ZOIDS ~Inside Story~外章 『Ruined Country Princess』 (砂鴉)
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本作を読むに当たっての諸注意

 読者の皆様こんにちは、作者の砂鴉です。

 

 さっそくですが、本作を読むに当たって諸注意がございます。

 

 本作はアニメゾイドの二次創作であり拙作『ZOIDS ~Inside Story~』の外伝な位置づけとなっております。

 世界観や設定などは上記二作を基にしておりますので、その辺りを御理解の上、本編に入っていただけると幸いです。

 

 ですが、『ZOIDS ~Inside Story~』はすでに100話を越える超大作となってしまいました。その全てに目を通していただくのは非常に大変と思われますので、原作『ゾイド――ZOIDS――』との違いについてのみ、ここで箇条列記させていただきます。

 ゾイド原作に関しては、本作を読みに来られる方はあらかた熟知しているものとし、省かせていただきますが、ご了承ください。

 また、違いと申しましても原作『ゾイド――ZOIDS――』にゾイドバトルストーリー(以下バトスト)の要素を追加したものが主となっております。

 また、本作の時点でアニメの方はGF編終了後となります

 

 『ZOIDS ~Inside Story~』本編を読了済みと言うありがたい読者の皆様は、以下の文章は既知の事と思いますのでこのまま本編へお進みください。

 

 では、以下に記します。

 

・ヘリック共和国、ガイロス帝国は南エウロペに存在する国家であり、中央大陸、暗黒大陸は両国の領土ではない。

 

・ゼネバス帝国はヘリック共和国からバトストと同じように独立した国であり、西エウロペを領土としていた。アニメ時期においてはすでに滅亡している。

 

・ギュンター・プロイツェンはバトストでの彼がデスザウラーの意志によって歪められ、アニメの彼に変質している。

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は歪み始めたプロイツェンから離反した。その後はヴォルフの元、ゼネバス帝国の再建を目指している。

 

・アニメの無印編とGF編の間にプロイツェンナイツ師団による暗黒大陸での動乱が起きており、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が参戦している。(本編第三章を参照)

 

・皇帝ガイロス(アニメにおけるルドルフの祖父)は暗黒大陸からエウロペに渡り、帝国を築き上げた。

 

 

 

 この辺りの設定が組み込まれています。ご容赦ください。

 また本作ではアニメ『ゾイド――ZOIDS――』とバトスト以外にも、ゾイド関連作品から機体、キャラクターを多数流用しております。そして、本作では私自身も初めて書くのですが、私オリジナルの機体を登場させます。文章のみでの表現となりますのでイメージしづらいかと思いますが、どうかご容赦ください。

 

 それでは、どうぞお楽しみください!

 



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第一章 脱出
脱出 語り部 前


 大扉を前に、ヴォルフ・プロイツェン・ムーロアは大きく深呼吸した。

 

「……気が重いな」

 

 見上げる大扉はガイロス帝国皇帝の居城、ミレトス城の応接間への入り口だ。

 現ガイロス帝国皇帝ルドルフは、若干十三歳の若君だ。ヴォルフの生涯の親友と言っても過言ではない青年の義妹がちょうど同い年であり、またルドルフ自身も似た立場であり年も然程――それでも十近く離れているが――差が無いヴォルフの事を友のように思っている。

 別段気に病むほどの事ではないのだが、今日のヴォルフは件の彼との対面がすこぶる気を重くしていた。正確には、彼と共に対面することになるもう一人が原因なのだが。

 

 そもそも、二年近く前に起こったニクスでの動乱から今日まで、ヴォルフはガイロス帝国に際して複雑な想いを抱いていた。

 ガイロスを欺き、彼の乱を引き起こした真の黒幕としての背徳感。それを強いてなお変わらぬ、むしろ悪化してしまったガイロス帝国上層部への憤り。そして、そんな彼らに向けてしまう言いようのない懐疑と怒り、そのような感情を表出させた自身への呆れ。

 この二年近くで積もり積もった様々な想いが、ヴォルフをルドルフから遠ざけていた。

 そしてそれは、今日同じ場に居るだろうもう一人に対しても同様だった。尤も、()()に対しては元からあった苦手意識も加算しているのだが。

 

「考えても仕方がないな」

 

 今回の会合は、避けられぬものだ。ヴォルフ達の大望の実現まであと一歩。それを実現する前に、彼らとはきっちり話しておかねばならない。祖父の代のような過ちは、二度と侵してはならないのだ。

 覚悟を決めてヴォルフは扉を叩く。中から現れた男に軽く会釈する。

 

「エリュシオン領主ヴォルフ・プロイツェン、参りました」

 

 顔を上げ、応対に現れた壮年の男を見る。ルドルフの側近であり、最も信頼されている重鎮、ホマレフ宰相だ。

 

「よくお越し下さった。陛下もお待ちです」

 

 部屋の中に入ると、すでに両者は部屋に居た。そのうちの片方、ガイロス皇帝ルドルフがヴォルフに気づいて席を立ち、少し駆け足気味に向かってきた。

 

「ヴォルフさん!」

「陛下、私は一自治都市の領主に過ぎません。敬称は止めてください」

「いいじゃないですか。こんな時くらい。ヴォルフさんも、僕のことは気軽に呼び捨てで構いません」

「それは……」

「バンは僕のことを友として扱ってくれます。あなたにも、そう見て欲しいのです」

「分かりました。ルドルフ…………陛下」

 

 もはや、これは性格の問題だろう。ガイロス皇帝たる少年を呼び捨てにできる彼の事を思い起こし、ヴォルフは苦笑を混じらせる。ルドルフは、やはりというか不機嫌そうだった。

 聞いた話だが、似た立場であることを知ってからか、ルドルフはヴォルフを兄のように見ているらしい。今の立場では気が重くなるだけだから勘弁してほしい。

 

「仲がよろしいのね」

 

 その言葉は、ルドルフと共に席に着き茶をたしなんでいた女性のものだ。

 ヴォルフは彼女の方に視線を向け、反射的に姿勢を正す。

 社交辞令として情けない姿を見せないのは当然だが、目の前の女性に対するそれは少し違う。言うなれば、躾の厳しい母に対する子のような緊張であった。

 優雅に茶をたしなむ女性は、静かにカップを皿に乗せる。肩上で切りそろえたほんのり紫色をした髪は優美なものであり、年を召してなお漂う気品の表れだ。クリーム色を基調としたドレスも、身に着けたアクセサリーもまた、女性の地良と意志の強さを表している。

 

「ご機嫌麗しゅう、ルイーズ大統領」

 

 ヴォルフは挨拶として頭を下げる。女性――ヘリック共和国大統領であるルイーズ・エレナ・キャムフォードに。

 

「あら。わたくしにもルドルフ陛下と同じように接してほしいものだわ」

「御冗談を。畏れ多い事です」

「それは、わたくし一人があなたたちよりもおばあちゃんだからかしら」

「め、めっそうもない!」

 

 慌ててそう言い留めるが、実際にはそうだ。ルドルフとヴォルフの年齢を足し、さらに倍にしてもルイーズの年には及ばないだろう。彼女には悪いが、年齢的にはヴォルフにとって祖母と呼べる年なのだろうから。

 

「ほらほらヴォルフさんもこっちに、とにかく飲み物を。何にします?」

「すみません。では、コーヒーを」

 

 給仕の者にそう頼み、ヴォルフは改めて席に着く。空いていた席は何のいじめかルイーズ大統領と対面する位置だ。三人なんだから丸テーブルに三角の位置で用意すればいいのに。と配置に心中で愚痴りつつヴォルフは気を引き締め直す。

 

 ヘリック共和国大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォード。

 ガイロス皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリン。

 そして、旧ゼネバス領領主ヴォルフ・プロイツェン・ムーロア。

 

 これが、三人の同時の初対面であった。

 

 

 

***

 

 

 

 茶会の主催は、意外にもルイーズ大統領であった。

 近日にヴォルフから両国の首脳に向けてある報告が行われ、それを正式に発表したのが今日の事。それが終わった後、プライベートに三人で対面したいという提案だった。

 ヒルツの起こした一件が集束して早一年近くが経過している。その間ヴォルフ率いる鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は多大な支援を両国に送っていた。それと同時に、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は、自身の大望に向けての準備も着々と進めてきた。

 これは、デススティンガーやデスザウラーによる被害がヘリック共和国とガイロス帝国の領土に集中しており、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の本拠地である西エウロペは極めて軽微だったことが大きい。

 その発表とは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が結成された真の目的。そして、亡きギュンター・プロイツェンの悲願でもあった、

 

 

 

 ゼネバス帝国の、再建である。

 

 

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が結成されて十数年。ヴォルフが司令官の地位に任命されてから約十年。長い日々であった。しかし、その苦労がようやく報われる。そして、これからが新たな始まりなのだ。

 ゼネバス帝国として、エウロペに存在する新たな国となる。それは、一つの国として、これからのエウロペの復興に力を尽くしていくというヴォルフの意思表示でもあった。ガイロス帝国とヘリック共和国の二大強国と肩を並べ、共にエウロペの明日を作っていく。これからが正念場なのだ。

 

「ヴォルフさん。ついに、やりましたね」

 

 ルドルフの言葉には、そんなヴォルフの悲願成就を労う彼の想いが籠められていた。そしてヴォルフもまた、あふれ出るそれを堪えることなく、表情に表す。

 

「ええ、やっとです。しかし、父上を打倒して三年。陛下やルイーズ大統領のご協力もあり、これほど早くここまでこぎつけることが出来ました」

「いいえ、みなあなたの、あなたたちの努力の意志の賜物ですよ」

 

 ヴォルフの感謝にルイーズがやんわりと付け加えた。ヴォルフの元で共に戦い、力を尽くしてくれた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のメンバー、そしてそんなヴォルフ達に共感しともに歩むことを決めた、北エウロペに散っていた旧ゼネバス帝国の民衆、。全ての力が合わさってこそ、この瞬間を迎える日が訪れたのだ。

 

「――ルイーズ大統領?」

「ごめんなさいね。本当に、こんな日が来るとは夢にも思わなかったわ」

 

 ルイーズは、涙を見せていた。共和国の民のために苦心し続けた、後の世に長く語られるだろう共和国の大統領である彼女が、嘗ての敵国の復権にここまで感極まるとは、ヴォルフには信じられないことだった。

 プロイツェンを打倒した帝都動乱の一件の後、ヴォルフは一度ルイーズと対面した。そして、その場で自身とギュンター・プロイツェンの素性――ムーロアの姓を明かし、ルイーズとルドルフにゼネバス帝国復興の協力を願い出た。その時のルイーズの態度は良く覚えている。ルイーズは共和国に残っている旧ゼネバス帝国民の心情を想い、協力を申し出てくれた。

 敗戦により今もなお人々の中に残る優劣感情。そんな卑劣な感情に踊らされる民のために、ルイーズはヴォルフの理想に手を貸した。あくまで、共和国民の一部である旧ゼネバス民を想ってのことだ。自国の民のために尽くすルイーズ大統領の行いとして、少しばかり異質には思ったものの、大きな疑惑ではなかった。

 

 だが、その待望の成就を目前に控え、ルイーズは涙を流した。態とではない。本気で、本当の意味で、感動の涙を見せたのだ。

 

「まさか本当に、ここまで成し遂げるなんて……」

 

 静かにそう零すルイーズ。ヴォルフも、そしてルドルフもまた、そんな彼女にどう声をかけるべきか迷った。三人の会談の場に、沈黙が降りた。

 

 

 

「ルイーズ大統領……?」

「ええ、大丈夫よルドルフ」

 

 いつものように毅然とした態度で接する余裕もないのか、ルドルフにそう答え、ルイーズは涙を拭った。

 

「ヴォルフ、ルドルフ。少し、いいかしら」

 

 前置きをし、ルイーズは彼女らしからぬ霞むような笑顔で、続けた。

 

「聞いて欲しい話があるの。ヴォルフ。その……エレナ、という名を、知っているかしら」

「え、ええ。もちろんです」

 

 唐突に出された名前を、ヴォルフは記憶の奥底から引っ張り出す。

 エレナ、エレナ・ムーロア。ヴォルフが再建しようとしているゼネバス帝国皇帝、ゼネバス・ムーロアの一人娘だ。

 実際にはヴォルフの父ギュンター・プロイツェンや、そしてもう一人隠し子がいたのだが、公言されていたゼネバス・ムーロアの血族はエレナ・ムーロアただ一人であった。

 だが、その存在は歴史の闇の中へと消え去っている。ギュンター・プロイツェンが調べたところ、彼女は父の葬儀で喪主を務めたのを最後に、歴史書の中から姿を消していた。父を亡くしたショックで病に倒れたとも、どこへともなく行方を眩ましたとも伝わる。

 ヴォルフも自身の伯母に当たる彼女のことをどうにか知っておきたいと独自に調査していた。その結果行き着いた結論は、彼女は父ゼネバス・ムーロアの亡くなる遠因となった惑星Zi大異変の後、ガイロス帝国からヘリック共和国への亡命を図り、その最中に命を落としただろう、ということだった。

 だろう、というのは、結局のところ彼女の最期がどういったものだったか分からなかったからだ。亡命を成功させたのか、それとも皇帝ガイロスの追手に阻まれて連れ戻されたのか、はたまた亡命の最中に命を落としたのか。それとも、本当に行方を眩まし、今もなおこの惑星Ziのどこかで生きているのか……。

 

「僕も、その名前は聞いたことがあります」

 

 エレナ・ムーロアはヘリック、ガイロス、ゼネバスの三国にとって歴史の重要な人物である。現ガイロス皇帝であるルドルフが知っていても、なんらおかしくはない。

 ヴォルフが、そしてルドルフもある程度彼女のことを知っているのを確認すると、ルイーズは自嘲気味に笑い「そう……」と溢した。

 

「ヴォルフ、ルドルフ。私たち三人は、長く戦乱の時代が続いたエウロペを平和な世へと導き、守っていかなければなりません。だからこそ、知っていてほしいのです。戦乱の歴史の中で翻弄された彼女のことを……」

 

 歴史の闇の中へと消えたエレナ姫の謎。それは、ヴォルフも大いに興味があった。同時に、ルイーズがここまで含みを持たせながら話そうとしているのだ。きっと、三国のこれからの関係にあって、重要になることは間違いない。

 ルドルフも同じように考えているのだろう。食い入るようにルイーズの言葉を待つ。

 この場には、ルドルフの計らいでヴォルフたち三人しかいない。だからこそだろう、ルイーズがこの話を持ち出したのは。

 もう一度、若き二人の君主をいつくしむように見、ルイーズは語りだした。

 

「これから話すのは誰にも話すつもりはなかったこと。彼女の――いえ、」

 

 

 

 

 

 

「……私の、物語」

 



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脱出 1

 それは、唐突の出来事だった。

 一瞬の軌跡を描いて飛来した炎塊は、一息に大地を砕き、地の底から灼熱の濁流を呼び覚ました。ほんの一瞬にして、大陸中が絶望に包まれた。

 地割れが人々を飲み込み、押し寄せる灼熱の海が全てを灰燼の向こうへと消し去って行く。

 空の彼方、大気圏外より落ちてきたそれは、惑星Ziに三つある衛星、月の一つが砕けたことによる破片だった。偶然か、それともいつまでも争いを続けることを憂いた天からの裁きか。

 惑星Ziに接近した彗星は月の一つに直撃、砕けた月の破片は、余さず惑星中に降り注いだ。

 ある大陸は分断され、ある島は直撃を受けて砕け、海の藻屑と散った。そして、惑星Ziに生きる数多の命を奪い去った。

 

 

 後に言う、惑星Zi大異変である。

 

 

 

 異変はこれだけに留まらない。

 月の破片が降り注いだことにより惑星の磁力が大きく乱れたのか、惑星Ziは過去類を見ないほど不安定な磁場に支配された。

 その磁場は、惑星Ziの戦争における最強兵器として君臨していた存在――金属生命体(ZOIDS)を翻弄する。制御系を狂わせる磁気嵐、そして太古よりとある地帯に発生していた謎の異常電波の範囲が莫大に広がった。ゾイドの手綱を断裂するそれらは、事実上の戦争終結をもたらした。

 ヘリック共和国とガイロス帝国、数年にわたって争い続けた両国は、この未曾有の事態に自国の復旧に全力を傾けるほかなくなったのである。

 

 両国にしこりを残しながらも、戦争は終わった。

 そして、それから数年の時が経ったある日。惑星大異変による傷跡も色濃い、ZAC2058年のことだった。

 

 

 

 

 

 

 惑星大異変による大災害が少し落ち着きを見せ始めたある日、彼女は墓の前に居た。

 きれいに磨き上げられた墓石は、一般的なそれよりも大きい。大異変の後という誰もが余裕の欠片もない状況で、しかし供えられた献花は尋常ではない。

 墓石から覗える要素の一つ一つが、そこで眠ることになった男の生前の価値を悠然と物語っている。

 多くの人々に慕われ、敬れ、想われた男。そんな男の事を、彼女は誇らしく思う。

 

 だが、と彼女は新たに献花を添えつつ、墓石の下に眠る男を想った。

 

 こうしてここで眠ることになった彼は、幸せだったのだろうか。

 愛した故郷と肉親に、自ら剣を向けた彼は、

 自らを慕ってついて来た民を家族と称し、そのために戦い続けた彼は、

 最期にはただ一人の肉親となってしまった自身を想い続けて死んでいった彼は、

 

 頼った国に裏切られた。自らを信じ戦い続けた民や兵を、裏切った国(ガイロス)のための死兵とするための人質となって最期を迎えた父。

 彼は、故郷とはかけ離れた大地に眠り、今何を想っているのだろう……。

 

 

 

【誇り高き戦人、ゼネバス・ムーロア。ここに眠る。ZAC2058年】

 

 

 

 今日は晴天だった。

 磁気嵐の影響か、あの大異変の日以来、曇天か風雨の日々が続いた帝都ガイガロスには、久方ぶりの晴天だ。

 父が没してもう五十日になる。死後五十日はこの世からの柵から離れ、天へ、神の元へ昇り、そして新たな神の一柱へと存在を昇華させる。どこかで細々と語り継がれる宗教には、そんな言い伝えがあるらしい。

 この星も父の死を悼み、その旅立ちを祝福してくれているのだろうか。そう思うと、少しは気持ちが楽になる。だが、それで最愛の父を、唯一の肉親を亡くした悲しみが癒えるわけではなかった。

 

 携えた献花を供え、黙し、俯きつつ、彼女は墓石に背を向けた。ここにいると、負の感情ばかりが湧いて来てしまう。それは、あまり浸っていたいものではない。

 今日は、もう帰ろう。死後五十日で天へと旅立つと言うのなら、お父様はもうこの世の(しがらみ)の全てから解き放たれたはずだ。もう、この世のどこにも、いるはずがないのだ。

 

「やっぱりここか」

 

 踏み出した足に合わせるように声が飛んでくる。思考の外側からやってきたそれに、彼女ははっと顔を上げる。

 視界の奥から、一人の男が歩み寄ってきていた。

 見た所、年はおそらく二十代半ばか三十に片足を突っ込んだくらいだろう。流れるような銀髪を風にたなびかせ、それが整った顔立ちを余計に際立たせる。長身、長髪の美系、そんな言葉がぴったり似合いそうな男だ。ただ、そんな男の顔には濃い隈が浮かんでいる。

 

「アル……」

「屋敷を勝手に抜け出して、探される身にもなってほしいな」

 

 男――彼女の幼なじみにして兄代わりのアルファスは「まったく」と愚痴りながら小さく息を吐いた。

 

「どーせ、私の行く先なんてあなたは御見通しでしょう?」

「そりゃまぁ、かれこれ二十年近くの付き合いだ。君のお父様、ゼネバス・ムーロア陛下に気に入られてしまったのが運のツキだよ。じゃじゃ馬姫の御守りなんてさせられるんだ」

 

 小さく鼻で笑い毒づいたアルファスの言葉も、しかし彼女の冷えた心を溶かすことは出来なかった。彼女は乾いた笑みを顔に張り付け「じゃじゃ馬でごめんなさい」と、冷たく返した。

 やがて彼女の傍まで歩み寄ってきたアルファスは、来がけに手折って来たのだろう野花を彼女が備えた献花の横にそっと添える。

 

「早いもんだな。あの見栄っ張りな国葬からもう五十日だ」

 

 アルファスの言葉に、彼女は二月近く前のことを思いだす。

 ゼネバス・ムーロアの訃報は、大異変の対応に追われるガイガロスの町中へ、瞬く間に広まった。ゼネバス帝国から移住してきた人々の多くが泣き崩れ、あの覇王と呼ばれたガイロス帝国皇帝も莫大な予算を投じて盛大な国葬を執り行った。

 だが、それはアルファスの言う通り見せかけだけのものだ。

 その実態は、兵力として吸収した元ゼネバス兵の勢力の士気を保つためのもの。惑星大異変という未曽有の大災害に見舞われてなお、覇王ガイロスはヘリック共和国との戦争を取りやめるつもりはなかったのだ。

 つい先日結ばれた休戦協定も、国力と軍備の回復次第に破られるだろう。エウロペ統一という野望を胸に、皇帝ガイロスの勢いはまったく衰えない。

 

「戦争は、またすぐに始まるんだろうな。僕たちはそれに振り回されるだけだ」

「まだ研究を強要されているの?」

「ああ。あいつはノリノリだけど、僕はもうこりごりだよ。というか、進めちゃいけない研究だと思うんだ」

 

 アルファスは彼女にとって幼なじみのような間柄だ。ゼネバスに気に入られたのか、物心ついた頃にはもうそばにいた。五つ年上の彼だが、妙齢になっても特に何か意識することなく自然体で接することが出来るのは長い付き合いの賜物だろう。

 そんなアルファスは、若いながらも研究者として一目置かれる存在であった。同期でありライバルであるもう一人と共に、突拍子もない思考からいくつもの兵器の原案を叩き出している。また、本人の趣味ではあるが、古代文明にも精通している。

 

「だが、もうそれも終わりだ。僕は、もうこの国に用はない」

 

 そう言い、アルファスは指を握りしめる。その言葉に、彼女も悟る。あの話だ。アルファスだけではない、自分自身の今後をも左右する、下手をすれば命を落としかねない計画。それが、いよいよ実現段階に入っているのだ。

 私は、すこぶる乗り気ではないのだが。

 

「エレナ」

「ええ…………分かってるわ。もう、来てるのね?」

「ああ、さっき屋敷に来たよ。共和国からの使いだ」

 

 ヘリック共和国の人間が、惑星大異変の混乱がやっと収まり始めた今、ガイロス帝国の首都に居る。しかも、態々囚われの身であるゼネバス帝国の元姫である自身の屋敷に。

 それらを統合すると、目的は限られる。

 

「ヘリック共和国への亡命、準備はほぼ整ったよ。後は、君の返事を待つだけだそうだ」

 

 彼女――エレナ・ムーロアは、仕方なく頷いた。

 



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脱出 2

 ゼネバス・ムーロアの墓がある小高い丘を降りて行く途中、二人は陸に上がってくる人影を見かけた。逆立った金髪はロクに手入れもされておらず、真っ赤なサングラスがその人物の覇気をはっきりとしめしている。

 大股で丘へと続く石階段を踏みしめ、外だと言うのに白衣をなびかせる大男だ。

 その人物が視界に入った瞬間、アルファスは露骨に嫌そうな顔をした。口元からはため息も零れ「うわぁ……」と声すら漏れる。

 その態度に、エレナもやってくる人物が誰かを察した。大男は二人の姿に気づくと、大きく手を振り上げ、先ほどよりもさらに大股で、一息に距離を詰めてくる。

 

「フッハ! ここにおったか、アルファス!」

「……なんのようだ、ゼラムド」

 

 ゼラムド、と呼ばれた男はアルファスと同門の研究者だ。その容姿はアルファスのような美形――とは言い難い。逆立った金髪は野獣のようで、すらりと伸びた体格にサバンナの猛獣を思わせる覇気。研究者には見えない印象に反して申し訳程度の白衣。そして彼を象徴する真紅のサングラス。

 とにかく濃い、それがゼラムドという男の印象だ。

 

「何の用とはなんだ。分かっているだろう!」

「あの研究を抜ける、と言った事か」

「その通りだ!」

 

 ほぼ確信しつつ、しかし「外れてくれ」と言外にしながら尋ねるアルファスだが、果たしてその望みは脆くも崩れる。

 

「デモン博士の研究を引き継げるのは我々しかおらんではないか! 博士の教えを受けたのはワタシと、オマエだけだ! そうだろう」

「そうだよ。だが、僕はもう手を出したくない。怖いんだ」

「研究者が対象を恐れてどうする! 歩み寄らねばそのものの本質は見えてこん!」

「本質が見え始め、危険を察知したから僕は退くんだ。ゼラムド、もうあれに関わるな。あれに関わり始めてからのお前は少し変だ。妄執の域に達してるぞ」

「研究者は己の知識欲にどこまでも貪欲なものだ。妄執を抱いて当然ではないか」

 

 さも当たり前と言外に言い放つゼラムドに、アルファスは大きく息を吐いた。なるほど。エレナは数度見かけた程度であったゼラムドの印象を決定づける。これは、関わったら面倒なことこの上ない人種だ。将来有望なマッドサイエンティスト、という見解がほぼ正しい。

 

「む、あんたは――そうか、あんたがエレナだな」

「え、ええ……」

 

 普段は敬称付きで呼ばれることに嫌気を覚えるエレナだが、こうも当たり前のように呼び捨てられると違和感を通り越して、ある意味爽快だ。。自分から名乗るつもりもないが、自分はあのゼネバス・ムーロアの娘だ。旧ゼネバス国民は誰もが敬意を払うというに、彼はそのそぶりを一切見せない。その態度がもう清々しい。

 

「あんたもアルファスを説得してやってくれ。『破滅の魔獣』の研究にはこやつの協力が不可欠なのだ。ワタシ一人ではどうあがいてもあと40年はかかってしまう」

「破滅の魔獣、ですか……」

「そうとも! 古代ゾイド人が生み出し、そしてその文明を破滅に導いた最強最大のゾイド。奴が何を想い、今どこでどうしているのか、何をしたいのか。その本心を! 奴のゾイドとしての心を! 願いを! ワタシは知りたいのだ――」

「――ゼラムド!」

 

 肩を掴み、揺さぶる様に訴えかけるゼラムドをアルファスが抑える。掴まれていた肩からゼラムドの手が離れ、エレナは一歩下がった。その前にアルファスが庇うように立った。

 

「エレナ姫だぞ。無礼な真似は許されん」

「そんなこと、ワタシには知ったことではない。お前が研究に戻るか否かだ」

「戻る気はない。それに、外で話すような話題じゃないだろう」

 

 語気を強めたアルファスの言で、ゼラムドはようやく気付いたようだ。ぐるりと周囲を見渡し「それもそうだ」と納得するそぶりを見せながら呟く。周囲に人影はいないが、郊外で洩らす内容ではないのだ。

 

「まったく、余計な時間をとらせるな。さぁ行こう、エレナ姫」

 

 すっとアルファスがエレナの腕を掴み、半ば強引にその場を離れる。

 ゼラムドは「ふん」と不満げに鼻息を洩らし、しかし諦めたのか、献花を肩にかけながら声を投げた。

 

「フッハ、ワタシはいつでも歓迎だぞ。アルファス」

「……お前の歓迎を受けるつもりは、もうないさ。ゼラムド」

 

 

 

 

 

 

 腕を引かれ、ガイガロスの街中まで戻ってきたところでエレナの腕は解放された。半ば強引だったそれで少し感覚を残す腕を軽く揉みながら、エレナは街に視線を投げる。

 惑星大異変の影響でインフラに大きな打撃を受けたものの、その復興に努めたおかげかガイガロスの市民は少しずつ元の生活を取り戻しつつあった。尤も、市民の安全を確保できたと見るやいなや軍備に力を注ぐガイロスの采配では、本当の意味でガイガロスが元の生活を取り戻すのは先の話だろう。

 

「ねぇアル、さっきの話、詳しく教えてちょうだい」

 

 そう問うと、アルファスはあからさまに不安な表情を作った。それほど踏み込まれたくない話題なのか。だとしても、エレナに退くつもりはない。

 アルファスは物心ついた頃から傍にいた、いわば兄も同然の人間だ。美人に弱く、気付けば二ケタの女性を囲っていることもあるのが大きな傷だが、それを除けば信頼に足る人物である。

 そんな彼の秘密を――研究内容を、エレナも少しは知っておきたかった。

 アルファスは口を噤んだまま屋敷に向けての歩みを止めないが、やがて根負けしてため息を吐いた。

 

「……破滅の魔獣ってのは、まぁさっきゼラムドが言った通りさ。太古の時代、古代ゾイド人が生み出した、その文明を終わらせた最強最悪のゾイド」

 

 その脅威を研究の過程で知ったのか、アルファスの声には僅かながら恐れが混じっているように思える。

 

「大異変と、どっちが怖い?」

「両方。比べようもないさ。古代ゾイド人は今の俺たちよりもはるかに進んだ文明を誇っていた。それを現代にほとんど伝えられないほどに、滅ぼしたんだ。……破滅の魔獣(デスザウラー)は」

 

 アルファスは小声で続ける。周囲の喧騒に紛れ、エレナの耳に届くのがやっとのものだ。

 

「分かっているのは、そのゾイドは今も眠っている。この星のどこかで。俺たちの先生――Dr・デモン博士はゼネバス陛下に進言して、そいつの復活のための研究をしていたんだ。けど……」

 

 ゼネバス帝国のゾイド開発部門における最高顧問であったDr・デモン。彼は、ゼネバス帝国の滅亡と共に死んだ。

 

「もし、仮にその破滅の魔獣を復活させていたら、私たちは戦争に勝てていたのかしら」

「どうかな。僕の予想だけどさ――」

 

 そこでアルファスは一度足を止める。ゼネバスの屋敷前、今のエレナたちの家だ。敗北し、ガイロス帝国に吸収され、今や嘗ての兵を他国のために働かせる人質でしかない。没落したゼネバス帝国の、なれの果て。

 

「ヘリックやガイロスを打倒するどころか、僕たちも破滅に向かったかもしれないよ。嘗ての古代ゾイド人のようにね」

「私たちが迎える末路は変わらない――ってことね」

「ああ、ここまでは、終わったことは決定事項だったんだろうさ。だけど」

 

 屋敷に入れば、もうただのエレナ・ムーロアではない。父ゼネバス・ムーロアが亡くなった今、ゼネバスの代表者は自分だ。そして、今日ここにやってきたのは叔父、ヘリック共和国現大統領、へリック・ムーロアの使者。

 ゼネバスは戦争に敗北した国だ。この先数年、数十年と敗者の重荷を背負い続ける苦難の日々が続くだろう。そして、それを背負うのは責任者たる自身だけでなく、それに付き添った民も同じだ。彼等の苦難をいかに和らげるかは、エレナにかかっている。

 いつかはやってくる、旧ゼネバス帝国の代表者としての重責が、エレナの肩に重くのしかかる。

 だが、

 

 

 

「この先は、まだ分からないよ」

 

 ふふん、と得意げに言い放つ彼の横顔は腹立たしい。「うまい事言った」とでも思っているのだろうか。だが、そんな彼のいつもと変わらない態度が、エレナの緊張をほぐした。

 

「……そうね。私たちの未来を、明るいものにしましょう。もう来てるみたいだし」

 

 気丈に笑顔を浮かべ、求められているだろう言葉を吐き、エレナは一歩、踏みだした。

 その視線の先には、一人の青年が経っていた。年はおそらく二十代前半。いや、もう少し若いかもしれない。エレナとそう変わらないだろう。それでいて礼服をしっくり着こなしており、気負った様子はない。

 若いのに大したものだと思いつつ、エレナは屋敷前に来ていた彼の元へ歩み寄った。

 彼もエレナの接近に気づいたのか、さわやかな笑みを浮かべる。黒髪に混じった一房の赤が、ゆらりと揺蕩い、青年の笑みに僅かな空気の変化をもたらす。

 

「初めまして。失礼ですが、あなたが」

「エレナ・ムーロアです。あなたは、あちらから……?」

 

 あえて明言はしなかったものの、エレナの問いの意味は青年に伝わっている。青年は小さく頷くと、エレナが差し出した手を握る。

 

「ルインと申します。お会いできて光栄です。ムーロア姫」

 

 思い返しても、運命的な出会いだったと思う。

 これから長い時、ヘリック共和国を支え続ける二人が出会った瞬間なのだ。

 

 

 

 後のヘリック共和国大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードと、副大統領となるルイン・ベルク・リアーズの、初対面であった。

 




 そういやアニメでもバトストでも、副大統領って立場の人を見た覚えないな。そんな印象から、彼が浮上しました。


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脱出 3

「今の共和国は、とてもではありませんが、国として機能していません」

 

 ガイガロス市内、ムーロアの屋敷の応接間にて、ルインは一番にそう告げた。

 惑星大異変は当然ながら、ヘリック共和国にも多大な被害をもたらしていた。

 隕石落下による影響で起きた津波が海岸都市であるニューヘリックシティを襲い、首都機能は完全に麻痺。エレナの叔父である大統領ヘリック二世も一時期意識不明の重体に陥っていたという。

 というのも、惑星大異変の直前、ヘリック共和国とガイロス帝国は最終決戦に突入しており、最高指導者である大統領ヘリックと皇帝ガイロスも最前線に赴いていたのだ。

 最終決戦で消耗したところに未曾有の大災害だ。頑強な戦闘ゾイドに搭乗していたとはいえ、その余波で負傷してもおかしくはない。現にこの戦いで皇帝ガイロスは足を折り、その後の環境変化により病を患ったと訊く。

 ヘリック大統領はさらに酷かった。

 現在のヘリック共和国の領土内には大異変以前よりあった異常電波地帯が存在するのだが、大異変でそれが一時期エウロペ全域に広まったのだ。中心部の電波の強度も大きく増し、ヘリック大統領の乗機は大暴走を起こした。それは搭乗者であるヘリックにも僅かな精神リンクという線を伝って影響を及ぼした。

 今では回復に向かっているが、当時は意識不明で植物状態になることも危惧されたらしい。

 そんな状況下で、民はどんな暮らしを強いられてきただろうか。異変直後のガイロスは酷いものだった。しかも、少しずつだが民の生活が安定しだしたかと思えばその方針はすぐに戦争中心へと傾いたのだ。「戦争しか眼中にない皇帝ガイロスの頭は長い戦乱で汚染されてる」とは、アルファスの弁である。

 

 そしてヘリック共和国だ。かの地は亡き父の故郷であり、エレナにとっても憧れの国であった。その地に暮らす民は、散り散りとなり、一部吸収されたヘリック共和国領土に暮らす旧ゼネバスの民は、どうしているのだろう。

 敗戦国であるゼネバス帝国の扱いは、仕方ないとはいえ酷いものだ。搾取されて当たり前の状態であり、見せかけとして真っ当な生活を送れているのはエレナを含むほんの一部だけ。多くの旧ゼネバスの民は、そのほとんどがスラム街の住人と化しているだろう。それもまだいい方で、住む場所すらない者もいるかもしれない。この大異変で揺れる惑星Ziで、だ。

 そんな嘗ての父の民のことを思うと、胸が痛い。痛いだけでは済まない。張り裂けそうな思いだ。

 

「なんとか議会が復帰し、復興への政策に乗り出しています。このガイロス帝国の再興のほどを考えれば劣りますが、それでも、あなたを迎え入れる準備は整いました」

 

 話が件の亡命に移ったことで、エレナの思考も自身に帰ってきた。

 エレナの亡命の話は、実の所戦時中からあった。

 ゼネバス帝国が滅亡しガイロス帝国に吸収された後、ヘリックとガイロスとの戦争の最中で、ヘリック共和国内部では皇帝ゼネバスとその娘であるエレナを亡命させる計画があった。

 一度だけ決行もされていた。ゼネバス側からも親衛隊の影と呼ばれたある人物がそのための行動を起こしていたのだが、失敗に終わったと言う。その人物も今はガイロスに投獄され、望みは絶たれた。

 

「エレナ・ムーロア姫。僕は今日、あなたをお迎えする使命を帯び、このガイガロスの土を踏みました。どうか、共に栄光のヘリック共和国へ帰りましょう」

 

 机に身を乗り出し、勢いのままルインは一気に言葉を吐き出す。

 そんな説得の言葉を、何度も訊いた。そして、その返答も、常に決まっている。

 

「お断りします」

「……それは、なぜ?」

 

 てっきり他の共和国からの大使と同じように言葉を詰まらせ、焦りを見せながら問い詰められると思った。しかし、ルインは表面上――いや、予測していたような落ち着きぶりだ。

 

「このガイガロスには、父と共にガイロスに接収され、死地に送られ続けるゼネバスの兵が居ます。彼らは、父亡き今、私と言う嘗てのゼネバスの象徴が居るからこそ、彼らはこの苦難に耐えているのです」

 

 驕っているつもりなどない。それが事実なのだ。皇帝ガイロスが父ゼネバスを生かし続けたのも、彼亡き今エレナを生かし、不自由ない生活を送れるよう便宜を図っているのも、全ては吸収したゼネバス兵を自国の兵として機能させるためだ。

 

「あなたがいるからこそ、彼らゼネバス兵は苦難を飲み込んで戦い続けているのでは?」

「そうかもしれません。ですが、その状況を憂いて私だけが逃げ出して何になりましょう。その後に起こるのは敵地にて孤立した捕虜の兵たち。ガイロス軍の掃き溜めとされるのは目に見えた事です。彼らが私のために戦うのなら、彼らのために、私はこのガイロス帝国で戦うのです」

「立派なお考えだ。しかし、しかしそれは何時まで経っても受け身の姿勢に他ならない。あなたの戦いはとても尊いものだ。このガイロスに残る数千万の兵のために自ら茨の道を突き進む。だが、それでは根本的な解決はない。あなたという希望のために、旧ゼネバスの兵はただその命を散らすだけ。先はない」

 

 エレナの決意を、しかしルインは正面から断ち切った。

 

「大異変は少しずつ収束を見せている。謎の異常電波の蔓延する世界でも動かせるゾイドの開発も進んでいる。既存のゾイドを対応させる術も」

 

 当然のように告げられた事実に、エレナはちらりとアルファスを見た。アルファスは小さく鼻息を漏らし、やれやれといった様子で頷く。

 現在の惑星Ziはその大地のほとんどで彼の言う異常電波と磁気嵐の影響が観測されている。異常電波はゾイド生命体そのものの意志を汚染し、巻き起こった磁気嵐はゾイドの計器類、制御基板をことごとくスクラップに変えた。大異変による国政の麻痺もあるが、戦争に不可欠な兵器=ゾイドの使用不可能という事態が、今の停戦に大きく影響している。

 だが、その停戦の理由であった「戦闘できない」という部分が崩れようとしている。それは、再びゾイドを使った戦乱の火ぶたが切られる時も近いということを如実に表していた。

 支配欲が強く、好戦的なガイロス皇帝のことだ。宣戦布告を仕掛けるのは、時間の問題だろう。

 戦争が再び始まれば、旧ゼネバス兵の多くは再び戦場へと送られるだろう。壁役として、捨て駒として、その命を散らすのだ。

 

「あなたがガイガロス(この国)に残るということは、あなたが守るべき彼らが散っていく、そういうことなのですよ。エレナ・ムーロア姫」

 

 自身の施行を見透かしたように告げられた言葉に、エレナは返す言葉を持たない。持てなかった。

 自分は、どうすればいいのだろう。お父様なら、どうしたのだろうか……。

 それ以上に、お父様の望むことをする。それは、本当に自分のやりたい事なのか……?

 

「今日はこれにて失礼させていただきます。時間はありません。決断は、お早く。それに……」

 

 

 

***

 

 

 

 ルインは近くの安宿に部屋をとっているらしい。こんな時代にエウロペを旅する変わり者の風来坊、という建前でガイガロスに滞在しているため、彼をムーロア家の屋敷に泊める訳にもいかなかった。

 彼を見送り、自室に戻ったエレナは、部屋に備えたコーヒーメーカーを動かし、カップ二つに注ぐ。

 

「アル。あなたはどう思う?」

「とっととヘリックに逃げるべきだよ」

 

 迷いを含んだ問いかけは、しかしあっさりと答えを投げ返された。「僕はもう決定事項のつもりだったさ」とも付け加えられる。

 そもそもアルファスはエレナをガイロス帝国に置いておくことには反対の姿勢だった。彼の答えなど、最初っからわかりきっている。

 

「彼――ルインも言っていたろう? ガイロス(この国)に残っていた所で、君は傀儡でしかない。旧ゼネバスの兵を都合よく動かすための、体のいい人質だ。君が彼らを想うからこそ逃げることもない。それも、ガイロス皇帝の思惑の内さ。奴は君が逃げ出さないと分かっている。君の父が――ゼネバス・ムーロア陛下が民を捨てられなかったのと同じように」

 

 ルインの名に、エレナは少し渋面を作る。何がとはいえないが、彼はどうも胡散臭い。張り付けたような正義感で、借り物の言葉を並べている。実がない。ただ、今は彼について議論する時ではない。

 アルファスの言葉に、エレナは黙るしかなかった。事実、こうしてこの場に残り、アルファスの意見を求めていること自体、自分では下せない決断から逃げているのと同意義だ。

 

「君だって、もう分かっているはずだ。ガイロス帝国に残って、僕らにできることはない。ヘリック大統領は、僕らを受け入れてくれると言っているんだ。君の叔父でもあるあの人なら、ここほどぞんざいに扱われることはないだろう。そして、あの人の傍でなら、力を得られる。ヘリックでなら君の――ゼネバス皇帝、それに()()()との約束も果たせるだろう」

 

 言葉を切るアルファス。その先に続く言葉を、エレナは知っている。父と約束し、必ずや成し遂げて見せると誓った悲願。

 しかし、それすら自分の意志なのか、分からなくなってしまった。

 

 

 

「私たちムーロアの血族が成してしまった過ちに対する贖罪を、惑星Zi(この星)に――真の平和を」

 

 落としていた面を持ち上げ、エレナはアルファスを見た。幼いころから――物心ついた頃から近くに居た幼なじみで、兄のような存在のアルファス。戦火の真っただ中に身を投じ続け、戦いに明け暮れた父とは別に、エレナを支えてくれた彼。

 そんな彼も、自身がこの国の柵に縛られてはいけないとしている。そして、それは自分自身、うすうす感じていたことだ。

 仕方がない。自身の意志に悩んでいる場合ではない。自分はそんな立場ではないのだ。ただ、求められ、成していくのみ。

 

「決めたわ。アル」

「そうかい。なら、速やかに準備を整えるよ」

 

 事前にある程度整えていてくれたのだろう。先を読み、助けてくれる幼なじみの配慮に感謝の念を抱きつつ、エレナは空虚な覚悟を決める。

 

 

 

 ヘリック共和国へ――父が帰ることの無かった故郷へ、亡命する覚悟を、だ。



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脱出 4

「ゼネバスの双牙。聞いたことはあるだろう?」

「ええ。お父様が最も信頼した、親衛隊ツートップ。『穿牙(センガ)』と『毒牙(ドクガ)』と呼ばれていた二人の事ね」

 

 ヘリック共和国へ亡命する。その決意を固めたエレナは、アルファスに連れられてある場所へと向かっていた。その道すがら、何気ない風に切り出された話題に、エレナはぼんやりとゼネバス帝国が健在だったころを思い返す。

 嘗て、ゼネバス皇帝親衛隊には二人の男が居た。徴用された時期は違えど、共に親衛隊の御旗となり、ゼネバスの盾となり刃となり、その威信を代替わりして数々の戦場で味方を鼓舞してきた。まさに親衛隊の顔とも言うべき存在だ。

 

「内の一人、『穿牙(センガ)』アッシュ・ラボーンはまぁ当然わかるよね。彼ら双牙は親衛隊のツートップなんて呼ばれていたけど、その活躍のほとんどは彼一人の賜物と言ってもおかしくない。親衛隊の顔として、大衆や一般兵に知られる親衛隊はほとんど彼によるところだ」

「そうなの? でも確かにそうね。もう一人って、存在は知られていたけど具体的にどんなことをしていたのかってなると誰も答えられなかった。私も覚えてないわ」

「そう。もう一人――『毒牙(ドクガ)』は主に裏事を請け負っていたんだ。だから公表されることはなかった。でも、実際に存在し、穿牙に匹敵する技量と戦果を上げていたことはひっそりと伝えられていた。だから親衛隊のツートップ、『ゼネバスの双牙』なんて通称が生まれた」

 

 これからの僕らにはその力が必要不可欠だ。そう言ってアルファスがエレナを伴ってやってきたのは、前の会話で語られたような英雄に会うには似つかわしくない場所だった。

 軍の刑務所である。

 

「まさかその人物が、こんなところに居るなんて思いもしなかったわ」

「僕もそうさ。今回の計画に際して召集しようと思ったら、こんなところにいるんだから。しかもその理由が山賊行為ときたもんだ。アポを取る身にもなってほしいね」

 

 囚人と渡りをつける。やれやれといった様子で肩をすくめながら愚痴を零すアルファスだが、彼はこれくらい朝飯前にやってのける。ゼネバス帝国が滅亡して以来、事実上の軟禁状態を強いられてきたエレナとゼネバスだったが、そんな二人と外部との橋渡しを担ってきたのはいつも彼だった。研究者という役目を負いつつ、社交性の高い彼の能力には脱帽する限りだ。

 面会室に通され待つこと数分。殺風景な部屋にキィと扉のきしむ音が響き、一人の男が入ってくる。その男の姿に、エレナは息を飲んだ。

 男は囚人だ。その身分から想起される枯れた雰囲気をまとっているが、それ以上に男の体が朽ちかけの流木のようだ。その上、むき出しの右足は今にもはずれそうなほど粗末な義足である。そして、窺える肌には無数の切り傷、銃傷が刻み込まれ、男の歩んだ道が決して穏やかではなく――苛烈な日々に身を投じてきたことは想像に難くない。

 なにより、男の顔が窺えないことが、男の異様さを如実に示している。かつてゼネバス帝国で開発されたトラ型ゾイド――サーベルタイガーを模したヘルメットで覆われ、露出しているのは口元だけ。

 かつての戦争のさなかに今の身なりに落ち着いたのか。これが栄光のゼネバス帝国皇帝親衛隊の一人などとは到底考えられない。痛々しい状態だった。

 

「あんたが、エレナか」

 

 くぐもった声で男は呟いた。仮にもかつての主君の娘に対するものにしては不遜な、荒い口調だ。しかし、ゼラムドの時に抱いた嫌悪感は不思議となかった。これが、歴戦の猛者の持つ雰囲気なのだろうか。

 

「聞いてるとは思うが、元ゼネバス帝国皇帝親衛隊所属だった。ローヴェン・コーヴだ」

 

 毒牙――ローウェン・コーヴは面倒そうに名乗ると、そのまま面会用の椅子に腰を下ろす。サーベルタイガーのマスクの所為で表情はうかがえないものの、彼が今日の面会に際し快く思っていないのは確かだ。

 

「コーヴ。あなたが」

「知らんのだろう? 無理もない。俺の役割は皇帝が隠し持つ刃。敵味方双方に知られてはならない影の刃だ。ゼネバス親衛隊の象徴として語られていることは、兵の士気を保つためのカモフラージュに過ぎん」

 

 ゼネバスの毒牙。その役回りは、所謂裏ごとと称される任務だった。諜報、暗殺、攪乱。異星の島国に存在したとされる忍びと呼ばれる者たちに似た役割を宛がわれたローヴェンの存在は、決して表に出てはならなかった。

 その戦果は、彼の言う通り持ち上げられてできたものだろう。しかし、一部には事実があり、その表出した部分で双牙の片割れを演出してきたのだ。

 

「ローウェン・コーヴ。……思い出した。補給線の防衛任務で実戦配備されたグレートサーベルの最初のパイロットがそんな名前だったね。戦死したって聞いてたけど、ひっそり裏方に回されたわけか」

「あんたはそれなりに通じてるようだな。その通りだ。復讐の道すら見失った俺を、皇帝は自らの毒ナイフとして重用してくれた。居心地は悪くなかったからな。まぁ適当にやらせてもらったよ」

 

 アルファスとローヴェンの語りから、エレナも何となく彼の立場を理解した。

 

「でも、どうしてここに?」

「さぁてな。国が亡くなって、俺もガイロスを荒らす山賊に落ちてたんだが。まぁ情勢が落ち着いた折に討伐隊を派遣されてこのザマよ」

 

 ローヴェンは軽く右手を持ち上げた。それは武骨な義手であり、新しく刻まれた傷跡だろう。

 

「顔もな。もともとズタボロだったんだがな、ガイロス連中にとっつかまって、余計見れたもんじゃなくなっちまった。もう、化け物の同類さ」

 

 屋敷暮らしの姫さんにはショッキングだろう。そう自嘲気味に語り、ローヴェンはマスクを脱ごうとしない。彼が独房という環境でマスクを被ることを許されているのは、その下を看守たちも見たくないからであった。

 

「それで、要件を聞こうか。落ちぶれた俺なんかに、いったい何の用だ」

「ああ」

 

 アルファスはちらりと周囲の様子を窺い、おもむろに語りだした。

 ガイロス帝国ではもはや希望がない事。ゼネバス帝国の民を救い、この星の戦争を真に終わらせるため、ゼネバスの象徴であるエレナを亡命させようという計画を立てていること。そのために、協力をしてほしいこと。

 すべてを聞いたローヴェンは、ふっと小さく息を吐いた。

 

「断る」

「なぜ!」

「その理由は、そこの姫君だな」

 

 じろりとねめつけるようなまなざしがエレナに向けられる。サーベルタイガーのマスク越しだからか、トラに目を付けられた獲物のような錯覚をエレナは覚えた。

 

「皇帝が死に、あんたは何を思った。怒りか? 憎しみか? 当然だな。親しいやつが死に、殺されたも同然で、そんな感情を抱かねぇってやつはそういねぇ。俺もそうだ」

 

 彼が告げた言葉は、彼の感情がいやというほど込められている。先ほどの話、補給線を守り抜いたコーヴ大尉の話には、秘められたもう一つの想いがあった。

 コーヴは元々ヘルキャット小隊を部下にしていた部隊長だった。しかし、部隊は共和国のシールドライガー小隊によって壊滅。愛機サーベルタイガーを駆り、ただ一人生き残ったのがコーヴだった。

 補給線を守り抜く過程には、コーヴによるシールドライガー小隊への復讐劇が存在したのだ。

 

「テメェの感情に踊らされてる奴が、人助けだ、民を救うだ。おかしなことを言う。復讐心にかられた奴が起こすのは、殺戮の連鎖だけだ。誰も救えねぇ。……いや、あんたはそうじゃねぇな。今のあんたは空っぽだ」

「空? 私が?」

「ああ。親が死に、自らはゼネバス兵を従わせるための人質。自分の価値を見いだせず、何もできねぇ。だから今のテメェは空なんだ。できることが、なにもねぇ。何も使用としねぇ。その意思が、カケラもねぇ」

「いいえ、私には覚悟があるヘリック共和国で力をつけ、必ずやこの星に平和を――」

「周りに持ち上げられ、作られた建前にすがるのみ。はっ、すぐに折れるぞ! そんな安っぽい決意は! 一銭の価値もねぇ決意のために命を投げ出すなら、この国で怠惰な暮らしを続けるほうがよっぽどマシだ! あんたには、そうしてるだけでもいい価値があるからな。あんたがこの国に居る間は、俺たちはゼネバス・ムーロアのために戦う名分を得られる。それがなくなることがどういうことか、聡明なあんたに分からん筈がねぇだろ」

 

 ローヴェンの言わんとすることは、あらかた想像がつく。

 エレナはゼネバス帝国の象徴だ。滅亡してなお、ゼネバス帝国に尽くした者たちにとって唯一心に留めることの叶う希望だ。それがなくなるということは、生きる目標を失うのと同意義。

 彼らから希望を奪ったとして、その後の彼らがどのような末路を辿るのか、想像に難くない。

 かくいうエレナ自身、それを理由に一度は亡命を断ろうとしていたくらいだ。

 椅子を引き、ローヴェンは立ち上がった。背を向け、自身の独房へと向かう。

 

「そういうことだ。今のあんたたちに手を貸す気にはならない。あんたの亡命は、この国に残るゼネバス兵、民を、見殺しにする。俺たちの仲間を、全員な。亡命した先がなにもないってのに、多くの命を投げ捨てる計画には賛同できない。逆に、俺は崇拝する主ゼネバスのために、あんたをガイロス(ここ)に縛りつけた方がマシと思ってるさ。この話は終わりだ。……それに、な」

 

 投げやりに手を振ったローヴェンに、エレナは返す言葉を紡げなかった。それこそが、彼の言葉を肯定していると理解しながらも。

 




 ローヴェン・コーヴ。
 過去編だし時期的にもちょうどいいし、出してもいいよね! そんなノリで登場しました本編未登場のお祖父ちゃん。。
 彼は本編主人公の血縁なんで、補正効かせて設定盛り盛りです。


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脱出 5

 今のあんたじゃ、何も成し遂げることはできねぇ。空っぽだからな。

 

 独房に押し込まれた嘗てのゼネバスの毒牙――ローヴェン・コーヴの言葉がどうにも頭から離れない。

 ローヴェンが何を言わんとしているか。それはエレナも理解している。

 今、エレナはアルファスやルインに促され、ガイロス帝国から逃げ出すために行動を起こそうとしている。だが、それは彼らや、他に関わった人々の意志に従って動き始めているに過ぎない。

 つまるところ、今回の亡命計画は、エレナの意志がないのだ。

 エレナ自身、今回の亡命が成功しようと失敗しようと、別に構わないとさえ思っている。

 

 父――ゼネバス・ムーロアが死に、自身はガイロス帝国の虜囚の身。ヘリック共和国に逃げたところで、今度は共和国にとって都合よく使われるだけだ。自分の人生だと言うに、もはや誰かに使われるだけでしかない。

 生きる意味がない。自殺することも、何度か考えた。ただ、その度に自分のために尽くしてくれた父やゼネバス帝国の民、兵士たち、そしてアルファスの顔が浮かび、憚られた。

 しかし、このまま生きていたとして、何を人生の糧とすればいいのだろう。何のために、自分は生きているのだろう。生きる意味は、あるのだろうか……。

 

「ねぇ――。私、どうしたらいいの……?」

 

 もうどこにもいないもう一人の幼なじみの名を呟いたところで、なんてことはない。

 

 ――アルファスやルインの言う通り、ゼネバス帝国の復権に生きる、か。

 

 理由がないよりはマシだ。だが、それも結局言われてやっているに過ぎない。それが嘗ての皇族の務めだとしても、義務感に駆られて行うのでは、確かな自分の意志を感じられない。

 

 ――私は、なんのためにこれからを生きていくのだろう……。

 

 そんなことを考えていると、すでに夜も遅くなっていた。開け放していた窓を閉め、疲れた脳を休ませるべくベッドに横になろう。そこまで思考し、エレナは窓際まで歩く。

 窓からはちらちらと明かりが灯るガイガロスの町並みが一望できる。ふと、もう瓦礫の山となってしまった故郷を思いだし、億劫な気分にさせてくれる景色だ。

 ぼうと見つめるも数秒、頭を振って窓を閉めようとし、エレナは昼に行った収容所のことを思いだした。

 あそこには、自分を悩ませてくれたローヴェン・コーヴが居る。彼も、故郷とはまるで違うガイガロスの町並みに嫌気が射しているのだろうか。いや、牢屋の中からはそれすら見えやしないだろう。

 

 ――「アンタの供をする。俺には、その資格はねぇよ」

 

 ふと、去り際に彼が残した言葉を思い出す。

 あの言葉には、どんな意味があったのだろう。彼も、何かを悩んでいたのだろうか。あのセリフを溢した彼は、その日の会話の中で一番空虚で哀しい空気を纏っていた。

 

 気になる。

 

 元は、父が最も信頼する親衛隊の二大柱の一人だった男だ。それも、誰からも褒められず、認められることはない。密偵、暗殺、間者。復讐を果たし、殺戮者となった自分を御するために裏仕事に従事してきた男である。

 それがどれほど苦痛で、また父からの信頼が厚くなければ勤まらない任務なのかと言うことは、エレナにも十分想像できた。

 そんな彼が、自分には付き従う資格がないと言い切った。その意味は、隠された真実は、なんだったのだろう。

 

 一度気になったら、もうそれは頭から離れない。エレナは自称するくらいには興味本意で動くときがある。

 幼いころから多くのものに興味を示し、ゾイドに、政治に、首を突っ込もうとしてきた。アルファスが研究者として多くの知識を得ているのも、エレナが抱いた疑問に応えようと研究を重ねたことが原因の一つだと言うほどだ。

 

 知りたい。彼が自身を遠ざけた理由が。

 見つけたい。父を亡くし、故郷を失い、それでも生かされ続ける意味を。

 応えたい。アルファスやルイン、自分を生かそうとする彼らの想いを、無駄にできない。

 成し遂げたい。生きる意味を見出し、自分にしかできないことを、なんとしても成し遂げたい。

 

 ――共に作ろう。皆が笑って暮らせる国を。ヘリックやガイロスと、手を携えていける平和な惑星Ziを。

 

 それは、亡き幼なじみと誓った約束である。

 

 ああそうか。

 エレナは気づいた。自分には、何もないのではない。考えなかっただけだ。だって、少し思索を巡らせば、生きる理由など、こんなにも思いつくのだから。

 自分本位で、皇族らしくもない。しかし、これ以上ないほど、自分らしい。

 自分本位でなく、皇族としての役目を果たしたいのなら、探せばいい。それでいて自分が納得できるような決意を。

 

 例えそれが流され、誘導された決意であったとしても。自分の決意であることに、変わりはない。

 

 

 

 気づけば、暗闇の中をさまよい歩いていた心に、一筋の光が射していた。

 

 

 

***

 

 

 

「こっちだ」

 

 あれから一ヶ月が経った。

 星明りも刺さない真夜中、エレナは屋敷の地下に開けられた穴から地下道を進んでいた。嘗て、自身の知らない間に計画された亡命計画の折に掘られた抜け穴であり、結局使われず役目を終えようとしていた暗い地下道だ。

 アルファスの案内の元進んでいく。程なく洞窟は終わりを告げ、小さな倉庫へとたどり着く。

 

 エレナの亡命計画は、皇族を脱出させるという大役には似つかわしくないほど単純なものだった。真夜中の闇に紛れて屋敷から密かに脱出し、近くの廃棄された基地へと移動。そこで亡命の協力者となる人物と合流し、ゾイドに乗り換えて一路共和国を目指す。

 現在の惑星Ziは強力な磁気嵐の影響により、ゾイドの制御には大きな制限が課されている。従来のゾイドの性能は著しく制限され、戦争が休戦となった理由の一端もこれだ。

 しかし、性能が著しく落ちたとはいえ、惑星Ziにおいてゾイドの有用性は揺るがない。ある程度の対策を施した状態であれば、多少性能は安定するだろう――というのがアルファスの見解である。実際に検証が行われ、すでに従来のゾイドを磁気嵐に対応する措置は整いつつあった。短時間ならば、従来の戦闘にほど近い活動も可能なほどだ。

 

 それ以上の問題は、両国の国境を貫くように発生したレアヘルツである。

 突如として発生した謎のヘルツは、ゾイドの精神を汚染し、その制御を人間の手から奪い去ってしまう。まるでウィルスのようなそれに感染したゾイドは、人の手を離れて暴走し、助からない。故に、この異常電波の発生地帯をゾイドで越えることはほぼ不可能と言っていい。

 だが、逆を言えば、異常電波の発生地帯を越えることが出来れば、ガイロス帝国からの追手があったとしても、ほぼ振り切れる。先に共和国へ戻ったルインの要請によって共和国側から保護してもらえるのだ。

 つまり、異常電波発生地帯を越えることが、この亡命作戦の要である。

 

 亡命に際し、一部のゼネバス兵が暴動を起こす手筈になっていた。彼らが囮となってガイロス軍の目を引き付け、その隙にエレナは僅かな護衛と共に共和国へ向かうのだ。

 

 倉庫からアルファスの運転するジープで三時間。そこに寂れた嘗ての基地があった。帝都ガイガロスの防衛のために築かれたものだ。しかし、戦争の中で一度だけ共和国の軍勢が迫った際、激戦の舞台となり、そのまま放置されたという。基地として必要な機能はもうほとんど使えないだろう。かろうじて、僅かな時間駐屯する休憩所としてなら、使い道があるかもしれない。

 振り返ると、帝都の外れから煙が上がっていた。自分の脱出に呼応し、陽動作戦が開始されたのだ。

 

「始まったのね」

「ああ、もう引けないぞ」

 

 アルファスの目も真剣そのものだった。駆け引きは何度か経験したのだろうが、こうした真に命を担保にしたやりとりに身を置くのは初めてなのだ。アルファスは兵士ではない。戦いを生業として生きてはいない。

 ()とは違う。それを自覚しつつも、もう一人の幼なじみである彼と兄のような存在であるアルファス。その二人の態度の差に、エレナは否応にも現実を自覚させられた。

 

 

 

 基地に到着すると、ジープは静かにエンジン音を潜ませる。すぐそばには二人組の男が敬礼して出迎えてくれた。

 

「ご苦労様、あなたたちが」

「はっ、貴方様の護衛の大役を仰せつかりました。トビー・ダンカンと申します!」

「同じく、ダニー・ダンカンと申す。必ずや、お守りいたしますぞ、姫様」

 

 嘗てのゼネバス帝国の軍服に袖を通している二人の顔は、懐かしい面々だ。

 サーベルタイガーを駆り、低空飛行に入ったサラマンダーすら叩き落とすタイガー乗りの祖とされたダニー・ダンカン。その弟で、空戦ゾイドのスペシャリストであるトビー・ダンカン。

 D兄弟などともてはやされた二人は、その実力から皇帝ゼネバスの信頼も厚く、エレナも何度か言葉を投げかけたこともある。

 なかなかにユーモアな兄と実直すぎる弟の、いいコンビである。

 

「お守りいたします、ねぇ。首都崩壊の時は本当に感謝してもしきれないくらい。どうやって生き残ったのです? ダニー」

「はは。お恥ずかしい話、ゴジュラスのバスターキャノンを至近距離で叩き込まれた時は最期を覚悟しましたよ。死ぬなら寿命で安楽死、ピンピンコロリが夢だったのにと。しかし、機体が爆散した際に奇跡的にタイガーの頭だけが無傷で吹き飛びまして、しばらく崩壊した首都で意識をなくしとったんですよ」

「兄上」

「味方も敵も撤退した後にこりゃどうしたこったと茫然としとったところを迷子になって帰ってきた愚弟に拾われて、どうにか生還を果たした次第で」

「兄上。失礼ですよ。……態々探しに戻ったというに迷子扱いですか」

「なーに、エレナ姫ならこのぐらい笑って許されます。そうでしょう?」

 

 当然のように不躾な態度を寛大な心で許せと要求してくるダニー。遠慮のない人柄は人によっては不敬に思うだろうが、エレナはむしろ立場を気にしない性格を気に入っていた。

 

「――とまぁ、雑談はこの辺で。時間がありません。エレナ様、すぐに出発いたしましょう」

 

 この亡命計画の要はエレナを無事に共和国まで送り届けることだ。そのために、ゼネバス帝国時代に多くの戦果を叩き出した二人が招集されたのである。

 大丈夫だ。必ず成功する。

 アルファスが立てた計画に、ダニー・ダンカンとトビー・ダンカンという頼れる仲間の存在。

 きっと共和国までたどりつける。

 そんな淡い希望の元に、エレナの亡命は幕を開けた。

 

 

 

「エレナっ!?」

 

 アルファスの声が、どこか遠くから聞こえた。

 なんだろう、頭に鈍い痛みが走る。殴られた? いや、倒れた。どうして?

 分からない。ただ、唐突に自分が倒れた事だけは、どうにか把握できた。

 霞む視界にアルファスが、ダニーとトビーが駆け寄ってくる。疲れたのだろうか。そう言えば、これまでずっとガイガロスで暮らし、外出は墓参りくらい。急に動いたため、身体が着いてこれなかったのだろう。

 情けないなぁ。そんな自嘲を吐き出しつつ、エレナの意識は溶けて行った。

 



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脱出 6

「待って!」

 

 堰切って吐き出した言葉に、呼び止められた青年は肩越しに声の主を見た。

 若い。おそらく成人したばかりだろう青年は、青年を置いて先に出る機獣の起こした風に黒の長髪をなびかせ、小さなため息を溢す。

 

「ダメじゃないか。ここは、君には似合わないよ」

「行かないで」

 

 無駄だろう。そう分かっていたが、彼女は必死の思いで軍服の上から彼の腕をつかむ。彼女の行動は彼の決意を揺さぶりこそすれ、しかし覆すことは叶わない。

 

「……できないよ」

 

 予想した言葉を、青年は厚い空気の中で吐き捨てるように落とす。

 次々と起動し、格納庫から飛び出していく機獣の後ろ姿は、悲壮感を纏っている。大切な何かを守るため、自らの身を、魂を散らしていく。絶望的な戦いに赴く獣たちだ。

 そして、青年もまた、そんな彼らに追従するのだ

 

「ヘリックの軍勢が目前に迫っている。皆を守るために、行かなきゃならない。それに、君を失う訳にはいかない」

「なら、私の傍に居て。どこにもいかないで……」

 

 それができれば、青年にとっても、彼女にとっても、どれほどよかっただろうか。

 青年は彼女の幼なじみで、それ以上の存在でもあった。逆もまた然りだ。

 しかし、それはできない。

 彼女たちの想いがどうあれ、青年は国に忠を尽くす一兵士でしかなく、彼女は国にとって最も重要な、皇帝の一人娘、姫君だ。

 あるいは青年が親衛隊の一員であれば、護衛として傍に居ることもできただろう。だが、青年が選んだのはそうではなく、一兵士だった。共に傍に居るのではなく、彼女の剣となって、戦場に生き甲斐を見出していた。だから、彼女を逃がすために死地に赴くことも厭わない。それが、青年の選んだ道だった。

 

 青年は彼女を優しく抱き留める。そして、囁くように言った

 

「約束ですよ。いつか、私たちの国を」

「……ヘリックやガイロスと、手を携えていける平和な惑星Ziを。作って見せます。だから!」

 

 あなたも、私の傍で、私を支えて!

 その言葉を吐き出すより早く、青年は彼女を突き放した。倒れる彼女を、いつの間にか後ろに来ていたもう一人の男が支える。

 

「エレナを、頼みます。アル(にい)

「分かった」

「待って、離してアルファス!」

 

 痛いほど強く腕を掴み男は――アルファスはエレナを連れていく。ずっと傍に居た、二人にとって兄に等しい存在だった彼に初めて反抗し、しかし逃れられない。きつく掴むアルファスの右手から、エレナは逃れられなかった。

 涙でぬれた視界の中、青年は愛機のコックピットに駆け上がる。コックピット蓋が閉じられ、大型のビームランチャーと対空ミサイルで強化されたレッドホーンMk-2は低く、力強く咆哮した。

 通常のものより加重された機体なのに、レッドホーンMk-2はそれをものともしない。分厚い爪で格納庫の地面を踏みしだき、すでにそこまで進入していたヘリック軍のゾイドをビームランチャーの一撃で消し去った。

 

 手を伸ばして、しかしもう届かない。幼なじみの後ろ姿を追って、彼女は――エレナ・ムーロアは叫んだ。

 

「シュテルマァアアアアッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ガタガタと揺れる地面に揺すられて、エレナの意識は現実へと帰還した。ふっと視界が歪んでいることに気づき、エレナは自分が夢を見て涙を流していたのだと知る。

 

 夢。数年ほど前になる。ゼネバス帝国がヘリック共和国に敗北し、首都を壊滅させられたあの日。幼なじみは自分を、そして多くのゼネバス帝国民を逃がすために戦場に向かい、そして帰ってこなかった。

 

「おや、起きたのかい」

 

 意識の外から声をかけられ、エレナは反射的にそちらを見る。

 そこに居たのは一人の女性だ。家庭的な表情とは裏腹に半そでの野戦服に身を包む、変わった女性だ。両サイドにたらした三つ編みが印象的である。

 

「あなたは……」

「そっか、姫様はすぐに倒れちゃったものね。あたしはヴェルカナ。今は運び屋ってとこかな」

「運び屋?」

「そ。今回はアルファス(お得意さん)に頼まれてね、あんたの護送を請け負ったのさ。安心しな、あたしとモルガのコンビは、知り合いの間じゃかなりの有名どころさ」

 

 ヴェルカナの話を聞きながら、エレナは少しずつ現状を思い出す。

 帝都ガイガロスを脱出し、護衛役のダンカン兄弟と合流し、その時に気を失ったのだ。おそらくは真夜中の行動と緊張に苛まれ、慣れないことの連続で心身が限界を迎えたのだろう。まだ脱出が始まって間もないと言うに、自分の精神の弱さが少し嫌になった。

 

「そう、ですか。それで、今はどうなっているのです」

「それについては僕が話そう」

 

 会話を遮り、コックピットの方からアルファスがやってきた。

 

「ちょっと坊や。あたしのモルガの操縦を任せてやったんだから、しっかりやんなよ」

「いやいや、しばらくは自動操縦でもなんとかなるさ。それに、エレナが心配だったんだ。様子を見るくらいいいだろう?」

 

 さわやかな笑顔を浮かべながらアルファスが歩み寄り、その右手はなぜか妙な手つきでヴェルカナに伸ばされる。だが、触れるか触れないかのところでヴェルカナは半眼となり、その右手を掴み上げた。

 

「何度も言ってるだろう。あたしのお尻は高いよ。あんたの財産全部だしてもらおうかい?」

「減るもんじゃないし、ちょっと触るくらい、いいじゃないか」

「へぇ、囮になってくれるのかい。助かるよ。あんたが命を差し出てくれる分、あたしが生き残れる可能性が上がるんだ」

「高いお尻だ。僕の命は百万ガロスは下らない」

「なら、あたしの身体の値段はその十倍くらいでどうだい」

 

 ぶつくさと未練がましく言い捨てるアルファスを見て、エレナは内心で大きくため息を吐いた。

 アルファスの右手。あの在りし日の夢の中で自分をシュテルマーから引き離した時もそうだった。当時はアルファスを酷く恨んだりもした。だが、彼の行動が無ければ、あの日自分はシュテルマーを追い、死んでいたかもしれない。

 生きていてよかったかどうかと言えば、今のエレナからすれば微妙なところだが、少なくともアルファスを恨むことは間違いだ。

 

 ただ、そんな彼のこの有様は、目に余る。

 夢の中の、苦い記憶に残る彼の右手がこれほどくだらないことに活用されていると思うと、複雑な気分だ。

 

「アル、あなたはまだそんなこと……」

 

 景気づけか、嘗て自身にまでセクハラの手を伸ばしたアルファスの態度は見過ごせない。侮蔑の籠った視線を投げつける。

 

「おっとエレナに怒られるのはカンベンだな。ともかく、状況を説明しよう。こっちへ」

 

 ヴェルカナのモルガはコックピットから機体後部の格納庫までが直通で通れるよう改造が施されていた。その両空間をつなぐ通路にはゾイド生命体の核――ゾイドコアが存在する。コアの周囲は特殊な防御壁で覆われていたが。すぐそばで脈動するゾイドの心臓を目の当たりにするのは、エレナも初の事だった。

 操縦席の後ろには簡素なテーブルが用意され、その上にはアルファスが用意しただろう手持ちのタブレットモニターが置かれている。

 ちらりと機体横のカメラを覗くと、追従する二機のゾイドの姿が見受けられた。

 イグアンにヘルキャット。どちらもゼネバス帝国で開発された小型ゾイドである。護衛ゾイドとしてはいささか不安の残る機体だが、そのパイロットはゼネバス帝国屈指のエース、ダニー・ダンカンとトビー・ダンカンの兄弟だ。磁気嵐の影響があるとはいえ、多少の相手であれば問題ないと思える信頼がある。

 

「さてエレナ、こいつを見てくれ」

 

 アルファスに示されたモニターには南エウロペの地図が表示され、そこを突っ切るように線が引かれている。これが、今回の亡命ルートだろう。そして、すでにその半分は踏破してある。

 

「エレナ。磁気嵐が多少収まり、それ専用の対策を施せばゾイドの制御が可能になってきている今現在、戦力も整っているガイロス帝国がヘリック共和国に宣戦布告しない理由、解るかい?」

「謎の異常電波、でしょう?」

 

 アルファスはにっこりと笑みを浮かべ「その通り」と告げた。そして、その指が地図上の国境線に指される。

 

「僕とゼラムドは『レアヘルツ』と呼称している。このヘルツの発生地帯に踏み込んだが最後、ゾイドは正常な制御を奪われ、その意思は猛烈な破壊衝動に支配される。洗脳に近い状態さ。現状、こいつに抗うことはできない。このヘルツの発生地帯が両国の進軍ルートを塞ぐ様に立ちふさがっているからこそ、戦争を始められない」

 

 ゾイドの使えない戦争なんて考えられない。そうだろう? とアルファスは皮肉めいた言葉を零す。

 当初の計画であれば、このレアヘルツ地帯を越えることが亡命の成功条件だ。だが、今の説明ではゾイドに乗ってこのレアヘルツを超えることは不可能であると話しているようなものだった。

 その辺りはどうなのか、そう疑問めいた視線をアルファスに向けると、アルファスは待ってましたとばかりに笑う。

 

「そのために僕はゼラムドなんかと研究に没頭してきたんだ」

「彼との研究は、『デスザウラー』に関することじゃなかったの?」

「それもあるけどね。先の見えない研究にはなかなか許可も下りない。僕がガイロスに進言した研究はレアヘルツの対抗措置さ。ガイロス皇帝はヘリック共和国の打倒を諦めていない。けどレアヘルツが邪魔。あれを突破できれば、ヘリック共和国に奇襲ができる。まぁ、研究の許可を得るのは簡単だったよ。そして、その成果のパルスガードは、もうこのゾイドたちに組み込んださ」

 

 アルファスとゼラムドが協力して作り上げたパルスガードであれば、一定時間ながらレアヘルツ地帯をゾイドで行動可能になるはずだった。これを利用し、最速でレアヘルツ地帯を越える。そうすれば、ガイロスの追手はない。

 レアヘルツ地帯を超えることが計画の最重要課題とアルファスは話していたが、その肝がアルファスたちの研究にあったのだ。

 

「それで、確証はあるの?」

「ぶっつけ本番だね」

 

 だが、アルファスはこともなげに、とんでもないことをさらりと告げた。

 

「ちょっと坊や! あたしと相棒はあんたの実験台だったのかい!」

 

 当然か。操縦席に居たヴェルカナが怒鳴り散らした。当たり前だ。実用可能かも不明なものを、この命綱なしで綱渡りをするような計画に持ち込んだのだ。雇われの身であろうと、納得いかないことこの上ない。

 

「冗談、冗談さ! きちんとシミュレーションはしてきたよ! ……ガイロスの研究者が」

 

 後半の言葉が小声なのが、不安を煽る。

 

「実地検査はまだってことなんだろう!?」

「まぁ、ガイガロスから外には出してもらえなかったし、あっちでの部下からの報告で可能という判断を下したわけだけど……」

 

 なおも言いよどむアルファスにヴェルカナが食って掛かる。エレナとしても自分の命と意思をかけた計画が行き当たりばったりなことでは納得がいかない。自身も何か言い寄ってやろうと口を開きかけるが、その時だった。護衛の二機から通信が入った。

 

『馬鹿博士を殴りたいところだろうが、問題が発生しましたよ』

『追手です。こちらを上回る速度。十分後には会敵します』

 

 ダニーの、そしてトビーの警告が飛び込む。ガイロス帝国からの最悪の追手は、もう目の前だった。

 



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脱出 7

 モルガの捉えた機影が、モニターに表示される。

 黒い獣のようなゾイドだ。オオカミを模した流麗な体つきは見る者に気高さを、そしてある種の美しさを思わせる。

 その機体色が漆黒でなければ。両足の爪が二重構造でなければ。口端が大きく裂け、ぞろりと並んだ鋭角な牙が恐竜のそれのように並んでいなければ。

 機体の容姿はオオカミのようで、しかし節々に見られる特徴は四足で翼のないドラゴン――ドラゴン型ゾイドであるレドラーの翼を捥いだ野生体のようだった。

 

見たことのない姿にエレナの思考が奪われる。その思考に対する答えは直ぐに出された。

 

「ウルフドレイク……」

「アル、知ってるのね」

「ガイロス皇帝直属の隠密部隊『猟犬竜隊(ハウンドガルム)』、その主戦力の一つさ」

 

 アルファスの答えに、エレナは息を飲んだ。

 『猟犬竜隊(ハウンドガルム)』についてはエレナも噂程度には聞いたことがある。別の大陸――北の暗黒大陸ニクスからやってきたと噂される現皇帝ガイロスは、今の地位に上り詰めるため、当時南エウロペを統一しようとしていたゼネバスの父、ヘリック一世とは別に南エウロペで活動していた。

 力でもって他者を従える。それを示すかのように戦乱に明け暮れたガイロスの傍には、常にその刃となった、暗黒大陸ニクスから移動してきた頃からの同志がいたとされる。

 その同志たちの意志を引き継ぎ、今なおガイロスの懐刀となって動く存在。それが皇帝直轄隠密戦闘部隊『猟犬竜隊(ハウンドガルム)』だ。

 

 『猟犬竜隊(ハウンドガルム)』の主力機は、暗黒大陸出身である彼らの専用機、猟犬ジークドーベル。そしてヘリック一世も愛用していたコマンドウルフを鹵獲、改造し、レドラーのコアとの融合も行われた末に完成したのが、今エレナたちを追いすがる猟竜ウルフドレイクだ。

 

「ちょっとちょっと! 大丈夫なんでしょうねこれ!?」

「レアヘルツ地帯に入ってしまえばこっちのものだ。いけるさ」

 

 不安がるヴェルカナをアルファスが強気に支える。だが、それが虚勢であることは彼の目を見れば明白だった。

 皇帝ガイロスは愚かな男ではない。エレナへの追手に直属の手勢というカードを切ったことには、それ相応の理由があるはずだ。確実に追い詰める、仕留めきる。そう確信するだけの要素が。

 

「会敵まで十分くらいだろう? レアヘルツ地帯までもう三分もない。こっちのが先さ」

「ちゃんと機能するんでしょうね。このパルスガードって奴」

「僕を信じてよ」

 

 たっぷりの疑念が宿されたヴェルカナの瞳がアルファスを射抜く。

 

「と、とにかくパルスガードを立ち上げてくれ。ダニー、トビーもだ」

『信用、していいんだな。博士』

「それ以外に道があるかい」

『兄上。我々はこの男に命を預けてよかったのか……?』

 

 護衛二人の不安はさておき、モルガとイグアン、ヘルキャットのパルスガードが起動する。それから一分と経たずにレアヘルツ地帯に突入した。

 レアヘルツの影響は直ぐに出るものではない。少しずつ、少しずつゾイドの制御系が侵食される。第一段階は制御不良。その後ゾイドの機体そのものが激しい振動に襲われ――ゾイド自身がヘルツによる浸食へ抵抗しているものだ――たらすでに第二段階へ突入している。浸食に耐え切れなくなった時には最終段階を迎え、ゾイドの自我は完全に汚染される。

 最終段階に陥ったゾイドに未来はない。汚染された意志は破壊にのみ向けられ、最終的に己の身が朽ち果てるまで暴走するのだ。

 

 一分、二分、レアヘルツの浸食は徐々にであるが、その兆候がわかるのは早いものだ。これまでの調査から、今くらいにはその兆候が表れてもいい頃合だ。だが、ヴェルカナの感覚にモルガの制御不良は――ない。

 

「ダニー、トビー。調子はどうかな?」

『問題ない』

『ははは、どうやら君の方がレアヘルツより上手だったらしいな、アルファス』

 

 二人からの返答に、その場はいったん安堵に包まれた。だが、安堵を伝えた二人は、一切気を緩めてはいない。

 

『しかし、猟犬竜隊(奴さん)たち、諦めてねぇみたいですよ』

 

 安堵の空気が一転、緊迫したそれに包まれた。猟犬竜隊(ハウンドガルム)のゾイドたちはレアヘルツなど知ったことかと突入してきている。

 なぜ? レアヘルツに巻き込まれることなど意にも返さないのか?

 エレナの抱いた疑問は、直ぐに氷解した。アルファスは何と言った? レアヘルツに対するパルスガードは、()()開発した? その人物は、今()()に居る?

 

「――ゼラムドか!」

 

 エレナが導き出した答えは、アルファスと同じだ。

 

「ゼラムドって誰よ」

「僕の同僚さ。それしかない。あいつがガイロスにパルスガードをやったんだ。あいつらは、僕らと同系のパルスガードを作動させて突入しているんだ」

「ちょっと! どーすんのよそれ! あたしとモルガはこんなとこで死ぬってのかい!? 冗談じゃない!」

 

 ヴェルカナがアクセルを強く踏み込み、それを受けてモルガは急加速する。両側に岩山が聳える谷の真っただ中を猛スピードで突き進んだ。

 

『慌てるな、何のための我々だ』

 

 だが、それとは逆に、トビーのイグアンは右足を踏み込んで反転し、立ちふさがる。同時に、ダニーのヘルキャットも崖に飛びつきながら反転する。

 

「トビー、ダニー……」

『ここは我らが引き受けます』

『姫様はお早く、この場を抜けてください。なーに、このダニー・ダンカン。拾った命を簡単にくれてやるつもりはありませんよ』

 

 その後ろ姿は、いやなほど嘗ての情景と重なった。エレナの「待って!」の言葉よりも早く、二機の小型機は駆け出した。

 

 景色の奥から漆黒のゾイドの群れが現れる。リーダーと思しきジークドーベルが一機。僚機のウルフドレイクが五機。先行した小隊だろうそれは、まっすぐに突き進んでくる。

 

 対するトビーのイグアンは腰を落としながら駆け出す構え。その背後にダニーのヘルキャットが立った。

 

 一息に加速したウルフドレイクの一機が吠える。

 ウルフドレイクはコマンドウルフと同系の野生体を素体とし開発された機体だ。しかし、その開発志向は大きく違った。

 コマンドウルフは共和国高速戦闘隊の主力であるシールドライガーのサポート機として、共和国領で運用されていたオオカミ型ゾイドから開発が進んだ。格闘戦に砲撃戦、追撃における索敵能力など、幅広い運用が可能な万能ゾイドであった。

 対するウルフドレイクは、その装備から違った。口が裂けるほど並んだ牙は対峙した敵機をかみ砕き、通常の爪に加えて展開、収納が可能な足首に備えられた第二の爪が二重に切り裂く。反して砲戦における装備は背部の機銃のみであり、それも格闘戦に突入するための牽制目的だ。

 軽快な身と漆黒の機体色で姿をくらましながら翻弄し、一撃のもとに砕き、切り捨てる。格闘戦に主眼を置いた機体なのだ。

 

 吠えたウルフドレイクが跳躍する。同時に足首に仕舞い込まれていた爪が展開された。その爪は真っ直ぐイグアンに向けて振り下ろされる。

 

 だが、それよりも早くイグアンの背に足をかけたものがいた。ヘルキャットだ。イグアンの背を足場に襲い来るウルフドレイクに向かっていく。

 ウルフドレイクのパイロットは驚きこそしたものの、冷静だった。

 ヘルキャットは戦争の初期から存在する高速機動ゾイドに数えられるが、その武装は火器のみ。格闘戦用の装備は搭載していない。至近距離からの砲撃を加えられれば、装甲の脆いウルフドレイクでもただでは済まないが、この距離ならば砲撃を受けたとしても勢いで押し殺せる。そして、相討ちで終わったところでイグアン一機、後続で押しつぶせる。

 高速戦闘を主眼に置いた機体同士だが、高速戦闘という概念がまだ明確に定まっていない時期に開発されたヘルキャットと後発機のウルフドレイクでは。その性能は雲泥の差だ。絶対の自信を持って、ウルフドレイクのパイロットはヘルキャットに向かった。

 

 だが、ヘルキャットは自身もその前足を振り上げるとその勢いのままにウルフドレイクの頭に叩きつけた。つま先に備えられた小豹の爪(キャットクロー)が華奢なウルフドレイクの頭部装甲を易々と叩き砕き、そのまま叩き落す。

 

 ヘルキャット如きに倒されるはずがない。そう踏んでいたウルフドレイクたちはまさかの事態に浮足立つ。その隙を逃さず今度はイグアンが前に出た。機体後部に備えた小型のブースターで勢いを作り、突出した位置に居たウルフドレイクの頭に左腕を叩き込み、ゼロ距離から四連装インパクトガンを叩きこむ。

 

 エレナは放心し、ほっと安堵の息を吐いた。自分が思ってる以上に、ダンカン兄弟のゾイド乗りとしての腕は卓越したものであったらしい。そう感じたのは、エレナだけでなくアルファスも同様だった。

 

「無茶しないでくれよ。パルスガードを併用しての戦闘だ。どうなるか僕にも予測がつかない」

 

 釘を刺すように通信を送るものの、その声には多少の余裕が生まれていた。

 依然として油断ならない状態だ。だが、かすかな希望も生まれていた。ダンカン兄弟の奮戦により敵は圧倒されている。こちらから無理に仕掛けるつもりもないが、猟犬竜隊(ハウンドガルム)も攻めあぐねている。戦場は谷地形だ。攻められるルートは目の前のみ。虚を突いて崖を横切ろうものなら機体制御に意識を取られ、迎撃は容易だ。

 

 いける。

 

 全員がその希望を持つ。

 だが、そのわずかな希望は、あっさりと砕かれた。

 

 

 

 崖の上。一つ欠けた月を惜しむような星空の下。漆黒の影が猛々しく咆哮を上げ、戦場を睥睨した。

 爛々と輝く瞳は獲物を見定めオレンジに輝く。照らし出された明かりの下、ヘルキャットはおろか、ウルフドレイクよりも一回り巨大な姿を映し出す。流線型のボディに、鋭い爪牙。その姿は、高速戦闘ゾイドの概念を惑星Ziの戦争に撃ち出した革命的機体のものである。

 

 グレートサーベル。

 

 初の大型高速戦闘ゾイド、サーベルタイガー。その発展系の機体だ。

 アルファスは、そしてダニー・ダンカンは知っていた。グレートサーベルを最初に操った乗り手を。このレアヘルツ揺らぐ戦場に現れたそれが、彼であると確信する。

 

「まさか、毒牙。ローヴェン・コーヴか……?」

 

 アルファスの呟きを肯定するように、グレートサーベルはゆっくりと戦場に飛び込んだ。




 ウルフドレイクはモンハンワールドのオドガロンを意識してます。


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脱出 8

 星明かりに照らされた谷間に雷獣の咆哮が反響する。黒曜石のように光を反射させる漆黒の機体は、眼下の獲物を睥睨すると、軽く屈みこんで勢いをつけ、一息に崖を下り始めた。

 速い。落雷が落ちたかのような錯覚を感じるとほぼ同じく、漆黒の雷獣はエレナの乗るモルガの前に降り立ち、全てを威圧するように再度咆哮を上げた。

 モルガが、離れた場所に居るイグアンにヘルキャット、ウルフドレイクたちですらそれに圧倒され身を縮こませる。

 たった一度の咆哮で多数のゾイドを委縮させる。大型ゾイドの威厳――いや、多くの戦場を駆け抜けた歴戦のゾイドの覇気だ。

 

 突然の襲来にヴェルカナの手が止まり、アルファスがじっと漆黒の雷獣を見つめ上げる中、通信マイク越しに『よぉ、姫君』という投げやりな言葉が放たれる。

 

「ローヴェン……」

『俺は言った筈だ。お前がガイロスを去ると言うことは、この国に残された数十万のゼネバス帝国の民を見捨てることと同意義。お前は、皇女としての役目を捨て、逃げるか』

 

 レアヘルツの谷。そう名付けられる大地の土を踏みしめ、牙を閃かせ、漆黒の雷獣(グレートサーベル)は威圧する。

 ここまでくればエレナにも分かる。嘗てのゼネバスの毒牙、ローヴェン・コーヴは今、エレナたちの敵だ。今は亡き主の民を守らんが為、ゼネバスの娘であるエレナを引き戻しにやってきたのである。

 

「ローヴェン……どうしてだ。君もゼネバス陛下に仕えていた身、エレナだけはガイロスの虜囚から解放したいと、そういう想いはないのか?」

『はっ。我々はゼネバスに命を預けた。奴が我らの主ならば、奴は主として最後まで面倒を見るのが筋、責任というもの』

「その責任をエレナに押し付けるのか? 寄生虫のような生き方で、過ぎたる重責を彼女独りの肩に預けると!?」

『そう取ってもらって構わん。力を得た者は責任が生じる。望まぬものでもな。父の責を、お前が果たす。それが運命だ、姫君』

 

 アルファスたちの策は、一部のゼネバス将校の「エレナ姫だけでも生かしたい」という忠義を基に組まれている。だが、全ての民がそうであるとは限らない。エレナを、ゼネバスと言う自国の主を慕い、彼の下に生きる想いを抱いていた民も多く居たはずだ。ゼネバス帝国とは、元々皇帝ゼネバスの想いに魅かれて共に歩むことを誓った人々の集団なのだから。

 彼らが国主に頼り、寄生していると言うのも間違いではない。情けないと断じられても、それを甘んじて受け入れる。しかし生き方を変えるつもりはない。ローヴェンの言葉には、残されたゼネバスの民の弱い想いがあった。

 

『お前を連れ戻し、お前はガイロスに残された民のためにガイロスでの虜囚と言う地位に甘んじる。お前が居るだけで民も安心しよう。兵も戦う理由を見いだせる。無駄に命を散らす馬鹿どもは、もう現れん』

 

 ローヴェンの言い分は、少しばかり理解できるものがあった。

 今回のエレナの亡命計画で、囮となった旧ゼネバス将校は確実に死罪だろう。そればかりか彼らの血縁者、関係者にまで火の粉が飛び散ることも、あの覇王ガイロスならば十分に考えられる。そして、見せしめとして多くの旧ゼネバスの民の血が流されることも。

 

 ゼネバスの民は、それを望む者もいるだろう。主を裏切り、彼らを隷属するガイロスで生きるのならば、死ぬ方がマシだと叫ぶ者も。だが、それは全てではない。むしろ大多数は思う筈だ。生きていたい、と。

 

 ローヴェンはそれを防ぐためにこの場に現れたのだ。ゼネバス帝国皇帝親衛隊、その筆頭がガイロスのために逃げた姫を連れ戻す。全てを救うことは不可能だとしても、その功で救える民もあるはずだ。

 

 エレナは「開けてください」とヴェルカナに頼む。一瞬、怪訝な表情を浮かべたヴェルカナだったが、エレナの顔を見るとため息を吐きながらコックピットを開くべく操作する。モルガの分厚い頭部が前に押し出され、内部コックピットの蓋が押しのけられた。

 

 轟と吹き抜ける風がエレナの髪を揺さぶる。荒い風に少し顔を顰めつつエレナは立ち上がり、コックピットを降りてグレートサーベルの前に歩む。

 コックピットから見守るアルファスとヴェルカナの表情は、不安気だ。彼らに乾いた笑みを見せ、エレナはグレートサーベルを見上げた。

 

『それとも、それだけの屍の上に立ってでも成し遂げたい決意か。それとも父の業という運命に抗う覚悟か。それがあんたの中にはできたのか? (から)の姫君』

 

 本当に臣下だったのか疑いたくなる物言いだ。そう思いながら見たローウェン・コーヴの表情は相変わらずサーベルタイガーの面に隠され窺えない。ただ、これまで言葉を投げかけて来た時も、そして今も、変わらぬ無表情なのだろうと、エレナは思った。

 

「私には、まだ決意はありません」

 

 そんな彼を見上げ、エレナは愚痴る様に言った。

 

幼なじみ(とも)との約束、父の無念、それらはあなたの言う『私の決意』を定める材料となりましょう。アルファスやダンカンたちの生きて欲しいという願いも同じく、それらを私は理解しているつもりです。ですが、まだ私がどうしたいのか分からない」

 

 ローヴェン・コーヴに突きつけられ、エレナは自分が何も考えようとしていなかったことに気づいた。虜囚の姫として、ただ流れていく日々に安穏と、流されていく毎日を送っているだけだと知った。今回の亡命もそう、共和国から要請され、断って見せたものの、アルファスに諭されて受け入れた。

 それは全て、流されていただけだ。自分の意志など、これっぽっちも含まれていない。

 

「だから私は、皆が作ってくれた亡命という日々に、ガイガロスから解き放たれた日々で考えようと思うのです。私に何が出来るのか、何をしたいのか……」

『民と兵が命がけで作り上げた日々で考え事か。贅沢な姫だ。俺たちの命は、あんたの思索のために使われるほど、安いものではない!』

 

 ああ、ローウェンが初めて感情を見せた。彼は、怒った。

 アルファスから聞いた逸話を思い出す。ローウェンは、嘗て共和国との戦闘で部下を全滅させている。その復讐心で戦場に復帰し、復讐を終えて空虚になったところで親衛隊へ誘われたと。

 彼が激怒する理由も、良く分かる。共和国との戦いで無残に部下の命を散らした彼だ。命の重みは、失う哀しさは、痛いほど伝わってくる。

 だから、伝える。あの夜に、そして今日までに練ってきた、自分の意志を、決意を。

 

「ええ、そう、皆の命を軽視するつもりはありません。ですから、私の決断は、見出す決意は、必ずや、皆の献身に報いるものにして見せます。そして、実現して見せます。私の、一生を賭けて!」

 

 ローヴェンを見据える。表情は、相変わらず面に隠されて見えない。ただ、無言だった。不安に駆られて後ろを向くと、なぜかアルファスが笑っていた、とびきりの笑顔で、長い銀髪に埋もれた後頭部を掻き、もう片方の手でサムズアップしている。

 

『……そうか』

 

 ローヴェンは一言告げると、グレートサーベルのコックピットに座り、操縦桿を力強く引いた。馬の横腹を蹴るような、跨った猛獣の背を叩くような。彼の意志に背を押され、グレートサーベルが吠えた。

 力強く地を蹴り、モルガを一息に飛び越すと、防戦に陥りかけていたヘルキャットとイグアンに向かっていたウルフドレイクを叩き潰す。

 

『姫の覚悟、見させてもらった! いい覚悟だ。俺の個人的なものは捨て、姫の刃となろう!』

 

 グレートサーベルの後ろ姿を見送るエレナの傍にモルガが急停車する。アルファスが、手を伸ばしていた。エレナはその手を掴み、引っ張りあげられる。

 

「嬉しそうだね、エレナ。久しぶりに見たよ。君の心からの笑顔」

「そうかしら? それで、どうするの?」

「パルスガードはそろそろ限界だ。北エウロペに進路を変える」

「北?」

「訳は後で。頼むよヴェルカナ」

 

 楽しげに笑うアルファスに釣られてか、ヴェルカナも「あいあい」と人の良い笑みでモルガを転進させる。その後ろをトビーのイグアンが追走し、殿にダニーのヘルキャット。そしてローヴェンのグレートサーベルが着いた。

 問答の間にウルフドレイクの増援が集まりつつある。ある程度の数を圧倒したダニーとローヴェンの活躍もあり。エレナたちはどうにかレアヘルツの谷を脱する。

 

 

 

 そして、長い逃亡の日々が始まった。

 



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脱出 語り部 後

 話を一区切りし、ルイーズは紅茶のカップを持ち上げ、ゆっくりと傾ける。そんな優美な仕草すら目に届かず、ヴォルフは自身の思考にどうにか整理をつける。そして、震える声で、どうにか言葉を吐き出す。

 

「あの、……お、伯母上……?」

「ええ。そうよ。やっと、そう呼ばれる日が来たのね」

 

 嬉しそうにふっと微笑んだルイーズの顔を、ヴォルフは信じがたいものを見るように見つめる。

 エレナ姫はとうの昔に死んでしまった。そう結論を下したのはヴォルフであり、先に彼女の消息を調べていた父ギュンター・プロイツェンであった。だからこそ、目の前で知らされた驚愕の真実に思考が追いつかない。

 そして、彼女がゼネバス・ムーロアの娘ならば、それを隠し通して来たのなら、ヴォルフには、湧き上がる感情があった。決して、プラスのものではない感情が。

 

「なぜです……。なぜ、もっと早く教えて下さらなかったのですか!」

 

 感情の正体は、怒りだ。

 すでに起こってしまった出来事を蒸し返すようで、意味のないものである。だが、ルイーズがその事実を伝えていれば……。そう思わずにはいられない。激情が、止めどなくヴォルフの口から溢れる。

 

「あなたが皇帝ゼネバスの娘であるなら、父の想い描いたゼネバス帝国の復権――いや、不当に虐げられたゼネバスの民の救済は、もっと早くに成せたはずだ! それを知っていればギュンター・プロイツェンは、父はあのような最期を迎える筈はなかった。あなたと手を取り合い、共にエウロペを真の平和へと導くこともできたはずだ!」

「ヴォルフさん! 少し落ち着いて!」

 

 激高し、机に手を叩きつける。そんなヴォルフを抑えようとルドルフも立ち上がるが、年の差、体格の差もあり抑えようがない。対するルイーズは、先ほどまでと打って変わって、半眼の厳しい目でヴォルフを見据えた。

 

「もっと早く知っていれば。それは私からも言いたいのですよ」

「なにを」

「あなたとプロイツェンがお父様の子、孫であると私が知ったのは、あなた自らが私に伝えてきたあの日。私はお父様の血を恨めしく思いました。どうして、私まで同じことをせねばならないのか。血縁の者を憎み、争わなければならないのか。ムーロアの血には呪いが込められているのかもしれませんね」

 

 淡々とした物言いだが、そこにはルイーズの憤りがあった。

 嘗て、ゼネバス・ムーロアは兄へリック・ムーロアと敵対し、長きにわたる戦争を引き起こした。そして、エレナもまた知らぬままにガイロスの指導者となった異母弟のギュンター・プロイツェンを相手にした。

 ゼネバスは戦争に敗れたのち、兄との和解を考えていた。しかし、それは叶うことなく、次代も争いを続ける結果となった

 まさに呪いだ。二代に渡って家族間で戦争を行ってしまったのだ。知っていれば、望むはずもなかった争いを。これを呪いと呼ばず、なんと称するのだろう。

 

 じっと見つめ合い、しかしお互いがわだかまりを抱えていたことは全て伝わった。ヴォルフはふっと息を吸い、大きく吐き出す。全身の力を抜き、もう一度深呼吸をすると、席に着いた。

 ヴォルフが落ち着いたのを見計らい、ルイーズが語り出す。

 

「私がゼネバスの娘であると公表しなかったのは、共和国の政を担っていく中で、民に余計な感情を抱かせぬためでした。嘗ての敵国の主の娘が、故国の政治頂点に立つ。反感を抱かぬ民が現れるかもしれません。それに、共和国に渡った旧ゼネバスの民に過大な期待を抱かせるつもりもありませんでした。私は、どちらの民も優劣をつけるつもりはなかった。彼らが勝手に私に期待を抱き、それが民の中での不和に繋がる。そのような可能性を潰しておきたかったのです」

 

 ルイーズが語った物語の先、どのようにして共和国大統領の地位に上り詰めたのかはまだ分からない。だが、その中で彼女はどれほどの心労を募らせただろうか。そして、ヴォルフがムーロアの血族であると明かした時の彼女の心境は? 彼女が長い月日の中で抱いていた多くの想いがせめぎ合ったことだろう。その衝撃は到底図りしえない。

 

「すみません。少し、取り乱してしまった」

「よいのです。だからこそ、この話はやはりすべきでした」

 

 これまでは知らなかったからこそ、敵と断定し、争いを続けてしまった。だが、それはもう過去の失敗であり、見直さなければならないのだ。

 そして、これからは三国手を取り合い、真に平和な惑星Ziを作りあげるのだ。

 

「ヴォルフ。これからがあなたにとって苦難の日々でしょう。ですが私も、ルドルフ陛下も、きっとあなたの力となりましょう。ね」

「もちろんです。ヴォルフさん、一緒にがんばりましょう」

 

 そう力強く言ったルドルフだが、彼の内心も決して穏やかではない。晩年の温厚な皇帝ガイロスしか知らないだろう彼には、戦時下の前皇帝の話題は刺激が強かったに違いない。だが、ルドルフはそれを心に留め、ヴォルフの力になると言った。それは彼の本心であると、ヴォルフは理解する。

 

「だから、あなたも私たちに協力して頂戴」

「はい。もちろんです」

 

 嘗て、ヘリックとゼネバスは互いを信頼し合う良き兄弟であり、しかし争うこととなった。ギュンターとルイーズは、同じように旧ゼネバス帝国の民の救済のために、しかし思想の違いと互いの真実を知らぬが故に、争った。

 そして今、ヴォルフとルイーズはその過去を繰り返さぬために誓った。今度こそ、真に平和なエウロペを、惑星Ziを築き上げるために。

 

 

 

「あの、すみません」

 

 と、決意を確かめ合ったところでルドルフが申し訳なさそうに言った。

 

「実は、ルイーズ大統領のお話を聞いていたら、その、続きが気になってしまって……」

 

 ヴォルフとルイーズは互いに顔を見つめ合い、そして同じタイミング噴き出した。

 

「ご、ごめんなさい! ルイーズ大統領にとってはお辛いお話と思うのですが……」

 

 ルドルフは元盗賊のロッソとヴィオーラに誘拐され、結果的にプロイツェンの刺客から守られることとなった。そして、バンたちと出会い帝都ガイガロスへの旅を共にした経験がある。

 形は大きく違えど、ルイーズの経験談はルドルフの旅路と似通った部分があった。ルドルフがバンと旅をし、ガイロスの皇帝としての決意を固めた様に、ルイーズもまた、亡命の旅の中で自身の生き方の決意を見出したのだろう。ルイーズの旅の中には、彼女が共和国大統領を目指すきっかけがあったはずだ。

 だからこそ気になったのだろう。指導者として何十年も先を行く先輩が、どのようにその道を見出したのか。そこに至る道程で、一体どのような胸のすく冒険があったのか。

 まだ幼く、子供らしい冒険心を胸に宿したルドルフだからこそ、悪いとは思いつつも訊かずにはいられなかったのだ。

 

 さて、ルイーズはどのように答えるのだろうか。自分から語りだしたのだ。まさかここで中断するなどとは言うまい。

 かくいうヴォルフもまた、ルイーズの半生が気になってもいた。彼女が共和国の大統領へと上り詰めた、その原点となる決意が、どのように培われていったのか。彼女の物語は、まだその冒頭部分しか語られていないのだ。

 

「そうね。二人とも興味津々の様ですし、ゆっくりお話ししてあげましょうか」

「よろしくお願いします!」

 

 輝くような笑顔で言ったルドルフは、まるで母に寝物語を訊かせてもらう子どもの様だ。そして、ヴォルフ自身は、そんな親子を見守る兄、と言った立ち位置だろうか。

 そんな自身の妄想にふっと笑みをこぼし、ヴォルフはルイーズが語り出す物語の続きに耳を傾ける。

 

 若き二人の君主と二人を導く老齢の指導者の茶会は、まだまだ長くなりそうだった。




 本作もこれにて一旦終了です。
 次章をお楽しみに。

 あ、本作にも後書きはありますよ。砂鴉がグダグダだべるあれ(笑)


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後書き

 本作を読了いただき誠にありがとうございます。作者の砂鴉です。

 

 今回は『ZOIDS ~Inside Story~』の外章ということですが、いかがだったでしょうか。本編の方で慣れ親しんでいただいたキャラクターの大半が出演しない(出たとしても冒頭のみ)なため、いつもの拙作を期待していた方々には少し不満だったかもしれません。

 え? 結局いつもの私の描き方だった? だったら、嬉しいような、複雑なような……。まぁ、本家バトルストーリーのような淡々とした描写は私には無理そうです。相変わらず、ラノベ風の描写が多くなり、戦記とするには少し首を傾げる無双な戦闘描写が出て来る事でしょう。

 

 

 

 ともかく、本作は『ZOIDS ~Inside Story~』の過去編ということで、あちらでは出演できないキャラクターが幾人か、あちらにも出ている方々の若き姿を出すことが出来ました。……あるキャラに至っては、もう隠す気も感じられないほどでしたが(笑)

 

 とにもかくにも、堪能いただけていれば幸いです。

 では、今回も零れ話をいくつか。毎度おなじみ作者のグダグダなのでテキトーに流し見で構いませんよ?

 

 1、文章量について。

 いつもは10000字越えを平気で叩き出す私こと砂鴉ですが、今回はとにかく文字数を抑えました。話を要点のみに絞って、とにかく少ない文字数でまとめることを目指して書いてみました。

 お気づきと思いますが、本作は大体1話3000~5000字程度に収まってます。本編第一章並みに抑えることが出来ました。

 まぁ、あっちは1話に多くの場面を突っ込んだり一つの場面が長すぎたりであんなことになってるのですがね。……たぶん(汗)

 自己分析のあまりできていない砂鴉です。

 

 2、オリジナル機体について。

 唐突に登場しましたゾイド、ウルフドレイクについて補足を。

 当機体は砂鴉の頭の中で想像した機体です。作中での役割はジークドーベルの僚機としての登場が主となります。その性質のイメージはずばりハイエナ+猟犬。エレナたちを執拗に追いかける敵機体です。

 機体そのものがどんなものかと言えば、モンハンワールドに登場するオドガロンみたいな。いつか作ってみたいなぁと思ってます。たぶん私の事だから思うだけ。私が作るのは文章の世界しかないでしょう(苦笑)。

 

 ってか、初のオリジナルゾイドが蹂躙される敵の有象無象って……。普通は主役張れるようなカッコいいゾイド出すだろうよ。なんなんだ私は。それでいいのか私のオリジナルゾイドよ……。

 

 3、本作におけるエレナ・ムーロアについて。

 無気力に苛まれたマイナス思考状態です。最もひどかった時と比べるとだいぶマシになったとはアルファスの談。

 エレナの思考については、もう本作のストーリーを計画した辺りで大幅弄っております。本作はエレナが悩み抜いた末に共和国の指導者を目指すまでを描く予定。ってわけで、この先のお楽しみとしていただければ……。

 

 4、その他登場キャラについて

 アルファス

 実は『ZOIDS ~Inside Story~』本編にも登場したことがあるあのご老人です。ネタバレは避けますが、次章にて本編での姿、立場を表す予定です。ヒントは本作中での他キャラとのやり取りですね。お楽しみに。

 

 ゼラムド

 もう分かりきってるだろう『ZOIDS ~Inside Story~』主要人物の彼。この人はね、この頃からはっちゃけてます。ちなみに、この時代の彼の容姿は……某とあるラノベシリーズの木原クンをイメージしてます。性格は、まだイメージ元の方がはっちゃけてますがね……。ですよね?

 

 ところでアルファスとゼラムドはなぜフルネームではないのか? それは……姓の方を本編での名前としてるからですね。ってわけで二人については次章で。

 

 ダニー・ダンカン トビー・ダンカン

 なんか生きちゃってた人。本作を書くに当たって、どうせなら旧バトストのキャラクターを登場させたいなぁと思いwikiを漁った結果、登場させることにしました。ダニーに至っては奇跡の生還を果たさせてます。兄の散り様とその後の弟の慟哭に至るエピソードは、読んだことありませんが感動ものでしょう。

 ……なわけで、それをぶち壊してるんじゃないかと悩んでました。

 

 と、つらつら書きましたが、彼らの登場は本編の最初期から決定してたんですよね、実は。

 

 ローヴェン・コーヴ。

 本編主人公ローレンジのお祖父ちゃん。主人公の血縁者なのでちょっとどころかかなり設定盛りました。バトスト原作には登場してない彼ですが、ご容赦ください。

 親衛隊の二つ名とかは独自設定です。相方に抜擢したアッシュ・ラボーンもそのうちでてきますよ。

 

 ヴェルカナ

 この旅、エレナ以外むさい男ばっかだな。真面目キャラが三人だし、エレナはマイナスモードだし、アルファスだけじゃ空気が持たないな。……姐御欲しいな。

 以上の理由で追加しました。基本、欝なお話ですが欝すぎないように書いていきたいです。ルドルフが目を輝かせるような冒険譚な話にもしたいですし。

 イメージは……例の彼女。運び屋ですしね。

 

 

 ひとまずキャラクターに関する裏話は以上です。まだまだ他にも登場予定のキャラクターはいますので、今後をお楽しみください。

 

 5、次章について

 次回は語り部が変わります。エレナの視点からの物語を期待していた方には申し訳ありませんが、本作を彩ってくれるキャラは他にも多々います。

 本作はエレナの物語を主軸に、それを形作ったキャラクターによって語られるストーリーです。

 全四章構成でお送りする予定ですので、各章の語り部を予想しながらお待ちください。

 

 

 

 えー今回の裏話は以上としたいと思います。まだまだ語りたいことが出て来るかもしれませんが、その時はちょこっと書き足すかもです。

 ともかく、しばらくはこちらを執筆していくつもりなので、よければ目を通していってください。そして、冒頭の注意そっちのけでこちらから読んだ方、ぜひ本編『ZOIDS ~Inside Story~』にも目を通していただければ幸いです。

 

 それでは~

 

 

 

 



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