「埼玉にヌードルを茹でる余裕はない。それでも私はヌードル触手を伸ばし続けます」とFlying Spaghetti Monsterは言った。 (にえる)
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空飛ぶスパゲッティ・モンスター1

 朝ぼくが目覚めると、食べ残したヌードルが転がっていた。それはまるで女性のヌードの腰のようにくびれと艶があり、同時に中年のおやじのようにくたびれていた。それを見ているとぼくはたまらない気分になった。性を感じ始めた思春期のころのようだった。トイレに駆け込み、ズボンをおろし、用を足した。それだけでぼくは何か大きな仕事を終えたかのような達成感を覚えた。みんなはそういうすっきりとした経験は、最近なかっただろうか。たぶん無いんだろう。ぼくはそう思うと悲しくなってFGOを起動して、みんなにエレシュキガルとキルケー、アナスタシアがスキルマになったことをツイッターで自慢して、満足してからこれを書いたんだ。良い子の諸君、FGOとハーメルンに因果関係はないし、それらしい言葉をどれだけ盛ろうとも感想欄でガチャ自慢やなりきりチャットをしてはいけないぞ。ちなみにあらすじやタグ、前書き、本文、後書きが無駄に文字で溢れているのは情報過多で読者をぶっ殺そうとしただけで特に深い意味なんてないんだ。


 

 

 

 --1

 

 俺は夢の中を自由に歩いていた。いわゆる明晰夢というやつだろう。体はふわふわとしながらも形を保っている。

 どこまで行けばいいのか、いつ目覚めるのか。疑問に思いながらも、非日常を楽しむかのように歩き回る。

 歩くたびに、ゴムでできた床を踏んでいるかのような鈍い感覚を覚えた。不安定な足場だったが、歩いているうちに慣れてくると、違和感も忘れていった。

 ふと、遠くに眩い光が灯っていることに気づいた。

 

「■を■■■のです」

 

 その光は俺に何かを語りかけている。なんだ、なんと言っているのか。語りかけているのか。

 非日常を楽む気分に釣られてか、俺はその光と言葉が気になりだしていた。

 目覚める気配も、夢が終わる予兆も無い。それならば、と俺は光へと歩むことにした。

 

 

 

 

 

 「■を■でるのです」

 

 近づくにつれて光が徐々に大きくなり、再び声が聞こえた頃には視界いっぱいに広がっていた。

 それは眩く、そして実に神々しかった。

 俺はそれにどうしても近づきたくなっていた。声をきちんと聴きたくなっていた。

 不意に脳裏へと奇妙な映像が浮かんで立ち止まった。それは光に魅了された自身の姿で、まるで火に吸い寄せられる虫のようでもあった。

 今なら戻ることもできますよ、そんな言葉を耳元でささやかれた気がした。穏やかで優しい、慈愛溢れる声だった。

 立ち止まって気づいたが、眩い光は俺の姿を影ごと掻き消していた。

 進むか、戻るか。

 ここまで来て戻るのか、ここまで来てしまったから進むのか。

 見えない何かに強い決断を求められている、そんな予感がした。途中まで行ってやめるのならば、今戻るのと変わらないことも何故か理解できた。半端は求められていない。今すぐに全てが決まるわけではないが、強い意志が歓迎されることも。

 馬鹿らしい。結局はただの夢だ。俺の脳が見せているただの夢。

 自分の夢から逃げて、どこへ進めるというのだろう。

 俺は決めた。このまま進もう。俺が決めたことだ、夢の中で、俺だけの意志で決めたことだ。

 

 

 

 

 

 足があるのかわからない。感覚は消えていた。光で見ることも出来ない。それでも進む。

 俺にはわかる。進めばいい、間違っていない。この先だ。

 すぐ傍だ。

 だが、触れられるほどに近く、どこにいるのかわからないほどに遠い。

 その時、より強い光が灯された。

 なんと神々しいことか。

 無意識に天使か神に近づいたのではないかと思ったほどだった。

 そうして、光が弱くなり徐々に消えていくと、僅かずつ姿を現した。

 

 幾本にも絡まった黄を帯びた麺、二つの茶褐色の玉、カタツムリが持つつぶらな瞳。

 形容しがたき化け物だった。

 

「麺を茹でるのです」

 

 何が天使だ、パスタじゃねーか!

 

「守護スパゲッティです」

 

 スパゲッティかよ!

 

「太さにこだわりがあります」

 

 知らんがな。

 

 

 

 そこから視界が白んでいく。

 この無駄な夢はどうやら時間切れを迎えたらしい。

 無駄に歩き続け、ゴールはスパゲッティの集合体とは誰が予想できただろうか。

 俺が無意識に求めているのはスパゲッティなのだろうか。

 

 

 

 

 朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。

 

 

 

 この日から毎日、化け物が夢に現れては見つめ合い、快適な寝起きを迎えることとなる(未来を知っている者特有のそれっぽい文言)

 

 

 

 

 

 --2

 

 夢で再び化け物と出会った。

 絡まった麺、二つの茶褐色の玉、カタツムリが持つつぶらな瞳。かわいい瞳をしているような、そうでもないような。

 俺の貧困な語彙では化け物としか表現できないが、もっと正しい名称があるのかもしれない。

 

「私です」

 

 化け物がそう告げる。耳心地の良い美しい女性の声だ。穏やかで落ち着いている。

 

「お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

 

「違います」

 

「なんと」

 

 狐じゃないから違うだろうなって思ってたが、実際違ったようだ。

 

 そうして視界が白んでいく。

 以前よりも短い時間の接触だった。

 やはり俺が無意識に求めているのはスパゲッティなのだろうか。

 

 

 

 

 

 --3

 

 一日の疲れを癒すために早めに寝たのだが、すぐに夢を見ている感覚に陥った。

 今いるのは夢の世界だと理解できる。明晰夢というやつだろうか。

 化け物が近すぎず、遠すぎず、絶妙にちょうどいい距離で浮いていた。

 

「私です」

 

 語りかけてきた化け物に、どこで発声しているのかとくだらない疑問が浮かんだ。

 

「お前だったのか。こだまは」

 

「こだまでしょうか。いいえ、私です」

 

「お前だったのか、私は」

 

「私でしょうか。いいえ、こだまです」

 

「やはりこだま……」

 

 視界が白んでいく。どうやらタイムアップが訪れたようだ。

 名残惜しそうな雰囲気の化け物を残し、俺は深い眠りへと入っていく。

 経験上、ここからぐっすり眠れるのだ。

 

 

 

 朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。

 朝食代わりにインスタントラーメンを食べたが、ちょっと胃が変になった。

 

 

 

 

 --4

 

 明晰夢だ(慣れたので端折り)

 

「私です」

 

 なんかまた化け物がいた(知り合いのためフランク)

 

「お前だったのか。魔王の支配によって闇の帳で覆われし天空を光射す道を生み出すことで勇者を導き、遍く悪鬼による混沌の大地をノアなる者とその縁者と様々な種類の雌雄で選別された動物のみを残して神聖なる洪水で清め、灼熱の業火彩る風を涼やかな新緑で癒し、新たなる世界を創造しようとした今俺が考えた僕が考えた最強の神様は」

 

「違います」

 

 そう。じゃあ飽きたので私寝るね(飽きた人間特有の冷たさ)

 

 

 

 朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。

 

 

 

 

 

 --5

 

 夢の中で化け物がテレビを見ながら待っていた。見回してみると、なるほど俺の部屋だった。冷蔵庫からジュースを二本取り出し、一本を投げると、麺で構成された触手で受け取っていた。段々と互いに慣れを感じる。

 化け物はジュース片手に(といっても触手は複数あってそのうちの一本だけなのだが)ゆっくりと立ち上がる(麺を足に見立ててその体を持ち上げたため立ち上がったと感じた。もしかすると浮いているのかもしれない)と、真剣な瞳(おもちゃのような丸い瞳だが何故か真剣だと理解できた)で俺を見つめている。いつもとは違う、明晰夢特有のオーラ(なんかそんな感じの空気感)でわかる。

 化け物はこのチャンスを物に出来るのか(他人事)

 

「ごめーん待ったー?」と俺。

 

「いいえ。今きたところだから大丈夫です」と化け物。

 

「そう。じゃあ俺、テレビ見たら寝るわ」と俺。

 

 深夜にやっていたラーメン特番を一緒に見て寝た。

 

 

 

 朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。

 

 居間の机に空き缶が二本置いてあった。

 

 

 

 

 

 --6

 

 帰宅すると、何かの気配を感じた。いつもと違う。だが慣れ親しんだ気配だ。実家に帰省したときに似ているかもしれない。

 居間の扉を開ける。あの化け物がいた。俺に気づくとその化け物は律儀に身体(?)をこちらへと向けた。だが、テレビに強く興味を持っているのか片眼は流れているラーメン特番を、もう一方の眼は俺を捉えていた。

 改めて見るとなんと奇天烈なのだろうか、よく誰しもが一度は迎える心霊現象や幽霊との邂逅とやらかと思案してみる。

 

「私は貴方の守護天使です」

 

 守護天使! なんと、彼奴はその見た目で天使だという。天使というのはもっと神々しいのではなかろうか。両性だとか、姿は後光で見えないだとか聞いたことがある。そういえば天使というのは眼が沢山あったり、羽根がいっぱいあったり、そもそも人型が少なかったかもしれない。

 もしくは一般的に知られている羽根の生えている、それっぽい姿をしている可能性もある。

 ここまで外れた姿では、信じるにも難しい。

 

「嘘をつきました。スパゲッティジョークです。実は守護スパゲッティです。なんとこれはミートボール」

 

 守護スパゲッティ! そんな存在がいるとは思わなかったし、きっと他人から言われたら信じなかっただろう。頬袋のように存在していた茶褐色の球体は、なるほどよく見ればミートボールだった。

 しかし、スパゲッティ本人(人という表現はおかしいが本スパゲッティだと語呂が悪いため人を採用)から言われると成程、そういうのもアリだなと納得してしまうから不思議である。

 そういえば守護霊がコクワガタで、本人よりも弱いため守ってあげなければいけないという与太話をネットで見たことがある。そう考えると、守護するのは人や動物どころか虫や食べ物でも問題ないのかもしれない。

 そうなると普段は見えなかったり居なかったりするという守護霊的なサムシングが夢や現実で接触してきたということは、俺の身に何か起きるという先触れなのだろうか。

 

「いえ、違います。守護スパゲッティとしてキャリアアップしていきたいと思っておりまして、ご協力をお願いしたく」

 

 キャリアアップ! 守護霊としてキャリアを積み重ね、今後に生かしたいのだろうか。勤勉な守護霊である。俺はどうもぐうたらというか、自分で言うのもなんだが向上心があまり見られない人間だ。なんというか、前向きな発言とか姿勢をちょっと見せられるだけで、どうもこのスパゲッティが何か立派な守護霊に見えてきてしまったのだから、俺は単純なのだろう。

 しかし、簡単に肯定するには至らない。これで悪霊だったりしたら「お前を呪い殺すのさ!」だなんてベタな展開が待っているのだろう。そうでなくても生贄などを求められたら堪らない。霊的な存在に約束事をするのはなるべく控えるべきだとネットで見たことがあった。祟られては困るという物。

 とはいえ協力を願い出てくる守護霊という面白さと興味深さ、向上心は俺の心を擽ってくる。物によって協力を惜しまないかもしれないと思わせる旨味(スパゲッティなので旨味としたが、もしかすると凄みかもしれない)を持っている。

 

「ちょっと危ないかもしれません」

 

 危ないのか。そうなると対価や目的によっては協力できない可能性も出てくる。

 俺が協力できないとなると他の協力者を探す必要も出てくるかもしれない。段ボールに入れて、捨てスパゲッティとして放置するのはどうだろうか。

 ママ、ボクこの捨てスパゲッティに協力したいよ。ダメよ、元の場所に捨てスパゲッティしてきなさい。なんて会話が路上で交わされる未来もあり得る。

 

「キャリアアップの目標ですが、他の幽霊などを倒して今よりも高位のスパゲッティとなります。最終的にはヌードル神を目指します」

 

 スパゲッティが神! あまりのスケールのでかさにブルりと来た。だが、スパゲッティの神とはいったい何なのだろうか。ヌードル神というのが正式の名称だったり、位階だったりするのかもしれない。人間とは異なる文化構造もしているのだろうし、近い単語を当てはめているだけで実際は全く異なる事実もあり得る。そもそも自律行動している時点で高位のスパゲッティなのではないか。神とは、スパゲッティとは、うごご……。

 絡まる思考はまるでスパゲッティのようだ。なぜ日本人の俺なのかというシンプルな疑問が浮かぶ。スパゲッティならイタリアとか、そういう場所で神になってもいいのではないか。

 次はイタリア抜きでやろうぜ。

 

「疑問に思っているイタリアですが、あれは私を食べ物としか思っていないので。それに故郷はすでに偉いヌードル神がいます。偉い人の近くで頑張るのって嫌なのです。ほら、わかるでしょう?」

 

 イタリアはこんなスパゲッティもどきまでスパゲッティ認定しているのか、やっぱ本場は頭やべーな(偏見)

 それはそれとして、スパゲッティの主張もわかる気がする。地方でそれなりに好きにやれるのに、わざわざ本社のお膝元で働くのは嫌と。わかる(わかる) 心身が疲弊しそうだ。

 だがキャリアアップなら近道になるのではないだろうか。本社の方が給料とか待遇が良いかもしれない。

 

「四文字フィーバーが過激な場所で、大して給料も良くないお仕事はちょっと……」

 

 聞くところによると、地盤はあるとはいえ、一番偉いヌードル神や、それに準ずるスパゲッティに搾取されて中抜きされてしまうらしい。さらに四文字しか認めない狭まった視界を持つ人間に弾劾されて焼きそばにされる可能性も高いという。

 「それに比べると独立独歩とはいえ日本は良いです」とミートボールに疲れを浮かばせながらスパゲッティは言った。ナチュラルに疲れを読み取ったが、ミートボールに疲れを浮かばせるとは一体どんな状況なのだろうか。

 

「さて、協力していただく内容ですが、あまり難しくありません。悪魔を倒してもらえるだけで結構です」

 

 あまり難しくないと言ってからの、悪魔を倒すという無茶振り。やはり相互理解など不可能ではないだろうか。それとも悪魔を倒すのは実際のところ簡単だとでも言うのか。

 テレビで苦労しながらエクソシストが祓ったり、陰陽師が鬼に食わせたりしているのを見たことはある。実際はそういう霊的なモノが見えたわけではないので、本音を言えば眉唾でもあったのだけれど。目の前のスパゲッティを見ていると、現実というものも案外あやふやなのだなと考えさせられるものだ。

 

「悪魔を倒せるのか、そんな疑問を抱いたのでしょう。問題ありません。こっくりさんとか一人鬼ごっこを半端に行うことで弱い霊を呼び出してしばき倒せば良いのです」

 

 俺のイメージしている悪魔というのは、七十二柱くらいいる連中なのだが、どうもそれだけではないようだ。聖書に出てくるような天使も悪魔、もっともらしい悪魔は当然の権利のように悪魔、悪霊も悪魔。

 超自然的な存在は強弱に関わらず総じて悪魔だという。利害によって味方になることも敵になることもある流動的な存在は、人間にとって悪魔的であるということなのだとも。

 

「なので私も悪魔です。守護スパゲッティでもあります」

 

 

 

「いかがでしょう。ちょっとした非日常という甘美な誘惑に身を委ねてみませんか」

 

 最初はファブリーズや塩、米で対応できる悪魔を退治することから始めるらしい。危険度で言えば、酔っ払いに絡まれたり、街中の素行不良者に襲われるより遥かに安全のようだ。wizに出てくるようなとんでもないスライムとの戦いがあったりしたら、全力で拒否するところだった。液体生物に呼吸を止められて陸上で溺死する俺、なんて不幸は受け入れられない現実なのだ。

 話を聞いていると、有利なところからマウントを取って悪霊を退治する、ちょっと薄暗い趣味っぽいが悪くない。安全圏から勝利する喜びを得続けられるのは、どうしてなかなか魅力的だ。

 しかし、俺はまだ大事なことを聞いていない。対価だ。悪魔という非現実的な存在と戦うのなら、何か生きるのに有利な物が欲しい。

 例えば……税の免除だとかIQ500だとか。いや、税の免除は欲しいがIQはほどほどでいいかもしれん。

 

「悪魔を倒すと換金する手間は必要ですが、お金が手に入ります。あと宝石」

 

 なんか予想以上に生々しい対価だった。

 ファブリーズ程度で除霊できる悪魔ははした金にしかならないが、もっとステップアップすると街単位でヌードル茹で放題を実施できるくらいだとか。いくらだよ、それ。

 

「あなたの魅力次第で悪魔にモテます。悪魔というのは見目麗しい者も多いのです。怪異に魅了される者は溢れるほどに物語として伝わっているでしょう」

 

 男も女も溺れるくらいには容姿が整っていて、下半身に都合の良い悪魔というのは多いようだ。悪魔ハーレムを作る男だけでなく、悪魔逆ハーレムを作る女もいるらしい。

 悪魔逆ハーレムってパンチが効いてるな。傍から見たら事件性が増すというか。乙女ゲーで逆ハーエンドを迎えた女性の主人公って夜の役割やばそうだな、というのが感想だ。俺様系とか王子様系とか、断っても夜の役割を強いてくるに違いない。二人とか三人なら耐えられ……いや、無理なのでは。というか、下手すると五人とか六人だろう。一種の事件なのではないだろうか。夜の役割を果たす際には上の口と下の口、両手などを使って、男たちの下半身を満足させるわけで。そうなると、女性主人公は懸け橋みたいな役割が必要になるのではなかろうか。気づけば男たちが互いの快楽を求めるために群がり、上と下に突っ込んでいたら男同士で目が合ったりする可能性もある。これはもうホモじゃないだろうか。女性主人公という懸け橋を使って仲立ちを得ることで、同性という垣根すら超えるのだ。しかもこいつらが精神的に満足するまでバブって来る可能性も高い。そうなると求められているのは伴侶としての立ち位置ではなくなり、親としての包容力だけかもしれない。逆ハーレムエンドというのは、実は母親エンドなのかもしれない。私がお前らのママになるんだよ、みたいな。

 

「バニーガールみたいな女性悪魔もいますよ」

 

 !!

 

「その胸は実に豊満だった、という可能性も高いですね」

 

 !!!

 

 

 

 

 

 

「では協力をありがたく。今後ともよろしくお願いします」

 

 現実だけでなく夢でも交流した親友のスパゲッティに協力を求められたら断れるわけがなかった。

 ただ、今のところ一つだけ俺から要望があるのだ。

 

「なんでしょうか。私にできることなら善処します」

 

 思考を先読みするのは止めてもらえないだろうか。俺は未だに一言も発していないのだが。

 

「……今宵も良き夢を」

 

 おい。

 ……おい。

 

 白い霧とともに消えやがった^q^

 

 

 




24歳、主人公です。
天中殺で見守っていた神が留守だったので、守護霊が空飛ぶスパゲッティ・モンスターになってしまった。

空飛ぶスパゲッティ・モンスター
本社で仕事するのはきついから、遠い島国でバカンスついでにキャリアアップしに来た。
真面目な話、宗教メタ的な存在のため歴史は浅いがかなりのポテンシャルを秘めてるに違いない。



Q. メガテンの日本って多種多様な悪魔が多いですね。でもなんでサンダーバードとかヘケトちゃんとかもいるのでしょう。
A. アニミズムで特定の神様とかにパワーをメテオにできてないために違いないです。あとお土産とかで超自然的なサムシングをみなさん持ち込み過ぎなのではないでしょうか。また、ゲゲゲな御大が世界中からかき集めたり形のないものに形を与えたりしたせいかもしれませんね(テキトー)


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空飛ぶスパゲッティ・モンスター2

 
 神話の御世にあって、神とは即ち力のことである。
 
 ヒトは力無き集まりでしかなかった。
 力無きヒトは歩み続け、やがて知恵を育んだ。
 獣を狩り、牙を得て、毛皮を被った。
 
 知恵の果てに文明()を見出し、照らされ形而上から引き出された神は形を与えられた。
 
 神を祭り上げ、奇跡として崇め、血を捧げ続けた。
 やがて神を火で再び照らした。
 照らし出された陰を望むが儘に切り刻んだ。
 神は無力の徒となった。
 盲人がすり寄る火種だけを残して。
 
 時が過ぎようとも、ヒトは火を燃やし続け、近づき続けた。
 その末路は、当然のようにその身が照らされ、燃え移り、灰となって燻り続けた。
 命も、文明も、祈りも。
 何もかもが灰燼に帰すだろう。
 そうして砂塵だけが舞う大地へと至ることがわかっていても、火を灯し続けた。
 
 
 
 ―― 再び力こそが神の証となったとき、無力であることこそが人をヒト足らしめる唯一なのではないか ――
 
 
 
 
 
 
 --1
 
 私は遺伝子を組み替えて作られた、そう教えられたのは何歳のときだったか。遺伝子を組み換えたためなのか、転生して生まれたがためなのか、経過年数を意識することを忘れてしまった。資料を見るに、後天的に天才を作りたかったのだろう。
 生み出す『天才』が定まっていなかったのが失敗に繋がっていたのだと予想ができた。記憶力の良い人間や運動能力の高い人間など、才ある男女の精子と卵子を交配すればいずれは生み出せる。育児のついでに、その努力を褒めるだけで一点特化の『秀才』を生み出せる。だが、この研究は違った。行き詰る世界を救う、万能な人間を求めていた。何処にも妥協点の無い完璧を求める『天才』。多岐に亘る手段によって生み出した天才を、最も効率の良い方法でさらに掛け合わせ続けるという単純で愚かな実験だった。そんな愚かさに縋った結果が、私だというのだから冗談にしても面白くない。そして、奇跡とも言える過程を経て『完成』した私は、後述するがあまりにも『未完成』だった。
 結局のところ、実験は私という個体の経過観察のみを独立させて、半永久的に凍結されてしまった。他にも多くのサンプルを抱えていたが、期待以上の結果を示すことは叶わなかった。そればかりか、短命や病弱など遺伝操作によって脆弱さを強く示す者ばかりだった。
 溢れるばかりに居た他のサンプルたちは、私が人間として安定したと認められるまでには残っていなかった。共に過ごし、学ぶはずだった者が、物となって処分される続けるのを横目に見続けた。まるで水棲生物のように培養されるサンプルや、沢山の管を繋げて延命を図られるサンプル、機械によって臓器を代替させるサンプルなど、延命に延命を重ねたサンプルですらあまりに虚弱だった。必要な『部位』だけを回収されて、焼却処分されたようだった。
 
 私自身も健康とは程遠いサンプルだったが、打ち込まれた極小機械群と共存に成功し、それらが強い免疫や抗体、果ては代謝や神経活動などにも作用したらしかった。それが功を奏して『丈夫な生きているサンプル』から、『大事な実験結果』となった。私を元にしたサンプルも種類別に作られ、処分されていった。しかし、私だけでは意味を成さなかった。予算と時間を使った実験は珍しい部位とチャンピオンデータ、そして燃えにくい『燃料』だけ。最も良い結果にしても、遺伝子操作後に機械を投与して共存しなければならない『未完成』ともなれば、失敗の証明実験と烙印を押されてしまうのも仕方なかった。
 
 私を、人為的な『天才』だと未だに信じて止まない者が未だに存在していることに、呆れを上回り怒りを抱きつつある。私は『天才』などでもなければ、『万能』とも程遠い。良くて究極的な『秀才』、もしくは人造の『雑魚』だろう。
 身体は弱く、機械が無ければ歩くことすら儘ならない。寝食を忘れるだけで風邪を引き、躓くだけで骨を折る。ペンより重い物など、冗談でなく持てない。好き嫌いは多く、アレルギーも数多に上る。思考深く集中するだけ、或いは感情を高ぶらせただけで、金色に発光する。歩く情けない間接照明だ。
 頭脳にしてもそう。記憶力は頗る良く、計算も凄まじく速い。が、それだけだ。独自性を持たず、創造性も発展性も無い。断言するが、何かを生み出すことはできず、新しく思いつくことができない。記憶など、メモや記録媒体で代替できる。計算など、そもそもコンピュータが仕事する。
 対人能力は地を這う虫けらのごとく。興味のない他人の顔や名前は思い出せない。覚えているが、思い出そうとしない。会話だってする必要すら感じない。下手をすると、不快な羽ばたきや毒で自身をアピールする虫のほうがまともやもしれない。
 容姿は優れているが、ここまで好き勝手されて不細工だったら自殺していただろう。こんなにも美しい私を襲おうとしなかった研究員どもは、もっと人間としての尊厳や感情を持って生きるべきだったと、私は思う。劣情を抱かれたら、それはそれで気持ち悪いが。ただ、もっと胸は大きくできなかったのかと問いたい。完璧を目指しているくせに、貧しい胸というのはいかがな物か。
 
 さて、私に期待した愚かさに敬意を表し、ここに記そう。実験の過程で生み出した物の数々、絶賛された物事は、全て他人が生み出した物だということを。素晴らしいアーキテクト、あれは芸術家気取りのアブ・マーシュが考えた物だ、ありがとう。あのおぞましいコジマ粒子の技術研究は、諸君らに資金提供した企業どもが将来的に作り上げる物だ、ありがとう。それ以外の技術も、大体他人が思いついた物だが、未来を先取りとも言える知識で集めることに成功した、ありがとう。そして、私の趣味のため、まだ形となっていない技術を教えてくれた人々に多大な感謝を、ありがとう。
 
 本当に……本当に……ありがとう。それしか言う言葉がみつからない……。
 
 最後に、この記録媒体を見ている諸君らに未来からの贈り物を用意した。言葉は尽くしたので、目に見える美しい物で私の気持ちを伝えたかった。凍結したゴミみたいな研究を発掘しようとする盗掘者どもや、強欲者、何をしようとしているか理解していない知恵無き馬鹿どもに贈る。
 
 
 
「まあ、私は天才なので何でもできちゃうわけですよ。最高難易度の白栗だってフラジールで、いや、無理です。まあ、そんなわけで、奥が一、生き残っても遺伝子から何からずたずたですよ。あ、遺伝子が無い人間になる研究ってどうでしょうか。あー、私ってやっぱり天才ですね。素晴らしい研究を他人に与えるなんて、私以外には簡単にできることじゃないですよ。え? 何の話だって? 勘のいい人なら走り出してるかもしれませんね。こんなこともあろうかと美しい緑の花火を作りました。あと7秒で爆発します」
 
 
 
 
 
 --2
 
 私は天才ではない。
 しかし、能力を与えられて生まれた。なんて半端なのだろうと感じる時がある。
 生きているだけで、劣等感に苛まれるだけだ。
 
 凡人にすら劣る瞬間がある。
 私にはない独自性を魅せられる一瞬だけ、私は負ける。
 
 『天才』には何もかもが劣る。
 私は負け続け、敵うことは無い。歯牙にも掛からない。
 
 閉塞感が嫌で飛び出したのに、世界はあまりにも窮屈だ。
 退屈で苦しい。
 叫びたくなるのに、何を叫べばいいのかわからない。
 どうでもいいと切って捨てたいのに、私にはどうしたらいいのかわからない。
 だから憎悪ばかりが育つ。
 私は好きで生まれたわけではないのに、どうして『天才』どもと比べられなければならないのか。
 
 
 
 携帯端末が、私の育った研究施設で爆発が起きたことを知らせた。
 試作品の爆弾だけで終わらせるつもりは無かった。
 衛星を通して施設の外観を見れば、コジマ爆発による影響の大きさに笑みが浮かぶ。
 不安定な重粒子の爆発は人間にはあまりにも効きすぎる。
 輸送機や輸送ヘリは地に墜ち、あらゆる電子機器が死んでいるのだろう。
 全部消えればいいのだと、私はスイッチを押した。
 大気圏外から投射される金属の棒、それが落下して、全部吹っ飛ばす。
 無かったことにしたからか、少しばかりすっきりした。
 
 ああ、そうか。
 そうだったんだ。
 私が我慢する必要は無かった。
 だって間違ってるのは私じゃないから。
 世界に蓋をして、逃げられないようにして。
 ゆりかごを用意して、心を麻痺させる。
 全部吹っ飛ばせばいい。
 『天才』も、凡人も。
 
 
 
 
 
 荒廃した大地を飛ぶヘリに揺られ、私は戦場から僅かに離れた場所を目指す。
 以前から目を付けていたモルモットの一匹が、巣穴から投げ出されたのを確認したからだ。
 コジマ粒子は地下深くから採掘され、大地を汚染する。
 汚れきった大地は、ついでとばかりに試作兵器の実験場として使われていた。
 まるで玩具を使ったゲームのような、そんな遊びが遠くで行われている。
 そこには『天才』が居て、凡人もいる。
 今はまだ駄目だ。
 どうせなら全てを吹っ飛ばせいいのに、とぼやく。
 核はダメ、生物兵器はダメ、化学兵器はダメ。
 こんなにも汚しきってよく言えたものだ、もっと大量に破壊して心を折れば、争う気にはならなかったろうに。
 とはいえ、争うからこそ研究が進むのだから、そういった面もきっと大きい。
 
 携帯端末に映し出されているマーカーが点滅していた。
 たぶん近くに転がって……右腕が吹っ飛んだアーマード・コアの傍に這い蹲っている人間を見つけた。
 そこらじゅうに血をばら撒いていて、機体にもべったりで、縄張りをアピールしているのだろうか。
 ヘリが降下を始めた。
 それにしても古い型の機体だ。
 骨董品のコアに、接いで剥いでまた接いでを繰り返したような歪な機体。
 元を元の儘にして、新しく作り直したような歪なそれは、どうにも気になる。
 私だったらもっといいのを用意できると変な対抗意識すら湧いてくる。
 半端な仕事だから気になるのか。
 
 着陸したヘリから降りる。
 モルモットは……血の道を作りながら転がっていた。
 風にやられたのか、その脆弱さに親近感を抱いてしまうね。
 まあ、沢山いるうちの一匹にそんなに感傷を抱いてもしょうがないのだけど。
 でも他よりも顔を覚えられそうだ、つまり私のお気に入りとか特別なのかもしれない。
 さて、拾って帰ろう。
 あ、でも許可をもらわないといけないんだっけ、面倒だ。
 
「もしもーし、聞こえますかー。私と来てくれますかー。怪我とか治しますよ、ほら、私って天才ですし。治ったらまた戦場送りですけどね」
 
 返事が無い。ただのボロクズのようだ。まあ体液と砂埃、汚染された土壌まみれでボロクズそのものって感じだけども。
 
「伝説、伊達ではなかったか」
 
 したり顔で言ってみる。やっぱり言える場面でそれっぽいこと言うのって気分がいい。僅かばかりだけど。
 伝説という言葉に反応したのか、ピクリと動いた。
 んー?
 あっ!
 前世の残骸は私に、相手をその気にさせるワードを与えてくれる。
 前世の気分になるですよー。
 
「伝説に挑みたいですか?」
 
 サンプルは「当たり前だ!」と血を吐きながら叫んだ。どん!!! って効果音が付きそうだった。
 これはあれだろうか、私も「仲間だろうがっ!」どんっ!!! ってやるのかな。
 冗談はさておき、これはきっと悪くない拾い物だ。
 雨に濡れた子犬どころか、AIBOに違いない。
 良くわからないけど。
 興味がほんの僅かに湧いた気がする。
 こいつを特別扱いにしてあげよう。
 そうとなれば帰って治さないと処分しないといけなくなる。
 途中で死んだら捨ててけばいいか。
 
「途中で死んだら当たり前ですけど諦めてください。私は天才ですから、ちゃんと生きてたら治りますよ。じゃあ行きましょうか、コロニー・アスピナに」
 
 帰ったら治して、治るまでの間に準備を終える。
 ナニカしないで普通に治そう。
 適応して『天才』にでもなられたら処分しないといけなくなる。
 忙しくなってきた。
 ちょっと楽しくもなってきた。
 そうだ、N-WGⅠ/fに乗せよう。
 アレサなんて目じゃないって証明しよう。
 天才じゃなくても、私は私なんだ。
 
 
 
 
 
 --3
 
 戦場を共にした駆け抜けた愛機は、俺の腹にひん曲がったフレームを突き刺さしていた。道連れにするかのように。目を開けるのがひどく億劫だった。俺の機体が落ちてすぐに戦線が移り変わり、壊れた玩具のように置いて行かれた。だが、ここはどうだ。すでに戦場としては死んでいる、死に場所には遠すぎる。
 半ばまで死んだ空間の中で、弱弱しく心臓が動いている。生きているように血が流れ出ている。俺を残して、俺の一部だった物が戦場へと向かっているのだ。もしかすると外へと出ているのかもしれない。羨ましい、俺も連れて行け。
 座して朽ち果てるなど誰が望む物か。焦げた大地が、破壊された建物が、爆ぜた火薬の臭いが、人が焼けた脂を含んだ空気が、何もかもが遠い昔のようだ。俺の魂が軋んでいる。
 目を見開いて、無理やり動く。吹き出すように血が流れ出た。赤い川で作られた流路を視線で追うと、機体の右腕があった部位へと流れていた。俺の血によって作られた水たまりは出来ていない。滴り落ちているのがわかる。敵からの攻撃を受け、消し飛ばされたのを明確に覚えている。すでにそこには腕だった物は無く、爆裂したために剥き出しとなって強制的に作り出された歪な窓が見えた。窓の外は荒廃した大地だった。
 民族紛争から始まり、今となっては企業が開発した兵器の試作実験を繰り返し、水すらも口にするのが困難な死んだ大地となった。争いでもなければ、殺し合いが起きなければ、ずっと凪いだまま。そんな場所だ、血液は直接飲むことは叶わなくとも水分を含んでいる、ちょっとしたぜいたく品だ。買い取れるものならクレジットを叩きつけて回収したいくらいだ。こんな場所で捨てるには、あまりにも勿体ない。動けるのなら、もう一度俺は駆け抜けることができる。死ぬのならば、生きた戦場でしか考えられない。
 
 風に乗って俺の魂が戦場へと運ばれるのならば望外の喜びを覚えるだろう。だがこの機体のように、外に転がる死んだ機体のように、凪いだままだ。
 血液に乗って流れ出ることができたのならば喜んで戦場へと奔るだろう。だが血は滴り、きっと渇いた砂塵に吸われて消えるだけだ。
 己を縫いとめる憎い楔から解き放たれるのなら、歓喜に打ち震えるだろう。未練たらしく戦場への思いだけが、消えかけの火種のように燻っている。
 死とは眠るだけだと思っていたが、それだけではないようだった。
 死ぬには早すぎる。
 眠るには早すぎる。
 俺は戦える。
 獣のように咆哮する。
 
 戦場しか知らないケダモノでしかない俺の叫びは、きっと後悔に満たされているのだろう。ぶちぶちと繊維や筋が断絶する音がする。痛みはただの覚醒を促す要素でしかない。
 俺ならばもっと殺せる。
 赤黒い血を吐きながら、朱い血を噴きだしながら、裂けて鮮やかなピンクの肉を露出させながら、吠え続けた。戦場で座して死ぬ男など、どこにも居ないのだから。
 俺の未練に呼応したのか、半ば死んでいた空間に光が灯る。薄い記憶に生きる肉親よりも、遥かに長く伴に歩んだ戦闘システムがノイズ混じりに何かを呟いていた。負けた俺への呪詛か、最後のあいさつか。言葉は聞こえず、無理やりコアが動いた。がくん、と身体が強く揺れる。戦場に向かう前に乗り込む、あの時のように。戦場から帰還して基地で降りる、あの時のように。
 絡み合った互いを引き千切るかのような、酷く重い金属音が響いた。コアが揺れている。合わせる様に、血が噴き出した。無理に動こうとするコアによって荷重が掛かったのか、右腕部の窓が拡がっていた。そして、内部が小さく火花を上げ始めた。視界が白く染まり、全身に熱と痛み、強い衝撃が走った。俺の背を押すような、奇妙な爆発だった。
 剥き出しになっていた機体の右腕部から転がり落ちていた。俺の相棒が遠退いていく。掠った弾痕や刺さった破片で刺々しくなった装甲に肉を抉られ、瓦礫に頭を砕かれ、落下の衝撃で片目が潰れようとも、俺は戦場だった場所に至った。
 
 俺が転がり出た愛機の外装には、は肉がへばりつき、赤く黒い線が引かれている。致命傷となった一撃に奪われた右腕。その部位に、元の面影はない。表面が融解し、焦げて吹き飛んで塞がった跡と俺の体だった組織だけが残っている。愛機の内部は俺の中身で塗られているだろう。
 痛みが俺を生かし続ける。意識は途切れない。俺は生きている。
 ノイズ混じりの音が響いて、そして消えた。死にゆく機体の叫びのようだった。俺の居場所だったそこは、小さく爆ぜたようだった。
 また俺は家族を失った。初めてよりもずっと強い喪失感だった。
 
 あとは這うだけだ。
 戦場を求めて。
 戦場が俺を待っている。
 
 
 
 朦朧としていた意識が、轟音を捉えた。戦いの音ではない、が、戦場で聞く音でもあった。
 霞む視界は大型の航空機が降下する様子を捉えた。垂直離着陸が可能なタイプだ、もっと安い旧型に世話になったこともある。
 強い風に耐え切れず、俺の体は転がっていく。俺に気づいていないのだろう。あまりに近くに着陸しすぎている。ハイエナに来たのだろうか、ずいぶんと金持ちのようだが。
 タラップが下りると、それを滑るように車いすに乗った少女の姿が現れた。車いすは地面から僅かに浮いている。少女は顔をしかめた後真っ直ぐに、俺の元へと向かってきた。
 目的はなんだろうか、思いつかない。血が流れ過ぎていた。意識が遠退いていく。
 何か一言二言、少女と会話したのを覚えている。そして、機嫌良さそうな表情と、その髪が金色に輝く姿も。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

 

 

 

 

 --7

 

 守護スパゲッティに協力する旨を伝えて既に二週間ほど経ったが、未だに俺は悪魔と戦っていない。話を聞くに、悪魔は形式に囚われやすいという。特に人間が語り継いできた物語を元にした悪魔は姿かたちのみならず、持っている特性も引きずられてしまうようだ。力が弱い悪魔ほど出没する時間や儀式、対処法などにも縛られ、ちょっとした噂の影響も受けて変質しまう可能性が高いらしい。高位の悪魔は噂など後付の影響によって変質し難い代わりに、やはり紡がれてきた伝承などに強く縛られるそうだ。

 悪魔と戦っていない理由としてはシンプルに怖いためだ。未知への恐怖というのも大きく、行動を阻害する見えない圧力となっているようだった。知識の浅さが行動に移させない不安にも似た神経質な慎重さを抱かせていた。わからないまま危険物に触れる間抜けにはなりたいとは思わない。どうにしかして克服、または許容できる程度まで恐怖を抑制するには、やはり理解を深める必要があるのだろう。

 知っているということは大きな武器になるはずだ。『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』という言葉もあるように、理解の範疇に収めてしまえば未知への脅威は幾らかは和らぐだろう。それと同時に、俺が戦うであろう悪魔は人間の影響を受けやすいほどに繊細だという。人のうわさ次第で簡単に変質する可能性も考慮しなければならない。すでに形となっている物語と人々の間で流れる物語、その共通項を見極めるとなると、どれだけ時間があっても足りない気がした。だが、目に見えない物への漠然とした恐怖は、俺に僅かばかりの疲労を蓄積させるのと同時に、奇妙な集中力を与えていた。

 

 肩凝りと目の奥に疲れを感じ、ディスプレイから目を離す。思っていた以上に疲れていたのか、後頭部に鈍い痛みを感じた。目を閉じて、片手で目頭を揉みながら、ゆっくりと首を回す。腕を軽く回すと、ごりごりと重い音がした。数分ほど固まっていた部位を解し、ゆっくりと目を開く。ぼんやりとしていた視界が徐々に明瞭になっていく。ディスプレイには、掲示板で語られた都市伝説を綴ったサイトが映っている。こういったオカルトについてまとめているサイトを巡るのが日課となりつつあった。寝る前には更新されていないか一通り見て周る程度には。

 初めは命が懸かっているため、ある種の義務感に似た感情を持って調べていた。しかし、調べ始めると意外と面白い話が多く、読むのが趣味になるまでにそう時間はかからなかった。恐怖を煽る呪いの話もあれば、それだけでなく人間らしさに溢れた間抜けな幽霊の話、オチもヤマもなくただ川を流れる幽霊の話、亡くなった親族が最後に会いに来るしんみりする話などバリエーションも様々だ。すぐに身近に有り得そうな有名どころの話はほとんど目を通し終えて、霊感のある人の話や田舎のホラーなどを読み漁ったが、神話関係については表面を齧った程度だ。

 最初は口裂け女や人面犬を知っている程度の知識が、今となってはアンダーグラウンドな掲示板でも語れるほどに詳しくなった。もしかすると、オカルトについて誰かしらと話すときには早口になってしまうかもしれない。好きな話をするときは早口になる人が多いと聞いたことがある。それはなんだか恥ずかしいので、なるべくわかりやすく早口にならないよう日頃から気を付けることも意識しておこう。

 

 

 

 俺は夢の中を歩いていた。幾度となく経験したことだ、まずは光がより強く輝いている方向を目指す。白い空間ではあるが、上下左右は存在している。試行錯誤を繰り返しているが、夢の中だからといって空を飛べるわけでもないらしい。

 慣れてきたためか、守護スパゲッティと合流するのも段々と早くなってきていた。俺の感覚だが、明らかに要した時間も短い。

 それとも近くで待っていたのだろうか。

 

「麺を茹でるのです」

 

 ……それは言わないといけない聖句か何かなのか?

 最初から傍にいれば俺も歩いて探す手間も、光に視界を潰される苦労もなくなるのだが。

 

「足を運んでいただいて申し訳なく。ただ、私も活動できるマグネタイトが足りていないのです」

 

 守護スパゲッティが言うには、悪魔のエネルギーはマグネタイトという物質らしい。感情の変動によって生み出され、その起伏が大きい程により多く生成できるため、人間や悪魔が多く持っていることになるようだ。

 そして高位の悪魔ほど量が多く、質も良いマグネタイトが必要になるとのことだ。マグネタイトが多量にあれば自身をより強い存在へと昇華できるのだろう、単純に他の悪魔を倒す理由へと繋がるのも分かる。

 ここで疑問が湧く。俺は二週間ほどほったらかしにしていたのだが、その間はマグネタイトをどうしていたのだろうか。また、それ以前はどうしていたのか。そもそもここは夢で合っているのだろうか。

 

「その疑問についてお話を。まずここは貴方が思っている通り、夢の中です。そして貴方は現在、精神と魂のみの存在となっています」 

 

 俺の肉体はベッドで眠っていて、精神と魂のみの状態となっている。それが夢の中らしい。

 脳が無いのにこうやって思考するのは何故か、答えは単純に精神と魂が脳の代わりをマグネタイトで作り出しているらしい。ただし、必要性を認識しないとそういった”代わり”を作らないようだ。そして肉体と脳で理性を形作る。そのため、夢の中ではほとんどの人間が発露した精神の思うが儘に動くのだとか。脳が無いのに思うが儘という違和感。

 また、物質と精神では互換性を持つ物と持たない物があるため、見える物や見えない物、感じる物、出来る物事が大きく変化すると言った。

 

「夢は意識から離れた状態、つまり無意識ですね。理性を司る肉体と離れているので精神と肉体が剥き出しとなっているといってもいいでしょう。感情の発露は現実より強いです。そのため、夢にはマグネタイトが漂っています。過ごすだけなら問題ありません」

 

 夢の中は、守護スパゲッティが存在しているだけならば問題のない量が人間から生成されているという。ただし、夢は広いので薄く広がってしまっているとも。

 人間でいうところの酸素と水は十分だが、腹は膨れない状態らしい。二週間もそのような状態では耐えられないのではないかと思ったが、人間と悪魔では感覚が違うようだ。とはいえ、人間にも個性があるように、悪魔にも個性があるので一概に言いきれないようだ。

 

「あちらは物質世界である現実へと続いています。今の状態では互換性がないので詳細はわからないでしょう」

 

 俺が来た方向、つまり後方を麺で出来た触手が指し示した。振り返れば無限にも思えるその果ては、徐々に暗くなっていて、輪郭がなく不安定だった。まるで夜空のように、小さな光がところどころ瞬いていた。

 見ていると吸い込まれそうだった。きっと身を委ねれば、俺は目覚めるのだろう。

 

「こちらは無意識です。より遠くへ進むには、より強い精神性が必要になります。先へ進む理由となる強い目的意識が必要、ということです」

 

 守護スパゲッティが自身の後ろへと触手を指す。白い世界が無限に続いているように見えるが、奥へと向かうほどに眩い光に包まれているように思えた。遠くへと目を凝らすが、何も見えない。強い目的意識という物が無い俺の限界なのかもしれない。

 

「無意識ですが、無限です。実際は有限ですが、人類規模の無意識が接続されている空間のため、人間の一生分を彷徨うだけなら無限とも言えるほどに広がっています。集合的無意識と呼ばれていますね」

 

 ここは集合的無意識のようだ。無意識の領域が接続されている空間だったか。人類規模もあり得るとされていたが、実際そうだと言われてもピンと来ないものだ。

 

「現実である意識側に近づくほどに物質的な距離を必要としません。自分の肉体と精神、魂に距離を感じる人間はほとんどいませんから。無意識は逆に物質的な距離に支配されます。この空間は共有している人類によって構成されているので、根底にある事実がより強く反映されるためです。意識は個々人で管理されますが、無意識は共有している事実を元に規定しているのでしょう」

 

 意識へと向かうほど、現実に近づくほど、意識は自身の物だけになる。他人の感覚や意識などによって左右されないのだろう。

 逆に無意識は、人類が共有する場であるため、無意識の根底に持つ常識などに支配されているということだろうか。『奥』とやらに進むほどに、物理法則に強く支配されるのかもしれない。しかし、正しい物理法則を人類のすべてが認識しているのだろうか。現在では世界の法則は数値化されているが、誰もが知っているわけではない。知ろうと思わなければ知識として根を張ることは無いし、全体から見れば事細かに学習できる環境にいる人間は少ない。そうなると、ある一点を境に劇的な変化をもたらすかもしれない。例えば自身の意識から十分に離れてしまった距離だとか。そこはもしかすると、無意識に刷り込まれている感覚的な物事のみが残る、いわゆる濾過されてしまった原始的な感覚だけの空間になっている可能性も考えられる。

 

 

 

 

 

 ここで守護スパゲッティはどこから来たのだろうかという疑問が一つ。こんな存在がごろごろ居たらぶっちゃけ怖い。

 

「私はステイツ出身です。そしてこの空間をスーッと横移動して日本の意識が固まっている場所まで来たのです」

 

 触手が横を指す。横移動で国や民族単位で構成された意識クラスターへと分け入ることができ、上下の階層で細かく調整が効き、最下層で個々人へと至るようだ。

 巨大なクラスターでの移動は物理的な距離から大きく解法されるが、個々人へ近づくには物理的な距離が生じるとも。

 つまるところ……。

 

「まあ、追々話しましょう。攻略本を読んでもゲームは上手になりません。貴方が踏み込んだらもっと詳しく調べるのもいいと思います。提案なのですがそろそろ悪魔と戦ってみませんか……」

 

 「ここらへんですかね……」と呟くとともに、触手が上へと伸びていく。十メートルほど伸びただろうか、空間の揺らぎと言えばいいのか、蜃気楼のように揺らいでいる場所に触手が飲み込まれた。途切れずに先へ先へと続いているのか、守護スパゲッティは何かを探すように伸ばした触手を元からくねくねと動かしている。

 

「あ、居ました。……で、これはその前準備です」

 

 戻ってきた触手は、モザイクのような何かを絡めて戻ってきた。身をよじっているのか忙しなく動いていて、ノイズのような奇声を発している。

 話からすると、これが悪魔なのだろうか。

 もっと生物的な姿をしていると思っていたのだが。

 

「悪魔を見る機能は退化していますが、防衛本能で見ようとしている齟齬が生じているためです。『霊感』や『第三の目』と呼ばれる感覚が目覚めないと人間には悪魔の姿は見えません。しかしそれらは物質世界で生きる現代の人間には不要となった感覚器官なのです。でも、貴方の意識が届く圏内にいて、悪魔も姿を現そうとしているから、強制的に他の器官が補っています。物質世界だったら感覚を同化させなければなりませんが、ここは唯識空間。触ってみれば徐々にわかります」

 

 差し出されたモザイクに、恐る恐る触れる。緊張と恐怖で頭が真っ白になり、思考が固まっていいはずなのに、自然と受け入れられそうだ。モザイクを差し出している守護スパゲッティは「生体マグネタイトおいしーです。おかわりください」ととぼけたことを呟いている。なんで俺のマグネタイト食っとんねん。

 手がモフモフとした毛と暖かさを感じる。ゆっくりと撫でた毛並はあまりに心地良かった。つい撫でるのを繰り返してしまう。呼吸しているのか、僅かに上下していた。

 弱弱しく何かが腕に巻き付いた。指先にざりざりとした棘付いた感覚と、生暖かい粘つき。

 そしてゴロゴロと音を立てた。

 モザイクが晴れていく。ノイズが奔っていた鳴き声は嘘のように澄んでいた。

 俺はアッシュグレイの仔猫を抱いていた。

 

 猫じゃん。悪魔じゃないじゃん。

 

「ええ、猫です。同時に悪魔でもあります。夢の国に住む猫」

 

 少し調べたことがある。なんだったか。夢の国の猫は決して……。

 

「殺してはならない、ですね。しかし夢の国から連れてきたわけではありません。迷い込んでいたのです」

 

 国から抜け出したのだろうか、守護スパゲッティはそれも追々と流してしまった。スパゲッティのくせしてまるで流しそうめんのようだ(うまいこと言った)

 

「この猫のように、悪魔にだって体はあります。マグネタイトを基礎として構成しています。しかし、人間の想像とはかけ離れた姿をしています。美しい姿、醜い姿」

 

 異なる生き物なのだから、身体の構造も異なっている。目の前の守護スパゲッティが最たる例だ。奇怪で、興味深い生き物。

 姿を捉えることは可能となった。

 知識は得た。

 そうなると、怖いのは力だ。

 同時に気になるのも、その力。

 

「まだ怖いですか。でも気になりませんか。悪魔はどんな姿なのかって」

 

 未知が恐怖心を煽り、好奇心で誘い込む。

 俺の常識では存在しなかった悪魔、その形を見ることができるようになったのだ。

 知識の中にだけ存在していた怪談を紐解く権利を得たのだ。

 オカルトに傾倒しつつある俺が、この好奇心を振り払えるわけもなく。

 腕の中に居た猫がにゃあと鳴いた。

 

 

 

 




デスザウラー

ZAC2044年の中央大陸戦争時に、ゼネバス帝国が国力の全てを傾けて開発し、多くの帝国ゾイドを創り上げてきたドン・ホバート博士によって生み出された最強無敵の恐竜型超巨大ゾイド。ヘリック共和国側から「死を呼ぶ恐竜」と恐れられ、誕生時には両軍軍事バランスを、一気に帝国側優勢に傾けた程の圧倒的戦闘力を誇った。

当時のいかなるゾイドの火砲や攻撃も弾き返す超重装甲を持ち、全身に装備した重火器で粉砕する。また、巨体ながらセイバータイガーやライガーゼロシュナイダー等の高速ゾイドを捉えるほどの機敏さを併せ持つ。格闘戦では、ゴジュラス級ゾイドを一撃で倒す加重力衝撃テイルと、両腕の電磁爪ハイパーキラークローであらゆる敵ゾイドを紙切れのように引き裂く。

最大の武器は口腔内に装備された大口径荷電粒子砲で、背部オーロラインテークファン(荷電粒子強制吸入ファン)から空気中の静電気を強制的に大量に取り込み、体内でエネルギー変換し首にあるシンクロトロンジェネレーターで光速まで加速させ粒子ビーム砲として発射。他の荷電粒子砲搭載機とは桁違いのエネルギー量を誇り、対象物を原子レベルで分解する威力は直撃すれば巨大ゾイドを一撃で蒸発させ、中・小型ゾイドを部隊ごと全滅させる程。ただし、エネルギー消費量が激しく連射は不可能。

エネルギー源である背部吸入ファン部が弱点で、ここを破壊されると荷電粒子砲が使用できず、その他の性能もダウンするため、周辺部に各種ビーム砲4門と16連装ミサイルランチャーを装備して防衛。超重装甲で覆われていない口腔内と装甲間接の隙間も一応のウィークポイントになっている。

多くの超巨大ゾイドと同様に、惑星Zi大異変によって絶滅状態となってしまうが、新シリーズではガイロス帝国が古代文明の遺産オーガノイドシステム(OS)を用いての復活計画を進め、第二次大陸間戦争終盤において完全復活を果たし、特に荷電粒子砲は旧大戦より劇的なパワーアップを遂げたが、フルパワー連続照射は20秒が限界で、吸入ファンの焼き付きでオーバーヒートを起こし、以降使用不能となる両刃の剣となった。

『俺』
そこそこ名の知れたレイヴン。巷を騒がせていた『伝説』に撃墜されるも未練たらしく生き足掻く。
ゴミみたいなAMS適性に目を付けた物好きによって次世代の人型起動兵器『アーマードコア・ネクスト』に搭乗することになる。
『伝説』に挑む日はまだ遠い。

『私』
は? 煽りに負けませんけど? ま、まあ私は天才ですから目隠しで全クリだって……無理でした! あれです! ロケラン! ロケランだけで……いや、白栗だってフラジールで、あ、待ってむりむり無理です! アセン! ちょっと弄らせてください! 相手だって再起動するんだからアセンも再起動です! ブレオン! ブレオンでぶおんぶおんずばーびゅーんみいたに華麗に戦って勝つんです! それでみんなからきゃーすごーい天才ってちやほやされるんです! ね? いいでしょ?

『共有異界唯識空間』
共有している集合的無意識のこと。現実とは夢を介して繋がっている。


前書きの文字数が1千字かと思ってました。まさかの2万字対応。AC4は書き終わってないので頭の7千字だけ載せました。意味は無いです。メガテンは5千5百文字です。
ちなみにAC4とFSMは全く関係ないです。飛ばしていいです。


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空飛ぶスパゲッティ・モンスター3

 

 --8

 

 十本の麺によって構成された触手、二つのミートボール、そしてつぶらな瞳。

 そう、やつだ。

 

「麺を茹でるのです」

 

 目覚めの開幕一発目に守護スパゲッティが漂っていた。知らない天井どころか知ってるパスタ。

 まだ夢の中かと思い、確認しようとして気づく。夢と現実の違いがわからない。白だけの空間とは別に、確か自室に酷似した空間があったはずだ、そこでジュースを飲んでテレビを見たから覚えている。

 そうなると俺は今寝てるのか、起きてるのか。

 そうだ猫だ。猫が居なければ……どうなのだという話だ。あの猫は別の場所から引っ張ってきていた。守護スパゲッティの話ならば、別の単位クラスターとやらから来ているのだ。となると自力で移動できるのかもしれないし、そもそも最初はノイズのような姿だった。認識できるとも限らない。

 

「困惑していますね、悪くない感情です。ゲートパワーが貯蓄できるというものです。ただ、話にならないのは困りますので、ここは現実だと教えておきましょう」

 

 現実だと言われたら現実だと思えてきた。

 確かに夢で目覚めるとか有り得ない。

 落ち着いたー^^

 

「あ、吸いすぎました。……せっかくなのでこのマグネタイトも有難く。さて、夢と現実ですが、ぶっちゃけると違いはあまりありません」

 

 えぇ……無いのか……。

 夢と現実の違いがわからない地獄である『胡蝶の夢』状態になる可能性も出てきて、夢の中で感じなかった鼓動を強く感じた。そうだ、鼓動だ。

 俺が生きている証は心臓にあったんだ……。

 

「臓器は証左にはなりませんよ。夢でも現実でも必要とあらば補う器官や現象をマグネタイトで生成しますから」

 

 マグネタイトってなんやねん……。

 悪魔に餌付けするためのエネルギーじゃないんかおらぁん……。

 

「悪魔に身体を与えるエネルギーですからね。情報に沿って形になる性質もあります。慣れれば夢と現実の認識を切り替えられるようになりますよ」

 

 なんか君、詳しくない?

 悪魔ってそんなに自身の周りの物事を解明したりするのか?

 怪しくない???

 

「私の出身国ステイツでは研究が盛んです。論文件数はなんと世界一」

 

 そんな例文みたいなこと言って誤魔化せると思ったのだろうか。俺は見た、触手のうちの一本を後ろに隠す挙動を。

 国際社会の協調性を唱える前に米の国は単位を揃えろさっさと見せろおらぁん! 

 

「しょうがないですね、でも覚えておいてください。強引な彼ピッピは彼女ピッピに嫌われますよ。逆に普段は強引だけど二人になると優しくするDVギャップによって依存させる手段もありますが」

 

 渋々といった雰囲気で差し出された本を受け取りながら思う。彼ピッピと彼女ピッピってなんなの……。

 

 

 

 本を読もうとして首を傾げる。守護スパゲッティが持っていた本には『ゆめにっき』と題されていたのはいい。捲って中を確認するも、文字が書かれているのはわかるが読むことは出来ないのが問題だ。

 これはあれだろうか、夢の中で聞いたあれだろうか。俺の本能が読もうとしてないという、あれ。

 ページを開くたびにモザイクがかかっていたり、文字が揺らめいているように感じる。

 

「あれではありません。残念ながらレベルが足りない、というやつです。レベルが足りたら読めるようになります。なので今の貴方では読めないのです。たぶん本が読まれて噂されたら恥ずかしいって思っているのでしょう」

 

 さっきからキミなんなの……。

 レベルとは、と疑問を浮かべると守護スパゲッティは「存在の強さのトータルです」と言った。能力面をわかりやすく数値化した平均とも言えるようだ。人間のみならず悪魔にもレベルは存在していて、脅威の判定に専ら利用されているとも教えてくれた。

 

「貴方に倒してもらいたい悪魔は1より下のレベルですね。そして人間もレベルは基本的に1です。レベル1が世界に存在していると約束される基準値なので、1より下となればふわふわとしたクラムボンのような存在ですよ。ぶち殺してかぷかぷ笑ってやりましょう」

 

 生きている人間というのはそれだけで霊よりも強いのだという。笑っているのか、絡まっている麺とスパゲッティの触手が揺れていた。笑いどころはわからないが、命を賭けるほどでもないことは理解できた。

 

 

 

「そろそろ悪魔と戦ってみませんか。オカルトの勉強したのでしょう? 降霊術の一つや二つ、やってみたくありませんか?」

 

 守護スパゲッティの言葉に乗せられるわけではないが、確かに試してみたいと思っていた知識もいくつかある。一般人が検証した結果、体調を崩すか何かしらに憑りつかれる程度だ。守護スパゲッティよりも奇妙な存在が降霊できるとは思えない。

 やってみようか、と軽く決めて必要な道具を出力するためにパソコンで検索する。目当ての物を見つけたので、プリンターで印刷して準備完了。

 

「どんな降霊術を行うのですか」

 

 こっくりさんだ。文字が羅列されたプリント用紙に硬貨を置く。

 民俗学などで妖怪を研究する際の触りとしてぶち殺された悲しき降霊術であり、井上円了にネガティブに、そして柳田國男にポジティブに存在を承認されて原理を解体された。目に見えない怪奇で処理されるはずだったそれは事細かに切り刻まれることで要素を抽出された。心理状態、姿勢、不安定な道具……。最終的には科学的に証明できるとされたが、同時に降霊術としても活用できるのではないかという期待も現代まで生き残っている。

 つまり、初心者の俺には半端でちょうどいいというわけだ。

 

「なるほど、最初にはちょうどいい。……あの、ところでこれ、日本語じゃないでしょう。いいのでしょうか」

 

 印刷した紙にはアラビア語が書かれている。それを丈夫な机の上に置き、お土産で貰った使い道のない外国の硬貨を配置。こっくりさんは挨拶をして呼び出し、疑問を答えさせ、術者が認識し、帰ってもらうまでが儀式のプロセスとなる。儀式が正しければ正しいほど、思っている通りのこっくりさんとなるし、手順通りやった状態でこちらの認識以上に逸れると強くなる。逆を言えばこちらが最初から逸らすほどに、こっくりさんを呼べる正しい儀式から外れていくのだ。

 守護スパゲッティから悪魔の話を聞いた際に、認識が強く影響することが全ての基礎となっていることがわかる。悪魔の元となるマグネタイトは情報を形にするうえに、弱い悪魔は噂にすら左右される。また、観測者である人間による認識が強く左右するようだ。そうなると、弱い悪魔よりもか弱いであろう降霊する悪魔未満の存在は、弱ければ弱いほど個々人に影響されやすいことになる。

 

「逆に降霊できない可能性も出てきませんか、それ」

 

 そう、そこでパソコンを使うことにする。

 一時期ほんのりと流行ったらしい『一人鬼ごっこ』と呼ばれる降霊術があるのだが、コアなファンによって学会が形成されていた。その報告によるとパソコンを繋いだまま同時に儀式を行うと降霊できる霊が強くなるという物だ。どうやらパソコンが疑似的な霊道の役目を果たすらしい。

 今回は同時に儀式を行うのではなく、パソコンを掲示板で繋いでおくことで、霊道を繋げてそれぞれから霊現象を引き寄せることにした。掲示板の記事ごとで人気の格差も当然あり、常駐している人数で調整する。三人寄らば文殊の知恵、幾人寄らば霊現象、ということで。流石に全く霊的な存在はいないってこともないだろうし、いくらかは集まるはずだ。

 部屋の四隅に盛り塩をすることで、簡易的な結界を生み出す。崩した儀式によって悪魔もどきが留まれずに拡散しないとも限らないので、その際に外に出て行かないように閉じ込めるためだ。除霊などに盛り塩は適していないのはもちろんのこと、変質した際には交換することも考慮する。

 ということを思考したら守護スパゲッティは納得したようだった。失敗したら徐々に正規のこっくりさんへと近づければいいので問題はないはずだ。

 

「さあ、始めましょうか。真昼間に行う闇のゲームを!」

 

 謎のテンションのままドヤ顔(表情はわからないが伝わってくる)で机に座った、というか浮いた守護スパゲッティの対面に俺も座る。パソコンはほどほどに会話が流れている掲示板の話題を選ぶ。そして、互いの指(片方はスパゲッティの触手だが)を硬貨に乗せて、こっくりさんの儀式を行う。

 薄めたカルピスのような儀式ではあるが、俺という人間がこっくりさんを認識して呼ぼうとしているうえに、本物の悪魔である守護スパゲッティが補助している。最低限は集まるだろう。

 硬貨が動こうとして、途中で止まる。文字に困ったのか、それとも鳥居の絵の両側にあるYES/NO枕の写真に混乱したのか。何処か生臭い。確か見えない物を見る必要あるのだったか。夢の中で掴んだコツを通じて視界を切り替えると、靄や霞のような物がふんわりと漂っているのが見える。僅かながら何らかの存在も感じられる。どうやら失敗ではないらしい。

 

「弱いですね。パソコンを通ってるのはわかりますけど、マグネタイトも上手く連結できてないのか途中で構成が途切れてます」

 

 触手で漂っている靄をかき混ぜながら守護スパゲッティ「私は仙人ではないので霞を食べるつもりはありません」と付け加えた。パソコンの画面に目を凝らせば、ほんのりと緑色をした靄というか霞が放出されている。守護スパゲッティの言葉からすれば質は悪く、量も悪いようだ。とはいえ霊道になっているようだし、そこから小数点程度のレベルを持った悪魔もどきを降霊することには成功した。ここから徐々に本物の儀式へと近づけることで、調整を効かせつつ弱い悪魔を降霊させるようにする。

 時間帯は深夜やそれに近い光量、現実から認識が減っている環境、不安定な感情によって生成されるマグネタイト……。考えられる条件は多々あるが、紙に書かれた文字は最後に調整する部分だ。文字が理解できるほどに悪魔を認識してしまう。段階を踏んでステップアップし、任意の悪魔を降霊させるまでを目標としよう。

 

「デビルスタリオン? デビルメーカー? デビルファーム? まあなんでもいいので環境を変えて理想の悪魔にしましょう!」

 

 

 

 守護スパゲッティのよくわからない言葉は無視し、儀式を繰り返す。徐々にこっくりさんらしさを取り戻しつつある謎儀式。靄だった物も集まってくれば緑の粘つく何かが机にへばりついていた。異臭がひどい。

 

「スライムですね。これはマグネタイトが足りない悪魔の姿なのですよ。見た目が悪いのは情報が揃っていないから。異臭がするのは正しい情報が欠落しているから。知能が低いのは情報が壊れているからです」

 

 器も正しく構成されていないので、全身弱点という脆い状態のようだ。逆にマグネタイトを与えて姿を見てみたいという好奇心に駆られるのは俺だけだろうか。

 

「また拾ってきたのですか。ペットを飼うのは大変なんですよ。生き物だから感情だってあるし。元居た場所に捨ててきなさい」

 

 大事に育てるから、と言えばいいのだろうか。最初のペット枠は守護スパゲッティなんだが。そもそも最初に居た場所はここだ。確かにパソコンを霊道にして色々な場所から掻き集めたが、さすがに送り返したら問題になりそうだ。

 スライムに冷蔵庫から期限が近い卵を与えてみる。中身のみならず殻まで食べるとは中々の逸材だ。肉や魚、野菜をバランスよく食べさせると全てを一口で飲み込んだ。凄い食欲だ。納豆にチーズもいけるのか。生米まで……。

 

「楽しんでいるようですが、おそらく際限は無いと思いますよ? 足りないマグネタイトを補おうとしていますが、この部屋にある食材では心もとないのです」

 

 スライムに見れば、奇声を上げながらパソコンを通じて集まっている緑の霧を一生懸命集めているようだった。やはり現状ではマグネタイトが足りていないようだ。

 そうなると守護スパゲッティもマグネタイトが足りていない気がするのだが。

 

「確かに足りていません。夢から持ってきているのを使っているので赤字ですね。とはいえ死なれても困るので初回は顕現していないと不安なのです。ゲートパワーも使い切ってしまっているし、手際は良いので次回から居なくてもいいでしょうけど。うごご……」

 

 触手で頭を抱える守護スパゲッティ。やはりマグネタイトが足りていない様子だった。悪魔は存在しているだけでマグネタイトが必要だというし。さらにゲートパワーにも使っているという話だ。現世と異界を繋ぐ力をゲートパワーと呼び、マグネタイトを使ったり、悪魔が現実を捻じ曲げることで高まるらしい。守護スパゲッティは夢と現実を繋ぐことでこちらに顔を出している状態だという。以前ジュースを飲んで、テレビを見た空間は俺の意識を介していたらしく、現実と異界の中間のようで、現実への干渉が弱い代わりに低燃費だったとか。

 なるほど、そうなるとマグネタイトを集めるのが大事だな。フォアグラ式マグネタイト牧場とかどうだろうか。

 

「……なんです、語感からでもわかるその邪悪なマグネタイト収集方式は」

 

 スライムを配置してマグネタイトを集めさせる。存在が不安定なので限界まで取り零すことなく集めてくれるだろう。そして頃合いを見計らって捌いて、マグネタイトを取り出すのだ。徐々に数を増やすことで収穫量も増えていくマグネタイトをベースにした第一次産業だ。

 どうだ?

 自信有り気にチラッと視線を送りながら提案する。

 

「見よ、悪魔よ。これが人間の悪意です」

 

 守護スパゲッティからそんな言葉とともに、とんでもねぇ邪悪が居たものだ、という雰囲気が漂ってきた。言葉をかけられたスライムも、マグネタイトバキュームを中断してマジかよ、という意味合いを含んだ奇声を発していた。

 冗談でも酔狂でもない、軽く思いついた大真面目な案だ。パソコンの画面とスライムを増やすことで収穫量をアップさせ、なおかつ外出や就寝中も収集できる。考えるだけで利点だらけだ。なんと家で出たゴミとかも食べさせて処分できる。

 

「いや、全然良くないのですよ。悪魔は強さに拘りますから、マグネタイトを奪われて弱くされた恨みとか想像したくありません。スライムたちの憎悪によって磨かれた異界とかできそうです。負のスパイラルから生まれる悪魔とかどれほど性格の悪い悪魔が来るかもわかりませんし。しかもこのスライムたちはパソコンを通して色々な場所から送られた思念の集合体ですので、容易く混ざり合えるので何が起きるかわかりませんよ。ということで却下です」

 

 良い案だと思ったのだが、かなり不評だった。しょうがないな、と諦めるとスライムも安心したのかパソコン前に戻っていった。

 他にも思いつくが、スライム側の感情を考慮すると没にせざるを得ない物ばかりなので諦めた。我がままは良くないと思う。

 仕方なく地道な方法を選ぶ。こっくりさんの儀式を正しく行うことにする。

 

「だがアラビア語にYES/NO枕です」

 

 それな。

 降霊するとスライムに吸い込まれ、それに耐えてこっくりさんとして俺たちの傍までたどり着いた悪魔もどきを待っているのがアラビア語が書かれた紙とYES/NO枕である。そして待ち受ける質問が「宇宙には地球上の存在以外に知的生命体はいるのか」「四文字はどこにいるのか」「人類は悪魔を殺して平気なのか」「なぜ戦うのか」「五万で水着BBちゃんは出るのか」など邪悪なる守護スパゲッティ問題が待ち受けているのだ。そして詰まっている間にラーメンを食べるかの如くスライムに啜られて吸収される。どんな気分か三十文字程度で教えてもらいたい物だ。

 

 

 

「とうとう普通のこっくりさんになりましたね」

 

 目の前には正式なこっくりさん用の道具、日が暮れて夕焼けが差し込む逢魔が時の薄暗い部屋、不安定な机、そして守護スパゲッティとスライム、俺という術者。本格的なこっくりさんができるようになるとは感無量だ。アラビア文字やヘブライ、象形文字、楔文字、漢字、アルファベットなどが書かれた紙束は見なかったことにした。

 段階を踏んだことで降霊のさじ加減もわかってきた。その副産物として現れた悪魔もどきも、スライムが美味しく食べたことで異臭が無くなり、体も緑から透明になりつつあった。確かパソコンを通じて集まった思念の集合体という話だったので、決まった形は無いのかもしれない。

 正しい手順で儀式を行うと、スパゲッティの触手とスライムの触手、そして俺の指によって支えられた硬貨が動き始めた。正式なこっくりさんによって浮遊霊のような下級霊がパソコン画面から飛び込んできた。そして玄関や窓からも弱い霊が集まり、複合体となった。動きが速く、空中を飛び回っている。見た感じでは動物霊のようだが、耳と尾があるくらいしか特徴が無い。

 守護スパゲッティの触手が伸びると、宙を飛び回っていた動物霊は引裂かれた。半分はスパゲッティで出来た胴体へと取り込まれ、半分はスライムがむしゃぶりついていた。

 

「レベル1ですね。繰り返せば悪くないマグネタイトになりそうですが」

 

 それでもいいが、予想以上に守護スパゲッティが強かった。もっと格闘ゲーム的な苦戦を強いられるのか思ったが、レベル1でも触手で一撃とは。小数点のレベルでもスライムに吸い込まれる程度だったので問題はないと理解していたが、これほどまで差があるならもっとステップアップしてもいいのかもしれない。

 

「いいですね、その調子です。私も下級の降霊術で召喚された悪魔には負けるつもりはないのです」

 

 よし、それならルール違反だ。シンプルな話だが、降霊中にルール違反を犯しまくる。それだけでこっくりさんの儀式によって呼び出した悪魔は強くなる。儀式中に硬貨から手を放すだとか、立ち上がるだとか、大声を出すだとか、そういう下地が全国的に出来ている。

 

「うおおおおお、私たちの戦いはこれからだ」

 

 若干強くなった動物霊を空中で引裂きながら、守護スパゲッティが棒読みで言った。いや、おまえホントつえーわ。

 これならあれをやるしかない。

 スーパー悪魔対戦を。

 

 

 

 「見ィツケタ」と衣装箪笥を開いてきた調子に乗ったぬいぐるみの頭を掴み、床に叩きつける。俺が隠れていたのは単に儀式のためだ、途中で塩水は飲んだりうがいしたりした。ぬいぐるみが動こうともがくので、何度も繰り返す。

 漸く止まったので少し上がった息を整えながら連れて行く。

 手間をかけさせやがって雑魚が。

 

「えぇ……」

 

 困惑した様子の守護スパゲッティを引き連れて居間へと向かう。守護スパゲッティの触手にも、当然ぬいぐるみの姿。今行っていたのは一人鬼ごっこ、または一人かくれんぼという儀式だ。ぬいぐるみを鬼に見立て、手順を踏むことで降霊させる。実はこれ、かなり簡略化された呪術だ。ぬいぐるみを人間に見立て、呪いをかけるのだが、その際に呪わせる悪魔を降霊しているようだ。使う道具を生物の生に近づけることで、より強い呪いが発現する。さらに人間の髪や爪、血を使うことでさらに強くなる。段階を踏んで強化した呪いのぬいぐるみは、今まさに俺の手によって捕獲されていた。

 居間は盛り塩結界によって有象無象の悪魔が閉じ込められている。その部屋に通ずる廊下では、スライムから透明の思念体へとランクアップしたペットがこっくりさんを行い、現れた動物霊を結界内へと放り込んでいた。ちなみにペットの名前は守護スパゲッティがユニコーンと名付けた。名前とは一体……。

 さて、何をやっているのかと言うと、悪魔同士を一か所に閉じ込め、戦わせたり混ぜたりしている。マグネタイト量や感情の高まりによって悪魔はより強くなる。蠱毒とでも表現すればいいのか、盛り塩結界に閉じ込められた悪魔は互いを食らい合い、混ざり合っている。互いをよきライバルとして高め合うって素敵だな。

 俺が掴んで離さないぬいぐるみと、守護スパゲッティに捕まっているぬいぐるみから恐怖の感情を薄らと感じた。悪魔も感情があるのだな、と思った。守護スパゲッティは感情豊かだから今更そんなことを考えるのもおかしいが。

「素晴らしいッ!!」やら「ハッピバァァァァァァスデイ!!」と叫びながら、守護スパゲッティがぬいぐるみや浮遊霊を放り込む。結界内では食らい合い、混ざり合った悪魔が生まれようとしていた。盛り塩の色が凄まじい早さで黒くなっていく。

 盛り塩が変質し、結界が溶けたことで顔や体が複数ある悪魔が飛び出してきた。醜悪な見た目だ。これではペットには向かないだろう。

 

「新しい悪魔の誕生ですよぉ!!」

 

 そう守護スパゲッティは叫びながら、いや口は無いのだが、新しい悪魔を同じように引き千切った。悲鳴とともにばら撒かれる悪魔の肉片。踊り食いとばかりに貪る姿なきユニコーン(思念体)。

 この悪魔たちには情緒というものが無いのだろうか……。

 

「え? ペットにしたかったんですか? 強さがまちまちのレギオンですけど、その中でも下級ですから意識も混ざってて統合されていません。飼うには向いてませんよ?」

 

 そうじゃなくて、手間暇かけたのだから戦闘の果てに倒したいというか。強敵を倒して覚醒とか夢がある。

 

「大した相手ではないですから、そんな期待しても意味ありませんでしたよ」

 

 守護スパゲッティは俺ががっかりするようなことを呟いた。触手で引き千切ってばかりなので、基本的に俺は悪魔との対戦経験が不足している。精々が飛び回る動物霊を叩き落とし、憑依したぬいぐるみをアイアンクローで戦意喪失させた程度だ。

 警戒していた自分が馬鹿みたいに思えるというか、次から緊張感がなくなる可能性が出てくる。僅かな恐怖も知っておきたい。

 

「一応強い悪魔も用意できます。やりますか?」

 

 僅かな恐怖なので、ほんのり強い程度が望ましい。

 

「いいでしょう。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのを忘れないでください」

 

 いや、そういう危険な香りがするときは深淵から離れていきたいというのが本音だ。まだ悪魔と戦闘して一日目だ、優しく経験値を積ませてくれ。

 守護スパゲッティは俺の考えを聞いているのかいないのか、反応はない。そのまま触手が本を取り出した。あれは朝見た『ゆめにっき』だ。

 

「夢の最奥から撒かれた種は根を張って意識を支配しています。この『ゆめにっき』は現実への小窓、夢との扉。夢から現実へと支配の根を引き剥がすことのできるフォルマです」

 

 強い威圧感を本から感じる。ユニコーンも何かを感じたのか、俺にすり寄ってきていた。背を撫でて落ち着変えるのと同時に、自身も落ち着かせる。

 これはあれだろう、ちょっと強い悪魔ではない。絶対に違う。

 辞めたいが、守護スパゲッティには思いも言葉も届かない。もういい、盾になりそうな机を構え、他にも机や大き目の鍋を転がしておく。

 

「ちなみに、私はあまり手伝えません」

 

 本が黒い影を吐きだしたのと同時に、守護スパゲッティが言った。本当にあまり手伝えないのか、触手だけが俺の背後から姿を見せている。

 好き勝手しやがって、おまえぶち殺すぞ。

 

 

 

『我が汝だったはじまりの心。汝が我だったゆめのシヘン。我々の可能性の始まり。しかし今は我の物だ。取り返せば良い……できるものなら』

 

 守護スパゲッティの触手に似た黒い触手が絡み合った何かがそう言った。『ゆめにっき』が浮いていて、そこから黒い触手が伸びていた。見たことのある懐かしい姿だ。おぼろげで、不明瞭。記憶の底に沈む、今は忘れた夢の形のようだった。

 ゆっくりと本が閉じる。奥には真っ白な空間が見える。

 それが開始の合図だった。黒い触手が千切れ、何かが動き出した。

 

 

 

 

 

 

 



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