諜報部隊タコさんチーム (生カス)
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??:【概】ある日ある時

導入部分ですが、時系列的にはまだ先のお話なので、ここを飛ばして1話から読んでも問題はありません。


「もし、ここがアニメや映画の世界だとしたら、俺たちはこれからどうなると思う?」

 

 ある日、ある時、とある場所、流行りのポップスが流れる喫茶店の席で、小柄な少年は言った。少年とは言っても、そのとっつきにくい表情を補って余りある端正な顔立ちは、知らない人が見れば少女と見まごうほどだった。

 

「……そもそも、俺たちはどういう役回りなんだ? メイン、サブ、モブ……それで扱いなんてどうとでも変えられそうだけど」

 

 少年の隣にいる、メガネをかけた長身で細身の男がそう答える。男はけだるげな表情と、光を全く感じさせない目が相まって、いまいち何を考えているのかが読み取れない。答え終わるとその問答にあまり興味がないのか、男は頬杖をついて、窓の外を見始めた。

 

「多分、モブか良くてサブですよ。これがアニメだとしたら、メインは間違いなく戦車道の女の子たち」

 

 今度は向かいの席にいる、目の隠れた男が遠慮がちに口を開いた。無造作にぼさぼさと伸びた髪型と、少し幼い顔立ちのせいか、男の内気な性格が外見としても現れているようだった。

 

「というかまず、俺達みたいなのはアニメだったらいらないと思います。女の子たちが戦車に乗っているのを見るのが楽しいのであって、それに男なんか出しゃばったら、蛇足もいいとこですよ」

 

「そう? 僕はいいと思うけど」

 

 「まあ、アニメのことはあまり知らないけど」と続けながら、内気な男の意見に異を唱える。声の主はその隣、腰まである長い髪を軽く結っている人物だ。その柔かい笑みは、美男子と言っても差し支えないような男だった。

 

「女の子が主役の作品だって、たまには男性が出てきてもいいんじゃない? 女性をエスコートするのは男性の役割だよ」

 

「……そういうキザったらしいのが蛇足だっていうんだよ」

 

「あはは、手厳しいね。ね、服部(ハットリ)はどう思う?」

 

「知らん」

 

 巻き込まないでくれと言わんばかりに、服部と呼ばれた男は腕を組んで目を閉じ、そっけなく言う。その大柄ながら細く、無駄を削ぎ落とした筋肉質な体格と、鷹のような鋭い目つき。彼のことを知ってる人間でなければ、その佇まいだけでも威圧感を感じることだろう。

 

「……小山(コヤマ)先輩、いつまでこんな無駄話を?」

 

 服部は小山……一番最初に口を開いた、小柄な少年に対して苦言を呈した。それを聞くと小山は「そうだな……」と言いながら、内気な眼隠れの男を見る。

 

斎藤(サイトー)、次にこの学園艦に連絡船が近づくのは?」

 

「45分後ですね。でもさっき、艦の監視カメラにデカいコンテナ船が近づいてるのが映りました。あれなら多分10分後くらいに来ます」

 

「そうか」

 

 眼隠れ……斎藤は手に持っているスマートフォンを操作して、件の映像を小山に見せる。小山はそれを少しの間見て、今度は先程の問答からずっとぼんやりと外を眺めている、気だるげなメガネの男に話しかけた。

 

雨水(ウスイ)、学園艦の左端に行くルートは?」

 

「ん? ああ、さっき走ってた時、建設中の架け橋が見えた。あそこなら多分、追っ手も撒ける」

 

 雨水と呼ばれた男はそう答える。光のない目で、ただ淡々とそう答えるので、いまいち彼がそれについてどう思っているのか、というのは計りかねた。

 

「あそこって、まだ繋がってないじゃないですか。大丈夫なんですか、雨水さん?」

 

 髪を結った美男子は雨水にそう質問する。

 

「ダメなら高校生がバカやって死んだで終わる話だよ」

 

「はぁ、そう言うと思いましたよ」

 

「不安か? 天宮(アマミヤ)

 

 そして、このやわらかい笑みの美男子は天宮という名らしい。雨水にそう言われた天宮は、人懐こそうな微笑みを絶やすことなく、しかし何も言い返さなかった。

 

「天宮、ちゃんと戦車と生徒、把握してきたか?」

 

 小山は少し呆れた顔をしながら、天宮に頼んでいた調べ物の内容を聞いた。

 

「もちろん、みんな可愛かったですよ。アッサムって子が個人的にはお気に入りかな」

 

「お前な……」

 

「冗談ですって小山さん、恐いなぁ。……いろいろ『試して』みましたけど、あのダージリンって人、危機察知能力と洞察力がずば抜けてる。あれを試合で出し抜くのは骨ですよ」

 

「おまけに実戦経験豊富で、指揮能力も高い、か……思った通り、デカいお山の大将なだけあるってこった」

 

「本気で会長は勝つつもりなんですか? こっちは全員素人ですよね?」

 

 斎藤はそう疑問を口にするが、それはこの場にいる5人全員が考えていたことだった。それは質問された小山も決して例外ではない。

 

「西住以外はな……大体にして、なんで会長がいきなり戦車道に手を出したのかがわからない」

 

「……何か、のっぴきならない事情があると?」

 

 服部のその質問に、小山は「さぁな」とだけ返して、手元にあったオレンジジュースを一気に飲み干した。

 

「なんだっていいさ、今はな」

 

 それを最後に小山は席を立ち、上着を着て店から出る支度を始めた。

 

「もう出るのか?」

 

「ああ、『彼女ならそろそろ気づく』だろう。お前らも早く片付けろ」

 

 そう言われると、小山以外の4人は早々に飲み物を空にする。その後、それぞれ飲み物代の小銭を会計係の天宮に渡し、彼が若い女性の店主に支払いをする間に支度を整えた。

 

「ありがとうございます。とても美味しかったです」

 

「はい、ありがとうございます。ところで、お客さんたちあまり見ない人ですけど、観光ですか?」

 

「ええ、そうです。美しいところですね、聖グロリアーナ女学院は。こうして、きれいなお姉さんにも会えたわけですし」

 

「や、やだもう、お上手なんですから! ……でも、気を付けてくださいね、なんかついさっき、侵入者だか何だかが入ってきたらしくて、今学院がてんやわんやなんですよ」

 

「……へえ、それは物騒ですね」

 

「確か、何だっけ……? 戦車道? の情報だとか……」

 

「おい、まだ終わんねえのか」

 

 女性の店主と天宮が話し込んでいると、とっくに支度を終えた小山が少し強めの口調で天宮に言った。それに対し天宮は、大仰に肩をすくめる。

 

「やれやれ、無粋な人だ。顔は可愛いのに……じゃあお姉さん、また来ます」

 

「え、は、はい……お待ちしてます……」

 

 惚けた女性店主に天宮は笑顔で返し、そして5人はゆっくりとした足取りで店を後にした。

 

「……あれ、なんであの人たち、わざわざ裏口から出たんだろう?」

 

 

 

――喫茶店の外

 

「天宮、その女癖は恥ずかしいからやめてくれよ」

 

「無駄だ斎藤。コイツはきっと、刺されて死ぬまでわからんだろうな」

 

「酷いなあ、斎藤も服部も、女性に優しくするのは男としてのマナーってだけだよ」

 

 雑談する3人をしり目に、小山は道を真っ直ぐ見る。彼の頭は最も効率的に目的地に着く方法と、その可能性を考えていた。

 

「雨水、目的地まで車でどのくらいで着く?」

 

「性能的に4分……て言いたいとこだけど、あのクルマ、思ったより『怖がり』でな。少しセーブしてやりたいから、6分くらいか」

 

「わかった。じゃあ、早いとこ、車取りに行こう」

 

 

 

 

「騒がしくなってきたし、頃合いだ」

 

 そう言って、彼は通り過ぎる車両を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「HQ! HQ! 未だ侵入者発見できず! 対応を願う!」

 

『こちらHQ了解、逃走経路の予想ルートを送る。各員、持ち場から一番近い場所にバリケードをつくれ』

 

「なんで誰も気づかなかったのよ! あれだけ人がいたのに!」

 

「それらしい人は見当たりません。先回りして逃げたのかと」

 

「全部後手後手になってるわね、姿すら見えないなんて……」

 

「とにかく草の根分けても探すのよ! あれが流れたら、我ら聖グロの戦車道チームはおしまいよ!」

 

「誰なんだ? 黒森峰かプラウダか、それとも……」

 

 

 

 

 

 けたたましい怒号、道を塞ぐ数多の車と、そして戦車。それを物陰で見ていた斎藤は、思わず呟いてしまう。

 

「お、思ったよりはやい……大丈夫なんですか、このままじゃ、道路が閉鎖されちゃうんじゃ……」

 

「ああ、知ってる。『だからずっと喫茶店で待ってたんだ』」

 

「え……」

 

 その言葉に困惑する斎藤をよそに、小山は服部に聞いた。

 

「服部、手に入れたのは?」

 

「部員のプロフィール、保有戦車及びその整備記録、1年分の練習メニューと、弱点、反省点がまとめられたワードファイル。全てこのUSBにコピーしてあります」

 

「よし、斎藤に渡せ。斎藤、確認しろ」

 

「は、はい……」

 

 USBメモリを渡された斎藤は、変換ケーブルを繋いですぐにスマートフォンに接続し、歩きながら内容物の確認を始めた。

 

「……なあ、小山」

 

 雨水がふと、小山に話しかけた。

 

「なんだ?」

 

「さっきサ店で話してた。この世界がアニメだったら俺たちはどういうキャラだって話」

 

「ああ、それが?」

 

「あれ、お前はどう思ってるんだ?」

 

 単に緊張をほぐすためか、それとも今の状況はその問答に関係があると思ったのか、雨水はそんなことを小山に聞いた。

 それに対し、小山は「そうだな……」と一拍置いてから、とても淡泊な雰囲気で、こう答えた。

 

「画面には出ないだろうよ」

 

「画面『には』?」

 

「ああ、どのシーンにも映らない。映っても、姿を変えてるか、じゃなきゃいるのかいないのかわからない程度。最後まで俺たち自身は知覚されず、(視聴者)の記憶にも残らない」

 

「……」

 

 

 

 

「けど、確実に存在する」

 

物語(ストーリ)をかきまわしてる」

 

「それが俺たちだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちはそれだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から、何がどうしてこうなったのかをかきたいと思います。もしよろしければお付き合い頂ければと思います。


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1:【初】Initial

initial:初動など、最初を表す


「センシャドー?」

 

「……テコンドー的な?」

 

 朝のHR終了後、1限目があるのにもかかわらず、突然生徒会の3人に呼び出された小山蜜柑(コヤマ ミカン)雨水永太(ウスイ エイタ)の2人は、大洗学園生徒会会長である角谷杏(カドタニ アンズ)に、生徒会室につくなり唐突に『センシャドー』なる単語を吹っ掛けられ、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「違う違う、戦車道。知らない?」

 

「戦車道って……あれか? 確か、乙女の嗜みとか言っときながら戦車でドンパチやる……」

 

「そうそう、男の子なのによく知ってるねー。さっすが蜜柑ちゃん」

 

「下の名前で呼ぶんじゃねえっつってんだろ」

 

「おい! 会長に向かって何だその態度は! 口を慎め!」

 

 小山の態度が気に入らなかったのか、やいのやいのと騒ぎだす生徒会書記、河島桃(カワシマ モモ)の怒号を聞き流しながら、雨水は再び角谷に向き直した。

 

「でも杏ちゃん、なんで突然、戦車道の話を?」

 

「察しが悪いなー永ちゃんは。今回この話を持ち出したってことはもちろん、うちの学校でも戦車道やろうってことだよ」

 

「大洗学園で?」

 

「なんだよ、1限目サボらせてまで何かと思えば、またいつもの思い付きかよ」

 

 角谷の言葉を聞いて、小山は至近距離で怒鳴っている河島の顔を手の平で押しのけ、鬱陶しそうに苦言を呈した。

 

「うぶッ……この、お前は少しは礼儀というものを覚えんのか!」

 

「わーかったよ、わかったら耳元でピーピー喚かないでくださいよクソヒス片眼鏡」

 

「柚子ちゃん、もうコイツやだぁ……」

 

「桃ちゃん、落ち着いて。蜜柑もダメでしょ? そんな言い方、お姉ちゃんは許しません」

 

「……ふん」

 

 生徒会副会長である小山柚子(コヤマ ユズ)。彼女の……実の姉の一言が効いたのか、小山は拗ねたように口を尖らせ、ひとまず河島を煽るのをやめた。

 

「んで、永ちゃんと蜜柑ちゃんはどう? 20年前もやってたみたいだし、再開してもいいと思わない?」

 

「どうって言われても……」

 

「やりたきゃやれば? 野郎の俺達にゃ関係のない話だろ」

 

「え?」

 

 小山がそう言うと、角谷は心底不思議そうに口から発声し、首を可愛らしく傾げながら、きょとんとした表情をつくった。

 

「何言ってんの? 2人もやるんだよ」

 

「「はぁ?」」

 

 言われた2人も首を傾げる。だが今度は角谷のように可愛らしいものではなく、柄の悪いと言わざるを得ないような仕草であった。そんな声まで上げた2人の疑問が伝わったのか、角谷はその理由を話し始めた。

 

「やっぱさー、戦車なんて重いもん扱うんだから何かと男手がいるじゃん? それに乙女の嗜みだし、集まるのは当然女子! 上手くいけば女の園でハーレムでモテモテだよー?」

 

 からかうような顔と口調でそう話す角谷に対し、2人は未だ少し思考に困惑を残しながら、とりあえず彼女に素直に思っていること……つまり苦情を告げることを優先した。

 

「……村八分になるほうがあり得そうだけど」

 

「そんなことないって永ちゃん、私だって永ちゃんたちのこと、干しイモくらいには好きだよ」

 

「あっそう、ありがと……」

 

「大体、なんでいきなり戦車道やろうなんてことになってんだよ? 理由を言え理由を」

 

 小山が苦い表情を隠しもせずにそう聞くと、角谷は少しだけ考えるそぶりを見せ、そしてすぐにシレっとしたように言った。

 

「そろそろウチにもアンコウ鍋以外の名物が欲しいなって思って」

 

「教室戻ろうぜ雨水、もう1限目終わってる頃だ」

 

「おい、いいのか?」

 

「ち、ちょっと待てお前ら!」

 

 呆れ顔で生徒会室から立ち去ろうとする小山。狼狽えながら河島はそれを止めようとするが、耳を貸さずそのまま帰ってしまいそうな雰囲気だった。

 

 

「この学校にいられなくしちゃうよ?」

 

 

 その言葉に、小山は立ち止まり、驚いたように目を見開いて角谷の方に振り返る。角谷は顔から笑みを消して、生徒会長の席に座っていた。

 

「杏ちゃん……?」

 

「永ちゃんも、もちろんやってくれるよね?」

 

 雨水も唐突な角谷の言葉に困惑していた。今まで彼女には散々付き合わされてきたものの、ここまで脅迫じみたことを言われたことはかつてなかったのだ。

 生徒会室の中に、わずかばかりの沈黙が流れた。その重苦しい空気の中、一番最初に口を開いたのは小山だった。

 

「……いいぜ。戦車道、協力するよ」

 

 どこか諦観の念を示すように、小山はため息をつきながら、角谷の『お願い』を受け入れることにした。

 

「ホント? いやー持つべきものは信頼できる仲間だねー……んで、永ちゃんは?」

 

「……わかった」

 

 雨水もまた、淡々とした口調でそう答えた。それを聞いた角谷は、先程と同じ笑顔を浮かべ、一転して緩慢とした空気を発した。

 

「うんうん、助かるよー。まぁ戦車道やれば色々特典つけてあげるからさ、頑張ってよ」

 

「それで? 最初に何をやりゃいいんだよ?」

 

「まぁま焦んないでよ蜜柑ちゃん。そうだね、かーしまー」

 

 角谷にそう言われ、河島は「かしこまりました」と一拍置いてから、仕事内容を2人に伝える。

 

「お前たちには、人員補充のためのスカウトを行ってもらう」

 

「スカウト?」

 

「ああ、今から言う者に選択授業の戦車道を選ばせろ、ほらコイツだ」

 

 河島は、机の引き出しから一枚の写真とプロフィール、そして選択授業の希望用紙を2人に見せた。写真には、ショートボブの髪型をした女の子が写っている。

 

「誰だ?」

 

「『西住(ニシズミ)みほ』、かの戦車道家元、西住流のご子女だよ」

 

 柚子は小山たちに、人物の大まかなプロフィールを伝える。小山が目を通すと、先程の柚子の概要の他にも『引っ込み思案』、『押しに弱い』など、なるほど無理矢理にスカウトするには持って来いの情報だと、彼は心の中で皮肉を吐く。

 

「じゃそういうことだからお願いね。もう教室に戻っていいよー、お疲れさーん」

 

「いいか、絶対に戦車道を選択させろ! 出なければ貴様らには責任をとってもらうからな!」

 

「蜜柑ちゃん、雨水君。頑張って!」

 

「……戻ろうぜ、雨水」

 

「そうだな……」

 

 生徒会の面々に意気揚々とした言葉を投げられながら、2人は疲れた顔をして生徒会室を後にしようと出口まで歩いて行った。ドアを開け、立ち去ろうとしたその時、小山はただ一言、しかし聞こえるくらいの声量で、角谷を見て呟いた。

 

「ずいぶん必死だな、会長さん?」

 

 どこか含みのあるその言葉を、彼が皮肉のように言い捨てたのを最後に、ドアは静かに閉じられた。

 

「……やっぱ怖いなぁ、蜜柑ちゃんは」

 

 口を噤んでしまった河島と柚子の中で、ただ角谷だけが小さくそう言った。

 

 

 

 

 

 

「よかったのか? あんなあっさり承諾して」

 

 生徒会室から出て廊下を歩いている最中、雨水はそんなことを小山に聞いた。

 

「それを言うならお前もじゃないのか、雨水?」

 

「そうなんだけどさ……今回の杏ちゃん、何だかいつもみたいにふざけてる感じじゃなかった。なんか引っかかったんだよ」

 

「お前にしては珍しく察しが良いな。明日は雪か?」

 

「じゃなきゃいいけど……てことは、小山も?」

 

「ああ、なんかあんのは間違いない。ま、向こうが何か話したくなるまでは無茶振りに付き合ってやるさ、どんな御大層な理由かは知らねぇけどよ」

 

「無茶振り……そうだよな、最初にやる仕事がこれだと、いやな予感しかしないな」

 

「まぁな……と、ここのクラスか、行こうぜ雨水」

 

「はぁ、やっぱやんなきゃダメか」

 

 そうこうしているうちに、2人は件の人物がいる教室にたどり着き、早々に仕事に取り掛かることにした。

 

「次の授業まで時間ないし、さっさと終わらせるぞ」

 

「……嫌な予感しかしねぇ」

 

「よし……邪魔するぜ、西住ってのはいるか?」

 

 小山は勢いよく引き戸を開け、よくとおる声で簡潔に用を告げた。

 突然の来訪者に教室は一瞬だけ静かになり、先程とはベクトルの違ったざわめきが起こる。しかしそんなことも厭わず、小山は教室を見渡し、件の人物を探した。

 

「……西住みほさん、だな?」

 

 写真と同じ顔の人物を見つけると、蜜柑はその人物に近づき、机の前まで来たところで、そう名前を聞いた。しかしその人物である西住は急な事態に対応できず、答えることができないでいた。

 

「あ、えっと……」

 

「……いや悪い。小山蜜柑、生徒会の人間だ。アンタ、西住みほさんで合ってるか?」

 

「え、えっと、そうですけど……」

 

「それは良かった、アンタに生徒会からのお願いを伝えに来たんだ」

 

「私に?」

 

 小山は「ああ」と肯定したところで、学ランのポケットから先程渡された、選択科目の希望用紙を西住に見せた。

 

「単刀直入に言う。今度の選択科目、戦車道をとってくれ」

 

「え……で、でも、この学園には戦車道はないって、私聞いて……」

 

「ところがどっこい、今年からあるらしいぜ」

 

「そんな……」

 

 西住はどこか怯えた表情を見せる。小山はそれを見て、過去に何かあったのかという考えを巡らせたが、それはこれが終わった後にでも調べればいいと思い、すぐにその思考を切った。

 

「ちょっと小山! いきなり何なのよ!」

 

 西住の後ろからそんな声が聞こえてくる、西住から視線を外すと、その後ろに、ウェーブのかかった栗毛の女の子がいた。

 

「んだよ、武部(タケベ)か、なんか用かよ?」

 

「用かよ、じゃないでしょ! いきなりそんな乱暴に女の子に無理矢理迫るなんてダメ、そんなんだからモテないのよ!」

 

「それ、お前の自己紹介か? なら当ってる」

 

「なッ!?」

 

「まあまあ沙織(サオリ)さん、落ち着いて下さい」

 

 ウェーブのかかった女の子に、おっとりとした容姿の、やや背の高い子が止めに入る。栗毛の子は武部沙織(タケベ サオリ)、おっとりとした子は五十鈴華(イスズ ハナ)というのが、それぞれの名前だ。

 

「お前ももう少し言葉遣いどうにかしろよ、小山。いらん敵をつくることになるぞ」

 

「上等だよ、あとお前も少しは手伝え」

 

「ヘイヘイ……」

 

 そういって、今度は雨水が西住の前に出る。ぐいぐい行くタイプの小山とは違って、しかし彼はこういう交渉ごとにはめっぽう弱く、結果言葉を探しながらしどろもどろに話すことになってしまった。

 

「その、あー……すいませんね、アイツ根は悪い奴じゃないんだ……それで、その、ちょっとこじれちゃったけど、どうにか戦車道、やってもらえませんか?」

 

「……す、すいません、私は……」

 

「……そっか」

 

 それで会話は途切れ、西住は顔を見上げた。

 

「……あ」

 

 すると、彼女は何かに気づいたように、思わずといった調子で声をあげ、雨水の顔をよく見た。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

「う、雨水……くん?」

 

「あれ、俺名前言ったっけ?」

 

「あ、あの、私たち前に……」

 

 と、西住が言ったところで、授業開始のチャイムが学校に響いた。それを聞いた生徒は、次々に自分の机に向かう。

 

「やべ、行こうぜ雨水」

 

「あ、ああ……じゃあ、一応用紙ここに置いとくから、考えるだけでもお願いします」

 

「あの、あ……」

 

 それだけ言うと、2人は走って教室を出て、自分の教室へと戻っていった。

 

「雨水くん……」

 

 

 

 ところ変わって廊下にて。

 

「なあ小山」

 

「なんだよ?」

 

「西住さんって、今年度から転入してきたんだよな?」

 

「ああ、それが?」

 

「いや、なんか」

 

 

 

「どっかで会ったこと、あるような……」

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 時間は少し遡り、小山たちが生徒会室を出て行った少しだけ後、そろそろ2限目にも突入しようという中、生徒会の面々は未だ生徒会室で話し合っていた。

 

「会長、本当にあの2人以外の協力者を?」

 

「そだよー、あの2人だけだといくら何でもきついでしょ」

 

 机に散らばった資料に目を通しながら、角谷は河島の問いに答えた。資料には今年の新入生の主な経歴、内申、その他の情報があり、彼女はその中から何かを探しているようだった。

 

「しっかし、せっかく去年から共学にしたってのに、相変わらず女子ばっかだねー」

 

「それが、学園長が『大洗学園』に名前を変えたのを発表しわすれたらしくて、本や広告に『大洗女子学園』のまま、載ってしまったらしいんです。それが原因でしょうね」

 

「聞いた聞いた。もうちょいしっかりしてればなーあの人も」

 

 柚子の言った情報が原因かは計りかねるが、事実新入生の比率は圧倒的に女子が高く、男子は1割いるかいないか程度だった。「でも……」と角谷が、散らばった資料から数枚を集める。

 

「なかなか粒ぞろいみたいだよ。ほらこれ」

 

 そう言って、角谷は集めた資料を河島と柚子に見せる。資料の中には、3人の男子についての情報が記載されていた。

 

「この3人ですか?」

 

「見事に男の子ばっかりですね」

 

「男だけなのは、アイツらがやりやすいようにですか?」

 

「まーそれもあるけど、この子たち、あの2人と似たような雰囲気持ってそうだなって」

 

 角谷のその含んだような言い方に、柚子は疑問を感じ、そして素直にそれを聞いた。

 

「雰囲気……ですか?」

 

「そ、雰囲気」

 

 

 

 

「イケナイことできそうな、ね」

 

 

 

 

 『斎藤冬樹(サイトー フユキ)

 『天宮仁郎(アマミヤ ジンロウ)

 『服部宗平(ハットリ ソウヘイ)

 

 資料の名前には、それぞれそう記されていた。

 




話が思ったより進まない、ゴメンな作者のせいだ。


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2:【発】Inception

inception:初め、発端


 あっという間に時間は過ぎ、今は放課後の部活動の時間。自動車部の俺は、特に代わり映えもなくクルマを弄っていた。

 西住さんを勧誘したあの後にも、戦車道の話は学校中のあちこちで聞くようになった。復活することを今日発表したというのもあるだろうけど、一番効果があったのは多分、生徒会が行ったデモンストレーションだろう。

 無限軌道のようにカタカタと愛らしいだの大砲のように情熱的で必殺命中だの、よくわからない美辞麗句に上乗せして、200日の遅刻取り消しとか3倍の単位ボーナスとか、通常じゃあり得ないような好待遇を提示してきた。何で生徒会があれだけの権限を持ってるのかというのは疑問だけど、面倒なので考えないことにした。

 それより考えたほうがいいのは、勧誘に失敗したことだ。『駄目でした』といったところで杏ちゃんが無事にすますはずがない。さてどうしたもんか……。

 ……それにしても西住さん、なんか前に見た気がするんだけど、どこかで会ったっけな……?

 

「おーい、雨水ー?」

 

「ん……? 中嶋(ナカジマ)先輩、どうしたんすか?」

 

「どうしたって、今の話聞いてなかった?」

 

「あー……すいません、何だっけ?」

 

 俺のその言葉に、「もぉ」と軽く眉をひそめて、全く威圧感のない怒ったそぶりを見せてくる。この人は中嶋先輩、幼い見た目をしてるけど3年で、俺が所属している自動車部の部長だ。

 ……正直最初に会った1年の時は、小学生かいって中学生くらいだと思った。まさか年上とは夢にも

 

「今腹立つこと考えてない?」

 

「いいえ。それより話って?」

 

「選択科目の話。雨水は何とるんだろうって」

 

「あー……そうすね、どうしようかな」

 

 多分杏ちゃんに協力することになるから、戦車道を選ぶことにはなるだろうけど。

 

「じゃあ戦車道やろうよ雨水、私もとるから」

 

土屋(ツチヤ)も?」

 

 土屋は相変わらずのニパッとした笑顔で「うん」と答える。くせ毛と、控えめのそばかすを加えた笑顔が特徴的な女の子。土屋は自動車部で唯一同学年の2年で、それもあってか学校で最も時間を共にしてるのはコイツか小山のどっちかだろう。

 

「土屋がというか、私たち全員に戦車道とらないかって、誘いが来たんだよ。整備担当でって」

 

「生徒会の人達からね。戦車なんて整備したことないから面白そうだなーって思ってさ。雨水にも来てない?」

 

 土屋のいったことに星野(ホシノ)先輩と鈴木(スズキ)先輩が補足する。凛とした印象の人が星野先輩、逆に丸い目をして、人懐こそうなイメージを受ける人が鈴木先輩。どちらもスタイルがよく、『お姉さん』といった感じだ。そこでふと中嶋先輩を見てみると、やっぱり同じ年齢とは思えな

 

「雨水?」

 

「あー戦車道ですか、俺も誘われましたよ、ええ」

 

 何故この人には思考がばれるのか、と思えるくらいには、中嶋先輩は察したらしい。俺をジトッっとした目で見てきので、俺はごまかすように少し早口で鈴木先輩に答えた。

 

「どうすんの? 面白そうだし、とるっしょ?」

 

「……そうですね、滅多に無い機会ですし、やってみようと思います」

 

「ホント? やったー!」

 

 俺が戦車道をとると言うと、土屋はバンザイをするように両手をあげ、はしゃぎだした。俺が入ったところであまりメリットもないだろうに、なぜそこまで嬉しがってくれるのかは、すこしわからなかった。

 ……まあ、どっちにしろ戦車道は取らざるを得ないだろうし、戦車を弄ってみたいというのも本当だ。そういう意味では、杏ちゃんの提案はいい機会だったのかもしれない。そう思うことにした。

 

「さーて、じゃあ近いうち忙しくなるかもだし、今のうちにめいっぱいクルマ弄んなくちゃ」

 

「そうだね、やりたいこと済ませちゃおう」

 

 中嶋先輩と星野先輩の言葉に「おー!」と他の2人も声を上げる。戦車か……一体どんなのが来るのやら……。

 

「雨水とかはなんかある? やっときたいこと」

 

 考えていると、中嶋先輩はそう聞いてきた。やっときたいことか。何かあるだろうかと思いながら、今目の前にあるクルマのボンネットを撫でる。

 そうやって、やっときたいこと……『やっといて欲しいことを聞いた』

 

「……この子の整備、しときたいかな」

 

「この子って……そのトランザムの?」

 

 そういって中嶋先輩は俺が弄っている車を指さす。ポンティアック・トランザム。つい最近廃品回収で拾った、ゼネラルモーターズの第3世代車だ。結構前の車だけど、ナイトライダーって言えばわかる人はわかると思う。逆に中嶋先輩たちはトランザムは知ってたけどナイトライダーは知らなかった。ちょっと悲しい。

 

「この前に来たばっかりだろ、それ? エンジンと足回りは問題ないみたいだし、一回テスト走行してからの方が良くない?」

 

「そうなんですけど、なんだか、『ちょっと息がつまる』みたいなんです。ターボの過回転かも……タービン、あと少しだけ大きいのにしてもいいかもしれません」

 

 俺がそういうと、星野先輩は「ふーん……」と意味深に唸り、少しだけ微笑んだ。

 

「雨水って時々、クルマと会話してんじゃないかって思う時あるよね」

 

「そうそう、雨水が弄ったクルマって性能とかじゃなくて、ホントに気持ちよさそうに走るんだよね」

 

 中嶋先輩も土屋も、そう言って話に入ってくる。確かに、俺はクルマに触れてるとき、何となくそのクルマのことが伝わってくる。性能のよくないクルマでも、『突っ走る性格』な奴だったら、予想よりずっと速く走れるし、逆にいくら性能が良くなっても、クルマと合わないパーツが入ると気持ち悪さや痛みを感じて、結局すぐに故障する原因になったりと、そのクルマの性格や状態……もしくは感情が、肌を通じて伝わってくる。

 もちろん、気のせいだ幻覚だ、機械にそんなものはないと言われてしまえばそれまでだけど。

 

「雨水はクルマを悦ばすのが得意だよねー。入ったばかりの時はあんなに初々しかったのに、こんなド変態になるとは……」

 

「鈴木先輩、それ褒めてくれてます?」

 

「もちろん褒めてるっしょ」

 

 けど、そんな俺の戯言を、ここの人達は真面目に聞いてくれる。ちょっと変なことを言っても、こうやってちゃんと意見として受け取ってくれるのは、嬉しい反面、あまり経験のないことなので、どう対応していいかわからなかった。

 

「じゃ、今日はとりあえずトランザムのタービン交換しよっか、明日は別のことね」

 

「あ、じゃあ私トランザムでドリフトしたい!」

 

「タイヤのスペア少なくなってきたからダメ」

 

「中嶋のケチんぼ!」

 

 中嶋先輩と土屋のお喋りを聞き流しながら、俺は作業に入った。

 ……多分、戦車道を始めたあとは、クルマじゃなくて、戦車を相手にすることが多くなるだろう。少し怖い反面、戦車っていうのは、どういう奴らなのか、見た(会った)ことがないから少し楽しみでもあった。

 

 

(……あれ? ホントに見たことなかったっけ?)

 

 

 いや、一回どこかで会った気がする。触り(会話)はしなかったけど、テレビとかじゃなく、本物の戦車を、どっか遠い、陸地で……

 

(………そうか、あの子)

 

 俺の頭の中では、戦車を見たその時の記憶が手繰り寄せられて、その中には彼女……西住さんの顔が見えた。

 

 

 

 

 

「そろそろ説明してくれ、会長」

 

 放課後、俺は生徒会室に来ていた。理由は当然、聞きたいことが山ほどあるからだ。俺の言葉を聞いてるのか聞いてないのか、会長はこたつにうずくまってアンコウ鍋を食べていた……どこにあったんだあれ? 他の2人はいない、今は彼女だけのようだ。

 

「やぁ、蜜柑ちゃんも食べない? 4月って言ってもまだまだ寒いでしょ」

 

「三味線弾いてんじゃねえぞ。西住のこと、調べさせてもらった」

 

「……ふーん、それで?」

 

「大した経歴だな。かの強豪校、西住流の次女で、黒森峰女学園でチームの副隊長を務めた。しかし全国大会のプラウダ戦にて独断で人命救助をし、それが原因となり敗退。それがいろんなメディアで晒され、結果戦車道がなかったこの学校に転入、そして現在に至る……と」

 

「それが?」

 

「コイツが過去のことで戦車道を避けてるってことくらい、わからないアンタじゃないだろ。トラウマえぐり出すような真似までして、戦車道やらせようって理由はなんだ?」

 

 今回の会長はいつもと違う。それはコイツと幼馴染の雨水が察せるくらいには顕著に出ていた。はた迷惑で相手の都合を考えないのはいつも通りだけど、今回のこれは度が過ぎてる。超えちゃいけないラインを、今回コイツはあえて超えてる、そんな気がしてならない。

 

「……」

 

「教えろ、あるんだろう? なりふり構ってられない問題が」

 

「……ホント、君は末恐ろしいねぇ、つくづく」

 

 その言葉と共に、会長は箸をおき、その顔からいつものにやけ面が消え、真剣な眼差しを俺に向ける。

 

「今はまだ話せない。ちゃんと話すべき機会に、しっかりとみんなに伝えるよ」

 

「全部手遅れになった後にネタバラシってのは詐欺の常套手段だぜ、会長さんよ」

 

「ッ……」

 

「……」

 

 数秒か、それとも数分か、俺たちは互いを見つめ合った。彼女の瞳をよく見てみると、いろいろな感情を想起させた。怯えている、いや焦っている……なんなんだ? 一体何にそんな……

 ……もしかして、コイツだけのことじゃない? それこそ、学校全体とか……

 

「……」

 

「……まぁ、いいさ、今は聞かないでおく」

 

「あ、あれ? ず、随分あっさりだね?」

 

 そういって少しどもりながら彼女はそう返す。コイツが狼狽する姿とは、何気にとても貴重なものを今俺は見てるのかもしれない。

 

「そうでもないさ。少なくとも、アンタがそこまで焦んなきゃいけないことがあるのはわかった」

 

「……かわいくないなぁ、蜜柑ちゃんのくせに」

 

「そうかもな、それに、聞きたいことは他にもあるんだ」

 

「というと?」

 

「なんで西住のスカウトを俺たちに任せたのかってことだよ」

 

「ああ、それ」

 

 これが一等理由がわからない。わざわざ俺や雨水を使うメリットがない。どころか、俺達みたいな交渉ベタにやらせるよりかは、生徒会のやつらが勧誘した方が、まだマシな目があったはずだ。

 

「別に大した意味なんかないよ? ただ他にやることがあったから任せただけ」

 

 が、俺の思惑とは裏腹に、会長はあっけからんとした調子で答えた。

 

「はぁ? なんだよ、そのやることって?」

 

「んー……どうしよっかなー。話しちゃってもいいけどなー」

 

 ……コイツのこの顔は知っている。何度も見た顔だ。無茶振りや人権を考慮しないようなことを俺たちにやらせる。この顔になったコイツに俺と雨水は何度煮え湯を飲まされたか知れない。

 

「……やっぱり聞かなくていいか?」

 

「んーいいけど、そうなったら明日に不思議なことが起こるかもしれないよー? 男子寮を突然追い出されるとか」

 

「てめぇ……」

 

 何よりたちが悪いのは、聞いても聞かなくても碌なことが起きないことだ。そして大概聞かない方がより一等碌でもないので、自然聞く以外の選択肢がなくなってしまう。

 

「……わかった、話せ」

 

「んー? 上級生にモノを聞く態度じゃないなー?」

 

「教えて下さい角谷生徒会長ッ!」

 

 そう言うと、またいつものにやけ面を俺に見せて、ガサゴソと何かを漁っていた。さっきの仕返しか?

 

「♪~」

 

「なんで鼻歌まで歌ってんだよ……」

 

「まぁいーじゃんか……あったあった、これ見て」

 

「? ……なんだよ、コイツら?」

 

 

 会長が出したその資料には、3人の男子の写真があった。

 

 

 

 

 

 

「あー、結構遅くなったな……」

 

 思ったよりタービンの交換が長くかかってしまい、時刻はもう8時を回ってる。結局交換に付随して他にも数か所弄んなきゃいけないとこが出てきて、明日改めてテスト走行という形になった。

 ……土屋がやりたがってたけど、ドリフトばっかでテストになんないからやめさせろって中嶋先輩に言われた。ドリンクバーで手を打ってくれりゃいいけど……。

 

「……ん?」

 

 ふと、前に人影が立っているのが見えた。遠くで顔は見えないけど、見た限りじゃうちの学校の女子の制服だ。どうしたんだろうか、こっちには男子寮以外めぼしいものなどないと思うけど。

 

「……て、西住さん?」

 

「あ、雨水君……」

 

 人影の正体は西住さんだった。俺が名前を呼ぶと、西住さんは俺の方を見て、控えめな声で俺に返事をした。

 

「あの、なんでここに?」

 

「あ、ええと、女子寮に帰る途中なんだけど、道に迷っちゃって……」

 

「……女子寮、真逆の方向だよ。あっち」

 

「え、うそ……」

 

 ……なんというか、色々心配な人だな。いや、人のことを言えた身分じゃないけれど。

 

「……よかったら、案内するけど」

 

「あ……お願いします」

 

 このまま放っておくのも何やら忍びないので、女子寮まで彼女を送ることにした。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ……どうしたもんか、なんか話した方が良いかな? 戦車道とか……いや、さっき断られたのにその話題出すのもどうなんだろうか……。

 

「あ、あの、雨水君」

 

 俺がない頭をひねって話題を探していると、彼女も沈黙に耐えられなかったのか、俺に声をかけてきた。

 

「……なんだい?」

 

「雨水君と私って……前にあったこと、あるよね?」

 

「ああ……」

 

 西住さんの言葉で、話そうとしていたことを思い出した。そうだ、俺は1年の頃、この人と会ったことがある。

 熊本でのことだった。俺はあるクルマのオーバーホールを依頼するために、西住常夫さん……つまりこの人のお父さんを訪ねて、西住さんの家まで行ったことがある。その時に会ったのがこの子だ。経緯は省くけど、その時にとある事情でこの子をクルマに乗せて、場所は覚えてないが送ることになったので、その時に少しだけ会話をした記憶がある。

 と、まあ知り合いと呼べるかも疑問が残る程度の面識だったので、正直西住さんが俺を覚えていたことには驚いた。

 

「よく覚えてたな、俺のことなんて」

 

「う、うん……結構印象的だったから」

 

 そうだろうか? 自分ではそこまで誰かの記憶に残るような人間には思えないけど。

 

「あれ、でもなんでこの学校に? 熊本(そっち)と接点ないと思ってたけど」

 

「ッ……」

 

 と、俺の言葉を聞いた途端、西住さんは足を止め、顔を俯かせてしまった。……あれ、どうしよう、もしかしなくても地雷踏んだ?

 

「ごめん、変なこと聞いちゃったか」

 

「……ううん、大丈夫」

 

 そうは言うものの、西住さんは顔を俯かせたまま、微動だにしない。……しまったな、こういう気遣いが足りないって、小山にいつも言われてんのになー……アイツに言われたくはないけど。

 

「……雨水君」

 

「あ、はい……?」

 

「……また」

 

 西住さんは、その表情を伺えないまま、言いにくそうに言葉を紡ぎ出そうとする。しかし意を決したのか、俺に聞こえる程度の声量で、彼女はしっかり言った。

 

「また、私の話を聞いてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

「……コイツらを使って何をしようってんだ?」

 

 俺の目の前には、3人の男子生徒の資料が置かれていた。どいつも入ったばかりの新入生だ……コイツらが何だっていうんだ?

 

「その子たちだけじゃないよ、君も永ちゃんも入ってる」

 

「……目的を簡潔に言え、いやな予感しかしねえけど」

 

「察しがいいねえさすが蜜柑ちゃん。じゃ、発表しよー」

 

 そう言うと会長は、大仰に手を振り上げ、出来の悪いバラエティ番組の司会者のように宣った。

 

「小山蜜柑、雨水永太、斎藤冬樹、天宮仁郎、服部宗平。以上5名には、特別チームを作ってもらうよ」

 

「特別チームって……なにやれってんだよ?」

 

 その問答に対し彼女は、さっきまでとはまた違った、しかしなお役者じみた動きで手を組んで、悪役みたいな口調でこう言った。

 

「……(タコ)になってほしいんだ」

 

「蛸……?」

 

「そ、蛸」

 

 

 

「みんなに隠れて、お宝を持ってきてくれる。私の蛸に、ね」

 

 

 

 そのいたずらっぽい笑みの中に、どこか強がりのようなものを感じたのは、きっと気のせいだと、今はそう考えることにした。

 




文字数多い割に話が思うように進まない……次回からはやっとメインの5人がそろう予定です。


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3 : 【備】Prepare

prepare:準備する、心構えをさせる、など


 その時は、とてもプレッシャーを感じていた時期でもあった。戦車道のこと、家のこと……でも、誰かに本心を打ち明けるなんて、私にはできなかった。

 雨水君に初めて会ったのは、そんなとき。私がまだ実家にいたとき。お父さんに用事があって来たみたいだけど、車の修理……ということだけで、詳しいことは私にはわからない。

 雨水君と話すきっかけができたのはその後。実はその時、戦車道の練習試合があって、それに遅刻しそうになってた。そしたらお父さんが「雨水君に送ってもらえ」なんて言うから、男の子と話したこともない私は、いきなり車で2人きりなんてことになって、困惑した。けれど不思議と、どっちが切り出したかは微妙で、何とも言えないけど、しどろもどろでも私は彼と話した。

 

『このまま行っていいんですか? あんまり気のりしてないみたいだけど』

 

 会話が少し続いた後、雨水君は何かを察したのか、そう聞いてきた。それで、なんでかはわからないけど、私はその時思っていたことを、家族にだって話さなかった苦しいことを、その人には打ち明けた。知らない人だったからかもしれない。身近にいる人じゃないからこそ、明かせるものもあったからかもしれない。なんにせよ私は雨水君に話した。弱音だったり、どうしてって思ったことだったり……そして、アナタならどうしますかって。

 雨水君はそれに『わからない』って言った。当たり前だ。他の人にどうこうしてもらう問題じゃない。ただ聞いてほしかっただけ。

 それだけならそれだけで、これでおしまいだけど、実はまだ続きがある。

 場所について車から降りて、じゃあさようならってなったとき、雨水君は私にこう言った。

 

『あんまり、深く考えなくてもいいと思う』

 

 逃げたきゃ逃げりゃいい、別に力まなくたっていい……そんなことを言ってきた。それができたら苦労しないって、正直少し思った。でも、それ以上に、そんな風に言ってくれる人がいるっていうことが、何だか可笑しくて、不思議とその言葉は私の胸にストンと落ちてきた。

 それ以来、不思議と彼との会話を忘れたことは無かった。辛いこともたくさんあるけど、思い出すと、あれこれ深く考えても仕方ないって、力まず目の前のことを頑張ろうって思えた。

 ……でもそれでも、限界はきちゃった。

 

――――

――

 

 

 

「……そうかい、全国大会でそんなことが」

 

「うん……」

 

 私はいつかの時みたいに、雨水君に自分のことを話した。特に戦車道の全国大会のこと、事故に遭った乗員を救助に向かったこと、それが原因で敗退したこと、そして、私がやったことの責任と、周囲の否定に耐えきれなくなって、ここまで来たこと……。

 

「……ねえ、雨水君はどうすれば良かったと思う?」

 

「……難しいこと聞くね、随分」

 

 わかっている。そんなことはわかってる。でもそれでも聞いてほしかった。何でもいいから、またあの時みたいに、どうするべきか言ってほしかった。

 

「……実は今、戦車道一緒にやろうって、友達に勧められてて……」

 

「そうか……西住さんは、どうしたいの?」

 

「断ろうって思ってる。もう、戦車道は……」

 

「まあ、無理もないよな」

 

「逃げなのかな、これって?」

 

 そうやって聞くと、雨水君はきょとんとしたような顔をして、こっちを見た。

 

「こうやって転校までして、いやなことから離れるって、逃げてるってことだよね」

 

「……ああ、なるほど。そうだな、俺にはわかんないよ」

 

「……うん」

 

 それを聞いて少しだけ驚いた。『そうだね』か『そんなことはない』で……それも多分『そうだね』の方を雨水君は言うと思ったからかもしれない。言ってほしかったからかもしれない。

 ……多分驚いたんじゃなくて、不安になったんだ。回答が貰えなかったから。

 

「で、でも、前の学校では逃げだって言われたの。だからきっと、私なんか……」

 

「逃げるのが嫌なの?」

 

「え、えっと……」

 

 私は何も言い返せなかった。なんて言えばいいのかわからなかった。今まで目をそらしてたものに、今になって向き合ったような感覚があった。私はそれになんでか何も言えず、うつむいたまま歩き続けてしまった。

 ……数十秒、数分、十数分、何も答えられないままの私の横を、彼はただ黙って歩く。もう見覚えのある道まで来ていた。女子寮までもうすぐ。

 

「雨水君」

 

 もう一度私は彼の名前を呼んだ。彼は横目でチラッと私を見た。心の中にあるドロッとした不安を消してほしくて、私は雨水君に、前みたいに聞いた。

 

「……私はどうすれば良いと思う?」

 

「俺はどうも思えない」

 

「……え……それってどういう……」

 

 狼狽していると、彼は全くの無表情で、光のない目を私に向けて言った。

 

「自分で考えな。せっかくここまで来たんだ」

 

 淡々としたイントネーションの、その言葉を聞いた瞬間、なんでか一歩も動けなくなった。傷口をゆっくり、優しくえぐられるようで。

 ……でもその言葉は、嫌になるくらい私の中にストンと入ってきた。

 

「……」

 

「……悪い。今言ったこと、気にしないでくれ」

 

「ううん。じゃあ、もう道は大丈夫だから……」

 

「そっか。じゃあ、また明日」

 

 気まずそうにそう言うと雨水君は、来た道を引き返していった。少しして彼の方を振り返った。思っていたよりも、彼は遠くに行っていた。

 

「……帰ろ」

 

 私はそう呟いて、一人帰路についた。結局、どうすればいいかわからなくて、不安や怖い気持ちは消せないまま。

 ……けれど不思議と、ずっと心の中にあった、ドロッとした何かが、薄れていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 翌日、放課後。俺と小山は案の定生徒会に呼び出しを喰らった。議題は予想できる。大方、勧誘失敗のことだろう。

 

「はー……」

 

「随分とブルーだな。こっちまで気分が重くなるからやめろよ」

 

「……お前は唯一の友人を気にかけることもできねーのか」

 

「誰が唯一だクソメガネ。そもそも、テメーを友人と思ったことなんざねーよ」

 

「あっそ……」

 

 小山と軽口をたたき合いながら廊下を歩く。気分が沈んでるのは多分、昨日の西住さんとのことがあったからだ。なんであんなことを言ったのか。俺があんな余計なこと言う必要はどこにもなかったんじゃないか。そんな考えが頭から離れないでいる。

 あの時の西住さんの顔が今でも忘れられない。余計に傷つける結果になってしまったのだろう。そう思うと余計に罪悪感が襲ってくる。

 

「でも意外だな、お前にも人を思う心があったなんて」

 

「お前なー……まあ否定はせんけども」

 

 小山に昨日のことを話したら、思った通り慰めるどころか傷口をより広げる返ししかくれなかった。

 

「ま、今は会長様にどう言い訳するかでも考えとけよ、雨水。俺も特別にフォローしてやる」

 

「お前、俺だけのせいにしようとしてないか?」

 

 そんなことを言いながらも、俺たちは気づいたら生徒会室の前に立っていた。今度はどんな目に合うものかと辟易しながら、小山が無作法にドアを開けるのを見守る。中には、会長含めいつもの3人が待ち受けていた。

 

「やー2人とも、今回はよくやってくれたねー」

 

「……は?」

 

 会長から突然発せられた上機嫌な言葉に、小山はあっけにとられたような声を出した。俺も声には出してないけど、同じ気持ちだ。なぜあんな機嫌が良さそうなのだろうか。

 

「……ん? どうしたのさ、呪いのビデオでも観たような顔して?」

 

「やめてくれ杏ちゃん、『リング』の話するとまた小山がトイレに行けなくなるんだ」

 

「作ってんじゃねぇぞクソメガネ!」

 

 お返しだ。このくらいは許せよ。

 

「んなことより、どういうつもりだよ会長。勧誘は失敗したんだろ?」

 

「あれ、知らないの? 西住ちゃん戦車道やることになったんだよ」

 

 その言葉に俺と小山は顔を見合わせる。そうしながら、その言葉にどう返していいかわからないでいると、小山が先に聞いてくれた。

 

「……なあ会長様よぉ、恐喝ってのは刑罰が下るんだぜ? 俺、アンタの顔を朝っぱらからニュースで見たくねーぞ」

 

「お前は毎度毎度、会長をなんだと思っているんだ!」

 

 キレた河島さんに、杏ちゃんは「まあまあ」と言いながら抑える。少しして彼女は俺たちの方を向き直した。

 

「まあ否定はできないけどね。でも、最後はなんか吹っ切れた感じだったよ? 友達と一緒に来て『私、戦車道やります』って、力強く。どっちかが何か言ったんじゃないの?」

 

「……心当たりあるか、雨水?」

 

「いや、全然……」

 

 百歩譲ってあるとしたら昨日の放課後……でも、あれでそんな風に吹っ切れるか? ならやっぱり違うよな。多分、西住さんの友達によるところが大きいだろう。俺達は関係ないと思う。

 

「ま、何にせよ、これでうちの学校も戦車道を本格的に始められるわけだ」

 

 そうやって、先程から上機嫌な表情を崩さない杏ちゃん。……まあ、お咎めがないなら、それに越したことはないか……。

 

「てか、それならなんで俺たちを呼んだんだよ? まだなんかやれってか?」

 

 小山が鬱陶しそうに杏ちゃんに聞く。そういえばそうだ。成功したんなら俺たちを呼ぶ理由がない。お礼を言いたいからわざわざってのも杏ちゃんには考えにくい。

 

「あぁ、そうそう。2人にはこれからのこと話しとこうと思ってさ」

 

「……これから?」

 

「そだよー。言ったでしょ、何かと男手がいるって」

 

 そう言うと、杏ちゃんは部屋に飾ってある時計をちらりと見た。何かを待っているんだろうか。

 

「蜜柑ちゃんには昨日話したんだけどさ。君たち以外にも協力者がいるんだよね」

 

「協力者?」

 

「……戦車道のサポートチームだとよ。俺とお前の他に、あと3人がこれに入るらしいぜ」

 

 小山が俺にそう補足した。サポートチームっていうと、部活のマネージャーのようなもんだろうか。

 

「うんそうそう、今回はその3人と顔合わせしてほしいと思ってさ」

 

 杏ちゃんのその言葉で、なんで呼ばれたのかは理解できた。……でもわざわざチームまでつくることなんだろうか。何か引っかかる。

 そう思っていると、後ろのドアから『コンコン』と、2回叩いた音が聞こえた。

 

「お、来たね。どーぞー」

 

 そして、ドアが開かれた。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 ドアを開いて、そう言ったのは口の軽そうな奴の1人だけ、しかし入ってきたのはそいつ含め3人だった。後の2人は黙って入ってくる。資料で見たのと同じ顔だった。

 

「こんにちは。わざわざご足労ありがとねー」

 

「いえいえ、僕も一度、会長には会ってみたいと思っていたんですよ」

 

 口の軽そうな奴が慣れたように笑顔をつくってそう答える。

 

「天宮君だよね? いやー噂通りの美男子だねー」

 

「アハハ、会長の美貌には負けますよ」

 

 よくそんな歯が浮くようなセリフを平然と言えるもんだ。そう思いながら、コイツのプロフィールを思い出す。

 天宮仁郎(アマミヤ ジンロウ)。今年入ってきた1年で、弓道部に所属しており、弓の精度は百発百中。軽く結った長い黒髪が特徴で、その外見とオープンな性格から女子人気が高く、密かにファンクラブまでつくられてる、と……聞けば聞くほど嫌いなタイプだ。

 と思っていると、天宮は俺たちに気づいたらしく、こっちを向いた。

 

「へぇ……こんなかわいい娘がいるなんて知らなかったよ。どうして学ランなんか着てるんだい? よければ名前と一緒に教えてくれないかな」

 

 ……と、俺に向かってそうほざいてきやがった。

 

「……あー、天宮君だっけ?」

 

「ああ、雨水さんですよね? 話は聞いてますよ。それで、小山さんってのは……」

 

「……ん」

 

 そう言って、雨水は俺を指す。すると天宮は、ゆっくりと俺の方に向き直し、しばらくして雨水の指が指してるものを察したのか、その笑顔がひきつった。

 

「えっ!? だって2人とも男って……て、え!?」

 

「……いい加減はなれろこのカマ野郎!」

 

 そう言って俺は思いっきりけりをやつのみぞおちにめり込ませた。

 

「グハッ!」

 

「アッハッハッハッハ! み、蜜柑ちゃん。今度、じょ、女子の制服貸したげよっか? ブッハッハッハ!」

 

 何がそんなにおかしいのか、会長は大笑いしながらそうほざいてきた。ホントに貸し付けて来たら例え女でもぶん殴ってやる。

 そう思っていると、よろめきながらも天宮は起き上がった。チッ、そのまま寝てりゃいいのに……。

 

「あの……もう帰っていいですか? あまり放課後に居残りたくないんですけど」

 

 と、目が隠れてる男がそう言った。

 確かコイツは、斎藤冬樹(サイトー フユキ)。1年の帰宅部。ぼさぼさの髪で目が隠れてて、声も小さく、いかにも気弱な奴の佇まいだ。大体いつも誰とも話さず、スマホかパソコンを弄って、何やらしている……とだけ聞いてる。何やらって何だよとは思うが、天宮みたいに噂になってるならともかく、話したこともない奴なんで、資料以上のことはわからない。

 

「うるさいぞ、これから話すんだ。黙って聞け!」

 

「う……はい……」

 

 河島にきつく言われて斎藤は黙ってしまう。なるほど、典型的な強く出れないタイプだ。雨水とは別の意味で役に立たんかもしれない。

 

「……早くしてくれませんか。こちらも暇じゃないんだ」

 

 そうしてると、デカい男が静かに言った。

 服部宗平(ハットリ ソウヘイ)、いかついマッチョで、金色に染めた短髪とカミソリみたいな目つきの悪さで、不良と認識されている。斎藤と同じ帰宅部だが、コイツの場合は船舶科の男子連中と喧嘩してたりするらしい。暇なヤローだ。

 

「まーそうだね、そろそろ本題にも入りたいし……かーしまー」

 

「はい、会長。それでは、これより貴様らに重大な任務を与える」

 

 河島は大仰にそう宣う。久しぶりに自分に強く出ないタイプの人間が出て、ご機嫌ととれる。

 

「天宮仁郎」

 

「あ、はい」

 

「斎藤冬樹」

 

「は、はい……」

 

「服部宗平」

 

「はい」

 

「依然話したが、貴様らはこれから、そこにいる雨水永太と小山蜜柑の2人とチームを組み、戦車道の全面的なサポートを行うのだ。そこのメガネが雨水で、ちっこいのが小山だ」

 

「もちろん、履修者の特典はみんなにもあげるし、プラスで要望があれば可能な限りは答えるから、頑張ってね」

 

 河島の言葉に姉ちゃんがそう付け足す。何やら聞き捨てならない言葉も聞こえたが、面倒なので見逃してやる。

 

「あ、じゃあ今度デートとかしてくれませんか? 憧れだったんですよ。副会長とデートするの」

 

「え!? えっとその……」

 

「もっかい蹴られてぇかてめー」

 

「おっと、冗談ですって……」

 

 リスポーンがはやいな……つかまだ懲りねえのか天宮は。やっぱコイツ嫌いだ。

 

「さて、じゃあ顔合わせも済んだね、5人で仲良く、協力し合ってやってねー」

 

 どこまで本気なのか、会長はのほほんとした感じで俺たちに言う。この5人で仲良くかよ……ぜってー無理だ。特に天宮とは。

 

「じゃあ杏ちゃん、もう部活だし、失礼するよ」

 

「俺も帰ります……」

 

 雨水と斎藤がそう言って荷物を持ち、全体に解散の空気が流れだした。俺も帰って晩飯の支度でもしよう。

 

「あーちょっと待って」

 

 俺たちが足早に帰ろうとすると、会長はそう口を開けた。まだ何かあんのかよ、勘弁してくれ。

 

「君たち5人はまだ残っててね。かーしまと柚子はもう帰っていーよー」

 

「え……でも会長」

 

「個人的に話しときたいことがあるからさ、2人は先に帰っててよ」

 

「しかし会長。御1人だけでコイツらの相手は危険です!」

 

 危険って何がだよ。

 

「だいじょーぶだって。結構長くなるし、その間2人には戦車道の書類まとめといてほしいんだよ。明日からだし、時間ないじゃん」

 

「確かに……そうですね、早くやらないと間に合わないかも……」

 

「……わかりました。しかし何かあった時はすぐにお知らせください! 私が全力を尽くしてこいつらを排除します!」

 

「はいはい、じゃーねー」

 

 そんなやり取りの後、姉ちゃんはともかく河島は納得いかないのか、渋々といった様子で生徒会室をあとにする。それを見送った会長はこちらに向き直り、相も変わらず飄々とした調子で俺たちを見る。

 

「……それじゃあ、改めて話そっか。君たちに何をさせるのか」

 

「何って……戦車道のサポートでしょう?」

 

「そう、もうちょい掘り下げて言うと……」

 

 天宮の問いに、会長は静かに言った。

 

 

 

「ドロボー、をね……」




やっと投稿できた……(お盆が繁盛期の人)


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4 : 【隠】Secrecy

secrecy:秘密、内密


「……泥棒って、一体どういう……」

 

「窃盗、不法侵入、その他諸々」

 

 天宮の問いに、会長はわざとらしく見当違いな答えを述べる。どうしてこうもまあ厭味ったらしいのかと思うが、いちいち考えてもキリがないので、俺は無視した。

 

「な、なんすか。わざわざそんな冗談」

 

「冗談じゃないよ」

 

 喰い気味に、そしてやや威圧的に。会長のそれに気圧され、斎藤は黙ってしまった。

 

「ちょっと今込み入った問題があってさ。確実に解決するために、君たちにはちょっとだけ危ない橋を渡ってほしいんだ。もちろん断ってもいいよ? ただ、その後この学校に居場所があるかは保証できなくなるけど」

 

 何ともまあにこやかな笑顔で宣えるものだ。要約すると、この傍若無人な会長様はこう言っておられるのだ。『自分の目的のため汚れ役をやれ、さもなければ退学させる』と。そんなバカな話があるかと思うだろう。けどコイツに限ってはあるのだ。

 一度そう決めたら、あの手この手を使って本当に言った通りのことを敢行する。その手腕と傲慢さの果てが、現在の生徒会の過剰な権力の根幹になってるとすら言える程、彼女の交渉術は恐ろしい。そういう女なのだ、コイツは。

 

「そもそもなんで泥棒なんだよ。もの盗りなんて戦車道と全然関係ないだろ」

 

「あるんだな、それが」

 

 会長はそう言い、大仰に椅子にもたれかかる。

 いよいよ何をやらされるのかわかったもんじゃない。戦車でも盗んで来いってのか?

 

「ま、それは追々話すとして……そうだね、とりあえず今は理由を言おっか」

 

「理由?」

 

「そう。どうして君たちを選んだのか、その理由」

 

 そう言うと、会長は薄い笑顔を崩さず、淡々とその話を続けた。

 

「一つ、君たちがうちの学校の男子生徒であること」

 

 彼女は一拍だけ溜めて、そして続ける。

 

「実は、この学校の正式名称はまだ『大洗女子学園』なんだ。この学校は去年から共学だけど、学園長が申請を忘れたせいで、まだ世間の認知は女子高なんだよね。

 で、女子高なんだから、男子がいるなんて当然思われないよね? 制服もただの学ランだし、他も学校を特定できるものじゃない。学籍はさすがにあるけど、そんなものその気になればすぐに学校側(コッチ)で改ざんできるし」

 

 出来なくても無理矢理しそうだけどな、コイツの場合は。

 

「……で、学校側が君達のことを知らないって言ったとする。するとどうだろう。あら不思議、君たちは『高校にも行ってないチンピラ』ってことになっちゃう」

 

「……使い捨てて、足きりするにゃもってこいか」

 

「正解」

 

 つまり俺たちは危なくなった時のトカゲの尻尾だ。なりふり構わなくなって来てるな、コイツも。

 

「そして一つは、5人がそれぞれ『そういうこと』するのに使える技術を持ってること」

 

「そんな技能を持った覚えないぞ、俺」

 

「いやぁ、永ちゃんのドラテクとメカニックはすごいじゃない。機械の気持ちいとこ全部わかるレベルなんでしょ?」

 

「それ誰が言ったのよ?」

 

「同級生の自動車部」

 

 「鈴木先輩だな……」とひとりごちる雨水をよそに、俺は話を進めることにした。

 

「俺はなんなんだよ。そんな手が後ろに回るようなことしたことねーぞ」

 

「蜜柑ちゃんのは簡単だよ。君じゃないと他の4人をまとめられないから」

 

 なんだそりゃ。と思いながらも、俺は雨水含む4人を見回す。……なるほど、統率力が全く期待できない面子なのは確かだ。

 

「……で、あとの3人は?」

 

 そう聞くと、会長はゆっくりと、下級生3人の方を見た。最初は斎藤だ。

 

「さいとーちゃん。宿題やってきてくれた?」

 

「え、は、はい……」

 

 斎藤はカバンからノートPCを取り出し、机において開いて見せた。画面にはいくつかの映像が映されている。道路や街並み、艦内の様子、そしてうちの学校。

 これは……監視カメラの映像か?

 

「これ、どうしたんだ?」

 

「えーなに、盗撮?」

 

「ち、違うよ天宮。えっと……会長に言われたんです。このラップトップで艦のセキュリティシステムに侵入してみろって。やんなきゃ退学させるって言われて、昨日……」

 

「おいおい……」

 

「もちろん、管理側には抜き打ちテストって名目にしといたから大丈夫だよ」

 

 そういうこと言ってるんじゃない。平然と後輩を脅してハッキングさせるその性格が本気で心配になってきただけだ。

 それにしてもハッキングか……。専門外だから詳しいことは知らないが、確かに映画で見るような泥棒の代名詞みたいな技術だ。しかも会長の助力ありとは言え、セキュリティシステムに一日で入り込めるってことは、斎藤のレベルがかなりのもんだろうことが伺える。

 

「ちなみに、さいとーちゃんはどうやってやったの?」

 

「はい……今回の場合は管理システムがオープンネットワーク上だったからあまり時間がかからないで済みました。セキュリティの管理人リストを調べてから、勤務中の彼らに偽装した解析ファイルを送って開かせて、何とかアクセス権限のあるIDを手に入れました。次はポートスキャンでサーバの入り口を見つける作業です。TCPスキャンでも良かったんですけど今回テストということでSYNスキャンで試してみました。これで向こうにログは残されていないと思います。侵入したときに意外だったのは、試しにCgi-Exploitでやったら入れたことですね。最終的にプルートフォースアタックに頼らなきゃいけないかと思ってたんですけど……あ、でも、UNIXならリモートスタックオーバーフローでも」(※読み飛ばしていいです)

 

「わかった、うんもういい。十分にわかったから」

 

「あ、はい……」

 

 急に饒舌に話し続ける斎藤に、会長は早口で抑止した。

 ……まあとにかく、コンピュータの分野で戦力になるってことはわかった。

 

「それで? マジで協力するつもりかよ?」

 

「て言われても、聞いた限りじゃ断る選択肢は……」

 

 斎藤がそう言いながら会長の顔を見ると、彼女は得意顔で答えた。

 

「うん、あんまり賢いとは思わないね」

 

「……わ、わかりました、受けます」

 

 斎藤が諦めたようにそう言うと、会長は他の1年に向き直る。次の説得に移るのだろう。

 説得と言っても、俺たちには選択権など初めから用意されていないようなもんだが。

 

「まぁ、斎藤のことはわかった。それで、後の2人は?」

 

「そうだね、次は服部ちゃんの宿題を……」

 

「待ってくださいよ」

 

 会長の言葉に、さっきまで黙っていた服部が声を出した。

 

「自分はまだやるなどとは言ってません」

 

 意外にも、いや見た目通りと言えばいいのか、そいつはそう言った。

 

「おや、それは学校に居られなくなってもいいと?」

 

「お好きにどうぞ。もともと厄介払いでここに来たようなものでしてね。今更どうなろうと未練はない」

 

「うーん、それは少し困るなー」

 

 本当に困ってるのかどうなのか、会長も負けず劣らず真意をくみ取らせないような、わざとらしい表情をつくって服部にそう答えた。

 厄介払い……か、たまに聞く話だ。学園艦っていうのは特殊な場所で、例外はあれどほとんどは親元を離れてここに来る。自主性の尊重と言えば聞こえはいいが、実は別の利点がある。問題のある生徒を引き受けて更生するのに良い環境なのだ。

 陸と違って閉鎖された空間だから管理がしやすいし、陸に害が及ばず、問題は艦内で全て片が付く。何より問題を起こした奴に逃げ場はない、冗談で監獄学園(プリズンスクール)なんて呼び名もあるくらいだ。まあ要は、不良を檻に閉じ込める意味合いもあるのだ。あァ、ちなみに逃げるときに海に飛び込むのはお勧めしない。それやってスクリューに巻き込まれて、バラバラになった奴が知り合いにいた。

 

「とか何とか言ってー、ホントは出された宿題ができないからそう言ってるだけじゃないのー?」

 

「……どう取っても構いませんが、話がそれだけなら、俺は失礼します」

 

「いやいや、ちょい待って」

 

 流石にこのまま帰られるのは面倒なのか、会長は未だ焦りを見せないが、席を立って服部を抑止する。しかしそれに耳を貸さず、服部はドアノブに手をかける。

 

 

 

「帰るんなら財布は置いてけよ、服部」

 

 

 

 天宮のその言葉で服部は動きを止め、部屋を出る寸でのところでこちらを振り返った。どういうことだ?

 

「……カツアゲは時と場所と人を選ぶことを薦めるぞ」

 

「それは失礼。『何個も』財布を持ってるのが見えたもんでね。最近金欠で、つい」

 

 と、ここまで聞いて俺は話の内容を察し、後ろに置いていた自分のカバンを開けた。

 

「……財布がない」

 

「え……あ、俺のもない……」

 

 俺だけじゃなく斎藤も気付いたのか、自分のポケットを弄ってあたふたしていた。服部のやつ、いつの間に……。

 

「雨水、お前の財布は?」

 

「そもそも忘れて持ってきてない」

 

「……そういう奴だよ、お前は」

 

 兎にも角にも、知らないうちに服部は俺たちの財布をスッたらしい。天宮が何か言わなければ、買い物するまで気づかなかっただろう。

 ……噂なんぞは基本当てにならないもんだが、こと服部の素行不良のことについては、もっぱら正しいかもしれない。そう思った。少なくとも何の躊躇も理由もなくスリができるくらい手癖が悪いのは間違いないだろう。

 

「……いつ気付いた?」

 

「河島さんたちが帰るときからずっと。あそこで君、わざわざスッた後チャックも閉めて。顔に似合わず丁寧だよね」

 

「……あの時お前は見てなかったはずだ」

 

「人間ってのは想像以上に視界が広いんだよ。意識が向いてるかそうじゃないかってだけで。勉強不足だね、だから僕の財布は盗れなかった」

 

「……」

 

 わかりやすく天宮は煽るが、服部は何も言わなかった。服部は服のどこからか4つの財布を取り出し、その中には俺のものもあった。

 もはや怒りを通り越して感心した。河島たちが部屋を出たときからさっきまで、ここにある全ての財布を盗んだ。確かに顔に似合わず器用な奴だ。てっきりパワー系だと思ってたが。

 

「……と、まあこれで服部ちゃんのこともわかったかな? この子がいれば百人力でしょ」

 

 会長はあいも変わらずにこやかな表情。こうなるってわかってたから余裕だったのか?

 

「何かやってるだろうなってのは、なんとなくわかってたんだけどね。いつどうやって盗んだかまではわかんないよ。私も財布忘れてきて正解だったね。ね、蜜柑ちゃん?」

 

「シレっと頭の中を読むな」

 

 会長は俺の言葉を聞き流して、服部の方を見た。

 

「まぁ、出した宿題とはちょっと違ったけど、思わぬ収穫だったよ。じゃ、やってくれるよね?」

 

「……スイマセンが、学校を辞めさせたいなら好きにしてくれて」

 

「まぁそう言わないで、ご褒美だってあげるよ。単位免除に学食食べ放題、それに」

 

「だから俺はッ」

 

「親御さんの借金問題の手助け、とか……」

 

「ッ……」

 

 会長がそう口にした途端、服部が目を見開いた。『何故知っている』とでも言いたげな顔だ。それに対し、会長は涼しい顔で服部を見つめる。

 なんてことはない、多分服部にはいろいろな事情があるんだろう。そこを彼女に付け込まれたというだけの話だ。

 こういうところだ、彼女は。こういう、絶対に断らないように仕向けるのが抜群に上手い。こういうところが恐ろしいんだ。

 

「……わかりました。不本意ですが、お受けします」

 

「ありがとー。じゃあ最後は天宮ちゃんだね」

 

 最後に会長は天宮に向き、交渉に入った。

 

「僕ですか? やらせてもらいますよ」

 

 が、当の天宮本人は最初から乗り気らしく、二つ返事で会長にそう言った。

 

「ありがと、じゃあ、自己紹介がてら、他のみんなにやってきた宿題を見せてあげて」

 

「ええ、『初対面の女子のパンチラ写真3枚。しかし盗撮ではなく本人の了承を得て』ですよね?」

 

 ふざけるな。というよりも先に天宮はその写真を出し、会長に見せた。……本当に女子の下着がハッキリ写ってる。顔は映ってないが自分でスカートをたくし上げてる以上、本人の了承があるってのも本当だろう。

 

「お、おいちょっと待ってくれ杏ちゃん。流石にシャレになんないぞ」

 

「大丈夫だよ永ちゃん、自動車部の子たちじゃないから」

 

「いや、そういうこと言ってんじゃ……」

 

「こ、これって全部1年?」

 

「うん? あー大丈夫だよサイトー。近藤ちゃんには手ぇ出してないから」

 

「は!? な、なんで知って……いや、なんでそこで近藤が出てくるんだよ!」

 

「……で、つまりコイツはたらし専門ってか?」

 

 色仕掛けか……まぁそういう奴がいたほうが色々便利だってのは認めざるを得ないだろう。

 そう思いながら、脱線しそうになる会話を何とか修正しようと、俺は会長に話を振る。

 

「それもできますけど、どっこいそれじゃないんですよ」

 

 しかし問いに答えたのは会長ではなく天宮だった。すると天宮はゆっくりと俺の方を見て、再び口を開いた。

 

「いや、これに繋がってるってのが、正しいかな? 僕のメインは……」

 

「目が良い……か?」

 

「……さすが」

 

 俺が聞くと、少しだけ間をあけて、天宮はそう言った。

 

「ちなみに、どうしてそう思いました?」

 

「お前だけが服部の盗みを気づいていた。目が良いってのは何も視力の話だけじゃない。どれだけのものを意識的に見れるかってのもある。お前もさっき得意げに話してたろ? 視力も高いのかもしれねーけど、それ以上に目からの情報を処理する能力が格段に高いんだ。それこそ、意識せずとも相手の一挙一動を見逃さないほどにはな」

 

「……じゃあなんで女の子にモテるんですかね?」

 

「自分で言うかよ……一挙一動を見逃さないって言ったろ。人間、どんなに隠しても必ずどっかに心情が出るもんだ。それがどんなに僅かでも、お前の目は人間の心情を見逃せない。あとは女の顔色を窺ってご機嫌取りってとこじゃないか? ……ゴマすりにゃ最高の才能だな」

 

「可愛い顔の割に、おっかない人だな……」

 

 天宮はため息をつくと、おもむろに手に何かを持った。あれはコインだろうか? それを5枚持っている。そう思ってると、向きを変えずにこう言った。

 

「雨水さん、キャッチしてください」

 

「え、うぉっと!」

 

 突然雨水が話しかけられた途端、天宮はコインを投げ、雨水は何とかそれをキャッチ……できず、床に落ちて散らばってしまった。投げた方向は天宮の後ろ、天宮はコインを投げた方向を見ないままだ。

 

「締まんねえな」

 

「苦手なんだよこういうの」

 

 そんなことを雨水と話してると、天宮は後ろを向いたままおもむろに口を開いた。

 

「僕に近いとこから表、裏、表、表、裏……ですよね? ちなみに2番目に近いコインは3番目に近いコインと重なってます」

 

「……正解」

 

 散らばったコインを見ると、天宮のいったことと全く一致していた。後ろのことまでわかるってことは、実際に見えてるものだけじゃなく、事前に入った視界の情報から正確に予測できるのかもしれない。俯瞰視点ってやつか。それも並とは精度が桁違いだ。

 目が良いって言うレベルじゃない。異常視覚と言ってもいいかもしれない。

 

「……とまあ、僕はすごく目が良いんですよ。どうですかね?」

 

「……予想以上だよ」

 

 流石の会長もこれには驚いたのか、素直に感心しているようだった。

 

「……さてと、まあこれで顔合わせは済んだね。じゃあこれからは蜜柑ちゃんをリーダーにして活動してね」

 

「おいちょっと待てよ、活動って具体的に何させるつもりなんだ?」

 

「それは追々話すよ。じゃあ、明日から早速戦車道の授業あるから、とりあえず顔合わせよろしくねー。じゃ、解散!」

 

 そう言って、聞きたいことも碌に聞けぬまま、俺たち5人は生徒会室をいきなり追い出された。

 明日から戦車道の授業か。この面子でか。不安しかねーぞ。そう思いながら、俺は帰路につくことにした。

 

「……このままどうなるんだろな、俺達……」

 

 雨水の問いになんぞ答えられるはずもない、俺が聞きたいくらいなのだから。

 

「……俺帰ります」

 

「俺も用事があるので」

 

 そういって斎藤と服部は足早にその場を離れ、廊下に消えていった。

 

 

 

「会長、何だか焦ってましたね」

 

 

 

 不意に天宮がそう呟いた。やはりこいつも気づいたらしい。アイツが何だか切羽詰まっているのは、俺も雨水も勘付いてはいたことだ。コイツが気づかないはずもないだろう。

 

「何かあるんですか、この戦車道に?」

 

「……知らねえよ」

 

 天宮の問いかけに、俺はそう答えるしかなかった。そう言うと天宮は「そうですか」とだけ言って、帰って行った。

 

「……俺たちも帰ろうぜ」

 

「だな……」

 

 最後に俺と雨水の2人が動き、そして数刻の後、廊下には誰もいなくなった。




服部の宿題:1分以内に指だけで10円玉を10枚へし曲げる動画をYouTubeに投稿する。


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5 : 【混】Mix

mix:混ぜる、混合する等


「……ということで、戦車道のサポートチームとして彼らを用意した。力仕事などで補助が必要な場合は、遠慮なく頼むように」

 

 ……あれから時間は明日まで飛んで、戦車道の授業中。第1回目ということもあり、今は履修者の顔合わせの時間だ。俺たちは5人並んでつっ立って、他の履修者たちと対面していた。

 戦車道は女のものってのは本当らしい。確認できるのは21人、全員女子だ。

 

「ほら、何ボサッとしているんだ。挨拶しろ!」

 

「……よろしく」

 

「よ、よろしく……」

 

「よろしくー」

 

 河島に言われるも、順じたのは俺と斎藤と、あと天宮。雨水と服部は、黙ってただ会釈をして済ませた。

 俺たちを見ている生徒会以外の女子たちは、それぞれ異なる種類の目を俺たちに向けてざわついている。

 奇異、困惑、興味、恐怖。それが好意か嫌悪かに関わらず、この扱いを見て一つ言えることは、俺達みたいなチームはやはりイレギュラーだということだ。

 

 

「ねぇ、ちょっと恐くない……?」

 

「えー? でもあのローポニーの人かっこいいじゃん」

 

「ほわー……凄いガタイいい、あの金髪の人」

 

「ブロッカーとしてスカウトしたいな」

 

「いや、その前にウチ、女子バレー部だから……」

 

「……なんでサイトーがいるんだ?」

 

「真ん中の彼、さながら馬詰柳太郎ぜよ……」

 

「ネロの妃スポルス……」

 

「森成利……」

 

「フランスのスパイ、シュバリエ・デオン」

 

「「「それだ!」」」

 

 

 ……女三人寄れば姦しいと言うが、なるほどここまでとは思わなんだ。こういうものが苦手な身としては、いるだけで頭痛がしてきそうになる。

 

「あれ? なんで小山がいんのよ。こういうの参加するキャラだっけ?」

 

 ただでさえ頭が痛くなりそうなとこに武部がそんなことを俺に言ってきた。

 

「仕様がねぇだろ。こちとらお前ほど暇でもわがままでもないんでな」

 

「んな……! 小山ってホンットに性格悪いよね。だから彼女できないんじゃないの?」

 

「そりゃ良かった。お前が彼氏できない理由よりはマシかもな」

 

「アッンッタッね~っ!」

 

「ハイハイ、夫婦漫才はその辺でねー」

 

「ちが、そんなんじゃないし!」

 

「……やっぱ今日だけでもサボっちゃだめか?」

 

 やたらと突っかかってくる武部にもおちょくってくる会長にも辟易としながら、俺は小声で隣にいる雨水に話しかけた。するとコイツは少し考えたようにワンテンポ遅れてから、「なぁ」と言いつつ、顔の向きは変えずに応じた。

 

「よかったのか? ホントにこれで」

 

「……知らねえよ、けったクソ悪い」

 

 良いも何も、会長が何をしたくて俺たちを巻き込んだのか、そもそも何をさせたいのか、それすらわからないのだ。どうとも言えない。

 ただ、あの女があそこまで焦る何かがある。それだけは、なんとなく察していた。

 

「そういや、今日って何すんだ? ホントに顔合わせだけ?」

 

「いや、確か……」

 

 雨水に言おうとしたが、その前に不意に他の誰かの声が聞こえた。

 

「あ、あの。授業に使う戦車はなんですか? ティーガーですか? それとも……」

 

 少しぎこちない声でそう言ったのは、癖毛の強い女子だった。斎藤といい勝負かもしれない。名前は何だったか……秋山(アキヤマ)……そう、秋山(アキヤマ) 優花里(ユカリ)だったか。

 

「ふむ……よし男子、早速仕事だ。倉庫の戸を開けろ」

 

 河島は目の前にあるデカい倉庫を指さして指示した。扉は錆が目立ち、長年使われていないことが見て取れる。開けるには少し労力が要りそうだ。

 

「ハァ……やるか」

 

「うはァ、大変そ……」

 

 俺も天宮もそう愚痴を言うが、当然言っても何も始まらんので、大人しくその重苦しい戸の前に向かう。戸に触って力を入れてみると、案の定錆のせいでほとんど滑らず、かなり重かった。

 

「……」

 

「雨水、ぼーっとつっ立ってないで手伝えよ」

 

 倉庫を見ながら動こうとしない雨水に言うとようやく気付いたらしく、「あー悪い」と言ってこっち側の戸に手をかける。「せーの」と掛け声をしてから5人総出で戸を引っ張ると、重くはあるが思ったよりかは順調に開いた。サビの侵食は最初の部分だけだったらしい。

 

「何ぼーっとしてんだ?」

 

 俺が雨水に聞くと、少しだけ間をおいて、そして喋り出した。その目はまだ見えない倉庫の中を見ているようだった。

 

「……いや何と言うか、久しぶりだなって思って。こういうの」

 

「はぁ?」

 

「なーんて言うんだろうな……外からでもわかるくらい元気だというのか、扉が数十年ぶりに開いてはしゃぎだしてるというか……とにかくそんな感じの奴だ」

 

 雨水が何を言ってるのかいまいち要領を得ないが、そうこうしているうちに戸が開き、倉庫の中が陽の光に照らされた。その中の『あるもの』を見つけて、ようやく雨水が誰のことを言ってるのか察した。

 

 あれのことだろう。ボロボロの、多分戦車。

 

「なにこれぇ……」

 

「ボロボロ……」

 

「ありえなーい」

 

 戦車を見た他のやつがちらほらと思ったことを口にする。俺も似たような考えだ。ホントにこんなのでまともに戦えるのだろうか。

 

「どう思う、雨水?」

 

「イケるさ」

 

 聞くと軽い口調で、しかし雨水は即答した。珍しい、コイツがここまで断言するだなんて。

 雨水は何と言えばいいのか、車と意思疎通ができる奴だ。コイツは時々車とかの機械を生き物みたいに思ってるふしがある。車と対話してるかのように接しては、女の身体を弄るみたいに丁寧に扱うのだ。

 車は人間とは違った生き物で、意思も感情もある……というのが雨水の持論、というよりも、そう感じているというのをいつか聞いたことがある。

 これだけならただのイタイ奴なんだが、これが本当に車を良い状態に持ってけるのだから一笑に付すわけにもいかない。土屋曰く雨水は、車を一番気持ちよくできるらしい。その雨水がここまで断言したということはきっと、あの戦車は雨水に『そう言った』のだろう。俺にはよくわからないが。

 

(にしても雨水のやつ、中学の頃はこんな特技もってなかったはずだ。いつこんな変態になったんだ?)

 

 そう思っていると、一人、戦車の前に立つ奴が現れた。西住だ。

 西住は戦車に近づいて、色々な部分を見始める。戦車が動けるかどうか調べているようだ。他の履修者が見守る中、俺たちはそれを後ろで静観していた。

 

「……装甲も転輪も大丈夫そう。これでいけるかも」

 

 西住がそう言うと、他の奴から「ワァッ!」という短い歓声が起こった。

 

「ほらな、戦車道ベテランのお墨付きだ」

 

 他には聞こえないくらいの声量で、雨水は俺に言った。その顔はどこか得意げだ。

 

「楽観はできねえだろうが。どっちにしろボロ1台じゃ話になんねぇ」

 

「その通りだよ、蜜柑ちゃん」

 

 と、いつの間にか傍にいた会長が俺達の会話に交じってきた。コイツがどうするつもりかはこの寒気のするにやけ面を見れば何となくわかる。俺と雨水は顔を見合わせてため息をついた。

 

「足りない分は探そっか!」

 

 そんなこったろうなと思える言葉が、会長から出てきた。

 

 

 

 

 

 

「戦車を探す?」

 

「どぉ言うことですか?」

 

 生徒会からいきなり提示された戦車捜索に、他の人たちは困惑を示していた。それは俺もおんなじ気持ちだ。今この場にいる戦車道参加者は20人余り、この数だったら最低でもあと4両はないといけない。というのはわかるんだけども、だからっていきなり探そうって言うのも無茶じゃないだろうか。犬や猫を探すのとはわけが違うんだし。

 

「わが校の戦車道は何年も前に廃止になっている。だが、当時使用していた戦車がどこかにあるはずだ。いや、必ずある。明日は戦車道の教官がお見えになるので、それまでに残り4両を見つけ出すこと」

 

 追い打ちをかけるように河島さんがそう言ってくる。明日までに見つけなきゃか……いやまてよ、教官さんが来るってことは、動ける状態にしなきゃいけないってことだから、見つけてさらに5両全部修理しなきゃいけないってことか。

 ……絶対自動車部にお鉢が回ってくるだろうな。辟易する仕事量だ。今日は何か言われる前にサボってしまおうか。……やめとこう、後が恐い。

 

「して、手がかりはどこに?」

 

 という人の質問に、杏ちゃんはこう答えた。

 

「いやー、無いから探すの」

 

「何にも手掛かりないんですか?」

 

「ない!」

 

 元気にそう言いきった。こういうところは昔から変わってないな。ホント、身に染みてそう思う……。

 

「では、捜索開始!」

 

 河島さんの言葉の後に、履修者の人達からは不満そうな声を漏らしながらも、ぞろぞろと外に出て捜索を始めた。そんなに転がってるもんなんだろうか? まあどうにしろ探すしかないのは確かだけれど。

 

「それで、僕たちはどうします、リーダー?」

 

 天宮がいつも通りの薄い笑顔で小山にそう聞いた。

 

「誰がリーダーだよ。けどそうだな……俺達の場合は集まって探すより、散らばったほうがいいだろう」

 

「どうしてです?」

 

「集団で行ったって途中で好き勝手に寄り道してんのが目に見えてんだよ。なら最初っから単独の方が、お前らのお守りしなくて済む」

 

「お、俺も……ソロの方が性に合ってるかな……」

 

 小山の案に、斎藤も賛同する。まあ俺も賛成だ。確かに俺たち全員、集団行動に適しているような奴じゃないし、俺も一人で行った方が気が楽だし。

 

「そうですね、服部もいつの間にかいなくなってるし」

 

「あ! あのヤロ……」

 

「い、いつの間に……」

 

 早速小山のいう通りになったわけか。

 昨日見たスリ技術もそうだけど、すごいな彼。時代が時代ならスパイとか忍者とかでやっていけるんじゃないか?

 

「……ま、リーダーの許可も得たことですし、僕も好きにやらせてもらいますよ。女の子でも誘って」

 

「サイトー!」

 

「ゲッ!?」

 

 と、天宮が言っていた言葉を、大きな呼び声が遮った。斎藤を呼んでいるようだ。スポーツウェアを着た女の子がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「誰だっけ、小山知ってる?」

 

磯部(イソベ)だよ。磯部(イソベ) 典子(ノリコ)。斎藤、知り合いか?」

 

「い、いや、なんか知らないけど絡んでくるんすよ……ヤダって言ってんのに体鍛えさせようとするし、こないだなんて昼休みにスマホ弄ってたらいきなり絡んできて、バレーやらされるし。なんで俺に突っかかってくるんすか、ホント何なんすかあの人……」

 

「何をぶつぶつ言ってるんだサイトー! まあ君が戦車道を履修していたのは好都合だ! さあ今日こそはそのだらけきった心身を鍛え直さしてもらう!」

 

「勘弁してくださいよマジで! ……ええと、そう! 今日はこの人たちと一緒に行動しなきゃいけなくて」

 

「勝手に連れてけよ」

 

「嘘でしょ……」

 

「ありがとう小山君。よし行こう!」

 

 小山にお礼を言うなり磯部さんは斎藤の襟を引っ張って連行して言った。なんだか俺と中嶋先輩の関係に似てないこともない感じだ。お互い苦労するよな……。

 

「……じゃあ俺も行くか」

 

「僕も。ちょっと気になる子がいるし」

 

「本分を忘れんじゃねぇぞ天宮」

 

 さっきまで斎藤の行方を見守っていた小山と天宮も、言い合いながら外に出て捜索に向かった。と言っても、俺たち5人のうち真面目に取り組むやつがいるのかは謎だけど。

 

「……俺もそろそろ行くか」

 

 捜索ついでにどっかで甘い物でも食べようかな。そう思いながら出ようとする。

 すると、クイクイっと、不意に裾を引っ張られる感覚に襲われた。

 

「……」

 

「……ん?」

 

 振り返ってみると、何やらぼんやりとした女の子が俺の学ランの裾を引っ張っていた。

 ……いつから居たんだ?

 

「……どうしたの?」

 

「……」

 

 聞いても返事はない。ただ女の子はぼんやりとした目で俺を見ながら、袖をクイクイと引っ張ってくる。さっきまで他の子たちと一緒にいた子だよな。はぐれたんだろうか。

 というか名前なんだっけな、この子……?

 

「……ん」

 

 俺がそう思っていると、彼女は何を思ったか制服のポケットから生徒手帳を取り出して、俺に差し出してきた。もしかして俺の考えてることがわかるのだろうか。

 

「あー、ありがと……えーと、丸山(マルヤマ)沙希(サキ)さん?」

 

 そう聞くと、彼女は表情を変えずに、コクンと首を縦に振った。この子は1年生の丸山さんというらしい。忘れないようにしよう、なるべく。

 

「……それで、俺に何か用かい?」

 

「…………」

 

 返事がない。何なんだこの子……? どうしようかな、流石に見知らぬ下級生と一緒じゃ道草もしにくいし……。

 

「あの、離してもらえません?」

 

 言うと、丸山さんが首をフルフルと横に振った。ダメらしい。どうしろというのだろうか。

 

「……」

 

 仕方ないのでそのまま歩き出す。すると丸山さんは袖を離さないまま俺にくっついてきた。もう一度彼女の方を見ると、彼女もまた俺をじっと見つめてきた。何がしたいのかさっぱりわからない。

 

「……」

 

「……はぁ」

 

 とりあえず最初はこの子の友達を探して引き取ってもらったほうがいいだろう。俺はため息をついてそう思った。

 俺以外の4人はどうしてるだろうか、もう見つけているのか、それとも俺みたいに妙なトラブルに巻き込まれているのか。

 そんなどっちでもいいようなことを考えながら、俺は戦車と……あと丸山さんの友達を探しにゆっくりと艦を徘徊することにした。




Q:どうしてアニメだと2分で終わったところをわざわざ1話使うの?

A:作者のint値が足りないから


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6 : 【嫌】Inaptness,Dislike

inaptness:苦手
dislike:嫌い


 『最悪』だ。なんて言葉は、今の状況を表すにはあまりにも月並みで説明不足で、そしてひねりも何も無いと思うよ。けど、俺は国語の先生でも小説家でもないから、それ以外で表せるようなボキャブラリーはなかったんだ。

 ところで、スポーツは好きだろうか? それに殉ずるような根性論は? 俺はどっちも反吐が出るくらい嫌いだ。根性論そのものだけじゃない。やたらとそれを奨励してくる奴も、それを人生のすべてかのように信仰してるやつも、そうじゃないやつに押し付けてくる奴も、全員嫌いだ。

 さっきの話と全然関係ないって? あるんだよ、残念ながら。

 もう一度言わせて欲しい、『最悪』だ。

 

「助けてくれ! 死ぬ! 死んじまうッ!」

 

「サイトー落ち着いて! 暴れちゃ危ないって!」

 

 バスケ部連中と命綱一本でクライミングなんて状況、最悪以外に何があるって言うんだ。

 

「磯部さん? 磯部先輩!? なんでこんなことに俺が巻き込まれなきゃいけないんですかァ!?」

 

 しかもよりによって磯部先輩にけん引されてる。これがまたキツイ。

 

「聞いた話だと、この崖の洞窟に戦車があるって言うんだよ。なら確かめなきゃ」

 

「誰からの情報なんすかそれ、ソースは!? ちゃんと信憑性のあるとこから情報なんでしょうね!?  それに見つけたとしてもどうやって運ぶんすか!? そもそもなんで学園艦に崖があって、なんでそんなところに戦車があって、なんで俺もアンタらと一緒に懸垂下降しなきゃ……」

 

「心配するなサイトー! 根性があれば大丈夫!」

 

 ……何度だって言おう、『最悪』だ。

 

「よし着いた! 頑張ったね斎藤! ……斎藤?」

 

「キャプテン、キャプテン」

 

「? どうした近藤」

 

「斎藤君、ノビちゃってます……」

 

「ありゃ……」

 

 

 

 

 

 

 人間、誰にだって好きなものがあるんじゃないだろうか。僕だって例外じゃない。

 女性が好きだ。強くてきれいで、何より痛みと恐怖にとても強い。そんなところが好きだ。羨ましいとすら言える。カワイイならなおさら。

 だから女の子には全身全霊で優しくしてるつもりだ。どんな子にだって、求められたら全部応じて、察してほしいところもできる限り察して、そうやっていろんな子と接してきたし、それに必要な女の子に対するデリカシーとかマナーは、ある程度身に付けてる方だと思う。少なくとも、接し方が全く分からない、なんてことがなかったくらいには。

 

「何か見えるか甲子太郎? この池の中にあるらしいぜよ」

 

「待て、彼奴はクルピンスキーじゃなかったのか?」

 

「いや、かの好色っぷりは、まさしくルキウス・ケイオニウスだ」

 

「「それだ!」」

 

 ……そして今さっき気づいたんだけど、苦手なものもある。出会って間もない僕に歴史上の人物名をつけるような人だ。嫌いじゃないけど、苦手だ。接し方が全く分からないから。

 

「……ハハハ、素敵な名前をありがとうございます」

 

「うむ。して息子よ、この池の中にかの戦車が没しているというのがエルヴィンの見立てなのだが、お前は水没した戦車なんて動くと思うか?」

 

「いや、僕は戦車のことはあんまり……」

 

 カエサルさんの言葉にそう言うしかなかった。息子というのは、さっき言われたルキウスがカエサルのそれなんだろうか?

 実のところ、一番最初に彼女を見たとき、その存在感が妙に気になって、近づいてみたいと思って追いかけた。結果こうなってる。まさか忍者(ないしはアメンボ)みたいに池で浮くことになるとは思わなかったよ。

 

「何を言う! ロシアで水没した戦車は少し整備しただけで動いたという! そもそも戦車は戦場という過酷な環境の中で……」

 

「まあ、今は左衛門佐を待つのみぜよ」

 

 軍帽を被ったエルヴィンさんに、羽織をまとったおりょうさんが答える。ちなみに左衛門佐さんって人は、さっきから忍者みたいに水の中に潜伏して戦車を探してる。水遁の術だっけな。前にテレビか何かで見た気がする。

 ……答えを先に言ってしまうと、件の戦車はちゃんと池の中にある。相当深いのか、ごくわずかだけれど、光の屈折に不自然な部分が見える。それに、少し鉄粉が水に浮いている。茶色ッ気があるから、錆びてると思う。

 見つけたんなら、言っても良いって思うけど、この眼の良さは出来れば女の子にひけらかしたくなかった。

 

「お、見つけたらしい」

 

 エルヴィンさんが池を見る。左衛門佐さんが上がってきているのが見えた。

 

「見つけたぞ、皆の衆! 名古屋山三郎、お前も手伝ってくれ!」

 

「ルキウス・ケイオニウスだ!」

 

「それだ!」

 

 ……ほんと、嫌いじゃないよ、こういう人たち。

 

 

 

 

 

 

 女は嫌いだ。一度目を付けられたら潰れるまで奪われる。そのくせ、終わったらすぐに捨てて別の場所に行く。親父の末路と母親を見ていると、全く持って、関わるとろくなことにならないとつくづく思う。

 昨日の生徒会長を思い出しながら、改めてそんなことを考えていた。あの時は承諾したが、だからと言ってただ言いなりになる気も毛頭ない。

 延々と続く薄暗いダクトのような通路の先、この艦の最深部の店に用があった。船舶科の、それも一部のチンピラ共しか利用しないような店だ。

 この時間は静かで、この先の『店』がまだ営業時間外なことを物語っている。だがそんなことは関係なしに、店には必ずあの女がいることを知っている。むしろ邪魔が入らなくて好都合だ。そう考えていると、薄暗い中に目当ての店のドアが見えた。見えにくいったらない。そう思いながらドアの前に立ち、あまり音を立てないよう開けた。中に入ると案の定、店の明かりは少ししかついてなかった。

 

「……営業時間外だ、服部。出直してきな」

 

 店のカウンターの方を見ると、テーブルを拭いている女がいた。相変わらず、ジトリとした、何を考えてるのかわからん眼付きだ。気に食わない。

 

「他の連中は?」

 

「寝てる。私は仕込み中」

 

「バーテンは苦労するな」

 

「用件は?」

 

「経歴を調べてくれ」

 

 そう言って、俺は写真を取り出して奴に渡す。例の生徒会長が写っている写真だ。

 

「過去の活動と対人関係、入学前のことでもいい。とれる情報は全部とってくれ」

 

「……ストーカーにでも転職?」

 

「もっと適役な男がいるだろう。そいつに繋いでくれるだけでいい」

 

 俺はそう言って、必要な金をバーテンに渡した。船舶科には、金さえ払えばケツの穴まで全部調べ上げるような男がいる。いつもフードを被っていて、不気味な雰囲気のある変態だが、腕だけは確かだ。今は身動きが取れない以上、癪だがアイツに頼るしかない。

 生徒会がこちらの弱みに付け込んで利用するなら結構なことだ。彼女らの権力と不透明さはある種、魅力的だ。せいぜいこちらもその横暴の恩恵にあずからせてもらうとしよう。

 

「俺は地上に戻る。頼んだぞ」

 

「ちょっと待ちな」

 

「何だ? 金なら払ったはずだ」

 

「チャージ代」

 

「……開店前だろう?」

 

「それはそれ、これはこれ。それと別途仲介手数料と時間外営業の追加料金それと……」

 

 ……二度目になるが、女は嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 人間は苦手だ。理由は、不気味で、おっかないから。集団行動とか、グループの輪に入って和気あいあいとか、想像もつかない。そもそも、人そのものがそこまで好きではないんだから、どうしようもないのかも。……自動車部? あの人達とはそんなんじゃない。趣味が一緒だから俺に構ってくれてるだけ。あの人達の輪に入れてるわけじゃない。

 話を戻そう。問題は丸山さんだ。なんでこの人が俺についてくるのかはついぞわからないけど、俺が初対面の無口な女の子の後輩と上手なコミュニケーションなんぞ取れるわけもなく、正直お手上げな状態だった。

 

「……」

 

「ん?」

 

 裾を引っ張られたことに気づいて丸山さんの方を見てみると、何やら向こうの方を指さしていた。

 

「うさぎ……」

 

「……あァ、うん」

 

 この子は何故かさっきから蝶なり小動物なり見つけると、毎回俺に伝えてくる。俺は俺で気の利いたことなんて言えないから、適当な相づちしか打てないし、正直困っていた。

 

「あ、いたー!」

 

 と、うさぎに目を奪われていると、奥の角の方から声が聞こえた。そっちの方に目をやると、懐中電灯の光と共に、数人の子がこちらに来ていた。

 

「沙希! どこ行ってたの?」

 

「探したんだよ?」

 

 どうやら念願の丸山さんのお友達みたいだ。彼女らは一斉に丸山さんに駆け寄って、彼女の無事に安堵していた。

 

「……あ、あのー……」

 

「ん?」

 

「ヒッ……」

 

 この空気に少し居心地が悪くなっていると、俺がこの子と一緒にいたことが不思議だったのだろう。この中では比較的背が高い、短髪の子が委縮したようにオレに話しかけてきた。……というよりも、怯えてると言ったほうがいいかもしれない。

 他の子たちも俺を見ながら、怖がってるような、はたまた未知のものを見るような表情をしている。

 

「あー、えっと……この子のこと、お願いします」

 

 慣れない言葉を何とか並べて、たどたどしく喋った後、その場から立ち去ることにした。早いとこ退散して、どこぞで飯でも食おうか。

 ……と思ったのも束の間、不意に服の裾を引っ張られ、阻まれてしまった。

 見ると丸山さんがまた裾を掴んでいた。なんでだろう。

 

「……丸山さん、申し訳ないけど、離して貰えると助かるんだけども」

 

「……」

 

「丸山さん?」

 

「……」

 

 ……やっぱり、人間は苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 何が嫌で鬱陶しいかなんて言い出したら、それだけで丸一日潰れちまう。そして何よりも、嫌なものを素直に嫌と言ってしまったら、余計にその嫌なものと付き合うハメになるのが常だった。少なくとも、俺の場合は。

 嫌なものに会った時の対応はただ一つ、『その通りですね』って顔をして、さっさとそいつの横を素通りすればいい。相手の反感も買わず俺も手間がかからず、みんながハッピーになれる。

 この方法で世渡りしてけば、少なくとも突っかかられることは極端に少なく済むはずだ。仮に突っかかって来ても、少し経てば向こうもすぐに離れていく。

 こうやって生きていけば、ウザったい奴に必要以上に干渉されることはない。俺は今までそうだった。

 

「……はずじゃねェのかよ」

 

「どうしたの、一人でぶつくさ言っちゃって。あ、もしかして~恋の悩みとか?」

 

 相変わらず鬱陶しく話しかけてくる武部に対し、俺は思い切り舌打ちした。

 

「ちょ、今舌打ちしたでしょ!」

 

「今のが俺の悩み。こうやってわざと聞こえるように舌打ちしても、突っかかってくる変な女がいるんですがどうすればいいですかね?」

 

「あんたホンットにいつか友達いなくなるからね!」

 

 全く持って不本意この上ないが、俺は何故か西住さんたちと鉢合わせ、何故か共同で戦車を探す羽目になり、何故かこうやって武部にイチャモンつけられてるわけだ。

 

「それにしてもお2人とも、仲がよろしいんですね」

 

「うェ!? どこが!」

 

 何か勘違いをしたらしい五十鈴に対し、武部は思い切り反論する。俺は何も言わないが苦虫を噛み潰したような顔をしているはずだ。ここまで笑えないジョークを初めて聞いたんだ。無理もないだろ?

 

「あ、あの……小山君。それで、こっちに行けばいいの?」

 

 さっきまで黙っていた西住さんは俺にそう聞いてきた。そうだった、あの阿呆に付き合ってる場合じゃない。さっさと戦車を探して、終わらせてやる。

 

「ああ、この森の中にLT-38っていう戦車があるはずだ。恐らくはな」

 

「おお、LT-38! 38(t)とも呼ばれるチェコ製の戦車で、ポーランド侵攻やノルウェー・デンマーク侵攻に配備され、かのオットー・カリウスも乗ったと言われてるあの! あ……すみません、つい……」

 

「……ああ、そうだな。そのLT-38」

 

 戦車の名前を出した途端いきなり捲し立て他と思ったら、いきなりクールダウンする秋山に対し、俺はそう答えるしかなかった。コイツこんなキャラだっけ?

 

「なんでそんなのわかるのよ?」

 

 秋山が黙ると、また武部が突っかかってきた。

 

「戦車道の授業があった20年前以前の活動記録や、学園艦にある車両の売買記録、改装記録などに基づく資料を全部見て位置を予測した。俺達から一番近い場所にあるのが、多分LT-38って戦車だ」

 

「ぜ、全部!? そんなことできるの?」

 

「お前はできない。俺はできる」

 

「もお! アンタ私の悪口言わないと会話できないの?」

 

 ……考えてみれば、なんで俺は俺でわざわざ武部に挑発してるんだ? ウザったいならそもそも相手にしなきゃいい。いつだってそうしてきたんだ。

 そう考えると途端にアホらしくなる。そうだよ、今度からは武部が何言っても聞き流しゃいい。俺は決意した。これからは武部に対して馬耳東風を貫こうと。

 

「では、38(t)を目指して、パンツァーフォー!」

 

「パンツのアホー!?」

 

「アホはお前だバカッ!」

 

 やっぱり俺は武部が嫌いだ。

 

 

…………

 

 

 ……小1時間弱経ったころだろうか。結果だけ言うと戦車は見つかり、俺達は再び学園のグラウンドに集合していた。見つかった車両は5両。情報からの期待値よりかは少ないが、1日ならこんなモノだろう。

 しかし、戦車はどれもボロボロで、動くかどうかも怪しいと思えるほどだった。こんなんで本当に動くのか? 俺はそう雨水に聞いた。

 

「劣化してるのはほぼガワだけで、野ざらしにされてたとは思えないほどきれいだったよ。随分丁寧にモスボールされたみたいだ」

 

 本当か? 廃車のような出で立ちの戦車を見てそう言いたくなったが、やめた。それがどっちでも俺のやることに変わりはない。なら聞くだけ無駄だ。

 

「そりゃよかった、明日には間に合いそうだね」

 

 そう言いながら、角谷が俺達の間に入ってきた。

 

「明日ってのは?」

 

「かーしまがいってたじゃん? 明日、自衛隊から戦車道の指導教官がくるってさ。それまでに自動車部に戦車を動かせるようにしてもらおうと思ってたの。だから『そりゃよかった』」

 

「……本当に自動車部だけで? 明日まで? 動かせるように? 5両の戦車を?」

 

 雨水が気怠そうに、しかし顔をひくつかせてそう聞いた。自動車部は確か雨水と土屋を入れて5人。明日の朝までにあのサビまみれのを5両直す……ああ、なるほど、かわいそうに。

 

「まあ大丈夫でしょ。ちゃんとモスボール? されてるみたいだし、永ちゃんたちの腕前なら朝飯前だって。ねえ小山ちゃん?」

 

「そうだな、アンタが会社員になって重役にでもなったら教えてくれ。絶対その会社に入らないようにするから」

 

「まあまあ……じゃあこれから戦車を洗車するとしましょうか」

 

 ……もしかしてコイツ今、狙って言ったのか?

 

「え、お、俺たちは手伝わなくていいんですか?」

 

「おや斎藤ちゃん。体操着姿で水浸しになった女の子たちをじっくり見たいわけだ。エッチだなー」

 

「い!? いや俺は……」

 

「あ、僕は残っていいですか? 風邪をひかないようケアしないと」

 

「そこまでにしておけよ天宮」

 

 いい加減相手するのも嫌になるが、俺は天宮を窘めた。コイツの場合、いても女子が何も言わなそうなのがよりたちが悪い。

 

「まあどっちにしろ、君たちには今から生徒会室に来てもらうから。授業はもういいよ」

 

 アンタが決めることじゃないだろうと言いたかったが、それよりも気になることがあるので、そっちの方を聞くことにした。

 

「生徒会室? なんでまた」

 

「君たちと親睦を深めるために雑談でもしようかと思ってー」

 

「そんなのに付き合う必要性は?」

 

「他の人には聞かれたくないんだ。『今私が欲しいもの』の話は」

 

「……ああ、なるほど」

 

 ……俺は角谷の、こういうところが苦手だ。悪だくみしてるようなにやけ面の彼女を見て、俺はそう思った。




だいぶ遅くなりました。申し訳ございません。

めちゃくちゃ私事ですが、最近「suits」ってドラマに大分ハマってます。その影響に引っ張られてる描写もあるかも……。アマプラにあるので興味があったら「suits」観てみてください。


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7 : 【出】Departure-AM06:24

departure:出発


「中嶋、エンジンテスト頼む」

 

「OK、待ってよー……動いた! いい子いい子ー」

 

 エンジンの回る音が少しした後、すぐにそれは鳴り止んだ。それは、5両の戦車を直す作業がようやく終わったことを示す合図になった。

 明日までに戦車を直せと杏ちゃんに言いつけられ、放課後からレストアを開始してもうどれくらい経っただろうか。あたりはすっかり暗くなり、少なくとも期日は明日から今日に変わってしまっていることがうかがえた。

 

「中嶋と星野のやつでもう最後かな。はぁー、流石に堪えるなー」

 

 2人の様子を見ていたら、鈴木先輩が隣でそう話していた。年中部活動で同じようなことはしてるけど、それでもやはり慣れない仕事は疲労も溜まるらしい。

 

「あれ、そういえば土屋は?」

 

「あっちで寝ちゃってるよ。終わって安心したんじゃないか?」

 

 作業を終えた星野先輩がガレージの奥を指さす。それに従って目を向けると、土屋が作業台の上で寝転がっているのが見えた。ついでに、中嶋先輩が彼女に毛布を掛けてるところも。

 

「全く、風邪ひいても知らないよー?」

 

「ま、しゃーないっしょ、もう4時だもん。私も……はァ、眠た……」

 

 そう言いながら鈴木先輩は大きくあくびをした。なるほど、外を見てみると、ほんの一部分だけど、暗闇の中にほんの少し白みがかっている部分が見えた。けどむしろ……。

 

「むしろよく4時で終わったよねー……」

 

 これまた眠そうな中嶋先輩が、俺と同じ考えを口に出した。全く持ってそう思う。5両の戦車を5人で明日まで直せなんて、無茶振りもいいとこだ。『角谷は絶対に上司にしたくない』って小山が前言ってたけど、それには俺も概ね同意できる。今も実質上司みたいなものだけど。

 

「保存状態がすごく良かったからね。なんだっけ雨水、あれ……」

 

「モスボール?」

 

「そう、それ。良かった。ホント、先代の整備士には感謝だ」

 

 頭を無造作に掻きながら星野先輩はそう言った。言葉が少し拙くなってるのを見るに、他の2人ほど顔に出ちゃいないけど、眠たいのは同じらしい。彼女はうつらうつらと頭を揺らしながら言葉を続けた。

 

「ダメだ、終わったと思ったら一気に眠気が……悪いけどもう帰るわ。明日は私たち、休んでていいってさ」

 

「そりゃ最高……さ、土屋起こさなきゃ」

 

「……鈴木が起こしてよ、言い出しっぺ」

 

「……いっそのこと寝かしとく?」

 

 中嶋先輩の言葉に、鈴木先輩は苦笑いしてそう言った。土屋は一度寝たらまず起きないのだ。真横でM型エンジンを大音量で回してもぐっすりだったくらいだし、おまけに寝起きは動物みたいに予測不能な動きをすることがしょっちゅう。実際俺が前に起こした時、頬は引っ張られるわ手はかじられるわと散々だった。

 

「そうは言っても、ここに女の子1人はちょっと危ないし。それに風邪ひいちゃうよ」

 

「ていうか、土屋が寝てたら鍵かけれないしな。とっとと起こすしかないでしょ」

 

 星野先輩も正直限界なのだろう。眠たい顔の中に少しばかりの不機嫌さが見え隠れしている。……確かにこれ以上長くなるのは個人的に勘弁してほしい。となると、こう言うしかないだろう。

 

「起きるまで俺が見てますよ。鍵も俺が掛けときます。どっちにしろ、まだ少し残りますんで」

 

「え?」

 

 俺が言うと、中嶋先輩はとても意外そうな顔をした。声こそ出してないものの、他の上級生2人にも同じような反応をされた。

 

「……雨水、アンタ熱でもあるの?」

 

「星野先輩まで……」

 

 俺の額に手を当ててくる彼女は存外に心配そうな顔をしていた。

 

「だって雨水だよ? 早く家に帰りたい選手権ぶっちぎりで優勝した雨水が、『少し残る』って……」

 

 鈴木先輩にいたっては、俺は聞いたこともない選手権で優勝したことになっているらしい。

 

「そもそも残って何すんのさ? やることは終わったでしょ」

 

「ああ、まあ……実は小山に生徒会の仕事を手伝えって言われてて、それがまだ……」

 

「ふーん……友達を助けるのはいいけど、嫌なものは嫌って言いなよ? 言いにくいなら、私からも言ったげるからさ」

 

 最近、輪をかけて世話を焼いてくるなと、本格的に俺の保護者みたいなことを言いだした中嶋先輩に対して思った。心配してくれてるのはありがたいけど、どうにも自分が小さい子供になったようで、釈然としない気持ちになる。

 

「じゃあ、私たちはもう帰るけど、あんまり無理しちゃダメだよ」

 

「ええ、それじゃ」

 

 そう言って、俺と土屋以外の上級生3人は手を振って帰って行った。鈴木先輩が「土屋襲っちゃダメだよー!」なんて大声で言ってきたときは、流石に何もリアクションできなかった。

 

「……4時半か」

 

 見送ってから、備え付けの時計で時刻を確認し、ガレージの奥にある。青いカバーがかかった車に近づいた。

 土屋は眠ってる。他の3人も帰った。これで『作業ができる』

 

「……嫌なもんほど言い出せないもんすよ、先輩」

 

 そう呟いて、カバーを剥がす。出てきた車はそれなりの荷物が入る商用のバン。他の人にはジャンクだと言っておいたこの車を、『これから行く場所で』走っても問題ないようにしなければいけない。

 4時34分、時間まで残り1時間と50分。

 俺は作業を始めた。

 

 

 

 

 

「……遅い」

 

 午前6時18分、学園艦の港。ここの正式名称は聞いたことがないし、そもそもないのかもしれない。だが他の船が出入りしている場所である以上、港と言って差し支えはないだろう。実際そう呼ばれていた。

 俺はそこに雨水以外の男連中と集まっていた。……そう、雨水がまだ来てないのだ。

 

「こ、来ないすね、雨水先輩。間に合うんすか?」

 

「間に合わないなら置いていくしかないだろう。仕方ない」

 

 斎藤が言った不安に、服部がそう答えた。俺も服部とは同意見だが、いかんせん、雨水が持ってくる『道具』は船に乗るにもそこからも必要になる。そういうわけにもいかないのだ。

 

「……いや、その必要もないみたいだよ」

 

 天宮だけが1人、遠くの方を見てそう呟いた。その方向に目を細めてみると、白色の商用バンがエンジン音と共にこちらに向かってきているのが見えた。結構なスピードで走っているのだろう。車はすぐにこちらまで近づき、停車した。

 

「遅いぞ、何やってたんだ」

 

 車の運転席にいる雨水にそう話しかける。窓越しにも聞こえたのだろう。雨水は窓を開けて、俺の方を見た。

 

「仕様がねえだろ。戦車5両にこの車。しかも土屋まで送るハメになったんだ」

 

「ハァ、土屋? なんで?」

 

「あいつの寝起きがもう少しよけりゃ、俺がおんぶして寮まで送ってくこともなかったんだけどな」

 

 雨水のその言葉と、ハンドルを握るやつの人差し指にある痛々しい歯形を見つけて、大体の事情を察した。彼女の寝起きの悪さは俺も知ってるからだ。

 

「先輩方に任せるか、じゃなきゃほっときゃいいだろうが、このバカ」

 

「あァ、バカだよ。バカでいいからさっさと乗れ。時間まであと少しだぞ」

 

 誰のせいだよと思いながら、言われるまま助手席に乗った。他の3人も後部座席に乗り、これで出発の準備ができた。

 

「なぁ小山、どこから行けばいいんだ?」

 

「3番口の大型船。車用の入り口がある。……社員証と住民証明書、雨水はプラス免許証だ。持ってるな」

 

 そう言って、4人に必要な書類を確認する。どうやら、全員ちゃんと『貰った』ようだ。

 

「……小山さん、こんなのどこで手に入れたんですか? 僕ちょっと知りたいんですけど」

 

「どっかの誰かが作ってくれたのさ、よくできたおもちゃだろ?」

 

「は、犯罪じゃないっすか!」

 

 斎藤が驚いたようにそう言った。そう、ここにある証明書類は全部でたらめ、年齢も実名も全てが違う『おもちゃ』だ。

 

「人聞きの悪いこと言うなよ。ごっこ遊びでこういうおもちゃ見たことないか? それをたまたま持っていて、たまたま警備の眼に入って、たまたま勘違いされたとしても、それはあっちが勝手にやったことだ。俺は知らない」

 

「ホント、敵には回したくない人だよ」

 

 天宮が言い終わるところで、ちょうど警備チェックのところに差し掛かる。俺は五人分の証明書を全て警備に渡し、少し待った。

 

「……はい、『聖グロリアーナにお帰り』ですね?」

 

「ええ、ようやく仕事が終わったと思ったら、また本店でヘルプですよ。そろそろ有休を消化したいんですけどね」

 

「それはお疲れ様です。あ、もう大丈夫ですよ。では次の方」

 

 それを確認すると、雨水が車を発進させ、無事に船の中に入った。

 

「聖グロリアーナ女学院、ですか」

 

「ああ、会長様の欲しいものは覚えてるな?」

 

 俺はそう聞きつつ、昨日生徒会室で行われた、角谷との話を思い出した。

 

 

――

――――

 

 

「聖グロリアーナに親善試合を申し込む」

 

「……まだ道具が動くかも見てねェのに、ずいぶん急だな」

 

 淀みなく答える角谷に、俺はそう答えた。すると角谷は、補足するように言葉を続けた。

 

「正確にはまだやってないよ。でも確認次第、すぐに河島に約束を取らせるから」

 

「聖グロっつったら、全国大会では優勝候補の一つだろう? そんなところがウチみたいな無名の連中と」

 

「やってくれるよ、そうするよう頼むんだもん」

 

「……それで?」

 

 質問するも食い気味に言われたので、俺はため息交じりに話しを進めることにした。

 

「そうなるとさ、いろんな情報が欲しくなるわけじゃん? 具体的には保有戦車、メンバーのプロファイル。そして何より、弱点とか」

 

「あんだけ有名な学校なんだ。ネットでいくらでも視れるだろ」

 

「あァ視た視た、教えてあげようか? 『アフタヌーン・ティーとして知られる儀式に熱中するその時間ほど、心地良い時間は世の中には少ないものだ』だって。さすがイギリスの影響を受けた学校、優雅だねェ」

 

「何が言いたいんだ? アメリカ生まれ」

 

 言外に『肝心なことは何も載ってなかった』ということを、わざわざヘンリー・ジェイムズを引用してまで意地悪く言う彼女に、同じようにいけ好かない返事をする。すると彼女はほんの少しだけ眉が下がった。少し不機嫌になった証拠だ。

 

「……ま、つまり本当に欲しいものは手間を掛けなきゃ手に入らないってことさ。虎穴に入らずんば何とやらってね」

 

「聖グロに偵察に行けってか?」

 

「そゆこと」

 

「スポーツマンシップってやつに反するんじゃないのか?」

 

「持てる力を全部使って全力で相手に挑むって、これ以上なくフェアで敬意を払ってると思わない?」

 

 まァ口の回ることだ。こんな感じで親善試合も申し込むのかね?

 

「それに、戦車道では偵察行為は禁止されてない。これは公式ルールブックにも載ってるよ」

 

 「手段にもよるけどね」角谷はそう言葉をつづける。彼女がこういうことを俺に言うときは、『ルールに反しない範囲でやれ』などということではない。むしろ逆、『違反行為は絶対にバレないようにしろ』と言ってるのだ。それが戦車道のルールであれ、条例、法律であれ。

 

「それで? 引き受けてくれるよね?」

 

 何ともいい笑顔で彼女はそう聞いた。つまり『やれ』ということだ。

 

「……何をご所望だ? さっき言ってたので全部か?」

 

「そうだね、それ以外にもし、作戦立案者の頭の中を覗けるものがあれば理想的かな? 一番確実に勝てるのは、相手がどのカードをいつ出すかがわかってる時だから」

 

「わかった。具体的にどうするかは俺たちで勝手にやらせてもらう。それでいいか?」

 

「もちろん。大洗学園に不都合がなければ、何も言わないよ」

 

 不都合がなければ、ね……。本当に喰えない女だ。

 

「西住さんとか、他の誰かは知ってるのか? 俺たちが『こういう』ことするチームだって」

 

「知ってるわけないじゃん、かーしまにもキミのお姉ちゃんにも言ってないよ、門外不出。ただの戦車道の手伝いってだけ」

 

「戦車道ってのは礼儀を重んじるんだろ? そりゃ西住さん辺りは納得しないわな。こんな戦車道は」

 

「……なにか勘違いしてるみたいだから、言ってあげるよ」

 

 角谷はそう言ってから、少しだけ黙った。何かを考えてるのか、はたまた言いあぐねてるのか。前者ではないだろう。後者はもっとあり得ない。

 なら簡単、ただの演出だ。そして名悪役のような口ぶりで、彼女は言った。

 

「私たちがやるのは戦車道。でも君たちは違う。『勝たせる』こと。私たちが礼儀を重んじて正々堂々やって文句なしに勝てる環境をつくること。それだけが君たちのやることだよ」

 

 つまらなそうな顔で彼女はそう言った。何を思ってそこまで執着しているんだ。そう聞こうとしたが、今の俺にその問いはなにも意味がないことに気づいて、やめた。

 

「わかった。そういうことならしばらく俺たちは学校から消える。研修でも停学でも、理由はそっちで適当にでっち上げろ」

 

「わかった。話はここまで、お疲れちゃん」

 

 角谷は途端にいつもの調子に戻り、喰えない笑顔になった。俺達はその言葉と共に、生徒会室から出ようと席を立つ。

 

「ああ、あと1つ、リクエストがあるんだ」

 

「何だよ?」

 

「それはね……」

 

 

――――

――

 

「『偵察が大洗のものだと絶対に悟られないように』……ですか」

 

 角谷の言葉を思い出したらしい天宮が、ハアを溜息をつく。

 

「む、無理ですよ。会長が言ってたモノを調べたら、絶対に足が付きます。このタイミングで戦車道関連のことを調べるってことは……」

 

 そう、斎藤の言う通り、このタイミングで偵察が悟られれば『私たちは大洗から来ました』と言ってるようなものだ。

 

「試合は1週間後、帰還と、対策を立てる時間を考えると、3、4日間がタイムリミットですね」

 

 服部が追い打ちをかけてくる。パズルは難関、解く時間もない。頭をいくら使っても足りやしない。

 

「……そうだな、まずは」

 

 俺は半ば自棄になりたい気持ちを抑え、こう言った。

 

「甘いもんでも食べたいよ。スコーンとかな」

 

 午前6時24分。船は出向した。




6時24分はDangerの楽曲「6:24」からとりました。
かっこいいから聴いて(ダイマ)


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8 : 【妃】Queen-聖グロリアーナ編.1

queen:女王、王妃、または女神


『……ということで、最後になりますが、ダージリン隊長にとって戦車道とはどういうものなのでしょうか?』

 

『一言で表すとなると難しいですが、そうですわね……強いて言うのなら、成長でしょうか。生まれながらに偉大な者はおりません。偉大に成長するから偉大なのですわ。戦車道とは成長の精神の表れだと、私は考えております』

 

『なるほど成長の精神ですか、含蓄あるお言葉ですね~! 本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました!』

 

『こちらこそ、意義のある時間を過ごさせて頂きましたわ』

 

『はい、ありがとうございます! 以上、聖グロリアーナ女学院、戦車道隊長、ダージリンさんのインタビューでした! 続いては……』

 

 

 

 

 

「あれが、ダージリン……さん、ですか……」

 

 夕飯時だからか、それなりの客が入っている、アンティークな趣をしたレストラン。そこに備え付けられているテレビの放送を、四角いテーブルに座って見ながら、斎藤は遠慮がちにそう言った。

 

「へェ、写真以上に美人じゃないですか。言うこともユニークがある」

 

ユニーク(独特)だと? マリオ・プーゾのパクリだろ」

 

 このレストランの名物である紅茶とスコーンを頬張り、小山蜜柑は天宮が言ったことに反論した。少なくとも7時間は船に揺られたというのに、よく相も変わらず元気に捻くれた態度を取れるものだと、そう思える。

 

「マリオ……なんです? ゲームのキャラ?」

 

「マリオ・プーゾ。知らねェのか天宮? ゴッドファーザーの原作者」

 

「生憎、映画も小説も興味ないのでね」

 

「知らないのも興味がないのも結構だ。だが調べもしないで、知らなくて当然だって態度は頂けないな」

 

「失礼な人だな、僕だっていろいろ調べてますよ。例えば……そう、このお店のローストビーフはとても美味しいコトとか」

 

「どこで?」

 

「ネットで」

 

 天宮のその言葉に小山蜜柑が溜息をすると同時に、店員が大きな皿に盛られたローストビーフを持ってきた。テーブルに置かれて店員が去ると、各々がそれをつまみ始める。先程までしょうもない言い合いをしていた2人も中断し、フォークを持った。

 

「食い物ほど、他人の評価が信じらんないものもないだろ……まァ、これが美味いってのは認める」

 

 そう言いながら、小山蜜柑は分厚いローストビーフ一切れを一口で頬張る。

 

「……毎度思うけど、その華奢な体のどこにそんなに入るんだ? これの前にケーキ食べたよな? デカいホール3個分」

 

「あれ見てるこっちが胸焼けしたっすよ……」

 

 雨水永太の言ったことに、斎藤はそう付け加えた。ついさっきまで小山蜜柑は異常なほどに洋菓子類を摂取していた。ケーキだけじゃない。スコーンにビスケット、チョコレート……見てるこっちの気分が悪くなるという点では、斎藤の言葉には俺も同意できた。

 

「うるせェ、どうせ費用は生徒会もちなんだ。このくらい食わないでやってられるかよ」

 

 そういって小山蜜柑はデカいローストビーフをもう1切れ口に運び、すぐに呑み込んだ。

 

「んなことより、話すことが他にあるだろうが。どうやってあの紅茶女の懐を探るかだ。そのために来たんだ」

 

「何か良い案でも?」

 

「ない」

 

 俺が聞くと、小山蜜柑は自信満々にそう答える。天宮と斎藤がガクッとうなだれた。答えた本人はそれを見ながらゆっくりと紅茶を飲み始めた。よくもここまで不遜になれるものだ、もはや感心する。

 

「……レシピもなく料理なんてしたら、イタイ目見ますよ?」

 

「そうだな、だがレシピがなくても下準備くらいならできる」

 

 天宮の文句への回答なのか、彼はポケットから出したハンカチサイズの紙切れを広げて、テーブルに置いた。どうやらそれは聖グロの見取り図のようで、至る所に赤い丸がついている。

 

「この赤マルは?」

 

「この学園艦にある監視カメラと、警備員がいる場所だ。外にあるやつは多分これで全部だろう、天宮の眼を信用するならな」

 

「着いて早々いきなり車で走りまわされたと思ったら、そういうことかよ……でもだから何? 死角でも見つけて忍び込むのか?」

 

 雨水永太がそう聞くと、小山蜜柑は「フン」とバカにしたように鼻を鳴らした。

 

「ゲームじゃないんだ、死角なんてねェよ。少なくとも外はな」

 

「なら、どうすれば映らないようにできるんですか?」

 

「服部よ、何で監視カメラに映っちゃダメなんだ?」

 

 俺の質問に小山蜜柑はそう返事をする。俺にその真意はわからないし、多分彼以外の3人も同じだろう。それに応じたのか、彼は淡々とこう言った。

 

「何にせよ、まずは下ごしらえだぜ」

 

 そして、彼は最初の計画を説明した。

 

 

 

……

 

 

 

 午後7時、食事を終えた俺達はレストランを出て、宿泊先のホテルに向かうべく、夜の街道を歩いていた。辺りは霧が少し出ている。聖グロの学園艦は湿気の多い場所をよく航行するようで、それ故に霧や小雨などの天候が多いというのを聞いたことがある。

 

「学院に入る方法はわかりました。でもその後どうするんですか? 入ってからウロウロしてるだけじゃ、どっちにしろ怪しまれますよ」

 

「問題はそこなんだよ、どこに何があるかもわかんないんじゃあな……」

 

 そう、さっきの説明で、どうやって女学院の中に潜入するかは決まった。だがその後の肝心要の部分である、どこで何を得るかを決めあぐねているのだ。

 だがそれも無理はない、学院の内部構造など、それこそ中に入らないとわからないだろう。第一、それがわかったとしても、どこに『会長の欲しいもの』があるかまでは、わかりようもない。

 ……確かにこれは、手詰まりかもしれん。

 

「……あ、服部!」

 

 天宮が俺のことを呼んだ、その瞬間に、肩……というより腕の部分に、人が当たる感覚がした。

 

「キャッ!」

 

 短い悲鳴がしたので、下の方を見てみると、1人の小柄な女学生が荷物を散乱させ、尻もちをついていた。その状態は、俺にぶつかったせいでこうなったのだ。ということが簡単に予測できるものだった。

 

「これは……すいません、こちらの不注意で」

 

「いえ、こちらこそ……申し訳ありません」

 

 俺とその女生徒はお互いにそう言い、荷物を拾い始めた。

 

「よかったら僕も手伝いましょうか?」

 

「いや、構わない。そこで待っててくれ」

 

「……了解」

 

 手伝いを買って出た天宮に対し、俺はそう言った。散らばったと言っても荷物の数自体はそこまで多いものでもなく、天宮が手を貸すほどでもないからだ。

 

「本当にすいません。何か壊れてるものがありましたら、弁償します」

 

「いえいえ、大丈夫ですので、お気になさらないでください。拾っていただいて感謝いたしますわ。それでは」

 

 拾い終えたものを女生徒に渡すと、彼女は上品にそう言い、粛々とその場を去った。恐らく聖グロの生徒だろう。ぶつかったのが彼女でよかった。これが大洗の船舶科にいるようなチンピラだったら、面倒どころじゃないだろう。……まったくもって

 

「……天宮」

 

「ああ……」

 

 

 

 

「『見つけた』よ」

 

 

 

 

 大当たりだ。

 

「……いいレシピは見つかったか?」

 

 今の会話で察したのだろう。小山蜜柑は不敵な笑みを見せて、天宮にそう聞いた。

 

「ええ、最高に美味しいスコーンが焼けそうですよ」

 

「……どういうことだ?」

 

 2人の会話に、雨水永太は困惑した顔をしている。小山蜜柑はそんな彼に振り向いて説明を始めた。

 

「さっきの女、誰かわかるか?」

 

「誰って、どっかで見たこと……あ、『オレンジペコ』」

 

「そう、幹部クラスである『紅茶の園』のメンバーであり、あのダージリンの腹心だ」

 

「それはわかりましたけど、見つけたってのは何なんすか?」

 

 斎藤が小山蜜柑にそう聞くと、彼の代わりに、天宮が得意げな顔をして、言った。

 

「『特別棟 4階 第5事務室』」

 

「それって……!」

 

「そう、彼女が持ってた鍵に書かれてた文字だ」

 

 斎藤が言いたいことを補足するように、俺は答えた。

 種明かしをしようと思う。天宮が最初に俺の名を読んだ時、それは暗に目の前にいる女にぶつからないようにしろと言ってるのだと思った。

 だが違う、彼女が『オレンジペコ』となったら、話は逆だ。『わざとぶつかって懐を探り、何か重要なものがないか調べろ』という意味になる。

 案の定、彼女は荷物と一緒に持っていた鞄の内ポケットに、部屋の場所が書かれた鍵を持っていた。それを確認し、彼女が散らばった荷物に気を取られている隙に、自分も拾うふりをして、鞄の中から鍵を拾い、天宮に一瞬だけ見せ、そしてすぐに戻した。

 相手の意識を別のところに向けるというのは、スリの基本中の基本だ。

 

「……よし、ホテルのチェックインだ。レシピをもっと詰めなきゃな」

 

「ハァー、あそこのホテル、めちゃくちゃ安いからか、シャワー冷水しか出ないらしいんですよね。憂鬱……」

 

 天宮は小山蜜柑に愚痴をこぼし、しかしそれを最後に会話は終わった。どうなることかとも思ったが、思わぬところでいい拾い物をしたらしい。これは思ったよりも簡単に終わるかもしれないという希望が、俺の中で生まれた。

 

 ……無論、先程のが怪しまれてなければ、の話ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後、聖グロリアーナ女学院

 シンプルながらも上品な内装の部屋に、2人の少女がいた。どちらも紅茶を手にしており、その様子はとても様になっており、これを見てる第三者がいれば、まるで映画のワンシーンのようだと、嘯くほどであった。

 

「……そう、そんなことがあったの」

 

 紅茶を置き、優雅に声を発した少女の名はダージリン。聖グロリアーナ女学院において名誉ある戦車道隊長、そして『紅茶の園』の長である。

 

「はい、正直なところ、大柄で少し怖いと思ってしまいましたが、とてもお優しい殿方でした」

 

 ダージリンに少し照れくさそうに話す小柄な少女。彼女の名はオレンジペコ。ダージリンの乗る戦車の装填手であり、1年生ながらに幹部となり、紅茶の名を賜った、ダージリンの右腕だ。

 

「そう、良かったですわね……ところでペコ、そのことについて少し聞きたいことがあるのだけれど」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 ダージリンの問いに、オレンジペコは不思議そうに顔を傾げる。しかしそのことに特に言及もせず、ダージリンは言葉を続けた。

 

「その殿方は、お一人でいらっしゃった?」

 

「いいえ、他にも3、4人の人達とご一緒していました」

 

「その中で、他に拾うのを手伝った御方はいる?」

 

「いいえ、お一人、手伝おうとした方がいらっしゃいましたが、拾ってくれた方が遠慮なさったので」

 

「……そう」

 

「あの、何がおっしゃりたいのですか、ダージリン様?」

 

 質問の意図を測りかねたオレンジペコが、ダージリンにそう聞く。しかし彼女はその問いに明確に答えることをせず、紅茶を再び口につけた。

 

「ねぇ、ペコ」

 

「はい?」

 

「こんな格言を知ってる?」

 

 ダージリンは、静かに、しかし面白いものでも見つけたかのように、微笑んだ。

 

 

 

 

 

「王者に安眠なし」

 

 

 

 

 

「……シェイクスピア、ですね」

 

 オレンジペコが答えると、ダージリンは嬉しそうに、カップに残った紅茶を、再び口につけた。




今回少し短いです。

感想があると、こちらとしてはとても嬉しいので、いつでもお気軽にコメントして頂ければと思います。


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9 : 【午】Noon-聖グロリアーナ編.2

noon:正午


 平日の午後。いつものように紅茶をすすり、パンをかじる。そんな代わり映えのない昼食を摂っている、そんな時間。違うことといえば、いつもは庭園が見える素敵なテラスで食べるのに、今日はモニターがいくつもある、監視室に閉じ込められてる、ということだ。

 言いたいことはいろいろあるけど、前から決まっていた当番なので、別に文句があるわけではない。ただそれでも一言、言わせてもらうなら。

 

「……退屈ね、警備当番なんて」

 

 そういうことだ。

 

「仕方ないわよ、ルクリリ。最近、他校も偵察行為が活発化してきてるらしいわ。そんな中で、ウチの機密が抜かれるなんてことになったら、伝統が泣くわ」

 

 一緒に当番になった相方が、生真面目にそう答える。ルクリリ、それが私の、この学校での名前。

 

「そうは言ってもここ10年近く、他校の間者どころか、パパラッチ1匹寄り付かないって話じゃない」

 

「こうやって厳重に警備してるから、抑止力になってるのよ」

 

 相方の子は私を呆れた目で見た。

 

「ただ平和な学園をモニタで見ていると、私たちって必要ないのかしら、とも思うわ」

 

 実際、監視カメラに映る映像は、楽しく談笑しながら、紅茶を飲む生徒ばかり。前の当番も、前の前も、前の前の前も、ずーっと同じ。異変のイの字もありはしなかった。

 

「あら、でも前に、クルセイダー隊がトラブルを起こした時は、いち早く発見することができたじゃない」

 

 「私たちは無駄じゃないわ」と相方の子。

 

「ローズヒップたちは、どこでも派手なトラブル起こすからすぐわかるわよ! 誰だって!」

 

 私はため息をついて、モニタをぼうっと眺めた。相も変わらず、目に入るのは、平和そのものな学園の姿。トラブルを好むわけではないけど、もう少し日常を彩る変化があったって、バチは当たらないはず。

 

「……変化かあ」

 

 何かないかしら。いい刺激を与えてくれるような、そんな変化が……。

 

「お、お邪魔します……」

 

「誰?」

 

 声がした方向に振り向くと、気弱そうな1人の女生徒が、ドアの前から顔を覗かせているのが見えた。パッチリとした目に、人形みたいな顔、そしてチャームポイントになるような、やや太い眉。こんな可愛い子、うちの学校に居たかしら?

 

「どうしたの? ここは警備関係者以外は、立ち入り禁止のはずよ」

 

 そう聞くと、途端におどおどしだす女の子。「えぇと……あの……」と言いあぐねている。

 

「あ、お邪魔します。入ってよろしいでしょうか?」

 

 女の子の後ろから声が聞こえた。私は少し驚いた。だって女の子の後ろにいるのが、予期せぬ『男性』だったのだから。

 男性はいかにも、業者と言う感じのワイシャツ姿で、首から身分を証明してるであろう、プラカードをぶら下げていた。

 

「あ、申し訳ありません。私こういうものです」

 

 私の視線に気付いたらしく、男性はプラカードを持って見せた。

 

「テルソック株式会社……て、ここの機械の?」

 

 この会社は知っている。この部屋にある監視モニタの開発元で、時々メンテナンスに来る業者だ。

 

「どうなさったんですか? 来るのはもう少し先だと聞いておりましたが……」

 

 首を捻る相方。私も同じ気持ちだ。

 

「そ、それなんですが……実はメンテ日を前倒しにして、今日に行うというお知らせをしたのですが、届いてないみたいで」

 

「うぅ……ごめんなさい。私が……皆さんに伝えるの、忘れてしまっていて……」

 

 ビクビクと震えながらしゃべる女の子。話の限りだと、どうやらこの子は、伝達ミスをやってしまったらしい。

 

「なんですって!? そんな大事なことをどうして忘れるの!」

 

 激昂する相方。そこまで怒らなくたっていいのに。

 

「ヒッ……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

「所属と名前を言いなさい。責任はしっかり取ってもらうわよ!」

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 尚も弱々しく謝る女の子。正直、見てられない。

 

「ごめんなさいではなく、所属と名前を」

 

 私は相方を手で抑え、落ち着かせることにした。

 

「ハイハイ、そんなに怒ったら、答えられるものも答えられないわよ。とにかく、まずは業者さんの話を聞きましょう」

 

「けれど……そうね、まずは解決しなきゃ」

 

 相方は何とか落ち着いたらしい。私たちは業者に話を聞くことにした。

 

「それで、メンテナンスは今日行うのですね?」

 

 私はため息を漏らしながら、聞いた。

 

「は、はい。つきましては、メンテナンスをしてる際に、どなたかお1人でいいので、立ち合いをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「はぁ、立ち合いですか……ちなみにお時間は?」

 

「30分ほどです」

 

「30分……」

 

 これは正直、勘弁してほしい。同級生といるときと違って、業者がいるんじゃ、ゆっくりお茶を飲むこともできない。ただでさえ暗い監視室で、落ち着かない時間を、30分。

 確かにいつもそのくらいかかるらしいけれど、それに付き合わなくちゃいけない日が来るとは、思わなかった。

 

「あ、あの……私が立ち合います。私のミスで起こったことですし、埋め合わせをさせてください!」

 

 健気にも頭を下げる女の子。

 

「うーん、でも……」

 

「いや待って、ここまで言ってるんだし、この子にやってもらおうよ」

 

 決めかねる相方の肩を叩いて、私はそう言った。実際のところ、私はこんな事態にした、この女の子に感謝したいと思ったのだ。

 形はどうあれ、退屈な警備当番から解放されるというのは、今の私にとっては、何よりも魅力的に思えたのだから。

 

「……そうね、わかった。自分で言いだした以上、しっかりと責務を果たすのよ」

 

 厳しい顔をする相方だが、目には歓喜の色が、隠しきれずに表れていた。私は知ってる、この子もなんだかんだ言って、この当番を早く終わらせたいと、思っていたのだ。

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 女の子は深々と頭を下げた。

 

「私たちは別の仕事をやってるから、その間、お願いするわよ」

 

 相方は少し声が浮かれてた。あれだけ怒ってたくせに、現金な子だ。

 

「はい! お仕事、頑張って下さい!」

 

 相方の『別の仕事』という言葉を、女の子は素直に信じたらしい。私は少しだけ罪悪感を覚えた。

 

「それじゃあ、任せたわ」

 

 私はそう言って、相方と一緒に、その場から離れた。望んでいた変化とは少々違うが、ラッキーだ。まだ昼休みは十分にある。庭園の見えるテラスで、カップケーキでも食べるとしよう。

 

「……結局、誰だったのかしら、あの子」

 

 相方は思い出したようにそう呟いたが、私にとっては最早、どうでもいいことだった。

 

 

 

 

 

「……行ったな」

 

「え、ええ……」

 

 まず第一段階は成功だ。

 

「よし、斎藤。他の3人に監視カメラの無力化を伝えろ。それが終わったら予定通り、モニタの映像を、お前のスマートフォンで共有できるようにしておけ。できるんだろ?」

 

「は、はい。多分……」

 

 ワイシャツ姿の斎藤は自信なさげに答えた。

 

「しっかり頼むぜ、『業者さん』」

 

 俺が聖グロリアーナの生徒に、そして斎藤がメンテナンス業者に変装して、一芝居打って監視室から人を離れさせ、監視カメラの危険性そのものを無効化する。

 女装なんてするのは非常に不本意ではあるが、これが最も手っ取り早いので、甘んじるしかなかった。

 

「でも、ここまで上手くいくとは、思わなかったっすね、小山さん」

 

 そう言いながらラップトップを開き、作業に入る斎藤。

 

「油断するなよ、ここからだ」

 

 俺はカメラに映った映像を見た。見えるのは学園の正門、裏門の他いくつかの出入り口、あとは廊下や歩道などの通路と、学校外の景色だ。プライバシー保護のためか、教室などの部屋にカメラは置かれてないらしい。

 思ったより穴はあるみたいだな。好都合だ。

 

「……あれ、なんだよここのUSBまだ2.0なのかよ遅れてんなァ……」

 

 横で愚痴を呟きながら斎藤は手を動かしていた。

 

「おいどうした、問題か?」

 

「あ、いや……」

 

 聞かれてたと思わなかったのだろう。斎藤はバツの悪そうな顔を俺に向けた。

 

「できないのか?」

 

「いえそんなことは……ただちょっと手間取っていて」

 

 早口で斎藤は答えた。こんな初期段階でつまづくことになるとは思わなかった。どうやら予想以上に、手間のかかる仕事になるらしい。

 

「結論から言え、映像の共有はできるのか?」

 

「? そりゃできますよ」

 

「はぁ?」

 

 何を当たり前のことを聞いてるんだと言わんばかりの斎藤に、俺もそんな声が出てしまった。

 

「じゃ何が問題なんだ?」

 

「これの機材が古くて、モニタの映像とスマホの映像に大分ラグが発生してるんですよ」

 

「ちなみにどのくらい?」

 

「0.51秒もです。ラグは0.3秒以内にしたいんです」

 

 ……俺は何も言葉を言えずにいた。コンピュータ関係になると性格が変わるのは知ってたが、ここまで面倒くさい方向に変わるとは思わなかった。

 

「それに考えてみてくださいよ監視カメラとモニタのラグが3秒程度と考えるとそこに0.5秒も加わるんですそんなの我慢できません0.2秒短くできるかできないかは一見大したことないようですが雲泥の差で」

 

「斎藤」

 

 俺はキーボードを打っている斎藤の左手を掴んだ。

 

「へ、あ!? はい……?」

 

 不意な行動に大分驚いたのだろう。斎藤は手を止め、たじろぎながらこっちを見た。

 

「お前が今やることは?」

 

「え、映像の共有です」

 

「その目的は?」

 

「え、えと……どこに何があって、誰がいるかを、把握するためです」

 

「そうだな、よくできた……0.5秒のラグか、それは大変だな」

 

「い、いや0.5秒じゃなく0.51びょ」

 

「黙れ」

 

「黙ります」

 

 斎藤は完全に口を噤んだ。

 

「……ラグの低減は重要だ。だが0.2秒ラグを消すのと、さっさと映像を共有して、仕事を有利に進めるの、どっちが重要だと思う?」

 

「き、共有……です」

 

「いい子だ。じゃ早くやれ」

 

「あ、ハイ……」

 

 斎藤はすぐに作業を再開し、そしてあっという間に監視カメラの映像を5人全員のスマートフォンに共有させた

 

「たく……」

 

 斎藤が余計なことをしたせいで無駄に時間を消費してしまったが、これで、プランの下準備は終わったと言っていいだろう。

 最初からこんな調子なら、他の3人がどんな行動に出るのかわかったもんじゃない。俺は頭が痛くなるのを抑えながら、斎藤を見た。

 

「……なんだよ斎藤、じろじろ見て」

 

「あ、いやその……」

 

 斎藤もこちらを見ていたようで、奴は苦笑いした。

 

「せ、聖グロの制服、似合ってますね。本当に女の子み、みたいで」

 

 ……。

 

「……何が言いたい?」

 

「まさか、実は本当に女の子だったー、なんてー……」

 

「……」

 

「ハ、ハハハ……」

 

「……」

 

「ハハ……」

 

 ……コイツは帰ったらシメよう。そう思った。

 

「見張ってろ」

 

「はい直ちに」

 

 与えられた時間は30分。残り時間は25分。俺は頭痛薬を持ってきてなかったことを、後悔した。




聖グロのGI6って普段どんな活動してるんでしょうか。潜入先でも紅茶飲んでたりするのか気になります。


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10:【十】Crusader-聖グロリアーナ編.3

Crusader:十字架をつけた者たちの呼び名


 学院から300メートルほど離れた、小さな屋外カフェの席。俺はそこで、天宮と共に待機していた。どちらもジャケットとハンチング帽を身に付けた英国風の格好だ。それはこの学園艦の男性によくみられる服装で、つまるところこの場所に限っては、目立たない服装ということになる。

 

「……おや、どうやら『業者さん』が作業を終わらせたみたいですよ、雨水さん」

 

 天宮が俺にスマホを見せてきた。画面には『今日は残業はなさそう』というSNSのメッセージ。これは事前に決めた暗号で、小山たちの仕事が完了したという意味になる。

 

「時間、どのくらいだっけ?」

 

 俺は天宮に聞いた。

 

「25分、でも実質的には20分程度と考えろ……て昨日言ってたじゃないですか、小山さんが」

 

 そういえば、昨日の夜に小山が説明してたっけか。

 

「余裕はないってことか」

 

 「でしょうね」天宮はそれだけ答えて、続けた。

 

「僕たちも、見つけた『ルート』を送ったほうがいいですかね?」

 

「いや、小山は俺たちに一任するって言ってた。万が一にでもバレるのは避けたいんだと」

 

 俺たちは学院にいる他の連中を逃がす『逃走係』だ。俺たちが動くのは20分間の作戦の後半。この20分は逃走も含めた20分だと考えると、その中で逃走に使える時間は5分ほどだろうか。それより短いかもしれない。

 

「でも、伝えるって言ってもメールとかでしょう? そんなもの調べられるんですか? その、技術がどうこうじゃなく、倫理的な意味で……」

 

 天宮は首を傾げた。

 

「斎藤ならやるらしい」

 

「わァお……」

 

 天宮が声に出すのも理解できる。曲がりなりにもまともに高校行ってるやつがそんな警察のお世話になることまでやるのかと思う。けど事情が事情とは言え、身内に躊躇なくやる奴がいる以上、聖グロにも同じ考えの人がいないとも限らないのだろう。あまり考えたくはない。

 

「じゃあつまり、僕たちがルートの確保にしくじったらゲームオーバー?」

 

「だな」

 

 少なくとも俺たちは、だ。小山のことだから、いざとなったら別の手を考えてるに違いない。最悪、俺たち2人を見捨てることも視野に入れてるだろう。アイツはそういうやつ。

 

「なら、なおさら失敗しないように、ですね」

 

「もう一度確認するか?」

 

「もちろん」

 

 天宮は笑った。

 

「一番確実なのは『ハリー』だっけ?」

 

 俺は聞いた。

俺たちは3つの道を用意するよう言われたんだ。それぞれ『トム』、『ハリー』、『ディック』。名前は小山がある映画から引用したらしい。あいつはそういうのがまぁ好きなのだ。

 

「ですね、警備も少ないし、道が入り組んでるから、1つや2つ通れない道があっても問題ない。追っ手を撒きやすいっていうのが何よりですね」

 

 本命が『ハリー』で、後の2つがそれが使えなくなった時のためのルートだ。と言っても、残りの2つは『ハリー』に比べると、逃げれる速度自体は速いものの、一本道なのでバリケードか何かで道を塞がれたらおしまいだ。どうにもならなくなった時の強行突破くらいには使えるかもしれない、程度のものだ。

 

「でも一番確実って、実は成功率低かったりしません? 女の子と話すときも、思いきって攻めたほうが案外良かったりしますし」

 

「それはよくわかんないけど……まぁ、小山が『ビッグX』の二の舞になんないよう祈っとこう」

 

「物体X?」

 

「……古いもん知ってるね?」

 

映画は観ないんじゃなかったっけか。

 

「名前だけ聞いたことあるんで。……なんにしても、確かに今はこうやって待つことしかできな」

 

「待てませんわ!」

 

突然そんな大声が聞こえた。俺と天宮はなんだなんだと思いながらその方向を見ると、なにやらデカイ車両が数両見えた。あれは戦車だ、こんな町中で見かけるとは思わなかった。

 

「我慢なさい、自業自得でしょう?」

 

「後生ですわアッサム様! 一両でも動けなかったら出場できませんわ! 私にドラッグレースに出るなと申しますの!?」

 

「動こうと動かなかろうと出るなと申してますの」

 

「そんなぁ……」

 

なにやら女の子が何人か集まって言い合っている……と言っても、言い合っているのは2人だけのようだ。1人は戦車に乗っている赤髪、もう1人はでこを出した金髪の子だった。

 

「なんだろう? 聞いた限りじゃあの子たち、あれでレースに出ようとしてたんですかね?」

 

「みたいだ」

 

「……レースって戦車でもやるもんなんですか?」

 

「知らねえよ……」

 

天宮の疑問はもっともなんだろうけど、俺に聞かれても困る。できるできないだけで言えば、ドラッグなら直線だけだから出来ないこともない……はずだ。

 

「あ……ていうか2人って、あれですよほら、『アッサム』と『ローズヒップ』!」

 

 天宮は思い出したようにそう言った。

 

「……なんだっけ、それ?」

 

けれど俺は思い出せなかった。天宮はガクッとうなだれた。

 

「『紅茶の園』のメンバーですよ……確か喚いてる子がローズヒップで、窘めてる子がアッサムです。他の子は多分、ローズヒップの小隊ですね」

 

 天宮は呆れた顔をして説明してくれた。

 ああ、そう言えばいた気がする。

 

「どうする? 念のため場所を移動する?」

 

 俺は聞いた。天宮は注文した紅茶を口につけた後、言った。

 

「いいえ、外にも監視カメラがあります。平日の昼に男2人がうろついてるのが写ったら、それだけで怪しまれますよ」

 

「……今はじっとしてるしかないか」

 

「そういうことです。それに彼女たちは僕たちのことなんか気にも留めていません。紅茶でも飲んでじっくり待つとしま……あ」

 

 天宮が何やら不安を煽るような「あ」を発し、急いでハンチング帽を深くかぶった。一体なんだと言うのだろうか?

 

「そこのお殿様方! 少しよろしくて!」

 

 ……その大声で『あ』の意味がわかった。気にも留めてないんじゃなかったのか? 俺はそんな視線を天宮に向けたけど、露骨に目をそらされた。そんなことをしても事態が好転することなどもちろんなくて、大声の主である赤髪の子(確かローズヒップだったか)がズンズンと聞こえてきそうな勢いでこっちに来た。

 

「お殿様方。お願いがありますの」

 

「え……いや、その……」

 

「……何やら切羽詰まっているようですね、どうしました?」

 

 俺が突然来た彼女に対応できないでいると、天宮は流れるように笑顔を作りそう聞いた。こういう時さすがと言うべきなんだろうか。

 

「あの戦車を直してほしいんですの!」

 

「……それは大分難儀ですねぇハハハハ」

 

 流石の天宮も少し対応しきれなかったのだろう。苦笑いをつくり、乾いた笑いをして見せた。

 

「お願いしますの! このままじゃ午後開催のドラッグレースに間に合わな痛あっ!?」

 

 ローズヒップが何やら頭をはたかれた。やったのは彼女を慌てて追いかけてきたアッサムという子のようだった。

 

「いい加減になさい! ……申し訳ございません。お恥ずかしい限りですわ」

 

 アッサムはそう言い、深々と俺たちに頭を下げてみせた。こちらの方はもう1人の方とは正反対の性格らしい。

続いてローズヒップ小隊の人達もこちらに集まってくる。ただでさえ目立ちたくないのに、冗談じゃない。

 

「でもアッサム様!」

 

「でもも何もございません! あなたは自粛というものをいい加減覚えなさい!」

 

「でもでもこのお殿様方、何やら機械にお詳しいオーラがありますわよ。特にあちらのメガネのお殿様! 初めて会ったのに何か親近感を覚えますわ!」

 

 そう言って彼女は俺を指さした。その言葉に俺と天宮は目を見開いた。俺たちは顔を動かさないまま、他に聞こえない程度の声量で話した。

 

「……なんでわかるんだ、あの人?」

 

「多分、天性の勘ですよ。いるんですたまに、ああいう娘」

 

「どうする?」

 

「シラを切りたいところですが……」

 

「初めて……? 確かに、この辺りではあまり見ないお顔ですわね」

 

 バツが悪そうに天宮は話を切った。そんなタイミングを見計らうかのように、アッサムがこちらを訝しんだ目で見てきた。

 

「ああ、先週ここに転勤したばかりですから、無理もないですね」

 

アッサムの怪しむような表情にも臆せず、天宮はスラスラと答えた。

 

「あら……確かにこの時期は異動が多いみたいですわね」

 

 納得したかのような口ぶりをするが、しかし彼女の懐疑的な眼は変わりそうもなかった。それには当然天宮も気づいているようだった。アッサムと天宮は話を続けた。

 

「失礼ですが、お仕事は?」

 

「システム関係をやらせてもらっていますが、どうかなさいましたか?」

 

「いいえ、ただ気になりまして」

 

 アッサムは続ける。

 

「と言うのもこの頃、身分を偽って学園艦に入る輩がよく見受けられると聞きましたの」

 

「それはまた、おっかないですね」

 

「そうですわね。なのでこちらも万全を期して臨みたいのでして……あの、お二方、失礼ですが一度入艦審査場まで来ていただけませんこと?」

 

「……すいません、時間がないので。身分証だけではいけませんか?」

 

「申し訳ありませんが、身分証は過去に偽造した者がいまして……先方の方にはこちらからも口添えいたしますので、ご理解いただけませんこと?」

 

 マズイな……逃げるか? いやダメだ。仮に今俺たちだけ逃げれても、学院にいる3人が気づかれて捕まっちまう。それじゃあここに来たそもそもの意味がない。どうする?

 

「……それは構いませんが、よかったらその前に、そちらの戦車を見てあげましょうか?」

 

 そう思っていたら、天宮は唐突にそんなことを言い出した。

 

「マジですの!? 頼みますわ!」

 

「ローズヒップ!」

 

 勝手に提案に乗るローズヒップを止めようとするアッサム。そこに天宮は「まあまあ」と割って入った。

 

「ここで会ったのも何かの縁でしょう。こっちの……『佐藤』さんは車弄りが趣味でしてね、得意なんです、ね?」

 

天宮は俺に話をふった。

 

「……まぁ、応急処置くらいなら」

 

「よっしゃ! これで間に合いますわ!」

 

 ローズヒップと小隊の人たちも乗っかって、無理矢理話を進める。天宮はそうやってなし崩し的に意識を俺たちからずらそうとしたらしい。しかしやはりアッサムはそう簡単に流されないようで、「しかし……」と言いあぐねていた。

 

「なぁに、そんなに不安なら見ていて下さればいいんです。僕たちが戦車に変なことしないよう、戦車を、しっかりと」

 

 天宮はアッサムに少し近づいて、続けて言った。この時のアッサムは少し緊張しているようにも見えた。

 

「15分くらいで終わりますよ。お時間は取らせませんから」

 

「そう言われてましても……」

 

「アッサム様ぁ……」

 

天宮に同調したのか、すがるような声でローズヒップが言った。

それが決定打となったのだろうか、アッサムは諦めたように深いため息を吐いて言った。

 

「……はぁ。15分です、それで直りそうになかったら諦めなさいな」

 

「ぃよっしゃあ! さすがですわアッサム様!」

 

どうやら話はついたらしい。少なくともこれで入艦審査場に連れていかれることは無さそうだ。今のところは、だけど。

 

「アッサムはローズヒップに甘いみたいですね」

 

天宮は俺の方に戻ってきて、そんなことを言ってきた。

 

「ローズヒップもはしゃいでます。ありゃ絶対直るって思ってますよ」

 

「だな」

 

「あんな素敵な笑顔を失望させるなんてこと、本当はしたくないんですけどね」

 

天宮の言ったことに、俺はいまいち理解できないでいた。それが天宮にも伝わったのか、そのまま話を続けた。

 

「多分『佐藤』さんは気づいてますよね? あの戦車の特性」

 

「……速いってことをか?」

 

「ご明察」

 

あの戦車の名前は知らないが、大洗のやつよりもやたら速いっていうのは、見て感じとれた。

戦車道で使用される戦車は、特殊素材のカーボンフレームが使われ、女性が使用することを前提にした調整が随所に為されている。そのためか、実戦で使うような本物と比べてやたらと軽い。

軽さっていうのは車両の速度を上げるために真っ先に考える基本的な要素だ。何が言いたいかっていうと、戦車道の戦車は実戦用のそれと比べて随分と速いのだ。

軽量フレームに大容量のレシプロエンジンを備えているのだから(モノによってはディーゼルだったりガスタービンだったりもするけど)、中には俺たちのバンよりも速い戦車なんていくらでもあるだろう。ローズヒップが乗ってるあれも、その一つだということだ。

 

「そう、ローズヒップが乗ってるあれ。あれは恐らく『クルセイダー』……聖グロで一番速い戦車です」

 

「案の定って感じだな」

 

俺の言葉に、天宮は頷く。

 

「で、僕たちは『ハリー』のルート上にいます。つまりあのクルセイダー小隊は、僕たちに真っ先に対応できる場所にいる。放っておくには、いくらなんでも不味いんじゃないですか?」

 

なるほど確かに、あのクルセイダーたちが追っかけてきたら、俺たちのバンなんてすぐに捕まっちまう。手加減してくれるようなドライバでもマシンでもなさそうだ。

 

「でもどうしろって言うんだ? たったの15分じゃいくらなんでも……」

 

「なんとかなりませんか? 向こうの気は僕が引きますから、お願いしますよ、『佐藤さん』」

 

「簡単にいうぜ……」

 

無理に決まってるだろうそんなの。一度に車両数台を15分足らずで、しかも気づかれずに動けなくする方法なんてどこに……。

 

「こっちですの! 早くしてくださいサトー様!」

 

ローズヒップにせかされ、良い案もないまま思考が止まる。それにしても『佐藤』か……咄嗟とは言え随分と適当につけたもんだ。

……いやまて、『さとう』……さとう、か……。

俺はふと、テーブルに置かれた、紅茶とコーヒー用のそれを見た。

……そうだな、試してみるか。

 

「ええ、ええ、今行きますよ」

 

俺はそう言って席を立った。ポケットにそれを隠して。

 

 

 

 

 

「……おいおい、嘘だろ」

 

スマートフォンを見ながら、小山は毒を吐いた。

 

「と、トラブルっすか?」

 

それを見て斎藤はそう聞く。小山はスマートフォンに目を向けたままそれに答えた。

 

「足どもが絡まれてるらしい。たく、何で待ってるだけで、そんなことに巻き込まれんだよ」

 

「ま、まずくないすかそれ? 俺たち、逃げれるんすか?」

 

「いいからテメエは見張ってろよ」

 

小山は苛立ちを隠しきれないようだった。だがそれでも頭は冷静さを失っていないようで、淡々と今の状況を述べた。

 

「残り時間は10分程度……こっからがメインだ」

 

小山は数ある監視カメラのうち、ひとつを見つめた。そこには行き交う生徒に混じって、深く帽子をかぶり、モップを持った清掃業者のような出で立ちの男が映っていた。

 

「しくじんなよ、服部」

 

服部と呼ばれたその男は、まばたきをした途端いなくなり、それ以降カメラには映らなかった。

 




遅れました。すいません。


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