日本兵 in the ガルパンworld!! (渡邊ユンカース)
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天よりも高く地獄よりも深く

別作品執筆中に唐突に思いついたネタです。
あとTwitterをしてます。作者欄からフォローして♡


天国

 

このような単語に付けられる印象は様々であろう。

とても幸福な所や死者が向かう場所、さらには戦死した者がそこで仲睦まじく暮らしていると。

しかし、それは人間が定着させた環境に過ぎない。もっとも、それを知ることになるのは死者に限られる話ではあるが。

 

ある小さな会社のオフィスでは人間が忙しく働いている。そろばんを弾き、書類に記入していく。だが異例なことに、ある者は飛行帽を被り、ある者は略帽を被っている。一見おかしな集団だと見間違うこと間違いなしだが、それは現世での常識に過ぎない。

何故なら此処の者は皆一度死んでいるのだ。それは此処だけではなくこの世界全体がそうである。侍の恰好や戦列歩兵の恰好など、そう珍しいものではなくなっていた。

 

「うわぁ、まだやるの?」

「当たり前だろう、納入期限が明日までだ。喋っている時間さえ惜しい」

「だけどもう何十時間も働き詰めとか、僕死んじゃうよ!」

「皆はとっくの……何年前に死んだか?」

「もうドイツ兵の頭がオーバーヒートしてる!?」

 

机で書類を作成しながら会話を交わす飛行帽の白人と野戦帽の白人。飛行帽がドイツ兵と指めしている通り、彼はドイツ国防軍の軍服には鉄十字章が胸元に付けられている。

だが拳銃のホルスターは腰には存在しない。おそらくは死者をもう一度殺す必要はないという一種の気遣いなのだろう。

 

「あっはははは! どうだイタリア兵、どこまで終えた」

「まだ三分の二だよ、てかこれ今日中に終わるの?」

「安心しろよ、俺なんてまだ三分の一すらもいってないぜ。諦めてウォッカ飲んでる」

「「「「ふざけんな!!」」」」

 

イタリア兵が応対すると最悪の返事が返ってきた。その場に居た一同は彼に罵声の言葉を浴びせまくるも、ソ連兵はウォッカの入った水筒を片手に大きく笑う。逆に彼に言ってもただただ労力を消耗するだけ無駄だと感じた一同は仕事に戻る。

そして時計は回り、結構な時間が経過した。

 

「あれ、イギリス兵はどうした」

「イギリス兵ならティータイムだと言ってたぞ!」

「シャイセ!!」

「HAHAHAHAHAHA!!」

 

今度はドイツ兵がイギリス兵の存在を確認する。問いに応じたアメリカ合衆国の紋章を取り付けた軍服の青年が答える。まさかこんな時まで優雅にお茶会といった愚行により、ドイツ兵の胃はストレスで穴が空きそうになっていた。アメリカ兵は白目を剥いて半狂乱的に笑っていた。

 

「どうだ。ティータイムの残りのクッキーを分けよう」

「手前なにノコノコ帰ってきてんだよ!」

「英国紳士にとってティータイムは弾薬よりも重要なのだよ」

「会社のベランダで安いカップとアルミの机と椅子使って味わってんじゃない!」

 

ドイツ兵の叱咤をイギリス兵は紅茶片手に受け流す。その姿はまさに優雅である。一方でアメリカ兵とイタリア兵は密かに快楽同盟を結束、膝下でこっそりとお菓子を頬張っている。その同盟にはモクモクと葉巻を紫煙を焚かしているソ連兵も例外ではなかった。

 

「まあまあ、余りのクッキーはどうだ?」

「貰えるなら貰うぞ!」

「僕も僕も!」

「……おい何だ。その口元に付着しているカスは」

「あっ、やっべ」

「昨日のハンバーガーです」

「嘘を吐くな! お前らこっそり菓子を食うんじゃない!」

「てへっ」

「生前ならお前の頭をスナイパーであった俺が撃ち抜いていた」

「それは勘弁」

「ご、ごごめんなさい!」

 

彼は収集のできないこの状況に思わずため息を漏らす。しかし、その中でも真面目に書類仕事に取り込んでいる男が一人だけ居た。熱帯地用の軍服を着こんだ日本兵である。

彼だけはひたすらにペンを動かしているのが一目瞭然であった。

 

「ほらお前ら見ろ、集中して仕事を行っている日本兵の姿を!」

「……あ、あのー」

「少しばかり言いづらいけどな……」

「そいつ、寝ているんだぞ」

「……は?」

 

日本兵はすやすやと寝息を立てている。だが、書類は適切に記入されていき、一枚の書類の記入事項を終えると次の書類へと手が移る。

その一見恐ろしい光景を見てしまったドイツ兵は唖然とし、少なからずSAN値が微少ながらに下がったことだろう。

 

 

「……無茶しないように頑張るぞ」

「「「「りょ、了解」」」」

 

社畜の鑑とも言えるこの行いに畏敬の念を払いながら、各自の書類作業へと移った。

仕事が全て終わったのが深夜帯だったのは言わずと知れたことである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから数日後、イタリア兵とアメリカ兵だけが喜々として集会所で待っていた。機嫌が良いようで体を振り子のように揺らしている。

 

「今日は何の日!」

「ガチャの日だぞ!!」

「「いえーい!!」」

 

ハイタッチを交わしてタップダンスを踊る二人。まあ彼ら以外は普段と変わらない態度であった。ソ連兵は酒を飲み、ドイツ兵とイギリス兵は読書、日本兵は模擬刀の手入れをしている。

唐突に空襲サイレンのようなブザー音が鳴り響き、座っている者は一斉に立ち上がり、集会所に居る一同は姿勢を伸ばして静かに待機する。

 

「神様からのギフトの日が今日だ。諸君らは神様に敬意を払いながら受け取りたまえ」

 

空から翼の生えた天使が降りてくる。初めて見た者もいれば嫌というほど見た者もいる。手元には白紙の紙が出現し、それをジッと凝視する。

 

「まったく、何万分の確立だ」

「日本兵、どうやら兆よりもあるらしいぞ」

「馬鹿馬鹿しく思えるな、まあ日本男児はどんな景品が当たっても嬉しくはないがな」

「それでこそ軍人だ」

 

日本兵は呆れながらドイツ兵と会話を交わす。彼らも何回もこの行いに参加していた者だ。一向に当たりは出ることもなく、気づいたら何十年も経過していた。山よりも高く海よりも深い確立にガチャに対する期待度は底をついていた。

 

「では、最近はやっているという呼びかけで諸君の結果を発表したいと思う。ステータスオープン!!」

 

すると白紙の紙から文字が浮き出て、多くの者が三文字を視認することになるだろう。それはハズレという三文字で、イラつきの余りクシャクシャに丸め捨てる者もいる。そんな者対して天使は愉悦の笑みを浮かべる。

 

「HAHAHA! 人生は甘くないぞ、まあ死んでるが」

「残念だなぁ……」

「いつかチャンスはあるぜ、次だ次!」」

「ソ連兵の言う通り、私らには終わりが無いからな」

「ところで日本兵、黙りこくってどうした。目を見開きすぎてキモいとか通り越して怖いぞ、トンボのようだ」

「…い」

「い? 胃が痛いのか、あとで胃薬をやろう」

「……一等取った」

「胃を取った? そんなの嘘に決まって……は?」

「当たったあああああああ!!!」

「「「「「はああああああああああ!?」」」」」

 

枢軸国連合国問わず彼らは驚愕の雄叫びを叫んだ。それに釣られて集会所に居る全員が叫び、天使は想定外の出来事に冷静さをかき乱した。

 

「ぜ、絶対に当たらないはずじゃ……!?」

「それはどういうことだ!!」

「ふざけるな!」

「天使は死んでるかどうかは知らないが死ね!!」

 

漏らした反応に参加者は怒鳴り声を散らした。本音を零したことに気づいた天使は話を変えるために日本兵のもとへと寄った。

 

「お、おめでとう。ささっ、転移しようか!」

「転移って一等の景品か?」

「そ、そうだ。現世へそれー!」

 

天使の掛け声とともに彼の体が光り輝く粒子となって消えていく。

 

「か、体が!?」

「悲しくなるな」

「うん、楽しかったよ」

「また酒飲み対決しようぜ!」

「HAHAHAHA! 今度は模擬刀で殴らないでくれよ!」

「紅茶の方が美味いことを知らしめることができなくて残念だ」

「ちょ、ちょっと待てい! 俺はまだ部屋の春画集を処分して――――」

 

彼の体は全て粒子となって消滅した。何事もなかったかのように天使はその場から去ろうとする。

 

「おい、お話しようや」

「な、何をかな?」

「とぼけても無駄だァ!!」

「うぎゃああああ!!」

 

暴徒となった参加者に袋叩きにされるくそ情けのない姿の天使がそこにいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……いきなり何処だ?」

 

一方、日本兵はというと生前使用していた陸王が道路の傍らに置かれてある。それと何故かサイドカーまでもが取り付けられている。辺りを見渡すと日本兵の年代と変わらない田舎で、見ず知らずの土地に降り立った彼は夏の日差しで自身の略帽を汗で濡らし、ただ何事も出来ずに唖然と立ち竦んでいた。

 

 

 




何気に少ない組み合わせ、日本兵の兵科は歩兵で階級は伍長のため、三人称は伍長となります。(ちゃんと名前もあります)


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戦車少女

ここからは日本兵の一人称視点となります。
一人称視点は経験少ないから、お兄さんゆるして


拝啓、天国に居る国別軍人ども。

俺は今、ここが何処で何をすればいいのかがさっぱりわからん。

訳も分からずに陸王が置かれ、サイドカーには一日分の衣服と通帳、さらには家の家宝であり、忌々しい神様に没収された日本刀がありました。通帳には二百万円という大金が入れられていて、円が万の単位で仰天していたところに置手紙で説明された。時代は変わったとつくづく実感したぞ。

拳銃には弾は入ってはいないが整備は行き届いている。日本刀もそうであって不思議だった。

 

「しょうがない、動くか」

 

兎に角俺はこの場から離れることとした。生前の沖縄戦で幸い陸王は運転したことがあるから動かせる。アメリカ兵が言うハーレーダビットソンにもいつか乗ってみたい。

俺は座席に跨り足のペダルを踏み込む、するとエンジンが唸りをあげて排気ガスを排出する。燃料は満タンで暫くは心配が無いようだ。

 

「あっ、鉄兜しないといけなかったな」

 

サイドカーから衣服などの生活必需品が押し込まれた麻袋を取り出した。中を弄ると鉄兜と航空眼鏡を取り出した。まったく面倒な世の中になったことよ、煙草もあったことだし吸いながら運転することにするか。

俺はマッチを擦って口元の煙草に点火する。紫煙が空中に漂い、肺に流れ込んだ。中毒ともいえる人間が存在するように一時的な快楽に包まれた。

 

「やはり、生きてる時に吸うのが一番だ」

 

死者の時は煙草を喫煙してもさして快楽は得れなかったが、今は比べものにならない程の快楽が体を包んだ。一服をし終えた後、略帽の上から鉄兜を被り航空眼鏡を顔に付ける。日本刀と拳銃はサイドカーの中に隠してある、下手したら警官に捕まってしまうらしい。

 

「今回こそ行くとするか」

 

アクセルを捻り、陸王を動かした。時速六十キロで心地よい風を体全体で浴び、座敷から細かな振動を感じ取ることができる。航空兵の友人から聞いたが、あちらはさらに振動が激しくて座席が硬いので痔になるという。けど飯などで好待遇や給料が高いのでかなり羨ましい。

煙草を吸い終えて即席で取り付けられる携帯灰皿に差し込んだ。煙草内からタバコの葉が出てきた。にしても路地は田舎特有で小石が転がり、それを轢いて陸王が跳ねてあぜ道に入りかけそうになる。そう簡単に速度を出せないのが悩みだな、夜になる前に町に出たいものだ。

まっ、そうそう車があぜ道にハマるなんてことはなさそうだし。

 

 

その瞬間、遠くに黒鋼の大きな物体が道路のはじに映った。俺は上部から長い棒が刺さっていることを確認すると陸王を停めて態勢を低くする。サイドカー内の日本刀と弾無し拳銃を取る。

 

「ちくしょう、何で戦車があるんだよ!」

 

まさかこの場に戦車があるとは思わなかった。沖縄で嫌という程見たから強く覚えている。にしてもここまで戦車が迫っているとは新たな戦争が始まったのか、これからどう立ち回ればいいのだろうか。こんな時の何でも麻袋に任せるとしよう。

ガサゴソと探ると双眼鏡を発見した。流石便利麻袋だ。もしかすると手榴弾も有ったりしてな、ははははは!

 

すると一個、コロリと手榴弾が転がり出て、思わず顔が青ざめる。

 

「……多用は厳禁だな」

 

肝に銘じながら俺は双眼鏡で謎の戦車を覗く。

普通なら屈強な兵士が居るはずなのに二人の女子が乗っかっている。一人の少女は泣き、もう一人は慰めている。

どうやら心配には及ばないようで安心した。戦う武器が日本刀だけだしな、手榴弾あるけど。

 

俺は鉄兜を脱ぎ捨てて陸王のエンジンを切る。ゆっくりと徒歩で接近するとあちら側も気づいたらしい。何があったのだろうか、こんな戦車と女子が合わさっている絵なんてそうそうないぞ。普段は女子じゃなくてむさ苦しい男だ。

 

「おい貴様ら、何をしているか」

「ひっ!?」

 

声を掛けた途端に一番小さな女子がもう一人の女子の後ろに隠れてしまう。

うわっ、こんな反応されたのは初めてだな。かなり心にくるものだ。けど事情を訊くには他ならないが。

それに警官が迫っても逃げれることだろう、本土でぬくぬくとしていた者に俺が負けるものか。……本土まで敵が来る時代なら解らないが、というか拳銃で撃たれたら終了だな。

 

「……今戦車が動きません」

 

はっ? これ動くのか、破壊されていないのか。見るからに旧式であるから戦力にはならないだろう、仕方ない俺が直々に破壊してやるか。

 

「よし貴様らは離れてろ。手榴弾を燃料タンクに挿して破壊する。弾薬もあれば周りと内部に配置して破壊を―――」

「違います。これ私たちのです」

「はあっ!?」

 

おいおいマジかよ、こんな女子が兵器を所持できる時代が来るとはな、恐ろしい。確かに欧州では航空機を各自で持てるというがそれが日本で起きるのか……。てか今戦争から何年経過した?

 

「なら無線機で親を呼ぶのだな、取り付けているはずだが」

「それがはまった衝撃で壊れてた」

「そ、そうか」

 

無線機が壊れるとかどのくらいの速度で突っ込んだんだよ。海軍の零戦の無線機か。けどあれは無線を使えないからそれ以前の問題だ、その点陸軍って凄いよな無線や防弾性もあるし、海軍は自慢のお船で陸軍兵士を運べばいいのだ。

陸軍は独自の輸送船を造船するのだ。さすれば予算もこちら側が多く貰える。

 

「それでどうする。家まで送ろう」

「……知らない人には連れていくのはよくない」

 

かなり警戒されているようだ。まあ見ず知らずの男が自身に都合の良いことを言ってるからか。ならば、イギリス兵から教わった話術を披露するか。

 

「ならば俺の後ろに乗るがいい、戦車の部品で長い得物持ってばいい。鉄兜はお前らに渡す。不審な動きをしたのなら得物で俺の頭を殴れ。その小さい嬢ちゃんはサイドカーに乗せよう」

「……確かにそれなら。いやしかし―――」

「よし話は決まった。来い」

 

相手が考え込んだら間髪入れずに決めるのが一番だとイギリス兵が言う。流石鬼畜米英汚い。

そして彼女は何処からか取り出した鉄パイプを装備する。小さい方も連れて俺の陸王までやってきた。俺はサイドカーの荷物を足元の出っ張りに掛けてエンジンを起こす。

陸王は再度心地よい唸り声をあげる。小さい方はサイドカーに大きい方は俺の後ろについた。

 

「お姉ちゃん、ふかふかしてる」

「ははは、そうだろう。新品同然だからな、ほら鉄兜被ってろ」

「お、大きくて重い……」

「そうでなければ破片が刺さるからな、貴様は航空眼鏡だ」

「おじさん」

「おじさんじゃない! まだ二十三歳だ!」

「ごめんなさい、老けて見えたから」

「俺の名前は……」

 

言葉が詰まる。思い出せない、俺の名前がどうしても思い出せないのだ。長い間自身の名前を呼ばれなかったことの弊害か?自分が思い出せるのは……

必死に脳裏の記憶を呼び覚まそうとする。自分が戦った戦場、部隊、そして死に場所。ちくしょう、駄目だ思い出せない!

 

「どうしたの?」

「……すまないな、俺はどうやら名前を忘れてしまった」

「お名前無いの?」

「悪いな小さな嬢ちゃん。俺は長い長い間、呼称で呼ばれていたからな。頑張っても伍長だったことしか思い出せない。……ははは、ツラいものだな当たり前のことを忘れるということは」

 

思わず自嘲の嗤い声をあげる。母親が折角俺に付けてくれたというのに忘れてしまうとは、なんて親不孝者だろうか。生前は十分な親孝行をすることもなく母親を亡くしてしまった。たった独りで俺を育てあげてくれたのに、こんなことになるなら生きている内に母親に感謝すればよかった。あぁちくしょう、ちくしょう……!

罪悪感と自責の念に駆られ涙が目頭に浮き上がる。唇をこれでもかという程に噛みしめる。

 

「……ごちょう」

「あ?」

 

後ろに乗った女子が告げた言葉に半分涙声になりながら応える。

 

「貴方の名前は伍長、これなら貴方を呼べます」

「うん、伍長! いい名前!」

「ッ!?」

 

この二人の放った言葉が俺に刺さる。だが冷たくも痛くもない、むしろ暖かみを感じた。伍長という安直な名前でも十分だ。彼女らは折角名付けてくれたことを無駄にはしない、己の名前を思い出せるまで俺はこれで突き通すことにしよう。

 

「ありがとうな、お嬢さんら」

 

感謝を述べ、彼女らに笑顔を向ける。彼女らも安心したらしく大きい方は微笑み、小さな方は満面の笑みを浮かべる。アクセルに手を伸ばし、短くアクセルを捻ると短くエンジンも応えてくれた。

 

「さあお嬢さんら、しっかり捕まってろよ!」

「わーい!」

 

アクセルを思い切り捻ると陸王は前へ前進する。これが俺の再出発なら、幸せな出発を切りたいものだ。

今度は、平和な世界に産まれて生きたいものだ。

陸王は荒い道路を駆けていく、三人の幼い人間を連れて。

 




意外に主人公は若いんだよなぁ、それと年は取っても姿には現れづらくなっているゾ


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西住流

まほの口調は難し、難しくない?


さんさんと太陽の紫外線やらが地上に降り注ぐ。夏の風物詩であるセミはうるさく鳴いている。

 

「暑い」

「今日は涼しいよ」

「これでか!?」

 

今日はとても暑いと思ったがこの娘たちにとって涼しいらしい。どのような環境で生きてきたのか、俺が子供の時はもう少し涼しかったと思うのだがな。こんな日は水風呂に浸かったりスイカを食したいものだ。

風が顔に当たるのでさして汗をかいてはいないものも、略帽の中が蒸れて気持ちが悪い。生前は沖縄で三か月滞在していたがここまでは暑くはなかった。ソ連兵を連れて行ったらどうなるのだろうか、興味がある。

 

「寝床どうするべきか……」

「伍長さんは住む場所ないんですか?」

「そうだ。金は二百万程貯金されてはいるがこれからを生きるとなると不安だ」

 

そういや忘れていたけど寝床もないし、これからどう生活すればいいのだ。貯金はあっても一年も持たないだろうし、あの天使めなんなら億ぐらい寄越せよ。

 

「仕事は?」

「ない。いや昔は兵隊で戦地に行ってた」

「た、大変でしたね」

「本当にな」

「伍長伍長」

「なんだみほ」

 

先程に彼女らは自己紹介をしてくれたので嬢ちゃんという表現はなくなっている。サイドカーの方に顔を向けるとこちらに拳銃の銃口が向けられており、思わずたじろく。しかし、さっき点検した時には弾倉と銃弾が入っていなかったので驚いた自分がやや恥ずかしかった。

 

「そいつには弾が入ってな―――」

 

その瞬間、小石を乗り上げて陸王に振動が伝わる。するとみほは引き金を引いたらしく、銃声がのどかな田舎中に響いたあと略帽に穴を開ける。もしも俺の頭がずれていたらどうなっていただろうと想像し、必然と青ざめる。

 

「あっ、あ……」

「み、みほ!」

 

まほが彼女を叱るような口調を放つと彼女は今にも泣きかけそうな表情を露わにする。俺は陸王を停めて、拳銃を優しく取り上げた。

彼女が傷ついているのにも関わらず野暮に叱ったりはしない、おそらく驚かそうとしたのだろうから悪意はない、と思いたい。

 

「大丈夫だ安心しろ、ところで銃弾は何処で見つけた?」

「座席の下に……」

 

落ち着かせながら手を伸ばすとあることに気づいた。みほから拳銃を取り上げる際に彼女の手は酷く震えていた。突然の出来事に恐怖を抱いたのだろうか。

ここだけの話だが実は、俺は今何事もなかった風に接してはいるが、内心かなり怖気づいてたりする。死ぬのには慣れてもいないし、銃弾で死んだ俺としたらかなりトラウマがあるものだ。けど今にも泣きだしそうな彼女の前では弱気にも成れず、ただひたすらに心を騙すしかなかった。

 

「やはり麻袋に無いと思ったらそんなところに、怪我はないようだ。安心した」

「怒ってない?」

「平気だ。昔戦場に居たから慣れている」

「すみません、怪我は?」

「見ての通り元気満々だ。案ずるんじゃない」

「そうですか」

 

略帽は弾が貫通した箇所が酷く解れている。俺の同期で裁縫が上手い高山が居たが今は居ないし天国でも逢ったこともない、また話でもしたいものだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そろそろ私たちの家です」

「むっ、そうか」

 

彼女らを乗せて二十分が経過した頃、まほが家までの道順を教えてくれた。此処から先は私たちだけで行くと彼女は言っていたが、先程の不運な出来事に疲れて果てたのかみほは寝息を立てて寝ている。まだ幼いまほにみおを背負わせるのはとても気がかりであったので、家の前まで運んでしまおうと思ったのだ。

 

だけどこれから驚く羽目になるとは思わなかった。

陸王を走らせていると長い塀が連なり、地主かそれとも大きな組合の屋敷なのかと想起しているとある門が見えた。それは立派に作られており、道場らしく。看板にはでかでかと西住流と書かれている。

 

「此処です」

「嘘だろ……」

 

苗字が一致すると思ったら彼女は此処の住人らしい、迷子を返したらまさか大きな道場でしたという推理小説にありそうなオチに俺は苦笑するしかなかった。

さらに驚かせる内容が看板には書かれていた。

 

「戦車道?」

 

戦車を所持している理由はこのためだったのかと俺は納得するが、一つ疑問が浮かんだ。

女性が流派などを継げるのか?本来ならこの堅苦しい伝統は男性に継ぐのだから彼女らはお遊びで戦車を動かしていたのだろう。

疑問にふけっていると門が開けられ、中からは容姿の良い女性が出てきた。かなりの美人であり惚れ惚れする程にその女性は美しかった。気品に満ち溢れると同時に吊り目から俺を睨むような眼光を差し向けてきた。この光景はどう見えて人攫いそのものだ。

 

「お前ら早く降りろ、この状態はまるで人攫いに見えるだろ」

「運搬はしていた」

「余計なことは言わないでくれ」

 

彼女らに降りるように諭すと鉄兜を俺に渡したまほは降りて女性に駆けより、何かを話し始めた。事情説明だろう。

一体あの女性はどのような繋がりがあるのだろうか、できれば歳の離れた姉妹なら嬉しい。あの容姿は好みの部類だしな。

 

「……お母さん」

「は?」

 

寝ぼけ眼を摩りながらみほが目を覚ます。やはり現実は非常である。彼女は奥様らしい、悲しげにため息を零す。その行為に疑問を持ったみほがこちらを見つめる。

暫くもするとまほと一緒に奥さんが近づいてきた。かなり上品な方なので思わず身なりを正そうと風で乱れた服を整え、帽子を深く被って陸王から降りる。痛いことを突かれそうなので背を伸ばして立つ。

いちよう謝罪の弁を込めて謝ろうと俺は思う、そうしよう。

 

「この度は――――」

「娘を助けてくださいましてありがとうございます」

 

まさか貴女から謝られるとは思わなかった。

頭を深々と下げられて謝られることには慣れてはいないので情けなくも尻込みする。どうしたものか、俺が次に行えば良い行動がわからない。情けなくはあるが取りあえずは謝罪を素直に受け取り、早々に退散するのがいいだろう。

 

「いえいえ、迷惑をかけてしまい申し訳ない。ではこれで……」

 

みほをサイドカーから抱き上げて地面に降ろす。みほはもっとサイドカーに乗って居たかったのかやや不満気な表情に変わる。姉とは違い顔の表情豊かな娘だと思う。

陸王のエンジンを吹かしてその場を立ち去ろうとした。

 

「事情は聞きました。家がないことや正式な名前もないことも」

「……はい」

 

奥さんにまほは洗いざらい話したようだ。そうでもしないと俺の信用を勝ち取れなかったのだろう。てか、名前の件を言わなかったら俺は無職となるのか。まほには感謝すべきだ。何故なら傍から見れば無職が幼い娘誘拐している風に見えるからな。

 

「私の名前は西住しほと申します。助けてくださった伍長さんには細やかながらもおもてなしをしたいと思いますので、どうぞこちらへ」

「は、はい」

「早く早く!」

「わかった。わかったから強く手を引くな、ずっと座ってたから腰が痛いのだ」

「……案内します」

「すまないがまほ、俺にくっつくな二人とも暑いだろ」

 

途中でどうこうありながらも俺は彼女の家に招かれた。

あと二人が懐いてきて嬉しいのだが大したことはしていないからな、ただ親切心で送っただけだからな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

お屋敷の中は広く、正座しなければ俺自身の示しがつかなかった。みほは家に帰ってこれた喜びではしゃいでいる。まほはというとずっと隣に居座っている。何か俺を嵌める目論見があるかと感じてしまうほどに。

一方みほは俺の膝の上に勢いよく乗っかったせいで、脚が強烈に痛い。俺にも従兄弟が居たがここまで乱暴に乗っかったりはしなかったぞ!

 

「こちらをどうぞ」

「感謝します」

 

スイカと麦茶が三人分お盆に乗せられて運ばれた。みずみずしくて非常においしそうである。涎が零れそうになるのを抑えて俺は勢いよくスイカにかぶりついた。

 

「美味しいね!」

「いやー、久しぶりに美味いスイカ食べました」

「伍長様はどのくらい食べていなかったのですか?」

「そうですね、本当に何年ぶりでしょうかね。前に戦地に行ってた際は夏になる前にスイカ畑は荒らされたんです。それ以降から食えなかったんですよ」

「そうですか、まだまだありますよ」

「それはありがたいです」

 

米軍が艦砲射撃やら空爆で荒らされるから実が生る前に死んでしまうからな、米軍の方では肉の缶詰もあって羨ましい。幾ら陸軍でも滑走路やられたら制空権も取られるし艦船にも攻撃不可だ。海軍が大和を沖縄まで辿り着いてしまえば……。

 

「―――伍長さん?」

「…あぁすいません。つい思いふけってました」

 

どうやら俺は思い詰めてしまったらしい、反省しよう。

だけど今は楽しむとするか、束の間の休日だとは思うが。

 

「失礼ながらお聞きしたいのですが、本当にお名前を覚えていないのですか?」

「はい」

 

唐突にしほ殿は探りを入れてきた。全てを見通すかのような眼差しである。

……まあ流石に怪しいと思うか、当然だ。真実をある程度話すこととしよう。生き返ったとかは言わないが。

ということで俺の話をすることにした。

 

「本当です。所持品を確認しても階級しか情報がなく、困り果てているのが現状況です。申し訳ない」

「いえ、こちらも愚直でした」

「こんな馬の骨を長々と滞在させるのも良くないですので、スイカ美味しかったです」

 

座敷から立ち上がり、身支度をする。荷物は日本刀しかないのだが。

屋敷の大きさから察するに名家であろう、こんな死兵が居ていいわけない。俺が何らかの迷惑を掛ける前に去ったほうがいいだろう。そしてこの戦車道とは関わりのない部外者でもある。

しかたないので適当な小屋でも探して今日はそこで一泊するのが一番だろう。てんやわんやで今日は疲れた

 

「待ってください」

 

しかし、いきなりしほ殿に止められる。何事だと思って振り向いた。

 

「よければですが、この屋敷で働きませんか」

「はい?」

 

……西住家には驚かされてばかりだ。何を思って俺を勧誘するのだろうか、意味がわからない。

困惑する俺を無視し、彼女は淡々と要件を告げる。

 

「戦車道の生徒に剣道を習わすのが西住流の習わしですので。ただし大きな問題がありまして現在講師が産休で不在のため困り果ててましたが、伍長さんが来てくれれば問題は解決できうると思いまして、西住流師範代の身勝手でございます是非とぞお願いします」

「……」

 

彼女は正座したまま頭を垂れて頼み込んだ。

どうやらこの戦車道というのは女性が受け継ぐものらしい、ということはまほたちは未来の家元ということか、大変驚いた。

けど、仕事もないしいつかはのたれ死ぬ可能性もある。それなら講師が産休から帰ってくるまでの間、俺は此処で働くことにするか。

にしても一つ疑問点が水泡の如く浮かびあげた。

 

「わかりました。にしても何故俺が剣道を習っていたと判断できたのですか? まあ自慢ですが軍隊の中では群を抜く実力でしたが」

「それは帯刀している刀を見てわかりました。日頃から振られていた柄の跡や手のタコです」

 

彼女の隙のない観察に舌を巻く。

 

「……西住流はそんなところまで、観察眼が素晴らしいですな」

 

だけどそうでなければ西住流は継げないか、ちなみに試合では船坂の奴はかなり強かった。

 

「みほとまほは伍長さんの部屋まで案内してあげなさい」

「はいお母さん」

「ん? ちょいと待ってください。部屋ですと?」

「はい、ご自宅すらないのなら居候した方がいいかと思いまして」

 

淡々と俺に都合のいい条件を口にするしほ殿に壊れたあかべこの如く首を振る。

……うん、もう素直に甘えよう。そうしかいと相手も面目ないだろうし、それと蚊は嫌いだし。

てかこの家元結構乱暴な気がするのは気のせいか?

 

「はい喜んで、日頃からお手伝いをさせて貰います上、どうかよろしくお願いいたします」

 

かくして俺の西住流生活が始まった。

 




伍長の海軍嫌いは沖縄戦の自軍劣勢を海軍が打破してくれると密かに期待していたからだぞ。


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時代との差

VRって3Dテレビと似た雰囲気あるよね。


俺はこの一週間、驚くような日々を過ごしてきた。その中の一つが機械の進化ともいえるであろう。

例えば、俺の部屋を初めて拝見した時である……。

 

 

「ほほ~、西住流の屋敷は大きいな。流石と言える」

「けど昔はまだ大きかったんですよ」

「なに!? 恐るべし西住流」

 

広い屋敷内を世間話をしている内に、まほたちはピタリと止まる。どうやら此処が俺の寝室であろう。襖を開けると八畳一間の広さと広くて、ちゃぶ台と姿見鏡、箪笥などが置かれている。寝るには十分な環境、しほ殿には感謝しなくてはならないな。

部屋に入って押入れを開ける。明らかに高級そうな布団に同等の価値を持っている毛布が鎮座している。

息を飲みながら恐る恐ると触ったり突いたりする。正真正銘良質な物だ。

こ、これで寝ていいのか!? 今まではせんべい布団で寝ていた身にしては歓喜極まるものだぞ! ……これで寝れるとか昇天しても文句は言えないな。

 

「……まほお姉ちゃん、伍長すごい幸せそうな顔をしているね」

「みほ、言葉に表せないほどに喜んでいるのだろう」

「そうかな?」

「すまんすまん、お前らを差し置いて歓喜に浸っていた。ところで何だこの黒色の鏡面をした鏡は? 鏡は二枚も要らない上に暗くて見えないぞ」

 

俺が入った時に気付いた物体について問う。少女に質問することは恥ずかしいが、この世界を知るのにはしょうがないだろう。

少女らは当たり前のことを訊かれて驚いているような反応を露わにしだした。悪いな、死んだのが皇紀2605年の七月なのでな。

 

「伍長ホントに知らないの?」

「本当だ。一切合切知らんぞ」

「初めて見ました。まさかテレビを知らないとは」

「てれび?」

 

聞き慣れない横文字の単語に俺は思わず首をかしげる。この黒い鏡面が目立つ物体で何をするのだろうか? 使用方法がわからないぞ。

まほは番号や文字がボタンに書かれた棒状の何かを手に持ち、赤いボタンを押した。

 

「うおおおお!?」

 

俺は突然の出来事に腰を抜かした。それもそのはず、黒い鏡面がボタンを押した瞬間に戦車に映り変わったのだ。戦車の種類はアメリカ軍が使用したシャーマン戦車でこちらに向かって突き進んでくる。とっさにちゃぶ台を盾にして身構えた。

 

「何だこの小さな戦車は!?」

「伍長おもしろーい!」

「伍長さん、これ映像です。ほら」

 

そう言うとまほは違うボタンを押す。今度は犬で一杯になる。よく市街で飼われている犬とは違い、毛がない犬やまるで糸を丸めたような犬が居る。俺は赤犬を食べた覚えはないがこんな犬種は見たこともなかった。俺は接近して犬を映している画面をペタペタと触る。

 

「すごいぞこの鏡、いやてれびという品物。何処に投射機があるのだろうか、内部か?」

「細かい説明は私にもできませんが、テレビ局の電波を受け取って画面に映しているそうです」

「なんとまあ奇天烈な機械だ。次はその棒は何だ?」

「これはリモコンですよ。これで番組の操作ができます」

「ほほう、仕組みはラジオと一緒か」

 

まほからりもこんを受け取り観察する。見覚えのない単語があるが、この数字はてれび局の番号であろう。りもこん程度じゃ驚かんけど、試しに番号をひとつ押すとしよう。

俺は適当に数字を一つ押してみせた。

 

『ヴォオオオオオオオ!!』

「うわあああああ!?」

 

画面に現れたのは血色の悪そうな女がこちらに叫んでいる姿だ。あまりの出来事に放心状態に陥る。俺の口からは自身の魂が抜けかけていそうだ。

 

「伍長さん、起きてください」

「――――ハッ!? 気が抜けていた!」

 

まほから声を掛けられて意識を取り戻した。何だあの化物、幾らてれびが映写した偽物とはいえ恐怖でしかないぞ。俺は霊感がないから幽霊の類は見たことない、だから耐性はないのだろう。……認めよう、俺は幽霊が少しだけ苦手であると。

 

「だけど、ここまで便利な世の中になって俺は嬉しいな」

「伍長の時代はこういうのなかったの?」

「そうだ。映画はあったが映写機を個人で所有する家でもなかったし、ラジオが主流でな」

「暇じゃないの?」

「それは違うぞみほ、人は退屈を紛らわそうと工夫するのだ。俺は一人息子ではあるが従兄弟とはあやとりやけんだまで遊んだ」

「けど地味だよね」

「……先程と比べたらそうだ。しかしな、夢中になってしまえばこちらの勝ちだ」

「わかった。じゃあ後でけんだまとかで遊ぼう!」

「いいだろう、俺の十八番であったもしもし亀を披露してみせよう」

 

従兄弟と遊んでいる内にこういう遊びも得意になっていったな。生前現地の子供に混ざって遊んだものよ。まあ軍人なのに遊ぶなと兵長の拳骨が飛んできたが楽しかった。あの子たちは生き残れただろうか、不安だな。

 

 

数時間後、けんだま等で遊んでいた時に時計の針は六時を示していた。

もうそろそろご飯の準備だと察した俺はまほたちを置いて台所に向かう。台所には家元であるしほ殿が料理をしている。肩に掛けられたエプロンに墨で書かれた西住流が激しく主張していた。

 

「おや、家元が料理ですか」

「はい、家には基本的に家族と居たいので」

「あー、俺部外者なのだが」

「家のない人に施しをさせるのは当然ですから。それに娘たちを一日中鍛えあげることも可能です」

 

合理的な理由が入ったが優しい人には変わらないのだろう。確かに戦車を夜間に扱うのは騒音による近所問題を起こすこともある。予想では昼に戦車、夜に俺の剣道という流れであろう。

 

「ところでどうして伍長さんはこちらに?」

「居候の身である上に何かお手伝いをと」

「ではそこにジャガイモがあるので皮を剥いてください」

「任せてください、刃物の取り扱いには慣れていますので」

 

しほ殿が何かを差し出してくる前に、収納場所から包丁を取り出して皮を剥いていく。にしてもこのYの形をした物はなんだろうか、興味深い。

 

「しほ殿これは?」

「ピューラーです。ご存知では」

「俺が産まれた時代には無かったですな。見たところ皮を剥くための器具であろう」

 

ぴゅーらーを受け取ってジャガイモに刃を当てて下ろした。するとなんということでしょう、皮が易々剥けていくではないか!便利な道具だ、これなら酔っても皮を剥けて、傷口を増やさなくていい。

 

「そういえば旦那殿は?」

「いますが、帰って来る日が限られているため基本は娘と三人です」

「大変でしょう。一人で家事や料理は」

「慣れてくると簡単ですが時間が忙しいです」

 

やはり家元だから忙しいのだろう、それに仕事が忙しかったら自分の娘と関わる時間が必然的に少なくなるに違いない。少しでも俺が楽をさせてやらねばならん。これが俺のできる恩返しなのだ。

俺は彼女に笑みを浮かべ、胸を張りながら告げる。

 

「けど本来の講師が帰ってくるまでの居候の身である俺が買い出しやら家事を助けますので安心してください、隊の中では家事ができる方でしたので」

「ならばこき使うことにしましょう、鍋に味噌と刻んだワカメを入れて混ぜてください。その後は玉ねぎを切って鍋に」

「むむっ、了解しました」

 

 

数十分後、典型的と言える和風料理が食卓に陳列し、食事が始まった。まほは顔色を変えていないが、何故かみほは嫌そうな顔を浮かべる。

 

「どうした。そんな顔して」

「うん、私ね大根おろし苦手なの」

 

みほはどうやら焼き魚の大根おろしが苦手なのか、確かに子供が好んで食べるものではないから致し方がないことだろう。だが苦手なものを克服しないということは良くないことだ。俺が諭すこととしよう。

 

「そうか、ならば焼き魚と一緒に食えばいい。単品で食べるのだから味が嫌になるのだろう。物は試し、食べてみるがいい」

「うん……」

 

みほは渋々といった表情で箸を伸ばす。

俺はこのやりとりで決して美味しいとかは言わん。苦手な食べ物を何かに合わせて食べるという行為は基本、味は美味しいという結果にならないからだ。相手が美味しいと言って嘘を吐き、食す者はその言葉を美味しいと信じて食べる。そして結果は不満が生まれるといった負の方向となる。最後に食した者は嫌悪感が生まれるに違いない。

みほは時間をかけて、大根おろしを焼き魚と一緒になんとか食べきる。

 

「少しだけ味が変わってた……」

「最初はそれでいいのだ。徐々に慣らせばいい、大人になってから矯正するのは難しいからな」

 

きゅうりの漬物を齧りながら告げる。きゅうりがいい感じのしょっぱさでこれまた美味いのだ。何処で購入したのだろうか訊いてみよう。

しほ殿に顔を向けると机の対岸のまほとしほ殿が箸を止めていた。二人そろっての行為がおかしく感じ、疑問に思った。

 

「どうして箸を止めているのだまほ?」

「みほが大根おろしを食べているから」

「普段は私が言わないと進んでは食べなくて」

「なるほど」

 

確かに驚くだろう、いつもと違う行動を取っていたら。

今度はみほが俺を呼んだ。

 

「ねえ伍長は嫌いな食べ物あるの?」

「……ある」

 

みほに大々的に諭していたこちらが恥ずかしくなり、つい顔を染めながら小声で答えてしまう。俺だって嫌いなものはあるのだ。人間だから。

 

「それって?」

「俺は――――ナスが嫌いだ」

「えー、何で何で!!」

 

みほが俺の肩を揺らすがすぐにしほ殿が止められる。俺も男、包み隠さず答えるとしよう。俺は重々しい口をこじ開けた。

 

「子供のころ、お盆のナスの牛が怖かった」

「は?」

「はい?」

「え?」

 

あまりに素っ頓狂な答えに戸惑いを隠せない様子で各々声をあげる。

やはりそういう反応だよな、自嘲気味に言葉を羅列させる。

 

「だってナスに棒四本刺して牛って、逆に不気味で苦手だった。そして食に関しても影響されて今でもナスを食べることができないのだ……」

 

頭もないし尻尾もないくせにあれで牛とかおかしいだろう!昔の人間は何を想って牛にしたのだ!もういっそのこと木で加工しろよ!

……けどきゅうりは大丈夫なんだよな、カブトムシの餌にしていたからだろうか。

 

「明日はナス尽くしです」

「そ、そんな……!?」

「伍長さん、ファイト」

「私も頑張ったから、次は伍長さんの番ね!」

「う、うぬ」

 

西住家の明かりの籠り火が外の地面に照らされた。

明るくて、陽気な色で満ちていた。

 




きゅうりの漬物を樽ごとください。


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夏祭り

夏祭り行ったけど一人です。
なお焼きそば美味しかった模様。


「そこ! 振りが甘いぞ、しっかりやれ!」

「は、はい!」

「おい貴様、何だその竹刀の構え方は!」

「す、すみません!」

 

俺が西住流の剣道の講師となって一週間が経過していた。最初は男性から教わるということで女性しかいない門下生たちから変な視線で見られていた。いや現在進行でそうなのだが、俺はなんやかんややっている。セクハラという現代の禁止事項に触れないように教えており、漫画に影響されてかふざけた構えをする者もいる。そんな者に対してあえてその構えで俺と立ち会せる。そして完膚なきままに叩く、まったく剣道の基礎ができてからやれば幾分かマシなのに。……えっ、パワハラ? 過度なのは駄目だが多少は許すとしほ殿が言っていた。

 

「どうだ、誰か俺と五分闘って一本取ってこい」

「なら私がいきます」

 

手を挙げたのはまほだった。背丈はまだ低いが彼女の小手や突き、胴が鋭い。俺の身長は170だが気は抜けない。

俺と彼女は礼節に則り礼、蹲踞(そんきょ)というしゃがみ込む姿勢を取り、立ち上がる。その際に腰に持っていた剣を構える。

 

「はああああ!!」

「ふっ」

 

まほの鋭い小手と胴打ちを竹刀で防御、反撃しようとすると戦車道で鍛えられた勘により間合いを取られる。他の生徒とは違い弱音をすぐには吐かずかなり鍛えがいがある。

俺は喜々として防具内から笑みが零れる。だが本気は出さない、自分の実力を知らしめるためだ。

 

「やああああ!」

「ちっ!?」

 

面打ちかと思いきや彼女は胴を狙ってきた。一週間しかしていない初心者とは思えない動きだ。まあこんなものか、反撃しようともせず打たせた。道場がざわめく、まあ厳しい講師の権化とか陰で揶揄されているから当然だろう。けど嬉しいよな、もしかしたら自分らも通用するかもしれないと思うと。

蹲踞をし竹刀を腰に当てて、一歩下がり礼をする。時間を確認すると剣道を終える時間帯に越そうとしている。

 

「今日はやめ、各々防具を片付けろ」

 

労働から解放された門下生は私語を話しながら防具を片付ける。そこに俺のところまで歩み寄るまほがいた。ささくれでも刺さったか、医療箱は何処だっけか。

 

「伍長さん、何故手を抜いたのですか?」

「……気づいていたか」

「はい」

 

バレないようにしていたがもう気づいていたのか、驚きだ。じゃあ全てを暴露するか、バレてるから関係ないし。

 

「そうだ。簡単には俺は負けないさ」

「なおさら何故ですか?」

「そりゃあまほ、褒めることも大事だからだ。いつも叱ってばかりで褒めずにいると捻くれて結果を出さなくなるからな」

「じゃあまだ私は弱いのですね、残念です」

「確かに己の実力を過信するのは良くないことだがお前はそこを弁えている。あとは一種のプロパガンダだ」

「プロパガンダ?」

 

まほは首を傾げた。まだ幼い彼女も知らないようで俺は丁寧に理由を話す。

 

「俺の剣道を習っているまほが俺から一本取れば、まほと同じ剣道を習っている自分らでも勝てるかもしれない、といった思わせた。けどよくぞ一週間でここまで辿り着いたな、正直嬉しいぞ」

「そ、そうですか」

 

俺は乱雑に彼女の頭を撫でる。汗でしっとりしているがそんなのお構いなしになでると

頬を赤くして照れてた。まったく、もっと喜んでもいいんだぞ俺の幼少期みたいに。ちなみに俺は剣道に我流の剣術取り入れている。剣術を習っていた同じ小隊の兵士から教えて貰った。意味は当然実戦で通用させるためだ。何せ占領下に置かれた沖縄で便衣兵として敵を斬ったりしていたからな。

 

「ほら防具やらを置いて風呂に行け。お前は女子だから汗臭いと異性から嫌われるぞ」 

「伍長!」

「どうしたみほ」

 

道場の扉を音を立てて開けたみほは走ってこちらに飛びかかった。避けることもたやすかったが怪我を考慮するとただただ構えることしかできなかい。俺は彼女を抱きしめて倒れるのを防いだ。態勢が崩れかかるもなんとか立て直す。

 

「あ、危なかった……」

「祭り行こうよ!」

「祭りだと?」

「うん!」

 

彼女を下ろし、祭りの詳細を聞く。どうやらこの時期に一度開催されるらしく、出店が多いそうだ。しかし夜なので万が一があると危険だとしほ殿と行っていたが今日は用事があっていけないそうだ。そうなると彼女たちは祭りにいけなくなる。そこでみほは俺を頼ったという。

 

「いやいや、俺は構わないがしほ殿から許可は得たか? 俺が連れていくから遊びはいいよね、と」

「そこは大丈夫! もう貰ってた」

 

早いですよしほ殿。まあ特に俺の方も用事がある訳でもないし、現代の勉強ついでに同行するか。別にただ遊ぶだけじゃない、これは社会勉強の一環なのだ。間違えないでほしい。俺は自分への言い訳を心で唱えながら行くことにした。

 

「むっ、まだ時間あるな。共に風呂でも浸かるか?」

「ご、伍長さん。何を言い出すんですか……」

「ははは、冗談だ。思春期をそろそろ迎える娘に対しあまりにも無礼だろ、俺はその次だ」

「そ、そうですよね」

 

俺がからかったらまほは顔を赤らめる。それが普通だろう、しかし彼女の胸中では多少落胆していた。そして彼女はそそくさと防具を片付けて道場から出てしまった。今度は俺が着ていた道具を仕舞いにいくとみほがついて来た。

 

「じゃあ私が伍長と浸かる!」

「ははは、まだみほは幼いからな俺的には構わないがしほ殿に何を言われるか怖いから駄目だ」

「えー」

「残念だったな」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うわー! すごい煌いてるよ!」

「そうだな」

「伍長さん見てください、アレ」

「そうだ、と言いたいが指し示しているのがよくわからん」

 

祭り会場に俺らはいた。しほ殿からお駄賃の五千円を貰い受け赴いた。子供二人に大人一人で五千円とはまあまあの大金である。みほとまほは祭りの明かりにも負けないほど瞳が輝いている。やれやれ二人に引っ張られるとするか、俺も友と街歩いてたら、気づくと独りになってしまう。

ちなみにまほとみほは普段と変わらない服装、俺は麻袋に入っていたワイシャツと黒いズボンだ。軍服は流石に駄目だと金を貰う際にしほ殿に言われてしまった。ついでに略帽も取られてしまった、寂しい。

 

「伍長これ見てよ!」

「ほお綿菓子か、買いたいか?」

「うん!」

「では一つ貰おう」

 

金を払い綿菓子をみほが持つ、彼女は嬉しそうな顔を浮かべている。今度はおれのシャツをまほが引っ張るその先にはふらんくるとという品が売っている。生前ではあまり知られていない食べ物だ。

 

「これは、ああ腸詰めか」

「違います。フランクフルトです」

「名前が横文字で覚えずらいな、これを一つ」

「はいよ」

「ほら、垂れてるのから気をつけろよ」

 

フランクフルトを一本貰い、まほに渡す。かかっているケチャップに注意を払えと喚起しする。俺は何を買おうかね、ビールがあるはずだ。できれば朝日ビールで。海軍は麒麟、陸軍は朝日と決まっているのだ。

まあ酒の類も当然売っており、買って飲み歩きをする。まほは食べ終えて次は何を食べようかと探している様子だ。そんな時、みほが声を上げる。

 

「射的やろ!」

「射的だと、いいだろう俺も混ぜろ!」

 

射的の出店では多くの客がおり、パイプの脚組机を高さを変えて置いた三段の台の上では様々な商品が置かれている。

 

「まほもするか?」

「私はいいです。下手だもん」

「そうか、けど俺の射撃術を舐めるなよ」

「私あれが欲しい!」

 

みほが指差す先にはつぎはぎだらけの熊の小さなぬいぐるみがあった。あまり俺的には可愛いとは思えなかったが彼女のために狙うと意気込むことにしよう。

みほの番になって彼女は銃とコルクの弾五発を貰うが彼女は銃のコッキングが固くてできなさそうなのでそれを手伝い、銃口を哀れな熊に向ける。残念だが、みほのために撃ち落とされてくれよ。

 

「えい!」

 

みほの結果は惨敗であった。弾がほぼ当たらずに逸れまくり参加賞のお菓子を貰った。彼女はやや涙目である。どれどれ、彼女の敵討ちとするか。

店主から銃と弾を貰い、構える。

 

「さて、軍隊あがりの実力を見てろよ。みほとまほ」

「うん!」

「はい」

 

重さや弾が特殊でも所詮は銃、基本的なものは同じなのだ。銃口を熊に向け、息を止める。呼吸によるずれを防ぐためだ。俺は思わず気張るってしまい、出店周辺の空気は戦場に似た異質な空間に陥る。店主とその他の客は息を飲んで俺の姿を見届けている。

 

「…」

 

一発目は銃の癖を確かめるために外し、二発目は熊の顔面に当てる。残りは三発、気は抜けない。この場にドイツ兵がいれば容易いだろう、しかし俺はあくまでもただの歩兵、そこまでの技量はない。しかし、戦場に身を置いた自分であれば遠距離からの精密射撃はできなくても近距離なら確実に当てられる自信があった。

三発目を当てた瞬間、あることに気づいた。

 

あの熊、やたら動かない。おもりか。おそらくは人気のある商品なのだろう、だから小細工を仕掛けて稼ごうと、小賢しい店主だ。しかし、俺には無用だ。

最後の二発を左右のある部分に撃ち込んだ。上手くいくかはわからない、あとは運に願うのみだ。

 

「はい残念だったね兄ちゃん」

「伍長…」

「いや、貰ってくぞ。熊だけを」

「はあっ!?」

 

俺が勝利を確信した証拠、それは熊が置かれた台で縦に置かれた多くが商品が一個ずつ後ろに倒れていくことだ。にやりと笑みを浮かべると熊の置かれた台だけが半回転したのだ。台に陳列された商品が全て落ちていく。

 

「な、何故だ!!」

「簡単な話、机のネジを緩めた。この銃でな」

 

パイプの机は基本的に収納できるように机の部分が半回転できるようになっている。それをてれびで知っていたため俺はそのネジを狙って撃ったのだ。けどここまでいくとは思わなかった。正直自分でも引いてるぞ。

 

「これはノーカンッ! ノーカンだ!」

 

あまりの奇策に騒ぎ立てる店主に耳打ちをする。

 

「あの熊に重りあるのは見抜いている。バラされたくなかったら商品の方の熊を寄越せ、これで喧嘩両成敗というこう。俺とてアイツらの前で喧嘩沙汰にはしたくない。別に裏でするなら引き受けよう、軍隊あがりだが」

「ぐぬぬ……!」

 

店主は致し方なしに裏に回って落とした商品の熊と同種なのを持って出てきた。苦虫を潰したような顔で熊を突き付けてきた。熊を受け取りみほに手渡す。

 

「ほら、みほはこれが欲しかったんだろう」

「うん! ありがとう伍長!」

「気にするな、宿泊料だと思え。さあ焼きそばでも食いにいくぞ、二人も何かするぞ」

「うん!」

「はい」

 

こうして三人は明かり煌く夏祭りへと姿を消していった……

 

 

 

 

 

「さ、流石に二人はきつい……」

 

帰り道中、みほとまほは寝息を立てて俺に背負われていたのを彼女らは知らない。

 




食べたのはあんず飴、ソース煎餅、焼きそば、いかげそ
いかげそは脚一本三百円とかぼったくらないでほしい……。


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さらば西住流

一気に時間が経過します。


拝啓、各国兵士のお前ら。別に手紙を書くことがめんどくさくて一年も出していないということはないです。

そちらは仕事ばかりで大変そうですね、まあ現世だと剣道を教えてはいますが。

まほとみほは大きくなりましてまほは今年の春に中学に上がりました。黒森峰という学校で全員がドイツ兵みたいな格好になっていました。もはや国民突撃隊みたいだ。

そして今日、俺は西住流から出ていくことにしました。特に喧嘩騒ぎを起こして破門を喰らった訳じゃないです。本来の剣道講師の方が産休から帰ってくるからです。ずっと貯金していたので五百万以上はあるので当分無事です。これにて終わり。

 

「ふぅ、手紙を書き終えた。荷物の支度もできたから夜には出ていくか」

「伍長さん」

「どうしたまほ」

 

手紙を書き終え、俺は自室の畳に寝転ぶ。少ない私物を墨に寄せていつでも出ていけるようにしてある。現在の服装は最初着ていた軍服である。まほは俺の隣に密着するように座る。場所はあるのに何故俺にくっつくのだろう、今は夏の終わりだけど暑い分には暑いぞ。

 

「本当に行っちゃうんですか」

「あぁ、契約としては産休の講師が戻ってくるまでだ」

「……此処にずっと居ることもできないの?」

「そうだ。何せ俺は居候の身、いつまでも人様の家に居座るということはできない」

「じゃ、じゃあ二人講師を雇えば伍長さんは居られるの?」

「そいつは無理だ。剣道の講師は一名だけでもいい、しほ殿にもまほと同じことを仰られたよ。だがな、剣道という武芸は講師一人で十分なのだ」

 

まほは俺の言ったことに萎れている。何故かというと両脇のはねた髪が萎れているからだ。この娘は優しい、俺のような今までの経歴不詳の浮浪者を最初しほ殿と会った時に弁解をしてくれた。まほにはあまり頭が上がらんな。

 

「そういやみほは?」

「うん、伍長が出ていくと聞いてから部屋で拗ねてる」

「たかが俺だぜ。お前ら二人と俺とで価値を天秤に測ったら断然お前らだ。俺にはお前らが止めるほどの価値すらない、お前らが金剛石だとしたら俺はただの石だ」

「そんなことはない!」

 

まほが大きな声をあげたので俺は驚いて後ろにひっくり返る。その後、まほは剣幕でこちらに覆いかぶさった。まさかまほがこんな大胆なことをするとはさらさら思ってもいなかった。いつでも起き上がることができても、俺には彼女を退かすことができなかった。

 

「伍長さんは優しくて強くて温かい人です。それなのに自分を下に見ないでください! そんなの私は許しません!」

 

彼女の目尻には涙が浮かんでいた。心なしか手が震えているようで声は涙声だ。感情の起伏が少ない彼女がここまで乱れるとは初めてで新鮮味を感じた。だが彼女には悪いが、俺には人と比べることはできない、それは俺が守れずに死んだ無能な男なのだから。

 

「……許さなくていい。それは俺にはできない行為だ」

「なんで!」

「それは――――」

 

どうしようか、このまま全てをうち話すか。でも俺は一度死んで天界から転生したのだと言われても不審がられるのがオチだ。彼女らには内密にしよう、それが一番の最善策なのだろう。

 

「言えない、俺にはその理由を話すことすらも相手にとって愚行だから」

「それが、それが理由だと言うのですが!」

「悪いな、俺はこういう人間なんだ。恨んでも構わない、そのぐらいの権利はある」

 

彼女は少しほとぼりが冷めたのか俺から身を引いた。体を起こし、胡坐を掻いた。彼女の顔は伏せられておるが、泣いていることが丸わかりだ。けど俺はどうすることもできない、こういう男だから仕方ないと言いつけて。

 

「…すみません、取り乱してしまって」

「気にするな、今は何時だ」

 

壁に掛かれた時計を確認すると短針が六時を指している。もうそろそろいいな、この時間帯なら暑くもないだろう。俺は重い腰を上げ、荷物を取った。とことことお別れの挨拶をするためについて来ている。嬉しいものだ。

玄関を出て陸王を取りにいこうとするとそこにはしほ殿とみほの姿があった。

 

「これはしほ殿、もう出ますね」

「知っていました」

「俺言っていないんですが」

「女の勘です」

「そ、そうですか」

 

何だ女の勘は、そんな電探みたいに使うものじゃないと思うのだが。きっと戦車道で精度をよくしたのだろう。しほ殿はまほの姿を一目見てため息を吐いた。みほに至っては姉妹揃って泣いていた。

 

「お世話になりました。楽しかったですよ」

「…やはり」

「はい、人様の家に長く居候するわけにはいきませんし」

「伍長さん、行っちゃうんですか?」

「そうだ。何、じきに慣れる」

 

みほは昔あんなに無邪気だったのに、ここ最近落ち着き始めた。前はさん付けしないで呼んでいたのが懐かしく感じる。彼女は一歩大人に近づいたのだ、好ましいことである。早く立派な大人になってほしいものだ。

 

にしても別れは本当に嫌なものである。よく別れがあれば出会いがあるというがそれは嘘だろう。死別したら出会いも何もない訳だから。……だけど別れを紛らわすことはできるのだ。俺は自身の袋と腰から昔の俺がよく使っていたものを取り出した。

 

「これをお前らにやろう」

「えっ」

 

そう言って差し出したのは拳銃と日本刀だ。流石に拳銃には銃弾が取り除かれている。

まほには日本刀、みほには拳銃だ。昔のまほは刀のを重々しく持っていたのに今では普通に持ち上げている。これが成長というものか、感慨深いな。

 

「けどこれ伍長さんの大切なものでは」

「何、優しさの押し売りだと思ってもらっていい。別に捨てても構わない」

「大切にします。伍長さん」

「私もお姉ちゃんと同じです!」

「そうか、それならよかった」

 

武器を渡されて喜ぶ、そんな少女の姿は見たことない。誰も悲しみと恐怖を抱いた表情しか見れないのだ。本来武器は人を殺すための道具、だが人を喜ばせる存在になれて武器もさぞかし驚嘆していることだろう。この二人なら悪用はしない、そう信じて俺は贈ったのだ。

 

「じゃあなお前ら、元気でやれよ」

「伍長さんも元気で」

「困ったら西住流に駆け込みなさい、擁護します」

「はははっ、しほ殿は優しいですな」

 

去年の冬に与えられた小型携帯無線機のケータイを俺は見せつける。未来はスゴいものだ。背負わなければ携帯できなかった無線機を小さくして能力を向上させるとは。

ちなみにガラケーというらしく、現在西住家としほ殿の電話番号が入力されている。補足だが俺はケータイを殆ど使いきれていないからメールという電文は遅れない。

実際には遅れるが時間が掛かりすぎるからだ。

 

「まほ、お前も折角の中学を気張れよ」

「わかっています。勉学にも戦車道にも励みます」

「うむ、その意気だ」

 

陸王に跨りエンジンを掛ける。日々の整備でエンジンの掛かりがよく快適そうにエンジンを吹く。西住流にはたくさん与えられたものがある。それは俺の全てを投げうったとしても返済できる額ではない。だが、西住流が困っているのならばすぐに助太刀いたそう。俺は西住流のために尽くす、それが例え人殺しだとしても喜んでしよう。せめてもの恩返しを真剣にだ。

陸王のアクセルを捻り、機体を進める。サイドミラーからは彼女らの姿が見える。ようやくサイドミラーから居なくなったのは道を曲がった時であった。

 

ちくしょう、涙が出る。

思ったときには涙が航空眼鏡に貯まっていた。鼻水が情けなく垂れる姿を誰にも見せたくはなかった。拭いても拭いても涙や鼻水が止まらない。きっとそれは忘れていた温もりのせいであろう。

 

「ったく、本当いい家族なんだよなぁ……ッ!!」

 

醜く濡れた顔を直しながら陸王は明日へ向かって駆けていく。その先に何が待ち受けるかはわからない。

 




伍長は尽くす人なので殆ど何でもします。
まさに忠犬。


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初めての学園艦

ガルパン最終章が終わるあたりに何人のガルパンおじさんが死ぬのか
ざっと百人は逝きそう


一片の曇りをも見せない紺碧の空、悠々と見渡せる程の水平線、向こうには何も確認することができずにただただ広がる大海原。優しく吹く風には潮風が添えられており短く切られた髪をくすぐった。

 

「……何故」

 

丁度この絶景を見渡せる公園で俺は鉄柵を掴みながら呟いた。自身の乗っていた陸王は駐車スペースに置かれ、休息を取っている。

肺に息をため込んで解き放つ、それはまさに野砲の如きものであった。

 

「何故俺が海に居るんだああああああ!!」

 

力強く鈍重な叫び声が海上で響き渡り、それに呼応するかのように汽笛が鳴る。俺が今立っている陸地を除けば海上なのである。もう一度言おう、海上である。

ゆっくりと進んでいるのは船、いや艦船と言ったほうが正しいか。それは南方に出兵した際の乗り心地とは違ったものも雰囲気は似ていた。

何故このようなことになったか、それは数時間前に遡る。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は今、夜中でありながらも陸王を駆けていた。西住家と別れたのが三日前、現在俺は九州の佐世保に赴いている。やはり海軍の造船所ということで昔ながらの建物を売りとして観光地にしているらしい。俺からすれば別に変わらないが、だって太平洋戦争の兵士だからな。

確かに満月が建物に照らされて綺麗だとは思うがそれで、と感じる。にしても潮風が鼻にくるのが懐かしく思える。忘れていたが俺は七十年近い未来に送られたらしい、まったく戦車道はあるのに何故歩兵道がないのだ。もしくは対戦車道でも可、まほたちに対戦車についての教鞭を振れる。

 

未だ慣れない街頭で照らされた道路を走ると唐突に眠気が襲ってきた。旅の疲れだろうか、貯金は貯まっているが事故に遭ったり怪我をすると厄介なのでお金はなるべく使わない。旅先での宿泊も滅多なこと以外は使わず基本的には野宿である。幸いなことにも今季は夏で死なないのだ。

 

「……何だコレ?」

 

眠気で瞼が重い、必死に目の前に書かれた看板を凝視する。睡魔が俺の視界を濁すため繊細に読み取ることができない。何かしらの記号が書かれているのに見分けらないが、駐車無料と書かれた言葉を見つける。

無料で停められる休憩所なのだろうか?まあ何事も行動だ。三キロと書かれているから十分もしないで着くことだろう、それまでに俺は耐える。何としてもだ。

身体に奮起を促してアクセルを捻る。ガソリンの心配もしなくてもいい、気合込めていくぞ!

 

 

予想通り十分もしないうちにそこへと辿り着いた。潮の匂いが強く、鼻がむず痒い。睡魔は俺の判断力や冷静力を着実に落としていき、ふらりふらりと陸王を推し進めた。流石にこの状況で操縦するのは難しいと思ったからだ。しかしそれは正しかった。推し進める時に足元がおぼつかなく、力が入らない。例えるなら動力を失った駒のようだ。もしこの状況で乗っていたらきっと事故を起こしていただろう。

 

歩き進めていると見覚えのある記号と看板が存在した。その先を示す先には黒く大きな建物が建てられ、存在感をこれでもかと主張している。

此処が休憩所か偉大なほどに大きいな。此処で一晩を明かすとしよう、さすれば元気に日本中を旅できるはずだ。

趣味の煙草をすら吸う気力を無くした俺は斜辺の坂を上がる。金属質の冷たい音がこの暑い大気を突き刺す。あがった先には薄暗く広い空間に種類豊富の車やバイクが置かれている。

 

「眠い、早く停めよう」

 

むぅ、視界が揺れる。徒労が一気に押し寄せたか、えーと二輪車の場所は……。

首を右往左往に振りながらなんとか場所を発見、運よく駐車場所も空いていた。最後の気力を込めて進み、駐車場所に停める。意味もわからずに前輪を設置された金属の輪で閉めた。カチリと人気のない根暗な場所に小さく鳴った。

 

……寝る。

 

サイドカーの荷物を退かし、座る。いつも寝ている方法だ。

瞼を閉じると心地よく、今まで拒んでいた睡魔が身体の中に塞き止めていたダムの水の如く流れこみ、俺を夢の中へと誘った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「んぁ? ……眠い」

 

俺はモーターのような駆動音に起こされる。別に障害にもならなかったから恐らくは普通に起床したのだろう。眠気眼のままサイドカーから降りる。

身体が痛い、窮屈な場所で寝ていた障害だろうな。しかし、無料の休憩場となっていたが何処だ? 数時間は寝たはずなのに未だに暗所だ。時計を確認するか。

俺は貰ったケータイを開いて電源を入れる。すると画面内の時計が十時を指している。寝たのが二時だったので単純計算では八時間も寝ていたことになる。

 

「取りあえず外に出て煙草でも吸うか」

 

入っていった扉は閉められており開けることができない、したがって俺は他の出口を探すことにした。休憩場はとても広く三十分も歩き回っていたが階段を見つける。そしてその階段を上がっていくと地上に降り立つことができた。

 

「太陽の光が眩しいな、いい目覚めだ」

 

煙草を口に咥えながら散策を始めた。何処か飲食店で朝食を食べようとして歩き始めると、米国式の店が羅列していることに気がついた。

何故和食がない、うどんや定食屋は何処だ?

俺は何処もかしこも洋食や米国式の飲食店で居心地が悪くやや苛立ちを感じている。純日本人として生きていた身には環境が合わないのだ。もうおにぎりでもいいから売っていないだろうか……。

 

一時間後、ようやくコンビニという売店を見つけたのでおにぎりを購入した。にしてもサンダース大学付属高校学園艦店と制服に書かれていたがなんだろうか。名前長い上に艦だと?まさか船の上か?いやこんなに大きいはずがない……

 

 

 

まほが通っているのは黒森峰の学園艦、つまりは……

 

「今甲板にいるのかああああ!!」

 

学園艦の船に響き渡る。幸いにも人は周辺には居なかったため気にかけられることはなかった。

いやいやいや、流石に待てよ。もしかしたらまだ海上には出ていないはずだ。そうだ、きっと停泊中なのだろう。

丁度看板系の地図が設置されていたので現在地を確認する。

えーと、此処から近くに展望台か。すぐに降りるために陸王でも持っていこう、盗まれたらたまったものではないからな。

かくして冒頭のやり取りになるわけであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうしようどうしよう、今船とかいつ寄港するんだよ。陸地に帰りたいし船は怖い」

 

船に関わる嫌な思い出で輸送船がアメリカの潜水艦に沈められまくったため物資が届かなかったという経験をしてきたため、かなり船に対して恐怖感を覚えていた。特に艦砲射撃をされた時が一番である。

もうやだ早く帰りたい、本土に帰って地に足をつけたい。

半ば脱力状態になりベンチでだらりと寝転がる。日光が身体前進に降り注ぎ、いい日光浴だ。煙草の吸殻を灰皿で擦る。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「あ?」

 

俺の顔を覗くように女子が見つめていた。制服で金髪の長髪が特徴である。

 

「ほら熱中症とかにはなっていませんですか?」

「心配は不要、昔から身体が強くてな」

「そう、安心した」

「……邪魔になったら申し訳ない。すぐさま何処かへいこう」

「い、いえそんなことは!!」

「そういやその制服、ひょっとしてサンダース大学付属高校の生徒さんか?」

「そうです。中等部ですが」

 

学園艦は一つの学園を中心に造船されたからな、まほが通っている黒森峰で知った。だが彼女は中等部の生徒だろうか、胸やら尻が年相応には大きい気がするが……。

脳内でとんでもないセクハラをする俺に気づくはずもなく、会話は進んでいく。

 

「いつこの船は寄港する」

「うーん、暫くですかね。一か月後とか」

「一か月!? 遠いな」

「急ぎの用でしたか?」

「いや、地に足をつけたいだけだ。昔から船は苦手でな」

「なんでです?」

「戦場に身を置いたからその際に輸送船が沈んで物資が足りなかったりで散々な目に遭ってるからだ」

「た、大変ですね」

「そうだ。ったく陸軍は陸軍の輸送進路なら無事だったのに……」

「?」

「すまんすまん、自分の世界に入ってしまった」

 

今ごちゃごちゃ言っても仕方ないか、取りあえず今日寝れる場所を探そう。学園艦は警備が厳しいからバレないようにしなくては、いや待てよ。もしかしたら留置所の方が安全ではないか?

 

「そうだ! そういや私の名前を言ってなかったですね。私はケイよ」

「ケイか、米国でも通じる名前だな。俺は伍長、苗字もないから伍長と言え」

「何故伍長ですか?」

「記憶喪失で名前知らないから。だから覚えていた階級を名前代わりに」

「壮絶過ぎない?」

「そうだろうな」

 

けどあの乱世の時代なら俺みたいな人間は少なからずはいる。何とも言えないな。

ベンチから体を起こし、紫煙が彼女に向かわないように煙草を吸う。受動喫煙という言葉があるからそれを配慮しなければならない、世知辛くも正論よ。別に悪影響を与えなければいいので風向きを注意すればいいのだけだ。

 

「なあ野宿できそうな場所はあるか?」

「えっ? 野宿するの?」

「金はなるべく使わない方針でな、いざという時に困る。ちなみに寄港するまでの間だ」

「そうね……」

 

彼女が考えこんで一分が経過したころ、彼女は顔を明るくしながら策を思いついた。

 

「私の家に泊まるのはどうかしら!」

「……馬鹿か!」

「何で!?」

「年頃の娘がそうやすやすと赤の他人、しかも異性を泊めるんじゃない! 襲われても知らないぞ!」

「Oh、伍長襲う気だったの!?」

「阿保を抜かせ! 俺は何でひよっこのお前を犯さないといけないんだ! 胸と尻がまだ足らない!」

「とんでもないセクハラね!」

「お前がさせたんだろうが……」

 

天然かわざとかは知らないが振り回されて早速疲れた。やや息が切れている、やっぱり運動量増やすか。それと出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んで欲しい。しほ殿みたいな感じで人妻であるのが残念だ。あいにく俺は寝取るということはできない、家庭を壊したくはない。

 

「なら大丈夫ね! だってその言いぶりだと興味なさげだし」

「まあそうだが、そうなのだが……」

 

…今の発言はもしかすると墓穴掘ったか? 性的な目で彼女を見ることはできないし大丈夫だろう、絶対。けど警備が厳しいから間違いなく一度は留置所送りだな。下手すると経歴で残りそう、てか戸籍ないから不法滞在になるな。

……ここは彼女の案に乗るべきか。

 

「わかった。だがこのことは他言無言、バレたら俺が社会的に死ぬ、幾ら大手の家が守ってくれても被害は免れない。だから決して、決して言うなよ!」

「わ、わかってるわよ」

 

凄まじい俺の剣幕に押されて若干引き気味になっている彼女、本当に約束を守ってもらいたい。そうでなければ社会的に大打撃を受けるし西住流に迷惑をかけられん。

 

「それと家事は洗濯以外は全て俺が受け持つ」

「Why?」

「なるべく日本語で喋ってくれ英語はわからん。それは年頃の娘の下着など洗えるか、それに嫌だろ男の下着と一緒に洗わられるのは」

「いや別に気には……」

「兎に角それは無理だ。それと料理には慣れているから朝と夜は任せろ、腕は普通だ。昼は言えば作ってやる」

「結構庶民的ね、てか何故昼は申告制?」

「同期と同じもの食いたいだろうと察してな」

「意外と繊細なのね」

「知らん」

 

かくしてケイと俺の同居生活が始まった。

ちなみに彼女の部屋はかなり散らかっていて、足の踏み場が存在しなかったため即急に掃除を開始した。

その際、下着が散乱していたため俺のお説教が二十分続いくはめとなる。

 



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学園祭体験

お気に入りが投稿した日に六十近く来て草。
UAが千を超えるとはたまげたなぁ、それと日刊ランキング三十二位になりました。ありがとナス!


 

夕日が窓辺に差し込み木材で作られた窓枠が色彩を明るくする。カラスが鳴きつつ、中学校の下校時間を示す鐘が街中に鳴り響く。そして鐘を聴いた子供たちは遊び相手に別れを告げている。

 

俺は煙草を台所で吸いむ、此処なら換気扇を回せば室内に煙がたち込めることはないからである。ケイの家はアパートなので近隣住民とは仲良く接していかないと駄目だ。煙が隣室に向かって苦情を言われたら俺だけではなく彼女の印象も悪くなるからだ。

それに成人していない娘が喫煙をしていたとなると学校の規則に基づき退学しなければならない、自分の行いで恩人である彼女の名誉や将来を台無しにはしたくない。

 

さて、飯を作るか

俺にも多少の料理に心得を持っている。本来料理は女性の仕事だと前世で認知されていたがこのご時世違うらしい、なので俺が毎度腕を奮って彼女に飯を作っている。居候だから家事ぐらいは任せてほしい。

幸いにも器具の使い方はしほ殿に指南を受けたのである程度は使える。

 

「よし、店で安く購入した食材で作るとするか」

 

ちなみにこう見えて仮就職、俗にいうバイトとやらをしていて運送業の仕分け作業をしている。時給はケイがいない日中かつ休日は土日に決めているのでさしてよくはない、しかし二人分に生活費が増えたのでそれを補うために働き始めたのだ。

 

半透明のビニール袋から食材を取り出して俺は料理を始める。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ただいまー!」

「おかえりだケイ、飯はできている」

「もうちょっとマイルドに言いなよ!」

「英語を混ぜるな、そしてこれが普通だ」

「まあご飯にしましょう、今日はどんなディナー?」

「白米と味噌汁、焼き魚と肉じゃがだ」

「Oh! いつも変わらないじゃない、朝と夜は毎日和食なのは飽きるわよ」

「和食は最高だ。それに昼は洋食を食べたのだろ、和食は健康にいいから食え」

「ちえっ」

 

和食しか俺作れないから仕方がない、明日はライスカレーでも作ってみよう。子供にはお似合いの料理であろう。

てか洋食はしほ殿に食べさせてもらい美味であった。確かに子供が好きになるのだな、特にハンバーグとやらが美味しかった。料理本に作り方が書かれているらしいからそれを参考にするか、彼女も喜ぶだろう。

器用に焼き魚の骨を取り除き白身を食べる。塩が適切に掛かっているので魚の味を引き立たせる。肉じゃがもじゃがいもを箸で摘まむと箸が食い込む程に柔らかかった。俺は柔い方が好みだ。

 

夕食を進めていると唐突に彼女が箸を止め口を開いた。

 

「ふぇふぇごしょう」

「食い終わってから喋れ」

「……ふぅ、ねえねえ伍長」

「何だ」

「来週の土曜日暇かしら?」

「土曜か、まあ暇だ。休日は仕事は取ってない」

「なら私の学校のフェスティバルに来ない?」

「……悪いが英語わからんぞ」

「要するに祭りよ、ま・つ・り!」

 

なるほど祭りか、そういやチラシでサンダース校の学園祭とやらが開くと書かれていたな。サンダース校は広くて有名らしいが、なおかつ金を持っている学校だ。規模は他校とは違うぐらい立派なのなのだろう、面白そうだ。

みほにも伝えて連れてやりたいが此処は学園艦で航海中だし無理か。

 

「いいぞ」

「本当!?」

「男に二言はない」

「じゃあこれあげるわ!」

 

差し出されたのは一枚のチケット用紙、入場券のようなものだ。おおよそこれがないと校内には入れないといったところか、不審者が安易に入ってきたら困るしな。

 

「無くしてもセーフよ、だって門で受付しているから」

「それは防犯にはならない気がするぞ?」

「そうしないと受験生が来れないじゃない」

「むっ、そうだな」

 

じゃあこのチケットの役目は受付の行列を少なくさせるものか。そして贈られたものだから大事に扱わなければ相手に迷惑を被ることとなる。財布に入れるとしよう。

そうだ、ついでにアレも訊いておこう。

 

「喫煙所はあるか」

「そんなのないわよ、仮にも学園よ」

「そ、そうか。喫煙者にはキツイな」

 

まあ察しはついていたが仕方ない、ともかく来週は他所に出かけるからそれ相当の服を着なければ。軍服は駄目らしいからスーツでいいか、万能だし。何気にケイにスーツ姿見せてなかったな、驚いてくれれば嬉しいのだが。

 

「なら約束だから来てね!」

「わかった。今回(・・)の約束こそは果たしてみせよう」

 

 

「その言い方だと破ってきた言い口ね」

 

 

ケイの放った言葉が俺自身の心に深く突き刺さる。彼女は悪意すらも感じられなかったのでワザとではないのは確かだ。だがその言葉は俺を酷く正しく指し示している。ふと一瞬、俺の眼から輝きが消えどす黒い黒に変わる。脳裏にはあの前世の思い出が点滅するかのように姿を表し始めた。

頭痛がする。頭を万力で挟まれたような痛みだ。痛くて苦しい、けど俺がしてきた行為に比べればこんなの序の口だろう。

幸いにも彼女は俺のその変化に気づかなかったらしい、頭を激しく振ることで色を取り戻した。

 

「どうかしたの?」

「別に、なんでもない」

 

張り付いたような笑顔を見せる。彼女には知らなくていい、俺がどんな人間であったのかを。もし真実を知って彼女が襲ってきても俺は抵抗をしない。俺には抵抗する権利はとっくのとうにないのだ。

一人の男は気味が悪い笑みを浮かべながらも二人の夕食は進んでいった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「楽しみだな学園祭」

 

胸に期待を抱きながら普段ケイが通っている通学路を通って学園へ向かう。よく道に迷うため地図と方位磁石を持参した。今回は陸王を停める場所がないと思い運転はせずに来た。服装は灰色のワイシャツに黒のカーディガン、黒字のズボンに革靴と潔癖に仕立てた。実はスーツ系統は二着持っており、西住家に一時的に預けてある。なので昨日宅配で送られたのを受け取った。

 

にしてもみほやまほ元気そうだ。

 

その運送物の中には写真が入れられておりみほの姿とまほの姿が映っていた。きちんと戦車道にも励んでいるまほの写真、こちらに微笑みかけるみほの姿だ。顔も凛となり成長していくさまが伺える。

カーディガンの胸ポケットにいれた煙草を取り出して機嫌よく吸う。己の気分がいいのか煙草の味も自然と美味い。こんな感じは久しぶりだった。

 

 

―――ある晴れた日、小さな花畑彼女はこちらに微笑みかける。突如として風が吹きさらして花弁を散らす。花弁が彼女を舞台の演出の紙吹雪の如く空に舞い、彼女を昇化させた。

俺は心がときめきその幻想的な光景に目を奪われながらも不愛想に煙草を吸いこんだ。彼女に惚れている様子を見せたくはないからであろう。その時も自然と煙草が至極美味かった。

 

 

「……変な思い出だ。煙草が―――――湿気ってしまう」

 

思い出を踏みにじるように取りだした携帯用の灰皿にまだ吸いかけの煙草を嫌という程押し込んだ。煙草は内部の葉をまき散らしながら底に溜まっていく。

苦しみに悶える表情を堪えきれず暫しの間、苦悶に満ちた顔立ちのままただひたすらに道を歩いていった。

 

 

十分も歩くと門が見えてきた。大きな門の周りには装飾がされており開催数を知らせる看板が門に掛けられており、その門の隅では行列ができて忙しなく受付係は紙を書く。あいにく俺は入場券を持ち合わせているためこの長蛇の行列に関わらなくてもいい。

 

「すみません、チケットを拝見させてくれませんか」

 

門に入ると係員らしき生徒から声を掛けられる。財布から入場券を取り出し彼女に提示した。すると協力に感謝されて何処かへ行ってしまわれた。大変だな、と同情する。

校内では生徒たちがクラスごとで店を開き、俺が知らないような名前の商品を商売している。全てがカタカナかつ横文字なので未だ慣れないままだ。

にしてもケイは何処で店を開いているのだろうか、少しばかり訊いてみるとするか。

 

「そこのお嬢さん、ちょいとばかし訊きたいことがあるのだが今は平気か?」

「お、お嬢さん!? は、はい構いませんが!」

 

普通聞かないような掛け声に驚いている様子の少女、俺は気にせずに語りだす。

 

「一年生のケイという少女の店は知っているか?」

「ケ、ケイのクラスは校舎の一階にありますよ」

「そうか。感謝する」

 

俺は一階へと歩みを進めた。行く途中で女子生徒からの注目を何故か浴びながらも気にせずに進む。

……所々にある店で商品を食べ歩きながらな。

 

 

「何だこれ」

 

俺はケイの教室へと辿り着いたがあまりに異質な雰囲気だったため驚いた。入り口の看板にはメイド喫茶と書かれている。人の列はなく、すんなりと入室できるのがわかった。だがこういうのに不慣れな俺は入ることができずに戸惑っていた。

……メイドか、娼婦館で小倉がよくメイドのご奉仕とやらを選択していたな。だけど俺は小倉ではない、これは確実にわかることだ。どうすればいいものか、入りずらいぞコレは。

 

「スーツ姿の男性を捜しに行くわ!」

「うおっ!?」

 

入り口周辺で狼狽えている俺の目の前に突如ケイが飛び出してきた。唐突すぎて驚嘆の声をあげる。

彼女の姿はメイド服でよく似合っていた。

 

「あっ、伍長じゃない。来てたんだ」

「そうだ。約束は守ったぞ」

「そういやスーツ姿の男性って見なかったかしら?」

「道中見とらんぞ」

「……もしかして伍長がスーツ姿の男性?」

「訊いてどうする」

「取りあえず入店しなさい! ハリー!」

「ま、待つんだ。心の準備が!!」

 

ケイに強引に手を引かれて入店してしまう俺、中では桃色が大半を占めたなんとも洋風な喫茶があった。

彼女と同じ服を着た女子生徒が何人もおり、小倉が居れば歓喜間違いなしであっただろう。

 

「「「「いらっしゃいませご主人様!!」」」」

「早く席に着きなさい伍長ご主人様」

「…覚悟を決めた。やり遂げる」

 

俺は設営された席に座る。流石に教室で使われる机と椅子ではあるものも机掛けが黒白でチェスの盤面みたいなのが掛けられている。

メニューが書かれた冊子を眺め、商品を決めた。するとケイ本人がやってきた。喜々としながら笑顔である。

 

「メニューはどういたしましょうか、伍長ご主人様」

「伍長でいい」

「いえいえ、そういう店なの」

「ならばコーヒーだけで……」

「他には?」」

「いやコーヒーだけで」

「他には」

「だからコーヒーだけだと」

「ほ・か・に・は?」

「……お勧めを頼む」

「かしこまりました。萌え萌えパンケーキですね」

「もはやそれで構わん」

「わかりましたー!」

 

なんで押し売りされているんだ俺、よもや悪徳商売じゃないかコレ。てかなんだ萌え萌えパンケーキは、草でも萌ゆる気かこの娘たちは。頼んでしまったから取り消しは不可、渋々受け止めよう。

そして頼んだコーヒーをお盆に置いた少女がこちらに向かってきた。

 

「こちらコーヒーでございます」

「あぁ感謝するお嬢さん」

「し、失礼します!」

 

彼女はコーヒーを持ってきたお盆で顔を隠しながら裏手へと回る。

するとどうだろうか、黄色い声が薄っすらと聞こえてきた。

 

「私お嬢さんと呼ばれちゃったわ!」

「いいないいな!」

「やっぱりあの人ね!」

 

どうやら俺を指し示しているようだ。喜ばれて嬉しいがとても複雑な気持ちである。イギリス兵から歳半端な少女に掛ける言葉はこれだと教わったのだが……。

数分もするとお盆を持ったケイが運びに来た。パンケーキは五枚のパンケーキが敷かれて上にはクリームやアイス、チョコがある豪華な仕様だ。

 

「Hey! 萌え萌えパンケーキよ!」

「あ、あぁ」

「にしてもご主人様はあんな言葉を掛けるなんて……」

「人から教えてもらったんだ。勘違いするなケイ」

「私にも言ってもいいのよ、お嬢さんと」

「一緒に住んでるお前に言ってたまるものか」

「ケチ」

「はっ、言っとけ言っとけ」

「こういう場所初めてなくせに」

 

口を尖らせる彼女にやや腹だったので反撃に出るとしよう。

 

「そうだ、だがもっと過激な場所に俺は行ったことあるんだ」

「へっ!?」

 

小声でからかいの意味を込めた言葉に反応して彼女は顔を赤らめる。耳まで赤らめてリンゴのようだった。こういう態度で向かってくるが精神はまだまだ子供らしい。

ふっ、大人を出し抜こうなんざ早いぞ、こちとらもう童貞ではないのでな。

 

「あっはっは!! 大人だからな、精神も身体も全てがな」

「ひ、卑怯な!」

「それよりどうだこの恰好、なかなか様になっているだろう」

「た、確かにカッコいいわ……」

 

悪いが俺は最近流行りの鈍感男子ではないからな、自慢ではないがこう見えて娼婦の受けがいいから指名した娼婦が化粧を直すことは多々あった。おまけに指名した娼婦がきちんと来ることもあった。ちなみに小倉は最長二時間待ったが知らなかったことにしよう。

 

三十分後、甘ったるいパンケーキを食らい終えて勘定をした。あのパンケーキが千円とは軽くぼったくりな気がするが気にしないでおこう。だけど甘いものは暫くの間食べたくはない、口にしたくはない程に満足した。強制的にだが。

 

「またのご来店お待ちしてまーす」

「美味かったぞ、嫌という程な」

 

その後俺は学園祭を周り満足することができた。今日はライスカレーにしようと商店街に寄ったらいつものおばちゃんがサービスをしてくれた。嬉しい限りである、親には感謝しよう。

だけどイギリス兵、お前変なことを教えた罰としていつか殴り倒す、と胸に決めて帰路についた。

 




肉じゃがはしほ殿に教えてもらいました。
それと伍長は童貞ではない上、頼れる兄貴的なポジションです。
忠犬かつ兄貴とは一体(困惑)


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放浪少女

たいてい各学園の話は二話で終わります。


拝啓、天国の軍人諸君

俺は現在何処へと向かっていると思う。イタリア兵にアメリカ兵に告げるが決して遊園地などではない。俺は今石川県に向かっている最中だ。

これには理由があってまず一つ目は刀の購入である。昔から石川県は加賀藩の土地であり鍛冶が栄えていたところだ。そこで代々続く鍛冶屋か刀剣買取屋があると聞きつけたからである。

 

二つ目は陸王の整備である。結構な距離を走行したため整備が必要であった。こういうことはドイツ兵に聞け、そしてこの世界では戦車道という競技が普及しているので大戦中の兵器などの部品が一般的に売られているという。だから俺は陸王の部品があると聞きつけ石川県へと進んでいるのだ。

 

三つめはフグを食べたいからで、何故だか知らないが卵巣を糠漬けして数年経過すると食べられるという、ちなみにフグは毒を持っているから基本は食えないからだ。息抜きにはちょうどいいだろう。

 

では諸君、さらばだ。フグには当たらないように気を付ける。

 

 

「やることがない……」

 

俺は学園艦もといケイの元を去った。ケイが去り際に必死に止めてきたが本来の約束は寄港するまでの一か月同居するという内容だったので俺は逆に説得して去った。陸王で走らせているときに涙腺が緩んだのは秘密だ。

しかし、寄港先が鳥取県でテレビの宣伝の影響で無性にフグの糠漬けが食べたくなった。高速道路に乗ってから俺の胸は高鳴り期待していたが、流石に一日も乗っていたら退屈で堪らなかった。最近の二輪車は音楽が流せるらしく、すれ違う二輪車から音楽が聴こえてきて羨ましく思えた。当然大戦中に生まれたこの機体にはついていないから仕方がないことである。

 

うぬぅ、流石に暇だ。片手で携帯電話を弄るのは法律違反だし、なにせ俺は半分も扱いきれてないからあまり楽しめはしないだろう。煙草ももう切れてしまって水筒も空だ。

何か暇を紛らわせてかつ便利なものは……

 

暫しの間、移り変わる風景の中で考え込んだ。すると不意に行先など記載されている看板を通り抜けた瞬間、ある考えが浮かび上がった。

 

「そうだ! 下道を通ろう!」

 

浮かび上がったのは下道を通ること。実際コンビニが何件もあるため便利、それに風景が多種多様に移り変わるため暇を紛らわせるのには効果的であった。

看板が一つすれ違って気づいたが、どうやらあと一キロで出口らしいな。ではここで一旦降りるとするか、店で煙草を買って紫煙を引きながら運転するのは気持ちいい。

 

俺は出口へと移る道を選択し曲がる。慣れない会計を済まして高速道路外に出ると店が所々に存在し、活気こそはないものも目新しく感じた。

 

「やはり俺はこっちの方が合ってるな」

 

小声で俺は呟きながらアクセルを回す。下道は高速とは違って目的地に着く時間が遅くなる。しかし、便利な世に降り立った兵士にとって普通であった。むしろ早く感じるほどで、俺の世界には列車やトラック、船ぐらいしか存在しない。しかも壊れやすかったりダイヤルが狂いやすかったために慣れていた。

 

ここで、偶然的な出会いを果たした。

 

「ん?何だアレ?」

 

俺よりもずっと前に何か看板が立てられているようにも見える。遠くであまり見えないが看板が通常よりも高く、何か不自然に思えた。距離が近づくにつれて俺の視力で確認することができた。

 

少女だ、しかもまほと同じぐらいの年齢だと推測できる。頭に変な帽子を被り全体的に青い服を着た長髪の娘がこちらに紙で書かれたのを見せびらかしてくるので、俺はジッと凝視する。すると紙には、乗車させてくださいと書かれている。足元には大きな袋が置かれている。

一瞬俺は彼女を怪しむが、よくよく考えると実戦経験がある軍人ならばあんな少女が奇襲を仕掛けて来ても平気なのではと感じとった。

 

にしても何故こんな所で乗車を希望するのだろうか、けど一応は乗せてやるか、丁度話し相手が欲しかったところだ。今までずっと独り言ばかり喋っていたしな。

俺は彼女の前で陸王を停車させ、航空眼鏡を上にあげて口を開けて問いただす。

 

「貴様、一体どうしたんだ」

「どうも昔ながらのバイクに乗っているおじさん」

「おじさんではないぞ、まだ二十代だ」

「二十代とあやふやにするのはよくないことさ」

「二十四だ。肝に銘じろ」

 

謎の雰囲気でこちらがややそっちの流れに乗られている気がするのは気のせいだろうか。まあいい、さっさと本題に入るとするか。

 

「で、何故乗車を希望する」

「うーんそれはね、風に着いていったら此処に辿り着いたのさ」

「はあ?」

 

何だこの娘、風に着いていってここまでっておかしすぎないか? もしかして家出少女なのかもしれん、全く取りあえずは住所訪ねて交番に届けるか俺が送り届けるかだな。

 

「まあ家出ことか、家は何処だ」

「家か、そうだね。私の家は継続学園という学園艦だ」

「ま、また学園艦か……」

「どうしたんだい?」

「いや、なんでもないけど……」

 

はぁ、どうして学園艦に関わることが起きるのだ。俺は学園艦に呪われているのか!?けどどうしてこの陸地に居るのだろうか、生徒なら普通、沿岸部の都市で買い物とかで遊ぶのが普通というのにな。お世辞にも此処は街とも言えない、むしろ寂れているが。

 

「その顔は何故この辺鄙な場所に居るのか、と問いただしたい顔だね」

「勝手に人の心を読むな、まあ理由を聞こう」

「それはね、風に運ばれたのさ」

「着いていったのか、それとも流れたのかどっちだよ」

「風は姿のないモノ、どちらも合っているだろう」

「説明には適切ではないぞ」

「まあいいじゃないか」

 

駄目だこの娘、俺の苦手なタイプだ。しかもこの娘が言っていることがおかしい、風とはなんだよ誰か教えてくれ。…いや案外イタリア兵とか飛行士だから知っているかも。

 

「名乗りのが遅れたね、ミカ。まだ十三歳程度だっけ」

「忘れるな年齢を、俺は伍長」

「とても変わった名前だね、あだ名かい?」

「記憶喪失だ。名前は知らないが階級は覚えている。にしてもどうやって此処まで来た?」

 

どう見てもこの辺りに学校がないからな、過疎化が進んでいるに違いない。それなのに学校のジャージぽい服を着こんでいるのはおかしい。

こんな少女がわざわざ歩いてきたにも思えない。

 

「こうやって乗車に乗車を重ねて私は此処に来たのさ、まだ一般道で乗り物を乗りこなせないからね」

「そうか、スゴイな」

「結果は何も得れなかったようにも思えたが実際そうであった」

「そうか、残念だな」

「そしてこの行動に意味はあるのかと言えばなかった」

「そうか」

「本題に入ると学園艦があと三日で港を去る」

「そうか」

 

 

「はあっ!?」

 

唐突な告白に驚愕しえなかった。

風を追いかけて此処まで来たくせに何も得れずにその上あと二日で学園艦が去るとはなんとも馬鹿な話だ。おそらく乗車を求めたのは帰りたいのだろう。で、この流れだと……

 

「ということで学園艦まで連れて行ってくれ」

「じゃあな嬢ちゃん、俺は行くから」

「その行為に意味はあるのかい?」

「お前が帰れなくなる、それだけのことだ」

 

アクセルを小刻みに回してエンジンを吹かす。陸王はリズムよく排気していく。航空眼鏡を顔に装着してその場から立ち去ろうとした。

 

「君は乱雑な風だ。決してすがすがしい疾風ではない」

「当たり前だ。軍人上がりだぞこちとら、清い風であるものか」

「へぇ、けどそれもいい。隣の席を借りるよ」

「…好きにしろ」

 

彼女は俺の荷物をどかして着席した。どかされた荷物から俺はもう一つの鉄兜を取り出した。俺のとは違ってちゃんとヘルメットに風防が取り付けられている物だ。これはケイから贈られたもので売り上げに貢献したそのお返しだという。特に俺は協力はしていなかったがまあどうでもよかった。

 

変わった娘だ。ここまでの女は風俗でもそしてあの()とは違う。自由奔放という言葉がまさに合っていると言えている。幼かったみほとは違い、落ち着きこそはあるが自己中心的という点においては群を抜く程である。

だが、この娘の眼光は西住家のしほ殿に酷似する。

座席に着いてからただ何事も考えていないような顔であるがこちらを注意深く観察している。長く戦っていた俺は気づくが彼女は俺が危険な人物か否かを見極めていると思える。

 

「こちらを見続けるな。そして安心しろ、俺はお前に何もしない」

「……へぇ、お兄さんは私が危険人物かどうかを見定めているとよくわかったね」

「ふっ、伊達に戦争に赴いていない」

「やはりお兄さんは面白そうだ。そして襲おうとする勇気すらもなさそうだ」

「勇気がないのではない、お前はまだ好みではないのだ」

「そうか、それは残念だ」

 

何度も言うが俺は締まるところが締まり出ているところは出た女性が好みだ。確かに年相応の娘にしては体つきはいいだろう。だがまだまだ幼く尻の青いひよこだ。本当にしほ殿は好みなのだが人妻であるから手を出してはいけない、学園艦には風俗がないからツラかった。流石に部屋を与えられたとしても一つ屋根の下、ケイの家で淫らなことはできない、悪影響を及ぼすからな。

……石川県に着いたら風俗探すか。

 

「さあ行こうか、旅の意味を見つけよう」

「そうだな、この旅の意味を見つけることとしよう」

 

さっさとこの不思議奔走娘を学園艦まで送ってゆっくり刀剣やフグを食らいながら風俗でも探すことにしよう。きっと彼女の寄港先も近いことだろう。

 

「ちなみに貴様の学園艦は何処に寄港している」

「石川県」

「……マジか」

 

まさか目的地が彼女と一緒とは、ずっと気苦労が絶えないな。くそっ、煙草が吸いたい。

こうして風を追う少女と敵を追う兵士は旅を始めた。その道中では主に彼女が原因の問題事が起きることとなるとは誰も思っても、いやわかりきっていた。特に俺は。

 




語調は


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親子丼を食べて帰れ

「伍長、私はお腹が空いたよ」

「……さっき食べただろう」

「食べていないじゃないか、ずっと乗りっぱなしなのだから」

「あいにく俺は腹が空いていない。諦めるんだな」

「困ったな、私は丸一日食べていないんだ」

 

陸王に乗せてかれこれ三時間経過した。今までずっと独りだった影響か、他愛のない会話が案外楽しく、彼女の本質とやらが見えてきた。

彼女は俗に言う吟遊詩人らしく、自分が思うがままに生き旅をするのを好む性質だ。しかしその本質こそが彼女に広い視野を与えたと踏んでいる。話してみるとわかることだが彼女と話しているとこちらも見透かそうという言動があるからだ。俺はわざと不愛想な返事や最小限の応えをすることで回避しているが、気が緩むとつい口を滑らしてしまいそうである。

 

にしてもミカめ、丸一日食事を摂っていないという嘘を用いて俺に奢らそうとしているな。……まあ別にそのぐらいはいいが、てか彼女といると猛烈に疲れるから早く帰したい。

 

「…わかった。飯屋でも探すか」

「私はボリュームが多いのがいいな」

「確かにそれもいいな、うどんが食いたい」

「それよりも私はどんぶりがいい、うどんはカップ麺で飽きてしまったからね」

「お前はどんな生活を送っていた? 仮にも生徒だろう」

 

生徒ならば学校側が奨学金やら親が仕送りをしてくれるはずだ。それなのに何故だ?

 

「興味が出たものに注ぎ込んでいるからさ、代表例としてはカンテレとかだね」

「カンテレとは何だ。カステラか?」

「音楽を聴くことができず、ただ食べることにしか興味がないのかい?」

「辛辣だな! けど音楽などはラジオで聴いていた」

 

よく宿舎のラジオにへばり付いて音楽を聴いていた。ほぼ軍歌とかであったが娯楽の少ない当時は楽しめたものだ。今でもラジオを聴いているが、英語やらが混じりに混じっていて理解できん。それにそのカンテレというあからさまに横文字の単語は知らんしな。

 

「カンテレは弦楽器でフィンランドの楽器の一つさ」

「フィンランド、あぁ北欧のところか」

「そう、そして対ソ連軍との戦闘には強い国だよ」

 

そう言ってミカは不敵な笑みを浮かべる。何故だかはわからないが背筋がゾクリと凍るような雰囲気を醸し出しており、例えるなら同時に正面から戦って何とか勝利を得られるが、かつてない程に悲惨な目に遭うという結果が目に見えていた。

……笑顔に含まれている意思がひしひしと伝わってくるな、けど何故にソ連という単語に反応したのだろうか。不思議な娘だ。

 

「別に俺は音楽は嗜む程度だ。弾くことも吹くこともできない、たいていそういうのは音楽隊の仕事だ」

「音楽はいいものだ。だって自分が弾いた音楽が風に乗って流されていくのだからね」

「そうか」

 

ぶっきらぼうに返答し陸王は進んでいく、彼女の不思議さには追いつけてはいけないものである。松本元外交官が言っていた言葉を借りうるならば「欧州情勢複雑怪奇」といったところか。だが確かにそうおっしゃるのも仕方がないことだ。不可侵を破ってドイツがソ連を攻めうるとは俺より断然博識な彼でも想定できなかったからな。

 

「あっ、今看板で店が記載されていたよ」

「何屋だった?」

「丼系統の店」

「よかったな、お前の望むボリュームのある料理が食えるぞ」

「お腹空いた分しっかり食べるとするよ」

「食っとけ食っとけ、けど食い終わったら寄り道せず帰るぞ」

「優しいね伍長は、ついさっきまでは諦めろと言っていたくせに」

「……心を読むな。あとおとなしくしていろ、舌を噛むぞ」

 

俺の心を読心した彼女はくすりと笑っており、俺はため息をつく。

どうしてこうも心を読まれるのだろうか。てかミカの奴め、全くと言っていいほどに掴みどころもないな。しかしまあ何だ、飯を食っていないと言われれば渋々了承するしかなかろう。確かに空腹のツラさは俺だって理解している。……にしても丼か、美味しそうだ。

丼に胸を躍らせながら二人を陸王は店へと赴き駆けていった。

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

俺らはミカが提案した店に入店した。店の全体像は年期が入りやや古びた印象があるも、店内に入ると中は改装されている。壁には木に書かれた幾つかの料理一覧が掛けられ、一目で確認できるようになっている。

店主は頭が禿げた人物で、鉢巻きを巻いている。店内に響き渡るような掛けえ声を俺らに向けられた。客は一人もおらず何処の席でも構わないようで、俺らはカウンター席に着席する。

 

「いいお店じゃないか、外観は古臭いが内装は真新しいギャップがいい」

「侮辱と捉えられるからやめてくれ! すまない。こういう娘なんだ」

「ダハハッ! 気にするな若造! 俺もこんなお嬢ちゃんに褒められちゃあ赤くなっちまう!」

「それはもうタコのように?」

「そうさ! けどタコが入っちまったら、丼は丼でも海鮮丼だな!」

「すみません本当にすみません!」

 

俺は彼女の失言について謝罪の意味を込めて机に猛烈な勢いで頭を打ち付ける。

ミカの奴なんて失礼なことを言っているんだ! そして店主の方もタコの比喩を肯定するんじゃない、こちとら案外笑いを堪えるのに必死なんだぞ!

よくよく見ると俺の口には力が込められて、一瞬でも気を緩めると笑いという溢れんばかりの水がが一気に流れてしまうほどだ。

 

「さ、さあ早く注文するぞ」

 

早く注文して帰させたい、そしてようやくあの状況も収束しただろうし水でも飲んで俺も落ち着こう。

 

「そうだね、じゃあ私は親子丼かな」

「即決だな、以上でいい」

「うん、来るまで考え込んでいたからね」

「だからあんなに静かだったのか……」

「それとも何だい? 隣で喘げばよかったかい」

「ぶっ!?」

 

唐突に吐き出された言葉に思わず水を吹き出してしまいそうな俺であったが、かろうじて無理して水を飲みこみ、難を逃れたが水が気管に入り思わずせき込む。

い、いきなり喘ぎだすとか言い出すこの娘は本当に大丈夫なのか!? もしかして俺の評価を地に落とそうとしているのだろうか、このままでは俺通報されてしまうのだが!!

 

「わ、若いのお前……」

「違うからな店主! こいつの戯言だ!」

「彼はそんな時におとなしくしろと言っていたよね」

「わ、若いの……」

「半分真実を混ぜるんじゃない! 店主違うからな、騙されるなよ!」

「……通報した方がいいか?」

 

店主は固定電話に手を伸ばしていつでも電話を掛けられるようにしていた。もしもこのままにしていたら俺は間違いなく通報されることになるだろう。何としてでも止めなくては社会的に厄介だ。

俺は彼に汗をかきながらも必死の弁明を行う。

 

「いいか、まずこいつとの出会いは道路で拾ってくださいと言わんばかりの瞳でジッと見ていたから仕方なく拾い、サイドカーに乗せて学園艦まで送ることとなったんだ。そして腹が空いたと言ったからこの店に来た。これが正真正銘の経緯で嘘偽りもない!」

「すごい早口で捲し立てたね」

「お前は黙ってもらえるか!?」

 

必死の弁解だったためどうしても早口で捲し立てるように話してしまった。少しばかり恥ずかしい、そして店主の反応は……

 

「お、おう。俺は信じるとするぜ」

 

どうやら必死の弁解は相手に通じてくれたようだ。やや引かれてしまっても致し方がない犠牲だと割り切ろう、別に悲しくなんてない。きっと……

店主は厨房へと去ってしまい、此処には俺とミカしかいなかった。ミカは明後日の方向へ目を向けて何かを考えているようにも見えた。しかしそう見えていただけであって、本当は何も考えていないのではと思える。

俺はというと携帯を使って電文の確認をしていた。まほやみほは一週間に一度電文を送ってくれて、しかも一週間で起きた内容を書き記している。流石姉妹だ。

そして一日一度送ってくるのはケイで、どうでもいいようなことを連絡してくるため飽きずにいる。ちなみに全ての電文を適当に返している。まあ携帯電話に慣れないのも関係したり、毎度返すたびに何を書けばいいのかがわからなかったからだ。

 

「……煙草を吸いたい」

 

がそごそと胸元を探っていたら一本のグシャグシャとなった煙草が見つかった。幸いにも百円ライターを持ち合わせている。ここ数時間吸っていなかったため生活の一環となった煙草が恋しかった。

 

「吸えばいいじゃないか、丁度よく灰皿がある」

「馬鹿言え、俺は子供の前では喫煙しないんだ。そのぐらいの配慮はする」

「へぇー、存外だね。私はこう見えて中学生なんだけど」

「まだまだ尻の青い子供だろ、結婚できる歳になってから言え」

「なら結婚できる歳ならいいんだ」

「まあな、迷惑にならない程度に吸ってやろう」

 

二カリと俺は微笑を浮かべながらミカへと返し、胸元に取り出したはずの煙草を戻す。やれやれ、彼女は大人らしく振舞っているようにも見えてまだ幼い子供なんだ。そんな愚行をするわけないだろ、それにあれだ。俺の好みな豊満な身体が好みだしな。ちなみに西住殿が結婚しなければ……あれ? 毎度言っているな。

 

「楽しみに待っていてほしいね」

「はいはい、わかっているさ」

「お待ちどう、親子丼二つだ!」

 

厨房から店主が出てきた。両手には親子丼が二つ持っており、一瞬他にも客が居るのではと思い、辺りを見渡すも俺ら以外誰もいない。

 

「一つしか頼んでいないのだが」

「いいんだよ、折角だから食っとけ」

「て、店主いいのか? 俺一つ分しか払わないぞ?」

「だから気にするな、お前らを見ていると奥さんの顔を思い出してな」

「奥さんだと?」

「そうさ、若くして亡くなってしまって子供は出来なかった」

「それはお悔やみ申し上げる」

 

この店にもそんな過去があるのか、相手には申し訳ないが同情する。

人が亡くなるのはツラいものだよな。

 

「……だけどな、なんかお前ら見ていると騒がしい兄妹みたいなやり取りで心温まったんだよ。此処は客足が悪いけどもう少し続けていきたいと思うぜ」

「店主…」

「へへっ、湿っぽい話を長々しちまったな。さあ食え、俺の特製だ!」

「じゃあいただこうか」

「そうだな、ほかほかで美味そうだ」

 

机から割り箸を取り出して二本に割る。そして利き手に箸を持ち、丼ぶりを押さえた。

香ばしい匂いは食をそそられ、涎が口内に湧いてくる。

 

「いただきます!」

「いただきます」

 

俺は勢いよく親子丼に手を伸ばし、一気に米を掻き込んだ。のどに米がつまりそうになるも無視して掻き込み、下に親子丼の味を伝達していく。

その様子を見て店主は満面の笑みを浮かべながら俺に訊いてきた。

 

「どうだ味は」

 

 

ここまでしてくれた好待遇に感謝の念を込めて正直に言うこととしよう。それが彼に対する最大限の行動だろう。

米粒を店主に向けた状態で口を開いた。

 

「あんまり美味しくない!!」

「やっぱ金払え!」

 

率直な批判を言われても店主は笑いながら答えた。

親子丼の匂いとともに何かしら温かい温もりが店外へと漏れ出した。

 




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ちなみにこの飯屋の改装は店主が自らしており、前職は大工です。


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パスタ・パスタ・パスタ!

アンチョビのエピソードの構成を考えているうちに時が経過してしまったとは言えない。
忠告として今回結構ご都合ですみません。


拝啓、天国の軍人諸君

最近手紙を出さなかったことについてのお咎めは無しとしよう、謎の道化師と雨天の際に遭遇して長期戦を繰り広げたのだ。嘘みたいなことだが事実、信じろ。

俺は現在、学園艦と呼ばれる艦船に乗り込んでいる。

以前にも説明したが艦船全体が大きく、街が構成されており、娯楽などは豊富で街全体が栄えている。

 

しかし此処は仮にも学園の所有物、風俗など生徒に悪影響を及ぼす施設は存在しない。規則で厳しく取り締められているからだ。ちなみに酒などの接待をする施設はあるが、それは規則にやや反するモノだ。……まあ人間だから仕方がないことなのだろう。

 

この学園艦はイタリア兵の産まれ故郷であるイタリアそのものであり、街並みは観光本とそっくりそのままに造られていた。

そして目的は、美味いモノを食いにやってきたのだ。

ではお前らの代わりに存分に楽しむとしよう、さらばだ。

 

 

 

「ほう、とても明るい街だな」

 

陸王を走らせながら街を見渡すと洋風の建物が並び、イタリアの国旗が海風にはためいている。通り過ぎる生徒は白地のシャツにどんぐりの頭のような帽子を被っている。

服装や言動を見るからにまほの学園とは違い、明るく自由な学校であると窺える。

 

そして面白いことに、此処では煙草の他に葉巻もコンビニで販売しているのだ。

それと同時にワインが酒類の場所の大半を占め、ビールや日本酒が心狭いをしている風にも思えた。流石はイタリア風の学校である。

 

だが、流石にこんな真昼間から酒を飲むわけにもいかない。陸王を運転しているため飲酒運転は法律で禁止されている。元より俺は故意以外で人を殺したくはない、最もそれがまほと同世代の子供なら尚更である。

 

 

「むっ、鐘の音か」

 

街を散策していると不意に鐘が艦全体に響き渡り、鐘の音に驚いた海鳥が一斉に飛び立つ、何の鐘かと辺りを見渡すと、洋風の時計が設置されており、自国を確認すると丁度十二時を指し示していた。そろそろ昼食の頃合いで鐘はそれを伝えたのだろう。

外食はミカと一緒に飯屋に行ったきりであり、殆どがコンビニで賄っていた。たまには外食をするのもいいだろう、人間息抜きが必要であるからな。

 

陸王を指定の駐車場所に停めて、街を歩きだす。昼時とあってか女学生が喜々として店に走りこんだりベンチで昼食を取っている姿が見受けられる。さて、飯は何を食うべきだろうか、いかんせん俺はこういう飯については疎いのだがな。こういうことになるのならイタリア兵に事前に料理について聞けばよかった。

 

ふらりふらりと放浪しているとトマトの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、脳に電流が走り抜ける。

……あぁ、猛烈に美味そうな匂いがするな、嗅いだだけで涎が垂れてしまうほどだ。…よし決めた、ここで飯を食うことにしよう。きっと当たりの店に違いない、だって俺の感覚がそう言っているのだから。

俺は匂いに誘われて、店へと赴いた。

 

 

「ほう、此処が匂いの出所だな」

 

行きついた先は、なぽりたんと呼ばれる料理を販売している店であった。厨房ではみほと同じ年齢の黒髪の女子、まほと同じ年齢で髪型が掘削機の先端のような髪型の女子がせっせと接客や料理を受け持っている。しかし、その子供二人で受け持っており、心なしか顔に疲労の色が見えていた。

それでも彼女らは次から次へと来る客に対応をし続ける。

 

列に並んで十分、ようやく俺の注文となった。

 

「はいご注文は何に致しましょう」

「……そうだな、この店のおすすめはないのか?」

「勿論ありますよ。この特製鉄板ナポリタンはどうでしょうか」

 

メニュー本をぺらりと開き、カウンター越しから数ある料理から一つの画像を提示してこちらに見せてきた。その商品は写真を見るだけでわかるほどに美味そうなモノである。店員が勧めてきたモノに外れはない、これを注文するとしよう。

 

「ほう、なかなか美味そうだ。ではこれを頼む」

「わかりました! ペパロニ、ナポリタン一つ注文!」

「はいよー!」

 

鋭利な髪型の少女は厨房で調理している黒髪の女子に頼んだ料理を伝えると、厨房内から包丁で食材を切る音が聴こえ始めた。それにしても俺の後ろには誰もいない、少しばかり雑談しても許されるだろう。

 

「ここは禁煙か?」

「そうですね、此処はうちの生徒も来ますので」

「うちの生徒か、もしかしてアンツィオの生徒なのか」

「まあそうですね」

「にしても何故働く? 勉学に励まないでいいのか?」

「実はこれ部活動の部費稼ぎでして」

「部費稼ぎだと?」

 

聞き慣れぬ言葉に疑問を持つ俺、彼女はその内訳を話し始める。

 

「うちの学校は別に貧乏って訳じゃないんですがね、ちょいと部費が少ないのでこうやって幾つかの部は店を切り盛りして部費稼ぎという訳ですよ」

「大変な世の中だな」

「まあそうなんですよ、しかも私は戦車道の生徒でして多額のお金が必要となるわけで……」

 

自虐風に笑う彼女、しかしあることに気づいた俺はそれに食いついた。

 

「戦車道をしているのか」

「はい、けど一回一回練習するにあたってお金の消費が激しくて……」

「実は俺の親戚、というか知り合いがやっていてな、そういう事情もあるとはな」

「へぇー、ご知り合いも戦車道をしているのですか」

「そうだ。そいつの妹と一緒に剣道を指導した経験があってな、一度戦車の試合を見せて貰ったことがある」

「いつか私らと戦うことがあるかもしれないですね」

「そうだな」

 

彼女は知らなかった。その姉妹というのが西住姉妹だったということを。

そんなことはいざ知れず、注文した料理が出来たらしく、湯気をモクモクとたかすなぽりたんがカウンターに運ばれ、料理の料金をカウンターに置く。

 

「うむ、予想通り美味そうじゃないか」

「そりゃあーそうっすよ、何せアンツィオ伝統の鉄板ナポリタンなんですから!」

 

料理を俺に運び終えると、身長が足りないのか台を使って黒髪の少女がひょっこりと飛び出した。

 

「なら尚更美味いな、ところでこの小さいほうは何歳だ」

「確か十二歳でまだ小学生っす!」

「自分の歳を忘れかけるな。で、お嬢さんは」

「私は中一ですが」

「まんま俺が教えた姉妹と年齢が同じだな。ところでまだ幼い二人で店を運営しているのか、部ならば何人もいるだろうに」

「あー! 子供扱いしないでほしいっす! そしてあたしはボランティアっすよ!」

 

本来部活動というのものは部員が何人も存在しているはずだがこんな少人数で店を切り盛りしているのかが謎だからだ。

それを聞いた鋭利な髪型の彼女は暗い顔をしながらうつむきながら口を開いた。

 

「実は私ら資金難のためか本来禁止されている接待業に手を出した生徒が何人もいまして、規則に則り退学処分を受けた生徒の過半数が戦車道の生徒でして……」

「なるほど要するに人手不足というわけだ」

「はい、できれば来年までには部員が揃うと思うのですが……」

「……何人ほどいる」

「私含めて十人です」

「ちなみにその小さいのは部員に入るのか?」

「いえ、ただの助けとして来てくれるだけですので」

「けどあたしはドゥーチェの助けとなれば何処までも行きます!」

「戦車は何輌だ」

「先月の練習で完全に壊れたのを含めないと僅か五輌です」

「……なるほど、かなり危機的な状況だな」

「…はい、けど練習試合は出来なくともせめて練習はしたいのでこうやって部費を稼いでいる訳ですね」

 

彼女は無理矢理に笑顔を作り笑いかける。

その笑顔には哀愁漂うもので見るも堪えない、その姿に俺は握りこぶしを作りながら強く噛みしめた。そしてその笑顔を見た瞬間に唐突に怒りがこみ上げてきた。決して彼女が悪いわけではない、そして退学を受けた生徒も悪いわけではないが、苛立ちが心の底から湧いてきたのだ。

……汚い笑顔だ、酷く虫唾が走る。

 

「そしていつか、いつかまた戦車道を行えるように私らは頑張って稼が」

「もういい」

「えっ?」

 

彼女が言い終わる前に俺がその言葉を切り、諦めを促すようなことを吐き捨てる。必死に耐えようと我慢していた感情が溢れでてしまったのだ。それに呆気に取られた彼女は素っ頓狂な声を漏らす。

俺は最大限の苛立ちを抑制しながら言葉を紡ぎ始める。

 

「もう無理に資金を稼ごうとするのを辞めろ」

「な、何で!?」

「あまりにもお前らが見るに堪えない。それにあれだ、背負い込んだモノがデカすぎる」

「けどそれじゃあ!」

「いくら何でも大量の弾を消費し、無数の部品を取り換える競技だ。たかが小さな個人経営に等しい料理店が一生懸命稼いだとしても、すぐに浪費するに決まっているだろう」

 

「……ふざけるな」

「何?」

「ふざけるなと言っているんだ!」

 

彼女の怒声は辺りの人の目を集める。チラリとペパロニと呼ばれる少女を見ると彼女の声に驚いて思わず涙を浮かべてしまっている。

怒りを覚えた彼女はカウンター越しから拳を振るうと拳は見事胸を捉えた。しかし彼女の拳の威力は低いものでそんなには痛くはなかった。

 

「ど、ドゥーチェ…」

「お前に、お前に何がわかると言うのだ! 戦車道のために尽くして退学した先輩、それに同期がどんな想いを残して去ったのかを理解できるのか!!」

「理解だと?そんなの嫌というほどわかりきっている」

「なら何故そんなことをぼやいた!」

「決まっているだろう」

 

 

 

 

俺はお前らを救えるからだ(・・・・・・・・・・・・)

「はっ? 何を言い出す」

「少し待て、今から電話を掛ける」

 

長くカウンターに居ては迷惑だろうと思った俺はカウンターから立ち去ることにした。注文した料理を片手で運びつつも、もう一つの手であるところに電話を繋げる。

丁度よく俺が空いていた席に料理を運び終えると電話が繋がった。

 

『久しぶりですね、伍長』

「久しぶりですしほ殿」

 

そう、俺が繋げた先は西住流の家元である西住しほ殿である。久しぶりの連絡で微少ながらも声色が上がっていたようにも感じた。

 

「開口一番に何ですが頼み事があります」

『……話してください』

「はい、しほ殿は確か戦車道委員会で委員として努めていましたよね」

『そうですがそれが?』

「その、とある学園の援助についてお願い申し上げます」

 

俺の思惑を彼女に伝える。彼女は少し間を置いてから口を開き出す。しかしその際、通話越しからでもわかるように圧が掛けられていた。

 

『……その学校は?』

「アンツィオ学園です」

『イタリアを模範とした学園ですね、確かに戦車道はありましたが何故です?』

「事情はそちらで詳しく調べてもらえばわかります。ですが、かなり深刻な問題です」

『……わかりました。一度調べてから委員会で話し合ってみることにします』

「俺の我が儘に付き合ってくださり感謝しきれません」

 

よし、取りあえず一手は打った。これでどうにかなればいいのだが。……いやどうにかなるはずだ。西住流は戦車道の名家、日本での認知度は少なからず低くはない。おそらくは委員会に置いて重石的存在、権力は絶大だ。

 

『しかし何故アンツィオ学園の話題が』

「今いるのがアンツィオ学園の学園艦だからですよ、そこで困っている戦車道の生徒を助けるために」

『……そういや、いつになったら貴方はこちらに顔を出してくれるのですか?』

「ははっ、いつか顔を出しますよ」

『わかりました。みほと共に楽しみに待っています』

「了解しました。では」

 

会話が終わり電話の終了ボタンを押す。そしめ彼女らの店へゆっくり歩み寄る。その間、俺に彼女の突き刺さるような視線に耐えつつも歩みを止めずに向かう。

 

「喜べ、一か月もすれば楽になれるぞ」

「……どういうことだ」

 

警戒しながら彼女は俺に訊く。確かにそう思われるのを仕方がないことだ。

 

「言ったろう、俺はお前らを救えるとな」

「……そんなこと信用できるか」

「ならこれを使うといい」

 

懐から通帳を取り出し、カウンターに堂々と見せつけるように置く。ペパロニが恐る恐る通帳を開くと大きい目をさらに見開いてドゥチーチェと呼ばれた彼女に見せつける。

 

「に、二百万もあるっすよ!?」

「……その金をどうする気だ。まさか売春する気か!」

「はっ、今のお前らに興味はない。ただ単純にお前らにくれてやるだけだ」

「はあっ!?」

「それを担保にすればいい、約束は守る男でな」

「ほ、本気で言っているのか!?」

「そうだ」

「ど、ドゥーチェ! これさえあれば三か月は楽勝ですよ!」

「だ、だがな……」

「ついでの担保だ。此処で無給で働かせろ」

「また唐突に何を!?」

 

「さっき言っただろ」

 

 

「お前らを救いに来たと」

 

たまたまやってきた街で働くのは慣れたことだ。

俺は人を護るために全力を振るう、それがあの時(・・・)決めた約束だから……。

 

 




本作で登場しないであろう某ピエロの設定が地味に主人公の伏線となっております。
そして主人公の発言も伏線の一つです。


そして最後雑ぅ!!


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ワインと月

一番文字数多い気がする(小並)
それと不快に思われる背景や言葉があるので気を付けてください。


――――殺せ

 

辺り一面、闇で包まれ、僅かながらに月がその場を照らす。草の陰に隠れ、道を凝視できる位置に俺は居た。頭の中に殺意の混じった謎の声が聞こえ、それは次第に大きくなるにつれて脳内に響き渡っていく。

 

……あぁ、またか。

 

呆れながらも辺りを見渡すと、丁度よく目の前には二人の米兵が聴き慣れない英語で話しながら夜道を歩いていた。当然ライフルを所持しており、別段警戒をしながらではなく、ただ呑気に道を歩いていた。恐らくは歩哨であろう。

俺は腰に取り付けた軍刀を音を立てないよう注意しながら抜刀をし、いつでも飛び出せるように構える。刀身は遠目だと新品同然のようであるが、近くで視認するとしっかりと使い込まれていた。

 

殺せ、目の前の仇を殺せ―――

……わかっている。殺さなければならない

 

 

二人が俺が身を伏した場所を通り過ようとした。そしてついに俺はその場から勢いよく飛び出した。米兵たちは突如現れた俺に驚嘆の声をあげるも己のライフルを構えようとする。

 

だがそれは俺には意味をなさないものだ。

 

「What is it!?」

「天誅!!」

 

振り下ろした軍刀は首から胴部までを深く斬りつけた。重要な血管までも斬りつけられ、緑色の軍服を赤く赤く染め、首からはおびただしい程の血飛沫を上げていった。斬りつけられた相手は口から喀血し膝をついて絶命した。

 

「You fucker!!」

「死ねッ!!」

「Why!?」

 

ライフルが一発放たれるも斬りつけた米兵の死体を盾に防ぎ、そして死体を撃った米兵に押し付け、相手に死体を押し付けたことを体感で確認するとすぐさま軍刀で死体ごと相手を貫いた。手にはまだ温かい血液が濡らす。

 

「D、Damn it!!」

「ざまぁみろ、アメ公が」

 

貫かれた米兵は地面に伏すも匍匐前進で俺から逃れようとして、道に一本の血痕を書き綴っていく。だが俺はそこまで甘くもない、逃がそうという考えなど毛頭にも存在しない。

 

――――逃がすな殺してしまえ、仲間の仇だ。

わかってる。殺してしまえば仲間や巻きこまれた民間人が報われるのなら。

 

「Mon……」

「……早く死ねよ」

 

脳内に響く声に支配されつつも、苦痛で喘ぎ続ける米兵の横について、軍刀で彼の心臓を狙い突き刺した。直後、手を伸ばし痙攣しているのを視認した。だが慈悲という言葉は当の昔に消えており、まだ息のあると勘違いした俺は無残にも滅多刺しにした。血で地面が湿っていった。

 

「What happened!?」

「ちっ」

 

銃声を聴きつけた他の兵士が集まってきた。五人ほどではあるが今の装備では勝てる勝算が少ない、最低でも森林内で戦わなければ五分五分にはやり合えないだろう。俺はライフルを鹵獲、そのまま飛び出していった林の中へと身を翻して逃走を図る。

 

後ろからは俺を追って一人の米兵が追跡しており、拳銃を構えていた。恐らく林の中に入った際に出た音でバレたのだろう。拳銃を何発も放ちながら追いかけてくるので冷や汗を掻きながらも、追跡を巻き、さらには攻勢に転じようと考えていた。

 

しかし、木の根元に足を引っかけて転倒する。仰向けになった俺、その上から追跡者の米兵が拳銃を頭に突き付けながら跨る。

必死に抵抗をするが相手の方が体格は優れており、身体を反らそうとして動かしても寸毫も動かない。奴は復讐と憤怒に染まった目でこちらを睨み、拳銃の引き金を引こうとした。

 

―――殺してしまえ

そんなの当然だ。そしてそのうるさい口を閉じていろ。

 

「ふざけるんじゃねえぞ!!」

「What!?」

「この野郎この野郎!!」

 

太股に取りつけた銃剣で相手の横腹を何度も何度も刺し続ける。口からは鮮血が零れ、拳銃を落とし、横へと倒れこんだ。

 

「死ね!死ね!!」

「……」

 

相手は数回で絶命しているのにも関わらず、何度も何度もしつこいほどに刺していき、身体の全ての部位に銃剣を突き刺した。殺される一歩手前だったためこのような非人道的な行動に移れたのだろう。俺は息を荒々しくあげながらその場を急いで離れる。走り走り走り出し、脱兎のように逃げていく姿はあまりにも滑稽なモノであろう。

だが今はそれが最善の策、生きていればまた米兵を殺せるのだから。

 

隠れ家である洞穴にたどり着くと、ある紙に完成すれば正の文字になるように、三角書き足していく。紙に書かれた正の字は五個、それをまじまじと眺めた俺は狂気ともいえる優悦感を胸に抱いて寝床に入った。

廃墟から拝借したボロボロで粗末な煎餅布団であったが今の俺には十分豪華な品であった。眼を閉じると毎度殺傷した相手の顔が浮かぶ、それに一瞬罪悪感を抱くも無理やり忘れたように振りまい、浅い眠りについた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「―――起きろ」

 

あぁ、先程とは違う声、邪悪さや怒気を感じられないほど澄んだ綺麗な声だ。身体が揺さぶられるも地震ではない、当然、艦砲射撃や爆撃でもない平和なものだ。

 

「起きろと言っているんだ! 伍長!」

「……んぁ?」

 

寝ぼけ眼で声の主に顔を向ける。その先には採掘機のような髪型をした女子、アンチョビが俺を揺すっていた。どうやら俺は机に伏して寝ていていたようだ。椅子から立ち上がり、首や腰を回して骨を鳴らす。この骨を鳴らす音に少々彼女が驚いているようにも思えた。

 

「すまんなアンチョビ、ついつい日当たりがいいもので寝てしまった」

「まあ昼寝もいいものだが、そろそろ店の開店時間だ。さっさと準備をしろー!」

「わかっている」

 

先月の一件で俺が無償で働くこととなり、最初のうちは警戒心を丸出しで敬語交じりに敵意を見受けられたが一週間経過すると徐々に敵意が薄れ、今となっては敬語無しで話す仲になった。

彼女が所属している戦車道の屋台へと足を進めている最中、つい腰につけらてれた軍刀を確認しようと手で叩く。当然、そこには何も存在していないため、太股を叩いて終わった。彼女はその行動に懸念を抱いたのか、首を傾けながら尋ねてきた。

 

「なあ、どうしたんだいきなり太股を叩いて?」

「そうだな、ここが現実だと知るための確認だ」

「そうか、きっと現実が夢であると錯覚するほどに面白い夢だったのだろう」

「……俺が熱中することができた夢だったな」

 

乾いた笑みを彼女に向け、何事も悟らせないように振る舞う。一見、ごく普通のように見えたものも、眼は死に絶え、輝きは当然存在するはずがなかった。

 

 

 

「鉄板ナポリタン一つ!」

「はいよー!」

 

昼時になるとアンツィオの女子生徒で満員になる。客の注文を受け付けるのはアンチョビ、料理を調理するのはペパロニ、そして俺は料理を運ぶ係であった。

俺は両手に料理の載ったお盆を持ち、注文した客に料理を運ぶ。衣装は毎度恒例の西住家からスーツを運送してもらっている。ちなみにスーツの種類はケイの通ったサンダース校で開かれた文化祭で着たモノで運ぶたびに黄色の叫び声が響き渡り心地が良い。

 

……まあ俺って二枚目顔だから当然だな、大人らしく煙草も酒もイケる口だしな。

 

「おいアンチョビ、注文が入りっぱなしだな」

「本当にそうだ。伍長が来てからずっとこれだ」

「まっ、俺のお蔭だな。イケメンと呼ばれる顔立ちだからな」

「ぐぬぬ、自惚れているけど事実は事実だから何も言えない」

「そうだろうそうだろう、はっはっは!!」

「伍長、料理が出来たっす! さっさと運んでいくっす!!」

「了解した」

 

ペパロニから熱々のスパゲッティと名物のナポリタンを受け渡され、それを運び、忙しなく働いていく。無論それは彼女らも同等で誰一人とて楽をしている者は存在しなかった。汗を掻きながら各々真剣に己に課された仕事をやり遂げていった。

 

ようやく店が静かになったのは彼女らの授業が始まる五分前であった。

 

「閉店の準備は全て俺がやる。お前らはさっさと勉学に励んでこい」

「わかったっす!」

「頼んだぞ伍長!」

「任された」

 

二人は急いで各自の教室に駆けていく。その後ろ姿を見て俺は店の片づけに着手し、料理に使った台所や器具を洗浄し綺麗に直していった。使われなくなった野菜を透明で薄いラップと呼ばれる道具で包装をして冷蔵庫に入れようと扉を開ける。

その時、冷蔵庫から冷気と共に表れたぶどうジュースを視認すると俺はアンツィオ名物のワインを思い出す。

そういや俺、特産品のワイン飲んでなかったな。普段ビールや日本酒ばかり飲んでいたからたまにはワインを飲むか、月を肴として飲むのもいいかもしれない。

こうして俺は今夜の計画を立てた。

 

 

 

「あぁ、やはり美味いな。日本酒やビールとは違う美味さだ」

 

夜九時ほど、月は海上からでも綺麗に目視することができ、丁度満月の夜であった。満月であるため月光が辺りが少し明るく照らされ、街灯の光がやや薄くなっていた。

昼に接客用で背もたれ椅子に腰を掛け、丸机にワインの瓶とグラス、それに灰皿が置かれている。どうせ拭き直せばいいと脚を堂々と載せる。灰皿には煙草の吸殻が八本ほど置かれ、瓶の中身が半分以下に減っていた。これは俺がその場に長時間居ることを指し示すことだ。

 

「……我は官軍我敵は 天地容れざる朝敵ぞ敵の大將たる者は 古今無雙の英雄で之に從ふ兵は 共に慓悍决死の士――――」

 

俺は所詮ほろ酔い気分となって唐突に軍歌を口走る。その歌を傾聴する相手も誰もいない広場で独り虚しく敗戦国の亡霊が歌い出す。歌に合わせる同胞も居なければそれを聴く人も存在しない。歌えば歌うほど心が痛み、全てを歌い終えることができず、途中で切り止めた。

 

「ふっ、哀しいかな」

「……何がだ?」

 

自嘲風に独りごとを呟くと背後から聞き慣れた声が耳に届いた。煙草を片手に後ろを振り向くと、アンチョビが腰に手を当てながら訊いてくる。俺は一服すると彼女に向かって告げる。

 

「もう夜中だぞ。明日も学校であろう、帰路に着け」

 

敢えて俺は彼女の質問を無視して、逆に彼女に質問を呼びかけた。

もう時計の針は一周を終えて新たな日の時間を刻み始めている。それなのに彼女が夜の市街をうろつくとは何かあったのだろうか? 取りあえず家までは俺が付き添ってやるか。

 

「いいや、伍長を探していた」

「おいおい、俺はずっと此処にいたのだが」

「七時ぐらいには居なかっただろう」

「……確かに居なかったな」

 

実は七時から九時にかけ、俺は店でワインを選別するのに時間がかかり、結局購入したのが八時半ほどで、残りの三十分は玩具屋で戦車や拳銃の組み立て玩具を眺めていた。

昔のとはかなり違い、精密に部品が作られるようにできており、戦車道と呼ばれる競技があるこの世の中でこそ、軍艦よりも戦車の方が売り上げは良好だそうだ。悔しいな海軍さんよ。

 

「まあ事情はどうこうあったとして何故会いに来た?」

「……戦車道連盟による予算援助が認可されたからだ」

「本当か、それはめでたいな」

 

どうやらしほ殿に頼み込んだ案件が認可されたようだ、流石は西住流である。やはり権力は強いものであったな。しかしまあ、それをわざわざ伝えに俺に夜分遅くに会いに来たとは、律儀な奴だ。

 

「本当に伍長には頭が当たらないな、まったく」

「ふっ、俺の勝手な善意でやったものだ。気にするな」

「そんなことを言うな!」

 

耳元で大声で言われ、耳が一瞬麻痺した。しまったと言わんばかりの表情を浮かべながらも彼女は言葉を紡いでいった。

 

「最初私は伍長が持ち掛けたモノに対しふざけるなと怒りを飛ばしてしまった。本当に申し訳ない」

「謝るな、俺だって言い方が悪かったからな」

「それに予算援助のきっかけ、実は伍長が連盟に促してくれたのだろう?」

「否定はしない、だが感謝するのは俺が伝えた相手にしろ。電話すれば委員の名前を教えてくれるはずだ」

「だがそれに至るまでの筋道は伍長、貴方が作ってくれた」

 

そう言うと彼女は自らのシャツのボタンを一つずつ丁寧に外していく。情けなくも俺は何をしでかすかと身構えていた。

 

「だからな伍長。私には現状こういうことしか貴方にお礼することしかできない」

 

 

―――あぁ、わかった。そういうことか。

 

 

わ、私の身体で払おう(・・・・・・・・・)ッ!」

 

静寂が俺らを包み込んだ。トマト以上に赤面した彼女は露出した下着を露わにしてこちらを向いている。まだ中学生だが、それ以上の身体を有する彼女にそそるものが存在している。

俺は立ち上がり、視線を合わせながらも彼女の肩に手を置くと彼女はビクリと反応する様子を表した。勿論することは一つで……

 

 

 

 

 

「この馬鹿者がッ!!」

「うぎゃ!?」

 

彼女に向けて頭突きをかました。頭を押さえてしゃがみ込んだ彼女に向けて俺は弾丸のように言葉を飛ばす。

 

「何故こうも最近の若者は身体の大切さを知らぬのだ! 何が自らの身体を投げ出してお礼がしたいだと? 冗談もほどほどにしろこの阿保が!!」

「き、気に入らないのか?」

「そういう問題じゃないんだ! いいか、俺は貧相な身体よりも豊満な身体が大好きだ。ついでに言うとだなお前の身体に興奮はするっちゃするけどお前はまだガキだ。有無を言わさずガキだろう!」

「け、けど……」

「けどもへちまもあるか馬鹿者が! 端的に言うとだな、お前の身体には関心が無いんだよ、てか俺も捕まる!! ……それにお前は再度アンツィオの戦車道を苦しめる気か?」

 

彼女の脳裏に思い浮かぶのは売春行為の校則だ。もしもこのことが明るみに出たら予算援助は打ち切り、それに戦車道が潰れる可能性だって示唆されるのだ。そうなってしまったらペパロニが戦車道を受けれなくなったり、それ以前に他の仲間に苦労を掛けるからだ。急いで彼女はシャツを着直した。

 

「す、すすすまない!!」

「……気にするな、幸いにも誰にも見られてはいない」

「よ、よかったぁ…」

「ついでに俺捕まらずに済んでよかった」

 

彼女の思わずの行動に汗を拭う、彼女は上目使いで何をすればいいのかと視線で訴えかけてきた。それに対し俺は淡々とすべきことを告げる。

 

「予算援助を無駄にはしないためにも此処の学校を強豪校に匹敵するほどに強くする。これが今のお前らでも可能な恩返しだ」

「この学校を強く…」

「そうだ。諦めるなよアンチョビ、お前には俺に持ちえない能力が存在するんだ。お前が皆を引っ張る隊長となって皆を、この学校を強くしてしまえ」

 

俺はガシガシと彼女の頭を荒々しく撫でる。撫で終わると彼女はぐしゃぐしゃとなった髪型を手で直しつつも大きく頷いた。

 

「わかった。それが今の私にできることなら頑張るよ」

「その意気だアンチョビ、俺はお前に期待を賭けることとした。せいぜい半端に終わらせるようにはするな、偉大なるドゥーチェ(総統)

 

期待は持ち合わせるものではない、賭けるものだ。月は俺らを眺めながら微笑みかけているようにも思えた。

この世界は俺には住みづらい世界かもしれない。何故なら優しさで溢れかえっているのだから。

 




森の中での戦闘は罠を張り巡らしてランボーのように神出鬼没のゲリラ戦を繰り広げたりします。
英語に関しては天下のGoogle先生なのでお許しを


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社交場の黒服

社交ダンスってカッコいいですよね、踊れないけど。
感想乞食なので感想待ってます。


いつもなら此処は至って普通の国道、もしくは何処かしらの店か風俗店。

しかし、このような場所に居る、もしくは出向く際にこのビッシリと決まったスーツを着用するだろうか。

 

答えは否、断じて否である。

俺みたいな男が常日頃からスーツを着用するように見えるだろうか、平常時は何度も仕立てた軍服である。糸が解れた帽子を常に被ってはいるが今回居る場所では着脱している。此処が何処かまるで見当つかないであろう、それもそのはず、今日はとある依頼でこの場に居合わせたのだ。

 

 

だだっ広い室内に部屋の一辺には料理人が和食、洋食、中華を調理しているのが簡単に確認でき、俺のよりもお値打ちモノのスーツを決めた参加者がワインを片手に会場を転々と移動している者が殆ど。それに真紅のドレスにこれまた高級そうな首飾りや指輪を着けた淑女が何人もいる。

 

ちなみに俺の好みの女性がちらほらと居るので目移りが止まらない、何ともまあ過激な衣装だこと、後で夜のお誘いをしてみようかなと思い巡らす。

そうなれば親交を深めるかだな、どういう話題が受けがいいのか模索する必要がある。

 

「……聞いているのかしら伍長」

「あぁ、俺はあの女性を狙ってますね。何しろあのクビレに大きな胸、さらには骨盤もいい。あれは安産型に違いない、今夜どうか勧誘するのも悪くはない」

「……」

「…申し訳ないしほ殿、今後は控えるので足をヒールで踏まないでほしい」

 

ついつい本音が漏れ、それがしほ殿に聞こえてしまったらしい。しほ殿は俺の足をぐりぐりと他の参加者にバレないようにヒールで踏む、これが地味に痛い。革靴を履いてはいるが痛いものは痛いのだ。まるで錐で穴を開けられているかのようだ。

……まあ俺が悪いわけだが。

補足だが、彼女の服装は紺色のドレスで清楚で思わず胸が高鳴ってしまった。

 

 

「貴方は何故こういう下劣な発想に至るわけですか、元軍人なら弁えなさい」

「すみません」

 

ぐうの音が出ない程の正論である。

確かに俺の行いで西住流に泥を塗る行為は避けなければならない、善処しよう。

 

「で、どうして俺が不釣り合いの場所に?」

「メールのやり取りを忘れてしまったのですか」

「……思い出しました」

 

しほ殿から出る威圧感によって無理やりその記憶が強引に思い出された。

 

「確か一週間前にしほ殿から電文が来て、社交場の護衛を任されたのですよね」

「そうです」

「ですが何故護衛を? 今のご時世、銃弾が飛び交うやら暗殺の心配は少ないはず」

「護衛も人の価値を決める装飾品の一つです。仮に痩せていかにも軟弱そうな護衛だったら主人のイメージは悪くなります」

「なるほど、だから元軍人かつ実践経験がある俺を護衛に」

「はい、つまるところそうなりますね」

 

はぁ、社交場というものは護衛も人の価値を決める一つの装飾品と見られるわけか、面倒くさい世界である。それなら主人の方をに鍛えれば護衛要らずで価値も大きく変わるのではないだろうか? だけど一つだけ腑に落ちないのがある。

 

「だが何故俺を護衛に? 戦車道における大御所の一つと名高い西住流、その門下生から選出すればよかったのでは?」

「そうですね、簡単に言えば戦車道の男女比です」

「……男女比、そういや男ほぼいませんよね」

「だからです」

 

現在、戦車道における男女比は男が一割も満たずに全てが女という。本来、戦車道というのは乙女の嗜みで考案された武道であり、男子が乗ると戦争を想像させるからという理由で世間から冷たく見られていた。

ちなみに男子で歩兵道という科目も提案されたが同じ理由で却下された。残念である。

 

「にしても俺、礼儀作法とか無知ですよ。ワインの飲み方や食器の使い方とかかなり」

「別にそれは気にしなくても構いません」

「人の価値を決める装飾品なら気にしなくてはいけないのでは?」

「誰も貴方を凝視する方はそんなには居ないでしょうし」

「……あくまで装飾品扱いですか。宝石を着けた指輪も一瞬見て終わりですからね」

 

あまり気にせずのんびりとしほ殿にくっ付けばいいわけだ。美味しい料理や酒を堪能できる仕事なんてなかなかお目に掛かれない、まったく禁煙じゃなければかなり最高だけどな。

ニコチン中毒者である俺は早々に煙草を欲していた。外さえ出れば喫煙可能だが彼女の許可なしに動いてはならない、悶々とした気持ちで社交場の従者からワインを受け取り、口にする。

 

「美味い、流石高級ワインだ、安物とは違う」

「もしよければこちらの料理はどうでしょう」

「おぉ、これまた美味だ!」

 

今度はおぼんに載っている手のひらサイズの料理を進めてきた。俺はその一つを受け取り口に入れる。これも美味で大人げもなくはしゃいでいた。こんな経験ないのだから仕方がないのである。

 

「……これ仕事ですよ、羽目を外さないでくださいね」

「わ、わかってますよ」

「かなりの政治会の大御所や同じ戦車道の派閥、さらには大企業の社長もいるわけで舐められたらいけませんよ」

 

会場を見渡すと著名人やテレビでよく見かける議員に大臣の姿が確認できた。とても豪華な社交場には理由があったのか。であれば名目は何だろうか、日本を良くしていこうの会か?

 

「了解!」

「そんな煌めく瞳で言われても……」

「ちなみに舐められたらどうしましょう」

「そんなの牽制しあえばいいでしょう、そういうの慣れてはいないのかしら」

「口よりも手が出ますので……」

「暴力は私に許可を得るか万が一の時にですからね」

「流石に自制はできます」

 

 

かくして、俺としほ殿が参加する社交場が開幕した。

音楽は西洋風で気乗りはしなかったが、料理を楽しみつつ彼女の警護に当たっていた。

俺は不慣れな空間で彼女が動く度に、初めて親を認知した雛のようにあどけなく追従する。彼女はもっと慣れた感じで歩けと注意されるも今度は油を指していないからくりのようになった。これにはしほ殿も呆れ顔でため息を吐いた。

 

しほ殿が相手と会話をする中、俺は相手の護衛に当たった人物を観察してどう闘えば勝てるのかを考えていた。もしも相手がワインを目潰しに用いた際の対処法、ナイフを取り出して彼女を刺そうとした時の対処法、もしくは拳銃を取り出してきた時の対処法などである。

あまりに俺は相手を凝視を続けるとしほ殿から小突かれれしまった。

 

「伍長、あまり相手を睨まないでください」

「しかし相手がどう動き襲って来たらという想定を考えるために観察していただけです」

「だとしてもです」

「……そうですか」

「あとで自由時間を与えますのでそれまで堪えてください」

「了解」

 

暇なのかと察知した彼女は俺に自由時間を与えてくれた。二人の会話を聞いてどういう話題なのかを考えていたが、学の浅い俺には意味がわからなかった。内容はかーぼんという素材が何やら戦車道の運動着が何ちゃらというものである。

 

 

 

こうして一時間半が経過した。

やっと俺は自由時間を得られ、会場を散策していた。女性を口説くにも今は駄目、それにワインを大量に飲みほろ酔いになるのも禁止された。まあ当然のことだろう。

することとなったら一つで、誰も居ないベランダに出て、懐から煙草を一本とライターで火を灯す。

喫煙すると肺に紫煙が入り込み、暫く分のニコチンを摂取できた。こうも短時間で吸えなくなると厳しいのだと実感しつつ、ベランダに出る際に得たワインを口にした。

左手にはワイン、右手には煙草と最高(最悪)の組み合わせで自由時間を堪能していた。

 

二つとも中毒者を生むほどの快楽を得られるモノは絶対的な幸福を見出してくれる。ツラい状況下に置かれていてもこの二つはそれを忘れさせてくれる。いつだろうか、ここまで酒と煙草に浸ったのは。ふと夜風が吹き、半ば整えた前髪をふわりと揺らした。

 

「月が綺麗だ」

 

空を見上げると満月とまではいかないが満ち欠けた月がこちらを覗く、それにワインを掲げて照合させる。月光に照らされた朱の液体は妖艶な雰囲気を醸し出す。

煙草が二本目に突入したその時、今まで室内の明かりで輝いたガラス張りの扉が、人型の影を作りながら音を立てて開いた。

 

中からは金髪で純白のドレスを着飾った少女の姿が、彼女の金髪は月光に反射して絹のように煌めかしい。この慣れない幻想的な光景に咥えていた煙草を落としかけそうになる。

歳は今までに会った彼女らと同年代だろう。それにしてもご苦労なことだ、そろそろ早春を迎える時期で今の格好でも肌寒いのに半袖とはな。

 

「?」

「そこのお嬢さん」

 

何処かの令嬢かはわからないが助ける分には越したことはない、俺は羽織っていたジャケットを脱ぎ、彼女に投げる。一瞬何をされたかわからない少女は受け止めきれずに顔を隠すようにジャケットが覆いかぶさる。もごもごと慌てふためく姿が滑稽である。

やっとのことでジャケットを顔から外すと戸惑いを隠し切れずに言葉を連ね始めた。

 

「これは一体?」

「ジャケットだ、寒いから羽織っておけ。室内に戻る時だけそれを返してくれればいい、そのドレスとは合わないしな」

「そうではなく、何故このような行動を?」

「決まってるだろう、寒そうだからだ」

「……それは恩を売る行為でしたらすぐさまお返しいたします」

「待てよ、そんなに大人みたいな態度をするな。子供のうちは存分に甘えろ」

「ですが……」

「言っておくがこれは押し売り行為でもない。ただ寒そうだから、それだけだ」

 

二本目の煙草を吸いながら俺は口角を上げる。彼女はそれを善意だと認めたのかジャケットを羽織る、心なしか顔から寒さが和らいだようにも思えた。

まったく、服装やらで身なりを整えるのはいいが体調の管理を怠るとは一流とは言えない。俺の持論ではあるが、本当の紳士や淑女というものはこういう面をしっかりと把握していると思うが。

 

「かなり慣れているのですね」

「そうか、こちとら初めての社交場なのでな。社交界の右も左もわからない新米さ」

「ふふっ、奇遇ですね。私もです」

「じゃあ新米同士仲良くしようではないか」

「では淑女の見習いらしく私から名乗らせてもらいます」

 

すると彼女は両端のドレスの裾を摘み上げ、頭を垂れる。前にイギリス兵から教えてもらった欧米風の挨拶だ。

 

「私の名前は田尻 凛。グロリアーナ女学院の中等部の生徒でございます」

「ではこちらもそちら風で返させてもらおう」

 

俺はイギリス兵に嫌々教えられた礼儀作法を実践するとしよう、煙草を右指に挟み込むと

こちらもお辞儀をするように屈み、右腕をやや曲げる。イギリス兵からはお辞儀の角度にしつこく言及されたが功を奏した。俺の名称を口にする。

 

「私の名前は伍長、今思い出せる限りの正真正銘の名称でございます。今後これを名称としてください」

「何か事故でも?」

「それがわかりません、しかし気軽に伍長と呼んでください」

 

 

月夜に照らされたベランダに淑女見習いと風変わりな男が礼儀を重ねる。純粋で美しい姫と凶暴性を秘めた獣、対比もいいところである。

だが、どちらも社交界に不慣れという共通点を持ちえた同士でもあった。

 




伍長は書いていて楽しい、ちなみに天国ではイギリス兵の厳しい礼儀作法教室が不定期で開かれ、イタリア兵が常に参加して弱音を吐いています。


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黒服の憂鬱

今回暴力的な面が濃く表れていますのでご注意を。


十分ほどだろうか、仲慎ましく俺らは会話を交える。

礼儀作法は大人顔負けのものではあったが、まだ少女の面持ちは隠し切れずに時折可愛らしい仕草を見せる。それに俺は笑みを零す。

彼女がはっとして若干頬を膨らませるが愛らしいものである。

 

「ほうほう、にしてもうちの西住流の長女と年齢が同じとはな」

「確か西住まほさんでしたっけ」

「そうだ。しかしよくわかるな、そこまで有名ではないはずだが」

「ふふっ、同じ戦車道を嗜む身ですので当然」

「貴殿もやっていたのか、戦車道」

「乙女が武道をしてはいけなくて?」

「別に何でも」

 

 

……見事にこれまでに会った女子は皆戦車道を嗜んでいたりとかなり戦車道は普及しているのだな。砲撃の中、自身の戦車を駆けて行動するとは、かなり肝っ玉が据わった人物ではないとできない。よくもまあこんな歳で勇ましく闘えるのかが不思議だと思う。別に愛国心も強制も無いはずなのに。

 

「で、戦車道はどうだい。何か得られるモノは在ったかね?」

「まだ戦車道に努めた時間は短いため何も得られてはいませんが、必ずや意味を見出してみせます」

「いい覚悟だ」

 

流石はいい所のご令嬢、上品な言葉がつらつらと出るなんてお恐れ入った。戦車道に向けての抱負もよし、きちんと未来を見据えているのは素晴らしいことだ。もっとも俺が言えた口ではないがな。

 

「にしても戦車道、というのは何をするのだ? 俺は西住流の元で剣道の講師をしてたからそういうのには疎いのでな、教えてはくれないか?」

 

実際のところ、俺は戦車道についてはよく知らない。ただ砲で撃ちあって勝敗を決めるのは知っているのだが……。てかそういうことなら沖縄戦で嫌というほど味わったからな、うん。

凛は暫くの間黙ってはいたが、すぐに言葉が発せられ、俺に説明をする。

 

「やはりチームの協力や各々の隊員に合った役職で試合を優勢な方へと傾けるといったものです。仮にも戦車道は大戦時の兵器を用いたとしても、それはどこの団体競技も一緒、団結なくして勝利は得れずですからね」

「その通り、仲間が居ないと大変だからな。俺も味わった」

 

仲間が居るのと居ないのとではかなり状況は変わるもので、戦場では行動範囲が広がったり孤独感を無くせるからだ。もっとも俺の小隊や師団はほぼ全滅してしまったが。

……まあ戦争中ならば仕方がないのだと見切りを付けなくてはな。

 

「それはどういうことでしょうか、伍長さん」

「そうだな、一応訊くが暴力的な答えになるが大丈夫か?」

「ある程度のことなら」

「では話そう、俺は元軍隊上がりだ。戦場で戦闘をした経験もある」

 

そう俺が淡々と口を開くと彼女はバツが悪いような顔を浮かべてしまう。俺の前職で察したのだろう、彼女からは後悔と自責の念が即わかるほどににじみ出ていた。

……歳相応の女子、それもご令嬢ときた。まあこれは残酷な内容だから致し方がない。

俺はこれ以上詳細を話すの打ち止めにしようと、区切りを付けるように口を閉ざした。

しかし、ここで驚くことが起きたのだった。

 

「もう少しお話を聞かせることはできませんでしょうか?」

 

それは俺が詳細を話すことを再開するように促したのである。

これには一瞬呆気に取られながら彼女の顔を覗くと、瞳には己の知らない現実からは目を背けてはならないといった明確な意思が映されていた。

これを中断したままにするのはこちらが無礼だと感じた俺はまた詳細を話しだす。

 

 

「激しい艦砲射撃の中、俺の分隊は何とか生き残ることができた。だけど物量で押してくる敵に最新鋭の火器が対応するも押し切られてしまい、俺らは沿岸から内地へと撤退してしまったのだ」

「そんなことが……」

「そして内地では必死の防衛戦が行われ何万の死者が出た。日に日に俺の分隊は銃弾や食料が消耗、これに比例して分隊員は一人、また一人と命を落とした。」

 

駄目だ。こういうことを話すとどうしても熱が入ってしまう。もう何処に向ければいいのかわからない怒りや何にも出来なかった自責の念がこみ上げてくる。

俺は煙草をベランダの欄干に擦りつけて少しでも怒りを発散しようとした。だがそれだけでは怒りは抑えきれず、増していくばかりで今のところ解消することはない。

 

「……最終的には貴方だけが生き残ってしまったと」

「そうなってしまった。ちょうど俺が防衛していたのは島でな、全てが占領されてしまった時には師団も壊滅、いや全滅した」

「ならば投降(・・)すればよかったのでは?」

 

 

 

その言葉を聞いた途端、俺は強く地団駄を踏んだ。ビクリと彼女が驚く様子が見て取れ、多少怯えている。その言葉は地雷その物で、無意識ながらも自身を激しく激高させてしまった。

 

「捕虜になったら辱めを受ける、誰しもが思っていた。捕虜になった途端に劣悪な収容所に入れられ、僅かな食料しか与えられずに理不尽な暴力や厳しい労働をさせられると教えこまれたのだ! 軍人以前の問題として、人間の威厳が失うのなら俺は潔く死を選ぶ!」

「そ、そんなことは」

「……すまないな、熱くなり過ぎた。だが、どうしても俺らはこのような理由で投降することが出来ないまま時だけが進んでいったのだ。そして自身でさらに投降が出来ないことを占領後に俺はした」

「それは一体……」

「便衣兵、つまりはゲリラ兵として」

「!?」

 

戦車道ではゲリラ戦術という方法があるため、その存在意義は知っている。だけど俺が話した本物の戦争では意味合いは大きく変わる。戦車道においてゲリラ戦は森林や市街地での奇襲で敵車輛を再起不能にさせること。

一方で歩兵の場合、国際条約によって民間人の殺害は条約違反になることを逆手に取り、軍人が民間人を装い奇襲を掛けるという卑怯極まりない戦術である。

 

「占領後、俺は何度も何度も仕掛け続けた。主に夜行うことで顔の識別を困難にして」

「……つかぬことをお訊きしますが、貴方は人を殺したことが?」

 

その質問を聞かれた途端、眉間にしわが寄る。どうするべきか、彼女も薄々は察していることだろう、俺が人を殺傷していたことなどは。だがそれを肯定したらどうなるのだろうか、西住流は人殺しを雇っているとして評価は下がるかもしれない。

 

そんなこと俺にはできない、できるはずがないのだ。

捨て犬同然であった俺を拾い、雇ってくださった西住しほ殿には恩義がある。それを仇で返すことは許されない。彼女は真相を知りたがっているがその問いには答えられない、ここは立ち去り有耶無耶にするのが一番だと踏んだ。

手に持った煙草をベランダ外に指で弾き捨て、凛の横を通り過ぎる。彼女は慌てた様子で羽織っていたスーツを脱いで俺に提示した。

 

「こ、このスーツは」

「……貴様にやる。別に捨てても構わない、好きにしろ」

「でも!!」

「要らぬと言っているだろう!」

 

ついつい溜まっていた鬱憤や憤怒を吐き曝してしまった。

静かな夜に響き渡る怒声は彼女を恐縮させるのには十分すぎるほどのモノで彼女はそれ以降口を閉ざしてしまう。

それでも俺の感情は苛まれるばかりで止むことを知らない、扉を開けた際に「すまない」と呟きベランダから後にした。独りで勝手に話し始めたくせに勝手に逆上するなど言語道断だ。どうせ謝るのなら最初から言わなければよかったた後悔する一方であった。

 

 

「しほ殿、ただいま戻りましたよ」

「あら、もう社交場が終わるまで休んでもよかったのですよ」

「それでは面目が立ちません故」

 

広い会場でしほ殿を捜索して何とか見つけ出すことができた。会場は広かったために時間が掛かったが見つけ出せてよかったと安堵した。

 

「それに俺が居ないときに痴漢や暴行を受けたら堪りませんよ」

「そうね、だけどスーツはどこにいったのかしら?」

「……あ、あはは。どうやら俺ワインと煙草で汚してしまいまして、申し訳ないです」

 

嘘だ。

嘘を吐き捨てながら偽りの笑みを浮かべて冗談を言う。彼女に怒鳴り散らした挙句にスーツを差し出したという情けない真実をひたむきに隠し通そうとした。

スーツを脱いでいるため上半身ワイシャツの姿だがそこまでの違和感はないだろう。

 

彼女は目を細めてジッとこちらの顔を近づけてくる。眼力に圧倒されやや後ろへと後退するも、それを妨げるかのようにヒールで足を踏みつけた。

一通り凝視し終えた彼女はため息を吐きながら俺に対して言う。

 

「貴方、顔が酷く醜いわよ」

「…はい?」

「貴方が今話したスーツを無くした理由に関することは嘘、何らかの理由があったと私は踏みます」

「……」

 

恐ろしいほどの観察眼である。必死の演技がこうも易々と見透かされるとなるとかなりくるものがある。

まだ観察結果報告は終えてはおらず、彼女は言葉を紡いでいく。

 

「それと貴方、他者から見ればかなり怖いですよ。雰囲気に殺気や怒気がいり混じっていますが」

「……やはり西住流に隠し事は通じないですよね」

「当たり前でしょう、私の従者なんですから」

 

彼女はさも当然のことだと示すように、やれやれと息を吐く。俺のことを色眼鏡で見ることもなければ差別することもない彼女に凛に関する出来事や人を殺めていた過去を話そうか考えていた。

 

けど俺は話せなかった。別に彼女に強要されてといったことはなく、自発的に話すことは可能だ。

だけど、先程同様に事実を知れば接し方が変わるかもしれないということを恐れていた。俺の経歴を知れないのに何も聴取することもなく受け入れてくれたしほ殿やまほとみほを失うのが怖くて仕方がなかった。

 

「やはり、貴女は立派なお方だ」

 

醜い顔ながらも笑みを作り、彼女に笑いかける。彼女の心の寛大さを改めて体験し評価を改める一方、彼女の誠意に対し全てを曝すことができずにいた俺は曇天の心をさらに曇らせていた。

 

 

辛い、戦場に還りたい、もう一度だけ死にたい

 

 

このような負の感情が心の奥底で芽生かせ、つるを伸ばしていく。

その時、会場のの煌めく照明がやけに眩しく感じられ、逆に野外へとすぐさま飛び出していきたい一心であった。

 




ダージリンを不憫な扱いをして許してお兄さん!
何でもしますから!

それと伍長の過去を聞いた人物は現状ダージリンだけです。


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新人と旧人

拝啓、天国に居る野郎ども

こちらは春がやってきて太陽が心地よく身体を暖めてくださいます。ちなみに小鳥もさえずる季節で各種の鳥の鳴き声が聴こえます。

今、俺は西住流の家へと戻りました。理由としては金が無くなったのとまたもや剣道の講師が産休に入ったという。

現在、みほはというともう黒森峰の学園艦に搭乗したらしく、惜しくも会えませんでした。悔しい。

とこんな感じで、仕事を果たしながらも俺はのんびり休息を取りたいと思う。

 

 

「……暖かいな」

 

俺は箒を所持しながらにこの春の訪れを体感していた。何せ冬の期間は凍るような寒さの中俺は野外で寝ていたのだ。毛布を掛けているとはいえ寒いものは寒い、幾度か警官に声を掛けられたりもした。

だが、西住流の元へと帰ると暖かい部屋やふかふかの布団が俺を包み込み、寒さから身を守り、なおかつ熱を外へと逃がさなかった。お蔭で心地よく寝息をたてることができ、身体はさらに良くなったようにも思える。

晴耕雨読の生活は楽しく、たまに竹とんぼを作って近所の子供にあげたりした。

 

「剣道の講習はまだか」

 

剣道の講習は基本午後、その間は自由時間となっており、遊びに出るのもよし、睡眠もよしと何をしてもよかった。だが、田舎には娯楽施設は少なく、仮に遊ぶにしたって俺が流行についていけるかどうかはわからない。

小鳥や早く現れてしまったカエルが鳴いている中、暇つぶしとして、門前をせっせと箒掃除に勤しんでいた。

 

かれこれ二時間程経過して、落ち葉がなくなってしまった。とかいって外壁を水雑巾で拭き掃除をするのは昨日に終えてしまった。やや汚れていた壁を新品に近い状態にするには苦労したが、その分やりがいを感じた。

早朝の剣の鍛錬も終えて、あとは講習も待つのみ。相手が居なければ剣道というのはつまらないものだ。しほ殿も剣道ができるそうだが、如何せん家元の仕事で忙しいご様子。

 

「……暇だ」

 

短歌や作文を書いたりするのも一つの手だが、今はどうしても気が乗らない。完成してもそれは見せられるような作品ではない。

ため息を吐きながらに煙草を一本取り出し、口にする。マッチを擦って火を着火、煙草に灯し終えると塵取りにマッチを捨てる。勿論のこと消火しているため、内部の落ち葉には火は着火しない。

 

 

そんな中、一両の車が奥から迫って俺の眼前に停車した。見る限りかなりの高級車らしく、すぐにしほ殿の客人だと見当がついた。

車でおいでくださった方は敷地内に停めろと事前に教えられており、俺は箒を持ちながらに客人の居る運転席へと向かう。

 

「あの、西住流のお客様でしょうか?」

「Yes! そうよ!」

 

運転席の窓が下へと下がると、何と車に乗っていたのはまだ二十歳前後の女性で正直に驚いた。理由としては高級車をこんな若い女性が運転していたことで、裏返せばそれ以外には驚かなかった。

原因としては戦車道の普及で戦車を一個人が持っている家庭も少なくはないからだ。それと今の時代、女性が運転するのも普通だからな。

吸い始めたばかりの煙草を仕方なしに携帯灰皿に押しつぶし、俺は彼女に伝達事項を淡々と告げる。

 

「なら敷地内に停めてください。門の邪魔でないところなら何処でもと」

「OK! わかったわ!」

「は、はぁ……」

 

ケイのように英語を絡ませながら話す話術に翻弄されがちではいたものも、伝えるべき内容は伝わったらしい。彼女は車を動かして、敷地内に敷いてある砂利の音を鳴らしながら停めた。

だがこんな高級車を乗り回す女性が一体どんな用件で来たのかは予想がつかない。戦車道は乙女の嗜みといったものも、弓道とは違う泥臭い武道には変わりはない。汚れを嫌う金持ちには縁もゆかりもないと偏見を持っていたからである。

 

ドアを横に引いて降りる女性、座っていたために体の線がわからなかったが、かなり豊満な胸と腰つきに惹かれるものがあった。正直に白状すると俺の好みである。

そんな愚かな思考をしていた俺と目が合うと、彼女はしほ殿は何処に居るかと言及した。

 

「書斎に居るのでは? 何なら俺、いや私が案内しますが」

「うん、頼むわね」

 

箒を近くの木により掛けて彼女を案内する。

……にしても背後から彼女の視線が刺さる。もしかしてさっきの考えが彼女にバレてしまったのか?いやそんなことはない、バレたのはしほ殿だけだしきっとこれは杞憂に違いない。そう思わなければ訴えられてしまう気がする。

 

書斎の前に辿りつく前に、ちょうど玄関にてしほ殿と鉢合わせる。

すると空気が氷河期の如く凍結し、独特の緊張感が辺りに漂い始める。

まさか常夫さんが浮気をし、その浮気相手がカチコミに掛けたのでは? となると女の戦いが始まるわけか、あぁ恐ろしや恐ろしや。……一応、暴力沙汰になったら対処できるように準備はしよう。

体感では十秒程度の沈黙が永遠にも感じた頃、客人である彼女がこの沈黙を打ち壊した。

 

「お久しぶりです。西住流家元」

「久しぶりね、蝶野さん」

「最後に会ったのが確か二年前でしたね」

「そうですね、貴女が大学戦車道の優勝を飾ったときぶりです」

 

……戦車道だと?つまりは彼女、戦車道の経験者か。身構えてしまったがこれまた杞憂だったようだ。にしても大学に行けたのは羨ましい。それ以前に中学と高校に上がれているのも羨ましいが。

しほ殿は一般人にはわからない程度に表情を和らげた。私生活でも滅多にしない行為だったために、一年の居候生活をしていた俺には彼女が喜んでいるのだと感じ取れることができた。

 

「あがりなさい。ちょうど美味しい茶菓子が入ったところです」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

彼女は目を煌めかせながらに感謝の意を伝える。さて、どうやら俺はお邪魔虫のようだ。さっさっとこの場から離れて煙草を喫煙しよう。

クルリと転進するとしほ殿から謎の威圧が掛けられた。戦車の重量の如き圧は最近平和ボケし始めた俺は簡単に気圧される。去るにも去れないこの雰囲気に圧倒された結果、去ることを妥協しざるおえない、要するに屈したのだ。渋々と俺は彼女とともに家へとあがった。

 

 

やはり俺は場違いなのではと薄々感じ始めていた。

当初から茶菓子とお茶が置かれるのを境に、蝶野と呼ばれた彼女は茶菓子を摘みながら戦車道関連の話を始めた。無論のことそれが本題であり、しほ殿も戦車道関連の会話を行っているため、戦車道関連では無知の知である俺は招き猫のように机の隅でおとなしく正座していた。

勝手には茶菓子を取れないので、今までお茶を啜っていたが、いつしか無くなるのがこの世の定め、湯呑みは空となる。

 

うつらうつらと睡魔が遅い、眠くなり、座ったまま寝てしまおうかと考えた。しかし、しほ殿に茶菓子を一つ机を擦るように投げられる。要するに起きているとの意思表示なのだろう。抹茶の風味がする羊羹を大事そうに食べる。お味は大変美味である。

 

「そういえばこのお手伝いさんは?」

 

突如として俺の話題へと変わる。待っていましたと言わんばかりに羊羹を一口に食べてから自分の自己紹介を始める。

 

「私の名前は伍長、名字もなく名前もないためこれが本名です」

「それはどういうこと?」

「記憶喪失です」

「それは……very苦労したでしょうね」

「苦労はしましたがしほ殿が拾ってくださったため、今は幸せです」

 

彼女の心配を感謝の気持ちに溢れた笑みで返す。

この世界に来てからは幸せ尽くしで満喫していた。娯楽もあるし仕事も、可愛い妹分もいるため毎日が充実していたりする。……煙草の値段は高いけど。

横目でしほ殿を覗くと不思議と顔を伏せ、頬に赤みを帯びていた。

しほ殿は照れているのか判断がやや難解ではあるものも、俺にはそう捉えることができた。

 

 

「そういえばご職業は何をなされていたのです?」

 

その瞬間、俺の口がくぐもる。あんなにも嬉しそうに話していた口が途端に喋れなくなってしまった。笑みはロウソクの火を消されたように消え失せる。

恐らくはこの前の凛とのやり取りが影響しているのだろう、過去の情景が色濃く思い出されてしまったのだ。動悸が早まるのを感じ、手には汗が滲み出る。

彼女は首を傾げる仕草を見せる中、俺は無理やりに口を開き声を発しようとした。

 

「軍、人でした」

「ちなみに何処の国に勤めていましたか?」

 

言えるはずがない。此処は時代が違っても日本にも変わりはない、しかし数十年前の日本兵だと暴露できない。そんなことをしたら精神が病んでると思われ、西住流に首を切られて疎遠になるだろう。或いは納屋に監禁というオチがある。

後者においてはそんな問題はないと思うが産まれた時代背景がそうであったため、嫌でも考えてしまった。そしてその不安が今にも通じていたらと思うとさらに胸が圧迫する。

無意識のうちに呼吸も辛くなり、一刻でも早くこの場から立ち去りたかった。掛け時計の秒を刻む音が動悸を促進させ、額に熱が帯びて少しばかり頭痛が響く。

 

「そのことは私らにも伝えられていません」

 

救いの手を差し伸べたのはしほ殿だ。様子がおかしくなった俺を見て察したのだろう、彼女の言う通り、俺は伝えてはいない。それに人を殺めたということすらもだ。

徐々に呼吸も落ち着き、動悸も収まる。「すみません、忘れでしまった」と偽りの謝罪を掛けると蝶野さんも「しょうがないです」と気にしないでくださった。私情には深入りしない蝶野さんに救われた。

 

 

けど折角できた会話の機会に入るため、俺は彼女に質問をする。

 

「蝶野さんはどういうご職業で」

「私は自衛隊に所属しております。といっても新兵ですけどね」

 

自衛隊、俺の死後に日本で組織され、国防に重点に置く組織だったな。日本軍とは違い交戦権がない点が大きく異なる。

俺とは違い、攻撃する側から防衛する側に変わった国は俺とは相容れぬことだろう。前にテレビで知ったことだが誰一人敵兵を殺してはいないらしい。そのことを聞くと尚更だ。

 

つまり、俺は時代の波に取り残されたたった一人の旧人というわけだ。悲しく孤独にも思えることだが、総国民がそう願ったのならば尊重しよう。軍人は国民を護るために戦うのが本分なのだから……。

 

「何か教えて貰うことはできますか!」

「お、教えてもらうこと…?」

「はい! 何でもいいです!」

 

彼女は今後の自衛隊生活に必要なものを先駆者である俺に問いただす。喋り方も敬語寄りだ。俺は狼狽しながら彼女に伝授することを探す。

いくら何でも人を殺める方法とか奇襲の方法とかを伝えるわけにもいけないしな。戦車道をしていたとなると確実に戦車関連の兵科だ。となると教えることはない、俺ただの歩兵だし。

 

「き、緊張しない方法ぐらいですかね。教えられるのは」

「それは一体どういう!」

「え、えーと。……剣を振るですかね」

「剣を振る……」

 

マズい、やらかしたな俺。流石に自己流かつ根拠の欠片もない方法で、他人が精神統一できるのだろうか。そもそも緊張を無くすのではなく、和らげるという言い方が正しいのだろう。人によって緊張の種類も変わるので一概にこれがいいとは言えない。

ふざけるなと怒鳴られたら素直に謝ろう、これが一番だ。

 

「なるほど! 剣に精神を宿して精神統一ということですね!」

「そ、そうだ! 日本刀ならいいのだが、箒でも何でもいいのだ!」

「では今度実践したいと思います!」

「そうか、頑張ってくれ!」

 

疑いもせずに信じてくれた彼女には罪悪感が募るも、まあ仕方がないと割り切った。しほ殿は白々しいなと視線で訴えかけているがそんなのお構いなしである。

かくして、予想外の来訪者との相手を終えた。

 

しほ殿から後に胡散臭さの権化という不名誉な称号をいただいた。案外そうなので反論の余地ができないのが悲しいところである。

 




家元と蝶野さんは戦車道で知り合ったという独自解釈でお願いします。

https://twitter.com/watanabeJu87


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小さな横暴姫

お気に入り300人越え突破!
皆さんありがとうございます!


久しぶりだな天国で仕事に勤しむ兵士諸君

お前らが俺のことを想ったらきっと嫉妬や妬みが多いだろう、何故なら放浪旅が多いからな。

けど今は違う。

現在俺は、俗に言う引きこもりというモノではなく立派な社会人として働いており、バイトではない正式な職である。

その職業は学園艦の用務員だ。

この学園艦は大きく、緯度だかの関係でよく雪が降る。四季は常に冬らしい。

特産品のリンゴを食べてみると甘くて美味い。現代の技術というのは素晴らしいものである。

そうだ、まほは中学二年生になってみほが中学一年生になったぞ。

 

 

「……寒いな」

 

北風か海風かはわからないが吹雪いて俺の身を冷やす。広大な校庭には雪が積もり一面銀世界の世界である。積雪はくるぶし程度で支給されたブーツを履いているものも、表面を貫通して冷気が入る。靴下を二重に履いてなんとかという具合だ。

 

俺は寒さに身を震わしながら枝切りハサミで植木を整える。枝は音をたてて切り取られ、地面に落ちる。

何故俺が西住家から離れえたか、それは至極簡単なもので産休していた本来の講師が帰ってきたからだ。元々俺の契約は講師の不在時の担当、つまりは仕事を果たしたのだ。

そんな俺を西住家に置いておいても食い扶持を減らす厄介者なので自分から出て行った。幾ら給料を貰ったところで定職に就けなければ減り続ける一方。

だからすぐに定職に就きたかった俺は用務員になった方がいいと判断を下した。

 

最初に履歴書を提出しただけで早期採用されたのだが、こんな過酷な環境下に置いては

納得しざるおえない。

年中雪は降り、極寒の寒さが身を襲って交通の便もさしてよくない。それに学園艦に不適切な存在は要らないということで風俗もない。

けど、このぐらいの環境下であれば大和魂で乗り切れる。精神論で補足できる範疇だ。

 

「ぶぇっくしょい!!」

 

寒さからか盛大な音をたててくしゃみをする。この学園艦はプラウダ学校といってソ連、いやロシアを模倣した学校だ。

だけどここまで環境下を合わせる必要はないと思うがな。俺は東北出身だから多少は寒さには強いはずだが、濡れたタオルを振るとたちまちの内に凍り、凍ったゴーヤで釘が打てる程に寒いのはきつい。巨大かつ強靭な大和魂が日に日に摩耗している気がする。

 

 

「お腹空いた……」

 

植木の手入れをしてから早二時間、ちょうど昼食を知らせる鐘が鳴り響く。

グダグダと寒さに震えながら作業をこなしてると妙に長く感じる。早く仕事を終わらせて用務員室で暖房という文明の利器でだらしなく過ごしたかった。

しかし冷気で手が思ったように動かない、手早く終わらせようとハサミに力を込めようとするがそれにも苦戦した。

 

腹の虫はここぞとばかりに待っていたと腹を鳴らす。

学校の食堂は教員や関係者は使えるようになっているものも、視線が刺さるばかりで安心して食えないのだ。

 

なら用務員室で食えばいいと言及されるが、生憎カップ麺のストックが切れていた。

ちなみにだが、俺の居住地は学校内の用務員室。そこには簡単な台所はあるが一口コンロでちいさな流し台のみで碌な料理が作れたものではない。

煙草は深夜帯だと室内で吸ってもバレないが、昼間に吸ったら怒られてしまった。

 

「……今日は飯抜きか」

 

今回ばかりは仕方がない、と俺は見切りを付けて唯一許された喫煙所へと足を進める。

足が積雪に埋もれて転倒をしたり滑らせたりして前に一歩一歩進む。

道中気まぐれとして、雪遊びに興じる女子生徒に挨拶を掛けてみる。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは……」

「ど、どうも」

 

こんな風な感じである。まあ異性ということで警戒されていたりするのだろう、何せ前の用務員さんは高齢の女性だったという。

プラウダ学校は女子高でもあるためか男性に対して免疫が弱い。こんな反応をされるので尚更食堂には赴けないのだ。

 

 

支給された上着に大量の雪がこびりつきながらも、喫煙所に到着した。

喫煙所近くの自動販売機にて缶コーヒーを購入して、雪で埋もれたベンチを発見した。

立ちながら吸いつつもコーヒーを飲むのは面倒なので手で雪を払い、席に着いて内ポケットから煙草とライターを取り出す。

防水機能を備えた上着だったが煙草を濡らすのは非常に嫌だったため内側にしまっており、取り出す際に冷気が身体を通り抜けて思わず身震いする。

 

煙草を安物のライターで点火させ口に挟む、手袋を着用しながらライターを使うのは手間がかかるがこれ以上冷えたくなかったので、そこは気合いで解決した。

精神論は重要だとわかるな。

 

「あぁ、身に染みる……」

 

口から紫煙を吐きだしながら片手に持った缶コーヒーを啜る。無糖で甘みは存在しないのだが、身体を温めるのには十分であり、もう暫時休憩を続けていたいと無意識に思ってしまった。

煙草を吸うことで幾分か猶予が生まれたのか、今日は鍋焼きうどんにしようと夕飯の献立を決め始めていた。

 

 

だが煙草を二本吸っていた時、突如として猛吹雪が襲いかかる。

屋外の喫煙所にはかなり厳しい条件下であり、視界が劣悪なものとなり五メートル先すらも見えない。一寸先は闇といった表現ではなく、一寸先は白というのが正しいだろう。

マズい、マズいぞ。こんな寒さには敵わない、さっさと室内に退避するに限る。

 

俺は周辺の屋根のあった建物はと記憶を巡る。

すると先程缶コーヒーを買った自販機はベンチがあり、屋根が取り付けられていたことを思い出した。

まだ吸い始めた二本目の煙草を咥えながら、うろ覚えの道をゆっくりとした歩調で戻っていく。

 

 

横から吹雪く中俺は歩き、倍以上を遭難した挙句にようやく辿り着いた。

こんな厳しい環境ではもう野外に生徒が居ないと考えていたが、案外そうではなく小さな少女が佇んでいた。

彼女は恐らく吹雪きが和らぐのを待っているのだろう、天候が回復するのを腕を組みながら足で一定のリズムを保ちながらに小刻みに踏んでいた。

 

「ひっ!?」

 

距離が近づくに連れて彼女側も俺を視認できたようだ。

しかし何かに驚嘆する声に俺は苦笑いをせざるおえない、きっと彼女から見れば俺は雪男のようにも想えたのだろう。

 

「邪魔するぞ」

 

屋根が雪から守ってくれる範囲に辿り着き、彼女とは距離を置く。

あんな反応をされたらこうした方が彼女のためにもなるだろう、最後の一服をして空になった缶コーヒーに押し込んだ。

自販機に内蔵された電子時計を確認すると一二時半、もう四十分後に授業が再開されるだろうと呑気に考えていた。

……これで手入れをしなくてもいい口実ができた。

 

「ねえ、何でアンタ笑ってるの?」

「あっ?」

 

堕落した一面が露出してしまったようだ。言いふらされてしまったら失墜するのだが、何故か寒さからかは知らないが嘘が出てこない。

黙っているのも相手に失礼だと考え、俺は内訳を話す。

 

「植木の手入れをしなくてもいいからだ」

「……だらしないわね」

「外を見れば一目瞭然、吹雪いたせいで雪は積もりっぱなしだ。お前らが下校する前に雪掻きをするのにはかなりの時間が掛かるからな」

「へぇー、カチューシャたちのためにね」

「まあそういうことだ。てかカチューシャと言うのか、お前」

「そうよ、何か文句でも」

「特に」

 

かなり高圧的な態度を取る少女で身体との言動に合っていない。

……いやむしろ合っているのかもしれない、我がままばかり言う幼子としては。

彼女の態度を少し、みほにもやってやってくれ。常にオドオドしているから割とよくなるのかもしれない。

だけどみほの奴、以外に怖い一面があったりするからなぁ……

 

「それでアンタの名前は、他人の名前を知ったら自分も名乗り返すのが普通でしょ」

「それは理にかなっている。では名乗ろう、俺の名前は伍長、名字も名前もない」

「何よそれ、馬鹿にしているの?」

「会ったばかりのカチューシャを馬鹿にするとでも? ちょいとした出来事にて記憶喪失になった、ただそれだけだ」

「そうなの、珍しいわね」

 

彼女はつまらなさそうに返答をする。過去について掘り下げられないのはありがたい。

にしても、珍しいか。天国に行けばたくさん珍しいものが見れるのだが、亡国の軍人やら十人十色だからな。

ローマ兵とかが走って何処かへ向かう様子を俺は窓枠から見たことがある。古めかしい装備で走るが内容としては書類についてなのだから滑稽にもほどがある。

 

「なあ寒くはないか?」

「寒いに決まっているわ」

 

短いスカートを履いていて見るからに寒そうでいたたまれない。

俺は財布を取り出して二百円を出して彼女に渡そうとする。

 

「何よこれ」

「寒そうだからこれで好きな飲み物買え」

「ふ、ふーんこのカチューシャに媚びを売ろうっての?」

 

こうへそを曲げた返答なのだが、手に握られた硬貨が欲しくてうずうずとしている。

煮干しを目の前に出された猫のようだ。

案外可愛げがあるなと感じつつも、軽い弁明の一つを返すことにした。

 

「とんでもない、俺はただ寒そうだからという理由でお前に渡すだけであって、偽善とか恩を売るという感情は微塵もない」

「そ、それなら貰っておくわ! 感謝なさい!」

 

彼女は嬉しさ籠った言いぐさで硬貨を受け取り、即座に自販機に投入した。どうやら買いたいものは決まっていたらしく、右下の温かいココアを選択した。

ガゴン、と選ばれたココアが発展した文明から誕生した機械のお化けにより吐きだされる。

温かいココアの蓋を開け、この寒さで冷えた手を温めるかのように両手で掴む。

どうやら猫舌の彼女はココアを飲むために息を吹いてからココアを口にする。

 

「ふぅ、温まるわ」

「あともう一つ理由があってな」

「何よ」

 

彼女はさも幸せそうな顔つきでココアを堪能していた。その様子を眺めているだけで俺の心は満ちて、別の意味で温かく感じ、口元から笑みが再度零れる。

そして、実はカチューシャにお金をあげた理由としては二つあり、最後の一つを話し始める。

 

「お前のような幼子を見ると、何かこう庇護欲が生まれてだな。甘やかしたい気持ちが浮上してだな……」

「はあっ!? カチューシャはもう中学二年生よ! 子供扱いしないでちょうだい!」

「あっはっは! 背伸びしたって俺にとってガキ当然だ」

「私は子供じゃないわよ!」

 

どうやら俺に指摘されてか彼女はムキになっているようだ。実際、彼女は二年生だったという事実に驚きを覚えたが、まあ四月から学年が上がるわけだから同じだ。

煙草をこの娘の前で吸うのは大人としてだらしないので我慢することにした。俺だって非常識なことはしない、受動喫煙で肺を病んでは相手に迷惑だからな。

 

 

「さて、少しは回復したか」

「そうね、これなら遭難しなくて済むわ」

 

駄弁っているうちに猛吹雪は衰え、ただの吹雪となった。視野も十メートルなら確認できる。

このぐらいなら自力で戻れると嬉しさを覚える反面、校庭の歩道の雪掻きをしなくては怠慢さを抱いた。

白いため息を吐いて、俺はのそのそと冬眠明けの熊のように屋根の範囲内から出る。

雪が深い、これは骨が折れるな。下手すればぎっくり腰になるやも知れん。

俺は途方にもない作業にも感じて苦笑いをする。彼女から見ればまた笑っていると思うだろうが、今回は意味合いが違うのだ。

 

「じゃあな、用務員は仕事をこなすこととしよう」

「……また会えるよね」

「はっ、弱々しい態度だな。まあ会えるさ、適当に散策してくれれば俺は居るさ」

「わかったわ! カチューシャとの約束、大事にしなさい!」

「了解した」

 

軍人でもない彼女に遊び半分に軽い敬礼をする。

彼女は立場的に偉くなったと感じたのか、踏ん反りがえっていて、今にも後ろ向きに転倒しないかが危惧された。

そういうことは万に一つのことなので俺は気にせずに去る。

 

 

 

けれど万に一つという偶然は意外にも俺の方へ飛来した。

自販機の所から百メートル離れた校舎に入ろうとした時、三階の屋根から落下してきた雪の塊が俺の頭を捉えて、見事に必中した。

強烈な外部からの一撃は俺の意識を飛ばすのには十分過ぎるもので、膝から崩れ落ちることとなった。

 




落雪には気を付けましょう
そしてかなり危ないので屋根には近づかないようにしようね!(小並)

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当然鍋は美味い

鬱展開が冒頭にありますのでご承知ください。
それとグロテスクな表現もあります。


――――――寒い

 

いつぶりだろうか、外側から感じる冷気ではない芯から震えるような寒さに周辺の闇具合は。

寒さに関しては故郷の東北の地で体験したものとは概念が違う。

 

―――――――辛く寒い

 

 

俺はこの寒さを体験、いや正しくは経験している。

あの夏の日、俺が力尽きた際に味わった。

真夏で太陽が憎たらしくこの身を炙りつつと共に脱力感にさいなまれて、あんなにも強固であった意識がまるで糸が静かに切れるかのように手放してしまった。

 

 

―――――暗くて底がない

 

そこからである。

俺はこの真っ暗な場所に存在し、ふわりふわりと気球のように宙に浮かびながらこの凍てつく寒さに堪えるようになったのは。

あまりの寒さで態勢をうずくまらせて寒さから耐えようと検討した。

 

 

―――――独りか、また

 

最初は叫び助けを求めたが、声が闇に吸い込まれて音は響かなく無意味だと知った。

俺はひたすらにジッと堪えた。まさに国家にもあるよう石に苔が生えるが如く。

 

―――――――お腹が空いた。また母ちゃんのご飯が食べたい。

 

ある時に、俺の身体に大量の何かが俺に侵入してくるのを知覚した。白い人魂のような物体が間断入れずに注しこまれていくのだ。

あまりの量に俺は感じるはずもない痛みを錯覚し、脂汗を浮かばせながら忍ばせた。

それは数百万と数えられる数だった、と神の使いは吐き捨て、社交的な笑みを浮かべていたのを覚えている。

あまりの数量に目がくらみ、卒倒しかけてしまった。大の大人が情けないとは思うがこれを赦して欲しい。

 

 

 

―――――もう痛いのも嫌だ。悲しいのも嫌だ。山ほどしたいことがある。

 

 

―――――死にたくない

 

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

 

 

 

 

――――――――――――誰か俺に一片の温もり()をくれ

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……何だ。何処だよ、此処ぁ」

 

あの深淵の淵とは断然違う場所に出た。

上下も横も、そして立体にも着色されて白く明るい。暗闇に巻かれて俺だったが、新鮮かつ色の重要性に再度気づかされる。

ふかふかのベッドで目を覚ました俺は前に何が起きたのかを思い出そうと頭に手をやると、髪の毛や頭皮ではない謎の感触が伝わる。

 

これは何なのかと取ろうとした途端に、囲うように掛けられていたカーテンが勢いよく開いた。

目の前に居たのは、吹雪を共にした幼子改めカチューシャで、彼女の友人だろうか隣に黒髪で肌白の生徒がこちらを眺めている。

 

「目を覚ましたのね」

「おい、何があった。何故俺は此処に」

「アンタ運がいいのか悪いのかはわからないけど落雪が頭部に当たったのよ」

「そうか」

「そうか、て簡単に言うけどアンタ東北出身でしょ! 落雪の怖さは重々承知でしょ!」

 

落雪の怖さは知っている。

屋根に雪が降り積もり、積もった雪の重さに耐え切れずに屋根の斜面を滑り落ちる現象。まあ全ての日本国民が知っていると言っても過言ではない。

しかし、雪がただ落ちてくるだけと油断してはいけない。雪にも質量があり、それが高所から落下して直撃し死亡する事例も少なくはないのだ。

 

ますます運がないなと思いつつも彼女に謝罪をしておいた。彼女は不服そうに受け入れてたようにも思えるが、頭にある物体を取ることに続行し始めた。

 

「ちょっと何で包帯取ろうとしてんのよ! 馬鹿なの!?」

「……これ包帯だったのか、素材が俺の使っていたものとは違ってな」

「包帯って易々と材質変わらないと思うのだけど……」

 

違和感が巡る理由としては常に包帯の代わりにボロ帯を巻いていたのが関係するだろう。医薬品が足りないのが常の戦場でいかに他の物で代用して生命を維持するかが重要であった。

だけど薬の代用は効かず、痛みに苦しみ悶える仲間を衛生兵が麻酔も使わずに腕を切開していたのを覚えている。泣きじゃくりながら父母のことを叫んでいたのが脳裏に焼き付いて離れない。

 

「ねぇ、顔色悪いわよ。一度病院行ったらどうかしら?」

「いや結構、寝起きだから悪いのだ。他は元気」

 

この雪の中で病院に向かうこと自体が酷であるとともに俺には戸籍がない。

だから保健証すらも持ち合わせてはいない、何故俺が職につけたかは証明書やらが要らない所で働いていたからだ。

今は西住流という後ろ盾のお蔭で何とかなっている節がある。虎の威を借るキツネだ。

 

「ところでそこにいるのはカチューシャの友人か?」

「そうよ、ねえノンナ」

「そうですカチューシャ、私はノンナといいます。カチューシャとは同学年です」

「何だと!?」

 

あまりの事実に仰天し、前のめりになる。

それもそのはず、何せ身体付きが全く違う。

幼女体系で一言で表すと生意気な子供みたいな娘とは対照的に大人しめで雪のような地肌、そして何といっても胸と尻だ。

まだ成長期真っ只中とは思えない容姿に対し、どこに驚かない部位があるというのだ。

 

「あー! 今カチューシャのこと馬鹿にしたわね! シベリア送りよ!」

「カチューシャ、彼は用務員ですのであまり効果的ではないかと」

「じゃあ先生に仕事サボったとか校内で喫煙してたと言いふらすから」

「それは駄目だ。俺の首が吹っ飛ぶ」

 

仏の顔も三度目の正直という諺が存在するように、俺はもう二度バレているため次はない。バレたら会議が開かれる暇もなく即刻即日首であろう。

よくも悪くもこの学校自体、校長が絶対なのだと。冷や汗を浮かべながら決死の弁解をこなす俺にノンナから哀れみからか冷やかな視線が突き刺さる。

さながら氷柱で刺されたかのような冷たさである。

 

「……どうしたら許してもらえる? 示談のモノとしてはお菓子、もしくは忘れ物をした際に隠密に校門やら教室を開けてやろう」

「はあっ!? そんなモノでこのカチューシャ様が買収されるとでも思ってるわけ、二つ合わさっているのは当然のことよ」

「横暴すぎやしないか!?」

「……そうね、ならこうするのはどう?」

「常識の範疇で頼む」

「心外ね、つまり鍋パよ!」

「何だ鍋ぱぁというモノは、意味不明だ。新たに開発された電探か?」

「伍長、でしたっけ名前。要するにカチューシャは鍋をしようと提案したわけです」

 

なるほど、それなら納得する。

確かに鍋という英単語に祭りやドンチャン騒ぎのことをパーティーと呼称されていた。

簡単に言うと彼女らで鍋を囲むから俺は素材を買ってこいと、いいだろう乗ってやる。

 

「なら素材は二人分でいいな、それ相応の品を買ってくるから暫し待て」

「何を勘違いしてるのかしら、三人分よ」

「……俺も含むのか?」

「当たり前でしょ、鍋は皆で囲んだ方が美味しいのだから!」

 

……できる娘だ。あの態度さえなければできる娘で収まるのに、勿体なさを感じる。

けど鍋は何処でするのだ? 悲しいことに鍋は一人用しかないために、此処では開けん。

 

「場所は此処の用務員室、まあアンタの部屋ね」

「えっ」

「ではカチューシャ、私は部屋の炬燵を温めておきましょう」

「待て待て待て。何故そうなる、鍋は一人用だぞ?」

「だったらカチューシャの家から持ってくればいいじゃない、学校から近いし」

「そ、そうだ授業はどうなった。ほら早く教室に行け、学業を怠るな!」

「もう終わっています。カチューシャの昼寝をした際は放課後です」

 

ちくしょう、もう放課後なのか。

逃げ道が封鎖されていき、俺に残された選択肢は鍋を囲むという選択肢しか残らないのだがどうしたらいい?

……えぇい!! もうこうなりゃ自棄だ!!

 

「わかった了解した! 俺が、お前らと、鍋を囲めばいいのだな!!」

「そうよ!」

「カチューシャ案内しろ、鍋と食材は俺が運搬する」

「やりましたねカチューシャ」

「そうね!」

 

 

 

二時間後、俺と彼女らの鍋パーティーが始まった。

とはいったが、食材に関していえば彼女の好き嫌いが影響を及ぼし、うちの県の郷土料理であるカキが鍋に投入できなかった。無念である。

代表的な鍋の食材が鍋の色彩を彩り、食らう。炬燵と鍋は最強の組み合わせで中々に心地がいい。

 

「おいカチューシャ貴様、常に肉しか食っていないだろう。もっと白菜などの野菜を食え、バリバリと」

「えー、そこまで美味しくないじゃない」

「そんなこと言っていると大きくなれないぞ」

「そ、それは……」

 

彼女は俺の言い分が正しいことに気づかされると歯切れの悪そうに返答する。

こんなにも高圧的な態度を取る少女だ、威厳に劣らない程の体格を望んでいることは見抜いた。俺の観察眼は高いと自負できるからな。

 

「ノンナの体格を見ろ、チビ助のお前とはこうも違う。背も高いし落ち着きもある、それに……」

「それに?」

 

何故だろうか、まだ齢一五歳程度のノンナから溢れ出るこの威圧感は……。

俺は今、彼女の身体的特徴を口走りそうになって慌てて口を閉ざしたが、この言葉を言ったら最後な気がしてならない。

さながら蛇に睨まれた蛙といったところだろう、脇見をしてみたら表情は一切変えずに俺にだけその威圧を飛ばしていた。

どうにか誤魔化そうと脳内の辞書を模索した結果、彼女に該当し失礼にもならないような語彙を引っ張り出して引きつった笑みで話す。

 

「れ、冷静沈着な判断がこなせるようになるな!」

「そうかしら、身体の成長とは比例しないのだけど……」

「否、それは違うぞカチューシャ。つまり人の身体は食器だと仮定しよう、器が大きければ当然中身に入れる量も増える。それと一緒だ」

 

見苦しいまでの詭弁を吐く俺のザマをしほ殿がご覧になれば予想がつくだろう。呆れ果ててため息を吐くのが毎度恒例、それに無神経だとお叱りの激が飛ぶだろう。

だけど幸運か、それとも無知なのかは知らないがカチューシャはこの詭弁を信じ、さぞかし不愉快そうな表情を浮かべ白菜を食し始めた。

「流石ですカチューシャ」といった風に激励が飛び、さぞ誇らしげに「ふん、当然ね」と応える。

 

 

まあ無理なものは少しずつ挑戦するのが最適解だ。

強制的に強いると逆に苦手意識が高くなる。もしくは食わなくていいとなると大人になっても食えなくなる。

だけど慣れてさえしまえば後の祭り、苦手からちょっと苦手なものに昇華するのだ。

 

ナスが食えない己を高く棚に上げ、この微笑ましい光景を見守っていた。

 




カキの鍋って美味しいですよね。
例え、残ったとしても朝のスープにもなりますし。
皆さんも是非ともカキ鍋を試してみたらどうでしょうか、ただしノロウイルスなる可能性が高い生で食すのは控えた方がいいです。


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始めてのショッピング

何? ノンナは高校で出会うですって?


伍長が来たのでバタフライ効果でも起きたのでしょ(投げやり)


「あー、ようやく寄港が可能な日か。何をしようか」

 

俺がプラウダの学園艦にて用務員として過ごすうちに一学期が終わろうとしていた。

一学期を終えると夏休みが、しかしその前に学生諸君が非常に忙しい時期が存在する。

 

そう期末試験である。

試験にてもし赤点を一つでも取ると夏休み中に補修を受けることとなる。

補修日にいかなければ、陽の当たらない特別学舎で宿泊しながら授業を受けるという身体的にきつい罰を受ける。体罰だと思うが、実はこれ校則の一つだ。

 

あいにく期末試験という学生の苦行に関しては俺にはわからない。

軍人になっても俺らは基本体力のことばかりで頭は使わない。士官でも尉官でもないからな。

しいて頭を使うことといえば重火器の使い方や塹壕の掘り方程度だろう。

 

俺は換気扇を回しおもむろに煙草を一服する。

煙草は二カートン、それも種類は別といった具合で買い占められており、気分などで二種類のうちの一つを選ぶのが流行りだ。

喫煙する教員仲間と一緒に愚痴を聞いたり、煙草の種類を当てる遊びをしてたりとかなり友好的な関係を気づけたと思う。

煙草は一日一箱、普通だな!

やはり至福の時間だ。誰にも邪魔されたくは――――

 

 

「伍長来たわよ!」

「こんにちは」

 

さよなら俺の至福よ。

某あの幼子が勢いよく扉を開けると老朽化のためか軋む。

眼を蕩けさせていた空間が変わり騒がしくなるのを肌で感じたのか、少しウザったいような表情を浮かべる俺。

そんなことはお構いなしに嬉々と、そして自慢げに手に持った書類を俺に提示した。

 

「見なさい、これが結果よ!」

「……嘘だろ」

 

俺は顔をやや青ざめながらその書類の内容を確認した。

主題は試験の結果、そして俺の目は記載されている数字を嫌が応でも捉え、感嘆の声を零す。

 

「何故学年で一位を採れるのだ…」

「ふふーん、これがカチューシャの実力よ。感服しなさい!」

 

なんということでしょう、十種類の科目にて採点された点数は百点かそれに近い数値とかなり高い。

目を見張るものが多く、彼女の勉学の才能を思い知らされた。

彼女はさぞ嬉しいのかそれか俺を馬鹿にしているのか、けたたましく声変わりを果たしていない高音を部屋中に響かせた。

 

「これなら文句はないよね」

「……はぁ」

「さあ確かに守ってもらうわよ!」

「あー、わかったわかった。約束(・・)は守る」

 

この約束というのは俺が試験前に冗談交じりに言い放ったことで、もしも成績上位者であったのなら寄港した際に好きな物を買ってやると豪語してしまったのがきっかけだ。

そしたら本当に一位という結果を獲得し、俺に四の五の言う隙も与えさせなかった。

バツが悪そうに煙草を揉み消し、彼女に問う。

 

「で、何が欲しい」

「そりゃあ着いてからのお楽しみよ」

「そうか」

「カチューシャ、ちなみに給料日は寄港する前日だそうです」

「何故そういうのを知っている!」

「なら高いのを買えるわね!」

 

なんてことだ。自ら蒔いた種とはいえこうも自爆するなど、まったく大笑いだ。

確かに給料はちょいとばかし高額だが、仮にカチューシャが何万の商品を買った場合には俺は当分もやし生活だ。

貧乏には慣れたつもりだが、この快適な生活に慣れてしまったせいか耐え切れるか危うい。……下手すれば塩と水と日光で暮らしていそうなのだが。

 

けど約束を守らねば彼女の信頼を失うこととなる。失った信頼を取り戻すのは容易なものではない、むしろ酷だ。

だから多少無理はしてでも彼女の要求する物を購入するとしよう、そうしよう。

 

 

「ちなみに私もカチューシャに続いて二位なのでお願いします」

「俺の財布に穴を開けようとでもしているのか、お前ら」

 

残念、どうやら塩が砂鉄になるそうです。

まあ鉄分接種できるな、やったな。……俺八月の給料日までやっていけるか?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ということで無事寄港日です。

空は阿保みたいに快晴、こんな日はゆっくりとするのが一番なのだがそうともいかない。

答えは単純明快、カチューシャたちの約束を果たす日が今日だから。

久々の陸地ということで歓喜するカチューシャ、心なしかノンナの方も喜んでいる風にも想える。やはり冷静沈着を装っているだけで、心はまだまだ少女なのだろう。

……俺と同じ身長に至ってはいるが。

 

まあ彼女らの格好はカチューシャは可愛らしいという表現が正しい服装、ノンナは歳相応の普通の格好ではあるも謎の色気が溢れている。

嫁入りの際こういう女性だったら即座に申し込むのが大人数だろう。そのうちの一人が俺であるが。

 

ヘルメットを被せ向かった先は、彼女らが指定した大型のしょっぴんぐもーるという施設。幾つもの店舗が敷地内に密集することで構成されたモノを指し、多種多様な店が連ねている。

正直なところ、こういうところは行った経験がなく恥ずかしながらも内心、心が躍っていた。遊園地やサーカスみたいに地図を見ているだけで楽しい。

 

「なに雪だるまみたいに突っ立ってるのよ、粛清されたいの?」

「そうみたいです。カチューシャの無慈悲な鉄槌を彼に」

「俺を気軽に粛清するな。それになこの行いには経緯があるのだ」

「経緯とは?」

「単純に言おう、こういうところには行ったことがなくて戸惑っているのだ」

「へぇー、粛清を逃れようとそんな嘘を」

「違う違う、こういった娯楽施設は行ったことないのだ。子供の時には貧しくて映画館やサーカスにも行けなかった」

「……」

「……ごめんなさい」

 

日頃は自分勝手な態度を取るカチューシャだが、その時だけ申し訳なさそうな表情に変わり謝罪をする。

別にこれは誰が悪いだけでもなく貧乏が悪いことを知っていた。

罪悪感に負われているだろう彼女を慰めるために脇に手を回してから高く持ち上げ、肩に載せる。俗にいう肩車だ。

持ち上げた際には小さな悲鳴を漏らしていたが意図を汲み取ったのか、おとなしく鎮座してくれた。

 

「ふっ、だが昔のことだ案ずるな。それにな今楽しめばいいだけだ」

「そうね! ならさっさと行きなさい!」

「わかってる」

「……カチューシャ、私と伍長とではどちらが乗り心地が良いですか?」

 

カチューシャの側近であるノンナは何故か俺に対抗心を燃やしているのか心地はどうだと訊く。

するとカチューシャは暫しの間に考え出した答えを言い放つ。

 

「やっぱりノンナのが一番ね、慣れてるし。だけど伍長のは肩がガッシリとしていて安定性には申し分ないわね。あとかなり新鮮ね」

「やりました」

「けど身長に関して言うとノンナの方が高い気がするわ」

「やりました」

「おい待てゴラァ」

 

俺に勝てた点が多かったのかこぶしを握り締めるノンナ、それに対し俺は身長のことでツッコミを入れる。

俺と彼女の身長差はさして変わらない範疇にあり、女子の成長期は中学生だという。

すなわち今の期間だけ彼女が勝っているだけであり、いつか必ず俺が凌駕するということだ。

これは約束されていることで、少年期に栄養価の低いものばかりを食べたためこの身長になったが、今となっては栄養価の高いものを食べているわけできっと大きくなれると信じている。

 

 

それで彼女らが向かった先は意外にも模型屋。

中に入るとレトロ風味の内装で、商品棚にはたくさんの戦車や軍艦に飛行機、ましては拳銃の模型がズラリと陳列している。

商品の豊富ぶりには目移りする俺ら一行、彼女は背の低さを台で補いながらお目当ての商品を探す。

 

「あったわ!」

「流石ですカチューシャ」

「どれどれ」

 

店の奥から彼女の報告が聞こえる。

薄暗くやけに狭い店内を身長に歩き近づくと、彼女は縦三十センチ、横四十センチほどの箱を提示してきた。

箱の表面には露骨にデカい長方形型の砲塔を何とか支える車体、そして何といっても砲の口径が大きい戦車が堂々と描かれている。

 

「KV-2ですか、いい戦車です」

「でしょでしょ!」

「……デカすぎだろ、すべて」

 

我が皇国の戦車と比べると二倍もある大きさに息を呑む。

カチューシャの所属する学校はソ連を模倣している。それにKVという略称はどうにも引っかかる。

何だっけか……

 

「思い出したぞ、ソ連戦車か」

「正解ね、一撃が超強いから!」

「十五センチは伊達じゃないですからね、消し炭です」

「十五センチとか艦砲と同じだな」

「この破壊力に勝る戦車はいないわ!」

 

彼女はさぞ自分の好きな戦車が褒められて上機嫌らしい。

けど女子でこういうのを買うのはさぞ珍しい気がするが、まあ戦車道の生徒だし例外か。

値段もそこまでだし財布に優しい。それとせっかくの一位を獲得したのだからもう少しおまけしてやろう。

 

「ならもう一つだけ買っていいぞ」

「ホント!?」

「あぁ、例えばこういうのはどうだろうか」

 

俺はたまたま隣に並んでいた我が国の偉大な戦車を手に持つ。

種類はチハ、沖縄では小さながらも奮闘していたのを覚えている。やはり日本戦車は素晴らしいのだ!

 

「えぇー、小さいし弱いから嫌よ」

「伍長、カチューシャの趣向を考えてはいかがでしょうか?」

 

猛烈なダメ出しをされてしまった。遺憾の意を表す。

十分程度考えた挙句に選んだのはSU-100という駆逐戦車である。日本戦車の方がカッコいいのに何故わからない。

 

ちなみに十分間の間に模擬刀が飾られているところで品定めをしていた。

木刀で素振りをするのもいいが軽い、本来なら真剣が最適なのだがまほにあげてしまった。

したがって俺は素振りのために模擬刀の購入をした。なお案外値が張る品物が多いなか、装飾が少なかったためか安値の物を買えた。

彼女らはそんな俺を見て鼻で嗤っていた。刀は日本男児の宝である。

 

何がともあれかなり良い買い物ができたとご満悦気味のカチューシャ。

さて夕暮れになってきて帰る頃合いだと判断した俺は学園艦へと戻ろうとする。

 

「待ってください、まだ私の買い物が済んでいません」

「あっ、そうだった」

「私は帽子が欲しいので帽子屋へ向かいましょう」

「だな」

 

俺はノンナがどんなのを買うのか楽しみにしていたが買ってきたのは、彼女の外見とは不釣り合いの帽子だった。

毛糸で作られた愛らしくも暖かそうなニット帽でそんなのを被るのかと驚いたが、彼女は察しろと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。

 

ふと思考してみるとカチューシャのためかと判断できた。そのカチューシャは俺の背ですやすやと熟睡しており、秘密のプレゼントとして購入したそうだ。

忠臣のノンナならではの贈り物だとふと笑う。

 

どんなに冷淡を演じていても慈愛というのは隠し切れないのだと深く実感しつつ、窓を鏡に映る俺自身を見る。

夕日が自身の顔を温かく染めているのに対し、影の部分が濃く表される。

その風貌が俺を表現していると考えるとまさにその通りだと感知してしまった。

 

楽しくも哀しくもあると―――――

 




KV-2の車内で焚き火を起こそう!


めっちゃ煙そう(小並)


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温泉とプールが混合した何か

皆大好き水着会、お正月なのに。
それとプールだとタトゥーを入れた人は上半身に着るウェットシューズを着れば入れるところがあるそうです。


「うら喰らえ!」

「ふーん! そんな攻撃当たるわけないじゃない!」

「今です同志カチューシャ」

「ガノンドルフの一撃、目に焼き付けなさい!」

「なっ!?」

 

現在、此処プラウダでは絶賛夏休み中であり、暇を持て余した小娘二人が二十代の男の元へと趣き、携帯げーむ機にはまっていた。

ノンナに強要されてから俺も本体と内容物を購入し彼女らと対戦をしている。

結果としては俺の惨敗、デッカイ剣を振り回す巨体の鉢巻き戦士を用いて再戦を繰り返したがそのたびに撃破されて俺は気怠くなっていた。

負け続けるのだから仕方がない。

 

「あはは! 伍長って弱いのね!」

「仕方がないだろう、仕事だってあるのだ」

「けどそれなら私らにも戦車道がありますよ、毎日」

「ぐぬぬ……」

「まっ、これもカチューシャたちの才能の差ね」

 

やる気がない俺は頭を掻いた後にごろりと横になる。絨毯に暖房機能が積め込まれているので非常に温かく、炬燵に入ったまま寝ると一時間後には暑くて起きてしまう。快適なのに不便だな。

けれど昼間にゆったりとできるのであれば気にせずにいよう、みかんが甘いぞ。

流石に子供が隣に居るにも関わらず喫煙は悪いので煙草代わりの棒状の菓子を咥えて遊具の電源を消す。

 

「あー、お前ら他にすることはないのか?」

「年中真冬なのですることが限られているのよ」

「厄介だな、俺なら外で遊べとつまみ出すというのに」

「確かにやりそうよね、アンタ」

「俺がまだ小さな時には外でカブトムシやら川遊びやらしたものだ」

「これまた随分な田舎ね」

「そうだよ、何処もかしこもみんな田舎だったさ。軍港があるところ全てが都会だったからな」

「何よそれ、古臭い時代ね」

「……俺が古臭い人間の理由がわかっただろ」

 

昭和生まれにしてみればこんな綺麗で煌びやかな街が大小構わず存在する時点で驚くものだ。時代というのは流れるもので俺らの非常識を常識に、逆に常識を非常識に変えてしまうものなのだ。

明治の人間からみてもに空を飛ぶ機械が五十年後に完成するとは思わなかっただろう。

 

「けどそんな古臭い風潮に固執する馬鹿もいるそうだ」

 

一部の新聞を部屋の隅から取り出して彼女らの前に提示する。

内容には本土にて辻斬りが発生したと大見出しが載せられており、世間を騒がしている話題だと感じ取れるだろう。

……まあこの便利に溢れた時代、新聞などは使わなくてもテレビで概要は知っていると思うがな。

 

「日本刀のような得物で行われた案件ですね」

「しかも自誅と書いた紙を遺体に貼り付ける。悪趣味な奴だ」

 

天に代わって誅罰を下すというのが天誅の由来、それをこうも改ざんされて自分のために誅罰を下すとは身勝手な奴だ。反吐が出る。

だがこうも現代の警察に捕まらないとなるとかなりの腕前だな、計画性はあるのかないのかは不明だが手際よくこなせるのが証拠だ。

 

「け、けど私らには関係ないのよね?」

「……そうだ!」

 

俺は作り笑いを浮かべてこの状況を流すことにした。

何故俺が演技に徹したかは彼女を落ち着かせるためでもある。

しかし心の底では憎悪や激怒といった感情が渦巻き、それらを抑えるための演技だったのかもしれない。

 

「よし、ならば明日は出かけるとしよう!」

「ならいいところがあります」

「何だそれは?」

「温泉プールです」

「温泉か、悪くはないな」

 

たまには厳しい労働下に置いて疲労困憊の身体には丁度いい機会だろう。

毎日毎日雪かきの連発でしもやけの痛みに慣れてしまった。腰にも負担がくるので解消するにもいいだろう。

ぷーるという単語には気がかりではあるがな。

俺は嬉々としてその提案に賛成の意を表明する。

 

「カチューシャはどうです?」

「もちろん賛成よ!」

「明日の十時に温泉プールで会合しましょう」

「期待しておこう」

 

かくして彼女らと温泉に向かうことが決まった。

後に俺はぷーるという単語を調べるとどうやら水遊びの場所のようなので至急そういう店に向かい、水着を購入した。

だけど疑問点が存在する。温泉で遊ぶとはこれいかに?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「遅い! 五分遅刻よ!」

「すまない、転んだ」

「同志カチューシャ、これは料金を彼が支払うことにさせましょう」

「いい考えね!」

「元よりそのつもりだったであろう。まあ俺もそうだった」

 

慣れない歩道に悪戦苦闘して辿り着いた場所で三人分の料金を機械に投入した。

案外値が張るもので千円札が三枚消えてしまい、水着の出費で余計軽い財布がさらに軽くなる。

ため息を吐きながらも彼女らに券を渡し、脱衣所へと歩みを進めた。

 

内装はすのこが引いてあり、その上にロッカーが置かれてある。

地震が起きた際には倒れてしまいそうで不安だ。

それでも荷物を収容するには此処しかないため、手短な場所の扉を開けて鍵を手に付ける。鍵のひもが輪のようになっているので通せる仕組みだ。

ちなみにまだ開きっ放しである。

 

荷物を積み込み終え、周囲を気にして服を脱ごうとする。

周りには若い男衆が二人、グラサンを掛けてもまだ顔つきの鋭いヤクザ関係な人物が水着から私服へもしくはその逆へと着替えていた。

これなら素早く着替えた方がいいと判断し、上半身に手をかける。

 

「しまった」

 

服を脱いだのはいいがその瞬間に家の鍵がロッカーに仕舞ってある防寒着から零れ落ち、軽快な金属音を立てて脱衣所に響かせる。まさかの出来事に俺は舌打ちを鳴らす。

無意識に振り向く三人は俺の半裸を見て唖然とした表情を浮かべた後、さぞ気まずそうに目を逸らす。

 

それもそのはず、何せ身体の至る箇所には戦場の古傷が走っていた。

傷は大なり小なりと様々でどれほど戦場が過酷であったかを示すもので、弾痕を始め刺し傷に切り傷とさらには火傷の痕が存在していた。

幸いなことに自然と胴体に集中していたのか服で隠せたが、密かに腕にも弾痕が存在はしていた。

しかしそれらは記憶喪失時にできたと言い訳ができた。

 

この傷を隠すために昨日上半身に着る水着を購入して人目につかないようにはしていた。

せめて娯楽で楽しむ人もいるのだから不快な気持ちにはさせたくはないという気遣いからだ。

 

鍵を閉めてから謝罪を言う瞬間もなく、ちゃっちゃと水着に着替えてバツの悪そうな表情を浮かべ、すぐに去ろうとする。だけれどヤクザ風な男性が俺の肩に手を掛けて同情しているのか呟く。

 

「アンタ相当な無茶したんだな」

「はっ、俺は人殺しだぞ。極道であるアンタが所属している組よりも殺したのさ」

 

過去を詮索されたのか虚ろで胡乱な目つきで彼を睨み、雑に肩へと乗せられた手をどける。

彼もこれ以上は立ち入ってはいけないとわかったのか、それとも俺から放たれる狂気に立ち竦んだのかその後は何もしなかった。

俺は重い扉をこじ開け不愉快な瞳で歩くと、その姿が姿見鏡に映されているのを視認した。

 

 

――――――駄目だ、こんな顔じゃ彼女たちに嫌われる。

 

ぴしゃりと両手で頬を叩き気分を無理に変えると常に浮かべているような表情へと戻る。この瞳でこの表情で合っている、さっさと彼女と集合するのに限る。

誰も俺について喋る馬鹿もいないわけだ、別段構えなくてもいいだろう。無論、話しかけられたら威圧程度でなんとかなるだろう。

 

 

「あら、今度は早いのね伍長」

「失敗を生かすのが俺だからな」

「さっ、遊びましょう!」

「了解」

「早くノンナも来なさい!」

「……すぐに」

 

ノンナはどうやら先の残り香が払拭しきれなかったのを感じ取り、警戒の色を見せていたが陽気な表情を再度浮かべると彼女はゆっくりと近づいてきた。

そして気づいてしまったことが一つある。

 

やはり天性の肉体である。

巨乳ともいえるだろうあの胸に合う黒のびきにといったか、あれが相性抜群であり、高校にも上がっていない子供のくせに大人にも負けないような色気を醸し出している。

あの白い素肌と黒の水着が良い具合に対比しているのであろう、そうに違いない。

……あぁ、やはり黒髪ロングも素晴らしいな。今度風俗行ったら黒髪ロングでいこう。

 

「何故か不快な目で見られている気が……」

「気のせいだろう、なあカチューシャ」

「そうよ、にしても伍長。身体を鍛えているから随分と筋肉があるのね」

「見栄を気にする者より使い勝手のいい筋肉の方が便利だからな」

「きちんと腹が六つに割れてるのが以外よね」

「ですね、ぽっちゃりと中年肥りをしてるかと」

「俺は中年ではない、二十代だ」

「同じじゃない」

 

鍛練を欠かさずに行わなければせっかくの筋肉が脂肪に変わってしまう、それに元軍人で前線へと赴いた身には筋肉は相棒だ。

また誰かを助けたり守ったりすることもできなくなるからな。

 

「最低限の泳ぎは可能だ」

「例えば?」

「立ち泳ぎに平泳ぎ」

「スゴい地味」

「ふっ、漂流した際に速さは必要いらぬ。大切なのは持久力だ」

「ふーん、そう」

 

船が潜水艦に撃破され兵士が海上に放り投げられたらそうやって身近な船に救助されるのを待つ、でなければ海の藻屑に成り果てる。

まったく、米帝の生産力も恐ろしいものだが元はといえば海軍が補給路を維持し続けないから……。

 

「伍長、聞いてますか?」

「……あぁ、聞いてるぞ」

「じゃああのウォータースライダーに行きましょ!」

「あの滑り台だな、よし行くか」

「ノンナ、貴方も乗るわよ!」

「了解ですカチューシャ」

 

ともかく今はこいつらの相手に専念することにしよう。

にしてもあの滑り台面白いな、あんなに長くそれに落下地点が水中とは。通りでカチューシャがはしゃぐわけだな、俺も気分が高揚する。

となるとノンナの奴も、普段からの鉄面皮を剥がせて歳相応の乙女の姿を露わにするに違いない。

 

下卑た思想を浮かべながら俺らはうぉーたーすらいだーとやらに搭乗し滑走した。

勿論感想は非常に気持ちがいい、それにカチューシャも喜んでおり、残るはノンナだ。

ノンナはカチューシャが滑ったあとに滑るのだが、悲鳴や怖がっていた仕草の欠片も見せずに水中に着地した。

鉄面皮頑丈すぎやしないかね。

三人は存分に遊び、小休憩としてベンチに座る。

 

「ねえ伍長」

「何だ」

「どうして男性なのに上に着てるのかしら?」

「おいおいそれを訊くのは野暮だぞ、昔に怪我をしちまってな」

「……それは記憶喪失時の?」

「そういうこと、あまり見ない方を勧告する」

「カチューシャ、それよりもあちらにアイスクリームがあります。料金は私が持ちますのでどうぞ幾らでも」

「気が利くじゃない、なら行ってくるわね」

 

ノンナは俺を気遣ったのかカチューシャを逸らすためにアイスを使った誘導をする。

カチューシャは信頼された彼女に何の疑いも持たずにそそくさと水に濡れた通路を歩き目的へと向かう。

アイスの売店まで行ったのを一通り確認すると彼女は俺に威圧的な雰囲気を醸し出しながら俺に問いだしてきた。

 

「その傷、拝見させてはくれませんか?」

「…断ると言ったら」

「何もしません、何も」

「ならどうして俺に訊き出したのだ。言ったとしても俺にも得はない上にお前にもないのだぞ、俺の身の上を聞き出そうとしているのか」

「……」

「無言は、肯定と捉えるぞ」

 

そんな空気の中、ため息を吐きながら足を組んで彼女を見つめる。

その後、一瞬にして脱衣室で見せた目つきに変わってしまう。

陽気な雰囲気で周りに振る舞っていた俺の側面を覗いてしまった彼女は気圧され思わず視線が俺から逸れる。

殺伐とした雰囲気の中、俺はその質問の答えの断片を言う。

 

「俺は西住流の剣道指南をしたことがあってな、縁がある」

「……それは黒森峰のスパイだと?」

「はっ、あいにく俺はそういうのはしない主義だ。能力的ではなく単に脳みそが足りない、破壊工作は得意だ」

「貴方はカチューシャに近づき、プラウダの戦車道を危うくする存在ではないと仰るのですか?」

「そういうことだ。俺は普通に用務員として急募されていたところを見つけて就職しただけ」

「……」

 

彼女は半信半疑といった顔でこちらを睨めつけている。

西住流の仇敵だったりしたら俺は容赦なく処分はするが基本はしないと言い切れよう。

何事も暴力で解決する時代は去り、今は頭脳の裏の掻きあい。俺みたいな時代遅れは時代という流れに流されていくだけだ。

 

「別に排斥したければするがいい、俺は有無を言わさずに立ち去ろう。無論極秘の情報を暴露はしない」

「……そうですか」

「闘争でしか活躍できない男は口が固いぞ」

 

物騒な雰囲気を出すのを止め、いつものニヒルな笑みを浮かべる。

その後カチューシャが速足で俺らの元へと頼んでもいないアイスを購入してやって来た。

彼女は「当然よ」と言い放つとそれぞれのアイスを手渡される。

俺に渡されたのは小豆の棒状のアイス、袋を破り小豆色のアイスへ噛みついた。

 

「痛ッ!?」

「あははは! 何で開封間もなくしてアズキバーに噛みついちゃうのよ、おかしい!!」

「ひ、人の食べ方には色々あるだろう!」

 

カチューシャの登場で張り詰めた雰囲気が解消された気がした。

それでもノンナという冷静な策士は瞳の奥底で俺の動向を探っているようにも思えた。

俺はただ仲良くやっていきたい部外者だから気にしないで欲しいのだが、まあ仕方がないと割り切ろう。

 

後日、対戦ゲームで憂さ晴らしか散々にやられ、せっかく回復したばかりの身体がまたもや疲労困憊した。

 




これからも本作と別作品をお願いします。

(七時投稿しようとしたらさっき投稿してしまった)


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実力による妬み

プラウダ編終盤です。
多少過激でも許してください、それとこの話は難産でした。


暗く白い

しかし不思議とそこまで暗くはない、月明かりが雪原を照らすからである。

その中で重圧な機械音や独特の金属音が静かながらに響く、辺り一面は平地ではあるものも自然と音は響かずにいた。

 

奇怪な音を出す正体は雪に溶け込むような冬季迷彩を施し、重厚な装甲を持つ戦車だ。

車種としてはT-34が二輌に一輌のIS-1が隊列を組んで履帯で雪を踏み固めていく。

その姿はまさに陸の王者とも呼べる雰囲気である。

ある一輌のT-34から頭を出して、周辺を見渡した後、首元に付けた無線にて周囲に呼びかける。

 

「こちらカチューシャ、相手の後方に忍び寄って最後の奇襲を掛けるわ。覚悟なさい」

『了解ですカチューシャ』

『わ、わかりました』

 

特に動じた様子もなく冷静なノンナに東北訛りのある返事をするニーナ、カチューシャは全ての目論見が上手くいったと顔の筋肉を緩ませ、笑みを浮かべる。

だがしかしそれは勝利の笑みではなく、勝率が上がり勝てる見込みができたということで油断や慢心の産物ではない。

 

小さな頭部を左右に振り索敵を続け、双眼鏡越しに敵の最後の車輛群であろうKV-2が一輌にT-34が二輌の小隊が此方には気づかずに前進を続けている。

そんな敵小隊の背後に各々はつき、彼女の号令でいつでも射撃できるように構える。

距離としては三百メートル、十分に撃破判定が出るであろう。彼女らは照準を前方の戦車に合わせ、命令を待つ。

 

「先輩たちにカチューシャたちの実力を見せつけてやりなさい、発射!」

 

彼女らの戦車から放たれる八センチの砲弾は一斉に戦車群へと向かっていき、ノンナが放った砲弾は最高の破壊力を持つKV-2に命中、見事に白旗を露呈させた。

カチューシャとニーナの砲弾は一輌にT-34に命中してこれまた撃破する。

 

まさかの背後からの奇襲に驚いたのか残りの一輌は後方に砲塔を回しつつも逃走を図る。

だがノンナは快速に逃げていく戦車に狙いを定めて撃ち放つ。

放たれた砲弾は火薬と砲身により勢いよく直進していき、敵戦車のエンジン部に命中、火を噴きながらに白旗が飛び出る。

 

『我らの勝利ですカチューシャ』

「ふん、当然の結果よ!」

 

彼女は一見平然とした風に装っているが嬉々としているのがバレバレである。

カチューシャが考案したのは囮戦術。

本来の少数の車輛を囮と用いるのではなく、彼女は手持ちであった十輌の戦車から七輌を囮として戦わせて、残存の車輛を横側に潜めていた。

そこへ道案内するために小回りの利く軽戦車を使って誘導し、陣を張っていたカチューシャチームを攻撃しようとした中学の先輩たちはこれにハマり十字砲火を受けることに。

横へと砲塔を回しても砲塔側面部を抜かれ撃破され、かといって前方の車輛を注視しすぎると横からの砲撃で撃破。すなわちかなり切迫した状況であった。

 

一旦、先輩らは撤退したがもう数は少なく、カチューシャは掃討戦を行うことにした。

カチューシャたちの手元に残った車輛は六輌、ここは二つの小隊を組んで散会し、カチューシャ率いる部隊が先輩らを発見した。

 

 

「お見事ね。感心するわ」

 

煙を上げて撃破された車輛から一人の女子が降りてくる。

茶髪でノンナのような高身長で鍛えているのか年頃の女子にしてはやや骨太な体格の持ち主だ。

ニコニコと笑みを浮かべる彼女に対し、カチューシャは鼻を高くして勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「当然じゃない、いくら先輩方とはいえカチューシャは誰にも負けない自身があるわ!」

「それはすごいわね。あたしらも本隊を見つけたと思ったらいきなり十字砲火を受けるし」

「もっとカチューシャを褒めてもいいわよ」

「ふふっ」

 

彼女はクスリと笑うように口を手で塞ぐ。

IS-1のキューポラから砲手を務めていたノンナが顔を出してカチューシャに声を掛ける。

 

「同志カチューシャ、そろそろ戻ったほうがいいかと」

「そうね、此処は相変わらず寒いし吹雪いてるし。悪天候にならない今に帰った方がいいかもね、カチューシャ」

「田辺先輩は?」

「そりゃあ戦車運搬車が到着するまで此処に居るわよ」

「わかったわ。じゃあ先に、ピロシキ~」

 

小さな身体を駆使して戦車の砲塔部へと移動し、戦車を移動させた。

三輌の戦車は遠くへと離れていき、吹雪と明かりの影響ですぐに視界から消えてしまう。

独り残された先輩は自身の拳を握りしめ、カチューシャが帰った方向を凝視する。

ザクザクと乗っていた戦車へと歩み、撃破時に吹き飛んだであろう部品の前で立ち止まる。

 

 

「調子に乗ってんじゃないわよ」

 

力を込めた蹴りは砂と共に部品を舞い上がらせる。

深く刺さる部品に対し、まるでハンマーで釘で打ち付けるかのように足で踏み続けた。

靴底にはゴムの滑り止めが貼られているが多少は痛い、それなのに彼女はそんなのお構いなしに踏み続け、とうとう部品は地面へと埋まる。

激しい運動に息を切らして白い吐息を吐くも、されども胸に残された感情は消えない。

 

「あたしはあんなヘンチクリンには負けない。何がなんでもこの座は守り通す」

 

酷く憎悪に塗れた表情で俯いているとクラクションが遠方から鳴り響く。戦車運搬車が到着したらしい。

彼女は脚に取り付けた信号弾を上空へと鳴らして位置を知らせる。

中から他の戦車道に所属する少女が大きな扉を開けて、不具合はないかやらを問う。

 

「大丈夫、特に無いわよ」

 

彼女は慣れたように常日頃から見せる笑顔を取り繕う。

少女はそうですかと安堵した様子で車輛に戻り、運搬する準備を始める。

吹雪がより一層強く吹きさらし、車輛のフロントガラスを即座に覆い隠す。その時には彼女の姿はそこには消え失せていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「カチューシャは頑張ったのよ、だから何か奢りなさい」

「確かにすごいことだ。けれどな、俺はお前に幾ら費やしたと思ってる」

「え? ジュース十杯でしょ」

「なわけあるか、二倍だ二倍。まったく、事あるごとに俺に頼むな」

「はあっ!? 伍長はカチューシャの奴隷……違くて労働者じゃない、当然よ!」

「確かに労働者ではあるがいつからお前の元に使えることとなったのだ」

「え、最初から」

「そうです伍長。早く買ってしまいなさい」

 

現在俺はカチューシャに強請られていた。

内容はというと先輩方と戦車道の試合したら見事に作戦勝ちして勝利を得たらしい。

確かにそれは素晴らしいことではあるものも何故俺に褒美を頼むのか意味がわからない、先輩に頼んで欲しいのが切実なる願いだ。

なおジュースだけではなく甘味も奢られたこともあるので、財布がやや軽くなる要因の一つだ。

炬燵の対面にはノンナが座っているので、酷く嫌な顔や強く反論をすると彼女から醸し出される雰囲気で気圧され、従わざる負えなくなる。

 

「ノンナ、貴様がカチューシャに奢ってやれ」

「いえカチューシャとは同志なので」

「ねー」

「はい」

「同志だからってかなり理不尽ではないか!」

「なんなら私にも奢って欲しいです」

「追加するな便乗するな」

 

まったく、不平等しぎやしないか。

……しょうがない。今回も渋々奢ってやるか、頑張ったそうだし。

俺は半ば呆れ気味にため息を吐いて財布に手を伸ばす。

 

「ほら何が飲みたい?」

「リンゴジュース一択ね、果汁100%で」

「私はお茶を、温かいので」

「了解した。おとなしくゲームでもしてろ」

 

温かかった極楽から嫌々ながらに這い出て自販機へと目指す。

放課後で部活動が終わった時だと校内の自販機は空いており、比較的周囲の目を気にせずに購入することができる。昼食時だと異物を見るかのような視線で見られるので肩身が狭い、男性教員助けてくれ。

 

「―――――だよね」

「うん確かに―――――」

 

目的地である自販機へと辿り着く手前の角から三人の女子生徒の声が聴こえ、思わず立ち止まり伺うことにした。

話の最中に横切る行為は避けたかったのだ。

耳をすましていつ話が終わるのかを伺う俺だが、どうしても話の内容が盗聴する状況になってしまう。

内容はというと誰かの悪口らしい、戦場で培えた気配遮断を行い、俺という存在を隠蔽する。

 

「だってあんなことを平然と口にするんだもん、腹が立つのも当然よ」

「わかるー、本当にそうだよねー」

「何でそういうことを口にするのか意味不」

 

まあ人間誰しも憎しみやら恨みとかはあるだろう、口にして心を軽くするのも一つの手だ。俺だって言う時は言うしな、主に海軍とか海軍とか。

――――それにしても誰の悪口だろうか、多少気にならなくもない、人間だからな。

そういや彼女らは戦車道の中三生か、少しばかり色が違うしあの茶髪は中等部戦車道のリーダーだな。

 

「しかもこの前の試合なんてたった数度勝っただけで自慢気とか、お子ちゃまで困るわ」

「それで私らの方針に従わないと駄々を捏ねるし」

「本当に嫌よね」

 

 

 

「――――――――カチューシャ(・・・・・・)って」

 

……は?

 

「作戦の趣旨を伝達したのにも関わらずノンナっていう生意気な子と一緒に単独行動するなんてね」

「そうそう、部隊を勝手に指揮しちゃうし。まあ勝てたからよかったけど」

「私ら三年が経験を生かして定石通りの作戦を発表したらすぐに反論して再度立案しろとか言うしねー」

 

……確かにカチューシャは人を無意識に見下すような言動をすることがある。

だがしかし、それは自分の実力を理解し己のチームを勝たせるという根幹が見えていた。ただ彼女の悪いところといえば勝気な正確故の高飛車な態度であろう。

短い時間にしか触れ合わなかった者は確かに苛立ちや不快感だと感じることだ。

俺やノンナみたいに長時間彼女と接していると面倒見のよさが垣間見えることがある。それは曽祖父母・祖父母の影響だろうか。

 

俺は仕方がないと割り切っているのにも関わらず、何故か歯が痛むまでに噛みしめてしまう。

そうだ落ち着け、俺がもし飛び出して説教垂れるようなことを発すればカチューシャの悪口はより一層酷いものになるのだ。

彼女らも人間だ、時には言いたいことがあるだろう。

ならば本人に被害でない範疇に言わせてやればいい、余計なことに部外者が首を突っ込んではいけないのだ。

 

俺を深呼吸を行い、外の自販機へと続く方向へと歩みだす。

流石にあの現場に居たら俺は苛立ちを抑えきれずに飛び出してしまうからだ。それで団体の結束に亀裂が入るのを避けたい。

俺は大人だ。ならば大人なりの対応をしなければならない。

心臓の心拍が激しくなり、顔に熱を帯びながらも俺は廊下を歩き続ける。

 

 

ふと顔を踊り場の姿見鏡に俺の全体像が映された。

ちらりと振り向くと鏡の中には背後に体全体の骸骨が俺を抱きしめるようにのし掛かり、俺の顔面は血や誰のか知らない肉片が付着している。

先程の感情とは別のモノが浮上し、舌打ちを鳴らした後に姿見鏡に当たらないように壁に蹴りを放つ。鏡は固定されているので寸毫も揺れなかった。

すると立ち去る間際に鏡を覗くと骸骨や付着物は剥がれ落ちて、普段の俺が映される。

 

 

 

―――――――もう戦争は終わったのだ。殺意を捨てろ。

 

俺はポツリと呟き、気に病むことはないと頬を叩いた。

 




ゴールデンカムイの杉本兄貴好き(辺見感)
そしてエッチなマタギに山猫もすこだぁ……。


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日記

慣れない日記形式ですがお許しを
それと残酷なシーンありです。


十月二六日

 

今日は戦車道の日だった。

あたしはもう何やかんやで三年間休むことなく戦車道をやり続けた。

実際戦車道は小学生の時からやっていてもう六年が経過するんだっけ、後輩たちはすくすくと育ち、自由に戦車を操縦することができるようになっていた。

 

もちろん、カチューシャも例外ではなくて、常に先輩であるあたしにも気を使わないのが腹立たしい。

以前からどうにかしたいと思い、度々注意してもやめない頑固さは異端である。

 

 

 

十一月二日

 

久しぶりの日記である。

何があったかというと寄港の期間で羽根を外して遊びに遊んでいた。

本土の最新ファッションやパフェなどを楽しむことができて満足で日頃の恨みが吹っ飛んだような気がした。

 

あたしが敬愛する高校戦車道の先輩たちも精一杯に遊んだようで、その中の隊長を務める先輩がわざわざあたしのためにネックレスを買ってきてくれて、思わずはしゃいでしまった。

恥ずかしい。

 

先輩は安物だから気にしないでと笑みを浮かべていた。一生の宝物です先輩。

 

 

 

十一月四日

 

今日先輩自らが私にご指導してくださった。

とかいったものも卓上演習のようで実際に戦車で撃ちあうことではないが、先輩は凛々しく鞭撻を振るい戦術を指南してくださった。

 

卓上の駒を動かすために顔を近づける先輩に興奮して思わず顔が真っ赤になってしまい、先輩が体の調子を伺ってきた。

あたしはつい息を荒げながら応答してしまい、今思い出すと失礼なことをしたと後悔している。

けれどあの柑橘系の匂いが髪の毛から匂っていたのを忘れない。

 

 

 

十一月六日

 

他校との戦車道の練習試合があった。

そこであたしは先輩が教えてくださった戦術を試そうとしたのだが、あのカチューシャが反発してきた。当然のようにノンナも一緒。

あの子はまるで航空機のエンジンみたいに騒ぎ散らし、戦術の有用性について説いていた。

 

何様だと口にしかけたが、今まで積み上げてきた信頼や立場を崩してはいけないと歯が痛むほどに噛みしめた。

あたしは作り笑いを浮かべながら妥協してやった。

その後の試合はプラウダの勝利で、カチューシャはどうだと鼻を高くして自慢していてとても悔しかった。激情したかった。

 

けれど今度はあたしが折れずに自身の戦術で勝つこととしよう。

 

 

 

十一月七日

 

今日戦車道はなく自由なひだったため、同じ戦車に搭乗する友達と共に戦車カフェに行った。

そこではプラウダ店特別のT-34ケーキを食べた。甘くて安くて美味しいと学生の味方だ。これを堪能しつつあたしらは生意気なカチューシャの悪口を楽しんだ。

 

やっぱり友達も共感し、よくあの子に絡まれるあたしに同情してくれた。

その後はプリクラやUFOキャッチャーをして遊び、友達関係がよりよいものになったと思う。

 

 

 

十一月八日

 

今日から試験日なので日記は一時休止することにした。一週間頑張ろう。

試験後は戦車道の練習試合が山ほどあるので暫くは気が抜けない。

 

 

 

 

十一月二十日

 

むかつく

ムカついて壁を殴り皮がむけてしまった。

今まではこうして発散していたのに今回はすっきりしない。

まああと五回試合があるからそれに向けて頑張ろう。

 

 

 

十一月二十一日

 

今日も試合があった。

相手は重戦車を数輌持ち合わせたチームで、あたしは徹夜で対抗できるような作戦を考案した。

 

だけど途中でその作戦が破られ、一時だけ不利となってあたしが起死回生の一手を打とうと無線機に手を掛けたが、カチューシャが指示をした。

あたしが考え付いた作戦とはリスクがあり、反対したが押し切られてしまう。

 

結果は勝利、試合後にビデオで戦況を確認するとあたしが考えた作戦を読まれていたようで、迎え撃つための布陣が引かれていた。

もしもこのままであれば敗北していただろう、近くにあった椅子を蹴り飛ばした。

 

 

 

十一月二十二日

 

[ページが塗りつぶされて読めない]

 

 

 

十一月二十三日

 

[ページが塗りつぶされて読めない]

 

 

 

十一月二十四日

 

[ページが塗りつぶされているが多少は白地見える]

 

 

 

十一月二十五日

 

結果はプラウダは二位で終えた。

一位は黒森峰であり、そこには西住流の次期家元がいるという。

だから仕方がない、これは仕方がないことなのだ。

決してあたしが原因で二位という失態を犯したのではない、初戦が黒森峰だったからだ。

 

頭が割れるように痛い、風邪をひいたのかも知れない。

 

 

 

十一月二十六日

 

最近、戦車道内であたしに対して不満の声が上がっているのだという。

何せ黒森峰に敗北したのは隊長であるあたしの不手際だというのだ。

ふざけるな、あたしがどんな思いで策を練ったのかを知らないくせに。

 

そのくせなんだ、カチューシャを隊長にしようという噂が流れている。

あたしが、あたしがあのヘンチクリンより下だと言いたいのなら是非とも轢かれて欲しい。

 

 

 

じゅういちがつにじゅうななにち

 

[赤黒く塗りつぶされており、それは数ページに渡った。莫大な死ねという文字の羅列が埋め尽くしていることがわかる]

 

 

 

十一月二十八日

 

昨日、先輩の会話を盗み聞きしてしまった。

それはつい偶然のことで以前愚痴を吐き捨てた自販機前でだ。

尊敬の値に当たる先輩や先輩の同級生の方と立ち話をしていてつい隠れてしまった。

今思えばあたしは走って何処かへ行ってしまえばよかった。

 

 

先輩の口から飛び出したモノは極めて不愉快極まれりで、視界がブラックアウトした。

何故なら次期の高校戦車道では彼女を隊長にしようという内容で、話を聞いた方も納得していた。

そして新たなる追撃を喰らわせられた。

 

あたしの立場である。

先輩は申し訳なさそうに「戦争に近いこの競技において彼女は不適合だ」と仰った。

 

 

悔しさや怒り、嫉妬が今なお絶えない。

それは水面を乱す沸騰したお湯のようで過激であった。

このことを思い出すだけでペンを投げ捨てたり、折ってしまうなどで三本破壊してしまった。

 

 

 

[ここからは殴り書きで記録され、前の丸みを帯び、整った字ではない]

 

 

もうだめだもう耐えきれない。

 

 

あたしはいつもの仲間とともに行動に出よう、プライドのために奮起しよう。

如何なる障害が立ち塞がってもそれを強引に突破するのが我が校の愛言葉でもある。

入学した当初はこの言葉に疑問を抱いていたが今納得し、この学校の素晴らしさに感嘆せざるおえない。

幸い手段は幾らでも存在する。

 

やろう、やればあたしは再評価され先輩らにも認められる。あの栄光のプラウダの隊長を務められる。

これほどまでに素敵で快活で偉大なことがあるのだろうか、一口で言い表せないほどの栄光が他に存在しない。

行動は明日から実行しよう、あたしが後輩のあの子に淘汰されないようにこちらも淘汰しよう。

これはあたしとカチューシャの戦争、小競り合いというちっぽけなモノでもない。

過程を無視してどちらかが生き残るか、それだけである。

 

 

あぁ、嗤いが止まらない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日も雪が吹き荒れて視界不良、いつもよりも激しいながらも戦車道は休むことなく続けられた。

暖房完備のガレージで生徒が続々と降りて一日の感想を呟き、また愚痴を溢す。

そんな一人にカチューシャが居た。

 

「ったく、どーして視界不良の中で隊列を崩しちゃうのかしらねぇ……」

「同志カチューシャ、まだ一年生です。それにあそこまでの猛吹雪は久しぶりですので仕方がないことでしょう」

「はぁ、ノンナは相変わらず優しいのね」

 

ノンナは一足先に降りて、ガレージ後方に設営された鍋から温かいコーンスープを貰い、カチューシャに手渡す。

カチューシャは冷えた掌を中身の熱伝導で温め、暫く経過してからコップに口を付ける。

さぞ気持ちよく飲んでいる光景を見て、ノンナはふと顔を緩める。

口にべっとりスープを付けたカチューシャは何かを思い出したのか懐から擦り切れた手帳を出してメモを取る。

 

「カチューシャは熱心ですね、反省点を記した手帳を持ち歩くなんて」

「そりゃあ当然よ。一度目の失敗を二度目に生かす、二度目も失敗したら三度目では絶対に成功させるのが成功の秘訣なのよ」

「そうですか」

 

ノンナはハンカチを手にカチューシャの付着したスープを吹き取る。

彼女は満更でもない表情を浮かべ、手帳に記す。

中にはびっしりと書き綴られていて、戦車道の無い日でも欠かさず見直していたのため手垢が付着している。

書き終えた後、彼女はあの用務員室に赴こうと歩みを始めた瞬間に田辺が声を掛ける。

 

「あらカチューシャ、ちょっといいかしら」

「何よ、カチューシャは早く行きたいのだけど?」

「重要なお話よ、プラウダ高校戦車道の隊長について」

「……わかったわ。じゃあ行くことにするわ」

「感謝するわ」

 

田辺はにっこりと笑う中、ノンナは彼女の異様と呼べる何かを察した。

以前の彼女とは違う別の何かが纏わりついて腹が読めない。ノンナが人の内情を把握できるほどの観察眼を持っていようと今回だけは読めなかった。

ノンナはそれを異質なモノと捉え、警戒を厳とする。

 

「では私も」

「あぁ、貴女はいいわ。今回は関係薄いし」

「だって、先に行ってなさいノンナ」

「……わかりました」

 

疑問が残り万が一のためと提案したのだが田辺に止められてしまう。

不安を払拭できずに胸の内を占領する感情に揺らぎながらもノンナは一足先に伍長が滞在している用務員室へと足を進める。

 

 

カチューシャと田辺、それに田辺と同じ戦車の乗員以外このガレージには存在しない。

吹雪がガレージに貼られたガラスを叩きつける音だけが聞こえる。

ある一人がガレージのドアを閉め、鍵を掛けた。大いにカチューシャを戸惑いさせた。

 

「は? なんで閉める訳よ? すぐに終わるなら別に閉めなくても―――――」

「……貴女ってさぞご気楽なのね」

「えっ――――」

 

混乱に陥いり呆けるカチューシャを尻目に、田辺は鋭い蹴りを放つ。

空手系統の見事な蹴りが腹に命中し、小柄で軽量な彼女は呆気なく吹き飛ばされる。

地面に接地したカチューシャは何が起きたか理解できないという表情を浮かべながら転がった。

どうにか立ち上がろうと腕や膝が震えながらも四つん這いの姿勢へ移行し、生まれたての小鹿のように必死に立ち上がろうとする。

だがその行為が田辺の行動に火を注いだ。

 

「な、なんで……?」

「思ったよりも吹っ飛ぶものね、ならもう一回」

「うっ!?」

 

カチューシャの眼前へと歩み、前に立ち塞がる彼女はまたもや蹴りを腹に放つ。

今回は吹き飛ぶとまでは至らなかったが、先程飲んだコーンスープを嘔吐してしまう。カチューシャの頬から水滴が垂れ落ちる。

 

あんなにも高飛車な彼女がこうも無様な光景に打って変わったことに田辺は愉悦の表情を浮かべ、満足げにけたましく嗤う。

怪鳥の如き甲高い嗤い声はガレージに響き渡り、吹雪に押されるガラスの音が上塗りされる。

 

「アハハハハハ!! なにその汚い姿! 醜いわ、実に醜悪ね!」

「う、うぅ……」

「気高そうに身に合わないプライドをぶら下げてるからこうなるのよ。身で体感するいい機会だわ!」

「ノ、ノンナに言いつ、けちゃうんだから……」

 

カチューシャは呼吸が上手くできないのか拙く言葉を発する。

この第三者に言いつけるという言葉に彼女は反応し、その場でカチューシャと視線を合わせるようしゃがみ込んだ。

そして柔らかい金髪の髪の毛を鷲掴みにして冷淡に、狂気に満ちた微笑を見せつけながら言い放つ。

 

それは一番救いを求められない理由に匹敵するモノであった。

 

「だったらその子もやっちゃうわ。今のと同じことをするわよ」

「ひ、卑怯者……」

「へー、仲のいい二人は果たして耐えきれるのかしら?」

「ぐぅ……!」

 

カチューシャは憤怒が込められた反逆の眼光を向ける。

向けられた当人はつまらなそうにいつもの表情へと直す。

 

「……何よその目気に入らない。まあ今日はやめといてあげるけど」

「絶対に、絶対にアンタにやられて堪るか! カチューシャは強いんだから!!」

「吠える元気があるなら結構。まだ遊べそうね」

 

田辺は幼少期にバッタの足を千切って遊んでいた時と同じ感情を彷彿とさせた。

自分の手に全てが委ねられているのが心地よく、最後には頭をもぎって殺してしまう。

その際は相手が虫だから殺しても無問題だが今度は人だ。もしも殺してしまえば責任や追及が自身に掛かってしまう、毛頭殺すつもりはない。

なので瀬戸際を攻めなくてはいけない。死なない範疇でバレない程度にどれだけ効率的に虐めるのかが重要だった。

 

だから次会う際に「貴女が死んだらノンナにもやる」と脅してやろうと提案、彼女は生き甲斐ができたためか不思議と心が躍っていた。

 

 

 

 

十一月二十九日

 

偉大なる先輩、どうかあたしの戦争を見守ってください。

 




いじめはよくないからやめようね
いじめダメ絶対


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地獄の沖縄戦

今回は残酷なシーンがあります。


騒がしい

 

目を閉じているだけであの爆音が体全体から響き渡り臓物を揺らす。

身体も重く、酷く疲労感に苛まれている気がする。

 

「―――――ください伍長」

 

あぁ、聞き覚えのある声だ。

今は亡き戦友だろうか、となるとこれは夢か。

アンツィオ学園で見たように、何十年も前に体験したことを蘇らせているに違いない。

 

「起きてください伍長」

 

仕方ない、起きよう。

もしもこのまま起きなかったら何事も始まらず、ただただ瞼の中の暗闇を楽しむことができたのだろうか。

否、そんなことはないだろう。遅ければ声の主に無理矢理に起こされるだけだ。

 

「……おはよう」

「ひと際酷い顔ですね」

「当たり前だろう、伍長殿は我らとともに昨日も敵を撃退したのだから」

「それもそうですね」

 

重い身体を無理やりに起こし、背を伸ばす。

しかし、背を伸ばすといきなり頭に衝撃が走り、思わず屈み込み苦悶の表情となんとも情けない声を捻り出す。

 

「いってェ……」

「ははは、伍長殿お忘れですか? 此処は洞窟内ですぞ」

「うぅ、そうだったな……」

 

ジンジンと痛む頭を押さえ、屈みながら洞窟から這い出ると、外には樹々が生い茂り、未来には中々見られなかった自然が広がっている。

だが野鳥や獣の気配はなく、その代わりといって艦砲射撃での弾着音や我が陸軍の航空機よりもずんぐりとした敵の戦闘機が轟音を鳴らして飛翔する。

 

「やれやれ相変わらずうるさいですな」

「そうだな中田、お前のいびきみたいだ」

「伍長殿、私のいびきはグラマンよりも大きいですぞ」

「ふっ、そうだったな」

 

戦友との会話は懐かしいな。

この洞窟内で寝泊まりをする前は共に兵舎で寝食を過ごしたがこいつのいびきは堪ったものではない。

部屋中を揺らすような大きないびきは仰天した。

それに洞窟内は反響するためこいつだけは夜襲に備えてという大義名分で外で寝させている。

いびきで攻撃とかどういう生物兵器だ。

 

「伍長、この小隊に人員は補充されないのですか?」

「補給なぁ……」

 

まだ新兵ほやほやの平沢は心配そうに俺に尋ねる。

実際、後方では那覇と首里を結ぶラインを防衛線として強固にしているため、時間稼ぎのこの場に人員は補充されることはない。

 

此処もかなり南部の方で、撤退に撤退を重ねてこの洞窟に落ち着いた。

最初は俺らも丘陵地域に構築された洞窟陣地で抵抗していたが、火炎放射器やら戦車やらで各個撃破されてしまい、戦況を見た独断で撤退、我が小隊は命からがら生き延びたというわけだ。

無論、上官にこの事実が伝われば敗北主義やら脱走兵とか文句を付けられて銃殺刑だが、今は非常時なので処分はしないとのこと。まあ弾と人員が不足しているからな。

 

「一応、五人いますからね」

「はぐれた二人を拾っただけだけどな。元々の分隊は死んだか別れた」

「……」

「ゲハハ!」

 

肌が日焼けで茶色になり、沖縄の特産品である泡酒を飲む黒野のおっちゃんに、鉄兜を深く被るためそうそう目元が見えない比嘉二等兵だ。

黒野のおっちゃんは二等兵は機関銃、比嘉一等兵は擲弾筒を所持していた。

火器としては十分で、戦死した同胞からは手榴弾と三八式歩兵銃の弾を拝借した。

 

「おっちゃん、酒飲みすぎるなよ……」

「大丈夫だ安心せい。ワシの機関銃は針の穴を通すかのような射撃が可能だ! ゲハハ!」

「心配だよ俺は」

 

ゲラゲラと呑気に笑うおっちゃんをよそに俺はため息を吐く。

 

「けど昨日の戦闘ではかなりの腕前でしたからね」

「当然よ、俺が何年山形で機関銃を握ったと思ってる!」

「本当に真面目にやってるから怒るに怒れないからなぁ……」

「落ち着いてください伍長殿、これ食べてみます?」

 

中田がある缶詰を俺に差し出す。

受け取ると缶は温かく、中には美味しそうな立方体の肉があり、香ばしい匂いに思わず涎が溢れる。

 

「べ、米兵のか……!」

「えへへ、昨日の奴から貰っちゃいました」

「米兵の死体をまさぐっても通りで無いと思ったんだ。まさかお前、こっそり独り占めを……」

「違いますよ、隠さないとおっさんが食べちゃうじゃないですか」

「それもそうだな、ではいただこう!」

 

汚れた手をズボンで拭き、手掴みで大きい肉を取りだして口に放り投げる。

肉汁が口の中で溢れ出してかなり美味い、しかも噛めば噛むほど味わえて最高だ。

 

「もぉー、大きいの選んでー。ではこれなんかは?」

「何だこれ、棒状の食い物か?」

「いいからいいから」

「では」

 

茶色の棒状の食い物を噛む、かなり硬く甘みは少ない。

ケイが前に食べていたのと同じ種類だということがわかる。食べ終えると口がパサパサとするので水筒を口にした。

 

「……さして甘くないな、ドーナッツ食べたい」

「どーなっつ?」

「あぁ関係ない! なにも関係ないぞ!」

 

しまった、つい本音を漏らしてしまった。

ケイと一緒に赴いたドーナッツ店で食べたものはかなり砂糖がたっぷり振りかけられて胃がもたれる程に甘くて無糖のコーヒーに合った。

そういやケイどうしているのだろうか、元気にやっているのがメールから伝わるが実際に顔を合わせない限りわからない。今度会ってみようか。

 

「……もしかすると伍長殿。今女子のこと考えていますね」

「まあな」

「とうとう伍長にも春が…!!」

「うるさいぞ平沢ァ!」

「痛い痛い!」

 

両方の拳を平沢のこめかみに接してグリグリと押す。

悲痛な顔を浮かべて平沢は喘ぐ、こう見えてもこのガキかなりのプレイボーイだからな。こうして制裁を加えなければならない。

 

 

 

 

 

……こんな一時が俺にとって幸せだった。

 

昼を過ぎたころ、俺や平沢は三八式歩兵銃を構え、黒野のおっちゃんは機関銃を構えて平沢は機関銃の弾持ちをし警戒をしている。

近場の味方の洞窟陣地の方角から敵の使う歩兵銃の音が鳴り響き、再度攻めて来たのを知らせたからだ。

わざわざ少ない人員を割いて比嘉一等兵がうっそうとした森での索敵を行う。

 

「ちくしょう、どうして無視してくれないのだろう」

「そりゃあ俺らが居るからな、背中撃たれたら堪ったものではない」

「本当に嫌ですね……」

「どうしてお前は兵士になったんだ?」

「そりゃあ学徒出陣ですよ、こう見えて大学生やってましたし」

「……そうか」

「そんな辛気臭い顔しないでくださいよ、これも運命なんですから」

 

まだ青菜みたいに青臭い少年の笑みが重く伝わる。

戦争というのはまだ未来のある若者までも動員してするモノだと再認識される。

以前、平沢とは近所の子供と遊んだ仲で共に兵長から拳骨を喰らった。それっきり俺は弟分のように接して、共に戦った。

本土から一緒だった中田は似た者同士だと揶揄されたがあながち間違いではない。

 

好きな食い物や生い立ちこそは違うものも本質が同じなのだ。負けん気なところもそうだし年下に弱いところも似ていた。

だからこそ俺は彼を弟として見ることができたのかもしれない。

もしも彼が本当に俺の弟ならどれほどなものか、興味がそそられるな。

 

そんなことに耽っていると森の中から何発もの敵の歩兵銃の銃声が響き渡る。

恐らく比嘉の奴が見つかったのだろう、悲しくも彼の三八式歩兵銃の銃声が一発も鳴ることはなかった。

 

いよいよ敵が来たか、今回も小隊なら対応できるが中隊なら対処しきれない。

俺は歩兵銃のボルトを引き、薬莢を薬室に入れる。

洞窟から六メートル離れた所にある林に土嚢を組み擬装の枝を取り付けて簡易的な陣地を作っており、約二人分は居座ることができる。俺の隣では平沢もボルトを引いた。

 

 

 

辺りに緊張が走る

 

 

 

一度体験したからとはいえ、痛いものは痛いのだ。

緊張からか唾を飲み込み、来たるべく敵に備える。心なしか引き金を引く人差し指が汗で濡れていた。

動機が早まり、心臓が口から吐き出してしまいそうにもなる。

 

 

林が音を立てる、まだ相手はこちらを視認していない様子だ。

けれどまだ撃たない。万が一に比嘉が生きていて索敵した結果を伝えにやってきたのかもしれないからだ。

深呼吸を行いその可能性だと信じる。

虫のいい話かもしれないが、過去が変わるかもしれないという淡い期待を抱いていたからだ。音の出所を凝視して味方か敵かを見極める。

 

 

茂みから現れたのは見慣れぬ戦闘服を身に纏い、どこからどうみてもアジア系ではない顔立ちの兵士だった。

舌打ちを鳴らし、俺は合図を鳴らす。

 

「Fucking…!?」

 

俺の放った弾丸が米兵の胸元に命中、後ろへと倒れこんだ。俺の銃声を皮切りにおっちゃんが機関銃を乱射する。

後から米兵たちも銃声があったところへ向けてがむしゃらに銃弾を飛ばす。

 

「ひっ!?」

「恐れるな、銃を取って戦え!」

 

横で怖気づいてしまう平沢を怒鳴りつけながらコッキングをして撃つ。五十メートル程の近い距離で撃ち合うためか、必然と命中率というのも上がり、一度頭を出すと耳元で弾丸が通過する音が出る度に聞こえる。

タンタンタンと酔いが醒めた黒野のおっさんがキツツキと呼ばれる機関銃を撃ち、付近に命中する弾に縮こませながら予備の弾倉を持つ中田。

 

俺の歩兵銃が切れ、装填するために腰に付けた弾薬盒から弾を取り出そうとした際、陣地内に敵の手榴弾が転がりこんだ。

慌ててそれを適当に投げ返し、離れた場所で爆発。素早く装填すると反撃と言わんばかりの射撃を行う。

悲鳴が敵から聞こえ、勝ちが見据えてきたのだと皆の表情が明るくなる中、俺は勝ったとは寸毫も感じてはいなかった。

 

 

ここからだ。ここからが反撃される頃合いだ。

 

 

ある敵兵士の放った一発がおっちゃんの脳天を貫き、一瞬機関銃の音が鳴りやむ。

これを好機と見なした米兵たちは距離を詰めつつも今状況で一番の脅威と見なして、俺らに射撃を集中させた。土嚢越しに命中した際の衝撃が伝わり、擬装の枝が折れていく。

こちらは単発式だがあちらは何発も連発できる、それに加え短機関銃による牽制射撃で顔を出すことすらできない。

 

かなりの密度の弾幕だが中田が黒野のおっちゃんに代わって銃手を務めたお蔭で今はなんとかなった。先程と同じ弾幕が中田に張られる。

けれども状況は数十秒ごとに悪化していくばかりで好転へと中々至らない。

 

 

―――――――そろそろか。

 

隅に置いておいた麻袋から大量の手榴弾を取り出して米兵たちが居るであろう場所に投げつける。頬や腕を掠る中投げた手榴弾は数回の爆発を起こすと、ようやく敵を沈黙させることができた。

 

「助かりました伍長殿!」

「そいつはどうも」

 

洞窟ないから歓喜と謝礼の声が混じった声が響く。

俺はそれに返事をしながら、早急に次の指示を送ろうとする。

あの悲劇を避けられるかもしれないと踏んでの行いだ。

 

「さあ早くその洞窟から出ろ!」

「りょ、了解!」

 

 

中田は機関銃を持たずに歩兵銃だけ所持して洞窟から走り出る。

これなら助かるかもしれない、これならあの悲劇を迎えずに……!

 

 

 

「あっ」

 

だがしかし、運命は変えることができなかった。

呆けた声を出す中田の姿は変貌しており、カーキ色の軍服が燃え盛る炎へと変わる。自分が置かれている状況に気づいた中田は叫んで俺に必死に助けを乞う。

 

「熱い熱い熱い!! 助けて伍長殿!!」

「な、中田さんッ!?」

「く、くそ野郎があああああ!!」

 

中田を炎で包み込ませた正体は、十メートル離れたところで油を貯めたタンクを背負い、銀色のホースを向けている兵士だった。

彼は遠目からでもわかるように気味の悪い嗤みを浮かべて炎を撒き散らす。

それは水を悪戯に掛けるかのような、そんな表情だった。

 

「うあああああああ!!」

 

俺は感情を剥き出しにして歩兵銃を撃つと敵の肩を貫通して背中のタンクに命中、爆炎と熱風を辺りに散らすように爆散した。

その爆発に巻き込まれた米兵は中田と同じく火を身に纏い、消火しようと地面に身体を必死に擦り付ける。

 

しかし、それは燃焼している部位を増やすだけで増々燃え広がる。

甲高い悲鳴が耳をつんざき、悲痛な訴えに耐え切れなくなった俺は手榴弾を投擲する。暴れすぎて照準が合わせられないからだ。なお爆発後は腕だけ残して消失した。

 

敵もこの攻防戦で撤退したのか銃声も止み、残ったのは俺と平沢。それと未だに燃えている死体と急所を貫かれ絶命した兵士の死体だけ。

 

「……あぁ…ああああッ!!」

 

再度戦死した戦友を嘆く哀れな獣がその場で咆哮した。

 




火炎放射器を用いる兵士は戦場では五分も満たない、何故なら無防備故にタンクに弾が命中すると爆発するから。
だがトーチカや塹壕に潜む敵には有効打を与えられるというかなりの武器でもあった。


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市街戦

誤字修正ありがとうございます!
久しぶりに執筆したので短いし誤字もあります()


「今度は、ここか」

 

再度目を覚まし、辺りを見渡す。

この場所は忘れようがない。中規模の砂糖工場で壁には大きな穴が空いている所に俺らは配置された。

眼前には空襲で半壊した建物や黒く炭化した民家が見受けられ、瓦礫で擬装しているのか我が対戦車砲や兵士が身を潜めて、敵を今か今かと待ち伏せている。

 

俺の隣には平沢が先の洞窟から持ってきた機関銃を構えており、緊張からか汗ばんでいる様子だ。

先程から敵味方問わず腹にくるような砲声や機関銃の甲高い銃声、または爆発音が近方から発生する。次第に距離が縮まっているのか比例して音も大きくなっていく。

 

機関銃を壁のヘリに乗せているが銃身が小刻みに震えている。

ふと隣を振り向くと、再びやってくる脅威に恐怖を覚えた平沢が歯をカチカチと鳴らして身震いをしている。

まあ無理もない、一緒に飯を喰らい戦った戦友が無残にも焼き尽くされた姿を目の前で見てしまったのだから。

……俺だって二度目とはいえ胸にくる。

 

俺は彼の極度の緊張を解すため、将来について話しかける。この行為は緊張を解す以外にも訳がある。

 

「なあ平沢、お前は戦争が終わったら何がしたい?」

「……僕は銀行員になりたいです」

「ほう銀行員か、確かに良い職業だからな」

「はい、僕は本来大学に入れる程のお金は持ち合わせてはいませんでした。実家は普通の米屋なんで。けれど、どうしても銀行員になりたくて学費免除扱いを受けれるよう頑張りました」

「……その夢、お前なら叶うさ」

「えへへ、それにお金があったほうがモテますしね」

「ふっ、調子に乗りやがって」

 

彼は雑談で多少余裕ができたのか俺に冗談を言う。調子に乗る平沢に俺は被っていた鉄兜を被せてグリグリと押し込む。

彼は笑いながら俺の手をはね除けた。

 

 

しかし、緊張を解したことに俺は満足する反面、彼が成就することはないだろうと哀れに思ってしまう。

彼はこの戦場で死ぬ、それが史実で決定づけられていた真実であった。

 

どうして戦争というモノは、こんな未来が明るい若者までも犠牲にしなくてはならないのだ。

本来ならば大学で勉学に励みながら職の選択肢の多い学友と共に喫茶店で談笑をするはずが、半壊した建物で軍人になることしか選択肢がなかった俺と話し合わなければならないのか。

死ぬのは俺みたいな貧乏人か未来に対し暗雲募る者だけで十分なのに。

 

だからこそ俺は未来を変えないといけない。

 

 

俺が想いに耽っていると、敵空母から飛来した戦闘機が適当に爆弾を投下し、衝撃と爆音が市街に響く。この攻撃で味方はたどたどしく歩いていると思えば前のめりで倒れこんだ。背中には大きな木材が刺さっている。爆風で飛ばされたのだろう。

 

この出来事を事前に体験していた俺は、次に何が起きるかを知っていた。

 

街角から三輌の戦車を引き連れた歩兵が戦車を盾に行進する。

味方は奇襲で相手の損害を増やすためにまだ身を潜めている。

奇襲開始の合図は、今戦車が通過している道路に隠された対戦車砲の砲撃である。瓦礫の山に混じるように擬装が施されているため中々ばれず、先頭の戦車がついに側面を砲先に見せた。

 

「始まるぞ構えろ!」

「はい!」

 

我が対戦車砲が敵戦車に向け徹甲弾を放つ。

いくら正面から抜けないとはいえ横からの砲撃に耐えれるほどの装甲はなく、先頭の戦車を見事に沈黙させる。

きっと車内では顔を覆うような悲惨な状況になっていることだろう。お前らだって火炎放射を用いたから当然の報いだ。

 

この砲声を境に我が軍も銃撃を始める。潜めていた我が兵士たちも満を持しての射撃や手榴弾を腹に纏い自爆突撃を行っていく。無論、俺らも彼らに続いて引き金を引いた。

 

「天皇陛下万歳!」

「Fucking Jap!」

「ぐはっ!?」

 

自爆突撃を行った兵士は首に銃弾を受けて倒れ込んだ。その数秒後に手榴弾が起爆し、自身の肉塊を辺りに散らした。

そんな肉片がとある米兵の顔に付着して気が動転したのか戦車の陰から飛び出す。

俺は予想通りの行動に対応し、照準を奴に合わせて引き金を引く。弾は照準通りに進んでいき、腹部に命中して絶命する。

 

「ふぅ、アイツが生きていると厄介だったからな」

「流石ですね、最初より腕上がりましたね!」

「伊達に奇襲はやっていないのだ」

 

生前では奴が味方の注目を集めたため、戦車の陰にいる多くの敵に対して攻撃の手を緩めてしまったからだ。

俺が奴を殺したため味方も史実と反して積極的に陰にいる敵へと弾丸を飛ばす。

今は一人でも多く殺すのが最善だ。

 

二輌目の戦車が先頭車輛を撃破した対戦車砲に向けて砲弾を撃ち込む。たちまち我が対戦車砲は爆散して火炎を空へと伸ばして爆散する。

すぐに場所も特定されるのは当然。なにせ近距離で撃つたなければならないため、すぐに随伴の歩兵や後続車輛に撃破されてしまう。

 

八九式重擲弾筒を物陰から撃つ兵士を狙い、三輌目の戦車は潜んでいる石垣ごと破壊する。

また、教会の屋上で狙撃に勤しむ兵士に敵の狙撃手が狙撃をすることで彼を沈黙させた。

 

 

ここからが正念場、未来を変えることのできる最後の選択場所だ。

銃を片手に俺は隣で連射する平沢に提案する。

 

「平沢、ここから逃げるぞ」

「け、けど……」

「……もう駄目なんだよこの戦争は! どうあがいたって日本は敗けるのだ!」

 

必死の形相を浮かべ、俺は彼に説得を心がける。

洞窟時の彼は戦いに非積極的だったからすぐに呑んでくれると推測していた。

 

「…知っていますよ」

 

だが、彼はさも当然のことのように言葉を紡いだ。流石は大学の特待生、すでに察していたか。

さて、早く逃げなくては。

 

「なら一緒に――――」

「だけど僕は戦います」

「なっ!?」

 

まさか平沢の口からそんな勇ましい返事が返ってくるとはを想定していなかった。

俺はあえて将来について話して生きたいという想いを強くさせたはずだったのに、それなのに何故彼は戦うのか、俺には理解できなかった。

 

「何故だ! お前は死んではならない存在なのに、折角お前は未来を謳歌できる人間なのに!」

「どうもこうももありませんよ、伍長」

「理由を教えろ!」

 

俺は必至の剣幕で彼に詰め寄ると彼は大事なモノを決意したように、そして何かを志したような顔つきで俺を見つめていた。

その目は先程の未熟な少年としてのモノではなく、決意を決めた一人前の男だけが持ちうるモノへと昇華していた。

 

「ここ沖縄が攻略されるのは承知です。ですが僕らが抵抗を続けると本土に居る人々は一時的に戦火に巻き込まれないで済むのですよ。一回でも国民の皆さんが多く笑い合えるのなら、一秒でも長く僕は抵抗を続けますよ」

「そ、そんなのは……!」

 

彼の言い分を聞いて、俺は何も言えなかった。

それは昔俺が行っていた行為や意思そのもので、否定することは即ち、自分の生き方を否定するのと同意義であった。

大抵、このような者は最後には呆気なく死んでしまう。俺もその一人であった。

それに、いつしか復讐へと目的が換わってしまうのは実体験している。

 

歯を痛いほどに噛みしめて、爪が刺さり肌が赤くなるほどに握る。

もう自棄になっていた。

 

「あぁわかったよ! だったらお前はそうしろ、俺も自分が好きなことをするから!」

「……さようなら伍長、靖国で会えたら」

 

平沢は悲し気にこちらを向いて笑みを浮かべる。

悲壮感の溢れたそれは俺の心をより深く傷つけ、苛立ちながら工場を抜け出そうとする。

しかし苛立ちと共に、どうか命を落とさないで欲しいという願望が心の底にあった。

 

 

 

その時だった。

 

「砲弾が至近に命中したかッ!?」

 

突如として轟音が背後から響き、粉塵を被る。

幸いにも破片は刺さっていない。

煙たく辺りの視界が悪くなる中、脳内で虫の知らせがサイレンの如く鳴り響いた。

背中に何とも言えない冷たさで鳥肌が立ち、最悪の予想を想い浮かべながら俺は粉塵舞う地面を匍匐前進で平沢の元へと向かう。

 

 

手にある感触があった。

それは生暖かく、ぬるりとしている物体。俺は恐る恐る手を顔に近づけると赤く鉄臭い物が付着していた。

 

―――――やっぱりか、やっぱり未来を変えることは叶わないのか…!

それでも俺はゆっくりと飛散した血液を服に擦り付けながら這って平沢を探した。不快感はない、悲しくも慣れてしまったのだ。

不意にがっしりとしたものを掴み、それを震える手で優しく手繰り寄せる。

 

やけに重く硬い物体で毛のような感触が掌を刺激して俺は事実に察することしかできない。

子供のように泣きじゃくり、嗚咽を鳴らして視線を投げる。

 

 

首から下は喪失し右頬の皮が剥がれているため奥歯が丸見えとなった平沢の頭部だ。

死を察して全てを受け入れた瞳が半目越しで映されている。それと同時に心底残念そうな表情も見てとれた。

 

「あぁ…ああああ……!」

 

自身の無力さを嘆き、その頭部を優しく抱きしめて静かに泣き続ける。

銃声が鳴り響かなくなった時まで俺は啜り泣いていた。

もう俺には味方がいなかった。

 




本作品で扱われた対戦車砲は一式機動四十七粍速射砲で、沖縄攻略部隊第10軍の最高司令官 サイモン・B・バックナー中将を戦死させたがこれと言われている。


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発覚

お久しぶりです。
筆が止まってエタリかけましたが今日も生きています。
あとダラダラ書いていたので誤字やらがあるかもしれません。


「うあああああああ!!」

 

俺はこたつから跳ね上がるように起きた。

辺りを見渡して、本当にここが現実であるかを確認する。

ゼエゼエと息を切らし身体の至る所から汗が出ているため、背中が濡れてしまって不快だ。こたつで寝ると風邪をひくというのもこれが原因ともいえよう。

まあ汗を掻いた原因としてはあの悪意しかない夢のせいでもある。

 

どうあがいても戦友を救えないという不条理に怒りが湧き出るとともに、喪失感が心を埋めるのだ。

今まで気には留めていたがまさかここまでのモノとは想像していなかった俺は、誰に向ければいいのかわからない殺気と怒りを机に置かれた煙草で解消しようと口にする。

本来、台所の換気扇を回してその近くに居なければ学校のお偉いさんに怒られるが、その後のことなんて気にもせず火を点けて紫煙を吐き出した。

 

煙草の紫煙は脳に響くような快楽を与え、一瞬ではあるものも抱えていた感情をなくしてくれた。しかし、一時的なものなので二回目からは何も感じず、抱えていたモノも帰還を果たした。

紫煙が混入したため息を吐き、しっとりと濡れた頭を乱雑に掻き時間を確認する。

 

「六時か」

 

ちょうどこの時間帯は最後の校内掃除で、この時になると生徒は誰もいない。

文化祭などのイベント前だと多少はいるものも、今日はただの平日だからだ。

俺は目元を抑えながら掃除用具入れからモップとバケツを取り出して、まずは用務員室から校内を掃除し始める。

校内は常に綺麗に保たなければ学校の威信にも関わるからな、精一杯磨かさせてもらおう。

俺は時間経過のお蔭で立ち眩みや頭痛も治り、普段と変わらずに掃除を行う。傍から見ればただの用務員になっているだろう。

 

 

ったく、どうしてこうも雪景色しかないのだ。

年中真冬で雪景色だと精神状態が参るな、あーくそ春の緑や夏の緑がみたいぞ。

こんな寒いと美女の健康的な生足やうなじが見れないし、女子生徒に至っては吹雪の中短いスカートを履いていて可哀想だ。

 

ガラス戸を叩くように吹雪いている外を心の中で愚痴りながら横目で見る。

ここ最近は吹雪は勢いを増している印象がある。例えるなら、今までは子供が叩くような威力から大人が叩くような威力になるものだ。

長年勤めている教師とから訊くと、この時期になると毎年そうで、二十年前に全てのガラスを強化ガラスにする前まで、よく割れていたらしい。

 

まあテレビで見た外国のカニの漁船はカニを求めて極寒の海へと航海し、命がけでカニを獲るのだ。その姿はまさに漢。

ということで、今夜のご飯はカニカマを食べるとしよう。カップラーメンではなく、袋ラーメンにカニカマを添えよう。

最近は酷すぎる悪天候のため、そうそう外には出れない。だからカップラーメンなどの保存がきく食べ物を買い、備蓄しているのだ。

 

 

掃除を始めて二十分、一階の掃除を終えて二階に行こうとモップとバケツを手にした時だった。

 

けたたましい謎の音が近くのドアから響いた。打ち付けたような音だった。

「もしかすると事故が起きてしまった」と考えた俺は掃除用具を離し、急いでドアへと向かって開ける。

しかし、ドアは不思議と開かない。鍵が閉められているのだ。

 

「ええい面倒だ!」

 

至急の出来事だと脳が判断して火事場の馬鹿力が働いてドアを無理やりこじ開けた。

強引に開けたため両腕が痛む。

ドアの先にはロッカーを壁沿いに設置した部屋で、三人の少女が立ち、一人の少女がロッカーにもたれ掛かって座っている。

 

そして、その一人の少女こそ俺に関わり深い人物だった。

やや薄い金髪に同世代の平均より小さい背丈で白雪のような肌、俺はすぐ彼女に近づいて声をかける。

 

「大丈夫か、カチューシャ!」

「ご、伍長?」

 

彼女は俺の顔を見て何か驚いたように目を見開いた後、罪悪感に駆られて目を逸らされる。

何故その行動をとったかを理解できないでいたが、取りあえずは立ちあがらせようと彼女の両腹に手を当てて持ち上げようとした。

 

「痛ッ!」

「ど、どうしたカチューシャ!?」

「な、何でもないわ……」

「……カチューシャ、許せ」

「きゃっ!?」

 

俺は事前に一言詫び謝罪を言ったあと、彼女の服を捲る。

唐突な行動に辺りの女子も驚愕の様子で、カチューシャ自身も驚いて声を上げる。

するとどうだろうか、腹部の白い柔肌には似合わぬ赤黒いアザが露出し、俺は何が起きたのか直感で理解してしまった。

 

「お前ら、何をしてくれたんだ?」

「ご、伍長気にしないで。これは転んだだけだから」

「なわけあるか馬鹿、どうしたらそのアザが残る。少し黙ってろ」

「それは偶然―――――」

「黙れ」

 

カチューシャは伍長から飛ばされる殺気が入り混じる視線に臆し、それが彼女が知っている人物とは違う何かを感じ取っていた。

一度睨まれるだけで鳥肌が立ち、身震いするほどに研ぎ澄まされた目つきは、陽気でどこか抜けている者が出せる代物では断じてない。それこそ戦場や危険な場所に赴いたことのある者だけが出せるもので、麗しき少女が受けとめるには過剰なモノであった。

俺は立ちあがって、三人の生徒に事情聴取をする。

 

「なあ教えてくれやお前ら、此処で何があった」

「はあ? 別にカチューシャがただ転んだだけよ。本人もそう言っているじゃない」

 

茶髪で背の高い少女が俺の問いに答える。

いかにも自分が嘘を言っているくせにやけに堂々としている態度が腹に立ち、怒りを助長させる。

 

「どう見ても転んで腹にアザができるか、それに何かがぶつかる音が聴こえたんだよ」

「それがその原因で―――――」

「ふざけるな!」

 

ロッカーを右手で叩きつけると、丁度外で訊いた音が再現される。

偶然の一致だろう、でもこれで彼女の言論を崩すことができた。

 

「あぁこんな音だったな、聴こえたのは」

「…」

「それにな、転んだだけじゃ腹にはアザがつかない、それはロッカーに打ち付けてもな。だからお前ら、カチューシャを殴っただろ」

「はあ!? なわけないでしょう、私たちは戦車道の仲間よ!」

「とぼけるのもいい加減にしろよアマ。仲間内でもいじめというのは存在する」

「……あのねぇ、勝手にいじめって決めつけないでくださる?」

「そうよそうよ!」

「てか、勝手に女子更衣室に入ってきて何様なつもり?」

 

俺が推測を述べただけなのにこうも罵声やらが飛ぶとは、まさに自分が犯人だと肯定しているものだ。

それに此処は女子更衣室だったのか、気にもしないで入ってしまった。第三者から見れば下着泥棒だな。

だけど、この出来事が明らかになってよかった。これでカチューシャはこれ以上悲惨な目に合わなくなる。

 

 

 

 

もっとも、彼女らには罰を受けてもらおう(・・・・・・・・・)

 

「なあお前ら戦車道って言ってたよな」

「そうよ履修者で現隊長よ」

「あぁ、そこまで指揮が上手くないと評判の隊長さんか。これはこれは」

「何、喧嘩売ってるの?」

「そのつもりだが」

 

隊長と称した彼女は俺の煽りに反応して睨みつけてきた。鋭いが俺を威圧させる分には足らない。

痛いところを突かれたのかはわからないが、これなら持ち込める。

俺はとある提案を彼女らに打ち明けた。

 

「そこで、お前らに有利な提案がある」

「何よ」

「俺と戦え」

「……馬鹿なのかしら?」

「あぁそうさ、俺は馬鹿だ。内容としてはお前らは戦車道、俺は歩兵道(・・・)で勝負ということだ」

「は、はははは!! 何、貴方歩兵道で戦車に勝つの!?」

「そうだ。幸いにも道具や装備がこの学校にあるからな」

 

この学校は昔から戦車道を始めとする分野で栄えてきた経歴がある。

そのため、全国の学校で発足するのに相応しいかを決めるためのいわば選定が行われた過去があり、歩兵道も選定された一つだった。

ある時、倉庫を掃除した際にその一式が揃っており、十年前の物だったが服に穴が空いてはおらず、備品も欠けていない新品そのものだった。

 

「へぇー、面白いじゃない」

「だろう、お前らが勝ったらこのことは言わないでやる」

「じゃあ貴方が勝ったら?」

「このことは俺が理事長に直談判する」

「……いいでしょう、受けます」

「決まりだ。明日にでも行うか?」

「何を言うのかしら、今日に決まってるじゃない」

 

彼女は不敵な笑みを浮かべる。笑みには狂気ともいえようモノが混じり、不純な笑みとなっている。

俺は思ってもいなかった回答に笑顔で返す。俺の笑みにも狂気と殺意が混じっていた。

 

「ねぇ、皆もいいでしょ?」

「う、うん」

「わ、わかってる」

 

彼女は笑みを浮かべつつも威圧して他の者も言われるがままに一つ返事で返した。

動揺しているのが目に見えるが、彼女の威圧の前では言われたままを肯定するしかできずにいて、お気の毒と普段なら感じていただろう。

だが今は違う。眼前にいる敵に対し情けなどを掛けてみろ、むしろこちらが容赦なく殺されるに決まっている。

俺が昔したのだ。相手もするに決まっている。

 

「じゃあルールを決めておきましょう、なるべく私も早く行いたいの」

「いいだろう」

「行動制限としては雪原ゾーンと隣接する廃村だけ。あまりに広いと索敵が大変だわ。だって非力な蟻は逃げてしまうから」

「別段構わない、毒牙と毒針にかけてやろう」

 

舐めたようにこちらを嘲笑を浮かべながら言うのでこちらからも言い返す。

やられたらやり返す、あいにく黙秘したまま耐えることはできない性分なのでな。

 

「そちらからは何かないの?」

「対戦車ライフルの使用、または火器の使用と近接武器の使用」

「全部許可するわ」

「わかった」

 

全てを許可するとはなんて優しい。これで奴らを蹂躙できそうだ。色々な策が思い浮かぶ、昔と比べれば使用できる火器が多いから、どう混乱に落とすか楽しみだ。

……そうだ、歩兵道の注意点を話さなければならないな。

 

「ちなみに撃破されたらブザーを鳴らして、体の各所が赤く光ることと履帯で踏んだらすぐに退け、死ぬのでな」

「残念ね」

「十年前の一品だ。当たり前だろう」

 

 

全てのルールを各々確認した後、俺はカチューシャを背負い先に女子更衣室を出た。

それぞれ準備があるからだ。

カチューシャはまさかこのような展開になるとは想定してはいなかった。自身が原因の出来事に伍長を巻き込んでしまい、彼女は心を罪悪感に押し潰され、泣きじゃくっていた。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「そう泣くなカチューシャ、俺が喧嘩を売ったから戦うのだ。お前のせいではない」

「けど!」

「安心しろ俺は負けない、だって強いからな」

「無理よ、戦車に生身なんて!!」

「はっ、俺は元軍人だ。たかが素人が操るたった一輌の戦車なんて造作でもないぞ」

 

 

沖縄戦において、俺は一度だけ戦車と戦ったことがあった。

砲塔と車体に取り付けられた機関銃が俺目掛けて飛んでくるのは恐ろしく、ずっと物陰に隠れていた。

石壁を削っていく様子は鮮明に覚えている。

 

距離を詰める戦車に半ば諦めかけていた時に偶然、誰かが埋めた対戦車地雷が起爆し戦車は履帯を切られ動けなくなった。車内の混乱に乗じて俺は素早く後部へと回り込み、キューポラを強引にこじ開けて手榴弾を中に入れた。

戦車は中の弾薬に誘爆し、高らかに爆炎を上げて爆ぜた。爆発時の破片が頬を掠めたのを覚えている。

その時と比べればどうってことはない。

 

用務員室で消毒液を当てて彼女の処置を済ませ、俺は歩兵道の遺物を取りに倉庫へと足を進める。

また姿見鏡に自分の姿が映る。その鏡に映された俺は軍服のままで血肉が付着していない、むしろ満面の笑みで生き生きとしていた。

 

「生きづらいな」

 

平和に馴染めない自分に呆れて大きくため息を吐いた。

 




ガルパンとパンプキン・シザーズのSSが消えてしまって悲しい。
あれ面白かったのに残念です。


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歩兵の本領

今回、伍長視点と三人称視点が入ります。
そして今回は煙草とクスリの描写があるのでご注意を。

私はどちらの使用も反対派です。


闇が深い。

まだ秋の八時だが学園艦の現在地によって、どうしても暗くなってしまう。

吹雪いているためか、唯一の明かりでる月がその姿を隠しているので辺りは酷く暗い。とはいえ、月が出ていたとしてもさして変わらないものではあるが。

 

普段の時間帯は、雪が積もる音や吹雪いている音に落雪時の音と自然から生み出された音が全てなのに対し、今夜は機械音と金属が軋む音が元々の音らを掻き消していってしまう。

新雪は十トン前後の鉄で造られた巨体によって踏み潰され、硬くなる。

 

その鉄の巨体の中では三人の少女が各々の役職に努めており、うち一人がキューポラから半身を乗り出した。

ヘルメットから前髪が飛び出している茶髪の少女は双眼鏡で辺りを見渡し、たった一人の敵に向けて索敵を行っていた。

 

「ちっ、何処にもいないわね。あの男」

 

車長の田辺は舌打ちを鳴らし、吹雪いて寒い外から無風だけど寒い車内に戻り、キューポラに組み込まれている覗き穴から再度辺りを見渡す。

 

「もう八時を回ったのに居ませんね」

「私たちもしかして放置されたんじゃ……」

「はあっ!? そんなことされたらあの男を徹底的に弄べないじゃない!」

「いやこれは仮定の話ですから……」

 

もしもの話に激しく激怒する田辺に肩をすくめる操縦手に「案件は案件だがそこまでしなくとも……」といった感情が込み上げる砲手。

田辺はどっかりと普段行っている仕草とはほど遠いモノで、貧乏ゆすりや爪を噛んでいた。

 

元々伍長に対し無関心であったが、カチューシャへの怒りの矛先や今までの鬱憤にストレスを向けていた。

 

そして何よりも伍長に向けられている感情は恐怖(・・)だろう。カチューシャの件に加えて、そのカチューシャのいじめが露呈したとが原因だ。

もしもこの戦いで自分が負けてしまえばおそらくは伍長がこのいじめのことを教員に報告し、次期隊長どころか学園を退学しなければならない。

その考えが彼女を狂気へと導いた。

 

伍長のことを考えるだけで腹が無性に立ち、ガンガンガンと足で床を踏み鳴らす。

滑り止めのために取り付けられたブーツの金具がより音を助長させた。

また、本来ならばやってはいけないようなモノをポケットから取り出して口にする。

 

「ちょっ!? それって煙草じゃ…!?」

「そうよ、何。何か問題でもあるの?」

「流石にそれはマズイってやめなよ!」

「そうだよ!」

 

二人は彼女を必死に止めようとするが、制止を振り切りマッチで火を点けた。

一口吸ってから彼女は狂気に染まった目でその二人を見つめながら事実ともいえる言葉を言い放った。

 

「いじめを一緒にしてたんだから今更いい子ぶらないでよ」

 

何処からか取り出した可愛いらしい折り畳み式の手鏡、しかしそれは自分を映すための鏡ではなく、ただそう見えるだけに加工された灰皿だった。

吸殻を落としてからまた口にする。

 

「け、けど田辺。いつから煙草を吸ってたのさ」

「いつって中二からよ、付き合ってた彼氏が煙草を吸ってて勧められたの。発覚しないように口臭にも気を配ったわ」

「……そうなんだ」

「あーあー、本当にあの男のせいでこうなったのが腹立たしい。早くぶちのめしてやりたい」

 

煙草を吸ったことで多少は落ち着いたのか激しい挙動を見せなくなった田辺であったが、依然として感情の高鳴りは衰えていない。

何処のメーカーも取り扱っていない(・・・・・・・・・・・・・・・)種類の煙草の箱に書かれた説明文を流し読みしていた。

すると彼女は箱から二本の煙草を取り出して火を点けた。

 

「ねぇ、貴女たちもどうよ」

「えっ?」

「わ、私はいいかなって……」

「いいから吸え」

「う、うん……」

「……わかったよ」

 

二人は煙草を口にして一度吸いこんだ。

一度はむせたが、何故か二度目を吸い始めたくなって再度口にする。

吸ったら吸ったらで怖気づいて萎えていた気持ちが、不思議と元気に、いや普段以上の高鳴りを見せたのだ。

動機が早くなり、目に血流が集中しているのがわかる。それに脳がより活性化しているのが体感していた。

ハイになった砲手がこの煙草について問う。

 

「ね、ねえ! これが煙草なの!?」

「えぇそうよ。厳密には少しばかし違うけど中の葉っぱが変わっただけ」

「そんなんなら早くやればよかった!」

「うんうん!」

 

確かに葉っぱが変わっただけだが、大きく異なるモノだった。

 

これは覚醒剤。

所持をしているだけで捕まるこの薬物の効能は集中力を底上げして、恐怖の類を薄くしたりと一見便利なモノだと錯覚するが、恐ろしいのはその副作用だ。

過労と栄養失調、それに依存性が高く心臓にも負担がかかるところだ。

実際、ヒロポンとして世間に出回った十年以内に自主回収、1951年に覚醒剤取締法が制定されたりと危険な薬物であり、一時は収束したかのように思えた。

 

だが、安価で製造が可能な手法により多くが流通し、皮肉にも覚醒剤取締法が価格の上昇を手助けるという事態になってしまったのだ。

追撃として、現在はSNSの普及にグローバル化が進み学生や子供にも購入できる社会になってしまった。

 

不意に覗き穴を覗いた田辺は、廃村の方角から信号弾が打ち出されたのを確認した。

酔狂しているのか不敵な嗤いを溢し、彼女は二人に語り掛けた。

 

「さあ憎き敵を殲滅しましょう、自分は廃村に居ると自白してくれました」

「了解!」

「はい!」

「―――――さあ、みすぼらしいキツネを狩りましょう」

 

口角をより一層高く釣り上げて嘲笑しながら彼女は打ち倒すべき敵へとエンジンを唸らせ、履帯を鳴らしながら進行した。

 

 

「市街地戦、いかにも歩兵が考えそうな浅はかなものね」

 

廃村を目の前に田辺が呟く。

実際は戦車にとって市街地は勝手が利かない戦場で、機動力に勝る歩兵が対戦車装備を所持して戦い、撃破するのが多い。

なので戦車には随伴歩兵が必要なのだが、戦車道対歩兵道という構図なので有利にはなれない。

 

しかし、たかが歩兵一人には限度があると彼女らは感じていた。

いくら機動力の利く歩兵とはいえ、やれる攻撃には限りがある。収束手榴弾や火炎瓶による攻撃が全てだと想っていた。

 

結論からいうと、近接しなければ勝てるということだ。

歩兵に対する戦車の対抗としても機関銃が二門取り付けられている上に、対戦車の武装は重いので動きが鈍重になりやすいところだ。

分が悪いだけでこちらの勝率依然として高いままで悪手を打たねば勝てる試合。

 

「せいぜい逃げなさい、愚かなキツネさん」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とまあ、相手は考えるだろう

俺はその逆をいく。

 

「て、敵が百メートル前にいます!」

「なんですって!?」

「しかも待ち構えていたと言わんばかりに立っていますよ!」

「……何か、何か持っているようにも見えますが!」

「この距離で持っている武器――――まさか!?」

 

そろそろ頃合いだと想って信号弾を撃ち教えてやったんだ。

それなりに楽しんでもらえないと困るな。

さて、アホに重いコイツの出番が回ってきたわけだ。

 

俺はアキレス腱や太ももを伸ばす運動のように股を開き、気温で冷やされ重い鉄の長物を腰の横になるように持つ。木製のハンドルに手を携えてから、ただでさえ固い引き金を引いた。

 

戦車や銃器を知らない人が聴けば大砲の砲声だと勘違いされそうな音は、ハイになった彼女らの思考を冷静にさせた。

直後、車内に衝撃派と耳をつんざくような金属音が頭に響いた。

 

「バカじゃないの!? アイツは何故――――」

 

 

 

対戦車ライフル(アンチマテリアルライフル)なんか持っているのよ!!」

「二射目来ます!」

「一時停止ッ!」

 

車体を停車すると同時にまたもや金属音が車内に響き渡る。不快かつ信じられないものを見るように撃った張本人に目を向けて罵声にも似たモノを吐き捨てる。

 

「対戦車ライフルなんて腰だめで撃つ一品じゃないのよ!?」

 

 

「かなり衝撃はくるな、これ」

 

まだ二発目だというのに腕がジンジンと痺れる上に痛い、それがあと弾倉内には三発も残っているわけだ。耐えきれるかは正直怪しいのだが、カチューシャの受けた痛みと苦しみに比べたら大したものではない。

では、全て撃ちならしてしまおう。

 

三連続で紡がれた銃声は的確に戦車へと向かって発射され、二発は戦車に命中した。

だが、立って撃つことに重視した構えでは貧弱な部位には撃ちこめないため、有効打にはならなかった。

 

「五発の銃声で終わった…? つまりアイツはシモノフPTRS1941を撃っているわけね」

「どうしましょう?」

「機銃で攻撃しつつ前進」

「はい!」

 

戦車からは暗闇と吹雪の中からでもわかるように二門の機銃が放たれているようで、後ろに掘ったタコツボに逃げ込んだ。

頭にヒュンヒュンと弾が通過しているのがわかる。あぁ、まるで戦争そのものだ。

嫌いなはずの戦争なのに何故か愛着と心の高ぶりが止まらない。

機銃が止んだので、潜っているうちに弾倉を交換した対戦車ライフルをタコツボに半身を隠した状態で撃つ。

 

上手く履帯を切って接近しようと試みるが風の影響からか中々命中しない。当たったとしても傷ついているだけだ。

思わず舌打ちを鳴らす。

 

「敵との距離が五十メートルを超えました」

「なんなら踏み潰してあげたいけどつまらないわね……」

「ッ! 敵動くようです!」

 

対戦車ライフルの弾丸を消費し尽くしてしまった。

これはいかん、さっさと後退しよう。無論、無用の長物となったコイツを置いてな。

僅かに地表より掘り下げた廃村中央へと向かう道に沿って俺は走る。

 

 

「せっかくだから撃っちゃおうか」

「まさか砲をですか?」

「そうよ、バーンと撃っちゃいなさい。貴女ならいけるわ」

「わかりました」

 

本来ならば砲で人を撃つという躊躇い、どんな状況でも最後の良心により拒むはずの行為が覚醒剤の影響か引き留める機能が正常に動かなかった。

照準を俺の近くに合わせて砲を撃つ。

榴弾は俺の数メートルに着弾し爆ぜる。その爆発に俺も巻き込まれた。

爆風により吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 

「ガハッ!?」

 

息が苦しいし視界がぼやける……。

どうにかして立ち上がらなければ……。

 

幸いにも吹き飛ばされたのが建物の陰となる場所であったため追撃は受けない、壁に手をついてなんとか立ちあがった。

しかし、やけに左足が熱い。視線を投げると榴弾の破片が突き刺さり、血が来ていた軍服に染み込んでいた。

どうやら経年劣化により歩兵道の装備は機能しなかったらしい。現に撃破判定を示す印も光ってはいない。

 

「あぁ運がいい(・・・・)。まだ戦えるわけだ」

 

脂汗が額から染みだしながら俺は口角を上げて、あとからきた激痛をカチューシャ想いで誤魔化す。

血液が一滴、また一滴と地面に垂らしながらも俺は廃村深部へと姿を隠した。

 

 

「どうやら内部に侵入したようね」

「はい、追撃しますか?」

「無論よ。手負いの状態なら派手な動きもできないでしょうよ」

 

田辺は勝ち誇ったかのように鼻をならして指示を出す。戦車は指示に従い、キュラキュラと足を回し雪を踏み固めていく。

薬を使用しているためか、彼女が無駄に陽気な歌を口ずさむと車内の搭乗員に伝染し、女子会か誕生日会のようなモノへと遂げる。

もはや戦勝気分であった。

 

 

 

 

そう、だからこそ彼女らは気づけなかった。

自分らが罠が張り巡らせた巣穴に踏みこんでいってしまったことに。

 

 

二軒三軒と民家を通過すると、突然何かが断絶される音がする。

部品の故障かと田辺が覗き穴から確認するとその正体を視認し嘲笑う。

 

「はっ! そんなワイヤーじゃ戦車は止められないわ。戦車が開発されたのは前線を突破するためなんだから」

 

彼女は特に何事もなかったかのように車内に戻る。

しかし、暫く動いていると不思議と操縦するためのレバーを上げても動かない。操縦手は何度もレバーを上げ下げしたり、前進後退をさせようとするも戦車は寸毫も動いてはくれない。

 

「戦車が動きませんッ!」

「何ですって!?」

 

涙目で訴える操縦手に田辺は慌てた様子で反応し、唇を噛む。

 

―――――ハメられた……ッ!!

 

あのワイヤーの意味は確かに止めることではあった。

だが、履帯や部品に絡ませることで戦車は止まることを知らなかった。

 

足回りが動かないことを当然お話し知らないわけではない。

俺は物陰から火炎瓶に火を点けて戦車のエンジン部目掛けて投げ込んだ。ガチャンとビンは割れて油が広がることで火も燃え広がる。

 

「あ、危なかった……少しでもズレていなかったら白旗判定だわ……」

 

投げ込んだ火炎瓶は惜しくも戦車を撃破するには至らず、投げ込んだであろう方向へ砲塔を回す。

マズイと直感した俺は急いでその場から退避し、数秒後に轟音を響かせて建物を倒壊させる。

 

「まだアイツは仕留め切れてはいない! 次弾装填ッ!!」

「は、はい!」

 

二発目が隣の建物に目掛け撃ち込まれる。そして三発目、四発目と撃ち続けている。

あらかた障害物は排除しようとしているのだろう。瓦礫の山に身を伏せてことを得ようとしていた俺だったが、吹き飛んだ破片が頬を掠める。

 

「無茶をする搭乗員どもだ」

 

頬から血液が滴るも袖で拭き取り、腰につけていた収束手榴弾に手を伸ばす。腰には模擬刀と収束手榴弾が一つついている。

――――――さて、そろそろ決着を付けようじゃないか。

俺は土煙が舞うなか、おぼつかない足取りで横から戦車へと近づく。

煙幕として土煙を利用するも吹雪いているためか途中で晴れてしまう。

相手も歩み寄る俺に気づいたらしく、砲塔を向ける。

 

「ここまできたら榴弾で仕留めなさい!」

「しかし榴弾がもうありませんよ!」

「なら徹甲弾!」

「持ってきていません!」

「機銃掃射よ!早く!」

 

凄まじい音と連射で全身に撃ち込まれる何十発もの銃弾。

実弾ではないとはいえ殺傷力は少なからず有する。

何発も身体に受け痛々しいアザを作り、流血するも依然として前へ前へと前進する。それはブレーキの壊れた重戦車のようで足取りが遅くとも一歩一歩と前進を繰り返す。

目は何かにとり憑かれたかのように虚ろで生気がない、腹から込み上げてきた血液を吐血する。

 

車内では搭乗員誰しもが発狂し喚き引き金を引く。

薬を使用して恐怖を忘れたと思ったのに、俺の現実離れした行為に恐れおののいていた。

もちろん田辺も例外ではなく、言語とも取れない猿叫を発していた。

 

「悪魔が来るわッ!!早く殺しなさい早く早く早くッッ!!!」

「うわああああああ!!」

 

カチカチッと機関銃の弾が切れたのを暗示する音が小さくなる。

この小さな音に彼女らは大きく絶望した。

もう何も抗うことはできない、何もすることができない。

何処から分泌されたかわからない液体が顔中を濡らし、反抗心が消えうせてへたり込む。

 

そんな風になっているのを知らずに、集束手榴弾の栓を引き抜く。

もう投擲できる距離だ。火薬がびっしり詰められた一品を投げると集束手榴弾が戦車の装甲に当たった瞬間に爆発を引き起こした。

爆風に吹き飛ばされた俺は背中から地面に打ち付け、一時的な呼吸困難を招き悶絶する。

 

頭だけを上げてその後の戦車を確認すると、キューポラからは白旗が吹雪でなびいていた。つまりは勝ったのだ。

腰に付けた模擬刀を抜いて地面に刺して杖代わりに用いる。

俺は彼女らを放置して強烈な吹雪の中を徒歩で帰ることにした。もうこれ以上戦っても意味はないと察していたからだ。

 

一時間掛けて戻ると顔を赤子のように泣き腫らしたカチューシャが俺に抱き着こうとする。

けれど、現に俺の全身は血塗れで彼女が触ったら白い肌を汚してしまうので「汚れるから触るな」と言う。

それに彼女がいじめられていたという事実に気づけなかった俺は不甲斐なさにかられた。

 

「カチューシャのせいで伍長は……!!」

「俺を気にするな。ただでさえ使い捨ての駒なのだから」

「そんなことないから!」

 

俺の制止を振り切って彼女は俺に抱き着き、白い柔肌が不自然に赤く染まってしまった。

罪悪感と彼女の優しさを受けながら頭を撫でる。

撫でていると徐々に眠気が増して、手に力が入らなくなってきた。

 

「少々……血を流しすぎた…少し……ばかり…寝る……」

「伍長!? 起きてよ伍長!!」

 

膝から崩れ落ちる俺を小柄な彼女は必死に支えながら声をかけ続ける。

目覚めを促す声を聞きながら俺は夢の奈落へと落ちた。

 




対戦車歩兵道流行れ

パンプキンシザーズという漫画の戦い方と一緒です。
アニメ化もされてるので観てください(ステマ)


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伍長、地に立つ

久々に書いたので文章が稚拙かもしれませんがお許しを。


「……何処だ?」

 

俺は目をゆっくりと開けると見知らぬ白い天上を見つめ、アルコールの香りを嗅ぎ取る。

非常に体が重いなか、冬眠明けの熊のように上半身を起こし、辺りを見渡す。

周りは白いカーテンが引かれて外から遮断おり、隣の机にはテレビが設置、また机の中に冷蔵庫らしき機械も内蔵されていた。

脚には布のような物が巻かれている感覚がある。きっと包帯だろう。

徐々に以前、何が起きたのかを鮮明に思い出していく。

 

あぁ……。俺はあの戦闘を終えた後に倒れたんだっけか。

カチューシャが救急車を呼んで俺を病院に移したのだろう。

そういえば現代の日本は救急車を呼ぶのにお金が掛かるのだろうか?高額請求されないかが不安だ。

 

どうでもいい不安を抱きながら、ふと腕に視線を映すと点滴が打たれているため行動しづらい。元気なので不要だと感じた俺は無理に引っこ抜こうとチューブに手を伸ばす。

 

その時であった。

 

「伍長!!」

 

カーテンを勢いよく開ける小さい姿。

小さな物体は活き活きと俺の元へ近づいて俺の頬ばかりを抓っていく。

 

「元気になったのね!よかったわ!」

「おはようだカチューシャ」

 

嬉々として俺の頬をいじるカチューシャは愛らしいが、これでも中学生だという事実を忘れてはならない。

子猫が親猫の尻尾で遊ぶように何度も何度も頬をいじり続ける。

最初は何ともなかったのに回数が増える度に頬が痛くなる。これが地味に痛いのでやめてほしい。

 

「同志カチューシャ。元気になったとはいえ彼は患者です。ほどほどにしたほうがいいです」

「それもそうね!」

 

あとからノンナが現れ、カチューシャに注意を促す。

するとカチューシャは彼女の指示に従い俺の頬を抓るのをやめた。

しかし、カチューシャがいじるのをやめると今度はノンナが接近して俺の頭に手を伸ばした。

 

何をするのだろうか、流石に年下の少女に頭を撫でられても反応に困るのだが。

まあ役得と考えておこう、普通だったらされないと思うし。

いかにも俺は典型的阿保な考えをしていたが、数秒後にその考えは崩壊することとなる。

 

「イタタタタタタッ!?」

「心配を掛けた落とし前です。受け取ってください」

「頭潰れる!!」

 

彼女が行ったのは俺の顔面を掴み、力を込めるといった荒技だった。

思ったより彼女の握力は強く、親指で指圧されているこめかみが物凄く痛い。陥没してしまうほどの握力である。

俺は必死に制止を促すもこの行為は一分近く続き、ようやく離してくれた時には俺はうっすら顔を真っ赤に染めて頭を押さえて悶える。

 

「ノンナぁ、患者をいじめて楽しいか……」

「……では私からもいいましょう。私たちを心配させたくせにどの口が言うのですか」

「うっ……」

 

あまりの正論に俺は絶句した。

まあそれも当然だろう。脚に砲弾の破片が突き刺さり、機関銃の弾を全身で受け止めたわけだ。

痛みには慣れているからそこまで心配しなくてもよかったのだが。

まあ生きているからあっさり許されるだろう。

 

「けどそれはカチューシャを守るためで」

「貴方、自分がした行為を覚えていますか」

 

彼女は頭よろしく首元を掴み俺を寄せる。

凍てつくような顔からは想像できない剣幕で俺を睨みつける。

このような展開になるとは予想はしていたのだが、俺はとある別の理由で驚いていた。

何故なら眉間にしわを寄せて怒っているにも関わらず目には涙を浮かべていたからだ。

 

ノンナは声を震えさせながらも俺に向かって言い放つ。

 

「貴方は後のことを考えてください! 少なからずこうなると考えることができたでしょう!!」

「だって俺は馬鹿だからこういうのしかできないから仕方がない」

「それなら、それなら私とかにも相談すればよかったじゃないですか……!!」

 

溜まっていたモノを全てぶちまけたのか彼女は嗚咽を漏らし、涙を流しながら俯いてしまう。

自然と首元に込められた力が緩くなり、ついには剥がれた。

俺は彼女の頭に手を置いてポンポンと優しく叩き撫でる。

 

「男の俺がこういうのをするのは浅はかだろうがあいにく俺はこれしかできん。すまないな、迷惑をかけてしまって」

「本当に、貴方は馬鹿なんですから……ッ」

「よく言われる」

 

笑みを浮かべて絹糸のように滑らかな彼女の頭を撫でている反面、俺の中では不甲斐なさと申し訳なさが渦巻いていた。

もう少し俺に学があれば穏便かつ誰にも迷惑をかけずに済んだかもしれない。

もう少し俺に冷静さがあれば彼女を泣かせずに済んだかもしれない。

どうにも言えないような感情が込み上げてくるが、一つだけ確かに別のモノが存在した。

 

 

 

けれど俺はこうも大事にされていたなんて、なんて俺は幸せものだ。

 

 

「ノンナ、お前はいい女だな」

 

このことを告げた途端、一筋に光る流星は辺りを照らし暗闇を光で塗り替えた。

自然と心が温かくなっていき、目元が潤んできて視界がぼやける。

あぁ、これはマズイ。耐えられない。

俺はノンナに釣られたのか、それとも自分の在り方に歓喜したのか、あるいはどちらもなのか涙が零れてくる。

 

「ったくノンナだけじゃないのよ、心配してたのは」

「すまんなカチューシャも。要らぬ心配かけてしまって」

「別に要らない心配じゃないんだから。これは当然なの」

「馬鹿野郎、さらに泣かせるな……」

 

この言葉に心打たれたのか涙の生成が早くなり流す涙の量が増した。

青白い病院服どころこシーツまでも俺の涙で濡れてしまい、少し冷たい。

けれど感動はそんなことおかまいなしに涙を止めない。まるで決壊したダムのように俺は涙を流し続けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

現時刻は七時

 

「退院したらまた鍋を作ろう」とカチューシャたちと約束を交わし、彼女らが帰ってからというもの、俺は暇になってしまった。

 

美味しくない薄味の病院食を喰らった後に医者が来て健康状態を聞かれた。

しかし健康状態といえば健康そのもの、体の重たさも幸福感からか何処かへ吹き飛んでしまった。

それは幸せそのもので、理由としては西住家以外にも居場所ができたからだ。

 

そして懸念していた救急車の料金はいくらかと訊いたら医者は目を丸くしたあとに笑われてしまった。

どうやら税金で無料らしい。いい時代になったものよ、俺の時には貧乏人は保険すら入れなかったからな。

 

適当に持ってきた漫画本を読んでいる最中にカーテンが開けられた。

開けたのは黒いスーツを着用したしほ殿だった。

彼女は備え付けの椅子に座り、紙袋から紙皿にリンゴと果物ナイフを取り出してリンゴを剥き始めた。

 

「いやすいませんねしほ殿、俺のために病院まで足を運んでもらって」

「いえ、家の者が怪我をしたらお見舞いに行くのは当然です」

「ははっ、涙腺が尽きてしまいます」

 

リンゴを剥き終えて皿にリンゴを並べると彼女はつまようじ代わりといって果物ナイフをこちらに渡した。

おそらくはつまようじを忘れたのだろう、思わずつまようじの件を言いそうにはなるも言ったら怒られそうな感じがするので口を閉ざした。言わぬが仏だ。

 

果物ナイフを器用に使って口を傷つけないよう食していると彼女はある紙をこちらに提示する。

俺は受け取り、片手でナイフを持った奇妙な姿で長々と羅列する文字列を読む。

そしてその内容を理解してしまった。

 

「……解雇届か」

「はい」

「……ふざけるな」

「…」

「ふざけるなよ!」

 

紙を手にしたナイフで突き刺してからも下に引き裂いた。

ふつふつと腸が煮えくり返るほどに激怒して、さらに紙の無残に引き裂かれた残骸をより細かく千切っていき、ゴミを増やした。

それでも怒りは収まらず、ベッドを渾身の力を殴り続ける。埃が部屋に舞い散っていく。

 

「伍長落ち着きなさい。本来なら貴方はプラウダに居られました」

「本来ならだと!? 俺は解雇されたのだぞ!!」

「しかしあることで事が変わりました」

「何なんだそれは!!」

 

日頃から敬語を使っているのを忘れ普段通りの口調に戻る俺。それほど俺には小劇的なものだった。

怒り狂う俺を落ち着かせるように諭すようにしほ殿は内容を告げる。

 

「……女性生徒の体内から麻薬の陽性反応です」

「麻薬!?」

「はい、体内だけではなく生徒の部屋や車内からも検出されました」

「なんでガキが持ってんだ! この現代日本は麻薬の類は一掃されたはずじゃないのか!」

「インターネットの普及で入手がより簡単になったのです」

「じゃあなんだ俺は! 俺は麻薬のせいで解雇されたのか!?」

「えぇ、情報漏洩を防ぐために」

「ふざけるな、ふざけるなよ……ッ!!」

 

先程まで幸せにであったのに数時間程度で思わぬ不幸へと爆撃機のように急降下。そして生身に爆撃を喰らったかのような衝撃を受ける。

 

この突き付けられた非常な現実に俺は頭を抱えた。

せっかく、俺が幸せを見いだせたというのにこうも破壊されてしまうなんて。何故こんな目に遭わなければならないのだ……!

 

悔し涙と悲涙が合わさり、音にもならない嗚咽を漏らしながら泣き続ける。

彼女は哀れにも思ったのか俺から目を逸らしながら告げた。

 

「けれど、口止め料として貴方のもとには多額のお金が舞い込みました」

「そんなの要らないから俺を戻してくれ…新たな居場所を見つけたのに……」

「……」

 

彼女はそんな俺を見ていたたまれなくなったのか、椅子から立ち上がり外へと出て行ってしまう。

その場には頭を抱えて悲しんだ男だけがいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『もしもし』

『あら久しぶりね西住流』

『……何の用ですか。島田流』

『不愛想なのは変わらないのね』

『大きなお世話です』

『時に貴方、伍長とかいう男性を面倒見てたわよね」

『……監視ですか気味が悪い』

『島田流は忍者戦法よ、諜報も欠かさないわよ』

『それで、うちの臨時剣道指南人がどうしたのですか。寄越せと言われても渡しませんから』

 

『……貴方、彼から手を引きなさい』

『……仰る意味がわからないです』

『何、至極簡単なこと。彼は危険よ、さっさと手放してほしいの』

『貴方らしくありませんね。変なものでも食べましたか?』

『至って健康体ですよ、常に強面の人とは違って。これは一人の友人として忠告しとくわね』

『…』

 

『彼は西住家で飼われている忠犬じゃないの。彼はただ自分に好都合な環境(・・・・・・・・・・・)を与えられて(・・・・・・)いるから傍にいる狂犬よ(・・・・・・・・・・)

『……ただの身内の悪口なら容赦しないわ』

『甘いわよ貴女、確かに彼と接触していない私には彼のことはわからない。…だけどね彼はいつか暴走して大きなことをしでかすわ。これだけは肝に銘じておきなさい』

『……ご忠告感謝します』

『じゃあ今度ご飯でも行きましょう。貴女の奢りで――――――』

 

プツンと電話は切られた。

 




感情に弱い主人公。またの名を号泣系主人公。
もしかしてガルパンSSの主人公中で最弱では?

まあゴールデンカムイの杉本とパンプキンシザーズのランデル伍長を合わせてみた主人公だし……。


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伍長、チャンスを見つける

お気に入り400突破、感謝感激でございます。
これからもお願いします。


拝啓、天国に居る兵士諸君。

俺は現在、西住家でグータラ三昧を送って過ごしています。

きっとお前らは書類の納期やらで忙しく働いていることでしょう、大変そうですね。

……まあいつもだったが。

 

まあ煽るのはここまでにして、春になってきたということで道路の脇に植えてある桜や敷地内の桜の花が咲き乱れました。

一欠けら一欠けら、幻想的に落ちる様子はいつ見ていても飽きることはない。雨よどうか降らないでくれと日々願っております。

 

ただ一つだけ、桜についての悩みがあります。

それは毛虫です。先日、掃除をしている最中に毛虫の毛に刺され、大変痒かった思いがあります。

それさえ無ければ完璧とも言えるのに。

では兵士諸君、元気でやってください。

 

 

 

あんなにも寒かった冬の寒気は何処かへ吹き飛び、今日もポカポカ陽気で辺りを温める。

色々な野鳥が独自の鳴き声で春を祝う。

花々は春を祝うための旗を用意し、春風が優しく鮮やかな色々旗を揺らしていく、まるで凱旋パレードのような感じだ。

山に生息している動物たちも深い眠りから覚め、空っぽの胃袋を埋めるために木の実を喰らう。冬を越した獲物を喰らう。

 

西住家では剣道場から聞こえる掛け声にも心なしか元気があるようにも思える。

産休から復帰した本来の女性講師が活を入れているのも聞こえた。二児の母らしいが元気なものだ。

そういえば俺も彼女とお手合わせ願ったことがあったな。

剣道だけという縛りではあったが流石は西住流の剣道講師、男と女という体格の差を押し退けるほどに上手で、ついつい本気を出してしまった。

結果としては引き分け、いい勝負だった。

 

その後、やや生徒から引かれてしまった。生徒から訊いたのだが彼女は全国一の女性剣士らしい。

通りで強いわけだ。俺にもし戦場での勘が無かったら負けていた。

昔に沖縄戦でサーベルを腰に携えた米兵と剣を交えたな。あの剣士、素晴らしい腕前であったな。まあ一分の戦闘の末に俺が斬殺したが。

流石にもう一人米兵がいたのだが疲れ果てて追跡できなかった。

 

そんな声を聞きながら俺は縁側で横になり、傍に三本の三色団子と一杯のお茶を置いて庭に立派に咲く一本の桜をぼんやりと見ていた。

それこそはまさに魂を抜かれた亡霊のように。

 

「あー暇」

 

心に思ったことを口に出し、俺は三色団子を手に取り食す。

もちもちとした触感にあとから来る甘さを楽しみながら一本目を食べ終える。そして二本目へと伸ばして口にする。

だらけていた自分に活を入れようとしたのか、春風がひゅるりと音を立てて吹いた。

すると桜の花びらがひとつ、被っていた規格帽のつばに乗っかる。無論、当の本人からは乗っかったこと自体を知らない。

砂が三色団子とお茶に入っていないことを確認しただけだった。

 

「ちょっとそこ退いてもらってもいいですか?」

「ん? あぁ、菊代さん。すまないな、今動く」

 

西住家の家政婦を勤める菊代さんは、かつて俺がプラウダの学園艦で働いている時に雇ったらしい。確か本名は井手上菊代と聞いたことがある。

長い黒髪を後ろに一本纏め、よく緑色の着物を着ている。昔ながらの大和撫子といったものだ。

年齢こそはわからないものも、容姿が端麗だ。本音をいうと俺の好みの範疇である。

 

「くすっ、伍長さん。頭に桜が」

「むっ」

 

菊代さんが俺に頭の指摘をする。

帽子を外すと同時にひらりひらり舞い落ちながら床へ落ちる。

まさか自分の頭に桜の花びらが付いていたとは、少しばかり恥ずかしいな。幼い少年少女みたいだ。

羞恥心を感じながらも感情を抑え、己の顔を赤らめるような表情を取らなかった。理由としてはそれこそ少年のような仕草だったからだ。

外していた帽子を再度被る。

 

「菊代さん、指摘感謝する」

「別にその程度で感謝しなくても……って随分とその帽子傷んでますね」

「あぁ。この帽子はもう何十年も被っていましたから」

「ふふっ、ご冗談が下手なんですから。私が手直し致します」

「えっ、できるのか?」

「勿論ですよ。裁縫は大の得意なんですから」

 

彼女はかなりの自信があるのか胸を突き出して自慢げになっている様子。そして胸を張っているためどうしても胸部が強調される。

別段大きくもないその胸を、俺は彼女から見てバレない程度にチラチラと視線を移す。

やはり和服は最高だ。

 

「にしても伍長さん、雑に修復してますね。これってただ類似する布を縫い合わせただけじゃないですか」

「仕方ないだろう。俺はこういうのが苦手なんですから」

「もう駄目ですよ。これからは男も家事をする時代なんですから裁縫もできないと」

「わ、わかった」

 

顔を接近させる菊代さんに俺は身体を反らせるように一定の距離を置いた。

うーん、料理は普通なのだが裁縫はなぁ……。てか馴れ初めの際にみほが発砲してできたところを巧妙に隠せたと思ったのだが、案外バレるものなのだな。

帽子が傷ついた主な原因はプラウダに居る時とみほの発砲だけか、あながち少ない。

 

「では今度一緒に裁縫のお勉強をしましょう」

「は、はい」

 

くっ、勉強会ができてしまった。

この時代を生き抜くためには必要だから大人しく履修しておくべきか……。

 

「場所は私の家でしましょう」

「……ん?」

 

今彼女はなんと言った?

彼女の自宅? 自宅と口にしたよなこの人。

 

……これは一種のチャンスなのではないか!

百人の男が見ても美女と答えるだろう女性と一緒だと、これはいい機会だ。好機だ!

お酒を持って一緒に晩酌をしてなんかエッチな雰囲気になったら双方の同意の上で……。

 

さあ、その封印を解いて二つのお山を拝んでやるぞ!!

大きさは大山かな蔵王かな?

 

「菊代さん、いや菊代先生! 私は何故か無性に貴女の裁縫のご指導を受けたくなりました!」

 

彼女の肩を掴み、意気込んて言い放つと彼女は突然の俺の行為に動じていた。

ふっ、彼女の性格がわかった。押しに弱い類だ。このままいけば確実にいける。

 

「そ、それは何よりだわ」

「なので今日足を運んでも―――――」

 

 

俺が全てを言い終える前に、先の温かかった気温が故郷東北の真冬を思い出させる如く凍りあがった。電光石火の速さで悪寒が身体を走る。ピリピリと空気が張りつめているのがよくわかる。

背中に重く圧し掛かる何とも言い表せないような重圧が俺を押し潰し、いつしかノシイカのようにされてしまいそうである。

呼吸が徐々に乱れつつも俺は振り向いた。

 

 

 

 

「―――――お裁縫のお勉強ですか」

 

背後には鬼が存在していた。

黒いスーツを着こなし、長い黒髪をした鬼を俺は知っていた。

 

「し、しほ殿……」

「ぴゃい!」

 

顔を引きつらせる俺と奇妙な悲鳴を上げる菊代さん、菊代さんに関しては顔を青ざめて上下に小さく震えている。

しほ殿は持ち前の威圧感をさらに放出しながら俺の元へと迫る。どさくさに紛れて菊代さんも、しほ殿が近づいてくるにつれて一歩ずつ後ろに引いている。

逃れることのできない状況に陥った俺は必死に弁解の言葉を模索する。

 

「伍長、お話があります」

「も、申し訳ありませんが今から庭の掃除を……」

「お話があります」

「……わかりました」

 

もっとも、導き出した応答としてはあっさり看破されるようなお粗末なものだった。

彼女の威圧に負けて渋々客間に連行される俺を、菊代さんは一部始終視線を逸らすことはなかった。彼女の眼差しはまるで哀れな者を見るかのようなモノであった。

 

 

客間まで連行された俺はこれから何が行われるかを考察したため、顔を真っ青にして俯いた。

ガソゴソと革の鞄から何かを探しているように思えるしほ殿から察するにきっと解雇届けに違いない。西住家が無かったら俺は一生野宿するハメになるだろう。

この家が最後の砦なのになぁ……。

 

しほ殿は目当ての物を見つけたのか机の上に一枚の紙封筒を提示する。普通の書類が入る大きさだ。

紙封筒を手に取り封を開ける。俺に渡す前に彼女が開封したのか前もって封が切られていた。

心臓の心拍や血液の鼓動が速くなる中、中に封入されていた一枚の書類に目を通す。

 

 

書かれていたのは解雇届……ではなく一枚の記載済みの履歴書であった。

 

「な、何ですかこれ? 俺の履歴書ですか?」

「そうです。貴方のために辻褄を合わせおきました」

「はいィ?」

 

確かに名前はデタラメに記載されている。西済伍長(にしずみごちょう)と名前欄にはある。俺の本当の名前ではないことが確かだ。

それと住所は現西住家の住所から隣の廃屋となっている。流石にそこで寝泊りしたことはない。

唯一、正確なのは年齢だけだ。ちなみに二十六歳と若い。

 

「なんで欺瞞に溢れた履歴書を? 処されますぜ」

「そのことに関してはご安心を」

「はっ?」

「何故ならうちの管轄内だからです」

「……すまない、俺は頭が悪いので。つまりはどういうことで」

「貴方は今月から黒森峰の学園艦にて働くことが決まりました。用務員として」

「……えっ」

 

突然暴露された真実に俺は唖然とした。

まさか自分が勝手に就職するようになるとは誰が想おうか。目頭をつまみながら俺は彼女に問う。

 

「何故俺が黒森峰で働くことに?」

「それは至極簡単で働かざるもの食うべからずだからです」

「……掃除してましたよ?」

「最近は我が家に腕のいい家政婦さんが存在するでしょう。縫物もできなくて常に怠けている人は要りませんから」

「……ぐうの音も出ない正論です」

 

確かにそうだった……。

あーちくしょう、もう少し真面目に取り組めばよかった。本来の剣道の講師と一緒になって指導すればよかった。やってしまった。

 

「それに――――」

 

彼女は追加で言う。

 

「最近は治安がよろしいとは言えません、以前に人斬り騒動もありました。親の目が届かぬ所で学業に励んでいるまほたちを守ってもらう目的があります」

「なるほど」

 

いくら厳格な西住流といえども二児の母親であることには変わりようがない。

子供の動向を見守るのは親の義務ともいえる。しかし見守るのには限度がある。

そこで俺の出番というわけか、幸運にもプラウダで働いていた実績もある。

 

そうなったら返事は決まっている。

 

 

「いいでしょう。全力を尽くしましょう」

「感謝します」

「なに、普通のことですよ。俺もまほたちのことは妹分として扱ってますし」

「彼女たちからしたら嫌な兄分だとは思いますが」

「そ、そんなことはない……と予想します」

 

アハハと苦笑いを浮かべ、頬を掻く。しほ殿は不自然な俺が可笑しかったのか若干顔の筋肉を緩めた。

ともあれ、今月から黒森峰の用務員とまほたちの万が一の守衛として働くわけだ。あらかじめ剣道と剣術を練習しておこう。

剣術に関しては我流ではあるが実戦での効果はあった。このままでいいと感じる。

まっ、産休から復帰した剣道の講師に相手をしてもらおう

 

久方ぶりに火が灯った瞬間であった。

 




ノシイカ美味しいですよね。
甘くてしょっぱいのが堪らないですよ。


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乗船 黒森峰

みほは中三、まほは高一という設定でお願いします。



「うーん、やることがない」

 

現在、俺は熊本の港にある小さなカフェでコーヒーを啜っている。

ガラス越しからでもわかるように、巨艦の艦が一隻停泊しており港全体に己を知らせるように威圧感を醸し出している。

 

俺の再就職の場はあの艦である。

正体をバラすと黒森峰の所有する学園艦であり、その学園の用務員として働くのである。

しかしまあ、学園艦というのは改めてみるとデカいものだ。空母や戦艦の大きさを優に超す。全ての学園艦に共通することといえば住民がいることだ。農作物とか潮風で駄目になったり鉄が錆びやすそうな環境ではあるが住みやすいのだろうか。

 

艦の荷物やらを船外に出し終えたらしく、生徒や住民がぞろぞろと陸地に上陸を始めた。俺は煙草を灰皿に押し付けてゆっくりと立ちあがる。

そしてちゃっかりシュガ―スティックを一本ネコババし、会計を払った。野宿で調味料は必要だからな。カレー粉もあったりする。

 

「んじゃ、みほでも捜すか」

 

駐車場に停めていた陸王を引っ張り、人混みの中から妹分であるみほの捜索に移る。

かなりの人数が学園艦から放出されているので目移りする。同じ制服の生徒もいるので厄介だ。失敗したな、事前にどの服で来るのかを調査すればよかった。

 

ふらりふらりと捜索をして十五分、前方に明るい茶髪の女子生徒を見つけた。彼女も首を右往左往に振って誰かを捜している様子だ。検討はつく、みほだろう。

だが、このまま普通に行っても面白くはない。どれ、少しだけ驚かしてやろう。

ひっそりと心の底から溢れる悪戯心に支配された俺は麻袋の中からいつの日にか装着した丸いサングラスをつけ、戦闘帽を隠す。

 

ちょうどよく彼女が後ろを振り向き俺が視線から完全に消えた。今だ。

 

「やあお嬢さん、俺と供に銀ブラしませんか?」

「ふぇっ!?」

 

突如声を掛けられたのか彼女は目を見開き困惑している様子だ。

アタフタと慌てている仕草が可愛らしい、あの時とは少し様子が変わったが可愛いものは可愛いものよな。

にしても、以前ナンパをこれで行ったら「銀ブラ何それー」「銀だこのことじゃない?」「ならタピオカだよね」という返事が返ってきた。可笑しい、きちんと銀座で言ったのに。

 

「あ、いやその! ある人を待っていて……」

「ふっ、その待ち人はこれのことかな」

「あっ!?」

 

サングラスを外し、戦闘帽を被るとみほは察しがついたのか声を上げる。目をそんなに見開き口をあんぐり開けて、まったく元気な生娘め。

 

「伍長さんずるいですよ!」

「ふっ、すまないな。でも、こんな骨董品に近いバイクで気づいて欲しかったのはある」

「だ、だって……」

「ふっ、冗談だ」

 

やはりみほは可愛いな。

そういや未だにあのクマのぬいぐるみを好んでいるのだろうか、確かボコだったな。殴られっぱなしで見ててやるせない気持ちになる。

俺がボコの友達なら代わりにボコボコに……あっ、そういや自分から喧嘩売ってたわボコの奴。救いようのない阿保だ。

 

「さっ、学園艦を案内します。ついてきてください」

「了解」

「もー、堅苦しくしないでくださいよ」

「せめて妹分にカッコよく振る舞いたいのだ」

「むぅ」

 

彼女は頬を膨らまして怒ってますよと表現する。

はははっ、可愛げのあるやつめ。突いてやろう。

人差し指で膨らんだ頬を突いてみるととても柔らかい、乙女の肌はこういうものなのか。まあ一度だけカチューシャにもしたが、あれは乙女ってか女児だし……。

おっと、流石に恋愛対象にはならんよ。両者とも。

 

何処かの暴君の側近を努める雪女が聞いたら俺は冷ややかな目線を向けられ、彼女から溢れかえる威圧感に気圧され、やがては押しつぶされるだろう。もっともそう簡単にはやられないが。

かくして俺は艦内?いや甲板へと案内されるのであった。

 

 

学園艦内、というか甲板はドイツを模したような建物が所狭しと建築されており、レンガの家とかも存在した。

気分としては海外旅行といった感じだ。無論、行ったことはないがな。

しかしまあ、学園艦は国に当てはまるような外観にしなければいけないのだろうか。イタリアを模したアンツィオ高校もそうだった。

ドイツ兵に見せたらきっと喜ぶだろう、アイツの死に場所はスターリングラードだったからな。

もしや歓喜余って踊り狂うのではないか?あの堅物。

 

「伍長さん」

「何だみほ?」

「バイクの旅はどう?」

「あぁ、楽しかったよ。痛いこともあれば嬉しいこともあったさ」

「じゃあ後で聴かせてもらえませんか?」

「いいぞ、にしても口調がやけに他人行儀だぞ。俺には砕いた口調で話してもいいのだぞ」

「あはは……。善処するね」

 

彼女は自嘲気味に笑みを浮かべる。

まあ察するに大変なんだろうな、戦車道ってのは。体育会系の競技だから血気盛んな者を事を荒げることなく何事も治めるのが大変なのだろうな。

軍隊ならまだしも学生の競技だからな、下手にはできないか。

 

けれど、彼女の息抜きには俺の存在はうってこいなのだろう。まほは高校上がったから今は大変だろうし。入れる隙間がないのもあるし、半端に俺が介入したら逆に迷惑になると思うし。きちんと機を見て接してみよう。

 

彼女の学園でのあり方について考えていると香ばしいビールの匂いが鼻をくすぐる。そういえばビールが有名だったなドイツは。

キンキンに冷えたビールを飲むのもいいかもしれない。あいにく、今日はバイクに乗らないから飲酒は可能である。

 

「みほ、ビールの匂いがするから飲んでくるな。飲みに行こうかな」

「あっ、じゃあ私も」

「……みほ、お前も悪いことして箔をつけようとしているのか。うん、煙草と薬以外は基本許すが酒の量については言及するからな」

「いやいや違うから!」

「何故だ?」

「アルコールの無い疑似ビールだからね!」

「なるほど、若くしてビールの味を覚えることにより酒などの需要を高めようとする政府の策か……」

「もう!そんな難解に考えないで、ただのジュースだから!」

 

少しみほを揶揄うと彼女は怒涛のツッコミをいれているためか、顔を紅潮させている。ゼーゼーと息を切らしている姿が数十秒後に存在した。

やはりみほは面白いな。話してて飽きないぞ。

とまあ、俺も久しぶりの再会で心が高揚しているのだろう。少し落ち着かせるため、ビールを飲みに行こうという意思がより強調された。幸いにも、みほも食べられそうなものがあるらしい。

余計に高揚しそうだとは思わない、思わないようにしている。

 

「よし、ではみほの分も俺が奢ってやろう。さあ行こうではないか、麦の成長ぶりを喉で感じようではないか」

「え、えぇ……」

「安心しろ金ならある。ちょいとばかし汚れた案件で大金を得たがそれはそれ。金は社会の血液でな、俺が出して少しでも多くを循環させてやらなくてはな!」

「あ、あはは……」

「ということで道案内頼む」

 

みほは昔からこういう人柄だったなと達観した目で俺を見る。何故彼女が幼いときに、彼の言動や思想についていけたかが不思議である。常識がついた今となっては理解できないでいた。

彼女は俺の言われたとおりに目的地まで案内していく。

 

 

俺がビールを口に含めたのは十分後の出来事であった。

露店だろうか大型の車を台所代わりに使う店で、そこからビールの匂いや肉を焼く匂いが漏れている。

その店のすぐ近くにベンチやテーブルがいくつもの点在している。

アンツィオ学園で食べた時とと一緒だな。そういえばあの娘たちは元気だろうか、学園の戦車道はどうなったのだろうか。

 

手渡されたビールは琥珀色に輝き、炭酸特有の気泡がコップの底から上へと目指し浮上、そしてビールが酒類の王様であることを主張するように泡の冠が零れそうになる。

脳内ではどんな味や風味がするのかと期待が高まり、目を輝かせるとともに余計涎が分泌される。

 

先に購入していたみほはハンバーガーを美味しそうに食べている。

値段の方を確認したらそこそこの値段でかなりの大きさのハンバーガーが出てくるからな。食べ盛りの学生の味方だ。

 

木製の椅子に座り、手にしていたコップを口に近づける。独特の匂いが鼻をくすぐり、我慢ができなくなる。

もう限界だ。

容器を傾け、ビールを口に流し込む。味は予想以上のコクが脳を刺激し、舌に炭酸のシュワシュワとした感触を受ける。

 

最高だ! まったくもって最高だ!

 

この世のできとは想えない美味しさに舌鼓を打ち感銘を受ける。一度口から離すと再度飲めという悪魔の催促が己の理性を揺らす。俺は易々と屈して催促されるがままにビールを瞬く間に飲み干した。

 

「美味い、美味過ぎる!」

「よかったね伍長さん」

「あぁ、もう一杯買ってくることにしよう」

 

俺は注文、購入、飲食を数度繰り返す。

回数が経つたびにレジの女性店員が徐々に引き気味に笑みを浮かべて、みほは何かを察したような顔つきになる。

一時間経過した際には足はふらつき、顔に赤みを帯びてきた。単刀直入にいうと酔ったのである。

元々俺は酔いには強いのだが限界は勿論ある。視界はもうぼやけ始めている。

 

「もう飲めん……」

「そりゃあ何度も飲み続けるから」

「あぁー明日来て飲もう」

 

みほが察していたことが見事的中した。流石は西住流である。

さて、そろそろ行くか。新しい家を確認してから即寝よう。風呂は後でいいな。

その前に高ぶる気持ちを静かにさせなくては。流石にこの高揚ぶりでは何らかの事故を起こしそうだ。

 

「みほ、悪いが此処で暫時待てくれないか?」

「どうして?」

「喫煙さ、喫煙」

「えーと確か喫煙所はそこの通りを右に曲がって、二度目の交差点を左折したらあとは真っ直ぐだよ」

「わかった。小遣い渡すから何か購入しててもいいからな」

 

俺は財布から取り出した千円を彼女に渡して喫煙所へと向かう。

その道中、昼間から酒の匂いをまき散らす俺を羨ましがる通りかかりのサラリーマンに、昼間から酒を飲む俺に嫌悪感を顔に出す中年の女性。反応様々な反応には共通点として俺の存在自体が異質であるといった感じだ。

 

正直慣れた。俺を厄介払いにする人間は少なからず存在したからな、無論戦争の時ではない。

 

何故慣れてしまったかといえば、家族の結核だろう。

俺は小さな集落で産まれ育った。家は農家ということで金が無い、保険という便利なシステムが存在しない当時では俺ら家族は町医者で診察されるだけの生活を送った。いやむしろそれが昔の常識だった。

ある時に母親が結核になった。しかし入院させる金はない。

そのため結核は母親から父親へと伝染した。入院させる金銭すらなく、家で一日中寝かせていた。

二年後に母親が死ぬと、後を追うように父親が死んだ。

 

不幸中の幸いとしては俺は何故か結核には罹らなかったのだ。医者は珍しいと口にしていた。

しかし、結核に罹った家族を許容できるほど村は優しくはなかった。俺は持っていけるだけの荷物を背負い、からぶき屋根に松明を投げ込む、病原菌が蔓延している恐れがあるからだ。家は離れにあるため山火事などの二次災害はなかった。

囂々と燃え盛る我が家を尻目に俺は関東へと足を運んだ。何処かでひっそりと生きれればいいと考えていたからである。この出来事の時には俺は齢十二歳であった。

 

もしも何事もなく育てば俺はあの娘(・・・)と婚約できたのだろうか。

記憶をぶり返して考えていたらいつのまにか変な路地に来てしまった。辺りを見渡しても薄暗く、街頭が二本ある程度だ。壁にはわけのわからぬ絵が描かれ、英語も書かれている。

 

しまった。道に迷った。

しかしどうしたらこんな変な道に辿り着くのか不思議にならなくもない。取りあえずは踵を返して戻ろうと帰路につこうとする。この際、喫煙は諦めてみほと合流しよう。

流石に長く待たせてはいけないからな。俺はペチンと両頬叩いて活を入れる。

 

 

「キャッ! やめて!!」

 

誰かを求める声が小さいながらも聴こえ、俺は思わず目を細めると同時に酔いも覚ます。

こんな人目もつかないであろう路地に加え暗い場所、声質が高かったことも考慮すると女性だな。

外道じみた輩には正義の鉄拳を与えなければならない。

先程までは千鳥足だったのに対し、今の俺は走って音源まで向かう。

 

さあ、天に代わって誅罰をくだそう。

半ば大戦時の虚ろで狂気に満ちた瞳へと移り、戦いを求める狂犬の如く嗤った。

 




神などの人間を超越した存在が、悪行を行った人間に対して誅伐を下すことを天罰で人間が神に代わって罰するのを天誅といいます。
最近ではfateのあるキャラが検索ワード数を持ち上げましたね。


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サルでもわかる喧嘩術

今回格闘とかします。
未熟な部分もあるのでお許しを。


悲鳴の出処を突き止めるために裏路地を走り回る俺、背後では俺の煙草の煙が痕跡を残し、一本のラインが引かれる。まるで翼の先端から雲を引く飛行機のようだ。

ゴミ箱を蹴り飛ばし、猫の餌であろう得体の知れない物体踏み潰してまで俺は何ともいえない臭さの路地裏を駆け抜ける。

 

ちっ、中々見つからないな。

もしかしたらもう家の中とかに連れ込んだのかもしれない。そうなったら余計捜すのが困難になる……。

何としても見つけ出さねば。

 

奥に進むにつれて電灯は少なくなり、昼間にも関わらず若干暗い。それに比例して壁の落書きが増えていく一方だ。おそらくは此処らへんだと目星が付いてはいるものも、未だ見つけ出せないことに苛立ちと焦燥感を覚える。

そんな時、壁にもたれ掛かるように寝ている一人の老人を見つけた。衣服や整えられていない髪型から察するに浮浪者だろう、俺は視線を合わせるようにしゃがみ込み、声を掛けながら肩を揺らす。

 

「おい爺さん。起きろ」

「う、うぅ…。何じゃ一体……」

 

老人は顔を上げて俺の方へ視線を移す。目がやたらと蕩け、意識が朦朧としている様子だ。それに顔に新しくできた大きなあざが目元にあったので、確実に何かがあったと感じた。

 

「おい、悲鳴を聴かなかったか」

「悲鳴…そうだあの娘だ」

「何か知っているのなら話せ」

「ガラの悪い男が少女を襲おうとしていたから助けてやろうと近づいたのじゃ。そうしたら一発きついのを貰ってしまってな」

「なるほど。娘は逃げたか?」

「そうじゃ。あっちの方へ走ったぞ」

 

そう言って老人は細い路地を指差す。確かに何者かが通った形跡が倒れたゴミ箱からわかる。そして男の数も一人ではないことが読み取れる。

救急車を呼ぶまでの怪我ではなかったので、財布から二万と煙草を三本を渡して少女を追う。

 

「……懐かしい煙草じゃ。兵隊として徴兵されたのを思い出すのぉ」

 

一服した後、朝日と呼ばれた煙草を老人は昔を懐かしむように眺める。

そういえば何処かであの顔を見たことがあったと疑問に駆られたものも、空似だと決めつけて最後の一本になるまでその場で喫煙して、残した一本はポケットに入れた。

 

 

「そろそろだとは思うが……」

 

老人に教えられた通り細い路地を通ったのだが未だに少女のしの字も見れないでいた。早急に見つけ出さねば少女はきっと酷い目に遭うことだろう。それまでに俺が救い出さなくてはならない。

かなり走ったのもあり、息を切らしていたので呼吸を整えようとその場で立ち止まり休息をする。すると瓶が割れる音が近辺から聴こえる。

これにより、少女と男が近くに居たことを知った俺は煙草を携帯灰皿に擦り付ける。

 

また、老人を殴るといった暴力性を持ち合わせているはずなので何の用途で使われたのかがわからない錆びついた鉄パイプを手に目的地へと向かう。

慎重に音を立てずに走っていると男の声が次の角から聴こえた。この角にアイツらがいるのだろう。背を壁につけ、後ろを振り返るように視察する。

 

「散々逃げやがってよ」

「鬼ごっこは楽しかったよなぁ!」

「まったく、お礼はタップリとさせてもらうからな」

「い、いや……ッ!」

 

三人の男と少女がいるのだろう。男は無駄に身長が高い者、中肉中背の者、丸刈りの男だ。あいにく少女は男らの影に隠れているため姿を拝見できない。若さといえば二十代前半だろう。

武器は持っているのだろうか、そこは疑問だが接敵すれば判明するだろう。俺は鉄パイプを地面に叩きつけ、注目を寄せる。

 

「な、何だ!?」

「一つ、人の世の生き血を啜り」

 

俺は角からゆっくりと姿を現し、鉄パイプを肩に乗せる。

これで注目は集まった。俺に注目することにより彼女が逃げる機会が生まれるはずだ。

少しでも派手にしなくてはならないと思い立ち、テレビで見た時代劇のセリフを垂れ流す。

 

「二つ、不埒な悪行三昧」

「何だテメェ!」

「ぶっ殺すぞ!」

「三つ、醜い浮世の鬼を、退治てくれよう、桃太郎」

「退治だァ……。 笑わせんじゃねえよ、たかが一人で何ができる!」

 

俺は丸刈りの男が言い放った問いに対し、微笑を浮かべながら答える。

 

「貴様らを退治できるというのだよ。下衆が」

 

さて、貴様らよりも下衆な亡霊(・・)に勝てるかな?

 

「リンチされても後悔はするなよなッ!!」

 

そう言うと丸刈りの男は俺目掛けて殴りかかってきた。彼の攻撃に対し俺は手にするパイプ棒で攻撃することも、ましては顔を腕で塞ぎ防御するといった行為をしなかった。

無論、意図的である。

男の拳は俺の頬にめり込む、しかし頬に拳が命中しただけでその後はピタリとも動かない。男は力を込めて二発三発と打ち込むが俺は仰け反ることや顔を動かすことはなかった。

 

動揺を隠せない様子の男に対し、俺は大変つまらなさそうにため息を吐くと、男を軽く睨みつける。男はこれに臆して距離を置いた。

この行動に俺は余計失望した。

所詮はその程度の実力か、味気が無いな。強烈かつ技術の高い技を期待していたのだが検討外れもいいところだったか。たかが一度睨まれただけで臆するとは相当な臆病者め、上辺だけもいいところだ。

俺は鉄パイプを離し、戦闘態勢を取る。

 

「来いよ、貴様ら如きに武器は使わん。せいぜい足掻くがいいさ」

「ちょ、調子に乗るなッ!」

「そんなんで図に乗るなよ小童が」

 

再度単純に殴り掛かってきたので俺は拳を胴体を反らすことで避けると、腕を掴み男の体を背負い上げる。男の体は宙を浮き、俺は地面に叩きつける。

多少の威力を抑えたがかなりの痛手になるであろう、叩きつけられた瞬間男は気が飛びそうになり、背中から打ったためか呼吸が一瞬できなくなった。

 

「まずは一」

「ふん、チビが舐めるなよ」

「ほう、竹みたいな奴が来るか。いいだろう」

 

長身の男は俺の両肩を掴むと、壁に叩きつける。右半身から伝わる痛覚と衝撃は強力とは言い難く、この者もいまひとつであることを知る。

左右の壁に叩きつけ、俺に傷を負わせようと必死になっている。だが、攻撃の変化がないためあっりと対応策が思い浮かんだ。

 

「普遍的だな」

 

そう呟くと、俺は蹴りを放つ。蹴りは狙った通り股間へと伸びて、見事に的中する。

長身の男は顔色が青くなると股間を抑え、声にもならない悲鳴を上げて悶絶を始める。俺は彼を傍目に少女の元へと歩み進む。これではいつか立ち上がると踏むと俺は無駄に長い足を蹴とばす。油汗を余計彼は掻く羽目となる。

 

「残るは貴様だけだ。貴様らのために敢えて喧嘩術で対応してやったのに」

「何だよお前!? 何でそんなに強えんだよ!!」

「強い…強いだと? 嗤わせるなよクソガキ、お前らが弱すぎただけだ」

「ち、ちくしょう!」

 

最後に残った中肉中背の男はポケットから折り畳み式のナイフを取り出してきた。無駄に加工された柄は悪趣味な髑髏が彫られている。極めて実用性に欠ける一品だ。

しかし、人を傷つけるには差し支えない。俺は初めて彼に笑みを浮かべる。

 

「そうだそれでいい。俺は弱者が武器を用いて戦うことを否定しない。力量を埋め合わせるには丁度いいからな」

「ひっ!?」

 

狂気が混じった笑みを零し、この世のものとは想えない雰囲気を醸し出す。雰囲気に当てられ、男は怖気ついている。

 

きっと今俺は醜い状態になる一歩手前になっているだろう。

戦争中、仲間のために復讐を行い人を何人も殺しまわっていたら、気が付けば戦いに喜びを生み出すことができるような化物に変わってしまった。

まだ俺が相対する敵が小童だからその領域に踏み込んではいないものも、強者であれば難なく踏み込んでいただろう。

もしかすると俺は戦争を嫌いながらも闘争を望んでいるのかもしれない。武士のような性質を生まれ持っていたのかもな、時代が違えばどうなっていたのかが容易に想像できる。

 

「さあ来いよ。貴様が倒すべき敵は此処にいるぞ、亡霊は此処だ! 早くやろうじゃないか、早く速く迅くッ!!」

「う、うああああああ!!」

「危ない!」

 

男はナイフを突出させて突進する。俺は当然、防御することなく突進に突っ込まれる。

少女の声が脳に響く、どこか懐かしい声だ。戦いの最中でありながらも安堵する。

腹部に衝撃が走る。男は事の重大さに気づいたらしく、刺したあと一歩一歩後ろへ後退する。

俺は見下ろすように腹部を確認するとナイフが一本深々と刺さっていた。

 

「やっちまった…ハハッやっちまったよ……」

「ほう。ちゃんと刺せたか」

「うっ!?」

 

少女は俺の姿を視認したのだろう、吐き気を催したのか喘いだ。俺は刺さったナイフを乱雑に抜いて地面に放り投げる。カランと冷たい音が殺伐した空気に響く。

不思議と血は付着していなかった。男は目を見開いて衝撃の事実を知る。

 

「何で刺さってないんだよ!?」

「不運だったな。刺されてやるつもりだったのだが、そこに財布があってな」

 

穴の開いた財布を見せつけると男は深い絶望感を負い、へたり込んでしまった。

一般に見れば偶然そうなったと感じるだろう、しかし俺はそうとは思わない。

どうせ神様か天使の仕業だろう。俺が最後に財布を取って仕舞った場所とは違うのだから。

神様の図々しさに頭を抱えるが開き直り、俺は座り込む男に近づく。

 

「俺がナイフの使い方ってやつを教えてやる」

「く、来るなぁ!」

「悪いが鉄拳を受けてもらわないと」

「う、うわああああ!!」

 

男の襟を首元を掴み持ち上げると、俺は頭部を後ろに反らしてから一気に頭を振る。ようするに頭突きである。強烈な頭突きを喰らった男は自分の頭上で回る星を見る。

首元を離すと男は膝から地面について地面に伏した。

 

「はっ、呆気ないものだ。鍛え方と経験が勝敗に繋がるのだよ」

 

集落を追い出された俺は横浜に出て職を求めた。無論、関東大震災や世界恐慌の影響で仕事を求める者で街は溢れていた。

まだ十二歳の俺に仕事を与えられることはなく、橋の下で雨を忍んだ。靴を磨く道具もなかった俺はゴミ箱を漁る日課を送っていた。

ピカピカと宝箱の財宝の如く光る街を見て俺は大層羨ましがった。

 

俺が孤児なのをいいことに酒癖の悪い酔っ払いや悪ガキにぶん殴られたことが何度もあった。だが、これが三十回を超えるときには俺は喧嘩に勝つ確率が増えた。

そう、経験を積んだのだ。五十回ともなれば常勝の法則を習得したように勝ち続けた。

軍隊に入隊できる年齢になると俺はすぐに入り、入隊の書類を書くために死んだ家族の住所や戸籍を久しぶりに記載したのを覚えている。

 

「やれやれ、貴様の産まれた時代が平和でよかったな。激動の時代でナイフを使えば死んでたぞ」

 

やることを終えた俺は何故か逃げなかった少女の元へと向かう。

一歩、また一歩と近づくにつれて顔がわかってくる。完全に顔を捉えた瞬間、俺は心臓をライフルで撃たれたかのような感触を体験する。

鼓動が速くなり、目を丸くする。

白米のような白い髪に色素の薄い柔肌、やや吊り目気味の眼は完全にあの娘(・・・)一致していた。

 

俺はしゃがみ込み、彼女の手を取ると俺は一言告げる。

 

 

 

「――――あぁ久しぶりだな。雪子(・・)

 

少女は自分の名前ではなく、別の名前で自分を呼ぶ俺に戸惑いが隠せなかった。

俺の目は先の猟奇的ともいえよう狂気から打って変わり、別のベクトルの狂気に満ち溢れている。心の中で紫色の螺旋が渦巻き、より瞳は赤黒いものから濃厚な黒になる。

狂気に溢れた男の瞳の前では、少女は呟かれたその名を否定することすらできずにいた。

 




平和特有の雰囲気には馴染めず、戦争を嫌うが闘争は好きという矛盾を抱えた伍長と巻き込まれる白髪で吊り目の少女(察しはつくであろう)の運命が交差します。

……これガルパン作品ですよね?


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会合した少女

カスタムキャストで伍長を作成しました。

【挿絵表示】

「しほ殿どうです。この、スーツ姿!」
「似合ってはいますよ。けれども、首にタオルを掛けるのは愚行だと思うわ」


あれはいつ頃の思い出であっただろうか。

確か俺が六歳の頃だったな、呑気に春風が吹く野原で遊んでいると花が集団で咲いていたところに時代的に珍しい洋服を着た少女が花を摘んでいた。

 

髪の毛を始めとする全ての部位が真っ白な容姿に俺は思わず目を奪われてしまった。彼女の腕は俺の日に焼けた腕とは違うもので、雪を彷彿とさせ非常に幻想的であった。幼い俺でも生きている世界が違うと思わしめた。美しい容姿に調和するよう洋服の方も白シャツに青いロングスカートを着ていた。自身のつぎはぎだらけの着ものと比べれば差は歴然だろう。

 

少女は黙々と花弁の色合いがそれぞれ違う種類を選び出し、それを輪っか状になるよう器用に作成していた。輪っかの縁には赤、青、紫、白の宝石が散りばめられているようにも感じ取れた。

 

「なあ、何をしているの?」

 

と初めてみるソレを少女に問うと少女は

 

「花の冠を作っているのよ」

 

と俺と顔を合わさずに答えた。

俺は綺麗に飾られた花を見て自分も作りたいという好奇心と挑戦心に駆られたのか、彼女の体面に座り込んでは、ぶちぶちと適当に野草を引き抜いて見様見真似で冠を作ろうとする。

しかしできたのは、ところどころに欠陥が見受けられる欠陥品で輪っかの部分が輪になってはおらず、馬の蹄鉄のような感じである。一応は花も飾ってはいるものも、慎重に花を摘んでいなかったためか、花の花弁が崩れ落ちたりと散々な一品である。

 

心が成熟していなかった俺は彼女の物と自身の作品と比べると小さくまん丸とした目から涙を浮かべ始め、号泣する手立てを揃えていく。

状況を見かねた少女は面倒くさそうにため息を吐くと俺の冠を引ったくると、次々に野草を摘んでいく。呆気に取られた俺は呆然と彼女の行動を傍観していると、あっという間に一つの輪ができた。

次に彼女は花に手を出し、丁寧に花の茎を千切っては輪に差し込んでいく。するとどうだろうか、彼女の作品と同じ完成度を誇る一品が見事完成した。

 

「すごいなお前!」

「ふん、当然でしょう」

 

不思議と涙は引っ込み、瞳を星のように煌かせて歓喜に満ちた言葉を彼女に向けて発する。彼女はというと頬を紅潮させてやや照れている様子で答えた。大人ぶった返事をしているも根はまだ子供なのだ。

 

「この辺じゃ見ない顔だし何処から来たんだ?東京か、横浜か?」

「何を言っているのよ、私はここで産まれてここで大きくなったの」

「ええっ!?」

「文句でもあるの」

「だってこんな目立つ洋服着てたりその顔じゃ誰でも覚えるのに」

 

実際、彼女の風貌は変わっていたため嫌でも人は覚えてしまうだろう。さっき、俺と会話をした際にわかったのだが、細い眉毛も白く瞳は貝殻のような灰色、まさに日本人離れした顔つきであった。この時代の都市部でも目を引くような存在であっただろう。

俺がそう言うと顔をやや俯き表情を暗くする少女、流石の当時の俺でも何かしでかしてしまったと察して急いで話を変えようとする。

 

「そ、そうだ! この近くに蝶がたくさん飛ぶところがあるんだ。行こうよ!」

「えっ、でも……」

「いいから!」

 

俺は半ば強引に彼女の手を引いて立ち上がらせ、忙しく野原を駆けていく。最初は走る速さは俺より少し遅い程度であったものが、徐々に速度が遅くなっていくのを感じる。きっと疲れてきたのだと走ることをやめ、ゆっくり歩くことにした。

息を切らした彼女はその原因となった俺を睨むも当の俺はそんなの気にせずに目的地へとただ進む。

 

目的地に向けて十五分後、野原を飛び出しついには森に突入した俺は殆ど勘で森を進んでいく。何度か行っているので土地勘はある。

初めて森に侵入する少女は不安に怯えたような表情を浮かべている。するとパッと辺りが眩しくなり、目の前には広大な野原を見つけた。

野原を点々と花の群集が咲き乱れ、それに群がる色々な蝶。大きいのから小さいの、地味な色から派手な色と多種多様だ。先の野原とは数が段違いなもので、今少女の目の前を一匹の蝶が通過した。

 

「ここは蝶の楽園なんだぜ。へへ、綺麗だよな」

「うん、こんなの初めて……」

 

彼女は蝶と花の掛け合わせに魅了されていた。ふと、何かを思い出した俺は見惚れる彼女にあることを伝える。

 

「そういやお前、どういう名前なんだ?」

「私の名前は雪子っていうの」

「雪子っていうんだな。うん、名前に似合って良いと思うぞ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

まさかこの世界で彼女が存在するなど想ってもみなかったな。華やかな回想から現実の薄暗く不気味な雰囲気漂うところへ引きずりこまれた俺は彼女の瞳を凝視する。

灰色の瞳は恐怖に満ちたものに支配されて僅かに揺れている。きっと今までの状況が恐ろしかったに違いないな。

 

「あ、あの……」

「ん? どうした」

 

彼女は声色が震えた様子で俺に話しかける。暫く時間が経過したお蔭か声を発することができたのだろう。これ以上刺激させないよう、俺は彼女に優しく返答した。

 

「私は、雪子ではありません……」

「……あぁ?」

 

彼女の顎を上げて顔をよく見えるようにする。確かに髪や瞳は同じ色をしていても、どこかが違う。本当に類似こそはしているが何かが違う。

もしや赤の他人なのか、この少女は。彼女とこんなにも類似しているのなら、雪子と血縁関係がある者か? それとも彼女本人か?いやしかしそれはあり得ない、なら何だ?

沸々と浮上する疑問に俺は首を傾げ、狂気に満ちた瞳から通常のモノへと移っていった時、彼女は俺の手を振りほどいて立ち上がった。

立ち上がってくれてわかったことなのだが、どうやら彼女は黒森峰の生徒らしい。学生服がみほとまほのと一致するからだ。

 

「助けてくださってありがとうございます。もう大丈夫ですから」

 

この場から一刻も早く逃げたいのか俺に早口で告げると壁に手を付けて、倒れた不良を避けるように歩き始める。

しかし、左足を踏み込まない歩き方は不自然だ。きっと逃げる際中に捻挫をしたのだろう、それで転び逃げられなくなったに違いない。辻褄が合うな。

どれ、手伝ってやるか。

 

「まあ取りあえず嬢ちゃん。そんな足じゃきついだろう。俺が外まで連れていこう」

「えっ――――」

 

俺は彼女の前まで歩み、中腰になる。簡単にいえばにおんぶだ。俺は己の腰を叩き早く乗れと催促を促す。いつ不良どもが起き上がってくるかわからないからだ。無論、再度襲い掛かってきても迎撃する余裕はあるのだが。

彼女はついさっき知り合った男性におんぶをさせるといった罪悪感とあの狂暴な不良をいとも簡単に倒したことによる警戒心が合わさるが、現状況を打破した方がいいと選択。彼女は俺の腰に跨り、肩に両手を乗せた。

背中に柔らかいものが当たるも状況が状況なことと、少女には興奮しない性質なのでやましい感情は湧かなかった。成人している女性しか興奮せん。

 

「では行くとしよう」

 

腰を上げて立ち上がる。

道端に転がるごみ箱や段ボールを器用に避けて通路を歩く。のんびりと歩いていると彼女はふとした疑問が浮かんだのか、俺に話しかける。

 

「どうしてこんな鬱蒼とした所に来たのですか?」

「決まってるだろう。助けを求めれば救いの手を差し伸べるのが人間だからな」

 

まあ実際は喫煙所に行くために歩いていたら、うっかり迷子になってしまった。その際に彼女の助けを呼ぶ声が聴こえたという真実だ。しかしそのまま伝えたら、ただの迷子になった人という余分な情報まで付け足されてしまう。これではあまりに面目立たない。不必要な情報は隠蔽するに限る、もっとも重要なモノまでも隠されては堪らないが。

にしても彼女こそどうしてこんな所に居たのだろう。訊いてみるか。

 

「そういや嬢ちゃんはどうしてこの小汚い路地裏に? 不良がいるかもしれないのに、ていうか居た」

 

そう言ってやると彼女は後ろでやや震えている。不良という言葉に反応し再度恐怖心が体を蝕んだからだろうか。しまったな、もう少し気を遣えばよかった。

自身の気遣いのできなさに呆れながらも、彼女の答えを待った。彼女は小さい声でおどおどと呟いた。当然距離は近いため自然と聴きとることができ、俺はその言葉を彼女に確認するように言う。

 

「ハンバーグ屋さんの店舗を探しにねぇ……」

「な、なんで普通に言っちゃうのですか!」

「いやだって、ここまで間抜けな回答があるとは想わなかったからな。普通なら不良に追われたとかだろうに」

「わかってますよ!すみませんね、こんなちゃちなことで面倒を見てもらって!」

 

俺に指摘されたことで彼女は興奮しながら愚痴交じりの物言いが俺の耳に響く。女子特有の高音は非常に耳にくるのでやめてもらいたい。耳がキーンとする。先程の震えは羞恥心からか、それとも恐怖心なのか、これがわからない。

まあこんなにも元気に応対ができるのだ。恐怖は多少抜けたのかもな。

 

「そういやあのお爺さんは無事なのかしら……」

 

ポツリと思い出したように口に零す。

お爺さんというのは倒れていたあの浮浪者のことだろう。俺は「治療費とおまけをくれてやった」と伝えると背後からでもわかるように安堵していた。

自然と彼女の性格は他人のことも気遣える娘なのだということがわかった。

 

多少の重石は何の苦もないので歩くのには支障はない。そのため歩き進めて十五分が経過すると明るい喧騒が聴こえ始め、路地裏の出口らしきところからは通りの光が漏れ出している。

ここを抜ければ路地裏迷路は終わりを告げる。彼女からの要望で背中から降ろしてやる。彼女は歓喜を胸に抱きながら前へと進む。俺も彼女が転ばないように段ボールを足で払いのけて通路を確保する。

 

俺らは広い通りに出た。

通りは明るく空気も違う。不気味な雰囲気の欠片もないのだ。身体を伸ばして、喜びを表現する。腰を回してみるとゴキゴキと骨が鳴り、爽快な気分になる。

 

「んじゃ、お別れかな。まあまた会うかも知れないが」

「では、またということで」

「そうだな。ではまた」

 

両者とも背を向け、この場から立ち去ろうとした時

 

「見つけましたよ伍長さん!」

「よお、みほか」

「もう何処行ってたのですか。捜し回りましたよ」

「いやーすまないな。喫煙所を探していたら迷ってしまった」

 

俺の正面からみほがこちらに向かってきた。額には大量の汗の粒を浮かべ、息を切らしている様子から見るにかなり捜し回ったのだろう。

心配してもらえる身分になるのは嬉しいものだな、前世ではそんなもの基本無かったからな。

まあ適当に嘘をついてこの場を去ることにしよう。

 

「土地勘もないのですから……って逸見さん?」

「……私は逸見じゃないの。ドンキーエリカよ」

 

みほは背後に居る少女に気づいたらしく、声を掛ける。どうやら名前を知っているので知り合いなのか。逸見という名前はみほのメールには記載されてはいなかったが。

てかなんだ。そのドンキーエリカは。エリカを消してドンキーの前にびっくりを付ければハンバーグ屋さんだぞ。

 

「いや逸見さんですよね。どうしてこんな所へ」

「えっ。何だお前ら、同じ学校なのはわかってたけどもしかして知り合いだったのか」

「そ、そうですけど……。ん? 確か伍長ってみほが貴方に言いましたよね」

「そうだが」

「……あ、貴方がまほ隊長の兄的存在ですってええええ!!」

「えっ、あっ、うん」

 

まさか叫ばれるとは想定されてはいないので、しどろもどろに答える。でもまほ隊長と言っていたから戦車道の生徒か。

俺が有名人とか嬉しいな。高揚しちまう。

 

「兄的存在は認める。あっそうだ、まほとみほをこれからも頼みます」

「あっ、こちらこそ……。じゃなくて!」

「何か問題でも?」

「あーもう、問題とかそういうことじゃなくて!」

「あ、あの逸見さん」

「何!?」

「私たち、目立ってます」

「あっ」

 

俺らの傍を通る人々、もしくは信号を待つ人々はこちらに視線を向けて注目しているようであった。

自分が置かれている環境が理解できたのか二度目の紅潮を迎える逸見と呼ばれた彼女。

 

「まあここじゃなんだ。俺がバイク停めたところで話すとしよう。俺の奢りだから心配するな」

「……はい」

 

かくして俺ら三人はあの飯屋で話し合うこととなった。

どうやら俺の情報で真偽怪しいものの弁解に時間と金を費やしたのだが、ひとまずは仲良くなれたと信じたい所存である。

やはり雪子と似ているところはあるが気掛かりではあるが。

 




兄的存在(本人公認)
案外、ガルパン二次創作で兄的存在は少なかった気がする。


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伍長、ゲーセンに行く

固いキャラクターって何気に書きづらいですよね。(失敗時の布石)


「することないな。暇だな」

 

俺はソファで寝ながらふと口にする。

現在俺の居るところはこの黒森峰学園の用務員室である。今日は日曜日ということもあって登校する生徒は殆どおらず、少数派で部活動のために登校した生徒だけである。

しかし、その生徒というのも夕方となっては誰もいない。さっき俺が見回りをしても誰一人発見することはできなかった。

 

「何をしようかー、やることないし」

 

勿論、草木の手入れや蛍光灯の交換をするか否かのチェックや掃除は午前のうちに済ましてしまい、まさに手持無沙汰だ。一応仕事の方も丁寧にしたのだがどうしても時間が余ってしまった。

 

ちなみに今俺が寝転んでいるソファは黒森峰の数少ない寝床であり、プラウダのように炬燵や布団などは最初から設備されておらず、備え付きの家具といえばソファにテレビ、ソファに高さを合わせた机だけである。台所や洗面所とトイレは付いていない。

幸運にも電子レンジや湯沸かし器は職員室に入室した際に埃をかぶっていた品物を持ってきた。どうやら旧式らしい。うん、決して強奪ではない。

 

「あーくそ、トイレはまだ許せるが洗面所というよりかは流し場も部屋を出なければ駄目だとか、とんだ欠陥住宅だな此処。いやまあ俺の時代からすれば贅沢で画期的だとは思うが俺の性分に合わん」

 

今思えばプラウダ学園は用務員にはかなり優しかったな。炬燵に台所に布団があったから考えるに……学校が猛吹雪で登校できなくなっても用務員は常に学校内に寝泊りしてるから掃除とか破損した箇所の修復及び入れ替えを任せた、ということか?

そういえば用務員室には大量の非常食にカップ麺が存在してたな。非常時じゃないのにずっと食ってたけど。

 

あとこの学園は泥棒の侵入防止にも力を注いでいるのだっけか。

学内の安全を一度、教頭から訊いたら無理やり押し入ろうとする者がいたらセキュリティー装置が反応して警察じゃなくて自警団が来ると教えられた。

自警団がこの世にまだ存在したこと自体驚きだが、俺の存在意義って無くないか? つまり校内に居る俺の意味って掃除だけしてればいいってことか。犯人捕まえて色々な女性に称賛の声を浴びたかったのに残念だ。

それはともかくだ。

何をしよう、テレビもつまらないし……。

 

 

―――――よし遊ぶか。

 

俺は机の上に放り投げられたガラケーを開いて、手慣れているともいえない手つきで電話を掛ける。ちなみに俺の電話帳の中にはたった六人程度しか入っていない。それはメールも同様で一度行った風俗店の営業メールで溢れている。まあどっちも基本使わないしな。

相手を待っている際に鳴る電子音が三回鳴った後に俺にとって聞き覚えのある声が聞こえた。

 

『もしもし』

「あっまほだな。 遊びに行かないか、飯も奢ってやろう」

『えっ、あっ。ま、まあいいですけど……』

 

まほは俺が電話をするのが珍しいのと、単に俺が遊びの誘いをしたことに戸惑っている様子であった。心なしか口調がたどたどしい。

 

「よし、ならお前の寮に迎えに行こう」

『……寮はちょっと危ないかもしれないです』

「どういうことだ?」

 

彼女は歯切れが悪そうに俺の迎えを断る。何故まほが断るのかが理解できずに俺は疑問符を浮かべる。

 

『私らの学校はいわば女子高みたいなモノなので』

「女学院みたいなものだしな。つまり簡単に表すと彼氏と思われたくない。そういうことだな」

『べ、別に伍長さんのことは嫌いじゃないですからね』

「擁護しなくても結構だ。乙女はこういうのに過敏だからな、仕方がないな。なら校門は…ちょいと難しいな。……だったらこっちに来い、今人いないから」

『わかりました。それでいこう』

「おう、ゆっくり待つとしよう」

 

そう言って俺は電話を切る。久しぶりの客人を乗せるわけだから陸王のサイドカーも綺麗に掃除しなくてはならないな。座ろうとしたら座席が汚れていることは避けたい。

今思えば最後に乗せたのはいつ頃だ? ミカの時に乗せたっきりか、懐かしいな。あの娘また迷子になっていないだろうか。はたまた遭難でもしているのかもな。

 

「さてと、んじゃ綺麗に掃除しちまうか」

 

俺は学校指定の駐車場に置いてある陸王の元へと赴き、掃除を始めた。用務員室から駐輪場まで距離はかなり近い、というよりは用務員室の窓から見れるほどだ。外に出ていても大丈夫だろう。

案の定、十分後に俺のところにまほがやってきてくれた。流石予想を裏切らない娘まほ。

こうして俺とまほのぶらり旅という名の遊びが始まったのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

春風か潮風かがわからない風が吹く。風は顔に当たると髪の毛を掬い、流した。交差点では歩行者側の信号機が青なため、俺の陸王はエンジンを響かせながら車道の信号機が変わるのを今か今かと待っている。

不意にまほが言った。ちなみに、まほは以前ミカに付けさせたヘルメットを着用している。

 

「伍長さん。夕飯はいいとして何で遊ぶのですか?」

「……全て無計画だ」

「……」

「しほ殿のような視線を投げるな。ただでさえも顔と雰囲気が似てるからちょっとだけ背筋が寒くなるのだ」

 

本当にしほ殿と似てるよな、まほ。みほも勿論似ているのだがどうしてもまほの方が似ている。多分だがしほ殿の夫である常夫さんの遺伝子が多く入っていると思う。

 

「いやまさか誘った本人が何も考えていないとは……」

「今までの旅は無計画でその場しのぎばっかしてきたからな。私生活で頭なんぞ使いたくないし」

「典型的な駄目男よりもさらに駄目ですね。母から聞きましたよ、女性を口説こうとしたり口すっぱく言っても煙草と酒をやめなかったりと」

「心外だな」

 

最近のまほが大人びてきているのは実感してたけど、それにつれて口とか悪くなってないか? この娘は俺に厳しい言葉とか投げつける性格だっけ? いいや違うな。

そうだ成長したから俺の駄目な所を見つけれるようになったのだ。うん、成長することは良いことだからそうだと信じよう。

煙草と酒に関しては完全に娯楽兼精神安定剤だからな。嫌な夢を見た時には寝起きに煙草を一本吸うと和らぐのだ。酒はちゃんと夜に飲む。

 

「決まっていないのなら私が決めていいですか?」

「まほがか? 別に構わないが」

「ならアレで」

 

まほが指を指す反対車線の三十メートル先にはゲームセンターと書かれたお店があり、その横には煙草専門店が存在した。

しかし忘れてはならない、現在進行形で陸王に乗って移動していることに。

 

「……アレって、お前まだ未成年だから煙草専門店は流石にマズいと俺は思うが」

「なんでそっちに目がいくんですか!」

「ふっ、冗談だよ。いやな、久しぶりにまほを揶揄ってやろうと」

 

あれは嘘を吐いた。マジで煙草専門店だと勘違いをしてしまった。もしもこのことがしほ殿に伝われば、遠路はるばる学園艦までやってきて説教をする可能性があるのだ。

それだけは避けたかったので嘘を吐いた。人を傷つける嘘ではないので後悔はしていない。

目的地が決まったので俺は進路を変えて向かい、ゲームセンターの駐輪スペースに陸王を停めた。こんなオンボロの骨董品なんて盗まないと思うのだが念のためにタイヤに取り付けるタイプの錠前を付けた。

 

「さあ新天地に征こうではないか」

「むぅ? 伍長さんも初めてなので?」

「当たり前だろう。まあ初心者同士仲良くやろう」

 

まほは若干ではあるが不安そうにこちらを見つめているが、俺は問題なしと判断し一歩踏み出す。すると自動扉が俺らのために開かれる。

 

扉を開けた瞬間、かつてないほどの騒音が俺の鼓膜に突き刺さり、砲弾が至近に落ちて耳がキーンと痺れるのを思い出す。室内なんて確認する余裕もなく、真顔で二歩後ずさりまほよりも後退する。

 

「おいやばいぞゲームセンターって所は。戦場並に騒がしい」

「まあ色々なゲーム台がありますし仕方がないですよ」

「初めてお前も来たのに動じないとか、流石西住流だな」

「まあ当然です。西住流を背負う女なので」

 

そう凛とした態度で告げるまほも実際にはビビッていた。顔だけは平時を振舞っても手には手汗を掻いている。

俺ら二人は良くも悪くも戦場、または類似した環境に特化した人間である。無駄に騒音飛び交う空間は耳で状況把握するその者たちにとってこの環境は酷く苦手であった。

 

「ならまほさんどうぞ。次期家元が行くべきだと俺は踏んだ」

「今は家元でもないしみほがいるから不確実。なので伍長さん、貴方が行くべきだ」

「何を言うのだ。俺は駄目な男と言われたので立派で清楚で淡麗のまほ殿が行くべきだと直感が告げている」

「今はレディーファーストという言葉があるように先に行くべきです」

「今は男女平等社会だから。てか英語とかわからないほど学が無い男だから俺。ここは学のある才女の貴女が行けばいいと思う」

 

どちらも負けず嫌いの性格が反発することもなく、むしろ性格の性質が反転した擦り付け合いが始まる。それはもう見ていて見苦しいレベルで。

まほは顔では笑っているように見えるが内心俺を先行させるために思考し、俺も笑みを浮かべつつもまほをどのような手段を用いてゲームセンターという魔境に陥れるか詮索していた。二人は狂犬やら次期家元やらと評されたとしても未知との遭遇に関しては両者揃ってチキンであった。

 

十分間続くが口論は決着がつかず、いよいよじゃんけんとなった。最初はグーの段階で両者ともパーを出して荒れ、じゃんけんの最初は規定通りにするという約束を結び再度じゃんけんが始まる。

しかしながら、あいこを連発しあい勝負は決まらない。

 

だが、この阿保極まれりの試合に進展があった。

 

「……何してるんですか隊長」

「ご、伍長さんとお姉ちゃん?」

「あっ」

「あっ」

 

俺らの眼前に映るはまほの後輩であり戦車道に履修する存在であり俺が以前助けた少女である白髪の少女エリカとまほの妹のみほ。

思わぬ遭遇に俺とまほは思考と身体が一気に固まった。暫しの静寂が訪れる。

 

「よ、よおみほにエリカ。き、奇遇だなッ!」

 

口火を切ったのは俺だった。固まった表情筋を大和魂で無理やり稼働させ、笑みを見繕う。その姿を見たまほも負けじと笑みを作り上げた。

 

「本当に奇遇だな。そ、そうですよね伍長さん」

「だなだな!」

 

俺ら二人の脳裏に浮かぶは共通して情けない姿を隠さねばという発想。隠匿しなければ今までに作り上げた個人像が崩壊する。俺は頼れる兄貴分として、まほは隊長としての威厳があり、これだけは避けなければならない。

俺とまほは目配せをして先程まで口論をしていたとは思えないほど瞬時に同盟を結んだ。

 

「いやーちょうど出たところでな、うん」

「いや中入ろうとしてたよね。というかむしろバイクで到着したの見たよ? なんで嘘吐くのかな」

「ぐはッ!?」

「まさか忘れ物をするとはな」

「お姉ちゃんなんかじゃんけんしてなかった? なんで嘘つくの」

「はうっ!?」

「……隊長」

「うっ!?」

 

信頼を置く人物から鋭い一言を受けた哀れな共闘相手二人は某ボクサー漫画のように燃え尽きたように白くなる。唐突に潮交じりの春風が吹く。

まだ緑に青い落ち葉が俺らを馬鹿にするかのように足元を通り過ぎた。

 




ちょっとドジなお姉ちゃんは好きです。
てかまほはかなり軍人ぽいところありますよね。


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冷静沈着

最近.LIVEのアイドル部というVtuberにハマってしまいpixivを網羅する日々が増えました。


「なるほどそういうことでしたか」

 

エリカはこれまでの経緯を聞いて理解したかのように相槌を打つ。隣に居るみほは相変わらず苦笑のままであるため、非常に俺とまほの強固な心を傷つける。

唐突にエリカは俺の顔を凝視すると、次のようなことを言い放つ。

 

「けど隊長。いくら信頼できるからってホイホイついていっちゃいけませんよ」

「安心しろエリカ。伍長さんはセクハラ紛いの発言はするが基本的には紳士的だ」

「えっ」

 

弁護のつもりかまほが弁論するも、返ってそれは逆効果であり、俺にセクハラというレッテルが貼られてしまった。このことを聞いたエリカは俺に対して軽蔑の視線を投げかけ、一歩後ずさる。

おかしい、俺は何もしていない。確かに俺はまほが小学生ぐらいの時に一緒に風呂でも入るか、と発言したことはあるが、それは単に銭湯で父親の入る男湯の方に娘が来るような感じだったのだが……。

 

「ま、まあアレは伍長さんの軽い冗談だったわけだし……」

「そ、そうだ! 人を勝手に痴漢扱いするのではない!」

 

これ以上被害を拡大させるわけにもいかないので軽い冗談だという嘘を吐いた。

ちなみに風呂の話は結果的にまほと一緒に入ることなく終えたわけだが、その後しほ殿に滅茶苦茶に怒られてしまった。俺に幼女趣味など皆無だぞ、俺が好きなのは出る箇所が出てて締まる箇所は締まっている女性だ。米国風に言うなれば、グラマラスボディーというモノだ。

 

「……隊長、いくら昔からの付き合いだからといっても関係を見直した方が良いと思いますよ」

「何故そうなるのだ!」

 

エリカがまほに耳打ちをするも、内緒話は俺の耳に届き思わず吠える。このままでは俺の立場も危ういため反論を行う。

 

「第一、俺は妹分であるまほとみほには欲情しない。俺は光源氏でもないからな」

「光源氏という古めかしい言い回しを使う人なんてドラマだけだと思ったわ」

「まあ確かに伍長さんは無意識にセクハラしてるところはあるけど……」

「そうだなみほ」

「姉妹揃って勝手に同意しないでくれ。ほらさっさと入室しようぜ」

 

延々とこの状態が続きそうであったので話を逸らすために目的地であるゲームセンターへと足を踏み出す俺。その足は先のものよりも軽く軽快であった。

話を逸らしたことは少女三人とも百も承知であったが、まほは目的のゲームセンターへ行く方を優先して何も言わなかった。

だが、俺がセクハラを行うと言われて、自身の敬愛する隊長のまほと俺を二人っきりにさせるのは不安でならなかったエリカは俺らについていくことにした。別段予定もなかったことが幸いしたと彼女は実感していた。

みほはこの流れに身を任せ同行することにした。もっともな理由は独りで自宅に帰りたくなかったのもあった。

 

ゲームセンターの自動扉が開き中から電子音が俺も突き刺すも我慢して奥へと進む。後ろの方はまほがややたじろいでしまっているが、みほとエリカに励まされてなんとか付いてくる。

 

「そういやまほ」

「どうしたのですか伍長さん?」

「此処で何がしたいのだ?」

「……あっ」

 

そう、まほは何も考えてはいなかった。いや、正確にはゲームという分野は幼い頃から興味がなく、触れてこなかったためゲームセンターに行って何かをするのではなくゲームセンターに行くだけで目的が完結していたのだ。端的に説明すると何をすればいいかわからない状態である。

訪れる両者の沈黙、みほは自分の姉の抜けたところに思わず呆れてため息を吐き、エリカは自身の隊長に困惑していた。エリカにとってまほは敬愛する存在で完璧主義だとイメージしていたが、この一件でそのイメージはことごとく崩れてしまい、その処理できずにいた。

 

「そ、それならゲームセンターらしくUFOキャッチャーでもやったらどうかな?」

「そうですよ隊長! ゲームセンターの醍醐味といったらUFOキャッチャーですよ!」

 

ここで助け舟を出すようにみほはUFOキャッチャーはどうかと提案する。エリカは彼女の案に同意し、それをやってみるのはどうかと勧める。

しかし、忘れてはならない。この場に存在するのは戦時下の兵士と無菌室で育てられたともいえよう戦車娘である。

 

「UFOキャッチャーって何だ?」

「カップ焼きそばのことだろうな。昨日俺が食べた」

「違うッ…根本的に違う……ッ!」

 

俺とまほの無知っぷりには歯噛みするエリカ。みほに至っては顔に影が差し目の焦点が合っておらず、俺ら二人に失望している様子でもあった。

カップ焼きそばではないのなら一体何だ。俺は現代の娯楽には疎いぞ、唯一できる卓上遊戯はパチンコと麻雀と丁半ぐらいだからな。最近習ったトランプではババ抜きしか知らない。

 

「いいですか二人とも。これがUFOキャッチャーです」

 

エリカが指を指す先には透明な板で囲まれて、その中央にはお菓子が入っている機械の台だ。さらなる特徴としては左上には何かを掴むための器具が存在し。その真下には穴がある。

 

「なるほど、つまりはこのアームで物を掴み物をそこまで持っていく。それでアームが離すと物が落ちて手に入るといったシステムだな」

「その通りです隊長」

「こんなの簡単だろう。楽勝だ」

 

構造を見た限り簡単なので楽に取れるだろう。

俺は財布から百円玉を取り出して投入する。入れた途端にリズミカルな電子音が流れ、手元の二つのボタンの内一つが点滅する。

ボタンには横へと進むことを示す記号が描かれ、俺はアームを商品に丁度合うように動かした。今度は一個目のボタンが光るのをやめ、二個目のボタンが光り始める。二個目のボタンには奥へと進むことを記す記号が描かれているのでそれを押した。

アームは俺の思惑通りにお菓子の真上に辿り着いた。

 

「おおっ、流石ですね伍長さん」

「ふっ、他愛ないな」

「……けどここからが面倒なんだよね」

「それはどういうことだ?」

 

丁度いいところに配置したことに驚くまほ、しかしみほは不安そうに独り言を呟いた。俺はその意味がわからず疑問符を浮かべると、アームは下へと降下してお菓子を掴んだ。俺はこれは勝ったなと確信するが、なんといことだろうかアームはお菓子をなぞるように上へと上昇し、何も掴めずに最初の配置へと戻っていってしまった。

 

「……あ? 舐めてるのかこの機械」

「落ち着いて伍長さん! ほらそういうゲームだから!」

「そうだ伍長さん。これはそういう仕様なのかもしれません」

「まあそう簡単にはいかないわよ」

 

俺はどう見ても相手を馬鹿にするような機械に青筋を立てて殴り掛かろうとする。もしもこの行為を止められなければ犯罪者になってしまうと察した西住姉妹は俺を宥めるのに忙しくなる。まあそうなるだろうと達観して、隣のUFOキャッチャーへと移ると百円を投下した。

すると三十秒後、箱に入ったままの新品のイヤホンを手にした彼女がいた。

 

「スゴイエリカさん!」

「お見事だエリカ」

「このぐらい慣れればできますよ」

 

友人であるみほと敬愛するまほに褒められて鼻が高くなるのを隠せない様子のエリカ。

賞品を手にした彼女を目撃した俺は負けず嫌いの性格が発動し、百円を何度も何度も投入してお菓子の景品を獲得しようと試みた。

だが、現実は非常なもので何も得ることもなくただ金を浪費しただけに終わった。

 

「このクソ機械がッ! みほとまほ、拳銃か刀持ってこい!」

「ほ、ほら運が悪かったんだよ!」

「そ、そうですよ伍長さん」

 

無機物に牙を剥いて破壊しようとする俺を再度止める西住姉妹。その一方、俺がかなり金を浪費した台に挑戦するエリカ。彼女が三百円使っただけで、見事お菓子の賞品を獲得し、俺に嘲笑を向ける。

 

「クッソウザいなその顔! 天狗になるのもいい加減にしろよエリカッ!」

「所詮は経験ですよ、経験」

「なんか恨み買うようなことお前にしでかしたかな俺は!」

 

 

UFOキャッチャーの場所に居てはいつかは暴力事件が起きると考えた西住姉妹は俺を誘い、二階へと上がる。そこは照明の仕様なのかやや薄暗く、冷房が効きすぎて多少肌寒かった。

 

「やはりあの機械は壊すべきだ。これ以上被害者を生んではならない」

「気持ちはわかるけどそれはちょっと違うと思うよ伍長さん」

「ん? エリカあれは何だ?」

 

未だにUFOキャッチャーのことで根に持つ俺と同情している様子を見せながら反論するみほ。俺ら二人を差し置いてまほとエリカは前へと進むと、まほはとあるゲームに興味を抱き、ゲームに詳しそうなエリカに問う。

 

「あぁ、それは射撃ゲームですね。ゾンビやモンスターが来るのでそれを撃退しながら前へと進むゲームです」

「なるほど、それは面白そうだ」

「射撃と聞いて」

「ほらこれなら伍長さんでも楽しめるよ」

 

まほが興味を持ったのはゾンビが出る系統の射撃ゲームで、とあるゲームをモチーフに開発がされたとエリカが後付けで説明する。

画面を映す大きな液晶には醜悪で凶暴なゾンビが映り、ゾンビに対し操れるであろう人物の男性と女性が戦っている。

素格好と言語から察するにアメリカ人で、多少操作するのに抵抗感を持つが娯楽なのだと振り切り併設された台から銃を一挺取り出した。銃の形状から察するに短機関銃だろう。

 

「やるかまほ」

「わかった」

 

まほも銃を取り出して、俺と同時に百円を投入する。

画面には難易度を示す選択肢が表れ、当然俺らは最高難易度を選んだ。画面は暗転し、薄暗い廃工場へと移り変わり字幕付きの英語を登場人物が話しながら物語が始まった。

 

「ほう脱出が目的だな」

「ふっ、西住流に逃げは無しだ。伍長さん、ゾンビを殲滅してやろう」

「その心意気大変良し」

「……隊長ならわかるのだけど何故あそこまでにあの男は自信があるのかしら」

「射撃は得意だからかな」

「てかこのゲームの最高難易度はかなり厳しいのだけど、大丈夫?」

「……二人を信じましょうよ、エリカさん」

 

いよいよゾンビと遭遇し射撃を始める俺とまほ、まほは殆ど頭を狙い撃つのだが俺は中々頭を撃てずに四苦八苦していた。

 

「銃が軽すぎる!」

「そりゃ玩具だからよ」

「プラスチックじゃなくて鉄にして欲しいぜ」

 

不慣れだと愚痴を吐き捨てながらも俺らは無傷でゲームを進行する。操作するキャラが大広間に出た途端、巨体でなおかつロケット砲を担いだ敵と遭遇する。モチーフとなった映画でこんなの居たなと思い出しながら冷静に敵の対処をする。まあ仮想の敵なんて実在する敵を倒してきた俺からすれば赤子のようなものだ。

まほも元々冷静に物事を考えることができるので淡々と事務的にこなしていく。弱点である肩の目を集中して射撃して、度々飛来するロケットを俺が撃ち落とす。

 

「一応、醍醐味のボス戦なんだけどここまで静かにやると隊長たちが恐ろしく感じるわね」

「まあお姉ちゃんと伍長さんだしなぁ……」

「あの男がどうかしたの?」

「うーん、エリカさんなら話してもいいかな。伍長さんはね元々軍人さんだったけど記憶喪失になっちゃって今まで彷徨ってたんだよね」

「はあっ!?」

 

みほの話にエリカは驚いた様子で声を上げる。そういえばとエリカは己が不良に絡まれた際に助けに来た俺と不良とで戦闘が起きたのを思い返してみると、確かに俺が不良共に対し常に優勢であったため、自身は何もされずに助かったと裏付けた。

 

だが、ここでとある疑問が浮上する。

それは軍隊で習うような格闘術とはかけ離れた戦闘スタイルであったことだ。テレビの特番で自衛隊や海外の軍隊が格闘術を披露する内容のものが放映されたのだが、その戦闘スタイルは先の俺の戦闘スタイルと合致しなかった。

俺の戦い方はむしろ不良がするような乱雑で単純なモノである。

もしかすると軍隊の近接格闘は敵の軍人の命を奪うか無力化することがメインなため、一般人に仕掛ける戦闘としては度を超えるから、それを考慮して行ったのかもしれない。

 

しかし、幾つか仮説を立てて考えてもナイフを持った不良と戦闘した際の俺の目がその考えを決定付けなかった。あれはまさに人を殺す勢いだった眼差しであり、もしも証人であり傍観者の自分がいなければ必ずや不良を何の抵抗もなく殺していただろう。そして俺の存在を口封じするために気絶という形で無力化した不良たちも殺していただろう。助けてくれたことに感謝こそはしている仮に俺が敵になったら高確率で危険な目に遭い、最悪命を奪われるかもしれない。

最悪な思考が脳裏を巡ると体全体に悪寒が走り、目の前で玩具の銃を振り回し夢中になる俺に、得体の知れない者に対する畏怖と警戒心が混じったの視線を飛ばす。

 

俺は背後から刺さるエリカからの視線に疑問を抱きながらも、画面に映る巨体の敵を撃破し無事脱出という結末まで至る。その映像が一通り流れ終わると、得点が表示されSの称号を得ることができた。

 

「スゴイねお姉ちゃんに伍長さん!」

「ふっ、常に冷静に考えてみれば余裕だ」

「銃が軽すぎるのが厄介だが楽勝だな」

 

みほたちに向けて自慢げに笑みを浮かべる俺とまほ。まほこそは表情の変化が乏しいものも、感情が高ぶっている様子で口角が微小に吊り上がっている。長年交流が無いと気付けないだろう。

みほは歓喜に満ちた表情を向け喜びを共有する中、エリカだけは浮かれた気持ちにはなれず、夕飯を全員に奢っても終始敵視の眼差しを向けていた。彼女から視線を飛ばされているのには気付いていた俺はエリカは実はハンバーグが食べたかったのだと盛大な勘違いをしていた。

補足として夕食はまほの約束通りカレーであった。

 




やってたゲームはバイオハザードの射撃ゲームで短機関銃はMP5を想像してください。
あとお菓子の賞品はうまい棒の詰め合わせということでお願いします。


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黒森峰でのご飯

コミケ楽しかったです。


拝啓、天国で社畜として働く各国兵士たち。

今俺は黒森峰という学園艦で用務員として働いています。この職場に推薦してくださったのはなんとお世話になった西住流の家元で、どうやら娘たちが心配だからという親心溢れる理由です。

まあ、無職で食い扶持をただただ減らしていたから早急に追い出したかったのもあるでしょう。一応、剣道の稽古とかも手伝ったんだが。

 

ちなみに、この学校のモチーフはドイツであり、以前ドイツ兵から見せてもらった資料とほぼ一致しており、レンガ造りの家が大変よかったです。まあ日本家屋には負けるけど。

プラウダ学園同様、俺は用務員室で寝泊まりをしていますが住み心地としてはあまりよろしくはない。何故なら生活器具が揃っていないから。

とまあそんな暮らしをしていますが頑張って働いていきたいと思います。

 

追記

大和特攻の映画は良かった。ということで陸軍の映画もそろそろ制作してほしい。

 

 

「腹減った」

 

俺はポツリと呟いた。

現在の時刻は十二半時、ついさっきチャイムの音が学校中に響いていた。チャイムが鳴ると廊下の方から忙しく走る音が用務員室に聞こえた。おそらくは食堂で昼食を食べる際に席を早く確保したいのだろう。教師が生徒に廊下を走ることを注意しても効果は薄い。女子といえど成長期は腹が減るし、異性である男子生徒も黒森峰には存在しない。

この学園の男性といえば、校長や教員そして俺だ。実は男性の中では俺が最年少で、二番目の人とは三歳かけ離れている。

確か俺は二十六歳だっけか、自分の誕生日を祝うこともないからつい忘れてしまう。

 

俺の腹の虫があまりにうるさく鳴るので、昨日小売店で買ってきていたカップ麺を食べようと黄色のレジ袋を漁る。

レジ袋の中には味噌と醤油のカップ麺があり、どれも同じ会社が作った商品だ。

俺としては昨日は醤油を食べたので今日はみそにするか? でも今日は味噌って気分じゃ

ないしな、悩むな。

 

二つの選択肢に頭を悩ませる俺は、背後から勢いよく扉を開けた音に驚いて思わず手にしていたカップ麺を落とす。

中々生徒は立ち入ることがない用務員室にわざわざ来るのは教員の方々と―――――

 

「伍長さんまたカップ麺ですか」

 

そう西住姉妹ぐらいだろう。

彼女は額に青筋を立てていかにも怒ってますよオーラを醸し出す。俺は恐る恐る彼女に振り向き、苦笑いを向けて何とか誤魔化そうとする。

しかし、みほにそんな小細工は通用せず人の許可なしに用務員室に侵入し、カップ麺で一杯のレジ袋を強奪する。そして、俺が地面に落としたカップ麺を蹴り飛ばす。

 

「あぁそうだ。…安心しろ、カップ麺で人は死なない」

「そういうことじゃないよね。毎日カップ麺だよね」

「そうだ。お値段が優しいし美味い最高の食べ物だ」

 

そうカップ麺は二十世紀最大の発明の一つともいえよう。何故ならカップ麺はお湯を注いで三分待つだけで美味しいラーメンができるのだ。今まではわざわざ店に赴かなければならないのにこの発明はそれを覆した。

味の種類も豊富で様々な会社が作った多種多様のカップ麺は非常に飽きさせない。

それに安藤百福というカップ麺の創始者は、戦後の食糧難を解決させるために生み出したという慈善の商品。カップ麺を非常時に備えればまさに完璧だ。

万が一お湯がなくても水でふやかして食うか生でもいけるしな。

 

「そんなことしてるから、伍長さんはお母さんからだらしのない人で基本役立たない人と言われちゃうんですよ!」

「おい待て、そんなこと聞かされてないぞ」

 

唐突にしほ殿が俺に対しての悪口を言われて困惑する俺。確かにしほ殿のところに居た時は庭の掃き掃除や稽古以外手伝うことはなかった。いや正確にはしほ殿が雇った家政婦の菊代さんが万能すぎるのだ。

料理もできるため微妙な腕の俺は参加しなくてもいいし、家の掃除も彼女がやってくれるので出る幕は無し。流石だ菊代さん、俺の出る幕が本当に無い。

 

「とにかく、俺の昼食を返して貰おうか」

「駄目です。健康に良くないです」

「健康に気を使っても死ぬときは死ぬのだ。命ある全てのものの道理さ」

「唐突に悟らないでよ!」

「俺は馬鹿だがそういう死生観に関して詳しくてな」

「なに伍長さんヤバい宗教の開祖なの!?」

「何故そうなる」

「ちょっとまだなの!? いい加減にしてくんない!」

 

ギャーギャー論争を繰り広げる俺とみほの間を割くようにエリカが乱入してきた。彼女も俺とのやり取りにはうんざりしているのか顔には苛立ちの表情が確認できる。

俺は第三者であるエリカを味方につけようと誘致することにした。

 

 

「なあエリカ、俺はカップ麺だけでも人は生きれるのではないかと」

「はあっ!? なに馬鹿なこと言ってるの、頭湧いてるの?」

「……きっとそうだろう。俺のその後はうじが湧いてると思う」

「気持ちわるッ!?」

「…」

 

俺の死後の死体を使った冗談はエリカを引かせる原因となり、苦虫を噛み潰したような顔に移り一歩後ずさった。相当嫌だったらしく、汚物を見るような眼光でこっちを凝視する。みほも苦笑いを通り越してもはや真顔で黙る。

流石に傷つくな、腐敗して土になるだけなのに。俺の遺骨を回収してくれたかは知らないな、回収してくれたのだろうか不安だ。

エリカは俺の持論に対して意見を言い放つ。

 

「まあ別に健康のことで後悔するのは自分自身だし、放っておいてもいいんじゃないの?」

「駄目だよ逸見さん。この人が死んじゃったら誰がお祭り限定のボコ人形をくれるの?」

「そうだ。……えっ」

「えっ」

「? どうしたの逸見さん」

「いやアンタって案外ドライなんだなって感じただけよ」

「そんなわけないよ!」

 

意外にもみほが俺に対する扱いは辛辣という事実を知って困惑を通り越して無になる。俺はみほにとってボコを差しだすための道具になってるのか、驚きだ。非常に心にくるものがあり、不思議と視界が歪んできた。

 

「ちょっ、何でアンタ泣きかけてるのよ!」

「昔のみほはそんなこと言わないで常に無邪気だったのを思い出してな……」

「みほのせいでこの人泣いちゃったじゃない! 謝りなさいよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「いいんだみほ。みほは成長したんだからしょうがないぞ、むしろ喜ぶべきなんだ」

「かなり心にきてるわね」

「どうしようか逸見さん」

 

俺はみほの成長に喜ぶが半面、雑多で辛辣な扱いを受けてつい感情的になってしまう。

昔のみほは伍長伍長っていつも言ってて野山や公園を駆け巡っていて、一緒にザリガニ釣りもしたなぁ。その際、みほは川に落ちてびしょびしょだったのを俺が背負って家まで帰したっけ。懐かしい。

ある時にお父さんの次に結婚すると言われた時は感動して涙が止まらなかったな。

あれ、思い出すと余計涙が……。

 

「大きくなったなみほぉ……」

「本格的に泣いちゃったじゃない!? どうしてくれるのよ!」

「ど、どうするって言われても……」

 

俺が泣き出したことに慌てるエリカと狼狽するみほは俺の処遇をどうするかで俺に聞こえないように耳打ちながら相談する。

数分二人は相談した結果、出た答えは食堂で一緒に飯を食べるように誘えばどうにかなるのでという案。極めて安易で論理的ではない提案なのだがしないよりかはまだマシと判断し、原因であるみほが俺に言うこととなった。

 

「ご、伍長さん」

「なんだみほ」

「一緒にさ、ご飯食べにいこうよ。そうすればカップ麺も返すから」

「…」

「それにさ、食堂で伍長さんと食べたいなーて思って」

「……俺でいいのか?」

「うん、大丈夫」

「……わかった。行こう」

 

俺は彼女の提案に乗ることにした。

いくら共に考えたエリカだといえ、成功する確率は低いと感じ取っていたのだが、こうもあっさり提案に乗る俺にどれだけ妹分に甘いのかと呆れた視線を投げかけられる。

そんなこと知ってか知らずの俺は涙を袖で拭いてみほに連れていかれるがままについていく。俺の後ろではエリカが若干距離を置きながらついてきた。

 

食堂は活気に溢れており、女子生徒は多種多様の料理を美味しそうに食して友達との会話を楽しんでいる。当然女子しか生徒はいないのでどの席も女子で占めている。

そんな中、男が乱入したらどうなるのだろうか。結果はわかるだろう、俺は突き刺さるよな視線を彼女たちから浴びる中、俺は隣に居るみほに言う。

 

「やはり俺は見当違いの所にきてしまったらしい。帰ろう」

「もうここまで来たんだから食べましょうよ」

「いやだってさ、いくら俺の顔が良くてもこの空間は無理あると思うんだ」

「さらっと美化したわね」

「まあ伍長さんなら耐え切れますよ」

 

挫けそうになる俺を励ましている様子のみほは券売機の前に立ち、自身が注文したい商品を押す。彼女が頼んだのは日替わり定食、値段も優しく腹も膨れるため学生の味方だ。注文するための紙が受け取り口に現れる。

料理の種類も多いのでどれにしようか迷っているとエリカがハンバーグ定食を選択する。俺もそれが妥当なのではと感じ彼女と同じハンバーグ定食を選択した。

 

「あらアンタもそれがいいの?」

 

俺の注文に興味を示したエリカは俺に問う。

 

「美味そうだと感じたからだ」

「ふーんそう。ここのハンバーグは絶品よ」

「それは期待だな」

 

ハンバーグ通の彼女が言うのだ。期待してもいいだろう。なにせハンバーグ屋を探すために裏路地に入った人物だからな。

紙を受け取り食堂で働く中年の女性にカウンター越しに渡すと、彼女は用務員である俺が食堂を使うのが珍しかったのか話しかけてきた。

 

「珍しいわね、用務員さんが此処を使うなんて」

「俺も初めてですよ。こいつらに連れられてね」

 

俺は連れてきた当事者の方に視線を送る。すると中年の女性はみほとエリカを見ると言い話題を見つけたと頬を緩め、二人に向けて言い放つ。

 

「貴方たち大胆ね~、こんなイケメン用務員さんを狙うの頑張ってね」

「えっ!?」

「はあっ!?」

 

衝撃的な発言に驚く二人、エリカに至っては声が裏返っている。突拍子もない発言に俺も動揺するも彼女たち程ではない。目を見開くぐらいに収まった。

マズイ、二人のせいで他の生徒の注目を集めているに違いない、ここはどうにか弁解しなければ。

 

「残念ながらそういう関係ではないので。俺が好きなのは大人の女性ですから」

「あら勿体ない。せっかくこんな可愛い女の子が居るのに」

「それとお願いだからこのことは暴露しないでください。噂になっては俺の仕事に支障をきたすので」

「ふふふっ、わかってるわよ」

 

彼女は目を細め笑みを零す。

流石に用務員と生徒が付き合っているという噂が校内中に回れば俺としても迷惑だし相手にも迷惑だ。まだ違う場所で働いていれば話は変わるのだが。

 

暫く待つと注文した料理がお盆に乗せられて出てきた。ホクホクと湯気が出ており、肉とソースの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。色彩も茶色だけではなく、ニンジンやポテトが色どる。腹の虫が飯を寄越せと騒ぎ立てる。

 

「さっき揶揄ったお詫びにちょっとサービスしたからね」

「ありがとうございます」

 

俺らは料理を受け取り席を探す。先はどれも満席で座れるところを探すのに苦労した。都合よく四人席が開いたのでそこに座る俺ら。いざ食べようと箸に料理を付けた時、声色の低い声が背後から聞こえた。

 

「申し訳ないが相席いいか?」

 

背後に居たのはまほで、手にはカレーを持っている。まほの対面に居たエリカは慌てた口調で彼女の承諾を許可した。

俺の席が空席なので自然とまほが隣に座り、彼女の対面にエリカが座る。

 

「何処の席も埋まっていてな、困ってたときにエリカたちが居たんだ」

「はい、隊長の願いなら断ることはいきません!」

「そうか。みほに伍長さんも大丈夫か?」

「うんいいよ」

「気にするなまほ」

 

こうして始まった俺の身内が半分を占める昼食は、みほの幼少期の頃の思い出を暴露したり俺に関する話で盛り上がり非常に楽しい昼食となった。

 

俺がまほの話をするとエリカはまほをこれでもかと褒めるように発言するのは非常に滑稽でならなかったため、時々俺のしたことをまほに置き換えて話したりした。

エリカは同様にまほを褒めるのだが、当のまほはそんなことしていないので、それは伍長がやったのだと言った。

するとエリカは俺を煽るようにヤジを飛ばし始める。それが面白くて同様のことを続けて言うと流石に信じなくなった。

なのでまほの事実を言うとエリカは俺のことだと思って煽るも、まほは事実だと言うと瞬時に彼女を褒めちぎる。

エリカの二転三転が面白く、飽きさせることも知らず、充実した食事となった。

 




みほは昔やんちゃガールだったので本人が思い出したくない恥ずかしい思い出も伍長は覚えています。


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忍び寄る影

後半から三人称あります。
まだ残酷な描写あります。


「えーと、このパーツをここに取り付けてっと」

「違うよ伍長さん。そのパーツは違うところのやつで本当のパーツはこれ」

「そうか」

 

現在、俺は何をしているかというとみほと一緒に戦車の模型を組み立てていた。校舎が広くてもやるべき仕事が終わってしまえば常に休み。掃除や電球、草木の手入れなども終えて残るは校舎を閉場後のトイレのトイレットペーパーの補充だけである。

流石に生徒のいる時間帯で女子トイレにづかづかと乗り込むなんてことはしない。盗撮や痴漢と間違えられて失業してはたまらない。というか、捕まってしまうかもしれない。これだけはなんとしてでも避けなくてはならない。

 

それで職務の大半を終えた俺は暇つぶし用に購入した戦車の模型を組み立てているわけだ。ちなみに作っている戦車はチハである。前世では慣れ親しんだ車輛だ。

俺はニッパーで型組からパーツを外し、接着剤を丁寧に塗ってから戦車の部位につける。

 

「いやー、前から思っていたけど精巧な出来だな。玩具とは思えん」

「まあ日本の模型会社はリアルを求めるので有名だからね」

「本物そっくりだからな」

「私も対戦校のチハを見たことあるけどそっくりだったよ」

「五十ミリの主砲が放つ一撃で米軍の軽戦車が爆散したのは感動ものだ」

 

俺が喜々として戦場(沖縄)の感動のシーンを語るとみほは俺の感情に圧倒され、やや引き気味に苦笑いを浮かべる。何故そのような感情を浮かべるのか俺は不思議に思う。

 

山岳地帯で我が日本軍が構築した陣地目掛けて米軍の軽戦車が突っ込むが、我が陣地に設置された高射砲や野戦砲にトーチカ代わりとなったチハが撃破していくのだ。歩兵から見れば戦車というのは鉄の化物、破壊するのは難しい。その化物が大きな火花を上げて戦車が誇る鋼鉄の胴体が爆裂するのだ。

その時は思わず引き金の指を止めて傍観してしまった程だ。今にも記憶に焼き付いている。

 

「やはりチハは強いのだ」

「確かにチハは格闘戦では強いけど、アウトレンジ戦法では……」

「ならチハ改がある」

「いやあまり変わらないかなって」

「ぐぬぬ」

 

一度天国で、あの各国の戦車の自慢大会が繰り広げられた。ドイツ兵はティーガー重戦車、ソ連兵はT-34、アメリカ兵はシャーマン、イギリス兵は歩兵戦車チャーチル、イタリア兵はP40、そして俺はチハであった。

ドイツ兵は砲の威力について、ソ連兵は速度について、アメリカ兵は生産力について、イギリス兵は走破力について、イタリア兵はなんか知らんけど特に無かった、そして俺は大和魂を持つ乗員について。

 

そして、イタリア兵を除いた欧州組とアメリカ兵は俺とイタリア兵はチハ批判した。チハは装甲が紙、速度遅い、砲塔速度遅い、砲がクソザコと口々に言ってきた。無論、イタリア兵も批判されたのだがイタリア兵は空軍所属だったため特にダメージを受けなかった。

しかし、俺はイタリア兵と違って陸軍所属だ。自慢の戦車を貶されて頭にきた俺は第二十五次世界大戦を起こした。連合国は独ソ米英で枢軸は俺だけである。

会社の仕事場が戦場となった大戦は量に圧倒されて六分で決着がついた。惨敗である。

 

「てか欧州の戦場とアジアの戦場を同一視するな! 戦車の運用法が違うんだからそりゃあ差が出るわ!」

「わっ!? ご、伍長さん落ち着いて!」

「ドイツとソ連は許す。けど米英に至っては名前がオッサンじゃないか! しかも片方に至ってはまだ実在していたハゲデブじゃないか!自己顕示欲もほどほどにしろよ!」

 

息を切らし愚痴をぶちまけると心が穏やかになってきた。鬱憤は時折解消しなければ気が滅入るからな。

 

「ふうスッキリした。んで、どこまで進んだっけ」

「え、あ、うん。 えーと砲塔部分作ってたわけだから次は胴体とかだね」

「そうか。そういやドイツの戦車は世界的にも有名だよな」

「まあそうだね。映画も作られてるし」

「……この学園はドイツ戦車を保有してたよな」

「まあそうだけど」

「なあ一つ頼みがあるのだけど聞いてくれないか?」

「?」

「俺に戦車道の練習を見せてくれ」

「うーん、まあいいんじゃないかな?」

 

流石に校庭で戦車道はやらない。理由としては戦車が出す音だったり人に危害を及ぼさないためである。砲撃や動く際にどうしても音が出てしまうし、もしも偶然戦車の目の前に人が現れ、砲撃を喰らったり轢いてしまったりしては大問題だからだ。

……まあ俺は全部プラウダで体験済みだが。

 

だから戦車道を行う際には校舎とは別に戦車道用の敷地が用意されているのだ。以前、学園艦の地図を確認した際、校舎がある所から少し離れた場所に大きな空き地が存在し、そこには戦車練習用と明記されていた。

学園艦に余裕がある所はこのようなことができる。それはプラウダやサンダースも同じであった。

 

「日程は明後日でいいかな」

「勿論だ。しほ殿は中々戦車道の練習を生で見せてはくれなくてな」

「一応、私たちが乗ってた戦車はドイツ戦車だよ。二号戦車っていう」

「えっ。中国で鹵獲して靖国神社に飾られたソ連戦車ではないのか?」

 

俺見たぞ。休暇取って靖国神社に行って見たぞ。

説明にソ連戦車と書かれてたぞ。

 

「それは一号戦車、てかそれって戦前の話だよね。伍長さんって本当に何歳?」

「九十歳から百歳の間だ」

「……おじさん」

「待てみほ、俺はお兄さんだ。てかその年齢だと俺は爺さんだぞ。まさか俺を傷つけるために……」

「ソンナコトナイヨー」

「図星じゃねえか」

 

かくして俺の戦車道見学が明後日に決まった。

俺は胸を高鳴らせ、ドイツ兵が散々に自慢していたティガー重戦車に期待した。

なお見学日の前日の夜には気分が高揚しすぎて眠れなかったという。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

はい、ということで戦車道見学の日になりました。俺は戦車道に使われる掃除用具の確認という名目のもとこの地にやってきた。

辺りには並べられた戦車にみほと同じぐらいの女子生徒が、本物の軍服のような服を着て整列している。みほは小さな略帽を被っていて似合う。そういうところはまほと似ている。

 

「にしても戦車デカいな。日本戦車と大きさも重さも比べ物にならないな」

「そりゃあそうよ。島国の時代遅れと一緒にしないで」

 

掃除用具をいじくりながらポツリと呟いた俺の独りごとを誰かが捕え、応答する。声のした方へ顔を向けると白髪でつり目が特徴のエリカがそこに居た。彼女はしゃがむ俺に対し見下ろすように立っている。

 

「チハは強いぞ。痛い目に遭えば魅力がわかるだろう」

「はあ? あんな欠陥戦車のどこがいいんだか」

「熱帯雨林を動くからあの形と重量でいいのだ。それにドイツ戦車は精巧にできすぎているから稼働率も低かったそうじゃないか」

「まあそれは認めるわ。けど戦車道は昔の戦車と違う。故障が少ないようにできてるわけ、だから稼働率は高いのよ」

「それでもチハには劣るな、根拠は大和魂さえあれば勝てる」

「ふんっ、ほざいてなさい。今日の練習でドイツ戦車の強さを証明してあげるから」

 

彼女は勝ち誇った笑みで余裕を振りまきながら整列した女子生徒の元へと歩み寄る。

その途中、強めの風が吹いて彼女のスカートが捲れた。急いでスカートを抑えるエリカに対し、俺は恰好をつけるのに失敗した彼女を馬鹿にするように鼻で笑ってやった。

エリカは顔を怒りと羞恥で真っ赤に染めて、地団太を踏み鳴らしながら整列に加わった。

ちなみに下着の色は王道の白であった。

 

 

さて、戦車道の練習が始まったわけだが―――――――

 

「そこの四号戦車! 隊列を乱すな!」

「そして中二の三号突撃砲! 隠れ方が甘いわよ、もうちょっと隠れ方を考えなさい!」

「ティーガーはもうちょっと的早く適切に当たるよう計算しなさい!」

 

滅茶苦茶エリカが声を張り上げている。無線使っているのかと不思議に思うぐらいの大声で怒鳴りつけて指示をだしている。声が枯れないのだろうか、俺だったら練習中に蜂蜜とのど飴を舐めて度々癒しているだろう。俺は呑気にベンチに座り悠々と見学する。

 

しかし彼女の指示は的確で、指摘した行為をよくよく見てみると納得できる節がある。

例えば三号突撃砲は茂みに隠れてはいるものも砲塔を茂みから出しすぎているせいで遠目からでも視認ができる。ティーガーは的に当たる手前によく落ちていて、装填の時間が若干遅くなってくる。

戦車の数が有利になる大きな点であるのにこれでは撃破され続け、手持ちの戦車が消耗していくばかりだ。

 

誰も見てないことを確認した俺は煙草に火をつけて吸い込んだ。吐き出された紫煙は上へ上へと上昇し消え去る。

 

「にしても、みほの奴は体こそ出してるけど静かだな」

 

灰を先程飲み干したコーヒー缶に落として気付いたことを告げる。

エリカまでとはいわないけど声を発することもなく、静かにそして萎縮しているかのように首に付けたマイクに指で押して指示を送っている。

アイツは変わってしまった。昔を懐かしむように過去を思い出す。

彼女は小学生まで活発で陽気な少女で外遊びを好んだ子供であった。常に何処か汚れたり擦り傷をしたりとやんちゃであったのに、今となってはその逆だ。陰気で周りの目を気にするといった感じである。

 

何かが、何かが彼女を変えてしまった。俺はそう考えている。

そしておそらくは、それは中学生の時に起きたと俺は考えている。単に思春期とかの影響もあるが、それに追従する要因もあるはずだ。

いつの間にか煙草の火はチリチリと燃えて、一センチ程の灰の棒を作っていた。

 

だが、突然現れた衝撃と砂埃に驚き俺は手にしていた煙草を落とし、地面に灰をぶちまけた。

何が起きたか理解できずに呆ける俺、砂埃が晴れると前方十五メートルにクレーターが空いており、一輌の戦車が砲身を向けていた。

 

「あららごめんなさい。煙が上がってたからそこに敵が居ると思って砲撃してしまったわ」

「……はい?」

「此処は禁煙だし、間違えても仕方がないわね」

 

その戦車から体を出して、俺のことを見下すように見つめていたのは先程下着を見られ恥を掻いたエリカであった。彼女はニヤリと悪趣味な笑みを浮かべこちらを嘲笑っている。

この態度に額の青筋を立てた俺は座っていたベンチを持ち上げ、エリカの戦車に向かって走り出した。

 

「歩兵の本領発揮してやるからな生娘があああああッ!!」

「はっ、本性現したわね。逃げるわよ」

「待ちやがれええええッ!!」

「い、逸見さんと伍長さん。もうやめた方が……」

「戦車が歩兵単独で勝てるわけないじゃない」

「足回りさえ壊れてしまえばこちらのものなのでなあああ!!」

 

勃発的に始まった人対機械の鬼ごっこは高校のまほが偶然視察に来るまで行われたという。そして俺とエリカはその後、散々なまでにまほに説教をされてしまい、俺に至ってはしほ殿のに連絡がいき、追加で叱られてしまった。

教訓として、少し自分の言動を改めた方がいいなと感じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とある頃、通常なら誰もいない時間帯の公園で三人の男が煙草とカップラーメンを片手に他愛のない下品な話をしていた。百人中百人がその話を聞くと渋い顔や嫌悪を浮かべ離れるだろう。

三人はそれぞれ、丸刈りの男と長身の男と中肉中背の男で、中肉中背の男に至っては額にコブができていた。

唯一の街灯がある場所に彼らは集まり、その姿は蛾のようである。

 

「そうだ。若林の奴、イイ女捕まえたってさ」

「はっ、どうせ薬を餌に捕まえたんだろ? 俺は詳しいんだよ」

「確かに確かに! アイツならやりかねないわ!」

「俺らも薬で捕まえちゃうか?」

「おいおいよしとけよしとけ、そういうのはリスクがあってヤバいって」

「持ってるだけで逮捕されちまうんだから、ナイフで脅してヤればいいの。ソーセージとかバッグに入れとけば言い訳できるし」

「ギャハハ! それも女に挿れるのか!」

「それもいいな!」

 

下劣な内容といえども盛り上がる三人をよそに、一人の年季の入った外套を羽織り、若草色のミリタリーキャップを被って肩に長い袋を背負った男性が公園前の道路を通る。異様な格好に興味を持った三人は男性を揶揄ってやろうと、その男性の行く手を立ち塞がる。

男性は三人が立ち塞がっているのに対し何も動きを見せない。ずっと下ばかり俯いている。三人は自分らを怖がっていると受け止め、揶揄い始める。

 

「おいおいおい何だよその格好はよぉ」

「最近のファッションかい?」

「もしかしてママに買ってもらったのかなー?」

「てか何その長い筒。もしや望遠鏡とか」

「うちらも望遠鏡使いたいわ、風呂覗くのに丁度いいし」

 

長身の男が外套の男性が持つ長い袋に手を伸ばす。しかし初めて外套の男性が帽子の奥からぎらぎらと血に飢えた眼を長身の男に向けた。

彼は得体の知れない何かを再度感じ取り、手を引いた。この感触は先日路地裏で己をボコボコにされたあの男のものと一緒のようにも思えた。

 

「おいどうした」

「いや、なんか触っちゃいけないものを触っちまった感じで……」

「はっ。ビビったか、まあいい俺が見てやんよ」

 

中肉中背の男はナイフを取り出しその袋を寄越すように脅そうとした。前回は相手が悪かったが今度は大丈夫だと案じていた。

だが、その言葉は全く紡がれることはなく、ボトリと何かが落ちる音が代わりに鳴り、三人は何が起きたか理解できずにいた。

 

「何だ今の音」

「さあ」

「あれ?」

「どうした?」

「俺の右手、無いんだけど……」

「は?」

「えっ」

 

中肉中背の男に右手はなく、ただただ血液が水鉄砲のように噴き出していた。血の臭いが辺りを立ち込め始める。数秒後、ようやく状況が飲み込めた三人は急いでその場から離れようと身体を反転して駆け出そうとする。

 

しかし、それよりも早く外套の男性はその袋が開く。すると一本の日本刀が現れ、彼は瞬時に抜刀する。月光で刃が輝いた。長身の男以外の二つの首を刎ねて、長身の男は背中を袈裟斬りにする。三人は断末魔を上げる間もなくあっさり絶命した。

 

「はっ、弱者が威勢を張るからいけんのじゃ。そんなんやき、格下にしかおんしらは威張れず弱いままなんがよ」

 

血に濡れた刀を一振りしてから鞘に収める。胸のポケットから自誅と墨で大きく書かれた半紙を死体に置いた。

 

「ほいじゃあ、この艦にあの天使が言っちょった男は居るか捜すとしましょうかのう」

 

そう言うと彼は闇夜を徘徊し続けるのであった。

 




戦車道の徹甲弾は榴弾のように一切飛び散らないからセーフ。
そして土佐弁警察に逮捕状突き出されそう。


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ドキドキ!?二人で映画館!!

(打ち切りは)できません!私の仕事は人を笑わせることだから…!(遅筆野郎)


太陽が夕焼けに染まり、影が長くなり街頭の幾つかがポツポツと転倒し始める頃。この商店街では客の出入りが最高潮を迎え、八百屋や魚屋が大いに繁盛していた。八百屋からは通りから客を呼び寄せる声が騒がしくもどこか温かいのを感じ、魚屋からは主婦を煽てて購入させようとする店主がいた。

明らかに体系がふくよかなパンチパーマの女性で世間的にはあまり容姿が優れないのにも関わらず、店主がその主婦のことを美人だとかと言っている姿が非常に滑稽である。

 

この喧騒溢れるところに俺は居た。

何故俺が日頃からカップ麺しか食べないくせに商店街で買い物をしているのかというと、用務員室に貯めていた煙草の在庫が切れてしまったからである。

本来ならコンビニなどでカートンごと購入するのだが、自分が欲しかった煙草の品種が売り切れており、学園艦中のコンビニを回っても売り切れていたりそもそも取り扱っていなかったりと散々な結果であった。

 

俺は学園艦に存在する煙草屋を捜索するためにわざわざ地図を開いてこの商店街へと辿り着いたわけだ。

俺は目の前にある今時珍しい煙草屋に生前の雰囲気を思い出して懐かしむ。おまけにとばかりに赤い郵便ポストも傍らにあった。

俺は財布を取り出して無人の煙草屋に声を掛けて、店主を呼ぶ。

 

「すいませーん。朝日の煙草ありますかー」

「朝日なんて今時珍しいモン吸うねぇ兄さん。あるよ、ちょっと待ってな」

 

中からは九十歳程の老婆が出てきた。腰が曲がっているせいで背丈は俺の半分ほどしかないようにも思える。

しわだらけの手で店内の段ボールを手当たり次第に開き注文された煙草の銘柄を探す。

暫く経過すると、老婆は二つの煙草を手にして俺に見せつけるように置いた。

 

「ほれ、これだろ」

「これこれ。これをカートンとかは?」

「うーん、今はこれしか見つかんなかったよ。明日なら揃えられるかもしれないけど」

「そうか。じゃあこれだけにするか」

 

俺は財布の中で眠っていた千円札を掴み、老婆に渡す。老婆は千円を受け取り、己のポケットに入れた。

俺は早々に帰ってテレビでも鑑賞しながら夕飯を食おうと帰ろうとするも、老婆に止められた。

 

「兄ちゃん。これあげるよ」

「くじ引き券?」

「そうさ。ほら商店街の企画のやつだよ、普通は三千円以上購入したら一枚だけど今日は特別さ。こんな骨董品の煙草を吸う若造なんて居ないんでね、サービスさ」

「まあ色んな銘柄の煙草を吸ってきたが結局はこれに落ち着いてしまうのでね。ありがたく頂戴しよう」

「また来てなー」

「了解した」

 

俺は夕焼けに向かって歩き出した。

にしても良い店を見つけたものだ。あの風情とかが堪らないし、好みの煙草も揃ってると見た。コンビニでも売っているには売っているが店舗によって変わるからな。

まっ、どうせ当たらんと思うけどくじでも引いて運試しといこうか。

 

煙草店から数分歩くと、簡易テントを張った所が見えた。赤い法被を着た係員がくじ引きの存在を宣伝するために叫んでいる。

俺がそこに辿り着く前に五人主婦が並んでいたが、五人はくじを引くも係員が一切鈴を鳴らすことはなかった。果たしてどんな景品を揃えているのだろうか。

 

俺は貼られているポスターに目を通す。一等は草津の一泊二日の温泉旅行、二等は電動アシストの自転車、三等は電子レンジだ。他の景品もあるのだが、どうしても目玉景品に視線がいってしまい、確認するのを忘れていた。

まあどうせ当たらないと知りながらも内心期待していた俺は係員に券を渡して、抽選機が壊そうとする勢いで回した。対面していた係員は抽選機が壊れてしまうのではないかと不安気味であった。

 

「そぉい!」

 

十回程回した後、穴からオレンジの球がころりと出てきて受け皿に乗った。これは何等なのかとポスターで探し始めた時に対面の係員が忙しく鈴を鳴らし始めて告げる。

 

「おめでとうございます! 四等の貴方にはこの特攻野郎Tチームという映画チケット二枚をプレゼントします!」

「四等か、運がいいな」

 

係員からチケットを受け渡されて、帰り道チケットの期限日はいつまでなのかとチケットに目を通す。するとあと一週間で期限が切れることを知り、俺はため息を吐いた。

 

「なんだあのくじ引き。一週間しか期限無いのか」

 

確かに当たったことに関しては嬉しい。しかし、何故二枚渡すのだ。二度同じ映画を一週間以内に見るとかちょっと気が引くな。とかいって、一度だけ見るとしても勿体ない気がするしな……。

仕方がない、困った時こそ西住姉妹に連絡だ。チケット二枚あげて姉妹で映画鑑賞でもしてもらおう、簡単なプレゼントだ。

俺は携帯を手に彼女らの元へと掛けた。

 

 

―――――さて、困ったぞ。あの二人、十日前に見てたぞ。

みほとまほが一緒に映画館だなんて珍しい気がするのだが、趣味とか合わなさそうだし。いや、趣味ではなく単に戦車が出るから見に行っただけではないのか?仮にも彼女らは西住流の娘だし。

うーむ、このチケットどう処理しよう。この学園艦に在籍して俺が携帯番号持っていて顔なじみの奴は……一人いたな。

俺はすぐに該当する人物へと電話を掛ける。三コール後、その人物が苛立ちの感情を露わにして俺に語り掛けてきた。

 

『ねぇ。なんで私の電話番号知っているわけ?』

「よおエリカ。映画行かないか」

 

該当したのは何やかんやで交流のあるエリカだ。彼女の電話番号に至ってはみほから教えてもらった。

 

『はあっ!? 意味わかんないのだけど』

「そのまんまの意味だ。チケット二枚貰ってしまった」

『……つまり私とアンタとで映画に行こうとしてるわけね』

「そうだ」

『お断りするわ! 第一、何で私なのよ!』

「西住姉妹に見てるからと断られたから」

『それはご愁傷さま……ん? その映画のタイトル何よ?』

「特攻野郎Tチーム」

『…』

 

両者の間に暫しの沈黙が続いた。

エリカは迷っていた。その映画は自身が尊敬するまほが大絶賛していた映画だからだ。まほとエリカの友達であるみほがこの映画を話題に盛り上がっている光景を見てエリカは切なさを抱くと共に、己のハンバーグに対する物欲に怒りが込み上げた。

多少疲れたからご褒美だと大義名分を立ててハンバーグを食べていたため、少なくはない出費に彼女の財布は空になりつつある。次に金が入って財布を再度膨らますのにまだ二週間もある。

彼女は共通の話題と自身のプライドを天秤にかけた。すると天秤は共通の話題へ沈み込んだ。

そこから行動は速かった。

 

『決めたわ。私、映画見るわ』

「理解した。じゃあ日付は……」

『そんなの決まってるじゃない。明日よ、ちょうど日曜日だし』

「了解した。明日だな」

 

予定が決まり要件を全て話したので電話を無造作に切る俺。無駄にならずに済んだと安堵しながら俺の住居である黒森峰学園へと足を進めた。

対して、勢いで決めてしまったエリカは明日はどのような服を着ればいいのかと必死に模索していた。熱が冷めた頃には、勢いで異性と一緒に映画館へ行くという行為の一般的意味を思い出し後悔と羞恥で枕に顔を埋めていた。

案外、勢いで行動する感情的なところは俺と似た者同士なのかもしれない。

 

 

そして約束の日。とはいったものも翌日である。

待ち合わせは映画館入口となってるが、俺はもう待ち合わせ十分前から外のベンチに座り彼女を待っていた。ちなみに格好は、灰色のワイシャツに黒のカーディガン、黒字のズボンに革靴といったように清潔感を保ったものである。

みほにエリカと一緒に映画を見ることとなったと深夜にメールをしたら、みほがわざわざ用務員室まで赴いて服装を見繕ってくれた。みほは俺の所有する服が軍服、もしくは奇妙なガラのシャツを見て呆れていた。仕方がないだろう、常に軍服だったのだから。

彼女が頭を悩まして決めた結果が今の素格好となっているわけだ。

 

「とかいって整髪剤までする必要あるか?」

 

前髪を軽く固定された髪型に違和感を覚えつつも俺は待ち続けていた。煙草を吸うために移動していたら彼女を困らせてしまうと考え、ベンチで携帯の将棋をしていると視界の奥から灰色を主にした服装の少女がこちらに向かって走っている姿を視認した。

時計を確認してみると決められた待ち時間から五分後経過している。となるとあの少女はエリカで間違いないだろう。

エリカは息を切らして俺に謝罪をする。

 

「わ、悪いわね。遅れちゃって……!」

「いいや気にするな。ほら、ハンカチやるから汗を拭くといい」

「あ、ありがとう」

 

エリカが遅れた理由として、俺を意識しすぎたために寝る時間が遅くなり、その結果寝坊したからである。

彼女は俺からハンカチを受け取り額の汗を拭く。彼女が隣に座り、暫しの休息をする。

……そういや女子は服装とかを褒めると良いとイタリア兵が言っていたな。褒めるだけなら怒られないだろう。

 

「その服装非常に似合っていて良いと思うぞ。特に……その袴とか」

「袴って何よ、これはロングスカートよ。てかアンタのその格好、いつもと全然違うじゃない」

「ふっ、俺とてこの手の服似合うから持っていてな。まあ俺は世間一般ではイケメンという分類だからな、ははははっ」

「癪に障る言い方ね。まあ喋らなかったらイケメンなのは認めてあげるわ」

「そうか。ありがとうな」

 

皮肉を言われたことに気づけなかった俺は真摯に受け止めて、満足したのか満面の笑みを彼女に向ける。彼女はそんな笑顔を見てどこか可笑しかったのかクスリと笑みを零した。

 

「何よそれ。馬鹿ねぇ…」

「小卒だしな。さて、映画館に入るとしようか。上映時間までは多少の時間があるが早めに席を座りたい」

「同感ね」

 

彼女が息を整えたことを見計らい俺とエリカは離席する。館内に入ると冷気とポップコーンの甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。キャラメルは生前からの好物だったので気分が高揚する。

また、大きな液晶には映画の予告が流れていたり、広告のパネルが置かれていたりと生前とは違った雰囲気を楽しんでいた。

 

「まさかアンタ、始めて映画館来たとか抜かすのかしら」

「ある意味そうだな」

「えっ」

「俺は金が無い時代に、ツテで映画館に泊まらせてもらったことが何度かあってな。映画の上映こそなかったが、雰囲気だけはしっかり覚えてんだ」

「……そうなのね」

「気にするなエリカ。俺は今、お前と映画館に来れて楽しい。それだけで良いんだよ」

「伍長……」

「さーて、何を食べようか」

 

俺は彼女の手を引いて売店に立つ。対面する店員の奥からは様々な香ばしい匂いが飛び交うため、何を購入するか悩ましい。ポテトもいいがキャラメルポップコーンもいいな。キャラメルポップコーンを買えば大きさを選べるのか。うーんどれにしようか。

 

「どれにしますか?」

「……私は飲み物だけでいいわ。財布が心配だし」

「俺が誘ったんだから金は心配せずに頼め。男が奢るのは当然だろう」

「……そうね、ならその心遣いに感謝して塩のポップコーンを頼むとするわ」

「ほう、なら俺はキャラメルの方だな」

「はい。キャラメルポップコーンとポップコーンですね。大きさはどうしましょうか?」

「Mで」

「一番デカいやつで」

「かしこまりました。ではジュースの方は」

「コーラで」

「オレンジジュースを」

「かしこまりました少々お持ちください」

 

店員は慣れた手つきでポップコーンを救い容器に入れ、飲み物を注いだ。トレイ二個にそれぞれの注文した品物が置かれ、会計へと移った。

財布からちょうど金額がピッタリになる程度の金を用意すると奇妙な出来事が起こる。

 

「ではカップル割で二割安くなりますので――――」

「待ってください!」

 

この言葉を聞いたエリカは酷く慌てたように会計を始めた店員を止める。エリカの行動を見て店員はキョトンとしている。

 

「わ、私とこの人はこ、恋人じゃないです!」

「あぁそうでしたか! 誠にすみません!」

「エリカ別にいいのではないか? 安くなるし」

「そういう問題じゃないのよ!」

 

せっかく安くなる機会を逃すのが理解できない俺をよそに、エリカは顔を赤らめて下を向いている。恋人という単語を聞いただけでこうもなるとは面白くもあり可愛い奴め。

とりあえずは定価の料金を払い二人分のトレイを持つ俺はチケットを出して彼女と入場し、目当ての映画が上映する部屋へと入った。

 

「Fの11と12の座席は……」

「ここね、早く腰を下ろしましょ」

「よいしょ、と」

 

トレイを肘あての穴にハメて折り畳み式の椅子を開けて座る俺ら。大きなスクリーンには映画の予告が流されて、無駄に大きな音量で告知される。生前は映画館で煙草を吸ってもお咎め無かったことを思い出しながらキャラメルポップコーンをつまみ食いしていたところ、突然エリカから声を掛けられた。

 

「ねえ」

「ん?」

「アンタってさ、何処の軍隊に居たのかしら」

「……その手の話題か。まあ、みほから聞いたか」

 

つまみ食いをピタリとやめて俺はエリカの方へ振り向く。彼女は触れてはいけない話題に気安く触れてしまったことを悔いた。

俺はどうしようかと顎に指を当てて考える。このまま全て話してもいいが俺を精神異常者と扱われてしまうかもしれない。そういうのは嫌だ。……まあ冗談めかすように言えばいいか。

 

「そうだな。少しだけ話すと、俺の所属していた軍隊は強かった。だが大国に物量、そして質で押し潰されてしまい敗戦した」

「……何よそれ。まるで旧日本軍みたいじゃない」

「さて、どうだろうが。ああいう風に俺も戦っていたのかもな」

 

俺はスクリーンを指差す。スクリーンには第二次世界大戦の戦争映画の広告だろう、日本兵が米兵の居る陣地に向かって突撃をしている描写が映されていた。哀しくも無謀な突撃に兵士はバタバタと薙ぎ倒されて、それを無様だと嘲笑う米兵。

俺にはこの映画がいささか本物のように思えた。

 

「けど、アンタは西住家と関われて変われたのかしら」

「勿論だ。あの家が無ければ俺は変われずにただ死に腐っていた。俺は大事なモノ(西住家)のためなら何だってやるさ」

「それは……殺しでも?」

「当たり前だろう。歯でも刃を向けてくる奴は誰であろうとぶっ殺す」

 

俺は不敵に彼女に笑いかけた。

そこで彼女は先の笑顔とは違い、影のかかった笑顔にどこか悲しみと哀れみを抱いた。この狂気的とも取れる表情に恐怖といった感情を感じ取ることもできるが、それ以上に悲しみと哀れみが強かったのだ。

 

ここで映画上映のブザーがけたましく鳴り響く。徐々に室内の照明が消えて暗くなる中、笑みのため細めていた瞳がまるで愛情を求めて彷徨う孤児の瞳のような印象を彼女は受けた。

自身より体格の良いはずの相手が自分よりも矮小に見える錯覚を体感したエリカはそれ以降、俺に対しての物腰が若干柔らかくなった。

 

エリカにとってその日は考えさせられる一日となった。

 




この作品の読者を守るのが私の仕事です!(なお二作品掛け持ちマン)


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悲しい価値観

今回は過激な描写がありますのでご注意を。
あと風邪を患いながら書いたのでおかしなところがあるかもしれません。


――――殺せ

 

 

辺り一面、闇で包まれ、僅かながらに射しこむ陽の光がその場を僅かに照らす。

 

……今度はここか。

 

俺はため息を吐いて辺りを再確認のため見渡す。地面は岩肌で上から滴が落ちているため、おおよそは洞窟だろう。現在、俺は座っているのであまり場所を取らないが、横幅としては二メートル程度でその奥にも洞窟は続いている。

この洞窟は地上から沈み込むようにできているのでかなりの急傾斜だ。ちなみに地上への出口はここから十メートル離れている。

 

「と、なるとあの場面に違いないな」

 

俺は洞窟内で響かない程度に呟いた。

すると地上の方が人の声や物音で騒がしくなり俺は瞬時に身構えた。

お決まりの米兵だ。

 

「オマエラ、モウ、コウフクスル」

「セントウオワッタ、デテクル」

 

片言の日本語で俺の潜む洞窟に語り掛ける声が聞こえた。洞窟という環境なのでその片言の日本語が反響し、脳に響いた。そして祖国の敵である米兵に殺意と拙い喋り方であったので余計に腹が立った。

 

何故、俺が潜むこの洞窟が米兵に見つかったのかというと、昨夜俺が歩哨の米兵に奇襲を掛けた際に痕跡を残してしまったのだ。当時の俺も今まで成功してきた戦法だからと慢心していたが、それはツケとなって今返ってきたのだ。

舌打ちを鳴らそうとするが自制し、俺は一歩一歩身を屈めて奥へ奥へと後退していく。

 

米兵は俺が今洞窟に潜んでいるのを知ってかしらずか、降伏を促すことをやめて、腰のベルトから手榴弾を一個取り出した。米兵は慣れた手つきで安全ピンを抜き、こちら目掛けて手榴弾を投げた。

カンカンと洞窟内で跳ね返りながら落ちる手榴弾。このまま起爆させてしまえば俺は木っ端微塵に爆ぜてしまう。最悪の考えが頭をよぎり、俺はこの状況を打開しようと腕を伸ばして手榴弾を受け止めた。パイナップルのように円柱で膨らみと投擲しやすいように掘られた溝を視認する。

 

悪いが事実を再現させてもらおう。

なんとか受け取った手榴弾を投げてきた本人に向けて投げつける。ちょうど手榴弾が地上に位置する時、手榴弾は起爆した。その際に生じた破片と火炎が洞窟の岩壁を傷つける。俺は事が旨くいきニヤリと嘲笑を浮かべた。

 

地上からは手榴弾の起爆により怪我をした米兵の悲鳴と、劣勢であるはずの俺にしてやられたことに対する怒声が聞こえる。

これで何人死傷できたのだろうか、三人なら上々だな。

 

「Prepare for flame radiation!!」

 

甲高い声が地上から聞こえ、俺は急いで奥へと進む。この米兵が仲間に伝えたのは火炎放射器で洞窟を焼けということ。英語のできない俺でも経験で言葉の意味を理解した。

すると出口から勢いのある強力な火炎がこちらに迫りくる。洞窟内が明るくなり、奥で朽ち果てた味方兵士が存在するのを視認した。負傷してここで身を潜めているうちに衰弱して死んだのだろう。

 

十秒も火炎を注がれ、洞窟内は暑くなるのと共に息苦しくなる。火炎により酸素が奪われたのだ。放射を終え、この火炎で俺を殺したと思ったのか悪態ついて罵声を浴びせる米兵たち。

 

「Fuck you!」

「Don't come out again!」

「Pathetic monkey!」

 

声からして三人以上の分隊程度なら強襲すれば殺せる。

殺意に満ちた思考はすぐに行動に移った。朽ちた味方から三八式歩兵銃を拝借し弾数を確認した後、元から着剣されていた銃剣を俺の持っていた新たな銃剣に付け変えた。

敵が俺に背後を向けた瞬間を狙うため、物音に注意をしながら陰に身を隠して慎重に洞窟を上がっていく。

米兵たちは油断しているのか一向にこちらを窺う素振りを見せない。まさに好機だ。

 

俺が地上に頭を出すと、米兵を五人認識した。

二人は普段の装備で、一人は脚を怪我したのか銃を持っていない味方一人に肩を掛けてもらっている。そして火炎放射器を持つ者一人だ。その背中には大きなタンクが背負われている。

タンクの中身は重油やガソリンといった可燃性のある液体が入っているので、タンクに一発でも命中したら爆発し火炎を撒き散らす。

 

 

――――殺せ

 

 

だから俺はタンクに銃の照準を合わせる。火炎放射器は非常に重いので使用者は動きが鈍くなるため、簡単に狙撃ができる。俺は戸惑うことなく銃の引き金を引く。

 

「Oh?」

 

金属が発する甲高く無機質な被弾音は、使用者が理解する前に爆発音へと変わった。タンクから火炎が飛び散り、周囲に存在した仲間に乗り移った。

普通の装備であった二人は火炎に撒かれたのか火達磨になって踊り狂う。無論、喜びを表す舞ではなく、苦しみを表す舞である。なお、火炎放射器を用いていた当人は胴体と下半身が分裂していて、どちらも激しく炎上している。

 

銃を持たず負傷した仲間を助けていた米兵は、負傷した仲間を離して自身の腰から拳銃を抜いた。そして俺目掛けて撃ち始める。

 

「ちっ!」

 

ひどく正確な射撃は俺の略帽に命中し後ろへ飛ばされる。浅く被っていたため傷は負っていないがこの状況は厄介だ。相手に呑まれる前に、何としてでもアイツを殺さなくてはならない。

俺はコッキングを行い、弾を詰めて次弾を発射する。

 

「Shit!」

「よしっ!」

 

放たれた銃弾は相手の右肩に命中すると手にしていた拳銃を痛みからか落とした。攻撃を止めることに成功した俺はただちに三発目を撃とうと身構えた。

しかし、引き金を引いても弾は発射されない。何度も引き金を引くも弾は出ない。

俺は即座にこの銃の故障原因は保存状況が最悪であったからだと判断し、洞窟から勢いよく飛び出した。

 

「死ねやあああ!」

「ッ!?」

 

米兵が俺の銃剣突撃に気づき、急いで拳銃を拾おうと屈むが無慈悲にも銃剣は背中に刺さった。苦痛に顔を歪めながらも米兵は俺を睨めつけるような上目づかいで俺を凝視する。

 

「さっさと死ねよ」

「Fuck……」

 

俺は米兵の背中に刺さった銃剣で何度も何度も突きさしては抜く動作を行う。五回ほどこれを繰り返すと彼は息絶えたのか倒れ込んだ。

残るは負傷した米兵だけだ。突き刺さったままの銃剣を引き抜こうと力を込めるも抜けない。きっと刃が曲がってしまったのだろう。

一方で脚を負傷しているので彼は匍匐前進しかできない。地面を這って俺から離れようとしている姿から察するにもう戦意はないのだろう。悠長に武器を探しても問題はない。

 

「んじゃ、これでいいか」

 

俺が彼を殺すのに選んだのは刺殺した米兵が用いていた拳銃だ。弾数はおそらく足りるだろう。一発でもあれば人は簡単に死んでしまうのだから。

 

――――殺せ

 

うるさい、言われなくても俺はそうする。

拳銃の照準を這う彼の頭部に合わせる。しかし、もぞもぞと動いているため初弾を外してしまった。

 

「Help me……」

「申し訳ないけど俺に英語は無駄だ。学がないからな」

 

彼の言葉ははっきりと理解できないが意味としては助命するモノだろう。けれど、あいにく俺は殺されかかった身でも、あるし、そもそも此処は戦場だ。助命しても助かることもあるが、基本は助からない場合が殆どだ。

再度照準を合わせて、二発目を撃つ。今度は頭部に命中して息絶えた。

 

「やれやれ、実際もこんな感じだったな」

 

拳銃を放り投げて過去を思い出す。

史実では右腕に銃傷を負って、一人逃したが命を守ることに成功したのだ。

俺は殺した米兵たちから煙草を回収して、そのうちの一つを吸う。この時代の米国の煙草は美味しくはない。しかし、吸わないという選択肢は無かった。

 

煙草を楽しんでいると突然意識が途切れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……夢なら楽しませろ」

 

俺は自室である用務員室のソファーで目を覚ました。

指と腰と首の回して骨を鳴らす。心地よい音が鳴るとともに、あの悪夢ともいえよう夢の内容を思い出してしまった。寝起きは最悪だ。

壁に掛けられた時計を確認すると時刻は七時を迎えようとしている。そろそろ校門を開けて校内の鍵を開けなくてはならない時間帯だ。

いつもの格好に着替えて、コンビニで買ったおにぎりを口に咥え解錠をしに向かった。

 

学校の出入り口と校門の鍵を解錠し終え、早々に早朝の仕事も終えた。本当なら鍵を開けたのに校内に誰もいない環境を作ってはいけないのだが、最新の防犯システムがあるから大丈夫だろうと思い、俺は散歩に赴いた。

 

 

ヤマバトや雀といった鳥類が朝の訪れを知らせるように鳴き始める。何故ヤマバトがいるかは不思議だがこの際、気にしない方針にした。

カラスがゴミ袋を啄むのを横目に快晴の天気の中辺りを二十分程度散策していると、見知った人物が遠くから歩いてくるのを視認した。特徴的な容姿なので俺はその人物に向けて走っていった。

 

「エリカおはよう」

「はいおはよう。今日も馬鹿みたいに元気ね」

「まあ馬鹿だからな」

 

何やかんやで交流のあるエリカと遭遇した。彼女は学生服であるからに察するに登校の最中だろう。その事実をより裏付けるように手には菓子パンが握られている。

 

「で、アンタ仕事はどうしたのよ」

「仕事は終わらせた」

「そう。で、今はまさか散歩でもしていたわけ?」

「あたりだ」

「ということはもう生徒が来ているわけね」

「えっ、俺が出た時には誰も居なかったが」

「えっ、アンタもしかして防犯とか考えてなかったわけ?」

「最近の防犯設備によって俺の価値が無価値になったのでな。もはや清掃員」

 

実際そうである。

俺が居ても居なくても犯罪は起きなかった。まあ日本は犯罪率が最低だからな、これはとても誇らしい。

 

「……はぁ、アンタ馬鹿じゃないの。この学園艦で自誅の人斬りが現れたの知らないの?」

「いや知ってるが。まあ俺には関係ないなと」

「もう少し自分の仕事の意味を考えなさいよ」

「善処する。エリカも夜遅くに出歩くなよ」

 

人斬りが巷で話題になっているが、人斬りなんて所詮は戦争に行ったことのない素人だ。正直勝ち筋しか見えないし、ハンデをつけても勝てるだろう。それに、俺の手が届く範囲であれば何であろうと護ることができる。

 

「言われなくてもわかってるわ」

「じゃあ俺も帰るとするか。そろそろ戻らないと校長にバレてクビを切られる」

「……第三者から見たら、アンタが私を迎えにきたみたいになっているのだけど」

「気のせいだろう」

「そうあってほしいわ」

 

エリカと他愛のない会話をしながら学校へと向かっていると、突然彼女はピタリと足を止めて、何かから目を逸らす。不思議に思った俺は彼女が向いていた方向に目を向ける。その先にいたのは道路で横たわるヤマバトの死体であった。

その死体周辺では羽が飛び散っており、おそらくは車に激突したのだろう。

 

「……残酷ね」

「あぁ、そうだな」

 

彼女は何とも言えない表情でポツリと呟いた。俺はそれに同意すると、そのヤマバトへ平然と足を進める。この行動にエリカは一瞬、戸惑った仕草をしてから言う。

 

「別に保健所に連絡するから拾わなくてもいいのよ。それに野生動物はばい菌持ってたりするのよ」

「何を言うんだエリカ。このままでは車に死体が轢かれてより酷くなるぞ。それではあまりにこの鳥が可哀想だ」

 

今の時間帯、道路に車はさほど通過していないが後に交通量が増すだろう。それまでヤマバトの死体は轢かれずに保たれるとは限らない。一度死んだのに関わらず、二度死ぬことはあまりに悲惨であることを俺は体感していた。

生き返った今でも、あの死の感覚は思い出すこともある。その度に俺は嘔吐と頭痛を繰り返し苦しんでいる。

 

「せめて魂が抜けたとしても肉体は守ってやりたいのだ」

 

戦場では肉片しか残らなかった戦友もいた。髪の毛一本も残らなかった戦友もいた。そして敵もそうだ。

もしも形が残っていればその魂に直接祈りを捧げることができる。これが俺の死生観の一部だ。立派だとか愚かだと貶されてもこの死生観を変えることはない。

 

ヤマバトの死体を両手で優しく持ち上げて抱えた。まだ若干ではあるも暖かい。死んだのは最近だろう。

そして俺は無意識に敵兵士を殺した際に感じた体温よりも暖かく感じてしまい、嫌悪感と憎悪に顔を曇らせる。いかに俺が人を殺し続けたかをひどく実感してしまった。

もしかしたら人の方が動物よりも命の価値が低いのかもしれない、この考えに俺は否定するように唇の端を強く噛み締めた。

 




日刊ランキングで97位になって非常に嬉しいです。
感想乞食なのでどんどんください。


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体育祭という名の運動会

BF5で日米戦ができるとは驚きです。
楽しそうですよね


とある日。

普段なら朝、俺は早く起きて校庭の掃除を行い樹木と柵木の手入れをして、余った時間に朝飯を食べて人目のつかない所で体を鍛えるのが日課と化していた。

しかし、今日は早朝から教師陣が登校してテントの設営や電子機器を繋いでいる。無論、俺も教師たちに混じって設営などといった力仕事の手伝いに従事していた。どの教員も動きやすい服装である中、俺だけワイシャツに軍服のズボンを履いている。

 

「あー、教頭先生。このパイプは何処に置けばいいですかね」

「適当な場所に置いとくれ」

「了解しました」

 

何故そうなったかというと今日が体育祭(・・・)であったからである。俺は今まで参加者側だったが今回主催者側に回るとは誰が思っていようか。それで現在俺は電子機器の知識は皆無なので率先して力仕事に取り組んでいた。日頃から鍛えていたので重い角材や机など軽々と持ち上げて息を切らすこともない。

俺の活躍に感化されたのか、体育の男性教師である大橋先生が俺の活躍を誉めてくださった。嬉しい分には嬉しいのだが、できれば女性の教師に褒められたかった。

 

かくして六時半から取り組まれた設営は八時になる頃に全ての作業が終えた。早い段階で疲れの色が教師陣に浮かび始め、俺と大橋先生しか平気であった。

逆にこれを好機と察した俺はイタリア兵から教わったナンパ術を行使することにした。

 

「ぜえぜえ、疲れた……」

「高倉先生お茶を持ってきました。どうぞ」

「あっ、ありがとうございます西済さん」

「にしても結構力使いましたね」

「そうですね。学生以来に動いたのでもうヘトヘトで」

「同感です。そういや高倉先生は学生の頃サークルとか何をしていたのですか?」

「バレーボールです」

「おおっ、配球ですか。配球楽しいですよね、俺なんか配球した際に熱くなり過ぎて一人だけ浮いちゃいましたもん」

「ふふふっ、その気持ちわかります」

 

そう相手が好きな話題に触れることで俺の好感度を上げる作戦だ。日頃は教師としての業務が忙しくて話しかける機会はなかったが、疲れている人のためにお茶を差し上げるという導入で自然に話しかけることができる。

 

何故俺が高倉先生を狙ったかといえば、やはり可愛らしい顔とその顔に似つかない胸の持ち主であるからだ。彼女の身長はやや低めなのも良い。もし二人でエッチな雰囲気になったらバニー服やメイド服といった魅力的な服を着てもらいたいなグヘヘ……。

 

「おっ、バレーの話ですか。混ぜてくださいよ~」

「どうぞ大橋先生」

「……どうぞ」

 

大橋貴様ふざけるなよ。俺は高倉先生との談笑を楽しんでいたのだぞ。そんな中お前が我が物顔で乱入されたらこっちが困るんだよ。空気を読めよ、エッチなビデオで登場しそうな男優モドキが。

 

「あっ!? もうこんな時間じゃないですか! 西済さんお茶ありがとうございました!」

「ちょ、ちょっと高倉先生」

「それでバレーで重要なのはアタックですよ。こうバーンっていける感じで」

「は、ははぁ……」

 

高倉先生は何を思い出したのか、時計を確認してから慌てて校舎のほうへと向かって行ってしまった。

目的を見失った俺はさっさとこの場から立ち去ろうとするも、大橋先生が俺の肩をガッチリ掴んで離さない。目的見失ったことでもうこの談笑には何の意味もない。立ち去りたいのは山々だが、大橋先生に捕まっているので立ち去ることができず、俺は延々と彼の自慢話を聞くはめになった。

 

 

『それでは体育祭の開会式を行います。まずは校長先生の話です』

「えー、この度の体育祭は――――」

 

つまらん。早く校長先生の話し終われ。

俺は大橋先生の話でストレスが溜まるのと朝から演説が長いと評判な校長先生の話に苛立ちを覚えていた。

俺も教師側の立場ということで生徒たちの前に立っているわけだが……。

 

視線がつらい。生徒たちから校長に対して苦情を訴える視線が突き刺さって痛いのだ。俺たちに向かって敵意を送るのではなく校長に送ってくれ。俺だってお前らと同様に校長先生に苛立っているから。

 

十分後、ようやく校長先生の話が終わった頃には皆疲労困憊といった表情で目を虚ろにしていた。みほとまほはどんな感じなのかと列を確認するが、名前順で並んでいるため見えない。だが、エリカの姿は視認できた。

彼女は朝に弱いのか目つきが昼よりも悪く常時怒気を辺りに散らしていた。

 

この状態を見計らていいた教頭先生と応援団の団長は手早く開会式を終わらせ、生徒たちは自身の応援席へと帰って行った。

雰囲気を悪化させた首謀者の校長先生はやりきったという面持ちでいるので非常に腹立たしい。

 

『プログラムナンバー1、百メートル走。参加者は待機所にて待機してください』

「やっと体育祭が始まるのか」

 

ぶちゃけると今日の仕事が片付けの職務だけになった俺は適当に散策しようとぶらつき始めた。チームの色は赤白緑に分かれており、偶然にもみほとまほとエリカは白組に所属している。

顔でも出して話でもしようかと思ったとき、俺の目の前をみほが通過した。体操着姿のみほに物珍しさを覚える。

 

「みほ、お前百メートルに参加するのか」

「おはよう伍長さん。そうだね」

「わんぱくな子供時代があるんだから一等賞取れそうだな」

「うーんどうかな。戦車道やってからランニングこそしてるけど勝てる自信は無いよ」

「大丈夫だから自信を持って駆けろ。俺が応援してやるから」

「なら余計頑張らなくていいね」

「ははは、張り切ってこい」

 

みほは俺に冗談を言ってから待機所へ立ち去ってしまった。

みほの悪いところは自身の無さなんだよな。昔は男子みたいに活発で元気だったのにやはり中学で何かが起きたのか? いやでも思春期ということも考えられる。

……まあそんなのはどうでもいい。取りあえず、みほを応援できるような場所でも探すかな。

 

五分後、みほを応援するのに適する場所を見つけた俺はのんびりと喫煙室で煙草を吸ってると校庭から銃声が聞こえた。喫煙室に掛かれた時計から察するに徒競走の際に鳴らす空砲だろう。ということは徒競走が始まったということだ。

まだ吸えた煙草を灰皿に入れて急ぎ足で現地へ向かう。ついた頃にはみほの前列が走っていた。

 

「おーいみほ。頑張れよ」

 

最前列で並ぶみほは俺の姿を確認すると微笑みながら小さく手を振ってくれた。これで過度な緊張が解れてほしいものだ。

 

「位置について、よーい」

 

審判が宣言し銃口を空に向ける。みほを含む走者はそれぞれに走り出す構えを取り、銃声を今か今かと待ち構える。

徒競走は初手が重要な競技である。速く出だしを切ることができればそれだけで有利になるのだ。俺も彼女らの気持ちに感化されてか緊張してしまった。時が一瞬止まったようにも思えた。

 

 

審判が引き金を引く。引き裂かんばかりの銃声は止まっていた時間を動かして、一斉に動き出す。競馬の馬が如く彼女たちは百メートルを駆けだしていく。俺の目の前をみほが通り過ぎる。現在の彼女の順位は一位だ。

俺は自身が何を言ったかわからないほど興奮し、みほに応援の言葉をただひたすらに叫んだ。彼女は腕が千切れんばかりに振って前髪を崩して駆け抜ける。

だが、残り二十メートルのところで二位の走者がみほを追い越してゴールテープを破ってしまった。彼女を追うようにみほが二等で到着した。

 

「あー、惜しかったな」

 

一位になった走者に対し俺は何の遺恨を抱かない。理由としては、これは勝負なので仕方がないと割り切っていたからだ。それにこの競技で一位を取れなくても命を取られる心配はないのだから。

 

競技が終わった後、俺はみほの元へ駆け寄った。みほは俺の存在に気付くと申し訳なさそうな表情を浮かべて俺に言った。

 

「……ごめんね伍長さん。一等賞は取れなかったな」

 

その言葉は寂しそうにかつ罪悪感が込められていた。

それに対し俺は嘲笑うような笑みを浮かべ、彼女の頭に手を置いて無茶苦茶に頭を撫でる。みほは乱雑に撫でられたことで愛らしい悲鳴をあげて戸惑っていた。

 

「わわっ!?

「ふっ、何を言うかと思えばそれか。別に今回本気を出して走れたんならいいじゃないか。力一杯走れたんなら俺は満足だ」

「けど伍長さんの期待には応えられなかった……」

「期待なんて打ち破るのが普通だ。無理に叶えようとするんじゃない」

 

他者の期待というのは非常に重い。目には見えないがその重量は重戦車に匹敵するほどに重いのだ。俺は生前生きてきて期待されたことはなかった。だけど受けてきた重圧という意味で俺も体験していた。

みほも家元からの期待や戦車道の仲間からの期待でつらかったのだろう。もしかしたらそれが原因でみほは臆病になったのかもしれない。

 

「それに――――」

 

俺は付け足して言った。

 

「お前が一生懸命走る姿は非常に輝いていたぞ。いいかみほ、全力を尽くして取り組む者こそカッコいいんだ。全力を尽くさずにカッコつける軟派者の方が情けない」

 

満面の笑みを浮かべ俺はいつものように笑った。彼女もつられて、吹っ切れたようにクスクスと笑い出した。

 

「伍長さんはカッコいいね」

「まあ男前だからな!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時は移り正午。この時になると生徒たちは各自で持参した弁当を食べて英気を養っている大勢の姿を確認することができる。独り教員用のテントで支給された弁当を食べながら各競技を観戦していた。

 

その中で一番目を引いたのはパン食い競争だ。パン食い競争には教員も参加することができて、その競技になんと高倉先生が参加していたのだ。生徒に混じって釣り下げられたパンを口で取ろうと飛び跳ねると、彼女の豊かな果実二個が縦に揺れていた。

生徒だけが参加する競技に無関心だった俺含む男性教師陣は、この光景に席から立ち上がりその場に歓声が沸いた。

そして俺らは高倉先生を応援するとともに、パンを釣るしている棒を持つ生徒を応援した。理由としては長引けば長引くほどその光景が続くからだ。

この時だけ、先の出来事の体育教師大橋先生と共感することができた。

 

だが今から始まる競技は借り物競争、あまり興味は無い。俺はぼんやり観戦していると意外にもその競技にはエリカが参加していた。直接伝えようとしたがもう彼女は借り物競争の列で待機している。立ち位置としても真ん中だ。

ここは諦めて普通に応援して、競技後に言葉をかけようと決めた。

 

銃声が鳴り競技に参加した生徒たちが走って向かい、机に置かれた紙を開き自身の目当てのモノを確認する。そして生徒たちは観戦席にいる友達や仲間から物を借りて審判とは別の審査員に許可を取る。認可された生徒はそのままゴールに向かって走るといった感じである。

生徒たちが持ってくる物は個性的なモノが多く、傘や筆箱といった普遍的なモノからタイヤやこけしといった何で持ってきたのか意味がわからない物もあった。その中で一番驚きだったのは日本刀であった。赤毛の少女がそれを持って走っていたのだが、よくよく見るとその日本刀は実は俺がまほにあげた軍刀であったのだ。まほが俺があげた軍刀を学校に持ってきていたという事実に俺は思わずお茶を噴出してしまった。嬉しいけど学校側も注意しろよ。

 

ともあれ、時は流れてとうとうエリカの番になった。審判が構えの号令をするとエリカ一同は走り出す構えを取りその態勢のまま待機する。

そして審判は引き金を引いた。緊迫した空気に銃声が響き、エリカたちは一斉に駆けだした。スタート地点から五十メートル先にお題の書かれた紙が机の上に置かれている。戦車道という競技に履修しているエリカは一番目に到着し、一枚の紙を手に取り紙を開いた。

 

するとエリカは開いた直後様子がおかしかった。彼女だけ時が止まったように静止し全く動こうとしない。こうしている間に他の走者が各々のお題の紙を開きつつあった。

お題を知った走者は一目散にお題を探して校内や観客席に走り去る中、エリカはようやく気を取り戻したのか頭を抱えてしゃがみこんだ。俺はひたすらに彼女に対し疑問符を浮かべていた。

 

「どうしたんだろうか?」

 

疑問を浮かべていると彼女はこちらを向くと突然走り出してきた。

……もしかして俺の持っている物がエリカのお題なのか? いうて俺の持っている物といえば煙草と帽子と携帯電話程度だ。まあ渡しやすいように机の上に提示しておくか。

ポケットから煙草などの道具を取り出していると、その間に彼女が俺の真正面に立っていた。彼女は息が切れた状態でこちらを睨みつけているようにも思えた。

 

「よおエリカ。お題はわからんが取りあえずこれを提示しておこう」

「ハアハア……ッ! 何も言わさずついてきなさいッ!!」

「えっ?」

「いいからッ!」

 

机を乗り越えると彼女は俺の手を繋ぎ審査員目掛けて走り出した。何故俺が連れていかれるのか意味がわからないのだが。

審査員のところに連れていかれると彼女は選んだ紙を開き審査員に見せつける。審査員は俺を見定めるように観察した後、セーフという手旗を上げた。エリカと俺は共に手を繋いでゴールへと一目散で走る。後ろを振り返ると様々な物を持った走者の姿があり、マンホールやクマの彫り物にしまいにはメイド服を着て審査を受けていた。

……マンホールはかなり重いのによく持ってこれたな。感心するぞ。

 

こうしてエリカと俺はゴールテープを切った。彼女は激しく息を切らしているのに対し俺はまだまだ走れたので余裕の表情を浮かべていた。伊達に生前の時に行軍なんてしてないし、てか俺は元々体力には自信がある方だしな。

……にしてもエリカのお題は何だったんだ?

疑問を解決するため、彼女の隙を見て俺は彼女が手にしていた紙を引ったくる。彼女はそれを取り返そうと腕を伸ばすが、身長差の優位を使い彼女の妨害を躱し、俺は紙を開いた。

 

「イケメン……?」

 

紙にはイケメン(・・・・)と書かれていた。

あぁ、だからジロジロ観察されていたのか納得したぞ。こう見えて俺は男前の方だからな、ようやくエリカも俺の顔の良さに気付いたのか。

揶揄ってやろうとエリカの方へ視線を移すと彼女はさっき走ったためか、それとも俺に真実が露呈し羞恥しているのか顔を真っ赤に染めていた。紅潮させながらも射るような視線を飛ばし口を固く閉ざしている彼女に対して、俺も不思議と照れくさくなり頬を掻く。

 

……おかしいな、相手はエリカなのにどうしても雪子の面影が被ってしまった。こんなこと、今までで一度もなかったのに。

 

「ま、まあ俺は男前だからな仕方がない! うん、そうだ!」

「ぐぬぬ」

「虎をも射殺すような視線を飛ばすなよエリカ。別に性別の決まりはなかったからまほ辺りを選べばよかったのにな」

「……あっ!?」

 

このお題の抜け道に気づくことができなかったエリカは短くもよく響く驚嘆の声を上げて頭を抱えて悶えていた。実際、まほは美女であり可愛い系というよりカッコいい系として同性に人気であった。無論それは異性に対してもそうなのだが、俺から見れば可愛い系に入る。何故なら妹分というものはいつでも可愛いのだ。

 

悶える彼女を見下ろしつつ俺はふと笑みを浮かべ、その場から立ち去る。まあ長居しては他の選手の邪魔になるだろうし、第一に俺みたいな愚者が彼女の恋人だという根も葉もない噂を流されては堪ったもんじゃない。彼女が可哀想だ。俺みたいな人間は日陰で煙草を吸うのがお似合いなんだ。

 

 

「……わしはおまんを見つけたぞ」

 

一般客用の観戦席からこちらを品定めするかのように眺め、無精髭が散らばる口元の口角をつり上げて嘲笑を浮かべた外套姿の男がそこには居た。俺はこの存在には気づかずに教員用のテントへと足を進め続けた。

 




「土佐弁警察だ!」
「何だお前はなせ(流行らせ)こら!」
「もう逃げられないぞ!」
馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前(某土佐弁剣士流行させるマン)!」


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鍋パーティー

祝五百人突破!
これからも頑張りたいと思います!


「なんか掘り出し物、というか使えそうな物はないか?」

 

ガソゴソと校外の倉庫を探る人影があった、というか俺だ。俺は埃まみれになった段ボールを多数に退かし、その段ボールの封を切って中身を確認する。

 

「ちっ、ただのガラクタか」

 

舌打ちを打ち開けた段ボールを適当な場所に置いて、作業を続行する。携帯電話で時間を確認するともう一時間が経過しようとしていた。一時間もしゃがんで作業に勤しんでいたので腰が痛い。一度立ち上がり体を捻るとバキバキと骨が鳴る。

 

「何処に仕舞ったんだろうか、鍋とコンロ」

 

そう、現在俺は鍋一式を探していた。土鍋とコンロだったら家庭科室から持ってくればよかったのだが、以前不手際で家庭科室の皿を幾つも割ったりしていたので気まずい。それに食堂にもあるのだが、食堂の調理師たちの無駄話に巻き込まれて疲弊した経験がある。だから俺はこうして倉庫を探しているわけなのだ。

 

「……これが最後の段ボールか」

 

目の前には封の切られていない段ボールが一箱存在し、重々たる雰囲気を放っている。

 

「……戦車道で導入される前に禁止となった爆弾とか地雷が梱包されてないのを願うぞ」

 

手にしたカッターで蓋を止めていたガムテープを切り、中身を開く。中には土色の陶磁器とその下に機械が存在していた。俺は勝ち誇ったように中身を取り出して床に置いてから高らかに叫んだ。

 

「土鍋とコンロだあああ!!」

 

そう、俺はとうとう土鍋とコンロを見つけたのだ。流石にコンロのガスボンベは入っていなかったため購入するとしても、これさえあれば鍋ができるのだ。

いやー何鍋にしようか。カモ鍋もいいしカレーなべも素晴らしい。非常に悩ましい案件だ。

俺は鍋の具材を何にしようかと胸を高鳴らしながら、鍋とコンロを手に倉庫から退出した。なお倉庫から出た瞬間に、教頭先生に鉢合わせて後片付けを乱雑にしていたことがバレてみっちし怒られてしまった。無念である。

 

そして何故俺が鍋とコンロをほしがっていたのは理由があった。

俺は私室ともいえる用務員室へ帰宅し、荷物を机の上に置いてポケットから携帯電話を取り出した。そしてある者へ向けて電話をかける。

 

「……もしもし、みほ。突然だが鍋食わないか?」

『は?』

 

返ってきた返事は非常に気の抜けたものであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……マジで鍋する気なのね」

「まあ伍長さんらしいよね」

「昔から変わらないからな。伍長さんは」

「さあさあ全員集まったようだな」

 

まさか本当に鍋をするとは思わなかった、と表情に出すエリカと出会った当初からこんな風に強引だったなことを再度確認する西住姉妹。

目の前の机には鍋が置かれており火が灯されている。大皿にはカモ肉や豚肉に野菜、そしてうどんが載せられている。食材はすべて俺の自腹である。カモ肉に至っては豚肉より値が張ったが致し方がない犠牲だと考えている。

俺の横にみほが座り、対面にはまほとエリカが座る。

 

「……なんでソファーに座りながら鍋なのよ」

「同感だエリカ」

「流石にソファーを解体して別のところに運ぶとかできないぞ」

「けど伍長さんは器用だから組み立てられるけど」

「多分俺がやったらベッドができるぞ」

 

エリカとまほは何故ソファーに座りながら鍋を食わねばならぬ、と抗議するが俺は淡々と自論を述べる。確かに俺も工具でソファーを解体してしまおうと考えたが、実はこのソファー非常に高価なものであることが判明した。それを解体して無事組み立てられなかったら弁償騒動だ。しかも、俺の寝床もなくなるので寝袋生活になってしまう。

まあ、やや屈みながら鍋を取ることになるが問題は特にないだろう。

 

「さて、お前らが来る前に実は鍋を仕込んでおいた。食べるか」

「そうしましょう。私はハンバーグ屋に行こうとした瞬間にアンタから電話が掛かってきたからお腹が空いたわ」

「私も何も食べてないからお腹空いたよね」

「そうだな」

「んじゃ開けるぞ」

 

エリカはハンバーグ屋に行けなかったことに関して未練たらたらであり、俺を軽く睨んだ。だが俺はそんなことお構いなしに蓋に手を伸ばす。蓋は熱で熱いのだが素手でも大丈夫な温度でそのまま蓋を開けた。

 

蓋を開けた瞬間に湯気が一斉に飛び出して天井目掛けて立ち上る。同時に匂いも部屋中に充満しだした。鍋の中には肉が食べごろだと知らせるように色が変わり、野菜はきちんと火が通っていたので鮮やかな色に変わり柔らかくなっている。豆腐も崩れていない。最高の状態だ。

この宝箱のような光景にまほは生唾を飲み込み、みほは感嘆の声を上げる。エリカも一見、無関心を偽っているが目は一向に鍋から離せずにいた。

俺は四個の皿に汁と一緒に具材も載せていき、煌めく野菜と芯まで通った肉はまさに財宝そのものである。

 

「な、なんか鍋なのに鍋じゃないように思えるのは何故だ?」

「……わかるよお姉ちゃん。鍋ってこんな感じだっけ」

「ふっ、あいにく俺は東北出身だ。鍋はなじみ深い。それに今はカセットコンロがあるから火の調整は楽にできるから現状の状態にするのは容易い。なにせ俺の時は囲炉裏だったからな」

「以前料理を見せてもらったけど、男が作りました感が異常だったわ。だけど何故鍋になるとここまで昇華できるのかしら」

「そりゃあ情熱だ。内地に居たころは冬によく仲間と一緒に鍋を囲って食らいあったものだ。上官にバレないように兵舎から抜け出したのを覚えている」

「さらっと軍規違反自慢するのやめなさいよ」

「大丈夫だ。万が一バレたらその上官も手籠めにしてしまえば解決だ」

「なにやってんのよ!」

「金か酒か鍋のお裾分けさえすればいい」

 

実際この方法は役に立つ。一番効果があるのは金だ。いくら上官といえども農家出の者が多い。そして彼らは貧困する実家に金を送り続けていることを俺は知っていたのだ。弱点を狙って交渉するのは悪いことだと感じるかもしれないが、相互の利益になっていることを忘れてはならない。

……まあ国に奉仕する公務員が仕送りの金を求める事態かなり危機的状況なのだが。実際、犬養毅首相を殺害し内閣の大臣を狙った二・二六事件もそれが由来だからな。

 

「……そういや伍長さん。確か夜分遅くに歓楽街へ繰り出していたと門下生から聞いたのだが。何をしていたのだ?」

「……お姉ちゃん?」

「流石に答えないよねアンタ!」

「山猫と遊ぶためだ。そしてまほ、もしお前が結婚して旦那がそういうところに行ったという噂を聞いたのなら見て見ぬ振りをするのが一番だ。覚えておけ」

「わかった」

 

胸を撫でおろし安堵するエリカとみほ、そして俺が言った意味がわかっていないのか疑問符を浮かべて首を傾げるまほ。ちなみに山猫という言葉は遊女という意味の隠語である。軍隊ではこのような隠語を学ぶことができるからな、必要になった場面なんて無いが。

三個のコップにジュースを入れて彼女たちに手渡し、俺は缶ビールの蓋を開けた。飲み口を開ける音と空気が抜ける音を出る。

 

「乾杯でもするか」

「乾杯って仲間内で何度したのかしら」

「うーん五回くらいかな?」

「まあ良いことだから気にすることはないぞエリカ」

「……まほ隊長が仰るなら」

「高校では隊長ではない、適当に呼べ」

「いいえ! まほ隊長は私の中では永遠の隊長です!」

 

俺らはコップもしくは缶を掲げて軽くぶつけ合い、俺は大声で何に対しての乾杯なのかを言う。

 

中学戦車道優勝(・・・・・・・)おめでとう! 乾杯!」

「「「乾杯」」」

 

それはみほとエリカが所属している戦車道のチームがこの前の中学戦車道大会で優勝したことを祝うものであった。昔から黒森峰学園は戦車道が強く、日本では王者として君臨していた。

何故ここまで強いのか、それは西住流が支援しているからである。西住流と黒森峰はいつの時代からか提携関係を結んでおり、西住流全体の門下生のうち黒森峰出身者が二割を占める。しかも黒森峰学園は戦車道世界大会に選抜された選手の多くが黒森峰出身である。

 

「いやー嬉しいな。お前らが隊長として腕を振るい活躍して優勝するとは、なんて素晴らしいことなんだ」

「そ、そうかなぁ」

「当然の結果よ。西住流の教えを守り個の力より全体の力を重視すれば勝手にこうなるわ」

「そうかもしれないな。だがエリカやみほの指揮がなければ、いくら統率や全体の力が勝っていても勝つことは難しい。二人ともよくやってくれたな」

「ま、まほ隊長……! このエリカ、歓喜の極みでございます!」

「お姉ちゃん……」

 

俺から見たら戦車道の試合なんてわけのわからないことだらけだが、彼女たちが全力をもって戦っていたことははっきりとわかる。特に普段おどおどしているみほが指揮するときになると人が変わったように凛として的確な指示を送る姿は昔のわんぱく少女とは違って新鮮味があった。

そして意外にエリカも攻勢を仕掛けるときに活躍していたな。攻勢も一度しくじれば兵力を消耗し蹴散らされるというパターンがあり普通なら尻込みするのだが、エリカはそれを了承の上で攻撃をする度胸も中々に良い。

エリカは攻撃でみほは防衛、なんて素晴らしい矛と盾なのだろうか。

 

「食え食え! たくさん飲んでしまえ! 俺の奢りだ!」

「いいのか伍長さん」

「あぁもちろんだ! めでたいのだから当然だろう!」

「伍長さんありがとう!」

「……まあこういうことも悪くないわね」

 

やっぱり鍋は囲んで食べた方がいいのだ。独りで淡々と食べる鍋は美味くは無いし、寂しい。ドンチャン騒ぎをしながら楽しく飯を食べるのが一番の娯楽かもしれないな。

俺は鍋を突き合い、鍋の具材を取り合う彼女らの姿を見て思うと、不意に目頭が熱くなり視界がぼやけていく。

……あぁクソ、酔いがまわるのはあまりにも早すぎるぞ馬鹿野郎。まだ一本ビールを開けただけだろうが。

俺は手にしていた缶ビールを一気飲みして中身を空にする。そして予備の缶ビールを取り出して蓋を開けると、皿に盛った具材を口にした。だし汁が豆腐や野菜に染みこんでいて美味い、そしてカモ肉も弾力があって美味だ。皿の中身を空にすると俺も鍋の具材をよそい始める。

 

「ほらほら早くしないと無くなっちまうぞ」

「ちょっと肉取りすぎよ!」

「安心しろ、まだ肉はある。入れればな!」

「なあ伍長さん。カレー鍋もいいと思うんだが」

「カレー鍋はカモ肉に合わないから今回はなしだ」

「むぅ」

「お姉ちゃんカレー大好きだよね」

「当たり前だ。カレーは主食ってインド人のカレクックさんとダルシムさんも言ってた」

「誰だよカレクックとダルシムさんって」

「カレクックさんは頭にカレーライスを載せていてダルシムさんはヨガの達人だ」

「前者に至ってはカレールーを飛ばす残虐なプロレス技を仕掛けそうだ。そして後者に至っては関節外したり火を噴けそうだな」

 

こうして俺たちの鍋パーティーが始まった。

 

「あはははっ! 懐かしいな、みほのやつが田んぼによく落ちてしほ殿に叱られてたな」

「もう伍長さん!」

「確かあの後に伍長さんも落ちてなかったか」

「みほが俺の手を引っ張ったのが悪い」

「みほ、アンタ話には聞いていたけどそんなにヤンチャだったのね」

「ち、違うよ! 私は友達と一緒に遊んでいるうちにそうなっちゃっただけで!」

「そういやみほって男友達多かったよな」

「大半が男子だった覚えがあるぞ、私」

「もうお姉ちゃんに伍長さん!」

 

昔のみほの話だったり、まほとみほが子供のころに俺に仕掛けた悪戯の話で場は盛り上がっていた。ちなみに俺に仕掛けた悪戯というのは、何処からともなく持ってきた春画集を居間の机に置いたというもので、その時は俺しか西住家に男がいなかったため必然的に犯人に仕立てられた。

その際、しほ殿から軽蔑の目で俺を睨み、俺は数刻ほど体が動かなかった。まさに蛇に睨まれた蛙である。

 

しかし、流石にやりすぎたと察したのかみほとまほが自らがした悪戯だと自首し俺は免罪ということで許されたのであった。補足として、その春画集は何処から持ってきたのかというとそれはしほ殿の旦那の常夫さんであった。常夫さん、いくらなんでもSM本はバレないところに隠してくれ。

 

「酒が美味いなぁ」

「……伍長、アンタ何本飲んでるのよ」

 

鍋を楽しむこと二時間、鍋に入れる具材や汁ももうない。さきほどお米を入れて食べてしまった。すっからかんになった鍋を片付けないでそのままにしていた。

エリカからの問いに俺は床に転がった缶ビールを指先で指しながら数えていく。

 

「あっ? えーと、五本だな」

「飲み過ぎじゃないの」

「あはははっ! 馬鹿野郎、俺はまだまだ飲めるぞ!」

 

そう言って俺はふらつきながらも立ち上がり、若干千鳥足になりながらもテレビの影から四合瓶の日本酒を取り出した。この日本酒は少しばかし高級な酒で味も上品な逸品。得た経緯はしほ殿からの仕送りとして送られたのである。ありがたい限りだ。

俺はその四合瓶を手にソファーに座り、高級酒を贅沢にラッパ飲みで飲む。口当たりの良く滑らかな酒が喉を通っていく。もう止められない、このまま一気に飲み干してやる。

 

「げえっ!? やりすぎよ!」

「……あー、伍長さんの悪い癖だ。調子に乗って羽目外しすぎて明日動けなくなるパターンだ」

「ちょっとみほも傍観してないで止めなさいよ!」

「いや無理だエリカ。ああなってしまった伍長さんはぶっ倒れるまで飲むぞ」

「あ、ああいう大人にはなりたくないですね……」

「伍長さんに見習いたいところはあるのだが、これは嫌だな」

「うん、すごいわかるよお姉ちゃん」

「だがな、ああいう状態になるってことはだな――――――」

 

まほが言葉を紡ごうとしたとき、俺は突然ラッパ飲みをやめた。俺は金属の蓋を閉めて四合瓶を床に置くと、脱力してソファーに眠り込んでしまった。いびきを立てずにすやすやと眠る光景は、さながら電池の切れたおもちゃのようである。

 

「爆睡する一歩手前の証明なんだ」

「……えぇ」

「しかもずっと眠りっぱなしだよね」

「そうだな、朝まで起きない」

 

この状態に移行した俺に慣れていたのか、食器や鍋を片付け始めるまほとみほ。エリカは困惑した面持ちで二人を眺めている。エリカは何度もこの光景を見ていたのだな、と察した。

実際に俺と常男さんで飲み合いをするのだが基本は男衆は寝落ちして、片付けなどはしほ殿と西住姉妹が行っていた。しほ殿が直々に起こそうとしても、俺と常夫さんは眠りが深くずっと眠りっぱなしで起きないのだ。

そして、たちの悪いことに翌日は絶対に二日酔いになりその日一日の行動が制限されるのだ。その状態で剣道をやろうものなら、たちまち門下生たちのサンドバックにされる。すると散々生徒に打たれると俺は気分が悪くなり、半日中トイレに籠るという事件も起きた。

 

この経験から禁酒法が西住家内で制定されたのだが、俺と常夫さんの士気が目に余るほどに低下して支障をきたしたため数日後に撤回された。

酒を飲んでも呑まれるなとはまさにこのことである。

 

 

「……まだ時間は九時を回ったあたりなのね。隊長、私がお菓子買ってくるので女子会でも開きませんか?」

「女子会か別に構わないが」

「わかりました。何が欲しいですか?」

「カレースナックだ」

「いつものですね了解しました。みほは欲しいお菓子あるの?」

「じゃあコンビニ限定ボコのボコボコチップスを頼めるかな」

「本当にボコ好きねアンタ。まあ買ってくるわ」

「よろしくねエリカさん」

 

エリカは上着を羽織り、お菓子を購入するために学校を出る。今宵は満月なのだが、雲が厚く満月が隠れてしまった。いくら満月の月光が普段より明るくても、雲に隠されては無意味だ。

エリカは慣れた足取りでコンビニへ向かう姿を、背後からハイエースに乗った三人の男が睨んでいた。

 

「……アイツでも構わないか。ターゲットの名簿にあの女が当てはまる」

「よっしゃ、実行するか」

「絶対に成功しろよ。そうじゃないと俺らがあの人に殺される」

 

運転席の男を除き、二人は背後からエリカへと近づく。そしてポケットからスタンガンを取り出して彼女の首元に当てる。彼女が当てられた感触に気付き、声をあげる前に男は電流を流すスイッチを押して電流を彼女に流し込んだ。

 

「ッ!?」

 

卒倒し徐々に意識と力がなくなるエリカをスタンガンを持っていない方の男が背負い、そのまま車内へと帰っていった。現場には何の証拠も残されてはおらず、ハイエースは暗闇を走り抜ける。

 




ハイエースは誘拐の象徴(偏見)


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透明な夢と殺意

前の話で誤字が酷かったため初投稿です。
SM本をSN本と間違えたりしてました。(訂正済み)
何故fate本になったのか、これがわからない。


……今度はこの夢か

俺はため息を吐きながら見慣れた風景を見渡すと、周りには何処にでもありそうな民家と田んぼや畑の存在があった。稲は収穫期を迎えたので黄金の種もみが風で揺れて、大海の波のようにうねりだす。まさしく黄金の波だ。

 

少し歩くと目の前に若い()が居た。小さな駅の駅前で佇む俺の恰好は大きめの麻袋を肩に掛けて戦友から借りた帽子を被っており、清潔感を表すために白いワイシャツに黒のズボンを穿いている。そして片手にはお土産ともいえる紙袋を所持していた。

確かこの場面は村を出て五年が経過した頃で、ちょうど軍の休暇申請書が認可されたな。

俺が過去の俺の目の前にひょいと現れても、過去の俺は俺のことが見えていないのか表情を微塵も変えない。声を発しても反応はない。……まあ予想はしていた。

 

過去の俺と俺はバス停でしばらく待つと本日の最終バスがやって来て、それに乗車した。俺も姿を見られないなら、と考え俺も乗車した。完全な無賃乗車である。

車内には俺と過去の俺以外の乗客は見受けられず、過去の俺は適当な席に座り、俺もその隣に座り込んだ。バスの扉はゆっくりと閉まり、ゆっくりと動き出した。道路はろくな舗装が成されていないため、道中ひっきりなしに揺れている。しかし、過去の俺は懐かしの故郷に胸を高鳴らしていてずっと外ばかり眺めていた。

 

俺は当時の若い俺の純朴さを羨ましく見つめる。戦場で身を汚してしまった俺が失ったモノの一つが純朴さだからだ。当時まだ誰も殺めていないその手は瑞々しく綺麗であるが、その点俺の手というものはボロボロでなおかつ乾燥していて醜いありさまだ。

バスは荒れる道を進んでいくこと五十分、最後のバス停に到着した。

 

「こちら終点です。お忘れ物のないようにしてください」

 

運転手の声が車内に響いた後に扉が開いた。外へ出てみるともう夕日は沈み辺りは暗い。そこは森に囲まれているため辺りは鬱蒼としていて不気味だ。過去の俺は唇を吹きながら麻袋の中から懐中電灯を取り出して慣れ親しんだ道を力一杯踏みしめて進んでいく。バス停から二十分歩いたところに村があるからだ。

 

だが山道を進んでいる最中、一人の竹籠を背負った老人と遭遇した。俺はこの老人を知っている。この人の名前は権蔵さんで子供の頃によく竹とんぼや竹馬を作ってくれた。権蔵さんは過去の俺の顔を見て驚嘆の声をあげる。

 

「おおっ!? ###。生きていたか!?」

「権蔵さん久しぶりです」

 

権蔵さんが俺の本名を呼んだ瞬間に名前の代わりにノイズが耳に響き始め顔を顰める。ノイズは俺の本名を聞かせまいと全力で抵抗している様子だ。俺の本名をやっと知ることができるという好機がこのように妨害されるのは無性に腹立たしいことだ。俺は舌打ちを鳴らし、足元の小石を蹴飛ばした。

 

「両親が結核で死んでから何年も経過していたが、大丈夫だったのか?」

「まあなんとか。今は軍隊で働いています」

「そうか。……ここだけの話、村の誰もがお前のこと死んだと誤認していたぞ」

「まあ運よく結核に感染せずに今日まで生きていましたし、死んだと思われても当然」

「どうだ###、今日はうちに泊まって酒でも飲まないか?」

「そりゃあいい。喜んでいきましょう」

 

懐かしい会話だ。当時の俺は軍歴も浅くて殆ど酒を飲む機会がなかった。だからこの時の俺は酒が飲めるだけで喜んでいたな。いくら橋の下で暮らしていた時期があったとはいえ、この頃は軍規に従っておとなしくしていたからな。

 

「いいぞいいぞ。日本酒に焼酎も出してやるからな。なんせ、天皇陛下をお守りする兵士だからな!」

「大袈裟だな権蔵さん。近衛兵じゃないですよ俺は」

「立派なお前の姿を雪子さんに見せたかったのう」

「……はっ?」

 

二人の会話を俺はどこか寂しそうに一度行われた会話を聞いていると、権蔵さんが衝撃的なことをポロリと零した。その内容を聞いた過去の俺は笑顔から真顔へと移る。きっと過去の俺は権蔵さんの言葉の意味がわからなかったのだ。一度経験しているから断言できる。

その反応を目にした権蔵さんはバツが悪そうに顔を崩して沈黙する。錯乱した過去の俺は手にしていた紙袋と懐中電灯を離し、権蔵さんの肩を掴むと前後に揺らし始める。懐中電灯のガラスが割れて地面に散乱する。

 

「それってどういうことですか!? 雪子に何かあったのですか!?」

「……お前さんはわからないよな。当たり前か」

「教えてくれ! 雪子がどうしたんだ!?」

 

感情が高ぶる過去の俺に対し、今の俺は冷静かつつまらなさそうにこの光景を俯瞰していた。今までの夢は自分が体験したことを再体験できるだけで、どう足掻いても結末は変わらない。そして今回の夢は相手が俺自身を認識できず、こちら側からも接触することができないのならなおさらだ。

権蔵さんは決意を決めたのか、重々しく短めに言葉を紡いでいった。

 

「……雪子さんは五年前に死んだ」

「……嘘だ。だって雪子はあんなに元気だったじゃないか!」

「病気だよ。雪子さんは生まれつき病弱だから」

「もしやその病気は結核か!? 俺ら一家が彼女を殺したのか!?」

「早計すぎるぞ###。彼女はお前さんが出てから翌年に風邪を拗らせてしまってな、そこから体調が悪化の一途を辿ったのだ」

「そ、そんな……」

 

過去の俺は愕然とした表情を浮かべると、権蔵さんから手を離し膝を地につけて俯いた。その姿はまるで電池の切れたおもちゃのようだ。過去の俺の目は虚ろで、想い人の死という現実を受け止めきれずに何度も戯言を小さく呟いていった。まさにそれは呪詛そのものだ。

その姿を見た権蔵さんは優しい声色で声をかける。

 

「明日お前さんを雪子さんの墓へ連れていってやる。もう暗い、今日はわしの家に泊まれ」

「……ありがとうございます

「……構わんよ」

 

権蔵さんは無理やり過去の俺を立たせると持ってきたお土産を片手に持つ。そして過去の俺の手を引いて彼の家へと連れていく。

その場に残されたのは透明人間となった俺と壊れた懐中電灯のみだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……つまらない夢を見せやがって」

 

先程の夢に苛立ちを覚えながらゆっくりとソファーから体を起こす。目の前のテーブルには何も置かれていない。俺は左右を寝ぼけ眼で見渡すとみほとまほがテレビを見ていた。

……そういえば、みほたちと鍋を食っていたんだっけか。

何があったのかを整理しようと立ち上がった時、コツンと足の指先に硬いものが当たった感触を覚える。ふと足元を見ると足元には酒の空き瓶が転がっていた。

……そりゃあこの量を飲んだら寝てしまうな。くそ、久しぶりに羽目を外しすぎたせいで頭が痛い。

 

二日酔いで苦しんでいるとみほが物珍しそうにこちらを見つめていた。

何故起きただけの俺をそのような視線で見るのかが理解不能だ。俺が彼女に理由を訊く前に、彼女がその答えを言った。

 

「本当に珍しいね、伍長さんが爆睡してから起きあがるなんて」

「本当にそうだ。母さんが何度叩き起こそうとしてもすやすやと寝息を立てて寝ているのに」

「まさに冬眠中の熊って感じだよね」

「なるほどそういうことか。俺だって起きるときは起きるぞ、失礼な」

 

理由を知った俺はみほたちの人外のような意見に不満を抱きつつも壁に掛けられた時計を確認する。ちょうど短針が十と長針が六を指している。つまりは十時半だ。変な時間帯に起きてしまったな、と頭を掻いているとこの場にいないエリカの存在に気が付いた。

 

「そういやエリカはどうした。帰ったのか?」

「いいや。お菓子買いに行ってくるって出てった限り帰ってこなくて」

「少なくともエリカさんは途中で帰るような人じゃないですし」

「……エリカはここから出て何分経つ?」

「……一時間半」

「エリカを捜しに行ってくる!」

 

二日酔いで痛む頭を瞬時に叩き起こしてから軍服を羽織り、追加で携帯電話と陸王の鍵を持った俺は用務員室のドアに手をかけた。

その時、俺の携帯電話から着信を伝える音楽が流れる。ポケットから携帯電話を取り出して電話の相手を確認すると、その電話先の相手はエリカであった。

無事であることに胸を撫で下ろした俺はそのまま携帯電話を開き、相手と対話ができる通話ボタンを押した。

 

「何処に行ってたんだよエリカ。みほとまほが心配していたぞ」

『―――――お初にお目にかかります』

「……誰だテメエ」

 

聞こえてきたのは高くてよく響くエリカの声ではなく、低くどこか殺伐とした口調の男の声であった。この謎の男の声を聞いた俺は思わず身構え、敵意を部屋にまき散らす。俺の雰囲気が変わったことに気付いたみほとまほは俺の方へ心配した視線を向けている。

 

「テメエ、その携帯の持ち主をどうした」

『はっ、おまんも薄々わかっとうはずじゃ。携帯の持ち主のエリカっちゅうアマは攫わさせてもろうたぜよ』

「……お前、やりやがったな。このクソ野郎が」

『怒るか、まあ当然じゃき。おまんの恋人を攫ったんじゃからねゃ』

「お前高知の者か。その喋り方は隊内で聞いたことがある」

『どだいその通りぜよ。そういうおまんも宮城とかの東北地方出やか?若干だが訛っちょる』

「そうだ。さて本題に移ろう、さっさとエリカを返せさもなくば……」

『さもなくば、何じゃ?』

 

 

 

殺すぞ

 

 

 

俺の殺気と怒気を誘拐犯に対し最大限詰め込んだ脅迫は場の空気を氷結させた。これほどまでの殺気はまほとみほには初めての体験だったためか、無意識に彼女らは硬直し、なおかつ悪寒が体中を駆け巡る。

 

何故なら彼女らは今まで俺のこの狂気的ともいえる一面を垣間見ることはあっても、ここまで剥き出しにしたものは見たことはなかったのだ。

なお、その原因である誘拐犯は俺の態度をカラカラと揶揄(からかい)いながらも呑気に彼女を攫った場所を教える。この男は俺の威圧が効かず、さらに俺をイラつかせる要因となった。

 

『場所は西地区の第三空き倉庫ぜよ。そこで待っちょる。おまん一人で来いや、ほんならまた』

「……」

 

ツーツーと電子音が聞こえる。男が電話を切った証拠だ。

俺は携帯電話を握りしめたままその場に硬直する。みほたちには一見俺が息を整えて冷静になったと感じるかもしれないが、実際にはどのように誘拐犯をぶちのめすこと以外の思考は俺の脳内にはなかった。

 

俺は掃除用具入れから以前プラウダ学園に居た時に購入した模擬刀を腰に取り付けた。毎朝この模擬刀で素振りやらの鍛錬をしているため柄に巻かれた紐はボロボロだ。だが、これだけの装備で相手を打倒することはできないと考えて、みほとまほにとある物を要求した。

 

「みほとまほ、お前らにやった拳銃と軍刀を貸せ」

「えっ。流石にそれはマズいんじゃ……」

「威圧のためだ。使用はしない」

「……伍長さんごめんなさい。拳銃は海上だと湿気で劣化すると思って家にあって」

「であるか。まほ、軍刀は?」

「……軍刀は私のロッカーにある」

「そうか。ロッカーの鍵は掛かっているか?」

「いいや。場所は一年一組の出席番号二十三番です」

「わかった。借りるぞ」

 

まほから軍刀の在りかを聞き出した俺は勢いよく用務員室の扉を開けた。ピシャンと扉は音を立てて開いて廊下中に響くも、その音を聞く者は誰もいない。校舎全体が生徒がいない空虚な建物へと変わっているからだ。

俺はエリカを攫った者に対する制裁を思考しながら軍刀の在りかへと足を進める。瞳には殺意の炎を轟々と燃やし、その姿はまさに鬼や悪魔ともいえた。もうみほたちの知る俺ではなかった。

 

みほとまほは不安そうな表情を浮かべつつも、エリカが無事に帰ってくることを祈る。そして同時に俺が人としての道を踏み間違えないようにも願った。

はたしてその祈りは誰が受諾し誰が叶わせるのかは誰もわからない。

 




暴力装置伍長爆誕

補足として伍長がまほやみほに預けた物にはきちんと許可証が添付されています。
なお刃が研がれてあったり、実弾や弾倉は伍長が所持していて、もう明らかにやばいですね。
なお、ガルパンの世界で人に向けて射撃した者(みほ)もいる模様。


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木偶の坊から兵士への還元

今回はエリカ視点です。
他者から見た伍長という存在をどうぞ。
あと過激な描写があります。


「此処は……?」

 

意識を取り戻した私は視界がまだぼやける中、ゆっくり辺りを見渡す。辺りは室内であるがかなり広く、数人のガラの悪そうな男五人が一つの塊となって談笑している。そしてドラム缶や木箱が部屋のあちこちに置かれていて、やや埃臭いことから此処は今は使われていない倉庫なのだと考察することができた。

 

私は頭痛で苦しむ中、どうにか此処に来る前の出来事を思い出した。

…確かコンビニに行った時に背後からスタンガンでやられたんだっけ。早く皆の元に帰らないと!

体を動かそうとするも椅子ごと縄で束縛されているため動くことができない。椅子の脚すべてに庭の外壁などで使用されるブロックが紐で結ばれている。

 

「このッ!このッ!」

「おいアマぁ、無理に暴れちゃいかん」

 

縄を無理やり解こうと抵抗をするも、その抵抗を止めるように促す一人の男がいた。男の特徴としては年季の入った紺色の外套を羽織り、若草色のミリタリーキャップを被っている。そして何よりも特徴的だったのは腰に差された日本刀と脇差だ。

あまりに時代錯誤が激しい格好に私はなんやかんやで付き合いのある伍長のことを彷彿とさせた。

 

「はっ、そん縄はかなりキツメに締めちょるから切らなきゃ解けん。船で使われちょる結び方じゃからのう」

「ッ!」

 

目の前の男は私を馬鹿にするかのような嘲笑を浮かべる。その眼差しは人を不快にさせるもので見られれば見られるほど腹が立つ。私は怒りを込めた鋭い眼光を彼に向ける。彼はそれしか反抗ができない私を鼻で嘲笑った。

絶対に縄を解いたらすぐさまアイツの顔面に拳をめり込ませてやるんだから…!

 

にしても何故私が誘拐されなければならないのか意図が分からない。誘拐ということなら家族に身代金でも要求するのかしら……。

誘拐された理由を考えているのを男は察したのか、低俗な笑みを浮かべながら訛りの入った口調で理由を話し始めた。

 

「何故おまんが拉致られたか、と考えとるやか」

「……そうよ。どうせアンタら犯罪者のことなんだから身代金狙いの大金でしょ。ミステリーやら現実でも定番の展開だわ」

「金なんぞいらん。わしが望むのはただ一つ」

「あら意外ね。見るからに学識の無さそうな人だから政治的要求じゃないと踏んでいたのだけど」

 

私は相手を馬鹿にするように両目をつぶり、彼を煽った。せめて口だけでも抵抗してやるんだから。

しかし、この男を軽視した発言をし終えた後に首元に冷たい感触が突然伝わる。私は恐る恐る視界を開けてみると男の持っていた日本刀が首元に当てられていたのだ。私は思わず短く悲鳴を上げてしまった。刀の腹で当てられていたからこそ痛覚そのものは感じさせなかった。

 

「ひっ!?」

「……今度わしを馬鹿にしたら人質であるおまんを容赦なく殺す」

 

抜刀時の音すら聞こえさせなかった抜刀の動作と異様ともいえる男の威圧に私は気圧されてしまった。首元に添えられた刀からは伝わる殺気は本当に殺す気なのだと察せられるもので、私はこの男に対して恐怖心を覚えてしまった。平時の態度を保とうと落ち着かせようとするも、情けなく足元が震え出した。

いくら戦車道で精神を鍛えていたとはいえ、本当の殺気には叶わない。涙が瞳から零れ落ちそうで、なんとも情けない。皆には見せられない姿だ。

怖がる私に満足したのか男は刀を納刀し、にたりと笑う。

 

「はっ、身の程を知れ。所詮はおまんもそこらの女子と変わらないことを知ったか」

「くっ……」

「涙目で睨まれても怖かない。ほんなら、わしが求める要求は何かを教えてやるちや」

 

男は顎に手を当て、無精髭を撫でながら私を攫った真相を話しだす。要求が叶ったその後のことを男は何も考えていないのか、口角を上げている。恐れというものを知らないのかと私は疑った。

 

「伍長、おまんらと仲良くしちょるあの男を殺す。それがわしの望みじゃ」

「なっ!?」

 

そして男の口から紡がれたのは伍長の殺害というかなり衝撃的な内容で、聞いた直後私は目を見開いて驚嘆の声をあげる。それもそのはず、ただ金や政治的要求といった一般的な要求とはかけ離れた要求なのだから当然である。

だけれど何故アイツが殺されなければならないのか私には意味がわからなかった。もしかしたら私とアイツが出会ったあの出来事がきっかけなのだろうか。となると道に迷った私が原因となる。

……私がアイツを巻き込んでしまったの?

 

自責の念に駆られる私に彼はさらに追撃をかけるように言葉を言い放っていく。

 

「わしはな、あの自誅事件の犯人ちや。何人もこの手で殺めちゅう剣の天才じゃ、いくら軍隊あがりの男けんどなんちゃあない。必ず殺してやるぜよ」

 

私は男の瞳に潜む殺意と闘志を垣間見て本気なのだと察した。首に刀を添えられた時に抜刀の音すらも聞こえなかったことから、彼は本当に天才なのだろう。しかも自誅事件の犯人なら人を殺すのにも躊躇いはない。こんな残忍な人間に腕っぷしだけが強い伍長は勝てるのだろうか?

喧嘩は強くても殺し合いとは別ベクトルの話にもなる。呑気に花に水をあげていたり、バカみたいに陽気な態度を常に振舞い、人一倍優しい心を持つアイツが果たして勝てるのだろうか?

嫌でも私はアイツがこの男に勝てる確率は非常に薄いと分析してしまった。それに無残に殺されていく様子を想像してしまい、顔が青ざめて吐き気を覚える。

 

「おうおう、どだい白うなりよって何じゃ。伍長ちゅう男が殺されるんのを想像でもじゃか」

「う、うるさい……伍長はアンタなんかに……ッ!」

「どうだか。そろそろアイツも来る時やか?」

 

男が携帯電話に内蔵されたデジタル時計を私に見せつけてきた。時刻は十一時を指している。私が気絶させられたのは十時になる前と考えると少なくとも一時間は気絶していた計算になる。学校からこの倉庫まで距離は離れていなかったはず。何故断定できるかというと、倉庫は一か所の地域に集中して作られているからだ。

伍長に助けてもらえると希望を持つが、希望を覆い隠すように殺されてしまうかもしれないという不安と心配、そして恐怖が私の胸中を占める。思わずこの辻褄の合わない感情に顔を顰めた。

 

すると男の望み、または私の助けを求める声に呼応したのか正面の金属でできた扉が音を軋ませながら開いていく。男は伍長が約束を守ったことに何かしらの感情を抱いたのか、刀の柄に手を乗せた。一塊となっていた男の手下たちもバットや鉄パイプを持って扉に視線を向ける。

金属の扉は完全に開ききる。しかし一向に開けた本人の姿を表さないでいた。

 

扉が開いた原因は風かしら? いや、風ぐらいではあの扉は開かないはず。だったら何で?

私は思考を巡らせていると、ようやく開けた当人の姿が見えた。

 

 

時代錯誤が激しい服装でなおかつ左腰には一本の刀取り付けて背中に一本の刀を背負い、色があせ始めた帽子のつばで顔の目元まで隠している。この恰好をする物好きなどアイツしかいない。私は希望と絶望を込めた一声を放つ。

 

「伍長!」

「……」

 

伍長は倉庫内を見渡すとこちらに向かって歩み寄ってくる。しかし手下たちはアイツの行く手に立ち妨いで、メンチを切ってていた。伍長は手下たちよりも背が低く、身長差があり手下たちの陰となっているのでこちらからは見えない。

 

「約束を守るとはいい男じゃの。殺しがいがあるちや」

「お前が電話の声の主だな」

「あぁ、わしぜよ」

「ならエリカを返してもらおうか」

 

その時、伍長の正面に立っていたと思われる男が大きく吹き飛んだ。空いた正面から伍長の姿が確認できて、アイツは拳を前に突き出していたことから殴り飛ばしたのだと理解できた。

 

「こんのッ!」

「調子に乗るな!」

 

他の二人も手にした得物で殴り掛かるが、それよりも早く伍長は相手の腹を殴ったり股間に蹴りを入れる。悶絶する二人を前に、内一人には顔面に膝蹴りを食らわせ、もう一人には意図的に鼻を曲げようと殴る。膝蹴りを食らった者はピクピクと痙攣をしながら仰向けに気絶し、鼻を殴られた者は鼻を抑えてうつ伏せになって悶えていた。なお、そいつが気絶していないのを確認した伍長は躊躇せずに後頭部を踏みつけて気絶させる。

 

この行動から生半可な覚悟ではやられることを察した手下の一人はポケットからバタフライナイフを取り出して切りかかるも、伸ばした腕はあっさり伍長に掴まれて柔道の代名詞ともいえる背負い投げを食らわされる。

 

「ガハッ!?」

 

背中を強く打ち、肺の中の空気が抜けて呼吸困難になる手下、さらに伍長は追撃を食らわせた。仰向けになって動けないでいる手下の顔面を力を込めて踏みつけた。踏みつけられた直後、腕が空を仰ぐように伸びるもすぐに落ちてしまった。

 

「ひっ、ひいっ!?」

 

最後に残る手下は尻もちをついて交戦しようという意志は消え失せていた。誰がどう見ても恐慌状態に陥っていたのだ。歯をカチカチと鳴らす音は距離が離れていても不思議と聞こえた。

 

「立てよ」

 

伍長は闘志をなくした手下の胸倉を掴み、強引に立ち上がらせる。大の大人を持ち上げる程の腕力と握力は相当なものだと伺える。アイツは無理やり立たせると、自身の顔を上に向けてから一気に振り下ろす。頭と頭が痛々しくぶつかる音が室内に響く。

額から血を流し、白目を剥いて上半身を晒している手下の胸元を手放した。まるで糸が切れた操り人形のように倒れ込んでいた。

 

「よくも仲間をッ!」

 

今度は最初に顔面を殴られた者がバットを持って襲いかかるも、振られたバットを腕で防ぐ。普通なら生身で攻撃を受けたため痛みで声ぐらいあげるはずなのだが、アイツは無言のままであった。

 

「な、なんだよお前!?」

 

アイツの異様ぶりに気がついた手下は後ろに退こうとするも、アイツはバットを引っ張って手下を自身の方へ寄せる。そして手下に強烈なアッパーを食らわせた。体がやや浮き、空中に白い歯が舞った。

なお前方に倒れ込む際に気絶中の不良の手が偶然、アイツのトレードマークともいえる帽子に触れて頭から外れた。

 

その時、私はアイツの顔を見てゾッと鳥肌がたった。

距離があってもわかるぐらいに目つきが鋭く、普段は黒目が大きくて温厚そうな眼から三白眼へと変化している。また雰囲気も大きく変わっており、陽気で人懐っこさがあった気配から冷徹で狂気の混じったモノへと変貌を遂げていた。

あまりの変貌っぷりに私は皆が知る伍長なのかと疑うとともに、アイツの本性を知って愕然とした。

 

「テメェもこいつらの様になりたくなかったら彼女を解放しろ」

「わしを騙そうとしても無駄ぜよ。どうせ解放してもおまんはわしを仕留めに来るばずちや」

「わかってたか」

「さて、どうせわしが勝つんじゃ。名を名乗らせてもらうぜよ」

 

男は刀を抜いて自身の肩に峰を当ててから、堂々と己の名前を述べる。勝利を確信して慢心しているのか、笑みを浮かべながら名乗る仕草は非常に腹立たしかった。

 

「わしの名前は岡田以蔵。そいて剣の天才じゃ!」

「……幕末の人斬りと同じ名前だな。さては復活したか?」

「はぁ? そげなこと抜かすなや阿保が、偶然に決まっておろうが」

「そうか」

 

それほど男の名前に興味がないのか淡白な返事を返す伍長。

伍長は呑気に落ちた帽子を拾うために俯き腰を屈ませる。すると、その行動を取ったのを確認した以蔵は剣を上段に構えて突撃してきた。確かに隙を見せたアイツが悪いのだが、それ以上に自分で戦うと明言していた以蔵が突如として斬りかかる姿に私は驚愕と怒りを覚えた。

すぐさま私は伍長に向かって危機を知らせる。そうしないとアイツがあっさり殺されてしまうと感じたからだ。

 

「伍長、前ッ!」

「死にさらせェーッ!!」

 

以蔵と伍長との距離は僅か二メートル、以蔵の刀の間合いだ。以蔵の刀は伍長の後頭部に振られようとするも、アイツは即座に帽子を片手で手にした後に、右の方へと横転した。横転して以蔵の攻撃を回避すると、アイツは隠し持つように所持していた銃剣を即座に太もも付近から取り出し、瞬時に立ち上がって以蔵の左腕目掛けて刺突を行う。

だが、以蔵も後ろにステップを踏んで距離を離すことで躱す。

 

一撃を外した伍長は銃剣を以蔵の右胸目掛けて投擲するも、以蔵は剣で難なく銃剣を弾き攻撃を防ぐ。再度攻撃を防がれた伍長は腰に取り付けていた刀を鞘ごと取り外して以蔵に横薙ぎを食らわせようとした。

 

「ちぃッ!?」

 

以蔵はどうにか剣でアイツの刀を受け止めるも、不思議と顔を歪ませて後方へ下がってきた。遠くで銃剣が地面に落ちる音が鳴る。ある程度距離の取ることができた以蔵は柄を掴んでいた手を一度緩めるような仕草をする。

 

「なんつぅ馬鹿力ちや……。手がちゃがまる」

「訛りであまりわからないが、痛いということだな」

「まあそういうことぜよ」

「今度は直接体に打ってやるよ」

 

そう伍長は言うと、持っていた刀の鞘を引き抜いて鞘を投げ捨てる。そして伍長は剣道で基本の体勢といわれる中段の構えを取った。以蔵は鞘を抜いたアイツを見て、突き刺すような眼光をより鋭くさせる。

……まほ隊長はアイツに剣道を教わったことがあるって言っていたわね。となると、アイツの剣道の腕前はかなりのモノ、じゃなきゃ西住流の次期家元に教えることなんてないしね。

 

「道場剣法でわしに勝とうなんぞ、阿保を抜かすなや!」

 

以蔵は姿勢を低くし、足を大きく縦に開き、利き脚であろう右脚を後ろに左脚を前にする。そして刀の峰を背中に向けるような上段の体勢を取った。その姿はまさに猪のようだ。

そして以蔵は一呼吸するとアイツに向かって突進を行う。低姿勢での突撃は下半身の全筋肉を用いているため恐ろしい程に速い。しかも姿勢が低いので攻撃箇所が限られる。

 

「チェストォッ!!」

 

以蔵は叫び声をあげながらアイツとの距離を縮め、また以蔵の間合いに伍長が入ってしまう。しかし伍長は動かない。勝利を確信した以蔵は剣を大きく振り下ろした。私はアイツが斬られてしまう姿をどうしても見ることができず、思わず目を閉じた。

嫌でも脳裏には数秒後、血飛沫を撒き散らすアイツの未来を考えてしまった。

 

「ふんッ!」

「ぶッ!?」

 

だがそれは杞憂に終わる。この以蔵の叫び声が聞こえ、私は開眼する。

何が起きたかというと、以蔵が己の間合いに入った瞬間に伍長は剣での攻撃ではなく脚による攻撃を行ったのだ。蹴りあげられた以蔵は鼻を片手で押さえながら後ろへ下がる。伍長は好機と察して接近、刀を以蔵の肩に打ち込んだ。

 

「ガアッ!?」

 

本来なら肩が切断されて戦いは終わりなのだが、アイツが用いたのは日頃から愛用している模擬刀だったのだ。そのため、以蔵は痛みに苦しみながらも片手で剣を振るうことができた。それに対応するため伍長は刀を構えなおす。

両者の刀と刀が衝突し、つばぜり合いになる。力ではアイツの方が勝っているため、以蔵は少しずつ押されていった。

 

「く、くぅ!!」

「おらああああッ!!」

「ち、ちィ!」

 

伍長は唸るような声をあげて以蔵を威嚇する。

アイツの気迫に押されたか、それともつばぜり合いでは分が悪いと踏んだのか以蔵は伍長を蹴って二人の距離を取る。蹴られてよたつく伍長だけど、即座に構えなおして以蔵を威圧する。以蔵も両手で剣を握りなおしてから睨みつけた。

 

この戦いの傍観者である私は二人の威圧と殺意に鳥肌が立ち、冷や汗も掻いていた。こんな殺意を丸出しにした以蔵と闘志を剥き出しにした伍長が戦うさまは、さながら獣の戦いともいえた。戦車道や他の競技では味わえない緊迫感は不思議と私を虜にさせた。何故、コロッセオなどの闘技場が人気だったのかが今にも説明できそうな程度に。

 

私はその時、とある一時の不安を抱いていた。それは自分が殺される、または伍長が殺されるということではなく、みほやまほ隊長の知るアイツが消えてしまうのではないか、と―――――――。

 




Q ガルパンは刀でチャンバラをする作品ですか?

A いいえ違います。


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死闘

今回もエリカ視点です。
あと残酷な描写もあります。


模擬刀を構えて呼吸を整える伍長に足を地面に擦って隙を伺う以蔵。流派は違えど達人同士の二人が放つ威圧感は何者の侵入を許さない。仮にその空間に足を踏み入れようものならどちらの陣営構わず斬りかかることだろう。

私は息を呑み込んで伍長の行く末を見守る。

 

「しゃあッ!!」

 

最初に斬りかかるは以蔵、刀で刺突するつもりなのか剣先を向けて伍長の胸元へと迫る。対してアイツも以蔵の攻撃を受け流そうと胸元を中心に刀を構え直した。

以蔵が刺突を繰り出すとアイツは突きを難なく受け流し、再度蹴り飛ばそうとする。

 

そんなことは見抜かれていたのか以蔵は後ろへステップを踏んで蹴りを躱すと伍長へ袈裟斬りをする。たけどアイツは以蔵の攻撃を自身の模擬刀で受け流してから後ろへ距離を取る。

 

「はっ、さっきから剣による攻撃が皆無ちや。そんなんでわしを倒せると思うたか?」

「なら要望に応えてやろう」

 

そう言うと伍長は上段の構えのまま地面を強く踏み込んで一気に以蔵との距離を詰める。どうせ振り下ろされるのは頭だろうと、以蔵は油断していたのかそれを刀を頭上へ構え、受け止めようとした。

 

だけど、放たれたのは面打ちと見せかけた胴打ちで模擬刀は以蔵の腹部へと迫る。いくら斬れないとはいえ鈍器としては用いることが可能。かなりのダメージが期待できた。

 

「なんちゃあないッ!!」

 

以蔵はアイツのフェイントに悪態をつきながら手首を半回転させて、刀をどうにか腹部の防御へ回すことができた。

 

「がはッ!?」

「やった!」

 

しかし、アイツはかなりの力を込めて打ったのか完璧に防ぎきることはできずに以蔵は押し負けて胴打ちが決まる。刀による防御である程度の威力は半減したとはいえかなりの威力。私はこの様子を見てアイツの勝利を確信する。

 

しかし、以蔵は胴打ちを食らいながらも刀を乱雑に振り回し、追撃を仕掛けようとした伍長を遠ざける。遠ざけた後の以蔵は膝を地については、口から嗚咽と涎を垂らす。

 

「こんの馬鹿力が、わしに膝をつかせよって!」

「知らねえよ」

 

痛みを怒気と憎しみに変えてふらつきながらも立ちあがる以蔵の姿を見て、伍長は何の感情を抱いていないのかまるで無機物を見るかのような視線を送る。この視線に以蔵はさらに激怒して先程までの余裕がなくなったかのように暴言を吐き始める。

数分前の大物ムードから小物ムードへ変わったことには正直失笑ものだけど、今はそんな皮肉を吐ける状態じゃないわよね。

 

「わしは天才じゃ! おまんみたいなボンクラとは格が違うんじゃ!」

「その天才が凡才に膝をつかされてるんだぞ。わかれよ」

「ほざけ! 今宵おまんの首は胴から離れてると思え!」

 

以蔵は袖で口元を拭ってから脇差も抜いて二刀流の構えを取る。アイツはその構えに見覚えがあったのか、ポツリとその流派の名前を零した。

 

「二天一流か」

「その通りぜよ。まっことわしの尊敬する宮本武蔵が作り出した流派、その身に味わえや!」

 

以蔵は右手に持った刀を振り上げながらアイツに接近するのに対し、アイツは手数で圧倒されると考えたのか自身の間合いに入った瞬間に以蔵の首元を狙って刺突をする。だけど、その突きは左手に持った脇差に弾かれてしまう。

以蔵の脳天目掛けて振り下ろされる刀に対し、アイツは両腕を即座に引いてから右に一歩ステップを踏んで躱そうとする。

 

「あっ!?」

「ちっ」

 

アイツはなんとか振り下ろされた刀を躱すも、完全に躱しきることはできず左肩を切り裂かれて、じんわり肩の布地が赤くなる。

さらに以蔵はアイツに追撃を仕掛ける。今度は脇差を細かく刺突や横薙ぎを行っていく。伍長は距離が詰められすぎていたため模擬刀による防衛ができずに、後ろへ下がりただひたすらに躱し続けていた。何度も攻撃を躱し続けているうちに、アイツの軍服の所々が切り裂かれて鮮血に染まっていく。

私はいつ攻撃がアイツに当たるのではないかとハラハラしていた。

 

「はははっ! ひさに躱し続けられるか!」

「クソがッ」

 

伍長は相手が刺突し終えた瞬間を狙い、以蔵の股間目掛けて蹴りを入れようとするも、それに感づき以蔵は二歩後ろへ下がった。伍長は脇差を吹き飛ばそうと模擬刀を剣先を地面に向けて、低く構えてから脇差目掛けて斬り上げる。

 

「そんな攻撃読めてるんぜよ」

 

脇差と刀をクロスした状態でアイツの斬り上げを防ぐと、以蔵は右手に持つ刀で横薙ぎを行う。模擬刀は脇差で抑えられているためすぐには引けないため、アイツは屈んで横薙ぎを躱す。その時、アイツが常に被っていた帽子が宙に舞う。

 

「さきの蹴りの返しぜよ!」

「ぐっ!」

 

屈んだ隙を狙ったのか以蔵は伍長の顔面に靴底がぶつかり、強く蹴り飛ばされた。だが、この攻撃のお蔭で伍長は後ろへ後転して距離を取ることに成功する。顔面に攻撃を受けたことで鼻から鼻血が垂れるもアイツは親指で流れていないほうの鼻の穴を押さえてから鼻から強く息を出した。

すると勢いよく鼻血が噴き出てきた後に服の裾で鼻を拭いてからは、不思議なことにアイツの鼻から鼻血は垂れなくなった。

 

「お前強いよ」

「当たり前ぜよ。わしはおまんよりも強い」

「時代が違えば歴史に名を残せる剣士になれたのかもな」

 

そう伍長はぼやくと自身の出血している箇所に手を当てる。そしてあろうことか血塗れになった手で前髪を掻き上げてワックス代わりに用いた。

 

「さあ本気は出さん。来いよ」

「……後悔させちゃるわ!」

 

伍長は以蔵に挑発する発言を発すると、まんまと以蔵は両手に得物を構えて接近してくる。対して中段の構えから何も動かないアイツ。以蔵はアイツに先程と同様の右手による振り下ろしをしようと剣を掲げる。

そして振り下ろされるのを確認するとアイツはニヤリと笑みを浮かべると後ろへ軽くステップを踏んだ。

 

以蔵の刀は伍長には僅かに届かず虚しく空を斬る。これを確認するとアイツは長物を握る右手に籠手打ちを打ちこんだ。手首に当たったことで以蔵は手にした日本刀を手放しそうになるも、気合いで握り直して、苦痛に歪む表情を浮かべながらも後ずさる。

なお伍長はみすみすこの好機を見逃す男ではない。籠手打ちから面打ちへと移り、以蔵の脳天に剣を振り下ろす。

 

「こんのッ!!」

 

脳天に当たる間際で以蔵は左手に持つ脇差で弾いて、アイツの刀の軌道を逸らすことに成功する。だが安堵するのも束の間、今度は以蔵の顔面にゴツゴツとした拳が飛んできたのだ。これには避けることもできず、以蔵は五メートル後ろへ吹き飛ばされた。

 

「顔面一発のお返しだ」

「く、クソが……ッ!」

「さっさと降伏するんだな。さすれば八割殺しから半殺しまでにしてやるよ」

「あやかしいこと言うなッ!」

 

睨みを利かせながら立った以蔵は脇差を納刀し背後に手を回す。すると背中からリボルバー式の拳銃を取り出して対面する伍長へと銃口向けた。

 

拳銃の大きさは小さめではあるものも、人を殺すのには事足りる。それにどう考えても近接武器と遠距離武器とで戦ったら遠距離武器の方が勝つ。また、殺傷はできなくとも相手の体のどこかに傷をつければ近接武器を扱う者にとっての障害となりえてしまう。

分の悪い相手に私は思わず冷や汗を垂らすけど、伍長に至っては顔の表情を一つも変えずただ以蔵を見つめていた。

 

「拳銃を使うのはおぼこいが、もう手段を問えやせん。死ねや」

「伍長!!」

 

以蔵は拳銃の引き金を引く、倉庫の中に無機質な銃声が響き渡った。短い銃身からは九ミリの弾丸が一発、伍長目掛けて突き進みアイツの頬を掠める。擦り傷から血が流れる。

普通は弾丸が掠ったとなれば慌てふためいたり動揺するのが世間一般の反応だが、アイツは何事も狼狽えずにただ模擬刀を構えてジッと見つめている。

 

動じないアイツを見た以蔵は余計に腹が立ち、三度も引き金を引く。弾丸はそれぞれ腕や脚、そして腹部に命中するもアイツは表情を一切変えない。

 

この様子にアイツに対して私は嫌なことに恐怖感を覚えてしまった。あんなにも平時では表情豊かだったのに対し、今では人形のように豹変し、感情がなくなってしまっているのだ。その姿はまさに義務的に殺害をこなす殺人マシーンそのものであった。

 

以蔵の拳銃に残された弾は一つ。以蔵は自身の射撃の腕を憎みながらアイツを動じさせることができる決定的な策は無いかと頭の中で模索しているようだった。

すると何かしら妙案を思いついたのか以蔵はニタリと笑みを浮かべると、突如として私の方へ拳銃を向けて発砲してきたのだ。

 

「うあっ!?」

 

以蔵が放った弾丸は私の頬を掠め、弾によって千切られた数本の髪の毛がパラパラ落ちる。傷口は熱い物を押し付けられたかのように熱く感じ、以前カッターで指を切った時の痛みとは別の感覚だった。

 

そして拳銃で撃たれたことによる恐怖で私は思わず目から涙を流して泣いてしまった。理由としては戦車道で砲声や銃声は慣れていたとはいえ本物はやはり違ったことや、私自身が殺されかけていたからだ。

この行為にはさしもの伍長も感情を取り戻したのか目を見開いていた。

 

 

「……やはりわしに拳銃は無理じゃか」

「お前、やってくれたな」

「あぁ? 聞こえんぜよ」

「お前やりやがったなッ!!」

 

この行為に腸が煮えくり返ったのか、伍長は倉庫内の空間全体を震えさせる程の怒声を発すると手にしていた模擬刀を投げ捨てて、背中に背負った刀を引き抜いた。倉庫の照明がその刀を照らすと、刀の刃が鋭く反射する。

 

「そん刀は真剣か、ほんならようやく本気だすつもりと!」

「もうテメエはぶっ殺す!何を言おうとぶっ殺してやるからな……ッ!」

 

先程の態度とは打って変わった伍長の態度に以蔵は両手で刀の柄を握り直す。アイツは犬歯を見せつけるかのように噛みしめ闘志を剥き出しにしながら、今までとは見たことない構えを取っていた。その構えというのは以蔵の左目に剣先を付け、やや刀身を右に傾けている。

その体勢に以蔵は言及する。

 

「ようやっと剣道から剣術に変えよったか。そいてそん構えは天然理心流」

「あぁ、新選組がよく用いた流派だ。では……行くぞッ!」

 

私の涙で歪んだ視界に写されるのは伍長ではなく鬼人そのものだった。

 




今回、以蔵が用いたのは日本の警察官も使用している拳銃です。
それと伍長の剣術はすべて我流です。それぞれの流派を履修していた戦友に教わり習得しました。


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白世界

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしましす。
またエリカ視点、そして途中から伍長へと移ります。


「さあ攻めてみい」

「……ッ!」

 

構えを取ってから一度深呼吸を行い、伍長は勢いよく以蔵に向けて突撃をする。真剣を持っているのにも関わらず、一切の躊躇がない。

 

伍長は手首を捻り刀を寝かした状態で突きを以蔵の首元目掛けてに放つ。以蔵はそれを弾き、袈裟切りを行おうとするがアイツは肩で以蔵に体当たりをする。小柄ながらも筋肉質な肉体が有する突撃力はかなりのもので、以蔵の体を退かせ姿勢を崩す。

これにより以蔵の間合いから外れた。

 

次にアイツは先程したように刀を寝かせた状態で突きと薙ぎを繰り出す。狙いは的確に人体急所の一つである首。首は皮が薄く非常に切りやすい、刃が一寸さえ届けば確実に相手の命を狙えるほどだ。

熾烈な攻撃を前に以蔵は頬や首に掠り傷を負いながらも体を反らして攻撃を躱していたり、弾き返していたりした。

 

「なめるなぁ!!」

「おおおおおッ!」

 

攻められてばかりの以蔵ではない。以蔵は屈んでは左脚を軸に回転し、アイツの足首へ刀を振る。刀が軍靴を捉えようとするも、アイツは飛び跳ねて刀を飛び越えて躱し、膝蹴りを姿勢の低い状態の以蔵に喰らわした。後方二メートル蹴り飛ばされるも以蔵は即座に体勢を整える。

 

数分前は剣道の試合などで見るような形式にある程度基づいて自己防衛に重きを置いた戦い方をしていたのに、今では映画や時代劇で見るようなただ殺すための殺陣を繰り広げていた。

 

この光景に私はもう何も言えなかった。言えるはずがなかったのだ。人と人とが狂いながら戦うさまに圧倒されて、私は眼前の狂気に怯えて傍観するしかないのだ。

 

「いッ!?」

 

あまりの回避率の高さに業を煮やしたのか、伍長は以蔵の片足を踏みつけてから首元に剣先を迫らせた。これでは回避するのは難しい。

 

「なんちゃあないッ!!」

 

だがしかし、アイツの出した突きは以蔵が左手であえて貫かせることで軌道を反らしてから、以蔵は片手に持っている刀の柄でアイツの額を何度も殴りつける。すると手を貫いた状態では以蔵の命を狙えないと考えたのか、アイツは刀を強引に抜き取ってから以蔵の足を離す。以蔵は脂汗を浮かせながらも、すり足で後ろへ後退して距離を取る。

 

一連の動作を最初から最後まで見ることは私にはできなかった。けどアイツが刀を左手から抜いた瞬間、以蔵が苦痛に悶える声をあげていたのははっきりと耳に届いてしまった。これが痛みに苦しむ者が発生する声なのかと耳を疑った。

 

「死ねッ!」

 

距離を離してから一息すると伍長は足を大きく開き重心を落とし背中に刀の峰を向けて構えてから、けたたましい猿叫を発しながら以蔵に突撃した。以蔵が前にした構えとほぼ同じだ。だが相違点としてはその迫力で、その姿は何人も人を殺めてきたのだと嫌でもわからせてくる。

 

以蔵は猛スピードで突っ込んでくる伍長に対し、血まみれの左手を柄に添えて姿勢を低くくして突きの構えを取るも、やはり片手に深手を負ったのが致命的になったのか以蔵の間合いに侵入した伍長になんとか突きを放つも、勢いが足りない。あっけなく顔を右に向けて躱され、伍長はそのまま剣を振るうとする。

必殺の刃を前に以蔵は歯を食いしばり、恐ろしいほど苦悶の表情を浮かべていた。

 

「もうやめてッ!!」

「!?」

 

人が殺す光景も殺される光景も見たくなかった私は、今なお剣を振り下ろそうとするアイツに向けて大声で叫ぶ。あの陽気な男が私の目の前で殺人犯となるのはどうしても嫌だった。ヘラヘラと笑みを浮かべて人の悲しみや喜びを分かち合える素直な人が冷徹な殺人犯として私の記憶に残りたくはなかった。だから私は恐怖に打ち勝ち声を発せられたのだと思う。

 

アイツに似合うのは殺意ではなく笑顔なのだ。

 

この掛け声を聞いた伍長はピタリと剣が以蔵の脳天目掛けて振るわれることなくぴたりと止まる。徐々に我に返ったのか、アイツは立ちあがり刀を手中から落とした。鋼の音が試合のリングが如く倉庫に鳴り響く。

 

「……そうだ。そうだったな。俺はエリカを救いに来たんだったな」

 

当初の目的を思い出し、傷ついた体で一歩一歩ゆっくりと私に近づいてくる伍長。顔には先の殺意や憎悪に怒りといった感情は無く、普段と変わらない様子で近づいてきた。一歩一歩踏みしめる度に赤い足跡を残している。

私はそんな伍長を見て寸でのところで殺人犯になることを阻止できたことに安堵すると、不思議と安心しきったのか涙がぽろぽろと零れ落ちる。安心しきって泣くなんて赤子のようだわ。

何故、私が泣いているのかを理解できない伍長は困った様子で頭を掻いている。

 

「さあ、みほたちのところに帰ろう。お前を待って―――――」

 

 

 

私の縄を解こうと伍長が腕を伸ばした瞬間、突如として伍長の腹部から刀が生える。何が起こったか理解できない私と伍長は大きく目を見開いている。伍長と私は恐る恐る伍長の背後へ視界を向けると、ボロボロになった以蔵が刀で伍長を背後から突き刺していた。私の目の前で伍長の口から血液が溢れ出して一気に鉄臭い臭いが周囲に広がる。

 

「ごめんな」

 

伍長は幼い子供が慈悲を乞うような悲しい笑みを浮かべる。刀が強く体内から抜かれるとアイツはその反動で一歩後退して重々しく膝をついた。

 

「はぁはぁ、わしは天才じゃ…天才なんじゃ……!」

「うおおおおおッ!!」

 

アイツは瞳孔を大きく開き、最後の力を振り絞って以蔵の腹部目掛け、組み付こうとするが左手が以蔵の脇腹を掴む前にひじ関節ごと切断される。斬られた片腕がぼとりと落ち、斬られた反動でバランスを崩し地面に伏す伍長。腕の断面からはおびただしい程の出血でコンクリートの床を朱色に染め上げる。

私はこの見るからに残酷な行為を見てしまい、心が大きくすり減ってしまったのかもはや叫ぶ気力すらもなかった。

 

「く、くそが……」

 

片腕を失ってもなお右腕を伸ばし以蔵の太もも付近を掴み抵抗をする伍長であったが、今までの蹴りの清算をするかのように伍長の顔面を蹴り飛ばす。アイツが手を放してもなお蹴られ続ける。

 

「死に晒せ、死ぬまでしでてやるぜよ!」

「がはっ……」

 

何度も何度も顔や体を蹴られてあざと傷を増やしていく。腕を失い武器をなくした伍長にはすでに勝ち目はなかった。

次第に伍長も体力の限界を迎えたのか、攻撃を受けても一言を発さなくなり、とうとう沈黙してしまった。

私はついにアイツが死んでしまったのだと気づいてしまい、力なく項垂れて後に来るであろう死を待つことにした。

 

もう抵抗する気力なんて湧かない。どんなに痛めつけられようがどんなに犯されようが私にはどうでもいい。私が実質殺したようなものだ。私が拉致られなければアイツは死なずに済んだし、私の勝手な願望で以蔵を殺めることはできなかった。

 

もう、どうでもいいや――――――。

 

「見物人にゃ用はもうない。死ね」

 

以蔵は私に向けて刀を振り上げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

昔、俺は神様を信じていた。

その神様は国を治める権力者にして神の子孫と国民全員が言い、俺もその神様や他の神様を信仰していた。だがしかし、神様はなんて理不尽なのだろうか俺を愛する者をことごとく奪い去ってしまった。

母親、父親、戦友、そして愛する彼女でさえも。

俺は神様に嫌われているらしい。このことに気づいたのは俺が死んだ後であった。

 

「ここは、何処だ?」

 

俺は辺り一面が白い空間にて目を覚ます。右手で斬られたはずの左腕を確認するとそこには無いはずの左腕が存在した。左手もきちんと動いた。

俺は気力を絞って立ちあがり銃弾で撃たれたはずの箇所に手を当てると血がつかない、軍服を捲ってみても新しくできた銃痕は確認できなかった。

 

「俺は、帰らなければならない。帰ってエリカを守らなければッ」

 

とくに考えはないのだが取りあえずは歩いてみようと足を踏み出した瞬間、前方から眩い光が空から降り注いだ。探照灯を照らしたかのような眩しさに俺は目を細める。その光は妙に暖かく、心が癒されるような効果を持っていた。

すると、空から奈良の大仏ほどに大きな人物が舞い降りる。白髪の立派な髭と長髪をなびかせて地上に降り立つさまは神々しくあった。

 

俺は突然現れたこの正体不明な男に警戒を強め、無謀にも格闘する体勢を取る。すると大男はこちらを一見し、鼻であざ笑うかのような態度を取り、薄ら笑いをする。

 

「人間、神である私に立ち向かうなどやめたほうがいい。貴様では勝てぬ」

「神? 神と言ったな、テメエ」

「あぁそうだ。私は神だ」

 

ふざけるな、と言いたくはあったがこの辺りが真っ白な空間と体の巨躯から本当の神なのだと俺は気づいた。今まで俺が天界で働いていた時には主に神の使いが監督官としてやってきたり上司として指導していたのは覚えている。

 

しかし、神の姿というのは一切見たことがなかった。一度見たら忘れなさそうな体の大きさと髭である。キリスト教を信仰している者なら歓喜の涙を浮かべて喜んでいるだろうが、俺は違う。仏教や神道ならまだ信じるが、目の前の存在を忌まわしい存在と捉えていた。

 

「そう睨むな、人間。貴様の意図もわかる」

「ならさっさと蘇えさせろ。神様って自負するんだったらできるはずだ」

「それよりも君には真実(・・)を伝えなければならない」

「真実……だと?」

 

神の口から告げられた真実という単語に思わず俺は反応する。その反応を察した神は馬鹿にするかのように口角をやや釣り上げていた。

この事実とは俺の名前や何故天界で日本兵が俺だけなのかということを表すモノなのか? それとも俺の名前について言及するつもりか、アイツは。

 

「貴様、最初に暗黒の空間で謎の物体が自身の体内へと取り込まれたことを覚えているか?」

「……忘れることはないな、それがどうした」

「あの正体、知りたいか?」

「あぁ?」

 

唐突にかなり初期のことを言い出されて神が言おうとしている意図がわからずに疑問符を浮かべる俺であったが、そんなこと知ってか知らずか神は俺の否応を聞く前に正体の存在を暴露した。

すると、その正体を認知した俺は膝から崩れ落ち、口から吐瀉物を吐き出して白い床が汚れていく。気分が非常に悪く寒い、気を抜けば気絶してしまいそうだった。

 

「何故そこまで気分を害するのだ。醜悪なモノでもなかろう」

「う、うるせえ……ッ。誰しもがそうなるだろうがよッ、その答えにはッ!!」

「たかが人の魂(・・・)だろう」

 

暴露されたモノ、それはすなわち魂。人間の核となるものだ。その魂が俺の体内に大量に取り込まれていたと知らされたのだ。得体の知らない恐怖と気味悪さが襲うのも無理は無い。

神にはこの感情を理解できないのか、無関心さが窺える態度を取っているため、やはり人の理を超越した存在にはわからないのだと俺は悟る。稀に意味不明な行為をする天使の方がまだ何百倍も可愛いものだ。

吐き気や悪寒に苛まれながらも俺は立ち上がり、腹の底から神に向かって叫ぶ。

 

「テメエのような崇高な存在にはわかるはずがないだろう! 一人の体に大量の人の核となる魂をぶち込みやがってッ!! 俺の体に容れるなら神社か寺を天界に建ててそこに奉りやがれ!!」

「そんなことをしては天界が埋まってしまう。なら名のない人柱として各戦争の各国の兵の魂を一人の体に容れるのが効率的だ。人間という生命体は誠に愚か、すぐに争いを起こす」

「……こ、この化物め!!」

「人間は神の考えには同意しない。それは人間性があるためだが、私はそれを修正しようとは思わない。理由としては修正したとしても新たに人間性が芽生えるからだ」

 

考えが合致しない、これが人間と神との差なんだろう。

しかし、管理が容易いというふざけた理由で人柱に立てた俺や同僚である各国の兵士、そして天界に居る全兵士に現世へと蘇えさせる権利を与えたのかがわからない。

不気味にも神は俺の思考を覗いたのか、その答えを述べる。

 

「何故現世へ蘇させたのかというと、ただのきまぐれの一つに過ぎない。まあ人柱で天界が溢れた場合を想定しての実験でもあるな」

「……」

 

この答えに俺は何も言えず何も思えなかった。

これが神という存在、これが人智を超越した存在なのだ。十の問いを投げかけても想定外の十の答えを返してくるのが神という存在。とてもじゃないけど論争する気力は湧かなかった。

神は無気力で立ちすくむ俺にさらに言う。

 

「それに生き返ったのなら試練を与えねばならぬ」

「試練、だと?」

「そうだ。何も条件なしで生き返らせても面白くはない。だから貴様に数々の試練を与えたのだ」

「試練――――――まさかッ!!」

 

脳裏には以蔵との対決やプラウダ学園における対戦車戦にアンツィオ学園の予算問題が浮上する。真意を俺が汲み取ったことを傍目に無感情で淡々と試練について話す。

 

「貴様は二度の試練を乗り越えた。しかし、今回の試練で貴様は失敗しかけているがチャンスをやろう。銃弾を撃ち込まれて片腕を無くしてもまだ戦うか?」

 

 

「当然だ」

 

 

神の問いに即答する。

答えを聞いた神は初めて微小ながらも表情を露わにしている様子で眉を微小に上げている。

もしも俺がそのまま試練を失敗してしまえば誰がエリカを助けるのだ。俺が起きなくてはエリカは殺されてしまうのは確実なのだから。

 

「いいのか? 試練を諦めても貴様は特別に人柱としての任を解き天使となる資格を与えようと思うのだが」

「それでも俺は彼女を守るんだよッ!」

「かつての恋人と空似だからか?」

「目の前で助けを求める者を救わずしてどうする。―――――俺は大和魂を秘めた日本男児だ!」

 

白い空間で俺は吼えた。目には一人の兵士としてではなく、一人の人間であることを示した灯火が轟々と燃え盛っていた。神は人間の底力を体感すると、初めて嗤って見せた。嘲笑と驚嘆に歓喜が籠められた不気味な笑みである。

神が指を鳴らすと俺の足元に門が出現する。ちょうど立ち位置的に扉の上に立っている。

 

「行ってくるがいい。貴様が試練を乗り越えられるか、せいぜい愉しませるがいい」

「覗き見とはいい身分だ。流石は神だな」

 

これ以上にない秀逸な皮肉を吐いてから俺は扉の開いた門の中へと落ちていった。

神は門の消失を確認すると光に導かれて何処かへと姿を消した。白い世界には何もない。

 




神様のイメージは幼女戦記の存在Xをモチーフにしてます。
まああっちの神様の方が神様らしいけど。


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再戦と決別

これでようやく原作ルートに入れる……。
ということで過去編最後です。


「俺を忘れるな」

「あぁ?」

 

以蔵は結局その剣をエリカに振るうことはなかった。いくら力を込めても寸毫も動かない刀から察したように背後を向いた。

 

当然、そこには右手で刀の刃を握り彼女に刀を振るわせないと阻止する俺の姿があった。おびただしい出血を左腕の断面から垂れ流し、刃を掌握する右手にも血が左腕へと滴る。不思議と体は痛くは無い。

 

エリカは満身創痍でありながらも立ちあがり自身を守ろうとする俺を見て、影が差していた顔を上げて、口を開けて驚いていた。

 

「ご、伍長?」

「今起きたぞ。さあ帰ろう」

 

俺は彼女に血塗れの顔面で笑みを浮かべると、以蔵の首の付け根を服越しに噛みつき、体を大きく振って投げ飛ばした。

まさか背後から投げ飛ばされる展開など考えてもいなかった以蔵は驚嘆しながら硬い地面へと転がる。

 

「な、なんじゃおまんの咬合力!? 化け物か!!」

「知らねぇよ。火事場の馬鹿力だろ」

「……なんちゃあない、再戦といこうかや」

「だな」

 

剣を構えなおす以蔵に対し、俺は片腕で徒手空拳の構えを取る。相手は武器を所持して負傷も左手だけ、だが俺は武器も無くて片腕だ。しかも銃弾が体に埋め込まれている。

 

一見、勝ち目は明白なのだが俺はそれを使う。以蔵はほぼ勝ち戦ともいえる戦いでなるべく無理はしたくはないはずだ。だから以蔵は今までよりも手を抜いた攻撃をしかける。それを狙って俺が反撃して一撃で落とす。

 

「ちぇすとおおおッ!!」

 

以蔵は上段の構えでこちらに突撃する。構えから判断するに示現流で一度回避しても二の手三の手がある。油断はならない。

俺は呼吸を整えて以蔵を迎える。動機も呼吸も落ち着いて、俺の体は不思議と落ち着いた状態になっていた。あんなにも憤怒していた感情も今は無い。何故か清らかになった気がした。

 

「しまいじゃあああッ!!」

 

以蔵が自身の剣の範囲まで接近して剣を振り下ろす。だがしかし、それよりも速く口から血を以蔵の顔面へ向けて吹き出す。びちゃりと俺の血が以蔵の視線を隠し、振り下ろす動作が刹那に鈍る。

 

――――好機を開いた。

 

俺は接近して片手で以蔵の胸倉を掴んで体を低くして前傾姿勢を取る。以蔵は俺が掴んできたことを感知し、刀を振っては必死の抵抗をする。その時、がむしゃらに振られた一閃が俺の右目に縦線を入れるように斬られる。右目の視界が暗転し熱かった。

 

「ッ!!」

「離せえええええッ!!」

 

けれど俺は腕力と相手の力を利用したこの動作で以蔵の体を宙に舞わしてから地面へと叩きつける。背中から落とされた以蔵は半ば白目になりかかりながら肺の空気を全て口から漏らして、手から刀が離れる。

 

「これで、最後だあああ!!」

「がばッ!?」

 

それでも意識を保ち続けていた以蔵に鳩尾目掛けて瓦割りをすると、一度以蔵の四肢が

天井へと伸びるもだらんと落ちる。口から泡を吐いて白目を剥いていることから完璧に気絶したのだと断定できた。

 

いろいろ以蔵に対して思う節はあるのだが、無力化できればそれでいい。さっさとエリカを解放してやらねばな。

あの馬鹿力はどこにいったのか倦怠感と疲労感を背負いつつも、ゆっくり彼女の元へと向かう。赤い足跡が二本できていた。

 

「エリカ、今解くからな」

「ア、アンタどうして私なんかに!」

「どうして、なのかだって?」

 

エリカの背後に回り彼女の縄を解いていると彼女は悲痛めいた声で訊いてきた。

さっきは歓喜していた声だったのにころころ変わるとは感情豊かな娘だな。元気な証拠だ。

俺は即答して答えを述べる。もう縄を解き終えていた。

 

「困っている人がいたら助ける。当然だろ?」

「あ、アンタ」

「それに―――――」

 

もう一つ該当する理由を述べようとした次の瞬間、体は限界を迎えて倒れこんでしまった。もはや立ちあがる力は残されていない、体が言うことを利かないのだ。それに徐々に意識も遠くなっていくし、瞼も重くなっていく。

彼女が駆け寄って声をあげているがその声も雑音が混じっていて聞こえない。

 

――――この感触は死ぬな。けど不思議だもう死ぬ間際だというのに寂しくもないし満足感がある。あの時(沖縄戦)のモノと比べ物にならないぐらい温かくて落ち着く。

……あともう一つの理由があの娘(雪子)と似てるって言ったら彼女はどう反応するだろうか。言えなくてよかったのかもな。

 

「じゃ…あな……」

 

渾身の力を振り絞り伝えられたのはこの一言の短文。彼女は携帯電話で救急車を手配しながら、懸命に俺の命を助けようと上着を脱いで左腕の止血を試みている。

―――――やっぱり、雪子そっくりだ。

 

俺は最後誰かに看取ってもらえることと想い人の影を見たことで満足し、瞼をそっと閉じた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

―――――何処だ、此処。

目を覚まして真っ先に目に入ったものは白い天井。蛍光灯が白くて眩く光っており、アルコールの臭いが漂っている。このことから病室だと察して体を起こそうと上半身を上げた。

 

その瞬間、体に電流が流されたような感覚と鋭利な痛覚が襲い、ベッドに倒れて歯を食いしばって悶えていた。ここまで痛かったのは初めてで、声を発する余裕すらもなかった。

……ちくしょう、無理がたたったな。戦闘している時はあまり感じなかったのに。

 

視野が許す限りで辺りを見渡すとカーテンが三方面に引かれており外の様子を見れない。体には幾つかのチューブが刺されており、心音図を測る機械がベッドの横にあった。

右目には包帯を巻かれている感覚があってむず痒いから右腕を上げて掻こうとするだが、右目に触れる瞬間に激痛が走る。無意識に痛みで左腕も上がるのだが、左腕はひじほどしか存在しない。

 

「くそ、満身創痍だな」

 

無残ともいえる格好に自嘲気味に悪態をついた。独りでは何もすることができないのでため息を吐いては、再度寝ようと瞼を閉ざすと、同タイミングでカーテンが静かに開けられた。

開けた先には西住流家元のしほ殿が顕現し、こちらを一見していた。ベッドに寝たままでは従者として失格ということを上官から聞かされていた俺は、体に鞭を打って無理やり上半身を起こそうとする。

 

「いやいいわ。楽にして」

 

起きたばかりで満身創痍の俺には酷だと判断したのか差し止めるしほ殿。彼女に罪悪感と申し訳なさに表情を表して寝ている態勢を渋々取る。

 

「貴方はどうしてこうなのかしらね」

「わかりません。直しようがないかも知れません」

 

彼女は間違いなく呆れている様子を取って、ベッドの横にあった椅子を引いて座る。備え付けの冷蔵庫からあらかじめ切られて販売されているリンゴを取り出しては、蓋を開けてつまようじを刺す。彼女が突き刺したリンゴを持って俺へ迫るが、不思議と食欲は湧かず、首を振って拒絶の意を表した。

 

「珍しいわね。食べ物を拒絶するなんて」

「俺だってそういう気分はあるんです」

「まあ入れておくからいつでも食べなさい」

「ご厚意感謝します」

「にしても、貴方よく生きていましたね。凡人なら死んでます」

「そうですか?」

「腕や脚に腹部に銃創、体の殆どに打撲痕、合計四十針も縫う様々な刀傷に左腕と右目。正直言うといつ死んでもおかしくはなかったわ」

「何それ怖い」

 

……改めて確認すると俺怪我しすぎではないか。今は滅茶苦茶に痛いけど、戦闘時はただ興奮していて気付かなかっただけなんだなって思う。

以蔵のやつあんなにも俺の体を傷つけるとは案外やる剣士だったな、久しぶりに死闘を演じて自分の未熟さを再認識されたな。退院したら訓練しなくては。

 

「……貴方、変なこと考えてるでしょ」

「あぁ、鍛錬を積もうかと」

「……貴方馬鹿なのね」

「小卒なんで」

 

ジト目で俺の考えていたことに口出しする彼女、俺は正直に思考していた内容を話すと彼女はそういえばこういう男だった、と片手で頭を押さえては振る仕草をする。

 

「……そういやエリカはどうなりましたか?」

 

俺は気にかけていた疑問をしほ殿に訊いた。以蔵や不良共にはきつめの攻撃を与えたから再度起き上がることはないと思うが、エリカのことは心残りであった。

残酷な行為をお互いに行っていたから精神的には参っていないだろうか。年頃の少女に関わらず他の大人ですら衝撃を受ける戦闘だった。

 

「彼女は普通よ。今日も学校に通ってるわ」

「……そうですか。よかった」

「けどね、貴方のこと非常に心配していたわ。一時期はもう目覚めないかもしれないって最初は鬱病になりかけてたのよ」

「それは申し訳ない……ん? 一時期?」

「貴方、二週間も昏睡してたのよ」

「えっ」

 

まさか二週間も寝ていたという事実に直面し驚嘆の声が漏れた。あの死闘が俺から思うについ先日の出来事のように鮮明に思い出せる。

まあ確かに二週間も昏睡していたら起きないのではと考えるし、責任も感じるだろう。早く元気になって顔を見せなくてはな。

 

「あとね、彼女を襲った暴漢らが警察に捕えらえたわ」

「まあ当然ですよ。このご時世は謝罪の一言で解決する世の中じゃない」

「あら傷つけられた分だけ仕返してやろうとか考えないの?」

「勝負で俺は勝った。後腐しちゃいけないんだ」

 

あの戦いはどうあろうとも一対一の戦い。以蔵の方は卑劣な手を行使していたが、それは戦闘の一つの醍醐味だ。

以蔵も卑劣な手を使っても真剣勝負を挑んだのだから、背中を刺すようなことはしないと考えてはいる。

――――まあもし以蔵が再戦を挑むのなら俺は応じよう。まあ次も人質を使うことがあれば、必ずぶっ殺すが。

 

「で、これから貴方の処置を考えるのですが貴方はどうしたいのですか?」

「どうしますとは?」

 

彼女はおかしな提案を俺に持ち掛けてきた。突然の問いかけに俺は疑問符を浮かべながら訊き返す。

 

「残念なことに一生右目と左腕は戻らないことです」

「そういうことか」

 

確かに戦闘で左腕と右目を無くしてしまったのだから、みほとまほの護衛はできない。ましては障害を抱えた人間を黒森峰に置いてもらえるかすら怪しいところで、五体不満足とまではいかないが確実に俺の戦闘力は落ちた。左右からの攻撃に対処しづらくなっているからだ。もはや自分の身を守るだけで手一杯だ。

 

だからこそ彼女は俺の答えを望んでいる。剣道の指南ですら隻腕隻眼では難しいし、屋敷の掃除すらも怪しい。彼女の厚意に甘えれば俺は西住家に残れるのだろう。しかし、それではただの役立たず。それはあまりにも厚かましいし苦痛にしかならない。

 

だから俺は数少ない選択肢の中で最善と思える選択肢を選出した。これしかないと、知恵を振り絞ってその答えを出した。

 

「俺は西住家を出ることにします。旅に出ようと」

「……それが貴方の決断なのね」

「はい。穀潰しにはなりたくもないですし、役に立てないでしょう。まあ、火急の用があれば駆けつけるので」

「…わかりました。ではお金は西住家で工面をしましょう」

「いやそれも結構。しほ殿の心遣いには感謝致しますが、役立たずとなった俺にはもったいない。それは西住流のために使ってください」

「…」

 

しほ殿は俺の決断に対して様々な援助をしようとするのだが、俺をその全てを拒絶した。役に立てない人材に援助をしてもらっても、むしろ苦痛となるだけであるし、援助に惚けて惰性するきっかけになる可能性もある。それならば、援助を貰わずに何処かへ消え失せて人知れずにのたれ死んだ方が得策だろう。そうすれば誰の迷惑になることはなくなる。

 

「……わかりました」

 

しほ殿は重々しい表情を浮かべて俺の決断を認めた。彼女も俺の意図を汲み取れないほど愚かではない、むしろ賢者の方だ。俺はその言葉が聞けて感謝と安堵が混在した笑みを浮かべていた。

 

対象に彼女は俺の笑みを見て、何故そんなにも喜びと悲壮感が混じったあやふやで不気味な笑みができるのか一切わからなかった。

 




Q 何故一年に渡って過去編を書いたのですか?

A着地点を見失ったから。


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閑話休題

またもや戦闘描写ありです。
しかも、某武器商人のキャラが出てきます。(なお本編には無関係)


拝啓、天界で日々労働している各国兵士たちへ。

俺は今、北アフリカにいます。くそ暑くて、気温では沖縄の比ではありません。

何故俺が縁もゆかりも無いアフリカの土地に居るかというとちょっとした理由があります。

 

それは、西住家から飛び出して旅を続行していた時にとある風俗店で知り合った中国人に職場を誘致されたからです。

深夜の港で大きな輸送船に乗船して船に揺られて数週間、ようやく地に足を着けたところが此処だったのです。確かにいかにも堅気ではない風格を纏っていたので警戒はしていたが、アフリカまで赴くとは思ってもいなかった。

 

そして職場の説明を彼から片言の日本語で話して、渡されたのがまさかの鉈と無線機。職場の内容というのは哨戒、及び警備でした。ちなみに此処は船がかろうじて二隻停泊できて、大量のコンテナが積まれています。

補足だけど衣食住は保証されており、マズい飯に中古の服に汚いタコ部屋が与えられました。

 

完全にあっち系(違法)の仕事だ。もしかしたら、すぐにお前らと出会えるかもしれません。

 

 

「あー、くそ暑い。日本に帰りたい……」

 

俺はアフリカの猛暑に思わず不満を漏らした。

今日の気温は四十度で快晴であり、ボロボロの麦わら帽子の効果がない。日本で常に被っていた略帽を此処で着けていると、同僚の中国人に馬鹿にされたり殴ってくるので今は外して腰に着けれた鞄に入れてある。

 

俺の格好は灰色のシャツに黒のズボンで、靴はサンダルに代わっている。黒で埋められた俺の体はよく熱を吸収して暑い。それに軍靴だと熱が籠りつらいのでサンダルを履いている。生前は下駄やわらじをよく履いていたので懐かしい。

……にしてもマジで暑すぎて煙草なんて吸えたもんじゃない。マッチを持つだけでもつらい。

 

「水筒でも飲むか」

 

腰から小さな水筒を取り出して口にする。しかし水筒からは僅かな量の水しか流れないで即、空になってしまった。思わずため息を吐いてはぼやく。

 

「飯はマズいし服は黒いし寝床は汚い。これがブラック会社というものだな」

 

俺はコンテナの影に行っては座り込んだ。無線機に内蔵された時計には午前十一時を示している。飯の時間と給水時間にはまだ時間がある。

先程、このような態勢で警備していたら現場監督官に怒られた。中国語で何を言っているかはわからなかったが、今日は重大な取引があるらしい。だからといって、俺以外の歩哨が銃を所持しているんだからよほどのことは起きないはずだ。

もしもそんなことになったら、相手が相当無礼かこちらの運営が馬鹿なことをしたのであろう。

 

「オイ、オ前。座ルナ」

「……あぁ、ホン。いいじゃんか、どうせ何も起きん」

 

怠けている俺を見つけたのは風俗で知り合ってこの職場を推奨したホンが居た。彼は首元からAK-47という短機関銃を掛けて、めんどくさそうに俺を凝視する。

本当になんで拳銃でもなければ鉈しかくれないのだろう。信頼度低いからなのか?

 

「ソウイウコト言ッテナイ。オ前仕事スル」

「水をくれたらやるよ」

「……ワカッタ」

 

渋々とホンは自身の水筒を取り出して俺へと渡そうと歩み寄る。俺は水筒へ手を伸ばす。

これで一時間耐えられる。やったぜ。

 

 

しかし、水筒が手に届く前に彼の体がぐらりと崩れる。目を彼の顔へと向けると白目を剥いて頭部の左側から血が噴出していて、びしゃりとコンテナに赤い斑点が描かれた。

 

「狙撃ッ!?」

 

異変に対応すべく、瞬時に立ち上がっては彼の体を盾として使用して俺の身を隠す。隠れる道中、肉壁から強い衝撃を二度受けて、確実に狙われていることを実感する。この肉壁を持ちながらコンテナの裏側に隠れた。

……狙撃手はクレーンから撃ったな。高所であってなおかつ右側からの狙撃はそこしかない。

俺は死体と化した彼から銃を強奪して片手で持つ。適当に触って安全装置らしき機能を解除して、片手で構える。

トンプソンは片手でギリギリ扱えたけどこれはどうだろうか、なるべく戦闘は避けたいな。

 

「逃走経路は……あるな。しかも建物の陰で狙えないから都合がいい」

 

コンテナの陰を伝っていけばこの場から逃走できる。近場に自動車が置いてある場所があるから、自動車を強奪して逃走するか。

俺はコンテナの陰に身を隠しながらトラックへと走る。至る所で銃撃音が聞こえて、たまに悲鳴が聞こえる。敵は何処に存在しているかわからないので、いつ撃たれるかわからなかった。

……久しぶりに戦場へ還ってきてしまった。まあ感覚は幸いなことに生きているからある程度は対処ができる。

 

走り続けていると、眼前にトラックの姿が見えた。トラックの周りには人がいない、一番乗りである。

きっと車の鍵も差しているだろう、こんな場所おさらばだ。

そう思って進んでいたが、突如として兵士としての感覚がトラックに対して危険信号を送っていた。何故だが一歩踏み込んでいくごとに信号が大きくなる。するとトラップの可能性が浮上して、俺は急いで回れ右してコンテナの陰に隠れる。

 

一分後、中国語で大声で話す数人の声が駐車場から聞こえた。恐る恐る顔を覗かしてみると数人の同僚がトラックを動かそうと扉を開けて乗り込もうとした。その瞬間、トラックが派手に爆ぜた。

当然、ガソリンが容れられてあったため、大きな火柱をトラックは立てて爆風と熱風を俺に浴びせた。その爆風が俺の麦わら帽子を奪い何処かへ飛ばされてしまう。

 

……危なかった。よくよく考えればそうだよな、逃げようとする敵がいたら追撃するよな。俺も沖縄の山で罠作ってたわ。

ほっと胸を撫で下ろして俺は安堵する。

 

「にしてもどうしようか」

 

こんな騒乱が起きてしまえばこの会社が立ち直るのは難しい。潰れる可能性もある。

そうなったら俺は何処にいくのだろうか? 下手すればアフリカの土地に放られてのたれ死ぬかもしれない。せめて死ぬのなら戦いの最中か日本の土地で死にたいものだ。

 

「とりあえずは何処かに身を潜めよう――――」

 

面倒くさそうに頭を掻いて身を隠そうと移動を始めた時、近場で銃撃音が聴こえた。多分だけど味方と敵が撃ち合っているのだろう。早めのうちに隠れなければ流れ弾を受けてしまう。

駆け足でコンテナの迷路を駆け回る。クレーンに居る狙撃手に狙われないように注意しながら。

 

数分も駆け回っていると、ちょうど幅四メートルほどでコンテナとコンテナの隙間があった。運がいいことに場所もまあまあ離れているし日陰である。出入り口がコンテナによって一か所しかなくて一方通行だが、バレなければいいのだと俺は判断した。

一番奥に進み腰を下ろした。

 

「……早く戦闘終わらないかな」

 

最悪だが、敵がこの場を去ってくれれば俺は死体と化した仲間から財布や金庫から金を奪って逃亡でもしようかな。この会社の規模は普通であるが、俺一人が海外に行く分には足りる。

そうしたら何処に行こうかな。日本に戻るのも良いし、ハワイに行くのも良いな。

 

銃撃戦の中、人の金で俺が幸せになる妄想を広げて楽しんでいた。元々俺は橋の下で暮らすガキだったから、人の財布を盗むのにさほど罪悪感は無い。悪いな、俺の糧となれ。

 

「……何だアレ?」

 

ふと空を見て雲を眺めていると空中に何か小さな飛行物体が俺の頭上で飛翔していた。目を凝らすと、日本のテレビで見たヘリコプターの玩具であった。

あの玩具が何意図しているのかわからず、ただ傍観していた。玩具は頭上に三分も滞在していると何処かへ行ってしまい、頭に疑問符を躍らせていた。

 

「何だったんだろうな」

 

銃撃戦も止んで、もう銃声は聴こえない。

もう戦いは済んだのだろう。煙草でも吸って落ち着いてみるか。

ポケットから煙草とライターを持って喫煙しようと試みるが、出入り口に人が立っている。その人物は髪が腰まであって、胸部に大きな塊が二つついている。顔には眼帯を着けている。その風貌から眼前の人物は女性であると判断できた。

 

しかし、相手は女性ではあるのだが身に纏っている雰囲気が異様である。

殺伐としていて威圧感を肌身で受ける程に濃厚だ。銃こそは所持していないがナイフを持ち、確実に彼女は並の兵士よりも強いと俺の経験が直感した。このような雰囲気を纏う者は以蔵と類似した強者ならではである。油断ならない。

 

煙草一本を咥えてとマッチを擦る。ライターに灯った小さな火を煙草に点け、ライターを地面に落とす。

暫しの沈黙が辺りを包む。見るからに隙だらけの俺に彼女は攻撃を仕掛けてはこず、ジッとこちらの様子を窺っている。さながら彼女も俺が他の兵士とは違うと気付いているのだろう。

 

――――――即座に終わらせる。

 

 

咥えていた煙草をふいと噴き出す。煙草は落下時にくるりくるりと回転して地面に激突すると、極小の火花を飛ばした。

そして煙草が地面に落ちたと同時に、俺は首にかけた銃で彼女に数発発砲した。片手で銃を持っていたこともあって狙いはでたらめであるが、彼女に向かって銃弾は収束していく。勝ったな、と俺はほくそ笑んだ。

 

けれども、弾丸は一切命中することはなかった。

彼女は銃弾を避けたのだ。銃弾を避けるという化物染みた反射神経に驚かざるおえない。彼女はナイフを片手に距離を狭めていく、彼女との距離は約十メートル。

 

「マジか!?」

 

接近されてはこちらが不利なので銃の反動を片手で制御しながら銃の引き金を引き続ける。彼女は幅五メートルという狭い空間で弾を躱し続ける。彼女は三次元空間を駆使し、コンテナの壁を蹴ったり地面に伏したりして躱していた。数秒後の銃の弾道が見えているのか、と思わず錯覚してしまった。

彼女との距離は三メートルになる。

 

「うおおおおッ!!」

「ハアアアアアッ!!」

 

銃を撃つのを諦めて、銃を打撃武器として用いて彼女を攻撃する。

銃の銃身が彼女の頭へと向かうが左腕で防がれる。彼女は右手に持ったナイフで俺を刺突しようと腕を勢いよく伸ばす。狙いは急所の首だ。

咄嗟に上半身を引いてナイフを首の皮一枚で避けることができたが、一瞬でも判断が遅ければ突き刺さっていた。まさに紙一重である。

 

「チッ」

「危ねぇなッ!!」

 

ナイフを引いて再度刺突を試みる彼女に対し、俺は全身全霊の力を込めた左脚の蹴りをぶつけた。

蹴りは腹部に命中して、やや態勢が不安定になる。しかし、その脚の足首を握られてナイフが太腿へと迫り、ナイフが突き立てられた。

鋭い痛みは脳内麻薬で緩和されていても痛い。だが、その反応を相手に見せてはいけない。何故なら自身が有利に立っていることを相手に自覚させてはいけないのだ。

右腕で鉈を取り出して彼女の手ごと切断しようと振る。彼女はナイフを引き抜いて、鉈を防いだ。

 

「何をしやがるッ!!」

 

鉈を手放して銃へと手を伸ばし、俺の左脚ごと彼女を銃撃しようとした。

左脚よりも命の方が断然価値が高いのだ。

 

「!?」

「ようやく離したか」

 

俺が引き金を引こうとした途端、後ろへ下がり距離を取る彼女。がむしゃらに撃っても避けられるだけなので、俺は首に掛けていた銃を外して、彼女に向けて投げ捨てる。無論、あっさりと躱される。

……これは本気を出さなきゃいけないな。

 

ため息を吐いて空いた手で腰の鞄のチャックを開けて、中から愛用している略帽を取り出して被った。

長年愛用していることもあって、被っていると安心感と集中力が上がったような気がする。痛みもあまり感じなくなった。これなら戦える。

彼女を睨めつけながら、地面に落とした鉈を拾って構える。銃剣とは違い、切り払うことを目的とされた道具なので使用勝手が悪い。だけど、近接戦闘の方が俺は得意だから否応問わず使用しなくてはいけない。

 

呼吸を落ち着かせた後に、俺は傷ついた左脚に力を込めて踏み出した。

 

「うおおおおおッ!!」

 

鉈を振り上げた状態での突進は本当に脚を負傷しているのか、と彼女に錯覚させるほどであり、彼女は俺という手負いの獣を目にして、ますます戦意が湧いた。

俺の大振りの一撃を躱すことは彼女にとって容易かった。右に半歩ステップを踏んで躱し、ナイフを逆手にしてすれ違いざまに首へとナイフを刺そうと企てた。なお、その計画は崩れることとなる。

 

「ガハッ!」

「おらッ!!」

 

俺の左肩でタックルを喰らわせたのだ。日本人の平均的身長でありながらも、日頃から鍛え抜かれて筋骨隆々な体での衝撃力はかなりの威力だ。吹き飛ばされた彼女はコンテナに右半身を叩きつけられた。それでも彼女はナイフを握りしめていた。

鉈で横薙ぎをするが、彼女は身を屈めて一閃を躱して俺の腹部にナイフの剣先を向ける。

 

「ふん!」

「グッ!」

 

屈んだ彼女目掛けて左脚で膝蹴りを喰らわす。膝は確かに彼女の額を捉えていた。

彼女の頭部は膝蹴りの衝撃で背後のコンテナに強打し、ナイフを手放す。鈍い音を耳にした。これでは脳震盪は免れないはずだ。

 

「とどめだ!」

「ッ!!」

 

最後の一撃を喰らわせようと脳天目掛けて鉈を振るう。

しかし、振り下ろされた鉈をこともあろうか真剣白羽どりを彼女は成功させて防ぐ。右腕に力を込めるが微々ともしない。彼女の額から多量の血液が流出する。

 

「―――――!!」

「がっ!?」

 

彼女は外国語で何か言うと負傷した左脚に蹴りを放ち、俺の態勢を崩した。俺は左膝を地に着けてしまい、鉈へ力を注げない。

これを好機と察した彼女は左手で鉈の刃を握ると、俺の首に手を伸ばす。彼女の手は俺の首を握り、指先に力を込める。これにより俺は呼吸が一切できなくなってしまう。

 

「は、なせッ!!」

「―――――!」

 

俺も鉈の柄を離して彼女の首を掴んだ。彼女と同様に首の根を絞めて絞殺しようとする。

お互いかなりの握力で握っているので、激痛と呼吸ができない苦痛に思わず顔を歪めていた。目も血走り、口の端には泡が付いていた。

それでも俺と彼女は一向に手を離さなかった。離してしまえば殺されてしまうのを知っていたからだ。

 

徐々に意識も脳に酸素が行き通らないので朦朧としており、視界もぼやけてきた。

この死闘はあと十秒程度で終わる。勝者は俺か彼女か、勝利の天秤が揺らぎ始めていた。

 

 

「ストープッ!!」

 

そんな時であった。

出入り口の方角から、高音で声の通りの良い女性の声が聴こえた。途切れる意識の中で俺らは声の主へ顔を向ける。

その場に居たのは、エリカや雪子と同等の白髪を持った少女である。歳は二十ぐらいだろう。

何故、この血みどろな戦場に華奢な体の少女が存在するかわからなかった。

 

すると俺の首を絞め続けていた眼帯の彼女の締め付けが緩くなる。

これは好機、と俺は内心ほくそ笑むが、いつの間にか白髪の少女は俺の背後に立ってペチペチと腕を叩き、顔に薄い笑顔を張り付けた状態で口を開いた。

 

「もう殺し合いは止めよう。ほら、辺りを見てごらん」

 

それは流暢な日本語だった。まさか異国の地で日本語が聞けるとは思ってもいなかったので目を丸くした。

俺は彼女に言われるがままに、指の指圧を緩めて辺りを見渡す。出入り口にはもちろんのこと、壁となっているコンテナの上にも兵士の姿があった。

アジア人、黒人、白人、しまいには少年が俺に銃口を向けている。編成から正規の軍ではないのだと俺は悟った。

 

「何者だ?」

「私はココ・ヘクマティアル、しがないの武器商人さ。モットーとして世界平和のために武器を売り捌くんだ」

「何を言ってやがる。ただ戦いの武器を販売してるだけだろ」

「……まあ今はそうなるかな」

「まあどうでもいい。殺し合いを止めたんだから、俺はさっさととんずらするぜ」

「……ところでパスポートは?」

「何だそれは」

 

俺は彼女から聞きなれぬ単語を訊かれたので首を傾げる。

ココの方も自分自身が想定していた応答ではなかったため、口を直角に曲げて首を傾げた。

 

「いやパスポート。飛行機に乗るための証明書」

「ない」

「マジで?」

「ぱすぽーとという物を使って此処に来なかった。航路だ」

「あー、もしかして君は不法労働者なのかなー?」

「仕事をするのに違法もあるのか?」

 

お互いに食い違う意見に俺らは疑問符を踊らせる。俺を囲んでいた兵士たちも笑いを堪えているように見える。俺と先程まで殺し合いを興じていた眼帯の彼女ですら口元を歪めて笑いをぷるぷると堪えている。

俺の言葉はわからないのに雰囲気や流れが面白いのだろう。いきなり笑いやがって、なんてやつらなんだ。

 

「……うん、まあ大丈夫かな。よし君に提案がある」

「提案?」

「そうだ」

 

体を捻り頭を抱えた態勢でココは俺に提案を持ち掛ける。

 

「私らの仲間にでもならないか? 君の戦闘センスを見る限り、入社試験には合格だ。罠の察知も良かった」

「……引き抜きか」

「そうなるね。君は元より此処の会社の社員でもないし、パスポートもない違法労働者だ。それで異国の地で生きていくには酷だ」

 

確かにそうだ。パスポートという証明書の取り方もわからないし、この国の言語にも明るくない。

……やれやれ、状況を考えると入社せざるおえないのか。

 

「いいだろう。ただし、俺が辞めたい時に辞めさせろ。それとパスポートも手配しろ」

「あぁ、構わないよ。それに義手も手配しよう」

「義手だと? 何故そこまで援助する」

「そりゃあ君は隻腕でうちのエースと互角になって、うちのスナイパーの攻撃を躱し続けた。第一、社員を最大限援助するのは一企業として当然だ。てか君隠れるの巧いね、偵察機がなかったら潜伏先もわからなかった」

「……偵察機? そんな大きな物体飛んでたか?」

「おもちゃのヘリコプターのことさ。小型カメラを積んでいてね」

「なるほど。時代も進んだな」

 

偵察機となれば飛行機や気球だけかと思ったら、今や玩具も立派な偵察機か。技術の進歩とはすごいな。

 

「とりあえずは私らについてくるといいさ。書類は船にあってね」

「わかった」

「そうだ。忘れてたけど君の名前を教えてほしい」

 

彼女に名前を問われ、俺は乱れた衣服と帽子を正して大きく聞こえの良い声色で告げた。

 

 

「俺の名前は伍長とでも呼んでくれ」

 

武器商人という殺人を行う闇の組織に西住家から貰った名前は使えなかった。

けれど、俺が今進む道はこの道しかない。十分な金とパスポートを受諾した後に辞めて、日本に帰還できればそれでいい。戦場には慣れているから、よほどの馬鹿を起こさない限り死ぬことはない。

 

こうして俺は、武器商人と旅をした。

 




ただ、この話は私がやりたかっただけです。
ちなみに後日談として、伍長は日本語以外の教科が全然できないので少年兵のココと一緒に授業を受けます。


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原作介入
伍長、大洗学園へ行く


ようやく本編突入です。
あといつになったらガルパンの続編は出るのですか?


「ココ。それに皆、一年間ありがとうな」

 

日本の港にて、俺は眼前に居るココや彼女の私兵たちにウミネコや潮風で声が掻き消されないようはっきりと礼を述べた。

俺の一年間付き添ってきた同僚は皆別れを悲しみ嘆く者はいない。むしろ、これからの俺の人生に幸運と安寧を願っているようにも思える。

 

俺がアフリカで彼らと出会って俺は全盛期の俺に近い状態を取り戻すことができた。ココの伝手で、ハイテクな義手や眼帯を取り寄せてくれたし幾度の実戦で俺の体は鍛え抜かれて、何種類か全盛期を超える程の技能を身に着けることができた。

爆弾処理や狙撃、さらには英語といった具合にだ。ここまで尽くしてくれた彼らには頭を上げられない。

 

「いいってことよ。俺もアンタと仕事できてよかったぜ」

「私もアールの意見に共感です。徒手空拳などの近接格闘は非常にタメになりました」

「そうそう。伍長ってば狙撃されているのにも関わらず敵に肉薄するからな。敵さんから見たらメチャ怖い」

「しかも急所を隠すように迫るからな。おー怖い怖い、一対一でやり合いたくないねぇ……」

「俺が経験した中でレームみたいな狙撃手はそうそういないから、大抵は圧力に負けて銃口がぶれるぞ。ルツも気をつけろよ」

「いや伍長みたいに圧で銃口がぶれそうな人なんて、アネゴとチェキータ姉さんぐらいしかいねーよ」

 

彼らの言う通り、俺は敵と百メートル詰めた時にしか発砲はしない。理由としては、利き目の右目が失われた今のままでは正確な射撃が難しいからだ。それに敵は確実に仕留めたいから、殺したことを実感できる近接格闘の方が良い。

 

「けど伍長と一緒に勉強できたのはよかった」

「そうだなヨナ。英語と科学は俺と一緒だったけど一緒に逃げたもんな」

「そういや二人はすぐに授業から逃げ出しては何かで遊んでたな。にしても、日本人の俺からしても伍長の英語力の低さには呆れたぜ」

「そんなに俺らの授業が嫌なのかな……」

「そうか?伍長は途中からだけど真面目とはいかないが授業聞いてくれたぞ」

「ワイリって実は危ない人だったからな。ヨナもそろそろ理解しろよ」

「そうなの?」

「君そんなこと思ってたんだ」

 

当初の俺は日本語しかわからないので東條という自衛隊上がりの日本人に英語を教わって、ある俺が程度喋れるようになった段階でヨナと一緒にワイリの科学を学んでいた。この際、ヨナの英語の担当も東條が持つようになった。

まあ周期表だとか分子やらが理解できない俺たちは毎日のように授業を抜け出しては遊んでいたのだが、ある一件でワイリという男の認識を改めることとなる。

 

その一件とは、彼がかつて湾岸戦争で従事していてそこでの特殊任務での話だ。彼は銃弾が頭を掠っても驚異の集中力で爆弾を設置をし、さらには工場内部にあった化学爆薬を連結し、建物自体の自重により自壊させる工法によって見事任務を達成したとレームから聞いた。その時、俺は思わず手にしていたビールを落としかけてしまう程にだ。

 

「今更だけど、よく俺ワイリの罠に引っかからなかったな」

「ヨナやココさん以上に勘が伍長は人の三倍優れてるからかな」

「むしろその勘の方が恐ろしいまでもあるぞ。ワイリの技術よりも」

 

そういや俺ってたくさんの人から狂ってるとかだの獣だの頻繁に言われてたな。沖縄でも西住家でもココのところでも。

 

「さてと、そろそろ俺は行こうと思う。ココ、度々申すが感謝する。まさか退職した後の雇用先まで用意してくれるとは」

「いいんだ。元よりそういう契約だったし」

「感無量とはまさにこのことだな」

 

此処の人たちは全員が善人とは言い切れないけど優しい。俺のように日本語しか喋れなくて何か仕向けてきたらひと暴れしようと殺伐と警戒していたが、それでも彼女たちは真摯に接してくれた。ハイテクな義手も教育も技能も与えてくれた。彼女たちには返しきれない恩で胸がいっぱいだ。

もしも俺が現世に舞い降りたのが日本ではなく、アフリカなら俺は彼女の私兵として永久就職をしていたかもな。あれ、不思議と左目が熱くなって視界がぼやけてきた……。

 

「あーあー、蛮勇に満ち溢れた兵士だろう君は。泣くな泣くな」

「けど、ココたちは俺に返しきれないほどのことを与えてくれたしッ。ひんっ!!」

「そんなの当たり前のことだから泣くほどのことじゃないだろう」

「あー、ココが伍長泣かしたー」

「ちょっとルツ黙ってなさい」

「痛い痛い痛い! アネゴ、アイアンクローはやめて!」

「別に今生の別れをするわけじゃないんだ。また逢えるさ」

「……そ、そうだよな。じゃあココたち死なないでなっ」

「私を含め皆そのつもりさ」

 

彼女は日頃から張り付けている笑みとは違った意味合いの笑みを俺に向けて、俺の肩を軽くたたく。とても優しくて温かかくて、幸福感に満ちていくのを実感する。この感覚は西住家に居た頃にも体感した。

ココの後ろでは俺の祝福を願うように皆が多種多様な笑顔を向けていた。

 

「つらいことがあったら私に連絡しろ。再雇用も可能だからね」

「……わかったッ。じゃあな、皆。元気でやれよッ!」

 

最後に俺は太平洋に響き渡るほどの大声で彼らに別れを告げて、船から降ろされた愛車陸王へと足を進める。一歩一歩踏みしめるごとにココたちの思い出が脳裏に浮かび、涙を誘う。楽しかった時、悲しかった時、つらかった時の思い出はこの一年を充実していた証拠なのだと再認識する。

 

陸王に腰かけてエンジンを起動させて俺は港から去った。その間、俺はココたちに振り向くことなくまっすぐ前を見据えていた。

 

何故なら一生の別れではないのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なるほど。此処が俺の就職先か」

 

ココたちと別れた三日が経過した。

眼前に顕現するは校門の先に広がる巨大な校舎。校門には大洗女子学園と刻銘が刻まれている。まだ朝の六時半ということで生徒も見受けられず、雀が校庭をつついて虫を探している。

 

「流石に朝早いから人はいないよな。にしても、大洗女子学園って何故用務員室がないのだ。宿直室すらないとかどういうことだ」

 

この学校には俺が住処としていた用務員室や宿直室が存在しない。そのため、近くのアパートを借りて此処まで来る必要があるのだ。今まで歩いて一分で仕事に移ることができた環境だったので面倒にも思える。まあ小学生のころと比べれば極めて余裕で、着くまで一時間もかかってたし猪や熊も出没したからな。

 

「まあ今まで通りに掃除に植木の手入れを行えば良いか」

 

校門をこじ開けて、先日案内された掃除道具入れに向かう。古びた扉を開けて枝切りバサミを手にし、手際よく伐採を始めた。ココから貰った義手は繊細な動きもできて力もあるので十キロ程度なら片手で持てるのだ。素晴らしい性能だ。

 

 

七時になると部活動か委員会活動のために朝早く登校する生徒が増えてくる。校舎の扉は植木の手入れをする前に開錠してあるのでいつでも入れる。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

「あれ、見かけない顔ですね。新しい用務員さんですか?」

「そうだな」

 

元気いっぱいと体で表した短髪で背の低い少女が俺に挨拶をしてきた。手にしている排球の球から察するに部活動の朝練だろう。

 

「体育館はすでに開けてあるからいつでも使え」

「ありがとうございます!眼帯の用務員さん!」

 

快い返事をして彼女は小走りで校舎へと走っていく。後から彼女と同様に排球の弾を手にした女子生徒が校舎に向かう姿を見て、同じ部活動なのだと察した。

にしても眼帯の用務員さんって違和感があるよな。眼帯の頭文字を「へ」に代えるだけで危険人物だ。

 

「おはようございます。ところで貴方は用務員の方ですか? 不審者だった場合は警察に通報しますが」

「新しく用務員になったんだ。だからその携帯電話を下ろしてくれ」

 

おかっぱ頭の少女三人の内の一人が俺に挨拶をしてから訪ねてきた。彼女たちは全員同じ髪形で統一されているので姉妹なのだろうか。

 

「そうですか、私は風紀委員長の園みどり子です。右は後藤モヨ子、左は金春希美で同じ委員会に所属してます」

「そうか。ところで三人は姉妹なのか?」

「いいえ。やはり風紀委員たるもの髪の毛を短くして清潔感を保たないといけませんので。ところで貴方のその眼帯はどうかと私は思うのですが」

「そ、そうか。けど俺実際に右目見えなくてな、どうか許してくれ」

 

なるほど、だから風紀委員なのか。にしても彼女と少し話しただけでわかるのだが、この子かなり規則に厳しい人間だな。俺が一番苦手な人間だ。

理由としてはこっそり外出する際に賄賂として衛兵に酒やら金を握らせていたのだが、たまに正義感が強いやつがいて頑固として受け取らない。しかもそのことを何度も上官に言いつけるので、俺自身と俺の友達が一緒に殴られたり精神棒で尻を叩かれていた。

まあ、俺はそいつの隙を見計らって深夜麻布を被せて彼を袋叩きにした。すると、それ以降彼は見て見ぬ振りをするようになった。

 

「そういう事情があるのなら仕方がないです。今回は許しましょう」

「まあ大変だけど頑張ってくれ」

「もちろんそのつもりです」

 

彼女たちは鞄を教室に置くために校舎へと向かう。当然教室の鍵も開けてあるので入れる。まるで有能だ。

 

「彼女たち俺らみたいな人間に袋叩きにされないといいのだが……」

 

 

八時にもなると校門には風紀委員三人が陣取り、女子生徒たちの風紀の取り締まりを実行し始めた。この時間帯になると生徒の大勢が登校する。此処の学校の生徒は個人の色が強い傾向があり、ドイツ軍の将校の帽子を被り登校する者や着物を羽織ってくる生徒もいた。遠目から見ても個性が強いとわかる。

 

「うわっ、見てよ華。あの人イケメンじゃん!」

「確かに男前な方ですね。けどあの眼帯はファッションなのでしょうか」

 

正直なところこういう話は嬉しい。俺は喋らなかったらイケメンと昔から言われてきていたからな。当然だ。けど褒められるというのは非常に気持ちのいい。どれ、手でも振ってやろう。

 

「あの人もしかして私たちに向けて手を振ってくれてるよ!」

「ふふっ、きっと面白い殿方なんでしょうね」

 

……にしてもあれか。もうみほも高校二年生だっけか。時の流れというのは早いものだ。つい先日のようにみほが幼かった時を思い出せる。まほにみほにエリカは黒森峰学園で仲良く戦車道をしているのだろうか。アフリカに向かう際に携帯電話を壊されて連絡ができなかったから休日に赴いてみるか。

 

これからの予定を立てながら水筒を飲もうとしたその時、校門から栗毛色の短髪の少女が校内に入ってきた。少女は大洗女子学園の制服に身を包み、バッグにはボコられグマのボコのストラップが付けられている。

思わず手にした水筒を落とし、排水溝の蓋に当たり心地よい音を鳴らす。俺は彼女を凝視していた。

その音に気付いた少女が俺に視線を向けて驚愕した表情で俺を見つめて、同時に呟いた。

 

「なんでみほがいる?」

「なんで伍長さんがいるの?」

 




伍長は義手と眼帯を手に入れた。
ただし眼帯は普通の眼帯である。


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談義

戦車道を習いたいですね。
けど男子の戦車道とか半ば軍事演習になってそう。


……何故みほが此処に居る?

俺は目の前に起きた事象に驚愕し、脳内では彼女が居ることとなった経緯を浮かべる。みほも俺と同様に驚きながら脳内で俺が居るのかを考えているに違いない。

 

「みほ、時間あるか?」

「……うん」

 

そのことを尋ねるために俺はみほにベンチを指さしながら訊く。みほは顔に影を落として小声で提案に賛同した。

俺らはベンチに腰かけて彼女を見ると警戒心や恐怖を漂わせ、彼女はどこか大事なモノを落としてしまったような顔つきであった。それは黒森峰で見せていた顔つきとはまったく異なっていた。

何があったのかを俺は口下手なので丁寧に言うのが難しいが、できるだけ優しい口調で彼女に問う。

 

「みほ。お前に何があった?」

「…」

 

彼女は俺の問いに沈黙する。口を糸で縫い合わせたように閉ざし、何かを話したくても話せないといった状況であった。幼い頃から彼女を見ていた俺にとって、今の彼女は非常に心に刺さる。

……このままでは彼女は話さないだろう。そんな気がする。だったら先行して俺のことを話すか。

 

「俺はついこの前この学園の用務員になったんだ。まあ俺の元上司の伝手で就職したんだ」

「……そうなんだ。お母さんの指示じゃないんだ」

「そうだ。前の職場では俺は海外を回ってな英語を話せるようになったんだ。英文を書いたり読んだりするのはまだ慣れないがな」

「よかったね。伍長さんは英語ダメダメだったから」

「本当だ。それにこの義手と眼帯も寄与されてな、特に義手なんかは最新技術を詰め合わせた代物さ」

 

そう言って俺は彼女の目の前で義手の左手を速く回転させる。すると速く回転させたのが原因となって微弱な電流が腕に走り抜けて、静電気を受けた際にあの独特で情けない悲鳴を上げてしまった。

彼女は俺の馬鹿な行為を見てどこか安心した様子でくすりと笑い、心なしか警戒心や恐怖といった感情が和らいだように感じた。

 

「伍長さんは変わらないね。いつも調子に乗ってはおかしなことをして、怒られたり痛い目に遭ったりとか」

「何故だか知らんがそういう能力でもあるのかもな」

 

彼女の言う通り調子に乗った俺がしでかす行為は大抵自身が痛い目を見る。例えば家元を驚かせようとみほとまほと一緒にいたずらの玩具を仕込み、見事家元を驚かせて怒られたり、自衛官の蝶野にいたずらを仕掛けていると家元にそれがバレて説教を喰らったりしていた。

生前でも遊び(・・)で仕掛けるいたずらには必ず俺が痛い目を見ていたな。不思議なことに共犯者がいても俺が圧倒的に悪くなった。

 

「私ね。一年前の公式戦で試合中に戦車が一輌川に落ちちゃって、それを私が独断で助けたんだけど。戦車を助けていた最中に手薄となったうちのフラッグ車が撃破されちゃってね」

「……となると責任はみほにあると他の生徒に思われたのか」

「……うん。それに黒森峰は十連覇を狙えたからね」

「なるほど」

 

確かにみほを恨む気持ちはわかる。一輌の犠牲で黒森峰全体が利益となるのなら多くの者が一輌を見捨てる。きっと俺だってそうだ。戦地において味方の足を引っ張る者が居たら落伍させるか見捨てるのが軍隊での道理ともいえる。しかし、あいにく戦車道は競技なのだ。戦争ではない。一部の者が怒るかもしれんが一つの遊戯だ。そんな冷酷な発想をしなくてもいい。

 

つまり、何が言いたいのかというと彼女(みほ)は正しいことをした。

 

「お前は正しいことをした。お前も一輌を見捨て指揮を続行するという発想は浮かんだのだろう。幼年期から戦車道に接していればなおさらだ。だがお前はあえて勝利を犠牲に一輌を救うことにした」

「……例え戦車に搭乗した子を見捨てて優勝してもそれは純粋な勝利とはいえないから」

「その通りだ。戦車道は競技、そうだろ」

「うん。皆が楽しくできるスポーツだって私は思ってる」

「ならそれでいい。お前はそれを貫け」

 

俺は左隣に居るみほに右腕で彼女の頭をがしがしと撫でる。一年ぶりに触る彼女からは温かな体温と滑らかな髪質を実感することができた。絹のように滑らかで吸い寄せられる感触は非常に癖になる。

 

「か、髪型が崩れちゃうよー!」

「幼年期から変わらずにこの髪型にしやがって、このこの!」

 

髪型を整えようと頭を押さえる彼女に俺はより激しく掻く。彼女は久しぶりの笑顔を俺に向けるので、俺も笑顔を零した。

兄妹がじゃれ合っている光景は他所から見れば恋人といちゃつき合う光景と同義であり、校舎から無数の視線を向けられたが、俺と彼女は気付かない。何故なら再会を喜ぶのに夢中であったからだ。

 

俺としては暫時じゃれ合いたかったのだが、校舎から予鈴が鳴る。時計を確認すると朝礼を行う時刻の五分前であった。

そのことに気付いた彼女は慌てた様子で鞄を持ち、俺に別れを告げて校舎へ向かって走っていく。彼女の後姿を目で追って俺は煙草を口に咥えた。

 

「ここ禁煙区域なんで他所で吸ってもらえます?」

「やっべ」

 

偶然通りかかった風紀委員長の園が俺を指示して睨む。そういえば校内は基本禁煙であったことを思い出して、慌てて煙草を箱に仕舞った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「やることないな」

 

現在午後一時ごろ、俺は芝生の上で寝転んで大空を見上げる。空にはカラスでなく海鳥が飛んでおり、白い羽を扇子の如く動かして空を飛行している。

羽さえあれば俺も陸地の遊郭とか美味い食べ物を食べにいけるのにな。あー、退屈だ。

何故俺が暇なのかというとここ大洗女子学園は校舎や校庭が狭く、手入れするところが少ない。掃除も生徒が自主的に行うので汚れが少なく、つい校内でしたことといえば電球の付け替えと簡単な掃除だけだ。そんなのは午前中で終えてしまう。

 

「せめて用務員室があればいいのになぁ……」

 

用務員室があれば俺が大空の下に居なくても済んだのに、といっても用務員室ですることといえばテレビ鑑賞とかしかないが。

 

「何か面白いことないか?」

 

校舎の渡り廊下をちらりと見ると生徒がぞろぞろと列をなして体育館へ向かっている姿が見えた。しかも生徒全員が制服姿であることから体育の授業ではないと考えられる。となると集会なのだろうか。

 

「暇つぶしにはちょうど良いだろう。体育館の扉の窓から覗くか」

 

上半身を持ち上げて箒を手にすると俺は不審がられないように、掃除をする振りをして体育館へと近づく。そして外の扉の窓から静かに覗くと、全生徒が体育座りをして眼前の大きな垂れ幕に目を向けていた。扉の隙間からは声も聞くこともできて、耳を傾けて静かに盗聴した。

 

「静かに、これから必修選択科目のオリエンテーションを開始する」

 

眼鏡を掛けた長身の女子生徒がそう告げると室内は照明を落とされて暗くなる。すると垂れ幕には戦車道と大きく明記された映像が流れ始める。

……この学園に戦車道なんて存在したか? オイルの匂いも砲声もその砲弾跡も見受けられないのだが。

 

投影機から戦車道の説明のために映像が映されていき、久しぶりに見る戦車に俺は懐かしさを覚えていた。映像が終わると先程の眼鏡を掛けた生徒が口頭で説明を始める。

 

「実は数年後に戦車道の大会が日本で開催されることとなった。そのため文科省から全国の高校大学に戦車道に力を入れるよう要請があったのだ」

「で、うちの学校も戦車道復活させるからね。選択すると色々特典を与えちゃうと思うんだ」

 

一番小柄な生徒が会長らしく、隣の副会長にその特典を発表を支持する。

 

「成績優秀者には食堂の食券百枚、遅刻見逃し二百日、さらに通常の授業の三倍の単位を与えます!」

 

この宣言に体育館から全員が驚嘆する声が聞こえた。

実際この特典はかなり魅力的なモノで、俺でも欲しい。食券とか遅刻見逃しとかだ。用務員もどうにか参加できないのだろうか。

私欲渦巻く一方で会長は何かを企んでいるのではないか、と俺は察した。たかが科目選択だけにここまでの特典を付属させるのは普通ではない。甘い話には毒があるのは人の道理、後でみほと話してみよう。

 

 

夕方、みほと話してみようとしたのだが携帯の電話番号は覚えていないことに気付いた俺は夕飯を購入するために赴いた近所のスーパーマーケット店内で頭を抱えた。

北アフリカに行く際にホンに携帯を預けずに自分で持っていればよかった。まあ、明日も話せるからその時でいいか。

俺は今夜の夕飯は適当な惣菜で済まそうと考えて惣菜コーナーへと足を進める。総菜コーナーではこの時間帯になると割引シールが貼られている商品があるため、俺はそれを購入するつもりだ。

 

「むっ唐揚げか。半額だし買うか」

 

最後の一つとなった唐揚げのパックを取ろうと手を伸ばすが、ちょうど他所からきた手と重なった。

 

「す、すみません」

「これ貴方が取っていい……って、みほか」

「あっ、伍長さん」

 

まさかこんなところで鉢合わせるなんてまさに幸運だ。俺は彼女の籠に唐揚げを入れると例の話をした。

 

「みほ、お前戦車道どうするんだ」

「……オリエンテーション見てたんだ」

「暇だからな」

「私ね、戦車道は選ばないことにしたの」

 

重々しい口調で彼女は俺に告げる。流石にあんな事件があったから暫くは戦車道に接したくないのはわかる。俺が彼女の立場でもそうなるに違いない。当然の決断ともいえる。

 

「俺はお前の進路に口出しはしない。だからお前の意見を尊重する」

「……そっか。私はそれでいいんだね」

「あぁ。何度か害にならない程度に自由にするのも良いのだ」

 

俺は彼女の籠を引っ手繰って代わりに持つ。彼女もそれを意図していたのか取る際にすんなり渡してくれた。ちゃっかりした娘だ。

 

「それに俺はお前の兄貴分だからな。今晩は奢ってやろう」

「本当!? じゃあボコのお菓子とかでもいいの!?」

「当然。ただし夕飯前には食うなよ」

「わかってるって」

「そうか? 昔のお前はあと少しで飯だというのにお菓子を食べてて……」

「それは昔の話だから!」

「ふっ、さてどうだか」

 

買い物を終えた道中俺ら二人は思い出話に花を咲かせた。いたずらのことや夏祭りのこと、さらには今日あった出来事とかだ。楽しい会話はいつまで続くのだろうか、と両者とも気にしているとなんと偶然なことに住んでいるアパートも同じだったのだ。しかも、みほが俺の部屋の真下である。

お前の部屋にいつでも忍び込めるな、と冗談を言うと彼女はすぐに警察に通報する、と言って小生意気に返してきた。

 

その日の夕飯はみほの部屋で食べることになって、久しぶりにみほと食べる飯は不思議と温かくて美味しかった。

その夜は一室の明かりが闇夜に照らされて太陽の木漏れ日が如く温かい光であった。

 




戦車道って即席の地雷やワイヤートラップはありなんですかね?
火炎瓶は投げる際に事故って車内が火達磨になりそうですけど。


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エイプリルリーフル企画 ゴチョウ・ウィック

完全なネタ枠です。
某犬を殺された暗殺者をオマージュしています。


「あー、ちきしょう。頭が痛い」

 

両腕に大量の荷物を抱えたりぶら下げて地下駐車場の通路を歩き、そして俺は頭にガンガンと響く二日酔いに悩まされていた。理由としては昨日ココや仲間と一緒にドンチャン騒ぎをしたからだろう。その騒ぎでくじ引きゲームをしてハズレを引いたせいで現在俺は各個人の買い物を引き受けてしまった。

戦闘においては勘を働かせることができるのに平時や遊戯の際にはさほど働かないのだ。そのため、俺はまんまと負けてしまったのだ。

 

ため息を吐いて目の前に停めているレンタカーの鍵を取り出そうと、右腕でなんとかズボンのポケットをまさぐっていると不意に目の前から殺気が俺の体を貫いた。

―――――敵か。

俺は手にしていた大量の荷物を地面に置き、懐に手を伸ばす。懐にはココから授かったグロックG17という拳銃が隠されている。すぐに拳銃を抜けるよう安全装置を外してグリップを握る。臨戦態勢だ。

 

「何者だ」

 

たどたどしい英語で隠れているでろう敵に殺意と警戒心を込めて伝える。すると駐車場の支柱や付近の車の陰から顔にマスクをして体には甲冑の如く堅固そうな防具を纏った漆黒の敵が十人現れた。そしてM4A1という小銃を構えている。

 

「我らは貴様らを殺す者だ。ある組織から命令されてな、最初はお前からだ」

「そうか。なら俺がお前を殺してもいいわけだ」

 

リーダーらしき人物が俺に伝えやすいように簡素に答えてくれた。

不敵な笑みを零して略帽を義手で被り直した後に、俺はリーダー格らしき人物に三連発の銃を撃ちを始めた。距離としては十メートル、俺の銃の技術では多少の誤差はあるが部位には殆ど当てられる。対団体戦においてリーダー格から倒すのは定石だ。

銃撃と同時に素早く移動をして、俺は駐車場の支柱に身を隠した。すぐさま敵からの銃撃が始まり、弾丸で支柱が削られる音や衝撃が背中に響く。

 

「ハハハッ! そんな程度じゃ殺せないぞ!」

「……カブトムシみたいな防具付けやがって」

 

愚痴を漏らし舌打ちを鳴らしてから背後の敵を確認する。敵はジリジリと迫り寄ってくるのが傍目で見える。このままでは距離を詰められて蜂の巣にされるのは確実、早いうちにどうにかしなければならない。

……相手が一人、傍に近づいた瞬間に近接戦を行って仕留めるか。密着すれば敵からの銃撃もできない、合理的だ。

 

背後から忍び寄ってくる気配を感じる。相手も軽視しているのかワザと足音を鳴らして怖がらせようとしている。

……気配からして二人組か面倒だ。だが倒すことはできる。

 

左側に相手の銃身が柱から伸びる。その瞬間、左腕で銃身を掴んではこちらに引っ張って寄せる。まさか相手も引っ張られるとは想定していなかったらしく、たいした抵抗もなく近づけることに成功した。

互いの距離が一メートルにも近づくと、俺は手にしていた拳銃を相手の腹部に密接させてゼロ距離で二発撃ち放つ。

 

「ガアッ!?」

 

防弾装備なので弾丸は相手の体を貫くことはできないが衝撃までは殺せない。

今度は腕に目掛けて引き金を引き、相手から小銃を奪うことに成功した。小銃を奪取した俺は銃床で相手の顔面を突き飛ばす。そして右側から来た敵に対して頭部めがけて銃撃をする。流石に防弾装備といえど小銃でこの近距離だと弾丸は貫通することができて、力なく倒れた。

また、突き飛ばした敵にも頭部を狙って撃ち二人殺害することに成功した。

 

「気を抜くな! 奴は強いぞ!」

「俺を舐めるからだ」

 

俺が支柱を盾に銃撃を始めると敵も銃撃を撃ち始めた。支柱の欠片が飛び散るので正確な射撃ができないので、数発敵には当たるものも決定打にはならない。

 

「火力が足らないじゃねえかっ!」

 

撃ち終えた小銃を支柱に立てかけてから俺は銃撃の中、最初に頭部を撃った敵の遺体の足を掴みこちらに寄せる。ベストから弾薬を奪い装填してから再度応戦する。

それでも敵は一向に倒せない。腹が立った俺は死体の首を右腕で掴んでは持ち上げて、即席の盾を作った。そして肉壁で身を防ぎながら敵に向かって接近する。

 

「うおおおおおッ!!」

「な、なんだこいつ!?」

「撃てッ!撃つんだッ!」

 

銃撃は死体の強固な防弾装備に弾かれて価値を成さない。稀に足を掠めたりするが気にせずに突進する。そして近くまで迫った敵二人に対して死体を投げつける。一人はその死体の下敷きとなって動けなくなり、俺はもう一人の敵に対し近接格闘を仕掛ける。ちょうど此処は車が陰となっているので射線は通らない。安心だ。

 

「どっ、こいしょ!!」

「じゅ、柔道!?」

 

大里刈りを相手に行い姿勢を崩す。その際、敵は引き金を指にかけていたのか天井に幾つか銃痕を残した。そして俺はズボンのベルトに挟んでいた俺自身の拳銃を抜いて首の関節部を二発撃つ。関節部は防弾性能が低いのから拳銃の威力でも貫通することができた。

 

「お、重い!!」

「だろうな」

 

死体の下敷きとなって動けずに暴れていた敵に対しても即座に射撃を行って、この戦闘で二名射殺することができた。

新たに死体となった敵二人から弾薬を補充して小銃が使用可能となった。車越しに射撃を行って威嚇射撃をして安易に接近させないようにした。

 

「クソが! これでも喰らえ!」

「そんなの散々味わったわ!」

 

敵の一人が手榴弾を投げ込んできたので俺は速やかに持ち主の元へと返却させた。持ち主の足元を二回転がると無事爆ぜた。

――――今が好機。

 

音と衝撃で相手を一瞬でも怯ませることに成功した俺は低姿勢のまま小銃の射撃を実施、銃口の先にいた敵は何度も来る衝撃に身をもがきながら立ちすくんでいた。

首の関節部を撃ち抜いたのを確認すると、俺は倒れこむように伏せてから最寄りの敵に射撃を行う。姿勢を低くされたことで狙いが定まらなかった敵は足元を撃たれて、思わず膝を着いた。その隙に再装填を行ってから相手の頭部を撃ち抜いた。

残り三人だ。

 

すぐに中腰となって障害物へと身を隠す。リーダー格の敵も部隊を壊滅させられて焦燥しているのが目に見えた。今まで防具に頼っていたばかりにそのような経験がなかったのだろう。

障害物の陰から再度銃撃を始めるも敵も俺を恐れたのか接近する様子はない。

仕方が無い、ここは一つ芝居でも打つか。

 

「ぐはっ!?」

 

俺は誰にも聞こえるような悲鳴を上げて倒れこんだ。銃撃はその悲鳴から数秒後に止まった。一分の間を置いてから一名がこちらに銃口を向けながら静かに迫ってくる。

俺の傍まで近寄ると足で蹴って反応はないかを調べた後に、しゃがんでから俺の脈拍を調べようと首に手を伸ばしてきた。

 

「……芝居だ」

「ッ!?」

 

俺は腕を伸ばして敵の頭を鷲掴みにして、首の可動域を超える方向へと向ける。骨が外れる音と感触が直に伝わる。

大慌てで敵側も銃撃を始めるが、俺も撃ち返す。手榴弾がまたもや転がってきたので足元に転がしていた死体に被せて威力を殺した。衝撃で敵の血肉を浴びるもなんてことなく、俺は牽制射撃をしながらリーダー格ではない相手に向かい合って接近する。

 

すると、偶然にも両者の弾薬が切れたのか敵は腰から拳銃を取り出して撃とうするも俺は手にしていた小銃を相手に投げつける。

 

「グアッ!?」

「甘いな」

 

投げつけられて怯んだ敵に俺は股間に膝蹴りを入れた後に、相手の拳銃を取り上げてゼロ距離で相手の脊髄目掛けて銃弾が切れるまで撃ち込んだ。この攻撃で脊髄に重大なダメージを受けたのか痙攣した状態で俺に倒れ掛かる。

それを利用してリーダー格からの銃撃を防ぐことに成功した。

 

「あ、悪魔め!!」

「何度でも言えよ。その言葉は沖縄で聞き飽きたんだ」

「よ、よくも隊員を! お前は銃じゃなくて俺が直々に殺してやる」

「いいだろう。その挑戦受け取った」

 

俺は相手が装備していた武器全てを外したのを視認すると俺も自身の拳銃を懐に納めて互いに歩み寄る。

そして距離が互いに一メートルに迫った瞬間、激しい肉弾戦が始まった。相手は最近の軍隊格闘術を駆使して俺に挑むが、肉弾戦の経験は薄いようで隙がちらほら見受けられた。隙を見て俺は拳を防弾装備越しに叩きつけて内臓に損傷を与えようとする。

 

「ぐぬぅ!!」

「遅いッ!」

 

右腕の相手の拳が俺の顔面目掛けて打ち込まれるが体を屈めて回避。そしてその腕を掴んだ後に俺は肩を使って敵の肘をあらぬ方向へと折り曲げる。

 

「グギャアアアアアッ!!」

 

悲痛な叫びを耳にしながら俺は左の肋骨目掛けて肘打ちを行い、肋骨が折れたのを実感すると何度も何度も打ち込んだ。打つ度に肘から相手の骨を折る感覚を味わうのでいい気分ではなかった。

何度も打ち込まれた相手は口から鮮血を吐きだすと、糸の切れたように倒れ掛かる。俺の狙いは骨折した肋骨が心臓を突き刺すことであった。

 

「ふぅ、久々に疲れたな」

 

最後の敵を突き放した俺は下ろした荷物の元へと歩む。荷物は先程の戦闘に巻き込まれたにも関わらず無傷であり、レンタカーの方も弾痕が見受けられなかった。

 

「よかった。これならココに怒られずに済む」

 

唯一の懸念であった荷物とレンタカーに安堵しながら俺はレンタカーに荷物を載せてから乗り込んだ。鍵を差してエンジンを機動させて俺は戦闘があった駐車場から離脱した。

その場には無数の銃痕と爆発跡、そして無慈悲にもやられていった死体しか残らなかった。

 




ジョン・ウィックシリーズ面白いですよね。
てか作中できちんと鉛筆で人を殺してくれるの本当に好き。


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脅迫と説得は紙一重

他のガルパン作品で主人公が杏に説得するものは多いけど、完全に脅迫する主人公は伍長しかいない。


「うん、やることがないッ!」

 

時計の針が十二時半を回った頃、校内では昼休みを知らせるチャイムが鳴り、廊下は多くの生徒で埋め尽くされている。教室内でお弁当を食べる者もいれば、食堂へ行って昼食を食べたり、あえて外に赴いて食べようとする変わり者もいる。

 

そして俺は用務員室もないので、わざわざ食堂まで足を運んでカップ麺にお湯を注ごうとしていた。

別に昼食を此処で食べてもいいのだが、周りが生徒で囲まれているので俺が居座ったら異物感で目立ってしまう。それに隣席する生徒にも緊張させてしまう。だから俺は周りを気遣ってカップ麺をいれるだけにしたのだ。

なお食べるところは人気の無いベンチだ。

 

「あっ! 伍長さん」

「あぁ、みほか。奇遇だな」

 

背後から声をかけられたので後ろへ振り向いて返事に応える。声をかけた主は昨夜会ったみほで、彼女に付き添うように二人の女子がいる。一人は明るい髪色の長髪を持つ娘で、もう一人はいかにも大和撫子と呼べる娘だ。

容姿は二人とも良いのだが未だに幼い。あと数年経過すれば俺の好みへと化けるだろう。

 

「伍長さんも此処でご飯?」

「いいや。俺はこのカップ麺にお湯を注いだら立ち去るつもりだ」

「えー。此処で食べていけばいいのに」

「それだと周りが気まずい思いをするだろう。俺は男でもあるし」

「みほはあのイケメンと知り合いなんだ。羨ましいなー」

「まさか許嫁とか?」

「それはないよ。だって伍長さんは確かに顔や性格は良くても、私にとってお兄ちゃんみたいな存在だし」

「俺からも言える。しかも俺の好みじゃないぞ」

 

よく家元の下で剣道の指南役をしていた際に、門下生からみほやまほ、しまいには家元の色恋の関係について問われたことが幾つかある。しかし、家元は恩人で西住姉妹は妹分として俺は見ていた。おそらく相手側もそう思っている。

 

「け、けど義兄妹から発展することもあるじゃん!」

「ないない。俺はこいつが異性を意識する前から面倒見てるんだ。そういう感情は湧かない」

「それほど西住さんを妹として見ているのですね」

「あぁ。それと、みほはこう見えてやんちゃだからな」

「ご、伍長さん!」

「意外ですね。落ち着きのある女性だと思ってました」

「ねー」

「田んぼでザリガニ捕まえたり、昆虫採集したりと活発だったな」

 

俺は過去の記憶を巡らせて、あの時の懐かしさに浸る。

そしてみほの友人二人は驚いた様子であり、みほの方は顔を赤く染めてこちらを睨んでいる。普段から威圧することに慣れていないのと愛嬌のある娘なので睨まれても怖くはない。むしろ愛らしい。

 

「まあみほと仲良くやってくれ。いいやつだから」

「はい。わかりました」

「もちろんです」

「みほも当たり前だけど友達は大切にな」

「うん。わかってる」

「そうか」

 

微笑を浮かべ、そそくさとお湯を注いだ俺はその場から立ち去った。

彼女の友達と深く接するために俺がその場にいることはむしろ邪魔だ。今のみほに必要なのは友達だ。友達がいなければ学校生活は面白くはないからな。どんな苦しいことでも友達とそれを共感しあえれば緩和されて良い思い出となるだろう。

 

 

「さて、飯を食い終わったから仕事するか。することないけど」

 

人気の無いベンチにて俺は座りながら昼食を食べ終えた。

カップ麺ということで完食するのも早く、次の仕事をしようと立ち上がる。

うーん、何の仕事をすればいいのだろうか。落ち葉も集めたり生垣の伐採も終えた。先生を口説くのもいいが、セクハラとして訴えられる可能性もある。とにかく、ドアのガラスでも拭いていようかな。

 

次にやることを取り決めて腰を上げた瞬間、唐突に近場の拡声器からアナウンスが聞こえだした。

 

『普通一科二年A組西住みほ。至急生徒会室に来ること、以上』

 

……この放送は一体?しかも入学したてのみほ、そして先日都合の良いように行われた戦車道の宣伝―――――

 

 

――――――みほを戦車道に取り組ませようと画策しているのか。

彼女は戦車道が原因で黒森峰から転校した。彼女自身も暫くは戦車道を行いたくはない、と告げていた。だから彼女は戦車道以外の選択をしたはずだ。

 

「助けてやる」

 

俺は手にしていたカップ麺の容器と割り箸を投げ捨てて校内へと向かう。生徒会室ということは元凶は生徒会に属する生徒なら安易に説得できる。

大地に一歩一歩憤怒を込めて踏み込んで進む。校内に侵入した俺はそのまま生徒会室へと直行する。通りかかる他の生徒は俺の気に触れて、道を開けたり俺から避けたりする。まだ少女である彼女らにとって恐れるのに十分なモノであった。

 

「…」

 

生徒会室の前に立った俺は最終確認として盗み聞きをする。

 

「これはどういうことだ」

「なんで選択しないかな」

「我が校、戦車経験者は皆無です」

「終了です。我が校は終了です!」

 

やはりそうか。何が終了なのかは理解できないがみほに戦車道を無理やりやらせようとしているのはわかる。

俺はドアノブを握り、突入しようと身構えた。

 

「勝手なこと言わないでよ!」

「そうです。やりたくないと言っているのに無理にやらせる気なのですか」

「みほは戦車やらないから!」

「西住さんのことは諦めてください」

 

しかしいざ開けようとドアノブに力を込めるが、室内から食堂で出会ったみほの友達二人の声が聞こえて俺は停止する。二人の声は熱が入っており、本気でみほを守ろうとしていた。

……これで解決してくれればいいのだが。

 

「そんなこと言ってるとアンタたち、この学校に居られなくしちゃうよ」

「お、脅すなんて卑怯です!」

「脅しじゃない。会長はいつだって本気だ」

「そうそう、今のうちに謝った方がいいと思うよ。ねっ?ねっ?」

「酷い!」

「横暴すぎます!」

 

 

もう我慢できなかった。彼女らのみほたちの意思を愚弄する発言には耐えられなかった。しかも退学という学生を従わせるには効果的な切り札も用いてきた。

歯を痛い程に噛みしめて俺は生徒会室の扉を蹴り開ける。扉は音を立てて勢いよく開き、一気に視線がこちらに集束する。

そして俺の怒気と殺気を感じたのか、奥に座る生徒会長の生徒以外は動揺した様子であった。みほも俺がこんな風になるのは久方ぶりだったので身震いしている。

 

「ご、伍長さん……!」

「何者だお前!?」

「……異議を唱えに来た。みほのな」

「へー、最近雇われた用務員さんか。けど彼女と何の関係が?」

「あっ? みほは俺の妹分だ。早く彼女の意思を尊重して戦車道から手を引け」

「私は大丈夫だから、ね?」

「みほ、それに付き添いの二人。お前らは外に出てろ、此処は俺が説得する」

「けど」

「―――――行け」

「ッ!?」

 

みほたちを制した俺は彼女らを廊下に出るよう命じた。みほは小さく頷き、俯いた状態で二人と一緒に廊下へ出た。

扉が閉められて、閉塞的な空間には昨日見かけた眼鏡を掛けた生徒、副会長らしき生徒、そして小柄な生徒会長の生徒だけとなった。

 

「さて、話し合いだ」

「待て! 会長に近寄るなッ!」

「邪魔だ」

「ひっ!?」

 

生徒会長へと詰め寄ろうとすると眼鏡を掛けた生徒が俺を止めようと迫る。しかし、一喝すると彼女は俺を恐れて尻もちをつく。副会長らしき生徒はその場から動けなかった。

相対する俺と生徒会長の生徒、彼女はまっすぐ俺の目を見つめる。俺も彼女の目を見つめる。彼女は俺の威圧に動じていないらしく、依然として人を見下すような姿勢で此方を見つめていた。

やせ我慢しているだけか、それとも本当に動じていないのか判断がつかないが、その生意気な顔を頷かせてやる。

 

「お前は知らないと思うが彼女にはきちんとした理由があるんだ。だから手を引け」

「いいや。そう簡単にはいかないね。こっちにも事情というものがあるんだ」

「何を言ってやがる。大学に行くための実績、または学校の名を轟かせようとしているのか?」

「そんなことじゃない。けど重大なことだからこそ、西住みほが必要なんだ」

「そうか。なら早く手を引くのが身のためだぞ」

「うちら生徒会が簡単に手を引くとでも?」

 

彼女は不敵な笑みを浮かべて此方を覗く。俺が圧を掛け続けても動じないあたりから察するに、彼女はかなりの器量の持ち主なのだろう。家元やココといった者には流石に劣るも、俺に動じない程度には強い。

だが、所詮は少女だ。安易に脅せば篭絡する。

俺は机に置いてあったボールペンを手にし、生徒会長に向かって回り込んで道中室内を横目に確認する。そして机越しから何も間に挟まない状態で相対する。

 

「しなかったらお前らをこの場で殺す」

「えっ!?」

「か、かかか会長ッ!?」

「……へぇー、言ってくれるじゃない」

 

渾身の殺意を込めた脅迫に生徒会長以外の女子は驚嘆したり明らかに恐怖の色を滲ませた発言をする。流石に生徒会長もこれには動じているのか、曝した額から冷や汗を垂らしている。この脅迫は非常に効果があった。

 

「そんなことしたらすぐバレちゃうけど」

「簡単ではないが可能だ。監視カメラも無いし、最初にお前の首を片手で絞めてから手にしたペンや机上のカッターを投げて声を出すこともなく彼女らを殺す。その後にお前だ」

「じゃあ死体処理はどうするのさ」

「そんなの海上に投棄だ。この学園艦は常に動いているし、解体しちまえば魚の餌だ」

「っ」

「ほら、早く選択しとけ。やめるか諦めないか(殺されるのか)を」

 

言っておくがこれは本気だ。彼女らも薄々これが本気であることを察しているだろう。

何度も人を殺傷してきた俺にとって殺人に対する抵抗はない。敵と判断した者は味方であろうと殺し、命令であれば善人でも殺せる。抵抗感はとうの昔(沖縄戦)に捨て去った。

彼女が拒否したら速攻後方の二人を殺せるよう手にしたペンに力が入り、みほたちにどう経緯を説明するか思考する。

彼女のために俺が苦しむことは構わないが、彼女が苦しんでいるのを俺は赦さない。解決するにはどんなこともするのが俺の流儀だ。

 

「戦車道に西住みほを―――――」

 

 

「ちょっと待ってください!」

「ッ!?」

「に、西住!?」

 

何者かが扉を開けて生徒会長の発言を制止する。普段なら部外者が入ったと舌打ちをするが、その何者かの正体が現在擁護しているみほであった。俺は傍目で彼女の姿を視認し、生徒会の者たちへ警戒を怠らないでいた。

みほは此方に向かって歩んでいき、机越しに生徒会長と相対する。生徒会長の彼女はみほに視線を向けて、何が紡がれるのかを待機していた。

 

「わ、私! 戦車道やります!」

「何ッ!?」

「……それは本当かい?」

「……はい」

 

みほは何かを決心した様子ではっきりと戦車道の参加を宣言した。

まさか自分から戦車道を選んだことに俺は驚愕していた。先程までは戦車道に対して負の感情を抱いていたのにも関わらず何故その選択ができるのかが理解できない。戦車道が原因で黒森峰から転校したのに何故再度その競技を選ぶのだ。訳がわからない。

 

「何故だみほッ! お前は戦車道を拒絶する正当な理由があるはずだ! それなのに何故選ぶ!」

「……確かに私も最初は嫌だったよ。だけどね、生徒会の皆さんが戦車道に並々ならぬ感情を抱いているのが感じ取れて、私はそれに応えなければいけないとさっき決心したの」

「では、最後の確認として貴様に問う。本当にお前は戦車道を行いたいのか」

「うん。もう変わらないよ」

「……お前の選択なら俺は尊重しよう。生徒会の者たちには悪いことをしたな、謝ろう」

 

俺は先程まで行った脅迫について頭を下げて謝罪をする。生徒会長の方も一瞬にして殺意やらの感情が俺から消失したことに戸惑いながら俺を見つめていた。

脅迫を行って、しかも殺す一歩手前だったのだ。きっと彼女らは警察に訴えて俺は罰を受けるに違いない。その時は速やかに受諾しよう。

 

「さっきの行為について、さっさと解雇するなり警察やらに訴えてもいい。その時は俺は逃げないで罪を認める」

「……もちろん罰は今後受けてもらうよ」

「そうか」

「ご、伍長さん」

「戦車道の顧問兼補助員として、ね」

「あぁ? 顧問だと?」

「伍長さんが戦車道の顧問?」

 

まさか生徒会長の彼女からの宣言に俺とみほ、しまいには他の生徒会の生徒二人と覗いていたみほの友達二人も唖然としていた。当然のことだ。殺されかけた人物を解雇したり警察には訴えずに自らの手元に置いて、戦車道の顧問をしろというのだ。前代未聞の事柄に生徒会長以外は状況に追いつけないでいた。

 

「待て待て待て。俺が戦車道の顧問をしろと? 戦車の操り方や戦術も知らん」

「それは西住ちゃんがやるということで。君は自動車部と一緒に修理や訓練の手伝いをすればいい。てか戦車道の顧問はぶっちゃけ誰でもいいから」

「伍長さんは力が強いしある程度機械修理できるね」

「それでもおかしいだろ!? だって戦車道で教育できることといえば隠密行動のいろはや罠の設置に塹壕の掘り方ぐらいしか知らんッ!」

「やっぱ知ってるじゃん。いけるいける」

「そういや芋掘りとかかくれんぼが異様に上手かったね」

 

急遽として決められた条件に内心ため息を吐きながらも、みほと離れ離れになることはないと安堵していた。まさかこのような形で再び教鞭を取るとは想定していなかった。

まあ顧問として任命された以上、みほの指揮に応対することが十分できる部隊を作らざるおえない。

そして俺は決心を固めた。

 




Q.何故伍長はこんなことをするのですか?

A.SAN値は一桁台にギリギリあるけど不定の狂気を持っているから。


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再興、戦車道!

学園艦ではカラスの代わりに海鳥がゴミ袋あさってそうですね。
そして山鳩の代わりに鳴くウミネコとか絶対うるさい。


「どうしてこうなった」

 

現在俺は枕に顔を突っ伏しながら不安定な音程で愚痴をこぼす。時刻は七時、出勤の時刻である。何故俺がこのような姿勢で唸っているのかというと、先日のやりとりで俺が西住流に関与していたとして戦車道の顧問に任命されてしまったのだ。

外では山鳩ならぬ海鳥が馬鹿にしたかのように鳴いている。非常にうざく、撃ち殺してしまいたい。

当然だが、俺は戦車道を体験したことはない。簡単な修理ぐらいしか戦車は扱えない。

 

「おかしい……戦車道を拒絶するために行ったのに俺が顧問だなんて……」

 

みほを守るために赴いたはずなのに、まさかミイラ取りがミイラになってしまった。今更になって顧問を辞退するわけにもいかないし。

……もはや進撃しかない。

 

「よしっ! 俺は腹に決めたぞ! 顧問として尽力する!」

 

俺は覚悟を決めて堕落した姿勢から立ち上がる。

これもみほのためなのだ。俺はみほの補助となれればそれでいい。戦車道の基礎は彼女が教えるからな。

俺はそう言い聞かせながら、年季が入って縫い跡だらけの軍服を紙袋に仕舞い、家から飛び出した。なお、自身の大事な略帽が入っていなかったことに気づいた俺はすぐさま家へと戻ったのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「で、集まったのは十八人か」

 

俺はあの大規模な宣伝の割には履修者の人数を建物の陰から見て愕然とした。新たに復興した科目だから人が少ないのはわかるが、あそこまでの特典を付けてこれとはな。もはや諦めたい、せっかくの朝の気力がそがれてしまった。

海鳥が俺のすぐそばに降り立ち、こちらを嘲笑うかのような視線を向けてくるので、海鳥を蹴飛ばして追い払う。

 

「……どうしたものか」

 

俺は当初の問題に頭を抱えた。

戦車道経験者はみほのみ、それ以外は戦車のせの字も知らない素人。こんなんで戦力になるのか? 訓練をしても、せいぜい民兵に毛が生えた程度で匪賊より弱いだろうな。

こいつらをどうやって指揮するかはみほの手に懸かってて大変そうだ。心なしかみほの顔も不安の色が浮き出ている。

 

「これより戦車道の授業を開始する」

 

片眼鏡を身に着けた生徒会委員が開始を宣言する。

それに合わせて俺も陰で軽く着替えて懐かしの軍服に袖を通す。布地に染み込んだ火薬と土の香りは服を捨てない限りは一生取れることはない、さしずめ俺の人生のようだ。

……やはり愛着がある服だと気持ちが落ち着く。北アフリカの時は基本私服で戦闘だったからな。まあ再度教鞭を握るのだから厳格にいこう。

 

俺は陰から飛び出して彼女らのもとへと行き、張りがある声で自己紹介をする。皆が俺の恰好や用務員が顧問をするという異例の状況に目を丸めていた。

 

「皆知ってるかも知れないが俺が戦車道の顧問を務める。名前は西済伍長だ。気軽に伍長と呼べ」

「あー、朝掃除してる用務員さんだー!」

「私知ってる! 危ない雰囲気持ってる人だ!」

「にしても旧日本軍の軍服とはわかってるじゃないか」

「まさに武人ぜよ」

 

各々の反応はそれぞれなのだが、やはり奇抜な衣装を着る女子たちには受けがいい。もっとも、彼女らは俺が本物の日本兵とは思ってもいないだろう。てか、知っているとむしろ怖い。

すると、奥の方でなりを潜めていたパーマをかけた女子が俺の服を見て訊いてきた。

 

「そ、その軍服は本物でしょうか!」

「そうだ」

「ど、何処で入手を!」

「それは秘密だ」

「そ、そうだ。やはり戦車道の戦車はティーガーでしょうか?」

「知らん。どうだ生徒会」

「なんだっけな。見ればわかるよ」

 

何故把握をしてないのだ。生徒会のくせに。

……まあ、あのデカい倉庫の中に戦車はあるのだから見てみるか。我が皇国の戦車があれば万々歳で、何よりも俺が一番うれしい。まあ性能については何も言わないが。

 

「ということでよろしくね用務員さん」

「……はっ?」

「いや早く開けてよ。人力で」

「嘘だろ」

 

どうやら大洗女子学園は警備に関する機能は整ってるくせにこういうところには及んでいない様子。なんでそうなるのだ。こんな重そうな鉄扉を一人で開けろとはかなりの苦行じゃないか。

……仕方ない、本気でやるか。

 

鉄扉に手を付けた俺は渾身の力を腕に込めて押し込む。すると扉は徐々に軋ませながらゆっくりと開いていく。幸いなことにさほど錆びついてはいないので開けることは可能だ。もっとも、閉める際も人力なのだが。

 

「すごい腕力だな」

「さしずめ金太郎だ」

「いやアーノルドシュワルツネッガーだ」

「ここは力士の雷電 爲右エ門ぜよ」

「「「それだ!」」」

 

背後で俺が力士だと揶揄されながらも気合いと根性と大和魂で開け切った俺は。地面に大文字に寝転んで息を切らしていた。普段から鍛錬をしているとはいえ、これは体の芯にくる。しかもこの作業を授業ごとにしなければらならないと思うと気が遠くなる。

 

「お疲れさま伍長さん」

「ど、どういたしましてみほ」

 

倒れた俺を無視した多数の生徒は続々と倉庫の中へと入っていくが、唯一労いの言葉をかけてくれたのはみほだった。しゃがんだ彼女は俺の視点で逆さまになりながらも判断できるような笑みを浮かべていた。すると少しだけ気力と体力が回復したかのように思えた。

 

「で、戦車は何だ。重戦車か中戦車か、それとも駆逐か?」

「おそらくドイツの四号戦車。型はD型」

「ドイツ戦車なら西済流には馴染みがあるな。使えるかどうか調べてくれ」

「わかったよ」

 

彼女は戦車を点検するために倉庫へと向かう。倉庫内から汚いや錆びついているだの批評が聞こえるが、はっきりとみほの声が聞こえた。

 

「これでいけるかも」

 

その宣言が意味するのはこの車輛で戦車道を行えるということだ。倉庫内からは驚嘆の声が聞こえ、俺は多少軽くなった体を起こして戦車のもとへと歩み寄る。

眼下には埃を被っては酷く錆びついている戦車が一輌。しかし、外装は醜悪だとしてもこいつが内に秘めている炎を感じ取ることができた。俺は右手を当てては、誰にも聞こえないほど小さく呟いた、

 

戦う(やる)ぞ老兵」

 

俺は彼女らを振り返っては宣言する。

 

「この戦車はお前らよりもずっと先輩だ。そしてその先輩を動かすのは貴様ら自身なのだ。せいぜい貴様らが先輩に恥じることないようにしろッ!わかったなッ!!」

「「「「「はいッ!」」」」」

「声が小さいッ!」

「「「「「はいッ!!」」」」」

「それじゃあ戦車を此処から運び出す。ロープで牽引しろッ!」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

俺とみほは戦車にロープを結び、屋外へと生徒たちを使って牽引させる。戦車の重量は二十五トンだが二十人程度の力で引っ張れば、時間は掛かりながらも出すことはできる。二十分を掛けて外へと運んだ生徒たちはもう疲れている様子であった。

 

「おい生徒会。他に戦車はないのか? まさか一輌だけというオチは無しだ」

「えっとこの人数なら……」

「全部で五輌必要です」

「全然足りたいな。どうする」

「じゃー皆で戦車捜そうか」

 

この思いがけない会長の発言に俺を含めた一同は混乱した。普通なら戦車は此処の倉庫に全て保管されていると思っていたからだ。まさか宝探しの感覚で戦車の捜索をするとは誰が思おうか。少なくとも俺は思わない。

 

「我が校においては戦車道は何年も前に廃止になっている。だが当時使用していた戦車は何処かにあるはずだ。いや必ずある。明後日、戦車道の教官がお見えになるので残り四輌を見つけ出すこと」

「して、いったい何処に」

「いやー、それがわかんないから探すの」

「何にも手がかりないんですか?」

「無い」

「では捜索開始!」

 

……もう家に帰りたい。こんな無責任な生徒会とか滅びてしまえ。

 

「聞いてたのと話が違う…戦車道やってるとモテるんじゃ……」

「明後日カッコいい教官来るから」

「本当ですか!」

「本当本当、紹介するから」

「行ってきまーす!」

 

あぁ、悲しきかな。会長の卑劣な罠に掛かって騙される者が一人できてしまった。どうせ戦車道の教官は女だろう。男が戦車道やるわけないしな。まあその教官も察しはつくのだが。

 

「取りあえず伍長さんも一緒に捜そうか」

「いいぞ。で、みほよ目途はあるか」

「残念だけど無いね」

「地道な作業になるな……」

 

 

この俺の予想は的中、三十分掛けても戦車は一向に見つからない。校舎やその周辺を散策しても戦車の砲塔すら見えない。

先程まで元気よく飛び出して戦車を捜していたみほの友達の沙織とやらは鬱憤を叫んだ後に、肩を落としてしょげていた。そんな彼女をみほの友達の華が慰める。

 

「駐車場に戦車はないかと」

「だって一応は車じゃない。じゃあ裏の山林行ってみよ」

「……なあみほ、気づいているな」

「うん。後ろの子だよね」

「あぁ」

 

沙織たちを追うように俺らは追従するが、その後ろで一人の少女がこちらを木陰から伺っている。相手は普通の生徒なので敵意や殺気はない、となるとこちらに声を掛けようとしているのだろう。

 

「みほ、彼女に声を掛けて――――」

「あ、あの!」

 

俺はみほに指示を送る前に彼女は後ろへ振り返り、背後にいた少女に声を掛ける。今まで消極的な姿勢であった彼女が行動を取るなんて珍しかった。

 

「よかったら一緒に捜さない?」

「いいんですか! あ、あの普通二科二年C組の秋山優花理といいます。不束ものですがよろしくお願いします」

「こちらこそお願いします。五十鈴華です」

「武部沙織!」

「わ、私は……」

「存じ上げております。西住みほ殿ですよね」

 

……みほのことを知っているとなると戦車道を知ってるな。となると関係者か?

優花理は軽い敬礼をした状態でよろしくと挨拶をする。

 

新たな仲間を手に入れた俺ら一行は山林を突き進んでいく。甲板の上に山ができているというのは大変おかしなもので、時折吹く潮風や海鳥の泣き声がなければ地上だと感じてしまう。木々も青々と豊かに育っている。どのくらいの費用を掛けて造ったらこうなるのだろうか、不思議だ。

 

「……あっちから臭いが」

「臭いでわかるのですか?」

「花の香りに混じって鉄と油の臭いが」

「華道やってればそうなるの!?」

「……微妙にだがそうだな。よくわかったな」

「なんで伍長殿もわかるんですかッ!?」

「昔、嗅ぎ慣れててな」

 

まあ鉄と油、そして硝煙の臭いはもう嫌というほど嗅いだ。沖縄戦ではそういう物騒な香りが周りに充満していたからな。なんなら毒ガスの臭いもある。

 

「ではパンツァー・ファー!」

「パンツのアホぉ!?」

「パンツァー・ファー、戦車前進っていう意味なの」

 

華が先行して進み、俺らはその後を追った。一歩また一歩と進むにつれて臭いも濃くはっきりとわかっていく。どうやら彼女の嗅覚は本物だ。

一分ほど歩くと、ようやく眼前に待望の戦車が放置されていた。やはり野ざらしであったため外装の塗料や部位が錆びてはいるものも、再利用可能であった。なお、この戦車の名前はまったくわからないが。

 

「38T……」

「なんかさっきのよりも小さい…ビスだらけでポツポツしてるし……」

「38Tとはロンメル将軍の第七装甲師団でも主力を務め、初期のドイツ電撃戦を支えた重要な戦車なんです! 軽快で走破性も高くて…はっ! Tってことはチェコスロバキア製ということで重さの単位のことじゃないんですよ!」

 

……わかったわ。なんで彼女がみほのこと知ってたかわかったわ。この娘かなりの戦車オタクだ。下手したらみほやまほよりも知ってるのでは? 戦車の情報とか。

 

「今、生き生きしてたよ」

「すみません……」

「では戦車をどうやって持ち帰るのですか? まさか人力とかでは……」

「流石にそれは酷だ。自動車部が重機で牽引してくれる。てか学生なのに重機の運転って」

「それ戦車を操縦した私にも言えるね」

「そういやそうだな」

 

かくして各々のグループが戦車を発見し、自動車部が校庭に運んでくれた。

五輌の戦車はどれもオンボロではあるものも大きな損傷は皆無で幸先いい。戦車を操縦する者は基本は見つけた者が振り分けられるようになった。

例外としてみほたちのグループは四号を操縦することになったが却って都合がいい。

こうして彼女たちの戦いが幕を開けたのだ。




崖の下にあった戦車ってどうやって回収したんでしょうかね。まあ設置もだけど。


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男一人と女四人、料理をする

「よし、いいだろう。後の自動車の部員が今晩中にやらせる。それでは本日は解散」

 

各戦車を発見した各チームが戦車の清掃を終えたところで、日は暮れて後の作業は重機にも詳しい自動車部が引き継ぐこととなった。実際、機器の修理となると素人である彼女らはお荷物となるから妥当だろう。

 

俺は折り畳み椅子から立ち上がり、煙草を空き缶の中に入れて疲労困憊の彼女らに告げる。慣れない戦車の洗浄作業をしていた彼女らは苦痛を訴える悲鳴や肩で息をする者が殆どで、これだけの運動で疲れてしまったので実際に戦車を操縦したらどうなるのだろうか。疲れて爆散でもするのか?

ちなみに校内は基本禁煙だが、副流煙にならない距離かつ屋外という条件を生徒会に飲ませた。

強引に顧問にさせられたんだから別にいいよな、まあ前日脅迫したけど。

 

「じゃあ解散。さっさと寝て体を癒せ」

 

俺の号令とともに彼女らは倉庫の中に置いていた通学鞄を手にして、放課後はカフェに行こうやら買い物に行こうと話し合いながら彼女らは校門を出ていく。自由時間となると突然元気になるのはどの時代の生徒にも共通で、よりしごき甲斐がある。

そして俺も戦車の移動という作業には俺の手助けがいらないらしく、そそくさと着替えた後に帰宅することにした。繊細な作業は経験がなく当然だろう。

 

しかし、そのまま帰宅するには気分が乗らない。久しぶりに軍服を着ているのが一因だろうか。活力が満ち溢れんばかりだ。近くにあった錆びれたベンチに座り計画を暫時練り、その結果この街を知る必要はあると判断して街の散策をすることにした。

この街の特徴としては黒森峰やアンツィオ学園と街並みを比較すると殆どの家屋が現代日本的である。古屋敷や昔ながらの家屋といった感じでもなく、今までの旅で目にしたような街並みで面白味がない。

 

「……戦車くらぶ?」

 

自販機で購入したコーヒーを手にしてぶらぶらとしていると、面白そうな店を見つけた。名前からして戦車関連の商品を取り扱っているのが一目でわかる。それに店先にたぬきの像が置かれていない代わりに、土嚢やガソリン缶が存在している。

……まあ戦車道の顧問を務めることとなったし、見てみるか。

 

コーヒーを飲み切てから近くのゴミ箱に捨てて、店内に入店する。

真っ先に店内に入店してから目にしたのは戦車の転輪が大きさごとに金網に飾られ、壁には各国の軍服が掛けられている。此処でエルヴィンはあの帽子を購入したのだろう。

店はさほど広くはないので、大洗女子学園の生徒四名がその場に居ることを容易に気付くことができた。

何よりもその生徒たちは、俺の知る生徒たちであった。

 

「おぉ、みほたちか」

「あれ?伍長さんじゃん、一体どうしたんですか?」

「いやただ戦車道の顧問になるから少しはと」

「伍長殿は好きな戦車は何ですか! やはりチハですかね!」

「チハは好きだぞ。まあ一番は三八式歩兵銃が好きだが」

 

戦車は確かに役には立つ、だがそれは対歩兵に限ってで、チハはよくシャーマン戦車にはボコボコにやられていたのをはっきり脳裏に刻まれている。簡単にいうと頼りないのだ。

その点、俺が長らく使用していた三八式は歩兵との戦闘にも高頻度で使用されて、相手の銃の装備関係無しに撃破できる名銃だ。それに銃剣を付ければ簡単な槍にもなるからな。

 

 

俺と優香理とで好みの武装について談義した後、優香理は戦車のゲームに興じながら戦車道についてを沙織と華に説明していると、壁に取り付けられたテレビから戦車道の情報が提示された。

 

『高校生大会で昨年MVPに選ばれて国際強化選手に選ばれた西住まほ選手にインタビューしてみました』

 

なんたる偶然か、突然とみほの姉であるまほに関する情報が表れるなんて。みほはテレビを見つめて顔を顰める。当然だろう、今のみほにとって戦車道は敬遠したいモノだ。それに加えてまほの情報まで表れるとは。

テレビに移されたまほは一年前から変わってはおらず、しいていうなら身長が伸びた具合だろう。凛々しい顔立ちや雰囲気は昔と変わらない。

 

『戦車道の勝利の秘訣は何ですか?』

『諦めないこと、そしてどんな状況でも逃げ出さないことですね』

 

インタビュアーからの質問をまほはそう返すと、みほは口元を歪めて俯いてしまった。おそらくはこの返事にある逃げ出さないことに彼女は反応してしまったのだろう。

俺は大丈夫だ、と彼女の肩に手を乗せようとしたが、俺自身も一度怪我を口実に家元の元から去った身だ。人のことを言えず、煩わしさで胸中がいっぱいになった。

みほのもとに沙織たちが集まるが、ただならぬ気配を察知した沙織が空気を変えようと提案をする。

 

「そうだ! これからみほの部屋に遊びに行ってもいい?」

「私もお邪魔したいです」

 

この提案に華も賛同した。

すると二人の提案を嬉しく感じたみほは顔から陰を排斥し、歓喜に満ちた表情で明朗に了承した。しかし、この提案に優香理はおどおどとした態度で手を挙げてみほたちに尋ねるのであった。

 

「あの……」

「秋山さんもどうですか?」

「ありがとうございます!」

 

華も瞬時に察して誘うと、優香理は深々と頭を下げて感謝の意を表すのであった。

 

「じゃあこれにて俺も」

「伍長さんも行こうよ。住んでるアパート一緒でしょ」

「えっ!? みほと伍長さん同じアパートなのッ!?」

「驚きですね」

「みほ、そういうのは口にしたらいけない。俺がクビになるし、お前の悪評もだな……」

「大丈夫だよ。伍長さんはそんなことしないと信じてるし、この場に居る皆は漏らさないと思うから」

「みほ……」

「もー、みほったら!」

 

突然と一年離れていてもみほは俺を信頼してくれるらしい。優しい娘だな、みほは。涙が出てくる。

みほの優しさに心打たれて、俺は感動で涙腺を緩ましつつも、道中で買い物を行い夕飯に必要な素材を手に入れた。そして一行はみほの家へと入室することとなるのだ。

室内は歳相応の女子らしい部屋であり、棚にはボコで埋め尽くされている。ボコにも種類があって、色違いや怪我の部位が異なる。どこにこの人形の可愛さがあるのか正直わからない。

 

「西住さんらしい部屋ですね」

「よしっ、じゃあ作るか! 華はジャガイモの皮剥いてくれる?」

「あ、はい」

「私ご飯作ります!」

 

優香理が米を炊くといって自身の大きな鞄から取り出したのは飯盒に金属製の皿で、ピカピカの新品である。この行動には沙織も困惑していた。

まさに俺の従軍時を思い出す。俺も平時や戦時中はよくこれで米を炊いたものだ。戦時は米をこれで炊いてたが煙で敵に見つかるといけないので、煙を隠すように炊いたな。まあ後半からは米が無くなったがな。

 

「なんで飯盒…いつも持ち歩いてるの?」

「はい、いつでも何処でも野営できるように」

 

すると今度は華の驚嘆の声が台所から響く。何事かと赴くと、華が指先を切っていた。

 

「すみません。華しか切ったことないので……」

「待ってて、今絆創膏持ってくるから……!」

「皆意外と使えない……よしっ!」

「どれ、俺も手伝うか。簡単なやつなら任せろ」

 

俺は義手につけていた手袋を外して沙織のもとに向かうが、彼女は動揺した表情を浮かべてその視線が俺の左手を凝視していた。それは華と優香理も同じ反応を示した。

 

「ど、どうしたんですか伍長殿……その手は?」

「すごいメカメカしい……」

「あぁ、俺の左腕は肘から指にかけて義手なんだ。ついでに俺の眼帯も飾りじゃない」

「ど、どうしてそんな大怪我に?」

「まあ色々あってこうなったんだ。けど義手は極めて高性能で日常生活に支障はない」

 

事情も知らず、心配する彼女らを安堵させるように俺は笑ってみせた。義手も慣れたもので昔同様に扱える。

俺の事情をなんとか理解した彼女らは、俺を料理の仲間に加えて夕飯を作り始めた。沙織の料理の腕は優れたもので、手早く作業を行いつつ料理に不慣れな華やみほに指示を送っていた。かくいう俺も指示された一人だ。

 

机上には和食を始めとした料理が並べられて、肉じゃがが香ばしい匂わせて食欲をそそる。しかも俺はここ数日はコンビニで購入した食品しか口にしていなかったのでなおさらだ。米もほかほかしている。

 

「じゃあ食べよっか」

「よし」

「はい」

「はいっ」

「はい」

 

沙織の号令を皮きりに皆が皿に手を付ける。真っ先に俺は肉じゃがに手を付けて口にすると、ジャガイモがほどよい触感で崩れて味も染み出ている。玉ねぎも飴色で綺麗だ。

 

「いやー、男を落とすには肉じゃがだからね」

「落としたことあるんですか?」

「何事も練習でしょー!」

「ていうか、男子って肉じゃが好きなんですか?」

「知らぬ。俺はそもそもそんなに食ってない」

「えー、珍しい」

「そもそも無かった」

 

肉じゃがはそもそも戦後作られたもので、通称和製ビーフシチューだ。一般的に家庭で広がったので知る由がないのだ。

 

「お花も素敵」

 

みほは机上の中心に置かれた生け花に目をやる。華は彼女の反応を見て、申し訳なさそうにしていた。

確かに彼女は料理ができないという理由で調理の面子から外されて、その代わりに生け花を差して役に立とうとしたのだろう。なんと健気な娘だ。

みほは彼女をすかさず擁護して励ましていた。

 

「そういや伍長さんは恋人とかいたの?」

「お、俺か」

「そういや伍長さんは恋愛の話はしないね」

「……聞きたいのか?」

 

まさかここで生前に想っていた雪子について訊かれるとはな。……まあ打ち解けるために少しだけ話すか。

俺はコップを一気に飲み干して、軽く覚悟を決めて彼女に話すことにした。初めてこの話を聞くみほや色恋に敏感な女子たちは俺に視線を集める。

 

「俺は故郷で想い人がいてな、幼少時からの付き合いだったんだ」

「おおっ! すごいテンプレ展開!」

「けど事情で俺が遠くに行ったんだ。そして数年後、また故郷に帰るとその子は消えた」

「えー、引っ越しちゃったの!?」

「追いかけなくてよかったのですか?」

「いや死んだんだ。風邪を拗らせてな」

「そんな……」

「……悲しい結末だったのですね」

「伍長さん……」

「まあもう慣れたから、あまり気にするな」

 

俺は悲し気に顔を歪める彼女らに笑みを浮かべて茶化した。

けれどその言葉は嘘だ。慣れたのなら雪子の夢を見て感傷に浸ったり、エリカの姿と雪子を照らし合わせることなんてしない。未だに俺は彼女の死を受け止めきれていないのだろう。

真実を隠した偽装の笑みは彼女らには通用したのか、若干安心した様子であった。

 

 

夕食が終えた後も一時間程度談話をしておおいに盛り上がった。それはみほを楽しますことができて、俺は傍からその様子を見守っていた。

流石に九時になると彼女たちは帰らないといけない時刻になり、みほと俺はアパートの玄関まで見送り手を振った。

 

「やっぱり転校してよかった!」

「そうか」

 

俺はみほが喜々としているのを見て、安堵と喜びで簡単な返事しかできなかった。これで彼女は戦車道を行うのに少しは気楽になるし、これからも楽しい学園生活を送れるだろう。

スキップで階段を上がり、自宅のドアまで行くとこちらを振り返り満面の笑みで言うのであった。

 

「じゃあね、伍長さん!」

「あぁ、明日」

 

軽く手を振ると彼女も手を振り返す。俺は彼女が家の中に入るまで手を振り続けた後に、俺も自宅に帰宅した。

部屋にはゴミが散乱しており、ゴミを蹴り飛ばしながら布団に倒れた。倒れこんだ途端に不思議と猛烈な眠気が襲い、翌朝になるまで俺はいびきを立てて爆睡していた。

その日は何も夢を見ることはなかった。

 



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教官訪問

……蝶野教官がモテない理由ってなんでしょうかね。


「……なあこれ本当に教官来るのか?」

「うん来るよ。直々に電話も貰ったもん」

「ならいいのだが……」

 

俺は今日来訪するという戦車道の教官を生徒たちとともに待っていた。何故俺が教官が来るのかに不安を抱いているのかというと、この学園艦はここ数週間も寄港していない。数週間前に教官へ連絡を入れているのなら話は別だが、おそらくそうではない。

 

俺は即席の折り畳み椅子に座り貧乏ゆすりをしながら堪えていると、みほが珍しく遅れて校庭に来た。

 

「遅いから心配しました」

「寝過ごしちゃって…」

「遅いぞみほ、まあ教官が来てないから別に構わないがこれからは考慮するように」

「教官も遅い、焦らすなんて大人のテクニックだよねー」

「えっそうか? 俺ならガーと一気にだな」

「伍長さんそういうのいいから」

 

俺や生徒たちとの間で他愛のない会話を繰り広げていると、非常に耳障りな機械音が徐々に近づいて大きくなっていくのに俺を含む全員が気が付いた。それは確かにエンジン音であり、レシプロ飛行機のような羽音でもない。此処の学園艦は規模が小さく、航空機を着陸する滑走路はない。北アフリカで私兵として従事した際にこの機械音は幾度も耳にしており、まさかと思って上空を見上げた。

 

空は平時通りに青いが、一機の大型輸送機がこちらに向かって飛行して学校の駐車場目掛けて飛行機は低空飛行する。すると輸送機に内蔵された格納庫から四個のパラシュートに引かれた戦車が一輌現れた。

まさかの空挺降下に俺と生徒たちは思わず叫ぶ。

 

「はああああああッ!?」

 

しかもその戦車は金属板に載せられており、バチバチと火花散らし金属板が擦れて生じる摩擦音を響かせて駐車場を滑走する。そして運悪くそこに駐車していた学園長の赤いフェラーリに激突し、哀れにも車両はひっくり返された。

なお戦車は学園長の車に何かしらの恨みでもあるのか、停止した戦車は金属板から降りるために後退するとちょうど学園長の車を轢いた。当然、戦車の重量に耐えれるわけもなく廃車が確定してしまった。まあスクラップとして売れば二束三文にはなるだろう。

……にしてもこれはやり過ぎである。

 

「こんにちは!」

 

砲塔のキューポラから姿を現したのは厳つい体の教官、などではなく黒髪短髪を持ち端麗な顔立ちの女性であった。凛とした表情を浮かべる姿は男にも引けを取らない。

なお偶然にも俺とみほはその女性と面識があり、苦い笑いを浮かべる。

……マジでこの人が来るとは思ってなかったぞ。この人と顔見知りだと面倒くさいことになりそうだから生徒の陰に潜んで静観しよう、うんそうしよう。

 

 

「……騙された」

「でも素敵そうな方ですよね」

「特別講師の戦車教導隊蝶野亜美一尉だ」

「よろしくね。戦車道は初めての方が多いと聞きますが一緒に頑張りましょ」

 

沙織は騙されたと頬を膨らませて不服気味でそれを華が慰めていた。

にしても一年程度で一尉とはすごいな、大尉だもんな。やはり教育を受けた者は昇級が早く、一般隊員として歩兵だと基本叩き上げで軍曹止まりがほとんどだからな。まあその軍曹も新任の少尉や准尉の補佐をしたりと重要な役職ではあるが。

 

「あれ、西住師範のお嬢様ではございません? 師範にはお世話になってるんです。お姉様も元気?」

「……はい」

 

みほが蝶野に家柄をバラされたことにより、周囲の生徒たちは騒めき立つ。だが不幸中の幸いなことに黒森峰で起きた事件をする者は存在しなかった。戦車道に関心のない少女たちが集まったのだから当然である。

……この雰囲気はみほにはツラいだろうな、どれ助け舟を出すか。

 

「西住流っていうのはね、戦車の流派の中でも最も由緒ある流派なの」

「蝶野――――」

「教官はやっぱりモテるんですか!」

 

みほには気まずい雰囲気を俺より先に払拭しようとしたのは沙織で、彼女は戦車道の噂は真意であるかを訊くと、みほは話をわざと転換した彼女に感謝するように振り返る。

みほは素晴らしい友を持ったものだ。誇るべき友だな。

 

「えっ?うーん、モテるというより狙った的を外したことはないわ。撃破率は百二十パーセントよ」

 

この返答に辺りは感嘆するかのような声を上げる。完全な返答ではないのに不思議である。

……彼女の返答から察するに恋人作りは失敗しているんだな、顔と体はいいけど他がなぁ……。

 

「教官!本日はどのような練習を行うのでしょうか!」

「そうね、本格戦闘の練習試合やってみましょ」

「えぇ!? 最初からですか!」

「大丈夫よ、何事も実践実践!戦車なんてバーと動かしてダーと操作してドーンって撃てばいいんだから!」

 

駄目だ、もう駄目だこの教官。教導隊でこんな感じに教えているとしほ殿に知られたら怒られるし、最悪左遷されるだろう。……よく一尉に昇級できたな、俺が試験官なら落とすぞ。あー、頭が痛くなってきた。

 

「それじゃそれぞれのスタート地点に向かってね……あれ伍長さんじゃないですか、久しぶりですね」

「良い天気ですね、では俺はただの用務員なんで気にしないでくれると嬉しいです。さて、掃除だ掃除!」

 

不幸にも静観決め込んでいた俺もとうとうバレてしまった。みほと同様に周りからの視線を集め、さっさとその場から立ち去ろうとした。下手に西住流と関わっていたことを知られると後々面倒だしな。

けれども、そそくさと逃げることを許さない少女が一人だけ存在した。

 

「あの人は実は戦車道の顧問なんですよー」

「生徒会長、貴様は何を言ってるのか俺は理解できないぞ」

「まあ! なんて偶然ね、握手させてくれるかしら!」

「ま、まあ握手だけなら」

 

俺は渋々彼女に接近し、差し伸ばされた蝶野の右手を握る。すると彼女は右腕を引くと俺は難なく彼女のもとへ寄せられてしまい、空いた左腕で俺の首に絡めてきた。このままでマズいと即座に俺は左手で気道の確保を行うと右脚で彼女の足元を狙って蹴る。バランスを崩した彼女と一緒に俺も後ろに倒れこんだ。

二つの柔らかい感触が背中に伝わるも今は無視して彼女をここからどのように倒すか冷静に思考していた。

 

「ははは、やっぱり勝てませんね」

「突然仕掛けてくるから油断していた。素晴らしい格闘術だがまだ未熟だな」

「そうみたいですね」

 

彼女は首や手の拘束を解いて堂々と降参宣言を口にした。俺はそれに呼応するかのように立ち上がり、土が付着した箇所を払う。ふと辺りを見渡すと生徒たちは口を大きく開き、愕然とした顔立ちでこちらを凝視していた。目の前で唐突に格闘が行われれば必然である。

 

「ま、まるで山中鹿之助の取っ組み合いみたいだ……」

「まったくぜよ」

「ったく悪目立ちは避けたかったのに、ほら立てるか?」

「大丈夫です。私はこの通り元気元気!」

 

土が大量に付着した背中を叩きながら笑顔を浮かべる彼女を見て、怪我はないと認識した俺は大袈裟に肩を回した

。久しぶりの格闘だったので痛みはないかの確認である。

 

「お前らさっさと持ち場に着け、時間は有限だぞ」

「「「「は、はい!」」」」

 

目を覚ました彼女らは蜘蛛の子を散らすように戦車のもとに近づいた。各々は慣れない戦車に様々な想いを募らせていたのか気合を入れる集団も存在し、中にはバレー部復興を夢見る集団もいた。壁に戦車をぶつけたり直線に進めなかったりと悪戦苦闘をしながら各々のスタート地点へとなんとか進んでいった。

 

校庭に取り残された俺と蝶野、俺は離れて煙草を吸おうとするも彼女の眼光に止められた。俺は振り返ると彼女は一介の国家の人間としての表情で俺に問う。さっきまでの一人の教官といった情のある態度ではなく、極めて冷淡な態度だ。俺は身構えて彼女に訊く。

 

「……何か言いたそうだな」

「はい、貴方は二年前に目と左腕を失いましたよね。あの事件で」

「まあそうだ。目は治らんが左腕は義手だ」

「それは一目でわかります。ですが問題は何処で入手したかです。あまりに義手としては高性能にできすぎているし、そうなるとかなり高額でしょう。お世辞にも貴方はそれほどの大金を持っていませんし、家元から授かった物でもない」

「……それを知ってどうする」

「貴方はちょっとした関与が疑われています。そうですね、武器商人の―――――」

 

 

彼女が続いて口を噤もうとした瞬間、俺は眼前に敵を認識した際に発する殺気を全力で彼女にぶつけて牽制する。様々な感情が入り乱れた殺気は彼女に対して効果はなく、彼女も自身が出せる限りの闘志を俺にぶつけてきた。彼女も先程の戦闘とは違う雰囲気を察しさせる。

もしこの場が戦場でお互いにナイフや銃器を所持していたら、速攻で戦闘が起きていたと想像させるほどに緊迫した状態が空間を支配する。辺りのひりついた空気が肌に触れて毛を逆立たせ、互いに威嚇をする。

 

しかし、そんな険悪な空気を打破するように彼女が持参していた無線機から突如通信が入る。俺に視線を投げた状態でスイッチを押して相手の無線に応答する。

 

『全員の準備が完了しました』

「では試合を開始してください」

 

端的に無線を切ると彼女はため息を吐いて俺に向けて言う。先程までの闘志や雰囲気を纏ってはおらず、俺も殺気を放出するのを止める。

 

「まあ貴方は色々と海外で確認されていますので気を付けてくださいね。少なくとも私は関わりませんし、第一違う部署の仕事です」

「……そうしてくれると助かる。俺も有望な若き兵士の芽を摘み取りたくないし、お前を傷つけたらしほ殿に怒られる」

「やっぱり貴方は自衛隊に入るべき人材ですよ。ほら推薦状書きますから、ね?」

「残念だがお断りだ。たまには兵士以外の職に就きたい」

「何も戦う以外に仕事はあるんですよ。救助活動とか輸送とか給仕とか」

「そういうのは向かないから却下だ」

「ちえっ」

 

可愛らしく舌打ちを打った彼女はペンを持って地図を眺める。戦車が撃破された地点を記載して、後から自動車部に回収に向かわせるつもりだろう。

俺は煙草に火を点けて一服した状態で暇つぶしに持ってきた折り紙を折る。意外にも折ろうとするのはカエルだ。

 

「最初に撃破されるのはどのグループですかね」

「まあ見当はつく。おそらく生徒会だろうな、みほたちは彼女らに恨みを持っている可能性がある。次点で排球チームかな、皇国の戦車は装甲や機動力が高いとはいえない」

「客観的な考えですね。まあ経験のあるみほお嬢様が一番ですかね」

「次点で歴史愛好会ってとこか。装甲もあるし砲も良い、ドイツを代表する自走砲だ」

「けど戦車道は何が起きるかわからない。勝負において絶対というモノは存在しませんよね」

「あぁ。猫がネズミを殺すのが普通だがその逆もありえる。勝負事とはそういうものだ」

 

一服を終えると俺は完成したカエルを胸ポケットに入れて、吸殻を携帯灰皿に入れた。

勝負はどのように移るかを夢想しながら俺は倉庫の点検を行うことにした。

 




ちなみに戦車道の戦闘の様子はこの作品では基本書きません。
何故なら戦闘描写がめちゃくちゃ大変だし、本編と内容は変わらないからです。


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買い物と練習

めだかボックス読みましたが球磨川禊かっこいいですね。


「あー、なるほどね」

 

俺は風呂上がりでホテッた体をふかふかのリクライニングチェアーに委ねて戦車に着けた車載カメラとタブレットを用いて彼女の動きを観察していた。

現在俺が居る場所は学園艦の施設の一つである銭湯で規模は大きい、来た理由としては突発的に久しぶりに大きな風呂に入りたいと感じて此処に来たのである。当然、片腕と顔にある刀傷に傷だらけの体は一般人の目から見れば危険人物そのもので周囲は俺から距離を置いていた。

完全にあっち系(ヤクザ)の人と見られたのだろう。見知らぬ人との風呂場での会話を期待していたのだが残念である。

 

俺は大きくため息を吐きながらも、この一時間の戦闘で大体のチームの力量を把握した。

 

みほの率いる四号戦車チームはやはりみほというアドバンテージがいるだけではなく、何故か道中で新規加入をした冷泉麻子という天才少女が助太刀をしたお蔭で、本来なら細かい動作が必要となる操縦を行うことができた。

 

歴史女子率いる三号突撃砲チームは歴史好きということから突撃砲という車種を理解しており、待ち伏せを行っていた。操縦はまだまだ素人であるためぎこちなさが残るものも現時点では気にしないでおく。

 

生徒会率いる38tチームは三人という少数な人員であるが頑張った方だと感じる。操縦と特に射撃が劣るので改善の見込みがある。

 

排球部率いる八九式中戦車チームはやはり士気が高く柔軟な動きが可能であった。事実、三号突撃砲と結託して生徒会やみほのチームを撃破しようと企てていたし、射撃の腕も悪くはない。てか、八九式中戦車という貧弱武装と装甲であそこまでやりあえたのは評価すべきだろう。

 

で、最後は一年生が率いるM3リーチームだ。これは酷い、本当に悲惨な試合だ。M3リーの性能は大洗の戦車の中ではかなり良い方なのだが肝心の搭乗員が駄目だ。穴にはまりエンジンを無駄に稼働させたことでオーバーヒートを起こして自滅なんて目も当てられない。排球チームに車種転換させるべきだろうか。

 

「分析はだいたいこんな感じかな」

 

分析が終わり俺は百円玉をリクライニングシートに投入、すると背中に硬い球体のような物体が背中と肩を揉む。按摩師がいなくても体をほぐせるなんて良い時代になったじゃないか。てかすごい気持ちいいんだけど。

あまりの気持ちよさで昇天してるかのような満悦な表情を浮かべる俺、しかしそんな至福の時間も五分で終わって追加で至福の時間を続けようと財布を取り出した時、後ろから声を掛けられた。

 

「伍長さん偶然だね」

「みほか、お前も此処で入ってたのか」

「うん。あっちに沙織さんと華さんに優香理さんと麻子さんも居て、これから買い物に行くの」

「そうかそうか。けど学生の私的な時間を俺が邪魔するわけにはいかないから楽しんでな」

「大丈夫だよ、ほら一緒にご飯食べた仲じゃん」

「けどぉ」

「いいから来て!」

 

みほに右腕を引っ張られて無理やり起立させられた俺、彼女は忙しそうにパタパタと動き俺を二人のもとへと連れていく。彼女の風呂上がりで若干濡れた後ろ髪は短髪であってもシャンプーの匂いを散らし、彼女の火照った肉体には謎の色気が纏わっているので俺は少しだけ心が高鳴ってしまった。

女性と一夜の関係を何度も持ったにも関わらずこんな初心な反応をするなんて思ってもいなかった。

 

「お待たせ四人とも」

「あっ伍長さんじゃん。来てたんだ」

「此処のお風呂は素晴らしいですよね。色々な種類のお風呂がありますし」

「そうですよね。私的には電気風呂とかもいいですよね」

「私は普通のお風呂で十分だが」

 

当然、風呂上がりというのは四人も共通しておりどこかしら色目かしい。自然と目を逸らして多少赤くなった顔をあまり見せないように俯いた。

平時ではそんな反応するはずはないのに風呂上がりというのは恐ろしいものだ。俺によく刺さる。

 

「伍長さんも一緒に買い物に同伴させてもいいかな?お金は伍長さんが出してくれると思うから」

「……ん? 俺が出すの?」

「賛成!大人の資金なら大丈夫そう!」

「ふふっ、賛成です」

「きっと伍長殿なら大抵のもの買えますよね」

「まあ高い物なんてさほど興味がない」

「……なるほど」

 

俺はみほの方へ振り返ると、してやったりと言わんばかりにわんぱく少女としての一面がある笑みをこちらに向けていた。久方ぶりに見た表情に俺は懐かしさと愛くるしさを胸に抱いた。

みほの謀略を理解した。彼女は俺を金蔓として使おうとしているのか。いい身分になったものだなみほ、まあ別に金は前職の分も合わせてみると三百万程度は通帳にある。余程のことじゃない限り金は無くならないだろう。

よって彼女の無茶ぶりに応えてしまおう。

 

「仕方ないな。いいだろう、俺はお金がある立派なお金だからな。学園艦では俺の好きなモノ(風俗)も禁じられているから使いどころに困ってたんだ」

「流石立派な大人の伍長さんだね!」

「だろうだろう」

「……見栄を張ってるだけじゃないか?」

「なわけないだろう!社会人だぜ、放浪してたけど」

「じゃあ早速行こうか!気になってた物があるんだよねー」

「私もです!」

 

こうして俺の財布を基に少女たちの買い物が始まった。

俺ら一行が訪れたのは銭湯の近くにあったショッピングモールで、数ある店舗のうち最初に足を運んだのは雑貨店であった。

 

「なんで此処なんだ」

「てっきり戦車道ショップへ行くかと……」

「だってもうちょっと乗り心地よくしたいじゃん。乗ってるとお尻が痛くなっちゃうんだもん」

「へっ?クッション引くの?」

「ダメなの?」

「ダメじゃないけど戦車にクッション持ち込んだりする選手見たことないから」

「うーん、まあ引火しにくいような素材なら大丈夫か。消火器も新調したし」

 

こうして俺が運ぶ買い物カートにクッションが二つ載せられた。なお戦車好きである優花理は苦笑を浮かべている。戦車が大好きな彼女にとって無用で戦車と協調しない追加物を嫌ったのだろう。

 

「あとは土足禁止にしない?」

「「「へっ?」」」

「だって汚れちゃうじゃない」

「土禁はやり過ぎだ」

「俺もそれには口を挟ませてもらおう。緊急事態になって車外に脱出しないといけない際に脱出時に足を怪我する可能性がある。それに脱出しても裸足で土を踏みしめる行為は避けたほうがいい、感染症のリスクや凍傷の心配がある」

 

なおこう言う俺は裸足で敵から逃げたことがある。その際に足裏を痛めてしまい嫌な思いをした。普段は当然軍靴を履いているが小川で体を洗っていたのでそうなってしまった。

 

「えー、じゃあ色とか塗り替えちゃダメ?」

「ダメです!戦車はあの迷彩色がいいんですから!」

「あっ。芳香剤とか置きません?」

「げえっ!?」

「あっ鏡とかも欲しいよね!携帯の充電とかできないのかな」

 

戦車道素人以前に戦車素人の華と沙織は奇抜な発想を次々に提案するので、戦車に無用な追加物をよしとしない優花理は彼女らの案に必死に反対する。

 

無論、俺も鏡や迷彩に関して意見を述べる。鏡は衝撃で割れてしまい体を傷つけるのは自明の理、そして迷彩も戦車道で主に使用されている色以外は全て却下した。そして意外なことにみほはこのやり取りを呆然と傍観していた。

やれやれ沙織と華の考えはわからないぜ―――――

 

 

 

と思っていた時期が俺にもありました。

翌日、戦車道の時間にて戦車を車庫から出して貰ったのだが、どの戦車も馬鹿みたいにド派手な迷彩に塗り替えられていた。俺と優花理とみほはこの異端な光景に絶句していた。

 

ここで各戦車の迷彩を発表しようと思う。

まずは八九式中戦車は他の戦車と違ってまだおとなしい方だが砲塔と側面に「バレー部復活!」とスローガンを勇ましく書いている。

俺と優花理はまあ範疇だといった感じで過ごす。

 

次はM3リー、なんということでしょうか全体がピンク一色に染められているではありませんか。履帯とライト以外全てが見事にピンク、麻雀で例えるなら清一色だ。

まあピンクの迷彩は砂漠では有効だからと言い聞かせて俺と優花理は耐える。もっとも砂漠の戦場なんて学園艦で用意できるのだろうか。

 

続いて38tはこれまた全体を金に染めて、もはや下品という感情を覚えるレベルだ。太陽が金色の塗装に反射して時折光り、双眼鏡で適当に見渡したらすぐに視認できそうな気がする。

俺と優花理は思わず喀血して血涙を流しながら震える足で懸命に耐えていた。死にかけである。

 

最後に三号突撃砲は車体を赤く染めて車体下部には鷹の文様が、砲身と側面は新選組を思わせるような白と青の混合である。そして何よりも注目すべきところは後方に取り付けられた四本の旗である。さながら戦国武将である。

もはや俺と優花理は体力が残されてはおらず、その場で卒倒してしまった。まあ仕方がないことで……はない事態だ。

 

生徒たちは己の戦車の塗装の出来に満足しているのか喜々としており、唯一好みの迷彩を施せなかったみほ一行は不満げに沙織が頬を含まらせて不満を露わにしている。

しかし本来ならため息を吐くなり呆れるなりする立場であろうみほはこの光景にクスクスと笑っていた。思わず卒倒から復帰した優花理が彼女に声を掛ける。

 

「に、西住殿?」

「戦車をこんな風にしちゃうなんて考えられないけど、なんか楽しいね。戦車で楽しいと思ったの初めて!」

 

衝撃的な発言に優花理たちは唖然とするが、彼女が戦車を楽しいと言ってくれたのを喜び優花理たちは笑みを浮かべた。

 

 

色を塗り替えることが練習時間を大幅に減らしてしまうため、一応はこのド派手な迷彩で戦車道の練習を行うようにした。隊列を組んでの遠方からの射撃を始めとする基礎的な練習を行ったことでなんとか試合が最低限可能なレベルへと引き上げた。

軍隊での教練だと一朝一夕で戦車の操縦なんてこなせるはずがないのだが、戦車道に使われる戦車は多くの補助機能が取り付けられており重要な操作だけ生徒たちが行えばいいのだ。

 

「えー、急ではあるが今度の日曜日練習試合を行うこととなった」

 

終礼にて生徒たちを仕切っている片眼鏡が特徴的な河嶋が唐突に試合を行うことになったことを皆に伝える。まさかこんなにも早期に試合を行うなんて当然生徒たちは思ってもなく、驚嘆する。

かくいう俺もその一人だ。勝手に進めていいとは言ったがもう試合とは驚きだな、まあ流石にこちらと同程度の実力の学校だろう。

 

「相手は聖グロリアーナ女学院」

 

この学校の名前を知っていたみほと優花理と俺は途端に険しくなる。当然その理由としては単純に強豪校であり、

今のこちらの戦力では相手にならない。哀れに蹴散らされるのが運命だろう。

優花理が聖グロリアーナ女学院について言及すると一同に動揺が走る。

 

「日曜は学校へ朝六時に集合」

 

聖グロリアーナ女学院か、確か数年前の社交界で田尻という少女が在籍していた。けどあの一件があってから彼女とは会合を避けたい、大人として恥ずべき態度であったからなぁ……。思い出すだけで顔が頭が沸騰しそうだ。

 

 

「やめる」

「はい?」

「やっぱり戦車道辞める」

 

うーん、どうやって避けようか―――――はい?

突如として麻子の離脱宣言に思わず目を丸くして視線を向ける。麻子は皆のもとから去ろうと歩き始めた。

 

「もうですか!?」

「麻子は朝が弱いんだよ……」

「ま、待ってください!」

「六時は無理だ」

「モーニングコールさせていただきます!」

「うちまでお迎いにいきますから」

「朝だぞ、人間が朝の六時に起きれるか」

「いえ六時集合ですから、起きるのは五時ぐらいじゃないと」

 

一般的にいえば可能で常識の範囲内の麻子の発言に困惑するみほ一行、そして無意識に追撃をしてしまう優花理。

この事実に前倒れで卒倒しかける麻子だが、だるまの如く器用に体勢を整えて校門へと足を進める。

 

「人にはできないこととできないことがある。短い間だったが世話になった」

「おいおいおい、お前言ったことを忘れるなよ」

「……何のことだ」

 

この横暴で自己優先ともいえる彼女の行為に俺は鋭い口調と視線で麻子を指摘した。他の生徒はまた何かしでかすのではないかと固唾を呑んでいる。特に以前俺が危害を加えようとした生徒会の面子はあの時の記憶が蘇り、ハラハラしている様子だ。

 

「前の練習でお前言っただろ、この恩は返すって。けど今お前がしていることは約束を破り、しまいには恩を仇で返しやがって。期待させてから落とすなら最初から言うな」

「うっ」

「てかスポーツをするから朝練を何故考えなかった?」

「ぐっ…!」

「それに単位どうするのよ! このままじゃ進級できないよ!私たちのこと先輩と呼ぶことになちゃうから!沙織先輩って言ってみ!」」

 

俺と沙織から痛手を突かれた麻子は顔を歪めて沙織の言われた通りに言うも苦々しい。余程彼女のことを先輩と呼びたくはないのだろう。確かに同級生を先輩とは呼びたくはないのはわかる。

 

「それに進学できないとおばあちゃんめちゃくちゃ怒るよ」

「おばあ……ッ!!」

 

苦渋の選択をするかのように麻子は顔色を変えて口を固く締める。それほど彼女の祖母の存在は大きかったようでため息を吐く暇もなく渋々と了承した。

 

「では各戦車の車長は生徒会室へ集合して作戦会議を行う。他の生徒は帰宅してもいい、解散」

 

生徒たちは不安と緊張を胸に解散することとなる。

俺は戦車の戦法はまったくの素人であるためここはみほに任せることにして、工具や砲弾をしまうために倉庫に向かった。

 




ここ数年でかなり現代に適応した伍長、なおスマホをまだ完全には扱えない模様。


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真顔と冷笑

今回は短めです。


朝八時、朝の到来を知らせるスズメたちが住宅街で合唱を初めて幾分か立ち、完全な朝を迎えた。平原でもスズメたちが愛くるしい声を発して地面をつついている。

俺の背後には多種多様な色で塗られた戦車が存在し、どれも異様な雰囲気を放っている。各車輛の車長が前に出て相手校の到着を待っていた。

 

「ふふっ、可愛い」

 

俺はそんな光景を気配を消して間近で眺めて、ほっこりと和んでいた。スズメというのは昔から俺は好きで、生前から俺は毎日米粒を撒いてスズメたちは啄む様子を見て楽しんでいた。それは平時の沖縄でも同様で、部下や上司からはよく揶揄われていた。何度か雀を飼育したいと思い立つも、スズメは飼うとすぐに死んでしまうので諦めていた。

 

この雀を見る行為は非常に癒され、朝方から飛んできた苦情を知らんふりするにはもってこいだ。苦情の内容は四号戦車が住宅地で空砲を鳴らしたというもので、主犯格のみほたちを叱るには十分な理由であった。

戦車は時報を知らせるための道具ではないのだ。

 

『ピンポンパーン、本日戦車の親善試合が午前八時より開催されます。競技が行われる

場所は立ち入り禁止となっておりますので皆様ご協力をお願いします』

 

……にしても街を一つ貸切って戦車道の試合をするとなるとすごいな。それほどまで戦車道は影響力のある競技なのだな、出店まで出てるし。街中を戦車が走り回って建物を壊したらどうなるんだろうか。

 

「……流石に緊張するな」

「練習通りにいくかな?」

「大丈夫、きっと上手くやれます」

「そう、いつも通りにやればいいさ。最初は負けても文句は言わんよ、俺は」

「生徒会からすれば負けは避けてもらいたいのだが」

「敗北も一種の経験だぜ」

 

正面から地響きが徐々に大きくなり地面からの振動も少し感じるようになる。スズメたちは危険を察したのか忙しく全羽飛び去っていき、俺も腰を上げて正面を見据える。

 

正面には当時のイギリスの首相の名前を賜ったチャーチル歩兵戦車を中央に、左右にマチルダで組まれた隊列がこちらに迫る。やはり強豪校、戦車の塗装は派手にしていない。……それが当たり前なのだが。

しかし、統一された国柄だとイギリスを相手にしているようで変な威圧感がある。うちらの戦車たちは枢軸と連合の戦車が混合しているので、もはや多国籍軍だ。

 

戦車は前進を止めると、チャーチルから一人の少女がキューポラから降り立つ。赤を主にしたジャケットに軍靴を身に纏った金髪少女はこちらを見つめる。そして俺は以前彼女と一度面識があるので思わずため息を吐いた。

彼女の名前は田尻凜、聖グロリアーナ女学院ではダージリンと呼称されている。

 

「本日は急な申し込みにもかかわらず受け入れてもらえて感謝する」

「構いませんことよ。それにしても個性的な戦車ですわね」

 

当たり前である。本当に当たり前である。

むしろ唖然とする河嶋の方がおかしいのだ。

 

「ですが、私たちはどんな相手にも全力を尽くしますの。サンダースやプラウダみたいに下品な戦い方は致しませんわ。騎士道精神でお互い頑張りましょう」

「ほう、言うじゃねえか」

 

なおこの安易な挑発にまんまと乗る存在がいた。それは俺だった。

過去に前科がある俺が今度も問題事を起こすのではないかと、みほを含んだその場の面子が悟っていた。

 

「いつかの時に貴方様と会いましたわね。かなり外見が変わりましたわね」

「だな、今はこいつらの顧問だ。あの時は申し訳ないと思っているが、今とあれは別だ。騎士道精神とは相手を侮辱することも含まれるのかね、流石は大英帝国を模倣する学校だ」

「貴方たちが不快に感じたのならこの場で謝りますわ」

「いやそいつはいい。だって俺はお前らが負ける(・・・)姿を見れるだけで解消するから」

「そうですか」

 

啖呵を切った俺は真顔で、ダージリンは冷笑を浮かべて互いに睨み合う。早々に修羅場になるとは創造にもしていなかった河嶋とみほは俺がいつ手を出すか心配だった。無論、そこら辺のことは弁えているので暴力は振るわない。俺のせいで試合が中止になったら多方面に迷惑がかかるからだ。

 

「それではこれより、聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園の試合を始める。一同、礼」

 

数分後、両校の激しい戦闘が始まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あぁ、やっちまったぁ……ッ」

 

現在俺は頭を垂れて先程の行為を深く悔いていた。観客席のベンチに座りながら狼狽する俺は失業したサラリーマンかのような雰囲気を醸し出し、周囲の人間が俺から距離を置く。子供が俺に目を向けるも親は俺を見せないよう子供の目を塞ぐ。

 

何故このようなことになったのか、それは至って単純なことで大洗女子学園が聖グロリアーナ女学院に敗北したのだ。中盤から怒涛の攻勢で撃破していく大洗女子学園だったが、終盤のみほとダージリンの一騎打ちで惜しくも撃破されてしまった。あと一手足りなかったのだ。

 

そして試合前にダージリンに対して堂々と啖呵を切った俺はその内容を振り返って、自責の念と羞恥と後悔で胸が張り裂けそうだった。自身を自嘲する余裕すらない。

そんな俺の情けない姿を視認したみほたちが近寄り、俺の肩を優しく叩くのだった。

 

「ご、伍長さんそんなに落ち込まないで」

「そうだよ!もっと練習すれば次は勝てるよ」

「もうマジで無理。拳銃があったらこの愚かな脳みそを吹き飛ばしたい、即座に」

「ほ、ほら皆頑張ってくれましたし!」

「それでも俺のあの行為は許されざるモノだし……あああああッ!!」

 

頭を抱えて頭を抱えて発狂する滑稽な俺にみほたちは苦笑いを浮かべていた。

そんな中、彼女たちの背後でダージリンが話しかけてくる。ダージリンの傍には二人の少女が付き添っており、三人は共通して微笑を浮かべていた。

 

「貴女が隊長さんですわね」

「あっ、はい」

「貴女お名前は?」

「西住みほです……」

「もしかして西住流の?随分まほさんとは違うのね」

 

そうダージリンは俺に対して苦言も述べずにただそれだけを言い残すと、二人を連れて何処かへ立ち去ってしまう。その後ろ姿を俺らは黙って見つめていた。

何か意図があるのではないかと勘繰るも何も思い浮かばない。侮辱しようものにも言葉が足りない、結局彼女たちは何がしたかったのだろうか。不思議である。

 

「いやぁー、負けちゃったね。どんまい」

「約束通りやってもらおうかあんこう踊り」

 

聞き覚えのない約束に首を傾げる俺と対照に途端に顔を顰めるみほたち。何か試合中に約束したのだろうか。てかあんこう踊りとは一体何だ?地でも匍匐するのか?

 

「まあまあこういうのは連帯責任だから」

「えっ!?」

「会長まさか!?」

「うん」

「待て。なんだその約束は聞いてないぞ」

「伍長さん知らないの? 大洗名物のあんこう踊り」

「知るか。音頭なのか?」

「そうだね。まあ全身ピンクのタイツで踊るの」

「えぇ……」

 

俺は思わぬ光景を想像して困惑するも、同時に俺はとある決意をした。

一度手を叩いて皆の視線を集めると、俺は声を発した。

 

「なあその踊りに俺を混ぜてはくれないか?」

「うん、いいよ」

「「「「「「伍長さんッ!?」」」」」」

 

突然すぎる提案に生徒会長である杏以外の物は驚嘆の声を上げる。当然だ、罰ゲームとしてのあんこう踊りに自ら参加しようとする者など現状で杏しかいない。

けれども、これには正当な理由が存在して俺にとって重要な内容だった。

 

「俺は試合前に大きく啖呵を切ってしまってな。生意気なことを言ってしまった贖罪として自身を罰しようと思ってな。それにお前らだけに恥ずかしい想いをさせるわけにもいかないしな」

「伍長さん……」

「ふっ、気にするな。こう見えて俺は踊りが上手くてな。村祭りではよく盆踊りを踊ったものだ」

 

ニヒルな笑みを浮かべて彼女たちに親指を立てる。なお、全身がピンクのタイツで踊り狂う男なぞ大変気味が悪いもので、みほたちを邪な目で見ようとしていた一部男性たちの目を一時的に潰すことができた。なんとも奇妙な効果である。

 

後日、ティーカップと共に以前ダージリンに貸していた上着が聖グロリアーナ女学院から送られてきて、その上着の由縁を沙織たちに問われるのだがそれは別のお話である。

 




全身ピンクのタイツでやたらと上手く踊り狂う男……まさに変態。
最初は踊り狂う伍長を書こうとしましたが予想以上に狂気的だったのでやめました。だから文字数が少ないのです(言い訳)


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ケーキとはすなわち決意である。

おっさんが女子高生に囲まれてカフェとか通報案件でしょ。


「……ふっ、久しぶりにスーツに袖を通した」

 

広場のベンチにてみほとその一行を待つ俺は、普段とは打って変わって黒いスーツを着飾り、生徒からはボロボロで汚いと酷評を受けた略帽からただのハンチング帽子を被っていた。ハンチング帽子は使用頻度が少なく新品同然のありようで、余程のことじゃない限り身に着けなかったのだと伺える。

 

「やだあの人、なんかカッコいいわ!」

「そうね。あの風貌とか渋くて素敵」

「無駄に着飾らないところがいいよね」

 

俺は自分自身でも顔がいい方と認識しているため、やや鼻が高くなり秘かに昂揚していた。どこぞのラノベ系主人公のような鈍感さを備えてはいない。待っている最中もカフェでお茶をしようと女性に誘致されたが、電話番号だけ交換して断っていた。

 

約束の時刻になると遠方から五人の女子集団がこちらに向かって歩いてきているのに気づき、俺は立ちあがると彼女らに向かって手を振る。無論、その女子集団がみほたちであることは言うまでもない。

すると俺の行為に反応したのか、彼女たちもこちらへ手を振り返す。

 

「おはよう皆」

「おはよう伍長さん」

「伍長さんが珍しくスーツ着てる!」

「そりゃあ仮にも戦車道の顧問なんでね。馬鹿にされたくないだろう」

「馬子にも衣裳とはこのことか」

「にしても久しぶりの陸だと潮風の匂いがしなくて寂しいですな」

 

優花理の意見に船の上で長年生活していた者たちは頷く。そう、俺らは学園艦という偽の大地ではなく本土にいるのだ。港から幾分か離れているので潮風も届かない、長年本土で生活していた俺にとっては名残があり落ち着く環境であった。

 

「ちょうど例の抽選が始まるまで三十分だ。もう入ってしまおう」

「……うん」

 

抽選という言葉に反応し、緊張と不安で顔を硬直させるみほ。何故、学園艦から離れた本土に居るのかというと戦車道の公式大会のトーナメント表を完成させるためだ。抽選によってチームがどこまで進めるかが重視されており、初心者揃いで経験の少ないうちの学校が初手から強豪校と激突したらもはや目も当てられない。

まさに小国が大国に蹂躙されるようなものだ。

 

「気を持てみほ。運は気まぐれで、強豪校と当たってもお前のせいじゃない。それに一年後の大会にまた参加すればいい。一年も経てば今の仲間も成長するだろうし」

「そうだよ!みほが気にすることじゃないって!」

「同意だ。運なんて所詮は不確定要素だ」

「運も大切ですが、やはり全力を尽くすことが大切です」

「そうですよ!」

「そ、そうだね。少し気が楽になった気がするよ」

「ならばよし。さあ抽選会場に赴くぞ」

「「「「おー!」」」」

 

 

「……伍長殿、そちらは逆方面です」

「やっべ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

……うーん、まさかこうなるとはな

どうやら幸運の女神はこちらに微笑む―――のではなく、嘲笑するかのような笑みを向けてきた。やはり至高なる女神は砲兵でいいのだ。

みほが引いたクジは八番、ちょうどその八番と初戦で激突することとなった学園はサンダース大付属、つまりは強豪校。みほが八番を引いた途端に、サンダース大付属から勝利を確信した歓喜の声が上がっていた。

まあ不幸中の幸いなことに初手からプラウダや黒森峰という決勝戦のレギュラー入りを果たしている学園ではなかった。

 

「おう貴様ら、此処は俺の奢りだ。好きなもんを喰え」

「なんて太っ腹」

「じゃあどれにしようかなー!」

「流石は伍長殿!話がわかる!」

「感謝するぞ」

「伍長さん本当にいいの?」

「大丈夫だ。たかが娘五人の飯代くらい払えない大人とでも?」

「……じゃあ甘えちゃうね」

 

大人としての威厳を誇示するのと強豪校と当たってしまったというみほの負い目を晴らすために、俺は戦車カフェという色物のカフェにて全員の飯代を肩代わりするのを決意する。俺の財布には今日のために二万も入れており、簡単には空にならない。

前々から少女たちはこの店のことを認知していたのか、メニューを開くといなやすぐさま注文したい食べ物を決めて、店員を呼ぶため多彩砲塔の戦車を見繕ったベルを鳴らす。ベルはその外見に合わせて、重々しく砲撃音が鳴る。

チハを模したベルはないのだろうか。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「ケーキセットでチョコレートケーキ二つとイチゴタルト二つとレモンパイにニューヨークチーズケーキを一つずつください」

「承りました。少々お待ちください」

「そうだ。貴女の電話番号を知りたいのだが――――」

「この人普段からこれなんで無視してくださいね」

「おいィ?」

 

呼ばれて来た女性の店員はドイツ国防軍の軍服を模した制服を着ており、茶髪の長髪が見事に調和している。恰好が似合っているだけでもなく、しかも美人。俺はすぐさま彼女に電話番号を聞き出そうとするが、みほに邪魔されてしまう。

店員は困ったように乾いた笑い声を零して店の奥へと消えてしまった。余談だが俺が注文したのはイチゴタルトだ。男子でもたまにはイチゴが食べたくなるのだ。

 

「このボタン、主砲の音になってるんだ」

「この音は九十式ですね」

「流石は戦車喫茶ですね」

「この音を聴くと前はちょっと快感だった自分が怖い!」

「戦車…シャーマン戦車……うっ頭が」

「まあシャーマンは素晴らしい戦車の一つですよね。汎用性に富んでますし」

「火を噴けるとかマジでずるい。だからぶっ壊すんだけど」

「あれ?戦車って簡単に壊せるの?」

「いけるいける。例えば鉄条網を履帯に絡ませて機動力なくしたり、履帯に丸太を挟んだりとか」

「まあ実例はありますが難しいと私は思いますがね」

「随伴歩兵がなければ余裕、ソースは俺」

 

ソースは俺という強すぎる引用をする俺にやや引き気味の少女たち。

彼女たちの目の前に存在するのは日頃から掃除をしたり空き地で木刀を振る人間ではあるが、七十年前に沖縄で単独で奮戦していた兵士である。塹壕の掘り方から戦車の壊し方まで知っている半ば工兵擬きの歩兵、それが伍長という人間なのだ。なお、大半が自己流なので失敗することも多い。

 

そうこうしている間に、窓際のレーンから二輌の車輛が注文したケーキを載せてやってきた。ケーキも戦車喫茶という名前から察せるように、ケーキも戦車の形を模している。ケーキの色がまるでうちの戦車みたいな塗装だ。……いやうちの戦車がおかしいだけか。

 

「何これ!?」

「これドラゴンワゴンですよ」

「可愛いー!」

「……えっ?可愛いのかこれ、普通の牽引車だろ」

「ケーキも可愛いです」

「……ごめんね、一回戦から強いところに当たっちゃって」

「だから最初に言っただろ。運を味方にすることはあっても気まぐれだって」

「サンダース大付属ってそんなに強いんですか?」

「強いってかすごいリッチな学校で、戦車の保有台数が全国一なんです。チーム数も一軍から三軍まであって」

「公式戦の一回戦は戦車の数は十輌までって制限されてるから。砲弾の総数も決まってるし」

「でも十輌って、うちの倍じゃん。それは勝てないんじゃ」

「幸運にも俺はシャーマンとの戦闘は経験してるが、歩兵と戦車じゃ勝手が違うからな……」

「……単位は?」

「負けたら貰えないんじゃない?」

 

俺らが思う以上に単位が大切なのだろう。麻子はフォークをケーキに突き刺すと、多くの具を取り出して口に入れる。一見すると彼女はケーキを食べただけに思えたが、ケーキと一緒に固い決意も飲み込んだと俺は考える。

 

「それより全国大会ってテレビ中継されるんでしょ!ファンレターとかきちゃったらどうしよー!」

「生中継は決勝だけですよ」

「じゃあ決勝行けるまでガンバロー!」

「そうだ頑張るぞ、俺らは」

「ほら、みほも食べて」

「うん」

 

 

「―――副隊長?」

 

俺とみほも皆に次いでケーキを食べようとした時、通路から聞き覚えのある声が聞こえた。声の主に気付いたみほはハッとしたように振り向いた。

振り向いた先にはみほの姉であるまほと誘拐事件の際に俺が救ったエリカがそこには居た。

 

「あぁ、元でしたね」

「お姉ちゃん……」

 

威圧感を醸しながらこちらを見つめるまほに肩をすくめるみほはポツリと呟く。大洗の少女たちはその言葉に反応してみほを見つめ、優花理を除いて驚いている様子であった。

俺はこの光景にあえて口を挟まずに黙ってケーキを食べる。

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

「お言葉ですが、あの試合におけるみほさんの判断は間違ってはいませんでした」

「部外者は口を挟まないで欲しいわね」

「すみません……」

「行こう」

「はい隊長」

 

まほに言われてエリカは出口へと向かう。どうやらまほとエリカは此処で食事をしていたらしい、偶然が忌々しい。

 

「一回戦はサンダース付属から戦うんでしょ。無様な戦い方をして西住流の名を汚さないことね」

「何よその言い方」

「あまりにも失礼じゃ」

「貴女たちこそ戦車道に対し失礼じゃない?無名校のくせに」

 

冷たく険悪な雰囲気が場に立ち込めて、周囲の客も何事かと視線を集めている。エリカはみほたちを軽蔑するかのような目でこちらを睨み、告げる。

 

「この大会はね、戦車道のイメージダウンになる学校は参加しないのが暗黙のルールよ」

「強豪校が有利になるように示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」

「もしアンタたちと戦ったら絶対負けないからッ!」

「ふっ、頑張ってね」

 

威勢を張る沙織たちに鼻で嘲笑うとエリカとまほはそのまま店から出ようとする。だけど、俺は面倒くさそうにため息を吐くとエリカとまほに一言言う。

 

「本当にそれ(・・)が言いたかったのか」

「……」

「……ちっ」

 

この一言にまほたちは何かを言いたそうな表情、というよりは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべただけでさっさと店を出てしまった。まほたちに悪態をつく華と沙織を見て優花理は不安げに彼女たちにまほたちの正体を教える。

 

「あの、今の黒森峰は去年の準優勝校ですよ。それまでは九連覇してて……」

「えっ!?そうなの!?」

「ったく、アイツらも不器用なんだから。てかいつから戦車道は権威主義みたいになったんだか」

「……伍長、もう一つ頼んでいいか?」

「いいだろう麻子。皆も鬱憤が晴れるまで食え、もう一度言うが俺の奢りだ」

 

だが強者と戦うのも悪くはない。全ての策を弄しあらゆる小技を行い全力を尽くすには適している。彼女らの意思も固くなったことだし俺もそれに応えるべきだろう。

いくら戦車道はスポーツだとしても、軍事教育や俺の実戦経験は使える。彼女らを民兵から普通の戦車兵として育てるのは難しいが不可能ではない(・・・・・・・)

 

「さて、お前らを勝たせてやろう」

 

俺は皿の上のケーキを丸呑みにしてから独りでに不敵に笑った。

その笑みは不気味で力強くて勇ましいものであった。




やっぱりエリカとまほは可愛いなあ!!


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弱者の戦法

ここ暫くの間は投稿できないかもしれませんのでご了承ください。


苛立ちが止まらない。

あいつらと出会ってからそれは止まることを知らない。心臓が頭の血が沸きだち、様々な思考が浮上しては去っていく。

 

例の去年の大会であと少しで勝利に辿り着けたのにみほの勝手な行動のせいでチームが負けてしまったことや、その後みほを責め立てる部員の光景が脳裏にちらつく。非常に目障りで鬱陶しくて堪らない。

何よりも、みほを守れなかった私自身に怒りを覚えるし、今までの鬱憤を晴らすように喫茶店で私がした態度も気にくわない。

 

そして一番のイラつく要因はあの(伍長)だ。

私があの時に攫われてしまったが故に、あいつは片腕と片目を失ってしまい危うく死ぬところだった。あいつを傷つけてしまった罪悪感と何もできずにいた無力感で私は感謝を伝えずいた。そして隊長からあいつが目覚めたことを知り、私がようやく会いに行こうと決心した矢先に行方が不明になった。

 

 

―――――まるで私と会うのを嫌っていたかのように。

 

 

忘れたくても忘れられない二つの経験は私を苦しめ続けた。もしもあの時に私が行動をしていれば今は変わっていたかもしれない。

あの時に二人と再会して私は素直に喜べたはずだ。みほが戦車道を再開していることや伍長が元気でいたことに。けれども二人が私を捨てて何処かへ去ったと心のどこかで捉えてしまい、不思議と辛辣な態度をとってしまった。あぁ、自分の不器用さが腹立たしい。あの時の私を殴ってやりたい。

 

隊長は私の真意を読み取ったのか帰路で何も喋らなかった。きっと隊長も平然とした態度であったが、実際のところそうでなかったはずだ。隊長にも二人に対し思うところがあったのだろう。隊長と私は畏れおおくも似た者同士なのだ。

 

 

あのやり取りをきっかけに次の方針は定まった。いや、定まってしまった。

私たちはみほたちを打ち破らなければならない(・・・・・・・・・・・)。絶対にみほは西住流というアドバンテージを活かして弱小校を強化し、決勝まで上がるに違いない。そして伍長も隊員の訓練に尽力するに決まっている。

生半可な覚悟では二人には勝てない。隊長もそれはわかっているはずだ。

彼女たちに勝っても負けても、それは二人への贖罪という意味では変わらない。

 

「……私たちが謝罪をするために貴方たちは勝ち上がりなさい」

 

自分勝手で不器用な私と隊長は、現時点でこの方法しか二人に謝罪する術は存在しないのだから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「えー、今日はお前らに本格的な実戦戦法を教えようと思う」

「えっ?伍長さんがやるんですかー?」

 

抽選会があった翌日の昼下がり、俺は校庭に集合した生徒たちに宣言した。今までの俺は顧問という立ち位置にいながらも、基本はみほが皆に指導をしていた。戦車と歩兵は勝手が違うので幼少期から専門的に行っていた彼女にやらせたほうが得策だと考えたからだ。

しかしそれだけでは優勝はできない。

 

「そうだ」

「けど伍長さんは戦車操縦したことないじゃん」

「そうだよ。どうやって教えるんですか」

「西住の教えで足りるのではないか?」

「……」

 

何人かの生徒が俺の能力を疑問視する声や不満を漏らす声が上がる。当然だろう、何故なら俺は今までの教育を蝶野とみほに一任させていたのだから。となると教育と技術に関する信頼度は自然と二人に傾く。

けれど俺はそれを承知の上で彼女たちに思いきって伝える。

 

「正直に言うとお前らは弱い。いくら強豪校と同じような日程や練習計画を組んでもお前らはさほど上がらん」

 

その宣言に生徒たち一同に沈黙が立ち込める。みほも薄々この事実に気付いていたところもあったのか視線を下に向けていた。数秒後に多くの生徒は我を取り戻した様子で、先程の不満を零した生徒は俺に怒りと憎悪を向けて追及する。もっとも黙りこくる生徒も同様に何も口にはしないものも、鋭い視線や負の感情をぶつけてきた。

 

「……何ですかその言いぐさは!こっちは真剣にやってるんですよ!」

「そうだよ!うちら頑張ってんじゃん」

「そーだそーだ!」

「戦意を削ぐような発言はやめてもらいたい!」

「お前らがいくら頑張っても、たかが一年程度で優勝できると思うな!そもそもお前らはこれから何年も鍛錬を積んだ精鋭と殴り合うだぞ。今の調子なら間違いなく一回戦で惨敗する!」

「……ッ!」

 

俺が断言すると彼女らは再度黙ってしまった。これは悲しくも現実であった。

基本的に戦車道を履修する者は中学または小学校から続けている者が多い。戦車道はスポーツといえども簡単な修理や操縦に戦術運用と習うところが多く、高校から履修する者は少ない。もし高校で初めて戦車道を履修しても、周りが年期のある履修者たちなので圧倒される。よくて二軍だ。

 

さらに戦車道は戦争とは違って、幾多の戦闘を行っても死者がでない。つまりこれは極地的な本格戦闘でありがちな熟練兵の喪失が起きない。しかも熟練者が試合で新人に付きっきりで指導して新人の実力を上げるのも可能だ。

 

全国大会レベルになると確実に一軍は長期から履修していた精鋭たちが相手になるので付け焼刃でどうにかなる相手ではない。故に彼女たちは一回戦で惨敗する可能性が高すぎた。

皆は聖グロリアーナ女学院の一戦を通して本当は知っていたのだろう。だけど知らないふりをしていた。事実、俺の指摘に彼女たちは黙り込んだのがその証拠である。

 

「だからみほの教えを続行しながら、俺もお前らに俺の持ちうる全てをお前らに教えてやる」

 

自分より実力のある相手にどう対応するのかと聞かれれば、俺は全てを使い常軌を逸する行動をすると宣言するだろう。

歩兵に属していても戦車道に通じる戦法や戦略はある。歩兵だからこそ知りうる戦車の弱点や弱者の小技だってある。

最初は戦車道は本物の戦争ではないとみほに告げたが、生徒会の連中たちの猛烈なる勝利への切望に俺は応えるためにあえて教えるのだ。

 

「貴様らに俺の本領を発揮してやる。覚悟しとけ」

 

俺は怪しく嗤いながら冷淡に彼女たちに告げた。

 

 

「ルールは簡単だ。一輌ずつ此処から山奥へと行って此処に帰還できればいい。まあ撃破判定を受けずに帰ってこい」

「えっ?それでいいんですか」

「随分と簡単ですね」

「そうだ。ただし俺がお前らのことを全力で妨害する。生身で」

「「「「「はあああああッ!?」」」」」

 

概要を説明すると彼女たちから一斉に驚嘆の声が飛ぶ。その中には口を開けて絶句しているみほの姿もあり滑稽に思える。人が驚く顔は見ていて気持ちがいい。

確かに俺が生身で戦車を妨害するのは彼女たちから見て前代未聞の出来事だ。驚いて当然ともいえる。だがこれは他校では絶対にできない、つまり一種の有利点となるのだ。

 

「ちょっと待ってください伍長殿!生身では危険すぎます!」

「いいや。この学校は昔に戦車道をやっていた影響でとある採用試験をここでも実施していたんだ」

「さ、採用試験?」

「歩兵道のな」

「ま、マジですか!?」

「伍長さんまたやるの!?」

 

歩兵道という言葉に反応するみほと優花理。この二人なら歩兵道の概要を認知していてもおかしくない。その競技を知らない二人以外の生徒のために俺は説明を始めた。

 

「名前の通りに歩兵に関する競技で戦車道の歩兵版と思えばいい。まあ特注の重火器で歩兵戦や対戦車戦を行う内容だった。ちなみに男子がやる」

「……けどそんな競技知らないぞ。廃止になったか」

「その通りだ麻子。実際、戦車に轢かれて轢死しかけたり砲弾が防具で補っている部位以外に命中したり、と安全的理由で試験段階だった歩兵道は廃止になった」

「ひ、ひえ~!!」

「こ、これはいくらなんでもスパルタすぎるな……」

「そ、そうだな。スターリングラードよりも過酷な……」

「けど年期が入っても道具は使えるぜよ?」

「無論修復してある。銃弾や砲弾の破片が当たれば首元の電球が光るし、防具としても試した」

「……つまりあれか。撃破しても構わないのか」

「その通りだ。ぶっちゃけいうと俺を撃破しないと帰還は難しい」

 

自信満々に告げる俺を見て、沙織と華は前に居るみほに小声で語り掛ける。

 

「ご、伍長さんって元軍人なんだよね。実際のところ経歴とかわからないの?」

「ごめんね沙織さん。私も知らないんだ。けどかなりの実力はあるし、なんたって伍長さんは歩兵道を体験した少ない人だし……」

「マジで!?」

「えっ!?けど伍長さんはまだ二十代だから受けれないはずでは?」

「それが二年前にプラウダ高校でやっちゃったんだよね……」

「で結果はどうなの!?」

「……勝ったよ。入院レベルでボロボロになって」

「やだもー!私たちはそんな人を相手にするの!?」

「ちなみに規模はどのくらいで」

「一人対戦車一輌だったね……」

「うわぁ……」

 

遠い目をして微かに苦笑いを浮かべるみほに沙織は絶望しきった表情を浮かべて、華は口を押さえて愕然とした様子だ。優花理は随伴歩兵のいない戦車がどうなるかを知っていたため、今後起こる展開を想定し苦笑する。

 

「てなわけで、お前らせいぜい俺を撃破(殺して)みろ」

 

溢れ出る闘志と気合を抑圧しながら俺は彼女たちに牙を見せて笑いかけた。

数時間後、神出鬼没の戦法や姑息な手段を用いて全力で撃破にかかる俺を前にして、惨敗を喫することになるのは至極当たり前のことであった。

 




エリカの感情描写が難しい。
ただのツンデレキャラじゃないのが彼女の長所なんで頑張らなければならない。


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お祭りと試合

作中こそこそ話!
実は伍長が愛用している陸王はオークションに出すとかなりの値段になる。なおオークションやらに疎くその価値を知らない伍長はまるで小学生の自転車みたいな扱いをしている。マニア激怒不可避。


「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるな~」

 

青空の下で俺は体を伸ばす。現在、俺ら大洗女子一行はサンダース女学園の学園艦上にいる。みほたちは各車の点検や整備を行っており、自動車部からの手厚いサポートのおかげでどの生徒もある程度の整備がこなせるようになった。あとでお土産を買わないとな。

 

「前に来たけど安定性が違う気がするな」

 

大洗の学園艦とサンダースの学園艦は大きさが桁違いであり、陸地と同様の安定性を感じる。流石大きさと資金が豊富なサンダースだ。一応大洗も平時なら安定性を保てるが、嵐に遭遇するとたまに大波によって船体が押され、震度3程度の揺れが起きてしまう。

 

俺は此処に着任してまだ間もないが、産まれてからずっと住んでいた優花理曰く、親の代の頃に最大級の嵐とぶつかり危うく竜骨が折れかかったそうだ。

……どうして平然と学園艦に住めるのだ? 一つ間違えば住居も人名も海底だぞ?

 

そんな疑問と心配を抱えていると、生徒会一同がこちらを向いて準備の状況を確認してきた。各車輛の生徒から完了を宣言する声があがる。

なお、一年生が操縦するM3リー戦車の砲弾を搭載し忘れていたことが発覚し、試合中に発砲できないという珍事態は避けられた。辺りから笑い声が聞こえ、和やかな雰囲気になる。

 

「呑気なものね、それでよく全国大会に出られたわね」

 

しかし、その雰囲気を壊すように聞きなれない声が聞こえた。俺は声の主に顔を向けるとそばかすのある少女と高身長で短髪の少女がそこにはいた。征服から察するにサンダースの生徒だ。

そして何故か彼女たちの姿を視認した優花理は急いで麻子の背を盾に隠れた。

 

「貴様ら何しに来た!」

「試合前の交流を兼ねて食事でもどうかと思いまして」

「あぁ、いいねぇ」

 

杏はいつものように笑みを浮かべて高身長の女子の提案を受け入れた。

 

 

「すごっ!」

「救護車にシャワー車、ヘアーサロン車まで」

「本当にリッチな学校なんですね」

 

彼女たちに案内されてやってきたのは屋台売り場の区画。よくお祭りの出店として出されるものは勿論、初めて見るものも存在していた。特にヘアーサロン車まで存在するとは思わなかった。もしかしたらあの不思議な車(MM号)も存在するのではないか!?

 

「……また伍長さん変な妄想してる」

「いや断じてしてないぞ、みほ。毎日こんな顔だろ」

「伍長さんは嘘を吐くと毎回口角が動くんだよ」

「やべっ」

 

俺は急いで口を手で隠すもそれを見届けたみほは呆れたように眉間を押さえる。

 

「……間抜けは見つかったね」

「……俺にカマをかけるとはやるじゃないか」

「ヘイ!アンジー!」

 

そんな茶番をみほと繰り広げていると背後から懐かしい声が聞こえる。振り向いてみるとそこには五年前に短期間ながらも同棲していたケイがそこには存在した。

 

「伍長ッ!!」

 

ケイも俺のことを覚えていたため、予期せぬ出会いに感情を暴露させてこちらに走りかけてきた。彼女と俺との距離が一メートル圏内にもなったのにも関わらず速度を落とさないので、俺は速度と彼女の体重を掛け合わせた衝突エネルギーを腹部に喰らった。

 

「こふッ!?」

 

なお体当たりと抱擁を合わせた一撃を喰らわせた後に、俺の横腹を大蛇の如く絞めつける彼女に俺は泡を吹きかけていた。彼女の抱擁から通じて、歓喜と微かな怒りが混在していた。

 

「滅茶苦茶ロングタイムな再開ね! もー、コールしてくれたっていいじゃない!」

「あばばばば」

「けど運命の出会いね!まさか貴方が大洗の戦車道顧問をやってるだなんて!顔も同棲していた頃と変わらないし!」

「あ、あのー気絶しそうなんですけど……」

「Oh! ソーリー、今離すわね!」

「……まずかった。暗転しかけた」

 

四つん這いになって息を整える俺を差し置いて、杏とケイが向き合い握手をする。ケイの背の高さが相まって杏が小さく見える。ついでにいうと胸もそうだ。

 

「やーやーケイ、お招きどうも」

「何でも好きな物食べてってー!OK?」

「オーケーオーケー!ケイだけに!」

「アハハハッ! 何そのジョーク!」

 

つまらないダジャレにゲラゲラと笑うケイだったが、みほたちの方に視線を投げると何かに気づいた様子で声を掛けた。

 

「Hey!オートボール三等軍曹!」

「あぁ!?見つかっちゃった!」

「だ、誰ぇ?俺知らないィ……」

「お、怒られるのかな?」

 

聞き覚えのない名前と何故か優花理が反応することに首を傾ける。ケイはそのまま優花理のもとへと歩み寄るたびに、優花理は怯えた様子だった。

 

「この間大丈夫だった?」

「あっ、はい」

「またいつでも遊びに来て!うちはいつだってオープンだからね、じゃっ!」

「な、何があったのだ?」

 

しかし優花理が想っていたのとは違っていたのか、安堵した様子で彼女は地面にヘタレ込んだ。ようやく息を整えた俺はみほたちに近づき、何が起きたのか説明を求めた。

 

「よかった……」

「隊長はいい人そうだね」

「フレンドリーだな」

「何があったんだ?」

「えーとね。怒らないで聞いて欲しいんだけど」

「なんだ?」

「実はこの前優花理さんがサンダースに忍び込んでね、諜報活動していたの」

「えぇ……」

 

優花理が他校に忍び込んで諜報活動に従事していたという事実に思わず困惑した。しかも詳細に聞いていくうちに、彼女はコンビニ船の荷物に隠れて乗り込んだという事実に困惑は二乗された。

視線を優花理に投げると、そこには綺麗な土下座を決めた彼女の姿がそこには存在した。彼女からは謝罪のオーラが激しく漏れ出ていた。

 

「申し訳ございませんでしたああああああ!!」

「伍長さん、優花理さんは悪意のある工作はしてないから許してくれないかな?

「秋山さんをあまり責めないでくださいませんか?」

「ゆ、優花理は皆のことを想って行動してくれたの!だから許してあげて!」

「まあ過程はどうあれ頑張ってくれたんだ。ほどほどにな」

「み、皆さん」

「……あのな優花理。せめて俺に知らせてから諜報活動に従事してくれ。それとコンビニ船の荷物に紛れ込むのは半ば犯罪だからな。今後は良心に従って行動するように」

「は、はい」

「よし、説教はおしまいだ。試合まで時間があるんだ、さっさと飯でも食って堪能してこい!」

 

俺は今後は注意して行動することを命じた後に、彼女たちに自由時間を与えることにした。今までの厳しい訓練に耐え抜いた褒美だ。それにサンダース側の人間が何でも好きなだけ食べていいと念を押してくれたのだから、つまり無料ということだ。

実際俺も毎日コンビニ弁当しか食ってなかったから楽しみだ。さて何から食べようか、お好み焼きもたこ焼きもいいな。いや焼きそばも捨てがたいな……。

 

「そうだ伍長さん」

「ん?なんだみほ」

 

味に現を抜かそうとしていると突然みほから声を掛けられた。振り向いてみるとみほは笑顔を保ったままでこちらを向いており、何故か並々ならぬ負のオーラが滲み出ている。笑顔がまったく可愛くない、それどころか恐怖を覚える。ツーと冷や汗が背中に流れ、俺は身震いした。

 

「同棲ってどういうこと?」

「あっ」

 

あぁ、俺のお楽しみの時間はかなり減らされるんだろうな――――――

口角を引くつかせた後に、俺はすぐさま土下座をした状態で事の顛末をすべて話した。みほは土下座をした状態の俺の背中に乗り、話の痛いところを的確に突いてきた。それに対し俺はなんとか言及するもまたもや突かれ、尋問は拷問に変わっていた。そんなやり取りを試合開始十分前まで行っていた。

 

「まあこれでおしまいにしとくよ。世間的に見れば伍長さんは未成年の家に入り込んだ浮浪者だからね」

「はい、肝に銘じるんで赦してください」

「次回からは気を付けてね」

「はい……」

 

意思や風貌は違ってもやはり家元の血を継いでいるのを実感した俺であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おっ、そこに居たのか」

「待っていましたわ、伍長様。前回の試合ぶりですね」

「そうだな。いやー、お茶会に招いてくれてありがとうな」

 

俺はサンダース到着する前日に届けられた招待状を手にし、指定された地点へ赴いた。その地点では俺に招待状を送ったと思える田尻家の令嬢ならぬ聖グロリアーナのダージリンと彼女が搭乗する戦車の装填手を務めるペコが優雅にもお茶を片手に観戦していた。喧騒とした観客席とは違い、辺りは静謐とした一面の野原だが超大型モニターにより観戦が可能だ。

 

「上着は届きましたか?」

「届いたぜ。けど別にご丁寧にクリーニングなんかしなくてもよかったんだが」

 

俺は用意されていた椅子に座った。するとペコが俺に紅茶が淹れられたカップを渡したので、俺は軽く会釈をした。紅茶を口にすると、普段紅茶を飲む機会がない俺だったが匂いや味から上質な茶葉を使用しているのだとすぐにわかった。

ちなみに俺は紅茶より緑茶が好きである。理由は飲み慣れているからだ。

 

「ふふっ、そうはいきませんわ。それに男性の方は身なりを整えないと女性に好かれませんよ」

「むっ、うちの家元と同じこと言われた」

「えっ?家元ってもしかして西住の方ですか?」

「そうだが」

 

家元という単語に反応したペコは質問を投げかけ、それに対し俺はそっけなく言及した。俺はそっけなく対応したつもりだったが、ペコにとって衝撃の事実らしく口を大きく開けれ目を丸くしていた。

一方でダージリンはペコの反応を眺めながら紅茶を飲む。一見優雅な印象を受けるが、カップで隠された口元は僅かに歪んでいた。

 

「ダ、ダージリン様!どうして戦車道の権威である西住流と繋がりがある方がいらっしゃるって教えてくれなかったんですか!?」

「あら?教えてなかったかしら。そういえば伍長様は西住家に居候していた時期がありますのよ」

「あわわわあわ!?」

 

彼女はペコに対し愉悦の表情を浮かべている。おそらくはペコを揶揄いたいがために伝えていなかったのだろう。困惑のあまり手にしていたカップを小刻みに揺らすという、淑女らしからぬ態度をとっていた。

……うわぁ。まるでドイツ兵を揶揄うイギリス兵みたいだぁ。なんとなくだが既視感がある。まあ可哀想だし止めてあげるか。

 

「そこまでにしとけダージリン。てかダージリンが言うことに間違いはないが、俺は大層な身分じゃないぞ。臨時の剣術指南役兼用務員だ。」

「あら?なら監視役としての職は?」

「昔にな。ただ今俺は偶然みほと出会っただけの用務員兼顧問に過ぎない。それに家元とはここ数年接触していない」

「……まほさんとみほさん、どちらに貴方はつくので?」

 

彼女は何かを見定めるかのように俺を見つめる。適当にあしらうこともできたが、それが原因で誤解が生じるかもしれない。だから正直に胸の内をさらすことにした。

 

「……俺はみほの味方、というわけではない。どっちの味方(・・・・・・)だよ俺は」

 

意外そうな顔をしつつも後から納得した様子のダージリンは笑みを浮かべた。その笑みは何に対しての笑みなのかは予想がつかない。とりあえずは好意的なものとして受け取ることにした。

 

「こんな格言をご存じで?不幸せの原因は、他の誰かの身勝手ではなく、自分自身の身勝手である」

 

彼女は今後のことを見透かしたかのようにその格言を言い放つ。初めて聞いた格言で誰が言ったのかは知らない。けど、俺がどっちつかずの態度を取り続ければ必ずや不幸が訪れるであろうという意図は理解できた。

 

「なんとか、やってみせるさ」

 

傍から見れば俺とダージリンとの間で一触即発の空気が立ち込めていたのか、ペコは不安そうに様子を見つめていた。

俺は紅茶の水面に映された自身の顔を確認した後、一気にその中身を飲み干した。

いつの間にか紅茶は冷めていて喉に突き刺さる感覚を感じた。




実はダージリンは度々断片的ではあるものの伍長のことをペコに話しています。しかし名前や性別を伏せて言っていたため、ペコは伍長のことを女性だと勘違いしていました。


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初戦の結果

伍長「巨大ペンチ、閃光弾、火炎放射器、刺突地雷、パンツァーファウスト、対物ライフルの禁止とかマジ?」
みほ「当たり前じゃん」


『大洗女子学園の勝利!』

 

勝敗を確定づけるアナウンスに応じて、大洗女子学園を応援していた観客一同が歓喜の声をあげて会場が沸き立つ。負けてしまったサンダース学園の関係者も稀に見るレベルの熱戦を直接観戦することができたためか悔しさを滲ませながらも晴れ晴れとした表情であった。

 

「いよっしゃあああああッ!!」

 

とかいう俺もその歓声の一員だった。横ではダージリンやペコが試合の感想を述べあっていた。

 

「あれほどまでの接戦は見たことありませんでしたね」

「えぇ。コンマ単位の判定勝ちでしたわね」

 

実際、あと一秒みほの四号戦車の砲撃が遅かったらサンダース学園の勝利だった。本当に肝を冷やす試合である。砲手である華の狙撃もさながらだが、サンダース学園のシャーマンフライの砲手も恐ろしい実力の持ち主だ。一キロは確実に離れていた。

 

「敵の妨害も巧みに利用し、通常の戦車道では見られない工作を行う。これは伍長様がお教えになられたので?」

「半分正解だ。確かに俺はそういう指導をあいつらに叩きこんだ」

 

俺は練習にて訓練兵である彼女たちにあることを伝えた。それは状況と地点を把握して自分たちが有利になる戦場を構成すること。

みほは状況は戦力差と練度不足と数的不利を、地点はその土地の特徴を的確に捉えた。そして自分に有利な戦場作りをするために彼女たちは工作をした。

 

「落とし穴や隠蔽壕に即席の地雷、公式から非公式にかけての戦車道のデータには一切記載がされていません。よくルールすれすれの戦術を行おうとしましたわね」

「そうでもなきゃあいつらは勝てん。それに戦車道は戦争じゃなくても演習盤から見ればほぼ同じだ」

「練度と性能差を埋めるために実戦に近い戦術を取り入れたと」

「そんな感じだ。てか、各々の学園だって実戦的な戦術取り入れているだろ。黒森峰やプラウダとか」

 

あいつらは試合中俺が話したことを堅実に守ってくれた。戦場を森林遅滞にすることで敵の機動力を遅らせて奇襲を可能にした。さらに落とし穴は榴弾を用いて穴を開けて片方の履帯が沈み込むようにした。隠蔽壕は主に奇襲のための隠れ家に、地雷は信管感度を上げた榴弾を代用した。もちろん、回収することも念頭に置いて埋めた個数と場所もメモさせた。

 

この戦術を取り入れたことでサンダース側に混乱を生じ差せることに成功した。初めて経験する戦術に右往左往するのは仕方がないことだが。

 

「けどもう半分はみほの実行力と計画力だ。いくら知識を教えてもそれを活用しなければ意味はないからな。それに効果的な罠の使用や敵側の妨害も巧みに利用したしな。後者に至ってはミッドウェー海戦みたいだな」

「随分とお褒めになるのですね」

「なんだって愛しい妹分なんでな」

 

俺はダージリンとペコに自慢の娘を自慢するように笑みを浮かべる。ダージリンは俺とみほの関係が微笑ましくなったのかクスリと微笑をこぼす。

 

「そろそろみほさんたちが帰投するのでは?」

「むっ、そうか。では俺は行くとしよう。また会おうダージリンとペコ」

「はい、お元気で」

「次の試合もぜひ頑張ってくださいね」

 

二人と別れを告げて俺は急いでみほたちのもとへと向かう。ちょうど会場から盛大な拍手が聴こえ、みほたちが戻ったのだと察する。関係者用の通路を抜けて俺は彼女たちと合流した。

扉を抜けてから最初に俺が目にしたのは――――――

 

「エキサイティング!こんな試合ができるなんて思わなかったわ!」

 

みほにケイが抱き着いていた姿である。突然抱き着かれたことに驚きと気恥ずかしさで思わず硬直するみほ。明らかに顔を紅潮させて頭が真っ白になっている。四号戦車の搭乗員である優花理たちはその光景に目が向いていた。観客席からは「てぇてぇ」やら「尊い」といった感想を零して連射する男性や女子の姿が見受けられる。

まあ照れ屋で人見知りな彼女だからそうなるに決まっている。仕方がないことだ。

 

「あの……」

「何?」

 

みほから疑問を呈されたことで抱擁を止めるケイ。彼女は息を整えた後に疑問だったことを伝える。

 

「四輌しかこなかったのは?」

 

もしもみほたちを追従するために稼働できうる限りの車輛数を用いたならサンダースは勝利していた確率が高いだろう。しかし実際に来たのは僅か四輌、奇襲や地雷などで数を減らしても四輌以上は存在していた。

 

「貴女たちと同じ車輛数の数だけ使ったの」

「どうして……?」

「ザッツ戦車道!これは戦争じゃない、道を外れたら戦車が泣くでしょう?」

「ぐはっ!?」

 

ケイはウインクをしてみほに笑う。みほは戦車道は皆が楽しめるものであるべきだと主張するケイに感銘を受けて、顔を明るくする。

一方で勝つためには仕方がない(姑息な)戦術ばかり用いることを彼女たちに推奨した

俺にその言葉はよく刺さった。不可視の矢に胸を押さえて膝を地面に着けた。

 

「盗み聞きなんてつまんないことして悪かったね」

「いえ、全車輛来られたら負けてました。それにこっちも様々な工作してましたし」

「でも勝ったのは貴女たち」

 

ケイは清々しくサンダースの敗北を宣言し、みほに握手を申し出た。みほはその行為に驚いていたが、やがて彼女の手を握って感謝を込めた言葉を伝えた。

 

「あ、ありがとうございます!」

「それにその工作も伍長が教えたんでしょ」

「そ、そうだが……」

「なかなかスマートな戦術だったわ!おかげで常にハートがドクドクよ!」

「楽しんでくれたのならよかった」

「じゃあ握手しましょうよ。私と貴方で」

「わかった」

 

俺はケイと握手を交わす。流石に歳月が経つと最後に握手を交わした時より手が大きく力も強い。さらに身長も頭一つ分までとはいかないがかなり高くなったのを実感した。ケイの成長を自身の身で感じた俺は思わず涙腺が緩み、涙を零してしまった。

 

「ケイぃ……お前大きくなったなぁ……!」

「ほらほら泣かないの。貴方の生徒が見ているわよ」

「けどぉ……ヒンッ!」

「あーあー、鼻水まで垂らしちゃって」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃとなった俺の顔は情けないものであった。しかしそんな顔をケイや両チームの全員は笑うことなく仕方がないといった表情を浮かべていた。

 

 

夕方、サンダース学園の校舎へ帰投する戦車の隊列は夕日に照らされて深緑色を黒くする。その光景を俺とみほ率いるあんこうチームが眺めていた。

 

「とりあえずは初戦勝利か」

「そうだね。けどかなり頑張らないといけないね」

「そうだな。プラウダと黒森峰のことを考えると頭が痛い」

「……そうだね」

「まっ、今日ぐらいそんなことは無視だ無視。勝利の美酒に酔いしれろよ」

「さー、こっちも引き上げるよ。お祝いに特大パフェでも食べに行く?」

「行く」

「最年長が年下の連中に飯を奢るのは当然のことだ。俺の奢りで存分に食え」

「やったー!」

 

飯代も馬鹿にはならないが勝利記念だ。てか日頃奢ってあげているが。

この宣言におおいに沸き立つ一同だったが、何処からか猫の声が規則的に聴こえた。

 

「麻子鳴ってるよ、携帯」

「ん?」

「誰?」

「知らない番号だ」

「……まさか事件か。人質解放なら任せろ、経験がある」

「流石に違いますよ」

「はい……えっ、はい」

 

電話に答えた麻子だったが困惑した様子を垣間見せて電話を切る。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 

平常を保とうとする麻子だが、その手から携帯電話がポロリと落ちる。彼女にしては珍しく、明らかに動揺している様子だ。

俺は万が一(事件)のことを想定して対応できるように構えた。

 

「何でもないわけないでしょ!」

「……お婆が倒れて病院に」

「ええっ!?麻子大丈夫!?」

「早く病院へ!」

「でも大洗までどうやって!」

「学園艦に寄港してもらうしか……」

「撤収まで時間が掛かります!」

「くそ!どうしたらいい……!」

 

麻子を大洗まで連れて行く方法を模索する俺ら一同だが、状況と手立てが悪かった。撤収の時間や個人の願いで本来の計画を破棄して寄港できるとは思えない。とかいって航空機で運ぶにしても空港が限られる。こうして考えている間にも時は進む。

麻子は焦りからかいきなり革靴を脱ぎだした。

 

「麻子さん!?」

「何やってるのよ麻子!」

「泳いで行く」

「「「「ええっ!?」」」」

 

日頃賢明な彼女が選択した手段はまさかの泳ぎであった。しかしそれは彼女の体力や技能といった要素や大洗との距離を鑑みると誰の目から見ても悪手であった。

 

「待ってください冷泉さん!」

「お前は死ぬ気か! そもそも体育が苦手なお前がこの大海を渡り切れない!」

「うるさい!私はそれでもやるんだ!」

 

確固たる意思で泳ぎ切ろうという彼女を止めようと俺らは説得を試みる。しかし彼女の心は揺らがない。俺は最悪彼女を気絶させようと脳裏によぎった。

そんな時、意外なところから鶴の一声が混乱を沈めた。

 

「私たちの乗ってきたヘリを使って」

 

俺らはその声の主に視線を向ける。その先に居たのは黒森峰のエリカと同じく黒森峰の隊長を務めるまほだった。みほは驚いた様子でまほを見つめる。

 

「急いで」

「隊長、こんな子たちにヘリを貸すなんて」

「頼むエリカ!俺のことはどう思ってくれたって構わない!だからヘリを貸してくれ」

「あ、あんた……」

 

俺は不満を述べるエリカに必死の土下座をし、頭を勢いよく地面に打ち付けた。舗装された地面ではないものも、小石で額を切ってしまい鈍痛と嫌な感じの熱が痛覚を刺激する。

エリカは必死になって承諾を乞う俺の姿に口元を歪めて嫌悪と怒りを露わにしていた。

 

「……ちっ、わかったわよ。私が操縦するわ」

「これも戦車道だ」

「お姉ちゃんにエリカさん……」

「この恩は絶対に忘れない!ありがとう二人とも!」

 

俺は顔を上げて二人に感謝するも、エリカは口元を歪めたままだった。

その後、操縦主のエリカと麻子とその随伴として乗り込んだ沙織たちは大洗の病院まで急行した。

俺は夕日に照らされるヘリを見て、彼女たちが現場に間に合うように祈祷した。

 




即席地雷は一応車輛の重量でしか反応しないようにしているので実質セーフ


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不器用な人と繊細な人

そろそろ一年が終わりますね。
読者の方々は2020年の抱負を叶えられましたでしょうか?筆者は半分です。


「あー、頭痛が痛い」

「伍長さん日本語間違えてるよ」

「うーん、そうか?」

「じゃあ今度一緒に国語の勉強頑張りましょうね、伍長さん」

 

現在、俺と西住たちと麻子と沙織を除いたあんこうチームは病院に居た。その目的は麻子の親族である彼女の祖母のお見舞いだ。華は見舞い用の花束を抱え、俺もジャージや軍服を着ていない。珍しくスーツを着て威厳を保っていた。

 

ちなみに何故俺が頭痛で苦しんでいたのかというと、昨晩の飲み会が原因である。みほたちに飯を奢り夕飯を終えた後、俺は自室で悠々と過ごしていた。そんな時に呼び鈴が鳴り、出てみるとそこには蝶野一尉が立っていた。彼女の手にはビールやおつまみで膨らんだビニール袋が握られ、勝利を喜び合おうと持ち掛けてきた。

実際乗り気だった俺は彼女の提案を承諾し、遅くまで宴を開いていた。宴後、蝶野は俺の部屋で爆睡し俺も同室で寝てしまった。

 

翌朝、蝶野は自らの装いに異変が無いのに気づくと俺を馬鹿にした。そりゃあ、たわわで豊満な胸を持っている女性が無防備に寝ていても率先して触ってやろうだなんて考えないだろ、常識的に。彼女のたわわな胸を揉みたいのは事実だったが、もし実際に行動に移してまえば信頼度は下がり下手すれば捕まる。流石に躊躇するぞ、たわわな胸が眼前にあっても。

 

まあ俺を散々馬鹿にした蝶野には俺の四の字固めを食らわしてやった。ざまあないぜ。

……実は触ってもバレなかったのでは?

 

「あのー、伍長殿?すごい思いつめた顔してますが」

「い、いやしてないぞ!一切!」

「伍長さん目が泳いでいる」

「な、なんのことだか僕知らないなー」

「ここですね」

 

そんな茶番を繰り広げているうちに冷泉の祖母の病室に着いた。華がノックをする前に病室から枯れた声が大きく聞こえた。

 

「もういいから帰りな!いつまでも病人扱いするんじゃないよ!あたしのことはいいから学校行きな!遅刻したら許さないよ!」

 

突如として羅列される怒声に一同は硬直して苦笑いを浮かべた。心なしか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。話の内容も明らかに麻子に関するものだ。

 

「なんだその顔。人の話ちゃんと聞いてんのかい?まったくあんたはいつも返事も愛想もなさすぎなんだよ!」

「そんな怒鳴ってると血圧上がるってば」

「か、帰ります……」

 

この出来事に思わず弱気になる優花理は帰ろうとするも、華が引き留めた。優花理を説得すると、華は怒声が交わされる病室のドアを開けた。

 

「失礼します」

「おっ、華!」

「失礼します」

「失礼する」

「みぽりんにまぽりん、それに伍長さん。入って入って」

 

中にはすでに沙織がおり、病室に入るよう催促する。病室に居た麻子の祖母は続々と入ってくるみほたちに警戒するよう目を細めたが、俺の顔に視線が移った瞬間にどこか驚いたような表情を一瞬浮かべた。

 

「なんだいあんたたちは?」

「戦車道一緒にやってる友達」

「戦車道?あんたがかい?」

 

麻子の祖母は戦車道をしている麻子の姿が思い浮かばなかったらしい。麻子は祖母の問いに頷いて答えた。

 

「あっ、西住みほです」

「五十鈴華です」

「秋山優花理です」

「戦車道の顧問を勤める伍長です」

「私たち全国大会の一回戦勝ったんだよ!」

「一回戦ぐらい勝てなくてどうすんだい」

 

仰る通りで何も言えない。ま、まあ戦力差を考慮すると勝率低かったので……。

 

「で、戦車さんたちはどうしたんだい?」

「試合の後、お婆が倒れたって連絡が。それで心配してお見舞いに」

「あたしのことじゃなくてあんたのこと心配してくれたんだろ!」

「わかってるよ……」

「だったらちゃんとお礼言いな」

 

祖母からの指摘により、自分がみほたちに心配をかけてしまったことを知った麻子は恥ずかしがる様子で俺たちに感謝を伝えた。

 

「わざわざ、ありがとう」

「少しは愛想よく言えないのかい!」

「……ありがとう」

「さっきと同じだよ!」

「だから怒鳴ったらまた血圧上がるから」

 

夫婦漫才ならぬ祖子漫才に内心では愉悦している俺。この一連の会話で彼女の祖母は礼儀と礼節を重んじる人物であるのがわかる。多少口は悪いが麻子のためであることはしっかりと伝わった。たぶん不器用な人なのだろう。

 

「お婆ちゃん今朝まで意識がなかったんだけど、目が覚めるなりこれなんだもん」

「寝てなんかいられないよ!明日には退院するからね」

「いや、だから無理だって」

「何言ってんだい!こんなとこで寝てなんかいられないんだよ!」

「お婆、皆の前だからそれくらいにして」

「あの花瓶あります?」

「無いけどナースセンターで借りられると思うよ。いこっ」

 

麻子と彼女の祖母のやりとりを傍目に華は持参した花束を飾るために、沙織と一緒にナースセンターへ行った。

 

「あんたたちもこんなところで油売ってないで戦車に油差したらどうだい」

「えっ」

「お前もさっさと帰りな。どうせ皆さんの足を引っ張ってるだけだろうけどさ」

「そんな……」

 

……確かに日頃の麻子の素行は良くない。だから負の偏見が生まれてしまうのも頷ける。けど実際の彼女は大洗の操縦手の中で一番優秀だ。俺も彼女の顧問として一言言ってやるか。

 

「ところがどっこい。麻子は上手に戦車操ってくれてますよ。一番上手い」

「冷泉さんは試合の時いつも冷静で助かってます」

「それにすごく戦車の操縦が上手で憧れてます!」

 

俺と同じ考えをしていたみほと優花理も麻子を称賛した。みほばかりで目がいっていなかったが、麻子も良い友達を持ったんだな。映画化決定してもおかしくないぞ。

 

不器用だが孫思いの優しい麻子の祖母と麻子の間で繰り広げられるやり取りは横から傍観しても飽きない。あっという間に時は過ぎていった。

 

「じゃあお婆、また来るよ」

 

麻子は一足先に病室から出て、俺とみほも部屋から出ようとした。そんな時、彼女の祖母から声を掛けられた。

 

「あんな愛想のない子だけどね、よろしく」

「はい!」

「任せてください」

 

俺とみほは麻子の祖母からの願いに屈託のない笑みを浮かべて答えて見せた。麻子は愛想が悪くて無口で時折何を考えているのかわからない時もある。けれどそれ以上に、彼女は友達思いで人のために努力をすることができる人物だ。まだ半年も彼女と交友していないが、それだけは理解できた。

 

 

帰りの電車の車内では祖母とのやり取りに疲れた麻子が沙織の膝を枕として使い、寝息をたてて寝ていた。

 

「麻子さんのお婆さん、思ったより元気でよかったね」

「えぇ」

「なんか冷泉殿が絶対に単位が欲しい、落第できないという気持ちがわかりました」

「お婆様を安心させたいのですね」

「うん。卒業して早く傍に居たいみたい」

「あの人も不器用だからな、怒鳴り散らしていた内容も全て麻子を思ってのものだった。良い祖母を持ったな」

「そうだね」

 

沙織は安心そうに眠る麻子の頭に手を置いて、優しく撫でた。

電車に揺られ続けて、一時間半が経過した。夕日に照らされていた周囲は闇に包まれ始めている。その頃には港の最寄り駅である大洗に到着しており、俺がいまだ寝ている麻子を背負う。

 

「麻子あまり寝てないんだ。お婆ちゃん何度も倒れてて」

「お婆様がご無事で安心したのかも……」

「でもこの前はすごく動揺していましたね。あんな冷泉殿を見たのは初めてです」

「そりゃあ親族が倒れたなら誰しもが同じ反応する」

「……それにたった一人の家族だから」

「えっ?ご両親は」

「麻子が小学生の時、事故で」

「そうだったんですか……」

「……俺とあまり変わらないのか」

 

麻子の境遇は俺と似ていた。俺の両親は結核で死に、集落全体に感染させないために家を出た。家を出た先で俺は何度も苦しい生活を過ごしてきた。常に飯と病気と野犬などに気をつけた生活を送らないといけなかった。おかげで軍隊に入隊後、頑丈でしぶとい体を手に入れた。

彼女との相違点は親族が一人でもいたこと。親族がいるだけで帰るべき場所がある。俺には頼れる親族も帰るべき場所もなかった。

 

 

大洗の学園艦に乗船するための連絡船に乗船した俺らだったが、道中で沙織と優花理も座席で寝てしまった。

船外ではみほと俺が夜の海を見て黄昏ていた。そこに沙織がやって来た。

 

「二人ともどうかした?」

「ううん、別になんでも」

「なんでもないさ」

「ただ皆も色々あるんだなって」

「麻子のこと?」

「うん」

「麻子ね、みぽりんのこと心配してたよ」

「えっ」

「みほね家族と離れて大洗に来たじゃない。あの時は独りで」

「偶然の再開だからな。俺とみほ」

「麻子のお婆さんてさお母さんにそっくりで亡くなる前に喧嘩しちゃったんだって。謝れなかったってずっと後悔してんだって麻子」

「伝えるべきことをいざという時に伝えることができないのは想像以上にツラい。俺も長年後悔してんだよ、せめて伝えられたらなって」

「伍長さん……」

 

生前雪子とは身分は違えど幼少期を一緒に過ごして、いつしか恋愛感情を抱いた。気持ちを彼女に伝えることなく俺は村から去った。どうせいつか言えるだろうと。

その結果、俺はもう一生彼女に自分の本心を伝えることができなくなった。その後悔は死後も続き今に至る。自分は案外ずぼらで雑な人間だと評していたが違ったらしい。

 

俺はみほの頭に手をやり、ぽんぽんと軽く撫でる。みほと沙織がこちらに視線を向けた。

 

「お前も後悔があったら抱え込むな。なんとしてでも解消させろ。じゃないと死後も付きまとうぞ」

 

哀れで正体不明の男の助言に賢明で繊細な少女は小さく頷いた。それを確認すると俺はみほから手を引いて髪を掻き上げて、誰にも聞かれないように小さくため息を吐いた。

 




生前のヒロイン雪子の再登場。
地主の娘と自作人の息子とで繰り広げられるドラマに主人公として参加できない主人公がこの伍長です。

ゴールデンカムイの杉本と同じように伍長も過酷な人生を送りました。杉本の故郷にいる想い人は杉本が結核疑惑で故郷から離れた間に親友に嫁として取られ、戦争でその親友をなくし、その想い人は子を育てながらも目の病気になってしまう。
伍長は結核で家族が死んで村から離れ、少年期や青年期は橋の下でホームレス生活を送り、入隊後故郷に帰ると想い人は死亡。その後、太平洋戦争で何も守れないまま満身創痍の状態で戦死する。

伍長と杉本に救いの手は無いんですか!?


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アンツィオ戦の準備はローマとともに

クリスマスですね。とかいってサンタの悪魔が来たら絶望ですが。
一応クリスマスネタをいれてみました。


戦車を手に入れるため一年生と沙織が遭難した翌日、俺と優花理を除いたあんこうチームと生徒会の面子で対アンツィオ高校の作戦会議を開いた。

なお、長いソファで沙織の膝枕を受けながら気怠そうに寝転ぶ麻子と気分が悪そうに頭を押さえる俺以外の面子は気を引き締めている。

麻子はいつも通りだが、俺に至っては昨日の遭難騒動が解決したことによる安堵で酒を飲みすぎてしまった。少し酒を控えるか。

 

「かぁしまー、次のステージ何処?」

「はっ、アンツィオとの次のステージは山岳と荒れ地ステージになりました」

「はーい質問、アンツィオってどんなところ?」

「あー、確か創始者がイタリア人だった気がする」

「イタリアの文化を日本に伝えようとしたイタリアの学校だ。伍長、お前も放浪しているときに立ち寄ったよな。どんな感じだ」

 

俺は河島に訊かれ、記憶の重箱の隅を突くようにアンツィオ高校の記録をゆっくりと思い出していく。

 

「街並みが綺麗で料理が美味くて……それしか思いだせん」

「まあ想像通りのイタリアって感じだね。あっちの学園艦の売り文句でパスタのことも挙げられてるし」

「そして戦車道もイタリアの戦車が中心だ。先の試合で使われたのはCV33とセモベンテM41」

 

天国に居た頃、イタリア兵に自国の戦車自慢の際に聞いたことがある。CV33は足は速いが装甲と火器が貧弱という豆戦車に分類されるもので、セモベンテM41は自走砲だ。なお、北アフリカ戦線では英国のマチルダやM3リーやらにフルボッコにされた。確かに運用方針が対戦車じゃないけどここまでやられるとなぁ……。ちなみにチハは大和魂があるので例外だ。

 

「小さくて大きくてお花を活ける花器にピッタリです」

「俺初めて戦車で花活けようとするやつ見た」

「いくらなんでも花器でも大きすぎない?ひまわりでも活けるの?」

「新型戦車も入ったと聞くが」

「どんなの?」

「ちょっとわからないです」

「一回戦には出なかったもんね」

「だからこその秘密兵器かー、まっいっか。そのうちわかるし」

「何でわかるの!?」

 

杏の楽天的で先を見据えた発言に沙織はわけもわからず驚嘆する。また沙織が驚嘆した瞬間に生徒会の扉が大きく音を立てて開かれた。皆の視線は一気に扉を開けた来訪者のもとへ集まる。

 

「秋山優花理、ただいま戻りました」

「お帰りー」

「おおっ、待っていたぞ」

 

謎の来訪者は優花理であった。彼女は愛用しているリュックサックと何処かで見たようなコンビニの制服を着ていた。その理由を事前に知らされていなかった俺とあんこうチームは優花理の変わった姿に目を丸めていたが、生徒会の面子はそうではない。おそらく事前に知っていたのだろう。

……どうして俺が知らないんですかねー、下手すれば監督不届きで俺の首が飛ぶのだが。

 

「その恰好!?」

「優花理さん、ひょっとしてまた……?」

「はい!」

 

困惑するみほと対照的に優花理は自信ありげにカメラのチップをこちらに提示した。彼女の恰好とそのチップからあることに合点がいった。

そう偵察である。俺は優花理の大胆な性格と常識外れな行動にため息を吐いて、別の意味で頭が痛くなった。……一見、普通の優等生だと思ってたんだけどなぁ。

 

テレビに移されるはアンツィオ高校の日常で最後に行ったきり何も変わっていない。文化祭でもやっているのかという程度に毎日が活気づいているのだ。まあ何故ここまで出店を出すのかというと学園艦が大洗女子学園と同様に資金不足であるからだ。切実な理由に涙が出る。

 

『ここだけの話だけど重戦車を手に入れたんだ!』

 

最後に会った時と変わってないんだなペパロニのやつ。こうも秘密を簡単にバラまく姿に俺はアンツィオの隊長が心配だ。悪いやつじゃないのだが、いささか頭が弱いからなぁ……。まあ純粋さと元気が彼女の取柄なんだけどさぁ……。

てか、よくよく考えるとアンツィオの隊長はアンチョビか。まあ普段の付き合いで慣れていると信じたい。

 

「すごい伍長さんの顔」

「あれは憐みの顔ですね。哀愁を感じます」

 

ペパロニから情報を聞き出すと、シーンがコロッセオに切り替わる。コロッセオではP40に乗って鞭を振り回す楽しそうなアンチョビの姿がそこにあった。そしてアンチョビを他の女子生徒が囲み、ひたすらに彼女を指導者として称える。

よほど新しい戦車を手に入れられて嬉しいのだろうなぁ……。何年も同じ戦車を使い古していたからなぁ……。けど情報を派手に掲示するのはいかがなものだが、まあいいか。

 

「今度は子供を見るような温かい目に」

「あのアンチョビさんという方とどのような関係だったんでしょうか?そして重戦車もちょっと強そうですね」

「ちょっとじゃないだろ!」

「私P40初めて見ました」

「俺もだ。相当な知名度の低い戦車だからな」

「もうちょっと考えないと駄目だねー」

 

とりあえず今日はこれで解散となった。だが、戦車道に多くの時間を費やしたみほでさえも知らないときたらどう対策を練ればいいのだろうか。思わずみほと俺は帰宅しても頭を抱えて考えこんだ。ウィキペディアや個人のブログでもP40の情報は少ない。ならばどうするべきか。

だがその答えは案外簡単なものであった。ビールを片手に中古のテレビを着けて夕食を食べようとした時であった。偶然にも国営番組のチャンネルで歴史クイズをやっており、可愛らしい女史が解説をしていた。

 

「それだああああ!」

 

俺はビールを片手に家から飛び出してみほの部屋まで直行した。そして無数にチャイムを連打してドアを某映画の音楽に似せて叩く。

 

「どうしたの伍長さん!」

「ぐえっ!?」

 

こんな風変わりな呼び出し方は俺しかいないとみほも直感したのだろう。みほは慌てた様子でドアを勢いよく開けた。その際に思い切りみほがドアを開けたせいでドアが俺の額に直撃した。

突然の痛みに俺は蝶なんだからビールを落とさずに耐えることができた。俺が次男だったら落としていただろう。……まあ俺は当時にしては珍しい一人っ子だったが!

 

「ご、ごめんなさい伍長さん」

「い、いいんだ。それよりも良い案が思いついたんだ!」

「それってP40のこと?」

「その通りだ!情報が少ないならより詳しい情報がありそうな場所に行けばいいだけだ!」

「そうだけどその場所がわからないんだよ?」

「けど専門的な知識を有する奴らがいるじゃないか!」

「……それって!?」

 

どうやらみほも俺の考えを理解した様子だ。俺はニヤリと笑みを浮かべて告げる。

 

「歴女チームのもとへ行けばいい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「暑いな。こんなに熱いと義手で目玉焼きが作れるぞ」

「そんなの作らなくていいよ。てか片方だけ長袖っておかしいね」

「まあ仕方ない。此処が歴女チームのハウスか、デカい」

「ごめんくださーい。誰か居ませんかー!」

「今からでも遅くないから玄関を開けろ。抵抗する者は全部逆賊であるから訓練させる。お前達の父母兄弟は俺らに開けてくれないので皆泣いておるぞ」

「伍長さん、唐突に226事件始めないで」

 

炎天下の中、俺とみほは歴女チームの家に赴いて、その玄関先で待っていた。まさか表札が本名ではなくあだ名だとはな、宅配の人が混乱しそうだ。

……にしてもさっきから謎の金属音がうるさい。音の出所は歴女チームの家だが何か作っているのか?

 

「「「いらっしゃい」」」

 

そして俺とみほの応答に反応して、エルヴィンと左衛門佐とおりょうが出迎えてくれた。エルヴィンと左衛門佐は現代風の服装なのにおりょうだけは袴だ。この真夏に袴はかなり蒸し暑いのによくやるぜ。

……ついでに音の正体を調べるか。

 

「時折聞こえる音は何だ?」

「あれか。あれはカエサルが空薬莢で装填の練習をしている」

「そうだったのか。じゃあ明日でもアイスでも買ってやるか」

 

頑張っているやつにはご褒美をあげないとな。まあ頑張っているのは全員だが!

 

 

俺らが居間に招かれて一段落ついているとカエサルがお茶を淹れてくれた。お盆に乗せられたコップにも各々の個性が出ていて面白い。だがどうして枡にお茶を淹れたのかがわからない。

 

「P40の資料はあまりないけど」

 

一方でエルヴィンがイタリア戦車に関する文献を七冊持ってきてくれた。エルヴィンは謙遜する様子だがこの量は素晴らしい。

 

「こんなにたくさん」

「よく揃えたな」

「英語じゃないぜよ」

「イタリア語?」

「イタリアに友人が居るから訊いて見るか。時間はかかるが」

 

まあ歴史書となると自国の兵器を紹介する文献の方が情報は性格だ。武器商人の護衛をやっていた仲間のRがイタリア人だった。どの程度、時間がかかるかはわからないが試す価値はある。一応、元雇い主で俺に義手をくれたココがいるが彼女には負担させたくないなぁ……。

俺が携帯のカメラを開いて本に手を掛けようとすると、横からカエサルが本の題名を流暢に読む。彼女のイタリア語のレベルに俺ら一同は驚いた。

 

「イタリア語読めたんだ!」

「びっくりぜよ!」

「イタリア語ラテン語は読めて常識だろ」

「常識じゃない!」

「俺は頑張って英語しか話す聞くできないから……」

「一応伍長さんは話せるのか?」

「まあ海外行ってたし。そこで無理やり習わされた」

「へぇー意外だな」

「ちなみに多く間違えたり逃亡したらドアや車に爆弾仕掛けられると思ってた。今でも思う」

「どういう環境なの……?」

 

そりゃあ超一流の爆弾魔が身近にいたらそうなる。敵に仕掛けられた爆弾を簡単に見抜いて解除して、火薬の量と仕掛けられた方法で敵に反撃するとか頭おかしい。それ以上に建物を倒壊させないで階を一階分だけ無くすとかどういうことだよ。

 

「図面やスペックはわかるからコンビニコピーにしよう。キリがないけどこんなもんかな」

「どうもありがとう」

「助かるぜ」

「本当は私の知り合いがアンツィオ校に居るから訊いてみるのが早いんだけどな」

「そんなのいたのか」

「初耳ぜよ」

「どんなお友達なんですか?」

「小学校の同級生でずっと戦車道やってる子だ」

「そんな情報源が居るなら最初から訊けばいいのに」

「いや、敵が友達だからこそ正々堂々情報を集めたいな私は」

「そういうのははっきりと分けないと後悔するからな」

 

戦場では奇妙な与太話もあるからな。例えば第一次世界大戦のクリスマス休戦だ。非公式の休戦でありながら、多くの兵士が銃殺刑を前にするまで戦闘を拒否した。さらにその戦闘も見せかけのものばかり。この問題は休戦してた兵隊を別の戦線に回すことで解決したが、回された兵士たちは前と同じように敵を殺せたのだろうか。一度敵と友情を育んでしまうと、いざというときに心障を負いやすい。だから線引きはしっかりしないといけないな。

 

「いいライバルですか、羨ましいです」

「じゃあ坂本龍馬と武市半平太!」

「ロンメルとモントゴメリー」

「武田信玄と上杉謙信!」

「宮本武蔵と佐々木小次郎だな」

「ミハイル・ヴィットマンとジョー・エーキンス」

「「「それだぁ!」」」

「後者は誰だ?」

「って誰?」

 

なお俺と左衛門佐はその人物たちを認知していない模様である。ドイツ兵からミハイル・ヴィットマンは聞いたことあるがジョー・エーキンスは知らない。まあ、おそらく戦車に関することなんだろう。

 

かくしてこれらの情報を取り入れた訓練と作戦を行うこととなった。俺もできるだけチームに貢献できるように新たな戦法を取り入れなくてはならないな。彼女たちだけが苦労するのは性に合わないからな。




伍長は大正昭和の農村部にしては珍しい一人っ子です。
まあ母親の体が一人しか持ちこたえられなかったのが原因です。


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最後の記憶

冬の間に友達をガルパン沼に沈めることができました。
やったぜ。

それと今回話は短いです。


……これは最後の生前の記憶か。

俺は見知った風景を見渡す。辺りには鉄条網や半球みたいな小屋にジープが走っている。どうやら此処は米兵の前線基地みたいだ。その証拠に米兵が何処かからくすねてきた日本人形を持って嬉々としており、その仲間が羨ましそうにそれを見つめていた。

 

そして米兵たちはどうやら俺の存在が認知できていないらしい。正確には存在していないのが正しいのだろう。大声を出しても米軍の反応はないのが証拠だ。

となると俺は傍観者であり、観察対象は生前の俺だろう。

 

米兵たちが祈りを捧げる時間を知らせるベルが鳴る。基地に居る米兵たちは持ち場に見張りを残してせっせと移動した。

数分経過すると、ガサリと隣の林が揺れた。そこには生前の俺が居た。もう戦闘服

と略帽は度重なる戦闘や砲撃でボロボロで至るところに穴があいていた。

 

こう見ると当時の俺と橋の下生活していた頃の俺は姿が変わらないな。服はボロボロで痩せこけているが、一丁前に闘志だけはある。

 

生前の俺は小銃を片手に匍匐前進で鉄条網に進み、辿り着くとペンチを取り出して鉄条網を切る。これにより小さな通り道ができた。音を立てずに慎重に這って進み、基地内に侵入した。俺も生前の俺の跡をつけることにした。

 

生前の俺が真っ先に行くのは医薬品貯蔵庫だ。武器弾薬や食料は森や畑で調達できるが医薬品は難しかったからだ。さらに放置された医薬品よりも厳密に管理されている医薬品の方がよく効いた。

時折周回する米兵に気をつけて進み、医薬品貯蔵庫に着くと南京錠をなるべく静かに破壊して室内に入る。

 

「えーと、軍医殿はどれを多く使ってるんだっけ。わからん」

 

英語の読めずどれがいいかわからなかったが手当たり次第に鞄に詰めて急いで外に出た。だがその時、偶然米兵の将軍や士官と遭遇してしまう。

生前の俺はすぐさま小銃を構えて連射しながら退却する。日本の小銃は連射できないが米国の小銃はできたため、俺は米国の方を愛用していた。

士官たちは将軍を守ろうと囲み、各々の拳銃を乱射する。俺の方は動いて射撃しているので狙いが定まらないが、士官が放った拳銃の一発が当時の俺に当たる。当時の俺は高熱な金属を押し付けられた感覚に顔をしかめていた。

 

「ち、ちきしょう!」

「Fire!Fire!」

「Fucking Jap!」

 

入ってきた通り道になんとか辿り着くと医薬品の入った鞄を鉄条網を超えるように投げた。鞄を失ったことで身軽になった俺は武器を捨てて急いで通り道を通る。荷物を回収すると山に逃走しようとした。

 

「ぐあっ!?」

 

しかし、背後から米兵たちの重機関銃や小銃から放たれた銃弾が何発も俺の体を撃ち抜いた。意識を手放したくなるはずなのに、俺は懸命に逃走を続けていた。

 

逃走を始めて五分ほど経過した。もう米兵たちは追撃してこないため、生前の俺は速度を緩めて呼吸を乱しながら木に寄り掛かる。そして自身の傷を確認した。

心臓以外の全ての部位に銃弾が貫通しており、何故生きているのかが不思議なほど重体であった。せっかく持ち帰った医薬品も過半数が割れて使えなくなってしまった。

 

包帯で傷口を押さえるも流血は止まらない。次第に目が虚ろになり、鳥肌が立っていた。この時点で生前の俺は死を確信した。

もう助からないのはわかっているが右腕を動かしてヒロポンが入った注射器を取り出して、左腕に注入した。さらにその左腕にモルヒネを打ち込んだ。

 

今までで体験したことない不快な感覚が体を襲うが、少しの間は歩けるようになった。

たどたどしい足取りで前進する。もう目的地はないのにそれでも進む。

 

薬の効能が切れるとどさりと生前の俺は倒れこんでしまい、その場で滑落した。何度も体を木に打ち付けながら下山した際、目の前には一本の白い花が咲いていた。生前の俺はその白い花に手を伸ばす。しかし、その花を触ることなく死んでしまった。

 

―――――――こうして見ると今の俺も昔の俺も雪子のことは忘れられないのか。一生頑張っても二度と逢えない彼女に一途に惚れ続けるとは、なんて愚かで哀れなんだろうか。

そうやって俺は自分に嘲笑すると場面は突如として暗転した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……あぁ、ちくしょう。胸糞悪い夢だ」

 

俺は自分の自室で目を覚ます。外では小鳥が鳴き、時計の短針は六時を指している。

頭を掻きむしりながらテレビを付けた。ちょうどテレビには大洗女子学園の活躍を讃える番組が映る。みほたちの努力を振り返りながら、俺は義手をつけて飯を食う。今日の朝飯は昨夜購入したコンビニ弁当だ。

 

「……このソース辛いはずだよな?」

 

エビフライに付けていたチリソースが辛くないことを不振に思ったが、ただ刺激に慣れたか不良品なのだと判断して朝飯を続ける。試合は今日の昼頃、俺は活力をつけるため追加でカップ麺を食べた。物足りなさを胸に秘めながら腹は満たされた。

 

それから外出用の服に着替えていると携帯電話のコール音が鳴ったため出た。声の相手は杏だった。

 

『もしもーし、聞こえてる?』

「よお杏。どうした」

『いやー、例のブツは今回無理だわ』

「……そうか。そりゃあデカいもんなぁ」

 

杏がいう例のブツとは、以前一年生と沙織が学園艦の地下に潜った際に見つけた重戦車のことだ。バラシてその場に放置されていたため何の戦車かはわからないが、俺的には決戦兵器になりえると考えている。

デカいのはパワーだって陸軍の大砲と海軍の戦艦が教えてくれた。……運用とかは問題にしないこととする。

 

「まあ準決勝なら間に合うか?」

『どうだろうねー。だってカタログに載ってない戦車だし』

「マジぃ?」

『マジマジ。特にエンジンがおかしいらしくてさ、従来のものとは違うんだって』

「今はルノーが来たが、今の戦力で準決勝を望むのはマズい。せめて一輌増やさないと』

『そうだね。まあ他学年にも探させるよ。人海戦術で艦全体を探せば見つかるでしょ』

「期待してるぞ。じゃあな」

『そうそう。例のブツが完成したら自動車部に乗せてあげてもいいよね?』

「構わないぞ。自分で作ったものなら的確な整備もできそうだ」

『わかった。じゃあねー』

 

ぷつんと杏との電話が切れた。

例のブツがどのようなものなのかに期待しながら俺は外に出た。太陽の光に体は包まれて、今にも昇天しそうな気分になった。

 




最近モチベが上がらず、筆の進みが襲いですが交互に週一投稿できるようにします。
ということで拙作のストライクウィッチーズも読んで❤



あとアンツィオ戦は基本これで終わりです。
アンチョビ「えっ」


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情熱という炎と無力という哀愁

進撃の巨人見ましたけどやはり面白いですね。
ライナーみたいな主人公作りたいですね。


とある学園艦の豪華な内装の部屋で二人の少女がでお茶会を開いていた。一人は金髪を結び凛とした態度を取るダージリン、もう一人は小柄で幼く見えるものも隊長とのしての威厳を醸し出しているカチューシャだ。

この二人のためにカチューシャの右腕と名高いノンナが紅茶を運んできた。

 

「準決勝は残念でしたね」

「去年カチューシャたちが勝ったところに負けるなんて」

「勝負は時の運でしょ?ありがとうノンナ」

 

余裕をもった大人の対応でダージリンは言う。カチューシャのいう聖グロリアーナの準決勝相手は連戦と名高かった黒森峰だ。固い装甲と強力な砲を持つ戦車や、西住家跡取りの西住まほが指揮する戦術が数々の学校を打ち破ってきた。

 

「違うの。ジャムは入れるんじゃないの、舐めながら紅茶を飲むのよ」

「付いてますよ」

「余計なこと言わないで!」

 

ダージリンの紅茶にジャムを入れようとする行為にカチューシャは指摘した。ロシアに類似したプラウダ学園ではロシア流の紅茶の飲み方が主流となっており、イギリスの作法よ違っても無理はない。

口元にジャムが付いていることを指摘されたカチューシャはノンナに余計なことをするなと言う。

 

「ペリョーシカカルトゥーシカもどうぞ。ペチーニェも」

「次は準決勝なのに余裕ですわね。練習しなくていいの?」

「燃料がもったいないわ。相手は聞いたことのない弱小校だもの」

「でも隊長は家元の娘よ、西住流の」

「えっ!?そんな大事なことを何故先に言わないの!」

「何度も言ってます」

「聞いてないわよ!」

「ただし妹の方だけれども」

「なんだぁ……」

 

ダージリンからの情報に当初は驚いたカチューシャであったが、まほではなくみほだと聞くとため息を吐いて安堵していた。ノンナはあらかじめ知っていたため顔の表情を寸毫も動かしていない。

 

「黒森峰から転校してきて無名の学校をここまで引っ張ってきたの」

「そんなこと言いにわざわざ来たの?ダージリン」

「まさか。美味しい紅茶を飲みに来ただけですわ」

「そっ、なら存分に飲むといいわ。そして共産趣味の思想を植え付けるように教育してあげる」

 

みほに関する情報にカチューシャがあまり動じなかったため愉悦できずにいたダージリンだったが、自分の紅茶の味を上げるためにある話を繰り出した。イギリスの学校に感化された学校は良くも悪くも英国面を手に入れるのだ。

 

「なら紅茶が美味しくなるもう一つの情報があるの」

「何よ言いなさい」

「貴方が親身にしていた西済伍長、伍長と言えば通りはいいわね」

「あんた伍長を知ってるの!?」

「それはもう、夜のパーティーで熱心なアプローチを受けた仲ですわよ」

「何やってんのよあのバカ!」

 

ダージリンが自慢げに言うとカチューシャは頭を抱えた。短い付き合いではあるが、基本単純で欲には弱い伍長のことは理解していたからだ。例を挙げると伍長がプラウダ高校に居た時、平然と保健室の先生をナンパして朝帰りを果たした男だ。

カチューシャは伍長と再開した時に今までの鬱憤と愚痴をぶつけて粛清かシベリア送りにしてやろうと腹に決めた。

 

「それであの人が何を」

「あらノンナも反応するとは意外だわ」

「あの人は人に一種の革命分子なんで」

「ふふっ、そういうことにするわ。じゃあ本題に入るわ、実は貴女たちが対戦する大洗女子学園に伍長も居るの」

「ええっ!?」

「……ッ!?」

 

相変わらず情報に驚くカチューシャだったが、ブリザードのノンナと名高いノンナも驚愕の表情を浮かべていた。一方で、ダージリンも始めて見せるノンナの表情に驚いていた。何せダージリンが浮かべるノンナの印象は第一に表情筋が死んでそうというものだった。

 

「じゃ、じゃあ無名の学校がここまで這い上がれたのはその二人のお蔭ってこと!?」

「自然とそうなるわね」

「確かに伍長の対戦車戦法は戦車道においても役立ちますね。隠蔽や環境を利用した戦闘とか」

「……カチューシャたちは準決勝でそんな相手と戦うわけね」

「はい。また、まほの妹のみほも黒森峰では活躍の機会があまり与えられなくても副隊長の座に収まっただけの技量はあります。油断はなされずに」

「わかってるわよノンナ。ダージリン、あんたには感謝するわ。確かな技量を持つ二人を相手にするんだから生半可な気持ちでは敗ける。そんなことになったら革命が起こされちゃうわ」

「ですね。実際、隊長のポストを狙う同志は多いです」

「成長したカチューシャ、いやプラウダの力を奴らに見せつけてやるわ!」

 

一人の少女ではなくプラウダの書記長として闘志を燃やして奮い立つカチューシャの姿は大きく尊厳に溢れているように見えた。隣のノンナも顔色こそは普段通り冷徹なマスクを取り付けているが、その内なる心は闘争心で燃えていた。

この二人を見て余裕のある態度を取り続けたダージリンであったが、内心自分はとんでもないことをしてしまったのではないかと焦っていた。そのため、その日格言と名言を言うことなく聖グロリアーナへと帰って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ところ変わって大洗女子学園の倉庫。そこには伍長と戦車道を履修する生徒たち、そして修理や改造を担当する自動車部の面々が居た。

彼女たちの目の前には長砲身を付けた四号戦車があり、以前よりも力強さで満ちていた。

 

「長砲身付けたから、ついでに外観も変えてみました」

「F2っぽく見えますね」

「そうでしょ!」

「なあ知ってるか?四号戦車の貫徹力って日本の戦車全般よりも優秀なんだぜ」

「……哀しみを思えますね」

「ありがとうございました自動車部の皆さん」

「いえいえ、まあ大変だったけどすごくやりがいがありました」

「砲身が変わって新しい戦車が一輌……」

「そこそこ戦力の補強はできたな」

「あの、ルノーに乗るチームは?」

「今日から参加することになりました。園みどり子と風紀委員です。よろしくお願いします」

 

風紀委員の権力と威厳向上のために戦車道を履修することに決めた風紀委員たちがルノーB1に乗ることになったとのこと。経緯はやや不純だと言えるが、戦力も揃うし、何よりも戦車道には大きな特典が付けられている。むしろ不純な思いなしで行う者の方が少ないだろう。

 

「略してそど子だ。色々教えてやってねー」

「会長、名前を訳さないでください」

「何チームにしようか隊長」

「えっ、うーん。B1ってカモっぽくないですか?」

「じゃカモに決定」

「カモですかぁ!?」

 

昔から思うんだけどみほのネーミングセンスは変わってて、彼女が幼い時に明らかに犬のキャラクターにネコイヌさんって呼んでたりする。街中で犬のキャラクターを見つけてネコイヌだと言ったら、特に恥じる様子もなく懐かしんでいた。

 

「戦車の操縦は冷泉さん、指導してあげてね」

「私が冷泉さんに!?指導は顧問の伍長さんでしょ普通!」

「すまないが俺は戦車の操縦はからきしだぞ。唯一できるのは装填手と機銃手だけだ」

 

力任せとか単純作業しか俺はできないからな。戦車の仕事で一番好きなのは機銃手で、理由としては狭いところに座って一方的に敵を倒せるからだ。狭いところに入るのは昔の生活から慣れてるからな。

 

「よろしくなそど子」

「成績が良いからっていい気にならないでよね」

「じゃあ自分で教本見て練習するんだな」

「なに無責任なこと言ってるの!ちゃんとわかりやすく懇切丁寧に教えないさいよ!」

「はいはい」

「はいは一回でいいのよ!」

「はーい」

「……お前ら実は相性いいだろ」

 

この凸凹コンビは互いの欠点を補いつつ成長できると俺は信じているぞ。そど子の熱心な姿勢が麻子の怠け者の性格も直すって感じに。……完全に人任せだけどなんとか直してくれ、最近だと麻子が遅刻するたびに俺は担任に頭を下げてるからな。教育が行き届いてないとかという理由で。

 

「なんかまた伍長殿の顔に哀愁が」

「いつものことだよ。あなり気にしないで」

「次はいよいよ準決勝!しかも相手は去年の優勝校プラウダ高校だ!絶対に勝つぞ、敗けたら終わり(・・・)なんだからな!」

「どうしてですか?」

「敗けたら終わりって次があるじゃないですか」

「相手は去年の優勝校だし」

「そうそう胸を借りるつもりで―――――」

「それでは駄目なんだ!」

 

うさぎチームが口々に敗けても仕方がないと言うが、河嶋は大声でそれらを否定した。

……明らかに終わりという単語に他の意味が含まれていた。さらに河嶋の今までの態度もそうだったようにこの大会には何か裏がある。募集時に優勝すれば特典が貰えるといった話を挙げていたがどうして優勝に固執する?……頭が悪いから考えてもわからん。

 

「……勝たなきゃ駄目なんだよね」

「おいおい、顧問の俺にすらわからん。確かに俺は勝たせるのを保証したが優勝までは言っていないぜ」

「ごめんね、今回ばかりは伍長にも言えないんだ。」

「それってどういうことだ?俺が信頼できないのか」

 

俺のその言葉に杏は一瞬だけ顔を顰めた。

俺と杏の関係は初対面こそは険悪だったが、徐々に良くなっていったと思った。だけどそれは俺の想像にすぎないのかもしれない。当たり前だ、なにせ初対面で殺す宣言したり戦車道では実質の権力はみほと生徒会だ。そんなんで信頼を得られるはずもなく、俺はただの神輿にすぎない。……それでも彼女たちのために何かができるのは嬉しいことだ。

 

「ううん、それはないよ。今まで真摯に練習に付き合ってくれたからね」

「……わかった。お前らが望むのなら俺は何も言わない。ことが終わり次第伝えてくれ」

 

……俺も顧問として彼女らの責任を背負いたかった。少しでも軽くしたいのに。

 

「ありがと」

「……西住、指揮」

「あっはい。それでは練習開始します!」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

みほの号令とともに戦車道の練習が始まった。だが誰もが生徒会の言った言葉に疑問を抱いていたので練習時には身が入っていなかった。

一方で、自分が無力であることを自認していた俺は後方のベンチで孤独に煙草を吸う。

もう煙草から味は感じなかった。




カチューシャ「絶対に負けられない!!」
ノンナ「あれこれ言いたいけどまずは勝ってからボコボコに殴る」
ダージリン「(変に闘争心を煽って)やばいわよ」


伍長「何故俺にも重荷を背負わせてくれないんだ。愛している仲間なのに……」


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雪、記憶、狭間にて。

……また夢か。だが今回の夢は初めてだ。

俺の眼前には故郷の花畑が一面に広がっている。その花畑には記憶があり、雪子と初めて出会った地である。天候は極めて快晴で暑くもなければ寒くもない春心地だ。モンシロチョウが至る所で蜜を吸っている。

花の香りやそよ風を肌身で感じて俺は花を踏まないように注意を払いながら前に進む。

 

進み始めて程なくした頃に見覚えのある少女が目を下に向けて花を摘んでいた。どうやら彼女は花冠を作っているらしい。俺は動揺しながらも少女が警戒しないようゆっくりと近づいた。

 

「あっ!久しぶりね」

「……あぁ。久しぶりだな」

 

俺の気配に気づいたのか少女は顔を上げた。その少女は当然雪子である。その雪子の姿は最後に会ったものと同じだった。彼女の象徴ともいえる白いワンピースを着用していた。

俺は不覚にも恋い焦がれてたが失恋した少女を眼前にしたせいか、いつの間にか目が霞んで大粒の涙をぽろぽろと流し始めていた。立つ気力も失い、その場にへたり込んだ。

 

「大丈夫?お腹でも痛いのかしら」

「あぁ!大丈夫ッ!大丈夫だから!」

 

俺は心配そうに近づいてきた雪子を思い切り抱きしめた。花の匂いや上質な石鹸の匂いといった様々な彼女の匂いが故郷をより思い出させる。楽しい思い出から今まで忘れていたくだらないことまでも思い出せた。

雪子は泣きじゃくる俺に最初こそは混乱していたが、次第に慣れていき手を俺の頭に乗せて優しく撫でる。そんな優しさが俺を再度感傷的にさせるには十分だった。

 

「ごめんごめんな……ッ!最後の別れを告げずにさよならしちゃって!」

「いいわよ。私は気にしていないわ」

「……そうか、そうか」

「だからたくさん遊ぶわよ」

「あぁわかった!いっぱいいっぱい遊ぼうッ!花冠をたくさん作ろう!」

 

抱擁を解いた俺と雪子は彼女の言う通りたくさん遊ぶことにした。鬼ごっこで遊んだりかくれんぼで遊んだ。俺の体は大人サイズで雪子は小学生サイズの大きさだが、不思議と体格差による有利不利はなかった。

そんな感じで楽しく時を忘れて遊んでいると、日は沈んでいき夕方を迎えた。遠くの寺院から五時を知らせる鐘の音が此処にも響いた。

雪子と一緒に花冠を作っていたその手を止めて俺は立ちあがった。

 

「……雪子、そろそろ帰るか」

「そうね。残念だわ」

「また明日遊べばいいさ。明日は友達を呼んで色々な遊びをしようぜ」

「わかったわ。じゃあその前に屈みなさい」

「こうか?」

 

俺は雪子の言われるがままにしゃがんだ。すると彼女は作っていた花冠を手にして俺の頭に乗せる。満足そうに笑みを浮かべると俺に向けて言った。

 

「未完成だけど似合うわね。あげる」

「俺は幸せ者だな。嬉しいぞ」

 

満面の笑みを浮かべると俺は彼女の頭をくしゃくしゃに撫でてから立ちあがった。立ちあがると突然背後から衝撃が走り、重量を感じた。後ろに目を向けると背中に彼女が張り付いていた。

 

「大きいんだからおぶりなさい」

「あぁいいぜ。だが落ちて洋服汚すなよ」

「わかってるわ」

 

彼女をおぶって俺は帰路に着いた。帰路といっても山道に毛が生えたようなもので凸凹で滑りやすいところもある。過去の記憶と感覚を使いながら注意して進む。あまり激しい動きをしていないため、いつの間にか背中では雪子が寝息を立てて寝ていた。

 

「寝たか。……しかし長い水溜まりだな」

 

現在俺は道に溜まった川の如く長い水溜まりを渡っていた。底は浅く何の影響もない。

俺はピチャリピチャリと音を立てて足を進めていると、不意に片足が地面に沈んで前のめりに転倒した。泥水や石が口に入るが、第一に気をつけていたのは雪子の安全だった。後ろを振り向くといまだ彼女は眠りについている。幸いにも洋服も汚れていない。

口に入った泥水や小石を吐き出してから立ちあがった。

 

「なんだ今の?」

 

気を取り直して前へ進むが、依然として水溜まりは続き、それに比例して足が沈み気を取られそうになる。それでも持ち前の持久力を使ってズンズン前へ進んだ。

 

「この水溜まりまるで沼だな。進めば進むほど足が重くなる。……あっぶねっ!?」

 

息を切らしながら必死に進んでいると、突如としてその足を何かに掴まれて転びそうになった。恐る恐る足元に目を向けると、白骨部位の見える手が俺の足を掴んでいた。

顔面を真っ青にした俺は手を薙ぎ払って走って進む。それでも白骨した手は俺の足を執拗に掴んできた。

当初は一つや二つしかなかった手も、今となっては十になっている。いくら俺でも突破できなかった。

 

「くそっ!?何なんだ一体!?」

「うぅん?どうかしたの?」

「見るな!目を閉じてろ!うっ!?」

 

俺の足を掴んだ手の正体が血の水溜まりの底から姿を現していく。どれも顔面を腐らせているが、俺には見覚えのある面子がほとんどだった。

 

「中田、それに黒野のおっちゃんに比嘉!?」

「伍長殿ひどいです。我らを忘れてぼんやり生きるなんて……」

「俺らは同じ戦場で死んだ戦友だったよなぁ」

「つらいです。助けてください」

「違う、違うんだお前らッ!! 俺は一日もお前らを忘れたことはない!」

 

呪詛を零しながら俺の体をよじ登る戦友に俺は必死に説明する。誰もが大切な人であり、家族に値する人だった。だがいくら説明しても彼らは俺によじ登る。

嫌な汗が流れて鳥肌が立ち、徐々に息が苦しくなってきた。俺にしがみ付く面子を多くなっていき、ついには俺の両親までもが現れた。

 

「やめろ、やめてくれ!俺は、俺は……」

「ねぇ」

「ごめんな皆。ごめんな……」

「ねぇ」

「……雪子」

 

俺は背後の雪子に目を向けると雪子は瞳孔を開いて不気味に見つめている。目があった瞬間、口角を異常なまでに上げて彼女は言い放つ。

 

「私はあんたを赦さない」

「待っ―――――!!」

 

彼女が言い告げると俺の体は鉄を水に沈めるが如く即座に沈んだ。大量の水を飲んで手足をもがいて浮上しようとするが無駄でそのまま沈んでいった。

溺死の苦しみを味わいながら俺は涙を流して意識を失った。涙は血に混じって染色した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うあああああ!?」

 

激しい動悸と共に俺は布団から起き上がった。暗い部屋には時計が秒針を鳴らして静かに動く。荒い呼吸と動機を抑えるために俺は手元にあった缶ビールの残りを飲み干して、さらにもう一本開けて一気に飲んだ。

ようやく動悸や呼吸が落ち着いてまともに行動できるようになると、外を見た。外では雪が深々と降っており、プラウダの港に着いたのだと認識させた。

試合は今日の夕方六時である。まだ時間的には余裕があり、用意をした後に屋台を回ることもできるだろう。

 

「……シャワーでも浴びるか」

 

俺は壁に手をつきながら風呂場へ向かった。服を脱いでからおもむろに洗面所の鏡を見ると、体の至る所に手の形をした血痕が付着していた。

血痕に触れてみると簡単には色は落ちない。ただちにシャワーを浴びて流すことができたが、四十分も時間が経過していた。

 

「……なんだよ本当に」

 

風呂場の床にへたり込んで俺は呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よう河嶋。準備はどうだ」

「伍長遅いぞ。いつでも戦車は搬入できるようにしてある」

「まあこんな雪国で戦車動かすのは初めてだけど、マニュアル見て頑張ったんだー」

「そうか。あの重戦車はどうだ」

「残念ながらまだ……」

「そうか。なら仕方ない」

 

時刻が夕方の五時に回った頃に俺は大洗女子学園の待機所に赴いて確認を取った。雪が降ったことで学園の整備に引っ張りだこだったため遅刻してしまった。仕方がないことだ。

しかし重戦車も出せないとなるとルノーb1と四号F2の戦力強化だけでプラウダに立ち向かうのは骨が折れる。ソ連戦車は装甲や火力が申し分ない性能だからな。打ち破れるか怪しい。

 

「皆伍長の士気鼓舞を期待しているぞ。早く行け」

「……悪いな。今回はパスできるか?」

「はあっ!?顧問であるお前がやらなきゃだめだろう!」

「あんまし体調良くないんだ。そんな俺が皆の前に出たら逆効果だ」

「どうしましょう……」

「うーん、じゃあしょうがない。うちら生徒会でやるよ」

「助かる。ありがとうな」

 

俺は彼女たちの配慮に感謝しながらその場を立ち去った。実際俺の体調は普通なのだが、あの夢のせいで気分が落ち込んでしまった。そんな状態で鼓舞することはできないからあながち間違いじゃない。

こういう時は飯でも食えば元気になれるはずだ。大洗女子学園の出店で豚汁があったはずだからそこで一杯貰おうか。

 

俺は雪をザクザク踏みしめて進む。手にした簡易マップを見て近道をしようと人気のない通りを歩いていると金髪長髪を一つに束ねた少女と丸坊主で口髭を蓄えた大男が話していた。辺りには人がいないので印象的だった。

 

少女と大男が別れて、大男がこちら方面に歩いてきた。十メートル、五メートルと距離が近づいていく。そして一メートルになった時にお互いの顔を認識した。

 

「フンヌッ!!」

「うおっ!?」

 

すると突然大男が俺の服を掴むと街灯に向けて投げ飛ばした。背中を街灯に打ち付けて一瞬息ができなくなるがそれでも立ちあがり、即座に臨戦態勢を整える。

大男は殴りかかるも俺はその腕を掴んで、そのまま一本背負いをする。しかし地面が雪で覆われているためダメージは少なく、大男は仰向けになった状態で両脚を俺の顔面に向けて放つ。

 

「ぐっ!?」

「ウオオオオオオ!!」

「くそが!」

 

鼻血を流しながら仰け反る俺にタックルを仕掛ける大男を受け止めようとした。しかし体格差から完璧に受け止めきれずに後ろへと後退していく。

 

「グオオオオオ!!」

「あまり舐めるんじゃねぇぞ!」

「ヌオッ!?」

 

全身の筋力を使って大男を受け止めると、そのまま体を持ち上げて投げる。二メートルほど離すことができたが今の投げで全身の筋肉を疲労させてしまった。

俺は否応なしに懐に手を突っ込んであるモノを取り出す。大男もその意図が読めていたのか同様のモノを取り出した。

 

「……」

「……ッ」

 

俺らが取り出したのは拳銃だった。俺は傭兵時代にお世話になったココとの別れ際で貰ったS&W M642という比較的小柄な拳銃だ。対して大男が持つのはマカロフ PMと呼ばれる拳銃でロシア製だ。

俺らは睨み合って何かしらの行動をすればいつでも発射できるような状態だ。装弾数はあちらに利があるが信頼性はこちらが上だ。

 

俺は足元の雪を蹴り上げて視界を反らしてから撃とうと考えて、片足を動かして実行しようとした。

 

「ストープ!!」

「あぁ?」

 

その時、遠方から先程の少女がこの戦闘を止めようと走りかけてきた。少女は急いで大男の傍に寄ると流暢なロシア語で長々と話し始めた。

俺は唖然として拳銃を下すと大男も拳銃を下して少女との会話を始める。

 

「おい、どういう関係だ?」

「すみません。うちの父親が」

「あぁ、親父さんか。となると二人はロシア人か」

「まあ私はハーフですが。……お怪我とかは」

「まあ大したことじゃないから安心してくれ。で、何故親父さんは俺を襲ったんだ」

「それが軍人として働いた際に貴方と交戦して仲間が傷ついたと言っているんです」

「……あー、そういうこと」

 

武器商人の傭兵時代で確かにロシア軍と戦闘した記憶がある。誰もが屈強な兵士で手こずったな。その戦闘で俺と親父さんはやりあっていたのか、変な偶然もあるものだ。

……まあ仲間思いは結構だが此処でやるのは間違いだ。

 

「こちらも仕事でやってたんだから仕方ないと伝えてくれ。あと俺は傭兵を辞めたとも」

「わ、わかりました。本当に父がすみません」

 

少女は自身の父親にロシア語で話しかけると、渋々とした様子で独りその場を立ち去った。脅威が去ったのを確認して俺は拳銃を懐に収めた。

 

「良い父親なんですがどうしても家族以外には短気で……」

「まあ家族思いならいいだろ。そういや名前は?制服からしてプラウダ生か」

「はい。私の名前はクラーラと言います。貴方は確か伍長様ですね」

「そうだ。ノンナかカチューシャから聞いたか」

「まあ良くも悪くも貴方は隊長たちに知られてますから」

「そうか。なら菓子折りでも持ってかないとな」

「そうですね。まあそれだけで済むかはわかりませんが」

「ありがとうな。ってかそろそろ時間じゃないか?」

「……そうでした。では」

「試合両校とも頑張ろうな」

 

一礼をした後にクラーラは父親を追いかけていった。何か忘れ物でも届けようとしたのだろうか。

気を取り直して俺は出店の場所へ向かおうとしたが、疲労感から雪の上で仰向けに寝転んだ。暫くは動けそうもないので、体力が回復するまで此処に居ようとした。

天空から降り注ぐ雪を呆然と眺めていると見知った少女がこちらを俯瞰していた。

 

「あら、雪のベッドは気持ちよくて?」

「ダージリンか。……疲れて体が動かん。引っ張ってくれ」

「それが淑女にやらせることで?」

「うるせぇ。それか戦車か車で俺を引きずるなりして運んでくれ」

「仕方ありませんね。ペコに車で運ばせますわ」

「頼む」

「……ふふっ」

「……ダージリン、雪を顔面に被せるな」

 

ダージリンはペコが来るまでの間、俺の顔面に雪を被せて悪戯をしていた。その都度俺は雪を手で払うも、繰り返して雪を乗せてくるので俺は考えるのをやめた。

 




クラーラの声優の方の父親はスペツナズなんですよね。
なのでそこから独自の設定を持ってきただけなんで公式じゃないです。
父親の階級は個人的には曹長ポジションです。


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希望は飯とともに

APEXに夢中となり更新遅れました。すみません。
ちなみに私はパスファインダーというロボットを使っています。時折、彼?が言うセリフがカッコいいので夢女子とか生産してそう。


「うーん、これはマズいな」

「そうですわね」

「そうですね」

 

現在俺はダージリンたちと一緒に試合を寒空の下で観戦していた。当初は雪が降る中でも椅子に座って茶を嗜みながら観戦するという優雅と伝統というよりは我慢寒さの比べに近い聖グロリア―ナの観戦スタイルに驚いていたが、雪空の下で温かい紅茶やコンソメスープを貰っているうちに悪くはないと思い始めていた。

寒さで芯まで冷えた体に温かい飲み物は沁みて心地よい。

 

それで何を俺たちが心配していたのかというとプラウダの戦車隊が寒村にみほたちの戦車隊を引き寄せてから包囲したのだ。おそらくだが経験も乏しく連勝に浮かれていた隊員たちの暴走がこの結果になったのだろう。みほも周りに流されやすいからなぁ。

……後でこってり絞って次回の大会の糧にしてやる。

 

で、包囲下の中みほは一輌の損害を出すことなくデカい教会へ避難した。建物の中に入ってはプラウダとみほたちも手が出せない。てか下手にプラウダが建物に攻撃してしまうと建物が崩壊して下敷きになり試合どころの騒ぎではなくなる。

そして膠着状態のままでは何もできないのと数時間吹雪が強くなるので、プラウダが休戦協定を提示してみほはそれを受諾した。

 

「どうしてプラウダの隊長は攻撃しないんでしょう?」

「プラウダの隊長は楽しんでるのよ、この状況を。彼女は搾取するのが大好きなの、プライドがね」

「……あいつの悪い癖なんだよ。自分の実力を誇示させるために相手を折ることがな。俺も散々やられた」

「えっ、伍長さんも経験が?」

「あぁ。ろくに遊んだことないゲームばかり俺に挑んできてな。無論俺は負けて罰を受ける」

「そんなことが」

「まあ罰と言っても可愛いものでお出掛けの費用全額負担とかだからな」

「それって経済的に打撃では?」

「いやさ男女で遊ぶ際に男が金を出さないといけないだろ。普段からそうしてるから特に違和感はなかったぞ」

「これがレディーファーストを重んじる紳士……!」

「ペコ騙されてはいけないわ。紳士なら多数の女性とお付き合いや関係を持たないわ」

「……バレてたか」

 

白々しく俺はそっぽを向いて口笛を吹く。したり顔で紅茶を飲むダージリンには何故そのことを知っているのかを裏で聞いておこう。一応これでも未成年者には手を出してはいない、相手が二十歳を超えないと俺が捕まるからな。

まあ俺は大人の女性が好きだから貴様らの未熟な裸になんぞ興味はない!ガハハ!

 

「……あら紅茶がなくなっていますわね。私が直々に淹れて差し上げますわ」

「それは私の仕事ですが」

「いいのよ」

「おっ、助かる。……熱ッ!?」

「あら、ごめんあそばせ」

 

何かを察知したダージリンが僅かにポットの紅茶を俺の手に零した。高級ティーカップというわけで落とすわけにもいかず俺は熱さに耐え忍び、カップを死守した。

どうして俺の心の悪口に反応できたのだろうか、これも戦車道の恩恵か?

 

「それで伍長様。貴方ならどうこの状況を打開します?」

「そうだな。俺が彼女らに教えたうちの一つに偵察があってな。うちは戦車も装備も貧弱だから工夫に工夫を凝らす必要があった。あまりよくないことなのだが、歩兵偵察を重視させた」

「まあいくら戦車道の砲弾と機銃弾といっても生身では危ないですからね」

「そうだ。で、今は休戦状態で弾が行き交う必要もない。さらに見つかっても怒鳴られる程度で済む。結果的には功を奏したわけだ」

「ちなみにどのような訓練内容でしたか?」

「いい質問だペコ。まあ缶蹴りだ。……やったことあるよな?」

「いいえ」

「ありませんわね」

「……そうか、まあお嬢様はやらないか。形式は俺が鬼になって彼女らを探すもので、生徒が蹴るべき缶の存在は教えない」

「えっ?それではゲームが成り立たないのでは?」

「成り立つぞ。だって俺が上限三人まで纏めて生徒を見つけたと宣言できる。鬼に対する人海戦術は封じている」

「そうじゃなくて生徒側です。勝利条件が厳しくないですか?」

「……もしかして伍長様を追跡させるために?」

「そういうことだ。まあバレたら報告されるから密かに俺を追いかける。流石の俺も見て見ぬふりをしたり、全力で振り切ろうとしなかった」

 

ちなみにこの缶蹴りで一番上手だったのは優香里、エルヴィン、そど子、そして意外にも麻子だった。麻子はなんだか気配が捉えづらくて探すのに苦労したし暗闇に強かった。本当に猫みたいだった。

逆にダメだったのは川嶋で、追跡では頻繁に音を立てて進んだり隠れるのが下手だった。仲間の生徒いわくドジを踏みまくっていたとのこと、それでいいのか副会長。

 

「まあそんな感じで偵察を強化……ハクション!!」

「……吹雪いてきましたわね」

「西住さん大丈夫かしら」

「ははは、念のための食料やカイロは持たせたし……マズい」

 

俺はあることに気づいて悪天候の中、冷や汗を垂らす。並々ならぬ俺の様子に心配したのかペコが声をかける。

 

「どうしたんですか伍長様。顔色が悪いですよ」

「……あいつらに粉末スープを持たせたんだ」

「はい。それで何が問題なんですか?」

「それがな、溶かす用の水を用意してなかったんだ」

「えっ。けど雪を解かせばいいのでは?」

「その通りなんだが沸かすのに十分な燃料と鍋がないことに気づいたんだ」

「……それは非常に危ういのでは?」

「……マズいですわね」

「手を打ってくる!今なら顧問による介入も可能なはずだ!」

「あっ、ちょっと伍長さん!」

 

しまったしくじった!俺だけ悠々自適に観戦している余裕はなかった!なんたる失態だ!

俺は早急にみほたちを助けるべく行動に移した。まずは鍋の調達だ。といっても二十人程度を賄える大鍋でないといけない。そんな鍋がこの会場にあるのか……?

いや、あるじゃないか。なんなら盗難で訴えられることもないだろう。

俺は出店のスペースへと全速力で向かう。道中で転倒して腰を痛めたがそれでも前へ進む。

 

「おいっ!それ一杯いくらだ!」

「ひっ!い、一杯三百円ですが……」

「そうか!なら二万払うから大鍋ごと寄越せ!金が足りないなら後で払うから!」

「わ、わかりました」

 

俺が向かったのは大洗女子学園の出店だ。そこでは豚汁を販売しており、ロシア親父に襲われる前に一度食べようとしたところだから出店場所を覚えていた。

二万を机に叩きつけて大鍋をひったくった俺は次に燃料を探す。

 

「おっ、あれならいける!」

 

何かいいのはないかと辺りを見渡すとスノーモービルが一台置かれていた。どうやらプラウダのスノーモービルらしく、校章が描かれていた。

これなら輸送にも使えるし中の燃料を抜けば温められる。最悪歩いて帰ればいいしな。

 

「そのスノーモービルを貸せ!」

「えぇ!?突然なんですか!」

「俺は大洗の戦車道顧問だ!火急の用があって必要なんだ!」

「……あれ、貴方は昔の用務員さんでは?」

「そうだ!つまりはいいってことだな!借りるぜ!」

「そんなこと言ってませんが!?」

 

強引に俺はそこに持ち主のプラウダ生に許可を取り、スノーモービルに大鍋を固定してエンジンをかける。基本操作は陸王と変わらないらしいから問題はない……はずだ。そんな躊躇している時間すらももったいなく感じた俺はアクセルを全力で握り走らせた。

 

みほたちの場所は寒村で地図にも描かれているので迷うことなく進むことができた。道中でソ連戦車の傍でダンスをしたりボルシチを貪っているプラウダの生徒を発見した。流石は雪国育ちが多いだけはある。

教会まで到着した俺はせっせと大鍋を解いて運搬する。

 

「豚汁持ってきたぞ!さっさと温めて食う……ぞ?」

 

教会に突入した俺だったが周囲のみほたちの様子に違和感を覚えた。普通なら喜ぶはずなのに全員が浮かない顔をして影を落としているからだ。

いつも軽口を言って陽気な様子の杏ですら元気がない。

 

「みほ。何があったんだ」

「……伍長さんも知らないの」

「何がだ」

「どうしても大会へ進まないといけない理由」

「あぁ?知らないぞ。ただ優勝に固執していたのを知っていただけだが」

「あのね伍長さん。驚かないで聞いて欲しいだけど―――――」

「いいや西住ちゃん。ここからは私が話すよ」

 

俺とみほとの間を割って入ったのは杏で、彼女は思い詰めた表情を必死に愛想笑いで隠している。彼女の珍しい様子に重要な事情があるのだと瞬時に察することができた。

 

「この学園艦は戦車道の大会で優勝できないと廃校になるんだ」

「ッ!?」

 

俺は唐突に明かされる残酷な真実に絶句した。俺もまさかここまでの事情が裏にあったとは想定していなかったからだ。これは一瞬夢なのかと疑うがあの悪夢をきっかけに起床したことを思い出す。

わけもわからず唖然とする俺を置いて杏は言葉を紡ぐ。

 

「役人が学園艦の費用を抑えるためにと人気のない学園艦を廃校にするんだとさ。それを防ぐために何かしらの実績を取らないといけなくて、ちょうどうちの学校は過去に戦車道をやってたからそれに目を付けたんだ」

「つ、つまりはあれか。優勝しないと住んでる人たちも露頭に迷うしみほたちも別れ離れということか」

「ある程度の援助が出るから露頭には迷いはしないけど皆離れ離れになるのは確定かな」

「どうして俺に伝えてくれなかったんだ!俺にできうることなら何でもしたのに!」

「伍長ちゃんは十分にやってくれたよ。それこそ身を削る勢いで。けど今回ばかしはどうにもならないんだよね」

「……そうか。今の俺じゃどうにもならないのか」

 

無力感と絶望感に心を打ちのめされた俺は大鍋を置いてから俯いた。

腕っぷししか取り柄がない俺には何もできない、もう少しだけ頭が良ければ良い練習法や戦法を教えられたかもしれない。もう少しだけ周囲に注意を払っていれば彼女らの心は浮つかなかったかもしれない。

そんな仮定が脳裏に浮かび、再度俺自身の無力感を知る。

 

「試合は終わっていません」

 

重い空気が辺りに蔓延る中、一人の声が響いた。

誰だと思い顔をあげると発言者はみほだった。彼女は何かを決心した面持ちで断言した。

 

「まだ負けたわけじゃないですから」

「西住ちゃん」

「頑張るしかないです。だってこの学校で戦車道やりたいから。皆と」

 

その希望に満ち足りた宣言は重苦しい空気を打開するきっかけとなった。優香理を始めとした面子が賛同し、それが次の者へと繋がっていく。希望という火はひとりひとりの心に灯り、全員の士気を高めた。

 

その後、みほはまず試合に勝つために戦車の整備をするように各車輛に指示する。もう泣き虫で内気な彼女ではなく一人の立派な隊長としての西住みほが居た。

俺は知らないうちに成長していた彼女の姿に感銘を受けて涙が零れる。その一方で次こそは俺がどうにかしなければならないという確固たる決心を生んだ。

 

「じゃあ俺は火を起こして豚汁を温めるか!」

「えっ!?」

「豚汁!?」

「即席スープに注ぐお湯の調達忘れててな、代わりにこいつだ。まあ具材も豊富だから喜べよ!」

 

俺は四号戦車の側面に取り付けていた斧を持つと教会に置かれていた長椅子の解体を始めた。

 

「伍長さんすごい手慣れてるね~」

「キャンプでもしてたの?」

「まあ野営の経験もあるけど一番は風呂焚きとかまどだな」

「電気じゃないの?」

「俺が育ったところにはないからな。斧で薪を割るには腕だけではなく体全体を使うんだ」

「うわー!昭和だね!」

違いますぅー!(大正生まれ)

「じゃあ平成なんだ」

「……まあそれでいいか」

「それじゃあ私は歩兵偵察に行きます!」

「秋山も行くのか。なら私も行こう」

「エルヴィ院!」

「……私も別のところを偵察しよう」

「麻子が?珍しいわね」

「いくぞそど子」

「わ、私も!?てかそど子言うな!」

 

偵察訓練で上位成績を修めた四人はシーツをマントのように巻いて外へ出た。シーツ

の役目は迷彩服代わりだ。運営から文句を言われても降参用の白旗と言えば問題はない。

薪を割った後、俺は白樺の皮を剥いたのを持って薪に置くとスノーモービルの燃料の一部を撒いて火を付ける。一度目は限度を間違えて業火になったが、二度目は程よく調整するのに成功した。それに即席で作った台座をセットして大鍋を置く。

火の様子から二十分も掛からないだろう。

 

「これでいいな。火を消すときはくれぐれも注意しろよ」

「はーい」

「じゃあ俺はこれで」

「えっ!?伍長さん食べないの?」

「まあな。お前らに差し入れるために持ってきたからな」

「せめて一杯ぐらい」

「俺一人の気力を養うぐらいなら他の誰かの気力を付けてやれ。じゃあな」

 

俺は別れ際に手を振ってスノーモービルに騎乗した。そして手早くエンジンを起動させてその場を立ち去った。俺がいなくてもどうにかなると見込んだからだ。実際、みほが的確な指示を送り隊員たちもしっかり働いてくれている。むしろ部外者の俺が居ては邪魔だろう。

 

 

「……かなり冷えたし吹雪いてきたな。手の感覚がなくなってきた」

 

帰りの頃には吹雪のせいで前方がさほど見えなくなっていた。八甲田山で起きた遭難事件を思い出すぐらいの勢いで吹雪は俺を襲うが、地図を暗記しているので遭難することはないはずだ。

 

「あっ」

 

順調に進んでいると試合で開いた砲弾跡に突っ込み、派手に体を浮かせて転倒した。雪が大幅に衝撃を吸収してくれたがヘルメットを着けないで搭乗していたので頭を強く打ち付けてしまう。プツンと糸が切れるように俺は意識を手放した。

 




伍長とスノーモービル所持者の生徒との会話はどう転んでも伍長がスノーモービルを持っていきます。
拒絶しても暴力を振るっても無理やり奪うので防ぐのは無理です。なんなら殺しても奪ってきます。


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地響きとブリザード

ウマ娘始めました。
まだURA獲れなくて悲しい。


「痛ッてェ……!何処だ此処?」

 

頭がぐわんぐわんして気分が悪い中、俺は瞼を開いた。見慣れぬ天井と蛍光灯が目に入り、右腕に異物が刺さっているような感覚もある。そっと上半身を持ち上げてみるとそこはベッドの上で、隣には点滴があった。おそらく異物の正体はこれだろう。

 

「確か俺はあの時……」

 

時間が経つにつれて記憶が鮮明になっていき、事故のことを思い出した。スピードを出し過ぎて早く帰還しようとした結果、段差に躓いて吹き飛んだ。このギャグ漫画のような展開には笑うしかなかった。

 

「となると此処は救護室か病院の医療室だな」

 

事故と漂うアルコールの臭いでこの結論に至った。

にしてもかつて戦場で銃弾を浴びたり爆発で吹き飛ばされてもピンピンしていた俺があんな事故で気絶するとはな、情けなくなったものだ。

俺は義手のある左腕で頬を掻こうとした。だが操ることができない。故障を危惧しながら左腕に目を向けると義手が無くなっていた。

 

「あれぇ……?もしかして失くしちゃったぁ?」

「あっ、伍長さん起きてるー!」

「本当ですね」

 

部屋に入ってきた華と沙織が拍子抜けた声で困惑する様子の俺を視認した。

 

「よお二人とも。此処は何処だ」

「此処はプラウダの救護室です」

「へぇー、随分と変わったな。設備が良くなった」

「えっ、伍長さんプラウダに居たの!?」

「言ってなかったか。俺は用務員として働いたんだぞ。短い期間だったが」

 

……本当は短期で働くんじゃなくて長期的に働こうとしたんだけどな。流石に戦車道の学生と喧嘩したのがマズかった。けど戦わないでいじめを傍観するだけはまっぴらごめんだが。

……そうだ。重要なことを聞かなくちゃならないな。本当は耳を閉ざして現実を逃避したいけどそんなことは許されない。

俺は重々しい口調でとある重要事項を二人に訊いた。

 

「試合、どうだった?」

 

この試合で負ければ学園艦は廃艦になり、多くの人たちが離れ離れになる。齢十八にも満たない少女にこの重責は重過ぎる。俺は懇願するかのように目を閉じて拝みながら結果を待った。

すると二人はその姿が面白かったのかくすりと微笑を零しながら告げた。

 

「勝ったよ。準決勝」

「判定勝ちでしたけど確かに勝ちました」

「……本当か。俺を騙すための嘘じゃない、よな?」

「もー!嘘なんかつかないよ!真実だよ!」

「……よっしゃー!!」

「伍長さん、一応病室なので静かにしといた方が」

「この発表に歓喜しない者はいないぞ!大本営発表よりも百倍信じられる!」

 

両腕を上げて万歳三唱する俺に二人は苦笑する。当然、華の言った通り騒ぎを聞きつけた学校医の人に怒られることとなった。しかしそれでも俺の歓喜は止まらなかった。

 

「これは皆に飯を奢ってやらんとな。翌日ファミリーレストランに行こう、ココスとか」

「まあ!ちょうど私、気になるメニューがありました!」

「私も私も!」

「ははは、いいぞ!頼め頼め!男子は肉付きのいい女子を好むからな!」

「やだもー!それって私たちに太れって言いたいの?」

「そうなるな!」

「痩せたいけど男子にモテるためには太る……ジレンマだよぉ!」

「まるでハリネズミの揶揄ですね。愛を得るためには苦痛を耐えなければならないという」

 

俺ら三人で談笑を繰り広げているとガラガラと扉が開いた。誰かと思い視線を投げてみると、そこには懐かしきカチューシャとノンナの姿があった。

カチューシャこそ昔と変わっていないものも、ノンナに至ってはさらに身長が伸びてスタイルが良くなっている。もちろん何がとは言わないが出るとこもより出ている。

俺は懐かしき友人にあえたことで顔を明るくした。

 

「久しぶりだな、カチューシャとノンナ!元気だったか!」

「……どうして」

「むっ?なんだカチューシャ、聞こえんぞ」

「どうしてカチューシャたちに知らせなかったの!!」

 

ピシリと空気が凍った。カチューシャは怒りと悲しみを滲ませた顔でこちらを見る。

ノンナも表情にこそ露わにしていないものも彼女と同様の反応だった。

……無論俺も何のことだと白を切ることもないし何に対して反応しているの理解している。さしづめ俺が誰にも別れを告げずにプラウダを出たことだろう。

今の自分が取れる行動はただ一つ、俺はカチューシャとノンナに向けて言う。

 

「ごめんな。勝手に出ちまって」

「ひどいじゃない……!いつも俺を頼れと言うくせに、いざ頼ったら居なくなっちゃうなんて」

「そうですよ。身勝手すぎます」

 

カチューシャは涙を零し、ノンナは声を震わせながら募らせてきた思いをぶつける。俺はそれを弁解することなく黙って受け入れた。だって俺が悪いのだから。

 

「要らない心配をかけさせないで!このバカ!」

「貴方はいつも女性の人に心配をかけさせて、少しは自重してください」

「そうよそうよ!それに連絡の一つぐらいちょいうだい!」

「しかも目を離した隙になんですか、その左腕と右目は。アメコミのヒーロー(ウィンターソルジャー)にでもなったつもりですか」

「……これは守るべき者を救うためにだな」

「その崇高な意思は尊敬します。ですが自分の体を労わってください」

「いつも体を擦り減らしてばかりね!多少は頭を使ったり、人を頼ればいいじゃない!」

 

つらつらと述べられる積年の文句に俺はゲンナリしていた。けどそれほどまでに鬱憤を溜めていたことになる。俺も罪な男だな、カッコいいとかそういう意味じゃなくて。

……この光景を傍から見てる華と沙織が苦笑しているな。まあ何も言わないあたり彼女たちもわかっているのだろう。

 

「今回、貴方が食料を届けにスノーモービルで走ったのは許しましょう。ですが事故ってより迷惑かけるなんて最低ですよ」

「……そういやどうやって俺が事故ったことを知った?」

「プラウダのスノーモービルには盗難防止及び紛失防止のためにGPSが付けられています」

「あぁ、発信機か。それでわかったのか」

「不審者に盗難されたと連絡が来ましたし、貴方と観戦していたダージリンさんがまだ帰ってきてないというので瞬時に繋がりました」

「どのくらい寝てた?」

「軽く二時間は寝てましたね。顔が埋まってなかったとはいえ、よく生きてましたよ」

「もはや人外ね」

「ひどぉい」

「ちなみに義手はスノーモービルの下敷きになって壊れてました」

「特注品だから簡単に修理に出せないな……」

 

前雇い主であるココから貰い受けた義手はハイスペックな技術が搭載されている逸品である。そこらの民間の企業に渡しても直すことは難しい。しかもココのもとに送っても修理に時間がかかる。暫く隻腕で生活するとなると憂鬱だ。

 

「貴方のことを心配している人は多いです。退室した際、存分に謝ってあげなさい」

「どうだった沙織?」

「そうだよ!遭難の連絡が来た時なんて皆心配してたんだから」

「みほさんは慣れてる様子でしたが、河嶋さんは気絶しましたからね」

「大会が事故で中止になるのを恐れたんだな。菓子折りもって謝るか。……そういや変な物は見つからなかったか?」

 

俺の言う変な物とは拳銃である。常に携帯していた拳銃が俺と一緒に見つかったとなれば大目玉である。普通に警察送りは免れない。となると優勝したとしても、この不祥事で廃艦になりうることもあるのだ。危惧しないわけがなかった。

 

「うーん、特に見つからなかったかな」

「そうか。ならよかった」

「……ちょっと、何を失くしたのよ」

「拳銃」

「……冗談に聞こえません」

「同じく」

「わかる」

「ありえそうなのがまた……」

「ははは、冗談だ忘れてくれ」

 

彼女たち全員に案の定な反応をされた俺は乾いた笑いをする。もっとも、これがみほとまほに伝えると顔面蒼白で回収に行くだろう。何故なら二人にプレゼントした物が弾を抜いた拳銃と軍刀だからだ。

……今更ながら俺はすごい物を与えたな。

 

「まあ冗談が言えるぐらいには回復したわね」

「体は強い方だからな」

「では私たちはこれで」

「せっかく再開できたのですからもう少しお話をなさっても」

「いいえ、こちらは反省会を開かなくてはならないので」

「カチューシャたちは二度目の失敗を繰り返さないの!だから次こそは勝つんだから!」

「そうか。なら楽しみに待ってるぜ」

「いつか黒森峰も打倒してやるんだから!」

 

カチューシャたちに来る日の挑戦を叩きつけられた俺は不敵に答えた。カチューシャという指導者とそれを補佐をするノンナのペアは強い。彼女らは互いに足りないものを補ってここまで成長したとなれば嬉しいと感じるしかない。

 

「……そろそろ出なくちゃな」

「あっ、そうそう。伝えないといけないことがあったわ」

「何だよ」

「黒森峰の逸見エリカ知ってるでしょ」

「知ってるが?」

「あの子と何かあったの?たまに伍長の話題を出すと気迫が変わるのだけど」

「怯えてましたね」

「うっさいわね!」

「……彼女は俺が隻眼隻腕になるきっかけになってしまったからだな。別に彼女は悪くないんだ。そこは信じてくれ」

「……詳しくは訊かないけど連絡ぐらい入れて話しなさいよ」

「わかった。忠告感謝する」

「いいのよ。あの子も苦しそうな顔だったから、らしくもなく同情しちゃったのよ」

 

おそらくカチューシャたちと同様に何も言わずに去ってしまったことなのだろうと察した。あの時の俺は唯一の取り柄である暴力がなくなって何もできないと項垂れていた時期だった。

何も言わないで去られたことに関してはカチューシャたちとエリカはどこか通じるところがあったのだろう。後から思えば上手くやれたのではないかと思えるほどに自分の不器用さには呆れるぜ。

 

俺は自身の失態を取り返すための覚悟を決めた。そうすることでエリカだけでなく俺も救われるのではないかと淡い期待を持って。

 




アグネスタキオンとダイワスカーレットとトウカイテイオー好き。
なのでもっと二次創作増えろ。ただしアグネスタキオンの口調は大泉洋に似ていると言った輩は許せない。何故か想像できるけど。


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エリカの気休め

新生活に慣れずに更新が遅れてしまい申し訳ございません。
最初はエリカ視点から始まります。


「ねぇ。次の戦いはどうなると思う?」

「相手は去年まで無名の弱小校でしょ。戦車も練度も相手にならないわよ」

「そうだよねー」

「ほらそこ!キチンと整備しておきなさい!次は決勝戦なんだから気を引き締めて!」

「は、はい!」

「すみません!」

 

車庫にて私は整備の手を止めて談笑し合う隊員二名に檄を飛ばす。注意された二人は背筋をピンと伸ばして自身が乗る戦車の整備を再開した。

どうにも浮ついた雰囲気が隊内で蔓延っており、これが九連覇を成し遂げた黒森峰学園なのかと思うと呆れてしまう。

 

確かに私たちは大洗女子学園の戦車と比べると強いし、隊員の実戦経験も豊富だ。

けど、あっちにはまほ隊長の右腕であったみほが居る。さらに軍人あがりであるあの|バカ≪伍長≫もいる。

あの二人が大洗に参入したせいで、列強校のサンダースやプラウダを倒して決勝まで歩みを進めた。情報を集めて解析しようにもデータも大昔のとここ一年の試合動画しか入手できていない。

さらにみほが初めて見せる戦法も独創的なもので、主流なドクトリンを有してないから得意とする戦術もわからない。

 

……それこそ此処(黒森峰)に居た頃よりも自由で楽しそうに指揮していた。

 

「イラつくわね」

 

外に出た私は誰かがポイ捨てした缶を思い切り蹴飛ばした。カコーンと缶は軽くよく飛んでいく。けれども沸々と苛立ちは募るばかりだ。

大洗の情報収集のために大会映像を視聴するたびに、どこかしらに伍長が居た。サンダース戦では泣きじゃくりながら勝利を喜ぶ伍長が、アンツィオ戦ではパスタを食べ過ぎて苦しそうにする伍長が、プラウダ戦では教会の中で笑いながら焚火の準備をする伍長が。

どの伍長も今の環境に満足しながら一生懸命自分ができうることをこなしていた。それこそ私が誘拐された時にしか見せなかった様子ででだ。

 

「本当にイラつく」

 

伍長が中々見せてくれなかった態度を大洗では常に見せていることに怒り以外に悔しさが込み上げてきた。おそらくこれは嫉妬なのだろう。

身勝手で傲慢なこの感情と対面するのは初めてだったが、まさか自分がここまで嫉妬深いとは思わなかった。

 

「どうしたんだエリカ。何か思い詰めているのか?」

「た、隊長」

 

茫然とただ校庭を歩いていたら隊長と遭遇した。自分がそんな顔になって外を歩いていた事実に気づいて恥ずかしくなった。

隊長はそんな私を察して、優しくも凛々しく語り掛ける。

 

「決勝戦のことか?」

「……はい」

「私らはみほと対峙して優勝を勝ち取らなければならない。さらに名誉挽回の意味合いを含めるとプレッシャーが掛かるな」

「けど今度こそ負けないつもりです」

「私もそのつもりだ。けど重荷を背負いすぎては試合で力を発揮できない。だから後の仕事は私に任せて早めに上がってくれ」

「そんな!隊長だってまだ仕事が残っているはずでは!」

「わかっている。けどエリカの態度を見ていると心配で堪らない」

「……すみません」

「謝らなくていい。エリカは十分に仕事をこなしてくれた」

 

どうやら隊長は私の内情を見透かしていた。それはただ隊長の観察眼が鋭いだけなのか、それとも私と同じ心情なのかはわからない。

けど隊長が指摘してくれたように今の状態で試合に挑めば力を発揮せずに敗退してしまう可能性が高い。私個人の失態が隊長に影響するとなれば休まざるおえない。

 

私は隊長の提案を承諾して早めに学校を切り上げた。時計を確認するとまだ五時を回って間もなく、何をすればいいのかわからない。気晴らしに好物のハンバーグを食べに行くにも時間帯が早すぎる。

とかいって帰宅しても、戦車道の資料が嫌でも目に入り心を落ち着かせることはできないだろう。

 

「……どうしよう」

 

何もすることなくただ街を散策した。同じ制服を着た生徒が友達と買い物をしたり、カフェでスイーツを嗜んでいる。ショーウィンドーのガラスに独りの私が写されて、より孤独感が増していき気が滅入りそうになる。

 

「……隠れて仕事でもしようかな」

 

独り公園のベンチに座り、ため息をついた。

憂鬱なまま公園で遊んでいる子供たちを無気力に傍観していると、不意に肩に片手が乗せられた。ゴツゴツとした大きな手だ。

私は瞬時に警戒心を高めた。不良や不審者対策にポケットにある携帯電話に手を伸ばし、すぐさま緊急連絡ができるようにしてから後ろを振り返った。

 

「ッ!?」

「久しぶりだな」

 

清潔感のある黒いスーツとズボンで身を包み、ハンチング帽子を被った男が立っていた。屈強な体つきで相手を威圧するような眼帯を身に着けた男を私は知っていた。

 

「なんで伍長が此処に居るのよ!」

「へへっ、来ちゃった」

 

みほと同時期に姿を消して、最大の敵の一人となった伍長がそこにはいた。伍長は驚く私とは正反対にお茶目に舌を出してできていないウィンクをした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「いやー、マジで偶然だな!まさかこんなところで会えるとはな!」

「私も会うとは思ってもみなかったわよ。てか勝手に隣に座らないで」

「気にするな」

「私が気にするのよ!」

 

俺はこんなにも早くエリカと出会えて嬉しかった。ちなみに学園艦に乗艦したのが四時半で、何故学園艦に乗艦できたのかというと実は熊本の港に停泊しているからだ。

学園艦にも滑走路は存在するが基本的に値段が高い。貯金もさほどないからな。

……ない理由としてはみほたちに飯を奢りすぎたからだ。華がよく喰うんだこれが。

 

「まっ、せっかく遊びに来たんだから遊びに行くぞ」

「……私と一緒に?」

「そうだ」

「隊長にも来ていること知らせたの?」

「知らせたけど忙しいらしいからな」

「……私も普段は忙しいのだけど」

「けど今は暇だろ。そうじゃなければ公園で黄昏ないだろ」

「ぐぅ……!」

 

俺に図星をつかれたエリカはぐうの音も出ないといった様子で押し黙る。あの様子なら心理学を履修していない俺でも一発でわかる。

 

「……アンタ義手はどうしたのよ」

「あー、気づいたか」

「当たり前でしょ。不自然に左袖がプラプラしてるんだもの」

「実はなプラウダでスノーモービルに乗ってたら転んでな。壊れちゃったぜ」

「……無茶したのね。また」

「あぁ。それが取り柄だからな」

「そう」

 

エリカは悲しげに呟いた。いかにも無茶はするなと言いたげな様子だが、俺だけが無茶すれば物事はいい方へ向く。色々な人に心配をかけるが、ちゃんとした見返りが返ってくるなら構わない。これをエビで鯛を釣る、外国風だとローリスク・ハイリターンだな。

 

「……まあアンタは昔そうよね」

「そうだ。お前らの方が人間としての価値は高いから」

「みほにも言えるけど私はそういうところが嫌いよ。自らを卑下して相手を上げるだなんて」

「わかった。帰ったらみほに注意しておこう」

「自分にもしなさい。まったく」

「それじゃあ遊びに行くか」

「……わかったわよ。けどあまり遅くならないようにしてよね。明日も朝練だし、傍から見れば未成年誘拐よ」

「その時はお前を姪とする」

「なら私も嘘をつくわ」

 

こうして俺とエリカで遊ぶことになった。

最初に向かったのは大型ショッピングモールで、昔にカチューシャとノンナと一緒に行った以来だ。

この建物には様々な店舗が置かれており、服屋やレストランはもちろん映画館やゲームセンターもある。最初は映画館に行こうという話になったが、お互いに見たい映画が見つからず、最終的にはゲームセンターに行くことになった。

 

「相変わらず音がうるさいな」

「ゲームセンターなんだから当然でしょ。で、何をするの?」

「……何をしようか。好きに決めたまえ」

「そうね。ならこれは?」

 

エリカが指差すのは一緒にプレイしたことのある銃撃戦のゲームだ。コントローラーやレバーよりも銃器は手に馴染むので快諾して金を入れる。もっともどんなゲームをやろうとも拒否はしないけどな。

 

「悪いが俺は強いぜ。片手間に敵を全滅してやる。片手だけにな」

「つまらないダジャレを言うだなんておじさんね。歳ごまかしてない?」

「まだ二十代後半だが」

「ほら始まるわよ。構えなさい」

 

年齢に関する弁解を垂れながら俺は銃を画面に向ける。映像に多数の化け物が映されて、自分が操作するキャラクターに襲い掛かろうとする。俺は冷静に化け物に照準を合わせて引き金を引く。すると化け物は赤い血煙になって爆散した。どういう理屈なんだろうな、二十ミリ機関砲か何かか?

ともかく俺たちはダメージを喰らうことなくボスのところに到達した。ボスは長々と自身の理想や意見を説明するも、俺的にはお前は敵だから潔く死ねと思っていた。

 

「……結構強いわね」

「そうだな」

 

ボスは突如巨大化して俺たちに襲い掛かってきた。胴体にある目玉が弱点らしいのだが、機敏に動き回るせいで照準が忙しい。さらに体力も多いので骨が折れる。

エリカはこの戦いを経験しているのか、行動を予測して銃を撃ちボスの体力を減らしていく。初見ながらも行動を予測して銃を撃つ。俺らは息の合ったコンビネーションを五分間続けたの末にようやく撃破した。

 

「初めて倒せたわ。アンタやっぱり銃器の扱いに慣れてるわね」

「当然だ。伊達に伍長はやっていないぞ」

「スコアもランキングトップで上々ね」

「そうだな。今度は何をする?」

「ぶっちゃけると私これしかしないの。プリクラとか撮る人じゃないし」

「ぷ、ぷりくら?」

「写真機のことよ」

「写真なら携帯電話でもできるし、街中に個室のやつがあるだろ」

「馬鹿ね、それとは別よ。隊員の子いわくキラキラになったり、可愛くなれるらしいわ」

「そうなのか。けどエリカは今のままでも十分可愛いぞ」

「……歯に衣着せぬ言い方ね。ナンパ慣れなのがわかるわ」

「本心だが?」

 

やれやれと呆れたエリカは何故か俺の脛を蹴った。ブーツで蹴られたので地味に痛く、脛を押さえて蹲る。流石は弁慶の泣き所と言われるほどだ。

プイっと顔を背けたエリカはあれがやりたいと言って先行してしまった。彼女に追いつくためにケンケンしたまま歩き始める。

 

「UFOキャッチャーだっけか」

「そうよ」

「商品のこの人形はなんだ?女子に獣の耳と尾がある」

「知らないのね。これはウマレディよ。最近人気上昇中のアニメキャラ」

「あまりテレビ見ないからな。トウダイテイオーっていうキャラであっちがゴールドクルーズよ」

「馬で思い出したわ。確か西大尉の愛馬ウラヌスとか居るのか?」

「なんで戦前の馬を挙げるのよ。流石にいないわ」

「で、これが欲しいのか?」

「ま、まあ特に欲しくはないけどやらないよりはって感じよ」

 

エリカに欲しいのかと問うとよそよそしい反応になったので、きっと欲しいのだろう。隠し事の下手なエリカのために頑張るか。

財布から百円を取り出して投入した。

 

「さあやるか」

「やるからには絶対に取りなさいよ」

「任せろ」

 

自信満々に答えてプレイに集中する。だが何百円入れるも結果は惨敗、多少人形の位置が変わっただけにすぎなかった。

ここまでできないとなるとUFOキャッチャーに怒りが込み上げてきて、いっそのこと持ち上げて揺らしてしまおうか。そうすれば無駄に金を浪費しないで済むし。

 

「壊れてるだろ!」

「……そろそろね。次は私がやるわ」

「任せた」

 

頃合いだと見計らったエリカはUFOキャッチャーに挑む。俺的には絶対に取れないのではないかと勘繰り、強硬手段に移ろうと考えていた。

しかし俺の予想に反してクレーンはしっかりぬいぐるみを掴み、そのまま持ち上げた。そして移動中に落ちることなく事は進み、落下口にぬいぐるみを落とした。

エリカは出てきた緋色の髪をしたツインテールのぬいぐるみを持ち、ドヤ顔で自慢する。

 

「ふーん、どうよ」

「すごいなエリカ。俺は何度も駄目だったのに」

「これは確率機といって一定額まで金を入れてプレイすると掴む力が強くなるのよ」

「なるほど。要するに俺はお前の踏み台になったわけだ」

「そういうことね」

 

エリカはすぐそばにあった土産用の袋を取ってぬいぐるみを入れた。壁に掛かっている時計で時刻を確認するとそろそろ晩飯の時間になりそうだった。心なしか腹の虫がなりそうな気配もある。

 

「そろそろ時間帯的に七時を回るな。どうだ飯屋でも行かないか」

「そうね。けど行く前にひとつ質問をしてもいいかしら」

「何だ?」

「どうしてアンタは黒森峰に来たの?」

「……まあ、そうなるよな」

 

いつか問われるであろう質問に俺は暫時沈黙した。あわよくば隠し通そうとしたが、この前言われたことを思い返してやめた。近くに置かれていたベンチに座り、俺はエリカに真実を告げる。

 

「実はな、エリカに会うために此処に来たんだ」

「……私に?」

「お前、みほと俺が居なくなってから正直つらいだろ。副隊長としての責任や自分は俺らのために何かできたんじゃないかって」

「……別にそういうことは考えてないわ。むしろせいせいしたわ。アンタはともかく、みほはあっちで自由に手腕を振るっているんだから」

「確かにその通りだ。型式に囚われた黒森峰よりも大洗の方が彼女は活躍できる。だがな、それとこれは別だ。みほもお前と同じく心配してたよ」

「……勝手にアンタら抜けといて何様のつもりよ。誰にも相談しないで」

「確かにみほと俺も悪かった。相談すれば俺とエリカとみほには違う現在があったかもしれない」

 

仮にみほがまほとエリカと家元に相談して黒森峰に残留したら、仮に俺が誰にも言わないで日本を出国しなかったらどうだったんだろうか。少なくとも今より状況は良かったかもしれない。

時間は不可逆的で取り戻すことはできない。ならば俺は今ある最善を成し遂げてやらねばならない。それが()()()()()を助けられるならなおさらだ。

 

「今俺がすることは何か。それは状況を好転させることだ」

「好転……?もうみほも私と関わりたいと思うわけないじゃない」

「そんなことない。みほが関わりたくなければどうしてお前を心配するんだ」

「……ッ」

 

痛いところをつかれてエリカはこちらを睨んだ。

 

「そう怖い顔をするな。お前には似合わない」

「……私がみほと関係を戻すことなんてもうないのよ」

「だったら賭けをしないか」

「賭け?」

 

俺の提案した賭けにエリカは猜疑心を持ちながら言う。ろくでもないことを言うのだなという本心が透けて見えるが、実際その通りだ。

俺は今から勝手にみほを引き合いに出すんだからな。

 

「みほが決勝で勝利したらお前は彼女が望む関係になる。逆にエリカが勝てばお前が望む関係に。どうだ、簡単だろう」

「ちょっと何よそれ!私とみほが互いの意見が一致していたら結果は同じじゃない!」

「はっ、つまりお前は仲直りをしたいということだな」

「そんなこと言ってもないわ!てか第一、アンタそのことをみほに伝えたの!?」

「伝える必要ないだろ。てか勝利したらみほが勝手に修復を求めるはずだ」

「ホントに身勝手すぎる……ッ!」

「身勝手で結構。あいにく俺は多くの人を泣かせた非情で浅はかな男なんでな」

 

身勝手極まりない賭けに狼狽するエリカに向けて、下卑た笑みを向ける。このことがみほにバレたら暫く口を聞いてもらえないかもしれないが、こうでもしないと二人の仲は進展しないしやる価値はある。

故に彼女には致し方がない犠牲になってもらう。だがその犠牲は決して無駄にはしないで活かしてやる。

 

「……いいわ。その賭けに乗ってあげる」

「二言はないな」

「えぇ。黒森峰の副隊長として全力で戦って勝つわ」

「決まったな」

 

パチンと両手を叩き、立ち上がる。俺を見上げるように視線を飛ばすエリカの瞳には先程まで秘めていた不安や緊張が失せて、代わりに闘志と自信があった。

俺は何故エリカに会ったのか。理由は二つある。

一つ目は賭けを取り付けること、二つ目はエリカを激励するためだ。

この二つはエリカがみほと関係を修復したいという思いがなければ失敗する。関係が悪いままでいいなら賭けには乗らないし、やる気も生じない。

つまり何が言いたいのかというとエリカの本心を利用させてもらった。俺はエリカが強気で不器用ながらも優しい心を持つ少女であることを知っている。

 

「じゃあ宣戦布告も終わったことだし飯食いに行くか!」

「えっ。アンタまだ此処に滞在するの?」

「そうだ。ついでだが明日はまほに会おうかなって」

「隊長なら今頃実家の方に帰っているわよ」

「……マジぃ?」

「マジよ」

「今なら間に合うか?」

「もうヘリコプターで空中よ」

「どうしよ」

「私に言わないでよ」

「……まあグチグチ言うのは性に合わん。ハンバーグ食いに行くぞ!俺のおごりだ!」

「相変わらずの無鉄砲さ。あの時と何も変わらないのね」

 

やれやれと呆れた様子でエリカは頬を緩める。その姿はかつて俺が恋心を抱いていた雪子を彷彿とさせ、どこか懐かしさを感じさせた。

こうして黒森峰の一日を終えた。なお翌日、間違えて飛行機で運ぶコンテナの中で睡眠をしていたため目が覚めたころには千葉県に居た。馬鹿みたいに寒くて凍えそうだった。

 




忘れてはいけないが伍長は所詮ギャグキャラです。つまり持ち前の悪運と生命力にギャグ補正が掛かると絶対に死にません。
どのくらいかというと例え核爆発に巻き込まれても頭アフロになって全裸状態になるだけです。某考古学者みたいに鉛の冷蔵庫に入る必要はないです。


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重戦車を撫でる時

ガルパン劇場版の最新作でみほの眩しそうにしている顔好き。
やはり家元の娘であることがわかる。


まさか陸路ではなく空路で関東に帰還した俺はどうにかして大洗女子学園に戻ることに成功した。マジで死にそうだった。

今日の戦車道の訓練は整備をすることになり、俺とみほと生徒会一同は生徒会室で対策を練ることにした。

 

 

「決勝戦は二十輌までいいそうですから。おそらく相手戦車の配置はティガー、パンター、ヤークトパンター。これではあまりに戦力の差が……」

「「「うーん」」」

「数があれば色々な作戦を展開できるしなぁ」

「何処かで戦車叩き売りしてませんかね……」

 

大洗の重大な問題、それは戦車の数だ。今まで大洗は幾度も戦車の数で窮地に立たされていたが、保有制限とみほの作戦の指示により何とかなっていた。

しかし決勝は違う。大洗を潰すために黒森峰は全力でくる。このままではいくら作戦が良くとも強力な戦車と数に押し潰されてしまう。てか俺でも知ってる傑作戦車ばかりで眩暈がする……。

 

「いろんなクラブが義援金出してくれたけど戦車は無理だよねぇ……」

「その分は今ある戦車の補強、改造に回しますか」

「そうですね」

「そういえばこないだ見つかった八十八ミリはどうだった?」

「散らばっていたパーツを自動車部が組み立ててたはずですけど」

「あれさえあればこの戦局を打破できるはずだ!」

「あんましそういうのに期待しない方がいいぜ……」

 

秘密兵器がこの劣勢を覆す!という文句は基本実現しないからな。いい例は大和型と桜花、確かに技術や考えは革新的だったが戦局に影響を及ぼしたかというと正直してない。この例えは人物に置き換えることができて、如何なる名将でも膨大な数には勝てないのだ。その点みほはよくやってくれてるよ。

まあ八十八ミリの重戦車を見ても俺は驚かないだろう、俺は現実的だからな――――――

 

 

「すっげえええええ!カッコいいいいい!!」

 

俺は目の前で稼働する強大な鉄の塊に雄叫びをあげる。その声は周りの生徒よりも断然大きかった。

うちらが保有する中戦車や軽戦車と比べると稼働音が桁外れで、長くて大きい長砲身はロマンを感じさせる。うん、やっぱり男だからこういうのは大好きだ。海軍が大和を作ったり、ドイツが列車砲やマウスを作ったのも頷けるな。

 

「これレア戦車なんですよねー!」

「ポルシェティーガー……」

「マニアにはたまらない逸品です!」

「デカくて強くて硬いのは最強だ!チハとは違う!」

「伍長さんのテンションがおかしい……!」

「まあ地面にめり込んだり、加熱して炎上したり、壊れやすいのが欠点ですけど」

 

優香理の言った通りにポルシェティーガーは地面に沈んではエンジン部から炎上する。この様子には期待を抱いていた生徒会全員とみほも苦笑した。まあそんな旨い話があるわけないよな、わかりきってはいたが。

「戦車と言いたくない戦車だよねー」

「けど足回りは弱いですが八十八ミリ砲は威力は抜群ですから!」

「もう他に戦車はないんでしょうか」

「取り合えず義援金でヘッツァー改造キット買ったからこれを38tに取り付けよう!」

「結構無理やりよねぇ」

「あとは四号にシェルツィンを取り付けますか」

「いいね!」

 

まあ少額でできることといえば改造ぐらいだな。下手な戦車を買っても戦力にならないと意味はない。

 

「あの西住さん……」

「あっ、猫田さん」

 

突然、みほに丸眼鏡を掛けた金髪の生徒が話しかけてきた。彼女は頭に白い猫耳を着用しており、俺は何故彼女が着用しているのかがわからなかった。

 

「僕も今から戦車道とれないかな。ぜひ協力したいんだけど、操縦はね慣れてるから」

「本当!?ありがとう!……あぁ、でもどこを探しても戦車が無くて」

「あいにく戦車の搭乗員は足りてるからなぁ」

「あの戦車は試合に出ないの?」

「あの戦車?」

 

猫田という少女に連れられて俺らは教員の駐車場へ向かった。するとそこでウサギチームと合流することができた。

車庫には我が皇軍の誇り高い三式中戦車がそこに居座っていた。三式中戦車は貼り紙が張られているだけで、沼に沈められていた時よりかは整備も搬送もしやすい。なので一日程度で使い物になりそうだ。

にしても三式中戦車か。確か本土決戦用に配備された車輛だから実戦経験はない。沖縄戦にこれがあったらさぞかし頼りになったんだろうな。……まあ下手に攻勢に出たり、空から爆弾を落とされて破壊されそうだが。

 

「こんなところに三式中戦車が」

「あれこれ使えるんですか!?」

「ずっと置きっぱなしになってたんで使えないかと思ってました!」

「あはは……」

「てか伍長さんは何で気づかなかったのさ」

「ほら木を隠すなら森の中というだろ。それだよ」

「訳わかんなーい」

 

ポルシェティガーと三式中戦車の加入により大洗の戦力は上がった。しかし黒森峰の戦車に正面から通用する戦車は四号、ヘッツァー、三式中戦車、ポルシェティーガーぐらいだ。側面なら機動力で優勢な八九式やルノーでも大丈夫だがまず接近しないといけない。何か良い手はないか……。

俺は皆が整備をしている最中にそんなことを考えていると自動車部から不穏な発言を聞いた。

 

「コーナリングは任せて」

「ドリフト!」

「戦車じゃ無理でしょ」

「してみたいんだけどなぁ」

「ミューが低いところなでモーメントを利用すればできなくもないけど雨が降ればなおいいね」

「アクセルバックはどうかな」

「ラリーのローカルテクニックだねー」

「なあみほ。これ戦う前に戦線離脱というオチはないよな」

「ははは、多分ないと思うんだけど……。こっちはどうかな」

 

みほの視線の先には三式中戦車に搭乗することが決まった猫田がホースを片手に掃除をしていた。猫田は俺らの視線に気づくと車内に指を指した。

 

「あぁ、仲間を呼んでるから」

「仲間?」

「「うわぁー!カッコいいー!」」

「皆オンラインの戦車ゲームしてる仲間です。あっ、僕ネコニャーです」

「あっ、モモガ―です」

「私ピヨタンです」

「おおっ!モモガーにピヨタンさん!リアルでは初めまして」

「本物の戦車を動かせるなんてマジやばーい!」

 

あっ、戦車を動かせるってそういうことか。てっきり戦車道体験者かと……。うん、戦力になるほど強化せねばならないな。流石にゲームで操縦の全てができるわけないからな。放課後みっちり|扱≪しご≫いてやろう。腕が鳴るな。

 

「な、なんか伍長さん悪い顔になってるよ」

「別にー、ただ鍛えがいがあるなって」

「ほどほどにね」

「みほー!見て見て!」

「どうしたの沙織さん?」

「うちらの戦車の改造ができたんだー!」

「おっ、できたのか」

「うん。ほら早く早く」

 

はしゃぐ沙織に連れられて俺とみほは車庫に入る。車庫では皆がせっせと戦車の改造に勤しむ中、奥の方で立派な長砲身を持つ四号戦車があった。全身は茶色に塗られ、履帯にはシェルツィンが取り付けられている。

この戦車の風貌にマニアの優香理は興奮した様子である。

 

「マークⅣスペシャルだー!かっこいいですねー!」

「おっ、麻子何処いってたのよ」

「これおばあから差し入れのおはぎ」

「退院されたんですか?」

「うん、皆によろしくって」

「よかったー!」

「決勝戦は見に来るって」

「よかったな麻子。んじゃ、お前の雄姿を見せてやらないとな」

「もちろん。頑張る」

「その調子だ」

 

俺は麻子に頭を撫でようとするとパシンとその手を叩かれた。無論、叩いたのは麻子である。

 

「おかしい…みほはこれをすると受け入れるのに……」

「伍長さん!?」

「あらあら」

「みほは伍長さんのこと好きなんだよねー!」

「そうなんですか西住殿!」

「ち、違うから!」

「みほ、俺が好きじゃないのか……?」

「そ、そういうことじゃないから!大好きだけど意味合いが違うの!」

「やっぱ好きなんじゃん」

「もー!」

 

仲間に揶揄われて慌てふためくみほの姿は滑稽で面白いな。いじりがいがある。

俺はニヒルに笑いながらみほの頭に手を置き、乱雑に撫でる。華奢なみほは頭を揺さぶられて悲鳴をあげるが、一切の抵抗をしてこなかった。

それほどまでに俺は好かれているのだと確認ができて嬉しかった。



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自己崩壊

ウマ娘が楽しいけどB+以上に持っていけないです。
サポートを凸したいのにガチャのキャラクターが魅力的すぎて石の貯蓄ができません。
ナリタブライアンとクリークのサポートとたづなさんが欲しかった。


 

目を覚ましてみるとそこは故郷の村だった。

日の沈み具合から夕方らしく、辺りを見渡してみるとピーヒャラピーヒャラと笛の音や太鼓の音が聞こえる。珍しく人も多く、近くに掛けられていた提灯には祭りと書いてあった。

これはいつの記憶だろうか。

 

「これは故郷の祭りだ」

 

俺はこれが夢であることを実感しながらも、懐かしさでいっぱいになった。いくら自分の名前と故郷の名を思い出そうとしても、フィルターのようなものが掛けられているかのようにわからないでいた。わかるのはぼやけた子供の頃の記憶だけだ。

 

「ちょっとアンタ。遅いじゃない」

「えっ」

 

突如グイっと裾を引っ張られ、振り返ってみると雪子が居た。彼女と同じ視線であるから子供の状態になっているのに今気づいた。

彼女は薄い青を主体とした着物を着ており、朝顔の絵柄がある。薄い色の着物は彼女の皮膚と合っており、清楚で美しかった。

 

「綺麗だよ。雪子」

「……ふん、当然でしょ」

 

雪子は自慢気に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。耳と頬が紅潮しているから照れ隠しだろう。この状態の彼女を煽って刺激を与えると大変な目に合うので黙っていることにした。

 

「それよりも早く踊りを見に行きましょ。私、こっそり来たんだから」

「えっ。両親の許可は?」

「そんなの必要ないわよ。まあ馴染のお手伝いさんには協力してもらったけど」

「大胆だな。とても良いところの娘とは思えない」

「いいじゃない。いつも私を閉じ込めようとするあっちが悪いのよ」

「……じゃあバレないよう気をつけていこうか」

「そうね。行きましょ」

 

彼女と手を握り合い、祭りの方へと向かった。彼女の家の人にバレないよう、人混みに紛れてせっせと進む。自分より体格がいい大人たちに揉みくちゃになりながらも縁日のエリアまで進むことができた。

この縁日のエリアを抜ければ、神社の祭壇である。そこでは巫女が演舞を披露してくれる。

 

「やっぱり色々な出店が出店するわね。ほら見なさい!ヒヨコが売ってるわ」

「本当だ。……なあ知ってるか、あのヒヨコたちは全部オスなんだぜ」

「どうしてよ」

「そりゃあメスのヒヨコは将来卵を産むからだ。オスは食用だ」

「可哀想ね」

「そういうものだよ。あっ、お面屋もある」

「狐にひょっとこにおかめのお面。いつも通りね」

「あそこでお面を買えばバレにくいんじゃないか」

「……確かに顔を隠せるわね。なら買うわ」

 

雪子は銅貨を握りしめてお面屋へと向かう。俺はそんな光景を眺め、あることに気づいた。

 

「こんな体験、したことないぞ……」

 

時間が経つにつれて記憶が詳細になってきた。雪子と一緒に祭りへ行こうと約束はしたが、結局家を出る際に両親に捕まり行けなかった。

後にも先にも祭りに行こうとした機会はこの一度きりだ。……じゃあこれは何だ。これは()()()()()()の話なのか?

 

「ねぇ!聞こえてるの!」

「……ンあ?」

 

馴染みのある声を聴いて思考が断絶された。音の出所に視線を投げると狐のお面を頭に着けた雪子が居た。彼女は強めに言葉を発したが、どこか心配している様子だった。

 

「ごめん。呆けていた」

「……さっきまで何か思い詰めていたような感じだった。何かうちの人とかに言われたの?」

「そんなことはない。さあ踊りを見に行こう。いい場所が取れなくなってしまう」

「そうね。行きましょ」

 

雪子は仮面を被ると俺の手を繋いで、せっせと前へ走り出した。本来人混みの中で走るのは危険なのだが、さっきのことが気がかりで注意する余裕がなかった。

 

三分ほどで祭壇のところへたどり着いた。子供の身長を活用してすいすい前へと進み、最前列を取ることができた。祭壇上ではパチパチと松明が燃え、ひいらぎが飾られていた。

中央では巫女がしゃがんだ状態で待機していた。

 

「間に合ったようね」

「そうだな」

「……アンタ、そんな口調で話してたっけ」

「えっ」

「なんか大人びてるのよ。都会の人たちに憧れたの?」

「いいや、そんなことない。だってお前と歳は変わらないだろ」

「そうね。私の気のせいだったわ」

「そんなことより前見ろ。始まるぞ」

 

部隊奥の方から奏者が笛の音と琴の音を発し始め、ついに演武が始まった。

巫女は曲に合わせて鈴を振り、力強く舞台を踏みしめる。くるりと回転したり、飛び跳ねると衣装が呼応してなびく。巫女はお面を被っており、能などで出てくる不気味な女性のお面だった。

 

不気味な形相で幻想的な演舞を踊る様子に不思議と魅了された。恐怖を覚えるが引き込まれる魅力を感じたのだ。

 

「あっ」

「……」

 

その巫女とほんの一瞬だけ目が合った。巫女は俺を見て戸惑いながらも喜んでいるのがお面越しからでもわかった。

踊りを見ていると、不意に視界が歪み立ち眩みがした。雪子の方へ振り向くと彼女の顔は真っ黒に塗りつぶされており、周囲の人間もそうだった。ただ一人、能面を被った巫女を除いては。

 

「もう、少しだけ雪子が見たいのに……!」

 

苦しみと未練を味わいながら俺は意識を手放した。

 

 

次に目を覚ましたのは空中だった。

どうやら単座式の戦闘機のコックピットに座っているらしく、風防越しから大海が広がっている。計器がついているところには三菱と書かれているので、この機体は海軍の零戦であることがわかった。

 

「なんだ、これは。俺は飛行機なんて乗ったことないぞ……ッ!」

 

服装も海軍のパイロットの格好であり、名札にはグチャグチャに書きなぐられた名前がある。あまりに酷く書かれているので読むことができなかった。

 

「どういうことだ。どういうことだ!」

 

操縦稈ををとりあえず握りしめながら狼狽していると、真上の太陽の方から聞きなれぬ爆音が聞こえてきた。上空に視線を投げるとこちらに向かって一機、銀色の体を輝かして突っ込んできた。

あれは紛れもなく米国の戦闘機マスタングだった。

 

「はっ!?ふざけッ――――」

 

当然、飛行機など操縦できるはずもなく無数の銃弾がコックピットを貫いた。激痛と炎症を味わいながら、脱力感に襲われる。すぐにこれが死の感覚だと理解した。

頑張ろうとしても力が出ず、呆気なく意識を手放した。

 

 

今度も洋上で目を覚ました。

鋼鉄の地面を踏みしめ、周りに居る人の格好からどこかの船の水兵であることがわかった。俺の服も白いセーラー服に変わっていた。

 

「何処だ。此処は」

 

壁に手をやり慣れぬ揺れに感覚を狂わされながらも艦内を探索した。どうやらこの船は電という艦名らしい。

少しだけ息をつこうと壁にもたれかかって座り込んだ瞬間、背後の壁が爆発した。

 

 

今度はジャングルの中だった。沖縄とは違って動植物も違っていることからマニラやフィリピン付近であることがわかった。

周囲の兵士は絶賛交戦中であり、四の五も言わず戦闘に参加した。機関銃を握りしめて連射していると、飛来した砲弾に体を貫かれて意識が飛んだ。

 

 

次は寒い戦場だった。地面は凍り硬くなり、乾いた風が体温を容赦なく奪う。

ガチガチと歯の根を鳴らしながら銃を片手に歩いていると、前方から農民たちの姿が見えた。食べ物と火を貰おうと近づいてみると彼らは拳銃を取り出してきた。

しまったと思った時には額を撃ちぬかれ、暗転した。

 

 

次は野原だった。塹壕には俺独りだけですでに片腕を失っていた。

キュラキュラと地面を揺らすほどの振動と音が聞こえ、顔を出してみるとソ連の戦車があった。何か対抗できる武器はないかと塹壕内を駆けまわり、火炎瓶を見つけた。

沖縄戦で培った対戦車戦で撃破しようと身を伏せて戦車の通過を待つ。

 

「よし来た!」

 

真上を戦車が通過したのを確認するとエンジン部に向けて火炎瓶を投げる。パリンと音を立てて内容物がぶちまかれ、着火した。パチパチと燃えるエンジン部を見て、次の敵を撃破しようと振り返った瞬間にソ連兵の銃剣を受けて死んだ。

 

 

次は広島の憲兵だった。当時の本土に帰ってこれて安心した俺は空き地にいた猫と戯れていた。すると空襲警報が出され、それに驚いた猫はどこかに逃げてしまった。

俺も身近な壕へ避難しようと歩み始めたが、極めて明るい閃光が3キロ先で光り、少し遅れて恐ろしいほどの熱風が俺を焼き、暗転した。

 

 

今度は高原だった。

今度は山岳だった。今度は浜辺であった。

今度は潜水艦だった。今度はジャングルだった。今度は海上だった。

今度は市街地だった。今度は塹壕だった。今度は廃村だった。今度は畑だった。今度は港だった。今度は滑走路だった。今度は飛行機だった。

 

今度は、今度は、今度は、今度は――――――

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!」

 

絶え間なく続く悪夢の末、ようやく目を覚ますと近くにあったものを八つ当たりと言わんばかりに投げた。

皿やリモコンや目覚まし時計を投げてどれも中身をぶちまけて壊れた。

猛烈な吐き気と悪寒に襲われ、すぐさまトイレへ行って嘔吐した。昨日食べたものが半消化されたものとして出され、つんと来る臭いを感じる。

 

全身が汗まみれで大変気分が悪い。風呂にでも入れば気分が良くなるのだろうと俺は脱衣所で服を脱いだ。

手の跡が付いた血痕が体中にびっしりとついており、シャツが汚れてしまっていた。目元を抑えながら洗濯機に衣服を入れる際、つい洗面台の鏡を見てしまった。

 

「あ、ああああああぁ……ッ!!」

 

鏡に映しだされた俺の顔は無数の別人の顔に入れ替わっていた。一秒ごと、いやコンマ単位で若者から老人の顔へと変わっていく。その中には戦友の中田の顔もあった。

そしてどの顔も苦痛に満ちた顔いろではなく、ニタリと口角を限界まで上げて笑っていた。

 

狂気的に笑う鏡の顔を壊す余裕が俺にはなかった。

 

「もうやだ。俺はいったい、何者なんだ……。誰か教えてくれよぉ」

 

全裸のまま床にへたり込んで、体を丸めてすすり泣くしかなかった。

心の中で何かが壊れた。

 




そういや戦前のお祭りってどんな感じでしょうかね。タイムスリップしていってみたいです。


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インタビューに集う豪華メンバー

今回は暴露会です。
各隊長の伍長に対する思いが露わになります。
それとウマ娘の短編書きましたのでよかったら見てください。


俺たちは激戦に激戦を重ね続け、とうとう決勝戦まで進出することができた。流石は大会の目玉を飾る決勝戦、出店はたくさんあるし人だかりは多い。

こんなところで出店したらどのくらい稼げるのだろうか。今度から出店願いでも出してみるか。

 

「はい!私は今、決勝戦会場に来ています。いやー、すごい熱気ですね!」

 

おっ、あの制服はうちの生徒か。そういや校内新聞がやたらと虚飾に塗れていたのを思い出した。大本営発表かと思ったぞ。

 

「ではインタビューをしてみましょう!そこの柄が悪そうなおじさん、ちょっといいですか!」

「……俺?」

「はい!」

「俺はまだお兄さんの分類だ!そろそろ三十いきそうだけど!」

「て、貴方は戦車道のコーチの方じゃないですか!奇遇ですね!」

「女子じゃなくて、なおかつ未成年だったらボコボコにするところだったぞ。まあいい、インタビューを受けてやる」

「それはありがたいです。では最初の質問を―――」

 

記者の生徒はマイクを向けてインタビューを始めようとするが、何故か硬直していた。不思議に思いながら彼女の視線の先を追うと俺の手ぶらとなった左腕を見ている。プラウダでの事故以降、義手が手に入らないのだ。

 

「昔にやらかしちゃって左腕は義手だったんだ。今その義手は修理中だ」

「ま、まさかそんな過去があったなんて!スクープです!」

「日常生活に支障をきたしてるが別段問題はない。さっさとインタビュー始めようぜ」

「では最初の質問です!どうして大洗で戦車道のコーチをすることとなったんですか?」

「元々俺は用務員として来たんだ。そしたら今年から戦車道やることになって少しでもサポートできたらなと」

「なるほど!献身的なんですね!」

 

……流石に会長たちを脅したなんて言ったら問題だよな。余裕で逮捕案件だ。

 

「では次の質問です!戦車道ではどのような訓練をしているのですか?」

「基本の動作はみほに一任してる。あいつは戦車道の家の子だから俺より知識がある」

「しかし貴方も教鞭を振るっていると聞きましたが」

「そりゃあ振るうぜ。隠蔽、破壊工作、地雷、索敵を担当した」

「……なんか物騒なワードが出てきますね」

「てか戦車を使ってスポーツするのが異端だろ。けど教えがいはあった」

「そうね。舐めていたとはいえ、苦戦を強いられましたわ」

 

聞きなれた声が聞こえて、振り向いてみるとそこには聖グロリア―ナで隊長を務めるダージリンがいた。珍しくダージリンの傍にいるオレンジペコやアッサムがいなかった。

微笑を零しながら俺の隣を陣取った。

 

「げぇ!?ダージリン!」

「久しぶりですわね」

「おおっ!聖グロリアーナの隊長さんじゃないですか!」

「新聞見ましたわよ。大々的に載せていましたわね。特に圧倒的ではないか我が校は、と」

「……は、はいぃ。すみません、調子に乗りました」

「いえいえ、気になさらずに」

 

……ちょっと気にしてるな。そうじゃなければ圧なんて掛けないだろ。

 

「そ、それでコーチが教えた工作はどうでしたか?」

「率直に申し上げると、非常に面倒な相手でしたわ。みほさんの戦術と伍長さんの工作が合致して」

「基本戦車道で地雷という概念はなかったですもんね。砲弾で代用するだなんて思いませんよ」

「砲弾は信管いじれば即席地雷に早変わり。しかも人が乗っても作動しない安心設計だ」

「もうじき戦車道の運営が公式に言及する予定ですわよ」

「……大丈夫。今大会で使用禁止とかにはならない、はず」

「不安しかないじゃないですか!」

「けど新鮮で楽しい試合でしたわ。また一戦お相手しましょうね」

「ふっ、今度はうちが勝つ」

「聖グロリアーナの誇りにかけて連勝しますわ」

「両者素晴らしい意欲です!これはスクープです!」

 

最近では聖グロリアーナ内で旋風を起こしてるダージリン、どうやら戦車も変えてくるのではないかという噂がある。OBによるチャーチル、マチルダ、クルセイダーという三大戦車財閥が主に支配しているらしく、選択の幅が狭い。

これを伝統だからという風潮を打破し、新しい聖グロリアーナを作るのはダージリンとその意思を継ぐ者たちだろう。

 

「では次の質問です。戦車道で重視しているものといえば何です?」

「そりゃあ――――」

「おっ、伍長じゃないか!」

「伍長!ハロー!」

「よおアンチョビとケイ、元気そうだ」

「アンチョビさんとケイさん、久しぶりね」

 

次に現れたのはアンツィオ高校で隊長(ドゥーチェ)として奮闘するアンチョビとサンダースで隊長をするケイだった。相変わらず元気そうで何よりだ。

 

「おおっ、ダージリンじゃないか。この前の試合ありがとうな」

「試合後の料理、美味しかったわよ。今度複数の学校で交流会を開きましょう」

「それはいいな!アンツィオ自慢のナポリタンを見せてやろう!」

「サンダース自慢のハンバーガーも見せてあげるんだから!」

「それではコーチと各隊長さんに質問です。何を戦車道で重視していますか?」

「大洗は連携だ。そもそも戦車が貧弱かつ経験不足だからな。各個人の動きとそれをサポートする動きじゃないと各個撃破される」

「あー、アンツィオも同じことが言えるな。普通にやり合っても装甲と火砲の差で負ける」

「機動力はあるからな、そっちは」

「サンダースでは汎用性ね!どの環境にも対応できる戦車がベスト!」

「聖グロリアーナでは装甲です。硬い皮膚より速い足という言葉もあります陣地を構築して要塞に仕上げる。そしてゆっくり、紅茶を嗜みながら撃破していけばいいのです」

 

なるほど、要塞を作り上げることで速度の差を殺すか。包囲機動や浸透では速度は重視されるが、あくまで速度で敵を撃破することはできない。良い話を聞いた、これを参考に陣地作成の指導を行うとするか。

 

「うんうん。以前の試合ではそれに悩まされた」

「けど貴女の機動力は馬鹿にできませんわよ。現に粘り強さと包囲機動は高いレベルよ。ローズヒップをCV33に乗さしてあげたいわ」

「あー、あの速い戦車の子か。市街地でのコーナリング上手かったな」

「ならヘルキャットにも乗せてあげましょうよ!戦車道ではまだ使えないけど面白い車輛よ!」

「では最後の質問を――――」

「あら、伍長。それにダージリンとアンチョビとケイじゃない」

 

やけに子供じみた体格と性格がわかる声が聞こえた。声の方へ向くとプラウダで隊長を務める地響きのカチューシャがいた。彼女も珍しくノンナを連れていなかった。

 

「よおカチューシャ」

「あら、まだ左腕治ってないのね」

「左腕……うわぁ!?ないじゃん!大丈夫なのか伍長!」

「えっ、貴女今さら気づいたの……?」

「おおっ!強豪校がほとんど揃いましたね!」

「珍しいな。いつもは交流会とかじゃないとならないのに」

「決勝なんだから当たり前でしょ。むしろ見ない方がおかしいわ」

「それもそうか」

「……質問を変えたいと思います。各隊長さんに質問です。伍長さんとの関係性は?」

 

この質問に血の気が引いた。まずい、これまで犯罪だと思っていなかったことが赤裸々になる。……ひとまず撤退でもするか。

 

「他の家の番犬」

「同棲相手」

「お金をくれた恩人」

「同志」

「こいつ俺が逃げる前に全部言いやがった!」

「すごいですねコーチ。たらしも良いところですよ」

「違う、違うんだ!俺は決してたらしじゃない!」

「いやでもケイさんの同棲相手とかアウトですよ」

「あれは中学生の頃ね」

「うわっ、なおさらヤバい」

「決していやらしいこととかしてないから……」

「伍長さん、それは流石にどうかと思いますわ」

「それはちょっと……」

「ノンナとミホーシャに知らせてあげないとね!」

「西住家と世間に殺される……!」

 

ただでさえも現在西住家とは結果的には敵対関係にあると予想している。さらなる敵を増やしたらマジで死んでしまう。肉体的なら体験したが社会的は初めてで耐性がないのに。

 

「アンチョビさんのコーチが命の恩人とはどういうことなんでしょうか?」

「そのままの意味だ。戦車道連盟にツテがある人に連絡を取ったんだと」

「それって西住家の家元のことよね」

「……えっ。本当なのか伍長」

「……はい、その通りです」

「な、なんてお方にうちらは支援をしてもらっているんだ!?」

「人の金で誰かを助ける。見方によればヒモですわね」

「ヒモじゃないから…推薦だから……」

 

他人の金と権力で救う命は役立つからセーフなんだ。そう、これは一種の広報活動で西住家がどれほど寛大なのかを世に知らしめる活動なんだ!

 

「けどまあだらしがなくて抜けてるところがある人だけど、お人好しなのよね!」

「それは言えてるわね」

「同感ね」

「み、皆ぁ……」

「す、素晴らしいです!なんというコーチング力なんでしょうか!」

「なんやかんや酷いこと言われるんじゃないかと心配だったけど、安心したぜ」

「……一応、貴方を警察に突き出す算段はありますのよ」

「嘘だと言ってくれよダージリン」

 

さらっと笑顔で怖いことを呟くダージリンに悪寒が走る。絶対にダージリン相手に喧嘩をしたら社会的に殺されそうと実感した瞬間だった。

 

「そういやもうじき試合開始じゃなかった?」

「……やっべ!」

「時間管理ぐらいしてよね」

「そういえばみほたちに何か激歴の言葉を送ったのか?」

「もちろんだ」

「なんて言ったの!某大統領の独立宣言(インデペンデンスデイ)みたいな演説をオマージュしたやつかしら!」

「な訳あるか。俺はこう言ったんだ――――」

 

 

 

勝て(・・)、と」

 

彼女らにはこの一言で十分だ。どんなに延々と立派な演説をしても根幹に勝利があるのは変わらない。俺は残念ながら口下手で長々と話してしまうと意図が伝わらないからな。

まあそこんところはみほが上手くやってくれるだろうし、彼女たちの調子は絶好調だ。簡単に負けることはない、絶対にだ。

しかも劣勢なら嫌というほど経験している。そこから挽回するのがうちらの強みだ。

 

「最後に決めるのは彼女たちだ。今後の行く末もな」

 

エリカとみほの関係回復、廃校を決定するのは当事者である者の特権だ。俺はあくまでそのサポートに過ぎないんだから。

俺は不敵に笑みを零し、観客席へと向かっていった。

 




「結局は実力のあるヒモということですね!」
「あながち間違えではない」


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優勝後の明るい将来

難産でした。
それとこれから劇場版に突入します。


大きなスクリーンに中継が流れる。

みほたちを乗せた四号戦車がまほのティガーにスライディングをしながら周り込んで射撃をする。ティガーも発射されたタイミングで発射する。二つの砲声が響くと辺りは黒煙に包まれて何も見えなくなった。

 

沈黙が場を支配してから十秒、徐々に黒煙は晴れていく。互いの戦車からは火と煙を出しながらも四号戦車は生き残っていた。対してティガーは一枚の白旗をなびかせている。車外から顔を出すまほが不意に笑った。

 

『大洗女子学園の勝利!』

「な、なんとか勝てたな……」

 

前身の筋肉が一気にほぐれて堕落した格好になる。危なかった、すべてが破綻してしまえばこんな結末はありえなかった。運に恵まれたところは多々あったが、彼女たちの実力と意志がここまで事を運んだのだ。

 

「おめでとうございます。伍長さん」

「ベリーナイスよ!」

「うん、流石伍長だな!」

「褒めてあげるわ!光栄に思いなさい!」

「ありがとうな皆。けど賛美は俺ではなく立派に戦った彼女たちに向けてくれ」

「もちろんじゃない!けどアンタは戦車道のイロハも知らない彼女たちをここまで育てたの。誇りなさい」

「……お前本当にカチューシャか?わがままなクソガキのイメージから離れてるぞ」

「何よ!プラウダの隊長なのよ!」

「はい。カチューシャはオンとオフを切り替えてこその地響きのカチューシャです」

「ははっ、冗談だ冗談。だから脛を蹴るな地味に痛い」

 

軍靴みたいなブーツで蹴られると本当に痛い。戦車道で使われているブーツって指先に重いものが落ちても大丈夫なよう硬めに作られているからな。鉄板がないとはいえ痛いのだ。よくみほはあの靴で戦車間を跳ねていけたな、正直すごい。

 

「伍長さん、聖グロリアーナで働きませんか?優勝経験のある顧問は人気なんですよ。こっちは給料も高いですし福利厚生も豊かです」

「何抜け駆けしてんの!サンダースは全てがビックサイズだからこっちの方が得よ!」

「甘いわね!プラウダなら言い値で取引に応じてもいいわ!」

「……こ、こっちは美味しい料理があるんだぞ!」

「揃いも揃って俺を引き抜こうとするな。あとドゥーチェのところは普通に飯が美味いんだから自信を持て」

「ちなみに月の金額はいくらですの?」

「二十万」

「……実際のところ本音は?」

「お金をたくさん貰えるならそっちに行きたい」

 

子供の時からお金で苦労したからな。だからお金の大切さを身をもって知っている。年齢をごまかして日雇いをしたり靴磨きをしたり不良どもを返り討ちにして財布をぶんどったりしていたな。……涙が出てくる。

 

「けど俺には親愛なるみほたちが居るからな。金で買えないモノがあるんだぜ」

「あら、随分と熱いことを言いますのね」

「そりゃあ俺は俗にいう熱血トレーナーだからな」

「ちなみに聖グロリアーナで独自に調査したところ、今の学生に熱血指導はうざがられるようです」

「……やっぱりそっち行こうかな。一新してクールな振る舞いをしよう」

「ちょっと!事あるごとに勧誘するのやめてもらえるかしら」

「私は熱血系は好きだからな!」

「そうよ!スポーツに熱血はつきものなんだから!」

「そ、そうだ!みほたちはそれを受け入れてくれたんだ!」

 

確かに熱血的な指導がやや多かったように思えるけどたぶん大丈夫。好意的に捉えてくれた奴も多かったし、特にバレー部とか歴女チームとかな。

……けどたまに一年生たちから煙たがれていたような気がする。ま、まあ気のせいでしょ!

 

「該当したところがあったのね。汗がすごいわ」

「伍長、そろそろ彼女たちに行ってあげた方がいいんじゃないか?」

「そうだな。悲願の優勝を果たしたんだし、盛大にみほたちを迎えてやらないとな」

 

俺は試合外で待機している杏たちと合流するために歩椅子から立ち上がった。そして体をダージリンたちに向けて笑みを浮かべる。

 

「じゃあな強敵ども。あとで彼女らに電報やら電話やら対面やらで祝ってやれ」

「オフコース!」

「言われなくてもそうさせていただきますわ」

「けど今度は勝つから!」

「覚えておくんだな。アンツィオは強いと!」

 

戦略や戦車は違えど彼女たちは勇敢に戦った戦士だ。敬意を払うに値する。彼女たちの存在が大洗を強くさせた、これは不変の事実である。

……今に思えば俺が旅で各隊長に会えたのは運命を感じる。

こうして俺は彼女たちに別れを告げて待機所へ足を進めた。

 

 

「久しぶりですね。伍長」

 

どんな褒美をやろうかと嬉々として向かっていると突如背後から声をかけられた。聞きなれたハスキーボイスに心臓が跳ね上がり、気が重くなる。俺は覚悟を決めて振り返り、相手の名前を言う。

 

「しほ殿」

 

二年前に起きたエリカの誘拐事件を解決したが、当時の俺は片目と片腕を失い失意にくれていた。今の自分には何もできないと決めつけて逃げるように失踪した以来の再開だった。

いつか家元と会うと薄々気づいていた。ちょうど今がその時なのだろう。

 

「まずは言っておきます。優勝おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「終始試合の行く末を見届けましたが、貴方らしい指導ですね」

「そ、そりゃあ有利に場を進める戦場づくりが戦いの定石ですから」

「貴方の教えが代々続く西住流を撃破したのです。もう少し喜びなさい」

「は、はい」

「……伍長、気を楽にしなさい。私に気など使わなくていいんですよ」

「そりゃあ酷な話ですぜ。俺とて負い目を感じるところがあるんですから」

「負い目を感じるだなんて以外だわ」

「……すみません」

「いや冗談なのだけど」

 

気まずい。完全に気まずい。空気が重くて潰れてしまいそうだ。

明らかに家元は和ませようと冗談を言っているんだけど、滲み出る雰囲気が本心に聞こえてしまう。家元もやってしまったと言わんばかりに頭を押さえているし。

ど、どうしよう。ここからどうやって話を展開させればいいんだ。

 

「貴方が失踪して戻ってくるまでの経歴は知りません。ですが義手を買えるほどの好待遇を受けたのですね」

「仕事をする上では必須だったんで上司から貰いました」

「あら、ならその会社を教えてもらえるかしら。感謝状を贈らなければ」

「あー、いやそれはちょっとばかし困るというか……」

「どうしてですか。うちの門番がお世話になったんだから当然です」

「その、なんて言うか特殊な仕事だったんで」

 

実は日本に戻ってくる合間に武器商人のもとで護衛をしていただなんて言えるはずがない。ヤクザとかのレベルじゃないぞ。

家元は頑なに言いたがらない俺に何かを察したのか話を切り替えてくれた。

 

「……まあこの話は後にしましょう。にしても伍長、よくみほをここまで見守ってくれました。感謝します」

「どういたしましてと言えばいいんですかね。けどあいつは独りでやっていけたと思うんですがね」

「どうしてですか」

「あの子は強い。確かに気弱で周りに流されやすいところはある。けど彼女は自由と仲間がいれば枠に捉われずに進化を続ける。しほ殿、貴女も薄々わかっていたはずじゃないんですか?」

「……」

 

俺からの家元は黙り込んでしまった。家元は元々子供に接するのが下手くそな人間だ。いつも気品や威厳が先行してしまい正直な思いを向けられない。

みほが黒森峰であった事故だって家元は何かしらの助けは出せたはずだ。けど家元という地位(・・)()としての役目を殺してしまった。

家元もみほを愛していたから彼女に転校許可証にサインをした。けどみほにとってそれは追放されたものだと勘違いした。娘を守らせるためにしたのに皮肉なものだ。

 

「今となっては後の祭り。関係の修復はゆっくりやっていきましょう」

「……そうですね」

「第一、貴女は身が固いんですよ。いや当然変な意味じゃなく、もっと自分の本心を曝け出した方がいいですって」

「……少しずつやっているつもりなのだけど」

「些細な違いですぜ。例えるなら……そう、東京名物のひよ子と滋賀のかいつぶりまんじゅうみたいな感じです」

「意味がわかりません。もう少しわかりやすい例をしてください」

「と、とにかくもっとオープンにいかないとダメだってことです」

 

岩石のように固く引き締まった表情金をほぐして気楽にいかないとずっと家元は今のままだ。笑顔というのは大事なものでするだけで相手の印象は変わること間違いなし、実際に全職場では皆がニコニコで戦場を駆けまわっていたし。

 

「……ふふっ」

「な、なんで笑うんですか」

「いえ、貴方と話していると心が軽くなるんですよ」

「けど貴女には愛すべき旦那さんが居るし……」

「何を抜かしているのです。浮気なんてするわけないじゃない。貴方は昔から変わらないのだと実感しただけです」

「そうですよね。俺も流石に妹分の母君に手を出すのはモラル的にマズいですもんね」

 

俺と家元は冗談と本音を暴露しながら話していると、先程まで重圧に感じていた雰囲気が消えていた。心なしか家元の表情も明るくなっているように思える。

 

「ではそろそろ行きます」

「そうね。わざわざ足を止めてしまいすみません」

「いいですぜ。俺もしほ殿と話さなければなりませんでした」

「……それと恥を忍んでのお願いです。みほと仲直りをする手助けをしてもらえませんか?」

「構いませんよ。けどあくまで俺は補助ですので最後はしほ殿が決めてくださいね」

「わかっています」

「それじゃあ近日中に」

「えぇ。貴方にしてもらう仕事はまだあります。ぜひ来てくださいね」

 

……西住家に戻ってもいい、か。勝手に出ていった俺なのに変える場所を残してもらえていただなんて感激だ。そういう優しさを前面的に押し出していけばいいのに。

みほのエリカと家元との関係も直りそうだし、廃校は免れた。円満に終われてよかったよかった。

 

「今日はまったくいい日だな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして未だに廃校処置が続く

約束は破棄されたのか

あんなに皆が頑張っても駄目だったのか

ようやく優勝してもこのざまなのか

 

 

ふざけるな

 

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな

 

 

愚直に約束を信じて戦ったのにこんな最後はふざけている

俺たちの苦労と努力を返せ、時間を返せ

優勝すれば俺も何かが良くなる気がしたのに

 

 

 

もういい

もう手段なんてどうでもよくなってきた

俺は全てを捨てて彼女たちを救ってやる

彼女たちの行く手に立つ者は全員ぶっ殺してやる

 

 

「もう十分だ皆。あとは俺が解決してやる」

 




己というモノがわからなくなった伍長が捨てるものなんて皆との関係だけなんですよね。それしかないから大事に扱うが、皆が不幸になるなら躊躇なく自分だけ不幸になる道を歩む。それが伍長の狂気的な優しさです。


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狂犬の行方

お久しぶりです。
バイトが無くなって無職となり、クソ暇な夏休みをウマ娘やAPEXとオリジナル小説を書いて過ごしていました。すごい時間の浪費を感じますね。



大洗のとある田舎のコンビニに一輛の戦車が停まっていた。道行く現地の人たちは物珍しい目で眺めている。

コンビニ内ではあんこうチームが廃校に皆居る皆のために買い物をしていた。

 

どうしてみほたちが廃校舎に居るのかは、ある事情が絡んでいる。

みほ率いる大洗女子学園は確かに戦車道大会で黒森峰を破り、勝利を収めた。優勝すれば大洗女子学園の廃校は免れるという条件だったので皆が涙を流して抱きしめ合い、副会長の河嶋なんて号泣していた。

みほはまほとエリカとも仲直りできてハッピーエンドを迎え、誰しもが安心しきっていた。

 

そんな時だった。

大洗女子学園と知波単学園の混成チームと聖グロリアーナ女学院とプラウダ高校の混成チームが大洗の優勝記念でエキシビションマッチが行われた後、彼女たちが校舎へ戻ると校門には立ち入り禁止のテープが張られていた。

 

ただちに生徒会は文部科学省の学園艦教育局担当官の辻のもとへ抗議に行ったが、口約束だから無効であると宣言されてしまった。

さらに、これ以上抗議をするものなら学園艦に住んでいる人々の再就職先を斡旋しないと脅されてしまった。そのため泣く泣くみほたちは廃校舎にて転校先が決まるのを待つことになった。

 

「やっぱり虫よけスプレーと蚊取り線香の減りが早いね」

「そうですね。ほら、変なところまで刺されちゃいました」

「首筋刺されてんじゃん。……なんかキスマークに見えるよ」

「まあ蚊が吸血した痕だから間違いではないな」

「デング熱やマラリアとかの心配はないと思うんですけど痒みが嫌ですね」

「ホントそれ。もー、クーラーとかも無いし最悪!」

「お風呂も銭湯に行かないとないし……」

「ま、まあ水洗式トイレがある分マシですよ」

 

今まで使われていなかった旧式の校舎ということで施設が揃っていない。かなり古い時代に作られたためクーラーとシャワー室もない。下水道が通っているのが奇跡とも言える。

 

「逆に言うと自然に囲まれているわけなんでキャンプをしていると思えばいいんですよ」

「ホントにキャンプだったらよかったんだけどね」

「此処に来てから多くの人が堕落してしまいました……」

「ウサギさんチームなんて一日中ウサギ小屋で寝転がってるからね」

「それ以上にヤバいのはそど子たちだな。学園が無くなったから風紀委員の仕事がなくて死んでるぞ」

「アヒルさんチームはいつも通りですね。流石です」

 

カモさんチームは居場所がなくなったため活力を失ってしまいウサギ小屋で堕落した日々を送っていた。まさに生きる屍(ゾンビ)と言って過言ではない。

アヒルさんチームは日中バレーに勤しんで気力を維持、アリクイさんチームは決勝戦での屈辱を噛み締めて筋力トレーニングに励んでいる。

カバさんチームは卓上演習を何度も行っていて平常運転だ。歴女は強かった。

 

「……」

「どうしたのみほ?」

 

ピタリとおにぎりが売られているコーナーで立ち止まっているみほに沙織が話しかける。

 

「いや、伍長さんがおにぎり大好きだったなって」

「あー、そういえば伍長さんお米大好きだったね」

「うん。なんならお米で出来ている食べ物全部好きだったよ」

「いつかデンプンのりとか食べ始めそうだな」

「流石にそれはないよ。……無いよね?」

「にしても伍長殿は何処に行かれたんでしょうか……」

 

校門に張られているテープを見てから伍長は忽然と消えてしまった。家に行っても小奇麗にされた状態で机には「探さないでください」との書置きがあった。

駐輪場にもバイクが置かれていないし、学園艦の監視カメラにはその日に出ていく伍長の姿があった。

 

失踪したことを知ったみほはしほのところに電話を掛けて行方不明のことを知らせる。すると西住家の門下総出で捜すと答えてくれた。

しかし、西住家の門下生やツテを使っても未だに見つからないでいた。

 

「本当に何処に行っちゃったんだろうね。伍長さん」

「……うん。何も言わないで去ることはあったけど今回は様子が違ったからすごい心配」

「もう大丈夫って言ってたけど何か策があるのかな?」

「きっと素晴らしい案があるのでしょう」

「そもそも伍長にそんな頭があるか?」

「ある……とは言い難いよね」

「戦略家のグデーリアンというよりは隊長のミハイル・ヴィットマンですからね」

 

誰もが顧問である伍長のことを心配していた。一応、屈強な健康体と根性を持つ伍長が野垂れ死ぬことは万に一つないと踏んでいるものも心配なものは心配だったのだ。

暗い雰囲気が立ち込める中、空気を変えようと沙織が陽気に声を張り上げて言う。

 

「皆そんな暗いと伍長さんが活を入れてくるよ!元気出して!」

「そうですね。体罰こそはしないもののキツイ練習をさせられますから!」

「二度と森での対人戦はやりたくないですもんね。帰ってきたらご飯を奢ってもらいましょう」

「それはいい考えだ。皆の分も払ってもらおう」

「うちらを心配させたんだから当然だよね!」

「うん、伍長さんを出迎えるために頑張らないといけないね」

「そうですとも!」

「……だから伍長さん無事に帰ってきて」

 

一同は伍長に想いを馳せて帰還を願う。

それほどまで伍長という人間は信頼されて心配をさせる人物だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

みほたちが伍長が見つかるよう祈ったその夜、東京のとある住宅街の裏路地に怪しい人影があった。

灰色のシャツを着て夜中なのにキャップ帽を着けた不審な男はリュックサックから小包を取り出した。中を開けるとそこには一本の注射器と薬品が入ったアンプルがある。

慣れた手つきで片手でアンプルを折り、注射器で吸い取る。

 

「……ふぅ」

 

薬品が入った注射器を口で腕に打ち込んで男は一息ついた。

アンプルに入っていた薬品は覚醒剤で、実は前職の雇い主である武器商人から覚醒剤を送ってもらっていたのだ。あまり薬物には良い顔をしない雇い主だったが何故か今回ばかりは快諾してくれた。

 

「ようやく、ようやく見つけたぞ」

 

この不審な男こそ彼女たちが心配する伍長だった。

しかし明らかに平時の様子とは違い、目をギラギラと光らせて顔色も悪い。暫くの間、風呂にも入っていないのか頬が薄汚れていた。

 

「必ず助けてやるからな」

 

伍長の視線の先には一人の男を乗せた車が地下駐車場へと入っていく。その黒塗りの高級車には約束を破り廃艦と言った辻が乗っていた。

気配を消して迅速に伍長も中へ入っていく。隠密行動は前世と現世の職業柄得意だった。

 

地下駐車場に入るといなや、リュックサックから一本の軍用ナイフを取り出す。

そう、どうして今まで伍長は行方不明になっていたか。それは辻を殺害するために捜しまわっていたからだ。ツテとコネを頼りに追い求め、彼が所在している土地を見つけて住居の特定にまで至ったのだ。

大義名分としては教え子を助けるため。もし辻やその関係者を殺害出来たら廃艦の件はうやむやになると踏んでいた。

 

伍長は地下駐車場の柱に身を隠して背中を向けて出口へ向かう辻を捉える。

本当なら銃器を使いたかったが、音などで周りにバレてしまうのを避けるためナイフを採用した。しかし例の事件で片手と隻眼だが一般人を殺す分には十分だ。

 

「天に変わってお前を殺す」

 

音を立てずに静かに辻へと駆け寄る。薬物を使ったことで全神経を辻へ向けることができる最高の状態だった。ナイフの刃も限界まで研ぎ澄まされている。

後ろから脅威が迫ってきていることに辻は気づけないでいる。暗殺はほぼ完了する。

 

 

 

―――――はずだった。

 

「ッ!?」

 

何かが肌に刺さったと思うとバチバチと電流が走った。声をあげる余裕すらなく伍長は倒れる。電流にもがきながら辻が出口から出て行ってしまうことを見届けてしまう。

あと少しで成功したのに妨害が入り、たちまち怒りが込み上げてきた。激痛に耐えながらなんとか体に刺さったものを引き抜く。刺さった物の正体はスタンガンだった。

 

「お前ェ!!俺の邪魔をするんじゃねぇぞ!」

 

伍長はなんとか立ち上がり、飛んできた方向へ雄叫びを発する。

ナイフを構えて臨戦態勢を取っていると、柱の陰から五人程度の黒のライダースーツとヘルメットをした人物が出てくる。うっすらとライダースーツにくびれや胸部の膨らみが浮かんでいることから女性ということがわかる。

 

「ちっ!?」

 

まだ撃っていない四人からスタンガンが放たれるが戦場で鍛えられた感覚と経験を総動員して躱す。彼女らはまさか全弾躱されるとは思っていなかったらしく、僅かに動揺の色を見せていた。

しかし腕に赤色の腕章を付けた者が警棒を取り出すとその他の者も警棒を構える。おおよそリーダーは腕章の者なのだろう。

 

「誰だがわからんが俺の邪魔をする奴は全員ぶっ殺す。女であろうとただじゃおかんぞ」

 

愛というモノに妄信した狂犬は正体不明の敵に牙を向ける。

 




頭が某二大事件の陸軍と海軍の青年な伍長、やっぱりパワープレイが性に合う模様。


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攻勢と反省

今回は戦闘シーンを含みますので過激なシーンがありますので注意です。


ちくしょう、どうして護衛が居るんだよ……ッ!

 

目の前にはヘルメットを被りライダースーツを着た女たちが武器を構えている。構え方からして素人のものではなく、無駄がない。下手に出ようものならこちらが袋叩きに合ってしまう。

早く行かないと辻が逃げちまう……!

 

「最終通告だ。そこを退け」

「……」

「応じるつもりはないか。武器を向けたんだから痛い目を見ても知らんぞ」

 

こちらの得物はナイフと予備の簡易ナイフのみ。これだけあれば十分だと油断した。もう少し揃えておくべきだった。

それでも俺は成さねばならない。どんな障害もぶっ壊して進むだけだ。

 

全力で地面を蹴って女のひとりに突進する。ナイフを斜めに傾けて突き刺そうとするも、ヒラリと躱されて手に警棒を当てられた。

手に激痛が走るも確固たる意志でナイフを保有し、思いきり体当たりをかます。

 

「ぐっ!」

「死ね!」

 

倒れる彼女の腹部を踏みつけてやろうとしたら背中に衝撃と激痛が走った。振り向かずともそれが警棒による打撃であると瞬時に理解できた。

咄嗟に後ろ蹴りを放って敵との距離を離すも、踏みつけようとしていた彼女は退避していた。

 

今度はナイフを逆手に持ち替えて連撃を喰らわせるも、パシパシと手で捌かれた。明らかにこいつだけ練度が違った。

その隙に敵は包囲してきて警棒で滅多打ちに叩いてくる。

 

「クソ!群がるんじゃねぇ!」

「うわっ!?」

「ちっ!」

「きゃっ!!」

 

あえてナイフを手放し、素手でひとりの手首を掴んでからハンマー投げのように振り回す。攻撃を捌いていた奴と左側の奴は回避していたが、残りの二人には当たった。

当たった彼女らは二メートルほど吹き飛ばされて、手首を掴まれた奴を跪つかせた。

 

「オラァ!」

「ぐっ!?」

 

俺はヘルメットに隠された顎めがけて膝打ちをかます。膝の皿が割れそうなくらい痛かったが気合でカバーする。膝打ちを喰らった彼女は脳震盪を起こしてバタリと倒れた。

 

「……まずは一人だ」

「はあああ!!」

「うおおおおお!!」

「甘いッ!」

 

吹き飛ばされた二人で挟み撃ちをしようとするも、後ろにステップを踏んで躱す。そして右側に居た奴の足を踏みつけて急所であるみぞおち目がけて殴る。

回避ができず、また衝撃も逃すことができないので戦闘不能にするには十分な威力を発揮できる。ドサリと腹を押さえて倒れ込んだ。

 

「うっ、がはっ!」

「そこで寝てろ」

「やあああああ!!」

「お前もだ」

 

背後から襲ってくる敵に対し、警棒が振り下ろされる前に彼女の胸部を掌で打ち付けた。これにより肺に溜めていた酸素が吐き出されて呼吸困難になる。

痛みと呼吸困難により思わず膝をついた彼女に踵落としを食らわせた。俺が履いている軍靴には踵と爪先に鉄板が仕込まれている。そのためヘルメット越しでも威力を発揮できた。

 

「残りは二人だ」

「ちっ!」

「くっ……!」

「なあ、いい加減諦めてくれ。お前らがアイツを守る義理なんて知らんがこれいじょう痛い目を見たくないだろう。とっとと寝てるやつ連れて失せろ」

「……ッ!」

「それでも敵意を向けるか。悪いが俺は何十人も人を殺してきたんだ。下手したらお前ら死ぬぞ」

 

まあそんなこと言ってもやり合うつもりか。だいぶ戦闘で時間を喰っちまったが間に合うはずだ。手早く片付けよう。

 

「キエエエエエエエ!!」

 

簡易ナイフを取り出して、猿叫で威嚇しながら攻撃を仕掛ける。地下駐車場ということで音がよく響いた。

ひとりが攻撃を受け流して、もうひとりが攻撃を行う。息の合った攻守の分担は素晴らしく、俺の体にダメージと疲労が蓄積されていく。

 

「鬱陶しい!」

「ふっ!」

「なっ!?」

 

ナイフを至近距離で投擲したにも関わらず、上半身を翻して躱された。手ぶらになった今がチャンスと言わんばかりに二人がかりで攻撃を行ってきた。

腕と手で警棒を何度も受け止めるも、骨が耐えきれずに何本もひびが入るのを体感した。激痛の中、それでも俺は攻撃を受け止めきった。

 

「はぁはぁ……」

「……ふぅ」

「かなり、そっちもキツそうだな。もっとも俺はまだまだやれるぜ」

 

ちらりと一瞥すると腕と手が青紫色に腫れている。額からは鮮血が流れている。五体満足の状態なら善戦できていたが、隻腕隻眼の状態では過酷すぎた。

どうにか立てているのも薬物と気合があるからであって、普通なら卒倒してもおかしくはない。

満身創痍でありながら虚勢を張る。弱点と隙を見せたらやられることは俺が一番理解していた。

 

「じゃあ再開だ」

「ッ!?」

 

二人の中で弱かった方に被っていた帽子を目くらましとしてぶん投げる。予想通りにピシャリとヘルメットのバイザーに当たった。そして彼女の首元を掴んで片手で背負い投げをする。背中を強く打ち付けたので呼吸困難になる彼女、俺は彼女の首を踏みつけてやろうとした。

しかし練度が高いもうひとりが俺を拘束する。腕が背に回されて、なおかつ跪いている状態なので易々と動けずにいた。

 

「手慣れた捕縛術だ。けどな!」

「なっ!?」

 

脱臼及び骨折覚悟で強引に捕縛を解いて立ち上がる。お返しと言わんばかりに彼女の左腕を掴むと、その肘部分に俺は膝打ちを食らわせる。

左腕はメリメリと嫌な音を立ててあらぬ方向へ曲がった。激痛のあまり彼女は絶叫して地面に転がる。

 

「うがああああッ!」

「痛いよな。これされるとマジで痛い」

「くぅ……!」

「じゃあな。楽にしてやる」

「がはっ!」

 

俺は彼女に馬乗りしてギュッと首を絞める。喘ぎながらもバタバタと抵抗する彼女を無視して力を込め続ける。

一番厄介な彼女だけ殺せれば後はビビって襲ってはこないだろう。現に全員が一度再起不能になったから襲ってきても結果は変わらないとわかっているはずだし。

 

首を絞め続けていくと、徐々に彼女の抵抗が弱くなっていく。脈が弱くなっていくのを肌身で感じる。初めて相手を素手で絞殺した時は不快感と罪悪感でいっぱいだったけど、こなしていくうちに何も感じなくなった。懐かしい。

 

「皆のために死んでくれ」

 

さて、あと少しで仕事を完遂できる。俺は二度とみほたちと会うことはないと思うが、それで彼女たち救われるのならいい。守りたいものを守れたんだ、悔いはない。

 

「ガッ―――!?」

 

突然、うなじに鋭い電撃が走った。疲弊していた体にはもう耐える余力は残っていない。全身から力が抜けて意識が朦朧とする。どさりと馬乗りにした彼女に覆いかぶさった。

クソ、まだスタンガンを持っているやつがいたか……。せっかくいいところまでいったのに、な。

 

「……ごめん、皆」

 

謝罪と未練を残して俺は意識を手放した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

酷く、頭が痛い。全身が痛い。

腹も減ったし喉も乾いた。

 

「あ、あぁ……?」

 

目を覚ますと何処かの倉庫に転がされていた。辺りには照明もなく、コンクリートの床が夏場だというのに冷たい。身を動かそうとするも腕と足と手首に鎖で拘束されてしまっている。

イモムシ状態で這いつくばりながら状況を整理しようとするも、電撃を受けて以降の記憶がほぼない。

ぬかった、完全に油断していた。こいつらのせいで俺の計画がすべて台無しだ。

 

「……どうしてうまくいかないんだ」

 

また俺は約束を守れなかったのか。情けない自分が嫌になってくる。

……けど脱出の芽はどこかにあるはずだ。イモムシ状態でも歯があれば相手の喉笛を噛み切れる。相手の姿勢を低くさせるような芝居を打てれば可能だ。

 

「ッ!?」

 

脱出計画を練っていると目の前の扉が音を立てて開いた。

すぐさま計画を実行に移そうとしたが、中に入って来た人物の正体に驚いて何もできなかった。

 

「な、なんで。どうしてあなたが……」

「……まさかこんな愚行に出るとは。見損ないました」

「どういうことですか家元ッ!!」

 

俺の目の前に現れたのは俺を拾って剣道指南役として雇ってくれた西住家の家元、西住しほだった。

俺の恩人である家元がどうして俺のもとに現れたのか意味がわからない。俺の暗殺計画を妨害した奴らは誰なんだ?あー、ちくしょう!余計混乱する!

 

「何故私が此処にいるか理解できていないようですね」

「あぁ、まったくですよ。こんな根暗な倉庫に貴女が居るのか理解に苦しみますね」

「実は薄々気づいているのでは?」

「残念ながら全然です。だって俺には考えるだけの頭が無いんですから」

「なら教えましょう。私が貴方の計画を阻止しました」

「あぁ!?」

 

突如として晒された真実に思わず驚嘆の声をあげる。

つまりなんだ。辻たち役人と家元はグルだったわけだというのか。その線はないと踏んでいたのに!

 

「ふざけんな!寄ってたかってみほたちの邪魔しやがって!そんなにあそこ(大洗女子学園)を潰したいのか!!」

「思ってるわけないでしょう。むしろ救いたいと思ってる側です」

「じゃあ何なんだ!ちゃんと俺にもわかりやすく説明してくださいよ!」

「……本当に貴方という人はどうしようもないバカなんですね!」

「ッ!?」

 

普段は冷静で声を荒々しくすることがなかった家元がこの時だけは怒鳴った。顔を怒りで赤面して大声をあげる家元を初めて見た。

 

「何が皆を守ると言って殺人なんて犯そうとする!何が心配を掛けないというくせに心配を掛ける!どうして薬物まで使ってまで完遂させようとする!」

「……皆を救うために」

「そんなんで救われてもあの子たちがいい顔をするとでも!」

「……それは」

「みほが知らせてくれなかったら危ないところでしたよ。負傷者は出すし、本当に……!」

「死んでないだけいいじゃないですか」

「そういう問題じゃないんですよ!島田家のあの人が伍長のことをたまたま懐いた野良犬とはよく言ったものですね」

「島田家……?」

「とにかく、こっちはこっちで手を回してるんで伍長は邪魔をしないでください」

「うぅ……」

 

……大人になってもこう怒られると結構ツラいな。つまりはあれか、使用人の犯行を雇い主が未然に阻止したという形になるのか。

ははっ、良かれと思ってしていた行動が逆に家元の手を煩わせてしまうとは。最低だな俺って。

 

「手段はどうあれ伍長がどれだけあの子たちのことを想っているのかはわかりましたよ。その志は立派です」

「お世辞でも嬉しいです。……そういや俺と戦った彼女らって」

「まったく、やりすぎですよ伍長さん!」

「げえっ!?」

 

家元の後ろからは左腕にギブスを着けて固定している蝶野の姿があった。ここまで痛めつけられるとは思っておらず、多少の怒気を感じた。

 

「あ、あれはそのぉ……」

「貴方がどこの国の兵士だったかは知りませんが二度と殺しはやめてくださいよ!」

「は、はい……」

「見てくださいよこの腕を!搬送された日とその翌日は入院してたんですからね!」

「すまない、本気でやってたから。……あれ、俺は何日寝てた?」

「ざっと三日間」

「……通りで腹が減るわけだ」

「点滴刺そうとしたら針を凶器として感知して起きると家元に言われましてね。実質、水しか与えてませんね」

「そこまで脅威認定されてるとは……」

「だって現役の女子自衛隊員をここまでボコボコにしたんですよ。いやー、死にかけましたね」

 

ハハハと痛快に笑ってはいるものの目が笑っていない。正直言って根に持ってるだろ。まあ死にかけてるんだから無理はないが。

 

「あっ、そうだ。ちなみに最後にとどめを刺してきたのは誰だ?最後まで気配を感じなかったが」

「あぁ、それは―――――」

「わしぜよ」

「なっ!?」

 

カツカツと踵を鳴らしてやってきたのは、二年前にエリカを誘拐した犯人の男だった。

灰色の半袖半ズボンといった身軽な格好をした以外は何も変わっていなかった。相変わらずオレンジ色の瞳を卑しく揺らしている。

 

「あの時の……!どうして家元と一緒に!」

「おおっ、怖いのう。繋がれた狂犬が吠えよるわ」

「殺すぞ負け犬ッ」

「おまんも負け犬じゃ、間抜け」

「やめなさい二人とも。私が理由を説明しますから」

「けっ」

「殺人鬼に理由でも?」

「実は監視カメラの映像や凶器が無くて証拠不十分で拘留されていました」

「証拠不十分だと!?凶器なくして俺の腕と目が無くなるとでも!」

「仕方ないじゃろ。おまん以外にゃわからんが、半裸の男が刀をやるからおまんを襲えと指示しよった」

「半裸の男……?まさかアイツか!」

 

半裸の男といえば奴しかいない。俺を戦友の魂を収めるための容器にさせた神のことだ。

つまりは神が俺を試すための装置を作ったのか。何がお前を試すだ、ふざけやがって!

 

「あの刀は危険な存在じゃった。力が込み上げてきて罪悪感も恐怖も消しよった」

「……私には嘘をついているとしか思えませんがね。信じるほうが馬鹿らしい」

「普通なら蝶野の反応が正しい。けど俺には理解できる」

 

神の力を使えば監視カメラにはこの男は映らないし、撃破後に凶器を消すことも容易い。何なら協力者の存在を抹消してしまえばいい。

 

「明らかにエリカからの証言はありましたが証拠不十分で不起訴になり抑留されたわけです」

「で、誰が保釈したんですか。結構な額を払うと聞きましたよ」

「私です」

「家元が払ったんですか!?」

「最悪の事態を想定した結果、戦力を増強するのが最善だと」

「人選ミスでは?」

「けど結果は出してくれました」

「ッ」

 

家元の正論に対して顔を顰める。よそでは男がニヤニヤと嘲笑を浮かべていてすごく癇に障った。拘束さえなければぶん殴りたい。

 

「で、どうするんですか処罰は。このまま警察にでも突き出しますか?」

「それはしません。これはあくまでお家騒動的なものだと捉えますので」

「……つまり解放ですか」

「そうなりますね。とはいえ制限をさせてもらいますが」

「制限、ですか」

「みほに貴方の行動を逐一連絡してもらいます」

「大洗女子に帰れるんですか」

「はい。さらにGPS付のブレスレットも付けてもらいます」

「……妥当とも言えますね」

「ははっ、ついに首輪がついたか!」

「貴方もです」

「あぁ!?」

 

まさか自分にも付けられるとは思っていなかったらしく男は家元を睨みつける。それを無視して今後のことを続けて説明する。

 

「そして注射器の件です。気絶中に貴方を検査したところアレは覚醒剤などの類ではないとのことです」

「えっ」

「それとこのボイスメッセージを聞きなさい。とある貿易会社から貴方宛に送られてきたものです」

 

家元は携帯電話から送られてきたボイスメッセージを流した。

すると聞き覚えのある流暢な日本語が流れ出した。

 

『久しぶりだね伍長。まさか私に覚醒剤を寄越せと頼むとはね、驚いたよ』

 

その声の主は前職の雇い主である武器商人のココ・ヘクマティアルだった。どうやって家元の携帯電話を特定したのかはわからない。

 

『まあ日本で入手するのは難しいからね、頼るのも仕方がない。けど君は私が大の薬物嫌いだということを忘れてはないか?』

「……そういえばそうだった」

『目的はどうあれ、君にはアドレナリン投与だけで十分だろ。君の席はまだ空けてはいるがこっちには来ないで日向でのんびり暮らすといい』

「ココ……」

『バイバイ伍長。あいにく仕事で立て込んでるんだ』

 

プツリとメッセージが途切れた。

ココ的には俺は表舞台の方が似合っているというのか。まあ戦場で生きる以外の真っ当な道を探せってことだな。にしても覚醒剤を決めてると思ったら、ただのアドレナリンか。あー、なんだか恥ずかしくなってきたわ。

 

「さあ後で健康診断に行きますからね。万が一に備えて」

「いやいや、俺は元気なので……」

「さあ行きますよ!ほらスタンドアップ!」

「イテテテテ!鎖が皮を挟んで痛いんだけど!」

「貴方も手伝いなさい。保釈してあげたんだから尽くしなさい」

「ふん、わしの仕事は終わったきに。酒でも飲んでくるわ」

「……変人が一人増えたぐらいですし、問題はありませんか」

 

こうして鎖で結ばれたまま俺は病院に搬送された。異様な光景に看護師と医者は苦笑いを浮かべていた。

そして医者いわく、点滴を指していればいいとの診断結果を受けた。しかしその後に整骨医院行くと腕の骨にいくつかひびが入っているためギブスの着用して安静にすることを余儀なくされた。

そのせいで大洗女子に帰還できたのは大会当日だった。




実は伍長の暴走は初期から考えていました。
ちなみに伍長は大の病院嫌いなのでケガをしても市販薬で治そうとします。皆さんはきちんと病院に行こう。


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兵士は終える

最終回です。
なかなか難産になりましたがなんとか書けました。


最後の健康診断を受けたのちに、あの例の殺人鬼と蝶野と家元に半ば護送されるような形で俺は大洗に帰還した。大洗の山奥で降ろされた時、どうして此処で降ろしたのか疑問だったが旧校舎でみほたちが暮らしていることを聞かされた。

 

「ここから先は貴方が解決してください。何をすべきかはおわかりのはずです」

 

そう言って家元たちは車で去っていった。ポツンと独り取り残された俺はとりあえず歩くことにした。

五分間歩いていると古びた木造の校舎が見えた。本当だったら走っていきたかったが、独りで解決してやると豪語したわりには何もできなかったという負い目が足取りを止まらせた。

 

行きたいのに行けないというジレンマが胸の内を交錯して足踏みしていると、後ろからクラクションが鳴らされてそっちを向く。

視線の先には一輌の戦車があって、すごく見覚えのある車種だった。

 

「伍長さん!」

 

砲塔部のキューポラが開いて一人の少女が俺へ駆けよってきて、ギュッと抱きしめた。馴染みの背丈と髪質を感じ、ポンと手を彼女の頭に乗せた。

 

「心配かけたな、みほ」

「本当に……!ホントにそうだよ伍長さん!」

「すまんな」

「伍長」

「伍長さーん!」

「伍長殿!」

「伍長さん」

 

続々と戦車からみほの仲間である麻子、沙織、優香理、華が降りてきて近づいてきた。皆が明るい顔をしていてどうしてか安心した。

……やれやれ、皆俺が居なくて寂しかったんだな。思う存分撫でて――――

 

「……あれェ?みほ、どうして合気で俺を拘束したぁ?」

「皆、やっちゃって!」

「はい、では」

「秋山優香理、いきます!」

「とりあえず一発!」

「悪く思うな」

「えっ、ちょっ―――」

 

拘束された俺に向けて四つのビンタが両頬に放たれた。一度叩かれた箇所をもう一度叩かれたため非常に痛くて、一瞬だけ視界に星が浮かんだ。

パッと拘束を解かれた俺は痛みで地面をゴロゴロ転がった。

 

「ぐおおおおッ!?仮にも俺は病人だぞおおおおお!?」

「知らないよ!だいたい伍長さんが失踪するのが悪いんでしょ!」

「そうだよ!また勝手に傷ついてるし!」

「そ、それはだな……」

「弁解は無用だぞ」

「えぇ。これは仕方がないことですから」

 

ま、まあ今まで彼女らに迷惑と心配をかけたからな。ここは受け入れよう。

 

「ほら、さっさと校舎に行って皆に謝るよ」

「わかってるさ。今回は俺に非がある」

「そうだよ。まったく、何をするつもりだったのかはわからないけど迷惑ばかりかけて」

「……反省してます」

「他の子も伍長さんのこと殴りたいって言ってたから殴られてもらうからね」

「えっ、これ以上殴られるんですか!?」

「当たり前じゃん!」

「い、嫌だー!頬がとれるー!!」

「泣き言言わないで!ほら行くよ」

「うわー!」

「な、なんだろう。すごくみほがお姉ちゃんしてる」

「こうとなったみほさんは強いですから」

「流石です西住殿!」

 

戦車道の皆が集められて俺は江戸時代の罪人みたいに拘束されて朝礼台に座らせられた。いや、座るというより膝をついていた。

顔を上げてみると皆が泣いてくれているみたいだが、この後にされる仕打ちを彷彿すると絶望するしかなかった。歴女チームが岡田以蔵だの近藤勇だの言ってくるがこれは処刑じゃないからな。

恥を晒すで言えば合っているけどな!

 

「じゃあ今後のことを話すね」

「……うっす」

 

ほぼ全員から罰を受けて満身創痍だった俺にみほが今後のことを話してくれた。ちなみにその前に、なぜか三式中戦車のアリクイチームから強烈な腹パンを受けて死にそうな状態でだ。

 

どうやら家元と杏たちが辻に話を付けてくれたらしく、大学選抜チームに勝利できれば廃校は取り消しになるという。だけど大学には戦車道の天才、島田愛里寿という少女が居る。高校生にもなっていないのに飛び級で大学まで上がってきたようだ。

 

また持っている戦車も違う。センチュリオンとかいう英国の戦中ではほぼ最新鋭の戦車を使ってくるのだ。正直言ってかなりきつい、対戦車戦法でどこまで通用するのかもわからない。大洗はこの勝ち目の薄い敵と戦わされることになり、苦戦は確実だろう。

 

俺は今まで怠けていた生徒を持てる資源の限りみっちり鍛え、他の隊長との作戦会議に参加して策を練った。来る日も来る日も良案が思いつかない。しかめっ面になって戦場となる地図とにらめっこを繰り返していた。

 

 

そしてついに試合当日になった。

試合を始める前の号令で双方の戦車と搭乗員が相対する。戦車の数と質も大幅に負けていて、搭乗員の経験ですら負けている。作戦も昨日思いついたかなり強引なものしかない。

もはや戦時中の日本を見ているみたいで胸が苦しく、何ともできない現状に俯くしかなかった。みほたちは必ず勝つと信じるしかなかった。

 

だけどそんな苦境に立たされた時、奇跡が起きた。

 

「ちょっと待ったー!」

 

なんと今まで試合で戦った聖グロリアーナ、サンダース、アンツィオ、プラウダ、継続、知単波の主要メンバーが助太刀に来てくれたのだ。彼女らの参戦のおかげで数を整えることができて、優秀な搭乗員も揃った。

これもみほの人徳のおかげだろう。本当にみほはすごい奴で尊敬する。

 

「ちょっと!あれはありなんですか!」

 

今まで異例の出来事だったため抗議しようとする辻を戦車道連盟の会長や家元が制した。無論、俺もそのつもりで睨もうとしたら蝶野に頭を前へ向くようヘッドロックを掛けられた。流石に俺でも目で射殺すことはできんのに。

他校の彼女たちが参戦したおかげで良案を練り直すことができた。各学園のリーダーを分隊のリーダーと置くことで強力な分隊が作れたからだ。もっとも作戦や分隊の名前決めの時はみほの案が採用された。

 

 

その後の戦闘は凄まじいものだった。

初手で山頂を取ることができて防衛に回っていたところ突如としてバカデカい砲撃が山頂を耕したのだ。戦車道連盟会長いわくロマン砲と言われている列車砲のカールのことで、もしもダージリンたちが参戦しなかったら本格的に蹂躙されていただろう。

これにはマズいと山頂を捨てて撤退するがその際にプラウダのノンナやKV-2を失うことになるが、別動隊のミカと杏とアンチョビがドーラを撃破して砲撃を止めることができた。そして戦場は森と山岳から遊園地へと移り、そこで熾烈な戦闘が行われた。

 

道中で誘い込まれて包囲される危機があったが、ウサギさんチームの狙撃で観覧車を転がすという常識離れした展開を起こした。そのおかげでみほたちは包囲を脱することができた。

一方で突撃ばかりしていた知単波も途中から戦法が大きく変わった。待ち伏せと奇襲を用いるようになり、センチュリオンを数輌撃破したのだ。思わぬ活躍に俺の大和魂が震えた。

そこからは大洗のペースで多くの犠牲を払いながらも、ついに大学側は島田愛里寿の車輛だけになった。

 

けど彼女は島田流戦車道家元の天才娘、一騎当千の実力でこちらの戦力をことごとく撃破していく。残されたのはみほとまほの西住姉妹だけで、意外なところで西住流対島田流の頂上決戦が起きた。

遊園地のギミックを存分に使った戦闘を繰り広げ、幾度もヒヤヒヤする展開が続いた。あそこまでの死闘を演じられるのは彼女たちしかいないだろう。

最後はみほがまほに車輛の後方をゼロ距離で撃たせることで加速させて、島田愛里寿の背後を取った。半ば相打ちのような形になったがなんとか大洗側は勝つことができたのだ。

 

 

試合が終わった後、俺は片づけでせっせと荷運びを行っていた。

大洗が参戦してくれた学園に何か報酬を払うことはできないが、せめて俺が片付けだけでも手伝おうとしたのだ。明らかに質の違うオイルや整備道具をせっせとトラックに運んでいると声をかけられた。振り返ってみるとそこにはエリカが居た。

 

「ようエリカ、久しぶりだな」

「そうね。あの賭け以来かしら」

「……戦車道大会の決勝後に会ってなかったっけ」

「何言ってんのよ。アンタがそそくさと何処かに行ったから会ってないわよ」

「あー、そうだっけか」

「元々忘れっぽかったのに一層磨きがかかったわね」

「まあ色々あったからな」

 

激動の日々を送ったから忘れていた。流石に大洗を守るために辻という役人を暗殺しようとしていただなんて言えるはずがないけどな。

 

「隊長から聞いたわよ。アンタ、かなり無茶をやらかしたって」

「……そ、そんなことはないぞ」

「バレバレな嘘ね。まったく、どうしてみほ同様に独りで抱え込むのかしら」

「自分で言うのはなんだけど、人を思いやり過ぎてるからだな」

「その通りよ。そういうとこが二人の嫌なところだわ」

「うっ、返す言葉が見つからない」

 

俺に頼れとみほに言っていたのが恥ずかしくなる。反面教師以前に同族だったからな。今度は何か困ったことがあれば家元とかに相談してみるか。そうすれば何か良案を出して解決してくれるからもしないしな。

 

「……アンタって会うたびにボロボロになっていくわね」

「むっ、そうか?」

「胸元から包帯の先っちょが出てるし、顔面に少し腫れあとがあるわ」

「顔面のことなら以前にみほたちからぶん殴られたからだな」

「意外ね、あの子がこんなことするだなんて」

「どうやら俺は相当迷惑をかけたらしいからな。全員から殴られても仕方あるまい」

「……待って全員?」

「あぁ、うちの全員」

「……よく耐え抜いたわね」

「頑丈さと戦闘がウリだからな。それしかない」

「アンタ、そういうこともう言わない方が良いわ」

「えっ」

 

自虐を言ってみるとエリカの目が鋭くなる。その目には怒気が孕んでいた。

 

「ど、どうしたんだエリカ。何故怒っているんだ」

「そういうところが嫌いなところなの。すぐに自分を卑下するところが」

「だ、だって俺には学も人格もないから……」

「ふざけてんの?アンタは確かに快楽の誘惑には弱くてダメダメな人間」

「うぐっ、その通り過ぎる……」

「けどね、根はまっすぐで慈悲深くて弱者のために戦えるそんな人間がアンタよ」

「え、エリカ……」

「私だってアンタに救われたその一人なんだから」

 

そう言うとエリカは鼻で笑うかのような微笑みを浮かべた。儚いながらも強い芯を持つエリカに思わず胸がときめいた。

それはかつて恋焦がれた雪子の面影が被っていたからではなく、目の前にいる逸見エリカという少女にだ。

急に恥ずかしくなってきて頭に血が昇っていくのがわかる。咄嗟に顔を背ける。

 

「あら、案外可愛らしい反応するのね」

「う、うるさいぞ。そうやって人を小馬鹿にするのは伍長としてよろしくないかなって!」

「あいにく生まれつきなの、ごめんなさいね」

「ぐぬぬ」

「それとアンタはみほが卒業したらどうすんのよ」

「あぁ?考えたことなかったな」

「だったらアタシんとこに来なさいよ」

「……すごく大胆!」

「そういうことじゃないわよ!要するにこっちの大学で働かないかってこと!」

「大学勤務か、まあありだな」

「でしょ。元々隊長の提案で誘うように言われてたの」

「あー、なるほど」

 

おもくそ監視が目的だな。まほの提案となるとその大学にはまほとエリカが在籍するようになるのか。みほも来てくれればあの懐かしの日々がまた送れるかもな。

 

「まあ状況が変わってしまったら行けなくなるかもだけど、その予定にするか」

「……で、本音は」

「麗しい女子大生とデートがしたい!」

「そういうとこよバカ!」

「なんて冗談だ。俺は皆とまた笑い合って過ごせればそれでいいんだ」

「アンタらしい願望ね」

「あぁ、だって俺の生きる希望がアイツらだから」

 

楽しいことも苦しいことも何度かあったが、みほやまほやエリカやダージリンたちがいてくれたおかげで乗り越えることができた。一概に友人という区切りができないほどに俺にとっては大事な大事な繋がりだ。

 

ふと時計を見ると大洗の学園艦の出航時間に迫っていた。また密航紛いなことをすれば今度こそ命を落とす。急いで戻らなくては。

 

「じゃあなエリカ。俺はもう行くぞ」

「そうね、また会いましょうね」

「あぁ!約束だ!」

「……伍長!」

 

全力で走り出そうとするがエリカの一声で止められた。

 

「アンタの名前、そろそろ思い出せたんじゃない!」

「――――今、思い出したとも!」

「なら教えなさい!今度からそれで呼んであげるから!」

「俺の名前は――――」

 

 

秋の到来を告げる秋風が強く吹いた。

そのせいで聞こえたかどうかわからないでいると、エリカは満面の笑みを浮かべて言の葉を紡いでくれた。

 

「良い名前じゃない!」

 




くぅ~、疲れましたこれにて終了です。
今思えばこんな一発芸をよく三年も続けて書いてましたね。しかも別作品執筆していたのに。
多少、巻いていたところはございましたがなんとか完結にこぎつけれてよかったです。
どうしても未完にはしたくないという意思が働いたんですかね。

約三年間、本作を応援してくださってありがとうございます。気が向けば小話を載せるかもしれませんのでよろしくお願いいたします。


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