地下九階の映写室 (輪音)
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怪力系村娘になりました




【オリジナル作品】

◎アラフォーおっさん、異世界へ女体化転生す
◎邪な神たちの介入、ありました
◎大人しい娘さんは病から癒えた後、中身はおっさんな『姐さん』に転職しました
◎尚、弟や妹やちっちゃな子やお姉さんたちからは好評の模様





「あーあ。」

 

わたしはため息を吐く。

川面に映る自分の裸身。

思春期直前らしき肉体。

凹凸(おうとつ)は極めて少ない。

見映えがよいとはいえない顔つき。

薄い胸。

がりがりひょろひょろに痩せた体。

わたしはぱっとしない村娘その一。

物語の脇役として一瞬出るか否か。

そんな田舎の赤毛の娘。

四〇代のおっさんは、そんな少女に転生したのであった。

……なんじゃあ、そりゃ!?

 

 

 

つい数日前。

職場で倒れたわたしは緊急入院し、適切な処置によって一命をとりとめたと思っていたら深夜に症状が再発して敢えなく死亡したようだ。

心臓への負荷が知らない内に溜まっていたのかもしれない。

人って、実に呆気なく死ぬんだな。

幾ばくかの時間、苦しみもがいた。

耐えられるだけ耐えようとは思ったが、それは七転八倒する程の痛みだった。

家族も医者も看護師も誰もいない。

ナースコールを使うことさえ、出来なかった。

あと一センチほど、もう一センチほど手が伸びたならば、違った人生を迎えたかもしれない。

個室で散々苦しんだ挙げ句、わたしは意識を手放す。

そうして死んだ筈だが、気づくと村娘になっていた。

 

「かーちゃん! かーちゃん! ねーちゃんのめがさめたっ!」

「おねーちゃん! おねーちゃん! からだ、だいじょうぶ?」

 

天使二名がわたしの傍にいる。

どうやらもう一回、あの世にいかなくてはならないようだ。

天使二名はドタバタと扉を抜け、どこかへ旅立っていった。

ふと右手を見ると、なにか握っている。

なんだ、こりゃ?

おっ、これは噂に聞く羊皮紙とやらか?

国産だと小樽で作られているんだっけ?

なになに。

 

《邪神一同からの贈り物》

【欺瞞】

【阻害】

【怪力】

【鉄拳】

【治癒】

【酪農】

【解体】

【熟成】

【発酵】

【農業】

【漁業】

【鍛冶】

【軽業】

【超高速】

【投擲】

【鉄身】

【火炎放射器】

【洗浄】

【浄化】

【鑑定】

【偽装】

【モフモフ】

【調教】

【冷蔵】

【飛脚】

【夜目】

【気配】

【洗脳】

【支配】

【温泉】

 

 

は?

はあっ?

邪神?

贈り物?

わたし、もしかして生け贄かなにか?

なにこれ?

羊皮紙がすうっと溶けてゆく。

父母と祖父母らしき人々が入室してきて、部屋は一気に賑やかとなった。

喜びにわく室内。

この人々を新たな家族として生きてみるか。

それが、たぶん成仏した『彼女』への供養となるだろう。

生きねば。

 

 

 

そして、わたしの異世界生活が始まった。

 

 

 

森の中。

猪が迫ってくる。

豚カツに出来ないかな?

嗚呼、カツ丼食べたい。

よし、コロッケとミンチカツは作るぞ。

麦飯にするって手もあるし、悪くない。

ソースは野菜を兎に角煮込んで作るか。

突っ込んできた猪に正面蹴りをかます。

五メートルほど吹っ飛んだ猪が、ドサリと地面に落ちた。

走り出す。

殺らねば。

ひのきの棒を持って近づく。

勇者系女子だな、わたしは。

大きく振りかぶって、とどめの一撃を喰らわした。

往生せいやっ!

よし。

食料確保だぜ。

 

「ねーちゃん、やったー!」

 

弟がキラキラした目でわたしを見つめていた。

うん、確かに殺ったな。

 

「弟よ。」

「うん。」

「この猪は愚かにも、転んで石に頭をぶつけて死んだのだ。」

「えっ? ねーちゃんが、こいつをみごとにたおしたのに?」

「みんな、信じない。」

「ぼく、しんじるよ!」

「猪は普通、か弱い女の子では倒せないんだよ。」

「でも! でも!」

「それに、この力を人に言ってはいけないのさ。」

「ど、どうして?」

「人の力じゃないから。」

「わかった! ねーちゃん、かみさまからちからをもらったんだねっ!」

「弟よ。それは誰にも言ってはいけないからね。」

「うん、わかった!」

 

言うな、と言ってもついつい言ってしまうのが子供。

まあ、その時はどうにか誤魔化そう。

猪を背負って運びながら、少し困ったなあと考える。

まあ、なんとかなるだろう。

今度、荷車でも作ろうかな?

村に着いたのは夕方だった。

 

ここは山の中の小さな村、カッツェン。

森林が近く、湖によって水源は豊富だ。

冬は陸の孤島になるのが難点だが、致し方ない。

川も流れているし、蕎麦や葡萄や林檎も取れる。

コケモモのジャムや果実水もなかなか旨い。

蕎麦茶を教えると先ず村で大流行し、次いで伯爵様の領都でも飲まれるようになった。

その内、王都でも飲まれるかもしれない。

焦がし麦の代用珈琲の普及率は今一つだが、麦茶は普及が始まっている。

さあ、みんな目覚めるがいい。

酪農と狩猟によって、乳製品や腸詰めなども日常的に楽しめるのはよいことだ。

カエデの樹液を煮詰めた糖蜜や蜂蜜や砂糖大根から取れるてんさい糖が豊富で、行商人が毎日のように訪れていた。

麦芽糖も作っているし、地酒の麦酒や林檎酒や穀物酒(コルン)などは伯爵様が楽しんで呑む程という。

わたしの家の裏庭も随分耕したので、収穫物はけっこう多い。

馬鈴薯万歳!

じゃがバターは最高だぜ!

あちこちから葛を集めてきて作った葛餅も好評だ。

葛を作るのは手間暇かかるが、女性陣が積極的に作ってくれるのでありがたい。

冬に収穫し加工しておけば、保存性の高い品として重要な位置にいるからだな。

 

温泉を掘り当てられたのもよかった。

異能のお陰らしいのだが。

温泉の蒸気を使った料理は、村人にも兵士にも行商人にも好評だ。

蒸し野菜、蒸し玉子。

蒸しプリンは村の女性陣の心を捉え、蒸し菓子が村の名物になる日は近いだろう。

今度は蒸しパンに挑戦してみるとしよう。

中身は芋餡だな。

唐芋は改良中だ。

小豆はまだ見つかっていないが、ずんだ餡は旨かった。

米もまだ見つかっておらず、見つかってもかなりぼそぼそした食感かもしれない。

それはそれで利用価値がある。

上新粉にしてしまう手もあるし、米粉でパンを作るという手法も残されてはいる。

もち米があれば、白玉粉も作れる。

夢はでっかく果てしなくだな。

 

辺境伯の領地として兵隊も常駐しているから、この村は治安の面でも安全性が高い。

村人と兵士との関係も良好。

ありがたいことだ。

 

邪心を持たねば、邪神から与えられた力に屈することも無いだろう。

たぶん。

 

猪は村の衆に歓迎され、さっそく解体されてゆく。

みんな顔馴染み。

気のいい連中だ。

父と母にちょっとばかし怒られ、妹からはなんで連れていってくれなかったのかと猛抗議された。

祖父母はにこにこしている。

明日は森に行くので、その時は連れてゆくと約束した。

 

この村を守るのが、わたしの使命。

そう思いながら、夜の空を眺める。

大きな月が青く光って、わたしたちを照らしていた。

 

 

 



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怪力系村娘になりました~夜襲篇



【オリジナル】

◎『怪力系村娘になりました』の続編です
◎とっても強い主人公は、村の女の子たちにとって憧れの存在です



 

 

 

三回殴っただけで、山賊の斥候役は村への襲撃計画をあっさり吐いた。

もう一回殴って情報を確実にしようと思ったら、村長から止められた。

こそこそかぎまわっていた怪しい男を蹴り倒して村長の家まで引きずっていっただけなのだが、男衆は何故か皆おそれおののいている。

女衆と弟妹に子供たちは、わたしを褒め称えてくれているというのに。

理不尽だ。

 

ちょっくら全員捕縛してくると言って出掛けようとしたら、傭兵のおっさんに止められた。

彼は我がカッツェン村専属で呑んだくれの元騎士様だ。

酒で身を持ち崩したのだが、それすらネタにして奢らせたり笑わせたりしている。

かなりの剣の使い手だが、一度悪酔いしていたところをどついたらなんだか時々警戒されるようになった。

少し反省している。

辺境伯の兵隊たちにも泣いて止められた。

彼らは一様に若く、錬度が低く、現在進行形で傭兵のおっさんと共に鍛えている真っ最中だ。

あんまし嘆かわしいことを訓練の合間に言っていたので「それでも●ンコ付いてんのか、てめえら!」と叫んだら、その後は大体ゆうことを聞くようになってくれた。

なんだか青ざめてさえ見えるが、気のせいだろう。

彼らは夜になるからよろしくないと言うのだ。

夜になるからいいんじゃないか。

夜戦に夜襲に釣り野伏せ。

狩りは夜に行ってこそだ。

夜行性の動物の方がとても厄介。

剣はダメだ。

三人も斬れば、血と脂で斬れなくなる。

折れたり曲がったり反ったりするしな。

よく刃こぼれするし、何振ダメにしたことか。

先日など、鍛冶屋の爺さんから説教されてしまった。

やっぱり、棍棒か槌だな。

バールのようなものがあってもいいのだけど、それは贅沢な願望か。

 

二〇人くらいならなんとかなる、と言ったら男衆が泣きそうな顔でわたしを見た。

ナニを斬っちまえば、こっちのもんだよ。

そう言ったら、連中真っ青な顔になった。

ちっとヤワすぎんだろ、この村の男衆は。

ガキ大将もちょいワル親爺も真っ青だぞ。

もっと、こう、図太く悪くやらないとな。

 

 

結局、夜中に山賊を襲撃に行った。

傭兵のおっさんや兵隊たちが、ひいひい言いながらついてくる。

夜の獣道を走る走る走る走る走る。

特殊能力のお陰で照明不要なのだ。

胸当ては革製のものを付けてある。

わたしが以前仕留めた熊の革だぜ。

山賊の拠点は村外れの洞窟だった。

たまに野宿する時に使って、村長から使用禁止を言い渡された場所だ。

ここなら構造がわかる。

行き止まりがあって、逃げ場は無い。

くくく。

殲滅だ。

おっさんたちが辿り着いた頃には、手頃な石を何個も拾っていた。

本来はかまどを作る時などに使うのだが、今はお手頃な武器にょ。

松明(たいまつ)を消させた。

さあ、夜襲の時間が到来した。

よし、ヤるか。

石を投擲する。

見張りの二人の頭に直撃した。

ものも言わずに倒れ伏す二人。

よしよし。

順調だべ。

そいつらを縄で縛って、手近な木に逆さ吊りしておく。

兵隊たちが何故かそれを見て震えている。

やだなあ、彼らはまだ死んでいないのに。

薪や枯れ枝を洞窟出入り口に並べ、火を付ける。

煙が出てきた。

何事だあっ! と怒鳴りながら出てきた男をおっさんが一刀のもとに気絶させる。

ひゅー、ヤるじゃん。

なんだなんだと出てくる連中に、無言でひのきの棒を見舞った。

わざわざ松明を点けてくれるとは、飛んで火に入る夏の虫だね。

やっぱ、喧嘩のときはこれだよな。

打撃系武器をぶんぶん振り回した。

兵隊たちも山賊たちに飛びかかる。

あっさりと全滅させた。

二〇人程倒した。

お宝はなかった。

曇った銀貨にちびた銅貨、酸っぱい酒にかちこちのパンに干からびた肉。

そんなんばっかしだ。

囚われの娘も姫騎士もいなかった。

ショボいな。

元傭兵隊か?

それにしては弱かったな。

こいつらの装備はわたしが引き継ごう。

 

丁度よい荷車があったので、これを貰うことにした。

持ち帰って、魔改造しよう。

松明の火で確認した限りでは、賞金首はいないようだ。

頭領らしき男が誰なのか、今のところ確認は出来ない。

ま、ほぼ全員下っ端でしょ。

たぶん。

荷車に意識不明の山賊たちを積んで、村へ凱旋する。

ちゃんと歩かないと引きずっていくぞ、と動ける奴らに言ったら笑われたので文字通り引きずってゆく。

程なく悲鳴が上がった。

ヤワだなあ。

傭兵のおっさんと兵士たちがまるでおそろしいものを見るかのように、わたしを見つめている気がする。

うん、気のせいだね。

 

 

戦利品は傭兵のおっさんとほぼ山分けし、兵士たちにはコケモモの果実酒や麦酒や腸詰めや馬鈴薯の蒸したやつなどを振る舞った。

伯爵様への報告書をむにゃむにゃしてもらうべく、彼らの耳元で適当にそれっぽいことを囁き歩いた。

 

ぼろぼろの武具や防具などは改修するか鋳潰すかで、行商人に売り払おう。

少しでも村を豊かにするべく、邁進進撃ナリヨ。

 

 

 

村へ帰って数日経つと捕らえた山賊たちから妙に慕われ、姐さん呼ばわりされるようになった。

処分は村長の判断に任せるとの伯爵様からの書状が届き、村長はわたしに山賊たちの処分を丸投げしてきた。

山賊たちへどうしたいか訊ねると、わたしの子分になるという。

そういう訳で、新しく二〇人弱の舎弟が出来た。

労働力を入手したぞ!

 

 



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士郎はそしてまた料理を作る



【原作:Fate/stay night】

◎数人の方から読みたいとの話を受け、試しに書いてみました
◎冬木市は関西説を採用
◎戦闘無しの平和な世界
◎まったり進行




 

 

 

蒸し暑い今日この頃。

藤ねえから滅茶苦茶貰った素麺を茹でて、昼飯にしようと思う。

組へのお中元で矢鱈と貰ったらしいが、消費しきれないらしい。

ついでに水羊羹やら焼菓子やらも無茶苦茶貰う。

それらは程なく、腹ぺこ英霊たちの胃袋に収まってしまったが。

素麺をいりこ出汁の茄子入りツユでいただく。

茹で玉子と裏庭の畑で採れたトマトを添えて。

大量に茹でた麺が残ったらにゅうめんにでもしようかと思っていたら、うちの居候どもがわしわしと食べ尽くした。

藤ねえが食後のとろんとした目付きで、晩は揚げ物がいいなあと世迷い言を呟いた。

汗だくになるじゃないかと言ったら、それがいいんじゃないと即座に言い返される。

ふふ、汗だくの士郎かあ、と藤ねえが呟いた。

目の光が怪しい。

一緒にお風呂に入りましょ、と言われるが昔とは違うぞと切り返した。

中学生の頃までは一緒に仲よく入ったじゃない、とからから笑われる。

無知だった俺は、当時全幅の信頼を置いていた藤ねえに風呂場やベッドでいろいろされたのだ。

アレがそういう意味だなんて、まったく知らなかった。

なんてやさしいお姉ちゃんなんだろうと、そのようにさえ思い込んでいたのだ。

無知ってこわい。

突然、セイバーがむぎゅっと抱きついてきた。

暑い暑い暑い、と言ったらもっと暑くしてあげましょうかと言われる。

やめろよ、俺の俺がトランスフォームするじゃないか。

女の子のにおいと弾力でいろいろヤバい。

藤ねえはニヤニヤしながら見つめている。

そう言えば炭酸煎餅がありましたよね、とセイバーが言い出した。

家に居着いている英霊たちからの、ギラギラとした視線を感じる。

藤ねえはタイガー化していた。

即座に白旗を上げよう。

抵抗は無意味だ。

取っておきの、有馬温泉の炭酸煎餅割れたやつをひとつ提供する。

あそこで唯一手焼きという店の焼菓子だ。

嗚呼、無惨に食い散らかされてゆくなあ。

あっという間に、炭酸煎餅は無くなった。

致し方無いので、コーンフレーク状の炭酸煎餅の袋も手渡す。

それは低温殺菌牛乳と共に、呆気なく彼らの胃袋へ直行した。

この食いしん坊どもめ!

 

桜と遠坂にメールで相談し、助力を願う。

ライダーも手伝ってくれることになった。

ありがたい。

実にありがたい。

手製のフィナンシェとマドレーヌの詰め合わせを報酬として、プロンビエールの密約は成された。

 

 

ぶつぶつと文句の多いアーチャーを確保し、仕込みに取り掛かった。

何故だか市民プールへ一緒に行くことを約束させられる。なんでさ。

 

藤ねえとセイバーとランサーとギルガメッシュから飯を催促されたので、取り敢えず手製のどんぐりクッキーとバウムクーヘンと水羊羹とわらび餅を彼らに手渡し、アーチャーと共に夕飯を作る。

餡ことバターと食パンも英霊たちに手渡しておいた。

適当に食べてくれ。

 

我が衞宮家の食卓はいつも賑やかだ。

食卓以外も居候が賑やかにしている。

食費に困っていたら、ギルガメッシュがこれでも使えと革袋にみっしり詰まった金貨を手渡してくれた。

なんていい奴なんだ。

手分けして金貨を日本の通貨へと変えるべくあちこちの店へ持ってゆくと、かなりの金額になったので嬉しい。

お礼に堂島ロールと蓬莱の豚まんと地元和菓子屋の詰め合わせを沢山あげたら、「ふん、別にあのようなはした金など大したことは無い。」と言われた。

「ありがとう。」と言ったら、顔を赤くしていた。

案外、ウブなんだな。

いそいそと仕舞い込んでいたので、喜んでくれたのだろうと思う。

岡山県倉敷市の大原美術館へ一緒に行くことを、約束させられた。

あれ?

なんだか既視感が……。

 

今夜は、コロッケとミンチカツと餃子と肉団子と鯵の刺身とアジフライが中心。

肉じゃがや筑前煮も作ろう。

余ったら冷蔵庫で保存する。

……保存出来たらいいなあ。

ちなみに鯵(アジ)は今朝、ランサーの兄貴が大量に釣ってきた分だ。

流石、ケルトの英雄。

釣果(ちょうか)は充分だぜ。

切った頭は一夜干しの分と一緒に干しといて、後で汁物の出汁にでも使おう。

ワンタンスープも一緒に作る。

自家製の腸詰めやザワークラウトは、ドイツから来たイリヤも喜んでくれる味わいに仕上がっている。

イリヤは風呂に入っているといつも乱入してくるし、毎晩俺のベッドに潜り込んできたりもするおしゃまな女の子だ。

逃げようとしたら、バーサーカーが先回りして俺を逃がさないようになっている。

悪戯っ子だなあと思っていたら、何故か桜とセイバーから怒られた。

 

忙しい、忙しい。

バタバタと働く。

慎二がげらげら笑っていたので、罰ゲーム的に買い出しへ行かせる。

何故か涙目になっていたが、容赦などしない。

貸し一だからな衞宮! 今度映画を一緒に観ようぜ! と叫んで慎二は出掛けた。

 

いただきものの猪肉はキャスターが程よく魔術とやらで熟成させてくれたし、彼女の部下のアサシンが上手く斬り刻んでくれた。

彼は畑仕事も上手いので、庭の畑を任せてある。

馬鈴薯と玉葱は特売の時に沢山買っておいたから、貯蔵量は充分なのだ。

アーチャーの包丁捌きによって、肉の塊がどんどん挽き肉になってゆく。

あれ?

こいつ、弓兵じゃなかったっけ?

……ま、いっか。

時折皮肉を言われるし殺気も感じるけれど案外いい奴だ、アーチャーは。

でも、俺の尻を時々じっと見つめている。

なんでさ。

 

ちえちゃんとこのホルモンとタレも入手出来た。

大阪まで買い出しに行ってくれた遠坂に感謝を。

今夜は庭でホルモン焼き祭だ!

桜は桜でライダーと一緒に現在間桐の家で鶏の唐揚げを下拵えし、ちらし寿司と三笠(どら焼きとも言う)を作っている最中だとか。

広島檸檬とかぼすとすだちと手製のマヨネーズも、持ってきてくれる手筈となっている。

あいつの手料理は楽しみだ。

ちなみに遠坂は、自宅にてサンドウィッチとパウンドケーキを大量に作っているらしい。

そちらも楽しみにしている。

 

 

食後はジブリ作品の観賞会だ。

どれを観るかで、現在英霊たちの間で激しい舌戦が繰り広げられている。

どれを観ることになるのか、今から不安と楽しみで胸がいっぱいである。

一体、どの作品を見せられるのだろうか?

 

 

明日は、関西国際空港へ母さんを迎えに行かなければならない。

ドイツからやって来るのだ。

イリヤも楽しみにしている。

俺の作る飯が口に合うといいな。

義理の母さんだし若すぎる気もするが、それでも俺の、俺たちの母さんだ。

 

そして、夕食が始まる頃愉悦神父が激辛麻婆豆腐を大量に持ってきた。

勿論、ありがたくむしゃむしゃいただく。

辛い。

でも、旨い。

嗚呼。

こうした、おいしい日々が続くといいな。

 

 

 

ここは兵庫県冬木市。

海の幸豊富な、関西圏の小都市。

腹ぺこ英霊の集う街。

 

 



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提督と仮初めの平和



【原作:艦隊これくしょん】

◎深海棲艦との戦争『は』終わった模様



 

 

 

無縁墓地。

その一つに特別純米酒が注がれる。

青森県八戸市にて丹念に醸された逸品が惜しげもなく、小さな石に注がれた。

何名もの美しき娘たちが仏前で祈りを捧げる。

人ならざる戦士たち。

ワルキューレ。

勇敢な者たち。

彼女たちは、もってあと数週間の命。

提督の残留エナジーは半分を切った。

残った同調係数は下がる一方である。

愛故に未だ生き長らえている艦娘群。

 

「取り敢えずは平和になったわよ、提督。」

 

巨乳を振るわせ、ツインテールの軽巡洋艦が無理矢理微笑む。

 

「イクたちとハワイアンを踊り明かして、エッチなことをみんなとやる約束はどうしてくれるの?」

 

スクール水着にパーカ姿の潜水艦が、泣き笑いしながら言った。

潜水艦艦娘は全員泣いている。

ちなみに提督はそんな約束をしていない。

 

「もう食べてはいただけないのですね。」

 

料理上手な軽空母が、寂しそうに六段重箱をお供えする。

提督の好物だったお好み焼き定食。

彼はにゅうめんもかやくご飯も大好きだった。

豚カツ。

牛カツ。

重箱の中には、カロリーの高そうなものがぎゅうぎゅうに詰められている。

 

「また生き残ってしまいました。」

 

練習巡洋艦の眼鏡美人教師が微苦笑する。

 

「総員、敬礼!」

 

一糸乱れぬ敬礼が、英雄へと捧げられた。

 

「はい、OKです!」

 

撮影が終了した。

提督が死ぬ展開の方こそ視聴者に大変受けるとして、無粋な脚本が酷く書き換えられている。

事実をねじ曲げ、作品の質をどんどん落とす邦画の腐った体質は今もって改善されていない。

彼らの慢心がこそげ落とされる日は来るのだろうか?

そうした傲慢故に、加速度的に艦娘たちの機嫌も悪くなっている。

新生大本営のプロパガンダとして協力するにやぶさかではないが、不当に愛する提督が貶められる展開は許せない。

不当な扱いを行う連中に鉄槌を!

どろどろした感情が、艦娘たちの内側で醸成されてゆく。

 

「み、皆さん、ご、ご苦労様で御座る。」

 

のっしのっしぶひぶひと巨漢が現れた。

嗚呼、寒風吹き荒(すさ)ぶ北の空に晴れ間が訪れた。

擬似好天ではない、本当の麗しき光だ。

途端、表情を明るく変化させて艦娘たちは巨体に抱きつく。

体脂肪がぼよんぼよんと揺れる。

心も揺れる。

一部艦娘の山脈も大いに揺れる。

どろどろした感情は見事に雲散霧消していた。

そんなことより、テイトクニウムを早急に補充しなくてはならない。

彼女たちの頭の中はそのことで一杯。

 

 

戦争は一応終結した。

シュウケツカッコカリって感じではあるが、それでも後は散発的な戦闘が起こるくらいだろうと予測されている。

艦娘たちに待ち受けているのは、甘い生活。

ドルチェビータ。

その筈だ。

提督との新婚生活を堪能しなくてはならない。

太っちょな提督を囲み、和やかな食事が始まった。

空が青い。

透き通るような、雲ひとつない空。

飛行機雲が見える。

確か、あれは伊丹函館間の便。

嗚呼、航空便が復活したのだ。

平和。

仮初めの平和。

だが、それだからこそ愛しいのかもしれない。

それを象徴するような光景。

妻たちを眺め、男は微笑む。

嗚呼、なんて幸せなんだと。

これからの美しきセカイを夢想し、彼は嬉しくなっている。

 

 

提督は、夜に向けての暗闘が既に始まっていることをまだ知らない。

 



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女騎士レイア


【オリジナル】

◎ある夏の話
◎後輩の話は妄想か否か



 

 

 

あー、北海道に行きたいものだ。

なかなか行けないので、せめて北海道産の米を買おうか。

ななつぼし、ふっくりんこ、ゆめぴりか。

どれも旨そうだ。

嗚呼、あちらでソフトクリームを食べたり低温殺菌牛乳を飲んだり海の幸をかっ喰らいたいものだなあ。

うだるように暑い日々が続いている。

これでまだ梅雨が明けていないというのだから、たまったものではないな。

猛暑、酷暑。

日本は亜熱帯気候へと邁進している。

かなわんな。

研究室の窓はすべて開け放ってはいるが、網戸が無いので虫が入ってくる。

伝統式の蚊取り線香と電気式の虫除けを併用してはいるが、侵入者の絶えることなどない。

扇風機は生ぬるい空気を掻き回すばかり。

イヤになっちゃうよ。

 

麦茶をガブガブ飲んでいたら、後輩のオサム君がやって来た。

彼にも麦茶を勧める。

鳥取県産のはと麦茶。

お中元で貰った水羊羹も添えた。

日光市にある老舗が作った逸品。

オサム君はなんだか口ごもっている。

 

「君はなにか相談したいことがあるみたいだね、ワトスン君。」

 

口火を切ってみた。

 

「わかりますか、先輩。」

「君の右眉が少し上がっていて、口元がむずむず動いている。それは、私へなにか打ち明けたいことがあるけれどもなかなか言い出せない時の君の癖だ。」

「仰る通りです、先輩。」

「ふむ、そうだな。相談はしたいが、その内容を信じてもらえるかどうかが不安で打ち明けられない。そんなところかな?」

「どうしてわかるんです?」

「君が何故か左腕を撫でているからだよ。以前、君にはそんな癖など見受けられなかった。しかも、誰も居もしない左側を気遣う仕草まで見せている。それは誰か親しい人がつい最近まで君の傍にいたことを示している。だが、私にはそんな記憶など無いし、噂好きの同輩後輩たちから君の女性関係など聞いたことがない。」

「僕がレイアと付き合っていたことまでわかるんですか? ……あ。」

「レイア? はて、聞き覚えの無い名前だな。留学生がいれば私の耳に届かない筈はないし、噂好きが放っておく筈も無い。まして、君がその留学生と仮に付き合っていたとしたら学内はちょっとした騒ぎになるだろう。」

「その節は大変お世話になりました。……あ。」

「ふむ、変だな。私の記憶と君の記憶とには齟齬があるらしい。君は私の知らない私を知っているようだし、それを当然のように考えているみたいだ。実に興味深い。きりきり話してみたまえ。」

「でも……信じていただけるかどうか……。」

「江戸時代の拷問に興味を持っている講師がいてね。なかなかの収集家でもある。昨日、立派な石が数枚隣の部屋に届いたんだ。ところで、君は石抱きという拷問を知っているかい?」

「お、お話しします! すべて!」

 

それはなんとも奇妙な話だった。

昨年の今頃、オサム君は異世界からやって来た娘を保護したという。

彼らは私を頼り、私は助言をしたり何度も何度も手助けしたらしい。

まるで、深夜アニメみたいな展開だな。

ふむ。

実際、そんなことがあったならば私はそうするだろうな。

面白そうだし。

もし彼の言っていることが本当ならば、覚えていないことはとても残念だ。

一週間ほど前に彼女……レイアか、そのレイアなる女騎士は異世界とやらに帰還したそうな。

そして、彼以外は全員彼女に関する記憶を失ったと。

異世界ねえ。

しかも、女騎士か。

騎士の歴史を知っていれば女騎士は考えにくいのだが、象徴としての儀礼的意味合い的な兵士だったのかもしれないし、妃(きさき)や姫君の護衛役として存在した可能性は無くもないかもな。

 

「それで、オサム君はどうしたいのかね?」

 

三杯目の麦茶を彼が持つ硝子の器へ注ぎながら、私は彼に問いかける。

 

「それが、僕にもよくわからないんです。」

「わからない?」

「ええ。」

「手くらいは握ったのだろう?」

「はは、あの時と同じことを言われますね。」

「なんだ、接吻(せっぷん)すらしていなかったのか。」

「その台詞も言われました。」

「ふむ、だが、私は君の記憶に疑問が無い訳ではないし、解決案も打開策も持ち合わせていない。異世界へ行く魔法など知らないから、君を送り出すことは叶わない。」

「先輩以外に、こういう話をまともに相談出来そうな人がいなかったんです。」

「まあ、そうだろうな。そんな話をしたなら、最悪、頭の可哀想な人扱いだ。」

「異世界系の小説漫画アニメがこれだけ流行っていても、そんなものですね。」

「幽霊みたいなものかもね。実話と称する幽霊話は散々したがるが、知り合いが見たと言ったら疑うようなところが人にはある。霊感など無いけれども幽霊を見たという怪談も存在するが、それは語り手が自身を普通の人間なんだと自己主張する、心の表れなのかもしれない。つまり、そういった連中は本当なんだ実話なんだと強調しながら、自分自身でも全然信じちゃいないのさ。未成年飲酒や飲酒運転などのくだらない『真実』は、あっけらかんと暴露する癖にね。」

 

私はそう言いながら冷蔵庫を開け、取り出したイギリスパンに水羊羹とバターを載せた。

オーブントースターで軽くあぶるのが、個人的な好みである。

さあ、焼こう。

 

「君も食べるかい?」

「いいえ、お腹は減っていませんので。」

 

小倉トーストの変形版だな。

 

「その、君が実在したと主張するレイアという少女は小倉トーストを好んだかい?」

「先輩に勧められて食べていましたが、妙な顔をしていました。彼女は、何度か先輩と一緒に食べていましたよ。」

「そうかね。」

「そうです。」

 

水羊羹バタートーストを食べながら、尚も話をした。

残念ながら、なにも思い出せないな。

記憶が都合よく戻ってくる展開は無い。

どうも、物語みたいにはいかないな。

そもそも、彼の話が本当とは限らない。

そして、オサム君は研究室を退出した。

異世界か。

さて、彼の話はどこまで本当なのかな。

彼だけが記憶を持っているのは何故か。

確かに辻褄(つじつま)は合っている。

おそらく合っているんじゃないかな?

聞いた限りでは矛盾が生じていない。

ふうむ。

わからんな。

気分転換に机回りを少し片付けるか。

ふと、気づいた。

ネットオークションにて破格値で落札した鉛筆やら消しゴムやら、お買い得価格にて文房具店で買い求めたノートやらが妙に減っていることに。

変だな。

誰かが勝手に持っていったのか?

後で皆に問い合わせてみようか。

曖昧な奴や怪しい奴は石抱きだ。

駿河問いも是非、試してみたい。

何故かロッカーから、クリーニング済みの浴衣と帯まで出てきた。

藍地に朝顔の柄だ。

懐かしいな。

はてさて、これは着ないからと実家で仕舞い込んでいた筈のものだが、何故ここにあるのだろう。

覚えがない。

妙なこともあるものだ。

見覚えのない、きれいな石まで発見した。

なにがなんだか、よくわからない状況だ。

明日また、オサム君と話をしてみるかな。

 

 

それにつけても、早く涼しくなるといいなあ。

 



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獅子王の試練宮



【オリジナル】

◎横浜市港北区に地下迷宮現る
◎ソロは基本的に不可
◎クリティカルヒットはおそろしい
◎*おおっと*
◎魔物の体内に魔核とか魔石とかは無し
◎地下迷宮の換気方法は魔法?
◎何人も探索初日に死にます
◎魔物を殺して平気なの?




 

 

 

東急東横線綱島駅周辺に、新しい迷宮が出来たという。

数日前のことだそうだ。

朝のテレビ番組で、興奮気味に若い女性の報告者がペラペラ喋っていた。

へえ。

ちょっと行ってみるか。

そんなに遠くないしな。

丁度がらがらになった、平日の午後の汽車に乗って現地へ向かう。

混雑時とはまるで違う状況だ。

やがて、駅に到着する。

後で温泉に寄ろうかな?

汽車を降り、改札機を抜け、西口から左に折れて線路沿いにてくてく歩いた。

昔と変わっていたり変わっていなかったりする風景を眺めつつ、目的地へ向かう。

ごちゃごちゃした駅前から離れてゆくと、確かにぽっかりと黒い穴を開けた迷宮が見えてきた。

土手がくり抜かれたみたいになっていて、なんとなくトンネルみたいにも見えるな。

 

中へ入ると、左側の隅にノの字型のカウンターにいる中年男が見えた。

私と似た年齢かな?

そこから奥に入れるみたいで、中は倉庫になっているのかもしれない。

空間は意外と広く、白いテーブルが三つ置かれている。

もしかして、ここでは喫茶店もやっているのだろうか?

更衣室や手洗い場やシャワールームまで、周囲にある。

ネットカフェみたいな感じもするな。

あのゴツい金属扉が迷宮への入口か。

 

「やあ、いらっしゃい。」

 

男が声をかけてきた。

田舎の喫茶店の親爺みたいな感じだ。

 

「こんにちは。今やっているんですか?」

「ああ、やっているけど、あんた一人?」

「時間の合う友人知人がいないもんで。」

 

男は眉をひそめる。

 

「一人で行くと死ぬよ。あんた、迷宮は初めてだろう?」

「はい、今朝のテレビ番組で知ったので来てみました。」

「ああ、あれ。散々断ったんだけどさ。」

「大変だったみたいですね。」

「即席パーティを組ませて行かせたけど、もうあんなのはこりごりだ。」

「お察しします。」

「うーん、迷宮ってのはさ。魔物が出るんだよ、魔物が。」

「出るんですか。」

「出るんだよ、当たり前だけど。それに、迷宮内は罠があるから斥候を必ず一人入れること。入れずに全滅したってこっちの責任にはならないが、寝覚めが悪くなるから忠告しておく。」

「一人はダメですか。」

「うーん、斥候ならある程度は潜れるけど、重い武器は使えないし魔法も使えないから、結局中途半端にしかならないよ。集団の敵に襲われたらすぐ死亡さ。悪いことは言わないから、やめときな。」

「何人が基本構成なんです?」

「六人構成だね。斥候、戦士、僧侶、魔法使いの基本職四つと組み合わせて潜るのが、この『獅子王の試練宮』を含めた探索方法さ。」

「職は四つしか選べないんですか?」

「上級職もあることはあるが、大抵基本職を成長させてからの転職となる。成長速度が遅いから、計画的に育成しないと時間の無駄になりかねない。」

「難しいんですね。」

「この玄関で他の人間を待っての即席パーティ編成も可能だが、その即席パーティでどれだけ上手くやれるかはテレビ番組で証明されていただろ。屁理屈をこねて喚く奴には、アレを見せることにしている。だからまあ、アレ自体は無駄じゃなかった。他の管理者にも通達しといたから、よそでも似た対応になっていると思うよ。」

「ええまあ、あれは酷かったですね。」

「素人同士が組んだらあんなもんさ。」

「うーん。」

「昨日、高校生の男の子が来てね、独自理論を延々語りだしたんだ。」

「はい?」

「その子は『悪』の僧侶の適性でね。それを聞いた途端、ぶちギレちゃって。誰もいなかったからまだよかったけど、そうでなかったらもっと大変な事態になっていただろう。基本職が四つなんて有り得ないとか、ソロは不可なんて認めないとか、なんでガチャガチャが無いんだとか、勇者がどうしたとか、チートがなんちゃらとか、六人必要なら足りない人間をそっちで集めろよとか訳わかんないことばっかり言うから弾き出して二度と来られないように設定したんだけどね。」

「うわあ。」

「それでほら、今はネットで幾らでも悪口言えるじゃない。その子、あんまり酷かったから、まあ、そんなことが出来なくなるようにしたんだけどさ。そういうのはあんまりしたくないんだよねえ。酷い奴はすぐわかるから登録前にお断りするんだけど、そういうのに限って平気で罵倒したり脅迫したり暴力を振るったり粘着質だったり偏執的だったり独自の考えを改めないから困るんだよね。『掃除』ばかりする訳にもいかないしさ。二桁もそんなことをし……おっと今の発言は忘れてくれ。」

「え、ええ。」

「取り敢えず、適性見とく?」

「は、はい。」

「ええっと………………ほい、わかった。あんたは斥候か戦士に適性があるね。戒律は『中立』か。」

「どっちがオススメです?」

「そうだなあ、あんたが注意深い性格なら斥候、腕力に自信があるなら戦士かな。」

「ここで待っていたら、そのうち誰か来ますかね?」

「可能性はあるよ。でも、いつ来るかとかその連中があんたと組んでくれるかどうかは一切保証出来ない。」

「そうですね、じゃあ、斥候で登録をお願いします。」

「いいのかい?」

「最悪、一人で浅いところを潜ってから帰りますよ。」

「そういう選択肢もあるか。」

 

男が古いSF作品に出てきそうな端末らしきものを操作すると、程なく一枚の薄い板が出てきてそれを渡された。

それはおそらく樹脂製で、クレジットカードくらいの大きさだ。

 

「ほらよ。これが探索者証明票だ。無くさいようにしてくれ。」

「ありがとうございます。発行手数料はお幾らになりますか?」

「初回発行手数料は無料。再発行手数料は五〇ゴールドだ。気を付けろよ。」

「五〇ゴールド?」

「そうだ。」

 

男が硬貨をカウンターに載せる。

 

「この小銅貨が一ゴールド、大銅貨が一〇ゴールド、銀貨が一〇〇ゴールド、金貨が一〇〇〇ゴールド。迷宮からの持ち出しは出来ないようになっているから、気を付けてくれ。」

「持ち出せないんですか。」

「そうさ。その代わり、その探索者証明票に記録されるから、支払いや受け取りはそいつをかざすだけで可能だよ。こいつはどの迷宮でも共通して使える。」

「スイカみたいですね。」

「まあ、そうなるな。」

「意外とデジタル化されているので、驚きました。」

「そうだな。で、あんたが登録することで得られたゴールドは…………おお、やるじゃないか。二八五三二ゴールドだ。」

「それ、多いんですか?」

「多いな。普通は精々二〇〇ゴールドまでだ。」

「その端末、もしかしてバグっていませんか?」

「稀にあるんだよ、そういうことが。」

「へえ。」

「で、こいつがあんたの初期装備だ。」

 

短刀と革鎧、並びに道具類がいろいろ詰まった革袋を渡される。

 

「来た時に俺が渡し、帰る時に預ける。わかったか?」

「わかりました。」

「付着したり染み付いた汗や血や体液は次回までにキレイにしとく。刀剣類の刃こぼれも手入れしておく。これは無料サービスだな。仮にこれらを持ち出したら、銃砲刀剣類所持取締法違犯になるからな。注意してくれ。」

「もしよその迷宮に行くと、装備はどうなるんです?」

「転送機で送るから、問題は無い。」

「成程。」

「では改めて、『眠れる獅子亭』へようこそ。」

 

なんぼなんでも初期装備じゃ不味かろうと思い、短刀と革鎧を下取りに出して短剣+2と革鎧+2と鉄の盾+2と携帯食料を購入する。

どの装備も一点限りだったそうで、よい買い物が出来たと思う。

窒息の指輪という強力な魔法具を特別提供価格の五〇〇〇ゴールドで販売してくれると言われたので、それも買わせてもらった。

おまけとして、蛇の牙とかいう奇妙な品を貰う。

魔物の攻撃を僅かながらも軽減してくれるとか。

ありがたくいただく。

更衣室で武具を装備し、衣類や荷物を男に預ける。

なんだかコスプレみたいだ。

何故か装備が体に馴染んでいるのだが、男に聞くとそういうことがあるのかもしれんなとはぐらかされる。

 

 

男の淹れてくれたカプチーノと手作りのパウンドケーキを食べながら(存外旨く、双方で六ゴールドだ)、雑談をかわす。

案外、人はこない。

そもそも適性の無い人間にはこうした迷宮が認識し難いそうで、立ち寄ろうという気分にもなりにくいそうだ。

つまり、興味を覚えるのは適性者ってことか。

 

 

夕方前に中学生の女の子三人組がやって来て、彼女たちは即席の戦士僧侶魔法使いとして登録を行った。

男が斥候の重要性を女学生たちへ話し、私を紹介してくれる。

あれ?

さっき、即席パーティなんてのはアカンてゆうてへんかった?

ま、まあ、ありがたいことさね。

戒律は全員『善』とのことで、私と組むのは問題ないようだ。

彼女たちは即座に受け入れてくれた。

判断、はやっ!

人気のライトノベルで似た展開があるそうな。

おっさんにはよくわからないな。

でも、とってもありがたい。

ノリノリの女学生と組んで、早速地下迷宮へ潜ることになる。

てっきり嫌がられるかと思っていたのだけれども、そういうことも無いらしい。

男にこっそり聞いてみたが、相性がいいとこういうこともあるのだと言われた。

男にはそういったこともわかるらしい。

彼女たちと私の相性はかなりいいとか。

それで勧めることにしたと男は言った。

 

迷宮仕様の貸出式魔法水筒(約一リッター入り、鮮度と温度を簡易的に保つ働きがあるらしい)にお茶を入れてくれるのが一ゴールド。

携帯食料としての焼菓子が一枚一律二ゴールドで、ビスケットとかクッキーとかシリアルバーとかがある。

バウムクーヘンがあったので、それを購入した。

 

 

初回なので、第一階層の浅いところを潜ってみる。

動く骸骨やちっさいゴーレムや這い回る硬貨などと戦い、幾ばくかの経験を得た。

彼女たちの動きは大変よく、勘働きも冴えているようだ。

私も意外な程に体が動き、物陰から敵を仕留めたりした。

罠の存在がなんとなくわかるし、道具はまるで何年も使ってきた品のようにしっくりくる。

不思議だなあ。

幾つか罠を解除すると女の子たちから褒められ、その開けっ広げな称賛に照れてしまう。

宝箱を四つ見付け、運のいいことに四つとも無事に開けることが出来た。

迷宮内の小部屋にあるそれは非常に頑健な作りをしており、かなりの年数使われた雰囲気を有している。

それぞれの罠は毒針、爆弾、毒針そしてガス爆弾。

中身は古びた銀貨二枚、水薬、巻物、大銅貨一五枚。

大銅貨を貰って、後は彼女たちの分け前としとく。

彼女たちはそれらをパーティ管理するのだ と言った。

それがいいだろう。

 

バウムクーヘンは食べやすく素朴な感じがいい。

途中の小部屋で小休憩しながら、少女たちと雑談する。

開けっ広げなのか、彼女たちはけっこうおませな発言をするのでどぎまぎした。

最近の女の子は進んでいるなあ。

 

 

何組かのパーティがやって来たのを見かけ、それと時間が遅くなるといけないからというので本日の探索を終了した。

『眠れる獅子亭』に立ち寄って端末で確認してもらうと彼女たちの階位とやらは一つずつ上がっていて私のそれは二つ上がっていた。

大興奮する女の子たち。

我々おじさん組はちょっと引き気味になったが、彼女たちを誉めておく。

そして、彼女たちと共に迷宮を出た。

見張りもなにもいない迷宮の出入口。

ぽっかり口を開けた巨人にも見える。

 

 

駅舎に近い、今風なパン屋兼喫茶店で彼女たちに軽食を奢った。

大変女性に人気のある店らしく、男は私唯一人しか居なかった。

少女たちと電話番号とメールアドレスを交換し、また一緒に潜れそうならば手伝うことを約束する。

無邪気に喜ぶ思春期の娘たちは、実に可愛いものだ。

 

さて、温泉に入ってから帰ろうか。

 



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サテライトⅨ




【オリジナル】
◎NPCをころしてへいきなの
◎仮想空間に於ける愛は本物か
◎少しあまくかなしくやさしく


 

「おお、きょうるわ、きょうるわ。ゾロゾロと人間どもの軍勢がぎょうさんきょうるわ。」

 

謁見の間でガハハと笑う仮面の魔王。

その素顔は、魔族と私しか知らない。

今日はこの仮想世界的擬似現実型ゲーム『クイーン・アウロラ・オンライン』の終了する日。

私の魔王の副官としての最終日。

仮初めの命を吹き込まれた美しき存在は、魔王城のバルコニーから敵対する人間の軍勢を優雅に眺めている。

時折、長々距離型攻撃魔法が飛んできて、それらは魔法障壁に当たって光を炸裂させていた。

 

「伝令!」

 

傷だらけの鎧を着たゴブリンが謁見の間に飛び込んでくる。

 

「獣王ハルカス様戦死!」

「そうか。ええつも死んでしもうたか。」

「伝令! リッチのメルカトル様戦死!」

 

右腕を失ったスケルトンの兵士が死を伝えてくる。

近しい友人だった彼らに思いを馳せた。

 

「ちけーの。」

「近いねえ。」

 

斜め上の努力を重ねるプレイヤーたちに対して、劣勢気味であった魔王側。

彼らに荷担してはや三年。

調略虚報を駆使した日々。

後方撹乱不正規戦夜討ち。

情報の操作は日常茶飯事。

同士討ちさせ釣り野伏せ。

掲示板では悪評まみれだったらしいが、全然目を通さなかったので詳細は今もわからない。

仕事の合間に付き合った魔族は意外と気さくで、裏切りも策略も無かった。

正々堂々と人間たちに名乗りを上げて、そして無残に散ってゆく。

平家のような連中だ。

だから気に入ったのかもしれない。

人間側からは『裏切り者』と呼ばれつつ、誠意ある魔物たちの生存領域を確保するため奮戦してきたが、その努力も今日で水泡に帰す。

このセカイが終焉(しゅうえん)を迎えるからだ。

自軍を親友の魔剣士タルカスに預け、私は魔王城での防戦を担当することにした。

なに、ただでは死なんよ。

圧倒的な兵力で我が軍の兵たちを駆逐してゆく勇者たち。

ボロボロな姿のコボルトの兵士が謁見の間にやってきた。

 

「伝令! タルカス様戦死!」

「そうか。」

「あいわかった。」

 

あの男も死んだか。

複数の足音や叫び声や断末魔が遠くから聞こえてくる。

 

「おめえらは裏から逃げえ。」

 

やさしい声で魔王が配下たちに言った。

 

「我らは力無きとも、陛下の配下です!」

「及ばずとも最期までお供いたします!」

「我らの意地を見せつけてやりますぞ!」

「そうか。すまんのう。」

 

勝利を確信した表情の人間たちが、ドヤドヤと謁見の間に入ってきた。

負けることなどあり得ないと思い込んでいるのだろう。

 

瞬殺される伝令たち。

 

「残るはお前たちだけだ!」

 

正義に酔った面々が口々になにかを喚き立てる。

 

「よろしゅう頼むわ。」

 

隣の魔王が呟き、私の左手を握った。

 

「わかった。」

 

注ぎ込まれる膨大な魔力。

私は極大破壊魔法の呪文の最後の一節を唱え、すべてを開放した。

崩壊してゆくは城。

仮初めの生活空間。

魔物たちと暮らしてきた場所。

魔王が私を抱きかかえて防御するも次の瞬間には矢や槍や剣が次々に身体に刺さってゆき、私たちは呆気なく串刺しになる。

笑ったままの彼女を抱きしめ、私は内蔵した反応弾を起動させた。

 

魔王城は崩壊し、『クイーン・アウロラ・オンライン』は予定より大幅に遅れてサービス提供を終了した。

魔王城を攻略したプレイヤーの全滅という結果を残して。

そうして、一目惚れした彼女との生活は終わりを告げた。

 

 

張り合いを失って、少し悲しく思いながら仕事に打ち込む日々。

そんなある日、厚生労働省の人が会社を訪れた。

半年前からサービス提供されている、レトロSFVRゲームの『スターライト・ハレーション・オンライン』。

新しい宇宙ステーションのサテライトⅨが建設されたので、その中で定点観測員をして欲しいとのことだった。

拠点と補佐役とを無償で与えてくれるという。

政府としては、ゲームが人間の心身に与える影響について調査したいらしい。

定点観測員は他にも数名予定しているそうだ。

期間は基本的に無期限。

サービス終了まで可能。

悪くない話だ。

『スターライト・ハレーション・オンライン』通称『スタハレ』は、我が社でも宣伝の一端を担っている。

国が援助してくれるなら都合がいい。

上司に申請して、予算をもぎ取ろう。

ゲームをピコピコと呼ぶ上司の説得には苦労したが、宣伝の手伝いをすることとゲームはあくまでも業務終了後の余暇に行うことを誓約して許可を得た。

 

「そんなに面白いのかねえ。」

 

ぶつぶつ呟いていたが、それなりに折り合いを付けたようだ。

政府と人脈が出来るのは貴重だからな。

光線銃や宇宙船や剣や魔法に興味の無い上司は懐疑的な気分を隠すつもりさえないようだが、わからないなりに支援してくれるようで助かった。

わからないものは兎に角排除する人間も少なくないからな。

魔王と愉快な仲間たちを不意に思い出し、苦いものが込み上げてくる。

 

彼女と最期まで一緒に過ごせてよかった。

彼女の『魂』は今どこを漂っているのだろうか?

 

 

 

サテライトⅨの売りはスローライフ。

宇宙ステーションの近傍には二つの惑星がある。

酪農系観光惑星の『ケルン』は北海道と青森県とスイスとドイツをごちゃ混ぜにしたような星。

農産系観光惑星の『オラニエ』は沖縄県と小笠原とハワイと南米をごちゃ混ぜにしたような星。

高齢者の参加を当て込んだ作りになっているのだとか。

現実にはなかなか旅行に行けない人々も電脳世界では自由に旅人になれる訳だ。

スペースオペラな冒険を主軸とするサテライトⅠ、Ⅱ、Ⅲとは異質な作りになっていた。

ちなみにサテライトⅦとⅧは中世の雰囲気漂う世界観にしている。そういう要望が多かったためだ。

 

 

サテライトⅨにログインする。

中央広場は市場になっていた。

物産展というか道の駅ゆうか。

ゴブリンぽいおっさんとコボルトぽいおっさんから話しかけられ、彼らがそれぞれケルンとオラニエの地元民だと知った。

古代文明の末裔という設定らしい。

ちなみにプレイヤーは人間しか選べない。

彼らから珈琲豆やら林檎やらを仕入れて、喫茶店をひっそりと経営するのだ。

店はステーションのはしっこにあり、あまり大きくなかった。

だが、それがいい。

店内を眺めていると、軽やかな鈴の音と共に店の戸が開いた。

 

「今日から住み込みでお手伝いするアーニャと申します。よろしくお願いいたします。」

「……よ、よろしくお願いいたします。」

 

そこには、失われた筈の彼女がいた。

金髪碧眼。

少し長めで尖った耳。

豪快な雰囲気は消えているが、瓜二つにしか思えない。

偶然だ。

そうだ。

これは偶然に過ぎない。

そうに決まっているさ。

私は喫茶店の経営者で彼女は従業員。

それだけだ。

それだけの関係だ。

 

 

新規に開店した喫茶店は案に相違して忙しく、次々に客が訪れた。

味がいいとのお褒めの言葉さえ、何人もの観光客からいただいた。

私がログオフしている間、アーニャは仕入れをしたり、レモネードを作って店頭販売したりと経営補佐に励んでくれるそうだ。

それはありがたい。

営業時間の終わりを迎える。

そろそろログオフしようか。

 

「よろしゅう頼むわ。」

 

不意にアーニャが言った。

それは『彼女』の口癖だ。

懐かしい響きに硬直する。

 

「なーんちゃって。」

 

人工知能とは思えないような顔で、彼女は爽やかに笑った。

 



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子爵家七男の七難八苦



【オリジナル】

おっさんは異世界転生し、少年となる
七難八苦を抜けた先もまた七難八苦の世界だった
悪役令嬢ぽい未亡人たちの再嫁ぎ先は子爵家七男
調教されつつあるかに見えるショタは幸せを掴めるのか


※冒頭の転生に関する認識を修正しました【二〇一八〇八一六】。



 

 

異世界とやらに転生したのを認識出来るようになってから、およそ三年になる。

蛇行し暴走する飲酒運転らしき高級車輌から通学中の児童たちを守ってこの世からオサラバした私は、ご立派な姿の神らしき存在によって現世とは異なる世界へと送り込まれる破目に陥った。

転生先は帝国とやらの辺境に位置する子爵領。

のんびりした家族は貴族というよりも農民に近い感じで、領民たちとの距離も近い。

それは好ましいと思える環境だが、だからこそ当家は子爵止まりなのかも知れない。

 

 

貴族にとっては政治闘争という名の権力争いが日常茶飯事で、それが上手く出来ない者たちはこぞって辺境に押し込められて裕福な商家よりも劣る暮らしを強いられる。

それが厭な者は権謀術数の限りを尽くし、あらゆる手を講じるのだ。

我がミュンヒシュタイン家はそうした争いから遠く、北方の寒き土地にて林檎や蕎麦やサトウカエデや砂糖大根や蜂蜜や馬鈴薯などと日々付き合っている。

つまり、子爵領はド田舎であるもののかなり裕福なのだった。

ひっそりと暮らしているが騎士隊は小規模ながらも精兵揃いだし、領兵隊の錬度も士気も高い。

娯楽が少ないためか、武術の鍛錬が好まれているためか。

近隣の村娘でさえ猟で熊を仕留めるのが普通というのは、ちょっとおかしい気がするけれども。

勿論、それは素手で行われるのでない。

毒の使いに長じているが故の成果だな。

 

政争が日常茶飯事ならば、処刑も割にあるということである。

そこで問題になるのが美人の処遇だ。

美しき貴族の姫君が次々死ぬのはこの世の大きな損失である、と六代前の賢帝が嘆いて『追放令』なるものを制定したとか。

どうやら、如何に美しくとも貴族の三女四女などが結婚するのに大変苦労する話は賢帝に届いていなかったらしい。

こうして、政治的に担ぎ上げられる可能性の低い女性は名を変え辺境へ追放すべしという法令が正式に制定された。

そういった『追放令』の影響は私のいる子爵領にもあり、実際例として父の第一夫人は某公爵家の六女なのだとか。

ちなみに第二夫人は某伯爵家の三女で、第三夫人は近隣の村から嫁いできた五女だ。

兄弟はばらばらの母から産まれたのだが、仲はとてもいい。

争い事を好まないからかも知れない。

ちなみに私の産みの母は第一夫人だ。

 

で、目下の問題は三年前に起きた大規模な政争によってこの地へ流れてきた未亡人たちである。

家督を継ぐのが決定している長男のエメリッヒは既に隣接する二つの男爵領からそれぞれ一人ずつの妻を迎えており、次男のオスカーは長兄の補佐役たることを選んだ。次兄は幼馴染みの侍女を一旦縁戚の男爵家の養女にして貰い、その後合法的に結婚した。

三男のウルリッヒはとっとと近隣の村で雑貨店の娘と結婚し、せっせと商売に励んでいる。時折、家に商売に来る程だ。

四男のコンラートと五男のカシナートは帝都へ赴き、近衛騎士隊へ入隊すべく日々鍛錬を行っているとか。

たまにこういった武闘派が産まれてくるそうで、三代前のご先祖様は一騎当千で万夫不当の化け物染みた戦闘狂だったそうな。

帝国最強の男で、戦場で亡くなったとか。

六男のミハエルは研究家気質らしく、帝室調査隊の一員として世界各地を巡る旅暮らし。

一三歳の私が宙ぶらりんてとこだ。

そして六人とも、美しき未亡人たちの受け入れを拒否した。

なんでやねんな。

彼女たちは合計四人。

彼女たちの夫は全員処刑台の露と消えており、彼女たちも貴族としては公式に存在しないこととなっている。

 

◎某公爵家八女。某商家主人の側妾(そくしょう)。

◎某侯爵家四女。某両替商主人の側妾。

◎某伯爵家七女。某酒屋経営者の側妾。

◎某男爵家三女。某料理店主人の側妾。

 

年齢は二〇歳前後から二〇代半ばまで。

いずれもすこぶる美人だが、全員の顔立ちが悪役令嬢ぽいのは難点かな。

気立てはいいのに。

第一印象などはあてにならないのに。

家庭的とは言い難い雰囲気なのがよくないと、兄たちは口を揃えて彼女たちを拒否する。

はからずも兄たちの女性の好みがわかってしまった。

という訳で、彼女たちは全員私がめとることになる。

なんでやねんな。

肉体的には既にご婦人を孕(はら)ませることが十分可能な状況になっていたし、私の婚姻を阻む要因は今のところ存在しない。

幼馴染みも婚約者もいない身。

七男だからな。

だが、だからこそ問題なのだ。

私の転生特典とやらは、絶倫。

どんな女性であろうとも、容易く陥落出来るという。

あかんがな。

欲しくもない特典だったのに、押し切られ押し付けられてしまった。

そして、この世でも押し付けられようとしている。

断ろうと思ったが、着の身着のままで逃げてきた彼女たちを受け入れる決定に一番賛成した身としては、将来的に彼女たちを妻にすることがその時点で決定していたのかも知れない。

両親や兄たちがなにやら連携していたっぽかったし、それを彼女たちは予め覚悟していたかにも思える。

今更だが。

自縄自縛というのだろう。

死んでも治らない癖だな。

 

婚姻が決まる前から侍女的位置というか世話役みたいな位置だった元令嬢の未亡人たちは、私の完全な世話役に変わったようだった。

割と自由人的な考え方をする当家流によって、朝体を拭いてもらうのも未亡人たちの役回りと化した。

お陰で私の暴れん坊は、毎朝彼女たちに観察されることになる。

以前は近所の村のおばちゃんが侍女だったので変形しなかったのだが、肉体が思春期の上に魅力的な女性たちが一糸まとわぬ私の体を丁寧過ぎる程拭いてくれるのだ。

これで変形しない訳が無い。

彼女たちが変形に対する救済処置を提案してくれたが、最初の内は丁寧に断っていた。

婚約が決定してからは、妻が夫の苦しみを取り除くのは当然だと何故か鼻息荒く四人が伝えてきたので承諾せざるを得なかった。

うふふ、と嬉しそうに笑う彼女たちを見ながらなんとなくモヤモヤした気分になる。

そして、それは毎朝の定例行事となった。

 



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小鬼小隊



【オリジナル】
◎ややエグめです
◎食事中または食後すぐの時に読まれない方がよろしいかと愚考します



 

 

先日、王国に異世界召喚された勇者一二三人。

その中の九八人が、近隣の森に出没するゴブリンの討伐を行うこととなった。

多数派の思い上がった青年たちや少年少女たちは少数派を侮り、さんざっぱら侮辱した後にゴブリンが二〇体巣食うという森へ出陣する。

異世界転移者たちからすれは過剰戦力に思えるが、彼らにとっては今回が初陣だ。

訓練漬けの毎日にうんざりしていた彼らは深く考えることすらないまま、気軽に参戦する。

まさにゲーム感覚。

ステータスとかレベルとかの無い異世界をショボいと思っていた彼らにとっては、娯楽的な暇潰しにさえ思われた。

それは明らかな間違いであったが、物語的展開を疑わない者たちにとって定型的なイベントにさえ感じられている。

王国側の担当者は初め彼らへ丁寧にゴブリンの脅威について説明しようとしたが、あまりにも勇者側の態度が悪いことに内心憤激した。

一部の真面目な勇者たちには情報提供したが、まともとは到底思えない面々への助力は極力行わないことが王国関係者一同で即座に決定される。

このことが後の明暗を分けたことは、まだ勇者たちには分かっていなかった。

 

 

王都から目的地の森まで馬車で約三日。

西へ西へと彼らは進む。

主に高校生で構成される討伐隊は一部大学生と社会人を含んでいるため、統制が取れるだろうと初期は思われた。

だが、初日の夜からそれは崩れる。

討伐隊に於いて女性は九人いるが、その内の七人が仲間の男性と放埒な夜を過ごした。

中には、複数の男性を相手にした者さえいたという。

馭者や手伝いとして付いてきた手練れの王室諜報員たちは全員、その事態に呆れ果てた。

まるで遠足気分だ。

或いは行楽気分か。

彼らの大半はゴブリンを倒すことよりも、その過程を楽しむ方に重点が置かれているかにさえ見えた。

 

森から歩いて一時間程の地点に、王国側の防衛陣地を構築することになった。

そこは平原になっていて、弓矢で狙い撃ちしやすい場所である。

待ち伏せには絶好の場所と思われた。

馬車を利用しての陣地構築は手慣れたものだったので、馭者たちは勇者一党を見送った後、直ぐに強固な宿営地を設けようとする。

ゴブリンとはそれだけおそろしい相手なのだから。

異世界から来た者たちの中には、彼らを雑魚だの知性に乏しいだのと言う者さえ存在する。

王国側はその固定観念を何度も覆そうとしたが、『常識』に凝り固まった人間を説得するのは至難の業だった。

聞き入れたのは一部という結果から、如何に固定観念がおそろしいかがわかる。

 

勇者の代表を自認する大学生が、ここでとんでもないことを言い出した。

森のすぐ近くに陣地を作るべきと。

それにすぐさま唱和する勇者たち。

彼らがなにも考えていない証拠だ。

すぐ近くに陣地を作れば勇者たちにとっては便利かも知れないが、直ぐ様ゴブリンたちが襲ってくる危険性は高くなる。

ゴブリンが如何におそろしい相手かを、まるで理解していないのが窺い知れた。

散々説明した筈だが、まともに聞いた者はこの主流派の中に殆どいないらしい。

もしくは理解すら出来なかったのか。

結局、王国の戦術を説明し、若者たちの罵倒を浴びつつ彼らは陣地構築に励む。

これが正解だとわかるのは、もっと後の話だ。

 

まともそうな面々は、主流派から少し離れて装備の点検をしている。

極力関わり合いになるのを避けている節が見られた。

大幅な価値観のズレは決定的亀裂を生み出している。

事実彼らは遊撃戦力であって、主力とは同行しない。

人数は六人二隊。

斥候で慎重に調べつつ、魔法使いや治癒師を守りつつ調査する方針だ。

 

 

簡単な打ち合わせが行われる。

主流派には戦術すらない状況。

 

「ガーッといって、パーッとやればいいんだよ。」

 

自称隊長でさえも 、そんな程度の認識。

完全にお遊び感覚である。

主力隊は数で押し切るつもりのようだ。

八六人が、適当に仲のよい者同士でぺちゃくちゃ喋りながら森へ入ってゆく。

大声を出し、大きな物音を立てながら。

緊張感の断片も危機感の欠片もそこには存在しない。

魔法使いや治癒師は後方、剣士や戦士など前衛系が兎に角前にいる。

最前列には、隊長を自認する大学生剣士と友人の魔法使いと女性の治癒師。

彼ら三人がこの主流派の中に於いて、最大戦力なのは間違いなかった。

その魔法使いは探索魔法を唱え、ゴブリンを追い詰める予定だ。

見付け次第、殲滅。

なんかそう言った方が恰好いいじゃん、と彼らは物見遊山の気分で森を歩く。

 

 

森の中へ入っておよそ二時間ほど。

鬱蒼と茂った森は方向感覚が狂いそうだ。

くっちゃべりながら危機感なく歩いていた彼らに、突如風切り音が聞こえる。

 

「ん? なんだ?」

 

隊長の隣にいた長年の親友が肩に矢を受け、次いで頭部に石弾を受けて倒れる。

 

「お、おい! ケン! しっかりしろ! ミナ! 直ぐに治療しろ!」

「やってるよ!」

 

治癒師の手から、白い光は確かに発せられている。

しかし、それはさほど効いているように見えない。

顔色が瞬く間に悪くなり手足をばたばたさせ、最大火力を自他共に認めていた青年は実力を発揮せぬまま、泡を吹きつつ呆気なく事切れた。

 

「お、おい! な、なんでケンは死んだんだ?」

「わ、わからないよ! 治癒魔法は効いていたんだから!」

 

次々に飛んでくる矢と石弾。

それらをすべて切り落とし、青年はそれらが飛んできた方へすっ飛んでゆく。

茶髪の新人治癒師が叫んだ。

 

「ジョー! ダメだよ! 離れたら!」

「ゴブリンごときになめられっかよ! すぐにぶっ殺してやらあ! お前はケンを連れて陣地へ戻れ!」

 

蛮勇にして愚かなる若者は、そうして自ら死地へ飛び込んでいった。

ガサッ。

繁みの中から聞こえた音にビクッとして振り向いた治癒師は、違う方向からの一撃によって敢えなく昏倒する。

 

 

突如後方から放たれた複数の矢と石弾によって、主流派の魔法使いと治癒師は瞬時に全員無力化された。

勇者たちは全員毒耐性を有するが、小鬼秘伝の猛毒や麻痺毒への耐性はなにも有していなかった。

遊撃隊は事前にそのことを担当者から聞いていたため、それらの毒に対抗するための水薬を全員所持しているが、主力隊でそれらを持っている者は誰もいなかった。

小鬼小隊は五名一組で、四分隊がそれぞれ素早く移動しながら自称勇者たちを迎撃していた。

敬愛し信頼する上官からは、無理をしないことと危地に陥る前に撤収することを約束させられている。

侮るつもりも無いが、必要以上におそれることも無い。

一撃離脱を心掛けながら、彼らは戦術を駆使してゆく。

それは例えば、侵略者を迎え撃つ勇敢な兵士の如くに。

 

 

小鬼の発見に成功した隊長は怒り狂いながら剣を振って、鋭い風の刃を飛ばした。

だが、密集する樹の枝や葉などに遮られ、魔法の威力は否応なしに減衰してゆく。

彼は一体すら討ち取れていない。

その事実に激怒した若者は、感情のままに突撃する。

足元を注意せずに走った結果、隊長は落とし穴に落ちた。

かなりくさい。

殺す殺す殺す!

怒りのままに若者は穴を出ようとした。

青年は足に焼けるような痛みを感じる。

足元にはいつの間にかスライムが巻き付いていて、隊長を捕食しようとしていた。

即座に剣を振るって斬ろうとするものの、スライムは直ぐに体が復活する。

風の刃も同様だ。

火で焼き尽くすのが基本的な対抗手段だが、それを得意とした彼の友人は既に死んでいた。

 

「こんな馬鹿な話があるかよ! 俺はケンと一緒にこの国を乗っ取って、姫様と結婚するんだ! あの侍女たちも俺のモノだ! チートでハーレムで贅沢三昧して、酒池肉林な毎日を過ごすんだ! なめてんじゃねえぞ! こんなつまんねえ雑魚相手の序盤戦で殺られてたまっかよ!」

 

無茶苦茶に剣を振ってなんとか穴から出ようとした隊長の首筋に、吹矢が刺さる。

その先端は紫色に濡れていた。

 

「あ? なん……だ、こ……れ……。」

 

どさりと穴の底に落ちる勇者。

即座に覆い被さるはスライム。

びくんびくんと何度か跳ねた後、やがて彼は動かなくなった。

 

 

バラバラになった勇者たちは、恰好の攻撃目標だった。

分断され、各個撃破。

女性は麻痺毒と思われる毒を受け、全員連れ去られる。

別行動を取っていた遊撃隊が本隊に接触した時、彼らの見たものは死屍累々となった仲間たちの成れの果てだった。

既に小鬼たちは撤退したようで、気配は一切感知されなかった。

 

 

死者六九人、行方不明者一七人という無惨な結果。

行方不明者の生存は絶望視され、残された勇者たちは新たな秩序の元に団結し、以降このことを教訓にしながら彼らは戦歴を重ねたという。

 

 

 



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弓兵との夜、騎兵との夜


【原作:Fate/stay night】

◎冬木市は関西説を採用
◎英霊の親愛率最強ナリ
◎まったり進行





 

 

 

【弓兵編】

 

アーチャーと名乗った男が中華鍋を振るっている。

彼はなかなか手際がいい。

麻婆茄子に肉団子に八宝菜を作っていた。

それらは俺のためなのだという。

何故かと尋ねたら、それが魔術師に対する英霊の礼儀なのだとか。

彼らの流儀ならば致し方ないな。

おいしくいただくことにしよう。

 

麻婆茄子の辛さは程よかったし、肉団子の弾力や八宝菜のとろみ具合もよかった。

まるで俺の好みを知り尽くしているかのようだ。

英霊って、いろいろ知っているみたいだ。

でも、俺の体にあるホクロの位置を淡々と言わないで欲しい。

それと何故、アーチャーはブーメランパンツ一丁でエプロンを身に付けているんだ?

なんでも、この世に顕現し続けるためには霊的負担を減らす必要があるのだとか。

それで最小限の衣類にしているのだと、そう言われた。

ふうん。

 

風呂に入ったら、背中を流してやると言ってアーチャーが平然と浴室に入ってきた。

なんでさ?

古来より暗殺は風呂場と厠(かわや)と寝所で行われることが多く、英霊の中に暗殺者のアサシンがいる以上は四六時中俺の傍にいないといけないらしい。

ふうん。

流石に前の方は遠慮する。

浴槽に密着しながら入り、明日から俺はどうなるのだろうと溜め息を吐いた。

 

一緒に寝ないと暗殺云々と言われ、結局、アーチャーと共に寝ることになる。

密着してくる英霊。

何故か、懐かしささえ感じた。

彼の息がなんとなく荒く聞こえてくる。

実体化し続けるのは、大変苦しいことなのかも知れない。

英霊は眠る必要が無いそうなので、守りを任せて眠りの舟に乗る。

明日の朝はなにを作ろうかな、と考えながら。

 

 

 

 

【騎兵編】

 

ライダーと名乗った、キレイな女の人が包丁を振るっている。

大きめの眼帯で完全に目を覆っているにも関わらず、彼女はなかなか手際がいい。

ムサカに肉団子にグリークサラダを作っていた。

ムサカは茄子と挽き肉とチーズを使った料理だ。

それらは俺のためなのだという。

何故かと尋ねたら、それが魔術師に対する英霊の礼儀なのだとか。

彼女らの流儀ならば致し方ない。

おいしくいただくことにしよう。

 

ムサカのチーズのとろけ具合は程よかったし、肉団子の弾力やグリークサラダのしゃきしゃき具合もよかった。

まるで俺の好みを知り尽くしているかのようだ。

英霊って、いろいろ知っているみたいだ。

でも、俺の体にあるホクロの位置を淡々と言わないで欲しい。

それと何故、ライダーはTバック一丁でエプロンを身に付けているんだ?

おっぱいが見えそうだし、俺のむくむくさんが仕事をしてしまいそうだ。

なんでも、この世に顕現し続けるためには霊的負担を減らす必要があるのだとか。

それで最小限の衣類にしているのだと、そう言われた。

ふうん。

 

風呂に入ったら、背中を流しますと言ってライダーが平然と浴室に入ってきた。

なんでさ?

古来より暗殺は風呂場と厠と寝所で行われることが多く、英霊の中に暗殺者のアサシンがいる以上は四六時中俺の傍にいないといけないらしい。

ふうん。

背中に豊かな存在が押し付けられ、それが上下運動するので大層困惑した。

流石に前の方は遠慮し、貞操を死守する。

これ以上刺激があったら、暴発しそうだ。

浴槽に密着しながら入り、明日から俺はどうなるのだろうと溜め息を吐いた。

 

一緒に寝ないと暗殺云々と言われ、結局、ライダーと共に寝ることになった。

密着してくる英霊。

何故か、懐かしささえ感じた。

彼女の息がなんとなく荒く聞こえてくる。

実体化し続けるのは、大変苦しいことなのかも知れない。

英霊は眠る必要が無いそうなので、守りを任せて眠りの舟に乗る。

明日の朝はなにを作ろうかな、と考えながら。

 

 



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幸せな一日


【オリジナル作品】

◎『神様』によって幸せな一日を得た男の話




 

 

男は二週間ぶりの休日を爽やかな目覚めで迎えた。

いつもならば、半日くらいぐだぐだするのだけど。

夢枕に神様が立たれたお陰だな。

彼は大変嬉しい気持ちになった。

男は今朝、神様の出てくる夢を見たのだ。

今日一日は、男のちょっとした『お願い』が叶う日らしい。

男は半信半疑だったが、夢ならではの縁起ものだと考えた。

今日はなんだかよい一日になりそうだぞ。

孤独な中年男はにんまりと静かに笑った。

 

洗濯機をぐりんぐりん回しながら、男は非常食の乾パンをかじった。

食糧品の貯蔵品は既に底を尽きかけている。

買い出しに行かないとな。

彼はぼんやりとそう思う。

洗濯機の二巡目が始まった頃、男は一巡目の洗濯物を干して近場のコンビニエンスストアへと向かった。

取り敢えず、そこが独自商標として出している牛乳とパンを買おうか。

コンビニエンスストアは男以外の客がいない状態だった。

丁度忙しい時間帯の狭間らしい。

餡パンとメロンパンと牛乳を買い物籠に入れ、男は早速店員へ『お願い』してみることにした。

 

「あの、廃棄品の弁当やパンなどをいただくことは出来ますか?」

 

本来は出来ないことを尋ねてみる。

 

「少々お待ちください。」

 

中年男性店員はなんでもないような口振りで店のバックヤードに入り、買い物籠二杯分の弁当やパンなどを持ってきた。

コロッケ弁当と雲呑(ワンタン)入りの中華弁当を温めてもらい、なるべく早く食べるように言われた男は四つの買い物袋を持って帰宅する。

しかも、レシートを何気なく見ると牛乳が値引きされていた。

これは嬉しいことだ。

 

弁当を二個食べ、洗濯物を干す。

パンは冷蔵室と冷凍室で保存だ。

男は満たされた気持ちであった。

さあ、これからなにをしようか?

折角、神様が今日一日の幸せを保証してくれたのだ。

普段やっていないことをやってみよう。

 

 

男は、開店したばかりのパチンコ屋に寄ってみた。

手洗い以外は利用したことがない場所。

男は賭け事全般が苦手なのだ。

彼は近くの中年男性店員へ尋ねてみることにする。

 

「あの、すみません。」

「はい、なんでしょう?」

「一番出る台はどれでしょう?」

「こちらになります。」

 

店員に案内され、男は台の前に座る。

始めてみると最初の内は玉が消えゆくのみだったけれども、その内出玉開放状態になってゆく。

段々飽きてきた男は手頃なところで止めることにしたかったが、なかなか止まらない。

焦れ始めた頃に打ち止めだと言われ、男はホッとした。

換金してもらうと、六万少々儲けた。

嬉しいことだ。

男は昼飯を奮発することにした。

 

ターミナル駅行きの電車に乗って、賑わう地域へと向かう。

さて、なにを食べようかな?

駅を降りたら、なにをするでもなくぼんやりとしている女性が見えた。

髪の長い、きれいなご婦人。

二〇代前半に見える感じだ。

男は産まれて初めてのナンパをしてみることにした。

なに、失うものなどなにもない。

 

「あの。」

「はい?」

「一緒に食事をしませんか?」

「ええ、いいですよ。」

 

にっこり笑って、女性は答える。

あまりの呆気なさに男は驚いた。

彼女も丁度昼食を摂ろうと思っていたところらしい。

話し合いの結果、駅周辺にあるホテルでフランス料理を食べることになった。

臨時収入があったのだ、変わった場所を訪れてみようじゃないか。

男はそう思った。

訪れた店はちょっとした高級感を売りにしているようで、洒落た服など着ていない彼は戸惑ったが特になにも言われなかった。

舌を噛みそうな料理だらけの品書きに呆然としていたら、彼女が今日のコース料理にしようと提案してきた。

それは男が普段口にする昼食の五倍くらいの値段だったが、彼も食べてみたかったのでそうすることにした。

前菜のテリーヌ、コンソメ、海の幸のグラタン、合鴨の胸肉のローストと凝った料理が次々出てきたけれども、男にはなにがなんやらだった。

旨いことは確かだが、こんな料理ばかり食べていては庶民感覚など遥かに遠のくだろうなと男は感じる。

あぶく銭を消費するには打ってつけかも知れないが。

パリパリで歯応えよく旨いバケットはお代わり自由で、男はそこが一番気に入った。

マーガリンではなく、バターが付いてくるのもはなはだよかった。

一本かそれ以上食べ、男は女に笑われる。

それは厭な感じの笑いではなかったため、男は彼女に惚れそうになってしまう。

デザートのアイスクリームがおまけとして増量されており、そこも気に入った。

 

食後、男は彼女に時間を貰えますかと尋ねた。

女は大丈夫だと言った。

彼女は独身で、恋人は現在いないときっぱり断言した。

腕を組むことまで了承してもらい、男は有頂天になった。

 

彼女の買い物に付き合い、ぶらぶらと二人で街を歩く。

途中で人気の高いケーキ屋に寄り、二人は店内のイートインにて苺のショートケーキとモンブランとエスプレッソとカプチーノを堪能した。

会話力の無い男だが、女の方がいろいろと話しかけてくれ、気まずい時間は一切訪れなかった。

男は彼女に感謝の言葉を述べる。

 

「今日は本当にありがとうございます。」

「私も楽しいですよ。どきどきふわふわしていますから。」

「あはは、まるで恋人気分ですね。あ、調子に乗ってすみません。」

「いえいえ、全然気にしませんから大丈夫ですよ。」

「そう言っていただけると嬉しいです。貴女みたいに素敵な人が僕の恋人だったらいいのに。」

 

男は『お願い』の効力が今日一日だと思っているので、さらりとそう言った。

 

「いいですよ。貴方の恋人になりましょう。」

「では今日一日よろしくお願いいたします。」

「ええ、是非ともよろしくお願いしますね。」

 

女の目が一瞬ピカピカと輝いたけれども、鈍い男は自分自身の発言に照れてうつむいていたのでそれに気づくことが無かった。

 

 

夕食の時間となり、男は女に焼肉屋へ行きませんかと提案する。

彼女はあっさりと男の提案を受け入れた。

まだ一日は終わっていないということか。

男は幸せな気持ちで彼女を見つめる。

女も男をやさしい目で見つめてきた。

女が旨い焼肉屋を知っていると言うので、彼はそれに従うこととした。

男は彼女と手を繋ぐのが当たり前な気さえし始めていて、いかんぞいかんぞと浮わつく心を必死に抑えている。

電車の中で膝を撫でられながら、男は今までされたことのない経験に戸惑っていた。

恋人はこんなことを普段しているのかと。

二つ離れた駅で降りると、女はより一層大胆になったかに見えた。

彼女の指が男の表面を這い、やさしく撫で回す。

まるで心を許しあった恋人同士であるかの如く。

むらむらしつつ、気のせいだろうと男は考える。

彼女の悪戯心なのだろうさと。

今日一日限定の幸せなのだと。

いい人に巡り会えたことを彼は感謝した。

 

廃れかけた駅前横丁みたいなところにその一見ひなびた焼肉屋はあり、隠れ家的な雰囲気さえ醸し出していた。

肉の焼ける旨そうな匂いが、換気扇からどんどん流れてくる。

ここはいい店に違いない。

男は内心ドキドキしながら色褪せた暖簾(のれん)をくぐり、引き戸を開けた。

後ろにいる女の表情に気づかぬまま。

 

その時、間違いなく男は幸せだった。

 

 





誤字修正しました。
ご報告くださいまして、ありがとうございます。


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開拓村からこんにちは




【オリジナル作品】

◎おっさん、異世界に転移する
◎異世界は過去の転移者たちによって、しっちゃかめっちゃかにされていた
◎おっさんは勇者や領主になりたくない模様



 

 

 

夏が過ぎても暑さのさほど変わらない、秋晴れの午後。

ゴブリン、コボルト、オークの子供たちと木陰で涼みながら遊んでいたら、副官でゴブリンのコロ助がオレの傍まで走ってきた。

謹厳実直な彼は、しゃちほこばった様子で言った。

 

「キング、ニンゲン、キマシタ。」

「お前らなあ、オレをキング呼ばわりすんの止めろよな。オレ、人間なんだからさ。」

「キングハキング。ナニカモンダイデモ?」

 

不思議そうに首をかしげる中年ゴブリン。

可愛くねえな。

こいつ、こんな顔して妻が五名いるのだ。

ようわからん。

 

「まあ、その話はまた今度にするか。で、その人間はどこにいる?」

「イツモノギョーショーニンナノデ、キングノイエデス。」

「相わかった。」

 

いつもの、ということは行商人のミョルン爺さんか。

あの爺さん、いつも元気だよな。

オレもこちらの世界に転移して以来、随分と世話になっている。

とっとと行こうか。

オレは隣の女盗賊ゴーレムと共に、自宅へ向かった。

 

「村もでえぶん盛況になってきたのう。」

「ミョルンさんのお陰です。」

「いやいや、あんたと村の連中の力じゃがな。」

 

小柄なミョルン爺さんは胡麻塩頭を揺すりながら、かんらかんらと笑った。

彼は珈琲を旨そうに飲んでいる。

今回は浅煎りだが、反応は上々である。

増産に舵を切っても問題は無かろうて。

彼は精力的でお人好しで商機に目敏い。

やり手の商人でありつつ、あちこちの人々から慕われている。

流石は元商会の会長。

実に興味深い人物だ。

訛(なま)りは強いのだが。

 

「またまた、異世界人がエラムスに転移してきてのう。」

「そげですか。」

「若いもんたちは揃いの制服を着とる。上役みたいなもんたちも何人かおったな。ええと、若いもんたちはガクセイという連中じゃったか。今は領主様の館に全員おるよ。」

「辺境伯様の館ですね。何人いるんです?」

「一三〇人ほどかのう。」

「ほほう。」

 

すると、一学年か?

『クラス召喚』か『学年召喚』辺りか。

どこの国の人間だろう?

国によってはかなり面倒くさいからな。

今のところは日本人に限られているが。

なにかしらの法則性はあるやもしれん。

 

「じゃあ、行くとしますか。ミョルンさんの仕事は済みましたか?」

「あんたのとこのゴブリンたちやゴーレムたちの動きがよいから、黒糖も珈琲も既に荷馬車に積まれとるわ。」

「では行きましょう。」

「うむ、その前にじゃな、もう一杯貰えるかの。今度は深煎りで。牛の乳もあるとよりええな。」

「はい、喜んで。」

 

その後、村長宅を出た。

以前の世界ではうだつの上がらなかったこのオレが、現在は開拓村の村長だ。

はは、笑えるよな。

『人間』がこの村にオレだけなのは残念だ。

……残念かな?

まあ、村の面々に慕われていること自体は悪いことでもなんでもない。

むしろ、いいことだと思う。

信頼がこわいくらいだがな。

 

開拓村は領主様の意向もあって、拡大政策の真っ最中だ。

ゴブリンやコボルトやオークに交じって、褌(ふんどし)一丁の盗賊ゴーレムと土ゴーレムと岩石ゴーレムとが村の畑を耕したり、荒れ地を開墾したりしている。

遣り手且つ寛容な辺境伯様のお陰で、この村の発展は約束されているようなものだ。

なんせ、砂糖黍(さとうきび)からの加工品である黒糖やラム、それに珈琲や紅茶は他所で作れない高品質の品々だからな。

ちなみに上白糖は研究中だ。

焦らず、ぼちぼちやろうか。

 

村の連中のやる気は極めて高い。

それは、オレがゴブリンやコボルトやオークたちを差別しないからかも知れない。

自治権さえ与えておけば、不満など生じないのだ。

例え、村から出る権利さえ殆ど無くとも。

まあ、村周辺は森と荒れ地が広大に広がっているから街に出る必要すら感じていないのかもな。

必要物資はミョルン爺さんが持ってきてくれるし、最近は行商人が不定期に何人か来たりする。

下手に重税をかけたり、兵隊を送ってこないところが賢いやり方だ。

一度エラムスの街の防衛戦でゴーレムを何体も送り込んだことがあるし、盗賊団を討伐し壊滅させた話も伝わっているだろうから特に問題ないだろう。

 

オレの傍に常時存在する赤毛で長身で胸の大きな美人女盗賊ゴーレムは、術式を重ね掛けしているからとても強い。

生前よりも強いんじゃないかと思う。

青白い肌がここ数日で色を取り戻しつつあるのは、術式の影響なのか?

肌色に関しては村の女性陣がやいのやいの言ってきて、化粧を施されている。

全員人間じゃないのだが、美へのこだわりはそういった種別を超えるらしい。

そんなの必要か? との疑問を彼女たちに伝えたら二時間ばかり説教された。

解せぬ。

 

 

日が落ちきる頃、無事にエラムスの街へ到着した。

街道筋に盗賊野盗強盗の類が出なくなって、安全性が高まっている。

徘徊させている褌盗賊ゴーレム一名で並の盗賊なら五、六人相手に出来るし、少々数が多くとも、岩山に擬態させている岩石ゴーレムや複数設けてある屯所から褌盗賊ゴーレムたちを出撃させれば大抵容易に打ち倒せるしな。

結果によっては、戦力が増強される。

実によいことだ。

 

先日潰した盗賊団は我が村に様々な恩恵をもたらしたし、辺境伯様からは褒賞金まで頂いた。

奴らは近隣の村々や街道などで暴れていたらしい。

領主様から討伐の命令をいただき、盗賊どもは村の軍勢で攻め滅ぼした。

普段大人しく勤勉な村の連中は、戦となるとかなり激しかった。

本隊は死体をゴーレム化したすっぽんぽん盗賊ゴーレムで村の連中は迂回させて遊撃隊としたが、まあ、なんとも勇猛果敢なことだった。

オレは転移特典の.22LR(ロングライフル)仕様たるドイツ製小銃で狙撃に回ったが、敵に当てるのが割合難しかった。

等倍の光学式照準器と二.五倍の光学式照準器が標準装備されていて、後者の方は五〇メートル先の標的が丁度視野の真ん中に来るように調整してある。

弾自体は長さ三センチ未満のちっちゃなモノだが、革鎧や鎖かたびらくらいならば簡単に貫通するので当たれば大きかった。

第二次世界大戦時の鉄兜くらいならば容易に貫通出来る弾丸なので、近接戦闘時に喰らった大抵の盗賊は身悶(みもだ)えして村の猛烈な勢いの戦士たちに追撃され打ち倒されていった。

 

盗賊団の首領である女盗賊はおそろしく素早く、そして強かった。

撃った弾や放たれた矢はことごとく避けられるか斬り捨てられ、ゴーレムもどんどん倒されていった。

多大なゴーレム的犠牲を出しながらも人海戦術で四肢の自由を奪い、オレがとどめを刺した。

敵ながら天晴れな女だった。

 

 

「当たらなければ、どうということは無い。」とある作品に出てくる某少佐がのたまっていたけれども、銃を撃って標的に当てることは存外困難だ。

その標的が動くならば尚更である。

某機動警察のとある巡査が弾を当てられないのは下手な訳じゃなく、実戦での百発百中など虚構の産物であることを端的に示しているのだ。

監督が銃器や兵器に一家言ある人物であることを考慮すれば、現実性を重んじていることが理解出来るだろう。

 

まあ、それはそれとして。

 

鴨や兎はそこそこ当てられるが、まだまだ精進が必要だなあ。

たまたま大猪を一発で倒した時、一緒に狩りをしていたゴブリンたちは大興奮していた。

狩りの名手揃いたる彼らが以前惜しくも取り逃がした大物を、素人猟師のこのオレが一発で打ち倒してしまったのだ。

村に帰ると彼らの興奮は容易に村の面々に伝播してゆき、結果、オレはキングと呼ばれるようになった。

ちなみにオレの容貌はごく平均的な日本人顔であり、ゴブリン顔ではない。

ないんだってばよ。

 

 

領主様の館に着くと、ぐったりした顔の辺境伯様に出迎えられた。

たまらんよな。

別に魔王討伐のために呼んでいる訳でもないんだから。

この世界には魔王が存在しない。

召喚魔法も現在は存在しないとか。

どこかの誰かが愉快犯的に送り込んでいるのかも知れない。

そうだとしたら、とても人騒がせな奴だ。

 

 

オレがこのセカイにやって来て、およそ半年。

その間にこのセカイへ転移してきた地球人は、おおよそ三〇〇人。

ぜーんぶ日本人だ。

その殆どが高校生男子で、残りはあんちゃんとかおっさんだった。

まあ、オレもおっさんだが。

生き残っているのは一割に満たない。

領主様もオレも散々注意喚起するのだが、やんちゃな彼らは短期間で無茶をしてあっさりくたばってしまう。

冒険だなんだと騒いでろくな装備も無しに野外へ飛び出し、野性動物や盗賊などの餌食になってしまうのだ。

アフリカの奥地でろくな武装なしに猛獣を相手にするようなものだというに。

生き残り組は王都へ向かう者、他国へ向かう者、エラムスの街に残る者と三者三様に別れた。

意識の高い者、野心を秘めた者、安定性を求める者。

彼らの選択のなにが正解かは、二〇年くらいすればわかるだろう。

 

今回召喚された日本人は四組一二八人。

一組に付き三〇人の学生と担任副担任。

高校二年生が始業式の当日に召喚されたのだとか。

季節のズレがあるな。

学生服の男子とセーラー服の女子。

今回は共学か。

慣れた感じでよどみなく、エラムスの役人が状況説明してゆく。

動揺する彼ら。

半年の間は生活保障するので、その間に技能を身に付けるなりどこかへ就職するなりするようにとの通達が為される。

そしてオレには、教師たちや級長副級長との話し合いが待っている。

拒否権が欲しいところだけれども、普段辺境伯様からあれこれ便宜を図ってもらっているために断れない。

常識がまるで異なる相手なんて、あまりやり取りしたくないだろう。

たまに領主様と酒を一緒に呑んでいたら盛大に愚痴られるので、ストレス発散がある意味急務だ。

奥さんたちとの夜もうはうはに程遠いとか。

苦労してんだよな。

王室は完全放置を決め込んでいるし、周辺国の反応も芳(かんば)しくない。

過去にやらかしまくったのが、今も色濃く響いているのだろう。

生卵納豆混成掛けご飯を食べるなど、夢のまた夢となっている。

 

今回召喚された面々は大変理性的で、論理的だった。

前回、前々回が非常に酷かったので、個人的に嬉しい。

今回も特別な異能を獲得した人間はいないようで、どうやら世界の危機には繋がらないようだ。

オレの背後にいる女盗賊ゴーレムが気になる人間は多いようで、彼女に関する質問が存外多かった。

手にしている小銃の口径が小さいので以前召喚された連中にはめっさ馬鹿にされたものだけれども、対人戦を想定した火器ではないのでこれでいいのだ。

それに人間だって、この口径の弾でよく死んでいるんだぜ。

.22LRは外国に於いて幅広く使われている弾なのだが、馴染みの薄い弾なのかいまいちよくわからないみたいだ。

 

話が一応終わり、翌朝また話をしてから開拓村へ帰る手筈となった。

伸びをしながら小銃の負い紐を肩に掛け、女盗賊ゴーレムと共に宿舎へ向かう。

ちなみに銃口には麻の小袋をかぶせてある。

ぶらぶら歩いていたら、女学生から声を掛けられた。

さっき話し合いをした中にいた娘の一人だ。

賢そうに見える彼女は言った。

絶対に元の世界へ帰れないのかと。

わからないと答えておく。

可能性は低いかも知れないが、帰る手段が絶対無いとも言い切れない。

難しいところだ。

おかっぱ頭のちょっと可愛い系眼鏡っ子女学生は、開拓村を見てみたいと言った。

領主様の許可が下りたらな、と彼女に伝えておく。

帰ったら、珈琲や紅茶の原木探しに向かおうかな。

ぼんやり考えていたら、女学生がオレは独身なのかどうか聞いてきた。

そんなことを聞いてどうするのかね?

 

「なんでそんなことを聞くんだ?」

「『彼女』がきちんと化粧を施されていて、髪や装備も手入れされていて、大切にされている感じがしたからというのが第一点です。」

「は?」

「『彼女』があなたにとってとても大切な人なのか、別のあなたの大切な人が『彼女』の手入れをしているのか。それは似ているようで、異なる話です。」

「村の女たちがいつも化粧をしてくれているよ。鎧とか装備は専門家に丸投げ、身だしなみは整えるようにしている。」

「ゴーレム、なのにですか?」

「ゴーレムだからなんだよ。」

「少なくとも、『彼女』は消耗品じゃないんですね。」

「オレが直接命を奪った女だからな。」

「……そうですか。」

 

 

 

七日後、彼女は八人の女子と一人の新人女性教師を率いて開拓村へとやって来た。

当分この村で働くつもりらしい。

先触れくらいは欲しかったなあ。

仕方がないから、オレの家で住まわせることにする。

村唯一の宿屋を兼ねた造りだし、急場を凌ぐには丁度いいだろう。

その内に飽きて戻るだろうしな。

男子が色目を使ってくるのでうんざりしたとか言われたけれども、若いしそんなもんだろ。

取り敢えず、うちのかしまし女性陣に預けて様子を見ることにしよう。

あいつら、オレを見てにやにやしていやがった。

絶対、なにか勘違いしていやがる。

 

更にその七日後。

領主様から、追加で女子を二〇人ほど引き受けられないかとの連絡が来た。

断れないじゃん。

先住民とのいざこざ的な確執があると困るんだけどな。

あちらがダメでこちらもダメとなると、この先大変だ。

ほんと、わかっているのか?

ま、なんとかしてみせるさ。

うちの連中が受け入れられるなら、この世界でもなんとかやれないことはないと信じたい。

 

あ、こら、ガキんちょ共。

服を引っ張るんじゃない!

あ、泣くな!

泣くんじゃない!

わかった!

わかったから!

はいはい、森の探索だな。

ゴーレム作成!

よし、行くぞ!

 

 



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お見合い




【オリジナル作品】

◎異世界から帰ってきたアラフォーなおっさんは、お見合いをすることになりました
◎帰ってきたのは元の世界と思っていたら、なにやら少し異なるみたいに思われて……



 

 

 

 

異世界の三〇年は、元の世界の三〇日だった。

四五歳の私が交通事故による衝撃かなにかで異世界へ飛ばされ、一五歳相当と肉体的に若返ったけれども戦闘奴隷として戦い続けて三〇年。

後方の危機は幾度となく存在したものの童貞は堅固に守られ続け、どうにかこうにか無事に我が故郷へと戻れた。

女っ気のない日常でしたがなにか?

 

久々の現代的な食事は涙なしに食べられたものでなく、その有り様は複数の行方不明者騒動でてんやわんやのマスメディアや日本の人々の耳目を幾らか集めたらしい。

記憶喪失で誤魔化したが、某国による拉致被害者ではないかとの疑いから外務省の人とか内閣調査室の担当者に散々質問された。

失踪以前と帰宅以後の体格の違いから薬物投与が疑われたけれども、なんとか誤魔化した。

すみません、説明など出来ませんから。

ちなみに、何故か私に接するのは女性ばかりだった。

 

職場の田舎系中型商業施設はてっきり首になるものと観念していたのだが、案に相違して簡単に復職することが出来た。

ボイラーを制御したり、屋内外を清掃したりなどの裏方が主な仕事なり。

女性社員がいつの間にか増えていて、知らない筈の人たちから知り合いみたいな振る舞いをされて違和感が発生した。

 

地元に於ける私の全国的宣伝効果は八桁くらいの金額に相当するらしいと、妙に距離感の近い新人美人女子アナから教えてもらった。

知らない間に、私は人寄せパンダとなっていた。

酔狂な観光客までいるらしい。

一過性のものだろうけどなあ。

国際ホテルや駅舎周辺の小さなビジネスホテルや旅館に至るまで、予約客によって当分満室状態なのだとか。

わざわざ時間とお金をかけてまで事件現場にやって来たり、被害者宅へ押し掛ける人が複数存在するという。

聞いた時は冗談だと思ったが、警察官に取り押さえられた見知らぬ侵入者たちを実際に何度も見るに至って身震いした。

 

「ああいう人たちって、どこからともなく現れるんですよね。ほら、廃墟だって侵入禁止の札が掛けられているのに平然と入っちゃう人がいるでしょ。本人たちからするとわくわくする冒険の延長線上のつもりかも知れないんですけど、あれ、犯罪なんです。逮捕されちゃいますから、やったらダメですよ。」

 

騒動後、にこやかに警備担当の愛宕さんが言った。

相方の高雄さんも無言で頷く。

どちらもすこぶる美人さんだ。

私の警備担当決定戦は県警を巻き込む程の騒ぎになったと微笑みながら教えてくれたが、それって守秘義務違反になりませんかのう?

お嫁さんにしてくれていいんですよと言われたが、アラフォー童貞なおっさんをからかわないで欲しいぞなもし。

 

 

違和感が複数あったのでネットを使って調べてみたら、この世界は私が元々存在した世界の並行世界みたいに思われた。

折角、帰ってきたと思ったのに……まあ、そんなに悪くはないか。

違和感の原因となった理由のひとつとして、深刻過ぎる少子化が挙げられた。

元の世界はそこまで酷くない。

……その筈だ。

で、この世界では二〇年ほど以前から婚姻率が滅茶苦茶下がり始め、それは最初この国では、バブル経済の崩壊などに伴う年収低下から発する自然的な現象と思われていた。

風俗店がどんどん店仕舞いに追い込まれたのもその頃からで、桃色映像作品もその勢いを年々激しく後退させていったそうだ。

格段に酷くなってきたのが五年ほど前からで、適齢期の男性の婚姻率が一パーセント未満に落ち込んだのだという。

結婚関連企業の多くが倒産に追い込まれ、恋愛漫画の人気は落ちまくった。

某小説投稿サイトでも現在、恋愛小説系は不人気らしい。

先進国は軒並み婚姻率が低下の傾向にあり、新興国も年々追随の様相を見せ始めているとか。

戦争や紛争が著しく減っていることは素晴らしいのだけど、平均寿命の低い国では婚姻や出産の低下は見逃せない大問題だ。

女性に関心を持たない男性が当たり前になってきていて、彼らには性欲すらも存在しなくなってきているらしい。

三次元の女性に絶望して二次元の女性を愛した男性たちも更に解脱したかの如くになり、清らかなお坊さんのごとき男性が増加の傾向にあるそうな。

おそろしいことに、女性側の何割かにもそうした傾向が見られるという。

小学六年生で結婚出来るようにするとか重婚を正式に認めるだとか、与汰話に聞こえる話まで真面目に国会で討議されたり詮議されているとか。

どこまで本当のことやら。

ちなみに、学童の数は二〇年前に比べて二割ほどとか。

国家崩壊の危機である。

日本の人口は現在八〇〇〇万強で、山間部では自治体として成立していない場所さえ存在するとか。

実際、放棄された集落が二桁にのぼっているらしい。

一学年が二〇人ほどという学校もちらほらあるし、定員割れが酷すぎて合併や廃校を含む統廃合は全国区で進みつつある。

鳴らされ続けるマスメディアの派手な警鐘に国民はまたかとうんざりし、バブル期やそれ以前の意識高い系の人々の言葉は中身が伴わないために若い世代へ届かない。

空回りと悪循環との袋小路は、やがて訪れる衰退への序章なのかも知れない。

焦った政府は次々と手を打っているが、妙手などそうそう存在する筈もない。

有ったなら、どこかの国がカンフル剤として即時に使用しているだろうから。

 

 

そんなある日の、朝方のことだ。

独り身おっさんの貴重なる休日。

母がお見合いしろと私に言った。

庭の手入れをしていた私はその話に首をかしげる。

こんなおっさんと結婚する女性なんているのかね?

既に昭和じゃないのにな。

見合いそのものをしたことが無いので、まあ試しにやってみるのも悪くないだろう。

次の休みの日に国際ホテルのバンケットルームで昼食を摂ることが、その場で決定された。

相変わらずの電光石火だ。

 

見合い用の服を買ってきなさいと言われ、汽車に乗って大きな街へ向かう。

ちょっといい服を買っておくか。

国からお金をもらって、少しばかり懐が潤沢なのも余裕を生み出していた。

ごとんごとんと車輌に揺られる。

その内高層ビル群が見えてくる。

異世界から戻ってきて、初めての大きな地方都市だ。

懐かしくて、そして新しい空気。

異世界の王都よりも、ずっとずっと賑やかな場所だ。

あの傲岸不遜極まった王も、最期は呆気なかったな。

 

駅舎の中は沢山の人が行き交っていて、経済的に不振ながらも懸命に生きていく人々の息吹を感じさせた。

あの異世界の殺伐とした世界よりも、やはりこちらの方がずっといい。

毎日血にまみれなくていいのだから。

煉瓦のように堅いパンに野菜クズの欠片しか無い薄味スープなぞ、もう真っ平御免だ。

若い売り子から手渡された新鮮な生ジュースを飲んで、ついつい笑いそうになる。

冷たくて甘い!

これが如何に稀少なことか!

向こうでは貴族でもなかなか味わえないような高級品を、ごくごく当たり前に銅貨数枚相当の安価で口に出来るのだ。

あっちじゃ、金貨を使ってもどこまで再現出来るか。

雪山に氷室を作るなら、似たようなことは出来るか?

冷暖房は効いているし、他の街へ行くにも盗賊の襲撃に怯えなくて済む。

これが贅沢でなくして、なにを贅沢だというのかね。

やはり、異世界よりもこちらがいい。

 

なんだか多くの女性から見つめられている気がする。

ああ、そうだ。

テレビや新聞や雑誌などに私が出ていたからだろう。

小さな田舎町でこっそり生きてきたが、なあにあれから三ヵ月は経過している。

直に視線は廃れるだろうさ。

こんなおっさんに需要など存在しないだろうしな。

 

駅前百貨店の紳士服売場で吊るしのスーツを見繕い、ズボンの丈直しをしてもらってシャツやネクタイも買っておく。

今後、なにかの機会に着ないでもないだろうから。

異世界から戻ってきた時に謝罪会見をしなくてはならないとかで慌てて作った紺色のスーツは急な間に合わせの品たる雰囲気がびんびんだったため、今回は灰色系のスーツを購入した。

不意に、マスメディアの傲慢な人々の表情を思い出す。

あの新聞社と放送局の高圧的な幹部連中は絶対許さん。

勝手に騒ぎ立てた人々にまで謝らなくてはならないことへ理不尽さを感じたが、日本の通例ではそれが当たり前になっている。

居丈高なあんたたちに謝るつもりは、毛頭ないぞ。

それに、なんで日本国民全員に謝らないといけないんだ?

心配?

誰が?

あんたらが?

冗談だろう?

迷惑をかけた人々に謝るついでだと思い、私は何度も何度も何度も何度も人々の前で頭を下げた。

謝るだけならタダだと自分自身に言い聞かせつつ。

あまりにも失礼な質問をした奴がいたのでついつい殺気を放ってしまったら、そいつは悲鳴をあげながら失禁した。

その中年男性は大手新聞社でも名うてのめんどくさい記者だったそうだが、彼の恥ずかしい様子は『偶然』数秒間全国報道されてしまった。

そしてそれはネット上の動画として拡散され、何度も何度も何度も何度も繰り返し再生された。

その大手新聞社による猛烈な抗議は何度も何度も動画を再生不能に至らしめたが、現在進行形でどこからともなくあちこちにて発生しているようだ。

可哀想に。

その後、同情的な人々によるマスメディア批判が発生し、それを見て私は溜飲を下げた。

世の中、変な人ばかりじゃないらしい。

それと、例の新人女子アナが時々やって来るのは何故だろうかとついつい考えてしまう。

密着取材と称し、本当におっさんに密着するのはよくないと思う。

 

何故か勢い込んで担当してくれた若い女性店員がぺたぺたとやたらに触ってくるのには閉口したけれども、彼女に悪気はないのだと思いたい。

シャツ一着と靴下一足をおまけしてくれたのは素直に有り難かったので、ちゃらにしておこう。

 

男性が街に殆ど見当たらない。

たまに見かけると、大抵魅力的な雰囲気の女性たちと一緒だった。

なんだあれ?

買い物の後、世界的に店舗を有する珈琲屋の駅前支店でチャイラテを飲んでいたら、何故か相席していいかと活発そうな女子中学生たちから話しかけられた。

他にも充分席は空いているのに変だ。

……わかった!

彼女たちはおじさんマニアなのだな!

若いにも拘わらず随分渋い趣味嗜好だ。

気軽に触ってくるので閉口したけれど。

ガールズトークってなんじゃらほいな。

これこれ、おじさんの膝の上へ普通に乗っかかってくるんじゃありませんよ。

おふざけはあきまへんえ。

処女だけど頑張るって、おぜうさんはなにを頑張るつもりなんですかいのう。

他愛ない話をして、彼女たちと別れた。

 

 

お見合い当日。

自宅から車で二〇分程の距離にある国際ホテルへ車で向かった。

お相手の名前は確か早川さんだったか。

詳細を聞いておけばよかった気もするが、今も茶目っ気溢れる母が秘密とのたまったのでまあそれも悪くないかと今日のかすかな楽しみにしている。

会えばわかろうなのだ。

 

ホテルは土曜日の昼頃だからか割合に人があちこちにいて、そこそこの賑わいを見せている。

女性従業員の案内を受けながら、二階のバンケットルームへと向かった。

 

え?

三〇代半ばに見える色っぽいこ婦人に地元中学校の制服を着た女の子が二人と、小学生の中学年らしき女の子が一人。

子供はどの子も実に可愛いな。

美人三姉妹といったところか。

見た目の若々しい、こちらのお母さんの再婚相手に私がなるのだろうか?

全員微笑んでいる。

どこか似ている雰囲気。

親子だなという感じだ。

いきなり三人の子持ちとは、とも思ったが頑張って仲よくなってゆこうか。

 

「来年から重婚が可能になるのよ。よかったわね。」

 

母は囁くようにそう言った。

 



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刀匠見習いと雲龍剣



【三次創作:『提督をみつけたら』より】

昔々の遥かな昔。
毎日毎日の深海棲艦との熾烈な争いは、艦娘をいやになっちゃうくらいの気持ちにさせちゃいました。

その過酷な戦争もとっくの昔に終わり、今や艦むすたちは平和な世界にて平穏に暮らしています。

平和な毎日を暮らす内に、艦むすのみんなはこう思うようになりました。

『私の提督を見つけなくっちゃ!』

このお話は、提督を見つけんとする猛禽系娘となりし女の子たちと必殺ロックオンされちゃった提督適性者たちのものナリ。

おそらく。
きっと。




※本作は『提督をみつけたら』を元にした
三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家と異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


本編に及ばぬ小品ではありますが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。



 

 

 

社会の時間に、この世界がしんかいせいかんとの戦いとで危うく滅びかけたことを習った。

しんかいせいかんは世界をめちゃくちゃにして、東京も名古屋も大阪も福岡もやられちゃったそうだ。

今もそれらの都市はふっこうがおくれていて、この国の今の首都の京都とそのしゅうへんに人々が多く集まってくらしている。

どこからともなく現れた艦娘と妖精さんと彼女たちに認められた提督と自衛隊といっぱいの人たちががんばってがんばってがんばり抜いて平和を取り戻したんだ。

 

戦争が終わった後、艦娘たちは妖精さんにおねがいをして子供が産めるようにしてもらった。

そして艦娘は大好きな提督といっぱい子供を作って、この国の人口がそれだけ増えていった。

戦争前、日本の人口は一億を超えていたという。

今とは全然違うんだけど、艦娘たちがいっぱいいっぱいがんばって提督と子供を作ったのでまわりの国の手助けが出来ているらしい。

現在の日本の文明度は、昭和五〇年代前半に近いと先生は言っていた。

地球の人口はほろびた国が多いので大体の数字になるそうだけど、現在一〇億くらいはいるんじゃないかなという話だ。

 

近くの艦夢守市(かんむすし)の学校には提督適性者の同級生がいて、何名もの艦娘のお姉さんと結婚する予定らしい。

艦娘は提督適性者とだけしか子供が作れなくて、その提督だけしか好きにならないという話だ。

同じクラスの女子が『運命の人』としか結婚出来ないんだね、と言ってたけど僕もそう思った。

 

ここは兵庫県冬木市。

海沿いの地方都市だ。

麻婆豆腐が街の名物。

 

 

 

僕の家は艦娘専門の銭湯をやっていて、夕方からはけっこう混んでいる。

艦夢守市を含む近隣都市から、艦娘のお姉さんたちがここを訪れるのだ。

僕とあまり変わらない感じの年頃の子から大きなお姉さんまで、艦娘が毎日わんさかやって来る。

一種のサロンみたいな場所だとお母さんが言っていた。

情報交換の場所としても活用されていると言っていた。

こんかつがどうとか言っていたけど、豚カツみたいな料理の話でもするのかな?

 

お母さんは昔軽空母の艦娘だったそうだけど、今は『先代』となっていて『今代』でないらしい。

その『今代』は艦夢守市にいるとか。

よくわからないけど、そういうことだとか。

番台に立つと、艦娘のお姉さんたちからよく話しかけられる。

彼女たちからすると僕は弟みたいな感じらしく、おっぱいを見られても平気らしい。

で、この銭湯にはお肌が少しくらいよくなる効果があるのだという。

効能は『有馬温泉のはとこのまたいとこ』くらいなのだと、お母さんが言っていた。

 

銭湯は戦闘だ。

いやいや、本当に。

掃除の時はデッキブラシでがしがしとこすらないといけないし、ボイラー室は年中暑い。

お湯と水の出てくるカランがおかしくなったらすぐに直さないといけないし、なにかあったらお姉さんたちのおっぱいの森を抜けないといけない。

 

学校が終わったら、毎日銭湯の手伝いをするのが当たり前のことだ。

休みの日の夕ごはんに、ホルモン焼きのお店に行くのが楽しみだったりする。

いつもの夕ごはんだと、おにぎりとおしんことちょっとしたおかずをすばやくわしわし食べるだけだ。

たまにお好み焼きやたこ焼きやたい焼きなどが台所にあったりする。

それらも急いでお腹の中に入れて仕事をするんだ。

お母さんも、それは同じことだ。

仕事を終わって、へとへとになった頃にお母さんといっしょにお風呂へ入る。

時々、小人さんもいっしょだ。

お風呂に入ったらうとうとしてきて、気づいたら朝だったりする。

お母さんのだきまくらにされていることもよくあることだ。

大変なことがいっぱいなのに、みんなにこれらの話をしたらうらやましがられる。

そして、怒られることもある。

なしてさ?

 

 

僕には夢がある。

刀匠になって、歴史に残る見事な刀を打つんだ。

小さな頃、京都の博物館の展覧会で沢山のお姉さんたちにもまれながら数多くの刀を見た。

僕はあの日からずっとずっと、刀にみりょうされ続けている。

中世の頃、中国地方の備前国や備中国などでは刀作りが盛んだったそうで、備中刀の刀鍛冶がこの冬木市に住んでいるそうだ。

市内の神社で巫女さんもしているとか。

お母さんもその人を知っているらしい。

いっしょに神社で仕事をしたことも何度かあるという。

うん、おあつらえ向きじゃないか。

ある日、学校が終わった後。

銭湯が休みの日。

僕はその人に弟子入りすべく、バスで鍛刀場へと向かった。

お母さんに書いてもらった紹介状を持って、停留場からてくてく歩く。

やがて、『ろくまるいち』という看板が見えてきた。

ここが目的地のようだ。

 

「私は水田一門の一三代目国重(くにしげ)。通称は大月与七郎。彗星刀を打つのが夢の、雲龍剣を使う武骨な刀鍛冶よ。」

 

美人のお姉さんに出迎えられ、自己紹介された。

黒い烏帽子(えぼし)に灰色の長い癖毛、白い着物に黒い袴。

胸がとっても大きい。

僕のお母さんのおっぱいよりもずっとずっと大きい。

お客さんのお姉さんたちの中でもかなり大きい方だ。

国重さんも僕を見て何故かとてもびっくりしている。

そして、彼女は口を開いた。

 

「私は雲。なにものにも囚われぬ雲。」

「え?」

「でも、今、その雲は慈雨をもたらす時雨と化した。雨は川となり、大海へ注ぐ奔流となって、やがては龍へと変化する。」

「は?」

「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました。提督、よろしくお願いしますね。」

「え? え? ええっ!?」

 

 

 

 

【刀匠見習いと雲龍剣】

 

 

 

 

刀鍛冶になろうと思って鍛刀場を訪ねたら、その師匠が艦娘で僕は彼女の提督だという。

信じられない!

オー、マイブッダ!

 

で、師匠は何故か僕の家にいて、いっしょにご飯を食べている。

 

「そうか、キミ、うちんとこのぼんを見た時にビビビと来て、艦娘としての力が顕現したんやな。」

「はい、びっくりしました。」

「そらびっくりしたやろなあ。よかったなあ、ぼん。職場と嫁さんの双方を同時に入手出来て、えらいこっちゃ。」

 

お母さんがぐりぐりと僕に抱きつく。

白いカッターシャツにサスペンダー付きのスカート。

今日は、『こうくうくちくかんしよう』なのだとか。

お母さんというよりもお姉ちゃんみたいな人と思う。

今日の晩は秋刀魚(さんま)尽くし。

魚屋さんで安く手に入ったのだとか。

ほっぽちゃんのとこで買ったんだな。

お鮨につみれ汁にフライにコロッケ。

刺身に蒲焼きにハンバーグもある。

 

「秋刀魚って、こんなに美味しいのね。旬の食べ物って、本当に素敵だわ。そうだ、今度時雨にも食べさせてあげよ。うふふっ。」

 

師匠が喜んでくれてなによりだ。

三人でお風呂に入って、いっしょにねた。

 

 

こうして、僕は彼女の提督適性者でなおかつ弟子という立ち位置を得た。

何故だか同級生たちにすぐ知られてしまい、めっさうらやましがられた。

 

 

 

同級生たちがどうしても僕についていきたいというので、社会見学という名目で学校のみんなと師匠の職場に行くことになった。

初めて見る師匠の技にみんなおどろき、師匠の手伝いに来ていた女の子は女子から大人気だった。

その子も艦娘らしく、師匠の向かい槌を巧みにこなしていた。

僕もいずれそうなってみせるさ。

 

師匠の刀術をみんなといっしょに見せてもらう。

ぶんぶんと音を立てて、重たい鉄のかたまりが風を切る。

きれいだ。

そう思う。

鹿島新当流と江戸柳生の技を合わせた剣術が、雲龍剣なのだと師匠は言った。

刀の使い勝手を研究していく内に、刀術を身につけたのだと教えてもらった。

 

 

ある日のこと。

師匠がなぜかまっかな顔で『おとまり会』をしようと言った。

お母さんに話してみた。

すると、こう言われた。

 

「その年で女殺しかあ。ウチは末恐ろしい息子を産んだんやなあ。まあ、まだその年やとアレは要らんか。よし、あんじょう気張りや。」

 

お母さんはなにを言っているんだろう?

 

「ええで。男になってこい!」と言われたのでその通りに師匠へ話したら、その日の彼女はなんだかおかしな感じだった。

 

おとまり会の日。

師匠はいつもとちがって、なんだかわたわたしている。

 

夕ごはんは僕が作ることにした。

師匠は腹ペコになりやすいそうで、おいしいごはんを食べるのが大好きなのだ。

イタリア料理店のお姉さん直伝の技、とくと見るがいいさ!

といっても、ペペロンチーノとかのかんたんな料理だけど。

 

トマトとリコッタチーズのサラダを一口食べて、師匠は言った。

 

「くぅ……やるじゃない……。」

 

くくく。

まだまだ。

お母さん直伝の大阪流ブタコマお好み焼きやで!

おまけに四川風麻婆豆腐あんまり辛くないやつ!

ペペロンチーノとブリヌイも合わせてどうぞや!

 

「直撃!? 機械室! 予備電源を!」

 

とどめは玉ねぎケーキとカスタードプリンを食うてみい!

ドイツとフランスの料理店のお姉さんたちから教わったこの技を!

今!

必殺の!

ファイエル!

 

「やられた……傾斜回復を! ……もう、沈みは……しない……。」

 

食後、いっしょにお風呂に入って、いっしょの布団でねた。

まちがっておっぱいにさわった時、師匠は大丈夫よと言ってくれた。

僕はすてきな師匠にあえて、とってもよかった。

 

 

 

【提督と雲龍】

 

 

 

 

秋晴れの風が強い日。

僕は正式に師匠の提督になることを決めた。

結婚するにはまだまだ早いけど、僕は師匠とずっとずっと一緒にいることを決めたんだ。

 

「師匠。」

「確かに私は提督の師匠だけど、そこは台詞が違うわ。」

「いいんですか?」

「いいのよ。提督に出会えるなんて、途方もない果報者の証なんだから。」

「では……ええと……あ、改めまして……雲龍。」

「はい、提督。」

 

そのしゅんかん。

パチパチパチッと、心の火花が飛び散ったように思えた。

うれしそうな顔をしていた師匠が、何故か少し悲しげな表情になる。

 

「私達、これからも一緒にいられるのかしら?」

「大丈夫ですよ、ずっとずっと一緒ですから。」

 

師匠の目を見る。

師匠も僕を見る。

 

「そうね。……そうよ、私もずっとそうであって欲しいと願っている。」

 

僕たちは手をにぎりしめあった。

そして、僕は願う。

ずっとずっと、雲龍と一緒にいられるようにと。

 



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ウマと召喚師



【オリジナル】

◎駅にて鉛の弾を喰らったおっさんは異世界に転移しました
◎何者の思惑によって異世界へ渡ったのか不明なまま、おっさんは召喚師として生きてゆくことになります
◎そして召喚したのは……ウマ?




 

 

 

いつものように職場から帰宅するため、駅に立ち寄った。

既に夜半に差し掛かろうとする時間帯。

人も社会も、キンキンに冷えたセカイ。

やりきれない倦怠感が体を包み込んだ。

ぼんやりと生き続け、四〇年弱過ぎた。

何時までこの日々が続くのだろう。

電車が遅延していると駅のスピーカーから声が聞こえてきて、気だるい気持ちがいやまして来る。

構内の喫茶店はとっくに閉まっているし、さてどうしようか。

梟(ふくろう)の意匠があしらわれた、こじゃれたブックカバーを装着した文庫本でも読もうか。

ささくれた気持ちを少しでも癒そう。

そう思った時。

遠くから喧騒が聞こえてきた。

発砲音のようなものさえ聞こえてくる。

そんな、バカな。

有り得ないことだ。

気づいた時には、若い男が黒い鉄の塊を振り回し走っていた。

私を見た彼がこちらへ走ってくる。

警察官たちが遠目に見えた。

足がすくんで動けない。

逃げなくてはならないのに。

映画やドラマの収録でも無いのに。

非現実感ばかりが加速して、判断力がどんどん麻痺していった。

 

「見つけたぜえ!」

 

目の血走った男が眼前で拳銃を構える。

人違いだと言う間もなく、パンパンパンパンと乾いた音が四つ聞こえた。

嗚呼、陸上部にいた頃に聞き慣れた音だ。

熱心な部員でなかったが、よく撃ったものだ。

あの時のみんなは今頃どうしているだろうか?

ぐらり、と体が傾(かし)いで倒れてしまう。

あれ?

おかしいな?

何故倒れたのだろうか?

流れてゆく血が見えた。

誰の血だ?

……私の血か?

そうか、私は撃たれたのか。

揉み合う男たちがぼんやり見える。

そして、私は意識を失った。

 

 

セカイガ、アンテンスル。

 

 

気づいたら、どこかの屋敷の中庭にいた。

石造りの殺風景な、実用本位のしっかりしたものという雰囲気だ。

篝火(かがりび)が四隅で焚かれ、なにか催しをしているみたいにも見える。

栗毛色の髪をなびかせた、高そうな紅いドレスを着た美貌の女性がやわらかな声音で私に話しかけてきた。

何故、彼女は日本語を話せるのだろう?

ここは日本なのか?

いつの間に運ばれたのか?

放送局の悪戯企画なのか?

弾によって穴を開けられた筈だが、それは確認出来ない。

治療されたのか?

それとも……。

彼女の回りには剣を腰にはいた騎士のような人が五人。

どう見ても本物っぽい。

全員仕立てのよい服を着ている。

いずれも強そうな感じ。

まるで、演劇の舞台だ。

私は名を名乗り、そして互いに情報交換を始める。

彼女はこの街の領主だとか。

 

私がこの屋敷へ『落とされた』のは偶然らしい。

本当か?

準備万端に見えたが。

神託があったので、周辺の街などでも同様に準備していたのだと女領主は語った。

仮に騙られたとしても、情報が少なすぎて判断出来ない。

様子見するしかないか。

 

この世界では、異世界から来た我々はワタリと呼ばれるそうだ。

私はなんのためにこの世界へ渡ってきたのだろうか?

私の適性は召喚師だそうな。

魔物を呼び出して戦わせるのか?

 

 

そのままの流れで、私は召喚師として最初の儀式を行うことになった。

はて、期待される程の人材ではないと思うのだがな。

期待外れに終わらないとよいのだが。

領主は人の使い方をよく知っている。

元上司たちとは格段に役者が違うな。

 

「召喚、開始します。」

 

手の先に力を込めると、ナニかが放出されてゆく。

ぐったりし出した頃、地面がピカピカ光り始めた。

おお、と周囲の人々から声が漏れてくる。

円形の魔方陣が浮かび上がってきて、明滅を繰り返しつつくるくる回り出した。

まるでメリーゴーラウンドみたいだ。

やがて、その光が収束して人の形に変化してゆく。

 

「ウマです! よろしくお願いします!」

 

どう見ても陸上部の女の子みたいな娘が、元気よく自己紹介してくれた。

スポーツブラみたいな胸部を覆う紺色の短い衣類に、スパッツみたいな腰を覆う同色の衣類。

黒いスニーカーを履いていた。

左胸辺りに『宇摩屋』と白糸で刺繍されている。

髪はショートカット。

くりくりしたお目目。

背は私と同じくらいだから、一七五センチぐらいか。

すらりと引き締まった体で、しなやかな感じがする。

膨らみの主張にドギマギする。

まごうことなき、陸上女子だ。

彼女もまたワタリになるのか?

自身をウマだと主張する少女。

周りの人間たちもウマだウマだと言っている。

……あっれえ?

ウマ?

何処が?

私が人間に見えているだけなのか?

なにがなんだか、よくわからない。

私と彼らとでは認識が異なるのか?

 

「よいウマを手に入れられたな、ワタリ殿。」

 

領主がにこにこしていた。

どうやら、たばかられている訳でもないらしい。

 

ウマ、と自称する宇摩屋さんの背中へ乗ることになった。

鞍を彼女の背中に付けるようにと領主から勧められたが、そんなことはとても出来ぬわい!

薄着の彼女に密着する。

これはこれでヤバいな。

ヤバいヤバいヤバいぞ!

 

「しっかり掴まっていてくださいね! では行きます!」

 

そして、彼女は走り始めた。

速い。

まさに韋駄天という感じだ。

本領発揮てなとこか。

長距離走の選手だったのか?

彼女の意識は自分自身をウマとしていて、違和感が無いようだ。

周りの人々もすべて、彼女をウマとして認識している。

ウマとヒトの違いってなんだろうか?

 

夜の街をひとっ走りして帰ってくると、回りの人々の表情は満足そうに見えた。

若者たちがどこからともなく現れ、領主に報告している。

おそらく、基準点に達したのだろう。

私が最初とは思えないし、これまで現れた人が複数存在するのではなかろうか?

その人々は一体全体どうなったのか?

…………。

ま、その辺はぼちぼち探ろう。

怪しくなってきたら、彼女とトンズラすればいい。

情報収集を最優先事項とするべきだ。

 

宇摩屋さんを馬小屋へ連れてゆくように言われたが、それはとんでもないぜよ!

彼女を馬小屋に入れるだなんて!

すると、領主に言われた。

 

「ワタリ殿はウマ思いなのだな。」

 

同意する周囲の屈強な男たち。

騎士たちからも高評価を得られたみたいに思える。

評価基準が今一つわからんな。

同じ部屋で寝泊まりすることになった。

ウマは体を拭いてあげると喜ぶという。

絞った布で彼女の全身をくまなく拭く。

宇摩屋さんからは大変喜ばれたが、なんだか複雑な気分だった。

貰ったブラシで髪の毛をすいてあげると、これもまた喜ばれる。

おっさんとしては、おっかなびっくりな感じがした。

やさしく、やさしく、やらねばならない。

一心同体、少女隊だ。

なんとなくだが、彼女との絆が深まったかに思える。

あ、着替えはどうしよう?

町娘が着るような服でもないかと侍女に聞いたら、変わり者でも見るような目付きをされた。

少し堪(こた)えたが、会社でのあの仕打ちに比べたらなんでもない。

あんな恰好でいつもうろうろされたら、私が精神的にヤられるのだよ。

わっかるかなあ?

わっかんねえだろうなあ。

結局、要望は叶えられた。

変態のように思われているだろうけど。

宇摩屋さんが普通に着てくれたので、それはそれでよかったと思う。

 

 

朝が来た。

怪しいことはなにもなかった。

なにもなかったんだってばよ。

宇摩屋さんに密着されたけど。

この娘、人懐っこ過ぎるわい。

町娘仕様の彼女と共に、黒パンとスープと林檎の朝食を摂った。

宇摩屋さんが人間の食事を採っても、私が変わり者扱いされる程度で済む。

林檎は馬も食べるので、問題は無い。

ならば、それを続けよう。

 

やや寝不足のまま、昨夜と同じ中庭で二体目の召喚獣を呼び出す儀式に取り掛かる。

領主の希望があったからだ。

昨夜からずっと監視の目にさらされているが、気にしない気にしない。

 

では、召喚開始だ。

 

昨日同様体の中からナニかがごっそり抜かれる感覚と共に、前回と同じく魔方陣がピカピカ光ってくるくる回り、やがて光が収束して人の形をしたナニかへと変化する。

 

「フクロウです。よろしく。」

 

スクール水着を装着した、小柄で髪の長い女の子が出現した。

その顔は無表情で、なにを考えているのかよくわからないな。

水着の胸元には白い布が貼られ、『鵜飼』とゴシック体で鮮やかに書かれている。

 

 

そして、回りの人々はよいフクロウを呼ばれたなと私を褒めるのだった。

裸足の少女を背負った、アラフォーのおっさんを。



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北の街から




【オリジナル】

◎北の街に住むほんのりショタ系のお姉さんの元へ、可愛い甥っ子来訪

◎お姉さんと甥っ子は朝も夜も一緒



 

 

 

あ~あ。

婚活にまた失敗した。

流れ作業的に、男と女がほんの数分ずつ会話してお互いによい人を見つける。

そんなやり方で上手くいくのかと疑問に思いつつ三度挑戦したが、すべて見事に空回りしてしまった。

今回もそうだった。

まあ、運命の出会いなんて現実にはなかなかないよね。

 

暗い街。

凍る道。

帰り道。

路面電車やバスや車がばんばん行き交っているけど、人口流出に悩む地方都市。

地元の人々は他の都府県をあまり知らず、観光客は訪れるものの外国語ばかりが飛び交っている。

珈琲の街。

パンの街。

ソフトクリーム天国。

海の幸。

乳製品。

お米。

いいところもいっぱいあるのだけど、近隣の市や町に人々が移り住んで駅前の賑わいは遠い昔になりつつある。

駅近くにある百貨店も来年には閉まってしまうし、そうなると周辺は更に酷くなるだろう。

新幹線が完全に出来たら、一体どうなるのかな?

JRが第三セクターになるって話もある。

図体と財布が噛み合っていないんだよね。

嗚呼、地方創生うんたらって、どこで売っているのかしら?

私を包み込んでくれる愛って、どこで売っているのかしら?

 

男の子好きなのが、いろいろと上手くいかない要因なのかも知れない。

教室になにも着ていない男の子たちがずらりと並んでいる風景を想像しただけで、ご飯三杯はイケる。

教員免許は取れたものの周辺の教育機関で空きが無かったため、伝(つて)を頼って小さな会社に就職した。

まあ、教え子にきゃあきゃあ言う教員など問題だらけだろう。

これはこれでよかったのかも。

 

 

秋田美人の伯母上から電話があって、甥っ子の翔太君をこの年末三連休の間預かって欲しいと言われた。

えっと、小学四年生だっけ?

伯母夫婦が仕事の都合で家におらず、お姉ちゃんの小都子ちゃんも陸上部の遠征でいなくなるのだとか。

私も仕事が休みなので、引き受けることにした。

 

新幹線の駅まで、翔太君を迎えに行く。

三年ぶりに会った彼は、なかなか可愛らしく成長していた。

お腹が空いたという少年を連れ、駅舎に隣接する土産物屋群の中のラーメン屋で食事をする。

うまいうまいと勢いよく食べる甥っ子。

可愛い。

都心で走ってもおかしくなさそうな、ピカピカの快速の汽車に乗って帰宅する。

翔太君は興奮しているようだ。

私からすると見慣れた情景だけど、彼からすると新鮮度が高いらしい。

かつて要塞があった山へ向かうバスが丁度出るところだったのと、私の手を握って行こう行こうと言う少年の勢いに負けたのとで山頂へ向かった。

人がみっしり乗り込んでいて、車内では外国語がばんばん行き交う。

アジア、ヨーロッパ、様々な国の言葉。

ロープウェイに乗って、いざ山の頂へ。

 

 

世界三大夜景のひとつは確かにきれいだった。

 

 

翔太君と共に路面電車に乗って帰宅する。

お風呂は普段どうやっているのかと聞いてみたら、お姉ちゃんといつも入っているのだとか。

よし、ならば一緒に入ろう。

少年の背中を洗ってあげた。

尊い。

 

布団は一組しかないので、一緒に寝るしかない。

仕方ないよね。

その夜は大変暖かに過ごせた。

 

ふわふわパンとコーンポタージュと低温殺菌牛乳という朝食を摂取して城郭へ向かう。

旧幕軍と賊軍が戦い、そして古い体制が終焉を迎えた地。

賊軍は官軍を詐称し、やがて新たな国家を作って世界戦争へ参加するようになる。

この国の近代化は、人を幸せにする目的で行われたのだろうか?

歴史を知る度に、なんだかもやっとしてくる。

まあ、その辺りは少年に言わないことにしようか。

彼は彼で別の切り口を見つけるだろうし。

かつての激戦地も、今はこの街を象徴する建築物だ。

 

この街を拠点として走り回る仮面戦士三人衆が、城郭内でお出迎えをしていた。

なにかの催しかしら?

ホッパー・アインス、ホッパー・ツヴァイ、ホッパー・ドライの三人に翔太君も大喜びで何枚も撮影させられた。

ふふふ、やっぱり子供ね。

……私くらいやそれ以上の年齢の男性も大喜びしているみたいだ。

ま、まあ、平和なのはいいことね。

黒タイツの戦闘員たちが続々と現れ、寸劇……もとい、正義の戦いを繰り広げてゆく。

怪人役の人も幹部役の人もまるで本物みたいに気合い充分で、とても見応えがあった。

 

何ヵ国もの言葉が行き交う場所で、翔太君はとても輝いている。

それはもう、キラキラとしていた。

可愛い。

奉行所では衣裳の貸し出しまであって、彼は幕軍の恰好となる。

尊い。

人懐っこい仔犬のような目で私も変化を要求され、町娘のような恰好となった。

考証的におかしい感じもしたが、観光地でそういったことを言うのも野暮かな。

幕末やら明治やらが混在したような人々の中で撮影された。

外国の観光客にも沢山撮影される。

キュートだとかプリティだとか言っていたが、あれは翔太君のことだろう。

 

往時の姿の一部を復元した建物の中に入って、当時の人々に思いを馳せる。

洋装の鬼の副長によく似た……たぶん役者の卵なのだろう……男前の人からとても丁寧な説明を受けた。

翔太君はどうやら本物だと思い込んでいるようで、目を輝かせながら勢いよく質問の嵐をぶつけている。

青年は厭な顔ひとつせず、子供にもわかりそうな言葉で簡潔に説明していった。

いい人ね。

そして、惜しみつつ要塞跡を離れる。

 

 

さて、これからどこへ行こう。

トラピスチヌ修道院。

トラピスト修道院。

大沼公園。

江差や松前はちょっと遠いな。

汽車が走っていたらまだしも。

お昼は郵便局近くの市場で、噴火湾のズワイガニのお寿司を食べるのもいいだろう。

 

そして私は、笑顔でいっぱいの少年に向かってやさしく話しかけた。

 

 



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初級戦闘員、参戦す



【オリジナル作品】
通り魔に殺され異世界転移し、呆気なく殺されて元の世界へ帰ってきた少年はたゆんたゆんなお姉さんに勧誘されて悪の秘密結社の戦闘員になりました。



 

 

俺、田井中志郎。

都内の高校に通う、冴えない少年だ。

高校一年生のまっさらな童貞。

昨日、主砲の封印が解かれた。

子作り出来る能力が得られた。

でも、使う対象が存在しない。

顔の作りはあまりよろしくなく、背丈も高いとは言えない。

主砲は立派なのが、もしかしたら唯一の取り柄かも知れぬ。

 

放課後に都内某駅の中でうだうだしていたら変なおっさんが暴れている場面に遭遇し、びっくりして固まっている内に刺されて気づいたら異世界転移していた。

おっさんの凶刃からは避ける間もなかったが、あんな野郎はとっとと捕まったらいいなと思った。

絶倫の能力をよくわからない存在から与えられた俺の出現場所はくさい盗賊どもが暴れているカオス空間で、馬車に乗っていた人々共々あっさり刺されて殺された。

なんたる間抜け!

だが、実際、抵抗する間もなかった。

ほんとにこわいと動けなくなるんだ。

こんなに短時間で二度も殺された人間はなかなかいないだろう。

田井中志郎は二度死ぬ。

なんてな。

 

その俺は、二度目の復活を元の世界の都内某駅で迎えた。

……ここ、元の世界だよな?

辺りを見渡す。

違いはないみたいだ。

あの通り魔はどこへ消えたんだ?

騒ぎなど起こっていない。

怒った人も見当たらない。

平穏無事なこの都内某駅。

倒れている人などいないし、血痕も存在していない。

嗚呼、平和って素敵だぜ。

腕時計を見ると、時間は数分しか経っていなかった。

邯鄲(かんたん)の夢、のようだ。

トイレの個室に入って腹の傷を探すが、二箇所共存在しなかった。

まるで、なにも起こらなかったみたいに。

……ま、いっか。

トイレから出て、さて誰もいないマンションに帰ろうかと思った。

あの寒々しい場所へと。

すると。

 

「ねえ、キミ。お姉さんとお話しナイ?」

 

振り向くと美人のお姉さんがいた。

思わずボーッとなってしまう程だ。

しかも、たゆんたゆんが標準装備。

なんて凶悪無比な武器なんだろう!

これは、美人局(つつもたせ)か?

昔脂ぎった担任が延々と語ってくれたけど、その知識が今役立つかも知れない。

 

「すぐ働けるアルバイトの話なんダケド、ドウかな?」

 

うっ、少しぐらつく。

たゆんたゆんが迫ってくる。

揺れる揺れる俺の心も揺れるのじゃ。

腕を組まれた。

しまった!

これではもう逃げられない!

 

「ね、ね、ちょっとだけダカラ。」

 

長い髪のきれいなお姉さんに無抵抗のまま連れられ、俺は駅周辺にある建物の二階にある喫茶店へ入った。

彼女はカミラ松代という名前で、日本人とルーマニア人のハーフなのだそうだ。

 

カミラさんの説明によると、彼女は悪の秘密結社の幹部をしているという。

現在東京と神奈川で『京浜地区活性化計画』を推進中だそうで、東京都側が悪の秘密結社を担当し、神奈川県側が正義の味方を担当しているのだとか。

担当者たちはノリノリなんだってさ。

これは下町の工場に仕事を与え、基本的な力を取り戻させる試みだ。

工業、縫製、などなど。

ふーん。

お姉さんによると後一人勧誘出来たらノルマ達成で、今日中に報告すると査定がよくなるらしい。

ふーん。

彼女は鞄から薬瓶を取り出し、机の上に置いた。

●イアグラみたいな青い錠剤がみっしりと入っている。

 

「この薬は現在開発中のナノマシンでネ、第三世代のモノだから副作用を心配しなくていいノヨ。」

「はあ。」

 

第一世代と第二世代の副作用って、どんなものだったんだ?

副作用が無いって本当か?

 

「毎日一日一錠を夕食時に呑んで欲しいノヨ。」

「えええ。」

「一錠に付き、五〇〇〇円出ルワヨ。」

「やりましょう。」

 

お金は大切です。

とても大切です。

 

「あなた、現金ネ。」

「現金で貰えるんですか?」

「その方がいいなら、そうするワヨ。」

「そうしてください、お願いします。」

「契約成立ネ。細かい打合せをしまショウカ。」

 

俺はこの場で採用が決定され、初級戦闘員に決まった。

丁度二〇人目なので、二〇号と呼ばれることになった。

 

「私たちは『交戦規定』に従い、死者が出ないように戦うノヨ。」

「殺さないんですね。」

「別に殺人をしたい訳じゃナイシ、それを防ぐためのナノマシンでもあるワ。過剰な殺意が心に溢れてきたら、失神するように出来ているノヨ。」

「なるほど。」

「『敵』は横濱戦隊ヨコマハン。」

「……は?」

「言いたいことはわかるワ。みんなそうだモノ。でも、お偉いさんが決定しちゃったカラ、それに従うしかないノヨ。」

 

神奈川県の担当者はなにを考えている?

 

「それで、俺たちの結社の名前はなんですか?」

「私たちの秘密結社はファンマン。」

「はあ。」

 

東京都の担当者……。

 

「微妙な顔になるのはわかるワヨ。」

「ええ、まあ、そうですね。」

「現場に出るト、一回五〇〇〇円。」

「ほう。」

「ちなみに六時間拘束で、残業代もちゃんと出るワヨ。」

「悪くないすね。」

「交通費は別途支給、お弁当も出るワ。神奈川で戦ったら、シウマイ弁当が出るノヨ!」

 

そっか、カミラさんはシウマイ弁当が好きなのか。

 

国の産業活性化計画ではある程度の裁量権があるらしく、特別にカミラさんのみの判断で採用が即決された。

彼女は相手を見て、悪人かどうかが一瞬でわかる人らしい。

悪の秘密結社なのに悪人を採用しないとはこれ如何に。

 

本物の悪人だったら、即時に処分されたりして……いやいやまさか……。

 

 

 

 

今日は初級戦闘員としての初陣。

幹部のカミラさんと怪人役のトニーさん、戦闘員のまとめ役で中級戦闘員の梅さんに同僚のヒャッハーな初級戦闘員が八人。

俺を入れて総勢一〇人が今回の作戦担当員だ。

戦闘員なのに素手とはこれ如何に。

今回の初級戦闘員は全員が高校生。

みんなカミラさんにナンパされたのだ。

このおっぱい好きどもめ!

俺も好きだ! 大好きだ!

ナインちゃんも大好きだ!

あーっ、彼女が欲しいぜ!

 

横濱戦隊は揃いのヘルメットと戦闘服に身を包み、それぞれ長い台詞を噛みながら述べていた。

男三人、女二人か。

野郎はどっちでもいい。

後ろからやれば、やれるだろたぶん。

アーッ! じゃねえぞ!

なんだか男三人を熱心に見つめている奴もいるが、気のせいだ。

気のせいに違いない。

黄色い女の子がアスリート系で、桃色の女の子はゆるふわお菓子系か。

トニーさんによると、あの長口上はいわゆるお約束だとか。

毎回やってんのかよ。

 

やがて、戦闘が始まった。

 

黄色い女の子を止めろと指示されて抱きついたら、激しく抵抗された。

だって、殴ったり蹴ったりなんて運動神経の無い俺には無理だかんな。

幾ら強化服を着ていようと、ナノマシンで運動神経が底上げされていても、無理なものは無理だってばよ!

粉記事辞意……間違えた、子泣き爺アタックしか選択肢がねえんだよ!

野郎には絶対やらねえけどな!

引き締まった体がよくしなる。

お胸様を触ってはならぬぞえ!

彼女の間断なき動きが俺の一部の機能を活性化させ、サンライジングさせていた。

ヤバい、ヤバい、ヤバい。

あ、なんかとっても……。

このままじゃ、俺…………。

段々と興奮してきて、なんだか頭がボーッとしてくる。

女の子がはあはあ言うので、それがとてもエロかった。

あ…………もうダメだ。

うっ、となって脱力した際に拘束からすり抜けられる。

怒ったらしい彼女から顎に一発喰らい、俺は失神した。

 

ナノマシンによって意識を取り戻したらしい俺は、仲間たちに囲まれていた。

今回の戦闘は終了したようだ。

みんなやられた模様。

これもお約束なのか?

全員が俺を見ながら、うわあ、という顔をしている。

うん、わかる。

パンツを早く洗わなきゃな。

これはいわゆる不可抗力だ。

なので、そう申し立てることにした。

 

「不可抗力なんです。」

 

みんなが生温かい目を俺に向けてくる。

梅さんが言った。

 

「若いねえ。うらやましいくらいだ。」

 

途端、周囲は笑いに包まれる。

 

 

帰りのハイエースの中。

カミラさんから、女の子に酷いことをしないようにと説教されてしまった。

隣でたゆんたゆんしているので、これはある意味ご褒美なのかも知れない。

 

機能で活かしきれないものもあるが、ま、考えすぎずになんとかやるかな。

 



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ムネノリ・ナハト



【二次創作】

◎原作:『Fate/stay night』
◎士郎の前に現れたサーヴァントは女の子じゃなく、渋いおっさんだった!



 

 

 

「儂の名はせいばー。問おう。そなたが儂のますたーとやらか?」

 

渋い声が古い蔵の中に響く。

時代劇に出演するがごとき、初老の侍の身なりをした男が窓からの月の光を浴びていた。

彼の足元には魔法陣がある。

光り輝く、円形の召喚陣が。

問いかけられた少年は、その言葉に対して返事をすることさえ出来なかった。

血まみれ故に。

その声を発した彼は蔵に近づく存在を察知するや否や、ひょいと魔法陣から出て不審者へとおっとり刀で向かってゆく。

まるで、舞うが如くに。

月の光に照らされ、青タイツの青年が槍を構えていた。

常識的に考えれば銃砲刀剣類所持違反なんちゃらだが、そんなことを言える雰囲気ではない。

槍を持つ男が殺気に満ちているからだ。

少年に問いかけた男は平然とした表情で、腰の刀をすらりと抜いた。

抜けば斬る。

そんな気配で周囲を満たしながら。

 

 

まるで江戸時代の侍のごとき男が、全身青タイツの槍兵を視線だけで圧倒していた。

青タイツ男は動けない。

動けば即時に斬られる。

その予感が、悪寒的にひしひしと彼の脳内を圧迫するのだった。

意気軒昂に見える侍に問いかけられた少年は、現在生死の狭間をさ迷っている。

少年こと衛宮士郎まっこと確かな童貞高校二年生は青タイツ男に追いかけ回された挙げ句に殺されかけ、自宅の土蔵までなんとか逃げた際に偶然魔法陣が発動した。

時代劇に出てきそうな渋いおっさんが現界し、血まみれになりつつ驚愕する士郎。

そこへ青タイツ男がやって来て、今の状況に至る。

 

赤い外套の男と青タイツ男の激しい戦いを放課後の校庭で偶然目撃したことから、士郎は後者からずっとずっとずっとずっと追いかけられていた。

槍で時折刺されつつ。

士郎の動きのよさが致命傷に至らぬ傷としたのか、はたまたそれが故に痛みが終わらぬのか。

そして今は自宅の敷地内の土蔵で、幾つもの傷を負って虫の息だ。

魔法陣から現れた渋いおっさんへ、答を返す余力さえ存在しない。

 

「ふむ、どうやらますたーは死にかけておるようだの。死相が出ておったわ。まあ、人はいずれ死ぬもの。ならば、この刀を血潮に濡らすも一興。」

 

にやり、と笑って壮年の侍は刀を青タイツ男に向ける。

切っ先はぶれることなく長身の男の方を向き、何時でも斬り裂ける雰囲気だった。

呆れた口調で槍兵は剣士にやり返す。

 

「いいのかよ、ほっといたらあいつはおっ死(ち)んじまうぜ。」

「我が主になる男ならば、死線の五つや六つは平然と越えてもらわねばならぬ。」

「ひっでえサーヴァントだ。」

「お主も似たようなものであろう。」

「ちげけねえ。んじゃ、そろそろ殺り合うか。なあ、セイバー。」

「そうだの、らんさー。」

 

血をどばどば流しながら、彼こと士郎は嗚呼俺このまま死んじゃうのかなあとぼんやり思いつつ愉悦に歪んだ二名の闘いをかすれゆく意識の中で見守るのだった。

 

 

 

士郎は普通に目覚めた。

痛みは感じない。

あれほどの傷を負ったのに。

どうしてだかなにも着ていない状態だが、体の点検をするには都合よい。

体中をしばらくまさぐってみるが、刃物による傷はどこにもないようだ。

不思議なことである。

前向きに考えようと思って立ち上がる少年。

服はすべて丁寧に折り畳まれ、彼の枕元に置かれている。

ところで何故自分はなにも着ていないのだろうと思いつつ、ぎんぎんな解放感に満たされてもいた。

と、彼は違和感を覚える。

少年は耳を澄ませてみた。

激しい金属のぶつかり合う音が外から聞こえてくる。

なにが起こっているのか?

まだ日も昇らぬ暗い中、部屋の外へ出ると赤い外套の男が侍に圧倒されていた。

妙に艶々した侍が舞うように侵入者へ近づくや否や彼を袈裟斬りにし、よろめいた男は少年の屋敷の塀へ飛び上がって逃走に移った。

 

「浅かったか。やりおるわ。さて、ますたーよ、あやつを追って殺(あや)めるか?」

 

静かな声で淡々と問いかける侍。

振り向きもせぬままに。

 

「殺しちゃダメです、セイバー!」

「ほう? 殺めてはならぬのか?」

「そうです!」

「殺めねば殺められるぞ、ますたー。」

「うっ、そ、それでも可能な限り、人が人を殺しちゃダメなんです!」

「甘いのう。」

「正義の味方はそんなことをしないんですよ!」

「正義の味方?」

 

首をかしげつつゆるりと振り向く男。

異形でも見るかの如き表情をしつつ。

 

「そうです! 爺さんの目指した存在に俺はなるんですから!」

「ますたー。」

「はい。」

「その、正義の味方とやらの話を詳しく聞かせてもらおうか。」

 

と、その時。

 

「ごめんください。」

 

やさしい声が、士郎の家の玄関の外側で響いた。

 

「はーい。」

 

セイバーを引き連れながら玄関へ出てゆく士郎。

美しき人形のような愛らしい雰囲気の娘がそこにいた。

少年を見た彼女は一瞬怯んだようだがすぐに立ち直ったようで、両手でスカートの端を摘まみ、洗練された所作を行う。

それはカーテシーと呼ばれる挨拶。

 

「はじめまして、わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あなたがシロウね。あなたは、わたしからファーターのキリツグをうばったちょうほんにん。だから、ここでわたしはあなたの命をうばってちょうじり合わせをするわ。じゃあおやすみなさい、えいえんに。さあ、出てきなさい、わたしのサーヴァント! だれにも負けないさいきょうのサーヴァント! やっちゃえ、バーサーカー!」

 

褐色の巨体の戦士が門外に出現し、士郎の前に飛び出した侍へ殴りかかる。

その手にあるは巨大な棍棒。

いや、それは石くれなのか。

一撃でも受けたらバラバラになりそうな勢いで戦士は鈍器を降り下ろした。

だが。

ひょい、と受け流しながら舞うが如くに侍は巨体の胴へ一撃を叩き込んだ。

その一刀は深い。

ぐおおお、と苦悶の声を上げる巨人。

整った顔の幼い主人が従者へと叫ぶ。

 

「バーサーカー!」

「ふむ、こやつ、胴を斬られて尚死なぬか。いや、死してまた生き返るのか? なんとも面妖なことよの。」

 

首筋へシュッと刀の先が吸い込まれてゆき、剛力溢れる感の肉体から血しぶきが発生する。

 

「首をはねるならば、厚重ねの肥前刀の方がよかったかの。」

 

巨人の振るう巨大鈍器をひょいとかわし、彼は更に足首へ一撃入れる。

 

「はて、これでも斬り飛ばせぬとは。浅かったか?」

 

いわゆるアキレス腱を斬った剣客。

だが、命を幾つも持ち自己回復力の高いバーサーカーの致命傷にはならない。

 

「バーサーカー! せんりゃくてきてったいをするわよ!」

 

少女の声がするや否や、素早く後方に跳躍して剣の間合いから離れる英霊。

主人と従者が素早く立ち去った後、侍は自身の主人へとやさしく微笑んだ。

 

「成程、これは面白い。今宵も楽しめそうだの。」

 

士郎は知った。

この温厚そうに見える侍もまた、襲ってきた連中と本質的に同類なのだと。

だが、しかし。

自分自身の正義を彼に是非とも伝えなくてはならないのだ。

秘蔵の映像作品群と書籍群を彼にすべて見せねばならない。

 

侍は思った。

主には早く服を着てもらいたいものだと。

 

 

明けゆく光に照らされながら、主従はまるで異なる思いに身を委ねるのだった。

 



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黒天王様と俺



【オリジナル】

今回は、黒金mark9様からいただきました設定に基づいて書かせていただきました。

オリエンタルっぽい異世界に転生した少年が、美形の上司に振り回されるお話です。







 

 

 

俺の名は有良(ありら)。

前世での名は伏亜喜良(ふせあきら)。

クールで無口で頼れるナイスガイ。

それがこの俺だ。

同級生の女の子をかばって不細工なおっさんに刺殺された俺は彌鸞(みらん)神の慈悲によって異世界転生し、現在は人狼(じんろう)として那波(なは)大陸南域の領主たる黒天王(こくてんおう)様に仕えている。

俺自身は稀少価値の高い存在なのだとか。

領主様は眉目秀麗で、長い黒髪にすらりとした長身の所有者。

最初に黒天王様にお会いした時は、絶世の美女かと思った程。

美声の持ち主で、脱いでもらわないとどちらかわからないくらい。

しかも文武両道に長けており、沈着冷静頭脳明晰。

と、一見非の打ち所がなさそうな黒天王様の泣き所は麗しの妹君。

彼は重度のイモウトスキーなのだった。

なんてこったい。

素晴らしき波瑠沙(はるしゃ)様と並ぶと正に絶景かな絶景かな。

絵にはなるんだよな、絵には。

確かに眼福ではあるのだが、妹君のために政務を放り投げるのは止めて欲しい。

というか、早く結婚していただきたい。

この状況ではあり得ないみたいだけど。

 

下っ端。

雑色(ぞうしき)。

使いっ走り。

まあ、そんな感じで俺は日々東奔西走している。

「別に……。」と時折言いつつ。

俺はクールが売りのクレバーな男だから、少々のことではへこたれないのだ。

 

 

俺の直属の上司である黒天王様は妹君の波瑠沙様を溺愛されており、その有り余る才能を彼女に惜しみなく注ぎ続けている。

その一部でも仕事に回したらいいのに。

おまけに神出鬼没ときているので、疾風怒濤の展開が日常茶飯事だ。

これでは、周囲の者たちもたまったものではない。

お陰で日々の政務は滞りがち、文官たちに俺が問い詰められることも少なくない。

不幸だわ。

妹君にめっ、された黒天王様が離宮からとぼとぼ戻ってきたところを、武官を含む皆で輿(こし)に乗せて執務室まで運ぶのが通常業務だ。

正直、しんどい。

エナジーが枯渇しないように動きたいものだが、そうも言っていられないことが多々ある。

 

午前中に黒天王様を追いかけてくたびれ果てた俺は昼食後、体の奥底のなにかが枯渇してくることを感じる。

あ、いかん。

魔力切れだ。

どうやら、使いすぎたみたいだ。

人の形を保てなくなった俺は、狼の姿へと変化してゆく。

この姿では仕事も出来ない。

致し方ない。

今からは強制的に休み時間。

そこいらを散歩でもするか。

 

宮のだだっ広い庭園を狼のまま散策していたら、女官たちからやたらと触られた。

どきどきする。

いやいや、俺はクールな男だ。

女の子にうつつを抜かすような、そんな軟派野郎なんかじゃない。

彼女たちに腹を見せたのは親愛の印であって、決して快楽に屈した訳ではない。

尻尾がぶんぶん動いた気もするけど、気のせいだろう。

そうに決まっている。

 

やっと、女官たちの魔の手から逃れることが出来た。

いやはや、危ないところだったぜ。

 

「あ、あの……。」

 

木陰から波瑠沙様が現れた。

ま、不味い。

おどおどした雰囲気だが、逃がしまへんでといった気配も醸し出されておられる。

抵抗は無意味だ。

ならば、流れに従うしかあるまい。

 

 

結局、波瑠沙様にわしわし撫でられている最中に魔力の取り込みが出来た俺は人の姿へ戻り、非常に気まずい瞬間を味わった。

悲鳴を上げる姫様。

俺がこうなるって、前から知っている筈なんだけどなあ。

殺到してきた武闘派の女官たちから次々鉄拳を食らい、あっという間に昏倒する。

理不尽だ。

 

その後、お詫びに姫様手作りのお菓子を下賜された。

おいちい。

一個食べたところで、彼女の麗しのお兄様が現れた。

じっと見つめられる。

思わずどきどきしてしまう。

二個目を口にした時点で、黒天王様の血涙が見えた。

……えええ?

致し方ない。

無念無想の勢いにて、我が主君にお菓子を進呈した。

 

 

翌日。

黒天王様が真面目に政務に励んでいる。

ご機嫌の状態なので、溜まった書類の山が目に見える勢いでどんどん減ってゆく。

今日は、槍でも降ってくるのだろうか?

どうやら、妹君に随分叱られたらしい。

毎日とは言わないが、月の半分くらいはこうだといいのだけれど。

さあ、今のうちに皆さん、書類をたんまり持ってきてくださいな。

逃げないように見守ろう。

 

「どうかしたかね?」

 

美しい声が聞こえてくる。

俺の主の発した言霊。

この身が震えてくる。

 

「べ、別になんでもありません……。」

 

まるでツンデレ娘だな、といらぬことを考えながら答える。

不意に振り向くと、離れた柱の陰から姫様がじっとこちらを覗いていた。

嗚呼、道理で黒天王様が仕事をしている筈だ。

 

いつまでもつのかわからんが、少しは楽に仕事をしたいものだと思った。

 

 

 



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高校一年カミーユ君



【原作:機動戦士Zガンダム】
◎ちょっとエッチなカミーユ君のいる風景にしてみました
◎中の人関係の展開も少々あります




 

 

僕の名はカミーユ・ビダン。

ほんの少しバイオレンスなところがなくもない、内気な少年さ。

ちょっとばかし女の子っぽい名前だけど、あんまり気にしないようにしているんだ。

気にしていたって、なにも始まらないし。

でも、ごくたまに記憶の曖昧な時がある。

そして、それから立ち直った時には大抵傍で誰かが倒れているんだ。

どうしてなんだろう?

この間なんて、どうしてだかジェリド先輩とカクリコン先輩が僕の近くで気絶していた。

不思議なこともあるもんだ。

その後、エマさんからかなり怒られてしまった。

夜はあんなに従順なのに、昼はけっこう厳しい。

ま、そんなところが魅力的なんだけどさ。

 

 

放課後、バスク校長とジャマイカン教頭から呼ばれた。

めっちゃ怒られる。

フォウと視聴覚準備室を無断使用したことがバレたようだ。

チクった奴は修正してやる!

おっと、冷静冷静冷静冷静。

僕は沈着冷静な男の子なんだしね。

使用料を払わなくてすみません、と言ったら更に怒られた。

理不尽だ。

 

 

父さんがまたもや浮気をしたらしい。

今度は……ええっと、マルガリータとかいう人だったかな?

母さんがめっちゃめちゃ怒っていた。

三人で楽しめばいいじゃないかと提案したら、何故か僕まで家を追い出された。

父さんにも困ったものだなあ。

レコアさんのとこにでも行くとしようか。

 

 

ファは僕の幼なじみ。

世話焼きの女の子だ。

僕の部屋に来ては、秘蔵のお宝を没収してゆく。

艦娘の貴重な写真もことごとく取り上げられた。

しくしく。

先日なんて拘束具を燃やされてしまった。

クワトロさんから貰ったものだったのに。

レコアさんとの浮気がバレてララァさんからむちゃくちゃ怒られたそうだけど、今度はドズルさんとこの娘さんが気になっているらしい。

あれ?

ハマーンさんはどうするつもりかな?

秘書のナナイさんも大層困っている。

そろそろ落ち着いたらいいのになあ。

 

 

ある日、アムロさんから相談を受けた。

セイラさんやフラウさんからフラれ、どうしたらいいんだろうかと嘆いている。

モテモテ男養成ギプスでもあったらいいのに。

女の子の沢山いる店に行ったらどうですかと提案したけど、大丈夫かな?

 

 

急に妹が二人出来た。

ある日の夜、父さんがいきなり女の子たちを連れて帰ってきたのにはびっくりした。

ロザミーちゃんとサラちゃんだ。

母さんがげきおこぷんぷん丸なんだけど、とても可愛いので僕的には一切問題ない。

血はつながっていないけど二人とも大切にするんだぞ、と言われる。

よし、お医者さんごっこしようと二人に提案したら、母さんから激烈な秘拳を喰らった。

ユー・ハ・ショック!

クメンで鍛えた技は今も健在みたいだ。

ねえ、母さん。

ちょっとした、ファミリー・ジョークじゃないか。

だから、バランシングは勘弁して頂戴。

ロザミーちゃんがめっちゃなついてくるので、とっても嬉しい。

彼女の方が歳上みたいだけど、何故だか僕がお兄ちゃんなんだ。

お兄ちゃんが欲しかったのかな?

少々のことは気にするな、と父さんに言われた。

父さん、一体なにをやらかしたんだろう?

サラちゃんはどうやら人見知りのようだ。

先月までシロッコさんのとこにいたそうだけど、これからは僕がお兄ちゃんなんだ。

大事にしてあげるからね。

ふふふ。

 

 

ヘンケン先生はエマさんをいつも目で追っている。

この間、誰かと付き合っているんだろうかって聞かれたけど、僕にはわかりませんと濁しておいた。

ちょっと困ったな。

 

 

金髪リーゼントな野獣のヤザンさんから女の子を紹介してくれよと頼まれたけど、僕にそんな人脈は全然ないです。

ヤザンさんの自動車工場で働いている、アドルさんやダンケルさんやラムサスさんからも必死な勢いで懇願された。

みんな、僕をなんだと思っているのかな?

それとなくライラさんを紹介したけど、返り討ちに遭わないかと少し心配になった。

キシリアさんの方がよかったかな?

 

 

今日は、珈琲仮面をたまにしているジャミトフさんのお手伝い。

お髭がとても似合う、ナイスガイなお爺ちゃんだ。

街の美化運動を一緒に行った。

一仕事終わったら、おいしい珈琲をご馳走になる。

それが楽しみだ。

たまに珈琲店へブレックスさんが来て、ジャミトフさんと口論している。

正に零距離砲撃。

いがみ合ってはいても、きっと心はどこかでつながっているのだと思う。

とても仲がいい。

羨ましいほどだ。

 

 

 

今夜はウォンさんの中華料理店で食事会。

父さん母さんにファ、フォウにエマさん。

新しく家族になったロザミーちゃんとサラちゃんも加え、八人で賑やかに食べる。

いつまでもこんな感じで幸せに暮らしていけたらなあ、と僕は心の底から願った。

 

 



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忘れ去られた、砂の星





【オリジナル作品】

◎『スター・ウォーズ コンプリート・ロケーションズ』から大いに創意を得ました

◎プロボット(プローブ・ドロイド)みたいな探索機の話にしようかなと思っていたら、いつの間にかこんなお話になりました

◎『艦隊これくしょん』成分も多少含んでおります





 

 

 

 

二度目の人生の始まりは、砂の星だった。

 

暗黒系企業を転々として、魂を磨り減らす一方だった前世。

結婚することもなく、彼女も存在せず、薄ぼんやりとした日常的絶望の中で齷齪(あくせく)しながらなんとなく生きてきた。

月に二日あったらいい方の休日は、惰眠を貪るかなんらかの手続き関係でいずれも呆気なく潰れた。

特売品で買ったかちこちのパンや半値になった弁当に慣れ親しみ、青白い顔のコンビニエンスストアの店員にそれとなく同情する深夜。

ゆるやかに壊れてゆく己。

平和な日本にて、ゆっくり崩壊してゆく。

豊かな日本。

素敵な日本。

確かに、そうなのだろう。

一部の人にとってはだが。

社会の奥底に蟠(わだかま)るような生活でいつの間にか倒れてしまう人間のことなど、誰にも省みられないのが普通なのだろうさ。

すべてお前たち自身が悪いのだと、したり顔の連中に糾弾されるのが関の山。

意識高い系のキャンキャン喚く連中が大きな顔をしながらのさばる格差社会。

悲しきかな我が拙き人生。

 

ある夜、サービス残業中の最中に心臓が痛くなって苦しくなり、七転八倒している内に気を失った。

嗚呼、このまま死ぬのか。

四〇年少々生きてきた証を、なにも残せないままに。

…………。

まっ、致し方ないわいな。

サヨナラだけが、人生さ。

 

 

 

 

海を渡っていた気がする。

誰かと一緒に。

それは艦橋のような場所。

遥かなる星の海原を泳ぐ。

傍らに誰かと。

彼もしくは彼女と一緒に。

進め進め何処までも進め。

そして……そして………………。

 

 

 

 

気がついたら、見目麗しき欧米人の夫婦らしき人物たちが私を見つめている。

誰だ、この人たちは?

一体、私の身になにが起きたんだ?

 

「大丈夫? 我が愛し子のクルッシュクルよ。」

 

女性が私に語りかけてきた。

誰だ、それは?

ちょっと古風な感じがする。

再び語りかけてくるご婦人。

綺麗な青い瞳の色白の女性。

少しくすんだ金髪のご婦人。

ロシア系か、ウクライナ系か、ベラルーシ系か。

もしかしたら、スウェーデン系かエストニア系?

わからないな。

どうやら、今の私の名はクルッシュクルというらしい。

クルッシュクル・ハリエラス。

それが今生(こんじょう)の自分の名前だそうな。

ドッキリにしては手が込みすぎているし、なにより自分自身が白人系の少年であることに気づいてしまった。

鏡を見せてもらうと、私自身は美少年でもないが不細工でもない。

母は勿論のこと、父も美形だが、あまり似ているとも思えないな。

一応近似的片鱗は無いでも無いから、血脈的に繋がりはあるのか。

隔世遺伝かもしれない。

硬度が気になったが、前世並の硬さは維持出来ているようだった。

先ずはひと安心。

後程、性能試験をしなくては。

 

 

自分の住んでいる惑星の名前を両親に聞いてみたが、タトゥイーンでもデューンでもサンサでもなく、『忘れ去られた、砂の星』なのだと言われた。

どうも、ここはぶっちぎりの辺境らしい。

マッドマックスや北斗の拳的世界でもないみたいだ。

惑星の開発途中で戦争になり、開発計画を担当していた会社は本社のある大陸ごと激しい砲火で火の海に沈んだのだとか。

宇宙船の定期航路は無く、一応宇宙港の一角に帝国軍の駐屯地が存在するそうだが兵隊たちの錬度は低く、チンピラよりはマシといった程度の手合が一個小隊ほどたむろしているそうな。

この星自体の治安は『そこそこ』で、宇宙港近くの市場にある店舗はどこも『割と危険』なのだと教えられた。

 

 

昔々のその昔。

近隣の宙域で帝国軍と反乱軍との間で激烈な戦闘が繰り広げられ、この農園の近くにも艦船の残骸が降り注いだり、地上戦になって破壊された四足歩行型の戦闘兵器の残骸が近所に転がっているという。

若い頃探索者だった父はお宝探しの専門家で、母というお宝をこの星で発見したのさと話の締めくくりでのろけてくれた。

あの毎晩漏れ聞こえてくる激しい音声からすると、妹か弟が近い内に産まれるのかも知れない。

この世界がスター・ウォーズっぽい世界なのか、銀河英雄伝説っぽい世界なのか、それ以外かはなんとも気になったが、両親が平民の庶民でその身分を特に気にしていない風でもあったので、それなりに平和な世界なのだと思う。

そうだよね?

両親の所作の端々に洗練されたところが散見されるのだけど……まっ、いっか。

気のせい、気のせい、きっと気のせい。

そうに違いない。

 

気分転換も兼ねて、近い内に探索へと出掛けてみよう。

 

驚いたのはうちの使用人のサニトゥが帝国軍の脱走兵だということで、この陽気で頼りになる腕っぷしの強い巨漢がクローン兵士なのは私を驚かせるに充分の事実だった。

悪しき洗脳教育以前の兵士なので、自分自身で考えることの出来る兵卒なのが本人曰くちょっとした自慢だとか。

ふーん。

もしかしたら、ここはスター・ウォーズ系の世界なのか?

少なくとも、アストラギウス銀河的世界ではなさそうだ。

 

私が私としてこのなんともSF的世界に覚醒した六日後。

一三歳の誕生日を迎えた私は、専属家政婦としてTAT-6、KAS-4、KA-2、NA-20という、人間の少女そっくりなドロイド四体を与えられた。

アッチョンブリケな贈り物だ。

オー・ヘンリーもびっくりだ。

製品番号的な呼び方はなんだか厭なので、それぞれシックス、フォー、ケーツー、トウェンティと仮称を与えた。

シックス、ケーツーは私より少し歳上、フォーはもうちょっと歳上、トウェンティは私と似た年齢のような姿をしている。

三体は胸部装甲が豊かな感じで、残る一体も衣装をパージしたら存外おっきいのかも知れない。

私自身は大きさにこだわらないが、製作者が凝り性だったのかもな。

彼女たちは人型ドロイドを証明するヴィクトリア朝風メイド服を着用し、まるで私は貴族の御曹司みたいだ。

我が家は至って普通っぽいのに。

……普通なんだよね?

何故四体もの貴重と考えられる人型ドロイドが私へ無造作に与えられたかというと、ドロイドたち自身が私を主人として認識したからだという。

よくわからないな。

遺棄された超大型戦闘艦艇(艦隊旗艦か?)の中で彼女たちは奇跡的に無事な姿で見つかり(カプセルの中にいたとか)、他はすべて駄目になっていたとか。

先日、やっと彼女たちは覚醒したのだ。

それは私の目覚めに合わせたかの如く。

 

その夜。

寝ようとしていたら、彼女たちが簡素な私の部屋に入室してきた。

呼んでもいないのに。

全員、どうしてだか薄着だった。

ドロイドだから暑さは関係なかろうに。

 

「マスターから与えられるモノが、私たちには必要なのよ。ふふふ。」

 

シックスが妖艶に嗤う。

次いで、フォーがもじもじしながら言った。

 

「あ、あの、マスターから供給していただかないと、私たち、動けなくなっちゃうんです。」

 

なにゆうとんねん。

ほんまかいな。

疑惑を感じていると、ケーツーが平坦な調子で話しかけてくる。

 

「出してもらえたら、それでいいの。」

 

出す、ってなにをさ。

金なら無いぞ。

トウェンティがにこやかに言った。

 

「て……じゃない、マスターがばんばん出しちゃえばいいんだよ。ほら、こうしたらわかりやすいか?」

 

はしたない仕草を始めるトウェンティ。

にこやかな顔をしながら、そんなことをするんじゃない。

 

「マスターを見ていると、なんだか懐かしくなってくるのよね。」

 

ガシッと右腕をシックスに掴まれる。

 

「大丈夫、すぐに終わるわ。」

 

ガシッと左腕をケーツーに掴まれた。

 

「すぐ終わったら、ダメじゃんか。」

 

トウェンティが両足を掴んでしまう。

これでは、逃げられないじゃないか。

 

「じゃ、じゃあ、始めますね。て……じゃなくて、マスター。」

 

フォーは私に近づくと、頬を赤く染め上げながらとてもとてもやさしく微笑んだ。

 

 

 

 

翌朝、両親は私に対して大変やさしかった。

 

 

 

 

うちの農園では紅茶と珈琲と複数種の果実と香辛料が栽培されており、この星ではそうした農園が複数存在する。

気候的には、アフリカか南米辺りが近いのだろうか。

嗚呼、チタマが懐かしい。

そして特産品は、あちこちの惑星に輸出される程の人気があるとか。

貴重な物資の供給基地とのことで、それ故に戦乱から遠い位置を確保出来ているのだ。

まあ、ここを占拠しても、戦況を好調にするのは難しいだろうなあ。

うちの農園でカレー粉を販売しているのには吹いた。

カレーがあるのか、この世界。

ついでに言うと、ご飯もある。

しかもインディカ米ではなく、ジャポニカ米だぜ、ジャポニカ米。

もしかしたら、異世界から来た誰かがチートだかなんだかでやらかしたのかも知れない。

まさか、うちの親が……そういえば……いやいやまさか。

でもたまに…………ま、まあ、たぶん気のせいだと思う。

 

 

 

一皮剥けてしまった私は、むっちゃ悪い奴になってしまうのかもしれない。

昨夜もあんなことをしてしまったし、今宵もおそらくは……。

 

 

 

いよいよ、探索に向かう日がやって来た。

ドロイドたちの調子も万全みたいである。

いざ行かん、お宝の山へ。

砂船と呼ばれる反重力的なエンジンで動く乗り物に乗って、壊れた艦艇や戦闘兵器の中をまさぐるのだ。

まあ、ろくなモノが見つからないだろうけれども。

娯楽の少ない生活なので、ほんのりした冒険は生活の中の香辛料になるのだ。

砂船の舳先(へさき)には、『さかみ』と読める文字が記されている。

えっ?

えっ?

まさかの日本語?

た、たまたまなんじゃないか?

み、見なかったことにしよう。

 

そして、農園から出発する時。

ドロイドたちは高らかに叫ぶ。

私にその体を密着させながら。

 

「「「「抜錨!」」」」

 

 

 



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追放された元魔王の求めるはスローライフ





【オリジナル作品】

◎異世界転生したおっさん、魔王として戦いに参加する

◎負け戦の火消し役になったおっさん、まさに火の車

◎役に立たないと放逐されたおっさんの行く先は?





 

 

 

 

オレは戦乱続く異世界へと転生してしまった。

あおり運転してきたアホの車にぶつかってしまい、たぶんお互いに即死だっただろう状況からの驚くべき展開。

魔王型素体の適性者としてその体へ魂を強制的に封じ込められたオレは、結果から先に言うと任務に失敗した。

 

現代日本で一般人としてどうにかこうにか生きてきた人間が、三国時代や日本の戦国時代もかくやというわやくちゃな日々に対応出来る訳などない。

人を殺したくてたまらない、といった人間でも無い限りは右往左往するであろう。

実際、オレは当初そうだった。

立ち直ってからは忠実な小鬼たちと不利な戦況で奮闘を幾度も重ねてきたし、過酷な殿軍に何度も参加させられたが、残念ながら戦局を好転させるには至らなかった。

そして、専属監視員たる戦闘憲兵による査定では六等評価とされた。

それは下の下で最低評価。

明らかな捏造だと思えた。

オレに悪意を持つこの底意地悪きおっさんは上にへつらい、下に威張る輩だった。

そのおべっか野郎はオレを臆病者扱いし、戦術も戦略もわからない愚者と断じた。

結局オレは失敗作として管理者に左側の角を折られ、辺境への放逐処分とされた。

そんなに強いなら自分自身で戦場へ出たらいいのに、と思ったが口にしなかった。

以前それを口にした同郷の者が、一瞬にして原子分解されたからだ。

士道不覚悟の者には死を、か。

幕末の新撰組じゃあるまいに。

 

異世界の人間の魂を封じ込めた量産型魔王は次々に戦場へ送り込まれ、ある者は勇者群からむごたらしい拷問をされた末に死をもたらされた。

またある者は敵前逃亡して処分された。

毒殺された者、暗殺された者。

包囲殲滅戦で立ち往生した者。

殺され方は多種多様だったが、使い捨て前提の逐次投入という最悪の愚策によって人的資源はどんどん磨り減らされていった。

 

それでも、多数投入された量産型魔王は一定の戦果をもたらしたらしい。

帝国王国連邦皇国公国の五ヵ国連合軍となんとか停戦に至ったのだから。

 

辺境の何処へなりと好きに行けばいいと管理者から戦力外通告を受けたオレは、目星を付けていた寒村へ向かうことにした。

そこは僻地の山奥にあって戦略的意味がなく、実に好都合な場所だからだ。

 

行きがけの駄賃とばかりに、散々嫌がらせをしてくれた戦闘憲兵殿には『事故』に遭ってもらった。

オレをこの戦闘狂集団から外す役割を果たしてくれた功労者でもあるので、気分的には複雑なところだ。

よって、丁寧に『処理』しておいた。

江戸時代並びに中世欧州の拷問を勉強しておいて、本当によかったと思う。

 

 

 

元量産型魔王に付き従うは小鬼の親衛隊二八名。

最盛期には一〇〇〇を超えた彼らも、現在古参兵数名以外は経験の少ない若手ばかりだ。

最後の戦いは関ヶ原の島津さながらの激戦になったからな。

よく死ななかったもんだ。

自由放免を皆に言い渡したが、誰も離脱しようとはしなかった。

魔王を首になったオレに付いてくるというのだから泣けてくる。

 

「大将をほっぽいたら、熊や猪にでも殺られちまうかも知れませんからな。」

 

ケラケラと口の悪い大尉が嗤い、皆が笑って頷いた。

左目に眼帯を付けた彼は、オレと共に初期から戦い続けてきた歴戦の士だ。

肩に担いだ三八式歩兵銃を軽そうに持ち歩き、狙撃手としても優秀である。

母方の祖父が狙撃手だったので、なんとなく大尉には親近感を覚えている。

 

 

勇者は敵対する相手として、最悪の方に属した。

彼らの防御力はヒグマやサイをも凌駕するようで、三八式歩兵銃の連射を喰らっても鎧姿で全力疾走してくる様子はまさにホラーだった。

或いは象並の装甲だったのかもしれない。

それとも、シャーマン戦車並だったのか?

光線銃で体に複数穴を開けても平気で笑いながら突っ込んでくるので、あれにはほとほと参った。

 

まあ、今後はあんな化け物どもと戦う必要がないので、それが慰めといえばそうなるか。

 

 

 

角を折られて役立たずの称号持ちになったオレと、敗残兵扱いの小鬼たち。

気分は逃避行である。

大規模攻撃魔法や一〇〇〇ポンド爆弾などの影響で穴ぼこだらけの元戦場な荒野をてくてく歩いている内、辺りは夕暮れになってきた。

レシプロ式の爆撃機が何機も墜落した現場を通り過ぎ、ふと顔を空に向ける。

多彩な色彩の豊穣がそこに存在した。

赤黒くなりつつある天空に紫や青や紺などが入り交じり、瞬く間に大きく変化してゆく。

なんと、我々のちっぽけなことか。

自然のなんと雄大で壮麗なことか。

空の美しさに思わず見とれてしまい、大尉に服の裾を引っ張られて我に返る。

アメリカインディアン式のテント、つまりティピーを複数設営し、煮炊きを始めて夕食の準備に取り掛かった。

 

小鬼たちは戦闘に特化した種族でないとはいえ、手先の器用な連中だ。

それは食事の旨さにも繋がり、他の戦闘に強い種族を選ばなかった理由でもある。

その結果は追放となったが、後悔はしていない。

不味い飯ばかりで生きていけるものか。

 

 

三〇名足らずの愚連隊が向かうは牧畜が主産業の寒村。

豊かな村とは言い難いが、居心地のよさはお墨付きだ。

なんせ、僅かに与えられた休暇は全部其処で過ごしていたのだから。

村では薬師の真似事をして、無医村だったので大変重宝されていた、

ちなみに配下の小鬼たちは、近場の森で休暇を満喫していたようだ。

薬草の栽培をしていたみたいで、似た者主従だったのかもしれない。

 

 

転移魔法は便利なのだが、今は魔力がからっけつなので徒歩で向かうしかない。

薬師が新しく引っ越してきたとかでもない限りは、普通に迎えてくれるだろう。

こんな引退生活も悪くない。

 

 

 

 

村に旅の薬師さんがまた来てくれた。

今後は、ずっとこの村で暮らしてくれるそうだ。

うれしい。

薬師さんのお陰で、ユキちゃんや白靴下たちも元気に過ごしているのだから。

村の人たちは皆喜んでいる。

明日から手伝いをしなくっちゃ。

薬師さんを狙っている子は多い。

負けないんだから。

さあ、頑張るぞっ!

 

 

 

 



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モモタ・ロー



原作:【桃太郎】




 

 

 

桃。

黄桃。

白桃。

産地は備前の国を最上とし、かの地は刀と陶器の名産地でもある。

その備前の国に於ける、ある年のある日。

刀鍛冶たる老翁の兼正は、作刀の燃料たる薪(たきぎ)を得るために山へ柴刈りに出掛けた。

妻の五十鈴は川へ水汲みに出掛けた。

刀を作るには多くの水が必要なのだ。

五十鈴が鼻歌をうたいながら水汲みしていると、川の上流から異常なほど大きな桃が流れてきた。

面妖な。

あのように大きな桃などあり得ない。

だが、なんだか面白そうでもあった。

彼女はパッと裾をまくるや否や、白い太ももを露(あらわ)にしながらざんぶと川に入り、妖桃をはっしと捕まえた。

 

「ふふふ、五十鈴からは逃れられないわよ。」

 

改めて見ても大きい。

大人の頭より大きい。

 

「食べごたえがありそうね。」

 

五十鈴は食べるつもりのようだ。

 

 

 

夫の兼正が帰ってくると妻は情熱的なベーゼを彼に与え、自身の戦利品を指し示した。

居間に置かれ、まな板の上で斬られるばかりとなった夏の果実を。

 

「でかいな。」

 

老いた夫の言葉に美しい妻は頷いた。

 

「おいしいのかしら?」

「さあなあ。」

 

言いつつ老翁は備前刀の作り方でこしらえた厚重ねの庖丁を素早く用意し、据物(すえもの)斬りの構えをとる。

それは、明珍派の兜さえすっぱりと断ち割る程の威力の業。

呼吸を整え、妖しき桃を一刀両断せんとするは刀匠の兼正。

目釘は既に湿しており、あとはずらんばらんと斬るだけだ。

 

「では。」

 

シュッ。

斬るともなくふるわれた斬擊が、正中線を精確に狙って妖桃に迫る。

桃の果肉はあっさりとその内部を斬り手に見せ、屈するかに見えた。

だが。

 

「むっ?」

 

真剣白刃取りで庖丁の切っ先を防いだ赤子が、桃の中の空間にいた。

薄皮一枚斬られた頭皮からほんのりと赤い血が流れ、それが人間同様の存在たることを示しているようだった。

あり得ない。

夫婦はそう思った。

こは化生(けしょう)のモノか?

シュルン。

妖桃が真っ二つに割れ、左右に転がる。

睨み合うは刀鍛冶と怪しき赤子。

この場で始末せねば、世のためにならぬ。

そう思って庖丁に力を込める兼正だったが、赤子の方も斬られてならじとばかりに両の手に力を入れる。

ならば。

ふわり。

庖丁を軽やかに持ち上げた兼正は電光石火の勢いでそれを振り下ろした。

だがしかし。

すんでのところで赤子は庖丁を手放し、ごろごろと床を転がる。

 

「やるのう。」

 

感嘆する元武士の老いくさ人。

赤子はふてぶてしく、ニヤリと嗤(わら)った。

 

「我が名はモモタ・ロー。世を乱す鬼どもみなみな斬り倒し、平静と安寧をもたらす者よ。」

「「喋った!」」

 

夫婦は驚愕する。

やはり、魔物か。

居合の構えを取る兼正の殺気が膨れ上がった。

裂帛(れっぱく)の気が周囲にどんどん満ちてゆく。

冷や汗を流しながら、赤子のようなモノが再度口を開いた。

 

「待たんか。ワシは鬼退治をすべく、天界より参ったのだ。この仙桃がその証拠……ん? いずこに消えた?」

「あら、桃ならここよ。」

 

五十鈴によってきれいに洗われ切られた桃が、備前焼の大皿に盛り付けられていた。

どうやら庖丁は二本あるらしい。

そして彼らは桃を食べながら、天にも昇る心地を覚えた。

 

彼らの家を闇の向こうからじっと見つめるは、八房(やつふさ)と猿田彦とアメノトリフネ。

それらは頷き合うと、軽騎兵のように素早くその場から立ち去って闇夜に溶けていった。

 

 

モモタ・ローと名乗った赤子がどう成長するのか、それはまだ誰にもわからない。

 

 



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おやすみなさい、夢も見ぬままに




【オリジナル】

『ニンジャと司教の再出発! レトロゲー迷宮に殴り込み』を参考にして、ウィザードリィ風世界観の話にしてみました。





 

 

 

 

通称、『蔵』。

探索者の酒場で燻(くすぶ)っている、予備役兵的存在的我々の呼称がそれである。

私の職業はサムライで、階位は一のまるっきり初心者。

唱えられる呪文は二つあって、一つが『おやすみなさい、夢も見ぬままに』。

眠りをもたらす魔法だ。

もう一つは『ささやかなほむら』で、これは初歩的攻撃呪文として詠唱可能。

呪文が唱えられるのは合計二回なので、戦況に合わせて使う必要がある。

後者は小さな炎を飛ばす魔法で、野営の時にも重宝しそうだ。

 

私の前世は別世界だったらしく、この世界とは異なる知識が頭の中にある。

だからといって、チートやら成り上がりやらは出来ない感じがするけれど。

 

私の仕事は仲間の武具やら道具やらを無料で預り、それの番人をすること。

地下迷宮探索など、一回もしたことがない。

この迷宮都市で私と同様の憂き目にあっているのは、一人二人どころじゃない。

ちらりと見るだけで三〇人ほどのうらぶれた連中が、昼から安酒を浴びるように呑んでいる。

その殆どがむさい男なので、やる気がじわりじわりと削がれてゆく。

私の隣にいる斥候の少女は、先程から私に絡み続けていた。

ぺちぺちと気安く胸板を叩いており、たまに太腿を撫でたりつねったりしてくる。

栗毛色の髪に青い瞳。

活発な感じの村娘だ。

彼女はここから歩いて北へ一〇日ほどかかる村から、青雲の志(こころざし)を持ってはるばるこの街までやって来たらしい。

この半年ほどで、私は彼女自身や村に関する詳しい情報を得たのだった。

村の名産である林檎は冬場になるとこの迷宮都市にも届くので、彼女から村人へ連絡が取れない訳ではない。

だが、『蔵』と呼ばれる存在を不本意ながら続けている彼女にとって、村の人々と連絡を取ることは非常にむつかしいようだ。

結局、若い身空で昼から管(くだ)をまくしかない。

この世界では一五歳以上が成人と見なされるので問題ない筈だが、前世の知識がある私にとってはあまり好ましく見えない風景だ。

とはいえ、辺りは似たような感じだ。

酒精度が低いので、それが救いといえばそうなのかもしれぬ。

水をがぶ飲みするよりは安全なのだし。

様々な理由で平均寿命が短いようだから、この世界の人々は生き急ぐようになってしまうのだ。

おそらくは。

おっさん系探索者の方が、身につまされる情景かもしれない。

前世でおっさんだった私は、こちらでは若返っているようだ。

その辺の理屈がよくわからない。

なにかしらの思惑が働いているのかもしれない。

若い女給はそばを通る度に、私のあちこちを当たり前のように触ってゆく。

もしかして、誘っているのか?

いや、単にふざけているのか。

数人に粉をかけているみたいに見えるが、誰も彼女の誘いに応じていない。

そもそも誘っていないのかも。

二〇歳過ぎに見える彼女は見目も悪くないが、こちらの世界では違う扱いになっているのかね。

あれこれ考えていたら、女給が後ろから抱きついてきた。

バックアタック!

不意討ちだ!

彼女は豊かな胸部装甲の存在を、存分に私の背中へ知らしめてゆく。

なんのつもりだ?

悪ふざけか?

左手の甲を撫でられ、横からじっと見つめられる。

落ち着かない気持ちになってきた。

 

「いい加減にしろよ、このアマ。」

 

ドスの利いた声が隣から聞こえてきた。

それを発したのは我が勇ましき同僚だ。

鬱陶しそうに胸元強調系女給をよそへ追いやる、うら若き斥候の少女。

彼女はその後、私の膝の上を椅子代わりにしてえらくふざけまくった。

余程精神的負荷がたまっているものと愚考する。

どこかで発散出来たらよいのだが。

 

 

 

仲間は結局、帰って来なかった。

日が暮れたので酔い潰れた斥候の少女を抱き抱え、馬小屋へ向かう。

藁(わら)にくるまって、今宵も星空を見ながら寝ることにしよう。

 

 

 

今日も今日とて、探索者の酒場で座り心地の悪い椅子の上。

斥候の少女は煉瓦のように硬いパンを水でふやかしつつ、もしゃもしゃと咀嚼(そしゃく)しつつ、私を通常通りにばしばし叩いて愚痴三昧。

このパン、武器として使えないかな。

投げつけたら、小鬼くらい倒せるか?

嗚呼、武器が欲しい。

はなはだ情けないことに、私は丸腰なのだ。

それは、この酒場にたむろする連中全員に言えることだが。

少女の打撃は何気に痛い。

この子、けっこう腕っぷしがあるんじゃないかな?

農家育ちだから、けっこう腕力があると思われる。

戦士でもやっていけたんじゃなかろうか?

そう思っていたら、彼女の愚痴から事実が知れた。

我がパーティの主導者が、彼女の職業を強制的に決めたという。

無垢だった彼女はそれを従順に受け入れたが、同僚の私と一緒にいる内にどんどんやさぐれていった。

私は特になにか言ったことなどない。

ないのだが、斥候の職に就いた彼女は待ち続けている内に周囲の状況からいろいろと察するに至ったみたいである。

情報を集めて統合し判断する仕事が斥候。

それ故に、早い時期からあれこれこれそれと疑っていたようだ。

そんな彼女は一ヵ月もしない間に、ずいぶんと厭世(えんせい)的な人物になってしまった。

まあ、私自身、あまり人のことは言えないのだが。

酒場の中もそうだ。

情報を扱う奴ほど顔色が悪く、僧職はひたすら信じる神に祈り、戦士系や魔法職は意外と楽観的な風に思える。

思えるだけで内心はわからない。

 

 

 

今日も仲間は帰って来なかった。

彼らが帰って来なくなって既に三日。

前世なら、そろそろ捜索願いを出そうかという頃合いである。

酒場に誰か来る度、探索者予備軍は出入口に鋭い目を向けた。

訪れた面々が仲間を求める探索者たちの時、その新しい仲間になれないことがわかっていても我々は絶望的な気持ちに陥る。

何故ならば、現在お出掛け中の面々が全滅したり『契約』を解約しない限り、我々に迷宮探索といった自由行動など出来ないからだ。

こうした『縛り』があるため、我々は延々と仲間を待ち続ける破目になる。

命が安全なのはわかっているけれども、それとこれとは別問題なのである。

この状況が改善する見込みはあるのだろうか?

まあ、おそらく、仲間はまだ生きているものと楽観的に考える。

そうさ。

そうに決まっている。

そうでなかったら、やりきれないじゃないか。

 

 

 

酒場で薄味のスープに頑健なパンを浸して頬張りながら、斥候の少女が今日も散々愚痴る。

器用なものだ。

と、不意に、私自身を押さえつけていた見えない圧力のごとき存在が突然皆無になったような心持ちを覚えた。

急に自由意思が戻ったような気になる。

カチャリと切り替えがあったみたいな。

椅子から立ち上がった私を見て、斥候娘はぽかんとこちらを見つめていた。

 

「さあ、行こう。」

「ど、どこへよ。」

「迷宮だ。」

「迷宮? あたしたちは勝手な真似なんて出来ないでしょ!?」

「出来る。今しがた、仲間たちは全滅したらしい。」

「えっ?」

 

私は彼女の手を取り、酒場の出入口を通り抜けた。

青空の広がる街は輝いているようだ。

そこから見えるは、迷宮への出入口。

あそこだ。

丘の中腹にぽっかり穴が開いている。

これから、あの地下迷宮へ行くのだ。

現在、我々が出来るなにかを使って。

先ずは『商店』で武具や道具を揃え、それから探索である。

幸い、懐は比較的温かい。

預り金が割と潤沢なのだ。

資金力がある内に行動だ。

冷める前に使ってしまう。

我々が成長する糧にする。

だらだら使う暇など無い。

さあ、行こう。

冒険の世界へ。

 

「君に期待している。」

「えっ? あ、うん。」

 

顔を近づけると、少女が顔を赤らめる。

そうか。

彼女も期待しているのか。

あの迷宮に。

私も威力を確かめたい。

敵に唱えてみたいのだ。

おやすみなさい、夢も見ぬままに、と。

 

 



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妻は今宵も私を責め立てる




【オリジナル】

仮装夫婦のお話にして、少々エッチな仕様となっております。
また、ほんのりと『艦隊これくしょん』的な要素を含みます。





 

 

 

妻が『艦隊これくしょん』の龍驤(りゅうじょう)のコスプレ姿で居間に現れた。

赤い水干のような衣装は二〇代半ばになった今も中学生みたいな彼女によく似合っていて、コスチューム・プレイヤー界隈では『合法ロリ』などと呼ばれているらしい。

夜のことを考えたらどちらかというとサキュバスみたいに思えるのだが、夜な夜な私のすべてを搾り尽くすような真似は慎んでもらいたい。

あと、私は愛妻家であって小さい女の子が好きな訳ではない。

私は彼女が大好きなだけなのだ。

それだけはきちんと言っておく。

口説かれたのは私の方だけれども、それは些細な事実だろう。

 

「碇(いかり)司令はんの姿も似合っとったけど、提督姿もようにおうとるな。」

 

どこか怪しげな関西弁で喋ってツインテールをなびかせた彼女は、腰をかがめて撮影の準備を始める。

……白か。

 

「写真集と画像集とビデオを作るからな。バンバン撮るで。そいで、バンバン売るで。」

「お手柔らかに頼むよ。」

「任しとき、キミ。うちがばっちし撮ったるからな。」

 

妻がバシバシ私を叩く。

 

「うむ、そこは気軽に叩く場所じゃないぞ。」

「ええやん、夜は叩くどころやないんやし。」

 

そういう問題なのだろうか。

 

全年齢対象型の健全な撮影を終えたその日の夜、妻は不健全な行為に手を染めて私を完膚(かんぷ)なきまでに蹂躙(じゅうりん)し尽くした。

彼女曰く、『開幕雷撃』とやららしい。

そんなに若くも無いので、毎夜責め立てるのは勘弁して欲しい。

 

 

 

 

数日後。

出社すると、部下たちに妻と時々仮装をすることが発覚していた。

これこそが夫婦の共同作業なんですね、と言われたがなんか違う。

ネット上に画像が出回っているそうな。

どうも妻はコスチューム・プレイヤーの世界でかなり有名らしい。

結婚式で妙ちきりんな恰好をした人が多いなと思ったのだけど、おそらくそれが原因だろう。

違うかな?

我々新郎側はあれを余興だと考えたのだ。

新婦側が妙な雰囲気だったのはそれでか。

その日以降、部下たちから『司令』と呼ばれるようになった。

解せぬ。

 

 

 

更に数日後。

部長に妻共々時折仮装していることが発覚してしまった。

そして我々同様の行為に手を染めていることが判明する。

なんてこったい。

今度一緒に、なんらかの集まりに行こうと言われた。

詳しく言われたが、ちんぷんかんぷんだ。

よくわからないので、帰宅したら妻に聞いてみよう。

 

 

 

更にその一ヵ月後。

妻及び部長や部下たちと仮装大会みたいな集まりに行ったことが、社長に思いっきりバレた。

ついでに社長が昔、文学的同人誌を作っていたことまで判明する。

オーマイガー。

その上、会社の有志で公式にマンガ祭に参加することが確定する。

柔軟というべきか、めちゃめちゃというべきか。

我が社はどこへ向かっているのだろうか?

 

 

 

休日。

愛妻が可愛い高校生や中学生を集め、朝から居間で賑々しく撮影している。

見えると困りそうなモノがちらちら見えるのだけど、問題ないのだろうか?

妻曰く、なんとか見えそうでぎりぎり見えないことがとっても大切らしい。

よくわからないな。

彼女たちは『艦隊これくしょん』の仮装をしていて、軽空母に軽巡洋艦に駆逐艦を加えた編成だとか。

全員ノリノリだな。

まあ、楽しいのならばそれでよかろうなのだ。

私も着替えてくるようにと妻から言われ、詰め襟の服を着て居間へ行ったら『提督』やら『司令』やらと呼ばれる。

私の役割は彼女たちの指揮官だそうな。

夜の指揮官になったらあかんで、と妻から言われたのだけど事実無根だ。

無邪気にじゃれつく彼女たちに困惑しつつ撮影に臨んだ。

しばらくすると、近場の洋館で撮影しようという話になって、我々は中古の●イエースに乗って出かけることが決定する。

妻は既に、そこの撮影許可を得ているという。

流石は我が奥様だ。

動きが素早いのだ。

高速機動細君だな。

洋館に着くと、他の撮影する人たちも来ていた。

ボディスーツのような衣装を着た白い肌の女の子は、なんでも妻とは敵対勢力の擬人化系空母らしい。

よくわからないな。

ロシア系みたいでキレイで背の高い子だな、とちょろっと見たら即座に妻が背中をバンバン叩いてきた。

 

「ハーレムはあかんで、ハーレムは。」

「重婚は出来ませんよ、日本国では。」

「当然やけど浮気もあかん、浮気も。」

「しませんよ。」

「ホンマかいな。あの子の胸ばっかり見とったんやろ。」

「別にそんなに見ていませんよ。」

「エイッ! クリティカルヒットや!」

 

妻が飛びかかってきて、六回私をつついてきた。

私に三〇ポイントのダメージ。

そしてぐにぐにされてしまう。

おうふっ!

アウチッ!

 

「あたた。そこをそんなに握ってはいけませんよ。」

「ええやん、夜はもっと激しいことをするんやし。」

 

どうにかこうにか、なりなりてなりあまれるものを通常形態にトランスフォーマーさせることに成功する。

勘弁して欲しいものだ。

 

 

撮影は無事に終わったのだが、夜はタダで済む気配が無い。

実際、寝所に入った時点で妻は私を責め立てる気が満々だ。

ニヤリと嗤った妻は、私の上にのっかると責め始める。

 

「我、夜戦に突入す!」

 

妻の鋭く激しい攻撃に、私はあっけなく白旗を上げた。

即降参降伏。

しかし、妻は興奮していて許してくれそうに見えない。

 

「白旗やなくてな、これからきっちり出すもんはわかっとるやろ。なあ、旦那様。」

 

幼げな顔に似合わぬ妖艶さで、彼女はそう耳元で囁いてきた。

 

 



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可愛い婚約者





【オリジナル作品】

◎おっさん、異世界へ女体化転生する
◎TS化したおっさん、女騎士となる




 

 

 

女として今生(こんじょう)に生を受けておよそ二五年。

平凡な女騎士として働きだし、八年の歳月を重ねている。

前世は異世界の男だったらしく、その記憶は意外に濃厚。

だからといって、特別な権能がある訳でもないのだけど。

白米と味噌汁とぬか漬けと焼き魚とが時折無性に恋しくなる。

麦飯や芋羊羹くらいならば再現出来そうだから、今度やってみよう。

生卵は……無理か。

しかし、なんで性別が異なってしまったのかね?

もっと美人だったらよかったのかもしれないが。

顔はまあそこそこといった感じで、特に可もなく不可もなく。

はしばみ色の瞳に褪(あ)せた金髪。

乳はけっこうあって持ち重りする程。

同性によく揉まれるのが難点である。

剣を振っていると、正直邪魔くさい。

怪力とまではいかぬが、剣を長時間振るうには問題ない腕力が今のわたしに与えられていた。

この年の春に近衛隊の平隊員に抜擢されたけど、なにかの間違いじゃないかという気はする。

武官というよりも文官に近い気質だし、剣の腕ならば下っ端から数えた方が早い。

うちは化物がみっしりと詰まった武辺の国なのだし、わたしのような半端者にはつらい面が無くもないけどそれなりにやっている。

……やれているよね?

わたしにも度胸はそれなりにある筈だが、勇猛極まるノルドの戦士みたいな連中が揃う祖国の軍団で、この卑小なる自分自身になにほどのことが出来ようか。

鎖かたびらをまとって大剣かつぎ、戦場を走り回る勇猛果敢な女騎士たちにびっくらこいたのも既に懐かしい光景。

わたし自身がいつの間にか似たようなことを出来るようになるとは、まるで想像がつかなかった。

それでも大将首が取れるとは、思いもよらぬことだ。

 

経験した戦場は三つ。

大きなものが一つに、そこそこのものが二つである。

首級は幾つかあげたものの、さほど大した首は無かったように思える。

他の騎士たちが修羅過ぎて、わたしの戦いなど霞んで見えるくらいだ。

うちは平々凡々な平民の家系で、武力に長じたご先祖様も居はしない。

それでもなんとかいくさ人たちの跡を追えていられるのは、なにかしらの上位存在のご加護かもしれない。

毎日拝んでおこう。

 

 

 

 

で。

そんなこんなばたばたする日常の落ち着いてきた本日。

それなりに慣れてきた近衛隊平隊員生活に終止符が打たれることになったとは、お釈迦様でも気づかれまい。

わたしの今生での人生は、起伏が激し過ぎるのではなかろうか。

どうも先々月から護衛を務めてきた第六王子様に一目惚れされていたらしく、このまま側妃にするか、どこぞの伯爵辺りの養女にした上で正妻にするかといったところまで話が進んでいるそうな。

けっこう重厚な雰囲気の調度品の並ぶ執務室で、歴戦の陸戦将校たる上司が淡々とわたしにのたまった。

アッチョンブリケ!

そんなの聞いていません、隊長。

刀傷のある顔でにやけないでください。

こわいです。

 

「今話しただろ。お前はどちらにせよ王子様の嫁さんになることが閣議で決定されている。おめでとう、王様もほぼ即決で承認されているから大手を振って結婚式が出来るぞ。これも戦働きのお陰だな。お前の武勲がこの結果を生み出したのだ。誇るがいい。取り敢えずは婚約者からだ。」

 

のらりくらりのぬらりひょんみたいな隊長が通常運転系の表情でそう言った。

わからん。

この人の考えはよくわからん。

普段ぬぼーとしている割に、いざ戦闘となったらめちゃくちゃ強い。

謎技術で敵をばったばったと倒すのだ。

剣の動きがまるでわからない。

そんな隊長に刀傷を負わせられる相手がいたことも驚きだ。

どんな戦士だったのだろうか?

 

王様の考えは更にわからない。

世継ぎでないとはいえ、わたしのような生粋の平民を王族に嫁がせるとは。

なにを考えておられるのか?

あの方は隊長よりもずっとずっと強い。

戦場で何人も簡単に倒すのをたまたま見かけたが、よくわからない内に敵が倒れていた。

これも謎である。

王様のさりげない一撃を喰らった敵兵は、なにがなんだかよくわからないような顔をしながら次々に地へ伏していった。

あの境地に至るには、どれほどの修練が必要なのだろう?

 

そう言えば、おさわりしてきた隊長に裏拳をかましたのは近衛隊入隊初日だったな。

ついつい反射的にやらかしたが、鼻血を噴出させながらも爽やかに微笑む隊長は誠に変だった。

その場にいた副隊長たちが平然としていたしおとがめも一切無かったので、ほっとしたのはここだけの話だ。

女騎士の集まりでこの話をしたら、全員隊長にやられていたらしい。

よくぞやった、と皆に誉められて微妙な気持ちになったのは記憶に新しい。

あれで愛妻家で子煩悩というのだから、世の中よくわからない。

たまたま出会った隊長の美人な奥さんにおさわりの件を伝えたら、その翌日顔を腫らした隊長が出勤してきて近衛隊に所属する全員にけらけら笑われていた。

王様に何故か呼ばれてそのことを詳細に報告したら、めっちゃ受けた。

同席されていた王妃様や王太子様も笑われていたし、よかったのかな?

あれだけ戦闘に強い人も奥さんには簡単にやられるんですねとの感想を述べたら、周囲の人たちに大笑いされた。

解せぬ。

 

元男としては男に抱かれるなぞ気持ち悪い限りだが、さりとて百合に走るのもなんだかって感じはある。

女同士の着替えや入浴でも特に嬉しくなることはないし、性欲自体が抑制されている感覚は常にあった。

うーん。

 

「お前はそういう風に考え過ぎるのが悪い癖だ。戦場(いくさば)ではそれが命取りになるぞ。」

「あの。」

「なんだ。」

「結婚するって戦場に行くみたいなものなんですか?」

「おう。いっぱい死んどるぞ。」

「えっ?」

「大抵病死となっているがな。」

「ええ……。」

「やらかさなかったら、大丈夫だと思う。たぶんだがな。」

「あの、今からお断りすることは出来ないのでしょうか?」

「あのなあ。」

「少しでも可能性があるのでしたら……。」

「お前、王様や大臣たちの決定に逆らうことが出来るか?」

「無理です。」

「そもそもお前、王子様がとっても可愛いって言ってたじゃないか。」

「それとこれとは別ですよ。」

「お前、それを現在進行形で舞い上がっている王子様に言えるのか?」

「無理です。」

「なら、決定だな。オレの方からあちらに話はしておく。もう下がっていいぞ。」

「はい。」

「そう気を落とすな。或いは、脂ぎったぶよぶよのおっさん貴族や商人の愛人にでもなった方がよかったか?」

「勘弁してください。」

 

 

なんにせよ、どんな形にせよ、わたしが結婚することは確定した。

むう。

両親や弟妹にはまだ話せる段階でない。

話したらびっくりするだろーなー。

 

 

 

 

とぼとぼと王城の回廊を歩いていたら、中庭付近で顔馴染みの女中さんに遭遇した。

いや。

彼女は待っていたのだろう。

相変わらず、一分の隙も見て取れない。

相当やるのだろう。

わたしはそのまま、我が婚約者の居室に案内された。

室内の装飾は華美でなく、質実剛健な雰囲気のものでまとめられている。

居心地のいい部屋だ。

若様そのものみたいだと思える程である。

父親よりも母親の容姿を引き継いだ眉目秀麗な第六王子様が、微笑みながらわたしを出迎えてくださった。

 

「よく来たな、我が妻よ。『炎の騎士』なる勇将よ。」

「まだ若様の妻ではありませんし、その称号は我が身に余るものです。」

 

あまり持ち上げないでくれますかね。

この可愛くてちょこっとやんちゃな王子様は、どうにもわたしに対する評価が高過ぎるし甘過ぎる。

美化し過ぎです、若様。

 

「お主はもっとお主自身の良質さを自覚するがいい。『炎の騎士』の称号も、善良なる人々を守らんがために盗賊野盗傭兵崩れどもを根絶せんと働くその心がけ故に与えられたものではないか。ますますお主に惚れそうだ。」

 

……。

わからん。

それらのどこに惚れる要素があるのか、わたしにはちっともわからん。

異世界ジョークなのだろうか?

女の敵はすべて討ち果たすべきだと考えているし、少しでもこの世の中をよくしたいという気持ちは常にある。

だがしかしおかし。

女にしては比較的背高で美人でもなく愛想笑いが下手で、特に武勇にすぐれる訳でもない半端者がこのわたし。

戦場では雑兵を幾人も屠(ほふ)ったけれども、そんなことは評価にあたいするものでない。

我が国では当たり前のことだからである。

こそこそ逃げる連中を追撃して討ち果たしたこともあるが、そんなのは数に入らないだろう。

 

……いかんいかん。

どうも今生では物騒な考え方が当たり前になりつつある。

目の前の王子様が興味津々でわたしを見つめているので気になった。

なんじゃらほい。

せがまれるままに語ったよもやま話が思いの外に受けたのかもしれない。

わからないな。

この可愛い男の子の父親たる王は、先だっての戦でも自ら剣を持って陣頭指揮した猛者だ。

気分は戦国武将である。

本陣に敵の選抜部隊らしき集団が急襲してきた時も至極冷静に対応していたのは、流石は我らが主君というべきか。

わたしは絶叫しながら突撃してぶんぶん剣を振り回しつつ暴れまわったけど、王様の目にはどう映っていたのだろうか?

撹乱くらいしか出来なかったが。

近衛隊の活躍もさることながら、王様の剣が速くて驚愕した。

何人も普通に斬っていて驚いた。

わたしは精々二人斬れただけだ。

なんであんなに強いのだろうか?

隊長に聞いたら、王様だからだ、という答が返ってきた。

禅問答かよ。

国の頂点が代々そういった武闘派であり、それ故に王子様も王女様も武官も文官さえも武断的な傾向にある。

苦手なんだよなー、体育会系や筋肉系の人たちは。

内心でうんうん唸っていると、王子様がわたしに話しかけてきた。

 

「なんだ、お主、聞いておらぬのか。」

「なんの話でしょうか?」

「お主の見事な剣捌きによって、逃走する王や王弟や腰巾着な貴族どもらが次々に斬り刻まれたことをだ。」

「えっ? わたしはそんなお偉いさんたちなど斬っていませんよ。斬ったのは雑兵ばかりです。」

「それはあくまでも表向きの話だ。連中は巧妙に偽装していたのだが、看破されずともことごとく斬り倒されるとは普段の行いがよほど酷かったに違いない。しかしまあ、お主にまで情報統制しておるとは、隠蔽を徹底するのも良し悪しであるな。」

「え……えっ?」

 

あいつら、お偉いさんたちだったの?

剣もろくに使えないような、へたれのへっぽこどもが?

 

「この僕がお主への褒賞だ。誇れ。」

「もったいないことでございます。」

「なんの。我々は、とうに相思相愛の仲ではないか。誰とも知れぬおなごと政略結婚させられるよりも遥かに満足出来る結果になって、僕自身も実に嬉しく思う。」

「ありがたき幸せにござりまする。」

 

あー、これは外堀を完全に埋められたな。

しかし、あの貧相な連中が敵さんの中心的人物たちだったとはねえ。

えらく頑強な兵士が複数いたのはそのせいだったのか?

随分強い雑兵だなあ、とは思っていたが、まさかまさかの結果である。

 

しかし、相思相愛とは……。

いつの間にそう思われていたのか。

 

王子様としばし歓談した後、女中さんの先導で部屋を出る。

 

「若様とご結婚なされるということは、貴方様を貴種に育て上げることと同義に御座います。即席になりますけれども、追々教育してゆけばそのうちそれなりにはなることでしょう。」

 

薄暗くなりつつある回廊で、彼女は身体の大半を闇に浸しながらそう言った。

 

「え、ええ、そうなりますね。」

 

一体、どこの誰が教育担当になるのだろうか?

なんちゃって王族になるのだな、わたし。

……。

うわー、ないわー。

でもやらないといけないんだよな。

若様とは一五歳も歳が離れているけど、まあその、頑張っていきたい。

いいのかなー、こんなに年上女房でも。

ついつい、そんなことを考えてしまう。

 

「私どもが、貴方様を必ずやどの国の接待もなし得る方に育て上げます。」

 

彼女の瞳がぎらぎらと輝いている。

 

「よ、よろしくお願いいたします。」

「ええ、こちらこそ。」

 

そして彼女は武芸の国の女らしく、鮫のように嗤った。

 

 



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帰郷





【オリジナル作品】

◎古典的SFを加味した仕様にてお送りします




「人生は汽車ですよ、マドモアゼル。走り続けるんです。それはいいことですよ。」
(アガサ・クリスティ作『青列車の秘密』より)






 

 

 

 

種子島宙港へ戻ってきたら、この国もずいぶん様変わりしたものだと感じた。

もしかしたら、ここだけなのかもしれないけれども。

『あっち』の連中までいる。

昔のSF映画に出てきそうな雰囲気だ。

ある意味レトロっぽい。

日差しが強く、熱風が全身にじわりじわりと食い込んでゆく。

嗚呼、地球に帰ってこれたんだ。

なにもかもみななつかしい。

なんてな。

感覚的には一年経ったくらいだが、実際には二〇年の時間が経過している。

父も母も老いたことだろう。

副船長兼雑用係のティーナに連絡し、自宅へと向かう旨を話しておいた。

人造人間としては異例な程に感情豊かな彼女だが、時には離れたくなる。

まあ、そういうことだ。

最新鋭の反重力型高速船ではなく、昔ながらの連絡船で鹿児島へ向かった。

地元の言葉でかごんまと呼ばれるこの地域だが、今も桜島が噴煙を上げている状況にはなんとなくホッとする。

繁華街で鹿児島ラーメンを食べ、かき氷の白熊を食べ、かるかんを買って鹿児島中央駅発の九州新幹線に乗る。

本州に入り、途中の駅舎で在来線の鈍行に乗り換えて地元へ向かった。

昔のSFに出てくるジャンプスーツみたいな姿の人など誰もおらず、Tシャツにジーンズにスニーカーが相も変わらず若者の衣装のようだ。

年配の人々は方言を話し、機械や他国人や『あっち』の連中と意思疎通する難しさに連日直面していた身としてはなんとなくじんわりしてきた。

ディーゼル機関を使用した汽車は、ひなびたなつかしい風景の中を走ってゆく。

時折駅舎で待ち合わせをしては、特急列車が勢いよく通過してゆくのを眺めた。

ゆっくり走ってゆくのが、なんとも心地よい。

体内時間が現地時間にじわじわ変化してゆくのを肌で感じた。

学生たちの明るく賑やかな声が聞こえる。

 

 

 

 

無人駅の改札を、ICカードをかざして通り抜けた。

線路近くで響く波の音が、気持ちを揺さぶってくる。

駅舎前は以前よりも寂れているが、それもまた致し方あるまい。

キョロキョロしていると、クラクションの音がした。

振り向くと、記憶よりも二〇年加算された顔立ちの弟が軽四で迎えに来てくれている。

こんなにうれしいことはない。

見知らぬ女性と女の子が一緒にいた。

どうやら弟は結婚したらしい。

挨拶して、車内の人になる。

土産を渡した女の子のテンションが高く、昔の弟を見ているようで微笑ましい。

ハイブリッドがどうとか電気自動車がどうとか言っていたように覚えているけど、まだまだガソリン車の需要は高いようだ。

新車かと思ったが、中古車だとか。

景気はあまりよくないみたいである。

質問は主に弟の娘が担当みたいで、彼女は矢継ぎ早に質問してきた。

なかなか鋭い。

過疎化が進む田舎町の中心部を通り過ぎ、やがて実家が見えてくる。

嗚呼、昔のままだ。

女の子は軽やかに車を降りると、てってっと家の中へ入っていった。

代わりのように柴犬が出てきて、こちらをじっと見つめてくる。

近寄っても吠えないので、撫で回した。

おお、久々のモフモフだ。

わんこがビクンビクンした頃、父母が出てきた。

老けたなあ。

思わず、涙が出てくる。

両親も、泣いていた。

 

 

待望の夕食の時間が訪れた。

なつかしの家庭料理満載だ。

ハンバーグに唐揚げ。

ポテトサラダに刺身。

カレーにきんぴらごぼう。

筑前煮にウインナー。

などなど。

カレーは弟が昨晩から仕込んでいたとかで、月日は彼をカレーの達人にしていた。

やるなあ。

デザートはバウムクーヘン。

しっとりむっちりの名品だ。

あの店で買ってきてくれた!

嬉しい!

旨し!

 

 

風呂に入ってのんびりし、父と少し話をした後、寝床に入った。

明日はなにをしようかな?

虫の声を聞きながら、眠りの舟に乗る。

わくわくした気持ちを胸に秘めながら。

 

 

 

 

目覚めるとティーナの顔がすぐ近くにあった。

味気ない宇宙船内のベッド。

否応なしに現実へと引き戻される。

 

「どうでしたか、船長? 最新鋭の擬似現実発生端末機の使い心地は? まるで本当のことのように使用者の五感に訴えかける、高性能な製品と聞き及んでいますが。」

 

目をくりくりさせながら、明るい声で問いかけてくる相棒。

彼女は夢を見ない。

ロボットだから。

マシーンだから。

 

「まあ、そうだな。大変よかった。」

 

そうこたえ、ティーナの頭を撫でる。

彼女はこの端末機を手に入れるため、最大限に張りきってくれたらしい。

何気に承認欲求の強いティーナは、むふぅと自慢気な表情をした。

地球は既に死の星になってしまったが、現在は彼女がそばにいる。

ベッド周辺に散らばっていた数葉の旧い写真を拾い、ティーナと新しい仕事についての打ち合わせをした。

寝た時に再び故郷を夢見ることが出来たらいいな、と考えつつ。

あのバウムクーヘンをもう一度食べたいなあ、と切望しながら。

 

 

 

 



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転生した元勇者は組合職員となって平穏に暮らしたい




【オリジナル】
◎勇者様は今世に於いても勇者様
◎平穏に生きたいと思っているのについついやらかしちゃう
◎魔物は本当に悪なのか





 

 

 

 

私の前世は勇者で、そのまた前世は普通の事務職員だった。

地下鉄工事に伴う地盤沈下は、帰宅途中の私の命をあっけなく奪った。

その後異世界とやらで幼女として目覚め、剣の才能を開花させた後はとある王国の鉄砲玉としてあちこち転戦させられた。

訳がわからない内に王宮に呼び出され、あれよあれよという間にごっつい騎士たちに取り囲まれ、人類の敵らしき魔物たちと戦う破目に陥ったのだ。

魔物は見つけ次第殺すこととされ、被害が出る前に駆逐するようにと厳命された。

魔物は、本当に人間と敵対していたのだろうか?

あの正々堂々と我々に真っ向勝負を挑む彼らは。

仲間と連携して、我々に抗(あらが)う彼らは。

督戦隊の面々から四六時中見張られ、常に洗脳めいた言葉を投げかけられ、なにがなにやらな感じで三年ほど戦い続けた。

騎士たちの入れ替わりは激しく、殆どが失われる事態となっても数日後には完全に補充された。

知り合いを作る間さえない日々。

剣を振るい続けて死を作る日々。

ごくたまに与えられる、ほんのり甘く煉瓦のように硬い、『菓子』と称されるモノを口にする時が僅かな喜び。

嗚呼、カステラをお腹いっぱい食べたい。

 

そして、運命の日。

龍と敵対した我々は、あっけなく炎の息に包まれ絶命した。

嗚呼、これでようやく平穏な死の世界に逝くことが出来る。

 

 

 

 

そう思っていたのに。

運命はなんて気まぐれなんだろう。

 

 

 

 

「あ、あの、クレアさん。依頼を達成しました。」

 

若い冒険者が私に話しかけてきて、依頼票を机上に置いた。

ここはメルキア共和国の首都ローラシルにある冒険者組合。

私は組合の事務職員をしていて、たまに受付嬢をしている。

今度は勇者になんてならない!

絶対にだ!

なりそうになったら、逃げてやる!

 

一昨年前に生まれ故郷の村を出て、紆余曲折を経てこの職にありつけた。

脂ぎったオヤジ系変態商人の愛人にならずに済んで、まっことよかった。

ありがたやありがたや。

今世では平穏な生き方をせねば!

なんとしても!

剣を毎日振るう生き方よりも、筆記具を振るう日々の方がずーっといい。

地味な生活こそ、私の望む生き方。

 

受付嬢業務はどちらかというとその主義に反するのだが、組合の奥でひっそり事務仕事にいそしむことは時として中断される。

大輪の花々の中に交ざるのは正直苦痛だ。

派手系や可愛い系やお胸が大きい系やふわふわ系などの美人受付嬢が群雄割拠する受付にて、その熾烈な戦いに加わる利点など殆ど無い。

無いのだけど、時折組合長から受付嬢をやってくれと頼まれる。

なしてさ。

ま、やれと言われたら殺りますが。

……間違えた、やりますか。

やらないか。

……これは違うか。

 

「お疲れ様です、トムソンさん。」

 

ニコッと笑いつつ依頼者の署名を確認し、五枚の大銅貨を青年に渡す。

このセカイは過酷で、一枚の銀貨のために人の命が失われることもざらだ。

冒険者講習の講師をたまに行う身としては教え子全員に生き残って欲しい。

そのために力が少々入り過ぎることさえあるけれども、多少は勘弁してもらいたい。

ところで、冒険者の昇級試験の実技担当として私を駆り出さないで欲しい。

手加減するのは案外難しいんだから。

やんちゃな冒険者にはお仕置きしないといけないけど、その手段として私を指名するのは更に困る。

トムソンさんみたいな人ばかりだといいのに。

堅実且つ確実な仕事人の彼を指名する依頼人はけっこう多い。

地道な仕事も嫌がらずにやってくれる人材は大切にしないと。

 

「これは追加報酬です。」

 

大銅貨を一枚、トムソンさんに手渡す。

 

「いいんですか?」

 

何故か赤い顔をした彼が私に問いかける。

 

「ええ、仕事が完璧だったと、依頼人のトニオさんが絶讚していました。組合長から許可を取っているので一切問題はありません。」

「そうですか。」

「そうですよ。」

「ありがとうございます。」

「トムソンさん、これからも頑張ってくださいね。」

「はい、身命を賭して!」

「大げさですね、そこまでしなくても大丈夫です。」

「任せてください!」

「ええ、期待しています。」

 

はにかんだ笑みを浮かべ、彼は組合を出ていった。

 

もうそろそろ退勤時間になる。

今夜はなにを食べようかしら。

ヘンシェル精肉店で熱々なコロッケを買うのもいいわね。

あのホクホクサクサクは実に素晴らしい。

カッセル製菓店に寄って、カステラを買って帰ろうかな。

あのふわふわしっとりはなにものにもかえがたい。

このまま平穏に人生を過ごしたいものね。

そう思いながら、私は次に現れた冒険者へ笑顔を向けた。

 

 

 

 

あたしは至近距離で見た。

クレアのおそるべき力を。

 

実力だけはある意識高い系のゴロツキみたいな冒険者がいて、その男はいくら注意されても平気の平左だったし、組合の屋内に於いて新人冒険者に何度も何度も絡んで大変うざい奴だと思っていた。

あたしも何回か注意したけれど、聞く耳すら持たない感じだった。

あんにゃろめ。

いやらしい目付きで触ってきた時、思わず足で攻撃してしまった。

しまったと思ったのだけど、ヤツはひょいと蹴りを避けて見せた。

ニヤリと笑うゲス野郎。

そこんとこも厭らしい。

 

あれは、クレアが初めて渋々受付嬢をしてくれた時のこと。

新人の女の子に絡むチンピラに彼女が近づいて注意した時、そのお馬鹿はへらへらした顔で彼女の胸を触ろうとした。

その直後のほんの一瞬。

元武闘家のあたしでさえ驚くほどの速さでクレアはそのチンピラ系冒険者へ何連擊も浴びせていた。

軽やかに叩きつけられる拳と手刀と蹴り。

あんな技、見たことない。

八発までは見えたけど、それを上回る連擊をアレは喰らったに違いない。

彼女、何者なの?

あんな動きはあたしでも出来やしないわ。

 

思い出す度、手の震えが止まらない。

絶対逆らわないようにしなくっちゃ。

 

 

 

 

私の名はロレンツォ。

ローラシルにある冒険者組合の組合長をしている。

今日はクレアに受付を頼んだが、そつなく対応してくれて本当に助かる。

受付嬢の中には冒険者と関係している者もいるし、特定の人物に対して過剰な便宜を図る娘さえいる。

明確に守秘義務を破るような娘は懲罰対象だし、倫理規程違反を行った娘も同様だ。

あまりに酷い娘はいなくなったが、ダメ男のせいで道を踏み外す者がいるのも確か。

ローラシル最強のクレアが受付にいるだけで様々な不正を未然に防げるのだから、なんともありがたいことだ。

彼女の目と耳から逃れられる者は、この冒険者組合に存在しないんじゃないかな。

彼女が受付業務に関わっている間、事務作業が多少滞るのは致し方あるまい。

……いや、それは不味いな。

クレアはカンカンに怒る娘でないが、なにも言わないまま静かに微笑む姿はこわい。

脳内警報がじゃんじゃん鳴る程だ。

さっさと書類業務を終わらせよう。

絶対、怒らせないようにしないと。

 

昨年魔物が大量発生した時の彼女の対応はまるで伝説の勇者だった。

ローラシルに住む者たちへの適切な避難誘導、緊張感に満ちた防衛隊の面々へ見事な激励を行って鼓舞し、両手に剣を持っての果敢な遊撃まで複数回やり遂げてみせた。

手慣れて洗練されたそれは彼女が何度も何度も行ってきたコトに思われたけれど、彼女の身辺調査を詳細に行った結果は平凡な村娘という評価以外だと眉唾物の話しか出てこなかった。

大猪を一撃で倒したとか傭兵崩れの盗賊を何人も拿捕(だほ)したとかいう話も聞くが、どこまで本当のことやら。

……意外と真実だったりしてな。

彼女が斬ったと確認出来る魔物の遺骸六体を大統領や議員たち立ち会いのもとで検分した時、これらは全て一撃で倒されていると複数の傭兵及び解体に長けたヘンシェル精肉店店主のハインケルとミケルセン博士が断言した。

斯様(かよう)な業(わざ)は相当過酷な訓練をしないと不可能であると、歴戦の傭兵隊隊長のマウリツィオからもお墨付きをいただいた。

一撃で絶命させるなど、練達の騎士でも難しいというのに。

まさか、彼女の実力は近衛騎士級だとでもいうのか?

そんなことがあるのだろうか?

彼女は一体何者なのだろうか?

結果、大統領による緊急命令でこの事実は厳重に秘匿(ひとく)されることが即時決定された。

一組合職員が近衛騎士級の剣士だなどと発表されたら、周辺国の笑い者だ。

しかも若い娘ときた。

到底、信じられまい。

私だって、信じない。

いや。

信じたくないだけか。

 

彼女の普段を見ていると、如何に平穏に暮らそうかと腐心しているように見える。

たまさか失敗しているが。

冒険者講習で太刀打ち出来る者が誰もいない状況なのに、彼女がなんとも思っていない様子には苦笑するしかないけれどな。

まともな冒険者で彼女を侮(あなど)る者は誰もいない。

まともな受付嬢で彼女を軽く見る者は一人も存在しない。

その事実をクレアが知るのは、いつの日になるだろうか。

 

彼女はこのローラシルを救った実質的英雄だ。

私に出来る範囲で、彼女のささやかな願いを叶えるとしよう。

周りの受付嬢や冒険者が彼女をどう見ているか本人はよくわかっていないようだし、いらないことを言う必要性は一切ない。

彼女は有能な組合職員。

それでいいじゃないか。

 

 

 

 

 



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元四天王の転生者はスローライフしたい




【オリジナル】



暗黒系上司の手を逃れ
異世界転生した男を待っていたのは
また地獄だった
人間側と果てしなき抗争を繰り広げる魔族
その破壊の渦の中に住み着いた欲望と暴力
数百年に及ぶ戦争が生み出したソドムの街
悪徳と野心
頽廃と混沌とを
コンクリートミキサーにかけてブチまけた
ここは対人間戦線の最前線

次回、『元四天王、菓子職人になるってよ』
来世も転生者と地獄に付き合ってもらおう






※いつも誤字報告をいただきまして、ありがとうございます。







 

 

「しょーりゅーはっ!」

 

●山昇●覇っぽい技を放って、生き埋めになった状態からようやく復活出来た。

大量の土砂が周囲に降り注ぐ。

小宇宙っぽいナニカを練習したり、復活の護符を用意しておいて実によかった。

 

「戦況はどうなっている!?」

 

私の問いにこたえる者はいない。

瓦礫(がれき)が散乱している。

酷い破壊の跡だけが残っていた。

魔族側の軍勢も人間側の軍勢も一切見当たらない。

血や臓物のにおいもしない。

争いの音がどこからも聞こえない。

おかしい。

なにかがおかしい。

…………。

陛下は?

魔王陛下は?

王城を見上げる。

わからない。

兎に角、走って向こうまで行こう。

剣も槍も見つからないので、割れて転がっていた木製の破城槌(はじょうつい)を担いで走る。

 

 

頑健極まる造りで難攻不落とうたわれた王城は目立った破壊跡こそ無かったものの、沈黙に満たされた無人空間となっていた。

そこには軍人も使用人も見当たらない。

幾つもある部屋はいずれも扉を破壊され、中のものをごっそり持ち出されていた。

扉そのものを持ち去られた部屋さえ複数ある。

なんともはや。

ため息をつきながら謁見の間に向かう。

 

 

かつて華やかだった謁見の間は、暴力が激しく渦巻いた結果だけを残していた。

あちこちが炭化している。

むごい。

その一言に尽きた。

どうやら、陛下は勇者たちと交戦して破れたらしい。

おそらくは、この散々踏みにじられた後で幾らかは誰かに回収されたっぽい炭が陛下なのだろう。

あの強大だった魔力は、もうどこにも感じられない。

 

 

煤(すす)まみれの場所から外へ移動した。

最前線の視察に行った時のことを思い出す。

突然どこからともなく放たれた広範囲攻撃呪文によって大量発生した土砂で生き埋めとなり(もしかしたら、それは長々距離型呪文だったのかもしれない)、そのため、私は最終決戦に間に合わなかった間抜けとなってしまった。

……死に損ないか。

よかったのか、悪かったのか。

もしあれを放ったのが味方だったら、笑い話にもならないな。

 

 

 

夕陽が沈もうとしている。

黒々とした影が周囲を覆い尽くそうとしていた。

どことなく、もの悲しい。

陛下に埋め込まれた、裏切り者への確実な片道切符となる『死の針』の術式が解除されているのを確認出来た。

魔王陛下は死んだことが確定する。

陛下の死が唯一の解除手段だから。

……よし。

義理は果たしたし、生き残りはとっくにどこかへ逃げおおせたことだろう。

或いは残党としてどこぞで継戦しているのかもしれないし、もしくは再起をはかってどこかの山中に潜伏しているのかもしれない。

だが、大規模で組織的な戦闘はもう出来まい。

戦える魔族は全員ここに集められたのだから。

魔王陛下の死はあらゆる束縛を無効化し、独立の気風が強い氏族は既に領地へ帰還したことだろう(それはもしかすると、島津が関ヶ原で脱出した時のような感じだったかもしれない)。

生き延びた氏族(どれくらいの規模かはよくわからないが)の戦いは彼ら自身のものであって、魔族そのものの戦いではない。

複数の氏族がいがみあっていたのは事実だし、陛下の力でなんとか結束していたように見せかけていたに過ぎない。

魔族が今後も激しく戦うことは出来ないだろう。

そんな力は、もうどこにもない。

魔王陛下の復活場所は先週私が破壊しておいた。

陛下のやり方は魔族を全滅させる方式だ。

一兵残らず我のために死ね、といった考え方には賛同しかねる。

そこには発展性や未来が存在しない。

いかに強力無比な存在とて、復活する方法を失っては蘇れない。

当の本人には裏切り者扱いされたかもしれないが、『死の針』による束縛と精神的苦痛を日々受けながら働くことは非常に厭なことだ。

それに、私自身魔王軍でつまはじきにされていたきらいがある。

体のいい雑用係だったしな。

しばしば罵倒されたし、根拠のない批判も日常的に浴びていた。

殺されかけたことが何度もある。

とある氏族をかばった時は、何度も何度も刺客を送り込まれた。

勿論全員返り討ちにしたが。

厭な思い出ばかり浮かんでくる。

つまり、私が人間と戦う必然性はこれっぽっちも無いということだ。

旗頭になる気は毛頭ないし、そんなことを望む魔族もいないだろう。

嗚呼、ようやくこれで念願のスローライフを送ることが出来そうである。

異世界に転生しておよそ二〇年。

働きづめでずっと戦い続けてきた人生だったが(休暇? なにそれおいしい?)、こういった余生が待っているとは思わなかった。

陛下、どうぞ成仏なさってください。

城跡に向かってお経を唱え、私は辺境の街へと向かった。

よーし、のんびり生きるぞ!

隠し資産は念のために分散して埋めてあるし、贅沢しなければそれなりに暮らせるくらいは用意してある。

もう連日連夜働くのは厭で御座る。

 

 

 

私の外見は人間にしか見えない。

素っ裸にしてもなかなかわからないだろう。

魔族的に言うと劣等種らしいが。

そのお陰で彼らにはよく馬鹿にされた。

半端者と陰口を叩かれることもざらだった。

今思い出してもむかむかする。

魔族領ではいつも仮面を被って活動していたから、『仮面の男』と皆に呼ばれていた。

魔族で私の素顔を知っていたのは、亡くなった両親と魔王陛下だけだ。

潜入工作と諜報活動が私の主な仕事だったけれども、功績は殆ど認められなかった。

なんでやねん。

なんちゃって四天王とも言われていたし、人数合わせとも言われていた。

更に腹が立ってきたぞ。

最近の主な功績としてはヨルハ要塞攻略戦やメルキテル平野会戦を情報戦で勝利に導いたのに、雀の涙ほどの報償金しかもらえなかった。

他の四天王の功績は多大に認められたが、私は存在そのものを疎ましく思われていたのか、賄賂を周囲に贈らなかったのがいけなかったのか、文句しか言われない存在でしかなかった。

社内で一生懸命貢献して一定以上の成果を出したにもかかわらず、上司や周囲から一切認められないようなものであった。

前世を思い出す。

嗚呼、やだやだ。

部下もなく、たった一人でこつこつ日陰で戦い続ける存在。

それが私だった。

人間と普通に会話したり、彼ら相手にぺこぺこ出来るのは私だけ。

「人間どもに媚びおって!」と憤(いきどお)っていた四天王筆頭は、どんな最期を迎えたのだろう?

案外、今も不正規戦で戦っていたりして。

 

 

『死の針』の発動条件が魔王陛下の意思による段階的方式で本当によかった。

自動発動型だったら、陛下の復活場所を破壊しようとした時点で死んでいた。

護符は私が使ってしまったけれど、まあ、魔族のためにずっとずっと貢献してきたんだ。

まあ…………いいんじゃないかな。

私が仮死状態になっていた間に、一体どれくらいの時間が経過したのだろう?

取り敢えずは、レムリスの街で情報収集だ。

夕暮れの中を人里へ向かって走る。

魔族のにおいはどこにも感じられなかった。

 

 

 

……あれ?

レムリスの街ってこんなに賑やかだったっけ?

街を覆う壁が高くなり、えらく立派な造りになっている。

めちゃめちゃボロかったのに。

南門の衛兵に冒険者の印を見せたら、有効期限がとっくに切れているとの注意を受けた。

組合で再発行してもらうことを確約し、街へ入ることを一時的に許可してもらう。

街は、記憶よりも数段賑わいを増した場所に変化していた。

魔族に対する最前線の街としてあんなにぎすぎすしていたのに、みんなそれを忘れたかのような顔だ。

私は年単位で生き埋めになっていたのか?

先ずは冒険者組合へ行こう。

焼きたての串焼きを三本買ってむしゃむしゃ食べ、鮮やかになった街並みを見ながらのんびり歩いた。

 

 

組合は閑古鳥が鳴いていた。

冒険者が一人もいないとは驚きだ。

以前は随分とせわしなかったのに。

暇そうにしていた話好きっぽい受付のおばちゃんと世間話をしてわかったことは、魔王陛下が倒されて既に五年ほど経過している事実だった。

勇者は陛下と相討ちになり、生きて帰ってきた彼の仲間はこの五年の間に行方不明となったり馬車にはねられたり病気で死んだりしたそうだ。

今現在、誰の存在も確認出来ないという。

勇者たちと共に戦った冒険者や義勇兵は大半が戦死し、生き残った者も多くが怪我や呪いの後遺症に悩まされているとか。

魔族の残党はメルキテル平野に陣を敷いて再度勝利しようと目論んだらしいが、温存されていた国軍最強の近衛軍によって分断され、各個撃破された上に散々打ち負かされたという。

その後、魔族の敗残兵が村や街道沿いなどに現れては暴れ回り、その度に人間たちに討伐されたのだとか。

あまりになにも知らなかったので、おばちゃんにあきれられてしまった。

 

「なんだいあんた、そんなことも知らないのかい?」

「ずっと山にこもって修行していましたので。」

「そりゃ世間知らずにもなるね。」

「おっしゃる通りです。」

「平和になったら、冒険者なんてもんは仕事がなくなる一方さ。魔族も魔物もいなくなるし、それはそれでいいことなんだけど、冒険者組合としてはさみしくなってゆくばかりさね。とりあえずは印を再発行してあげるけどね、あんたもさっさと別の仕事を探した方がいいよ。」

「ありがとうございます。」

 

後は市場で商人たちと世間話でもしよう。

そこになんらかの示唆があると思いたい。

さて、スローライフに向けて頑張らないとな。

 

私の第二の人生はこれからだ。

 

 

 



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神官戦士と黒髪の娘




【オリジナル】

◎MMO初心者的おいちゃん、神官戦士となる

◎おいちゃん、普通とは異なるやり方にてセカイを満喫中

◎少しレトロ風味





 

 

 

先月から、休みの日は新作MMORPGの『イストリア・オンライン』で遊んでいる。

これは幻想的物語を仮想体験出来るということで、大々的に宣伝していた作品である。

ここ最初の街コスタンティニエの聖霊教会に隣接する、孤児院の二階にある角部屋が私の基本的拠点並びに復活地点だ。

これは私の主職が神官戦士だからこそ出来る、裏技みたいなものだな。

宿に泊まらないので手持ちの金が少なくてもやっていけるし、地元系の依頼がいつも複数来るので教会や街に対する貢献度が上がりやすい。

私にとってはいいことずくめである。

拠点と復活地点は移動先で変更可能だし、クエストによっては教会や商会が路銀を用意してくれる。

知らない土地に行っても、私が教会関係者だとわかった時に便宜を図ってくれる人までいる。

ありがたいことだ。

ま、こういった遊び方をする人間がいてもそれはそれでかまわないだろうさ。

 

 

 

 

私は主職として神官戦士を撰び、副職として斥候を撰んだ。

単身での継戦を考えると治癒法術や支援法術が使える戦士は貴重だと思えたし、軽戦士級の戦闘能力と中位までの治癒法術が使用可能な神官戦士を選択することに躊躇する理由はなかった。

教会に所属することが必須条件になるけれども、そのために不人気職であるのは残念なことだ。

このセカイでの『教会』は悪質でも排他的でもないのに。

移動の際や野営では斥候の技能が非常に役立つし、普段の活動でも何気なく技能が高まって様々な局面で助かっている。

自分の考える遊び方に十分合致しており、この二つの職を撰んで本当によかった。

最初の設定時にチュートリアルなお姉さんと話をしながらいろいろ決めていったが、セカイに対して自分なりに貢献していくつもりだと述べたら彼女は随分気分が高陽していたようだった。

 

「きっといいことがありますよ。」

 

別れ際にそう言いつつ微笑んだ彼女は、今も元気にやっているだろうか?

彼女がくれた首飾りを着けて、日々を人々のために過ごそうじゃないか。

神官戦士の上位職は複数存在しており、その中には神官騎士がある。

自分の力が上がってゆく過程で撰べるそれは個人的に上々だと思う。

また強くなってゆく途中で敢えて神官や騎士を撰べる自由性もあり(ちなみに騎士になっても転職するまでに覚えた治癒法術や支援法術は使える)、それは実際の人生に近い気がする。

 

斥候は、単身での活動時に隠形(おんぎょう)や潜伏などをする上での必須技能満載な職業だ。

無闇に戦わないで済むことも必要に思えたので斥候を撰んだのだが、この職業も力を得ていく段階で上級職の選択肢が複数あるため、育て方次第で面白くなりそうだ。

 

単身で放浪する神官戦士となって、各地で情報収集に励んでいるというセカイでの役割を演じる者。

それが私だ。

実際、教会上層部や各地の聖職者から独自のクエストを提示されるので、一般的なプレイヤーとは言い難いかもしれない。

宿泊は教会附属の孤児院だし、たまに神官戦士隊の一員として討伐任務に従事したりしている。

プレイヤーからは、独自のAIを有するNPCと見られている節があるみたいだ。

まあ、それも悪くない。

 

 

 

 

このセカイで目覚めるといつもじきにバタバタした音が聞こえ、子供たちが室内に躊躇なく突入してくる。

そういうプログラムが組まれているのか、或いは気配かなにかを感じるのか。

よくわからないな。

 

「おじちゃん、起きた!」

「おじちゃん、遊ぼう!」

「おいしいお菓子、作って!」

「シスターがお話あるって!」

 

子供たちは賑やかに私へまとわりついてくる。

それはとても自然な感じで、作り物めいた雰囲気はまるでない。

そういった数々が、遊ぶ前以上に私がこのセカイの人々と深く関わって暮らしていこうと考えた結果につながっている。

 

「よーし、かくれんぼだ。」

 

そう言うと、子供たちは蜘蛛の子を散らすように走り去ってゆく。

 

 

様々な場所に隠れる子供たちは、斥候の技能の習熟度を上げるのに好適な存在だ。

実にありがたい。

 

 

かくれんぼの後は、厨房の窯でビスコッティを焼いた。

プレイヤーも匂いや味を感じられるこのシステムは、大変よく出来ている。

教会からの依頼で来たプレイヤーへたまに菓子を振る舞っていたら、隠れキャラ扱いされるようになった。

『イストリア・オンライン』では、プレイヤーキャラクターとノンプレイヤーキャラクターとの区別がつきにくい。

地元民風に行動しているためか、多くの場合、私は特殊なNPCと考えられているようだ。

 

 

シスターのところへ行くと、今日は子供たちが薬草摘みに出かけるので護衛任務をしてもらいたいと言われた。

クエストとして発注された訳ではないが、自然な感じが個人的に好きだ。

稼げる貢献度や熟練度が意外と馬鹿にならないし、相手の好感度の変化が如実にわかるのも悪くない。

打算だけで行動するのは厭だが、結果がきちんと出る点ではゲーム的だ。

おそらくは、そうすることでプレイヤーが損をしにくい作りなのだろう。

 

では、出かける準備を始めようか。

小鬼や犬頭人は近場の森だと出ないし、熊もそうそう出てこない。

念のため、革鎧と戦鎚と楯で武装しておくか。

 

子供たちと手をつないで出かける。

まるで遠足だ。

小学生の頃を思い出す。

子供たちは歌をうたいながら、陽気に歩いてゆく。

天気はよく、青空が広がっていた。

嗚呼、太陽がいっぱいだ。

 

 

 

薬草は充分あったし、斥候の技能も複数高められた。

よかんべよかんべ。

転んで怪我した子にはすぐさま初級の治癒法術を使ったし、二〇メートルほど先の茂みにいた野うさぎは石つぶて一発で倒せた。

投擲の技能もだんだん高くなってきているので嬉しい。

今夜は野うさぎのシチューかな。

 

 

 

子供たちと帰途につこうとした矢先。

森の奥の方から、強い気配を感じる。

敵か?

 

「おじさんはのんびり帰るから、先に孤児院へ帰りなさい。」

「「「「「えええ!」」」」」

 

なんとかなだめすかし、子供たちを帰す。

さてと、どんな相手かな?

武器や防具を装備しよう。

 

戦鎚を右手に持って右足は後方へ引き、左手に持った楯を真ん前へ向けて戦闘態勢に入る。

鳥の鳴き声が聞こえない。

森の囁きも聞こえてこない。

ヌシか?

或いは……。

がさっ。

物音と共に長い黒髪の娘が現れた。

顔は髪に覆われ、表情が見えない。

白いワンピースに裸足。

ふらふらとこちらへ近寄ってくる。

ゆっくり、ゆっくりと。

明らかに普通の娘ではない。

なんだ?

怪異か?

死霊か?

雑魚とは気配がまるで違う。

脅威度が非常に高い相手だ。

おそらくは相当な強敵だぞ。

高位の死霊だと負ける可能性が高い。

仮に神官が主職だとしても、彼女を祓(はら)えるかどうかは不明。

たぶん、完全武装の戦士隊とか騎士団とかで討伐するような相手だ。

額から汗が流れる。

私でなんとか出来るのだろうか?

それとも……ここで初めての死を迎えるのか?

娘はおよそ五メートル先で立ち止まった。

なにをする気だ?

魔法か?

特殊攻撃か?

エナジードレインだったら厭だな。

よし、先手必勝だ。

飛びかかろうと考えた瞬間。

突然、システムメッセージが目の前に現れた。

 

【彼女はあなたの仲間になりたそうにしています。】

 

はい?

そして、次いで現れた選択肢を見て更に困惑する。

 

【どちらかでおこたえください。 《はい》 《イエス》】

 

 

 

 



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迷宮と小火器





【オリジナル】

とある迷宮都市風の地にいることを、ある日認識した転生者らしき斥候
この過酷なセカイにて彼は生き残れるのか?
小火器と共に彼はゆく






 

 

 

 

気がつくと、木製の大きな丸机に突っ伏した状態だった。

どうやら、寝ていたらしい。

周囲を見渡すと、何人もの欧米人が談笑しながら酒を酌み交わしている。

なんだ、ここは?

欧米人がよく来る飲み屋か?

ん?

自分自身の服装に違和感を覚えた。

麻っぽい生地の簡素な長袖シャツに長ズボン。

それに加え、焦げ茶色のチョッキ。

そして、革の紐無し靴。

なんだ、これは?

なんの扮装だ?

何故、こんな恰好をしているんだ?

辺りを再度見渡す。

何処だ、ここは?

 

 

ふと、机の上にメモが残されていることに気づいた。

なんだ、これ?

さっきまでこんなものはなかったぞ。

取り上げて書かれた文章を読む。

なになに。

私は斥候?

特典として各種の生活魔法が使える?

なんだよ、特典って。

所属している集団から預かっている武具は魔法の大剣一振り、魔法の長剣二振り、魔法の鎧一領、魔法の杖一本。

魔法?

確認しようとしたら、なにも無い筈の空間から剣の柄(つか)がひょっこり現れたのにはびっくりした。

なんぞこれ?

金銭もかなり預かっていた。

持ち逃げされたらどうするつもりなんだ?

実はそんなことを考えないように思考調整されていたりして…………まさかな。

……そういったことは、なるべく考えないようにしよう。

少し落ち着いてきたら、諦め顔で殆ど動かない者が複数いることに気づく。

騒いでいる面々と落ち込んでいる面々との落差が激しい。

……服装だ。

服装が違う。

前者は羽振りのよさそうな者が着るみたいな服装で、後者は私のように簡素な恰好をしていた。

我らは待機要員?

現地の知識が頭に流れ込んでくる。

彼らは逃げ出さないのか?

逃げるという考えすら思い浮かばないのか、逃げても追っ手にヤられることが確定しているからなのか。

最低階位の探索者が担(にな)うのは、生きた無料荷物預り所。

荷物預り所の預り賃はけっこう高額らしいから、我々に持たせた方がよほど安く済むそうな。

なんてこった。

 

 

混乱しながら、自分が泊まっているらしき二階の部屋へ向かう。

馬小屋じゃないのはありがたい。

そこへ向かう者もちらほらいた。

そういや、『この素敵なる世界に祝福を』のカスマルと女神クゥエル様も初期は馬小屋に泊まっていたな。

個人部屋を借りられるということは、自分が所属している集団は相当裕福なのか?

入室する。

室内は狭く、硬そうな寝台があるきり。

そこに立て掛けている騎兵銃に噴いた。

なんでやねん!

第二次世界大戦当時、メリケンの軍隊で使われていた軽小銃か。

三〇発入る弾倉は全弾きっちり込められている。

弾倉は他に二つあった。

六発全弾込められた回転弾倉式拳銃(リヴォルバー)まである。

至れり尽くせりだな。

そばに置かれたブリキのバケツは弾でいっぱいだ。

わーい、たまらんな。

…………。

取り敢えず、寝よう。

 

 

 

 

朝が来た。

仲間らしき連中はまだ帰ってこないようだ。

軍用っぽい上着や靴下やズボンや耐刃チョッキや鉄兜を着用し、紐有りの長靴を履く。

回転弾倉式拳銃や騎兵銃の予備弾倉や銃剣や水筒や道具入れなどを装備し、吊り紐(スリング)付きの鉄砲を肩からさげた。

まるで兵隊みたいだ。

背嚢(はいのう)を装備するかどうかは少し迷ったが、早期帰還することと行動の軽快性を考えて止めた。

状況が今一つわからない以上、こちらから行動してみるしかない。

宿屋を出て、街へ出た。

街はひっそりしている。

騒いでいるのは主に武具を持った連中だ。

青白い顔をした簡素な服装の者はどこにも見えない。

 

 

武具持ちの男たちが向かうのと同じ方角へ進む。

彼らは衛兵が立っている場所に着くと、整然と並び出した。

へえ、意外とお行儀がいい。

衛兵と二言三言話し、連中は小屋みたいなところへ入ってゆく。

あそこはなんだ?

私の順番が来た。

衛兵の前に出る。

 

「お前、一人か?」

「はい。」

 

洋画の吹き替えみたいに喋る中年の髭まみれな衛兵は顔をしかめた。

 

「斥候か。深く入るんじゃないぞ。」

「はい。」

 

もう一人の若い衛兵は喋らない。

案外、あっさり通してもらえた。

 

 

小屋の中に入ると下層へ降りる階段があり、内部はやや明るい。

全体が発光していた。

光の魔法か?

ここは地下迷宮か?

頭の中に蓄えられているらしい知識が徐々に活性化してゆく。

階段を降りた先は広場になっていて、そこでは同業者が何人もたむろしていた。

串焼きの屋台まである。

帰りに買っていこうか。

彼らはちらちらと入ってくる者へ視線をむけ、品定めに余念が無いようだ。

ここで初めて、同業者が『人間』だけでないことに気づく。

魔法使いっぽい者、坊主っぽい者、鎧をがちがちに着込んだ者、覆面にふんどし一丁の者など。

銃を持った者は見当たらない。

もしかして特殊装備?

……ま、いっか。

 

 

迷宮の中を歩いている内、周囲に人が見えなくなる。

銃の遊底(ボルト)を引き、安全子(セーフティ)を解除した。

これでいつでも発砲出来る。

引き金にはまだ指を入れない。

誤射はこわいしな。

そろりそろりと慎重に歩く。

周辺に同業者はいない。

あんなにいた彼らは、一体どこにいるのだろうか?

 

 

気配が近づいてくる。

敵か?

敵だ!

足音が近づいてくる!

敵はこちらへ向かって走っていた!

見える!

見えるぞ!

確認出来た敵対的存在へ向かい、即座に発砲する。

威嚇(いかく)射撃なぞはしない。

生きるか死ぬかだからな。

頭は狙わない。

腹だ。

腹が一番当てやすい。

至近戦闘ならば兎も角、安全性を確保しつつ銃撃する時は腹部を撃つ方がいいだろう。

第二次世界大戦時の鉄兜くらいなら拳銃弾でも撃ち抜けるし、こいつらは精々革鎧くらいを着込んでいる程度だ。

板金鎧も撃ち抜けるかな?

近いうちに試しておこう。

 

戦闘開始から一分ほど後。

二本足と四つ足の複合団体たる敵性小集団を完全に無力化した。

やれやれ。

死にかけの存在に銃剣でとどめをさしてゆく。

なにかが体内へと入ってきた。

マナ?

これが探索者の階位を高める?

妙ちきりんなモノが体内に取り込まれてゆく。

或いは、奇妙なモノに取り込まれているのか?

よくわからないな。

少しばかり強くなった気がしないでもない。

はかなくなった敵対的存在がぼんやりとした姿に変わってゆく。

それらはしばしこの世を名残惜しむかのように見え、やがてぷつりと糸が切れるかの如くに消滅した。

小さな石が現場に残される。

なんだこれ?

魔石?

魔の力を持った石?

換金出来るらしい。

これくらいの大きさと質だと、ノタクル商会に持ち込んで経費と税を差っ引いた額が一個銅貨五枚ほどか。

昼ごはんの代金くらいだな。

合計八個ある。

これで今泊まっている部屋の一泊朝食付きくらいの稼ぎか。

 

 

その後、三回の戦闘を行った。

不定形生物や人型生命体などを次々弾の餌食にして、一週間ほど宿泊出来そうな額の魔石を稼いだ。

敵性団体を全滅させても気持ち悪くならないのはなにかに頭をいじられたせいか、もしくは私が元々そういったたぐいの人間なのか。

よくわからないな。

 

 

帰り道の途中で隠し部屋らしき場所を見つけ、突如現れた歩く死体だか亡霊だかに銃弾を何発も叩き込んだ。

えらくめかしこんだ相手だが、実にしぶとい。

貴族か?

攻撃力は低いみたいだが、耐久力が高い。

銃剣突撃に切り替え、何度も何度も何度も何度も何度も何度もぐさぐさ刺す。

何度目かわからぬ銃剣突撃のさなかにたまたま相手の首をはね、それで戦闘はようやく終了した。

やや大きめの魔石が残される。

ホッとした視線の先、宝箱が部屋の片隅に鎮座しているのを確認した。

どれどれ。

鍵穴を見る。

細い糸が張られていた。

毒針かな?

解錠用の七つ道具を腰の道具入れから取り出し、細い金属製の棒状道具を手にする。

糸を切らないようにして、棒を奥に差し込んだ。

右に捻る。

カチャリ。

よし、開いた。

罠を作動させずに無事に蓋を開け、中身を確認する。

幾ばくかの金貨に錆びた短剣。

悪くない。

さあ、帰ろう。

帰れば、また来れるから。

 

 

ちなみに一本銅貨三枚の串焼きはそこそこの味だった。

 

 

帰還後、自身の名前が『いあいあ』だと判明した。

換金のために立ち寄ったノタクル商会で何故か特売品区画にあった銃弾を購入した際、なんとなくどことなく魚っぽい店員に話しかけられて自分がそのような名前だとわかったのだ。

誰だ、こんな名前を付けたのは!

明日は朝一番で改名しに行こう。

うむ、それがいい。

追加で治癒効果のある水薬を購入しておく。

これをヤられたところにぶっかけたらいいのか。

謎がいろいろ残るけれども、あまり考え過ぎないようにしよう。

喧騒溢れるハストゥルの酒場でなんだかよくわからない煮込みを食べつつ、私はそんなことをつらつら思った。

 

 

嗚呼、それにつけてもお風呂に入りたい。

生活魔法の『清拭(せいしき)』で汚れがさっぱりと落ちるのはよいことだが、ここに浴場はあるのだろうか?

貴族しか入浴出来ないのだろうか?

明日以降、調べてみよう。

 

 

翌朝。

体がバキバキに痛い。

まさか、成長痛?

……そんな訳無いか。

階位が向上した故の痛みだと、現地の知識が頭に流れ込んでくる。

なるほどなー。

仲間、というか所属団体の面々はまだ帰って来ない。

さて、今日も生活費稼ぎにいそしみますか。

 

 

 

 

 



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傭兵隊の荷物持ちは夢を見ない





【オリジナル】

今回の話は、狮鸢LionGlede氏の『《爱·死亡·机器人》第三季的第九集』(微博に投稿された原画的四分四〇秒的作品)より創意を得ました。






 

 

 

 

世界に怪異がそれなりにいた頃の話。

 

 

彼はとある傭兵隊にて荷物持ちを担当していた。

その若者の相棒は年老いたロバ。

古い荷車をひいてぽくぽく歩く。

馬に騎乗する傭兵に随伴するのが彼の仕事で、野営地では調理もする。

料理が不味いと蹴り飛ばされるのも日常茶飯事だ。

随伴するといっても、気まぐれな騎兵たちが馬を走らせれば簡単に追い付ける筈もない。

彼はそんな時でも慌てず騒がず、自分自身の歩調で彼らの向かう先へと進むのであった。

たとえ、後で理不尽な暴力を散々振るわれることがわかっていても。

傷だらけの身体に幾つか同様のものが増えるだけ。

そう思って、彼は日々を過ごしていた。

 

 

とある村でいくばくかの食料を正当な値段で買った彼は、古老から話しかけられる。

老人は、村外れにある湖に決して近づいてはならないと警告した。

遠回りせよ、とも。

愚直な彼は傭兵隊の隊長にすぐ報告する。

隊長はそれを一笑に付し、迷信と断じた。

なんとも馬鹿げたことを、といった口調で彼の言葉を荒々しくさえぎり殴った。

それは自分たちを湖へと近づけたくない、村人の狡猾な悪知恵だとさえ言った。

血のついた籠手をぼろ切れで拭い、隊長は言葉を重ねる。

馬に水を与えねばならない。

馬を洗ってやらねばならない。

我々は休憩しなければならない。

理由は幾らでも口から流れ出る。

隊長は元々口八丁手八丁の男だ。

彼に勝てる道理などあろうはずもない。

それであっさりと説得を諦めた。

それが、彼の処世術でもあった。

話の途中で殴打されたからでもあるが。

 

 

彼を置き去りにするかの如く、傭兵たちは馬を飛ばして湖へと向かった。

決定的な負け戦をしたことの無い騎兵たちは、迷信を打破するつもりだ。

本当の意味で恐怖を味わったことが無い故に、そうした判断に繋がった。

 

 

伐採がろくにされたことすら無さそうな白樺の林の中に、美しい湖がある。

その湖畔にある木々へ馬をつなぎ止め、傭兵たちはそれぞれ休息し始める。

湖へ石を投げる者さえいた。

彼が傭兵たちに追いつくには、まだしばらく時間がかかるものと思われる。

 

 

 

『ソレ』はなんの前触れもなく現れた。

 

 

 

湖の上に麗しき娘が立っている。

最初、男たちは気づかなかった。

彼女は傭兵たちのいる湖畔へと近づいてくる。

なにか歌っていた。

傭兵たちは娘を見てニヤニヤしだす。

どう見ても怪しい筈なのに、まったく疑う様子も無いままに男たちは彼女の元へと歩きだした。

その中には隊長もいる。

歴戦のいかつい戦士の顔はだらしなくゆるみきっていて、警戒心がその表情には表れていない。

それは、湖畔にいるすべての男に当てはまることでもあった。

まるで理性が吹き飛んでいるかのような表情を、傭兵の誰も彼もが浮かべている。

それらの様を見て、妖しい娘はニヤリと嗤(わら)った。

そして高らかに歌いだす。

男たちはふらふらと湖に足を入れながらも、歩みを止めようとはしなかった。

日が暮れようとしている。

 

 

 

夕陽が殆ど沈んでしまった頃。

やっと合流地点たる湖近くにある白樺の林を見つけた彼は、辺りが不気味なまでに静かだと気づく。

おかしい。

明らかにおかしい。

死線を何度かくぐった彼には、この状況が異質に思えた。

あの騒々しい傭兵たちがおとなしいのは、給与が払われる時と敵に夜襲や奇襲をかける時くらいだ。

なのに、普段から頻繁に放たれる複数の大声すら聞こえてこない。

焚き火の灯りがひとつも見えなかった。

あり得ない。

彼よりも大分前に湖へ着いた筈なのに。

頭の中で警鐘がじゃんじゃか鳴り響く。

あちらではなにかしらの異常事態が発生しているに違いない。

近づくべきか否か、彼は躊躇した。

本能はずっとずっと警報を発している。

さあ、逃げろ逃げろ、となにかが彼に囁いていた。

逃げたら、追いかけられて殺されるよ。

なにかが彼に囁きかける。

若者は当然の如く迷った。

 

 

しばしためらった後、彼は先程通ってきた道を引き返し始めた。

日はとっぷり暮れて真っ暗け。

きっと誰も追いかけて来ないだろうと、心の内で確信しながら。

もう、殴られない。

もう、蹴られない。

もう、罵詈雑言を浴びせかけられない。

そうした歓喜に身をぶるぶる震わせて。

林の中からじっと彼を見つめる二つの光に全然気づかないまま。

 

彼とロバは夜道をゆっくり歩いてゆく。

 

 

 



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僻地と長男





【原作:八男って、それはないでしょう!】

◎主人公のヴェンデリンの兄たるクルトがもしも転生者だったら? という想定のもとに書いてみました





 

 

 

 

 

気がついたら、バウマイスター騎士爵という僻地(へきち)に領地を持つ貴族家の長男となっていた。

会社の業務で疲れきって部屋で倒れるようにして眠ったまでは覚えているが、その後がどうなったのかまるでわからない。

なんだろう、まさか、急死したのかね。

どうも異世界とやらに転生したらしい。

おっさんが少年になるとはこれいかに。

当家はヘルムート王国の貧乏貴族で、 所領だけはやたらに広いが全然開発出来ていないという。

これなんて罰ゲーム?

バウマイスター騎士爵領では魔物の生息域たる魔の森が広がり、未開拓地だらけでなにこれ管理出来ないわいバカじゃないの的な場所である。

おまけに金も人も無い。

……ご先祖様はおおたわけなのだろうか?

領地の広さだけなら百万石級かそれ以上なのかもしれないが、人口は大名どころか小名(しょうみょう)じゃないのかこれ。

領地の規模と必要人員が全然噛み合っていないぞ。

しかも純粋な軍事力が無い。

普段は農民とか職人とか狩人とかの屯田兵(とんでんへい)ばかりだ。

まるで、戦国時代の農村のようである。

名ばかり貴族なのだ、我々バウマイスター騎士爵家は。

なんてこった。

隣のブライヒレーダー辺境伯領に行くのだって、滅茶苦茶遠い。

なめとんのか。

行ってみたいと言ったら、親爺から延々説教された。

解せぬ。

それに、王都などはるか彼方だ。

ないない尽くしで笑ってしまう。

ま、前世では職場で毎日殴られたり蹴られたりしていたから、それよりはずっとずっとましな状況と言える。

出来る範囲で頑張ってみようか。

 

親爺は何年も前に先代のブライヒレーダー辺境伯から命じられるがままに魔の森へ向かうための兵力を提供し、彼らの大半が帰らぬ人になった。

おいおいおいおい、戦国時代かよ。

お陰で領内人口における成人男性の割合は危機的状況に陥った。

親爺がそれに対して辺境伯に文句を言わなかった(言えなかった)のは、そこそこの補償金をもらったことと先代辺境伯自身が森で戦死したためかもしれない。

前世で貸した金が返ってこないのはザラだったけれども、今世もなんだか世知辛い感じがびんびんする。

貧乏から早々に抜け出す工夫をしないと、にっちもさっちもいかないと予想される。

なんとかせねば。

やるならやらねば。

水脈をダウジングで探し、救荒作物が無いかどうか調べる。

とにもかくにも、この領地をどうやったら少しでも富ませることが出来るか探る。

それが今世のここにおける俺の役割なのだろう、おそらく。

まともな腹心もなく、頼りになる部下もなく。

弟たちと連携しようとしたら、親爺や策謀家の邪魔が入る。

ほんにこの世は世知辛い。

それでもやらねばならぬ。

『領地を豊かにする』、『領民を守る』。

両方やらなくっちゃあならないのが『長男』のつらいところだな。

覚悟はいいか?

俺は出来ている。

 

 

 

 

遮二無二戦力を魔の森へと突入させた、無謀極まる上級貴族様のために失われたものは非常に多い。

失われた貴重な人員も大量の物資も二度と戻ってはこない。

無謀な出兵の結果として、当家は前よりも窮乏し開墾(かいこん)にて早朝から夕方まであくせくするようになる。

おまけに辺境伯領で売れるものと言えば、小麦しかないのだった。

オーマイガー。

ダメダメやんか。

その上、親爺はいろいろと領民からピンハネしているのだ。

なにしとんねん。

このことで親爺と俺は大喧嘩になった。

 

「なにを考えているんだ、親爺! 領民あってこその領主だろうが! 親爺のやり方だと領民に恨みが残る一方だぞ!」

「何故わからんのだ! 寄り親となっているブライヒレーダー辺境伯は遠すぎて頼りにならないし、そもそも我々バウマイスター家は王国貴族のどの領地からも孤立しているのだ! そんな我らがいざとなった時に頼れるのは金だけなのだ! 金だけが我らの拠り所となるのだ! 何故、それがわからぬ!」

「だからといって過酷な統治をこのまま続けていれば領民はどんどん領地から逃げ出し、結果的にバウマイスター領は先細りするばかりだぞ! それがわからん親爺殿じゃあるまい!」

「バカ者! 領民は土地にがんじがらめに縛られるのだ! その呪いの深さを知らぬ者がわかったような口をきくでないわ! 出る者は追わず、土地にしがみつく領民を生かさず殺さず管理し、細いながらも命脈を保つようにするのが零細騎士爵家の基本戦略なのだ!」

「アホか! そんなつまらんやり方がいつまでも続く訳など無いぞ!」

「アホはお前だ! お前は現実を見ないで理想に逃げているだけだ!」

「親爺殿こそ、頭がどうかしているんじゃないのか? そんな旧弊(きゅうへい)なやり方ではじり貧になる一方だ。そのやり方でこのまま進めると、バウマイスター領はぼろぼろになってゆくぞ。」

「この若造がっ! 言わせておけば!」

「親爺は古すぎる!」

「黙れ! なにも知らぬこわっぱが!」

 

弟たちが体を張って止めてくれねば、最悪殺しあいになっていたかもしれない。

或いはキン肉バスターで親爺にとどめを刺しておいた方がよかったかなあ……。

 

 

次男のヘルマンは俺よりもずっと腕っぷしにすぐれ、訓練でたまに領民を率いても人気がある。

見た目は強面(こわもて)な彼だが、話すとどことはなしに愛敬があって面白い男なのだ。

親爺にヘルマンを跡取りにしたらどうだと冗談まじりに言ったら滅茶苦茶怒られた。

俺より領主向きだと思うんだがなあ。

蜜蜂を見かけ、養蜂箱を作って蜂蜜作りしてみようと打ち明けた時、ヘルマンは即座に賛成してくれた。

彼が賛同してくれたことで領内の産物や作物にもっと工夫を凝らそうと考えられるようになったのだから、彼の存在は非常に助かる。

そう思っていたのだが。

 

「ヘルマン、お前は従士長の家に婿に出す。よいな。」

「わかった。」

 

別れはあっけなかった。

親爺の命に対し、唯々諾々(いいだくだく)と従って彼は婿養子となった。

まあ、それでも会えば普通に会話するのではあったが。

 

「従士長の家はキッカワなのか、それともコバヤカワなのか。」

 

親爺が乗っ取りを画策しているのではないかと疑い、思わず呟いてしまう。

幼い八男のヴェンデリンが、何故か驚いたような顔で俺をじっと見ていた。

 

「どうした、ヴェンデリン?」

「いえ、なんでもないです。」

 

歳が離れ過ぎているし、なにを考えているのか今一つわからない弟。

俺よりもずっとずっと賢いのだと思う。

それでも可愛い弟に違いはない。

頭を撫でると、少年は目を細めて微笑むのだった。

 

三男のパウル。

四男のヘルムート。

彼らは王都に行って働き口を探すらしい。

三人で剣を振り回し、弟たちの方が才能あることを知るのはちょっと悲しいことだった。

まあ、三本の矢じゃないが、仲よきことは美しきかなを実践したいものだ。

二人と談笑したら、後で親爺から小言を喰らった。

 

五男のエーリッヒ。

彼はすこぶる美男子の上に弓の腕にすぐれ、貴族の嗜(たしな)みたる剣の腕は俺ほどでない。

村の女性たちは彼にメロメロらしい。

未婚者も既婚者も。

それはよくわかる。

彼の頭のよさは格別で、俺なんぞのような者を軽く凌駕(りょうが)するのはなんなんだ。

零細騎士爵家にいるような人材じゃない。

上級貴族家にいれば出世間違いないだと思う。

まんず、大都会に行った方がよかんべさ。

 

 

クラウスという煮ても焼いても喰えないようなおっさんが本村落の名主をやっているのだけれど、ある時彼の提出した徴税報告書に間違い有りと中学生くらいの年齢のエーリッヒが鋭く指摘した。

あのおっさん、わざと間違えたんじゃないのか?

性格の悪さを考えると、あり得ないことじゃない。

つくづく、いやらしい男だ。

指摘の件を踏まえ、エーリッヒが領主になったらいいんじゃないかと親爺に言ったらむっちゃ怒られた。

お前、最悪この領地に居場所が無くなるぞと言われたが、優秀な領主の方が領民たちにとってもいいだろう。

俺一人泥をかぶればいいんだし。

王都へ行くのも悪くない。

そう言ったらどつかれた。

大変痛かった。

エーリッヒが王都で下級官吏(かんり)の試験を受けると言ってきた日の晩、ここの領主になる気はないのかと尋ねてみた

すると、はかなげに笑って(それが無闇に似合っていた)「この地を管理するのは兄さんに任せるよ。」と言った。

養蜂場がそれなりの形になってきたのはエーリッヒのお陰だったので、この地を離れる時には蜂蜜を渡そう。

無論、パウルとヘルムートにも渡す。

それくらいは俺がしてやらないとな。

 

六男、七男は親爺の側室が産んだ子だとかで、こちらからの交流は断たれている。

あちらには妹も二人いる。

なんで交流しないんだと言ったら、親爺から騒動の種をばらまくつもりかと怒鳴られた。

それにしても、親爺は産ませ過ぎじゃね。

親爺はきっとアホなのだろう。

家族計画という概念すら存在しないに違いない。

以前一度思い立って側室の子たちに会いに行こうとしたら、親爺にたしなめられた。

めんどくさい。

同じ人間だろうと言ったら、何度も何度も親爺に殴られた。

しまった、ここは封建的身分社会だった。

前世の職場は毎日殴る蹴るが普通で当たり前だったために特になんとも感じなかったのだが、それはよかったのか悪かったのか。

息があがった親爺の隙を見て、取り敢えず卍(まんじ)固めをかけておいた。

さあ、俺の技を喰らうがいい。

燃える闘魂!

親爺の悲鳴が楽しい。

ぬはは。

 

皆から、やり過ぎだと口酸っぱく注意された。

おまけに、クラウスにさえ細々と注意された。

口惜しい。

 

八男のヴェンデリン。

この最年少の弟はわからないところだらけだ。

今までの弟たちは赤ん坊の頃に全員おんぶしたが、幼い頃はよく皆泣いたものだ。

それが普通だと思っていた。

だがしかし。

赤ちゃんの時もかなり静かな子だったが、三歳になった頃からのヴェンデリンは全然手がかからない大人しい子で、毎日父の書斎で書籍に親しむような子だった。

まさか、インテリゲンチャか?

苦心して作った蜂蜜飴を与えた時には、笑顔を向けてくれたのでよかった。

じいっと飴を見つめていたので、俺の分も分け与えた。

やはり弟という存在は可愛い。

俺とエーリッヒが可愛がったため、パウルやヘルムートもヴェンデリンにやさしく接してくれている。

そう、兄弟みんなでこの酷い地域をどうにかしようじゃないか。

 

 

罠猟で裏森に生息する猪を複数捕まえ、家畜化出来るかどうか試してみた。

森には恵みがあるようだけど、熊や狼も普通に出現するとあっては開発が難しい。

餌代がバカにならないとのことで、結局数頭の猪は俺たちの胃袋へ入っていくことになった。

よし、領民のみんなにも食べてもらおう!

祭じゃ、祭じゃ。

親爺は大反対するだろうがやってやるぜ!

猪の脂身をなんちゃって猪ラードにし、揚げ物祭を開催する。

ラードを作る際に出来る油粕(あぶらかす)とて大切な食糧。

皆に分けた。

よーし! ばんばん揚げてやるぜ!

血と鳴き声以外はみな揚げてやる!

家族や領民もみんな食べるがいい!

ぬはは!

親爺は試作した酒で酔い潰す。

めんどくさい連中は酔い潰す。

少し酔いが回ってきた奴らはぐるぐる回す。

クラウスも回してやったぜ。

目が回る思いをさせてやる。

さあ、みんな喰え喰え!

内臓はまだまだあるぞ!

ぐはは!

 

翌朝、怒り心頭に発した親爺に散々どつかれた。

痛いじゃないか、今世の親爺よ。

ちなみに油粕も大変好評だった。

 

 

ある日危険な森にヴェンデリンがひょこひょこと単独で入ってゆくのを見て、俺は胆を潰しかけた。

危ないじゃあないか。

急いで家に取って返し盾と剣を持って森に入ると、当の弟はけろっとした顔で貴重なホロホロ鳥やら自然薯やら野苺やら山葡萄やらを持って帰ってくるところだった。

ヴェンデリン……お前、もしかして勇者なのか?

こやつ、ただ者じゃない。

親爺がヴェンデリンは魔法使いだと言ったので、それはよかったと言ったら何故か睨まれた。

 

「クルト、何故、そう思う?」

「可愛い弟がこの土地に縛られなくていいじゃないか。エーリッヒといい、ヴェンデリンといい、いまいちパッとしないバウマイスター家としては『とんびが鷹を産んだ』訳だな。」

「お前はどうしてそう時折訳のわからんことわざめいたことを…………そうそう、お前の嫁が決まった。」

「ほう、こんな荒れ地に来てくれるとは、実に奇特な人だな。」

「たぶん、お前のように口が悪い夫でも耐えてくれるだろう。」

「親爺殿ほどじゃないさ。」

「……エーリッヒもヴェンデリンも将来この家を出るのだ。お前は、バウマイスター騎士爵家の次期当主としての気構えをもっと持つべきなのだ。」

「そうだな。うちにはクラウスという軍務尚書みたいな陰険極まるくせ者がいるし、アレの策謀を止めるためにもあの二人はこの家にいない方がいいかもしれん。いてくれた方が大いに助かるとは思うけれども、利用されてお家騒動になるくらいなら、皆この家を出た方がいいのかもな。」

「クラウスのことなど今はどうでもいい。それよりも、ヘルマンとは今後必要最低限以上関わるな。」

「兄弟なのに?」

「兄弟だからだ。お前は骨肉の争いがどれだけ悲惨な結果になるのか、全然わかっていない。」

「兄弟は大切な存在だろう。」

「そう思っているのはお前だけかもしれんぞ。」

「相手が裏切ることを前提にばかり考えるとは、悲しい星のもとに産まれたんだな親爺殿は。」

「頭でっかちで世間知らずの長男に、木っ端貴族の悲しさを教えているのだよ。」

「そんな考えだから、このバウマイスター騎士爵家はちっとも発展しないんだ。」

「なにもわかっていない小僧がさかしらなことを!」

「なにもわかっていないのはあんたの方だ親爺殿!」

 

そんな言葉の応酬の後、親爺と格闘戦になったのでパロスペシャルをきめてやった。

だが後程、皆からは怒られてしまった。

うぐぅ。

 

 

こんな僻地でも来てくれるお嬢さんがいるのは実にありがたいことだ。

そうだ、結婚式では揚げ物祭をしよう。

喜んでくれるといいな。

稼ぐ手段を増やさないといけないし、やることだらけだ。

努力の甲斐あって山葡萄の畑が出来つつあるため、これが確実に実るようになったらジャムやらジュースやら葡萄酒やらも夢じゃない。

先ずは干し葡萄かな。

葡萄ひごは籠(かご)の原料になるし、将来的には更に生産性を高めたいものだ。

オリーブや蕎麦やじゃがいもなどがあったらなおよいのだけど、そうそう上手くはいかないか。

粟(あわ)や稗(ひえ)やそういった作物が無いかと探してはいるが、都合よく見つかったりはしない。

むう。

 

パウルやヘルムート、それにエーリッヒやヴェンデリンも俺のわがままに付き合ってくれるいい弟たちだ。

俺が結婚したら、パウルやヘルムートやエーリッヒは家を出てしまう。

三人には支度金を用意しないと。

猪家畜化計画は失敗したが、罠猟でたまに捕獲出来るから領民にもふるまうことが出来るのはよいことだ。

どうしてだかクラウスの顔がたまに歪んでいるように見えるのだけれど、時折、『策士策に溺れる』にしてやろうかと思わないでもない。

こいつを見ていると、戦国時代のとある軍師を連想する。

アレは策を弄(ろう)するのが好きで好きでたまらないのだろうな。

前世の地元にもいたなあ、ああいうおっさんが。

クラウスは何人も騙したりとかチンピラを使って脅したりとか複数の人を殺したりとかしないだけ、前世のあのおっさんよりは数段マシか。

ああいった癖だらけの野心家を野放しにしている親爺だが、その男が差し出した娘を側室にしている。

親爺は全部わかってやっているのだろう。

……わかっているんだよな?

 

「煮しめたようにこすっからい古狸と陰謀が大好物な狐の化かしあいか。あの二人は存外似た者同士なのかもしれんな。」

 

一人ごちた時、そばにヴェンデリンがいてこちらをじっと見つめていた。

 

「どうした、ヴェンデリン?」

「いえ、なんでもありません。」

 

妙に大人びた末弟の頭を撫でる。

よしよし、さあ俺の飴をお食べ。

さて、ちょっと聞いてみようか。

 

「ヴェンデリン。」

「はい、兄様。」

「お前はまさに我が家の『ハクビ(白眉)』たる『バリョウ(馬良)』だ。」

「そんな、めっそうもないことです。」

 

あっ、という顔をする末弟。

そうか、そういうことか。

ははは、世の中、面白い。

顔色を青白く変えている弟の頭をやさしく撫でた。

 

「何者であれ、お前は俺の可愛い弟だ。その事実は『一ミリ』も変わりないよ、ヴェンデリン。」

「ありがとうございます。」

 

 

養蜂家への道は遠い。

蜜蜂の行く先にある花々をこちらに植え替えてみたり、前世のおぼろな記憶で養蜂箱を作ったり。

畑仕事の合間、夕方から夕食までのわずかな時間。

俺に付き合ってくれる弟たちと不恰好な形の箱を作り、蜂蜜の甘さに思いを馳せた。

 

 

彼らと笑いながら過ごしたこの時間が、後程どれだけ大事なものになるのだろうか。

今はとにかく、日々やっていくしかない。

さあ、明日も頑張んべ。

 

 

 

 

 



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白桃のフリーレン




本作は二次創作作品になります


原作:『葬送のフリーレン』

粗筋:フリーレンとアウラは突然、異世界のオカヤマに飛ばされた!
果たしてフリーレンは、絶品の白桃やマスカット・オブ・アレキサンドリアを入手出来るのか!?





 

 

 

 

それは戦闘中、唐突に起こった。

とてつもない魔法の力によって、非常に長い年月を生きてきたエルフの魔法使いが異世界へと飛ばされてしまったのだ。

●ーラロードのような光は溢れんばかりの強い輝きを放ち、周囲にいた魔法使いや戦士や悪魔の力を寄せ付けなかった。

そして、その光は現れた時のように突然消え去る。

元からそんな光などなかったかのように。

残された者たちはまた死闘を始めた。

定められた宿命のように。

 

 

 

 

死したる悪魔になにかが囁く。

ちょっと手伝ってくれないか、と。

否やを言う間もなく、虚無にいた美しき悪魔も実体を得て異世界へと飛ばされた。

まるで予定調和のように。

 

 

 

 

そして、魔法使いと大悪魔は中四国九州有数の巨大駅舎近くで再会する。

まるで歓迎するかのような夏の風が辺りに吹き、二人をやさしく包み込んだ。

少し涼しくなる。

しかしまだ暑い。

これからの時期としてはまだまだずんずん暑くなるのだけれど、異世界から来た彼女たちはまだそのことを知らない。

大悪魔は魔法使いに食ってかかった。

 

「ちょっと、フリーレン。ここは一体どこなのよ!」

「ここは異世界の大都会オカヤマだよ。」

「なんでそんなことを知っているのよ!」

「神様に教えてもらった。」

「は?」

「神様へのお土産にする果物を買わないといけないし、私の護衛としてアウラが一時的に復活した。」

「なにそれ? 私に一切利点が無いじゃない!」

「オカヤマ産の世界最高峰の果物が食べられるよ。」

「世界最高峰がなんなのよ、意味がわからないわ!」

「私は果物の品種改良とおいしい果物を食べることが趣味なんだよ。」

「えっ? ま、まさか、リーニエが好んで食べていたあの林檎は……。」

「そう、あれは私が開発した果物の品種改良魔法の『アマクナールク』を使った逸品のひとつだよ。」

「そうか! リュグナーが以前言っていたわ。人類の果物の品種改良に大きく貢献し、歴史上で最も多くの果物を魔改造した魔法使い……『白桃のフリーレン』!」

「おいしい果物を食べることは、とても大切。」

「私はあなたが嫌いよ。」

「そう。」

「魔法はそんなことのために使うものじゃないわ。」

「ここは暑いね。」

「人の話を聞きなさいよ!」

 

 

そういうことはあったが、二人はとりあえず和解に至った。

 

 

「確かに大きな建物はあるし、ニンゲンも沢山いるわね。で、なんで私たちはここにいる訳?」

「神様が白桃を食べたいなあと思っていたらしく、ここに飛ばされたんだよ。」

「神って欠食児童か! それと、私は死んだ筈なのにどうしてここにいるの?」

「仲間がいないとちょーっと厳しいかなかな、って思っていたらなんかいた。」

「なんかって、なによそれ。あなた、仲間がいたでしょ?」

「フェルンもシュタルクもここに来られなかった。なにか条件があるのかも。」

 

 

二人はいつの間にか、写真機やら携帯端末やらを構えた複数の男女に囲まれていた。

彼らからは敵意も魔力も感じないが、何故か魔法使いと大悪魔を熱く見つめている。

それは情熱。

または熱意。

内に秘めたるは熱烈歓迎のココロのボス。

そのうちの一人が声を出すと、それに応じるかのように他の面々も口を開き始めた。

 

「すみませーん! 目線をこっちにくださーい!」

「本格的ですね、アカウントを教えてください。」

「あなたたちはボクの推しです。取り敢えず一万円ずつどうぞ。」

「お二人とも美人ですね。同人誌即売会にも行かれるんですか?」

「尊い、尊い、尊い。なんと尊い! ありがたや、ありがたや。」

 

わらわらと集まった人々が熱心に彼女たちを撮影する。

それらはどこか少しはにかんでいるかのような部分もあって、図々しさの数歩手前で抑えられているかのようにも見えた。

有り余る欲望の抑制がよくきいていて、統制もとれている。

おそらく、有明の夏冬の地獄を何度も何度も体験した者たちだ。

面構えが違っていて当然だった。

二人にとってなにを言っているのかなにをしているのか少しもわからない者たちだらけだったが、適当な魔法使いと尊大な悪魔はそれらを難なく切り抜けてゆく。

そんな中、アウラはこっそりとフリーレンに話しかけた。

 

「ねえ、フリーレン。」

「なに、アウラ。」

「このニンゲンたちに『服従の天秤(アゼリューゼ)』を使ったら、簡単に目的の果物が手に入るんじゃない?」

「アウラ。」

「なに?」

「簡単に手に入らないからこそ、オカヤマの白桃やマスカット・オブ・アレキサンドリアはおいしく輝くんだよ。」

「なにそれ、わかんない。だって、支配した方が早いじゃない。」

「それじゃダメだと思う。おいしいものは自分で探さないと。勇者ヒンメルなら、そうするってことだよ。」

「ヒンメルはもういないじゃない。」

「ここにいるよ。」

 

フリーレンは、右の人差し指で自分自身の胸を指した。

アウラは戸惑いながら、それを見つめるしかなかった。

 

 

 

やがて即席の撮影会は終わった。

二人の類い稀な美しさと独特な雰囲気と本格的衣装を褒め称えたニンゲンの幾人から現地通貨をかなり貰い、彼女たちは果物売場を教えてもらうことにも成功していた。

 

「これでオカヤマの果物が買えるね。」

「ふん、くだらないわ。」

「じゃあ行くよ、アウラ。」

「ちょっと待ちなさいよ。」

 

中四国最大級の鐵道駅舎に入った二人は、自動階段を使って二階にある果物売場へと向かう。

 

「幾つもの商店が屋内にあるんだね。ええと……こっちだよ、アウラ。」

「仕方ないわね。」

 

すたすた歩くフリーレンになんとはなしに不安を覚え、アウラは話しかける。

 

「ねえ、フリーレン。」

「なに、アウラ。」

「本当にこっちなの?」

「大丈夫。『おいしい果物を見つける魔法』で探しているから。」

「変な魔法を知っているのね。」

「私は偉大な魔法使いだから。」

「誉めていないわよ。」

 

 

やがて、果物売場が見つかった。

物色し始めるフリーレン。

冷ややかに見つめるアウラ。

 

 

 

斯くして、二名は異世界における世界最高峰の果物のいくつかを無事に入手した。

 

 

 

夕暮れ迫る大都会オカヤマ。

その玄関たる巨大駅舎近く。

白桃やマスカット・オブ・アレキサンドリアを実に嬉しそうに食べるエルフの魔法使いがいた。

その一心不乱な姿に苦笑しつつ、魔族の大悪魔だった彼女はフリーレンへの敵対的感情を先程から持ち合わせていないことに戸惑う。

ま、いっか。

本来は死んでいたんだし。

諸行無常的に彼女は思う。

少し食べてみようかしら。

せっかくだし。

私にも報酬は必要よね。

アウラは白桃を口にした。

豊かな甘味と旨みが口内に広がってゆく。

へえ、おいしいじゃない。

彼女は、自分自身がフリーレンと同じような笑みを浮かべていることに気づかない。

 

異世界から来た二名を、一陣のやさしい風が撫でていった。

 

 

 



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