この世界の技術なら、きっと珍兵器も輝けるはずだ。そうだろう?束博士!! (菊池 徳野)
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氷山空母ハボクック
映画の中で見た近未来がそこにある。
空中に浮かんだホログラムのディスプレイにキーボード。機械を並列につなぐようなスパコンなど前時代だと言わんばかりに目の前では魔法のような科学をさも当然とひけらかす白衣の女性はISの調整をしているのだと言う。
つまらなさそうに言うその言葉がこの世界では当然のことをしているのだ、と言っているようで心が躍った。
世界はつまらなくなんかない。夢物語は妄言なんかじゃない。
「なぁ博士」
――俺に科学を教えてくれないか?
そう言った俺に向けた視線が、少し楽しそうに見えたのはおそらく間違っていなかった筈だ。
周囲が騒がしくしているのを物ともせず目の前に浮かぶキーボードを叩く。
ポチポチと退屈な入力作業をしているとオリムラ先生から声をかけられた。
どうしました、先生?オリムラのISが届かないから先に私が出ろと?いや、構いませんが。
キーボードを叩いているとはいえ別にISの調整を行っているわけではないから先に試合するくらいなら構わない。
いや、ISの調整だと言えばそうなのだが、
そういうわけでさくっと了承したのでIS学園に来てから初の戦闘である。
『ISを展開しないまま出てくるなんて、貴方何を考えていますの?』
先ほどまで緊張感に沸いていた試合場は困惑するかのようにざわめきが大きくなる。
試合相手である自称イギリス淑女までわざわざオープンチャンネルでこちらに注意喚起をしてくる始末である。
これでは束博士が世界を詰まらないと言うのも分からなくはない。とはいえ、前例のないことだし仕方のないことかもしれない。
これはほら、馬鹿には見えないISという奴だよ。なーんて。
『馬鹿馬鹿しい。ハイパーセンサーには何も映ってませんわよ?光学迷彩というわけでも無さそうですし、もう試合は始まっているのですから笑えない冗談はおよしなさいな』
うーん、馬鹿馬鹿しいとまで言われてしまったか。これはある程度のものなら凌いでくれる優れものなのだがね。
『しつこいですわよ』
取り付く島もないとはこのことだろうか。悲しいけれどこれが世界という奴らしい。
どうやらこのまま先攻をいただけそうなのでどちらがふざけているのか分からせるとしよう。
――全軍、突撃だ。
すっ、と手をブロンド娘に突き出すように前に出すと、耳が痛くなるほどの破裂音とともに目の前の三世代機が体勢を崩した。
うむ、見事着弾である。
『えっ!?何が…これは、氷?』
声の主は慌ててはいるが、体勢を整えて距離を取った。それに攻撃の正体も気づいたようだからIS乗りとして優秀ではあるのだろう。
だが実に惜しい。今のは攻めつつ引くべきだ。もう一度攻撃が飛んできてもよいように、追撃がないように…あぁ、やはり所詮彼女もただの
しかしそうなると残った目的は世界に実力を示すことだが、そうなると今度はあまり時間はかけたくないところだな。
さぁさぁ、避けるか受けるか、選びたまえよルーキー君。
『ブルーティアーズッ!!』
あぁ、やはりまだまだ小娘。戦の何たるかを分かっていない。
ビットが展開しきる前に撃ち落とす。スペアあっても次が出てこないように射出口は凍らせて、バーニアもついでに固めてしまおうか。
抵抗とばかりにビームが飛んでくるが目の前で四散する。
驚いているところ申し訳ないが、盾も無しに生身のまま出てくるはずがないだろう?おふざけじゃあないんだから。それに、驚くのはこれからだよ。
遠隔操作が可能なビットはたしかに恐るべき脅威だろう。死角からの一撃、時間差攻撃、敵の追い込み…だがそれは一人でやるものじゃあない。
高々両の手で足りる程度の数など戦争では役に立たん。
せめてこれ位は用意してもらいたいものだ。
周囲に散っていた蒸気が凝固して本来の形を取り戻していく。
ISと呼ぶにはそれはあからさまな兵器であった。光を受けてキラキラと光るその姿はある種幻想的で、会場からも息をのむ様子が見て取れる。
巨大な空母に会場全体を埋め尽くすほどの戦闘機。数の暴力とはこういうことを言うのである。
――第三世代IS、氷山空母ハボクック。君の祖国イギリスの生んだ失敗兵器だよ。
氷の空母に氷の戦闘機。分かりやすい人型にもできるがこれが一番整っているのだから仕方ない。
敵の前では両腕を組んでガイナ立ちをし、砲撃の際には腕を突き出す。必要ないものにこそ魅力というのは生まれるのだから。
だからまぁ、高い授業料だと思って蜂の巣になるといい。
それだけ言うとその場に背を向けてこちらの勝利を告げるブザーの音を遠くに聞く。一緒に悲鳴も聞こえてくるが音ほどは大変なことにはなっていないだろう。
できるだけ目立つ損傷は抑えたからこの後オリムラと戦うこともできるだろうし、実力を示すという私の目的は達成できたから代表だとかいうのは残る二人で決着を着けるといい。
しかし試作とはいえ強くなりすぎた。護衛としては満点なのだが、どうにも失敗兵器としては微妙である。
相棒自身はこれで良いと言いたげに光っているのでこれ以上は手を付けないが、少し惜しい。
まぁ、次は違う外装を作ればいいか。
あ、束博士?どうだったかな、俺のハボクック。次はノヴゴロド辺りを再現しようと思うんだけどさ…。
次回、オリムラ怒りの挑戦状。
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自走爆雷パンジャンドラム
あの後、予定調和のようにオリムラは敗北し敗者に選ぶ権利はないと言わんばかりにクラス代表に祭り上げられ、オルコットは謝罪を機にクラスの一員として過ごすことができている。
当然私はあれから誰に止められることもなくIS開発に打ち込むことができるようになり、学園の人間に侮られるということは無くなった。至って平和な日常を謳歌している…筈だったのだが。
面倒なことにオリムラは不戦勝が気に入らないと言って模擬戦を行うことになってしまった。
はじめは断ったのだが、各所のお偉方から開発資材の提供と演習場の優先使用の許可を出す条件としてオリムラとの模擬戦、ひいてはサポートを要求されたので前者だけ許容した次第である。
資材提供は魅力的だったが学園で定められた量で我慢し、優先使用も断ることにした。これも束博士から『社会勉強だよー』と送り出された以上贔屓されての学園生活など邪道と考えたからであるが、こちらの対応にお偉方は冷や汗かいていたので恩を売ろうと思っていたのだろう。
浅はかなり。
それでも模擬戦を了承したのはこれからのお偉方の要請を断りやすくするための布石であるが効果があるかは分からない。
というか模擬戦でノヴゴロドを試そうと思ったのに空飛んだらフライングパンケーキにしかならずなんとまさかのお蔵入りとなってしまい、完全に私が模擬戦に出る利点が潰えてしまったためやる気が一切出ない。
ただまぁ…。
――あの空母凄かったな!キラキラ光ってて格好良かったぜ!
試合の後に興奮気味にこちらに言ってくるオリムラの意見は素直にうれしかったので、一度くらいは彼のわがままを聞くのは吝かではない。
姉さんの言っていた『情けは人の為ならず』という言葉を実践するのもよい機会だろう。これが何に代わるかは分からないが、自己満足は得られるだろうしどうなっても文句は言うまい。
それはともかく、ノヴゴロドがフライングパンケーキに化け、その後丸ノコのような形状になり脳波コントロール可能になったあたりで我に返った頃には模擬戦の前日であり、試合で何を使うかまだ決まっていないのだ。
正直、昔初めて作ったISのデータを引っ張り出してきてもよいのだがそれでは芸がないし何より私が気に入らない。
とはいえ少数だがギャラリーもいるので長く待たせてはおけない。
『なぁ、まだ準備できないのかー?』
それに先に出てウォームアップしておいてくれと言っていたのだが、しびれを切らしたらしくオリムラの声が聞こえてくる。
ISの調整の為だと言って時間稼ぎをしたのだが、そろそろ時間切れらしい。
仕方ないので
――すまない、待たせたな
『いや、構わないけどそのボビンケースみたいなのなんだ?』
――これは自走爆雷パンジャンドラム。また英国面からの紹介で申し訳ないがイギリスの失敗兵器だ。
『それもISなのか?』
――一応は。
『…変わってるんだな』
まぁ、爆雷というだけあって無人機なのだが、その形状と世界の物理法則から分かるようにこいつはまっすぐ走れないうえに場合によってはUターンをかます失敗兵器の王様である。無人故に正確な操作もままならず試験をするたびに失敗のレベルが酷くなるという珍兵器として有名である。
『えぇ…本当に戦えるのかそいつ』
戦えるともさ。耐久性に難ありだが、どうせ白式の必殺の一撃をまともに食らえば負けなのだからいっそこれ位のほうがいい。
まぁ、百聞は一見に如かずと言うしこちらから行かせてもらうとしよう。飛べ!パンジャン!
『って、浮くのかよ!』
空中に浮かんで車輪をパージし、パージした車輪と同じものを周囲に大量に展開して球形を作る。
なんかこれアニメで見たことあるなぁ、とは思うがまともな兵器として運用するにはこれ位しか思い浮かばなかったんだから仕方ない。それに技術革新のアイデアは二次元からというのは技術者の基本である。
手裏剣のように車輪を飛ばして攻め立てるが、オリムラは多少被弾しつつも致命傷は避けている。ふむ、
『くそっ、余裕そうにしやがって!』
まぁ、ラジコン操作してるだけだからな。乗ろうと思えば乗れるけど換装用のパッケージは置いてきたから今は無理なんだ。
とはいえ少しずつ速さに慣れてきたのか被弾数は確実に減り、こちらに攻め込むタイミングを窺っているのがよく分かる。初心者にしてはいい成長具合だ。
と、思えばシールドゲージが半分を切るかといったタイミングで仕掛けてきた。
ジリ貧になる前に決めに来たのはいい判断だな。
『褒められても嬉しくねぇよ!』
今までの回避を捨て、強化されたブレードで致命傷になりそうな攻撃を捌いての突貫。もしこれがまともな対人戦であれば動揺の一つもしただろうが、このくらい想定の範囲内である。
『貰ったぁ!!』
防壁として使っていた車輪をバターのように切り裂いてそのまま本体に攻撃を仕掛ける。
普通ならこれで決着、見事エネルギーを削りきったオリムラの勝利となるところだが、これは
オリムラ、君に教えておいてやろう。
――パンジャンドラムはISではない。爆弾だ。
オリムラがブレードを叩き込むと同時に凄まじい爆音が響く。
流石に絶対防御をぶち抜く量の爆薬は入れていないが半分以下、しかも能力でシールドをガリガリ削っていたオリムラには堪えただろう。少なくとも内部はかなり揺れただろうしどこかぶつけていてもおかしくない。
しかし、我ながら素晴らしい紅茶のキメ具合だな。流石勝率100%IS。
『卑怯過ぎるだろ!死ぬかと思ったわ!!』
おぉ、オリムラ。無事だったみたいで良かった。
『無事じゃねぇけど…で、これどっちが勝ちなんだ?』
恐らくパンジャンドラムが爆散したことに対するコメントなのだろうが、安心してくれ。パンジャンの本体はこのコントローラーだ。故に白式のシールドゲージがゼロな以上、私の勝利だよ。
何より、元々爆発する予定の
ズルいだなんだと聞こえてくるが私は初めから爆雷だと言っていたのだ。それに装備品の方が目立つだけでこれはあくまでISだしな。
『初心者相手にえげつねぇよ…』
知らんな。それに、本気で来いと言ったのはオリムラだろうに。
ほれ、満足したならこれからも頑張ってクラス代表に努めてくれ。今回の教訓は色んなところに気を配るべし、だ。
それだけ言ってさっさと演習場からおさらばする。
帰り際にオルコットから微妙な表情で見つめられたが、その文句は私ではなくあの世のネビル・シュートにでも言ってくれ。
私はあくまで失敗兵器を使えるように改造しただけなのだからな!
次回、『爆発オチなんてさいてー!』
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閑話1 束
彼について何から話すべきかと問われると、やはりその出生についてだろうか。
生まれは試験管、育ちは白い塀の中といういまどき何の珍しさもない試験管ベイビー。それでも敢えて深く追求するなら大量の
それについて怒るのは今じゃないよ。ちーちゃん。
今は元気に生活してる。それは私よりも傍で見てるちーちゃんの方がよく知ってるでしょう?
話を戻そう。
それは気まぐれだったし、今もやってる然程珍しい事ではなかった。研究所を潰して被害者をケースバイケースで救済する。そのうちの一人が彼だった。
いつもなら預かっても二三日、場合によっては望みをかなえてあげる事だってあるのに何で彼を助けたのか。
眼がね、違ってたんだ。
キラキラ輝いてて、世界は凄く綺麗なものなんだって私に言ってきたんだよ。
さっきまで暴力と得体のしれない技術を振りまいてた私にだよ?思わずちょっと笑っちゃったよね。興味がわいたって言えばそれだけだったけど、敢えて私は運命だったって言いたいな。
む、その言い方は失礼じゃないかな。束さんだって
もう、また話が脱線した。
とにかく私のお気に入りになった彼、私はきーくんって呼んでるんだけどさ。きーくんはその時から私の弟子になったんだ。
そう、彼がそうなりたいって言ったから。『俺に科学を教えてくれないか?』って。その時はまだどんな子か分からなかったから基本的なテキストデータだけ投げておいたんだけど…きーくんは優秀だった。というか優秀に作られてたって言えばいいのかな。
前時代の大人の
いい子だよ、きーくんはさ。
ちょっと色々過激だけど、その辺は先生たちの方で個性を尊重しつつ矯正してくれればなって。
いやいや、無茶苦茶なことじゃないよ。学校に子供を預けてる親としての…そう!親心ってやつ。
うん、そうだね。本当なら私が教えてあげるべきなんだろうね。でも束さんは
うん、ごめん。それにきーくんは私と一緒にいる事が全てじゃないんだ。世界を見たいって、そう言ってる。直接聞いたわけじゃないけどさ、結構長く一緒にいたからね。分かるんだ。
それをいつまでも何もない海の底に置いてたんじゃあ可哀そうだから。
きーくんは私の影響なのか変な子だけどさ、最近くる連絡だとよく笑ってるよ。親代わりとしては寂しいけど、楽しいって言ってくれるんならそっちに送ったのは悪くなかったかなって思ってるんだ。
だからありがとうね、ちーちゃん。いっくんのことで大変だったのに私のわがまま聞いてくれて。
なになに?もしかして照れてるの?ふふふー、ちーちゃんったらかわいいー。
あっ、待って切らないで!
うぅ、ひどいよちーちゃん。ちょっとからかっただけなのに…。
あ、そうだ。近々そっちに行くからよろしくね!何かあったらきーくんに頼ってもいいから!じゃあね!
通話の直後まるで吠えるようなブリュンヒルデの怒声が聞こえたとかいないとか、織斑千冬の胃薬の服用頻度が増えたとか。それは愚痴を聞かされた弟だけが知っている。
原作よりもマイルドにしていく。所謂白い束さんでこの二次創作はできております。
次からはクラス対抗戦だー。
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V3 15センチ高圧ポンプ砲
オリムラの事をイチカと呼ぶようになって数日、クラスでは二三言葉を交わし、昼を食堂で一緒に取る。そんな世間一般でいうところの友人関係を築くようになった。
それだけに、先程の出来事はイチカ達にとって衝撃的だったらしい。
――すまない、今日は先約があるんだ。
昼食の誘いを断ったときのイチカの顔は見ものだった。隣に居た箒やオルコットも淑女らしさを投げ捨てていたので、それだけ予想外だったのだろう。
友達がいない身ではあるが少しばかり心外だった。
「それで…って話聞いてるの?」
勿論聞いているとも。イチカに灸を据えるついでに周囲に力を見せつけるのだろう?
スマートとは言えないがあいつは一度痛い目を見るべきだろうし、何より今回ばかりはリンの気持ちの整理が優先されて然るべきだろう。
「あんたって堅苦しい話し方の癖に話分かるわよね」
客観的に見て思うところが有っただけだよ。それに私のIS開発の試験運用に手伝ってもらうんだから親身にもなる。
む、うどんも旨いがこのザル蕎麦もいいな。
「まぁ、あんたがそう言うならそれでいいわよ。早速今日から付き合ってくれるんでしょう?」
ひょんな事からイチカの仕出かした約束忘れ騒動の顛末を聞いたときには正直頭を抱えたくなった。女性を侍らせていたからそれがイチカの甲斐性なのだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
これは早急に教育が必要とリンに協力することを約束したのだが、他所のクラスに手を貸すことの隠れ蓑として試験運用予定のISのスパーリングをしてもらうことにした。一石二鳥の作戦である。
当然早い方が良いからと今日からリンの(イチカをボコる)肩慣らしを始めようと思っていたので本人が乗り気でよかった。
「なら放課後ISのハンガーまで行くからそこで待ち合わせて演習場まではそこから行きましょ」
気づけばリンは食器を下げようとしており、手元のザルも何も乗っていない状態だったのでさっさと食堂を去るとする。
「にしても。あんたどんだけ悪目立ちしたのよ、ご飯食べてる間ずっと周りから見られてたわよ?」
それはたぶんリンと二人で食事していたからだと思うが…それを自分で認めることは友達いない宣言をしていることと大差ないのでリンには適当に誤魔化しておく。
技術革新の申し子とか呼ばれているらしいからそれが原因ではないか、と。
「ふぅん?」
相手がここに来てから日が浅くて良かった。
それにしても色々と噂が飛び交っているのは本当なので、ここは一つ新たな話題を提供してより混沌とした評価を得たいところである。
そう思っていたのだけどなぁ。
「細かいこと気にしないの!それに、誰でもいいからISの試運転の実験台が欲しいって言ったのはあんたでしょうが!」
プライベートチャンネルから聞こえてくるリンの言葉に気のない返事を返すが、やはりやる気が出ない。
あのあとハンガーで運用予定のISを見せたのだが、人型でもないし搭乗者いないしイチカ相手の訓練にならないというクレームを受けたので、泣く泣くラフレシア計画くん1号ことフライングパンケーキをお蔵入りにすることとなった。
「その代わりに色んな装備試してもいいって言ってるじゃない」
使っていなかった小型の兵器も多かったから、丁度いいと言えば丁度いい機会なのだが、やはり外装から何から全てを試すつもりだった身としては少し物足りない気持ちになる。
それに、こいつを出すのはもう少しこう…凝った演出と共に出したかった。
「グダグダ言わないの!にしてもあんたのIS変わってるわね。第三世代?」
汎用人型工作用IS『玉兎』。
空を翔け月まで手を伸ばす兎をモチーフにしたISだ。具体的な数値等は今は置いておくが、機動力を重視したISで私の処女作であり、一応は第三世代のISである。
ISコア以外の全てを自ら手掛け、パーツも自前のデザインからフルスクラッチした真の意味での愛機、相棒と言える機体である。
「へぇ、兎がモデルなんだ。そう言われると装飾とかそれっぽいし、可愛いISね」
見た目に反して使う装備は凶悪なものばかりだが、今回は一体型以外は全て新規開発した装備ばかりなのでどうなるかは開発した当時の自分の
「それじゃあ、そろそろ始めるわよ」
両の手に抱えるように展開したガトリング砲で軽く牽制射撃を行うが、見えているのか余裕で躱されてしまう。リンの視界を遮る様に弾をばら撒いてみるが、あまり効果はない。大して速度が変わらない所を見るに、近接戦が得意なのだろう。
リンは良い動体視力を持っている。更に何かの武術をしているからか体捌きもイチカのそれとは比べ物にならないほどである。
弾切れを起こしたのを目敏く察してリンが突貫してくる。リロードの隙を突いた初歩的だが確実な選択に思わず舌を巻く。
ただ、それは通常戦闘であればの話である。
何かを躱そうとしたのか偶々か、リンが何かにはじかれた様に凄い勢いで吹き飛び、それに遅れて肩が外れたかと思うほどの衝撃が玉兎を襲うが、衝撃のレベルは想定の範囲内である。
それにしても今まで飛ばしていた
一撃で仕留めるつもりだったんだがな。
「今の何よ!?死んだかと思ったんだけど!?」
マスドライバー式超長距離射撃兵装『V3 パリ』。
名とは裏腹にドイツ謹製の超長距離射撃武器パリ砲とロンドン砲のアレンジ。技術屋に米国面を併せ持ったとんでも兵器1号だ。
「マスドライバー!?音速越えてるじゃない!」
だから避けられるとは思ってなかったと言っただろう。予測可能回避不可能の一撃必殺が売りだったんだが…残念だ。
『V3 パリ』はその最大初速を確保する為に大量の薬莢を順次点火していく為、排出する空薬莢を弾丸として射出する機構を有しており一見大型のガトリング砲を彷彿とさせる形状をしている。
そしてその見掛けを盾にエネルギーチャージ終了と同時に、前方に向けてその砲塔ごと釘撃ち機の様に第一宇宙速度を越えた鉄塊を射出する一発限りの決め技なのだが、リンには通用しなかったようだ。
「決め技を最初に撃つんじゃないわよ…」
ご尤もな意見だ。
まぁ、ネタ武器にセオリーを説くのはナンセンスだろうから次に行くとしようか。
「あんたのIS開発にテスターがいない理由がよく分かったわ」
その言葉は誠に遺憾であるが、リンにとっても有意義な訓練となるだろう?それともギブアップかね?
「上等!!」
良い反応で大変嬉しい限りだ。このまま私の自己満足に付き合っていただこう!
尚、30秒後にオリムラ先生から演習場のバリアを超高速の物体が破壊して飛んで行ったことについて呼び出しを食らって今日の訓練はおじゃんになってしまった事を報告しておく。
次回『無人機vs鉄人28号』
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超々重量戦車 ラーテ
私がIS学園に来た理由は束博士から社会勉強として送り出されたからだが、束博士は私にIS学園で何をしろとは言わなかった。だから私は姉に相談しつつも自分なりのやりたい事を決め、目標を掲げた。
その為に先ずは目立つように動いた。気に食わなかったというのもあるが、オルコットの件は渡りに船だったと今なら白状できる。国家の代表候補という分かりやすい強さの基準を余裕を持って、なおかつ奇抜なISで打ち倒す様は客引きとしては満点であった。
とはいえその後客を逃してしまっては意味がない。ならば次は飽きられる事のないようにと立ち回った。束博士曰く、凡人は理解の外にあるものは手の届かない物と判断してしまうらしいので、あくまでも人間らしく立ち回った。
最先端の先を行くが手の届く技術を見せながらも、誰でも思い付くような事を既存の技術でやってのけ、世界が一番理解しやすいロマンの可能性を示唆してきた。それもこれも私の目標を達成するためだった。
そこには我慢も妥協も有ったけれど、やりがいと楽しさは常に一緒だった。少なからず興味を持った学生が話を聞きに来る事もあって、これから更に良い方向に動いていくのだと楽観的になっていたのだ。
だが、その体たらくがこの有り様とは笑えない。
――箒、怪我はないか?
何があるか分からない環境で、最大の盾を手放すのは平和ボケの証である。
高熱で灼ける背中の皮膚の異常な感触を無理矢理シャットアウトする。少しでも余裕な態度を見せないと皆が不安になってしまう。今ISが倒れたら、私の夢は遠のいてしまう。
メンテナンスや開発で中途半端な装備しかないからと初擊だけは『玉兎』で受け止めたが、それもこれも積んでいたパッケージが原因と言って相違ない。
『超々重量戦車 ラーテ』。そう名付けた要塞型迎撃用ISの換装パッケージである。物理的に厚い装甲と余剰エネルギータンク、空中移動以外の一切を取り払った難攻不落の長期戦対応型要塞。それがこのパッケージのコンセプトである。
会場のバリアなんかよりも余程耐久性に優れたその装甲を生徒達が隠れる様に壁として設置して、エネルギータンクからの供給が切れるまでの間は無敵の要塞として機能するよう動かした。
ISの安全神話が崩されなければそれで良いと判断しての事だったが、それで全てをカバー出来ていなかったのがマズかった。避難できていない生徒がいた事。その中に箒が含まれていたこと。よりにも寄って箒が狙われた場所に装甲が展開出来ていなかったこと。挙げればきりがないが、ただ運が悪かったと言うには厳しすぎる条件が並んでいた。
周囲で何か言っているのが聞こえるが、箒を逃がすことが先決である。本来ならこのままイチカ達の援護に出るつもりだったが、それはオリムラ先生達に頼ることになりそうだ。
今私が気絶でもすれば、展開した装甲が消えてしまう恐れがある。なればこそ今は無茶なことは出来ない。幸いなことに身体は丈夫に出来ているので、防衛に徹しさえすれば敵の攻撃を受けることは無い。
あとは生徒達の避難が済むまで耐えるだけである。
それが終わりさえすれば、目の前で飛び回っている馬鹿野郎を殴り飛ばすことができる。私に喧嘩売ったこと、地獄で詫びるといい。
そう思っていただけに少しばかりやり過ぎた。
「あんた、そんなこと考えてたのね」
私が横たわるベッドの横で何かを責めるように背中に乗せた氷をつつくリンがいる。その表情は呆れています、と言わんばかりで、人の顔色など気にしない私でも少し堪えるものがあった。
ついカッとなってやった。反省はしていない。
「反省しなさいよ、バカ」
そうは言うが相手が無人機であったのは間違いない、という確信があったのだ。ならば覗いてる悪趣味な奴らに手を出したことへの後悔をさせようと思っただけなのだ。
確かにスクラップにする必要も無かったし、速さや硬さを一切無視してラーテの鉄拳を叩き付けたことはやり過ぎたと思う。しかし敵に「お前らなど羽虫の様に簡単に叩き潰せる」と示すにはあれが手っ取り早く、かつ効果的だったのだ。
なればこそ、オリムラ先生のお叱りの言葉も反省も不要ではないと思わないか?
「その言葉、千冬さんに伝えておくわ」
分かった。私の言葉が間違っていたよ、リン。私は大ケガを負いながら戦うべきではなかったし、必要以上に敵を痛め付けるべきではなかった。
冒す危険を最小限にするよう注力するべきでした。すみませんでした。拳骨は勘弁してください。怪我人を殴るとか非常識だろう。
「じゃあさ、あんたの夢ってやつ教えてよ」
夢、目標のことか。大したことじゃないんだが、改めて言うとなると少し気恥ずかしいな。
私の夢は『ISは皆が触っても危なくない玩具だと世界に広めること』。変な言い方だが他の表現が思い付かなくてな。
要は、ISが危険な兵器であるという概念を払拭したいのさ。暴走しても悪用しても、直ぐに止められる。ある種の芸術作品を作る舞台装置としても使えるし、医療や移動手段としてもデザインしだいで思うがまま。子供がカッコいいロボットを想像するように、大人が便利な秘密道具を望むように、ISはその想像を形にできる手段の一つなのだと思わせたいんだ。
束博士は宇宙開発を夢見て作ったけれど、深海だって、電子世界だってISは航行を可能にする。ならば世界に発想を、技術屋に情熱を。ISの魅力を形にすれば振り向いてくれる人がいるんじゃないか、とね。現に何人か開発関係に興味のある生徒が話を聞きに来た。
博士は見限った様なことを言っていたけれど、それでも思いを共有できる存在は多い方がいい。
「確かに、私と模擬戦した後にも何人かと話してたわね」
失敗兵器を成功させるのも技術の進歩を世界に示す一環。今回の無人機を叩いたのも、生徒の安全を守ったのもISの安全性を示すためだ。
もしあそこで人命に被害が出ていたら、ISは兵器としか認識されないからな。せめて私という技術者がいる間は安全だと思わせたかったというわけだ。
まぁ、失敗兵器を作るのは趣味の面がかなり強いがね。
「…何となく、あんたのことが分かった気がするわ」
それは何よりだ。現にハボクックは溶けない氷を冷えすぎない程度に自動で供給する医療機械に早変りしている訳だし、これが一般化するのもそう遠くないと思うのだけどね。
「でも、やっぱり悪用する奴が出てくるんじゃないの?あんたの夢は凄くいいと思うけど…」
良いも悪いもリモコン次第、というやつさ。私の目の黒い内は誰にも渡しはしないし、何よりISを悪魔の手先にするなど言語道断だ。警察組織がしっかりするまでの間は私がリモコンを守りきるとするさ。
それに何より、
――私の鉄人は格好良かっただろう?
『超々重量戦車 ラーテ』別名『鉄人28号』。
物理的に非効率と言われる二足歩行人型兵器の個人的なベスト版である。
ただ、リンには再び呆れた目で見られてしまった。
解せぬ。
次回、『強襲白兎!』
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イ号一型乙無線誘導弾
転入生がやって来た。
明らかにおかしい企業スパイだとか、オリムラ姉弟の厄介事だとか、色々と面倒なことになりそうではあるが私にとってはそんなことよりも頭を抱えるべき案件が他にある。
「貴様が篠ノ之博士の子飼いのIS操縦者だな?」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。独国の軍属の幼い見かけの少女である。事前に調べた情報通りの人柄らしいが、そんなことよりも気にするべき部分があった。
銀の髪に顔立ち、雰囲気や目の色こそ違うもののボーデヴィッヒのそれは私のよく知る人によく似ている。似ているのはラウラは姉の妹なので当たり前なのだが…どうにもやりにくい。
適当に自己紹介を済ませるが、動揺が隠しきれなかったようでボーデヴィッヒから侮蔑の篭った視線を送られる。おそらく腑抜けた男と思われているのだろう。
「腑抜けた奴だな。もういい、興味が失せた」
誤解を解いてもよいのだが、気持ちの整理が着くまではこのまま流しておくとしよう。ボーデヴィッヒの方もイチカにご執心のようだし、それがいいと思うのだ。
休み時間にデュノアが何やら言っていたが、それどころではなかったのでイチカに押し付けてさっさと撤退した。デュノアの方には技術を学ぶのは自由だが結果だけ浚っていく気なら来週には物理的に会社が無くなると、伝言を頼むか。あれは嫌がらせが出来るような質では無さそうだし、最悪こちらに引き込んでしまえばいいだろう。
なんにせよ、取り敢えずは事態が落ち着くか動きがあるまで待つとしよう。
イチカの指導もあるし、考えるのは後でいい。
それは咄嗟の行動であったし、やった今でも間に合うか微妙なラインをよくぞ通したと自分を誉めたい。それが玉兎で蹴りをぶち込むというスマートさの欠片も無いものだとしても、だ。
黒いIS、ボーデヴィッヒがイチカ達へ大口径のレールカノンを打ち込もうとした。自己紹介での口振りを鑑みるにイチカの排除を目的としての事だろうがこれは黙っているわけにはいかない。
――軍属であることは無暗に暴力を振りかざしてもよいことの免罪符にはならない。
これ以上何かするなら容赦はしないと言外に告げるが、ボーデヴィッヒは余裕な態度を崩そうとしない。むしろ今の不意討ちで興奮しているのか、謝罪や撤退を促せる状態ではなさそうだ。
全くもって面倒くさい。
「篠ノ之博士の犬のくせにやるじゃないか。IS技術だけは一流の様だな」
喧嘩売ってる、つもりなのだろうな。正直何と言われようがどうでもいいので再度撤退を促す。
「はっ、やはり腑抜けか。その貧相なISでは私のシュヴァルツェア・レーゲンには太刀打ちできまい」
今のは少しカチンときた。個人的な想いから多少なり蛮行には目を瞑っていたが、どうやら貴様には気遣いよりも教育が必要なようだ。
きっと姉だって許してくれる事だろう。勿論手加減はするつもりだが、痛い目を見てもらうとしよう。
――…教育の時間だ、
試験運用と言わず、本装備で戦ってやる。
わざと挑発にのったフリをして近接戦を仕掛けにいく。余裕そうに笑みまで浮かべているところ悪いが、貴様のISデータは獲得済みだ。
AICを発動して一蹴するつもりだったのだろう。突きだしたままの腕が何とも滑稽である。わざと先程と同様に大袈裟な跳び蹴りを叩き込む。
困惑しているところ申し訳ないが、AICなら既に私が学園の模擬戦で見せている。独国のそれは既に世界共通の一般技術である。
ハボクックの時に少し見せたのだが、どうやら世界には伝わっていなかったらしい。やはり一度、世界に向けてプレゼンの一つでもするべきなのだろうか。
わざと距離を取れる様に飛ばしたのだが、どうやら気づいていないらしい。なにやら文句を言っているが軍人としては下の下だな。
AICの弱点は分かっているだろうに、距離を詰めずに講釈垂れる余裕なんてないだろうに。
――ISでの一対一というのはこうやるんだ。新兵。
そう言いながら手元の銃から弾をばら蒔いて牽制をかける。リン相手にやった戦法だが、流石に同じことをやるつもりはない。
ボーデヴィッヒもレールカノンやらで打ち返して来るが、所詮は近接メインのISである。距離を詰められなければ怖いことなどない。時間を稼ぎながら少しずつ装備を展開していく、そろそろ数は十分だろう。
大量に展開したミサイルポッドから誘導ミサイルを射出する。その数優に60発。とてもじゃないがAICで捌ききれる数ではない。
――ほら、AICを使えば止められるのだろう?無理だなんて言わないよなぁ?
とはいえボーデヴィッヒもAICの弱点は理解しているらしく、その回避能力は目を見張る物がある。目がいいのか落とせる物は落としているし、低空で回避してミサイルの目標から自分をはずしたり、ジャミングで外したりと技量は低くないのだろう。
だがまぁ、普通のミサイルを私が使う筈もない。
『イ号一型乙無線誘導弾』、大日本帝国の作った無人ミサイルだ。ただまぁ、私のそれは操作は全自動のうえ弾数は必要以上に多いかもしれないが。
予想はしていたが一部のミサイルをこちらに向けてきた。目標を失ったそれを武器に転用するつもりなのだろう。有効的な手ではあるが、それ相手には効かない。
そのミサイルの別名は『エロ爆弾』、そのミサイルは凄いぞ。なんせ…
――
目標を失った筈のミサイルが再びボーデヴィッヒを捉える。ハイパーセンサーがあろうが数の暴力の前にはどうしようもない。背中に一撃を貰えば、後はなし崩しである。
AICを使う人間なら、対峙している人間がAICを用いたIS開発をしたという事実を知った時点で、その対策が済んでいる事を警戒して然るべきだったな。
爆風で浮いているボーデヴィッヒに接近してダメ出しを一つ。それとこちらが本命。
――あと、兎さん馬鹿にしてんじゃねぇ。
『爆・洲ジ導弾脚(ゾウジダオダンキャク)』。脚部に取り付けた爆薬を炸裂させ、玉兎の強靭な脚力を数倍にして叩き込む回し蹴りである。
上空から地面に向けて叩き込む様に打ち出して、残っているエネルギーとISの装甲の一部を削り取る。
これで少しは懲りたろう。
ボーデヴィッヒに関しては、暴走したときに何とかする事にしよう。相手も今回のことで距離を取るだろうし、ちょうど良かったような気がする。
伸びているボーデヴィッヒには悪いが、後の処理は他の人間に任せよう。
後日、ボーデヴィッヒからトーナメント戦のタッグパートナーに誘われて頭を抱える事になるのを私はまだ知らない。
次回、『シャルロット泣く』
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閑話2 セシリア
そしてムーンだなんだと玉兎の要素もありますがZZは関係ありません。…あれぇ?
追記
セシリアを立たせっぱなしで放っておいた事に気づいたため、適当な席に座らせる描写を追加しました。大きな変化はありません。
オルコッ党の皆様、申し訳ありませんでした。
セシリア・オルコットには越えなければならない壁がある。
父母を亡くし家を守るため、国の名を背負いながらも決して弱さを見せずに生きてきた。時に敵を作ってしまうこともあったが、それも己の気高さを守るために仕方のないことだった。他の事に気を取られていられる程、余裕のある人生ではなかったと言い換えてもよい。
しかし、その想いが変わってしまったのは何故だっただろうか。男であるからと下に見て、肩書きがないからと侮るようになったのはいつからだったろうか。
IS学園でクラス代表を決める為に試合をしたあの日、無様に膝を着いて何もできずに己の肩書きに泥を塗った日に自分の行いを見つめ直させてくれた男の人。彼がオルコットの人生を知っていたとは思えない。十中八九、彼はあの時戦ったのは自己満足の為だと答えること事は予想に難くない。しかしそれでも、セシリアに気高い生き方を思い出させてくれた彼に、恩義を感じている事に違いはない。
「キャラさん!私、貴男にお話がありますの!」
それ故に自分が彼の眼中に無いと言われるような事があると、じっとしてはいられないのだ。
いつになく気だるげな姿からは常の明るさは見られず、疲れが至るところから感じられ、突然押し掛けた事を少し後悔した。
「…声を荒げずとも聞こえているよオルコット。いつもの英国淑女の仮面はどうした、あれは余所行き用か?」
軽口を叩く程度には気力があるようで、少しだけホッとした。何故か知らないが、彼は私を背伸びした子供の様に扱う事があるが淑女たらんとするのは貴族の当然の務めである。腹は立つが、彼の指摘も間違いではないので少しだけトーンを落として言葉を続ける。
ちらりと手元を見れば反省文の原稿用紙が置いてあり、どうやらまた実験をして織斑先生に怒られたのだろう。テンションが低いのはそれが原因か。
「仮面ではございませんし、今は関係ない事ですわ」
しかし、だからといって引き下がるわけにはいかない。知り合って日が浅いとはいえ、友誼を結んだ間柄である。少しくらい言わせてもらわねば。
「玉兎は突発的な模擬戦の為に仕方なく出しただけで私だってお披露目は不本意だった。意図して君に黙っていたわけでもないし、あの時の君との試合を軽く見ていたわけではない。ハボクックだって私の本気の一端だ」
これで納得してくれたか?と言って視線が手元に戻ってしまう。
確かに彼の言葉は的を射ており、実にその通りなのだが、そうではない。合っているからと、なら今度からは気を付けてね、で済まされることではないのである。理論の話ではなく感情の問題なのだ。
「はぁ…もう結構です。私も急に押しかけてしまってすみませんでした」
とは言えここで更に声を荒げていては彼の言葉通りになってしまうので、引き下がる他ない。時たま彼は私の思考を全て先読みした上で言葉を選んでいるのではないかと考えてしまうときがある。今回も追い返す為に軽口を言っていたのだろうか。だとしたら少し悲しい。
「まぁ、適当な所に座ってくれ。飲み物くらいは出そう」
人の顔色を見ているのかいないのか、こういう優しさを時々見せるのは本当にズルい。
そして案外彼は紅茶を淹れるのが上手い。最近は特に餌付けされているような気分になる。こういうのを胃袋を掴まれるというのだろうか、女性として少し複雑である。今度何かしら作って差し入れでもしようかしら。
「それで、どう思った?」
「そうですわね…やはり想定される被害を考えると実用的では無いと思いますわ。威力は申し分ないですけれど掛かるコストを考えると、とても実用的とは思えません」
彼の言葉にほとんど反射的に言葉を返す。直前に考えていたことを置いておいて返事をする様になった辺り、馴れたものだ。
初めて模擬戦をした日、私の謝罪の言葉を遮ってISの感想を聞いてきた時からずっと、彼は私に自分の開発した作品の感想を聞いてくるようになった。理由はいまだに不明だが、今のところこの問答が終わる様子はない。
「そうか。他にはないか?」
「え?えっと、特には」
そしていつも更に何か無かったかを尋ねてくるのだが、私には彼が望んでいる回答が分からず、そこで話が終わってしまう。
「そうか…分かった」
こうして少し彼が落ち込むのもいつも通り。落ち込みたいのはこちらなのだが、しかし今日はこれで話を切り上げるつもりは更々ないので、少しでも話を繋いでいく。
「それにしても、兎型のISというのは随分と可愛らしい見た目ですわね。あれもキャラさんのデザインですの?」
私が御披露目に呼ばれなかった件のIS。まさか無人機の襲撃の際に見ることになるとは思っていなかったが、話題に挙げると何人かに既に見たことがあると言われてしまい、つい抑えきれずこちらに来たわけですが、今は置いておきましょう。
兎をモチーフにしたという割に頭部のそれ以外に兎らしい要素が見られない、しかし私の知るISの中では一番ISらしくない、何というか丸いパーツが目立つ姿をしたIS。その丸みを帯びた姿からは、白色というのも相まって確かな愛らしさが感じられた。
「ん、まぁな。私が兵器開発に目覚める前の作品だ」
やはり思い入れが強いのだろう。少し誇らしげな様子でスペックやフルスクラッチをした事を話している。
やはり落ち込んでいるよりもこちらの方が彼らしい。
「私としてはあちらの方が分かりやすくて好みですわ。この前のラーテも素敵だと思いますけど」
彼の話に相槌を打ちながらそう溢す。
何かに特化しているというのはどの作品もそうだけれど、あれだけ外見から分かるというのはいっそ清々しくていいと思う。それにラーテの様に大きいと、ブルーティアーズとは別の意味で動かすのに苦労しそうでIS操縦者として惹かれる物がある。
「そうか!なるほど、オルコットはラーテが好みか。そうだな、私だって色々染まっているのに出身国で決めつけるのは早計だった」
何が彼の琴線に触れたのかは知らないが、落ち込んでいたのも何処へやら。というか、普段よりもテンションが高い様に見える程饒舌になっているのを理解できない辺り、私が彼の事を理解するにはもうしばらく時間が掛かるだろう。
「ところでキャラさん、そろそろ私も名前で呼んでいただきたいのですが」
とはいえ、さっさと本来の目的を告げねばならない。ISの御披露目に呼ばれなかったことの愚痴など前振りにすぎないのだ。
やはりというか何というか、突然の言葉に彼の動きが止まる。顔には『予想外』と書かれており、分かりやすく動揺している。本当にこういう所は分かりやすくていいのだが。
「…いいのか?あまり女性を気安く呼ぶものではないと聞いたのだが」
普段の奇抜な行動に反して、本人は大変古風な考え方をしている。以前お姉さんからの躾の影響だと言っていたが、IS学園に来たからと言ってそうそう変わるものではないらしい。
「良い顔をしない方もおりますが、流石に友人からファミリーネームで呼ばれるのはむず痒いですわ」
現に一夏さんや箒さんは名前で呼ばれていますし、聞いた話だと件の中国の代表候補生は名前で呼んでいるらしいですし。
ならば私だって呼ばれてもいいでしょう?
「そうか。なら、これからもよろしく頼む。セシリア」
セシリア・オルコットにとって、彼は恋愛対象ではない。そして恐らく今後も恋慕の感情を抱くことはないのだろうと漠然とした思いがある。
「はい。よろしくお願いします」
しかし彼の照れたような笑顔を見る事を、彼に友人と言われる事を、嬉しいと感じる自分がいることをセシリアはあまり自覚していない。
そして彼がセシリアに友人と思われていた事を今日初めて知ったということは、誰にも分からない方が幸せな話である。
主人公の名前を出すタイミングを逃していたので補足とセシリアとの関係を少し掘り下げました。
恋愛要素が入ってくるかは分かりませんが取り敢えずセシリアヒロインはないです。
明日より10日程実家に戻りますので、更新頻度が落ちます。ご容赦下さいませ。
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巨大戦車『P1500 モンスター』
拝啓。
今もどこかで世界に喧嘩を売っているであろう博士、それに付き従って社会の荒波に揉まれている姉さん、お元気ですか。
私はなれぬ環境に四苦八苦しながらも楽しい学園生活を送っております。博士の妹さんは聞いていた通り人の良いお嬢さんでしたし、織斑姉弟には公私共々お世話になっており友人関係も比較的良好です。
が、現在とある問題が浮上しております。
「キャラ!私とペアを組んでくれないか!」
件のラウラ・ボーデヴィッヒに何故か付きまとわれています。客観的に見て関わり合いになりたくない様な振る舞いをしたつもりだったのですが、何故彼女は寄ってきたのでしょうか。
それと、親しげにしているが貴様に名前呼びを許した覚えはない。
「それは失礼した。少しばかり気を急ぎすぎた」
そうか、ならそのまま回れ右して帰ってくれ。私は食事をするのに忙しいんだ。
いくらオリムラ先生から気にしてやってほしいと頼まれたとはいえ、近くで面倒を見続ける必要はない。
「そう邪険にしないでくれ。先日の件を謝罪に来たのだ」
流石に軍人というだけあって所作がキビキビとしている。つむじが見える程の礼など今まで受けたこと無いな。
…などと現実逃避をしている場合ではない。
「貴方には大変失礼なことをしてしまった。実力差も分からず貴方の誇りを汚すような発言をしてしまった事を許していただきたい。すまなかった」
ふむ、どうやら形だけの謝罪という訳では無いらしい。
ひとまず顔をあげてくれ。謝罪は受けとるからそのまま席に着け。周囲の視線が刺さってきて仕方がない。
「では失礼する。しかし、いいのか?正直友人に手を上げた以上、貴方に許されるとは思っていなかったのだが」
私も少しピリピリしていた部分もあったからな。家の玉兎を馬鹿にされたのは思うところがあるが、イチカ達に怪我は無かったから、大袈裟に怒りをぶつけるつもりはない。
「では、師匠。私とペアを組んで欲しいのだ!」
…食事中に下手な冗談はやめてくれるか。私はラーメンを鼻から出す趣味は無いんだ。せっかくおばさん達がおまけしてくれたのだから、美味しく食べるのが礼儀だろう。
「私は師匠のIS操縦技術に惚れたのだ。私が見たところ師匠のスタイルは近距離寄りのフリースタイル。私との相性も悪くないし、何よりAICを使っても互いに邪魔になりにくい」
話を聞け。
「それに私には教官の弟を排除するという目的がある。貴方には関係のない話だと十分承知の上だ。しかし、ここに来てまだ日の浅い私には背中を任せるだけの実力のある人間の宛が貴方しか居ないのだ」
純粋にISの技術について褒めてくれるのは嬉しい。
オリムラ先生から聞いてボーデヴィッヒとオリムラ姉弟の間にある大体の事情は理解しているし、私に話しに来た以上正当な方法でイチカを下すつもりというのは察しがつく。
だが、私にはボーデヴィッヒを助けるだけの理由がない。ましてや友人の障害となる人間の手助けとなれば尚更だ。
「それでも、無理を承知でお願いしたい。私に出来ることならば何でも。物によっては国に支援を頼むことも厭わない」
どうやっても折れるつもりはないのか?
「無い。」
…仕方ないか。
ならばタッグを組む条件として、最大限の譲歩としてボーデヴィッヒにはイチカと戦うまでの試合は全て私が言う様に動いてもらいたい。
私としても新規のIS技術をお披露目する機会というのは貴重だ。用意はしたが使えなかったでは意味がない。私のISは単一能力の関係上、様々な換装パーツを扱う。その全てを魅せる為にボーデヴィッヒにはサポートを頼みたい。それが条件だ。
「私は軍人だ。上官からの指示には従うさ」
ならば契約成立だ。もしも組み合わせの結果初戦で当たるような事があったとしても私は文句を言わない。
そしてボーデヴィッヒも途中でイチカが敗退したとしても勝利し続ける限り全力で取り組むことを約束としたい。
「ドイツ軍人の誇りにかけて。貴方が何故承諾してくれたのかは分からないが、私は貴方に最高の結果をもたらす事を約束しよう」
私は、ボーデヴィッヒの提案に乗った理由を、姉さんに頭を下げられているようで心が痛んだから。とは言わない。
――その何かを愚直に求める姿勢にいつかの自分を見たからだ。
そんな自分も誰かに救われたから。などというのはどうだろうか。
…束博士には口が裂けても言えないな。
「師匠、このISは何故飛ばないのに羽があるのですか?」
「師匠!今の技をもう一度見せて貰うことは出来ますか?レールカノンと合わせればきっと奇襲性能が上がると思います」
「私の部隊は黒ウサギ隊と呼ばれていましたから、師匠の機体と合わせて何かウサギの名を入れたチーム名で登録しましょう」
――師匠。師匠、師匠!
今までのどの生徒よりも素直に指導を受け、スタミナもあり、向上心や好奇心もあって新鮮となれば、可愛がってしまうのも仕方がないと思うのだ。最初のレールカノン事件など今では可愛い癇癪とすら思えてしまう辺り、案外私は現金な人間らしい。
「ラウラ、プランB」
「了解!」
しかしそれだけでなく、私とラウラの相性も良かったようで、タッグでの試合も順調に運んでいた。
「我前に敵は無し!」
その言葉と共に敵へと突撃をかますラウラを確認して私は玉兎の瞬発力を活かし大きく跳躍、敵の視線の誘導と広範囲を目視する事でレンジに捉える。下では突撃したラウラがAIC誘導の受け皿として既にISを目標地点周辺に移動させているが、飽くまで中継地としての役割を担っているためその動きが精彩を欠くことはない。
AIC操作の全てを私が行うことでラウラの遊撃手としての役割を一切阻害しない代わりに、一時的に二人を相手するだけの集中力、敵を牽制しつつも有効範囲内に誘導するだけの戦略技術、その両立をできるパートナーがいるからこそ採用できる戦術である。
開幕であたった御相手には申し訳ないが、皆には私をフリーにすることが如何にマズイか理解していただくとしよう!!
――いきなりクライマックスだ!
慣性制御の極致を見るがいい。
ポカンと口を開けているところ悪いが、既にラウラは射程範囲からは撤退しているぞ?ルーキーだからと手加減してもらえると思うなかれ、いい経験になればいいがトラウマになっても恨むなよ。
カッと視界が白い光に包まれる。まるで会場を埋め尽くさんばかりのそれが収まる頃にはブザーが鳴り響いていた。どこかで経験した光景に、セシリアとの戦いを思い出させるがインパクトというのは何より大切なのだ。
現にほら、世界中のお偉方の視線は空中にぽっかりと空いた黒い穴に釘付けである。
――我ら『ミナラビ』に
「敗けは無し」
音声認識を済ませるとAIC干渉エリアが霧散する。それによって重力に引かれて落ちていく砲塔を回収しておくが、やはりと言うべきか瞬間的にバ火力を出したせいで砲身が焼き付いている。元々開幕で使う予定しか無かったので別にいいのだが、もしかしたら決戦時には使えるようになっているかもしれない。
殆どシミュレーション通りの結果に手応えを感じていると、控え室に戻る途中、不意にデュノアと目があった。
が、早々に反らされてしまった。やはりと言うべきか大層恐がられているらしい。データの盗難に際して少々灸を据えたのが効きすぎてしまったようだ。
親の指示とはいえ、私の技術の無断での軍事転用など許容できる話ではない。データで彼女の身の上は理解しているが、しかし所詮は他人事。ましてや今は敵同士となれば、仏心を出すのは無粋であろう。
「ラウラ、次の試合は予定通りプランAで行く」
「了解です」
悪いが大人げなく勝ちに行かせていただこう。
と、先程までは順調だったのだがなぁ。VTシステムとは予想できなかった、というよりもラウラを猫可愛がりした自分の招いた結果と思えば痛むのは折れた腕ではなく頭の方である。
全てが順調だった。
ISのお披露目だって上手くいっていた。消耗少なくイチカ達との勝負に持ち込めた。デュノアを無理矢理こちらに向かわせることで一対一の状況を作れた。
パタンと何かが倒れたような感覚だった。
初めにラウラが崩れた。VTシステムに気を取られて腕をやられた。デュノアが錯乱を起こす程追い込んでしまったことを理解していなかった。
坂道を転がり落ちる感覚というのはこういう事を言うらしい。
また邪魔をする。
俺が夢へと一歩進んだと思った傍から何かが、誰かが邪魔をする。皆が俺を嫌っている。
いい加減うんざりだ。
「……!?…。…!」
音が聞こえるが意味を理解できない。デュノアもいつの間にか何処にもいない。黒い靄ばかりが俺の視界を埋め尽くす。
…やり直し。
イチカがラウラを救うと言っている。デュノアは私がカウンターで弾き飛ばしたのだ。今は残ったエネルギーをイチカに回している。黒い靄がラウラを絡め取ろうと躍起になっている。
そうだ。助けなければならない。
私が助けなければ、ラウラが死んでしまう。
一撃の威力はイチカが出す。ならばあの機体を拘束し、少しでも削るのが私の役目である。
いくら機体の性能や技術が勝っていても、オリムラチフユに勝つことは私の技量では不可能である。どう頑張っても玉兎では早さが足りぬ、硬さが足りぬ。ならばやることはひとつである。
後は任せた、イチカ。
持ち前の瞬発力を活かして撹乱しつつ、ジャブ程度に近接攻撃を混ぜながらライフルの弾をばら撒いていく。当たれば御の字、外れても対処する間は少しでもラウラへの負担が減ることになる。
右、左、凪ぎ払い。狙いの技ではない。
玉兎に致命傷を与えるに十分な威力のそれをかわしながら、ただひたすらに待つ。じれったいと思いはするが、この焦りはラウラの命を奪いかねない。
上段袈裟斬り。
それに合わせるように防御行動を取り、絶対防御を解除する。バターの様に切られる右腕に、瞬間的にその半ばで刃に噛みつかせる。
使えぬ腕なら囮に使い、速さに劣るなら同じ土俵に引きずり下ろす。
絶対防御と掴んだ左腕に本体のエネルギーのほぼ全てを注ぎ込む。武器も技量も全て奪った。なら後は私とこいつの我慢比べである。
――『P1500 モンスター』ァ!!!!我前に敵は無し!!
ゆっくりと姿を現した巨大な砲塔。否、戦車である。
世界でも動けぬ戦車と有名な、ドイツのポルシェ博士の亡霊が産み出そうとした最高級の超巨大戦車。そのサイズはローラー作戦に紛れていても違和感無く、想定される威力は列車砲のそれに劣らない。
今回は試合のために出力調整をしてあるが、それでもまともに受ければ並のISで守り通せる物ではない。それが更に出力を上げた今ならば尚更である。
いきなりクライマックスだ、とは言ったがまさか本当に復活させる羽目になるとは思いもしなかった。そんな事を思い、少し笑えてくる。
残りはイチカが格好良く決めてくれるだろう。今回ばかりはイチカに一番いいところをくれてやる。
――アツクテシヌゼ。なんてな。
ミナライ(弟子)×ラビ(師匠)=ミナラビ
次回、『束博士って実はまだちゃんと出ていない』
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外伝 しゃるろっと
この話は二話連続投稿の二つ目です。読み飛ばしは御気を付けて。
折れた右腕を首から吊り下げながら、少し増えてきた人混みを縫う様に食堂へ足を進める。
道すがら、道行く生徒達の異様なものを見るような目が骨折した腕の存在を余計に意識させ…ない。変な物を見る目を向けられるのには慣れている。どちらかというと心配そうにこちらを見ている視線の方が違和感があるくらいに。
ちらりと視線を手繰れば、開発談義によく来る二年の先輩方のものに、一年の簪。ノホホンの姉も気にしてくれているらしい。感謝。
心の中でお礼を言って、知り合いには軽く手を振っておく。所詮、片手が使えないだけ。日常生活にもIS開発にも大して支障はきたさない。
「カラ、あんたもう大丈夫なの?腕以外にも怪我したって聞いたけど」
心配はありがたいがその辺は平気である。自己治癒能力がかなり高いおかげで殆ど治ったし、腕の方も音を立てるレベルで接ながってきているので完治も時間の問題である。
流石に昼までは療養するように言われたので重役出勤だが。
「一夏達から大丈夫だって聞いてたけど、元気そうで安心したわ。お昼行くなら一緒に行きましょ」
イチカ達にも無事を伝えるつもりだったので昼食の誘いは願ってもない。それにお礼参りにも行かねばならんしな。支障は無いと言っても、とはいえ不便であることには変わりない。
どうしたリン。私が怒っている?そんなわけないだろう。私は至って冷静だとも。あぁ、冷静だ。
既にオリムラ先生には話をつけてきた。先生のお願いを聞いて腕を折る羽目になったのだから今回の事は手出し無用、と。
それでも手心を加えるよう言われたが、別に喧嘩をしに行くつもりはない。知性ある生き物には対話が必要だと言いに来ただけさ。
食堂に着くや否や大きく息を吸い込む。
「デュノアは居るかぁー!!」
お、肩が跳ねた。そこにいるなシャルロット・デュノア。限度を無理矢理越えた今の大声のせいで少し頭がふらつくが、出来る限り大袈裟に歩いて近づいていく。
やぁ、イチカ。悪いが少しばかりデュノアを借りるぞ。大切な話がある。
オリムラ先生には許可を取っている。別に危害は加えないとも。
いつまでもそうやって震えさせておくのも可哀想だろう?こういうのはさっさと終わらせるのが互いのためになる。イチカだってギスギスした雰囲気のままは嫌だろう?
だから面貸せデュノア。屋上までエスコートしよう。
さて、私が怒っている理由は分かるかね?
何?もっとハッキリと。そう!君がパニックになった挙げ句、緊急時なのに私に向かってパイルバンカーをぶちかました事だ!
あれは仕方の無い事故だった、というには腹の虫がおさまらないわけだが…。
「ごめんなさい…!」
デュノア。君に権力と呼べるものが無いのは知っている。その言葉に想いが籠っていないとは言わない。
しかし頭を下げられただけで許せるのかと言われると…。
いいよ。許そう。
む、何故目を丸くしている。君にとっては良いことだろうに。
まさか本当に私が屋上まで来て何かするとおもっていたのか?ならばそれは間違いだ。君と私のこれからの学園生活を円滑に進めるための演技だよ。元々この道中が君への異種返しのつもりだったのだ。むしろ、しつこくして申し訳ないくらいだ。
「でも、いいの?腕だって折れてるのに」
構わんよ。不便であることには変わりないがどうしようもない訳ではない。それに脅しすぎた私の方にも非があったと言えなくもないからな。
幸い私の治癒能力は高い。今週中には骨も元通りくっつく。だから話はおしまいだ。
「うん。でも、ごめんなさい」
君は律儀だなデュノア。前にも言ったが、その人の良さはいつか自分の首を絞めるぞ。改めろとは言わないが自分を守れるようにはなった方がいい。
イチカがいつでも君の騎士であるとは限らないのだからね。
「気づいてたの?」
当然。一度イチカが君の身柄の保護を求めてきたときには何となく。あの時は既に君への脅しが終わっていたからどうにもやり難かったよ。
まさか、人を貶めようとした輩に手を差し伸べる人間はいないと思え、と啖呵を切っておいて僅か三時間だぞ?流石に気まずかったさ。
確かに私としても君の主観での話を聞かずデータでしか判断していなかったからな。流石に浅慮が過ぎた。
「それでも反省するべきは僕の方だよ。それにあの時は僕もどうしようかと思った。ちゃんと一夏には伝えてたんだけどね」
あれも中々に気持ちのいい奴である。話せば伝わる、正しいことはやるべきだと青臭い考えを持っている。当然いい意味でだが。
今にして思えば、あのときに突き放さずにせめて君と言葉を交わしておくべきだった。腕一本はいい授業料だ、勉強になった。
今更だが、少しばかり時間を貰っていいか?すぐに戻っても変だろうし、時間をかけた方が周りも多少納得するだろうから。
「勿論。良かったら色々教えて欲しいな」
よろしい。では学園での事と私の趣味の事、どちらがいい?何?両方?しょうがないなぁ。
セシリアと戦った事。英国面について。イチカの指導をしていること。リンは良い友人であること。破壊力と巨大化の魅力について。ラウラに懐かれたこと。珍兵器とは。皆が珍兵器を作れば世界平和が達成されるのでは。回って爆発すれば全てパンジャン。フランスの効率化重視は度が過ぎている。等々。
時間の都合で掻い摘んでしかはなせなかったが、それでも終始デュノアは笑って私の話を聞いていた。時に苦笑いすることもあったが概ね楽しんでもらえた様で何よりである。やはり女性は笑っていた方が良いものであるな。
デュノア。
「どうしたの?」
友達になろう。
私は君のおかげで学ぶことができた。友というのは互いを高め合える存在だと私は思う。それに友達は多い方がいい。良ければ次の機会にはシャルロットの話を聞かせてほしい。
…承諾は嬉しいがなぜ笑う。
む?キャラと呼んでくれ。私はこの名付け親のおらぬ自分の名前を存外気に入っているのだ。
私だけのオリジナルだからな。
実家から帰ったのでまたボチボチ投稿します。
誤字報告や感想、ありがとうございます。ネタ出しに詰まったときはいつもやる気をいただいております。
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旧ドイツ式対空空気砲 空力砲
それは何もなく、次の休みに出掛けないか、傷の治りはどうだなどと話題が出るほどに平穏な日常の一コマに投下された、殺戮兵器であった。
「玉兎って案外脆いよな。実際のところISとしての安全面はどうなんだ?」
言葉だけを捉えれば普通の疑問である。しかし、私の怪我の多さについて話していた最中の台詞であれば意味が変わってくる。
その時の私の戦慄は言葉では表せないものであった。つまるところイチカが言いたいのはこういうことである。
私の!可愛い!ISが!不良品かと思われている!!
見ず知らずの人間に言われた場合、控えめに言って極刑である。パンジャンに乗せるかロンドン砲の大砲決定。
しかし、今回は友人の、しかもISについて殆ど知らない人間からの言葉であれば喉から出掛けた言葉も飲み下せるというもの。
殺すぞ、とか食事中に言っていい言葉ではない。当然良識のある私は分かっている。皆で弁当を囲む状況では尚更である。
しかし、それでも収まらないのが私の愛…と趣味。
幸い多くの人が玉兎のスペックに興味があるようなので講習会と参ろうか。
というわけで助手の二人、よろしく頼むよ。
「まぁ、模擬戦の相手は良くしてたから。別にいいわよ」
「任せてキャララン」
うむ。リンもノホホンもありがとう。本当ならラウラにも協力をお願いしたいところだがISの修理中であれば仕方ない。
ノホホンにはスペック関連の説明を、リンにはいつもの様に模擬戦の相手を担当してもらう。
一先ず全ての余剰パーツをパージして拡張領域に仕舞っておく。あまり完全な素の姿は見せないからか通信から感嘆の声が上がる。
というよりノホホン位しか見たことないんじゃなかろうか。
「キャラランの玉兎はねー、所謂ヒット&アウェイ戦法を得意とするオールラウンドタイプなんだよ」
持ち前の機動力を活かして、距離のイニシアチブを握ることが出来るのが分かりやすい特徴だろうか。そのためにスラスターが多く着いる他、背中にも通常のバーニアの他にカートリッジ式のものが標準装備となっている。
試しに少しばかりスパーリングと行こう。
「いつでもいいわよ」
大変結構。追加の脚部装甲と肩のミサイル、手にはライフルを展開する。これで機動力が落ちるわけではないが、念のため軽くバーニアを吹かして機体を温めておく。
いつもはリンの攻撃を受けるが、今回は玉兎の紹介なのでさっさと接近して攻撃を仕掛ける。
「あんな感じで接近したらキックとライフル。今みたいに距離を取るときにはミサイルとライフルの弾で相手を撹乱して遠距離に持ち込むのがカタログスペックを元にした動き方だよ」
「なんか思ったより地味なんだな」
まぁ、これだけなら速いラファールと言ってもいいレベルである。しかし専用機の持ち味はカタログには無いところにあるものだ。
それが単一能力。私だけのISの進化である。
ビギナー装備を仕舞って、いくつか本装備を展開するが、目玉はこいつだろうか。
『ドイツ式空力砲 腕部壱型』。旧ドイツ軍が開発した水素と酸素の混合気体を圧縮したものにより空気を打ち出す、そのシンプルな構造を丸っと採用して手を加えた空気砲である。
「巨大な手?」
掌に射出孔、指の見た目をした気体カートリッジ、冷却用の腕部の機構。良くある腕のパーツを換装した装備である。
ただ、そのサイズが機体と同等であることを除けばであるが。
「おっきいねー。たぶんだけど水素爆発による圧縮空気の打ち出し…オリムーに分かりやすく言うなら凄い空気砲かな」
流石に同じ畑の人間には分かるらしい。とはいえ一度も使っていない状態から正体を見破られるのは私としては少し悔しい。やはりノホホンは彼女の姉同様にただ者ではないようだ。
リンの乗る甲龍とは違って見えるタイプの空気砲であるが、最大の特徴がその使い方だろう。
――ただ、押せばいい。
出力を抑えているが、リンが何かに押されるように少し後退する。それに対し、私は少しだけ腕を前に出しただけである。
空気の圧縮、空気の切り取り、空気の射出、どれもこれもナンセンス!!そこに存在するのならばただ押し出せばよいのである。
腕の動き、搭乗者の思念を読み取り、その威力と分量を算出し、ほぼノータイムで空気の壁を押し出すことで不意の一撃や物理攻撃への防壁の一つとして機能させることが出来るのである。
実は掌の射出孔はブラフであり、手のどこからでも空気砲は射出可能である。掌のそれは威力が一定以上の空気弾を射出する為のもので、牽制や普段の攻撃以外では使わなくてもよいパーツなのだ。
――そしてこれに『エロ爆弾』こと『イ号一型乙無線誘導弾』、『ハボクック』の氷生成機能をフルに使った図を想像してほしい。
勿論他にも装備はあるが、一度見たことのある物の方が想像しやすいだろう。現にセシリアなんかは頭を抱えているし、イチカも心なしか表情が硬い。
「キャラランのISはどれもえぐいからねー。本当なら遠距離から敵を翻弄して叩き潰す事だって簡単なんだよ」
「あんた絶対それ以上に展開できるでしょ。あからさまに脚と背中のスペースが空いてるんだけど」
おや鋭い。当然本来なら装甲の薄い玉兎の補強パーツや必殺技の為の装備だってあるのだ。ラーテやモンスターのような巨大なパッケージを使わずに装甲を展開出来ねば使い勝手が悪すぎるからな。
ま、今はお披露目は無しだがな。
これでわかってもらったかな。私の玉兎が優秀なISであることが!
「お、おう。何か馬鹿にしたみたいになってごめんな」
いや、元々これは私の意地の問題であるからして。イチカに悪気があったとは思っていないとも。
玉兎の単一能力である拡張領域の超拡大と私謹製のエネルギーポッドがあってこその戦術だが、相手したくないだろう?相手の戦意を無くすこと、これも勝利のひとつの形だよ。
さぁ、イチカ。君の白式にも飛び道具が欲しくなってきた頃じゃないか?遠慮するな。好きな試作品を取り付けてやろう。
実は『ラフレシア計画君2号』が完成してな。形は八方手裏剣なんだが実際は自立タイプのファンネルだ。あれならセシリアのブルーティアーズにも負けんぞ。
え?エネルギーが既にカツカツ?拡張領域の空きもない?一体どんな変態機能のついたISだそれは。
次回、『水着を選ぶのに必要なのはセンスより自制心』
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未来型ステルス潜水艦 SWAO 53?
「私は!何も悪くない!!」
珍しく大きな声をあげて己の無実を訴える男が一人。
「作ったのはアンタでしょうが!」
「それは勝手に使った奴の責任だろう!」
咄嗟に光学迷彩を使用したが、惜しくもラウラによって囚われの身となってしまったキャラは簀巻きで地面に転がされてなお無実を訴え続ける。ちなみに一夏は既に粛清され、今はキャラの嘆きに顔を背けている。一夏の頬に張り付く紅葉の葉が、物悲しさを感じさせる。
「謝罪をする気持ちはあったが、謝罪を要求されるという理不尽を食らうとは思わなかった」
「それは、そうかもしれませんが…」
その言葉にセシリアだけでなく、周りで話を聞いていた女性陣も目を背ける。今回の騒動において、確かに本質的にはキャラは何もしていないのだ。ただ不用意に一夏に発明品を触らせてしまったこと以外、責任と呼べる部分はない。
「謝りにきた所を簀巻きにされるなど思いもしなかった!貴様らは話し合うという文明的な行動も取れないのか蛮族め!」
そう。実はキャラ、謝罪の為と詫びの品まで用意して持参しているのだ。残念ながらラウラたちにより発明品に類する品は一切没収されたため、詫びの品と認識されてないうえ、それまでの逃走劇のせいで発見=確保の術式が頭にあった彼女らのせいで地面に叩きつけられることになってしまったが。
なお、この場に居らぬのはキャラの意図に早々に気付いた箒とシャルロットだけであり、彼女達は簀巻きにされたキャラに一言謝罪を述べて自室に帰っていった。賢い選択であるが残された者達にとっては最悪の選択である。
よもやこんな扱いを受けるとは思いもしなかったと怒り心頭のキャラの声を聞いて場の空気は重い。そしてこんなことの原因となった一夏は、既に罪悪感と反省の念で死にそうになっている。たまにはしこたま反省すればいい。
「私は無実だ!」
ことの発端は前日にまで遡る。
――疲れた…栄養補給して寝よう。
折角の林間学校だからと休日をフルに使って水着やなんやと買い出しに行ったのだが、ついはしゃぎすぎた。久しぶりの海ということと、イチカを狙う女性陣の熱にあてられたことが原因だった。
そのためいつもよりも体力を多く使いすぎてベッドに沈む羽目になったのである。
しかし先程まで人と居たせいか、頭はいつもより回ってしまって仕方ない。キャラの場合はシャボン玉もかくやというペースで発明品の案が浮かんでは消えていく。
例えばホログラムのリアルタイム小型映写装置。…送信者の側から何を送るかの設定が面倒かつありきたりなので却下。
では接触式の光学迷彩装置ではどうだろうか。雑に作っても携帯電話サイズにすることができるだろう。…作ってどうする?悪用されるのが関の山、せめて何かにホログラムを被せる装置の方がましだろう。
疲労というのは厄介なものである。気力は無い筈が頭はいつもより動いて、しかし判断は激甘になる。妙な事を思い付いても動けないだけマシなのだろうが。
しかし流石にそろそろ巨大兵器で推しすぎである。当然ロマンであるが、小型化も別種のロマンがある。合理性だって珍兵器には必要なのだ。
ホロに迷彩、あとは何だ?ホイポイカプセルでも作るか?
――助けてタバーネン…。なーんて。
本格的に疲れが酷くなってきた。意味の無い独り言などその最たる兆候であればこそ。
こういうときは無心になって寝てしまうのがいい。静かに、落ち着いて…。
静か…。
――なるほど、耳栓か。
「で、作ったのがこれか」
呆れた風なイチカの言葉を軽く無視して説明を始める。だって今日が休日なのをいいことにほぼ徹夜で仕上げていたのだから。私のテンションは異常なほどにハイなのだ。
高性能ステルス装置『SWAO 53』試作α型。使い方はとっても簡単なうえ、左右非対称になってるからどっちが精度でどっちが範囲指定のスイッチか丸わかり!手乗りサイズなので持ち運びも楽々。
ただバランスが悪いので水平な所には置きづらいし、元ネタのような潜水関連の機能はないが。
ではイチカ、これに適当な言葉を言ってくれるか?
「…本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」
あぁ、イチカも中々に染まってきているようで私としては内心でガッツポーズを隠せないが、今は『SWAO 53』を試す方が先決である。
範囲を…に、精度を…よし。『SWAO 53』起動!
「……。…?!…!!」
これは集音した音を自動解析し、指定した範囲で消音するのだ。精度や範囲を細かく調整すれば敵の無線は全滅。勿論こちらの無線も全滅だがな。
本当は姿も消せるのだが、試作なのでそちらの方は別途このオプションパーツが必要だ。それだけだと地球に優しいジャミング装置とでも思ってくれ。はい、切り替えスイッチ。
「…せめて説明してからやってくれ」
謝るから睨まないでくれ。だが騒音問題はこれで解決できるわけだ。凄いだろう?
「あぁ、凄いな。コスパを考えないとだけどな」
私が作って私が使うんだからかかるコストはゼロ円だとも。コスパが最高だろう?では私は少し寝る。そこの壁の付近で寝ているから皆が来たら直接触って起こしてくれ。
なんなら一つ渡しておくから先に使って実演していてくれても結構だ。
ただし、調整中なので光学迷彩の方は触らないように。では。
食堂の椅子をいくつか失敬して、『SWAO 53』を起動。更にオプションパーツを取り付けて自分の周囲に壁と同じホロを被せておく。これで不用意に起こされることもないだろう。
キャラが椅子に横になったと思えばフッと姿を消した。よく見たら壁に不自然な切れ込みらしきものが見えるが、気にして見ない限りは気づかないレベルである。
「忍者かよ」
完全に忍者である。
行き過ぎた科学は魔法と見分けがつかないと言うが、思わぬところで師と同じ評価を受けることになったキャラであった。
「でも消音装置なんて何に使うんだよ」
いつになく普通のものを作ったと思えば使い道に困る品。普段は使えるが難のあるものしか作らないくせに普通のものは汎用性がないとは、何ともアレな発明家である。
思いつくのは耳栓か、あとはドッキリに使えるか?
「このつまみが精度か。範囲は…学園まるっと覆えるのか?変なところで高性能だな。取り敢えず最小でいいだろ」
この時イチカは気づいていなかった。精度が100%になっていたこと。範囲が現在の所持者のみ、つまりイチカのみであったこと。起動と同時にセシリア達から声を掛けられていたこと等々。
不運と呼ぶには笑いの神に愛され過ぎた男の運命力が強すぎた騒動の幕開けであった。
細かい話?ラッキースケベと透明と来ればさわる逆鱗は一つだろう。
『SWAO 53』が破壊されるまで、あと数時間。
次回、『親子喧嘩その1』
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閑話3 簪
簪ファンの方々には申し訳ないがこれで許してください!サブカル好きという設定なので、好き勝手しました!楽しかったです。
「すまんなノホホン、簪。男を部屋に匿うなど迷惑だろうに」
そう言って笑う彼の姿からは疲れの色が濃く見える。全力で逃走している所を本音と二人で引っ張りこんだのだから息が上がっていても仕方ないだろう。
本音は呑気にお菓子を勧めているし、あまり気にしていないみたいだ。いや、私も別に構わないのだけれど。
それにしても彼が焦っている姿など見たこと無かったような気がするが、何があったのだろう?
「イチカのとばっちりだ。今回は軒並み怒らせたので逃げ場が無かった」
「研究所は~?」
「リンに押さえられた」
具体的な部分は分からないがまた彼の仕業らしい。騒がしいのが苦手な身としては迷惑な話である。
とはいえ彼も追われるということは何かしらやってしまったのだろうか。女性が怒ることで不可抗力のもの…覗き?
「一応私も謝るべきとは思うのだが、何か詫びの品を用意しておくべきだろうか?」
まぁ、もし覗きなのだとしたら程度にもよるが、謝る必要はあるだろう。
だけど故意じゃなく、更には他人のとばっちりで不可抗力なのだとしたらそこまで大袈裟なお詫びは必要ないとは思う。
「では菓子でも作ろう。イチカが捕まれば研究室の警備も薄くなるだろう。二人へのお礼も考えないとな」
「じゃあ、私へのお礼はそのお菓子でいいや」
たまに本音は本能のままに生きているのではないかと思うときがある。しかしこれでいて甘える相手を選んでいる辺り私よりもコミュ力は上…これ以上考えるのはやめておこう。
しかしお礼か。
別に私たちは特別何かをしたわけではないので無くてもいい。それどころか私のIS作りに協力してもらっている事を考えれば私の方から何か渡すべきなのだ。彼が自分の趣味だからと気にしていないみたいなので、何となくお返しをしそびれているが。
タイミングを見て何か返したい所である。
「ふむ。では二人にはこの髪留めをプレゼントしよう」
うんうん、と一人で頭を抱えていると彼の中で結論が出たらしい。マイペースだな。
しかし髪留めとは…失礼な話だが、もっと突飛な物が出てくると思っていただけに、可愛らしい贈り物に少々驚きが禁じ得ない。
「簡単な物理障壁を張れる装置だ。君らの音声とキーワードを登録しておけばいつでも使える御役立ちグッズだ」
やっぱりな。
声には出さないが内心納得である。ちらりと本音の方を見遣ればおんなじような顔をしていたので思うところは同じだったらしい。あ、こっち見た。
「ここ最近、巨大さや大味なところを重視した発明ばかりしていたからな。このままでは手先が鈍ると思ってな。それに小型化だってロマンだろう?」
正直最近のロボット工学に喧嘩売ってる作品の方が好みなのだが、彼の言うことも一理ある。所謂こんなこともあろうかと!という意表を突いたものが作りたかったという事だろう。わかる。
しかし、この間ちらっと見た鉄人なんてとても良かったと思う。非合理だとかそういうのを全て粉砕するだけのインパクトがあった。多くを守るために作られているという辺り、正義の味方というものを分かっている。そしてラジコン操作もできる辺り渋い。
脱線した。
今の口ぶりからして小型の装置を他にも作ったことがあるのだろうか。気になる。
「奥歯に加速装置擬きを仕込んでいる」
…本当に彼は斜め上の存在である。
これはアレだろうか、試験管ベイビー時代に改造手術でも受けたのだろうか?サイボーグ?それともライダー?
もしや!篠ノ之博士に…?
「薬物による作用で脳内麻薬をだな…」
すごく残念である。私の中にあったサイボーグキャラ像がヤク中に早変わりである。
薬剤の効果で一時的にリミッターをはずすとか非人道がすぎる。いや、自分にしかしたこと無いと言われても何の免罪符にもなってない。というか他にする気があったのだとしたらこれからの付き合い方を考えている所である。
せめてもっと平和な作品は無いのか。
「後は…この指輪とか」
首から下げられたそれは人によっては婚約指輪と邪推しそうな代物である。ISに乗っているときも下げていたからただの指輪ではないと思っていたが、やはり発明品の一つらしい。もしやISの操作を補助するインターフェースやAIだろうか。
常々彼のISを動かす速度は神掛かっていると思っていたのだ。ハボクックから作られる大量のビットもマルチタスクという言葉では説明しきれないし。
「バイタルチェック機能や通信機能他を積んだ大掛かりなGPSだ」
【悲報】指輪、迷子札だった。
IS操作の補助装置とか無いのだろうか。
「その辺は生まれが生まれだからな。必要ないものは作ってない」
つまりそういうことなのだろう。サイボーグで無いだけマシだったと言っているが、正直どんな顔をすればいいか…。
「通信ってことはおんなじ指輪、誰かにあげたの?」
「この指輪は博士と姉さんも着けている。家族のお揃いだ」
ナイス、本音。
まぁ、家族の無事を確認する品であるならばそれはそれで素敵な発明だろうと思う。そして先程の自分の感想に罪悪感が凄い。穏やかな彼の顔を見ているだけに余計に。
「では、二人とも世話になった。リンの反応が離れていった今がチャンスなので私は行く、お菓子を楽しみにしていてくれ」
言うが早いか、私が一人で自己嫌悪に陥っている間に彼が居なくなっていた。ドアの閉まる音が今聞こえた辺り、噂の光学迷彩を使ったようだ。
本当に掴めない人である。
「ねぇねぇ、かんちゃんかんちゃん」
どうしたの本音、嬉しそうに髪留め持って。
「キャラランはプレイボーイだね!」
…うん、そうだね。
照れ臭いが男の子からの贈り物なんて初めてなのだし、大切に使わせて貰うとしよう。
数時間後、彼は約束通りお菓子を持ってきた。
何故か腕に縄の跡を着け、1ホール丸々のカロリー控えめのチョコレートタルトを持って。
曰く、謝罪する相手が居なくなった。
とのことだが、何らかの手違いで彼が怒る事態になったのだと私は察した。本音はタルトを一口食べて、彼を神か何かのように崇めていた。
本当によく分からない人である。
ここでワンクッションおいて本編です。
多分シリアスになる…かな?二話か三話構成の予定なので少し遅れるかもしれません。
あと、別に簪のこれは恋愛要素とかではないです。書くとしても本編完結させてからのつもりです。需要次第ですが。
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