豚も蹴落としゃ宙を飛ぶ (章介)
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プロローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Q.天才と凡人の違いとは何か?

 

 

 人生で一回は耳にしたことがあるだろう非生産的な問い。人によって解は違うだろうが例えば天賦の才だったり、類稀な幸運だったり、はたまた主人公補正かそれとも環境か?

 

 

 俺が推す答えは『狂ってる』だ。これも割とベタな答えだと思う。漫画とかでも腹が裂けようが敵に立ち向かう主人公とか、周りの全てが敵になっても知るかとばかりに突き進む英雄とかテンプレだろ?え、飛躍し過ぎ?じゃあ国を代表するアスリートとかなら分かりやすいか?偶にテレビや雑誌の特集に載っていたりするが、あの人たちと同じ生活(特にトレーニングや日課とか)してたら絶対保たない。出来る出来ないじゃなくて『耐えられない』んだ。だるい、しんどい、今日はちょっと…いくらでも常套句は出てくるが、それを跳ね除け続けるなんて凡人には無理だ。そりゃ天才でなくても『辛いけど此処は頑張り処だから』って努力することは出来るけど、それだって十回ぶち当たって一回あるかどうか、または就活とか本当に将来を左右する『一時』だから出来るだけの事だ。

 

 

 ぐだぐだと話が長くなったが、俺が言いたいのは『狂気が無けりゃ人間【普通】より外には行けない』ってことだ。そんでもって、これが俺に降りかかった事態に滅茶苦茶関係してくるんだよ。

 

 

 

 当然知ってるとは思うが、この世界でもっともホットで話題を独占する存在と言えば『伐刀者(ブレイザー)』または『魔導騎士』と言われる存在だろう。詳しい原理は知らんが自分の魂を訣って固有霊装(デバイス)っつう武器や超常を起こす道具を生み出せる人間で、千人に一人しかいない希少と考えるべきか意外と居るなと思うべきか判断に迷う存在だ。そんでもって、俺もまたそんな伐刀者の一人で学費0円っていうだけで選んだ専門学校『破軍学園』に通っている。

 

 

 まあ千人に一人の確率で選ばれたって言うと生まれながらのエリートとか勘違いしそうになるが、先程も述べた通り『狂って』なきゃ程々にしか結果は出せないもんさ。なまじ希少な所為でよっぽどの大外れさえ引かなきゃ食いっぱぐれる事なんざねえし。……まあそのよっぽどと同期になったからあんまり大声で言えねえんだが。

 

 

 ついでだから話題に出しておくか。その同期の名前は『黒鉄一輝』、少し前までは唯のクラスメイトだったが今じゃ傷を舐め合う負け犬仲間ってとこだ。どんな奴かって言えば、良い意味でも悪い意味でもとんでもない奴だ。ルックス良し・性格良し・剣の(・・)才能は神童レベル・肉体は入学時点でYAMA育ちかお前はって位ムッキムキに仕上がってるビックリ人間だ。

 

 

 じゃあ悪い意味って何かと言えば、世界大戦以来の名家『黒鉄』の血が災いして一族に人生台無しにされ続けてるってことだ。いや本当に凄いわ、こいつ一人貶めるために国立学校、それも国防に直結する超重要機関のルールが丸ごと変わったからな。俺も入学前に伝手やら何やらで情報収集したけど『Fランク以下は授業を受けさせない制度(能力値選抜制)』なんて存在どころか噂すら出てなかった代物が突然湧いて出やがったんだから相当陰湿につけ回されてるわけだ。

 

 

 ―――え?周りの人間は何も言わないのか?社会道徳に反する?……おい、もしそんな寝言言う奴が居たら今すぐ引っ叩いて黙らせるか、欧州に高飛びを勧めるかしてやれ。この国がいつから民主主義になったんだよ、封建社会から一歩も変わってないエリート至上主義の官僚国家だろうが。御上が黒って言えばドドメ色だろうが黒なんだよ。

 

 

 …こんなこと言えば非国民呼ばわりされかねんが、もし第二次世界大戦に負けてりゃヨーロッパお得意の自由民主主義が幅利かせたかもしれんが、日本は世界大戦の戦勝国だぞ?つまりは治安維持法も、軍部大臣現役武官制も、特別高等警察も、大政翼賛会も、何も間違ってやしないって言い続けてきた。結局外圧の所為で資本主義や財閥解体はしたみたいだが、日本お家芸の『表面上は』『言葉の上では』『暗黙の了解で』で整えただけに決まってるだろうが。そうでなきゃ一家の御家騒動で国家を担う若人のカリキュラムを弄り回せるわけないしな。

 

 

 

 さて思い切り話が逸れたが、俺と黒鉄一輝の繋がりなんて最初は本当に唯のクラスメイトだった。あえて付け加えるとしたら、偶に晩飯たかる代わりに授業内容を教えてやってたくらいだが、入学当時は一部の馬鹿を除けば理由もないのに積極的に嫌がらせする人間はほとんどいなかったし、同情から似たような事してたやつは結構多かった。なんせ見てくれは本当に良いからな、こいつ。俺としては第一印象から『こいつけっこうイカレてるな(天才の素養があるな)』と思ったから誼を得ようとか下心があったし、半強制的に復習することになってテストの成績が向上したから寧ろ礼を言わなきゃならんかもしれんが。

 

 

 

 

 ――――零落の切っ掛けは本当に単純だった。ただ単に、その件の落ちこぼれFランク騎士に後塵を拝した、それだけだ。『能力値選抜制』が原因で碌に授業に出られなかったあいつも、たった一度だけ学校公認で実践試合をしたことがあったんだ。幾ら『黒鉄家』が名門っても、対抗派閥や商売敵はそれなりに居る。そんな連中に後から付けこまれる理由にならない様、一度は試合をさせる必要があった。そうすれば『授業には出たが、全戦全敗だった』て成績に厚化粧できるだろ?とはいえ、『雷切』や序列上位なんか当てても負けて当然って言われるだけだから、同じ一年から見繕った。それが俺だったって訳さ。

 

 

 今にして思えば、当時の俺は嫌な奴だった。入学当時ではランクCなんて身の丈に合わない評価を貰って天狗になってたし、それに輪をかけて俺の『固有霊装』はとても都合が良かった。程々の実力でも十分潰しが利いたからな、狂ってない(凡人の)俺様じゃ人に『悪くはない』と思われる以上の努力なんて出来なかった。その怠惰が祟ってか、後でどうなるかもよく考えずに言われるままに試合を引き受けたんだよな。

 

 

それに引き替え、当時はあいつも意気軒昂でな。授業を出れない自分が唯一存在価値を示せる絶好の機会がやってきたんだから当たり前だが、これだけでもどっちが勝つか予想を立てるまでも無いだろう?

 

 

勝負は一瞬だった。俺が見立てた通りあいつは天才(狂人)で、あの当時から既に伐刀絶技(ノーブルアーツ)の一刀何某とかいうのを修めてやがった。俺が化物共以外に負けたことのない必勝の布陣が一秒と持たず、敗北に気付いたのはベッドで目が覚めてからだった。

 

 

 

俺にとっても予想外の結果だったが、一番慌てたのは理事の連中だろう。彼らもランクの高さが実力の絶対的証明だと猛進してきたのだから、まさかFランクの落ちこぼれにCランクで入ってきた奴が負けるなど考えてもみなかったに違いない。そしてそれ以上に困ったのは、退学の要因にするどころかむしろ彼の強さを証明してしまったことだろう。御上の要望に応えられないなんて将来が決まるも同然、そういった焦りや予定を崩された怒りの矛先が全部俺に向けられた。

 

 

それからの行動は早かった。何せ翌日の朝刊に、俺や家族が面接官に賄賂を渡してランクの虚偽報告をさせたことが、一面で載ってやがったんだからな。実際の俺のランクはFランクらしく、ご丁寧に中学時代の成績まで改竄する徹底ぶり。だから昨日の試合は落ちこぼれが上位者を下したんじゃなく、FランクがFランク同士で低レベルの戦いをしてただけってことにしたらしい。身に覚えのない罪で周りに槍玉に挙げられた家族は俺に浴びせられるだけの罵倒を浴びせたらさっさと雲隠れしていき、クラスメイトも手のひらを返していった。

 

 

 一番影響を受けたのは黒鉄一輝だろう。まさか連中が此処までするとは思わなかったようで、しかも今回の件で相当当て擦りを喰らったらしい。『お前が上に逆らって余計なことをするから、お前の所為で不幸になる人間が増えた』的なことを延々言われたとか、どの口がほざくのやら。この一件が原因で他人と距離を置くようになり、形振り構わない理事どもを警戒し過ぎて正当防衛すら出来ず怪我の毎日となった。しかも俺の二の舞になりたくないのか、今まで日和見だった奴らまで馬鹿共に便乗しだしたのだから目も当てられん。

 

 

 まあそんなこんなでめでたく帰る家も今までの評価も、ちっぽけなプライドも粉々になった訳だが、何より俺をイカレさせたのは、騒動の中心である一輝が俺に土下座をしやがったことだ。くそがッ!今でも腸が煮えくり返ってきやがる!『関係のない君を巻き込んで本当に申し訳ない。僕に出来ることならどんなことでもする、償いをさせてほしい』だと?

 

 

 そうじゃねえだろうが!お前は当事者かもしれんが加害者じゃねえだろ。むしろお前が安易に話に食いつくから利用されて立場が悪くなったと罵られる方がまだマシだ!大した誇りも持ってなかった俺だが、これ以上ないほど顔に泥を塗られた気分だった。俺の今までの何もかもが、こいつを貶めるため切っ掛け以外何の価値もないものにされたってことだからな。

 

 

 そこから俺とあいつの協力関係は始まった。俺はあいつに『伐刀絶技』の強化に協力しろと迫り、あいつの訓練には俺の『固有霊装』を提供した。あいつの武の理を取り込んで創り(・・)続けた。幸い試運転の相手にも困らなかったしな、あいつに流血沙汰しかけようとする馬鹿を横から殴りつけるだけの簡単な仕事だ。報復に何度か俺の方にも来たが、今更しがらみのない俺が自重する理由もなく全部返り討ちにしてやった。何度か理事に俺が邪魔だと訴えたようだが返事は放逐の一択だったようだ。まあ当たり前か、もし退学させられようものなら、その日の内に求人誌買って犯罪者の皆さんとこ駆け込むだけだし。俺の『伐刀絶技』はテロリストには垂涎物だし、俺としても最低限度の幸福も保障しない国家に立てる義理なんざねえし。恥や外聞なんてのも今更だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――あの日から、脳髄に直接響く声のままに『固有霊装』を行使する毎日だった。授業を出れないのを良いことに自室での引き籠りと、試運転に出かけるだけの寂しい生活は丸一年続いた。学園からの通達は全部無視してたせいで知らなかったが、何時の間にか理事やら教師陣やらが一新されていたというのを一輝から聞いた。他にも『能力値選抜制度』の廃止だの、トーナメントがどうだとかも言ってたが正直興味が湧かない。

 

 

 だが、一つだけ猛烈に惹かれた内容があった。それはランクに関わらず『七星剣武祭』(まあ早い話が伐刀者全国選手権と言ったところか)に出場できる可能性が出てきたということ。まあ目の前のこいつが一番の障害なんだが、俺が七星剣武祭に出場したらどうなる?もし万が一上位入賞などしたら、今までの事態はどう作用する?……是が非でも見てみたいと思った俺は悪くないと思う。

 

 

 そういう訳で、一輝も同じく新理事長に用事があるとのことなので一緒に向かうこととなった。まあ先に行っても良いんだが、今まで散々ボイコットしてきた俺が単独で行くというのも考え物なので、ぜひ同行を願い出た。……この時態々早朝の日課を終えた奴の部屋までついて行かず、現地集合にしておくべきだったとひどく後悔することになった。

 

 

 

 

 

 

「い、いやああああああああぁッ!!!!?」

 

 

 ………一輝、お前さんのこれまでの生活はある程度聞いていたから、女性とのトラブルに関して免疫ないのはしょうがないが、野郎のキャスト・オフは覗き関係なく警察案件だと思うぞ?

 




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第一話

 

 

 

 

 

 

「――――まったく、初日からとんだ不祥事を起こしてくれるとはなあ黒鉄。しかも再三の召喚要求を無視してきた問題児がその片割れとは」

 

 

「ならせめて名刺くらいよこせ。あれだけのことをしてくださった御方々のために動く訳無いだろが」

 

 

「…?ああ、そうかそうだったな。すまない、私の前任が随分身辺整理の上手い男でな。君に関してはニュースでやっていた以上の事は知らなくてつい失念していた」

 

 

「知る気もなかった、というべきでは?自分が赴任する学校で起きた、それも新聞の一面に載るような案件を知らないとは随分不勉強なことだな」

 

 

「そう苛めてくれるな。私は醜聞屋がどうにも好きになれなくてな、変に先入観を植え付けられるよりこの目で見て判断したかった。不勉強のツケは改革で返そう、少なくとも私が居る限りは部外者に土足で踏み入られるなんて醜態は晒さんよ」

 

 

「是非そうあってほしいものだ、大切な生徒を拉致されても『国家権力には勝てませんでした』などとほざかれては適わん」

 

 

「ああ、期待してみていてくれ」

 

 

「(か、帰りたい……)」

 

 

 ふん、この女性が新しい理事長か。…ダメだな、連中とは無関係と知ってても条件反射で敵意が湧く。この人が常識的な大人で助かった。隣の奴が居た堪れなさそうにしてるがお前が離席できないのはほぼほぼ自業自得だぞ?

 

 

「さて、話が逸れたな。といってもどうしたものかな?貴賤に関係なく乙女の柔肌を許可なく穢した挙句少女の目まで汚そうとしたんだからな」

 

 

「フィフティーフィフティーで紳士的だと思ったんですよ、あの時は」

 

 

「確かに紳士的…と言えるかもしれんが」

 

 

「いや…変態紳士って意味じゃなくて」

 

 

「おい一輝このヒト何も言ってない、それじゃ変態的行動だったと自白してるようなもんだぞ?しかし脱いだのが上半身で良かったな、もし半裸じゃ釣り合わないとか考えて下から脱いでたら――――」

 

 

「その時は弁解の余地なくヴァーミリオン公国に突き出してたな」

 

 

「ふ、二人とも初対面とは思えないほど息ぴったりですね。…さっきの空気がウソみたいに(ボソッ)」

 

 

 すまんな、お前弄るのが楽しくてつい。

 

 

「…そろそろ、か。じゃれ合いはこの辺にしておこう。例え悪気が無くとも、乙女の純情に傷をつけたのは事実だ。それ相応の責任は取って貰おうか?―――入ってくれ」

 

 

 …いつから待ってたかは知らんが、怒気に溢れてないあたり外に声はもれてないらしい。叱られてると思いきや漫才みたいな事してたらふつうはキレるからな。なんて考えてたら一輝が頭下げて何か言っていた。誠意に満ちた見事な45度だが、安易に何でもするとか言うもんじゃないぞ?そんなこと言ったら……。

 

 

「―――じゃあ、特別に……『ハラキリ』で許してあげる♪」

 

 

 ほら、調子に乗って足元見て……what?なんて言ったこの子?

 

 

「え、ええっと、冗談…だよね?」

 

 

「冗談でここまで譲歩なんてしないわよ!」

 

 

「譲歩して切腹なの!?」

 

 

「(セップク…?)なによ、ハラキリは侍には名誉なことなんでしょ!?」

 

 

 ―――――あ、大体察した。こいつ多分言葉の意味わかってないな。外国人あるあるの間違って覚えちゃったパターンだ。流暢な日本語だから忘れてたがそう言えば外国の留学生だったな。………あ、良いこと思いついた。

 

 

「大体事故だし、そんなことで命なん―――『はーいストップ』―――え?春雪(ハルユキ)?」

 

 

 そうそう、俺の名前は今呼ばれた通り『落合 春雪(おちあい はるゆき)』ってんだ。作者も『あれ、そういえばプロローグで名乗ってなくね?』ってなってたから唐突に入れたぞ。ここテストに出るからなー?

 

 

「あら、そういえば貴方も居たわね覗き2号。まさか貴方まで不服なの?」

 

 

 俺が前に出ると、むっとした表情で睨みつけてくる他称『乙女』。いや、巻き込み事故の被害者とはいえ、覗きが近づいてきたら普通もっと警戒するだろうに。実力に自信があるのか、それとも世間知らずなのか。…多分両方っぽいな。

 

 

「いや…、そちらの憤りは至極真っ当。故に、そこのヘタレに代わり我が割腹しかと御照覧あれ」

 

 

 

 時代劇にかぶれた物言いに合わせて虚空から固有霊装のような(・・・・)懐剣を一振り出してみせる。皇女様はキョトンとした表情で、後ろの二人も先程の台詞もあって本気にはしていないようだ。

 

 

 

 ――――なので、誰からも止められることなく深々と切っ先を自身へ埋めることが出来た。

 

 

 

「「「………は?」」」

 

 

「―――って、何でヴァーミリオンさんまで驚いてるの!?これがやらせたかったんだよね!!?」

 

 

「そ、そんな訳無いでしょ!?は、ハラキリってあれでしょ、日本の伝統的な『ど根性試し』のことじゃなかったの!!?」

 

 

「言ってる場合かッ!!黒鉄、直ぐに担架を!その間の時間は私が――――」

 

 

 ―――なんとかする。そう言おうとした理事長殿を手と視線で制し、さも死に掛けですと言った風情で皇女殿へと訴えかける。

 

 

「お…俺や一輝は、み、身一つで…ここまで、だから―――」

 

 

「ちょっと!?しゃべったら駄目!何考えてるのよアンタは!!?」

 

 

「だから、これで…どうか、収めて…くだ……」

 

 

「わ、分かったから!ヴァーミリオンの名に懸けて不問にする!だから早く――――ッ!!」

 

 

 その言葉を聞いた俺は安心したように息を吐くと、そのまま全身から力が失われていき、眠る様に瞼を閉じると……。

 

 

 

 

 

 ―――――ポンッ。

 

 

「いや~そう言って貰えると助かるよ。何せ天涯孤独の身でね、どう頭をひねっても対価を払えそうになかったから一安心だ」

 

 

 

「―――え?いや、だっていま……ゑ?」

 

 

「じゃ、後は一輝と二人で仲良く話し合ってくれ。まさかとは思うが皇女様ともあろう御方が一度交わした約束を反故にするなんてありえませんよね?いや、良かった良かった」

 

 

 突然背後から肩を叩かれた皇女殿は幽霊でも見たかのように目を見開いたまま視線を前方と俺を何度も往復させる。さっきまで真摯に声を掛けていた方はもぬけの殻で、俺の方はというと当たり前だが傷一つない(・・・・・)

 

 

 やがて自身が化かされたと知った彼女は、しかし育ちの良さとプライドが邪魔をして前言を撤回できないようで全身を震わせていた。しかしやがて首を錆びついた歯車みたいにギギギ…と軋ませながら、憤懣遣る方ないといった表情で事態についていけてない一輝の方に向き直る。

 

 

 

「……えっと、どうしたのかなヴァーミリオンさん?」

 

 

「―――――――――――――やって…」

 

 

「へ?」

 

 

「―――だから、今度はアンタがやりなさい!!今度は血反吐はこうが泣いて謝ろうが赦してあげないんだからッ!!」

 

 

「ええッ!?さっき赦すって言ってたよね!」

 

 

「ええ言ったわ、()()2()()()()()()()。私二人とも許してあげるなんて一言も言ってないわよね?」

 

 

「あ、いやそれは……」

 

 

「乙女の良心を弄ばれたこの気持ち、まとめてアンタで晴らさないと私の気が済まないのよ!!」

 

 

「それに関しては僕何もしてないよねッ!!?」

 

 

 悪いな一輝、今度は過失0%だろうが俺の分もまとめて清算しといてくれ。

 

 

「…楽しそうだな、落合?こちらは覗きなど比べ物にならんトラブルに肝を冷やしたんだがなあ」

 

 

 いつの間にか理事長席に座り直していた人がジト目でこちらを睨んでくるがスルーしておこう。生憎一輝の様に甘いマスクにジゴロスキルも持たない俺はああいう責任云々はさっさと潰しておかないとオチオチ眠れもしないんでな。とはいえ――――。

 

 

「楽しいですね。ああして飾らず言葉をぶつけてる一輝を見るのは久しぶりだからな。俺にしてもふざけたのなんてあの一件以来だからテンションがおかしくなってるのかねえ」

 

 

 あの一件で犯罪者扱いされた俺は言うに及ばず、一輝も周囲は馬鹿に便乗する阿呆か、俺の二の舞になりたくなくて踵を返す奴ばかりだったからな。負け犬二人じゃ盛り上がるのも一苦労だ。

 

 

「…巻き込まれる方は堪ったものではないがな。まあ良い、そっちの二人もじゃれ合ってるところ悪いが、いい加減時間が圧している。お前達も騎士の卵なんだ、言葉で決まらないというなら剣で決着を付けたらどうだ?」

 

 

 ほほう?面白い流れになったな、あいつにとってはあの一件以来の公式戦か。皇女殿はたしか伐刀者としての腕を買われて日本まで来たんだったか。詳しい話は知らんが新しい門出を飾るのに相応しい手合いって訳だ。

 

 

「―――何他人事みたいな顔をしているんだ、今日戦うのはお前もだぞ?」

 

 

 ……なんですと?

 

 

「今回のトーナメント制は何分初の試みだからな、決闘(意地の張り合い)がどういうものか理解していない人間も少なくない。そういった連中に分かりやすく教えてやるために記念すべき第一戦の対戦カードがお前だ。光栄に思えよ?」

 

 

 何処が光栄なんだか。七星剣祭に出たいなら遅いか早いかの違いかもしれんが、態々見世物になってまで受けるメリットが無いな。一輝と違って今更実力を示す必要もないしな。

 

 

「まあそう言ってくれるな。ちなみに対戦相手は生徒会―――つまりはこの学園の序列最上位の一人だ。君が本気で七星剣舞祭を狙っているなら、良い試金石になるんじゃないか?それに私の勘だが…黒鉄とヴァーミリオンの決闘は恐らく見届ける人間は少数になるだろう」

 

 

 …?一輝はともかく皇女殿は注目の的だと思うんだが。まあ良いか、出来れば馬鹿共の一人の方がヤル気が出たんだが好都合だ。せっかく見物人が多いんだ、精々楽が出来る試合運びを練るとするか。

 

 

 

 

 




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第二話


 すまない…一輝とステラの決闘は全篇カットなんだ、本当にすまない…。
一輝も原作より強化されてるんだが、原作と違う流れに出来ない作者の文章力をどうか許してほしい……。






 

 

 

 ――――結論から言うと、黒鉄一輝は見事模擬戦で勝利を収めた。それも数十秒目視するだけで相手の剣技を習得してしまう異能『模倣剣技(ブレイドスティール)』や卓越した剣の腕、それからジャイアントキリングを可能とする切り札、己の全能力を一分に凝縮する伐刀絶技『一刀修羅』とあいつの強みを存分に見せつけた良い試合だった。

 

 

 俺だったら安易に手の内を晒すなんてリスクの高いことしたくはないが、それが不利にならないのがあいつの強みだよな。シンプルイズベストに強いから多少の小細工なんて歯牙にもかけんし、破るなら正面から地力で上回る必要がある。逆に言えばスペックで負ける相手は非常に厳しくなるが、それが出来る高校生がどれだけいるのやら。

 

 

 

「―――『良い試合だった』、そういう割にはあまり愉快そうな顔してないじゃないかい。うちからみても良い『見世物』やったけど?」

 

 

「いや、内容については文句ないんだがあのお嬢の戦闘スタイルがちょっとな。あの子お国じゃ大層なアイドルなんだろ?『魔導騎士』は有事の際には国を守る盾だが一伐刀者が傷つくのとあれが傷つくのじゃ意味合いが変わってくる。現王は相当な子煩悩だとも聞くし、皇女殿の身の安全は国家の有事だって自覚が足りないんじゃないかとな」

 

 

「ふむふむ、たしかに国民感情の暴走で亡国の危機に瀕した国は少なくないからねえ。一兵士としては良くても国の旗頭としては及第点以下という訳だな。うちも一回王様に会ったことあるけど、確かに娘が死ぬか一生モノの傷を負えば落としどころを見誤りそうだ」

 

 

 鬱陶しい連中から離れて見物してたら妙なのに絡まれた。無駄にデカい着物を羽織り芸者の様な下駄をはいたチビ女。ボッチの傍で観賞とは酔狂なことだ。……類友、とかか?

 

 

「…何か凄く失礼なこと考えてないかきみ?まあ良いけど、次は君の番なんだろう?なっさけない連中が逃げ出したせいで黒坊の実力があんまり伝わってないぞ?」

 

 

 言われてみれば、入口から腰抜けどもが臆面もなく再入場してるところだった。なるほど、さっき理事長が言ってたのはこれを見越しての事か。

 

 

「それで?きみの対戦相手は生徒会の誰かなんだろう?何の準備もしなくて良いのかい」

 

 

 準備か、そんなもの今更不要だ。俺にとっては試合ですることなんて何も無いからな。

 

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――それではこれより選抜戦第0試合を行う。初めに言っておくが、この試合はこれから始まる選抜戦の見本として記録し在校生はもとより、新入生に対しても広く公開する。そのかわり今試合に関して黒星は無効とし白星は有効とする。これは自らの業や癖をつぶさに研究されるデメリットに対する対価と思って欲しい。では双方固有霊装を展開しろ」

 

 

 ……映像に残すとか聞いてねえぞ。まあ今更文句をつけても仕方がない、それに他の生徒より一試合多いってのは勝ち星で代表が決まるトーナメント制に置いてこれ以上の報酬もないだろう。―――おや、一輝の奴間に合ったのか。…なぜ皇女殿との距離が近いのかは後でゆっくり教えて(弄らせて)もらうとしよう。

 

 

「…余裕か、それとも某を舐めているのか貴殿は?決闘を前にして対戦相手から目を背けるとは」

 

 

「おっと、そんなつもりはないさ。それにしてもアンタが出てきたか生徒会書記。どうせ黒星がつかないなら会長殿と闘りたかったが」

 

 

「某が不足かどうかは剣で語れ、それが伐刀者というものであろう。早く獲物を抜くが良い」

 

 

 おや、挑発には乗らんか。流石は生徒会……あれ、この学園のモラル低すぎないか?生徒会以外は沸点低いうえにすぐ凶器取り出すって騎士以前に人としてどうだろうか?

 

 

 書記さんの返答には行動で応えよう。え?掛け声?あの『来てくれ、<隕鉄>』とかいうあれか。誰がするか面倒臭い、それに俺の場合固有霊装を呼(・・・・・・)んでも意味が無いからな(・・・・・・・・・・・)。パチンと指を鳴らせばそれが合図だ。

 

 

「―――やはり面妖な。久方ぶりに見たな、その『人形』共は」

 

 

 虚空から呼び出したのは十体ほどの人型。ガラス細工の様な見た目に、飾り気もへったくれもない丸い顔にマネキンのような体のそれらは、それぞれ突撃槍に刀、小太刀を装備させてある。

 

 

「―――――それでは、始めッ!!」

 

 

 理事長の号令と同時にお互い動き出す、まあ俺は微動だにしていないんだが。とりあえず俺が呼び出した兵隊の『ポーン』達に去年と同じ速度(・・・・・・・)で動くよう指示を出す。

 

 

 対して書記は大きく後ろへ飛び下がり、ポーンが追い付くまで固有霊装である斬馬刀を振り回し続けると一転攻勢に出る。最初に飛び込んだ4体の突撃槍が一閃で薙ぎ払われ、続く6体の刀持ちも容易く撃破される。まあ、最後の一体を潰す頃には、ビデオの巻き戻しの様に俺の前に10体が同じ態勢で構えていたんだが。

 

 

「ぬう、やはり厄介。一体一の決闘で多対一が出来る上、際限なく呼び出せる持久力か。だが!一体の実力は然程ではない。この程度で某を阻めると思うなあッ!!」

 

 

 だろうな、だから以前の俺は鍛えるなんてしてこなかった。ポーンの修理・再出現は実質消費ゼロでしかも3秒あれば一体出し直せる。これを延々こなせるんだから上を目指さなくてもそれなりの評価は得られた。だが、それも去年までの話だ。

 

 

 片を付けるべくこちらへ猛進してくる相手に、もう一度ポーンを嗾ける。ただし、先程と違うのは速さだけでなく造りもだが。

 

 

 

 ――――『ガキンッ!!』

 

 

「なッ!?馬鹿な、最大まで高まった某の『クレッシェンドアックス』を槍一本で――ッ!」

 

 

 まあそんな反応になるわな。まとめて薙げた雑兵の一騎に自慢の伐刀絶技―――重さは変わらずに斬撃重量のみ累積していく『クレッシェンドアックス』――――を真っ向から食い止められたんだからな。

 

 

 …だが、呆けてる暇なんて無いぞ?多対一で動きを止められることがどれだけヤバいと思ってる。

 

 

 

 ―――『ズブリッ』

 

 

「――ッ!?ぐあッ!い、何時の間に後ろへ――『ドッ』『グサ』『グチャッ』―――ガアアアアッ!!」

 

 

 ―――ほらな。気をやっている間に回り込んだ刀持ちが背後から獲物を突き立て、均衡が崩れた瞬間槍持ちが受け止めた斬馬刀をカチ上げ、残りが一斉に無防備な胴へと喰い込ませていく。

 

 

 これで終わりかと思えば、この状況でもまだポーンを叩き潰し、俺を倒そうと前進してくる。良く見れば全力で魔力をバリアに回していたようで深くは刺さってないらしい。それでも決して浅い傷じゃないんだが、物ともしてないな。その度胸は買うが勝算の無い特攻に付き合うのも馬鹿馬鹿しい。明らかに精彩さが落ちたその体でこの距離は詰められん。

 

 

 追加でさらにもう20、万難を排してパイクという馬上の相手を間合いの外から屠るための長身の槍を持たせて呼び出し、槍衾で突撃させる。思った通り意地だけで向かってきていたようで、成す術もなく書記は串刺しとなりそのまま高々と捧げられる。

 

 

……良かったな、俺が幻想形態(まあ早い話が攻撃しても死ななくなる状態)で終わらせて。それにしても、客席から悲鳴を出したり目を背ける奴が居たのはどういう了見だ?お前らは近い将来これ(・・)をするために此処で学んでるんじゃなかったのか?まあ、素質でなく持って生まれた能力で集めたならこんなものか。

 

 

「―――そこまでだ。勝者―――落合春雪!」

 

 

 何はともあれ、これでまずは一勝か。しかも他と違って一試合余裕があるのは大きい。それに、序列4位でも『ポーン』だけで済むと分かったのも大きな収穫だ。好調な出だしと言えるだろうな。

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

「―――あれが、あいつの戦い…。でもさっきの刀の奴の動き、あれってイッキの―――ッ!」

 

 

「うん、『ポーン』をより精巧に動かすためにモーションアクターをね。僕の方も自分と同じ剣を使うしかもスペックが上の相手と何度も戦えて良い鍛錬になったんだけどね」

 

 

 回復した一輝と共に試合を観戦していたステラであるが、その顔色は悪い。つい数時間前には飄々としていた相手と同じとは思えない、実戦での冷たい一面が原因である。勿論騎士として敵に手を抜くなど侮蔑も良い所だが、あそこまで攻撃に躊躇が無い人は初めてだった。最初のクリーンヒットも、相手が防いだから動けたがそうでなければ間違いなく脾臓を抉り抜いていただろう。

 

 

「安心してステラ。彼はただ国防を司る心構えが出来ているだけだ。決して人を傷つけることを軽んじている訳じゃない」

 

 

「…ごめんなさい、イッキの友人を貶すようなこと考えて」

 

 

「まああれを見たら仕方がないよ、春雪もそんなこと気にする人じゃないから。…それにしても参ったな。彼にとって『ポーン』は所詮数打ちの雑兵なんだからね、どう攻略したものだか」

 

 

「あれより上、しかも『ポーン』なら一つや二つじゃないってことね。……良いじゃない!遥々日本まで来た甲斐があったわッ!!」

 

 

 先程とは打って変わって闘志を燃やすステラに、一輝は安堵するように笑みを返していた。

 

 

 




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第三話

 

 

 

 

 ――――あの決闘から数日が経過した。今日は始業式なのだがこれまでは特にトラブルもなく、精々妙に距離が近くなった一輝とステラ(皇女呼びは止めろとうるさかったので)をからかうくらいだった。

 

 

 今日は俺にしても一輝にしても新しい門出なのだが、そんな仰々しい空気など無くいつも通り日課のジョギングに興じていた。……後ろで一人大変な事になってるが。

 

 

「お疲れ様。全力疾走+ジョギングの20キロをもう走りきるなんてやっぱりすごいな」

 

 

「朗らかにしてるとこ悪いが、さり気なく命の危機がリターンしてたんだぞお前」

 

 

「…へ?」

 

 

 まったくこの修行中毒者は妙な所でずれてるな。初日と今日はともかく、二日目は完全にアウトだったろ。初対面の事を不問にして貰ってても、指南役でもないのに皇女殿下にリバースさせれば豚箱にぶち込むのに十分足る理由だ。念のためエチケット袋を用意してなけりゃ公衆の面前で皇室の品位を辱める所だった。

 

 

「ぜぃ…ぜぇ…と、ところで、イッキはともかくアンタもへっちゃらなのねハルユキ。まったく、二人揃ってどういう身体能力なのよ」

 

 

「ああ安心しろ、インチキしかしてないから。そうでもなきゃこんなイカレたメニュー熟せるわけないだろ?」

 

 

「胸張って言うことじゃないでしょ!?」

 

 

 そうは言ってもなあ、『ビショップⅠ』の調整に最適なこの訓練が悪いんであって俺は悪くない。

 

 

 この後はステラが間接キスに炎上したり、一輝の妹の話題が出たりと賑やかに時間が過ぎて行った。しかし、周りの強烈な悪意に染まらず兄を慕い続けた妹……嫌な予感しかしないんだが。

 

 

 

 

 

 

 ――――入学式は非常に簡素で淡々としたものだった。場所によっては在校生のパフォーマンスや学長の有難く長い話があるのかもしれんが、ここの理事長の性格的にどっちもあるはずがない。

 

 

あっという間にホームルームに通されることとなったが、そこで待っていたのは去年も担任をしていた折木有理先生だった。俺この人苦手なんだよな、別に人間性に問題はないし寧ろ唯一の良心レベルだったが、俺達を庇わせた所為で随分迷惑かけた。一時は解雇するか否かまで拗れたんじゃなかったか?

 

 

 教師としては非常に優秀な人で、若そうな見た目に反してベテラン顔負けの、人にやる気を出させる語り掛けをしてくれる。本人自身もかつて現役で鳴らした魔導騎士だけあって言葉にも説得力があるし、言うこと無しな先生なんだが……。

 

 

「それじゃあみんな、これから一年全力全開でがんばろう。えい、えい、お―――ブフォァッ!!」

 

 

『ユリちゃあああんッ!!!?』

 

 

 ―――極度の虚弱体質なんだよなあ。去年も何度提出資料が犠牲になったことか…。とりあえずこの後の事は一輝に押し付…任せて、俺が先生を保健室まで運ぶことにした。

 

 

「ご、ごめんねえ落合君。今日は先生HRだけだし何とかなると思ったんだけど」

 

 

「相変わらずのようで。いっそ休職して『白衣の騎士』にじっくり見てもらっては?当代無比の天才医師なんでしょう?」

 

 

「………去年、見てもらったの」

 

 

「…で、結果は?」

 

 

「…………聞かないであげて」

 

 

 ……この人の病って人知を超越してやしないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――保健室から戻ると、一輝の奴が銀髪の小っこい女と接吻していた。態勢的に小さい方から仕掛けたみたいだが、最近の女の子は進んでるねえ。…爛れてる、の間違いかもしれんが。

 

 

「―――四年間を埋めるならセッ――――」

 

「イッキはアタシの御主人―――」

 

「身も心もイッキの…」

 

 

 ……あいつら、ここが教室だってこと忘れてないか?これこのまま続けたら一輝の奴死ぬんじゃないか、社会的な意味で。あ、なんか雰囲気がおかしな方向に流れてきたな。ここは三十六計逃げるにしかず、か。後始末は任せた一輝、ものすごく大変だろうが頑張ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そしてその週の休日。

 

 

 …授業って、簡単に消滅するもんなんだな。小さいの(一輝の実の妹とのこと)とステラが教室を消し飛ばしてくれたお陰で座学も二日分吹き飛んだ。後日休日で補填されると思うと今から辛いものがあるな。

 

 

 本日は学校が始まって初の休日である。一輝はステラや妹やらとデートに出て行ったらしい。修羅を気取りながらリア充も兼任するとか何気に凄いことだよな。あいつ位器用なら世の中の鬼職人たちも女房泣かさずに済むのかな?

 

 

 え?俺?…行くわけないだろ。合コンも断じてごめんだが、全員の集中線一人に向いてるデートの付添なんて拷問でしかない。という訳で次の試合の準備とか調整してるんだが、前回全くといって良いほど消耗しなかったからすることが無い。それに新武装とかも考えてみたがインスピレーションが湧いてこない。

 

 

 このまま籠っててもしょうがないから、気晴らしに出てくるか。ネタ漁りと言えばやはり漫画やゲームとかだな。フィクションを容赦なく再現してみせるのが固有霊装や伐刀絶技だし意外と馬鹿に出来ないんだよな。確か学園から一番近い本屋と言えば……デパートの中にあったな。

 

 

 ――――あれ、あいつら何処で遊ぶって言ってたっけ?

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 ―――――ダダダダッ!!

 

―――ガシャアアンッ!

 

 

―――――キャアアアアアアッ!?

 

 

 

 …はい、お約束の展開ですよこの野郎。なんでネタ探しが戦場巡りになるんだよ。本屋のバックヤードで『ビショップⅡ』に命じて姿を隠したが、何とも面倒な事になったな。

 

 

 このままトンズラしてしまっても良いんだが、内申点考えたら手伝い位はしておくべきなんだよなあ。まあこういう時は上司(理事長)の判断を仰ぐか。

 

 

『――――はあ、お前も巻き込まれたのか落合。先ほど黒鉄たちからも連絡があってな、お前の分も戦闘許可を出すから協力してやってくれ』

 

 

 …やっぱりかあ、あいつのトラブルに好かれる才はどうなってるんだか。とはいえ、一輝一人ならともかく、他にも出来る奴が3人もいるなら出番なんざ……いや、ステラと一輝は存外脇が甘いところがある。後詰めとして動けば美味しい所にありつけそうだ。

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

「ぎゃあああッ!?お、俺の腕―――『ゴキッ!』グェ……」

 

 

「―――うるさい、その程度の傷なら『iPS再生槽(カプセル)』で幾らでも治せる。お前がステラにやったことを思えば足も切り飛ばしてやっても良かったんだぞ」

 

 

 おーおー、キレたあいつを見たのは初めてだな。怒るほど情が湧く相手に恵まれなかったってのは不幸だが、まあ良い傾向だろうよ。それに黙らせるついでに喉を潰したのも正解だ。リーダー格を喋れるようにしていたら碌なことしないからな。

 

 

 しかし、『解放軍(リベリオン)』ってのは随分人材豊富な組織なんだな。小遣い稼ぎ程度にあんな面白い固有霊装を差し向けられるんだからな。尤も、育成能力が全く追いついていないようだが。『大法官の指輪(ジャッジメント・リング)』か、威力に関係なく無効化・吸収する異能とそれを魔力に還元しカウンターに仕える異能のセットか。ジャイアントキリングにもってこいだな。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 しかし、やはり腕は立つんだが実戦経験の無さが酷いな。自分がやって見せたことをどうして相手がしないと思い込んでしまうんだか。どう見ても計画的犯行なんだから、スパイや伏兵は真っ先に懸念すべきだろうに。なまじ上手く奇襲をかけられたのが不味かったか。

 

 

「動くなアアッ!!ガキども、動いたらこのババアの頭を吹っ飛ばす!!」

 

 

 ほーら、言わんこっちゃない。にしても頭を潰して置いて良かったな、命令聞くしか能のない雑魚だから、せっかく人質を取ってもどう動いて良いか分かってないな。…にしても、見学してる方から見たらひどい茶番だな、両方とも。

 

 

 今更婆さん一人の命で逆転できる盤面じゃない。そうでなくともヴァーミリオン皇国の殿下と一市民が釣り合う訳が無い。大人が出張って来た時が雑兵と婆さんの終わりだな。

 

 

 そして一輝たちの対応も悪手だ。水使いでかつ制御に優れた伐刀者なら背後から不意討ちするなり、銃のスライドを氷結させて撃てなくするなりできるだろ。若しくは一輝なら人質を考えなければ充分引き金を引かせずに斬れるってのに。―――()()()()()()()()

 

 

 

 ―――――『タンッ』

 

 

 

 久しぶりに使ったが、頼りない音だな。こんなしょぼい音が命を奪うってんだから銃ってのは恐ろしいもんだな。

 

 

 

「あ…あなた何をやってるんですかッ!人命を最優先するのが我々の役目ではないんですか!!ステラさんがどれだけ耐えたと思って――――ッ!」

 

 

 何か妹御が捲し立ててくるが喧しいことこの上ない。()()()()()()()()()()()()()、何のために『幻想形態』があると思ってるんだ。

 

 

「――――あッ」

 

 

「幻想形態ならどれだけ致命傷でも気絶しかせん。しかも熟練の剣士ですら意識を保てないほどの脱力感を雑魚が持ち応えて引き金を引けるわけないだろうが」

 

 

 俺個人の主観になるが、『幻想形態』こそ伐刀者が常人に勝る最大の長所の一つだと思う。こういった人質救助は勿論、唯の警察なら困難な首魁の生け捕り、あと薄暗い話も含めればどれだけ拷問しても死なせずに済むってのも利点だろうよ。せっかく生まれ持って得た技能なんだから最大限活用しないでどうする?

 

 

「……ところで、いつまでコソコソ隠れてるんだ桐原?」

 

 

「ひどい物言いだなあ、落合君。こういう荒事は君みたいな人が適任だと思って譲ってあげたのに」

 

 

 さも驚愕したとばかりに表情を変えるステラたちだが、新入生はともかく、一輝は予想付くだろ。普段からギャーギャー喧しい取り巻きがあんだけ人質になってたら分かりそうなもんだが…ああ、ステラ以外眼中になかったんですね分かります。

 

 

「―――久しぶりだね…桐原君」

 

 

「ああ久しぶり、黒鉄一輝君。前は同じクラスだったけど―――君、まだ学校に居たんだ?」

 

 

「……うるせえよ桐原。こっちは今機嫌が頗る悪いんだよ。いつも通りの無駄口吐くならテロリストの犠牲者を一人でっち上げるぞ?」

 

 

 俺には一輝の様な武人特有の威圧とか出来んから、殺気と『ビショップⅠ』が流す人に聞こえない重低音で代用だ。というより、自分で言うのも何だが今の提案が魅力的過ぎるな。テロリストの、しかも伐刀者を多く内包した『解放軍』相手なら殉職者が出ても不思議じゃない。それに、今なら()()()()()()()()()()()

 

 

「―――わ、わかったよ、君なら本当にやりかねないしね。ああ、じゃあ最後に一つだけ。どうやら僕の選抜戦の第一戦はそこにいる黒鉄君みたいだからさ、まあお互いに精々頑張ろうじゃないか。僕も誰かさんみたいに人殺しにはなりたくないしね」

 

 

 

■■■■

 

 

 

『――――そうか、上手くやってくれたか。助かったよ落合』

 

 

「ええ、デパート内の監視カメラ及びデータは全部破壊しました。銃弾で派手に壊しといたんで警察もテロリストの仕業だと考えるでしょう」

 

 

『……はあ、態々留学生として招いておきながらテロに巻き込まれた挙句、公衆の面前で大層な辱めを受けることになった。これが外に漏れたらヴァーミリオン皇国との関係が非常に危うくなるところだった。これで何とか学園に口出しされる要因を潰せたかな?』

 

 

 さてな、政府…いや、『黒鉄』が余程の馬鹿じゃなければ問題ないんだが、正直期待薄だな。国家機関を抑えて好き勝手する一門の理性なんぞ発情期の動物以下だろ。

 

 

「……ところで理事長さんよ、ごみの一掃本当に出来てんのか。初戦で学年違いと当たるとかおかしくねえか?前途有望な芽を潰さんよう、特に一学年のDランク以下は第一戦と二戦は同学年で当てるって話じゃなかったか」

 

 

 これは公表されてないが、第0戦まえに受けたレクチャーで聞いた話だ。新入生なんて『騎士の卵』というより『元中学生』だ。どれだけ固有霊装に恵まれてようが実戦経験なんて皆無だ。そんな状態で経験者の上級生と当てたら勝敗は明らかだ。変に自信喪失して芽を潰さないための方策で、その中には実戦授業未経験の一輝も対象になってたはずだ。

 

 

『黒鉄から対戦相手を聞いたのか?……すまない、私の落ち度だ。対戦の組み合わせは機械処理によるランダム制だった。しかも何故か抽選が決まった途端我々の決裁を通さずにそのまま君たちの端末へ送られたらしい。技術者を呼んだらほんの僅かなシステムの不具合だそうだ』

 

 

「…再抽選の予定は?」

 

 

『無理だ。全ての対戦表を見たが、有り得ない対戦カードになっていたのは黒鉄と桐原だけだった。初の試みでエラーや不具合が起きたとなれば生徒に不必要な不安を与えるだけだとな。折木先生は再抽選に賛成してくれたが、他は『どうせ後か先かの違いだ』とばかりでな』

 

 

「……全然改善されてないじゃないですか」

 

 

『これでも大分マシな人材を集めたつもりなんだがな。だが、ランクを盲信する流れは今や日本全体に蔓延してしまってる。こればかりは私の伝手でも締め出し切れなんだ』

 

 

「そういえば選抜制を採用してるのウチ位でしたね」

 

 

 そういうことだ、との返事の後は特に連絡事項もないので通信を切った。それにしても、ここまで執念深いと気持ちが悪いな。何処からでも湧いて害を及ぼすさまなんぞまさに害虫だ。

 

 

 偶々システムエラーが出るのはまだ分かる。そしてそれが一輝にのみ該当したというのも、確率だけで言えばない話じゃない。だが対戦相手が数百人いる上級生の中で桐原が当たってまだ偶然というのは冗談がキツイ。学校内での人気を見ればどちらがヒーロー役でどっちがヒール役になるかは考えるまでも無い。況してや一輝にとっては、学校公認の暴力行為などという、トラウマになってても可笑しくない因縁を持った相手だ。この二人を初戦で当てる以上、対戦カードからは悪意しか見えてこない。

 

 

「明日の試合、どうなることやら」

 

 

 ま、俺に出来ることなんて皆無だ。それに悪意が絡みついてくるなんてのもある意味今更だ。ここで堕ちるようなら所詮それまでだったってことだ。

 

 

 

 

 ―――――しいて異なることと言えば、俺が人殺しになる理由が一つ増えるくらいか。

 

 

 

 




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第四話

 

 

 

 

 

『い…一射目を見事に防いだ黒鉄選手、ですが二射目からは全く反応できず試合は一方的な展開になってきました』

 

 

 

 ……やはりこうなるか。手も足も出ない、ならまだしも動かしてないんじゃそりゃ防ぎようがないわな。トラウマが原因って訳じゃないのは意外だが、なら何故ここまで動けてないのかが良く分からん。有栖院とやらはあがってるとか言ってるがそれだと余計に謎だ。

 

 

 まだ一年だけの付き合いだが一輝は何でああも精神的に健常者なのか、俺には永遠の謎だな。本人から聞けた範囲だけで推測しても、あいつに味方が居た時間がどれだけあるか不明で、此処に来る前からかなり綱渡りな人生を歩んで来たらしい。敗北すればそれで終わりとか今更な話(・・・・)だし、敵意しか向けてこないその他大勢にああも気を遣れる精神が何故未だに擦り切れてないのやら。いっそ心から修羅になってしまえば楽になれるだろうに。

 

 

 それにしても、やはりこの試合マッチは指向性が働いていたな。桐原の阿呆が吐いた言葉で確信が持てた。何でお前が一輝の卒業条件を知っている?理事長が持ち出した特例はあくまでFランク(俺達)だけのものだしあの人が理由もなく他人に触れ回るとは思えん。それに例え教師と言えど一生徒の卒業に関して口出しをする権利はないしそれを聞くこと自体が不謹慎だ。つまり、それに関して理事長の口を割らせられる権力者がいて、無関係の生徒に漏らしたという事になる。周囲の反応が、全く周知されていないことを物語ってるしな。

 

 

 

「Fランクにそんなこと出来るわけないじゃん」

 

「七星剣王になんてなれるわけねえだろ!」

 

「ネットでもヤラセって定着してるんだぜ」

 

「Fランクの癖に背伸びしてんじゃねえよ!」

 

 

 

 …うるせえなあ。つーか、審判も試合に関係ねえ駄弁りなんざ止めさせろよ。妨害行為も良いとこだろうが。あと、Fランクを馬鹿にしてるってことは俺にも唾吐きかけてるってことで良いんだよな?

 

 

 

「―――そういえばもう一人Fランクの人いたけど、そいつは?確かデモで生徒会役員に勝ってたけど」

 

「あ?『落第騎士(ワーストワン)』が卑怯者なんだからあいつも裏で八百長したに決まってんだろ!なんたってアイツは『虚言(スウィン)――――」

 

「おいバ――――ッ!?」

 

 

 ……………………………あ゛ぁ゛?

 

 

 

「だまれええええええええええッ!!!!」

 

 

 

 ――――み、耳があッ!?……黙らせるんなら是非もっと早くにしてほしかったんですがステラさん。それかもう少し遅ければ物理的に(・・・・)黙らせられたんだが、完璧にタイミングを逃した。

 

 

「――――そういう訳なんで、いい加減銃口降ろしてくれませんかね理事長?」

 

 

「…さも心外と言わんばかりの表情はやめてくれ、去年お前が何を仕出かしたか知らないとでも思ったか?」

 

 

「だからですよ。あいつはステラに五体投地でもして拝んどくべきですね、明日からも枕を高くして寝てられるんですから」

 

 

 もし『あの呼び名』を言い切ってたら手遅れだったのになあ。しかしまだあれを口にする死にたがりがいたとは思わなかった。……間引いた数が少なかったかな?

 

 

「……はあ、まったくお前が関わると溜息ばかり出てくるな。それで、試合の方は見なくて良いのか?先程よりはマシになると思うが」

 

 

「いやあ、青春してますよねえあの二人。寧ろあそこまで調子が戻れば後は消化試合でしょ、俺の『切札達』と今まで遊んできた一輝なら、たかが(・・・)ステルス如き見飽きてるでしょうから」

 

 

 しかし初めて守りたいと思った女性からの言葉で奮起とは、中々ロマンチックな展開じゃないか。是非このまま上手くいってもらいたいもんだ。ここでどれだけ大事なものを創れるかがきっと分水嶺になるだろうしな、前回出場者を下したとなれば連中も本腰上げてくることになる。形振り構わなくなったあいつらが何考えだすかは想像すら出来んが、無茶をする時ってのは必ず脇が甘くなる。もしその状況になれば…、悪いが最大限利用させてもらうぞ一輝。

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

『――――さあ!大どんでん返しが起こり、会場の騒つきが収まらないまま第二回戦へと参ります。まずは対戦相手の紹介をいたします。一人目は第0戦で生徒会書記からまさかの白星をもぎ取ったFランク騎士、落合春雪選手!そして対するは、本校にDランク騎士として入学してきた新鋭、有栖院 凪選手!!』

 

 

 ―――散々ハラハラさせられたけど、一輝は何とかプレッシャーと恐怖に打ち勝って勝利を手にした。彼に続いてあたしも…と言いたいけど、よりによってこの人と当たるなんてツイてないわね。

 

 

「それじゃあさっそく始めましょうか。早く愚痴を聞いてあげないとあの子(珠雫)が膨れちゃうから」

 

 

「安心しろ、俺が使うのは基本『幻想形態』だからすぐに帰れる」

 

 

 ――――慢心…じゃないわね。してくれたらありがたいけど、良く考えたら何十回も切られ刺されしたら、急所じゃなくても普通に死んじゃうから当然の配慮なのかもね。

 

 

 対戦カードが組まれたときから調べたけど、彼のデータはほとんど見つからなかった。授業に出られなかったんだから当然だけど、とにかく不確定要素が怖いのよね。私の土俵は固有霊装『黒き隠者(ダークネスハーミット)』による接近戦だから相手のクロスレンジの得手不得手は勝敗に大きく関わってくる。

 

 

 

『始まりました第2試合!!落合選手は先の戦いと変わらず20体の人形の様な兵隊を呼び出しております。はたして有栖院選手はこの数の暴力に対して攻略法を持ち合わせているのでしょうか!?』

 

 

 ―――分からないことを考えていても仕方ないわ。目の前の事に集中しないと!思った通りかなりの練度と連携ね、でもこのスピードなら――――ッ!

 

 

 

『おおッ!素晴らしい動きです有栖院選手!まるで舞踊の様にしなやかな動きで落合選手の布陣を躱し切っています。今年の一年生は文句なしの粒ぞろいですね西京先生!』

 

 

『うははッ!あの動きには馴れを感じるねえ。有栖院って子もどうして修羅場をくぐってるなあ。はー、出来れば後半戦で見たかったなあ。こんなの初っ端からしたら後が霞みまくりっしょ!』

 

 

『……あーもう、どうしてこの先生はそういうことをッ!!――――っと失礼しました。おや?有栖院選手、突然敵陣のど真ん中で膝を着いたかと思えば、周りの敵兵も突然動きを止めました!これは一体どういうことでしょうか!?』

 

 

 ふぅ。ヒヤッとした場面もあったけど何とかなったわね。なまじ攻撃の密度が濃いお陰で楽に影の集約点を突けたわ。

 

 

「……?ほう、影を媒体に干渉する能力か。面白いな、それに随分白兵戦に手馴れてるんだな。一輝が質実剛健とすれば有栖院は変幻自在と言ったところか」

 

 

「あらありがとう。でも私の業は一輝のまっすぐなそれとは比べるのも烏滸がましいわよ。あと、呼んでくれるなら『アリス』って呼んでちょうだい」

 

 

 まったく、こっちがやっとの思いで封じたってのに余裕そうにしてるんだから。倒しても消えて再召喚されるなら縫い止めてしまえばこれ以上使役できないんじゃないかしらって淡い期待してたけど……流石にそう甘くはなさそうよね。

 

 

 

『―――おおっと!?動かなくなった人形に見切りをつけたのか、落合選手そこからさらに兵隊を呼び出した!しかも30体もの数で形状が先程と違います、これは有栖院選手絶体絶命かッ!!』

 

 

 ……この人本当に元Cランクなのかしら?計50体も運用して顔色一つ変えないなんてどういう絡繰りよ。

 

 

 新手の兵隊さん達は胴体から上は変わらないけど、下半身が馬状で所謂ケンタウロスみたいな姿をしてる。それにショッピングモールで見たライフルを装備してる個体もいる。『影縫い(シャドウバインド)』を警戒して遠距離用で揃えてきたわね。……狙い通りよ。

 

 

 

『―――え、あ、有栖院選手が消え…ッ!?』

 

 

 落合くんとの決闘、他の人に比べて沢山の不利を押し付けられるけど唯一つ、あたしだけが拾える有利がある。障害物が無い所為で普段は『日陰道(シャドウウォーク)』が機能しないけど、彼だけは人形がつくる影があるおかげで有効に扱うことが出来るのよ。

 

 

 狙うは彼の影から飛び出しての奇襲。初見・背後から・潜行故に足元からの襲撃という人間にとって最も対応が困難な場所からの一撃は、例え事前に察知していたとしても回避は至難の業よ。これで何とか盤面を優位に―――――――――え?

 

 

 

『な、なんと落合選手、瞬間移動もかくやという有栖院選手の奇襲に対して見事なカウンターを決め、逆に喉を掴み片腕で釣り上げてしまった!あの平凡な体躯のどこにそんな怪力があるのか不明ですが、どうしてあれだけ優位な状況で畳み掛けないのでしょうか!?』

 

『春やんの足元見てごらんよ。掴み上げられる直前に固有霊装を足元の影に打ち込んでる。ジェットコースターばりの緩急の中で咄嗟に動けたのは大したもんだけど、頸動脈が極まってるからもって30秒か、そうでなくても兵隊共が追い付いたらアウトだ。この数秒で決着がつきそうだな』

 

 

 ―――ありえない。過去の経験から相手の動きや身体つきでどの程度動けるか大凡想像が出来る。その感覚が、『彼は白兵戦の経験は皆無』だって教えてくれているわ。なら、さっきの奇襲を捌くなんて絶対に不可能な筈(・・・・・・・・)よ。ましてや人形が固有霊装なら尚更……ま、まさか?

 

 

「まさか一戦目から『ビショップ』を2機とも使わされるとはな。お陰で気合が入ったよ」

 

 

「――――そういうこと。あなた、人形そのもの(・・・・)が固有霊装なわけじゃないのね。あの時の、正確に一発でテロリストを仕留めてた時に気付くべきだったわ」

 

 

「そういうことだ。ま、機会があったら一輝に教えてもらうんだな。それじゃあ幕引きだ」

 

 

 何とか振りほどこうともがくあたしだったけど、袖口から黒い液体の様な『ナニカ』が頬を横切った瞬間、後頭部からの衝撃であたしの意識は沈んでいったわ…。

 

 

『―――――試合終了!勝者、落合 春雪選手!!』

 

 

 

 ――――そんなアナウンスをどこか遠くに聞きながら。

 

 

 

 




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第五話

※オリキャラ注意。あともう一人出す予定です。


 

 

 

 

 

 

 ―――――闘技場を思わせる施設、学校への申請が通れば自由に使用できる訓練場で一人の少女が佇んでいた。目を閉じ微動だにしないその姿は、祈りを捧げる聖人にも武者震いを抑える戦人のようにも見える。

 

 

 彼女の造形も合わせるとまるで芸術家の絵画のような一面は、その静寂を切り裂くように現れた4つの人型によって戦場へと変貌する。燃えるような赤い髪の少女は自らに接近する存在など脅威に値しないとばかりにゆっくりと瞼を開き迎撃する。

 

 

 躍り掛かる3振りの軌跡は彼女の思い人のそれに酷似しているが、技術に置いては数枚劣る。しかし人ならざるゆえに人以上の膂力と骨格から放たれる一撃は偏に下位互換とは切り捨てられない。しかし彼女にとっては脅威に値しない。

 

 

 自らの大剣で二振りを粉砕し、残る一刀は驚異的な魔力量によって強化された腕で掴み取って握り砕く。そして仕上げに全身から噴出した焔によって離脱する隙を与えず薙ぎ払った。

 

 

 しかし、残る一振りが行動の終わりの一瞬を縫って強襲する。その一撃は先の三振りを遥かに凌ぐ鋭さであり、まともに受ければ終わりだと告げる勘に従い形振り構わず回避する。必死の一撃を躱された小太刀は、それを意に介することなく顔が付くほどの近さで連撃を振う。

 

 

少女の獲物は大剣であり、ここまで接近されれば引き離すか下がるかしなければ真面に振うことは不可能である。ところが彼女は嵐のような連続攻撃をその場に止まり全て受け止める。勿論手詰まりなどではなく、単純に下がる必要が無いからである。確かに剣を振ることは出来ないが、相手を止める方法は何も攻撃だけではない。

 

 

――――パキリ、と頼りない音が響く。しかしそれは当然の帰結であり、有り余る超高密度の魔力で編まれた大剣に全力で打ち続ければ起きないはずのない結果だった。況してや彼女自慢の『皇室剣技(インペリアルアーツ)』にある武器破壊の心得に則った受け方をされれば避ける術は無い。一方的に攻められた鬱憤を晴らすかのような爆炎を浴びせ、小太刀を完全に停止させたところでようやく少女――――ステラ・ヴァーミリオンは息をついた。

 

 

 

「いやーお見事。流石は学園屈指のパワーファイター、期待以上の成果だ」

 

 

「……アンタねえ、これどういうことよ!」

 

 

『イッキ~』

 

 

 襲撃―――ではなく、春雪の実験に付き合わされたステラは彼をジト目でにらみながら足元に転がる『ソレ』を指差す。それはいつものマネキンのような人形…とは異なり、つい最近彼女と恋人になった少年『黒鉄一輝』を、某スマホアプリに登場する『ノッブ~ッ!』と鳴く不思議生物風にデフォルメした人形であった。

 

 

「ハルユキはアタシとイッキの関係知ってるでしょ!?どうして恋人の似姿を切ったり焼いたりしなきゃいけないのよッ!アタシ達への嫌がらせ!?それとも真性のドS!!?そういえば試合でもよくえげつない手を使ってたような……」

 

 

「…お前の中で俺がどういう扱いされてるのは良く分かったが、そういうお前も結構ノリノリだったろうが。それに、『実験の内容には文句を付けない』って言質を取った筈だろ?」

 

 

 話は数日前の事。その週の休日に特に予定の無かったステラは、春雪から人形の耐久実験に付き合って欲しいと頼まれた。模擬戦なら二つ返事で受ける彼女だが『実験』という熱意に欠ける誘いは興が乗らず最初は断ったのだが、彼が前金として渡してきたこの『ぐだぐだイッキ(春雪命名)』にハートを撃ち抜かれ、碌に話も聞かずに了承してしまったのである。

 

 

「うっ…。だ、だったらあのシズクもどきは何なのよ!?やたら強いし『幻想形態』じゃなかったし急所を容赦なく狙ってくるし、耐久の実験じゃなかったの?」

 

 

『メスブタ~、アシフト~(プスプスッ)』

 

 

「おっかしいなあ、側だけ変えて中身は弄ってないはずなんだけどなあ?入れた覚えもないボイスまで喋るし、ブラコンが魂にまで染みこんでんのか?」

 

 

 ちなみに、ぐだぐだイッキは本人に無許可で作成したが『ぐだぐだシズク』の方は本人の許可の元作成されている、というより創れと圧を掛けられた。兄への用事で入室した珠雫は、緩んだ表情のステラの胸に沈むぐだぐだイッキを見た瞬間彼女に入手経路を吐かせ、その足で彼に自分の分を強請ったのだ。

 

 

 春雪としては、技術提供の報酬ということもあり割と吹っかけた値段を要求したのだが、彼女は即金で3つ購入するという、普段見せない名家のお嬢様(金持ち)っぷりを発揮したという。今頃はアリス監修の元、イッキとお揃いのデコレーションを施されて飾られていることだろう。勿論、それらを目撃した元ネタ(一輝)が顔を引き攣らせていたのは言うまでもない。

 

 

「ふう、まあ良いわ。アタシも久しぶりに良い訓練が出来たし。―――あ、っとごめんなさい。明日にちょっと用事が出来ちゃったんだけど……」

 

 

「ん?別にもう良いぞ、充分データが取れたからな。けど今日と明日は用事ないんじゃなかったか?」

 

 

「………ちょ~っと一輝とプールにね。二人っきりって言葉が付かないのがアレだけど、セクハラ対策兼監視に、ね。じゃあ本当にごめん、埋め合わせはきちんとするから。あ、そうだ!せっかくだからハルユキも一緒に行かない?」

 

 

「(…また女ひっかけたのか、アイツ)いや、せっかくだけど遠慮しとくよ。ちょっと弟と会う予定があってな」

 

 

「え、弟さん!?でも貴方家族とは―――ッ!ご、ごめんなさい…」

 

 

「いや、噂聞いただけでもそう思って当然だ、気にすんな。あの阿呆共(両親)は向こうから縁を切ってきやがったが、弟の『マツユキ』とは今でも付き合いを持っててな。まあそんなことは良いだろ、早く行って来い」

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 

 

「―――へえ、じゃあ無事再スタートが切れてるんだね。世界ランキング3位を招いた甲斐は有った訳だ」

 

 

「……お前なあ、人の心配してる場合か。小さいころから口酸っぱくして言い聞かせたはずだよなあ?お前の『伐刀絶技』は絶対に(・・・)周りに知られるなって。それで、結果はどうなった」

 

 

久しぶりの再会場所がファミレスってのはアレだが、学生の財布事情は厳しいので仕方がない。俺は臨時収入があるから問題ないがこいつ絶対俺の奢りは拒否するからなあ、妙な遠慮が抜けん奴だ。

 

 

 まあ、釣り合いって意味じゃ最初から取れてないから今更か。かたや高身長高APPで魔力特化型のCランク騎士、かたや中肉中背に色々拗らせてるせいで顔つきの悪いFランク騎士()、傍目からはとても兄弟とは思えない組み合わせだが、目の前に居るのが正真正銘血の繋がった俺の弟『彼岸 待雪(カレギシ マツユキ)』だ。苗字が違うのは俺以外の家族が母方の姓を名乗ってるからだ。

 

 

 文武両道・礼儀作法も完璧と、どこぞの世紀末覇者の『兄に勝る弟なぞ存在しない』を真っ向から否定するこいつは、ただし現代で一番重要な才能(伐刀絶技)を落っことしたらしい。といっても決して弱い訳じゃない。むしろ凶悪と言って差し支えない、だが壊滅的に学生向きじゃないし、何よりこの国じゃまともに好かれない部類の能力だ。なので今まで能力を偽って申告させてきたが、どうやら一番大事な時期で下手を打ったらしい。

 

 

「うん…、正直かなり厳しいと思う。でも何とかしてみせるよ、幸い当ては有るからさ。」

 

 

 『当てがある』って顔色じゃないが、『完全掌握(パーフェクトヴィジョン)』なんて使えん俺じゃこいつの真意まで測るのは無理だ。それにこれ以上突っ込んでもまず吐かねえだろうしな。

 

 

「それより、兄さんこそどうなんだい?破軍は今年、一年による群雄割拠が凄いってネットに流れてたけど勝算は?動画じゃ序列上位を完封してたけど」

 

 

「あーどうだろうな、残り試合は戦績上位の潰し合いになるから何とも言えん。だがあと残り2試合だし、鬼札を2枚とも引かなきゃまず問題ないだろ」

 

 

「鬼札…一人は序列一位の『雷切』として、もう一人は『紅の淑女』?」

 

 

「いや、俺と同じFランク様だよ。あいつと選抜戦やるくらいならいっそ棄権するさ、負けるとは言わんが『半分は持っていかれる』だろうさ。そうなったら本戦はパアだな」

 

 

 これは冗談とかじゃなく本気だ。もし俺と当たったらあいつは初動で『一刀修羅』を抜いて速攻をかけてくるだろう。『ポーン』と『ビショップ』じゃ反応速度で負けるし『ルーク』は絶対に抜かせないだろう。

 

 

となると切札の『ラウンズ』だが、あれらには一輝も製作に一枚噛んでるから手の内はバレバレだ。情報が出てないってアドバンテージをこんな所で失うのは論外だし、『クィーン』『キング』『アウターシリーズ』は例え七星剣武祭決勝でも晒す気はない。『あいつ等』のためのとっておきだからな。

 

 

「うわさに聞いてたけど本当に凄い人なんだ…。是非会ってみたいね、兄さんがそこまで褒めるのも珍しいし」

 

 

「やめとけやめとけ、馬鹿が揃うと碌な事にならねえ」

 

 

「……えー」

 

 

「トラブルメイカー二人とか周りが過労死するか心労で倒れ――『ガシャンッ!!』――――うわあ、噂をすればなんとかって奴か。おい、会いたいならあそこに…って居ねえし」

 

 

 だからお前は馬鹿だってんだよ。前言撤回、自分から揉め事に突っ込んでんだからそりゃ足も付くだろうよ。ただ、自分に関係のないトラブルに率先して動けるような奴が騎士として大成できないってんだから、やっぱこの国なんかおかしいわ。

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 

 ――――ガシャンッ!!

 

 

「いっっってえええええぇッ!!?」

 

 

「―――え?」

 

 

 自分の真後ろで悶絶している、サングラスに厳つい髑髏のタトゥーの半裸男を見て一輝は唖然としていた。このガラの悪い男が自分の想像している男だったなら例えボトルビンだろうと間合いを測り損なう筈が無く、ましてや振り切って自分の足を強打するなど有り得ない。しかし目の前の男は戸惑うことなく、周りを見渡すとすぐ唸るような声とともに一点に目を向ける。

 

 

「この気色の悪い感覚、やっぱテメエか『騎士殺し(ガランサス)』!」

 

 

「うわあ、その二つ名もう他校まで広まってるのかい?それはそうと久しぶりだね道場破りさん、ざっと2年ぶりってところかな」

 

 

 声と共にこちらへ男性が歩いてくる。外見からは自分達と同年代に見えるが、随分落ち着いた雰囲気の青年だ。しかし一輝はそんな男に対して妙な違和感を感じていた。

 

 

「(なんだろうこの違和感は、初めて会った人なのに不自然なくらい……?)えっと、あなたは―――って、え?春雪!?」

 

 

「よう、何というかまあ奇遇だな御三方。また妙なことに巻き込まれてんな?それはそうとそっちの半裸男さんよ、殺る気満々の所悪いがこわーいお姉さん方が見てるってよ。それでもやんのか?」

 

 

「―――チッ、興ざめだ。それにせっかく面白そうな剣客見つけたってのに『毒』で楽しめなくなんのは御免だ」

 

 

 そう言い捨てると半裸の骸骨男―――改め『倉敷 蔵人』は取り巻きを連れて引き上げて行った。状況が呑み込めない一輝達だったがとりあえず春雪と見慣れないお互いの連れを紹介し合う。

 

 

 その後は生徒会の大物二人と出くわしたり、見慣れない女性『綾辻 絢瀬』が血相を変えて飛び出したりと色々起こったが、それ以外は特にトラブルなく全員が帰路へと着くこととなった。

 

 

 

 

 

 




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第六話

 

 

 

「――――ありがとう、それじゃ決闘までにまたいろいろ教えてね落合君」

 

 

 …はあ、随分軽い足取りだこと。最初は処刑台に上げられる罪人みたいに重かったのが嘘みたいだな。つうか感謝よりまず2,3話するだけで1時間も掛ったことについて返事が欲しかった、何だよ『知らない男の人と目を合わせるのが恥ずかしい』って。あんなんで良く反則に手を出そうとしたな、あいつ。

 

 

「…あら、一輝の前に現れなくなったと思ったら貴方の所に顔出してたのね彼女」

 

 

「アリスか。何だ、お前もあのオボコ女と顔見知りだったのか?」

 

 

「ええ、一輝に稽古付けてもらってた所を珠雫達と一緒にね。それよりついさっきまで喋ってた人の名前くらい憶えておきなさいよ」

 

 

「そもそも名乗られてないからな」

 

 

 『まったくもう』とため息つかれても俺の管轄外だ、あの女に言ってくれ。アレが突然やってきた用事は昨日の弟の件だ。道場破りだって知ってるのは何故だって聞いてきたから答えてやっただけだ。

 

 

具体的な日にちは忘れたが、数年前弟が通っていた道場にあの髑髏半裸がやって来たらしい。果し合いが望みとかで、偶々師範は留守だと伝えるとメッセージ代わりになれといきなり門下生に襲いかかって来たとか。当時から並外れた腕前だったそうで剣の腕なら到底適わなかったようだが、何というかまあ相性が悪すぎた。妙な違和感から固有礼装まで抜いてきたそうだが、剣客があいつに剣を抜いてる時点でもう手遅れだ。看板の話すら出る前にお帰り頂いたってのが話のオチだった。

 

 

あと話したことと言えば、素人でも分かるくらいSAN値が削れてる様子だったからカマかけて吐かせた位だ。何でも今日の夜にあいつを呼び出して罠にはめるつもりだったとか、具体的なことは伏せたが狙いは『一刀修羅の封印』だとか。アホらしい。

 

 

「…確かに浅はか過ぎる考えね。この数日の付き合いだけでも彼女がどれだけ純粋に剣に打ち込んで来たかわかるわ。そんな愚直な女の子が自分で納得しきれない策を実行して、まともに剣が振れると思ってるのかしら?しかし大したもんだわ、それだけ追い詰められた子をどうやって説き伏せたのかしら」

 

 

「何か認識の齟齬があるようだが、俺は止めさせたとは一言も言ってないぞ?寧ろ全力で煽ってやったくらいだ」

 

 

 俺がアホだと言ったのは、せっかくの罠があんまりにも杜撰だったからだ。一刀修羅を封じたくらいで勝てるような薄っぺらさなら、一輝はとうに刀を置いてるだろうよ。あと視野狭窄になってるのか知らんが、あれの本命は半裸髑髏であって一輝じゃないはずだ。どうせ悪辣さを学ぶのなら奴にも応用できる手管を身に着けないでどうするのやら。

 

 

「……貴方、自分が何をしようとしてるのか分かってるの?貴方の入れ知恵があれば確かに勝率は辛うじて生まれるかもしれないわ、でもたとえ万が一が起きても彼女は七星剣武祭には―――ッ」

 

 

「まあまず無理だろうな。特に珠雫と当たれば悲惨だ、間違いなく再起不能になるまで痛めつけるに違いない。だが目的を果たすのに代表になる必要なんかないだろう?

 

あの半裸髑髏の反応から見て、間違いなく一輝に目を付けてる。それなら遅かれ早かれ『紅蓮の皇女(ステラ)』を下した事実を聞きつけるだろうよ。死合いの為なら犯罪行為も辞さん狂犬がそれを知ってお預けできると思うか?ノコノコやってきた奴に『一輝を倒した事実』があればプライドにかけて果し合いは断れまい」

 

 

 後は罠に飛び込んだ獲物を狩れば終いだ。地の利は当然こちらにあり、必要なら伏兵を用意すれば良い。―――は?卑怯?そもそも先に身内に手を出して死合いを強制させたのは向こうだ。都合の良い時だけ尋常の勝負を気取る方がどうかしてる、因果は応報させるもんさ。

 

 

「……随分彼女に肩入れするのね?貴方がそこまで御膳立てする理由なんてないと思うのだけど」

 

 

「ほう?お前から見てもそう思って貰えるなら建前としては上出来だな」

 

 

「―――え?ちょ、ちょっと待ちなさい。どういうこと?今長々と話した内容は綾辻さんを教唆するための方便だっていうの!?」

 

 

「嘘は一言も吐いてないさ、あれが一輝を倒せたなら何一つな(・・・・・・・・・・・・)。俺としては、一輝に『形振り構わない相手』を経験させるまたとない機会だから少しでも身のある物にしようってのが本命だ」

 

 

 この学校セコイ癖に肝の小さい奴ばかりだからな、あいつに一番必要なこの経験が中々得られそうになくてやきもきしてた所なんだ。こんなにも都合が良い役者が居れば利用しない手はないだろう、大根役者なのが玉に瑕だが。

 

 

「理解できないわ。そりゃあたしも縁を切る覚悟を説いたけど、進んで状況を悪化させるなんて獅子の子落としにしても度が過ぎてる。まさか一輝の『眩しさ』に嫉妬してるんじゃないでしょうね?」

 

 

「はは、本当にどう割り切ればあれだけ擦れずにいられるんだろうな?まあ、羨ましくないと言えば嘘になるが、とはいえ矯正するなんて偉そうにするつもりはないさ。現状維持もよし、切り捨てる冷徹さを得るもよし。ただ、今のスタンスを貫くなら卑怯も邪道も呑み干して叩き伏せるだけの度量を身につけてもらいたいもんだ。善性は尊いが、身の丈に合わないそれは必ず周囲に代償を払わせる。そうなったら全員が不幸だ」

 

 

 流石に桐原の阿呆と闘り合った時の様な醜態はもう晒さんだろう。だが裏切られたという事実、『誇り』に対する意識の落差に傷つくだろうな、だがそれじゃあ温いんだよ。冷徹さや一線を引く孤独を拒否するんだったら『その程度じゃ裏切りにすらならん』って言ってのける泰然さを身につけろ。学生に求めるもんじゃないが、あいつを取り巻く環境はそこまで要求するし出来なければ容赦なく潰されるだろうよ。

 

 

 まあそういう訳だ一輝。お前からしてみれば絶対に欲しくないプレゼントだろうが、いつも通りの気合と根性で乗り切ってくれ。精々こちらも手を掛けさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 ――――翌日になり、オボコ女に逢引きの首尾を確認したが上々だったようだ。基本的な方針は変えていない、実利としての目的は『一刀修羅の封印』であり流石にここを変えられるだけの時間が無かった。

 

 

手を加えたのは話運びの方だ、当初アレは一輝の熱意など歯牙にもかけていない、所詮七星剣武祭までの通過点に過ぎないというスタンスで揺さぶりをかけようとしていた。方向性としては悪くないんだが、普段とかけ離れた対応というのはやはり違和感を持たれやすい。

 

 

なのでアレにはあえて剥き身の感情で訴えかけさせてみた。それも熱意や意地などでは無く、暗く濁った憎悪や妄執といった負の感情を、だ。こちらは演技などするまでも無い。 

 

『ラストサムライ』と半裸髑髏の決闘は確かに二人だけのものかもしれんが、それの実害を被ったのは二人ではなくアレであり、そこから発生した憎しみも恨みもアレだけのものだ。二人が口を出す資格はない。しかもそれが2年だ、年季の入った憎悪は生やかなもんじゃない。

 

 

普段感情を制御して生きてる一輝にはさぞ馴染の無いものだったろうな。そしてそれはあの半裸髑髏にも当てはまる。あいつは逆に感情を抑えることも責任を負うこともせず生きてきたクチだ、そうでもなきゃ壊すだけ壊して尻ぬぐいも碌にし得ない屑は出来上がらん。

 

 

そういった手合いは『この手で臓腑を抉り回し、死ぬ一瞬前まで苦しみ抜かせてからでないと絶対に死なせない』なんて狂気を捌ける筈が無い。例え剣の腕が劣ろうがスペックで負けてようがそんな些細な違いで退けられるほど安いモノじゃない。故に両者に有効な手だと言える。

 

 

加えて、このやり取りを七星剣武祭なんてややこしくせずあくまで二人だけの話に留めておいた。『黒鉄一輝に勝利した事実』が必須ということは『君が勝った瞬間僕の2年間は水泡に帰す』ということにも繋がる。はっきり言って責任転嫁も良い所だが、感情に正論を言ったって時間の無駄だ。こういった正論を返しても無駄だと思わせ、かつ後味をとにかく悪くすることで少しでも剣閃が鈍れば値千金だ。

 

 

流石にここまで上手くはいかなかったらしいが、成果としては上々のようだ。もう少し時間があれば徹底的に半裸髑髏への悪感情を引き出して名演をさせてやれたんだが。まあ俺が干渉するのはここまでだ。あくまで用があるのは選抜戦が始まるまでのやり取りで、勝敗が分かりきった試合になんぞ興味はない。道場の件とやらもあの御人好しなら勝手に首突っ込むだろうし―――――『Pipipipi!』―――ん?次の対戦相手か。

 

 

……ほほう、これは予想外の相手だ。不戦勝やら一つ白星が多いやらで俺はもう選抜のノルマが終わってる。だから最終試合はなしかと思ったが、こいつはまた都合が良い。是非本選前に試したいこともあったし、さっそく理事長に相談してみるとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『落合春雪様の相手が決定しました。

 

―――――三年三組 東堂刀華様』

 

 

 

■■■■

 

 

 

 ――――国際魔導騎士連盟・日本支部。

 

 

 首都を一望できるほど大きなビルのある一室、手元に二組の(・・・)資料に目を通しながら部下からの報告を受けている初老の男性が一人。彼こそが黒鉄一輝と珠雫の父であり、彼の取り巻く環境の諸悪の元凶の一人(・・・)である『黒鉄 巌』である。その表情は一度も変化することなく、本当に聞こえているのかと部下が訝しむほど不動であった。

 

 

「―――選抜戦の結果は以上です。他に特筆すべき点としては『最後の侍』の娘に剣の指導を行っていたとか。必要であれば捏造できるだけの資料は揃えておりますが…」

 

 

「不要だ。『最後の侍』の名は派手すぎる。徒に秩序を乱すことは『黒鉄』の方針に反する」

 

 

「承知いたしました。…ところで、何故『出来損ない』の資料まで態々―――」

 

 

「一輝の資料こそ目を通す必要があるからだ。他に報告が無いのであれば下がれ」

 

 

 当主の命に逆らえるはずもなく退席する部下であったが、その表情は理解できないものによって歪んでいた。

 

 

「やれやれ、保存が必要なほどの価値もないだろうに。それに何故態々名前で呼ばれるのだろうな?存在する価値が無いなら『アレ』で十分だろうに」

 

 

 一人ごちたが、万が一聞かれてはことなので早々に離れていく。対して一人になった巌は引き出しから一枚の写真を取り出す。そこには今は亡き妻と、三人の子供たちが映っており、彼にとって唯一家族が全員そろった写真なのである。

 

 

「一輝には指導者の才も有ったのか。…外へ出し、多くを知れば分相応の道を見つけると期待していたが、何故お前は名刀にも勝る才能を捨てて鈍ら以下の剣を握る?」

 

 

 それは彼にとって永遠に理解できない事柄だった。彼は決して息子を軽んじたことは無い。軽んじているのは彼の伐刀者としての才能であり、不幸なのは生まれながらに当主となるべく育てられた彼と『黒鉄』の家に伐刀者以外の世界など存在していないことだ。

 

 

それ故彼は息子を『(伐刀者としては)無価値』としか評価できず、黒鉄家には非伐刀者の席が無い事を熟知しているが故に一輝が家を飛び出すことを了承したのである。そも、秩序の奴隷ともいえる彼が『扶養放棄』とみられても当然の行為を実施したこと自体が異例中の異例と言える。尤も、これで家族への情を理解しろというのは無理があるのだが。

 

 

「努力は評価する、実績も認めよう、望むならその強さを祝福もしよう。だが伐刀者としてその先を求めることだけは認められん。僅か10年で、加えて我流で黒鉄の剣を修めたお前だ、必ずその身を限界まで練り上げるだろう。だがその先は―――『バタンッ!』―――ここには顔を出すなと言ったはずだぞ、『蘇芳』」

 

 

 突然部屋へと入ってきたのは華奢な体躯の少年だった。巌の次男と長女を足して二で割った様な中性的な整った顔立ちで、黒い髪に銀のメッシュが特徴の美少年である。

 

 

「お仕事中申し訳ありません。ですが、いよいよ賭け(・・)も大詰めだと思うと居てもたっても居られなくて」

 

 

「…結果が出る前に外に出るのは契約違反だ。早く失せるかそのまま―――」

 

 

「ああ、はいはい分かりました。このままだと『宣誓』で本当に死にかねませんので失礼しますね」

 

 

 言い終わるより前に退出した少年を、巌は絶対零度の視線で見つめていた。『黒鉄 蘇芳』は表沙汰にされていない巌の四番目の息子…と戸籍上では記録されている存在である。

 

 

巌の一輝に対する態度をどう勘違いしたのか、『血』を蔑ろにする黒鉄なら最優の伐刀者を生み出せば当主と主家の座が得られる、と考えたとある分家が畏れ多くも中興の祖である『サムライリョーマ』の遺骨にiPS再生漕に使われている技術の応用を用いて生み出された。下手人は早々に排除したが彼の存在までは消すことが出来ず、表に絶対出せないことから巌が『管理』しているモノである。

 

 

「…国防という観点から『■■』の存在が不可欠なのは理解している。だが、あの化物の同類になるくらいなら、お前は何もできない人間のままでいてくれ一輝」

 

 

 普段からは想像できない声音で発せられた言葉は、しかし誰の耳にも届くことは無かった。

 

 

 

 

 




 イッキパパの『これじゃない』感が凄いですが、この辺は作成予定のキャラ紹介で詳しく書きたいと思います。あと、雪春による某女子の扱いが悪いのは、彼女が三年生(在学生)なのが主な原因です。


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第七話

 久々にこっちを投稿します。……お盆休みなんてなかった(笑)


 

 

 

「はっはっはッ!道場破りが七星剣武祭レベルの死闘になるとか、相変わらず『持ってる』な一輝」

 

 

「笑い事じゃないわよ、仮に他人事だからってアンタに笑う資格なんかないわ。綾辻先輩に色々仕込んでおいて、イッキがどれだけ大変だったか……」

 

 

 春雪は見なかった試合だが、綾辻綾瀬の霊装『緋爪』はこの男の助力により容赦なくその猛威を振るうこととなった。

 

 

 試合前夜に『緋爪』の能力である『刀傷を自在に開く能力』とその応用である『空間に付けた刀傷を開くことで疑似的な鎌鼬を発生させる技』で会場中に罠を設置した。しかもただ設置した訳ではなく、春雪の指導によって、一輝の癖や体捌きを徹底的に計算した上でだ。

 

 

 このお陰で開戦当初から関節や足の腱といった重要な部位に傷を負い、左腕一本しかも普段以上に機動力を殺がれた最悪の状態で戦う羽目になった。その上避けども避けども未来予知を疑うほどの精度で罠が設置されており、開始一分で一輝は満身創痍に陥った。しかもいちいち出血がひどくなりやすい部位を狙って鎌鼬が仕掛けられているという悪辣さで、見た目の酷さから一時はTKO(テクニカルノックアウト)を取られかけた。

 

 

 さらには、罠は武闘場だけでなく観客席にすら万遍なく仕込まれており、『もし私が劣勢に陥った時は今観客席に居る君の大切な人の首を吹き飛ばす』とまで脅してくる始末。勿論実行するつもりのないハッタリであるが、『一刀修羅』と自慢の機動力を失った一輝にとっては、万一自棄になって実行された場合防ぐ手立てがないため相当な焦りを見せることになった。

 

 

 一輝としてはこの状況でも唯勝つだけ(・・・・・)ならどうとでもなる。しかし彼女の誇りを取り戻したいと考える一輝は、しかし自分の我儘と大事な人(ステラと珠雫)を危険に晒し続けることを天秤にかけるというジレンマに精神をすり減らし続けた。最終的には綾辻が人質を取ってすら倒し切れない事実と罪悪感から自爆したことで説得が可能となり勝ちを拾うことが出来たのだが。

 

 

 

「何を言っている?()()()()()一度も手を差し出さなかった癖に泣きついてくる恥さらしが、一輝のための良い肥料になったんだ。出来栄えとしては三流も良い所だが、まあまあな予行演習になっただろう?こっちとしても手を掛けた甲斐があった」

 

 

「あ、アンタねぇ……」

 

 

 絶句するステラに対し、一輝の方は唯苦笑するばかりだった。一年の付き合いで彼がこういう人物だというのは良く知っているし、実際あれは間違いなく絶体絶命に窮地だった。綾辻先輩が元々高潔な人物だったからどうにかなったが、もしあれが『黒鉄家の連中』だったら果たして自分は勝つことが出来たかどうか…。

 

『日本の秩序』と『黒鉄家の面子』しか眼中にない彼らなら珠雫はともかく、所詮余所者でしかないステラや一般人のアリスや春雪を『必要な犠牲』と見做さない保障はないのだから。

 

 

「それよりも、今日の対戦相手は今までとは比べ物にならない強者だ。自身で前線には出ない春雪なら『雷切』の間合いには入らずに済むけど、それだけじゃ彼女は攻略できない」

 

 

「まあ何とかするさ。それに俺の勝ち星なら別に無理して勝ちに行く必要もないしな、せっかく七星剣武祭本選を前乗りできるんだから、精々試させてもらうよ」

 

 

 あくまでいつも通りの姿勢を崩さない春雪であるが、その瞳の奥が実験中のモルモットを見るかのように光っているのを、一輝とその場に居合わせたアリスだけが見咎めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――えーそれではお待たせしました!これより第五訓練場本日最後の試合を開始いたします。流石にこの一戦は会場だけでは収まらず、別室にてモニター観戦が行われるほど注目されていますが、それも当然と言えるでしょう。対戦カードは、早くも事実上の七星剣武祭出場内定を決めた実力者「落合 春雪選手」!そしてもう一人は、本校が誇る生徒会長であり、前回七星剣武祭ベスト4!校内序列第一位「東堂刀華選手」!!』

 

 

 

 会場が歓声で大きく揺れる。第零試合にて序列四位たる砕城 雷を破って以来有栖院アリスに唯一の黒星を付け、その他は殆ど棄権による勝利によって凄まじい速さで勝ち名乗りを得た春雪。かつての因縁から恐れる者、新入生故良く知らずその力に憧れる者、そして嫉妬する者と様々な立場の人間が多種多様な思惑を持って見つめている。そして共通するのが『今日をもって全勝記録に土が付くのか、将又学園最強の騎士すら退けるのか』の一点だろう。

 

 

『両者霊装を構えます。東堂会長はいつも通り抜刀術の構え、対して落合選手もまたいつも通りの人型……ではありませんッ!?これまではマネキンの様に味気のない人形でしたが今回はまるで騎士甲冑の様に精巧で傍目には芸術品の様な細工です!これは一体どういうことでしょうか、解説の折木先生』

 

 

『えっとねえ、彼の伐刀絶技は「細工が細かければ細かいほど、技術が優れていれば優れているほど性能が強化される」というものなの。本人曰く技術を注げば注ぐほど内包できる魔力が増えてスペックに反映されるらしいわね』

 

 

 解説二人の会話に会場でどよめきの声が広がる。殆どの学生が春雪と親しい会話したことが無いため真偽を確かめるすべはないが、もしそれが事実ならこれまでの試合ずっと彼は殆ど実力を出さずに戦ってきたということなのか、と。同じ疑問を持った解説係が折木に問いかけるが彼女は首を横に振る。

 

 

『そうじゃないよ~?確かに細工を掛ければ強くなるけど、当然創り直す手間も増える(・・・・・・・・・・)。マネキンさん達みたいに半永久的に供給することはできなくなる。それにあれはあくまで限定生産された随伴歩兵。ほら、本命(・・)が来るわよ?』

 

 

 そう言い終わるか否かのタイミングで再び会場が揺れる、しかし今度は喚声による比喩ではなく物理的な重量によってだ。現れたのは身の丈3メートルを超す異形、蜘蛛を模した八本足を持つ下半身にカマキリの様な胴体、頭部は複眼を持った鬼のような兜で両手は人のような形状にそれぞれ大型のハルバードを携え肘の部分にはタワーシールド、下腹部にもかなり物騒な形状のドリルが二本配備されている。

 

 

 

「ルークシリーズの『キメラ』か。いきなり性質の悪い手札を切って来たね春雪は」

 

 

「ルーク…あれがですか?チェスの駒ではルークは主に塔や戦車、砦を模していると聞きますが」

 

 

「そうだよ珠雫、まあパッと見だと分かりにくいけど後部から乗り込むことが出来るんだ。今回は相手が屈指の雷使いだから避けたけど、あの超高密度の装甲は物理防御に対して絶大な効果を発揮する。僕や桐原君だと2時間かけても足の一本がやっとだろうね」

 

 

「…アタシの時に出てこなくて本当に良かったわ。蜘蛛は瞬発力なら動物の中でも相当よ?神経とか筋肉は必要ないらしいから強度と重量バランスさえ整えばあの図体でも再現できる。もし全速で突撃してきたらなんて考えたくもないわね。仮に避けたところで態勢が崩れればハルバードで薙ぎ払われ、それを往なしても随伴が足止めしてくる」

 

 

 観客席で見つめるステラ達は、製作に深くかかわってきた一輝の解説を聞きながら固唾をのんでいた。恐らく両者ともに七星剣武祭に出場するであろうことから、この一戦から勝筋が見えなければ本選は絶望的になると皆が感じていたからである。

 

 

 そうこうしている内に試合開始の合図が放たれる。まず動いたのは生徒会長、開始と同時に抜刀術で放った剣閃を二振り嗾けるが、眼前で仁王立つ『キメラ』には傷一つ付けられない。その強度に目を見張りながらも、御返しとばかりに文字通り飛んできた怪物を迎撃する。

 

 

 彼女の選択は回避でも後退でもなく前進、それも無数に地を踏みしめる足元を潜るという彼女以外にとっては自殺でしかない道を。自身の肉体を魔力で補強し、さらにその上自らの伐刀絶技の応用で伝達信号(インパルス)を強化・最適化し人間では不可能な速度で突進する。

 

 

 肉体に多大な負荷が掛る為一度きり、しかも一瞬しか使えない捨て身業であるがその一瞬で無数の踏み足を掻い潜り『キメラ』を回避してみせた。一気に間合いを詰めたい東堂であったが、随伴歩兵に予想外の苦戦を強いられることとなる。今まで見てきたポーンを遥かに上回る性能というのも一因だが、最大の理由は二つ。

 

 

 

「(『―――閃理眼(リバースサイト)』も『抜き足』も通じない。切断面から神経回路を持たないとは思いましたが、複数の探知機構まで備えているとは…)」

 

 

 春雪の兵隊に神経回路や筋肉は存在しない。よって伝達信号を読み取ることで先読みする『閃理眼』は効果が無い。ならばと師匠たる『闘神 南郷寅次郎』直伝の体術『抜き足』で突破を図るが、視覚以外に熱源探知・エコーロケーションも備えているポーンの包囲は乱れることなく彼女を追尾する。

 

 

 もしもう一度『キメラ』が突撃してきたら捌き切れるか分からない。それ故全力の雷を纏わせ随伴歩兵を一合で切り伏せ距離を詰めていく東堂。対する春雪は、壊されるだけ無駄とポーンを追加することなく剣閃による牽制は袖口より飛び出した黒い液体―――アリス戦でも用いた伐刀者補助用の兵隊『ビショップ』によって弾き飛ばす。しかしここまで接近してしまえば『キメラ』は脅威ではなくなる、その図体故に春雪自身を巻き込むリスクが出てくるからだ。

 

 

 ようやく自身の戦いが出来る間合いへと辿り着いた東堂。これ以上厄介な奇襲が敢行される前に、彼女は最大の切り札を切った。クロスレンジにおいて不敗を謳う最強の伐刀絶技、強力な磁界を発生させ鞘から抜き放つ神速の居合『雷切』を解禁し勝負にでる。

 

 

 『ビショップ1』が春雪の周囲に展開し迎撃に出るが、あまりの速さ故に刃が触れるより早くその『鋭さ』で吹き飛ばされ、最強の伐刀絶技は春雪の肉体を深く穿っていった。

 

 

 全ての力が失われ、重力に惹かれ崩れ落ちていく肉体。しかし彼が地面に接触する直前、『閃理眼』が信じられないものを捉える。渾身の『雷切』を放ちこの一瞬だけとはいえいかなる変化も出来なくなった彼女の米神に、銃口を突き付ける(・・・・・・・・)落合春雪の姿があった。

 

 

 視線を横から前に移す。そこには変わらず胴を深々と切り裂かれ沈黙している春雪の姿がある。しかし依然として米神に感じる重量もまた変わらない。仮にどちらかが精巧な偽物であれ、どうして直前まで自分が捕捉することが出来なかったのか?思考を繰り返す東堂であったが、突然銃口が引かれ、ついで鳴り響いたアナウンスに今度こそ混乱する。

 

 

 

『―――た、ただいまの試合は没収試合(・・・・)となります。これにより勝者、東堂刀華選手!!』

 

 

 

 突然の宣告により会場は喧騒に包まれる。誰もかれもが状況について行けず騒ぎ始めるが、当の当事者である春雪は一言の反論も口に出さず苦笑い一つ浮かべただけで会場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――没収試合ってどういうことよッ!?あれって私と初めて会った時のハラキリと同じ絡繰りでしょ!何が反則だっていうのよ!?」

 

 

「…確かに腑に落ちません。最初からすり替わっていたのなら生徒会長程の手練れが見抜けないとも思いませんが、もし仮に途中ですり替えたのだとしたらあの激戦の最中に誰にも気づかれずにやってのけたことになります。少なくとも私は一切見破れませんでしたが、分からないからと言って反則呼ばわりするのは聊か乱暴に過ぎるかと」

 

 

 理解できない、とばかりに憤慨するステラと冷静ではあるが彼女と同意見の珠雫。何だかんだ気の合う二人に苦笑いしながら、一輝は口を開く。

 

 

「……春雪は反則なんてしていないよ。あれは彼の切り札『ラウンズ』から3騎も引っ張り出しての荒業だ。一度見た人間であれば完璧に化けられる伐刀絶技『千変万化』を持つランスロット、『狩人の森(エリア・インビジブル)』から着想を得た伐刀絶技『百中の不意打ち』のヴェイン、そして七星剣武祭準優勝者である『天眼』の伐刀絶技の劣化模倣『所有者とその兵隊に限り座標位置を入れ替える』伐刀絶技を担うモルガンを使った、ね」

 

 

「とんでもない話ね。複数の伐刀絶技を扱う人は少ないとはいえ存在するけど、まさか伐刀絶技を『生み出せる』人がいるなんて。それはともかく、どうして春雪は抗議しないのかしら?物的証拠の開示請求は勿論、何よりあの会長さんなら自分から撤回を求めそうだけど」

 

 

「確かに撤回は難しくないだろうね、説明できない事由で反則なんて横暴だし理事長に決を求めればそれで済む。学園の中ならね(・・・・・・・)

 

 

 一輝の言葉に余計に首を傾げるステラだが、残る二人は今の言葉である程度納得することが出来た。

 

 

「なるほど。お兄様が言いたいのは、『七星剣武祭にて同様の事態に陥る可能性がある』ということですか?」

 

 

「…多分春雪は審判と折木先生に事前に話を通してると思う。七星剣武祭の審判は現役の騎士、その中でも探知や観察に秀でた人が担う。その人たちが果たして学生に過ぎない僕たちが彼らすら出し抜いたと認めるかどうか」

 

 

「本番でどう判断されるか不明だから、この試合を踏絵に利用したということですか。『ラウンズ』が優秀であればあるほど、やってないことへの立証もまた難しくなりますから。悪魔の証明を要求される可能性がありますね」

 

 

 最後は呟くように話す珠雫。彼女にしてみれば、あの人(父親)のような人間が牛耳る騎士連盟が、剣武祭という大舞台での誤審を認めるか甚だ懐疑的だと嘲る思いがあるからだろう。

 

 

 

 こうして、満員御礼となった対戦は、誰もが釈然としないままに決着と相成った。

 

 

 

 

 

 




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第八話

 

 

 

 

 ―――突然の没収試合という形で幕を閉じ、その上一切のアナウンスがされなかったため生徒の間では無責任な噂が飛び交うこととなる。これは単に春雪が自身の霊装の種明かしを嫌ったことと周囲の評価を(二つ名以外は)気にしないからという理由で理事長に頼んだためである。

 

 

 人のうわさも七十五日、そもそもこの戦い以外は全て正面から叩き伏せていることからも今更春雪の実力に疑う余地はない。数日もすれば他の代表決定戦に興味が映るだろうと考えていたのだが、彼は少々面倒な事態に直面していた。

 

 

 というのも、審判を務めていた教師―――『不動厳助』が春雪の不正(疑惑)に対して処罰すべきではと理事長に直談判してきたのである。既に前例として綾辻選手が処罰されていることからも、戦績を理由に特赦をすべきではないと語気荒く理事長室へ乗り込んだのだ。

 

 

 ここで断っておくが、この教師は決して春雪に対して含む所は無い。この教師は理事長が直々にスカウトしてきた元KOKの審判を務めていたBランク騎士であり、特に探知や観察に秀でている。その彼が既に実戦を経験している『雷切』東堂や『紅の淑女』貴徳原ならいざ知らず、未だ騎士勲章を授与していないヒヨッコに欺かれるなど有り得ないと考えるのは無理もないと言える。

 

 

 頭を抱えることになったのは春雪だけでなく理事長もである。信頼できるスタッフとして招いたが想像以上に実直だったのは本来は喜ぶべきことなのだが…。

 

 

没収試合の詳細を伏せたのは春雪からの希望以上に余計なトラブルの火種を生まない為という事情の方が大きい。彼の能力の詳細が知られれば間違いなく厄介な事態になる、特に問題なのは『悪魔の証明』だ。

 

 

 『ラウンズ』によって一部には仮設立てされているだろうが、春雪は霊装だけでなく伐刀絶技を『創る』ことが出来る。勿論どんなものでも意のままに、等と都合の良い話ではないがそんなもの他人は知ったことではない。

 

 

聞こえの良い部分しか耳に入れない連中がこの事実を知れば、事あるごとに春雪を第一容疑者にリストアップするに違いない。『出来る』ことと『実際に行った』ことには大きな隔たりがあるなど彼らの認識には存在しない。そうなれば春雪は冤罪を掛けられるたびに自ら無実を証明する羽目になる。出来るという証明は偶然以外であれば可能であるが、不可能の証明など出来るはずがないのだから。度の過ぎた被害妄想だと一笑に出来ればよかったのだが、昨今の魔導騎士社会を取り巻く倫理観を考えれば杞憂だと思えないのがとても悲しい所である。

 

 

…断言する、間違いなくそんな事態になれば春雪は暴走する。そうなった後の責任などとてもではないが見切れないと新宮寺は心中で溜め息する。

 

 

「すまないが落合、彼に君の『霊装』及び伐刀絶技について説明してやってくれないか?彼は信用に値する人物であることは私が保障する」

 

 

「審判を仰せつかっておきながら難癖染みた行為を行う無礼、幾重にもお詫びいたします。お恥ずかしながら私の節穴では何時落合君が入れ替わっていたか全く察知することが出来ませんでした。証拠もないうえで不正だなどと騒ぐのは侮辱以外の何物でもありません。ですが…」

 

 

「……何があった?」

 

 

 20年間公正公平を務めとしてきた男の生真面目かと思っていた新宮寺であったが、不動らしからぬ歯切れの悪さに嫌なものを感じた。まるで自身がこの学園に来て直ぐ感じた不快感のようだと言う彼女の予感は的中することとなる。

 

 

「―――何処から情報を嗅ぎ付けてきたのか、連盟の連中があの試合の仔細を伺いたいと。勿論彼の個人情報については決して洩らしません。しかし今の私の理解では連中にいらぬ介入を許す口実を与えかねません」

 

 

「……ほう、トップである私を差し置いて現場職員を問い詰めるとは良い度胸だな。黒鉄の事といい、連中はハイエナほどの礼節すら持ち合わせていないらしいな」

 

 

 ――きっかけはたしかにこの不動の義務感だった。しかしそれが阿呆の呼び水となってしまった。誤審であったとアナウンスがあれば彼は春雪への土下座も厭わなかっただろう。しかし一週間が過ぎた今になっても理事長は何の回答も寄越さない。新宮寺と長い付き合いということで不正などは疑っていなかったが、かと言って黙っている理由にはならない。

 

 

 しかしそれを嗅ぎ付けた連盟が露骨に干渉しようと動いてきた。彼らの目論見など透けて見える。春雪の試合などとっかかりに過ぎず、新宮寺の失脚および今度こそ一輝を潰そうという魂胆なのだろう。

 

 

 

「流石にこの状況で秘密主義、という訳にはいきませんか。分かりました、能力の概要とあの試合のギミックであれば開示しましょう」

 

 

 そう言って前回の実演を兼ねながら解説する。とりあえずポーン、ビショップ、ラウンズの3機を呼び出していく春雪。

 

 

「ご覧の通り俺のウリは様々な駒ですが、お気づきだと思いますがこれらは俺自身の『霊装』ではなく派生物でしかありません。そもそも形を変える『霊装』はともかく、増える『霊装』なんて前代未聞ですし。――――俺の本当の『霊装』がある場所はココ(・・)です」

 

 

「……頭、ですか?」

 

 

 

 自身の米神を突きながら説明するが、ピンと来ないのか疑問形になりながら相槌を打つ不動教諭。それに僅かにうなずきを返しながら説明を継ぎ足していく。

 

 

「正確に言えば、脳、ですね。脳機能を補助する機械、と言えば仰々しいですがまあマイクロチップの様なものとお考え頂ければよろしいかと。こいつは脳だけでは処理しきれない部分を全面的にバックアップし、本来オーバーヒート防止に放棄している認識も余さず拾いきる―――――ですが、これも当然ながら本来の機能の副産物です。

 脳が全ての情報を処理できるようになったことで役割が激減した『覚醒の無意識』、放棄した情報をイメージで補う機構を工房の様なものに改造する。そこでポーン等の駒や武器を精製・修復、並びに想像という二次元から創造という三次元へ昇華する。これこそが俺の伐刀絶技『騎機怪々狂騒曲(プラスチック・タランテラ)』です」

 

 

「―――なるほど、多種多様に見えたあの軍勢はそれぞれが独立した『霊装』などでは無く、全てたった一つの伐刀絶技から派生していたものなのですか。ですが、『ラウンズ』とやらが行使していたあの伐刀絶技はいったい…?」

 

 

「理事長はご存知ですが俺の伐刀絶技は費やした魔力量と技術や細工によってその能力が決定します。そしてその集大成は駒に伐刀絶技すら齎します。まあ、最低でも『ラウンズ』クラスの傑作でなければ不可能ですが。

 あと、誤解してほしくないのですが意のままに好きな伐刀絶技を付与できる、なんて都合の良い話ではありません。伐刀絶技は駒が完成、起動してからでないと詳細が掴めません。なのでせっかく完成させても望んだ能力でないというのはザラです、作成段階で構想が練られていれば多少候補を絞ることは出来ますが。

 それから、この能力のデメリットについても3点触れておきます。まず一つは、ある程度慣れで軽減できますがとにかく良いものを創ろうとすれば大量の時間が掛るということ。俺自身の魔力量は大したこと無いですし、ルーク以上となれば修復にも創造にも数か月単位で掛ることも珍しくありません。二つ目は俺が知らない機構や内容については作成できません。ポーンであれだけの練度を得られ、『ラウンズ』を完成させられたのは黒鉄一輝から技術提供を受けたおかげです。そして最後が、どれだけ工房として優秀でも脳の要領という限界故にストックに限りがあり、なおかつ『ラウンズ』以上は例外を除いて大破してしまえば修復は出来ません。よって格上との消耗戦は俺にとって最大級の鬼門となります」

 

 

 ――最初は神妙に話を聞いていた二人は、徐々に顔色を悪くし聞き終わる頃には真っ青になっていた。正直不正していたと言われた方がまだマシだった、伐刀絶技を創れるなどこの目で見ていなければ絶対信じられない内容で、しかもデメリットが時間以外存在していない。逆に言えば時間さえあれば『私の考えた最強の軍勢』が出来てしまうのだ、性質が悪いにも程がある。

 

 

 魔導騎士唯一にして最大の欠点、それが数の少なさである。千人に一人ということは億単位の人口を抱える大国でも精々十万人ほどしかいないという計算で、しかも素質はピンキリときている。対して彼は一人で集団を内包している。普段は数十のポーンを手抜きで操作している、となれば本気ならどれだけの数を率いることが出来るのか?

 

 

 もし1000体操れるならば、日本にいる騎士の実に1%以上を個人戦力として所有していることと同意だ。しかも技量は『黒鉄一輝より数枚劣る』程度の質が千体。

 

 

 新宮寺は内心で魔導騎士連盟を激しく罵倒した。黒鉄に引き続きよくもこれだけの逸材を手放してくれたな、と。しかも最悪の情報操作を行ったことですべてを失った彼に、愛国心や容赦は欠片も存在していない。奴らはたかが学生と高を括っているのかもしれんが、もう既に五人以上躊躇なく()()()()()彼にどうして油断できるのかが分からない。

 

 

「…なるほど、良く話してくれた落合。ここで話してくれたことは決して口外しないし、この件はこれで必ず終わらせる。不動先生、君もそれで構わないな?」

 

 

「も、勿論です!落合君、私の無能ゆえに君に不利益をもたらしてしまい本当に申し訳ない」

 

 

 学生相手でも深々と頭を下げ謝罪する。そんな彼に対しては特段負の感情を催さなかった春雪は、話は終わったとばかりに退室した。残された二人はとりあえず今回の件の後始末に動く。不幸中の幸いか、何処かの阿呆共の動向を知れたのは収穫といえる。

 

 

 七星剣武祭までいよいよ日が短くなった。その事実が連中の『焦れ』を加速させているのだろう、少なくとも手段を択ばない段階が秒読みなのは確かだ。彼らが大馬鹿をやらかした時、因縁深い春雪が果たして動かないという保証がどこにあろうか。新宮寺にしてみれば、春雪が『解放軍(リベリオン)』の使徒となっていないのが奇跡としか思えない、しかしその軌跡が砂上の楼閣の様に脆いものだと考えている彼女は、これ以上下らないトラブルを避けるべく尽力する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――そんな彼女達の努力を嘲笑うような『凶報』が齎されるのは、この話し合いが終わってすぐの事であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――自室に辿り着いた春雪は、ようやく溜りに溜まっていた溜息を吐きだしていた。本当に今回の呼出には冷や汗をかかされた。なぜなら、彼は自身にとって最悪の流れに陥った時は『世界時計(ワールド・クロック)』との殺し合いも覚悟していたのだから。

 

 

 

「…気付いていて黙認した、は有り得ないな。多分阿呆共への対策に思考が割かれたのと、教師(生徒を守る立場)故の見落としかな?」

 

 

 彼らがしてしまった致命的な見落とし、それは春雪の伐刀絶技の本質は『物を生み出す』などでは無いということだ。昨今の伐刀者の扱いが軍事力である以上仕方がないのだが、本来『霊装』とは武器などでは無く『≒魂』であるのだ。であるのならば、彼の伐刀絶技『騎機怪々狂騒曲(プラスチック・タランテラ)』は魂を魔力から精製・加工出来るということになる。

 

 

 そしてその回答はイエスである。もし人の肉体を完璧に生み出せる機械又は伐刀絶技の持ち主が居れば、彼は『ヒトガタ』を生み出すことさえ可能だろう。そして自身が創った『霊装(≒魂)』を加工することが出来るのならば、それは魂への直接の介入・改竄が可能であることを示唆しており、つまりは――――他者へ譲渡できる可能性を指摘しなければならなかったのだ。

 

 

 それこそが彼のもう一つの伐刀絶技『魂の改竄(パンドラ・アーツ)』である。他者の魂を改竄し自身の作成した『魂』を融合させることで非伐刀者にすら『霊装(及び伐刀絶技)』を与えることが出来る能力だ。そして当然ながらそれらは犠牲者をおびき寄せる餌でしかない。

 

 

 この伐刀絶技を受け入れたら最後、取り込んだ魂に込められた『呪い』に魂を侵食・掌握され、その人物は彼の所有物になり果てる。人格や感情を操作することなど出来ないが、魂を掌握されてしまえば、当人がどれだけ拒否しようが肉体は春雪を傷つけることが出来ずその命令を反することも不可能である。

 

 

 …尤も、彼がこの能力を行使したのは世界でただ一人だけだ。そもそもこの伐刀絶技は相手が彼の『霊装』を望み、受け入れなければ使うことが出来ず、春雪にとっては面倒な人間より忠実な駒の方が余程有用だからだ。それにその唯一の人間も、彼にとって『落とし前』と『借りを返す』ために行使したこともあり『呪い』を施してなどいない。

 

 

 とはいえ、もしこの能力が知られれば間違いなく禁呪指定の後一生監視付となるか、将又危険人物として排除されるかのどちらかである。非伐刀者を伐刀者に造り替える能力など世界のパワーバランスを崩すには十分過ぎる代物であり、『居るよりは居ない方が良い人間』に分類されてもおかしくはない。―――――彼の最高傑作『エンプレス』が完成するまでは、そんな面倒事は御免だというのが春雪の心境である。

 

 

 

 

『せ、センパイッ!緊急事態、とんでもない緊急事態ですよ!!早く開けてくださいーッ!!』

 

 

 

 ベッドの上で横たわっていた春雪であったが、突然凄まじいノック音と共に、ドア越しに聞こえてきた大声に驚きながらも応対する。自分(とそれから一輝)に先輩などと宣う人間は一人しかいない。『日下部加々美』、一年ながら新聞部を立ち上げた非常に行動的な女性であり春雪が結構苦手としている人物だ。

 

 

 一年生なので在校生のように毛嫌いこそしていないが、彼女の『ヒトの懐に自然と入り込める気質』と『情報収集力』が手馴れているとすら錯覚するほど異様である点からつい距離を置きたくなってしまうのだ。しかし折木先生との初対面&喀血すら平静でいた彼女が取り乱していることから、本当に緊急事態だと判断して部屋に招き入れる。

 

 

「男一人だから茶も出せずすまんな。それで、一体何があった?」

 

 

「……落合先輩は、黒鉄先輩がステラさんと生徒会の用事を手伝っているのは知っていますよね?」

 

 

 質問に質問で返す日下部を不思議に思いながらも頷いて返事をする。確か奥多摩の合宿所に不審人物が出たとかでその確認を生徒会と出かけていることも。何故知っているかといえば春雪にもこの話は来ていたからだ。…秒で断ったが。

 

 

「新聞部立ち上げにかなり協力していただいた御祓副会長からのオフレコなんですが、現地に現れた不審者の伐刀絶技と思われる巨人を退けた黒鉄先輩を、突然現れた連盟の人が半ば強制的に連行していったらしいんです。それと、今日の朝こんな記事が…」

 

 

 日下部が持ってきた情報と雑誌、それらの内容は春雪を絶句させるには十分過ぎるものであった……。

 

 

 

 

 

 

 




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第九話

 ※活動報告にてアンケート(リクエスト?)を実施しております。もし良ければお付き合いください。

※9月2日修正「元服前の→元服してそこそこの」


 

場所:騎士連盟日本支部

 

 

 

「―――以上が今日に至るまでに起きた経緯ですぅ。んっふっふ、お付き合いしている御嬢さんの意向に縋られた時用に色々(・・)用意してましたが無駄になってしまいました。まあ話が早い所だけは貴方に似られたのでしょうなぁ」

 

 

「……」

 

 

 一輝の強制連行から一夜明け、連盟支部にて黒鉄 巌は今回の騒動の下手人『赤座 守』から事の次第を聞いていた。その姿は普段と全くといって良いほど変化は見られないが、もしこの場に一輝レベルの洞察力を持った知人が居れば彼の背後から見え隠れする不快感を感じ取ったかもしれない。

 

 

「(事後の配慮は全く行わず小国とはいえロイヤルファミリーの顔に泥を塗ったか。確かに手段は問わんといったが、この男は50を過ぎていながら収支の帳尻すら数えられんのか。任せる相手を間違えたか、いやこんな愚物を上位組織に置き『黒鉄の理念』を穢した私の不明か)」

 

 

 確かに赤座の計略は今のところ順調であり綻びは見当たらない。しかしそれは今この瞬間のみを切り取って判断した場合だ。彼が取った手段は、第三者が冷静に見れば如何にリスクが高いか浮彫なのだ。

 

 

 まず第一がマスコミだ。今回彼らが大人しく従ったのは、彼らにとって突然強烈な圧力を掛けられるという不意討ちによって後手に回ったからだ。だからこそ冷静になった今、自分たちがどれだけの屈従を飲まされたのか、そしてどれだけ危険な爆弾を抱え込ませたのかを知り怒りに震えている頃だろう。

 

 

 連中も素人じゃない。少し調べれば今回自分たちが出した記事がどれだけ根も葉もない作り話なのか直に感づく。しかも関心を向けているのはヴァーミリオン公国の王族、そして彼らに公式での抗議を受けた政治家たちだ。もし自分たちが碌にソースを確かめもせず世に出したと知られれば未曽有の危機に陥る、かといってありのまま真実を話すのも論外だ。国家相手ならいざ知らず一機関の権力に屈してペンを曲げる報道など誰が信用するものか、彼らが業界で食べていけなくなるのは明らかだ。

 

 

 これが週刊誌の三面記事で在ればまだやりようもあったが、可及的速やかに情報を普及させるために日本でも有数の新聞・出版社を使ってしまったのだから言い逃れは出来ない。しかもやり方が彼らの横顔を札束と暴力ではり倒したに等しい。

 

 

連中は自分たちの持つ既得権益の巨大さを良く知っている。それに比例して肥大化しているプライドを傷つけた以上関係修復は絶望的だ。もしこちらに逆風が吹けば有らん限りの力で脚色してくれることだろう。それどころか、この機会に伐刀者そのものへのヘイトスピーチをやりだしかねない。そもそも心象操作は向こうの専売特許だ。

 

 

 

そしてもう一つの問題がロイヤルファミリー、ではなく日本の政治家たちだ。戦後軍部の暴走が問題視され文民統制が声高に広まったこと、そして1000人に1人という希少さも相まって政治家の殆どは非伐刀者だ。それ故か彼らは伐刀者という存在に対して常に一定以上の不安を抱えている。

 

 

そんな彼らに一切話を通すことなく外交問題確実なトラブルを引き起こしたのだ。しかも目的は一門の子供一人を寄ってたかって嬲り排除するため。非伐刀者にとっては間違いなく『そんなことで』としか思えない理由でここまでやってのける自分達がどう映るのか、慎重に考えればもっとやりようがあっただろうに。

 

 

アイデンティティーが『霊装』という暴力機構である以上ある程度の増長は仕方がない。しかし何をしても許されるという空気は必ず組織を腐敗させ無秩序化させる。そして子は親の行動を真似るものであり、自身が咎められれば親の振る舞いを引き合いに出して居直る物である。『黒鉄家』として、これほど本末転倒な事案は他にないだろう。

 

 

 そんな巌の内心など気付くはずもなく、赤座はまるで自身を稀代の策士とでもいう様に大げさに自身が仕出かしたことを話し終わると退席していった。当然ながら巌のスケジュールは予定より遥かに忙しくなった。如何に一任したとはいえ、組織の長である彼には部下の仕出かしを丸く治める義務があり、また黒鉄の当主としても自分たちの存在意義に疑念が持たれるなどあってはならないことである。しかし―――――。

 

 

 

「(PiPiPiPiッ!!)―――――私だ。今日の予定はすべてキャンセルしろ。外務大臣および総理に今回の騒動に関してのアポを取れ。……それと、行程は2日以内に済ませるようスケジュールを組んでくれ。3日後には絶対に予定を入れるな」

 

 

 ――――この時、何故当主としての務めより地下に閉じ込めた一人が気に掛ったのか、それは当の巌本人すら良く分からなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:破軍学園 食堂

 

 

 

 ――――食堂。現在は昼休みであり、普段であれば活気にあふれているこの場所は絶賛お通夜のような有様であった。その原因は噂話の渦中の人物でありながらあえて中心部に陣取る少女――――ステラの存在である。

 

 

控えめに言って『不機嫌』どころの話ではなく、その他大勢は目に見える逆鱗を決して踏むまいと息を殺して昼食を掻き込み早急に出て行こうとしていた。かろうじていつも通りの体を成しているのはステラと同席している珠雫・アリス・春雪・加々美の4人だけであった。

 

 

 

「―――それにしても、イッキとシズクのお父さんは何を考えているの?家名が命より大事ならこんな醜聞に仕立てたら本末転倒だし、イッキが憎いのなら自分が前面に出てくる筈。貶めて利益が出る相手でもなければ後継者争いならシズクが狙われてなきゃおかしい、本当に何が目的だってのよッ!?」

 

 

「…身内の恥を晒すようですが、これまでの人生で一度として父を理解できたことはありません、恐らくはお兄様も。もうあの人はそういう生き物だと納得…というより諦めるしかありませんでしたが、だからこそ何を仕出かしても不思議じゃありません」

 

 

 一通り現状―――この国のマスコミに対する失望や一輝を取り巻く状況の不味さ、そして自分たちの無力感を整理し声を荒げた後、話題はこの騒動の元凶である黒鉄 巌へと移っていた。ステラはもしこの男を落とすことが出来れば若しくは、と一抹の希望を持っていたのだが、当の身内(珠雫)からバッサリ切られてしまい首を落とす。

 

 

これでは今でも父との和解を望んでいる一輝が不憫でしかないと、あの熱に浮かされた一夜を思い出してステラは未だ見たこともない未来の義父を内心罵倒する。

 

 

 

「―――『至らせない為』若しくは『価値基準の崩壊を防ぐ為』か?何にしても随分遠回りをするもんだな、ここまで来ると不器用とか言うレベルじゃないな」

 

 

「あら、何かわかったの?」

 

 

 

 二人して悶々としていたステラと珠雫だが、横からの呟きにガバリと顔を起こす。彼女達からすれば春雪が口を出してくることが心底意外だったのだ、何せ彼は巌とは根深い因縁がある。例え直接かかわっていたかは不明だとしても、自分を『落第騎士』に仕立て上げた元凶なのだから耳に通すだけでも不快だろうと。

 

 

 

「……一つ聞くが、才能の差と限界に至るまでの時間差って比例すると思うか?」

 

 

「何ですか突然?それは…比例する、と思います。才能が優劣を決める絶対条件だなどと戯言を言う心算は有りませんが、才能は出来ることや選択肢を増やします。限界に至る、というのがそれら全てを極めることを指すというのであれば、当然同じ時間と努力を掛ければ選択肢が少ない方が先に極みに達するのでは?」

 

 

 一見無関係な話題を振られたことに困惑しながらも、自身の意見を述べる珠雫。とにかく今はどんなことでも兄の一助になればそれで良い、彼女にとって兄こそが全てに優先し得るのだから。

 

 

「ああ、俺もその考え方に同感だ。つまりは下手に才能がある奴より無い奴の方が先に壁に()()()()()訳だ。一輝の立ち回り如何によっては価値基準が崩壊し大きな混乱を生むわけだが……それを加味しても解せんな。『サムライリョーマ』は間違いなく()()()()で尚且つ国防や騎士崩れの手綱を握るにしてもそっちの方が都合が良い。むしろ積極的に修羅道に突き落とす方が『秩序狂いの黒鉄』らしいんだが、()()()()()()()()()()()?」

 

 

「「「「……???」」」」」

 

 

 途中から独り言のようにぶつくさ言い始めた春雪だが、聞いていた4人には内容が全く理解できなかった。壁にぶつかるということはそれが成長の限界であり、全ての伐刀者が嘆くそれをまるで歓迎するかのように言う理由が分からない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()とでも言いたげだ。

 

 

 

「まあ、とはいえ――――」

 

 

「あ、ちょっと……ッ!!?」

 

 

 

 一人で納得して席を立とうとする春雪を、勿論彼女達は止めようとした。勝手に話を終わらせるな、こっちはまるで理解できないぞ、と。

 

 

 

しかし――――――見上げた先にあった肉食獣を思わせる双眸に誰もが凍りついてしまった。そこで彼女達はようやく自分たちが勘違いしていたことに気付いた。彼は落ち着いて等いなかった、ただ時間を潰していただけなのだと。その内心はようやく訪れた機会にむせび泣く飢餓狼のそれと同じだということを。

 

 

 

「――――人生を台無しにされた負け犬が遠慮してやる理由にはならないよなあ…?」

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「俺の予想だと別段『愛情』に欠けてるって訳じゃないらしいな。となれば…いろいろ火消が済む頃合の今日、顔を見に行く可能性は高い。それでなくとも家の方に帰れば政治家や関係各所からの突き上げがある、支部で活動している可能性は極めて高い。……く、はっははははッ!!最低でも卒業まではお預けだと思っていたがこんなにも早くツキが回ってくるとはなあ!!」

 

 

 

 あっという間に春雪は校門まで辿り着いていた。そもそも彼は一輝と違い交友関係はとても狭く、その上獣の形相で歩く彼を遮るような生徒など存在しない。結果呼び止められることなく外へと歩みを進めていた。このまま一瞥すらせず門を超え、目的地に向かおうとするがしかし――――。

 

 

 

「――――こらこら、短気は損気だぜ?うちはともかく、くーちゃんが見過ごすとでも思ったのかい?」

 

 

 

 生徒以外に、その歩みを止めようとする人間が居た。壁に背を預けながら声を掛けたのは『西京 寧々』《夜叉姫》の2つ名で知られる世界ランキング3位の怪物である。しかしそんな自身に呼び止められても振り向かず、肩越しに視線を向ける彼に気を悪くするでもなく話しかけていく。

 

 

 

「イケないこと企んでるみたいだけど止めときな、ここで君が動けば黒坊はお終いだ。なにせ君と彼は1年間濃い付き合いをしてきた仲なんだろ?そんな奴が殴り込み掛ければ、彼もそんな奴だと示す動かぬ証拠になる。勿論せっかく内定を決めた七星剣武祭出場は取り消されるだろうしそれになにより――友達の親を斬れるのかい?」

 

 

「…友達ねえ、そんな清い付き合いじゃないですよ俺達は。罪悪感と自尊心の残骸が最初の繋がりって時点で真面じゃないし。あと、正直な所七星剣武祭にはそこまで興味はないんですよ、ぶっちゃけるとあの糞ふざけたでっち上げを完全否定できるのならね。

 俺は偶々風変わりな霊装をもった小市民ですからね、だから―――――目の前の餌に耐えられる『気高さ』なんぞ持ち合わせちゃいねえんだよ」

 

 

 

 

 ―――――『カランッ』

 

 

 

「(……うっそだろ、おい)」

 

 

 

 ―――下がらされた。あの《夜叉姫》が、獲物すら抜いていない子供相手に。彼が素直に言うことを聞くなどとは初めから思っていない。まだ学生に過ぎない彼が、憎き怨敵が手の届く場所に居て自制など出来るはずがない。だからこそ自分たち教師が、道を踏み外さない様大人の甲斐性をみせようと思っていたのだ、この瞬間までは。

 

 

 それ以前にそもそも、彼女と春雪には隔絶した力の差がある。試合の様に面と向かって準備を整えた上でなら彼もやりようがあるだろう。しかしこの間合いで人形も用意できていない彼なら、驕りでも誇張でもなく1秒で鎮圧できる。

 

 

 彼女が気圧されたのは春雪に、ではないのだ。彼の背後で見え隠れしていた『ナニカ』、姿こそ晒さなかったがあの圧力・存在感はまるで――――。

 

 

 

「(ありえねえだろ、まだ元服してそこそこの餓鬼だぞあいつはッ!!そもそもあのモヤシボディのどこが『限界』だよ!?)」

 

 

 もう既に春雪の姿はない。隠したのかそれとも高速移動したのか、少なくとも西京の間合いからは居なくなってしまった。しかし追いかけようとする気にもならない、いや追いかけても無駄だというのが正しいか。

 

 

 

「(――PiPiPiッ!)ごめんくーちゃん、しくじった。何処に行ったか見当は付くけど、多分被害がヤバくなるだけだよ」

 

 

『――――――――はっ?』

 

 

 

 

 




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第十話

 多分この作品を挙げてから一番苦労しました。原作主人公もですが、ある人物のキャラを掴むのが私には難しすぎます・・・。


 

 

 

場所:国際騎士連盟 日本支部地下

 

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「…………」

 

 

「……………あの、父さん。お願いだから何かしゃべって……」

 

 

 

 ――――破軍学園で一波乱あったその頃、渦中の人物である黒鉄一輝は羞恥と気不味さで一杯の状態で父親と対面していた。

 

 

 拉致同然に連れられて早3日。文字通りの拷問裁判に、自分を本気で破滅させてやろうという悍ましい悪意と敵意に曝され、さらには碌に水分を与えられずトイレの水道水を飲むという衛生的にも精神的にも最悪な行為を強いられるのは並大抵でないストレスを感じさせていた。加えて、外からの情報を遮断されこの状況をどれだけ耐えれば良いかゴールの見えない状況もそれを後押ししていた。

 

 

 そんな状況に曝されては普段通りの思考など出来る筈もない。『敵陣のど真ん中、誰が見ているかもわからない環境で突然ステラを嫁にもらいに行く練習を始めた』のもきっと過剰なストレスが彼に取らせた奇行なのだろう。

 

 

ただでさえ一輝は幼いころから負い過ぎた痛みと苦痛で、ある意味で客観的に自分を判断することが出来ないという障害を抱えている。それ故自分がいまどれだけおかしな行動をしているのかわからず全力で練習に励んでいた。

 

 

――――ただし、その光景をよりにもよって父親に見られてしまったことだけは誰の所為でもない一輝の不幸であった。しかもこの場所で唯一悪意をはらんでいないのがこの出来事だけなのだから救えない。

 

 

 

 

「…まさか珠雫だけでなくお前も()()()()()()に走るとはな。それともお前の方が先なのか?」

 

 

「せいへ―――ッ!?僕は至ってノーマルだよ!あんな記事書かせておいて何言ってるの!!」

 

 

 幾ら再会がアレだったからといって、10年以上顔を合わせていない肉親に変態呼ばわりされるのは大変遺憾である。尤も、10年ぶりなのは巌も同じであり他の判断材料を持たないので仕方ない所もあるのだが。

 

 

 

 ――――それからさらに数分後、ようやくパニックから解放された一輝達はぽつりぽつり話し合った。その中には信じられない様な内容もあった。父は誰に言われるでもなく世間体を気にした訳でもない、自分の意志で会いに来てくれたのだということ。そして何より、自らの足跡を『大したものだ』と言ってくれたのだ。他でもないこの人が、あの自身を苛むだけでしかなかったあの家の頂点が自分の闘いを誉めてくれたのだ。まるで人生で初めて血が通ったかのように『嬉しさ』という温もりが一輝の心中を駆け巡っていた。

 

 

 ……やはり今の彼は酷く摩耗していると言えるだろう。もし万全の状態であれば即座に疑問に思った筈だ。ならばなぜこんな企てを起こしたのだ、と。何故今も尚自分の道を閉ざそうとするのか、と。しかし今の彼はそこに思い至れない、故に自ら追い詰められに行ってしまった。

 

 

 

『僕が、七星剣武祭で優勝できたら、その時は僕を……認めてくれませんか?』

 

 

 

 その一言を伝えた時、巌は唯無言であった。表情は先程と寸分たがわぬ無表情のまま――――の中に微かに憐憫が混ざっていた。

 

 

「……なるほど。ずっとわからなかった、お前が何故黒鉄の家を出ておきながらこの世界に残り続けているのかを。伐刀者でなくとも生きていける世界に行かなかったのは、『自分を認めてほしかったから』なのだな?」

 

 

 一輝はその問いに是と答える。無論それが今日に至る全てという訳ではないが、しかしその思いに間違いはない。だからこそ今まで唯愚直に強さを求め、そして学生騎士とはいえ最高峰のAランク騎士にすら土を付けた今の自分ならあるいは、と。しかし、彼の希望は父の言葉で根底から覆されることとなる。

 

 

 

「ならば、その願いは根本からずれているぞ。私はお前を、息子として認めなかったことは一度もない」

 

 

「―――――――え?」

 

 

 常在戦場に身を置いている一輝にとって有り得ないほど反応が遅れてしまった。いや、脳が今聞こえた情報の処理を拒んだ、といった方が正しいだろうか?

 

 

 

「う、嘘だ…ありえないッ!!ならどうして父さんは僕に何もしてくれなかったの!?伐刀者としての力の使い方も、武芸の稽古も!!それから、それから……」

 

 

――――――どうして父さんは僕を救ってくれなかったの?

 

 

しかしその一言は、自分自身ですら叶わない事と放棄してしまったために口に出すことは出来なかった。

 

 

「……どうしようもなかったから、唯それだけの事だ。お前が『何も出来ない』ことも、『強くなってはいけない』ことも………それ以外の事もな」

 

 

「ど、どういう…こと?」

 

 

 ―――父は語る。超人たる伐刀者を『ならず者』ではなく『騎士』へと留めるためには秩序が必要であり、黒鉄家ひいては国際魔導騎士連盟はそれを伐刀者ランクに委ねている。それが絶対的なものではないとしても、覆すことはほぼ不可能であるという信頼がその秩序を保っている。

 

 

 しかし一輝の様な若人が傍若無人にそれを踏み越えてしまえばどうなるか。今まで下に見られてきた者たちが『自分にも出来るのではないか』と不毛な夢を見だしてしまう。ただ妄想するなら無害だが、本来あるべき立場を不相応だと喚きたて秩序を乱すのであればそれは体制への反逆に等しい。

 

 

さらに悪いのは、一輝の様な例外によって秩序の信頼が失陥してしまうことだ。『伐刀者ランクなんてものはあてずっぽうの役に立たない指標である』などという思い込みが蔓延し皆が無視すれば、秩序は崩壊し騎士はならず者へと成り果てる。だからこそ一輝のような存在は『何もすべきではない』と説く。

 

 

「―――確かに父さんの言っていることは間違ってないと思う。でも人間は()()()()()()()()。たった一人の例外が恒例だと持ち上げられるなんてありえないし、僕のような例が続くのであればその原因は僕らではなく秩序を維持する努力を怠った上位者の責任だ。父さんが語った内容には『努力してはならない』理由は入ってない」

 

 

しかし一輝は父の言葉に理解を示しながらもそれに反抗する。反骨心が芽生えた人が努力を重ねるのは当たり前の話で、自分は目の前でその光景を一年間見続けてきた。彼は秩序を破っているのではなく、単にその努力が上位者とやらのそれを上回っただけの事だ。

 

 

例外の増加は何も当事者たちだけが原因ではない。制度そのものが現状に即していないケースも少なくない。況してや、上意下達を忘れ皺寄せを下に強いる制度に待っているのは腐敗だけだ。以上の事から、父の発言は断じて努力する人間の頭を抑える免罪符にはなりえない。

 

 

 

「それはお前が知る必要の無い事だ、と言いたいところだがそれを理由にしがみ付かれる方が問題か。

―――特別に教えてやる。お前の様に『出来ない』者を押さえつけるのは上の者を守る為ではない、寧ろその逆だ」

 

 

「…何を言ってるの?僕がこれまで歩んできた道が父さんの庇護…?ふざけるなッ!?」

 

 

「ふざけてなどいない。確かにお前が先ほど言った流れは世間一般ではその通りだろうな、だが伐刀者の世界では別だ。何故なら、この世界の頂点にとっては伐刀者の限界など()()()()()()()のだからな」

 

 

「……?何を―――ッ」

 

 

「これ以上の事は詮索は無論、口に出す事すら許さん。何せ国家機密にかかわる事だからな。お前はただ、限界に至ることが厄災を招くとだけ知っていれば良い。…話を戻すぞ。本来であれば『出来ない』者がそこに至るなどまずありえない。普通はそこに辿り着くより先に心が折れる、それに第三者も非才にそこまで費やすより天才に賭ける方が遥かに可能性がある。

 だが、もしそんな者達でも『限界』に至れると世界に知られればどうなると思う。たとえ本人の心が持たなかろうが、努力を放棄しようが無理矢理そこへ連れて行けるだけの力が伐刀者にはある。現に私も、少数ではあるがそういったことが可能な伐刀絶技を見たことがある。

 その先にあるのは秩序どころか、世界の崩壊だ。格下とされてきた人間は『厄種』として生まれ変わり、途方もない力で世界を刻み続けるだろう。若しくは伐刀者の価値基準が逆転し、押さえつけられてきた抑圧が一気に爆発してしまうか。

……()()()()()()。それこそがこの国の騎士たちをまとめ上げてきた『黒鉄』の務めなのだから。もしお前がその道の礎となるのであれば、例えお前が後生大事にしてきた伐刀者生命を奪ってでもその未来を排除する。何故なら私はお前の親である前に、黒鉄の当主なのだからな。だから一輝、重ねて言うぞ。『何も出来ないお前は何もするな』、今も昔もお前に望んでいるのはそれだけだ」

 

 

―――今日この日、一輝は生まれて初めて父の本心を理解できたのだ。しかしそれは彼にとってあまりにも残酷なことであった。何せ自分が今日まで血反吐を吐きながら磨き上げてきた全てが、それこそが父に『排除』の二文字を口に出させた原因だというのだから救えない。しかもこれは勘違いだの期待に応えられなかっただのという次元の話ですらない。

 

 

今までどんな苦痛が待ち受けてきても決して歪むことのなかった何かが、音を立ててきしみ始める。後一言追い討ちが来れば間違いなく崩れ落ちるだろう。しかし―――――。

 

 

 

「(僕は、この人にとって、なんだったんだろう?でも、もしそうならきっと僕とこの人とっくに――「だが、」――――え?」

 

 

 

 

 

 

「――――こうして話してようやくわかった。お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ぽつりと呟くように言われた一言、それは先程とはまた違った方向で一輝の気持ちをかき乱していく。尤も今の彼に真面に思考する力が残っているかは怪しいが。

 

 

「お前が中学生になる前に姿を消した時、私はお前が自分の才能を生かせる道を探しに行ったのだと思っていた。だからこそ中学を卒業するまでの資金を用立て門下の人間に監視以外一切の接触を禁じた、邪魔になるだけだからな。…報告を聞くだけでもお前は十分人に誇れる才能を携えていた。

最低限の資金をうまく融通し自らを磨くための費用を捻出する甲斐性、相手の機微を掴んでの交渉術、剣の腕は部分的には中興の祖(サムライリョーマ)すら凌ぐほどの冴え、それとこれは最近耳に挟んだが『ラストサムライ』の秘蔵っ娘に剣を教えて見せたとか。半端に修練を積んだ手合いに教えるのは一から鍛えるより遥かに難しい。況してや『ラストサムライ』を引き合いに出されてそれなのだから指導者としての才を疑う要素は何処にもない。

…一輝、私からも一つだけ質問を返すぞ。何故お前はこれだけの才を持ちながら、誰もが蔑んだ『霊装』を選んだ?お前を他の道へ誘おうとした人間はいなかったのか?」

 

 

「―――僕が…この道を選んだ理由……?」

 

 

 ただ反射で反芻したように呆けた表情で答える一輝。そういえばどうしてこの道を選んだったか、自問した先に出てきたのは一つの思い出、そして生まれて初めて自分を肯定してくれたあの言葉。

 

 

 

『―――その悔しさの粒はまだお前が自分を諦めてねぇ証だ。それを捨てんじゃねぇぞ、諦めない気持ちさえあれば人間は何だってできる。何しろ…人間って奴は翼もないのに月まで行った生き物なんだからな』

 

 

 ―――それを思い出した時、ぐちゃぐちゃになっていた心が鎮まっていくのを感じた。そして自分が何故血反吐を吐きながらもこの世界にしがみ付いているのか、その夢を思い出した一輝は、先程とは打って変わって真っ直ぐ芯を持った瞳で父親を見据えた。

 

 

 

「――――僕が自分の(霊装)を捨てなかった理由は、竜馬さんが『諦めなくて良い』って言ってくれたからなんだ。そして僕は生まれて初めてなりたいものに出会えた、もし僕と同じ境遇の人を見つけた時、『諦めなくて良い』と伝えられる大人になろうって」

 

 

 まだ本調子とは言えないが、それでも今なら父や此処に居る連中に醜態を晒さずに済む位に落ち着くことが出来た。もしかしたらこれで愛想を尽かされて最期の会話となってしまうかもしれない、そう思ったら悲しむより先に、後悔しない様思いの丈を伝えようと口にする。

 

 

 

「それに僕がこの道を続ける理由は夢だけじゃない。こんな僕なんかを好きになってくれた子がいてさ、僕の所為で無茶をさせたり何度も泣かせて、それでも僕のこれまでを肯定してくれたステラと約束したんだ!頂きを巡る最後の闘いに二人で立とうって。そのためならどんなことでもする、例え貴方と訣別してでも!!」

 

 

「……そうか」

 

 

 決意を示すため、あえて『父』とは呼ばなかった。…自分は親不孝な息子だと思う、やり方は賛成出来ないが父の言ったことは決して間違っているとは思わない。でも自分は絶対にこの道を譲ることなど出来ない。

 

 

きっと父はこれまで通り鉄血の理性を持って自分を突き放すだろう。今度は本当に親子の縁を切られるかもしれない、そう身構えていると……。

 

 

 

「――――今の言葉で確信した、やはり例外を許してはならないとな。誑かすだけならまだ良い、しかし超越者の言葉は唯人から選択肢すら奪う。例え当人がこの世から消えても、残した言葉が全てに優先されていく、まるで宗教だな。

 ……それにしても不愉快な男だ、残骸に怨念を残すだけでは飽き足らず、孫すら毒牙に掛けたか」

 

 

「と、父さん……?」

 

 

―――いったい今日は何度驚けばよいのだろうか。この人が訪れてから一度も予想と現実が一致していない。ついでに言えば『生まれて初めて』と上についてくるものに今日だけで幾つ遭遇したのだろう。

 

 

先程まで、自分が感情をぶつけても眉すら動かさなかった父が今ははっきりとわかるほど怒りを滾らせている。それも、元凶が目の前に居れば殺してしまいそうなほどの憤怒を。この人もこんな顔をするんだ…などと場違いなことを考えていると、はがれた能面を被り直す様に無表情に戻った巌は唐突に席を立った。

 

 

「話はここまでだ。お前がそこまで言うのであれば私はもう何も言わん、好きにするがいい。……ただそうだな、これ以上引き延ばすと事後処理に支障が出る。報道関係には私の名前で差し止めをしておこう」

 

 

 一輝の返事を待たずに退出していく巌。それを呼び止めることもせずハトが豆鉄砲を喰らったような表情でそれを見送った後、これまた別方向に混乱し始めた一輝は一人考え始める。

 

 

 

「―――何だったんだろう、頭が全然付いて来ないよ。でも何かがおかしい、てっきり父さんは伐刀者以外の才なんて興味ないって……だけど色々誉めてくれてたな、混乱しててほとんど覚えてないけど。監視がどうとか言ってたけど僕の事意外と知っててくれたんだよね、それもつい最近の事まで」

 

 

 理解に苦しむ面も多々あったが、想像と大分違った人だった。自分に何の関心も持っていないと思っていた、伐刀者として無能だから疎まれていると思っていた、憎まれているのではとすら思っていた。しかしそのどれでもなかった。どうしてこんなにも食い違っているのか。

 

 

「うーん、この違和感は一体……いや、そうか!()()()に居た人達と言ってることが全然違うんだ!伐刀者じゃなきゃ人ではないみたいな反応だったし、目下の人間に暴力をふるって何とも思わないどころか嘲笑うばかりだった。今にして思えば同じ組織の人間とは思えないくらいあの人たちはズレていた。――――あれ、そういえば僕が痛めつけられる時はいつも父さんが居ない時だった。これってまさか―――『ガチャッ』―――ッ!」

 

 

 突然開かれた扉に驚いて視線を向ける。知らない内に随分考えに没頭してしまったらしい。現れたのは数時間前に散々見た顔だ。査問会に居た『倫理委員会』のメンバーの一人で横に旅行ケースを転がしている。別段興味が無かったので顔は覚えなかったが目の前に居る男は別だ。自分の下腹部や顔に()()()()()()()()を送ってくれたので顔を顰めないようにするのにずいぶん苦労した。

 

 

「夜分遅くに失礼するよ。長官とは随分長く話していたようだな、お陰で随分待たされたよ」

 

 

「……何の御用ですか?ここにはあなたが来る理由なんてないと思うんですが」

 

 

「いやいや、これは立派な公務でね。先ほどの様な格式ばった場では緊張して言いたいことが言えなくなる人は少なくなくてね。しかし自室で、それも二人っきりの状況でなら少しは君も素直になれるのではないかとね。赤座委員長の許可は得ているし、ここに入っているのは君をリラックスさせるための道具だから安心して良い。あと、勿論わかっているとは思うがくれぐれも()鹿()()()()は止めてくれよ?査問会の人間に傷をつけたなどとなれば、君の今後がどうなるかくらいは分かっているだろう?」

 

 

 後ろ手に鍵を閉め、下卑た笑顔を浮かべながらゆっくりと近づいてくる。それを見て一輝は恐らく人生で一番と言えるほど顔を顰め――――しかし近づいてくる()()と笑みを形作る時の()()()()()()に違和感を覚えたことで、警戒はすれど危機感は感じていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それは、随分仕事熱心ですね。ところで………()()()()()()()?」

 

 

 

 




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 次話はやっとドンパチに入れそうです。ところで、今更なんですが活動報告でリクエストとるのって大丈夫なんですかね?


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第十一話

 


 

 

 

場所:騎士連盟日本支部 地下

 

 

 

 

 

「――――何の冗談だ?私とは先程あったばかりじゃないか、あんなに熱心に見ていたというのに覚えていなかったとは」

 

 

「冗談を言っているのはそちらでしょう?確かに変装や幻覚ではないみたいですが、呼吸の間隔や笑みを浮かべるときの角度が全然違います。それに、右手の人差し指と中指が不自然に隙間が出来ていますね、煙草か葉巻を嗜む様ですが先程会った時は一番離れた席で吸われても眉を顰めていましたよね?しかもペンを握っていたのは()だった筈です」

 

 

 他にも幾つか挙げようと思えばできるが、これだけ食い違っていれば別人としか思えない。ただし観察した限りでは皮膚は人工ではなく、この施設では魔力を行使(・・)した瞬間警報が鳴るシステムが導入されているので変装や幻覚の類の伐刀絶技という線も有り得ない。従っていまどのような絡繰りが使われているのが一切不明なのだ。

 

 

 

「―――――なるほど、聞きしに勝る観察眼だね。よくもこんな敵地でそれだけの視野を保っていられるものだ。あの人が気に掛けているだけは有る。ああ、そんなに警戒しないでくれ、僕は唯様子を見に来たのとこれを渡すよう頼まれただけだから」

 

 

 突然恰好を崩した目の前の男は、壮年でありながら青年の様に若々しい振る舞いに代わり、楽しそうに笑みを浮かべると旅行ケースを漁り始める。

 

 

男が格好を崩した途端、一輝は不思議な感覚に苛まれた。先程まで張りつめていた警戒がまるで無理やりこじ開けられるかのように霧散()()()()()のだ。今ではもう古い知己の様にすら感じている始末。

 

 

「(―――ッ!?この感覚、前にどこかで…?)……おにぎりにヴぃ○インゼリー、スポーツドリンクとサンドイッチ。なんですかそれは?」

 

 

「何って君の明日からの飲食物だよ、このケースクーラーボックスも兼ねてるから安心してくれ。何せここの食べ物は明日から食べれなくなるから。ああ、別に飲み物以外も出てこなくなるわけじゃないよ、薬物が混入されるだけで」

 

 

 ケースから見え隠れした物に疑問を感じ尋ねると、何でも無い事の様にとんでもないことを言われる。詳しく聞くと、薬物とは大戦期に使用されていた自白剤で後遺症の類はないが、翌日検査しても一切引っかからないという厄介な代物である。

 

 

「……彼らは此処まで来たら何でもやる。それは分かって居た筈ですが思い違いだったようですね。そんな直接的な手を使うなんて」

 

 

「いや、実はこれでも相当マイルドになったんだよ?赤座とか言うのは最初、水や食料に溶かせる“麻薬”を使う心算だったそうだ。中毒症状や禁断症状が出れば常習犯と断定して資格を剥奪、後は『学生を誑かした麻薬密売者』をでっち上げて御尊父にテレビの前で嘆きの一つも見せれば、スキャンダルはいつの間にか学生を襲った悲劇的な事件にすり替わって一件落着って所だ。仮に上手くいかなくても一生残る後遺症を植え付ければ七星剣武祭への出場は不可能だから憂いなしって寸法だね」

 

 

「な――――ッ!?」

 

 

「まあ事前にストップがかかったから安心して良い。君のお父さんと、後は別ルートから圧力が掛って白紙になった。同志戦友直々だからまず反故にはしないと思うけど、念のために確認しに来たんだ」

 

 

 騎士連盟が予想以上に無法地帯となっていることに戦慄する一輝。はたして彼らの何割が父の理念を理解しているのか…、いつか父が後ろから刺され(裏切られ)ないかとつい心配になってしまうのも致し方ない事だろう。

 

 

 

「―――それで、確認のために態々そんな回りくどい方法を取ったんですか?それに、こんなものを用意したのなら確認する必要なんてなかったんじゃ……」

 

 

「うん、それは僕個人からの下心とお節介といったところかな。何となく君にはシンパシーを感じるし出来れば万全に居てもらいたいしね、まあ多分無駄になると思うけど。あとこの変態を使った理由だっけ?別にやろうと思えば直接此処にまで来ること位訳無いけど、少なくともあと三日はここに近づきたくないかな。復讐鬼の巻き添えなんて御免だよ」

 

 

「……まさか、春雪が?いや彼ならこの機を逃すはずがないか」

 

 

「そういうことだ。僕としてはあの人の気持ちも分かるけど、あんな()()()()()()()の為に罪人扱いされるのは困るんだよね。だから君には頑張ってほしんだ……おっと、もう時間か。そろそろ限界だしこの変態を片付けてくるよ」

 

 

「あッ!ちょ、まだ聞きたいこと――――」

 

 

「ん?男色家のひひ爺とキャットファイトがしたいの?」

 

 

「全力で拒否させていただきますッ!!」

 

 

 つい条件反射で返事をしてしまい、慌てて呼び止めようとしたが既に姿を消してしまっていた。まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、これ以上は藪蛇になりそうなので大人しくケース内の栄養食を咀嚼する。恐らく問題ないと思ったがやはり妙なものは混入されていないらしい。

 

 

 

「……まともな飲み物を口にしたの何日ぶりかな?確かに、碌に栄養も取れてないのに春雪と闘うなんて自殺行為だ。けど――――」

 

 

 …勝てるのだろうか?いやそれどころか、この身を賭けたとしても父を死なせずに済むのだろうか。

 

 

恐らく春雪は鏖殺するなんてことはしない筈だ、勿論甘さや優しさじゃなく単純に面倒だからだ。自分に関わった人間を選別することも、余計な憎しみを向けられるのも。ただし、一人だけ例外が居る。

 

 

―――黒鉄 巌。一輝に関する全てのトラブルの元凶である彼だけは彼の報復からは逃げられない。なぜなら彼は組織のトップたる長官であり黒鉄家の当主なのだから。例えあの一件に直接かかわって居なくとも、彼の『一輝を卒業させるな』という命令により派生した結果だというのなら最終的に責を負うのは当然の話だ。

 

 

加えて、巌を消してしまえば黒鉄は間違いなく破綻する。日本政府が今まで黒鉄家に配慮してきたのは騎士社会の秩序を江戸時代以前から守ってきた実績と、巌が継いできた『鉄血の掟』への信頼故だ。政府や秩序に牙を剥かないからこそその特権は多少逸脱しても黙認されてきた。

 

 

しかしこれからは違う。仮に巌が倒れれば間違いなく後継者騒動が起きるが長兄は事実上の放棄、珠雫も今の状況では放棄しかねないしとてもではないが傀儡に出来るタマじゃない。一輝は勿論論外だ。

 

 

となれば後継者不在による『当主代理』を決めることになるが、今日見てきた倫理委員会を見るに、秩序の内側などという理性が働く見込みはまず無く骨肉の争いに発展するだろう。

 

 

そうなれば政府ももう遠慮はしない、『現代の黒鉄家に秩序を預かる資格はない』とみなし嬉々として目の上のたんこぶを排除するだろう。唯でさえ今回の件で政府とマスコミの顰蹙を買っているのに恥の上塗りをするのは致命傷だ。全てを失った春雪の一手が巌の後生大事にしてきた掟の全てを淘汰する、意趣返しとしてこれ以上ないだろう。

 

 

「……いつかこんな日が来るのは分かってた。けど、やっぱり僕は父さんを殺させたくない」

 

 

 昨日までは、多分どこかで諦めていたんだと思う。あれだけのことをしたんだからその結果がどうなろうとも自業自得だと、それに試合ならともかく『戦争』をするつもりの春雪に勝つ手段など思いつきもしない。しかも向こうからの奇襲という絶望的な状況で、だ。

 

 

 しかし今日一輝は知った、知ってしまったのだ。父の本心を、決して自分が憎くての行動ではなかったのだと。まあ『アレ』で愛情を理解しろと言われてもかなり難しいのだが、言葉の端々から自分を見てくれていたと分かったし、自分が訣別を覚悟して啖呵を切ってもあの人から縁を切るとは言わなかった。だからだろうか、いつかお互いの道が交わる日が来るんじゃないかと希望を抱いてしまったのだ。しかしこのままではその日は永遠に失われてしまう。何か方法はないかとドリンクに手を伸ばしながら一輝は必死に考えを巡らせる。

 

 

 

 

 しかし現実は非情である。全てが遅きに逸した、始まりの号砲は地下十階にすら響き渡る地響きにより齎される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:立体駐車場

 

 

 

「……今日で丸三日か。まだ学生なんだろ?大の大人が寄ってたかってよくやるよ」

 

 

「シィッ、聴かれたらどうすんだ!俺達下っ端は上の言うこと聞いときゃ良いんだよ。……まあ胸糞悪くは有るがよ」

 

 

 ―――黒鉄の門下であれ、その全てが中枢に賛同しているわけではない。伐刀者は千人に一人の才であり、親が伐刀者であれば確率は高くなるがそれでも非伐刀者は一定数生まれてくる。勿論伐刀者至上主義者からは軽んじられており、そういった背景から半端な所為で自分達より辛い境遇にある一輝には寧ろ同情的ですらあった。ただ、一輝が当主の息子ということで末端の彼らと繋がりが無かったのは幸か不幸か。

 

 

「―――ったく、それにしてもこんな時間まで警備なんてついてねえな」

 

 

「しょうがねえよ、こういうトラブルが起きると犯罪者やテロリストが暗躍しやがるからな。しかも今回はどう見ても理不尽だし、しかもこの前『解放軍』のテロ潰した一人だろ?食指が動いても仕方ないさ」

 

 

 統計学的に追放された元騎士は、その殆どが犯罪者に堕ちるという。しかし何も一人でに落ちぶれて犯罪に手を染める者ばかりではなく、辣腕をふるう悪の幹部が手引きすることも少なくない。なのでそんな連中対策に警備が増員されているのだ。尤も、上は寧ろそんな連中が現れてくれれば無理矢理一輝との繋がりをこじつけられると思っているに違いない。何せ警備は全員非伐刀者(捨て駒)なのだから。

 

 

 そんな状況に腐りながらも業務時間を終え外に出てきた二人であったが、不意に違和感を感じた。この季節にこの時間だと丁度ここからいい具合に月が遠くに見えるのだ。ところが、今日はそれが見えない。空は雲一つない夜なのに、と気まぐれに空へライトを向けると、()()は姿を現した。

 

 

 

「――――は?お、俺は夢でも見てるのか……?」

 

 

「そらに、城が浮いてる……?」

 

 

 ―――それは城と呼ぶには少し小さいかもしれない。しかし夢物語から飛び出してきたかのように威厳を湛えるそれは、実物以上の存在感を放ち見る者の目を離さない。

 

 

 それは五秒後か、それとも数分後か。言葉を失っていた彼らは不意に城の下部から降ってくるものを見つけた。それは人のように見えた。いや、液体のようだと。いやいや、それは煌々と赤いから火の塊に違いない。

 

 

 ―――――答えはそのどれでもない。それは巨人だ、全身を紅蓮に輝かせた意志持つ溶岩が人型を得た姿なのだ。

 

 

 アウターシリーズNo.4『地母神の血脈(テュポーン)』、自らの構造を一瞬にして意のままに造り替える伐刀絶技を持ったマグマの巨人は、重力に従うまま立体駐車場を抱擁する。粘性が高い所為か落下音は響くことなく一瞬にして駐車場は欠片も残さず消滅していった。

 

 

「な、あ…ああ、あいつらは、今上がって行ったあいつらはどうなったッ!?」

 

 

「落ち着いてあの化物の足元を見ろ!溶けてねえってことは多分話に聞いた『幻想形態』って奴なんだろ。そいつが幸いかは別だが……」

 

 

 どうやら溶岩に包まれる形になった所為か落下による負傷は見当たらないがこの場合死ななかったのが一概に幸運とは言えない。一瞬で死ぬか、自分が蒸発する苦痛を記憶に焼き付けて気絶するのか、どちらを望むかは意見が分かれる所だろう。

 

 

「と、とにかく本部に連絡だッ!!本部、こちら立体駐車場!敵性勢力が出現!!敵の規模は――――『ズズンッ!!!』―――ヒィッ!!何が……ッ!!?」

 

 

 そうこうしている間に一体を更地に変えた巨人は立ち上がり、12メートルを超える巨体は軽々とビルの頂上へ手を伸ばすと屋上を非常用のヘリ諸共蒸発させた。その後は用が済んだとばかりに突然姿が掻き消えた。通信していないもう一人がそれに目をむきながら辺りを確認していると、突然轟音が響き渡った。

 

 

 そこにあったのは巨大な建造物だった。先ほど空中で見た城ではなく、今度のそれはまさしく堅牢な要塞といった有様である。恐らく先程の巨人は脱出手段を潰すだけでなくこれを下すために派遣されたのだろう。

 

 

 

 アウターシリーズNo.2『不洛要塞(フォートレス)』。キメラの十倍以上を誇る装甲強度に無数の砲門、地上より少し上で呼び出しての圧殺等、その脅威を挙げればキリがないが、この要塞の最大の目的は――――。

 

 

 

「―――『バキンッ!!』――なッ!?騎士が百人魔力を放出しても壊れない筈の検知器が!ま、まさかあれは……魔力を精製しているのか?それも規格外な量を…!?」

 

 

 ――――そう、この要塞最大の目的は中枢に設計された超弩級の魔力炉心である。自分で魔力が用意できないのなら用意できるものを作ってしまえば良いという設計思想の元、10年の時をかけて生み出されたそれは、無尽蔵に主へと魔力を提供し有り得ないほどの軍勢をも維持してしまえる。勿論使役するにはそれだけの魔力を使い熟す制御力も必要となるが、当然それも対策済みだ。要塞には、それを統べる司令官が君臨しているものだ。

 

 

 かくして要塞の門が開かれる。さながらそれはパンドラの箱が如く、若しくは人類を捌く第六のラッパの方が近いか。雲霞の如く列を成す騎士甲冑が押し寄せ、それでも足りぬと飛行物体が飛び立ち溶け落ちた天井へと兵を降下させていく。

 

 

「―――報告!敵は、敵の規模は推定一個師団以上!!繰り返す、敵は一個師団以上の軍勢をもって支部へと進撃している!!」

 

 

 

 

 ――――ここに、日本にとって大戦後初の戦争が勃発した。

 

 

 

 




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第十二話

 

 

 

 

「――――駄目です、敵、依然進行中!!既に地下8階まで陥落しています!!」

 

 

「な、何をやっているのだ!貴様らはこの国唯一の対伐刀者法治機関であろうが!!ここで我々が敗れるということは、この国にはその狼藉者を誅す力はないと喧伝するも同然だと分かっているのか!!」

 

 

「し、しかし既にこの支部が誇る最精鋭は、前線にて連絡が途絶しております。彼らが勝てないのではあれば、もはや残存戦力での勝機は絶望的です。こうなってはもはや、外部に救援を要請するしか――――」

 

 

「馬鹿者ッ!!貴様らに誇りはないのか!?KOKの連中は確かに連盟に所属する騎士だが、法治機関が半民間人の奴らに縋ったなどとなれば我らの存在意義が根底から崩れることになるのが分からんのか!!」

 

 

 

 戦端が開かれて僅か20分、その短時間で既に趨勢は決していた。残っているのは後方支援を主業務とした騎士達とVIP、後はこの有事にも拘らず務めを果たそうとせず大口を叩くだけの腰抜けと倫理委員会(役立たず)のみ。黒鉄家との関わりが薄い、国防の士を志して所属していた勇敢な騎士たちは既に己の務めを果たし、戦場に散ってしまっている。

 

 

 一部の腐敗勢力は例外として、この国で唯一伐刀者に対して司法権を行使できる連盟日本支部、その精鋭たちは現役のKOKランカーに比する実力者ばかりである。そんな彼らが、黒鉄一輝より数枚劣るポーンに後塵を拝する等本来は有り得ない。例え甲冑型であっても彼らであれば戦線の維持はおろか、戦端をこじ開けることすら出来る実力を有している。

 

 

 しかしそれは春雪だけで指揮している場合の話だ。今この戦場には要塞の主にして、創造主より万の軍勢を預かる常勝の王が居る。

 

 

 『キング』の席に君臨する唯一の霊装『創造者の右腕(オーヴァロード)』。その伐刀絶技は自身が任された軍勢にパスを繋ぎ、その一体一体に対して複数の強化を施す。さらに、人型をしたスーパーコンピュータともいうべき我が身を用いて主すら上回る操縦能力と最適化された動きを実現する。いわば全ての駒に対してノーリスクの『一刀修羅』を掛けるに等しい。ただし軍団規模で運用すると燃費が絶望的に悪くなり、要塞と併用しなければならないという欠点があるのだが。

 

 

 そんな唯でさえ絶望的な戦力差に拍車が掛っている状況に追い討ちを仕掛けているのが『不洛城塞』だ。超弩級の魔力炉心に主から転写された製造能力が加わることで、本来即時修復が不可能な甲冑型であっても一瞬で再生し戦場へと投入し続ける。破壊した端から復活する不死の軍勢は、日本男児の誇りを携える精鋭の士気すら挫き春雪の術中へと嵌らせていった。

 

 

 初めから最大戦力である『ラウンズ』と『クィーン』を投入せず数で攻めた最大の理由は、彼らに突破を諦めさせ地下へと押し込むことにある。春雪にとって最悪なのは、精鋭たちがVIPを伴って四方へと分散し血路を開かれること。ここら一帯は連盟の私有地であり滅多なことで部外者に干渉される場所ではないが、下手に騒ぎが広がれば水を差される可能性は跳ね上がってしまうからだ。

 

 

 

「~~~~ッ!ではどうすると言うのです!?既に残存勢力は3割を切り、その全てが今この瞬間も戦っているんです!僅かでも時間を稼ぐために!!喚く暇があったら打開策の一つでも考えてくださいッ!!」

 

 

「なッ!?貴様誰に向かって物を言っている!所属と名前を言え、私の手で左遷させてやる!!」

 

 

 しかしそうとは知らぬまま彼らはドツボにはまっていく。唯でさえ劣勢なのにも関わらず、状況を理解できない人間に足を引っ張られ思うように動けない彼らは、とうとう壊滅まで秒読みというところまで来ていた。

 

 

 

「―――鎮まれ。ここで仲間割れをしても時間の無駄だ」

 

 

「おお、御当主様!なぜこのような場所へ引き返してこられたのですか!?緊急避難用のプラットフォームに向かわれた筈では……」

 

 

「地下線路は破壊されていた。痕跡から察するに、下水路を伝って探り当ててきたようだ」

 

 

「そ、そんな!?で、では我々が脱出する手段はもう……」

 

 

 

 ――――すわ、決戦を前にして内部分裂かというところまで険悪化していた司令部は、しかし姿を現した黒鉄 巌の一言で鎮静化する。しかしそれは状況の改善までは齎さない。何故なら彼が此処に舞い戻ったということは全てが手遅れだという証明に他ならず、今まさに命がけで戦っている彼らの犬死が決定した瞬間でもあるのだ。

 

 

「――――そんなことはもはやどうでも良い。状況はどうなっている?」

 

 

「……は。監視カメラおよび特殊サーモグラフによると、敵の総数は約3万。しかし我々が施設に立て込んでからは、勢力の9割はその場から動かず封鎖を行っております。しかし侵攻してきた7体の敵性勢力により部隊は7割以上の損害を出しております。不幸中の幸いですが、敵は全て幻想形態をしようしており死傷者は出ておりません。尤も、生き残った中の何人が復帰できるかは不明ですが……」

 

 

「長官、こちらを!辛うじて吸い出せた監視カメラの記録です」

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

 

――――地上一階。

 

 

 

『A~D隊は方陣を組め!残りは予備隊として階段を死守、状況が悪化し次第突入し仲間の後退を支援し戦線を下げろッ!良いか、長官が脱出するまでの間何があっても最下層まで行かせるなッ!!』

 

 

『『『了解ッ!!』』』

 

 

 およそ15分前。敵の強烈な圧力に押されはしたものの、未だ意気軒昂を保ち戦線を構築する精鋭たち。ほぼ全員が幻想形態による精神的ダメージを負っているが、まだこの時は軽傷と言える状態であった。ところが―――――。

 

 

 

 

 ――――――サンッ。

 

 

 

 

『―――――は?』

 

 

 ――――幻想形態特有のエフェクトが一閃横切った瞬間、最前列に居た5人が崩れ落ちる。それに反応する暇さえ与えず一閃、また一閃と煌めくごとに人が崩れ落ちていく。姿の見えない下手人に戦列は崩れ、鎮めようとした人間がその瞬間切り伏せられ続けることで恐慌は加速していった。

 

 

 ラウンズが一柱『ヴェイン』、あの夜叉姫をして対人最強と言わしめた『狩人の森』と似て非なる伐刀絶技『百中の不意打ち』はその前評判に違わぬ暴威を見せつけ、鋒鋩の体で撤退した騎士たちはこの時点で半数が脱落していた。

 

 

 やがて完全に沈黙したフロアに姿を現したヴェインは、しかし地下へは向かわず1階の確保を受け持つ。そして後から侵入してきた6機と一人は、悠然とその足を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――3階。

 

 

 

 

 何とか守備隊と合流した残存部隊は再び陣を敷く。逃走途中に無線で連絡を取り、守備隊が携行用特殊サーモグラフィーを用意できたことが彼らに落ち着きを取り戻させていた。

 

 

 対人伐刀絶技はその特性上、人が行えない行動に対して弱点を持っている者が多い。特に迷彩系に関しては酸素を取り込む都合上空気の流れで探知することは出来るし、『魔剣』の類は人本来の間合いであるクロスレンジの外に居られては無力化される可能性が高い。それ故様々な方法で対象を感知する特殊サーモグラフィーならば先程の下手人を捉えられる可能性が高い。加えて、展開できる数に限度がある廊下であれば数の利を大きくそぐことも可能だ。

 

 

 しかしこの装備にも弱点は存在する。視界を覆う防具というのはどうしても死角を生じてしまい、例えば今まさに飛来してきている視界すれすれの短刀に対応できないケースは珍しくない。

 

 

『ぐあッ!?』

 

 

『た、隊長!」

 

 

『取り乱すなッ!傷は浅い、この程度なら動きに支障はない。そら、来たぞ!!』

 

 

 階段と天井の境ギリギリからの投擲、その下手人は在り来たりな甲冑を纏った人型であり、ともすれば先程までの大兵団に交じっても区別がつかないほど平凡な細工である……肩に掛ったマントと返り血を模した赤褐色の塗装が無ければ、だが。

 

 

 その一体は両手に武器を持たず、無人の野を歩くがごとくゆっくりと歩を進めている。慢心か、それとも余裕からかは判別がつかないが絶好の機会を逃すはずもなく隊長は一斉掃射の合図を送る。

 

 

 この細い一本道でなら刃物より重火器または銃器型の霊装の方が遥かに有利である。しかも遮蔽物は一切なく、対伐刀者用に強力な重火器が配備されているため殲滅できる可能性は決して低くはない。

 

 

 ――――ところが隊長が合図したにも拘らず、発砲音は一つも鳴らない。訝しんだ隊長が振り向いた先に見た光景は、まさしく地獄絵図であった。

 

 

 

 そこに居た殆どが立ったまま気絶し、僅かに意識を残した者も壮絶に表情を歪めたまま喉元に手をやった姿勢で固まっている。中にはその苦痛に耐えきれなかったのか、自決用の拳銃を手に持ったまま気絶している者すらいる。

 

 

 ――――言うまでも無く目前の甲冑の伐刀絶技である。ラウンズシリーズ:モルドレットの『災禍の種』は刀身に浴びた血液の模倣品を魔力で複製し、ミクロ以下の極小に加工し散布する能力である。そうしてばら撒かれた種は他者の汗腺や目および口から侵入し血液と同化、その後凄まじい呼吸器障害を発生させる。並の武芸者では瞬時に気絶し、仮に意識を保てても呼吸を奪われてしまえば身動き一つとれずにされるがままである。…複製元の人間を除いて、だが。

 

 

 しかしたった一人で叶うはずもなく、半狂乱となった隊長は成す術無くモルドレットに叩き伏せられる。精鋭部隊は鎮護の部隊を残して全滅することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――五階。

 

 

 

 ある意味、この階層は3階以上に凄惨を極めることとなった。それは追い詰められていく現状に耐えきれなくなった黒鉄の汚点達が飛び出していったことだけでなく、この階を任されたラウンズに原因がある。

 

 

『くそ、この出来損ないg――『ザクッ』――い、ぎぁ『ザクッ』――アアアアァ『ザクッ』―――あ、ぁぁ………『ザクッ』―――――』

 

 

『な、なぜお前がここに…いや違う、貴様は一体―――『スパンッ』――――』

 

 

『ひいいいッ!!?た、助けてくれ!俺が悪かった、この通りだ!!だ、だって仕方がないだろッ!?当主様の命令に逆らうなんて出来なかったんだ!い、いいいいやだいやだいやいあやいああああああァ―――『ザクッ』―――』

 

 

 正気を無くした彼らの前に立ちふさがったのは、彼らが『出来損ない』と嘲ったとある学生騎士と瓜二つの姿をしていた。それ故に彼らは現実が見えないままに飛び込んでいき……そのまま成す術もなく切り刻まれていった。

 

 

 ラウンズが一柱『八重垣』。白髪に浅黒い肌を除けば一輝と瓜二つの姿をした、無機物とはいえ春雪が唯一『ヒトと同じ造形』で創った駒である。一輝と同じ造形なのは特に深い理由はなく、協力者として隅々まで調べつくした唯一の教材だったというだけである。尤も、本人のトラウマである強力な魔力と伐刀絶技を持った影法師を本人の前で創ったのは悪趣味としか言えないだろうが。

 

 

 髪の一本から質感まで完全に再現されたそれは、『細工と技術を注げば注ぐほど強力になる』という春雪本人の伐刀絶技の恩恵を最も強く受けており、それ故単純な性能ならラウンズ屈指となっている。

 

 

 さらに、銘と同じ伐刀絶技『八重垣』は『自らが切り裂けるものであれば刃への干渉を取捨選択できる』というもの。分かりやすくいえば以下の2通りの使い方が出来る。

 

1・肉や神経を『切らない』で骨や感覚のみ『切る』ことが出来る。これだけであれば幻想形態と変わらないが、大きな違いは一定以上のダメージで起こる『意識のブラックアウト』が起きない点である。つまり気絶させることなく延々と切り刻むことが出来るのである。

 

2・ただひたすら『邪魔になるもの』を透過することが出来る。切り裂けるという前提が必要だがありとあらゆる防御を、例え霊装であっても『干渉させない』ことですり抜け本命の身を切り裂く防御不可の斬撃を可能とする。さらに、大気に対して『干渉させない』ことで空気抵抗を完全に遮断し神速の剣閃を放つことも出来る。

 

 

 この能力に加え、春雪から『一輝への侮辱を行った奴は、殺してくれと懇願するまで骨を刻み続けろ』と前もって指示を受けていたことが災いし、この階に居たほぼ全ての人間が再起不能になるまで刃の餌食となった。

起不能になるまで刃の餌食となった。

 

 

 しかし、この階での春雪の『遊び』に浪費した時間こそが、今現在も防衛線が残っている最大の理由である。ましてや最も長く時間を稼いだ人物が、日ごろの行いの所為で誰にも起こして貰えず逃げ損ねた『赤座 守』だったのは皮肉としか言いようがないだろう。

 

 

 

 

~~~~~~~

 

 

 

 

「――――――い、以上が復元できた映像です。長官、我々は…どうすれば……」

 

 

 その場に居る人間は、一人を例外に全員が凍りついていた。自分たちが今息を吸えているのは精鋭の奮闘などでは無く、狼藉者の戯れでしかなかっという事実に打ちひしがれていたのだ。

 

 

「…わかった。総員この下のシェルターへ行け、それと前線に居る者は全員下げろ。狙いは恐らく私だろう、この首を差し出せばそれ以上は手を出すまい」

 

 

「て、敵の正体が分かったのですか!?ならば早く手を打ちましょう!指名手配するなり、身内を脅迫の材料に――――」

 

 

「無駄だ。奴を退けられる材料を、我々―――いや、私は一年前に奴から奪った。その手は通用せん。急げ、私に万一の時は一輝を(・・・)当主代理に据えろ」

 

 

「なッ正気ですか!!?あれは―――」

 

 

「あれを引き込まねば珠雫(本命)は間違いなく切り捨てるぞ。あれを巻き込めば珠雫も本腰を入れるだろう、神輿が出来上がれば後は切り捨てるなり首輪にするなり好きにしろ」

 

 

 眉一つ動かさずに言ってのけた巌であるが、内心拘泥した思いであった。珠雫はその冷酷さと無関心から当主としての適性は悪くないが、黒鉄の理念を全くといって良いほど受け継いでいないのは痛恨の極みである。

 

 

しかし他の有象無象よりは遥かにマシであり、珠雫が当主に据えられれば一輝もそれを支えるために動くのは容易に想像できる。加えて珠雫も一輝を放そうとしないだろうことから、第一線から引き離すという意味では悪くない一手ともいえる。

 

 

 

どの道、巌にとって行く末を案じる等無意味でしかない。春雪と見えれば九分九厘死ぬしかない。望もうと望むまいと、終わりの時は刻一刻と近づいていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――地下4階。

 

 

 

 もしこの階層の映像が残っていれば、彼らは疑問に思っただろう。いや、ここを駆け抜けた連中と同じく認識することが出来なかっただろうか。色濃く刻まれた激戦の爪痕、しかしある一部屋だけはまるで誰もが無意識に失念した(・・・・・・・・)かのように無傷であった。

 

 

部屋の中に居たのは3人の男。一人は黒い髪に銀のメッシュの少年、もう一人は端正な顔立ちをした長身の学生、最後は黒い法衣を纏った壮年の紳士。

 

 

「いやー、良いタイミングで来てくれたものですね。()の骨折りを無為にしてしまったのは気の毒ですが、これで大願成就の御邪魔虫は消えて貰えそうですね」

 

 

「……末恐ろしいものだ、これだけの騒動をたった一人の学生が演出したとは。流石は我が生徒を一蹴しただけはある。それに、それだけの軍勢を戦うことなく退けたこの者もまた麒麟児と呼ぶにふさわしい。まったく、これほどの手練れを祭に参加させないとは相変わらず表の世界は腐っているようだな」

 

 

「どんな凡人であれ天才であれ、ピンと来なければスルーしてしまう。そういった本能や勘といった分野において彼の右に出る者はいませんよ。ただ、あり過ぎる魔力の所為でちょっと操作を加えるとオーバーヒートしてしまうのが難点ですが。『過ぎたるは及ばざるがごとし』とは正しく至言ですね。さて、この後の手筈ですが……」

 

 

「わかっておる。顔を出すだけで良いのだろう?楽な仕事なのは結構だが…本当に言伝だけで構わんのか?」

 

 

「ええ、あのお兄さんには出来るだけ安全地帯に居てほしいですね。ほら、感性は凡人ですからね。やる気にさせなければ平凡な人生を享受するでしょうし、態々その気にさせる必要なんてありません。それこそ何もかも粉砕してく危うさがありますし。――――それでは、後詰めの一手は任せましたよ、ヴァレンシュタイン卿?」

 

 

 

 

 




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第十三話

リクエストに協力していただいた

チョーク4 様
二次元大好き人間 様

この場を借りてお礼申し上げます!


 

 

 

 

 

 ―――――――最後の轟音が鳴り響く。首相官邸にも設置されている特殊加工シェルターを紙の様に粉砕し、彼らは降りてきた。この戦争を引き起こした伐刀者、落合 春雪とそれに付き従う騎士を模した駒たち、そして彼の隣に並び立つ女神または守護天使を思わせる八本腕と巨大な棺桶を持った女型の人形。

 

 

 

 

「よう、ようやくその面が拝めたな。お互い初対面だが、まさか知らないとか言わんだろうな?」

 

 

「……知っている。持たない者(一輝)に敗北して無様に転がり落ちた元Cランク騎士だろう」

 

 

「はっ、随分おめでたいアタマしてるんだな。テメエらが仕出かしたことも棚上げかよ、それとも余罪があり過ぎて耄碌したか?」

 

 

「……何の話だ?Fランクに劣る騎士がCの階位に居るなど矛盾している。そも、そのような秩序を乱す醜態を晒して尚騎士にしがみ付く者を想定した仕組みではないからな」

 

 

「―――――――――ッ」

 

 

 

 ピシリ―――どこかで悲鳴の様に軋む音が響く。もしこの場に二人以外の人間が居れば鋭さを増した空気に悲鳴を上げたことだろう。今ここには巌以外に連盟の人間はいない、誰もが巌の指示通りこれより下の階に避難した。命惜しさからか、敗北に心が折れたからか、将又現状を招いた黒鉄を見限ったからかは不明だが、たった一人佇んでおきながら未だに『当主』面をした眼前の男が春雪には酷く滑稽に映った。

 

 

 相手の神経を逆なでする言葉に、春雪は眉を顰めながらもさして不快感は湧かなかった。狙いが見え透いている、大方自分にヘイトを集めるだけ集めて死に、何とか『黒鉄家』の土台を残そうとしているのだろう。

 

 

「(……何か半分くらいは本心でほざいてそうだけどな)」

 

 

 茶番に付き合う義理などないが、時間も限られているので早々に要件を片付けることにする。ここまで来て本命を取り逃がす等御免だ、このビルからは鼠一匹逃がしていないが、近隣の関係ビルまでは徹底できていない。カビの生えた連中なら死んでも醜態を外に漏らさない様尽力するだろうが、命惜しさに他所へ泣きつく可能性は捨てきれない。流石に初手から本気モードの夜叉姫とかが追撃してきたら逃げられる可能性が出てくる。

 

 

「――まああんたの考えなんざ理解する気は更々ないし、現実が見えてないせいで只管ズレた有様を拝んで溜飲は大分下がった。お望みどおり、ゴミみたいにどうでも良く殺してやるよ」

 

 

 もう生きているお前には用はない、そう言わんばかりに雑に手振りをすると傍らに控えていた八重垣が瞬く間に肉薄する。自身の息子と瓜二つの影法師が有らん限りの憎悪に顔を歪ませ一切の躊躇いなく刃を振り抜く。この男の死に様としては多少温いが良い塩梅だろうという春雪の趣向だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――ガキンッ!!

 

 

 

 

 

 両者の間に割って入る黒刀が無ければ、春雪の思い描いた光景が広がっていただろう。その姿には、この場に居る二人は表情を驚きで歪ませる。巌は何故彼がこの場に現れたのかに、そして春雪は彼の動きに全く迷いが無い事に。

 

 

 

「――――はぁ、はッ!ま、間に合った……」

 

 

「……一輝か、何故此処に居る」

 

 

「鍵は丁度誰かさんがこじ開けていったからね、通風口に隠れてやり過ごしたんだ。父さんこそ何で此処に居るんだ!それもたった一人で殺されるつもりなのかッ!!?」

 

 

「それこそこちらの台詞だ。早くここから消えろ、お前に今死なれても困る。私が居なくなればお前が当主代行なのだからな」

 

 

「はあッ!?あれだけ悪評ばら撒いておいて何を――――ッ」

 

 

 相変わらず理解に苦しむことばかり宣う父に、一輝は普段の礼節も忘れて背中越しに声を荒げる。対して巌は、まるでたった今殺されかけたことをわかっていないかのように平坦な口調を続ける。

 

 

「少々マスコミとの関係が悪化し過ぎたからな、手打ちにする手段に困っていた所だった。今回の襲撃はむしろ渡りに船といって良い。少し事実を脚色すれば、一連の事件は全て反体制派若しくはテロリストが連盟の地盤を揺るがそうとしたものであり、マスコミや政府は被害者として面目を保てる。幸い切り捨てる駒はしばらく現実に帰って来まい、アレ(赤座)が起きた頃には牢獄の中だな」

 

 

「……切り捨てる、か。それはともかく僕が代行なんて何を考えてるんだよ、他の人が納得するはずが―――」

 

 

「あくまで珠雫が座に着くまでの代理だ。あれもお前が代行に着けば黒鉄の家に戻らざるを得まい、あれほど毛嫌いした『黒鉄の息が掛った状態の』破軍を志望したくらいだからな。そして黒鉄に帰った珠雫を置いていけるほど薄い情ではあるまい?それとなぜ他の者の納得が必要になる、当主の決定は絶対だ。伐刀者としては落第でも事務やマネージメントはそつなくこなし、黒鉄の直系であるお前ならば――――『ぷ、ク~~~~ッアッハハハハッ!!』……なにがおかしい?」

 

 

 

 まるで決定事項の様に伝える巌であったが、突如横からの爆笑に眉を顰める。対して春雪は堪えきれないとばかりの破顔であるが、その目には現実が見えていない男への嘲りが色濃く映っている。

 

 

 タイムリミットが迫っている春雪が先程まで二人の会話を遮らなかったのか、勿論今生の別れに気を利かせた訳ではなく、ただ殺すよりもっと相応しい幕引きを怨敵にくれてやれるネタが転がり込んできたからだ。

 

 

「~~~~~ッ!い、いやいや失礼、まさかここまで滑稽な喜劇を見せられるとは思っても無くてな。一輝から聞いた話じゃ阿呆だ馬鹿だと思っていたが、まさかこんな現実が分かってない男が一角の当主様とは。こんなのに人生浪費させられてきた一輝には心底同情するよ。当主代行って正気か?それこそ骨肉の内輪もめの始まりだ、なにせ今まで散々痛めつけてきた奴に権限を持たれて耐えられる奴が居るかよ」

 

 

「……貴様こそ何を言っている?痛めつけた?無能とはいえ一輝は黒鉄の直系の男子だ、たかが使用人や分家風情がそんな大それた狼藉を………一輝?」

 

 

 笑い話にすらならんと切り捨てた巌だが、ふと視界に入れた一輝の表情を見て信じられないとばかりに目を見開く。一輝もまた、閉じ込められていたあの部屋で浮かんだ仮説が正しかったのだと確信しやるせない気持ちになっていた。『大したものだ』『伐刀者でなくとも生きていける世界に行かなかった』『何故伐刀者以外の道を選ばなかったのか』――――今にして思えば余りにも一輝が味わってきた苦難から剥離した発言だった。

 

 

 

 そう、信じられない話であるが巌は一輝が黒鉄の家でどのような仕打ちを受けていたのか、本当に何も知らなかったのだ。だがこれに関しては彼にも弁解の余地がある。

 

 

例え多忙を言い訳に家族の近況を把握していなかったとはいえ、まさか本家の人間に危害を加える阿呆が存在するなど想定すらしていなかった。しかもただの厳格な家ならいざ知らず、黒鉄は江戸時代以前から続き、その旧態依然とした風習が色濃く残っているのだ。

 

 

もし仮に、珠雫や嫡男が暴力を振いそれに便乗していたというならまだしも、使用人や分家の末端が自ら手を出す等常識では考えられない愚行である。例えるなら、出来が悪いからと言って大名の子息に対して、茶酌み坊主風情が狼藉を働いた位有り得ない行為なのだ。もし大名に知られれば一族郎党に至るまで全員が打ち首獄門に処されても当然の所業だ。

 

 

「あんたを見て一番滑稽だと思ったのはな、お得意の『黒鉄の理念』とやらを顔も知らん皆が守ってくれる前提で話してることだ。まあ一昔前なら態々法に乗せなくても逆らわせない暗黙の了解があったんだろうよ。だがもう少し周りが見えていれば気づいたはずだ、民間人に刃を突き立てても無罪放免されるほど肥大化した伐刀者の権力にな。その埃の被った家訓が通用してるのは単にその方が都合が良いからってだけだ、守りたくて守ってる奴はもういねえよ」

 

 

 もっとも分かりやすい例は『倉敷 蔵人』だろう。彼は一応連盟の騎士に所属しており、辛うじて追放処分は受けていない。しかしその事実や伐刀者ランクが彼に対して抑止力となったことは一度もない。

 

 

 綾辻が嘗て語ったように、彼は非伐刀者の民間人多数に大けがを負わせている。それも一生後遺症が残るほどの重症やiPS再生漕が必要になるほどの。カプセルを使ったということは公的な医療機関を利用したということであり、それが事件性のある怪我である場合医者には通報義務が課せられている。当然彼らに倉敷を庇う理由など無く包み隠さず話しただろう。

 

 

 しかし倉敷に何らかの公的措置が取られた形跡はない。それどころか、その後に行われた『決闘』および道場の占有までも黙認されている。本来であれば、門下の人間を傷つけての挑発、および拡大して解釈すれば『決闘を受けなければこれからも門下に危害を加える』という脅迫とも取れる。

 

 

であればこの決闘は『暴力等による契約の強要』であり法律上はどんな契約でも無効になる。そもそも、ラストサムライは非伐刀者なのでそもそも決闘に法的拘束力は一切存在しないはずだ。であるにも拘らず警察はおろか騎士連盟すら何の干渉も行わなかった。それほどに伐刀者の治外法権ぶりが加速しているのが現実だ。

 

 

例え倉敷が極端な例だとしても、似たような事例は幾らでもある。それこそ一輝は2度目の1学年最初の日に殺人未遂に遭っている。そのくらい伐刀者にとって幻想形態でない霊装を人に向けることが日常化している。そんな中、もし今の制度が彼らを縛り付けるようなものに変わった時彼らが大人しく従うだろうか?答えは否、例え上位ランクの騎士が出てきても平然と彼らは暴力で緩和を訴え倉敷の様な人間の元に集うだろう。

 

 

 

「ま、そんなアンタらの事情なんてどうでも良い。正直現実を直視した後のアンタは死に顔よりよっぽど見ごたえがありそうだけどな、生憎中途半端で終わらせる趣味は無い。アンタのゴミみたいな秩序の正否はあの世とやらで確かめてくれ」

 

 

「…させると思うかい?」

 

 

「……正直意外だったな。来るのは何となく予想できていたが、ソレ(・・)を持ち出してくるくらいマジだとはな」

 

 

 春雪は一輝の腰元にある()()()()()()()()()()に目を向ける。それはかつて協力の対価、そしてとある反抗計画の前報酬としてくれてやり、しかし一度として鞘から抜かれることは無かった一振りである。

 

 

「ごめん、君から貰ったこれを向けるなんて僕は友人失格だな」

 

 

「気に病む必要はない、元々こうなることは織り込み済みで遣った品だからな。しかし『貰った力に頼ると自分の()が曇る気がするから』とか言って一度も抜かなかったお前がそれを持ち出すほど本気ってことか、参ったな」

 

 

 冗談めかして言う春雪だが、実の所本気で困っていた。この状況に一輝が割って入る、それ自体は容易に想像がついたが我が身を盾に、あらゆる手段を用いる気迫を背負って現れるのは流石に予想外だ。普通は親とはいえ碌に会話もなかった人間のために命を賭ければ一抹の迷いが混じる。そんな彼なら幾らでも対処法は有った。

 

 

 そして一番不味いのは、彼にとって()()()()()()()()という存在が未知数であるということだ。彼は何時だって前進し切り伏せることで道を切り開いてきた、耐えることは有っても背を向けたことはない。しかしこの状況下で父を守れると思うほど馬鹿ではない彼は、恥も外聞もなく父を背負って逃げだすはずであり、それを可能にする能力があの小太刀には存在する。

 

 

 もう一つ不味いのは、春雪が鍛造した霊装に背中を刺すのに適した物が一切存在しないということだ。戦意喪失した相手に追撃するのは嬉々と行っても、一目散に逃げ出した相手を追い撃つ趣味は無い。春雪の手駒は全て、強襲・奇襲・迎撃用に作られている。なまじ面攻撃に優れるが故の弊害と言えよう。

 

 

 

 

 

 

「――――はあ、しょうがないな。うん、しょうがないから鬼札(ジョーカー)を切ろう」

 

 

 

 傍らの女型の人形、『クィーン』の駒である霊装『創造主の左腕(ドゥルガー)』が前に出る。しかし彼女は鬼札ではない。彼女は最優の駒にして最高傑作の一柱であり、その最も重要な役目が彼女の背負う『棺桶の中身』の管理だ。そして彼女は主の指示の元、その容れ物を地に降ろした。

 

 

 

 

 ―――――それは一人の男の絶望だった。憎悪だった。始まりだった。無色だった。怒りだった。慟哭だった。道標だった。それらを集合した『ナニカ』だった。

 

 

 棺に施されていた鎖が緩み、ソレが顔を覗かせる。何もかもが綯交ぜとなり、黒としか言いようがないが黒ではないという矛盾した色を見せるソレは、僅かに開いた端から世界を羨む様に視線を彷徨わせる。そしてソレと目が合った瞬間――――――全身から汗が吹き上がった。

 

 

 

「―――――ヒィッ」

 

 

 信じられない音を聞いた一輝は愕然とする。まさか自分の口から生娘の様な悲鳴を聞く日が来るなんて、と。だがそれを恥だとは思わない。あれは、人が目にして良い悪意では断じてない。ないがしかし、もしそうであるのならアレの全容を直視し、剰えアレを世に引きずり出した親友は一体何なのだろうか。

 

 

 

「……馬鹿な、ありえない。なぜだ、何故限界を迎えていない貴様がその域にいるッ!?」

 

 

 そう声を震わせる父も見たこともないほど表情を歪ませ汗を吹き上がらせている。まるで極寒の地に立っているかのごとく全身を震わせながらしきりに『有り得ない』とつぶやく姿にいつもの威厳は欠片も存在していない。

 

 

「はっ、本当に頭が固いおっさんだな。自分が知っている法則が全てとかいう痛い勘違いは良い加減改めたらどうだ?そもそも前提が違う、アンタらは振う側、俺は生み出す側。限界に至る道が違って当然だろう。まさか、最強の剣士と至高の刀工がイコールになるとでも思ったのか?第一、こいつは俺が生まれて半年もしたころにはもう居たぞ?」

 

 

「「はあッ!!?」」

 

 

 異口同音に叫ぶ親子、しかし当然の反応だろう。目の前に居る今も直視できないバケモノは、今まで出てきた駒とは次元が違う。傑作と豪語するラウンズすらつい最近完成したというのに、この怪物が遥か昔から居たなど信じられるはずがなかった。

 

 

「あのなあ、一輝はともかくアンタは情報収集も碌にしてないのか?ああ、そういえばアンタの中の俺は『たかが元Cランクの落伍者』だったなあ。まあ良い、少し昔話をするか。こいつを出した以上()()()()()()()()()()

 どこから話すかな、今でこそ見た目通りの健康体だが、生まれた頃はちょいとヤバい病気に罹っててな。確か脳がどうとか言ってたかな?そんでもって俺と弟が両方伐刀者だから察しが付くと思うが、元両親は結構良いトコの出でな。そんな外聞の悪い出来損ないは処分してしまうかって話まで出てきたらしい」

 

 

 何でも無い事の様に話すが、悲しいかな今の社会では本当に何でもない話なのである。伐刀者の台頭によって人の命に対する価値差別が明確化し、医療技術の革新が拍車をかけた。千切れた手足すら元通りにする技術は、逆にそれですらどうにもならない存在を致命的に貶めてしまった。特に伐刀者至上主義に嵌った者達の間では先天性障碍者の処分は寧ろ慈悲であるとすら言われている。

 

 

「まあ、タイミングが良いのか悪いのか俺は処分される前に『固有霊装』を発現したお陰で事無きを得たって訳だ。一輝は知ってるよな?俺の『騎機怪々狂騒曲』は副産物として脳機能を強化するって、そのお陰で病気とはオサラバ出来たが弊害が残ってな。聞くところによると赤ん坊の脳味噌は皆天才と同等らしいな。そこへさらに霊装で強化されたお頭は色々知らなくて良いことを知っちまった、そんで爆発した感情が行き場を求めて昇華した結果がこれだ。

 まあ今となっちゃ欠片も記憶にないんだがな、だが俺の脳味噌が使える筈のない(一番状態の良い)頃に全身全霊をかけた作品だ。俺の生涯で最高()()の存在なのは当然だろう?

 …さて、この話はここまでだ。一輝、友人として最後の警告だ。命が惜しいなら5秒以内にそこを退けよ?」

 

 

 ―――理解も納得も、況してや追及など許すはずがないとばかりに春雪は一方的に処刑宣告を行った。しかし一輝の足は微動だにしない。文字通り足が竦んで前には動かせないが、横と後ろへなら辛うじて動かせる。だが一輝はその誘惑を切り捨てる、目の前の男が友情に免じて手心を加えるなど有り得ないと知りながら。

 

 

 間違いなく人生で一番長い5秒間、相手の復讐心に理解を示しながらそれでも己の我儘を通すべく、最後の瞬間まで顔に作り笑いを浮かべ友人と相対した一輝はしかし―――――。

 

 

「邪魔だ、どけ」

 

 

 まさしくカウントがゼロになる瞬間、後ろから強い衝撃を受けることになる。限界まで萎縮していた体はそのせいで踏ん張ることが出来ず膝から崩れ落ちてしまう。

 

 

 

 

 

その瞬間、一輝を突き飛ばした張本人である巌の胴体は一切の前触れなく千切れ飛んだ。

 

 

 

 

 

 




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第十四話

 

 

 

 ――――ずるり。そんな気色の悪い音と共に重力に引かれて墜ちていく胴体。一輝はそれをまるでスロー再生か何かの様な感覚に引きずられながら見届けるしかなかった。

 

 

「と……父さんッ!!?」

 

 

 四つん這いの姿勢から慌てて起き上がり、慎重な手つきで父を抱き起す。無反応な父に真っ青になりかけるが、呼吸音から気絶しているだけだと分かる。そのことで少し落ち着けば、父に起こっている異常に目が行った。

 

 

 ()()()()()()()()()。切るというより引き千切るといった程に凄惨な傷だと分かるくらい臓物が溢れてしまっているにも拘らずだ。その余りに常識外れな症状に、一輝はどうするのが最適解か分からず下手人へ視線を向ける。

 

 

 相も変わらず棺の暗闇に覆われたバケモノだが、存在感を示す目玉以外に、徐に晒された右腕らしき黒色には、ギロチンに無理やり柄を付けたような巨体な剣擬きが握られている。

一輝は本能的に理解させられる、あれを何とかすれば助けられると。それが贄を求める深淵の誘惑だと分かっていてもほかに手段が無い一輝は、恐怖を押さえつけてバケモノへと突貫する。しかし―――――。

 

 

 

 

 ―――――ギシリッ。

 

 

 

 そんな音が聞こえてきそうな、亀裂の様な笑みに生存本能が耐え切れず肉体を無理やり静止させる。アレの関心をこれ以上集めれば取り返しがつかないと。

 

 

それはまさしく紙一重の判断だった、ガクンッと突然力の抜けた左足がそれを証明しており、独りでに切断された腱に一輝は目を見開く。彼は無謀にもあのバケモノから一切目をそらさず一挙一投足逃さず観察していたが、しかし何一つ前触れを感じ取ることが出来なかった。見切れなかったのではない、眼前の怪物は本当に何もしていないのである。

 

 

 踏み止まった獲物(一輝)を見て、嘲笑を収めたバケモノは詰まらないとばかりにあくびをすると何もない場所で剣を一振りする。――――瞬間、止まっていた時間が動き出したかのように二箇所で血飛沫が舞う。

 

 

 

「ガッ!?~~~~~~~ッ!!ま、まさか事象の逆行実現?出鱈目も良いところだろ……ッ!!」

 

 

 

 アウターシリーズNo.0にして、鬼札(ジョーカー)として在り続ける霊装『逆吊りの終焉(スノードロップ)』。その伐刀絶技の一つ(・・)は、一輝が看破したとおり事象にあるべき『過程→結果』のプロセスを逆にして起こすというもの。

 

 

 

この能力の最も恐ろしいのは、絶対に回避できないことにある。字面に起こした時逆順で成立すればそれが現実の中で確定してしまうのだ。つまり、『一輝の足が切れた』後に『剣を振った』→ 『剣を振ったから』『一輝の足が切れた』となれば事実となってしまう。その間にあるべき過程は、存在そのものが虚数と概念の塊であるバケモノにとって平然と踏み倒してしまえる塵芥に過ぎない。

 

 

一切の前触れ、切欠が存在しないまま「既に事が済んだあと」の結果が現れ、何の因果関係もない後付けの動作でその結果が現世に固定される。ある意味で究極の後だしじゃんけんともいえる能力だが、当然ながら莫大なリスクを背負っている。いや、構造的欠陥ともいうべきか。

 

 

 

「おいこら、勝手に這い出てんじゃねえよ」

 

 

 今にも棺から半身を出そうと動いた瞬間、春雪が開きすぎた蓋を蹴り飛ばして無理やり押し込めようとする。蓋と棺に挟まれた『逆吊りの終焉(スノードロップ)』が名状しがたい鳴き声のような音を上げた途端―――――。

 

 

 

 ―――――ボトリッ。

 

 

 

「………え?」

 

 

「あ゛?…クソがッ!だからこいつ使うの嫌なんだよ、いちいち噛みついてくんじゃねえよ」 

 

 

 ()()()()()()()()()()()足で再び蹴りを入れ、挟まった腕以外が棺に収まるが、あろうことかそのまま腕を振り下ろそうとする。

 

 

「(馬鹿なッ!?そんなことすれば造物主(春雪)まで……)」

 

 

 被害者である一輝すら顔を引き攣らせる中、そんなもの知ったことかとばかりにギロチンを振り下ろすバケモノ。しかしそれが完全に落ちるより前に、『現在の最高傑作』であるクィーン『創造者の左腕』が八本の腕で掻き抱くように全身でそれを押し留める。すると―――――まるで白昼夢の様に、足が無くなった事実が消え去り春雪は五体満足に戻っていた。

 

 

 これが鬼札の構造的欠陥と()()()()である。例え様々な知識を蓄えたところで、歳月と共に死滅したシナプスや脳細胞の数だけ春雪の脳は赤子の頃より劣ってしまう。それが原因なのか『逆吊りの終焉(スノードロップ)』は創造物の中で唯一牙を剥いてくる。棺の中に居れば比較的従順なのだが、半身でも外に出られれば主だろうと構わず伐刀絶技を行使してしまう。……迷いなく首を飛ばさないだけ理性的なのかもしれないが。

 

 

 そんな諸刃の剣で自滅しない様にするのが、クィーンの最重要任務の二つ目なのだ。鬼札の伐刀絶技唯一の弱点は『ギロチンを用いた動作を完結させなければ、逆行実現は不成立となり先んじて起きた結果も無かった事になる』ことである。言いかえれば鬼札を片腕でも抑えられさえすれば多少暴走しても後追いでどうにかできる唯一の首輪にもなるのだ。……余談だが、さらに悪辣な使い道も存在するのだが此処では無関係なので割愛する。

 

 

 

「――――さて、予定とは少し違ったが結果オーライか?当主代理を失わない為かそれともなけなしの情がそうさせたのかは知らんがな。出血量的に助からんとは思うが、念には念を入れておきたい―――――――――と言いたいところだが、何時まで覗き見してるつもりだ?」

 

 

「……流石だな、この程度の隠形では1分と保たんか。それも貴様の駒とやらの仕業か?」

 

 

「質問をしているのはこっちだ。その暑苦しい法衣でどこの回し者かは大体想像付くが」

 

 

「《解放軍》のヴァレンシュタインだ。ああ、貴様と闘う心算はない。この場を預かりに来たのだ」

 

 

 突然入口に姿を現した法衣の大男。尋ねておきながら名乗りを最後まで聞くこともせず、脇に控えていたヴェインとモードレットが挟み込みように獲物を抜き放つ。しかし交差する様に走った剣閃は衣服を撫でる様に、傷つけることなく通り過ぎるだけだった。

 

 

 その光景に息を飲む一輝であったが春雪は気にした風でもなく、それどころか仕掛けられたヴァレンシュタインすら何事もなかったかのように会話を続ける。春雪からすればこの段階になって姿を現した『隻腕の剣聖』の狙いが分からない。自分を解放軍に引き込むか関連性を匂わせたければ、リスクを払って修羅場に現れるより近くでお得意のテロを起こす方がよほど手軽な筈だと。

 

 

 しかし剣聖はその問いを両断する。確かに春雪の力は凄まじい、それに世界の歪さを身をもって知っていることから解放軍へ参加する資格が十分ある。しかし()()()()()、どれだけ実力があろうがやる気のない男など組織にとって悩みの種でしかない。

 

 

 ヴァレンシュタインは同志戦友から伝え聞いた情報で看破していた。この男は修羅道に理解は示しても興味を持たず、無窮の武錬を別世界の代物だと宣ってしまうような存在だと。

 

 

この男が我が身を練り上げたのは単に、そのずば抜けた才能という機構に動機というエンジンが偶々かかっただけに過ぎない。そしてその動機も今日という日を迎えた以上、極論してしまえばただその時を待つだけで達成できてしまうものにまで成り下がった。この実力を七星剣武祭で活躍させないのは優勝するより遥かに難しいのだから。

 

 

ならばそれら全てがなされた後春雪はどう生きていくのか?恐らく強さはそのままに、嘗て失った在りし日の続きを過ごしていくに違いない。向上心など欠片も持たず、野心は皆無、卒業しても間違いなく食いっぱぐれないその能力を頼りにただ流されるままに生きていくのだろう。下手をすれば彼の力を恐れる連盟からの、一生困らない金銭と引き換えの隠遁生活を受容し一生日の目を見ずに消えていくかもしれない。剣を振う理由を持たないという意味では、彼の在り方は世界最強のテロリストと非常に近しいといえる。そんな面倒の塊などスカウトしたくはないと隻腕の剣聖は語る。

 

 

 ならば何故この場に現れたのか、その理由は二つある。一つは、今回の事件は解放軍に控えているある依頼の大きな妨げになってしまうからだ。たかが学生騎士がそれもたった一人で、伐刀者先進国である日本を任されている魔導騎士連盟支部を壊滅させたなどという大事件が起きてしまえば、その後にどれだけの騒ぎを起こしても見向きもされまい。

 

 

今回の『依頼』は解放軍にとって他に類を見ない大仕事であり、それが始まる前に頓挫する等在ってはならない。そうなる位なら自分たちが攻め込んだことにし、間抜けにも返り討ちに遭ったという不名誉を被ったほうがまだマシだ。連盟支部としてもこの事実が知れ渡るより遥かに飲める『現実』であり、落とし所として文句は言わせない。

 

 

 

そしてもう一つの理由だが、それを語る前に剣聖はこのフロアにある監視カメラのモニターを指差した。訝しみながらも画面に近づいた春雪は、飛び込んで来た映像に舌打ちした。

 

 

「――――なるほど、これはまた面倒なのが来やがったな」

 

 

 映されているのはこのビルの外。万を超えるポーンが封鎖しているある一角に、一台の車が停車していた。それだけなら大しておかしくはないが、その車が防弾ガラスや特殊鋼装甲が施された黒の公用リムジンであれば話は別だ。しかもそこから出てきたのはこの国では誰もが知っている伐刀者と政治家だったのだ。

 

 

「《闘神》、《黒騎士》、それから《白衣の騎士》も御出ましか。あと一人何で此処に居るのか見当もつかない御仁も気になるが、こいつらもアンタの差し金か。随分豪勢なゲストだが、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「人選は同志戦友が決めたことだ、私が知るところではない。しかしこれ程の手練れ共ですら足りんか。大言壮語に聞こえんのは流石と言ったところだが、こ奴等と相対すれば表の世界にはいられまい。これを知って尚その選択肢が取れるのか?」

 

 

 懐から取り出した一枚のメモ。ヴァレンシュタインの伐刀絶技の所為か真っ直ぐに春雪の元へ飛んできたそれを見た瞬間、驚愕に目を見開くこととなった。

 

 

「―――――あのバカ、『当てがある』ってのはこのことかよ。なるほど、たしかに其処の死にかけよりよっぽど重要な案件だな。それに堅気じゃないとやり辛くなる」

 

 

「……ぬ?私から情報を吐かせようとは思わんのか?」

 

 

「直接本人から聞いた方が早い。だってそうだろう?相手は勝手知ったる知己だ、何処までやれば口が利けなくなるかは良く知ってる」

 

 

 今しがた棺にぶち込まれた中身に劣らない凶笑を向けられた隻腕の剣聖は、近いうち相見えるだろう同志の将来に少しだけ同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして騎士連盟日本支部を主戦場とした戦争は幕を下ろした。尤も、世間一般には少し大きな事件程度にしか取り上げられなかったのだが。

 

 

 顛末はこうだ。日本支部瓦解による治安悪化を狙った解放軍は、支部中枢を牛耳る黒鉄家にとって()()()立ち場にある少年―――『黒鉄 一輝』に対して()()()()()()()()をばら撒いた。事態の鎮静化を図るために支部へと集った上層部と倫理委員会を亡き者にするための撒餌とするために。

 

 

 退路を断たれ、孤立無援となった連盟支部であったが最高責任者である『黒鉄 巌』の陣頭指揮の下、日本が誇る精鋭たちがその猛威をいかんなく発揮。多数の負傷者こそ出したが、()()()()()()死者を出さなかったことから、如何に長官の手腕が凄まじかったのかが取沙汰されることとなった。

 

 

 しかし解放軍の重鎮である十二使徒(ナンバーズ)が一角、『《隻腕の剣聖》ヴァレンシュタイン』の代名詞である『山斬り(ベルクシュナイデン)』により瀕死の重傷に陥ってしまう。援軍としてその場に居合わせた『白衣の騎士』により何とか一命を取り留めるが、胴から下が失われ今も意識不明のままである。

 

 

 

 以上が政府により公にされた情報である。事実とは何から何まで違うが、これが歴史(・・)である。

 

 

一連の報道には本当の主犯である『落合 春雪』の名前は一度として出てくることは無かった。彼と関わりを持つ人間はこの報道が真実と乖離していることを察していたが、かといって公式見解がこうなってしまった以上、彼に対しての追及を行うことは殆ど叶わなかった。そのため世間一般からは突然授業を一日サボるという奇行を起こしただけとしか認識されず何食わぬ顔で元の生活へと戻って行った。

 

 

 

それに対して、渦中の人物である一輝もまた破軍へと舞い戻っていた。何せ彼が拘留されていたビルが、テロリストによって()()()()()()()()()()()ためもうあそこに居る理由が無くなってしまったのだ。それにあの醜聞がテロリストによる奸計ということになった以上拘束される謂われもない。

 

 

しかし残念なことに、彼は晴れて放免――――ということにはならなかった。これは完全に黒鉄家の自業自得なのだが強引に報道を敢行させたツケが祟り、上手に一輝の冤罪を払拭することが出来なかったのだ。

 

 

政府見解に対しても一々専門家の意見、等と言って勝手な主観を混ぜて疑問視させたり、そもそも一連の事件は支部連盟が権勢を強めるために行ったパフォーマンスではないか等好き勝手に報道している。今まで彼らに睨みを効かせていた巌が不在であることも要因として大きい。

 

 

窮した黒鉄家残党は、お得意の責任転嫁で解決を一輝に委ねてきたのだ。曰く、マスコミを黙らせるには一輝自身の手で噂がデマであると証明するしかない、と。どの口がほざくのかと言ってやりたい一輝他一同であったが、実際彼らに鎮静化する手腕が無い以上他の選択肢は存在しない。

 

 

一輝本人も自分はともかく想い人への醜聞をそのままにしておけるほど安い愛情を抱いてはいない。それ故彼らが提示した『事態を払拭し得る手段』を受け入れた。それに何より、『散々振り回しておいてこんな回答で納得できるか!!』というヴァーミリオン皇国の憤りを鎮める意味も含まれている。

 

 

 

―――――かくして破軍学園選抜戦、その最終試合を飾る対戦カードが決定した。昨年七星剣武祭のベスト8にして学生ながら『特例』として実戦経験を持つ、()()()()が認める学園最強の騎士『雷切』東堂刀華との決闘というカードが。

 

 

 

 




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第十五話

 

 

 

 

 ―――――一輝が帰ってきた、その知らせと事実は多くの人を喜ばせた。ステラや珠雫の様な近しい人達は勿論、クラスメイトや知人と言った比較的つながりの薄い筈の人々までが彼の帰還に諸手を挙げて喜んでいる。春雪は薄ら寒い光景だと不快に感じただろうが、一輝は自分の安否にこれだけの人間が一喜一憂してくれる事実を噛み締めていた。

 

 

 さて、これで終われば万事言うこともなしなのだが、やはりというか彼は新しい難題も背負って帰ってきていた。その中でも一番の頭痛の種が黒鉄家―――いやその残党といった方が適切か――――の対処についてだ。

 

 

 これまで一門を率いてきた巌は、現在最先端の医療施設にいる。現場に居合わせた「白衣の騎士」の尽力のお陰で一命こそ取りとめたが、凄絶としかいえない傷口は再生漕ですら治療は不可能であり胴から下は完全に失逸することとなった。再生医療を施せば腎機能くらいは復元できるかもしれないが、二度と自身の足で立つことは叶わず騎士としては完全に死んだといえる。それにそもそも出血の酷さからか未だに意識が回復していない。

 

 

 さて、そんな状況に立たされた門下達だが、彼らの殆どは巌の『力』に服従しても忠誠心は全くといって持ち合わせていない。権勢を失った彼は最早連中にとって何の価値もなく、目覚めを待たずして当主の座から引き摺り下ろしてしまった。当然ながらそんな過去の遺物の遺言など何の拘束力も持たず、ついていけないと去った者を除いた連中が挙って権力抗争を始めてしまった。

 

 

 これだけなら一輝にとっては対岸の火事だ、愉快ではないが思う存分やって貰って構わない。しかし抗争に没頭した連中は致命的な不手際をやらかしてしまった。その一つがマスコミとの和解である。

 

 

 赤座が流したこれまでの根も葉もない醜聞は“解放軍”のテロ活動の一つだったとして帳消しとなった。しかし例え犯罪者が原因とはいえ日本でも有数の出版社や報道関係が事実無根のデマに踊らされたという失態は消えやしない。当然この事態の元凶である黒鉄家が対処すべき案件であり、そうしていたなら事態はもっと円滑に済んだだろうが、伐刀者至上主義に傾倒している連中はこの件を軽んじ後回しにしてしまった。

 

 

 強権的な報道の強制に危機感を感じていた報道関係者は、反省の色を見せない彼らを完全に敵とみなし、再発防止として徹底的に報道工作を仕掛けた。余罪や物証ならいくらでも出てくる。上層部に不満を持つ一門の非伐刀者を懐柔し証言や証拠を提出させたり、今回の事件の公式見解を取り上げ反連盟寄りの専門家に陰謀説やプロパガンダ説を流させたりと多岐にわたり、黒鉄家が事態の深刻さに気付いた頃にはもう取り返しのつかないところまで来てしまっていた。

 

 

 窮した黒鉄家は、自分たちで生み出したこの流れの解決を一輝に押し付けた。一つ言っておくと、彼らにとって既に一輝の当主代理云々は白紙となっている。しかし伐刀者至上主義であっても巌の様な秩序がどうとかに全く関心が無い彼らは精々上手くやって自分達の役に立って見せろ、『雷切』に万が一でも勝てたらその手柄は全て黒鉄家が貰ってやるといった調子である。

 

 

 決闘のセッティング要請を受けた新宮寺理事長はあまりの身勝手に怒りを通して呆れ果ててしまった。突然自分の生徒に人権無視も甚だしい仕打ちを行っておきながらどの口がほざくのだ、と。しかし事態は連中が思っているより遥かに深刻だ。早くも暴走の兆候を見せ始めたマスコミのアンチ伐刀者は凄まじく、このままでは伐刀者育成機関である破軍学園まで巻き込まれかねない。

 

 

それに加えて、政府の国防関係者からも要請の後押しを頼まれている。国防の要たる伐刀者への掣肘ならともかく、過度に敵視する姿勢は国難につながりかねないのだ。黒鉄 一輝の腕前が確かなら勝敗如何に関わらずこの流れを覆すのは難しくない。その上でマスコミに鎮火を促すので何とか頼む、とのことだ。

 

 

一輝にしても、このままでは七星剣武祭の最中でも一挙一投足を過剰に取り上げられ、試合前でも不快な取材を強行されかねない。紙一重で勝敗が決する死闘にそんな茶々を入れられては堪らない。それに、青少年達の意地とプライドを掛けた神聖な決闘に、大人のエゴイズムを混入させられるなどあってはならない。よって、学園も決闘を組まされた二人も承諾したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――深夜、想い人や妹、友人たちと語らい充分に休息を取った一輝は、一人校内の広場で無心になって刀を振るっていた。しかしそれは明日に差し迫った一戦のため、ではない。勿論皆無ではないが彼の心を占めているのは連盟支部でのあの光景だ。

 

 

久しく忘れていた、『どうにもならない』というのがどれ程恐ろしいものかということを。守れない自分に対する八つ裂きにしてもまるで足りない不甲斐なさを。そして、恐らくもう()()()()()()()()()()()()()()()()()という喪失感を。例え父が目を覚ましたとしても、あの時通じ合えなかったあの人とは違うという確信がある。

 

 

「――――――イッキ……」

 

 

「…ステラ。ごめん、起こしちゃったかな」

 

 

「ううん、喉が渇いて目が覚めただけだから。それより――――」

 

 

 ようやく帰ってきてくれた恋人の()()()()()()を辛そうな目で見つめるステラ。確かに明日の一戦はこれまでの試合とは比べようもないほどの難局だろう。しかし今までどんな修羅場も不敵にしなやかに乗り越えてきた男の、見たこともないほど追い詰められた表情がどうしても不安を呼び寄せるのだ。

 

 

 ちなみに、決闘についての批判は身内間では全く出ていない。黒鉄家の愚行には怒りしかわいてこないが、決闘そのものは正々堂々としたものであり一輝が万全の体調に戻す為の猶予も十分設けられている。決闘の推移に理不尽な盟約が課されている訳でもなく、そもそも彼女に勝てなくては七星の頂など夢のまた夢。何れ着ける雌雄の時が今来ただけの事なのだから、ステラも珠雫も特に不満はなかった。

 

 

「―――――気付いてるイッキ?貴方、戻ってきてから一度も笑えてない。シズクもアリスも心配してた、勿論私も。…やっぱりハルユキのこと―――――――」

 

 

「いや、僕は春雪を恨んでいないよ。あの夜はいずれ必ず起こることだった、ただその日はボクが考えるより遥かに近い未来だっただけで。強いて恨むなら、それは指を咥えて見てるしかなかった僕自身の弱さだけだ」

 

 

 一輝はステラ、珠雫、アリスの三人にのみ支部で何があったかを包み隠さず話した。一輝を傷つけた下りでは二人揃って憤慨し今にもお礼参りに行きかねないほどであったが、春雪の過去を多少でも知る彼女達は彼の蛮行そのものを否定することは無かった。

 

 

しかし目の前で父を失いかけた一輝がそう容易く割り切れるはずがない、況してやステラは一輝が父と和解を切望していたことを知っているのだから。

 

 

「寧ろ春雪には感謝してるくらいだ。僕は弱いんだってことを思い出させてくれたんだから。上には上が居る、そんな当たり前のことさえ忘れていたんだ。はは、こんな有様じゃあ守れなくても当たり前―――「もうやめてッ!!」――――ステラ……」

 

 

「一人で背負わないでよ…、私の手が届かない場所へ行かないで。貴方が守りたいものは私の守りたいもの、今度は絶対一人で戦わせたりしない。だからお願い、私にも背負わせてよ!」

 

 

 あまりに痛々しくて感情のままにステラは一輝の胸元へと縋り付いた。春雪を恨んでいないことは本心だと分かる、憎しみを抱かず相手の痛みを悼むことが出来る姿は確かに尊いのだろう。でも目の前の青年はその全ての感情を自分の不甲斐なさへの糾弾に注いでしまっている、その先に待っている未来にステラは怯えたのだ。

 

 

「――――ごめん、また泣かせちゃったね。でも…怖いんだ」

 

 

「……」

 

 

「あの時父さんと話す機会があった、そして初めて父さんの本心に触れることが出来た。もしかしたらお互いに歩み寄れる未来があったかもしれない、例えそれが果てしなく遠い未来であってもその可能性が僅かにあったんだ。

 …でもその可能性を僕は取りこぼした。例え父さんが目覚めても、誰も当主へ返り咲くのを良しとはしないだろう。そしてあの家にはもう父の理念は欠片も残ってはいないし、政府も黒鉄を切り捨てる算段を立て始めた。多分父さんはこの現実を受け入れられないと思う、その是非はともかく自分の人生をかけて、僕たち家族すら切り捨てでも守ろうとしたものが僅か数日で消え去ったこの現実を。

 ……怖いんだッ!父さんがこうなったのは因果応報だ、そう頭で理解できても悲しさと怒りでおかしくなりそうだ。でも、もしステラと理不尽に引き離されたら?珠雫を失ったら?この刀を取る腕を奪われたら?

 今まで守りたいと思えるほど背負ったことが無いからなのかな?ステラ、僕は失うことがとても恐ろしいんだ」

 

 

「イッキ……」

 

 

 ステラにはかける言葉が見つからなかった。当然だ、彼女は取りこぼしたものは有っても目の前で失ったことなど一度もないのだから。その後は鍛錬を切り上げ、いつもの様に手を繋いで自室へと帰ったのだがその背中と横顔は、数日前とは比べ物にならないほど荒んでしまっていた………。

 

 

 

 

 

 

 

 試合当日、破軍学園はこれまでにないほどに人でごった返していた。マスコミ関係は基より、国防に携わる官僚、黒鉄家、そして色々な意味で注目を集めているこの一戦そのものに関心を持っている人間。その中には東堂や西京の師匠である《闘神》南郷寅次郎や、ステラの父であるヴァ―ミリオン国王も含まれている。

 

 

 

「―――お久しぶりです、南郷先生。ご足労頂けると分かっていれば遣いをやったのですが」

 

 

「これこれ、あまり年寄扱いしてくれるな黒乃君。まあワシも刀華の顔を見るのは剣武祭まで取っておこうと思っとったんじゃがの、相手が『黒鉄』の者となれば足を運ばん訳にもいかんじゃろう?それに()()()()()()()()()()()()()年甲斐もなく浮かれていてのう」

 

 

 図らずして主催者染みた立場になった新宮司理事長は、現在VIPである南郷を持て成していた。齢90を超える文句なしの御老体にも拘らず、ボケるどころか衰えを全く感じさせない佇まいに苦笑しながらも、彼女の意識は別の所へいっていた。

 

 

「(寧音からの電話を鑑みるに、間違いなく支部襲撃事件は解放軍ではなく落合の仕業だろう。……どう考えても学生どころか騎士の領分すら逸脱している。どこかの馬鹿共の所為で余りにも不安定な立ち位置な上浮いた話一つない。はあ、どうやって繋ぎ止めたら良いモノやら)」

 

 

 如何に新宮寺といえど、箝口令の敷かれた事件を掘り返すことは難しい。しかしあの事件で応援の一人として立ち会った南郷からこっそり知る範囲での情報を利かせてもらい、その内容に二の句が告げないでいた。そして、アレを破らないと先に進めない黒鉄の運の無さを心から同情していた。

 

 

「(――――黒鉄と言えば、戻ってきてからのあいつは少し妙だったな。あの凄みと冷え切った闘志。……厄介な事にならなければよいが)」

 

 

 噂をすれば何とやら。談笑に興じている内に、メインイベントの時間に差し迫っていた。対戦カードの二人が入場した途端、会場から割れんばかりの喝采が浴びせられた。

 

 

「ほほう、あれが刀華の相手か。……これは驚いたの、あの事件で何かあったかは知らんが身に纏う気配の濃さが桁違いじゃな。なるほど、黒乃君が目を掛けるだけは有る」

 

 

「……いや、おかしいぞじじい。経緯は確かに糞みたいな大人の事情だが、この試合そのものは議論の余地もない正々堂々とした決闘だよ。とーかちゃんは見ての通りヤル気全開だし、いつもの黒坊なら不敵に笑ってる筈。なのに何だ、あの決死の形相は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……予想外だった。てっきり貴方も、私と同じ気持ちでこの場に立っていると思ったけど)」

 

 

 叩き付けられる零度の闘気に困惑しながらも、東堂が思い出すのは目の前の青年の妹と闘った後に話した時の記憶。野心と闘志を秘めながら、それでも陽だまりの様に暖かな笑みを向けてくれたあの時の彼は、同一人物とは思えない剥き身の刃が如く冷たい表情を浮かべていた。

 

 

 一輝にどんな心境の変化があったかはまるで分からないが、今の一輝と同じ雰囲気を以前目の当たりにしたことがある。何時だったか、カナタと共に『召集』を受けた時に轡を並べた騎士達が纏っていた空気だ。それは『痛み』と『決意』だ、失った過去とそれを決して繰り返さないという悲壮な覚悟の表れだ。それを知っているからこそ大凡のことが予想できてしまう。

 

 

「黒鉄くん。私は貴方に謝らなければいけません」

 

 

「…謝る?」

 

 

「ここ数日貴方に降りかかったもの、それを漠然と知りながらも私という女は、この闘いを楽しみにしていました。共に七星の頂を目指すものとして」

 

 

 しかし、それでも敢えて彼女は『楽しみ』などと空気を読まない言葉を選んだ。東堂は知っている、その先に続くのは騎士ではなく鬼の道であると。彼の選択に口をはさむ権利など無いがその道は隣人を許すような余地はない。

 

 

エゴイズムといえばそれまでだが、彼の純粋で誇り高い剣を、焦りや恐怖といった感情で振って欲しくはなかったのだ。この試合を一切の無粋を廃した、唯お互いを高め合う場にしたいのだと言外に訴える。

 

 

「――――ええ、それは僕も同じ()()()。託された思いの重さに負けない強さを持った貴方と闘いたい、野心と自信に燃えた貴方と鎬を削りたいと、そう思って()()()()

 

 

 それでも一輝の返事は遠回しの拒絶だった。彼女が本心から自身を案じ、思いやってくれていることは理解しているし、自分がこの感情に振り回されていること位自覚している。しかし――――()()()()()()()()()()()()

 

 

 振り回されている理由は、この感情(焦りと恐怖)に溺れているのではなくそれに対する無知ゆえだ。普通の人でも大なり小なり、想像すらしたくない者や例え何をしてでも絶対に起こってほしくないことくらいあるだろう。寧ろ、そういった物をこれまで一度も持てなかった一輝がおかしい方だ。

 

 

 両親や周囲の大人から大切だと言われたことが無い人生、何一つ大切だと思えなかったあの家での暮らしでは、失う恐怖や焦りなど生まれようがない。存在しない物への感情など育つ筈がないからだ。

 

 

ステラや珠雫を引き合いに出してもこれは覆らない。何故なら彼女達は一輝に守られなくてはならないほど弱くはないからだ。それどころか、客観的事実からみれば自分が守られる側だ。彼女たちにとっての死地は自分にとっても同義であり、努力に裏打ちされた自身故に想像すらしていなかった。

 

 

だが彼は知ってしまった、目の当たりにしてしまった。であるならば放置など有り得ない。二度と同じ轍を踏まない為に敢えてこの感情に身を任せているのだ。生まれて初めて自覚した感情に押せるだけ背を押させようと、ニトロを与えられたレーサーカーのように邁進するために。

 

 

「ボクの最弱(さいきょう)を以て、貴方の不敗(さいきょう)を打ち破る」

 

 

 言葉を交わすのはここまで。試合開始の合図が放たれた以上、二人の騎士は全知全能を勝利の為のそれに造り替える。

 

 

万全の一輝が出来る最適解は、東堂に業の無駄撃ちを誘い次の一手との一瞬の間を狙うこと。『雷切』を使わせない点、隙を穿つという基本戦術の観点からも理に適った一手。

 

 

しかし一輝はそれを一顧だにせず初手から『一刀修羅』を発動するという、傍から見れば悪手でしかない選択をする。理由は唯一つ、彼は『雷切(不敗のクロスレンジ)』を攻略()()()()()()()()()からだ。

 

 

珠雫との戦いで見たからわかる。あれは春雪の切り札には届かない、と。だから勝てるなどと馬鹿げたことは言わないが、『雷切』を正面から討てなければ万の経験を積んでもあの夜の再演は止められない。だからこそ相手の土俵に土足で踏み入ったのだ。

 

 

対する東堂も、一輝の狙いに乗り一切のフェイントを行わずに最強の一手を打つ。試合に勝つためではなく、尊敬に値する騎士を打倒すために。お互いの『さいきょう』をぶつけ合うべく、人生最高の『雷切』を解き放つ。

 

 

 

 

 ―――抜いたのは同時、速度は互いに神速。しかし、僅かだが確実に東堂の方が速かった。

 

 

「(なんて美しい太刀筋なんだろう……でも、()()()()()()()())」

 

 

 照魔鏡が如き洞察眼は、色すら認識できないプラズマの刃をも見切る。そして自分より速いと認識したうえで不遜にもそう思った。

 

 

―――これではあのバケモノは出し抜けない。あれと同格以上には歯が立たない。ならば乗り越えろ、失いたくないのなら。自分の一切合財を擲って研ぎ澄ませろ、結集しろ。それでもこの未来が逃れられないというのなら、

 

 

 運命よ、道を譲れ。僕は失わない未来のためならば、どんな道理も捩じ伏せよう。これまで通りに、これまで以上に――――――。

 

 

 

パリン…ッと鋼が砕ける音が木霊した。己の何もかもをたった一振りにねじ込んで見せた男は、不敗のクロスレンジ(不可能)をその担い手諸共切り伏せ(可能にし)た。

 

 

 

 

 

 

 

 




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第十六話

 

 

 

 

 

「………これは、何とも末恐ろしい男じゃのう。血は争えんということか」

 

 

「一分間ですべてを出し尽くす『一刀修羅』では足りない。ならばその一分を一振りに凝縮することで強化倍率をさらに跳ね上げる」

 

 

「言葉にすれば単純だけどそれを土壇場で形にしてみせる勝負強さ。まったく、とんでもない男だよ黒坊は」

 

 

 特別観賞席にいる新宮寺、西京、南郷はそれぞれ感嘆の息を吐いていた。これが学生騎士同士の決闘だというのだから彼らの言葉がオーバーだとは言えない。現役のプロ騎士といえどこのレベルの凌ぎ相が出来る人間がどれだけいるだろうか。

 

 

「確かにカラクリとしてはそれが勝因じゃろう。じゃが勝敗を分けたのは別のところ、あの小僧土壇場で進化しおった。刀華が放った『雷切』、あれは儂が見た中で最も美しい迷いの無い最高の一太刀じゃった。ところがあの小僧め、一瞬よりも早い一閃を目で追いよった。

 恐らくあの男は、ただひたすら自身を練り上げることでしか居場所をもぎ取れなかったのじゃろう。そして信じられんがあの刀華の一太刀以上のものを既に目にしている。弛まず己を進化させ続ける心意気にそれが起爆剤となり、この一瞬で己の研鑽を組み上げ直した、と言ったところかの」

 

 

「けどじじい、確かに黒坊の修練は並じゃねえだろうが気持ち一つであそこまで進化出来るものかよ?一分一秒前の自分より強くなれるったってありゃ尋常じゃねえぞ」

 

 

 気合で乗り越える、心構え一つで変わる。それは決して虚構ではないだろう、特に若人であれば尚のこと。しかし一輝に当てはめるのは少し難しい、何故なら彼は何時も全力を尽くしているし心構えも理想的な騎士だ。不良騎士が更生したならまだしも、既に全力をさらけ出している一輝が此処まで化けられる要因が西京にはわからない。しかし、それに反論したのは新宮寺であった。

 

 

「―――いや、一つ思い至ることがある。黒鉄は確かに強さには貪欲だが、明確なビジョンを持った生徒ではない。七星剣武祭制覇というお題目も、本来学生なら当たり前に得られる卒業要件であり、彼の騎士道で言えばスタートラインだ。だが、その先について私は一度もあいつの口から聞いたことが無い。将来何になりたいとかこんなことをしてみたいといった、いわゆる『夢』という具体的な目標を持てるほど周囲に恵まれていなかった。

 だが今のあいつは違う。何があったか知らんが明確な指標を得た故に、今まで習得するだけして遊ばせていた技術や身体能力が実現の為に再整理、最適化されて積み直された。例えるならただ山積みにしていた木材をジェンガという目的に沿って積み上げたようなものだ。ただ積むより安定感も高さもまるで違う。だから傍目には急激な進化に見えるが、あいつが身に着けた膨大な業を思えばさして不思議ではないのだろう」

 

 

 この新宮寺の考察は正に的を射ていた。一輝は黒鉄に伝わる『旭日一心流』に始まり、『綾辻一刀流』、『抜き足』、『皇室剣技(インペリアルアーツ)』と様々な技術を修めてきた。しかし逆に言えばそこ止まりだった。

 

 

 一輝は『模倣剣技(ブレイドスティール)』と『完全掌握(パーフェクトヴィジョン)』によって業の理合を見切り、業どころか足運び一つに至る使い手の意図を見抜き習得する。そうして修練という過程を省略することにより、彼は並の剣豪が一生をかけて会得する剣術を幾つも吸収してしまえる。本来であればそれらの『理』を摺合せ習合し、新たなオリジナルの剣として発展させるのが武人の本能というものであろう。

 

 

 しかし彼はそうはならなかった。彼が求めたのはただ『強さ』だけであり、必要な時に必要な技が使えればそれで事足りていた。欲の薄い一輝は『日本剣術の粋を統合させた新たな剣術の開祖』などという名声に興味はないし、敵が多く一度の敗北も許されなかったために『時間が掛るうえに下手をすれば今より弱くなるかもしれない剣術の開発』に踏み切れなかったのだろう。

 

 

 だが彼はこれ以上ないほど明確な指標を得た。春雪は勿論、彼と同等かそれ以上の敵が本気で奪いに来た時、今の一輝ではただ蹂躙されるしかない。『それだけは絶対にさせない』―――この一点に全ての技術が集い無数のパズルの様に空白を埋めていく。そうしてできた結果があの一振り、後に『一刀羅刹』と呼ばれる一撃なのだ。

 

 

 そしてこの躍進はここで終わらない。照魔境の眼はこれから得る全てを、混沌の海が如く取り込み、組み換え、新たなピースとして黒鉄一輝という絵画のピースとして組みこむのだろう。彼という絵の枠を超えるまで―――いや、彼が枠を超えるのならば永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は世間の動きも鎮静化の方向へ進んでいった。一輝がこれほどまでに鮮やかな勝利を掴んだ以上、黒鉄家の醜聞を書き立てるのは悪目立ちが過ぎるし政府からもお達しが来ている。何より一輝という存在にマスコミが利益を見込んだことが大きい。改めて調べた一輝の人物像はまさしく人畜無害であり、経緯からも伐刀者至上主義からは程遠い。そして何より、黒鉄家内部を知らない彼らからしてみれば、実力至上主義を標榜する以上後継者最有力(珠雫)を下した東堂刀華に土を付けた一輝こそが後継者候補第一位に躍り出たと考えた。ならば良識を持った彼にそのまま黒鉄家の責任を継いで貰った方が弾圧に怯えなくて良いと矛を収めたのである。

 

 

 一輝の活躍により首の皮がつながった黒鉄家一門であったが、残念ながら反省の色など存在せず寧ろようやく腰を据えて権力闘争が再開できるといった有様であった。が、残念ながらそんなことをする必要が彼らには無くなってしまったのだ。

 

 

 事態を重く見た月影総理大臣は、何と黒鉄家の現在有する全ての連盟支部権限を一時凍結してしまったのだ。一門にとっては青天の霹靂だった。なにせ昔は巌に選挙出馬も依頼するほど懇意にしていた仲にも拘らず後ろから刺すかのごとき裏切りだ。

 

 

 当然ながら月影総理も断腸の思いであったが、周囲の反対を跳ね返すことが出来なかった。国家の不利益も顧みず友好国の皇女の醜聞を偽装した挙句自らがまいた種を刈ることも出来ない。さらには、国家秩序を謳っておきながら連盟支部総崩れなどという恥まで晒した以上彼らを庇いたてるのは不可能なのだ。現在与党が反連盟思想の後押しで今の地位に居ることも影響している。

 

 

 しかしこれはあくまで一時的な措置であり、黒鉄家が自らの不明を恥じこれを立て直せれば、権限を戻すとも表明している。ただし、もし立て直しが不可能と判断すれば凍結処置は永久のものとなると。

 

 

 これに対し異を唱えたのは黒鉄家だけでなく政府野党もだった。伐刀者の治安維持組織が長く機能不全となるのは国防から見て非常に危険であり、また後継についても権限が大きすぎるためどこぞの馬の骨では困ると。それに対して総理の回答は『既に後継の腹案は有る。とても優秀な若者が育っている。それに連盟支部を辞職した清廉潔白な騎士達からも新しい主を迎えるなら喜んで復職させてもらうと言質を取っている』というものだった。この一言が黒鉄家に更なる爆弾を投下したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――とある少年の話をしよう。その少年はとてつもなく幸運であり、そしてそれ以上に不幸な子供であった。有意識無意識に関わらず、願ったことや望みが何でも叶ってしまう。それ故に凄まじい嫉妬と欲望を向けられ続けていた。

 

 曰く、ズルをしている。

 

 曰く、災害すら自分を祭り上げるための自作自演で起こすと。

 

 曰く、何もかも欲しい儘にして好き勝手に生きていると。

 

 そんな心無い言葉に曝されていた少年だったが、とある男の子だけは違った。

 

「この子は勝つだけの努力をちゃんとしている、足を引っ張られたとか邪魔されたんならともかく。たかが運に持っていかれたと思うなら、それは自分の努力への最大の侮辱だ。運だけの子に負ける努力しかしていないと言っているようなものだよ」

 

 

 そう言って少年を庇う様に立つ男は、顔の造形なら自分以上に贔屓されていると断言できる美少年だった。だがその後周りの連中がとった行動は『イケメンだから許される』では済まないものだった。

 

 

 それを感じ取れたのは少年が因果干渉系の伐刀者故か。まるで周囲の激情が()()()()()()()()()()()()手の平を返していったのだ。まるで操り人形の様に自身へ口々に謝罪する光景に、助けてくれた相手なのについ怯えてしまった位だ。

 

 

さて、初めて肯定してくれた相手に出会えたは良いが、何故そうしてくれたのか分からず少年は男の子に尋ねた。すると男の子は人気のない所へ少年を連れていくと『僕も似たり寄ったりだから、つい体が動いちゃった』と言った。

 

 

そして教えられた伐刀絶技に絶句してしまった。どんな強者でも自分という弱者の土俵まで貶め自らに都合の良い心証を強制するという悪辣さ、そして魔力制御の低さと埒外の魔力の所為で自分では制御できないところも強いシンパシーを感じた。だからこそ少年には疑問だった、どうしてそんなに笑っていられるの?諦めずにいられるの、と。

 

 

男の子は答えた。『自分には例外が居てくれたからだよ』と。自分の理不尽極まる能力が効かない唯一の『兄』が居てくれるから、虚飾も色眼鏡も存在しない本当の意味で()()()言葉をくれる人がいるから腐らずにいられると。そんな話を聞かされてはじっとしていられず、少年はその兄の紹介を頼み男の子もまた快く了承した。

 

 

男の子の家に招かれ出会った『兄』との初対面はなかなか強烈なものだった。霊装と思わしき人型の人形に一心不乱に石臼と槌で餅つきをやらせていたのだ、正月でもないのに。

 

 

男の子曰く餅や団子の様なもちもちした触感の食べ物が好物らしく、偶に小遣いをためてセルフ餅つき大会を開くのだという。多少面食らった少年であったが、気を取り直して『兄』の興味が此方に来るのを待った。こうしていると様々な偶然から向こうが話しかけてくれるのと悪意ばかり向けられてきたため、実は自分から声を掛けたことが全く無かったのだ。

 

 

しかし待てども暮らせども『兄』に変化が起こらない。ボールが飛んでくることも、偶々視界の端の虫に目が行きこちらを向くこともない。そんな少年にとって有り得ないことが起きたことで男の子が言ったことが本当だったと驚愕し、少年は生まれて初めて自分から一歩踏み出して声を掛けにいった。

 

 

少年を男の子に紹介された『兄』がまずしたことは、弟への拳骨だった。いくら似た境遇の子とはいえ軽々しく自分の能力を口に出すな、と。痛そうに涙ぐむ男の子を見て、本当に『兄』には自分達の力が及ばないことを理解した。もし効いていたなら男の子が正しいと思って取った行動を肯定しない筈がないからだ。

 

 

自分の所為で男の子が痛い思いをしたのではと慌てた少年は、『兄』の機嫌取りに『御餅が美味しくなる』ように願ったがすぐに後悔した。こんなことをしたら()()この能力しか見なくなる。せっかく自分をちゃんと見てくれるかもしれない人達なのに、と。

 

 

しかし返ってきた言葉は『うん、美味い。美味しいからお前らも食え』これだけだった。気味悪がるでもなく下卑た顔で『次』を強請るわけでもなく、ただ表情を綻ばせる二人につい大泣きしてしまい、二人を困らせてしまったのは今となっては恥ずかしい思い出だ。

 

 

そして彼ら兄弟との交流が始まった。相変わらず二人が居ない時に陰口を叩かれたり居ない者として扱われるのは堪えたが、能力を知っても態度も目つきも変わらない兄弟が少年の心の支えとなった。多感な頃は反抗期故の不安定からか『本当に二人は自分を見てくれているのか』と疑ってしまい、二人のちょっとした不幸を願ってしまったり逆に一人効かない兄の特性を利用して一人だけクジや運ゲーに負けるよう仕向けたりしてしまった。これだけは今でもとても反省しているそうだ。

 

 

しかし彼らは変わらない笑顔で接してくれた。例え不幸が起きても『少年の所為だ』というのが抜け落ちているため全く気にしておらず、そもそも『多少の不幸』では害にならないほど二人とも規格外だったのだ。とはいえ罪悪感に耐え切れず打ち明けた少年だったが、男の子は『まあ確かに君の所為()()()()()()けど、証拠はないよね?じゃあ僕が「君の所為じゃない」と思えばそれが事実だよね』と言ってのけた。

 

 

兄の方は頷くだけだったが、後日団子を飛びかかったネコに食われたときは、ネコ共々デコピンによる制裁を頂戴した。手加減なしだったので涙が出るほど痛かったが、その涙の大半は嬉しさからくるものだった。本人は自覚がないだろうが、『二人が自分の都合の良いイエスマンになったから許してくれたのでは?』という不安を払拭してくれたのだから。

 

 

 

―――――ところが幸せな日々は長くは続かなかった。それは充実した毎日が見抜かせたのか、それともその方が都合が良いと幸運が判断したためか。ある日少年は唐突に気づいてしまった、暖かい笑顔を向けてくれる母親の目が兄弟のそれとはかけ離れているのだと。最初は嘘だと思った、幸せすぎて怖いとか言う奴だろうと。だが皮肉にも兄弟が証明してしまったがために、彼は問題ないと安易に力の行使を止めてしまった。

 

 

崩壊はあっという間だった。その日アメリカのある大銀行の破たんが引き金で大恐慌が起き、その影響を母親はもろに受けてしまったのだ。本当に偶々力を使っていなかっただけなのだが、常日頃起こしてきた強運が祟りまるで信じて貰えなかった。苛烈極まる暴力に『自分は実の母親にすら能力しか求められていなかったのだ』と絶望していた彼を救ったのはまたもや彼の兄弟だった。

 

 

学級委員だった男の子は、何の連絡も入れずに休んだ少年を訝しみプリントを届ける口実で少年の家を訪れた。しかしチャイムを鳴らすより先に聞こえてきた絶叫に緊急事態だと判断し、自らの霊装で鍵を壊し押し入ってしまった。

 

 

そこで男の子は見た、ウサギ用のケージに入れられ全身に酷い火傷を負った少年の姿を。男の子を見て不法侵入だなんだと喚きたてようとした母親は、最初の一言を口に出す前に幻想形態にした霊装で喉笛を突き立てられ魔力を込めたけたぐりで足を潰されてしまう。静かになった母親を叩き伏せ少年から事情を聴きだした時の男の子の表情はとても恐ろしいものだった。

 

 

そのすぐ後に少年は、何故『兄』が男の子の能力を隠したのか骨の髄まで理解することとなった。殺しなどしないしする価値もない、そう言った男の子は母親という存在を何から何まで塗りつぶしてしまった。無意識でしか認識できない人格を侵食した男の子は、少年の望む様に造りかえると提案したが、彼はそれを望まず警察への通報を願った。もう、母親だった女の顔を見ることさえ辛かったのだ。

 

 

児童虐待という形で保護された少年だが、彼の『不幸』は終わらなかった。あまりにも近所で有名な彼の能力を誰もが欲しがり、離婚していなくなった父親までものこのこ出てきて大騒ぎになってしまう。その騒動が兄弟にまで飛び火しかけた時、少年は思ってしまった、『自分さえ居なければ』と。

 

 

その瞬間、ほんの僅かだが地震が発生しそれが原因で()()耐用年数が過ぎていた建物が崩れ、()()そこに居た少年へと降り注いだ。誰もが自分などには目もくれず逃げ出すさまに、初めてこの能力が自分の役に立ったと笑みさえ浮かべ目を閉じたが覚悟していた痛みは何時まで経ってもやってこない。

 

 

それもそのはず、すんでのところで間に合った男の子が我が身を盾にしていたのだから。何トンもの瓦礫や鉄骨を背に受けながら()()()()()彼を見て戻ってこようとした大人たちだったが、()()()()下敷きになったケーブルが引火し火事になってしまった。

 

 

逃げ出そうとする二人だが、まるで意志を持つように行く手を遮り即座に燃え盛り始めた焔を見て、男の子は願いを撤回するよう促す。しかしこの時は初めて少年は気が付いた、本心からの願いが叶わなかったことは無く別の願いで上書きしたことも一度もなかったと。そんな二人の心情など露知らず炎はますます強くなり、ついに酸素が無くなり始めてきた。朦朧とする意識の中、少年は必死に願った。せめて男の子だけは助けて下さい、と。

 

 

 

――――その瞬間、何かが壁を粉砕し『ヒュン』という音が聞こえると共に、指向性を持っていたはずの炎がピタリと治まった。何とか霞む視界を向けると、そこにいたのは必死の表情で二人に駆け寄る『兄』と、その後ろに控える異形の存在。余りにも悍ましく正気を失いそうな出で立ちの化物は嘲笑を湛えていたが、三人を視界に入れた途端、信じられないくらい優しい表情を浮かべたのだ。

 

 

 

 

 

 




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第十七話

 

 

 

 

 選抜戦最終戦から数日が経った頃、一輝達代表生は遥々山形にまで足を運んでいた。言うまでもなく旅行といった浮ついた話ではなく、強化合宿のため『巨門学園』の所有する合宿場での合同訓練のためだ。一連の大騒動で記憶の隅へと追いやられていたが、破軍学園本来の合宿場が不埒物の襲撃(通称『奥多摩巨人騒動』)があったので安全面を考慮してこうなったのだ。

 

 

 代表選手団団長である一輝も当然この場に居るのだが、他の面々とは少し勝手が違っていた。なにせ巨門学園が手配してくれたコーチを全員瞬殺してしまったのだから、早い話一輝を『鍛えられる』人材がこの場に存在しないのだ。

 

 

 ならば実力が近しい相手と手合わせをと思っても、ボランティアコーチとして参加している『雷切』はステラに取られてしまい、アリスや珠雫ではクロスレンジの練習相手は務まらない。それに二人ともかなり特殊な騎士なので彼らとばかり闘っていては変な癖がついてしまう。

 

 

 本来であればこういう時は、いつも春雪に練習相手を用意して貰うのだが今回はそれが出来ない。あの事件(戦争)から今日まで二人の関係に微妙な溝が出来ているからだ。一輝としてはもう思うところは殆どない。

 

 

何度も言っているがあれはいずれ訪れた未来であり、恨むとすれば無力な自分だ。それはお互いに認識している。もしもう一度春雪は仕掛けるというのであれば一輝も剥き身の憎悪をもって手段を選ばないが、今の春雪には負け犬の長など眼中にない。

 

 

では何が問題かと言えば最初の一声が踏み出せない事だ。大事な物を壊したとかそんなことであれば一言謝罪すればすむだろうが、この一件に関しては春雪に謝罪の気持ちは一切ないし一輝もそんなもの求めてなどいない。寧ろもし一言でも詫びを入れればそれこそ一輝の逆鱗に触れるだろう。後から謝る位なら武器になど手を掛けるな、と。

 

 

しかしかといって『君のお父さん殺しかけたけど、これからも変わらず仲良く行こうぜ』などと臆面もなく言えるほど春雪は無神経ではない。ないのだが、これまで親しい人間が弟を除けば妙に懐いてきた女の子みたいな少年しかいなかったため、こういう時謝罪抜きでよりを戻すにはどうしたらよいか皆目見当がつかないのである。コミュ力で言えば代表生の中で最弱な彼にはこれはあまりに難題だった。

 

 

そして件の春雪は何をしているかと言えば、自分で創造した椅子に座って一日中読書に耽るばかりである。いやお前何しに来たんだと言いたくなるが、元々彼はこの合宿への不参加を希望していた。しかし今回の貸しを存分に活かしたい巨門学園の理事会は『ショバ代がわりにオタクの手札見せろや、アァン?(意訳)』という考えであり、代表選手団全員の参加を合同訓練の条件としてきたのだ。

 

 

借りる側の立場とは弱いモノ、新宮寺理事長に頭を下げられたこともあり渋々参加する羽目になった。……勿論タダとは言わず、事件(戦争)について金輪際口に出さないという言質を取っているのだが。

 

 

しかし合宿に同行するとは言ったが訓練に参加するとは言ってないと屁理屈をこねこうして読書ばかりしている。幾ら授業の参加が当人次第とはいえ、全日サボっている春雪を見かねた講師が参加を促すと『ルーク:キメラ』に引き籠り「半日以内にここから引きずり出せれば訓練でも何でも付き合う」とだけ言い残していった。

 

 

一輝に全滅させられた後だったこともあり面子回復のため講師一同総がかりで挑んだのだが、まあ歯が立たない。それも当然であり、このキメラは量産型と違い『不洛要塞』の外壁と同じ素材で作られた特別製で、密度と厚さの分だけ劣るがこの場に居合わせた講師たちでは傷一つ付けられなかった。その成果をもって彼らを黙らせることに成功した。

 

 

春雪にしてみればせっかく選抜戦で隠した手の内を、よりにもよって敵陣で披露してやる義理など無いという理由だろうが、それにしても愛想の欠片もない対応に一輝は少し訝しんでいた。確かに付き合いやすい性格ではないがここまで軋轢を生むことに無頓着だっただろうか?まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()無機質さだった。

 

 

 

 

 

さて、一輝が代表生の双子に稽古をつけてやったり、ステラが東堂に勝ちきれなくて憤慨したり、特別指南役として『闘神』がやってきたりと話題に事欠かない合宿だが、今現在一輝とステラは商店街に来ていた。理由は盛大に腹を鳴らしたステラに託けたデート、如何に騎士とはいえ我が世の春を満喫しない理由など存在しない。

 

 

あの東堂との決闘から、またしても二人の関係は進んでいた。これは赤座の奸計で離ればなれになっている間に珠雫に喝を入れられたこと、そして焦りと不安に苛まれる一輝を見て『私がしっかりしないとッ!!』と奮起したステラの活躍が大きい。これまで以上に積極的になった彼女は、時に無理をしている一輝を無理やり食事に巻き込んだり、はたまた癒しを求め与えようと甘えてみたり、そして逸るのは良いが焦りが酷いと見落としや視野狭窄で肝心の所が歪むと輸したりと献身的だった。……となりにいた妹は『雌豚具合が酷くなった』と冷ややかだったが邪魔をしてこなかった辺り彼女の本心は理解していたようだ。

 

 

周囲の暖かい支えにより、一輝の荒んだ精神は大分落ち着いてきた。少なくともデートを楽しめるくらいには。この強さへの渇望は間違いなくこれから必要となるが、かといって中身が伴わなければただの空回りだと己を戒めることが出来た。……偶に戒めきれなくて周囲の御小言を受けてしまうが、それも若さ故ということでご愛嬌だ。

 

 

 

さて、そんな彼らは今()()()ハンバーガーチェーン店に来ている。新しく増えた少女の様な少年の名は『紫乃宮天音』。店に入ってきた通り魔に対し、一輝より先に動いて説得を図ったが止めきれず、結果的に一輝が場を制することになった。一輝としては武の心得はなさそうだが()()()()()()()()()少年が何故100%本心でヘルプコールしてきたのか分からず、危うく間に合わなくなるところだった。

 

 

そんな一輝に命の恩人として奢ると言い、騒動の所為で腹ペコ具合が悪化したステラが飛び付いたことで一輝も御相伴に与る形となった。

 

 

「さっきのことだけど、通り魔の前に出てきた勇気は買うけど無策ってどういうことよ?貴方も代表選手なんだしあのくらいどうにか出来るでしょうに」

 

 

「あ、あはは…、つい親友みたいに飛び出しちゃったんだよね。僕は『霊装』と『伐刀絶技』に頼り切りだから組打ちは全然ダメでさ。あ、でも憧れのイッキ君の雄姿が見られたから寧ろラッキーかなあ?」

 

 

「……お気楽ねえ」

 

 

 その後は紫乃宮が一輝にサインを強請ったり、アドレナリン・ハイになっている時の決め台詞の真似という公開処刑を受けたりと(一輝以外は)中々に盛り上がっていた。

 

 

「―――それにしても本当にアマネはイッキが好きなのね。聞きたいんだけど、イッキのどんなところが好きでファンになったの?」

 

 

「……うーんと。本人の前でこういうこと言うのもなんだけど、実は初めて知った時は大嫌いだったんだ」

 

 

「ブフォッ!?」

 

 

 およそ女性、しかも高貴な身分の口から出てはいけない音と共に紅茶を噴き出してしまうステラだったが、あれだけ熱弁していたとは思えない発言に仰天してしまうのも無理はない。言われた当人である一輝もキョトンとしながら頭に『?』を浮かべている。

 

 

「―――代表に選ばれといてアレだけど、僕は自分の『霊装』が当たりなんて思えなくてさ。色んなものを奪われたし諦める羽目になった。イッキ君の『霊装』も御世辞にも凄いなんて言えないのに自分の力で勝ち取っていく姿を見て、自分がどんどん惨めに思えた」

 

 

「「……」」

 

 

 二人は何と声を掛けたら良いか分からず口ごもる。本人から伐刀絶技に関してはしゃべれないと言われているため詳細は不明だが、それでもここまで自身の能力を毛嫌いする伐刀者は珍しい。

 

 

Fランクは例外として、本来なら伐刀者として生れ落ちる時点でいわゆる『勝ち組』なのだ。無意識の魔力強化とバリアーの恩恵により、非伐刀者に後れを取ることはほぼ有り得ないといって良い。例え『ラストサムライ』といえど伐刀者の土俵では、Eランク程度が相手でも魔力切れを狙うしか方法はない。才能を比較して及ばない自分を憎むことは有っても、単純に伐刀者であること自体に隔意をもつことは非常に稀だ。

 

 

「―――でもね、『狩人』との試合、ステラちゃんの啖呵で立ち上がったのを見てたら急に親近感がわいてさ。『こんな凄い人でも誰かに助けてもらってるんだ』って、僕も助けてもらった人間だから。そうして見直したら、涼しい顔で難題を突破していく姿が僕の『大好きな人』と被って見えて、すぐに沼にはまっちゃった。それにどんな困難でも乗り越えていく姿を見てたら、自分が諦めるのが勿体なく思えてくるからつい何度も見ちゃうんだ。もうこの映像は僕のお守りだよ!」

 

 

 その言葉は一輝にとってとても嬉しいものだった。『諦めなくて良いと伝えてあげられる大人』になりたい彼にとっては、100万の称賛に勝る一言だ。

 

 

「さて、と。僕もそろそろ行かなくちゃ。イッキ君、サインありがとう!額縁に飾るからね。……せっかく破軍の人達が来てくれてるんだから『奏者(ディリゲント)』のサインも欲しかったけど、それは今後のお楽しみかな」

 

 

「……『奏者(ディリゲント)』?そんな二つ名の人いたかしら?」

 

 

「春雪の二つ名だよ。『絶対呼んじゃ駄目な方』が付けられる前の、だけど。それにしても良く知ってるね、あの二つ名で呼ばれてたのはほんの僅かだったと思うけど」

 

 

「勿論、だってあの人はずっと昔から僕にとってのヒーローだからッ!申し訳ないけどイッキ君が対戦相手でも応援しちゃうくらい大好きな騎士なんだ。()宿()()()()()()()()()()みたいだけど―――「「え?」」――え?」

 

 

 紫乃宮の一言に思わず遮ってしまった二人。それもそのはず、春雪は今も合宿所で暇を持て余しているのだから。そう告げると紫乃宮は首を数度傾けて難しい表情をしていたが、やがて思考を打ち切ると二人に改めて今日の礼を言い去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人と別れた紫乃宮は、そのままの足で洒落た喫茶店へとむかう。既に待ち合わせの相手が来ていることは、客と思わしき御婦人達のざわつきから分かったので急ぎ足でその場所へ行く。

 

 

「やあ()()ちゃん、遅れるなんて珍しいね。表情から察するに楽しい時間だったみたいだけど」

 

 

「うん、憧れのイッキ君に会えたんだ!本当は能力抜きで行きたかったけど、あの方法以外で初対面から踏み込んだ話はちょっとね。あと『マツ君』、今の僕は天音だから気を付けてよ」

 

 

 ごめんごめん、と笑う青年――『彼岸 待雪』は読んでいた本を仕舞い嫌みが全くない動作で席を引く。相変わらずの王子様っぷりだと苦笑しながらも懐かしさを感じていた。自他共に『似てない』と豪語する兄弟だが、本を読む姿勢など細かい仕草は良く似ているのだ。それで評判が真逆なのは多分眉間の皺の深さと日ごろの行いの所為だろう。

 

 

「―――その様子だと兄さんはやっぱり来ていないみたいだね」

 

 

「うん、何か小細工して誤魔化してるみたいだけど。あーあ、こういう時僕の『能力』が効かないのが口惜しいなあ。会いたいと思っても会えないし、肝心な時に助けてあげられないし、本当に役に立たないよね」

 

 

「まあまあ、どうせすぐに会えるんだしもう少しの我慢だ。それじゃあ平賀の言っていたプランDになるのか、嫌だなあ僕だけ別行動だし間違いなく怒ってるだろうし」

 

 

 あからさまに溜息を吐く青年を宥めてから数分後、席を立った二人。誰が聴いているかもわからない外で話す内容ではないし、何より遠くで聞こえてくる内容が色々と酷いからである。

 

 

『ちょっとあれ、美男美女でお似合いのカップルね!』

 

『いや、ちょっとあの子の服をよく見て。あれ巨門学園の男服よ!?』

 

『え、まさかそれってもしかしてもしかしなくても禁断の薔薇の世界!!?』

 

『王子様×男の娘、しかも二次元にもなかなか居ない美形同士、妄想が止まらない!』

 

『ごめん私帰るわッ!このインスピレーションを今すぐ「ウ=ス異本」に叩き込まないと!!』

 

 

 ………悲しいことに、彼らが二人きりで集まると、どこであっても高確率で同じ現象が起きるのだ。

 

 

「……ねえ天音ちゃん、一つお願いがある――――」

 

 

「うん残念だけど無理、一回心から『祈った』んだけど何も変わんなかったよ?どうしてなんだろうね」

 

 

「…………貴腐人の中に『魔人』でも混じってるんじゃないかな?」

 

 

 

 

 




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第十八話

 

 

 

 

 

「―――――はあ、やれやれ。苦労したけどやっと手に入った」

 

 

 合宿終了が明日に迫った日の夜、破軍学園新聞部の日下部はとあるデータを開いていた。きっかけは彼女が特に贔屓して注目している騎士からのタレこみだった。

 

 

東堂との決闘から一段落したある日、日下部は一輝から『彼岸 待雪』に関する情報はないかと尋ねられた。情報通である彼女であったがその人物についての情報はほとんど持っていない。新入生ということもあるが、通り名が『騎士殺し(ガランサス)』であること以外全く出てこないのだ。況してや()()()()()()()()()()()()()選手についてまで情報は漁っていないのも要因の一つだ。

 

 

 しかし一輝が並々ならない空気で尋ねてきたこと、そして苗字は違うがあの春雪の実の弟だということで食指が動き調査を開始した。この重要な時に本当に優先する価値があったのかと一抹の不安を感じてはいたが、開いたデータを見た瞬間そんな考えは吹き飛んで行った。

 

 

「――――なによ、これ。『七星剣武祭出場権の永久剥奪』?それも連盟傘下の学園での連盟措置って何考えてるのよ!?」

 

 

 そこに書かれていたのは目を疑うような内容であった。七星剣武祭は国内どころか世界中で注目される祭典であり、日本の学生騎士全ての憧れといって良い。成績不振が原因で出場できないのならともかく、こんな特例措置聞いたこともない。

 

 

「しかもこの人の実技成績、ある日を境に全部相手の不戦敗になってる。しかも棄権した生徒はその試合を無かった事にまでされてる。こんなんじゃまるで、この人に剣を取らせないようにしてるとしか……」

 

 

 さらにこの人物は丁度一輝が綾辻とやり合った後くらいの時期に学園を退学し行方をくらませている。こんな理不尽な扱いでは当然だとも思うが、気になるのはその後の足跡だ。

 

 

 連盟支部の人間が家庭訪問を行ったが両親は行方不明届を出しておらず、かといって目撃情報は犯罪歴も含めて存在しない。バイトも就職もしておらず家にも帰っていない学生がどうやって食べているのか、何とも引っかかる内容だった。

 

 

 それからの行動は本当に興味本位だった。こんなとんでもない情報が、よりにもよって自分の様な人種の耳に入らなかったという事実。口の堅さで信頼できる同業にも確認したが、彼らにとっても寝耳に水だったという。まるで強力な力でフィルターを掛けられているような不信感に駆られた彼女は、まさかと思い代表選手全ての資料をひっくり返し精査を始めた。

 

 

 その二つの事柄はほぼ無関係であるといって良い。しかし繋がりが無くとも何が呼び水となるか分からないのが世の不思議。言い知れない悪寒と好奇心、それから報道に携わる人間としての矜持は彼女を突き動かし、とうとうある事実へと辿り着かせてしまう。

 

 

「……この七校の中に………もう一校、いる…!」

 

 

 

 ――――――しかしその瞬間、焼けるような痛みが後ろから彼女を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――合宿最終日、もうすぐ夕方になろうかという時間。生徒会及び代表選手団が居ない所為かいつもより静かになった破軍学園のすぐ近くに、一台の車が停車していた。ただの車であれば特筆することもないが、その中から今年度の七星剣武祭出場者が何人も出てきて、しかも全員が降りた途端くしゃりと紙屑の様に消えたのなら話は別だ。

 

 

「さて、そろそろ僕は別行動に移るよ。まあ間違いなくしくじるだろうけど、何とか彼女(・・)の所へ誘導してみるよ」

 

 

 降り立った人物たちの中で唯一()()()()()()青年、彼岸は残った面子に話しかける。すると団体のまとめ役である《道化師》平賀玲泉は首を傾げながら了承する。

 

 

「分かりました、期待していますよ?それにしても本当に貴方のお兄さんは東京に(・・・)いらっしゃるんですか?山形で目撃証言がありますし、我々の情報が漏れた形跡は有りませんが」

 

 

「ああ、残念なことにね。多分()()()()()()()()()()()()()()()()気付いてたと思うよ?」

 

 

「……ほう?」

 

 

「『破軍代表の手の内を探るため合宿の参加を強制した』、なるほど騎士としての在り方(結果が全て)を重んじる巨門らしい口実だ。ただあの学校はもう一つの側面として、極端に自主性を重視する傾向がある。なんたって自分の代表生であっても合宿は希望参加だ、始まる前から辞退したがるような覇気のない生徒に強要するのは不自然だよ」

 

 

 もっと言えば騎士にとって狡猾さは称賛されてしかるべきものだ。巨門の代表にして昨年のベスト8である《氷の冷笑》鶴屋美琴などは、小細工だけでは勝てないと嫌みを入れるかもしれないがその徹底ぶりは評価するだろう。

 

 

「……なるほど。不自然な参集という予備知識があれば、今回の合宿の目的が『山形に誘き出すこと』かもしくは『破軍から引き離すこと』であると予想できる、と」

 

 

「ついでに言えば、何時ぞやの『奥多摩巨人騒動』も引っかかるだろうね。手伝いとして生徒会が抜け《世界時計》と《夜叉姫》まで出張でいない中、下手人が見つかっていないというリスクを抱える学園からさらに戦力を放出させるのは流石に分かりやす過ぎるんじゃないかな?」

 

 

 実際に春雪は理事長への辞退申請時に同じことを建前として述べている。目的、人数ともに不明で、かつ生徒への殺人未遂を行ったという危険人物が野に下ったままなのに一人も鎮護の留守居を置かないのかと。新宮寺もこれは一理ありと巨門へ伝えたが、平賀の裏工作でごり押しされてしまった。恐らくここで確信を持たれたに違いないと彼岸は言う。

 

 

「フフフ、新しいハブの試運転がこんな所で裏目に出ちゃいましたか。でもそれならお兄さんは破軍にいらっしゃるのでは?」

 

 

「だから僕が離れるんだよ。別にあの人は学園に愛着があるわけでも、『暁』に感づいたわけでもない。ヴァレンシュタイン卿の言伝で、僕が危ないことに首突っ込んでることを知ったから動いただけだ。それに、多分もう捕捉されてるはずだよ?」

 

 

「なら可及的速やかに離れてください。情報通りなら危険すぎます」

 

 

「あ、はい」

 

 

 突然嘲り口調から大真面目なそれに代わったことに驚きながらも彼岸は移動を始める。それから約10分後、少し離れた山道で爆発音が響き渡ったのを合図に、彼らは行動を開始する。――――ところが、突然紫乃宮が残った面々に待ったをかけた

 

 

「あ、ちょっとごめん。急に言って悪いんだけど、あそこに居る()()は僕だけにやらせてくれない?」

 

 

「アァ!?ここまで来させておいていきなり何言って―――「『大掃除』の続きがしたいんだ♡」―――ッ!!?」

 

 

 朗らかな笑みを浮かべておいて()()()()()()で宣う紫乃宮に、『解放軍』の刺客にして暁学園《不転》の『多々良幽衣』は噛みつこうとするも気圧されてしまう。

 

 

「新理事長さんに追い出された馬鹿な大人には()()全員と会えたし、あの事件に関わった『大きな家の粗大ごみ』も()()()()()一昨日病気でみんな苦しんで死んじゃった。『ハル君』を傷つけたおばかさんが残ってるのは此処だけなんだ。勿論殺したりはしないし、多分余計なお世話なんだろうけど()()()()()()()くらいは許してくれるよね?」

 

 

「好きにしろ。雑魚に興味はない」

 

 

「ククク、我が僕たる魔獣も今は興が乗らぬようだ。貴様のカルマに刻まれし宿業、疾く果たすが良い」

 

 

「……チッ」

 

 

 和服姿に身を包んだ長髪の男と裸エプロンの女性は無関心に、黒い獅子に跨る少女と多々良は虚勢を張りながら、それぞれ了承の意を伝える。それを受けた紫乃宮は、右手に十字架の様な銀剣を顕現させると思い切り空へと放り投げた。

 

 

 所属も思想も何もかもが異なる集団であったが、この瞬間だけは『さわらぬ神に祟りなし』という考えで一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――そうですね、僕はアリスを信じてみようと思います」

 

 

 

 さて、少し時間が飛び舞台は破軍代表生たちを乗せたバスへと移る。遠目からでも見える黒い煙、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()校舎に戦慄している彼らに対して、アリスが信じられないようなセリフを投げかけたのだ。

 

 

 曰く、アレは『暁学園』なる狼藉者の仕業だと。

 

 曰く、自分は《解放軍》のスパイであり、連中も闇に生きる精鋭集団だと。

 

 曰く、しかし珠雫との出会いと暮らしが自分に彼らとの決別を選ばせたのだと。

 

 曰く、この事態を描いた『スポンサー』については話せない、知らない方が良いとのこと。

 

 曰く、彼らは強すぎる、だから自分という後背の刃で奇襲を仕掛けるしかない。自分達は此処から逃走することすら悪手であると。

 

 

 アリスが信じられない者、信じたい者、冷静に事態を分析する者、それぞれが其々の意見を抱くものの議論を躱している猶予は存在しない。そこで生徒会長である東堂がイニシアチブをとり、選手団団長である一輝に全てを一任した。そしてその答えが上記の一言である。

 

 

 その後、到着した彼らを待ち伏せる暁学園に対し理想的な奇襲を仕掛けることに成功する。連中の中には見知った人間も見受けられたが思案する暇など無く、言葉を交わすこともなく切り伏せた。

 

 

 しかしそれらは、全てを読み通していた敵の罠だった。一瞬の隙を突かれたアリスは無数に飛来した銀剣によって貫かれ、幻想形態特有の意識のブラックアウトに陥った。

 

 

「――――うん、惜しかったね。後少し早ければギリギリ間に合ったかも」

 

 

「アリスッ!!…ッ!?珠雫、迂闊に前に出るなッ!」

 

 

 姉と慕った人物の窮地に飛び出した珠雫だったが、突如横から透明な『何か』に殴り飛ばされる様に吹き飛んでいく。その射線上に居たのは、今しがた切り伏せた筈の人物――――一輝と珠雫の実の兄、『黒鉄 王馬』だった。

 

 

 先程奇襲に成功し地に這いつくばらせたのは自分が生み出した芸術だと呟くのは暁学園の一人、《血塗れのダ・ヴィンチ》『サラ・ブラッドリリー』。彼ら破軍はまんまと引きずり出されたのだ。

 

 

「イッキ、ここは任せて。アリスの助けが無くてもアタシ達が叩き潰してやるわ!さあ、お望み通り相手してあげるわ。私と闘いたかったんでしょう、《風の剣帝》!!」

 

 

 平賀に連れ去られたアリスを救うべく、珠雫は単身追いかけている。一刻も早く一輝に追わせるため、声高に挑発するステラ。一度たりとも視線をステラから逸らさなかった王馬は、挑発に応じる様に一瞬で一輝とステラの視線を振り切り―――――――――――二人ではなく()()()()()()()肉薄する。

 

 

「―――ッ!?駄目、ハルユキッ!!」

 

 

「なッ!?しまった…ッ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()春雪の眼前に立った王馬に出し抜かれた二人。だがそれを責めるのは酷だろう、あれだけ濃厚な剣気をぶつけてきたのにスルーされたステラは勿論、自らを鍛えることを放棄している春雪は王馬の食指を動かすとは思えず、況してやステラを放置して切りかかるなど一輝には予想することは出来なかったのだ。

 

 

 しかしこの場に居た全員の思考は根本からズレていると言えよう。暁はともかく、破軍の面々は十分にヒントを与えられているのに気付けなかった。すれ違いによる距離か、何時も違う彼の反応に対する疑念か、それとも無知がそうさせたのか。そもそも彼が戦場で生身を晒しているということ自体がおかしいのだ。

 

 

 春雪とて自身の脆弱さを良く知っている。試合ならともかくここで『ルーク』に引き籠らない理由など存在しない。此処に居る全員が本気を出してようやくという防御を放棄する意味など、『出来ない』という選択肢が存在しない以上『()()()()』以外に存在しない。

 

 

 

 

 

 ―――――少なくとも、嵐を刀身に纏う王馬の一撃を指二本で止める存在が人間である筈がない。

 

 

「「……はあッ!?」」

 

「―――――ッッ!!」

 

「………きれい」

 

 

 荒れ狂う風の刃に払われるように、窮屈な着ぐるみが剥されていく。その『業』は本来()()の主に仕える騎士のものだが、『バケモノ』を繋ぎ止める責務と同等の権能を下賜された彼女は傅く下僕など必要としない。

 

 

 ―――純白の衣を身に纏い、八本の腕全てに主の騎士の誇り(霊装)を携える『クィーン』、創造主の左腕(ドゥルガー)は無慈悲なギロチンの様に刃を振り下ろす。それに対し王馬は己の本能が最大級の警笛を鳴らす二振りに全神経を集中して捌きにかかる。しかしそれは残る6本からくり出される一呼吸に8連撃―――占めて48の斬撃に対し無防備を晒すに等しい。

 

 

 王馬が衣の下の肉体にどれだけの修練を費やしたかなど知るかとばかりに容易く切り刻んでいく『創造主の左腕(ドゥルガー)』。しかし()()()()の児戯など女王にとっては不躾を嗜める仕置きに過ぎない。

 

 

だが、今の戯れで肉塊にならなかったことで今度こそ攻撃として剣を持ち上げるが、直後木々やコンクリートを薙ぎ倒しながら砲弾の様に飛んできた『何か』に王馬が巻き込まれたことで取りやめ、ついで姿を現した男へ臣下の礼を取る。

 

 

 

「「………えーと。何だこの状況?」」

 

 

 根が似た者同士なのか、はたまた血の成せる業か。13騎全ての『ラウンズ』を引き連れて姿を現した『本物の』春雪と、彼らと今まで激突し、且つここまで吹き飛ばされたにもかかわらず()()()()()()()()の待雪は全く同じタイミングで同じ言葉を口にした。

 

 

 

 




ガチファイトまで行けなかったorz 最近文字数ばかり増えて進行が遅くなった気が……。

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第十九話

 *9/23 加筆修正を行いました


 

 

 

 

 ―――――――パチンッ。

 

 

 

 

 指を鳴らす音で意識が覚醒する。周囲は木々に囲まれており、その場に居るのは破軍生徒会と葉暮姉妹とステラのみ。

 

 

 では先程までの光景は全て夢か幻なのか……と一抹の期待を抱くが、遠くから見える黒煙と消失した校舎、そして同じ方向から響く爆音がそれを否定する。なにより、眼前にいる青年――――彼岸待雪の存在が彼らの意識を叩き起こす。

 

 

 

「ここは、いったい……?」

 

 

「ああ、やっと気づいてくれたか。ここは校舎から2、3キロ離れた林道の外れだよ」

 

 

「――――ッ!イッキがいない!?貴方、彼をどうしたの!!」

 

 

「状況把握より優先とは、噂に違わぬ骨抜き具合ですねヴァ―ミリオン皇女殿下。心配しなくとも、彼なら先に起こして妹さんの後を追わせてるよ。その方が面白くなりそうだからね。それより、思ったより記憶の混濁が激しいね?確かにとんでもない事になったけど」

 

 

 待雪の言葉で全員がようやく気付いた。何故こんな所に居るかもそうだが、それ以前の記憶が酷く曖昧になっていることに。眼前の青年が全く殺気を放たず霊装すら顕現していないことに()()()()彼らは記憶の掘り返しを行った、いや()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~回想中~~~~~

 

 

 

「――――あたたたッ。やっぱり兄さんは怒らせるものじゃないね、肉親に殺意を持つような人じゃないけど、昔から慣れてる分死なない程度に容赦ないし」

 

 

「……いいから早くどけ」

 

 

 巻き添えを喰らって一緒に吹き飛んだ王馬が青筋を立てて抗議する。突然の事態に思考が停止していた面々だったが、いち早く正気を取り戻した東堂が春雪へと声を掛ける。

 

 

「落合君、これは一体…?合宿に参加していた貴方は替え玉だったんですか!?」

 

 

「ああ、『まるで破軍から戦力を根こそぎ吐き出させる』ように見えたのが気になってな。理事長公認でこっちに残ったんだよ。ただそっちに『本命』が出る可能性もなくはなかったからな、どこかの馬鹿を踏ん縛れる戦力を割いておいた。それに『クィーン』なら下手に接触させなければ欺ける」

 

 

 現に、お前ら全員気付かなかったろ?と宣う春雪に、葉暮姉妹の片割れが声を荒げる。

 

 

「じゃあこの有様は何なのさッ!理事長先生に許可まで取ったのに学園がボロボロじゃない!!」

 

 

「……論点が致命的にズレてるぞ。まさかつい最近までゴミの吹き溜まりだったこの場所に、態々守るだけの入れ込みがあるとでも?」

 

 

「――――は?」

 

 

「理事長に話したことなんて100%建前さ、非行に走った愚弟に網を張る為のな。学園の連中が仮に死んでたとしても欠片も興味が湧かんな」

 

 

 絶句する彼女に生徒会の面々が宥めに入る。運営サイドに立ち入ったことのない生徒は彼と学園(というより後ろで糸を引いていた黒鉄家)の確執を知らない、むしろランク虚偽を行っておきながらお情けで学園に席を置かせてもらっているくせに、という意見の方が多い。

 

 

 だから生徒会としてはこれ以上口を開いてもらっては困るのだ。特に葉暮姉妹は直情的で言葉を選ばない節がある。もし彼女らが『あの名前』を口に出そうものなら、破軍はせっかく決まった代表を二人決め直す必要が出てくるのだ。勿論彼女達が何故出場できなくなるのかは語るまでも無い。

 

 

「―――ぬうう、あれが先生や人形師の言っていた男か。貴様が下手を打つとは珍しいではないか『ヘーミテオス』よ。あやつは『戦乙女(ブリュンヒルデ)』と死合わせるのではなかったのか?」

 

 

「…あ、それ僕の新しい渾名かい風祭さん?また派手なチョイスだね。それは置いてといて、途中までは何とか誘導できていたんだけど、突然矛先をこっちに変えてきてね。多分『クィーン』に何か細工でもしてたんだろうけど、そうなると僕としても追わざるを得ないし攻め気を出した途端強烈なカウンターを貰うしで大変だったよ。

 ……それにしても、何で学園に残ったのか分からなかったけど僕と接触するためだったのか。本当に僕は兄弟に恵まれてるね天音ちゃん(チラっ)」

 

 

「そうだよねー。いきなり殴り愛から始まるところは同じでも、どこかのお兄さんとは違ってアガペーに溢れてるよねー(チラっ)」

 

 

「………何故俺に視線を向ける」

 

 

「「別になんでもないよ」」

 

 

 さて、破軍の生徒たちが話し合っている頃、暁学園サイドもまた話し込んでいた。……暢気すぎるメンバーに多々良の忍耐が急速に摩耗してしまっているが。しかし彼女が怒鳴り散らさないのにも理由は有る。この状況は彼らにとっても想定外であり、具体的な方針が決まる前に春雪の注意が向くことを避けたかったからだ。

 

 

 意外かもしれないが、テロリスト集団と思われている暁学園の中で生粋の殺し屋は多々良一人だ。そしてこの中で最もプロ意識の高い彼女にとってクライアントのオーダーを破るのは最大級の禁忌である。

 

 

 『可能な限り圧倒的な、議論の余地がないほどの壊滅』、このミッションを満たすうえで落合 春雪という存在は無視できない。況してやこの男の実力が《解放軍》最高幹部をして『勝てない』と言わしめる以上直接の激突は絶対に避けるべきだ。

 

 

 だからこそ、この中で『殺すことが出来ない人物』でかつそんなバケモノとやり合える待雪に任せたというのにこの様だ。何とか軌道修正を図りたいところだが―――――。

 

 

「……ところで、良く見れば懐かしい顔も居るな。確か『初めて見た時気合の入ったコスプレイヤーにしか見えなかった女』にお前が着いて行った以来か。久しぶりだな、紫音」

 

 

「うん、それ絶対本人には言わないであげてね!?…まあ確かにあの初対面は強烈だったけどね。それよりも久しぶりだねハルく―――――」

 

 

「――――ところで、この訳分からん騒ぎに居るってことはお前も一枚噛んでるってことだよな?なら好都合だ、お前ならどこまでやっても良いか加減は良く知ってる。他のはあんまり頑丈そうじゃないしな」

 

 

「ひえ、この人他人に出来ない様なこと僕にしようとしてるッ!!?」

 

 

 元々破軍側への興味が薄かった春雪は、居るとは思わなかった旧友に声を掛ける。しかし彼らにとっては何でもない会話でもタイミングが悪過ぎた。彼らを見ていた破軍に対して波紋を広げるには十分だった。

 

 

「ちょっと待ってッ!落合あんたテロリストと知り合いな訳!?学園が無茶苦茶になった時に居なかったことといい、有栖院だけでなくあんたまでスパイなんじゃ――――」

 

 

「いい加減なこと言わないでハグレ先輩ッ!!ハルユキとアマネは幼馴染ってだけで……」

 

 

 学園を無茶苦茶にした連中と親しげに話していれば当然疑いも出る。それは当たり前のことであり、()()()()春雪なら耳障り程度にしか考えなかっただろう。しかし今この瞬間では悪手でしかない。何故なら彼は今()()()()()()()()()だからだ。

 

 

「………いちいちうるさい奴等だな、こっちは聞きたいことが山ほどあるってのに。さっさと吐かせて親友や弟と旧交を温めたいところだが、そっちにもこっちにも不愉快の種が多すぎるな。だから――――――少し()()()か、モルドレット」

 

 

 他の騎士と違い瀟洒な意匠を一切廃した血塗れの騎士が主の横に立った瞬間、暁だけでなく破軍にも悪寒が伝わった。目を見ればわかる、見なくても声音で分かる、聞き逃しても殺気で分かる。今この男は敵味方の選別など一切していないと。

 

 

 何をしようとしてるか知っている一輝と、百戦錬磨の王馬だけがその場から動けたが間に合わない。騎士がその名の由来に相応しく、主の体に懐剣を突き立てた瞬間――――饒舌にし難い激痛に、認識することを拒絶した脳が意識を強制的に断ち切った。

 

 

 

 

~~~~~回想終了~~~~~

 

 

 

 

 

 

「――――――思い出してくれたかな?君達は一人残らず気絶して、向こうは気合と根性で耐えた変態と幸運な少年、それからプロの殺し屋さんが請け負ったってところだね」

 

 

 敵の目の前にも拘らず思考に耽っていた生徒会+αは、聞こえてきた声音で現実に帰って来る。今自分がしていた愚行に総毛だった東堂は、改めて気を引き締め直し待雪と相対する。

 

 

 

「……ええ、ちゃんと思い出せましたとも。質問ばかりで申し訳ないですが、どうして私達はこんな所に居るのですか?貴方が運んだとも思えませんが」

 

 

「まさか、これから蹴散らす相手にそんな労力を割くほど酔狂じゃないよ。ここに来てもらった理由は単に引き離す為さ、僕達が事実として残したいのは『圧倒的に殲滅された君達』だけだからね。観測者が居なければ現実は事実にはなりえない。……さて、疑問が解消されたことだし―――――――じゃあ、やろうか。『征こう、《偽・創世神器(ホツマツタヱ)》』」

 

 

 開号と共に吹き出す銀の煙、それが待雪の手に凝縮すると一振りのソードレイピアへと姿を変える。その変化にこの場に居る全員が一瞬で意識を切り替える。

 

 

「(銀の煙……?霊装の展開にそんなものは出ない。武器の変性、それとも貴徳原先輩のような絡め手が本命?)」

 

 

「……葉暮さん、お二人は此処から今すぐ撤退してください。彼は我々生徒会が相手します。ここで代表選手である貴方達が敗れてはいけない、本当ならステラさんも離れてほしいのですが言っても聞かないでしょう?――――もしもの時は『私達には構わないで』(ボソッ)」

 

 

 最後の一言は至近距離に居るステラにしか聞こえないほど小さな声で伝える。その一言に含まれる覚悟を汲み取ったステラは、一切反論することなく霊装を構えて佇んでいる。葉暮姉妹は自分達も残ると言いかけたが、眼前からの視界が歪むほどのプレッシャーに折れて走り出していった。

 

 

「―――さて、態々待っていてもらって感謝します」

 

 

「別に、必要の無いことはしない主義なんだ。ここで意志を貫けないような小物を追い立てる労力は割くだけ無駄だ」

 

 

「聞き捨てならない言葉ですね。彼らは破軍を代表する騎士、ここから離れたのは我々だけで十分だったからだと証明してみせます。行きますよッ!!」

 

 

「「「「――――応ッッ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:山奥の林道

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お兄様、そこを脇道に下ってください。魔力の間隔からみるに、もう到着まで5分とかかりません」

 

 

「了解。……珠雫、ここまできて言うことではないけど覚悟は出来てるね?」

 

 

「……?例えどんな罠が待ち受けていようとアリスを取り戻す覚悟、ではありませんね」

 

 

「うん、()()()()()()()()()()。取り戻した後どうやって奪われないようにするかまで考えておいた方が良い」

 

 

 一輝と珠雫は、道中『快く』貸して貰ったバイクを使ってアリスを追跡していた。珠雫が咄嗟にアリスへ仕掛けた魔力の糸のお陰で迷うことなくその背を追えている。もうじき目的地に到着するだろう。

 

 

 だが問題は取り戻すことではない。そもそもそれは大前提であり、出来ない時は二人が死ぬ時だ。死ぬ時のことなど死んだ後にでも考えれば良いのだ、しかし罠を打倒した後の帰り道が無事だという保証はどこにもない。

 

 

 彼らの兄である『黒鉄 王馬』、彼も確かに大いなる脅威だろう。遥か昔のリトルリーグですら『最強』の2文字を戴いていた男が、当時とは比べ物にならない修羅道を潜った以上安全圏に住んでいた騎士達が勝てる見込みは薄い。とはいえ、正真正銘の規格外である春雪に勝てるかといえば『実際にやってみないと分からない』としか言えない。脅威ではあれど絶望には程遠い。

 

 

 問題はもう一人の男、今や春雪にとっては唯一の家族と言える『彼岸 待雪』だ。彼は此方に吹き飛ばされるまでの間、春雪と闘っていたにも拘らず無傷だったのだ。

 

 

春雪が家族に本気で殺意を向けるとは思えないからどの程度手心を加えていたかにもよるが、それでも彼は13騎全ての『ラウンズ』と闘りあえているのだ。この国の対伐刀者防衛機構である連盟支部を陥落させた時ですらその半数だったことから、この事実がどれだけ危険なのか理解できるだろう。

 

 

そしてもう一つ、離し方や動作からほぼ確信を得ているがもし彼が『日本支部で会った人物』であるのなら、服にすら汚れ一つ付けていないあの防御力と伐刀絶技の性質に矛盾が出来る。その絡繰りが読めないまま彼と闘うのはあまりに無謀だ。

 

 

最悪の事態を考え、一輝はこの罠を如何に消耗せず突破するかに思考を巡らせていたが―――――到着と同時にその淡い考えは吹き飛ばされた。何故なら彼らを待ち受けていたのは、()()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

場所:破軍学園周辺

 

 

 

 

 

 

「―――――《クレッシェンドアックス》ッ!!」

 

「《ブラックバード》ォッ!!」

 

 

 葉暮姉妹を逃がした後、破軍生徒会は4人の騎士を待雪と対峙させていた。会話の合間にチャージを完了させていた砕城、同じくステップで初速を充電していた兎丸と彼女におぶられている禊祓、そして彼らから離れた所で霊装を展開している貴徳原だ。東堂とステラは瞬きする間も惜しいと戦場を凝視していた。

 

 

 貴徳原以外は全員痛感している、自分達はこの男と同じステージには立てていないことを。感じるプレッシャーから実力の差くらいは分かる、だからこそ捨て石になることを選んだのだ。

 

 

 彼らは会長が戦うための『物差し』だ。貴徳原の伐刀絶技で倒せればよし、しかしそうでなくとも彼らの伐刀絶技なら相手の秘密を暴くことに適している。

 

 

砕城は選抜戦と異なり、ひたすら間合いギリギリからの、それも撫でるか突く程度の攻撃に徹している。これが彼の本来の闘い方だ。『累積斬撃重量の加算』を伐刀絶技とする彼は、本来大仰な振りや刺突など必要ない。10トンもの補正があれば触れる程度の接触でも十分寸断できる。この特性とリーチを活かすことで、相手の中距離戦に対する戦術や得手不得手を暴こうとする。

 

 

兎丸と禊祓のタッグは『持久戦による消耗と切札の開示』を担当している。二人はこういった事態の為に徹底して訓練を積んでおり、禊祓からのサインに即応できるように仕上げ伐刀絶技《絶対的不確定(ブラックボックス)》によって『兎丸が回避100%できる状況』へ誘導している。最高加速の《マッハグリード》は瞬間速度では東堂や一輝に劣るが持続速度では圧倒的に勝るため非常に捉え辛い。そして最も危険な攻撃に移る際の接近や偶発的なヒットは禊祓が封殺する。つまり彼らを倒すには『《マッハグリード》をもってしても回避不可能な攻撃』、つまり強力な手札をさらけ出すしかない。

 

 

 3人の『人柱』による包囲網に対し待雪は取った手段は―――――――不動。あろうことか面白そうに見ているだけで何もすることなく佇んでいた。既に闘いの火蓋はとっくに切られており、普通なら既に数十の打突と斬撃を喰らって倒れ伏している頃だろう。

 

 

 しかし、未だに待雪の体には傷どころか服の解れすら生じていない。その理由は唯一つ、傍から見れば遊んでいるのかと勘違いするくらい二人の攻撃が当たっていないのだ。それも、全ての攻撃が()()()()()()()()()()()外してしまっている。

 

 

「(ど、どういうことだ!?偶々目測を誤るなら分かる、プレッシャーに押し負けているのならまだ理解できる、しかし振るたびに調整を加えているはずなのに()()()()()()()()()など有り得ないッ!!?)」

 

 

 混乱する砕城のそばで、さらに有り得ないことが起きる。兎丸が転んだのだ、禊祓が能力を行使しているにも拘らず。それだけでも有り得ないのに、その転び方が異常なのだ。走っている最中に()()()()()()()()()()のだ。転ばない筈がないその動きに、一番動揺していたのは兎丸本人だった。

 

 

「(――――え?どういうこと、アタシはちゃんと体を動かした筈!こんなこと今までなかった、こんな、()()()()()()()()()()()()()()()()())『―――兎丸、前ッッ!!』――――あ…」

 

 

 我に返った時にはもう手遅れだった。横倒れになった所為で身動きが取れなくなっていた禊祓諸共、一閃で首を薙がれ意識がブラックアウトする。激昂した砕城が今度は外さない、と必要以上に踏み込んで霊装を振ってしまい、心技体全てがズレた一撃が通る筈もなくカウンターで胴を切り裂かれる。

 

 

 それでもこのままでは終われないと立ち上がるが、その瞬間足元から生えてきた無数の銀の杭に貫かれ、高々と捧げられてしまう。それは奇しくも、彼の兄がやったのと同じ決着だった。

 

 

「さて、こんな所か。……さっきから妙にムズムズするんだけど、これは君の仕業かな御嬢さん?」

 

 

 息一つ乱していない(動いていないのだから当然だが)待雪の視線の先には、蒼褪めた表情で立ち尽くす貴徳原があった。彼女は今この瞬間も伐刀絶技《星屑の剣(ダイヤモンドダスト)》を使用している。半端な助力では却って足手纏いになる東堂に対し、彼女の能力は乱戦に非常に適している。

 

 

目視できないほど砕かれた刃を使って相手を内側から切り刻む、しかも彼女の卓越した操作能力により敵が吸い込んだ物だけを凶器とする絶技は確かに待雪を捉えていた。なのに彼は血反吐どころか身動ぎすらしない。肺や血管を直接攻撃しているにも関わらず、だ。

 

 

 震える彼女を庇う様に、東堂が二人の間へと割り込む。貴徳原は東堂にステラを連れて逃げるように訴える、自分達が何一つ暴けなかった以上無暗に突撃するのは危険すぎると。しかし――――。

 

 

「カナちゃん、お願いがあるの。―――――()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ただ貴徳原を安心させるように、孤児院で見せていたあの笑顔を向けられ貴徳原は落ち着きを取り戻す。それを見届けた後、今度はステラへ視線を一瞬投げてから彼女は必殺の剣を抜き放つ。

 

 

「―――――《雷切》」

 

 

 一切の力みなく、欠片の怯えもなく抜かれた一閃。一輝との戦いで放ったものと同じ―――いやそれよりもさらに疾く、さらに鋭く、あの程度が全盛な筈がないと野心が籠められた―――――雷切は、しかしあまりにも呆気なく追い抜いてきた斬撃に主共々打ち砕かれてしまう。

 

 

「―――――――えッ!?」

 

 

 東堂以外の全てを意識と視界から取り去っていた貴徳原は、唯一人待雪が持つ能力、その絡繰りの真実に指を掛けていた。しかし彼女がそれを口に出すより早く―――――。

 

 

「(ステラさん、今ですッ!!)」

 

 

天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)!!!」

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 ――――崩れ落ちる寸前、磁界によって地面から自身を突き飛ばした東堂を掠める様に、渾身の爆炎が待雪へと殺到していった。

 

 

 

 




 ここまでご覧いただきありがとうございます!感想・質問等いつでも大歓迎です!!


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第二十話

 前話にて多くのご指摘を頂きました、この場を借りてお礼申し上げます。登場人物が増えた瞬間読み辛くなってしまう私の文章力のなさが憎いorz

また時間を見て修正を考えます。これからも忌憚ない意見をよろしくお願いします!!


 

 

 

 

 

場所:破軍学園跡地

 

 

 

 破軍生徒会が戦っている頃、粉砕された学園でも戦いは続いていた。それぞれの手段でモルドレットの伐刀絶技『毒牙の胤』を凌いだ王馬、天音、多々良が春雪と彼の持つ軍勢と剣戟を交わしていた。

 

 

「……クソがッ、何なんだよこいつは。こんなヤバイ奴《黒い家(アップグルント)》にも居なかったぞ!?」

 

 

 切札を全力投入し、何とか『ラウンズ』一騎と相討ちになった多々良は地べたに這い蹲りながら悪態をついていた。紫乃宮が寄越した『幸運』のお陰で一体しか来なかったこと、そして『偶々』相性で有利な相手が現れたことが彼女が生き残れた要因だが、それでも『戦闘不能』に追い込むのがやっとであり、そう時間をかけずに復活させるだろう。

 

 

 それに引き換え、王馬は10騎もの数相手に拮抗させている。『ラウンズ』の真骨頂は多種多様な伐刀絶技を一つの意志の元に連携させる集団戦術、個々の強さは強大だが異次元というほどではない。以前に春雪が待雪に言っていたが、不退転の決意で特攻した一輝なら半分は討ち取れる以上『枷』を外した王馬が対処できない道理はない。

 

 

 しかしそれも『女王』の駒が出てこなければ、の話だ。王馬の技術や“異形”に興味を持った春雪が決着を急がないから成り立っている拮抗だ。それに何より、情報にある『溶岩の魔人』や『空に浮かぶ庭園』が出て来たら終わりだ。例え王馬といえど全長12メートルのマグマを触れずに倒す方法があるとは思えないし、空中庭園の伐刀絶技が想定する物であれば剣で戦うには最悪の相性だ。

 

 

「――――ほう、分かってはいたがやっぱり一輝の剣とは性質が真逆だな。こういう構造でも人間ってのは成り立つもんなんだな、勉強になる。……ところで、何でそんなに()()()()()()()()()んだ?アンタとは初対面の筈だが………ああ、もしかしなくてもあの『重度の勘違い中年』絡みか?」

 

 

「……黙れ。俺はとうに黒鉄とは縁を切った身だ、家族などとうに捨ててきた」

 

 

「くははッ!鏡見てから言えよ、言ってることとやってることもチグハグだぞ?それにしても―――――面白いことを言うな?確かに大した功夫だ、それは認めるが奪われたんならともかく、テメエで放り出した無責任に強くしてもらった?……舐めてんのか」

 

 

 ドスの利いた最後の一言と先程までとは明らかに変わった空気に誰もが危険だと感じたが、それを口にするより早く()()()()()()()()()()()()。痛みすら感じない速さで千切られた腕の断面からは、煌々と輝く魔人が悍ましい笑みのような何かを向ける。

 

 

 彼らは春雪を読み違えた。いや、紫乃宮に付与された幸運なら切り抜けられると錯覚していた。確かに彼の『気まぐれ』に強く作用したそれは早期決着を選択させなかった。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は全く別の話である。

 

 

 アウターシリーズNo.4『地母神の血脈(テュポーン)』、初見ではその巨体による殲滅力やマグマという人が届かない域にある火力に目が行くだろうがその真価は伐刀絶技の方にある。『自らの構造を造り替え意のままに操作する』、これにより溶岩として全てを焼き尽くすだけでなく灼熱の温度を保ったまま目に見えない火山灰となって浮遊することも、超超高密度に凝縮した状態で付着した後一瞬で溶岩へ変性することも出来るという極めて暗殺に適した運用も可能なのだ。

 

 

「風で防げるとでも思ったか?一粒()()()の火山灰を飛ばしたけりゃもっと気合入れなきゃな。重みを感じないのは当然だ、そんなヒラヒラしたもん着てれば重量計算を間違えなきゃどうとでもなる。もう少し観察していようと思ったが止めだ、とっとと済ませて――――「ストーーーーップ!!!」――――あ?」

 

 

 どこに原因があったかは不明だが、完全に王馬は春雪の逆鱗を踏んだ。観察から処分へ意識を切り替え『女王』を立ち上がらせたが、真っ青になった紫乃宮が大声で制止を訴える。ちなみに彼は既に『ラウンズ』2騎に取り押さえられ、簀巻にされた状態で荷物の様に担がれている。

 

 

「待って待ってハル君!?その人『口から出る言葉が絶望的に残念になる』だけだから!喋るだけで誤解される可哀そうな人なだけだから許してあげて!!

だって王馬さん痛いこと(家族との絶縁宣言)言ってるけど此処に居る理由の半分はお父さんのお願いだし、ホテルで一緒になったら一番欲しいタイミングでお茶出してくれる気遣いの出来る『躾の行き届いたお坊ちゃん』だし、こっちから話振ったら絶対返事か相槌くれる『良い人』だし、えーとそれから――――」

 

 

「「お前(貴様)は何を言ってるんだ?(!!?)」」

 

 

 トンチンカンなことを暴露しだした紫乃宮に王馬と春雪からステレオツッコミが入る。突然過ぎる奇行だがこれ以上ないファインプレーと言えよう。一瞬で微妙な空気に切り替わっただけでなく、春雪も『あれ、一輝から聞いてたやつとなんか違う…?』と可哀そうなものを見る視線に変わっている。大声で『残念な人』の烙印を押された王馬の精神的ダメージは低くなさそうだが。

 

 

 

 

 

「「―――――――ッッ!!」

 

 

 

 緩みかけていた雰囲気に水を差すかのように、彼方から常軌を逸した剣気を感じ取った王馬と春雪。片方は類稀な剣士としての生存本能が、そしてもう一人は『同類』の気配を嗅ぎ取ったからだ。

 

 

「―――――そうか、紫音がいるってことは『あの人』がいてもおかしくはないのか。……もう一方もあの訊かん坊が()()()()()()()不安だし、さてどっちを優先するか……そういえば紫乃宮、お前らの目的は『七星剣武祭に出場するため』だったよな?」

 

 

「え?うん、そうだよ。学園内は全員片付けたし残りはマツ君が潰してると思うから目的は達成出来てるんだけどね」

 

 

「…はあ、なら急がなくても良いか。俺としちゃ“仲直り”する方がよっぽど難儀だ、この機会はむしろ有難い」

 

 

「喧嘩は良くないよー?僕も人のこと言えないけどハル君ぼっちなんだからこじらせるだけ痛いギブギブギブゥッ!!?」

 

 

 身動き取れないくせに要らんことを言った紫乃宮に折檻を加えた後、春雪は『キメラ』に乗り込んで『ラウンズ』と共に姿を消した。窮地を脱したことに多々良、(簀巻のまま捨てられた)紫乃宮、それからいつの間にか目を覚ましていた風祭は安堵の息を吐いていた。

 

 

 その中で、王馬は自身が終始敵として認識されていなかったことへの憤怒、そしてブラッドリリーは天使の様に飛び去って行った『女王』に熱の籠った眼差しを向け続けていた。

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

場所:暁学園 校庭

 

 

 

 

 

 

「―――――はぁああああああッ!」

 

 

「………やりますね」

 

 

 時間は少し遡り、暁学園へと到着した一輝は珠雫がアリスを助け出す時間を捻出するために『世界の頂』と刃を交えていた。

 

 

 ―――――《比翼》、余りにも強すぎるために捕まえることはおろか国家が彼女の住所を土地ごと放棄したという極めつけの逸話を持つ『最強』。到底今の一輝が闘いを挑んで良い相手ではない、しかし『生まれて初めて頼ってくれた妹』を守るべく文字通り命懸けで彼は()()()()()()切り込んでいった。

 

 

 春雪が秘匿している伐刀絶技『魂の改竄(パンドラ・アーツ)』、その第一号である疑似霊装であり『流星』の銘が掘られた短刀。由来は一輝の霊装『隕鉄』と同じ名を持つ隕鉄石を用いて打たれた刀だ。かつて春雪に降りかかった悪意の所為で、本来なら好戦的な部類に入る一輝が一年間亀の様に閉じこもる遠因となってしまったことへの『落とし前』として押し付けられた一振りである。

 

 

 しかし一輝は今まで一度もこの短刀を抜いたことは無かった。理由はこの刀の伐刀絶技にある。使ったことが無いので名は無いが、効果は『肉体の修復と微弱な魔力回復』である。まさしく一輝が喉から手が出るほど欲しかった能力と言える。『流星』を振い続ける限り『一刀修羅』による消費より早く肉体が修復され理論上無限に発動し続けることが出来るほか、『一刀修羅』が切れた後でもこの短刀を抜けば10分もあれば再発動が出来てしまう。だからこそ一輝はこの刀を使用してこなかった。

 

 

 断言できる、生半可な気持ちで使えば手放せなくなり、依存してしまうと。ともすれば自分の(霊装)よりもこれを頼りにしてしまう。それは敗北より恐ろしく、それ故春雪には申し訳ないが今まで死蔵していた。

 

 

 だが、この瞬間において一輝は迷うことなくその刀を手に取った。自分のプライドと大切で守りたいもの、どちらを優先するかなど語るまでも無い。

 

 

 そしてその判断がこの歪な拮抗を支えていた。刃を交えてまだ30秒と経っていないが、既に一輝の全身は紅に染まっている。しかし受けた刀傷は全て既に塞がっており戦闘に支障はない。それどころか致命傷以外を無視できる状況と制限時間から解放された心境は、一輝から焦りを拭い去り《比翼》の剣を完璧に観測させていた。

 

 

「(帰ったら春雪にお礼を言わないと。……こんな切欠が無いと気まずくなった友人に話しかけられないなんて、僕も大概不器用な男だな)」

 

 

 思わず苦笑しかけるが、一輝には言っているほどの余裕など存在しない。一瞬でも気を抜けば首が飛ぶ、そんな必殺の一撃が一呼吸に10回も凌がなければならないのだから。

 

 

「(……私の剣に『適応』してみせますか。それに()()()()()()()()()()()胆力、この国の伐刀者には驚かされてばかりですね)」

 

 

 対して、《比翼》のエーデルワイスも惜しみない称賛を一輝に送っていた。本気でないとはいえ学生の身でここまで喰らい付いてくる練武、『心眼』の域に達しつつある感性、そして無数に切り刻まれながらも動じない精神力。どれをとっても並の騎士を遥かに凌いでいる。

 

 

 しかしその全てを総動員しても、《比翼》に届くどころか影を踏むことすら許されない。力も技も早さも、全てにおいて勝負にならない。自らの引出しの全てをさらけ出し、それでも容易く踏み越えられた一輝は当然の結末へ辿り着いた。

 

 

「が、はあ…は、はっ、はぁ……」 

 

 

「……まだ続けるのですか?」

 

 

 ―――時間にして凡そ3分。《比翼》を相手にこれだけ保せられる騎士がこの世界にどれだけ存在するか。その雄姿は間違いなく絶賛されるべきだがそれでもここが限界だった。最後の刹那、自らの秘剣と同じ『理』を返された一輝は全身に裂傷を負い、その次の瞬間には両の手に持つ刃ごと自身を切り裂かれた。

 

 

 本来であればとうに気絶している損傷、さらにここまで追い込まれても揺るがない闘志は見事だが、折れた刀身を掴んで戦うなど蛮勇でしかない。人を傷つけることを好まない《比翼》が戦いを止めるよう勧めるのは当然のことだった。

 

 

 しかし一輝はその言葉を拒絶する。妹や友人といった他者の為に命を賭けられる高潔さ、そして自分の限界を超えてなお『自己(エゴ)』を諦めない意志の強さは、確かにエーデルワイスの心を打った。

 

 

「僕と友の最弱(最凶)を以て、貴女の最強を食い止める――――!」

 

 

 その言葉を聞いて《世界の頂》は一輝に対する認識を改めそして―――――本気になった。一輝の命への配慮を絶った本当の意味での『必殺』が閃光となって降り注いだ。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所:破軍学園周辺

 

 

 

 

 自ら空へと飛び、さらに爆炎によって巻き上げられた東堂は、地面に激突する寸前に貴徳原にキャッチされ事無きを得る。気絶した東堂は全身に火傷を負っており、掠っただけでこれほどの負傷を負ったことからもステラが全身全霊で放ったのだと痛感する。

 

 

 東堂の無事を確かめた貴徳原は目の前に視線を移す。魔力によって出現した焔は術者が制御を手放さない限り無暗に飛び火はしないため、林の中ではあっても火事になる心配はない。これで終わったと安堵の息を吐いたがしかし、未だ表情が暗いステラに貴徳原は訝しむ。

 

 

「――――ステラさん、一体どうしたのですか?」

 

 

「……貴徳原さん、戦場に出たことがある貴方なら何か気付かない?」

 

 

「え……ッ!?そ、そんなまさかッ!!これ程の攻撃、例え障壁が張れる伐刀者といえど――――ッ!?」

 

 

 ステラが不安視し貴徳原が気付いた要因、それは臭い(・・)だ。もし本当に今の一撃で死んでいたのなら、今頃眉を顰めずにはいられない悪臭が漂っている筈。しかし今現在、木や草花が燃える以外の臭いは漂ってこない。それがどういう意味かを察するより早く、答えは焔を踏み越えてやってきた。

 

 

「……この一撃ですら無傷だなんて、とんでもない男ね」

 

 

「そうかな?たかが鼻息程度(・・・・)の火で測られても困るな、君はもう少し『じしん』を知ったほうが良い。それよりもそっちの御嬢さん、何か気付いた様子だったね。せっかくだから教えてもらえないかな?嘘偽りなく答え合わせに応じよう」

 

 

 意味深な発言に眉を顰めるステラだが、既に待雪の興味は貴徳原へ移っている。それにステラも彼女の気付きには興味を持っていた所だったので貴徳原の方へ視線を向ける。

 

 

「……私はあの瞬間刀華ちゃ―――会長だけを見ておりました。あの方からの『お願い』通りに他の一切を意識から排除してあの方だけを。そしてわかったことは……余りにも会長の動きが遅かった(・・・・・・・・・・)ことです」

 

 

「そんなッ!?アタシもずっと見てたけどそんな風には……まさか――――ッ!」

 

 

「そう、あの『雷切』と呼ぶのも躊躇われる動きに対して、同じく見ていたはずのステラさんはもとより、実行に移した会長自身何の不調も違和感も表情に乗せてはいませんでした。このことと砕城さんや兎丸さん達が直面していた不自然な攻撃の不発、それから推測される貴方の能力は――――『洗脳』または『催眠』に類するものではありませんか?」

 

 

 貴徳原が出した答えは、ステラの頭にもよぎったモノだった。それならあの一連の事態も納得できると同時に、眼前の男が如何に危険かも理解した。掛けられた側だけでなく周囲すら掛ったことに気付けない『完全催眠』、無策で勝つことなど到底不可能な能力であるとステラと貴徳原は戦慄した。ところが―――――。

 

 

「ふむふむ、悪い推理じゃないけど随分()()()()されたものだね。まあ約束だし正直に答えるけど、僕の能力は『無意識の侵食』だよ。脳を介した思考や動作には干渉しないけど、『感覚に依存した反応(距離感・匂い・触覚等)』や『本能』、それから『体で覚えたことや』といった意識が介在しないものは全て僕の支配下ってところだ。

さらに、洗脳とかと違って能動的にかけることも出来るし、相手が『どんな方法であれ』僕という存在を認識していれば勝手に侵食される。それが例えカメラの映像や、はたまた過去のビデオ映像であってもね」

 

 

「そんな馬鹿なッ!?《狩人の森》の様な自身に膜を張る伐刀絶技ならともかく、対象に認識すらさせない精神干渉を媒介なしで行うなど不可能です。第一魔力を介さずにどうやって――――『ガサッ』―――ッ!あ、貴方達……ッ?」

 

 

 捲し立てる貴徳原を遮るように、藪を騒がせる音の正体は逃げた筈の葉暮姉妹だった。勿論義憤に駆られて戻って来た訳ではない、それなら彼女達が絶望した表情を浮かべる理由はない。彼女らは普段は言ったこともない林の中をがむしゃらに走り、気が付いたら何故かここに戻ってしまっていたのだという。

 

 

「どうやって来たかもわからず、道も分からないまま()()動く相手を操るなんて造作もない。逃げてる最中ずっとテロリストの恐怖が心に過っていただろうしね。だから言っただろう?必要の無い事はしない主義だって」

 

 

 全て予定通りだと嘯く待雪に対し、未だ状況が理解できずにいる貴徳原と葉暮姉妹。しかし彼が言っているのは普通なら荒唐無稽な話なのだから当然だ。

 

 

 洗脳の様な精神干渉系は何かしらトリガーになるものが必要になる。例えば言葉・音・光の点滅などがポピュラーと言える。悪趣味なものになれば寄生虫や薬物も対象になるが、逆に言えばこれらを一切用いずに人の奥底まで干渉するのは不可能といって良い。

 

 

 ならば考えられることは一つ。あの噴き上がった銀の煙、あれが体内に入り媒介になっているのではという希望(・・)は隣に立つステラに否定される。

 

 

「それはないわね。貴徳原さんは忘れてるかもだけど、あの骸骨男…クラシキとかいったかしら?あいつとの揉め事の際にアタシ達こいつに会ってるのよ。今の今まで忘れてたけどイッキは『会った瞬間好感を持つことを()()()()()』って言ってた。あの時霊装を顕現させてなかった以上銀の塵が媒介とは思えないしそれに―――――一つだけ心当たりがあるの。正直今でも有り得ないと思うけど、それならアタシの渾身の一撃を無傷でやり過ごせたことにも説明が付くわ」

 

 

「……驚いたな、()()()()()()()も効きにくいのか。それに兄さんの御友人も随分面白い人らしい。……それで、君の心当たりとやらを聞かせてくれるかい皇女殿下?」

 

 

「そういう悪い顔してると良く似てるわねアンタ達兄弟って。そうよね、アンタはあのMr.規格外の弟だったんだからもっと注意しておくべきだった。アンタの強さの主柱は伐刀絶技じゃない、このアタシですら()()()()()()()ほど膨大な魔力、それこそがあの絶対的な防御能力や曲芸染みた精神干渉能力の本質よッ!!」

 

 

 

 

 

 




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第二十一話

 

 

 

 

場所:破軍学園 周辺

 

 

 

 

 

「膨大な魔力による防御…?そんな、嘘よッ!伐刀者が無意識に張れる障壁は防弾チョッキ替わりがせいぜい、例え全力で障壁を展開したとしてもあれほどの攻撃を無傷でやり過ごすなんて――――」

 

 

「葉暮さん、思考を停止してはいけません!そもそも魔力とは世界を改編する力、不可能を可能にするなど伐刀者にはありふれた話です。この方はただの自然体で、普通の伐刀者が全力で障壁展開しているのと同じ魔力を放出している。私達が認識できない理由は、魔力感知は全て()()()()()()()()()()()()、違いますか?」

 

 

「貴徳原さん……」

 

 

 努めて冷静な声音で話す貴徳原だが、葉暮姉妹はとても落ち着くことなど出来なかった。待雪が穏やかな表情のまま否定しなかったことから、恐らく貴徳原の考えは間違ってはいない。しかしそれは、彼がステラの『天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)』を全くの無防備で往なしたことに他ならない。

 

 

 それはつまり此処に居る全員、いやそれどころかこの国で彼に傷つけられる人間は限りなく少数であることを意味している。それどころか彼が()()()()()()()()使()()()()、想像も出来ない災厄をもたらす危険性を示唆しているのだ。

 

 

「正直理解の範疇を超えてるわ、イッキといいハルユキといい、この国って本当に規格外の巣窟ね。……だからこそ分からないの、アンタがこんな馬鹿騒ぎに参加した理由が。悪名を轟かせたいのならとっくの昔にリーグとかに出場してるはずだし、力を持て余してるのならオウマみたいに外へ飛び出す方がよっぽど話が早いわ」

 

 

「何故…ときたか。そうだね、一宿一飯の恩、乗りかかった船、同志からの頼み…色々あるけど一番の決め手は『七星剣武祭の出場権を得るため』かな?」

 

 

「「「「………はあッ?」」」」

 

 

 のんびりと、まるで闘いの最中とは思えない―――事実、彼にとっては目の前にいる四人は敵にすらなりえないのだが――――ほど呑気に首をひねりながら返ってきた返事に、一拍程思考停止した後一斉に呆けた声を上げる。

 

 

「ふ、ふざけてるのアンタッ!?学園でピエロみたいな奴が『参加を認めさせる』って言ってたけど、アンタなら自力で簡単に参加できるんじゃ――――」

 

 

「―――皇女様。それが残念なことに、連盟参加の学園全ての合意で永久追放喰らっちゃってね。七星剣武祭には一生出られなくなったんだ」

 

 

 その一言は、今まで散々常識を木端微塵にしてきた情報の中で一番の衝撃を齎した。七星剣武祭は唯の武闘会ではない。学生騎士の頂点という『栄光』、新進気鋭の強者達と切磋琢磨する『好機』、自らの限界への『挑戦』、己の弱みと強みを知り新たな境地を知る『飛躍』、それらが結集した唯一無二の祭典なのだ。

 

 

勝つにしろ負けるにしろ、ここで得た財産が騎士としての人生を左右すると言っても過言ではない。だからこそ日本に生きる騎士全ての憧れなのだ。それを取り上げるなど、況してやこれ程の男から奪うなど一体何を考えているのだ、と考えるのは伐刀者として当たり前の話だ。

 

 

「学生騎士の頂点を決めるのが目的と言えど、七星剣武祭が大人の都合でやっている以上下心というか狙いってものがある。『学生同士をぶつけ合うことで成長させる、向上心を煽る』というね。

だけど先程生徒会がやられた光景を見ただろう?本来なら錯覚は有っても決して裏切る筈のない『自分自身』に足を引っ張られて敗れた訳だ。『考えるより先に体が動く』ってスポーツでも良く聞くけど、その位練り上げた自分の感覚が信じられなくなるなんて騎士としては致命的だよね。

況してや七星剣武祭はこの国で最も優秀な騎士の卵を集めた祭典、言ってみれば将来の国防を担うエリートたちだ。そんな彼らを再起不能にする輩がいては本末転倒、万一彼らの多くが折れてしまったらどう責任を取るんだ―――――て訳さ。国家の面子と一人への理不尽、どっちを優先するかなんて考えるまでも無いってことらしいよ?」

 

 

「そ、それにしても横暴すぎるわよッ!剣武祭の趣旨に合わないっていうのは百歩譲っても、それならそれに見合う対価なり誠意で返すべきでしょう!?貴方の力を知ったならむしろ積極的に懐柔策に出るべきだと思うのだけど……」

 

 

「そこはお国柄ってやつさ皇女様。外国(そと)からやって来た貴女なら鼻についてるんじゃないかな?伐刀者至上主義にはじまる時代錯誤な選民思想や、どこかの御家騒動のような『理不尽が罷り通る』倫理観の低さを。

あまり自国民が言うべきでは無い事だけど、『WWⅡ(第二次世界大戦)』に勝ってしまった弊害だろうね。治安維持法も、大政翼賛会も、特別高等警察の強権も、タコ部屋労働も、軍部大臣現役武官制も、何もかもが『悪しき歴史』ではなく『時代に合わなかった文化』位にしか思われてない。負けてない以上他所にとやかく言われる筋合いはないし、そんな土台が残ってるようじゃ西洋諸国の様な自由民主主義が根付く訳がない。

後は単純に僕の能力がこの国には受けが悪いからかな。『落第騎士』の環境からも分かる通り、この国は上から蔑むのは好んでも下から下剋上されるのは病的に嫌う。僕の伐刀絶技が『自分を強化するのではなく相手を引き摺り下ろす』能力なのも後押ししたんだろうね。

――――ま、今言ったのは()()()()なんだけどね?」

 

 

今の今まで長々と述べていたのは確かに自分を追放しようとした連中の()()である、そこに偽りはない。しかし彼を排除しようとした本当の理由は別にある。様々な思惑の上でのやり取りのようだが、その全てが彼にとってはとてもくだらない理由だ。

 

 

「発端は僕の能力が世間様にばれたあるくだらない事件だけど、それは君たちの親玉に聞くと良い。不愉快過ぎて僕の口からはとても語りたくはないね」

 

 

「……そうさせてもらうわ、けど余計にわからなくなった。今言ったことが真実なら正直同情するわよ、けどそこまで見限ってるならどうして七星剣武祭に固執するのかしら?そこまでされて参加する価値を見いだせないわ」

 

 

 七星剣武祭はどこまでいっても日本という島国でのイベントに過ぎない。注目度こそ世界屈指であっても、彼ほどの実力があれば箔が無くとも少し力を示せば引く手数多だろう。態々テロリストと手を組んでまで何故参加を熱望するのか?それに対して彼の答えは―――。

 

 

「そんなもの語るまでも無い、『本気になった』兄さんが出場してくるからだよ。あの人は人並のプライドは持ってても向上心が欠片もなかったからね。まあ物心ついた時から()()()()()飼ってるんだから仕方ないけど、凄く勿体ないとずっと思ってたんだ。

 ……兄さんに馬鹿なことを仕出かした連中は心底不愉快だったけど、この一点だけは感謝しているよ。特に連盟支部は最高だった!本部が擁する多国籍軍なんて羽虫に見えるほどの軍勢、アレをたった一年で創り上げた不世出の鬼才と一対一(サシ)で闘り合える好機、これを捨てて何処を目指すと言うんだ!!」

 

 

まるで童心に帰った様に高揚する彼に、指向性を得た魔力が唸りを挙げて追随し視界が歪む。いや、これは表現としては適切ではない。視界が歪んで見えるほど()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

勿論待雪は炎熱系の伐刀絶技など持っていない。しかし人知を超えた魔力量が彼の血潮の滾りにつられ、星の因果すら捻じ曲げてしまっているのだ。

 

 

「――――ッ!!本っ当に何でも有りねコイツッッ!!?」

 

 

「……少ししゃべり過ぎたかな。正直これ以上やる必要はなさそうだけど、後でスポンサーにとやかく言われるのもあれだしここは――――――――がぃッ!?は……急になんだ?」

 

 

 こちらに矛先を向けた途端、今までがお遊びだったかのように凄まじい重圧が降り懸かる。辛うじて動けるのはステラのみで、他の面々は縫い止められた様に動けず葉暮姉妹に至っては気絶すらしている。しかしこちらへ一歩踏み込んだ途端、待雪が突然頭痛でも起きたかのように頭を押さえ顔色を悪くする。

 

 

 

「――――まさかあの先生、あれだけ大口叩いておいて負けたのか……?」

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 場所:暁学園 地下

 

 

 

 

 

「――――やってみればどうにかなるものね……けど、頭使い過ぎて気持ち悪い」

 

 

 最大の脅威である《比翼》を兄に食い止めてもらっている間、珠雫は連れ去られたアリスと再会することが出来た。しかしその場には《解放軍》最高幹部『十二使徒』の一人、《隻腕の剣聖》ヴァレンシュタインが待ち受けていた。

 

 

 自慢の魔力操作による面攻撃を浴びせかけるが、『摩擦』を支配するヴァレンシュタインには通用せず、油断と分析不足から必殺の斬撃《山斬り(ベルクシュナイデン)》を喰らい右腕を切り落とされてしまう。

 

 

 流石に分が悪いとアリスを連れて撤退に移ろうとしたが、床の摩擦を消されたことで身動きが出来なくなり、珠雫は成す術無く両断されてしまった。ところが、自らを気化することで疑似的な『死』と『不死』を体現する伐刀絶技《青色輪廻》を土壇場で開眼、その超高等技術に冷静さを失ったヴァレンシュタインの隙を突き見事勝利を得たのだった。

 

 

「珠雫…ホントに、生きてるの?本当に、本当に良かったッ!」

 

 

「それはこっちの台詞よ、私だってもう殺されてるかもって…あんまり心配させないでよ、お姉ちゃん」

 

 

 お互いの無事を、声を震わせながらも喜び抱きしめ合う二人。本心から互いに親愛の情を向け合う尊い光景はしかし―――――。

 

 

 

 

 

 ―――――――ザリッ。

 

 

 

「「――――ッ!?」」

 

 

 再び起き上がった大男の足音によって踏みにじられた。

 

 

 

「そんな、あれだけの傷を負ってまだ――――ッ!!」

 

 

「…いいえ。表情筋は弛緩したままだし、目は白目を向いたまま。ヴァレンシュタインは間違いなく気絶したままよ。この特徴は別の人間による肉体操作、まさか《道化師》が戻って―――ッ!?」

 

 

『……いや、その心配は杞憂だよ。気絶や睡眠は無意識の典型、なら操れるのは当然だ。……本体に死ぬほど負担が掛るけどね』

 

 

 先程までの尊大な物言いとは似ても似つかない喋り方、しかし待雪と一度も会ったことのない二人は何がどうなっているか分からず、ひたすら注意を研ぎ澄ませていた。

 

 

『まったく、僕や兄さんという実例を見ておきながら相手に考える余裕を与えるなんて、長い均衡状態で魂に脂肪が付いたのかな?「同志」の頼みじゃなければ捨て置いたところだ。それはさておき、地上に厄介な援軍も来てることだしさっさと引き上げさせるか』

 

 

 どうやら相当に焦っているらしく、珠雫達には目も呉れずに奥へと消えていくヴァレンシュタイン(?)。状況は分からないが、とにかく脅威が去ったと今度こそ肩の力を抜く二人。ところがそんな油断を咎めるように、突然建物が軋みを挙げて崩れ始めた。

 

 

 原因は侵入当初に派手に床を破壊したこと、そして二度目の《山斬り》によって地下の主柱が両断されてしまっていたことだ。恐らくヴァレンシュタインは元々証拠隠滅のためにここを破壊するつもりだったのだろう、明らかに重要な柱が全て切り刻まれていたのだ。

 

 

「……ッ!珠雫、早く逃げて!!私は《日陰道(シャドウウォーク)》で―――痛ッ!」

 

 

 咄嗟に目の前に転がる自身の霊装に手を伸ばすが、身動ぎした瞬間ヴァレンシュタインに強かに打ちのめされた傷が邪魔をする。そして珠雫も、初めて使用した《青色輪廻》の反動で上手く氷を形成することが出来ず、完全に絶体絶命となってしまった。

 

 

 せめて降り注ぐ瓦礫から逃れようと、小さな体で懸命にアリスを担ごうとする珠雫。しかし体格差が災いして思ったように動けず、そんな二人を無情にも崩落が呑み込もうと牙を剥きそして――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今日は勘が冴えてるな。一輝より()()()の加勢にきて正解だった」

 

 

 

 ―――――突然墜落してきた『何か』に一切合財吹き飛ばされ、小石の一粒たりとも二人に届くことは無かった。怒号を響かせながら落ちてきていた瓦礫は最初からなかったように消え去り、土煙から解放された二人が目にしたのは安堵の溜息を吐く春雪の姿だった。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

場所:破軍学園 周辺

 

 

 

 

「《黒刀・八咫烏》―――――」

 

 

 頭痛に眉をしかめる待雪に、突如黒い稲妻のような魔力の刃が放たれる。それに込められた魔力は質・量ともにずば抜けている。普通の伐刀者なら死を覚悟する死神の鎌に等しいが、待雪は特に慌てることなく、それどころか八つ当たり出来ると言わんばかりに刃を構える。

 

 

「《権能疑似再演―――羽々斬》」

 

 

 腰だめに構えた途端ソードレイピアのような霊装は、形状を待雪の身長をも上回る日本刀に変える。そのまま一閃に振り切り黒刃と衝突した瞬間、まるでそんな事実は無かったように()()()()()互いに交差した。

 

 

「…なんだ、非常勤講師の方が来たのか。破軍理事長であればちょっとした意趣返しを考えていたんだけどな」

 

 

「あ?跳ねっ返りの若造がなに先約を差し置いてくーちゃんに手ぇだそうとしてんだ?百年早えんだよ」

 

 

「西京先生!!」

 

「ネネ先生!?」

 

「…はあ、間に合ったのですね」

 

 

 ステラたちと待雪を分かつように舞い降りたのは《夜叉姫》西京 寧音だった。一合交えた結果、西京()()は無傷だが待雪の方は頬に僅かだが傷を負っていた。しかしその結果に西京は普段の余裕を潜め、むしろ緊張を強めていた。

 

 

「―――ああ良かった、こちらに居たんですね。彼岸さんのお陰で作戦は無事終了、他の方は全員撤退し残るは貴方だけです」

 

 

 西京の到着とほぼ同時に《道化師》平賀も姿を現した。待雪の方も正直遠隔操作の反動がきついので引き時を見計らっていたので好都合だった。二人は西京へと視線を移すが、彼女もいきり立って仕掛けてくる気配はない。

 

 

「……好きにしな。うちがたまたま先生だったことに感謝しなよ、クソ餓鬼ども」

 

 

 西京の悪態に動じることもなく、待雪たちは速やかにその場から姿を消した。生きた心地のしなかった葉暮姉妹は泣きながら西京の元へ駆け寄り、貴徳原はこの場は安全だと判断し東堂達の下へ駆け出して行った。残るステラはいつまでも表情を険しくしたまま待雪たちが去って行った方向を睨みつけていた。

 

 

 

 

 ――――何故なら西京が霊装を仕舞う瞬間、まるで食い破られたように扇の一部が消し飛んでいた事実を見咎めてしまったからだ。

 

 

 

 

 




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第二十二話

会話文を短くできる文章力がほしい、あと誤字を見抜く力を(切実)


 

 

 

 

 

 ――――『暁学園』襲撃事件から一週間が経過し、ようやく会話が出来る状況にまで落ち着いた新宮寺理事長の前に一輝・珠雫・春雪が呼び出された。

 

 

 この一週間、新宮寺にとっては人生でも五指に入る多忙の日々であった。蜂の巣になった学園の修復に始まり、怪我人の治療と事情聴取、調書を取りまとめて七星剣武祭運営委員会への報告、学園総崩れの失態に対するやっかみや責任追及の回避、事件捜査協力の証人、記者会見での回答と挙げればキリが無い。丁度一昨日に全てを片付けたのだがそれと同時に彼女は過労で倒れ、今日ようやく落ち着いて話が出来るようになったのだ。

 

 

 

「あの、もう仕事に出てきて大丈夫なんですか理事長?」

 

 

「………本音を言えばあと3日は布団から出るなと医者に言われたが、そうもいかんだろう。生憎我々には時間が無い。それよりも……すまなかった、君達を命の危機に晒して置いてこの体たらくだ」

 

 

「そんな、理事長が謝る事じゃありませんよ。まさかこの事件の裏に居たのが『この国そのもの』だったなんて……」

 

 

 そう、この『事件』をこの国は『事故』として処理してしまったのだ。始まりは一つの演説、暁学園の理事長を名乗る人物―――『月影獏牙』、現役の総理大臣の言葉だった。

 

 

―――曰く、《国際魔導騎士連盟》による支配(・・)からの解放、そして日本の主権を取り戻すのだと。

 

 

これが国家を揺るがす大反響を生んでしまったのだ。特に大きな声を上げたのは非伐刀者、その中でも伐刀者による『被害』を被ったことのある人間たちだ。

 

 

連盟加盟国が挙げる最も不合理な体制と言えば、『国家が自国民に対して警察権を行使できない』というものだ。魔導騎士に対する全権は連盟本部に委ねられている。よって彼らに対して法的処置を行使する権限は政府や国家機関はもとより、連盟支部にすら存在していない。支部は所詮本部の小間使いという認識でしかなく事情聴取や倫理委員会が精々、警察機構に至っては逮捕権どころか伐刀者に実力行使する『力』そのものが欠如している始末だ。

 

 

この状況下で行われるのは、非伐刀者への皺寄せである。暴行を受けて通報されても警察は狼狽えるか己の無力を噛み締めるばかり、連盟に訴えても本部決裁は多くの時間が掛り、待ちわびた沙汰も明らかに伐刀者贔屓な内容しか返ってこない。

 

 

この仕組みには連盟本部の思惑も深く関わっている。本部にとって、連盟ではなく国家単位でまとまられるのは非常に都合が悪いのだ。小国であればそこまで脅威ではないが、もし力を付け団結してしまえば必ず『独立』を求める声が出てくる。だからこそ国民と魔導騎士が反目しあう歪な体制を用意しているのだ。これにより非伐刀者達が連盟脱退を求めても特権を手放したくない魔導騎士達がそれを阻み、制御できない政府への不満も溜まっていくので国力が低下しさらに連盟の保護に依存するという狙いがある。

 

 

それでもここまで悪化しているのは日本くらいだろう。例え伐刀者への特権があろうと、民主主義や専制政治が適切に機能し国家帰属意識が正常であれば、伐刀者達も『騎士である前に○○国民である』というセーフティが働く。ならば一部が暴走してもその他の清廉な騎士達が不心得を改めるという自浄作用が働く。ヴァーミリオン皇国などまさにその最適例と言えよう(少々緩すぎるきらいはあるが)。

 

 

しかし日本は『伐刀者が救った国』であることが事態をややこしくしている。第二次世界大戦で軍事力と生産力、その他すべてに劣っていた大日本帝国は当然の帰結として敗北の危機に陥っていた。ところが『闘神』『サムライリョーマ』といった一握りの規格外達によってその道理は捻じ曲げられた。本来であれば起こるべくして起きるはずだった敗北と弾劾を跳ね除けてしまったこの国が、その元凶である伐刀者に傾倒するのはごく当たり前の道理でありいつしか『伐刀者至上主義』にまで肥大化していった。帝国時代の悪しき風習により『理不尽を強いること』に慣れていた風土も追い風になってしまった。

 

 

 そういった抑圧の元過ぎて行った数十年の後、今この時になってようやくそれを是正する機会がやってきたのだ。声も大きくなるだろう、しかも本来連盟本部の命令でそれらを取り締まる筈の支部が機能停止しているのだから流れは止まりようがない。

 

 

 そして事ここに至っては音頭取りの月影総理を排除しても止められない、そう考えた連盟本部は傘下の学園に対し『七星剣武祭にて愚か者共を打倒し、連盟の敷く秩序の正しさを示せ』と勅令を下すに留めたのだった。

 

 

「今まで燻り続けてきた火種が一気に燃え上がってしまった、という訳だよ。本来お前たちが関わるべきでない話に巻き込んで申し訳ない、特に海外留学生であるヴァーミリオンにとっては完全に対岸の火事であるというのに―――」

 

 

「そんな他人行儀なこと言わないでください、自分の大切な仲間に手を出した奴を倒すのはヴァーミリオンの皇族として当然の責務―――この場に彼女がいればきっとそう言うと思います」

 

 

「…?そういえばステラさんはどちらに?あの(ひと)なら例え重症でも這って来そうですが」

 

 

「ああ、ヴァーミリオンは今寧音と行動している。私が課した『ある条件』をクリアするためにな。お前達を呼んだ理由もそれだ」

 

 

 そう告げた瞬間、突然新宮寺は彼等―――正確には黒鉄兄妹に対して―――強烈な“威”を放った。それは教育者としての顔ではなく、かつてKOKリーグ世界第三位と謳われた『世界時計』としての顔だった。

 

 

「―――はっきり言おう。私個人(・・)としてはお前達とヴァーミリオンには今大会を棄権してほしいと思っている」

 

 

「……それは七星剣武祭に『彼岸 待雪』、彼が出場してくるからですか?」

 

 

 世界屈指の実力者による威圧に一瞬気圧されるものの、既に死線を経験した二人は動じることなく返事を返す。そのことに対し、まるで第一関門を突破したと言わんばかりに鷹揚に頷く新宮寺は言葉を続ける。

 

 

「ヴァーミリオンと寧音の証言もあって確信した。その男は間違いなく《比翼》と同じステージに立っている、当然彼女には数枚劣るだろうがそんな男が参戦するという意味が分かるな?」

 

 

「……参加者の殆どが戦いにすらならないと思います。七星どころか世界の頂に居る人間と同格が学生に交じっているなんて、悪い冗談にも程があります」

 

 

「その通りだ。そいつと闘り合いたければ、隣に居る男を仕留める方法を会得してから、それが最低条件だ。剣武祭への参加はあくまで個人の意思を尊重するが、自殺志願者を私の学園から出すつもりはない。……言っている意味は分かるな?」

 

 

 新宮寺は言外に、この一週間でその方法が得られなければ力尽くでも参加を辞退させると言ってきている。極めて道理であるため一輝も珠雫も同意を示した、出来なければそこまでだったと。

 

 

 話題は待雪のことへ移る。その場に居た全員の視線が春雪に集中すると、当人は煩わしそうにしながらも了承する。

 

 

「……答えられる範囲でなら話しても良い。こっちとしても理事長、あんたから色々と(・・・)聞きたいことがあるからな」

 

 

「分かっている、お前をこの場に呼んだのはそのためだ。先に其方の話をしておこうか、内容は『彼岸の七星剣武祭出場権を剥奪した経緯』で間違いないな?」

 

 

 新宮寺を見つめる春雪の視線は、控えめに言って氷点下を下回っている。先に彼の怒りを解いておかなければ話し合いどころではないと、新宮寺は一切隠すことなく打ち明ける。

 

 

「まず断っておくが、彼岸への決定には大きく分けて3つの思惑が絡んでいる。一つは私が先ほど言ったものだ、まぐれの余地すらない絶対的な力関係がある大会など八百長呼ばわりされても仕方がない。それに『彼や比翼の力』は大衆の目に留まるのは非常に不味いという理由もある。

だが当然差別だけをするつもりは毛頭ない、私や私と同じ考えの人間はエキシビジョンマッチにて彼を招待するつもりでいた。対戦相手は私か寧音、もしくは南郷先生にお願いする形でな。彼の実力なら寧音や先生はともかく、一線を退いた私では引き分けすら厳しいだろう。その武勇を知らしめることで僅かでも彼へ報いようと提案した。

もう一つの理由は、当人がヴァーミリオンに語った内容と相違ない。将来の国防を担うエリートたちを潰すリスクを負いたくない…というより、自分に責任問題が来ることを恐れた下種共の保身。そして洗脳という権力者が最も恐れる能力を、護身以上の戦闘力を持った人間が備えているという事実に恐怖したのさ。上手く使えば国や世界すら動かせる力を懐柔するメリットと牙を剥かれるデメリットを天秤にかけ、後者に重きを置いたらしい。奴の情報を流せば自分の手を汚さずとも連盟本部か《同盟(ユニオン)》が危惧して勝手に始末するだろう、とな」

 

 

「そこまでは日下部が妙なお節介を焼いてくれたお陰で聞いてる。今喋って貰った理由が連盟本部や部外者に嗅ぎ付けられた時の建前だってこともな」

 

 

「……あいつのコネクションはどうなっているんだ、まったく―――ああ、分かってる分かっている!ちゃんと話すさ」

 

 

 一輝達兄妹も既にステラから話に聞いていたので動揺していないが、改めて聞いてもその内容に疑問が浮かぶ。理事長の案なら彼岸の面目は十分立つし、これから様々な形で『特別扱い』する理由としても十分だ。二つ目の理由については納得こそできないが、この国であれば実行されてもおかしくないと思えてしまう。しかし現七星剣王である《浪速の星》や《白衣の騎士》、《天眼》といったそうそうたる面子を輩出してきた日本の伐刀者育成機関がそこまで堕ちているとは思いたくない。ならばそれらの理由すら跳ね除ける彼らの『本音』とは一体―――――?

 

 

「―――その内容を話す前に、彼の能力が知れ渡ってしまったとある事件の話をまずしなくてはな。事件そのものはありふれた内容だ。ある清廉潔白な騎士が不心得者を誅したという、残念なことにお前達も何度か経験しているだろう事案だ。

 

……事件のキーワードに『殺し』と『洗脳』それから、とある『禁忌』が無ければの話だが」

 

 

――――物騒なワードが飛び出してきたがまだ許容範囲だ。それと同時に疑問も浮かぶ、彼の兄弟の所為で『殺し』の主語が誰か邪推してしまいそうだが新宮寺がそれだと態々洗脳する理由が無い。しかしそんな黒鉄兄妹の思案は、次に語った新宮寺の一言で吹き飛んでしまう。

 

 

「………これは絶対に他言無用だ。彼が行ったとある『禁忌』、それは―――――――――『死者の蘇生』だ」

 

 

「「   」」

 

 

 言われた言葉が理解の範疇を超え、二の句が継げないでいる兄妹。当然だ、それは人類の夢であり悪夢とも言いかえられる所業だ。本当にそんなことが可能なのか、そもそもどんな状況にあればそんな事態に陥るのか、再起動した二人が声を荒げかけるがしかし――――。

 

 

「……驚かないんだな、やはりお前は知っていたか」

 

 

「昔見たことがあるからな。懐かしい、あいつがあれだけふざけた能力を持っていながら真っ当な価値観を持てたきっかけだからな」

 

 

「ほう?教育者として、何より一児の母として興味がある。差し支えなければ教えてくれないか」

 

 

「………まあ良いか。俺もマツもまだチビだったころの話さ。阿呆共……『元』親たちが一頭の大型犬を飼っていてな。『ポチ』なんてド定番な名前で、俺達が生まれる前から飼われていたせいか自分も親気取りで世話を焼いてくる変わった犬だったよ。普通は動物なんかは伐刀者を怖がるらしい、森羅万象に逆らう存在への根源的な恐怖とかなんとか。だがあいつは気が付いたらいつの間にか隣に居てくれる家族だった。

 だがそんな時間は長くなかった。何せ俺達が生まれた時点で10歳を過ぎてたんだ、寧ろ大往生と言って良い……あいつの寿命が来ちまったんだ。その時に『アレ』を見た、その頃にはもう愚弟は自分の力を何とはなしに自覚していた。無知ゆえの蛮勇って奴さ、自分なら『死』すら捩じ伏せられるってな。始末が悪いことに、そんな子供の妄言が現実になっちまった。

 わかってると思うが、『死』そのものは塗り潰すことが出来たがマツの願いを叶えることは不可能だった。病死とかならまだ話は違っただろうが、ポチの死因は老衰だ。『死』を拒絶しても終わりがほんの僅かに伸びるしか違わない。これに逆らうにはポチが今まで歩んできた時間全てを塗り潰すでもしないとな。

 ………その段になってようやくあいつは自分がしたことの残酷さに気付いてな。怯えてたよ、『ポチがもう一度死んじゃう、僕のせいだ』って。そうやって泣きじゃくってるとあの老犬、あいつの頬を慰める様に舐めたのさ。死後硬直で碌に動けない癖に、自分の死を冒涜しようとした不孝者を最後まで優しく見つめたまま。弟の腕の中で今度こそ眠りについたポチの顔は、とても穏やかだった。

 ……あの件が教訓になってるんだろうよ。神様染みた能力をもっていても絶対に一線を越えることは無かった。まあ博愛主義者じゃないから、更生の余地なしと見れば容赦なく『矯正』することはあったけどな。……俺も、あの老いぼれが居てくれたから弟や俺自身を『バケモノ』だと思わずにいられたんだろう」

 

 

「……なるほど、興味深い話だった。それに彼岸が何故自らの能力がばれるリスクを承知で行動に踏み切ったのかもよく分かった。そしてなおのこと“事件”が胸糞悪く見えるよ。

―――事件を起こしたのは、ある学園の鼻つまみ者3名だ。本部の許可が無い限り退学に出来ないことをいいことに、騎士の名を穢す不届き者だったそうだ。連中はいつもの様に遊ぶ金欲しさに恐喝を始め、たまたま目についた出かけ途中の家族に詰め寄った。被害者の父親は家族を守るため当初は金を差し出そうとしていたが、連中の一人が年頃の娘を手籠めにしようとしたことで抵抗。逆切れした連中は父親に暴行を加え、倒れた拍子に側溝に頭を強打したことで脳挫傷を起こし死亡した。

だがその程度では連中の良心は疼かなかったらしい。邪魔ものが片付いた連中は娘を人目に付かない所へ連れて行こうとし、抵抗する娘に対し『抵抗すれば母親も殺す』と囁いた。そのタイミングで偶然通りかかった彼岸が事態を察して連中を叩きのめし、彼の通り名《騎士殺し(ガランサス)》に相応しい処置を行った後で冷たくなった父親を蘇生した。

それまで見ないふりをしていた予備役騎士たちは、手のひらを返して手柄欲しさに名乗り出た後彼等全員を連盟へと差し出した。……もうわかっただろう?最後の思惑は不老不死という奇跡を日本、いや一部の人間で独占するために、ありとあらゆる手段で彼岸を手に入れるというものだ。文字通りどんな手段を講じても、な」

 

 

「………」

 

 

 『死者の蘇生』という言葉で薄々感づいていたが、一輝達はもはや言葉も出なかった。そして何故、一般人が月影総理の言葉に全面的に賛同したのかが良く分かった。これでは同じ狼藉者でも、総理によって統制され命令を順守している『暁学園』の方が彼らにとって真面に映るのも納得だ。

 

 

一輝も入学時の馬鹿騒ぎや《剣士殺し》とのいざこざで、日本の伐刀者のモラルにも個人差があることは知っていたが、見積もりが甘かったとしか言いようがない。馬鹿な行動には模倣犯が必ず現れ、処罰されなかった前例が仇となり増長するという事実が理解出来なかったのだ。

 

 

「……なるほどな、失踪したってのと『阿呆共の認識を書き換えた』のもそれが理由か。あいつらならとっくに行方不明を届けてるはずだからな。大体聞きたいことは全部聞けた、次は理事長の番だ、なんか用があるんだろ?」

 

 

「私としても聞きたいことはもうない、その代わりお前に頼まれて欲しいことがある。寧音をステラに貸した以上、この学園で彼岸と黒鉄兄妹の実力差を正確に測れるのはお前しかいない。先ほど言った条件をクリアする手伝いを頼めないだろうか?」

 

 

「………良いだろう、こっちとしても気を紛らわせるネタが欲しかったところだ。マツなら欲の皮突っ張った連中に遅れを取るなんざ有り得んし、紫音も傍に居るから万全だしな。俺としては構わんが、そっちの二人はどうなんだ?」

 

 

「勿論、こちらこそよろしく頼むよ。それと遅くなったけど、助けてくれてありがとう。短刀のこともだけど、何より珠雫を助けてくれて本当にありがとう」

 

 

「私からも礼を言わせてください。ありがとう御座いました、それからご指南よろしくお願いします」

 

 

「…………あー、臍が痒くなるから勘弁してくれ。あと指導なんざしたことないから、多少ハードでも文句言うなよ?」

 

 

 正直剣武祭どころでない気もするが、取り敢えず目の前のことから片付けようと意識を切り替える面々。非常にぎこちないながらも、苦笑しあいながら春雪と一輝は一年前と同じように握手を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――黒鉄兄妹がデスマーチに悲鳴を上げるのは、これより数分後の事となる。

 

 

 

 

 




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第二十三話

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――理事長との話し合いが終わってすぐ、春雪達3人は有る場所へ向かっていた。そこは破軍学園施設内にある広場で、少し前に一輝が綾辻に剣を教えていた緑あふれる憩いの場『だった』ところだ。

 

 

「……あれ、少し見ない内に様変わりしてるんだけど。こんな所にお城なんてあったっけ?」

 

 

「間違いなく昨日までは存在していませんでしたよお兄様、あとこの施設魔力反応がとんでもない事になってます。……まさかこれも貴方の駒なんですか?」

 

 

「ああ、俺の決戦霊装であるアウターシリーズの『不洛要塞(フォートレス)』だ。こいつの中に招いた人間はお前らが初めてだよ」

 

 

 眼前に聳える堅牢な要塞に黒鉄兄妹は呆れたようにつぶやくしかなかった。しかもただ要塞があるだけでなく、ざっと外観から見える限りでも300を越えるポーンが巡回を行っている。もはや霊装の枠に収まっていない文字通り『決戦兵器』というべき威容だ。

 

 

 ふと端に見えた、要塞に踏みつぶされているベンチを見て一輝は心の中で理事長に合掌した。事実兄妹二人が先に理事長室を退出した後、残った春雪が許可を取る時新宮寺は膝から崩れ落ちた。『また…修復しないといけないのか、一区画まるごと……しかも直したばかりなのに……』と言って。

 

 

「けど春雪は良いの?あれだけ手の内を秘匿してたのにこんなに堂々と」

 

 

「そこら辺は抜かりないさ。ちゃんと“虫除けカーテン”は張ってる」

 

 

 パチン、と指を鳴らすと先程まで立っていた場所の光景が歪む。一瞬だったが春雪の言葉通り膜の様な何かが外を隔てており、自分達の真後ろには『ラウンズ』の一騎であるヴェインが立っていた。

 

 

「……なるほど、道理で近づくまで気付かなかったわけだ。にしてもこれほどの大質量すら隠蔽してみせるなんてすごいな」

 

 

「その代わり隠すネタの質量に比例してヴェインのスペックが低下する欠点もあるがな。他にもここら一帯の側溝には200体の『ビショップ』を循環させて監視してあるし、警邏代わりにポーンも50ほどカーテンの外を巡回させてる。理事長の許可も取ってあるし、立ち入り禁止令も出してもらってるから侵入者は許可なく撃退しても構わんそうだ」

 

 

「凄く厳重な警備ですね、理事長の目が届くこの敷地でそこまでする必要があるのですか?私達はこの学園を背負って立つ代表なのに」

 

 

「お前らは評判良いから問題ないだろうが、俺は色々と(・・・)覚えが悪いからな。一輝って言う本命が居る分、俺の情報なんて小遣い稼ぎ感覚で売ってやろうって馬鹿も珍しくないんだよ。いや、評判ってのは腹の足しにならんわりに足だけは引っ張るのが不愉快だよな」

 

 

 卵が先か鶏が先か、一年生を除けば彼とこの学園の仲はもはや修復不可能と言って良い。一輝と違って思う存分反撃出来た彼は一切手加減しなかったし、見て見ぬふりをしてきた全生徒を平然と“塵屑”と言って憚らなかったため直接関係のない生徒からもたっぷりヘイトを集めてきた。というよりそもそも彼を■■そうとした人間が居た時点で騎士と言う存在を見限っているのだが。

 

 

 そうして話しながら足を進めている内に彼らは要塞内の大広間へと辿り着いた。そこは漫画や映画に出てくる『まさに城内』といった様相で、重厚な真紅の絨毯に瀟洒な燭台、豪勢なシャンデリアと訓練場には似つかわしくない華美な内装だった。しかしこれは『凝れば凝るほど強力になる』春雪の伐刀絶技ならではの必然ともいえる。

 

 

「さて、おしゃべりはこの位にしておいて早速始めるか。といっても俺は教師じゃないし、戦闘技術に関しては師にあたる一輝にアドバイスなんぞ出来ん。だから俺が提供してやれるのは、ひたすら調整役と仕合わせることと愚弟対策の立案くらいだ。とりあえずお前らがどこまでやれるのか知りたい、まずは一輝からだ」

 

 

「分かった。こうやって彼等(ラウンズ)と闘うのもなんだか懐かしく感じるよ」

 

 

 既に訓練場にはせ参じていたラウンズから、一輝と瓜二つな『八重垣』が前へと歩み寄る。圧倒的な剣速とスペックの暴力で攻め立てる純白兵戦型のコレなら、確かに実力を測るのにちょうど良いだろう。剣を教授したプライドが擽られたか、俄然闘志を燃やしながら一輝も相対する。

 

 

「それでは、僭越ながら私が号令をかけさせていただきます。準備はよろしいですねお兄様?―――――それでは、LET`s GO AHEAD!」

 

 

 

 

~~~三秒後~~~~

 

 

 

 

「…………うん?」

 

 

「なッ!?お、お兄様ッ!!」

 

 

 ――――観戦していた二人はあまりにも予想外な結果のせいで咄嗟に行動できなかった。如何にスペックに絶望的な差があれど、一輝はラウンズにとって師匠に当たり、純粋な白兵戦であれば剣技と見切りによりその差を大幅に減らすことが出来る。

 

 

ところが一輝は、『八重垣』相手に3合と持たずに切り伏せられてしまった。しかも敗因は『明らかに反応出来ている攻撃に対し、肉体のみ(・・・・)追い付けなかった』という不自然なものだ。しかもまさかここまでバッサリ斬られるとは思わなかったので、幻想形態にしておらず色んな意味で大変な光景が広がっている。

 

 

「―――がぁッ!げほ、あ…ぐぅ……ッ!!」

 

 

「お兄様、しっかりして下さいッ!すぐに治療を――――『ボトッ』―――え?」

 

 

 

 

 ~~~※BGM『旧○配者の○ャロル』を流してお楽しみください(笑)~~~

 

 

 

 

 ――――激痛に苦しみながらも、それでも健気に患部に視線を集中する貴方は突然降ってきた『それ』を目撃した―――いや、してしまったのだ。傷口の上に着地したにも拘らず痛みも重さも感じさせない、一見すると饅頭か御餅のような白く丸いフォルム。

 

 

 だがそんな可愛らしさも、『それ』が一斉に開いた無数の赤い目によって即座に嫌悪の対象に変わるだろう。その異様に竦んだ貴方は、幸運(・・)にも『それ』が傷口から貴方の体内に潜り込んでいくのを止められなかった。

 

 

 ――――モゾリ…モゾリ………ガサ、グチュリ………。

 

 

 腸を縦横無尽に駆け巡られるという、想像を絶する不快感に悲鳴を上げなかった彼の忍耐力は百万の称賛ですら到底足りないだろう。だがそれでもこの悍ましい光景に平常心を保てるはずが無く、青年も……そして同じ光景を見ていた妹も形振り構わず『それ』を摘出しようとした。

 

 

 ――――ところが今まさに獲物を手に握り再び視線を傷口に戻した時、そこには化物はおろか、不快感も異物感も……それどころか傷そのものが(・・・・・・)消失していた。

 

 

 この悍ましい現実に直面した貴方達は、成功1D6、失敗で1D10のSANチェックです。

 

 

~~~

 

 

 

「「~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!!??」」

 

 

「………あ、しまった。そういえば『あいつ』紹介するの忘れてたな」

 

 

 顔面蒼白になりながらも必死に元傷口を調べる兄妹だったが、ポツリとこぼれてきた独り言に『ギギギ……ッ!』と軋むような動作で元凶(春雪)へと顔を向ける。

 

 

「……説明を、してくれるかい?」

 

 

「あー、うん。まああれだ、『医療型拷問兵器』って言えば良いのかな?先に言っとくべきだったな、とりあえず上見てみろ」

 

 

 言われるがままに見上げると、天井に先程目撃した『化物』が張り付いていた。しかも先程見たものの1000倍巨大な個体が。……しかも何故か頭にちょこんとナースキャップが乗っているのがこの上なくシュールである。

 

 

 アウターシリーズNo.3『迷宮の看護婦(トロハイエ)』、主な役割は次の2つ。一つは先程春雪が言ったように、自らが産み落とした幼体を使った『治療兼拷問』である。幼体は要塞の膨大な余剰魔力によって精製された万能細胞で構成されており、ターゲットの体内に潜り込んで遺伝子(せっけいず)を把握する(傷口が無ければ口から潜り込もうとする)。そして欠損部位へ融合することで寸分違わぬ肉体を復元させる。脳細胞すら再生させてみせる驚異的な治癒能力を持っているため、極論すれば死んでさえいなければどれだけの損傷でも治してみせる。

 

 

 もう一つの役割は『肉体・魂・精神補強による超ブラック労働の強制』である。これは幼体ではなく『迷宮の看護婦(トロハイエ)』本体の伐刀絶技であり、無着色の『魂』を大気を通じて対象に送り込むことで『肉体および精神への疲労・損傷を強制的に補整する』能力だ。つまり、『迷宮の看護婦(トロハイエ)』がいる限り、どれだけ疲労困憊でも弱音を吐くことが出来なくなり、また拷問等で精神を病んだり心が壊れても強制的に修復されてしまう。使い方によってはメンタルセラピーに仕えそうだが、ビジュアル的にかなり厳しいだろう。

 

 

「何考えてるんですか貴方はッ!緊急事態とはいえお兄様の治療に拷問兵器を使うなんて馬鹿じゃないですか!?」

 

 

「いやだって他に治療手段とか無いしな。元々コイツ創った目的が馬鹿共への躾と俺自身が24時間創作活動に打ち込めるようにするためだし。自分への応急処置なら幾らでも方法あるから他の治療とか用意してないぞ」

 

 

「ならカプセルの導入を!基本的人権の保障を要求させてッ!!」

 

 

「治療と引き換えに疲労感が発生するうえ時間が掛るから却下。分かってると思うが時間無いんだぞ?SAN値を犠牲にしたくないなら、どうにかして珠雫で治せる怪我で済ませるんだな」

 

 

 その返答と予想される未来に、二人が悲鳴を上げたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

~~~2時間後~~~

 

 

 

兄「(ちーん……)」

 

 

妹「(何度も冒涜的な光景を見た所為でSAN減少なう)」

 

 

 度重なるモザイク修正不可避な光景に二人の精神は酷く消耗していた。しかし天井に居る蜘蛛と饅頭を足して二で割った様な看護婦による『闘魂注入(物理)』の所為で延々と戦い続けている。なにせ修羅道に片足突っ込んでいる二人だ、どれだけ摩耗しても無理やり補強されて『動ける』状況にされては、否が応にも体を『動かしてしまう』のだ。

 

 

「うーん、色んな装置で撮影しながら見てるが肉体的には何にも不都合は無い筈なんだがなあ。ちょっとアプローチを変えてみるか……」

 

 

「……もっと早くそうして欲しかった」

 

 

 心底げっそりした風に返す一輝だが、彼らがここまで酷い目にあった最大の原因が彼自身であるためあまり強く言えないでいた。そう、あれから幾度となく『ラウンズ』と仕合った一輝だったが、始まった途端突然体が言うことを利かなくなり無惨に切り伏せられ続けたのだ(ちなみに幻想形態を使わないのは凶器に対して変な慣れや癖が付かないようにするためなので悪気はない)。

 

 

「とりあえずお前は修行云々の前にその不具合を治さなきゃ話にならん。とりあえず要塞の奥行って右の通路の突き当りに行け。そこがメンテナンスルームになってるから詳しく調べてくれる」

 

 

「…え、メンテナンス?に、人間が使っても大丈夫な施設だよね?尊厳や肉体的苦痛とかの意味で」

 

 

「安心しろ、そこは俺も偶に使う施設だから。レントゲンの大げさな奴みたいなのだから痛くも怖くもない」

 

 

「………その配慮を医療設備にも用意してよ」

 

 

 先程のトラウマからか少し足取りが重くなりながらも言われた通りにその場を離れる一輝。彼とて現状のままだと七星剣王どころか、一回戦をまともに戦うことさえ怪しいのだから不安どころの騒ぎではない。ある意味先程までの生理的恐怖のおかげでそういった現実を忘れているのは、妙な焦りを生まないという意味では効果的だったのだろう。…本人が負った心の傷と等価値かと言えば悩むところだが。

 

 

「―――さて、と。呆けてる場合じゃないぞ珠雫、あいつも厄介な爆弾抱えているがお前も大概なんだぞ?」

 

 

「……ええ、春雪さんが言いたいことは分かってるつもりです。ただお兄様に聞かせられない程とは思っていませんでしたが」

 

 

「馬鹿か、対処法が分かってるだけで爆弾のヤバさはお前の方が遥かに上だ。詳しい経緯とか興味ないから聞かんが、お前さん相当無茶したみたいだな?例えば体を一回バラバラに引き裂くみたいな」

 

 

 一輝の異常が顕著な所為で隠れがちだったが、珠雫もまた異変が起こっていた。10回に1回だが魔力操作に突然凡ミスが発生したり、以前よりも疲労が溜まりやすくなっているのだ。これは魔力関係に疎い一輝は気付いていなかったが、人型の造形を熟知している春雪にはとても顕著に映っていた。

 

 

「医者でもないのに良く分かりますね?一応カプセルの治療は受けたのですが……」

 

 

「伊達に造形美の探究や人型造りに没頭してないってことさ。寧ろ碌にそういった知識もないくせにそんな博打を一発で成功させた才能に恐れ入るよ。まあその所為で所々に粗が出て本来の力が出せてないようだが」

 

 

 春雪の見立て通り、この不具合は珠雫がヴァレンシュタインとの戦いで使った伐刀絶技『青色輪廻』の副作用だ。一度帰化した60億を超える細胞を元通り再構成する、これだけでも神業だが人体は唯モノがあれば良いというものではない。骨一つとっても配置が僅かにずれるだけで慢性的な痛みや代謝不良を起こし、体幹が僅かにずれるだけで万全のパフォーマンスが不可能となってしまう。一つ一つは些細な不具合だが、それが無数に折り重なることでとんでもない負荷となってしまっている。

 

 

「カプセルで治せないのは、再構成によって『今のその状態こそが正常』だと誤認されるからだろう。流石に俺は医者じゃないから治療は無理だし、もし日本最高の医師とアポが取れても剣武祭に間に合わん」

 

 

「ッ!?それは――――ッ!」

 

 

「分かってる分かってる、治療は出来んが応急処置くらいはしてやるとも。それともしその伐刀絶技について教えてくれるなら、ちょいととっておきの業を伝授してやれるがどうする?」

 

 

 その一言に、詰め寄ろうとしていた珠雫は僅かに驚いたようにキョトンとしていた。何故なら自分がそこまでしてもらう理由がないからだ。

 

 

以前ステラが春雪作の『ぐだぐだイッキ』を持っていたことに対抗して注文した時も貸しが無い為に随分渋られた。そのことからも分かる様に基本春雪と言う男はよほどの付き合いが無い限り、貸し借りなしで行動してくれないのだ。なのに自身の技術をタダで教えるなんてどういう風の吹き回しかと訝しむのも当然である。それにたいして春雪は――――。

 

 

「…まあお前さんが訝しむのも無理はない、こっちが勝手に貸しだと思ってるだけだからな。一輝には幸い最近返せたから良いが、お前にとってもあの『勘違い男』は一応父親だからな。正直やり足りんし早く現実を直視して俺を愉しませろ…とは思うがそれはそれ、これはこれだ」

 

 

「そのことでしたらどうぞお気になさらず。あの人は私にとって最も理解出来ない人物でしかありません。親愛の情はおろか、散々お兄様を傷つけたあの人のことなんて――――」

 

 

「―――残念ながらお前がどう思うかなんて知らん、勘違い男に無関心なのと同様にな。単に『殺したい命を殺して良い命とすり替えるな』って俺の自己満足だからな、枕元に居座って吠えられたら適わん。…にしても兄妹揃って世渡り下手だな、勝手に寄越すんだから大人しく貰っとけ」

 

 

「………人付き合いの下手さを貴方に言われたくありません」

 

 

 何とも不器用な善意の押し売りに、これまた不器用な少女が無愛想だが親しみをもって返す。まあここに居る人間は人生において赤点レベルの不器用たちなのでこれでも大分成長している方だろう。

 

 

「ああそうだ、ひとつ聞いときたかったんだ。……お前さんとこの実家なんだが、ついこの前まで散々やらかしてマスコミのおまんまにされてたが、ここ最近になって急に統率が取れてきたのが妙に気になってな。何か知らないか?」

 

 

「……?すみません、実家のことなんて本気で興味が無かったものでまったく知りませんでした。しかし、父は未だ意識不明ですしもう一人の兄も家の窮地に立ちあがるような殊勝な方ではありません。他は末端はどうか知りませんが、本家の人間は全て同じ息を吸う価値もないゴミしかいませんでしたし、立て直すなど不可能だと思っておりましたが」

 

 

「俺も同感だ、同感なんだが…何時の間にか『当主代行』の座についた奴が居るらしいんだよ。次期当主最有力だった珠雫なら何か知ってるかと思ったんだが、たしか名前は

 

 

 

 

 

 

―――――――――――『黒鉄 蘇芳』とか言ったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第二十四話

 

 

 

 

 

 ―――――日本の首都、東京。創業百年を超える老舗から新進気鋭のベンチャー企業まで、あらゆる方面で一流が集うこの街でも最上級に君臨するホテルのリストランテ。世界各国のVIPやKOK一桁ランカーといった錚々たる面子をサービスしてきた名店は、本日たった一組の予約客の為に貸し切られていた。

 

 

 

「――――うーん、この数日の接待費だけで僕の生活費一年分が軽く消えてそうですね。良いんですか?こんなことの為に国の血税を浪費しても?」

 

 

「そうでもないよ、寧ろ私にとっては最も有意義な国防費(・・・)の使い方だと思っている。君が本気で報復に動いた時に計上される国家損失と比べれば10000分の1にも満たないのだからね」

 

 

 もしこの場にパパラッチが紛れ混んでいればさぞ訝しんだことだろう。客の一人は今まさに時の人であり、日本人の殆どと各国の諜報が動向を見守っている人物――内閣総理大臣『月影 獏牙』だ。この人物の密会ならここは十分に相応しい。しかし相対する二人の人物は学生服に身を包み、しかも一人は全くの無名の学生騎士なのだから。

 

 

 しかし、もし彼が立つ位階を知る人間ならば『このホテルを、職員ごと買い上げてプレゼントしてでも縁を結べるのなら安すぎる』と鼻息を荒げるだろう。そんな自分の立場など気にも留めず、《騎士殺し(ガランサス)》彼岸 待雪とその付添い《凶運(バッドラック)》紫乃宮 天音は食前酒のシャンパンに舌鼓を打っていた。

 

 

「……本当に、重ね重ねお詫び申し上げる。君達は紛れもなく我が国の無辜の民だというのに、手を伸ばさなかっただけでなく貪るばかりで、極めつけは応報の段になって見苦しく命乞いを始めた。そんな私達を――――」

 

 

「―――まあまあ、一体何度謝罪を繰り返すんです?心配せずとも貴方達無関係な人間に牙を剥いたりはしませんよ、思い上がった『糞餓鬼』が望むままに力を振えばどうなるかは小学生で身に染みましたから。そりゃ聖人君子じゃありませんから悪意には相応の落とし前を要求しますけど、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』なんて程擦れてはいません」

 

 

「そーそー、僕なんか『彼女』との訓練が終わった後の生活基盤や新しい戸籍と、何から何までお世話になってすごく助かったもん。……それに何より、総理が見てて哀れだもんね。こんな情勢で指導者とか嫌がらせでしかないよね?しかも何時訪れるかもわからない『悲劇』とのチキンレースしながらなんて軽く詰んでるよね」

 

 

 此処に居る二人は、その類稀なる能力と資質を知られた途端目がくらんだ人間に人生を振り回され本来受けるべき庇護さえ満足に得られなかった。当然国家への帰属意識など皆無であり、極論すれば日本が滅びようが滅ぼそうが(・・・・・)知ったことではない。

 

 

 しかしそれを実行しないのは彼等自身の矜持、そして目の前の壮年への深い同情からである。《比翼》を通じて月影総理と知り合った二人は、月影から聞かされたある情報とどれだけ無謀でも良き未来を生み出さんと文字通り身を削る彼に、人として大いに敬意を払っていた。それ故もし彼がその権威から引き摺り下ろされでもしない限りは、降り懸かる火の粉を払う以上のことはしないつもりでいた。

 

 

 さて、ここで唐突だが紫乃宮が『詰んでる』といった要因について説明しよう。まず地理的要因、これは世界地図を広げて貰えば瞭然だが左(西)に中華人民共和国(同盟)、上(北)にロシア(同盟)、右(東)には太平洋を挟んでアメリカ合衆国(同盟)と敵対連合組織に囲まれているのだ。

 

 

 もし仮に《連盟》と《同盟》に軍事的緊張が発生すればどうなるか?日本は同盟諸国との間に敵対国家が挟まる関係上物資の供給を遮断されやすくなる。それは国内消費の約7割以上を輸入に依存する日本にとって致命的だ。にも拘らず脆弱な同盟国を抱える必然として、敵の後背を付ける立地を理由に派兵要請が幾度となく送られてくるのは想像に難くない。それは唯でさえ物資に不安を抱える戦時下で他人の都合で出血を強いられる二重苦を押し付けられることと同義である。

 

 

 そして次に歴史的要因。日本は《同盟》傘下の諸国とは比べ物にならない程小規模の国家でありながら、その主要国全てに勝利している歴史を持っているのだ。中国には日清戦争、ロシアには日露戦争、そして第二次世界大戦ではアメリカを含む全ての国家に辛酸を嘗めさせた。

 

 

そんな彼らが戦時下で真っ先にどの国を標的にするか?問うまでも無く日本である。日本には『夜叉姫』『世界時計』を始め世界で知られ過ぎた猛者たちが今も強大な力を保持している。後顧の憂いを絶つにしろ他の連盟加盟国の抵抗を圧し折る為にしろ、日本を下す以上に効果的な手段など存在しない。

 

 

 さらに内政要因。嘗て『大和魂』と『国家神道』は良くも悪くも日本国民を強力にまとめていた。そして侍局という伐刀者の総まとめ機関が適切に機能していたこともあり大日本帝国は精強だった。それは圧倒的な国力差がありながら第二次世界大戦で戦勝国に名を連ねたことからも疑いようは無い。

 

 

 しかし戦後の極端な厭戦ムードからくる非現実的な軍縮と伐刀者(救国の英雄)を神聖視する流れ、加えて連盟の衆愚化政策による侍局の形骸化と伐刀者至上主義の台頭により、日本からはまとまりと国家への帰属意識が失われた。そして伐刀者と非伐刀者の絶対的な力関係が油を注いだ結果非伐刀者が泣き寝入る事案が乱立してしまった。

 

 

もしこのまま戦時下に突入すればどうなるか?優勢に進み続けたならともかく、一度でも風向きが変われば伐刀者に不満を募らせている層が爆発しかねない。そうなったら日本は大戦ではなく内戦で滅ぶ可能性が出てくる。

 

 

最後は人外要因、人類にとって一番の秘密と言える『魔人(デスペラード)』の存在である。人の限界を超越し、世界どころか星そのものをも脅かす正真正銘の規格外達。信じられないことに彼らの中には『星の消滅』すら可能な者が大半を占めている。たかが(・・・)核兵器ですら絶滅の脅威に足る人類にとって、遥かに上回る脅威である魔人は『霊長の天敵』と言って相違ない。しかも人の枠組みと相いれない外道も少数だが確実に存在している。彼らの機嫌一つで滅ぼされた国家を鑑みれば、地球は火星以上に『生存に適さない天体』ともいえよう。

 

 

これ程の外疾内憂を抱えておきながら、解決する手段を日本も連盟も持っていないのだ。そもそも日本を二つに割っているのは魔導騎士に関する全権を牛耳っている連盟の政策が原因である。彼らがその権限を一切手放さない以上脱退以外に現状を打破する手段はないが、その場合速やかに同盟に鞍替えしなければならない。

 

 

もし第三国として独立すれば、優秀な騎士を排出した日本から戦力をむしり取ろうと両陣営が殺到することは難くなく、最悪日本が両陣営の紛争地帯となる可能性がある。そうなれば間違いなく日本は地獄へと生まれ変わるだろう。

 

 

だからこそ、月影は『暁学園』という博打に出たのだ。狙いは連盟脱退の理由作りだけでなく、実力を示し解放軍との蜜月をみせつけることで同盟の食指を動かすことである。

 

 

先ほど歴史的要因でも上げたが、同盟主要国は日本との間に敗北という確執がある。である以上彼らからすれば日本国そのものを取り込むより、むしろ『日本の遺産』として強力な伐刀者という旨味のみ吸収する方が望ましい。

 

 

しかし日本が独自に『解放軍を取り込む』となれば話は別だ。解放軍と敵対する連盟に見切りをつけ、同じく屋台骨が経年劣化し始めた解放軍に見切りをつけ始めた構成員―――特に十二使徒を引き込めば、日本は単一で『絶対に無視できない第三勢力』へと昇華しかねない。もし日本を引き込むことで、彼らの伝手でより多くの解放軍を抱き込むことが出来るのなら、同盟側としても加盟を拒否する理由は薄くなる。

 

 

だが一つ問題がある。万一円滑に同盟へ鞍替えできたとする、そうなれば伐刀者教育の主権を取り戻せるが取り締まる機関も立て直さなければならない。しかし既存の伐刀者至上主義に染まった人間では改革など夢のまた夢だが、次世代の成熟を待つ時間もない。月影にとっても悩ましい問題だが、この案件こそ彼と待雪を繋ぐ架け橋でもある。

 

 

 

「…それよりも、同志戦友の後押しをありがとうございます。お陰でスムーズに実権が握れたと喜んでいましたよ。約束通り、万一貴方の目論見が頓挫しても我々が違った形で引き継ぐことを請け負います」

 

 

「……消極的な賛成で申し訳ないがね。それより君に問いたい、彼は……『黒鉄 蘇芳』は正気なのか?」

 

 

 ―――先日国際魔導騎士連盟日本支部、並びに黒鉄家より公式発表がされた。支部については大胆な方針転換(ランク偏重主義の撤廃・一族経営染みた人事の撤廃並びに大幅な組織再編etc..)が発表され、何故か(・・・)混乱も反発も起こらず整然と実行に移された。特に反響が大きかったのは、『公共の福祉に反する伐刀者に対して断固たる《再教育》を行う』という一文と、まるで()()()()()()()()心を入れ替え傲慢さを拭い去った構成員達の対応だ。

 

 

 ……そして黒鉄家、懸念された通り醜い後継者騒動に明け暮れいよいよ政府から最後通牒が下されるか、というところまで来ていた彼らは突然『新当主を蘇芳に委ねる』と満場一致で決定したのだ。この決定に対し政府は当初不安を拭いきれなかった。なにせ見た目はどうみても小中学生にしかみえない子供であり、飾り物の当主にしか見えなかったのだ。

 

 

 ところが、いざ蘇芳が当主に就いたと思えばこれまでの騒動が嘘の様に黒鉄家が一つにまとまり、先程あげた支部の改革に着手し実行に移したことでその不安も一掃された。特にこれまで泣き寝入りされてきた事件を再調査し、容疑者への然るべき処罰と被害者への賠償を黒鉄家の私財を投じて行ったことで早くも名声を得始めている。これだけ大掛かりな行動に出ておきながら反発を完璧に抑えていることも評価に繋がっている。

 

 

「…正気か狂気かなんて問うまでもありません。真面な訳がないでしょう(・・・・・・・・・・・)?何せ死体からDNAを奪い取り、力だけを求められて創り出されたヒトガタなんですから。しかも性質が悪いことに、あの人は亡者の心残りに縛られてるんですから救いようがない。『命懸けで祖国を救った報いが、孫が下を向いて生きるしかない世界』に対する、ね」

 

 

「それが形になったのが『ヒッポグリフ(居ない筈の生物)構想』か。黒鉄家の改革に手を貸している辺り、君もそれに賛同しているようだが」

 

 

「……言っておきますが人格否定なんて悪趣味なことはしてませんよ?ちょっと『ヒトとして当たり前の道徳』を無理やり植え付けただけで。それはともかく、彼の理想は僕としても非常に都合が良いんですよ。

個人的な考えですがぶっちゃけた話、人類に霊装も伐刀絶技も必要ないでしょう。益こそ齎しますがあるべき姿を歪めてますし。だからといって伐刀者の生を否定しませんが、人の営みに凶器を持ち込む必要性が理解できません。霊装が魂の在り方だというのなら、物欲に穢すのではなく磨くためだけに用いるべきです」

 

 

天音はともかく、待雪の本来の雇用主は黒鉄 蘇芳である。しかし『とある事情』で蘇芳は自身の力を振うことが出来ないでいるため、円滑に事を進めるべく月影と共同戦線を張っている。お互いの理想は完全にではないが共存が可能であると判断し、月影は資金や後ろ盾を提供し、蘇芳は待雪という規格外の戦力を提供している。待雪個人としても七星剣武祭に並々ならぬ興味を抱いていたので渡りに船であった。

 

 

「―――おっと、料理も来たことだし難しい話はここまでにしよう」

 

 

「さんせーい、来る前にググったんだけどお肉料理が凄く美味しいってあったから楽しみーッ!!楽しみといえばマツ君、ハル君は例外として他に注目してる選手とかいるの?」

 

 

「楽しみな相手は沢山いるよ?流石に勝ち負けを競い合える相手は殆どいないけど、この闘いには僕や兄さんと同じ領域に至れる可能性を秘めた人達が沢山いる。ヴァーミリオン皇女に王馬、それから勿論君の大好きな一輝君もね。もしこの闘いの中で芽吹くようなことがあれば……そうだね、凄く楽しくなるだろうね」

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 ―――――東京の某所でそんな話がされている中、破軍学園に鎮座する要塞では相変わらず特訓の日々が続いていた。強制的に回復させられるためリアル24時間労働が繰り広げられているが、ツッコミを入れる人間はいない。鍛錬中毒者を地で行く一輝と珠雫にとっては寧ろこの環境は天国であり、今では付き合わされる春雪の方が嫌そうな表情をしていた。

 

 

 現在黒鉄兄妹は別々の部屋で訓練を行っている。あの後メンテナンスを実施したところ、一輝の不具合の原因は脳の伝達信号にあった。初めは元に戻す方向で話を進めていたが、調査の結果もしこの信号通りに体が動けばこれまでとは異次元の実力が発揮されることが判明したので、逆に肉体を其方に合わせる方向に切り替えた。

 

 

 こうなった要因は考えるまでもなく《比翼》との戦闘であり、その時の記憶を辿らせようとしたのだが肝心の一輝がそれを忘却してしまっている。そこで、状況の再現ではないが『圧倒的にスペックが異なる敵との戦闘』を行うことで記憶を取り戻させようとしているのだ。

 

 

 今現在、一輝は『八重垣』を8本携えたクィーンと剣戟を結んでいる、しかも普段の数十倍(・・・・・・)の速さの彼女とだ。原因は彼女の後ろで玉座に座る存在――キングの駒である『創造者の右腕(オーヴァロード)』にある。要塞の外に出られぬ『王』はしかし従者に『一刀修羅』に匹敵する強化を無尽蔵に施してみせる。『大気に干渉しない』八重垣と最高傑作から繰り出される斬撃の嵐は、《比翼》のプレッシャーに勝るとも劣らない。

 

 

 

 対して、珠雫は義手となった右腕(・・・・・・・・)で霊装を構えて神経を集中していた。右腕はどうなったかと言えば現在塵にまで分解され目の前で再構成を行っている所である。

 

 

 これが春雪の考えた『青色輪廻』特訓プランと実戦でのアドバイスである。そもそも現行の技術で再現できない頭部、特に脳を分解するのはリスクが高すぎる。そこで体の一部分にこの伐刀絶技を施すことで、防御ではなく攻撃に用いる方法にシフトさせている。すでに珠雫の右腕についてはメンテナンスルームにて完璧にデータ化しているため、仮に再構成に失敗したとしても切り落とせば《迷宮の看護婦》で完璧に元通りに出来るので比較的安全に訓練が実施できている。

 

 

「―――――ッ!やった、春雪さんの言った通り…ってあッ!!」

 

 

「……初めて成功して喜ぶのは分かるが取り乱すな。しかし思った通り再構成の自由度(・・・)を逆手にとって正解だったな」

 

 

 何が起きたかと言うと、塵や気体へと変えた右腕を一匹の子犬へと変えて見せたのだ。これは春雪が『青色輪廻』の説明と珠雫の異変から思いついた応用技である。

 

 

現在の珠雫の体は、彼女の人体への知識の乏しさから再構成に不具合が出て穴開きに近い状態にある。しかしここが春雪には引っかかった、術式が『元の情報()に戻す』ならばこんなことにはならない筈だと。遺伝子という設計図がある以上気化させようが塵にしようが完璧なデータがあるのに何故復元に失敗するのか?

 

 

答えはこの術式に『復元する』機能などなく『構成を組み換える』だけなのだ。つまり彼女は一切の見本も写真も見ずに自分を再構成してみせたということだ。外見はともかく内臓や血管に深刻な異常が出なかったのは奇跡と言えよう。

 

 

そこで、逆転の発想として『全く別の物へ再構成する』という使い方を考えた。右腕を気化させたからといって態々右腕に戻す必要などない。最終的に右腕に直せばよいのだからその過程で別の何かに再構成したところで問題ない、例えば自身の代わりに戦う兵隊や別の器官に変えてしまったりなどに。

 

 

そしてその思惑は成功した。しかも大気と同化するという特性を利用して塵にした部位以上の質量を生み出せることも判明した。他にもこの伐刀絶技の対象には垢等の老廃物すら対象に出来ることも分かった。

 

 

ゆくゆくはリスクのない部分をまず補助脳へと気化再構成を行い、万全の態勢で『青色輪廻』を行使したり、攻撃される部分のみに行使してより安全に運用したり、もしくは怪我をした部位に行使し傷のない肉体へと即時に再構成する、といった使い方を目指している。とはいえまだまだそこまでは及ばず、剣武祭までに実践に使えるようにするのも間に合わない。そこで―――――。

 

 

「しかし、成功したとはいえ流石に一人で(・・・)使うのは無理か。だが今の魔力操作と神経伝達は記録出来た。もう一回やってみろ」

 

 

「はいッ!……それにしても、なんだか一人だけ反則してるようで少し抵抗がありますが」

 

 

 二人が何をしたかというと、春雪の『応急処置』に細工を施したのだ。珠雫の体に生じている不具合を補填するために『霊装』で創った人工臓器やナノマシンを埋め込んであるのだが、その中に『演算処理を記録し再現の補助をする機構』も内蔵させているのである。

 

 

 これにより珠雫が『青色輪廻』を使用した時、失敗しない様成功したデータを基に補助してくれる仕組みとなっている。……微妙にグレーゾーンな気もするが試合前にMRIで調べられるわけでもないのでまず見つからない。そもそも今回の剣武祭には超弩級の化物が混じっているのでこのくらいハンデにもならないと春雪は開き直っている。

 

 

「んなこと言ってる場合か。一輝の特訓が成功すれば、あいつの強さは桁が一つ上がるしステラのポテンシャルは良く知ってるだろ?置いてけぼりが嫌ならさっさとものにしてみせろ」

 

 

 剣武祭本番まであと一週間。いよいよ数えるほどとなった準備期間の中、彼らは食事以外一切休むことなく訓練に没頭していた。

 

 

 

 

 

 




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第二十五話

 

 

 

 

 

 ―――――七星剣武祭開催まであと二日となり、春雪達破軍代表生一行は開催地である大阪の選手宿舎にいた。可能なら直前まで調整を行いたかったところだが、当日偶発的な交通トラブルに巻き込まれないように、そして本日行われる交流立食パーティへ参加するために切り上げてきたのである。

 

 

 

「……珠雫の悲鳴が聞こえてきたから何かと思えば、一輝お前……ステラにやらかして懲りたんじゃなかったのか?」

 

 

「いやあれと今日のは意味合いが全然違……はッ!?」

 

 

「………お兄様、今何か聞こえた気がするのですが、この後じっくり二人でお話してくださいますよね?」

 

 

 入学前のドタバタを知らない珠雫が聞き捨てならないワードに暗雲を背負って一輝に詰め寄っているが、先程までの馬鹿騒ぎに春雪とアリスは溜息を吐いていた。

 

 

 騒ぎの原因は、珠雫が一輝のセクシーショットに鼻血を出しオーバーヒートしてしまったのである。実家のしがらみの所為でこういった行事に慣れていないのではと心配した珠雫がアリスを伴って様子を見に来たところ、未だ服を決めきれず半裸だった一輝と遭遇したという訳だ。アリスから経緯を聞いた春雪は呆れていたが同時に意外そうにもしていた。

 

 

「……アホらしい。だが珠雫も意外と奥手なんだな、日ごろの押しの強さを考えればその場で襲い掛かりそうなもんなんだが」

 

 

「貴方私を何だと思ってるんですかッ!?そんな淑女の風上にもおけないこと誰がするものですか!!」

 

 

「(……ステラの日頃の行いについては黙っていよう、うん)」

 

 

 顔を真っ赤にする珠雫とそれを冷やかす春雪、それから明後日の方向を向いて渇いた笑いを浮かべる一輝。ここしばらくの特訓で大分打ちとこけた姿を喜ばしく思いながら、アリスは三人を先導する。

 

 

「それより、一輝もだけどあなたも良く似合ってるわよ春雪。ベストを重ね着してるから、身体つきに厚みが出て良い感じに貫禄が出てるわね。でも燕尾服をチョイスするなんて意外だったわ」

 

 

「……スーツは全部肩幅が合わなかったんだよ。剣武祭出場者なんて殆どが一輝みたいにムキムキばかりだからな、モヤシ用のなんて在庫がないんだと」

 

 

 げんなりした返事にアリスは思わず苦笑する。流石に熊のような大男は剣武祭でも珍しいが、参加者の殆どは細身に見えても着痩せしてそう見えるだけなのが少なくない。そういった基準で行けば一般男性より少し痩せている彼は逆に珍しいスタイルとなってしまった。今来ている燕尾服も、式典を飾る楽団から無理を言って予備を借りてきたらしい。

 

 

 そうこうしている内に会場へと辿り着き、取材班の方へと別れたアリスを除いて場内へと入っていく。一輝の方は何やら気圧されていたようだが、そんな可愛げのある神経など持たない春雪は目的の人物目掛けて真っ直ぐ足を進めていった。

 

 

「―――おや兄さん、こんな騒がしい席に出てくるなんて珍しいね」

 

 

「…そういえば元服してから吸い始めたとか言ってたな。お前の方こそ随分静かじゃないか、顔と刷り込み(・・・・)で寄ってくるのが鬱陶しくてこういう席は嫌いじゃなかったか?」

 

 

「いやあ、流石にテロリスト相手に寄ってくる物好きはいないと思うよ?悪名も随分轟いたみたいだし。天音ちゃんは煙が苦手だって逃げちゃったから一人を満喫してるんだ、兄さんも一服どうかな?」

 

 

「遠慮しとく。……で?そっちの御仁が噂の月影総理とやらか」

 

 

 向かった先は会場に併設されている喫煙ルーム、そこには二人の人物が寛いでいた。一人は春雪の弟であり、紫乃宮と並んで破軍学園壊滅の実行犯である彼岸 待雪。若造がシガーとコニャックを嗜んでも背伸びが見え隠れするが、恐ろしく整った顔立ちに手慣れたモーションも相まって映画のワンシーンのように決まっている。

 

 

 もう一人は一連の事件の黒幕である月影総理、公務が控えているからかお酒ではなくコーヒーで葉巻を楽しんでいる。こちらは壮年のいぶし銀と恰幅の良さが見事にダンディズムを醸し出していた。

 

 

「おぉ、君が落合 春雪くんだね。紫乃宮くんと彼岸くんから君のことは良く聞かされている、会えて嬉しいよ」

 

 

「そうだな、俺も一度はあんたに会っておきたいと思ってた所だ。色々と話してもらいたいこともあるし……?何の真似だ」

 

 

 とりあえず席に着き話を聞く態勢となった春雪に対し、まず話を切り出すより先に月影が取った行動は―――――土下座だった。

 

 

「―――私が今更どれだけ謝罪しようと無意味だろうが、それでもどうしても謝っておきたかったのだよ。君の名誉と当たり前の生活を奪ったことを、何一つ守ることが出来なかったことを政治家(われわれ)の無力を」

 

 

「しかし総理、あの一件は黒鉄の―――」

 

 

「そうだ彼岸君、あれは巌君傘下の独断専行だろう。そして連盟の決定に政府が何一つ異議を唱えられないのも事実だ、だがそれがどうしたというのかね?国民を守る立場でありながらそれを果たせなかった事実は変わらない、ましてや黒鉄の後援を得て政治家となった私が責任から逃れるわけにはいかないだろう」

 

 

「…大した人たらしだな、だからどうしたと言いたところだがその様じゃ話が出来ん。謝罪は受け取るから早く話を進めてくれ」

 

 

 特に付き合いがあった訳でもないので、冷めた表情で席に着くよう促す春雪。とはいえ今までの大人がアレだったため、月影に対する評価はそう悪くなさそうである。

 

 

「―――見苦しい姿を見せて申し訳ない、さて何から話していこうか。まずは彼岸君についてからいこうか。彼は私と直接の協力関係にはない、あくまで彼自身の要望と盟友の目的に沿うから暁学園に在籍しているにすぎない」

 

 

「だろうな、こいつに愛国心だの伐刀者の矜持だのが旺盛とは思えんしな。どこかの放蕩長男のように海外に飛び出すかと思ってたから、七星剣武祭に無理やり参加してきたのには驚いたが」

 

 

「意外…かあ、兄さんとは滅多に衝突してこなかったけど、ことこの話題に関しては意見が合いそうにはないね。『本気の兄さんと全身全霊を賭して闘いたい』それが今の僕が抱く最も強い願いだ。今までは叶わなかった、やる気のない人間を幾ら急き立ててもどうしようもないからね。自分の持てる全てを吐き出せる相手、しかもそれでも叶わないかもしれないなんて最高に滾る戦いだ。せっかく諦めかけたのにここに来て本気になるなんて、僕の方こそ青天の霹靂だったよ」

 

 

 ―――ミシリ、と音が聞こえるような錯覚をその場に居た人間は感じた。グラスと葉巻を置いた待雪の表情は非常に好戦的な色に塗れており、殺気こそ放っていないが空気を張りつめさせている。

 

 

「これが卒業後なら魔導騎士免許を使って海外に飛び出てるところなんだけどね、そんなことをしなくても良くなって本当に嬉しいよ。この行事が日本でやる最後の仕事(・・・・・・・・・・)になるだろうからね」

 

 

「……はあ、良いだろう。今まで散々『良い子』を熟してきた弟の最初の我儘だ、こっちも精々『本気で』相手してやる。それで、肝心のお前の『雇い主』の目的は何なんだ?総理が黙認か容認かは知らんが協力できているあたり、今回の件とも関係あるように見受けられるが」

 

 

「ああ、それは―――」

 

 

 月影が答えようとしたその時、喫煙ルームの扉が開く。全員がその方向を見ると新宮寺理事長が入ってくるところだった。

 

 

「失礼、取り込み中でしたか月影先生?」

 

 

「おぉ滝沢君じゃないか、久しぶりだねぇ。……落合君、ここから先の話は機会を改めた方が良いな。君たち二人には他にも連盟加盟国の長として伝えておくことがあるのでね、日を改めて席を設けよう」

 

 

「分かった、それじゃあ失礼する。……理事長、一応言っておきますが―――」

 

 

「別に疑ってないから安心しろ。彼岸青年もいるならプライベートな話も多分に含んでいるだろう?なら詳しくは聞かん、それよりも黒鉄の方に行ってやってくれないか?」

 

 

 言われて外の方へ視線を向けると、一輝が顔を真っ赤にしながら武曲学園の代表にオーバーリアクションを取っていた。何が何やら良く分からないが、珠雫に任せたら此処に来る前みたいになりかねないので春雪はフォローをしに行くことにした。

 

 

「――ああそうそう、最後に一つだけ。僕の雇い主から『伝言』があるのを忘れてた、『剣武祭の後になりますが、貴方に関する公文書偽証疑惑が冤罪だったと公表します。関係改善の第一歩とさせてください』だって。僕も協力した甲斐があったよ」

 

 

 出て行こうとする直前、慌てて待雪が放った言葉に春雪と新宮寺は目を見開く。ランクの虚偽報告と思われた当時の反応は相当なものだった。つまり待雪の雇用主は、今更とはいえあれが表に出れば相当なスキャンダルになるというのに、総理が止めようともしない人物ということになる。

 

 

 また考えることが増えたと内心頭を抱えながら、気を取り直して会場の方へと足を進めていった。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 ――――パーティから翌日、春雪は大阪の繁華街へ足を延ばしていた。当初の予定では一輝が『現七星剣王』諸星 雄大から夕食を誘われたので同行するつもりだったのだが、とある事情で其方をキャンセルすることとなった。その理由とは――――。

 

 

「ここが道頓堀かー、写真で見るより大きい橋だねハル君!あの諸星って選手が勝ったら飛び込んだりするのかな?」

 

 

「……流石に今は無いだろう、規制とかうるさいだろうし。しかし綺麗でもないのに観光スポットになるってのは不思議な感じがするな」

 

 

 ―――そう、朝突然ホテルの自室へ飛び込んで来た紫乃宮 天音にせがまれて観光することになったからだ。久しぶりに会った親友と旧交を温めるのは何も不満は無いし楽しめているのだが、周囲から『めっちゃレベル高いやんあの美少女!!』とか『リア充爆発しろッ!!』など色々騒がれている状況には内心辟易していた。何が悲しくて男二人の観光に嫉妬されなければいけないのかと。……積極的に引っ付いてくる紫乃宮との絡みは、真実を知らない人間からはデートにしか見えないのが事態を悪化させている。

 

 

 食道楽、カラオケ、冷やかしなど散々天音に連れ回された結果、あっという間に日がおちる時間になっていた。

 

 

「はー楽しかった!けど何でハル君カラオケのレパートリー更新されてないの?今時『村下 ○蔵』歌う高校生なんていないと思うけど」

 

 

「カラオケに行く機会そのものが皆無だったからな、更新する必要性を感じなかった。…にしても凄いな。完璧にコントロール出来てるみたいだな、お前の『伐刀絶技』を」

 

 

「えっへん!伊達に二人と離ればなれになってた訳じゃないよ」

 

 

 今日廻ったお店の中で、カラオケでは待たされたり百貨店では興味が湧いた限定商品が売り切れていたりと、天音の代名詞である『凶運』はまったく姿を見せなかった。それもそのはず、彼はこの為に《比翼》の誘いを受け入れて二人の前から姿を消したのだから。

 

 

 

 ―――警察署で火事があったあの日、礼を言いながら二人に泣きついていた天音にある推測が頭をよぎった。自分の伐刀絶技《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》は本心から願えばどんなものでも叶う、そしてその中に『自分の不幸』も対象内であることはこの日証明された。ならば自分の『ある程度の不幸』を『本心』から願えば、この空気の読めない幸運を中和することが出来るのではないか、と。

 

 

 しかしこの仮説を実証し、かつ加減を覚えるのは並大抵のことではない。何故なら誰も自分を知らない新天地で一念発起したとしても、『不幸』の加減が小さければ幸運を相殺できないため同じ轍を踏みかねず、逆に『不幸』の度合いが高すぎれば今回のようにとんでもないことになるし間違いなく周りを巻き込んでしまう。

 

 

 それでも一度見出した希望を捨てられず、二人と一緒にまた仲良く遊びたいと思った天音は強く願った。都合の良い願いであるが、踏み出す一歩を支えてくれる人と巡り合せてください、と。そしてその願望は、世界最強の剣士との縁を結ぶこととなった。

 

 

 そして数年後、《比翼》の元で様々な体験を経て成長した天音は彼女の伝手で月影総理と出会い、彼から新しい身分と生活基盤を提供されたことで待雪と再会することが出来たのである。月影は一切見返りを求めなかったが、流石にそれでは収まりがつかないので暁学園に参加することになったのだ。

 

 

「―――なるほどなあ、お前も相当頑張ったんだな。……ん?じゃあ何で剣武祭に参加するんだ?総理のサポートだけなら、別に伐刀絶技使うだけで十分だろうに」

 

 

「それはねえ、『諦めたくないから』だよ。この大会には凄い人達が大勢いるよね?僕がどう頑張っても勝てないくらい凄いのが。マツ君はそもそも刃が肉に入んないし、ハル君は一人百鬼夜行だし、イッキ君はきっとどれだけ『不幸』になっても這い上がってくる強さを持ってる。

もしこんな凄い人たちが相手でも最後まで諦めずに戦えたなら、その時僕は初めて胸を張って言えると思うんだ。『負けちゃったけど、自分自身には勝った(・・・・・・・・・)』って!最後まで諦めずに、女神様よりも先に白旗は挙げなかったって!!」

 

 

そういって瞳を輝かせながら闘志を燃やす天音は、春雪の記憶にはなった彼の姿だ。その成長ぶりについ頬を緩ませながら、『これで女なら惚れてたんだがなあ』と微妙に残念に思う自分に脱力する。

 

 

それはさておき、流石に時間が遅くなったのでそろそろ食事処に入ろうかと思案しだす二人。見れば時計の時刻は午後7時、まだまだ繁華街は盛況だが逆に席が埋まってしまう時間帯である。調べる時間も惜しいので何処か目に付いた店に入ろうかと思ったその時――――。

 

 

「「――――ッ!?」」

 

 

 ―――突如、抜身の殺気を感じた二人はすぐにその出所を探る。どうやら繁華街から少し離れた場所の様だが、そこらの雑魚が放つ様な殺気ではなかった。面倒だとは思ったが、こういうトラブルの中心に何故か居やすい人物の顔がよぎったため現場に急行することにした。

 

 

 現場へは5分も掛らずに到着した。春雪が見たのは、やはりというか予想通りと言うべきか。そこら一帯が無数の斬撃痕で包まれたその場に居たのは、食事に出ていたはずの一輝と、体に幾つか切り傷を付けた(・・・・・・・)王馬の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 




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第二十六話

や、やっと更新できました。突然引っ越しすることになった挙句、ネット環境は最悪、ようやく一心地ついたと思ったらいつの間にかスランプに陥っていたり散々でしたが、ぼちぼち書いていきたいと思います。


 

 

 

 

 ――――少し時間を遡ること数時間、春雪と別行動をとっていた一輝・珠雫・アリスの三人は、現七星剣武祭であり一輝の一回戦の相手である諸星の誘いでとあるお好み焼き屋さんに来ていた。大阪人特有の人懐っこさと押しの強さはあるものの、威風堂々とした佇まいに地元民の篤い信頼を担う青年の姿に、一輝は改めて自分が挑む相手の『大きさ』を感じ取っていた。同年代相手にこういった敬意を抱いたのは、奥多摩騒動で東堂の『強さ』を知った時以来だろうか。

 

 

 それはさて置き、『大阪でいっちゃん美味いお好み焼き食わしたる』と言って自分の実家が経営する店に招くちゃっかり具合に苦笑しながら、文句なしに『本場の』お好み焼きを一同は堪能していた。しかしここで思わぬ先客と相見えることとなった。

 

 

 『白衣の騎士』、学生の身でありながら日本一の称号に相応しい腕前を持つ天才医師『薬師 キリコ』その人である。あの珠雫ですら『自分より格上』と認める屈指の水使いでもある彼女は、昔施術したという腐れ縁で諸星の元に訪れていたのだ。

 

 

 その場の流れで相席することとなったが、薬師ほどの人物にすらモーションを掛けられる兄の操を守るべく珠雫が間に座り牽制していた。最初はそんな珠雫の態度を微笑ましいと大人の対応をしていた薬師だったが、何かを感じ取ったのか徐々に珠雫にも熱い視線を向け始めた。まさかそっちにも興味があるのかと一瞬邪推しかけたが、薬師の『医師』としての観察眼にそんな気持ちは吹き飛ばされた。

 

 

「――――とても興味深い技術ね、貴方の『右腕』。もしかして、此処に居ないもう一人の代表生さんの仕事かしら?」

 

 

 ほぼ確信をもって告げられて一言は、騎士とは違った『命に対する重さ』を感じさせ、威圧感も殺気も感じないのに珠雫と一輝は気圧されてしまった。ちなみに彼女が注視している右腕は、修行中に一度だけ『青色輪廻』に失敗してしまい《迷宮の看護婦》に再生してもらった部位である。

 

 

「…ここ、本当に細部まで見ないと気付けないけど細胞が新しいの。でも他の細胞と不和を起こさないばかりか、経年劣化まで再現してみせてる。こんな『業』聞いたこともないわ。既に在る細胞を触媒に再生する治療は私でも可能だけど、全く別の存在で人体をここまで完璧に再現した挙句負担もまったくないなんて……あら、黒鉄君の顔色が急に変わったけどどうしたの?」

 

 

「……そっとしてあげてください、まだトラウマが色濃いようなので」

 

 

 目の前にある『未知の治療』に医者としてのプライドが擽られたのか、一切の妥協を許さない『仕事の鬼』の顔で観察する薬師であったが、訓練中散々幼体に群がられた記憶をフラッシュバックしてしまった一輝の顔色の悪さに目が行き中止する。訝しむ周囲だが唯一経緯を知る珠雫が遠い目をしながらフォローに入った。

 

 

「と、ところで何故春雪さんの仕事だと思ったんですか?彼は医療系の伐刀者ではありませんけど…」

 

 

「単なる消去法、それから勘ってとこかしら。自慢じゃないけど医療関係には顔が効くしどんなマイナーな論文でも残さず目を通してるわ、けどこんな技術断片すら入ってきてないもの。あとは……直接見た訳じゃないけど彼については予備知識があるからこれくらいやりかねないと思っただけよ。ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。個人としては尊敬するけど、医者としては(・・・・・・)知りたくもない知識だし」

 

 

 薬師の言葉は二人にはとても意外なものに感じた。失礼ながら春雪の『迷宮の看護師』は薬師の提唱した『再生医療』の上位互換に当たる。膨大なリスクの一切を無視した治癒は医者なら誰もが知りたいと、そして普及したいだろうと考えるのは普通だろう。しかし薬師は首を横に振る。

 

 

「ええとても素敵なことだと思うわ、人の命が軽くなること(・・・・・・・・・・)を除けば(・・・・)。たかがカプセルが世に出ただけで決闘なんて時代錯誤が普及したのよ?痛みも後遺症もない治療なんて生まれた日には、人命が消耗品に格落ちしかねない。

私が諸星君の施術で懲りてそれ以降の治療を取りやめた時も酷かったのよ。世界中からまるで壊れた時計でも持ち込むような気軽さで施術を希望する組織がわんさか、KOKランカーでも耐えられないから無理って断った私を見る連中の目が今でも忘れられないわ」

 

 

 多少酒が入っているからだろう、懇親会ではあれだけ余裕たっぷりな態度だった人物とは思えないくらい素直に表情を顰める。人目をはばかってこの表情と言うことは、よほどアレな連中だっただろうと予想することは難しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――それから暫くして、本場のお好み焼きを思う存分堪能した一行は拠点であるホテルへと向かっていたのだが、一人一輝だけはその集団から抜け出していた。理由は自分にだけ突き刺さってくる殺気の篭った視線。お店に入る前から感じていた気配に誘い出される形で向かった公園で待っていたのは、一輝の実の兄である王馬であった。

 

 

 

「まさか貴方だったとはね、王馬兄さん。何の用かな?兄弟の親睦を深めに来たって訳じゃないんだろ?」

 

 

「……無論、貴様に会いに来た用件は一つだ。一輝、今すぐ七星剣武祭から身を引け」

 

 

 開口一番非常識なことを言い出した実兄に不快感を抱きながら、辛うじて語気を荒げずに理由を問う一輝。しかしそれにすら侮蔑を隠さず、まるで理解して当然とばかりに訳の分からない持論を展開する王馬。その姿に一輝は元気だった頃の()を幻視した。自分のルールで世界が回っていると一部も疑わない姿勢は全く持ってそっくりな二人だと半ば呆れながら一輝は聞き流していく。

 

 

 

「―――それで?そんな戯言を言いに態々ご飯も食べずにストーキングに勤しむとはご苦労なことだね。『騎士の頂でもう一度闘う』、彼女との誓いは僕にとっての全てだ。それについさっき一人の騎士として譲れない約束も交わしたところなんだ、不良長男の我儘に付き合ってる暇なんてないんだよ。

…それと随分面白いこと言ってくれたけど、その言葉そっくりそのまま兄さんに返すよ。男の横恋慕なんて女々しいことに剣を振える兄さん『如き』には、彼女(ステラ)は過ぎた女性だ」

 

 

「………吠えたな出来損ないが。暫く合わない間に随分口が回るようになったな?いや、デカい口を通せる力もないくせに小賢しさだけは一丁前なのは昔からだったな」

 

 

 ―――想像していた返答より数百倍マシになって帰ってきた毒舌に一瞬たじろぐが、露骨な侮蔑の言葉は逆鱗に触れ一瞬で殺気が充満していく。普段珠雫やステラと戯れているせいで忘れがちだが、一輝と言う男はとても『好戦的』な男である。Cランク騎士の中でも最上位に当たる教師に対して『僕は貴方に勝てます』なんて言ってのける男が、惚れぬいた女性を引き合いに罵倒されればキレるのは当たり前の話だ。

 

 

 

 お互い無言で霊装を顕現させ、合図も何もなく切り結ぶ二人。王馬は自身の霊装である『竜爪』から繰り出される豪剣をもって切り伏せようとするが、それに対し一輝は優に10を超える連撃を一瞬で(・・・)放ち真っ向から弾き返した。

 

 

 

「…ほう、紅蓮の皇女が殻を破ろうとしている時に阿呆面下げて寝ていた訳ではないようだな」

 

 

「珠雫共々頼りになるトレーナーに鍛えられたからね(真面に喰らわせて薄皮を割く程度とはね、相変わらずの規格外っぷりだよ)」

 

 

 余裕綽々といった態度を一貫する一輝だが、内心では苦虫を噛み潰していた。王馬がこちらの力を低く見積もっていた隙をついておきながら、0から100へと瞬時に加速する絶技すら致命傷足りえない事実は一輝に相当な衝撃を与えていた。しかも最大の障害となる彼岸とその兄はこれよりさらに上だというのだから、改めて『魔力』が齎す理不尽を再認識した。

 

 

「(間違いない、こいつは比翼の剣理を完全に自らの小細工に落とし込んでいる。模倣すら剣士の極みに当たるというのに、たかが一週間でモノにしたか。……相変わらず不愉快な男だ、誰よりも『強さ』からほど遠いくせに誰もが羨む剣の才を持つか)」

 

 

 一方、王馬もまた手傷以上の衝撃に歯噛みしていた。ある意味現実の理不尽に憤っている気持ちは彼の方が大きいのだ。王馬は絶対的な力、つまりは『世界を改編する力(魔力)』や『異形』といった人の外側にある力を求める傾向が強い。しかし彼のそんな思考を形成したのは、『出来損ない』と揶揄した目の前の弟に他ならない。

 

 

 小学生の頃リトルリーグを制した王馬は、勉強はともかく強さに関しては既に大人以上に敏い子供だった。そしてそれ故に理解してしまう、天才と持て囃される自分より劣等種と嘲られる愚弟の方が遥かに剣に愛されているという事実を。にも拘わらず100回戦えば100回勝てる彼我の戦力差が『圧倒的な力の前には術理など塵芥』という哲学を培わせた。興味のない存在にはとことん無関心なこの男が弟にだけ妙に当たりが強いのはそういったジレンマが関わっているのかもしれない。

 

 

「どうした、手傷を負わせるのが貴様の精一杯か?なら剣武祭に出ても時間の無駄だ。強者の足を引っ張る位なら潔くここで消えろ」

 

 

「…ああ、()()()()()()()()()()()兄さんを切り伏せるのは難しそうだ。ありがとう、知らない内に少し天狗になっていたことを教えてくれて。感謝ついでに、本当に僕の剣が届かないかどうか兄さんで試させてもらって良いかな?」

 

 

「本当に口の減らん奴だ、そこまでいけば大したものだ。さっさと―――――ッ!?」

 

 

 ―――言葉が詰まる、何故なら先程まで全く脅威を感じなかった一輝の刃、特にその切っ先から言い様のない悪寒を感じたからだ。

 

 

 一輝は隕鉄をしまい(・・・・・・)、小太刀である流星を自らの視線の高さで水平に構える。剣術ではさして珍しくもない『霞の構え』であるが、自らの半身ともいえる『霊装』以外を使うのも異様であれば、リーチで劣る小太刀を使う理由も分からない。

 

 

しかし背筋を舐られるような酷く不吉な感覚に舌打ちし、非常に不本意ながら王馬も己の手札を開示する。

 

 

「疾く失せろ――――《月輪割り断つ天龍の爪(クサナギ)》ッ!!」

 

 

 公共の場で躊躇いなく最強の業を奮う王馬。公園の遊具を粉砕し、直線上の大地諸共一輝を消し飛ばす暴威は、本来ならばあらゆる行動を放棄して回避しなければ死ぬ以外の結末は有り得ない。しかし一輝は目の前に迫る死神の鎌に一厘程の恐怖も焦りも抱くことなく、一言の呟きと共に刃を突き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「伐刀絶技―――――――――《一刀波旬》」

 

 

 

 ―――瞬間、《月輪割り断つ天龍の爪(クサナギ)》をも一飲みにする破壊が王馬へと殺到した。

 

 

 

 

 




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第二十七話

 早く投稿ペースを戻していきたい……。


追記:11/1 ブロック分けについて編集。組み合わせを間違えておりました。大変失礼しました。


 

 

 

 ――――――凄まじい轟音と土煙が止み、公園だった場所は見る影もないほど荒れ果てていた。態と失敗させた所為で(・・・・・・・・・・)こんな惨状を生んでしまったが仕方ないと一輝は開き直ることにした。あのまま万全に発動させていたら被害は無かっただろうが間違いなく王馬は死んでいたからだ。

 

 

「………これが、『騎士殺し』を破るために捻り出した貴様の真打ちか。貴様らしい、ペテンの極みだな」

 

 

「敢闘賞に甘んじる様な可愛げがないことくらい良く知ってるだろう?兄さんのお陰で少し自信が付いたよ」

 

 

「確かに大した威力だ、だが()()()()()どうやって奴の喉笛を食い破る気だ?」

 

 

 一際土煙が吹いていた箇所から王馬が姿を現す。見た目には大した怪我には見えないが、それは一輝の切札《一刀波旬》が半端だったから、だけではない。彼が衣の下に纏っていた“ある物”が完全に消し飛んでしまっている、もしこれが無ければ王馬の異形を以てしても重傷は避けられなかっただろう。

 

 

 しかし当然一輝の方も無事とはいえない、王馬が落とした視線の先にある砕けた小太刀(・・・・・・)を見れば一目瞭然であろう。一輝が《隕鉄》でこの業を仕掛けなかった理由がこれだ、後付けで己の魂に上乗せされた《流星》なら砕けようが折れようが一輝の負担にはならない。しかしもし己の霊装で同じことをすれば間違いなく意識のブラックアウトは避けられず、そんな致命的な隙を晒すわけにはいかない。

 

 

 

「兄さんに心配されなくても、ちゃんと発動できればこんなことにはならないよ。《流星》は公式試合では使わないから木端微塵でも問題ないし、何より今から治療なんて受けてたら諸星さんへの『借り』が返せなくなるからそっちを優先させてもらったよ」

 

 

「貴様なんぞ頼まれても心配せん、騒ぎを大きくして俺を引かせようなどと狡い算盤を叩くような奴など。…そら、互いに迎えが来たようだぞ」

 

 

 流石にこうなっては王馬も興が冷めている。どう闘いを急いでも間違いなく横槍を入れられるだろうし、何より二人とも近づいてくる見知った気配に気が付いていた。

 

 

 

「――――また随分派手に暴れたな、出場を前に失格処分にされても文句言えんぞ」

 

 

「うわぁ、すべり台が根元から引っこ抜けた挙句スクラップになってるや」

 

 

「やっぱり君だったか春雪、それに……紫乃宮君も?」

 

 

 殺気や衝撃に気付いて駆け付けた春雪と紫乃宮、既に闘争の空気ではないから特に何かすることもないがその口調は完全に呆れのそれだった。今はともかく黒鉄に絡まれてた頃の一輝や、現在進行形でテロリストの王馬が下手人だとバレれば冗談抜きで失格ものの惨状だから仕方がない。

 

 

「それで、一応聞いとくがまだやるのか?そろそろストレスで胃穿孔起こしそうな総理や理事長辺りが飛んできそうだが」

 

 

「……問われるまでも無い、続ける気は失せた。最低限あの舞台に立つだけの資格は持っているようだからな、強者を磨く試金石になれれば少しは価値を示せるだろう」

 

 

「えー、そんなこと言って結構心配してるくせに。『ここで自分を引かせられない程度じゃ挑むだけ無駄だ』っていう兄心が全く表に出てこないあたり、本当に口で人生損してるよね君」

 

 

「黙れ紫乃宮。……《奏者》、貴様もまた俺を恐怖させるに値する怪物だ、非常に残念なことだが対戦表を見るに相見える機会はない。―――次だ、次貴様と会った時こそ全霊を以て喰らい付いてやる」

 

 

 一瞬殺気を滾らせたが、そこまでで収め踵を返していく王馬。そういった暑苦しい話は余所で遣ってくれ、と冷めた表情で見送る春雪だったが、隣りに居た紫乃宮が衣……は吹き飛んでいるので、袴をむんずと捕まえる。

 

 

「……何の真似だ紫乃宮。もう話すこともすることもない、これ以上俺が動くのは貴様にとっても不都合だろうに」

 

 

「いや、何の真似はこっちの台詞だよ?壊すだけ壊して何しれっととんずらしようとしてるのさ、ちゃんと関係者の所に行って弁償しないと。すべり台ひとつでも軽くゼロが6つ並ぶ値段だった筈だけど、そんな大金あるの?」

 

 

 ――――ピシッと軋むような音が聞こえた気がした。当たり前の話だが、小学生で家を飛び出した彼は親の支援など受けていないため大金など持っておらず、寧ろどうやって肉体作りが出来るくらいの資金が調達できたのか不思議なくらいである。

 

 

彼の旅路はひたすら武者修行の日々であり、傭兵稼業には手を出していない。何故なら名が売れれば義務教育を放棄した家の醜聞に繋がりかねず、当時の実力では柵や魑魅魍魎がひしめく裏の世界に飛び込むのは危険すぎたからだ。やっぱりというかこの男、変な所でお坊ちゃんらしい気遣いが出来る。そういった理由から凄い速度で悪化する顔色のまま王馬は一輝の方へ視線をやる。

 

 

「あ、壊したのは一輝君とかそんな男らしくないこと言わないでね。間違いなくそれって正当防衛だし、放蕩ドラ息子なテロリストと品行方正な学生騎士じゃどっちの証言が通るかなんてわかるよね?僕らも当然一輝君の味方するし。月影総理なら揉み消せるだろうけど、修繕費までは出せないと思うよ?今更かもだけどテロ屋の尻拭いに税金なんて即首が飛ぶ案件だし」

 

 

 容赦なく逃げ道を潰された王馬はますます面白い顔色になっていたが自業自得でしかなく、しばらくしてやって来た総理秘書に紫乃宮と共に連行されていった。まったく同情の余地はないが、まあうん、強く生きろと生温かい目で弟とその親友は見つめていた。

 

 

「相変わらず持ってるな(・・・・・)一輝、大阪に滞在してまだ二日でこの有様か」

 

 

「……神様なんて信じてなかったけど、一回お祓い受けた方が良いのかな。春雪は紫乃宮君と一緒に?」

 

 

「ああ、大阪観光を満喫してさあ晩飯でもってところでお前らの殺気を嗅ぎ付けてな。まあ、無事で何よりだが……流石に腹が減った。何処か良い店知らないか?」

 

 

 ちらっと確認した限り、煤けてはいるが一輝には怪我どころか疲労も僅かしかない。これなら特に治療せずとも明日にはベストコンディションで試合に臨める。それが分かっているから春雪も大げさにせず話を切り替え、一輝もそれに応じる。

 

 

「ああ、それならさっき僕らが行った―――『ウチに寄ってってや!』―――うわッ!?……って諸星さん!どうしてここに?」

 

 

「よう黒鉄、さっきぶりやなあ。いや、お前が生徒手帳忘れとったから届けに来たんや。んで来てみたらえらいことになっとるし、ヤバなったら助太刀しよう思とったんやけど出るタイミング逃してな。あの王馬を無傷で追い返すとは、流石俺が見込んだ男やで!」

 

 

 突然背後から会話に割り込んできたのは現七星剣武王の諸星だった。会場では全く交流できなかった春雪だが、素直に彼の実力に感心していた。常在戦場を旨とし、先程まで切り結んでいてギアが上がっている一輝の背後を容易くとってみせたのは流石としか言いようがない、と。

 

 

「お、よう見たらそっちは破軍代表の落合か。懇親会じゃ碌に交流できんかったからこりゃ好都合や、薬師先生がごっつう警戒してる第二のダークホースにもたっぷりウチで英気養ってもらおか」

 

 

「諸星さんの家がお好み焼き屋さんなんだ。さっきまで僕も居たんだけどすごく美味しかったよ」

 

 

「じゃあせっかくだから寄らせてもらうか。一輝、流石に一人で暖簾潜るのはアレだから付き合え、つまみと飲み代は出すから」

 

 

「…そうだね、愚痴の一つも溢したいし御相伴に与ろうかな?珠雫にメールしとかないと。あ、諸星さん手帳ありがとうございます」

 

 

「まいど♪」

 

 

 話が纏まったところで三人は来た道を引き返していく。ちなみに何時まで経っても警察は現れず、代わりに黒ずくめの人達が復旧作業に入っているので事情聴取なんて面倒なイベントは省略された。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 ―――――そんなトラブルから一夜明け、いよいよ第六十二回七星剣武祭の幕が上がる時が来た。総勢32名と暁学園の大暴れが原因で近年まれに見る少数での開催であるが、優勝候補や前年度上位陣が欠けずに参加しているため盛り上がりに優劣は無い。

 

 

 それはさて置き、今大会では4つのブロックに分かれて争い、Aブロックの覇者とDブロックの覇者が、Bブロックの覇者とCブロックの覇者で準決勝をぶつかり合い勝者で決勝戦を行うこととなっている。それぞれのブロックで名の通った選手を挙げると以下の通りとなる。

 

 

Aブロック:1.落合 春雪 2.《血塗れのダヴィンチ》サラ・ブラッドリリー 3.《剣士殺し》倉敷 蔵人 4.《天眼》城ヶ崎 白夜(前大会2位)5.《氷の冷笑》鶴屋 美琴

 

Bブロック:1.《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァ―ミリオン 2.《風の剣帝》黒鉄 王馬 3.《道化師》平賀 玲泉 4.《不転》多々良 幽衣 5.《魔獣使い》風祭 凛奈

 

Cブロック:1.《無冠の剣王》黒鉄 一輝 2.《七星剣王》諸星 雄大 3.《凶運》紫乃宮 天音 4.《白衣の騎士》薬師 キリコ

 

Dブロック:1.《騎士殺し》彼岸 待雪 2.《深海の魔女》黒鉄 珠雫 3.《鬼火》浅木 椛 4.《鋼鉄の荒熊》加我 恋司

 

 

 対戦表を最初に見た時、珠雫は結構落ち込んだのは言うまでもない。ブロック決勝で最凶の敵である彼岸に当たり、万が一勝利しても準決勝で春雪に勝たねば一輝もしくはステラ(または王馬)と闘えない。まさしく死のブロックといって良い。

 

 

 一輝の方もクジ運が良いとは言えない。紫乃宮の能力は不明だが、要注意人物の薬師はおよそ真っ向勝負をする性質ではない。剣術が通じる間合いに持ち込むまでが最大の勝負であり勝敗を分ける境目になるだろう。幸い2回戦は無名の選手であり、ブロック決勝は薬師か紫乃宮のどちらかとしか戦わないですむのだが。

 

 

 ステラのブロックについてはあからさま過ぎて何も言えない。どう考えても『大人の事情』が全力で介入している、これが厳正なくじだと言われても鼻で嗤うしかないだろう。万が一でもテロリストに優勝旗は持たせないという悪意と、優勝候補(ステラ)に一掃させようという下心が見え透いている。

 

 

 

『―――間もなく、Aブロックより第一回戦が始まります。関係選手および職員は速やかにお集まりください。繰り返します―――――』

 

 

 とはいえ、選手のそんな何とも言えない心情を運営が慮るはずがない。粛々と開会は済み、いよいよ開戦の幕が切って落とされる。会場の掲示板、およびパンフレットにはこう記載されている。

 

 

 

 

『Aブロック第一試合:《天眼》城ヶ崎 白夜 対 落合 春雪』

 

 

 

 

 




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第二十八話

 

 

 

 

 

「――――やれやれ、最も当たりたくない相手が初戦とは僕もツイてない」

 

 

「よう、邪魔するで。…またケッタイなことしとるなお前」

 

 

 春雪の初戦の相手である城ヶ崎は、現在ウォーミングアップもせずに将棋盤を見つめていた。丁度次の試合が出番と言うこともあり冷やかしにやって来た諸星は開口一番苦言を呈した。将棋盤を覗き込むこの姿勢こそ彼の準備運動であり何の不思議もないのだが、いつもと違うのは相手側の駒、何故か“歩”と“桂馬”以外無地となっているのだ。

 

 

「……落合選手の現状を最も再現するとなるとこうなるのですよ。『暁』を除いた代表選手の中で、彼だけは情報の重さを良く分かっている。本当に厄介な手合いですよ」

 

 

「どういうこっちゃ?手の内隠すなんざ誰でもやっとることやろ」

 

 

 本気で首を傾げる旧友に苦笑しながら、自身の整理も兼ねて説明を始める。

 

 

「そうですね、でも彼の徹底具合は相当なものですよ。強化合宿は勿論、それ以前のデータを方々から掻き集めましたが全く手の内を晒していません。選抜戦は《雷切》を除けば全て『雑兵』で片付けていますし、彼の性格を読む限りその最終戦で嗾けた騎士ですら恐らく『主力』止まりでしょう。

 それに、私が得意とする『自然体や日常生活から相手を丸裸にする』手法も彼相手には難しい。少し調べただけでも分かりますが、彼大分破軍学園でも嫌われ者のようです。同学年はマシなようですが、彼らは交流が無さ過ぎて情報が殆ど出ず、他は色眼鏡や先入観が強すぎて判断材料足りえない」

 

 

「…あー、昨日話したけど確かに人選ぶ性格しとったなあ。せやけど白兵戦はどないや?どう見ても鍛えてる身体付きやないしお前なら接近するくらい訳無いやろ」

 

 

「…雄、それは幾らなんでも彼を舐めすぎです。いいですか?こういう手合いは弱点を野放しにしておくような可愛げは持っていません。貴方が隙だと判断したならそこは()()()()()()()()です。有栖院さんとの戦いからも彼はそういった『仕込み』を結構好む様ですから、とびっきりのビックリ箱を仕掛けてるでしょうね」

 

 

 城ヶ崎にとってこういった相手は久しぶりとなる。剣武祭に上がってくるのは諸星や《雷切》のようなシニアで名を馳せた人物が多いので前情報には事欠かず、極稀に若かりし日の新宮寺理事長のような遅咲きの天才も現れるが、そういった人物も学園内で派手に暴れるので剣武祭までには情報が出揃う。

 

 

「……ようわかったわ。お前にいつもの余裕が無いのも、珍しく高揚しとる理由もな」

 

 

 およそ初めてといって良い『遭遇戦』。城ヶ崎の弛まぬ努力と誰が相手でも全霊を尽くす高潔さ故に一度も経験したことのない難所、しかしこの苦境に湧き立たない男が『隣に居る親友の次に強い高校生』になれるはずがない。自らが磨き上げた思考という武器が、新しい戦場でどこまで通用するか、それだけを胸に彼は決戦の舞台へ進んでいった。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

『―――さあ、いよいよ第一試合の幕開けです。入場してきた両者ともに極自然体で在り、まさしくベストコンディションだと見受けられますが如何でしょう牟呂渡プロ?』

 

 

『そうですね、特に今回初出場の落合君に力みが無いのはとても素晴らしいと思います。騎士としては珍しいくらい知名度のない選手ですからね、台風の目に成り得るのか否かはこの一戦で分かると思います』

 

 

 

「……白々しいな、『役人に鼻薬を嗅がせてランクを偽った』と大騒ぎしたのは何処の誰だったかな」

 

 

「まあそう仰らずに。この試合の推移でそんな冤罪は吹き飛びかねませんし、誰でも節穴と蔑まれたくはないでしょう」

 

 

「少なくとも会場の客はそう思ってない様だがな」

 

 

 会場のボルテージが上昇し続ける中、春雪の機嫌は反比例するように下降し続けていた。観客が白夜コール一色というのは想像がついていたので何とも思わないが、自分の顔に泥を擦る片棒を担いだ組織の能天気な反応ははっきり言って癇に障る。

 

 

 

「……両選手とも、私語はここまでだ。まもなく第一試合を開始する、各自霊装を展開しなさい」

 

 

 雲行きが怪しくなってきたことを察した審判が軌道修正に入り、その後すぐに場外へと移動した。事前に新宮寺理事長から『(春雪)は恐らく派手にやるから巻き込まれるな』と念押しされていたからだ。審判からの促しもあったことで意識を切り替えた双方はほぼ同時に獲物を顕現させる。

 

 

『おおっとォ!!審判の合図とともに、およそ50を超える歩兵、騎兵、それから翼を持った人型が姿を現したあッ!!恐らく事前に提出された資料にある、落合選手の伐刀絶技『騎機怪々狂想曲』だと思われます。しかし牟呂渡プロ、十重二十重の陣容が形成されていくのをただ見ているしかないというのは聊か不公平に見えるのですが如何でしょう?』

 

 

『いえ、武器を構えるのも人形を並べるのも「霊装を構える」という行為の範疇です。規定に抵触しない以上、非難は的外れというものです。寧ろこれを制限されては城ヶ崎君の白刃に対し無防備を強制させることになり、却って不公平になりませんか?』

 

 

『お、仰る通りです。失礼しました』

 

 

 ―――さて、外野が余計なことを話している間、城ヶ崎は着々と完成していく布陣に表情を崩すことなく、それどころか笑みすら浮かべて佇んでいる。

 

 

 ……なるほど、この手は予想できていたが使われるとは思っていなかった。彼は黒鉄 一輝と違い、求めているのは栄光でも頂点でもなく汚辱の払拭のみ。そして自分は全大会の準優勝者でありこの一戦は開戦の号砲、であるなら彼が求めるのは鮮烈にして完璧な勝利の筈。いや、ここで有り得ないと思ってしまうことこそ自身の限界。致命的な一点を読み切れなかった以上、結末は既に決している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――そう、自分の敗北だと。

 

 

 

『ではこれより七星剣武祭一回戦、Aブロック第一組!城ヶ崎 白夜選手 対 落合 春雪選手の試合を開始いたしますッ!Let’s GO AHEAD!!

――――――えッ!?』

 

 

そんな城ヶ崎の悟りを裏付ける様に、合図とともに降り注いだ閃光が彼の意識を刈り取った……。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「……あまりにも呆気ない幕引きだったわね。周囲の評価を聞く限りだとクジ運が良かったとは言えないみたいだけど」

 

 

「アリスにもそう見えたの?でも、あの結果に関しては対戦相手を誉めるべきよ。春雪さんが()()()()()()()()()()のはあの選手がそれだけの実力者だったから」

 

 

 まだ出番が先の珠雫は控室ではなく、観客席でアリスと共に一部始終を見ていた。恩人であり友人と呼べるくらいには親しくなれた春雪の勝利を二人で祝おうと思っていたのだが、周囲の『雑音』の所為で台無しだった。

 

 

 試合が終わって尚観客の反応は騒然としていた。但し好意的なものは決して多くなく、先程の試合については正に賛否両論と言った状態であった。

 

 

 試合開始と同時に決着はついていた。城ヶ崎の敗因は無数の軍勢が合図の直後一斉に爆発したから。間違いなく今大会の上位に位置する彼だが身体能力に限ればその順位は大きく下がる。それ故に包囲された時点でこの結末は決定していた。

 

 

 それはともかく、前大会2位を一瞬で倒したという事実は本来であればもっと称賛されてしかるべきなのだが、あの解説の不用意な一言の所為でケチがついてしまった。あの圧倒的な勝利は実力差ではなくルールありきの小賢しさ由来のものだ、と。

 

 

下馬評や知名度の差がそれに拍車をかけてもいるが、とことん春雪の邪魔にしかなっていない連盟サイドに珠雫ですら呆れてものが言えないでいた。とはいえ、外野の反応等心底どうでも良い珠雫はそんなことよりも、城ヶ崎の『知られざる功績』を絶賛する。

 

 

「アリスは分かってると思うけど、春雪さんはお兄様みたいに頂点を目指している訳じゃない。今更卒業に拘る人じゃないし、連盟の戦力じゃ楔足りえない。この場で御行儀良くしているのはあくまで貶められた名誉の復権のため」

 

 

「―――なら次につながる勝利より、魅せつける様な圧倒的な勝ちこそ理想的。けれど情報戦という枠を取り払った城ヶ崎さんは豊富な経験と対応力を発揮しかねない。見せて良い手札を全て切らされるリスクを回避するには勝ち方を選べなかった、てこと?」

 

 

「…その結果がこの有様だけどね。恐らく春雪さんの目的を果たさせなかったという意味で言えば、あの選手以上の人は出てこないと思う。まあ、どうせ気にしてはいないでしょうけど」

 

 

 そこで言葉を区切った珠雫は、観客席を落ち着ける様に流れてきたアナウンスに意識を切り替える。春雪には悪いが、珠雫にとっては次の試合こそ本番である。今までずっと日陰で耐え忍んできた愛しい人の晴れ舞台に心躍らせる彼女を、アリスは微笑ましげに見つめていた。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 ―――――さて、所変わってホテルの一室。先程まで舞台に立っていた春雪は、珠雫の予想通り試合の成果を気にしておらず、それどころか上機嫌で自室に戻っていた。その理由は……。

 

 

「……えー、以上でご注文にお間違えは無かったでしょうか?―――はい、ありがとうございます。重ねて申し上げますが、こちらの製品は生菓子ですので足が非常に早う御座います。遅くとも明後日までにはお召し上がりください。……それでは失礼いたします」

 

 

 昨日、紫乃宮と訪れたお土産屋で注文していた品が届いたからである。ちなみに中身は関西銘菓『八つ橋』であり、その数実に30箱。春雪から了承を得るまで桁を間違えてないかと配達人が恐々とするのも当然だろう。

 

 

 以前にも触れたが、この男もちもちとした触感の食べ物が大好物なのである。そして普段は小食な癖に好物に限ればステラ並に食べる春雪は、これだけの数を2日で食べきるつもりなのだ。今の彼には先程の不愉快な評価は既に忘却の彼方であり、そもそも準決勝で待雪と闘うので大した問題ではない。とりあえず目の前の御馳走だと部屋に戻ろうとすると―――――。

 

 

 

 

 

 ぐううううぅう~~~きゅるるるるる~~~~ッ!!

 

 

 

 

 

 

 ――――まるで恐竜のいびきのような爆音が隣から聞こえ、立ち止まってしまう。

 

 

「…………なんだ、今来たのか?」

 

 

「~~~~~ッ!!い、今のは忘れて!お願いだから記憶から消し飛ばしなさい!!しょうがないでしょ!?ネネ先生ってばギリギリのギリまで特訓させて、着の身着のままでここまで来たのよ!信じらんない、イッキに見られてたら世を儚んでるわよ!こっそりホテルに入ってシャワーを浴びてようやく生き返ったんだからッ!!」

 

 

 振り向けばその先には紅い髪の皇女様。羞恥心とパニックで捲し立てられるが視線は八つ橋にロックオンされている。どうやら話を察するに、対『人外』を想定した西京が本気になり過ぎたらしい。帰りの時間すら忘れて没頭した結果に少し同情した春雪は、言ってはならない一言を漏らしてしまう。

 

 

 

「――――――――――食うか?」

 

 

「―――ッ!食べる!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず部屋に入れ、飲み物も持たずに口に放り込み始めたステラを気遣ってお茶を入れに行ったことが最大の失敗だった。まさか春雪も、たかが一分足らずで30箱全て平らげられるとは思いもしなかったのだった……。

 

 

 

 




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第二十九話

 

 

 

 

 

『――――七星剣武祭が開かれて早62回目、そこには数多のドラマがありました。順当な勝利が、ジャイアントキリングが、冗談のようなラッキーパンチが、圧倒的強者による蹂躙が。

……しかし、これほどの大番狂わせが今までにあっただろうかッ!?歴代でも屈指と名高い現七星剣王、《浪速の星》諸星選手が防戦一方ーーッ!!今大会最大のダークホース《無冠の剣王》黒鉄選手、目にも映らない斬撃の雨が刻一刻と王者の肉体に傷を穿つ!!これほどの騎士がどうして今まで無名だったのか不思議でなりませんね牟呂渡プロ?』

 

 

『(あの剣の理はもしや…いや、そんな筈は……)―――え?ああ、失礼。あまりにハイレベルな戦いに言葉が出ませんでした。そうですね、確かに黒鉄選手の剣技は現役のAランク騎士と比べても逸脱しています。しかし私としてはその絶技を前にして、()()()()()()()()()()()()()()()()諸星選手をこそ称賛したいですね』

 

 

 ―――闘技場では数分前より、Cブロック第一試合が始まっていた。対戦カードは諸星と一輝の二人。当初、周囲からの下馬評は『良い試合になる』と言うものだった。非公式でAランク騎士であるステラを下し、公式試合では前回ベスト4である《雷切》東堂をも討ち取った一輝の実力は誰もが認める所である。しかしそれでも諸星の勝利を疑う声は皆無だった。何故ならそれくらい前大会の彼が凄かったから、そしてその強さに満足せずさらなる成長を果たした彼に適うとまでは思えなかったのだ。

 

 

 しかしそんな周囲の考えは今日、他ならぬ一輝の黒刀で破り捨てられた。試合開始直後、()()()()()()()()()()()で諸星の胸元を朱に染めたことで、ようやく観客は現実を知った。目の前の青年は『挑戦者』でなければ『格下』でもない。何故か人の祭典に紛れ混んだ『化物達』と向かい合うに値する『英雄』なのだと。

 

 

 

「―――ふーん、さっきよりはまともな解説になってるじゃないか。にしても俺の時と随分扱いが違うな?やっぱり顔か、イケメンともやしの差か?(もっちもっちもち…)」

 

 

「ハルユキはもっと眉間のシワを無くして愛想よくしたらモテるんじゃない?……それより流石は『七星剣王』ってところね。()()()()()あれだけの剣戟、一分と持たずサイコロステーキになってるわ(もっきゅもっきゅもっきゅ…)」

 

 

「んー、やっぱり昨日の夜に太刀筋を見られたのが不味かったな。見てみろ、あの充血した目を。多分一睡もせずひたすら反芻し続けたんだろうよ、たかが一昼夜であそこまで合わせてきたセンスと勝負勘は瞠目に値するな(もぐもぐもぐもぐもぐもぐ…)」

 

 

「…いや、話すか食べるかどっちかにしろよ。てゆーか春やんはともかくステラちゃんはまだ食べんのかよ……」

 

 

 控室からゲートへと続く一本道。栄光をひた走る騎士にとっての花道で、ステラと春雪は口々に感想を述べていた。……その横で山積みになっている空箱の山のせいで色々と台無しだが。

 

 

ちなみに、後ろで呆れている西京先生が一緒に居るのは、この山の様な和菓子と軽食を調達してきた功労者だからだ。大仕事を終えた自分へご褒美を与えるべく、会場ではなく繁華街に居たのが運のツキ。人心地着いてようやく我に返ったステラが自分が犯した所業と、となりで洒落にならない殺気を出していた春雪に命の危機を感じたため、SOSの電話を掛けてきたのだ。

 

 

内容は馬鹿馬鹿しくとも、対象が世界有数の危険人物(魔人)となれば話は別。某世界最強の剣士に『行き遅れ』とほざく並にヤバい地雷を踏んだ愛弟子を助けるべく、西京は割と本気で走り回った。どうせ菓子じゃ足りないだろうと軽食もついでに買い込むほど親身になったのは、ステラを腹ペコで放り出した自分に飛び火しない様にという下心もあるのだが。あ、勿論後でステラに代金は請求します、迷惑料込々で。

 

 

「―――にしても、ステラちゃんも大概だけど黒坊も随分化けたじゃないか。まさか1週間で《比翼の剣理》に指を掛けるなんて、相変わらずブっ飛んでんな。大会に参加できてるってことは妹ちゃんも確変したのかい?」

 

 

「本人からすればまだまだらしいけどな、先生。……それにしても《一刀波洵》が間に合って良かった、この光景を見るとつくづくそう思う。やっぱり一輝のこの()()は如何ともし難いな」

 

 

「どういうこと?恋人の贔屓目抜きにしても、イッキの勝利は揺るがないと思うけど。ほら、今も着実に勝ちの目を潰していってるじゃない」

 

 

 ―――剣と槍が鬩ぎ合うこと数分。既に明暗が分かれ始めていた。諸星は致命傷こそ負っていないが、全身血塗れであり素人である観客からは悲鳴がひっきりなしに飛んでいる。一方、勝ち目は薄いと思われていた一輝の方は服が破けてはいるが全くの無傷。しかもいよいよ《一刀修羅》を発動させたこともあり、決着は目前に来ていた。しかし春雪は渋面のままである。

 

 

「ああ、着々と勝利へ近づき《一刀修羅》でチェックメイトだ。だがステラ、そいつは『比翼の剣を以てしても、一輝は諸星を仕留めきれなかった』ということにならないか?世界最強の剣で、剣王とはいえ学生を攻め切れなかったその理由は何だと思う?」

 

 

「……魔力量の差ね。モロボシの魔力ランクは“C”、高くもなく低くもないけど“F”からすれば雲泥の差。例え《比翼》の如き剣の鋭さがあっても、安易に『強化』が出来ない一輝の剣は『魔力障壁』を展開されれば容易く必殺でなくなってしまう。ここまで試合が()()()()のはそれが理由だって言いたいの?」

 

 

「でなけりゃとっくに決着がついてる。お前さん程とは言わんが、せめて同じCランク程度の魔力があればな。あの剣腕に魔力強化が乗ればどんな障壁でも紙屑だろうが、流石に魔力で出来た刀でミサイル並の破壊力が出るほど()()人間辞めてないからなあ、あいつは―――――ん?」

 

 

 ――――その時、絶体絶命の淵に立たされていた諸星の動きが明らかに変わった。そして張り裂けんばかりに吠えたのだ、『任せとけ』と。

 

 

「…ほう、ここに来てあれだけの動きが出来るのか、しかも『0から100への超加速故の対応力の無さ』を突いた投擲か。ここに至るまでの劣勢、流した血も全てこのための布石だった訳だ。だが……」

 

 

「ええ、自分の弱点を誘いの撒餌に出来るのは強者だけじゃないわ。寧ろそういった強かさはイッキの専売特許よ」

 

 

 しかし、大番狂わせは起こらない。いやこの場合は“大番狂わせを絶対に覆せない”と言った方が正しいか。諸星の代名詞、クロスレンジに置いて無類の強さを誇る伐刀絶技《暴喰(タイガーバイト)》を纏った槍は確かに一輝を貫いた――――但し、第四秘剣『蜃気狼』による幻影の、だが。

 

 

 霊装を失い、満身創痍の諸星は成す術無く一輝によって切り伏せられた。しかしその表情は晴れ晴れとしており、力尽きる寸前自分を踏み越えていく好敵手に激励を残していった。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 

 ――――それから数時間後、恙無くプログラムが進行していった。ステラの遅刻に関して一悶着起こったが、それも対戦相手だけでなく『同じブロックに居る王馬以外の“暁”も加えた変則マッチ』を提案し、見事鎧袖一触に蹂躙してみせてしまった。他の試合では番狂わせは起こらず、順当に有力選手が勝ちあがっていた。

 

 

「――――まだ一回戦だけど、本当に日本の剣武祭はレベルが高いわね。見てるだけでも凄く勉強になるわ」

 

 

「同感です、特に上位陣と目される方々の駆け引きには驚かされてばかりです。……それにしても、暁学園の暗躍を警戒していた自分が馬鹿みたいです。大人しく試合に臨んでくるのも意外ですが、約半数がステラさんに蹴散らされてしまいましたから。尤も、彼らにしてみればあの人さえ残っていれば何の不都合もないのでしょうが」

 

 

 破軍学園のメンバーの試合は既に消化しており、全員が合流し次の試合を観戦すべく観客席に来ていた。周囲の一般客は前大会で表彰台に上がった諸星・城ヶ崎・浅木の三名が一回戦で敗退するという波乱の展開に沸き立っているが、春雪とステラを除いた学園の生徒は対照的にピリピリと張りつめていた。

 

 

「そうね珠雫。貴方の大お兄様は勿論、春雪の幼馴染さんも随分な強敵みたいよ。一回戦を5秒と掛けずに瞬殺してみせた上、実力を殆ど出していなかったように見えたわ。《白衣の騎士》のどっちが勝ちあがって来るかは分からないけど、3回戦もまた厄介な事になりそうね」

 

 

「いや、この大会において楽な相手なんてものは存在しない。日本最高峰の祭典に偽りなしの強豪ばかりさ、僕なんかが気を抜ける闘いじゃない」

 

 

 一輝もアリス、それから珠雫もいつも通りの軽口を躱しつつもどこか上の空の様に会話に集中していない。それもその筈、この場に居る全員が次の試合に全神経を集中しているのだから。

 

 

間違いなく今大会の最大戦力の一人であり、新宮寺理事長が『比翼と同じ位階にいる』と言った正真正銘の怪物。代表生の殆どがその実力を見ておらず、唯一交戦経験のあるステラも、あの時は完全に遊びであったため全く参考にならない。だからこそ、この大会の頂点の一角を見極めんと研ぎ澄ませていた。

 

 

 

『―――それでは只今より、本日の最終試合となりますDブロック第4試合を開始いたします。禄存学園・加我 恋司選手、それから――――暁学園・彼岸 待雪選手の入場です!』

 

 

 ―――――しかしその決着はあまりにも呆気なく、かつ化物の格というものを思う存分見せつけるものであった。

 

 

 

 

 

 

 




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第三十話

 

 

 

 

場所:第二治療室

 

 

 

 

「―――おお、解放軍よ。引き立て役になってしまうとは情けない」

 

 

「うるせえ紫乃宮ッ!…クソが、あの牛乳女次会ったらぜってぇぶっ殺すッ!!」

 

 

「ははは、まあ君が真っ先に落とされたのが痛かったね。もし僅かでも意識が残っていれば大番狂わせがあったかもしれないし」

 

 

 どこかで聞いたようなフレーズで煽る紫乃宮と苦笑する待雪。春雪達が観客席で合流していたころ、待雪と紫乃宮も仮の仲間である『暁』の敗退者と合流していた。

 

 

試合直前にも拘らず態々足を運んだのには理由がある。スチャラカなのが多くて忘れがちだが、彼らは立派なテロリストであり公権力の敵。民草の血税で出来たカプセルの利用を拒否される可能性があったので治療をしに来たのと、敗退して一般人の関心が失せたこのタイミングを狙って連盟の刺客が始末しに来る可能性を危惧したからだ。

 

 

「これでよし、と。僕は治療とかそういう精密作業はからきしだから『怪我に至るまでの因果を無かったことにする』ことしか出来ないけど、問題なかったかな?」

 

 

「………いや、全く問題は無いのだが何を言っているのか我には全く理解が出来んのだが。少なくとも絶対『しか』とか言ってはならん御業だと思う」

 

 

 何でも無い事の様に言ってのける待雪に、素でドン引きする風祭。何故なら本気で大したことじゃないと言っているのが目を見て分かったからだ。一体どんな生活を送ればここまでずれた思考になるんだ…と思ったが、良く考えればどいつ(春雪)こいつ(紫乃宮)も規格外だから物差しが壊れてるんだな、と遠い目になった。

 

 

待雪はその馬鹿げた魔力量が祟って制御を要する使い方をすると頭がオーバーヒートする、常人の魔力行使が乗用車の運転だとすると彼のそれはフォーミュラカーで最高速度のまま市街地を駆け抜ける様なもの。同じ所作でも負担は段違いになってしまうのだ。

 

 

 しかしただ垂れ流すままに使う分にはほとんど負担は無く、今しがたやってみせたのも魔力の『現実を改編する力』を前面に押し出した『起きた事実を塗り潰して無理やり空白期に変える』というもの。件の『死者蘇生』もこの使い方の一部であるが、当然ながら制約もある。塗り潰す期間が長くなり過ぎると『今日この場にこの状態で存在する確率』が0に近づきすぎて消滅してしまうのだ。…逆にそれを攻撃に利用する手段もあるのだが。

 

 

「一応理論上では誰でも出来る芸当なんだけどね風祭さん。十分な量の魔力さえあればの話だけど」

 

 

「うんすまん、我が普段弄している言葉より意味不明だぞ」

 

 

「あ、一応自覚はあったんだ。えっと御付きの…シャルロットさん、だったかな。君も酷い怪我だったけど違和感とかない?」

 

 

「―――お嬢様に触った撫でた触れた穢した後でお風呂に入れて差し上げないと羨ましい妬ましい憎いお嬢様お嬢様おじょうさまおじょうさまおじょうさま(ぶつぶつ……)」

 

 

「うん、特に問題なさそうだね。元気になったようで良かった良かった」

 

 

「……それで済ませて良いのか…?」

 

 

 そんなこんなでじゃれ合っていた『暁』の面々であったが、アナウンスで待雪の名前が呼ばれたことで切り上げゲートへと向かう。じゃあ行ってくると言った待雪に、しかし応援する声はない。言う必要が無いからだ、この男が闘志を見せる限り北海道の田舎熊など何する者ぞ。

 

 

例え()()()()()()()()()()()()()()()が相手だったとしても今の彼を止めるなど不可能であると確信しているのだから。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 ―――所変わって闘技場内、入場してきた二人はそれぞれ対照的な歓声を受けていた。加我はその熊の様な体躯と朗らかさに男性のファンは力強さを、女性は愛嬌を感じて各々声を張り上げる。

 

 対して待雪は、何も知らない一般人はその類稀な容姿に黄色い声援を挙げ、事情を知る人間や何らかの探知・分析能力を持つ伐刀者は畏怖さえ篭った視線を投げたまま青褪めた表情で見つめている。

 

 

「がははッ!お前さんが暁学園のトップか、テレビで見るより男前やね」

 

 

「え?総理の放送は聞きましたが写真まで使われてたんですか!?」

 

 

「あー、確か民間の何とか言う放送局で流れ取ったの。ほれ、以前王馬の弟の件で殊更口汚く放送してた所だったはずだべ」

 

 

「………肖像権って言葉を知らないのかな?後で詳しい話を月影総理に聞いとかないと」

 

 

 対戦相手の二人はそんな周囲等意に介さず、実に自然体で向かい合っていた。…微妙に物騒な話が出てしまっているが。

 

 

「それはそうと、お前さんには詫びを入れんといかんの。テレビでお偉いさんが『彼岸青年が敗退したなら『暁』は全員棄権させる』と言ったのを聞いた時は大層たまげた。それはつまりお前さんが王馬より強いってことだべ?小学生で世界一になっても満足するどころか、連盟の外に飛び出して修行しとった奴より上が居るはずないと、大人の下らんパフォーマンスじゃと見縊ってさえおった」

 

 

「まあそれは仕方ないんじゃないかな?僕はリトルにも出てない無名の騎士だし、当時の王馬を知ってる人なら寧ろ自然だよ。実際、彼は口以外とても高水準にまとまっているし」

 

 

「がはははッ、気持ちの良い男だべなあお前さん!プライド高い騎士なら普通怒っとる所だろうに。それに王馬の愛想の悪さは同感だべ、ありゃとことん口下手で損する性質だの。

 …話が逸れた。だが見縊るのも今日この瞬間までだべ、近くで見ればようわかる。お前さんの周囲が陽炎の様に霞んでよう見えん、恐らく()()()()()()()()()()()()()()()()()()べな。そんなもんを文字通り呼吸するようにやってのける規格外の胸が借りれる、まさに騎士の本懐だべッ!!」

 

 

『おおーーーっと!?加我選手、突然制服を引き千切って脱ぎ捨て、ふんどし一丁になったァ!これはどういうことでしょうか牟呂渡プロ?』

 

 

『あれは、ここ一番の勝負どころと考えての気合の表れでしょう。まさか一回戦から見られるとは、彼岸選手がそれだけの難敵だと捉えている証拠だと思います』

 

 

 突然裸になったことには面食らったものの、待雪は加我の気迫を歓迎していた。力を隠して生きてきたがそれでも今までの経験上、少し力を示せばよほどの手合いでなければ直ぐに戦意喪失していた。自分がやる気になっても向かってきた騎士は倉敷以来だったからだ。

 

 

 

『――――それではDブロック第二試合の開始を宣言いたします、Let Go Ahead!!』

 

 

「…じゃあ始めるか。最初の一撃はそっちに譲るよ、君が積み上げてきた全てを賭けて存分に吠えると良い」

 

 

 霊装を展開もせず無防備のままそう宣う待雪に、しかし加我は気分を害することなく行動で応える。『胸を借りる』といったのはこちらであり、肌に感じるプレッシャーと異次元の魔力からも相手の方が遥か格上。ならば挑む立場である以上、向こうの流儀に合わせるのは当然。そう考えた加我は己が切札を開帳する。

 

 

『先手は加我選手!ここはセオリー通りの全身鋼鉄化……いや、違う!!な、なんとォッ!う、腕が増えたッ!!?』

 

 

『なるほど、唯硬化するのではなく整形して第三の腕とした訳ですか。これで手数、攻防全て跳ね上がる…!考えましたね』

 

 

「これが五年かけて編み出したおらの取っておき《鉄塊・阿修羅像》!!彼岸、これがおらが出来る全て!受け取って存分に噛み締めえぇぇぇいッッ!!!!!」

 

 

 身の丈が3メートルまで巨大化した鉄の塊が、怒号と共に押し寄せる。それに対して待雪は身じろぎひとつせず、悠然と待ち構える。この反応に対しある者は愚かと断じ、ある者は錯覚によって裏をかくのかと注視し、一部の人間はただ分かりきった結末を見据えていた。

 

 

 

 ―――――多くの人間が予想した結果は、少数の予想通り訪れず()()()()()()()()()()()()()()()()()()。加我がある一定の間合いに入った瞬間、まるで深海の奥底に居るかの様に目に見えて鈍って行った。

 

 

原因は待雪によって支配されている超高密度の魔力を『加我が前に進む』という現実で押し返し切れないことで生じる反発によるもの。しかしそれでも果敢に猛進し自慢の張り手を撃ちこむが……その一撃ともいえない程勢いを殺がれた6本の腕は、見えない壁に阻まれる様に目前で停止させられてしまう。

 

 

「……構えも取らず、あまつさえ先手を許した男にすら…おらの拳は届かんのか………ッ!!」

 

 

「ああ、届かなかったな。だが一瞬たりとも絶望せず最後まで全霊を賭けて挑んだその蛮勇、他の誰が貶そうとも僕だけは称えよう。見事だった、加我 恋司」

 

 

 業の名に恥じぬ修羅の如き形相で迫る加我に対して待雪は惜しみない勝算を送り、そして勝負を終わらせるために右腕を動かした。それは中指を親指の腹で押え勢いをつけて弾きだす、いわゆる『デコピン』と呼ばれる動きであり、しかも直接加我を撃つのではなく空気を弾くようなそれであった。

 

 

 しかし、超高濃度で充満する魔力がその『現実』に励起し改竄を行い、一瞬にして爆風へと変じていく。そんなものを至近距離で受けた加我は勿論のこと、その放射線状にあったリング諸共吹き飛んでしまった。

 

 

『な……あ…ナパームの直撃にも耐えるリングが…ッ!?か、加我選手の安否は!ここからでは土煙が酷くて確認できませんが―――』

 

 

『審判は何をやっているのですッ!早く試合終了の合図を!!救護班、今すぐに―――「必要ありませんよ」―――え?』

 

 

 観客席からも慌てて委員会の人間が降りてくるなか、ひどく平坦な声音で待ったがかかる。今しがた人を殺しかけたとは思えないほど冷静な声で言った待雪が煙を払うと、そこには五体満足で気絶していた加我の姿があった。

 

 

『おおッ!加我選手、全身を硬化する伐刀絶技で九死に一生を得たようです!良かったですね牟呂渡―――』

 

 

『あ、貴方は何処を見ているんですかッ!彼が生きていることは無論喜ぶべきところですが、何故彼が()()()()()()()()()()()()()気絶しているのですかッ!!?』

 

 

 牟呂渡プロの言葉で、この場に居た全員の表情が強張る。そんなことは知るかとばかりに駆け寄った『白衣の騎士』薬師も伐刀絶技《視診(ドクタースコープ)》で診察した結果に驚愕する。

 

 

あれだけの爆風なら万一表面上は軽傷でも内臓や骨に重大な損傷があってしかるべきだからだ。にもかかわらず、損傷はおろか減少していなければならない魔力すら()()()()()()()()()()()。その事実が齎す意味に薬師は戦慄したのだ。

 

 

「―――当然でしょう?『彼が死んだという事実』は僕の手で塗り潰されたんですから。まあ加減が出来なくて服を脱ぐ前まで戻してしまいましたが、褌が無い所為で全裸(放送事故)よりはマシでしょう」

 

 

 おどけてそう言った彼に、会場は大騒ぎとなる。政府によって即座に火消しされたある噂―――『《騎士殺し》は死者の蘇生が出来る』が事実であったと証明されたからだ。

 

 

騒然となる周囲を気にすることなく待雪はリングを後にし、入口で見ていた紫乃宮と合流する。しかし当然というか、後ろから声が掛り呼び止められる。

 

 

「―――おや、新宮寺理事長。どうしました、こんな所へ態々?」

 

 

「彼岸、一体何を考えている!?おまえの力でも特に知られてはならないものをさらけ出すなど、どうなるか分かりきっているだろう!!」

 

 

「必要だったからです、貴方の後ろで威張ってる人達がこの期に及んで何か企んでる様子だったので。せっかく総理があそこまで啖呵を切ってくれたのに、少なくとも兄さんと当たるまでに台無しにされたら僕、何するか自分でもわかりませんよ?月影総理が余りにも不憫なので『国に害はなさない』という約束を破りたくありませんし。

 それから観客席に居た招かれざる客、その中でも目の色が変な外国人が怪しかったのでつい牽制してしまいました」

 

 

 言うだけ言って待雪が去った後、新宮寺は一人特大の溜息を吐いた。どうやら自分の認識は大分甘かったのだということを。老害たちの執着もそうだが、世界大戦の足音が聞こえるこの情勢で、一国で何人もの『規格外』が発見されるということがどういう反響を生むのか、少し考えれば分かる事だった。なのでこれ以上追い縋ることはせず、親友と相談すべく新宮寺もその場を去って行った。

 

 

 

 こうして七聖剣武祭第一回戦は数多の波乱を生んでようやく終了した。

 

 

 

 




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第三十一話

 

 

 

 

『―――――試合終了ーーーッ!!鶴屋選手、《死神の魔眼(サーティン・アイズ)》による速攻に全てを賭けて挑みましたが、超新星の一角を切り崩すことは叶いませんでした!!牟呂渡プロ、勝敗を分けた要因は何だったのでしょうか?』

 

 

『そうですね。偏に落合選手の引き出しの深さを読み切れなかった、この一点に尽きるでしょう。鶴屋選手の着眼点は決して間違いではなかった。彼女は視線を合わせるだけで絶対零度の空間を創り出せる能力者、しかもその範囲は決して狭くない。スピードとパワーを両立させた非常に優秀な学生騎士であり、例えポーンとやらで壁を作っても諸共凍りつかせてしまえば良い。彼女が取れる最善手であったことは間違いありません。

 しかしその一手を落合選手は軽々と踏み越えてしまった。強力な手札を揃えた選手だと思ってはいましたが、まさか絶対零度を正面から完封してしまうとは。そんな芸当が他に出来るとすれば紅蓮を操るヴァ―ミリオン選手くらいでしょう』

 

 

 

 七星剣武祭2日目、既に5試合が終了しているが特に波乱が起きることなく粛々と進行していた。一輝と珠雫については語るまでも無い、決して弱い相手ではなかったが試合の巡り合せが悪かった。二人共揃って前大会ベスト3を初戦で下しており、幾らなんでも彼等と比べるのは可哀そうと言うものである。

 

 

 そして今勝ち名乗りを受けた春雪も快勝を遂げていた、がしかしこの対戦カードは鶴屋のクジ運を嘆いてやるべきだろう。何が悲しくて『意のままに姿を変えられる溶岩』を従えた男と冷気遣いが戦わなければならないのか、威力と速度を極めていると言って過言ではない《死神の魔眼(サーティン・アイズ)》が通じない以上、鶴屋選手に勝ち目は無かった。

 

 

 第一試合と違い今度こそ文句のつけようのない、しかも前回ベスト8という実力者を下しての完全勝利………ではあるのだが春雪の表情は晴れず、寧ろ一回戦の時以上に渋い。

 

 

 

「(―――また一つ手札を切らされた。しかもよりにもよってアウターシリーズ(切札)をマツの前に使わされるとは、流石としか言いようがないな)」

 

 

 そう、これが春雪の表情を曇らせている理由である。以前東堂との選抜戦で物言いがあったことから、『地母神の血脈(テュポーン)』には分かりやすいよう燐光を放ちながら宙を舞うように指示を出さざるを得なかった。こんなところで没収試合は勘弁だったからだが、観客席のどこかで紫乃宮と一緒に見ているであろう待雪に見られ、初見でなくなったのは痛い。

 

 

 かといって他に鶴屋相手に有効な手があるかと言えば首を振らざるを得ない。霊装を準備する間に好きな駒を用意できるとはいえ、光の速さで先手を取れる駒は限られる。『クィーン』を出してはあまり変わらないし、『八重垣』では五分五分の賭けになる。二回戦でそんなギャンブルは御免だし、何より『自分に施してある仕込み』を晒すリスクに比べれば、まだアウターシリーズを出す方がましだった。試合全体で見れば圧勝でも、鶴屋もまた城ヶ崎と同様容易ならざる相手だったという訳だ。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

「あ、ハルユキこっちこっち!良い試合だったわよ」

 

 

「お疲れ様、昨日と今日で前大会屈指の技巧派を二人倒すなんて凄いわ。今日の成果には流石に周りも絶賛するしかないみたいよ」

 

 

 観客席へと戻った春雪は、ステラとアリスからそれぞれ称賛と共に出迎えられた。友人への評価を自分のことの様に喜ぶ仲間思いの彼女達にとっては、昨日のことも相まって尚のこと誇らしかったらしい。春雪もそんな彼女たちを邪険にせず素直に受け取って席に着いた。

 

 

 しかし彼女らもただはしゃいでいる訳でもない。ここにいるのは全員屈指の実力者であり、先程の快勝の“裏”も見抜いていた。

 

 

「春雪。さっきの試合で宙に舞っていた灰、あれは以前言っていた『アウターシリーズ』の一つだよね?絶対零度を以てしても一瞬すら凍らせられないほどの高温を維持したまま視認することも出来ない灼熱の灰、隠密性と殺傷力を極めた恐ろしい霊装だけど知らないままと知って戦うのは天と地ほども違う」

 

 

「……そうですね。普通はあれほど強力な霊装なら知っていてもどうにもなりませんが、準決勝で戦うであろう人は普通から最もかけ離れた人ですから。これがトーナメント形式の怖い所です、クジ運によっては切札を隠すことも出来ず情報アドバンテージを取られてしまう。それに引き替え彼岸さんは規格外すぎて全貌が全く見えてきませんし」

 

 

 黒鉄兄妹は冷静に状況を分析する。順調に勝ち進むことが出来れば珠雫はブロック決勝で、春雪は準決勝、一輝とステラは決勝で待雪と当たる可能性がある。問題は珠雫以外の道程が遠く、しかも過程で強敵と闘わなくてはならない点だ。

 

 

「……正直あの一回戦を見せられては、私が勝ってみせると断言出来ません。ですが私にも、あの地獄の特訓に喰らい付いて参戦を認められた意地があります。例えどれだけ無様に敗北しようと、このままお兄様や春雪さんにだけ不利な状況にはさせません!」

 

 

「その意気だ珠雫、お前さんが考案した“あの業”ならあいつの喉笛にも刃が届くだろう。らしくもない後ろ向きな目標なんざ立てずにぶつかっていけ。……なんて偉そうに言っといてあれだが俺も先行きが危ういんだよな、倉敷とかいう阿呆ならどうとでもなるんだが、あの血塗れの何とか言うのがどうにも……おい、どうした一輝?顔色悪いぞ?」

 

 

 暁学園による破軍学園襲撃の際、ちらっとしか見えなかったが予測出来得るサラ・ブラッドリリーの“能力”に眉をしかめる春雪だったが、隣りの一輝の顔色が蒼白に、ステラが渇いた笑みを浮かべたのを見咎めて問いを投げる。すると―――――。

 

 

「いやあ、昨日の夜ステラと部屋に居た時急にやって来たんだけど、懇親会の時みたいにモデルになれの一点張りで。ステラも上手い具合に買収されて仕方なく王馬兄さんの部屋で寝泊まりする羽目に……ってあの珠雫さん?そんなに殺気を込めてドチラヘ?」

 

 

「……そうですかあの痴女、性懲りもなくお兄様の元へしかも夜襲をかけるなんて命が惜しくないんですね。ご安心ください、あの病弱な癖に無駄に乗った脂肪を少しばかり削いで、二度とお兄様の前に現れなくしてきますので」

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいシズクッ!?そんなことしたら失格になっちゃ『ピキピキピキ』―――ってあれ?足が動かない……?」

 

 

 ぞっとするほどの殺気に自然と敬語になってしまった一輝。彼じゃ止められないと前に出たステラだったが、突然凍りついた足元から視線を戻すと、そこには首だけ百八十度回転させてこちらを見つめる珠雫の姿があった。ぶっちゃけ怖い、なまじ顔立ちが整っているだけに絶対零度の視線が恐怖を際立せている。これが夜だったら完璧にホラー映画のワンシーンである。

 

 

「そうでしたね、あんな痴女より駆除しなければならない害虫が居ました。先ほどお兄様の口から信じられない一言が飛び出していましたが気のせいですよね?殿方の寝室に年頃の女が二人っきりで、一体何をするつもりだったのでしょうか?

―――――チョットキカセテイタダケマスカ?」

 

 

「「……あっ」」

 

 

 先程までの真面目な空気はどこへやら、全力ダッシュで逃げて行った二人とそれを追いかける珠雫。大騒ぎしてつまみ出されるよりはマシだが、何とも締まらない光景である。

 

 

 あの子たちも相変わらずねえ、と置いていかれたアリスは、ふと隣に居る春雪が静かなことに気付いた。こういう馬鹿騒ぎは意外と乗ってくる男にしては珍しく、カリキュラムの載った冊子をじっと見つめていた。

 

 

「―――どうしたの春雪?次の試合は確か、貴方の幼馴染の紫乃宮ちゃんだったわね。私は暁に居る時ほとんど会ったことはなかったけど、昨日は開始10秒で勝ってた凄く強い子よね。…何か気になる事でも?」

 

 

「……いや、なんでもない」

 

 

 とても何でもないようには見えない表情だったが、アリスは踏み込むことはせず思考の邪魔にならないように飲み物を理由に席を外す。それに内心礼を言いながら春雪は一人考え込む。

 

 

「(あいつは確か“自分の『ある程度の不幸』を『本心』から願えば、この空気の読めない幸運を中和することが出来る”と言っていたな。だが、運なんてモノは目に見えんから適量はどうしても経験則に依存する。だが今日の相手はこの世で最も悪縁を踏み潰してきた『日本最高の医者』で、水を通して肉体の完全制御を行える“他に類を見ない程”相性最悪の騎士。

だが彼女は天音にとって“諦めずに最後まで戦いたい相手”には入っていない。多分海外暮らしが長くて単純に知らなかっただけだろうが、《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》はあいつの願いを『勝手な解釈で』かつ『本人も与り知らない方法で』叶える能力。となると………嫌な予感がする)」

 

 

 

 

『―――会場の皆様にお知らせいたします。本日予定していたCブロック第三試合ですが、薬師選手の棄権申請により紫乃宮選手の不戦勝となります』

 

 

 余計な混乱や悪感情が向かないよう誰にも告げることのなかったこの予想は、しかし残念ながら的中してしまう。空気の読めない神様は、彼が夢見た舞台へと辿り着ける様気を利かせたのだ、少年の願いを踏みにじりながら。

 

 

 

 

 




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第三十二話

 ここ最近更新ペースが速まらない……。書きたいシーンの構想は出来てるのに、幕間の話でモチベが削られていくorz。

 つい本命以外をダイジェストにしたくなる衝動が……(笑)


 

 

 

 

「――――しまった。走るのに夢中で選手控室まで来てしまった、ここは試合が無いと立ち入り禁止なのに。途中でステラとも逸れるし本当に迂闊だった。まあ、あの子(珠雫)はしつこい方じゃないし落ち着けば鎮静化するか。うん?あれは………」

 

 

 辛くも折檻から逃れた一輝は一人選手控室傍の廊下で息を整えていたが、不意に聞こえてきた喧騒を訝しみ其方へと注意を向ける。そこに居たのは、本来であれば今この瞬間に会場で剣を交えていたであろう二人―――薬師と紫乃宮であった。

 

 

「話なら全部終わってからにしてくれないかしら?何の用かは知らないけど私は一分一秒を急いでるの。患者(クランケ)と交わした約束は医者にとって絶対、死なせるわけにはいかないのよ」

 

 

「いや、あの、その人が悪くなったのはたぶん僕の所為なんだッ!だから僕が何とかしようと思って」

 

 

「…なんですって?」

 

 

 その一言で薬師と、それから場を離れるタイミングを逸した一輝は紫乃宮の能力系統に察しがついた。遠く離れた人間に干渉する、それも生き死にという重大事項を引き起こせる能力なんて一つしかない。

 

 

「そう、貴方『因果干渉系』の伐刀者なの。いいわ、手短に話なさい」

 

 

「う、うん。僕の能力は一言で言えば『願ったり強い感情がこもった思いが勝手に叶う能力』なんだ。多分その能力が『イッキ君やハル君みたいな強い人相手に自分を試したい』っていう願望に影響されたんだと思う。それで―――」

 

 

「――なるほど。普段医者としてしか活動していない私は貴方の中で『強い人』と認識されていなかった。だけど貴方の願いを妨げ得る存在だったから能力が勝手に排除した、そう言いたいわけね?」

 

 

 そもそもの発端を説明しておこう。薬師キリコは広島で総合病院の院長を務めている。ありとあらゆる部位を治療できる屈指の全身科医(ジェネラリスト)である彼女だが、他の総合病院にはないとある患者も受け持っている。それが特別病棟にいる余命幾許もない人々、俗に言う終末医療やターミナルケアの対象者である。

 

 

 その患者の一人の容体が急変した、そう彼女の端末へと連絡が入ったのだ。幸い即座に命に関わる状態ではないが、そもそも彼らは薬師の施術が無ければ意識不明もしくは生きているのが奇跡というほど重篤なのだ。病院に残されたスタッフでは小康状態へと戻すことすら出来ず、それ故彼女は迷わず棄権を申請したのである。

 

 

「僕の所為で起きたことなら僕が責任を取る。その人が大丈夫なように『願う』から薬師さんは早く棄権を取り下げて―――『馬鹿じゃないの』―――え?」

 

 

 必死に言い募る紫乃宮に対し、薬師はみなまで言わせず取り合わない。しかしその声音には、今まで紫乃宮が言われ続けてきたような拒絶や忌避の感情は込められておらず、寧ろ紫乃宮をいたわる気持ちさえ滲ませている。

 

 

「貴方の幸運でどうやって助けるのかしら。顔も名前も知らない誰かを救えるほど万能とも思えないし。それに何より、一人の医者として運なんてモノに患者を任せるわけにはいかないわ。貴方が本心で言ってくれてることは分かるし信用もしてるけど、貴方の後ろに居る存在は欠片も信じられないもの、幸運の女神かもしれないけどどう聞いても善神じゃなくて邪神か悪神の類よね。

 それになにより……貴方何様のつもり?悪いことが起きれば何でも自分の所為だとでも?じゃあ患者が死んだら貴方の所為にしろって言うの?私の医者としての誇りを粉々にしたいのかしら」

 

 

「そ、そんなことッ!?」

 

 

「そうよね?なら今日のトラブルは貴方なんて関わりのない偶然、この話はこれで終わりよ。気に病む必要はないわ、患者に関わる運なんて大概悪運って相場が決まってるしそれをぶちのめすのが医者の仕事なんだから。……なんてお為ごかしは聞き飽きてるでしょうから、後のことはそこで聞き耳立ててるお兄さんに任せるわ」

 

 

「えッ?――ってイッキ君!?」

 

 

 紫乃宮の注意が逸れた瞬間、薬師は彼の横をすり抜け呼び止める声も無視してその場を後にした。残された紫乃宮は針の筵に居る様な気持ちだった。よりにもよって一番聞かれたくない相手に最悪のタイミングで能力を知られてしまったのだから。

 

 

「……あ、ははは。軽蔑した?皆が本気で頑張ってるのにズルで勝った僕を。もしイッキ君が不愉快だって言うんなら次の試合は棄権するし、二度とイッキ君の前に姿を現さないって誓うよ。それと…僕の能力のこと黙っててくれないかな?もう昔みたいにこの能力しか見られない生活は嫌だからさ。勿論唯でなんて図々しいこと言わないよ?僕が叶えられることならなんだって願うからさッ!」

 

 

「―――そうだね。人の弱みにつけ込む様で悪いけど、せっかくだからお願いしようかな?」

 

 

「……ッ!」

 

 

 果たしてどんな『お願い』を告げられるか、紫乃宮は顔を強張らせたが自らへの罰だと自身に言い聞かせる。目の前に居る大好きな青年がどれだけこの大会に賭けているかは良く知っている。誰よりも真剣にこの大会に臨む彼からすれば、自分など不快の極みだろうと。

 

 

「じゃあ僕からのお願いは――――『次の試合、君の全身全霊を賭けて勝ちに来てほしい』かな?」

 

 

「………は?」

 

 

 ―――しかし、憧れた青年の口から出た言葉は想定した罵詈雑言のどれでもなかった。

 

 

「ズル?場外戦術?大歓迎だよ、騎士を名乗るならそんなものは想定して当然だ。寧ろもっと踏み込んだ内容にしようか。『僕の敗北を心の底から願って欲しい』こっちの方が相応しいかな?」

 

 

「な、何言ってるんだよイッキ君ッ!そんなことしたら君は―――ッ!」

 

 

「会場にすら来られないかもしれない、けどそれなら僕はそこまでの男だってことさ。あれ、紫乃宮君(僕のファン)なら知ってるだろう?僕は、闘いに関してはとことんおバカになるどうしようもない男だってことを」

 

 

 悪戯に成功した子供の様な表情で自身に笑いかける一輝。その表情を見てようやく紫乃宮は気付いた。一輝は自身を貶すどころか、寧ろ救おうとしてくれているのだと。相殺しようとは思えても、克服しようとは思えなかった《過剰なる女神の寵愛》。その絶対的な力を真正面から打ち砕くことで、諦める必要なんかないと証明しようとしているのだ。

 

 

「…………もう、本当に格好良いんだから一輝君は。じゃああれやってよ、いつものやつ」

 

 

 そんな言外に詰まった優しい激励に対し紫乃宮は―――――。

 

 

「良いとも、頼まれて言うのはちょっと恥ずかしいけど。

 

――――――僕の最弱(さいきょう)を以て、君の絶望を打ち砕く。勝負だ、紫乃宮君」

 

 

 ―――泣き笑いの様な顔で、それでも目をそらさずに見返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――……と、ここで終わっていれば良い話で済んだのだがそうは問屋が卸さない。いよいよ剣武祭も終盤へと差し迫り、並々ならぬ意気込みを掛けるのは何も一輝達だけではない。

 

 

Aブロック決勝戦は春雪と《血塗れのダヴィンチ》、Bブロックはステラと王馬が、そしてDブロックでは珠雫と待雪が激突することになる。そのどれもが過去の剣武祭では決勝戦でもお目に掛れないほどの好カードであり、当然そこにかける思いはこれまでの比ではない。

 

 

「……なんで君がここにいるのかな?それも明日ぶつかり合う二人が揃って」

 

 

 紫乃宮と別れ、再び観客席へと戻ってきた一輝の前に居る少女もそんな思いを馳せる一人である。実は表の顔が世界随一の芸術家だというとんでもない側面を持った暁学園屈指のダークホース、サラ・ブラッドリリーは何故か春雪の隣でポップコーン片手に試合を観戦していた。

 

 

 突然の乱入者にアリスはどう反応して良いか分からず、一輝より先に戻ってきていた珠雫は懇親会等の狼藉から第一級危険人物に毛を逆立てるも一般客の視線もある為ちからずくで排除することが出来ないでいた。

 

 

当の春雪はと言うと、まるで居ない者として無関心でいる……ように見せかけて、内心突然近寄ってきた彼女に困惑していた。悪名故にある意味一輝以上の嫌われ者である彼は、当然好意を持って近寄ってくる人間など居なかったのでこういうプライベートゾーンを侵してくる人間への耐性が付いていないからだ。ちなみに新聞部の日下部に苦手意識を持っている理由の一つでもある。

 

 

「……用事があって来た。貴方への頼みごとも勿論だけど……《奏者》にもあったから」

 

 

「いやだから僕はモデルなんて……え、春雪にも?」

 

 

「そう、初めて会った時に王馬に嗾けてた『女王』について」

 

 

 ブラッドリリーの話に興味が湧いた面々はお引き取り願うのをいったん止め先を促す。彼女曰く、あの戦いの後待雪から春雪のことを聞いてから強い興味を持ったらしい。理由は春雪の伐刀絶技《騎機怪々狂騒曲》にある。

 

 

イメージ脳を侵食して創り出した『工房』で霊装を創り出すこの能力だが、現実の武具や工芸品の様な工程を以て創造している訳ではない。自身の頭の中で描いた完成図に沿って魔力を編み上げているのであり、それはつまり現実の様に過程を見ながら修正や手直しをすることが出来ず、つま先から天辺それから細部にわたってぼかしも曖昧さも許されないで創り上げているということだ。

 

 

言ってみれば目隠しをしたまま一度も取ることなく、しかも数か月という時間をかけて絵画を描くようなもの。それをあれだけの完成度と美しさ、そして強さを備えて生み出して見せた春雪には一人の芸術家として尊敬に値すると世界で最も評価されている画家は評価した。

 

 

ここまでであれば唯の褒め言葉、それも絶賛といって良いほどの高評価であり外部の評判に恵まれない春雪を心配する友人たちにとっても喜ばしいものである。であるならば頼みごととは一体……?

 

 

そんな周囲の反応を察したのか、彼女は本題に入った。しかしそれは一輝達にとっては驚くべきものであった。

 

 

「――――でもあの女王は()()()()()()、いえこの言葉では不適切。完璧だったものを一旦分解して、代わりの物を使って完成させたような違和感がある。一つの個体としては完成されていても、あれは本来の姿じゃない。それを見せてほしい」

 

 

 その一言はステラたちには信じられないものだった。合宿の最中春雪に化けたクィーンを、珠雫達は勿論一輝やアリスですら見破ることが出来ず、《雷切》で傷一つ負わせられなかった王馬を豆腐の様に切り刻んで見せたその実力は計り知れない。だというのにあれが本来の姿ではないのだとブラッドリリーは断言したのだ。

 

 

「……一つ聞かせろ、何でそんなもんに興味が湧いた?画家のアンタにはどれだけ美しかろうが戦争の道具に関心は持たんだろう」

 

 

 対して春雪はそれを否定せず、サラ・ブラッドリリーという人間に対して警戒度をワンランク上げた状態で興味を持った。彼女は武人じゃない、軍人でもなく騎士としてもお粗末だ。しかし磨き上げられた芸術家としてのセンスで春雪の奥の手を嗅ぎ分けたのだから。

 

 

 

「確かに貴方の駒は芸術じゃないし、私の作品に応用したくなるような技巧が盛り込まれてる訳でもない。でもあの女王には()()()()()()()()()()()()、それが祈りなのか憎悪なのか唯の情念なのかは分からないけど。その思いの真価に触れられればきっと私の成長に繋がる、はず」

 

 

「……なるほど?面白いなあんた。良いだろう、もし俺に勝てたら見せてやっても良い。というより俺をそこまで追い詰められれば嫌でも見せる羽目になるだろうしな」

 

 

「――――わかった」

 

 

 どうやら春雪はブラッドリリーのことを気に入ったらしい。そして彼女の方も静かに闘志を燃やしている。

 

 

そんな彼らの反応に一番喜んだのは一輝だった。これで少しは自分への関心が薄らいでくれると。しかしその淡い希望は次の春雪の一言で崩れ去る事になる。最近はトラブルの連続で鳴りを潜めていた所為で、自分を弄ってからかうのは春雪の趣味の一つであることを失念していた。

 

 

 

「とはいえ、俺にもプライドってもんがある。流石に他の男に現を抜かしながら相手されるのも業腹だし……よし、賭けの景品に一輝のオールヌードも乗せよう」

 

 

「本当ッ!?」

 

 

「いやいや何言ってるの春雪ッ!?僕はそんなこと一言も―――」

 

 

「そうよ、アタシの目が黒い内は無理やり何て許さないわよッ!」

 

 

「私も同感です。恩義のある春雪さん相手でもそれとこれとは別です。全力で対処させていただきます」

 

 

「……って言ってるけど?」

 

 

 当然ながら総がかりで反対を訴える三人。しかし春雪は怯むどころかますます悪い顔になっていく。早くその口を閉じさせないとと考えるが少しばかり遅かった。

 

 

「そうか、じゃあしょうがないな。しかしこのままじゃ俺もこの人もモチベーションが上がりきらん。だから代替案を用意しよう、こいつを繋ぎにするってのは駄目か?」

 

 

 そう言って指を鳴らすと、現れたのは一輝にそっくりのラウンズである《八重垣》。一輝は支部で見ていたため驚きはないが(その代わり猛烈に嫌な予感は感じている)、その他の学友たちはそのあまりにそっくりな精巧さに驚愕し言葉が出ないでいた。

 

 

 そんな妥協案に対するブラッドリリーの感触は――――――辛かった。確かに素晴らしい出来であり、自身の絵画にも劣らない再現度であると言える。しかしやはり模倣品と本物には、どれだけクオリティが高かろうが言葉に出来ない差というものがあり、やはり彼女の満足は得られない。そう告げようとした彼女だが、春雪が口パクで『話を合わせろ』と言ってきたので訝しみながら言うとおりにする。

 

 

「……悪くない、表情筋が死んでるのが減点だけどそこは《無冠の剣王》に付き合って貰えば良い」

 

 

「表情だけなら今ほど拒否せんだろうしな。あとこいつは駒だから羞恥心なんてもんはない。だから着せ替えやオールヌードは言うまでも無く、必要なら○○や■■■■とかだって思いのままだ」

 

 

「そ、そんなことさせてたまるかーーーッ!!幾ら自分じゃないとはいえ、下手したら鏡より精巧な似姿にそんなことされる僕の身にもなってよッ!?」

 

 

「とはいっても他に手が無いしなあ。芸術家に妥協させるんだ、それなりに対価を積まんといかんし、あくまでも俺の駒を貸すだけだ。お前さんの知らんところでちゃんとすませるさ」

 

 

「それ僕が知っちゃったら意味ないよねッ!?そんなことされるくらいなら大人しくモデルにされた方がマシ―――『ピロンッ♪』―――あっ」

 

 

 ついパニックになって滑らせてしまった一言を録音され我に返る一輝。それに対して凄くいい笑顔を向けてくる春雪。そしてブラッドリリーと二人でサムズアップを返し合っている、なんでほぼ初対面でそんなに仲良いんだ、と項垂れる他なかった。ちなみに恋人と妹は、春雪の漏らした放送禁止用語がついうっかり妄想を刺激してしまい悶絶していて反応出来ないでいた。

 

 

「よしこれで言質は取ったと。とはいえ、決闘でそんな格好をされたら気が散る。アリス、手間を掛けさせてすまんが適当に見繕ってやってくれないか?」

 

 

「……良いわ、その代わり何を企んでいるかちゃんと後で話しなさいよ」

 

 

 そう言ってブラッドリリーを伴っていくアリスは、ついでに交通の邪魔になっていたステラと珠雫を連れてモールへと向かって行った。残された春雪の前には、当然の様に怒りを露にした一輝が笑顔で切れるという器用な芸当を見せいていた。

 

 

「……どういうつもりかな春雪?人の貞操を勝手にチップに乗せるなんて」

 

 

「もちろん、双方に利があるからさ。お前もついでに一緒に行って来い、あの女と交友を深めるのは間違いなくお前の役に立つ。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とかな」

 

 

「―――ッ!……分かった、けどアリスが言ったようにちゃんと後で理由も含めてきっちり話してもらうからね」

 

 

 そう言い残してアリスたちを追いかける一輝。それに視線を向けることなく春雪は楽しそうに思考を巡らせていく。

 

 

「悪いな一輝、俺も本命とやり合う前にアップをしておきたかったんでな。それに…髑髏男にお前の似姿を使ったってことは、もっと凄い切札が残ってるってことだ。そんな掘り出し物を見逃す手があるかよ」

 

 

 そう一人呟いた後、春雪も席を立ち帰路へ着いた。

 

 

 

 

 




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第三十三話

 

 

 

 

 ―――草木も眠る丑三つ時、都会と言えど人通りも激減する時間に一人の青年が佇んでいた。場所は公園、七星剣武祭の会場が近い事と()()()()()()()()()()()()()()何の変哲もない筈だが、今日この日だけは異常事態が発生していた。

 

 

 ヒラリ、桜の木から落ち葉が一枚落ちてくる。どこにでもあるその葉っぱは()()吹いてきた突風が絶妙な角度で煽り、()()重心が保たれたことでほんの一瞬達人の脱力もかくやという切れ味を帯びる。もし青年が咄嗟に躱していなければ頸動脈を断ち切られていただろう。

 

 

 突然の窮地を難なく退けた青年――――黒鉄一輝は、紫乃宮が心の底から嫌悪している《凶運》の凄まじさに舌を巻いていた。たかが運如きに左右されるような軟な鍛え方はしていないという自信に揺るぎはないが、なるほど先人たちが『運も実力のうち』と持ち上げ伐刀者評価項目に並べられる理由が良く分かる。こんな理不尽が特定少数の人間にだけ味方するのだ、心を折るなと言う方が難しいだろう。

 

 

 あの後紫乃宮は一輝の要望通り、《過剰なる女神の寵愛》を全力解放し『完全無欠の勝利』を願った。そして彼の願いを聞き届けた悪辣な女神はその手練手管を存分に発揮した。

 

 

始まりはブラッドリリーの私服探しの時、突然能力を発現させた赤ん坊が『テレポート』を誤作動させてしまったこと。()()()10階建てのビルよりも高い位置に転移した赤子は当然の様に自由落下を始め、一輝達の活躍で何とか怪我一つなく済んだ。けれども、もし一輝一人だった場合、嘗ての綾辻先輩の様に《一刀修羅》を使わされていたかもしれず危ない所だった。

 

 

その後も突然排水管が破裂し、避けた先ではずぶ濡れになった女性がパニックを起こした挙句記憶の錯乱でいつの間にかセクハラ呼ばわりされ、しかもやってきた警官が超が付くほどの伐刀者に偏見を持った人物だったため危うく問答無用で逮捕されるところだった。

 

 

そんな一歩間違えれば失格処分になりかねない様なトラブルおよそ一年分が半日に凝縮されて発生し続けた。しかもそんな慌ただしい騒動の中、先程の落ち葉の様な偶然によって凶器に変わり果てた自然物の対処までしなければならず、一輝ほど精神力に長けた人物でなければとても試合まで保たないと断言できる。

 

 

「(……薬師さんが『邪神の類』と評していたけどまさしくその通りだな。価値基準が人間と異なるのはまだ納得できるけど、とにかくこの女神は()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんなものの渦中に居続けた紫乃宮君がどれほどの憎悪や畏怖に苛まれてきたのか、想像するだけで胸が痛む)」

 

 

 もしあの場に自分達がいなければ間違いなくあの赤ん坊は死んでいた。自惚れじゃないが昨日今日喝采を浴びていた自分を、証拠不十分なまま処罰しようとした女性や警官は、下手をすれば周囲から白眼視され苦しい立場に立たされるかもしれない。その他に起きた事例を鑑みても、人間を操り人形か何かの様に弄んでいるようで心底不快だった。そしてこれらの発生要因を知る側からすれば、まるで『自分(女神)に逆らうからこうなるんだ、お前の所為でどんどん人が不幸になっていくぞ』と嘲笑っている様で自然と表情が険しくなった。

 

 

「…いや、怒ってちゃだめだ。居もしない存在(幸運の女神)に苛ついてもどうしようもないし、況してや紫乃宮君は何も悪くない」

 

 

「――――そうか、君はアレに曝されてもそう言ってくれるのか。流石は竜馬さんのお孫さんだ」

 

 

 突然聞こえてきた独り言への返答に一輝は目を見開く。それは正面にいる人物の正体についてもだが、それ以上に()()()()()()()()()()()()()()()()自分の疲労に対する驚愕だ。そこで初めて自分の感覚や勘すらも支配下に置かれているのだと気付き、一層気を引き締め直す。

 

 

「……まさか貴方がこんな所に現れるなんて。偶然、ではありませんよね月影総理?」

 

 

 そう、もうすぐ午前3時になろうかという時間に姿を現したのは一輝にとって仇敵の長でもある月影だった。声や仕草から本物だろうと判断した一輝は顔を引き攣らせる。月影に対する恐怖など無い、無いが先程も述べたが今の一輝は他者を巻き込みたがる疫病神に取りつかれているため、可能な限り早急に姿を消してほしいと思っているのだ。もしこの場で倒れでもされたら本気で洒落にならないことになる。

 

 

「そう警戒する必要はないさ。私一人なら君の危惧する状況に陥ったかもしれないが、今ここにはとびっきりのボディガードを連れてきてある」

 

 

「――――ッ!?……なるほど、確かにこの人がいるなら何も心配はないでしょうね。さしもの幸運の邪神も正真正銘の()()相手には尻尾を巻きますか」

 

 

 総理が右手を挙げた瞬間、一瞬だけ途轍もない覇気を感じたかと思えば先程まで自身を執拗に狙っていた偶然がピタリと止んだ。あれほどの因果干渉能力をこうも容易く蹴散らせる人物など一人しかいない。何故姿を現さないかは不明だが。

 

 

「その通り、今この瞬間だけは気を張らずおしゃべりに興じて構わないわけだ。なに、5分と時間を取らせんよ。君達の約束にケチをつけるわけにもいかないしね」

 

 

「……分かりました、それでご用件とはなんでしょうか?」

 

 

 一輝はトラブルに巻き込まずに済むことにはホッとするが状況はあまりよくなっていない。何の用かは知らないが向こうには最凶のジョーカーがおり、こちらとしては向こうの要求通りに動くしかない。力尽くで来られたら間違いなく明日の試合に響いてしまう。

 

 

「……なに、君の様子を見に来ただけだよ。天音君は『イッキ君ならきっと大丈夫だよ!』と言っていたがかなり心配していてね。不安で寝不足などお互い不幸なだけだし私と待雪君で少しお節介を焼きに来た、という訳だ。……あの子は《比翼》から預かった大切なゲストだ、それに5年も付き合いがあれば私個人としても情が湧くものだからね」

 

 

「5年……?紫乃宮君は《解放軍》のメンバーじゃないんですか」

 

 

「ああ、小学生の頃に《比翼》に保護され、ある程度自身の能力をコントロールできるようになった彼に新しい戸籍と住まいを提供したのが知り合うきっかけだった。今でもそれを恩義に思ってくれていて、恩返しと言って『暁』に参加してくれたのだよ。…親友を貶めた連中への報復も理由に入ってはいるだろうがね」

 

 

 最後の一言に一輝は何とも言えない表情を浮かべる。ステラほど表に出していないとはいえ、彼にも学友や学び舎に手を出されたことに思うところはある。しかし紫乃宮にとって春雪は何物にも替え難い無二の親友、それを害した連中など殺してやりたいほど憎い相手であろう。

 

 

理事長に聞いた話だが、あの破軍襲撃事件には妙な法則性があったらしい。一年生は全員屋外で気絶していたため無傷であり、それどころか()()()()不意討ちが見事過ぎて痛みすら感じることなく気付いたらベッドの上に居た、とのこと。在学生で春雪とは殆どかかわりが無かった人間―――言葉を悪くすれば春雪や一輝のことを見殺しにしてきた連中――――は重傷を負っていたらしい。崩落した校舎や火災に巻き込まれはしたが、まだカプセルでどうとでもなるレベルだった。

 

 

しかしそれ以外の人間は…10に満たない少数ではあったが悲惨としか言いようのない状態だった。彼らは今も病院から出られないでいる、肉体の損壊もそうだが何より精神の方がやられてしまっている。ただし、一輝の隔意の要因に彼等は含まれていない。やり過ぎだと思いはすれどそれは彼らも同罪、自分に置き換えれば珠雫やアリスをくだらない理由で()()()()()人間に同情できるほど一輝は博愛主義者ではない。

 

 

「さて、では私もお暇するとしよう。君の方は問題なさそうだし天音君には問題なさそうだと伝えておくよ。君達が思う存分戦えるよう心から祈っているよ」

 

 

 そういって本当に5分きっかりで去っていく月影の背を、一輝は黙って見続けていた。形振り構わず暁学園の勝利を求めるなら、ここで紫乃宮の意向に反してでも不戦勝へ導こうとするはず。しかし彼から感じたのは自分に対する敬意だけだった。あれだけの横暴を働いた人物の行動としてはちぐはぐ過ぎる。

 

 

 事実、月影は一輝のことを一人の人間として尊敬していた。紫乃宮の能力を知っても全く変わらない優しさ、そして幸運、または運命とも言い換えられるほどの理不尽に対し迷わず挑める強さ。例えこの大会の結果がどうなろうと、そんな若人が次代に育まれていることが何より嬉しかったのだ。

 

 

「……本当にわからないな、何であれほどの人物がこんな暴挙に出たのか。紫乃宮君の幸運を味方につけるために《解放軍》を雇ったのならともかく、王馬兄さんと彼岸君と彼を味方につけられるなら、テロリストを囲うなんてリスク負う必要はないだろうに。……また思考がずれたな、気を付けないと」

 

 

 また再び自身に襲い掛かり始めた凶運を前に、一度気持ちをリセットする。何でもかんでも『幸運』の所為にしては疑心暗鬼になってしまい、邪神の思うツボ。一旦ポジティブ思考に切り替えて落ち着こう。彼が前向きになれる事柄と言えば―――――。

 

 

「…おっとッ!肉体や神経へのエラーは基より、魔力すら通っていない落ち葉や砂塵、隣りを歩く一般人にまで細心の注意を払わないといけない。まるで戦場の真っただ中だな。

 ――――けど、諸々の事情で兄さんみたいに海外に飛び出せなかった僕には新鮮で()()()()()()()。こんな経験は世界基準で言えばまだ平和な部類にある日本では得難いからな」

 

 

 流石は友人に『自身の痛みを正しく認識できない男』と評された修練の鬼、ひとたび訓練だと思い込めば瞬く間にいつも通りの姿勢を取り戻した。何せ彼が今まで『修行』で通してきたものの中で()()()()()()()()()()()()()()()。黒鉄家での生活、道場破り、学園でふいにした一年間、あの生活を思えば理不尽何てとうの昔に馴れてしまっている。

 

 

 このあと一輝は朝を迎えるまで、この姿勢が揺らぐことは無かった。

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

『さあ観客の皆さん、いよいよ本日から剣武祭も後半戦に突入します!第一回戦にて前大会のベスト3が全員姿を消すという大番狂わせから始まり、ベスト8に残ったメンバーは王馬選手を除いた全員が第一学年、しかも半数は飛び入りの暁学園という驚きの結果となりました。先人たちを悉く蹴散らした新進気鋭のダークホースたちの活躍に目が離せません!本日は解説席に現在世界ランキング第三位の魔導騎士、《夜叉姫》こと西京寧音先生をお招きしております。西京先生、本日はよろしくお願いします!』

 

 

『ん~、よろしく~ぅ』

 

 

『西京先生、ずばり今日最も注目している一戦はどの試合でしょうか?』

 

 

『ん~ウチの立場的にはやっぱりステラちゃんの試合になるかなぁ、何たって一応師匠だしねえ。ただ、本音で言えば()()だな。どれもこれもベスト8でやる勝負じゃないからね』

 

 

『なるほど。西京先生ですらずばりこれ、と言えない程ハイレベルな戦いだらけということですね。これは期待が高まります!

第一試合は試合巧者の黒鉄一輝選手と、棄権試合があったために未だ能力の殆どが謎に包まれたままの紫乃宮選手の対決。第二試合は西京先生と新宮寺理事長以来となるAランク同士のぶつかり合い。第三試合はその規格外ぶりを大いに見せつけ、紫乃宮選手と同じく第二試合を不戦勝で勝ち上がった彼岸選手と類稀な魔力制御能力を誇る黒鉄珠雫選手の対決、そして注目のダークホースに名乗り出たブラッドリリー選手と落合選手の軍勢対決が期待される第四試合が予定されております』

 

 

アナウンサーの言葉に会場のボルテージも上昇していく。一輝はジャイアントキリングや判官贔屓を好む観客の受けがよく、Aランク対決は格付けや一番を決めたがる人間にとっては興味深い組み合わせ。春雪達に至っては完全に別の競技だろと言いたくなるような合戦が出来る上に戦局をひっくり返せる切札を持っている。まあ良くもこれだけ需要のある試合が揃ったものだと観客席の誰もが興奮していた。

 

 

『それでは第一試合の選手入場です!まずは赤ゲート、ベスト8に残った暁学園四人の内の一人。可愛らしいとも形容できる華奢で整った顔立ちですが、一回戦で見せた目の覚めるような飛剣からも相当な実力なのが分かります。今の所派手な活躍こそしておりませんが、同級生のブラッドリリー選手の例もありますから七星剣王を破った黒鉄選手と言えど油断はできません!

 ―――暁学園1年生、《凶運(バッドラック)》紫乃宮天音選手ッ!!』

 

 

 呼び出しと同時に現れた紫乃宮に、結構な数の声援が降り注ぐ。可愛い顔して小さな体なのに強いと言うギャップが女性陣と一部の男性から好評なようだ。

 

 

『続きまして青コーナー!歴代の剣武祭でも唯一のFランク騎士、しかしもうこの日本で彼を侮る人間は居ない事でしょう。一回戦にて神業としか言いようのない剣戟を以て《七星剣王》諸星雄大選手に黒星を叩き付けたMrジャイアントキリング!

 ――――破軍学園一年生、《無冠の剣王(アナザーワン)》黒鉄一輝選手ッ!!』

 

 

 続いて登場した一輝にはそれ以上の声援が降り注いだが、その幾つかには困惑や驚いたような響きが混ざる。剣武祭は如何せん血腥く、怪我だけでなく衣服の損壊も日常茶飯事。それ故に予備の制服は大量の用意されているし、また新宮寺の様な特殊な伐刀者による修復も随時無料で受け付けている。だというのに試合開始前から煤けた姿での登場となれば周囲が訝しむのも当然だろう。

 

 

「――――はあ良かった。何とか無事舞台に辿り着けたようね」

 

 

「本当に無茶ばかりするんだからイッキは。まあらしいといえばそうなんだけど」

 

 

 観客席にいたステラたちは皆一様に安堵の溜息を吐いた。彼女達は昨日の時点で一輝から詳しい話を聞かされている。彼の真剣勝負に対する並々ならぬ拘りと頑固さを知っているので反対は無駄だと受け入れたが、それでも今この瞬間まで生きた心地がしなかった。しかも此処に来るまでの道中でガス爆発が4回、電車事故による渋滞といったニュースが立て続けに流れたのだから不安は高まるばかりだった。

 

 

 しかし、それでも彼は辿り着いた。不眠不休と絶え間ない襲撃による疲弊を僅かしか匂わせない凛とした佇まいは、ステラたちに勝利を確信させている。

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 一方、リングに集った二人に会話は無い。紫乃宮は約束通り全霊を以て一輝の敗北を願い、そして一輝も約束通りその全てを退け此処へ辿り着いた。であるならば今更会話など不要、後はただ約束の続きを、決着をつけるだけ。試合が始まれば掛け合いも発生するだろうが、会話は全てが終わってからで良い。二人はお互いに真剣な表情で、しかし何処か子供が精一杯遊ぼうとするときの様な雰囲気を纏ったまま合図が降りる時を待つ。

 

 

『それでは三回戦第一試合を始めます。

 

 

 

 

 

 ―――――Let Go Ahead!!』

 

 

 

 




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第三十四話 《落第騎士》 VS 《凶運》

 

 

 

 

―――――――Let Go Ahead!!

 

 

 その号令と共に駆け出したのは意外にも天音の方だったが、観客はその誰もが彼の行動を無謀だと感じた。相手は世界最強と同じ術理で剣を振う侍であり、クロスレンジで前七星剣王を下したことからもその実力がうかがい知れる。にもかかわらず間合いに飛び込めばどうなるかは火を見るより明らかだった。

 

 

 しかし、その考えは直後覆される。『やー、とぉーう!』などという気の抜ける台詞に反して彼の剣閃は見事としか言いようがなかった。力の入れ方、抜き方、そのどれもが理想的でしかも一輝が最も対処に困る角度で迫ってくる。如何に《比翼》の剣が0から100の極限静動と言えど、マイナスから万全の剣は放てない。なまじストップアンドゴーが効かないだけに安易に振えないことから、下手に下がって様子見するよりむしろ飛び込んだ方が却って同じ土俵に立てるのだ。

 

 

「第二秘剣―――《裂甲》」

 

 

「―――えっ?うわあッ!?」

 

 

 とはいえ、その程度で《無冠の剣王》は止められない。彼の剣は《比翼》の模倣品に在らず、その術理を完全に己のものにしてみせた鬼才の剣に生やかな攻めなど通じない。咄嗟に後ろに引いたお陰で鼻先を掠める程度で済んだが、右手の霊装(アズール)は空の彼方へ吹き飛び、偶々(・・)上空を飛んでいたカラスが銜えていってしまう。

 

 

 両手に携えた霊装でようやっと均衡へと持ち込んでいた以上、片腕だけでは一輝の連撃は止められない。一輝が攻め手に意識を割いた一瞬にも満たない空白の間に、僅かに警戒が緩んだ右から(・・・)強烈な刺突が飛んでくる。

 

 

「くッ!……意外と食わせ者だね君は!」

 

 

「あはは、伊達にハル君達の友人してないよっ!」

 

 

 間一髪やり過ごした一輝は、紫乃宮の右手に握られた『アズール』を見て苦笑する。霊装とは通常一人につきひとつであり、二刀一対であったり途中で形状が変わることはあれど同じ物を複数携えている例はほぼ存在しない。そういった常識の裏を掻いた奇襲がどれほど脅威だったかは、一輝の頬に残った掠り傷が証明している。

 

 

『す、すばらしい紫乃宮選手!少女と見紛う矮躯で、あの《無冠の剣王》にクロスレンジで喰らい付いています!!しかし西京先生、どうして黒鉄選手は今一つ攻めきれないのでしょうか?彼の最大の武器である観察眼なら状況の打開は可能だと思うのですが』

 

 

『いんや、これはアマちゃんを誉めるべきだね。今見ただけで分かったと思うけど、あの子は相当武術を練り上げてる。どれだけ見事な不意討ちでも、あの黒坊に当てるには相当骨だぜ。それに、視線の動きを見るにアマちゃんはインスピレーションだけで剣を振ってんな。これは黒坊もやり辛いだろうねえ、いくら相手の思考を見切ってもその当の本人が何も考えてないんだからさ。先読みも何もあったもんじゃない』

 

 

 天音も因果干渉系の欠点は良く分かっている。『因果の外に居る存在または100%起こりえない事には無力である』、自分を救ってくれた人に幸運を届けられなかったことで嫌でも身に染みている。だからこそ自分の可能性を増やすことに励んだ、武術の修練もその一つである。しかも教導者はあの世界最強の剣士、強くなれない筈がない。

 

 

「ふわぁ、やっぱり強いやイッキ君は。このままじゃそのうち捕まっちゃうだろうし、ここはリズムを上げていくよ~ッ!」

 

 

 微笑みながらも、身に纏う空気が狩人のそれに代わった。すると突然、季節外れの突風が会場に吹き荒れる。といっても王馬のそれに比べればそよ風程度のそれに怯みなどしないが、曇り空で陰っていた景色が一段と黒く(・・)なったことに総毛立ち慌てて距離を取る。

 

 

 そして視界に入った光景に絶句する。先ほどカラスが飛んで行った方向、そこから風に流されてくる霊装(アズール)が雲霞の如く大量に降り注いでいたからだ。最低でも百を越える刃の群れが、重力と強風を味方につけて押し寄せてくる。勿論一輝のみが射程に入った状態でだ。

 

 

けれど一輝はずば抜けた観察眼で弾道予測を行い、自分に当たる物を他の霊装も巻き込む様に完璧に弾き返す。例え全ての幸運があちらの味方でも、完璧な角度と力で弾き返してしまえば偶然が介入する余地はなく、一本たりとも一輝を傷つけることは出来なかった。しかし一輝の表情は苦い。何故なら意識を僅かに遣っていた間に、天音がリングの上から消えていた(・・・・・)からだ。

 

 

『な、なな何と紫乃宮選手、空から真っ直ぐ縦に落ちてきた四本の霊装に乗りあがった!?さながらトーテムポールの様に縦に連なっておりますが安定感など皆無。にも拘わらず揺らぎすらしていない体幹、それにあの高さを一息で飛ぶ跳躍は雑技団顔負けです!!』

 

 

『考えたな。黒坊の遠距離攻撃は精々剣を投げるくらい、そんな博打を百中で決められるほどアマちゃんの腕は未熟じゃない。場外に霊装を突き立てるのも足を付けずに空に居座るのも、少ないが前例はあるし反則でもない。勿論何もしなけりゃ遅延行為だが飛び剣が獲物ならその心配もねえ。さて、態々あんな面倒な事して何を狙ってんのかね?』

 

 

 剣が突き刺さっている位置はリングの端から遠過ぎず近過ぎずの絶妙な場所であり、一輝から仕掛ける場合は剣を投げるかリングアウト覚悟で飛びかかるかのどちらか。前者は当然『幸運』に遮られるし、後者にしても相手の居場所までの滞空時間があり過ぎて辿り着く前にハリネズミにされるのがオチだ。『抜き足』でギリギリまで察知されずに接近するのもありだが、何故か(・・・)覚醒の無意識に入り込めない様ないやらしい配置で剣が突き刺さっているため現時点では不可能である。

 

 

「…なるほど、確かに僕が打って出る手段は『今の所』存在していない。けど、逆に君はどうなのかな?」

 

 

「もっちろん!じゃなきゃこんな足腰にクる運動なんてしない――よっとッ!!」

 

 

 およそ不安定な足場で放ったとは思えない強い溜めと共に霊装を二本、()()()()()()()()()()()()投擲する。すると突き刺さった刃をバネに跳ね返り、同時に一輝へと襲い掛かった。当然迎撃していくが、弾き飛ばした端からまた突き刺さった霊装に跳ね飛ばされ再度一輝の元へと飛び込んでくる。

 

 

 しかも天音が繰り返し霊装を投擲して増やしていく上、飛び込んでくる霊装まで時折分身したかのように剣の影から増殖しそれが他の霊装に弾かれてさらに襲い掛かってくるから堪らない。それでもやられるばかりじゃないと一輝も突き立った霊装を斬り裂くことで起点を潰していく。しかし――――。

 

 

「あははッ!今更起点を潰しても無駄さ!これだけ数が増えれば宙に舞う霊装同士でぶつかり合える。ほらほら、早く対処しないと手遅れになるよ!!」

 

 

 囃し立てる天音をよそにリングの上の剣戟は増していくばかりだ。その数は優に三十を超えており、そろそろ剣術で処理できる限界を超えてくる。しかし一輝は極めて冷静に、状況の分析と打破のタイミングを計っていた。

 

 

「(どれだけ加減を加えても減らないか。弾くのが駄目でも、他にも対処法はある!)」

 

 

「(―――目に映る光は消えてない。そうだよね、この程度で君を倒せるなんて考えちゃいないさ。でもね、ステラちゃんや王馬さんみたいに薙ぎ払えない君の取る選択肢は限られてくる。なら、もうすぐ()()()()()()()()ッ!)」

 

 

 そして剣の乱舞は終息する。止めとばかりに360度から飛来する銀剣に対し、一輝は制服の上着を脱ぎ捨てさながら闘牛士のマントの様に絡め取った。発想の転換に会場が湧きたちかけたその瞬間――――上着の隙間から見えた天音の笑みに悪寒が全身へと駆け巡った。

 

 

 

 ―――――『ドゴンッ!!』

 

 

『なんとぉッ!?吸い込む様に霊装を絡め取った黒鉄選手の上着が、突然重力が増したかのように地面に叩き付けられた!!こ、これは一体……!?』

 

 

『…してやられたな。あのアホみたいな絨毯爆撃も、縦横無尽の飛び剣も全部ああやって防がせるための布石だったのさ。黒坊じゃ霊装を消し飛ばしたり、彼方へ放り飛ばしたりは出来ないから対処法は絞られる。だから絡め取られた瞬間、霊装の傍で爆発的に銀剣を増やしたのさ』

 

 

『な、なるほど。天音選手は本来一本か一対が原則なのに大量展開が出来るとても珍しい霊装ですからね。しかもある程度遠隔地でも顕現できるという特徴を生かした奇襲の成果が、()()()()()()ということですか』

 

 

『そういうことさね。咄嗟に指だけでなく関節まで外したのは流石黒坊だけど、()()()布に引っかかったみたいだね。どうやら小指の腱がイカレみたいだ』

 

 

 一輝は様々な技術や業を駆使して闘う、まさに千科百般の騎士だが突き詰めてしまえばその技能は全て刀に集約している。よって一輝にとっては眼球を抉られるより指を切り落とされる方が損失としては大きくなるのだ。況してや、小指というのは物をしっかりと握るうえで不可欠な代物であり、とてもではないが先程の様な飛び剣を防ぐ事は出来ない。

 

 

 全ての試合を加味しても、間違いなく最大の大手を一輝に決めた天音は即座に必勝の一手に移る。しかしその動作の間に割り込んだ、勝利への手応えが生んだ一瞬の隙に――――――今度は一輝がリングから姿を消した。

 

 

「――――――え?」

 

 

 そして次の瞬間、青い妖光を纏いながら(・・・・・・・・・・)目の前に姿を現した一輝を見て、天音はパニックに陥った。

 

 

「~~~~~ッ!!?」

 

 

「―――ようやく、君を捕まえた!!」

 

 

 混乱する頭をよそに、体に染みついた動きが場外判定に逃げようとする。しかし飛んで逃げるより一瞬早く一輝が追い付き、『抜き足』の間で拾った霊装(アズール)で天音の足を切り裂いた。その後は地面に突き刺さった『アズール』を弾き飛ばし、着地と同時に入った審判の制止に従い舞台へと舞い戻った。

 

 

 チェックメイトまで追い込んでおきながら、一転して窮地に追いやられた事実に天音は真っ青になる。既に一輝はリングの上で万全の態勢に整えており、一刀修羅が切れるまでまだ時間がある。

 

 

 対して自分は足を負傷してしまった所為で歩くことすら困難であり、通常の一輝ですら喰らい付くのがやっとの腕では次の一閃を凌ぐのは不可能だ。

 

 

「(突き立ってた霊装を砕いていたのは起点潰しじゃなくてこのためかッ!)」

 

 

 この事態に陥った原因は『過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)』と天音の認識のずれにある。一輝が『抜き足』を使えない様セッティングしたのは『過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)』であり、日本武術に疎い天音にとってこの業は致命傷に成り得るものであり、そんなものをこの『幸運』が許すはずもない。

 

 

 しかし天音はその業を知らない。そして女神の声を聞けない彼と幸運の認識のズレが致命傷となり、一輝の狙いや自身の伐刀絶技の配慮を見抜けなかったのだ。

 

 

「……仕方ないか、これはあんまり使いたくなかったけど。旗色が悪くなったからってすぐ諦めるほど、僕は行儀の良い子じゃないんだ。いくよ、イッキ君」

 

 

 痛む足を引きずりながらリングへと戻る天音の体から灰色の魔力光が立ち上り、たちまち幾本もの『腕』へと形状を変えると天音を抱きしめるように包み込んだ。新たな状況に眉を顰める一輝だが、灰色の中に迷い込んだ虫が突然墜落しもがき苦しむ姿を見て大凡の予測を立てた。

 

 

「―――視覚化するほどの能力の圧縮、それに伴う強制力の強化か」

 

 

「その通り、『過程を無視して病に侵された結果』を押しつけるんだ。死んだり後遺症が残ったりしない様気を付けてるけどね」

 

 

 そう言いながら右腕に霊装を顕現させると、間髪入れずに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な、何を――――ッ!」

 

 

「つぅ~~~ッ!!な、何でも何も、こうでもしないとイッキ君の斬撃なんて受けて立ってられないでしょ?」

 

 

 灰色の繭の間合いは一輝の間合いより僅かだが広い。しかしこの伐刀絶技は相手の実力次第では効果が出るのに時間差が生じるという欠点がある。それは即ち、動かない(自分)へ万全の一撃が加えられることに他ならず、逃げられない天音は必ず一度は一輝の斬撃を甘んじて受けなければならないのだ。

 

 

「ほら、無駄口を叩いてる暇があるの?僕はとっくの昔に覚悟が出来てるんだから、ビビってないで早くおいで」

 

 

 震える足を隠しながらも、一切の迷いなく啖呵を切った天音に一輝も覚悟を決める。元より一刀修羅の持続時間は30秒を切っており、手をこまねいていては取り返しがつかなくなる。それになにより、不退転の決意を見せる相手に背を向けるなど一輝の騎士道においては有り得ない。

 

 

「――――わかった。僕の最弱(さいきょう)をもって、君の凶運(さいきょう)を乗り越える……!」

 

 

 一切の迷いを振り捨てて、一輝は仁王立つ天音へと渾身の『犀撃』を放つ。当然ながら身動きの取れない天音の霊装を易々と打ち砕き、当たり前の様に彼の胸を掻っ捌いた。

 

 

 対する一輝も、『末期の筋ジストロフィーになった結果』を受けた右腕がその衝撃に耐えきれず捥げ、全体重を乗せて踏み込んだ右足も『末期の骨粗しょう症になった結果』を受けて骨折。崩れ落ちた時の衝撃でひざを起点に右半身の骨が粉砕され、夥しいほどの出血を起こしている。

 

 

「げ、は…あぁッ!!小細工(・・・)まで…した、のにまるで、意味がなかったね……ッ!」

 

 

「~~~ッ!!うぐぅ……ッ!!」

 

 

 切り裂かれた胸から鮮血が噴き出る天音だが、灰色の領域から可能な限り体を逃がそうとした一輝の踏込が半歩甘かったこと、そしてこっそり服の中へと仕込んでおいた銀剣のお陰で辛うじて致命傷を免れていた。それでも瀕死の重傷には違いなく、足に突き刺さった霊装の痛みが無ければ即座に気絶していただろう。

 

 

 対して一輝は、意識こそはっきりしているが右半身が完全に崩壊してしまい霊装を杖代わりにしなければ立つこともままならない。例え左側が無事でも戦うことはおろか、剣を振る事すら叶わないだろう。

 

 

「…諦める、もんか。君に切り伏せられて負けるのは良い。けど、自分自身になんて負けるもんかあああァアッ!!!」

 

 

 既に灰色の魔力光は消え去り、足から引き抜いた霊装一本を手に近づいてくる天音。その歩みはたどたどしいと言えるほど弱く、しかしどれだけ血を流そうが壊れた右足が悲鳴を上げようが決して止まることなく踏み出し続ける。そしてとうとう一輝の眼前へと辿り着き、しっかりと握りしめた右腕を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

 ―――――カツンッ。

 

 

 

 

 

「――――――あ……ッ」

 

 

 ……もし天音があと少し待つことが出来れば結果は変わっていたかもしれない。一刀修羅が切れるより僅かに早く間合いに入ってしまったが故に、彼の全身へと振動が叩き込まれた。

 

 

第六秘剣――《毒蛾の太刀》。地面を流れる様に走った浸透剄は疲労度と怪我の深さ故に本来の威力とは比べ物にならないが、満身創痍の相手に引導を渡すには十分な一撃となった。

 

 

「……悔しい、なあ。でも…僕、最後まで諦めなかったよ……マツ君………ハル―――――」

 

 

『し、試合終了―――――ッ!!息をも吐かせぬ接戦、お互いに全身を朱に染めながらもこの闘いを制したのは『無冠の剣王』、黒鉄一輝選手!!』

 

 

 崩れ落ちた天音の感慨に満ちた独白を最後に、第三試合は幕を下ろした……。

 

 

 

 

 




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第三十五話 《深海の魔女》 VS 《騎士殺し》 ①

 と、投稿が遅れに遅れて申し訳ありません。ちょっと私生活に忙殺されてました。しかも年末は実家に帰るので今年度の投稿はあと一回あるかどうかになりそうです。できれば今年中にリクエストに手を出したかった・・・orz


 あとすまない王馬、君とステラの戦いは全面カットなんだ。本当にすまない……。テコ入れしてない二人だと原作から変化させづらいんだ、本当に申し訳ない。


 

 

 

 

 

『―――――さあ、第二試合も終了し残すところあと2戦!しかし西京先生が仰られた通りヴァーミリオン選手と王馬選手は末恐ろしい二人でしたね。まさしく火力対火力と言った感じでッ!』

 

 

『まあ火力もそうだけど技術も相当なもんだったぜ?素人受けする戦いぶりなのは確かだけどさ。まあそれよりも何よりも、そんな才能の原石を2週間足らずで磨き上げたこの寧音先生こそがあの試合のMVPなんだけどな!』

 

 

『あ、はい』

 

 

 

 会場を粉砕しながら白熱した第二試合は、実力伯仲の接戦と言う大衆の予想を覆すものであった。人に在らざる『竜』の力―――幻想の領域にある力を開花させたステラは、その圧倒的な力を思う存分王馬に叩き付け勝利を収めた。

 

 

 しかし、このステラによる大躍進を以てしても連盟を取り巻く逆風を吹き飛ばせるほどではなかった。何せベスト8に残った選手は半数が連盟脱退派の暁学園であり、しかも残る半数のうち二人は連盟規定に置いて『戦力外』とされるFランク、さらに輪を掛けるのは全員が一年生と言う有様だ。

 

 

これでは連盟のカリキュラムの精強さを主張しても何の説得力もなく、仮に暁学園を全て撃破したとしても脱退運動を抑えきれない可能性が高い。そして、それ以上に悩ましいのが、次に出場してくる選手の存在だ。

 

 

『さて西京先生、お昼休みを挟んで始まる後半戦ですがどのように予想を立てられますか?破軍学園一年の黒鉄珠雫選手は1回戦にて、昨年ベスト3にして謂わば先生の妹弟子にあたる浅木椛選手を下したことからもその実力は本物です。しかしあの反則染みた魔力を持つ彼岸待雪選手は厳しいのではないかと』

 

 

『誰があのタコジジイの弟子だってッ!?……こほん、ま、まあさっきのステラちゃんの試合があるからそう思うのは仕方がないかもねえ。けど、うち(破軍)んとこの生徒はくーちゃん―――あのKOK世界第三位《世界時計》が勝機を見出したからこそ送り出した秘蔵っ子らだぜ?

 まあ期待して待ってなよ、男子三日会わねば括目せよってね。唯の野郎でそれなんだ、本物の益荒男(黒鉄一輝)の背を追い続けた嬢ちゃんの成長なら、ひょっとしてひょっとするかもな』

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

『―――それではもう間もなくインターバル終了時刻となります。関係者は15分後までに所定の場所へお越し下さい。それでは次のコーナーです!観客席から前半戦を終えた感想を皆さんに聞いて回ることにしましょう』

 

 

『いやあ今年も凄いねえ。ワシはあの紫乃宮っちゅう子が一押しやわ!最初はなんやなよっとした坊主やなて侮っとったけど、《無冠の剣王》に切った啖呵に惚れたわッ!!ホンマもんの『漢』はあの子のことを言うんやろなあ』

 

 

『―――正直言うと旦那の付添いなんです。血が出たり刃物が体に入る瞬間なんて身が縮こまりそう……けど、何故か『野蛮』とは思えないんですよねえ。直で見ると分かるんですけど、彼ら皆の表情がとても綺麗なんですよ、だから文句を言いつつも毎年来ちゃうんですよね』

 

 

「……これは後できちんと録画して見せてあげないと。この人たちが抱いた混じりっ気なしの称賛は、君自身が掴みとったんだよ。まあ、この寝顔を見れば欠片も未練はないんだろうけど」

 

 

 適切な治療を受け眠っている紫乃宮に話しかけているのは彼岸である。健闘を称えたかったのと、第四試合に予定されている兄の試合に間に合うよう治療に来たからだ。しかしあまりにも満ち足りた寝顔を見てその考えを改める。どうせ消える傷とはいえ今の彼にとっては紛れもなく勲章であり、それを外野が安易に穢すわけにはいかない、と。するとそこに――――。

 

 

「―――おや、まだ此処に居たのかね。そろそろ行かないと間に合わなくなるよ」

 

 

「ふははッ!さしもの《地祇(くにつかみ)》といえど竹馬の友は心配と見える。しかし魔神よ、今そやつに捧げるべきは騎士としての守護ではなく勝利の凱歌に他ならんッ!!」

 

 

「彼岸様、お嬢様は『紫乃宮ちゃんは私達が見てるから、とびっきりの弔い合戦をお願いねッ!』と仰っております」

 

 

 やってきたのは月影総理と風祭凛奈、そしてメイドのシャルロットだった。前者はともかく後ろの二人がやってきたのは、単純に彼岸以外で最も親交があった『暁』が彼女だったと言うだけだ。

 

 

 自身ではなくその能力に比重が大きい《隷属の首輪》というシンパシーもあるが、親が厳格かつ進行形でテロリストであるが本物の愛情を貰って育ち、日本屈指の財閥令嬢に生まれ、何より血潮を熱くさせる激情(厨二病)に支配された彼女は心身ともに非常に恵まれており紫乃宮の『幸運』についても『へーすごいなー』くらいにしか思わないのである。

 

 

 こことは違う有り得た可能性の世界であれば、絶望に染まった紫乃宮はその境遇に嫉妬すら覚えたのだろう。しかし親友、そして憧れに支えられた彼はとても社交的なこともあり、非常に友好的な関係を結んでいる。流石のシャルロットも、触りだけとはいえ紫乃宮の境遇は聞いているので彼に関してはいつもよりブレーキを利かせて大人しくしているのも理由の一つかもしれない。

 

 

「それにしても、《夜叉姫》は随分盛り上げてくれるね。新宮寺君―――私の教え子は君の兄だけでなくあの子たちまで君を打倒し得ると思っているそうだ」

 

 

「そうですね、しかしそれほど不思議ではないでしょう総理。彼らは放っておいてもきっと『そこへ至る』。何れそうなるというのなら、それが今日であっても不思議じゃない。という訳で行ってきますね」

 

 

 あっけらかんとした姿勢のまま彼岸は退室した。彼の強さを知る者達はその後ろ姿に全幅の信頼を寄せているため今更いうことなど無い、()()()()()

 

 

「――――チッ、気に入らねェ」

 

 

「む?お主も来ておったのか《不転》。我と同じく見舞いに来たのか?」

 

 

「……クライアントを一人にする訳にいかねェだろ、まだ報酬も受け取ってねェ内に死なれちゃ困るからな」

 

 

 部屋の死角から姿を現した《不転凶手》多々良はそう風祭に返す。普段月影と行動している王馬が今日試合な上に満身創痍になってしまったため、代理として彼女が護衛もどきを担当している。実際問題『暁』の躍進と上級生の不甲斐なさから連盟の運営陣はかなり頭を抱えている。ここで短絡的な馬鹿が阿呆な真似に出ないとは言えない状況にあるのだ。

 

 

「面倒を掛けるね多々良君。……ついでに聞いておきたいのだが、君は彼の何が気に入らないのかね?敵なら理不尽の極みだが、これほど頼もしい味方はそう居ないよ」

 

 

「アタイが気に入らねェのはあいつが妙に『()()()()()()()』からだ。あの野郎、今まで手ェ抜いて生きてやがったんだろ?温い授業は出てただろうが試合―――アタイらからすりゃ茶番だが実戦もほぼ未経験。だってのにあの落ち着き様と脱力は何だ?」

 

 

 そう、経歴だけで見れば待雪は『才能だけは最高のひよこ』な筈なのだ。一度も本気の殺し合いの場に立ったことのない『戦争処女(アマチュア)』でしかない存在がどれ程脆いかは、入学したてのステラと今の彼女を比べれば瞭然と言えよう。

 

 

 それを念頭に置いて考えれば、一昨日の試合は異常としか言いようがない。《鋼鉄の荒熊》は確かに真っ直ぐ過ぎる攻め方であったが多々良から見ても優秀な伐刀者だった。『王馬を打倒するために鍛え上げた』と豪語するだけはある覇気を纏っており、あんなもの素人が正面から迎えれば普通はビビッて固まるだろう。

 

 

 だが待雪は涼しい顔をしてそれらを流し、触れることすら許さず粉砕してみせた。あの時殺しても直せるからとはいえ、あっさりと実行してみせた『慣れ』も堅気とは思えない。あの姿は、まるで物語のページ(過程)を端折って『既に完成図が用意された英雄』を引っ張りだしたかの様ではないか、と。

 

 

「―――やはり君は優秀な『殺し屋』だ多々良君、よくそこまで観察してみせたものだ。君の気付きは正しく正鵠を射ている。まあ彼の司る『因果』を知ればその不信は払しょくされる筈だ。もし新宮寺君の教え子が真実優秀なら、それが何なのか分かるだろう」

 

 

 それだけ言い残すと風祭たちにこの場を任せ、今度はサラと王馬の所へ向かうべく月影も病室を後にした。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

『―――ご来場の皆様、大変お待たせしました。これより午後の部第三試合を開始いたします。それでは選手の入場です!!』

 

 

 

 ほぼ同時のタイミングで入場する珠雫と待雪、どちらも緊張や強張りなど一切ない自然体で在りながら、長々と双方の説明に入る解説など欠片も届かない程全神経を集中させていた。

 

 

「……なるほど、《隻腕》が言っていた通り大した御嬢さんだ。本当に『黒鉄』の人達には驚かされる」

 

 

「それ、貴方にだけは言われたくない言葉だと思いますが」

 

 

 気安く話しかけてくる待雪に対し、元々饒舌でもない珠雫は短い返答で早々に打ち切り開始の合図を待つ。元々語り合うような間柄でもないし、それ以上に声を聴いた瞬間まとわりついてくる感覚が面倒だったからだ。

 

 

 待雪が有する伐刀絶技の一つである『無意識へ干渉し好意的な感情を植え付ける能力』、制御不能で好き勝手にまき散らすお世辞にも趣味の良い力ではないが珠雫には特に嫌悪感は無かった。常日頃自身へ媚び諂う人々の悪想念が身に染みている彼女だからこそ、この能力に悪意が籠められて無い事を感じたからだ。埒外の力を持つ『異端』である彼が人の輪に留まる為の処世術なのだろうと推測する。

 

 

「(それになにより、下手にこの人を怒らせたら冗談抜きで人が少なくなるでしょうし。……馬鹿や屑が減るのであれば個人的にはむしろ歓迎しますが」

 

 

「……?何か途中から口に出てたけどどうしたの?物騒なワードが聞こえたけど」

 

 

 闘いの直前とは思えないくらい、言い換えればとてもらしくない行動をする自身の体から、珠雫は自身が思っているより遥かに緊張しているのだと自覚する。例えどれだけイメージを固めて戦う準備を進めても、目の前の化け物が放つプレッシャーは想像を遥かに超えている。

 

 

「(やはり正面きっての戦いは無理、とにかく『奥の手』が発動できるまで如何に時間を稼ぐかが勝負の鍵ッ!)」

 

 

 努めて冷静さを取り戻すべく、珠雫は試合前に散々組んだシミュレーションを反芻する。そして自身に『水使い』の能力を浸透させ無理やり意識を鎮静化させる。そして――――丁度落ち着いたタイミングで、試合開始の合図が放たれた。

 

 

 

『さあ始まりました第三―――なあッ!?か、彼岸選手が初手から動いたあァッ!!突如珠雫選手のいた場所を中心に爆発が発生しましたが西京先生、これはッ!?』

 

 

『……なるほどねえ、妹ちゃんが居た空間を大気諸共揺さぶって超振動を創った訳か。しかも開始の合図からコンマ3秒とかそりゃ避けれんわ』

 

 

『これは流石に珠雫選手も万事休すか……いやッ!な、なんと珠雫選手無傷で土煙から姿を現しましたッ!!?予期していたのかそれとも対応してみせたのか、どちらにしても並大抵の業じゃありませんッ!!』

 

 

 大気で編まれたミキサーに粉砕される直前、『青色輪廻』で何とか離脱した珠雫は、命の危機によってようやく空回りを止めた頭で冷静に待雪を睨みつける。その当の下手人は―――。

 

 

「これが噂の『青色輪廻』か、一瞬で発動できるとは素晴らしい魔力制御だ」

 

 

 呑気に称賛、拍手さえ送ってくるが視線や意識は欠片も緩んでおらず、油断なくこちらを観察している。

 

 

「(どうせなら少し位隙があると良かったのだけど。まあ良いわ、『青色輪廻』が使えたなら第一段階は突破。次は……)――『青色輪廻・略式』」

 

 

 再び珠雫から青い燐光が発すると、それらが集まり別の個体へと変性する。姿を現したのは、一頭の有翼の白馬。そして無数の白鴉が嘶きと共に飛び出してくる。

 

 

 『青色輪廻・略式』。これは自身の肉体の一部―――より正確に言えば老廃物や不要物のような『元に戻さなくても特に支障が無い部分』へ『青色輪廻』を施し、且つ気化させたそれらを別の個体へと造り替え使役する能力である。これにより自身へかかるリスクを極限まで減らし、さらに乗り物や攻撃手段とすることで珠雫の矮躯を補うことが出来るのだ。

 

 

 お誂え向きに昼休みを挟んだこともあり、小食な珠雫が周囲(特にアリスや一輝)に本気で心配されるレベルで胃に食料を詰め込めたので大量の軍勢が召喚されることとなった。

 

 

 天馬に跨った珠雫は空へと上がり猛スピードで駆け続ける。待雪は自身へと襲い来る白鴉を加我の時と同様圧し止め粉砕するが、気化した存在は割いても砕いても暖簾に腕押し。再び集まって体を成すか、もしくは合わさってより大型の個体へ再構成されていく。

 

 

「(…さて、何を企んでるのかな?こんな軟な攻勢じゃ年を跨いでも倒せないのは承知のはずだけど。それに、『青色輪廻』を解除して馬で逃げるってことはまだ連続使用は長時間出来ないのかな。

まあ何にせよ状況を変えるか、『略式』とやらに無意識は存在しないみたいだし)」

 

 

天馬や白鴉の距離感や体感速度へアクセスするも成果はなし。どうやら内部に強力な演算装置でも用意されているらしく、無意識が介在する余地が無いらしい。ならば力尽くで面制圧と行きたいが白鴉が視界を遮り、蹴散らしても制御された水分が的確に太陽光を目に向けて反射させて来るので無理やり視線をずらされてしまう。

 

 

ならばと待雪が手を翳した瞬間、一瞬稲光が発生した後無数の白鴉と天馬は消滅した。以前破軍学園でもやってみせた、『気温』を概念強化することで瞬く間に水分を吹き飛ばしてしまったのだ。かなりの高度から落下する珠雫だが、武芸を身に着けた魔導騎士にとってこの程度大したことではないが着地までの隙は如何ともしがたい。完全に失せた水分を再び発生させる隙など待雪は与えはしない。そのままケリを突けようとする彼は――――。

 

 

 

 

 

「……?―――ッ!?な、なんだこのにお……げほ、ごほッ!?くっっっっっっさッ!?」

 

 

 突然鼻に飛び込んで来たとんでもない『異臭』に意識を持っていかれ追撃を断念させられた。

 

 

「―――あら、賭けに勝ったのは私みたいね。確証は無かったけどやはりあってしかるべき『自然物』に対しては自動防御は発動しない様のね」

 

 

「うえええ、な、何をしたんだッ?毒の類は聞かない筈なんだけどな……ッ!?」

 

 

「ええ、そうだと思ったわ。『死んだ事実さえ塗り潰せる』なら毒を調合しても『食らう前』に戻せば良いだけだもの。だからさっきの『青色輪廻・略式』にはある細工をしておいたのよ」

 

 

 先程も説明してたが『青色輪廻・略式』には戻さなくても不都合が無い物質が使われている。その中で珠雫が着目したのは、人間が自ら生み出し無害化した元猛毒『尿素』だ。強力な臭気をもつこの物質を気化した際に更にその異臭レベルを強化し、その上で『略式』に潜伏させる。完璧にコントロールされている間は匂いを一切感じさせることは無いが、一度制御の要である『水』が消えてしまえば、手綱を放たれた最臭兵器はその猛威を発揮する。

 

 

 しかも自身にとっては解除されても無害なのを良いことに、匂いを『ホンオフェ』以上に高めているのだ。世界で2番目に匂う食材であり、口に含んだまま深呼吸すれば失神しかねないほどの異臭を上回るその暴力は、しかし成分上匂って当たり前な上害も毒性も無い為知らなければ無意識の防御も発動しない。そのため待雪にとっては下手な猛毒より余程効果があるといえよう。

 

 

「……正直自分から醜態を晒すようで嫌だけど、この闘いに勝つためならこの程度の恥は甘んじて受けるわ。お陰で準備も整ったことだし」

 

 

 ようやく前後不覚から解放され、『匂いがあった事実』を消した待雪はその『声』に違和感を覚えた。先ほどより少し低いその声はまるで大人が発するそれであり、涙で霞んだ視界を拭えばその正体がなんなのかはっきりと認識した。

 

 

『――――――は?』

 

 

『――――ゑ?え、な、は…?し、珠雫選手が居た場所が白霧に包まれたと思えば、中から特徴の良く似た別人が……???』

 

 

 観客席からも素っ頓狂な声が漏れるがそれも無理からぬことだろう。身長は10センチほど伸び、肩甲骨あたりまで伸ばした銀髪、そして魔力で編まれた白無垢のような衣装に身を包んだまるで『大人になった』珠雫が現れたのだから。

 

 

 

「――――――『青色輪廻・極式 観骨雨迦(かんこつうか)』、貴方を倒すために編み出した業よ」

 

 

 そう一言呟き携えた霊装《宵時雨》を待雪へと向けた瞬間―――彼の右腕がまるで『青色輪廻』を受けたかのように気化、霧散した。今まで傷どころか接触すらさせなかった待雪のクリーンヒットに、会場のどよめきがさらに大きくなる。当の待雪すら信じられないものを見る目をしている。

 

 

「お兄様以外の男にこんなにも時間と労力と感情を費やしたのは生まれて初めてなんですよ?もし期待外れだったなら……私、どうしてしまうか分かりませんよ?」

 

 

 ――――酷薄な冷笑を浮かべ、絶氷の美姫は降臨した。

 

 

 

 




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第三十七話《深海の魔女》 VS 《騎士殺し》 ②

 新年あけましておめでとうございます。
……はい、盛大に大遅刻をして申し訳ありません。寝正月からなかなか意識が切り替わらない所為で書き方を忘れた章介です。

 こんなダメな作者と作品ですが、今年もよろしくお願いします。


 

 

 

「―――な、ななななによあれッ!?し、珠雫が、あの可愛らしい子が大人の女性にッ!!!?」

 

 

「・・・シズク・・・大きくなっても胸は慎ましいままなのね・・・・・」

 

 

「おいお前ら、気持ちは分かるが現実逃避から早く帰って来い。あとステラ、それ絶対あいつの前で言うなよ?今のあいつと闘り合うのはお前さんでも少しキツいぞ」

 

 

 目の前の事態に頭が追い付かないアリスとステラが其々の反応を示し、春雪が何とも言えない表情でそれに応対する。隣で苦笑して見遣る一輝も事前に知っていたから余裕の反応だが、初めて見た時は似たようなものだった。

 

 

「ほらアリスもステラも落ち着いて。春雪、ちょっと解説をお願いしても良いかな?僕も詳しい仕組みが知りたいし、ステラたちも少しは落ち着くと思う」

 

 

「わかった。あの伐刀絶技『青色輪廻・極式 観骨雨迦』はその名の通り『青色輪廻』の派生技だ。一度肉体を気化し、その後再構成する―――その大元は同じなんだが、最大の違いは再構成を自分ではなく『運命に定められた括りの内側で大成した最盛期の自分』へ造り替える点だ」

 

 

 一輝からの要望に春雪は上機嫌で答える。本来ならこういった手の内を晒す行為は好きではないのだが、どうやら自分が関わった才能の開花を自慢したいらしい。人付き合いが無さ過ぎた所為で本人も無自覚だが、意外に師匠馬鹿の気があるようだ。

 

 

「珠雫が考え抜いた、マツだけじゃなくお前達との戦いを見据えて編み出した鬼札さ。どうしても温室育ちのあいつじゃたかが2,3週間地獄を見たくらいじゃ彼我の経験差は埋め難い。道理を万象ごと捩じ伏せる魔力馬鹿や、剣のみの試合とはいえあの《無缺》南郷を間合いに踏み込ませなかった剣術馬鹿を相手にするのに、『学生』に過ぎない肉体は脆すぎる。

 

 

 ―――だから『造り替えた』んだよ。学生で無謀なら大人で挑めば良い、魔力制御においては間違いなく『神童』の天才様が血反吐流した果てに至る境地で挑むなら、不足なんざある訳ない。そうだろ?」

 

 

 言葉にしてみれば単純なこと、アマチュアの試合で勝てないのでプロ選手を動員しただけの話。必ずしも公平である必要のない魔導騎士の理屈で言えば正しいが、そう簡単なものではない。

 

 

「いや、確かに一輝達みたいな規格外と闘うならそれくらいしなきゃいけないのは分かるけど……そもそもどうやって『未来の自分』なんて用意できたの?知る筈のない存在を創り出すなんて不可能でしょう?」

 

 

「ああ、そっちの話か。あるじゃないか、自分の何がどれだけ成長してどこまでもつかを先んじて決めてる、まるで運命みたいなものが」

 

 

「……まさか、遺伝子のことかい?」

 

 

 困惑するアリスに対し、一輝は半信半疑ながら珠雫の業の要を予想する。そしてその気付きは正しく正解だった。

 

 

 人の成長や限界は遺伝子を基に作られている。勿論それは生まれた時点で全てが決まっているなどというものではなく、環境や食物、教育といった外的要素によって大部分が決定する。とはいえ、珠雫は高校1年生であり成長期は終盤に差し掛かっており、DNAに埋め込まれた設計図はほぼ珠雫の運命といって差し支えない。その因果関係を触媒にこの魔術を完成させたのである。

 

 

「まあ負担も洒落にならんがな。俺の餞別も考慮したとしても良くて5分が限界だ、だがそれまでのあいつはKOK世界ランカークラスの化物さ。そら、試合が動くぞ」

 

 

 

~~~~~

 

 

 

「………『征こう、《偽・創世神器(ホツマツタヱ)》』」

 

 

 呆けた表情もすぐに納め、待雪は今大会で初めて自身の霊装を呼び起こす。動揺は一切ない、まさか理の内側にいる人間から傷を負うとは思っていなかったがある意味で()()()()()()。せっかくこんな騒がしい舞台まで待ったのだ、兄以外肩すかしなどそれこそ興醒めだ。

 

 

 とはいえ、目の前の少女―――現在は何故か淑女になっているが―――は待ち焦がれた難敵に違いない。だからこそ彼もようやく『戦う』気になったのだ。

 

 

『おおっとォッ!!彼岸選手、ここに来てようやく霊装を抜きました!しかし今の彼は隻腕、少々黒鉄選手を舐め過ぎていたということでしょうか、西京先生』

 

 

『どうだろうねえ、あの坊やの『底』はウチでもなかなか―――ッ!?あいつはッ!!』

 

 

 突然、西京が椅子を蹴飛ばしかねない程勢いよく席を立つ。何故なら彼岸の霊装から迸る黒い瘴気は彼女に真新しい『屈辱』を思い出させるからだ。

 

 

『くーちゃん、絶対に観客席(うしろ)に通すな!そいつはマジでやばい!!』

 

 

『ちょッ!?さ、西京先生!!急にどうしたんで―――』

 

 

『後にしなッ!あれはウチの黒刀・八咫烏(あいとう)を霊装ごと『消し去った』業だ。生身なら掠っただけでどうなるか分かんだろ!?』

 

 

 本気で焦る西京の口から出た一言に新宮寺以下職員、そして何より相対する珠雫の警戒度が一気に最大まで高まった。魔力総量こそステラに劣るが、日本でも最強クラスの魔力量と何より地上から宇宙にまで届く絶大な干渉力を持つ《夜叉姫》の伐刀絶技を霊装諸共破壊する一撃。それが如何に規格外なものかは、伐刀者なら誰でも理解できるからだ。

 

 

「――――ッ《凍土平原・氷蛾》!」

 

 

 珠雫が繰り出したのは、学園でも幾度となく披露した十八番。辺り一面を氷で覆うことで彼女以外にとって最悪の足場へと変え、加えて既に出現している氷を触媒にすることで他の業の発生を格段に早めることが出来る伐刀絶技。そして今この状態だからこそ出来る()()()を終えて迎え撃つ態勢を整える。

 

 

 それに対し待雪が仕掛けたのはその場で剣を一振り、ただそれだけ。しかし音が聞こえない見事な一閃はまるで振り払うように黒いナニカを引きはがし、そしてそれは三日月状に姿を変えて()()()()()()()()()()()()()珠雫へと飛来した。

 

 

 遠距離攻撃は想定の範囲内、珠雫は瞬時に厚さ5メートルを超える氷塊を精製し時間稼ぎに使う。…がしかし、次の光景は流石に想定外だった。何せ通常時の数十倍の密度と強度を持った塊が、金剛石にも勝る強度が豆腐の様に引き裂かれ一瞬すら持たなかったからだ。

 

 

 氷塊がリング諸共砕け散り爆発、珠雫の姿は煙の中に消える。そこかしこから安否を気遣う声が上がるがそれ以上に不味いことがある。珠雫を襲った凶刃がそのまま勢い衰えぬまま観客席へと向かっているのだ。慌てて護衛役の騎士が総掛かりで魔力障壁を展開し盾となるが――――。

 

 

「――――へ……?」

 

「な、なんで止まら――――ッ!?」

 

 

 ―――まるで先程の焼き直し、防ぐどころか衝突音一つせず障壁が()()()()()()。その様に騎士達の表情がありえないと青褪める。魔力で編まれたものであれば、それが炎だろうが剣であろうが、はたまた非物質であろうが障壁は必ず干渉することが出来る。障壁を飛び越して本体へ干渉する、若しくは粉砕すると言うのであればともかく手応え一つ無いまま迫ってくる“黒”に全員が死を覚悟した。

 

 

「―――あれ?止まって……し、新宮寺理事長ッ!」

 

 

「早くしろッ!空間ごと“そいつ”を抑えているが長くは保たん!!」

 

 

 しかし間一髪のところでそれは停止した。新宮寺黒乃の伐刀絶技《時間凍結(クロックロック)》を最大稼働して辛うじて食い止めたのだ。しかしこの均衡も長くは続かない為早急に対応しろと、常の態度からは考えられない焦りと共にそう告げた。

 

 

 だが、護衛役達はどうすることも出来ず狼狽えることしか出来ないでいる。それも当然の話であり、障壁が効かない以上物理、概念、因の果何れかで潰すなり矛先を変えるなりしなければならない。と言っても珠雫の氷塊以上の盾は作れず、新宮寺より上の因果干渉系能力者等連盟に居る筈もないためどうすることも出来ないのだ。そう、()()()()()()()()

 

 

「――――第七秘剣《雷光》」

 

 

 一太刀、目にも映らないほどの斬撃が彼等の間に割り込み“黒”をカチあげる。空の向こうに消えたそれに全員が安堵するなか、何故自分達が手も足も出なかったそれを一輝が防げたのかを新宮寺は()()()()()()()読み取った。

 

 

「助かったぞ黒鉄、それから落合も。しかしさっきのあれは何なんだ?どうやって止めた」

 

 

「なに、ちょっとコツがあるんだよあの黒いのは。あれは概念干渉でも因果干渉系でもない、高次元干渉能力とでも言えば良いか。

例えるなら、俺達の世界が別の世界から見れば漫画や小説のようなもので、その上の次元の人間がコーヒーをぶちまけたとする。するとその下の字や絵が塗り潰されて『見る』ことが出来なくなり他の存在から認識できなくなる。そんなトンチみたいな方法で存在を“上から塗り潰して消滅させる”、それがあいつの伐刀絶技《羽々斬》さ。

……それよりも、向こうはそろそろ佳境のようだぞ?」

 

 

 

 春雪の言葉に一輝と新宮寺が舞台へと視線を戻すのとほぼ同時に、会場のあちこちから大きな悲鳴が響き、空中に鮮血が舞った。

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 ほんの少し時間を遡る。黒刃に氷塊を両断された珠雫は、()()()身体を気化させ紙一重で避けきった。そして反撃に身を転じるべく再構成を果たした次の瞬間、

 

 

 ――――カツンッ。

 

 

 氷原を踏み込む足音がひとつ。そうたった一歩で届く間合いに、しかもちょうど袈裟切りの軌道に全身がすっぽり入る位置に珠雫は姿を現したのだ。

 

 

「(しまったッ!?無意識の侵食、あれ程警告されてたのに……ッ!)」

 

 

 己の失策を悔いる彼女であったが、既に眼前へと迫る黒刃に成す術は無い。まるで《雷切》との一戦のように、珠雫は無防備なままその一閃を叩きこまれた。しかし―――――。

 

 

「………どういうことだ?胴を吹き飛ばしたつもりだったが」

 

 

 宙に浮かんだ鮮血は僅か、精々薄皮一枚掠めた程度だった。だが待雪の眼前に漂う蒼い蛍の様な灯りにその疑問の解を察した。

 

 

「―――《朽草雹舞》、大気に含まれる水分を触媒に、相手の魔力に浸透しこの『蛍火を生み出す』という何の意味もない伐刀絶技を相手の術式に紛れ込ませる。私自身で考案した貴方やステラさんに春雪さん、そしてお兄様に対する切札です」

 

 

 珠雫の窮地を救ったのは《朽草雹舞》の能力である『伐刀絶技の封殺』であった。通常、伐刀者は系統・触媒・伐刀絶技と自身の可能性を極限まで専門化させなければ世界に干渉することは出来ない。例えば、世界トップクラスの魔力量を持つステラや西京といえど、重力や焔龍と無関係な『水』で奇跡を起こすことは不可能である。

 

この伐刀絶技の最大の利点はそういった魔力の特性を利用したものである。この能力が浸透していることを知らぬまま伐刀絶技を使用すれば、まるでシステムエラーの如くその技は不発する。仮に水を司る能力者であっても、強者であればあるほど魔力制御の高さから無駄な魔力消費などしないため、この余計な術式分の浪費が影響し威力が激減するか最悪業として成立しなくなる程だ。しかも季節は夏、日本の大気には掃いて捨てるほど湿度が混入しており逃れることは困難を極める。

 

 

とはいえ珠雫の表情は依然暗いまま。何故なら切り札と見込んだ業を以てしても眼前の男を止めきれなかったのだから。原因は彼岸が真実『何でもあり』な男であり、制御不能な魔力の海に溶け込んだ術式ごと伐刀絶技を発動させてしまい、威力を殺ぐことが精一杯だったのだ。

 

 

 加えて、何時の間にか()()()()()()()()()()彼岸に珠雫は舌打ちしたくなった。あのドサクサに紛れて自分の腕を元通りにしたのだろう。死者蘇生が叶うならそれ位簡単だろうと頭では理解するがそれを瞬きの間に、しかも全く消耗もせずにやられたら気が滅入りもする。そこに加えて、さらなる一手が状況を悪化させる。

 

 

 

『――――キャッ!?な、なによこれ……ッ!』

 

『地震!?い、いや木も照明も揺れてねえ。じゃ、じゃあ震えてるのは……()()()?』

 

 

 観客はパニックを起こし、魔導騎士達も怯えを隠せないでいる。素人は地震と錯覚するほど自らの四肢を震わせ、伐刀者は理解不能な魔力の奔流に言葉が出ない。しかし本能的な恐怖が邪魔をするのか、はたまた原因が“余計なことはするな”と言外の恫喝を浴びせるからか。試合を中断させるような騒動は起こっていない。

 

 

 こうなった理由は単純明快――――怪物が本気になっただけだ。

 

 

 待雪にとって最大戦力である伐刀絶技《権能疑似再演》の一柱を受けて生きている以上、もう珠雫は路傍の石でも『成長を期待する手中の雛』でもない。全力を以て倒すべき、いや倒したいと切望する宿敵に他ならない。そんなバケモノの喚起に曝された珠雫は――――

 

 

 

 ―――()()()()()

 

 

「この瞬間を、貴方が出し惜しみなく本気を出すこの時を待っていたわッ!!」

 

 

 そして珠雫は最後のカードを切る。今日の試合全ての行動がこの瞬間のための布石、全魔力を注ぎ込み()()()伐刀絶技を発動する。

 

 

 

「永久氷結―――降臨せよ、《白亜の(きざはし)》」

 

 

――――ゾワリ、悪寒を感じた待雪は反射的に空へと手を翳し頭部を守ろうとした。が、その瞬間()()()()()()()。驚愕に目を見開くも、空には何もない。だがほんの僅かに月明かりのような白い光が自身を覆っていると認識した途端、僅かな間だが待雪の意識は暗転した。そしてその瞬間を珠雫は逃さない。

 

 

《白亜の(きざはし)》。それは珠雫が西京の禁技(シールドアーツ)《覇道天星》から着想を得た伐刀絶技であり、簡単に言えば大気の層の一つ『中間層』にある水分や氷に干渉し気化させ地上へと降り注ぐもの。夏場はマイナス100度以下となるその冷気をさらに天才的な魔力制御によって概念強化、液体窒素を遥かに上回る絶対零度をライデンフロスト効果を起こさせない様に作用させる。

 

 

地球で起こせる冷気や水で勝てないのなら、地球より外にある物を使えば良い。それが出来るだけの力が『青色輪廻・極式 観骨雨迦(いま)』の自分にはある。これで仕留めきれれば行幸だが、予想通りこの切札では待雪の命には届かない。そのための最後の鬼札であり、そのための布石は既に打ってある。

 

 

珠雫が組んだ術式が発動し氷を精製する、それは先程まで何度も見た光景であるが唯一にして最大の違いがある。それは珠雫が()()()()()()()()()()氷塊を編み上げている点だ。

 

 

布石の正体は大量にばら撒かれた《朽草雹舞》。さきほど蛍火を何の意味もないといったがそれはあくまで攻撃手段としての意味。この業の真骨頂は伐刀絶技の封殺ともう一つ、相手の魔力へと介入するという謂わばハッキングの入り口となることだ。

 

 

通常時であれば意のままに操るなど不可能だがこの一瞬、意識が明滅し制御が完全に失われたこの瞬間なら話は別。相手の全力の魔力に珠雫自身の魔力が相乗された、理論上は絶対に中から壊せない永久氷結の牢獄が完成する。

 

 

「―――永遠に咲け、《死想凍華(スノードロップ)》。……《ガランサス》の通り名を持つ貴方にはお似合いの華でしょう?」

 

 

 先程まで蔓延していたプレッシャーは完全に鎮まり、残っているのはリング中央に出現した光すら通さない蒼黒の氷柱のみ。それに相対する珠雫は魔力の全てを吐き出したせいでいつもの小柄な少女へと戻っているが、自分の意志で力強く立ち上がっている。状況に頭が追い付いた観客から順に、俄かに歓声が起こり始めている。

 

 

 

「………これで終わりよ」

 

 

 




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第三十八話《深海の魔女》 VS 《騎士殺し》 ③

 また随分間隔があいてしまい申し訳ないです。頭ではすでに構想が出来ているのになかなか手が動かないorz。


 

 

 

「(……まだ、勝ち名乗りは置きませんか。気持ちは分かりますが早くしてほしいです)」

 

 

 会場の中心に咲いた永久凍土の華、それを神妙な表情で見つめる審判に対し肩で息をしながら珠雫は心中で毒づいた。彼女にとってこの一手がまさしく乾坤一擲であり、これを破られたらもうどうしようもないので早く決着としてほしいのだ。

 

 

 ついでに言えば、万が一だが彼岸に脱出手段が無いのなら自分にも手が無いので早く助けないと死んでしまう。彼の命がどうというより、大会に支障が出れば兄の進退に関わるからと言う彼女らしい理由ではあるが心配になってくる。

 

 

 この氷の華はもはや珠雫の制御下にはない。正確に言えば『永遠に咲く氷の華であれ』という術式を埋め込んだ途端、濁流の様に荒れ狂い自発的にああなった。今や氷の表面に接触する大気をテラフォーミングしマイナス300度に書き換えるという、何を言っているのかわからない方法で珠雫のオーダーを遂行している。彼女自身、理事長に時間を巻き戻してもらう以外に解体手段が思い浮かばない有様だ。

 

 

 しかし、審判の反応を贔屓だの優柔不断だのというのは早計である。彼はあの月影総理が全幅の信頼をおく切り札であり、事実今大会で死者蘇生という不可能を可能にしている。加えてFランク騎士が世界最強の剣を振ったり、ヴァーミリオンの皇女が埒外の膂力を発揮したりと、想定外や規格外のケースが余りにも多く審判自身が自分の経験や勘に頼れなくなってしまっているのだ。もし自分の所為で本来の勝者を敗者にしてしまえば、自分の今後に関わるしそれ以上に一人の騎士として許せない結果となる。

 

 

 そういった理由で宣言に踏み切れなかった審判だったが、何の変化も見られない状況を見てようやく行動に出る。手を天へと振り上げ、大番狂わせを見事決めた素晴らしい選手である珠雫へと視線を向けようとして――――――身体がピクリとも動かないことにようやく気付いた。まるで蛇に睨まれた蛙の如く、圧倒的な()()に何もかも竦んでしまったかのように。

 

 

「……?雨……いえ、これは――――ッ!?」

 

 

 ふと、視界に上からそれは落ちてきた。珠雫はてっきり《白亜の(きざはし)》の名残かと思ったが、水滴のようなそれが通った軌跡が()()()()()()()()()()ことでそれが間違いだと気付く。

 

 慌てて空へと視線を向けるが、そこには何の変化もない。しかしそれが逆に不安を掻き立てる。何の変哲もない空から、どこから落ちているのかもわからない滴のようなナニカがポツリ、ポツリと降り注ぎ、絵画を汚す様に視界を“黒”へと染めていく。地面や床に落ちても何の音も出さないそれらは、ある一点――――未だ変化を起こさない氷結に触れた時だけ弾かれたような音を響かせる。そして氷の表面がほぼ黒に染まってきた頃、ようやく変化が起きた。

 

 

 

 

「――――ああ、びっくりした。『内側に居る人』相手に殺されかけるなんて本当に驚きだ。うん、やっぱり蘇芳さんの言うとおりだ。人間は人のままで十分に凄い、化物や伐刀絶技なんて必要ないくらいに」

 

 

 あっけらかんと放たれたその言葉と同時に、黒に染まった氷華はどろりと溶けた。その中から全くの無傷の姿で現れた人物を見て、珠雫は驚きを通り越して呆れた表情になる。

 

 

「死んではいないと思いましたが、氷漬けにしたはずの脳天まで無傷とは。しかし『死想凍華』をどうやって……」

 

「うん、あれは本当に死ぬかと思ったよ。全力の相手から一瞬でも意識を奪えば最後、卓越した操作能力で自身の魔力を上乗することで理論上、相手からは()()()()()()()()()()()()()()()。サシの決闘方式である剣武祭ではまさしく最強の切り札という訳だ。だけど君に切札があるというのなら、僕にだって存在していてもおかしくないよね?」

 

「切り札……けど意識すら凍りついていたあの状況でそんなことは―――ッ!?あの揺れ、あの時既に準備していたのですか!」

 

「ご明察!なんせ霧が開ければ突然妙齢の女性が現れた挙句、感じるプレッシャーは観客席の先生並ときた。久しぶりに本気出したついでに『保険』を掛けておいたのさ」

 

 

 タイミングはちょうど観客が自身の震えを地震と錯覚していたあの時。強すぎる魔力が圧力となって浸透し、変身した珠雫の魔力感知にすら前兆を悟らせなかったのだ。加えて、彼岸の霊装『《偽・創世神器(ホツマツタヱ)》』は変幻自在の銀の霧、音もなく空という死角へ術式を用意するなど造作もない。

 

 

「この黒い雨は、世界を構成するあらゆる物質を『原初の一』へと溶かし、好き勝手に再構築する術式さ。構築の過程で頭が持たないから人間には干渉しない様に設計してあるけど、唯の氷ならこの通り魔力も密度もお構いなしだよ。永久氷結を溶かす以外にも、空気の割合や酸素の空気抵抗を弄って相手が生きていけなくする、なんて使い方も出来る。これが僕の司る『神話』の伐刀絶技《神話疑似再演》が禁技『創世記』だ」

 

「……」

 

「ん?解せない、と言いたげな表情だね。何故この後も大舞台が待ってるのに種明かしをしたんだってところかな。なに、簡単なことだよ。兄さんとの戦い、そして決勝戦には使()()()()()()()

 

「どういうことですか?」

 

「考えてもみなよ。いくら僕でも、こんな大それたマネをそう何度も出来るわけないだろう?平気そうにしてるけど魔力は7割以上持ってかれたし、君のお兄さんの十八番(一刀修羅)と同じでカプセルに入ったくらいじゃどうにもならない。量が規格外だからって回復力まで比例するとは限らないんだよねえ」

 

 

 おどけたように話し頭を抱える彼岸であるが、嘘を言っているような雰囲気ではない。良く見れば呼吸が僅かに乱れているし、先程まで視界を染め上げていた雨も黒も消えてしまっている。より詳細な話を聞こうと一歩踏み出す珠雫だったが、しかしその瞬間目前に無数の武器が煙の中から現れ彼女の動きを封じる。

 

 

「さて、名残惜しい所だけど先に幕を下ろそう。出来ればこのまま穏便に済ませたいところだが、まだ続けるかい?」

 

「……いいえ、私にはもう打てる手はありません。奥の手を展開している貴方が相手では例え抵抗しても試合が一秒ほど長くなる程度でしかありません。

――――――――――降参します」

 

 

 『降参』、たった一言を口にするのに随分時間が掛った。当然である、周囲にとっては順当な結末だったかもしれないが彼女は最初から最後まで本気で勝ちにきていた。一輝の妹としてではなく、一人の伐刀者(好敵手)として彼と恋敵の土俵に立つべく死に物狂いで努力してきた。そのために凡そ学生大会においては反則ともいうべき切札を編み出してみせた。それでもなお勝利と言う栄光は儚く両手から零れ落ちた。

 

 

 悔しくないわけがない、認めたい筈がない。

 

 

 

『―――――け、決着~~~~~~ッ!!!手に汗握る怒涛の展開、とても学生同士と思えない素晴らしい戦いでした!!これがまだ準々決勝だというのが信じられません!!皆様、この若くも偉大な学生騎士二人に、盛大な拍手をお願いします!』

 

 

 審判が珠雫の降参を受諾し終了の合図を送る、と同時に爆発したかのように喝采が響き渡る。途中肝を冷やした観客も多かったが、ほぼすべての人々が二人の激戦を称えていた。《世界時計》と《夜叉姫》の伝説の決勝を彷彿とさせるようだったと、よく没収試合にならなかったなどと口々に言い合っていた。あれほどの脅威を見せつけられながらもそんな呑気な考えが出る平和ボケした彼らを肯定すべきかどうかは意見が分かれるところだが。

 

 

「―――――試合は僕の勝ちだが、()()()()()()()()()()()()。君は僕から必勝の秘策を食い取った。もし兄さんが、もしくは決勝で相見える誰かが僕を打倒するというのなら、その立役者は間違いなく君だ」

 

 

 喝采に応えることなく舞台を去ろうとした珠雫の後ろから、彼岸がそう声をかける。振り返った時には既に彼岸はリングを降りており、珠雫は表情を顰めながら『兄弟揃って性格が悪い』とこぼすと今度こそ舞台を去った。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 ―――――その後、選手控室へと戻った珠雫を出迎えたのは一輝、ステラ、アリスといういつもの面々であった。以前東堂と闘った後のことを考えればそっとしておくべきかもしれないが、《青色輪廻・極式 観骨雨迦》、《白亜の階》、《死想凍華(スノードロップ)》など明らかに学生の域を超えた業の反動を危惧し、とある人物から伝言も受けたため駆け付けることとなった。しかし現在、彼らの想定から大分外れた事態に直面していた。

 

 

「えっと、あの……シズク……?」

 

「……………何ですか、ステラさん。心配しなくてもあの時のような醜態はありませんよ」

 

「うん、それは分かってるし安心したわ。けど………ものすごく不機嫌よね?」

 

 

 一輝達が待ち構えていた彼女は、怒りの感情を瞳に宿し肩をいからせながら戻ってきた。万雷の喝采で最後の会話が聞こえなかったため、原因不明の憤怒にどう対応したらよいかわからずにいた。

 

 

「勝者が敗者に賭ける言葉は何であれ辱めにしかなりません。にもかかわらずあの男は澄まし顔で『戦いにおいては君の勝ち』などと……く、ステラさんの駄肉以上に不愉快なものがこの世にあるなんて!この屈辱は兆倍にして返します。最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけてやりますとも、ええ」

 

「あ、あんまり過激なこと言わないでよ。ていうかさりげなくアタシをディスってんじゃないわよッ!?」

 

「あ、あはは……。なんというか、取り越し苦労だったかな?けどその代わり彼岸君への敵意が凄い事になってるけど」

 

「まあ良いんじゃないかしら?変に落ち込んだり拗らせたりするよりは、次は絶対負けないって気勢を上げる方が伐刀者として寧ろ健全だと思うわ」

 

 

 とりあえずは問題なさそうだと判断した一輝達は、それぞれ安堵の表情を浮かべた後本題を切り出した。

 

 

「――――そうですか、薬師さんが私に……」

 

「ああ、この前お好み焼き屋で会った時に連絡先を交換しただろう?どうやら病院はとっくの昔に落ち着いてたらしくて、テレビで試合を見てたそうだ。それで、もし良ければ診察を受けてほしいって」

 

「でしょうね、我ながら無茶をしましたから。大して肉体の知識もないまま再構成なんかすれば医者としては放っておけませんよね。ああ、安心してくださいお兄様!春雪さんが施してくれた『応急処置』のお陰で万一にも危険はありませんでしたから」

 

 準々決勝では、修行中に取ったデータを基に演算の補助をしてくれる霊装を肉体に仕込んでいた。それらの手助けもあり激戦の後もこうして悪化することなく元通りとなった。とはいえ、《青色輪廻・極式 観骨雨迦》の反動に耐え切れず壊れてしまい、もう無茶は出来ないのだが。

 

 

 それはともかく、元々大会が終われば薬師キリコの元を訪れる予定であった。春雪も珠雫も初めて《青色輪廻》を使った時の負荷はどうすることも出来なかったからだ。そういう意味ではこの話は正しく渡りに船である。

 

 

「それでは夏休み中に伺えるようアポイントを取ることにします。私からも後ほど連絡しますが、もしよろしければお兄様からも一言添えて頂ければ、と。では念のため医務室の方に向かいますね。それからアリス、一休みしたらまた付き合ってね。あの男程厄介な相手の不意を突くならプロの意見は必須だから」

 

「お手柔らかにね。ああいうタイプは四つに組んだらとんでもない事になるから念入りに打ち合わせしましょ」

 

 

 

 そう笑顔で別れた珠雫は、宣言通り医務室へ―――――――向かう前に、一人更衣室へと立ち寄った。

 

 

「――――ふう、何とか()()()()()()。ああもう、見透かされてるようで本当に腹立たしいです。……ですが、一応後でお礼を言っておきましょう。感情のやり場を貰えたお陰で、今度はアリスにも気付かれなかったから………ッ」

 

 

 ポツリ、と滴が零れ落ちる。そこからはもう歯止めが効かず瞼から次々と涙が零れ始めた。珠雫は確かにすべてを出し切った。これ以上はない位完璧に立ち回り、これで負けたならもうどうしようもない、と自他ともに認める全身全霊の結果だった。だが、そんなもので満足できるほど彼女は志の低い騎士ではない。

 

 唯ひたすら彼女は悔しかった。一度ならず二度までも、自分が真っ先に脱落してしまった。相手が悪い?十分健闘した?そんなお為ごかしではこの悔しさは少しも薄まらない。何故なら彼女は兄と同じく、筋金入りの負けず嫌いの頑固者なのだから。

 

 

 だが、それでも今回兄たちの前では意地を張りとおした。あの時は初めての完敗に取り乱し醜態を晒してしまった。あの時アリスは『自分は意地を張らなくて良い相手だから』と言ってくれたが、それでもこれだけは譲れない。ただの少女としてならいくらでも甘えるしみっともない姿も見せられる。だが騎士として闘った自分は絶対にそうしてはならない。何故なら彼女は彼らに守られるのではなく対等に肩を並べたいのだから。

 

 

 そこまで見透かされてあの言葉を掛けてきたのだろう。お陰で怒りという矛先と言い訳を得られ、兄たちに悟られずに済んだ。そのことについては感謝しているし、要らぬ世話を焼く程度には自分に価値を見出しているのだと素直に受け取っておこう。

 

 

この分のお礼も含めて、利子と熨斗をたっぷり付けて返してやろう。そう改めて決意を固めながら、珠雫は一人静かに泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 




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