのだ。

 

 明らかにISのものよりも強力なソレは、会場一面を紅蓮の炎で包んでいき、決勝直前で熱気立っていたのが嘘であるかのように、悲鳴の連鎖が響き渡った。

 紅蓮の炎と煙で包まれる会場。

 最早試合どころではなく、逃げ惑う人々。

 緊急で駈けつけた消防隊員たちにより犠牲は最小限に抑える事ができたものの、おかげで第二回モンド・グロッソ大会の決勝戦は中止。

 観客が待ちに待ち望んでいた『日本代表 織斑千冬 対 イタリア代表 アリーシャ・ジョセスターフ』は当然中止。まるで今まで戦い、勝ち残り、はたまた敗れ去っていた戦乙女(ヴァルキリー)の戦いを丸ごと否定するかのような、そんな悪意があのレーザー攻撃には籠っていた。

 戦乙女たちとて、せっかく自分達を敗北に追い込んだ者同士の決勝戦であるにも関わらず、まるで今までの戦いを含めてそれらを丸ごと踏みにじられたような気分に陥っただろう。

 だがその事件は、決勝戦出場予定だった世界最強(ブリュンヒルデ)にして日本代表の織斑千冬に、それすらどうでもよくなるような、凶報が届いた。

 

 ――――弟の、織斑一夏が行方不明になったのだ。

 

 その報せを聞いた織斑千冬は居ても立っても居られず、ISを使っての観客の避難を完了させた直後に会場中を己の愛機である暮桜のスラスターで駈け廻ったが、弟の影は何一つとしてなかった。

 途方に暮れた千冬はドイツ軍に協力を要請。

 その調査の結果、避難民の一人であった女性から気になる証言が見つかった。

 

 ――――煙でよく分からなかったが、背中に剣を背負った巨人らしき影が見えた気がする、と。

 

 この後、その中に浮く巨人の目撃談が十数件に見つかり、一夏の誘拐事件と関係があるのかと思われたその時――――ドイツ政府に、ある脅迫メッセージが届いた。

 

『織斑一夏の身柄は此方が預かった。

 今から我々の言う要求を呑まなければ、先とは比べ物にならない程の砲撃を其方へ行う。無論、人質の命もない。

 

 我々の要求はただ一つ  織斑千冬の遺体だ』

 

 そのメッセージを受け取った政府は、至急ドイツ軍を通じて千冬にその事を連絡した。

 意地悪な要求にも程がある内容だった。

 此方は向こうの居場所を知らず、しかも要求を呑まなければ先ほど会場を襲ったレーザー砲撃とは比べ物にならない程の砲撃を行うとのこと。

 しかもその要求は織斑一夏の身柄と引き換えに、織斑千冬の遺体を寄越せとのことだった。

 しかもドイツ政府にとっての凶報はそれだけではなかった。

 つい先ほど、表向きは破棄した軍事研究所が巨人の襲撃に合い、大量の遺伝子強化体(アドヴァンスド)たちが脱走したとの事だった。

 

 つまり、モンド・グロッソ会場に向けて砲撃を放ち織斑一夏を攫った犯人と、軍事研究所を襲った犯人は同一人物。

 犯人は、要求を呑まなければ遠回しに自分達の暗部である遺伝子強化体計画を表沙汰にするとも言っているのだ。

 

 しかも要求が要求なだけに、一歩間違えれば日本政府との関係すら危うくなってしまう。

 焦燥に駆られたドイツ政府はドイツ軍に命じ、織斑千冬と協力して犯人の居場所の特定を依頼した。

 なりふり構っている場合ではない。

 自国領の危機、自国の暗部が暴かれる危機、他国との関係悪化の危機、それら三重の危機にドイツは今晒されている。

 

 織斑千冬と、ドイツ軍による犯人の捜索が始まろうとしていた。

 

 

     ◇

 

 

 諜報班の調べにより、ついに亡国機業はマドカたちの居場所を突き止める事ができた。スコールはさっそくオータムとその他の部下達をブリーフィングルームに呼び、モニター画面を使って作戦の詳細を説明していた。

 

「ついにあの子の居場所が分かったわ。基地から脱走した少年兵たち、研究所から脱走した遺伝子強化体たちを乗せたヘリ、そしてモンド・グロッソ会場を襲撃して織斑一夏を攫った試作型エクスカリバーは、中部アフリカの塩湖に浮かぶ島で合流、彼らはそこを拠点としている」

 

 そう、全ては最初から計画されていたものだったのだ。

 決行日を第二回モンド・グロッソ大会の決勝日に、全ては織斑一夏を攫い、織斑千冬を誘い出して、決着を付ける為。

 

「あの島には現在、様々な暗部が犇めいているわ。一つは私達に繋がる情報を持つ少年兵たち、イギリスとアメリカが裏で共同開発した試作型エクスカリバーという禁忌、ドイツの遺伝子強化体、そして例の計画の産物である織斑一夏とエム……いえ、織斑マドカ」

 

 スコールはエムの呼び名を訂正し、ハッキリと、強調するようにあの少女自身が忌み嫌う名を呼ぶ。もはやあの少女は亡国機業の一員ではない。態々気を遣ってコードネームで呼んでやる必要もない。だが、一部の者にはそれは逆効果であったようだ。

 席に座っていたイヴが、ビクっとその名前に反応し、途端に委縮し始めた。マドカに手も足も出ずに完敗したトラウマが残っているのだろう。

 イヴだけではない。この基地の大人達のほとんどが子供不信か、子供恐怖症に陥っていた。基地の少年兵たちの9割以上がマドカの蹶起に参加し、多くの仲間たちを殺され、武器もISも奪われた。唯一、ここ亡国機業に純粋な恩義を抱いて蹶起に参加せずに残った僅かばかりの少年兵たちに対しても怯えを隠さない程である。

 それに対して溜息を吐きつつも、スコールは説明を続けた。

 

「そう、あの子は名実共に世界を敵に回した事になる。それと、あの島周辺を捜索していた諜報班の何人かが息を引き取ったわ。現地に来ていた名も無き部隊(アンネームド)も似たような症状で息を引き取ったそうよ。

 死因は、細胞壊死」

 

『ッ!?』

 

 その言葉に、誰もが驚愕して顔を上げる。

 

「倒れた諜報班のメンバーの共通点は、ガスマスクをしていなかった。つまり、あの島には人間に対して有毒な物質が空中に蔓延している」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 話しを聞いていたスタッフの一人が慌てて立ち上がり、スコールに問い詰めた。

 

「その有毒な物質とは何ですか!? もしそうであるとしたら、アイツ等だって無事じゃないんじゃあ……」

 

「おい座れ。スコールの話はまだ終わってねえぞ」

 

 隣にいたオータムが立ち上がったスタッフを宥め、席に座らせる。

 続けてくれと、オータムはスコールに促した。

 

「そしてその有毒物質を分析した結果、ある事が分かったわ。これを見て頂戴」

 

 スコールがモニターの画面を切り替える。

 そこには、イギリスの山頂部でマドカとあの暴走した巨人、試作型エクスカリバーによる死闘が繰り広げられている場面が写っていた。

 スコールがマドカに試作型エクスカリバーの回収をサポートしていた時のモニター映像だ。

 

「映像当時の環境記録を分析した結果、この戦場でも、同じ物質が試作型エクスカリバーを中心に蔓延している事が分かったわ。

 おそらくは操縦者の意志をBT兵装に伝える為の触媒、かつBTエネルギーの元となる物質……BT粒子」

 

「で、ですが……我々の諜報班がイギリスから持ち帰った情報によれば、BT粒子にそんな作用は見当たらないと……」

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)……それしかねえな」

 

『ッ!?』

 

 察して、それを口にしたオータムの言葉に、全員が硬直する。

 BT兵装は操縦者のイメージに反応して動く兵器。その触媒となるBT粒子は、試作型エクスカリバーから発せられるソレは、操縦者であるマドカの『大人達に対する憎しみから来るイメージ』を具現化させ、それを単一仕様能力として発現させた。

 

「そう、今や試作型エクスカリバーから発せられるBT粒子は、大人達に対する大量破壊兵器と化した。ちなみにこれは、島周辺で確認された物質の拡大映像よ」

 

 モニター画面を切り替えると、そこには眩い光を放つ蠅のような形状の物体があった。

 

「これは……蠅?」

 

「ええ。正確にはBT粒子そのものが大人達を駆逐するのではなく、多量のBT粒子が集まってこのような蠅の姿を形取り、疑似的なナノマシンとなって大人達の体内に入り込み、“感染”する」

 

 その恐ろしさに、大人達はただ呆然とするだけであった。

 単一仕様能力が発現するのは通常は第二形態に移行してからだ。少女の試作型エクスカリバーの搭乗時間から計算して、二次移行に至れるとはとても思えない。

 つまり、最低でも一次移行でこの単一仕様能力を発現したという事になる。ここまでくると、末恐ろしいなんてものじゃなかった。

 

「マドカたちはこれを使って島から大人達を追い出し、子供達の王国を築き上げた。まるで『蠅の王』よ。彼らは豚の首の代わりに試作型エクスカリバーを祭り上げ、蠅の代わりにこのようなBTナノマシンを沸かせている。

 さしずめ、『蠅の王国』とでも名付けるべきかしら」

 

 故に、現地に赴くにはガスマスクを装備、もしくは体内にナノマシン抑制剤を投与してから行くのが望ましい。

 アメリカの名も無き部隊(アンネームド)も、その他の国もこれに勘付き次第、ガスマスクを装備させた部隊を派遣するだろう。

 亡国機業も例外ではない。

 

「彼らは織斑一夏の身柄と試作型エクスカリバーの使用と引き換えに、ドイツ政府にこう要求している。……要求は『織斑千冬の遺体』だとね」

 

そのあまりにも命知らずな要求に、誰もが息を飲む。そんな要求などまず不可能。これは要求でもなければ、脅迫でもない。言うなればそれは織斑千冬に対する、宣戦布告と同義であった。モンドグロッソの二連覇を潰し、その世界最強に対しての宣戦布告であった。

 

「……一つ、質問していいですか?」

 

 挙手をし、スコールに問いかけたのはイヴだった。

 

「何かしら?」

 

「先の、マドカが巨人奪還任務に赴いた時の映像と、砲撃を受けるモンド・グロッソ会場の映像を見せて頂けませんか? 同時で構いません」

 

 イヴの要望通りに、スコールはその二つの映像を同時にモニターに映した。

 同時に、イヴは疑問を口にした。

 

「その……此方の映像では、主砲のレーザー攻撃は真っ直ぐに空に飛んでいる筈なのに……何故モンド・グロッソ会場の空から、主砲のレーザーが降り注ぐのでしょうか? 主砲はドイツの軍事研究所の地上から発射された筈……それなのに、何で……」

 

 イヴの疑問を聞いた周りも、その不自然さに気付いた。

 試作型エクスカリバーの奪還任務で、暴走した試作型エクスカリバーがマドカに向けて発射した主砲レーザーは真っ直ぐに蒼穹を撃ちぬき、大きな雲群に大きな風穴を開けている。

 もしこの映像のように、軍事研究所から会場に向けて発射したのなら、その極大レーザーの射線上にある山々や町なども巻き込まれている筈なのだ。

 しかし、実際、巨人の主砲から放たれた極大レーザーは空から降り注ぎ、会場だけを焼き払った。

 

 全員が息を飲み、スコールの回答を待つ。

 スコールは、イヴのその察しの良さに関心した。これも説明するつもりだったが、先にイヴが疑問として投げかけてきてくれた。

 その、あまりにも最悪な答えを、スコールはスゥ、と息を吸ってから答えた。

 

「おそらく……BT兵器の高稼働時に可能な偏光制御射撃(フレキシブル)。搭乗して間もなく、習得したとしか考えられないわ」

 

 まるで先制核攻撃の恐怖の再来のようだと、誰もが思った事だろう。

 あのような威力のレーザー砲撃の弾道を、意のまま操ることができるという恐ろしさ。

 もはや、試作型エクスカリバーは開発された当初とは別物になっている。

 稀代の報復心と稀代のBT適正を持つマドカが操縦者になった事により、兵器として使い物にならぬと捨てられた頃とは違い、大人達に対する大量破壊兵器と化し、いつどこからでも好きな場所にアレ程の威力の砲撃を撃ち込める殺戮兵器と化した。

 直接戦闘ではビットと巨大な剣による圧倒的戦闘能力を誇り、距離を取れば主砲に変形した剣から放たれる、弾道を自在に曲げられるレーザー砲撃の餌食となる。

 最早完成機エクスカリバーの脅威すらも上回る怪物(ビースト)と化していた。

 

――――無理だ……勝てない。

 

 多くの者達が項垂れ、早くも諦めようとする。

 世界を敵に回したといえばまだマシに取れるが、正確には違う。

 イギリス、アメリカ、ドイツは、実際は島に蔓延る己の暗部が外に漏れるのを恐れて、マドカ側の勢力は愚か、単純にモンド・グロッソでの横槍に怒った他の国から派遣されてきた部隊にも銃を向ける事だろう。

 実際は、三つ巴はおろか、四つ巴すら生ぬるい混戦に陥る事は確実だった。

 

 しかも白騎士事件とは違い、戦場となるのは海上ではなく地上。

 その被害も白騎士事件とは比べ物にならない位の甚大なものになるはずだ。

 

――――おそらく、この戦いに勝者など存在しない。

 

 一番最初に特定に漕ぎつけるのはおそらくアメリカ、時点でドイツ。この時点でもう三つ巴だ。お互いの暗部の漏洩を恐れ、互いの事情も知らぬまま削り合う。

 しかも、戦場となる場所は、国連からもれっきとした国として認可されている国の地域だ。表向きな国際問題にも発展する。

 最悪、世界が割れてもおかしくはない。

 勝者はおらず、敗者しか残らない。

 

 いくら少年兵たちからの情報漏洩を防ぐのが目的であるため、態々その戦いに首を突っ込もうと思う程、ここの大人達はバカではなかった。

 

 結局、スコールとオータム、この二人を除いて誰一人としてこの任務に参加する意志を見せるものはいなかった。

 二人は、ソレを止めようなどとは到底思わなかった。

 ……そもそも、実の姪を監視役として送り出し、逆に生贄として利用され、少年兵たちの反乱を起こされてしまった責任の一端は、スコールにある。

 それを言うのであれば、そもそも最初にスコールに白黒狼(モノクロ)の捕獲を命じた上層部が原因なのだが、言ってしまえばキリがない。

 

 今回の一件で、スコールは亡国機業内での立場がかなり危うくなっていたのだ。

 

 

 

 

 




スカルフェイスが見たら喜びそうな光景だぁ……(しみじみ

ラウラになれなかった銀髪の少女、一体、『何エ・何ニクル』なんですかね(すっとぼけ)


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嵐の前の平穏

アズレンで三笠BBAが来てくれたので投稿です


 あの村落で、奉った豚の生首の前でふんぞり返っていた頃の話だ。

 『大人達』の所から逃げ出した私は、『大人達』から叩き込まれた知識を頼りにアフリカの地をうろつきながら食いつなぎ、あの村落までやってきた。

 そこで私はある物を見た。

 反政府勢力のP(プライベート)F(フォース)がアフリカ中から攫ってきた子供達をこの村落に集め、自分達の手駒にすべく彼らに銃の使い方を教えていた。いや、教えていたのではない、押し付けていた、叩き込んでいた。

 その光景はまるで、あの『大人達』が私にしていた事を彷彿とさせた。

 あの大人達もまた同じだった。

 こうしろああしろと、そのためにその技術を身に付けろ、知識を身に付けろ、お前はこうあるべきだという一種の洗脳をあいつらは私に押し付けてきた。

 私は彼らの要求に応えようと精一杯務めた、だが、あいつらは結局私を『失敗作』だの『世界から愛されていない』などと、一方的な同情を押し付けて来た。その挙句の真実が、私自身の出生だ。

 私の遺伝子をまさしく、オリジナルから、大人達から授かった呪いだ。この身に叩き込まれた、大人達から与えられた全ては呪いなのだ。

 

 そうだ、あの大人達も同じなのだ。

 あいつらもいずれ、あの子供達にうまい銃の使い方も教えられず、その結果を自分ではなくあの子供達に押し付け、『使い物』にならぬと罵倒するに違いない。大人達とはそういう生き物だ。

 何故かって? 『大人達』がそうだったからに決まっている。

 

 私は決めた。

 あの子供達を、あの大人達から奪ってやろう。

 いや奪うのではない、その自由をあいつ等に帰してやらねばならない。

 私は訓練を強いられる子供達を一人零さず見渡し、誰がどの役割に適し、それが戦場においてどのように役立つのかを見抜いた。

 大人達にそれを見抜けている様子はない。

 

 ほら、この時点で一目瞭然だろう?

 

 誰があいつらを率いるに相応しいか。

 そうだ、あいつらはあの大人達にはもったいない。まさしく宝の持ち腐れだ。

 あいつらを、私の軍隊にしたい。

 

 大人達に反抗する、大人達を滅さんとする、大人達を一人残らず駆逐する。そうだ、アイツ等を私の同士にしたい。

 きっと分かってくれるはずだ。

 あいつらは訳も分からずあの大人達から家族と引き離され、ああやって望みもしない訓練を強いられている。あいつらならきっと私の事を分かってくれる。何故なら私があいつらの事を理解しているからだ。

 

――――大人達は、私達の敵だ。

 

 そう決心したが吉日、その思いを胸に実行に移した。

 深夜に大人達に奇襲をかけ、音もなく殺し、油にまみれた川や沼に投げ捨てた。私はしばらく身を隠し、あいつらの動向を観察した。

 

 観察したのは、それは私の判断が正しかったかどうかを確かめるためだった。

 あの大人達は本当にアイツ等に対して必要な事を教えられているのか。一人で判断し、立派な戦士となるべく教育できているのか。

 ここで確信に至った。

 銃の扱いしか教わっておらず、狩りの仕方も、植物の見分け方も、組織の運営すらもろくに教えられていなかった。

 私が正しかった。大人達はあいつらに銃の扱い方しか教えていない。それ以外は碌に教えていない。

 あの大人達は、あいつらに自分に都合のいい事しか教えていないのだ。

 

 そうだ。私が教えてやろう。

 

 確信を持った私は、あいつらの前に現れた。

 呆然とするあいつらに構わず、まずは一番前にいた奴に正しい銃の使い方を教えた。この狙い方では人は撃てても野生の豚は撃てない。構えるだけでなく、常に標的を捉えるようにしておけ。

 お前は料理係だ。お前は魚を裁け。お前は狩猟班だ。そしてお前は――――。

 適材適所、それぞれが適した役割に配置を置き、それはやがて小さな国となった。王は勿論私だ。誰もが私が王である事に疑問を抱かなかった。

 帰る家がある奴は帰れ、強制はしない。そう言ったが、あいつらはやはり私に着いてくるようだ。

 その日から、私はようやくこの『大人達』から貰った名前を捨て、白黒狼(モノクロ)となった。

 その日から毎日が充実していた。近辺の大人達から奪い、ソレを自分達の糧とする。

 私は、いや私達は、とりあえずここの大人達全員を殺して、追い出してやろうという野望を立てた。私達は大人達に使われる子供じゃない。大人の都合で使いッぱしりにされるのはもう二度と御免だ。

 蠅の集る豚の生首をシンボルとし、周囲の大人達を蹂躙し続けた。

 だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 

 大人達がやってきたのだ。

 

 ISまで持ち出してきたその大人は私の城を破壊し、逃げ惑うあいつらに掴めた私を見せつけ、私を、私達の国を完膚なきまでの敗北に追いやった。

 城も、シンボルであった豚の生首もどうなったか分かったものじゃない。運よく潰されず、そのまま集る蠅に食いつくされたかもしれないし、瓦礫に潰されて跡形もなくなってしまったかもしれない。

 

 そうだ。私は白黒狼からまた『織斑マドカ』へと戻ってしまった。

 

 私を連れ去った大人は、やはりというべきから私に隷属を求めた。監視用ナノマシンというケッタイなものまで用意する辺り、『大人達』よりも随分と用意周到だ。

 だが、その程度で止まる私ではなかった。

 子供達を焚きつける為、私はそこの少年兵たちを集めた。

 彼らを、あの大人達から解放し、私の同士とするため。

 演説は成功した。誰もが私の言葉に賛同し、武器を手にして立ち上がろうと意気込んだ。

 ……そして、そこに横槍を入れて来る邪魔者の存在も、また織り込み済みだった。

 

「コイツ等を集めて何を企んでいるかと思えば、そういう事かよ」

 

 少年兵たちの中に紛れ込んでいた褐色の少女、レインが私に食いかかる。

 やはり、とこの女が私の思い通りに食いついてくれたことに、私は思わず口角を釣り上げた。そのまま何も告げずにスコールに報告すればいいものを、監視者という立場にいながらこいつ等に中途半端な情を抱いているこの女ならば食いついてくると思ったからだ。

 

「おいお前ら!」

 

 私に代わって、今度はレインがあいつ等に呼びかける。

 私がしようとしている事は、ここの大人達と何ら変わりないと。さもあいつらの事を理解しているかのように言う。

 自分が嵌められているとも気付かず、アイツ等を引き留めようとする姿はさも滑稽であったが、いつまでもコイツの言葉を聞かせる訳には行かない。

 さあ、反撃と行こうか。

 

「何も知らぬ者が言っても何の説得力もないぞ、レイン、いや――――レイン・()()()()()

 

 難しく考える必要はなかった。ただあいつ等の前で、この女の本名を口にしてやる。それだけで効果は絶大だった。

 スコール・ミューゼルの名はここの少年兵たちの間でも有名だ。それと同じ姓を持つコイツに疑念を向かない筈がない。

 

 絶句、と言わんばかりの表情でレインは私を見る。

 さあ、今までこいつ等を騙してきた報いを、ここで受けるのだ! 大人達の奴隷風情が!

 

「貴様はいいな、レイン。私やこいつ等と違って、お前にはここに肉親がいる。お前の将来を保証し、守ってくれる大人がいるんだ。」

「……ッ!!」

「おいお前達。コイツの言葉をもっと聞いてやれ。コイツには自分が守ってくれる大人がここにいる。コイツの将来を保証し、それを守ってくれる大人がいるんだ。しかも亡国機業の幹部だ。そのレインさまが、有難い言葉をくれてやるそうだ」

 

 あいつ等に、そのように呼びかける。

 それだけでレインはもうあいつ等にかける言葉を失くしていた。

 

「さあ、言ってみろレイン。肉親に恵まれたお前が、家族に売られた、または家族と死に別れ、はたまたここの大人達から家族と引き離されたこいつらに、お前は一体どんな言葉を送る?」

「……やめろ」

「自分の言葉に責任を持つべきだぞレイン。お前がコイツ等を引き留めるというのなら、言って見せろ。お前の肉親、スコールに、お前達を守るように頼んでやると。スコールは幹部だ。お前はこの基地においてこれ以上にないコネを持っているんだ。

 さあ、言って見せろ」

「……黙れっ……!」

「それとも、お前の肉親はやはりお前しか守らないか? そうだな。子供を産めない負け犬であるアイツにとって、お前は同種の遺伝子を持つ唯一の肉親。同種の遺伝子を唯一残せる手段だ」

「これ以上、叔母さんをそんな風に言うんじゃねえっ!!」

 

 ほら、自分から自白した。

 よりもよってスコールの事を叔母さんと、レインはあいつ等の前で自白した。もう勝敗は決した。こいつは自分から「私は大人達の手先です、貴方達を騙していました」と自白したようなものだ。

 もう、レインの言葉に傾く者は、アイツ等の中にいなかった。

 それからレインはもう一度、アイツ等を引き留めようと呼びかけたが、もう届かない。

 無駄だレイン。あいつ等はお前達とは違う。お前はあいつ等の事を理解できない、してやれない。

 お前の言葉は最早何の意味を成さないのだ。

 

「叔母に、スコールに報告させてもらう。手前らはもうどの道終わりだ……!!」

 

 勝ち目がないと分かったのだろう。

 そう言い残してレインは去っていった。馬鹿な奴だ、最初から何も言わずにそうしておけばいいものを。

 だからお前は私に利用されるんだ。

 

 さあ死ね! こいつ等の味方にもなり切れず、大人達の奴隷にもなり切れなかった半端物は今ここで死ね! せめてソレで私達の役に立って見せろ!

 

 目論見通り、レインは私の役に立ってくれた。あいつ等の大人達への不信感を煽るのにこれ以上ない生贄だった。

 そして、蹶起は成功した。

 私達は大人達の所を抜け出し、再び自由を手にした。

 

 巨人のコックピットに跨り、大人達から一本取ってやった事に優越感を見出しつつ、先の目標を見定める。

 そうだ、まだ終わっていない。この世界の大人達を、憎き姉を葬るまではまだ終われない!

 

 あいつ等を先に行かせ、私はドイツの表向きは廃棄された軍事研究所へ向かった。兄弟達を迎えに行くのだ。

 研究所の大人達を笑いながら殺した。全部殺した。

 大人達の亡骸が散乱する床の真ん中に巨人を着陸させ、私をそいつ等に呼びかけた。

 

「兄弟達よ!! 私はこの日をずっと待っていた! お前達と会えるこの日を!」

 

 ドイツの遺伝子強化体(アドヴァンスド)――織斑計画の流れを組む者達。

 彼らは、私の兄弟だ。多くの犠牲の末に生まれたという意味でも、彼らはまさしく私の同胞だ。

 

「私はお前達だ! 合成された遺伝子配列から作為的に作り出された歪な生き物! 身勝手な大人に生み出され、身勝手な大人達に散々弄られた! それが私達だ!

 そうだ……私達は生まれながらにしてその遺伝子に呪いを込められた!

 

 故にこそ、大人達は自分達が勝手に生み出した私達を、無責任にあってはならないものと比喩し、私達を生み出した責任も取らないまま塵のごとく闇に葬ろうとする! 理不尽に生み出した私達の存在を、奴らは、時代は受け入れてくれない!

 だが、お前達は本当にそれでいいのか!? 身勝手に生み出しておきながら、その負債を生み出した私達に押し付ける大人達に目にモノを見せずに終わって良いのか!?

 

 私達がどれだけ叫ぼうが、時代は、国家は、思想は、私達を受け入れなどしない! 生み出した責任を生み出された私達に押し付け、奴等は私達を葬りにやってくる!

 そんな私達が生き残るにはどうすればいいか? 作るしかない! 私達だけの居場所を! 私達だけの国を! 大人達のいない、思想にも捕らわれない、私達のヘイブンを! 

 

 兄弟同士は子を成さない、それにも関わらず助け合うのは何故だか知っているか? 同種の遺伝子を後世に伝えられる確率が高くなるからだ! 私達の遺伝子を、生み出した奴等は一つ残らず根絶やしにしようとするだろう!

 兄弟達よ、今こそ手を取り合い立ち上がるべきだ!

 

 さあ、共に行くぞ。私達は自由だ!」

 

 兄弟達は、私に着いてきてくれた。またしても同志が増えてくれた。大人達のいない、子供だけの国も最早夢じゃない。

 兄弟達をヘリに乗せ、アイツ等と合流させに行った。直に私も其方へ行く事となる。だが、まだやる事が残っている。

 

――――行くぞ、祝砲だ!

 

『うん!』

 

 巨人の背中にマウントしていた剣が形を変え、その刀身を展開し、高度エネルギー収縮砲『エクスカリバー』へと姿を変える。

 狙いは、第二回モンド・グロッソ大会の会場。

 

――――プロト・エクスカリバー……発射!

 

 そうこれは祝砲だ。大人達のいない、私達子供だけの国。その建国を祝っての祝砲だ。

 接敵する筈だった山を避け、高度に圧縮された極大レーザーはその弾道を変えながら、空へと飛びあがり、モンド・グロッソ会場へ一気に降りかかった。

 

『目標、命中。すごい、もう偏光制御射撃を使えるようになったんだね』

 

――――当然だ。私を誰だと思っている? 私はお前の操縦者だ。

 

 巨人のコア人格からの賛美にそう返答し、煙と炎が舞い上がり、混乱した会場の中に飛び込む。

 そして、そこにいた。

 逃げ惑う観客の中、ただ一人姉の名を呼びながら助けを求める、私と同じ年頃の男の子がいた。間違いない。

 

「探したぞ、兄弟!」

 

 織斑一夏――織斑千冬が共に『大人達』の所から抜け出し、唯一大切にしている姉弟だ。

 逃がしはしない。煙に紛れた巨人の手が、織斑一夏の身体を掴み取った。

 周りがなにやら騒いでいるが、もう手遅れだ。

 

 もうここに用はない。

 気絶した織斑一夏をコックピットの中に入れ、私は会場を後にした。

 

 アフリカ中部の塩湖に浮かぶ中島――そこが合流地点だ。

 島に到着してみれば、既に同胞たちが集まっていた。

 亡国機業の基地から共に脱走した同胞たち、ドイツの研究所から連れてきた兄弟達。

 そして――私達の兄弟の一人、織斑一夏の身柄。

 

 準備は万端だ!

 

 さあ勝負だ姉さん。

 私は貴女を殺す事で、貴様の遺伝子をここで否定する事で、自らの原点を超える!

 

 

     ◇

 

 

 いつの間にか寝てしまったようだ。

 ここ最近はずっと働き詰めだった。

 まずはあの亡国機業の基地で、監視用ナノマシンのバッテリーが薄れる時間を何度も計算し、その度に少年兵を一人ずつ焚きつけては、それに平行して蹶起の準備を進める日々だった。

 バッテリーの補給班が来るまでの合間の時間、その間だけは寝る間も惜しまず準備を進め、しかも大人達から与えられる任務もこなしながらのハードワークだった。しかも基地から抜け出した後もかなり動いた。

 島に到着し、同胞たちや兄弟達と合流した後も、それぞれの役割分担や配置、見張りなどの役目を一人一人に割り当て、組織の運営も行っていった。

 そんなハードワークを寝る間も惜しんで続けたため、さすがに倒れてしまったようだ。

 

 幸い、巨人のコックピットの中は寝心地がよかったため、すぐに疲れは取れた。

 

『よく寝た?』

 

――――ああ。ここまでぐっすり眠れたのは何時ぶりだろうな。

 

 恥ずかしい事に、巨人のコア人格は自分の体内で眠る自分の寝顔をずっと見ていたようだ。ちょっとした羞恥の感情に苛まれながらも、マドカはコックピットのハッチを開け、外の様子を見る。

 

 見下ろせば、そこには自分の王国が広がっていた。

 亡国機業の基地から共に脱走してきた少年兵たちと、ドイツの研究所から連れてきた遺伝子強化体の子供達は、早い段階で打ち解けていた。

 

 皆それぞれが釣りや狩り、罠作成などの作業を平行して行っている。遺伝子強化体を乗せた輸送ヘリにはIS専用の格納庫が設置されており、亡国機業の基地でその手について学んだ少年兵たちがメンテナンスに回っている。

 遺伝子強化体達は銃のメンテや射撃訓練、もしくは暇を見つけては初めて会った同い年の者達と遊んでいる。

 

 皆、自由を感じているのだ。

 それを実感したマドカは、大きく息を吸い、吐いた。

 いつもよりも空気が美味しかった。

 

 獲得した単一仕様能力『蠅の王(ロード・オブ・ザ・フライズ)』によりばら撒かれたBT粒子が蠅状のナノマシンを形作り、大人達にとっての毒素となって島中にばら撒かれ、ここの大人達は死滅した。

 今ここにいるのは子供達だけ。

 この島は、もう子供達だけのものとなった。

 

 だが、いずれはこの島だけでは済まさないとも。

 今は島に蔓延するだけに留まっているが、この能力が強くなれば汚染領域も広がっていく。いや、汚染ではない、これは浄化だ。

 大人達という害虫を駆除するための浄化なのだ。

 

 やがて、その日が来るのが待ち遠しいと思いつつ、マドカは腰に下げた法螺貝を口に当て、思い切り鳴らした。

 

ブウゥー!

 

 それを合図に、皆が作業や遊びをやめ、一斉に巨人のコックピットへと目線が集中する。この法螺貝の音こそ、王の号令だ。

 マドカを王と認めた少年兵たち、そして遺伝子強化体たちの全員が巨人の前に集まり、点呼を取った。

 

「全員いるな」

 

 顔を見渡し、一人一人確認する。

 顔は全員覚えている。全員いる事を確認したマドカは、王の号令を下した。

 

「もうすぐ日が暮れる。薪と火の準備をしろ。それと……」

 

 ごくり、と目下の子供達全員が息を飲む。

 皆が、王の命令を待つ。

 我先にと、自分があの王たる少女の役に立つのだと、そんな風に牽制し合っているようにも見えた。

 そんな緊張しなくてもいいのだが、とマドカはクスリと笑い、握り拳を掲げて大声で叫んだ。

 

「今日はジャックたちが獲って来た豚の肉を御馳走する!! お前達、腹は空かせただろうな?」

 

 そう、新鮮な豚肉だ。

 嫌とは言うまい。必ずや満足する筈だ。

 

『オオオオォォーッ!!』

 

 子供達の歓声が沸き上がる。

 だが、その歓声は約半数の者達のみだった。その半数は亡国機業の基地からマドカと共に抜け出した少年兵たちが大半であり、遺伝子強化体の子供達は彼らの歓声に困惑気味だった。

 その様子を見たマドカは、悪戯そうに笑みを浮かべ、彼らに話しかけた。

 

「兄弟達よ! 焼いた豚肉に美味を知らないのか?」

 

『……』

 

 マドカの問いかけに、遺伝子強化体の子供達は困惑気味ながらも頷く。

 彼らは真っ当な食事は与えられず、薬品の注射による摂取で栄養を賄ってきた。そんなもの、知る筈もなかった。

 そうかそうか、とマドカは頷き、今度は少年兵たちの方に呼びかけた。

 

「おいお前達! どうやら兄弟達は豚肉の美味をまだ知らないらしい! こいつ等にとっては初の食肉だ! 存分に味合わせやるぞ!!」

 

『オオオオォォーッ!!』

 

 マドカの言葉に、少年兵たちは再度歓声を上げた。

 遺伝子強化体たちはそんな彼らに戸惑いながらも、その豚肉の味とやらに興味を示している様子だった。

 

 さあ、今夜は御馳走だ。

 

 

 

 巨大な焚火を中心に大勢の子供達がソレを囲んで、焼き立ての豚肉を食していた。

 獲れ立ての新鮮な焼き豚は非情に美味であり、豚肉の味を既に知っていた少年兵たちでさえもがうっとりとした表情でその味を噛みしめていた。

 遺伝子強化体の子供達については言わずもがな、自分達が今まで摂取してきたものは何だったのかと、そう言わんばかりの顔で豚肉にがっついた。

 

 来るべき戦いの時まで、彼らは大人達のいない自由な生活を満喫していた。

 

 

 

 深夜。

 真夜中の森の中を、一人進む銀髪の少女がいた。

 かつてラウラになれなかった少女――――遺伝子強化試験体C‐0036、かつてはそう呼ばれた彼女であったが、今ではそれすら呼ばれない。

 少女は夜の森の中を歩いていた。

 夜の森というのはあの暗闇の試験管の中とは違う寂しさを覚えたが、それすらもが少女にとっては新鮮だった。

 

 彼女は振り返る、今日の事を。

 そしてあの研究所から救い出してくれた、自分達の王を。

 

 少女が振り向くと、そこにはまるで国の守護神のように奉られている巨人が遠くからでも確認できた。

 自分達の王は、今もあの巨人のコックピットの中で眠っているのだろうか? 

 あの中の寝心地は一体どうなのだろうかと気になってしまう。

 

――――彼女は、私達の王は、ちゃんと眠れているのでしょうか。

 

 王は多忙だった。

 右も左も分からない自分達に色々な事を教えてくれた。

 武器の使い方や戦術を覚えるだけでは生きてはいけない、狩りの仕方、植物の見分け方、組織の運営の仕方。

 あの黒い少女は、それら全てを自分達にもたらしてくれた。

 それだけでも大変であろうが、自分達が着いた頃には既に島にいた少年兵たちの話を聞けば、それ以前も大変だったらしい。

 

 彼らは、自分達遺伝子強化体が彼女に助けられる前から、彼女と行動を共にし、大人達からの盛大な脱出劇を遂げたらしい。

 それが、銀髪の少女には羨ましかった。

 

 あの黒い少女は、自分達の王は、私のような遺伝子強化体たちの事を兄弟と呼んでくれる。それが比喩でも何でもなく、あの黒い少女が自分達と同じような存在である事は薄々と察していた。

 

 だからこそ、余計に気になるのだ。

 私達を兄弟と呼ぶ存在。自分達のような遺伝子強化体の他にも、同じような計画で生み出された人間がいるという事だ。

 きっと、自由なんてなかったのだろう。

 それでも、彼女はそんな大人達に反抗して自由を勝ち取った。

 

 そして今現在、王となった黒い少女は、銀髪の少女にとってはこれ以上にないくらい焦がれる存在だった。

 

――――どうして、そんなに強いのですか?

 

 彼女への興味が尽きない。

 

――――どのようにすれば、貴女様のようになれますか?

 

 最早、信仰に近い、強い憧れを銀髪の少女は抱いていた。

 あの壮烈な姿が眩しい。

 大人達の支配をモノともせずに抜け出し、自分達を統率するあの壮烈な姿が、カリスマが、目に焼き付いて離れない。

 いや、目ではない、最早脳に焼き付いて離れないのだ。

 

 気が付けば、彼女の事ばかり考えている。

 

「こんな時間に散歩か、兄弟?」

「ッ!?」

 

 そんな時だった、突如として後ろから声を掛けられ慌てて振り向いた。

 そこには、彼女はさっきまで想っていた黒い少女が、両手を組んで気に凭れ掛かっていた。

 

「今日の見回り番はお前ではない筈だがな。何か考え事でもしていたか?」

「い、いえ……」

 

 貴女の事について考えていました、などと言える筈もなく銀髪の少女は言い淀んだ。

 

「その、貴女は何故ここに?」

 

 てっきり、あの巨人のコックピットの中で既に眠りについたとばかり思っていた銀髪の少女は黒い少女、マドカにそう問いかけた。

 

「お前を探していた」

「えっ!?」

 

 体をビクンと震わせ、素っ頓狂な声が出てしまった。

 自分ごときに目をかけている筈などないと思っていたのに、そんな憧れの彼女が直々に自分を探してくれたのだ。

 

「テントを訪れたらお前の姿がなかったものでな。ここで何をしていた?」

「……そ、その……」

「ふん、まあいい」

 

 王の手を煩わせ、自分を探させてしまった事を後悔する銀髪の少女。

 どう謝罪していいのか分からず困惑する彼女であるが、マドカはそんな事をお構いなしに銀髪の少女に用件を言った。

 

「お前、名前は決めたか?」

「……え?」

「お前達遺伝子強化体には名前がない。お前は確か『C‐0036』だったな。だが、それは大人達がお前に与えた記号に過ぎん。お前達には自分で名前を決め、私に申告しろと言った筈だが?」

「……はい」

 

 確かに、ここに合流してから、目の前の黒い少女は自分達遺伝子強化遺体にそのような事を言って来た。

 

『いいか、名前は自分で決めろ。誰かに決められた名前など使うな。それは同時にその誰かに縛られ続けるのと同義だ。

 私達は、私達自身で自分の名を付けるんだ』

 

 言われた事を思い出す銀髪の少女。

 まだ、決まっていない。

 自分の名前……ラウラ・ボーデヴィッヒという名には既に未練はない。既に取られてしまったものだから、意味がない。

 

「……その、まだ考えていません」

「後はお前一人だけだぞ。お前だけ試験体番号で呼ぶわけにもいかん、皆も早くお前を名前で呼びたがっている。あいつ等の為にも早く決める事だ。勿論、焦る事でもないがな」

 

 そう言って、マドカは銀髪の少女から背を向け去っていこうとした。

 

「ま、待ってください!」

 

 それを、銀髪の少女は慌てて呼び止めた。

 乱れる息を整え、ずっと吐こうとしていた言葉を吐き出さんとする。

 

「そ、その……名前、決めてもらえませんか?」

「……何?」

 

 銀髪の少女の息切れするような声に、マドカは訝し気に眉を潜め、立ち止まった。

 

「私は、自分の名前の決め方が、分からないのです」

「……」

「最初は、ラウラ・ボーデヴィッヒという名前を与えられました。だけど、結局その名前も知らない妹に取られて、私は縋るモノをなくしました。だから、もう一度……誰かに、名前を付けてもらいたい」

 

 ラウラという名前を貰っとき、銀髪の少女は大人達に認めてもらえたのだと錯覚した。だがそれは偽りだった。

 だから、今度はこの少女から名前を貰いたいと、彼女は願った。

 彼女から名前を与えられたい、それはすなわち彼女に認められたいのだという、銀髪の少女の我儘だった。

 

「私に、大人達の真似事をさせろと、そう言いたいのかっ」

「ッ!?」

 

 怒気の籠った視線で、銀髪の少女は睨まれた。

 マドカの拳は握られて震えており、他人に名前を付けてもらおうとする銀髪の少女に対して怒りを覚えていたのだ。

 思わず、恐怖のあまりビクリと体を震わせて、後退してしまった。

 

「いいか。他人から与えられた名前はソイツを縛り付ける。誰かに認められたいだと? 下らない! 名前はそれくらい重要だ、お前自身の在り方を決めるためにも、お前が考えろ」

「私は、誰かに、認められたくて……貴女に……」

「下らん。名前は認めてもらうものじゃない、()()()()()()()()

「それでもッ!」

 

 銀髪の少女は叫び、今度はマドカの方が驚く番だった。

 呆然とした顔で、マドカは叫んだ銀髪の少女の顔を見つめた。

 

「貴女に名前を、付けてもらいたいのです! 縛られたって構わない! 私はもう、名前を失いたく何てない! 貴女のような認めさせる力も、私にはない! 私は……私は……!!」

 

 思い出すのは、大人達からラウラ・ボーデヴィッヒの名前を取り上げられた時の事。拠り所を失い、己の存在意義を見失った。

 私には、目の前の少女のように自分で決めた名前を押し通す強さなどない。

 ならばせめて、貴女に名前を付けてもらいたい、私に焦がれる光を見せつけた貴女につけてもらいたいのだ。

 

「……お前は、兄弟達の中でも控えめな性格だと思っていたのだがな、どうやら誤りだったようだ」

 

 怒り、というよりは呆れたような表情でマドカは銀髪の少女を見た。

 何が少女をそこまで駆り立てるのかはマドカには分からない。他人に決められれた名前など、ただの楔にしかならないというのに。

 

「……後悔しても知らんぞ?」

「しません」

「私にこれ程、大人達の真似事を強要してきたのは、お前が初めてだ」

「光栄です」

 

 どうやら、意志に揺るぎはないようだった。

 これ以上は言っても、無駄だろう。

 自身の名前を嫌う物には、名前すらも貰えなかった者の苦しみは分からない。そうであったとしても、この兄弟はマドカが名前を与えてくれるまで引き下がってくれなさそうだった。

 

「……クロエ」

「……え?」

「クロエ・クロニクル。私から、お前に送る名前だ」

「クロエ……それが私の……」

「ああ、今日は実に歴史的な日だ。世が注目する第二回モンド・グロッソにレーザー砲撃が撃ち込まれ、中止に追いやられたな」

 

 いきなり訳の分からない事を説明し始めるマドカに困惑する、銀髪の少女。

 そんな事はお構いなしにと、マドカは『見ろ』と顎で、遠くに奉られている巨人の方を指した。

 

「それがあれだ。あれも元々は私達と同じだ。作られた怪物(ビースト)。本来の理を歪められ、望まぬ形での存在意義を押し付けられた。だが、今日、あいつは世界にも残る歴史的な兵器となった。人々にISの兵器としての恐怖を刻み付け、私達を導く悪魔の兵器としてな。故に、歴史(クロニクル)

 

『エム。私を貶めているのかそれとも褒めているのかどっち?』

 

――――褒めているとも。

 

 脳内でそんな会話を挟みつつ、マドカは銀髪の少女に名前の由来を説明した。

 銀髪の少女は、その名前に盛大な皮肉が込められている事に少し苦笑した。

 歴史に刻まれる事を望まれない存在が、あろうことか『歴史』の名前を貰うという皮肉に。

 

「ふふふ……」

「どうだ? こんな皮肉めいた名前を貰うくらいならば、さっさと自分で――」

「いえ、貰います。その名前。もう二度と失わない。貴女様から貰った名前、大事にします」

「救えん奴だ」

 

 言って、マドカも呵呵呵と皮肉気に笑う。

 クロエ・クロニクル――それが今日からの、少女の名前だ。

 

「申告します。今日から私の名前はクロエ・クロニクル。貴女様からもらった、私だけの名前、大切にします」

「お前のような大馬鹿者が最後の申告者になるとは思わなかったが、それもいいだろう」

 

 悪くない、と言い残し、今度こそ立ち去ろうとするマドカであったが、不意に立ち止まり、振り向かないまま呟き始めた。

 

「残るは、私だけだな」

「え?」

「織斑マドカ、エム、白黒狼(モノクロ)……どれも私じゃない。白黒狼(モノクロ)も所詮は戦場での名前しかない。安息所(ヘイブン)を作るのならば、私が自分で付けた本当の名前が必要になる」

「……それは……」

 

 そういえば、確かに目の前の黒い少女は、一定の固有名詞で呼ばれておらず、大体今言われような3パターンの呼び名で呼ばれており、安定していないとクロエは気付いた。

 つまり、この少女はまだ自分の名前も決めていない。

 

「だが、それも最後だ。いずれ大人達はここにやってくる。そこで、私は今度こそ自分の名前を手に入れる。そのための戦いだ」

 

 クロエには言っていない、まるで自分に言い聞かせているかのように、黒い少女は独白を始めた。

 

「私は、私の原点を駆逐する事で、ようやく自分に名前を付ける」

 

――――だから、それまで待っていろ。

 

 そう言い残し、マドカは巨人の方角へと向かっていった。

 その背中をただただ見つめるクロエ。

 

 初めて、彼女に言いようのない恐怖と、理由の知れない憐れみを感じてしまった。

 そこに、彼女がいつも見せるような強さはなく、まるで劣等感に苛まれていたかのような、底の知れない深淵を、クロエは覗いてしまったような気がした。

 

 しかしだからこそ、クロエは余計にあの少女に惹かれてしまっていた。

 もう戻れないのだと自覚するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 




これもう12歳の少女同士の会話じゃねえなぁ……(呆れ)
本城雄太郎さん(イーライの声優)のイメージで書いているつもりが、つい銀河万丈さん(リキッドの声優)のイメージで書いてしまう。


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姉妹、対面

『ねえ、エム?』

――――何だ?

『エムは私の事を悪魔の兵器って言ったよね? 自分の事も、あの子たちの事も怪物(ビースト)って……』

――――……気にしていたのか?

『いいえ、その通りだから。だけど……私達は自分から望んで、こうやって生まれてきたわけではないんだよね?』

――――そうだな。だがその遺伝子に刻まれた運命に逆らう事はできない。私も、お前も、あいつ等も、お前の姉妹たちも、身勝手な大人達に在り方を決められて生まれて来る。その運命から逃れる事はできん。

『だけど、エムは大人達の言う事には従わないって……』

――――それはあいつらが無責任だからだ。私達をこのように生み出した責任を、あいつ等は私達を世界から排除する事でしか取ろうとしない。生み出された私達の意志にお構いなくだ。

『……それは……』

――――それは果たして責任を取っていると言えるのか? 違うね。だからお前も、あいつ等もそんな大人達に処分されかかった。処分する事が己の責任なんだと自己陶酔する……それが大人達なんだよ。お前にも覚えはあるだろう?

『……』

 

 マドカに正論に押し黙る巨人のコア人格。

 確かに、世間に存在してはいけない、存在が露呈してはいけないのなら、この世界から消し去ってしまうのが、彼らなりの責任の取り方なのだろう。

 だが、そんなのは建前に過ぎない。

 彼らはそういう形で責任を取る己に対して酔っているだけだ。自分達が生み出したという自覚もなく、ただ消し去る事でそこに満足感を得る。

 あいつらは本当の意味で責任を取っていない。もし責任を感じるくらいならば、私達の在り方を受け入れて、素直に殺さるべきなんだ。

 私達の内に秘める殺人衝動を、自分達がそのように作ったのだと自覚して、それを受け入れて私達に殺されるべきなんだ。

 

――――だからだよ。世界中の大人達は駆逐しなければならない。

『……うん。よく分からないけれど、結局エムはエムって事だね』

――――何か含みのある言い方だな?

『ちょっとだけ、不安になったの。エムは私の事も、自分の事も、あの子たちの事も、皆存在してはいけないとか、怪物だとか言うから。本当は、私の事も、あの子たちの事も、自分自身の事も呪っているんじゃないかって』

――――呪っているとも。この世界そのものが呪わしいさ。自分の遺伝子に刻まれた運命を誇りに(呪わしいと)思っている。

『……結局どっちなの?』

――――好きに解釈すればいい。私は私の遺伝子に従う。あいつ等兄弟を救い、私こそがこの遺伝子を真に持つに相応しいと、それをあの女に証明してみせる!

『……』

――――兄弟達だけじゃない。私と共にあの大人達の基地から脱走したアイツ等も、この世からのはみ出し者だ。私達兄弟と何ら変わりない。大人の都合で使われ、大人の都合で切り捨てられる。そんな事、私は認めない。

『……世界を敵に回したのは、それを証明するため?』

――――あの女も一度世界を敵に回し、勝利している。なら、私がこの戦いで勝てばあの女を超える事ができる! 好き勝手に力を振るったあの女とは違う! 兄弟達を守り抜く事でそれを証明してみせる!

 そして、私達が生き残るには、私達の誰しもが生の充足を得る為には、私達の避難所(ヘイヴン)を作らなければならない! 天国でも地獄でも、この世界でもない、大人達の思想に囚われない自由な世界を!

『エム……』

――――そうだ、私達は大人達が生み出した通りの怪物(ビースト)で構わない。だが、そのように造っておきながら、大人達は私達を受けいれず、排女しようとする。故に、私達の『天国の外(アウター・ヘブン)』を作り上げるのだ!

『……本当に、やるんだね?』

――――そうだ、この世の理や天国に近いモノに、天国の外(アウター・ヘヴン)は似合わない。そこには私達だけの世界がある!

 

 

 

 故に、私達は怪物(ビースト)のままでいい。そんな私達を受け入れてくれる世界さえあれば、それでいい。

 

 

     ◇

 

 

 光さえも通さないうす暗いテントの中で、ある一人の少年が手足を縄で縛られ、身動きを取れなくさせられていた。

 少年の名前は、織斑一夏といった。世界最強(ブリュンヒルデ)と謳われる織斑千冬の弟であり、第二回モンド・グロッソでの姉の決勝戦を見る為に会場に来ていた所をこの島に拉致された人質である。

 

――――ガチリ、ガチリ、ガチリ……。

 

 少年は恐怖のあまり怯えていた。

 こんな暗闇の中に閉じ込められ、手足を縛られ、光を見る機会があるのは、己と同い年の少年少女たちが自分に食事を持ってくる時のみ。

 しかも……極め付けは、これだ。

 

 そう、一夏の周囲に、大人達の死体が横たわっているのだ。

 皆がそれぞれ苦悶の表情を残しながら、無惨に横たわっている大人達。

 死体をこんな間近で見た事はなかった……人の死がこんなに身近にある事なんて想像も付かなかった。

 

――――ガチリ、ガチリ、ガチリ……。

 

 もう、ここに閉じ込められてから何週間が立つだろうか。

 ずっとこの暗闇の中にいる。身近から匂う死臭を何週間も嗅がされている。

 あの会場に謎の極大レーザーが降り注いでから、今に至るまで、恐怖以外の感情は存在しなかった。

 

 謎のレーザー砲撃が辺りを紅蓮の炎と煙で巻き上げた、その煙に紛れていた鋼鉄の腕に捕まり、気絶させられ、気が付けばここにいた。

 ふと、外から会話が聞こえてきた。

 

「おい、交代の時間だぞ」

「やっとか。まったく、大人達がいなくなるとちょっとつまらないかな」

「お前、大人の事嫌いじゃなかったのか?」

「嫌いだよ。だから銃口を向けてやるんだ。そしたらあいつ等頭を下げて命乞いをしてくるんだもん。最近はそれができないからなぁ……」

「マドカが言うには、もうすぐにここに大人達がやってくるらしいから、それまで我慢しろよ?」

「そうか、楽しみだ」

 

 まるで、かみ合わっていない。話し合っている空気と、会話の内容がまったく噛み合っていなかった。

 

――――なんて……会話をしているんだ……?

 

 隣で死んでいる大人達も、これから来るであろう大人達も、あの子供達にとっては自分の嗜虐心を満たすための玩具でしかないというのか!?

 それを、自分と同年代の子供が平然と行うのか?

 こんな、無惨な死に顔をして倒れている大人達に対して!?

 

 彼らの会話を聞いた一夏の恐怖が更に湧き上がる。

 最早、ここは自分の知らない世界だった。自分の知らない常識、知らない倫理、知らない道徳、知らない残酷さが存在していた。

 この暗闇の中だけじゃない。外にも、まったく知らない世界が広がっていた。

 

「所で、そろそろあいつに食事を上げる時間じゃないの? 何で食料班来ないの?」

「狩りに手こずっているんじゃないか。今日の狩り当番はジャックたちじゃないし、オレも植物の見分け方とか未だに分からないよ」

「だけど、マドカはそれが分かるんだよね。本当にすごい奴だよ、あいつは」

「ああ、あいつに付いて行けばこれからも大人達をどんどん殺せる。そんな気がするんだ」

 

 これ以上、聞くのが怖かった。

 話し方とか、雰囲気は完全に学校のクラスメート同士の会話のそれだが、圧倒的に会話の内容がソレとかみ合ってはいない。

 

――――もう……やだ……誰か……助け……。

 

 誰でもいい、早く誰か来てほしい。

 大人であれば誰でもいい。いつものように悪さをする子供達を懲らしめて、叱って、ちゃんと反省させてほしい。

 だが、一夏はそもそも知らない……あんな会話をする彼らの周りには、そんな大人なんて誰一人として存在しなかったという事を。大人達に見放され、好き勝手な都合を押し付けられた哀れな存在に過ぎないと言う事を、一夏はまだ知らなかった。

 

 そんな時だった。

 

「ここで合ってるか?」

「ああうん。やっと来た……ってマドカ!?」

「どうしてここに!?」

 

 どうやら、彼らの間に割って入った誰かが来たようだった。

 

「ここに用があってきた。食料はそのついでだ。通してくれ」

「わ、分かった……!」

 

 どうやらその声の主は、ここの子供達の餓鬼大将的な立ち位置にいるらしい。

 そう思っていたら、テントのファスナーが開かれる。

 久々の眩しい光。手足を縛られているので手で目を隠す事が出来ず、思わずその光から目を逸らしてしまった。

 

 カツ、カツと足音が聞こえる。

 その少女は、ゆっくりと自分に歩み寄って来た。

 

「食事だ、兄弟」

「ッ!?」

 

 その顔を見て、織斑一夏の顔は恐怖とは一転し、驚愕の色に染められた。

 その顔はあまりにも見覚えがありすぎた。

 唯一の肉親であり、蒸発した親に代わって自分を育ててくれた尊敬すべき姉。

 

「ち、千冬、姉……」

 

 パシッ!

 

 その名を呼んだ瞬間、目の前の少女は自分の頬をビンタしてきた。

 手加減されているのか分からないが、それでも相当力を込めて引っぱたかれたのが分かった。

 

「ッ!」

 

「……確かに似ている所もあるようだな、我が弟よ。いや、“兄さん”と呼ぶべきか?」

 

 ジンジンする頬の痛みに耐えながらも、訳の分からない事を口にする少女の顔を、一夏は再び見上げた。

 やはり、そこには見覚えのある顔があった。

 見違える筈もない。

 ……どうして……。

 

――――何でそんなに千冬姉に似ているんだ!?

 

「まあ、そんな事はどうでもいい。お互いプロジェクト・モザイカの数少ない生き残りだ」

 

――――さっきから何訳の分からない事を言っているんだよ!?

 

 そう声高に叫ぼうとしようにも、恐怖の感情が先に勝ってうまく口から出ようとはしない。かつて一夏はクラスメートから虐められている幼馴染を暴力で救おうとした時があったが、今回はその手すら出す事ができなかった。

 いや、この手足を縛る縄がなかったとして、その気すら目の前の少女には起きる気がしなかった。

 そんな自分の事を余所に、少女の腰に下げられていた端末が鳴った。

 

「私だ」

 

 少女はその端末を取り、一夏から視線を外して電話の向こうの相手と連絡を取っているようだった。

 

「そうか、それで……ククク、そうか、ついに来たか……」

 

 電話の向こうから何を言われたのか、少女はゾっとするような悍ましい笑みを浮かべた。その笑みを見た一夏は、恐怖のあまり目を逸らしてしまう。

 そして、ついに確信した。

 

――――こいつは、千冬姉じゃない!

 

 確かに、自分の姉も怒った時は恐ろしい笑みを浮かべる事もある。だが、そこには家族特有の優しさと思いやりがちゃんとあって、怖いけれど暖かいものだった。

 目の前の少女の笑みは違う。

 どこまでも深い深淵、底の見えない闇、ネットリとした恐ろしいナニカが潜んでいるような、そんな眼だったのだ。

 

「そうか、既に罠にかかっている大人達もいる、と。分かった、すぐに向かう。お前達も用意をしておけ」

 

 端末を切り、腰に戻す少女。

 

「おい、兄弟」

 

 自分の姉によく似た少女は、此方に振り向いて再度話しかけてきた。

 

「間もなく大人達がここにやってくる。目的は様々だろうが、間違いなくお前の姉もやってくるだろうよ。肉親たるお前を助けにな」

 

 どこか皮肉めいた言い方が鼻についたが、それもすぐに忘れた。

 

「千冬姉、来る……?」

「そうだ。お前がいてくれてよかった。おかげで、こうして織斑千冬をおびき寄せる事ができそうだ」

 

――――何だって?

 

 今、コイツは何と言った?

 姉を呼び寄せる? そのために自分をここへ拉致した?

 

「私は、織斑千冬を殺す」

「――――ッ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自然と体が動いていた。

 縛られた手足を用い、身体全体をバネのように使って、目の前の少女に捨て身の一撃を与えようとした。

 だが。

 

「無駄だ」

「うッ!?」

 

 その一撃は、たったの指一本で止められた。

 少女はその場から一歩も動いていない。

 ただ指一本をかざしただけで、それだけで一夏の身体ははじき返された。

 

「貴様には何もできはなしない。己の呪われた遺伝子の事すら知らぬ貴様には、なッ!」

 

「う、アァ嗚呼嗚呼ああアァァァっ!!」」

 

 瞬時に後ろに回り込まれ、縛られて両脚に強烈な踵落としが見舞われる。

 まったくの無拍子から繰り出され、何の痛そうにも見えないソレは、一夏の両脚を()()()

 

「ぃ、ィタイ、ア、嗚呼ッ!!」

 

 痛む足を手で押さえる事すら許されない。ただ悲鳴を上げる事しかできない

 こみ上げ来る痛み、恐怖、無力感。

 もはや一夏は何もする事ができず、ただ姉が助けにくるのを待つ事しかできない。

 

「じゃあな兄弟。せいぜい、そこの大人達の死体の隣に自分の姉が並ぶのを楽しみに待っていろ」

 

 此方を嘲笑する笑い声を上げながら、少女は去っていく。

 テントのファスナーは閉められ、再び一夏は暗闇の恐怖に襲われる事となった。

 

――――怖い、イタイ、恐い、痛い!!

 

 自分のせいだ。自分のせいで千冬姉はせっかくのモンド・グロッソ大会の優勝を逃し、自分を助ける為にここまで来てくれる。

 そして自分は何もする事ができない。

 こうして、痛みのあまりに悲鳴を上げる事しかできない。

 

「千冬、姉……」

 

 そして、こんな状況でなおも姉の助けを求めてしまう自分が、余計に不甲斐なかった。

 

 戦いは、もう目前まで迫っていた。

 

 

     ◇

 

 

 ようやく島の水際へとたどり着いたドイツ軍。

 アメリカ軍の次に彼らの居場所を特定し、ここへやってきた。

 ドイツには自分達に直接脅迫メッセージを送られて来たという、最悪な事態と共に、皮肉にもその最適な言い訳を得られる事ができた。

 表向きに軍を他国に派遣する言い訳が、ドイツにはあるのだ。

 その点においては、この島に上陸しようとする他のどの国の軍よりも有利だ。

 

 ヘリの中から、大勢の兵士たちがつるされたロープに跨って島に着陸していく。全員が全身防護服とガスマスクを着用しており、この島に蔓延している毒性物質に対する対策も完璧だった。

 そのドイツ軍兵士の中に、一つだけ異様な存在感を放つ女性がいた。

 

 他の兵士たちとは違って防護服を纏わず、口の部分のみを覆うだけのガスマスクを着用している女性が一人、そこにいたのだ。

 

「本当に、一夏はここにいるんですね?」

「はい。情報に間違いはありません。おそらく、其方の弟さんを攫った犯人もここに……」

「……そうですか」

 

 マスクで表情が分からないものの、その怒気を感じ取った周りのドイツ軍兵士が彼女から距離を取る。その彼女の怒りの訳を、周りの兵士たちは十二分に理解していた。

 せっかくの決勝を邪魔され、更には弟まで連れ去られ、こんなアフリカくんだりの島まで来る羽目になった。

 それだけでも彼女の怒りは容易に想像できた。

 

「……待っていろ、一夏」

 

 全てはただ一人の大切な弟のために。

 モンド・グロッソの大会が中止になったこととか、ブリュンヒルデの座に相応しいのは誰なのかが有耶無耶になってしまったのはもうどうでもいい。

 今は、弟の無事を願うばかりだ。

 

――――一夏、無事でいてくれ……!

 

 ただ一人の大切な肉親の無事を願いながら、織斑千冬はドイツ軍の兵士たちとともに森林の中へ歩を進めていく。

 

――――お前がいなくなったら、私は……!

 

 『大人達』の所にいた頃の日々を思い出し、再びあのような空白の時を過ごしたくはないと思い返す。せっかく、弟を連れ去り、『普通』を手にする事ができたのだ。

 織斑の血だとか、そんな物はもうどうでもいい。

 

(そんな未来は、とうに捨てた!)

 

 弟という未来を手にした今、千冬は何としてでもその未来を奪い返そうとその地へ足を踏み入れた。

 

 彼女は、まだ知らない。

 その、自分が切り捨てた未来を押し付けられ、知らずの内に生贄にしてしまった少女がいる事を。

 救われなかった『いもうと』がこの先に待っているのを、まだ知らない。

 

 

 

 島の森林へと、千冬とドイツ軍の兵士たちは突入した。

 アフリカ中部の塩湖に浮かぶこの島は、アフリカの広大な自然をこれみよがしにと表しており、その壮大さに千冬も胸を打たれていた。

 だが、今はそれどころじゃない。

 一夏を見つけ出し、連れ帰る。そしてまたいつもの日常を迎える……それが今の彼女の最優先事項だった。

 

 その時だった。

 

「……待ってください」

 

 先頭を歩く部隊の隊長を呼び止める千冬。

 

「……どうした?」

「何か、います……」

 

 そう言って、我先にと物陰に隠れる千冬。

 世界最強の女の言葉だ。無碍にする事も出来ず、隊長と隊員の一斉がそれぞれ物陰に隠れ、周囲を見渡した。

 そして……かすかに、向こうの葉っぱが動いているのを、ドイツ軍の兵士たちは認識した。

 

「光学迷彩か……何者だ?」

 

 隊長がそう呟く。

 

 そして、次の瞬間、アクシデントが起こった。

 

 ドイツ軍が一斉にソレを注目したのと同時、その地点に木製の格子が降って来たのだ。

 それと同時、潜んでいた者達の姿が露わになった。

 

『ぎゃ、あああぁぁぁッ』

『た、助け……』

『グぇッ』

 

 姿を現したのも束の間、その者達は降って来た格子に閉じ込められると同時、地面から飛び出してきた棘に下から串刺しにされてしまった。

 その一連の様子を見ていた、ドイツ兵士たちがその顔を青ざめていく。

 

「隊長、これは……!」

「ああ、(トラップ)だ! それも原始的な……」

 

 そう、現代機器を使ったものではない、原始的な罠。それもかなり巧妙に造られている。

 原始的な罠は現代戦においてもその実用性は認められている。機器に頼る時代であるからこそ、古典的な戦術には気を付けねばならない。

 それは分かっていたが、目の前で見せつけられるのと見せつけられないでは違った。

 

 機雷やクレイモア地雷とは違う。

 

「探知機にまったく反応しないとは……!」

 

 知らずの内か、隊長は戦慄してしまった。

 いくら原始的な罠といえど、このこれ程の仕上がりの罠を作成する程の敵が、この先に待っているのだ。

 敵は理解しているのだ。正面切ってでは自分達に勝てないのを。

 だからこうして態々機器にも探知できない原始的な罠まで仕掛けてきた。

 

「た、隊長……見てください、アレッ!!」

 

「な……これは……!!」

 

 部下が指さした方向を向く。そこには、木陰に隠れた死体がたくさんあった。木の枝に設置された棘に串刺しになっている、先ほど罠で命を落とした者達と同じ服装の兵士たちの死体がいくつもあったのだ。

 

「あ、あそこにもあるぞ……!」

 

 別の部下がまた違う死体を発見した。

 そう、次々と見つかっていくのだ。

 落とし穴に仕掛けられた棘で命を落としている兵士、体中を全方位から飛んできた棘に刺された兵士、縄を付けた大岩に潰されている兵士。

 

 その中には、先に突入させていた別動隊のドイツ軍の兵士たちも混ざっていた。

 

「惨い……」

 

 誰かが、そう口にした。

 

「ッ、隊長! この先に地雷の反応があります! 至急取り除きに行きます!」

 

「ま、待て! 早まるな!」

 

 地雷を取り除きに行った部下を慌てて引き留めようとする隊長であったが、時は既に遅かった。

 

「ガッ、う、うわああぁぁぁっ!」

 

 地雷の元に歩み寄った瞬間、その兵士の頭上から大量の岩が降って来た。それはその兵士を死に至らしめるものではなかった。

 が、しかし。

 降って来た岩のおかげで体が地雷の方へと倒れていき――――

 

「伏せろッ!」

 

 このままで周囲の隊員も巻き込まれると判断した隊長は、周囲の隊員に呼びかけた。

 そして、大きな轟音を立てて地雷は爆発した。

 

「くそっ!」

 

 もうあの隊員は無事ではあるまい。地雷を踏むはおろか、身体ごと吹き飛んでしまっただろう。

 危機に探知できず、何処に罠が仕掛けられているのか分からない。

 その恐怖が、ドイツ軍兵士たちの身体を震えあがらせた。

 

「……隊長さん」

 

 そこに、千冬が声をかけた。

 

「ここからは、私一人で行かせてください」

 

 悔しそうな表情をする隊長に、千冬はそう願い出た。

 勿論、それは聞き入れられる要求ではなかった。

 仲間がここまでやられて、それでここで待っていろと言われても、いくら世界最強の言葉であろうと聞き入れる訳にはいかなった。

 

 反論する隊長だが、千冬は有無を言わせない。

 

「このまま行っても、おそらく犯人の思うツボです。これから、色々な国からこの島に部隊が派遣されてくるでしょう、その時は彼らを囮にして進んでください。

 私なら、この罠を見抜くことができます。ここからは私一人で行くのが望ましい」

 

「それは……分かった」

 

 ついに折れる隊長。

 情けない話だが、世界最強の言う事に逆らう事はできない。

 

「ならば我々はここに留まり、この死んでいる兵士たちの国籍を調査しよう。既に、我々以外にもここに乗り込んでいる勢力がいるのは確か。分かり次第、追って報告する」

 

「……感謝します。ご武運を」

 

 隊長に礼を述べた後、千冬はまるでかまいたちの如く森の中を疾走していき、一瞬で隊長の目から見えなくなった。

 本当に人間なのか、という疑問を持ちつつ、隊長は自分達の出来る事をやった。

 

 

 

 これ以上、自分の弟の捜索に協力してくれた人達が犠牲になるのが耐えきれず、一人飛び出した千冬。

 やはりというべきか、道中に国籍の分からない兵士たちが次々と原始的な罠にかかり、命を落としていくのを目撃しながらも、彼らの目をかいくぐり、千冬はあっという間に島の中央部にたどり着いた。

 

 小川に面した岩場が見え、もう少し進むと同時。

 

 そこには、巨人が見えた。

 

 岩場の先の滝がある崖沿い、手付かずの自然の中にあって強烈な異彩を放つ、西洋のような騎士の風貌の巨人が佇んでいたのだ。

 背中に剣を背負い、片膝を着いて崖の下で、まるで来るべき戦いに備えて体を休めているかのように、その巨人は佇んでいた。

 

 それを見た千冬は、あのモンド・グロッソ大会決勝当日で起こった事件の中、噂になった巨人の目撃談を思い出し、ようやく確信に至った。

 

――――ここにいる。一夏を攫った犯人は!!

 

 決して許しはしないと心に決めつつ、千冬は岩陰に隠れてその巨人を覗き込んだ。

 

 まるで聖域を守るかのように、先の尖った木々がバリケードのように地表から突き出ている。その隙間から、巨人の足下で蠢く複数の影があるのを千冬は確認した。

 

「子供、だと?」

 

 驚きの余りに、思わず呟いてしまった。

 その影の正体は、自分の弟と何ら変わらない年代の少年少女たちだったのだ。

 つい凶悪な大人達という犯人像を想像していた千冬はそのギャップに苛まれながらも、巨人の胸部にあるむき出しとなったコックピットの中に、巨人と同じく強烈な異彩を放つ子供がいるのを見た。

 

 巨人のコックピット内部から伸びているコードに繋がれた妙なISスーツを身に纏い、その子供はまるで王のごとく、自分の国民である子供達を見守っていた。

 

 千冬は、ようやく確信に至った。

 あの少女が、あの子供達のリーダーであると。

 子供でありながら、王に相応しいだけの異彩をあの少女は放っていた。

 

「……アイツか」

 

 おそらく、あの少女が一夏を攫った犯人。

 そして、あの巨人ISの操縦者。

 

 確信に至った千冬はさっそくあそこへ乗り込もうと体を乗り出すが、小川の水から複数の波紋が広がっている事に気付いた千冬はソレを止め、再度岩陰に身を潜めた。

 

――――光学迷彩……私達より先に乗り込んできた部隊の者か。

 

 何処の部隊かは分からない。

 千冬は飛び出したい衝動を抑え、何とか事の成り行きを見守る事を決意した。

 

 その時だった。

 千冬のIS《暮桜》のプライベート・チャンネルに連絡が入った。暮桜のハイパーセンサーのみを展開し、千冬はその無線を傍受した。

 

『聞こえるか、千冬殿』

 

 通信の主は、先ほど別れたドイツ部隊の隊長だった。

 

『返事はしなくて構わない。我々の報告を聞いてくれ。国籍不明の兵士たちの正体を洗ってみたが、国籍はアメリカだった』

 

――――何?

 

『おそらく光学迷彩装置を実戦配備した、書類上には存在しない非正規部隊だ。注意してくれ』

 

 それきり、声は聞こえなくなった。

 書類上には存在しない、アメリカの非正規特殊部隊。

 思い当たるのは一つだけだ。

 

名も無き部隊(アンネームド)か……!」

 

 何故だ、米軍が何故こんな所までくる!?

 いや、問題はそこではない。何故米軍がドイツ軍よりも早く、彼らの位置を特定し、いち早く乗り込んでいるかだ。

 名も無き部隊の目的が掴めない千冬であったが、すぐに動きがあった。

 

 巨人の足下に集まっている子供達は光学迷彩により気付いていないようだが、巨人のコックピットにいる少女はその存在に気付いているようだった。

 そして――――

 

 

――――ハァ、ハァ、ハァ……。

 

 

 何処からもなく、先が尖がった木のバリケードあたりの位置から、緊張するような息上げが聞こえた。

 それを聞いた千冬は、あの光学迷彩を纏った兵士たちが何をしているのか大体察しがついた。

 

(戸惑っているのか、子供を撃つのを)

 

 銃口を向け、巨人のコックピットにいる子供を狙い撃とうにも、彼らにも最低限の倫理観は存在するのか中々引き金を引くことができない。

 だが、彼らも立派な兵士だ。

 戸惑うのも束の間、その銃口から一発、火が噴いた。

 

 だが、その一発は突如コックピットを覆ったバリアに弾かれる。

 銃声に驚いた子供たちは、一斉に巨人の背後にある滝の奥の洞窟へと向かっていく。

 

 どうやら、名も無き部隊の狙いはコックピットにいる少女一人のようだった。

 

 放たれた一発の銃弾を合図に、周囲の兵士たちもまたフル改造した小銃を連射し、コックピットにいる少女を鉢の巣にせんとするが、コックピットを覆うをバリアに阻まれ、それが少女に届く事はなかった。

 

「moving!!」

 

 並の銃弾では歯が立たないと知ったのだろうか、一人の兵士がそう合図すると同時、後方から更にロケットランチャーを携えた部隊が現れ、一斉に少女の方へ向けて発射される。

 

 爆発による煙に覆われ、少女の姿が見えなくなる。

 兵士たちは一旦撃つのをやめ、仕留めたかどうかを確認するために煙が晴れるのを待った。

 千冬もまた、物陰から身を乗り出し、少女の安否を確認した。

 

 そして――――

 

 いつの間にか、巨人の本体から切り離された(アーム・ビット)がその掌を突き出し、少女を庇っていたのだ。

 

――――まさか、BT兵器か!!

 

 内心でそう驚愕する千冬を余所に、巨人のコックピットのいた少女は何ともなさそうに大人達を嘲笑うような掛け声を上げ、コックピットの蓋を閉めた。

 

 

 

 その途端、膝に乗せられていた巨人の左腕が持ち上がり――――

 

 

 発生したエネルギー・シールドにより、装甲(ボディ)に付着していた砂塵が弾かれて周囲に霧散し――――

 

 

 背後に逃げていく子供達の守護神のように、眼下の侵入者達を睨み付け――――

 

 

『グ、オォォォオッ!!』

 

 そのバイザーの下から、拡散レーザーを連射し、眼下の大人達を焼き払っていく。

 ISの兵装を人間に使えばどうなるのかは言うまでもなく、『名も無き部隊』の隊員たちは次々と拡散レーザーの餌食になっては蒸発していく。

 

 その拡散レーザーの何発かはその()()()()()、巨人の背後にある崖の上に潜んでいた『名も無き部隊』の隊員たちにもその矛先を向けた。

 

『う、うわぁぁぁッ!?』

『退避、退避!!』

 

 光学迷彩装置も破壊され、生き残った兵士たちが巨人から背を向け、あろうことか千冬の方へと逃げ込んできた。

 ダメージを受け、足を引きずる兵士、混濁する意識を保ちながらもと体をヨロつかせながらも撤退する兵士、動けない仲間に肩を貸して共に撤退する兵士。

 

 様々な行動を取りながらも、巨人から逃げようとする名も無き部隊の兵士たちだったが、巨人はそれを逃げさない。

 

『ゥオ、オオオォォッ!!』

 

 逃げ逝く大人達に一歩、巨人は踏み出す。

 眼下の憎き大人達を睨み付け、憎悪の唸り声を上げた巨人は、逃げる兵士たちに向かって――――

 

 

 

 跳躍した。

 

 

 

 兵士たちのいる場所を着地点に、とてつもない衝撃と轟音が響き渡る。

 逃げ込んできた兵士たちは潰されるか、もしくは衝撃に吹っ飛ばされて命を失った。

 

 着地した巨人は更に歩を進め、眼下の兵士たちを焼いていく。

 巨人の足下から発生した、炎のような形状の高エネルギー集合体が、文字通り兵士たちを跡形もなく焼き尽くしていった。

 

『うわああああああああぁぁぁッ!!』

『熱い、アヅイッ!!』

 

 悲鳴を上げながら、炎に包まれて倒れていく兵士。

 そこには、ただの蹂躙しかなかった。

 戦争にもならない、ただの虐殺がそこにあった。

 

 そして、巨人は千冬の方を睨み付けた。

 

(気付かれていたか……)

 

 IS・暮桜を展開した千冬は近接ブレード・雪片を拡張領域から呼び出し、その刃を巨人の方へ向けた。

 だが、巨人は千冬の前に立つと同時、まるで蟻でも覗き込むかのように千冬の方へ屈み込んできた。

 

(何のつもりだ?)

 

 疑問に思う千冬。

 だがその疑問を口にする前に、巨人からオープン・チャンネルによる通信が入った。

 

『見ろ、あんたは必ず来る』

 

 まるで自分の来訪を予測していたかのように、いや、実際に待っていたのだろう。でなければ自分の弟を態々はこんな所までに誘拐しない。

 だが、千冬は相手が一夏を誘拐した目的などどうでもよかった。

 

『一夏は、何処だっ……』

 

 殺気を込めて問う千冬。

 常人ならばこれだけで泡を吹いて気絶するところだが、巨人に搭乗していた少女はそれを意にも介していないようだった。

 

『安心しろ。お前との決着を付けたら放してやる。私とお前との決着には相応しい生贄だ。そうは思わないか、織斑千冬?』

『一体何を言っている!?』

 

 逆上する千冬の疑問に答えるかのように、巨人の胸部にあるコックピットが開かれる。そこにはバイザーで素顔を隠した少女がいた。

 今がチャンスだと、零落白夜で斬りかからんと身を乗り出そうとする千冬であったが…………がその動きは、ピタリと止まってしまった。

 

「私だよ、姉さん。この顔が分からないか」

 

 開かれるバイザー。

 そこには、小さい頃の自分と瓜二つの顔があった。

 

「なッ、お前、は―――――」

 

 分かってしまった。

 目の前の少女が、何者なのか……だが、受け入れられない。

 

「馬鹿な……あの計画は、既に頓挫になった筈だ……何故、なぜお前(姉妹)がここに……!?」

「分からないだろうな、逃げ出したあんたには。自分だけ好きな夢を見て、本来背負う筈だった未来を私に押し付けたあんたには! この顔を見ろ! 私はお前だ! 劣っていると知りながらお前に運命を押し付けられた……搾りカスだ」

「何故一夏を攫った!?」

「何故だと? 『大人達』が、お前達姉弟に追手を差し向けなかったのが答えだよ、姉さん」

 

 その返答を聞いた千冬の顔が、青ざめていく。

 その答えで、全てを察してしまった。

 世界よりも、未来よりも、最愛の『おとうと』と生きていく道を選んだ。

 

 だが、もし。もう一人いたとしたら。

 

 救われなかった『いもうと』がいたとしたら。

 自分が捨てた世界と未来を、劣っていながら押し付けられた存在が、いるのだとすれば。

 

「あ……あぁ……」

 

 今までの怒りが嘘であるかのように、溢れ出る罪悪感が千冬を押しつぶさんと襲い掛かった。

 

「何故……そうだとして何故一夏を攫った! 私に復讐したいのなら、私にだけ挑みに来ればいいだろう!? 自分が何をしたか分かっているのか!? このままでは死ぬぞ!」

「どう死のうが私の自由だ。そう……私は自由だ」

 

 自由――――噛みしめるようにそう言うマドカ。

 お互いに呪われた遺伝子を宿した姉妹の初対面は、必然というべきか穏やかなモノではなかった。

 

「このままでは世界を敵に回すぞ!?」

「いけないか!? 世界を敵に回して!? 一度『白騎士』として世界を敵に回し、勝利したアンタがそれを言うのか!?」

「あの時と今では違う! 巡洋艦やミサイルなんかじゃない、ISの発祥した世界を敵に回すんだぞ!?」

「ならここで世界に勝利すれば、私はあんたを超えられる。そう言いたいんだな姉さん!?」

「違う! 私はお前に――――!!」

 

 言い返そうとして、それ以上千冬の言葉は続かなかった。

 今更そんな事を言って何になる?

 自分のせいで、この少女の存在のおかげで自分は今まで、弟と一緒に幸せに暮らす事ができた。

 知らずとはいえ、この目の前の妹を勝手に生贄にし、それで掴んだ幸せを謳歌してきた自分が、今更姉としてどんな言葉を送るというのだ?

 

「……ッ」

 

 悔しさと罪悪感のあまり、拳を握る千冬。

 そんな千冬を見たマドカは、もう話す事はないと言わんばかりに、しゃがみ込ませた試作型エクスカリバーの巨体を立ち上がらせる。

 

「これ以上姉さんの好きにはさせない。私は呪われた運命を打ち破る!」

 

 もう、話す言葉はない。

 その機会はとうに過ぎている。いや、そもそも永遠に訪れる機会などなかったのかもしれない。

 後は、互いに壊し合うだけだ。

 

「そのために、まず貴様を殺す!!!」

 

 さあ、始めよう。

 救われる者なき戦いを。

 勝利者なき戦いを。

 

 呪われた遺伝子を持って生まれた姉妹は、出会うことなくすれ違い続けた彼女達には、もはやそれしか残っていなかった。

 



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開戦

『君よ 飛び立つのか 我らを憎む世界へと

    待ち受けるのは ただ過酷な明日 逆巻く風のみだとしても』

――――「CRISIS CORE FINAL FANTASY Ⅶ」より、ジェネシス・ラプソードス

 

 

     ◇

 

 

 成功試作体第一号である自分と、第二号である一夏があの施設から脱走したにも関わらず、何故『大人達』が追ってこないのか、疑問に思わない訳ではなかった。しばらく警戒もしたし、四六時中一夏を手元から離さない事も心掛けた。

 態と隙を見せて誘い出そうともしたが、彼らの影は見えなかった。

 そこで、私は安心してしまったんだ。

 彼らはもう自分達を見つけられない、もしくは見つけようとしない。私達の事を諦めてくれたのだと、そう思っていた。

 だが、そもそもその前提が間違いだった。

 

――――そもそも、あいつらにそんな必要なんてなかったんだ。

 

 考えても見ろ。

 私は第一回モンド・グロッソ大会で優勝し、ブリュンヒルデの称号を勝ち得た。そして一夏はその究極の遺伝子を、人類を、より長く繁栄させるために生まれた個体。その種を、あろうことか私が態々外に連れ出したのだ。

 『大人達』の目論見はとうに達成されているじゃないか。

 

 だが、そこまで考え至っても、私はまだ、能天気な奴だったのだと、思い知らされた。

 

「この顔に覚えはないか、姉さん」

 

 小さい頃の私と、同じ顔。

 一目で分かってしまった。

 目の前の、一夏をこの島に攫ったであろう少女の正体、全てわかってしまった。

 何故、一夏をここに攫い、私をおびき寄せるような真似をしたのかも、全て。

 

 それでも、信じられなかった。

 いや、信じたくなかっただけだ。私は、あの『大人達』から逃げていたのではなく、己の犯した業から逃げ続けて来ただけだったのだと、一夏を守る事を理由にそこからずっと逃避してきたという事実を認めたくはなかった。

 

「お、お前、は……」

 

 何で、どうして思い至らなかった?

 『大人達』が私達を追ってこなかったのは、目論見が達成されるだけでなく、そもそもまだ『代わり』がいたからだという事実に。

 

「分からないだろうな、逃げ出したあんたには。自分だけ好きな夢を見て、本来背負う筈だった未来を私に押し付けたあんたには! この顔を見ろ! 私はお前だ! 劣っていると知りながらお前に運命を押し付けられた……搾りカスだ」

「何故一夏を攫った!?」

「何故だと? 『大人達』が、お前達姉弟に追手を差し向けなかったのが答えだよ、姉さん」

 

 私が常々思っていた疑問を、そのまま答えにして目の前の少女は返してきた。

 

「何故……そうだとして何故一夏を攫った! 私に復讐したいのなら、私にだけ挑みに来ればいいだろう!? 自分が何をしたか分かっているのか!? このままでは死ぬぞ!」

「どう死のうが私の自由だ。そう……私は自由だ」

 

 自由――――そう噛みしめる少女の言葉の重みを、私は実感していた。いや、目の前の『いもうと』はそれ以上の実感を噛みしめているに違いない。

 私もそうだった。自由を手に入れたかった。『大人達』が生み出した第二成功例である一夏を見た瞬間、自由になってこの弟と一緒に普通に暮らす事を夢見た。

 

 そうだ、私が今までその自由を謳歌する事ができたのは、この少女のおかげだ。私がこの少女を生贄にし続けてきた事で、私達姉弟は自由を手にする事ができていたのだ。

 ……私がブリュンヒルデとして有名になった後、『大人達』が追ってこなかったのも、全てはこの少女のおかげだったのだ。

 

 私は、この『いもうと』に対して、許されない事をした。

 

「このままでは世界を敵に回すぞ!?」

 

 でも、だからこそ私は叫んだ。

 ここにいるという事は、この妹もまた自分と同じように抜け出した『自由』を手にしたという事だ。

 それならば、まだ間に合う。

 幸い、あの会場で死人はまだ一人として出ていない。

 こんな形とは、せっかく、せっかく出会えたんだ! 今まで一夏に向けていた、姉としてすべき事を、この子にもしてやろうと、そう思った。

 だが、妹はそんな私の手を振り払うかのように言い返した。

 

「いけないか!? 世界を敵に回して!? 一度『白騎士』として世界を敵に回し、勝利したアンタがそれを言うのか!?」

「あの時と今では違う! 巡洋艦やミサイルなんかじゃない、ISの発祥した世界を敵に回すんだぞ!?」

 

 『白騎士事件』――――ソレを言われた途端、私の心臓がドクンと跳ね上がった。

 そうだ、私も一度世界を敵に回した。そして勝利した。だが、それは決して友人の凶行を止めんとする善意から行ったものではない。

 私は私の生かす場を作りたくて、それで友人の口車に乗って、あの茶番劇を演じた。

 

 そうだ、所詮は友人のバックアップがあってこその戦いだった。

 だが、この少女が行おうとしている事は違う!

 ISの技術が浸透し、発達した世界を敵に回すのだ。

 巡洋艦や空母、ミサイルなんて目じゃない。このままでは軍のIS乗りは愚か、モンド・グロッソ会場を襲撃された事に怒った戦乙女(ヴァルキリー)たちをも敵に回す事になる。

 私のように遺伝子の力を借りて振るう力ではなく、紛れもない己自身の力でその座を勝ち取って来た戦乙女たちもが、敵に回るのだ。

 

「ならここで世界に勝利すれば、私はあんたを超えられる。そう言いたいんだな姉さん!?」

「違う! 私はお前に――――!!」

 

 その先を言おうとして、私の言葉はそこで止まってしまった。

 

(今更、私は何を虫のいい事を言おうとしている……?)

 

 姉として、君が生きている事が嬉しかった? 違う! 私はそもそも存在すら知らなかったじゃないか! 

 知りもしないで、私は自分が背負う筈だった運命と未来をこの子に押し付けた!

 そんな私が今更この子にどんな言葉をかけろと?

 

「これ以上姉さんの好きにはさせない。私は呪われた運命を打ち破る!」

 

 最早、私達がお互いに話し合える事はないと言わんばかりに、『いもうと』は憎悪の目を私に向けて来る。

 その憎悪の原因を私は容易に想像できた。

 私が『大人達』から受けた仕打ちすら生ぬるい、姉である私と比べられ続け、更にその上での仕打ちを強いられたのだ。

 

 ……私は、ソレを知らず、この少女を生贄にして手に入れた幸せを謳歌してきたんだ。

 

 それでも、その断罪を受け入れようとは思わない。

 

(すまない……すまない、私は、死ねないんだ、お前に断罪されようとは思わない……)

 

 自分だけが断罪されるのであればそれでいい。

 だが、この妹は自分が幸せの象徴である弟すらも巻き込んだ。私がこの少女を生贄にした咎を、あろうことか弟にも背負わせる羽目になった。

 

 勿論、根本的に原因は彼女ではなく、自分。

 

 それでも――――

 

「そのために、まず貴様を殺す!!」

 

 私は、今ここでお前に断罪される訳には行かない!

 お前にその権利があろうと、私は――――

 

 

     ◇

 

 

 開戦のゴングを鳴らしたのは、暮桜の雪片による一撃でもなく、巨人の攻撃によるものでもなく、二機を襲う爆撃投下による花火だった。

 

「ッ!」

 

 驚いた顔でハイパーセンサーで上を確認する千冬。

 アメリカの非正規特殊部隊、『名も無き部隊(アンネームド)』の戦闘機による爆撃が、二機に向かって襲い掛かって来たのだ。

 その爆撃は二機の間を分割し、勃発すると思われた姉妹喧嘩はしばらくお預けという形になった。

 

『ク、ハハハハハハッ!』

 

 マドカは歓喜の笑い声を上げる。

 姉妹喧嘩に横槍を指された事による怒りではなく、場の混乱がもたらすであろう戦場の混沌に歓喜した。

 そうだ、織斑千冬だけじゃない。大人達だけじゃない。

 この世界が、敵になっているのだ!

 

――――そうだ、この時を待っていた!

 

(世界を敵に回す気かと聞いたな姉さん。そうだ、私はかつてのあんたのように世界を敵に回す。昔とは違う、ISの発達した世界に勝利する事で、私はあんたを否定し、あんたを超える!!)

 

 かつて世界を敵に回し勝利した姉が変えた世界に、今度は自分が勝利する事で、姉から奪われた全てを取り返して見せる。そして自分達兄弟の誰しもが受け入れら、必要とされ、生の充足を得られる混沌の世界を築くのだと、そう意気込むマドカ。

 

 気付け一杯と言わんばかりに、マドカは試作型エクスカリバーの頭部バイザー下に収束させたエネルギーから拡散レーザーを撃ち出し、爆撃してきた戦闘機群を撃ち落とした。

 

――――その世界に、自分の遺伝子に込められた運命から逃げ出した貴様ら姉弟は不要なんだよ!!

 

 その呪詛を剣先に込めながら、マドカは試作型エクスカリバーの長大な剣を暮桜に向かって振り下ろした。

 デカイと言って侮るなかれ、姿勢を下げ、居合のような構えから繰り出された連撃はまさしく達人のソレ。

 反撃の隙さえも与えないソレを、しかし千冬は確実に雪片で受け流していた。本来ならば刀身同士が触れただけで対象に甚大なる衝撃を与える程の一撃を、千冬は苦も無く全て受け流していた。

 ……その表情は、別の意味で苦渋に満ちていたが。

 

 剣戟では埒が明かないと思ったのか、先に刃を引いたのはマドカの方だった。

 巨人の左足を前に一歩を踏み出した姿勢で、剣を持った右腕を背後に置いてハイパーセンサーからも見えにくくするのと同時、突き出した左手の掌から熱線を発射する。

 ……刃を引いたからと言って、攻撃の手を緩めた訳ではなかった。

 強力な威力を持つ熱線を連射し、しかもその狙いの正確さから後退を余儀なくされる千冬。

 

 それだけではない、熱線の連撃に晒される千冬の頭上から、更に先ほど切り結んだ筈の巨大剣の刃先が、千冬を暮桜ごと突き刺さんとギロチンのように降って来た。

 

「ッ!」

 

 焦る事無く、千冬はハイパーセンサーでその剣を観察する。

 そして驚いた。剣が独りでに自立して襲ったのではなく、あの巨人が自分に見えないように隠した右腕が独立稼働し、それが剣を持って襲い掛かって来たのだ。

 

 熱線と、頭上からの剣の突き、それだけではなく、巨人のバイザー下からの拡散レーザーさえもが千冬に襲い掛かる。

 それだけではない、熱線と拡散レーザーは途中でマドカの意のままに弾道を変え、避け切った後もしつこく千冬に追従し、その間にも新たな拡散レーザーや熱線が放たれる。

 驚いたことに、マドカが意のままに操るであろうそれらの弾丸一つ一つは、数が増えてもその動きが雑になる事はない。

 むしろマドカがそれらに徐々に順応してきたのか、その正確さはむしろ増しつつあった。

 

――――これ程で、まだ扱い切れていなかったというのか!?

 

 己の妹たるその少女の底の知れなさに、千冬は舌を巻いた。

 機体の性能だけではない。そこには戦士としての闘気の凄みが感じ取れる。

 実戦による殺し合いを経験していない戦乙女たちとは違う、この妹は本気で世界を敵に回すだけの力と、その覚悟と技量が備わっているのだ。

 

 あの少女は、自分自身を指して搾りカスと称したが、全然そんな事はないのではないかと思う。むしろ、逃げ出した自分よりも、あの妹の方が余程“優性”なのではないかと、そう思わずにはいられなかった。

 

 もはや捌ききれず、一度のレーザーや熱線が一気に、同時に襲い掛かってくるその微妙なタイミングを見図り、千冬はついに単一仕様能力を発動した。

 

 零落白夜――――エネルギー無効化攻撃。

 それはISのシールドエネルギーはおろか、敵のエネルギー兵器の類すら無効化できる代物。それと引き換え自分のシールドエネルギーも消費してしまうという諸刃の剣であるが、千冬がこれまでモンド・グロッソの数々の戦乙女たちを打ち破り、決勝に来れたのもこの能力によるものが大きい。

 だが、その燃費の悪さ故、千冬がそれを発動するのは決まって、()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()

 いまこのISの歴史上初めて、ここで初代ブリュンヒルデは零落白夜を、相手を倒す為ではなく相手の攻撃を打ち消すためにだけに使用した。

 

 刀身に零落白夜を放ちながらスラスターを吹かし、弾幕群から抜け出す千冬。後少しでもタイミングを逃していれば、チャンスは一生来なかっただろう。

 そんな九死に一生を得たであろう状態でも、千冬の息に乱れはなかった。

 

『さすがは姉さんだ! さすがは私のオリジナル! プロジェクト・モザイカ試作成功体第一号! だが、それも今日までだ!!』

 

 憎悪と崇拝の入り混じった嘲笑が響き渡る。

 遠回しに、お前という遺伝子の創造のために何人の兄弟が犠牲になってきたかという厭味だった。

 

「ッ、ああそうだ……私はッ……私達はそうやって、生み出された……」

 

 その意味を理解していた千冬は、苦渋の表情を浮かべる。

 一夏も自分もあの破壊神を駆る妹も、作られた怪物(ビースト)

 今まで弟の一夏と共に普通の幸せを享受する事でそこから逃避していたが、再び直面する日がやってきた。

 いや、逃避し続けてきたからこその報いが、今日この日だったのだ。

 

「それでもッ、一夏を見て、生まれる瞬間を見て、普通の幸せを享受できると思ったッ……」

『私を生贄にして、か?』

「そうだ……知らずの内に、お前を利用し、生贄にした。許される事じゃないッ……」

『生憎、私はお前に許しを請われたくてここにお前を誘ったんじゃない! お前は既に、私が憎む大人達の一人、だ』

「ッ……」

 

 言い返す事のできない千冬。

 この力を、遺伝子を、自分が生かされる場がある世界へと作り変える為に、世の風潮すらも覆して自分勝手に振るった。目の前の少女と同じく、周囲の大人達を信用していなかった自分は、それが弟を守る一番の手段なのだと思い込んでいた。

 『大人達』から与えられた呪いを、目の前の少女に押し付け、『大人達』から与えられた力のみを都合よく使った、ただの子供だった。

 そんな自分もいつの間にか大人になっていた。いつの間にか、周囲からそう見なされるようになっていた。

 いつの間にか、自分が目の前の少女と同じように忌み嫌っていた筈の、無責任な大人達に仲間入りしていたのだ。

 

『あんたがどれだけ私に詫びようが、貴様という存在がある限り、私は一生影のままだ。故に、貴様を葬る! 私にそうさせた貴様と、私にそう言い聞かせ続けてきた『大人達』を殺す事で、私はその全てを取り返して見せる』

「それは、ただの思い過ごしだ。現にお前は、お前という一人の人間としてここに立っている」

『ハッ、そう言って貴様はまた逃げ続ける! 貴様はいい! 奴等から与えられた呪いを私に押し付け、与えられた力だけを都合よく振り回した! 私が影であり続けたからこそ、貴様はそうやって言い逃れ続ける!』

「……」

『だが、お前達も決してこの運命から逃れはしない! 貴様がこの戦いに勝てば、今度は影になるは私ではなく、貴様の弟だ! この意味が分かるか!?』

「ッ!!?」

 

 ハっと、千冬は目を見開いた。

 自分がこの戦いに勝ち、目の前の少女を葬っても、また別の影が自分の生贄になるだけ。今度は、一夏がソレになる番だとでも言いたいのか!?

 

『これも貴様には分かるまい! 一生『光』であり続けられる貴様には、その光と比べ続けられる『影』の気持ちなどな!』

 

 間違いなく、自分が消えれば今度は影になるのは自分達のもう一人の兄弟たる織斑一夏であると、マドカは確信して言った。

 それは、この女尊男卑の世界では、そんな世界最強の姉と比べ続けられる弟という認識が完成すれば、間違いなく織斑一夏は『第二のマドカ』になる。

 

「だが……それでもッ」

『分かったろう! 貴様は誰も守れやしない! 自分の身さえな!

 ――――死ね!』

 

 動揺した千冬の隙をつき、巨人の剣を振り下ろすマドカ。

 相手の動揺を誘い、その隙を狙うのは戦場では常道。

 

 あまりのショックに立ち直れない千冬に、その凶刃が振り下ろされようとした、その直前だった。

 千冬を暮桜ごと両断する筈だった巨人の剣は見事に空振り、地面に巨大な切り傷を残して終わった。

 

「ハハハ、初代ブリュンヒルデが随分と情けない姿じゃないカ」

「お前は……」

 

 千冬の窮地を救ったのは、決勝で彼女と戦う筈であったイタリア代表の戦乙女(ヴァルキリー)にして、イタリアの第一世代IS『テンペスタ』の操縦者であった。

 

「アリーシャ……アリーシャ・ジョセスターフか!?」

「見ていられないネ。今のアンタの焦りは、王者らしからぬ滑稽ダ」

 

『邪魔だ! 戦乙女(ヴァルキリー)!』

 

 横槍に怒ったマドカが、試作型エクスカリバーの頭部バイザー下から拡散レーザーをアリーシャと千冬に向けて乱射する。

 それを華麗に避けるアリーシャであったが、偏光制御射撃による曲がる弾道が二人を逃がしはしない。

 担いだ千冬を投げ飛ばしつつ、避けるアリーシャであるが、さすがに千冬のようには行かないのか、装甲に所々拡散レーザーのホーミング弾が掠っていく。

 

「ッ、悪いがブリュンヒルデ! ここは私と一緒に一時撤退させてもらうヨ!」

「アリーシャ……だがッ……」

()()()()()()()()()()()、あれを倒すべきなのはあんたダ。だが……今のアンタじゃアイツとは戦えないネ」

「それは……」

 

 白々しく話しを聞いていなかったと言い張るアリーシャに呆れる暇もなく、千冬は言い淀んだ。

 そうだ、この戦いの根本は千冬が招いた事。自分達を作った『大人達』に対する後始末も付けず、呪いをあの少女に押し付け、貰った遺伝子の力だけを都合よく振るい、今まで己の遺伝子と向き合ってこなかった千冬こそが、根本の原因だった。

 無論、更にその根本をさかのぼればそんな呪われた彼らを造った『大人達』こそが諸悪の根源だが、少なくとも今この場にいる根本の原因は千冬なのだ。

 

『逃がすかっ!』

 

 共に愛機にスラスターを吹かして逃げようとする二人に向け、マドカは両腕(アーム・ビット)を切り離し、オールレンジ攻撃で二人を狙い撃つ。

 ビットの数そのものは二つと少ないが、そこから放たれる熱線の威力と、曲がる弾道。

 

 それらを避ける事は困難だったが、思わぬ助け船が二人を助けた。

 いや、正確には違った。

 

「ちっ、お構いなしカ!」

 

 曲がる熱線ビームの数々を避けるアリーシャを更に襲ったのは、到着したイギリス空軍による攻撃だった。

 当たり前だ。これはモンド・グロッソの会場を滅茶苦茶にした巨悪を一丸になって滅ぼす戦いにあらず、各国が互いの暗部を隠蔽しあう戦いなのだ。

 隠蔽に懸かる国は大国アメリカと、イギリスとドイツ。

 前者のような思想を持って軍を派遣してくるのはそれ以外の国。

 三つ巴や四つ巴では済まさない。

 

 だが、アリーシャにダメージを与えたその攻撃は、マドカのビット攻撃すらも妨害し、マドカは一度切り離した両腕(アーム・ビット)を戻さざるを得なかった。

 仕留めきれなかった悔しさを噛みしめながらも、マドカはコックピットの中でニヤリと笑った。

 

 ようやく到着した各国の空軍がISも交えて自分に攻撃をしかけてくる。

 いや、中には巨人の存在を露呈するのを恐れた米軍やイギリス軍が他国軍を攻撃している光景もハイパーセンサーを通じてちらほら確認できる。

 

『いいだろう、一時休戦だ姉さん。どちらがより獲物を屠れるか勝負と行こうじゃないか……!』

 

 そこには、姉と別の形で張り合えるという、妹としての確かな喜びがあるのをマドカ自身が気付く筈もなく、マドカはただ、世界が自分の思うように傾いている事に歓喜を抱いた。

 島に次々とガスマスクをした多国の歩兵が乗り込んでくるのが確認できる。

 敵は自分だけにあらず、そんな暗部の漏洩を防がんと攻撃してくるイギリス軍とアメリカ軍。

 

 ならば、いよいよあいつ等の出番ではないか。

 

『お前達! 出番だ、出てこい!』

 

 島中の少年兵たちに指示する共に、その響き渡る銃撃は一掃激しくなる。

 

『さあ、大人達を殺せ! 全部殺せ! 奴等の全てを奪い取って、私達の自由を奴等から取り返せ! 私達の『天国の外(アウター・ヘブン)』のために!!』

 

『オオオオォォーッ!!』

 

 マドカの声に指揮を上げた少年兵たちが、遺伝子強化体たちが、一斉に武器を手に取り、ある者は装甲車に乗り込み、ある者はISに乗り込み、ある者は木陰に潜んで奇襲の機会を伺う。

 地上戦は白熱する!

 

 ならば此方()も盛り上げねば!

 

『ハ、アハハハハハハハッ!!』

 

 空中の戦闘機部隊やIS部隊を次々と撃墜させながら、マドカはただただ玩具の手に入れた子供のように燥ぎ、己の憎悪を糧とし試作型エクスカリバーから齎される力に溺れていた。

 

――――さあ、戦いは始まったばかりだ姉さん! 敵は私だけじゃない! この世界が私達の敵だ! ここが私達兄弟の本来の居場所だ! どちらが生き残るか、勝負と行こう!

 

 この戦いに、勝者はきっといない。

 それでも、最後に生き残った者が勝ちだと、マドカはそう信じてその剣を振るい続けた。

 




マドカ:自分の遺伝子に拘りすぎてる。
千冬:原作でもそうだけど、一夏やマドカ、ラウラといった自分の遺伝子関係と向き合わなさすぎる。

うーむ、この両極端な姉妹よ。


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遺伝子の呪い

赤城加賀掘りが終わったので投稿です


 空でのISや戦闘機による戦いが白熱する一方、地上でも泥沼と化した戦場が広がっていた。

 次々と島に突入していく多国の歩兵たち。

 彼らの多くは自分たちの名誉あるモンド・グロッソ大会の中止を余儀なくされた怒りから派遣された多国の軍の中には、自分たちの暗部の漏洩を防ぐために派遣されてきた軍も存在し、彼らの攻撃は子供たちに向けてだけではとどまらず、ともに島に乗り込んできた他国の軍にも向けられていた。

 アメリカ、イギリス、ドイツ、ルクーゼンブルク公国……アメリカは試作型エクスカリバーを未登録コアごと手に入れんと、イギリスは試作型エクスカリバーの存在を何としても闇に葬らんと、ドイツは何としても他国に自身が生み出した遺伝子強化体の存在を多国に漏らしてはならないと、ルクーゼンブルクは自国が大量に所有する未登録のコアの存在を他国に漏らさんと。

 第二回モンド・グロッソ大会を滅茶苦茶にせしめた巨悪を打倒すなどという建前とは裏腹に、こういった国の存在のおかげで、本来少年少女たちの敵となる筈だった『世界』は最早一つではなくなっていた。

 他国の軍から攻撃を受けたという事実、それが無数の疑心暗鬼を仰ぎ、本来ならば敵対する理由は必要のない国同士の軍隊すら銃を向け合おう。

 これだけならば、誰か聡明な者がこの状況に一早く気付き、何とか対処し、誰が敵で誰が味方かをハッキリさせようとするかもしれないが、その判断すらも鈍らせるものが、この戦場には散らばっていた。

 それは。

 

「う、うぁ……く、苦しい……」

 

「おい……まさか、さっきの流れ弾でガスマスクが故障したのか!?」

 

 突如として苦しみだしたドイツ軍の兵士が、このアフリカの自然豊かな地面に倒れ込み。もがき苦しんでいた。

 隣の兵士が急いで駆け寄り、新調のガスマスクを司令部に要請しようとするが、間に合わない。

 仲間を助けんと無線機を手に取った兵士の頭を、一発の銃弾が貫いた。

 木陰に潜んでいた少年兵が撃った小銃の弾が、兵士の頭へと命中した。

 

 そう、こんな少年兵の気配すらも察知できぬ程に、彼ら大人の兵士たちの判断力を鈍らせている要因……それは、この島中に蔓延している毒素だ。

 原因不明の毒素。強いて判明している事があるとすれば、それは大人達に多大な脅威を齎し、そして子供達には無害であるという事だけ。

 そう、この地は最早子供達の王国。

 ここに侵入してくる大人達は、ナノマシン抗体を投与されたものや、ガスマスクと防護服を着用した者でなければ例外なく、あの空を舞う巨人からばら撒かれるBTナノマシンにより、体内から細胞を食われ、分解され、壊死していく。

 

 それらが分かっているからこそ、少なくとも今判明している絶対敵(少年兵)たちがそのアドヴァンテージを獲得していると分かっているからこそ、彼ら大人達は冷静な判断力を鈍らせていた。

 死の恐怖が、常に自分達の周囲に蔓延しているという恐怖が、そして敵があの少年兵たちだけではないという事実が、この極限状態を作り出していた。

 

 そう、世界は今、割れようとしていた。

 

 多くの暗部が蔓延り、大人達を殺す毒素が蔓延し、本来ならばアラスカ条約によって禁止されている筈のISの兵器運用すらもが成されているこの極限状態が、まさか一人の子供によって作り出された惨状である事を、誰が想像できようか。

 敵は巨悪だけではなく、自分達大人自身の醜悪さすらものが敵なのだ。

 

 先を進めばそこにあるのは混沌。

 しかも、この戦場とされている場所は、本来ISやここに持ち込まれた暗部、そして襲撃されたモンド・グロッソとは何の縁もない、それでいながら国連から一つの国として認可されている土地の一つなのだ。

 何の関係もない国で、少年兵たちと、各国の特殊部隊、それらのほとんどが真の事情を知らぬまま、この国の正規軍の目の届く前でこうして殺し合っている。

 

 戦いが終結した所で、誰一人として得るものがない戦いなのだ。

 ここの戦いに意義を見出している者達がいるのだとすれば、それはおそらく――――。

 

「大人だぁッ!!」

「大人達だぁッ!」

「やっちゃえッ!!」

 

 今まで大人達に対して積もり積もった怨念をぶつける機会を得た、少年兵や遺伝子強化体たちだけであろう。

 彼らはただただこのひと時を待っていたのだ。大人達と戦争し、大人達を殺し、自分達の王国の建国の日を、武を以て示すこの日を、その狂乱の時を待ち続けていたのだ。

 子供であるが故の浅慮、だがそれ故に彼らは大人達にとっての脅威になり得た。

 そも、大人達にとって自分達が倒すべき絶対敵が子供達であったという事自体が想定外の出来事だったのだ。

 第二回モンド・グロッソの会場を襲撃し、中止に追いやり、あまつさえ開催国の政府に世界最強の遺体を要求して見せる程の肝力を持った者達が、こんなに小さいとは思わなかったのだ。

 彼らは何も知らず、何の覚悟もないままこの子供達の王国に足を踏み入れてしまっていた。子供を殺す覚悟も、子供に殺される覚悟も持ち合わせぬまま。

 故に、モンド・グロッソを妨害した絶対敵から目を背け、そこには彼ら大人にとっての都合のいい敵がいたのだ。

 理由は分からないが、明確な敵意を掲げて此方に銃を向けて来る、自分達と同じ大人の部隊もまた敵としてこの戦場にいたのだ。

 根が善良な大人達にとっての都合のいい敵は、同じ大人達だった。

 

 そんな大人達同士の争いに、漁夫の利を仕掛けない少年兵たちではなかった。

 装甲車に乗り込み、遠くから小銃を連射して大人達を鉢の巣にしていく。戦場において屠るべき敵から目を逸らした末路がどうであるかは、語るまでもない。

 大人達は子供達を殺す事に僅かばかりでも抵抗を覚えるが、少年兵たちにはそれがなかった。

 ただ、王の命令のままに狂乱の時を楽しんでいた。

 

『殺せ! 大人達を殺せ!』

 

 王からの命令が下る。

 彼らに大人達など必要なかった。彼らには王がいた。

 同じ子供でありながら、どの大人よりも優れた能力を持つ王が、彼らにはいるのだ。

 

 銃声が飛び交う島のジャングルの中、一機のIS、かつて亡国機業のオータムの専用機として運用されていた、〈アラクネ〉と呼ばれるISが大人達の部隊を蹂躙していた。

 装甲の一部である、顔面を覆うマスクには六つの複眼らしき模様が描かれ、本体の手とは他に、八つの装甲脚が取り付けられた、蜘蛛のような形状の大型IS。

 顔の見えない搭乗者の後ろから伸びている髪の色は、かつての搭乗者のものである栗毛色ではなく、光を反射し刃物の如く煌めく銀髪。

 

「フ、フフフ……」

 

 複眼模様のマスクの下で、銀髪の少女は興奮のあまり笑いを抑えきれなかった。

 アラクネを展開した少女の眼下には、無数の大人達の屍が積み重なっている。少女に名前を与え、そして理不尽に奪っていった大人達が、今の自分の下に倒れて無様にその生を終えたという事実が、少女の今まで抑えていた感情を爆発させんとしていた。

 

「フ、アハハハ!!」

 

 マスクの下で、その黒い眼球の中でひと際目立った黄金の瞳が開かれ、少女は嗤った。

 ああ、何という昂揚だろうか。これ程の思いと感情が自分の中で渦巻いていたなんて思いもしなかった!!

 合成された遺伝子配合から作り出されたいびつな生き物、決して日を浴びる事のない怪物(ビースト)

 故に、大人達は自分達の存在を日の目に出す事はなかった。自分達で生み出しておきながら、存在してはいけないものと、失敗作という烙印を押し付けて、此方の意志など無視して処分しようとまでした。

 大人達は無責任だ。自分達を処分する事を己の責任だと法螺を吹き、更にはその責任を取る己に対して陶酔する。それが大人という生き物なのだと、少女が崇拝する王はそういった。

 

 ああ、正にその通りだと、少女は思った。

 

 故に、世界中の大人は駆逐されなければならない。

 自分達兄弟は散々その身勝手な大人達から色々な仕打ちを受けたのだ。自分達が大人達にそれをやり返してもバチなど当たらない。

 そうだ。

 お前達は、大人達はこの世界にいらない!

 

「私達に、貴方達は必要ない!」

 

 自分に砲口を向けてきた戦車部隊を片づけ、死体が埋もれた鉄くずの上に立ち、少女は叫んだ。

 

「私達の世界に、あのお方の世界に、お前達はいらない!!」

 

 そうだ、自分にもう大人達は必要ない。

 自分に戦闘訓練を叩きこむ大人達も、名前を与えてくれる大人達もいらない。

 少女には王がいる。

 自分に、『クロエ・クロニクル』と名付けてくれた王がいるのだ

 だが、自分の名前は決まっていても、あのお方の名前はまだ決まっていない。

 

『私は、私の原点を駆逐し、初めて自分に名前を付ける。だから、それまで待っていろ』

 

 そう名前だ。己の存在意義、己の存在理由。

 あのお方は自分にそれを与えてくださったのに、あのお方にはまだそれがない。この戦いが、あのお方の名前を決めるための戦いだというのならば、勝利を献上しなければならない!

 

「ま、待ってくれ……」

 

「ゆ、許してくれ……!!」

 

 辛うじて生き残っていたのか、鉄くずの中から二人程の大人が出てきた。

 銃を捨て、こちらに降参の意思表示を示していた。

 彼らの精神はもうボロボロだった。

 訳も分からず自分を攻撃してくる他国の軍隊、そして子供達を相手に戦争をしなければならないという事実。

 極めつけに、この息苦しいガスマスクを取れば、自分達は即座に辺りに蔓延した謎の毒素によって命を奪われるというこの極限状況が、彼らの精神をこれ以上にない程追い詰められていた。

 

 そんな大人達の命乞いを、クロエは鼻で笑った。

 あまりにも、滑稽すぎて。

 

 助けて、許して、殺さないで。

 

「そんな言葉すら吐けずに、処分されていった兄弟達が、今まで何人いた事か……貴方達にそんな言葉を言う資格なんてない!!!」

 

 アラクネの装甲脚に取り付けられたブレードで一振り、それだけで二人の大人の身体は真っ二つになり、宙を舞った。

 

「アハハハッ、貴方たちには分からないッ! 私達はそんな言葉を吐く事すら許されなかった! そんなお前達大人があろうことかそんな言葉を吐くなんて――――」

 

 絶対に、許すものか。

 

 お前達は名前を与えられた、己の存在意義があった、日の目を見る事が出来た、理不尽な状況に対して嘆く自由もあった。

 戦場においては誰もが平等だ。戦場は不平等だと嘆く輩は多いが、自分達にとっては戦場こそが唯一平等を感じられる場所。そのように、大人達は自分達を造った筈なのに、その所業を見て見ぬふりをして受け入れない。

 戦場という何よりも平等を感じ取れる場所で、それ以上の平等を享受してきた者がその戦場で不平等を嘆くなど、おこがましいにも程がある!

 

 泣くように嗤うクロエの頭上から、更に大人達の部隊が降ってくる。

 先よりも殺意を感じさせる装備。

 アラクネを自国に取り返さんと迫る米国の特殊部隊、名も無き部隊(アンネームド)。この戦いにおいて、おそらく一番試作型エクスカリバーに拘っているであろう部隊。

 

「大人達は、殺す」

 

 私達は、造られた怪物(ビースト)

 

 世界が私達を受けいれいないというのであれば、私達を受け入れてくれる、必要としてくれる混沌の世界を築き上げる。

 真の平等のために!

 

 全ては、私に名前を与えて下さったあの方に、名前を付ける為に。

 

 

 他の場所でも、少年兵たちは暴れまわっていた。

 戦いに生ける兵器として造られ、戦う事を強要されてきた遺伝子強化体たち。アフリカな理不尽な自然の中で、大人達から理不尽な仕打ちを受けてきた少年兵たち。

 あらゆる戦いに適応し、圧倒せしめる遺伝子強化体たちと、アフリカの大自然で生きてきた少年兵たちの相性は、この地においては抜群な相性を誇った。

 

 彼らは酔いしれていた。

 辺りに蔓延した毒素により弱っていく大人達、そして空より振ってくる、王からの支援攻撃。

 彼らは試作型エクスカリバーによりもたらされる力を、自分達の物と錯覚し、狂うように弾丸をばら撒きながら、大人達に抗う戦士という己に自己陶酔していた。

 

 彼らは最早少年兵ですらなかった。

 死を恐れず、大人達を殺す事に快楽を見出す怪物(ビースト)と化していたのだった。

 

 

     ◇

 

 

「こんな物かっ!? もっと来るがいい! そして殺されろ! 見てるか姉さん!?」

 

 最早言葉にすらなっていない興奮の声を上げ、マドカは試作型エクスカリバーの中で何処かに潜んでいるであろう姉に呼びかけた。

 返事は勿論帰ってこない。

 だが、その存在をマドカは肌で感じ取っていた。

 同じ遺伝子を持つが故のつながりか、理屈は分からないが、同じ舞台に自分達姉妹が戦っているという事実に、マドカは更に胸を高鳴らなせた

 

 次々と試作型エクスカリバーに撃墜されていく戦闘機。

 いくつの国の部隊を落としていったかは数えるのも億劫だった。

 そんな快勝を続ける、マドカが駆る試作型エクスカリバーに新たなる機影の群が更に近付いてきた。

 

「ふん、次から次へと……!」

 

 コックピットの中で口角を歪めたマドカは、拡散レーザーで次々と戦闘機を落としていくが、その戦闘機からパラシュートで降下した兵士たちが次々とISを展開し、試作型エクスカリバーへと襲い掛かった。

 そのISの数は20は軽く超えてきた。

 

「未登録コア……なるほど、ルクーゼンブルクまで出張ってくるとはな! 面白い!」

 

 彼らも切羽詰まっているという事か。

 これ以上馬脚を露すのもリスクであろうに、未登録コアを搭載したISを使ってでも、自分を止めたいようだ。

 

『そこの機体のパイロット! 直ちに降りろ!』

 

 戦闘にいたルクーゼンブルク公国のISパイロットが自分に呼びかける。

 戦場のど真ん中で敵に声を呼びかけるとは、呑気な連中だ。

 

『その機体のISコアは元はといえば我が国の所有物だ! 直地にその機体を我らに譲れ!』

 

 

 

 

――――という事だが、答えはどうだ?

『いやだ。絶対に行きたくない。あいつらは、英国の連中より質が悪いから』

――――そうか、ならば。

 

 

 

 

 一応のため、自身が駆る巨人のコアに問いかけたマドカであったが、コア人格はソレを拒否した。

 口角を釣り上げたマドカは、その答えを代弁するかのように、ルクーゼンブルクのIS部隊に向けて剣を振り下ろした。

 拒否の答えと受け取った、ルクーゼンブルクIS部隊は、そんな攻撃など予想していたといわんばかりに、一斉に散開してその剣を交わした。

 

「ほぅ」

 

 感心するマドカ。

 どうやら今までの奴等とは違うようだ。

 散開したIS部隊の動きをマドカは敢えて見守った。

 

 さあ、一体何を仕掛けて来る?

 力の差は歴然、この巨人を前に、あいつ等は一体どのような手を撃ってくるのだ?

 

 まるで王座に佇む王のような余裕さを醸し出しす試作型エクスカリバーの周りを、彼らは最高速で飛び始めた。

 その連携は完璧、その動きの精度はマドカの目から見ても悪くはなかった。

 そして、彼らはアクションを仕掛けた。

 

「これは……」

 

 気が付けば、試作型エクスカリバーの周囲にワイヤーが張り巡らされていた。

 ただのワイヤーではない。

 ISのエネルギーシールドを阻害する電磁波が流れるワイヤーが、試作型エクスカリバーの周囲を取り囲んでいた。

 そして。

 

『捕えろ!』

 

 一瞬の間も許さぬ速度で、ワイヤーを張り巡らせたIS部隊が各自に張ったワイヤーを引き、試作型エクスカリバーを捕えんとする。

 ワイヤーの包囲網が一斉に縮まり、試作型エクスカリバーを捕えようとする直前。

 

「ふッ」

 

 マドカは、そのコックピットの中で薄ら笑いを浮かべた。

 そして。

 

『何っ!?』

 

 彼らが捕えたのは巨人ではなく、巨人が持っていた(エクスカリバー)の方であった。

 あの一瞬の反撃すらも許さないタイミングで、マドカはその巨人の剣を包囲網の内の一本のワイヤーに引っ掛け、振るう事でむりやり突破口を作り、即座に剣を手放して、剣だけを彼らに捕えさせた。

 

 しかも、ISのハイパーセンサーすらも見切れないスピードで、その巨体を動かし、スラスターすらも使用しないでその芸当をやってみせた。

 

「方法としては悪くない。だが、あまりにもお粗末だなぁ!!」

 

 ワイヤーに捕えられた剣の柄を再び掴み、マドカはワイヤーを射出しているIS部隊ごと、その刀身を振り回した。

 

『グぅッ!?』

 

「餞別だ。受け取れッ!!」

 

 空に投げ捨てられたIS部隊に向け、マドカは試作型エクスカリバーの肩から数十発の小型ミサイルを放った。

 

『撃ち落とせェッ!』

 

 射出したワイヤーを切り離したIS部隊は、一斉に武装を構えてミサイルに向けて弾丸を連射するがそれが当たる事はない。

 彼らの狙いは粗雑な訳では決してなかった。

 

『何故だッ、何故撃ち落とせん!?』

 

 本来ならば、標的だけを意識して追尾する筈のミサイルが、自身を撃ち落とさんとする弾丸すらも避けながら、IS部隊に迫った。

 マドカが放ったミサイルはただのミサイルなどではない。

 いうなれば、ビットそのものがミサイルの役割を放つ、ミサイルビットならぬ、BTミサイル。

 マドカは数十発以上もの小型ミサイルの軌道を、その一つ一つを精密に操っていたのだ。

 さっきまでは拡散レーザーの弾の一発一発すらも偏光射撃で制御してみせたマドカにしてみればこれぐらいの事は朝飯前だった。

 

『ッ、各機、回避ッ!!』

 

 これ以上は無駄弾になると悟った隊長は部隊に回避するよう呼びかけるが、そんな隊長の英断すらもマドカは嘲笑った。

 

「残念だな。ソイツ(ミサイル)は囮だ」

 

 回避行動を取るIS部隊にマイクロミサイルは、避けられたその直前、命中していないにも関わらず、一斉に爆発し、その煙がIS部隊の視界を一気に覆った。

 ミサイルは囮に過ぎなかった。

 マドカは自身が操るミサイル一つ一つに、更に偏光射撃による拡散レーザーを放ち、さらにそれらのレーザー一発一発を制御しながら、命中させた。

 

 視界を煙で覆われ、混乱したIS部隊に向け、マドカは(エクスカリバー)を背中にマウントし、砲撃モードに切り替える。

 そして、刀身から砲身へと姿を変えたエクスカリバーの砲撃により、IS部隊は悲鳴も上げる間もなく霧散していった。

 明らかにオーバーキルであったが、それだけでは終わらなかった。

 放たれたレーザー砲撃はルクーゼンブルクIS部隊を焼き尽くすだけでは飽き足らず、その軌道を次々と変え、島の上空を飛びまわる戦闘機やIS部隊を次々と薙ぎ払っていく。

 

 砲撃を終えた試作型エクスカリバーは1秒たらずで、その砲身を刀身へと戻し、再びその剣を翳し、マドカは笑った。

 

――――一歩リードだな、姉さん。

 

 あんたがこうしている間にも、次々と犠牲者は増えるぞ?

 お前の遺伝子が発端で起こったこの戦争は、お前が私の前に現れなければ更に激化するぞ?

 早く出てこなければ、お前が作り変えたこの世界は終わり、私が望む世界が誕生するぞ?

 

 そうなれば、お前は敗北だ。

 お前は私に敗北する。

 

 そうなりたくないならば、早く出てくるといい!

 

 

     ◇

 

 

 あの光景、どこかで見覚えがあると、織斑千冬はそう思った。

 アリーシャと共に島の樹海に身を潜め、次々と葬られていく兵士や少年兵たちの断末魔を聞きながら、千冬は暮桜のハイパーセンサーだけを起動し、その戦いを見ていた。

 いや見てしまっていた。

 

「あ、ああ……」

 

 あまりにも、悍ましかった。

 圧倒的な力を持つ一体の巨人が、その巨大な騎士の姿をしたISが、次々と戦闘機やISを葬っていく。『白騎士事件』とは違う。

 ミサイルなんかじゃない、あそこには皆人が乗り、そして操縦しているのだ。

 

 悍ましい、アレは何だ?

 あれほど悍ましい物など見た事ない筈なのに、何故見覚えがあるのだ!?

 何故私は、アレに対して既視感を感じているのだ!?

 

 あの巨人に乗っているのは、小さい頃の自分と瓜二つの姿をした少女。

 まるでかつての白騎士の如く、己の遺伝子に込められた呪いを省みず、その遺伝子の力だけを都合よく振り回していたあの頃の自分によく似て――――

 

 

 

 

 

 自分に、よく似て――――

 

 

 

 

 

「……あ……」

 

 そして、ようやく気付いた。

 どうして見覚えがあるのか。

 どうしてソレを今まで悍ましいと感じていなかったのか。

 

「アレは……私じゃないか……」

 

 身勝手な理由で世界を変えようとした自分。

 あの巨人は、あの時の自分と何ら変わりなかった。

 

 白騎士事件の映像は、束のハッキングによって全世界の映像に垂れ流された。ソレは世界に大きな影響を与え、世界は瞬く間に変わった。

 ――――ISには、女しか乗れない。

 それに追い打ちするように、束の口から世界へ発信されたその事実。

 それだけで、世界は変わった。

 

 どうして、今まで気付かなかった?

 どうして、客観的に見る機会が訪れるまで、ソレに気付かなかった?

 

 あれ程の悍ましい行為を、かつての自分も行っていたという事実。

 そして、その行為を今度は自分の妹が行っているという衝撃。

 

 まるで、自分達の遺伝子にそうなるように刻まれているのだといわんばかりに、織斑千冬は過去の醜い己を、皮肉にも妹が再現するという形で見せつけられていた。

 

 『白騎士』事件と何が違う? 死人が出なかったから違わない?

 

 そんなの、ただの言い訳でしかないじゃないか。

 あの妹は、かつての自分とまったく違わない。自分は、あの妹と何にも変わりはしない。

 

 自分勝手な理由で世界を変えようとする愚か者。

 千冬が変えた世界を、今度は千冬の妹が自分勝手な理由でまた変えようとしている。

 

――――逃れられないのか? 私達は、この呪われた遺伝子から逃れられないとでもいうのか!?

 

 逃れたと思っていた。

 だけど、全然変わって何ていなかった。

 何処まで言っても、自分達兄弟は、いびつで、醜いものなのだと。

 

 その事実を、千冬は見せつけられていた。

 

「あ……ぁ……そんなぁ……」

 

 ようやく、千冬は自覚した。

 呪われた運命を身勝手に妹に押し付けた自分。

 その妹は、かつて己が行った所業と同じ事をしている。

 世界はまた、変わろうとしている。

 

 千冬が作り変えた世界よりも、もっと醜い世界へなろうとしている。

 

 自分が元凶となった呪いは、様々な形で連鎖していく。

 

 その日、織斑千冬は初めて、己の罪を本当の意味で自覚した。

 

 

     ◇

 

 

 亡国機業の本部。

 支部基地が子供達の蹶起により壊滅し、スコール達は現在そこにいた。

 幹部同士の会議を終えたスコールが、会議室から出てきた。

 

「スコール!」

 

 体中に包帯を巻いたオータムが、心配そうな様子でスコールに駆け寄る。

 見るからに、スコールは憔ていた。

 

「……オータム」

 

 オータムの姿を見たスコールが今にでもオータムに縋るかのような様子でオータムの名を呼ぶが、それはいけないと思ったのかすぐに何時もの調子に立ち戻った。

 

「オータム、上層部はついにマドカを排除する決断を下したわ」

 

「ああ。だがスコール、その……」

 

「ええ。私のミスが招いた事だから仕方ないけれど、今回の事件で私の立場はかなり危うくなるわ。何等かの形で責任を取らなければ、私も、貴女も、どうなるか分からない。……ごめんなさい、オータム」

 

 真剣な表情で、スコールはオータムに頭を下げた。

 全ては、あの子供達の蹶起を許してしまったスコールの失態だった。

 上層部はそのスコールをきつく責めた。

 

 亡国機業の幹部、それも実働部隊の隊長ともあろうものが、一人の子供を制御しきれず、今回のような事態を招いた。

 どのような原因や理由はあれど、その責任を取るのに最もふさわしい立場にいるのはスコールだった。

 

「謝るなよスコール。私だって――」

「違うのよオータム」

 

 自分だって、あの餓鬼を舐めていたから、お前だけのせいじゃないと言おうとしたオータム。

 しかし、そのオータムの言葉をスコールは遮った。

 

「私は、あの子に余計な感情を抱き過ぎていた。……こうなる前にとっとと処分しておけばよかったのに、私はソレをしなかった」

「スコール……」

 

 俯くスコールに何も言えなくなるオータム。

 

「幸いな事に、上層部はこれ以上にない、責任を取る手段を私に与えてきた」

「……それは?」

「エクスカリバーの使用権を渡されたわ」

「ッ!?」

 

 エクスカリバー――その言葉にオータムは戦慄を覚え、思わず肩を震え上がらせた。

 暴走した聖剣には、真の聖剣をぶつければいいという事なのだろうか。

 

「オータム。今回の件は非常にデリケートよ。私達にとっても、そして世界各国にとっても」

「……それは一体?」

「今戦場となっている場所は、国連がれっきとした国として認可されている地域。そこに少年兵たちというイレギュラーと、書類にない特殊部隊や、各国の正規軍が、あの国の正規軍の目の届くところで、堂々と意味のない戦争を繰り広げている。

 世界は、一人の子供の思うままのものに変わろうとしている。世界を憎む、あの子によって」

「……一部の国が自国の暗部の漏洩を恐れて、餓鬼どもは愚か他の国の部隊にすら攻撃を仕掛ける……確かに世界が割れてもおかしくない状況だな。しかも各国がこぞってアラスカ条約に反してISを兵器投入している」

「それだけならばまだ問題ないわ。先に向こうがISを使って仕掛けた戦争。言い訳ぐらいは効く。だけど、問題はソレをまったく関係のない国で、了承も得ずにソレを行い、戦争にまで発展させた所よ。しかも、少年兵たちは先にISの単一仕様能力を以て、その国の一部の住民をはじき出して勝手に占領した。当国がその事実を知る前に、各国の部隊がこぞってその地域を戦場にしてしまった。……言い訳は、最早効かなくなる」

 

 どちらが先に仕掛けたかなどもう関係ない。

 一部の国が自国の暗部の漏洩を防ぐという醜悪な理由でルールを破った事により、世界は一人の少女の望むものに変わろうとしている。

 

「影響は各国だけじゃない。ルクーゼンブルク公国すらもがこの戦いに関わった事で、事の発端が私達亡国機業にもある事が露呈する。

 あの子が望む世界は、一見私達亡国機業が望むものと一致しているように思えるけれど、だからといってその望みが叶えられれば、私達も終わる。

 だから、上層部は決めたのよ」

 

「……何をだ」

 

「上層部は現在、各国の首脳に呼び掛けて、事の事態の重さを理解させる事に尽力しているわ。そして、私にある役目を言い渡した。

 エクスカリバーの力を以て、全ての痕跡を薙ぎ払えと」

 

「ッ!? それって――――」

 

「ええ、あの地を焼く。戦場となった痕跡も、あの島に蔓延るBTナノマシンも、ISが兵器投入された痕跡も、全て」

 

 試作型エクスカリバーを巡り、引き起こされた戦いを、完成型エクスカリバーの砲撃によって終止符を打つ。

 それが上層部の出した答えなのだった。

 

「それでも大きな禍根は残るでしょうね。既に全てを隠しきるには手遅れな状況まで来ている。けれど、これしか方法はないわ」

 

「……そうか」

 

 項垂れるオータム。

 最早、『白騎士事件』など目じゃない。

 世界に衝撃を与えるには留まらない、大きな禍根まで残す。最悪、新たな戦争に発展してもおかしくない。

 ISの存在が揺らぐ可能性だってある。いや、十中八九揺らぐであろう。

 ISとまったく無関係な国の土地で、ISを用いた戦争を招いたとあっては、確実にISに反対する声が世界各国で続出する。

 そうなって、ようやく最善と言えるのが今の状況なのだ。

 

「……オータム。私は、これからエクスカリバーの制御室へ向かうわ。暫くは、一緒にいられない」

 

「ッ、スコール、分かった……」

 

 暗に、しばらく一人にしてくれという空気を醸し出すスコールに、オータムは無力感に苛まれながらもそれを了承した。

 二人は通路で分かれ、スコールはエクスカリバーの制御室へと向かった。

 

 やがて、向かう途中でスコールは立ち止まり。

 

ドンッ!

 

 不意に、その通路の壁に向かって拳を思い切り叩きつけた。

 サイボーグであるが故、拳からの出血は一切なく、逆に叩きつけられた壁が思い切り凹んでいた。

 しばらく拳を壁に凹ませたまま、スコールは荒くなった息を整え。

 

「ホントっ……忌々しい子ッ!!」

 

 まるで、今まで溜めていた感情を爆発させるかのように、叫んだ。

 周囲に人影はない故、その叫びを聞き届けたのはスコール本人のみであるが、もし周りに人がいればあまりの剣幕に退いてしまう程の迫力があった。

 

 

 悔しさのあまり、スコールは拳に力を込め、壁を更に奥深くまで凹ませた。

 唯一の肉親すら失い、幻肢痛に苛まれる日々。

 その幻肢痛を再発させ、スコールをここまで苛立たせた本人は現在、世界を敵に回して大暴れしている。

 

 思い出すのは、あの言葉。

 

『私は貴様らとは違う!!』

 

 あの日、マドカはそう言って自分達の元から去っていった。

 

『織斑マドカは自分の出生の真実を知ってしまった。クローンとして生み出された自分の運命を呪い、身勝手な大人を恨み、自らのオリジナルである織斑千冬に憎悪した』

 

 マドカを初めてエムとして迎え入れた日、彼女の底知れない憎悪をその肌で感じたスコールは、意識もしない内にマドカという少女に入れ込んでしまった。

 故に、教え込もうとした。

 今のままでは貴女は生き残れない、怒りのままに生きていても鎮まらないと、故に忍べと。機会を待てと。もっと、貴女を貶めた大人達と同じ位に醜くなれと、そうしなければ目的も果たせないと。

 

『ようはお前達も、非力な子供でしかなかったんだ』

 

 だがマドカは、そんなスコールの予想の斜め上を行った。

 自分はお前達とは違うのだと、あまつさえそんな大人であるスコールから逆に肉親すらも奪い、見事にスコールの腹の中から蹶起してみせた。

 

――――お前ではこうはなれまい。

――――非力な子供でしかなかったお前達と、この私と一緒にするな。

 

 マドカから直接そう言われた訳でもないが、それでもマドカの在り方にスコールは否が応でも己の弱さだけを惨めに噛みしめる事しかできなくなっていた。

 身勝手な大人達に全てを決めつけられたマドカを、スコールはまだ子供だった頃の自分と無意識に重ねてしまっていた。故に、あの大人達と同じように、首輪をつけて身を以て教え込もうとまでして、マドカはスコールのソレすらも跳ねのけて、その世界から飛び出した。

 

 一瞬でも、あの姿に焦がれてしまっていた。

 あの頃の自分も、彼女のように強ければ、大人達に蹶起できる能力と力があれば。

 

 それなのに、それなのに――――何故世界を敵に回す暴挙に出たのだ!

 

 試作型エクスカリバーを手土産に、どこかの組織や国に亡命して自身や仲間の生命を確保すればいいものを、何故よりによって世界を敵に回すという無謀な事をしたのだ!?

 

 あの時、私にはできなかった選択肢を持っておきながら、何故敢えてその道を突き進むのだ!?

 貴方の戦いは本来ならば私達への蹶起だけで既に終わっている筈なのに、何故、どうして!?

 私からレインを奪うだけでは飽き足らず、なぜこうも見せつけて来る!?

 

 

 今となっては、貴女の存在全てが、不愉快だ。

 

「……消してやるわ」

 

 あれほどの能力がありながら、あえてバカな選択をしたあの悪童に、最後の指導をしてやろうと。

 自分達に対する蹶起を成功するだけで、それだけで満足するべきだったのだと。

 

「消してやる。貴女の存在全てを否定する。精々、敗北の時が来るまで王様気分を楽しんでいるといいわ」

 

 

――――貴女の全てを、貴女が築き上げた王国も、貴女が望む世界も、全て、粉々にしてやるわ。

 



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怪物

 水面に墜落していった戦闘機や戦闘ヘリ(ガンシップ)から漏れた燃料によって、先の綺麗な水が瞬く間に汚染されていった湖の真ん中に浮かぶ中島。

 島に墜落した戦闘機の翼などは身を隠すためのバリケードに利用され、火薬の煙、鉛の臭いを以てその大自然を犯し尽くす。

 各国から派遣された部隊の大人達はそんな自分達の罪にすら気付かず、ただただ訳も分からぬまま大人同士で意味のない殺し合いを演じていた。

 自分達が何故この戦場に派遣されたのか、そんな意識は既に彼らの中にない。彼らにとっての本当の敵は誰なのか、それを語れる程の余裕を持つ者は既にいなかった。

 そんな混沌とした地獄を、空で次々と戦闘機やミサイルを落としながら見下ろし嘲笑う巨人を見上げ、アリーシャは呟いた。

 

「まったく、クソガキってもんじゃないさネ、あれは」

 

 いうなれば、あれは悪魔か。

 いいや、アレは悪魔ではない。あれは人間だ。人間の子。人間という怪物(ビースト)だ。

 知能のない怪物であればどれだけよかった事か。少女の仲間である子供達は、自分達が大人達から簡単に攻撃を受けない事をいいことに、そんな大人達の抗えない良心をドブに捨てるが如く、無慈悲に銃弾を浴びせるのだ。

 だからとて、子供達にまったく犠牲者がいない訳ではない。流れ弾はどうしようもなく当たり、それで命を落とす子供達も少なくはなかった。

 だが、元よりそんな認識できぬ恐怖に対して短慮な子供達がそんな事を恐れる事もなく、彼らはただ大人達と戦う戦士としての己に酔っていた。

 

 何たることか。あの少女は、自分は愚か引き連れた仲間の子供達すら同類の怪物に変えてしまった。

 あまりにも浅慮、だがそれ故に作り上げられた地獄。

 いや、それだけではない。

 周りの暴れまわる子供達が先の言ったような浅慮なのに対して、あの巨人を駆り暴れまわる少女だけはその類ではないのだ。

 

「意図してこの地獄を作り上げた……カ。ハハハ、滑稽じゃないカ。イタリアの戦乙女(ヴァルキリー)ともあろうものが、まんまとあのメスガキの思うがままにこの地獄に招かれたってかイ?」

 

 自分達の神聖な決闘場(モンド・グロッソ)を滅茶苦茶にされた怒り。アリーシャは、その怒りを己の意志として捉えたまま真っ直ぐにこの地獄の中に飛び込んでしまったのだ。……それこそが、あの少女の思うままであるのだと気付かずに。

 思えば、到底おかしな話なのだ。

 政府に世界最強の遺体という大袈裟な要求をしておきながら、自分達の居場所は知らせないという、一見穴だらけのように見える脅し。

 だが、違うのだ。あれは、他にあの巨人を欲しがる国と、ドイツ国を同じ土俵に立たせるために、あえて居場所を知らせなかった。

 出来る限り、自力でやらせる事でドイツ軍が到着するタイミングを他の国の軍と同じにしたのだ。

 居場所を知らせなかった所で、自分達がいつでも領土に向かってあのレーザー攻撃を仕掛けられる事は既に砲撃されたモンド・グロッソの件で証明済み。

 世界の注目の的であるモンド・グロッソ会場を砲撃の的に晒された以上、ドイツ政府は何が何でも居場所を特定せざるを得ない。

 

 そこまでの考えを巡らせる事のできる子供が、果たして浅慮であると言えるだろうか?

 敵を1つの勢力に限定せず、このような幾つ巴の状況を意図的に作り上げた。

 

 そうだ、自分はまさしく道化(ピエロ)だった。

 あの少女と織斑千冬の会話を偶然盗み聞きしてしまい、アリーシャは衝撃的な真実をこの際聞き流すと共に、少女の意図を理解してしまった。

 自分達戦乙女(ヴァルキリー)はまんまとあの少女のシナリオに乗せられてしまった。少女が敵対する筈だった『世界』が割れるという、そのシナリオの道化の一端を担わされてしまった。

 モンド・グロッソ大会を滅茶苦茶にされた怒りのままこの島に来たアリーシャを待っていたのは、自分が憎むべきであろう敵からの洗礼ではなく、まったく関係ない他国の軍からの銃撃だったのだ。

 無論、アリーシャは敵対するものには容赦なくその軍に対して報復してしまい、そして島の中心部にたどり着き、あの姉妹の会話を聞いて、犯人である少女の意図を悟り、さっそくアリーシャは己の行いを後悔した。

 他国軍に報復した自分、その浅はかさ、まんまと少女の意図に乗せられていた自分に。

 

 だが、それでも少女の王国も長くは続かないだろう。

 この戦いに少女が勝った所で、少女についていくであろう子供達は一体何人残ろうか。民と臣下を失った王は最早王ではない。

 ただ孤独な一匹の狼。いや、そもそも少女の本質はまさしくソレなのだろう。王の器はあっても、根っこのソレは一人で我が道をゆく一匹の狼だ。いや、王とはそもそもそういう物なのかもしれぬと、アリーシャはふと思った。

 遠目から一目で少女のその本質を見抜いたアリーシャは、木陰に腰を下ろしながら、空を埋め尽くすミサイルと弾丸の嵐を見上げた。

 

「難儀な事になったネ。そう思うだろう、ブリュンヒルデ?」

 

「……」

 

 一緒にこの安全地帯に身を潜めている千冬に、アリーシャは声をかけた。が、しかし千冬は無言の返事を返すばかり。先まで弟を取り返さんと躍起になっていた彼女は今では見る影もなく、ただ地面に俯いているばかりだ。

 ――――おいおい、かなり精神的に参っちまってるみたいだネ。こりゃあ。

 あんな顔が同じだけの他人の言葉、真に受けるものではないかと思うが、とアリーシャは口ずさもうとして、押し黙った。それは自分が言うべき言葉ではないからだ。……それを彼女に言ってくれる大人が周りにいるかと問われれば事実否なのであるが、それをアリーシャが知る術はなかった。

 

 

     ◇

 

 

 数えるのも億劫になる程のデータ数が移されたモニター画面に囲まれながら、スコールは鬼のような形相でコンソールのキーボードに指を打ち続けていた。直接自分の意志で聖剣を御せる向こうとは違い、こちらが御するのはエクスカリバーそのものではなく、あくまでそこに搭載されている操縦者の脳の電気信号。

 その電気信号を元に今のエクスカリバーのコンディションを随時チェックし、砲撃体勢に移行する準備を進める。

 本来ならば複数人で進めねばならぬ作業を、スコールは黙々と一人でこなしていた。上は彼女に一人として助手や助っ人を差し出す判断を下さなかった。この事態を招いたのは、あの悪童を制御できなかったスコールの責任であり、上はその責任をスコールに背負わせる腹づもりだった。

 それは皮肉にも、スコールにとっては有難い決断であった。今のこんな自分の姿を、誰かに見られたくない。今まで忘れようとすらしていた弱い自分が、他者に曝け出されるのを、いやそんな自分自身を思い出す事すらスコールには苦痛で仕方なかった。

 

 ズキッ

 

 不意に、失くした筈の身体が幻肢痛により痛んだ。この幻肢痛から逃れる術を、スコールは今度こそ失ってしまった。こんな醜い自分を見られる事を恐れ、オータムすら無意識に突き放してしまう始末。思い知ってしまうのだ、もう二度と子供を生めなくなってしまった自分。姪であるレインすらその能力を過信したがために、そこに付け込まれて蹶起のための生贄として利用され、使い捨てられてしまった。

 オータムといると、どうしても自覚せざるを得ないのだ。

 

 同性の恋人を作る事で、その幻肢痛から逃れる事を選んでいた自分に。

 

 かつて、自分の人生の全てを滅茶苦茶にした大人達の顔を、スコールは未だに忘れていない。しかし、自分もいつの間にかのその大人達の仲間入りを果たしていた。

 今度はその子供(自分)を使う側の大人になって、自分もまたあの大人達と同じような事をしていくのだろうと諦観していた矢先、その憶測は裏切られた。

 自分が使うであろう子供達の中に一匹、悪童が紛れ込んだ。

 

 そして、その悪童に全てが覆されてしまった。

 

 今は廃棄されしプロジェクト・モザイカ――通称、織斑計画。その織斑計画の最高傑作たる織斑千冬に対する対抗馬として捉えた、忘れ去られしもう一つの個体――織斑マドカ。

 しかし所詮は失敗作――首輪を付けるのには容易く、あの織斑千冬の弱点を探るためだけの道具として生かす価値しかないのだと、亡国企業は高をくくっていた。

 だが、その直後思い知らされる事となる。

 失敗作であるが故の――その執念深さを、成功作である事を引き換えに手にしたあの童の狡猾さを。その憎しみという感情の深さを。

 ある意味では織斑千冬すらも凌駕する、その(スネーク)の如き執念深さと狡猾さを、大人達は完全に侮っていたのだ。

 ソレを間近で見たスコールやオータムも決して例外には漏れず、監視用ナノマシンという、ある意味では一番大人達の油断を誘う玩具も原因の一端を担った。

 さらには近々、対象象の体の血液に定期的に投与する類の物では無く、対象の中枢神経に直接投与し、永続的に対象を監視し、監視時間が自身の制限時間や対象の生活習慣によって左右される事の無いタイプの監視用ナノマシンが開発されるという話もあったため、尚更スコールも含めた大人達のマドカに対する油断に拍車をかけただろう。

 

 そして、最も侮ってはいけなかったのは、子供であるが故の、その感情の爆発力。

 感情では戦場は左右できぬが、もしその感情を力に変える玩具があればどうなるか――答えは一目瞭然、スコールがのぞき込むモニターの画面にその答えは示されていた。

 

 大剣(エクスカリバー)を担いし巨人を駆る少女。ソレを用いて世界を敵に回した忌まわしき子供。

 己が世に受け入れられる存在ではないと知りつつも、いや知っているからこそ、世界を変えようと反逆している少女。少女と同じような存在の者達が自分たちが誇れるアイデンティティを確立する事のできる国家の樹立、ソレを目指して世界を敵に回した愚かな少女。

 

 世界を敵に回したものは滅ぼされなくてはならない、子どもだけでは国は成り立たない――大人であれば自覚できるが故に無視せざるを得ないその矛盾を、その子供心で無視しながら突き進む少女の姿が、スコールには殊更疎ましく、羨ましく映った。

 

「邪魔……なのよ……これ以上、見せつけるな……!!」

 

 最早遺伝子などの問題ではない、単純に器が違ったのだ。

 あの時、大人達に対して何もできなかった自分と、あのモニターの向こうで暴れ回る少女では、多くの同志からのカリスマを集めて彼らの王で在れる。

 

 ……だが、所詮は子供だ。

 どう器が大きかろうと、どう力を誇示付けようと、初戦は知恵の浅い子供の考えだ。

 いずれあの少年少女達は瓦解する。例え世界を敵に回さずとも、一人の子供が王を続けるのは限界があるのだ。

 

 だから、せめて自分の手でソレを思い知らせてやりたい……スコールの中の思考は最早それしかなかった。大人達に抗うマドカに惹かれた子供達と同じように、彼女も形は違えどその在り方に影響されたのか、その精神は完全にあの時の子供に戻っている。

 大人達に対して一矢も報いることができなかったあの子供の頃の自分が、あの少女に対してどうしようもない劣等感をスコールに抱かせているのだ。

 

「消えろっ!消えろっ!消えろっ!消えろっ!」

 

 まるで自分で無いようだと、スコールは思った。いや、これこそが自分なのだ。今まで幻肢痛から逃げていたからそう思うだけで、今のように癇癪を起こしながらコンソールを弄る醜い姿こそが、本当のスコール・ミューゼルなのかもしれないと。

 ならば、尚更この衝動とはおさらばしなければならない。

 こんな姿、とてもではないがオータムに見せられた物では無い。コレが終わったら、今度こそこの幻肢痛、昔の己とさようならをしよう。

 オータムと一緒にいる己こそを、本当の自分としよう……そんな思いすらもが、結局は幻肢痛からの逃避であるとも気づかぬまま……。

 

 ――エクスカリバー……エネルギー充填率80%を突破……発射可能領域へと達しました。

 

 コンソールからのCPU音声によるアナウンスを聞き取り、スコールは再びモニターの向こうの世界を凝視する。

 地上も空も漏れなく戦場……地獄と化した中東の湖の中島にて広がる戦禍の煙が舞い上がる世界の空にて、スコールの目標は未だに癇癪を起こした子供のまま暴れている。

 西洋の騎士を象った巨人を駆り、周囲の大人達にその憎悪を叩き付けている。既にその被害は人名にはとどまらず墜落した戦闘機から漏れ出るオイルが僅かながら自然豊かの湖の水を汚していく。緑は燃えてゆき、そこには炭と焦土が広がる世界と化していく。

 そんな状態になったにも関わらず未だにアソコを国であると少女は謳うのだから、その度胸にはいっそ笑いすらこみ上げてくる。……だが、それも今日で終わりだ。

 

「消えなさい」

 

 太陽の光からエネルギーを吸い取った真・エクスカリバーの主砲が、蠅の国へと向けられる。

 これで終わりだ。

 聖剣をシンボルに樹立した国家は、聖剣の一撃を持って終焉を迎える。

 

 ――エクスカリバー……充填率100%。発射まで5……4……3……2……1……。

 

「発射」

 

 聖剣の光が、彼の地へと降り注ぐ。

 無慈悲に、冷酷に、偽物の威光を掲げる愚者に、真の威光を見せつけんと、真の聖剣の一撃が振り下ろされた。

 少女の駆る試作型エクスカリバーの主砲の規格すらも上回る極太のレーザーが(そら)から蒼穹を貫き、蠅の王国へと降り注ぐ。

 

 その威光を、スコールは嗜虐的な笑みを浮かべて眺めた。

 ――さあ、終わりなさい。後悔する暇も無く、貴女が憎む兄弟達と、貴女に付いていった兄弟達もろとも焼かれなさい!!

 そんな怨念の籠もった光を放つエクスカリバー。

 

 しかし、またしてもスコールは思い知らされる事となった。

 所詮、虎の威(エクスカリバー)を借り受けただけの自分と、虎の威そのものと化した少女との違いを。

 その器の違いを、またしても見せつけられる事となった。

 

「なっ……」

 

 そのあまりの光景に、最早唖然とする他なかった。

 奇跡とはまさにこの事か、いやそれともこれはあの少女の執念が成した神技なのか。

 まるで自分のような矮小な憎悪など、あの少女の憎悪には到底届かないのだと言わんばかりに、その技は成された。

 

 スコールがモニターを通して見た光景――ソレは、スコールの放ったエクスカリバーのレーザーごと、自身もまた放った主砲のレーザーの弾道を逸らしている巨人の姿だった。

 

 

     ◇

 

 

「これが世界を敵に回すという事か……存外楽な物だなぁ! 貴様もそう思うだろう、姉さん!?」

 

 次々と重なっていく屍と残骸の山を見下ろし、マドカは笑いながらどこかに隠れているであろう姉へと問いかける。

 

「確かにこれは楽しい!! あんたが白騎士として暴れ回ったのも頷ける!! やはり私たちは姉妹だ!!」

 

 自身もまた同じ悦びを味わえたことに、あの姉と同じ体験をしているという事実に、マドカは嬉しく、それでいて何処か憎々しく語る。

 やはり血は争えないのだ。

 今更血のつながりを確認するまでもなく、自分たちはこの殺戮の運命が刻み込まれた同じ血を共有しているのだと。

 ――誰も、生まれ持った運命に逆らうことはできないのだ。

 さて……我が愛おしき姉は一体いつ出てくるのだろうか?

 テントの場所に織斑一夏の生体反応はまだ残っている。あの状況でドイツ軍が人命救助をしている余裕などある筈もなし、ソレは当たり前の事なのだが……。

 

「……逃げたか……いや、あの女が弟を捨てて逃げる者か……」

 

 自身に向かってきたモンド・グロッソの戦乙女の一人が駆るISを剣で落としながら、マドカは呟く。忌々しく己の遺伝子に刻まれた運命を自分に押しつけたクソ姉であるが、だからといってあの女がその運命から逃れられたわけではない。

 白騎士事件こそその証拠だ。犠牲者ゼロなどという偽善事を謳うつもりだろうが、今の世の惨状を見ても本心からそう思えるのであれば余程の頭お花畑だ。

 自身と同じ血を引く者に限ってソレはないと、そう断じたその時だった。

 

『……マドカ、上!』

 

 不意に、脳内に響く相棒(コア人格)の声。

 その声に意識を引き戻され、マドカはハイパーセンサーを通じて、自身の上――正確には自身の駆る巨人の頭上の空から、とてつもない密度の高エネルギー反応があるのが確認できた。

 その光は――あの試作型エクスカリバーの主砲を受ける前に見たモノと同じ物で……。

 

「まさかッ……!!?」

 

 これまで余裕の様子で大人達を蹴散らしてきたマドカは、初めてここで焦燥の声を上げる。

 馬鹿か……頭お花畑だったのはむしろ自分の方では無いか、とマドカは先ほどの己を恥じる。

 この試作型エクスカリバーの、こいつの妹の存在を忘れてはいけなかった。この試作型エクスカリバーのコア人格が羨み、IS本来の本懐である宇宙進出を果たした唯一のIS。

 それでありながらやはり兵器としての宿命を逃れられる事ができず、搭載された少女と共に今は亡国企業の傀儡に成り下がった禁忌の兵器が。

 

「完成型エクスカリバー……!!」

 

 その名を叫ぶ。

 ソレと同時、モング・グロッソを襲った試作型エクスカリバーの主砲のモノとは比べものにならない程の目映い閃光が、この島目がけて降り注ぐ。

 この島は愚か、その周囲の湖や山々すらも飲み込み兼ねぬ程の巨大な閃光。これが着弾すれば被害はマドカ一人で済むモノではない。

 地上で戦っている子供達も、ソレらと戦っている大人達も、この国の土地も、皆あの閃光に飲み込まれてしまうだろう。

 

「ふざけるな……」

 

 呟いたマドカは、不意に試作型エクスカリバーの大剣を背中にマウントし、砲撃モードに変える。背中にマウントされた大剣がその刀身を展開させ、一本の砲身が覗き込む。

 

「こんな所でクソ大人達と心中するなど……あって溜まるかかあああぁぁぁぁああぁぁーッ!!!!」

 

 太陽のエネルギーを収束させた光に対して、マドカもまたその砲身に感情の光をため込む。精神感応性質であるBT粒子が、まるでマドカの憎悪に呼応するようにその砲身に収束していく。

 そして。

 

――プロト・エクスカリバー、発射!!

 

 絶対的な威光を持って降り注ぐ閃光に対し、圧倒的な個による力を持って放たれた閃光がぶつかる。

 しかし、皮肉にも拮抗しているとは言い難い。

 むしろ、その威力も密度も、そして精度も、圧倒的に完成型の放った向こうの方が勝っている。

 元より試作型、踏み台にされた個体に過ぎない。

 

 しかし、そんな理屈は、マドカに通用しない。

 そういう理屈をねじ曲げてこそ、織斑なのである。

 

「……ぐ……ぅあああああッ、ああッ、いッ!!」

 

 全身の神経が焼かれるように熱くなった。

 身体に直接生体接続されたこの体は、IS本体が受けたダメージや負荷が本人にも勿論降り注ぐ。

 今までは他ならぬマドカの戦闘センスによってこれまで大人達をほぼ無傷で撃退する事が出来たが、こと今回だけは力業のみに頼らなければならない。

 それでも、元々の性能の違いからか力業のみではどうにでもならないのが現状だった。

 

 それでも、少女は、成し遂げてしまうのだった。

 

「まだだ……まだ終わっていないッ!!!」

 

 そして、奇跡は起きた。

 常人ならば誰もがひれ伏せ、屈してしまうであろう理を前にして少女はソレを成し遂げた。その理を文字通り()()()()()

 

 偏向制御射撃(フレキシブル)

 

 曲がれ、ただそう念じた。

 

 その瞬間、試作型エクスカリバーの主砲から伸びていたレーザーの軌道が曲がり、ソレと正面からぶつかっていた完成型エクスカリバーのレーザーもまたソレに道連れになるかのように、()()()()

 合体した二つのレーザーはそのまま海の彼方へと飛んでいき、国すらも飲み込むほどの巨大な水しぶきを巻き上げた。

 

 遙か彼方にあったにも関わらず、その巨大な水しぶきはこの中島からも肉眼でハッキリと目視できる程であり、もしアレがこの島に着弾していたらどうなっていたかは想像するに難くない。

 だが、マドカは成し遂げた。

 その奇跡を、偉業を。

 

 同時に、世界は恐怖した。

 このレベルの災害を降り注がす脅威が、この巨人とは別にいる事に。何より、その災害を海の彼方へ受け流す怪物の存在に。

 

 エクスカリバーという両名の禁忌の兵器が生み出すその脅威に、ただただ恐怖した。

 世界はそのもう一つの脅威の存在に怯えつつも、今の目の前にそびえ立つ脅威、この巨人に立ち向かう他なかった。

 

「ハァ……ハァ……やってくれたな。スコール……!!」

 

 見るまでも、感じるまでも無く、マドカはハイパーセンサーを通じて見上げられる空を見て、その名を呼んだ。

 実際に完成型エクスカリバーを発射したのかは誰かはもう分からない。

 それでも亡国企業=スコールの図式が頭の中で成り立っているマドカからしてみれば、あの宙から放たれたレーザーの主犯はスコールに他ならなかった。

 

「そうか……姪だけではまだまだ足りないようだな!!」

 

 言って、マドカは再び試作型エクスカリバーの主砲にその光を収束させる。

 操縦者本人の感情エネルギーを弾とする主砲の装填速度は、太陽の光からわざわざエネルギーを充填する完成型のソレよりも遙かに早い。

 

「そら、お返しだッ!!」

 

 極太のレーザーが再び、蒼穹に向かって撃ち放たれた。

 

 

     ◇

 

 

 スコールは、戦慄した。

 お返しにと、あの青い星から放たれたレーザーが、完成型エクスカリバーのエネルギーシールドに命中し、少なくない損傷を被ってしまった。

 だからこそ思い知ってしまうのだ。

 最早、この完成型エクスカリバー単体ですら、試作型エクスカリバーを、いやあの怪物(ビースト)を止める事は叶わないのだ。

 元よりそれは分かっていたことだ。いくら主砲の威力や精度が勝ろうが、あのマドカという稀代なるBT適正を持つ操縦者により、試作型エクスカリバーはあのレベルのレーザー砲撃を自由自在に曲げ、操ることができる。

 もし、コチラが操る完成型エクスカリバーに搭載されている少女にも自我があるのならば、こちらも同じような芸当が不可能ではないのだろうが、それは少女自身の意思に委ねられてしまうので、どの道スコールの意思ではどうにもならない。

 

 何たることか。

 あれが、織斑計画の産物。

 いや、織斑マドカという戦場の申し子の持つ執念の贈り物だとでも言うのだろうか?

 

(あの娘、狂ってるの!?)

 

 人の歴史において時に誕生する厄種としかよびようのない人間達がいる。

 彼らはしばしば、運命の皮肉か、それとも持って生まれた強い意志が現実をねじ曲げたか。悪運、というだけでは説明のつかない起きてはいけない奇跡をおこしてみせることがある。

 

 今、少年兵や遺伝子強化体の子供達を率いて世界を敵に回しているマドカ。あの少女はそんな人物かどうかは自分には分からないが。

 それでも……。

 

(いくら砲撃を曲げられるからと言って……此方が放った砲撃ごと曲げるなんて……)

 

 どうかしている、そう思わざるを得ない。

 何たる事だ。

 自分たちはどうしてあのような規格外の少女を……あろう事か織斑千冬より格下だと捉えてしまっていた?

 精々が織斑千冬の二番漸じの作品でしかないと、だからこそ制御できると高を括って、その結果とんでもない事になってしまったではないか。

 

 最早、スコール一人の憎悪と完成型エクスカリバー一つで何とかできるものではない。

 認めたくなくとも、今度こそスコールは認めざるを得ない。

 

 どう足掻こうが、スコール・ミューゼルという器はこれから一切、織斑マドカに及ぶことは無いのだと。無力な子供だったまま成長した自分如きが、あの質の悪いプライドを持った悪童に敵う筈なのないのだと。

 巫山戯るな。手段がどうとはいえ、まだ弟を守るという動機で白騎士事件を起こしたブリュンヒルデの方がまだ可愛げがあるではないか。

 

 あれは、そんな物では無い。

 自分では、どうあってもアレだけは止めることはできない。

 

 バンッ!

 

 その事実をようやく受け入れたスコールは悔しさの余りコンソールに両手を叩き付ける。かろうじて理性は保っていたのか、コンソールの機器が凹むという事態は起こらなかった。

 

 自分では勝てない……その事実を受け入れたスコールの頭は、スコール自身でも不思議なくらいに昇っていた血が引いていった。

 今は、いかにあの災害を葬るか……ソレを熟考するのみである。

 この劣等感から逃れられる訳では無いにせよ、今自分がやるべき事の優先順位が付けられるくらいには冷静さを取り戻した。

 

(かくなる上は……)

 

 スコールは考える。

 完成型エクスカリバーの主砲では仕留めることはできないにせよ、足止めできる事は分かった。

 ならば……もうこれしかない。

 正真正銘、世界をあの娘の敵にするしかない。

 勿論、自分も含めて。

 

(まさか、こんな事になるなんてね……)

 

 自分が思いついた手に、スコールは思わず自嘲した。

 

(織斑千冬への対抗馬としてあの娘を捕らえた筈であったのに、まさかあの娘への対抗馬として織斑千冬に協力を仰ぐ……なんて皮肉よ)

 

 思わず、そんな事を思いついてしまった自分に対してスコールは嘲笑うしかない。

 だが、もうこれしかない。

 あのクソガキを止めるには、あの悪童を仕留めるには、もうこれしかないと断ずる。

 愛しの弟が戦場の何処かで未だに行方不明なのだ、断る理由はあるまい。

 

 そう判断したスコールはコンソールの無線を……織斑千冬のIS〈暮桜〉へと繋いだ。

 

 



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