道端の魔王を助けたら、魔王城に居候することになりました (フィネア)
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とある日の昼下がりほど、恐ろしいモノは無かった

 よく、僕はお人好しと言われる。

 おばあちゃんがよく言っていたことに、どんな人でも困っていたら助けなさい、というものがあるからだ。

 今までで助けた人の数なんて覚えてはいないけど、誰かを助けたくて、ずっと過ごしてきた。

 でも、僕は今、本当にこの人を助けるべきかどうか迷っています。

 察しのいい人は分かるでしょう。そう──

 

 ──魔王です。

 

 フードで身を包んでいて、顔も見えませんが、禍々し過ぎる角と垂れ流しの尻尾は、完全に話に聞く魔王でした。しかし、ここは魔王城から一番遠い村の近くで、なぜいるのだろうと疑問には思いますが、この際細かいことは良しとしましょう。

 数年前くらいに現れて、世界中に悪逆非道の限りを尽くしている存在です。

 そして、周囲になり響くのは、『ぐぎゅるるるる~……』という、明らかに空腹を示すもの。

 そして、ちょうど僕は隣町から買い物を済ませた帰りの途中。食べ物は沢山ある。

 助けるべきか否か。ですが、そんなときにでさえ、おばあちゃんの言葉を思い出します。

『困っている人がいたなら、それがたとえどんな悪人でも──助けてやんなさい。悪を見捨てるヒーローと、悪さえ助けようとするヒーロー。あたしゃあ、あんたに老若男女に善悪関係なく、全部を助けるヒーローになってほしい。そう思ってるよ』

「困ってるんだし、仕方ないよね……あ、あのー」

「……なんだ……」

 かすれた声で返事をする。

「えっと……何か、食べますか?」

「人の子か……いらぬ、そして殺せ……人の子に恵みを受ける魔王など、恥でしかない……」

 かすれながらも、その声は確かに響いた。

 そのはずが。

「そうですね。見た感じだと暫く栄養を取ってなさそうなので、エネルギーを多く接種できる料理がいいんだろうけど……なにかあったかな?またあの商人さんに話でも聞いた方が──」

 少年は特に何を気にすることもなく、料理についての話をしだした。

 一瞬言語が伝わらないのかと思ったが、魔王はもう一度、力のない声で叫ぶ。

「余の話を聞けい……!いらぬと言った!人の子に窮地を救われたとなっては、余は一族の恥さらしだ……!」

「だから?」

 その言葉を聞いた少年の目は、ひどく純粋だった。

 一切の穢れがなく、自分を見つめていた。

 本当に、ただ不思議そうに――

「……ッ!そうなっては、余の権威も地に落ち、余についてきてくれた者たちも、先代の魔王でさえ馬鹿にされるのだ!それも人間などとゆう下等な生き物に!」

「でも、魔王様が死んだら、それを誰が正すの?誰も弁明なんてできるはずがないんだ。最後に分かったのは、僕に助けられるのが嫌で自殺したってことだけ。それこそ一族の恥だって、僕は思う。どんなに魔王様に近しい人でも、魔王様の全部をわかっているわけじゃないんだ。子供が出来ないから、魔王様の跡継ぎだってできない。なら、まだ生きているべきだよ。惨めでも、後に繋げるために。ひどくても、それが間違いだって伝えるために」

 一瞬、思考が停止する。彼が何を言っているのかがわからくなった――否、先ほどの純粋な瞳からは想像もつかないことを口にしたからだ。そしてそれは、確かに核心をついていた。

 そして、思考する。だが、答えなどでなかった。出るわけがなかった。魔王故に、出ないまま。

「なら……どうすればいいと――むがっ!?」

 その嗚咽交じりの言葉が言い切れる前に、口に何かが押し込まれる。

 ――パンだった。少年が、魔王の口にパンを押し込んでいた。

 そして少年は魔王に笑顔を見せて、言う。

「……僕が魔王様に食べ物を無理やり口に押し込んだ。これなら、魔王様も自分から助けられたわけじゃないよね?」

 魔王は、分からなかった。

 なぜ人の子がこんなに自分に優しくするのか。幾つもの街を、村を、人を、焼き、凍らせ、切り刻み、壊してきた。

 恨まれていると思った。恨んでいるのは自分たちだ。だからと言って、自分たちが恨まれる筋合いはないと、そんな事は考えない。わかっているのだ。恨みで誰かを傷つけ、殺せば、その数だけ自分たちも恨まれる。

 憎まれていると、恐れられていると、常に人間たちの怒りの矛先に、自分たちはいるのだと。そう思ってきた。

 だが、この少年は確かに違ったのだ。この少年とて、何も思うところがないわけがない。なのに、なぜ助けるのだ、と。

 そして、魔王は理解した。

「僕はただ、助けたいだけなんだ。どんなに違っても、空腹だと辛いのは、いっしょだから」

 この少年は、ただ優しいだけなのだと。

「……こざかしい、人の子め……よい、少しの食物さえあれば十分だ。余は帰る」

 そう言って、少年の持つ袋からいくつかの食材を手に取って、少年に背を向ける。

「あれ、それだけで大丈夫なの?」

「よい……さっさと行け…………この礼は、必ずしよう」

 そして魔王は、歩き出した。

「そっか。じゃあ、またね」

 少年もまた、それを見て、自分の住む村へと歩き出す

「…………後悔するぞ」

「しないよ。きっと」

「……ふん」

 後ろで、翼を開く音が聞こえた。気になって後ろを向いた。

「……またね」

 もう、魔王の姿は見えなかった。

 

 

 

 数日後。

 人のいない丘。

 少年はよく、この丘で日が落ちるところを見る。

 ここは、少年のお気に入りの場所だった。

 静かで、そこから見える夕日と、それに赤く照らされる空が、奇麗だった。

 時折空を横切る鳥を見ながら、ただ思い出す。

 それは当然――

 後ろで、翼が開く音がなった気がした。

 後ろを向くと、そこに立っていたのは、数日前にであった存在。

 前と同じく、フードで全身を覆っていた。でも、前のように禍々しい角や尻尾は見えない。

「――魔王様?」

「礼をするといった。その約束を果たしに来た」

 手を握られる。その手は少し暖かかった。

 次に目に入ったのは、自分の足が大地から離れていることだ。

 そこから、翼を広げているわけでもないのに、空中で動き出す。

 きっと魔法か何かだろう。それはある程度まで加速すると、その速度を保つようになった。

「貴様は驚かないのだな」

「あ、あはは……驚いてないわけじゃないんだけどね」

「怖いならばそう言え。それ相応の対応くらいはしてやろう」

「それって?」

 そうゆうと、突然フードの中に入れられる。結構ぶかぶかなフードだったのか、このために用意したのかはわからないけど、僕が入っても特に窮屈ではなかった。

「これで落ちる心配は少しもないだろう。安心していい」

 優しげな声が、耳元で囁かれる。

 そして、フードの中に入ったが故に密着することによって伝わる、柔らかい感触――

「ってええ!?お、女の人だったの!?」

 それと同時に頭に被っていたフードを脱ぐ。そこにあったのは、一言で言って奇麗な女性だった。

「なんだ、知らなかったのか?人間どもの情報掲示板や噂は余で持ち切りだと聞いていたが」

「し、知らないよー!それに、ここは一番魔王の根城から遠いところで、戦火もまだこっちに広がってないから、『魔王がいる』って事ぐらいしか知らないんだよ~!詳しいことは何も知らないんだ!」

「ふむ、それは理解した。しかし、そんなに動揺するものか?」

「ず、ずっと男の人だと思ってたんだよ。確かに、ちょっと声は甲高いかなって思ってたけど……」

「……貴様も余を厳つい男だとでも思っていたのか」

 貴様『も』と言っているあたり、もしかしたら別の所でもそう思われていたのを聞いたのだろうか。

「い、いやそこまでは……どっちかっていうと、カッコイイ人かと」

「悪逆の限りを尽くす存在にカッコイイとはな。悪魔を毛嫌いしている人類が聞いたら、殺されているかもしれんぞ?」

「というか……ずっと男だって思ってたぶん、驚いたなぁ」

「そんなに男のイメージが強いのか?ふむ、どこかで余の宣伝でも行うか……?」

「に、人間の領地で?」

「何を言っている。この世の土地はすべて余と余の仲間たちの物だ。ずけずけと入り込んできたのはそちらなのだからな」

「……考えることの、スケールが違うなぁ……」

「そういえば、人の子よ。貴様の名は?」

「え、僕?」

「貴様以外にだれがいる」

「えっと……名前は無いんだ。父さんも母さんも死んじゃって、おばあちゃんに引き取られてたんだけど、おばあちゃんもちょっと前に亡くなっちゃったんだ。その間はずっと名前が無かったんだ。家にいてもおばあちゃんと僕の二人だけだったし、だれも僕に興味を示さなかったから。でも、人助けはよくしてたから、村ではずっと『お人好し』なんて呼ばれてたんだ。いつの間にか、それが名前みたいになってて、村のみんなもそれでいいかって……」

「そうか。なら、余が名を付けてやろう。そうだな……何がいいか……」

 そうして、空を飛びながら考えること数十分。

「ふむ、ジファノ。魔族のとある言語で、『救い』や『助け』を意味する言葉――をもじったものだ。貴様にピッタリだろう」

「へぇ~……ジファノ、か……慣れるのには、時間がかかりそうだなぁ」

 なにせ、名前がずっと無かったから。

「少しづつ慣れていけばいい。余の付けた名だ。もし忘れるようなことがあれば、八つ裂きにしてヒドラの餌にしてやろう」

「き、肝に銘じておきます……」

「ああ、そうだ。ジファノ。早速だが貴様には、命令を下す。まあ、本来なら余が命令できる立場ではないのだが、貴様もそこまで気にはしまい」

「え?」

 気にはしない。確かにそれはそうなんだけど、けれども何を……?

 そう嫌な予感を感じるジファノだったが――その予感が間違ってないことを、魔王が告げた。

「貴様はこれより――魔王城にすんでもらう」

「え…………え、ええええええええええ!?」

「いやなに、貴様は優秀なようだからな。最近の料理長の作る飯ときたら不味く、配下に洗濯を任せれば服が縮こまっていたり、また経年劣化で脆くなった城壁の修理を任せれば更に破壊され酷くなるで、正直そう言った分野に特化した者が必要だったのだが、そこで貴様の出番というわけだ。現在は一人暮らしでそこまで健康的なら、貴様が適任であろう」

「い、いやまって!?料理と洗濯はいいけど、城壁の修理なんてできないよ!?」

 そもそも、僕は魔王城から一番遠い村の出身で、城の構造とか使われてる素材とか、全く知らないのに!

 そんなジファノの思いも虚しく、魔王が『安心しろ』と実質的な退路を断った。

「余が教えてやろう。衣食住も十分なものを与えはする。それに、余は貴様が気に入った」

「あの……お礼ってまさか……」

「喜べ。貴様は人間にして魔王に仕える、名誉ある存在になるのだからな」

 一瞬、ジファノの思考が停止した。

 ある意味での精神攻撃。もとよりただの村人Aな彼のMPは底をつき掛けており、気を抜けば卒倒するレベルであった。が、寸でのところで踏みとどまり、意識を保つ。

「まあ、魔王様が困ってるみたいだから、いいけどね……」

「む。ちゃっかり『魔王城になんていたくない!僕はあの村で平穏なままで生きたいんだ!』とでも言うと思っていたが」

 安息を求めるならば、確実にそうであろう。

 しかし、ジファノは安息ではなく、たとえ全ての人類の敵であっても、その人物を助けることを選んだのだ。

「貴様、村の方はよいのか?」

「あの村は、僕一人いなくなっても大丈夫。それに、魔王様が困ってるんだから、助けるよ。それがおばあちゃんとの約束であって、その約束の言葉が僕にとっての、おばあちゃんの形見なんだ」

「……すばらしい祖母だな。死んでさえいなければ、一度会って話でもしようか迷うところだ」

「おばあちゃん、物怖じしない性格だからずんずん来るよ」

「ふむ、余としてもそれくらいの方がちょうどいい。怖がられて話ができませんでは、こちらこそ困ったものだからな……っと、そろそろ着くぞ。城が見えてきた」

「へぇ……あれが」

 見えるのは、巨大な黒い城……というよりは要塞だ。

 渓谷の中で建てられたゆえなのか、まともな侵入ルートは一つとして見当たらない。

 いたるところから大砲が顔を出しており、あれを全て避けなければならないとなると、城の扉に着くにも一苦労だ。

 そのうえ城の入り口と思われる扉は崖にあり、一歩踏み外せば渓谷の中へ真っ逆さまだ。

 だというのにも関わらず、扉には厳重に鍵が幾重にも架けられている。そして、そこすらも砲台の射程内だ。

 扉や鍵が、切ろうで切れる金属でできてないことは、見て分かった。正直、やりすぎな気がする。

「これ、本当に攻略できるのかなぁ」

「先代の魔王の城も、こんな感じだったそうだ」

「攻略できる気がしないなぁ」

「これ以上に厳重な構造だったそうだが、それでも何度か人間の『勇者』と呼ばれる存在の侵入を許したそうだ」

「想像がつかないなぁ」

 正直、見てて疲れてきた。

「さてと、これからよろしく頼むぞ?」

「拒否権は無し、か……」

「相違無いかと問い、承諾したのは貴様だ。今更拒むことは許さんぞ」

 そう言って、魔王曰く『魔族しか通れない隠し通路』を使って、魔王の城に何事もなく入る。

 最初に目に飛び込んで来たのは、ただ楽しそうな魔族たちだった。

 スライム、ワーウルフ、サイクロプスに、剣を背負ったリザードマン。

 際どい格好のサキュバスや竜の鱗を纏った竜人(ドラグナー)、ハーピーなんかが、分け隔てなく会話し、食事をし、ゲームをしている。

 いつも感じている魔族のイメージとはかけ離れたそれを見て、驚き、何も言えなくなる。

 ただそこに、魔王が言った。

「ようこそ。歓迎しよう──ここが余の、魔族の王の城。そして余こそが、魔王『アイラル・フォーングラッド』。この世界を支配する、誇り高き魔王だ。そして、余が貴様に改めて名を与える。『ジファノ・フォーングラッド』──それが貴様の名だ」

 僕は今まで、様々な人を助けてきた。

 様々な人に感謝されてきた。

 僕は後悔はしてない。自分自身の信念が、この結果を生んだだけだ。

 でも──それでも。

 なんでこうなったんだっけ、と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 こうして僕の魔王城での、休息の無い、苦労と無休と疲労の三重苦、そして──魔族との退屈しない、楽しい生活が始まった。

 

 

 

 

 

「そういえば、余の胸は大きいのか?自分ではわからないし、クイーンサキュバスのイーシュにもはぐらかされる始末でな」

「すみません魔王様。それに真面目に答えたら、僕はきっと変態って言われるから──」

「安心しろ。魔王城には魔族しか存在せん。愚かな人類どもの常識は通用しないから、安心して叫んでいいぞ」

「叫びはしないよ!?それをしたら僕は変態で確定しちゃうからね!?」




 初投稿です。
 今回は始まりの物語ということで、あまり真面目にバカやってません。1回目なうえに初投稿で、話すことも特にはありませんが、正直、この物語が終わる瞬間の構想が考え付きません。まあ、長々とやっていきましょう。ネタが尽きない限りはどこまでも行きます。
 あ、1週間から1ヶ月の間で1話投稿しようかな、くらいに思ってます。
 本当に話すことがないな~……というわけで、今回はここら辺で。次回はあとがきで何かしますか……


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雑用から始まる人間(?)関係

「えー、では!これよりジファノ・フォーングラッドの歓迎会を行う!皆様、かんぱーい!」

 大広間に数百という魔物や魔族が集まり、高台に登ったリザードマンがそう叫ぶ。

 それと同時に、数百の乾杯の声が上がる。ただ僕は、呆然としていた。

 前回魔王様から直々に魔王城につれてこられて、僕はやるべきことはやろうと思い、すぐに作業に取りかかった。その際に様々な魔族に、魔王様直々の命令もあって手を貸してもらった。

 当然ながら最初は良く思われてなかったし、出会い頭に睨まれるなんてほぼ全ての魔族に当てはまる。魔王様の奴隷か、なんて聞かれることも少なくなかった。もの珍しいからか、僕と魔王様に付いてきた魔族たちもいた。仕方がないことだけど、警戒心が全快なのが見てとれた。

 ただ、数時間すると皆の目の色が変わった。僕はただ、掃除・洗濯・修理作業・各エリアの点検や倉庫の確認等々、黙々とこなしていった。

 でも、どうにもそこに止めを刺したのは──料理の腕、らしい。

 量が多くて大変だったけど、一部の魔族の方々が手伝ってくれたから、量ほど苦労はしなかった。

 そして、魔族の皆から大絶賛のそれは、一気に信頼を勝ち取った。当初は疑っていた魔族たちも、体調不良を起こすものや毒死者も出ない為か、いつの間にか安心してガツガツと食べており、僕が小耳に話しを聞く限りでは体調が良くなったとさえ聞く。そのため、僕の料理における魔王城的な地位は、揺るがないモノと化した。

 そして現在、ほぼ全ての魔族から信頼を得て、大々的に歓迎会が行われることとなった。

 そしてそんな中、初対面で友好的だった数少ない魔族が僕に近づいてくる。

「やあ、少年。流石にあの重労働で疲れているかと心配していたが、そのような事もなさそうで安心したよ」

「あ、スールさん。どうも、昨日はお世話になりました」

「いやなに、困ったことがあれば何時でも言ってくれ。私に出来ることならば、助力は惜しまないからね」

「ありがとうございます」

 この魔族はスールさんといい、所謂スライムキングに属する魔族らしい。水色のゼリー状の体に、目のようなモノが見える。キングとはいうものの、王冠とかは被ってない。

 話によると、元々は数百数千とも言える数のスライムで、新米勇者や通りすがりに倒され、その残骸が集まって新たなスライムになる。そのスライムは、基となったスライムたちの戦闘経験や記憶を受け継ぎ、それに対応する。当然、そうなれば低レベルの勇者や冒険者には倒されることもなくなり、強い人たちに倒されるようになる。そしてその残骸が再び集まり、強い人たちの動きや技を覚え、それに対応し、より強力なスライムとなる。それを幾度となく繰り返した結果、勇者たちのほぼ全ての剣技を見切り、ほぼ全ての魔法にすら即時対応でき、状況によっては初めて見る究極剣技や究極魔法すら完封するスライムになった、という話だ。

 そんなスライムが、僕の掃除を手伝ってくれた。どうしても手や掃除器具が入れないところに滑り込み、ゴミを体内に一時的に保有し、持ってきてくれたのだ。まさしく隅から隅まで掃除が出来るようになって、掃除の時はずっと付き添ってくれた。

 そして何より優しい。いくら掃除の途中とはいえ、初対面で得体の知れないはずの僕を、敵意も警戒も無く、『何か手伝えることがあるなら手伝おう』と言って手伝ってくれた。自分の体内が埃やゴミだらけになっても嫌な表情1つ見せず、むしろ『役に立てたのであれば光栄だ』と笑顔で言うほど。

「さて、私も軽い挨拶を済ませたことだ。君が挨拶をするべき人は、まだ沢山いるだろう?私一人に、そう時間も取れまい」

「いえ、そんな事はありません。スールさんには、感謝してもしきれませんよ」

 事実として、他の魔族に向かって、僕は信頼できると最初に言い出したのはこの人だ。そのお陰もあって、僕は柄の悪い魔族に絡まれる事もなく、雑用をこなせた。

 と、そこで肩を抱かれる。だれかと思い、隣を見ると。

「あ、カルンさん、どうも──ってお酒臭い!」

「んだぁ、んなもん気にすんじゃぁねぇよぉ~はっはっはぁ~」

「よ、酔ってる……」

 そこにいたのは、現在進行形で酔い潰れている中年の竜人、カルンだ。

 腕や足が赤色の鱗に包まれ、顔の一部にも鱗があり、そして竜のような尻尾がある。それ以外は、どこまでも中年のおっさんだ。

「ああん?俺がんな簡単に酒に飲まれるわけねぇだろうがぁよぉガッハッハッハァ~!」

 この人には、城壁の修理について教えてもらった。修理する際に気を付けなければならない場所や、特に注意すべき亀裂の形と破損状況を教えてくれた。この人がいなければ、今頃は良くて大怪我、悪ければ死亡していた可能性すらある。この人にも、とても感謝している。

 ただ、妙に力の加減が苦手らしく、前に城壁の修理のつもりが、壁に大穴を開けたことがあるらしい。

「おうらぁ~、ドンドン酒持って来~い!ガハハハハハハ!!……うっぷ」

「すまないな、少年。私の仲間が迷惑をかけてしまって。少し酔いを冷まさせるとしよう。ではな」

「あ、はい。ありがとうございました」

「ああ。こちらこそ」

「もがぽっ!?」

 そう言ってスールはカルンを体内に取り込んで、一時的に気を失わせ、何処かへと運んで行く。恐らくは洗面所辺りだろうか。

 そして、様々な魔族に適当に挨拶をしながら、歓迎会の会場を見て回る。

 改めてみると、幾つもの大きなテーブルが大広間に並べられ、その上にとんでもない量の料理が乗せられている。とてもじゃないけど、一人では食べきるとなれば、少なくとも1ヶ月はかかりそうだ。

 そう思っている後ろから、また誰かに抱きつかれる。

 だが、妙に軽いなと思いつつ、顔を会わせると。

「お、おはようございま……げほっ」

「もしかして、キュメスちゃん?寝癖が凄いし、顔も青いけど、大丈夫?」

「大丈夫、です……軽い発作が起こっただけで」

「ほ、発作!?大丈夫なの!?」

「不死身、ですので……」

 そう今にも死んでしまいそうな少女は、銀髪のサキュバス、キュメス。とても病弱で、年がら年中こうらしい。

 吐血は日常、発作は当然、目眩は一時間に数回あるそうだ。

 しかしその病弱さ故の特異性なのか、常に病弱な代わりにアンデッドでもなく、弱点のない不老不死を得た子だ。とある魔族医者さん曰く、1度内蔵が破裂したらしいが、特に問題なく病弱に生活していて、寝て起きたら戻ってたそうだ。

 エリア点検の際に、『夜闇のエリア』にて出会った。

 突然血を吐いて倒れたから、心配で近づいてみると普通にむくりと起き上がった時には凄く驚いた。その時の彼女は『人を驚かせることができて、アンデッド冥利に尽きる』なんて言って、また気を失った。別にサキュバスはアンデッドじゃないんだけど、それを伝える暇もなく、昨日にちょっと会っただけで三回は看病した。

「それで、ジファノさん、でしたっけ~……その、野菜ジュース、いただけますか~?」

 さっき見て回ったときに、何となく手にした野菜ジュースを見て言う。

「あ、これの事?体調悪いみたいだし、いくらでもいいよ」

「わあ、ありがとうございます~……んぐんぐ」

 そして遠慮なく飲み干したコップをこちらに渡して、口を開く。

「どうも、わざわ、ざ、ありが、と……う、ござ──」

「えっ」

 それを皮切りに、また倒れる──かと思った瞬間。

 とある人物がキュメスを倒れる前に支えた。

「まったく、何時でも病弱ね~。そんなんで本当に大丈夫なのかしら」

 この状況を見ている全ての魔族が思うことを、彼女が口にする。

「……何見てんのよ、ニンゲン」

「ああいえ、昨日はありがとうございました。料理作るのを手伝ってくれて。いまも、キュメスちゃんを助けてくれたり」

「ああ、その事?別に、ウォルネフがやるって言うから、私も付いていっただけよ。それに、具材を切ったり調味料持ってきたりするだけだったじゃない。感謝されることでもないわ。あと、なんでキュメスのことをアンタが感謝してるのよ。ったく、わかんないわね」

 そう言いつつも、若干嬉しそうにするのは猫の獣人のニエル。金色の短いツインテールと猫耳がついていて、同じく猫の尻尾もついている。爪は長く鋭く、鋭利な刃物と表現するにふさわしい。ただ、昨日の料理の際には流石に包丁を持ってもらった。

 ウォルネフというのはニエルの義弟で、子供の狼の獣人だ。と、そこでジファノは気が付く。

「……あれ?そういえば、ウォルネフ君は?」

「ウォルネフなら確か、シェルスを見つけるなりそっちに飛んで行ったわ。シェルスも面倒は見ておくって言って了承してくれたから、私は一人で見て回ってるってわけよ。んで、キュメスの後ろ姿が見えたから、少し心配になって来てみたらこのありさまってわけ」

「それならちょうどいいし、シェルスさんに会いに行こうかな。二人とも、昨日のお礼を言っておきたいし」

 と、そう発言したところで、後ろから野太い声が聞こえた。

「呼ンダカ?」

「やっほー、ジファ兄ちゃん!お姉ちゃんも!」

 続くように、甲高い少年の声が聞こえる。

「う、うわぁ!?」

「噂をすれば……ってやつかしら」

 急に後ろから声を掛けられ、驚く。祭りだからなのだろうか、シェルスさんは巨体であるにもかかわらず気配も無く現れた。

 その種族特有の巨体を持つのは、サイクロプスであるシェルス。青い体に黄色の一つ目を持ち、結婚していて、お嫁さんと息子と娘が一人ずつの四人家族である。その背に乗るのは、先にも説明したウォルネフ。灰色の毛並みで、こちらを見つけるなり嬉しそうに耳をピコピコさせ、尻尾をぶんぶんと振る。

 二人にはそれぞれ、洗濯で高い場所に服を掛けてもらったり、料理の手伝いをしてもらった。

「ウォルネフ、ソロソロ帰ル、言ッタ。ダカラ、連レテキタ」

「つかれたー!」

 続くように、元気に返事をするウォルネフ。

 しかしそれはどう見ても――

「全然疲れてるようには見えないなぁ……」

「ココ来ル途中、ウォルネフ、寝テタ。今ハ眠気、少シサメテルダケ。マタ、スグ眠クナル」

「そうゆうこと。ほら、少し早いけど寝るわよ。私としても、このお祭りムードの中だと嫌でもつかれるもの」

「まあ、熱気とかがすごいからね……これが僕の為かって思うと、ちょっと恥ずかしいや」

「何言ってんだか。魔族のど真ん中にいて、よくそんな呑気なことが言えるわね」

 その感想はもっともなものだ。普通なら恐怖で震えてるだけだろう。でも、僕はたった一日でも、それに気が付いた。――そう。

「皆が優しいってことが、わかったから」

「……まあ、いいけどね。ひとまず、私はもうウォルネフと寝るわ。じゃあね」

「うん、さようならー!」

「じゃあね、ジファ兄ちゃん!」

 ウォルネフが、シェルスから飛び移るように、ニエルの背中に飛び乗る。

 それを何でもないように受け止め、何も言わずニエルは歩き出す。それは人混みに紛れて、すぐに消えた。

「ジャア、オレモソロソロ、モドル。ヨメト、ムスコト、ムスメガマッテル」

 そう言うと、振り返って歩き出す。そして大事なことを忘れていると気が付き、一瞬呼び止める。

「あ、あの、シェルスさん!」

「ン?ナンダ?」

「昨日は、ありがとうございました!」

「気ニシナクテイイ。一族ノ、掟。恩ニハ恩デ返シ、礼ニハ礼ヲ返ス。オマエノ料理、ウマカッタ。オレ、オマエニ感謝シテル。ダカラ、気ニシナクテイイ」

「でも、僕1人じゃなにもできませんでしたし」

 そう言うと、少し悩んだような素振りを見せてから、シェルスさんが言う。

「ジャア、次ハオレノ子供タチニ、ハンバーグデモツクッテクレ。最近、ハンバーグガ食ベタイ、言ッテタ」

「わかりました!期待してて、って子供たちに伝えておいてください!」

「ワカッタ。ツイデニ、オレト嫁ノブンモ頼ム。家族、皆一緒ガ、イチバン。期待シテ、待ッテル」

 最後に、手を振って別れた。サイクロプスとかの巨人族は野蛮なイメージがあるけど、実際は仲間想いで、友達や家族を一番に思ってくれる、優しい種族だ。

 そして、それと入れ替わるように向こうから手を振ってくる人が現れる。

「よーっす。ジファノ、元気してるかい?」

「あ、ヴァネスさん。昨日はありがとうございます」

「いーっていーって!んなことより、ウォルネフきゅんとニエルたん見なかった?ちょっと探してるんだけど」

「えっと、あの二人ならちょうど今、二人で一緒に寝るって――」

「なるほど。ウォルネフきゅんとニエルたんのダブル寝顔に何もしないのは逆に失礼だねよし行こうすぐ行こう。そして思う存分ぺロペrゲフンゲフンもとい悪い奴が来ないか見張っていよう」

 そんな端から見ずとも端から見ても、変態的な発言を惜しみなくぶちまけるのは、吸血鬼のヴァネス。金色の美しく長い髪が似合うといえば似合うものの、変態的なまでの動物愛を含む発言で全てが崩れ去る。最近では動物以外の血を飲みたくないという思いと動物を傷付けたくないという思いがぶつかり合い、本人曰く『森羅万象の理をも上回る葛藤』を生み出しているらしい。尚、性別・年齢を問わないらしく、ある時は年端もいかない少年を襲い、ある時はババアを襲ったらしい。最近では前述の葛藤により血が吸えなくなり、その影響か普段より更に狂気っぷりが増しているとかなんとか。

 仮装大会では、獣人も獣人コスチュームの人も片っ端から襲ったという伝説さえある。

「えっと、大丈夫です……か……?」

「よしごめんね感謝の気持ちは十分伝わったから大丈夫大丈夫こっそりと静かにバレなければいい少し脇とか背中とか股の間とかを舐め回すだけだから大丈夫大丈夫大丈夫……」

 目から光が消えていて、恐ろしいというか普通に怖い。

 と、そこに来て、ヴァネスの頭を叩く人物が。

「よう!フハハハハハハハ、元気か、健康かー!?お前らー!元気で健康なのは良いことだー!フハハハハハハハハハハハハハ!」

「どうもアードネットさん、昨日はどうも」

「んん!おう、もっと感謝していいぞ!ただ、困ったらいつでも言え!口での説明しかできんがな!フハハハハハハハ!」

 明らかに骨だけな身体ながらも、どこか筋骨隆々としていて、とても明るいその人はアンデッドキングのアードネット。全てのアンデッドを束ねる王にして、アンデッドであるにも関わらず健康第一を掲げており、早寝早起き、朝に運動、栄養が片寄らないように気を付けての毎日三食。朝には必ず牛乳を飲み、運動で疲れたなら適度な休息を取る。歯磨きや洗面も朝と夜に行い、魔王城1の健康的なアンデッドだ。ただ、細かい作業が苦手。エリア点検で会って、どのエリアがどこにあるかを教えてくれた。毎朝のランニングでいろんなところを走り回っているため、どこにどんなエリアがあるかはほぼ理解している。

 一部の魔族曰く、彼に純粋なパワー勝負で勝つことはほぼ不可能らしい。アンデッド故の不死身や、日々の運動で鍛えた筋肉には、だれも敵わないそうだ。

「んん!?ヴァネスが全く反応しないぞ?さてはまた考え事か!──んん!いつも通りで元気な証拠だな!フハハハハハハハ!!」

 寛大……と表現すればいいのか、また別の何かと表せばいいのか。正直、わからない。

 ちなみに、ヴァネスはそんなアードネットの一人娘である。そんなアンデッドの王で、とても寛大な人の娘が、なぜこうなってしまったのかと、疑問に思う。妻であるクイーンヴァンパイアは現在出張してるらしい。

 肝心のアードネットは非常に特殊な個体で、全てのアンデッドに類するモノの力が使える。ちょっとした変異個体とされるものの、結婚して子供ができた際に気がついたことは、彼の遺伝子は相手の遺伝子によってその特性を変えることだった。つまり、ゾンビと子供を作れば純性のゾンビが、ゴーストと子供を作れば純性のゴーストが。その要領で、ヴァンパイアと交じったがために純性のヴァンパイアが生れた、というわけらしい。

「早く行かないと……ああでも今だとまだ起きてるかな。もう少ししたらこっそり近づいて、思う存分……ふへ、ふへへへへへへへへ」

「んん!なんだ、そんなに笑って──楽しいことでも思い出したか!?フハハハハ、元気でいいな!フハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「あ、その……とりあえず、僕はそろそろ行きますね……ありがとうございました」

「んん!おう、元気にな!フハハハハハハハハハハ!!」

「ふへへへへへへへへへへ」

 正直、あの狂気の固まりから一刻も早く離れたかった。

 

「ふう、とりあえず──ここ、どこだろう?」

 今、僕はどこかの通路にいる。窓があって、そこから外が見える。空は暗く、紫の三日月が輝いている。もしかしたら、どこかに繋がる廊下だったり。

 あの会場の熱気が少しだけ辛くなって、静かな場所に来たけど、場所がわからない。アードネットさんに道を聞いてきた方が良かったかもしれない。

 ひとまずはここで休もうと、床に座って壁に背をつける。そして、疲労を吐き出すように溜め息を吐く。

 と、そこで気が付く。

 少し離れた場所で、色白の少女が虚ろげに窓から空を見ていた。

 白い髪とワンピースのような服が、風で揺れる。しかし目には光がなく、ただ呆然と夜空を見続ける様は、何故か目を惹き付けた。

 そして、僕の視線に気づいたのか、少女と目が合う。

 ただ、その瞬間に瞳の奥を見た。直感ではあるけど、僕はそれを確かに感じた。

 瞳の奥にある──憎悪の渦を。

 少しの間、目を合わせていると、ふいに少女が僕に背を向けて歩き出す。

 僕は少し気になって、その子と話をしてみたいと思った。だから、その少女の後を追おうと、軽く走った。

 少女が窓のある場所から、窓のない場所に入ってしまい、少女が月に照らされなくなり、姿が見えなくなる。

 ただ、走っていれば追い付くだろうと思っていたが、それは違った。いくら走っても、少女に追い付くことはなかった。何時しか僕は、更に迷いこんでいた。

 いや、果たしてそれは迷ったというべきなのだろうか。辺りはいつのまにか朝になっており、僕が立っていたのは、僕にとって馴染み深い、あの村だった。

 そこに、『僕』が映る。声は聞こえないけど、同い年くらいの少年と話していた。

 そして、目眩が起こる。次に目に入ったのは、青年と僕が話しているところだった。

 また目眩が起こり、次は僕と中年程度のおじさんと話しているところだった。

 次に映ったのは、おじいさんと会話しているところだった。僕は心配そうに、おじいさんを見ていた。

 そして、次に映ったのは──おじいさんの御葬式だった。

 おじいさんの死体が、大きな焚き火の中に放り込まれ、肉が焼かれて剥がれ落ち、白骨となる。そして僕は、疲れた顔をしていた。

 そして僕は、またいつものように朝を迎えた。

 そこで、僕の意識はプツリと途切れた。

 

 

 

「おい、大丈夫か?」

「──え」

 気が付くと、目の前に魔王様がいた。

 僕は魔王様の部屋で寝かされていたらしく、ふかふかした、いかにも高級そうなベッドにいた。

「えっと……僕はなんで?」

「氷獄のエリアへの途中で倒れているのを見つけた、と報告があってな。わざわざ運んでやったというわけだ」

 それはきっと、あの通路の事だろう。だが、それよりも気になる事があった。

「魔王様は、長い白髪で、同じ白いワンピースみたいなのを着た、女の子を知っていますか?」

「……それは、どうゆう意味だ?」

 なんとなく気になって、気軽に聞いただけの質問。

 だが、アイラルはそれに対して険しい顔を見せた。

「えっと、見つけたんです。僕が倒れていたっていう通路で」

「……そう、か……」

「えっと、何かあったんですか?」

「その少女の目を見たか?」

「……はい」

 一瞬、脳裏にあの憎悪が浮かび上がる。それを思い出すだけで、僕は恐怖を感じた。

 アイラルは、ジファノが少し体を硬直させ、険しい表情をしたのを見て、何かを察したらしい。

「……やはりか……なぜ」

「えっと、何か問題があるんですか?」

「まあ、貴様になら言っても問題はなかろう。その特徴が当てはまる魔族を、余は1人だけ知っている。とはいえ、ダージュから聞いた程度だが」

「それは──」

「先々代魔王『フェイネル・フォーングラッド』。歴代の魔王の中でも、一際人間に興味を示していたらしい。余も話に聞く程度ではあるが、人里に降りて、人と交流したという」

「凄いんですね。魔族でもそんな話しは滅多に聞かないのに」

「ああ。自由奔放で天真爛漫、体質的な白い色と合わさり、まるで皆を照らす光のようであったという。それもあって、特に疑われることもなく人間と共にいたそうだ。ただ、それが数年程度続いたころ、人間同士での戦争があったらしく──そこで、最も仲が良かった友を亡くしたそうだ。それ以降は、歴代の魔王すらも顔を蒼白とさせるほどに残忍で冷酷な魔王となったらしい。まあ、あくまでも話しに聞くだけであって、真偽は余もわからん」

 そう聞いて、二度思い出す。あの少女の目にあった、深い闇を──その奥に渦巻く憎悪を。

「今は、そのフェイネルさんは?」

「もう死んでいる。先々代だと言っているのに、生きていてもおかしいだろう」

「でも──」

「この件については、下手に公言するな。先々代とは言え、その特殊な行動からその名は知れている。あまり大声で言えば、混乱を招きかねん。それに、ただの幻覚や寝惚けにしては、不可解な部分がありすぎる。何があったのかはわからんが、気にはしておくとしよう」

「うん、わかったよ。あと、それはそれとして歓迎会は?」

 僕が気を失ったのが夜遅くだったし、今まで寝たきりだったから、終わっているのか、まだ続いているのか、少し気にはなっていた。

「それについては、ほぼ全員が酔い潰れてな。メシも無くなりつつあったからか、終わってしまったぞ。締めに貴様がいないせいで、一部のやつらは不満げではあったがな」

「僕に終わりを任せられても困るから、そこはよかったかな……魔王様は、これからどうするんですか?」

 と、いつものように『魔王様』と言ったら、なぜかまた難しい顔をした。

「……少し前から気にはなっていたのだが」

「え?」

 嫌な予感。そう、まるで僕に魔王城に住んでもらうと言われる直前に感じたものと同じような──

「貴様、なぜ余のことを名で呼ばんのだ。出会い頭に散々言っておきながら、それ以降は妙に堅苦しくして……」

「えっと、じゃあどうすれば」

 その予感は、またも的中した。

「フランクに来い!貴様はそこまで自覚がないようだが、仮にも貴様には魔王家の名を与えたのだぞ!余も公認の弟だというのに、その妙に気を使った感じはなんだ!」

「いやいや!魔王に向かってそんな無礼はできませんよ!?というか今地味に僕のこと弟って」

「気にするほどか!出会って間も無くで遠慮なくビシバシと正論ぶちこみまくってきたのは何処の誰だ!?」

「僕ですごめんなさい!でも、その時と今とでは色々と感覚が違うというか──」

「どんな感覚だ、余にはちっともわからん!余にもわかりやすく言え!」

「えっと……その、あー……え~っと~……」

「ほら見たことか!貴様に魔王権限で命令する!余には遠慮するな!」

「え……いや、でも」

「まずは名前で呼ばんか!それとも余の名前が思い出せんからとりあえず魔王様魔王様言ってるだけか!?」

「い、いや覚えてるけども、そんな呼び捨てにしていいのかなって」

「なら言ってみろ!言えんなら忘れたとみなし、今度から食事にリザードマンの尻尾を付け加えるぞ!」

「なにそれ!?アイラル!アイラル・フォーングラッド!」

「ふむ覚えてるなよしわかった今度からそれで呼べ!」

「えええ!?あ、アイラル……さん……?」

「さんは付けるな、普通に呼び捨てでいいと言っているだろう!」

「あ、アイラル……」

「なぁにを顔を赤くしている!普通にちゃらっと挨拶するくらいの軽い感じでいかんか!」

「だ、だって恥ずかしいんだよ!魔王様は綺麗だから、なんだか名前で呼ぶと……その」

「女か貴様は!そんな女々しいのは求めなどいない!もっと本気でガンガン来い!」

「せめて、せめて『さん』を付けさせて!?」

「ええい、貴様はそれでも男かー!」

「ひゃあああ!?ちょ、服返してー!」

「ああ返してやろう!貴様が余に普通に接することが出来るようになったらなぁー!」

「上半身裸で普通に接することができるわけないじゃないかー!」

 ──結局、なんとか『さん』付けは承諾してもらえた。

 

 

 

 

 

「ふへへ、今ならもう二人とも寝ているはず……ぐへへへへ」

「あら、ヴァネスちゃん?そこで何してるの?」

「え、誰──げっ、イーシュ様!?」

「お祭り騒ぎがあるとは聞いていたけれど、ついつい寝過ごしちゃって。そこでなんだけど──少しお時間いいかな?お姉さん、ずっと寝てたせいかね──ちょっと、お口が寂しいんだ♪」

「キャアアア!ちょ、誰か助けてー!」

「あらあら、恥ずかしがらなくていいのよ?それに、また悪さもしようとしてたみたいだし。それともう1つ。夜這いは他人に見つからない事が基本よ?」

「ひ、ひええええええ!」

「夜中に悪いことをする子は、お姉さんがイイコトを教えてあげるわね♪大丈夫、気持ちイイコトだから、ね?」

「わあああああ!助けてー!強姦、強姦ですー!だから誰かたすけ──んぐー!?んぐぐ、むー、むー…………はぁ~、はぁ~……」

「はい、サキュバス流の『口封じ』で大人しくしたところで、悪いことのお仕置きついでに、お姉さんの部屋に行こっか♪」

「あ、ん……やあ……誰か、たす──ひんっ、や、やだ……こんな……あっ」

「さて、夜の『お楽しみ』にようこそ──なんてね♪」




 1週間と待たずに次話投稿しました。まあ、現状はネタが色々と出てくるんで、まあ多少はね?今回は新キャラ大多数の登場でした。半分以上が説明文な気がしますが、まあ気にしなくていいでしょう。たぶん。ところで、今回の話は健全でしたね(大嘘)
 ちなみに、クイーンサキュバスことイーシュさんは正直なところ、終わりの一部分に出てくる程度にしようか迷ってます。だって本編に出てきたら大暴れして大変なことになること間違いなしくらいの勢いだから……でも主要キャラといえば主要なんだよなぁ……クイーンクラスだし。ちなみに、リザードマンもちょくちょく出てくる予定です。
 まあ、今後のことは今後で考えていきましょう。今回はこれで。


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夢に出てくる人物は全員、自分が見たことのある人らしい

 前回の最後、その翌日――魔王城、魔王の部屋にて。

 結局、自分の部屋が与えられているにもかかわらず、晩くまでいて魔王の部屋でアイラルと夜を明かしたジファノが、寝起きとほぼ同時に目にしたものとは――

「おろろろろろろろろろ」

「始まった瞬間にこれだよ!昨日の夜は変だなって思ってたけど、酔ってたの!?」

「飲みすぎた……おえっぷ」

「ちょ、アイラルさん!?できれば床には吐かないでってギャアアアアア!カーペットの染みとかってとれにくいのにー!」

「おろろろろろろろろろろろ(

 

 

 

 ──しばらくお待ちください──

 

 

 

「弁明をどうぞ」

「滅相もない」

「それだけですか」

「余は魔王だから何しても許される」

「訳ないですよね」

「……すまん」

「酒に飲まれる魔王ってヤバいですよ」

「しかし、皆も騒いでいるし、余も多少は羽目をはずしてもいいかなって」

「事後処理するの、全部僕と雑用の方々なんですよ」

「……悪いとは思っている」

「そんなに言うなら、せめて事後処理くらいは手伝ってくださいよ?」

「……あ、ああ。それくらいならよい、よいのだが……」

「……まさか掃除の方法がわからないとかじゃないですよね」

「あ、ああ勿論だとも!魔王たる余が掃除の1つもできん訳がなかろう!?ふ、ふはは」

「……本当は?」

「全然わからん」

「人類の言葉にですね、こんなモノがあります」

「……?」

「酒は飲んでも飲まれるな」

「ほ、ほう……な、ななななかなか洒落ているではないか……よ、よき言葉だな?」

「よくわかりました。しばらくはお酒禁止です」

「…………(´・ω・`)」

 

 

 

 そんな一時を終えてから、ジファノはもう一度、あの白い少女――アイラル曰く、先々代魔王『フェイネル・フォーングラッド』と出会った、氷獄のエリアへの通路に来ていた。

 その風景は、昼だからか多少違って見えるが、紛れも無くあの少女と出会った通路だった。

 少しだけ、気になったのである。あの少女の闇のような瞳の奥深くにあった、目を合わせただけで殺されそうなほどの憎悪が。

 そして、昨日の夜、あの少女は氷獄のエリアの方へと姿を眩ました。だから、氷獄のエリアへ向かえば、何か手掛かりが掴めるのではないかと思って、ここへやってきた。

 決心をし、向かおうとしたとき、後ろから肩をつかまれる。

 その手は非常に冷たく、そこから発されたであろう冷気が首元へと伝わり――

「ひゃあああああああ!?」

 ――と、情けない声を出してしまった。

 咄嗟に後ろを振り返ると、そこには色白で、薄い青色の和服に身を包んだ女性がいた。

「って、なんだ~。シキヤさんか~」

「驚かせた?……ごめんね。驚かせるつもりは、無かったのだけれど」

 この人はシキヤ・レイネさん。数年前に遠い東の大陸から遥々やってきたらしく、それ以降ここに住むことになった人だ。東の地方においては『ユキオンナ』という種類の魔族らしい。詳しいことは知らないけれど、冷気を操ることができるそうで、その自身の体も非常に冷たい。

 不慮とはいえ、驚かせてしまったことを謝ってくれる。

「ああいえ、大丈夫ですよ」

「そう?ならよかった……それはそうと、何しに来たの?エリア点検は一昨日やったばかりのはずだけれど」

 エリア点検。その実態は、実際のところエリアの仕掛けや温度に異常がないかを調べるというだけだ。

 たとえば僕が向かおうとしていた氷獄のエリア。雪を利用した見えにくい落とし穴や落雪、巨大な氷の塊が転がってくるなど。少し体を張ることにこそなるけど、どこにどんな仕掛けがあるのかはわかっているから、対策は万全にして行っている。温度についても、数度程度の上昇や低下なら問題なしとみられるが、十度も違うと問題の対処をすることになっている。

「えっと、僕が個人的に気になることがあって」

「なら、何か手伝う?一昨日エリア点検で来たばかりだと土地勘もないでしょうから、案内もしてあげるわ」

「ありがとうございます。それで、えっと……白いワンピースを着てて、肌も白いような女の子を見たことはありませんか?」

「…………ごめんなさい。そんな子は見たことがないわ。でも、ここに来たということは、その子が氷獄のエリアにいるかもしれないっていうことよね?」

「はい。昨日の夜に、この通路でそっちに向かっていくのを見ました」

「……一応、見ていく?もしかしたら、私が知らないっていうだけかもしれないし」

「はい。……気になるので」

「……もしかして、一目惚れ?」

「違うんです。昨日に見たその子の目に……深い、憎しみと悪意が見えたんです」

 僕の様子で察してくれたのか、シキヤさんはそれ以上何かを聞いてくることはしなかった。

「そう。でも、それくらいなら私も覚えてそうなものだけれど……まあ、気にするだけではダメね。とりあえず、ついてきて。魔族がいる場所は、大体把握してるから」

「あ、はい」

 そして、あの少女と出会えることを願って、歩きだした。

 

 氷獄のエリア、その最奥部。

 調べていくうちに、そんなところまで来ていた。

「ダメね。魔族がいるところは粗方調べたし、人に聞いてもわからないとなると、手詰まりだわ。…………大丈夫?」

「だ、だだだ大丈夫です!」

「明らかに寒そうだけれど」

「ひ、ひとまずいないってことですか?」

 はぐらかしついでに、話題を変える。

 しかし、それとなくした言葉に、シキヤさんは暗い顔をして言った。

「ええ。私にも足があるけど、辿るべき足跡が無いんじゃ、調べようがないわ。ごめんなさい」

「シキヤさんが謝ることは無いですよ!元はと言えば、僕が誰かもわからないような子を探そうとしてて、それを手伝ってくれただけなんですから」

 シキヤさんが謝るのは筋違いだ。むしろ、ここまでさせて僕自身はほぼなにもしてない。謝るのは僕の方だ。

「……ホント?」

「はい。ですから、シキヤさんが気にすることはないんです」

 そして、シキヤさんが元に戻って、改めて聞いてくる。

「そう。とりあえず、このエリアからでる?」

 僕は寒さで小刻みに震えていた。

「……はい、そうします」

 

 氷獄のエリアへの通路にて。

「ありがとうございました……くしゅんっ」

「ええ。とりあえず、早く体を温めて休んだ方がいいわ」

「はい、また今度……くしゅっ!ずずー……」

 ジファノはそう言って、まだ体に残る寒さに震えながら、その場から歩き出す。

 そして、ジファノが見えなくなったところで、ため息が出た。

「あの子は、どうして私を、私達を恐れないのかしら」

 今でもよく夢に出る。昔に会った人達の、化け物を見る目。本当に殺そうという雰囲気。わからないが故の恐怖に駆られた、恐ろしい獣。

「子供だから、かしら……いえ、違うわ。明らかに、あの子にはあの子自身の『何か』がある」

 何かと何かを分け隔てなく接する事が出来る『素質』。普通ではない、『常識』。

 恐らくはそれが、あの子にはある。

「……もう少し、調べようかしら」

 ただ、少し──彼を助けたかった。

 いつか自分から、人と接する事ができるようになるために。

 人類と魔族を繋ぐ、『何か』を育むために。

 

「……んー…………んー?ふ~…………落ち着こう、落ち着こう。まあ確かに僕は自分自身の部屋には行かないまま、気になったからすぐにあそこに向かったよ?うん、そこは悪かったのかもしれない。でもね、こうなっているって誰が予想できるのかなぁ……?」

 ひとまず、自分自身の部屋に戻ってきたジファノは――

「すー……すー……」

 昨日の夜に見た、白い少女が自身のベッドでぐっすりと寝ているところに出くわしていた。

「…………ん……すー……」

 寝返りをうっては寝息を立てる。ジファノはただ、起こそうにも気持ちよさそうに寝ている少女を無理矢理起こすのも気が引けて、ただ自然と起きるまで床に腰を下ろしてじっとしていることしかできなかった。

 

 数十分後。もはやジファノ自身すらも少し眠くなってきていた時。

「ん……?ふわぁ~ぅ……ん?」

「あ、やっと起きた。えっと、君は?」

 床から立ち上がり、名を訪ねる。少女はベッドに座るようにしたまま、口を開いた。

「おにーちゃん、だれ……?」

 上目遣いでのそれは、圧倒的な破壊力を持った爆弾であった。

 ジファノは一瞬気の遠くなる感覚を覚えたが、半ば気合で気を保つことに成功する。

 そして改めて、聞き返す。

「えっと、君の名前は?」

「……わかんない。ここ、どこ?」

 ジファノは、もしここで先々代魔王――『フェイネル』を名乗るかと思っていた。しかし、当の本人はわからないと口にし、さらには『場所も理解していない』ときた。

「うーん……いったん、アイラルさんの所にもっていこうかな」

「……?おにーちゃん、ここどこ?」

「ああ、ここは魔王城、その特別居住区画の一室だけど……って、これじゃわかりにくいかな」

「大丈夫。それで、おにーちゃんはどうするの?」

「え、ああ……ちょっと、待っててくれるかな」

「うん」

 そして部屋に設置されているタンスの中を覗いてみる。昨日の夜にアイエルが、フェイネルは『いまだに有名』であることを言っていた。もしも下手に姿を晒して、混乱を招くようなことになれば、隠している意味がなくなる。だからこそ、ジファノはとあるものを探していた。

「ちょうどよかった」

 そこの少女に着せるには、少し大きめのフードを見つける。そう、彼女の身を隠すための物だ。

「これ、着てくれるかな?」

「うん。いいけど……何するの?」

 その質問に、ジファノは少し笑って。

「今の魔王様の所に、会いに行くんだよ」

 ――と、言った。

 

「ふむ……謎は深まるばかり、か……」

「えっと、それで……?」

「容姿だけで言えば、文献にあるフェイネルの幼少期そのものだ。だが、フェイネルが死んだことについては誰もが知っている。魔王の中でも異色ともいえるほどのその在り方故に、死亡した事実も異常な速さで広まった。だからこそ、『今ここにいる』という事実が異常だ。失踪したならともかく、明確な死亡記録さえあるのでは、この状況に説明がつかない。必然的に、この少女は『フェイネル・フォーングラッドとは似て非なる少女』としてしか見れない」

「でも、いくらなんでも都合がよすぎるよ。僕がその子を見たのは昨日の夜。その次の日に、すぐにその子が現れた……偶然にしたって、出来過ぎてるよね?」

「ああ。余もそう思う。しかしなんだ、その……聞いていた話とはずいぶん違う気がするのだが」

「うん。僕もそのことについてはちょっと困ってるんだ」

 その次に、目に手を当てる二人。次に響くのは、幼い少女の無邪気な声。

「ねー、おにーちゃんとおねーちゃんは何話してるのー?」

「かわいすぎるぞ。ジファノよどうしてくれるのだ。そろそろ余の精神のダムにヒビが入ってきているぞ」

「襲わないでくださいね?」

 そう、この少女がただ単純にかわいすぎるというだけである。

「あーもう余は疲れたからこの娘を抱き枕にして寝るぞ。ジファノには渡さんからな?」

「わーい!だっこだっこー!」

 ひょいと少女を持ち上げ、その少女はキャッキャと楽しそうにしている。おそらくこの後、強制的に抱き枕にされるのだろうが。

「それはいいですけど、変な気は起こさないでくださいね?」

「何を言っておるか。高貴で品行方正・公明正大・清廉潔白な余がそのような不埒な行為をするわけがなかろう」

「余計に心配になるんだけど……」

 まあ、抱き枕にすると言っている時点で既にやばいのだが、ジファノはそこまで気にすることもなくなっていた。

 

 そんなこんなで、ひとまずはアイエルの部屋に隠すことになって、外に出るときはフードを被っての外出が絶対と決められた。また、一部の信頼できる魔族にも、この情報は伝わっている。この騒動の解決に向かうとしても、二人だけでは無理があるとゆう結論からだ。

 主なメンバーは、『スライムキング』のスール、『クイーンサキュバス』のイーシュ、『自然の覇者』のリオネイル、『荒くれを統べし者』のレジェド、『アビスドラグナー』のグロンディ―オ。いずれも幹部級であり、アイエルからの信頼も厚い魔族だ。

 簡単な説明だけしておくと、リオネイルさんは獅子の獣人だ。幾千もの窮地を超え、幾万もの死線を勝ち残ってきたと言われる魔族。その強さは現存する獣人全員を相手にしても、五分も経たないうちに殺せると言われるほどだ。見た目がすごく怖いし、言動も厳しめだけど、根はやさしい……らしい。

 レジェドさんはリザードマンの王のようなポジションでこそあるけれど、その実態は異名の通り、種族の垣根を越えて、全ての荒くれ者たちを統べる存在だ。『狡賢い』というイメージの強いリザードマンにおいて、その生き方は一言で言って漢気に溢れている。常に『浪漫』を求め、その強引さで不良たちを惹きつけてきたという。

 グロンディ―オさんは他と違って王のような存在ではないけれど、その強さで幹部クラスにまでなった魔族だ。竜人の中でも非常に特殊な個体らしく、体の一部を竜と化させて戦うことができる。普通は黒い鱗と少し大きな図体が目立つ程度だが、背中から翼を生やしたり、腕を竜の鉤爪にしたり、頭部を変化させて強力な火を吐くこともできるそうだ。

 スールさんとイーシュさんについては、説明はいらないだろう。この五人が、この変な状況の解決の手伝いをしてくれることとなった。

 

 そして。

「う~ん……」

「どうしたジファノ」

「いや……フェイネルちゃんの様子が、ちょっとおかしいなって」

「おかしい?どこか変だったか?」

「そうじゃなくて、僕があの日見たあの子の瞳は……ずっと暗かった」

「なるほどな。だが、気にすることもあるまい。直に全てがわかる」

「どうしてアイエルはそんなに自信満々に?」

「余は魔王だぞ?解決できん事などあろうものか。それに余の忠実なる家臣たちまで手伝うと言っているのだ。不可能など絶対に無い」

「……大丈夫かなぁ」

 

 

 

 また、夢を見た。

 おばあちゃんがいた。おばあちゃんは向こうに映る、楽しそうに遊ぶ僕を、悲しそうな目で見ていた。

 また昨日と同じように、目眩が起こった。次に映ったのは、おばさんくらいの人だった。僕は気を失っているみたいで、その人に抱きかかえられていた。

 次は、お姉さんくらいの人だった。僕は頭を撫でられていた。撫でられてる僕は、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 次は、小さな女の子だった。たぶん、追いかけっこをしているんだと思う。楽しそうに走り回っていて――

 

 でも、僕が知っているのはおばあちゃんだけ。僕は誰も知らないはずなんだ。でも、どうして僕はこんな夢をみるんだろう?

 昨日は少年からおじいちゃんへ。今日はおばあちゃんから少女へ。でも、僕が見た風景は、どれも僕の記憶にはなかった。

 だからこそだった。

 どうして。

 なんで。

 ずっと、頭が痛くて――



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