ようこそ適当主義者のいる教室へ (キルルトン)
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第1巻
バス事件


 突然だが、みんなは『自分がなんのために生きているのか』考えた事があるか?

 だれにも必要されなくなったときか?

 社会の使い捨てゴマであると感じるときか?

 毎日同じことの繰り返しに虚しさを感じるときか?

 誰にも自分の気持ちが理解されないときか?

 辛いことばかりで幸せが来るのか疑問に思うとき?

 それとも、将来に不安を感じたときか?

 俺は違う。俺は………だれかのために生きていた時に考えた。

 

 

 

 

 

 

 因みに話が大きく変わるが、バスの中で優雅に座っていると近くに転ぶんじゃないかと思われるほどフラフラしているお婆さんがいたらどうしますか?

 何故こんな質問するかと言うと、今、目の前で起きているからだ。

 正確に言うと、俺の目の前ではなく少し離れたところにいる老婆だし優雅に座っているのも俺じゃなく結構ガタイの良い高校生の男だ。

 

「そこの君、お婆さんが困っているのよ席を譲ってあげようって思わないの?」

 そこへ、OL風の女性が少年の前に立ち注意していた。

 

「フッ、実にクレイジーな質問だね、レディー。何故この私が、老婆に席を譲らなければならないんだい?どこにも理由がない」

 少年はニヤリと笑って、OLの文句を一蹴した。

 

「君が座っているのは優先席よ。お年寄りに譲るのは当然でしょう?」

「理解に苦しむねぇ。優先席は優先席であって、法的な義務はどこにも存在しない。この場を動くかどうか、それは今現在この席を有している私が判断する事なのだよ。若者だから席を譲る?ははは、実にナンセンスな考え方だ。もちろん、私は健康な若者だ。立つこともそこまで苦にしてはいない。だが立てば、座るよりも無駄な体力を消耗するのは明らかだろう?何故そんな無益で無意味なことを私がしなければならない?チップを出してくれるというなら、考えてやらないこともないがね」

 この軽い挑発からOLの怒りのボルテージが上がっていった。

 

「それが目上の人に対する態度!?」

「目上?君や老婆が私よりも長い人生を送っていることは一目瞭然だ。目上とは年上ではなく、立場が上の者をさすのだよ。それに君も私の年上とはいえ、随分と生意気で図々しいではないか」

「なっ……あなたは高校生でしょう!?大人の言うことは素直に聞きなさい!」

「あ、あの、もういいですから……」

 ばあさんの方もこれ以上ことを荒立てるのは望ましくないのか、怒り始めたOLをなだめる。この場合の一番の被害者ってあのばあさんだよな。これでもし席を譲ってもらっても正直言って座りずらいだろうしな。

 

「どうやら君よりも老婆の方が物わかりが良いようだ。いやはや、まだまだ日本社会も捨てたものじゃないね。残りの余生を存分に謳歌したまえ」

 無駄に爽やかなスマイルで言い放ち、少年はOLと老婆から視線を外した。

 にしても、あの男随分と上から目線だな傲慢の塊じゃねえか。

 

 正直、此処まで一貫して自分の主張を貫く奴はそうそういない。

 見て見ぬ振りをするならまだしも、言われてもなお席を譲らないのは普通の人にはできないだろう。

 OLが必死に涙を堪えているとそこへ、思いがけない救いの手が差し伸べられた。

 

「あの……私も、お姉さんの言う通りだと思うな」

 現れたのは、あの傲慢男と同じ制服を着たとても可愛らしい少女だ。

 

「レディーに続いてプリティーガールか。どうやら、今日の私には女性運があるらしい」

「おばあさん、さっきからずっと辛そうにしているみたいなの。席を譲ってもらえないかな?余計なお世話かもしれないけど、社会貢献にもなると思うの」

「社会貢献か。なるほどねえ。だが、生憎と私は社会貢献活動に興味がないんだ。私は自分自身が良ければそれでいいと思っている」

 俺からすれば社会貢献も自分自身のためにやっていると思うが………例えば教室でクラスに馴染めず1人寂しく机に突っ伏しているボッチがいるとしよう。そのボッチにクラスの人気者が話しかければどうなるかボッチはクラスに馴染むきっかけができた。これは学校という社会からしてみれば社会貢献活動と言えるだろう。さあ、この瞬間、クラスの人気者はこの後、クラスメイトたちからどう思われるでしょうか?きっと、『あんな陰キャにも優しくするなんて〇〇くん素敵』とさらに人気が上がるだろう。

 要するに社会貢献とは、自身の人柄の良さを周囲に知らしめるために行うものである。もちろん、単純に良いことしたなあという自己満足のためにしているとも言える。

 そのことを考えるとあのプリティーガールさんはどっちの理由で動いたのだろうか。

 

「それとプリティーガール、先ほどから君らは私を責め立てているようだが、他の一般座席に座っている者はどうだ?本当に老人のためを思っているのなら、優先席かそうでないかの違いは些細なものだと思うがね」

 傲慢男の反論と態度を見ら限り彼を言葉で丸め込むのは不可能だろう。少女もそう考えたのか、今度は傲慢男以外の人達にお願いをした。

 

「………あの、誰かお婆さんの為に席を譲ってくれませんか。お願いします」

 ここで、誰かが「譲ります」と言えば一件落着で終わる。

 しかし、そんな簡単なことが起きないのが現実だ。何故なら、人間とは怠け者だからだ。きっと、誰かがやってくれるだろうと他力本願な考えをしてしまう。それはそうと………あの子、知り合いに似てんな〜。なんて言ったっけあいつ。

 

 それにしても、あの金髪の奴はもう関係ないと言わんばかりにイヤホンから爆音ダダ漏れで音楽を聴いている。

 

 ………………よし、くだらないこと思い付いた。

 

「なぁ、俺の席で良いなら代わるぞ。ちょっと遠いけど大丈夫か?」

 プリティーガールさんたちに聞こえるように少し声を張り上げて言った。

 それを聞いてプリティーガールさんは「ありがとうございますっ!」と満面の笑みで頭を下げた。老婆も何度も感謝していた。良いよ、良いよ、そんなのどうでもいいよ。

 

「よく席を代わってあげたね、ボーイ。ただ、私としてはもう少し早く代わってくれていたらよかったと思うがね」

 目の前に移動してきた俺に傲慢男は礼なのか文句なのかわからないことを言った。

 ただ、俺にとっては好都合だ。どうやって関われば良いか思いつかなかったからな。

 

「まぁ、その理由は3つぐらいあるかな。1つは、距離。俺の座ってた席は最後尾から1つ前だったからな。そこまで歩いて行くのは疲れるだろ。2つ目はお婆さんの降りるタイミング。もし、次のバス停で降りるならかえって迷惑だからな。そして、最大の理由の3つ目は……俺が乗り物酔いするからだ。バスとか立って乗ってたらはっきり言って吐くと思う」

 そう言い放ち、顔色を悪くする。

 

「そうか、なら私の視界から消えてくれたまえ。私は、醜いものが嫌いでね」

「断る」

 傲慢男が申付けるがすぐさまそれを否定する。

 

「俺がどこに立とうが俺の勝手だ。だが安心しろ、俺も全力で我慢する。………まぁ、もし吐いてお前にかかったら謝るよ。制服にかかったなら、クリーニング代も払うつもりだ」

 ゲロをかけられたくないなら席譲れという雰囲気を滲み出す。

 さっきまで、梃子でも動こうとしないこいつも自分に害が来ると分かれば席を譲るのか?

 それとも、ひっかけられるのを覚悟に譲らないから?

 考えているのか数秒間、口を閉じている傲慢男は口を開いた。

 

「ハーハハハハハ!」

 突然、高らかに笑い出した。

 

「……どうかしたか?」

「いや何、中々ユニークな事を考えたねぇ。いいだろう、アブノーマルボーイ。特別に私の横に座らせてあげよう」

 さっきまで優雅に座っていた傲慢男は横にズレ、優先席にあと1人座れる程度のスペースをつくった。

 なるほど、妥協するのか。

 

「それじゃあ……遠慮なく」

 俺が優先席に座ると周りの人たちも俺たちから視線を落とした。



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自己紹介

 程なくして目的地にバスが到着すると、俺と同じ制服の人たちが次々と降車していく。

 俺もバスを降り、まず目一杯息を吐きすぐに深呼吸した。

 東京都高度育成高等学校。国主導の徹底的な指導により、就職率、進学率ともにほぼ100%という現実離れした実績を持つ、日本政府が作り上げたこれからの日本の未来を支える若者の人材育成を目的とした学校。そして、今日から俺が通う学校だ。

 

「すぅーはぁーすぅーはぁー…よし、行くか」

 体調が元に戻ったのを実感すると俺は学校の門をくぐり教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ………ここは何処だ?

 今、俺は学校の廊下で迷子状態にある。よくよく考えたら俺は自分のクラスが何処にあるのか知らない。なんで何も考えずに歩けていたのだろう?まぁ、俺はそう言う人間だからしょうがないけどさ。

 

「君、ここで何をしている?」

 目的地もわからずその場で右往左往している俺に先輩?だろう男子生徒が声をかけてきた。知的なメガネが印象的だ。

 

「あー、いえ。ちょっと今、迷子になっていて、すみませんが1年Dクラスの教室が何処か知りませんか?」

「……その場所なら知っているが。まず、なぜ案内板を見ようとしなかったんだ?」

「忘れてました!」

 俺の潔い答えに先輩は、はぁーとため息を漏らす。すみません、こんなダメな後輩で……。

 

「そんな事では、ここでは生き残ることはできないぞ」

 そう忠告し、先輩はDクラスへの道を教えてくれた。

 それにしても、生き残れないって随分物騒だな。

 

 

 

 

 

 

 俺が配属されるクラス、Dクラスの教室の前まで来ると中から賑わっているのか声が聞こえる。初日にしてすでに仲良くなっている人たちがいるようだ。俺も早く馴染めるかな〜。

 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は教室のドアを開ける。

 おはようと無難に挨拶をすると近くの生徒達もおはようと返してくる。

 どんな奴がいるんだろう。

 周りを見渡すと驚くことにバスに乗っていた傲慢男(名前を知らない)とプリティーガールさん(こっちも名前を知らない)がいた。偶然ってあるもんだなぁ。

 関心するも、声をかけずに俺は自分のネームプレートが書いてある席を見つけ移動した。

 後ろの席のやつは誰だろうと思い見てみると感情を表に出していないように見える男だった。そして、その隣の人は綺麗な黒髪を伸ばした少女だった。ちなみに何故か、2人とも俺のことを凝視している。

 

「……えーと。俺の顔に何かついてる?」

「あ、いや、すまん。なんか、ここまで偶然が重なるもんなんだって思ってて」

 この話から察するにこの少年も隣の少女も同じバスに乗っていたのだろう。

 

「そうか。俺は新道(しんどう) (あきら)。よろしくな!」

綾小路(あやのこうじ) 清隆(きよたか)。こっちこそ、よろしく」

 互いに軽い挨拶を終えると俺は綾小路の隣の席の少女に声をかけた。

 

「おまえはなんていう名前なの?」

「拒否してもいいかしら?」

「おい、堀き   

「あぁ、別に構わないよ」

 綾小路が少女の名前を言う前に俺は少女の言い分を了承した。

 

「あら、貴方は綾小路君よりも物分かりがいいようね」

「改めてよろしくな、ツンデレちゃん」

「ぷっ!」

「……今のは、私に対して言ったのよね」

 少女は顔を強張らせて今言ったことを確認してきた。

 

「うん。名前わかんないから、あだ名で……」

「やめて」

「えー、でもー……」

「やめて」

 変わらないトーンで否定する少女に俺は諦めた。

 

「はぁ、わかった。じゃあ、黒髪美人さんで」

「やめて」

「……クールビューティさんは?」

「やめて」

「……うーん」

「はぁ、堀北(ほりきた) 鈴音(すずね)。次また、変なあだ名をつけたら制裁を加えるからそのつもりで」

 これ以上、変なあだ名をつけられたくないと思ったのか少女…もとい、堀北は名を名乗った。

 

 そして、これ以上関わりたくないのか堀北は小説を読み始めた。何を読んでいるのか気になりタイトルを盗み見る。

 

「『罪と罰』……か。面白いよな、それ」

「………」

 ………無視か。まあ、最低限名前はわかったしいいだろう。それに、これ以上ちょっかい出したらタダじゃおかないオーラが出ているし。綾小路とも話したいし。

 

「なぁ、お前ってどう言う感じの人間なんだ?」

「そうだな、一言で言うなら事なかれ主義だ」

「事なかれ主義?ってなんだ?」

「特に趣味はないけど、何にでも興味はある。友達は沢山いらないが、ある程度あればいいと思っている。って感じのやつだ」

 なるほど、要するにどっちつかずみたいな感じか

 

「そういう、新道はどういう人間なんだ?」

 自分がどういう人間か。考えたこともなかったな。

 

「ふーむ、俺も特に趣味だって言えるものは少ないけど、色々と興味はある。友達は沢山いるとめんどそうだから、ちょっといればいいと思う………俺も事なかれ主義ってやつなのか?」

「いや違う」

 速攻で否定された。

 

「なんでだよ!」

「事なかれ主義はバスの中で見ず知らずのおばあさんに席を譲らないし。ゲロ吐かれたくなかったら席を譲れみたいな脅迫もしない」

 どうやら俺は事なかれ主義の定義に入っていないようだ。結構合っていると思うが……

 

「そうか、それじゃあ………適当主義って事にしておこう」

「なんだそれ?」

「適当主義とは、興味のあること面白そうだと思うことを率先してやるが、一度興味がなくなればそれが例え途中でもあっさりやめてしまう奴のことを言う」

「なんか、事なかれ主義と似ているが全く別物って感じだな」

 綾小路の言う通り、事なかれ主義をどっちつかずの傍観者だとするなら適当主義は好きな方に着くがすぐに心変わりする感じだ。こっちの方が断然俺らしい……と思う。

 

 

 

 

 

 

 その数分後、始業のチャイムが鳴り前方のドアから担任であろう女の先生が入ってきた。

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱(ちゃばしら) 佐江(さえ)だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から一時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布はしてあるがな」

 

 前の席から資料が回ってきた。

 この学校は、普通の高校とは違う点がいくつかある。まず、生徒は全員敷地内にある寮で生活すること。それだけでなく、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁じている事だ。一度この学校に入ったら、例え家族であっても卒業か退学になるまで会うことができない。当然、許可なく敷地から出ることは許されない。

 しかし、娯楽が何もないというわけではない。生徒たちがなるべく不満を抱えないように、カラオケやカフェ、シアタールームにスーパーマーケットなどなど、生活に必要な施設から娯楽施設まで学校の敷地内にそんざいしている。まるで、この学校が一つの町として形成されているようだ。その土地面積は60万平米を超えるそうだ。

 そして、この学校最大の特徴はSシステムだ。

 

 

「今から配る学生証カード。それは敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することができるものだ。いわばクレジットカードのようなものだ。ただし、現金の代わりポイントを消費することになっているので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、なんでも購入可能だ」

 この学生証は学校での現金になるのか。配られた学生証を見ながら俺は思う。

 このポイントで買えないものはない……か。いったいどこまで買えるのやら。

 

「毎月の1日に自動的にポイントは振り込まれることになっている。今回お前たちには平等に10万ポイントが支給されている。1ポイントにつき1円だ。これ以上の説明は不要だろう」

 教室の中がざわついた。10万ポイント………つまり、10万円を俺たちは学校から渡されたのだ。

 

「額の大きさに驚いているみたいだな。この学校は実力で生徒を測る。入学したお前らにはその時点でそれだけの価値がある、と判断されたというわけだ。ポイントは支給された時点で完全にお前らの物だ。遠慮なく使え。ああ、ちなみに卒業時に現金化はできないので、取っておいてもあまり意味はいぞ。特に必要としないなら誰かに譲渡しても構わない。だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ?学校はいじめに対してだけは、敏感だ」

 質問がないか聞く茶柱先生だがほとんどの生徒たちはポイントのことで頭がいっぱいのようだ。

 

「質問がないようだな。では良い学生生活を送ってくれ」

 そう言い残し、茶柱先生は教室から退出して行く。程なくして、生徒たちは高額なお金をもらって浮き足立ち始めた。

 

「ねぇねぇ、帰りにいろんなお店見ていかない?買い物しようよ」

「うんっ。これだけあれば、なんでも買えるし。私この学校に入れて良かった〜」

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 見た感じ、如何にも好青年な雰囲気の生徒がクラスにいる人たち全員に対して言った。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」

 生徒の大半が思いつつも口にしなかったことを発案した。彼が口火を切ったことで、迷っていた生徒たちも続々と賛成して行く。

 

「それじゃあ僕から自己紹介するね。僕の名前は平田(ひらた) 洋介(ようすけ)。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でも、サッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 提案者である好青年…平田はスラスラと模範解答のような自己紹介をする。さらに定番中の定番のサッカーで爽やかフェイスに女子からの人気は急上昇するだろう。というか、すでに隣の女子とかは目がハートだ。

 

 次に名乗りを上げたのはバスが一緒だったプリティーガールさんだった。

「じゃあ次は私だねっ。私は櫛田(くしだ) 桔梗(ききょう)と言います、中学からの友達は一人もこの学校に進学していないのでぼっちです。だから早くみんなと友達になりたいと思うので自己紹介が終わったらぜひ私と連絡先を交換してください」

 みんなと仲良くなりたいなんて、ずいぶんなこと考えてるなぁ〜。このクラスに死ぬほど嫌いな人がいたらどうするんだろう?

 

 平田と櫛田の自己紹介を皮切りに他の生徒たちも自己紹介をしていく。緊張して途中詰まってしまった子や、明らかに嘘だと分かる自己紹介をしている奴もいた。中には慣れ合う気が無いのか教室から出て行った奴らもいた。因みに堀北も同様に出て行った。

 

 そして、次に自己紹介を始める奴は櫛田と同じく一緒のバスに乗っていた傲慢さんだ。

「私の名前は高円寺(こうえんじ) 六助(ろくすけ)。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 控えめに言って傲慢さんこと高円寺の自己紹介は最悪だった。クラスじゃなく異性に対してだけに言ってるし。

 

 そのような周りの反応も気にせず高円寺は言葉を続ける。

「それから私が不愉快と感じる行為を行った者には、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。その点には十分配慮したまえ」

 制裁という言葉に不安に感じたのか、平田が聞き返す。

 

「えぇっと、高円寺くん。不愉快と感じる行為、って?」

「言葉通りの意味だよ。そうだね、例えるならアブノーマルボーイ」

 パチンと指を鳴らし、高円寺は俺の方を指差した。

 

「今後、バスで行ったやり方はやらない事をおすすめるよ。また、私に似たようなことすれば果たして今度はどうなる事やら」

「あ、ああ。じゃあ気をつける」

 いきなり、指さして。さらには、注意するなよビビるな〜。あと、全然例えになってないぞ〜。言わないけど。

 

「じゃあ、次は君。お願いできるかな?」

「あ、ああ。わかった」

 高円寺によって注目されたからなのか自己紹介する順番が繰り上がった。

 

 何話そうか考えていた俺の目に偶然、櫛田が映った。よし、これでいこう

「えー、先程ご紹介されました。アブノーマルボーイこと、新道 輝と言います。趣味は読書ですが、運動も割と得意です」

 個人的に結構いい感じにできたと思う。少なくとも、ボッチになることはないだからこそ今から言うことが面白くなる。

 

   それから、俺は小中共に転校が多かったので俺は友達をあまり必要としていない。一人寂しくしていてもどうか無視していてくれ。それじゃあ」

 自ら孤独を選ぶ奴とどうやって友達になるのかな、櫛田さん。



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再会と部活説明会

3話目にして早くもオリキャラ登場


 入学式が終わった。どこの学校の入学式も大して変わらない様だ。校長だか理事長かわからないがその人からのありがたい言葉を聞き何事も無く入学式は終了した。

 そして昼前。俺たちは一通り敷地内の説明を受け解散した。大半の生徒は寮に帰っているようだが、一部は早速グループを形成して遊びにいく者も見受けられた。ちなみに俺は、自己紹介でやらかした為、案の定一人でいる。まぁ、狙ってやったことだから別に後悔はないけどね。

 俺はと言うと必要なものを買い揃える為、寮近くのスーパーに来ている。色々見て回るとかなり品揃えがいい。

 その中、俺はあるコーナーを凝視した。

 

「無料……?」

 手に取ってみると、賞味期限が近い品を置いているようだ。

 これは、普通によくある値引きみたいなものか?それともポイントを使い果たした奴への救済か?

 まぁ、そんなのどうでもいいか。今日食う分、持って帰ろう。

 俺は無料コーナーから食材を持っていたカゴに入れると

 

「10万も貰って、いきなり無料商品を取るとは随分とケチだね」

「!」

 いきなり横から文句を言われた。誰だ?と横を向くと意外な人がいた。

 

「久しぶり、輝」

「あ…明日香……先輩」

「先輩はいらないって」

 その人は俺が中学一年の時に同じ中学校にいた先輩、仲村(なかむら) 明日香(あすか)だった。

 

「いつから見ていたんだ?」

「んー。スーパーに入っていくあたりかな?」

 てっきり、無料コーナーらへんとかだと思ったのにまさかスーパーに入る辺りとは……てゆうか人違いだったらどうするつもりだ。

 

「生憎と、輝を見間違えることはないよ」

「ナチュラルに人の思考を読まないでくれ」

「ふふん。それで、何でそんなケチくさいことしてるのかな?」

 そう言い、話を最初の方へ戻した。

 

「別に………今月いっぱいは、ポイント使わずに生活してみようかな〜。と、思っただけだ」

 無料食材取った時はそんな事、考えていなかったが。この方が、面白そうだし。

 

「ふーん」

「納得、出来ない?」

「いいや。むしろ、輝らしいなって思って」

 納得してもらえたところで、俺は他に必要な無料商品を取っていった。そして、レジでお会計を済ました。全部、無料だが学生証を提示なければならなかった。

 

「ところでさあ。輝、クラスはどこになったの?」

 寮までの帰り道、明日香が不意に俺に聞いてきた。

 

「Dクラスだけど……」

「へぇー、Dクラスかー。やっぱそうなるのか〜」

 俺がDクラスというのを1人で納得する明日香を見て思う。

 このクラス分けは意図的に仕組まれたものなのか。と。

 

「あ、あともう1つ聞きたいことがあるけど、いいかな?」

「俺の答えられる範囲なら」

 俺の返答ににっと笑みを浮かべて聞いてきた。

 

「どうして、学校は生徒に高額なポイントを与えてると思う?」

「………………」

 多分明日香は、その理由がわかっている。そりゃあ1年間通ってたら気づくんだろうな。それを俺がもう気づいているかどうか聞いているんだろうな。

 

「さあな。少なくとも、俺は散財する気は全く無いんでお気になさらず。いざって時に、無かったらヤバイんで」

「……そっか、うん。今はそれでいいと思うよ」

 俺の回答にうんうんと頷き納得してくれた。

 

 

 

 

 

 

 スーパーの帰り、明日香が帰る寮についた時の頼みをしてきた。

「輝、最後にもう1つ。連絡先交換しとかない?」

「イイけど」

 特に断る理由がないのですんなりと連絡先を交換した。俺がこの学校に来て、初めて連絡先を交換するのがまさか明日香だとは……俺らしいと言えば俺らしいが。

 

 明日香と連絡先を交換し、別れ俺も自分がこれから暮らす寮へと行き着く。寮…というよりも高層マンションの方が似合う外観だ。

 玄関ホールにいた管理人から部屋の鍵と寮に関するマニュアルを受け取り俺は、すぐさまエレベーターの方へ向かう。エレベーターの中にはすでに1人生徒が入っていた、同じクラスの堀北だ。堀北も近づいて来ている俺に気づいたのかエレベーターのボタンを押した。位置的に堀北が押したボタンは………閉まるボタンだ………………て、おいおいおいおい!

 俺は閉まるエレベーターまで駆け足で向かい閉まりきる瞬間、脚を扉に挟んで無理やり開かせ入った。

 

「随分とマナー違反なことをするのね」

 駆け込んで来た俺に堀北は冷徹に言い放った。

 しかし、

「エレベーターに乗ろうとしている奴を見てドアを閉めようとする奴にマナー云々を言われたくないな………」

 俺からの返しを華麗に無視し、話しかけないでという雰囲気を漂わせている。行き先を押し、着くまで暇なので俺はさっき渡されたマニュアルを読むことにした。内容はゴミ出しの日や水の使い過ぎ、無駄な電気の使用を控えることなど、生活の基本の事柄が記載されていた。

 

「ガスや電気代って制限無いんだ……」

「つくづく生徒に甘い学校ね」

 独り言のつもりで漏らした言葉に意外にも堀北が答えた。

 意外だ。

 

「ここまでして、学校にはどんなメリットがあるのかしら?」

「特に無いんじゃ無いか」

「………どうこと?」

 堀北の疑問に俺なりに答えてみたがどうやら堀北は理解できていないようだ。

 

「単純に、無料にしてないと生活できないからだ」

「全く意味がわからないわ。毎月10万も渡されていながら無料なものが無いと生活できないなんて。社会不適合者でもないんだら有り得ないわ」

「その、10万だけど……来月も貰えるのか?」

「何を言っているの?」

「高校生になったばかりの俺らに無条件で10万も入ってくると思うか?」

「………」

 頭の隅っこで考えていたのだろうか堀北は押し黙る。

 その状態が進み、エレベーターは俺が降りる階まで来た。

 

「疑問は疑問のままにしておかないほうがいいぞ」

 そう言い残し、俺はエレベーターを出て、自分の部屋へと入った。

 八畳ほどのワンルーム。1人で暮らすなら、十分な広さだ。部屋の中には、ベットが1つ、勉強用の机が1つ、冷蔵庫1つにクローゼット、キッチンには調理道具が完備して有り中々充実してある。

 買ってきた、食材を冷蔵庫にしまい。制服のまま、ベットにダイブする。

 さっきの俺の言葉、堀北の奴はどう捉えたんだろうな。堀北に言ったことを思い出しながら俺は学生証のメモ機能を使う。

 俺が疑問に思えるのは今のところ3つ

 高額のプライベートポイント()

 意図的に分けられたクラス

 そして、最大の疑問。俺が入学できたことだ

 プライベートポイントは何となく予想がつくから無視するとして、どう言う意図があってクラスを分けているのか………それに、入学試験での問題の解答で合格するか?

 しばらく熟考する。

 

「………まぁ、これは全て5月になれば分かることだし。それまでは、予定通り0ポイント生活に勤しむとするか」

 

 

 

 

 

 

 翌日、最初の授業ということもあって、授業の大半は先生たちの軽い自己紹介や勉強方針などがほとんどだった。

 進学校だから、頭の固い厳しそうな先生たちだと思ったら予想外なほどフレンドリーで多くの生徒が拍子抜けした。中には堂々と眠る生徒いたが先生たちは誰一人注意はしなかった。

 授業を受けるか受けないかは個人の自由。ただし、それによって不利益が出ても知らん………ってとこだな。

 緩んだ空気のまま昼休みになった。俺は試しに校舎内にある食堂へと向かった。俺の予想が正しかったら学食とかにも無料の物があるはずだ。

 中に入り、すぐに発券機の前へ行った。目的の無料定食の山菜定食を見つけることができた。いや〜、あって良かった。もし、無かったら昼抜きになっていたよ。

 2日目ということもあって、それなりに混んでいるが何とか席を確保できた。それにしても山菜定食を運んでいる時、異様に見られていたな。バレないように笑っている奴までいた。

 

 1人寂しく、山菜定食を食べていると学生証を兼ねたケータイが鳴った。明日香からのメールだ。

『今日の放課後、体育館で部活の説明会があるから来て♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪そして出来ればうちの部に入部、頼む(>人<;)!!!』

 メールを読んでいるとメール内容と同じアナウンスが流れる。

 部活動か、興味は無いが暇だし行くか。

 

 

 

 

 

 

 放課後、体育館に着くと予想以上に人がいた。100人近く、もしかしたら一年生全員がいるんじゃないか。

「一年生の皆さんお待たせしました。これより部活代表による入部説明会を始めます。私はこの説明会の司会を務めます、生徒会書記の(たちばな)と言います。よろしくお願いします」

 橘という先輩の下、体育館の舞台上に各部の代表者が並び立つ。その中には、明日香が居た。

 これだけ人がいるなら来なくてもばれなかったんじゃ…いや、明日香なら気づきそうだ。

 紹介される部活は、バスケ、野球、サッカー、陸上、弓道、柔道、水泳等のスポーツ系から茶道、美術と言った文化系と多種多様な部活が紹介される。

 

 そして、ついに明日香の番が来た。壇上に上がり明日香は部の紹介を始める。

「あたしは軽音楽部で部長をやっている仲村って言います。読んだ字の如く、軽い音楽を楽しむ部活なので初心者でも気軽にモテたいからギター始めたいみたいな感覚で来てくれてかまいません」

 紹介が終わり、一年たちに一礼して明日香は壇上から降りた。

 軽音か……やっぱり興味がないな。音楽は好きだが、やっぱ弾くより聴く方がいいな。

 一応、明日香の頼みも聞いたしもう帰ろっかな〜。

 俺が帰ろうか考えているといつのまにか説明も最後の1人になっていた。

 

「……あの人は、確か……」

 舞台上に立っていたのは、昨日迷子になっていた俺を助けてくれた上級生だ。

 

「カンペ持ってないんですかー?」

 1人の生徒のヤジが飛び、場内は笑いに包まれる。しかし上級生は微動だにしない。

 そのうち、体育館の中の弛緩した空気は徐々に、徐々に張り詰めていった。

 壇上の先輩も監視役の先生も注意をしていないのに誰も一言も喋らない、いや、喋ってはいけないと思わせるような雰囲気の静寂が訪れた。

 それを待って、壇上の先輩はゆっくりと演説を始める。

 

「私はこの学校で生徒会長を務める、堀北(ほりきた) (まなぶ)です」

 堀北。その苗字で俺はクラスメイトの堀北鈴音を思い出した。兄妹かなんかなのかな。

 

「生徒会でも、他の部活同様一般生徒から役員を募ります。立候補に必要な資格はありませんが、その場合は他の部活動への参加は禁止とします。生徒会と部活動の掛け持ちは、原則認めていません」

 柔らかい口調で説明する生徒会長だが、その一言一言が肌を突き刺すように感じる。100人を超える新入生を黙らせる風格。面白い奴がいるもんだなぁ。それにしても長ったらしい話を聞くと眠くなるなぁ〜。

 

「ふぁぁ〜〜」

 やべっ、あくびしちゃった。誰も聞いてないよな。

 

「それから、生徒会は半端な気持ちでの立候補者は必要としていない。もしもそのような気持ちで立候補した場合、当選することはおろか、この学校に汚点を残すことになることを理解してもらいたい。この学校の生徒会は、それだけの権利と使命が学校から認められている。この事を理解できる者のみ、歓迎しよう」

 気づいてないのか淀みなく演説を終えると、生徒会長は舞台を降り体育館を出て行った。

 そして、司会の橘が説明会終了を告げるまで、誰1人として口を開くことがなかった。



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水泳と探索

お気に入りが100件を超えました。これからも頑張ります。


 入学式から1週間。学校生活にも慣れた今日この頃、いつも騒がしいDクラスだが今日はより一層騒がしかった。主に男子が

「いやー授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさー」

「この時期から水泳の授業があるなんて最高だよな!」

 登校すると確か、池と山内が騒いでいた。どうやら水泳の授業が楽しみでしょうがないらしい。

 

「おーい博士。ちょっと来てくれー」

「フフッ、呼んだでござるか?」

 博士というあだ名の生徒が池の元へと来た。ちなみに本名は外村だ。

 

「博士、女子の水着ちゃんと記録してくれよ。おっぱい大きい子ランキングの為に」

「任せてくだされ。体調不良で授業を見学する予定ンゴ」

 外村って奴、語尾のあれなんだ?方言でも無いぞ。

 さらにそこに不良らしい須藤や俺の数少ない知り合いの綾小路も呼び出されていた。綾小路、友達できてよかったな。俺は友達できていないけど。

 

 内容に聞き耳を立ててみると、どうやらクラスで1番の巨乳は誰が予想する賭けをしているようだ。一番人気が長谷部という女子らしい…確か、三宅とよく一緒にいる奴だったな。他には山内が佐倉という女子に告られたと言っているが多分嘘だ。確か佐倉は、内気というか目立ちたくない感じだったから告白とかそういうのはしないはずだ。

 因みに俺はクラスの全員の顔と名前。ある程度の人間関係、性格を覚えている。ボッチの観察能力はすごいのだ。

 

「あなたも参加して来たら?」

 後ろにいる堀北が話しかけて来た。珍しいこともあるんだな。

 

「生憎とああいう馬鹿騒ぎは苦手でな」

「そう」

 堀北から珍しく会話が来たのにこれで終了か……?

 

「話は変わるけど、以前の貴方の助言わたしには必要がないようね」

 以前エレベーターの中で話した、たわいも無い会話の続きのことだろう。これを聞くために話しかけてきたのか。

 

「なんでそう思う」

「あの時、貴方は渡されるプライベートポイントが下がる可能性がある事を言っていたのよね」

「正解」

「そして、下がる要因は生徒の授業態度や生活態度。教室を含めこの学校には至る所に監視カメラがある。先生たちはそれを見て生徒たちを査定しているのでしょ」

「恐らくな」

「私は別に授業をおろそかにすることは無いし、問題を起こす気もない。故に私にプライベートポイントが下がることはない。違う」

 すごいな堀北。あんなヒントでここまでわかるとは。しかも、監視カメラのことにも気づくとは……だけど

 

「本当に下がらないと言えるのか?」

「何を言っているの?」

「例えば、あそこで騒いでいる池たち。もし今が授業中でも同じように騒いでいたら授業に支障が出ると思わないか?」

「そうね。でもそれは、彼らの問題、私には関係ないわ」

「そうだな……でも、普通は注意とかするだろ」

「何が言いたいの?」

「別にただ……当たり前のことができないのはダメだなって」

 

 

 

 

 

 

 男子たち待望の水泳の時間がやって来た。

「うひゃー、やっぱこの学校はすげぇな!街のプールより凄いんじゃね!?」

 着替えを終えた男子生徒がぞろぞろとプールサイドへ集まって来た。

 屋内の50メートルプール。屋内ゆえに天候に左右されず春からでも始められる。

 

「へー、すごい広ーい!」

「ホントだー!」

「「「「ぅぉぉぉぉぉ……」」」」

 男子グループが来て数分後着替えを終えた女子たちも入ってきた。男子が小さな声で、歓喜に震え、その姿に文字通り釘付けになっている。………が、しばらくして池があることに気づいた。

 

「あ、あれ、長谷部がいねえ!?」

「ど、どういうことだ博士!?」

「ンゴゴッ!?」

 二階の見学者席の外村が謎の唸り声を上げる。

 

「あ、う、後ろだ博士!」

 池に指摘されて後ろを振り向くと、そこには長谷部や軽井沢、加えて先ほど話題に上がっていた佐倉もいた。

 その後も、見学者組の女子が続々と姿を現す。

 

「巨乳がっ、見られると思ったのにっ……巨乳がっ!」

「キモ……」

 俺、平田、綾小路を除く……いや、きっと平田以外の愕然とする男子たちを見て女子の1人が短く発した。

 

「2人とも、なにやってるの? 楽しそうだねっ」

「く、くく、櫛田ちゃん!?」

 2人の間を割って入って来たのは、男子のほとんどが待ち焦がれていたであろう、櫛田さんだった。

 男子の視線を一身に集めるが、すぐにその男子たちは目をそらしてしまう。

 わかるよ生理現象って自力じゃ止められないもんね。

 櫛田のスクール水着姿を見ているとよくわかる。制服の上からでもわかっていたナイスバディがスクール水着によってより鮮明になっている。

 

 すると、櫛田がこちらに歩いてきた

「……みんなどうしちゃったのかな?」

「……あいつらは今、己との闘いに没頭しているんだ」

 正直言って、『櫛田さんのエロい身体を見て勃とうとしている自分の息子を必死で抑えてる』とも言ってみたかった。流石にこれは男子全員にボコられそうだからやめておこう。

 

「綾小路くん、何か運動してた?」

「特に。自慢じゃないが中学は帰宅部だったぞ」

 堀北と綾小路の会話が聞こえそっちの方を向いてみた。よく一緒にいるし仲良いな〜。

 

「それにしては、前腕の発達や背中の筋肉が尋常じゃないけれど……」

 堀北の言う通り、少なくとも帰宅部で納得する肉体ではない。

 

「親から貰った恵まれた身体、ってやつじゃないのか?」

「それだけでここまでになるかしら……」

「何だよ疑い深いな。お前筋肉のフェチか?命賭けるか?」

「そこまで否定するのね……」

 綾小路の予想以上の否定に渋々引き下がる堀北。

 

「よーしお前ら集合しろ!」

 程なくして、水泳担当のマッチョのオッサンが集合をかけ授業を始める。

 

「見学者は16人か。随分と多いようだが、まぁいいだろう。準備体操を終えたら、早速泳いでもらう」

「あの、俺あんまり泳げないんですけど……」

「俺が担当するからには、必ず夏まで泳げるようにしてやる。安心しろ」

「どうせ海なんて行かないし、無理して泳げるようにならなくてもいいんですけど」

「そうはいかん。今は苦手でも構わんが、克服はさせる。泳げるようになれば必ず役に立つからな。必ず、な」

 教師の説明が終わり、全員で準備体操を始める。それから50mほど流して泳ぐように指示される。

 

「見よ、俺のスーパースイミング」」

 池がドヤ顔で泳ぐ、他のやつとさして違いがないようだが。

 

「とりあえず、ほとんどの者は問題なく泳げるようだな。よし、じゃあ競争始めるぞ。50m自由形だ。女子は5人2組、男子は最初に全員泳いだ後、タイムの速かったもの上位5人で決勝を行う」

「え、きょ、競争!?」

「男女別で1位の生徒には、先生から特別に5000ポイント支給しよう。その代わり最下位のやつは補習を受けてもらうからな」

 1位にポイントを支給するのか……どうしよう。俺は今、絶賛0ポイント生活中。5月に綺麗に10万ポイントの状態で迎えたい。………要らないな、適当に流す………いや、ちょっと変えるか。

 

 

 最初に行ったのは、女子の方だった。俺が注目しているのは、クラスで知っている女子の堀北と現役水泳部員の小野寺。そして、他の男子たちが注目している櫛田。

 結果だけを言えば勝ったのは小野寺の26秒。二位は堀北の28秒。櫛田は31秒と中々の好タイムだ。

 次に男子の番が来た。俺は2番目の組で泳ぐことになった。

 1組目には、鍛え抜かれた肉体を持つ須藤と、体格に恵まれていると言っていた綾小路がいた。

 一斉に飛び込むと、須藤が独走する一方的なレースが始まった。ただ力任せに水を掻き、圧倒した。その記録は25秒。一方、綾小路は31秒。これは………異様としか言えない。

 1組目の全員が泳ぎきりプールから出ると続く2組目、俺の番が来た。一緒に出るやつはクラスの人気者、平田と女の子大好きな池と虚言癖があると思われる山内だ。

 平田がスタート台に立つときゃー!という女子からの黄色い叫び声が上がる。それを聞き、池と山内は露骨に顔をしかめる。

 

「新道くん。お互い頑張ろうね」

「ああ、全力で楽しむつもりだ」

 俺にエールを送ると池と山内にも同じようにエールを送った。こんな時でも他人を気遣う気持ちがある。欠点と言えるものが見当たらないな。

 

「位置について、よーい」

 ピー!

 とスタートの笛と同時に平田がプールへ飛び込んだ。続けて池、山内も飛び込み平田を追いかける。

 

 俺はと言うと

「何している、新道。もう始まっているぞ」

「はーい」

 まだ、飛び込んですらいない。

 平田との差は20メートルぐらい、池山内とは10メートルと言ったとこか。もういいだろ。

 俺はゆっくりとスタートの構えを取り

 そして………勢い良くプールへ飛び込んだ。飛び込みの際の勢いを無駄にせず潜水で加速していく。15メートル付近で池と山内を捉え簡単に抜き去る。23メートル辺りで息が苦しく待ったので浮上し呼吸を挟んだ。息継ぎの時にプールサイド方を見ると生徒の全員が俺に驚き凝視していた。

 42メートル。ギリギリのところでようやく平田に追いついた、そのまま平田を抜きゴール。

 

「に、24秒56……だと」

 俺のタイムに驚く先生の横を通り何事もなかったように俺は綾小路の横に座った。

 

「すごいタイムだったな」

「そんなことないぞ。綾小路の方がすごかったぞ」

「嫌味のつもりか?」

 31秒をすごいと言う24秒。確かに嫌味だ、タイムの話だったら。

 

「俺が言ってるのはタイムじゃない。フォームのほうだ」

「フォーム?」

「あれほど、効率のいい泳ぎは初めて見た。ほんと、すごい」

「そんなことないだろ。事実、オレのタイムは普通だ」

 そう……だからこそ異様だ。あれ程、完璧に作られた肉体をもってあそこまで効率性を突き詰めた泳ぎ方をしたのに31秒……意図的にタイムを遅くしたとしか思えない。

 

「綾小路。おまえは……この学校の利点はなんだと思う」

「いきなりなんだ、藪から棒に……」

「いいから、いいから」

「はぁ。普通に考えて希望の進学先や就職先に行けるとかじゃないのか」

「それは当たり前のやつだ、他には?」

「他にあるのか?」

 そう言い、逆に尋ねてきた。綾小路、知ってて知らないふりをしているのか、本当に知らないのか。判断がつかないな……おもしろい。

 

「それじゃあ、教えてやる。それは……許可なく外部の人間と接触できないことだ」

「………それ、利点か?」

「例えば、綾小路。おまえの父親が水泳のオリンピック選手候補だったとしよう。しかし、おまえの父親はオリンピックに出ることが出来なかった。そこで、父親は息子に自分の夢を叶えてもらうことにした。だが、息子は父親のプレッシャーにまいり逃げ出した。そんな時、ここへの入学が決まった。3年間とは言え父親に会うこともないし、父親が会いに来ることもない。これって利点じゃない」

「………………そうだな」

 随分と間があったな。もう少し、深く聞いて見るか。

 

「綾小路……おまえ   

「おーい、新道。決勝戦を始めるからスタート台に来い」

「呼ばれたぞ、早く行ってこい」

 先生の催促もあり俺は無言でスタート台まで歩いた。

 決勝、俺はのんびり泳ぎ見事最下位もちろん補習はない。ただ、須藤だけは俺が手を抜いた事に激怒していた。

 

 

 

 

 

 

 楽しい楽しい水泳の時間も終わり。無事、放課後を迎えた俺はちょっとしたことを調べる為、ある場所にいる。それは、堀北も気づいている監視カメラについてだ。その正確な数と位置。俺がこれまで調べた場所は本校舎にスーパー、コンビニ。生徒に大人気なケヤキモールなど。ほとんど調べた思ったら、まだ調べていない場所があった。それがここ特別棟だ。基本的に特別な授業、理科の実験や家庭科の調理実習など特別な授業の際に使われる。頻繁に利用しない施設が揃っているこの校舎は、授業が終わると部活でも利用されない為、放課後には殆ど人の気配がなくなる。

 それにしても全く何もないな。

 これ以上居ても特に収穫はないだろう。晩飯何にするか

 俺は寮へ帰る為階段を降りて行くとしたからカシャっとカメラのシャッターを切る音が聞こえた。こんな場所でカメラ、いったい何のため?わからないだからこそ気になる。俺は抑えられない好奇心に従いシャッター音のした方へ歩き出す。カシャ、カシャ、っとシャッターを切る音がすぐそばまで来ている。ここからは、相手に気づかれないように気配を消して普通に歩いて行こう。これで、よほど神経質なやつでなければ気づかない。仮に気づいても陰が薄いだけで済む。シャッター音が聞こえた廊下の曲がり角、そこを曲がるとそこには………。カシャっと自撮りをする美少女がいた。

 そして、俺はこの少女をどこかで見た気がする。

 

「………!」

「………?」

 撮った写真を確認していた彼女は俺がいる事に気がついた。

 そして目と目が合い、しばらく見つめ合うと

 少女の顔がだんだんと赤くなっていった。

 

「あ、あ………」

 少女は困惑しながらも鞄とデジカメを持って回れ右し一目散に逃げようとした………が

 ドテー!

 足がもつれ、デジカメと鞄を放り投げドジっ子がしそうな豪快なズッコケを披露した。

 

「っぅぅ………」

「………大丈夫か?」

「あうう………あ、カメラ!」

 盛大にこけた少女だったがすぐに立ち上がり放り投げてしまったカメラを取りに向かった。俺としては中身が飛び散りまくっている鞄の方を気にした方がいいと思う。

 ほんの少し俺にも非があるしこのまま立ってるのもあれだし俺は鞄から出たポーチやノートなどを拾った。その際、ノートに書いてあった名前を見て驚いた。

 

「………1ーD 佐倉(さくら) 愛理(あいり)

「!!」

 ボソッと呟いたのが聞こえたのか佐倉が勢い良く振り向いた。それを見て早めに終わらせようと思い残りのノートや教科書をパパッと拾い佐倉の鞄に詰め込んだ。

 

「はい」

「あ、ありがとう…ございます」

「じゃ」

「あ、あの……」

 立ち去ろうとする俺を佐倉は呼び止めた。

 

「あの……こ、このことは誰にも言わないでくれますか……?……そ、その、じ、自撮りしていたこと………」

「別に誰かに話すつもりはないぞ」

 話す相手もいないしな。

 俺の答えに安心したのかホッと胸をなでおろした。それにしても以外だ佐倉の趣味が自撮りとは。目立ちたくない性格の奴は自撮りみたいな自己主張をしたがらないと思っていた。例え撮った写真を誰にも見せたりしないつもりでも。

 それに、今目の前にいる佐倉はからは、普段の地味さ存在の希薄さが一切感じられない。いや、地味どころか容姿ならクラストップレベルだ。

 普段の佐倉と今の佐倉の違い………強いてあげるなら   

「佐倉、普段はメガネをかけてなかったか?」

「え!?あ、う、うん!そ、そうなの!カメラの前ではかけないことにしてるんです!」

 慌てふためきながら返した鞄からメガネを取り出し急いで掛けた。

 

「そ、その…変、ですか?自分を撮るの?」

 恐る恐る質問する佐倉。

 人に見られたことを相当気にしているらしい。まあ、自分の趣味なんて友達ならいざ知らず、他人に知られるのは恥ずかしいだろうからな。俺も友達にも知られたくないし……友達がいるなら。

 

「……さあ。少なくとも、他人の趣味をとやかく言えるほど大層な趣味を俺は持ってないし。ちゃんとした趣味があるってのはいいことだと思うぞ」

「……ほ、本当、ですか?」

「ああ。別に誰かに迷惑かけているわけでもないし」

「……ありがとうございます」

「……なんで、感謝するんだ?」

「その、こんなところを誰かに見られたのなんて思ってなくて……見つかってどんな反応されるんだろうって、怖かったから……」

 どうやら対応としては問題なかったようだ、否定や拒絶は確かにキツイもんな。

 

「それじゃあ、俺はもう帰るから……」

「あ、私も帰ります……」

 そして、俺は佐倉と一緒に寮へ帰ることになった。寮のエレベーターで別れるまで一切会話は生まれることはなかった。

 

 ただ、別れ際

「し、新道くん。……ま、また明日」

「……ああ、また明日」

 意外にも佐倉の方から別れの挨拶をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 後日

「おはよう、佐倉」

「お、おはよう新道くん」

 佐倉と話すことが増えました。



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小テストとデート

 入学してから3週間。俺が自分に課した0ポイント生活も残すところあと僅か。この見事なまでに変動していない10万ポイントを必ず5月まで維持して行くぞ。

 ピロリン♬

 メールが届いた。差出人はもちろん俺が唯一連絡先を教えた明日香だ。しかしてその内容は『デートしよう』だった。いきなり何言ってんだあの人は?

 

 俺が明日香の思考を読み前に追加のメールが届いだ。

『5月になったら10万で何か買うんでしょ。品定めしたくない?(╹◡╹)今日、部活ないからウインドウショッピングしようよ(*≧∀≦*)』

 確かに何を買うか品定めはしたいと思っていた。そこに明日香がいても別段問題はないか。すぐさま、了解のメールを送った。

 

『それじゃあ、放課後に学校の玄関前で待ってから(๑>◡<๑)』

 すぐに返ってきたメールを確認して俺は学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「ぎゃははははは!ばっか、お前それ面白すぎだって!」

 今日も池は授業中なのに大声で談笑していた。その相手は山内だ。入学してから3週間、池と山内の2人に須藤を合わせて陰で3バカトリオなんて呼ばれている。もちろん池たちだけじゃない、クラスのほとんどの生徒が雑談をしマンガを読み、ゲームで遊び、ケータイを弄っている。

 

「うーっす」

 授業も後半に差し掛かろうという頃、教室の入り口が五月蠅く音を立てて開き須藤がようやく登校してきた。

 

「おせーよ須藤。あ、昼飯食いに行くだろ?」

 池が離れたところから須藤に声をかける。数学教師は注意するどころか須藤に目もくれず授業を続けている。数学教師だけじゃない全ての教科の先生が私語も遅刻も居眠りも、全て黙認している。その態度に最初は遠慮がちだったクラスメイトも自由気ままに過ごし、今では学級崩壊状態にある。

 勿論、その中には俺や堀北、綾小路などの喋る相手のいない……もとい、真面目に授業に取り組んでいる連中も少なからずいる。

 

 3限目の社会。担任の茶柱先生の授業だ。授業開始のチャイムが鳴っても騒ぎ立てている教室に茶柱先生がやって来る。それでも生徒たちの馬鹿騒ぎは収まらない。

「ちょっと静かにしろ。今日はちょっとだけ真面目に授業を受けてもらうぞ」

「どういうことっすかー。佐枝ちゃんセンセー」

「月末だからな。小テストを行うことになった。後ろに配ってくれ」

 

 一番前の席の生徒たちにプリントを配っていく。そして俺の机に1枚のテスト用紙が届く。主要5科目の問題がまとめて載った、それぞれ数問ずつの、まさに小テストだ。

「えー。聞いてないですよー」

「そう言うな。今回のテストはあくまで今後の参考用だ。成績表には反映されることはないから安心していいぞ。ただしカンニングは厳禁だがな」

 

 成績表に『は』……か。つまり成績表以外に反映される、ということだろう。

 取り敢えず真面目に受けておこうか、それとも軽くふざけようか。

 小テストに取り組み方を考える前に俺はテストの問題内容を見て見た。

 主要5教科で各問題数は4問。1問につき5点の100点満点。

 問題のレベルは受験の時に出た問題よりも2段階くらい低い。しかしラスト3問は桁違いの難しさだった。数学最後の問題なんか、複雑な数式を組み立てなければ答えが出てきそうにないぞ。

 

「……これなら、ふざけても問題なさそうだな」

 結論が出ると俺は残された時間で必死に回答を書き続けた。その回答が0点になるものでも。

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり俺は明日香との合流地点、学校の玄関前に着いた。そこは、帰宅する生徒の波で溢れていた。こんな状況でどうやって明日香を見つかりゃ良いんだ?そんな、俺の悩みはあっさり解決してしまった。数十人がひしめく中、彼女は目立っていた。

 別に奇行をしているわけではない。

 ただ、立っていた。それがあまりにも絵になっているだけだ。周りの一年であろう生徒たちも帰宅の際に必ず一度は見ていた。

 その理由は、単純に明日香が綺麗だからというのもあるだろうが、場を支配するような存在感があった。生徒会長の張り詰めるように支配する感じとは違う。ただ漠然と視界に少しでも入ったらつい目を向けてしまう。その光景を見て改めて、すごいと感じた。

 

「あっ。輝、遅いぞ〜」

 明日香が俺に気づき手を振ってくる。

 俺はそのまま、軽く手を挙げ合流する。

 

「それじゃあ、行こっか」

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 俺たちが来たのは総合ショッピングセンターのケヤキモール。この学校の中で必要なものは大抵ここで手に入る。

「それじゃあ、まずどこから行きたい?」

「そうだなぁ、取り敢えずテーブルにカーペットが欲しいんだよな。あ、あと調味料一式とやっぱり服は欲しいかな」

 他にも必要なものは、あるにはあるが流石にそれは1人で品定めしないと危険だ。

 

「よし。じゃあ、まず家具店でテーブルとカーペットを見に行って。次に洋服店行こっか。そんで最後に晩の食材を買うついでに調味料とか見ておこうか」

 明日香のプランを聞き俺はああと首を縦に降った。

 そして、明日香の案内で向かった家具店に着いた。しばらく店内を見て回ると割と小さめな円形テーブルのところで足を止めた。

 

「それが良いの?」

「ダメか?」

「ちょっと小さすぎるかな。これだと1人用になるからね。もう少し広めの二、三人で食事が取れるやつのほうがいいと思うよ」

 そうだな、これだと誰かと一緒に食事するときに食器が全部のらないだろうな。

 

 ただ

「なんで俺が自分の部屋で誰かと飯食うのを前提に話しているんだ」

「そりゃ普通するでしょ。輝だって、彼女の1人や2人作って部屋で一緒にご飯食べて、夜には彼女とイチャイチャするんでしょぅ〜?あと、あたしも時々ご飯食べに来るから」

 どうやらこの人は定期的に俺の部屋に遊びに来るつもりのようだ。今はまだ、俺の部屋には何もなく来ても面白く無いから来ていないだけなのか。

 

「あ、それともわざと小さいのを買って大きめの食器置いてご飯は人数分用意して、彼女と寄り添うながら食べたいんだぁ〜」

 ゲスい顔でおちょくって来る。もういい、この人の言う通りにしよう。

 諦め、俺は明日香の言う通りの2、3人用のテーブルを見つけ覚えるのが面倒だから、制服のポケットにしまって置いたスマホで写真を撮って置いた。続けてカーペットもどこにでもある水色のカーペットを写真に撮った。

 

 家具店での用事がすみ俺たちは次に行く場所、洋服店……洒落て言うならブティックへ向かった。

 

「輝って、今服ってどれくらい持ってるの?」

「それは、学校指定のものを含めるか?」

 俺の問いを聞いて明日香は顔を硬ばらせる。

 

「………えっと、含めるって言ったらどうなるの?」

「制服が2着、体操服が3着、ジャージ上下で1着だ」

 因みに下着は持って来たのと無料で売られていたので7着ある。

 

「休日とかどう過ごしてんの?」

「普通に部屋で図書館から借りた本なんかを読んでいるけど……」

 なんで、急に休日の過ごし方を聞かれてんだ?

 

 

 

 

 

 

「着いたね。輝はどんな服買っておきたいんだっけ?」

「……うーん、夏服……かな?」

 5月が始まればすぐに夏が来る今更春用の服を買う気にはなれない。

 

「オッケー。あ、そうだ輝。あたしが輝に似合う服選ぶから輝はあたしに似合う服を選んでよ」

「唐突に何言い出すんですか……」

「そうと決まれば、とりあえず一旦別れて、服を各々選んでみようか。決まったら試着室の前に集合ね」

 勝手に決めて勝手に言い出して、明日香は速攻で選びに行った。

 

 はぁーーー。なんか面倒なことになった。確か俺は5月に買う予定の服を見に来ただけのはず。それなのに、なんで俺は今明日香の服を選ぶことになった。めんどうせぇ、何度でも言おう、めんどうせぇ。取り敢えず、明日香に似合いそうな服を1着選んで試着室に向かおうとすると面倒な奴に会ってしまった。

 

「あれ、新道くん?どうしたの?」

 その人物の名は櫛田 桔梗。俺のいるクラスのアイドル的いや、もしかしたらもう学年のアイドル的存在かもしれない。どうしたものか

 

「櫛田こそどうしてここにいるんだ?」

「私は今、平田くんや池くんたちと施設を見て回ってるんだ。新道くんもよかったら一緒にどうかな?」

「悪いけど、今知り合いと似たようなことしてるから遠慮しておく」

「そっかあ、残念だなぁ。じゃあまた別の日に誘うね。それと   

「ねぇねぇ、櫛田ちゃん!この服、櫛田ちゃんに似合う思うんだけどきてみてくれないかなって……なんで、新道がいんだよ!!」

 ナイスタイミングだ池。このままだと、俺は櫛田に連絡先を教える事になるとこだった。

 

「偶々、偶然会ったんだ。気にするな。それじゃあ、櫛田」

 そう言い、俺はそそくさとその場を離れ明日香との集合場所である試着室に向かった。

 

 ………忘れてた。確か、池の奴、櫛田に自分が選んだ服きてもらおうとしていたな。

 

「あはは、また会っちゃったね」

 俺が試着室に向かうと後を追うようにというか本当に後からついてきていた櫛田と池が合流してきた。

 さらに試着室に着くと平田、軽井沢、松下、森、山内、綾小路と一緒に遊びに来たであろう人たちがいた。

 

 そしてすぐに

「うわ!輝、もう決めたの早っ!」

 明日香も来た。という事は

 

「新道!おまえ、なんであんな綺麗な人と一緒にいるだよ!!彼女なのか!?説明しろ!」

「そうだ!そうだ!しかもあの人って確か部活の説明会にいた先輩だよな!」

 案の定池と山内が突っかかって来た。はぁ、今日って厄日か何かか?

 

「おお〜。何々、君たち輝のクラスメイト?」

「え、あ、ひゃい!」

 いきなり美女が目の前に迫ってきたのに驚いたのか池がきょどった。いやー面白いものが見れたな〜。

 

「えーと。この人は俺が中一の頃世話になった先輩の仲村 明日香先輩だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「よろしく〜」

 簡単に双方の紹介を終わらせると明日香はすぐに

 

「ささ、まずは輝から先に着替えてくれよ。服大量にあるんだからさ」

 他の奴がいるのをお構い無しに無理矢理、服と一緒に試着室に放り込まれた。もうさっさと終わらせよう。俺は渡された大量の服を次々と着て見せた。一緒に見せるはめになった平田たちからは社交辞令なのか本心なのかわからないが高評価だった。

 結果、俺は明日香が選んだ中で気に入った服4着を後日買うことにした。

 そして、平田たちと別れ予定通り調味料を見るついでに晩の食材を買いにいつものスーパーへ行きデートが終わる。と思いきや

 

「それじゃあ、一旦解散。晩ご飯食べて、夜の7時に2年の寮に来て」

「まだ何かあるのか?」

「ふふふ。それは、来てからのお楽しみ。ヒントとして言うなら良い汗をかけるとこ。後、着替えも持って来てね」

 顔を赤らめて言っているが絶対エロい展開にはならない。それに着替えがあるってことは……

 

「風呂か……」

「あちゃー、もう当てちゃうの」

「2年の寮の風呂は1年のと違うのか?」

「残念だけど、行くのは銭湯だよ」

 銭湯………

 

「どう、行く?」

「………………そうだな、デカイ風呂は好きだし」

「よかった〜〜〜」

 

 

 

 

 

 夜の7時、約束通り俺は明日香と銭湯に向かっている。

「久しぶだね〜。輝と銭湯に行くの」

「……そうだな」

 明日香と一緒にいたのは中学1年の1年間。その時住んでいたアパートには風呂がなかった。おかげさまで、その時期俺は一緒にアパートの友達と明日香とよく銭湯に行っていた。

 

「着いたよ」

 外観は何処にでもあるゆの字の暖簾がかけてある銭湯だ。

 

「ここ、入浴は無料だけどタオルとかは有料だぞ」

「はい」

 俺の文句に対して明日香はサッと俺の分のタオルを渡す。

 

「残念だけどここは混浴じゃないから、先に上がったら待っててね」

「そんなの期待してない」

 てか、学校内の銭湯で混浴はないだろ。

 

 銭湯の中は思ったよりも普通だった。十数人が同時に入浴しても問題のない広い風呂が1つ。もっと、ジェットバスとか色々あるかもと期待していたが無いのか。

 まずは、身体を洗うとするか。それと、風呂以外に何かないか見て回るか。………あまり人が居ないな……明日香が言っていた寮から距離があるのが理由か?

 風呂場を歩き回っていると俺はある扉を見つけた。

 

「サウナか……」

 あまり入ったことないけど、たまには良いか。

 サウナに入って見たところ

 

「ほう……お前が新道 輝か……」

 生徒会長がいた。いや、先客がいるのは別に良い普通だ。それより、俺が来ることを知っていた……どうやって、明日香が伝えたのか?なんで?

 

「いつまでそこて突っ立っているつもりだ」

「あ、あぁ……」

 生徒会長に催促され、俺はサウナ室に入った。そこまで広くない為、俺は生徒会長の横に座った。

 

「もう、学校で迷うことは無いな」

「ええ。その節はどうも」

 そういえば、この人と初めて会ったのって学校で迷子なっていた時だったな。

 

「ところで…話が変わるが、生徒会長さんには妹とかいるのか」

「脈絡がないな。なぜそんなことを聞く?」

「クラスメイトに堀北って女子がいるんだよ」

 まぁ、同姓ってだけで関係ない場合はあるが、雰囲気も何処となく似ているし兄妹の可能性の方が高いな。

 

「………その、女子の名前は」

「鈴音。堀北 鈴音だ」

「そうか。……鈴音め。ここまで追って来るとはな」

 やっぱり兄妹なのか。だが、こいつの顔……

 

「随分と嫌な顔をするんだな」

「嫌な顔もするだろう。鈴音が俺の妹であることが周囲に知られれば、恥をかくのは俺なのだからな」

 それはよく、兄弟で出来のいい方が褒められ悪い方がもっと出来のいい方を見習えって奴の逆バージョンか。

 

「要するに、あんたにとって妹は迷惑な存在と……」

「そういう事だ」

「……だがな、人ってのは多かれ少なかれ他人に迷惑かけて生きてることだし、妹ってだけで邪険しなくてもいいだろ」

「どうだろうな。鈴音には致命的欠陥がある。それをアイツは全く気づいていない」

「へぇー。でも、人は完璧じゃねぇんだ。欠陥があるのが普通だろ」

「……随分と弁護をするな」

「別に……ただ、事実を言っているだけだ」

 その一言を聞くと生徒会長は静かにサウナ室から出ようとした。

 

「まぁいいだろう。お前のような男がいれば少しは面白くなるだろう。……それと1つ忠告をしてやろうクラスは一蓮托生、あまり蔑ろにしないようにするんだな」

 そう言い残し、生徒会長はサウナ室から出て行った。一連托生ってことは……ヤバイな。

 これは所謂………後の祭りってやつか。

 

 

 

 

 

 

 銭湯から出ると既に上がっていた明日香が待っていた。風呂上がりな為、身体が熱っていて少し妖艶さを感じる。

「今日は楽しかったね。またデートしよ」

「確かに……たまには良いかもな」

「よし、じゃあ今度はいつにする?」

 たまにはって言ったのに、もう次のことを考えるのか……

 

「悪いけど、もう少しポイントに余裕がある時にしてくれ」

「ははっ。5月にはポイントが入るのにもうポイントの心配なの?」

「………ポイントが入るのならな」

「………マジ?」

「マジ」

 ……ほんと頼む、ポイントよ入ってくれ。



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ようこそ不良品たちの教室へ

 5月1日、プライベートポイントの支給日だ。俺が思うことはただ1つのこと。それを思いながらゆっくり学生証を見る。

「………変動なし……か」

 最悪の展開だ。まあいいや、それでも10万ポイントあるし0ポイント生活にも慣れているし問題ないだろ。さっさと学校へ向かうとするか。

 

 

 

 

 

 

 始業のチャイムが鳴り程なくして、茶柱先生がやって来た。その手にはポスターを入れる筒を持ちその表情はいつにも増して険しいものだった。

 

「これより朝のホームルームを始める。が、その前に質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」

 茶柱先生がそう言うと、数人の生徒がすぐさま挙手した。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてなかったんですけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか?」

「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれていることは確認されている」

「え、でも……。振り込まれてなかったよな?」

 本堂や既に気づいている山内たちに顔を向けた。池、他数名の生徒は気づいていなかったらしく驚いていた。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

「愚か?っすか?」

「座れ、本堂。二度は言わん」

「さ、佐枝ちゃん先生?」

 おそらく初めて聞く、茶柱先生の厳しい口調に気圧され本堂はズルっと椅子に収まった。

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけが忘れられたという可能性もない。理解したか?」

「いや、わかったかって言われても。実際振り込まれてないわけだし……」

 茶柱先生の説明を聞いてそれでも本堂は戸惑いながらも、不満げな様子を見せる。

 はぁー、やっぱりクラス単位でポイントが振り分けられるのか。残念、残念。

 

「ははは、なるほど。そういうことだねティーチャー。理解出来たよ」

 高円寺が声高らかに、笑った。そして足を机に乗せ、あいも変わらず偉そうな態度で本堂を指さす。

 

「簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ」

「はぁ?なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるはずだろ」

「私はそう聞いた覚えはないがね。君もそうだろ?シャイニングボーイ」

 ここで俺に振るなよ。あとなんだよシャイニングボーイって恥ずかしすぎるぞ!輝だからか!輝きだからか!?

 

「そうだな。ポイントは振り込まれるが毎月10万とは言ってなかった。それにDクラスの授業態度は最悪の一言に尽きる支給されるポイントがなくなるのは当然だな。あと、シャイニングボーイとか恥ずかしい呼び名をつけるな」

「新道の言う通りだ。遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全て吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そしてお前たちは今回、0という評価を受けた。それだけに過ぎない」

 98回の遅刻と欠席って、まだ授業なんて120回ぐらいしかやってないぞ。そう考えるとケータイや私語の391回もすごいな。

 

「茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」

「なんだ。お前らは説明されなければ理解できないのか」

「当たり前です。説明さえしてもらえていれば、皆遅刻や私語などしなかったはずです」

「それは不思議な話だな平田。遅刻や授業中に私語はしないことは当たり前のことだろ。小中学校で教わったはずだ」

「そ、それは……」

「現におまえを含め少数の生徒は真面目に授業を受けていただろう。全員が当たり前のことを当たり前にこなしていたらいいだけのことだったんだ。そうすれば、少なくともポイントが0になることはなかった。全部お前らの自己責任だ」

 それなら真面目に授業を受けていた生徒たちの為にも集団ではなく個人にして欲しかったです。

 

「それに高校1年に上がったばかりのお前らが、毎月10万も使わせてもらえると本気で思っていたのか? 優秀な人材教育を目的とするこの学校で? ありえないだろ、常識で考えて。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく」

 以前、俺が堀北に言ったこととほとんど変わらない。それを聞いて平田は悔しそうな姿を見せるが、すぐに先生の目を見た。

 

「せめてポイントの増減の詳細を教えてください……」

「それはできない相談だ。詳細な査定の内容は、教えられないことになっている。企業の人事考課と同じだ。しかし、そうだな……。一つだけいいことを教えてやろう」

 薄い笑みを浮かべ茶柱先生はクラス全員に言い放つ。

 

「これから先、遅刻や私語を改め……仮に今月マイナスを0に抑えたとしても、ポイントは減らないが増えることはない。つまり来月も振り込まれるポイントは0ということだ。裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしても関係ない。どうだ、覚えておいて損はないぞ?」

 確かにマイナスにならないのはいい情報だ。ただ、裏を返した情報は今必要じゃない。遅刻や私語を改める気持ちが削がれてしまう。

 

 話の途中だがチャイムが鳴り、ホームルームの時間が終わる。

「どうやら無駄話が過ぎたようだ。本題に移るぞ」

 

 手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、黒板に張り付けた。

 そこには、AからDクラスの名前とその横に、最大4桁の数字が書かれていた。1000ポイントが10万のプライベートポイントになるのか。下のクラスから見るとDクラスは0ポイント。Cクラスは490ポイント。Bクラスは650ポイント。Aクラスが940ポイント。落差に差はあるが全クラスがポイントを落としているな。

 それに、AからDまで綺麗に並んでるな。

 

「お前たちはこの1か月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりもない。ただ、それらが自分たちにツケが回って来るだけのこと。得たものをどう使おうがお前たちの自由だ。ポイントの使用に関してもそうだ。事実、その点に関しては制限をかけなかっただろう」

「なんでここまでクラスのポイントに差があるんですか」

 平田があまりに綺麗にポイント差が開いてることに気が付いたようだ。

 

「段々理解してきたか?お前たちがなぜDクラスに選ばれたか」

「そんなの適当じゃないんですか?」

「クラス分けってそんなもんだよね?」 

 各々、生徒たちは友人と顔を見合わせている。

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けがされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。駄目な生徒はDクラスへ。つまりお前たちは、最悪の不良品だということだ」

 大手集団塾とかによくある制度だな。優秀な人材の近くにダメな人材がいたせいで秀才がダメになってしまうなんてよくある話だ。

 

「だかな、1か月ですべてのポイントを吐き出したのは史上初だ。逆に感心した、立派立派」

 

 茶柱先生のわざとらしい拍手が教室に響く。

「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0ポイントのままということですね?」

「ああ。だが安心しろ、ポイントがなくてもこの学校では生活できるようになっている。死にはしない。そうだろ、新道」

「なんでまた、俺に振るんですか?」

 流行ってるの?ねぇ、流行ってるの俺に振るの

 

「とぼけるな、おまえのこの1ヶ月間の行動は知っている。なかなか面白かったぞ」

「別に面白いことなんてしてませんよ。暇だから、0ポイントで生活できるか試して見ただけですから」

「そうだな。そして、おまえは今ピンピンしている。それはポイントが無くても生活できる証明となっている」

 そうだ。生活に支障はなかった。ポイントの掛かるものは一切買わず、娯楽施設を使用しない。修行僧かと思える禁欲生活に耐えれるのなら問題は一切ない。

 

「俺たちはこれからずっと他のクラスの奴らに馬鹿にされるってことかよ!」

 ガンっと須藤は苛立ちを込めて机を蹴る。

 

「何だ、お前にも人の評価を気にする気があったんだな。なら、頑張って上のクラスに上がれるようするんだな」

「あ?」

「クラスのポイントは金と連動してるだけじゃない。このポイントの数値がそのままクラスのランクに反映されるということだ」

 つまり、俺たちがCクラスになるには現状で491ポイント手に入れるか1ポイント手に入れてCクラスのポイントを0にするかだ。

 ………どっちも今すぐには無理だな。

 

「さて、もう一つお前たちに残念な知らせがある」

 追加するように黒板に一枚の紙が張り出された。そこには俺たちDクラスのクラスメイトの名前が並び、名前の横にまたしても数字が記載されている。

 

「この数字が何か、愚かなお前たちでもわかるだろう」

 多分、この前やった小テストの結果だな。予想通り、俺は0点か。まあ、あの回答で点数が入る方が稀だし。

 

「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃ってお前らは一体中学で何を勉強してきたんだ?」

 一部の上位を除き、殆どの生徒は60点前後の点数だった。30点以下の生徒もちらほらいる。

 

「よかったな、これが本番だったら7人は退学になっていたぞ」

「た、退学?どういうことですか!?」

「なんだ、説明していなかったか?この学校では中間テストと期末テストで1科目でも赤点を取ったら即退学だ。今回のテストで言えば、32点未満の生徒たちが退学になっていたな」

 あぶねぇ、赤点とったら退学ってそんな重要な話は言っておいていてほしいな。

 

「ふざけんなよ!退学とか冗談じゃねえよ!!」

「私に言われても困る。この学校のルールだからな」

「ティーチャーの言うように、このクラスには愚か者が多いようだね。君もそう思うだろ?シャイニングボーイ」

「0点を取った俺になぜふる………あと、シャイニングボーイをやめてくれ」

「なに、私には君がわざと0点を取ったようにしか見えなくてね」

 小テストの内容はそのほとんどが簡単なものだった。いくらなんでも0点を取るのはおかしいと考えたのか。それにしても高円寺のやつ、俺のこと買いかぶりすぎだぞ。

 

「高円寺!どうせお前だって、赤点組だろ!」

 残念ながら高円寺の点数は90点。堀北と同じ同率で1位だった。身体能力が高く頭脳明晰。これで性格がもっと良かったらAクラスに居たんだろうな。

 

「それからもう1つ付け加えておく。この学校は高い進学率と就職率を誇っている。恐らくお前たちも、目標とする進学先や就職先を持っていることだろう。だが世の中にそんな上手い話はない。この学校の恩恵にあやかれるのは上位のクラスだけだ」

「つまりその恩恵を受けるにはCクラス以上に上がらないといけないということですか?」

「それは違うな平田。この学校に将来の望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がるしかない」

「そ、そんな……聞いてないですよそんな話!無茶苦茶だ!」

「無茶苦茶な話ではないぞ幸村。学校も優秀でない生徒たちを企業や大学に紹介するわけにはいかないからな」

 堀北、高円寺同様に小テスト1位のメガネが特徴の幸村が抗議する。そんなに行きたい大学か就職先があるのか。

 

「みっともないねぇ。男が慌てふためく姿ほど惨めなモノは無い」

「高円寺。お前はDクラスだったことに不服はないのかよ」

「不服?なぜ不服に思う必要があるんだい」

「お前はレベルの低い落ちこぼれだと認定されて何も思わないのか!」

 熱くなっていく幸村に目もくれず高円寺は爪を研ぎ続けている。

 

「フッ。愚問だね。学校側は、私のポテンシャルを計れなかっただけのこと。私は誰よりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。学校側がどのような判定を下そうとも私にとっては何の意味も持たないそれに私は高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっているのでね。DだろうがAだろうが些細な問題なのだよ」

 高円寺の話を聞くとどことなく俺と高円寺は似ているじゃないかと思う。俺もAとかDとか気にしてないし。他人からの評価とかもうどうでも良い。自分のことは自分がよくわかっているんだから。ただ、高円寺は唯我独尊。俺の方は傍若無人といったところか。

 

「浮かれていた気分は払拭されたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいHRにも意味はあったかもな。中間テストまでは後3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している」

 確信している……か、そこまで言い切れることがあるのか?今のところ俺には2つぐらいしか思いつかないぞ。




次回から中間テスト編です。いったい主人公はどう言った行動とるでしょうか。


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孤立する者

「新道!おまえ、最初っから知ってたんじゃないのか!?」

 茶柱先生が居なくなってからの休み時間、いきなり俺は池に問い詰められている。

 

「なんのことだ?」

「とぼけてんじゃねぇぞ!おまえ、先輩の1人と仲いいだろ。どうせ、入学式にその先輩からポイントが下がることを聞いて自分だけ減らさないようにしていたんだろ!」

 ほほう、意外にも筋を通しているな。もっと支離滅裂になると思ったのに。

 

「本当かよ。新道、なんで言わなかったんだよ!言ってくれてりゃ、俺たちだってポイント無駄に使わなかったぞ!」

「私なんか、昨日ポイント全部使っちゃったのよどうしてくれんのよ!」

「本当だ。ポイントのことを言えば、クラスのポイントも0じゃなかったんだぞ!ふざけんなよ………!」

 ………………くくくっ、あー、おっかしい〜〜〜

 

「おい!なんか言えよ!」

「あ〜〜、ウザって〜〜〜」

 俺は気だるそうに悪魔のような笑みを浮かべ、言い放った。

 

「なにがおかしいんだ?」

 未だ怒りが収まっていない幸村が声を荒げた。

 

「だって、おかしいだろ。例えば……池。仮に俺がポイントが下がるかもしれないって言って素直に従うか?」

「そんなのするだろ!」

「どうかな。友達でもないただのクラスメイトにポイントが下がるかもしれないから節約しろとか、授業中私語をしないように言っても俺の勝手だとかうざがるだけじゃないのか」

「ぐぅ………」

「そ、それでも他に方法があるだろ。平田や櫛田に言ってもらうとか」

 黙り込む池に代わり幸村が食い下がり気味に反論した。

 

「そうだな、それは良い手だな」

 池たちが反撃の兆しがきたと感じた瞬間

「だが、それを平田たちが信じるのか不明だ。仮に信じたとしてもそのことを真面目に受け止めるかもわからない。考えすぎなだけじゃないのかと一蹴されるのが関の山だ」

 怒涛の勢いで幸村の案を論破した。

 

「そ、それでも………」

 まだ食い下がるのか……やれやれ

 

「どうやら、茶柱先生や高円寺の言う通りこのクラスには愚か者が多いな」

 そう言い残し、俺は静かに教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 ガタンっと俺は自販機で飲み物を購入した。これが俺の初ポイント消費だ。ちなみに買ったのはコーラだ。

 

「………うっ。コーラってこんなに炭酸キツかったけ」

 今まで、水や調味料なしの料理と山菜定食しか食ってなかったからな。刺激物に舌が驚いた。

 

「あ!新道くん。見つけた!」

「……櫛田」

 一服していると櫛田が駆け寄って来た。俺を連れ戻すつもりなんだろう。

 

「あ、あのね新道くん。池くん達を怒らないで、みんな混乱していただけだからね」

 どうやら櫛田は俺が怒って教室から出たと思っているようだ。まぁ、あの状況ならそう考えるだろう。

 

「別に怒ってなんか無いけど」

「ほ、ほんとうに?」

「ああ」

 本当に1ミリも怒っていない。ただ、可笑しくて呆れてしまっただけだ。だってそうだろ。いくら嘆いても、ポイントは戻ってこないんだ。どれだけ俺に難癖つけても自体は何の変化もしない。そんな事するよりも、さっさと切り替えて今後どうするか考えた方がいいのに頭いい幸村まで俺への批難を辞めないなんておかしすぎるぞ。

 

「それじゃあ、教室に戻ろっか」

「え!なんで、俺教室に戻る気ないけど」

 どうして俺が教室に戻ると思ったんだ?

 

「や、やっぱり……怒ってるの?」

「いいや、全然」

「じゃ、じゃあなんで?」

 恐る恐る聞いて来る櫛田。別に怖がる必要ないだろ。

 

「単純に行く意味がないからだ」

「行く意味がない?」

「茶柱先生が言ってただろ。遅刻しようがサボろうがもうポイントが下がることはないって」

 そう、今なら究極的に言えば問題行動起こし放題だ。

 

「確かに、ポイントは下がらないけどスタートラインにも立てないんじゃないかな」

「それは、どう言う意味だ?」

「今の私たちって、ビリを走っているんじゃなくて。まだスタートラインにすら立っていないんじゃないかな。0ポイントって言うのはスタートラインに立つ資格が無いっいう事だと思うんだ。今のままじゃポイントをもらうことは無理だと思うんだ。クラスの為にも一人ひとりがやるべき事をやるって意識を持たないとダメだと思うんだ」

 櫛田は真っ直ぐ俺の目を見て言った。その言葉にもその目にも嘘はなく、本気でそう思っている。

 

 しかし

「櫛田。生憎と俺はクラスの事なんてどうでもいいんだ。……だけど、安心してくれ、俺はポイントが入ったらまた真面目に授業を受けるつもりだ」

「それじゃあ、ダメだよ!それだと、新道くんのマネしてサボる人が増えちゃうよ」

 確かに、サボってはダメだ。誰かがサボればそれに同調してサボる奴が現れてしまう。

 

「だから、お願い新道くん。いっしょに教室に戻ろ」

 俺の両の手を取り上目遣いにお願いする櫛田。そこら辺の男ならこれで誰でも一発オッケーしているだろうな。普通の男なら……

 

「生憎と俺は自分の考えを変えるつもりは全くない。わかったら、早く教室に戻れよ。遅刻するぞ」

「……うん、そうだね」

 諦めたか、これで晴れて1人。何しようか……

 

「それじゃあ、私も授業サボるよ」

「え!?」

 そうくるのか……

 

「やっぱり、クラスみんなで上に上がりたいし。新道くんが味方だと、百人力だと思うんだ。だから私は、新道くんが教室に戻るって決めるまで説得を諦めないよ」

 ……ほほう、現状でどう考えたら俺を味方にすれば百人力だと思うんだ?

 

 

 

 

 

 

 新道が教室を出て教室ではより一層新道への不満を募らせた。

「さっきのって本当なのかな。先輩にポイントが減るの聞いたってやつ。もし本当なら酷すぎない?」

「だよね……もう最悪。なんであんなのと同じクラスに……」

 うーむ。今朝まで幸せな生活を満喫していたはずなんだけどな。新道のことを気にする奴なんていなかったし。もうそこら中で新道の悪口を言いまくり、事態が悪い方向へ向いて来ている。その流れに危機感を感じたのか平田が、周りを制そうと立ち上がる。

 

「皆、少し落ちついて。新道くんに不満を持つのはわかったけど、一旦落ち着こう」

「落ち着いていられるか。新道のせいでクラスのポイントが0になったんだぞ」

「その事なんだけど、全部が新道くんのせいじゃないよね」

「なんだと?」

 荒れてるな。先程、新道に食ってかかるも返り討ちにあった幸村が今度は平田に突っかかっていた。

 

「第一に本当に新道くんはポイントが減るのを知っていたのかな、僕は違うと思う」

「何を言っているだけ現に新道のポイントは10万。クラスポイントが減るのを知っていたから使わなかったんだろ」

「そこだよ。クラスポイントが減るの知っていたなら、教えると思うよ。今回みたいにクラスポイント0だったら新道くんに振り込まれるポイントも0ポイントなんだから」

 月初めに振り込まれるポイントはクラスポイント×100のポイントが振り込まれるシステム。仮に新道がわざとポイントが減ることを言わなかったらクラスポイントが0になるのは火を見るよりも明らかだ。そして、自分にも被害がくることもわかっているはず……つまり、平田が言いたいのは

 

「新道くんは多分、ポイントが減ることは知らなかったと思うんだ」

「それじゃあ、なんであいつはポイントを使わなかったんだ」

 ここで平田の口が紡がれた。結局のところそこで詰まる。ポイントを減ることを知らなかったらポイントは使われている。ポイントが減ることを知っていたからポイントを使わなかった。なぜ、新道がポイントを使わなかったのかこれが説明できない限り。新道の容疑は晴れない。

 

「特に意味なんてないんじゃない?」

 平田の代わりに新道の弁護をしたのは意外にも平田の彼女である軽井沢だった。正直、軽井沢が新道の弁護をするとは思わなかった。むしろ、池たちといっしょに文句を並べているとさえ思った。

 そう思う理由は、以前みんなで学校の施設を見て回っていた時、偶々新道と会った。その際、軽井沢だけが新道のことを恐ろしく警戒していた。その警戒する軽井沢を見ていた為かオレは軽井沢は新道のことを嫌っていると考えていた。

 

「特に意味なんてない……って、そんなわけ無いだろ!」

 幸村が声を荒げるも軽井沢は飄々と答える。

 

「だって、新道って意味わかんないじゃん。この前の水泳だって、ポイント貰えるって言われてたのに予選で本気出して本番で流したりメチャクチャなことしてたじゃん」

「うぐ………」

 確かに、ポイントが減るを知ったならあの時は是が非でもポイントを取ろうとするはずだ。

 

「だからさ、こんなくだらない事に時間使うより別のこと考えよ」

「うん。軽井沢さんを言う通りだ。それで良いね幸村くん」

「……ああ」

 まさか、軽井沢がこの場を収めるとはてっきり櫛田あたりが収めると思ったのに。だが辺りを見渡しても櫛田の姿が見当たらない。どうやら新道を探しに行ったようだ。

 

 そして、落ち着きを取り戻す教室で、平田が教壇に立つ。内容は来月のポイント獲得のための協力の要請だった、遅刻や私語などをやめる必要があると伝える。

 しかし、その申し出に危惧した意見を須藤が出す。それは改善してもポイントが変わらない点。真面目にしてもポイントが増えないならやる意味が無いと。結局、須藤は場の居心地の悪さなの中教室を出た。

 さらに、櫛田から新道もサボるとメールを貰ったらしく平田の苦労は絶えないようだ。

 

 

 

 

 

 

「新道くんって、本当に友達欲しくないの?」

「いきなり何だ?」

「うん、ちょっとね。自己紹介の時、友達必要ないって言ってたのにちゃっかり先輩の人と仲良くしてたから」

 まあ、友達とかはいてもいなくても本当にどうで良いんだよな。自己紹介の時はこうすると櫛田がどうするのか気になったからやったってだけだし。

 

「特別欲しいとは思ってないのは本当だ。明日香とは、中学の時仲良くしていたからそれが続いている……要は腐れ縁ってやつだ」

「それじゃあ、他の転校先とかで友達って言える人とかいたの?」

 どっだったか。えーと、1人、2人、3人……

 

「……割といたかな」

「へぇー。じゃあ、その明日香さんみたいに居たりするのかな新道くんの友達」

「………………どうだろう。少なくとも、Dクラスには居ないな」

「本当に?」

「ああ。まあ、俺が一方的に忘れているのかもしれないだけかもしれないけど」

 実のところ、1人だけいる。ただ、同姓同名なだけの別人だと俺は思っている。何故なら、そいつと俺の知っている奴との雰囲気が合致しないからだ。

 

「…………………………読み終わった」

 今更だが、俺たちがいるのは学校内にある図書館だ。

 政府からの支援を受けている学校であるだけあって殆どの施設が最新鋭に整えられている。この図書館も並の高校とは比べ物にならないほど大きな図書館だ。

 

「読むの早いね」

 既に俺は3冊ほど読み切り、4冊目の本を読み始めている。その光景を櫛田はただ、じっと見ている。もっと説得してくると思ったのに……

 

「新道くん!」

 図書館の入り口から俺を呼ぶ声がした。平田だ、さらに池や幸村と俺と揉めていた奴らも一緒に来ていた。櫛田が呼んだのか。

 

「新道、そんなにヘソを曲げないでくれよ〜。俺たちだって、悪いって思ってんだからさぁ」

「……あの時はすまなかった。だから、これ以上問題を起こさないでくれ」

「新道くん。クラスの為にも新道くんの力が必要なんだ。クラスに戻ってきてくれないかな」

 三者三様の説得を聞き。というか、うち2人は説得なのか?と気になる言い方だがまあ良い。俺の考えは変わらないんだから

 

「櫛田にも言ったが、ポイントが減ることがないんだから授業を受ける気は無ぇよ」

「お前も須藤と同じ理由か……」

 俺の考えに目頭を抑える幸村を横に平田が俺の前に出て提案する。

 

「新道くん。もしかしたら何だけど中間テストで高得点を取ればポイントが増えるかもしれないんだ」

「その根拠は?」

「茶柱先生が言ってたでしょ。この学校は生徒を実力で測る中間テストの結果がよかったら学校側も僕たちの実力を認めてポイントをくれると思うんだ」

 今知れている情報から出せる推測を平田は俺に提示した。なかなか良い線を言っている。

 

「そうだな。それじゃあ、中間の後から真面目にやらせて貰うよ」

「えっ!」

「おい、新道。良い加減にしろよ」

 俺の返しに驚く平田をお構いなしに幸村が不服をもらす。

 

「今回のお前の小テストの点数わかってるのか?0点なんだぞ。普通は赤点を取らない為にも必死に授業を受けるんじゃないのか」

「それはどうだろうな、小テストが0点でも中間テストが赤点になるかはわからないだろ」

 幸村の文句に俺はただ飄々と答える。それを聞いて幸村は深い溜息を吐いた。

 

「はぁぁ……そうか、やはりお前もそういう奴か。平田、俺はもう戻るぞ。そのバカは退学するから関わるだが無駄だ」

「幸村くん!」

 それは言い過ぎだと声を荒げる平田。しかし、幸村は振り返りもせず出て行った。

 

「幸村の言う通りそんな奴ほっといて櫛田ちゃんも教室に戻ろうぜ」

 図書館から出て行く幸村を皮切りに池も櫛田を連れて出て行こうとするが

 

「ええっ……でも……」

「そうだよ。行こう櫛田さん」

 出るのを渋る櫛田を一緒に来ていた女子生徒が無理やり連れて行った。残ったのは平田1人。休憩時間も残りわずかとなり平田もついに諦めた。

 

「新道くん。僕ももう戻るよ。いつでも、教室に戻って来て良いからね。それと、これ僕の連絡先、困ったことがあったら連絡してね。相談に乗るから」

 こうして平田は、俺に自分の連絡先を書いた紙を渡し図書館から出て行った。何というイケメンな対応なんだ。もし、俺が女だったら今ので確実に平田に惚れてたな。それはそうとこれでやっと、落ち着いて本を読める。



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高校初の友達

新道についに友達ができます。


 昼休み。ずっと集中して本を読んでいた、ためか周りが見えていない状態だったが、ある放送がその集中力を削いだ。

『1年Dクラスの綾小路くん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』

 ……綾小路が呼び出されるとは、俺と同じで特に注意されるようなやつではないはずだが……

 

「よろしいですか」

 突然、前の方から人の声が聞こえた。見てみるとそこには、銀色の髪とベレー帽が特徴的な美少女が座っていた。一体いつから居たんだ?

 

「やっとこちらに気づきましたね。これ以上、無視されていたら物理的な方法でアプローチをかけていました」

「物理的って、何するつもりだったんだよ」

「そうですねえ……例えば、この杖で頭をおもいっきり叩いたり……」

「暴力じゃねぇか!」

「ふふっ。冗談です。流石にそこまでのことはしませんよ」

 クスクスと笑っているが、その目はかなり本気に見えるんだが……

 

「それで、一体俺になんか用か?」

「用というほどのことではありませんが……ただ、何故、授業にも出ずここで本を読み漁っているのか気になりまして……」

「俺が授業をサボっているの前提の話だろ。それ」

「はあ……いくらなんでもそばに山積みの本があれば、誰でもそう考えますよ」

 少女が呆れた目を俺に向ける。なかなかの観察眼だな。俺の横にある10冊以上の山積みの本に気づくとは……て普通か。

 

「別に、ポイントが無えから授業に出なくても良いってだけだ」

「……なるほど、中々面白い考え方ですね」

「……まあな」

 俺の発言にうっすら笑みを浮かべる少女に俺は軽く驚いた。いつもなら、ここはバカにするか呆れられるか説教をされるところだ。

 

「どうですか。お暇なら、私とゲームでもしませんか?」

「何のゲームだ」

「チェスです」

「チェス……か」

「お嫌いですか」

 露骨に顔に出ていたのか少女が俺に聞いてくる

 

「お嫌いですね。つまらな過ぎて」

「なるほど、では面白くする為に賭けをしましょう」

「賭け?」

「はい。あなたが勝てば私の手持ちのプライベートポイントから10万ポイントを差し上げます。そして、あなたが負ければあなたの持つ全てのポイントを貰います」

 俺がDクラスってのにはもう気づいているようだな10万ポイント持ってるのは流石に分からないだろうから、なめられてるか、ゲームをさせようとしてるか……

 

「いいだろう。ただし、負けても泣くなよ」

「ええ。そちらこそ……」

 互いに好戦的な眼で見つめ合う。

 

 少女が持参して来たチェス盤を広げ互いに駒を並べる。

「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね」

「普通は自分から名乗るものだろ」

「それは失礼しました。私は1年のAクラスに所属しています。坂柳(さかやなぎ) 有栖(ありす)と申します。先天性疾患を持っている為、このように杖を持って歩いています」

「俺は1年Dクラスの新道 輝だ」

「クラスと名前だけですか?」

「何か問題でも」

「いいえ」

 にこりと笑う坂柳。随分と堅苦しい喋り方だな。お嬢様なのか、こいつ。

 互いに駒を並べ終えるといよいよ、ゲームスタートだ。俺が白い駒だから先攻で坂柳が黒い駒だから後攻。

 

「じゃあ、10万貰うぜ」

「そうなるでしょうか」

 チェスとは2人で行うボードゲーム、マインドスポーツの一種である。先手・後手それぞれ6種類16個の駒を使って、敵のキングを追いつめるゲームである。チェスプレイヤーの間では、チェスはゲームであると同時に「スポーツ」でも「芸術」でも「科学」でもあるとされ、ゲームに勝つためにはこれらのセンスを総合する能力が必要であると言われている。

 まぁ、俺はチェスプレイヤーでも無いし興味もすでに失せているんだが。

 そうして、俺と坂柳の勝負が始まる。1手、2手と互いに淡々と淀みなく駒を運ぶ。

 そして、5手、10手と重ねたところで。

 

「へぇ……坂柳、結構できるんだな」

「ずいぶんと、上から目線ですね。確かに現状、新道くんの方が優勢ですがこの先どうなるかわかりませんよ」

 ニコニコと笑顔を保つ坂柳。まぁ、笑っているけど怒り心頭かな。

 

 42手目、坂柳がミスをした。移動させたポーンがナイトの退路を塞いだ。しかし、これはそんなに悪い手では無い。だからこそ、このまま進めたら俺が勝つ。

「はぁ………」

 勝ちの見えた勝負ほどつまらないものはない。だが、10万を差し出すのもヤダ。普通に勝ちにいくかつまらんけど。

 

「なに………!?」

「何をそんなに驚いているのですか?」

 簡潔に言うと144手目。完全有利だった状態だったはずなのに坂柳が動かした駒によって完全に形勢を逆転された。

 落ち着け、まず何手目からおかしくなった。俺は記憶を遡りどのタイミングで坂柳が仕掛けてきたのか考える。

 ………あの時の悪手か……だが、そこまで悪い手ではない。むしろ、並みの相手なら十二分に良い手と捉えてれる手だ。

 つまり、坂柳は俺があの手を悪手と捉えるとわかっていたのか。

 

「随分と長く熟考されるのですね」

「……ああ。正直、なめてかかってたよ。悪かったな、流石はAクラスと言ったところか」

「構いません。私もあなたの事を最初はただのおかしな人と言う認識でしたので……」

 つまり、お互い相手を最初は舐めていたが坂柳の方が先にその認識を改めただけか。

 

「なら……俺も本気でいかせてもらう」

「どうぞ。むしろ、そうでなくては面白くありません」

 145手目。俺が駒を動かそうと手を伸ばしたその時

 キーンコーンカーンコーン

 予鈴が鳴り響いた。

 いつの間にか昼休みが終わりを迎えていた。ちッ、面白くなるとこだったのに。

 

「何を止めているのですか?」

 駒から手を引き、俺に坂柳が呟く。

 

「5時間目が始まるぞ、行かなくていいのか?」

「逆に聞きますが。もし、新道くんが同じ立場ならどうしていますか」

 これはそもそも、ポイントが残ってたらサボってねぇよ。という事を言っていい雰囲気じゃないな。真面目に答えるか

 

「そりゃあ、もちろん……サボるに決まってる。ポイントが減ろうが知った事じゃねえ。こんな面白い勝負の途中で授業があるからここまでとか絶対やだね」

「ええ。私も同じ理由です」

「はは。それじゃあ遠慮なく続けようか」

 これまでの打ち合いからチェスの技量だけなら俺と坂柳の実力はほぼ互角。こうなると勝つために必要なのは、駆け引き、読み合い、揺さぶりあいという相手の感情という不確定要素を見抜く、心理戦がキモになる。

 

 

 

 

 

 

「チェックメイト」

 5時間目の時間を全て使い有栖とのチェスが終わった。

 俺の勝ちだ。

 

「お見事でした。まさか、あの逆境状態からあんな容易く盛り返すとは……」

「それを言うなら、それを見越しての電撃戦の方もヤバかったって。危うく、王様取られるとこだったよ」

 お互いが相手を称賛している中、図書館に1人の生徒が来訪した。

 

「ちょっと、坂柳」

「あら、真澄さん」

「有栖の知り合いか?」

「はい。部下のような者です」

 へぇー、有栖はクラスメイトを部下にしているんだ。有栖らし過ぎてなんとも言えねぇ。

 

「輝くん、ご紹介しますね。この子は神室(かむろ) 真澄(ますみ)さん。少し協調性が薄いですがとても優秀な方です。そして、真澄さん。この方はついさっき友人になった新道 輝くんです」

「よろしくな、神室」

「そんなのどうでもいいから!」

 俺が握手をと手を出すと神室は俺の手を叩いて有栖に詰め寄る。

 

「坂柳。あんた、なんで授業サボったの?ポイントが減るの知ってるでしょ」

「怒らないで下さい真澄さん。可愛い顔が台無しですよ。それと私が授業を休んだのは輝くんとチェスをしていたからです」

「………はぁ?」

 有栖の説明に神室は何言ってんだこいつと言う顔を向ける。

 

「つまり、坂柳はこいつとチェスをする為に授業をサボったの」

「それだと少し語弊があります。正しくは、チェスをやっている途中でお昼休みが終わったので授業を休みチェスを続行させた。になります」

「………………」

 これが呆れてものも言えないってやつか実際に見るのは初めてだ。

 

「……それで、そのチェスはもう終わったの?」

「はい。私の負けで終わりました」

「えっ……あんたが……負けたの……!?」

「ええ。僅差とは言え、負けは負けです」

 有栖の言葉を聞き神室は俺の方を向いた。とりあえず、Vサインをしてみたがアホを見る目に変わっただけだ。

 

「本当に負けたの、アレに……?」

「あんな感じですが。能力は本物ですよ。Aクラスにいてもおかしくない程の実力です」

 そこまで言ってくれるなんてうれしいなぁ〜。

 

「とにかく、教室に戻るよ。あんた、身体弱いんだから早めに移動しないと」

「そうですね。ですが、もう少々待ってくれますか」

 神室に一礼して有栖は俺の方へ歩いてきた。

 

「では、輝くん。約束の10万ポイントを……」

「ああ。あれか、別にいいよ面白かったから」

 面白くなく終わったなら貰っていたが、ああも面白い勝負をしてくれたんだ。10万ポイントなんかもういらない。

 

「そうはいきません。約束した事なんですし果たしてもらいます」

 そう言い詰め寄る有栖。これが、俺がポイントを払うのを渋っているならわかる。なんでそんなに俺にポイントを渡したいんだ。

 

「わかった、わかった。ありがたくポイントを貰おう」

「よろしい。それと連絡先も交換しましょう。また、勝負を申し込みたいので」

「チェスでか?」

「チェスもありますが、それ以外もありますよ」

 おお、なんと面白そうな誘い。

 

「いいね。これ、俺の連絡先だ」

「では、こちらが私の連絡先です」

 有栖から10万ポイントを貰い。互いに連絡先も交換した。

 

「では、御機嫌よう。輝くん」

「またな、有栖」

 そう言い、有栖は神室と共に図書館を去った。

 

 

 

 

 

 

 有栖たちが去った後、俺は急激な空腹感に苛まれた。そういや昼飯食ってなかったな。俺はすぐに食堂に向かい。適当に定食を買い遅い昼飯を食べる。そして食事の片手間にプライベートポイントを見る。

 有栖のお陰かは分からないが、プライベートポイントを増やす方法が1つ思いついた。ただ、乗って来るやつがいるかだな……まあ、なんとかなるだろ。執拗に挑発しまくれば乗って来るやつもいるだろうし。

 そしてそのまま、教室には戻らず自室へと帰ることにした。



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人間が決して逆らえぬもの

 久しぶりに授業に出て見たら

「たうあ!?」

「どうした綾小路、反抗期か?」

「い、いえ、ちょっと目にゴミがですね……」

「いや、目にゴミが入っても『たうあ!』は言わねぇだろ」

 綾小路が奇声を上げた。堂々と後ろを向き綾小路にツッコミを入れると視界の端に見える堀北が射殺すような目で睨み、コンパスを握りしめていた。……まさか、あれで刺したのか!?

 5月も1週間が過ぎ、クラスポイントを全て失ってしまい。プライベートポイントを一切獲得できなかったDクラスの生徒たちは授業態度を改めていた。その為、全員授業中の私語などに非常に敏感になっている。その中で須藤だけが今だ改善していない。まぁ来ているだけ俺よりマシなんだろうな。ポイントが増えるわけでもないのにみんな頑張ってるなあ。

 

「みんな!先生の言っていたテストが近づいてる。赤点を取れば、即退学だという話は、全員理解していると思う。そこで、参加者を募って勉強会を開こうと思うんだ」

 授業が終わり、昼休憩になったところで、平田がクラスメイト全員に語りかける。

 

「テストで赤点を取って退学してしまう事だけは避けたい。それだけでなく勉強してクラス全体で高得点を取ればポイントの査定だってよくなると思うんだ。小テストの点数が良かった数人で、テスト対策に向けて用意をしてみたんだ。だから、不安のある人は僕たちの勉強会に参加してほしい。もちろん誰でも歓迎するよ」

 クラス全員に言っているようで実際には平田は須藤と俺を交互に見て語っていた。小テストワースト1位と2位の俺と須藤が心配なのか。だが、須藤は行こうとせず。そもそも俺は行く気がない。

 

「今日の5時からかの教室でテストまでの間、毎日2時間やるつもりだ。参加したいと思ったら、いつでも来てほしい。もちろん、途中で抜けても構わない。僕からは以上だ」

 平田が座ると、須藤、池、山内、俺を除く赤点組や、平田目当てであろう女子たちもこぞって平田の元に駆け寄った。

 

 それはそうと昼飯なににしよっかな〜

「君が授業を受けるとは意外だな。シャイニングボーイ」

 昼飯をどうしようか考えていたら。高円寺が話しかけてきた。

 

「基本的に暇だからな。俺に何か用か、高円寺」

「なに、これからランチを食べようと考えているのだが一緒にどうかね?」

「何か狙いでもあるのか?」

「狙い?そんなものは無い。ただの気まぐれさ。嫌なら、無理強い話しないよ」

「いや、たまには良いだろ。面白そうだ」

「では行こうか」

 こうして、俺と高円寺という意外なようでそうでもない組み合わせで昼食を食べることとなった。

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ、シャイニングボーイ」

「着いたって……ここで食うのか?」

 高円寺が選んだ場所はなんとカフェだった。ここは女子率が非常に高く、男2人で来るようなとこではない。店内に入ればさらに実感する女子の多さ。全体の8割はいるんじゃないか。

 他に男子はいないかと周りを見渡すといるにはいた。しかしその僅かな男子も、リア充系と言うのかチャライ男ばかり。大体が彼女と2人っきりでラブラブだったり、数人の女子に囲まれハーレムしてたりしている。

 

「おい、高円寺。ここ、居心地悪いから学食にしないか」

「嫌だね。それと、居心地が悪いのは慣れてないだけだと言えよう」

 俺の提案を無視して高円寺はカフェの奥へと進む。そこには大人数用のテーブル席と複数人の女性がいた。おそらく上級生だろう

 

「高円寺くん。遅〜い」

「遅くなってすまないね。レディーたち」

 お前もリア充系の人間だったんだな。しかも、ハーレムする方の。

 

「レディーたち。紹介しよう、私のクラスメイトのシャイニングボーイだ」

「紹介でその呼び名はやめろ!!」

 本当にシャイニングボーイが名前だと思われたらどうしてくれんだ!キラキラネームのレベル超えてるぞ!

 

「本名は新道 輝。さっきのは高円寺が勝手につけたあだ名だ」

「高円寺くんの友達ってことは、あなたも何処かの社長の息子とか?」

「……いや、俺はただの一般市民だ」

「そっか〜」

 1人の女生徒の質問に答えると全員が残念がっていた。もしかしなくても、こいつらの狙いって高円寺の金目当て……もとい、玉の輿に乗ろうとしているんじゃないか?一応、高円寺に言っとくか……いや、多分これはあいつが言い回ったんだろう。

 俺の目の前で女生徒を囲って高笑いする高円寺を見て俺は悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 昼食も終わり帰路に立った。昼食の最中高円寺は一切自分では食事を摂らず常に女生徒の誰かに食べさせてもらっていた。そのせいか、俺にも時々、あーんが来ていた。………まぁ、嬉しいか嬉しくないか言えば嬉しいんだが。

「はっはー!やはり女性は年上に限るね〜。君もそうだろ、シャイニングボーイ」

「生憎と俺は、タメか年下がいいな」

「ほーう。それは意外だねぇ、以前君が年上のレディーと一緒にいたのを見たがあれは私の見間違いだったのかね?」

 明日香と一緒にいたのを見られたのか。

 

「見間違いじゃないなだが、明日香とはただの……友達だな。それにお互いにお互いを恋愛対象に見ていないしな」

 デートには誘って来るが、恋人同士がやるようなデートというよりは、女友達と遊んでいるような感じに近い。俺にとって明日香がデートしようと言うのは2人で遊びに行こうと行っている者だと考えている。

 

「そうか、それは残念だよ。君とは色々と話しが合うと思ったが、まさか女性の趣味で食い違うとは……」

「まあ、いろいろ合い過ぎるのも気持ち悪いから、別にいいんじゃないか?それじゃ」

 話を打ち切り、俺は高円寺とは別方向へ歩みを向ける。

 

「おや、またサボるのかい?」

「高円寺こそサボらないのか?」

 むしろなんでサボってないんだ。

 

「なに、私は君ほど働き者ではないだけだよ。それじゃあ、アデュー。シャイニングボーイ」

 そう言い残し、高円寺は教室ある方へ歩いて行った。それにアデューって高円寺………それ、フランス語だぞ。

 

 

 

 

 

 

 放課後を過ぎ、夕日が帰り道を朱く染め上げる。少し用事に時間がかかり、俺は疲れた身体にムチを打ち帰宅をした。

 寮の玄関まで来るとそこには何故か荷物を持った明日香がいた。

「なにしに来た」

「遊びに来た」

 そういや言ってたな

 

「もう来んのかよ……言っておくが遊ぶ物ならないぞ」

 今月はまだ娯楽用品を買うほど暇じゃないからな。

 

「安心しろ。この通り、テレビゲーム機を持ってきた」

 そう言い、明日香は荷物からゲーム機の本体と複数あるカセットを見せた。

 

「悪いけど今日はもう疲れているんだ。それに日も暮れてるし、別の日に変えてくれ」

「大丈夫だって。いざって時は泊まればいいんだし」

 笑いながら答える明日香。そんな事されたら、あらぬ誤解が生まれてしまうんだが。俺の考えていることを気にせず明日香は俺の手を取りエレベーターの中へと連れて行かれた。

 そして明日香は俺の部屋のある階を押してつけばすぐに俺の部屋のある方へ向かう。

 何で俺の部屋の場所知ってるんだ?と思ったがすぐに管理人にでも聞いたんだろうと1人で納得した。

 

「あれ?輝、今日誰かと遊ぶ約束でもしてたの?」

 いきなりなに言ってんだ?俺と遊ぶやつなんて有栖ぐらいしか居ないぞ。あ、よく考えたら有栖ならアポなしで来そう。

 

 そう思い、俺は自分の部屋の方を見る夕日の逆光で相手のシルエットしかわからない。ただ、それだけで有栖出ないことはわかった。何たって杖を持って居ないからだ。更には何か袋のようなものを持っている。

 

 その人物は………

「何やってんだ?堀北」

 堀北鈴音。俺のクラスメイトで斜め後ろの隣人。因みに、俺と堀北はこうやってアポなしで来る間柄ではない、決して。

 

「以前、この学校についての情報を私にくれたの覚えてる?」

 情報?もしかして、ポイントの増減か今更……

 

「あれが……どうかしたのか?」

「そのお礼に料理を作ってあげる」

 ………………

 

「……なんて?」

「聞こえなかったの。夕飯をこしらえてあげる。と言ったのよ」

 ・・・・・・?

 

「………は?」

「馬鹿なの?」

 いや、言ってる意味はわかる。情報を提供したらお礼に料理を作ってもらうことになった。まあ、わからなくはない。それが、堀北でなければ。

 

「おい!輝。なんだよ、そのかわい子ちゃんは?いつのまにそんな彼女作ってたんだ?」

 明日香が楽しそうに俺の肩に組ませて聞いてくる。

 

「いやそれは無いな……で、何が目的だ?」

「言ったでしょ。お礼よ。人の好意は素直に受け取りなさい」

「そういう好意は受け取らない主義だ、悪いが帰ってくれないか。それに……俺の第六感が叫んでいる。絶対に裏がある」

「別に裏なんてないわ、人の善意を受け取れなくなったら人として終わりよ」

 いや、ある。なんたって堀北だ。飯を食ったら、何か要求されるに決まってる。

 

「そうだぞ、輝。かわいい女の子の手料理なんだぞ、とりあえず食っとけ!後悔は後でしてろ」

「お前は俺の心の中にいる悪魔か」

「悪魔っていうか……欲望じゃね」

 確かに欲望だな。この世の男が全員持っている欲望だ。だが、今回はその欲望に負けてはダメな気がする。

 

「随分と強情ね。綾小路くんは素直に私が奢ったスペシャル定食を食べていたわよ」

「綾小路と俺を一緒にしないでもらおうか」

 それから少しの間、作る、帰れの応酬が繰り広げられた。黙って部屋に入ればいいと思うだろうが、堀北は今俺の部屋の入り口に陣取っている。この状況だと強行手段を使えば、堀北も同じ手を使い無理やり入って料理を作るだろう。今、俺に必要なのはどうやって堀北に帰ってもらうかだ。俺が堀北追い返し案を考えていると明日香が勝手に堀北に声をかける。

 

「ねぇねぇ、鈴音ちゃん。実は、今日の昼休みに面白いもの撮ったんだけどちょっと見ない?」

「気安く下の名前で呼ばないで。あと、貴女は誰なの?」

「おっと、自己紹介がまだだったね。あたしは仲村 明日香。こう見えて2年なんでよろしく」

「2年生……すみません。先輩に対して無礼な態度を取ってしまって」

 おお……あの堀北が頭を下げた。先輩ってだけですごいな。

 

「良いって、良いって。あたし敬語されんの苦手なんだよね〜。だからやんないで」

「そうですか。わかりまし……いえ、わかったわ」

「よろしい。それじゃあ、鈴音ちゃん。面白い動画見ない?」

「遠慮するわ。それと、下の名前で呼ばないで」

「そんな事言わないで、面白いからさ」

 執拗に堀北に何かの動画を見せようとする明日香。なんの動画なんだ?俺にも見せてくれないかな。

 

「ちょっとで良いから見て見なよ。どこぞのシャイニングボーイが年上レディーたちにあーんされる動画」

 へぇ、俺以外にもシャイニングボーイなんであだ名で呼ばれるやついるんだ〜……って、それ俺じゃねーか!

 

「おい!居たのかよ。それに見てたのかよ!挙句に撮ってたのかよ!!」

「いや〜。危うく、爆笑して居たところだったわ……くふふ」

 今も思いだし笑いをこらえている明日香。

 

「今すぐ消せ!」

「いいけど。その代わり、堀北さんも部屋に入れよ」

「何故!?」

「だって、可哀想じゃ〜ん。彼処で輝の帰りをじっと待っていたんだよ。健気に思わない?」

 なんでだろう、最初の可哀想じゃ〜ん。が、面白そうじゃ〜んに聞こえたんだが。

 

「わかったよ。上げりゃいいんだろ、上げりゃ」

「よーし。鈴音ちゃん、輝が鈴音ちゃんの手料理食べたいって。後あたしの分もお願い」

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの?早く食べなさい」

「………」

 どうする。

 予告通り、堀北は夕飯を作り差し出した。白米に卵焼き、味噌汁、ほうれん草のお浸し、そして魚の煮付けと和食のメニューだ。

 正直……食いたい。昼はカフェのサンドイッチを食っただけであとは何も食っていない。さらには、放課後のゲームでかなり体を動かしたからめちゃくちゃ腹が減っている。しかも横で美味い美味いと言いながら食べる明日香。

 食ったら、間違いなく何かを要求される頭ではよくわかっているのに何故俺は、ゆっくりと箸を卵焼きの方に伸ばしているんだ。

 人間……いや生物が、決して逆らえぬものがある。それは………空腹だ。……ぐきゅぅ〜ぅ、となる俺の腹。もう無理だ、罠だろうとなんだろうと食ってやる。そして、俺は卵焼きを頬張った。

 

「早速だけど話を聞いてもらえるかしら」

「……」

 そう堀北が話を切り出した。

 ………くぅ…うぅ。

 

「どうしたの、いきなり泣き出して……?」

「いや……ちょっと、美味すぎて……つい」

「そ、そう……」

 なんだか嬉しそうに聞こえるが、俺が思っていたのは……不味ければまだ、クレームのつけようがあるのに……だ。

 

「………それで、話ってなに?」

「え、ええ。そうね」

 もう食ってしまったんだ。潔く、がっつこう。そう思い、俺は白米を口の中に掻き込む。

 

「Dクラスの態度はかなり改善されたわ。でも、それはマイナス要素を削れただけで、ポイントを増やしてAクラスに上がるためには、プラスに持っていかなければ意味がない。そのためにも、新道くんには真面目に授業に出てもらいたいの。後、私が開く勉強会にも参加してもらうからそのつもりで」

「堀北」

「なに?」

「お代わり」

 俺は空になった茶碗を堀北に差し出す。

 

「……自分でよそって」

「輝、あたしのもよろしく」

 冷静にツッコまれ、俺は無言で炊飯器から明日香の分もご飯をよそった。

 

「話はちゃんと聞いていたでしょうね」

「あー。確か、授業に真面目に出ることと堀北が開く勉強会に参加することだったか」

「ちゃんと聞いていたようね」

「まぁな、そこで質問なんだが。その勉強会って他に誰が参加するんだ?」

「須藤くんに池くん、山内くん。それに綾小路くんよ」

 要するに平田の勉強会に行かない連中と巻き込まれた綾小路だけか。

 

「そうか……それなら、俺は真面目に授業を受けるだけでいいよな」

「なに言ってるの。料理、食べたわよね?涙を流しながら、嬉しそうに」

「そうだ。だからこそ、授業を受けるだけでいいんだ。理由を聞くか?」

 俺が尋ねると「勿論」と堀北は答える。

 

「簡単なことだ。俺が勉強会に参加したらまず間違いなく崩壊するからだ」

「なぜ?」

「そりゃあ、俺が綾小路以外の奴らと仲が悪いからだ」

 その理由はほぼ俺にあるがそれは今はどうでもいい。

 

「特に須藤はキレやすいからな、いきなり勉強そっちのけで喧嘩を始めるかもしれないぞ」

「それでもあなたが勉強会に参加しない理由になっていないわ。このままだとあなたは、赤点を取って退学になるわよ。いいの?」

「まず、俺が赤点を取るのを前提に話をしないでくれないか」

「それ、正気で言ってるの。小テストで0点だったの忘れてないかしら」

 やっぱ、そこをつっこまれるよな。さて、どうしたものか……小テストでやったことを言うか、でも証拠がない。

 

「………それじゃあ、こうしましょう。勉強会の後に個人的に勉強を教えるわ」

 俺が渋っていると思ったのか堀北が代案を出した。これは、有難い。

 

「ああ。そうしてくれると助かる」

「そう、そじゃあ、私はお暇するわ」

 俺の了承を聞き、帰宅の準備をする。

 

「私の連絡先よ。何かあったら連絡するわ。では、さようなら」

 そう言い残し、堀北は俺の部屋から出て行った。



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テスト勉強

お気に入りが1000件を超えました。正直、ここまで喜ばれるとは思っていなかったのでとても嬉しいです。
それと、未定だったヒロインを決めました。


「鈴音ちゃんの料理、おいしかったね!」

「まあ、確かにうまかったな」

 堀北が帰ったあと、俺と明日香は明日香が持ってきたテレビゲームで遊んでいる。

 ゲームのタイトルはハンター・ウォッチ。世界で480万以上売れている人気シリーズ。そのテレビゲーム版らしい。

 

「明日香。おまえ、生徒会長とどういう関係なんだ?」

「なになに、いきなりなんだ?そんな事より早く尻尾、斬ってくれよ」

 俺の質問を無視して今俺たちが討伐しているオレンジ色のドラゴンのような風貌のモンスターの尻尾、切断を催促する。

 

「4月の終わり頃、銭湯に誘ったの覚えているな」

「うん。覚えているよ」

「銭湯にあったサウナで偶々、生徒会長に会ったんだ。これだけならただの偶然だ。だが、あの会長は名乗ってもない俺の名前を知っていたし、俺が銭湯に来ることも知っていた」

「なるほどね〜」

「極め付けは、お前が堀北のことを鈴音と呼んでいたことだ」

「…………てへっ」

 明日香が自分の頭をコツンと叩いてチロっと舌を出してごまかした……って誤魔化せるか!!

 

「そういうのいらないから、さっさと答えろ」

「わかっわかった。……信じないかも知んないけど、あたし1年の頃生徒会に居たんだよね」

「………おまえ、軽音じゃん」

 信じる以前に確か、部活動と生徒会活動って同時にしたらダメだったよな。

 

「2年に上がる直前に軽音の生徒の1人が退学になっちゃって。人数足りなくて、廃部寸前だったんだよ」

 なるほど、それで軽音にいる友達に入ってくれって頼まれた感じか……でも

 

「普通そこまでするか?」

 部活動説明会の時に明日香は生徒会に入ることを決めた……にも関わらず、1年程度で軽音に移った。たとえ友達の頼みでも受けるだろうか。

 

「あはは……そーだね。まぁ、あたしにもちょっと責任あるし……」

 そう言って明日香は顔を落とした。初めて見るな……明日香のこんな顔

 

「愚痴りたいなら、はけ口になるぞ」

「流石に後輩に弱音は吐きたくないな〜。その代わり、頼み事聞いてからない?」

「内容による」

「生徒会に入って」

「………どういう話の流れでそうなるのかとかそもそも、俺が生徒会に入れるのか、とかそういうのはあえて無視して言うぞ。俺の素性とキャラクターを知って言ってるのか?」

 この学校が俺をどう見ているのか、実際は知らないが俺はこう思う。問題児、しかもかなりの。そんな奴が生徒会に入れるのか?絶対に無いだろ。

 

「うん。それで返事は?」

「もちろん嫌だ。誰が好き好んであんな面倒くさそうなの」

「………だよね〜。うんうん、ちょっと輝が生徒会やっているところとか見て見たいな〜って思ったけど。やっぱダメか、ざんねんざんねん。それじゃあそろそろゲームに集中しよっか」

「あ、もう狩り終わったけど」

「えっ!」

 驚いてテレビ画面を見る明日香はグッタリと倒れているモンスターを呆然と見ていた。そしてすぐに、クエスト クリアが表示された。

 

「あー!あたし、まだ剥ぎ取ってない〜!!輝、なんで教えてくれなかったの?」

「ゲームに集中していなかった。明日香が悪い」

「むー。こうなったら、もう一回狩りに行くよ」

「それより本当にもう帰ったら」

 時計を見ると23時をとうに回っていた。帰るどころかもう寝る支度を済ませていてもおかしくない時間だ。

 

「大丈夫、大丈夫。今日はここに泊まるから」

 そう言って、明日香は持ってきた荷物から寝間着やら毛布などを出してきた。

 そうか、そうか。本当に泊まる気なのかこの人。

 

「泊めるわけないだろ。今すぐ、帰れ」

「やーだよ〜」

 俺の文句を無視して明日香は寝間着を持って浴室のある方へ向かった。

 

「おい。どこへ行く気だ?」

「お風呂。一緒に入る?」

「いや、いい」

 俺が断りを入れると明日香はあっさり引き下がり、浴室に入っていった。

 そして、明日香の宣言通り俺は夜の3時まで狩りに付き合わされた。

 

 

 

 

 

 

 堀北の要望に従い、今日から真面目に授業を受けることになってしまった。お陰様で俺は目にクマを作って、眠気を感じながら教室に入り席に着いた。

「おはよう」

「おはよう。どうしたんだ?おまえが朝から教室に来るなんて」

 ひどい言いようだな綾小路。まぁ、昨日も1限しか受けてないし仕方がないか。

 

「なに、簡潔に説明するとおまえと同じ目にあっただけだ」

「それは……お気の毒に」

 そのまま、綾小路とたわいも無い会話をしていると俺を教室に連れて来させた元凶……堀北が教室に入ってきた。

 

「ちゃんと来ていて何よりよ」

「本当は一日中部屋で寝て居たかったんだが、約束は守ることにしているからな」

「良い心がけね」

「すごいな。正直、新道を連れて来るのは無理だと思っていたんだが」

「………………」

「……堀北?」

「………………」

「おい、堀北」

「なに?」

「綾小路が呼んでるぞ」

「そう」

 短くそう言うと、堀北は鞄から小説を読み始めた。おいおい、完全無視かよ。

 

「何したんだ、いったい?」

「いや、それが   

 綾小路の説明によると須藤、池、山内ら3人を勉強会に誘って見るも簡単に撃沈。その為、今度は櫛田に3人の説得を依頼した。その時に櫛田から自分も勉強会に参加させてもらうよう要求されたらしい。

 そして、結果は大成功。3人は勉強会に参加する事となった。

 しかし何故か堀北は櫛田の参加を猛反対しているらしく今もそのことに関してご立腹のようだ。

 

「なんつーか、何で櫛田を参加させたくないんだろうな」

「オレが知りたいぐらいだ」

 綾小路が俺に言っているようでその言葉は堀北に向けられていた。当然、堀北は無視を貫いている。

 でもまあ、綾小路の選択は間違ってないんだよな。早く、集めたいのなら時間をかけて根気よく誘い続けるよりよっぽど楽だし、簡単だ。

 そのまま、堀北は綾小路を無視し続けた。綾小路もまた無視をしようと堀北に背中を向けるとコンパスを取り出す音を聞かさせるから綾小路は無視ができないという理不尽さ。綾小路よ、強く生きろ。

 1日の全授業が終わり、放課後がやって来た。

 

「勉強会に参加すべき人は、ちゃんと集まったの?」

 今日1日、無視していた綾小路に対してついに堀北は口を開いた。

 

「……櫛田が集めてくれたから、参加するんじゃないか」

「櫛田さんが、ね。彼女には勉強会に参加しないようにちゃんと伝えた?」

 「伝えた」と答える綾小路に、堀北は納得したらしく図書館に行くよう促していた。

 精々、崩壊しないように頑張れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 空気が重い。居心地が悪いし居た堪れない、はっきり言って帰りたい。何でこんなに不機嫌なんだ。

「ねぇ……何があったの、輝、鈴音ちゃん」

「「別に」」

 

 絶対に怒ってるよね。なんでだろう。輝はあたしが勝手に合鍵を作ったからだと思うけど、鈴音ちゃんのは本当にわかんないな。あたしがついた時には既に不機嫌だったし。

「出来たぞ〜」

「見せなさい」

 鈴音ちゃんが持ってきた、プリントを終わらした輝。それに目を通すと鈴音ちゃんの顔がいっそう険しくなった。

 

「新道くん、ふざけてるの?」

「なんのことだ?俺は普通に書いているぞ」

「これのどこが?」

 そう言い、輝が渡したプリントをテーブルに叩きつけた。何を書いたかきになったので、ちょっとプリントに顔を覗かせるとそこには答えを書く欄にいくつか点が記されている……ていうか、これ……

 

「点字……だよね」

「正解。堀北、解んなかった」

「点字なのは解ってたわ。そうじゃなく、なんで解答欄に点字を書いたか聞いているの」

「あれ、点字で答えたらダメって、言ってたっけ」

 その一言を聞いて、鈴音ちゃんは射殺すような目で輝を睨んだ。わかるよ、常識っていうか暗黙の了解みたいな感じだもんね。それを知った上で無視しているからタチが悪いもんね。

 

「まさかとは思うけど、小テストの時も同じように」

「イグザクトリー」

 輝の回答に鈴音ちゃんは頭を悩ますでもなく呆れ返るわけでもなく、ただ深い溜息を吐いた。

 これでこの勉強会も御開きかな……

 いっときの静寂の中、鈴音ちゃんのスマホが鳴った。

 

 内容を確認すると鈴音ちゃんは血相を変えて出していた勉強道具をしまい。

「………悪いけど、勉強会はこれで終わりにするわ。それじゃ」

 と言い残し、そそくさと出て行った。

 あん感じは、友達じゃ無いよね……彼氏?……それとも……お兄さんとか……どれもピンとこないなぁ。

 

「それじゃあ、明日香。今から堀北の後をつけるから、合鍵置いて、昨日持ってきた荷物まとめてさっさと出て行け」

「あ。あたしも、気になるから後つけるよ」

 輝の後を追って行くと輝はエレベーターの前でじっとしていた。エレベーターは6階の表示から5、4としたへと降っていく。そして、1階まで降りた。

 1階ってことはロビーだから、他学年の人の可能性が高いな。

 

「階段で降りるぞ」

「時間的にそうなるよね」

 

 

 

 

 

 

 階段を降り、ロビーに着くとそこは既に無人であった。どうやらロビー内で会うのでは無く外で会うらしい。まだ、同学年の奴とロビーで会うって可能性は残ってたけど、それも無くなっていよいよ先輩の誰かになったな。

 

「輝、今更だけど鈴音ちゃんが先輩の寮の方へ行ったとしたらどうする?」

「2年なら、お前を送っただけだと言えばいい。3年なら諦める」

 まあ、俺の部屋から直で向かうってことは既に寮の前にでもいんだろうけど。

 そして、ロビーにいないということは、人に見られたく無い可能性が高い。それなら、森の中か。寮の……

 

「居ないね〜。先輩の寮に行ったのかなぁ?」

「裏手だ」

 監視カメラも無く、人気も無い。密会するなら妥当な場所だ。明日香にじっとしているよう指示し裏手の角からこっそり顔を覗かすとそこに居たのは

 

「ここコンクリだぞ。兄妹だからってやっていいことと悪いことがあるだろ」

 綾小路と俺が現在、最もムカついている相手、生徒会長こと堀北 学だった。

 その後、何故か攻撃目標を綾小路に変え生徒会長は強烈な裏拳を放った。それを綾小路は半身にしのけぞるようにして避ける。その後すぐに、急所を狙った鋭い蹴りが、綾小路を襲うがそれをギリギリでかわす。今度は綾小路の服の襟を掴んで地面に叩きつけようとするが、それも片手で流した。

 防戦一方だが、それは綾小路が反撃していないだけでしかいない。あれだけ完璧に防ぐとかいよいよ持って何者なんだよ綾小路は。

 そして、生徒会長は少し綾小路から距離を取り構え直した。

 

 それを見ていた俺は

「いいね、いいね。それじゃあ、今度は綾小路の反撃行ってみようか」

 ケータイ片手に、撮影を楽しんでいた。

 

「何をしているんだ、新道」

「何って、監視カメラが無いことをいい事に邪魔な妹に暴力を振るおうとしたところで邪魔者が入り。そいつ諸共、亡き者にしようとした現場を面白半分に撮影してまーす」

 ケータイのカメラ越しに生徒会長を見て答える。わぁ、表情全く変えねえ。もっと慌てふためいて欲しかったのに

 

「この件を学校へ報告する気か?」

「うーん、どうしよっかな〜。これを報告しても、アンタが停学もしくは退学になって、クラスポイントが大幅に減るだけだし。そんな事しても俺得しないし、得するのはA以下の3年の人達だけだし。ほんと、どうしよっかな〜」

「回りくどい言い方をするな。はっきりと言ったらどうだ」

「回りくどい?何のことか、さっぱりだな〜」

「……なるほど。思ったより、用心深いようだな」

 そりゃあ〜、普通に強請って逆に脅迫されたとか言われたくないしな。

 

「では、取り引きをしよう」

「へー、その内容ってなに?」

「簡単な話だ。今この場で100万ポイントを払おう。かわりにオマエはこの場でその端末にある映像を削除しろ」

「500万払うって言ってた時も驚いたけど、まだ100万払えるとか……アンタいったいいくら持ってんの?」

「さぁな。それでどうするんだ、飲むか?」

「ああ。それでいい」

 こんな映像で100万手に入るんだし良しとしよう。

 そして、生徒会長から100万ポイントもらい。生徒会長の目の前で映像を消してみせた。

 この場でやる事が無くなった俺は未だ呆然とている綾小路と堀北を尻目にその場を去った。

 

 事のついでに俺は明日香を寮まで送っていた……というのは冗談でちゃんとした理由があった。

「それじゃあ、明日香。お前の方で撮っていた映像、こっちに送ってくれ」

 そう、あの場で映像を記録していたのは俺だけじゃない。明日香にも撮らせて、その上で俺だけが出て来れば生徒会長もあの場に明日香がいたとは思わないだろう。

 それに生徒会長との取り引き内容は『俺のケータイで撮った映像の削除』これなら明日香の方で撮った映像でまた脅せる。

 

「あ、ごめん。無理」

「…………え?」

 何で断るの?別にその映像、明日香やクラスに影響ないはずだよね。

「いや〜、さっすが輝だわ〜。生徒会長相手に100万ぶん取るとは……でも、生徒会長の方もやられっぱなしじゃないみたいだよ」

 

 ヒョイっとケータイのメール画面を俺に向けた。その内容は……

「『仲村。今、撮った映像を誰にも渡すな口外もするな』……って、無視したら?」

 読み上げた文面を見て、俺は素直にそう思う。

 

「あたしは、輝ほど図太い神経持ってないし。生徒会長に当たり前のようにケンカ売るほど肝が座ってるわけでもないんだよね」

 そんなに生徒会長を敵に回したくないのか。

 

「わかったよ。……しかし、残念だ。これがうまくいけば今後、もっと面白いことができただろうに……とほほ」

 

 

 

 

 

 

 中間テストまで残り1週間となった今日この頃。図書館の中でも友達と勉強に勤しむ学生達で溢れ始めている。そんな中で俺は

「…………見当たらないな、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』……」

 J・D・サリンジャー作『ライ麦畑でつかまえて』。高校を放校となった17歳の少年がクリスマス前のニューヨークの街をめぐる物語。

 ぶっちゃけサリンジャーの本をたまたま読んで、なんとなく全作品を読もうと思ったけどこうも無いと面倒くさくなるぁ。

 

「うっし!これで満点確実だな!」

 静かな図書館に聞き覚えのある声が響き渡った。声する方を見てみるとそこにいたのは堀北と綾小路たち赤点組だった。

 

「おい、ちょっとは静かにしろよ。ぎゃーぎゃーうるせぇな」

 綾小路たちの隣の机に座っていた生徒の1人が顔を向ける。

 

「悪い悪い。ちょっと騒ぎ過ぎた。問題が解けて嬉しくってさ~。帰納法を考えた人物はフランシス・ベーコンだぜ? 覚えておいて損はないからな~」

 へらへらと笑いながら言った池に対して、隣の生徒は訝しげに聞いてくる。

 

「あ?…………お前ら、ひょっとしてDクラスの生徒か?」

 その言葉に、隣の男子たちが一斉に顔をあげ、綾小路たちを品定めするように見回した。その視線が癇に障ったのか、須藤が少しキレながら食ってかかる。

 

「なんだお前ら。俺たちがDクラスだから何だってんだよ。文句あんのか?」

「いやいや、別に文句はねえよ。俺はCクラスの山脇だ。よろしくな。ただなんつーか、この学校が実力でクラス分けしててくれてよかったぜ。お前らみたいな底辺と一緒に勉強させられたらたまんねーからなぁ」

「なんだと!」

 山脇とかいう生徒は、ニヤニヤと馬鹿にするように言った。その態度に真っ先に反応したのは須藤だった。しかしそんな須藤に臆する事なく山脇は続ける。

 

「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイント査定に響くだろうな。いや、お前らには失くすポイントが無いんだっけ?って事は退学になるのかもなぁ?」

「上等だ、かかって来いよ!」

 須藤君が吠えるたびに、静かな図書館にその声が響き、いつのまにか結構な人たちが見ていた。

 

「やめなさい須藤くん。ここで問題を起こしたら最悪退学だってありうるわ。それと、私たちを馬鹿にしているけれど、あなたたちもCクラスでしょう?はっきり言って自慢できるようなクラスではないわね」

「C〜Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどなぁ」

「随分と不便な物差しを使っているのね。私から見ればAクラス以外は団子状態よ」

 へらへらと山脇が少しだけ堀北を睨んだ。

 

「不良品のくせして随分と生意気だな。ちょっと顔がいいからっていい気になってんじゃねえよ」

「聞いてもいない情報をありがとう。私は自分の容姿について特に興味はなかったけれど、あなたに評価されたことで非常に不愉快に感じたわ」

「っ!」

 堀北の更なる返しにムカついたのか、山脇が机を叩き立ち上がる。

 よーし、ここいらでちょっと絡むか。

 

「まぁまぁ、落ち着きなって」

「新道くん。いつから居たの?」

 気にするなよ。いつも、ふっと現れて、ふっと居なくなるんだから。

 

「まあ、気にするなよ。それよりもよ、堀北。そんなこと言わずに見下されてやろうぜ」

「あ?おい、おまえ。それは、どういう事だ?」

 俺の言葉にイラついている山脇が反応した。

 

「どうもこうもないけど。例え、アンタの言う通りA〜Cの実力が誤差だとしよう」

 まず、相手の言い分は敢えて受け入れる。

 

「しかし、それでもおたくらがCクラスなのは事実。AやBより下であり唯一自分たちより下はDクラスのみ。他のクラスより過剰に見下したくなるのは仕方がないよな。………まぁ、Aとの半分近いポイント差を誤差とか言える頭のおかしい奴に馬鹿にされるのはちと癪だけどな」

 そしてその言い分を利用して馬鹿にする。ニヤニヤと雰囲気だけでバカにしているなと分からせると

 

「テメェ……1ポイントも残せてない、不良品がほざいてんじゃねぇぞ!」

 お、ちゃんと言い返すね。それじゃあそれも肯定した上で反撃しますか。

 

「ハッハッハッ!確かにDクラスは0ポイントだ。Cクラスとのポイント差は490だ。……てことは、DクラスとCクラスの実力も誤差ってことかな?」

「はぁ!んなわけないだろ!!」

「と言うことは、自分はAより圧倒的に劣っている不良品と」

「そんなわけねぇだろ!!」

 おうおう、山脇くん、結構熱くなってるね。お仲間も止めようとしてきそうだし、そろそろ最後の一押ししますか。

 俺は山脇の肩をしっかりと掴み。

 

 人には誰しもパーソナルスペース、あるいはパーソナルエリアというのを持っている。簡単に言うと近づかれると不快に感じる距離のことだ。

 親しい相手なら自身の側にいても問題ないが、嫌いな相手なら自身からより遠ざけたくなるという事だ。

 山脇の俺への心象は間違いなく最悪だろう。だからこそ、パーソナルスペースの中でも最も近い距離、密接距離に入った。

 その上で

「正直に言いなよ。別段優秀でもない自分より唯一下の人達をどうか見下させてください……って」

 と罵れば

 

「っ!テッメェ!!」

 山脇は掴んでいた肩を振り払い、腕を引き殴りかかる体勢に入った。よし!これにわざと当たれば後は学校に訴えて終わりだ。

 

「はい、ストップストップ!」

 そう言って、割り込んできたのは同じく図書館を利用しているであろう女子生徒だった。

 そのおかげで、山脇と同席している生徒が山脇を落ち着かせることに成功した。

 

「誰か知らないけど、部外者なんだから傍観しておいてくれよ」

「部外者とは心外だなあ、この図書館を利用させてもらってる関係者として、君たちの行為を止めに入っただけだよ。これ以上騒ぐつもり外でやってもらえる?それに、君の挑発もちょっと度が過ぎるんじゃない?これ以上やるなら、学校側に報告しなくちゃいけなくなるけど、いいのかな?」

 淡々と正論ぶつけてくるな。それに山脇も冷静さは取り戻しちまったし。

 

「おい、もう行こうぜ。ここに居るだけでバカが移りそうだし」

「だ、だな。おい、お前らからどれくらい退学者が出るか、楽しみにさせてもらうぜ」

 山脇たちが吐き捨てたセリフに堀北が反応した。黙っていたら、負け犬の遠吠えっぽくできたのに

 

「残念だけど、今回、Dクラスから退学者は出ないわ。それに、人のことばかり気にしてていいの?驕っていると、足元をすくわれるわよ」

「俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃねえ。より良い点数を取るために勉強してんだよ。お前らと一緒にするな。大体、お前らフランシス・ベーコンだ、とか言って喜んでるが、正気か?テスト範囲外のところを勉強して何になる?」

「え?」

 なんだ?テスト範囲いつの間にか変わってたのか知らなかった。だけど、堀北たちも知らない感じだし、聞かれてない感じか。

 

「きみ」

「ん?」

「君も図書館を利用するなら、静かに利用してよね。良い」

「はいはい」

 俺への軽いお説教を終えると少女は颯爽と元いた場所へ戻っていった。それを見送ると俺もその場から去った。



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中間テスト

 この寮には2基のエレベーターがあるが、朝は非常に混む。上層階に住む女子が乗り込んで来るため、場合によっては到着しても定員オーバーなんてことも珍しくない。

 その為、俺は敢えて遅くに部屋を出ている。

 まぁ、今日は中間テストの日。ほとんどの生徒が朝早くに学校へ行き、最後の追い込みと言わんばかりに教科書と睨めっこしたり、集中力を高めているはず。おかげさまで、こんな時間にまだ寮にいるのは俺だけだろう。周りに誰もいないし。

 やる事もなくボーとしていると、ようやく右側のエレベーターが到着した。

 

「……おはよう佐倉」

「……あ、お、おはよう新道くん」

 意外にも俺以外にまだ寮にいた。自分1人しかいなかったのにエレベーターの隅っこで縮こまっていた少女、佐倉だ。

 

「こんな時間に登校か。寝坊でもしたか?」

「……うん」

「そうか。テスト前の一夜漬けってとこか?」

「うん」

「赤点を取らない自信はあるのか」

「うん」

「!?……意外だな、そんなに自信があるのか」

「うん」

「……さっきから、うんしか言ってないか?」

「うん」

 そこも、うんか。大丈夫か?

 ここは、エレベーターの中だし、監視カメラがあルカだ問題ないだろ。変な事しないしいいだろ。ただ、佐倉の耳元で囁くだけだし。

 

「………佐倉ってかわいいよな」

「うん………えっ!」

 あっ、やっとうん以外のこと言ってくれた。

 

「し、新道くん。今、なんて……」

「佐倉。ちょっと、じっとしてくれ」

 俺は佐倉の両肩を掴みこちらを向かせる。そして、佐倉の目をまっすぐ見つめる。

 

「え、えっ、なに」

 なおも慌てふためく佐倉を無視して俺は手のひらを佐倉の額に当てる。

 

「……少し熱いな。テスト、大丈夫なのか」

「大丈夫……かは、わからないけど……やらないと、退学になっちゃうから……」

 だよな、この学校が風邪を引いたから別の日にテストを行ってくれるとも思えない。

 あー、面倒くさいことに気づいちまった。

 

 

 

 

 

 

 

「欠席者は無し、ちゃんと全員揃っているみたいだな」

 茶柱先生が不敵な笑みを浮かべながら教室へと入ってきた。茶柱先生が現れたことにより、教室はさらに張り詰めた空気になる。そんな俺たちを見回し、茶柱先生が続ける。

 

「お前ら落ちこぼれにとって、最初の関門がやって来たわけだが、何か質問は?」

「僕たちはこの数週間、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒は居ないと思いますよ?」

 平田が自信満々に答える。どれぐらい勉強したか知らないけど周りの生徒の顔には自信に満ちていた。

 

「そうか、なら今回のテストと7月の期末テスト、この両方で赤点者がいなければ、お前ら全員を夏休みにバカンスに連れて行ってやる。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」

 茶柱先生がご褒美をくれると言う。笑わせるんじゃねぇ。クソ暑い日差しの下、塩水に浸かり、生暖かい潮風を受けるとか何処らへんが夢なんだ?しかも、海に囲まれた島ってどう考えたって移動が船か飛行機しかないじゃん!乗り物じゃん!!夢ってつうか、ほぼぼぼ地獄だよ!

 

「皆……やってやろうぜ!」

「「「「「うおおおおおおおお!!」」」」」

 池のセリフに男子たちが咆哮する。いったいどこにそんなやる気を出す要素があるんだ。女子の水着か?それなら水泳の授業で見ただろ。スク水でなく、自前の水着が見れると思ってるのか……そんなポイント持ってないだろこのクラス!

 

「な、なんだこの妙なプレッシャーは……」

 茶柱先生は生徒(主に男子)から発せられる気迫に一歩後退していた。

 

「変態」

 堀北の冷徹な一言により、一気に静まり返る教室。

 やがて全員に問題用紙が行き渡り、準備完了だ。

 

「では、始め」

 先生の合図と同時に、クラス全員が問題用紙をひっくり返した。

 

 

 

 

 

 

 テストの内容は小テストと比べたら、割と難しい。だが、問題はない。

 強いて言うなら……

「楽勝だぜ!中間テストなんてな!」

「俺なんて120点取っちゃうかもな!」

 他の生徒が問題だったが、何故か全員余裕の表情だった。

 

「須藤くんはどうだった?」

 櫛田が1人机に座って何かのプリントを凝視する須藤君に声をかける。だが、須藤はプリントを凝視していた気付いていないようだった。そして、その表情は暗く、焦っている。

 

「……あ?わりぃ、ちょい忙しい」

「須藤、お前もしかして……過去問で勉強しなかったのか?」

「英語以外はやった。寝落ちしたんだよ」

 池の質問に少しイライラしながら答える。

 へぇー、過去問なんかあったのか。話の流れ的に俺以外は知っている感じだな。

 そして、須藤は英語の過去問に今初めて目を通しているのか。テスト開始まで残り10分程度で全部詰め込むのは不可能だろう。

 英語は慣れていない人から見れば呪文にしか見えない。しかもあの焦りようだとかなり厳しい。

 かなり焦っている須藤に堀北が席を立ち近寄る。そして、点数の高い問題と答えが極力短いものを覚えるようにアドバイスをする。今の状況でできる最善の策を教え、できる限りのことをする。

 

 俺は、そんな2人の最後の追い込みを見る中一緒に視界に入る佐倉を見た。過去問を持っていないだけか知らないがいつもと変わらず、じっと自分の席で座っていた。

 エレベーターの時から結構あったけど今はどうなんだ。

 この場で佐倉の額を触って体温を調べるのは流石にできない。仕方ないから、俺はトイレに行くふりをして佐倉の背中をそっと撫でた。バレたら面倒だが問題ないだろう。

 

「………」

 結果は無反応。元々鈍い訳でない限り、病状が悪化している。このままテストをやれば、もしかしたら須藤だけは赤点を免れるかもしれない。

 

 テストが終わり、クラスの奴らが教室を出て行く中、俺は自分の席でボーと須藤たちを見ていた。

「お、おい大丈夫か?」

「わかんねえ……あーくそ、なんで俺は寝ちまったんだ……」

 自分への苛立ちから貧乏ゆすりを見せる須藤。櫛田が慰めようとするも、今の須藤に効果は薄かった。

 そこに、堀北が姿を見せる。

 説教をすると思いきや、堀北は過去問をやらなかったのは須藤の落ち度だが、精一杯やったと言った。慰めではなく、本心で須藤を褒めていた。

 それだけでも驚きだと言うのに堀北はさらに須藤に謝罪した。その内容はなんでも以前にバスケットを馬鹿にした事だそうだ。ゆっくりと頭を下げ、謝罪の言葉を残し教室を出た。

 

「や、やべぇ……俺……堀北に惚れちまったかも……」

 ああ、そうか心底どうでもいいわ。早よ帰れ。

 その俺の願いはすぐに叶った。

 心臓に手を当てる須藤を連れて、池たちが教室を出る。綾小路だけが俺の方を見ていたが、池たちの催促の声を聞き、すぐに後を追って行った。

 

 これでやっと帰れる。俺は席から立ち上がり佐倉のところへ向かう。

「佐倉。大丈夫か?」

「………」

 話しかけても全く反応がない。

 仕方ないので肩に手を置き、少し揺らしながら声をかける。

 

「おーい、佐倉」

「……あ、新道くん。……えっと、もう、終わったの……」

「ああ。残ってるのは俺とお前だけだな」

「……そ、それじゃあ……私も……」

 佐倉が帰ろうと机から立ち上がるが、足腰に力が入らないのかよろけて倒れそうになる。俺はそれをギリギリで受け止めた。

 危ねぇな。付き添いはあると思ってたけど。これじゃあ時間がかかるし、面倒くさいが……

 

 

 

 

 

 

「………………んっ」

 目が覚めたら、そこは私の部屋だった。

 一瞬、今日の1日の出来事が全部夢だっだんじゃ無いかと思った。

 テストが不安だったから見てしまった夢で本当はまだ中間テストはやってないんじゃ……

 でも違う、頭がまだ少し痛いし頭もぼーっとする。

 何より私の服装。あれが夢だったらパジャマ姿のはずなのに、私は上にワイシャツと下はスカートを履いている。

 それから、私は今の状況を少しずつ思い出していった。

 そうだ、私、自力で帰れなくて新道くんに負ぶさって……

 

「……じゃあ、これって……!!」

 私はもう一度自分の服装を見た。ワイシャツと学校指定のスカートを着ているだけ。

 これって、やっぱり……私……新道くんに……

 

「――――――――――――!!!」

 ううう……。顔が熱い……。

 

 そう言えば、ブレザーは何処なんだろう。

 周りを見回すと机に制服のブレザーが綺麗に畳まれ、その上にいつも掛けている伊達メガネと学校指定のリボンが置いてあった。

 そしてその横にコンビニの袋と置き手紙があった。袋の中にはヨーグルトやスポーツドリンクが入ってあった。

 私は手紙を手に取り読んで見た。

『消化に良さそうなのをコンビニで買っておいたから食欲が湧いたら食べてくれ。ポイントを返す必要はないから安心しろ。P.S.ブレザーの件とかは触れないでくれると嬉しいです』

「…………新道くん」

 

 

 

 

 

 

 俺は自室に帰るや否や、床に膝をつきベットに顔の上半分を押し付けた。

「ああああああ……」

「帰って来て早々、なに奇声上げてんの?」

「ああああああ」

「聞けぇい!」

「あたっ!!」

 俺の背中をバチン!と思いっきり叩いてくれたおかげで背中に残っていた感触を忘れることができた。

 

「いっつう〜……って、明日香!お前いつから居たんだ?」

「いつからって……輝が帰ってきたときにはもうゲームしてたよ。そしたらいきなり、ベッドに突っ伏して奇声あげて。一体どうしたの?」

 おおっと、そうだった、そうだった。俺、体調不良の佐倉を背負って……それで……

 

「ああああ……」

「またか!!」

「いっつう〜……助かった」

「何があった、本当に?」

 うーん、どうしよう理由言ったら100%茶化してくるよな。

 

「早よ言え〜!」

「!!……わかった!わかった!だから、下手くそなヘッドロック解け!」

 ヘッドロック自体はなんの苦にもならないが、今は背中に胸を当てられるのがまずい。

 

「じゃあ、さっさっと話せ」

「……いや、実は――――――――」

 その後、俺は軽く説明した。

 佐倉が風邪をひいてテストが散々な結果であろうこと。茶柱先生に軽い質問をしたこと。俺が佐倉をおぶって寮へ帰ったこと。そのあと、風邪の時に食べた方が良いものを買って置いたことを…………流石に、制服のブレザーを脱がしたことは言わなかった。

 

「ふむふむ。つまり、その愛理ちゃんをおんぶした時におっぱいがこれでもかと背中に当てられたからあんな奇声を上げていたと」

 明日香の解答に俺は小さく首を縦に振った。それにしても、会ってもないのに名前で呼んでるよ。

 

「………へぇ〜、へぇ〜!輝ってそんなにムッツリだったんだ〜。そんなに気持ちよかったの〜。愛理ちゃんのお・っ・ぱ・い」

 ぶん殴りて〜。女子だけど殴りて〜。つーか、もう殴って良いじゃないか。俺の怒気に気づいたのか明日香は唐突に話題を変えてきた。

 

「あっ、そうそう輝。次の月曜の放課後空けといてね」

「いきなりなんだ?」

「実は、軽音部のみんなで1年の中間突破祝勝会を開くんだ。輝も参加しない?」

「俺、部外者だぞ」

 そういう場所って、関係の無い奴がいたら変な空気になるんじゃ無いのか?

 

「大丈夫、大丈夫。なんだったら輝の友達とかも呼んでいいよ」

「……ほぅ、明日香は今の俺に友達がいると思うのか」

「…………あー、なんかごめん」

 …………謝るな。気にしてないのに、虚しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 月日は流れ……というほどの流れはないが、今日、中間テストの結果発表が行われる。いつもと変わらず俺が寮のエレベーターを待ち、着いたエレベーターに乗るとまた、佐倉と会った。

「おはよう」

「お、おはよう。新道くん」

「……テストはどうだった?」

「……たぶん、ダメだった。最後の方はぼーっとしてあんまり覚えてないんだ」

 消え入りそうな声で佐倉はつぶやく。

 落ち込んでいる佐倉には悪いけど、俺はひとつ気になることを聞いてみた。

 

「そう言えばさあ、クラスの奴ら過去問持ってたけど。なんでか知ってる?」

「えっと。も、木曜日の放課後に、櫛田さんが配ったの」

「へぇー、櫛田がぁ」

 確かに櫛田なら、先輩の誰かと仲良くなって過去問とか手に入れそうだな。それに、クラス全員と仲良くしたいというほどだし過去問を共有しようと思うのも頷ける。

 

「えっと、新道くんは貰ってなかったの?」

「ああ。さっさと帰ったから貰いそびれた」

 とは言っても。櫛田の性格ならなんらかの方法で俺に過去問を渡してくると思うが。俺が退学してせいせいするならともかく。

 

 

 

 

 

 

 教室に着き、いつも通り自分の席に着くと程なくして茶柱先生が入ってきた。その手にはテストの結果が載ってあるであろう紙を持っている。

「先生、本日テスト結果の発表と伺っているのですが?」

「平田。お前はそこまで気を張る必要はないだろう」

「教えてください。いつですか」

「喜べ、今からだ。放課後にやると色々と手続きが面倒だからな」

 茶柱先生の手続きという発言に一部の生徒が顔を硬ばせる。

 

「……どういう意味ですか」

「そう慌てるな。今点数を発表する」

 茶柱先生はそう言って、小テストの結果発表の時と同じように持っていた紙を黒板に張り出した。

 

「正直言って、感心している。数学と国語、それに社会では同率1位、つまり満点が10人以上もいた」

 その言葉に歓喜する生徒たち。

 だが一部の生徒は、最も危険とされてた須藤の英語の点数に注目していた。

 その点数は39点と小テストの時に言っていた赤点ラインを超えていた。

 

「しゃっ!!」

 須藤が立ち上がり叫ぶ。それに同調するように池や山内たちも喜ぶ。

 

「見ただろ先生!俺たちもやるときはやるってことですよ!」

 池がドヤ顔を決める。

 

「ああ。お前たちが頑張ったことは認めている。ただ、お前は赤点だ。須藤」

「は?ウソだろ?なんで俺が赤点なんだよ!」

「須藤。お前は英語で赤点を取ってしまった」

「赤点は32点だろうが!俺は39点取ってんだろ!」

「誰がいつ、赤点が32点だと言った」

「いやいや、言ってたでしょ!なぁみんな!?」

 池が須藤をフォローする。

 

「なら、お前にこの学校の赤点の判断基準を教えてやろう」

 そう言い、茶柱先生は黒板にある数式を書き出した。

 

 79.6÷2=39.8

 

「前回、そして今回の赤点の基準は各クラス毎に決められていた。そしてその求め方は平均点割る2。そして小数点は四捨五入する。つまり40点以上がセーフ、それ以外がアウトだということだ」

「……ウソだろ……俺が退学……?」

「ちなみに答案の採点ミスはない。確認したければするといい。ありえないだろうがな。そろそろ1時間目が始まる、私はもう行く。それと須藤、放課後職員室に来い。以上だ」

 茶柱先生が教室を出て行き、教室は静寂に包まれた。その中、綾小路がゆっくりと席を立った。

 

 

 

 

 

 

 結果として須藤の退学は取り消しになった。詳しい理由は知らないが別段どうでもいいか。

 そして、放課後になりクラスの奴らは各々で祝勝会を行うようですぐに教室から人がいなくなった。俺もさっさと帰え……あ、そうだ明日香に祝勝会に誘われてたんだ。

「あ、あの。新道くん」

「なんだ、佐倉」

 荷物を片付けているといきなり佐倉に話しかけられた。まあ、理由はわかるけど。

 

「あ、あの、ちょっと、いいですか?」

「ああ、いいぞ」

「えっと、なんで、私のテストの点数、あんなに高かったのか知ってますか」

 佐倉の中間テスト得点は……国語 94点、数学 73点、社会 86点、理科61点、英語 57点。凄え〜な〜佐倉。風邪引いてたのに俺なんかオール50だったのに。

 

「なに、簡単な話だ。俺の点数を半分佐倉の点数に加えるよう茶柱先生に頼んでたんだ」

「え!し、新道くんの点数を私の点数に」

「そ」

 つまり、実際の佐倉の点数は−50されたもので、俺はオール100ということだ。

 

「い、いつ?」

「金曜の放課後」

 まあ、依頼料としてそれなりのポイントを払ったけど。

 

「ね、ねぇ。なんで、私にそんな事してくれるの?」

 佐倉の疑問も最もだ。俺と佐倉は友達でもないし、況してや恋人でもないし。まさか、こんな理由だって知ったらどうするつもりなんだ?

 

「いや、特に理由がないんだよね〜ははは」

「…………へ?」

 俺の話を聞いて鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする佐倉。だけど、これが事実だ。

 

「ま、これが俺って奴だ。気にすんな」

 何はともあれ中間テストをDクラスは誰1人として欠けることなく突破することができたのであった。




投稿が遅くなりすみません。
来年もよろしくお願いします。
それでは、良いお年を!


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祝勝会

約2年ぶりです。覚えていますか?


 とあるカラオケルームの一室。

 

「────よーし。みんなにドリンク行き渡ったね。それじゃあ、カンパイ……の前に、本日の主役の一年生たちに一言お願いします」

 ドリンク片手に明日香の謎のカンパイフェイントからの無茶ぶりが来た。

 どうしたもんか〜。

 

「明日香ちゃんセンパーイ。一言って何言えばいいんですかぁ?」

「うーん……じゃあ、自己紹介でいっか。もう1回になるけど」

「はーい。じゃあ……1ーCの黒咲(くろさき)暗奈(あんな)でーす!! よろしくお願いしまーす!」

 ビシッと右手を上げ、サイドテールに結んだ金髪を左右に揺らして元気よく自己紹介をする黒咲。

 

「あはは、わからないことすぐ質問するあたり。すごいなぁ、黒咲さん。えと……ぼくは、三枝(さえぐさ)和樹(かずき)って言います。所属はBクラスです。よろしくお願いします」

 マッシュルームカットで礼儀正しさが印象的な優男、三枝もまた自己紹介をした。

 何というか、アレだな……つい数分前にもした自己紹介をまたするとか意味ねぇなぁ……ハハは。

 

「さーて、ラスト。輝、取りよろしく」

「あー、はいはい。そこの明日香に無理やり連れて越された新道だ」

「ちゃんと自己紹介してくれたね。感心感心。てな訳でぇ……カンパイ!!」

「「「カンパーイ!!!」」」

 明日香の号令と共に俺以外の全員がグラスを高く上げた。

 中間テスト発表の日の夜。周りの連中は、辛かった勉強から解放されたことを、そして誰1人退学者出なかったことを喜んでいる。

 友達と苦労を分かち合う為、試練を乗り越えた達成感を共有している。俺もその例に漏れず……というか先日に明日香に誘われた軽音部の祝勝会に来ている。

 しかし、1つ考えて欲しい。こういった身内の集まりに部外者が立ち入ったらどうなるか。

 それは……絶対に気まずくなる。内輪でワイワイはしャイグつもりだったのに、そこに部外者が入ればそれだけで気まずい空気になること間違いなし………………の、筈だが……

 

「ねぇねぇ、新道くんってどこのクラスなの。A? B? D?」

「Bクラスには居なかったから、AクラスかDクラスだよね」

 …………メチャクチャ絡んでくる! 

 

「…………Dクラスだけど……」

「「Dクラス……」」

 さーて。これでどう対応してくるのか……出来れば、バカにしたり、見下して欲しい。そうすれば、不快だとか言って帰れる。

 

「Dクラスって事は……キョンシーとおんなじくらすだよね!!」

 …………いや、Dクラスに中国の妖怪なんていないはずなんだけど……

 

「……悪いんだが、キョンシー? って誰だ?」

「え? ……キョンシーはキョンシーだよ」

 何言ってんだこの人? って目で見られたが……それはこっちのセリフだ。

 

「ごめん、新道くん。黒咲さんは、友達をあだ名で呼ぶんだけど……本名をなんでか忘れちゃうんだ……」

 それは、本当に友達なのか? 

 

「あ、因みにキョンシーは櫛田さんの事だよ」

 あぁ、確か櫛田は学年全員と友達になるって言ってたっけ。……でも、なんでキョンシーて言うの? 

 

「おーい、1年ズ。同学年だけで盛り上がるな〜。先輩とも絡んで〜!」

 そう叫びながら、明日香が倒れこむように向かってきたので、俺はそれを避けた。

 

「輝、酷っ〜い!」

「はいはい」

 それにしても、いつ帰れるんだろうか。

 

「ねぇ、そんなにつまらない顔しないでもっと楽しんだらどうなの?」

 ようやく、一息つけると思ったらまた新たに来た。

 確か……風間(かざま) (はるか)、だったか。

 

「楽しむもどうも、部外者の俺が楽しめるとでも」

「楽しめるでしょ。高円寺くんとお昼一緒にしてた時だって、割と楽しんでたじゃん」

「……それ、明日香から聞いたのか?」

「うわぁ〜、忘れられてる。あ、そうだ……あーんしたら、思い出すかな? シャイニングボーイくん」

 そう言い、風間先輩がテーブルに並べているサンドイッチを手に取り俺の口に運ぼうとする。

 これどっかで〜……あー! 

 

「アンタ、高円寺と一緒にいた奴か!」

「せいかーい。それにしても、シャイニングボーイって長いね。これからは、シャイニングくんって呼ぶね」

 英名は続くのかよ。

 

「ほら。せっかく来たんだし、歌おうよ。楽しまないと損だよ」

 確かに、このまま仏頂面をしていても意味ないな。むしろ開き直るか。

 

 

 

 

 

 

「や〜、歌った歌った」

「く、口の中がヒリヒリする」

 カラオケを楽しむこと3時間。その間ちょっとしたゲームが行われた。

 内容は負け抜き性で好きな歌を歌い点数の1番低い人が、罰として激辛たこ焼きを食べるというものだ。

 カラオケのメニューにある6つの内1つが激辛のロシアンたこ焼きという商品がある。そして、店員に頼めば全部激辛たこ焼きにすることも可能ということから決行された。

 

「シャイニングくん。歌かなり上手かったね、驚いたよ」

「本当だよ。僕なんて真っ先に負けちゃって情けないよ」

「大したことないよ。音程を外さなかっただけだろ」

 俺は音域が広い。それこそ、知り合いの声真似ができるぐらいある。

 

「まぁ、1番すごかったのは明日香と風間先輩だったけどな」

「異議なし」

「うんうん」

「「いやいや、そんなことないよ〜」」

 謙遜しているが嘘臭くて仕方がない。このゲーム、1回戦から10回戦ぐらいまで100点を取り続けた。正直、凄すぎて若干引いた。

 結局、点数の決着はつかず最終的に俺たちが決める事になり風間先輩が優勝した。

 

 

 

 

 

 

 祝勝会が終わり時刻は18時を少しすぎた時間。いい感じに腹が減ってくる時間帯。部屋で何か作ってすませる気にもならず俺はファミレスに夕食を食べる事にした。

 ポイントも潤沢だし、結構高めのものを注文した。

 料理がくるまでの間、俺は手持ちのプライベートポイントをぼぅーっと眺めて今日までにやった事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 中間テスト当日の放課後。

 俺は熱を出した佐倉を部屋に送る前に保健室に連れて行った。

 病院とかの方がいいかと思ったが、保健医に見せる方が手っ取り早い。と考え、保健室に来たんだが……無人。

 どこにいるんだろう…………ダメだ、職員室以外思い浮かばない。まっいいか、茶柱先生に聞きたい事もあるしとりあえず行くか。

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす! 保健医の人と茶柱先生はいますか!?」

 職員室の扉を開け、保健医の先生と茶柱先生を呼んだ。

 

「新道。テストが終わって早々、何の用だ?」

「ええ、ちょっと……ですが、先に保健医の先生はいませんか?」

「はいはーい。保健医の先生は私だよ」

 俺が茶柱先生と話していると先生の横からひょっこり現れた。

 一瞬だけど茶柱先生、眉間にしわを寄せたけど……仲悪いのか? まあ、どうでもいいか

 

「私はBクラスの担任の星之宮ほしのみや 知恵ちえって言うの。はじめまして、新道くん」

「はじめまして。なんで、俺のこと知ってるんですか?」

「そりゃあ、新道くんってすごい有名人なのよ。主に教員(こっち)側で────」

「星之宮先生」

 星之宮先生が何かを言う前に茶柱先生が遮り『それ以上喋るな』と目で睨んだ。

 その後、すぐに茶柱先生は俺の方に向かった。

 

「それで、用件は何だ?」

「クラスの1人が熱を出して倒れたんで診てもらいたいんですが?」

「ええ! 大変! すぐに、行かなきゃ。場所は保健室?」

「はい」

 星之宮先生が職員室を出て、すぐに茶柱先生が口を開いた。

 

「それで、私への用件は何だ?」

「簡単な質問です。さっきの話からうちのクラス……まぁ、佐倉なんですが、熱があったんで多分、テストの結果が酷いと思うんですよ。なので、再テストとか出来ますか?」

「無理だな」

 即答された。

 まぁ、俺も十中八九無理だと思った。

 例えば、どっかの会社で大事なプレゼンがあったとしよう。その日に運悪く病気になった社員がいたとして、その人のプレゼンを別の日にできるだろうか? 

 答えはできない。今回はテストを受けただけまだマシだけど。

 

「そうですか。それじゃあ、もう一つ。俺のテストの点、50点ほど佐倉に渡す事ってできますか?」

「…………」

 茶柱先生は今度は即答できず、目を丸くしていた。というか、他の先生たちも俺を注視してきた。

 しばらくして、茶柱先生が笑みを浮かべた。

 

「すまないな新道。今は、それを言う事ができない」

「今はってことは、いずれ言ってくれるんですよね。いつですか?」

「安心しろ。理事長に判断して貰うだけだ」

「……前例とか無いんですか?」

「無い」

 マジか。てっきり点数に余裕ある奴が赤点を取った奴とかに売ってると思ってた。

 

「少し時間がかかる。ここじゃ何だ、生活指導室で待っていろ」

「えー、めんどくさいですよ。パパッと終わらせましょ」

「出来るわけないだろ。つべこべ言わず、待ってろ」

 茶柱先生は指導室の場所を教えると机に備わっている固定電話で理事長に電話をかけた。

 俺もこの場の視線が嫌なので言われた通り生活指導室で待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 指導室で待つこと数分。暇すぎて、横にあった給湯室でお茶を入れ、茶菓子がないか漁ったが見つからなかった。

 程なくして、茶柱先生が入って来た。

 

「さて、用件の前にいくつか聞きたい事がある」

「それ無視して、用件に進んでくれます?」

「そう言うな。今後の参考の為と思ってくれ」

 そう言われてもな〜。

 

「まず、1つ目の質問だ。お前は、いつから点数の譲渡を考えていたんだ?」

 あれ、俺いつ了承した? でも、これもう駄々こねれないな。

 

「はぁ……5月の初めだ」

「ほう、そんな早くからか。他に何か思いついていたか?」

「まだ続くのね。そうですね〜。あとは、全員が低い点を取るぐらいかな」

「ははは。逆転の発想だな」

 赤点に関しては触らないのか。50点譲渡を言った時点でバレてるからか。

 赤点の算出方法は平均点割る2。矛盾しているが赤点になる最高点は平均100点の半分、50点未満だ。だから、50点取っとけば落第することはない。

 

「では、次の質問だ。何故、佐倉を助けようとする」

「こう言っちゃなんですが。茶柱先生って本当にDクラスの担任ですか? と言うか、教師ですか?」

「ずいぶんな言いようだな。流石に傷つくぞ」

 だけど、それ以上の言葉はないだろ。だって、見方を変えたら退学するかもしれない生徒を見捨てろって言ってるようなもんだろ。

 

「新道、お前の過去のことは知っている。だからこそ、気になるんだ。佐倉を助けるのは罪の意識からなるものか?」

「くっくははは!」

「……なにか、可笑しかった?」

「ああ、すみません。つい、的外れすぎて思わず」

「ほう……では、本当の理由は何だ?」

「ありません」

「嘘はよせ。ここまで綿密な策を衝動的行動で行うとは思えない」

「思って下さいよ〜。ノリですってノリ」

 正直、畏まってるのにめんどくさくなって、ちょっと砕けてきたが茶柱先生は毅然と俺の嘘を見抜いてきた。

 

「なら、何故佐倉を保健室まで連れて行った。ノリでそこまでの事できるか?」

「ええ。それに、良い事をするのに理由ってありませんよね」

 俺の言い逃れに茶柱先生がため息混じりに『そうだな』と呟いた。

 

「もう質問も無いですよね。じゃあ、点数譲渡の件にはいってくれますか?」

「ああ、端的に言って。お前の申し入れは受諾された」

 よーし。これでようやく終わる。

 

「ただ、教員側こちらとしても仲介手数料を貰わないと困るんだ」

 想定の範囲内だ。いくらだろうと問題ない。

 茶柱先生はそのまま説明を続ける。

 

「1教科の譲渡につき20万ポイント。5教科の譲渡は100万ポイントだ」

 うーわ。思ったより高え、けど払える。

 俺は携帯を取り出し応答する。

 

「それじゃあ、払いますね」

「払うのか、100万も。他にもっと良い使い所があるんじゃないか?」

「生憎とその程度の挑発に乗る気はありません。それに、俺にとっては100万なんてはした金です」

 そして、携帯に表示している俺の全プライベートポイントを見せつける。

 

「……そのようだな。だが、これだけは言わせてもらう。この学園内でのプライベートポイントは時にクラスポイント以上の価値を発揮する。無駄遣いはするなよ」

「……まだ、挑発しているですか?」

「いや、ただの忠告だ」

 その言葉を皮切りに沈黙が続いた。これ以上、何か話をする気は無いので黙って学生証を茶柱先生に差し出した。茶柱先生も黙ってそれを受け取った。



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最強の生徒 前編

新道くんがやらかします。


 これは、Dクラスがクラスポイント0を宣告された日からテスト勉強に励んでいる間に起きていた。俺、新道輝によるちょっとした事件である。

 

 

 

 

 

 

 5月1日の放課後。オレは早速、明日香に電話をかける。

『もしもし〜! 輝! さっそく掛けてきたね。まさか、今年のDクラスはポイントを全く残さないとは、流石に驚いたね〜』

 随分と意気揚々と喋るな。

 

「そこに関しては驚かれても仕方ない。さっそくで悪いが、頼みたいことがある」

『なになに? なんでも言ってみ。ポイント以外なら、何でも貸してあげるよ』

「いや、借りたいものはない。2、3年の情報をできる限り教えてくれ」

『…………え? どゆこと?」

 流暢に喋ると思ってたらいきなり聞き返しって。

 

「どーも、こうも。ちょっと、面白い暇つぶしを思いついただけだ」

 俺はその概要を余すとこなく明日香に説明した。

 

「あっははは!! 滅茶苦茶なこと考えたね! でも、それにのる人いるかな〜?」

「問題ない。のるように誘導するし、のらなかったら残念ってだけだ。俺が被る被害はない」

「へぇー。それじゃあさ、ネット掲示板を見なよ」

「掲示板?」

「学校が製作したアプリなんだけど、その中にランキング用の掲示板があるんだ。正確性は保証しないけど、どうかな」

「ああ。助かる」

 なんでもいい、今はとにかく多くの情報が欲しい。真偽は後でやれば済む。

 俺は明日香に礼を言うとすぐに電話を切り、明日香の言っていた掲示板を開いた。

 

 最初に画面に表示されたのは、交流掲示板とランキングが出てくる。すぐに俺は、ランキングの方をタップするとかなりの量のランキングが表示された。

『カッコいいランキング』『かわいいランキング』『根暗そうランキング』『お金持ちランキング』といったよくあるやつや、『気持ち悪いランキング』『退学して欲しいランキング』のような問題がありそうなやつまで様々ある。

 その中から俺は試しに『退学して欲しいランキング』をタップした。俺、何位に入ってるかな〜。

 すると、画面はは現3年、現2年、現1年と表示された。学年別にランキングされてるのか。2、3年も気になるが1年の方見ようと。

 現1年の表示をタップする。今度表示されたのは上にデカデカと『退学して欲しいランキング 1年の部』と出てきた。その下に1位から順に並べてある。

 そして、映えある1位は……

 

「…………有栖かよ」

 俺の高校初の友達、坂柳 有栖だった。

 何やったんだよ、あいつ。

 

「2位は……同立のやつが多いな」

 というか、殆どが同立だ。これって、単純に使われてないだけか。つまらん。

 その後、俺は様々なランキングを見、コメントを見た。

 

 

 

 

 

 

 5月初日から1週間が経った日の金曜日の放課後。この日までに俺がやったことはランキングを調べたり、知りたいことを明日香に聞いたり、必要なものを買いに行くだけだった。

 まあ、そのおかげで色々とわかったことがあるし。

 必要なものは揃った。必要な情報も揃った。あとは俺の口の悪さに期待しよう。

 

 とりあえず今は元気よく叫ぼう。

「頼もーーー!!!」

 俺はバスケ部が練習をしている体育館全域に響き渡るほどの声を上げた。

 その為、さっきまで練習に勤しんでいた連中も少し休んでいた連中も全員が俺の方は顔を向けた。

 

「見ない顔だが、1年か?」

 そう言って向かってくるのはバスケ部の部長の……確か石倉(いしくら)だっけか。

 

「ああ。1年Dクラスの新道輝だ」

「入部希望か?」

 そう考えるよな、普通。

 

 だが違う

「いえいえ、そんな訳ないじゃないっスか〜〜───」

 そして、嫌味な笑みを目一杯浮かべて、バスケ部の部員全員の逆鱗に触れる言葉を言い放った。

 

「───誰がこんな負け犬の集団に入るかよ」

 

『──────っ!!』

 空気が変わった。さっきまでの異物が入った困惑とは違い。単純な敵対心……いや、殺意とも言って差し支えない感情が蔓延している。

 

「───そうか。それなら、さっさと出て行け。練習の邪魔だ」

「くっはは。練習って……なんの練習だよ。万年、予選落ちの連中が」

 これは事実だ。と言っても1回戦負けとかでなくベスト4とかの結果を残している。ま、結局予選落ちだと片付けれる話だけど……

 

「あいにくと今年は1年に良い生徒が入ってきたからな、いい結果を残せそうだ。だから、さっさと此処から消えろ!」

 後半が少し強い口調になっているけどキレてはいない。聞いてた通り、保守的だね。それに加えて、沸点は高く、感情の制御も出来ていて。流石の一言だよ。

 

「石倉。あんた、なんでバスケ部に入ってんの?」

「先輩には敬語を使え」

「質問に答えてくださいよ〜。セ〜ンパイ」

「………………」

 あらあら。ちゃんと敬語(笑)を使ったのに一層苛立ってるな。

 

「それに答える義務はない。これ以上、居座るつもりなら───」

「Aクラスの堀北 学に泣きつく、か?」

 石倉の言葉を遮り答えた。

 

「堀北は生徒会長を務めている。お前のような、問題児を対処するのは奴の務めだ」

「あ、そう。そんなことより、石倉センパイがバスケ部にいる理由。俺なりに考えたの聞いてみますか?」

 これ以上関わるのが無駄と判断したのか、石倉は踵を返して俺から離れようとした。

 

「Aクラスに上がらないという事実からの現実逃避。じゃないですか?」

 静まる体育館の中で俺の声がこだまする。その発言に石倉も歩みを止めた。

 

「帯に短し襷に長しってことわざを知ってますか? まるで、センパイを表しているみたいですね」

「……どういう意味だ?」

「Bクラスのリーダーをして、尚且つバスケ部の部長も兼任するがどちらもいい成績を残せず、中途半端な結果しか残せていない。つまり───あんたが、バスケ部に情熱を注いでいるのはリーダーとしての不甲斐なさから目を背けるためだけだろ」

「…………」

 俺の口撃に石倉が沈黙すると1人の部員が声を上げた。

 

「───お前、いい加減にしろよ」

 ……釣れた! 俺はニヤつく顔をあえて見せつけた。

 

「はぁ。何言ってんの、俺はただ事実を言ってるだけなんだけど」

「何が事実だ!! お前は、部長がどれだけ努力してきたか知らないだろ!!」

 ああ、知らない。だがそんな事知ったこっちゃない。だって

 

「結果の伴ってない努力なんか無意味だろ。この世は『結果』が全てだ。過程など結果が伴っていなければただの言い訳に過ぎない」

 俺の言葉にさっき部員がえらい剣幕で俺を睨む。

 いいねぇ。いい感じに血が上ってるね。

 

「じゃあ、こうしよう。今からプライベートポイントを賭けてゲームをしよう」

「ゲーム……だと?」

 突然の俺の提案に部員は警戒心を剥き出しで、聞き返してきた。

 

「そう、ルールは簡単。俺は自分の持っている全てのプライベートポイント10万ポイントを賭ける。そっちは俺と同じ量のプライベートポイントを賭けてもらう。ゲームはバスケの1on1で先に2連勝した方の勝ち。勝った方には賭けたポイントが入る」

「10万……ハッ、Dクラスのお前が10万なんて持ってるのか?」

「持ってるけど。ほら」

 ケータイを取り出しポイントの残高を見せた。そこには100,000prと表示されている。

 因みにこれは、10万綺麗に使い切ったわけではなく。余分な分は明日香に預かってもらっているのだ。

 ケータイをワイシャツの胸ポケットにしまって話を続ける。

 

「更に、追加で40万賭けると俺になんでも1つ言うことを聞いてやる。土下座しろっていうならしてやるし、退学しろと言うなら退学だってしてやるぜ」

「……なに」

 食ってかかって来た部員が絶句した。

 そんな事は気にせずに軽〜く挑発しよう。

 

「まぁ、たかが10万なんて、アンタからしたら端た金だし? 俺の退学だって学年違うからメリットもないし。いくら、自分たちが努力してきたバスケでの勝負でもなぁ。どうする〜? やめとく〜?」

「やるに、決まってんだろ!」

「オッケー。じゃあ、はじめよっか」

 

 

 

 

 

 

「やめろ、武光。この勝負はお前に何のメリットもないんだぞ」

「キャプテン。損得とか今は関係ないんです。俺はあいつが許せないんだ!」

 石倉とさっきの部員、武光がなんかスポ根漫画のワンシーンみたいなのを行なっている。

 

「おい! 賭けの事、負けてからやっぱ無しとかほざくんじゃねぇぞ!」

「ああ、そっちこそ50万、ちゃんと払えよ」

 この言葉を皮切りにゲームスタート。

 初めはオフェンスが武光でディフェンスが俺。

 武光はスタート位置で右はフェイントを入れた。それを見て俺は右側の行く手を阻んだ。それを見てニヤリと笑みを浮かべ鋭く左に切り替えてドリブルで抜き去った。

 抜かれた俺は急いで武光を追いレイアップで決めに入るところでギリギリブロックするために跳び、ボールに触れることができた。放たれたボールはゴールのボードに当たりリングをくぐらずにコートに落ちた。

 

「くそっ!」

「これで、後は俺が決めたら俺の勝ちっスよね」

 俺の挑発に武光は苦虫を潰したような顔を向ける。

 2回戦目、攻守が入れ替わり俺がオフェンスでディフェンスが武光になる。

 武光からボールを受け取り俺は速攻でドリブルをつき、武光を抜き去ろうとした。が、武光はそれを読んでいたらしくしっかりと俺についてきた。

 少し予定とは違うが仕方ない。俺はドリブルでの突進を止めバックターンで武光を躱し、ジャンプシュートを決めた。放たれたボールは綺麗な放物線を描きゴールリングをくぐった。

 

「……な、なに……!?」

「はい。俺の勝ち〜。約束通り、50万寄こせや」

「…………くっそ」

 そう吐き捨てて武光は携帯を取りに体育館を出た。それを見て石倉は他の部員たちを集めて何かを話し合っている。

 程なくして戻ってきた武光を呼び、石倉は他の部員たちに話したことを武光にも話した。

 

「……ほらよ、50万だ」

「ハハハ、ありがとよ」

「おい! 次は俺と勝負しろ」

 武光から50万を貰ってすぐに他のバスケ部員が勝負を挑みに来た。

 

「別にいいけど、いくら賭ける?」

「50万ポイント」

「!! ……へぇ〜。また、50万……良いの?」

「怖いのか?」

「いやいや、そんじゃあ……始めよっか」

 そして、そのバスケ部員との勝負が始まった。結果は俺の勝利。だが、バスケ部員は悔しがることなく50万を差し出した。

 

「次は、俺とやれ! 賭けるポイントは50万だ」

「またか、いいぜ。じゃん、じゃん稼がせてくれよ」

 そのまま、勝負は行われ……通算……19勝0敗。

 俺の所持ポイント960万ポイント。常に勝ちっ放しではないが、先に2連勝すれば問題はない。

 流石に疲れてはきているが……

 

「はぁ、はぁ……ふぅ」

「………………」

 俺の状態を見て石倉はゆっくりと俺の前に立った。

 

「新道。次は俺の相手をしてもらう」

「はぁ……やっと、大将のご登場か……はぁ、それで、賭けるポイントは……いくらだ?」

「賭けるポイントは───」

 石倉はゆっくりと賭けるポイントの額を言った。

 

「───お前の持っている全ポイント960万と言うことを聞かせる為の40万。合計1000万ポイントだ」

「……1000万って、そもそも持ってんの?」

 俺の問いに石倉は黙って携帯の画面を見せつけた。そこには1000万をゆうに超えた額が表示されていた。

 

「これで気は済んだか」

「……あぁ」

 その言葉を皮切りに俺は所定の位置に着く。

 汗が滴り落ち、ワイシャツが肌にへばりつくのを感じながら。俺は石倉の作戦を称賛した。

 

「見事だよ。まるで狼の狩りを思わせるやり方だ」

 狼は群れで狩りを行う。先頭の1頭が獲物を追いかけ回し、途中で別の狼と代わり今度はその狼が追い回す。そうして、体力の尽きた獲物を狩るのが狼の狩猟方法。

 

「本当は1万とかでやりたかったと思うけど、それじゃあ俺は乗らねぇ」

 加えてプライドがそれをさせなかった。バスケ部が得意なバスケで勝負してるのに負けることを前提に考える。悪い事じゃないが、それだと俺が困る。だから散々煽って、強気に出るようにした。

 

「それでも、よく50万を使わせることができたな。それだけ、アンタを信頼してるって訳か」

「当たり前だ。信頼されてなければ、部長など務まらん」

「それに、クラスメイトにも信頼されているんだろ」

 個人が1000万ほどのポイントを手に入れる方法は限られている。その中で一番単純なのがクラスメイトから借りる。

 要はクラスの為用に、クラスメイト達からポイントを徴収しているという事だ。

 これを可能にするには、預けたポイントを無断で使わないと思える信頼が必要だ。

 

「大切なクラスのプライベートポイント。勝手に掛け金に使って大丈夫?」

「問題ない。今のお前に負けるわけがないからな」

 自信に満ちた声で言い放つ石倉に俺は内心嘲笑した。

 そこまで読めているのに……

 

「……どうして俺がそこまで、読めると読めなかった」

「……なに?」

 石倉の返しを無視してゲームを始めた。最初は石倉がオフェンスで俺がディフェンスだ。

 流石、スポーツマンといったとこか、もう切り替えたよ。

 だが、決着はすぐに決まった。石倉が構えに入るのと同時にボールをカットした。

 

「!!」

「はい。俺の勝ち。さっさと攻守交代するぞ」

 気怠げながらも2回戦を始めようとする俺を石倉はただ呆然と見ていた。

 馬鹿な。ありえない。きっと、最初の挑発に気を取られただけだ。二度は無い。

 そう思っている限り、俺には勝てない。

 

 2回戦目、石倉は絶対に抜かせまいと、撃たせまいと、全力のディフェンスで構える。しかし、ボールを渡された瞬間、俺は石倉が唯一警戒していない股下へボールを叩きつけた。

 叩きつけた際の音と後ろから感じるボールの気配が石倉を振り向かせた。だが既にボールは反動で高く舞い上がり、そして弧を描くように落ち、ネットをくぐった。

 

「さて。じゃあ約束の1000万ポイント、貰おうか」

「………………」

 俺の呼びかけにも答えず石倉は呆然とリングを見ていた。よほどこたえたようだが関係ない。放心状態の人を覚醒させるのなら少し刺激を加えるだけで十分だ。だが、暴力と言われたくないので俺は石倉の目の前でパン! っと手を叩いた。

 

「気がついたか? 気がついたならさっさと1000万ポイント渡して貰おうか」

 我に返ったようで石倉は『……あぁ』っと返し、黙ってケータイを取りに行った。

 しばらくして戻って来た石倉に部員たちが駆け寄っていった。

 

「部長。1000万もポイントを渡す必要ないですよ」

「そうですよ。そもそも、今回のは口約束なんですし」

 その部員たちは有ろう事か、勝負を無かったことにしようとした。

 

「おいおい、おいおい、あの人ら何言ってんだ? そんなんが今更、通るわけねぇだろ」

「そっちこそ何言ってんだ? それより、俺たちから無理矢理奪ったポイントも返せよな! なぁ! みんな!」

「…………そ、そうだな」

 1人の部員の返事を皮切りに続々と同調し返せコールが始まった。

 わかってねぇなぁ〜。仕方ないな、教えてやるか。

 そう思い、俺は胸元のポケットに入れていたケータイを取り出す。

 

「あぁ〜。言っとくけどこれ以上、文句言うんなら。この動画を先生辺りに見せて、強制的にポイント貰うことになるけど。いいの?」

 そこに写っているのは、武光がゲームを承諾したシーンで停止してある。さらに動画の時間帯を速めて他の部員たちも了承しているとこもあるのを見せた。

 

「それじゃあ、もう一度言うぞ。───さっさと1000万寄越せ」

「……わかっている。元よりそのつもりだ」

 周りの部員たちが唖然としている中、石倉は黙ってケータイをこちらに向ける。

 程なくして俺のケータイに1000万ポイントが振り込まれた。

 これで俺のプライベートポイントは『1980万ポイント』になった。




どうでしたか?
頑張って自然な展開にしてみましたが、納得できませんでしたら、ご都合主義と思って下さい。


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最強の生徒 後編

 翌日の放課後。

「勉強会に参加すべき人は、ちゃんと集まったの?」

「……櫛田が集めてくれたから、参加するんじゃないか」

「櫛田さんが、ね。彼女には勉強会に参加しないようにちゃんと伝えた?」

「伝えた」

 綾小路と堀北が俺の後ろでこれから始める赤点対策の勉強会に向けての話をしている。

 俺はどうしようか……眠いし寝るか。よし、寝よう。

 即刻、帰って寝ることを決めた俺は帰り支度を早急に済ませ帰ろうとした。その時、教室に無機質な案内が響いた。

 

 ピンポンパンポーン

『1年Dクラスの新道くん。至急、生徒会室までに来てください』

「……新道くん。あなた、何をしたの?」

 案内にすぐに反応したのは堀北だった。

 

「何をしたって……多すぎて、どれで呼び出されたかんねぇよ」

「否定はしないのね」

 本当は否定したいが。多分、否定しても信じてもらえる気がしないからしない。

 取り敢えず、思い付く限りの呼び出される理由を考えてみた。

 まず思い付くのは、昨日まで続けた授業のサボり。そして、バスケ部との勝負だが。

 だが、サボりに関しては今更な気がするしバスケ部との勝負は問題ないはずだ。

 だって、相手が了承したもん。

 

「じゃあ」

「精々、これまでの行いを悔い改めなさい」

 堀北の奴、何を行ってるんだろう。俺はこのまま、寮へ帰るつもりなんだが。

 それはそれで、さっきの案内放送ちょっと気にならな。

 

「なんで職員室じゃなくて、生徒会室なんだ」

 

 

 

 

 

 

 学校の玄関前で上履きと靴を履き替え、まっすぐ寮へ帰る……はずだった。

 

「ちょっと待ってください」

 何故か正門で携帯をいじっていた女子生徒に呼び止められた。

 

「今のは、俺に言ったのか?」

「はい。新道 輝君ですね」

 この人……よく見たら、入部説明会で司会をしてた橘って子じゃないか。

 まさか、俺がバックれるのを見越してた。

 仕方ない。こうなったら……

 

「いいえ、違います。僕の名前は、綾小路 清隆です」

「流れるように嘘を吐かないでください!」

「ほほう。いったい何を根拠に言っているんだ?」

「これです」

 そして、見せられたのは俺が女子生徒にアーンしてもらっている画像だった。

 

「……すみません。たった今、用事ができました。ので、そちらを優先させていただきます。という訳で、軽音楽部の部室がどこか教えてくれませんか?」

「なんで、そうなるんですか! 君が優先するのは生徒会室に行くこと一択です!」

 橘先輩の言葉を無視して校舎に引き返した。

 しかし、俺はすでに明日香の術中に嵌っていた。

 

「新道」

 校舎に戻ってきた俺に真っ先に声をかけたのは本来なら生徒会室で俺を待っているはずの堀北学だった。

 

「あっれ〜。生徒会長さん、なんでこんな場所にいるんですか? 俺を生徒会室で待っているはずですよね」

「橘から連絡があってな。急いで来たまでだ」

「それにしては、息がだいぶ整ってますね」

「体力には自信があるからな」

 多少言葉を交わしたが、そこには確かな疑問点がある。

 

「へー、じゃあ、あの橘って人相当メールとか打つの得意なんスね」

 例え、どれだけこの生徒会長が早く動けても橘先輩の連絡の後だと下駄箱で待ち構えるのは不可能だ。

 

「簡単な話だ。橘が予めメールの文面を書いていたなら十分間に合うだろ」

 確かに、橘先輩は最初から携帯を持っていたしいつでも生徒会長にメールは出せていた。

 だがそれよりも先に

 

「軽音部に向かうつもりなら、今日は活動していないから仲村の居場所もわからんぞ」

 こっちの考えを読んでいるかのように生徒会長は先に言葉を並べた。

 そして、玄関口から橘が入ってきた。

 

「ここだと人の目もあるし、生徒会室の方に移動しようか」

 確かに人が行き来する下駄箱で話すわけにはいかないな。

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 生徒会室に移り、橘書記がものすごく嫌そうな顔をしてお茶を入れた。

 

「……雑巾の絞り汁でも入れたか?」

「入れるわけ無いでしょ!!」

「じゃあ、鼻水でも入れたか?」

「会長! この人、酷く失礼です!!」

 失礼とは、失礼だな。あれだけ、嫌そうな顔をしていたら疑うに決まってるだろ。

 

「新道。橘はそんな陰湿な嫌がらせをするような奴ではないぞ」

 生徒会長のフォローを聞き、橘書記は「会長……」と嬉しい声を漏らす。

 

「だが、橘。あれだけ嫌そうな顔をしていれば警戒されるのは当たり前だ」

「……はい、すみません」

 そして、注意を受け落ち込む橘書記。感情がコロコロ変わって面白いやつだな。

 

「では、新道。本題に入るぞ」

「ああ、早くしてくれ」

 さっきまでは、移動したり、明日香のこと考えたりしてたから眠気を忘れていたけど。生徒会室に入ってから、ジッとしていたせいで再び、眠気が襲ってきた。

 

「単刀直入に言う。新道、生徒会に入れ」

「えっ!? せ、生徒会長……本気ですか?」

「不服か?」

「い、いえ。会長が仰るなら……」

 唐突の申し出。本来なら、慌てて混乱するところだがむしろ俺は1つの回答が生まれた。

 

「……取り敢えず、この茶番が全部明日香の仕業って事でいいんだな」

「それだと語弊があるな。確かに仲村は関与しているが、あくまで参考としてだ」

 つまり、最終判断は自分がしたって事か。まぁ、どっちにしろ俺の返事は決まってるけど。

 

「返答は?」

「ヤダよ。めんどくさい」

「えええっ? そんな、雑に断るぅぅ!?」

 なんだか、予想以上にオーバーなリアクションをとる橘書記。だが、生徒会長は逆にわかっていたかのように顔を崩さない。

 

「フッ、やはりな……だが、残念ながらお前に拒否権はない」

 確かに、この人が言ったのは「生徒会に入れ」という命令。最終的な俺の意思は関係ない。それでも聞いてきたのは、万が一にも俺に入る意志があるなら良しという考えか……だが

 

「いくらなんでも、横暴が過ぎるだろ。いち生徒の進退自由にする権利があんたにはあるのかよ」

「ない。一般的な生徒に対して強制することはできない。ただし、それは一般的な生徒に対してだ」

 生徒会長は一呼吸ついて言葉を続けた。

 

「問題のある生徒に関してだけは、例外的に生徒会が動くことができる。心当たりがあるだろ。新道」

「無いな。まるで、無い。やっぱり横暴だ」

「あるでしょうが。バスケ部との一件が!」

 俺と生徒会長との話に橘書記が口を挟む。

 

「はぁ。あれのどこに問題があるんだ? ポイントの賭けごとか? 脅迫まがいの恐喝か?」

「自覚あった!!」

「だがな、ポイントの賭けごとは相手も同意した上だ強要はしていない。恐喝も、向こうが駄々をこねたから下に過ぎない。何ならその時の映像持ってるから見てみるか?」

 

 

「うぐっ」

「それ以外にも、無断欠席の件が残っているぞ」

「ああ、それなら安心しろ。お前の妹のせいで、少なくとも毎日、真面目に、授業に参加するハメになった」

「……鈴音が……」

 表情には出していないが意外だったのか生徒会長は僅かに言葉を漏らした。

 しかし、すぐに俺の方は目を向けた。

 

「だが、それを素直に信用するわけにはいかないな」

「なんだよ、自分の妹が信用ならないなんてな」

「鈴音の信用度は関係ない。鈴音がやったのはおまえを授業に参加させる事だ問題を起こさせない事じゃない」

 ……この野郎、次いでに俺が改心したとでも思えよ。

 

「………………」

「………………」

 しばらく、沈黙が続き俺は思った。

 やっぱり、こういう展開になったか……面倒だ。これは奇しくも、昨日の堀北妹と同じ状況だ。互いの主張が正反対で互いに折れようとしない。なんの発展もなく、無駄に時間だけを浪費する状態だ。

 暇だし、眠いし。どうしたものか……

 

「……考えを変える気はないようだな」

「……ええ。という訳で、帰ってもいいかな?」

「いや、駄目だ」

「じゃあ、どうしろってんだ」

 俺の適当な投げ掛けに生徒会長は笑みを浮かべだ。

 それを俺は見逃してしまった。

 

「そうだな……ならば、お前のやり方で決めようか」

「俺のやり方?」

「昨日のバスケ部との一件と同じだ。今から、俺とお前で勝負をする。お前が負ければ、生徒会入ってもらう。俺が負ければ、そうだな……500万ポイントをお前にやろう」

「会長! いいんですか!?」

 生徒会長の言葉に橘が声を上げる。こいつも石倉と同じでクラスでポイントを徴収しているのか? 

 

「生徒会長まで、クラスのポイントを乱用するとか大丈夫か? この学校」

「安心しろ。これは俺個人のプライベートポイントだ。金庫役は他にいる」

 つまり、この学校では個人で500万ぐらいは手に入れることが可能なのか。まぁ、この人だからって可能性も十分あるな。

 

「あぁ……んー、確認なんだが。これで俺が勝ったら今後一切、俺を生徒会には誘わないんだよな」

「そうだ」

 俺の問いに生徒会長は短く答えた。そういう事なら乗っておくか。

 

「いいだろう。それで、内容は? 勉強系か?」

「いいや違う。詳細な説明は勝負の場でしよう」

 そう言い終え。生徒会室から出るよう促された。

 

 

 

 

 

 

「来たな、堀北」

「場所の提供、感謝する。藤巻」

 生徒会長が藤巻と呼ばれる男と話している間に

「……道場?」

 生徒会長によって連れられた場所は────道場だった。正直、意外だ。

 

「ルールは、総合格闘技を基準とする。時間は最終下校時刻まで、勝利判定はノックアウトか相手がギブアップを宣言するかとする。何か質問はあるか?」

「反則行為はなんだ?」

「総合格闘技と同じものだ。噛み付き、眼球への攻撃、口腔・鼻腔・耳腔等の開口部に指を引っ掛ける行為、局部への攻撃などだ。もう少し詳しく説明しようか」

「いや、いい」

 当たり前だが、内容は熟知してるか……

 

「質問がないなら。そろそろ、始めたいと思うのだが……」

「ああ、そうだな。さっさと、終わらせたい」

 俺がそう言うと生徒会長は制服の上着を立花に手渡して、所定の位置についた。

 俺もそれに倣って上着を脱ぎ、所定の位置に着いた。

 そして、審判役の位置にさっき生徒会長と話していた藤巻が着いた。

 

「双方、準備はいいな。では……始め!」

 藤巻の号令とほぼ同時に俺は仕掛けた。

 眠いし、速攻で終わらせよう。俺は姿勢を低くして生徒会長に向かって突進する。その勢いを殺さず生徒会長の溝内目掛けて鋭く蹴りを放つが────

 

「────ハァ!」

「……ぐっ!」

 生徒会長は両腕をたたんで蹴りを受け止め、さらに後ろで飛ぶ事で威力を殺した。

 一瞬、崩れたがすぐに立て直し構える。

 完全に後の先だな。構えからして空手とか習ってたのかな? 

 

「……なら」

 今度は拳。鋭く、顔を……そしてワンテンポ遅れて腹を狙って突き出す。

 

「ぐっ……!!」

 顔面への突きは防いだものの、僅かに遅れてくる腹への拳を防ぐことは無かった。

 しかし、感触的に筋肉を硬らせているな。

 後の先というより、攻める気がないような……

 

「なぁ、勝負する気あるの?」

「……ふっ。安心しろ、俺は本気だ」

 それなら、攻めてきてほしい。こういう一方的なやついじめみたいで嫌いなんだよな。

 一瞬だけ、審判の藤巻に目を向ける。俺と生徒会長が両方見える位置に立ち反則をしないか目を光らせている。

 審判は向こう(生徒会)側だから、注意とかはしなさそうだな。

 恐らく今の状況は生徒会長の筋書き通りのはず。この人の狙いは──────引き分け。

 引き分けにしてどうなるのかわからないけど、させない方がいいのは確かだ。

 これをどうにかするには、俺が勝つ以外方法はなさそうだ。

 

「さて……がんばりますか」

 小さく呟き、三度生徒会長に攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 ──────ピンポンパンポーン

『最終下校時刻になりました。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します──────』

「そこまで! この勝負、引き分けとする」

 無理だった……。

 徹底した防御と回避。そして、それでも当たる攻撃に耐えるタフネス。

 

「残念だが、引き分けのようだな」

 白々しい、狙ってたくせに……

 

「そうだな。それじゃあ、俺は帰るから2度と誘わないでくれ」

「待て、新道」

 脱いでその場に放って置いた上着を拾い上げる時、生徒会長に呼び止められた。

 

「なに?」

「この勝負は、引き分けになったんだ。その意味がわかるか?」

「意味? 意味なんかない。引き分けは引き分けだろ」

 決着がつかず、勝ち負けが着かなかった事。

 

「忘れたとは言わせないぞ。『引き分けになった場合は、()()()()()()()()()()()()()。とな』

「忘れたも何も今聞いたんだが……」

 なるほど、勝ち目が無いから……いや、勝ち目を確かなものにするためにわざと引き分けにして嘘で無理矢理、俺を生徒会に入れる腹積りか……だが。

 

「残念だったな。俺は常日頃から俺の周囲をカメラやボイスレコーダーで撮っている」

 生徒会長という肩書きと実績と信頼で嘘を事実にしようと思ってるようだが、そうは問屋が卸さない。こちとら、そんなもん鼻で笑わせる証拠があるんだ。

 

「ならば、見せて貰おう」

「いいだろう」

 そう言い、ボイスレコーダーとスマホを取り出した。

 しかし、何故かボイスレコーダーには今日の分が録音されていなかった。スマホの方も見てみたが此方も録画のデータを消されている。

 

「……やられた」

「証拠は無かったようだな。日常的に行なっていたなら、忘れていても気付き用は無いな」

 あくまで、俺が録音、録画のし忘れにするつもりか。

 こうなったら勝ち目が無い。

 

「では、500万の送金をする。端末を渡せ」

「……ほい」

 生徒会長に端末を渡しそのまま、素早く送金作業を始める。

 しかし、500万かぁ〜。まぁ、タダで生徒会に入るよりはマシだが……

 

「送金は完了した。明日の放課後から生徒会室に来るように」

 そう言い残し生徒会長達は道場を去った。

 

「………………」

 俺は無言で大の字に寝転がり……

 

「負けた──!!」

 と叫んだ。




氏名 新道 輝(しんどう あきら)
クラス 1年D組
学籍番号 ??????????
部活動 無所属
誕生日 8月20日
 
学力 D
知性 C
判断力 D
身体能力 A+
協調性 E
 
面接官からのコメント
入試のテスト結果と面接時の態度、更には別途資料の内容から吟味しDクラスへの配属が現状適正であると判断した。

担任メモ
現状、クラスでは孤立気味ではあるが、クラス外との交流を深めている模様。なお、当初、危惧されていた問題行動は見れません。引き続き、観察を続けようと思います。


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ウミガメのスープ

原作2巻になります


 夏は嫌いだ。

 日本は温暖湿潤気候であり、夏場は高い気温と湿度により途轍もなく不快な暑さを感じさせる。更には蝉の鳴き声のうるさい事この上ない。おまけに蚊には刺されるは良いところが見当たらない。地球上で最も人間を殺している生物だぞ。まぁ、1位が人間じゃなくてよかったが……まぁ2位だけど

 少し脱線したが要するに俺、新道 輝は夏が大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 7月1日。中間テストを無事に乗り切ってからの初めてのポイント支給日。クーラーによって快適にされた自室で俺はケータイを使いポイントが振り込まれているか確認して見た。

 俺の所持しているプライベートポイントは『2446万ポイント』それが『2451万ポイント』に変わっている。5万ポイント入った……つまり、クラスポイントが500ポイントだったと……いやないだろ。それはないだろ。これはいったい、どういう事だ? 

 …………結構考えても、これだ! っと言えるものが思い浮かばないし。取り敢えずこのままだと遅刻するから学校へ行こう。

 

 

 

 

 

 

「危なかった……」

 俺は何とか遅刻せずに済んだ。それもギリギリもいいとこ始業のチャイム1分前だった。俺が席に着くとほぼ同時に茶柱先生が教室に入ってきた。

 

「おはよう。なんだ、今日は空気が違うな」

「佐枝ちゃん先生! 俺らもしかしてまたポイント0だったんすか!? 朝見たら振り込まれてなかったんすけど!」

「なるほど、そのせいか」

 …………あれ……おかしいな。ちゃんとポイントは振り込まれているはずだぞ。俺だけに振り込まれているのか? 

 

「そう結論を急ぐな。Dクラスが頑張ったことは学校側もしっかり把握している」

 そう言いながら、持ってきていた巨大な紙を取り出して、黒板に貼り付ける。

 

「では、今月のクラスポイントを発表する」

 広げられた紙には5月の初めに見たのと同じ全クラスのクラスポイントが記載されていた。

 

「あまり良くない傾向ね……まさか、もうポイントを増やす方法を見つけ出したのかしら」

 堀北が不安そうに呟いた理由は、Aクラスのクラスポイントだ。1004clと、入学時よりもわずかに上回っているのだ。他のBクラスも663cl、Cクラスも492clとわずかに増やしている。

 だが、堀北と違ってクラスに大半は他のクラスのポイントのことなど眼中にない。

 肝心なのはDクラスのポイント。

 そこには……87clと表示されていた。

 

「87ってことは……8700ポイントってことか!? よっしゃあ!」

 池の歓喜の声を皮切りに、クラス中が騒ぎ立つ。その気持ちも分かるがうるさい。

 

「喜ぶのは早いぞ。他クラスの連中はお前たちと同様にポイントを増やしているだろ。差は縮まっていない。これは中間テストを乗り切った1年へのご褒美みたいなものだ。各クラスに最低100ポイント支給されることになっていただけにすぎない」

 喜ぶ生徒らを諌め他のクラスのポイントに注目させる。

 

「がっかりしたか堀北。まあ、クラスの差が余計に開いてしまったからな」

「そんなことはありません。今回の発表で得たこともありますから」

「得たことって?」

 池が立ったまま堀北に聞く。クラスの視線が集まる中堀北は答える気がないのか黙り込んだ。それを見かねてなのか、平田が代わりに答える。

 

「僕たちが4月、5月で積み重ねてきた負債……つまり私語や遅刻は見えないマイナスポイントにはなっていなかった、ということを堀北さんは言いたかったんじゃないかな。そうでなければ僕たちにポイントは入らないからね」

 そもそも学校……もとい茶柱先生がSシステムの説明の時に言ってはいたが、どうやら堀北はその話を信じていなかったようだ。まぁ、もし嘘だったらクラスポイントを稼ぐの諦めたくなるけど。俺のせいで。

 そして、平田の説明により新たな謎が現れた。

 

「あれ? でもじゃあ、どうして俺たちにポイントが振り込まれていないんだ?」

 クラスポイントが87上がったならプライベートポイントで8700ポイントを振り込まれていなければおかしい。その疑問に対して茶柱先生は淡々と答えた。

 

「今回、少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。おまえたちには悪いがもう少し待ってくれ」

「えー、学校側の不備なんだから、お詫びでポイント追加とかないんですか?」

「私に言われても困る。まあ、トラブルが解決され次第、問題なくポイントは振り込まれるはずだ。ポイントが残っていれば、の話だが」

 また、茶柱先生は意味深なセリフを残しホームルームを終えた。俺にとってはクラスポイントが残っていようがどうでもいい。それよりも気になるのは他、3クラスのポイントだ。ここでいくら考えても、実際どうかはわからないし直接聞くか。

 俺はすぐにケータイを取り出し、メールを打った。

 するとすぐに返信がきた。

 

『では、お昼休みに『クックー』で会いましょう』

 

 

 

 

 

 

 この学校にはカフェが複数ある。そのうちの1つはカフェ『パレット』女子率が高く学校でもかなりの人気スポット。以前に高円寺と昼飯を食べた場所でもある。

 そして、ここはカフェ『クックー』。パレットと違いひとけがなく、よく閑古鳥が鳴いている。それ故にここは絶好の密会スポットでもある。

 

「ご機嫌よう。輝くん」

 カツン、カツンと杖をつきながら俺の席の正面へ向かうのは俺の友達、Aクラスの有栖だ。そしてその後ろを追従するのは有栖いわく友人(従者)の神室。さらに新しく白髪のイケメンが加わっている。

 このイケメン……まさか……

 

「よっ! 有栖、神室。それに……もしかして、夕影か?」

「ご名答。久しぶりだな、輝」

「おお! 夕影。なんだよ、久しぶりじゃねぇーか!ハハハ!」

 有栖と一緒にいた白髪イケメンは俺の幼馴染である赤樹(あかぎ)夕影(ゆうえい)だった。因みに白髪なのは染めたのではなくアルビノだからだ。

 

「いや〜。なん年ぶりだ? 確か最後にあったのが小3の春あたりだから……」

「そんな事より、新道。坂柳にどんな用なわけ」

 おっと、そうだった。再会が嬉しくて忘れてた。改めて、俺は有栖に目を向ける。

 

「……なに簡単な話だよ。誰かと勝負するんなら一声かけて欲しかったな〜って思っただけだよ」

「はい?」

 俺の言い分に有栖は全く理解できていないように首を小さく傾げた。いやいや、しらばっくれても無駄だぞ。

 

「そりゃあ、A様からしたら0ポイントのDなんて気にも留めないのはわかるよ。でも、仲間はずれにするのはよくないだろ。一声かけるぐらいの優しさは持とうよ」

「あの、輝くん。おっしゃっている意味がわからないのですが」

 一体いつまで、しらを切る気なんだ。

 

「しらばっくれんのもいい加減にしろ! AからCで裏でなんか色々しているのはわかってんだぞ!」

「「「………………」」」

 ……な、なんだ。この間は……

 

「因みに、そう思う根拠は……」

「クラスポイントだ」

 正確に言えばポイントの増加具合だ。

 Aクラスは6月で917ポイント。Bクラスは639ポイント。Cクラスは470ポイント。そしてDクラスは0ポイントだった。

 

 それが

「今回の支給は最低、100ポイントもらえるのに随分と減ってるね。Bクラスもちょっとしか増えてないしCクラスに至っては22ポイントしか上がってないね。そして、頂点のA様がなんで底辺のDと同じ量のポイントしか貰えてないの、ねぇなんで?」

「差が縮んだんでしょ。喜べば?」

「そうだな、文句を言われる筋合いがどこにもないんだが」

 そこまで、バッサリ言い切るなよ。有栖に至ってはクスクス笑ってるし。

 

「なんで笑ってんの?」

「ふふっ。すみません。まさか、輝くんが仲間はずれにされたという理由で怒っていたと思うと、つい……クス」

 本気で怒ってやろうか、いっそのこと。

 

「先に言っておきますと、私の知る限りAクラスはまだどのクラスにも攻撃をした覚えもされた覚えもありません」

「それじゃあ何か、実力で俺たちと同じ87ポイントしか上げられなかったと」

 それはないだろ、それが本当ならポイントの差がここまで広がってない。

 

「簡単な話です。現在、Aクラスは2つの派閥に二分されているんです」

 その言葉で俺は納得した。

 あーあれか、強すぎるが故に起こる内乱か。

 Aクラスは全員が学校側が良品……エリートと認知した人たち。それ故に、自分が指揮したい奴らが多いのか知らんが、そういう奴らが潰しあって最終的にあの結果と……

 

「そう考えると、よくポイント増やせたな」

「おそらく、輝くんが考えてるよりも大人しいですよ」

「えっ! 監視カメラが無い場所でリンチしたりとかしてないのか?」

「よく思いつくな。そんな物騒な発想」

 そうかな、クラスメイトじゃあ学校に報告しても自滅になるから下に付くか敵対する派閥を作るか入るぐらいしか無いと思うんだが。

 

「ってことは、夕影も有栖の派閥ってことか?」

「えぇ。もちろん」

 まあ、この状況で別の派閥だったらおかしいもんな。

 

「そんなことより輝くん。今回、私を呼びつけたのはそんなくだらないことを聞くためなんですか? いつものようにゲームはしないんですか?」

 俺が有栖に会う理由は基本的にゲーム勝負をする為だ。今回みたいに何かの情報を聞くのは初めてだ。

 故に、有栖にとってはまたゲーム勝負に誘われたと思っていたのか。

 

「そうだな……ついでにひと勝負したいが……」

 手元にはチェス盤も、将棋盤も、トランプもない。ジャンケンとかだと味気ないし……

 

「…………よし、『ウミガメのスープ』をやろっか」

 

 

 

 

 

 ウミガメのスープ。正式名称は水平思考パズルと言い、1人が問題を出し、他の人は、イエス・ノーで答えられる質問を出す。ただ、問題と関係ない質問にのみわからないと答えられる。質問者は、出題者が考えているストーリー、あるいは物を推測して語る。そして、すべての謎を説明できたとき、このパズルは解けたことになる。

 

「質問の回数は15回まで。先に相手の問題を解いてなおかつ自分の問題を解かせなかった方が勝ち。ただし、15回以内で解けない理不尽な問題だった場合は無効として相手の勝利とする。勝者は、20万プライベートポイントを貰う。あと、答えを変えるのを防ぐためにあらかじめ答えをナプキンに書いておくこと……で、いいか」

 俺が確認を取ると有栖が「質問、いいですか?」と聞いてきた。

 

「15回以内で解けない理不尽な問題というのは、どう判断するのですか?」

「単純な多数決だ。ここにいる全員で決める」

 俺の答えに「なるほど」と納得してくれたようだ。

 

「もう、いいか?」

「はい、構いませんよ」

 有栖の了承を得て、ウミガメのスープが始まった。

 

「じゃあ、俺からいかしてもらう。問題『その行為は本来は愛がなければできないが、私には欲しいものがあった。それを手に入れるため、私はその行為を行った。初めてで怖かった私に中年のおじさんが大丈夫、痛くしないから安心してと言うと私をベットで横にさせて、そのイチモツを私に挿入した。やはり、痛かった。血も出た。行為が終わった後、私は入れられた場所をさすりながら眺めると少し幸せな気持ちになった』はい、私は何をしていたでしょうか?」

「変態」

 俺の問題に神室が短く呟いた。

 

「第一声が変態は流石に酷いぞ」

「変態以外にどう言えばいいの?」

「なんだぁ、神室。答えわかったのか? 言ってみ、言ってみ。絶対違うだろうけど」

「輝くん。問題を答えるのは私ですよ」

 俺が神室を挑発していると有栖が横槍を入れて来た。

 

「ああ。悪い悪い。それじゃ、質問どうぞ」

「はい。その答えは……献血です」

 …………あれ? いきなり答えた。

 

「いきなり、答えるのか? 質問は?」

「不要です。それで、正解ですか? 不正解ですか?」

「…………正解」

 悔しいが正解だ。俺はテーブルに置いたナプキンを裏返し答えを見せた。書いていたのは、もちろん『献血』だ。

 

「ふふっ、そうですか。正解だとわかっていても、実際に正解だと言われると嬉しいものですね」

「なんですぐにわかったんだ? 結構自信あったんだが」

 ご満悦の表情を浮かべる有栖に尋ねた。当てられても納得はするが、質問しなかったのが驚きだ。

 

「実は、昔似た問題を解いたことがあるんです」

 なるほど。ていうか、俺も昔見た問題を少し変えただけなんだが……もしかして、有栖が言ってた問題ってそれだったりして。

 

「では、今度は私の番ですね。問題『私が公園の公衆トイレで用を足している時、突然、見知らぬ男性が現れ、私を攫いました。1週間後、私は監禁された場所でジャンプして死にました』以上です」

「最後の方ちょっと、雑だな」

「「………………」」

 俺の率直な感想に神室と夕影はジト目で「そこじゃないだろ」と訴えかけているように感じた。

 

「では、輝くん。答えを言ってください」

「待て坂柳。いきなり答えを聞くのはおかしいぞ。まずは、質問だろ」

「問題ありません。ね、輝くん」

 問題あるよ! ……けど、質問はしたくないよな。向こうが質問せずに答えたんだし、こっちも質問無しで答えたい。

 

「ああ。ただ、ちょっと考える時間が必要だがな」

 流石にポッと答えは出せないわ。少し深思しないと───

 有栖の出した問題を要約すると

 私という人物が公園のトイレで用をたしている間に知らない男が現れ私を連れ去った。その1週間後に私は監禁された場所でジャンプして死んだ。

 これから分かるのは、登場する人物は『私』と『私と面識のない男』の2人だけ。場所は『公園のトイレ』と『監禁された場所』の2ヶ所。

 そして、わからないのは……まず、なぜ私という人物はトイレの鍵を掛けていなかったことと私の死因。

 鍵を掛けていなかったのは、私の性別が男性でう○こでなく小便だったなら納得いく。もしくは、鍵を掛け忘れただけか。

 死因の方は、ジャンプしての辺りから転落死か。

 普通に考えれば、誘拐され監禁。脱出を試みた結果の転落死。

 …………と、いう答えでないのはわかっている。

 ウミガメのスープではこう言ったミスリードに惑わされずに答えを導き出すものだ。

 それを考えた、上で俺の知っている問題内容から推測すると───

 

「───監禁されたのは……『竈馬(かまどうま)』だ」

「…………正解です」

 俺の答えに対して有栖は笑みを浮かべて答えの書いてあるナプキンを返して見せた。

 ナプキンに書いてあったのは『竈馬』正解だ。

 

「ふぅー。よかった、よかった」

「ねぇ、なんで答えが竈馬なの? ……て言うか、竈馬ってなに?」

 俺が正解してホッとしていると神室が答えな理由を聞いてきた。

 

「ああ。まず、竈馬ってのはコオロギの仲間で別名、便所コオロギって言ってトイレによく居るんだよ。そんで、竈馬を攫ったのは虫好きの男で虫カゴに監禁していたんだろう。竈馬はジャンプ力が凄くてな、飼育していたカゴにぶつかって死ぬって事例があるほどだ」

 わかったかと聞いて、神室はわかったと納得した。

 

「流石です。ウミガメのスープでは出てくる人物を別の生き物と思わせる手は、よく有りますが質問をしなければ難しいと考えました」

 全くだ。普通なら「私という人物は人間ですか?」と聞いてから答える方が確実だもんな。

 

 

 

 

 

 

 それからも問題を出し合い共にミス無し。流石に有栖も質問はしている。

 しかし、ヤバイな……有栖が答えられない問題が思いつかない。

 これまで出した問題傾向から見て、有栖の知識量と思考力はヤバい。質問の方も必要な情報を的確に聞いてくるし……

 こうなってくると、15回の質問1つでも意味のない質問をしたら到達できない問題に……したら、きっとしたら理不尽な問題として反則負け食らうよな。

 俺は、問題を思案しながら神室の方を見てみた。すでに勝負に興味を無くしたのかついていけないと悟ったのかずっとスマホをいじっている。

 てか、神室がわかって有栖がわからない問題とか……あった! 

 

「有栖。悪いがこれで終わらせてもらうぜ」

「随分と自信があるようですね。いいでしょう、存分に楽しませてください」

 意気揚々と答える有栖に俺は心の中で謝罪する。

 すまない、有栖。この問題は、楽しめる要素がないただのクソ問だ。

 そして、問題を聞いた有栖は質問もせずに負けを認めた。




私はウミガメのスープをやった事はありません。ネットで調べた程度です。


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