Fate/Assassin's Creed ―Ezio Grand Order― (朝、死んだ)
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Sequence.01 復活のE ーA.D.2004 炎上汚染都市冬木ー
memory.0 カルデア


前作と違い、ぐた男の視点から始まります。文章の感じが変わっているかもしれませんので前作の方が良かったという方はほんと申し訳ありません!

にしても何で消えたんだろ……前に書いてた時もあったんだよな。次は話だけでも本体に保存しておきましょうかね。

では、投下!


 

 

――歴史は血で綴られる。

 

今から約7万5000年前にアダムとイブが“秘宝”を奪い、楽園(エデン)から脱出して以来、人類は多くの争いを繰り返してきた。

 

土地。

 

民族。

 

差別。

 

略奪。

 

大義。

 

比較。

 

名誉。

 

金銭。

 

宗教。

 

弾圧。

 

解放。

 

革命。

 

怨恨。

 

憎悪。

 

裏切り。

 

恋愛。

 

激情。

 

気紛れ。

 

憐憫

 

理由は様々だが、総ての人間が持ち合わせている“欲望”という衝動によって争い事はいくらでも起き、それが大きくなって戦争が起きる。現代においてもそれは変わらない。

 

人の歴史にはいつも闘争があり、多くの血が流れて成り立っている。これは周知の事実であり、変えられぬことだ。

 

しかし、三千年も昔から人類を視ていた七十二柱もの“魔神”はこれに怒り、悲しみ、嘆いた。

 

こんな悲劇があって良いのか。こんな残酷なことがあって良いのか。こんな悪意が存在していて良いのか。彼らは人類を哀れみ、憐れみ、失望し、無価値と断じた。ただただ争いと死を繰り返し、成長しない人類へ見切りを付けた。

 

何よりも、もうこのような光景を見るのは耐えられなかった。

 

故に、人を憐憫した彼らは一匹の“獣”となる。

 

――そんな彼らが、最も許せぬ存在は、救える力を持ちながら人類の有り様を看過した“王”ではなく、彼の裏に居たある二つの勢力だった。

 

それは“獣”が誕生する何千年も前から存在し続けている歴史の影。決して表舞台に出ることは無く、しかし中枢に関わっている。古今東西あらゆる時代の歴史的な出来事の裏にはいつも彼らが暗躍していた。

 

片や秩序による統制を目的とし、権力者を傀儡として操る影の支配者。片や自由を重んじ、弱者の救済の為に悪しき者を断罪する死の刃。

 

“獣”が何よりも許せないのが、彼らが“平和”という同じ志を持っているにも関わらず対立し、殺し合っているという事実だ。

 

彼らの起源は聖書のアベルとカインにまで遡る。遥か昔から現代に至るまで彼らは歴史を動かし、互いの利益と目的の為に熾烈な戦いを繰り広げていた。今も尚、それは続いている。つまり人類の歴史は、平和を謡いながら互いに相容れること無く争う彼らの歴史でもあるのだ。

 

度し難い。何もかもが度し難い。“獣”にはそれが何の利益も生産性も無い無意味で無価値で愚かなものに見えたであろう。

 

彼らが分かり合い、手と手を取り合うことさえ出来れば彼らの掲げる平和というものは簡単に成し得る事実を“獣”は理解しているのだから尚更だ。

 

だから滅ぼすと決めた。終わらせると決めた。己が悲しみなど存在しない本当の理想郷を創り出すと決めた。

 

そして、三千年もの時が過ぎたこの日、“憐憫を抱いた獣”は悲願の達成の為に“人理焼却”を実行する。

 

――しかし、それは同時に長きに渡る“人”との戦いの始まりを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

loading.....

 

――Hi! 元気にしてるかい新人さん?

 

――え? いつものお姉さんはどこかって? ビジョップなら別の奴を相手にしてるさ。こういうのは彼女の専門なんだけど今回は俺がナビゲートしてやるよ。

 

――ったく……何で俺なんだろうな? ショーンやレベッカでも良いだろ。確かに同じ日本人なら話しやすいかもしれんが、新入りだからってコキ使いやがって。

 

――え? お前も新人なのかって……いやいや違うぞ。あくまで奴等のチームの新入りという意味さ。こう見えてアサシン歴は長いんだぜ? 何せ忍者の家系なんだからな。あ、螺旋丸は使えないぜ。

 

――おっと。無駄話はこのくらいにして本題に移ろうか。君がたまたまアルバイトとしてスカウトされたあの……フィ、フィ、フィッシュカルメ焼き? 旨そうだな。

 

――そう! フィニス・カルデアだ! 知ってたぞ。人理?継続保障なんとかっていう魔術師共の作った組織だ。

 

――そのカルデアで集めた情報をこちらへ送ってほしい。そこはビジョップ曰く何やら興味深いことをやろうとしていてな。アブスターゴの連中も関わっている。

 

――何でもそれはあの“フェニックス・プロジェクト”と同等かそれ以上の一大プロジェクトらしい。本社に潜入させてるスパイの報告によると……驚くなよ? “タイムマシン”を作っちまったらしい。

 

――落ち着け。もしアブスターゴが自由自在にそんなもんを使えたら我々や教団なんて今頃歴史改変されて消滅しているさ。恐らく何かしらの制限があるんだろう。しかし、凄いだろ? “アニムス”や“ヘリックス”による追体験とは違う。実際に過去へ行って偉人と触れ合い、秘宝を集め放題って訳だ。憧れるぜ。

 

――まあ、全人類が夢見たであろう技術にワクワクするのは置いといて、我々はカルデア内部に潜入する機会を待っていたんだ。何人かスパイは送ってはいるんだが、皆、立場が下の職員ばかりで連中のプロジェクトに深くは関われていない。つい最近得られた情報は所長が無能だってのと緑の服を着たもじゃもじゃ頭のおっさんが何か怪しいってことくらいだ。

 

――そんな時にヘリックス調査でお世話になっている君がカルデアからスカウトされたと報告された。いやぁ、こういうの天は我に味方したっていうんだよな。

 

――ああ、確かに数合わせの補欠だ。しかし、それがどうした。バイトとはいえ連中のプロジェクトの一員としてスカウトされたんだ。得られる情報は末端のスタッフよりも遥かに多いだろう

 

――と、言う訳で今回の君への任務はカルデアへ潜入し、情報を根刮ぎ持ち帰ってくること。まるでスパイミッションで楽しそうだな。俺がやりたかったぜ。

 

――うん。良い返事だ。だが、君は我々と違って一般人だ。スパイ映画顔負けのアクションや話術は無理だろう?

 

――落ち込むなって。そこで君の記憶を一時的に抹消させてもらう。怪しまれることなく溶け込む為にな。

 

――安心しろ、我々やアブスターゴに関することだけだ。時が来たら接触してくる同志が君の記憶を戻すから彼らと一緒に情報を集めてくれ。

 

――うん。それも良い返事だ。どうだ? いっそ正式に我々の仲間にならないか? 俺が鍛えてやるからさ。

 

――冗談だって。その年で指名手配は辛いだろう。まっ ともかく期待している。では、頑張れよ。

 

――藤丸立香。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶処理開始.....

 

以下の用語に関する事柄総てを破壊、抹消します.....

 

『アサシン教団』、『デッドセック』、『ピース・オブ・エデン』.....

 

修復コードは『■■■■■』......設定完了......

 

処理中.....

 

10%削除......

 

27%削除......

 

36%削除......

 

52%削除......

 

68%削除......

 

85%削除......

 

99%削除......

 

100%削除。記憶処理完了しました。

 

尚、記憶処理の副作用によって強烈な眠気が襲う可能性あり。いつ発生するかは不明。使用者へ注意を喚起してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

どこか近未来感溢れる、無機質なだだっ広い通路。その上に一人の少年が横たわっていた。

 

 

「ここは……」

 

 

――どこだ。

 

深い眠りから目覚めた少年はむくりと起き上がり、寝惚けた様子で目元を擦り、辺りを見回す。

 

頭髪の色は黒。服は白い制服のようなものを着用している。整った顔立ちだが、特徴の無い、“平凡”、“普通”という言葉が似合う出で立ちであった。

 

 

「あー眠い……」

 

 

大きな欠伸をしながらズボンのポケットの中を漁る。すると通行証のようなカードを見つけた

 

そこには少年の顔写真があり、その隣に“氏名:藤丸立香 様”と記載されている。どうやらそれが少年の名前らしい。

 

 

「カルデア、ねぇ……何でこんな所で寝てたんだ俺?」

 

 

最もな疑問。寝惚けているのか先程から記憶が曖昧だった。しかし、カードにある機関の名前には覚えがある。

 

人理継続保障機関“フィニス・カルデア”。

 

街を歩いていたら国連の職員を名乗るハリー・ポッター? アンダーソン君? みたいな名前の男にスカウトされたのだ。世界を救う為にカルデアにアルバイトとして入らないかと。

 

はっきり言って胡散臭かったが、給料が良く好奇心もあってすんなり受けることにした。他にも理由があった気がするが、思い出せない。

 

何でも自分はマスター適正というのが高く、他の47人の同じ仕事を担う同僚は皆、“魔術師”というオカルトな存在なのに数少ない一般人の中から選ばれたマスター候補らしい。

 

「えっと……そう、確か飛行機に乗った。それで雪山の上にある建物に入って……ん?」

 

 

二日酔いような気分で自身が何をしていたか記憶を辿っていると下腹部で何かが動く。そういえば先程から妙な重みを感じていた。

 

視線を下へ動かしてみると……。

 

 

「フォウ!」

 

「わ、何だこいつ?」

 

 

そこには白いモフモフした珍獣が居た。猫のようにも犬のようにもリスのようにも見えるよく分からない生き物だ。

 

 

「フォーウ?」

 

「あら可愛い……悪いけど愛想振り撒いても餌は持ってないぞ?」

 

「フォウ!」

 

 

可愛らしく首を傾げる白い生き物。試しに顎を撫でてみると気持ち良さそうに目を細める。その瞳には知性が宿っていて動物にしては利口そうだった。

 

何の動物なのだろうか。見たところイヌ科のように思えるが、ネコ科かもしれないし、容姿からしてリスの仲間かもしれない。それともアフリカ辺りで発見された新種の珍獣か。

 

そして、カルデアには珍しいものが居るのだなと立香は一人で納得する。

 

 

「何をしているのですか? 先輩」

 

 

白い生き物を可愛がっていると背後から声をかけられる。

 

――誰?

 

 

「君は……?」

 

「初めまして。マスター候補の方ですか?」

 

 

振り向いて、まず視界に入ったのは薄い桃色の髪、雪のように白い肌、整った顔立ち、それから眼鏡に赤いネクタイ、更にスカート付きの黒い服とその上に羽織った白い上着。

 

どこか無機質さを感じる、言い表すならそう、まるで人形のような女がすぐそこに立っていた。

 

 

「あ、えっとその……」

 

「フォウ!」

 

「おや。フォウさん。どこへ行ったかと思ったら……先輩と一緒に居たんですね」

 

 

質問に答えようとするが、白い生き物の元気の良い鳴き声がそれを阻む。少女の反応から白い生き物と彼女は知り合いのようだ。

 

 

「……ねぇ、“先輩”って?」

 

 

にしても、彼女は何故自分のことを先輩などと呼ぶのだろうか。立香は疑問に思い、少女に尋ねる。

 

 

「はい。ここに居る方々は私にとっては全員先輩のようなものなので」

 

 

そして、その返答にまた首を傾げた。つまり彼女はこのカルデアで最年少ということだろうか。経歴ならばついさっき来たばかりの立香よりも下ということはまずないだろう。

 

 

「へぇ……そうなんだ。変わってるね」

 

 

謎は残るままだが、別に深く聞くようなことでもないだろう。少女が自分のことを先輩だと思っているならそれで良い。少なくとも害意は無いのだから。

 

 

「そうでしょうか?」

 

「うん。まあいいけど」

 

 

頭上に疑問符を浮かべる少女。そんな様子に立香は微笑する。

 

初対面でいきなり先輩扱いされ、一瞬戸惑うが、このような美少女に先輩呼びされるのは悪くないなと思った。

 

 

「それで君は?」

 

 

腹の上で丸まっている白い生き物を床に置いて立ち上がり、少女の名を問う。

 

カルデアの職員だろうか。それとも自分と同じように雇われたバイトか。にしては自らも着用している白い服を着てない。話してる言語は日本語だが、容姿からして日本人ではないだろう。

 

 

「あ、そうでした。まだ名乗ってませんでしたね。私はマシュ・キリエライトと言います」

 

 

少女が自分の名を言う。やはり外国人だったようだ。

 

 

「マシュか……俺は藤丸立香だ。藤色の藤に丸いと書いて藤丸、立って香ると書いて立香だ。以後よろしく」

 

「はい。漢字までご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。先輩」

 

「フォウ! キュー、キャーウ!」

 

「……失念していました。あなたの紹介がまだでしたね」

 

 

マシュの足下をクルクルと走り回りながらフォウが鳴く。その素振りはまるで人間の言葉を理解しているようだ。やはり畜生にしては利口である。

 

 

「こちらのリスっぽい生物はフォウ。カルデアを特に法則性もなく自由に散歩する特権生物です」

 

 

そうマシュが説明するとフォーウ!と元気よく鳴く白い生き物もといフォウ。

 

鳴き声そのままの名前に立香は適当さを感じる。犬にワンと猫にニャーと名付けるようなものだが、その辺は突っ込まないでおこう。

 

「私以外にはあまり近付きませんがどうやら先輩は気に入られたみたいです」

 

「そうなの?」

 

「はい。おめでとうございます。カルデアで二人目の、フォウのお世話係の誕生です」

 

「えぇ……」

 

 

なつかれたからといって世話してやる道理は無いのだから変な生き物の世話係に任命されても困る。その世話係一人目がマシュだとすると、変な生き物を放し飼いにしていて良いのだろうか。

 

 

「フォウ!」

 

「あ、またどこかへ行っちゃいましたね」

 

 

するとフォウは廊下を駆け出し、この場から去って行く。マシュの話からするに気紛れな性格なようだ。

 

 

「ところで……」

 

「ん?」

 

「ご質問よろしいでしょうか先輩。通路で一体何をしていたのですか?」

 

 

ふとマシュが先程から疑問に思っていたことを問い掛ける。彼女の視点だと立香は通路のど真ん中で座り込むという不審な行動を取っているように見えた。気になるのは当然だろう。

 

 

「寝てた」

 

「……それは驚きました」

 

 

そして、返ってきた簡潔な返答に少しばかり呆気に取られる。

 

 

「お休みしていたのですね。しかし、通路で眠る理由が、ちょっと。硬い床でないと眠れない性質なのですか?」

 

「いや、好きで寝てた訳じゃないぞ? すんごい眠かっただけだ」

 

「成程。寝不足でレムレムしていたということですか?」

 

「うーん……そうなのかねぇ。何も思い出せん」

 

 

本当に何でこんな場所で寝ていたのだろうか。痛みを感じる後頭部を摩りながら立香は首を捻る。つい先程まで何をしていたか思い出せず、曖昧な記憶だけが残っている、まるで脳にフィルターでも掛かっているような不思議な状況だ。

 

 

「思い出せない? 漫画でよく見る記憶喪失という奴ですか?」

 

「いや、バイトでカルデアに来て長ったらしい話を聞いたのは覚えてるんだけど……まあ、どうでもいいか。覚えてないってことは別に覚えるようなことではなかったということだろうし」

 

「どうでも良いものなのでょうかそれは?」

 

 

一部とはいえ記憶を失っているというのはかなり大変なことではないだろうか。なのにどうでもいいと言い切ることにマシュは驚く。

 

 

「そうだよ。“真実は無く、許されぬことも無い”んだからさ」

 

「……それはどういう意味ですか?」

 

 

唐突にそんなことを口走る目の前の少年にマシュは頭上に疑問符を浮かべる。真実など無いのだから自分の失った記憶や失った理由にいてはどうでもいいとということか。しかし、許されぬこととは一体。

 

 

「あー、格言みたいなものだ。色々な意味合いがある。っていうか俺も変なことを言っちゃったな。悪い」

 

「成程……知りませんでした。覚えておきます。それにしても先輩は面白い方ですね。今まで会ったことのないタイプです」

 

「え? お、おう……」

 

 

くすりと笑うマシュ。初めて見せた感情の籠ったその顔に立香は思わず見惚れてしまう。

 

どこか人間味の無い少女だと思っていたが、今見せている表情から存外感情豊かなようだ。

 

 

「フォーウ……?」

 

 

その時、立ち去ったはずのフォウが二人の後ろ姿をジッと見つめる。その硝子玉のような瞳に映る立香の背中には、“白い羽”が舞っていた。

 

 

それが意味するものは――。

 

 

“これもまた運命か”

 

“善き人、限りなく善良であり、中立であり、普通である人間”

 

“しかし、その血には間違いなく流れている。死神の因子は目覚めつつある”

 

“比較しよう。監視しよう。見定めよう。これから起こる長き冒険と試練の中でどう変わるか。或いは変わらないか”

 

“期待しているぞ人間。しくじるなよ。さもなくば――”

 

 

獣が、君を喰らう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――お、やっと連絡が来たか。

 

――そうだ。そいつだ。藤丸立香。奴は上手く潜り込めたか?

 

――へぇ……マスター適正は上の方なのか。あいつハッカーだけじゃなくて魔術師にもなれるんじゃないか? ハハハハ、冗談だ。あいつに魔術の才能はあってもキチガイの才能は無い。

 

――そうそう。何千年経っても成長するどころか退化してる人でなしの糞共の集まり……アブスターゴの次にぶっ殺してぇ連中だ。

 

――ああ、悪い悪い。魔術師にもマシなのは一部は居たな。で、首尾はどうだ?

 

――え? すまん。もう一回言ってくれ。

 

――追い出されただと? 何で? まさか俺達のことがバレたのか?

 

――居眠り?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、演説中に居眠りした挙げ句に所長に喧嘩売って会議室から追い出されたって?」

 

「そうなんだよ」

 

 

カルデア・48号室。

 

簡素なベッドやタンスのみが置かれた無機質なその部屋で立香ともう一人、白衣を着た見るからに優しそうな青年が向かい合って話し込んでいた。

 

彼の名は、ロマニ・アーキマン。研究者でカルデアの医療部門のトップらしい。

 

何故そんな人物が立香へと割り当てられたこの部屋に居るのか。それは仕事をサボる為であり、48号室を空き部屋だと勘違いしていたからだそうだ。仮にも医療部門のトップがそれで良いのだろうか。

 

 

「私のカルデアにあなたのような人間は必要ありません! …だってさ。別にあんな怒ることないのに」

 

「あははは……けど大事な話し中に居眠りしてたら誰だって怒ると思うよ。僕も前にウトウトしてたらこっぴどく説教された」

 

 

甲高い女性の声真似をして愚痴る立香にロマニは苦笑いを浮かべる。

 

今から少し前、管制室で何やら小難しい話ばっかりしているので睡魔に負けて寝ていたら所長だという白髪の女性に罵倒され、言い返したら口論になった挙げ句に追い出された。

 

聞くに、どうやらロマニも所長に叱られて管制室から追い出された口らしい。故に事情を説明した時は同志が出来たと大喜びされた。

 

因みにロマンというのは彼の愛称だ。ロマニの“ロマ”とアーキマンの“マン”を重ね、ロマンティックのロマンと掛けている。この渾名を気に入っているようで彼自身からそう呼んでほしいと言われた。

 

 

「だって眠かったんだ。しょうがない」

 

「それが罷り通るのは学生までだよ。立派な社会人になりたいなら克服しないとね」

 

「む、サボり魔がよく言うね」

 

「うっ まあ、確かに模範的な社会人では到底ないと自覚しているけど」

 

「第一あんな演説を長々としていると眠くなるに決まってるじゃん。オルガマリー所長だっけ? 話は簡潔にしてほしいよ。ただでさえカルデアスがどうのとかよく分からない話ばっかりしてくるんだから」

 

「あははは……まあ、愚痴は程々に。彼女も苦労してるんだよ」

 

「そうは言ってもね。それに……」

 

 

と、そこで立香の口が止まる。自分は何をこんなに熱くなっているのか。ロマニが聞き上手なこともあってつい喋り過ぎた。

 

 

「それに? 何だい? 続けてくれよ」

 

 

苦笑いしつつもロマニは話の内容が気になる様子だった。消極的そうに見えて実は立香の愚痴を楽しんで聞いている。

 

 

「あ、いやさ……あの人って何というか……上に立つタイプじゃないよね」

 

「え? ど、どうして?」

 

 

僅かに動揺するロマニ。この反応に眉をひそめながらも言葉を続ける。

 

 

「だって短気で怒るとすぐに感情的になるし、気丈に振る舞ってるけど何かにコンプレックスを抱いているみたいだったよ……プライドも高そう」

 

 

カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア。そう名乗った女性の第一印象は背伸びし、自身の弱さを隠す子供のような人物というものだった。

 

あくまで第一印象なので本当にそうなのかは分からないが、少なくとも管制室での振る舞いを見る限りトップの器ではないと思った。

 

そのことを指摘すれば彼女は顔を真っ赤にして激怒し、この通りだ。

 

 

「立香君……君ってぼんやりしているようで意外と鋭いね。所長がカルデア所長を引き継いだのはここ最近でさ。だからプレッシャーも大きくてそれで他人への当たりがキツいんだ。しかもファースト・オーダーなんて重大な任務をいきなり背負う羽目になるし」

 

「自信が無いってこと?」

 

 

成程。専門用語ばかりであんまり詳しいことは把握できていないが、“ファースト・オーダー”という人類を救う為に歴史の特異点とやらを修復する何とも壮大な計画。そんなのを所長に就任したばかりなのに指揮しなければならない。それは確かに相当なプレッシャーだ。投げ出したり弱音を吐いたりしないのは彼女の責任感と自尊心故か。

 

そんな時にアルバイト感覚で入り、自身の話を聞かず居眠りまでしている者が居れば腹を立て、罵倒するのは至極当然のことだろう。

 

 

「まあ、そういうことになるね。だから所長……マリーに関しては許してやってくれないか? 本当は優しい子なんだ」

 

「うん良いよ。別に怒ってはないし」

 

 

そもそも居眠りしていたのは自分だ。文句や愚痴こそ言うものの自分の非くらいは認められる。

 

ただレイシフトとやらが出来ないのは少しばかり残念だった。どういう原理かは分からないが、過去へタイムスリップすることが出来るらしい。まるで青い猫型ロボットだ。まだ22世紀ではないというのに人類の進歩は意外と速い。

 

 

(それと……“サーヴァント”だっけ? あれも実際に見てみたかったなぁ)

 

 

古今東西あらゆる英雄や偉人の霊を使い魔として召喚して使役する……宮本武蔵や織田信長といった歴史上の偉人に実際に会えるというのは男の浪漫に他ならず、立香は興味を引かれた。

 

しかし、今やそれは叶わない。そう考えると睡魔に負けてしまったことを後悔する。

 

 

「ん? 通信が……レフからだ。何だろう」

 

 

するとロマニの持つ通信機から音が発せられ、立香の思考は中断される。

 

 

『ロマニ、聞こえるか?』

 

「やぁ、レフ。どうしたんだい?」

 

『後少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

「え?」

 

『Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れてない者に若干の変調が見られる。これは不安から来るものだろうな。コフィンの中はコクピット同然だから』

 

「それは気の毒だ。ちょっと麻酔をかけに行こうか」

 

『ああ、急いでくれ。今、医務室だろ? そこからなら二分で到着する筈だ』

 

 

そう言って通信は切れる。レフ……先程会った緑色のタキシードを着込んだ男性だ。マシュと話している時に出会い、所長の説明会があると管制室まで案内してくれた。

 

常に目を細めていて優しそうだったが、どこか不気味で何か裏があるような雰囲気のする人物だったと立香は記憶している。

 

ロマニを見てみると彼はだらだらと汗を流して頭を抱えていた。

 

 

「どうしよう。ここからじゃどう頑張っても五分は掛かるぞ?」

 

「……自業自得だね」

 

「あわわ。それは言わないでほしいな……でもAチームは問題ないようだし、少しくらい遅刻しても許されてるよね?」

 

「あの所長が?」

 

「だよね……」

 

 

一瞬ポジティブ思考になるロマニだが、立香の一言にがっくりと項垂れる。

 

 

「ハァ……マリーにどう言い訳しようか。ま、でも出来るだけ急ぐよ。流石にお呼びとあらば行かないとね。お喋りに付き合ってくれてありがとう。落ち着いたら医務室に来てくれ。今度美味しいケーキでも食べながら話そう」

 

 

そう言ってロマニが部屋から去ろうとしたその時、突如てして部屋が暗転する。

 

 

「……何だ?」

 

「え、明かりが消えるなんて……」

 

 

突然の停電に二人は困惑する。

 

――それから程無くして空間が震える程の轟音が部屋に響き渡った。

 

 

「「!?」」

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の障壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください』

 

 

有無を言わさず、次はけたましい警報と共にアナウンスが流れる。どうやら今のは爆発音だったらしい。

 

 

「何だって!? モニター、管制室を映してくれ!皆は無事なのか!?」

 

 

ロマニがそう言うと彼の目の前にモニターが現れ、管制室が映し出される。そこには炎と瓦礫に包まれた凄惨な地獄絵図としか言い様がない光景が広がっていた。

 

それを見た瞬間、立香は目を見開く。

 

 

「一体何が……!?」

 

「…………!」

 

「あ、立香君!? 待ってくれ……って意外と足速いっ!?」

 

 

考えるよりも先に部屋を飛び出していた。後ろではロマニの制止する声が聴こえるが、構わず廊下を駆け抜ける。

 

 

(管制室が火災だって……ふざけるな。あそこにはマシュが居るんだぞ……!)

 

 

脳裏に過るのは自身を先輩と呼んで慕ってくれる伽凛な少女……助けなければ。理想は分からないが、立香はそんな意思に突き動かされていた。

 

 

「ッ……これは……」

 

 

通常なら五分は掛かる48号室から管制室までの道を陸上選手も顔負けの走りで抜け、一分と掛からずに立香は管制室の入口まで辿り着く。

 

そして、入ってみれば一酸化炭素たっぷりの煙と炎による熱気が襲ってくる。

 

 

「マシュ……どこだ……?」

 

 

煙を吸わないように口元を袖口で覆い、後輩の姿を探す。しかし、あるのは数人の死体と瓦礫のみ。一人一人近付いて確認してみるが、どれも職員やマスター候補生達のものばかりだ。中には至近距離から爆発を受けたのか顔を判別出来ないまでに黒焦げになっていたりバラバラになっていたりする死体もあったが、身長や体格からマシュではないだろう。

 

この事実に少しばかり安堵する。今のところマシュの死体は見当たらない。もしかしたら生きてるかもしれない。そんな淡い期待を寄せる。

 

 

「ハァ……ハァ……やっと追い付いた……君、陸上でもしているのかい……」

 

 

少し遅れてロマニが息を切らしながらやって来た。火事場の馬鹿力という奴だろうか。立香より遅いとはいえ二分と掛かっていない。

 

 

「うげぇ……実際に見ると更に酷い有り様だね。生存者は居ない、ようだ。無事なのはカルデアスだけ……」

 

「……カルデアス」

 

 

二人の視線の先には巨大な地球儀のようなもの“カルデアス”がある。詳しくは知らないが、人類の未来を観測するものらしい。

 

 

「……僕は地下発電所に向かうよ。カルデアの火を止める訳にはいかない」

 

「じゃあ俺は……」

 

「すぐに来た道を引き返すんだ。今なら障壁が閉まるまでまだギリギリ間に合う。急いで避難するんだぞ」

 

 

分かったね!と釘を刺してロマニは慌てた様子で管制室を後にする。しかし、残された立香は逃げ出す素振りなど微塵も見せない。

 

 

「……悪いな、ロマン」

 

 

そう言って瓦礫の上を登り、高い所から辺りを見回す。

 

ロマニは生存者は居ないと言っていたが、そんなことはないはずだ。必ず誰か生きている。根拠は無い。しかし、立香の勘がそう告げていた。

 

 

「…………あ、」

 

 

煙で沁みる眼を凝らし、粘り強く探索していたその時、風前の灯火のような声が聴こえたのを立香は見逃しはしなかった。

 

 

「マシュ!」

 

 

声がした方角を振り向き、遂に見つけた白い光。倒れるマシュがそこには居た。しかし、その下半身は天井から落下したであろう瓦礫によって押し潰され、下敷きになっている。

 

 

「おい……おいマシュ! 大丈夫か!」

 

 

急いで駆け寄って呼び掛ける。夥しい程の血が瓦礫の隙間から流れており、このままでは失血死してしまうだろう。

 

 

「うっ……せん、ぱい…………よかっ、た……無事、だったんですね……」

 

 

ゆっくりとマシュが顔を上げる。

 

良かった。生きている。だが、虫の息で掠れた声を搾り出すその姿からもう長くないのは明らかだった。

 

しかし、そうだと嫌でも理解してしまっていても立香に諦めるという選択肢は無かった。

 

「しっかりしろ! 今助けてやるからな!」

 

 

瓦礫を持ち上げようと力を込める。しかし、爪が割れるほど踏ん張っても瓦礫はピクリとも動く気配を見せない。

 

当然だ。立香は魔術師ですらない普通の人間。こんな巨大な瓦礫を退かすようなスーパーパワーなど持ち合わせていなかった。

 

 

「………いい、です……助かりません、から。それより、はやく、逃げないと」

 

「くそっ!」

 

 

 

後輩と慕ってくれた少女一人すら救えない自身の無力さに悪態を付く。

 

 

「どうか、せんぱいだけ、でも……」

 

「馬鹿なことを言うな! 大事な後輩を見捨てられるかよ!」

 

 

自分のことなど放って逃げろと促すマシュにそう言って立香は何とかならないのかと脳を働かせ方法を模索する。

 

その時、カルデアスに変化が起こった。

 

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において人類の痕跡は発見、出来ません』

 

「……何だって?」

 

『危惧されていた第三次世界大戦の勃発、回避……核戦争による世界の荒廃、回避……しかし、しかし、しかし、人類の生存は、確認、出来ません。人類の未来は、保証、出来ません』

 

 

アナウンスが響き渡る。それは人類の滅亡、未来の破滅を告げる知らせだった。

 

 

「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……」

 

 

まるで煮え滾るマグマのような、燃え上がる灼熱のような朱色。それは明らかに異常であることを物語っていた。

 

世界が燃えている。人類が焼かれている。それは即ち――人理焼却。

 

 

「いえ、そんな、コト、より――」

 

 

突然後ろに壁が現れる。火が燃え広がるのを防ぐ為のセキュリティか何かだろう。この空間は完全に隔離されてしまった。

 

このままだと一酸化炭素中毒なり焼かれるなりして二人とも御陀仏である。

 

 

「……隔壁、閉まっちゃい、ました……もう、外に、は……」

 

「……みたいだね」

 

「どうしましょう、せんぱいが……」

 

「……ああ。やっちまったな」

 

 

声のトーンが沈む。しかし、瓦礫を持ち上げる手は力が籠ったままだ。

 

 

「申し、訳……ありません……」

 

「何だよ。マシュが謝る必要ないだろ?」

 

 

悔しそうに唇を噛むマシュ。それに立香は首を傾げる。

 

 

「だけど私のせいで……」

 

「いや、マシュのせいじゃない。俺が君を助けたいと思ったんだ。だからこれは俺が招いた結果だ。俺の自業自得さ」

 

「そんな……こと……」

 

 

少し瓦礫が動く。しかし、それだけ。そもそもマシュを抱えて密室となったこの部屋を脱出することはまず不可能だ。

 

 

「だけど俺は諦めない」

 

 

希望が無くても、確率がゼロどころかマイナスであろうとも、立香は諦めることを決して良しとはしない。泥水を啜ってでも命を擲ってでも自身の決断を否定しようとはしない。

 

それが彼の“信条”なのだから。

 

 

『コフィン内マスターのバイタル基準値に達していません。レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中……発見しました。適応番号48:藤丸立香をマスターとして再設定します』

 

 

するとカルデアスが動く。この予期せぬ事態に対処する為に。しかし、二人にはそのアナウンスは届いていない様子だ。

 

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』

 

「あの………せんぱい……お願いがあります」

 

 

するとマシュが口を開く。既に彼女は生きることを諦めていた。だけどまだ、未練が残っている。故に立香に嘆願する。

 

 

「てを、手を……握って貰って、良いですか?」

 

「え? ……分かった。そんなのいくらでも握ってやるから死ぬな」

 

 

一瞬困惑する立香だが、すぐに彼女の手を包み込むようにぎゅっと握る。その腕は細く、温かかった。

 

 

「あった、かい……」

 

 

柔らかな感触と仄かな熱が伝わる。マシュは安心したかのように微笑み、握り返す。

 

 

『レイシフト開始まで……3、2、1』

 

「ありがとう、ございます。これで未練が無くなりました」

 

「そんなこと言うな……大丈夫だ、マシュ。必ず助けるから」

 

 

諦めない。その意志の下、立香はマシュを見つめる。

 

この時、彼は気付かなかった。自身が無意識に知らぬ呪文を口ずさんでいることなど。

 

 

――素に銀と鉄。

 

――礎に石と契約の大公。

 

――祖には我が導師■■■■■・■■■・■■■。

 

――降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

――閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 

――繰り返す都度に五度。ただ、満たされる刻を破却する。

 

――――告げる。

 

――汝の身は我が下に、我が命運は汝の刃に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

――誓いを此処に。

 

――我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を殺す者。我は信条を尊ぶ者。

 

――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。

 

 

『全行程完了(クリア)。ファーストオーダー 実証を開始します』

 

 

そして、彼らは光に包まれる。

 

ここから運命(Fate)信条(Creed)の物語が始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――若い頃の私には自由があった。

 

――だが、気づかなかった。時間もあったが、無駄にしてしまった。 愛されてもいたが、無頓着だった。

 

――これらを理解するのに、私は長い年月を要した。だが、人生の黄昏を迎え、私は至福に包まれている。

 

――愛、自由、時間……かつて無価値に思えていたもの、それこそが私の原動力だったのだ。

 

――特に愛。愛こそ宝だ。

 

――愛しきもの……妻、子供たち、そして兄弟、姉妹。

 

――私たちを育み、常に疑問を投げかけてくる広大にして素晴らしき世界。

 

――そして我が妻ソフィア。

 

――その全てに、永久の愛を。

 

――エツィオ・アウディトーレ。

 

 

(……まったく)

 

 

地球でも宇宙でもない、果て無きだだっ広い虚空が広る世界。そこに一人の男が立っていた。

 

 

(()()()()眠っていたというのに、叩き起こすとはな。■■■とやらは随分と乱暴らしい)

 

 

普段の男ならば酷く困惑していたことだろう。ここはどこだ、自分は死んだはずだ、と取り乱していた。

 

しかし、男にそんな様子は無い。頭の中に叩き込まれた膨大な知識によって今の状況について総て把握したからだ。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

頭に響いてくる男か女か子供が老人も分からぬ不可思議な声。いや、まともな言語かも怪しい。男に理解出来るよう無理矢理翻訳されているようにも思えた。

 

その声の主は男を歓迎していた。この星の歴史に名を刻んだ英雄の一人として。最も男の存在は人類の歴史には一切記されていないが。

 

 

(“座”か。アルタイルは死後の世界など存在せずあるのは無のみだと言っていたが、そうでもなさそうだな)

 

 

星の意思、霊長の意思、世界の守護、抑止力、英霊、サーヴァント……随分と便利なシステムだと思った。しかし、然程驚きはしない。“かつて来たりし者”や彼らが作り上げた“秘宝”の存在を知っていれば当然だろう。

 

 

(しかし、生憎と私は“英霊”と呼ばれるような程のことは成し得ていないぞ)

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(使)()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(預言者……その言葉も懐かしい。しかし、私はメッセンジャーとなっただけで救世主などと大層な呼ばれようは……そうか、デズモンドは成し遂げたか)

 

 

言葉の真意に気付き、男から笑みが溢れる。名前しか知らない。顔も、いつの時代のどこのどのような人物なのかも、全く分からない。しかし、よく知っている。あの日、あの時、確かに心と繋がり、彼に総てを託した。

 

始まりはフィレンツェ、終わりはマシャフだった。四十年近くもの長き戦いの日々を思い出し、男は感慨深く思う。

 

 

(で、お前はまた私に戦えと? とっくの昔に引退し、枯れ果てたこの老い耄れに)

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()

 

(……みたいだな)

 

 

つまり全盛期の肉体を保っており、老衰とは無縁だと。男もそれは理解していた。先程から身体が軽く、精神も若返ったような気分だった。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(……そうか。戦いを強いる、か。束の間の安息だったな)

 

 

男は溜め息を漏らす。

 

結婚し、家族ができ、農家として働く。平穏以外の何者でもない幸福な生活。最後の最後でそれを掴み取った。そして、自身が生まれた故郷で愛する家族に囲まれながらこの世を去った。漸く、漸くだ。男は安らかな眠りに就いた。

 

しかし今、再び剣を取れと声の主は命じる。そして、それはきっと拒絶出来ぬことなのだろう。

 

 

(まあいい。英霊として戦ってやろう。だが、俺が信じ、重んじるのはアサシンの信条だ。決してお前の言いなりにはならぬ)

 

 

男は承諾する。戦うことには慣れている。強いられることにも。

 

但し、条件付きだ。死んだ身である己を叩き起こし、姿も見せず語りかけてくる得体の知れぬ存在においそれと従う気は微塵も無かった。

 

 

――()()()()

 

 

声の主はあっさりと了承する。感情を一切感じさせぬ無機質な声で。

 

 

(しかし、私のような者を英霊に招き入れるとは物好きな奴だ。それに正義の為とはいえ暗殺者は果たして英雄と言えるのか)

 

 

むしろ英雄とは真逆。かけ離れたものだと男は思う。例え数多の武勇や偉業を残していようとも我らは影の存在だ。表舞台で活躍する英雄とは違うと。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(“冠位”だと? ふん……そんなものに興味は無い。死んでいるのに階級などに拘る必要性は皆無だ)

 

 

生前は“大導師”という高い地位には着いていたが、影の存在となったその日から男は名誉も栄光も必要としていなかった。死後であるなら尚更だ。

 

 

(第一、私よりも優れたアサシンはいくらでも居るだろう。かのアルタイルが生まれる遥か昔から戦ってきた偉大なる先人達が)

 

 

クセルクセス王を暗殺した者。

 

アレクサンドロス大王を暗殺した者。

 

秦の始皇帝を暗殺した者。

 

カエサルを暗殺した者。

 

クレオパトラを暗殺した者。

 

かつて、そんな偉業を成し遂げ、伝説を作った先人達の証を巡り廻った男にはよく分かっていた。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

イタリアの教団を復興させた。多くの弟子を取り、一流に育て上げた。強大な力を持っていたボルジア家を倒し、最終的にはヨーロッパ全域をテンプル騎士による支配から解放した。預言者としての使命を果たし、間接的にとはいえ人類を救った。

 

そして、

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

声の主は男を称賛する。たった一人で数千の軍勢を傷一つ負わず殺していく男の映像をホログラムのように映しながら。

 

 

(……最強、か。確かにそう云われていたこともあったな。どうやら御宅は随分と私を高く買っているらしい)

 

 

しかし、その声質に感情など一切籠っていないため男は別に嬉しくも何ともなく、懐疑的な眼をする。

 

 

――()()()()()()()()()()()()

 

 

すると声の主は脈絡も無く話を変えてそんなことを告げる。

 

 

(ほう……それは随分といきなりだな。起きたばかりなのだが?)

 

 

曰く、死んでから数百年もの年月が過ぎているらしいが、男にとっては眠りに就いてからすぐに目覚めたような感覚だ。

 

すぐに駆り出すくらいなら事前に起こして説明してもらいたかった。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……何があった?)

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そして、告げられたのはあまりにも衝撃的な事態を表すものだった。

 

 

(なっ……!? 馬鹿な。人類の危機はデズモンドが解決したのではないのか?)

 

 

唖然とする男。人類を滅ぼす大いなる災いは回避されたのではなかったのか。しかも声の主の口振りから察するにその人理焼却とやらは既に行われてしまっている模様であり、とてもじゃないが男が対処出来る事態ではないように思える。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

相変わらず無機質な声だったが、どことなく焦りの感情が見え隠れした。男は一転、神妙な面持ちとなる。

 

 

(成程。それは確かに人類にとって未曾有の危機だな……しかし、人為的なものだと? そんなことが可能な存在が居るというのか)

 

 

そして、それを倒せと。

 

はっきり言って無茶振りも良いところである。そもそも与えられた知識ではそういう危機には抑止力というものによって未然に防がれるはずだ。

 

つまり人理焼却とやらの黒幕は抑止力による妨害を潜り抜ける術を持つか或いは通じない程の強大な存在だということだ。

 

それとも抑止力自体が何らかの要因で機能していないか。どちらにせよ英霊とはいえ一介の人間である男一人では荷が重い。

 

無論、それは声の主も理解していた。故に男に更なる知識を授ける。

 

 

「……! カルデア……そして、人類最後のマスターか……そいつが私を呼んでいると?」

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……そうか」

 

 

またしても男は溜め息を漏らす。

 

家族を殺され、アサシンとなり、仇であるボルシアを倒し、アルタイルの宝物庫を探し求め、顔も知らぬ未来人にメッセージを伝え、総てを終えて安からな最期を迎えたかと思えば次は人類の救済……改めて波乱に満ちた人生だと自覚する。

 

しかし、断る理由などあろうか。

 

 

「良いだろう。この“エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ”。カルデアのマスターと共に焼却された人理を修復し、黒幕を暗殺する」

 

 

その眼に迷いは一欠片も粉微塵も無い。

 

人に永久の愛を。アサシンとしての使命よりも人間としての正義感よりも何よりも、そう謳った者が人類の滅びを看過するはずがなかった。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()() ()()()()

 

 

どこか嬉しそうに声の主が言うと、男は光に包まれ、飛び立つようにこの場から消える。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

loading.....

 

 

BEASTー1による歴史の改変が実行されました。

 

動作確認.....システムに異常無し。正常に機能しています。

 

観測中.....人類が存在していたであろう時代は99.999%確認出来ません。同時に七つの特異点を観測。BEASTー1は目論見通りPoEの分配を終了したと認識します。

 

これより“PROJECT FATE”を始動。

 

“杯”によるバックアップ120%.....アブスターゴデータバンクから七人の英霊を召喚。各特異点に配置します。

 

 

フランソワ=トマ・ジェルマン、成功。

 

 

ロドリゴ・ボルジア、成功。

 

 

バーソロミュー・ロバーツ、成功。

 

 

クロフォード・スターリック、成功。

 

 

ジョージ・ワシントン[オルタ]、成功。

 

 

アル・ムアリム、成功。

 

 

カイン、成功。

 

 

第一段階、異常無く成功。これより第二段階に移ります。アブスターゴ本社の復興及びデータ復元を開始。現在30%.....

 

――報告。人理継続保障機関フィニス・カルデアの存続を確認。

 

審議中.....破壊価値無し。利用価値有りと判断。放逐して構わないと結論付ける。

 

異常無し。プランを続行する.....

 

 

 

Delete... Delete... Delete...



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memory.01 降り立つ鷲

フルシンクロ条件:エアアサシンで暗殺する。


 

 

君は天才といえば誰を挙げるか。

 

将としての天才であれば多くの人がローマ史上最悪の敵と名高く今も尚、その戦略が参考にされているカルタゴの雷光、ハンニバル・バルカと答えるだろう。

 

軍師ならば三国志の諸葛亮や司馬懿、発明家ならばアルフレッド・ノーベルやニコラ・テスラ、哲学者ならばアリストテレスやプラトン、ヘラクレイトス、更に万有引力のアイザック・ニュートンや相対性理論のアルベルト・アインシュタイン、三平方の定理のピタゴラス等と天才と称される者は歴史上において数多く居る。

 

天才とは何も頭脳だけではない。多くの武勇をあげた英雄達も戦いの天才と言えよう。

 

あのアドルフ・ヒトラーも演説においては天才的な才能を発揮している。このようにあらゆる分野において天才は存在し、それを総て挙げようとすればキリが無い。

 

 

「この数式はこうして……よし解けた」

 

 

しかし、“万能”の天才は誰かとなれば誰も彼もが一人の人物を挙げることだろう。

 

彼……否、今は彼女か? まどろっこしいので男女両方を指す彼の方で呼ぼう。

 

科学的な要素と魔術的な要素が入り雑じった独創的な工房にて。彼は最新型とされるノートPCの画面をジッと見据えている。

 

彼の生前の時代には無かった超技術から生まれた代物のはずだが、天才である彼には関係無く、手慣れた様子でカタカタとタイピングをしていた。

 

 

「お、これは……液晶画面から呪いを仕掛けてくるとは。魔術も随分とデジタルになったものだ。直で見てたら脳が汚染されていたね。眼鏡を改造してて良かった良かった。流石は私……はい、解けた」

 

 

その近くにはより高性能な大型のPCがある。にも関わらず彼は自前のノートPCを使っていた。

 

理由は一つ。今、彼が調べていることを彼の居る機関(カルデア)に知られない為だ。

 

 

「おお、こりゃ随分とおぞましいトラップだ。見た人間を問答無用で発狂させるって訳か……余程見られたくないんだねぇ」

 

 

来るべき日に備えて彼は情報を、技術を集めていた。この世界に蔓延るありとあらゆる“秘密”を解き明かそうとしていた。それはリーマン予想なんかよりもずっと難解で自殺行為に等しいことである。

 

 

「――ですが、“リンゴ”の中身と比べれば遊戯に等しい。万能である私を舐めないでください」

 

 

しかし、彼には可能である。既にリーマン予想は一年で解き明かした。世界の真理を何度か垣間見た。その気になれば“根源”にすら行き着くことも容易い。

 

現代に蘇った世紀の大天才はにやりと笑みを浮かべ、この世界の支配者のネットワークへとどこまでも潜入する。

 

 

「はい解けた。このダヴィンチちゃんに掛かればお茶の子さいさいさ!」

 

 

何重にもあるトラップ。既に千は越えていた。それを一つ一つ数秒の間隔で解いて行く。だが、未だに断片的な情報しか集まらない。

 

 

「遊星“V”? 文明の破壊者……ふん。そんな先の話には興味無いよ。未来(さき)の危機よりも現代(いま)の危機だ。未来は未来で別の誰かがやってくれる。過去(まえ)は愛しい人とデズモンド・マイルズがやってくれたように」

 

 

世界の真理と呼ぶに相応しい膨大な知識。その中には彼が探し求めるものよりもずっと重要なこともあったが、彼はデータの保存こそすれど悉くスルーする。

 

 

「よし、これも解けた。けどまだ足りない。もう少し……もう少しだ……」

 

 

万能は目を鋭くし、凄まじい速度でキーボードを押す。彼も総てを解き明かすことが時間的に無理だと理解している。故に出来るだけ多くのデータを吸い出そうとしていた。もはや一刻の猶予も無いのだから。

 

 

「さあ、君達がカルデアを利用して何を企らんでいるか教えてくれよ。テンプル騎士団」

 

 

そして、“人理編纂”と“異聞帯”という単語が記されたファイルをコピーする途中で彼のPCがショートし、画面がブラックアウトした。

 

――タイムオーバー。たった今、世界は焼き払われてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 

目を覚ますと視界に広がるのは地獄絵図、世紀末と称するに相応しい()()だった。

 

空は赤く染まり、ビル群は燃え、瓦礫が散乱し、草木一本生えない荒れ果てた大地、右も左もそんな光景で埋め尽くされた場所で立香は立ち尽くしていた。

 

 

「確かカルデアが爆発して……そうだ! マシュはどこに――」

 

「フォウ!」

 

「ん? お前は……えっと、フォウだっけ? そうか。お前もあの場に居たんだな」

 

 

すぐ近くには自分になついている白い謎生物の姿が。相変わらず変わった鳴き声を発し、立香の膝に頬擦りするその愛くるしい風貌や仕草は世紀末なこの場にあまり似つかしくはない。

 

 

「カルデアの外って雪山だったよな……それに、ここは日本か? 街並みに見覚えはないが……神戸辺りかな?」

 

燃える建物や街の外観からこの場所は日本、或いはそれによく似た地域だと判断する立香。あの遠くから見える橋など以前に観光に訪れた時に見た神戸大橋によく似ている。あくまでも似ているだけなのだが。

 

 

「しっかし何でこんな所に……ああもう、訳が分からん。マシュとロマンは無事なのか?」

 

 

カルデアはどうなってしまったのか。この街は何故燃えているのか。ここに自分が居るのは何故か。そもそも管制室が爆発した原因は何なのか。溢れ出る疑問に頭の中がこんがらがってしまう。

 

そして、可愛い後輩とゆるふわなドクターの安否が何よりも気掛かりだった。特に後輩は死亡してしまった可能性もある。立香としては生きていると信じたいが、あの傷ではもう……。

 

 

「いや、マシュは生きている。きっと」

 

 

ネガティブな思考を振り払い、立香は辺りを見回す。

 

 

「……とりあえず人が居ないか探すか」

 

 

内心かなりテンパっていたが、何とか心を落ち着かせ立香は歩き出す。ジッとしているよりも生存者や安全な場所を探す方が先決だと判断したからだ。

 

 

「GURUUUUUUUU……」

 

「……え?」

 

 

そして、誰かと会うのに歩き出して一分も掛からなかった。しかし、残念ことにソレは人間ではなく、唸り声をあげる骸骨のような剣士――ゲームや漫画において一般的にスケルトンと呼ばれる異形だった。

 

呆気に取られる立香。暫し目と目を合わせ……否、スケルトンに目玉など存在しない。

 

 

「あ、あはは……ど、どうも、今日も良い天気でございますね……」

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

スケルトンは雄叫びをあげて立香へと飛び掛かり、西洋風の剣を振るう。

 

 

「やばっ 逃げるぞフォウ!」

 

「フォーウ、フォウ!」

 

 

斬られるギリギリで何とか飛び退くことで回避した立香は慌ててスケルトンから背を向け、駆け出す。

 

あれは自分よりも強いだろうし、何よりも武器を持っている。ならば戦わず逃げる方が生存確率があるだろうと判断した。

 

当然、スケルトンは獲物を逃がすまいと追い掛けてくる。しつこく追ってくるが、脚力自体は人と比べても並み程度らしく、徐々に距離を離して行く。

 

これならば逃げ切れるだろうと立香は笑みを溢すが――。

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「げっ!? こっちからも!?」

 

 

しかし、スケルトンは一体ではなかった。逃げる立香の正面から槍を持った個体が現れる。

 

 

「畜生! 一か八かやってやるか!」

 

 

このままでは挟み撃ちになってしまう。ならば仕方無いと立香はグッと拳を作り、応戦しようとするが――。

 

 

「――たぁっ!」

 

 

それよりも先に黒い何かが横切り、視線の先に居たスケルトンの頭部が粉々に砕け散った。

 

何が起こったのか、そう考えるよりも先に今度は背後から来ていたスケルトンの骨が粉砕される音が響く。

 

恐る恐る立香が振り返ってみると――。

 

 

「先輩! 無事ですか!」

 

「マ、マシュ……!? 」

 

 

そこには探していた後輩、マシュ・キリエライトが立っていた。

 

しかし、歓喜と同時に疑問が出る。何故なら先程の彼女と違って眼鏡を掛けておらず、大きな黒い盾を持っていたからだ。それに露出度の高い水着のような服、男にとって目のやり場に困る格好をしている。

 

 

「その姿は……?」

 

「詳しい話は後にしてください。とりあえず今は私の後ろで伏せていてくれませんか」

 

「え?」

 

 

するとまるで餌の匂いを嗅ぎ付けた野良犬のように数体のスケルトンが立香とマシュを取り囲むように姿を現す。

 

 

「わ、分かった」

 

 

マシュの言う通りに彼女の背後まで移動し、身を小さくする。女の背中に隠れるというのは男としては屈辱的なものであったが、命には変えられないし、自分が動いても却って足を引っ張るだけだ。

 

立香は本能的にマシュと自分との実力差を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……一先ずは片付きましたね」

 

 

そして、数分後。大量のスケルトンだった骨の残骸の中央でマシュは額から垂れる汗を腕で拭う。

 

 

「良かった。先輩もフォウさんもご無事なようで何よりです」

 

「あ、ああ。こっちもマシュも無事で良かったよ……ほんと」

 

 

生きていてくれた。瓦礫によって潰された傷が消えていることや雰囲気が少し変わったことなど疑問は多々あるが、それらを考えるよりも立香はまず安堵する。

 

理解し切れぬ事態の数々にパニックになりそうだったが、彼女の無事という事実だけでかなりストレスが和らいだ。

 

 

「けどマシュってこんなに強かったんだ。あんなあっという間に倒しちゃうなんて魔術って凄いな」

 

 

華奢な体つきにも関わらず自分の身長よりも大きな盾を軽々と振るい、スケルトン達を蹴散らすその姿に立香は感心する。

 

大半のゲームで雑魚キャラとして浸透している骸骨剣士。しかし、その力はそこらの大人よりはずっと高いはずだ。それをいとも容易く倒してしまうとは魔術師というだけあって強いのだと立香は後輩の認識を改めた。彼女の持つ盾も魔術による代物なのだろうか。

 

 

「いえ。元々の私はここまで強くはありませんでした。むしろ運動は苦手です。逆上がりも出来ませんでした。それに魔術も今は使っていません」

 

「え? そうなの?」

 

 

思考しているとマシュからその考察が大きく外れていることを告げられる。

 

魔術を使ってないとしたら素の力? しかし、前述の運動が苦手という言葉に矛盾する。ならば一体……?

 

 

「はい。私からすればエネミーから上手く逃げ回っていた先輩の方が凄い運動神経だと思います。もしかして外だとアスリートか何かだったのですか?」

 

「え? いや、違うけど……」

 

「それではトレーニングが趣味なのですか?」

 

「それも違う。別に特別なことはしてないよ……あ、マシュの力についてだけど魔術じゃないとしたらもしかして今の痴女みたいな格好をしているのが関係しているの?」

 

「ちじょっ!? は、はい……ご明察です。私はデミ・サーヴァントとなったのです」

 

 

痴女呼ばわりされたことに若干ショックを受けながらもマシュは言葉を続ける。

 

 

「デミ……? それにサーヴァントってまさか――」

 

『ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?』

 

 

首を傾げると同時に、通信が入った。その男の声には聞き覚えがある。

 

 

「ロマン!」

 

『その声は立香君! 生きていたんだね!』

 

「ああ、ロマンこそ無事で何よりだ」

 

 

するとロマニの姿がホログラムとして現れる。随分とハイテクだなと思いながらも立香は喜ぶ彼に同調する。

 

 

「Dr.ロマン。こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在“特異点F”にレイシフト完了しました。同伴者は藤丸立香一名。心身共に問題ありません。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。藤丸立香を正式な調査員として登録してください」

 

(……特異点F?)

 

『ああ、マシュ、君も無事で……ってマシュ!? その格好はどういうことなんだい!?』

 

 

今の自分達の状況を早口で伝えるマシュ。しかし、ロマニはその報告よりも彼女の服装に目が行った。

 

 

『破廉恥過ぎる! 僕はそんな子に育てた覚えは無いぞ!』

 

「ドクター、私の状態をチェックしてください。それで状況は理解していただけると思います」

 

『君の身体状況を? お……おお、おおおおおおおお!? 身体能力、魔力回路、総てが向上している! これじゃ人間というより――』

 

「はい。サーヴァントそのものです」

 

「えっ!? サーヴァント!?」

 

 

マシュの告げた衝撃的な事実に立香は目を見開く。サーヴァントとは過去の英霊であるはずだ。つまりマシュはあの時実は死んでしまったということだろうか。

 

 

「経緯は覚えていませんが、私はサーヴァントと融合した様です。恐らく先程の爆発でマスターを失い、消滅する運命にあった。ですが、その直前彼は契約を持ちかけたのです」

 

 

そして、続けて話す言葉にその推測が杞憂だったと判り、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

『英霊と人間の融合……“デミ・サーヴァント”。カルデア6つ目の実験だ。そうか。漸く成功したのか。それで君は一命を取り留めたのか?』

 

「そういうことです。私を助けてくれた英霊の自我は融合したと同時に消滅したみたいですが」

 

「……成程。さっぱり分からん」

 

 

つまり人間とサーヴァントが融合したのがデミ・サーヴァントという奴なのだろうか。否、言葉の意味的にもきっとそうなのだろう。それでマシュは一命を取り留めた。

 

そして、自身も助かった。マシュと融合してくれた英霊には感謝しても仕切れない。命の恩人だと立香は思った。

 

 

「とりあえず説明してくれないか? こっちは説明会を追い出された一般人なんだ。改めて詳しく何がどうなったのか何をすればいいのか教えてくれ」

 

『ああ。分かった。今動けるのは君達しか居ないみたいだしね。まずは特異点のことから――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬木大橋。

 

この冬木市の観光名所でもある百mを越えるダブルアーチ型の鋼橋だ。普段ならば多くの車や人が行き交っているが、現在は人の気配など一切無く変わりに異形の怪物達が蔓延っていた。

 

 

「……ふむ、少し離れた場所に召喚されたか」

 

 

その天辺。アーチとなった鉄骨の上にバランスを全く崩すことなく、一人の男が立っていた。

 

 

「マスターは……他のサーヴァントとも契約しているな。一番乗りではなかったか。共に行動しているようだし、急がずとも平気なようだ」

 

 

瞳を金色に輝かせ、遥か数㎞もの距離に居る二つの“光”を見据える男。すぐ下に居る異形達は彼に気付いていない様子だ。

 

 

「しかし、聖杯(カリス)か……アルタイルの写本によればその正体はアウダという女だったはずだが」

 

 

与えられた知識の数々。万能の願望器。戦争という名のバトルロワイアル。七つのクラス。サーヴァント……喚ばれた挙げ句に奴隷(Servant)扱いというのは少しイラッとしたが、彼ら(魔術師)からすれば使い魔といった意味合いなのだろう。どちらにせよ気に食わぬが。

 

 

「まあ、召喚したのはきちんとカルデアのマスターのようだな……聖杯を介するとはどうやったのか気になるが、後で直接聞けば良いか」

 

 

そして、次の瞬間にはすぐ下の車道に移動していた。目と鼻の先、呼吸すれば息が届く程の距離に居ても異形達はまるで見えていないかのように跋扈している。

 

否、実際に彼らの眼中には入っていない。意識から完全に外れていた。

 

 

「こうも気付かぬとはな……ふむ、もう少しビューポイントを探すついでに、肩慣らしでもしておこうか」

 

 

そう言うと男は右手の籠手から鋭い短刀を射出するように伸ばし、近くに居たスケルトンを殴った。

 

ゴンッという鈍い音と共にスケルトンの首が宙を舞い、追い打ちとばかりに男が蹴り飛ばすことで胴体もバラバラに散らばる。

 

同時に、他の異形達はやっと男の存在に感付き、戦闘態勢を取った。

 

 

「GURUUUUUUUUUU……」

 

「人とは違う敵というのは存外やりづらいが……ハンデとしては悪くない」

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

異形が一斉に襲い掛かる。

 

しかし、男は落ち着いた様子で剣を抜く。多勢に無勢。そんな状況、彼は幾度と無く経験してきた。

 

 

「生まれてきた地獄に帰るがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……つまり2016年以降の人類の未来が無くなっててその原因が2004年のこの冬木?って街に発生した特異点って奴で同年に起きた聖杯戦争ってのに何か理由があると睨んで歴史を狂わせた原因を探そうとしていた訳?」

 

『ああ、その通りだ。大体合ってる』

 

「凄いです。先輩って理解力が高いんですね。ちゃんと話を聞いていれば」

 

「はは……まあね」

 

 

一度の説明で事の顛末を大体把握する立香。かなりスケールの大きな話で自分達が如何にピンチであるか、よく理解した。

 

西暦2004年、この冬木と呼ばれる地方都市では聖杯戦争という七人の魔術師と七騎のサーヴァントが万能の願望機を求めて殺し合う儀式をしていたらしい。

 

殺し合いが儀式とは随分とロクでもないものだと立香は思ったが、彼の記憶だとこのような都市一つが丸々燃えるような火災が日本で起きたという記憶は無い。幼少の頃とはいえここまで大規模な災害ならニュースで取り出されて少しは印象に残るものだが。

 

 

『過去に冬木で行われた聖杯戦争でこのような災害が起きたという話は聞いていない。恐らくこれが特異点による影響なのだろう』

 

「……成程」

 

『あ、そろそろ通信が出来なくなってしまう。少し無理をし過ぎたか』

 

「え? やばいじゃんそれ」

 

『ここから2㎞程移動した場所に霊脈の強いポイントにあるはずだ。そこに着けば通信も安定する。今座標を送る。こちらも出来るだけ早く電力を――』

 

 

プツン、と通信が切れる。

 

 

「……切れてしまいましたね」

 

「あらま……」

 

「幸いにも座標のデータは無事に送られました。霊脈のポイントへ向かいましょう」

 

「おっけー。ここに居ても仕方無いしな」

 

 

それなりの距離だが、遠くもない。ロマニが送った座標の方角へと二人は歩き出す。

 

 

「しかし、改めて見ると本当に酷い有り様だよなぁ……実は人類もう滅亡してたりして。まるで映画のバイオハザードみたいだな」

 

「……その、笑えませんよ先輩」

 

「え? あ、いやジョークだよジョーク」

 

「冗談ならもっとホワイトなのにしてください。嘘から出たまこと、という言葉もあるんですから。確か日本の諺でしたよね?」

 

「ははは。それはすまない」

 

 

人類の滅亡。マシュは悪い冗談だと言うが、立香からすれば少なからず本気だった。

 

どうやら彼女には聴こえてなかったようだが、カルデアスは人類は既に滅亡しているということを告げていた。立香は確かに聴いた。その淡々と破滅を告げる機械的な声が脳裏に焼き付いていた。

 

故に人類は既に滅亡しているという最悪の事態を予測していた。

 

 

(言った方が良いんだろうか……いや、一先ずは特異点解決が優先か)

 

 

ロマニやマシュにカルデアスが言っていたことを教えようか考えるが、現状でさえ立香は理解と思考が追い付けていないのに二人までパニックになられては困る。

 

報告するのは特異点で人類滅亡の原因を突き止めてからでも遅くはないだろう。

 

 

「? 先輩どうかしました?」

 

「え? いや、何でもないけど……どうかしたの?」

 

「いえ。ボーッとしてらしたので……目的地まで少し時間が掛かると思うので気を紛らわす為にもどうです? コミュニケーションでも」

 

「成程……うん。良いね。そうしよう」

 

 

確かに二人はまだ出会って一日と経っていないし、深交を深める為にもコミュニケーションは大事だろう。

 

ということで道中、目的地へと足を急ぎながらも立香とマシュは他愛の無い雑談を交える。

 

時節スケルトンを筆頭とした敵性生物(エネミー)が襲ってくるが、サーヴァントとなったマシュからすれば群れで来ても大した相手ではなく、然して苦戦することなく撃退していく。

 

 

「さて、この辺りですよ先ぱ――」

 

 

「きゃあああああああ!!」

 

 

「「!?」」

 

 

そして、数十分歩き続け目的地へと近付いてきたその時、突如として甲高い耳を劈くような悲鳴が響き渡った。

 

 

「叫び声……?」

 

「女性の悲鳴です! 行ってみましょう先輩!」

 

 

人など居ないと思っていた二人は驚いた様子で声がした方角へ向かう。

 

 

「何でよ……何で私ばかりがこんな目に遭うのよ! もうっ、誰か助けてよ!」

 

 

声がしたのは奇しくも目的地と同じ地点だった。そこには一人の少女が腰を抜かしており、その目の前には複数のエネミーが餌を前にした猛獣のように唸っていた。

 

そして、その少女の容姿には心当たりがあった。

 

 

「まさか生存者が……ってあの人はもしや?」

 

「……オルガマリー所長?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来事はいつも突然だ。理由は後になってから気付く。

 

そして、大抵は総てが手遅れになる。少女が最初に感じたのは生まれて一度も味わったことのない凄まじい熱さだった。

 

肌が焼かれ、皮膚が溶け、骨が砕け、細胞一つ一つが潰されていく苦痛。ほんの一瞬であったが確かに感じ取り、断末魔をあげる暇も無く少女の意識は途絶えた。

 

 

「ああもう! 何でこいつら、執拗に私ばかり狙ってくるのよ!?」

 

 

しかし、気が付けば跡形も無くなったはずの肉体はこうして残っており、全くの無傷であった。

 

視界に広がるのは炎上する都市という地獄のような光景。当初少女は本当に死んで地獄へやって来たのだと思ったが、調べてみればここは“特異点F”だった。

 

生きている、自分は生きている、その事実にカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアは飛び上がり歓喜した。

 

 

「こんな所で死ぬなんて絶対に嫌よ!」

 

 

だが、喜ぶのも束の間、無数の異形の群れが襲ってきた。オルガマリーは優秀な魔術師だ。故にこの程度の異形相手に身を守り、倒す術を持っているが、何分数が多過ぎる。

 

ならば逃走を図るもヒールを履いた肉体的な鍛練など微塵もしていない魔術師に追い付くことなど異形にとっては赤子の手を捻るよりもずっと容易なことであった。

 

故にあっという間に取り囲まれ、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「ヒイィッ!?」

 

 

異形が剣を構え、一斉にオルガマリーへと飛び掛かる。避けることなど到底出来るはずもなく哀れにも彼女の身体は剣山のようになる――。

 

 

「GYAoO!?」

 

 

ことはなかった。

 

 

「へ?」

 

「大丈夫ですか? 所長」

 

「あ、あなたはマシュ! 無事だったの……ってその格好はまさか!」

 

「話は後です。先輩と一緒に隠れててください」

 

 

異形の首が宙を舞った。目の前に居るのはAチームのメンバーとして同行する予定だったマシュ。しかし、今の彼女はオルガマリーの知る姿とは異なっていた。

 

 

「せ、先輩って……あ! あなた!」

 

「うっす。ご無沙汰しています……って程でもないっすね」

 

 

そして、自身の隣へ駆け寄ってきたのは説明会の時にあろうことか居眠りをした挙げ句、文句を言ってきて補欠送りとなった48番目のマスター候補生。

 

 

「一般公募の藤丸! 何であなたが!」

 

「いやー色々とありまして……」

 

「色々って……なっ!? その手の甲の紋章は!?」

 

 

頭を掻く立香の手を見てオルガマリーは目を見開く。

 

 

「え? ああ、これは令呪って奴で――」

 

「そんなのは知ってるわよ馬鹿にしないで! まさかあなたマシュと契約しているの!?」

 

「あ、はい」

 

「嘘よ! サーヴァントは一流の魔術師でしか契約出来ないのよ!」

 

 

否、強化魔術しか使えないへっぽこ魔術使いでも魔術の才能皆無なワカメでも自称芸術家の殺人鬼でも契約すること自体は可能だ。

 

 

「なのに一般人で補欠の奴がマスターになれるはずがないわ! あなたこの子にどんな乱暴を働いて言うこと聞かせたの!?」

 

「えぇ……すんごい誤解。普通に俺しか居ないから契約したんすよ。後そういう差別やめてくれません?」

 

「はぁっ!? Aチームや他のメンバーはどうしたのよっ!?」

 

「えっとその……少なくとも管制室に居た人達は爆発でもうお亡くなりに……ってあれ? 所長さんは何で生きてるの?」

 

「私が聞きたいくらいよ! ってそんな……Aチームが全滅だなんて……レフは、レフはどうなったの!?」

 

「あの緑の人も管制室に居たなら多分……」

 

「嘘。そんなぁ……レフぅ……」

 

 

嘆き悲しむオルガマリー。それを見て立香はそういえばこの人はレフ・ライノールという人物を全面的に信頼していた様子だったなと思い出す。

 

 

「しかし、ヒステリックな人だったんですねマリー所長」

 

「誰がヒステリックですって!? 人が悲しんでるんだから空気読みなさいよ! 後マリーって呼ぶな! 何で私の愛称を知ってるのよ!?」

 

「ロマンが言ってた」

 

「はぁっ!? 何であいつのこと……さてはサボってたわねあの軟弱男!?」

 

「まあまあ、落ち着いてくださいよ所長」

 

「あなたねぇ……!」

 

 

「あの、すみません。口論はそれくらいにしていただきたいのですが……」

 

 

激しく……と言ってもオルガマリーが叫んでいるだけだが、揉める二人をマシュがおろおろとした様子で竦める。その周囲には倒された異形だったものが転がっていた。

 

 

「……コホン。ごめんなさい。見苦しい所を見せたわね」

 

 

すると一転。恥ずかしそうに顔を朱色に染めたかと思えば咳払いし、オルガマリーは落ち着いた雰囲気を放ち出す。もはや手遅れなのだが。

 

 

「マシュ、終わった?」

 

「はい。戦闘、終了しましたマスター」

 

「あれ? 先輩呼びじゃないの?」

 

「先輩と私は契約したマスターとサーヴァントという関係。ならば戦闘時や指示を受ける時はマスターと呼ぼうかと……嫌でしたか?」

 

「え、ああ、うん……いちいち呼び方を変えられると混乱するし、先輩の方で呼んでもらった方がその、癒されるし」

 

「癒される……? よく分かりませんが、後輩萌えという奴ですね。了解しました。先輩がそういうのであればこれからは如何なる時も先輩と呼ばせてもらいます」

 

「ほんと? やったー」

 

「喜んでもらえて何よりです」

 

 

「な、何よ……いつの間にそんな仲良くなってるのよあなた達……」

 

 

二人の和気藹々な会話にオルガマリーが思わず呟く。カルデアにて言葉を交えていたのは知っていたが、まるで本当に先輩後輩かのようなその様子に動揺を隠せない。

 

自分は人一人と友好的な関係を結ぶことすら最低でも数日は掛かるし、人間関係に難儀しているというのに。オルガマリーは少しばかり羨望を抱く。

 

 

「もしかして本当に無理矢理契約させられた訳ではないのかしら?」

 

「はい。むしろ私の方が強引に契約を結んだのです」

 

 

マシュは管制室での一件のことを出来るだけ詳細に説明する。

 

 

「成程……あなた達がこの街に居る経緯はよく分かったわ。コフィンに入ってない私達だけがレイシフトに成功した訳ね」

 

「それは……つまり他の適合者は……」

 

「ええ。この場には居ない。藤丸の話だと爆発で死んだらしいけど……」

 

 

ジッとオルガマリーは立香を見つめる。先の口論もあり、彼のことをすっかり敵視していた。

 

 

「うーん……さっきはああ言ったけどそのコフィンって奴の中身は見てないからなぁ……凄い爆発だったけど所長とマシュは生きてるし死体も何個かしか見てないし意外と生存者は居るかも……」

 

「そう。しかし、生存者が居たところで無傷なはずがないし、結局は私達だけで特異点の修正をしなければならないわね」

 

 

苦虫を噛み潰したような表情するオルガマリー。48人のマスターと共に特異点を修正するという当初の計画は完全に破綻していた。

 

 

「そもそも爆発を起こしたのは何者なのよ。まさか内部にスパイが居たっての? となると彼らが……いや、こんなの何のメリットも無いし、彼らはテロリストじゃないんだからこんな方法は取らないわね」

 

「? ところで所長。私達はカルデアの通信を繋ぐ為に霊脈の強いポイントを探していたのですが……」

 

「あら、そうなの。それじゃ早くやってちょうだい」

 

「……そのポイントは所長の真下なんです」

 

「え?」

 

 

何やらブツブツと独り言を言い始めるオルガマリーの足下のすぐ底に豊富な魔力(マナ)が流れる霊脈が存在する。そのことをマシュが指摘するとオルガマリーは呆気に取られた表情を浮かべ、慌ててそこから退いた。

 

 

「と、当然! 分かってたわよ!」

 

(あっ 知らなかったなこの人……)

 

 

先程のヒステリックな叫びといい、色々と残念な人だと立香は苦笑いする。それを他所にマシュがポイントへ盾を置き、オルガマリーがそれを触媒に召喚サークルを形成した。

 

 

『もしもし、こちらカルデア、聞いてるなら誰か至急応答してくれ……お、通信が復活した。無事にポイントへ到着したみたいだね立香君』

 

「その声……ロマニ? 何であなたがそこに居るのよ」

 

『ウェッ!? 所長っ!? 生きてたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷ってどんだけ!?』

 

「……どういう意味かしら」

 

 

オルガマリーを見るなりロマニはぎょっとした様子で驚愕し、取り乱す。対するオルガマリーは苛立ちからかヒクヒクと口角を痙攣させる。

 

 

『いや、だって有り得ないでしょう常識的に考えて……もしかして所長はターミネーターとか……』

 

「殺すわよ? というか何故あなたが仕切ってるの? 普通ならレフが指揮を取るはずでしょ。医療部門のトップが何故その席に居るの?」

 

 

ロマニの階級は上から数えた方が早いものだが、あくまで医療部門のトップに過ぎない。管制室で指揮を取る立場になることなどまず有り得ないとオルガマリーは訝しむ。

 

 

『えっとそれは……何故、と言われると僕も困ります。自分でもこんな役目は向いていないと自覚しているし。でも他に人材がいないんですよ』

 

 

そして、その言葉を聞いた瞬間。所長はみるみる血の気が引いていく。

 

 

「嘘……じゃあ本当にレフは……」

 

『察しの通りです。現在、生き残ったカルデアの正規スタッフは僕を入れて20人に満たない。僕が作戦指揮を任されているのは僕より上の階級の生存者がいない為です。レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を取っていたから恐らく――』

 

「……あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的という訳ね」

 

『はい。何故か所長は生きてましたけど。というかあまり動揺しませんね。いつもの所長なら持ち前のヒステリックを発揮して――』

 

「ロマニ、あなた戻ったらしばき倒すから……けどまあ、確かに藤丸の奴が管制室の有り様を教えてくれなかったらもっとパニックになっていたわね」

 

 

そう言ってチラリと立香を一瞥するといやーと照れた様子で頬を掻いている。嫌味ったらしく言ってやったつもりなのだが、誉められたと勘違いしているらしい。

 

 

「で、生き残ったのが20人に満たないということはコフィンの中に居たマスター適合者も?」

 

『……47人全員が危篤状態です』

 

「やっぱりそうなのね。ああ、全滅だなんて……ん? 待って危篤状態? それってもしかしなくても生きているのよね?」

 

 

全員死んだとばかり思っていたオルガマリーは思わず聞き返す。

 

 

『はい。コフィン内の防衛装置がちゃんと機能していたみたいですね。まだ一命は取り留めていますが、治療するにしても医療器具が足りません。何名か助けることは出来ても全員は――』

 

「ふざけないでッ! とにかく彼らを死なせないことが大切よ! すぐに冷凍保存に移行しなさい!」

 

『えっ!? ですが冷凍保存は……』

 

「は! や! く!」

 

『は、はい……! レベッカ、すぐにマスター達を冷凍保存(コールドスリープ)するよう手配してくれ』

 

 

するとどうしたのだろうか。オルガマリーは焦った様子で叫ぶ。その鬼気迫る表情にロマニも威圧され、慌てて近くのスタッフへと命令する。

 

 

「……驚きました。人体を冷凍保存することは国際的に禁止されているはず。法律よりも人命を優先したのですね所長は」

 

「そうなの? というか冷凍なんてそんなこと出来るんだな」

 

 

確かに人権や道徳的にはどうかと思う行為だが、人命には変えられない。守るべき定められた法を破り、人の命を優先する。実に素晴らしい人道的な行為であろう。

 

カルデア所長という立場でありながら躊躇無くその行動を実行に移したオルガマリーにマシュはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。一方、立香は知らない内に発展していた科学技術に感心していた。

 

 

「違うわよ。考えてもみなさい。47人の命なんて、私が背負える訳ないじゃない。生かしておけば後から言い訳なんていくらでも出来るでしょう?」

 

 

しかし、そんな期待はあまりにも自分勝手な動機をあっさりと暴露されたことによって一瞬で崩れ落ちる。

 

マシュの気持ちを裏切るような発言。これには立香も呆れた様子だった。

 

 

「えぇ……そこは嘘でもそうだと言えば良いのに……」

 

「な、何よ! 一般の補欠に何が分かるのよ! 大した苦労もしてないくせに!」

 

「はい。確かに俺は何の苦労もしていないのかもしれません。けど所長、俺より苦労してるって言うんならもっと落ち着いてください。一般の補欠の、俺よりパニクになってどうするんですか」

 

 

激怒するオルガマリーに立香は一般という単語を強調して正論を突き付ける。仮にも所長という立場の人間がこの場の誰よりも取り乱し、挙げ句に自己の保身に走るなど最悪を通り越しているレベルだ。

 

この言葉にオルガマリーがうぐぐぐっと反論することも出来ず、不機嫌そうにそっぽを向く。

 

 

(……けどまあ、無理もないか)

 

 

しかし、立香は内心ホッとする。オルガマリーには悪いが、自分よりもパニックになっているのを知ると心無しか落ち着いてきたからだ。自分がしっかりしなければ、と心を奮起させていた。

 

 

『ま、まあまあ……マリーも立香君も落ち着いて……まずは聖杯戦争についての情報を集めよう。特異点の原因の可能性が高い聖杯の在処が分かれば――って、これはッ!?』

 

 

二人を宥めようとするロマニ。しかし、その声は途中で驚きのものへと変わる。

 

 

「どうしたの?」

 

『た、大変だ! 敵性反応だ! しかもとてつもない魔力量……膨大な魔力の塊が数㎞先からこちらへ猛スピードで接近している……! これは間違いない。サーヴァントだ……!』

 

「なっ!? サーヴァントですってっ!?」

 

 

その知らせを聞いたオルガマリーは顔を青ざめ、マシュは即座に盾を回収し、戦闘の取った。一瞬にして空間が緊張感に包まれ、立香も身構える。遠方から異様な気配を感じ取った。

 

 

「先輩! 下がっててください!」

 

「う、うん……!」

 

『くそっ……こりゃ絶対僕達の存在に気付いている! 逃走するにももう間に合わない!』

 

「そんな……無理よ、サーヴァントなんて、勝てる訳無いじゃない……!」

 

「落ち着いてください所長!」

 

 

ヒステリックに叫ぶオルガマリーを宥めながら立香は気配がする方角へ視線を向ける。

 

サーヴァント……資料にあった過去の英雄が霊体となったもの。しかし、その情報があるが故に立香は疑問に思う。

 

何故なら感じるその気配は英雄というよりは――。

 

 

「あら、可愛らしい子達ですね」

 

 

ロマニの報告から僅か数分。黒い影が眼前に降り立つ。

 

フードを目深に被り、死神が持つような大鎌を持った人型の、今まで会った異形の中では最も人間に近い容姿だが、漆黒の靄に覆われており、外見は酷く不鮮明。しかし、声と長い髪と体付きからかろうじて女だと分かった。

 

 

「鎌……ということはランサー、ですか?」

 

「ご名答。このハルペーから槍兵だと感付くとはやりますね」

 

 

マシュの予想に女…ランサーが微笑む。クラスや得物の名を全く躊躇わず言い放ったことから真名を隠すつもりは微塵も無さそうだ。

 

嘗められている。未熟なサーヴァント一騎と人間二人など真名を晒しても問題無く勝てると判断したのだろう。

 

 

「ハルペーって……まさかギリシャの英雄、ペルセウスッ!?」

 

 

するとオルガマリーが焦った様子で名を叫ぶ。それは立香も聞いたことのある有名な英雄の名だった。

 

しかし、ペルセウスは男性のはずであり、目の前の女性の雰囲気は典型的な英雄である彼とはあまりにもかけ離れている。

 

それでもオルガマリーがペルセウスだと予想したのは、ハルペーと聞いて思い浮かぶのが知恵の神ヘルメスから不死殺しの鎌を貰ったペルセウスくらいだったからだ。

 

 

「ほう……私をあんな半神と一緒にしますか。フフフ、あなたはじっくりと犯した後に喰らうとしましょう」

 

「ヒィッ!?」

 

 

僅かな苛立ち。それだけでオルガマリーが恐怖に呑まれてしまう。立香も理解した。あれはスケルトン等とは何十倍も何百倍も格が違うと。

 

しかし、動揺することなく相手を分析する。ペルセウスと因縁がある存在。更に感じられる英雄とはかけ離れた気配から“ある怪物”の存在が脳裏に過るが、とてもじゃないが英霊ではない化物だし大鎌を使うなんて聞いたことがない。何よりも髪の毛が蛇じゃない。

 

後者はともかく前者は“反英霊”という概念を知っていれば納得出来る要素だったが、生憎と立香にそこまでの知識は無い。

 

 

「あの半神が召喚されるとすれば宝具の多さから騎兵(ライダー)か、神々をも魅了する“剣”を持つ剣士(セイバー)の二択でしょう。尤も、私もランサーなど柄じゃありませんが」

 

 

不満げにランサーは言う。どうやら最適正クラスはランサーではないようだ。つまり槍、この場合は鎌での戦闘には慣れていないということ。

 

これにオルガマリーは思わず笑みを溢す。これならサーヴァントになったばかりのマシュでも勝ち目があるかもしれない。

 

 

「……マシュ、勝てる?」

 

「分かりません。しかし、やってみせます。先輩は必ず守りますので」

 

「マシュ! サポートは任せなさい!」

 

 

マシュが盾を構え、立香とオルガマリーが後方に立つ。

 

 

「フッ 希望にすがるのは良いことです。何故ならその方が絶望させた時の表情がより惹き立ち、滾る」

 

「―――!」

 

 

そう言ってランサーは自分の身長の倍の大きさはある大鎌を軽々と振るう。咄嗟にマシュはそれを防ぐが反動で吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「くっ……」

 

「おや。存外硬い」

 

 

追撃とばかりにランサーは追いかけ、旋風の如く鎌を振り回す。

 

 

「この程度……!」

 

「ほう……やりますね」

 

 

素早い斬擊。しかし、マシュは的確に盾で防御、或いは受け流していく。今度はしっかりと踏ん張っているため何とか後退せずに済んでいた。

 

 

「凄いわ。マシュの奴。デミ・サーヴァントになったばかりってのにやるじゃない!」

 

『はい。にしてもあのサーヴァント……まさか霊基が汚染されている……? ということは本来の力は発揮出来ないのかもしれない! これは頑張れば勝てるぞ!』

 

「……いや」

 

『え? 立香君?』

 

 

互角に渡り合っている。そう見えたオルガマリーとロマニが笑みを溢す。一方、立香には劣勢に見えた。確かに攻撃を捌けているがそれだけ。一方的に受けることばかりで反撃することが出来ていなかった。このままではジリ貧だ。

 

 

「くっ……」

 

「どうしました? 防いでばかりでは勝てませんよ」

 

「ッ……はぁっ!」

 

 

ランサーが挑発する。マシュはそれに応えるように盾を振るい、鎌を弾く。そのまま懐に入って殴り込もうとするが、難なく避けられる。

 

 

「遅い。盾の英霊だけあって防御は一丁前ですが、攻撃は何ともまあ粗末なもの。闇雲に攻撃しても当たりませんよ」

 

 

まるで教授するようにランサーは言う。完全に動きを見切っているのかマシュの攻撃は掠りもしない。

 

 

「さて、あなたの攻撃はもう飽きました」

 

「――重い! それに速い……!」

 

 

そして、距離を取られればあっさりと攻勢は逆転し、ランサーが再び猛攻を仕掛ける。

 

防戦一方。マシュは反撃の機会を伺いつつも隙を見せぬランサーの嵐のような攻撃を受け切ろうと盾を構える。ランサーもスタミナが無限という訳ではない。攻撃を捌いて時間を稼げばいずれは勝ち筋が見えるはずだ。

 

戦闘経験こそ皆無だが、マシュは自分なりにシールダーとしての戦闘法の最適解を見出だし、そう判断した。

 

 

「フフフ……こうも易々と防ぐとは。その盾、なかなかの代物のようですね」

 

 

そんな彼女を他所に“怪力”による一撃一撃を防いで傷一つ付かない大盾にランサーは称賛する。

 

 

「ですが――」

 

 

そして、次の瞬間。刃を盾の内側へ入れ、蓋を捲るように鎌を振り上げた。

 

 

「っ!?」

 

 

その予想外の行動に力を前方へ込めていたマシュは体勢を崩し、盾が上へと弾かれてしまう。ランサーは口角を吊り上げ、がら空きとなった少女の胴体へ鎌を振るう。

 

 

「――使い手が未熟過ぎる」

 

 

ザシュッという音と共にマシュの白い肌は一直線に裂かれ、切り口から血が噴水のように噴き出す。

 

 

「けどまあ、融合したばかりにしては頑張った方ですよ」

 

「か、は……」

 

 

自惚れていた、薄れる意識の中、マシュは自身を責める。戦えていたと思ったのは、単にランサーはまだ微塵も本気ではなかったからに過ぎなかったのだ。

 

圧倒的な実力差。ついさっきサーヴァントになった戦闘経験皆無の少女と生前から歴史に名を残す猛者である英霊とでは歴然の差であった。

 

 

「マシュっ!?」

 

 

目を見開く立香。ここまで僅か一瞬の出来事だった。慌てて膝を付く後輩の元へと駆け寄ろうとするが――。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

オルガマリーはその腕を掴んで止める。

 

 

「あなたが行っても何も出来ないでしょ。大丈夫。マシュの傷は私が治してあげるから」

 

 

するとオルガマリーは詠唱し、マシュに回復魔術を掛ける。ぱっくりと開いた傷口はそれだけで瞬く間に塞がる……ことはなかった。

 

 

「な、何で?」

 

「残念。これがハルペーということ忘れたのですか? 無能なお嬢さん」

 

「え、ハルペーは不死殺しの鎌のはず……ま、まさか回復阻害っ!?」

 

「ええ。あの嘘吐きな神は道具だけは一級品でしたからね。宝具と化したお蔭で神代の魔術師ですら治癒することは不可能です」

 

 

大鎌を撫でながら誇らしげにしかし、確かな軽蔑と憎悪の入り雑じった表情を浮かべるランサー。つまりハルペーで斬られた傷は呪われ、宝具が消滅しない限り一生治ることがないのだ。

 

傷を付けられた時点で終わり。この事実にオルガマリーの顔が絶望に染まる。

 

 

「そんな……そんなの反則じゃないの……」

 

「ッ……マシュ!」

 

 

へなへなと崩れ落ちるオルガマリー。一方、立香は緩くなった彼女の手を振り払い、今度こそマシュへと駆け寄った。

 

 

「大丈夫か! しっかりしろ!」

 

「せん……ぱい……離れてて、ください……」

 

「けど……」

 

「大丈夫、です。私はまだ、戦えます……!」

 

 

立香の呼び掛けにマシュがゆっくりと立ち上がる。出血こそ多いものの傷は浅かったようだ。しかし、満身創痍なのには変わらない。にも関わらず彼女の闘志は消えていなかった。

 

 

「……初々しいですね。新米のサーヴァントに、新米のマスター、お似合いですよ」

 

 

ランサーはそんな彼女に対して追撃することはせずに面白そうに眺める。その発した言葉には嘲笑が含まれていた。

 

 

「先程の攻撃、あれはわざと手加減しました……即死させてしまっては、つまらないでしょう? 世間を知らない透き通るように純粋な瞳……ああ。実に壊したくなる。嬲り殺したくなる」

 

 

恍惚とした表情。靄で顔が隠れていてもよく分かった。これに立香は激しく憤慨する。先輩と慕ってくれ、自分達を守る為に戦う少女に向かってそんなことを言えば当然だろう。

 

 

「この外道……! それでも英霊か……!」

 

「残念ながら私は反英霊なもので。にしても威勢が良い坊やですね。嫌いではありませんよ。顔も可愛いですし美味しそうだ」

 

「……ッ!」

 

 

舌を舐めずるランサー。向けられたまとわり付くような視線に立香は怯む。

 

 

「先輩は殺らせません!」

 

 

立香に手を出させまいとマシュが盾を振るう。

 

 

「無駄な足掻きを」

 

「なっ……」

 

「安心してください。まずはあなたから首をはねてあげますので……フフフ、あなたの血はさぞ甘美なのでしょうね」

 

しかし、その動きは先程よりもずっと鈍くランサーは片手で容易く受け止める。目を見開くマシュ。そのままランサーは彼女の腹を蹴り上げ、地面に叩き付けた。

 

 

「かはっ……」

 

「さあ、終わりです」

 

「マシュ……!」

 

「憐れですね。魔術も使えないただの人間。己のサーヴァントが死ぬのを黙って見ていなさい」

 

 

ランサーは倒れるマシュを踏み付けて固定し、大鎌を構える。狙いは首。その姿は正に死神であり、不死殺しの鎌は容赦無くその細い素っ首を斬り落とすだろう。

 

立香が手を伸ばすが、まず間に合わない。届いた所で何も出来ない。

 

 

「っ……先、輩……逃げてください……」

 

「おや。もしや愛し人ですか? なら、都合が良い。ちゃんと同じ場所へ送ってあげますよ」

 

 

一貫の終わり。マシュは死を覚悟するが、守ると決めた自身のマスターを守り切れないことを悔やむ。

 

それを見てランサーは愉しそうに笑い、首を刈り取ろうと鎌を大きく振り翳した。

 

 

「――!」

 

 

その時、どこからともなくキーの高い鳥のような鳴き声が響き渡る。

 

今正に鎌を振り下ろそうとしていたランサーはその手を止め、辺りを見回す。

 

 

「……? 今のは……鷲?」

 

 

生前の記憶から鳴き声の正体を理解するも冬木には不似合いな鳥で更に言えばこの炎上都市にまともな動物は居ないはずだ。ランサーは疑問に一瞬その目を細め、次の瞬間に起こった事象に見開いた。

 

 

「うっ!?」

 

 

まず最初に感じのは、“重み”だった。何かが覆い被さるように自身の胸に何かが乗る。それによってバランスを崩し、仰向けに倒れ込む。

 

そして、喉に鋭い痛みが走った。

 

 

「馬鹿な――」

 

 

何が起きたのか。彼女は理解出来なかった。ただいつの間にか目の前には男の顔があり、自身の喉元には刃物が突き刺さっているという事実だけを目の当たりにしていた。

 

 

「あな……た……は……!?」

 

 

何者だ、と尋ねようにも上手く喋れない。力が抜けていく。ポトリと鎌を落とす。完全に致命傷であり、ランサーは口から夥しい量の血を吐く。

 

もはやハルペーも、鎖も、魔眼も、抵抗する術は皆無に等しかった。

 

 

「ほう……魔物の類いにしては、存外可愛い顔をしているな」

 

 

可笑しい。自身は怪物だ。魔物だ。脆弱な人間などよりもずっと丈夫のはずだ。なのに何故だ。

 

何故こんなチンケな刃で、単に喉を貫かれた程度で生死を彷徨っているのだ? 何故もう消滅し掛けているのだ?

 

疑問が脳内をグルグルと渦巻くランサー。対して彼女の上に乗る男はゆっくりと刃を抜き、口を動かす。

 

 

「眠れ、安らかに」

 

 

ただ一言。そう告げるとランサーの意識は薄れてゆく。影と化した伝説の怪物は自身が何故負けたのか、何故死ぬのか理解する前に光の粒子となって消滅した。

 

挙げるとするならば彼女の敗因はただ一つだ。ランサーは気付かなかった。命を刈り取る死神は自分ではなく、己のすぐ上に居たということを。

 

 

 

「……え?」

 

 

一方、立香はポカンとした表情のまま固まっていた。

 

彼らもランサーと同じく何が起きたのか理解出来なかった。ただ分かるのは、突然空から降ってきた謎の人物の手によってランサーが倒されたということのみ。

 

自分達を追い詰めた強敵のあまりにも呆気無い最期にマシュも、オルガマリーも、 ロマニも茫然とする。

 

 

「……少し時間を掛け過ぎたか」

 

 

白い羽がふわりと舞い落ちる。

 

この鳥すら居ない炎上都市には似合わぬもの。それと同じくランサーが消滅した場所に立つ男の服装は白を基調としていた。

 

振り向いた男の姿を見て、まず最初に目に付いたのが目深に被るフード。それから右肩から垂れ下がる一枚のマント。鷲の意匠のあるバックル。腕には鉄板が仕込まれた籠手。背中にはクロスボウと矢筒。胸には数本のナイフ。腰には長剣と短剣。傭兵のような重武装と対照的に服装は中世の修道士のようなものだった。

 

 

「さて、大丈夫か? マスター」

 

 

男がこちらへ歩み寄る。フードの中を覗き込めばラテン系の整った顔があり、口元には一筋の傷があった。

 

現代から見れば、いや恐らくどの時代から見ても奇抜な格好だ。しかし、その風貌は妙に様になっており、大胆不敵な戦士に見えると同時に影に潜む暗殺者にも見えた。

 

 

「は、はい……」

 

「そうか。それは良かった。桃髪のサーヴァントも無事なようだな」

 

 

満身創痍ながらも身を起こし、こちらを見るマシュを一瞥し、男は安心した様子で笑みを溢す。

 

――カッコ良い。彼を見て立香が最初に思った感情はそれだった。容姿。動作。表情。その総てが立香の心を鷲掴みにする。

 

これが、英雄というものなのかと。

 

 

「えっと、その……あなたは?」

 

 

マスター、と自身を呼んだということはサーヴァント。それも自分と契約しているサーヴァントだということになる。

 

しかし、契約した覚えはない。自分のサーヴァントはマシュ一人だけのはずだ。困惑しながらも立香はとりあえず素性を知る為に尋ねる。

 

 

「ああ、自己紹介がまだだったな。私は……いや、この肉体の年齢的には“俺”か」

 

 

その問いに男は僅かに腰を屈め、自身の名を名乗る。

 

 

「俺はエツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ。アサシンだ」

 

 

――この日、一人の暗殺者が再誕した。

 

――この日、一人の少年が初めて英雄と出会った。




噛ませとなるシャドウサーヴァントはメデューサでした。前作は弁慶だったね。展開は大分違っています。


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memory.02 炎上汚染都市

 

 

「ハァ……何でこうなるんだ」

 

未だ瓦礫や残骸が残る管制室。ロマニ・アーキマンは、連続して起こるトラブルを前に大きな溜め息を吐く。

 

何者かによる爆破。マシュのデミ・サーヴァント化。所長のヒステリック。サーヴァントの襲来。そして、極め付けがランサーを暗殺した立香をマスターと呼ぶサーヴァントの存在だ。

 

 

「アサシン……」

 

 

白いフード。籠手に仕込まれた短刀。クラスはそのまんま暗殺者。該当する存在は一つしかない。ロマニは“彼ら”を知っていた。

 

歴史の影に潜み、世界各地で悪政を働く者を消し去ってきた暗殺教団。少なくとも“三千年前”には“教団”としては存在していなかった。彼らと敵対する“結社”は存在していたが。

 

冬木の聖杯戦争ではその頭目とされるハサン・サッバーハが召喚されるらしいが、あくまで伝説や逸話が残る中東で活躍した者に限定されるはずだ。

 

しかし、あのエツィオというアサシンは明らかに中世ヨーロッパ出身のように見える。

 

 

「エツィオ・アウディトーレ、か……ダ・フィレンツェってことはイタリアかな。一応、調べてみよう」

 

 

しかし、相手は上記の十字軍遠征の一度のみ。それも伝説として存在が仄めかされただけという魔術協会以上の秘密主義な集団の一個人。大した情報は期待出来ないだろう。

 

それでも試す価値はあるとロマニはデータベースでエツィオ・アウディトーレの名を検索してみる。

 

 

――該当データ 0件。

 

 

「やはりか……」

 

 

情報はゼロ。となるとエツィオという名前が偽名の可能性も出てくる。無いものは仕方が無い。故に警戒しておくべきだとロマニは判断し、元の作業へと戻った。

 

アサシンの秘密主義をよく知っている彼は情報がゼロなのに何の疑問も抱かない。むしろそれが当然だと思っている。

 

 

「――まさかエツィオ・アウディトーレが召喚されるとはな。あの日本人ハッカー君は随分とツイてるみたいだ」

 

 

しかし、それは間違いだ。アサシンとしてのエツィオのデータは無くともそれ以前のデータはあるはずなのだから。

 

アウディトーレという除名された貴族の次男であること。相当なプレイボーイだったこと。17歳の時に父と兄弟が絞首刑に処され、母と妹と共に歴史から影も形も無く失踪しているということ。

 

これらの要素は調べれば必ず残っている。ゼロだということは有り得ない。情報を消されているという事実が無ければ。

 

 

「予めデータ消してて良かったわね。まあ、どのみち大した情報は無かったけど」

 

「どうするレベッカ? 予想以上に大事になってきたけどさ。まったく人類の滅亡なんて……ノストラダムスやマヤ文明も予言するなら正確にしてほしいよ」

 

「静かにしてショーン。気付かれたらどうするのよ。それにマヤの方は当たってたでしょ?」

 

「おお、そうだった。けど二回来るって言っておいて欲しかったよ。折角デズモンドが防いだのに……」

 

「まだ間に合うわ。マーリンの話だと」

 

「あの夢魔を信用するのかい? はっきり言ってあれはクズ以下のナニカだぞ?」

 

「ろくでもない奴ってのには同意するけど、彼の力は確かよ。こんな有り様じゃ生きてるか分からないけど」

 

「死んでくれたら万々歳だよ。千里眼だったか? 過去と未来とか並行世界とか見通せるスーパーパワー。まったく鷹の眼がしょぼく見えてしまうよ……そんな便利なものを出し惜しみして誰かの為に使わないとか控えめに言ってゴミクズだろう? イケてるのは顔だけ。というかマーリンっててっきり爺さんかと思っていたよ」

 

「もう……マーリンに対する罵詈雑言は聞き飽きたわよ。探せば良いところもあるはずよ?」

 

「ほお、言ってみろよ」

 

「……まだ探し中。後一年待って」

 

 

ロマニのすぐ目の前。周囲には聴こえない微かな声でオペレーターとして管制室の席に座る男女がそんな会話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大丈夫かね? シニョリーナ」

 

 

全員が茫然とする中、男…エツィオは視線を立香からマシュへと変えると優しげな笑みを浮かべ、手を差し出す。

 

 

「あ、はい……その、助けていただき、ありがとうございます」

 

 

その手を取り、立ち上がる。ランサーが消滅したことで回復阻害の効果も切れ、元より浅かったこともあって傷は再生し始めていた。

 

彼女は幸運だった。サーヴァントの宝具の中には使用者や宝具本体が消滅しても尚、効果が持続するものもあるのだから。

 

 

「構わんよ。同じ主を持つサーヴァント同士、助け合わなければならない。それに何よりもこのような麗しい少女を輩から守るのは男として当然のことだ」

 

「は、はあ……」

 

 

困惑するもマシュは頬を緩める。異様な風貌で物々しい雰囲気を放っていたが、意外と紳士的な人物なようで安心した。

 

 

「にしても何というか、凄い格好だな……ああ、別に悪いって言ってる訳じゃない。むしろ良い。生前はどのような偉業を?」

 

「いえ。私はデミ・サーヴァントで……」

 

「デミ?」

 

「その、簡単に言えばサーヴァントと融合していて元は普通の人間なんです」

 

「何と。その知識は与えられていない。是非とも詳しく知りたいな。そのえ……じゃなくて涼しげな衣装は融合元の英霊が――」

 

「コホン……無駄話はそこまでにしてくれないかしら?」

 

 

興味深そう質問するエツィオにマシュは少し圧倒される。そんな様子を見てオルガマリーが怪訝な表情を浮かべ、咳払いする。

 

まるでナンパするかのような仕草や口調は、ランサーを瞬殺した際のイメージとはかなり乖離していた。

 

 

「これはすまない。生前からの癖でな。貴女も負けずと麗しい。あちらと違って強気な婦人とお見受けする。会えて実に光栄だ」

 

「えっ……そ、そう?」

 

 

わざわざこちらへ来て手を取り、エツィオはお辞儀する。整った顔立ちの美男子に面と向かって麗しいと言われ、オルガマリーは頬を染める。

 

 

『マリー! なに喜んでいるだい! にしてもこの流れるようなナンパ……流石はイタリア人だ』

 

「ほう……確かに俺はイタリア出身だ。見抜くとはなかなかの洞察力だが、どうも頼り無さげな声をしている」

 

『どんな声だよ!? それと君自分でフィレンツェって名乗ってるじゃないか!』

 

「……確かに」

 

『まさかの天然ボケ!?』

 

「うっかりしていた。つまり本当にただの頼り無い男、という訳か。嘆かわしいな」

 

『酷い! 初対面の相手に向かって失礼だろうが!』

 

「む、そうだな……お前に関してどういう訳か負の感情しか湧いてこない。自分でも妙だと感じる。何故だ?」

 

『知らないよ!』

 

「ね、ねぇロマン……」

 

『ん? 何だい立香君?』

 

 

エツィオがロマニとコントをしていると先程から黙っていた立香が話し掛ける。

 

 

「エッチオ?さんが名乗ったんだから俺達も自己紹介した方が良いんじゃないか?」

 

『「「あっ」」』

 

「ふむ、こちらもその方が助かる。だが、マスター。エッチオではない。エツィオだ」

 

 

立香のご最もな提案にそういえばと固まる三人。一方、エツィオは自身の名の発音に訂正を求める。

 

至極どうてもいいことだが、彼としてはイスタンブールに居た頃に散々言い間違えられていたため譲れないものがあった。

 

 

「エッツオ?」

 

「エ、ツィ、オ、だ」

 

「……H男?」

 

「全然違う。ハァ……ならば単にアサシンと呼ぶといい。アウディトーレでは長いだろうからな」

 

「……じゃあ、そうする。よろしくアサシン。俺は藤丸立香。藤色の藤で……ってよく考えたら外人にこの説明しても意味無いな。藤丸が姓で立香が名前です。一応マスターやってます。おんとし18歳です」

 

 

何度か言い直せるが、日本人である立香にはエツィオという名前は言いづらかった。なので別の呼び方を提案すると立香はこれを受け入れ、自己紹介した。

 

それに続くようにマシュ達も喋り始める。

 

 

「マシュ・キリエライト。先程言った通りデミ・サーヴァントでクラスはシールダーです。よろしくお願いしますエツィオさん」

 

「私はカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアです。カルデアというのは――」

 

「いや、その説明は不要だ。汝らが人理とやらを守る組織なのは重々承知している」

 

「えっ……そ、そうなのですか?」

 

「ああ。召喚される前に予め知識を与えられたからな」

 

 

カルデアのことを知っていることに驚くオルガマリーだが、召喚システムにそういう機能を備えていたことを思い出す。

 

しかし、そうなると彼はこの聖杯戦争ではなくカルデアから召喚されたことになるが……。

 

 

「で、別の場所から通信しているそいつが……」

 

『ロマニ・アーキマンだ。一応、医療部門のトップという立場に居る。よろしく』

 

「ほう……医者なのか?」

 

『まあ、そんなことだね』

 

「それは心強いな。医者にはよく世話になった」

 

『え? 身体が弱かったのかい? アサシンなのに』

 

「……そういう意味ではない」

 

 

悪い血を蛭で吸い取ってやろうかぁ?という声を幻聴する。斬られた時も撃たれた時もペストマスクをした鳥人間のような医者達には助けられたものだ。

 

 

「さて、自己紹介はこのくらいで充分でしょう。幾つか質問させてもらうけど構いませんか?」

 

「ああ。答えられる範囲までなら応じよう」

 

「じゃあ、早速。あなたはこの土地の聖杯戦争で喚ばれたサーヴァントではなく、カルデアのサーヴァントなのですよね?」

 

「無論だ。マスター・藤丸立香の召喚に応じ、汝らの目的の為に馳せ参じた。生憎と俺には無辜の民を巻き込んでまで叶えたい願いなど存在しなくてな。得体の知れぬ聖杯(カリス)になど興味は無い」

 

 

何故このような質問をするのか? とエツィオは疑問を口にする。

 

 

「有り得ないからです。何故なら私達は英霊召喚をまだ行ってません。召喚はレイシフトに成功した後に行う予定だったので。システムが勝手に作動する訳ないし……」

 

「そう言われてもな。魔力パスはマスターときちんと繋がっているだろう?」

 

「それは……どうなの、ロマニ?」

 

『確かに立香君とアサシンの魔力パスは繋がっている……ん? ちょっと待ってくれ。可笑しいぞ』

 

 

するとロマニが何かに気付く。

 

 

「どうした?」

 

『いや、通常はカルデアで召喚されたサーヴァントはカルデアの電力で現界の為の魔力を賄っている。だから立香君との魔力パスはカルデアを介しているはずなんだけど……君はカルデアを介さずにそのまま契約しているんだ』

 

「はぁっ!?」

 

 

ロマニが困惑した様子でそう絶対するとオルガマリーが信じられないとばかりに驚愕し、思わず声をあげる。

 

 

「つまりマシュと同じように直接契約したってことっ!?」

 

『そ、そういうことになります』

 

「嘘おっしゃい! 何かの間違いよ! サーヴァント二騎と契約するなんて!」

 

「? そんなヤバイことなの?」

 

「当たり前でしょうが! 普通なら魔力が枯渇して木乃伊になっちゃうわ! 特にあなたみたいな一般人は即死よ!」

 

「……マジでか」

 

 

一体だけでも維持するのにそれなりの魔力を消費するのに二体、それも単独でなど正気の沙汰じゃない。それを一流の魔術師ならともかく一般公募で来た数合わせがやっているという有り得ない事実に発狂するオルガマリー。彼女の言葉に立香は一瞬顔を青ざめ、自身の体調を確認するが何ら異常は見られない。

 

 

『一応、魔力自体はカルデアが賄っている。立香君は正規のマスターに登録されているからね』

 

「な、何だ。早く言いなさいよ……にしてもいつ契約したのよ?」

 

「さあ、そもそも俺は召喚する方法なんて知らないし……何でだろ所長?」

 

「私が分かる訳ないでしょ!」

 

 

何も立香個人がエツィオの魔力を賄っている訳ではないことを知り、オルガマリーは一瞬安心するがそれでも疑問は尽きない。

 

魔術師でもない一般人が何の手順も補助も無く、自力でサーヴァントを召喚するなど。しかも本人は自覚が無いときた。

 

 

「……ふむ、どうやら俺はイレギュラーらしいな」

 

『ああ。けどまあ戦力が増えるのはこちらとしては非常に有り難い。召喚の理由を考えるのは後回しにしよう』

 

「私もドクターの意見に賛成です。エツィオさんには危ない所を助けてもらいましたし悪い人ではありません」

 

 

結果的にはエツィオの召喚はメリットしかもたらしていないのだから原因を究明にするのは後からでも良いだろうとロマニは判断した。

 

これにマシュも頷く。彼女にとってはエツィオは命の恩人であり、話してみたところ悪人にはとてもじゃないが思えない。正体不明だが、信頼出来る人物だと認識していた。

 

 

「そ、そうね……不意討ちとはいえマシュが敵わなかったあのランサーを一撃で仕留めたんだし……」

 

 

オルガマリーも同意する。この最悪な状況下、例えキャスターと並んで最弱候補であるクラスだとしても、サーヴァントが戦力として加わったのは心強いことこの上無い。

 

 

「それじゃあ、二つ目の質問です。お恥ずかしながらあなたの真名……エツィオ・アウディトーレという名を私は存じ上げません。その理由が知りたくて」

 

「はい。私も所長と同様にそのような名前の人物について記憶にありません」

 

「うーん……俺は聞いたことがあるような無いような……」

 

『えっと……調べてみましたが、残念ながらカルデアのデータベースにもありませんでした』

 

 

オルガマリーの疑問。それは皆が同様であった。誰もエツィオの素性を知らない。特にマシュは読書が趣味で偉人や英雄に関しては人一倍の知識があると自負していたので不思議そうにしていた。

 

それに対してエツィオは何だそんなことかと笑う。

 

 

「フッ……アサシンが有名であったら本末転倒だろう?」

 

「あ、それもそうか。目立っちゃ駄目なんだし。そもそも暗殺者が英雄って可笑しくねって話になるが」

 

 

その言葉に立香は納得する。暗殺者とは英雄から最もかけ離れた存在であり、名の知れた暗殺者などもはや暗殺者ではない。

 

 

「よく分かっているなマスター。そうだ。アサシンとは影の存在でなければならない。いくら大義の為に動こうと、いくら正義を成そうと我らは表に立つこと無く、影の中で光に奉仕し続ける。英雄とは程遠いものだ」

 

 

そうでなければ仲間を危険に晒す。まるで弟子に言い聞かすようにエツィオは語る。

 

 

「成程……確かに有名な暗殺者なんてカエサルを暗殺したブルータスくらいしか知りません」

 

 

マシュが理解する。多くの書物を読み漁ったが、誰もが知る有名な暗殺者といって思い浮かぶのは親代わりだったローマの独裁者を刺し殺した、イスカリオテのユダと並んで裏切りの代名詞となっている男くらいだ。

 

 

「……そうね。有名かはともかく、アサシンという単語の語源となったイスラム教ニザール派の暗殺教団。その長である山の翁、ハサン・サッバーハも初代を除けば単なる称号に過ぎず、彼らの本名は誰も知らないし」

 

 

そう考えると有名なアサシンを探す方が難しい。そもそも偉人を暗殺した者は大半が無銘だ。ブルータスとカッシウスは珍しい例だ。彼ら以外の名が知れてる、暗殺を成し遂げたことのある者は殆どが他のクラスの方が適正が高い。呂布等が最たる例だ。

 

尚、彼らは知らないが、実はギロチンを開発した処刑人、オペラ座の怪人、ロンドンの殺人鬼、忍者、鬼、エジプト最後の女王までが暗殺者のクラスとして召喚可能なのである。もはやアサシンとは一体何なのか。エツィオの所属するかの教団が知ったら憤慨することであろう。

 

 

「……さて、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

「え?」

 

 

するとエツィオが一転して鋭い目付きで背後の瓦礫の山を見据えて呟く。

 

唐突にどうしたのかと一同は首を傾げる。そこには瓦礫以外に何も無かったからだ。しかし、エツィオにははっきりと視えていた。

 

微かに発光する青い輝きを。

 

 

「――おっと。バレてたか」

 

 

瓦礫の裏から男が現れる。髪は青く、服装も青を基調とした装飾品の多い民族衣装のようなもの、手には木製と思われる大きな杖を持っていた。

 

魔術師然とした格好でありながら放つ雰囲気は歴戦の“戦士”のソレであり、明らかに現代の人ではないと一目で分かる。

 

つまりはサーヴァント。彼を視認した瞬間、一同は警戒心を露にし、マシュが立香の前に出て盾を構えた。

 

 

「まあ、待ちな。殺り合うつもりはねぇよ。2対1で不利なのは勿論なこと俺はオタクらの味方だ。ランサーに襲われた時もタイミングを見計らって助けるつもりだったんだ。必要なかったがな」

 

 

その口調は雰囲気に似合わず気の良い兄貴分といった印象を与える。少なくとも立香はそう思った。

 

両手を挙げて敵対する意思は無いと表現する男。しかし、明らかに武器である杖を離してないのはもしも襲われた時の為の保険なのだろうが、怪しさもあってかカルデアの面々の警戒の色は消えない。

 

エツィオを除いては――。

 

 

「……みたいだな。少なくとも今殺すべき相手ではない」

 

「へぇ……分かるのか?」

 

「いいや。視えるのだ」

 

 

男の問いに笑みを含み、エツィオは言う。白ならば無関係。赤ならば敵。青ならば味方。金ならば重要人物。“鷹の目”で大方は把握出来る。

 

尤も、後々裏切ってたり実は敵と通じていたりとするが、少なくとも今はこの男に敵対するつもりは無いことは明白だった。

 

 

「杖……ということはキャスターか? 衣装から見てケルト出身とお見受けする」

 

「ご名答。俺はこの聖杯戦争で召喚されたキャスターだ。真名の方は秘密で頼む。サーヴァントならほら、分かるだろう?」

 

「成程。真名を知られると不都合になる逸話を持つ訳か」

 

「そういうことだ」

 

 

へへへ、と笑う男…もといキャスター。真名を知られるというのは例外は多々居るが、サーヴァントにとってそれだけで致命的と言えるものだ。

 

例えばギリシャの大英雄、アキレウスは不死身の肉体を持つが、唯一踵のみが弱点であり、生前の死因だ。これは踵の腱の名前にそのままアキレス腱と使われる程に有名な話だ。

 

彼に比肩、或いは上回る程の大英雄であるヘラクレスも死因であるヒュドラの猛毒に弱い。そう考えれば例え味方であっても真名を教えるのは躊躇するだろう。

 

特にケルト神話の英霊となれば破れば弱体化が伴う誓約(ゲッシュ)があるためそれを利用される可能性もある。不用意に名乗るべきではない。

 

 

「あのー、すみません」

 

 

すると立香が二人の会話に割って入る。

 

 

「ん? お前がマスターか坊主。魔術師にしちゃあ良い面構えだな」

 

「それはどうも。話を聞くにアンタはあの黒いのが襲ってきた時から俺らを見てて、マシュを助けようとしていたのか?」

 

「おうよ。結果はこの通り先を越されちまったがな」

 

「……なら、マシュが斬られる前に助けてほしかったんだけど」

 

 

問い掛けに笑顔で答えるキャスターに、立香が半目で言い放つ。確かにもっと早く行動していればマシュは怪我を負わず、エツィオに先を越されることもなかっただろう。

 

そして、何よりもランサーが手加減をしていたから致命傷を避けられたのであって、もしかするとあの一撃でマシュの上半身は下半身とさようならしていたかもしれないのだ。立香としてはその真意を確かめたかった。

 

 

「……そりゃその、なんだ。すまねぇ。嬢ちゃんの実力を知ろうと様子を伺ってたら間に合わなかった。けどトドメを刺される前に動こうとしてたんだぜ?」

 

「本当に?」

 

「本当だ。ほら、ヒーローっぽく爽快と駆け付ける感じで……結果は出遅れてこんなだせぇことになってるが」

 

「……そう、分かった。信じるよ」

 

「おう。ありがとな」

 

 

訝しむ立香。しかし、申し訳なさそうにするキャスターからは敵意は感じられず、一先ずは信じることにした。

 

マシュもそんな空気を察したのは盾を下ろし、オルガマリーもホッと一息吐く。

 

 

『立香君……英霊二人の会話に割り込んで問い詰めるなんて大した度胸だね』

 

「あん? 何だ、そいつは魔術による連絡手段か?」

 

「現代において普及している無線という奴の発展ではないのか? ……いや、そういえばミネルヴァという女神もこのような魔術を使っていたな」

 

 

思い出すのはヴァチカンの地下にて会った黄金の女神。彼女も今のロマニのように実態が存在しなかった。当時は魔術だと思っていたが、現代の知識から察するにあれは科学技術によるものだと考えられる。つまり我々が手紙や伝書鳩でやり取りをしていた頃からホログラムなんてものを駆使していたのだ。

 

かつて来たりし者達。彼らの技術は果てしないと改めて思う。

 

 

『これは魔術と科学の応用で……ってミネルヴァ!? アサシン、君さらっととんでもないことを言わなかったかい!?』

 

「? 何がだ?」

 

『何って……その、ミネルヴァってあのミネルヴァだよね? 詩、医学、知恵、商業、製織、工芸、そして魔術と幅広く司るローマ神話の女神の!』

 

「ほう……詳しいな。まあ、彼女(ミネルヴァ)は自身は神ではなく“古き者”と称していたが」

 

『こう見えて神話には詳しいんだ。それに魔術師として“魔術”を司る神様くらい覚えとかないとね……ってそれよりも! もしかしなくても君は女神ミネルヴァに会ったことがあるのかい!?』

 

「ああ。その通りだ」

 

『えぇ!? 嘘だろおいっ!?』

 

 

何食わぬ顔でそう言うとロマニは愕然とする。一体何故そこまで驚いているのだろうかとエツィオは首を捻る。魔術師ならば神の類いが実在することは知っているはずだが。

 

 

「うるせぇな……神くらい珍しくも何ともないだろうが」

 

『そりゃ神代の英霊にとっては日常茶飯事でしょうけどこのアサシンは中世の時代の――』

 

「どうでもいいからさっさと話を進めようぜ? オタクらもその方が良いだろ」

 

『そ、そうですか……では、魔術師のサーヴァントよ。我らは貴殿に畏怖と敬意を以て――」

 

「ああ。そういうのはいい。聞き飽きた。さっさと本題に移れよ軟弱男」

 

『え、あっいや……す、すみません……ううっ 初対面に軟弱男って言われちゃった……』

 

 

しゅんとあからさまに落ち込むロマニ。それを見て一同な呆れた様子だった。

 

 

「ハァ……何やってんのよロマニ」

 

 

するとオルガマリーが溜め息を溢し、立香達の前に出る。

 

 

『あ、あれ? 所長は然程驚いてない? 中世のアサシンがミネルヴァと会ったって言ってるんですよ?』

 

「……私は何も聞いてないから。うん。聞いてないのよ」

 

『現実逃避だった!』

 

「黙りなさい。ここは所長として私が話すわ」

 

 

しかし、それは正しい判断だろう。今は女神がどうので騒いでいる暇は無い。オルガマリーはこほんと咳払いし、キャスターへと向き合う。

 

英霊を前に身体は僅かに震えていたが、その眼は覚悟を決めた真剣なものであった。

 

 

「初めてまして。カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアです。以後お見知りおきを」

 

「こりゃご丁寧に。キャスターだ。よろしくな……けど嬢ちゃんがボスなのか? てっきりそこの坊主かと思ったぜ」

 

「……今のは聞かなかったことにします」

 

 

だが、キャスターの呟きによってその顔はすぐに怪訝なものへと変わる。この発言をしたのがサーヴァントではなかったらぶちギレていただろう。

 

 

「キャスター。あなたは、ここで行われていた聖杯戦争の参加者ね?」

 

「おうともさ。物好きな野郎によってあろうことかキャスターで喚ばれちまった哀れなサーヴァントだ。魔術師なんて柄じゃねぇのに」

 

「は? …ああ、成程ね。あなたもあのランサーと同じように最適正のクラスじゃないのね」

 

 

やれやれといった様子でぼやいたキャスターの言葉にオルガマリーは一瞬、首を捻るがすぐに理解する。

 

 

「どういうこと? 所長」

 

「サーヴァントには適正クラスが複数ある者も居るのよ。この男はキャスターとして喚ばれるだけの魔術の素養を持ち合わせているけど、最も適したクラスは別にあるってこと」

 

「はぇー」

 

「……ちゃんと理解してる?」

 

「失礼な。キャスターよりも別のクラスの方が強いってことでしょ? 道理で魔法使いっぽい見た目なのにそうは見えない違和感があった訳だ。接近戦が好きそうな顔してるもん」

 

 

説明を聞いて感心しているとオルガマリーが疑いの眼差しで問うてきたため立香はむっとした様子で反論した。

 

 

「どんな顔だよ……だが、なかなか見る目があるな坊主。ご察しの通り俺が最も適しているクラスはランサーだ。なのに俺は魔術師として喚ばれ、槍兵として喚ばれたのは何故か自身の死因である不死殺しの鎌を引っ提げたライ……あの女だった訳だ」

 

「死因ってことは……やっぱりあの黒いのってメデューサだったんだ……そんなのも召喚できるんだな」

 

 

ゴルゴーンの怪物。半神半人に首をはね飛ばされた、髪の毛が蛇で視た者を石へと変えてしまう恐ろしい化け物だと立香は記憶している。

 

しかし、あのランサーの姿は黒い靄が掛かっていて顔は見えなかったが、人間の女の姿をしていた。髪の毛も蛇ではなかったし、視られても石にはならなかった。一体どういうことだろうか。

 

にしてもメデューサが召喚可能ならばヒュドラやミノタウルス等も召喚できるのかもしれない。もはや英霊でも何でもないが。

 

 

「まったく……冬木の聖杯戦争でキャスターとかやってらんねぇよ」

 

「ん? その口振りだと何度か経験したことがあるのか?」

 

「まあな。今回は何故か並行世界での記憶が残ってて、何度か召喚されてるのを覚えている。そん時はランサーだったが、マスターに恵まれなくて死にまくってたぜ。主に自害で」

 

「それは……お気の毒に」

 

 

キャスターは気さくに笑いながら言うもののその顔にはどこか哀愁が漂っていた。

 

並行世界。エツィオとしては聞き捨てならぬ台詞だが、与えられた知識にはそういうのも実在しているとのことなのでそうなのだろうと納得し、自己完結する。

 

 

「そういえば、今回の聖杯戦争が何回目か知っているか?」

 

「え?」

 

「はぁ? そんなの決まってるじゃない。“一回目”よ。聖杯戦争はこの年の一度のみ行われただけのはずよ」

 

 

キャスターが唐突に尋ねる。他の面々が首を傾げる中、オルガマリーは自信満々に答えた。

 

 

「……ああ、そうだ」

 

 

その問いにキャスターはにやりと笑う。

 

 

「おっと、話が脱線したな。オタクらの予想通り確かに俺達はここで聖杯戦争をやっていた」

 

「……いた? 今は違うの?」

 

 

過去形で語るキャスターにオルガマリーが疑問を問い掛ける。

 

 

「おうよ。途中までは聖杯戦争をやっていたんだが、いつの間にか全くの別物にすり替わってた」

 

「……どういう意味?」

 

「そのまんまの意味さ。まず初めに人間が誰一人として居なくなった。俺らのマスターは勿論、街で暮らす一般人も一人残らず最初から居なかったかのように消えて無くなった。オタクらのような生身の人間を見るのは久々だ。そして、突如現れた聖杯から“泥”が溢れ出し、それによって街が燃え、あちこちに化け物共が湧き出した。残ったのは聖杯戦争で召喚された俺を含めた7人のサーヴァントだけ。というかサーヴァントだから生き残ったんだろうな」

 

 

その淡々とした説明に立香達は絶句する。何の予兆も無く、一瞬にして街一つがこのような惨状が作り上げられたというのだ。

 

 

「……一体誰がそんなことを?」

 

「さあな。だが、セイバーの奴が関わっているのは間違いねぇ」

 

「――セイバー?」

 

 

キャスターの口から出たのは最優のクラスのサーヴァントだった。

 

 

「戸惑う俺達の中で真っ先に戦争を再開したのがセイバーだった。(やっこ)さん水を得た魚みてぇに暴れ出してな。あっという間にアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカーを切り伏せちまった」

 

「何? ランサーのサーヴァントは先程俺が殺しただろう?」

 

 

エツィオが問う。その話が本当なら立香達を襲い、エツィオが暗殺した鎌を振るうあの女は何なのだと。

 

 

「そう、そこだ。セイバーに倒されたサーヴァントは何故か消滅せず、あんな黒い姿になってセイバーの下僕と化したんだ」

 

「霊基が変質したっていうの? まさかセイバーは聖杯を持っているのかしら?」

 

「察しが良いな。そうだ。セイバーは聖杯……その大元である“大聖杯”を独占してやがる。お陰様で奴は聖杯のバックアップの下、馬鹿みてぇな力を発揮しやがる。そして、この聖杯戦争は狂い、まだ生き残っている俺とアサシン対他のサーヴァントって構図が出来ちまった」

 

「成程。セイバーは聖杯戦争の勝者となる為にお前とアサシンを付け狙っている訳か」

 

「そう言うこった。尤も、一緒に行動していたアサシンは行方知れずだが」

 

「……そうか。で、敵の戦力はどれ程だ?」

 

「ライダーは俺が倒した。後はセイバー、アーチャー、バーサーカーが残っているが、バーサーカーは無視していい」

 

「何故だ? 狂戦士こそ危険視すべきだと思うが?」

 

「奴は手を出さなければ襲って来ない。セイバーですら手を焼いているんだ。後、単純に相手したくねぇ。クソ強いからよ」

 

「……そういうことか」

 

 

ふむ、と顎に手を当てるエツィオ。実質相手はセイバーとアーチャーの二人のみ。サーヴァントの数ではこちらが有利だが……。

 

 

「つまりキャスター。あなたは結局のところ自分の利益の為に私達に接触してきた訳ね」

 

 

するとオルガマリーが冷たい態度で言い放つ。一体どういうことかと立香は首を傾げ、エツィオは思考を止めて彼女へ目を向ける。

 

 

「あなた一人ではセイバーは倒せない。だから私達に倒してもらう為に恩を売ろうとした。そういうことでしょう?」

 

「おう、その通りだ。ランサーならセイバーの奴なんか楽勝なんだが、キャスターの俺じゃまず無理だ。それに何か悪いか? お前達も目的は同じはずだろ?」

 

「いいえ。何も悪くないわ。むしろ安心したのよ。打算の無い親切なんて、信用するに値しないもの」

 

「所長……」

 

 

どこか苦い顔をしてオルガマリーは言う。過去に何かあったのか。立香は神妙な面持ちになる。

 

 

「それでマスター……いや、ここはオルガマリーに訊くべきか。これからどうする?」

 

「ええ。目的は決まりました。今回の“特異点F”の元凶……それはこの聖杯戦争で召喚されたセイバーのサーヴァントと見て間違いありません。彼女を打倒し、聖杯を手に入れましょう」

 

『けど相手は四体ものサーヴァントを倒したんですよ? この面子で勝てますかね?』

 

 

ロマニが不安げに問う。実力が未知数なアサシン。最適正のクラスではなく、おまけに聖杯戦争において最弱と名高いキャスター。宝具の使用も出来ぬシールダー。果たしてこの面子で最優のサーヴァントに挑んで勝算はあるのだろうか。

 

 

「それは……」

 

「ねぇ、セイバーの真名って分かるの?」

 

「ん? おう坊主。知ってるぜ」

 

「それを早く言いなさい!」

 

 

オルガマリーが怒鳴るが、その声には歓喜も入り雑じっていた。サーヴァントの真名。それを知ることが出来ればより有利に戦いを進められるだろう。

 

 

「聖剣に選ばれた騎士王様って言えば、分かるだろ?」

 

「え、それってまさか――」

 

 

しかし、キャスターの言葉にその顔はすぐに青ざめてしまう。何故ならば彼女の予想が正しければそのセイバーは最優どころな最強なのだから。

 

 

「――アーサー王だ」

 

 

ブリテン島を治めた騎士王。誰もが知る聖剣(エクスカリバー)の持ち主。セイバーとしては最強と呼ぶに相応しい存在。その名は立香も知っており、一同は息を呑んだ。

 

 

「――ふむ、それならば喉を掻っ切れば殺せそうだな」

 

 

ただ一人、最強のアサシンだけが安心した様子で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、“新都”と呼ばれるビルが建ち並ぶ都会の雰囲気を醸し出す区域にて。

 

今や焼け焦げ、廃墟も同然の摩天楼の中でも最も高い建物の屋上。そこに一人の男が佇んでいた。

 

 

「……キャスターの奴め。やはり異邦人と合流したか」

 

 

色素の抜けた白髪。それとは対照的な褐色の肌。それらを覆い隠すように漂う黒い靄。彼は此度の聖杯戦争にて“赤い悪魔”によって召喚された弓兵……その成れの果てであった。

 

 

「ランサーが襲い、キャスターが助ける。そういう手筈だったのだろうな。作戦を考えたのはアサシンか? 奴は相変わらず捕捉出来ん……一体いつまで逃げ隠れするつもりなのやら」

 

 

そう言って溜め息を溢す弓兵。遥か遠方のカルデア一行を見据えるその瞳は黄金に輝いていた。

 

何度目だろうか。この冬木とムーンセル。幾度と無く聖杯戦争に参戦したが、ここまでイレギュラーなものは今回が初めてだった。

 

最初は馴染み深い冬木の聖杯戦争だと思った。無論、違う部分は多々あった。まずライダーがランサーに、ランサーがキャスターとなっていた。その代わりにライダークラスにはペルシア最後の王が、そして本来のキャスターが消えたことによってアサシンが正規のルールで召喚された。

 

しかし、そんなものは些細な違いだろう。現に自身が殺すべき赤髪の少年はセイバーを召喚していたし、出会いこそ違えど自身のマスターと同盟を結んだ。最初の鬼門であるバーサーカーとの戦いも乗り越えた。

 

そこまでは。そこまでは良かったのだ。気が付けば何もかもが狂っていた。

 

 

「“人理の防人”か……彼女はいつも背負わされてばかりだな」

 

 

王の次は国。その次は人類と来た。最初に弓兵が覚えたのは激しい憤りだった。何故よりにもよって彼女なのかと。それは彼女を愛した男として当然の感情だろう。

 

しかし、同時に諦めた。仕方無いものだと。自分に出来るのは彼女を守護することだけだ。

 

彼女は、他のサーヴァントと違って自身にだけ狂化を施さなかった。それは信頼されているが故だろう。ならばそれに応えてやらねばなるまい。この身が果てぬ内は、永遠に近い夜が終わるまで彼女を守ると決めた。

 

 

「――しかし、あの男が居るとは」

 

 

すると弓兵は視線を動かし、白いフードを被った暗殺者にピントを合わせた。彼が突然現れ、ランサーを瞬殺した時は驚きを隠せず、戸惑った。

 

弓兵は彼のことを知っている。聖杯からの知識ではなく生前の記憶によるものだ。

 

かの世紀の大天才が密かに作り、“教団”の支部に置かれていた彫刻と瓜二つの容姿。間違い無く、自身が憧れた男の一人であるアサシンだ。

 

 

「面白い……“最強”の称号が伊達ではないか、試させてもらうぞ」

 

 

フッと弓兵は笑みを浮かべ、自身の主へ報告する為に万能の願望器が眠る鍾乳洞へと向かうのであった。




■■■「戦闘続行や回復・蘇生系の宝具を持ってる奴はアサブレ刺しても死なないよ」

H男「なにそれこわい(リベレーションを思い出しながら)」


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memory.03 暗殺血盟

 

 

――魔術師。

 

それは“根源”へと至ることを渇望し、その為に魔術という神秘の力を用いる者達の総称である。

 

曰く、それは全ての始まりであり、全ての終わりであり、全てがあるとされる場所。

 

曰く、それは宇宙の外に存在するとされている。

 

曰く、世界におけるすべての現象、因果はこの“根源の渦”から始まっている。

 

曰く、物質。概念。法則。空間。時間。位相。並行世界。星。多元宇宙。宇宙の外の世界。無。生命。死。等のあらゆるものがここより生まれ、存在しているとされている。

 

曰く、主に“アカシック・レコード”と呼ばれる過去現在未来、果ては並行世界にまで渡る情報と知識が存在する。

 

曰く、“英霊の座”と呼ばれるものが存在し、人類史におけるありとあらゆる英雄や偉人が記録されている。

 

そこへ至ればあらゆる奇跡も魔法も自由自在。全知全能という表現すらも超越した、我々の思考では到底考えられないようなナニカが得られる。

 

そんな途方も無い力。それが“根源”というものであり、魔術師達の最終到着地点だ。

 

彼らはこの“根源”へ至る為の手段や方法、アプローチを見出だし、それを一生掛けて探求し、後代へと受け継いでいく。

 

しかし、いくら研究を続けても、辿り着ける素質を持つ者が産まれても、“抑止力”と呼ばれる星のシステムが“根源”へ至るのを阻む。人類の進化と発展を停止させるが故に。

 

つまり始めからその研究総てが無駄なことだと言っているようなものだ。にも関わらず魔術師達は諦めない。彼らの狂気と熱意はその程度では醒めず、冷めない。己の一生を費やし、それで無理ならば子孫へと命題を託す。

 

そうやって何百、何千年と魔術師は“根源”へ至る為の探求を続けてきた。

 

 

(――実にくだらない)

 

 

そんな魔術師に対し、最強のアサシンは怒りと呆れの感情を以てそう吐き捨てる。

 

エツィオが初めて魔術師に出会ったのは暗殺の任務に就いている時だった。ターゲットはテンプル騎士団と結託して民を脅かす悪党。そいつに奇襲を仕掛け、短刀を突き刺そうとした時だった。指先を向けられると身体が吹っ飛ばされたのだ。更に長い呪文のようなものを唱えられると急に身体が鉛のように重くなり、身動きが取りづらなくなった。

 

不可思議な力に戸惑いながらも何とかターゲットを始末したが、その後も何度か不思議な力を使う者達と対決した。

 

魔術について一通り嗜んでいた親友に訊けば指先から放ったのは“ガンド”と呼ばれる北欧の魔術らしい。特に物理的な破壊力を持つのは“フィンの一撃”と呼ばれる最上級のものだとか。道理で胸当てが凹んでいた訳だ。生身で受けた部分は少し赤くなっていた。

 

肉弾戦に関しては一部を除いて脆弱だったが、それでも神秘を操る魔術師を殺すのは“死徒”という化け物と並んで一筋縄では行かず、苦戦した。

 

エツィオが魔術師という存在を明確に知ったのは彼が宿敵であるボルジア家を倒し、ローマを解放した後だったが、彼の所属する“アサシン教団”は遥か昔から認知していたらしい。

 

無論、歴史の裏で暗躍を続けていた“テンプル騎士団”もだ。二つの組織は彼らをどう扱うべきか考え、それぞれ別の方法を取った。

 

アサシン教団は、協力的な者は仲間に加え、民に危害を加える悪しき者は死を以て断罪することにした。

 

テンプル騎士団は、その力を利用する為に彼らを裏から支配し管理することにした。

 

それはエツィオの死後も続いていた。

 

 

(連中は我々の代で根絶やしにすべきとつくづく思っていたが……よもやこのような形で再び関わりを持つとはな)

 

 

エツィオの魔術師に対する印象は最悪なものであった。大半が道徳感が欠けており、人道から外れ、己の研究や実験、好奇心や探求心の為ならば何だってする。そんな者達に好印象を持てというのが無理な話だ。

 

何とも利己的で傲慢。人命を軽んじ、神秘の秘匿を掲げながら無辜の民を平然と巻き込み、危険に晒す。酷い場合には生け贄として消費したり亡者へと変えて犠牲にした。一人の魔術師の儀式のせいで町一つが滅んだこともあった。

 

そんな連中ばかりだった。エツィオが出会い、殺してきた魔術師は。あろうことか連中は人々の意識を奪い、操る術を持つ。故に人々は抵抗することも出来ずに容易く殺される。正に害悪としか言いようがないだろう。

 

中には善良な人の為に動く者も居るのは重々理解している。アサシンの信条に賛同し、教団に加入する者も決して少なくはなかった。しかし、それでも彼らへの悪印象は拭えない。

 

研究材料として剥製にされたりホルマリン漬けにされたりした者を見た。

 

亡者と成り果てて自我も無く家族や友人を喰らう者を見た。

 

儀式に巻き込まれ、何も分からずに死んでいく者を見た。

 

実験の果てに人の原型を留めていない肉塊と化してしまった者を見た。

 

“根源”という不確かなものへの探求を名目に魔術師が平然とやってのけた多くの悪逆を目の当たりにしたが故に。

 

 

(しかし、何事にも例外は居るという訳か)

 

 

そんなこともあってか召喚される際にエツィオはマスターの人格について不安を覚えたが、それは杞憂だったようだ。

 

自身を召喚した立香、その上司でありサポートする立場であるオルガマリー、ロマニ……彼らは紛れも無く善性の人間だと言えよう。会って早々に喉を掻っ切ることにはならずに済んだ。

 

そもそも人類を救う為に戦う、という時点で己が知る魔術師と乖離している。連中ならば人理焼却を知ってもそれまでに根源に至ればいいと考えて研究を優先するか、或いは人理焼却を利用して根源に至ろうとするだろう。そういう連中なのだ。

 

ただ“アトラス院”という太古の錬金術師が作った組織は人類の滅びを回避しようとしていたらしいが。

 

 

(未熟な面は多々あるが、彼こそが人類最後のマスターに相応しく、彼らこそが人理を救済するに相応しい)

 

 

出会って僅かしか経ってないにも関わらずエツィオは立香を信頼するに足り得ると判断していた。しかし、彼は魔術師どころかカルデアに来る前は単なる一般人、“普通の人間”だったという。

 

人類を容易く滅ぼせるような強大な存在を打倒するには圧倒的に力不足だ。蟻と象。否、それ以上の差があろう。だから英霊(サーヴァント)の力が必要であり、導いてやらねばならない。

 

 

(故に、この試練……乗り越えてみせろ)

 

 

期待を込めた眼でエツィオは正面を見据える。その視線の先にあるだだっ広い空き地ではマシュとキャスターが戦っていた。

 

 

「アンサズ!」

 

「くっ……」

 

「オラオラ! こんなモンじゃねぇだろ! それとも俺の見込み違いだったかぁ!?」

 

 

メラメラと燃える炎が弾丸のように放たれる。確かな殺意が込められたルーン魔術による攻撃が近くに居るマスター、立香を襲う。それをマシュは防ぎ、反撃の機会を伺っていた。

 

戦況は防戦一方。息を切らしながら炎を避ける立香と守るのがやっとなマシュに対してキャスターは容赦無く熾烈に攻め立てる。

 

何故こうなっているのか。事の始まりはつい先程マシュがサーヴァントの切り札である“宝具”を使用出来ないという話が出た際のことだ。

 

エツィオやキャスターと比べて汚染され、弱体化したサーヴァント……シャドウ・サーヴァントにすら追い詰められる身のあまりの力不足さを嘆くマシュ。そんな彼女に皆がデミ・サーヴァントになったばかりで融合元の英霊の真名も分からないのだから仕方が無いとフォローする中、キャスターが不思議そうに「宝具? 使えない訳ねぇだろ」と言い、マシュの宝具を解放する為の特訓を行うことを提案したのだ。

 

まず最初にオルガマリーに敵を惹き付けるルーンを貼り付け、大量の異形を呼び寄せた。それをマシュが限界になるまで倒させ、彼女が根を上げた所で自身が直々に戦うと言った。それもマスターも構わず狙うと。

 

そして、今に至る。

 

 

(詰まっている魔力を出す、とキャスターは言っていたな。ならば合理的とは言えないが、手っ取り早い方法だ)

 

 

エツィオも特訓に加わりたかったが、宝具について知識はあるもののそこまで詳しくない。故に自身よりもサーヴァント経験の長いキャスターに任せることにした。自分が教えられることといえば女の口説き方と人の殺し方くらいだ。

 

尤も、彼はキャスターのように相手を殺す気で特訓するなどというリスクの高いことはしないが。

 

 

「ちょっと……大丈夫なの? アレ」

 

 

隣で見ていたオルガマリーが問い掛ける。キャスターの攻撃は立香すらも巻き込みかねない熾烈なもので彼女の視点から見ればもはや修行や特訓ではなく、本物の殺し合いにしか見えなかった。

 

そもそもキャスターはケルト神話の英霊だ。自らを戦う(ケルト)人と名乗る民族による修行なのだからそれがスパルタなのは必然的なことであろう。

 

 

「ふむ……恐らくキャスターの奴はマスターを危険に晒し、それによる想いの力によって彼女の覚醒を促そうとしているのだろう」

 

「想いの力?」

 

「そうだ。考えてもみるがいい。彼女は剣士でも弓兵でも魔術師でも況してや暗殺者でもない。俺の知る七つのクラスとは違うシールダーというエクストラクラス。“盾”のサーヴァントだ。ということは誰かを倒す英雄ではない。誰かを守る英雄だ。ならば――」

 

「……守る時こそ、本領を発揮する」

 

 

成程、とオルガマリーが呟く。

 

 

「そういうことだ。まあ、憶測に過ぎんがな」

 

「ふうん……けどマシュが守り切れなかったら藤丸の奴が死んじゃうじゃない……」

 

『あれ? 心配しているのかなマリー?』

 

「なっ――違うわよ! あいつが死んじゃったら私が困るじゃないの! 心配なんかしてないわよ本当に!」

 

 

エツィオの論に納得しながらも不安を覚えるオルガマリー。そんな彼女をロマニがからかう。

 

 

「フッ……君達が信じてやらなくてどうする。それに安心しろ、マスターの命が本当に危ない時は俺がキャスターを殺す」

 

 

カチャ、と籠手から仕込み刃を射出する。

 

距離は離れているが、サーヴァントであるエツィオの敏捷ならば一瞬で移動可能。暗殺の準備は既に整っており、もしもの時があれば即座に行動する所存だった。

 

 

「そ、そう……容赦ないのね。流石は暗殺者のサーヴァント、と言った所かしら?」

 

 

気丈に振る舞いながらもその声は震えていた。一切の殺気も発さず、さも当然かのようにキャスターの暗殺を進言したのだ。その迷いも躊躇も無い姿にオルガマリーは戦慄する。

 

恐らく彼は暗殺の際、ターゲットを殺す瞬間まで……否、殺した後も殺意を見せることはないのだろう。これ程の人物に気配遮断まで備わっているのだ。改めてサーヴァントの規格外さを認識した。

 

 

「ああ。それに、そもそもサーヴァントというのはとっくの昔に死人だ。今更何度殺そうと同じことだろう」

 

 

疲労は感じるし、寒ければ震え、暑ければ汗を掻く。傷は負うし、出血もする。しようとすれば食事も睡眠も可能。そういう点から忘れやすいが、サーヴァントは所詮は死んだ英雄の霊体……幽霊と同じようなものだ。

 

死ぬというのは霊核を破壊されて消滅すること。しかし、それでも元居た“座”に帰るだけに過ぎない。そんなものを殺すのに、何を躊躇うことがあろうか。少なくともエツィオはそう思った。これが生きた人間であれば殺すべきかどうか多少は考える。

 

 

「そりゃそうだけど……」

 

「――む、キャスターが宝具を使ったな。いよいよ大詰めという訳か」

 

「なっ」

 

 

エツィオの言葉にオルガマリーはくるりと振り向く。するとキャスターが宝具の真名を開放しようとしていた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

「おう、そろそろ仕上げだ。主もろとも燃え尽きな!」

 

「!?」

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社……倒壊するはウィッカーマン! オラ、善悪問わず土に還りな――!」

 

 

その宣言と共に燃え盛る炎に包まれた無数の木の枝の集合体のような巨人が召喚される。

 

 

「あれはドルイドの魔術っ!? しかもあの規模は大魔術クラスじゃないっ!?」

 

「ほう……奴の真名がますます分からなくなったな」

 

「そんな悠長にしている場合なのっ!? あんなのはさっきから撃ってた炎とは訳が違うわ! 防げる訳が――」

 

「落ち着け。マシュ・キリエライトを信じろ」

 

 

“ウィッカーマン”。キャスターが言い放った宝具の名には聞き覚えがあった。

 

ガリア戦記に記されたドルイドというケルト人社会における祭司による儀式において造られる人型の檻。木々の枝を用いて格子を作り、天を衝くような大きさにしていく。この檻の中に燃料となる藁や小枝を敷き詰め、さらに様々な作物、そして人間や家畜を閉じ込め、炎によって神の供物として捧げられることになる。苛烈な人身御供を以てドルイド達は神への感謝と祈願を示すのである。

 

そんな大魔術を前にオルガマリーは激しく動揺し、それを竦めながらエツィオは戦いの行く末を見守る。ここからが本番だとばかりに。

 

 

「ぁ――あ、」

 

「とっておきをくれてやる。焼き尽くせ木々の巨人! “灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」

 

 

――死。あのランサーの時と同様にそんな恐怖が頭に過る。

 

燃える檻人がその太い腕を振り上げた。その一撃を無防備にくらえば自身とマスターは容易く灰と化すだろう。

 

 

(守らないと、使わないと……!)

 

 

そんなことはさせまいとマシュは盾を構えて迎え撃つ。

 

 

(偽物でもいい。今だけでもいい。私が……私がちゃんと使わないと、皆消えてしまう……!)

 

 

その時、盾が眩い光を放つ。

 

まるで彼女の想いに呼応するかのように――。

 

 

「!?」

 

「ほう……これは…… 」

 

 

エツィオが感嘆の声を漏らす。

 

盾から展開されるのは白亜の結界。それに巨人の拳がぶつかり、止まる。灼熱の炎も遮断され、内側に居るマシュと立香には届かない。

 

ならばとウィッカーマンは更なる力を込めて結界を砕こうとするが、それでもマシュは微動だにせず、やがて木々で出来た彼自身の腕が圧力に負けて潰れてしまう。

 

 

「――ヒュウ。こいつは上出来……いや、それ以上だな」

 

 

自身の宝具を完全に防ぎ切った。これにはキャスターも目を見開く。

 

 

「……凄い」

 

 

美しい、とさえ思えた。立香は目の前に広がる圧巻の光景に魅入る。

 

キャスターがウィッカーマンを召喚した時、彼は死を覚悟していた。もはやこれまでかと諦め掛けていた。まさか、まさか自身の後輩にこれ程の力があるとは思いもしなかった。

 

 

「ハァ……ハァ……先輩。やりました。私、宝具を――――」

 

 

結界が消え、盾が下ろす。灼き尽くす炎の檻を凌ぎ、安堵した様子でマシュは背後に居る立香の顔を見ようと振り向く。

 

 

「ちょ、大丈夫?」

 

「あれ……すみません。少し疲れちゃいました」

 

 

しかし、足取りが覚束ずフラッとよろめく。危うく転倒しようになるが、咄嗟に立香がその肩を受け止め、支える。

 

 

「どう、でしたか……?」

 

「ああ。凄かったよマシュ……あんな攻撃を防ぐなんてさ」

 

「ありがとうございます。私、宝具を使うことが出来たんですね」

 

「うん……うん! とっても凄いよ! マシュは俺の自慢の後輩だ!」

 

「はい……嬉しいです」

 

 

まるで自分のことのように喜ぶ立香を見てマシュも自然と笑みを溢す。

 

 

「ああ。見事だ。何とか一命だけは取り留めると思ったが、マスター共々無傷とはね」

 

 

宝具を解除したことで聳え立つウィッカーマンが霞のように消える。喜び合う二人を眺めながらキャスターは素直に称賛し、彼らの未来に期待を込める。

 

あの白亜の壁は、本来の宝具の片鱗に過ぎない。これから起きる長い戦いの中で成長し、融合している英霊の真名を知ることでやがては守るべきものをあらゆる攻撃から守護する至高の防御宝具となるだろうとキャスターは予想した。

 

 

『驚いたな……こんなに早く宝具を解放出来るなんて。マシュのメンタルはここまで強くなかったのに……』

 

「そりゃあアンタの捉え方が間違ってたんだ。嬢ちゃんはアレだ。守る側の人間だ。ならば相応の舞台を用意してやりゃこの通りよ」

 

 

驚きを隠せない様子のロマニにキャスターが笑いながら言う。彼らは見誤っていたのだ。マシュ・キリエライトの本質を。

 

 

「鳥に泳ぎ方を教えても仕方ねぇだろ? 鳥には高く飛ぶ方法を教えねぇとな。だがまあ……それでも真名をものにするまでは至らなかったか」

 

「成程。大方予想通りであったが、一目でここまで見抜くとはな。大した観察眼だ」

 

「いやーそれ程でも。こう見えて人を見る目は師匠譲りなもんで……ん?」

 

 

自信満々に説明しているとエツィオが感心した様子で呟く。キャスターのすぐ背後から。

 

 

『うわぁっ!? いつの間にっ!?』

 

「む……ああ、すまぬ。いつもの癖で気配を消してしまっていた」

 

「ビビらせんなよ。この距離で全く気付けねぇとは……どんな気配遮断してんだオタク……」

 

「何を言う。至極一般的なアサシンだ」

 

「嘘吐きやがれ」

 

 

振り向けば目と鼻の先。ロマニはおろかサーヴァントであるキャスターですらここまで接近されているのに話し掛けられるまで全く気付けなかった。間違いなく並みのアサシンを凌駕する気配遮断スキルである。

 

 

「……そう。未熟でもいい……仮のサーヴァントでもいい……ただマスターを守る。そう願って宝具を開いたのね、マシュ」

 

「所長……はい。私はまだ宝具の真名も英霊の真名も分かりません。ただ無我夢中で……」

 

「あなたは真名を得て、自分が選ばれるものに――英霊そのものになる欲が無かった。だから宝具もあなたに応えた」

 

 

選ばれた存在になろうとしている、特別な価値を求めている自分とは真逆だ。もしマシュと同じ立場だった場合、オルガマリーは宝具をモノにすることなどまず出来なかっただろう。

 

故に嫉妬してしまう。マシュ・キリエライトのあまりの純真さに。無欲さに。

 

 

「あーあ、とんだ美談ね。お伽噺も良いところだわ」

 

「え?」

 

「ただの嫌味よ。気にしないで。宝具を使えるようになったのは喜ばしいわ。でも真名が無いのは不便でしょ? 良い呪文(スペル)を教えてあげる」

 

 

こほん、とオルガマリーは咳払いする。

 

 

「宝具の疑似展開なんだから……そうね、“ロード・カルデアス”と名付けなさい」

 

「ロード・カルデアス……」

 

「カルデアはあなたにも意味のある名前よ。霊基を起動させるには通りの良い呪文でしょう?」

 

「ふうん……それってマリー所長が自分で考えたんですか?」

 

「な、何よっ。それがどうかしたの? 後マリー言うな」

 

「いえ、意外とセンスあると思いますよ。必殺技っぽくてカッコ良いし……フフッ」

 

「笑うなぁ! じゃああなたならどんな名前を付けるってのよ!?」

 

「え? そうですねぇ……アルティメット・シャイニング・サバイブ・ジーニアス・クライマックス・ブラスター・キング・ハイパー・エクストリーム・インフィニティー・ゴッドマキシマ……」

 

「長過ぎよっ! それに強そうな英文を並べるだけじゃないっ! 私の方が断っ然センスあるわよっ!」

 

「えー、だから誉めてるじゃないですか。流石マリー所長。かっくぃ~」

 

「そ、そう……? まあ、所長として当然のことですわ。次マリーって言ったらガンドかますわよ?」

 

『おお、チョロいね流石マリー』

 

「ガンド!」

 

『ぎゃあっ!? 僕もかい!? ホログラムでもビビるんだけど!?』

 

 

「……何をやっているんだ」

 

 

またしても口論する二人……と言ってもオルガマリーが一方的に噛み付いているだけなのだが。それを見てエツィオが呆れた様子でぼやく。

 

どうにもオルガマリーは立香を敵視しており、立香はそんなオルガマリーの反応を楽しんでいる節が見られる。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、今はそんなことをしている場合では無いだろうに。

 

 

「さて、嬢ちゃんも宝具をモノに出来た。なら後やることは一つだ」

 

「ああ。セイバーを殺しに行くだけだ」

 

 

キャスターの言葉にエツィオが続く。

 

戦力は申し分も無い。暫しの休憩を取った後、すぐにでもセイバーが構える居城へ攻め入る所存であった。

 

 

「……そういえば、アサシンの宝具ってどんななの?」

 

 

ふと気になった立香が尋ねる。キャスターは炎の巨人。マシュは白亜の結界。ではエツィオの宝具は一体どんなものなのか。

 

 

「ん? ああ、そうだな……いずれ、来る時、使うべき時に披露してやるとしよう」

 

 

そう言ってエツィオは不敵に笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ここに“大聖杯”がある。セイバーの野郎もこの奥に居る」

 

 

そして、数刻後。

 

立香達はキャスターに先導され、“龍洞”と呼ばれる山の内部に擁する大空洞を訪れていた。

 

曰く、この最奥部に大聖杯が敷設されており、セイバー……アーサー王が居城を構え、守護しているらしい。

 

 

「……ふむ、敵の反応は複数ある。大半が雑兵だとしてどれがサーヴァントかは判別出来ぬか」

 

 

“鷹の目”で覗き、洞窟内に点在する赤い光にエツィオは顔をしかめる。セイバーの顔と姿を事前に知っていればターゲットとして金色に発光させることが出来るのだが……。

 

 

「キャスターを見つけた時もそうだったけど、アサシンって敵の位置が分かるの?」

 

「ああ。これは“鷹の目”と言ってな。敵の位置や痕跡を視認することが出来る。通常ならば見えぬ文字も見えるし、不完全だが透視も可能だ」

 

『えっ!? “鷹の目”って……あれペットの鷲と視覚をリンクして偵察する奴じゃないの?』

 

 

エツィオの説明に、記憶と食い違っていたのかロマニが驚いた様子で疑問を口にする。

 

 

「は? 何だそれは……」

 

「それに鷲って……()の目なのに何で()なのさ」

 

「え? “Eagle vision”ですからそこは間違っていないのでは?」

 

「……はい?」

 

「え?」

 

 

困惑する一同。どうやら立香の聴いた“鷹の眼”というワードはマシュには別の言葉或いは別の意味として伝わっているようだ。

 

 

「……とにかく、俺は大体の敵の位置を把握出来る。余程遠方でもない限りな」

 

 

これは触れてはならぬ案件だと判断し、エツィオは咳払いして話を続ける。

 

 

『えぇ……チートじゃん。それってもう僕お役御免じゃ……』

 

「あら、今頃になって気付いたの? 役立たず」

 

『おおう……マリー辛辣ぅ……』

 

「それで、あなたの話だとセイバーの護衛に汚染されたサーヴァントが一騎居るみたいだけど」

 

 

しょぼくれるロマニを他所にオルガマリーが先頭に立つキャスターへと視線を向け、尋ねる。

 

 

「ああ。アーチャーの野郎が張り付いているはずだが―――」

 

「む、敵が来るぞ。反応は一つ……これは……他の反応よりも僅かに強いな」

 

「「「!」」」

 

 

その時、エツィオの発した言葉に皆が一斉に構える。それから数秒も経たない内に洞窟奥の暗闇が煌めき、矢が飛来する。

 

それは弾丸の如き目にも止まらぬ速さで吸い込まれるように立香の頭部を狙い撃ち――。

 

 

「ッ…………!」

 

 

しかし、寸前でマシュの盾によって弾かれる。地面に転がる矢に視線を向ければそれは捻れた螺旋状の剣のようなものだった。

 

対して矢を放った襲撃者は防がれたにも関わらずそれを見て笑みを浮かべる。

 

 

「ほう……その盾、間近で見て確信したよ。まさか()と融合しているとは。()()の興味をさぞ惹きそうだ」

 

「へっ……噂をすれば来やがったぜ。聖剣の信奉者のお出ましだ」

 

「……私は彼女の信奉者になったつもりはないが」

 

 

現れたのはあのランサー同様に漆黒の靄に覆われた男。顔は見えないが、色素の抜けた白髪と褐色の筋肉質な腕が特徴的な弓兵だった。

 

その飄々とした態度は、ランサーと違って理性的なように見える。

 

 

「よく言うぜ。一体何にセイバーを守っているのやら……」

 

 

そう吐き捨てるキャスターの顔は明らかに嫌悪に染まっていた。何やら因縁のある相手なのだろうか? と傍らで見ていた立香は思う。

 

 

「そういう貴様こそ自分が()()に手を貸しているのか理解しているのか? 魔術師になって更に性根が腐ったか?」

 

「ハッ もはや俺は誰の手駒でもねぇよ。それにいい加減永遠のゲームを繰り返すのも飽きてきただろ? そろそろマスを進めるべきだ」

 

「……成程。事のあらましは把握済みか。それでも尚、立ち向かう訳だな」

 

 

弓兵…アーチャーが目を細める。

 

 

「おうよ。世界を思うがままに出来ると思ったら大間違いだ。況してや俺らみてぇな死人が今更介入するなんて邪道にも程がある」

 

「不本意だが、同感だ。そういうのは英雄王に言ってやるといい。間違いなく串刺しにされるだろうがな」

 

「ふん……相変わらずいけ好かねぇ野郎だ」

 

「それも同感だ。訂正しよう。魔術師になってもその性根は変わらんようだ」

 

 

流れるような罵り合い。犬猿の仲とはこのことだろうと皆が思う。

 

互いに殺意を向け合い、片や魔術師にも関わらず杖を槍のように構え、片や弓兵にも関わらず手元にどこからともなく召喚した双剣を構える。

 

 

「さて、テメェとの因縁にもそろそろ終止符を打つか」

 

「望むところだ……と、言いたいところだが」

 

「あ?」

 

 

しかし、アーチャーはその鋭い眼を別の方向へ向ける。それはキャスターにとっては予想外のものだった。

 

 

「私としては貴方に興味がある。最強のアサシン、エツィオ・アウディトーレ」

 

「……知り合いだったか?」

 

 

皆が驚く。突如として誰も聞き覚えのなかった暗殺者の真名を言い当てたどころかどこか畏敬の籠った声で呟かれたからだ。

 

エツィオも生前の縁かと疑うが、記憶の限りではこのような人物とは面識は無い。

 

 

「いや、私が一方的に知っているだけだ。ボルジアを殺し、ローマを解放した男……私の生まれた時代でも、貴方の偉業は半ば伝説として伝えられている」

 

「……ならば教団の者か?」

 

「それも違う。関係者ではあるがね……ああ、テンプル騎士団ではないよ。あんな連中と一緒にしないでくれ」

 

「……そうか」

 

 

アサシン教団には所属していないが、関係者ではある。そして、テンプル騎士団に対する嫌悪感……成程。少なくとも生前は教団の味方であったようだ。

 

そんな人物が汚染され、影のサーヴァントと成り果てているとは。実に憐れである。

 

 

「で、弓兵よ。汝は俺との対決を所望しているみたいだな」

 

「ああ。そうだ。この身が果てるまでセイバーを守り抜くつもりだったが、貴方が来たことで気が変わった。最強の暗殺者に己がどれだけ戦えるか試してみたい」

 

「テメェ……そんな武人肌だったか?」

 

 

自分が知っているいつもの皮肉屋で饒舌な弓兵とは違う。汚染されて可笑しくなったのでは? とキャスターが勘繰る。

 

 

「それは違うなランサー。目の前の男は私がそう思うに足りる人物だということだ」

 

「……はっ。アサシンよぉ、どうやらアンタはこいつが生前に憧れた英雄って類いらしい」

 

「ああ。みたいだな」

 

 

後世の王達がアレクサンドロス大王に憧れ、そのアレクサンドロス大王がアキレウスに憧れたようにアーチャーもエツィオ・アウディトーレという過去の人物に憧れか、尊敬の念を持っていたのだろう。

 

この事実にキャスターは溜め息を漏らす。

 

 

「ったく……あの野郎とはここで決着を付けたかったが、ありゃアンタと戦う気満々なようだ」

 

「随分と潔いな」

 

「目的を優先してまで殺り合う気は無くなっただけだ。野郎との決着はまた別の聖杯戦争で付けるとするぜ」

 

「そうか……では―――」

 

 

するとエツィオが前に出る。

 

 

「アサシン……?」

 

「先に行け、マスター」

 

「え? 何で?」

 

「そうですエツィオさん。ここは皆で……」

 

 

全員で掛かった方が勝率も効率も良いはずだ。なのに自身を置いて行けと言うエツィオに立香とマシュが首を傾げる。

 

 

「奴は俺と戦うことを望んでいる。君達のことを後回しにしたい程にな。ならば俺に構わずマスターは先に進めば良い。こんな所でのんびりしている時間は無かろう?」

 

「……確かにそうね。手遅れになる前に、行動しないと」

 

 

エツィオの弁にオルガマリーが同意する。かの騎士王と戦うのだ。戦力は出来るだけ残しておきたいが、アーチャーとの戦闘を避けて最速で行動出来るのならばそれを優先するべきだろう。

 

何故ならこうしている間も、セイバーの手によって人類が滅びるかもしれないのだ。手遅れになる前に行動したい。

 

 

「けど……」

 

「心配するな、決して負けはせぬ」

 

「そうだぞ坊主。このアサシンはあの程度の野郎に殺られるようなタマじゃねぇよ」

 

 

それでもエツィオをただ一人残すことに不安を感じる立香は食い下がる。しかし、オルガマリーだけでなく今度はキャスターまでもが先へ進むことに賛同した。

 

 

「……本当に大丈夫なの?」

 

「問題無い。キャスターのお墨付きも戴いたのだ。早く行け」

 

「……うん。分かった。気を付けてね」

 

 

エツィオの言葉に立香は暫く考えてからコクリと頷く。不安はまだ消えていないが、一先ずはマスターとして彼を信じることにした。

 

 

「先輩……エツィオさん。必ず後で追い付いて来てください」

 

 

そんな彼を見てマシュが言う。彼女としてもエツィオの実力は理解しているが、不安はあった。

 

 

「ああ。勿論だとも」

 

「よし、一時の別れを惜しむのはこのくらいにしてさっさと行くぞ。――アンサズ!」

 

 

するとキャスターがアーチャーへと杖を向け、火炎弾を放つ。

 

 

「!」

 

 

アーチャーはそれを難なく避ける。しかし、次の瞬間視線を向けるとキャスターはおろか人っ子一人居なかった。

 

どうやら火炎弾に気を取られた一瞬で先へ進んだらしい。アーチャーは顔をしかめる。

 

 

「ッ……別に素通りしてくれても構わなかったのだがな」

 

「そのような性分では無かろう」

 

「!」

 

 

そして、背後から聴こえたその声にくるりと振り向く。

 

 

「お前は俺との対決を望んでいるが、それは別にマスターを狙わないことと同義ではない。そうであろう?」

 

 

背後に立つ暗殺者の問いにアーチャーはフッと笑みを浮かべる。

 

 

「ご名答。流石にそんなことをすればセイバーに何を言われるのか分かったものではないからね。それにしても、あの一瞬で私の背後を取るとは驚いたよ本当に」

 

 

そんな言葉とは裏腹に彼のその顔に驚きは微塵も無い。かの最強のアサシンならばその程度のこと赤子の手を捻るよりも容易いのだと理解しているからだ。

 

しかし、同時に疑問も生まれる。

 

 

「何故わざわざ声を掛けてきた? そのまま私の背中に刃を突き立てることも出来ただろうに」

 

「お前は一騎討ちを所望しているのであろう?」

 

「だから見逃したと?」

 

「ああ。それに成程……どうやらお前は俺についてよく知っているようだ。その張り巡らせているトラップは魔術の類いか?」

 

「む、気付いていたか……」

 

 

エツィオの指摘にアーチャーは顔を歪めるもこのような小手先が通じるはずもないかと納得する。

 

基本的な探知結界に加え、接近してきた相手を魔術攻撃で迎撃する自動発動型の魔術。サーヴァントに対しては効果は薄く、子供騙しも良いところだが、それでも無抵抗のまま殺されるということは防げる。例え一瞬だとしてもエツィオの存在を認識出来れば対処出来るという自信がアーチャーにはあった。

 

 

「視えるのでな」

 

「ああ。鷹の目……貴方程のレベルになると魔術まで視認出来るのか。羨ましいよ。()が薄い私ではそんなことは出来ない」

 

「ほう……では、お前もか?」

 

「ああ。教団と知り合ったきっかけさ。他の所有者と違って私の目は見えぬ文字は読めても透視や記憶の読み取りなんていう高度なものは出来なくてね。故に視力強化という一点において鍛練を徹底した」

 

 

お蔭で狙撃や偵察においては誰にも負けなくなった、とアーチャーは瞳を黄金に輝かせる。それはエツィオが鷹の目を使用した際と同一のものであった。

 

 

「成程。しかし、魔術を使い、双剣を得物とし、果てには鷹の目まで所有する弓兵など聞いたこともない。いや、本当に弓兵なのか?」

 

 

双剣を得物としている時点でそもそも自分が知る弓兵とは大きく乖離している。使い慣れたその様子からサブウェポンという訳でもなさそうだ。

 

だが、先程は 立香へと剣のような矢を放っている。故に弓も持っているのだろう。装備していないのは魔術によって召喚・保管が可能だからか。

 

 

「フッ……よく言われる。が、私はまだマシな方だ。中には弓を使わないアーチャークラスのサーヴァントだって居るのだからな。恐らく飛び道具さえ持ってれば適正有りと見なされるのだろう」

 

「何と……それは随分と大雑把だな」

 

 

ガンナーやシューターというクラスも必要なのでは? とエツィオは聖杯のシステムの粗さに呆れる。

 

 

「……まあいい。無駄話が過ぎたな。そろそろ始めよう」

 

 

すると次の瞬間。エツィオは跳躍するように地面を蹴り、アーチャーの眼前まで接近する。

 

 

「!」

 

 

籠手から刃が伸び、喉を貫こうと突き出される。アーチャーはそれを右手の剣で防ぐことで受け流すように上へと持っていく。そして、がら空きとなった胴体を切り裂かんと左手の剣を振るう。

 

 

「おっと」

 

 

しかし、エツィオは即座に後方へ退いたため剣は空を切った。

 

 

「ッ……やはり貴方に魔術は無意味か!」

 

 

今頃になって作動する仕掛けていた魔術に思わず舌打ちするアーチャー。分かっていたことだが、かつて半人前と呼ばれた己の魔術ではサーヴァント戦において役に立つことはなかった。

 

だが、元より暗殺という最悪の事態を回避する為のものだ。即座にアーチャーは後方へ下がったエツィオを追撃しようと切り込む。

 

 

「―――!」

 

 

繰り出される連撃。それをエツィオは身体を反らすことで避け、回避し切れぬ攻撃は手甲で受け流していく。

 

 

(凄まじいの一言に尽きるな……これがサーヴァントか)

 

 

ヴァティカンの衛兵隊、イェニ・チェリ軍団……恐らく彼らの何倍、何十倍と強い。今まで戦ってきた敵とは格が違うとエツィオは改めて認識する。

 

実を言うとエツィオがアーチャーとの一騎討ちに応じたのは己の実力を把握する為であった。サーヴァントとなった己が、英霊を相手に真っ向からの戦闘でどこまで戦えるのか。かの騎士王を相手にするのなら尚更だ。

 

そして、予想通りと言うべきかサーヴァントというのは、少なくともこのアーチャーはエツィオが生前で会い見た誰よりも強い。

 

 

(――面白い!)

 

 

するとエツィオは絶えず攻撃を行うアーチャーの腹を蹴り上げた。

 

 

「くっ!?」

 

 

当然、アーチャーは怯み動きを止める。それによって生まれた決定的な隙にエツィオは腕を彼の頭部へと翳し、“引き金”に触れた。

 

そして次の瞬間。パァン! という乾いた音が鍾乳洞に響き渡る。籠手に仕込まれたピストルから弾丸が放たれたのだ。

 

 

(ッ……! この距離ではアイアスは間に合わない……!)

 

 

ならばとアーチャーは片手の剣で弾丸を弾こうとする。しかし、アクション映画のように行くはずもなく衝撃で剣の方が弾かれ、宙を舞う。

 

これをチャンスと見たエツィオは両手から刃を展開し、アーチャーを切り裂こうと迫った。

 

 

「フッ」

 

「!」

 

 

しかし、ほくそ笑むアーチャーの顔に動きを停止させる。そして、くるりと後ろをエツィオは振り向く。すると宙を舞い、そのまま重力に従って落下するはずだった剣がこちらへ高速で迫っていた。

 

咄嗟にエツィオは刃を刀身に当て、剣の軌道を反らして受け流す。だが、攻撃はまだ止まらない。受け流した剣はアーチャーの手元に戻り、それをニ振りとも()()する。

 

 

「何っ……」

 

 

これにはエツィオも驚く。まさか得物を投げてくるとは思わなかった。不意を打つにしてもあまりにもお粗末だ。エツィオは即座に首目掛けて飛んで来るそれを避ける。

 

そして、アーチャーが何をしようとしているのかを理解する。彼の手元に同じ型の双剣がまた召喚されたからだ。

 

それもまた投擲される。気付けば弾いた剣がブーメランのように回転しながらこちらへ飛来していた。つまり四方を剣で囲まれ、エツィオが逃げられない状況が作り上げられていたのだ。

 

 

「鶴翼三連。この絶技――防げるものならば防いでみるがいい!」

 

 

更にアーチャーがまたしても双剣を召喚し、正面から切り込んでくる。その双剣の刀身は他のよりも長く、赤く発光していた。

 

計六つのほぼ同時攻撃。避けることも防ぐことも許さない完全に初見殺しの絶技だ。これには流石のエツィオも成す術は無く――。

 

 

「――否!」

 

 

絶体絶命。その状況下でもエツィオの目に諦めなどという感情は微塵も無く、即座に行動に移った。まず後方の剣をピストルを撃ち、弾く。それから三本のナイフを投げ、飛んできた剣の端に当てて軌道を反らす。

 

するとどうだろうか。別方向から向かってきていた剣までもが軌道を変えていく。まるで弾かれた剣に惹かれるように。

 

 

「なっ……」

 

 

アーチャーが目を見開く。ずれた軌道はほんの微々たるものだが、それだけの変化があれば避けるのは容易い。そうはさせぬとアーチャーは双剣を振るうが、エツィオは先程と同様にそれを受け流す――否、そのまま吸い寄せるかのように刃がアーチャーの喉元へと行く。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

 

しかし、腐っても英霊か。反射的に地面を蹴り上げ、バックステップすることで何とか回避することに成功する。

 

ギリギリだ。リーチが少しでも長ければ喉を掻っ切られていた。

 

 

「ッ……ここまでとは」

 

 

何と、何という男だ。アーチャーは自身が憧れた暗殺者の実力を上方修正し、顔を歪める。

 

痛む横腹を見てみれば血が垂れていた。どうやら先程のカウンターを避けた際に振るわれた刃の一撃をもらっていたらしい。掠り傷程度だが、相手よりも先にダメージを負ったのはアーチャーにとって致命的だった。

 

 

「まさか鶴翼三連を、あんな方法で破るとは思いもしなかった」

 

 

“干将・莫耶”。中国におけるある夫婦が制作した名剣。その最大の特徴は磁石のように互いを引き寄せ合う夫婦剣であり、これを六対駆使することでほぼ同時攻撃を行う絶技が“鶴翼三連”。アーチャー唯一のオリジナル技。

 

しかし、エツィオには通じなかった。恐らく最初の一撃で双剣の性質に気が付いたのだろう。故にあれだけ冷静に正確に対処出来た。

 

銃撃し、ナイフを投げ、最後にカウンターを決める。この一連の動作をあの一瞬で思考し、アドリブでやったのだから驚愕せざるを得ない。

 

 

「いやはや……流石に死を覚悟したぞ」

 

 

一方、エツィオはエツィオでアーチャーの絶技に驚き、冷や汗を掻いていた。

 

仕組みに気付けなければまず死んでいただろう。弓兵がこのような技を持っているなど誰が予想出来ようか。

 

籠手を見てみれば少し罅が入っている。やはり完璧には受け流せなかったようだ。

 

 

「それはこちらの台詞だ。初見殺しの絶技と自負していたのだがね。おまけに危うくアサシンお得意のカウンターを決められる所だった」

 

「そう褒めてくれるな……剣と剣が引き寄せ合うのか、お前が剣そのものを操っているのか分からなかった。つまり一か八かの賭けだったのだ……それに勝ったまで」

 

 

幸運のパラメーターは低いのだかな、とエツィオは笑う。もしアーチャーが剣を操っているパターンだった場合はそのまま相討ちする所存だった。

 

 

「しかし、次はそうは行かぬ」

 

「フッ……恐ろしい男だ。ならば私も切り札を切らなければな」

 

 

そう言ってアーチャーは後方へと下がり、自身の胸に手を当てた。

 

 

I am the bone of my sword. (――体は剣で出来ている)

 

「!」

 

 

始まったのは詠唱。その瞬間、世界が作り替えられていく。

 

 

Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)

 

I have created over a thousand blades.(幾度の戦場を越えて不敗)

 

Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)

 

Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

 

Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う)

 

Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく)

 

So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

 

「これは……」

 

 

世界が変わった。境界線に走る炎。無数の剣が刺さった荒野。空は赤く、幾つもの歯車が回っている。

 

 

「固有結界という奴か」

 

「ほう……知っていたか。聖杯の知識かな?」

 

 

またの名をリアリティ・マーブル。心情風景の具現化。個と世界。空想と現実。内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗り潰す魔術の最奥。世界そのものを変える魔法に近い魔術。初めて見たエツィオは目の前に広がる異世界としか形容出来ない光景に感嘆の声を漏らす。

 

一方、アーチャーは魔術とは縁遠いエツィオが“固有結界”などという単語を知っていることを意外に思う。

 

 

「ふむ、これが幾つも武器を召喚出来ていたカラクリという訳か……にしても身体は剣で出来ている、か。ますますアーチャーなのか疑わしいな」

 

 

普通はセイバーかキャスターだろう。呆れ気味で言うエツィオにアーチャーは眉をひそめる。切り札を見せたというのに彼が焦りや動揺の感情を見せるどころか余裕ぶっていたからだ。

 

単なる強がりか。それとも……。

 

 

「さあ、最強のアサシンよ。見ての通り私は千の宝具を持つ。かつて千の兵を相手に無双した貴方は、これをどう切り抜ける?」

 

 

そう問いながら双剣の切っ先を向ける。

 

やろうと思えばとある英雄王の如く四方八方から剣を豪雨のように降り注がせることも可能だ。最強と言えどアサシンに広範囲の攻撃に対処出来るような攻撃手段があるとは思えない。

 

負ける道理は無かった。アーチャーは己の勝利を確信する。

 

 

「どう切り抜ける……そうだな。こればかりは俺一人ではどうしようもない」

 

 

そして、出たのは諦めの言葉。しかし、その瞳に宿る闘志はまだ燃えていた。

 

 

「故に、こちらも切り札を切ろう」

 

 

そう呟かれた言葉にアーチャーが身構える。そうだ。彼はまだ使っていない。サーヴァントの切り札、宝具を――。

 

 

「Laa shay'a waqi'un mutlaq bale kouloun mumkin.」

 

 

真実は無く、許されぬことも無い。呟かれたのはアサシンの信条。それに呼応するかのように世界が再び上書きされる。

 

 

「“我らが信条、血盟は続く、永遠に(アサシンクリード・ブラザーフッド)”」




……鶴翼三連ってこんな技だっけ? 記憶が曖昧


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memory.04 ローマに集え

フルシンクロ条件:弟子を陽動に使う。



今回は少し短め。


 

 

真実は無く、許されぬことは無い。

 

アサシン教団が遥か昔から掲げ、現代にまで受け継がれている信条。それは自由意思の象徴であり、その意味合いはアサシン達によって様々な解釈がされてきた。

 

ある者は、正義の為ならばどんな罪を犯しても許されるのだと解釈した。

 

ある者は、言葉そのままに受け取り何をやっても構わないんだと解釈した。

 

ある者は、この信条は知恵の始まりに過ぎず未完成なのだと解釈した。

 

ある者は、それは自由ではなく一種の警告であると解釈した。

 

そして、エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェという男はこう解釈した。

 

真実など無いのだから、脆弱な社会の基盤は自分達で守らなくてはいけない。

 

許されぬことなど無いのだから、信念に基づく行動の結果であれば例えそれが悲劇であっても受け入れなければならない。

 

それは彼自身の戒めであり、信念である。そんな彼はアサシン教団において正しく“英雄”と呼ぶに相応しい人物であり、それは一部では信仰の域にまで至っていた。

 

ルネサンス期のイタリアで活躍した彼は創始者“バエク”や伝説の“アルタイル”を筆頭とした偉大なるアサシンと並んで讃えられており、それは一部では信仰の域にまで達していた。

 

その理由は何か。まず彼はルネサンス期において廃れていたアサシンの血盟を復活させた。

 

それからアサシンギルドを立ち上げ、イタリア、スペイン、オーストリア、ロシア、フランス、イギリス、インド、ポルトガル、トルコ、ドイツといった世界各地へ多くの優秀な弟子を送り、当時のテンプル騎士団の勢力を大幅に弱体化させた。

 

その後、“教会”の実権を握り、絶大な力で欧州全域を支配していたボルジアの一族を打倒した。

 

更には彼らが支配していたローマを解放するに留まらずボルジアに対する反乱分子を支援し、あらゆる手段で廃れていた街を復興させた。それから数十年、ローマは実質彼らが運営していたと言っても過言ではない。

 

老年にはかの伝説のアサシン、“アルタイル”の書物庫を探す旅をし、遂にはそれを見つけ出した。

 

他にも多くの偉業や功績を残し、教団に多大な貢献をした。それが現代まで栄光の象徴として語り継がれている所以だ。

 

また数多くのアサシン達を差し置いて“最強”と謳われるだけあってその強さは正に一騎当千であり、オスマン帝国の精鋭であるイェニ=チェリ軍団を真っ向から相手にして傷一つ追わなかった程だった。

 

――しかし、その功績も、その強さも、彼一人だけの手によるものではなかった。

 

稽古を付けてくれた伯父が居た。隠れ方を教えてくれた娼婦が居た。協力してくれた盗賊と傭兵が居た。武器を作ってくれた親友が居た。支えてくれた家族が居た。共に戦ってくれる仲間が居た。

 

レオナルド、パオラ、マリオ、狐、カテリーナ、ローザ、アントニオ、テオドラ、バルトロメオ、ニッコロ、クラウディア……多くの仲間が彼を導き、力を貸した。

 

彼らが居なければエツィオは単なる復讐鬼と化していただろう。彼らが居たからこそ今のエツィオがあるのだ。

 

――そして、これはそんなエツィオ・アウディトーレという英霊を象徴するものである。

 

 

「なっ……」

 

 

舞い落ちる純白の羽。建ち並ぶ芸術的な建築物の数々。横を通り過ぎる群衆。目の前に広がる有り得ぬ光景にアーチャーは愕然としていた。

 

 

「ここは……まさか……」

 

「そう、“ローマ”だ」

 

 

目の前に立つエツィオの言葉通り、今居るこの場所は、この風景はルネサンス期のイタリア・ローマの街並みそのものであった。

 

これは幻か。否、アーチャーには分かる。この群衆も建物も総てが実体を持っているということが。故に、だからこそ信じられず、目を疑った。

 

 

「馬鹿な……私と同じ固有結界の宝具、それも街一つを丸々再現する規模だと……!?」

 

 

自身のものとは桁が違う。大都市を丸々再現するという規格外の代物。明らかに魔術師でもなければ神話の英霊でもない。とてもじゃないが、アサシンのサーヴァントが持つには不相応なものであった。

 

 

「いくら最強の称号を持つとはいえ一介のアサシンであるはずの貴方が固有結界を何故……!?」

 

「宝具とは、その英霊の象徴だ。ならば俺が多くの実績を成したこの街が再現されても不思議ではあるまい。それにこの街は我が故郷フィレンツェに次いで思い入れがあるしな」

 

「そんな理屈で……!」

 

「さて、話は終わりだ。そろそろ戦いに幕を下ろすとしよう」

 

 

すると次の瞬間。エツィオの姿が群衆に紛れ、完全に消えた。

 

 

「――ッ!」

 

 

それを見たアーチャーの行動は早かった。即座に大きく跳躍し、近くの民家の屋根に立つ。

 

一先ず動揺や疑問は振り払う。それよりも今は戦闘に専念しなければ。生前の経験故か、気持ちの入れ替えは得意であった。

 

 

(真っ向からの勝負を辞め、暗殺に切り替えたか……!)

 

 

となれば圧倒的に不利だ。何せエツィオにとってこのローマは庭のようなものなのだ。どこから攻めてくるか全く分からない。

 

故に身を隠す場所の少ない屋根の上へと移動した。ここからならば群衆を見下ろし、隠れるエツィオを探すことも可能だ。

 

自身の鷹の目は4㎞先までなら高速で動くものでも正確に視認することが出来る。群衆に紛れ、気配を遮断する暗殺者にどこまで通じるか分からないが、いつどこから襲われても平気なように全神経を集中させる。

 

 

「おい、よせ! 怪我をするぞ!」

 

「む?」

 

 

しかし、下から何者かに話し掛けられたことでアーチャーの集中が切れる。視線を向けると先程までこちらに見向きもしなかった群衆がこちらを見上げていた。

 

 

「それって違法だろ? どうでもいいけど」

 

「何だ君は……どうでもいいなら話し掛けて来ないでくれ」

 

 

アーチャーは顔をしかめ、群衆の一人を睨む。実体はあっても背景に等しいNPCのようなものだとばかり思っていたのだが、明らかに自我を持ち、こちらに反応してきた群衆に驚く。

 

 

「ありゃ誰だ? 馬鹿か?」

 

「なかなか斬新な移動方法だな」

 

「おっ、無茶するなぁ」

 

「サーカス? ここで?」

 

「何で歩かないんだ?」

 

「あんな真似をして、何の意味があるんだ?」

 

「あの世行きだな……遅くても五分後には」

 

「神よ……無謀な」

 

「ありゃ良い運動になるな」

 

 

次々と浴びせられる呆れと憐れみの声。これにはアーチャーも居心地を悪くする。屋根を登ったくらいでここまで酷い言われようとは。

 

 

「ッ……無視だ無視……」

 

「何の為にあんなことを……あっ成程女絡みか」

 

「違う!」

 

 

話し掛けてくる以外には害は無いと判断し、アーチャーは群衆をスルーしようとするが、最後に呟かれた一言は過去の悪い記憶が甦ったのか気に障ったようだ。たまらず別の屋根に飛び移り、群衆から離れていく。

 

 

「ちっ……この宝具には精神攻撃も含まれているのか」

 

 

苛立ちから舌打ちするアーチャー。奇人のように扱われるのはなかなか堪える。それに言葉一つ一つに棘があり、煽り耐性を下げてくる言動ばかりだった。

 

しかし、警戒は怠らない。いつどこからエツィオが現れても対応出来るように目を光らせていた。

 

――その時、真横から銃声が鳴り響く。

 

 

「!」

 

 

即座にアーチャーは顔を後ろへ反らす。結果、飛んで来た弾丸は彼の目の前を通り過ぎて行く。

 

 

「……はっ、驕ったな。あなたともあろう者が暗殺に音の出る銃を選ぶとは――!?」

 

 

足を止め、銃声がした方向へと身体を向けるアーチャー。――しかし、それと同時に背後から殺気を感じた。

 

 

「何っ!?」

 

 

振り向けば屋上に備え付けられた着替え室のカーテンから白い影が飛び出し、襲い掛かって来ていた。アーチャーは咄嗟に剣を振り、喉元に迫っていた短刀を弾く。

 

白い影はそのまま後方へ下がり、アーチャーから距離を取る。

 

 

「むっ……エツィオ・アウディトーレじゃない……?」

 

 

その襲撃者は、エツィオと同じような白い衣装にフードを被っていた。しかし、覗かせる顔は全くの別人の男だった。

 

 

「我らが導師の敵、ここで討つ」

 

「――アサシンに勝利を」

 

 

男の傍らにまた別の人物が立つ。恐らくアーチャーを銃撃した者だろう。服装はこれまたエツィオと同じものであったが、胸部に膨らみがある。顔を見ればそれは金髪の女性だった。

 

アーチャーは困惑する。彼らの存在もそうだが、サーヴァントである己と戦える程の戦闘力と攻撃される寸前まで気付かせない気配遮断スキルを有していたからだ。

 

これではまるで――。

 

 

「「「「「「「「「「闇に生き、光に奉仕する、そは我らなり」」」」」」」」」」

 

 

「!?」

 

 

 

すると右に左……四方八方から発せられた別々の声が一つに重なる。ハッとした様子でアーチャーが辺りを見回せば白いフードを被った暗殺者の集団が自身を取り囲んでいた。

 

 

(馬鹿な……まさかこいつら全員が……アサシンだとでも言うのかっ!?)

 

 

あまりの驚きに言葉を失う。教団の一員という意味ではない。彼ら一人一人がアサシンのクラスを宛がわれた無銘の英霊なのだ。

 

そのような宝具があるのは知っていた。あの征服王の持つ数万の軍勢を召喚する宝具がその筆頭だ。しかし、しかしだ。軍勢を率いたという逸話など皆無であったはずの暗殺者のサーヴァントがこのような宝具を持っているとは誰が予想出来ようか。

 

 

「例え世の人は真実を盲信しようとも、忘れるな」

 

 

――真実は無い。

 

 

「例え世の人は法や道徳に縛られようとも、忘れるな」

 

 

――許されぬことも無い。

 

 

どこからともなく響くエツィオの言葉に、暗殺者達は再確認するかのように己の魂に刻まれた“信条”を述べる。この言葉の下に彼らは集い、影に生きることを決めた。彼らにとってそれは己の在り方そのものである。

 

永遠に続く血盟(ブラザーフッド)。太古から現代まで受け継がれるアサシンの信条を胸に彼らは偉大なる師の呼び掛けに応じ、霊体となって再び現世へと馳せ参じたのだ。

 

 

「勝利を我らに」

 

 

それが号令となり、アサシン達は一斉に背のクロスボウを手に構える。

 

 

「!」

 

 

アーチャーの動きは速かった。足場の屋根が陥没する程の力で踏み込み、十数mまで高く垂直にジャンプした。

 

当然、アサシン達はクロスボウの照準を上へと動かし、矢が嵐のように放たれる。

 

 

「――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 

するとアーチャーの目の前に七つの花弁のある花のような結界が展開され、矢を弾いていく。

 

トロイア戦争においてアカイア側で活躍した戦士、アイアスが所持していた七枚の牛皮を敷き詰めた青銅の盾が宝具へと昇華したもの。トロイア側の大英雄ヘクトールの攻撃を悉く防いだそれは投擲武器や飛び道具に絶対的な防御を誇る。

 

 

(多勢に無勢とはこのことか……だが、私もただで殺される訳にはいかない。精々足掻かせてもらうぞ……!)

 

 

アーチャーは無傷の花弁を踏み、近くの高い建物へと跳び移る。その手には洋弓が携われていた。

 

 

「――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 

そして、矢として現れるのはドリルのように捻れた螺旋状の長剣。ケルト神話にて登場する伝説の剣の贋作。

 

 

偽・螺旋剣(カラド、ボルグ)

 

 

伝説の剣を矢にするという贅沢な使い方だろうか。しかし、それだけではない。アーチャーは宝具を()()し、いくらでも贋作を生み出せるが故、“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”という宝具を自ら爆破させるという更に贅沢な使い方を用いるのだ。

 

弓を引き絞る。狙うはこちらを追ってくるアサシン達が立つ()()。敵を纏めて一掃する為に、街の一部ごと消し飛ばすつもりだった。

 

 

壊れた(ブロークン)―――」

 

「そうはさせぬ」

 

「――ッ!?」

 

 

しかし、喉に鋭い痛みが走ったことでそれは出来なくなる。

 

 

「なっ……!?」

 

 

目を見開き、視線を下に向ければ自身の首から矢が生えていた。一体どこから。そんな疑問を抱くよりも先に力が抜け、弓を落とす。

 

そして、間髪入れずに二発目の矢が今度は心臓を狙って飛んで来る。

 

 

「チィッ……!」

 

 

しかし、無銘とはいえ腐っても英霊だ。アーチャーは身体を反らし、心臓ではなく肩に矢を受ける。致命傷は避けられたが、そのままアーチャーは重力に従い、塔から落下していく。

 

 

「かはっ……くっ……」

 

 

地面に叩き付けられる衝撃。凄まじい激痛に悶絶しながらもアーチャーは刺さっている矢を乱暴に引っこ抜く。首に空いた穴から絶え間無く血が溢れ、空気が漏れることでヒューヒューという音がする。これ程の傷を受けながらまだ生きているのは流石サーヴァントと言えよう。

 

 

「またならず者か……」

 

「物騒な世の中だ。常識も法律もあったもんじゃない」

 

「一種の教訓だな……明日死ぬかのように生きろ。いつ死神が訪れてもいいように」

 

「一体何があったんだ……酷い……誰か人を呼んで、いや、逃げなきゃ」

 

「哀れな……せめて祈りを捧げよう」

 

「ふぅ、まったくこの世は死体だらけだ」

 

「ううっ、酷い有様だな、誰も片付けをしないつもりなのか?」

 

「うわっ死んでる! 番兵!」

 

「誰がやったんだ! 俺だと思われたらまずいな、消えるとしよう」

 

「また一人天に召されたか、魂に安らぎがあらんことを」

 

 

「好き勝手、言って、くれる……後、まだ死んでいない……」

 

 

野次馬を作り、他人事のように口々に呟く群衆にアーチャーは呆れる。

 

しかし、実際のところ間違いではない。気合で何とか踏ん張っている状態だが、この傷ではもうじき消滅するだろう。

 

 

「最初から、私を塔の上に誘導するのが目的だったという訳か……」

 

 

まんまと引っ掛かった。アーチャーは悟る。総てが計算付くだったということに。

 

生前の経験からアサシンの恐ろしさをよく知っており、警戒しているアーチャーを暗殺するのはとても困難なことだ。それに何らかの防御手段を用いて防がれる危険性もある。

 

ならばどうするか。アーチャーが他者を攻撃するタイミングを狙うのだ。余程冷静で余裕がある場合でない限り、どんな者でも無防備になる。その僅かな隙を突く為に予め弓兵にとって絶好の狙撃ポイントである塔の付近に身を潜め、待ち伏せていた。

 

 

「――そうだ」

 

 

ドンッと鈍い音が響く。

 

大地へと降り立ったエツィオは籠手から仕込み刃を伸ばし、アーチャーへと歩き出す。

 

 

「ハハッ……見事だ。もしかしたら、心のどこかで貴方を侮っていたのかも、しれんな」

 

 

渇いた笑いが零れる。暗殺者が固有結界を持ち、更にサーヴァントにも匹敵する暗殺者を多く召喚するなど誰が予想出来ようか。全く以て常識外れにも程があろう。

 

もはや勝機は皆無に等しい。しかし、アーチャーの瞳に宿る闘志は未だに燃えている。

 

その手に鶴翼三連を行った際と同じように刀身が伸びた干将・莫耶を召喚し、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「ほう……まだ立つか」

 

「最後の悪足掻きという奴だよ……貴方に一太刀くらいは浴びせたいの、でな……!」

 

 

双剣をクロスさせるように構え、全速力で駆ける。アーチャーは一瞬にしてエツィオとの距離を詰め、彼を切り裂かんと振り翳す。

 

 

「――無駄だ」

 

 

しかし、次の瞬間に響いたのは肉を断つ音ではなくキィン!と金属と金属がぶつかり合う甲高い音であった。

 

アーチャーの渾身の一振りはそれよりも遥かに細く短い刃によって在らぬ方向へと受け流され、エツィオには届かなかった。

 

ならばと二擊目を加えようとするアーチャーだが、そうはさせないとばかりに剣の刀身を滑るように刃が眼前に迫る。

 

 

「かはっ……」

 

 

そして、そのままアーチャーの心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……敗れたか」

 

 

何も無い真っ白な空間。そこで力無く倒れるアーチャーはエツィオに抱き抱えられていた。

 

 

「死が汝に平穏をもたらさんことを」

 

「平穏、か……すまないが、死んだところで私にそんなものは無い」

 

「何? どういうことだ?」

 

「何のことは無い。身の程も弁えず世界と契約し、守護者となった代償さ」

 

 

自嘲気味にアーチャーは語る。

 

世界と契約……守護者……これらの単語はエツィオが与えられた知識の一部に合致した。願いを一つだけ叶える代わりに死後永遠に“抑止力”に隷属し、人類の繁栄の敵となる存在を抹消し続ける尖兵……言ってしまえば高尚な英霊には到底頼めない汚れ仕事を担う者達のことだ。

 

この目の前に居る男が、そうだったとは。

 

 

「私は……俺は貴方のような“正義の味方”になりたかった」

 

「正義の味方だと?」

 

 

すると一人称が変わる。口調もどこか少年のような雰囲気になった。恐らくこれが素なのだろう。エツィオは真剣な顔でアーチャーの話を聞く。

 

 

「ああ。初めは“呪い”のように託されたものだったが、やがてその羨望は本物になった。ただひたすらに夢想し、追い求めた。俺はそんな愚かな男の成れの果てだ」

 

 

多くの人々を救いたかった。世界と契約すればそれが成せると信じていた。しかし、結果はこのザマだ。“抑止力”にこき使われるだけの奴隷。多くを救うどころかその倍の数を殺す、単なる掃除屋に過ぎなかった。

 

 

「結局のところ俺では無理だった。貴方のように奴等に勝てなかった」

 

「……()()?」

 

「“アブスターゴ”……それが現代でのテンプル騎士団の表向きの名だ」

 

「……! そうか、奴等はまだ存在しているのか」

 

 

しかし、当然のことだろう。アルタイルが言っていた通り、彼らは不滅だ。()()という最強の武器を操る彼らは例え一人残らず全滅させようともいつの日かまた復活する。

 

そんな連中がたかだか五百年かそこらで消えるなど有り得なかった。

 

 

「国家……教会……政治家……そして今、奴等は巨大な“企業”を隠れ蓑にし、世界を牛耳っている」

 

「成程。俺が戦った時よりもずっと強大になっている訳か」

 

「ああ、そうだ。貴方がボルジアを倒していなかったら、もっと早い段階でそうなっていただろう。或いは更に悪化していたか……どちらにせよ今やアサシン教団は壊滅寸前にまで追い詰められている。劣勢と呼ぶ方が生易しい状況さ」

 

「何と……そこまでか」

 

 

教団が滅び掛けているという衝撃的な内容にエツィオは驚く。どうやら現代のテンプル騎士団は自分が想像しているよりもずっと強大な存在と化しているらしい。

 

 

「懸命に戦った。だが、どうすることも出来なかった。ただ暴力を振るい、殺すことしか出来ない俺では何をやっても無意味だった。連中にとって物理的な力などいくらあっても些細なものでしかなかったんだ。その挙げ句に信じていたものにまで裏切られて処刑された。そして、今は抑止力の使い走り……実に惨めだろう? 俺は英霊になんてとてもなれやしない愚者さ」

 

「…………」

 

 

その言葉はまるで嘆きのようであった。精神は消耗し、人間性は擦り切れていた。これが正義の味方に憧れ、なろうとした者の末路。

 

志は素晴らしいものであったが、現実は理想よりも遥かに厳しかった。立ち塞がる巨悪は何とも強大で理不尽で、しかし諦め切れぬ男は更なる力を追い求めた結果、今も不相応な対価を支払い続けている。何と哀れなことであろうか。

 

 

「だが、その理想は本物だったのであろう。お前は己が信じる“正義”の為にテンプル騎士団と戦った。結果が伴わなかったともしても、お前はお前の“正義”を貫いたのだ。そんなお前の人生を責め、否定する権利など誰にも無い」

 

 

自分自身ですらな、とエツィオは語る。成れの果てと悲観するが、彼にも救ってきた命があったはずだ。彼のお蔭で助かった命も決して少ないものではなかったはずだ。

 

しかし、アーチャーの気持ちも分からなくもない。抑止力にとって都合の悪いものだけを排除する為に遣わされ、殺したくないものまで殺すという辛さは想像を絶するものだ。

 

 

「言ってくれる……こんな私を肯定してくれた人間は恐らく貴方で二人目だろう」

 

 

アーチャーは笑みを溢す。

 

 

「エツィオ……貴方は、後悔していないのか? アブスターゴは、テンプル騎士団は世界を支配するにまで至った。過去の貴方達の戦いも虚しく……俺が言うのもなんだが、結果的には―――」

 

「無意味だった、か? そうだな……確かにお前から見ればそうなのかもしれない。それにお前の言う通り()の人生は後悔ばかりが存在する」

 

「なら――」

 

「だが、未練は無い」

 

 

きっぱりとエツィオは述べる。確固たる意思を以て放たれたその言葉にアーチャーは息を呑む。

 

 

「多くを失った。家族も、仲間も、愛する人も、友も……しかし、それと同時に私は多くのものを得た。無意味? いいや。意味のある人生だったさ。私がやってきたこと総ては、決して間違ってなかったと信じている」

 

 

救ってきたものがあった。守り抜いたものがあった。成し遂げられたことがあった。一時とはいえ平和をもたらした。あの日、あの時、エツィオが送った60年の人生に無意味なことなど一片足りとも存在しない。

 

 

「……ハハッ 強いな。英霊って奴は何でこんな不屈な精神を持つ者ばかりなのだろうか」

 

 

呆れながら、しかし嬉しそうにアーチャーは笑う。自分はエツィオとは違う。彼は皆と協力してテンプル騎士団を倒し、至福に包まれた最期を迎えた。正義の味方を志すことなく、なるべくして正義の味方となった。

 

何もかもが違う。この差は一体何なのだろうか。

 

 

「ああ、きっと……きっと貴方が俺だったのなら、こんなことにはなっていなかったのかもな。アブスターゴがどんなに強大で理不尽でも貴方が居たらアサシン教団は……」

 

「それは買い被り過ぎだ。私はお前が思っているような完璧な人間でも正義の味方と呼ばれる程大層な人間でもない」

 

「いいや。貴方は紛れもなく正義の味方だ。他のどのアサシンよりも正義で満ち溢れている」

 

 

アーチャーは称える。案内された教団の支部で彼の記憶の片鱗を見た頃から、ずっと憧れていた。自分もああなれると信じてしまった。

 

 

「貴方は否定する権利など無いと言うが……やはり俺は自分が許せなかった。だから自分という存在を抹消する為に聖杯戦争に臨んだが、この聖杯戦争は狂ってしまった。セイバー曰く、一匹の()の手によって」

 

()だと?」

 

「気を付けろ、エツィオ・アウディトーレ。これはまだ序章に過ぎない。世界は本来の物語から大きく外れてしまった。しかし、貴方なら――」

 

「それはどういう……おい、おい!」

 

 

意味深な発言にエツィオが問い詰めるが、時既に遅くアーチャーは光の粒子となって消滅してしまう。

 

()……その単語も与えられた知識の中に存在する。確かに()()ならば人類を滅ぼすことなど容易いだろう。しかし、だとするならば果たして勝ち目はあろうか。

 

 

「……この死が汝にほんの一時でも安寧をもたらさんことを。眠れ、安らかに」

 

 

思考しながらも弔いは忘れない。エツィオはアーチャーが居た場所に憐れみを以てそう呟き、その場を後にする。

 

こうして、一つの戦いが幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アサシン……大丈夫かな?」

 

 

一方その頃。

 

立香一行は襲い来る獣人や竜牙兵といったエネミー達を撃破しながら洞窟の先を進んでいた。

 

 

「そう心配すんな坊主。仮に殺られちまったとしてもサーヴァントってのは所詮は死人だ。消滅してもまた召喚出来る」

 

 

後ろを振り向き、エツィオの身を案ずる立香をキャスターが励ます。その言葉が励ましになっているのかはともかく。

 

 

『あ、カルデアの召喚システムだと倒されるとここへ強制送還されるようになってるんだけど……』

 

「だけど?」

 

『立香君と直接契約してるアサシンの場合はどうなるのか分からないんだよねぇ』

 

「そんな……」

 

「こらロマニ。余計不安にさせてどうするのよ。藤丸の奴、ただでさえ顔色悪いのに。ちゃんとバイタルチェックしてるの?」

 

『えっ? ……あ、本当だ! これはまずい!』

 

 

デミ・サーヴァントであるマシュはともかく前例の無い直接契約に関して懸念を述べるロマニをオルガマリーが咎める。

 

度重なる移動と戦闘、おまけにサーヴァントとの直接契約によって普段は全く使っていない魔力回路を酷使しているのだ。立香は身体的にも精神的にもかなり疲弊していた。

 

 

「ん? ああ、確かになんかだるいかも」

 

「だるいで済む訳ないでしょ。強がりは止しなさい」

 

「そう言われても……ちょっと頭痛がするくらいで他に目立った疲れは自覚出来ませんよ?」

 

「はぁ? そんな訳……」

 

『そうだよ立香君。使われていなかった魔術回路がフル稼働して脳に負担を掛けている。この体調だと頭痛以外にも何かしらの自覚症状はあると思うんだけど……睡魔が襲ってくるとか吐き気がするとかないのかい?』

 

「別に無いけど……」

 

 

オルガマリーの指摘に肩や手首を回しながら立香は首を傾げる。確かに疲れは感じるが、そこまで酷いものではなかった。

 

 

「凄いですね。追ってくるエネミーから爆走し、ここまでずっと歩きっぱなしだと言うのに……改めて先輩の体力に舌を巻きました」

 

「え? そんなことしてたのこいつ?」

 

「はい。しかも行き止まりじゃなかったら逃げ切ってたかもしれない速さでした」

 

「そういや嬢ちゃんとの特訓の時も俺の魔術も自力で避けてたな。なかなかの反射神経だったぜ」

 

「あ、そりゃどうも……」

 

 

マシュとキャスターの言葉に立香は照れ臭そうに頬を掻く。前者は可愛らしい後輩、後者は過去に偉業を成した英霊、そんな人物に誉められて嬉しくないはずがない。

 

 

『そうそう、立香君って足が速いんだよね。僕なんか死にもの狂いで走ったのに追い付かなかったよ』

 

「それは単にあなたが軟弱なだけよ」

 

『酷いっ!?』

 

「とにかく、一先ず休憩しましょう。アーサー王との戦いで倒れられても困るわ」

 

「お、そうだな……そろそろ“大聖杯”に着くし、最後の一休みとしようか」

 

 

オルガマリーの提案にキャスターが賛同する。特異点修復は事を急ぐ事態だが、だからと言って休憩を疎かにしてはいない。疲労が原因で失敗しては元の子も無いのだから。

 

 

『流石所長、ナイス判断。マシュ、キャンプの用意を。温かくて蜂蜜たっぷり入ったお茶の出番だ』

 

「了解しましたドクター。私もティータイムには賛成です」

 

「……平気なんだけどなぁ」

 

「先輩。どうぞ」

 

「あ、うん……ありがと」

 

 

皆が賛成する中、立香は一人そう思うも休憩の大切さは理解しているのでマシュから魔法瓶を受け取り近くの手頃な岩へと腰を掛ける。

 

ほんのりと温かい。燃えている街でホットティーとはどうなのだろうかと思いながらも蓋になっていたコップに注ぎ、グビッと飲む。

 

 

「どうですか?」

 

「甘い……けどまあ美味しいよ」

 

「それは良かったです。冷たいものもありますので欲しければ言ってください」

 

 

糖分は疲労に効くと言うが、確かにそうだ。少しばかりスッキリした頭で立香は今までことを思い返す。

 

 

(魔術……英霊……聖杯戦争……随分と大変なことに巻き込まれたなぁ)

 

 

何とも非常識で非日常で非現実な世界。カルデアも、この燃えてる街も、サーヴァントも、今起きている事柄総てが夢幻だと言われたら納得してしまうくらいだ。

 

しかし、これは紛れも無く現実だ。記憶の追体験でも流入現象でも何でもない、確かな現実だと理解出来る。

 

 

(にしても困ったな……これじゃ()()の仕事が出来なくなる……ん?)

 

 

ピタリ、と立香の思考が停止する。

 

 

(本来の? 何を考えているんだ俺は……カルデアの仕事をOKしたのはアルバイトにしては給料が良かったからだろ。いや、雪山に連れて来られるわ人類滅亡を防ぐなんて突拍子の無い説明をされるわで怪しさ満天だったが……)

 

 

カルデアのマスター候補という仕事を引き受けた動機。給料や好奇心以外にも別に理由があったような気はしていたが、“本来の仕事”とは何だ? その言い様だとそっちがメインになる。ならば何故自分はそれを忘れてしまっているのか。

 

疑問に思った立香は曖昧な記憶を探るも、やはり引き出しに錠前を掛けられているかのように思い出せない。そもそも何故記憶が曖昧なのだろうか。ここに来て初めて己の穴だらけな記憶に戸惑いを見せる。

 

 

「キュー?」

 

 

すると足下に柔らかい感触が走る。見てみればフォウがすり寄って来ていた。

 

 

「ん、どうした? フォウくん」

 

「フォーウ、フォフォフォーウ!」

 

「ごめん、分かんない」

 

「――ちょっと良いかしら?」

 

「え?」

 

「フォウ?」

 

 

そんなフォウとじゃれ合っているとオルガマリーは咳払いしながら話し掛けてきた。彼女は立香と同じように近くの岩に腰を下ろし、しっかりとこちらを見据える。

 

 

「…………」

 

「……あの、なんすか所長」

 

「あ、いやえっとその……そう、カルデア所長として部下であるあなたとコミュニケーションを取ろうと思って……」

 

 

急にどうしたのだろうか。自分のことを嫌っていたはずなのに、彼女の心境の変化に立香は首を傾げる。

 

 

「み、認めてあげるわ。マスターとしては及第点ギリギリだけど……それでも一般人にも関わらずあなたはよく働いてくれています」

 

「そりゃどうも……」

 

「けど勘違いはしないでね。所詮あなたは私達の力が無ければ何も出来ない一般人なんだから。無茶するじゃないわよ」

 

「……ツンデレ?」

 

「違う! 何でそうなるのよ! 折角人が褒めてあげてるのに!」

 

 

恥ずかしそうにしながら立香を評価するオルガマリーだったが、彼の返答に豹変。甲高い声で怒鳴り付けた。

 

そんな彼女に対し立香は特に反応も返さずにお茶を啜る。

 

 

「マリー所長もよくやっていると思いますよ」

 

「へ?」

 

「まだ若いのにカルデアって大きな組織の所長に就任して……プレッシャーとか凄そうなのに気丈に振る舞って……さっきはヒステリックになったりパニックになったりしてましたが、あの状況じゃ誰だってああなりますよね。むしろそんなことがあっても自暴自棄にならず責任感を以て所長としての役目を全うしようとしているのは普通は出来ませんよ」

 

「ななななな、急に何言ってんのよ!」

 

 

つらつらと称賛の言葉を述べる立香。これにオルガマリーは動揺した様子で顔を赤くする。

 

 

「そうですね。所長風に言えば、認めてあげますよ。あなたは凄い人だ」

 

「――――――」

 

 

最初に会った時は人の上に立つような器ではない、お飾りのようなものだと思っていた。気丈に振る舞ってはいたが、自身のコンプレックスを隠している弱い人間だと思っていた。

 

それは当たっているのかもしれない。しかし、彼女は立香が思っていたほど弱い人間ではなかった。プレッシャーや責任感に押し潰されようになっても耐える根性がある。それに事あるごとに嫌味や罵詈雑言を並べるが、根は善人だ。少なくとも立香はそう思った。

 

――そして、彼が何気無しに言ったその言葉はオルガマリーにとっては何よりの()()だった。

 

 

「……初めてよ。そんなこと言われたのは」

 

「え?」

 

「な、何でもないわ!」

 

 

ぼそりと呟かれたその言葉は聞き取ることが出来なかった。オルガマリーの顔を覗き込んでみればその頬が若干赤くなっているように見えた。

 

 

「所長……?」

 

「ふんっ……気持ち悪いこと言ってないで充分に休めたならさっさと行くわよ!」

 

「えぇ……酷いなぁ……」

 

 

人が誉めたのに気持ち悪いとは酷い言われようだが、最後に彼女が言ったことには同意する。エツィオを残して先へ進んだというのに、のんびり休んでいる暇は無い。

 

――セイバーを倒し、特異点を修復する。“大聖杯”まで目前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おのれ。

 

――漸く使命を果たす時が来たというのに総て水泡に帰そうと言うのか。

 

――ふざけるな。3000年越しの計画? 笑わせてくれる。こちらは7万年以上も待ったのだぞ。

 

――そなたのやろうとしていることは全く以て無駄なことだ。今頃になって“白き巨人”の真似事をしたところで何も意味を成さない。

 

――それは■■■■がやろうとした。モーセがやろうとした。ソロモンがやろうとした。イエスがやろうとした。そして、テンプル騎士団がやろうとしている。だが、先人は成し遂げることは出来ず、統制による平和を訴えるかの者達は難航している。彼らが思うほど世界は、人類は甘くなど無かったのだ。

 

――況してや人から零れ落ちた“獣性”に過ぎないそなたに成せる訳が無かろう。総てを滅ぼし、一から作り直す……そんなことで理想が果たせるとも?

 

――否。それが可能なのは“私”だけだ。

 

――断言しよう。そなたの浅知恵で練った計画は水泡に帰す。3000年も掛けて寝ずにやって来たことは総て無駄であり、無意味に滅ぼしたのだと後悔するだろう。

 

――しかし、しかしだ。そのそなたの失敗のせいで、くだらぬ茶番のせいで私の計画が破綻する。そんなことは絶対に許されない事象だ。何としてでも阻止せねば。

 

――我らの世界を救済する為に。




フルシンクロ100%達成。

アーチャーは犠牲となったのだ……H男の宝具お披露目、その犠牲にな



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memory.05 黒き聖剣

オデッセイもうすぐ発売……楽しみだなぁ ヒヒヒッ

今回の戦闘シーンは独自解釈が多いので設定に矛盾があるかもしれませんのでそこんとこよろしくお願いいたします。はい。


 

 

どうしてこんなことになった。

 

()は思う。数え切れない死体が積み上げられた丘の上で。力無く膝を付き、虚ろな瞳を浮かべながら。

 

 

「……どうして、だ」

 

 

目の前には血の海。その中心で横たわっているのは王と同じ金髪の騎士……それは自分の留守を狙って叛逆を企てた叛逆の騎士。己が先程、“槍”を以て突き殺した、一応は息子(・・)という立場の存在だった。

 

王を恨み、王位を狙う()が下法を以て産み落とした憐れなる存在。確かに王の血を受け継いだ、否。王に限り無く似た模造品である。

 

粗暴な性格ではあったが、本質は純粋で優しい人物だと認識していた。かつて血の繋がりを主張する彼を拒絶し、血縁を認めることも決して無かったが、それでも彼は己を恨んだり憎んだりする様子は無く、確かに己を慕い、ブリテンの為に尽くしてくれていたはずだった。

 

なのに何故―――。

 

 

「どうして、なのだ……モードレッド卿よ……」

 

 

何故裏切り、よりにもよって暗殺者の手駒となったのか。王には分からない。彼は己が王位を譲らなかったからだと言っていたが、それは己は“剣”を抜いた時点で寿命は存在せず、跡取りなど必要ではなかったからだ。

 

 

「どうして事もあろうか“暗殺教団”などに……彼らに何と唆された? 自由か? それとも安寧か?」

 

 

忌々しい。総ての元凶は湖の騎士でも叛逆の騎士でもなく太古から続く“教団”だった。彼らは自由を謳っているがそれを履き違えている。彼らの言う自由とは単なる無秩序な混沌に過ぎず、それは決して民にとって幸福にはならない。

 

そう王は認識していた。そうであるはずだと思っていた。否、思い込まされていた。

 

――正義は一つではない。正義を抱いたのであれば必ずそれと敵対する別の正義が存在する。

 

逆も然り。叛逆の騎士の掲げる正義に協力したのが“暗殺教団”という正義であり、王の掲げる正義に協力したのは“古き結社”という正義であったに過ぎない。

 

 

「間違いだったのか? 総て……私では無理だったというのか?」

 

 

間違いではないはずです。

 

“剣”を抜く時、花の魔術師の警告に王はそう言った。後悔などせぬと思っていた。しかし今、まごうことなき破滅を突き付けられ、王の心は後悔と絶望で満ちている。

 

かつて、騎士の一人が王にこう言った。“王には人の心が分からない”、と。それは確かにそうなのであろう。しかし、そんな人心が解せぬ王でも広い目でみればちっぽけな、単なる人間に過ぎなかった。

 

 

「私は……」

 

 

こうなれば“剣”は役立たずであり、“鞘”は姉によって隠されてしまった。恐らく密かに手を結んでいた暗殺教団に渡したのだろう。いや、例え“鞘”があったとてもはやどうにもならない。

 

この国は、ブリテンは、王の国は滅びる。他ならぬ王のせいで。

 

 

「わたしの、せいなのか……」

 

 

王は、国よりも人を愛した。

 

万人にとって善き生活。善き人生を善しとし、弱きを助け強きを挫く。多くの力持たぬ者達を治める。その為に己の人間性と己の人生を封印した。

 

しかし、王の心は民には伝わらなかった。人の心を理解出来なくなり、大を救い小を切り捨てることを躊躇無く実行するその姿は、民や兵の目からはかつて倒した卑王よりも冷徹なものに見えたのであろう。

 

 

「私のせいで……ブリテンは滅びる……私の、私のせいで……!」

 

 

治めるべき国も、守るべき民も、自分の兵も、自分の家臣も、自分までも、何もかもを失った。

 

しかし、彼女(・・)は何も悪くない。

 

元よりこの国は詰んでいたのだ。王が王となる以前から何もかもが足りなかった。金も、食物も、土地も……一騎当千の力を持つ猛者は多く居たが、それだけでは国は運営出来ない。それでいて凶作が続き、蛮族が幾度も侵攻してくる。他国からの支援も突然断絶してしまった。

 

故に、藁にもすがる思いで運命に抗う力を与えてやるという甘言にも食い付いたが、結局は利用されていただけだった。

 

もはや滅びは必然だった。王もそれを察していた。故に、せめて穏やかな滅びを望んでいたというのに。

 

仕方の無いことだ。王がどう頑張っても、この国は滅びていた。“秘宝”の力に頼ろうとも、どこまで自己犠牲に走ろうとも、国の滅亡は確定していた。

 

 

「ふざけ、るな……そんなの、そんなのあんまりじゃないですか……」

 

 

しかし、しかしだ。こんな悲劇を、こんな救いの無い話を、果たして誰が納得出来ようか。断固として認めてなるものか。このような滅亡を受け入れてなるものか。

 

 

「そうか……私は、王に相応しくなかったのですね。王になってはいけなかったんですね……」

 

 

漸く悟った。その絶望に染まった顔を上へ向ければ天から一筋の光が照らしていた。それは王にとって正しく希望の光であった。

 

力のみの“剣”や“槍”では無理だ。癒すことしか出来ない“鞘”でも無理だ。ならば今度は“杯”にすがるまで。

 

奇跡すらも起こせる万能の願望機。必ずやそれを手にし、この国を……ブリテンを救済する。

 

悪魔の囁きは時に天使のように聴こえるとはよく言ったものだ。王は誘われるがままに光を受け入れ―――。

 

 

「我ながら、愚かしいものだ」

 

 

場所は変わり、洞窟の最奥にある盛り上がった丘の上。輝く巨大な結晶体を背に漆黒の騎士王は佇んでいた。まるで番人のように。

 

 

「時代が変わり、神秘は廃れ、幻想は去り、科学の繁栄によって例外は悉く否定され、やがて忘れ去られる。人間の思考は低次元が故に」

 

 

或いは何者かが管理し、統制しやすいように仕組んだことか。どちらにせよ神秘こそ至高だと盲信する魔術師からすれば全く以て嘆かわしい話だ。

 

だが、これに関しては騎士王…セイバーも同様の意見だった。当然だろう。彼女(・・)の祖国が滅んだ原因の一つでもあるのだから。

 

 

「理不尽だろう。あまりにも理不尽な話だ」

 

 

故に彼女は奇跡に頼った。祖国の救済という純粋でありながら人理の礎を揺るがすあまりにも馬鹿げた願いを叶える為に。

 

 

「そんな私があろうことか“人理の防人”などというものを担う羽目になるとは、随分と皮肉な話だ」

 

 

可笑しそうに、しかし浮かべているのは冷徹なまでに無表情。まるで表情筋の無いロボットのように眉一つ動かすこと無くセイバーは淡々と呟く。

 

脳裏に過るのは幾度の並行世界での記憶。この冬木で同じように同じマスターに召喚され、そのマスターに恋をした記憶。また別の記憶では今と同じように黒化してしまいマスターと敵対し、一騎討ちの果てに敗れた記憶。他にも様々な相違のある聖杯戦争の記憶があるものは鮮明に、あるものは曖昧に入り乱れていた。

 

大半はバッドエンドだったが、その中の幾つかは万人が認めるハッピーエンドだった。セイバーが求めていた最高の結末と幸福が、確かに存在していた。

 

 

「――くだらん」

 

 

しかし、セイバーはその一言を以て切り捨てる。それらは確かに自身が経験したものであると理解出来たが、()のセイバーからしてみればまるで他人の記憶を見ているかのようであり、共感こそするもこの自分と今の自分は違うとはっきりと認識していた。

 

正義の味方に憧れる少年と触れ合うことで人間性を獲得した彼女は、限り無く同一人物に近い別人なのだ。

 

 

「今の私は単なる暴力装置。ならば己の役目を全うするのみ」

 

 

そう呟くセイバーは相変わらず無表情で虚空を見つめる。彼女は聖杯戦争をしに来たにも関わらず此度の異変を素直に受け入れた。

 

本来ならば聖杯を望んでいた己にとっては不本意なものであったが、人理が消滅してしまっては元も子も無いからだ。

 

 

「おっと。独り言が過ぎたな……聴いているのか? ■■■■」

 

 

その問いに対する返答は無い。しかし、セイバーはそれを肯定と受け取り、沈黙する。瞬き一つせず竜すらも怯むであろう威圧感を放ちながら佇むその姿は人形、或いは機械のようだった。

 

 

「…………?」

 

 

すると次の瞬間。ポーカーフェイスを保っていたセイバーは表情を僅かにしかめる。

 

その理由は、洞窟の中腹で一つの魔力反応が消滅したことだった。

 

 

「ほう……アーチャーが死んだか。元より期待など微塵もしていなかったが、こうも早いとは」

 

 

守護者であるが故か、それとも並行世界での自身への交わりが故か、他のサーヴァントと違って黒化しながらも自我を持ち、己に協力的だった赤い弓兵。

 

不運にも最弱のクラスを引いたとはいえ大英霊たるアイルランドの御子と彼が接触し手を組んだ異邦人達を相手に勝利出来るとは思っていなかったが、それでも小手先の上手い彼がこうも呆気無く敗れるのは予想外だった。

 

――フィニス・カルデア。かの機関から派遣された者達は存外やるようだ。

 

 

「……む、来たか」

 

 

これも予想よりも早い。既に異邦人達はこの空間へと足を踏み入れていた。

 

ならば叩き潰すまで。セイバーは冷徹な表情のまま気配を感じ取った方角へと視線を向け―――その目を見開く。

 

 

「――ほう。面白いサーヴァントが居るな」

 

 

そして、次の瞬間。微動だにさせなかったその口角を吊り上げ、笑みを溢す。

 

その瞳に映るのは、この場で唯一(・・)の人間である少年を守護するように立つ、十字架を模した大盾を携えた作り物の人形のように伽凛な桃髪の少女……そんな彼女の背後にセイバーは一人の騎士の姿を幻視していた。

 

それは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが“大聖杯”……」

 

 

洞窟の最深部へと辿り着いた立香は眼前の巨大な水晶体に目を見張る。彼だけではない。マシュやオルガマリーにとっても圧巻の光景だった。

 

 

「超抜級の魔術炉心じゃない……何で極東の島国にこんなものがあるのよ……」

 

『資料によると、製作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。魔術協会に属さない、人造人間(ホムンクルス)だけで構成された一族のようですが』

 

 

オルガマリーの疑問にロマニが答える。

 

 

(ホムンクルスって……マジかよ。そんなものが実在していたのか)

 

 

聞き捨てならない単語だ。造られた人間……立香は勿論のこと世間一般の倫理観としても明らかに非人道的で不道徳的な存在だった。

 

まさか魔術師の世界では何ら可笑しくない当然のことなのだろうか。立香は僅かに顔をしかめ、二人の会話に耳を傾ける。

 

 

「――悪いな。お喋りはそこまでだ。奴さんに気付かれたぜ」

 

 

しかし、それはキャスターの言葉によって阻まれる。彼の視線を追ってみれば盛り上がった丘のような場所の上に小さな人影があった。

 

 

「…………」

 

 

色素が抜けた薄い金髪。首元まで身体を覆う漆黒の鎧。十字架の如く地面に突き立てれているのは刀身まで真っ黒な“剣”。

 

立香は目を見開く。冷徹な眼でこちらを見下ろすその存在は、彼の視点からはどこからどう見ても年端も行かぬ少女(・・)にしか見えない。

 

しかし、身に纏うその風格はまごうことなき国を治め、兵を率いる王のものであり、圧倒的な覇気を放っていた。

 

 

「なんて魔力放出……あれが本当にあのアーサー王なのですか?」

 

 

マシュが震えた声で呟く。

 

 

『間違いない。何か変質しているようだけど彼女はブリテン王、聖剣の担い手アーサーだ』

 

「やっぱり女の子だよね?」

 

『ああ。伝説とは性別が違うけど何か事情があってキャメロットでは男装をしていたんだろう。ほら、男子でないと玉座に着けないだろ? お家事情で男のフリをさせられてたんだよ、きっと』

 

「……なんか二次創作みたいな話だな」

 

 

その霊基を分析しながらロマニは確信を以て説明する。あれは間違い無くアーサー王だ。

 

しかし、女性という事実に立香は懐疑的な様子で首を捻る。日本の創作物、特に所謂ソーシャルゲームというものにおいてよく行われている過去の偉人や伝説の英雄の性別を本来男性な所を女性に変えること。所謂女体化と呼ばれている行為だ。この状況は正しくそれであり、尚且つ現実で起きていることであった。

 

当然アーサー王の女体化も様々なゲームや漫画に多く登場しており、日本では偉人を玩具にする文化があるという批判の対象にされることもあったが、この場合はまさかの史実通りだったということになる。

 

 

『アハハハ……宮廷魔術師の悪知恵だろうね。伝承にもあるけどマーリンはほんと趣味が悪い』

 

「ふうん……あれが、アーサー王なのか」

 

 

立香としてはあのような少女が本当に男装しても誤魔化せ切れるとは思えず疑問は残るが、一先ずは納得しておこう。

 

 

「え……? あ、ホントです。女性なんですね、あの方。てっきり男性かと思いました」

 

「いやいや、どう見ても女じゃん」

 

 

驚くマシュに立香が呆れ気味にツッコミを入れる。あの優秀な後輩には似合わぬ目の節穴っぷりであり、些か意外だった。

 

 

「見た目は華奢だが甘く見るなよ。アレは筋肉じゃなく魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな。一撃一撃がバカみてぇに重い。気を抜くと上半身ごとぶっ飛ばされるぞ」

 

 

するとキャスターが忠告してくる。サーヴァントである彼が言うのだ。生身の立香ならば掠るだけで挽き肉になるだろう。

 

 

「ロケットの擬人化のようなものですね……理解しました。全力で応戦します」

 

 

鋭い目付きでこちらを見据えるセイバーに対し、僅かな恐怖を感じながらもマシュは盾を構える。

 

 

「おう。奴を倒せばこの街の異変は消える。いいか、それは俺も奴も例外じゃない。その後はお前さん達の仕事だ。何が起こるか分からんが、出来る範囲でしっかりやんな」

 

「……なぁ、キャスター。倒したらここがドカーン!とか無いよな?」

 

「……流石にそれはねぇだろ。多分」

 

「何を馬鹿なことを言っているのよ。さっさと特異点を修復するわよ」

 

 

キャスターの言葉は、特に最後の部分はどこか含みのある言い方だった。そこが気になった立香の問いに彼は苦笑いする。

 

傍らで聞いていたオルガマリーも無駄な懸念だと切り捨てる。セイバーが特異点の元凶なのは火を見るよりも明らかなのだから。

 

 

「――ほう。面白いサーヴァントが居るな」

 

 

その時、沈黙を貫いていたセイバーの口が開き、底冷えするような、しかし透き通った少女の声が発せられる。

 

 

「なぬっ!? テメェ喋れたのか!? 今までだんまり決め込んでやがったのか!?」

 

 

これにキャスターが驚愕した様子で問い掛ける。どうやら黒化してからセイバーはずっと口を閉ざしていたようだ。

 

 

「ああ。何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。尤も、いくら聞き耳を立てられようが構わなかったがな」

 

(……見られている?)

 

「ちょっと、どういうことよ?」

 

 

淡々と返答するセイバー。その言葉に立香とオルガマリーは引っ掛かりを覚える。口振りからして何者かに監視されているようだ。まさかセイバー達とキャスター以外にも、別の存在がこの特異点に関わっているのだろうか。

 

だとするならばそいつが総ての黒幕なのでは―――。

 

 

「考察など無意味。貴様らもゲームの駒に過ぎないということだ。それに、これから死に逝く者共に何を語っても仕方のないことだろう」

 

 

そう言ってセイバーは大地に突き立てていた漆黒の剣を引き抜く。

 

あれが、伝説の武器としてはトップクラスの知名度を誇るであろう聖剣“エクスカリバー”なのだろうか……()剣という割にはその有り様は魔剣と呼んだ方が自然なものであった。

 

 

「あれが神造兵器……規格外も良い所じゃない……」

 

 

しかし、そう感じるのは魔術や神秘とは無縁だった一般人である立香のみ。他の面子、特にオルガマリーはその刀身を見ただけで理解出来た。

 

変質こそしているものの、あれは遥か昔に()の海で精製された最強の聖剣なのだと。

 

 

「だが、面白い。その宝具は面白い。運命というのは全く以て、何を廻り合わせるか分からん」

 

 

一転して愉しそうに笑うセイバー。その鋭い視線の先にはマシュが居る。

 

 

「構えるがいい。名も知れぬ娘」

 

 

次の瞬間。大気が震え上がるのをこの場に居た全員が感じた。セイバーの持つ聖剣の刀身がより闇に染まり、莫大な魔力が集束していく。その光景は宛ら黒い光……そう形容せざる負えないものだった。

 

 

「……っ!?」

 

「その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう!」

 

「――下がっていてくださいマスター! 来ます……!」

 

 

対峙するのは(シールダー)の英霊。圧倒的な魔力と覇気を一身に受けながらも恐れる素振りなど一切見せず、皆の先頭に立つその姿に、経験の浅さなどは微塵も感じなかった。

 

立香は不安を覚えながらもマシュを信じ、オルガマリーは恐怖で取り乱し、キャスターはほくそ笑む。

 

 

「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め―――」

 

 

そして、セイバーは聖剣を下から大きく振り上げ、その闇を解き放つ。

 

 

「“約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)”―――!」

 

 

暗黒の闇がまるで津波のように、大地を抉り取りながら行く先の有象無象を消し去ろうと押し寄せる。

 

 

「宝具、展開します……!」

 

 

しかし、マシュは不動を貫く。前方に白亜の結界を展開させ、堤防の如く闇を押し留める。

 

それを見て立香は目を見開いた。剣から放たれたのは恐れるべき広範囲攻撃。伝説の聖剣……その威力は絶大なのだと理解していたつもりだったが、いくら何でも一本の剣からこんな巨大なビームが出るとは思わなかった。

 

そして、そんな圧倒的な一撃をマシュは防いでいる。

 

 

「くうぅぅ……」

 

 

拮抗する両者の力。マシュは吹き飛ばされまいと全力で踏ん張る。立香を、オルガマリーを、皆を守るという彼女の意志が、白亜の壁をより強固なものとしていた。

 

 

「……フッ 見事だ」

 

 

――そして、闇は虚空へと消える。セイバーの視界には焦土と化した地面が広がっており、その先にはマシュが無傷で立っていた。

 

 

「ハァ……ハァ……やり、ました……」

 

「ああ、やったなマシュ!」

 

「う、嘘。ほんとに聖剣の一撃を防いだというの……?」

 

 

ガッツポーズをして喜ぶ立香。一方、オルガマリーは死を覚悟していたこともあって放心状態であった。

 

 

「おっと。まだ安心するには早いぜ」

 

「え?」

 

 

キャスターに言われて視線を向ければセイバーは既に第二射の準備に入っていた。

 

 

「えぇ!? まだ撃てるの!?」

 

「奴は聖杯から魔力を無尽蔵に供給してやがる……恐らく半永久的に魔力切れは起こさないし消耗もしない」

 

「つまりビーム撃ち放題ってことか!? チートじゃんかそれ!?」

 

 

言ってしまえばノーリスクで必殺技が使い放題。そんな衝撃の事実に立香は口をあんぐりさせる。

 

 

「その通りだ……アンサズ!」

 

 

するとキャスターは杖から火球を放つ。

 

 

「ふん……無駄なことを」

 

 

しかし、セイバーは気にすることなく剣を構える。当然火球は彼女にそれも頭部に直撃するが傷どころか汚れすら付かない。

 

対魔力:B。

 

大魔術を以てしても傷を付けるのは難しい魔力攻撃に対する絶対的な防御。セイバーには、現代の魔術師を遥かに凌駕するであろうキャスターの魔術を用いても牽制にすらなかった。

 

 

「はっ それはどうかな?」

 

「はあああああっ!」

 

「何っ……」

 

 

反射的にセイバーは守るように剣を前へやる。それと同時に刀身に重い衝撃が走った。

 

 

「くっ……」

 

「……貴様か、小娘」

 

 

自身の頭を粉砕しようと盾を鈍器の如く振り下ろしたのは聖剣の一撃を防いだ少女。鍔迫り合い、小刻みに震える剣をしっかりと握り締めながらセイバーは笑みを浮かべる。

 

まだ未熟。しかし分かる。彼女は何よりも高潔な()の力を受け継ぐに相応しい人物であると。

 

 

「実に面白い……しかし、」

 

「なっ!?」

 

 

するとマシュの足が宙に浮く。それから盾にまるで戦車か電車でもぶつかったような圧倒的な力が加わる。

 

 

「きゃっ―――」

 

 

小さな悲鳴をあげ、マシュは吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられてしまう。

 

 

「くっ……」

 

「遅い。早く立て」

 

「!?」

 

 

何て力だ。ギリギリで受け身を取り、ダメージを軽減出来たマシュはすぐに立ち上がろうとするが、前を見ると既にセイバーが間近まで迫っていた。

 

 

「俺を忘れるなっての!」

 

 

しかし、振るわれた剣は即座に二人の間に移動したキャスターの杖によって受け止められる。

 

 

「ちぃ……!」

 

「情けないな、ランサー。槍が無ければこんなにも弱くなるものなのか?」

 

「今はキャスターだこの野郎……!」

 

 

キャスターのステータスは最適正クラスであるランサーの時とは比べようがない程に低い。筋力など最低ランクだ。

 

しかし現在、魔力放出によるブーストに加え、素で高い筋力を誇るセイバーの剣を受け止めている。これはルーン魔術を用いて自身の筋力を何倍、何十倍にも増幅させているからだ。

 

だが、それでもセイバーの力は凄まじいものであり、今にも押し負けそうであった。

 

 

「嬢ちゃん! 手伝いな!」

 

「は、はい……!」

 

 

するとマシュが助太刀に盾を振るう。セイバーはそれを回避する為に後方へと退く。

 

 

「ふぅ……危うく真っ二つになる所だったぜ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「おう。嬢ちゃんこそ……で、一瞬とはいえアレと切り結んでみてどうだった?」

 

「はい。酷く重い一撃でした。比喩にロケットを使ったのは大袈裟かなと思ってましたが、あれは正しく人間ロケットですね」

 

 

キャスターの問いにマシュは思ったことをそのまま述べる。

 

 

「そうか……で、殺れそうか?」

 

「はい。確かに凄いパワーですが、防御出来ない程ではありません」

 

「よし。それじゃあ、作戦は……」

 

「私が囮としてセイバーの攻撃を受け止め、キャスターさんが攻める、ですよね?」

 

「そういうこった」

 

 

宛らRPGのパーティーにおいてのタンクとアタッカーだ。前者はともかく後者はクラス的にサポーター向きなのだが。

 

これ以上に無い戦法だ。マシュはセイバーに大きなダメージを与える手段は無いが、セイバーの攻撃を防ぐ手段はある。キャスターはセイバーに大きなダメージを与える手段はあるが、セイバーの攻撃を防ぐ手段は無い。ならばマシュがセイバーの猛攻からキャスターを守り、その隙にキャスターが攻撃するのが最適解であろう。

 

 

「だが、聖剣を何度も捌くのはきついだろう? こいつをくれてやる」

 

「きゃっ」

 

 

そう言ってキャスターはマシュの首元にポンッと手を置く。同時に呪文を唱え、何かしらの魔術を施しているようだ。

 

 

「これは……?」

 

「強化のルーンをふんだんに刻んでやった。筋力も敏捷もAランク級にまで引き上がっているだろうよ」

 

「はい。身体が軽くなって力も湧き出てきます……ありがとうございます。キャスターさん」

 

 

身体能力が格段に跳ね上がったのを自覚しながらマシュは感謝の意を示す。戦闘だけでなくサポートも出来るとは。キャスターであるのだから当然ではあるのだが、何とも心強いことだ。

 

 

「……ふん。小賢しい真似を」

 

「!」

 

 

すると次の瞬間。セイバーが跳ねるように前方へ駆ける。踏み締めた地面は一瞬にして陥没して砕け散り、弾丸……否、ミサイル弾の如くマシュへと斬り掛かった。

 

 

ガキィン!

 

 

「……ッ!」

 

 

しかし、先程のように吹っ飛ばされるマシュではない。高速で鉄塊がぶつかってきたような凄まじい衝撃が襲うが、マシュは一歩も後退することなくセイバーの斬擊を正面から受け止める。

 

 

「さて、どこまで防げるか試させてもらおう」

 

「安心しやがれ。すぐにテメェは死ぬ!」

 

 

その隙にキャスターがマシュの背後から飛び出し、杖の先端をセイバーへと突き出す。

 

 

「そんなもので私を屠れるとでも?」

 

「おうともさ!」

 

 

しかし、動きを直感的に読んでいたセイバーはそれをあっさりと弾く。だがキャスターは退くことなく杖をまるで槍のように扱い、猛獣のような俊敏な動きでセイバーの嵐の如き剣戟に食らい付く。

 

 

「……!」

 

「キャスターで喚ばれたからって、雑魚扱いはよくねぇだろ。なぁ?」

 

「貴様……まさか……!」

 

「おっと、言わせねぇよ」

 

 

剣と杖が幾度も衝突する。聖剣と対等に斬り合えているという事実は魔術で硬化させていることを加味してもキャスターの持つそれが単なる木製の杖ではないことを物語っていた。

 

 

「すっげぇ……」

 

 

一方、立香は正に圧巻と呼ぶに相応しい光景を前に思わずそんな言葉を漏らす。

 

まるで映画でも観ているようである。目の前で繰り広げられる戦闘は総ての動作が猛スピードで行われており、目で追うのがやっとだった。

 

 

「ぶっ潰せ! ウィッカーマン!」

 

「!」

 

 

するとセイバーの目の前に炎の腕が現れ、彼女を叩き潰さんと拳を振り下ろす。

 

これをセイバーは難なく回避するも隙を見たキャスターが懐へ入り込み、連続で刺突を繰り出していく。

 

 

「オラよ!」

 

「ほう……やるなランサー」

 

「キャスターだっての。ちっ……涼しい顔しやがって」

 

 

キャスターは顔を歪め、舌打ちする。完全に不意を突いた形だったにも関わらずセイバーは冷静に対処し、その猛攻は彼女の頬に小さな掠り傷を作る程度に留まった。

 

 

「あの宝具……部分展開出来たのですね……」

 

 

一方、マシュは“灼き尽くす炎の檻”の新たな使い方を知り、戦慄する。あれだけの火力を誇る巨人を一部とはいえ即座に召喚することが可能なのだ。もし特訓の際にあれを使用されていれば間違いなくやられていただろう。

 

 

「成程……そういうことか」

 

 

追撃してくる巨人の腕を切り捨て、セイバーは何かに気付いた様子でキャスターを見据える。

 

 

「ウィッカーマン。ドルイド教の野蛮な供儀。いや、それを再現し宝具にまで昇華した大魔術と言ったところか。その動きにその魔術……単に魔術師の器で弱体化した訳ではなさそうだな」

 

「……へぇ。一目で分かったか?」

 

「ああ。以前から違和感自体は存在していた。今それが確信へと変わった。貴様も随分と運命に翻弄されているようだな、ランサー」

 

「察しが良いことで。後、キャスターだ」

 

「……どういうことですか?」

 

 

二人の意味深な会話。しかし、マシュには全く以て理解出来ない。

 

 

「気にすんな。単なる世間話だ」

 

「そ、そうですか……え、いやあの、敵と世間話するというのはどうなんですか?」

 

「ん? ケルトだと日常だぜ?」

 

「偉大なる英雄の一角とはいえ本質は戦いと女しか能のない蛮族だ。解り合うことは不可能だと思っておけ、小娘」

 

「ボロクソ言ってくれるじゃねぇか、おい」

 

 

セイバーの物言いにキャスターは顔を僅かにしかめ、再び炎の腕を、今度は二本同時に召喚する。

 

その拳は触れるだけで地面を砕き、焼き、焦がし、融かす。セイバーは魔力放出を行い、スラスターのように滑空しながらそれらの猛攻を回避していく。

 

 

「遅い。その火力も当たらなければ宝の持ち腐れだな、槍兵だった頃のスピードが恋しいか?」

 

「うるせぇな。黙ってる時は辛気くせぇ奴だと思ってたが、一度口を開けば急に饒舌になりやがって……!」

 

 

苛立ちを覚えながらキャスターは杖の先にルーン文字を浮かび上がらせる。するとセイバーの身体が激しい炎に包まれた。

 

 

「ソウェル!」

 

「! ふん……魔術は通用しない」

 

「だろうなぁ!」

 

 

一瞬、動きが止めるが、ダメージどころか熱すらも感じない。何故今更こんなものを使ってきたのか疑問に思うもセイバーは構わずキャスターへと突っ込む。

 

 

「キャスターさん!」

 

 

その時、マシュが二人の間に入ってセイバーの一撃を防ぐ。

 

 

「ナイスだ! 嬢ちゃん!」

 

 

待っていたとばかりにキャスターはマシュの背後から飛び出し、その杖をセイバーのがら空きとなった胴体へと突き出す。

 

また同じ手か。セイバーは失望した様子で先程と同じように攻撃を防ごうとするが――。

 

 

「ッ!?」

 

「させません……!」

 

「貴様……!」

 

 

僅かに剣が押す力が緩んだ瞬間。マシュはセイバーの剣を持つ腕を盾で挟み込むように掴み、拘束する。

 

それは素人が簡単な関節技を見様見真似で行ったあまりにもお粗末なものでセイバーの筋力ならば魔力放出を使用するまでもなく振りほどくことが可能だった。

 

しかし、キャスターが攻撃する為の決定的な隙を生み出すには充分に過ぎる。

 

 

「かはっ……」

 

「やった! 当たりました!」

 

 

鋭い刺突を胸に受け、セイバーは膝を付く。初めて効果的なダメージを与えた。マシュは歓喜の声をあげ、キャスターはほくそ笑む。

 

 

「おのれ……」

 

「今だ! 灰も残さず燃え尽きな! “灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」

 

「ッ!?」

 

 

そして、決定的な隙を見せたセイバーの前に炎上する木々の巨人を召喚する。巨人は足を振り上げ、セイバーの頭上に影を作る。

 

当然セイバーは回避しようとするが、間に合わず巨人は炎を纏った足で彼女を踏み潰してしまう。

 

 

「ふぃ~やったか?」

 

「ちょ、それフラグだって!」

 

「あん?」

 

 

キャスターが口走った単語に慌てた様子で立香が制止する。

 

 

「――やるな」

 

 

しかし、既にその言葉は放たれたものであった。

 

巨人の足を斬り飛ばし、セイバーは陥没した足跡から飛び出して先程立っていた丘の上へと着地する。その額は火傷しており、鎧も僅かだが傷付いていた。

 

 

「しぶとい野郎だ……が、多少なりともダメージはあったみてぇだな」

 

「はい。確実にこちらの攻撃は効いています。このまま行けば……」

 

「――勝てる、そう思っているか?」

 

 

勝機が見え始めた。しかし、セイバーは相変わらずの無表情でマシュとキャスターを見下ろす。

 

 

「随分と余裕だな? 悪いが、聖剣の力はもう使わせない。仮に使ったとしても嬢ちゃんの盾は打ち破れねぇ」

 

「果たしてそれはどうかな。だが、確かに私一人では貴様らを相手に勝利するのは難しそうだ」

 

 

潔く認めるセイバー。己はマシュとキャスターのコンビネーションに翻弄されている。このまま戦いを続けても敗北は必至であった。

 

 

「はっ ならテメェは――」

 

「しかし、甘いな」

 

 

――但しそれは。

 

 

「私が策を打たないとでも思ったか? 魔術師よ」

 

 

彼女一人ならば、の話だ。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

その時だった。空間が震動し、皆が硬直する。言語に表すのは不可能な、けたましい雄叫びが洞窟中に響き渡った。

 

 

「ッ……」

 

「ヒイッッ!?」

 

「な、何だ……?」

 

「おいおい……マジかよ?」

 

 

正体不明の咆哮に一同が戦慄する中、キャスターは冷や汗を流しながら呟く。彼はこの叫びの主を、それはもうよく知っていた。

 

 

『大変だ! 尋常じゃない量の魔力反応がこちらに物凄い速度で真っ直ぐ向かって来ている! 何だこれはっ!? セイバーよりもずっと強大な反応だぞっ!?』

 

「当たり前だ! そいつと比べりゃアーサー王なんて小物に等しいからな!」

 

 

取り乱すロマニにキャスターが杖を構えながら叫ぶ。

 

聖剣の担い手である騎士王を小物扱い出来る程の英霊……となればまだ神やそれに匹敵する幻想が跋扈していた神話の時代を生き、その時代でも猛者として扱われた存在であろう。

 

 

「■■■■■■■■……」

 

 

そして、洞窟の天井を破壊して降り立った“ソレ”は―――。

 

 

「なかなか骨が折れたぞ。こいつを手懐けるのは」

 

 

よりにもよって一つの神話において“頂点”に君臨した怪物(えいゆう)であった。

 

 

「なっ……」

 

 

背中まで届く長髪、筋肉隆々とした身体、背丈は2mを優に越える、手には片手斧。この街で出会った他のサーヴァントと同様に黒い靄で覆われた肉体。しかし、それらとは比べようがないほどの存在感を放つ巨人を前に立香は圧倒され、言葉も出ない。

 

一目で分かる。これは別格……否、別次元の存在だと。

 

 

「キャスターさん! あのサーヴァントはまさか……!」

 

「ああ、“バーサーカー”だ!」

 

 

キャスターがここへ来る前に言っていた狂戦士のサーヴァント……曰く、手を出さなければ襲って来ず、セイバーでも制御が利かず持て余しているはずだ。

 

故に無視する手筈だったというのにこれは一体どういうことだろうか。

 

 

「セイバー、テメェ……一体どんな手を使いやがった?」

 

「教えてやるつもりはない。しかし、一つ言えることは、狂っても高潔なる精神は失わず、健気にもかつてのマスターの居城を護り続けた大英雄も、使い魔という枠組みは越えられなかったということだ。貴様と同じように、な」

 

「あん? ちっ……訳の分からぬことをペラペラと。どのみちロクな手じゃねぇってことだろうが」

 

 

問いに答えず淡々と呟くセイバーに怪訝な表情を浮かべ、キャスターは舌打ちする。

 

 

「さて、そろそろ終わりにする……やれ。バーサーカー」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

セイバーが指示すると、バーサーカーは獣のような咆哮をあげながらマシュが居る方へと駆け出す。それだけで暴風が巻き起こり、もはや一つの災害であった。

 

 

「ッ―――」

 

「嬢ちゃん! まともに防ぐな!」

 

 

バーサーカーが斧を振るう。マシュはセイバーの時と同様に防御しようとするが、キャスターが制止の声をあげる。

 

 

「かはっ!?」

 

 

そして、斧が盾に触れた瞬間。マシュは大きく宙に舞った。

 

 

「くっ……一体何が……?」

 

 

セイバーとは比べ物にならない剛力。これに背中から地面に叩き付けられたマシュは一瞬自分の身に何が起こったのか理解出来ず戦慄する。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

「あの野郎……アンサズ!」

 

 

マシュを追撃しようとするバーサーカーに向けてキャスターは火球を放つ。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

火球は見事バーサーカーの胴体に命中し、彼の動きを止める。セイバーと違って対魔力スキルが無いためダメージは通るが、肌の表面を焦がすだけだった。

 

これにキャスターは舌打ちし、ならばと自身の宝具を発動させる。

 

 

「ならこいつはどうだ!? 焼き尽くせ木々の巨人! “灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」

 

 

燃え盛る巨人が召喚され、バーサーカーを踏み潰さんと突き進む。対するバーサーカーはそれを前にしても一歩も引き下がらずむしろ迎え撃たんと疾走する。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

「なっ!? マジかよっ!?」

 

 

キャスターは驚愕する。当然だろう。バーサーカーは大きく跳躍し、一瞬で巨人の眼前へと迫ったかと思えば反応されるよりも速く斧を振り下ろし、その頭をかち割ったのだから。

 

しかし、それだけでは巨人は死せず反撃とばかりにバーサーカーを平手で叩き落とす。バーサーカーは地面に陥没するが、即座に這い出て今度は腕を斬り飛ばした。

 

 

「キャスターさんの宝具を身体一つで……」

 

「くそっ……どうやら俺ではバーサーカーは止められねぇみてぇだな」

 

 

圧倒的なその強さに思わず魅入ってしまうマシュ。一方、キャスターはどうしたものかと思考する。このままでは巨人が倒され、消滅するのは時間の問題だ。

 

 

「バーサーカー。その盾の小娘を優先的に狙え。ランサーの攻撃など貴様に火傷を負わすことしか出来ないのだから」

 

「キャスターだっつってんだろ。にしてもテメェ……マジであのヘラクレスを自在に操ってやがるのか」

 

「ヘラクレスですって!?」

 

 

セイバーとの会話の中でキャスターがぽつりと漏らした名前にオルガマリーが反応する。その顔は絶望に染まり、青ざめていた。

 

 

「ちょっとキャスター! それがバーサーカーの真名だというの!?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ヘラクレスって……あの?」

 

 

その名は立香も知っている。確か神々から与えられた12の試練を成し遂げたとされるギリシャ神話の登場人物だ。

 

尤も、日本人である立香が知っていることはそれくらいで後はゲーム関連のものだ。

 

 

「ギリシャの大英雄じゃない! そんなの勝てる訳ないわ!」

 

 

しかし、イギリス生まれで魔術師であるオルガマリーはその桁違いさをよく理解していた。故にそれが事もあろうかアーサー王によって手懐けられ、自分らの敵となっていることに心底絶望し、甲高い悲鳴をあげる。

 

神話において彼は最強の猛毒を持つ水蛇を倒した。狩猟の女神すらも捕まえられない鹿を生け捕りにした。アマゾンの女王を殴り殺した。巨人の代わりに天を支えた。ネメアの獅子を絞め殺した。冥界で地獄の番犬すらも手懐けた。更に死後にはその功績から神へと至った。

 

その偉業、その能力……何もかもが規格外だ。英霊としては最上級だろう。

 

 

「ちょ、所長。落ち着いてください」

 

「これが落ち着いてられる訳ないじゃない! マシュは一撃で吹っ飛ばされたしキャスターの魔術は通じない! あんな化け物に加えてセイバーよっ!? 勝ち目なんてある訳が……!」

 

「勝ち目がどうこうじゃなくて勝たないと駄目なんですよ。それにまだ戦いは終わってません。今はマシュとキャスターを信じましょう。ね?」

 

 

ヒステリックに取り乱すオルガマリーを立香が必死で宥める。彼としても絶望的な状況なのは理解していたが、だからこそ冷静であるべきだと思った。

 

 

「よく言った坊主。確かにちょいとヤバい状況だが、ヘラクレスはヘラクレスでも奴はバーサーカーとして召喚されている。こいつを召喚した連中の馬鹿な発想のお蔭でな」

 

 

キャスターが補足する。ヘラクレスは強大な存在ではあるが、それは精神や知恵も含めてのこと。ヘラに掛けられた呪いの如く狂わされ、理性を失った今の彼は本来の力を発揮出来ずに居る。

 

 

「それに今のバーサーカーは汚染されて弱体化している。以前は不死身の化け物だったが、今は俺らの攻撃でも傷付く。だから勝てない相手って訳じゃねぇ……ソウェル!」

 

 

単純に強く戦いたくはないが、勝てない相手ではない。そう言ってキャスターが杖を掲げると炎の巨人を討ち倒し、セイバーの命令通りにマシュへと襲い掛かろうとしていたバーサーカーが炎に包まれた。

 

しかし、やはりダメージは薄い。火達磨になりながら平然とした様子でバーサーカーはマシュへと向かって行く。

 

 

「無理か……嬢ちゃん! 衝撃を受け流すんだ!」

 

「はい……!」

 

 

言われた通り、マシュはバーサーカーの一撃を盾で受けた瞬間に斜めに反らすことで衝撃を緩和させる。

 

 

「くっ……!」

 

 

しかし、バーサーカーは止まらない。続けざまに二撃目を、三撃目を、まるで乱舞の如く重い攻撃をし続ける。余波だけで吹き飛ばされそうになるマシュだが、何とかその猛攻を捌いて食い下がっていた。

 

 

「エイワズ!」

 

 

これにキャスターがそう一言叫ぶ。するとバーサーカーが持つ斧が跡形も無く消え去った。

 

 

「■■■!?」

 

 

突然武器が消滅したことに一瞬硬直するも即座に拳を作り、戦闘を続行しようとするが、そう判断すると同時に顎に強い衝撃が走る。

 

 

「はああああ!!」

 

「ッ……■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

一瞬とはいえ決定的な隙を生んで、マシュが反撃に出ないはずがなかった。盾による強烈なかち上げがクリーンヒットし、バーサーカーはその身を僅かによろめかせる。

 

 

「ナイス判断だ!」

 

 

そして、がら空きとなった脇腹に炎を纏った杖が突き刺さり、真横へ吹っ飛ばされた。

 

 

「キャスターさん……!」

 

「すげぇ馬鹿力だろ? だが、ありゃ理性の無い暴風雨だ。確かに化け物みてぇに強い。けど勝てない相手じゃねぇ。協力してさっさと終わらせるぞ」

 

「はい……!」

 

「■■■■■■……」

 

 

バーサーカーはすぐに起き上がり、戻って来る。傷こそ負っているが、痛みに堪えている様子は無くセイバーの命令通りにマシュを殺そうと闘争心を剥き出しにしていた。

 

流石は理性無き狂戦士。恐らく内蔵を潰されようが、下半身を吹き飛ばされようが、首だけになろうが、生きて動けるのであれば彼は構わず戦おうとするだろう。

 

マシュは盾を、キャスターは杖を構え、こちらへ突撃してくるバーサーカーを迎え撃つ。

 

 

「な、何よ……い、意外と戦えてるじゃない……」

 

 

それを見ていたオルガマリーは動揺していた心を落ち着かせ、安堵した。そもそも神代を生きた規格外の強さを誇る一部の英霊は、サーヴァントという枠組みに押し込められている時点で本来の力を発揮出来ないよう制限が設けられている。

 

無論ヘラクレスはその中の一人であり、大幅に弱体化しているはずだ。それに彼が活躍したギリシャ神話は数千年も昔のことでその内容には諸説あり、矛盾点も存在する。あの無双の強さや逸話に多少の誇張があっても不思議ではない。

 

 

「相手があのヘラクレスってなった時はどうなるかと思ったけど……バーサーカーとして召喚されたせいでヒュドラの毒矢もケルベロスもネメアの毛皮も使えないみたいだし……このまま行けば勝てるかも。ねぇ、藤丸?」

 

 

これはもしかするとバーサーカーもセイバーも倒し、無事に特異点を修復出来るのではないか。オルガマリーは淡い希望を抱きながら立香へと目を向ける。

 

 

「……うん」

 

「? どうしたの?」

 

 

しかし、立香の顔はオルガマリーの期待とは裏腹に神妙なものであった。

 

 

(可笑しい……攻撃のチャンスだってのにセイバーは何をやっているんだ?)

 

 

てっきりバーサーカーと二人掛かりで戦うと思っていたが、当のセイバーはバーサーカーを向かわせてから動かず高みの見物を決め込んでいた。

 

マシュもキャスターも警戒こそしつつもバーサーカーの相手で精一杯でそんなセイバーを無視している。

 

まさかバーサーカーとの戦闘で消耗させてから参戦するつもりか。しかし、先程彼女はそろそろ終わりにすると確かに言っていた。あれは一気に決着を付けるという意味ではなかったのか。

 

これは一体……。

 

 

「あ、まさか……! キャスター!」

 

「あんっ!?」

 

「セイバーの奴、またあのビームを撃とうとしてるんじゃ……!」

 

「何っ……だが、そんな素振りは……!?」

 

 

キャスターはバーサーカーと戦いながらも何故か動かないセイバーに気を配っていた。少しでも宝具を発動しようものなら彼女の背後にウィッカーマンを召喚して踏み潰せるように。

 

故に立香の言葉に疑問の声をあげ、彼女の様子を確認した次の瞬間―――、強烈な魔力反応を感じ取った。

 

 

「なっ……」

 

「悪いなランサー。今の私は、手段を選んでられる余裕は無い」

 

「馬鹿な……テメェいつの間に……っ!?」

 

「大聖杯から一気に魔力を引き出した。貴様が倒したサーヴァント数体分……チャージなど一瞬で終わる。尤も、あまり無駄遣いはしたくないのだがな」

 

 

先程と同様に闇が収縮し、空間が震える。聖剣への魔力の蓄積は既に極限状態に達していた。

 

 

「くそっ……灼き尽くす(ウィッカー)――」

 

「無駄だ。今度こそ消えろ」

 

 

慌ててキャスターは杖を振るい、宝具を発動しようとするが、もはや間に合わない。構わず暴れるバーサーカーのせいでマシュも妨害することは出来ない。

 

この場にセイバーの宝具の解放を、止められるものはどこにも居なかった。

 

 

「――“約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)”!」

 

 

そして、押し寄せた破壊の波が洞窟を包み込み、巨大な闇の柱が立ち昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――手は打った。

 

――後は運命が導くであろう。

 

――安心しろ。多少の相違は生じるだろうが、過程がいくら変わろうが結果は必ず同じものに辿り着く。

 

――さあ、始めよう。大いなる計画を。

 

――エデンの再興を。




H男「あれ? 俺の出番は?」



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memory.06 グランドオーダー

フルシンクロ条件:フックブレードを使う。


オデッセイ……超楽しい。いやぁオリジンズ以上に楽しんでるわ。けどずっとロケーション巡りばかりしててストーリーが全く進まねぇ。まだエピソード3だし。あ、性別は男にしました。

ってか今回の主人公……強くね? 秘宝使ってるからまあ分かるんだけどバエクさんを余裕で越えてくるとは思わなかった。落下ダメージ無効とか炎&毒エンチャとかすり抜ける矢とかクロックアップとか透明化(エビフライと違って近付かれてもバレない)とかetc…etc…

とにかくアサシンクリードオデッセイ、楽しんでます!


 

 

「……けほっ」

 

 

半壊した鍾乳洞。岩石が砕け、周囲に舞った粉塵に噎せながら立香は意識を覚醒させる。

 

寸前に覚えているのはセイバーが再び宝具を解放し、光に包まれたということ。それからどのくらいの時間が経ったのか。一瞬のことだったか或いは既に長時間経過しているのかもしれない。

 

 

「無事ですか? 先輩」

 

 

そんな思考を続けていると近くで声がする。振り返ってみれば、そこには自身を守るようにマシュが盾を構えながら立っていた。

 

 

「マシュ!」

 

「お怪我は……ないようですね」

 

「あ、ああ。そっちは大丈夫か?」

 

「はい……何とか攻撃を防ぐことに成功しました……」

 

 

しかし、そんな言葉とは裏腹にその姿は満身創痍だ。先程とは違い咄嗟だったこともあり完璧には防げずダメージを負ったのだろう。

 

広大な洞窟空間といえど対城宝具を二撃をくらっては無事ではいられない。大地は砕け、瓦礫が辺り一面に散乱する。外と同様に荒野に等しい惨状と成り果ていた。

 

改めて思い知った。災害級……ロマニがそう評していたサーヴァントという超人の規格外さを身を以て理解する。

 

 

『みんな無事かいっ!? 生きてるよねっ!?』

 

 

すると通信機からテンパるロマニの声が聴こえてくる。どうやら通信には異常は無いみたいだ。

 

 

「ロマン……ああ、俺は無事だ」

 

「私もです。Dr.ロマン」

 

『そうか良かった! ってあれ? 所長は?』

 

「あ、そうだ……所長は……!」

 

 

ロマニに指摘されてオルガマリーが居ないことに気付いた立香は辺りを見回すが、瓦礫のみで姿は見えない。そういえばキャスターも居なかった。

 

 

「所長! マリー所長~!」

 

『まさか宝具に巻き込まれて……』

 

「そんな……」

 

「嘘だろ……」

 

 

聖剣の闇に呑まれ、そのまま消滅してしまったかもしれない。そんな有り得る推察に立香とマシュは顔を歪める。特にマシュは己の宝具で守り切れなかったという事実によりかなりのショックを受けていた。

 

キャスターも姿が見えないということは恐らくもう……。

 

 

「――まだ生きているとはな」

 

「!」

 

 

冷徹な声が響く。視線を向ければセイバーが、大聖杯を背にこちらを見下ろしていた。

 

 

「つくづく頑丈な盾だ。やはり面白いサーヴァントだな、小娘」

 

「■■■■■■……」

 

 

それと同時に近くの瓦礫が崩れ、中から黒い大男…バーサーカーが這い出てくる。聖剣の一撃をもろにくらったというのに、その身は傷を負うだけで問題無く動けるようだ。

 

希望から絶望へ、一気に叩き落とされる。もはや勝ち目はゼロだった。

 

 

「くそっ……」

 

 

どうするべきか。立香は思考する。マシュ一人でセイバーとバーサーカーを同時に相手にし、倒すなど不可能だ。ならば全力で逃走を図り、一旦体勢を整えるしかないが、そんな隙をセイバーが与えてくれる訳が無い。

 

 

(そうだ……! アサシン……!)

 

 

一つの答えに思い至る。アーチャーと戦っているであろうエツィオと合流する。それしかあるまい。

 

 

「――ほう。まだ諦めてはいないようだな、カルデアのマスター」

 

 

そんな立香にセイバーは初めて興味を示す。魔術師ですらないただの一般人。他愛の無い脆弱な存在に過ぎないとばかり思っていたが、存外芯は強いようだ。

 

 

「弱いものは嫌いだ。特に心が弱いのは見てられん。その点で言えば、貴様は私好みの人間だ」

 

「……何?」

 

「貴様は正真正銘ただの普通の人間。にも関わらず魔術師であるあの残りカスの女と違い、威圧こそされど恐怖には呑まれぬ胆力もある。これからの経験次第では勇ましく優秀なマスターとなり、大成するだろう」

 

 

その姿に、かつてのマスターであった赤毛の少年を一瞬重ね合わせ、セイバーは僅かに頬を緩める。

 

そんな彼女の心境など知るはずもない立香は唐突な称賛の言葉に眉をひそめ訝しむ。

 

 

「故に残念だ。貴様達のような面白い存在を、滅ぼさなければならぬのだから……バーサーカー」

 

「■■■■■■■■!!」

 

 

そして、すぐに冷酷な表情に戻り、セイバーは狂戦士へと命令を下す。その言葉が終わると同時にバーサーカーは野獣のような雄叫びあげながら突撃する。

 

 

「ッ……先輩……!」

 

 

即座にマシュは立香の前へ出て盾を構える。しかし、決して低くはないダメージを負った今、先程のようにバーサーカーの猛攻を捌き切れるとは思っておらずマスターだけでも守ろうと半ば自殺覚悟だった。

 

そんな彼女にバーサーカーは容赦無くその剛腕を振るう――。

 

 

「■■……!?」

 

 

はずだった。

 

 

「む……どうした、バーサーカー?」

 

 

突然足を止めたバーサーカーにセイバーは眉をひそめ問い掛ける。もはや理性どころか意思の欠片も残していない傀儡となったはず。今更反旗を翻すことなど不可能なのだが……。

 

一方、立香とマシュは目を大きく見開き、眼前で立ち尽くすバーサーカーを見ていた。

 

何をそんなに驚いているのか。それは彼らの視線の先にある首元。その一部がまるで刃物で切り裂かれたようすにぱっくりと割れ、血が滲み出ていたのだ。

 

 

「何だと!?」

 

 

セイバーも気付き、驚愕する。同時に傷口から噴水のように大量の血が吹き出てバーサーカーは膝を付く。

 

あまりにも一瞬の出来事。刺客の気配など微塵も感じなかったというのに――。

 

 

「女性にそんな汚い手で触ろうとするとは、随分とマナーがなってないな」

 

「!?……■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

背後から耳元で囁かれるように聴こえた男の声。バーサーカーは反射的に振り返って振り下ろすようにして拳を叩き付けるが、そこには砕けた地面があるのみ。

 

疑問に思うのも束の間、次の瞬間には視界は真っ白に染まっていた。

 

 

「ッ……これは……煙幕か……!」

 

 

周囲一帯を白い煙が覆う。セイバーは口元を押さえ、顔をしかめる。

 

 

「小癪な手を……」

 

 

一瞬呆気に取られたものの直感スキルを持つセイバーには視界を覆ったところで効果が限りなく薄い。

 

しかし、鬱陶しいのには変わりない。故にセイバーは魔力放出で煙幕を吹き飛ばしてしまおうとする。

 

 

ボンッ!

 

 

そして、それは彼女の足下で何かが破裂しなければ成功していた。

 

 

「かはっ……」

 

 

無数の金属片のような硬く尖った物体がセイバーを襲う。大半は鎧によって弾かれたが、幾つかは彼女の身体に突き刺さった。

 

 

「ッ……おのれ……何者だ!」

 

 

初めてセイバーは憤慨し、前方へ剣を振るう。すると彼女を狙って真っ直ぐ飛んで来ていた三本のナイフが弾き落とされ、煙が晴れる。

 

 

「おっと。暗殺失敗か」

 

「――アサシン!」

 

 

姿を現したその人物の名を立香は歓喜を含んだ声で呼ぶ。それに対しエツィオも笑みを浮かべ、振り返る。

 

 

「待たせたなマスター。突如としてバーサーカーが接近し始め何事かと思い、急いで馳せ参じたが……間に合ったようで良かった」

 

「貴様……アサシンのサーヴァント……それにそのフードはまさか、“隠れし者”か」

 

 

顔を輝かせ、喜ぶ立香とは対照的にセイバーは怪訝な表情を浮かべ、忌々しそうにエツィオを睨み付ける。

 

 

「ほう……随分と古い呼び名だな」

 

 

隠れし者。それはエツィオ達が暗殺者(アサシン)と呼ばれるようになる以前の呼称で彼の時代にはもはや使われることの無かったものだ。

 

故にエツィオは少し驚くが、アーサー王伝説の舞台となった時代は少なくとも十字軍遠征よりも遥か前の話だ。ならばそう呼ばれて当然か。

 

それよりも驚きなのは、かの高名なアーサー王が自分達のことを知っており、何らかの関わりがあったであろうこと。そして、今最も衝撃的な事実はその容姿が年端も行かぬ少女だったことである。

 

 

「いやはや……かのご高名な騎士王が、まさか女王だったとは」

 

 

自然と漏れた驚きの言葉。これをセイバーは侮蔑と受け取ったのかより目を鋭くする。もはや視線だけで人を殺せそうな程の威圧感であった。

 

 

「黙れ。隠れし者よ……この期に及んでまた貴様らと合間見えることになるとは思いもしなかったぞ」

 

「……酷く嫌われているな。今は隠れし者ではなく、単にアサシンと呼ばれている」

 

「アサシンだと? ……クク、そうか。つまりあの中東の暗殺教団、そしてその長である山の翁は貴様らの一派だった訳だ」

 

「山の翁……ああ、あの“ハサン・サッバーハ”とその名を受け継ぐ18人のことか」

 

 

――曰く、それは英語やフランス語において暗殺者を意味する単語である“Assassin”の語源となったとされる人物。

 

聖地エルサレム奪還を目的とした遠征にて十字軍が持ち帰った伝説の一つ。イスラム教・シーアの分派イスマイール派、その更に一派であるニザール派の狂信者達によって構成された暗殺教団が存在し、当時の王朝や政権、十字軍の要人らを次々と暗殺していったというもの。

 

そして、上記の逸話と関連性が示唆されている伝説が、“秘密の園”というものだ。

 

曰く、“山の翁”と呼ばれる老人がそこには住んでいて、秘かに若者を拉致し、麻薬を吸わせ、洗脳し、使命を果たせと唆し、要人を暗殺させる。そんな恐怖の伝説……その人物こそがハサン・サッバーハであり、暗殺教団の指導者である。

 

現代においては数多くの矛盾から歴史的な事実は無く、お伽噺の類いであると判断されていることだ。

 

しかし、エツィオは知っていた。その伝説が紛れも無い事実であり、彼が所属するアサシン教団のことを指していると。無論、全く同じという訳ではない。特に麻薬だの拉致だのは当時の十字軍……テンプル騎士団がアサシン教団を貶める為に流布した根も葉も無いデマだ。

 

山の翁――ハサン・サッバーハはアルタイル・イブン・ラ・アハドと同じく“死の天使”の異名を持つ伝説的なアサシンだった。

 

そして、一部のイスラム教を信仰するマスターアサシンは彼を“初代様”と崇拝し、いつしかハサン・サッバーハの名を襲名するようになった。

 

 

「成程……確か通常の聖杯戦争で召喚されるアサシンは、彼らだったな」

 

「ああ。二三度対峙した。どいつもこいつも異形と呼ぶに相応しい醜悪な姿のものばかりだったぞ。貴様らにはお似合いであろうが」

 

「む? 彼らの中には禁忌を犯し、異形の身となった者も居たらしいが……あまり同胞のことを悪く言うのは止してもらいたい。お嬢さん(シニョリーナ)

 

 

悪魔の腕、分裂する者、幼子のような小人、今まで戦ってきた異様な風貌のアサシンを思い出しながらセイバーは煽るように宣う。

 

これにエツィオは顔をしかめ、目を鋭くする。どうやら彼女は教団のことを良く思っていない、それどころか恨んでいる節さえ見えた。

 

もしやテンプル騎士団か。かの誉れ高き騎士王が奴等の仲間ならば些かショックであるが、有り得ぬ事ではない。

 

 

「ふん……影に潜む魔物め」

 

 

そう吐き捨てるように言ってセイバーは聖剣の切っ先を向ける。

 

 

「抜くがいい。その腰の剣は、飾りではないのであろう?」

 

「ふむ、決闘をご所望という訳か」

 

 

腰に帯刀している翼を広げた鷲の意匠が施された長剣を見ながらセイバーは言う。それに応じる形でエツィオは抜刀する。

 

銀色に輝くその刀身。それは影に潜む暗殺者が持つには不相応な逸品である。鍛え込まれた、かなりの名剣であると一目でセイバーは判った。

 

 

「――良いだろう」

 

「ほう? 随分と自信ありげに見える。先程の爆破で手傷を負った私ならば勝てるとでも思ったか? しかし、隠れし者……否、アサシン風情がこの剣、止められると思うなよ」

 

 

そして、セイバーは地面を踏み締め、エツィオへと斬り掛かる。魔力放出によってブーストされたその一歩。一瞬にして間合いを詰め、音よりも速く剣はエツィオの胴体を裂かんと振るわれた。

 

 

「止める、か……少し違うな」

 

 

カキィン! と金属音が響き、火花が飛び散る。

 

セイバーは目を見開く。全力を以て振るったはずの剣擊は防がれることも避けられることもエツィオを切り裂くこともなかった。

 

エツィオの持つ剣に触れた次の瞬間、在らぬ方向へ“逸れた”のだ。

 

 

「何っ……!?」

 

「剣擊は受け流すものだ」

 

 

アサシンにとっては常識であること。いくら重い一撃であろうと受け流してしまえば衝撃はゼロに等しく、幼子の攻撃と然程変わらない。

 

そして、エツィオは反撃とばかりにセイバーへと剣を振るう。

 

 

「ッ……!」

 

 

即座に剣でそれをセイバーは防御する。片手による決して重くはない一撃であったが、エツィオはそれを間髪無く連続で加えることでセイバーを数歩下がらせる。

 

 

「どうした、かかってこい」

 

「黙れっ……そう何度も受け流せると……!」

 

 

そんな剣を力ずくで弾き、セイバーは再び攻撃に出る。一撃一撃が圧倒的な破壊力を誇る激しい斬擊の嵐。しかし、結果は先程と同じでエツィオは彼女の剣を受け流していく。

 

これにセイバーは苛立ちを覚える。自身の攻撃を悉く受け流してきた相手は過去に一人だけ居た。キャスターによって召喚され、山門の番をしていた侍のサーヴァント。奇しくも目の前の男と同じアサシンのクラスであった。

 

 

(馬鹿な……! アサシン風情に……!)

 

 

しかし、彼は農民の出でありながらひたすら剣を極め、三つの斬擊を()()()行うという魔法の領域に達した剣聖と呼ぶに相応しい存在。一介のアサシンとは訳が違うのだ。

 

故にセイバーは認めたくない。筋力も、剣を振るうスピードも、魔力も、武器も、総てを上回っているというのに、このアサシンは技術のみで己の攻撃を捌いているという事実を。

 

 

(流石はかの有名なアーサー王と言った所か……この力、同じ人間とは思えないな)

 

 

一方、エツィオは内心セイバーの予想以上の強さに驚愕していた。攻撃は何とか受け流せてはいるが、その華奢な身体から繰り出されているとは思えない重い一撃一撃を捌く度に腕に痺れが生じる。カウンターを狙うのもタイミングが僅かでなかなか難しい。

 

幸いにもセイバーは気付いていない様子だが、このまま隙を見て反撃するだけではいずれ防戦一方となり、疲弊し、敗北するのは明白だった。

 

故に、早々に決着を付けなければ。

 

 

「死ね……!」

 

(――そこだ!)

 

 

そして、遂にチャンスが巡ってきた。エツィオは振り下ろされた剣を受け流すと同時に刀身の上に滑らせるようにし、セイバーの首を狙う。

 

 

「!!」

 

 

しかし、セイバーは咄嗟にバックステップすることではこれを回避する。

 

――パァン!

 

 

「……っ!?」

 

 

が、次の瞬間。響き渡ったのは渇いた音。セイバーが下がると同時にエツィオが籠手に仕込まれたピストルを発砲したのだ。

 

しかし、そこは最優の英霊。持ち前の直感もあってか身体を反らして避けようとする。

 

 

「ぐっ……貴様……」

 

 

ギリギリでそれは成功し、心臓を狙って飛んできた弾丸は肩へと撃ち込まれた。鎧によって貫通は避けられたが流血し、痛みが伝わってくる。

 

セイバーは顔を歪ませ、憤怒の感情が籠った眼でエツィオを睨む。

 

 

「何だ? まさか飛び道具は使わないと思っていたのか?」

 

「……いや、貴様らに騎士道精神など微塵も無いのはよく知っている」

 

「俺はアサシンだ。正々堂々戦わぬのは当然だろう。そういうのはテンプル騎士団に言ってやるといい」

 

「ふん……だが、もう同じ手は食わん。次こそは殺す」

 

 

傷付いた肩が問題無く動くのを確認するとセイバーは再び剣を構え、切り込む。

 

エツィオは迎撃しようと発砲するが、セイバーは弾道が見えているが如く銃撃をかわし、間合いへと迫る。

 

 

「――おっと」

 

「!?」

 

 

しかし、その剣は空を切る。また先程のように受け流すと思っていたセイバーは視界から姿を消したエツィオに驚きを隠せない。

 

 

「相変わらず便利な代物だな、これは」

 

 

そして、いつの間にかエツィオは背後へ移動していた。

 

 

「! 何だ、それは……?」

 

「知らないのか? 時代遅れだな」

 

 

籠手から伸びるのはセイバーも知っている仕込み刃……ではなく、長く先がフックのように折れ曲がっているものであった。

 

どうやらこれをセイバーの鎧に引っ掛け、背中と背中を合わせてくるりて回転することで一瞬にしてセイバーの背後へ回り込んだようだ。

 

 

「小癪な……!」

 

 

それがどうしたとばかりに斬り掛かろうとするセイバー。

 

――すると今度は両足が大地から離れた。

 

 

「!?」

 

 

驚愕するセイバー。そのまま彼女は重力に従い、仰向けに倒れてしまう。

 

原因はすぐに解った。あのフック状のブレードに脚を引っ掛けられたのだ。

 

 

「キサ、マ――――!?」

 

 

あまりにも単純な技。これにセイバーは憤慨し、エツィオを罵ろうとするが、喉に走る鋭い痛みによって阻まれてしまう。

 

 

「がっ――――」

 

「終わりだ」

 

 

そして、意識を失う寸前、彼女が見たのは容赦無く己の首に剣を突き立てるエツィオの姿だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……ここは……?」

 

 

一方その頃。オルガマリーは見知らぬ場所で目を覚ます。見たところ洞窟の中のようだが、大聖杯のあった鍾乳洞とは少し雰囲気が違っていた。

 

 

「私は確か……バーサーカーが乱入して……セイバーがまた聖剣を……」

 

「気が付いたか?」

 

「きゃっ!?」

 

 

気を失う前のことを思い出していると背後から突然声を掛けられる。小さく悲鳴をあげ、振り返るとそこにはあの自分達を襲ってきたランサーやアーチャーのように黒い靄に覆われた男が瓦礫の上に座っていた。

 

 

「ひっ……ま、またサーヴァント……!?」

 

「怖がるな。敵ではない。むしろセイバーの攻撃から助けてやった命の恩人だ」

 

 

怯えるオルガマリーに男は心外とばかりに言う。その言葉通り彼からは敵意が感じられず、襲ってくる気配も無い。

 

これにオルガマリーは警戒は解かないが一先ず安堵する。少なくとも今すぐ殺されるということは無くなったからだ。

 

 

「……あなた、何者なの?」

 

 

そう問い掛けるが、内心答えは既に出ていた。ランサーは倒した。アーチャーとバーサーカーではない。ライダーはキャスターが倒したらしい。

 

となると残るクラスは一つ。

 

 

「此度の聖杯戦争にてアサシンとして召喚されたサーヴァントだ」

 

「やっぱりそうなのね……けど、どうして私を?」

 

 

そもそも黒い靄に覆われているということはセイバーに敗北して汚染されているということ。とならはあのランサーやアーチャーのようにセイバーの支配下にあるはず。にも関わらず何故理性を保ち、独断で動けるのだろうか。

 

キャスターに次いで最弱クラスと名高いアサシンはバーサーカーのように制御が効かないなんてことはないだろうし、とオルガマリーは疑問に思う。

 

 

「さあな……ただの気紛れだ。既に死んでいる者を助けるなど」

 

 

そして、発せられた返答は予想外のものであり、オルガマリーは怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「死んでいる、ですって?」

 

「そのままの意味だ。お前は肉体を失い、魂……いや、残留思念とも言うべきか。少なくとも俺の定義では死人に等しい状態だ。気付いていなかったのか?」

 

 

どういうこと? オルガマリーがそう尋ねるよりも先に男…アサシンは言い放つ。

 

 

「は? な、何言ってるのよ……そんな訳ないじゃない……! だって私は今こうして……!」

 

 

突然そんなことを言われ、困惑するオルガマリー。全く以て信じられない話だ。

 

しかし、否定していく内に一つの疑問が沸き出る。何故己はこの特異点へレイシフトすることに成功しているのか。自身には優秀な魔術師にも関わらず最も欲していたレイシフト適正とマスター適正が無かったはずだ。それ故に周囲から嘲笑され、疎まれ、自身のコンプレックスにもなっていたというのに。

 

つまり肉体を失い、魂だけになったからレイシフトすることが出来たのではないか。そうであれば辻褄が合う。

 

 

「どうやら理解したみたいだな」

 

 

疑問が氷解し、その顔が絶望に染まるオルガマリーを見据えながらアサシンは淡々と喋る。

 

 

「う、嘘よ……私が……この私が……こんな……こんなことって……!」

 

 

皮肉なことだ。あれだけ求めていたレイシフト適正とマスター適正を死んだ後に得るとは。

 

もはや否定は叶わない。悟ってしまった。あの爆発で己が既に死んでいたことを。特異点を解決してもカルデアへ戻ることは出来ずいずれ自壊するという残酷な真実を。

 

 

「まだ若いというのに憐れなものだ。しかし、肉体を失っても尚、存在し続ける様はまるで“かつて来たりし者達”のようだな」

 

「! い、嫌よ! 私はまだ死にたくない!」

 

「もう死んでいる」

 

「嫌……嫌嫌嫌いやぁぁああ! 死にたくない……! 死にたくなんてない……! だってまだ褒められてない……! 誰も、私を認めてくれていないじゃない……!」

 

 

自身の死というあんまりな真実を受け入れられるはずもなくオルガマリーは発狂したかのように泣き叫ぶ。

 

そんな彼女を見据えるアサシンの表情は黒い靄に覆われて伺えない。

 

 

「どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰も私を評価してくれなかった! みんな私を嫌っていた!」

 

 

口から言葉が溢れ出て止まらない。

 

今までひた隠しにしてきた思いを、嘆きを、オルガマリーは咽び泣きながら吐露する。

 

 

「なのにこんな、こんな死に方なんてあんまりじゃない! まだ何もしていないのに! まだ何も成し遂げてないのよ! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに―――!」

 

 

――認めてあげますよ。あなたは凄い人だ。

 

 

そして、あの時、あの瞬間。魔術も何も知らない一般人だと見下していた少年の笑顔と彼が発した言葉がふと頭に過る。

 

 

「やっと……! やっとなの……! やっと認めてくれる人が現れたのよ……!」

 

 

世辞でも媚びを売った訳でもない。悪意無き純粋な何気無い一言。嬉しかった。救われた。感謝した。オルガマリーの憑き物を僅かだが落としてくれた。

 

まだ希望があると思っていた。これから何かが変わり始めると思っていた。あの少年と共に特異点を解決すれば自分自身が変われると思っていた。

 

 

「なのに、なのに……こんなのあんまりじゃない! 憐れじゃない……例え非人道的な実験を繰り返したクズの娘でも……例え出来損ないの無能でも……こんな結末、あんまりじゃない……」

 

「…………」

 

 

もはや声を枯らしながらもオルガマリーは崩れ落ち、啜り泣く。

 

 

「……生きたいか?」

 

 

その時だった。アサシンが口を開き、悪魔の誘惑を仕掛けてきたのは。

 

 

「へ?」

 

「俺ならば、お前を生かすことが出来る」

 

 

間抜けな声を出すオルガマリーにそう言ってアサシンの懐中から何かを取り出して見せる。それは、黄金の光を発するハンドボールサイズの球体だった。

 

 

「何、これ……?」

 

 

何だ。なんだ。ナンダコレハ。

 

それを見た瞬間。オルガマリーはぴたり泣くのを止めて凝視する。

 

凄まじい魔力だ。その光は眩く、温かく、心地が良かった。何故かは分からないが、あれが欲しくてたまらない。ゴクリと喉を鳴らし、オルガマリーはそれに手を伸ばそうとする。

 

 

「おっと。迂闊に触るな。これの魅力に囚われてはならん」

 

 

そして、その言葉にハッと我に返る。

 

 

「魅力……魅了(チャーム)が掛けられているの……?」

 

「そうだ。一度でもこれに触れ、完全に魅了されてしまえば二度と抜けられず、狂い果てるぞ」

 

 

そんな物騒な説明にビクリと身体が震え、慌てて手を戻す。魔術師である己が魅了される程の代物。魔術礼装なんてそんなちゃちなものではない。アサシンの宝具だとしても、オルガマリーの知る限りこのような黄金の球体についての逸話や伝承は聞いたことがなかった。

 

一体何なのか……根はやはり魔術師。研究欲や好奇心が掻き立てられたオルガマリーは目の前の未知の物質に釘付けになる。

 

 

「だが、これには万人が魅了されるだけの絶大な力が秘められている。先史文明の遺品……神から人へ、人から神へと渡り歩き、多くの者が魅入られた黄金の果実だ」

 

「黄金の果実……? それってまさか……」

 

「俺にはもはや必要無いものだ。ここでの使命はもう果たしたからな」

 

 

アサシンの漏らした単語からオルガマリーは自身にとっては信じられぬある可能性を察するが、それを答える前にアサシンはそう言って球体を彼女へと翳す。

 

 

「な、何を……!?」

 

「生きたい。その願いを叶えてやる。なあに、すぐに終わる……身を委ねるがいい、魔術師の娘よ」

 

 

謎の行動に戸惑うオルガマリー。そんな彼女の言葉を無視し、アサシンはその球体を―――彼女の胸に押し込んだ。

 

この行為によってもたらされるのは生存か破滅か。アサシンにとってはどうでもいいことだった。これは単なる気紛れに過ぎないのだから。

 

しかし、ここからオルガマリーの運命(fate)は大きく変わる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――決着は、あまりにも呆気無いものだった。

 

絶大な力を以て聖剣を振るう黒き騎士王。その猛攻を華麗な手捌きで受け流していく白き暗殺者。力の差を全く感じさせず、どちらが勝っても可笑しくはなかった激闘と言えよう。

 

しかし、決め手となった攻撃は足払いからの突き刺しという、必殺技はおろか大技とも言えない単純なものであり、戦闘に釘付けとなっていた立香とマシュはしばらく茫然とした表情で硬直してしまっていた。

 

 

「戦闘終了だ、マスター」

 

 

剣を引き抜き、付着した血を振り落とすとエツィオは何食わぬ顔で立香へと近付く。

 

じきに消滅するであろう足下のセイバーに一瞥もくれてやることも無かった。

 

 

「あ、うん……凄いねアサシン。あんな強いセイバーを一人で倒すなんて……」

 

 

未だに信じられない。しかし、これが現実だ。すぐ近くで悶えていたバーサーカーが主を失ったことで完全に機能停止し、消滅しようとしているのが、何よりの証拠である。

 

暗殺者(アサシン)という英雄とはあまりにもかけ離れたクラスのこのサーヴァントは、最優のセイバー、それをあのアーサー王を見事に討ち取ったのだ。

 

 

「なに、条件が良かっただけだ。不意を突けなければ敵わなかった」

 

「けど勝てたんでしょ?」

 

「まあな……それにしてもサーヴァントというのは馬鹿げている連中ばかりだ。出来るのならまともに殺り合うのは勘弁したい」

 

 

馬鹿げているのはあんたも一緒だ、そう口から漏れそうになる立香。騎士王の聖剣による猛攻を易々と受け流せる者が一体どれ程居るというのか。

 

 

「――流石だな。アサシン」

 

 

その時、付近の瓦礫が崩れ落ちる音と共に聞き覚えのある男の声が二人の会話に割り込んできた。

 

 

「その声は……」

 

「キャスターさん! 無事だったんですね!」

 

 

声の主はエクスカリバーの一撃によって倒されてしまったと思われていたキャスターだった。彼は満身創痍なのか息を切らし、杖を支えに立っていた。

 

 

「おう。何とかな……総てのルーンを使って結界を貼った。流石に無傷とはいかなかったが」

 

「そうだったのか……けど良かった。てっきり死んじゃったのかと」

 

「はい……ご無事で何よりです」

 

 

キャスターの生存に安堵する立香とマシュ。一方、エツィオは何か言いたいことがあるのか神妙な面持ちで見据え、彼の前に立つ。

 

 

「随分とやられたようだな、キャスター」

 

「ああ。セイバーの野郎……バーサーカーまで使いやがって……ああも本気を出して来るとは思わなかった」

 

「……つまりセイバーは、聖杯を獲ることにそこまで本気ではなかったと?」

 

「あん? いやそれは……」

 

「――お前は一体何を知っている? クランの猛犬よ」

 

 

エツィオのその問いに一瞬にしてキャスターの顔付きが変わる。

 

 

「……へぇ。いつから気付いてた?」

 

「真名に関してはランサーという単語が出た時点で察した。そして、お前のことは最初から疑ってはいた。言動に怪しい所があったからな。それがアーチャーと会話したことで確信となり、こうして問うことにしたという訳だ」

 

「あー、成程ねぇ……流石はアサシン。鋭いな」

 

「答えろ。お前は何を知っていて何を隠している?」

 

「ハァ……ったく分かったよ。どっちにしろいずれ分かることだ」

 

 

明らかに単に巻き込まれた一サーヴァントという立場ではないはずのキャスターをエツィオは問い詰める。すると観念したのかキャスターは溜め息を吐き、口を開く。

 

 

「まず最初に、俺は別にお前らの敵ではねぇってことは言っておく」

 

「そうか。だが、信用するには値しない。お前が敵味方の是非はお前の話を聞いてから判断することにしよう」

 

「ちょ、アサシン……」

 

「どういうことですか?」

 

 

突然込み入った話をする二人に、立香とマシュは戸惑いを隠せない。そもそもエツィオは初めて会った際にキャスターを敵対の意思は無いと判断したはずだ。

 

 

「まあ待て、マスターにマシュ嬢。一先ずキャスターの話を聞こうじゃないか」

 

「けど……ああ、分かった」

 

 

よく分からないが、何やら大事な話ということは察し、立香は押し黙る。マシュも同様に理解した。

 

 

「さて、話を続けろ」

 

「ああ。俺はある計画の為にこの冬木の聖杯戦争に()()召喚された。その理由は―――」

 

「――フ。今更もう遅い」

 

「「!!」」

 

 

真相を暴露しようとしたキャスター。その言葉を阻んだのは喉に剣を突き刺されたはずのセイバーだった。

 

 

「テメェ……まだ生きてやがったのか……!?」

 

「よせ、もう長くない」

 

 

杖を構えるキャスターをエツィオが竦める。その言葉通りセイバーは消滅寸前であり、もはや戦う力は残されていなかった。

 

それでもまだ現界を維持し、喋れるだけの力を残しているのは流石は一級の英霊と言えよう。

 

 

「何が何でも聖杯を守り通す気だった。己の執着に傾いたが、決して気を抜かず、本気で貴様らを討ち滅ぼす気だった」

 

 

喉からは血がドクドクと絶え間無く流れている。そんな状態でも笑みを浮かべるセイバーの姿は敗北を悟っているのか先程の激情は片鱗も見せず、落ち着き払っていた。

 

 

「結局、どう運命が変わろうと私一人では同じ末路を迎えてしまう訳か」

 

「あ? どういう意味だそりゃ……テメェ、どこまで知ってやがる?」

 

 

どこか自嘲した様子のセイバー。その物言いにキャスターが怪訝な表情を浮かべ、問い掛ける。

 

 

「貴様もいずれ分かる。アイルランドの光の御子よ。そして、隠れし者……まさか一度ならず二度でも貴様達にしてやられるとはな」

 

 

そう言ってエツィオを睨み付けるも、殺気は発せられていない。意味深な表情にこの場に居る全員が疑念に駈られる。

 

 

「まあいい。これもまた運命だ。私を討ち倒した褒美として教えてやろう。名も知らぬマスターと盾のサーヴァントにもな」

 

 

しかし、尋ねるよりも先にセイバーの身体から光の粒子が漏れ、天へと散っていく。

 

 

「グランドオーダー。聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだということを」

 

 

激励にも似たその言葉を最期にセイバーは完全に消滅する。

 

 

「おい待て。詳しく説明しやがれテメェ……ってここで強制送還かよっ!?」

 

 

それを追う様にキャスターの肉体も光の粒子となって行く。

 

セイバーが消え、この聖杯戦争の勝利者はキャスターとなった。本来ならばキャスターの前に聖杯が具現するものだが、当のキャスター本人が聖杯を望んでいない。故に勝利者も同じように座へ送還されるということなのだろう。

 

 

「キャスター!」

 

「キャスターさん……」

 

「ああ、そろそろお別れみたいだな」

 

「おい。まだ話は聞いていないぞ……」

 

「悪い。時間切れだ。だが、安心しろ。お前さん達は自分らの思うように行動すればいい。そうすればいずれ真相が分かる」

 

 

慌てるエツィオとは対照的にキャスターはにやりと笑みを浮かべる。

 

 

「あばよアサシン! 坊主! 盾の嬢ちゃん! お前さん達に叡知の父の導きがあらんことを! それと次はランサーで喚んでくれよな!」

 

 

そして、キャスターは昇天するように消滅した。気が付けばバーサーカーも消滅しており、この場に居るサーヴァントはエツィオとマシュの二人だけとなる。

 

 

「……セイバーとキャスター、及びバーサーカーの消滅を確認しました。私達の勝利、ということでよろしいんでしょうか?」

 

「えっと……街は燃えたまま、なのかな?」

 

 

暫しの沈黙。未だに戦いの余韻が残っているマシュの問いに立香は首を捻る。セイバーを倒したことで特異点が修復されたという実感が特に湧かないからだ。

 

 

『ああ。一先ず聖杯を回収して――』

 

冠位指定(グランドオーダー)……何で魔術師でもないサーヴァントがそのことを知っているのよ」

 

 

そして、ロマニが指示を出そうとしたその時。彼らの背後から声がする。

 

 

『わっ!? マリー!?』

 

「所長!」

 

「生きてたんですね!」

 

「ええ。何とか、ね……」

 

 

それはセイバーの宝具に巻き込まれて死んだと思われていたオルガマリーだった。これにロマニは驚愕し、立香とマシュは歓喜する。

 

 

「む……何があった?」

 

 

しかし、エツィオは“鷹の目”を発動させながらオルガマリーを見据え、怪訝な表情を浮かべる。

 

 

『にしてもあの聖剣ビームをくらっても生きてるなんて……マリー……やっぱり君ってターミネーターなんじゃ……』

 

「ブッ殺すわよ、ロマニ」

 

 

ロマニの言葉にオルガマリーは殺意を見せながらもどこか気だるげであった。

 

 

「所長……すみません。宝具を発動したにも関わらず守り切ることが出来なくて……」

 

「大丈夫よ……その、わざとじゃない、わよね……?」

 

「え? はい勿論です」

 

「そう……ならいいわ。私はこうして生きているのだし、ね?」

 

 

本当に大丈夫なのだろうか。傍らで見ていた立香は疑問に思う。

 

どうにもよそよそしいというか、マシュの言葉にビク付くその姿は先程よりも精神が不安定なように見えた。疲労が溜まっているのか顔色も悪い。

 

 

「大丈夫なんすか? マリー所長……なんか顔色が悪いような……」

 

「え、そ、そう……? けど私は平気よ藤丸。この通りピンピンしてるわ……ってかマリー言うな」

 

 

心配する立香の問いにオルガマリーはそう答えて話を変えようと咳払いする。

 

 

「こほん……よくやったわ、藤丸、マシュ、それにエツィオ。不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。まず、あの水晶体……小聖杯を回収しましょう。セイバーが異常を来していた理由……冬木の街が特異点になっていた原因は、どう見てもアレのようだし」

 

「うん了解……ってあれ?」

 

 

オルガマリーの指示に従い、水晶のようなきらびやかな見た目の聖杯を回収しようとする立香だったが、そこで何かに気付く。

 

それはセイバーが先程まで立っていた高台。そこに誰かが立っているというものだった。

 

「いやはや……驚いたよ。まさか君達がここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者。全く見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」

 

「あの緑の人って……」

 

「レフ……教授……!?」

 

 

もじゃもじゃの赤みがかった長髪。モスグリーンのタキシードとシルクハットを着用したその人物は、カルデアにて爆発が起こった際に死亡したと思われていたカルデアの顧問魔術師、レフ・ライノールその人であった。

 

まさかオルガマリーのように生き延びていたのか。しかし、以前とは明らかに様子が違う。にこやかに微笑みながらも冷たい目付きをしているのは何故だろうか。

 

 

『レフ!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?』

 

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね」

 

 

通信機から聴こえてくるロマニの声にレフは目を細めながらも声に僅かな苛立ちを見せる。

 

 

「まったく……どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 

そして、一転して醜悪な笑顔を浮かべ、そうだろう?とばかりに立香達に問い掛けてくる。

 

 

(……あの男、人間ではないな)

 

 

そして、初対面のエツィオはその異常性を誰よりも先に察知した。レフという謎の男の正体。聖杯から与えられた知識からするにそれは――。

 

 

「マスター、下がって……下がってください! あの人は危険です……あれは、私達の知っているレフ教授ではありません!」

 

「うん。分かる。少なくとも絶対に信用出来ないよなアレ……」

 

 

マシュの言葉に頷き、彼女の後ろへ隠れる立香。二人は既に理解していた。あれは自分らが見知っているレフ・ライノールではないと。

 

しかし、そんな彼に駆け寄っていく人物が居た。

 

 

「所長!いけません、その男は……!」

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、貴方が居なくなったら私、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

 

 

それはオルガマリーである。歓喜に満ちた表情で近づいてくる彼女を見るや否や再び温厚な笑みを浮かべるレフ。しかし、それはまるで苛立ちを隠す仮面の様な貼り付けただけのものに見えた。

 

普通ならばすぐに気付くものだが、生憎と今のオルガマリーは普通ではなかった。

 

 

「やあ、オルガ。元気そうで何よりだ。君も大変だったようだね」

 

「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし、頼れるのは私を小馬鹿にしてくる三流マスター! おまけに肉体は失うわ予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだった! ……でもいいの、あなたが居れば何とかなるわよね? だって今までそうだったもの。今回だって私を助けてくれるんでしょう? これから藤丸とマシュとロマニにあなた、それから多くのサーヴァントと一緒に人理を修復するのでしょう? 私は信じているわよレフ」

 

 

まるで親に甘えるかのように早口でオルガマリーは今までの鬱憤を吐き出し、レフにすがり付く。

 

 

「ああ。勿論だとも。まず、君達が手に入れた聖杯を渡してくれ。……本当に予想外のことばかりで頭にくるな。その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて」

 

ぴたり、と。その言葉に駆け寄る足を止めるオルガマリー。その顔はまるで信じられないものを見るかのようだった。決して疑わずに、信じていたものに裏切られたかのような。

 

 

「――え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう……意味?」

 

「いや、生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね。トリスメギストスはご丁寧にも残留思念になった君を……うん?」

 

 

そこでレフは気付く。己の立てた仮説との矛盾を。

 

そして、今度こそ驚愕に満ちた表情でオルガマリーの肉体(・・)を凝視する。

 

 

「馬鹿な……そんなはずはない……」

 

「レフ……そんな嘘よ……本当に、あなたが犯人だったの……?」

 

「何故、何故“受肉”している……!?」

 

「裏切ってたの? カルデアのことを、私のことを、ずっと信じてたのに」

 

 

目を剥くレフに対し、オルガマリーが感じたのは絶望。そして、それを打ち消すような激しい憤怒の感情だった。

 

 

「そんなはずはない! 貴様は確かに殺したはずだ!」

 

「触らないで! この裏切り者! 信じてたのによくも!」

 

「黙れ! 小娘の分際で!」

 

 

動揺するあまり腕を掴んでくるレフを振り払おうと暴れるオルガマリー。これにプライドを傷付けられたのかレフも同様に怒りを覚える。

 

 

「クソッ……まあいい。どっちみち結末は変わらない」

 

 

すると彼の背後に巨大な何かが現れる。それは煮え滾る熔岩のように真っ赤に染まった地球儀…カルデアスだった。

 

 

「へ? 何でカルデアスが……?」

 

「本物だよ。君の為に時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんな事もできるからね。さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前達の愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇオルガ? 今回もまた、君の至らなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」

 

「ふざ……ふざけないでよ! 全部あんたのせいじゃない! 私の責任とかそんなの知ったことじゃないわ! わざわざカルデアスを召喚して言いたいことはそれだけっ!? そんな理由で私のカルデアスを安易に召喚しないでくれるっ!?」

 

「あれは私が作った物だ。君の、じゃない。まったく最期まで耳障りな声だったなぁ」

 

 

追い詰めるように煽ってみれば出てくるのは反論と侮辱の嵐。期待通りの返答じゃないこともあってかレフは更に怒りを増長させ、彼女に杖を向ける。

 

 

「このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。これで君の面倒を見るのも最期だ。地獄の苦しみを味わせてやろう」

 

 

そして、下劣な愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 

 

「君の宝物とやらに触れるといい。なに、私からの慈悲だ。有難いと思ってくれたまえ」

 

「はぁ? 私の宝物って……カルデアス? まさか……だ、駄目よレフ。やめて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

 

 

オルガマリーは彼が何をしているのかを察し、青ざめた顔でそれを止めようとする。

 

 

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮無く、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 

そう言ってレフはオルガマリーに思い付く限りの最高で最悪の地獄を与えようと彼女に魔術を掛ける――。

 

 

「ほう……それは良いことを聞いた」

 

 

よりも先に喉に痛みが走る。

 

 

「がっ……!?」

 

「油断し過ぎだ。人ならざる者よ」

 

「キサ、マは……アサシン……っ!?」

 

 

いつの間に。喉を切り裂かれてからその存在が迫っていたことに気付いたレフは驚愕の表情を浮かべるも笑みは保ったままであった。

 

何故ならば自身はサーヴァントなんぞよりも、いや英霊なんぞよりもずっと格上の存在。この程度の攻撃は致命傷でもなんでもない。完全な不意討ちではあったか所詮はサーヴァントとばかりに反撃しようとする。

 

腹部への衝撃と共に自身が宙に浮かなければ、の話だが。

 

 

「なっ!?」

 

「わざわざ殺せる手段を用意してくれて感謝する。生まれてきた地獄に帰るがいい」

 

 

そして、レフはそのままカルデアスの中へと突っ込んだ。

 

――すると物質が燃える音と共に、情けない悲鳴が空間に響き渡った。




フルシンクロ100%達成

そういえばアサクリのレオニダス……かなりのおじいさんだった。300って映画のレオニダスをそのまま白髪にした感じだった。前からそうだったけどfateとアサクリで見た目が違い過ぎるキャラはどうしようか。特にアンとメアリー。


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memory.07 友との再会

少し短め。

オデッセイ、未だにクリアせず……忙しくてなかなか出来ない+ストーリー進めずロケーション巡りしかしてねぇ……。


 

 

「ぐ、ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

先程までの余裕の態度はどこへやら。エツィオに蹴り飛ばされたレフは情けない悲鳴をあげながらカルデアスの中へと消えていく。

 

ブラックホールに等しい重力に圧縮され、太陽に等しい灼熱に焼かれ、身体を融かされ、崩れていく苦痛は想像を絶するものであろう。それを何度も永遠に繰り返し、体験するのだから尚更だ。

 

 

「……はっ、ざまあないわね」

 

 

最大限の怨嗟と憎悪を以てオルガマリーは吐き捨てる。今頃肉体が分子レベルで分解される苦しみを味わい続けているのだろうと考えれば心が清々した。

 

しかし、同時に虚しさを覚える。父親が死んでから唯一信頼していた人物だった。己の理解者だとすがり、依存してしまう程に。その正体が人類を滅ぼそうとする巨悪の尖兵だったという事実はやはり大きなショックとなっていた。

 

 

「……怪我は無いか?」

 

 

エツィオが声を掛ける。その声質には心配の感情が混じっていた。

 

 

「ええ。大丈夫よ……その、ありがとう。助かったわ」

 

「なに、当然のことをしたまでさ。しかし、あの男とは知り合いだったのか?」

 

「そうね。私達の仲間だった男。けど実は裏切ってた今回の一件の黒幕……しかも人間ですらなかった」

 

「成程……それにしても君の反応から察するに相当な詐欺師だったようだな。信頼してしまっていたのだろう?」

 

「ええ。すっかり騙されていたわ。情けないったらありゃしない本当に……あなたが居なければ死ぬ所だったでしょうね」

 

 

あのまま行けば地獄の苦しみを味わうのは己の方だった。オルガマリーは命の恩人に等しいエツィオに感謝の言葉を投げ掛け、レフが落とした聖杯を拾い上げる。

 

そして、目の前へ翳してみればカルデアスは跡形も無く消え去った。

 

 

「……所長」

 

 

気丈に振る舞いながらもその漂う哀愁にオルガマリーの心情を察する立香。何か元気付けられないかと思うが、呼び掛ける言葉が思い浮かばず立ち往生してしまう。

 

 

「……これで本当に、終わったんですよね?」

 

「ええ。聖杯は無事に回収。任務完了よ。けど管制室の件みたいに爆弾でも仕掛けてるのかもしれないし、さっさと帰った方が良いでしょうね……これよりカルデアへ帰還します。ロマニ」

 

『は、はい。すぐに転送します』

 

 

セイバーを倒し、戦いが終わったかと思った矢先に現れたレフ。そのことからまだ何かあるのではと不安になるマシュにそう言ってオルガマリーはロマニに指令を出す。

 

すると辺りが光に包まれる。

 

 

(これで終わった、か……いや、違う。まだきっと、始まり過ぎない)

 

 

これにて一件落着。とは決していかない。立香の第六感は警鐘を鳴らす。あのセイバーの言っていた通り、戦いはまだ始まったばかりなのだろう。

 

長い戦いになる。それは一般人である彼からすれば何てことに巻き込まれたんだと嘆きたくなるものであったが、にも関わらず彼はそんな気は一切無くその心は覚悟に満ちていた。

 

 

(俺に何が出来るのか分からないけど……マシュや所長の為にも、しっかりしないと……)

 

 

遠退いていく意識の中、立香は確かにそう決意するのだった――。

 

 

『あれ? 立香君? 立香君っ――!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったか」

 

 

一同が、その場から消えた後。岩陰から黒い靄に覆われた男が姿を見せる。先程オルガマリーの前に現れたアサシンのサーヴァントだ。

 

聖杯戦争は終わり、特異点は修復された。にも関わらずこの影のサーヴァントは、何故消滅すること無くそこに存在し続けているのだろうか。

 

 

「さて、序章は終わった。これからお前達がどのような冒険譚(オデッセイ)を描くか、楽しみにしていよう」

 

 

そう言ってアサシンは天を見上げると不敵に笑い、目深に被っていたフードを脱ぐ。

 

黒い靄から微かに見えるその顔は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルデアの一室。

 

室外で職員達が慌ただしく作業している中、()は相も変わらず椅子に腰掛け、液晶画面と睨めっこしていた。

 

 

「うーん……結局、めぼしい情報は得られなかったな」

 

 

残念そうに彼は呟く。ここに召喚されてから凡そ四年間、カルデアに協力しつつもずっと調べていた。

 

生前の愛する友、そして彼が所属する組織の不倶戴天の宿敵。しぶとく現代においても存在し続けている彼らが、自身を召喚した組織を支援し、何らかの目的の為に利用しているということはすぐに分かった。

 

故にその目的を探っていたが、とうとうその内容を知ることは出来なかった。ハッキングを行い、情報を抜き出す後一歩の所で何者かの手により管制室が爆破され、停電が起きてしまったからだ。

 

しかも予備電源が起動した際に再度ハッキングを試みるもどういう訳かインターネットに繋がらず、カルデアのデータベース以外には介入出来なくなっていた。

 

 

(ロマニのあの慌てようから察するに、“第二の災厄”が遂に訪れた。よりにもよってファースト・オーダー開始のタイミングを狙ってくるとは、やはり内部に鼠が紛れていたようですね)

 

 

こればっかりはどうしようもない。裏切り者の検討はついていたが、その立場故に迂闊に手出しするのは危険であり、慎重にならざるを得なかった。

 

しかし、もはや後の祭り。今となっては単なる言い訳にしかならない。対処するよりも先に行動に移された挙げ句に、最悪己が直接現場に赴かなければいかない展開の可能性もある、崖っぷちに居るのだから。

 

 

『――“レオナルド”! 聴こえるかい!?』

 

「ん?」

 

 

その時、通信機から響いてきた友人の声に思考が引き戻される。

 

 

「ああ、聴こえるとも。どうしたんだい? ロマニ」

 

『立香君が倒れた! 命に別状は無いが……万が一に備えて来てくれ!』

 

「立香……? ああ、例の生き残りのマスター候補か。今や最後のマスターだが。倒れたって、特異点の方は?」

 

『心配せずとも無事に解決した……とは言えないかな。レフ教授は裏切るし修復したはずの特異点は未だに炎上してるし想定外の事態が起こりっぱなしだ!』

 

 

悲鳴のような声をあげる友人ことロマニ・アーキマンに彼は神妙な笑みを浮かべる。どうやら特異点自体は解決したが、更なる問題が発生……否、山積みになっているようだ。

 

 

(成程。やはり裏切り者はレフ・ライノールでしたか……彼には最初から違和感を感じていました。しかし、藤丸立香が倒れたのはレイシフトへの負荷が蓄積していたからか……?)

 

 

その程度で意識を失うとは実に不甲斐ない、とは決して言わない。むしろ期待以上の働きだ。話では魔術とは縁も所縁も無い一般人だと聞いていたが、そんな身であるにも関わらず一つの特異点を修復するとは。

 

運良く生き残った補欠マスター候補に対する評価を彼は上方修正する。

 

 

「了解した。すぐに行くよ」

 

『ああ、頼む。……そうだ、特異点で立香君がどうやったのかアサシンのサーヴァントを召喚した。彼にも挨拶しておいてくれ』

 

「……アサシンだって? それは興味深いね」

 

 

ロマニの言葉に彼は目を見開く。まさかもうサーヴァントを召喚していることもそうだが、そのクラスがアサシンとは奇妙な偶然だ。

 

何せ彼が召喚しようとしている英霊と同じクラスなのだから――。

 

 

『ああ。白いフードを被り、肩にマントを装備したイタリア出身の男だ。恐ろしく強いが、危険性は無いと判断したよ』

 

 

「……はい?」

 

 

そして、ロマニの述べたその特徴を聞いた瞬間。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走り、彼らしくもなく間抜けな声を出してしまう。

 

 

『で、真名は――』

 

「……エツィオ、アウディトーレ?」

 

『そうそうエツィオ……え?』

 

 

確認するかのように呟かれたその名前にロマニは目を見開く。

 

 

『何で君が……ってそういえば君もイタリア出身でしかも生前、フィレンツェに居たことがあったよね? もしかして――』

 

「―――――!!」

 

『わっ。おい……何だ今の? おーい、おーい“レオナルド”? 応答してくれよ、おーい? あれ、もしかしなくても切れてる? どうしたんだよもう……』

 

 

エツィオと知り合いか。そう問おうとするよりも先にブチッと通信は乱暴に切られてしまう。これにロマニは怪訝な表情を浮かべ、首を捻る。

 

切れる寸前、最後に聴こえたのは自動ドアが開く音と廊下をドタバタと慌てた様子で駆ける足音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まさか着くなり倒れるとはな」

 

 

カルデア・48号室。

 

エツィオは壁に軽く凭れ、腕を組みながら佇んでいた。その視線の先には簡素なベッドには今や人類最後のマスターとなってしまった少年、立香が布団を被った状態で寝かされている。

 

“特異点F”から帰還した直後、立香は蓄積していた疲労が一気に出て意識を失ってしまった。ロマニ曰く幸い命に別状は無いが、暫くは眠ったままらしい。

 

 

「……やっぱり疲れてたんじゃない。なのにこの私の忠告を無視して痩せ我慢しちゃって……ほんと馬鹿な奴」

 

 

そんな眠る立香の傍らで悪態を付くのはオルガマリー。その言葉とは裏腹に彼女は心配した様子で立香の容態を見守り続ける。

 

 

(ふっ……素直じゃないな)

 

「フォウ……」

 

 

どこか初々しい光景にエツィオは頬を緩める。それに同調するように彼の足下に居る白い珍獣も鳴く。

 

 

「ん? お前もマスターが心配なのか? えっと……フォウ、だったか。何ともまあ珍妙な生き物だ」

 

「ミュー?」

 

 

冬木では軽くスルーしていたが、このようなリスか猫か犬かも分からぬ動物は見たことがなかった。

 

故にエツィオは若干の興味を持ち、ジッと視線を向ける。対してフォウも不思議そうにこちらを見つめ返す。その出で立ちは随分と可愛らしい。

 

初めはヨーロッパ外の異国の生物かと思っていたが、マシュ曰くその正体は全くの不明だという。どこから紛れ込んだのかも分からぬそんな生物を何の警戒も無しに放逐し、飼い慣らしているのは愚の骨頂だと言いたいところだが、様子を見る限り怪しい動きは見せていない。

 

ならばマシュの意思を尊重して警戒するだけにしておこう。これが杞憂であり、本当に無害な愛玩動物であれば良いのだが。

 

エツィオはフォウの頭を軽く撫でる。

 

 

(さて、と……今一番問題なのは、彼女の方だ)

 

 

そして、オルガマリーを見やる。

 

“鷹の目”によって瞳に映る彼女の姿は眩い金色に輝いていた。

 

 

(最初に会った時、彼女の反応は他と違い、明らかに薄かった。それが再会した時はこの反応……一体何があったというのだ?)

 

 

有り得ない変貌だ。反応が薄かったのは、やはりレフ・ライノールの言う通り実際に死んで残留思念となっていたのだろう。

 

しかし、だとすると彼女はエツィオがアーチャーと戦っている間に生き返ったということになる。肉体を得るどころかより強力なナニカとなって。

 

そんなことが可能なのだろうか。死者蘇生に関して懐疑的だったエツィオは聖杯から与えられた知識を探りながら思考する。

 

自らが現代に召喚された死者だというのに可笑しな話だが、この身はあくまでも霊体であるし受肉するには聖杯かそれに準ずる願望器が必要だ。

 

 

(つまり聖杯レベルの代物ならば……受肉自体は比較的容易ということか)

 

 

教団の資料に残っている、かつて“神の子”と呼ばれた男も保有していたとされる秘宝。記録によると完全に死んだ者は復活出来なかったらしいが、残留思念が残っている場合はどうだろうか。

 

しかし、これは単なる受肉では済まない。鷹の目で視たが故にエツィオには分かる。今のオルガマリーという少女の異質さを。

 

 

(……考えても埒が開かんな。思い切って直接訊いてみるとしよう)

 

 

あまりにも短い付き合いではあるが、彼女の人となりは理解したつもりだ。決して立香らカルデアを害する意志は無いであろう。

 

ならば手っ取り早く本人に直接問い質すのが関の山と思い、決断する。

 

 

「……オルガマリー、少し話が―――」

 

 

ダダダダッ

 

しかし、声をかけようとした瞬間。外から響いてきた衝撃音によってエツィオの言葉は阻まれる。

 

誰かが走る音だ。かなり急いでいるようだが、何かあったのだろうかとオルガマリーとエツィオは首を捻る。

 

 

「――失礼するよ!」

 

 

そして、自動扉が開き、足音の主は女性の声でそう言いながら入ってきた。

 

 

「む、何奴……おお」

 

 

当分目覚めぬとはいえ寝ている者が居るというのにドタバタと品も無く入ってきた輩に怪訝な表情を浮かべるエツィオだが、その顔を見るなり目の色を変える。

 

艶のある長い頭髪。透き通るように綺麗な美肌。目、鼻、口、総てのパーツの位置がバランス良く整った顔立ち。胸に豊満なものを持ちながらも引き締まった身体。何よりも女慣れしたエツィオが思わず見惚れてしまう程の美貌。

 

まるで絵画の世界から飛び出してきたかのような美しい女性がそこに立っていた。

 

 

「こ、これはこれは。大変麗しいご婦人よ、お初にお目に掛かります。私、エツィオ・アウディトーレと申します」

 

 

ハッと我に返り、エツィオは紳士的な態度で挨拶し、女性を迎え入れる。

 

対して女性の方も大きく目を見開き、茫然としていた。痙攣するかのようにワナワナと震えているのは少しばかり過剰な驚き様に見えるが一体どうしたのだろうか。

 

 

「して、何用で?」

 

「そ、そうよ。何であなたがこの部屋に……」

 

 

固まって動かない女性に用件を尋ねるエツィオ。気配から察するにサーヴァントだろう。オルガマリーはこの女性のことを知っている様子だが、どうやらカルデアにはマシュや己以外にもサーヴァントが存在していたようだ。

 

 

「……エ、」

 

「え?」

 

「エツィオォォオオ―――――!!」

 

 

すると突然。女性は一転してその顔をぱぁっと輝かせ飛び掛かるようにエツィオへと抱き着いた。

 

 

「うおっ!?」

 

「エツィオ! ああエツィオ! まるで奇跡のようだ! まさか! まさかまさか! 今回の特異点であなたが召喚されるなんて! こんなにも早く夢にまで見た再会が成されるとは思ってもいませんでした!」

 

 

歓喜に満ちた声をあげる女性。いきなり抱き締められたエツィオは戸惑いを隠せないが、芳しい香りと共に胸辺りに伝わる柔らかな感触に心を弾ませてしまう。

 

一方、オルガマリーはそんな光景に圧倒され、ぽかんとしていた。

 

 

「あーその、どこかでお会いになりましたかシニョーラ?」

 

 

絶世の美女に抱き着かれ、悪く思わないはずがなくもう少し堪能したいところだが、疑問を解決する為にもエツィオは一先ず優しく肩を掴んで女性を引き剥がし、問い掛ける。

 

顔を見てみれば若干涙目だった。自分に会えたのがそんなに嬉しかったというのだろうか。しかし――。

 

 

(このような美しい女性との思い出など、例えほんの一度一瞬すれ違っただけだとしてもこの俺が忘れるはずが無いのだが……くそ、さっぱり思い出せん)

 

 

エツィオは己の記憶力、特に関わった女性についての記憶には自信があった。実際生前は老衰し、他界するまで一度も呆けることはなかったのだ。物忘れなど有り得ない。そして、それが目の前に居る非の打ち所の無い美女ならば尚更だ。

 

しかし、いくら思い出そうとしても心当たりが皆無なことに対して内心悔しがる。

 

 

「! ああ、そうでした! 私としたことが今の自分の姿をすっかり忘れていました!」

 

 

すると女性は納得した様子で手を叩く。テンションは相変わらず高い。

 

今の姿……? サーヴァントは基本的に全盛期の姿で喚ばれる。ならばエツィオが女性と知り合ったのは彼女の幼少期か或いは老年期ということだろうか。

 

成程。それなら己の記憶を探っても思い出せないのも当然だ。エツィオは彼女の若い姿や老いた姿をイメージしながら再び思考する。

 

 

「えっと……もしかして生前のエツィオと知り合いなの? ダ・ヴィンチ」

 

「は?」

 

 

そして、やっと我に返ったオルガマリーの衝撃的な一言が思考を中断させる。

 

ダ・ヴィンチ……ヴィンチ村出身の者という意味を持つその名の人物はエツィオの知る限りただ一人しか居ない。しかし、彼は……。

 

 

「如何にもオルガマリー・アニムスフィア! そうですね、では私と彼との濃密な思い出を語るとしましょう!」

 

「え、いや別に……というか、あなたさっきから口調もテンションも可笑しくない?」

 

「まず初めて会ったのはフィレンツェでした! まだ新人の画家だった私を支援してくれていた彼の母親から紹介されたのです! 正に運命的な出会いでした! しかし、悲劇はすぐに起こってしまいました! 卑劣なテンプル騎士団の策略により彼の父と兄弟が処刑されてしまったのです! 彼は復讐を誓い、私を頼ってきました! それからアサシンとなった彼から与えられたアルタイルの写本を解析し、様々な装備を開発して彼の活動を手助けしました! いやぁあれは本当に素晴らしいものでした! そして、宿敵ボルジアとの長き渡る戦いの中で私達は親友と呼び合う仲に―――」

 

 

目をキラキラさせながらまるで楽しい物語を観客に聴かせるようにツラツラと早口で喋り散らす女性。これにオルガマリーはただ絶句するしかない。

 

一方、エツィオは目を見開き、信じられないといった表情で女性を指差す。

 

 

「……レオナルドォ!?」

 

「そうです! 私があなたの大親友、レオナルド・ダ・ヴィンチちゃんです!」

 

 

絶叫をあげるエツィオ。対して女性は満面の笑みで両手を広げる。

 

生前の友との再会。それは容姿どころか性別まで変わっていた友のせいでより衝撃的なものとなるも、感動もへたったくれも無い展開となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ。

 

彼はルネサンス期のイタリアを代表する芸術家であり、世紀の大天才と呼ばれる程の偉人であった。

 

また“万能人”という異名も持ち、美術、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など冗談かと思う程に様々な分野に顕著な業績と手稿を残したという。

 

特に画家としては史上最高と呼び声が高く、彼の絵画は数百、数千億もの値がついている。“モナ・リザ”や“最後の晩餐”などは世界的にも有名で先進国で知らぬ者は殆ど居ないだろう。

 

しかも彼は戦車(タンク)やヘリコプターの概念化、太陽エネルギーの運用法などをそれが出来る何百年も前にまるで実際にこの目で見てきたかのように手稿に残しており、この時点でその発想は遥か未来に生きていた。

 

彼を知る者は口を揃えて言う。一分野において彼を上回る天才は数多く居るだろうが、万能、多才という面で見れば彼を越える者など存在しないと。

 

そして、エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェにとっては唯一無二の親友にして、協力者だった。

 

伝説のアサシンが残した写本を解読し、アサシンブレードやピストルといったものを製作することで彼の暗殺を手助けしてくれた。警備が厳重なドゥカーレ宮殿へ侵入するには彼の飛行機械が無ければ到底不可能だっただろう。

 

ローマでは影で支援してもらう他、彼の開発した戦闘兵器を破壊するという仕事を請け負ったりもした。

 

レオナルドが居なければ、エツィオは宿敵ボルジアを倒すどころか志半ばで死んでいたに違いない。そう断言しても過言ではなかった。故に彼にとっては命の恩人でもあり、深く、深く感謝していた。

 

 

「……いやマジかお前」

 

 

そんな親友が、現代において絶世の美女となって存在しているを目の当たりにすれば、取り乱してそう呟くのも無理は無いだろう。

 

 

「ふふん。驚くのも無理はありません。どうです? 完全無欠。完璧な美を兼ね備えたこの姿は?」

 

「え? あ、ああ……とても麗しいが……いや、え、本当にレオナルドなのか?」

 

「当たり前じゃないですかエツィオ! 込み入った事情があってこの姿をしていますが、私は正真正銘あなたのレオナルドですよ!」

 

「(あなたの……?) で、では、それを証明する為に幾つか質問しよう」

 

 

得意気に胸を張る女性…改めレオナルドに未だにエツィオは半信半疑な様子だった。古くからの親友が容姿どころか性別までも変わっているのだから当然だろう。そう簡単に受け入れられるものではない。

 

 

「ええ、構いませんよ、どんと来たまえ」

 

「……俺の伯父の名は?」

 

「簡単です。マリオ・アウディトーレでしょう。イッツミー! マリオー!」

 

「正解だ。俺と共に戦った傭兵隊長の名は?」

 

「それも簡単。バルトロメオでしょう?」

 

「ああ、そうだ。では、そのバルトロメオの嫁の名は?」

 

「えっーと……確かパンタレシアでしたっけ? それともビアンカ?」

 

「パンタレシアで合っている。ビアンカは剣の方だ。……では、チェーザレの死因は?」

 

「転落死。あの傲慢な男も、あなたと重力には勝てなかった」

 

「ふむ、その通りだ。じゃあ次はそうだな……俺を頼って中国から遠路はるばるフィレンツェを訪れた同胞の名は?」

 

「えっ!? うーん……分かりません。そんなことありましたっけ?」

 

「当然だ。それはレオナルドが死んだ後のことだからな」

 

「あ、そうなのですか。道理で……」

 

「……どうやら本当にレオナルドのようだな」

 

 

証明完了。目の前に居る美女は正真正銘己の親友だった。この事実にエツィオは疲れた様子で額に手をやる。

 

 

「やっと信じてくれましたか! いやぁ本当に感無量です! こうしてあなたと再び対面し、言葉を交わせるなんて!」

 

 

そう言って再び抱き着いてくるレオナルド。先程はこの柔らかな感触を堪能したいと思っていたが、正体が親友だと分かるとすっかりその気が失せてしまい、恥ずかしさの感情が出てしまう。

 

 

「ああ。俺も会えて嬉しいよ……嬉しいが、一体何故女になっている? 込み入った事情とか言っていたが」

 

「はい! 是非とも聞いてください! 私が何故このような美しい姿をしているのかを!」

 

 

するとレオナルドはエツィオから少し離れ、上機嫌そうに言った。余程己の容姿について話したいようである。

 

 

「以前、女性の絵を描いていると言っていましたよね?」

 

「ああ。確かサライの奴へ送った絵だろう? 奴が売り払う前に見せてもらったがあのこちらを見つめているような目元に整った美しい造形……流石はあのレオナルド・ダ・ヴィンチだと唸らざるを得ない素晴らしい出来の作品だったよ」

 

 

レオナルドの死後、彼の弟子から見せてもらった美しい女性の絵を思い出すエツィオ。あれは確か彼がヘルメス教団に拉致される直前に見た彼曰く書き損じとなった絵に似ていた。

 

 

「うんうん。そうです。あなたもあの最高傑作を見てくれたんですね! サライの奴に感謝しないと! 本当は真っ先に見せたかったんですが、あなたの消息が掴めなくて……」

 

「それはすまんな。しかし、その絵画がどうかし……む、まさかレオナルド(きみ)……」

 

 

ハッと何かに気付く。だが、辿り着いたその仮説にエツィオは顔をひきつらせる。まるでそうであってほしくないかのように。

 

 

「ご察しの通りです! 私はあの最高傑作、史上最高の美――“モナ・リザ”の姿に霊基を改造して召喚されたんです!」

 

「……つまり、君は自分が思う最も美しい姿になりたいから自身の描いた婦人の姿になったという訳か? わざわざ己の霊基を改造し、性別までも変えたと?」

 

「その通り! 流石はエツィオ! すぐに理解してくれましたね!」

 

 

そして、高らかに宣うレオナルドにその顔は更に歪んでしまう。

 

 

「……旧き友に会って早々こう言うのはどうかと思うが……」

 

「ん?」

 

「馬鹿と天才は紙一重だな」

 

「!?」

 

 

溜め息混じりにエツィオはそう言い放つ。これにまさか罵倒の類いが来るとは思ってなかったレオナルドは驚愕した様子で表情を固める。

 

 

「そんな!? 酷いですエツィオ!」

 

「これでも充分柔らかく表現したつもりだ。 何一体をトチ狂ったら自作の絵の人物の姿に、しかも女性になるなどという発想に思い至るのだ?」

 

 

エツィオからしてみれば狂気の沙汰としか言い様が無い。

 

彼の記憶の限りレオナルドという人物はかなりの変人であったが、そこまでブッ飛んではいなかった。……はずだ。

 

 

「そりゃ私が天才だからですよ! 私の万能の才能を以てすれば“自己改造”のスキルなど無くても霊器を自由自在に改造出来ます! なら、あの羨望して止まない究極の美へと到達するしかないでしょう!?」

 

「……生前の君は美男子として評判だったはずだが? 何も女にならんくても」

 

「確かに私はあなたには劣るとはいえ優れた容姿をしていたと自負しますが、私にとってはモナ・リザこそが究極の美だったのです! それを完璧に再現する為には性転換もやむを得ません! あ、生やすことも出来ますけど!」

 

 

ムッとした様子でレオナルドは熱弁する。己のことを天才だとに自称したり自信ありげな態度を取っていたりと今の彼は生前と比べてどこか傲慢さがあるように見えた。

 

恐らく現代においても天才として歴史に名を残し、絶大な評価を得ていることを知って少なからず天狗になっているのだろうとエツィオは考える。

 

しかし、そうなるのも無理は無い。英霊にはよくあることだ。死後に神話や歴史に名を残し、その武勇や逸話、偉業が評価され、称え讃えられ、或いは崇拝され、偉大な英雄として祭り上げられ、皆の憧れの的となる。これは逆も然りであり、反英雄にも通じる。

 

そして、聖杯の知識で現代において己がそのようなプラスな評価を受けていることを知れば良い気を思わないはずがないのだ。余程高潔で謙虚な人物でも無い限り多少の傲りを持つのは当然と言えよう。

 

と、考察してみたが、今重要なのはそこではないだろう。

 

 

「……分かった。もう何も言うまい。君の奇人ぶりは今に始まったことではないしな」

 

 

まさか女になるとは思わなかったが。困惑しながらもこれは言っても無駄だなと判断したエツィオは一先ず納得した風に見せる。あまり深く考えてしまうと気が参ってしまう。

 

 

「えぇ……エツィオなら喜んでくれると思っていたのに……まさか好みではありませんでしたか? 今の私の美貌はクリスティーナにも勝っていると思いますが?」

 

「いや、正直好みなんてレベルではない。顔、身体も、総て完璧だ。絵画を再現したのなら当然だが、このような美貌の持ち主には出会ったことがなかった。モデルより美しいんじゃないか?」

 

「えへへへ……そうですかそうですよね!」

 

「しかし、友がそのような見た目になって一体どうして喜ぶ? 普通は戸惑うだけだろう」

 

「そんな! 中身おっさんでは無理と!? てっきりエツィオは身体が女性なら誰でもイケるかと……」

 

「馬鹿にしてるのか? 流石にそのくらいの節操はある」

 

「人妻は抱けるのに?」

 

「……それはそれ、だ」

 

 

何というか……レオナルドが言うと洒落にならない。彼は同性愛者で、かつてはそれで訴えられたこともあるからだ。

 

体つきを強調するポーズを取り、エツィオが誉めれば頬を赤くして照れる様は大半の男を虜にするであろうが、中身はホモのおっさんである。

 

 

「しかし、こうしてエツィオとまた会えるなんて本当に感激ですよ! しかも若い姿でなんて! 初めて会った時を思い出します!」

 

「……ああ。女になっていたのは色々と衝撃的だったが、何とも感慨深いことだ」

 

 

親友との再会。サーヴァントとなって良かったと思えた時だった。英霊となっているのであればいつか巡り会うことになるとは思っていたが、まさかこんなにも早いとは。

 

 

「……あの、そろそろ良いかしら?」

 

 

すると会話に入ってこれず、先程から存在感が消え失せていたオルガマリーが漸く口を挟む。

 

 

「おや。すっかり忘れていたよオルガマリー」

 

「む、すまん。つい話し込んでしまった」

 

「大丈夫よ。エツィオとダ・ヴィンチは親交があったということね。まあ、同じルネサンスの英霊なのだから有り得ない話ではないけれど」

 

 

それもかなり親密な仲のようだ。いつもと違ってレオナルドが敬語口調だったのは恐らく生前、少なくともエツィオの前ではあのような喋り方をしていたのだろう。

 

 

「いやーそれにしてもエツィオを召喚するだなんて……どうやったんだい? 最後のマスター、藤丸立香君は」

 

「知らないわよ。まあ、悪いことじゃないのは間違いないわ。彼無くしては今回の特異点解決は無理だっただろうし」

 

「うんうん。エツィオは凄まじく強くて格好良いからね。それはもう頼りになったことだろう。私もその勇姿を見たかったよ」

 

「……本当に好きなのね」

 

 

楽しそうに話すレオナルドを見て、オルガマリーは苦笑いを浮かべる。彼が同性愛者(あっち系)なのは彼女も知っていた。かつて、浴場で女湯に入ってきた彼に怒鳴った際に「女性には興味無いから安心するといい」とカミングアウトされた時のことは今でも記憶に残っている。

 

 

「オルガマリー、レオナルドの奴は召喚されて随分と経つのか?」

 

「ええ。英霊第三号……カルデアで三番目に召喚されたサーヴァントよ。本来ならシステムが不安定だったからすぐに退去する予定だったけどロマニの提案もあってカルデアの技術局特別名誉顧問の地位に就いているわ。技術部門の実質的なトップね」

 

 

特別名誉顧問。名誉顧問とは本来ならばその組織の顧問や相談役を退きながらも組織に属し、権限を持つ者に与えられる称号だが、頭に特別とあることからサーヴァントを編入させるに際して与えられた異例のものなのだろう。

 

それにしても、一部門のトップとはかなりの地位だ。しかし、過ぎたる地位だとは思わない。技術部門に世紀の大天才、レオナルド・ダ・ヴィンチを置くなど知る人から見れば何と贅沢な使い方だと言うに違いないからだ。

 

 

「あ、因みにあなたは第四号ね。正確にはカルデアで召喚された訳ではないけど」

 

「ほう……なら、一号と二号も居るのか?」

 

「勿論居るわ。一号は私の父、マリスビリーが冬木の聖杯戦争で召喚した魔術師の英霊よ。消息不明だけど恐らく聖杯戦争に勝利した時点でもう消滅してるはず。二号はマシュと融合している英霊よ。残念ながら両者共に真名は分からないけど……」

 

「ふむ、成程……更に戦力が増えるかと思ったんだが、そう上手い話は無いか」

 

 

しかし、レオナルドが味方に居るとは実に心強い。彼のその天才と呼ばれる程の凄まじき頭脳は誰よりも知っている。正に百人力と言って過言ではない、幾度と無く力を貸してもらい、助けられてきたエツィオはそう思った。

 

それに気になることがまた増えた。オルガマリーの口振りからして彼女の父親はあの冬木での聖杯戦争にて生き残り、勝利しているらしい。

 

推察は容易だ。恐らくカルデアの設立には聖杯の力が関わっているのだろう。そして、魔術師の英霊ということはキャスターのサーヴァント。最弱クラスと名高いが勝ち抜くことが難しいだけで不可能という訳ではない。

 

しかし、となると可笑しいことが起きる。あの特異点で召喚されたキャスターのサーヴァントはあの青髪の男。アイルランドの光の御子、クランの猛犬とも呼ばれた大英雄だ。

 

彼がカルデアで召喚された英霊第一号だとするならオルガマリーの名前を聞いた際に何らかの反応を示しても良いものだが、そんな素振りは見せなかったし何よりも彼は違うとエツィオの直感が訴えていた。

 

あの冬木は数ある並行世界の一つだったのだろうか。

 

 

「で、何の用なの?」

 

 

と、オルガマリーが問い掛ける。いきなり入ってきたかと思えばエツィオに熱烈に抱き着いたが、まさかそれだけが目的だった訳ではないだろう……そう思いたいが。

 

 

「え? ああ、ロマニに立香君が倒れたから念のため来てほしいって言われてね。その際にエツィオのことを聞いて居ても立っても居られなくなって思わず来ちゃった訳さ」

 

「ふうん……心配性ね、あいつ」

 

 

命に別状は無く、いずれは目覚めるにも関わらずわざわざレオナルドを呼ぶとは、とオルガマリーは呆れた様子だった。わざわざ見舞いに来ている彼女が言うのもどうかと思うが。

 

 

「失礼するよ。そっちにレオナルドの奴は……お、居た居た」

 

 

すると噂をすればとばかりにロマニが部屋に入ってきた。

 

 

「やぁロマニ。さっきは通信をブチ切っちゃって悪いね」

 

「ああ、そうだ。何で急に……ん? エツィオも居るじゃないか。ってことはやっぱり……」

 

「ご察しの通り! エツィオは私の親友さ!」

 

 

一瞬首を捻るロマニだったが、エツィオとレオナルドが近い距離に居ることから先程己が立てた仮説が間違っていないのだと悟る。

 

そして、正解だとばかりに満面の笑みで告げたレオナルド。しかし、単なる顔見知り程度かと思っていたロマニは親友という単語に目を見開く。

 

 

「えぇ!? 君、アサシンと友達だったのかい!?」

 

 

友人関係を築いていた自他共に認める天才サーヴァントがアサシン、つまりは“教団”側だった事実に衝撃を受けるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ショーン」

 

「ん? 何だいレベッカ」

 

「ふと思ったんだけどここにはレオナルド・ダ・ヴィンチが居るんだからエツィオの正体ってすぐにバレるんじゃないかしら?」

 

「まあ、そうだね。あのボーイズラブの変態のことだ。一切隠すこと無くまるで自分の武勇伝でも語るようなエツィオのことを延々と喋り倒すだろうね」

 

「ならデータを削除した意味は? むしろ怪しまれるんじゃないかしら」

 

「んーほら、余計なことは知られる訳にはいかないだろ? これからの為にもね……それにすぐにレオナルドもこちら側になる」

 

「あ、それってつまり?」

 

「ああ、たった今ウィリアムから指令が来た。間も無く接触する予定だ。最強のアサシン様にね……」

 

 

とあるオペレーター二人の会話。

 

様々な思惑が交錯する中、物語は止まらず進み続ける――。




皆さんお待ちかねのレオナルドとの再会。如何でしたかな。なんか変態度が上がってる気がする。

次回はいよいよ英霊召喚。


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memory.08 英霊召喚

いよいよ英霊召喚。

書いてて思ったけど無闇に鯖を増やすと会話を書くのが大変だね。何人かが空気になりがち。気を付けないとな……。


 

 

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――HI! 元気にしてるかい新人さん?

 

――ああ、無事で何よりだ。時間旅行は楽しめたかな……ってのは冗談で色々大変だったみたいだな? お仕事ご苦労。素晴らしい働きぶりだったぜ。

 

――ん? 見ていたのかって?

 

――いいや。生憎と今現在進行形で滅ぼされていてね我々。実際に生きてて行動してるのはカルデアに居るショーン達と安全地帯に引き隠ってるあのイカレ夢魔くらいだ。他にも不死や異界に居る奴等はまだ生きているかもしれないな。

 

――FUCK! 人理焼却とか、んなのチート過ぎるだろうが。

 

――ちょいと裏技を使ってな。こうして夢の中で話すくらいは出来る。

 

――にしてもタイムマシンの調査をするはずが、こんなことになるなんてなぁ……巻き込んで本当に申し訳無いと思っている。しかし、今は君が唯一の希望だ。人類最後のマスターさん。

 

――誰かって? ああ、そこから? 何だ? まだ記憶は戻ってないのか?

 

――マジか。ショーンとレベッカには会ったか? 嫌味ったらしい眼鏡と機械好きのリケジョだ。NOってんなら早いとこ接触してくれるんと助かるんだが。

 

――まっ 安心するといい。

 

――君は君のすべきことをするんだ。我々の協力者として。人類最後のマスターとして。一人の人間として。藤丸立香として。

 

――とまあ、アドバイスしてみたもののここはあくまで夢の世界。ここでのことは目覚めたら忘れちまう。断片的には覚えてるかもしれんが。

 

――さて、俺の出番は終わりだ。また会えることを祈っているよ。

 

――それじゃあ、良い夢を。

 

――藤丸立香。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見えるのは辺り一面の純白。

 

感じるのは身も凍る程の冷たさ。

 

そこは視界を覆い隠す程の猛吹雪に包まれただだっ広い雪原だった。

 

 

「――成程。あくまで俺の邪魔をするということか」

 

「――そういうことだ、軍司令官……否、皇帝陛下殿」

 

 

しかし、ほんの一部分。そこだけはこの真っ白な世界から乖離しているのに気付く。

 

散らばる無数の兵士らしき屍。それから流れた血が雪に染まり、円形に広がり、まるで赤いカーペットを敷いたかのような光景を作る。

 

その中で唯一生きている二つの人影。彼らは吹き荒れる吹雪に対して瞬き一つせず、互いを睨みながら対峙していた。

 

 

「誰もが自由を約束された、争い無き世界。その為にお前達は戦ってきたのではないのか? 何故それを成そうとしている俺の行く手を阻む?」

 

 

片や二角帽子を被り、青い軍服の上に銅の胸当てを着けた男。右手には拳銃が握られ、左手には眩い光を発する小さな黄金の球体がある。

 

 

「黙れ。何が自由だ……お前のやっていることは結局、傲慢なテンプル騎士団と何ら変わらない。悪戯に戦火をもたらし、民を苦しめてるだけじゃないか」

 

 

片や貴族風の装飾が施された青いロングコートを身に纏い、フードを被った男。その手には全体が黄金に輝く“剣”が握られており、血に塗れた刀身を軍服の男へと向けている。

 

 

「裏でコソコソするだけの奴等と一緒にするな。どれもこれも世界を統一する為だ。平和を成すには権力は必須であり、仕方の無いことだ。それはお前も分かっているはずだろう?」

 

 

熱烈な殺意と共に剣を向けられていると言うのに軍服の男は気にする素振りを見せず雄弁と語る。まるで考え直せと説得するかのように。

 

 

「闘争の先に何がある?」

 

 

しかし、フードの男は冷徹に問う。

 

 

「平和と安寧。その為に闘争が、戦争が必要なのだ。今の世の中、武力を以てでしか理想は成し遂げられない。それはあの血塗れた革命でよく分かったはずだ。私が、俺が、余がこの世界を支配し、秩序と自由をもたらすことで本当の平和が実現されるのだ」

 

 

平和。安寧。闘争。戦争。革命。支配。秩序。自由……一見すると矛盾しているこれら単語を軍服の男は総て繋がっているとばかりに並べ、如何に己が正しいのかを言い聞かせる。

 

あまりにも極端で強硬的な手段。しかし、こうすることで本当に平和な世を実現出来ると彼は本気で信じていた。

 

 

「そうだな。あの革命で指導者に選ばれたお前は愚かにも“秘宝”を手にし、傲慢な独裁者に成り果ててしまった。確かにお前の言っている理想は素晴らしいことなのかもしれない」

 

 

意外にもフードの男は肯定の意を示す。冷たい表情を一切変えることなく。

 

 

「しかし、世界を統一することによる平和……そんなことは何百、何千年も前に失敗していることだ。思い上がるなよ皇て――」

 

「否! 決して思い上がりなどではない!」

 

 

遮るように軍服の男が叫ぶ。

 

 

「俺は道半ばで挫折した者や死んでいった者とは違う! 俺なら出来るのだ! 俺ならば成し遂げられる! 俺にはそれだけの力がある!」

 

 

確かな自信を以て宣言する。その姿は非常に傲慢にも、高潔にも見えた。

 

 

「だからアルノ……このような愚かな行為はよせ。アサシン教団は何も分かっていないのだ。俺の理想を」

 

 

軍服の男のフードの男に対する説得には、どこか必死さがみられ、しかし決して命乞いなどではなく友と敵対することを拒むかのような激情が込められていた。

 

しかし、フードの男の表情は変わらない。

 

 

「断る。今ここに立っているのは教団の命令によるものだけではない。俺の意志だ。かつて、ジェルマンを殺した時と同じだ。結局は、先伸ばしにするだけだった」

 

 

先伸ばし。その単語を口にする際、フードの男の顔が僅かに歪む。

 

 

「そうだ。お前達アサシンがやっていることはただの先伸ばしに過ぎない」

 

 

対して軍服の男はそれを全面的に肯定する。

 

 

「俺が死んでも何十年、何百年か時が過ぎれば同じ志を持った者が現れ、それを繰り返していずれは平和が訪れる」

 

 

何千、何万年も先かもしれない。いつか必ず人類は辿り着くことが出来る。それは神も悪魔も決して変えられぬ運命(さだめ)であった。

 

 

「しかし、それまでに一体どれだけの血が流れ、悲劇が生まれる? それはお前の意志ではないだろう?」

 

 

歴史は繰り返す。どこまでも。それは7万5000年前から何も変わっていない理であり、これからもずっと続くであろう悲劇にして喜劇だ。

 

 

「……ああ、それは看過出来ないな。平和をもたらすには何者かに支配される方が手っ取り早いのかもしれない。何をやっても、先伸ばしにするだけなのかもしれない。いずれ偉大な指導者が現れ、人々を平和と安寧へ導くのかもしれない」

 

「ならばアルノ――」

 

 

漏れ出た肯定の言葉にやっと説得に応じてくれたのかと軍服の男が快活な笑みを浮かべる。

 

 

「しかし、お前ではない」

 

 

確固たる意志を以てフードの男は切り捨てる。軍服の男の総てを。

 

 

「何?」

 

「断言しよう。今のお前では何も成し遂げられんよ……ナポレオン」

 

 

その言葉に暫しの沈黙が起こる。互いが互いを否定し合い、議論は平行線を辿る一方だった。

 

もはや解り合うことは不可能。言葉を交わすのは無意味だと悟らざるを得なかった。

 

 

「結局、争うしかないのか?」

 

 

歯を噛み締めながら軍服の男は訊く。

 

 

「そういうことだ」

 

 

当然とばかりにフードの男は答える。

 

 

「そうか……残念だ。お前ならば理解してくれると思っていたが、どうやら思い違いだったようだ!」

 

 

すると軍服の男が黄金の球体を掲げ、雷光のような強烈な光を周囲へ放つ。

 

 

「そんなものは効かぬ」

 

 

しかし、フードの男はそれを剣で切り払い、雪原を蹴って駆け出す。対する軍服の男も“秘宝”が効果無しだと判断すると拳銃を構える。

 

 

「お前の快進撃もここまでだ――!」

 

「否、まだ始まったばかりだ――!」

 

 

二人の距離は目と鼻まで縮まり、そして――。

 

これはかつて、父親の復讐の為に暗殺者となり、その無鉄砲さが祟って愛する者を失った者の未来であり、我々にとっては遥か過去の出来事。

 

世界の、隠された真実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んぅ?」

 

 

気だるげに目を覚まし、視界に映ったのは無機質な白い天井。

 

いつもの見慣れた自宅の天井ではないことに一瞬戸惑うが、すぐに眠る…正確には気絶する前のことを思い出し、自己完結する。

 

藤丸立香、起床。

 

 

「あー、しんど……」

 

 

なんだが長い夢を見ていた気がする……二人の男の夢だ。何か会話していたようだが、その内容は曖昧で思い出せる光景も決して鮮明ではない。

 

覚えているのは雪が降っていて中世後期辺りに居そうな軍服姿の見知らぬ誰かとエツィオのようなフードを被った誰かが戦っていたということだけだった。

 

ふとした拍子に忘れてしまいそうなくらい朧気な光景であったが、まるで映画のワンシーンのような迫力のあるその光景は未だに立香の記憶に残っていた。

 

 

「フォウ!」

 

「うぐっ!? …ってフォウじゃん」

 

 

その時、腹部に何かが跳ねる衝撃が走る。思わず呻き声をあげながら視線を向けてみるとそこにはあの白い謎の小動物が居た。

 

 

「何だ? お前は寝起きに現れる特殊能力でも持っているのか?」

 

 

そんなことを言いながら立香はフォウの頭を優しく撫でる。相変わらずモフモフしていて心地好い毛並みだ。

 

 

「ここは……カルデアだよな。俺、無事に帰れたんだな」

 

 

火災があったはずなのに大丈夫なのだろうか。ふとそう思った立香であったが、そういえばロマニが管制室でナビゲーターをしていたのを思い出し、施設自体は大事に至らなかったのだと考える。

 

しかし、それ以外の被害は甚大だ。裏切り者であるレフ・ライノールの引き起こした爆発によって立香以外のマスターは皆重体となってしまい、コールドスリープすることで何とか延命措置をしている正に最悪といって良い状況だろう。

 

外部へ連絡することが出来れば何とかなるかもしれないが、ロマニ曰く何故か無線が繋がらずあの赤く燃える地球儀…カルデアスとやらによれば人類は滅亡してしまっているらしい。

 

レフのあの態度からしても恐らく人類はもう……だとすれば連絡が取れないのも納得が行く。外部は文字通り地獄と化しているのだから。

 

しかし、手遅れではないはずだ。立香は何となしに予感していた。故にこの絶望的な状況下で己は立ち向かなければならぬと決意していた。

 

 

「――あっ」

 

 

思考に更けていると自動ドアが開く音と共に聞き覚えのある声がする。

 

振り向いてみれば予想通り、自分を先輩と慕う不思議な少女――マシュ・キリエライトであった。その格好は冬木での露出の激しい目のやり場に困るものではなく、最初に会った時と同じ白いパーカーだった。

 

 

「先輩。目が覚めたんですね」

 

 

一瞬驚いた様子で硬直していたが、すぐにマシュは安堵したのか嬉しそうな声でそう言う。

 

 

「うん……おはよう、マシュ」

 

「おはようございます。体調の方はどうですか?」

 

「ああ、この通り元気さ。ピンピンしてるよ」

 

「本当ですか。良かったです」

 

 

彼女の浮かべた笑顔に眩しさを感じながらも立香は微笑み返し、自分が健康であることを示す為に少しはがり腕を回し、身体を捻ってみせる。

 

 

「しかし、タイミングが良いね。ついさっき起きた所なんだ」

 

「そうだったのですか……毎日欠かさず見舞いしていたのが幸いしました」

 

 

まるで予期していたようだと冗談っぽく言うと返ってきた返答にん?と立香は首を捻る。

 

 

「毎日? あのマシュ、俺ってどのくらい寝てたんだ?」

 

 

恐る恐る立香は尋ねる。

 

 

「はい。文字通り三日三晩は寝てました」

 

「マジで!?」

 

 

そして、後輩の告げた言葉に衝撃を受ける。随分と長く寝てたような気はしていたが、まさかそこまで長い間とは思わなかった。

 

 

「マジです。ドクター曰くかなりの疲労が蓄積していたみたいで……ずっとレムレム……いや、この場合はノンレム睡眠でしょうか? まあとにかく無事に目覚めて何よりです」

 

「うん……ありがと。けど、そんな疲れてるって自覚なかったんだけどなぁ」

 

「成程。どうやら先輩は凄まじい体力を持つだけでなく疲れ知らずのようですね。オルガマリー所長は強がりしてたってお怒りでしたが」

 

「そうなの? うーん……何でだろ……?」

 

 

いまいち実感が沸かない。現在も寝起き特有のだるさは少し感じるが、それ以外は何とも無い。筋肉痛も疲労も一切だ。故にそこまで身体に負担が掛かっていたことが、立香は信じられなかった。

 

 

「――ほお。それは興味深いね」

 

 

その時、先程と同様に自動ドアが開く。

 

 

「単純にそういう疲労に鈍い体質によるものなのか、激しい運動や体験で興奮状態となったことでアドレナリンが大量に分泌されたことによるものか……どちらにせよ、一般の学生にしては高いスペックだ」

 

 

入ってくるなり独り言のようにそんなことを呟く。視線を向けるとそこには眼鏡を掛け、知的な雰囲気を醸し出す男が立っていた。

 

誰だろうか。これに立香はどこかで見たことがあるような気がするが、一向に思い出せない。

 

 

「えっと……誰?」

 

「あれ。ショーンさんじゃないですか」

 

 

こてんと首を傾げながら問う立香に対してマシュの方は男のことを知っているのか名前で呼ぶ。

 

 

「このカルデアでオペレーターをやっている、ショーン・ヘイスティングスだ。以後お見知りおきを……最後のマスター君」

 

 

男は自身の役職と名前を告げる。その声は失礼ではあるが、どこか軽薄そうに聴こえた。

 

オペレーター、ということは見覚えがあるのは管制室かどこかで会ったことがあるからだろうか。それとも……。

 

 

「はい。俺は藤丸立香です。藤色の藤に丸いと書いて藤丸で……ってそれは知ってるか。その、よろしくお願いします……えっと、ヘイスティングスさん?」

 

「そう畏まることはない。気軽にショーンと呼んでくれて構わないよ。その方がフレンドリーな感じがするだろ? 別に僕は立場や年齢とか上下関係は気にしないし、君とは仲良くしといた方が良いからさ」

 

「あ、そう、っすか? じゃショーンさんで」

 

 

少し言葉を崩すも流石に初対面の相手に向かって呼び捨てにすることはしない。

 

 

「それで、ショーンさんは何故ここに? どうかされたんですか?」

 

「何だい? 僕が藤丸立香に会いに来たら駄目だって言うのかい? マシュ・キリエライト」

 

「あ、いえっそういう訳では……」

 

「フッ 冗談さ。Dr.アーキマンからそろそろ彼が目を覚ます頃合いだから連れて来るように頼まれたのさ。手が空いてるのが僕しか居ないからとのことだ」

 

 

少しムッとした様子で言ってみればおどおどと戸惑うマシュを見て面白そうにショーンは言った。

 

これに立香は顔をしかめる。素直で純真なマシュをからかうのは止せとばかりに。そんな彼に気付いているのか気付いていないのかチラリとショーンは一瞥すると彼の肩に手を置く。

 

 

「さあ、行こうか。あのMrs.ヒステリックも君の召喚したアサシンも皆待っている。キリエライトも来たまえ」

 

「あ、はい……」

 

「ん。分かった(ヒステリックって……所長ェ……)」

 

 

Mrs.ヒステリックとは十中八九オルガマリーのことだろう。あんまりな通称だが、最初の冬木での振る舞いを普段も頻繁に行っていればそう呼ばれるのも当然か。

 

しかし、仮にも上司である人物に対する蔑称をこうも平然と言うとは。随分と口が悪い男だと立香は苦笑いを浮かべる。

 

 

「ところで、どこで何すんの?」

 

 

そういえばどこへ連れてかれるのかも何をするのかも聞いてなかったと立香は尋ねる。

 

 

「ん? ああ。俗に召喚ルームと呼ばれる部屋さ。現状の戦力だけじゃ人理修復には厳しいだろう? だから増強するのさ。まあ、ソシャゲで課金してガチャ回してキャラをバンバン増やすようなものだと思ってくれ」

 

「増強……ってことは……」

 

「そうだ」

 

 

にやり、とショーンは笑う。

 

 

「――英霊召喚さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「只今連れて来ました。Dr.アーキマン」

 

 

召喚ルーム。ショーン曰くそう呼ばれている、ホール型の大きな台座のある機械が置かれた部屋に立香とマシュはやって来た。

 

 

「おや。もうかい? 向かわせてから五分と経っていないんだけど……」

 

 

真っ先に視界に入ったのはロマニだった。それ程期間は空いていないはずだが、生身を見るのは何だが久しぶりな気がする。

 

 

「行ってみたら既に起きてたんですよ。それじゃあ、僕はもうお(いとま)させていただきますよ」

 

「うん。お疲れ様……サボっちゃ駄目だよ? ショーン」

 

「Dr.アーキマンじゃありませんから大丈夫ですよ。しかし、今回ばかりはそのサボり癖のお蔭で命拾いしたみたいですけど」

 

「ハハハハ……相変わらず言うね」

 

 

立香らを相手にした時とは違い、上司であるためか畏まった態度を取るショーン。しかし、それが台無しになるくらい容赦無く毒を吐く。

 

ロマニが怒るどころか嫌な顔一つせず、苦笑いするだけということは彼の憎まれ口はいつも通りのことであり、それを許せる程度には仲は良好なようだ。

 

 

「じゃあね。健闘を祈るよ、藤丸立香」

 

 

去り際にそう言ってショーンはこの場を後にする。

 

 

「――さて、おはよう立香君。といっても今が朝か夜かなんて分からないんだけど。長い眠りだったね。調子はどうだい?」

 

「おはようロマン……この通りピンピンしてるよ。肩凝りも筋肉痛もないし、頭もスッキリしてる」

 

「また強がりじゃないでしょうね? 藤丸」

 

 

具合を尋ねるロマニに元気溌剌といった様子でそう言う立香。しかし、別方向から棘のある言葉が飛んでくる。

 

その主はすぐに予想が付いた。

 

 

「マリー所長!」

 

 

やはりと言うべきかそこにはオルガマリーが居た。笑みを浮かべる立香とは対照的に彼女は如何にも不機嫌といった様子で腕を組み、彼へと視線を向けていた。

 

 

「マリー言うなって言ってるでしょうが! ……こほん。まあ、元気そうで何よりだわ。ぐっすり眠れたみたいね?」

 

「え? はい。お蔭様で――」

 

「こっちはあなたが寝ている間、色々と大変だったというのに暢気なものね。あなたが一般人で実力不足の三流なのは分かっているんだから、無理な時は無理と言いなさい。いくら無茶したって死ぬだけよ」

 

「あーいや、本当に分からなくて……」

 

「言い訳は結構。仮に強がりじゃなかったとしても、自分の体調も分からないなんてこの先マスターとしてやっていけると思えないわ」

 

 

キッと鋭い眼で立香を睨み付け、説教するようにオルガマリーは言い放つ。その威圧感は初めて会った際に怒鳴った時よりも遥かに強烈だった。

 

 

「うっ……すみません」

 

 

非は全面的にこちらにあった。まるで親に叱られたような感覚に陥り、立香は項垂れながら謝罪する。

 

 

「分かればよろしい。くれぐれも次はこんなことが無いよう気を付けなさい……頼むわよ。足手纏いは御免なんだから」

 

「素直じゃないなマリー。本当は毎日お見舞いに来るくらい心配しているのに……」

 

「ぶっ殺すわよロマニ」

 

「殺意高っ!? そんな口悪かったっけ!?」

 

「ガン――」

 

「わーっごめんごめん! ごめんなさい!」

 

 

ニヤニヤしながらオルガマリーをからかってみるロマニ。しかし、予想以上に憤慨したオルガマリーが指先をこちらに向けてきたことでその表情は蒼白してしまう。

 

 

「まったく……あ、その、か、勘違いするんじゃないわよ! 心配なんてしてないんだからね! ただあんたが死んじゃったら困るだけよ!」

 

 

その場にへたり込んで命乞いをするロマニに溜め息を吐く。そして、慌てた様子で立香へ顔を向け、ロマニの言葉を否定する。

 

「oh……ここまでテンプレなツンデレは現実で初めて見たよ……」

 

「ガンド!」

 

「痛いっ!? 本当に撃つなんて洒落にならないよっ!?」

 

 

懲りないロマニの一言に遂に指先から魔力弾をぶっ放つ。当然手加減しているが、それでも痣くらいにはなる威力だ。腰に命中したロマニはまさか本当に撃つとは思わなかったこともあって悲鳴をあげる。

 

 

「次余計なこと言ったら口を縫い合わせるわよ……で、藤丸。くれぐれ勘違いしないで――」

 

「……うん。ありがと、所長」

 

「だ、だから違うってば!」

 

「大丈夫ですかドクター?」

 

 

二人のやり取りを見て立香は再び表情を明るくし、マシュは痛そうに腰をさするロマニを本気で心配する。

 

 

「マスター、目を覚ましたのか……って一体何をやっているんだ?」

 

「ん? あ、アサシン!」

 

 

いつの間に来ていたのだろうか。背後に立っていたエツィオに声をかけられて漸く気付き、立香は顔を輝かせる。

 

一方、エツィオの方は何やら騒いでいるオルガマリーとロマニを見て呆れ果てた様子だった。

 

 

「……と誰?」

 

 

そして、彼の隣には見知らぬ女性が立っていた。茶髪のロングヘアで肩にヘンテコな機械の鳥を乗せ、これまた派手な杖と籠手を片手に装備した何ともまあ奇怪な風貌をしていた。

 

しかし、その顔は絶世の美女と呼んでも過言ではない程に、整っていて美しかった。

 

 

「ああ、彼は……」

 

「やぁやぁ初めてましてだね藤丸立香君。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。クラスはキャスターでカルデアの技術部門特別名誉顧問さ。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼びたまえ」

 

 

すると女性はフレンドリーな態度で名乗る。しかし、立香は聞き覚えのあるその名に首を捻る。

 

 

「ダ・ヴィンチ? モナリザの?」

 

 

世紀の大天才。ルネサンス期に活躍した芸術家でモナ・リザや最後の晩餐等の名画を描いたとにかく凄い人。

 

立香な歴史に疎い方だが、一般常識レベルでそのくらいのことは知っていた。しかし、記憶にあるレオナルド・ダ・ヴィンチというのは自画像に描かれた真っ白な髭を伸ばしたお爺さんだ。

 

目の前の女性とは、あまりにかけ離れている。まさかアーサー王と同じく実は女でしたパターンなのだろうか。

 

 

「フッフッフッ 私の容姿について疑問に思っているようだね。まあ、無理も無い。しかし、考えてみれば当然のことだ。英霊とはその者にとっての理想の表れ――」

 

「なんてまどろっこしいことを言おうとしているが、簡単に言ってしまえばモナ・リザになりたくて性別を変えた変態なのだ。だが、その天才的な頭脳と技術は保証しよう」

 

 

自信満々な様子で女性…レオナルドは説明しようとするが、エツィオがそれを阻んで言い放った言葉に思わずズッこけてしまう。

 

 

「ちょっとエツィオ! 変態はあんまりじゃないですか!」

 

「そうは言ってもなレオナルド。ちゃんとオブラートに包んでみたが、変態の二文字はどうしても外せん」

 

「包み切れてませんよねそれ!? もう! あなたなら分かってくれると思っていたのに! この素晴らしい身体に興奮しないのですかっ!?」

 

「それは別問題だろう。というかその発言が既に変態だぞ。変態」

 

「二回も言わないでください! あ、でもあなたに罵られるのもなんか新鮮で……良い」

 

「…………」ササッ

 

「ああ距離を取らないでっ!」

 

 

そんなコントのようなやり取りをする二人。それを見て立香はやけに親しいなと戸惑うが、その会話から、エツィオとレオナルドは生前からの知り合いなのだと推察する。

 

理由はそれだけでなく、冬木にてエツィオが生きた時代は、レオナルド・ダ・ヴィンチが活躍していた時代と同じルネサンス期を生きた人物であるとを言っていたのを思い出したからだ。

 

 

「知り合いなの? アサシンとその、ダヴィンチちゃんは」

 

「のんのん。私とエツィオは知り合いなんてレベルの関係じゃない。苦楽を共にした大親友なのさ。今風に言えばズッ友って奴だね」

 

「ズッ友……? ずっと友を重ねた言葉か? ううむ。日本語関係は聖杯関連の知識しかないから難しいものだ」

 

 

諺や慣用句等は分かるのだが。とエツィオは顎に手を据える。

 

 

「しかし、その意味なら正しい。彼とは生前、心を通わせた親しい友だった」

 

「へぇーダヴィンチ…ちゃんってよく知らんけど有名な人だよね? そんな人と友達だったなんて凄いなアサシンは……」

 

「フッ……そうか?」

 

「フッフッフッ どうですエツィオ? 今や私ことレオナルド・ダ・ヴィンチちゃんは今も尚世界的に著名な凄い人……即ち万能の大天才と認識されているのですよ」

 

「ああ。大したものだ。にしても、そのダ・ヴィンチ“ちゃん”という呼び方はどういうことだ?」

 

「そりゃ親しみを込めて……」

 

「ダ・ヴィンチは君の故郷のヴィンチ村を指す呼び名だろう……親しみやすさを求めるならレオナルド…ちゃんではないか?」

 

「そんなの決まっているじゃないですか!」

 

 

レオナルドは力強く拳を握り締め、口を開く。その様子から何やら重要な理由があるようだ。実は何故頑なに自身の出身地で呼ばせるのか、それなりに気になっていたのかロマニやオルガマリーを含め一同が注目する。

 

 

「語感が可愛いからです!」

 

 

そして、その言葉に一斉にズッこける。

 

 

「何だそれは……」

 

 

もう一度言おう。馬鹿と天才は紙一重だ。エツィオは思わず溜め息を吐く。

 

 

「む、そういう君は立香君から何でアサシンってクラス名で呼ばれてるのですか? 見た感じ彼は私のことをすんなりとダ・ヴィンチちゃん呼びしてくれるくらいにはノリがよいみたいですが」

 

「……俺の名が呼びにくいらしい」

 

「ん? ああ、確かにアジア圏の人間には呼びづらい名前かもしれませんねエツィオは。いっそのことH男と書いてエッチオと呼ばれてみては? 意味も女好きのあなたにぴったりだ」

 

「冗談は性別だけにしてくれ。しかし、これから他のサーヴァントを召喚し、アサシンクラスが被った際に呼び方に困るな」

 

「こほん……そろそろ本題に入りましょう。ぐだぐだになるわ」

 

「もうなってるんじゃ……」

 

 

呼び方についてエツィオとレオナルドが議論しているとオルガマリーは咳払いする。これ以上時間を無駄にするのはよくない。

 

 

「それじゃあ早速だけど、今からシステム・フェイト……英霊召喚を行うわ」

 

 

そう言ってオルガマリーは近くの台座へと視線を移す。つられて立香も見てみればその上には見たことのない物質が積まれていた。

 

 

「それは……?」

 

「“聖晶石”よ。サーヴァントを召喚するのに必要となる、触媒の代わりといった物だと思ってくれて構わないわ」

 

 

正直、私にもよく分からない代物だわ。とオルガマリーは言う。その傍らでロマニは触れてはならぬことだよと立香に念を押す。

 

そんな彼らに首を捻りながら立香は聖晶石なる虹色に輝く八面体の星のような石を見つめる。全部で30個はあるだろうか。崩れないように綺麗に積まれていた。

 

 

「ふうん……綺麗な石だね。沢山あるけど何人くらい召喚できるの?」

 

「一回の召喚につき三個の聖晶石を消費するわ。つまり十回……そして、その場合だけ十連続召喚というのができてサーヴァントが出る確率がアップするのよ」

 

「……なんかゲームのガチャみたい」

 

「そこん所は気にしないで。さあ、早く聖晶石をいっぺんにあのサークルへ投げ込むのよ」

 

 

まるで立香に疑問を抱かせぬように即答するオルガマリー。彼女に言われた通りに立香は山のような聖晶石を両手で覆うように持ち、中央のサークルへと投げ込んだ。

 

するとサークルが光輝く。

 

 

「おお……」

 

「来るわよ……私達と共に戦うサーヴァント達が……」

 

「あ、ところで所長はどんなサーヴァントが欲しい? ほら、クラスとかさ」

 

「え? そうね……希望はやっぱり接近戦特化のセイバー、もしくはランサーに後方支援の出来るアーチャー、それからキャスターが欲しいわね」

 

「ふうん……俺もキャスターが来てくれると嬉しいな。あ、来たよ」

 

 

光が収まり、そこに立つ人物に一同が注目する。

 

 

「おっと。今回はキャスターでの現界ときたか――――ああ、アンタらか。前に会ったな?」

 

「あれ? キャスターじゃん。本当に来ちゃったよ」

 

「よう坊主。意外と早い再会だったな」

 

 

フードを被っていたが、その姿は冬木で出会ったキャスターその人であった。まさかの知り合いの召喚に立香は顔を輝かせる。

 

 

「キャスターさん!」

 

「ん? おお、盾の嬢ちゃんか。んで所長の嬢ちゃんに軟弱男、そしてアサシン……っと知らない美人さんが居るな。しかもサーヴァントときた」

 

「また軟弱男って言った!?」

 

「どうやら特異点Fでの縁で召喚されたみたいだね。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。同じキャスターとしてよろしく頼むよ」

 

「おう、よろしくな。キャスター、クー・フーリン。アンタらの為に働かせてもらうぜ」

 

 

各々が違う反応をする中、キャスターの名乗った名に立香とエツィオを除いた者達はぎょっとする。

 

 

「クー・フーリン!? ケルトの大英雄の!?」

 

「ああ、そうだ」

 

「もろランサーじゃない。何がどうなったらキャスターなんかで召喚されるのよ?」

 

「俺が一番知りたいことだよ。そりゃルーン魔術は習ってるが……」

 

「クーフーリン? そんな凄い奴なのキャスターって?」

 

「知らないのですか先輩。ケルト神話において太陽神ルーの血を受け継ぐ半神で必殺の魔槍“ゲイ・ボルク”を持つ大英雄です。ギリシャで言うヘラクレスと同じポジションだと思ってくださって構いません」

 

「はぇー凄いじゃん」

 

 

クー・フーリンは分からなかったが、ゲイ・ボルクというのはゲームや漫画等で聞いたことがある名前だ。あれだけランサーランサー言っていたのも納得である。

 

 

「これからよろしくな坊主」

 

「うん。また一緒に戦えて嬉しい」

 

「けどどうせならランサーで来てほしかったわね……キャスターとしてでも申し分無い実力を持つとはいえ……」

 

 

喜ぶ立香やマシュに対してオルガマリーはクー・フーリンを最強クラスであるランサーで召喚出来なかったことを残念がる。

 

しかし、まだまだ召喚は残っている。残りの九回に期待だ。

 

 

「あ、次がき……何だこれ?」

 

 

そして、サークルが再び輝き、現れたのはサーヴァントではなく、数本の短剣のようなものだった。

 

 

「って黒鍵じゃない」

 

「こっけん?」

 

「聖堂教会の代行者が主に使用する武器よ。このようにサーヴァント以外にも魔術礼装や変な物が召喚されることもあるわ」

 

「アイテムってこと? ますますゲームみたいなシステムだな」

 

「しょうがないでしょ。カルデアの召喚システムは不完全なんだから。気を取り直して行きましょう」

 

 

不完全。これだけで大抵のことは罷り通る便利な言葉だ。黒鍵を回収すると再びサークルが輝く。今度はサーヴァントだと良いのだが……。

 

 

「――麻婆豆腐?」

 

 

しかし、召喚されたのは予想外にもよく知るメジャーな中華料理であった。

 

餡は煮え滾るマグマのような赤色をしており、湯気が出ていることから出来立てで熱々なのが分かる。

 

 

「えっと……過去の聖杯戦争に縁のある物が召喚されることもあるらしいから恐らくそれじゃないかしら? ……たぶん」

 

「……麻婆豆腐が聖杯戦争に関係あるの?」

 

 

当然の疑問。どうやれば聖杯を廻って七人のマスターとサーヴァントが殺し合う魔術儀式に、麻婆豆腐と関連性が出てくるのだろうか。皆目検討が付かない。

 

 

「うげ……マジかよ……」

 

 

しかし、唯一キャスター…改めクー・フーリンが反応を示す。彼は顔を歪め、不快感を露にしていた。

 

 

「知ってるの? キャスター」

 

「ああ。まあな……前のマスターの好物だよ。すげぇ辛いから食うのはやめときな。ありゃ劇物の類いだ」

 

 

前のマスター、つまり聖杯戦争の関係者の好物。そんなものまで出るのか。まるで闇鍋だなと立香は苦笑いを浮かべる。

 

それにしても見た目からしてこの麻婆豆腐が激辛なのは察することが出来たがサーヴァントであるクー・フーリンに劇物とまで言わせるとは……。

 

 

「けどまたサーヴァントじゃなかったか……」

 

「確率は低めなんでしょうかね……あ、そういえば先輩はどんなサーヴァントをご所望なんですか?」

 

 

ふとマシュが問い掛ける。彼がどんな英霊を求めるのか気になり、もし可能ならば彼の理想のサーヴァントとなる為に参考にしようと思ったからだ。

 

 

「そうだなぁ……日本の英霊が良いかな。話しやすいかもしれないし」

 

「同郷、ということですか……それはどうにもなりませんね」

 

「ん? 何が?」

 

「あ、いえ。何でもありません」

 

 

日本の英雄と言えばヤマトタケルや織田信長とかだろうか。歴史上の存在でしかなかった人物と実際に会える可能性に立香はワクワクする。

 

 

「に、二連続……まあ、こんなこともあるわね。次行きましょう次!」

 

 

二度あることは三度ある。それとも三度目の正直か。後者であってほしいとオルガマリーは次の召喚に望みを掛ける。

 

そして、サークルに降り立つ人影を見てその望みが叶ったと確信する。

 

 

「――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。ここに参上つかまつった」

 

 

しかし、男を前に目を点となる。

 

召喚されたのは長い髪を一本に束ね、着物の上に紺色の陣羽織を着た日系の男だった。

 

 

「アサシン? セイバーじゃなくて?」

 

「そうだよ。どっからどう見てもジャパニーズ・サムライじゃないか。なら普通セイバークラスなんじゃ……」

 

 

オルガマリーとロマニは首を傾げる。彼が背負っているのは一尺を優に越えるやけに長大な太刀やその格好からして知識にだけある日本の侍、武士といった存在なのは明白だ。

 

誰がどう見てもセイバー。しかし、彼はアサシンだと言う。

 

 

「ふむ、何分特殊な召喚で英霊の端くれとなった身でな。私自身は暗殺者ではなく、況してや忍でもない。暗殺に関しても、精々忍の真似事くらいしか出来ん」

 

 

男…小次郎はそんな二人の疑問を自覚していたらしく、目を細めながら答える。

 

その様子を見て立香は飄々としていてどこか掴み所の無い人物だという印象を抱いた。雅な風貌や振る舞いもあってか非常に様になっている。

 

 

「へぇ、小次郎って……確か宮本武蔵に決闘で負けた人だよね?」

 

「ちょ、先輩……」

 

 

小次郎という真名。侍のような出で立ち。日本人である立香はすぐにその正体を理解した。大剣豪と名高く、二刀流で有名な宮本武蔵と巌流島で決闘し、敗北した剣豪……詳細こそ知らないものの巌流島の決闘は日本においては非常に有名なので知名度自体はかなり高いだろう。

 

立香の記憶としては昔観た時代劇で小次郎役の遅いぞ、武蔵!という言葉や燕返しという剣技を使っていたのを覚えている。

 

自分が知っていることに加えて希望していた日本の英霊が召喚されてことに立香は嬉しそうだった。

 

一方、マシュは失礼にもいきなり負けた人呼ばわりする立香に、小次郎が気を悪くしないかと慌てる。

 

 

「フッ……此度のマスターは、なかなか面白い奴よのう。マスター、名は?」

 

「藤丸立香。藤色の藤に丸いと書いて藤丸、立って香ると書いて立香だ」

 

「ほほう。良い名だ。我がマスター、藤丸立香。剣を振るうことしか能が無い拙者だが、これからよろしく頼む」

 

「うん。よろしくね、小次郎」

 

 

しかし、そんな心配は杞憂だったようで小次郎は気を悪くするどころか興味深そうに笑い掛け、立香と握手を交わす。

 

 

「へぇ……こいつは驚いた。まさかお前さんが召喚されるとはな」

 

「む、お前は……」

 

 

すると再びクー・フーリンが反応を示す。今度は麻婆豆腐を見た時のような嫌そうな顔ではなくむしろ顔見知りに会えて嬉しそうな様子だった。

 

 

「ランサーではないか。いつもの青タイツはどうした?」

 

「生憎と今回はキャスターで現界してるんだ」

 

「何と。お主が魔術師とな? ううむ……意外な特技と言うべきか。となると槍は取り上げられておるのか?」

 

「そういうことだ」

 

「それは何とも……」

 

「御愁傷様、ってか? 止せやい気持ち悪い」

 

 

ランサーではなくキャスターとして喚ばれたことに同情的な目を向ける小次郎。それにクー・フーリンは顔をしかめ、目を反らす。

 

 

「……知り合いなのか? キャスター」

 

 

すると二人の関係が気になったエツィオが問い掛ける。

 

 

「ん? ああ。前の聖杯戦争で何度か殺し合った仲だ。こいつの剣捌きの動きが読めねぇのなんの……もう二度と相手したくねぇ奴だったぜ」

 

「む、それはランサーでか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「何と。クランの猛犬にそこまで言わせるとは……」

 

「フッ……燕を斬る為に刀を振り続けた甲斐があったというもの。私としてはランサー、お前はセイバーに次いで再戦したい相手だったのだかな。あの獣のような槍捌きは実に豪快であった……して、妙な身なりのお主は忍の類いかのう?」

 

 

ふと小次郎はエツィオへと視線を向けて問う。

 

 

「しのび? いや、知らない呼び名だ。俺はエツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ、アサシンだ」

 

「えつぃお、あうでぃとーれ……ふむ、異国の者は名が実に長い……そのアサシンとはクラスのことか?」

 

「……つまりサーヴァントのクラス以外のアサシンという呼び名を知っていると?」

 

「ああ。忍の異国での呼び名だ。しかし、詳しくは知らぬ。私は山奥の田舎で生まれ、そこから一歩も出たことがなくてな。忍に関しては“師”からそういう者らが居るという話を聞いたことがあるだけだ」

 

「……そうか」

 

 

一瞬、エッツィオは眉をひそめる。その口振りから小次郎がアサシン教団について知っていると思ったからだ。

 

しかし、本人曰く詳しいことは知らず、伝聞で聞いたことがあるだけのようであり、ならば警戒する必要は無いと判断する。

 

 

「それにしても……その体。かなりの武人とお見受けする。いずれ手合わせしてもらいたいものだ」

 

 

そう言って小次郎は不敵に笑う。その瞳には闘志が宿っていた。

 

 

「……ああ。幸いここには修練場がある。死合いは可能か分からぬが、少なくとも練習試合程度は出来るだろう」

 

「ほう……修練場とな。それは楽しみにしていよう」

 

 

先程から品定めするように見られていたことに気付いていたエツィオがそう提案すると小次郎は嬉しそうに頷く。

 

あの長大な太刀を得物にしている時点でさぞ戦いにくい相手だろう。それにクー・フーリンにもう二度と相手をしたくないと言わせる程の手練れだ。もし闘う際には心して挑まねば。

 

 

「次は……あ、また麻婆豆腐だ。後一回しか残ってないよ」

 

 

閑話休題。エツィオ達が会話している間にも立香は召喚を続けていた。しかし、見たところ召喚されているのは礼装(一部を除く)ばかりでサーヴァントは来ていないようだ。

 

そして、立香の言葉から今が九回目であることが分かる。つまり次でラストだ。

 

 

「ぐ、ぐぬぬぬ……セイバーよ! 次こそセイバー……いえ、この際だから贅沢は言わないわ。せめて近接の強いサーヴァント来て……!」

 

「うん……冬木で会ったセイバーみたいな強いサーヴァントだと良いなぁ」

 

 

オルガマリーは祈るようにそう言ってサークルを前で手を合わせる。立香も最後にもう一人サーヴァントが来ないかと期待して視線を向けた。

 

 

「――召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターという奴か?」

 

 

そして、召喚されたのはサーヴァント。それもオルガマリーが散々希望していたセイバーだった。

 

しかし、普通ならば歓喜の声でも湧いてきそうなものだが、一同は凍り付いたように固まり、目を見開く。

 

何故なら――。

 

 

「おい? どうした、まるで因縁の相手と出会ったような顔をして」

 

 

サークルに立つのは、冬木にて激闘を繰り広げた特異点Fの元凶だったのだから。

 

バイザーで目元を隠しているが、その姿と声は間違い無く、あの漆黒の聖剣を振るう騎士王アーサーその人であった。

 

 

「げぇっ セイバー!?」

 

「……随分な物言いだな。小娘」

 

「ヒイィ!?」

 

 

怯えるオルガマリー。当然セイバーは怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「む、セイバーではないか。久しぶりだな……見ない内に随分と様変わりしているが、イメチェンという奴か?」

 

「ちげぇよ。あれは反転してたんだ。お前の知るセイバーとはだいぶ違うぞ」

 

 

冬木でのことを知らない小次郎はフランクな態度でセイバーへ話し掛ける。それに対し、クー・フーリンは警戒した様子で説明する。

 

即座にマシュは盾を召喚して立香を守るように前に出て構え、エツィオは既に籠手から仕込み刃を伸ばし、いつでも暗殺出来るよう準備していた。

 

 

「ほう……手厚い歓迎だな。いきなり警戒されると、流石の私も傷付くぞ?」

 

 

これにセイバーは僅かに口元を吊り上げ、冗談っぽくそう言った。

 

 

「……えっと、俺のこと覚えてる?」

 

「ふむ、さあな。貴様達に見覚えはあるが、どのような関係だったかは覚えていない。何だ、もしや敵対者だったのか?」

 

「まあ……そんな感じ」

 

「成程な……道理で警戒されている訳だ」

 

 

何故警戒されているのか理解出来ていない様子のセイバーにもしやと思い、立香が恐る恐る問うとセイバーは首を傾げながら答え、自身が別の場所で召喚された際にカルデアと敵対していたのを知るとこれに納得する。

 

しかし、それはもはや過去のこと。今はカルデアのマスターに従い、人理修復とやらをするまでだ。

 

 

「何、覚えていないのか? だが、キャスターは覚えていたぞ」

 

 

するとエツィオが疑問を抱きながら会話に割り込んでくる。

 

 

「キャスター? ……ランサー。何だその格好は?」

 

「今はキャスターなんだよ」

 

「何、貴様がキャスターだと? ククク。あのアイルランドの光の御子が、魔術師の真似事とは冗談にも程がある」

 

「そいつはどうも……にしても本当に覚えてねぇみたいだな」

 

 

馬鹿にするような物言いに顔をしかめながらもクー・フーリンはセイバーが本当に特異点Fでのことを覚えてないのを確認する。

 

 

「ふむ、こうなるとキャスターの記憶にも齟齬があるかもしれんな。キャスター、お前はどれくらい覚えている?」

 

「あん? えっーと……聖杯戦争をしていて、街が燃えて人が消えて、急にセイバーの野郎が水を得た魚のように暴れて俺以外のサーヴァントが皆倒されて、泥に汚染されたサーヴァント共に逃げながら戦ってた時にアンタらと出会ったんだ。そこからアーチャーをお前さんが倒し、バーサーカーが乱入してくるハプニングがあったが、何とかセイバーを倒して聖杯戦争の勝利者となって消滅……したはずだ」

 

「……ああ。概ねその通りだ」

 

 

記憶による齟齬はほぼ無い、とエツィオは考える。

 

 

「ほう……そんなことがな」

 

 

一方、セイバーはクー・フーリンの話を聞いてそう呟く。しかし、あまり驚いてはいないようだ。

 

 

「……と待てよ? 思い返してみれば俺も記憶が曖昧だ。アンタらと会って以降のことは鮮明に覚えているが、それ以前、特に街が燃える前の真面目に聖杯戦争していた時の記憶が抜け落ちてやがる」

 

「……何? お前のマスターについてもか?」

 

「ああ。さっぱりだ。冬木ってことはバゼットか言峰の野郎だと思うんだがな……」

 

 

ピンポイントでその部分の記憶が消える。果たしてそんなことがあるのだろうか。エツィオは困った様子で顔を歪める。後で訊こうと思っていた冬木にて問い質せなかったクー・フーリンの隠し事が聞けなくなったからだ。

 

 

「記憶にフィルターでも掛かっているということかしら? にしても中途半端過ぎるけど」

 

 

するとエツィオらの会話を聞いたオルガマリーが独り言のように呟く。先程と違ってセイバーに怯えた様子は無く、顎に手を添えて思考に更けていた。

 

 

「……まあ、この話は一先ず置いておきましょう。今や人理の修復が最優先よ。誉れ高き騎士王……カルデアはあなたを歓迎するわ」

 

「ふん……先程とは大違いだな。まあいい」

 

 

暫しブツブツと呟いた後、オルガマリーはそう言ってセイバーを迎え入れる。敵意が無く、記憶が欠落しているのが分かったからか先程のように怯えた態度は取らない。

 

それに、あのアーサー王が味方となるのだ。戦力としては申し分無いだろう。

 

 

「それでマスター。貴様の名は?」

 

 

するとセイバーは立香の方へ顔を向けて名を問う。

 

 

「え? あ、藤丸立香。えっと漢字は……」

 

「いや、必要無い。我が名はアルトリア・ペンドラゴン[オルタ]……そうだな、セイバーオルタとでも呼ぶがいい。リツカ」

 

 

そう名乗り、セイバーオルタは笑う。バイザーでその瞳に何が映っているのかは分からないが、立香がマスターに相応しいかどうか見定めているのだろうか。

 

そんな視線に立香は――。

 

 

「ところで前見えるの? それ」

 

 

――と、先程から気になっていたことを尋ねる。冬木で敵対していた相手でかなり追い詰められたこともあったというのにこの一般人、全く緊張しておらず平常運転である。

 

そんな疑問を聞いてセイバーオルタは呆気に取られ、マシュやキャスターはその肝っ玉に感心し、オルガマリーは何て質問すんのよ!と額に手をやる。

 

 

「……フッ。一応見えはするが、これは気に入らんのか?」

 

「いや、かっこいいとは思うけど……別に無くてもいいんじゃない? 冬木の時は着けてなかったし」

 

「そうか……ならば取ろう」

 

 

するとあっさりとセイバーオルタはバイザーを外し、その金色に輝く瞳を露にする。

 

バイザーは目元を守る役目があるが、元より直感スキルを持つセイバーオルタには必要の無い代物だ。後は相手に視線を見せないという使い道もあるが、そのような小手先を必要とする程セイバーオルタは弱くはない。

 

 

「うん……やっぱりその方が可愛いよ」

 

「……そうか」

 

 

何気無しにそんなことを言う立香にセイバーオルタは何とも言えない表情をする。

 

通常ならば侮蔑と受け取って斬り殺しでもするだろうが、立香が全く他意無く、純粋に思ったことを言っただけなのを察したからだ。

 

もし今の立香が某エルドラドのバーサーカーを召喚してしまった場合、残念ながら即行で殺されてしまうことだろう。

 

 

「ふむ、サーヴァントは三体、か。なかなかの戦力じゃないかなオルガマリー?」

 

 

するとレオナルドが召喚されたサーヴァント達を観察しながらオルガマリーへ問い掛ける。

 

 

「そうね……マシュやエツィオも含めて計五騎……佐々木小次郎はともかく大英雄二人が召喚されたのは本当に喜ばしいことだわ」

 

 

最強の称号を持つ暗殺者。聖剣の担い手である騎士王。原初のルーンを扱う光の御子。魔法の領域に達した剣技を使用する剣士……はっきり言って国家すらも容易く落とせそうな過剰戦力である。

 

しかし、カルデアの目的は人理修復。

 

七つの特異点での聖杯の回収。人理を焼き払う程の力を持つ強大な存在との戦い。その旅はこれらの戦力を以てしても厳しいものだろう。

 

こほんと、オルガマリーは咳払いして周囲を見渡しながら口を開く。

 

 

「――さて、これにて召喚を終了とします。そして、今から人理修復についてのミーティングを始めます」

 

 

今ここに始まる。

 

史上最大の聖杯戦争――Grand orderが。




という訳でキャスニキ、農民、セイバーオルタが召喚されました。

前はスパさんも召喚されてたけど今回はまだ出ません。後々召喚されるから安心してね。


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【サーヴァント】エツィオ・アウディトーレ【データベース】

H男のステ。違う! そうじゃない! って部分があったら教えてくださいな。


【CLASS】アサシン

【真名】エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ

【性別】男性

【属性】中立・善

【時代】1459年~1524年

【地域】イタリア

【ステータス】筋力B+ 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A+++

【クラス別スキル】

 

気配遮断:A+++

 サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。

 通常ならば攻撃態勢に入るとランクが大きく下がるが、エツィオものランクとなると攻撃した“直後”までランクが落ちることがない。

 

【固有スキル】

 

鷹の目:A+

 主にアサシンが持つ特殊な眼。

 千里眼の亜種で通常ならば見えないはずのものを視認することが可能。色彩による敵味方の判別、拭い取られた血痕を視る、暗号の解読、透視など多彩な力を発揮する。

 

暗殺技能:EX

 最強と謳われた暗殺の手腕。

 格闘、剣術、狙撃、ステルス、カウンター等の生前にエツィオが用いた暗殺方法に対して多大な上方補正をかける。

 これによりエツィオは例え大英雄を相手にしても十全たる状態で戦うことができる。

 因みにこのスキルは“最強”の称号を持つエツィオのみが保有しており、伝説のアサシンであるアルタイルも冠位を持つ初代ハサンもこのスキルは持っていない。

 

カリスマ:C

 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。

 カリスマは稀有な才能で、暗殺教団の一導師としては破格の人望である。このランクだと小国の王に匹敵する。

 

直感:A

 戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。

 研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 エツィオを筆頭としたアサシンは皆、カウンターや受け流しの反応が人外染みている。

 

イーグルダイブ:B

 飛び降りに対する耐性。

 高所からの落下の際のダメージを緩和し、藁山等が下にあれば完全に無効化することが可能。

 

【宝具】

 

『我らが信条、血盟は続く、永遠に(アサシンクリード・ブラザーフッド)』

ランク:A+++ 種別:固有結界 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

 エツィオの人生の具現ともいえる中世ローマの街並みを再現した固有結界。

 建物、民衆、環境、どれもエツィオがアサシンとして活動していた当時を完璧に再現されており、彼の仲間や弟子のアサシンを召喚させて戦わせる。

 彼らはエツィオの呼び掛けに応じて召喚されたクラスの無いサーヴァントであり、その全員がEランクの単独行動スキルを持つ。

 また弟子アサシンは気配遮断スキルを持っているが、クラスではないためか弱体化しており、高くてもB程度である。

 言ってしまえば王の軍勢みたいなもの。数人なら固有結界外に召喚することも可能。

 風景はローマだが、エツィオと面識があり彼に手を貸すことを承諾する者なら誰でも召喚される。つまりマリオやユスフも召喚可能。

 

『暗殺者の栄光(エツィオ・サーガ)』

ランク:E~A 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100

 エツィオが生前に集めたアイテムの数々。

 武器や乗り物から絵画や彫刻といったものまであり、好きな物を魔力を消費することで具現化することが可能。(声が同じなせいかどこかの王の財宝のようである)

 

『■■■■■■』

ランク:■ 種別:■■■■ レンジ:■■ 最大捕捉:■■

 この宝具は、まだ使用できない。

 

【補足】

肉体は2の若い時で装備や宝具はBHとリベの全部乗せという特別仕様で召喚されている。

 

筋力B+…重武装の自分の体重を片手で支えて楽々とフリーランしたり箒や釣竿で兜を被った兵士を撲殺したり出来る程度。

 

耐久D…素ではかなりの紙耐久。しかし、大砲を間近で受けて吹っ飛ばされても平然としているなど本当はもっと高いのかもしれない。防具を装備することでランクは上がり、アルタイルの鎧を着ればA相当となる。※ゲームだと最強装備でも市民に素手で殴り殺されてしまうのは内緒。

 

敏捷A…重武装で泳いだりフリーランしたりする程度。ゲーム上だとスタミナの概念が無いため三日三晩飲まず食わずで走りっぱなし。まあ、アサシンなのでこのくらいあるかなと。

 

魔力B…ある理由からそれなりにある。

 

幸運E…文句無しの最低ランク。父と兄と弟を目の前で処刑され、伯父も目の前で射殺され、恋人も目の前で死なれている。最後の最後にやっと幸福を掴み取れたが、失ったものは多い。但し悪運は強く、二回ほどナイフで腹をぶっ刺されたが生存している。



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Sequence.02 統べよ思い。重ねよ闘志 ーA.D.1431 邪竜革命戦争オルレアンー
memory.01 いざ、戦地へ


あけおめ。ことよろ(遅い)

いよいよ一章開幕です。


 

 

――走る。走る。走る。

 

時刻は昼間だというのに薄暗く、ジメジメした原生林。生い茂る木々の隙間を西洋甲冑を身に纏った()()はひたすら駆け抜けていた。

 

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

目的はただ一つ。殺意を以てこちらを追ってくる存在から逃げる為である。

 

少女の背後には彼女を追う人の形ではない影。それも一つではない。ざっと二十は居るだろうか。

 

背に翼を持った彼らは自由自在に宙を舞いながら鋭い牙が何本も並ぶ大きな顎で、猛禽類のように何かを掴む為に発達した足の鉤爪で捕らえんと突き進む。

 

 

「くっ……しつこい……!」

 

 

少女は悪態を付く。森に入れば機動力が削がれ、逃げ切れると考えていたが、どうやら見通しが甘かったようだ。

 

追跡者は存外そこらの鳥なんかよりも飛ぶのが上手く、器用にも道を阻む木や枝を避け、或いはその爪で薙ぎ払いながら少しずつ、着実に少女との距離を縮めていた。

 

対する少女は満身創痍。よく見れば出血していた。肩、膝、頭からも、夥しいという程ではないがポタポタと水漏れのように鮮血が垂れている。

 

それでも尚、馬にも負けぬ速度で疾走していた。つまりそれは彼女がただの人間ではないことを意味している。もし傷を追っていなければ追跡者達から逃げることも無く、返り討ちに出来ただろう。

 

そもそも追跡者は当初百を越える大群だった。それが五分の一まで激減しているのは、少女がその手に持つ槍の如き軍旗(・・)で討ち倒したからに他ならない。

 

 

「まずいですね……仕方ありません。こうなれば捨て身覚悟で挑むしか――――!?」

 

 

このまま逃げ続けても状況は良くならないと判断した少女は追跡者に対抗しようと足を止め、振り返る。

 

――そして、次の瞬間。視界を覆い尽くす紅蓮に絶句した。

 

 

「!?」

 

 

咄嗟に防御体制を取るももう遅い。どこか懐かしさの感じる身を焼く熱さと共に衝撃が全身に伝わり、少女は宙を舞った。

 

 

「く、はっ……」

 

 

ゴムボールのように少女は何度も地面をバウンドするもクッションとはとてもじゃないが言えない樹木の根元に背中を激しく打ち付けたことで漸く止まる。

 

普通の人間ならば過程でミンチ――否、最初の熱の時点で黒焦げの肉塊と化していただろう。しかし、まだ少女には意識を保ち、追跡者へ鋭い視線を向けるだけの力が残っていた。

 

 

「Gurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr…」

 

「……ここまで、ですか」

 

 

気付けば少しだだっ広い場所に出ていた。故に追跡者の姿がはっきりと確認出来る。

 

全身を覆う硬質な鱗。爬虫類の特徴を持つ目と顔付き。爪と同化した蝙蝠のような翼。鞭のような長い尻尾。その特徴は正しく誰もが知る伝説上の生物を表していた。

 

――“竜”。

 

幻想種の頂点。最上級は自然現象そのもののような存在で強弱を語ること自体が無意味と称される程の規格外の生命体。

 

追跡者は飛竜…ワイバーンと呼ばれる竜としては下級の個体ではあるが、それでも強大な力を持つ幻想種であり、群れのリーダーらしき赤い鱗を持つ個体は他のワイバーンよりも一回りも二回りも大きかった。

 

 

「ほう……存外しぶといな」

 

「ッ……あなたは……」

 

 

そして、赤いワイバーンの背には、人らしき影が立っていた。

 

 

「サーヴァント、ですね」

 

 

先程まで霊体化でもしていたのだろうか。突然現れたワイバーンに乗る壮年の男は少女を悠然とした態度で見下ろす。

 

 

「ご名答。真名に行き着かぬということはやはり時代が浅過ぎたためルーラークラスが正常に機能していないか。■■■■■の言う通りだったな」

 

「……そこまで把握していますか。私が召喚されてまだ一日も経過していないはずですが、もう一人の()が関係しているのですか?」

 

「いや、あの小娘は何も知らんよ。何もかも、な……全く以て哀れな道化だ」

 

 

男の言葉に疑問を問う少女。いくら何でも情報が早過ぎる。まさか召喚された当初からずっと監視されていたとでもいうのか。

 

 

「しかし、貴様は更に哀れと言えよう。憤怒の炎を操ることも竜を従えることも出来ない。あるのはその頑丈さが取り柄な旗のみ。利用価値があるかと思い接触してみたが、やはり救国の聖女と持て囃されようとも所詮は旗振り……祭り上げられた世間知らずの小娘に過ぎん。王家に従う愚か者だ」

 

 

男は冷たい無表情を浮かべながら厳格な口調で少女を罵る。その一言一言が鋭い刃物のようで少女は怒りこそ感じずとも顔をしかめずにはいられなかった。

 

少女は考える。男は最後に己のことを王家に従う者と言った。つまり男はフランス出身の可能性が高い。そして、貴族のような装いをしており、少なくとも騎士といった手合いではないだろう。

 

となると―――。

 

 

「さて、万が一あの小娘が己の正体に気付く切っ掛けになるかもしれない。使えぬと分かった今、貴様にはここで消えてもらう」

 

 

しかし、男は考察の暇を与えるつもりはなかった。

 

彼が腕を振り上げると、それに呼応するようにワイバーン達の口から魔力が漏れ出る。炎、雷、音波……それぞれの属性のブレスを一斉に吐き、少女を確実に始末するつもりなのだろう。

 

 

「…………!」

 

「では、さらばだ。ジャンヌ・ダルク……貴様に判決を言い渡そう」

 

 

その言葉に少女…ジャンヌは死を覚悟する。やけくそとばかりに最後の抵抗を試みるもダメージが大きく、身体が彼女の指令に従うことは無かった。

 

 

「――死刑」

 

 

そして、男は腕を振り下ろす。

 

 

「ヒポグリフ――!」

 

 

しかし、その時だった。突如空がキランと輝き、流星の如く落下したナニカがワイバーンの群れを蹴散らしたのは。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

「……え?」

 

 

ワイバーンの半数以上が一気に撃墜され、血飛沫をあげながら屍と化す。もろに受け継がれて赤いワイバーンも例外ではなく倒れ伏し、咄嗟に飛び退いた男は地に足を付ける。

 

そんな光景を前に、ジャンヌは助かったという喜びよりも驚きが勝ち、茫然としていた。

 

 

「やっほう! やっぱりこれに限るね!」

 

「げほっげほっ……出鱈目かお前は! 捨て身の特攻と何ら変わらないじゃないか!」

 

「フフンそれ程でも……」

 

「誉めてない! くそっ……理性が蒸発している奴の案など承諾するんじゃなかった! 死ぬかと思ったぞ!」

 

「えーっ、意外とビビりなの君?」

 

「……そうか。喉元を切り裂かれたいんだな」

 

「わっ ごめん、ごめんって!」

 

 

現れたのは巨大な鷲……否、胴体は馬のような四足歩行で細長い脚には鍵爪がある、グリフォンにも似た鷲と馬の特徴を併せ持つ幻獣だった。

 

その上には二人の人物が居る。一人は騎士のような格好をした、桃色の髪を三つ編みにした少女。整ったその可愛らしい顔立ちはどこか見覚えがあった。

 

そして、もう一人は青を基調とした衣装に身を包んだフードを被った男性。その背には銃身に斧刃が付いた手持ちの大砲のような見たことの無い武器がある。

 

 

「えっと……その、あなた方は?」

 

 

見たところ異色の組み合わせ……彼らは一体何者なのだろうか。ワイバーン達を蹴散らしたとはいえジャンヌは警戒しながら問い掛ける。

 

 

「味方だと思ってくれて構わない。本物のジャンヌ・ダルクよ」

 

「やっほールーラー! 久しぶり!」

 

 

フードの男はチラリとこちらを一瞥してそう言い、桃髪の少女の方は妙に馴れ馴れしい態度でこちらへ近付いてくる。

 

 

「いやーまさかこんな形で再会出来るなんて! 人生何が起きるか分かったものじゃないね! 僕達もう死んでるけど!」

 

「……その、どこかで会いましたか?」

 

 

明らかに己を知っている様子だった。しかし、ジャンヌには少女に見覚えこそあるもいくら思い出そうと思考しても分からなかった。

 

 

「えっ!? 覚えてないの!? 僕だよ僕! アストルフォ! 君の恋のライバルさ!」

 

「は? アストルフォは確か“シャルルマーニュ十二勇士”の……けど男のはずでは……そ、それに恋とは一体何のことで……」

 

「僕こう見えて男の子なんだ! ってそれよりも本当に覚えてないのっ!? 一緒に同じマスターを取り合った仲じゃないか!」

 

「な、何のことですか!?」

 

 

酷いじゃないか! とアストルフォはぷんすかと怒りながらジャンヌの肩を揺する。

 

全く以て訳が分からない。どこからどう見ても少女にしか見えないこの桃髪の…本人曰くシャルルマーニュ十二勇士の一人でイングランドの王子でもあったアストルフォがどう見ても美少女にしか見えないにも関わらず男性であるだの己が恋をして彼とマスターを取り合っただのと理解し切れない情報を一気に持って来られた。

 

 

「……この時代でジャンヌ・ダルクが死んだのは三日前のことだ。ならば並行世界でのお前との記憶が無くて当然ではないか?」

 

「え? あ、そっか! 忘れてた! そりゃごめんねルーラー! 今のルーラーは僕とはまだ初対面という訳だね!」

 

「あ、いやその、私にも説明を……」

 

 

男の言葉でアストルフォは問題を解決する。しかし、ジャンヌは一向に混乱したままだ。

 

 

「おのれ……何者かと思えば……よりにもよって、貴様か……!」

 

 

そして、もはや説明する時間は無い。

 

男が凄まじい形相でこちらを睨んでいた。先程とは比べようにもない。視線だけで人を殺せそうな程の威圧感を放っている。

 

 

「何故邪魔をする! “アルノ・ドリアン”!」

 

「答える必要があるか? 分かり切ったことだろう」

 

 

アルノと呼ばれたフードの男は、男の問いにそう返答し、腰に納めてある拳銃に手を置く。

 

その瞬間。何かを思い出したのか男の顔が大きく歪む。

 

 

「“最高存在”が今や魔女の尖兵とはな。次は俺が頬を撃ち抜いてやろうか? ロベスピエール」

 

「黙れアサシンがぁ!」

 

 

先程の無表情が嘘のように男…世界初のテロリストと名高い革命家、“マクシミリアン・ロベスピエール”は激昂しながら腕を振り下ろす。

 

すると生き残ったワイバーン達がアルノへと向かっていく。

 

 

「死刑! 死刑死刑死刑! 今ここで死に晒せ秩序無き野蛮な獣が!」

 

「ハハハハ……随分と面白い変わり様だな。あれが在り方をねじ曲げられ、その挙げ句に狂化まで付加された者の末路か」

 

 

可笑しそうに笑いながらそう言ってアルノは背中の得物…“ギロチン銃”を即座に構え、一匹のワイバーンへと狙いを定めて引き金を引く。

 

大きな音と共に放たれた弾は曲線を描きながらワイバーンへと当たり、激しい爆発を起こす。それに巻き込まれ、他のワイバーンも撃墜された。

 

 

「さて、逃げるぞアストルフォ」

 

「えー? 勝てそうだよ? あいつなんか見るからに貧弱そうだし」

 

「見た目に惑わされるな。あれはもうまともな英霊ではない。奴はもはや……」

 

 

と、言葉を区切るアルノにアストルフォは首を傾げる。ジッと観察してみるが、彼の視点からするとロベスピエールは戦闘が得意そうではないおっさんサーヴァントだった。

 

 

「それに俺達ははっきり言って弱い。増援を呼ばれたら一瞬で不利になる」

 

「そうかなぁ……まっ そういうのはアルノのが得意だろうし従うとするよ!」

 

 

アルノの言葉に疑問を抱きながらもアストルフォはいえっさーと敬礼し、動けないジャンヌを担ぐ。

 

 

「え? あ、ちょ……」

 

「しがみ付くくらいの力は残ってるよね? 出来るだけ捕まえとくけどそっちもしっかりと掴まっててね」

 

 

間髪入れずアストルフォはそう言って幻獣…“この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)”へと跨がる。

 

 

「逃がすか……!」

 

 

するとロベスピエールはその腕を巨大な異形のものへと変化させ、ヒポグリフを握り潰さんと振り翳す。

 

 

「――また会おう、■■■■■によろしくな」

 

 

しかし、それはヒポグリフの姿が一瞬にして消えたことで空を切ることになる。

 

空間跳躍。本来は魂だけ向かうことが出来る幻想種が暮らす次元。追跡することは不可能だろう。

 

 

「おのれ……アサシンめ。ジャンヌ・ダルクを味方に引き入れてどういうつもりだ」

 

 

ロベスピエールはその鬼のような形相を先程のような無表情へと戻す。また異形の腕も元通りとなる。

 

そして、ワイバーンの死骸が散乱し、死屍累々とした周囲を見渡す。

 

 

「帰りは歩き、か……面倒だな」

 

 

生き残ったワイバーンは居ないと判断し、溜め息を漏らしそうになる。

 

配下のワイバーンの大群を全滅させてしまった言い訳を一応の主である“竜の魔女”にどう説明しようかと考えながらロベスピエールは森を後にする。

 

 

「だが、気は熟した」

 

 

ふと――足を止めて空を見上げる。

 

 

「真の“革命”が、もうじき起こる。王家に死を……市民に自由を……」

 

 

生前とは違う。独裁などさせぬ。誰にも好き勝手などさせぬ。もう二度とあんな殺戮などさせてたまるか。今度こそ成すのだ。

 

 

「人類に楽園を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルデア・トレーニングルーム。

 

 

「ハァッ――!」

 

「フッ――」

 

 

カァン!

 

 

「たぁっ!」

 

 

ブンッ

 

 

「っと―――ハッ」

 

 

キィン! キィン! キィン!

 

 

「くっ―――」

 

 

時刻は早朝。金属と金属がぶつかる甲高い音が幾度と無く響き渡る。

 

 

「甘い。受け流しは闇雲に行うのではなく、タイミングを見定めて行うのだ。そして、そのままカウンターを叩き込む。それが俺の基本戦術だ」

 

「は、はい……!」

 

 

側面で殴るように盾を振るうマシュ。重量のあるはずの盾の一撃をエツィオは涼しい顔で難なく往なしていく。それも片手の長剣で。

 

そして、エツィオが剣を振るえばその素早い連撃にマシュは防ぐことしか出来ず、やがて力負けしてしまう。故に攻撃を受け流そうとするも、なかなか見切れず、そこからカウンターへ持っていくのが上手く行かない。

 

 

(いつ見ても凄い……セイバーさんとはまた違った強さです……)

 

 

構えも、剣術も、戦法も、動きも、技も、セイバーオルタとエツィオとでは全くと言って良いほど異なっていた。

 

セイバーオルタが純粋な力と騎士の使う正統派の剣だというのなら、エツィオは巧みな技を駆使し、一撃必殺のカウンターを狙う正に暗殺者が使う変則的な剣だ。その軽やかな動きはまるで流れる川のようだとマシュは思った。

 

特に相手の攻撃を受け流し、そのまま刃に刃を滑らせるようにカウンターを決める一連の流れはもはや様式美である。背後から攻撃を加えても問題無く対処出来るのだから本当に恐ろしい。

 

 

(――今だ!)

 

 

その時、エツィオの振るった剣の起動を読んだマシュは盾でそれを防ぐ……のではなく側面で火花を散らせながら反らす。それは上述したエツィオの滑らせるような受け流しと似ており、そのまま盾はエツィオの首元へ迫り―――。

 

 

「そうだ。その動きだ」

 

 

しかし、エツィオは身体を捻り、それを籠手で受け止めて上へ逸らす。

 

 

「なっ」

 

「遅い。防がれたのならば即座に次の行動へ移せ。さもなくば――」

 

 

そして、気が付いた時にはもうエツィオの剣がマシュの喉元にあった。

 

 

「――こうなる」

 

「っ……流石ですね……」

 

「さて、そろそろ休憩にしようか」

 

 

かれこれ二時間近くはこうやって切り結んでいただろうか。

 

切っ掛けは二日前。マシュは歴戦の英霊と比べて戦闘に関する経験も技術も少ない。それを補う為にトレーニングに励んでいたのだが、それを見たエツィオがアサシンの技術を学ばないかと提案してきたのだ。

 

勿論マシュはこれを快諾し、現在こうして鍛練を積んでいた。

 

 

「はい。いつもご教授ありがとうございます」

 

「なに、礼には及ばん。しかし、マシュ嬢は物覚えが早い」

 

「いえ。エツィオさんの教え方が上手だからですよ。私なんてまだ全然未熟で……」

 

 

まだ鍛練を開始して二日目だが、カウンターは出来ずとも受け流しに関してはだいぶ身に入っていた。

 

短期間だというのにこれ程にまで腕が上達しているのはやはりエツィオの厳しくとも非常に分かりやすい指導法によるものだ。マシュは彼の強さだけでなく、人に教える上手さにも感心していた。

 

当然だろう。彼は生前、大導師として多くの弟子を教育し、一流のマスターアサシンへの育て上げてきたのだから。

 

 

「自信を持て。一を教え十を知る、とは行かんが二を知り、三を知る。生前の弟子にもそのような者はそうは居なかったぞ? この調子ならすぐにカウンターを物にすることが出来るさ」

 

 

一方、エツィオも熱心なマシュを評価していた。きちんと鍛練を積んで行けば早い内にマリオの修練を納めた若い頃の己くらいにはなれるだろう。

 

得物が剣ではなく、盾なため少しばかり指導が難しいが……と、考えたところでふと何かを思い付く。

 

 

「マシュ嬢。これを」

 

「? はい……」

 

 

するとエツィオはどこからともなく何かを取り出し、マシュへ手渡す。

 

 

「短剣、ですか……?」

 

 

それは一本の短剣。装飾の少ないシンプルなデザインだが、かなりの業物だということが分かる。

 

 

「これは偉大なるアサシン、ブルータスが愛用していたものだ。使うといい。やはり盾では殺傷性に欠ける」

 

 

かと言って長剣ではその大盾と組み合わせて戦うには些か重いからな、とエツィオは自分の剣とマシュの盾を交互に見ながら言う。

 

確かにそうだとマシュは納得するが、それよりも彼が最初に言った人名が気になった。

 

 

「ブルータスって……あのカエサルを暗殺したブルータスですか?」

 

「ああ。そのカエサル暗殺の際にも使用されたらしい。エクスカリバーや神話の武器と比べると見劣りするが、切れ味は保証する。俺が持っている短剣の中で最も優れた代物だからな」

 

 

古代ローマの政治家。暗殺の実行犯としては“ブルータス、お前もか”という台詞と共に世界で一二を争う程に有名な人物だろう。

 

父代わりだったガイウス・ユリウス・カエサルを暗殺したことから裏切りの代名詞として扱われることもあるが、かの有名なウィアム・シェイクスピアは他の者は偉大なるカエサルへの憎悪から暗殺に加わったが、ブルータスだけが共和国の為、そして己の善意の為に行動を起こした真の男だと自身の演目の中で称しており、暗殺の際に語ったとされる“専制者は斯くの如し”という言葉は民主主義を象徴する言葉として用いられる程の偉人だ。

 

 

「しかし……何故エツィオさんがそのようなものを?」

 

 

実際にカエサル暗殺の際に使われたのなら歴史的価値は相当なものだろう。骨董品としてもかなりの価値が付くに違いない。それに加え、少なくとも2000年以上の神秘を秘めている。

 

中世の英霊であるエツィオが一体どうやって手に入れたのかとマシュが疑問に思うのは当然のことだった。

 

 

「これはコロッセオの地下にある宝物庫に厳重に保管されていた。鍵を六つも使う程な。そして、ロムルス教徒という連中がその鍵を保有していた」

 

「ロムルス……ローマを建国した人物ですよね?」

 

「そうだ。そのロムルスを神として信奉する教団が、ロムルス教徒だ。ロムルスに狼に育てられたという逸話に肖って狼の毛皮を纏って獣の真似をする野蛮人共だ。単にロムルスを崇めるだけの変人集団ならまあ問題無い……という訳でもないが、その正体はボルジアに雇われ、悪役を演じる紛い物だった」

 

「ボルジア……エツィオさんの時代のローマ教皇ですよね確か。悪役を演じる、とは一体?」

 

「あろうことかロムルス教徒の指導者は崇めるべきロムルスを信仰などしていなかった。ボルジアに金で雇われ、市民に恐怖を与えるように教徒に説法し、ロムルスの御言葉だと信じた彼らは異教徒として街を荒らす。それによって市民は教会へ助けを求め、実際に成果をあげることで教皇の支持は高まる。ついでに邪魔者を始末する際にも利用された……そんな関係だった訳だ」

 

 

憎々しげに語るエツィオの説明にマシュが目を見開く。

 

 

「なっ……確かにロドリゴ・ボルジアことアレクサンデル六世は史上最悪の教皇なんて呼ばれていますが、そんなことまで……」

 

「ああ。あの男は己の欲望の為なら何だってする」

 

 

悪どいなんてレベルじゃない。とんでもないマッチポンプだ。本当にそんな人物が教皇に即位していたというのか。マシュは衝撃を受ける。

 

 

「で、そのロムルス教徒達がローマに点在するアジトに鍵を一つ一つ隠してな。それらを潰した際に鍵を手に入れ、一緒にあった鎧と共に頂戴した訳だ」

 

「成程……しかし、何故コロッセオの地下にブルータスの遺品が?」

 

「鍵と一つになった巻物によると、この短剣と鎧は彼…ブルータスが先祖代々受け継いできた家宝らしい。それを彼の死後、この場所を発見したロムルス教徒共が六つの鍵が無ければ開かぬ鋼鉄の扉の奥に隠し、ブルータスの遺品をロムルスの至宝だと崇め伝えた……あの鎧には狼の意匠や毛皮が使われていたからな。それっぽかったのだろう。実際にロムルスの所持品だったかは定かではないが」

 

 

エツィオは笑う。アサシンの遺品を、テンプル騎士団の手先が崇めるとは何とも皮肉なことだ。

 

 

「本当にロムルスが持っていたなら相当な神秘が秘められた、凄い品ですよね。そんな貴重な物を戴いてしまって本当に良いんでしょうか?」

 

「別に構わない。武器は他にも沢山あるからな……それに女性に対するプレゼントは一番良いものじゃないと駄目だろう?」

 

 

そういうものなのだろうか。はあ…と首を傾げるマシュだが、自分よりも長く生きるエツィオがそう言うのだからそうなのだろうとすぐに理解する。

 

 

「エツィオさんがそう言うなら……ありがとうございます。宝の持ち腐れにならないよう、この短剣を使わせて戴きます」

 

「ああ。早速だが、使ってみるか?」

 

「はい!」

 

 

説明している内にだいぶ休憩出来た。エツィオは再び剣を取り、マシュはもう片方の手に短剣を持つ。

 

 

「おお……相変わらずやっておるのう二人共」

 

 

そして、特訓が再開されようとした時。誰かがトレーニングルームに入室してくる。

 

それは先日カルデアに召喚されたアサシンのサーヴァント、小次郎だった。

 

 

「小次郎さん。おはようございます」

 

「おはようマシュ殿。えつぃお殿。朝早くから修練とは何より何より……私も混ぜてくれぬか?」

 

「……しかし、お前の剣術は人に教えるには無理があるだろう?」

 

 

目を細めながらそう言う小次郎。それにエツィオは怪訝な表情を浮かべで尋ねる。

 

 

「まあ、そうだな。私が教えられるのは頭の中を空っぽにしてひたすら剣を振るえばいずれ燕を斬れるようになる、ということくらいだ。しかし、それでも何かの役に立つかもしれぬ……」

 

 

あっさりと小次郎は認める。確かに彼の剣法は完全な我流なのに加え、彼は師事する者は居れど肝心の剣術は見様見真似であり、ただひたすら我武者羅に剣を振り続けたことで今の境地まで達したのだ。

 

同じ剣士ですらないマシュにまともに剣を教えるなど出来るはずがない。それをよく理解している小次郎だが、尚もエツィオとマシュの特訓に混ざりたがっている。

 

 

「……また戦いなら素直に言えば良いものを」

 

「む、そうか……なら、どうだ? 暇があればまた斬り合ってみぬか?」

 

 

その理由は至極単純。彼の狙いはエツィオと戦うことであった。

 

 

「断る。今はマシュ嬢を鍛えているのだし、お前と戦うのは長引くから個人的に好かん」

 

 

エツィオは長時間の戦闘に対して良い印象を持っていなかった。

 

生前、敵の兵士を相手にする際に無駄に長引かせてしまったせいで精鋭や弓兵等の仲間を呼ばれ、危うく死に掛けるという苦い思い出があったからだ。

 

 

「むぅ……私としては長く斬り合えて嬉しいことであるがな。いやはや。首をはねようとしたら首をはねられ掛けていた、なんてのは初めてのことであったぞ」

 

 

エツィオと小次郎の戦い方は“受け流し”という点で非常に似ている。互いが互いの攻撃を受け流し、なかなか決着が付かない。

 

しかし、それはあくまで相手を殺さないことを前提とした場合のみ。死合いならば秘剣・燕返しを持つ小次郎に軍配が上がるだろう。

 

冬木のアーチャーが使った鶴翼三連と違い、完全に同時に三つの斬撃を放つ技……いくらエツィオでもこればかりはどうしようもない。と言っても使わせる前に殺す、或いは武器を無力化、などと勝ち筋はいくらでもあるが。

 

 

「なに、マシュ殿がどれ程腕を上げたのかも気になる。良ければ私にもあの恐ろしいカウンターを伝授させてはくれぬかな?」

 

「悪いが遠慮させてもらいたい。そもそもその長い刀がカウンターには向いていないのは一目瞭然だろう」

 

「む、確かに……この“物干し竿”であのように刀身を滑らせて首をはねるのは至難よのう。いや、普通の刀だと簡単という訳ではないが」

 

 

チラリと少々残念そうに己の刀を一瞥しながら小次郎は言う。彼としてはエツィオの()()と称するに相応しい動きは実に風情があって目を引いたが故に興味があった。

 

 

「その、私は小次郎さんも一緒に特訓に付き合ってくれるのは構いませんが……」

 

「おお! ほれ、えつぃお殿。マシュ殿もそう言っているではないか」

 

「む、良いのか?」

 

「はい。本物の英霊お二人に鍛えていただける機会なんて滅多にありませんから……ん?」

 

 

――その時、マシュの所持していた通信機から甲高い電子音が鳴り響く。

 

 

「こんな朝早くに通信……」

 

「誰からだ?」

 

「ええっと……あ、所長からです。何でしょうか」

 

 

着信先はオルガマリー。早朝に何の用件なのだろうかと疑問に思いながらマシュは応答する。

 

 

「はい。こちらマシュ・キリエライト」

 

『――もしもし。マシュ? 今日もトレーニングかしら?』

 

「ええまあ……それで、どうかしたのですか?」

 

『今すぐ呑気に寝ているであろう藤丸の奴を叩き起こして中央管制室へ連れて来なさい。他の全サーヴァントも集合するように』

 

「了解しました。先輩だけでなく全サーヴァントということはつまり、いよいよなのですね?」

 

 

期間にして一週間。あまりにも短い安息だと思うだろうか。否、むしろ一刻の猶予も無いにも関わらず長過ぎたくらいだ。

 

マシュは息を呑み、エツィオと小次郎も事態を察して表情を変える。

 

 

『ええ。遂に“特異点”が見つかったわ』

 

 

――オルガマリーのその言葉は、第一の戦線の開幕を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――中央管制室。

 

 

「ん……眠い」

 

 

思わず欠伸が出てしまいそうなのを我慢し、立香は目元を擦りながら立っていた。

 

目の前にはオルガマリーとロマニがおり、周囲にはマシュ、エツィオ、セイバーオルタ、クー・フーリン、小次郎が一同に集まっている。

 

 

「おはよう、立香君。よく眠れたかな?」

 

「うん……けど二連続で変な夢を見ちゃってね。この前は男二人が殺し合う夢だったけど、今回はおっさんが燃える夢だったよ」

 

「えっ!? それもう悪夢じゃないか……これからレイシフトだって言うのになんか不吉だなぁ……」

 

「こほん……それでは早速だけどブリーフィリングを開始します」

 

 

立香の夢の内容にぎょっとした様子で苦笑いを浮かべるロマニ。そんな彼らを尻目にオルガマリーは咳払いして話を進める。

 

 

「まずは……そうね。あなた達に改めてやってもらいたいことを改めて説明するわ」

 

 

そう言ってオルガマリーは指を二本立ててピースサインを作る。

 

 

「一つ目、特異点の調査及び修正。その時代における人類の決定的なターニングポイント。それがなければ我々はここまで至れなかった、人類史における決定的な“事変”ね」

 

 

あの戦争が終わらなかったら。

 

あの帝国が繁栄しなかったら。

 

あの航海が成功しなかったら。

 

あの発明が間違っていたら。

 

あの国が独立出来なかったら。

 

あの信仰が存在しなかったら。

 

あの文明が誕生しなかったら。

 

人理の礎となっている歴史の数々。それらは今、レフ・ライノールらによって改変され、その影響で人類は焼却されてしまっている。

 

故に、その原因を潰さなくてはならない。

 

 

「あなた達はその時代に飛び、それが何なのかを調査・解明してこれを修正しなくてはならない」

 

 

さもなければ人類は破滅よ、と言ってオルガマリーは指を一本下ろす。

 

 

「以上が第一の目的。この作戦の基本原則です……では、作戦の第二目的。それは“聖杯”の調査及び回収よ」

 

「? 聖杯って他にもあるの?」

 

 

立香が疑問を口にする。

 

 

「ええ。あんな代物が複数あるなんて思いたくないんだけど、現実はそうはいかないみたい。特異点の発生には聖杯が関わっているわ。聖杯とは願いを叶える魔導器の一種……あの水晶体も冬木にあった大聖杯とやらも総て本来の“杯”の模造品だけれど、膨大な魔力を有するわ」

 

 

つらつらと語るオルガマリーの説明にロマニがぴくりと反応する。

 

 

「所長……その本来の“杯”というのは?」

 

「え? ああ、いえその、そのままの意味よ。本物の聖杯の贋作って意味。関係無い話だったわ……続けるわよ。レフの奴は何らかの形で聖杯を手に入れ、悪用したに違いない」

 

 

ロマニの疑問に誤魔化すようにオルガマリーは話を戻す。その挙動不審な態度にロマニは訝しむも確かに今は関係の無い話だと思い、黙る。

 

 

「時間旅行に歴史改変。そんな魔法に等しい行為をやってのけるには、よっぽど規格外な存在でもない限り聖杯でも使わないとまず無理だわ」

 

「そうなの?」

 

 

真剣な表情で話すオルガマリーに対し、立香は実際に10年以上も前を訪れているためいまいちピンと来なかった。

 

しかし、レイシフトだって特異点といった強い反応がある座標に限定されるのだ。タイムマシンのように自由自在に好きな時代、好きな場所を行き来出来る訳ではない。

 

 

「だから考えられる可能性は聖杯かそれに匹敵する膨大な魔力を有する道具を使用したか、自力でそんなことができる術を持つかどうかの二択。レフは前者であってほしいのだけれど……」

 

 

そんなオルガマリーの望みは恐らく叶わないだろう。少なくともあのレフ・ライノールという魔術師として活動していた存在は人間ですらない何かだったのだから。

 

それに彼女は理解している。レフを裏で操っている黒幕が居るということを。

 

 

「歴史を正しい形に戻したところでその時代に聖杯が残っているのでは元の木阿多弥……なのであなた達は聖杯を手に入れる、或いは破壊しなければならない。以上二点が今回の作戦目的よ。ここまではいい?」

 

「うん。特異点の修正と聖杯の回収ですよね。よく分かりました」

 

「よろしい。さて、説明はこれで終わりよ。早速で悪いけどレイシフトする準備は出来てるかしら?」

 

「勿論。すぐ行けますよ」

 

 

そう言う立香に笑みを浮かべ、オルガマリーはチラリと隣に立つロマニへ視線を向ける。

 

 

「ロマニ。準備に取り掛かりなさい」

 

「あ、はい。今回は所長用と立香君用のコフィンも用意してあります。レイシフトは安全かつ迅速に出来るはずです」

 

「あれ? マリー所長も行くの?」

 

「ええ。私も同行するわよ。後マリー言うな……と言ってもどうせ聞かないんでしょ」

 

 

もう諦めたわ、と溜め息を溢すオルガマリー。一方、そんな二人の会話を聞いていたマシュが驚いた様子で口を開く。

 

 

「その、所長はマスター適正、及びレイシフト適正が無かったのでは?」

 

 

それは当然の疑問だった。

 

 

「なら前回、“特異点F”に来れてなかったでしょう? 土壇場でレイシフト適正を身に付けたみたいね……マスター適正、もね」

 

「……本当なのですか?」

 

「うん。疑わしいのは分かるけど事実だマシュ。検査してみたところ所長には平均的な数値だけどレイシフト適正とマスター適正が確認出来た。恐らく“特異点F”での一件で何らかの作用が起きたことによるものだろうが、理由は依然として不明だ」

 

「理屈は分からないけれどまあ害意にはなってないんだし、気にすることでもないでしょう。私も藤丸達と同行し、支援及び現場の指揮を執るわ」

 

 

フフンと胸を張るオルガマリーに対し、今まで完全に無かったはずの資質が突然発現するなんてことが有り得るのだろうかとマシュは訝しんだ。

 

 

「で、今から行くその特異点ってのはいつのどこなの?」

 

 

ふと立香が質問する。

 

 

「ああ。特異点は七つ観測されたが、今回はその中で最も揺らぎの小さな時代を選んだ」

 

「時代も比較的近いわ。けど特異点は特異点。決して楽観視してはいけないわよ」

 

 

これにロマニが答え、それに対してオルガマリーが念を押す。特異点というだけで想像を絶する危険地帯なのは間違い無いのだ。修復する難易度が一番低いからって僅かな油断が命取りになりかねない。

 

 

「行ってもらう場所は“フランス”だ。年は西暦1431年……中世ど真ん中だね」

 

「フランス? エッフェル塔とか凱旋門とかあるあのフランス?」

 

「そう、そのフランスだ」

 

「ふむ、西洋の異国はよく知らぬ」

 

「へぇ……確か元々はガリアがあった場所だよな。面白そうだ」

 

「……ランスロットの故郷か」

 

「ほう……俺が生まれる28年前だな。父上もまだ生まれていない。祖父の代か」

 

 

ロマニが告げた今回の特異点の年代と地名に各々違う反応を見せる。

 

小次郎とクー・フーリンは見知らぬ地に対する未知への期待。セイバーオルタは祖国の破滅のきっかけとなった裏切りの騎士を思い出し、エツィオは時代が意外と近いことに少し驚く。

 

一方、立香は一部の名所や食べ物なら知っているメジャーな国名が出てきたことにどういう訳か首を傾げていた。

 

 

「フランス……って人類にとってターニングポイントなの?」

 

 

率直な疑問。アメリカやイギリスならば分かるが、フランスが人類の歴史において重要なものかと言われればいまいちピンと来なかった。

 

 

「その、先輩……かの初代フランス皇帝ナポレオン1世が制定した史上初の近代的法典、通称“ナポレオン法典”は、ヨーロッパを初め世界の法典の規範となったらしいです。これは現在も様々な改正が加えられましたが、フランスの民法典として使用されています。そう考えれば近代社会の基礎と言えますからターニングポイントという意味では、充分ではないでしょうか? しかもこれはあくまで一例に過ぎず、他にも多くの現代の民主主義の基本となる出来事が起きています」

 

「はぇー、結構凄いんだな」

 

 

そんな立香にマシュが説明する。その内容に立香は己がまだまだ無知だったと納得し、フランスという国の重要性を改める。

 

 

「1431年……と言うと“百年戦争”が起きていた頃でしたよね? それも、ジャンヌ・ダルクが処刑された年では?」

 

「ああ、そうだ。マシュは博識だね……」

 

「百年戦争……って何だっけ? 授業で習った覚えがあるけど」

 

「その名の通り百年続いた、フランスとイングランドの間で起きた戦争です」

 

「イングランド?」

 

「イギリスのことです」

 

「あーそう……ってか百年も戦争してたの? 世代跨いでるじゃん」

 

「いえ、何度か休戦しましたよ? 今回レイシフトする年も休戦している最中のはずです。戦争が起きた元々の原因は王位継承問題でしたが、やがて複雑化してしまい領土問題にまで発展しました」

 

「後年はそれも大義名分にしかなっていないがな……俺が生まれる数年前には終戦していたが、無駄に長引いた戦争の結果は両者がただ疲弊しただけだった」

 

「……なんか戦死した人達が浮かばれないね」

 

 

マシュの説明に対するエツィオの補足に立香は物悲しげな表情をする。

 

 

「それじゃあジャンヌ・ダルクっていうのは……えっと、確かなんか凄いことをした女性だよね?」

 

「……先輩って、歴史に疎かったんですね」

 

「あーごめん。テストの点は悪くなかったんだけど、そこまで熱心じゃなかったからさ。名前くらいなら聞いたことあるんだけれど」

 

 

世界的にも有名な偉人に対する大雑把な表現にマシュは少しばかり呆れた様子だった。これに立香は恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

「ジャンヌ・ダルクはフランスにおいて“救国の聖女”として知られています。彼女は単なる村娘だったそうですが、ある日神様からのお告げを受けてフランスのために救国の旗を掲げ、立ち上がり、幾度もの戦いで勝利を上げました。それによって当時劣勢だったフランス軍は勢いを取り戻し、遂にはイギリス軍をフランスから追い出し講和にまで漕ぎ着けました」

 

「おお。凄いじゃん。村娘って俺みたいな一般人だったってことでしょ?」

 

 

戦いを知らぬ素人の少女が軍隊へと加わり、戦地を駆け抜け、実際に多大な戦果を上げた。その驚くべき事実に立香は感心する。戦う女性の表現として度々使われるのも納得だ。

 

 

「はい。……しかし、彼女はイギリスに囚われてしまいます。そして、異端審問に掛けられ、魔女という烙印を押され、最後には19歳という若さで火炙りの刑に処せられたそうです」

 

「えっ燃やされちゃったの?」

 

 

しかし、マシュが続けて話したあまりにも惨い結末に驚く。その死に方もそうだが、火炙りというのは昨日見た夢と類似していた。

 

 

「しかも19歳って……よりにもよって何で火炙りに? それに異端審問で魔女の烙印って……いくら何でも酷くない?」

 

「それは……先輩。私はジャンヌ・ダルクが戦った理由を何と言いましたか?」

 

「えっ確か神様からのお告げを受けて……あっ」

 

 

疑問に思う立香だったが、先程のマシュの説明を思い出して理解する。

 

 

「ジャンヌ・ダルクが本当に神のお告げを聞いたのなら、イギリスからすれば自分達は神に逆らう悪党になっちゃうな。だからそうならない為に嘘吐き魔女として火炙りにしたってこと?」

 

 

そもそもだ。本当に神のお告げを聞いたのだろうか。本当に聞いたとして何故神はフランスという一国家に肩入れしたのだろうか。相手はイギリス――同じキリスト教を信仰する国のはずなのに。フランスを贔屓したとするなら何故自身の言葉に従って戦ったジャンヌ・ダルクが処刑されるのに対し何もせず見捨てたのだろうか。彼女の聞いた声の主はそんな酷い奴だったのだろうか。新たな疑問が次々と生まれる。

 

 

「そういうことです。後に復権裁判が行われたことで現在は教会において聖人認定されているみたいです」

 

「ふうん……そっか」

 

 

――可哀想。

 

ジャンヌ・ダルクという英雄の生涯を知り、最初に立香が抱いた率直な感想はそんな安っぽいものだった。

 

 

「ロマン。俺達が行く時代だとジャンヌ・ダルクはまだ……」

 

「いや、もう処刑されているはずだよ。まあ、あくまで時期からの推測で実際に行ってみないと分からないけれど」

 

「そう、なんだ……」

 

「先輩?」

 

 

残念そうに俯く立香にマシュが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「……いや、少し会ってみたくなってね」

 

「それは……ジャンヌ・ダルクに、ですか?」

 

「ああ。そうだ」

 

 

純粋に気になった。神のお告げを聞いたという真偽はともかく祖国を救う為に懸命に戦い、無念にも処刑された数少ない女性の英雄が。

 

彼女は死ぬ時。どう思ったのだろうか。炎に包まれ、身を焼かれる中でどう感じたのだろうか。信じていた神に見捨てられ、魔女と罵られながら死んだ彼女は一体どういう心境だったのだろうか。

 

悲嘆したのか。後悔したのか。憤慨したのか。それともそんな悲惨な死も覚悟の上だったのか。

 

或いは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――憎悪したのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぅ、無事レイシフトに成功したみたいだね」

 

 

外部からの物理的・魔術的な干渉も無く、立香、マシュ、オルガマリー三名のレイシフトが完了したことを確認し、ロマニはホッと胸を撫で下ろす。

 

もう数分後には連絡が来るだろう。実のところレイシフトの成功率は100%ではない。万が一失敗して意味消失する可能性だって少なからずあった。特にレイシフト適性を身に付けたばかりのオルガマリーはその危険性からレイシフトさせるのは乗り気ではなかったが、杞憂に終わって本当に良かったと安堵する。

 

 

「成功したみたいね。ロマニ」

 

「ああ、レベッカ。ナビゲートは基本的に僕がやって行くけど、二人もサポートよろしくね」

 

 

声をかけられ、ロマニが視線を向けた先には二人の男女が居た。男の方は以前立香を召喚ルームまで案内した職員、ショーンだ。

 

 

「任せてよ。まあ、基本的に私はコフィンの点検をやってナビゲートはショーンに任せっきりになるかもだけど」

 

 

レベッカと呼ばれた女性はそう言いながらコフィンが映った液晶画面を見ながらキーボードを打っていく。

 

 

「ハハハ……ショーンのナビゲートは悪くないんだけど皮肉や嫌味が多くてね……立香君らには合わないんじゃないだろうか」

 

「おいおい。Dr.アーキマンの気の抜けた声の方が悪影響なんじゃありませんかね? 緊張感が緩みますよ」

 

「何をう。声は仕方無いじゃないか。ハァ……マリーが居ないからって随分と素を出すね」

 

 

ショーンの他人行儀ながらもきつい物言いに苦笑いを浮かべるロマニ。オルガマリーが居る時はもうちょっと大人しいのだが……いや、それでもよく口論していた気がする。

 

 

「もうショーンったら! ごめんなさいねロマニ。彼悪気は無いのよきっと……たぶん」

 

「別に構わないよ。この一ヶ月でショーンの性格はだいぶ分かってきた。こんなことになっても相変わらずなのはむしろ有り難い」

 

 

人理焼却。そんな無情な現実に対し、生き残った僅かな職員の多くが心を折られ、絶望の中で生きている。しかし、それでも尚この二人を含めた一部は以前と変わらない様子で働いていた。

 

彼らが頑張っているのだから自分も頑張らなければならない。その姿はロマニをそう奮起させてくれている。

 

 

(これなら……何とかやっていけそうだな)

 

 

一寸先は闇。しかし、ロマニはこの果て無き戦いに一筋の希望を見出だす。

 

 

「…………」

 

 

一方、そんな彼を見据えながらレベッカは無言でキーボードに触れ、気付かれぬようにメールを送信する。

 

宛先は、“W”。その内容は―――。




H男「これをあげよう」

マシュ「これは……?」

H男「アゾット剣だ。パラなんとかって魔術師から貰った」

マシュ「何故でしょうか……後ろから刺したくなります」

H男「!?」


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memory.02 芸術の都

遅くなりました。

ここ最近忙しくて更新ペースがかなり遅くなるかもしれませんのでご了承を。


 

 

フランス 某所

 

 

「……ふう。無事に転移出来ましたね、先輩」

 

「ッ……ここが、1431年のフランス?」

 

 

現代から585年以上も過去。今正にタイムスリップしてきたという実感は薄く、どこかの片田舎のような印象を受けたが、自分の居た場所とは確かに違う空気を肌身に感じながら立香は視界に広がる見知らぬ地をまじまじと見渡す。

 

同じ特異点である冬木とはかなり…というか全く違い、きちんと太陽が出ているし自然も豊かであった。深呼吸してみれば都会育ちの立香では滅多に味わえない新鮮な空気が肺へと取り込まれる。

 

 

「はい。西暦1431年のフランスで間違いありません……大丈夫ですか? 前回は事故による転移でしたが、今回はコフィンでの正常な転移ですから身体状況に問題は無いはずですが……」

 

「あーうん。大丈夫……ちょっと頭がクラクラするだけ。乗り物酔いみたいな? …うっぷ」

 

「酔いやすい体質なんですか?」

 

 

霊子ダイブによる反動か目眩を感じているようだった。しかし、ふらつくこと無く立てているのを見る限りしばらくすれば治るだろうとマシュは判断する。

 

 

「フォーウ! フォーウ、フォーウ!」

 

「ってフォウさん!? また付いて来てしまったのですか!?」

 

 

元気に鳴くリスっぽい小動物の登場に驚くマシュ。どうやら誰かのコフィンの中に忍び込んでいたようである。

 

幸いにもフォウに異常は見られない。存在はそのコフィンの者と固定されているはずだから帰還の際には特に問題は無いだろう。

 

 

「フォーウ……ンキュ、キャーウ……」

 

「まったく……遠くへ行くんじゃないぞ」

 

「……おい、マスター」

 

「ん?」

 

 

仕方無いなぁ…とフォウを撫でる立香。すると背後からエツィオが声をかけてくる。

 

 

「アサシン、何?」

 

「上を見てみろ」

 

「上ぇ? ……うん?」

 

 

神妙な顔をするエツィオ。そんな彼の様子に傾げながらも立香は言葉に応じて上を向き、彼と全く同じ反応をした。

 

 

「先輩? エツィオさん? 何が……え?」

 

 

空を凝視する二人の行動に疑問に思い、マシュも視線を追ってソレを確認して目を見開く。

 

 

『よし、回線が繋がった! 画像は粗いけど映像も通るようになったぞ! ってどうしたんだい皆? 揃って空を見上げちゃったりして』

 

「……ドクター、映像を送ります。あれは、何ですか?」

 

 

ホログラムとして現れたロマニはマシュに従って送られてきた映像を見る。その瞬間、彼らと同じように驚いた様子でソレを見据えた。

 

 

『これは――光の輪?』

 

 

上空に存在するのはその全貌が確認し切れない程に巨大な光の輪のような物体。何であるかは不明だが、一目で普通ではない異質なものであると立香でも理解出来た。

 

 

『いや……衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か……?』

 

「みてぇだな……ありゃ相当な代物だぞ」

 

「何だと?」

 

 

思わず呟いてしまったロマニの疑問にクー・フーリンが肯定する。これにエツィオは驚いた様子で彼へと振り向く。

 

 

「そんなことが可能なのか? 魔術に詳しくはないが、あんな強大なものを空に固定するなどもはや人間業ではないぞ」

 

 

生前、エツィオが出会った魔術師達はそれこそ手品師と指して変わらないレベルの三流も居れば単独で一個師団を壊滅させる実力者も居た。特に死徒化している者は正攻法ではとてもじゃないが、敵わなかった。

 

皆が普通の人間を遥かに越える力を保有していたが、それでも彼らはある意味人間の常識の範疇に収まっていた。

 

恐ろしい呪いを生み出そうと他者の心を支配しようと人をゾンビに変えようと生命を造り出そうと蟲や炎を操ろうと視認するだけで万物を破壊しようとあくまで人間に過ぎなかった。故に、魔術も使えぬ暗殺者の凶刃に倒れたのだ。

 

しかし、アレは違う。“鷹の目”を持つエツィオはすぐに悟った。ただ巨大ではなく膨大な魔力が宿っているこの光の輪を天高くに書いた存在は、人という枠組みから外れてしまっている。

 

黒幕の正体はやはり―――。

 

 

「おう。俺もルーン文字を空中で固定してるだろ? それと同じ要領で可能だ。規模はともかく」

 

「む、しかしだな……」

 

「ああ。言いたいことは分かる。このデカさ、あの高さとなると俺には無理だろうな。師匠でも出来ねぇかもしれぇ」

 

『君の師匠って……まさかスカサハかい?』

 

「そうだ。俺のルーンは全部あいつから教えてもらった」

 

 

クー・フーリンの発言にロマニは驚く。原初のルーンを扱う彼に加え、その師匠……即ちかの影の国の女王でも不可能な程の代物だとすればアレを書ける存在はますます限られてくる。

 

 

「マーリンなら、やろうと思えば可能かもな……まあ、奴の仕業だとすればどうせロクでもないことだろう」

 

 

無表情のままセイバーオルタが呟く。

 

 

『何にせよ、とんでもない大きさだ。下手すると北米大陸と同サイズか? 1431年にこんな現象が起きたなんて記録はないぞ』

 

「ってことは……あれが特異点に関係しているのか?」

 

『そういうことだね。間違い無く未来消失の理由の一端だろう。アレはこちらで解析するしかないな……あ、所長。所長はどう思いますか?』

 

 

映像のデータを技術部門へと送信しながらロマニはオルガマリーへ意見を求める。

 

 

『……所長?』

 

 

しかし、返答は無く沈黙が続く。思えばレイシフトしてから不自然なくらい喋っていない。いつもなら光の輪を見てすぐに何らかの反応を示すだろう。

 

 

「あれ? そういえばマリー所長居ないじゃん」

 

「本当です。どこにも……」

 

『えぇ!? 嘘だ、確かにレイシフトしたはずだぞ……点呼、点呼を取るんだ!』

 

 

不思議そうに首を傾げる立香とマシュに対し、ロマニは慌ててた様子で確認する。

 

 

『立香君!』

 

「はーい」

 

『マシュ!』

 

「はい!」

 

『エツィオ!』

 

「ああ、居る」

 

『クー・フーリン!』

 

「おう、居るぜ」

 

『佐々木小次郎!』

 

「うむ、居るとも」

 

『アーサー王 ……じゃなくてセイバーオルタ!』

 

「無論、居るに決まっているだろう」

 

『オルガマリー所長!』

 

 

……しーん……。

 

 

『……嘘ぉ!? 本当に居ないじゃないか!?』

 

「まさか……俺らとは違う場所へ転移しちゃったのかな?」

 

『なっ そんな訳……って本当だぁ!? こちらからずっと遠方に居るぞっ!? この座標は……“パリ”か!』

 

 

予想外の事態だ。オルガマリーが定めていたポイントとは全く違う場所に転移してしまっている事実を確認してロマニは絶叫をあげる。

 

 

「パリって首都だよね確か?」

 

『ああ。別名“花の都”、“芸術の都”とも言われている観光したい街ランキング上位の常連さ。まあ、この時代だと凱旋門もエッフェル塔もないんだけどね……何でまたそんな場所にマリーが……?』

 

「む、“花の都”はフィレンツェだろう。芸術に関しても負けていないぞ」

 

『え、そこ張り合う!?』

 

 

ロマニの説明に意外にもエツィオが噛み付く。確かに彼の故郷、フィレンツェは“花の都”を意味している。それを差し置いてパリが“花の都”と呼ばれていることが気に食わなかったようだ。

 

 

「所長と通信は出来ないのですか?」

 

『さっきからしているけれど全く応答がないんだ……通信機が壊れているのかもしれない。悪いけど霊脈のポイントを見つけたら所長の捜索にあたってくれないかな?』

 

「はい。了解しました」

 

「え、すぐに探さないの? 所長一人で特異点に居るんだよ?」

 

 

ロマニの判断に立香が疑問を抱く。オルガマリーは優秀な魔術師だが、サーヴァントが相手では非力も良い所だし、彼女の性格上一人だけ別の場所に転移したら取り乱すのは容易に想像出来た。

 

ならば早く見つけて合流しなければ彼女の命が危険だろう。故に捜索を後回しにして良いのかと思った。

 

 

『うん。残念だけどここからパリはかなり離れている。移動中に戦闘が起こるかもしれないし、先に付近にある霊脈を見つけて準備を整えた方が良いと判断した。幸いにも所長の反応に異常は無いようだしね』

 

「けど……」

 

 

納得が行かない立香。しかし、任務や安全のことを顧みればロマニの論が最適解であるため言い淀む。

 

 

「……む、マスター」

 

 

するとその時、エツィオが遠方を見据えながら呼び掛けてきた。

 

 

「集団がこちらへ接近している。数は十数名ほど……服装からして兵士、フランスの斥候部隊だろう。まだ俺達には気付いていないようだが、どうする?」

 

「え?」

 

『あ、ほんとだ。いつの間に……喋り過ぎてて周辺確認を怠っちゃってたよ。えっと数百mの距離……』

 

「第一村人発見、という奴ですね」

 

「兵士だけどね」

 

「どうしましょう。接触(コンタクト)を試みますか? 先輩」

 

「うーん……そうしようか。現地の人なら何か情報を持っているはずだし」

 

「なら、俺に任せておけ」

 

 

聖杯に関する情報を得る為にも立香がフランス兵と接触してみることを決めるとエツィオがそう言って前へと出る。

 

 

「何だ? お前が最初に接触すんのか?」

 

「ふん……敵と間違われて襲われる、なんてことにならなければ良いのだがな」

 

「まあ、見ていろ」

 

 

訝しむクー・フーリンとセイバーオルタ。対してエツィオは余裕の態度でこちらからはっきりと見える距離まで来たフランス兵らの元へと行く。

 

 

「ひっ……何者だ!」

 

「ボンジュール。怪しい者ではない。俺達は異国から来た旅の修道士さ、つい先程フランスへやって来たばかりでな」

 

「修道士だと……? しかし、お前はともかく後ろの二人はそうは見えないが?」

 

 

流暢なフランス語を話すエツィオの言葉に兵士は警戒と怪訝の感情を露にしながら立香とマシュを見る。他のサーヴァント達は怪しまれるからか霊体化していた。

 

 

「彼と彼女は同伴している故郷の友人だ。一人旅、それも遠出となると色々と困難だからな。護衛も兼ねてついて来てもらっている」

 

「護衛? 確かに女の方は盾のようなものを持っているが……あの格好は……」

 

 

チラリ、と兵士らは後ろの二人へと視線を向ける。

 

 

「む……あー確かに少々露出が多いが、別に彼女は娼婦ではないぞ」

 

「あ、いや、別にそんなことは……」

 

 

少し目を鋭くしながらエツィオがマシュに聴こえぬよう小声でぼそりと告げると兵士は図星を突かれたのか慌てる。

 

まあ、あの格好は男を誘っているようにしか見えないし、娼婦の類いだと思うのも無理もない。しかし、マシュ本人は至って真面目なのである。

 

 

「ともかく俺達は敵対する理由も無く、争う意思も無い。矛を収めてくれないかな?」

 

「うーむ……本当に敵ではない、のか?」

 

 

警戒心が僅かに薄れる。すると兵士達はざわざわとエツィオにどう対応すべきか相談をし始めた。

 

 

「どう思う? 格好は明らかに怪しいが、“竜の魔女”の手下には見えん。連中はもっと狂っていた」

 

「俺達を油断させるつもりじゃ……」

 

「馬鹿。俺達なんかにそんなことしなくても簡単に殺せるだろ。あいつらは竜よりもずっと強いんだ」

 

「敵意も感じられないし……信用しても良いんじゃないか?」

 

「後ろの子めっちゃ可愛いんだけど」

 

「あの格好で娼婦じゃない訳ないでしょ」

 

 

(……竜の魔女だと?)

 

 

そんな兵士達の話に聞き耳を立てていたエツィオは会話に出てきた単語に疑問を抱く。

 

何かの隠語だろうか。かつて、テンプル騎士団の前身たる結社の幹部はコードネームとして動物の名前を使っていたという話をエツィオは思い出す。

 

 

「ところで……随分と疲弊している様子だが、何かあったのか? 現在戦争は休戦していると聞いていたが……」

 

「何だ? 知らないのか……ってああ、そうか。こっちに来たばっかだったんだな。しかし何というか、こんな時にフランス来ちまうなんてとんだ災難だなあんた……」

 

「? どういうことだ」

 

 

何食わぬ顔で訊いてみれば兵士は同情的な言葉をエツィオに投げ掛ける。

 

 

「実はな……三日前に処刑されたはずのジャンヌ・ダルクが復活して“竜の魔女”を名乗って暴れているのさ。フランスへの復讐と称してな」

 

「……何?」

 

 

すると愚痴を溢すように兵士は事の顛末を語り始める。

 

曰く、あのジャンヌ・ダルクが復活し、竜の軍勢を率いて各地で破壊と殺戮を繰り返しているらしい。異端審問の裁判長であったピエール・コーションや国王であるシャルル七世も惨殺されてしまったそうだ。

 

 

「成程……そのようなことが起きていたとはな」

 

「ああ。もう大変だよ。ワイバーンなんて、イングランドのロングボウよりも恐ろしい」

 

 

どうやら竜の魔女というのは隠語でも何でもなくそのままの意味であったようだ。

 

ジャンヌ・ダルクの復活とフランスへの復讐。そのような衝撃的な事態に陥っているということに後ろで話を聞いていた立香達は驚く。

 

当然だが、彼らの知る本来の歴史の中で死んだはずのジャンヌ・ダルクが復活したなんてことは起きていない。

 

つまりこれは特異点の影響であり、甦ったジャンヌ・ダルクこそが元凶である可能性が高いということだ。

 

 

「マシュ、復活したジャンヌ・ダルクってまさか……」

 

(はい。十中八九サーヴァントでしょう)

 

「わっ 何今の?」

 

(念話です。声を交わさずに意思伝達、会話をする魔術……テレパシーと言えば良いでしょうか。こう、意識すれば先輩も出来るはずです)

 

「えっ……ほんと?」

 

 

脳内に直接話し掛けてきたマシュに驚きながらも彼女のざっくりな説明の通りに意識を傾ける。

 

 

(あ、あーあー、こう?)

 

(はい。そうです)

 

(本当に出来た……便利だなこれ。遠くでも話せるし聞かれたくないことも普通に話せるじゃん)

 

(そうだ。サーヴァントだの魔術だのといった話はあの斥候達みたいな何も知らない現地の人間は混乱を招くだろうからな……こうやって念話で俺らだけで話した方が良いぜ)

 

(……そもそも念話のやり方ぐらい事前に教えとくべきでは? いくら壊滅寸前だったとはいえ杜撰過ぎる)

 

(あ、キャスターにセイバーオルタも。皆と会話出来るのか……凄いな念話って)

 

 

正にメールいらず。機器も必要無く、わざわざ文字を入力して送信する手間もないし何より声で会話するため感情や意思が伝わりやすい。

 

何て便利なのだろう。おまけに魔術など毛程も知らぬ己でも使えるとは。立香は感嘆するばかりだ。

 

 

「皆、話が終わったぞ」

 

 

するとエツィオが戻ってくる。

 

 

(あ、お疲れアサシン……)

 

(む、これは……念話という奴か? ふむ、確かにこれなら言葉を介す手間が省ける)

 

(何だ、知らなかったのかよ?)

 

 

念話に対して驚きを見せるクー・フーリンが疑問を口にする。

 

 

(何分サーヴァントとして召喚されるのは今回が初めてでな……知識としては知っていたが、実際に使ったことはなかった)

 

(へぇ……まさか新米だったとはな。とてもそうは見えなかったぜ)

 

 

エツィオの返答に今度はクー・フーリンの方が驚く。まさかあれだけの強さを見せた冬木での戦いが英霊として初陣とは思わなかった。

 

 

(生前に比べて便利な身体になったが、少しばかり便利過ぎる。まだまだ勝手が分からん)

 

 

対してエツィオは未だにサーヴァントとしての肉体に慣れていなかった。この念話に加え、霊体化することで物理干渉をすり抜けることが可能で食事も睡眠も必要としない。身体能力も向上している。

 

特に霊体化すればわざわざ壁をよじ登ることも屋根と屋根を飛び越える必要も無いだろう。しかし、経験不足のエツィオはそれらのサーヴァントの特性を使いこなすには至っていない。

 

 

「それにしてもエツィオさん。イタリアの方なのにフランス語が話せるんですね……意外です」

 

 

兵士達に対してエツィオが話しているのは紛れも無いフランス語。それもかなり流暢だった。

 

これにマシュは感心する。自動翻訳により言語の壁は気にする必要は無いとはいえやはり現地の言葉で話し掛けた方が親しみやすさが生まれ、警戒心も薄めることが出来るのだろう。

 

 

「ん? まあな……」

 

 

バルトロメオらと共にフランス軍に変装して砦に忍び込んだ時のことを思い出すエツィオ。元々はフィレンツェに居たフランス娘を口説く為に学んだフランス語が、思わぬ所で役に立った。

 

そして、今回……まさか死後もフランス語を学んでいたのがこうして役立つとは思ってもみなかった。

 

 

「それで、彼らは自分達の砦へ戻る最中らしい。どうする、ついて行くか?」

 

「え、だけど……所長が……」

 

 

やはりというべきか、立香は言い淀む。

 

 

「ふむ、では二手に別れるか? 片方が情報収集と霊脈の確保、もう片方がオルガマリーを捜索し、合流するというのは?」

 

「え?」

 

「戦力が分散するのはあまりよくないことだが……この際仕方無いだろう」

 

 

エツィオの出した提案。それは確かに未知の特異点において戦力を分散させるという愚行に等しいものだが、時間の短縮とオルガマリーの安全性を高めるという利点もあり、立香の心境も考慮した合理的な判断とも言えよう。

 

 

『……うん。所長の身の安全を考えると、その方が良いかもしれない』

 

 

ロマニも同意する。

 

 

『それで、捜索を請け負うメンバーは?』

 

「俺が行こう。単独行動には慣れているからな」

 

「何だ? お前さん一人で行くつもりかよ?」

 

 

提案するだけでなく捜索にも自ら名乗り出るエツィオ。しかし、クー・フーリンは単独で向かうことを前提としているような言動に顔をしかめる。

 

 

「ああ。出来る限り戦力の分散は避けたい」

 

「そりゃそうだが……ここは特異点、何があるか分からないんだ。少数が好ましいとはいえ一人だけってのはどうかと思うぜ」

 

「その時はその時だ。例えまた死ぬのうが、再召喚されればいいだけの話だろう」

 

「おいおい。それこそお前が恐れてる戦力が減ることに繋がるんじゃねぇか?」

 

「だが……」

 

 

潜入や偵察ならともかく単独で離れて行動するのは危険ではないかと考えるクー・フーリンは断固反対の意志を示す。

 

対してエツィオもアサシンが故に単独行動が性に合っていたため頑なに引き下がらず、両者は揉め出した。

 

 

「おい坊主。アンタはどう思う?」

 

「え?」

 

 

するとエツィオと議論しても埒が開かないと判断したのかクー・フーリンは唐突に立香へと話を振ってきた。

 

 

「うーん……俺もキャスターに賛成、かな? アサシンは強いし一人でも大丈夫だとは思うけど所長を見つけて合流するまでのことも考えると他にも仲間が居た方がいいんじゃない? せめて後一人くらい連れて行ったら?」

 

 

これに立香はしばらく思考してから答える。それはクー・フーリンの意見に賛同するものであり、その言い分は意外にも非常に理に叶っていた。

 

確かにエツィオは強い。しかもトップクラスの隠密性を持つアサシンだ。単独行動させようともよっぽどのことが無い限り平気だろうし、むしろ仲間が居ればその高ランクの気配遮断を活かせず、足枷になってしまう可能性がある。

 

しかし、今回の役割はオルガマリーの捜索と護衛。前者はともかく後者は非常に困難だ。況してや相手がサーヴァントか、或いはそれに匹敵する類いのものであれば。

 

守りながら戦うとなると流石のエツィオであろうとももしもの事態に陥る可能性がある。それを考慮して最低でも二人、つまりツーマンセルで動いた方が良いと思った。

 

 

「……分かった」

 

 

そして、その考えはエツィオにも伝わった。

 

 

「へぇ……案外すんなり受け入れるじゃねぇか」

 

「マスターがそう言うなら仕方あるまい。それに確かにオルガマリーを護衛するのであれば俺一人では心配もあるだろうしな」

 

「そういうこった。そんじゃ後一人はこの俺が――「私が行こう」

 

すると同行者に名乗り出ようとするクー・フーリンの言葉を遮り、意外な人物が名乗り出る。

 

 

「あん? 今なんつったセイバー?」

 

「どうした、難聴か? 隠れし者……アサシンに同行してやると言ったのだ」

 

 

まさかのセイバーオルタの発言に耳を疑うクー・フーリン。思わず聞き返すが、やはり聞き間違いなどではないようだ。

 

 

「……どういう風の吹き回しだ? お前さんが好む仕事ではなさそうだが」

 

「ふん……少し気になることがあってな」

 

「あん? んだよそりゃ……」

 

「さあな。自分で考えろ、ランサー」

 

「だからキャスターだっての」

 

 

当然訝しむクー・フーリンだが、セイバーオルタは冷然とした態度で彼の問いに答えない。

 

 

「……俺としては、最高戦力のお前をマスターから離すのはあまり好ましいことではないのだがな」

 

「最高戦力……特異点で私を倒したらしい貴様がそう呼ぶか。まあ、大して問題は無かろう。それとも私が居なくてマスターを守り切れぬほど他の三人が脆弱とでも?」

 

「む、そんなことは言ってない」

 

「なら、良いだろう。なぁ、リツカ?」

 

「え? う、うん……セイバーオルタがやりたいのなら良いんじゃないかな?」

 

 

またしても話を振られ、判断を委ねられる立香。彼は戸惑いながらもセイバーオルタの意思を尊重して彼女に同意する。

 

 

「ほら、リツカもこう言っている」

 

「な、マスター……」

 

「ごめんアサシン……けどセイバーオルタも頑固そうだし、やめるよう言っても聞かなさそうじゃん? 早く所長を見つけたいし」

 

 

両手を合わせて謝る立香。確かに例え反対してもセイバーオルタはなかなか引き下がらないだろうし、一刻も早くオルガマリーを見つけ出して合流する為にも誰が行く行かないかで揉める時間はない。

 

またしてもエツィオは意見を却下された形だが、一理ある動機であったため反論することなく、渋い顔をする。

 

 

「それに折角やる気を出してるんだから行かせてあげた方がいいと思うんだ。戦力に関してもこっちにはマシュやキャスターに小次郎も居るんだから何があっても大丈夫だよ」

 

「フッ そういうことだ」

 

 

立香の言葉にセイバーオルタはにやりと笑みを浮かべる。つまりセイバーオルタは言うことを聞かなさそうだから仕方無く……という話なのだが、本人は何故か得意気で特に気にしていない様子だ。

 

 

「……良いだろう。しかし、くれぐれも目立つような真似はするなよ?」

 

「ああ。分かっているとも」

 

 

やれやれといった様子でこめかみに手を翳しながらエツィオはセイバーオルタの同行を認める。

 

 

「それじゃ、よろしくね。二人とも」

 

 

――こうして、カルデア一行は本来の任務を担う香達とオルガマリー捜索を担うエツィオ達で別れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから数分後。

 

エツィオとセイバーオルタの二人はパリを目指して進んでいた。二人とも横に並んで歩いており、若干セイバーオルタの方がペースが早かった。

 

 

「……それで、何が目的だ?」

 

 

道中、エツィオが尋ねる。その問い掛けにセイバーオルタはチラリと一瞥し、不敵に笑う。

 

 

「さて、何のことだ?」

 

「惚けるな、単なる気紛れという訳ではないのだろう」

 

 

短い期間ではあるが、共に行動してセイバーオルタの人となりはそれなりに理解出来た。

 

少なくとも完全な善意でオルガマリー捜索に名乗り出るようなことはしないだろう。ならば気紛れなのかもしれないが、彼女は気になることがあると先程言っていた。

 

それは一体何なのか……立香らの前では事を荒立てたくはなかったため何も言わなかったが、二人っきりになった今、改めて問い詰める。

 

 

「ふん……もう分かっているのではないか? オルガマリー・アニムスフィア。あの娘の秘密に関して、だと」

 

 

そして、セイバーオルタの返答にエツィオは表情を強張らせる。

 

 

「……気づいていたのか」

 

「ああ。やはり視えていたんだな……貴様らの中には千里眼に近い特殊な視覚能力を持っている奴が何人か居た。貴様もそうだと予想していた」

 

「ほう……“鷹の目”も知っているのだな。随分とアサシンについて詳しいが、生憎とこちらはアーサー王が存在したとされる時代の記録があまり無くてな……教団がどのような活動をしていたのか分かっていない」

 

 

そもそも世界各地の教団が一致団結し、深い繋がりを持つようになったのはアルタイルの時代からだ。

 

それまでは原初のアサシン、バエクの残した教えや信条のみが伝達し、各々がテンプル騎士団を筆頭とした自由と民衆の敵と戦っていた。

 

故に、アルタイルが生まれる数世紀も前のアーサー王が統治していたブリテンの教団についての記録は殆ど残されていない。

 

 

「ふん……貴様はどう思う? 私の時代に、私の国で、貴様らが何を仕出かしたと思う?」

 

「……少なくとも、お前が相当根に持つ程のことはしたみたいだな」

 

 

セイバーオルタはアサシンを恨んでいる。それは冬木での一件からよく分かっていた。

 

しかし、物語の中のアーサー王は決して暴君ではなかったはずだ。ならば何故アサシンと敵対することになったのだろうか。

 

 

「ああ。恨んでいるとも。この憎悪は言葉ではとてもじゃないが、言い表せない……カムランでのことは今でも忘れんぞ」

 

 

鋭い眼光がエツィオへと向けられる。

 

 

「恐らく本来の私も、全く以て同じ感想を述べるだろう。それだけのことを、貴様達はやってのけたのだからな」

 

 

セイバーオルタの表情は微塵も変わっていなかったが、その姿は言葉とは裏腹にどこか物悲しげであった。

 

少なくともエツィオにはそう見えた。

 

 

「……そうか」

 

「だが、同時に理解も出来る。貴様達は常に民の味方だった。人心の分からない王は、必要なかったのだろうな」

 

 

セイバーオルタは思考する。死んだ今なって漸く分かったことが多々あった。

 

あの悲劇の戦いに、悪人など一人足りともいなかったのだ。皆が己の正義を掲げて信じ、曲げず貫こうとし、衝突し合った結果だったのだ。

 

正義と敵対するのは悪ではなく、また別の正義。その言葉はどこまでも正しく、この世の真理であった。

 

それは何と悲しいことか。

 

 

「さて、話を戻そう。オルガマリー・アニムスフィア……今、あの娘ははっきり言って異常だ。果たして人と呼べるかどうかすら怪しい」

 

「ああ……そうだな」

 

「何があった? 私は特異点でのことを覚えていないが、あの様子だと最初からあんな化け物ではなかったのだろう?」

 

「さあな……俺にもさっぱり分からん。しかし、初めて会った際の彼女は確かに普通の人間だった。その存在は限り無く希薄だったがな」

 

「……存在が希薄、だと?」

 

「恐らく死んでいた、のだろう。肉体を失い、本人はそれに気付かず、亡霊に近い状態となっていたと俺は考えている」

 

「成程……しかし、今はその真逆だ」

 

「ああ。その通りだ」

 

 

異常、化け物。あのセイバーオルタがそう称する程にオルガマリーの肉体は人からかけ離れていた。

 

そのことに気付いている者は少ない。立香は勿論、マシュやロマニ、恐らくクー・フーリンや小次郎もだろう。レオナルドに関しては薄々感付いているかもしれない。

 

今、そのことをはっきりと知るのは鷹の目を持つエツィオと、その特異な体質が故に察したセイバーオルタのみだ。

 

 

「ところでセイバー。彼女から感じる力……俺は知っている気がするのだが」

 

「……貴様、“秘宝”に触れたことがあるのか?」

 

「ああ。何度か、な」

 

「ならば、その予想は的中している」

 

 

淡々と答えるセイバーオルタの言葉にエツィオはやはりかと思うと同時に目を見開く。

 

 

「まさか。そんなことが有り得るのか?」

 

「私の知る限りでは聞いたことがない。アレをあんな意味不明な用途で使用するなど、自殺も良い所だ」

 

 

対するセイバーオルタも言葉とは裏腹に信じられない様子だ。しかし、いくら考えても答えはそれしか浮かばなかった。

 

人を甦らせる手段はごまんとあるが、あれは単なる蘇生や受肉なんてレベルではない。オルガマリーの肉体を変質させているその正体を知るからこそエツィオとセイバーオルタはそれを信じられない。

 

 

「しかし、オルガマリーは生きているぞ」

 

「……天文学的な確率だな。失敗すれば狂死し、成功しても精神は崩壊するはず。何故あの娘は平然としている?」

 

「知らん……ただもしかすると情報を得ず、肉体だけが変質したのかもしれない」

 

「それこそ可笑しい話だ。アレが人に取り込まれて干渉しないとでも?」

 

「確かに、な……」

 

 

疑問に次ぐ疑問。二人はオルガマリーが何によって変質したのかは分かっていたが、それがあまりにも異常なことであったため理解出来ずに居た。

 

 

「これ以上考察に考察を重ねても仕方無いだろう。オルガマリー・アニムスフィアを見つけ出し、そして事情を聞けばすぐに分かる。貴様もそのつもりだったのだろう?」

 

「……ああ。そうだな」

 

 

エツィオとしては、オルガマリーの善良さを信じて必要な事態になるまでそっとしておこうと考えていたが、セイバーオルタの方はすぐにでも正体を知りたいようだ。

 

彼女を刺激してしまうのは良くないとも思ったが、機会は限られるし、事情を知れるならその方が良いとも思った。

 

故に、セイバーオルタの考えには一応賛同する。

 

 

「さて、そろそろ着くはず……む?」

 

 

――その時。ふとセイバーオルタが何かに気付き、足を止める。

 

 

「ん? 何だ?」

 

「……アサシン。私達が居るのは確か西暦1431年だったな?」

 

「ああ。改まってどうし……た?」

 

 

何やら驚いた様子でそう尋ねてくるセイバーオルタに怪訝な表情を浮かべ、エツィオは彼女の視線を追ってみる。

 

そして、絶句した。

 

 

「……その頃のフランスというのは、ここまで発展していたのか?」

 

 

――そこは芸術の都、パリ。

 

しかし、15世紀の街並みにしては明らかにレベルが違う。視界に映るどの建物も高く、周囲にある町や村と比べても遥かに高水準だ。

 

そして、何よりも異質であったはどの建物よりも高く聳え立つ鉄塔――“エッフェル塔”と呼ばれるフランスの象徴とも言える建築物である。

 

これが建設されるのはこの時代から400年以上も先のことのはず。にも関わらず確かにそれは目の前に存在していた。

 

 

「……一体どういうことだ?」

 

 

――第一特異点。

 

どうやらそれはエツィオらが予想していたよりも遥かに異常なようだ。



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memory.03 飛竜

遅くなって本当に申し訳ありません。仕事の関係で忙しくてなかなか執筆出来ませんでした。


 

 

ヴォークルール 砦前。

 

兵士達の後を追い、立香達は彼らが拠点とする建物にまで辿り着いた。

 

 

「ここが、フランス軍の砦ですか」

 

「……なんかボロボロだね」

 

 

かつては立派な砦だったのかもしれないが、現在は外壁が崩れてしまっており、戦略的価値はもはや皆無であろう廃墟に等しい状態であった。

 

そんな建物を未だに砦として使っている……そこからフランス軍が竜の魔女との戦いにおいて如何に劣勢なのが窺えるだろう。

 

 

「ん? 何だお前達……ついて来たのか?」

 

 

すると立香達に気付いた一人の兵士が話し掛けてくる。事前にエツィオと話していたためか怪しみこそすれど警戒心は無くなっていた。

 

それに対し、マシュが前へ出る。

 

 

「はい。失礼します。只今フランスを騒がせている竜の魔女に関して詳しく聞かせてくれないかと思いまして――」

 

「……そのくらいなら別に構わないが、保護を期待するのなら無駄だぞ。安全な場所へ行きたいならパリへ行くといい」

 

「パリ、ですか?」

 

 

少し驚くマシュ。オルガマリーの反応があった場所でつい先程エツィオとセイバーオルタが捜索へ向かった街の名称がこんなところで出てくるとは思わなかったからだ。

 

 

「そこが安全な場所なのですか?」

 

「ああ。何せあそこはナポレオン陛下が治めている場所だからな。竜の魔女も迂闊には手を出せん」

 

「……はい?」

 

 

兵士が発した人名にマシュは耳を疑う。

 

 

「ん? あ、そうか。お前らは異国の者だからナポレオン陛下を知らないんだな……王も殺されて城も奪われてもう駄目かと思われた時に突然現れるやいなや見たこともない兵器を使って竜の魔女の軍勢を度々撃退した凄いお人なんだ。今は新たなフランス王……否、フランス“皇帝”に即位し、竜の魔女と戦っておられる」

 

 

まるで武勇伝や英雄譚を聞かせるように兵士は語る。その内容にマシュや立香は勿論霊体化していたサーヴァント達も驚きを隠せない。

 

 

「ナポレオンって……あのナポレオン?」

 

 

立香が困惑した様子で呟く。ナポレオン、皇帝、そしてフランスと来れば該当する人物は一人しか居なかった。

 

――ナポレオン・ボナパルト。

 

元は軍人だったがフランス革命後に皇帝となり、その後度重なる快進撃によってヨーロッパの殆どを支配するにまで至った人物……ジャンヌ・ダルクを遥かに上回る世界的にもトップクラスの知名度を誇るフランスの英雄だ。

 

 

(一体どういうこと? ナポレオンが生まれるのってまだ何百年も先のことでしょ?)

 

(分かりません……サーヴァントとして召喚されたのでしょうか。ジャンヌ・ダルクと敵対しているということはこちらの味方の可能性が高いですが……)

 

『うーん……特異点の異変に対するカウンターとして召喚された、マスターの居ない所謂はぐれサーヴァントという奴かな? だとすると特異点でも弱っているとはいえ抑止力が働いてるってことなんだけど……いや、それとも……』

 

 

困惑する二人。一方、ロマニははぐれサーヴァントかもしれないと言いながらもやはり理解し難いのかブツブツと何やら思考に耽る。

 

抑止力とは。ロマニの発した聞き慣れない単語に立香は首を傾げる。名称から察するに人理焼却や特異点に対して対抗するシステムがあるのだろうか。

 

 

「うわぁっ!? 何も無い所から声がっ!?」

 

『あっ、しまった』

 

「ま、まさか魔術か!? お前ら本当は竜の魔女の手先なんじゃ……!?」

 

 

するとロマニの声を聞いた兵士達が激しく動揺した様子で武器を構える。

 

 

「いいえ違います! これは――」

 

 

マシュが止めようとしたその時だった。

 

――轟音の如き甲高い雄叫びが空間に響き渡ったのは。

 

 

「「!?」」

 

「ひぃっ!? 来やがった、敵襲! 敵襲だ!」

 

 

遠方の上空を埋め尽くす黒い影。それを見た兵士らの怯えながらも大慌てで戦闘の準備に取り掛かり、鐘による警報が鳴り響く。

 

 

「あれは……」

 

 

目を凝らす立香。そして、しばらくしてその正体を知ってぎょっとする。

 

それは正しく物語の中にのみ存在する幻想生物――(ドラゴン)であった。

 

「敵性生物確認! 竜種……身体的特徴から飛竜(ワイバーン)と思われます!」

 

「すげぇ、本物のドラゴンだ!」

 

『気持ちは分かるが興奮している場合じゃないよ立香君! にしても下級とはいえ幻想種の頂点の大群だなんて! 流石は特異点、何でもありだ!』

 

「へぇ……かなりの数だな。それにどうやら歩兵も居るようだ」

 

「ほう……竜とは初めて見た。燕とどちらが斬り甲斐があるが、試してみよう」

 

 

マシュが盾を構え、クー・フーリンと小次郎も実体化して各々臨戦態勢を取る。

 

 

「マスター、指示を!」

 

「うん! フランス軍の人達を守りながらやっつけて!」

 

「「「了解!」」」

 

 

立香の指示の下、一同は果敢にも向かっていく兵士達を追い越し、先陣を切ってワイバーンの群れへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリ シテ島。

 

 

「……凄いな」

 

 

目の前に広がる広大な街並みを見下ろしながらエツィオは呟く。

 

このパリ発祥の地と呼ばれるシテ島において最も高い建築物であろうノートルダム大聖堂の頂上に立つ彼は、周辺の地形を把握しつつオルガマリーの捜索を行っていた。

 

 

「どこもかしこも人ばかりだ。暴動か? それとも難民でも押し寄せているのか?」

 

 

全域を見渡し、エツィオはその人口密度の凄まじさに心底驚かされる。街自体の広さもかなりあるが、ローマ程ではない。しかし、人の数はこちらが圧倒的に上であり、特に大聖堂前は群衆で埋め尽くされていた。

 

 

「……さて、そろそろ下りるか」

 

 

するとエツィオは足場であった細い木の棒から足を離し、真っ逆さまに落ちる。

 

 

――ボスッ

 

 

そして、勢いの強い風圧を受けながら落下速度をみるみると上げていったエツィオは、下にあった藁が敷き詰められた籠の中に埋まった。

 

鎧を纏った大の男が落下したにしてはあまりにも不相応な軽い音と共に。

 

 

「ふぅ……」

 

「……何故都合良く藁がある?」

 

 

何事も無かったかのように藁の中から出てきて身体を払うエツィオ。それを下で待っていたセイバーオルタは怪訝な表情で見る。

 

 

「ん? どこにでもあるものだろう?」

 

「少なくとも私の国ではわざわざ高所の下に藁山を設置するようなことはしない。そもそも藁程度であんな高所からの落下の衝撃は防げるものなのか? いや、サーヴァントなら問題無いが……」

 

「現にこうやって防げているだろう。ほら、何とも無いぞ。生前から平気だった」

 

「……やはり貴様らは魔物だ」

 

「?」

 

 

何を言ってるんだと首を捻るエツィオに対し、セイバーオルタは突っ込むのが馬鹿馬鹿しくなったのか黙って背を向ける。

 

しかし、竜の因子を持つ彼女や円卓の騎士の面々もかなり人間離れていると思うのだが……。

 

 

「それで、あの娘の居場所は解ったか?」

 

「……ああ。こっちだ」

 

 

そう言ってエツィオが歩き出し、セイバーオルタもそれに続く。

 

 

『いやー流石ですね。カルデアの探知機だと細かい座標までは完璧に把握出来ませんからエツィオの“鷹の目”があって本当に助かってますよ』

 

 

するとレオナルドがホログラムとして現れる。彼は立香達を担当するロマニやショーン達の代わりにエツィオらのナビゲートをしていた。

 

無論、彼が志願したことである。

 

 

「なに、大したことではない。そちらが大体の位置を把握してくれなければいくら強い反応を持つとはいえ人一人を何の手掛かりも無しに見つけるなど不可能だ」

 

『そんなご謙遜を。それにしてもオルガマリーが、ねぇ……何か様子が可笑しいとは思っていましたが、まさかそのようなことになっていたとは……“エデンの果実”の力は本当に計り知れませんね……』

 

 

レオナルドはエツィオからオルガマリーの状況を聞いて酷く驚いていた。

 

特異点から帰還したオルガマリーが以前とは違う雰囲気を纏っていたのは気付いていたが、それは実際に現場へ行って心持ちが変わったものだとばかり思っていた。

 

だが、実際にはオルガマリーは最初の爆破の時点で死亡し、何らかの方法で蘇生。おまけに強大なナニカとなってしまっていたのだ。これには自らを天才と称するレオナルドも驚愕せざるを得ない。

 

 

「……アサシンだけでなく、貴様も“秘宝”に触れたことがあったか。レオナルド・ダ・ヴィンチ」

 

 

現れたレオナルドを見据えながらセイバーオルタが言う。事情を話した時の態度から薄々察しては居たが、やはり彼もまた“秘宝”に関わったことがあるようだ。

 

 

『まあね。驚いたかい? そういう君も随分と“秘宝”について詳しそうだね。アルトリア・ペンドラゴン?』

 

「ふん……別に詳しい訳ではない。マーリンやモリガンと違って私は考古学になど興味無かったからな」

 

 

――“秘宝”。

 

“エデンの果実”とも称されるそれは遥か昔、人類を生み出した第一文明人、“かつて来たりしもの達”と呼ばれる存在が残した人智を越えた力を有する遺産の数々であり、アサシン教団とテンプル騎士団は、この“秘宝”を巡って古くから戦いを繰り広げてきた。

 

エツィオは、その内の一つである“リンゴ”を手にし、人間を自在に操れるその絶大な力を行使したことがある。故に、その危険性を充分に理解し、コロッセオの地下へと封印した。

 

――そして、今回のオルガマリーの変貌には間違いなく“秘宝”が関係している。

 

 

「しかし、万能の天才か……笑える話だな。その叡智は“秘宝”によって与えられたものに過ぎないというのに」

 

『それはどうかな? “リンゴ”はあくまでも私にインスピレーションを与えてくれただけに過ぎない。万能たる私の素晴らしき頭脳は生まれながらの、天性の代物さ』

 

 

馬鹿にするようなセイバーオルタの物言いにレオナルドはやれやれと首を振る。

 

“秘宝”が与えれてくれた知識は確かに素晴らしく、中には彼が発想に至るには少々時間が掛かるものもあった。

 

しかし、それらを深く理解し、活用したのはレオナルド自身であり、彼でなければ不可能であったことだ。

 

その天才的な頭脳は生まれながらのもの。それは紛れも無い事実である。

 

 

「ふん……どうだか……」

 

「いや、本当のことだ。俺が“リンゴ”を見せる前からレオナルドの奴は頭が良かった。訳の分からない複雑な暗号を一目で解読する程にな……自らを女に改造するような変態となってしまったのは“リンゴ”のせいだと思いたいところだが、そうではないだろう……つまり彼は残念なことに元からこんな変態という訳だ」

 

 

そもそも仮に“リンゴ”のせいだとしてもその後30年以上付き合ってきたレオナルドは既に変態だということになる。つまり親友と呼べる間柄になった頃にはもう変態だったのだ。

 

 

『ちょ、フォローになっているんですかそれ!? っていうかエツィオあなた再会してから私を変態扱いしてばっかりじゃないですか!?』

 

「本当のことだろう?」

 

『違います! 変人なだけです!』

 

「それもどうかと思うが……」

 

 

慌てた様子でレオナルドは否定する。ロマニや知人が見れば彼らしくないと驚く光景だろう。実際、他の人物が例え変態だの奇人だのと言ってもレオナルドはどこ吹く風で気にすることはない。

 

しかし、親友には、エツィオだけには、そんなこと言われるのも思われるのも我慢ならず、異常に恥ずかしかった。と言っても改める気は更々無いようだが……。

 

 

「……漫才は余所でやれ。目立つなと言っていたのは貴様だろう?」

 

 

顔をしかめ、チラリと辺りを一瞥するセイバーオルタ。

 

しかし、その言葉とは裏腹に街を埋め尽くす群衆は明らかに異様な風貌をしている彼らを気にも留めていなかった。

 

 

『安心したまえ。認識阻害の魔術はきちんと作用してある。私レベルの天才となるとこうやって管制室からでも現地への魔術行使が可能なのさ』

 

 

そう言って胸を張るレオナルド。どういう原理かは知らないが、彼はエツィオとセイバーオルタへ魔術を掛けることで群衆達は遠くからならば彼らの姿が見えず、近くに居ても何ら怪しくない格好に見えている。勿論ホログラムのレオナルドを見ても違和感すら持たないだろう。

 

しかし、何故わざわざ魔術を使ってまで実体化して行動しているのだろうか? 立香やマシュがそれを行うならまだしもエツィオらは目立ちたくないなら霊体化してしまえば良いはずだ。

 

 

「ふん……しかし、まさか霊体化が出来なくなるとはな」

 

「ああ。お蔭で生前と変わらず、建物を登る羽目になった」

 

『恐らく街全体にサーヴァントの霊体化を無効にする結界か魔術式が施されているんだろうね……こんな有り様なんだ。このパリで何が起きてても不思議じゃない』

 

 

そう、パリへ入った瞬間。不可解なことにエツィオらは霊体化することが出来なくなった。ならばと霊体化したまま入ってみても強制的に実体化してしまう。

 

故に、こうして実体のまま活動してなければならなかった。

 

 

『にしても不思議な光景だ。街並み自体は中世後期のようだが、あのエッフェル塔……あれはここから見ても分かるくらい現代的だ。過去と未来、様々な時代のパリが入り雑じっているのだろうか? いやー実に興味深いね』

 

「ロマニは何と?」

 

『彼は少し取り込み中でして……今教えて混乱させてしまったら面倒ですし向こうが一段落済んだから教えるつもりです』

 

「……そうか」

 

 

どうやら立香達の方でも動きがあったらしい。気になるが、今は自分達の役目を果たそう。

 

 

『まあ、オルガマリーを見つけたら詳しく調査しましょう』

 

「ああ。そろそろだ」

 

 

そう言って人混みを掻き分けながら街道を進んでいくエツィオ。それにセイバーオルタは怪訝な表情を浮かべているも彼について行く。

 

まるで暴動でも起きているかのようだったノートルダム大聖堂前の広場と比べると群衆の数は比較的マシだが、それでも行き交う人々の数は非常に多い。

 

 

「――ここだ」

 

 

そして、ある建物の前でエツィオは足を止める。

 

 

「……カフェ?」

 

「みたいだな。この中に居る」

 

 

顔をしかめるセイバーオルタ。彼女の言葉通りその建物は店のようであり、入口の上に掛けられた看板にはこう記されていた。

 

――(Le)カフェ(Café)テアトル(Théâtre)、と。

 

 

『テアトル……劇場という意味だね。なかなか良い雰囲気の店じゃないか』

 

 

看板に描かれているのは仮面舞踏会とかで用いられる目隠し仮面だろうか。劇場という意味のその店名に負けずそこは大勢の客で賑わっており、店内からの笑い声が外にまで聴こえてくる。

 

 

「くだらん。本当にこんな場所に居るのか?」

 

「ああ、間違いないはずだ。とりあえず入ってみよう」

 

 

そう言ってエツィオは鷹の目で赤い敵性反応が無いことを確認し、店内へと足を踏み入れる。

 

 

「……姿が見当たらないが」

 

「ふむ、客席には居ないな……ということは厨房の方に――――む?」

 

 

後に続いたセイバーオルタがきょろきょろと辺りを見回し、オルガマリーの姿を探すが、どうやら居ないようだ。

 

しかし、反応は確かにある。ならば別の部屋、例えば厨房や二階に居るのだろうと思い、まずはと裏に厨房があるであろうカウンターの方へと視線を向けた瞬間――エツィオは驚愕に目を見開く。

 

 

「な、お前は……」

 

「ん? ああ、いらっしゃ……い……?」

 

 

カウンターにてグラスを布で磨いていた店員らしき男。彼もエツィオを見るなり茫然とした様子で顔を固める。

 

 

「これは驚いた。アーチャー、なのか?」

 

「……ああ。久しぶり、という程でもないな。エツィオ・アウディトーレ」

 

 

色素の抜けた白髪、浅黒い褐色肌、身に纏っているのは赤い外套……あの時は黒い靄で覆われていて顔は分からなかったが、その姿は紛れも無くあの冬木にて戦った弓兵のシャドウサーヴァントだった。

 

 

「ほう……まさか貴様が居るとはな。アーチャー」

 

「セイバーッ!? 何故君が……」

 

「奇縁だな。貴様こそ何故こんな所に居る?」

 

 

そして、セイバーオルタの姿を確認すると更に驚きの声をあげる男…もといアーチャー。対するセイバーオルタも何故彼がここに居るのかと訝しむ。

 

 

「それは……」

 

「話は後にしろ。それよりもだ、アーチャー……様子を見るに今のお前には敵対の意思は無いと判断して良いのだな?」

 

 

するとエツィオが言葉を遮り、そう問い掛けた。

 

 

「あ、ああ……勿論だとも。鷹の目で確認出来るはずだ。今の私は聖杯に汚染されている訳でも誰かに召喚された訳でもない。そして、目的はカルデアと同じ、この特異点の修復だ」

 

 

思わぬ再会に戸惑いながらもアーチャーは真剣な顔付きでその問いに答える。

 

その言葉通り鷹の目で視たアーチャーの反応はその外套と同じ赤ではなく、敵性ではないことを証明する青いものだった。

 

 

「そうか……ならば互いに協力しよう。お前が仲間になってくれるなら百人力だ」

 

「ああ、構わない。それにしても百人力、か……正に光栄至極だ。最強のアサシンにそう言われる日が来るとはね」

 

「よせ、むず痒い」

 

 

共闘を持ち掛けるエツィオ。これをアーチャーは微笑し、二つ返事で承諾する。

 

 

『可笑しいな。サーヴァントの反応は無かったんだけれどね……気配遮断か或いはこのカフェにも結界が貼られているのか……興味深いね』

 

「む、君は……」

 

『ああ、自己紹介しよう。初めましてカフェを経営している変わったサーヴァントさん。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。現在エツィオのオペレーターを務めている者だ』

 

「ほう……あのレオナルド・ダ・ヴィンチか。世紀の大天才にしてエツィオ・アウディトーレの盟友の……まさか召喚されているとは」

 

 

レオナルドの存在に驚くアーチャー。

 

 

『おや。私とエツィオの関係を知っているのかい?』

 

「ああ。私が来たことのある教団のアジトには君が作ったエツィオの石像や絵画が幾つもあったからね」

 

『おお! まだ残っていたんですねあれ!』

 

「……そんなものを作っていたのか」

 

 

自らが鑑賞する為に作った作品がまだ現存していることに喜ぶレオナルド。一方、エツィオは複雑な表情をしていた。

 

 

「しかし、その姿は一体……?」

 

『ああ、これはだね――』

 

「何を血迷ったかモナ・リザの姿に己を改造してな……何というか、とんでもないへん――」

 

『言わせませんよエツィオ! これは永遠の美を追求する為でして――』

 

 

またしてもコントを始める二人。アーチャーは困惑し、セイバーオルタは呆れた様子で目を背ける。

 

その後、どうにか正しい?事情を説明するも当然と言うべきかアーチャーもレオナルドを変人の部類だと判断した。

 

 

「ところで、ここにオルガマリー・アニムスフィアという少女が居るはずだ。何か知らないか?」

 

「ん? ああ、カルデアの所長だろう? そうか、君達は彼女を探しに来たのだな……分かった。今連れて来る」

 

 

そう言うとアーチャーはカウンターの奥へと入っていく。

 

 

「どうしたのエミヤさ……ってエツィオ! それにセイバー!」

 

 

すると一分もせずオルガマリーはアーチャーと一緒に出てきた。服は少し汚れていたが、怪我をした様子は無い。

 

 

「良かった! 助けに来てくれたのね!」

 

 

余程嬉しかったのか、うるうると涙目になりながらオルガマリーは駆け寄る。

 

 

「やぁ、無事だったようだな。オルガマリー」

 

「ええ、どうにか……けど散々な目に遭ったわ! ロマニの奴! レイシフトする時代を間違えるなんて、クビよクビ!」

 

「いや、時代を間違えたのはこの街の方だ」

 

「え?」

 

 

ロマニに対する怒りに燃えるオルガマリーに対し、エツィオが訂正する。

 

 

「どういうこと?」

 

「ここは紛れも無く1431年のフランスだ。パリの外を見てみれば分かる。この街だけがこうも変質してしまっているのだ」

 

「何ですって!?」

 

 

てっきり近代のパリへレイシフトしてしまったとばかり思っていたオルガマリーは告げられたその事実に驚愕する。

 

 

「エミヤさん、本当なの?」

 

 

目を見開いたままオルガマリーはアーチャーの方へと顔を向け、問う。エミヤ……というのはアーチャーの真名だろうか。

 

 

「さあ、知らなかった。確かに外から来た難民の服装には違和感があったが……私はこの街から出れないからな」

 

「何、どういうことだ?」

 

「言葉のまんまだ。このパリ全域に結界のようなものが貼られているようでね……出ようとするとまるで虚数空間に入ったかのように肉体が消滅し掛けてしまう」

 

「俺達はいくら出入りしても何ともなかったぞ。それに虚数空間とは?」

 

「ああ。どうやら外部から来た者は問題無いらしい。虚数空間とはそうだな……簡単に説明するとこの世界の裏側に存在する、何も無い正しく虚無の空間といった所か。そこでは例外を除いて生命は勿論、如何なる物質も存在出来ない」

 

「成程な……つまりお前はこの街に閉じ込められているという訳か」

 

「概ねそういうことだ」

 

 

パリを出ることが出来ないというアーチャー。しかし、エツィオ達は霊体化は出来なくなったが、出入り自体は問題無く行える。

 

この違いは何だろうかと考えれば、パリ又はこの特異点で召喚されたサーヴァントであるか否か、くらいしか思い当たらないが……。

 

 

「私以外にも召喚されたサーヴァントの何人かも同様の事態に陥っていた……大半がナポレオンの軍門に下ったらしいが」

 

「ナポレオンだと?」

 

 

アーチャーの発した人名にエツィオが反応を示す。その名は、聖杯から与えられた己よりも未来の英霊の真名と合致していた。

 

 

「確か、一軍人から皇帝にまで成り上がり、欧州の大半を支配するにまで至った男……だったか」

 

「ああ。そのナポレオンで合っている。このパリを支配している、サーヴァントだ。ここへ来るまでに何人か衛兵の姿を見ただろう? 彼らは皆、ナポレオンの部下だ。絡まれると厄介だぞ」

 

「ほう……それは随分ときな臭いな」

 

 

すると先程まで黙っていたセイバーオルタが口を開く。

 

 

「アーチャー。そのナポレオンとやらは召喚されてどれくらいになる?」

 

「ふむ、そこまでは知らないが……少なくともこのパリが変質したのは()()前らしい」

 

「ならば確定だ。十中八九ナポレオンはこのパリの異変に関わっているだろう。この近代な街並みも奴が活躍した時代と合致する。延いてはこの特異点の元凶の可能性が高い」

 

「……確かに、そうだな」

 

 

セイバーオルタの弁にエツィオも同意する。たった四日でここまで支配体制を整えるなど、どれほど優秀な人身掌握術があっても困難だ。

 

怪しい。特異点の元凶かはともかくこの変質したパリに関しては最重要参考人に間違い無い。

 

 

「では、マスター達と合流する前にナポレオンに関する情報を仕入れておくか?」

 

「ああ。あわよくば黒幕を切り捨てる……その前に、だ。アーチャー」

 

「ん? 何かね?」

 

 

薄く笑みを浮かべ、セイバーオルタは何を思ったかカウンターに並べられた椅子の一つに座る。

 

 

「腹が減った。折角フランスへ来たのだ。絶品のフレンチを所望する。ハンバーガーでも構わん」

 

「……は?」

 

 

そして、言い放たれた言葉にエツィオは呆気に取られてしまう。

 

 

「おい何を考えている? 飯など食っている場合ではないはずだ」

 

「腹が減っては戦は出来ぬと言うだろう?」

 

「我々サーヴァントに食事など必要無いだろ。そもそも呑気に食事をしていい状況では無い。一刻も早く行動し、速やかにマスターと合流しなければ」

 

「少しくらい問題無かろう。それに例えサーヴァントであうとも食事は大切だ。私のような魔力喰いならば特に、な」

 

「……そうなのか?」

 

 

僅かな怒りを見せながらエツィオはセイバーオルタに問うが、その返しに本当なのかと困惑する。何せサーヴァント歴は短く、その特性もよく分かっていないのだ。

 

 

『確かに食事でも魔力は供給出来ますけど……効率は最悪ですよ? 余程のへっぽこマスターじゃない限り大したプラスにはなりません』

 

「その通りだ。単に彼女が食いしん坊なだけだから安心しろ、エツィオ」

 

 

レオナルドの説明にアーチャーが補足する。

 

 

「ふん……さっさと作れ」

 

「ああ、分かった。簡単なものしか出来ないが、腕を振るってやろう」

 

「おい、お前まで……」

 

「仕方があるまい。食物が関わった彼女を止めるのは至難の業だ。大人しく食べさせてあげた方が早い」

 

「……そうか」

 

 

最後まで納得が行かないエツィオだったが、どうやらアーチャーとセイバーオルタの付き合いはかなり長いらしく、扱い方も心得ているそうなので一先ずは彼の意見に従うことにした。

 

 

「そうだ。エツィオ、貴方もどうかな?」

 

「飯など食っている場合か……というか、料理出来るのか?」

 

「勿論。腕に自信はある」

 

「……本当か?」

 

アーチャーの言葉に懐疑的なエツィオ。とてもじゃないが、アーチャーに料理人のイメージが湧かなかった。

 

 

「む、シロ……アーチャーの料理は実に美味だぞ。特にハンバーガーがな」

 

「ハンバーガー? 何だそれは?」

 

「何だ、そんなことも知らないのか。これだからアサシンは……」

 

「おい。アサシンは関係ないだろ」

 

「セイバー。ハンバーガーの発祥はアメリカだ。流石にエツィオが亡くなった後に建国された国の料理名の知識なんて聖杯も与えないだろう」

 

 

見知らぬ料理名に首を捻るエツィオを馬鹿にするセイバーオルタ。それに対してアーチャーがフォローする。

 

 

「ふん……さっさと作ってこい」

 

「ああ。それでは厨房へ行ってくる。随分と仲が悪いようだが、他の客も居るのだからくれぐれも喧嘩はしないでくれよ」

 

 

そう言ってアーチャーはカウンターの奥へと消えていく。

 

 

「……にしてもオルガマリーよ」

 

「へ? な、何かしら?」

 

 

するとエツィオは話について行けずぽかんとしていたオルガマリーへと話し掛ける。

 

 

「一体どういう経緯であの男、アーチャーと接触し、ここに居るのだ?」

 

「えっと……その、ここへレイシフトした時に取り乱しちゃって……それで衛兵に捕まり掛けた所をエミヤさんに助けられたのよ」

 

『成程ね……にしてもエミヤ、か。それが彼の真名かい?』

 

 

事情を説明するオルガマリーにアーチャーの名についてレオナルドが問い掛ける。

 

 

「え? そうだと思うけど……何よ?」

 

『いや、以前調べたデータベースに同名の日本人が居てね……オルガマリーも知っているはずだ。魔術師殺しという異名を持つ殺し屋を』

 

「魔術師殺しって……ああ! 衛宮切嗣!」

 

 

レオナルドの言葉に思い出したようにオルガマリーはある男の名を叫ぶ。

 

 

「エミヤ・キリツグ? 誰だそいつは?」

 

 

急に出てきた見知らぬ人名にエツィオは首を傾げる。聖杯の知識にも存在しないとなると英霊の類いではなさそうだが……。

 

 

「…………」ピクッ

 

 

そして、その名を聞いたセイバーオルタは僅かに顔を強張らせる。

 

 

「フリーランスの魔術使いですよ。対魔術師に特化した暗殺者で多くの魔術師を“魔術師らしからぬ方法”で殺害してきたことから、魔術師殺しという異名で有名です」

 

「悪名、ね。大半の魔術師が忌み嫌う現代兵器を多用するし、人質や謀略に罠なんて卑怯な戦法は勿論のこと相手の誇りを踏みにじるような行為も平然とする外道らしいわ……」

 

「……それは随分と酷い言われようだな。して、その切嗣というのが、アーチャーの正体なのか?」

 

 

確かに同名だが、その衛宮切嗣に対する評価はアーチャーのイメージとはあまりにもかけ離れている。

 

確かに彼も手段を選ばない戦い方だが、現代兵器は使っていなかったはずだ。

 

 

『それはどうかと。データベースに残っている衛宮切嗣の顔写真とあのアーチャーの容姿は合致しませんし、そもそも衛宮切嗣はまだ存命のはず……ああ、もう死んでますね皆』

 

「そうよ。エミヤさんがあの衛宮切嗣のはずがないわ」

 

『しかし、何らかの関係があるかもしれませんね。先祖だったり血縁だったりとか。それに召喚されるサーヴァントは何も過去の英霊だけではない。特に人理が焼却されている今は現代に未来……或いは並行世界など様々な可能性があります』

 

「……成程な」

 

 

並行世界(パラレルワールド)。冬木にてクー・フーリンと話した際にも出てきた単語であり、彼曰く冬木の聖杯戦争を何度か体験したことがあるらしい。

 

エツィオは思い返す。生前、もはや記憶は曖昧だが、霊剣と邪剣が存在する不思議な異世界に迷い込んだことがあった。

 

 

「――余計な詮索は必要ない」

 

 

するとアーチャーの正体について考察するレオナルドに対し、セイバーオルタが口を挟む。

 

 

「奴がキリツグがどうか、奴が一体何者かなど知ろうが知りまいが人理修復には何ら関係無いことだ。私達にはそれよりも知るべきことがあるだろう」

 

「知るべきこと?」

 

 

セイバーオルタの言葉にオルガマリーは首を傾げる。

 

 

「オルガマリー・アニムスフィア。貴様のことだ」

 

「……え? わ、私?」

 

 

そして、自分の名を呼ばれると共に冷徹な視線を向けられ、オルガマリーは戸惑いの表情を見せる。

 

 

「どういうこと? 私の何を知りたいって……」

 

「惚けるな。隠し通せると思っていたのか? 隠蔽しようとも私、そしてアサシンの目は誤魔化せない。死人が、どこで“秘宝”を手に入れた?」

 

「…………!」

 

 

冷徹な視線と共に尋ねるセイバーオルタに、オルガマリーは目を見開く。

 

 

「ど、どうして……エツィオも気付いていたの?」

 

「……ああ。冬木の時点でな」

 

 

まさかと訊ねるオルガマリーに対し、エツィオは真剣な眼差しで向き直る。

 

 

「俺からも問いたい。君は如何にして“秘宝”の力で生き返った?」

 

「そ、それは……その……」

 

「安心しろ。マスター達には言わないし、君の人理を救済したいという思いは本物だと信じている。君が“秘宝”で、どのような存在になろうと決して危害を加えるようなことはしない。だから話してくれ」

 

 

言い淀むオルガマリーにまあそうだろうと予想していたエツィオは優しい口調で別に敵対の意思は無いことを話し、彼女を落ち着かせようとする。

 

実際、本当の事だ。返答次第ではどうなるか分からないが―――。

 

 

「……分かったわ。どのみちいずれはバレることだったしね。実は―――「さあ、料理が出来たぞ」……ひゃ、エミヤさん!?」

 

 

そして、動揺する心を鎮めてオルガマリーが冬木での出来事を話そうとした瞬間、食欲をそそる香りと共にアーチャーが戻ってくる。

 

 

「む、どうした?」

 

「い、いえ。何でもないわ」

 

「……タイミングが悪いな。それでオルガマリー、話の続きを―――」

 

「待て」

 

「む?」

 

 

構わず話を続けようとするエツィオ。しかし、それにセイバーオルタが待ったをかける。

 

 

「まずは料理が優先だ」

 

「……は?」

 

 

そして、思わぬ発言にエツィオは耳を疑う。呆気に取られている内にセイバーオルタはアーチャーに差し出された料理へと手を伸ばす。

 

 

「これは何だ、アーチャー」

 

「ポトフというフランスの家庭料理だ。高級なフレンチは()の君には合わないだろう?」

 

「……確かにそうだな。手の込んだ料理ほど不味いものはない」

 

 

じゃがいも等の野菜を鍋に煮込んだ料理。セイバーオルタは暫しそれを見据え、具をスプーンで掬い上げて口にする。

 

 

「……美味。流石だなアーチャー」

 

「それはどうも」

 

 

素直に料理を誉めるセイバーオルタ。どうやらお気に召されたようだ。

 

 

「……何なんだ。こいつ」

 

 

一方、エツィオは好き勝手行動するセイバーオルタに対して苛立った様子でそう呟く。果たしてかのアーサー王が食い意地が張っていたなんて記述はあっただろうか。

 

 

「何やらタイミングが悪かったようですまない。それでエツィオ、一応貴方の分も作っておいたのだが……」

 

「だから要らぬ。悠長にしている場合ではないと何度言えば――」

 

 

GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

その時だった。外からけたましい咆哮が轟いたのは。

 

 

「今のは……」

 

「何だ!?」

 

「……この鳴き声は、まさか」

 

 

明らかに獣のものとは違うナニカの甲高い咆哮に一同は目を見開く。しかし、セイバーオルタだけが聞き覚えがある様子で席を立つ。

 

 

「不届き者め。食事の邪魔をするとはな……万死に値する」

 

「あ、待て……!」

 

 

ざわめく店内。誰もが戸惑う中、セイバーオルタは料理をほったらかしにして外へと飛び出す。慌ててエツィオとアーチャーもその後を追う。

 

 

「……!」

 

 

そして、視界に広がる光景に絶句する。

 

空を埋め尽くす程のワイバーンの軍勢が逃げ惑う群衆を襲い、喰らっていた。

 

 

「竜……!?」

 

「何だ。竜を操るなどと大層なことを宣うからどんなものかと思えば……大したことのない雑種(ワイバーン)共か」

 

「種類などどうでもいい。とにかく民が襲われている。助けるぞ!」

 

 

竜の中でも下等種であるワイバーンを見て拍子抜けするセイバーオルタ。一方、エツィオは初めて見る竜に非常に驚く。

 

しかし、驚いている場合ではない。一刻も早く対処して被害を抑えねばと背のクロスボウを手に駆け出す。

 

 

「エツィオに同意見だ。オルガマリーは店の中で隠れていてくれ」

 

「え、ええ……!」

 

 

それからアーチャーもどこからともなく召喚した双剣を構え、エツィオの後を追い、オルガマリーは言われた通り店内へと向かう。

 

 

「ふん……暗殺者が、竜狩りか。どこまでやれるか見物だな」

 

 

そして、セイバーオルタは相変わらず悠然として態度でそう言って剣を構え、彼らに続く。

 

 

「……Arrrthurrrrrrr……」

 

 

遠方の建物の上にて。彼女を見下ろす狂戦士には微塵も気付くこと無く―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ハァ!」

 

 

場所は戻り、ヴォークルールの砦。

 

 

「Gyao!?」

 

「これで最後……! オールクリアですマスター……!」

 

 

足の爪を振り翳してきたワイバーンを盾で弾くように受け流し、マシュは短剣を喉元へ突き立てる。

 

再度突き刺し、ワイバーンが絶命したことを確認すると立香へとそう報告した。

 

 

「ふむ、こんなものか。刀が届きづらいのは厄介であったが、燕には劣るな……些か拍子抜けだ」

 

「おいおい……その燕ってのは幻想種か何かか? だが、確かに数が多いのが面倒なだけで大した敵じゃねぇ」

 

 

十数ものワイバーンを切り捨て、彼らをかつて斬った燕と比べる小次郎にクー・フーリンがツッコミを入れる。

 

我々が知る燕はどう考えてもワイバーンとは天と地以上の差がある程に脆弱だが、小次郎の言う燕はどうやら竜よりも手強いらしい。正しくTUBAMEだ。

 

 

「お疲れ様。皆」

 

 

突如襲ってきたワイバーンの大群。一時はどうなるかと思ったが、終わってみれば結果は立香達の圧勝だった。

 

マシュは攻撃を的確に防ぐ或いは受け流し、盾による打撃と短剣による刺突で確実に仕留め、小次郎は相手が上空に居るという地理的な不利を物ともせず、風の如き素早い動きでワイバーン達の首をはねていく。クー・フーリンは大規模な炎のルーン魔術で纏めて焼き払い、時間こそ掛かったものの皆特に傷を負うことなくワイバーンは全滅した。

 

 

「す、すげぇ……あれだけ居た竜を……」

 

「一体何者なんだアイツらは……?」

 

「と、とにかく助かったぜ……死ぬかと思った」

 

 

兵士達はマシュ達のあまりの強さに動揺しながらも一先ずの危機が去ったことに安堵する。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。アンタらのお蔭で怪我人こそ多いが幸い死人はゼロだ……本当にありがとう」

 

「いえ。無事で良かったです」

 

「しかし、あんなに強いなんてアンタらは一体……?」

 

「えっとそれは……」

 

 

何者かと尋ねられ、言い淀むマシュ。馬鹿正直にサーヴァントやらカルデアやら言う訳にもいかず何と説明すれば良いのか。

 

 

「やっほー! さっきの戦い見てたよ! 凄いね君達!」

 

 

――その時だった。

 

背後から快活な声が聴こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なかなかやるな」

 

 

砦から少し離れた場所。そこで一人の男と少女がマシュ達とワイバーンとの戦いを見物していた。

 

 

「はい。兵士達を守りながらあれだけ居たワイバーンを総て倒してしまうなんて……」

 

「ああ。だが、むしろそうでなくては困る。指揮するサーヴァントも居ないワイバーンの群れくらいは撃退してくれんとな」

 

 

驚いている少女とは違い、男の方は予想通りだったらしく三騎のサーヴァントと彼らを率いる少年を見据え、笑みを浮かべる。

 

 

「しかし、加勢しなくて良かったのですか? 結果的にはどうにかなりましたけど」

 

「敵の敵は味方、と上手くは行かない場合もあるのさ。それにお前が出て兵士達に誤解を与える可能性もあるだろう? ジャンヌ」

 

「……それは、そうですが」

 

 

男の言葉にジャンヌと呼ばれた少女は納得行かなそうに顔を俯かせる。彼女としてはワイバーンの群れが現れた時点ですぐに兵士達と見知らぬサーヴァント達の加勢に馳せ参じるつもりだった。

 

しかし、それは男の手によって阻まれた。

 

 

「気持ちは分かるが、とりあえず今は様子見だ。彼らと接触するのはまだ早い」

 

「……分かりました。アルノ」

 

 

内心は反対だ。しかし、彼は自分よりもずっと賢い。故にジャンヌは男…アルノの意見に大人しく従う。

 

 

「……あれ。ところでアストルフォは?」

 

「ん? そういえば姿が見えないな。どこへ行った?」

 

 

先程まで近くに居たはずの女装騎士の姿が消えていることに気付く二人。一体何処へと辺りをきょろきょろ見回して探すが……。

 

 

「……あ、居ました」

 

「何、どこに……は?」

 

 

すると暫くしてジャンヌが彼を見つける。アルノは彼女が指差した方角へ視線を向け―――その顔を硬直させる。

 

何と彼は笑いながらワイバーンと戦っていたサーヴァント達へと駆け寄り、手を振っているではないか。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

暫し沈黙が支配する。

 

 

「あの馬鹿が!!」

 

 

先程の冷静な態度とは一転。アルノの怒号が響き渡るのだった。




いよいよアルノが本格的に参戦。というかまだ一章……完結までの道のりは長い。

そういえばFGOでバーソロミュー出ましたね。普通にイケメンでした。アサクリと違って。


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memory.04 ナポレオン

久しぶりの投稿。

更新速度が遅くてすまぬ。

それはそうとシャルロット・コルデー可愛いですね。聖杯使います。

そういえばフランスだし時期被ってるしユニティに出てないんかなと思って調べたら殺人ミステリーで登場してたそうで……うーん、出しづらい。


 

 

「ヒィッ!? 竜だ! 竜の群れが襲ってきたぞ!」

 

「そんな……ここは安全じゃなかったのかっ!?」

 

「衛兵! 衛兵! 誰かナポレオン様を呼んでくれ!」

 

 

シテ島はワイバーンの襲撃で大混乱に陥り、地獄絵図と化していた。

 

数え切れない群衆はパニックになって互いを押し退け合いながら逃げ惑う。しかし、上空から高速で飛び掛かってくるワイバーンに逃げ切ることなど到底不可能で次々と捕まり惨殺されるか捕食さてれていく。

 

 

――ザシュ!

 

 

「GYA!?」

 

その時、一発の矢がワイバーンの首を貫く。

 

ワイバーンは短い断末魔をあげ、そのまま地面へと落下する。

 

 

「ふむ、例え竜でも頸動脈を射抜けば致命傷となるか……存外、戦えそうだ」

 

 

伝説上でしか知らない幻想種。それに対して己の攻撃が有効であることが証明出来、エツィオは安心しつつ次の矢をクロスボウに装填する。

 

 

「それは貴方がサーヴァントだからだ。銃火器ならともかく普通の矢では頑強な鱗によって弾かれてしまうさ」

 

「成程……装備も強化されている訳か。有難い」

 

「ああ。しかし、一匹一匹相手にしても埒が開かない。ここは任せてくれ」

 

 

するとアーチャーは長弓を構え、矢の代わりであろう捻れた螺旋状の長剣…偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)を引き絞る。

 

 

「――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う) 偽・螺旋剣(カラド、ボルグ)!」

 

 

そして、それを解き放つ。

 

音速を越える速度で放たれた偽・螺旋剣は三体ものワイバーンを一瞬にして貫き串刺しにする。否、それだけでは終わらない――。

 

 

「――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

 

すると偽・螺旋剣が内部から砕け散るように大爆発を起こし、ワイバーンの群れの半分以上を包み込んだ。

 

その様はまるで弾ける花火のようであり、無数のワイバーンだった残骸が雨のように降り注ぐ。

 

 

「何と……まさか宝具を爆発させるとはな。あれは替えが効くのか?」

 

「勿論だとも。あれなら何本だって作れる。と言っても気軽にぽんぽん撃てるような代物ではないが」

 

「それは恐ろしい。前回の戦いで使われていたら危なかったな」

 

 

壊れた幻想。魔力の詰まった宝具を相手にぶつけて壊すことで暴発させるという、ミサイルや爆弾さながらの宝具の使用法だ。

 

宝具の中に眠る莫大な魔力を爆発させる為、その破壊力は驚異的なものだろう。しかし、そもそも宝具というのは英霊にとっては生前共に在り続けた半身であり、それを壊すというのはその身を裂くほどの精神的苦痛を味わってしまう。

 

また壊してしまえばすぐ修復できないので当然、その後の戦闘は切り札を失った状態で行わないといけないためこの使用法は正に捨て身の戦法だ。

 

しかし、どうやら宝具をいくつも召喚できる能力を持つアーチャーは例外らしい。

 

その威力にエツィオは感嘆する。冬木においては使わせる前に倒して正解だったと言えよう。

 

 

「さて、数はだいぶ減った。後もう一二発撃てばオールクリアだ」

 

 

アーチャーは再び螺旋剣を召喚し、弓を引き絞る。

 

 

「――それはどうかな」

 

「!!」

 

 

その時、頭上から殺気を感じる。

 

突如として空から無数の蝙蝠がアーチャーへと飛び掛かるが、咄嗟に後退することで何とかそれを避けた。

 

 

「……何者かね?」

 

「――化物だ」

 

 

すると蝙蝠達が集まり、それは人の形となる。

 

 

「ナポレオンを誘き出す作戦だったのだが、思わぬ獲物が釣れたな」

 

 

それは一目で異様だと判る。

 

現れたのは黒衣を身に纏い、槍を携えた長髪の男。頭髪の色は金だったが、その色素はだいぶ抜け、もはや白髪に近くなっている。また眼は鋭く、肌は白塗りでもしているかのように真っ白だった。

 

 

「……お前が竜達の指揮官か?」

 

 

先程の蝙蝠。そして、その物々しいオーラ。まともな英霊ではないとエツィオは本能的に察する。

 

 

「ご名答。しかし、まさか召喚先でこうして合い見えることになるとは思わなかったぞ……アサシンよ」

 

「何?」

 

 

即座に敵だと判断し、構えるエツィオ。それに対し男は落ち着いた口調とは裏腹に憎悪に満ちた表情で彼を見据え、槍の先を向ける。

 

 

「そのフード、その刃が仕込まれた籠手、忘れぬ。決して忘れぬ。忌々しき裏切り者め。貴様らは必ず皆殺しにすると決めていた」

 

「……それはどういう――」

 

「問答など無意味だ。死ね」

 

 

裏切り者。その発言の真意を問おうとするエツィオに構わず男は槍を向けたまま地面を蹴り、凄まじい速度でエツィオを貫かんとする。

 

 

カギィン!

 

 

しかし、エツィオが対処するよりも先に何かが槍を受け止めた。

 

 

「ぬっ……」

 

「――ほう。随分と面白いことになっているな」

 

 

槍を防いだのはセイバーオルタだった。彼女は槍に更に力を籠める男の怪力に屈することなく拮抗していた。

 

 

「……感謝する。セイバー」

 

「別に助けてやった訳ではない。あんな飛竜(ザコ)を相手にするよりもこいつを相手にする方が面白そうと思ったまでだ」

 

 

礼を言うエツィオに対し、セイバーオルタは涼しい顔でそう答える。傍からみればツンデレな返事だが、どうやら彼女は本心からそう思っているようだ。

 

 

「くっ……邪魔立てするか。ならば――」

 

「Arrrrrrrrrrrrrtharrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

 

「「!?」」

 

 

そして、舞台は再び急展開。つんざく咆哮と共に突如建物の上から赤い光を発する漆黒の騎士が着地した際に出来た瓦礫の欠片を撒き散らしながら舞い降りた。

 

 

「ッ……馬鹿な、貴様は」

 

 

セイバーオルタが目を見開く。

 

 

「! ほう……呼ぶ前に自ら来るとは。誉めてやろう狂った湖の騎士よ」

 

「Arthurrrrrrrrrrrrrrrrr……■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

笑みを浮かべる男を他所に黒騎士は言葉にならない雄叫びをあげ、彼女へ襲い掛からんと疾走する。

 

 

「くっ……よりにもよって貴様か。ランスロット……!」

 

 

振り下ろされた黒い棒切れを受け止め、セイバーオルタは忌々しそうに呟く。

 

 

「ランスロットだと? あれがか?」

 

 

「……ああ。まさか召喚されているとはな」

 

 

呟かれたその名にエツィオが反応を示す。確か円卓随一の騎士であったが、アーサー王の妻であるギネヴィアと不貞を働き、円卓分裂の一因、延いてはブリテン滅亡の原因となった人物だったと記憶している。

 

しかし、恐らくバーサーカーとして召喚されているであろうその姿は誉れ高き円卓の騎士の面影は全くなく、正しく狂犬であった。

 

 

「ほう……まさか女だったとはな。かの騎士王は赤い竜の血を持つと聞く。是非とも吸ってみたいものだ」

 

「■■■■……」

 

 

黒騎士…ランスロットの反応からセイバーオルタの真名を察した男が笑みを浮かべ、その隣に立つ。

 

 

「二人掛かりで来る、か。こいつは面倒だな……セイバー、ランスロットは一人で殺れそうか?」

 

「ふん……当然だ。私を誰だと思っている」

 

「そうか。ならば分断するぞ」

 

「……ああ。分かった」

 

 

エツィオの指示にセイバーオルタは素直に従う。能力が未知数の男と円卓最強の騎士を同時に相手取るのは分が悪過ぎると判断したのだろう。

 

 

「来いランスロット。相手してやる」

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

 

「喧しい。アサシン、アーチャー、くれぐれもあの死徒もどきに負けるなよ」

 

 

するとセイバーオルタはランスロットの剣撃から逃れ、魔力放出による噴射で建物を飛び越え、そのまま全速力で駆け出す。

 

当然、ランスロットは同様に全力でその後を追う。

 

 

「了解した。さて、随分と俺達を恨んでいるみたいだが、どの時代の、どこの英霊かね?」

 

「言っただろう。問答など無意味だと………ランスロットを引き剥がしたところで、貴様ら風情が余に勝てる道理など無い……!」

 

 

凄まじい速度で男は槍を携え、エツィオへと襲い来る。これに対しエツィオはギリギリで回避してすれ違い様に剣で切り付けるがーー。

 

 

「む…………!?」

 

 

しかし、剣は虚空を斬る。避けられたと思ったが、すぐに違うと分かった。

 

男は確かにその身を切り付けられていた。だが、ぱっくりと割れた傷口からは出血は無く、まるで黒い霧のように揺らいでおり、数秒後には再生してしまう。

 

 

「霧化だと……やはり怪物の類いか!」

 

「その通り。今の余は血に飢え、血を求め、ただひたすらに闘争と闘争の中を跋扈する狂った幽鬼……実に、実に実に不愉快極まりないが、今の余を倒せるのは並大抵の英霊じゃ不可能だ。況してやアサシン風情ではな!」

 

 

驚愕するエツィオ。男はその様子に笑みを浮かべ、身体全体を霧へと変化させる。そして、幽霊のように宙に浮きながら再び襲い掛かった。

 

 

「私を忘れてもらっては困る……!」

 

 

するとアーチャーが背後から弓を引く。しかし、放たれた螺旋剣は男の背を貫通……否、すり抜けてしまう。

 

 

「無駄だ。名も知らぬ弓兵よ」

 

「くっ……!」

 

 

ならば数だ。アーチャーは螺旋剣を何本も召喚し、マシンガンの如く連続で射出する。それに対して男は避けるどころかその動きを停止させた。

 

 

「聞き分けの無い奴だ。まあしかし、無駄な足掻きをするのが人間というものか……」

 

 

剣の矢は総て、男の身体をすり抜け、その内の一本は容易く素手で掴まれてしまう。霧化という能力だけでなく、恐ろしい程の反射神経と身体能力だ。

 

 

「良い矢だ。返そう」

 

 

そして、男は掴み取った螺旋剣を投げ返す。

 

 

「!?」

 

 

その投擲速度はアーチャーの弓による射出を軽々と上回り、咄嗟に回避した彼の肩を掠めてしまう。

 

 

「ぐぅっ……」

 

「おい! 大丈夫か!」

 

「ッ……ああ。掠り傷だ」

 

 

剣も矢も通じず、恐らく銃弾や爆弾を使っても結果は同様だろう。物理攻撃が効かないという恐るべき相手にエツィオはどうしたものかと頭を悩ませる。

 

死徒もどき、セイバーオルタはそう言っていたが、そのポテンシャルは死徒を遥かに上回っている。

 

普通の刃では喉を掻っ切っても死なず、中には念入りに殺さなければならぬ個体も居たが、蝙蝠に分裂したり霧化したりといった派手な芸当をやってのける死徒は、少なくともエツィオは見たことがなかった。

 

 

「ッ……蝙蝠や霧への変化……まさかお伽噺に登場する吸血鬼そのものなのか?」

 

 

アーチャーが呟く。人理が焼却された今、そんな怪物の類いが召喚される可能性は充分にある。それ以前にかつての聖杯戦争で元女神の怪物が召喚された事例があるのだから。

 

 

「吸血鬼だと? 馬鹿な、仮にそんなのものが召喚されてして、何故アサシンのことを知って……いや、まさか!」

 

 

そんなアーチャーの考察を否定しようとするエツィオだったが、その瞬間、ある人物のことを思い出す。

 

かつて、大国を相手に自国を守る為に戦い、悪魔と恐れられ、死後にその所業から吸血鬼のモデルにされた護国の鬼将をーーー。

 

 

「? どうした、まさか奴の真名が分かったのかね?」

 

「……ああ。だが、どういでもいい話だ。今はまず、どうやって奴にダメージを与えられるか考えなければな」

 

 

仮に吸血鬼ならば銀や聖水が有効だろうが、生憎と持ち合わせていない。

 

もし単純に硬いだけの敵ならば捨て身の攻撃をしてでもダメージを与えにいくのだが……。

 

 

(……そうだ)

 

 

何かを思い付くエツィオ。それは危険な賭けだったが、このままでは埒が開かない。

 

 

「アーチャー、少し離れてチャンスを伺っていてくれ」

 

「何だって? 何をするつもりかね?」

 

何か思い付いたのか、疑問に思ったアーチャーが問う。

 

「少しばかり埒を開いていくる!」

 

そして、その返事と共にエツィオは駆け出す。

 

「あ、おい……! っ、分かった。くれぐれも死んでくれるなよ……!」

 

 

剣を構えて男へ真正面から突っ込むというあまりにも無謀な行動。アーチャーは一瞬戸惑うが、エツィオのことだから何かしらの考えあってのことだと彼の言う通りに後退する。

 

 

「ふん……血迷ったか。無駄だ。死ね、アサシン」

 

 

一方、男の方はそれに対し呆れた様子で再び霧化し、エツィオの背後へと回り込み、槍を突き出す__。

 

 

「いや、どうやら無駄ではなかったようだ」

 

「かはっ……!?」

 

 

しかし、次の瞬間。エツィオが貫かれることはなく、男の喉がぱっくりと裂け、鮮血が噴き出す。

 

 

「やはりな。どうやらお前は攻撃する瞬間は実体化しなければならないようだな!」

 

 

男が霧状になって自ら攻撃する時、その瞬間だけ部分的に実体化しているのではないかとエツィオは思った。

 

ならばやることは一つ。男が攻撃する為に実体化する一瞬にタイミングを合わせてカウンターを叩き込み、アサシンブレードで喉を掻っ切ったのだ。

 

 

「ぐぅ……おのれ……!」

 

 

首を押さえ、苦しそうに僅かに後方へ下がる男。しかし、尚も斃れず憤慨しながら再び槍を突き刺さんとする。

 

 

――パァン!!

 

 

すると乾いた音が響き渡った。エツィオが籠手に仕込まれたピストルを発砲したのだ。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

胸に伝わる痛みと衝撃に男の動きが再び止まる。

 

 

「タイミングは完全に見極めた。もはやお得意の霧化は俺には通用しない」

 

「き、さまぁ……!」

 

 

弾丸を受けたその傷は既に映像を巻き戻すかのように再生し始めていた。だが、エツィオはそれに動じることはない。

 

 

「驚異的な生命力だ。流石は吸血鬼……だが、それならば回復する前に一気に畳み込めばいい。アーチャー!」

 

「ああ! 了解した!」

 

「っ!?」

 

 

エツィオがその名を呼ぶと同時にアーチャーが彼の後ろから跳躍し、飛び掛かるように硬直した男を切り刻まんと双剣を振り翳す。

 

 

「チッ……!」

 

 

しかし、刃が届く寸前。ギリギリで男は霧となり、その剣撃から逃げるように後方へ退く。

 

 

「おのれ……貴様ら……!」

 

 

仕留めるチャンスを惜しくも逃してしまう二人。しかし、この戦法ならば通じることを確かめられた。

 

それに対して男の方は身体をピクピクと震わせ、激怒していた。サーヴァント二人と言えど所詮は人間でしかも片方は英雄とはあまりにもかけ離れていると思っていたアサシンだった。

 

ならば大変不本意ではあるが、吸血鬼である己にとって難なく勝てる相手だと認識していたというのに、結果はどうだ。人智を越えた恐るべき能力を持っているにも関わらず自身は喉を掻っ切られ、たった今命の危険に晒されてしまう体たらく。

 

更にはあのアーチャーが己に迫ったその瞬間。男は確かに敗北と消滅を見て死を覚悟した。してしまった。

 

ーーそれは正しく最大の屈辱であった。

 

 

「許さん……許さんぞ!」

 

「随分と怒っているな。己は無敵だと傲っていたか? かかってこい。今度は心の臓を抉ってやる」

 

「黙れ! アサシン風情が!」

 

 

エツィオの挑発に激昂した男は鬼の形相で向かってくる。しかし、怒り冷静さを失った者の攻撃などいくら強く速くてもエツィオには掠りもしない。

 

 

「ーーそうだ、怒れ怒れ。そんな怒りが、お前自身を殺す。“ヴラド公”よ」

 

「!?」

 

 

突き出された槍。それをエツィオは避けると同時にその柄を掴み、自分へと引き付けた。重心を前へやっていた男はその力に逆らえず前へ倒れかけ、その無防備な顔面に膝蹴りをくらう羽目になる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

普通ならば悶絶する一撃だが、そこはサーヴァントであり、吸血鬼。呻き声をあげるだけで大したダメージは無い。

 

しかし、決定的な隙が生まれる。

 

 

「さあ、どこまで再生出来る……かな!」

 

「がはぁ!?」

 

 

まず喉元に一刺し。そして、懐に入り込み、腹に一発、二発、三発、四発……連続で両手の仕込み刃を刺しまくり、内臓を切り刻む。

 

これには流石の男も耐えられず、口から血を吐く。だが、エツィオの反撃は止まらない。男は暴れて抵抗しようとするが、エツィオは捕まらず舞うように男の死角へと逃げ、攻撃を加えていく。

 

 

「うぐぅ……いい加減に……!」

 

 

そして、男の動きが鈍くなるとすかさず膝を切り付け、その腱を切り裂く。それにより男は自然と膝を着いた。それは一瞬の出来事。次の瞬間には綺麗に回復してしまう。

 

しかし、もう分かるだろう。エツィオ・アウディトーレという男にとって、一瞬は多大なるチャンスであると。

 

 

「ふんっ!」

 

「ごふっ……!?」

 

 

地面を蹴り、跳ぶエツィオ。その勢いのまま顎に渾身のアッパーカットを決める。

 

それと同時に仕込み刃を射出。当然、男の頭はその整った貌が台無しになるほど裂け、多量の血を噴き出す。

 

 

「ごがぁぁ!?」

 

「これで、終わりだ」

 

 

そして、足が地面に着く前にエツィオはクロスボウを腋に抱えるように構える。

 

狙うは心の臟。銀製でも聖水を浸した訳でもないが、あれだけダメージを負った今、急所に致命的な攻撃を受ければ流石の吸血鬼といえど死に至らしめることが出来るはずだ。

 

僅か一瞬。狙いが定まると即座にエツィオは引鉄を引く。

 

 

「調子に、乗るなぁ……!」

 

 

しかし、矢が当たる寸前で男は霧となり、これを回避する。正にギリギリ。猛攻に耐えながら再生の機会を伺っていた男の意志が勝った。

 

男は直ぐ様エツィオへと接近し、槍を構える。

 

 

「言っただろう。終わりだとーー」

 

 

そして、男とエツィオの距離が一気に離れる。

 

 

「はーーーーぐ、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!?」

 

 

目の錯覚か。そう思うと同時に男は地面に叩き付けられ、腹部に伝わる激痛に言葉にならない悲鳴をあげる。

 

視線を向けてみれば、腹部に生えているのは見覚えのある太く長い捻れた剣……あのアーチャーの放った矢だった。

 

 

「貴様ァ……!」

 

「エツィオへ怒りを向けるばかりに、私の存在を疎かにしてしまったようだな」

 

 

怒りの形相を浮かべる男。しかし、同時に焦りを見せる。アーチャーの能力は先程のワイバーンとの戦いの際に見ていた。

 

つまりーー。

 

 

「やれ! アーチャー!」

 

「任せろーーー壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

「……おの、れ……おのれぇぇぇええ!!」

 

 

矢が、内側から爆ぜる。

 

男は怨嗟の言葉を吐き捨てながら光に包まれた。

 

 

「……やったか?」

 

「それは禁句だ。エツィオ」

 

「む、どういうことだ?」

 

「いや、何でもない。しかし、あれで生きていたらどうしようもないな」

 

 

爆煙が晴れるとそこにはクレーターだけがあり、男の姿は無い。あの壊れた幻想で消し飛んだか或いは逃げたか……どちらにせよ男の気配は無く、この場に居ないのは確かだった。

 

 

「それにしても、彼があの串刺し公なのは本当かね?」

 

「ああ。間違いないだろう。容姿も人伝えで聞いたものと合致しているし、吸血鬼に関する逸話を持ち、アサシンを憎む英雄など彼しかおるまい」

 

 

ヴラド公……エツィオが呼んだその名に当て嵌まる英雄など一人しか思い浮かばなかった。

 

ウラド三世。またの名をヴラド・ツェペシュ。

 

オスマン帝国を相手に自国を護ったワラキア公だ。串刺し公のとして恐れられ、あの吸血鬼ドラキュラのモデルとしても有名な人物である。

 

それこそが男の真名だ。死後、ドラキュラというあまりにも著名な存在により、生前の在り方を歪められてしまい、あのような怪物と成り果ててしまったのだろう。

 

クラスは恐らくランサーか……いや、完全に吸血鬼と化していたことからバーサーカーの可能性もある。

 

 

「して、ヴラド三世は何故アサシンを憎んでいる?」

 

「……元々ワラキアと教団は密接な関係だった。しかし、オスマン帝国の侵攻に教団は傍観に徹した。それを奴は見捨てたと判断したのだろう」

 

「成程……教団は平等を重んじる。弾圧や圧政が無い限り他国同士の戦争に干渉などしない」

 

 

自由と平等を掲げるアサシン教団は、宗教の違いによる差別や格差を常々嫌っている。アサシンにはキリスト教徒もイスラム教徒も仏教徒だって居て、それに隔たりなど存在せず、皆が同胞だ。

 

宗教が理由の戦争には不倶戴天の敵であるテンプル騎士団が関わっていた十字軍遠征を除いては殆ど関与していないし、干渉などしていない。

 

故に、イスラム教を信仰するオスマン帝国とキリスト教を信仰するワラキア公国の戦争には中立を貫いた。

 

尤もエツィオはそれは失敗だったと思っている。それによりワラキア出身のアサシンが教団を裏切り、テンプル騎士団と手を組んで多くの同胞を殺すという悲劇が起きたからだ。

 

 

「……にしても、なかなかの強敵だった。やはり人ならぬ者は苦手だ」

 

「……あの立ち回りで苦手、というのは無理がある。まあ確かにアレは貴方の天敵と言えよう」

 

 

故に、アーチャーと共にとはいえ本来であれば勝つことなど限り無く不可能に近い相性最悪の存在を見事に手玉に取り、勝利してみせたエツィオの判断力と手腕は凄まじいの一言だ。

 

 

(私がヘラクレスを倒すようなもの……というのは言い過ぎか。だが、流石はあのアサシンの頂点。実に恐ろしい男だ)

 

「さて、まだ竜共が残っている。さっさと片付けてセイバーへ加勢しに行くとしよう」

 

 

内心戦慄するアーチャーを他所にクレーターに背を向けて未だに空を飛び交うワイバーン達をエツィオは見据える。

 

ざっと見積もって百……否、二百は居るだろうか。

 

 

「よし。アーチャー、またそのブロークンなんとかお見舞いしてやれ」

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だ。……すまない。残念ながら魔力切れになってしまった」

 

「何、本当か?」

 

「ああ。マスターが居なくてただでさえ魔力が足りない身でね……」

 

「ふむ、となると……なかなか骨が折れるな」

 

 

二人でチマチマ矢で撃ち落とす面倒な手段を行使するしかないという事実に顔をしかめるエツィオ。しかし、やるしかあるまい。

 

 

(こうなったら魔力消費が気になるが、宝具を使用するか……いやしかし……)

 

「ーー吼えよ、我が栄光」

 

 

その時だった。

 

轟音と共に何かがワイバーンの群れへと降り注く。

 

 

「! 何だ?」

 

「……あれは、大砲か?」

 

 

それが砲弾であるというとはすぐに分かった。無数の砲弾は黒い雨のように降り注ぎ、ワイバーンに着弾すると同時に爆発。彼らを細切れの肉片へと変える。

 

 

「これは……凄まじいな、正に圧巻の一言だ」

 

「ああ。ワイバーンの肉体を易々と……十中八九普通の砲弾ではないぞ」

 

「ーーその通り」

 

「「!!」」

 

 

すると何者かがエツィオ達の前に現れる。

 

 

「我が砲撃は雑多な竜など容易に討ち砕く。我が覇道を共にする総てはあらゆる不可能を打ち破るが故に」

 

 

装飾の派手な青い軍服を身に纏い、二角帽子を被った茶髪の男が威風堂々とした態度で立つ。その身なりから軍人だと言うことが分かるが、背には赤いマントを着用しており、ただの軍人ではないのは一目瞭然だった。

 

 

「実に見事な戦い振りだった。あの魔女の尖兵、“バーサーク・ランサー”を倒して見せるとは。流石はローマを解放した男、流石は最強のアサシンだ」

 

「ほう……見ていたのか?」

 

「ああ。実力を確かめさせてもらう為に少しばかり、な。悪く思わないでくれ」

 

「……そうか(さっさと加勢してくれていれば被害も犠牲も減らすことが出来たのだがな)」

 

 

拍手を送りながらこちらを称賛する男に対し、エツィオは怪訝な表情を浮かべる。

 

どこからどこまで観ていたのかは知らないが、先程の戦闘を見物していたがために多くの市民がワイバーンに虐殺される羽目になったというのに男は何も気にしていない様子だった。

 

余計な被害が出たことに気付いていないのかいるのかは不明だが、そんな男の態度にエツィオは不快感を覚えた。

 

 

「で、お前は一体何者だ?」

 

(……あの服装、もしや彼が……)

 

 

警戒を一切解かず、問い掛けるエツィオ。一方、アーチャーはその特徴的な格好から男の正体を察する。顔や身長はともかくその姿はあの有名な絵画にそっくりだった。

 

 

「お初にお目にかかる。俺の……いや、余の名は、ナポレオン・ボナパルトーーーこのフランスの現皇帝にして騎兵のクラスで現界したサーヴァントだ。以後よろしく頼む、カルデアの者達よ」

 

 

男は頭を下げ、しかし傲岸な態度で名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrrr!!」

 

「くっ……」

 

 

一方その頃。

 

セイバーオルタとランスロットは死闘を繰り広げていた。

 

縦横無尽に建物群を駆け巡りながら両者は斬り結び、剣と剣をぶつかる度に凄まじい轟音と衝撃波を生み出す。

 

パワーは互角。むしろ魔力放出によるブーストがある分、セイバーオルタの方が勝っている。問題はスピードだが、これも魔力放出をジェット噴射の如く利用することで辛くもカバーしていた。

 

しかし、相手は円卓最強の剣士。その技量はどういう訳か狂化スキルにより理性を失っているにも関わらず一切変わりなく駆使されている。

 

無窮の武練。一つの時代において無双を誇る強さを発揮した者に与えられるスキルで如何なる状況においても万全の状態で戦闘することを可能としたもの。

 

これによりランスロットはバーサーカーにも関わらず狂化前と何ら変わらない実力を……否、狂化によるステータス向上により実質ノーリスクで強化されていた。

 

つまりーー。

 

 

(ぬぅ……やはり強いな……流石は円卓最強、湖の騎士だ。このままでは少々まずい……)

 

 

セイバーオルタは苦戦していた。生前の記憶、そしてかつて並行世界の聖杯戦争でバーサーカーとしてのランスロットと戦っていた記憶と経験が残っていたため何とか渡り合っているが、カルデアに通常の召喚時に劣る状態で召喚された己とは違ってランスロットは恐らく全盛期のまま。

 

十全足る状態で暴れるランスロットの猛攻をいつまでも捌き切ることは不可能だろう。

 

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

 

そして、戦況は最悪なものへと変化する。

 

 

(ッ!? ーーアロンダイトを抜いたか!)

 

 

突如として黒い棒を捨て、ランスロットの手に出現したのは漆黒の大剣だった。

 

ーー“無毀なる湖光(アロンダイト)”。

 

絶対に刃が毀れることのない名剣。セイバーオルタの約束された勝利の剣(エクスカリバー)と起源を同じくする神造兵装だ。

 

この剣を抜いている間、ランスロットの全てのパラメーターは1ランク上昇する。

 

それはつまり、スピードは更に差を付け、パワーはセイバーオルタを軽々と上回ってしまうということ。

 

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

 

そして、名剣は咆哮と共に振るわれる。これにセイバーオルタは先程のように刀身で受けようとするが……。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

剣がぶつかった瞬間、セイバーオルタは押し負けぬよう踏み込んでいたにも関わらず一瞬にして足が宙に浮き、後ろへ吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「ぐあっ……!?」

 

 

勢いよく建物の壁に叩き付けられるセイバーオルタ。背中に伝わる激痛に呼吸が一瞬止まるのも束の間、ランスロットは目の前まで迫っていた。

 

 

「◼️◼️◼️◼️!!」

 

「!?」

 

 

再び振り下ろされる剣。セイバーオルタは今度は受け止めるのではなく横へ飛び退くことで回避する。

 

ただ剣を一振り。それが空間が震動し、風圧で周囲の物を吹き飛ばす程の凄まじい威力を秘めていおり、どの一撃もまともにくらえば死ぬとセイバーオルタに確信させた。

 

剛烈。理性を失っても自らの技量は失わない円卓最強の騎士に狂化スキルは、正しく鬼に金棒である。

 

 

(甘く見ていた、か……単独で挑むような相手ではなかったな……)

 

 

並行世界の己が勝ったからといって今の己が勝てる訳でなかった。エツィオ達にあの吸血鬼を任せて単独へ挑んだことをセイバーオルタは少しばかり後悔する。

 

そう、少しばかり。

 

 

「ランスロット。狂っていようとも貴様はやはり優れた騎士だ。いや、狂って更に強くなった」

 

「◼️◼️◼️……Arrrrtharrrrrr……!」

 

 

劣勢にも関わらず不敵な笑みを浮かべるセイバーオルタ。だが、狂戦士たるランスロットはそんな様子に疑問を思うことなく構わず斬り掛かる。

 

 

ガキィン!!

 

 

「◼️◼️!?」

 

 

しかし、結果は先程と違った。セイバーオルタは一歩も動いていないにも関わらず剣は空振りする。

 

 

「アサシンの真似事をするのは気に食わんが、致し方無い」

 

 

否、空振りではない。僅かな手応えはあった。つまりセイバーオルタはあの一撃を剣で受け、“流した”のだ。

 

 

「正攻法で勝てぬのなら、小細工を呈するまでだ」

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

 

すかさず二撃目を繰り出そうとするランスロット。しかし、僅かに動きを止めたことで生まれた一瞬の隙は、セイバーオルタが攻撃に転ずるには充分に過ぎるものであった。

 

__故に、二撃目を繰り出す前にランスロットの肘が斬り付けられた。

 

 

「!?」

 

 

がくんと力が抜け、垂れ下がる腕。ならばとランスロットは剣を持ち替えようとするとするが……。

 

 

「卑王鉄槌。極光は反転する__」

 

 

目の前で膨大な魔力が黒き光と共に放出される。まずい、それが何なのか察したランスロットは即座に後方へ下がろうとするが、もう遅い。

 

 

Arrrrrrtharrrrrrrrrrrrrrrrrr!!

 

「__“約束された勝利の剣(エスクカリバー・モルガン)”!!」

 

 

そして、漆黒の光の柱が天に昇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__存外、やるな」

 

 

とある塔の上。黒いローブを纏った男が、パリの街を見下ろしていた。

 

 

「片や串刺し公を撃退し、片や湖の騎士を撃破……星見の魔術師共の使い魔は予想よりも高性能なようだ。特にあのアサシン、少しばかり警戒しておかねばな」

 

 

淡々とした口調。しかし、その口元は笑みで歪んでいた。それに呼応するかのようにその手に持つ黄金の“剣”も輝く。

 

その光は騎士王の振るう星の聖剣と全く同質のものであり、しかしどこか違う力も秘められていた。

 

 

「それにしても、騎士王の時代の“エデンの剣”を見れるとは幸運だ。属性が反転しているのが残念だが……」

 

 

現代に至るまでの長い歴史の中で“剣”の所有者は少ないようで多く、それがこうして目の前に召喚される確率は決して高くはない。

 

故に、男は喜んでいた。前任者、それも聖女気取りの村娘ではなく、かの高名で“結社”に加担していたブリテンの騎士王に出会えたという事実を。

 

しかし、次の瞬間には笑みは消える。まるで最初からそんな感情が無かったかのように。無機質な表情だった。

 

 

「さて、作戦を変更しなければ。騎士団の為に……否、アブスターゴの為に」

 

 

そう言って男は雷鳴と共に姿を消す。




未だに一章序盤という事実。

展開は考えているんだけど時間がね……オデッセイも全然出来てないし……けどアレクシオスくんヘラクレスとかハデスとか倒してて草

次回も長くなりますが、よろしくお願いします。


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memory.05 編纂

 

 

「__魔力切れ、か」

 

 

立ち昇る黒き光の柱は、辺り一帯を焦土と化す。

 

その爆心地にて、セイバーオルタは息絶え絶えといった様子で聖剣を杖代わりにして今にも倒れそうな身体を支えていた。

 

かなり無茶をした。彼女はカルデアの不完全な召喚システムにより、弱体化した霊基で召喚されている。故に、マスターである立香とこうも離れた状態で“約束された勝利の剣”のような多大な魔力を消費する宝具を使用すればガス欠になるのは当然の結果であった。

 

しかし、それでもしなければあの狂戦士。ランスロットにはどう足掻いても勝てなかっただろう。

 

 

「腹が減ったな……アーチャーの店は消し飛んでいないと良いが……」

 

 

先程食事したばかりだというのにもう見舞われる空腹感に、セイバーオルタは己の燃費の悪さを再認識し、顔をしかめる。

 

 

「セイバー! 無事か!」

 

「む……」

 

 

その時、自身を呼ぶ声が聴こえてくる。

 

エツィオだ。どうやら向こうの戦闘も終わったらしい。

 

 

「アサシン……私はこの通りピンピンしているぞ。そっちこそ、あの死徒もどきは倒せたか?」

 

「ああ。勿論だ。しかし、あの湖の騎士を単独で倒してしまうとは……」

 

「ふん……造作もない」

 

 

実際にはギリギリの戦いだったが。地面に突き立てた剣を抜けず、今にも倒れそうな状態のセイバーオルタ。当然、鷹の眼を持つエツィオは……否、鷹の眼を持たずしても疲労困憊であることが分かる。

 

 

「__そうか。では、行こう」

 

「なっ……やめろ。自分で歩ける」

 

「無理をするな。さあ、オルガマリーらが待っている」

 

「……ちっ」

 

 

彼女に肩を貸し、エツィオは歩き出す。当然彼女は抵抗するが、魔力切れの彼女が引き離せることもなく、やがて諦めたのか舌打ちしてそっぽを向く。

 

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️……」

 

 

彼らがこの場を後にしてすぐ。

 

小刻みに震える瓦礫の下から掠れた唸り声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シテ島 ル・カフェ・テアトル。

 

 

「__あなたが、ナポレオン?」

 

 

椅子に腰掛け、温かい珈琲を啜る軍服の男に、オルガマリーは警戒心を露にしながら問いかける。

 

 

「ああ。余が……いや、俺こそがナポレオン・ボナパルトだ。よろしく頼むよ、マドモアゼル……旨いな、以前飲んだものとは段違いだ」

 

「それはどうも」

 

 

どうやらアーチャーは料理だけでなく、珈琲の煎れ方も長けているようだ。

 

珈琲の深みのある味わいに舌鼓するナポレオン。その優雅な態度とは対照的に、店内に居るエツィオ、アーチャー、そして霊体化して休んでいるセイバーオルタらはオルガマリーほどあからさまではないが、彼に警戒心を向けていた。

 

 

「そう警戒するのも無理もないが、俺は別に君達と敵対するつもりないし、危害を加えるつもりもない」

 

 

先程の傲岸な態度とは違い、紳士的な口調でナポレオンは言う。しかし、特異点の元凶かもしれず、そうでなくともただの野良サーヴァントとは言い難い戦力を持つ彼を、警戒するなと言う方が無理がある。

 

そんな彼らに構わずナポレオンは、興味深そうにオルガマリーを見据えていた。

 

 

「君が、カルデアの所長か。存外若くて驚いた……マスターではないようだが」

 

「ええ。現在別行動中よ。マスターじゃなくて、残念だったかしら?」

 

「まさか。むしろ幸運……いや、何でもない」

 

「? とりあえず幾つか質問に答えてくれるかしら?」

 

「ああ。答えられる限りでなら、構わない」

 

 

そう言ってナポレオンは笑みを浮かべる。幸運とは一体どういうことかとオルガマリーは疑問を抱くが、それよりもまずは確認しておくべきことがあった。

 

 

「__さて、何から話そうか」

 

「……それじゃ、まずこのパリがこんな有り様になっている理由を教えてちょうだい」

 

 

第一の疑問。近代のパリへ変質、或いは都市そのものを召喚しているのかは分からないが、そんな芸当はそう易々と出来るものではない。それこそ聖杯でもない限りは。

 

 

「当然の疑問だな。だが、こればっかりは俺にも分からん」

 

 

少し間を置いて、ナポレオンはそう言って首を横に振る。

 

 

「この異変は俺が召喚された直後に起きた。時空が歪んでいる……とも言うべきか。大まかには俺の時代のパリと似ているが、所々未来のパリも混ざっている。あのエッフェル塔や自由の女神像がその代表だ」

 

『へぇ……時空が歪んでいる、ね。そのパリの変質は、いきなり発生したのかい?』

 

 

レオナルドが興味深そうに問う。

 

 

「いいや。徐々に上書きされるように、変質していった。そして、それは今も尚続いており、このパリは拡大していっている。この調子だと、半年も経たぬ内にフランス全土を呑み込むだろう」

 

「……呑み込まれた場合どうなる?」

 

「さあな。そちらのオペレーターの見解はどうだ? 世紀の大天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ殿」

 

『ふむ……こればっかりは分からないね。こんな事例は今までに例がない。ただこうも異常なパリがこの特異点を取り込むだなんてことが、我々にとって良い結果をもたらすとは到底思えないね』

 

「__その通り。人理の修復と救済を目的とする君らカルデアにとっては、この街は看過すべきものではない」

 

「そうか、確かにそうだな」

 

 

明らかに異常であり、不確定要素で塗り固められたイレギュラーな存在。オルガマリーやレオナルドにとってこのパリは、いつ起爆するかも分からない爆弾のようなものだった。

 

故に、彼らはナポレオンに対してある疑問を抱き、先程まで黙って話を聞いていたエツィオがそれを代弁するように問う。

 

 

「__ナポレオン・ボナパルト。お前はこのパリ、延いてはフランスを統治しているそうだな? 皇帝を名乗り、多くのサーヴァントを率いて」

 

「……ああ。王が殺された今、竜の魔女による滅びを避けるには()が皇帝として君臨するしかあるまい。遥か過去とはいえ俺の国が勝手に滅ぼされるなど許すものか」

 

 

ナポレオンは相変わらず薄ら笑いを浮かべていたが、その顔はどことなく真剣に感じられた。恐らく本心なのだろう。

 

__しかし、この男は何かを隠し、嘘を吐いている。明確な根拠は無いが、エツィオは確信していた。

 

 

『成程。では、魔力はどうしているんだい? 野良サーヴァントである君に、使役しているサーヴァントの分も賄える程の魔力があるとは考えられない』

 

 

その問いかけに便乗するように、レオナルドもまた先程からずっと気になっていたことを尋ねる。

 

聖杯の持ち主である竜の魔女はともかくとして、一サーヴァントに過ぎず、神秘とも魔術も縁の遠い近代の英霊であるはずのナポレオンが、それ程までの魔力を保有している訳がない。

 

 

「……さて、ね」

 

『……分からない。実に分からないね。君は、本当にフランスを守る為に戦っているのかい?』

 

「ああ。当然だろう」

 

「__では、質問を変えよう。この特異点の修正、即ち人理修復の為に戦っているか? お前は」

 

 

そう質問した瞬間。ナポレオンから笑みが消える。

 

 

「……随分と勘が良いな、アサシン。もう少し利用出来るかと思ったが、見通しが甘かったか」

 

「どういうことかしら?」

 

「すまないねマドモアゼル。俺の目的と、君達の目的は決定的に違う。人類の救済という点のみは一致しているが」

 

 

やれやれと肩を竦めるナポレオン。もう少し惚けるかとエツィオは思っていたためこの反応は意外だった。

 

彼は珈琲をテーブルに置き、席から立つ。

 

 

「教えてあげよう、俺の夢を__」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あべしっ!?」

 

 

立香は困惑していた。

 

理由は至極簡単。ワイバーンの群れを撃破後、いきなり現れた騎士らしき格好をしたピンク色の髪の少女?に声を歓声を送られたかと思えば、猛ダッシュでこちらへ向かってきた青いフードを被った男が少女を殴り飛ばしたからだ。

 

それはもう、綺麗な右ストレートだった。

 

 

「いったぁーい! 何するんだよいきなり!?」

 

 

まるでボクシング漫画のワンシーンのように頬に拳をめり込ませながらズササーと地面へダイブする少女(仮)は、涙目になりながらフードの男に抗議する。

 

 

「それはこちらの台詞だ! 理性蒸発したついでに脳味噌まで蒸発したのかこの女野郎!」

 

「なっ! 酷い! いくら何でも怒るよ!」

 

「黙れ! 迂闊な行動はするなと散々言っただろう!」

 

「そんな心配し過ぎなんだよアルノは! ワイバーン倒してたし、どう見たって良い人達じゃないか! っていうか彼らがカルデアなんだろ! なら味方に決まってるじゃん!」

 

「カルデアだからと信用するに足るかどうかは別問題だろう! 人間の外面などいくらでも誤魔化せる! 一見聖人君子に見えてその内面に邪悪なドス黒いものを隠し持っていた奴を俺は腐るほど見てきた! お前ももっと人を疑え!」

 

「何をう! まず信じ抜くのが僕のモットー! 人を真っ先に疑って掛かるよりも信じて信じ抜くことが大切なんだよ!」

 

「そんな綺麗事が通じるか! いつか痛い目を見るぞ!」

 

「綺麗事だから良いんじゃないか! まったくアルノは頭が硬いんだから! この石頭!」

 

「お前……!」

 

「この……!」

 

(……何をしているんだろうか、この人達)

 

 

言い合いから掴み合いの喧嘩へと発展する謎の二人組。それを見て立香は困惑を隠せない。マシュに至っては状況が理解出来ずポカンとしている。

 

 

『おーい? 何が起きてるんだい?』

 

「あー、何か突然現れたサーヴァントニ騎が喧嘩してる。見たところ片方はアサシンみたいだ」

 

「……あっ、本当です。エツィオさんと似た格好をしてます」

 

 

ロマニの問いにクー・フーリンが説明する。その際に述べたフードの男に対する予想にマシュも納得する。

 

 

「なんか声が小次郎と似てない? あの男の人」

 

「む、そうか?」

 

『確かに……って、とりあえず止めないと……』

 

「__お二人とも。喧嘩しないでください」

 

 

その時、誰かが二人を仲裁する。呆れた様子で溜め息を吐きながら。それは西洋の甲冑を纏い、白い旗を持った金髪の少女だった。

 

彼女の言葉に、二人は納得していない様子だが、一先ずその手を止めて咳払いする。

 

 

「お見苦しい所を見せて申し訳ありません。私は“ジャンヌ・ダルク”。このフランスを守る為に共に戦ってくれませんか?」

 

 

そして、少女は名を名乗り、単刀直入に訊ねる。

 

その名を聞いてカルデア一同は驚き、立香は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「ジャンヌ・ダルクって、フランスを滅ぼそうとしているんじゃないの? そう聞いたけど」

 

「っ……それは……」

 

「__ジャンヌ・ダルクが、もう一人居るということだ」

 

 

言い淀むジャンヌをするとフードの男が代わりに話し始める。

 

 

「もう一人って、どういうこと?」

 

「そのままの意味だ。お前達と敵対する“竜の魔女”と呼ばれる、フランスへの復讐を掲げるジャンヌ・ダルクはそのジャンヌ・ダルクとは別に存在している。そいつこそがこの特異点の元凶、聖杯の持ち主だ」

 

『なっ……同一人物が二人同じ場所で召喚されるなんてことが……』

 

「ある。例えばそう、槍兵のクー・フーリンと魔術師のクー・フーリンが同時に現界するようなものだ。人理が滅茶苦茶になっている今、有り得ぬ話ではあるまい」

 

 

ジャンヌ・ダルクが二人居る。まさかそんなことがと驚くロマニに対し、フードの男は霊体化しているクー・フーリンの方を見ながらそう言う。

 

 

「テメェ……何で俺の真名を知ってやがる?」

 

「さあ、何故だろうな?」

 

「……ふざけてんのか?」

 

「冗談だ。込み入った事情があってな、話すと長くなる。今はどうでもいいことだ」

 

「あん? そりゃどういう__」

 

「キャスター、落ち着いて。この人の言う通り、今は特異点の解決が優先でしょ?」

 

 

何故か己の真名を言い当てたフードの男に、警戒心を露にして噛み付くクー・フーリンを立香が竦める。

 

それを見て、フードの男は僅かに笑みを浮かべた。

 

 

「ふむ……魔術師でもない一般人だと聞いていたが、成程。只人ではないようだ」

 

「え?」

 

「はいはーい! 君がカルデアのマスターだね! 名前は!? 名前は何て言うの!?」

 

「わっ ふ、藤丸立香だけど……」

 

「リツカか! 良い名前だね! 僕はアストルフォ! シャルルマーニュ十二勇士の一人さ!」

 

『「アストルフォ!?」』

 

 

フードの男と話しているといきなり少女(疑惑)が食い気味で名前を問いかけ、答えると元気に自己紹介する。何故こうもやたらとテンションが高いのだろうか。

 

するとロマニとマシュがその名に驚く。

 

 

「まさか、アルトルフォも女性だったのですか?」

 

『た、確かに女装してたって逸話はあったけどまさか本当に女だったパターン……!?』

 

「いいや。僕はオトコノコだけど?」

 

『えぇ!? そのナリでかい!? 男の子というよりも男の娘じゃないか! すっげー本物初めて見た! 日本人大喜び!』

 

「ぎゃーぎゃー騒ぐな、キモいぞ軟弱男」

 

『酷いっ!?』

 

「……女子のような男が居ると何故日本人が喜ぶのだ? 少なくとも俺は特に嬉しくないが」

 

 

アストルフォが実は見た目少女な男だったことに驚きながら何故かテンションを上げるロマニと、それに対して引き気味で罵るクー・フーリン。そして、傍らで聞いていた小次郎は日本人が喜ぶという発言に疑問符を浮かべる。

 

 

「あのね小次郎。現代の日本だと美少女に見える男をおとこのむすめと書いて、“男の娘”って呼ぶジャンルになってて一部で愛されているんだよ」

 

「む、そうなのか? 衆道とは違うのか?」

 

「しゅうどう? ってなにそれ?」

 

 

説明する立香。それに対して小次郎は同姓と肉体関係を持つ衆道と似たようなものだと判断するが、そのような古い単語を知らない立香が今度は疑問符を浮かべてしまう。

 

 

「__先輩、小次郎さん。これ以上はその、話が脱線してしまうので……お、男の娘……談義はそれくらいにしてください」

 

「そうだ。今はくだらん話をしてる場合ではない」

 

 

本筋と関係の無い話をする二人をマシュが止める。それに同感だとフードの男も頷く。

 

 

『__ところで、君は何者なんだい? アサシン、なのは分かるのだけど』

 

「俺がアサシンだと知っているのなら、真名など無意味なのも分かっているだろう? まあ、一応名乗っておこう……アルノ・ドリアンだ」

 

 

フードの男…アルノはそう言って指を三本立てる。

 

 

「さて、話を戻そう。現在、この特異点には主に三つの勢力が争っている」

 

「三つ?」

 

「ああ。一つは、フランスを滅亡せんとする“魔女が率いる竜の軍勢”…もう一つは、フランスを支配せんとする“ナポレオン軍”……」

 

 

そして、とアルノは指を己へ向ける。

 

 

「俺達みたいなどちらの陣営にも属さず、この時代の民の為に戦う者達だ」

 

『成程……けど、ナポレオン軍とはね。さっきの兵士達も言っていた。君が言うにはもう一人のジャンヌ・ダルクがこの特異点の元凶らしいけど、かのフランス皇帝は一体どういう立ち位置なんだい?』

 

 

ロマニが疑問を問う。聖杯の持ち主である竜の魔女を名乗るジャンヌ・ダルクは大量のワイバーンを召喚してフランスを滅ぼそうと殺戮の限りを尽くしている。

 

では、ナポレオン軍は? 竜の魔女とは敵対しているようだが、何が目的なのだろうか。アルノの言い方から察するにどうも単純に人理の味方をしている訳ではなさそうだが……。

 

 

「そうだな……奴は人理焼却を望んでいない。だが、人理修復を望んでいる訳でもない」

 

『え、どういうことだい?』

 

「__まあ、詳しい話は場所を変えてからにしよう」

 

 

そう言ってアルノは、周囲を見回すと怯えた様子で兵士達が槍を構え、彼らを警戒していた。

 

当然だろう。ジャンヌ・ダルク、自分らを恐怖のどん底に陥れている存在の名を、名乗ったのだから。そして、その姿はあの魔女と瓜二つである。

 

 

「……ちゃんと説明すれば?」

 

「今は一刻を争う。いちいち弁明する暇はない」

 

「……ええ。お願いします。カルデアの皆さん」

 

「……うん。分かった」

 

 

先程と同じように自分は竜の魔女ではないと話せば、多少の時間は掛かるだろうが、分かってもらえると考える立香。

 

しかし、アルノは時間が無いとそれを断り、ジャンヌは悲しそうに顔をしかめながら、同意する。

 

そんな表情に立香も渋々頷く。

 

 

「__では、行くぞ」

 

 

そう言うアルノに追従するように、立香達はこの場を後にする。

 

警戒心からか、恐怖心からか、立ち去る彼らを呼び止めようとするものは誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルレアン。

 

中世においてパリと並ぶフランスで最も豊かな都市であり、ジャンヌ・ダルクがイングランド軍から解放した街……そこは今や荒れ果て、中部には禍々しい歪な城が建っていた。

 

 

「__さて、全員揃いましたか?」

 

 

その城内、最上階に位置する玉座の間に少女が戦旗を片手に立っていた。

 

黒い鎧、色素の抜けた白髪、短髪……要所要所の違いはあれど、その顔はあのジャンヌと瓜二つであり、彼女は冷徹な表情で目の前で跪く配下達を見下ろす。

 

そう、彼女こそが、このフランスを滅亡の危機に陥れている“竜の魔女”だった。

 

 

「__バーサーク・セイバー」

 

 

青いブリリアンハットを被った金髪の剣士が居た。

 

 

「__バーサーク・ランサー」

 

 

先程エツィオらと戦闘した、長い白髪の槍兵が居た。

 

 

「__バーサーク・アーチャー」

 

 

獣の耳を持つ、緑掛かった金髪の女の弓兵が居た。

 

 

「__バーサーク・ライダー」

 

 

十字架のような槍を持つ、聖女のような騎兵が居た。

 

 

「__バーサーク・アサシン」

 

 

目元を隠す仮面を付け、ボンテージ衣装を纏った白髪の女の暗殺者が居た。

 

 

「__バーサーク・キャスター」

 

 

奇抜なローブを身に纏う、大柄なギョロ目の魔術師が居た。

 

 

「あら、他二人のバーサーク・アサシン共は別の仕事に就いてるけれど……バーサーカーはどこへ行ったのかしら? ねぇ、バーサーク・ランサー」

 

「……………」

 

 

見下すような視線で、竜の魔女は槍兵……バーサーク・ランサーを見据える。険しい顔をする彼の傍らでバーサーク・アサシンはクスリと笑う。

 

 

「マスターである貴様なら分かるだろう? 消滅した。パリでの戦闘で恐らく、な」

 

「ええ。彼とのリンクは切れました。何事かと思えば、貴方が満身創痍で帰ってくるからもう吃驚しました。……よく顔を出せたわね、この役立たず」

 

 

そう罵倒する竜の魔女。彼女は冷静そうに見えて、その実かなり憤慨していた。

 

当然だろう。戦力の中でもあの“邪竜”を除けばトップクラスに位置するバーサーカー、ランスロットを失ったのだから。

 

 

「ワイバーンを大量に貸し与え、最強の騎士まで同行させ、その結果がこれですか? 敢えなくナポレオンに敵わず、挙げ句にランスロットを失って敗走ですか? オスマン帝国を幾度も撃退した護国の鬼将が聞いて呆れる。ドラキュラと成り果て、狂った今の貴方のそのお粗末な脳味噌では、あのチビをぶち殺してこいっていう至極簡単な命令一つも出来ないということなのですね……全く以って期待外れです」

 

 

滑るようにすらすらと出てくる罵詈雑言の数々。それをバーサーク・ランサーはただ黙って聞いていた。その態度が気に食わなかったのか、竜の魔女の機嫌は更に悪くなる。

 

 

「ふん……何か言い訳でもしたらどうですか? 串刺し公・ヴラド三世」

 

「……そんなつもりはない。確かに兵力も不足で方針も杜撰で成功の薄い作戦ではあったが、戦の才が無い主の無茶な命令にも従い、成し遂げるのが一流のサーヴァントというもの。余はそれが出来ず、無様に敗北を晒した。すまない」

 

 

黙っていたかと思えば、つらつら饒舌に話し始めるバーサーク・ランサー……ヴラド三世。それは明らかに竜の魔女を非難するような物言いだった。

 

グツグツと煮え滾る湯のように竜の魔女の怒りが、更に増幅する。

 

 

「それと、我らを退けたのはナポレオンでも、その配下のサーヴァントでもない」

 

「……何ですって?」

 

「__アサシンだ」

 

「「「!?」」」

 

 

ヴラド三世の発した単語に、一部の者達が目を見開く。

 

 

「へぇ……串刺し公。そのアサシンというのはまさか、クラス名ではなく、あの教団の方のアサシンかしら?」

 

「ああ。影に潜む、忌々しい魔物だ」

 

 

バーサーク・アサシンが問いかけ、それが正解だと理解すると忌々しげに唇を噛む。どうやら彼女もヴラド三世と同じようにアサシンと因縁があるようだ。

 

他、バーサーク・セイバーやバーサーク・キャスターも同じようで険しい顔をする。

 

 

「アサシン……? それに教団って何よそれ?」

 

「む、知らないのか? 貴様は確か__」

 

「古くから存在する、殺戮教団でございます。ジャンヌ」

 

 

怪訝な表情をする竜の魔女に対してバーサーク・キャスターがヴラド三世の言葉を遮るように答える。

 

 

「そうなの? ジル」

 

「はい。あらゆる時代の裏で暗躍し、自由と称して世に無秩序な混沌を招こうとしている下賤な輩共……貴方が戦った百年戦争の裏でも暗躍しておりました」

 

「ふうん……そんな連中が、ねぇ」

 

「生前聞いた噂では、悪魔から力を与えられ、見えぬ刃と超人的な力を得ているとか……」

 

「あら、奇遇じゃない。同じ神の敵って訳ね……まあ、敵対するというのなら、悉く殺してあげましょう」

 

 

ジルと呼ばれたバーサーク・キャスターの説明を聞き、竜の魔女はアサシンという存在へ興味を示す。

 

 

「__さて、そろそろ行こうかしら。“もう一人の私”を殺しに……」

 

「……はい。人員はどれ程?」

 

「そうね。絶望させる為に大勢連れて行きましょう。バーサーク・セイバー、ランサー、ライダー、アサシンを連れて行きます。汚名返上してくれることを期待しているわよ、バーサーク・ランサー?」

 

「………………」

 

 

チラリとヴラド三世を一瞥し、竜の魔女は愉しそうに部屋を後にする。それに続くように先程名前を呼ばれた四騎のサーヴァント達がぞろぞろと出ていく。

 

竜の魔女が消えると、バーサーク・アーチャーは軽く舌打ちをして零体化して消える。そして、ジルだけが残った。

 

 

「……ご武運を。ジャンヌ」

 

「__相変わらずのようだな」

 

 

すると、背後から先程まで居なかったはずの者の声がする。振り返ると黒いローブを纏った男が立っていた。

 

 

「…………! セイバー、来ておられたのですか」

 

「ああ。しかし、お前が造り上げたジャンヌ・ダルク……随分と都合の良いよう記憶を改竄しているようだな。アサシンの記憶も、騎士団の記憶も存在しないなどと」

 

「……当然でしょう。あのような記憶、必要ありません」

 

「お前の復讐を成し遂げる為にか?」

 

 

顔が曇るジルに対し、男は笑みを浮かべる。セイバーと呼ばれたからにはサーヴァントなのだろう。

 

 

「哀れだな、あの小娘も。偶々“剣”を手にし、“先駆者”の声を神の声などと勘違いし、救国の聖女と持て囃され、国に裏切られ、見捨てられ、凌辱され、拷問され、魔女の烙印を押された挙げ句にその身を焼き尽くされ、死んだ」

 

「……黙りなさい」

 

「だというのに、友だった男が、あのような贋作を造り、祖国を滅ぼそうとしているとは、実に哀れなことだ」

 

「黙れと言っている! 総てお前達のせいだろう!」

 

 

饒舌に語るセイバーに、我慢ならなかったジルは身体をプルプルと震わせて激昂する。

 

 

「お前達は“剣”が欲しかった! だから彼女に協力するフリをして欺き、彼女から“剣”を奪った! その後は用済みだから魔女として処刑した! フランスに彼女を裏切らせたのは、見捨てさせたのは、お前達“テンプル騎士団”だ!」

 

「__そうだ。この“剣”は、あのような何も知らぬ農民の娘が持って良いものではない。この世界を変革し、導く、我々こそが持つべきだ」

 

 

セイバーが裾から黄金に輝く剣を取り出して見せる。その光を、ジルは忌々しそうに睨む。

 

 

「黙れ黙れ! テンプル騎士団! あの“剣”はジャンヌを選んだ! だから彼女が手にしたんだ!」

 

「だからどうした? 結局は奪われた」

 

 

激情に身を任せて怒鳴り散らすジルに対してどこ吹く風とばかりにセイバーは恐れることなく煽る。

 

 

「第一、何故お前が復讐を望む? 大量殺人鬼。助けに行ったエティエンヌ・ド・ヴィニョルや残された家族ならともかくお前は傍観していただけだろう? ジャンヌ・ダルクの死を……そんなお前に彼女の為にフランスへ復讐する権利があるというのか? お前は」

 

 

いいや、無い。そうセイバーは断言する。ジルは何も言い返さない。言い返せなかった。その言葉の数々が、彼の胸に突き刺さっていく。

 

 

「お前はジャンヌ・ダルクが死んだ後、何をやった? ただ己の欲を満たす為に弱者をいたぶり、殺しただけだろう。狂気に呑まれ、プレラーティに唆され、大量の子供を犯し、殺し、その挙げ句に懺悔しながら情けなく処刑された。そんなお前が、サーヴァントとなって今更このフランスへ復讐するというのか?」

 

「……確かに、私も、私もジャンヌを見捨てた愚かな連中の一人なのでしょう。ですが、ジャンヌが憎まずとも、私が憎んだ! この国を! この世界を! 神を!」

 

「ほう? 憎しみか」

 

「ええ。私は、ラ・イルとは違う。彼女の死に、誰よりも激しい怒りを抱きながら、最期まで憎むべき祖国の為に戦い抜くなど、到底出来やしなかった! 私は、我慢ならなかった! このフランスという国家が! この世界そのものが! 憎くて堪らない!」

 

「__ふっ 全く以って愚かだな、ジル・ド・レェ」

 

 

目をギロリと開き、悲痛な表情で叫ぶジルを見て、セイバーはただ笑う。面白そうに、然れどつまらなそうに。

 

 

「黙れ黙れ黙れェ! この匹夫めがぁ! 忌々しいテンプル騎士団がぁ!」

 

 

遂に怒りが頂点に達したジルは手に持つ人間の皮膚で作られた本を掲げる。すると、セイバーの周りに大量の蛸の触手のような生物……海魔が現れ、彼へと襲い掛かった。

 

 

「ふん……異界の海魔如きが、この私に触れるな」

 

 

しかし、次の瞬間。セイバーを中心に雷のような衝撃波が発生し、それを浴びた海魔は一瞬にして消し炭へと変わる。

 

 

「…………!?」

 

「復讐には協力してやる。故に、精々働いてくれ、我ら騎士団の為に」

 

 

そう言ってセイバーの姿が消える。

 

残されたジルは、ただただやり場の無い怒りに身体を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__フランス某所。

 

カルデア一行は、アルノに連れられ、とある森の中腹まで来ていた。

 

 

「ここなら、気兼ね無く話せるだろう」

 

『ここは……結界が貼られているね。探知系統か? アサシン……ドリアンは魔術も使えるのかい?』

 

 

立ち止まるアルノ。すると周囲の魔力反応から魔術的な結界が貼り巡られていることに気付いたロマニが問いかける。

 

 

「いや、俺ではない。これはこのフランスの魔術師達が施したものだ」

 

『魔術師? サーヴァントではなく、この時代の、現地の魔術師ってことかい?』

 

「ああ。大半はナポレオンと竜の魔女に殺され、僅かな生き残りもワイバーンを研究材料にしようとしたり、騒ぎに乗じて生け贄を使った得体の知れぬ儀式を行う輩ばかりだったが、一部はこうして我々に協力してくれた」

 

『そうなのかい。善意で協力してくれたのかい? だとしたら珍しい魔術師だね』

 

 

魔術世界を知るロマニは、一般的な魔術師は皆、ろくでなしといっても過言ではないことを知っているためアルノの話を聞いて少しばかり驚く。

 

無論、オルガマリーやレオナルドといった例外も多く存在するのだが……その時点で、もはや一般的な魔術師とは呼べない。それ程までに殆どの魔術師の倫理観は破綻し、道徳心が欠如している。

 

 

「利害の一致という奴だ。まあ、こいつを向けながら話をしたら泣いて協力してくれたよ。面倒な魔術師を一方的に相手に出来るとは、本当にサーヴァントというのは便利な身体だ」

 

『アハハハ……そりゃただの魔術師がサーヴァントに勝つなんて、不可能だからね』

 

 

隠し刃(ヒドゥンブレード)を見せながら笑って話すアルノに、ロマニは苦笑いする。つまり彼は、殺意をちらつかせて魔術師を脅して結界やら何やらをやらせていた訳だ。

 

 

「……では、話の続きをしようか」

 

『ああ。教えてくれ、ナポレオンの目的……君は人理焼却でも人理修復でもないと言ったね? あれはどういう意味だい?』

 

「__“人理編纂”」

 

『!?』

 

 

アルノが口にした単語に、ロマニは驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__“人理編纂”ですって!?」

 

 

オルガマリーの甲高い驚愕の声が、店内に響き渡る。

 

 

「そうだ。焼却するのでも、漂白するのでもない。今の人類史を根本から書き換え、新たな人類史を創り出す……即ち、世界の改変、歴史の創造さ」

 

 

演説でもするかのように、ナポレオンは両手を広げ、芝居掛かった口調で語る。

 

そんな彼を、オルガマリーはとんでもない馬鹿を見るような眼で睨み付け、憤慨した様子だった。それほどまでにナポレオンの企みは、人理継続を目的とする彼女にとっては許すまじものなのである。

 

 

「そんなことをしてどうなるか分かっているのっ!? 人理定礎を根幹から覆すような真似……最悪人理焼却より酷い結果になるわよっ!?」

 

「そうだな。だが、成功すれば?」

 

 

ナポレオンは笑う。

 

 

「あらゆる闘争を、あらゆる暴力を、あらゆる悲劇を、最初から“無かった”ことにし、人々が互いを理解し合い、国も、民族も、人種も、性別も、総ての隔たりが無いことにしてしまえば? ほら、素晴らしい人類史の完成だ」

 

「ふざけないで! 第一人理編纂なんてとんでもないこと、いくら聖杯を使っても出来やしないわ!」

 

 

聖杯は欠陥こそあれど、万能の願望機だ。しかし、それでも人理編纂などというレベルの願いを叶えられるとはとてもじゃないが、思えない。

 

仮に可能だとしても“ガイア(地球の意思)”が許しても“アラヤ(霊長の意思)”が許さず、“抑止力”によって阻まれてしまうだろう。

 

 

「ああ。確かに“杯”だけでは不可能だ。だが、このフランスには“剣”があり、そして“リンゴ”もある。その三つがあれば、人理を編纂することが可能だ」

 

「“剣”だと……!?」

 

「“リンゴ”だと……!?」

 

 

しかし、ナポレオンは確固たる自信を以てそう断言する。セイバーオルタは“剣”に、エツィオは“リンゴ”の単語にそれぞれ反応し、目を見開く。

 

この二つが彼らの予想しているものならば、そしてナポレオンの言葉が真実ならば由々しき事態である。

 

 

『まさか! “エデンの剣”と“リンゴ”……その二つが、この特異点に存在しているというのかいっ!?』

 

「その通り。“剣”はタンプル塔にて回収した。そして、“リンゴ”は__」

 

 

レオナルドの問いかけにナポレオンは頷き、未だに怒りの形相を浮かべるオルガマリーを見据え、驚くべき発言をする。

 

 

「__俺の目の前に居る」

 

「へ?」

 

 

そして、そう言ってナポレオンは、驚きのあまり固まってしまったオルガマリーへと手を伸ばす___。




H男とぐだが合流するまで時間が掛かりそう……


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