神父と聖杯戦争2 (サイトー)
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ステータスⅠ


 本作品のネタバレ項目です。お気をつけ下さい。


◆◆◆◆◆

 

真名:アルトリア

クラス:セイバー

マスター:――

性別:女性

身長/体重:154cm/42kg

属性:混沌・善(呪いと欠落により変質)

 

パラメータ

筋力B  魔力EX

耐久C  幸運A

敏捷A  宝具A++

 

クラススキル

対魔力:――

――このスキルは破壊されている。

騎乗:――

――このスキルは破壊されている。

 

スキル

カリスマ:――

――このスキルは破壊されている。

直感:A+

――戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に等しい。視覚・聴覚に干渉する妨害を無効化する。本来はAランクであったが、剣士として不必要な能力を魂から破壊されため戦闘により特化した超感覚を有する。

魔力放出:A+

――武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。聖杯の呪詛による受肉で魔力炉心が常時稼働し、呼吸をするだけで膨大な魔力の生成と循環を繰り返し続ける。

魔術:C

――オーソドックスな魔術の習得。受肉した後、現世で学習した技術。

 

宝具

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

――闇の剣。エクスカリバーは所有者の魔力を変換する増幅器であるため、呪いによって聖剣の光も同じように黒色となっている。

卑王鉄槌(ヴォーディガン)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:100人

――聖剣の限定解放。所有者の魔力を闇の刃へ変換し、物理的な刀身として叩き付ける。斬撃だけではなく、刺突形態でも使用でき、遠距離へ射出することも可能。保有する魔力放出スキルと併用することでAランク以上の殺傷能力を発揮する場合もある。

全て遠き理想郷(アヴァロン)

ランク:EX 種別:結界宝具 防御対象:1人

――闇の鞘。黒化したエクスカリバーと対をなす鞘である為、聖剣と同じく黒色となっている。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:ヨハンネス・リヒテナウアー

クラス:セイバー

マスター:遠坂凛

性別:男性

身長/体重:176cm/74kg

属性:混沌・善

 

パラメータ

筋力B  魔力D

耐久B  幸運D

敏捷A+ 宝具D

 

クラススキル

対魔力:C

――第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:C

――騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、野生の獣は乗りこなせない。

 

スキル

天性の肉体:C

――生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。このスキルの所有者は、一時的に筋力のパラメーターをランクアップさせることが出来る。さらに、鍛えなくても筋骨隆々の体躯を保つ上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。

独逸流剣術:EX

――自らの武術を大元に作られた剣術体系。リヒテナウアー流の源流武術であり、その根本に位置する。基本的に使用可能な武器は長剣、剣とバックラー、短剣、小刀と刃物全般に渡り、甲冑戦闘、平服戦闘、騎乗戦闘などの様々な状況に適応する。EXランクともなれば剣以外の武器も自在に操り、武器や甲冑も利用した徒手の格闘も体得している。加えて睡眠中だろうと常時心技体を完全同一させ、あらゆる状況で万全の戦闘行動が可能となる精神防御を保有する。またこの腕前ならば同ランクの心眼(真)スキルに匹敵する極めて論理的な殺人思考の結晶でもあり、数多の戦闘技術を複合した万能技能としても使用できる。

五斬の秘剣

――対人魔剣。詳細不明。

 

宝具

――詳細不明

 

【weapon】

騎士甲冑

――青いサーコート付き全身鎧。元々はただの甲冑であるのだが対英霊戦闘を考え、キャスターの奥義で魔術的強化が施されている。

強化直剣

――強化魔術が施された愛用の刀剣。

無銘・バックラー

――中型の丸みを帯びた円形盾。キャスターとランサーの魔改造により、散弾銃と射出刃が仕込まれている。無論のこと盾としても非常識なまで強化されており、単純な堅さとしてランクB相当の硬度を持つ。

強化両刃大剣

――背負い続けている大剣。攻防一体の長剣であり、最も得意とする武器。何時もは右手に直剣、左手に少々大き目なバックラーを使っているが、剣士として本気を出す場合のみこの武器を使う。だが万能性と生存能力を考えるなら直剣とバックラーの方が優秀。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:?

クラス:ランサー

マスター:遠坂凛

性別:男性

身長/体重:179cm/83kg

属性:中立・悪

 

パラメータ

筋力B  魔力E

耐久C  幸運A+

敏捷A  宝具EX

 

クラススキル

対魔力:EX(D)

――魔術による干渉を自分以外に逸らす。このスキルは保有宝具による恩恵。通常の対魔力スキルではないため魔術だけではなく、ランクEXになれば魔力そのものに対する抵抗力を有する。また通常のランクD程度の対魔力も保有している。

 

スキル

皇帝特権:EX

――本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。該当するスキルは騎乗、啓示、槍術、剣術、体術、魔術、秘蹟、錬金術、洗礼詠唱、気配遮断、等。ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。またランサーが本来持つカリスマ、コレクター、黄金律、軍略と言ったスキルも取り込まれた上で常時発動し、皇帝特権によりランクが上昇補正された状態で限定発動が可能。

聖人:A+

――聖人として認定された者であることを表す。聖人の能力はサーヴァントとして召喚された時に"秘蹟の効果上昇"、"HP自動回復"、"カリスマを1ランクアップ"、"聖骸布の作成が可能"から、ひとつ選択される。だがスキル皇帝特権でどの能力にも応用が効く為か、基本的にランサーは“HP自動回復”を選択する傾向にある。

 

宝具

――詳細不明

 

【weapon】

ロンギヌスの槍

――帝国を支配する帝王の槍。普段は能力を封印する外装として、偉大な皇帝が所有するに相応しい帝国象徴のレガリアとして、外部装飾が施された黄金槍として振るわれる。黄金状態であれば1m以上はある長い刀身と、2m程度の長さの柄で、大凡3mの槍。神殺状態であれば普通の槍と変わりなく、2m位の有り触れたローマ帝国軍兵士の槍となる。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:源為朝

クラス:アーチャー

マスター:遠坂凛

性別:男性

身長/体重:204cm/101kg

属性:混沌・中庸

 

パラメータ

筋力A  魔力C

耐久B  幸運C

敏捷A  宝具B

 

クラススキル

対魔力:C+

――第二節以下のの詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。また別保有スキルによって一時的に対魔力が+補正されている。

単独行動:A

――マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

 

スキル

八龍の加護:A+

――鎧の守り。龍の神性が発露することで、対物対魔対呪の三層防御効果を持つ。また魔力を消費するが八首竜の恩恵を鎧ごと肉体と武器に施し、限定的だが武器とステータスを強化することで技が昇華された宝具の威力を1ランクアップさせる。

軍略:C

――一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

仕切り直し:C

――戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

心眼(偽):A

――視覚妨害による補正への耐性。第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。

弓張りの怪腕:――

――人外の剛腕。右腕よりも四寸以上長い異形の左腕。これはスキルと言うよりも肉体そのものが宝具に近く、英霊が持つ固有スキルの一種。皮膚が金剛のように堅く、上位の鬼種と同等の力を保有する。主な効果としては弓矢の命中精度の大幅上昇と、触れた武具に濃厚な神秘を帯びさせる魔力付与。また特殊な怪力スキルによって左腕のみに限定されるが筋力を常時+補正し、消費魔力量に応じて更に強化補正する。

 

宝具

射貫重殺(いぬきえさつ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:10人

――対象を射抜く際、矢の軌道上にある障害物を貫通させる。元より弓矢の破壊力が高いのもあるが、この矢は的を貫いた後も威力に一切変化がない。これは形を持った武具ではなく、英霊が体得した技が武装として昇華された宝具。保元の乱で放った矢が、鎧を着た武者を貫いた後に狙った敵を射抜いた逸話の具現。

 

【weapon】

五人張りの弓

――生前愛用した宝具の大弓。真名解放能力は持たないが、概念武装として非常に強力な宝具。と言うよりも、宝具と化した奥義の技を使うために必要な宝具であり、その“技”が真名解放となっている。本人曰く、妖怪狩りにも使っていたらしい。矢束を筒に装填したまま召喚時に持ち込めるが、アーチャーは道具作成スキルを持たない。そのため補充するには現世で補給するか、戦闘によって損失ないし破損した矢を魔力で復元し直すか、堕ちている矢を拾う必要がある。

弓張りの左腕

――異形と成り果てた怪腕。生まれた時は普通の腕であったが、弓の鍛錬を繰り返すことで形が変貌した。しかし、生前に一度蘇生不可能なまで完全破壊された上で、朝廷直属の陰陽師から治癒阻害の呪詛を打ち込まれた。その後に島流しにされたのだが、妖魔殺しや鬼殺しなどで得た人外の血を左腕の治癒に利用し、何処ぞの神の加護が宿った温泉で湯治をし、段々と回復させて破壊された時以上の力を持つ人外の怪腕となったとか。そして英霊となったことで宿した人外共の血が覚醒し、本当の怪腕と成り果てた。

無銘・刀

――宝具級の概念武装だが、真名を持たない無銘の日本刀。本人曰く、妖怪狩りにも使っていたとか。初手にて必殺の剣技を得意としており、無造作に行き成り宝具に転用した技を放って来る。

源氏八龍

――八匹の龍が飾られた黒大鎧。宝具ではあるのだが、真名解放能力を持っていない。とある英霊が持ち込んだ場合、真名解放が出来るようになるとか。アーチャーが持って来た場合のみ、妖怪の返り血に染まっている所為か、実は呪詛や魔力、物理攻撃に対して強い対物対魔の護りを持ち、龍の神性を強く宿している。呪詛避けの効果もあるので、呪いに対する抵抗がステータスの魔力ランクよりも3ランク高い。対魔力のような絶対性はないが、呪術にも有効な守護となる。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:?

クラス:ライダー

マスター:遠坂凛

性別:女性

身長/体重:187cm/67kg

属性:中立・悪

 

パラメータ

筋力B  魔力C

耐久B  幸運A+

敏捷B  宝具C

 

クラススキル

対魔力:C

――第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:C

――騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

スキル

軍師の演説:A

――高度な話術による思考操作。自分の話を相手に真実と思い込ませる。また彼女の言葉はこのスキルによって催眠・暗示の効果を持ち、魔力に依らない勇猛や透化などの精神防御スキルであれば無効化可能。

嵐の航海者:A+

――船と認識されるものを駆る才能。集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた特殊スキル。本来なら騎乗のクラススキルも兼ねるのだが、船以外の乗り物にも才があるので別スキルとなっている。

心眼(真):B

――修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。自分を敵に討ち取らせようと裏切った味方の船を咄嗟に見抜いた逸話を持つため、このスキルを有する。

 

宝具

――詳細不明。

 

【weapon】

無銘・片刃双剣

――反り返った片刃一対の双剣。何の変哲もない剣であるが、ライダー自身が剣技に優れているので宝具とも切り合える。実は白兵戦において神域の天才だったらしく、生まれながらの女戦士だったとか。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:?

クラス:キャスター

マスター:遠坂凛

性別:男性

身長/体重:196cm/87kg

属性:混沌・悪

 

パラメータ

筋力E  魔力EX

耐久A+ 幸運E

敏捷C  宝具A++

 

クラススキル

陣地作成:A

――魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。工房を上回る『神殿』を形成することが可能。

道具作成:A

――魔力を帯びた器具を作成できる。

 

スキル

高速神言:EX(A+)

――呪文・魔術回路を必要とせず、思考のみで魔術を発動させられる。大魔術であろうとも無工程(ノーアクション)で起動させられる。この領域に達すると、もはや思念そのものが魔術化している。ランクEXとあるが、これは宝具による恩恵。キャスター本人が持つスキルはランクA+となる。

カリスマ:B

――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

悪神の加護:EX

――悪魔王アンリ・マユが与えた邪悪の叡智。人を殺す全ての呪いを知り、あらゆる魂を汚染する呪詛を生み出せる。

 

宝具

――詳細不明。

 

【weapon】

無銘・杖

――双蛇を模した杖。魔術礼装であり、余りにも複雑怪奇で高度な魔術理論で構成されている。神話時代に運営されていた神々の魔術基盤と接続されているので、並の魔術師では持った瞬間に頭脳が物理的に爆発する呪われた一品である。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:トミュリス

クラス:アサシン

マスター:遠坂凛

性別:女性

身長/体重:169cm/60kg

属性:中立・善

 

パラメータ

筋力C  魔力A

耐久C  幸運A

敏捷A+ 宝具A

 

クラススキル

気配遮断:C

――サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

 

スキル

太陽神の加護:EX(C)

――敏捷のステータスをランクアップさせる。また保有する騎乗スキルをランクアップさせると同時に、騎乗する乗り物に加護を与えて速度を強化する。この加護で上昇する乗り物の速度は、込める魔力量に比例してより高機動にすることが可能。魔力による速力強化は自分の肉体も対象となる。このスキルはとある救世主の首を太陽神へ生贄として捧げたことで、王として得られる本来の加護を遥かに超えた過剰なまでの祝福を獲得している。

騎乗:A(C)

――幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。スキル太陽神の加護によってランクアップしている。

カリスマ:C

――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。カリスマは稀有な才能で、小国の王としてはCランクで十分と言える。

直感:A

――戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 

宝具

大王狩る贄刀(クルシュ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1

――救世主殺しの処刑刀。身体や生命を守る概念的加護を否定する。特に神霊や精霊が英雄個人に授ける祝福や加護を強く切り捨て、聖人や仙人などが持つ聖なる守護を絶対的に無効化する。また無効にできずともAランク分防御能力を低下し、与えた傷は不死や復元などの蘇生能力も同じくAランク分弱体化させる。血染めの刀身は死体を切ったことで呪詛に穢れ、青銅と黄金で作られており単純な業物としても鋭い切れ味を持つ。これは神の護りを持つ救世主の首を切り落とした逸話が具現した宝具。また宝具「血溜りし陽光(メシア)」による強化によって更なるランクアップが可能。

血溜りし陽光(メシア)

ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:500

――太陽神の供物。救世主の首を死した兵士達の血に浸している革袋。硬化した血液により不死の流体兵士を生み出し、様々な形を模倣して血の武器を製造できる。またこの血液は太陽神の加護により熱光効果を持ち、所有者は革袋の血液を自在に操作する。これによって魔力による造血で血液を無尽蔵に生成・貯蔵が可能。人間や魔獣を含めたあらゆる動物の屍を血液へ分解し、生首を贄として吸収する能力を持つ。加えてサーヴァントも生贄として呑み込め、高い霊格であれば太陽神の加護をより強められる。同時に強大な魔力炉心でもあるため召喚された後、革袋へ生贄を捧げるほど出力が増幅される。

 

【Weapon】

血の革袋

――戦場で流れた大量の兵士の血で、救世主キュロス大王の首を満たしている黒い袋。生前の女王が太陽神に捧げた供物。この宝具はキュロス大王を破った軍勢を再現する逸話の具現でもあるが、本質的には救世主の首と兵士の血を贄にしたことで太陽神の権能が宿っている神性宝具である。星が鍛えた神造宝具ではないが、供物としてそれに近い特性を持つ。とは言え、神秘の比重で言えば逸話による概念の方が重く、神性は強化補正程度の神秘となる。

処刑刀

――鉈に似た片刃曲刀。神々に愛された救世主の死体から首を切り落とした処刑刀で、青銅と黄金で作成されている。英霊と化した時の影響で、宝具としてよりアサシンが使い易い形に変形しているとか。真名のクルシュとはアサシンがこの剣を使い首を奪い取った救世主から、名も奪い取る為にその男の名を無銘の女王の剣へ名付けた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

真名:?

クラス:バーサーカー

マスター:遠坂凛

性別:?

身長/体重:190cm/90kg

属性:混沌・善

 

パラメータ

筋力A  魔力B

耐久C  幸運A+

敏捷A  宝具C

 

クラススキル

狂化:――

――通常の狂化スキルではない。よってバーサーカーはクラススキルの恩恵を受けられない。

 

スキル

嵐の航海者:A+

――船と認識されるものを駆る才能。集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた特殊スキル。

殺戮技巧:A

――生前の逸話から持つスキル。どのような武器を使おうと自動的に殺戮用途が付加する。これはアサシンやバーサーカーに該当する英霊がもつスキルであり、使用する「対人」ダメージにプラス補正をかける。

屠殺の手腕:A

――戦場を作り上げて人々を殺し回り、都市や国家を破滅させる過程で得た数々の技能。自分の才能が持ち得る能力を破壊活動のためだけに鍛え上げており、取得したあらゆる技術を一定水準以上で発揮可能。該当するスキルは騎乗、剣術、弓術、呪術、等々と多岐に渡り、召喚された後も戦闘に有用なスキルを本能的に学習する。

破壊願望:EX

――生まれ持つ本能的な思考能力。英霊が持つ固有スキルの一つ。目的とする何かを破壊するために第六感を限界以上に研ぎ澄ませ、周囲の状況を理性的に思考した上で必要な行動に判断を下す。獣の本能と人の理性が互いを強めており、自分自身が持ち得る全知全能を破壊活動に特化させる特殊な思考形態。

 

宝具

――詳細不明。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:ニムロド

クラス:アーチャー

マスター:遠坂凛

性別:男性

身長/体重:200cm/115kg

属性:秩序・善

 

パラメータ

筋力A  魔力C

耐久A  幸運E

敏捷A  宝具EX

 

クラススキル

単独行動:EX

――マスター不在でも行動できる能力。宝具も問題なく発動可能。

対魔力:D

――一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

スキル

千里眼:EX

――視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。また透視、未来視、過去視が可能。宝具やスキルで透明化した物体を容易く目視し、気配遮断に類するスキルを完全に無効化する。加え、全周囲を見回す視界を有するので死角が生じない。

高速真言(偽):A+

――劣化した統一言語。奪い取られた能力を模倣し、このスキルとして代用している。偽の文字が名前に刻まれているが本物よりも効果が異常に高いためであり、魔術師、呪術師として万能に至っている。

勇猛:A

――威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

原始の狩猟:――

――獲物を仕留める狩りの技量。原初の狩人として保有する技能全てを複合した英霊の固有スキル。気配察知、気配遮断、単独行動などの狩猟スキルに加え、弓、剣、槍、格闘などの戦闘スキルも発揮する。

 

宝具

王の巨塔(バベル)

ランク:E~EX 種別:対星宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――

――生前は完成しなかったバベルの塔。民衆を一つの場所に留め、秘密裏に洗脳することで信仰心を蒐集する。最初に立てる土台部分を建築した後は、魔力によって段階的に増築されていく。信仰心を持つ人数が多いほど塔の力は無制限に上昇し続ける。また霊脈を通じて星そのものから太源を集積し、無尽蔵に魔力を貯蓄。この塔は固有結界によって秘匿されている為、魔術師ではない人間では一切認識出来ず、科学技術では探知不可能。内部は神代の真エーテルで満ちており、完成した後は所有者に莫大な魔力を与える。最初の土台だけではランクE相当の能力しか持てないが、塔の高さに比例してランクを上昇させ、最終的には神霊が保有する権能に匹敵するEXランクに到達。塔の完成は神に奪われた王権の復活であり、高速神言(偽)が統一言語のスキルに上書きされる。だが一度創り上げたこの宝具が破壊された場合、統一言語スキルを再建築するまで喪失してしまい、同じ土地での宝具発動が不可能となる。この宝具は塔と言うよりも嘗ての君臨した王国そのもの。世界を塗り潰すのではなく、世界に成り替わる寄生固有結界が正体である。

 

【weapon】

天使狩りの大弓

――天界に住む天使を射殺し続けた弓。ニムロドは相棒、狩猟の弓と呼ぶ。真名を持たない無銘の宝具ではあるが、魔術師であると同時に狩人でもあるニムロドが自作した最高傑作。特別な固有能力などは一切ないが故に、ただただ弓の型をした兵器としてこの世で最も優れている概念の結晶塊。本来なら現世から干渉できない天国へ、番えた矢を撃ち込む程の射程と威力を誇る。生粋の使徒殺しであり、通常攻撃での破壊力は高射砲すら遥かに上回る。とは言え、それは通常状態での場合であり、弦を強く引くほど射出力は増し、魔力を込めるほど破壊力が増幅される。その強化倍率が異様なまで高く、充填可能な魔力量もAランク宝具を容易く超える。バベルの塔を建てた後ならば真エーテルの矢を自動生成して使用可能で、魔力で強化された矢を射出。また、邪竜の鎧で操った水を矢に代用することもある。

 



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ステータスⅡ

 ネタバレ項目その2です。


◆◆◆◆◆

 

真名:上泉伊勢守秀綱

クラス:アサシン

マスター:――

性別:男性

身長/体重:170cm/65kg

属性:中立・中庸

 

パラメータ

筋力C  魔力D

耐久D  幸運A

敏捷A+ 宝具D

 

クラススキル

気配遮断:A+

――自身の気配を消す能力。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

 

スキル

剣客指南:A++

――自分が編み出した兵法を他者に伝授する。生前に様々な流派を学び、一つに纏め上げ、独自の我流兵法を会得した。これは剣聖と讃えられる武士の兵法を幾名にも伝授し、彼らを達人に育て上げた逸話がスキルと化したもの。同時に兵法会得に必要となった各種武芸と精神性能を万全に使用する複合技能。

道具作成(偽):C

――戦いに必要な武具を用意する。宝具と忍術を利用することで神秘を纏うが、道具自体の作成は魔力を使わない純粋な手作業。そのためスキル名には偽の文字が刻まれ、作れる道具も通常の道具作成スキルより限られる。生前は木刀を使った稽古で事故死が頻発することを憂い、より安全な革竹刀を作った発明者として有名。

新陰流:EX

――開祖として保有する我流兵法。これ程の腕前ならば無の境地を基本とし、無我によって得た技を奥義とする。また透化や水月と類似した精神防御によって森羅万象と完全合一し、心技体の三位一体を明鏡止水の精神で制する。

参学円太刀:――

――対人魔剣。詳細不明。

 

宝具

変わり身の化け衣(ひとだすけにめいよなし)

ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――様々な衣装と付属品に変化する簡素な旅の服。肉体にもある程度は影響を与えられるが、変えられるのは見た目だけであり、性別や能力を変えることは出来ない。また旅の道具と認識すれば宝具に取り込まれ、手に持つ道具の形を変えることも可能。これは子供を人質にして立て籠もった賊を僧侶に変装して騙し、誰も殺さず無傷で取り押さえた逸話の具現。そして隠れて修得した裏太刀と呼ばれる忍術の応用技術。

梦之太刀(ムノタチ)

ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1

――鞘に納めた無銘の日本刀。剣聖の信仰を得て具現した刀の宝具。名の有る鍛冶師が作った伝承を持つ名刀ではなく、神秘が宿る霊刀や妖刀でもない。使い続ける内に編み出した兵法の理念が取り憑き、やがて無の境地に至った水月を宿した一振りの太刀。真名解放をする能力を一切持たず、明鏡止水が実際に見える形になっただけに過ぎない。よってこの宝具のランクに意味はなく、斬れるか斬れないかは使い手次第。Dランクとあるのは純粋な英霊の武装としての概念を示している。

 

【Weapon】

剣客指南

――これは各種武芸を万全に使用する複合技能。よって身に納めている武芸は剣術だけではなく、体術、槍術、棒術、弓術、忍術、射撃、軍略、騎乗と多岐に渡る。また水月や無行の位と言った技自体の在り方や、宗和の心得や縮地などの特殊な技法、活人剣による高度な戦術眼、明鏡止水に必要な精神性をも教えられる。中でも徒手で行う無刀取りなどの体術を剣術の次に得意としており、実は素手や竹刀などを使った不殺の心得も伝授可能。そして召喚された後も新たに兵法を学ぶことで、様々な技術を飽きることなく習得し続ける。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:ラシード・ウッディーン・スィナーン

クラス:アサシン

マスター:―――

性別:男性

身長/体重:183cm/82kg

属性:中立・悪

 

パラメータ

筋力C  魔力B

耐久C  幸運A

敏捷C  宝具B

 

クラススキル

気配遮断:A+

――自身の気配を消す能力。完全に気配を断てば発見は難しいが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。

 

スキル

呪術:C+

――ジンによる中東呪術。精霊から神秘を借り受け、魔力でその加護を行使する。中でもアサシンは魔除けの加護を得意としており、神秘面における高い防御能力を持つ。呪術医としても薬草の調合が可能であり、呪詛や魔力が宿った薬品を取り扱う。

宣教:EX

――信仰の加護を相手に与える。本来ならば自分の思想を伝道するスキルに過ぎず、低ランクだろうと信仰の加護を与えるのはまず不可能だが、EXランクとなれば人の精神構造を変革させるほど強力。本人も信仰の加護をAランク以上のスキルとして副次的に保有。通常効果のスキルとしても使用し、少ない言葉で話し相手を自分の精神と同調させる。また対象を個人ではなく大衆に向けることで全体の意志を纏め、カリスマに似た統率性を発揮する。

千里眼:B

――視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。遠方の標的捕捉に効果を発揮。透視を行うことで物体を見通し、物影に隠れた人物を発見し、生物や容器の中身を視覚で捉える。他者の思考は読み取れないが、感情の動きならば覗き見て精神状態を把握。また精霊や妖精、魔力やエーテルと言った肉眼では目視不可能な存在を視認することも可能。

心眼(偽):A

――虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。千里眼の透視と併用することで視覚妨害による補正を完全無効化する。

 

宝具

殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤ-ド)

ランク:C 種別:対陣宝具 レンジ:10~20 最大捕捉:30

――秘密の園。確保した建物を呪術工房に作り変え、拠点として機能させる。個人を対象とした隠れ城砦であり、外部から発見するのが非常に困難な秘匿性を保有する。宝具となるのは工房を作る能力であり、工房自体は魔力による上限はあるが幾つも作成可能。内部は製薬の材料や呪術の触媒となる薬草が栽培され、様々な薬品を精製する設備が整っており、捕えた被験者を拘束する洗脳桶が設置されている。

教誨屍献身(ジン・ダーイー)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――詳細不明。

無想境界(ザバーニーヤ)

ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1

――詳細不明。

 

【Weapon】

ザバーニーヤ

――宝具と同名の剣。特別な力は持たないが、毒液に漬けて使っていたので毒薬と親和性が高い。

隠し暗器

――衣の下に仕込んだ各種暗殺道具。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:ストイシャ

クラス:ライダー

マスター:―――

性別:男性

身長/体重:197cm/89kg

属性:中立・善

 

パラメータ

筋力A  魔力B

耐久B  幸運A

敏捷B  宝具EX

 

クラススキル

対魔力:A

――A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:A++

――乗り物を乗りこなす能力。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。A++ランクにもなると、竜種を含む全ての乗り物を乗りこなす。

 

スキル

天性の肉体:C

――生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。このスキルの所有者は、常に筋力がランクアップしているものとして扱われる。

黄金律:C

――身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。富豪になれるほどの金ピカぶりだが、散財のし過ぎには注意が必要。

契約の竜:EX

――宝具として召喚する竜との絆。知覚と思考が同調しており、竜には心眼(真)のスキル、契約者には心眼(偽)のスキルを互いに受け合っている。またランクが劣化しているが、契約者は竜の炎が魔力放出(炎)として具現し、竜には契約者が持つ人望の魅力であるカリスマが付与されている。よって四種の複合スキルとして機能し、自身と竜を大幅に強化する。

 

宝具

怒れる火鎚(ベス・マトラ)

ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1~30

――投擲技法。手に持つ武具に魔力を込めることで強化し、宝具として超遠距離射出する。スキルとして放つ竜の炎を付与することで更に+補正される。これは竜王が投擲した鎚をそれ以上の飛距離で投げ返した逸話の具現。宝具と化した“技”であり、人の身で竜種を超えた証である。よってC+ランクとあるが技単体を示す数値であり、投擲する武器のランクはまた別物として破壊効果が決定する。

虚しき竜よ、慈悲を乞え(アジュダヤ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1

――黒き鉄剣。竜種が持つ魔獣の特性を無力化する。即ち、魔力の奔流、硬質の竜燐、高次の生命に対する攻撃性能。物理的な切断力と等しく概念的切断力が強く、本来なら刃で切れぬ物を断ち斬る。これは敵対した三体の竜を殺さずに打倒した逸話が、生前持ち続けた愛剣に具現した宝具。対竜種宝具だが竜殺しの武器ではなく、竜種と言う強大な人間以上の存在と渡り合うことに特化している。頑丈な造りをしただけの簡素な剣であったが、担い手と共に座へ至ったことで宝具となった。

劫火の轟竜(ムラデン)

ランク:EX 種別:対城宝具 レンジ:10~99 最大捕捉:1000

――この世で最も信頼する竜の帝王。召喚した竜の真名を唱えることで魔力を捧げ、自身の魔力を相乗した炎を解き放つ。最大火力に至った竜の息吹は大地を融かし、耐性がある同じ竜族の肉体でさえ焦し溶かす。契約者からの過剰魔力強化によって地上の物理法則では有り得ない異常な高温に達し、もはやプラズマ状の炎帯。真名解放をせずとも炎帯を放てるが、この宝具による一撃は相手の生命力そのものを焼却する。逃走経路の抜け穴に藁を詰めた後、竜の火を放って三体の竜を焼却した竜殺しの逸話を持ち、息吹を直撃させずとも燃え移る炎は竜種の命さえ容易く奪い取る。

 

【weapon】

竜王の雄叫び

――鎚矛。生前の逸話で投擲した武器であるが、使ったのはこの一度だけ。自身の宝具ではないが、その逸話からストイシャが使った武器として知名度が最大ならば持ち込める。この度の召喚では持ち込めず、宝具として昇華された火鎚を投げた“技”の逸話のみ使用可能。

アジュダヤ

――逸話の具現となる宝具。優れた名剣だが、聖剣でも魔剣でもない。よって生前は特別な武器を一切持たず、鍛えた肉体と技術とただの剣だけで竜を三体殺さず無力化して退治した。その上で竜の帝王と闘い引き分けに持ち込んだ。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:ユーウェイン

クラス:ライダー

マスター:―――

性別:男性

身長/体重:179cm/81kg

属性:秩序・善

 

パラメータ

筋力B  魔力D

耐久C  幸運A+

敏捷A  宝具A

 

クラススキル

対魔力:B+(D)

――魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。加えて別保有スキルによって水辺に近いほど対魔力は強まり、湖での戦闘では+補正される。またDランクとあるのはライダーが本来持つこのクラススキルのランク。

騎乗:A

――幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

スキル

湖鎧の加護:C+

――水辺で戦う際、ステータスを強化する。これは身に纏う黒い鎧による能力。また対物理・対魔術の力を宿しており、クラススキルの対魔力を補強している。これらの守りも水辺からの距離に比例して効果が高まる。本来は宝具に類する鎧であるのだが、ライダーは担い手でないため英霊のスキルとして神秘を引き出している。

軟膏薬効:A

――万能の解呪薬を塗られたことで得た能力。身に染み込んだ軟膏は肉体と霊体を守り、体内に侵入した毒物や呪詛を中和し、狂気や洗脳に対する精神防御となる。ライダーはバーサーカークラスにも高い適合性を持つが、これによって狂化スキルを打ち消してしまうデメリットがある。

獅子の騎士:A

――獣の動きを取り入れた一代限りの我流兵法。相棒として連れた獅子に大きく影響され、人型に囚われない独特な動きが可能。獣の本能が誇る鋭い第六感と、鍛えた上げた武人の洞察力を持つ。またこれは獅子の騎士、あるいは獅子を連れた騎士の異名が具現した固有スキルでもある。

 

宝具

遺産の群刃鴉(ケンヴェルヒン)

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:300

――黒い羽の剣。通常は一本の魔剣として機能しているが、鴉型の魔獣に分身させて使い魔として使役する。更にその鴉を剣化させて武器を増殖することも可能。真名解放によって宝具は三百の魔鴉と変わり、嘴で突刺し、翼で切り裂き、集団で空から一方的に惨殺する。これは貰い受けた祖父の遺産であり、正体は剣に変化する三百羽の刃鴉の集合体。

愛謳う湖畔の指輪(シュヴァリエ・オ・レオン)

ランク:C 種別:対自己宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――愛に狂う男の苛烈な思い。本来ならば無銘の覆面騎士として正体を隠す能力。だが指輪の本当の持ち主を愛する騎士は、強靭過ぎる意志で目的を死のうとも果たし続ける。効果としては戦闘続行、勇猛、怪力などのスキルを擬似再現する能力。また覆面能力も機能しており、真名を見破れない限りステータスの全情報を隠し続けることが出来る。実質狂化のクラススキルに近い宝具だが、理性を一切失わず身体機能を底上げしている。これは本名を誰にも名乗らず自分を捨て、知り合いと出会えば覆面を被り、狂人の如く己が愛の為だけに“獅子を連れた騎士”が遍歴した旅の逸話が具現した宝具。

恋願う騎士の指輪(カヴァーズ・エンゲージ)

ランク:C 種別:対自己宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――姿隠しの加護。所有者の姿と装備品を透明化させて存在感を消し、外部から気配を察知させない。隠れ蓑となる魔術を行使する宝具であり、気配遮断能力を複合させた隠密行動をも可能とする。またこの宝具は指輪が施す物体の透明化であるため保有する他宝具に対し、自分自身と同様に透明化させる能力を持つ。

我が友の獅子(ナイト・ウィズ・ライオン)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:20

――白い毛並みのライオン。竜を咬み殺した大獅子であり、その牙と爪は神獣をも容易く殺害する。召喚されたライオンはA+ランク相当の単独行動スキルを持ち、幻想種として太源から魔力補給を行える。また魔力によって五体全てが強化されており、その毛皮も宝具並の防御力を保有。ユーウェインが真名解放することで更に牙や爪に魔力を注ぎ込み、過剰なまで鋭い獅子の一撃を敢行する。正確に言えば召喚者の騎士は主ではなく、宝具として個別に活動する英霊の一柱。彼らは対等な友人同士であり、この獅子もまた保有宝具「我が友の騎士(ライオン・ウィズ・ナイト)」を発揮することでユーウェインの呼び声に応えて現界している。

 

【Weapon】

白獅子

――長い月日を共に連れ歩いた竜殺しの相棒。人間に名付けられる固有の名前を嫌い、ユーウェインからは我が友とだけ呼ばれる。

ケンヴェルヒン

――鴉の魔剣。伝承では三百本の剣と三百羽の鴉を祖父から引き継いだとされるが、サーヴァント化により一本の剣となった。つまり、三百に及ぶ剣鴉が集合した獅子の騎士の魔剣。

 



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序章
1.塔の涜神者


 第六次聖杯戦争の終結は、聖杯戦争の終わりを告げてはいなかった。
 倫敦(ロンドン)―――第七次聖杯戦争。
 伯林(ベルリン)―――第八次聖杯戦争。
 羅馬(ローマ)―――第九次聖杯戦争。
 冬木より大聖杯を強奪し、遠坂凛によって引き起こされた三度の亜種型聖杯戦争。魔術協会の本部たる時計塔は崩落し、聖杯戦争の基盤を作成したアインツベルンは壊滅し、監督をしていた聖堂教会は崩壊した。聖杯戦争の舞台になった三都の霊脈は聖杯に喰い荒らされ、再生に数十年の年月を必要となった。
 行われた聖杯戦争に優勝し、生き残ったのはただ三騎。
 ロンドンのアーチャー。
 ベルリンのセイバー。
 ローマのライダー。
 受肉した三体のサーヴァントは、己が為に最後の決戦の地に集う。
 アーチャーは召喚者である遠坂凛により、冬木の大聖杯を管理する偽りのシステムクラス・ビーストに変貌した為に。
 セイバーは自分を召喚したアインツベルンの魔術師が遠坂凛によって殺され、奪われた聖杯を取り戻す為に。
 ライダーは聖杯を強奪したビーストのサーヴァントを斬り殺し、自分を召喚した代行者の仇を討ち取る為に。

 そして、英霊の魂を食らった三つの小聖杯を使い遠坂凛は―――冬木にて、七騎の英霊が召喚された。

 冬木に集いしは者共、七騎を討ち滅ぼし、死徒トーサカを滅ぼすが為。
 ……これは聖杯戦争ではない。
 聖杯によって再来した英雄殺しの物語である。





 ―――この星は、もう駄目だ。

 男は王位に就く前から世界を見限っていた。人間以外に興味がなかった。

 己が先祖は神に創造された神造人間であり、神の血を引き継ぐも、文明を良しとすべき人間に必要なのは進化である。星に縛られた者共に未来はなく、完成された不変故に進化もない。その考えこそ、彼の王道であった。

 ならば―――我ら霊長に、この星は要らず。

 我々の死とは変換であるのだろう。遺伝子を残し、意志を残し、文明を残し、技術を進歩させる。一個体など無用。不老不死など人界に不要。

 しかし、それでも絶対なる君臨者が必要となる。

 人間種には惑星を支配し、やがて天地を捨てる王が必要となる。

 親であるこの星を離れ、世界から独立した生態系を確立しなくてはならない。その男は生前、視界に入るあらゆる誰かの為に戦い抜き―――神に、敗北した。遠い祖先の造物主である啓示神に殺された。

 星が神代の頃。人代には遠い遥か過去。

 人と神が、人と精霊が、人と天使が、人と悪魔が、まだ同じ言葉で世界を営んでいた時代。

 男は生粋の人間だった。徹底徹尾、人間の為だけに全てを賭していた。

 問答無用で星を喰い殺し、文明の発展に心血を注ぎ込む君臨者だった。

 天を穿つ為、大地を殺して塔の材料にしたのも必然だったのだろう。神が作った人間の系譜でありながらも、男は己が血に流れる神性に価値を見出していなかった。

 

「―――フ。フフフ。

 これで千の大台は超えましたね。トーサカさん」

 

 玉座にて、狩猟王は笑った。千里眼で全てを見定めていた男は、そんな遠い生前の自分を過去視で見ながらも、今の計画を迷い無く進めていた。

 また一柱、この巨塔都市にて死んだ。

 抑止力が召喚した巨塔に対するカウンターガーディアンもどき。

 本当ならば意志無き殺戮者として現世に召喚されるも、この冬木の裏側である塔国の固有結界内部ではサーヴァントとして運用される法則が存在する。

 

「あら……本当みたいね」

 

 そして、魔法使いの悪魔は英霊の魂をまた一つ捕えた事を固有結界より感じ取った。自分と狩猟王の配下である聖大帝(ランサー)外法王(キャスター)が大英雄と呼べるサーヴァントを殺害し、自動的に強靭な英霊の魂が聖杯へ焚べられた。

 素晴しい。とても素晴らしい死だ。

 ―――また、守護者(ガーディアン)のサーヴァントが死亡した。

 

「この魂は……まぁ、ふふ。良いわね、上質よ。並の英霊の二倍以上はある。人間霊で数量を測れば、十万人分以上の第三要素。

 記念すべき千人目はアーチャーで真名は―――凄い、ラーマね。インドの理想王」

 

 その者の名前を聞き、嗚呼と王は嘆息した。彼は人殺しを好まず、殺戮を厭う英霊だ。必要ならば殺すのだが、やはりその所業を行った自分自身に対して負の感情を抱かずにはいられない。

 

「……誇り高き過去の人間が、抑止の奴隷として運営される。人類守護の為に、魂を道具として消費される。そして、人理の反逆者たる我々に屠殺される訳ですね。全く以って、心に響く悲劇ですね。

 何て、無様でしょうか?

 何て、滑稽でしょうか?

 本音を言えば、英霊を殺すなんて勿体無いのですがね。基本、強くて善良な人たちですから」

 

「善良な人。確かに、英霊はそうね。けれど、この都市にとっては文明を滅亡される事を目的とした鏖殺者共に過ぎないわ。

 ニムロド。貴方からすれば、天から降り注いで来た天罰と変わらないんじゃない?」

 

「全くです。生前は我が民を淡々と処刑する天使を全て殺し尽くしましたが、今度は英霊ですからね。いやはや、人間に人間を殺させる役目を負わせるとは、この星は相も変わらず腐った世界のまま、まだまだ腐り続けるようです。

 勿体無い。実に無価値な浪費です。

 無限ならざる有限の生命体であるからこそ、世界は枝分かれを繰り返し、数多の選択から真実を選定します。その上で、要らぬ世界を剪定して我らの世界系たるこの太陽系の、この宇宙より定められた次元の栄養素に変えるのでしょう」

 

「人理ってやつね、それ。貴方はあんな古い時代から、とっくにこの未来を見定めていたってことかしら?」

 

「勿論ですとも、我が召喚者(マスター)。数多の世界のあらゆる時代で、人間は文明を築いています。根源と言うのはとても面白い現象でしたよ。世界を区切る空の境界を超え、無を通せば楽しい娯楽が無限に広がるのが人理と言う玩具です。

 何より根源には、人類以外の知性体の叡智もありますのでね。

 我がバベルを人類史には在り得ぬ領域の文明まで育てるのも簡単でした。私一人の代で、遥か彼方の未来の文明技術にまで成長させるのを可能にする知識の宝庫。

 神は勿論、この太陽系の外側の宇宙も、外宇宙に存在します領域外生命体の情報も沢山ありました」

 

「それがバベルの正体だからこそ、私は態々貴方と座から現世に呼び込んだのよ?」

 

「ええ。本当に感謝していますよ、トーサカさん。何よりも―――」

 

 星を滅ぼす巨塔の玉座より、狩人の人王は淡々と語るのみ。

 

「―――ここは我が巨塔都市。

 我が魔術、我が魔法、我が魔導によって再建された最古の人代国家。

 となれば必然、我らの計画に狂いはないでしょう。とは言えです。この冬木では、この目が持つ未来視が効きません。あらゆる時代と並行世界、時間軸から隔離された特異点、在り得ぬ歴史を刻んだ異聞帯、そもそも人類史が異なる異世界―――成る程。これらは所詮、根源の内側にある宇宙の事象に過ぎません」

 

 己が召喚者に王は優しく微笑んだ。この女も自分と同じく絶対者。対等の魂と業と、魔法を超えた魔導の技を持つ人以上の人間だ。君臨者ではないが、世界の理を司る事に違いはない。

 ならばマスターなどと言う呼称は生温い。

 男が単純に、この魔術師をトーサカさんと呼ぶのはその為だった。

 

「未来も過去も、我が目の届く世界です。生前の私でありましたら、英霊の座は勿論、神の座や、現世と違うあの世と呼ばれる楽園や地獄も、幻想種が住まう裏の異界も、魂が帰還する星幽界も、星の内海も、全て……あぁ、その全てが我が弓矢の射程範囲です。時間も世界も、まるで関係がありませんのでね。

 七次元以上の―――宇宙の果てまで、我が目は観測してみせましょう。人類史から切り離された我らの世界、我らのバベル以外ではの話ですけどね」

 

「この世界はその為の舞台劇場だからね。貴方の言う時間軸外の領域にしたのも、バベルによる固有結界が目当てだったからだし。

 ……まぁ、それだけの事よね。

 人類史から外れた他惑星地帯化―――古き人代の魔術王国。

 南米の大蜘蛛が持つのを参考にして、人理から隔離した侵食鏡面異界を貴方の宝具を核に作り上げただけ。ここなら抑止が抑止として機能せず、魔法を忌み嫌う世界の魔の手も及ばない。

 此処に来れるのは、聖杯戦争の仕組みを利用したサーヴァントもどきの守護者程度。人類を救う獣狩りの冠位は存在せず、守護者が本来の抑止力として顕現するのも有り得ない」

 

「後はそうですね、例えばになりますが……今の世の、世界を救う生きた英霊候補とかですね」

 

「―――アンタ。もしかして……」

 

「ええ。今し方の事ですがね。確認が取れましたよ、トーサカさん」

 

「……そう。連絡は小まめにお願いね、ニムロド。それで、もうあいつらには連絡したのかしら?」

 

「勿論ですとも。潜んでいる彼らと合流される前に、こちらから索敵して叩き潰します。加えて、あれらを餌にして、我が王国に隠れる敵を釣り上げてもみようかと」

 

「ふぅん。そ。なら、それでいきましょう。貴方の千里眼が使えれば、見付けるのも手っ取り早いのでしょうけど。そうはいかないのが聖杯戦争だしね」

 

「いやはや、こればかりは無理と言うものです。なにせ、建設中はずっとこの目で塔の術式を見て組み立てなければ、精密な魔術理論は運営できません。

 何より、魔術師にとって目とは、霊体の核となる脳髄と直接繋がる神経臓器。この魔術機関を万全に使えないのは、魔術学者として致命的でありますし、神秘を世界に披露するのも一苦労です。

 そもそも抑止対策に人理外の領域を作ったのもあって、ここでは自分の千里眼すら見え難いですからね」

 

「あら。弱気ね」

 

「ただの事実ですから。生前も現在も、自分の力を驕ることなどした事はありませんので」

 

「ふふふ。今に伝わる御伽話とは真逆ね」

 

「油断と慢心が出来る程、外交情勢に恵まれた王ではありませんでしたから。何せ我がバベルの敵対国は、あの神が支配する天の国でしたのでね」

 

 嘗て、まだ魔術が確立していなかった時代。神秘全てが魔法だった過去。魔術王が人類に文明技術を与える前の世界。

 生前のニムロドは―――魔法使いだった。

 いや、今の時代でも魔法使いと呼べる根源接続者だった。

 魔法を超えた魔導と呼べる技量を魔術師(メイガス)として持ち、更には魔法の領域に至った弓の技量を誇る狩人でもあった。とは言え、英霊の座にいる本体はそもそも根源の渦に存在し、その分身体である今のこの魂は、根源接続者と呼ぶには相応しくなく、生前のように天使を容易く屠る魔法を行使可能な訳でもない。魔術と狩猟の技術そのものは生前のままだが、能力自体は弱体化してしまっている。だが、変わらないモノもある。

 彼はバベルの支配者だ。

 何より―――人類全てを背負う王だった。

 人を護る為に神を殺そうとした王だった。

 強くなろうと努力を続けただけの、当たり前な人間だった。

 尤も、神霊が人間達の神足り得る所以―――権能を欲したのも事実であるが。

 

「だから私は他英霊のように、敵国の人間種を日常的に殺し回った類の英雄ではありません。罪人の処刑は責務として日々行いましたが、それらも国の法律に則った殺人行為でありまして、戦場での人殺しは余り慣れていない訳です、トーサカさん。例外として我ら人間に害為す天使や悪魔は虐殺し尽くしましたとは言え、同じ生物である人間に対して殺戮は……まぁ、若い頃は行いはしましたが、それも統一王国を建国するためだけ。統一国家バベル建国後において、我が国から戦争は根絶されました。

 事実――バベルは完璧なる世界平和が成された唯一の人代の国。

 我が治世において、この私のバベルにおいて、男女平等、民族平等、人種平等が完全達成された人類皆兄弟(姉妹)が当たり前でした。

 我が国家と王たる私が迫害したのは、人が紡ぐ未来を神に売り払った人類の裏切り者だけですので」

 

「預言者アブラハムだったかしら?」

 

「その人とその弟子ですね。あぁ、本当に勿体無い人でした。彼が私達人間を裏切らず、神の駆逐を志す仲間でありましたら、共に平和な良い国を築き上げられた傑物だったのですけどね」

 

「あら、恨んでないの?」

 

 その一言を、ニムロドはとても不可思議そうに首を傾げた。その結論に至った己が召喚者が理解できないと、何時ものように優しく微笑んでいた。

 

「不思議な事を仰るのですね、トーサカさん。何故、自分と同じ人間を恨むですか?

 あの預言者を神に洗脳された哀れな人間だとは思いましたが、自分と同じ人間は誰も恨んではいませんよ。何より言葉が通じあえば誰とも理解し合えましたし、向こうが私を理解出来ずとも、私は心も魂も感情も全て理解できますから。

 そもそも――預言者は裏切り者ですが、罪人ではありません。

 私の国で神の言葉を広めはしましたが、宣教自体は罪ではありません。宗教も基本的に自由な御国柄でした。なのでバベルは神の存在を否定はしませんし、決して敬うことも有り得ません。しかし、私が持つその無関心さと、神の奇跡を簒奪して人間の為だけに文明化したのは、あの天の国において罪となることでしたのでしょうね。

 憎悪すべきは―――アレだけです。

 私の民を殺したアレだけは、この身が王である限り許してはならないのです。私の国の人間を殺したのであれば、私の国の法で以ってその罪を――誰であろうとも、償って頂けなければ」

 

「……ふぅん。その憎悪に、私情はないのね?」

 

「まさか。私情無くして義務は果たせません。責任とは、感情がなければ背負えないモノですよ。王としての責務は、私が望んでいる生き方です。

 ―――私が過去を許してしまえば、殺された我が全民族(ニンゲンら)に顔向け出来ません」

 

「良い信条ね、ニムロド」

 

「ありがとうございます、トーサカさん。それに異民族同士ならば、まずは互いの信条を知ることが必須です。異文化コミュニケーションはやはり、底辺の理解から始めなければなりません。マスターとサーヴァントしかり、社会人同士のビジネス交流も、男女関係も友人関係も、そんな風に違う文化圏で生活する人間と理解し合うには、まずはその人物の話をしっかりと聞く事が大事です。その生き方を知らねば、在り方を悟ることなど出来ない訳ですから。

 信用は、人柄を知れば生まれます。

 しかし、その人の人格の土台を知らなければ、信頼は生まれないのですから」

 

「それは道理だわ。言葉はその為に在る訳だし」

 

「ええ―――言葉とは、他人を知る為に存在すべきなのです。この世全てを統一するには、万人を理解する言葉が大事なのですよ。

 ですので、私は貴女の信条も良く知りたいと考えています。

 折角出会ったのでありましたら、この縁こそ英霊にとって大事な宝となるのですからね」

 

 無論、ニムロドは全てを理解している。人類史最強の狩人(アーチャー)が持つ千里眼はこの世全てを理解する―――だが、やはり言葉で通じあってこその人類である。

 俯瞰風景から覗き見した人生になど価値はない。

 第二法を簒奪した死徒(ヴァンパイア)――トーサカが語る人生観をニムロドは聞きたかった。無意味な人生はこの世にはなく、意味のない人間など存在しない。しかし、存在価値の有無と大小は人それぞれだ。狩猟王はあらゆる人間の人生を見通すも、過去のその瞬間に感じた本人の感情までは見通せない。それは本人が言葉にしなければ理解できないこと。

 

「ですので、話をしましょうか。出来れば、何時かは酒でも飲みながら」

 

 酒は良い。人間にとって酒はどんな時代でも最上の嗜好品。特に職人が努力と才能を絞り尽くして研究した作品は特に良い。ニムロドはそう言った極め凝らして作り上げた物こそ、最高の贅沢品だと考えている。料理にも同じことが言えるが、美味い酒は作り手の理念が込められている。

 故に――神酒の類は酷く不味い。

 彼にとってヘドロに等しく、呑むだけで吐き気がする。あんな下らない泥水(神の酒)は、召喚された現世で大量生産されてコンビニで並べられている商品の方が遥かに美味しく感じられる。いや、そもそも比べる事自体が、物を作っている人々に失礼と言うもの。

 狩猟王にとって特別でも何でも無い人間が、職人として作った品物こそ愛している。

 

「酒ね。うん、酒は吸血種になった今でも好きよ。同じ戦場で戦うパートナーとなら、肴になる話題も尽きないもの」

 

「フフフ。そう言うことですよ。やはり死んだ人間が人の形を持って現世に甦ったのでしたら、願望は願望、欲望は欲望と別けて考えるのが一番です。

 誰かと酒を飲んで世間話がしたい……あぁ、実に人間らしい営みでしょう」

 

「なるほど。確かに、人間らしい感傷だわね」

 

「勿論。一度死のうとも、所詮この身は人間ですから。願望や欲望に関係なく、ただ美味い酒が誰かと飲みたい。たったそれだけのことが、この現世に甦る理由になるのが人間と言う生き物です」

 

 生前は幸福だったと狩猟王ニムロドは実感している。後悔も未練も、やり残した復讐も、置き去りにした妄執もあるが、それでも不幸ではなかったと受け入れている。

 だが―――自分は人間である。

 英雄で在ろうとしたことなど、人生でただの一度もなく、足掻き続けただけの王である。

 どんなに自分自身の所業を開き直ろうとも、この世全てを背負う最強の魂を持とうとも、人類史最強の狩人で在ろうとも、神の座に届く魔術師で在ろうとも―――自分は、自分である。人間である。

 だから、バベルを再び始めよう。

 人間を、宇宙まで繁栄させよう。

 この異界こそ――天蓋巨塔都市。

 四つの聖杯で以って冬木をバベルに再誕させるべく、狩猟王(ニムロド)召喚者(トーサカ)と共に国家建国を遂に開始した。

 




年表

1992年:第四次聖杯戦争。言峰士人が聖杯に呪われる。
      遠坂凛に言峰士人が弟子入り。
1993年:言峰士人が本格的な代行者の修行を開始。
1994年:自分の異常を認識し、言峰士人が覚醒を始める。
1995年:地下室の撤去を開始。孤児院の正常活動。
1996年:言峰士人、カレイドルビーに遭遇。そして激写。
      マジカルステッキにとある仕掛けを施す。
1997年:衛宮切嗣死亡。
      バゼット・フラガ・マクレミッツが言峰綺礼と出会う。
1998年:言峰士人が現役最年少代行者に選ばれる。
      沙条家が冬木市に紛れ込む。
      言峰士人がギルガメッシュの臣下となる。固有結界の覚醒に成功。
1999年:シエルが機関長の嫌がらせにより、言峰士人の担当に抜擢。
      バゼットが言峰士人と遭遇。
2000年:沙条愛歌が冬木に襲来する。これを言峰士人が撃退。
2001年:アインナッシュの崩壊。死徒二十七祖第七位の消滅を確認。
2002年:一月、言峰綺礼死亡。
      二月、第五次聖杯戦争が始まる。結果、聖杯は完成ならず。
      三月、間桐臓硯が亡くなる。間桐桜が当主に。
      十月、冬木異変が起こる。
2003年:三月、衛宮士郎他高校卒業。
      四月、遠坂凛が衛宮士郎を弟子にして時計塔入学。
      また、バゼットが美綴綾子を時計塔で弟子にして入学させる。
2004年:カレン・オルテンシアと言峰士人が出会う。
      間桐桜が時計塔へ入学。
      言峰士人が代行者活動に専念し始める。
2005年:衛宮士郎、時計台を去る。遠坂凛も同時に時計塔から野に下る。
2006年:美綴綾子、時計塔を去る。野に下り、世界へ飛び出す。
      間桐桜、時計塔を卒業。その年、教会から養子を引き取る。
      衛宮士郎、封印指定に認定。
2007年:遠坂凛が時計塔に帰還。ゼルレッチの弟子となる。
      間桐桜が冬木の代理管理人となる。計画進行開始。
2008年:アルズベリ事変の勃発。死徒二十七祖の派閥が完全崩壊する。
      魔術協会、聖堂教会、共に組織形態が崩れる。
      埋葬機関第七位が副機関長を任命される。
      カレンが冬木教会へ赴任する。
2009年:衛宮士郎の封印指定が一時凍結。
      遠坂凛が魔法使いの弟子を卒業。
      言峰士人が本格的な計画を実施。
2010年:真祖アルクェイド・ブリュンスタッド討伐作戦。
      殺人貴死亡。そして、真祖の絶滅を確認。言峰士人の消息が完全に途絶える。
      シエルが埋葬機関の掌握を開始する。聖堂教会の組織再編を急ぐ。
      バゼットが執行者として王冠に選ばれる。
      衛宮士郎が処刑台送りにされるも、美綴綾子が阻止する。
2011年:第六次聖杯戦争。
2012年:遠坂家によるアインツベルンの滅亡。僅かなホムンクルスが生き残る。
      新たな第三法の体現者が見つかる。
2013年:トオサカの暗躍。魔法の統合と言う最悪の禁忌に成功する。
      聖杯戦争が拡散するが、システムは遠坂家が独占。
      ロンドン、ローマ、ベルリンでほぼ同時に聖杯戦争が勃発。
      時計塔大破。聖堂教会の崩壊。
      ゼルレッチ死亡。新たな死徒二十七祖第四位として偽法宝石トオサカ・リンの出現。
2014年:日本の地方都市で聖杯が出現。根源の渦が安定する。
      協会の派遣部隊の全滅。教会の代行者も皆殺しにされる。
      受肉した英霊の召喚が確認される。敵対戦力が十人以下と発覚。
      都市であるにも関わらず、特級の危険地域に指定される。
2015年:七騎士殲滅作戦と死徒第四位討伐戦線の開始。



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2.贄街

 抑止の守護者として召喚された英霊は、ほぼ全てが遠坂凛と、その魔法使いに召喚されたサーヴァントによって皆殺しにされた。

 冬木市。その異界化した街――否。其処は既に太古の魔術師が展開した結界都市。

 名付けるならば―――天蓋巨塔都市。

 それはもはや、神の叡智さえ超える隔離魔界。悪魔でもなければ、死徒でもなく、宝具を持つ英霊が魔術によって生み出した異界常識を、遠坂凛が展開した隔離異空間と融合させて生み出した平行世界ならざる同列異界。ならばもう見る影も無く、冬木の街は幻想に侵食された。

 

「ようこそ、この小さな隠れ宿へ。

 抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)ではなく、まさか生きた人間が此処に来るとはの」

 

「はい。では改めまして、匿って頂きありがとうございます。遅くなりましたが、自分の名前は言峰士人と言います。

 貴方の名は何と言いますか、御老体」

 

 そして、彼は眼前の人に名を問う。見た目は正に御老体であり、簡易な薄黒い甚平のような和服と、刈り上げた坊主頭に手拭を巻いている姿は、日本人以外の人種には見えなかった。

 

「―――上泉信綱。武士じゃ」

 

 神父と話す老人、上泉は内心で真名を隠す必要がないのは楽で良いと思っていた。今の自分は聖杯を求めて召喚に応じたのではなく、抑止の守護者として英霊召喚を承諾した身。本来なら抑止の召喚など応じない正規の英霊であるが、どうも緊急事態との事で守護者も、反英霊も、正英霊も、何も関係なく座の眷属は駆り出されているようだった。

 となれば、世界の危機を救う同じ立場の神父に真名を隠匿はしない。

 剣聖―――上泉伊勢守信綱は、戦と武芸と人斬りを人生とした狂気など全く感じさせず、穏やかな笑みを作っているだけだった。

 

「ああ、剣聖の。では―――上泉さん。この度は助けて頂き、感謝致します」

 

「よせよせ、敬語なぞ気味が悪いの。他の奴にも遠慮はいらんぞ。それでお前さん、なにをやってる人だい?」

 

「―――ふむ。そうか、ならば止めよう。それはそうと、俺は神父をしている聖職者だ」

 

「ほっほっほ、神父とな。ふぅむ、見た目はこの国生まれに見える事は見えるが、違かったか。やはり南蛮の僧侶かの」

 

「まぁ、そんなところだ。だが、俺はこの国生まれだ」

 

「何と。にしては、黒髪黒目が標準的な日本民族の風貌から離れとるが……まぁ、良いか。些末事に腐心するのは平和な時だけで良いじゃろう」

 

 神父の前にいる老人はサーヴァントとしての気配はない。英霊としての気迫もない。本当に日常を謳歌している一般的な、まるで定年を越えてやっと年金生活に入って余生を楽しんでいるような、そんな雰囲気の年配の方にしか見えなかった。

 しかし、それが士人にとって相手が自分より遥か格上だと確信させた。

 真名があの剣聖―――上泉信綱と言うのであれば、おそらくはこの日本において頂点のレベルに位置する武芸者。柳生新陰流の原典に位置する新陰流の開祖である。

 

「神父……―――ほう、成る程。君は十字の異教徒か。だが、今は構わぬと言えば構わぬか」

 

 そして、上泉の他にもう一人、この隠れ家の一室にて煙草を吸って話を聞いていた人物がいた。

 

「ラシードや。そう殺気立つで無い」

 

「分かっている。この拠点の家主として、客を蔑ろにはせん」

 

 その名前に士人は聞き覚えがあった。聖杯戦争の監督役として、世界中の古今の逸話を学び尽くした神父で在る故、ある程度有名ならば簡単に理解出来る。何よりも今の時代、魔術などの外法の学問でなければ、インターネットに接続するだけで容易く欲する知識を身に付ける事が可能。英霊の座に招かれる程の英雄であれば、現代人はあっさりと本や資料を読まずに把握出来て仕舞える時代である。

 よって異教徒(イスラム)の宣教師であろうとも、言峰士人からすれば当たり前に名前が分かった。

 

「ラシード……ああ、あの有名な。六代目主席宣教師だったか」

 

「知っているなら話は早い。では神父、私も軽い自己紹介はしておこう。

 真名はラシード・ウッディーン・スィナーン。言い当てた通り、教団六代目主席宣教師のダーイーである」

 

 アサシンのサーヴァント――ラシード・ウッディーン・スィナーン。教団教祖にして初代指導者ハサン・サッバーハが創設した暗殺教団に所属していた宣教師(ダーイー)の一人。そして、ハサン・サッバーハではない暗殺教団のアサシンであり、闇に潜みながらも名を轟かせた伝説の暗殺者でもある。

 ある意味、アサシンの語源の元凶でもある正真正銘、本物の魔人。

 悪辣さは歴代ハサンを容易く超え、暗殺ではなく抹殺に拘り、教団最悪の暗殺者の群れ―――殉教者(フィダーイー)を完成させた英雄であった。

 

「成る程。ならば、この隠れ家はお前の宝具か、スキルによる陣地作成のようだな」

 

「素晴しい見識だよ。正解だ。此処は我が宝具の一つ、殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤード)による秘密の園だ」

 

「ああ、それもまた有名だな。伝説の中で生きる山の老人が住まう秘密の園か」

 

 曰く、薬物と女体で洗脳した。

 曰く、一度入った者を狂信者に生み変える。

 曰く、死を自ら望んで信仰を達成させる殉教者を量産していた。

 故に、宣教師。

 違う神を信じる異教徒を自分達の宗教に取り込み、違う宗派の同じ信仰者を自分達の主義に吸収する。それは何でも無い民衆を狂信的暗殺者にする本当の魔物。本人も非常に優れた暗殺者であり、超常の神秘を身に付けた呪術師であり、生まれつき透視の目を持つが、もう一人の山の翁として彼は暗殺者を作り出す暗殺者―――主席宣教師であった。

 

「それだ。で、それを知った君はどうする? 此処を出て行くかね?」

 

「まさか。お前が過去に何人洗脳し、何人殉教者として捨てたのか、どうでも良い事だ。無論、俺を洗脳すると言うのであれば止めはせず、敵が一人増えるだけのこと。

 そして、生前のお前が幾人も信者を虐殺していようと、俺と、俺の信仰には、何ら問題はない」

 

「……君、本当にあの十字教徒か?」

 

 神の名を借りて凶行に勤しむ蛮族。北の土地から来た異端者共は、本来ならローマ帝国の処刑器具に過ぎない十字架をシンボルに掲げ、あの砂漠の土地で殺戮に興じていた侵略者であった。目の前の青年はその信仰を受け継ぐ一人であり、あの聖堂教会にも所属している殺戮装置でもある筈。そんな狂信者がアサシンを生み出していた自分(ラシード)を目の前にすれば、殺し合う方がまだ自然な流れ。

 

「何。我らの宗教は過去に殺し合い、現在でも殺し合い、そして、この先の未来でも殺し合いを続けるだろう。だが、それを我らの神が見て何を思うか?

 啓示を人に与える我らの主は、隣人を殺すことを喜ばれるか?」

 

「さて。私はただの教徒故、答えを持たない。しかして、我らの神は……―――」

 

「―――ああ。言わずとも結構だとも。無論、神の御気持ちなど、俺には到底理解出来ない。お前もそれは同じ筈だ、ラシード。

 だが、宗教は違えど、教えは異なれど、信じるは同じ啓示の神であろう?

 となれば、憎しみ合う事も、殺し合う事も、やはりそれは自分達人間の都合に過ぎない。お前が許し、俺が許すのであれば、それだけで戦わぬ理由が出来上がると言うものさ」

 

 その神父の言葉を聞き、アサシン(ラシード)は白けた視線を送る。彼は宣教を生業とする暗殺者であるため、相手の言葉に込められた感情と意志を目で見るように仕分け可能。

 

「嘘はつかぬが、本意ではない。そう考えてはいるが、個人の感情は何一つ込めてはいない―――成る程。成る程。嘘言わぬ詐欺師と言ったところか」

 

 声に何も無いのだ。神父は本当にそう喋っているだけで、脳裏に書いた台本を読んでいるだけに過ぎない。自論ではあるのだろうが、知識だけの言葉に過ぎず、説得力があるだけの諭すような説法だった。

 個人的感情を挟まない聖職者としては確かに完璧なのだろう。神父として万人がそう在れば幸福になれると、理想論的な前提を話しているのだろう。

 しかし、彼本人はそんな事柄に何一つ価値を見出していないことを、このアサシンはあっさりと理解してしまった。

 

「ほう。鋭いな、暗殺者」

 

「戯け。君が胡散臭過ぎるだけだ、神父」

 

「成る程。胡散臭さは抜け切れないか。三十路手前になったが、心はまだまだ未熟だな。子供の頃とそう変われないとはね」

 

「肉体が成長しても精神が成長しなくては、糞ガキはただの糞になるだけだ。そう言う輩が哀れなのは、私が生きた過去もこの現代も変わらぬ事柄だろう。信仰もなく、怠惰と堕落に生きる糞のような肉塊は、見ていて恥ずかしい気分になる。

 とはいえ、君はそれらの愚物には程遠い腐れ外道のようだが」

 

「そうかもしれないな。腐れ外道であることは、周囲の自分の評価からも認めざるを得ないだろう」

 

 にたり、と実に雰囲気に合った笑みを浮かべる神父(言峰士人)宣教師(ラシード)はその姿を胡散臭く感じながらも、決して虚言を吐かない敬虔な信仰者であるとも確信していた。

 この矛盾、確かに無視出来ない。言葉を僅かに交わしただけで、宣教師はこの男の異常性を察知し、だからこそ言葉だけは信用出来ると言う変な確信も同時に察していた。

 

「……ふむ、まぁ良い。

 では、私は作業に戻る。苦労して捕獲した天蓋巨塔(バベル)の眷属、醜い天罰天使を洗脳しなくてはならないのでな」

 

 そう嘲笑い、山の翁が住まう逸話を持つ秘密の園――宝具、殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤード)の家主であるラシードは、上泉信綱と言峰士人を部屋に残した。本来の自分の居場所である作業場にて、洗脳桶で磔にした獲物に薬物投与や呪術行使を行うべく、稀代の宣教師は背中を見せて扉から出て行った。

 

「ふぅ……相変わらず、あの翁殿は生真面目だのう。世界の命運が掛かっていようが、甦ったならもうコレは儂らの人生に過ぎんと想うのだがな。

 我ら死人に過ぎぬ稀人(サーヴァント)よ。所詮、甦った者勝ちの馬鹿騒ぎじゃ」

 

 ……ずずず、と言う音。音源は神父の目の前に座って笑う老人、上泉信綱。

 湯呑に入れた緑茶をゆっくりと飲み、餡子の匂いがする饅頭を美味しそうに食べていた。

 

「茶、美味いか?」

 

「勿論じゃよ。久々に呑む娑婆の緑茶は美味いのう」

 

 そして、煙管(キセル)で煙草も楽しみ出す老いた剣豪。士人も何となく寛ぎたい雰囲気となり、懐から特製激辛飲むマーボーを入れた水筒を取り出し、煙草を咥えて魔術で先端を着火した。

 

「……それで、この異界はどんな場所なんだ?」

 

 聞かねばならない事がある。助けられたのはいいが、士人はただの異界に流れ着いた漂流者ではない。現実世界からこの異界を破壊すべく来訪した聖堂教会の代行者であり、弟子として師匠の不始末を愉しむ為に来た腐れ外道であった。

 それを果たす為には、この目の前の老人から情報収集をする必要がある。

 

「ふぅむ、ふむふむ……ふむ。いやはや、はははっはっはっは―――考えても詳しく分からんわい。

 儂はキャスタークラスじゃないからの。暗殺者の匣に組まれた剣士に過ぎず、生前はちょいとした裏太刀……まぁ、俗に言う忍術じゃな。忍者から盗んだ技を研究し、新陰流兵法の我流忍術を習得していた程度の術者に過ぎんのよのぅ。

 儂は妖術師でも陰陽師でもないので何ともなぁ……うぅむ、分からん。恐らくは日ノ本で言う竜宮城や鬼ヶ島のような、現実から隔離された異界常識が支配する場所と言う事くらいしかの」

 

「それは分かっていることだ。そうだな、キャスタークラスの仲間は不在なのか?」

 

「いたにはいたがのぅ……殆んど(ミナゴロシ)じゃ。このバベルで生き残っているのは、隠れ潜むのが得意なアサシンか、そう言う宝具や技能を持っているサーヴァントだけじゃ。

 その点、剣術以外にも忍術も修めている儂や、山の老人であるラシードは生き残るのは楽じゃったよ。むしろ、強大な力を持つサーヴァントほどあっさりと殺され尽くされたよの」

 

「それはまた……」

 

「とは言えの、逆なのかもしれんな。あの行動を見るに、強いサーヴァントを狙い、確固撃破していたようにも見えたのよのぅ。儂らのような、神話にも魔術にも疎いか弱いサーヴァントは、大分後回しにして殺し回っているような……否、あれは殺すと言うよりも蒐集かもしれんの」

 

「か弱い……?」

 

 アサシンで在りながら、並のセイバーを遥かに超える剣神。その上でアサシンらしく隠行を行い、忍術にも精通し、臨機応変にあらゆる敵に対応する魔人。しかも集団戦や軍略にも通じうる指揮官でさえある。それがこの暗殺者(アサシン)、上泉伊勢守信綱。か弱いなどと言う形容詞が全く似合わない何でも有りの兵法家。合戦にも心得がある剣聖など、誰だって敵対したくはないだろう。

 そんな伝説的な剣豪がお茶を飲みつつ、彼の出身地である上野国――現代で言う群馬県の特産品をお茶受けとして食べていた。

 

「……いや、まぁ良い」

 

 味噌風味の甘い匂い。どうやら中身がない饅頭のようなものであり、外側の皮にタレを塗って焼いた食べ物。あの食べ物の名前は確か―――焼き饅頭。

 それを見た神父は思い付く。素まんじゅうにマーボータレを塗って焼くのも良いじゃないかと。

 

「群馬名物、焼きまんじゅうか」

 

「儂が死んだ後で出来た地元の名産品だがの。こんな異界ではあるが、本屋やコンビニ……じゃったか。そう言う店はまだ残っていての。それで知って、ついつい作ってみたんじゃよ」

 

「愉しんでいるな」

 

「そうじゃな。儂は基本、サーヴァントライフエンジョイ勢だしのぅ。老年は柳生の里じゃったが、育ちはバリバリ上野国のグンマー人よ」

 

「グンマー人?」

 

「グンマー人よ」

 

 焼きまんじゅうを食べながら茶をしばいている姿は、確かにもう群馬県民の何者でもないのだが、ここは異界化した冬木市である。この異世界感に戸惑う神父であったが、取り敢えず群馬の剣豪なら仕方がないと納得した。しかし、関東地方の中にある群馬県の田舎っぷりを揶揄するネットスラングを、戦国時代の大剣豪が使うの見るととても脱力する気分になる。尤も士人にまともな情緒はなく、人間から学んで修得した感情と感性を理性的に演算することで、普通ならばそんな気持ちになるだろうと思考しているだけだが。

 とは言え、だ。士人は取り敢えず、思考を止めずに焼き饅頭を食べる剣士からの情報を脳味噌で咀嚼する。

 

「で、蒐集とは?」

 

「魂じゃな。我らサーヴァントを殺して集めるとなれば、それ以外に思い付かんしの」

 

「やはりな。となれば、聖杯の動力源だろうな」

 

「……聖杯?

 ほぅ、南蛮の神が齎した奇跡じゃったか。それが我らの魂を喰らって太るとは、何とも血生臭い神様がいたものか。

 いや、その手の伝承は日ノ本でも珍しくない話じゃな」

 

 伝承と伝説は血生臭い。それらは人の歴史に基づくモノであり、歴史とは人間同士の闘争の積み重ね。信綱は聖杯が魂を喰らう化け物だと知ったが、それを別段不可思議に思わなかった。

 

「まぁ、俺が知っているのはアインツベルンだがな。カトリックの聖者の血の杯ではなく、願いを叶える魔法の釜の模造品だ。そして、この度の事件で使われているのは釜の方の杯だ」

 

「成る程のう。そいつは厄介じゃな。抑止の駒として召喚された筈の儂らが、実はただの生贄に過ぎず、敵はエネルギー蒐集に抑止力さえ利用していると推察出来るの。まるでこの儂や死んで逝ったサーヴァントが、異界の主人からすればこの焼きまんじゅうと何一つ変わらん訳か。

 うーむ、そいつは拙いの。実に―――拙い。いや、焼きまんじゅうは不味くなく、美味いがの。流石我が故郷」

 

「―――それで?」

 

 焼きまんじゅうの話になると長くなりそうだったので、神父は信綱に話の先を促した。ついでにこの大剣豪、まだ焼きまんじゅうを食べて続けており、串刺しにされた饅頭がまだ皿の上に積まれ、お茶の御代わりも万全だった。

 

「もう既に数百以上の英霊が殺されておる。まともにバベルの塔と戦ったヤツは例外なく皆殺しじゃったしな。生きているのは儂やラシードみたいに逃走の術に長け、尚且つ対人戦闘にも非常に優れているような者のみよ。どちらか欠けていれば、それはもうあっさりと殺されおったわ。それかあれじゃな、運良く秘密の園に保護された者や、他に協力者がいる者程度かのう。

 自重出来ぬ輩は集団で嬲り殺され、弱い者は普通に甚振り殺され、隠れるだけの者は焙り殺されたのう。

 宝具頼りな者は良い獲物じゃったしなぁ……いやはや、実に強者が生きるに厳しい異界じゃな。強い魂を持つサーヴァントほど、目立つ宝具や戦闘を行う。それを目印にして一気に抹殺して来る故、儂らもああなったら最後で助けられん」

 

 上泉信綱は、この異世界(バベル)で様々なサーヴァントを見た。守護者として召喚された英霊を駆逐する巨塔のサーヴァントも幾人か目撃し、その真名を暴いた者もいる。そんなサーヴァントとサーヴァントが殺し合う地獄の中、たった七騎で数百の英霊を殺戮し、虐殺し、召喚されたこの異界において更なる深化を遂げた敵陣営の英霊。

 言うなれば、既に英霊殺しの百戦錬磨。

 召喚された後に経験を積むことで、英雄殺しの技術と戦術を学習した化け物共。

 確かにサーヴァントは成長しない存在であろうが、その限られた技能と能力が許される範囲で作業をより効率的、能動的にし、安全且つ高速で命を奪い取る。あらゆる分類の宝具に慣れ切り、対城宝具さえ当たり前のように捌く連中だった。

 

「そうか。いやはや、師匠らしくはないが、今の遠坂凛に相応しい悪辣さだ」

 

「ほぅ、師匠とな?」

 

 となれば、この神父の身内が黒幕らしい。あるいは、この神父が黒幕か。

 

「ああ。この異界を支配している者が、俺の師匠と言うだけの話。それはまた詳しく説明し、情報を共有しよう。

 俺としては、俺が持つ情報よりもそちらの方が重要な話だと思うので、この異界で生き延びているお前の情報を知りたいのだがな」

 

「露骨に話を逸らすのぅ……じゃが、まぁ良かろう。お喋りは好きじゃし」

 

 そう神父を見て笑い、和服の旅装束で身を包む武芸者は、文字通りこの異世界を旅した記憶を掘り上げた。

 

「取り敢えず味方、あるいはバベルと敵対している者からじゃな」

 

「ああ、頼む」

 

「バベルの廃都にはラシードの宝具である園、殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤ-ド)が幾つか点在しておる。抑止力に召喚された英霊の幾柱とも共闘関係でもあるぞ。

 一応お主らのような外界からの漂流者、ないし侵入者を二名保護しておる。確かあれじゃ、協会の魔術師と教会の代行者だったかの。生きている者はその二人だけで、後は儂と同じ生きた死人が幾名かかの。それに加えて、他二名程の外界からの侵入者がいてな、その二人は桁違いに強かったぞ。

 うむ。強襲して来た敵首魁―――狩猟王ニムロドを撃退していたのは驚いたのう」

 

「―――ほう。あのアーチャーを撃退する外側からの侵入者となると、あの者共か。

 しかし、いやはや。なんだかんだと結構生存者がいるのだな。俺もこの冬木廃都で敵は何人か見たが……いや、そう言えば、誰かが殺されている姿は一度も見ていないか。

 となれば、今はどちらも千日手。殺そうとも殺せず、隠れ潜む者を殺し上げようと熱を上げる暴徒の群れかが暴れるのみか」

 

 しかして、此処は地獄。もはや人類の生存圏とも呼べず、生きている生物は外部からの侵入者のみ。此処を制御する魔法使いさえ、もはや生き物と呼ぶに相応しくない暗闇の存在――死徒である。

 

「ほっほっほ。察しの良い聖職者じゃ。本当に、聖職者か疑わしい程の腹黒さなのじゃが……ふむ。詳しい説明は家主のラシードも交えてからじゃな。

 出来れば、他の者共も集めたい訳じゃしのう」

 

「心得た、御老体。では、俺にもその焼きまんじゅうをくれないか。対価は渡そう」

 

 どんな原理か分からないが、恐らくは忍術か手品で皿をもう一枚何処からか取り出し、串刺しにした焼きまんじゅうを何本か士人へと信綱は手渡そうとした。

 

「ああ、良いとも。若者に食べ物を渡すのは老人の愉しみで……―――おい、お主。今、その液体を焼きまんじゅうに掛けようとしたか?」

 

「―――え。何故行き成りそんな凄い剣気を俺に?」

 

掛けようとしたな(・・・・・・・・)?」

 

 余りに壮絶な刃の気配。これ程の剣士の気迫を士人は体験した覚えはなく、このバベルにて尤も死を覚悟する最初の瞬間が焼き饅頭が原因とは欠片も思わなかった。

 しかし、自家製飲む激辛マーボーで味付けしたい欲求を抑えられようか―――否。断じて、否。

 剣豪が恐らくはスキルか何かで召喚された後で身に付けた調理技術で作られた焼きまんじゅうは素晴しく、だからこそマーボーを付け足したい。むしろ、マーボーで浸したい。

 

「ああ。まぁ、甘辛い新生焼き麻婆饅頭を創作しようと―――」

 

「―――オヌシ」

 

 あ、これ駄目なパターンだと、豊富な人生経験でバッドエンドを士人は悟った。教会で居候をしていた王様と共同生活をしていた士人は、日常的に起こる死亡ルートにはとても敏感になっていた。そして、人間達の感性を学習する為に高校時代からの友人である後藤君から借りて遊んだゲーム知識より、こう言う場面でするべき選択肢も自然と思い浮かぶ。

 何が生きる為のヒントになるか分からないと考えながら、神父は無駄に神聖な雰囲気を出しながら、正解に相応しい答えを紡ぎ出した。

 

「ふむ。やはり、マーボーは麻婆豆腐のままが王道だな。焼きまんじゅうもしかり」

 

「分かれば良いのだ―――分かれば、のぅ」

 

 とは言え、普通に考えれば分かる事。自分が作った料理に違う料理をブチ込まれれば、料理人として怒るのは至極当然。士人は自分が作った料理を如何されようとも何も思わないが、当たり前な感性を持つ人間ならば憤怒すべきことなのだろうと考えた。

 

「―――味噌味か。甘いな」

 

「笑みを浮かべてはいるが、美味そうには食べんの。口に合わなかったかの?」

 

「いや。ただあれだ、美味い料理を食べれば美味いと分かるのだが、それで幸福感を得られないのでな。取り敢えず、人が出した料理を美味いモノであると判断したのなら、料理人への感想の一つとして笑うようにしているだけだ」

 

「……素直に告白するのう」

 

「嘘を言うのは信仰に反する。それに、それを聞いて気にする人間が相手でなければ、隠し事にする必要もないだろうとな」

 

「おう。随分と此方を信用しておるな、お主。そんな人格には到底見えぬのだがの」

 

「命の恩人に何を今更。何よりもまず、俺と言う人間を信用して貰うには、こうして自分が持つ性格や性質を知って貰う方が手っ取り早い。

 俺は罪を罪とも感じぬ非人間に近い悪人では在るが、信用に足る部分もあると分かって欲しい。その方が、この俺にも利益がある。良い人の物真似をして人に隠し事をするのは得意だが、それで察しの良い人間に信用して貰うには時間が掛かるしな」

 

「成る程のう。騙し合いが好きそうな類に見えたのだが、儂の勘違いかのう」

 

「得意ではあるが、それは騙して面白そうな手合いにのみだ。裏切ってもお前は面白そうではなく、何ら利益にもならず、娯楽にもならないだろう。

 剣聖である上泉信綱を背後から襲っても、哀れに真っ二つになるのが関の山だ」

 

「魔物よな。実に斬り甲斐がある怪物であるが、今はお主以上の殺し相手が大勢いる。何よりお主と共闘すれば、お主を斬るよりも多くの敵と殺し合い、斬り合うことも出来そうぞ」

 

「理解して貰えて結構だ……うむ。これ、中々に美味いな。緑茶にも合う」

 

 素まんじゅうを使った麻婆饅頭を魔術食品として開発することを考えながらも、それと並列して今後についても神父は思考し続ける。

 ―――どうやら、状況は最悪を超えて悪夢と成り果てているらしい。

 世界滅亡の元凶となるニムロド王と遠坂凛は、既に人理と抑止を攻略済みであると考えられた。残された抑止力は、抑止で在りながらも抑止に適さぬ尊き魂を持つ魔人超人の群れ。恐らくは世界など内心では如何でも良く、個人の願望を優先し、それが故に抑止以上に守護者に相応しい力として現世に顕現し続けている。

 日本最強格の武人であるこの老人、上泉伊勢守信綱も恐らくは―――

 

「―――良い宿敵とでも巡り合えたのか、御老体?」

 

「ク―――ハハハ。ふははは!

 オヌシ、良くそのような確信を言い放ち、自分を信用して貰いたいなどと言えたのう?」

 

「触れられたくはない感傷だったかね?」

 

「否。嗚呼、それは違うのう。あれは―――そうさ、素晴しい剣士だったぞ」

 

 命を賭せば、敵の幾人か切り捨てることは出来た。しかし、信綱はそうはしなかった。あの剣士を倒せるのは、この異界にて自分以外に存在せず、他の誰もが当たり前のように殺されるだろう男であり―――自分が、この手で斬り殺すべき強敵を。

 ―――剣の業は、死して離れず。

 そして、死した身であるが故―――無を宿した剣へと完成した。

 

「さてはて、それは確かに素晴しくはあるが、敵対する自分にとっては凶報だな。バベルに先行した筈のディートリッヒ・フォン・ベルンとアシュヴァッターマンとのコンタクトも失敗し、こうして協力者に手助けして貰わねば、呼吸をして生きる事も難しいとはね」

 

「何と―――あの二人とは知り合いかのう?」

 

 剣聖は、外界からの侵入者だった二名を思い出す。このバベルにて最強と呼べるサーヴァントは幾名も呼び出され、その全てが殺されてしまったが、あの二人はそれでも尚―――今もまだ、生き延びている。突如として襲来した天蓋巨塔(バベル)の七騎士を相手にした上で逃げる事に成功し、理由は分からぬも何故か単騎で襲撃しに来たニムロドさえ迎撃に成功している。

 まだ誰も殺せてはいないが、あの二人は―――強過ぎる。

 抑止力のサーヴァントが無様に殺される中、まるで生きた人間のような強烈な意志と行動力を誇っている。あのバベルの塔で量産されている天罰天使共さえ、サーヴァント以上の神秘を持つ筈の化け物でさえ、塵屑のように鎧袖一触で屠り殺していた。

 とは言え、信綱も天罰天使を同じ様に始末可能なのだが。

 既に慣れ切ってしまい、一呼吸で数体纏めて撫で斬りにもしている。それは此処の家主であるラシード・ウッディーン・スィナーンも同様で、しかもこの宣教師は生け捕りにし、自分の殉教者(ダーイー)にすべく改良している真っ最中でもあった。

 

「ああ。このバベルに入り込む前、少し手助けをしてな。この異界の外側、現世で行われた第八次と第九次の聖杯戦争の生き残りであり、遠坂凛と第七次聖杯戦争優勝者のニムロドに復讐を誓う者達だよ」

 

 サーヴァントの気配を完全に隠し、恐らくはまだ廃都に隠れている筈の二体。ニムロドを撃退した二名と言うのも、十中八九この二人の魔人(サーヴァント)であろうと士人は予測していた。

 強い上に戦が巧く、生き残る術を理解し、死を踏破する理念を持つ者。

 巨人の魔剣を振るう絶対なる戦士の奪還王と、神々の血を混合して生み出された神仙の破壊者。

 あれが聖杯の黒泥によって受肉し、生前と変わらぬ領域にまで進化していれば―――狩猟王と言えども、狩り射殺すだけの獲物には程遠い英雄で在ろう。

 

「……しかし、戦力はまだまだ生存しているようで助かった。これで衛宮と美綴とアルトリアの四人だけとなれば、流石に巨塔攻略は不可能だ。まずは敵戦力を削り取り、戦力比を整える必要もあると見える。

 だが―――バベルの塔に、バベルの王か。

 まるで神話の世界に迷い込んだかのような達成感さえあるな。死ぬ前にこうして伝説の巨塔を見ることが出来て、預言者アブラハムから始まった啓示宗教の信徒としては、実にやりがいのある仕事と言えよう」

 

「お主、玩具で遊ぶ子供みたいに笑うのだな」

 

 この世全てを愉しむように、神父は楽し気に笑っていた。純粋無垢な余りに神聖な微笑みであり、それを神聖だと感じてしまうこと自体がおぞましいと錯覚するような表情だった。

 

「不愉快かな?」

 

 それを剣豪は、何でも無いように受け流した。自分も恐らくは強い武者を斬り殺せた時、同じ様な笑みを達成感から浮かべているだろうと言う自覚がある。そんな人斬りの人でなしが、同じ極悪人を批難する資格はないと考えた上で、そもそも人殺しと誰かの罵る趣味など欠片さえ存在していない。

 

「ほっほっほ。ならば……まぁほれ、そこの窓から外を見てみい」

 

 冬木の新都……否、もはや神都と呼ぶべき神々しき都市の姿。それは余りに巨大で、余りに雄大で、人間の技術で絶対に建築不可能な建物だった。現代では有り得ない太古の人類文明が至った建築技術の集大成であり、科学と魔術と魔法がまだ同じ文明に過ぎなかった旧世界の遺物。

 ―――巨塔が、街の中心に聳え立っていた。

 

「あれは天蓋巨塔―――バベル。

 この世界は既にあの古い王が住まう領域。この冬木はの、嘗て神に滅ぼされた魔導都市に成り果てたのじゃよ」

 





 とのことで、プロローグは終わりです。次回から本編を開始していく予定です。


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隔離異界侵入作戦
3.世界への侵入


 この場所は最も世界が綻んでいる。嘗て大聖杯が存在していた地下空洞の真上であり、山中全てが異次元へと半ば重なり合っている。この空間こそ転移に相応しい異空間であり、開門の簡易魔術儀式に適した場所だった。

 今いるのは、たったの四名。

 錬鉄の魔術師――衛宮士郎。

 抑止力の化身――美綴綾子。

 死灰の代行者――言峰士人。

 そして、現代に甦った聖剣の騎士王――アルトリア・ペンドラゴン。いや、彼女だけはもう、肩書に価値はないかもしれない。セイバーのサーヴァントとして甦った現世にて、更に死して魂を破壊された身故に、ただのアルトリアと言うべき剣士だった。もはや何者でもなく、英雄でもない人間だった。亜神以上の桁外れに強大な魂を持つだけの少女であった。

 神秘が薄れた現代にて、最高位の“人間”である。

 冬木と言う異常地帯が生み出した異端の頂点とでも言うべき魔人であり、超人。その中でも美綴綾子は誰よりも普通だからこそ、特別な異端者でもあった。

 

「では皆―――行こうか。アイツが作った世界にさ」

 

 自分以外の三人は言葉もなく、ただただ静かに頷いた。そして彼女は己の右腕を、魔術礼装と成り果てた魔腕を優しく撫でた。既に埋め込まれた左目の義眼は空間と空間の境を目視し、異界に通じる異次元を認識している。となれば話は容易く、後は万象の門を抉じ開ける黄金鍵である左腕で以って、異次元の扉を開くだけで良い。

 この身は既に、そう言う境地に辿り着いてしまった。

 概念が、神秘が、魔術理論が、進化を止めずに限界を超えて、際限なく成長する。

 師匠である言峰士人が与えた鍵は綾子の魔術回路を神代のソレに等しい異端に生み変え、聖剣の鞘による影響を受けた衛宮士郎の魔術回路も、聖杯の泥と融合した言峰士人の魔術回路も―――そして、宮廷魔術師に改造されたアルトリアの魔力炉心も間違いなく、神が生きた世界の産物に並ぶ異端なのだろう。

 

「―――起動(セット)

 

 瞬間―――まるで固有結界を発動したかのように、世界が反転した。魔力反応も薄く、簡単な一工程を踏むだけで綾子は隣り合う異空間に転移可能な技量に辿り着いてしまっていた。魔術師と呼ぶには余りに化け物であり、神代の魔術師にも不可能な怪物的所業。

 だが得てして、現代の魔術師は何かしらの、誰よりも特化した分野を持つと言うもの。

 美綴綾子は英霊の座に登録された宝具と同等の奇跡を獲得し、生体魔腕(黄金の鍵)で空間を自在に操る異端なる魔女である。この神秘を行った事に何ら不可思議は存在していなかった。

 

「ほう。瞬きする間もなかったな」

 

「実に同意する。いやはや、流石は協会と教会に魔女と恐れられる盗賊だ」

 

「うるさいな、言峰。アンタはこの魔術の事は良く知ってるだろ。そもそも専用魔術理論開発したのアンタだし。

 それと衛宮、皮肉ぶるのは良いけど似合わないから。誰の物真似してるのか知らんけど、全然これっぽっちも似合ってないから」

 

「綾子に同意します、シロウ」

 

「おまえらな……」

 

 綾子とアルトリアによる攻撃で素に戻る士郎であったが、即座に魔術師としての自分に立ち戻る。冷徹な皮肉屋を演じるのは自分なりのケジメであり、エミヤに在るべきと考えているからだ。何よりも、転移して未だに異常がない事が異常事態。

 しかして其処は、既に―――冬木ではなかった。

 新都があった場所には現代文明では絶対にあり得ない巨塔が君臨し、人間以外の知的生命体が築き上げた神都に変貌していた。しかし、人間が生きている気配が全くない廃都に成り果て、人外の者が生を謳歌する魔都に堕落している。なのに世界は穏やかで、現世と同じ平和な昼時を演じている。そして、環境は現世と全く同じと言う矛盾。空は蒼く、川は碧く、海は青い。太陽も何一つ変わることなく中天に位置し、雲は緩やかに漂い、突風もなければ嵐もなく、静かな古い街並みが広がっている。

 世界はただただ平穏で、争いがない穏やかな空間。

 だが此処は――――天蓋巨塔都市バベル。

 都市部は全て混凝土造り。古風でありながら現代的でもあり、滅び去った古代文明の形で作成されている。()都の反対側である住宅地も既にバベル化した異界となっており、全て人間が住めぬ廃都である故に、何処も彼処も現代と同じく混凝土(コンクリート)の街並みだった。

 バベルの塔は混凝土製と伝説には記されている。

 しかし、あの姿は見れば正しくはない事が分かるだろう。確かにセメントによって建造されてはいるのだろうが、魔術的な科学素材の粘土による建造物だった。神によるモノではなく、悪魔によるモノでさえなく、人間が学習した叡智による惑星外の技術か、あるいは絶対に辿り着けない筈の遥か未来で得られる可能性の技術か、あるいは―――それら全てを吸収した文明技術なのか。

 だが確定している事は唯一つ―――あれらは全て、ニムロド個人が生み出したモノ。宝具として、魔術としてではなく、バベルの叡智そのものがニムロドが何も無い零から創作した文明であり、文明技術自体がニムロドの技術力である。

 そして―――バベルとは、現代と同じくコンクリート製の古代都市。

 たった一人の魔術師が、個体の生命体に過ぎない人間の王が、西暦二千年の現代文明を凌駕すると言う有り得ない業を証明してしまっていた。

 神を超えて、神の不要を証明する都こそ、天蓋巨塔(バベル)に他ならないと。

 

「ここが凛の―――バベルの塔」

 

 周囲を見渡すアルトリアは茫然と呟いた。転移により侵入して来た場所は神都中心(バベルの塔)から離れた柳洞寺であり、天蓋巨塔都市(バベルの異界)となったこの世界では違う場所に変貌していた。この山の頂きは寺とは違う何かに変わってしまっていた。

 それを見て、アルトリアは異界に入り込んだ事を実感した。

 まず視界に入るのは天に届き、それを超える巨塔。そして、転移する前は柳洞寺があったこの場所にあるのは、何故か分からないがコンクリート製の建物だった。寺では決してなく、神聖さなど欠片も無いが、人間の建築物として造られた文明らしさであり、宗教や異界などの雰囲気はない。しかし、魔力は多分に含まれており、物質と霊子が混ざったような不可思議さに満ちた建造物でもあった。

 

「まぁ、周りの風景からして、無事に転移成功だね。どうやら全員無事みたいだし、誰も次元の狭間に堕ちてなくて良かったさ。

 うーん、しかしねぇ……ここが、アタシらの故郷(冬木)の裏側にある鏡面世界のバベルかぁ……―――あ?

 え、なにあれ。うわぁ、此処やっぱりこの世の世界じゃないよ。なんであんな生き物が自然に生きて、いやいやいや……マジでか。あんな化け物が飛んでるの?」

 

「だろうな。なんか、天使が空を飛んでいるようだしな」

 

「やっぱり、アタシの見間違いじゃないよね。しかも神に滅ぼされたバベルなのに、よりにもよって天使か」

 

 バベルの宙を浮遊する人外の生物。天使と言う確証はないが、鳥の羽を生やした人型生命体となれば、やはり天使と呼ぶのが相応しい幻想種、あるいは亜神と呼ぶべき精霊種であろう。現代の魔物である死徒が可哀想に思える濃密な神秘を遠く離れたこの場所からでも感じ取れ、一体一体がサーヴァントと同じ亜神の領域であると魔術回路で察知出来た。

 神罰を司る天使―――ニムロドに仕える巨塔(バベル)の使徒か。

 

「ああ、あれは確かに天使と呼べるな。アルトリア、君はここを如何見るかね?」

 

「このバベルで天使となりましたら、やはり神話通りの存在―――天罰の執行者だと思われます。そして、このバベルに対する天罰ではないとしましたら、その対象は恐らくは……」

 

「……ふむ。やはりお前もそう思うか」

 

「ええ、神父。あのニムロド王であるのならば、私達敵対者を殺す兵器なのでしょう」

 

 士人の言葉にアルトリアは頷きながら、自分の予想を口にし―――

 

「AaAaaaaaAAAAAAaaaaaa!!」

 

 ―――その言葉を掻き消すように、天使は都市部の何処かに向けて砲撃を行った。

 自分を中心にして魔法陣を無造作に造り出し、其処から刀身3mは超える巨大剣を“投影”し、音速を超えて射出。バベル都市部の建物を破壊し、空に向けて粉塵を巻き上げ続けている。更に空中を舞っていた天使共が同じ場所に集合し、ある者は魔力砲撃を、ある者は火炎砲撃を、ある者は氷結砲撃を、ある者は雷電砲撃を撃ち放っていた。

 

「……ふむ。あの襲撃を見るに、俺ら以外にもバベルに対する敵対者がいると見える。しかし、あれは本当に天使なのか?」

 

 叫び声を上げながら遠距離攻撃を行う天使の姿は、化け物以外の何者にも見えない。人間の言葉ではなく、人間が放てる声量でもない。十数kmは離れていると言うのに、空気を揺るがす絶叫がバベル中に響き渡っていた。これが異界化している冬木ではなく、現実の冬木ならば一発で神秘が暴露される光景であり、だからこそこの異界特有の異常な日常風景なのだろうと言うことは来たばかりの四人でも理解し、瞬間―――天使は皆殺しにされた。

 ―――狂える死の滅光と、怒れる魔の劫火。

 そう例えるべき地上からの反撃であり、エクスカリバーに匹敵する魔力の本流を感じられた。

 

「ほぅ、これまたあっさり。感知した存在規模はサーヴァント並なのだが、あの程度か。取り敢えず、宝具を使えば空を飛ばれても殺せるようだな」

 

「―――いやいや馬鹿神父!

 まずは襲撃されているヤツを確認しないと……―――ほら、衛宮!」

 

「……君も義眼を使えば見えるだろうに」

 

「アンタに比べれば節穴アイだもの。一番眼が良い奴が見た方が情報が正確さ。ほら、早く」

 

「もう見ているとも」

 

「それで、どんな人物なのですか。シロウ?」

 

「分かり易い格好をした連中だ。特徴を言えば一目で分かるだろうな」

 

 そこで士郎は一瞬だけだが思考回路の沼底に落ちてしまった。アルトリアの問いに答えられはするも、見覚えのない天使と対峙する人物―――二人組の男の外見的特徴は、説明し易い程に分かり易かった。一人は黒いサーコートを身に纏う全身巨人甲冑の巨躯であり、もう一人は全身を仙人のような僧侶服で身を包む大男。言わば、巨人鎧と大仙人。

 だが――

 

「しかし、あれはディートリッヒとアシュヴァッターマンか」

 

「知ってんのかよ、言峰」

 

「ああ、間違いないだろうよ。見た目とても分かり易いし」

 

 ――コレである。

 人に千里眼で確認しろと言っておいて、この扱いである。 

 

「君らは本当に、私に優しくないのだな」

 

「衛宮士郎。俺はお前に対し、優しいと呼べる程に温情を与えてると思うのだがな」

 

「ハーレム野郎に慈悲はない。アタシは気の多い男を軽蔑していてね……いや、まぁ、アンタが一途な男って言うのは知ってるんだけどさ。

 うーん。やっぱ、無自覚だろうとも、罪は其処にあるんだよね」

 

「……なんでさ」

 

 高校時代からの友人だからこその悪態なのは分かっている。分かっているが、これはあんまりじゃないだろうか、と考える事が多い士郎だった。確かに魔性菩薩殺生院祈荒に精神を汚濁塗れにされ、酒びたりになって寝込んでいたのは情けないかもしれないが、仮にも数か月前は魔術で心をボロボロにされた精神病患者。ほんの少しは建前に過ぎないにしても気遣うのがまともな社会人だろうと思いつつ、どいつもこいつもまともな社会適合者ではないこと思い出した。

 自分も含めて社会不適合者。

 なんだかんだで似た物同士と思い、自分も言峰や美綴が弱っていたら皮肉を言うので辞めろとは言わない士郎であった。

 

「あれは……また違う殺し合いですか」

 

 そんな事をしている内に、遠い新都の方での戦いは激化している。アルトリアが呟いた通り、連鎖的に殺し合いが行われているようで、空を舞う天使は違う相手に殺されていた。此方の方も過激な殺戮行為が凶行され、人外の美しさを誇る綺麗な天使が死に続けている。

 細切れにされ、蜂の巣にされる哀れな姿。

 本当なら天からの神罰として民を鏖殺する殺戮の天使なのだろうが、今このバベルでは逆に地上からの殺意によって処刑される獲物に過ぎない。

 

「切除の魔眼ですか、あれは。しかし、あの化け物は私が殺した筈……―――」

 

 唐突に、何の前触れもなく切り刻まれる天使の群れ。銃殺刑にされる彼女らもおぞましい死に様だが、死因も分からず死ぬ姿はよりおぞましい。そして、アルトリアはその虐殺手段に見覚えがある。いやむしろ、今の彼女がペンドラゴン足り得ないただのアルトリアに成り果て、剣に狂った原因でもある剣の獣。

 ―――何故、あの死がこのバベルで具現しているのか?

 答えそのものは理解出来る。だがこの偶然は偶然と呼ぶには狂っており、彼女をして背筋がゾクリと凍るような狂気を自分自身の身の内から感じ取れた。

 魂が、傷痕がとても疼く。アルトリアは破損した霊体で生き延び、感染したあの騎士の衝動を取り込み、黒化した原因である聖杯の呪いさえも斬撃の中に消えてしまった。だから、疼くのだ―――斬りたいと。殺したいのではなく、ただただ斬ってみたいと、夢のような斬り合いがしてみたいと、魂に残った斬り傷が蠢き始めている。

 

「―――……ふふ。面白いですね、バベル」

 

 灰色の女(セイバーだった誰か)は、処刑されて地に墜落する天使を見て微笑んだ。そんな歪に笑うアルトリアを士郎は悲しく思うも、それは悲しいだけだなと自分の感情を断じてしまった。この身は既に捧げた身であり、このアルトリアも同じこと。

 人として生きる資格など、考える事も今は無い。

 救えれば、理想に殉じれば―――まこと、それで良い。

 

「死亡した聖騎士メランドリの魔眼に似ているな。そう言う能力を持つサーヴァントがいるのか、はたまた―――座から彷徨い出たか?」

 

「あの男も守護者化したっていうのね」

 

「可能性の話だよ。衛宮はあれを如何見る?」

 

「知人が阿頼耶識と契約を結び、その守護者が召喚される。有り得ない話ではないが、可能性は限りなく低いだろうな。

 ……しかし、実例もある。

 頭ごなしに否定するのは現実が見えない証拠となろう」

 

「ははははは。それは確かに――――……ほう。また違う所で殺し合いが始まったな。成る程、この異界はそう言う世界か」

 

「そのようですね、神父」

 

「ふ。愉しそうだな、アルトリア」

 

「まさか。しかし、誰かを斬れば凛を救えるのでしたら、ただただその誰かの命を切り捨てるのみ」

 

 火の手が上がり、煙が街を覆い、粉塵が舞い始め―――断末魔が生まれ出る。天使の叫びが、街中で響き渡った。

 ―――……此処は地獄なのだ。

 士人がそう言う世界と断じ、アルトリアが肯定した通り、死に溢れる虐殺の都市。抑止力によって召喚されたサーヴァントが殺され続ける異界で在りながらも、そのサーヴァント共の手でバベルが生み出した天使も殺され続ける異界でもある。

 故に、この異界は―――地獄と呼ばれるに相応しい。

 嘗て神の名の下に天罰を執行する殺戮者だった成れの果てを、歴史に名を刻んだ人間の成れの果てが殺し、その天使殺しの守護者達を召喚されたバベルの怪物が処刑する。この循環を、地獄と呼ばずに何と呼ぶのか。四人はまだこのバベルの詳細をまだ知らないが、この異界がどんな場所なのか直感で分かりつつあった。

 

「まるで蟲毒のような……いや、逆か。誰も残さず、何も残さず、髄まで消化する肉食獣の胃袋だな」

 

 そうして、最初の殺し合いを切欠に其処ら中で殺戮の宴が繰り広げられる。天使らは地面に落ち続け、街の建物は粉砕され、死んで死んで、殺し、殺され、目に付く命全てが魔力に“消化”されていく。恐らくは、あの天使達さえもこの街を維持する為のエネルギー源であり、この異界は存在するだけで無尽蔵に魔力とエーテルを貯え続けている。

 そして、倒壊した建物も自動的に復元されていく。このバベルのコンクリートはエーテルと同様の材質であり、予測だがバベルの塔が復元術式の核となっていると見える。即ち、塔の破壊こそ異界消滅に繋がる一歩となる。幾ら街を壊そうとも無意味であると。

 

「―――仕方がないね。まぁさ、皆、まずは山降りようか」

 

「そうですね……」

 

 異界冬木を取り敢えずは俯瞰し、目的を決める必要がある。塔を目指すのは決まっているが、果たしてそのまま侵入出来るかどうかと言えば疑問にせざるを得ない。とは言え、此方には鍵の魔女であるミツヅリがいる。言峰士人が零から育てた愛弟子(最高傑作)は、その特異性において魔術世界でも歪な存在。例え時間と次元が異なる亜空間であろうとも、士人は彼女であれば巨塔を抉じ開ける“万能鍵(マスターキー)”になると確信している。

 故に士人は、綾子を連れて行けば侵入は可能と踏んでいる。

 英雄王ギルガメッシュの宝具「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」である黄金鍵により、異端なる「門」の魔術属性を持つ魔術師で在れば、異空間の隔たりさえ無視しよう。

 

「―――ム……」

 

 現世において柳洞寺に繋がる階段だった場所を四人は降り、それと同時にアルトリアは違和感を感じた。この中で一番優れた類い稀なる第六感を持ち、Aランクの直感スキルにまで至っているが、他の五感も人間以上に優れた感覚(センス)を持っているのがアルトリアである。そんな彼女が違和感を感じたとなれば、確実に何かが此方に迫っている事を意味している。

 

「……抜かりましたね。爆音と魔力の波で、ここまで近づかれるまで気が付きませんでした。殺気も脅威もなく、姿を隠しもしないと逆に分かり難いですね。

 しかし、この音―――」

 

「この音?」

 

「――ええ。こんな音です」

 

 ―――ぱらりらぱらりら~♪ ぷっぷーぱらりら~♪―――

 

 バベルの戦慄を一切合切全てぶった切って、変な音楽とエンジン音を鳴らし――何か、来た。高笑いを上げながら、凄まじい気迫を纏いながら、誰かが来た。

 

「はーはっはっはっははははははははは!!!」

 

 自動三輪駆動車、所謂三輪バイクに跨って道路を走行する―――騎士(ナイト)。格好もサーヴァントとして召喚された英霊らしい独特なものから遠く、王道的な、博物館などで展示されているような如何にもな全身騎士甲冑。中世暗黒時代のヨーロッパの戦場ならば良く見かける戦装束であり、その鎧の上から青いサーコートを身に纏っている。

 確かに騎馬になら似合うかもしれない。しかし、三輪バイクには死ぬほど似合わない。

 しかも三輪自動車には何故か(ノボリ)まで付けられていて、傍から見たら昭和時代の古風な日本の暴走族にしか見えないバイク。しかし、乗っているのは騎士であり、書いてある文字も「抑止殲滅」やら「人理斬殺」やら「刃部流夜露死苦(バベルヨロシク)」などと、目も当てられないモノだった。

 ……そんな、良く分からないモノがブレーキ音を上げながら四人の前で停車した。

 だが、その騎士は派手な登場をした割りにはとても安全運転で、バイクから下りる時も教習所で教えるような丁寧さ。むしろその姿は優雅にさえ感じ、このバイクを大切に扱っている事が誰からも理解出来てしまう程だ。そして、四人が唖然としている内に、騎士はガッシャンガッシャンと鎧の金属音を上げながら、目の前にまで歩いて近づいていた。四人は様子見で第一住人を警戒し、その警戒心を無視して接近してくるあたり、騎士が普通の人間ではない事は簡単に察せられた。

 中でも、一番警戒心を発しているアルトリアは、皆を代表して最初に口を開いた。何かしらの問答で魔術を発動させるタイプの術者であっても、彼女ならばその呪詛を楽に無効化する、

 

「貴様、一体何も―――」

 

「―――皆様ようこそ。ようこそ、この我らが国家へ!」

 

 オーバーリアクションを取った騎士の台詞に、アルトリアの言葉は被せられた。

 

「……で。貴様、何者だ?」

 

 胡乱気な瞳で彼女は青いサーコートの騎士を睨んだ。その殺意と視線を受け、騎士はとても嬉しそうに、且つ優雅に一礼。貴族として欠片も恥ずかしくなく、武を頂点まで極めた超人のように滑らかに、男は余りに美しい御辞宜を見せた。

 ただの御辞宜で技巧を示す当たり、自己顕示欲が強いのか、むしろ謙虚なのか分からないが、動きそのものは神域に間違いなかった。

 

「これはこれは。美しく可憐で、麗しくは儚げな、鋭い美貌をお持ちのお嬢様。

 私こそバベルの騎士。巨塔の剣士。

 そして我がクラスはぁぁああ―――七騎士で最も優れたセイバーのサーヴァント!!」

 

 くるり、と一回転し、また御辞宜を決める騎士甲冑の男。

 

「おぉ、格好良いな、お前」

 

「「「―――え?」」」

 

「ありがとうございます、神父!!」

 

 ぱちぱち、と拍手をする神父を一斉に見る他三人と、嬉しそうにまた御辞宜をする騎士。周囲はまだ天使たちが戦う破壊音が響き渡る戦場の真っただ中だと言うのに、ここだけ凄まじく混沌としていた。

 

「言峰神父、貴方はもう黙りなさい―――で、そこの道化の物真似をする男。臭い芝居はもう良い。阿保の振りも、過ぎれば逆に油断も慢心も消え去ると知れ」

 

「……ほうほう。やはり良い剣士のようでありますな―――アルトリア・ペンドラゴン。

 ですが、嗚呼ですが!

 これは好きでやっている事ですので、ええ!!

 人は馬鹿で阿保で、頭の中が空っぽになればなる程ぉお―――無へと、始まりの極致へと、至れますのでね」

 

 殺気もなく、脅威もなく、自分はお前達四人よりも強いのだと、まるで宮廷で王族を楽しませる道化師のように騎士は宣告した。

 

「ふん。ディナダンを思い浮かばせる道化の仕草だが、貴様―――騎士ではあるまい。己の為だけに剣を振って人を斬る求道者に見えるぞ」

 

「勿論。人の為に人殺しをする等、我が騎士道に反すること。全ての咎は殺人者本人が背負い、何時か己が生死で以って償い、(ツルギ)は全て自分自身へ還るべき功罪!

 ならば騎士道とは、人間として、人間のまま、人間を斬り殺す為の心得でありますれば―――ああ、これ即ち、私は騎士道を重んじるだけの、ただの剣術家に過ぎない其処らにいる剣士に過ぎません!」

 

 そしてとても外道な事に、自然と三人は対応をアルトリアに任せていた。彼女にばれないよう、とても静かに一歩下がり、ハイテンションな騎士を押し付けている。

 尤も、技量的にも彼女が最適なのも事実。

 綾子ならば接近戦でもある程度は騎士と殺し合えるのだろうが、士郎と士人は敵の技量を正確に測っていた。自分よりも遥かに巧く、剣が強いと、これまでの経験から見ただけで理解してしまった。

 

「そうか。理解出来ない事もないが、理解する必要もない。騎士でない者の騎士道など。所詮、今の私と同じ、外法者の殺人論理だろう」

 

「ははっははははははははは! まことその通りで、可憐なお嬢様!」

 

「それと貴様、私はお嬢様ではない。アルトリア、ただのアルトリアだ。死ぬまでの短い間だが、貴様はそう呼べ」

 

「成る程……―――成る程!」

 

 とても、不気味なほど非常にご機嫌になる青衣の騎士。全身甲冑で兜も被っている為、表情は全く分からないが、気配だけで大喜びしているのが容易く分かってしまう。

 何だか、嫌な予感がするなぁ……と内心で思いながらも、此方から不意打ちするのも危険と身構えた。

 

「ではでは、此方も自己紹介を。

 ―――我が真名はヨハンネス・リヒテナウアー。神聖ローマ帝国最強の無敵剣士!!」

 

「……え?」

 

 突然、アルトリアに騎士は真名をばらした。茫然としてしまっても無理はなく、思わず聞き返した彼女に罪はない。

 

「何と、聞こえませんでしたか。では仕方がない、実に仕方がないですね。

 ではもう一度!

 ―――我が真名はヨハンネス・リヒテナウアー。神聖ローマ帝国最強の無敵剣士!!」

 

 














 仲良し四人組とセイバー・バベルの登場でした。セイバーの元ネタは多分知っている人はとても分かり易いと思います。天使のイメージはマルチバッドエンドで有名な某ドラゴンゲームの、妹エンドに近い姿にしています。
 そしてロックマンDASH3がしたいこの頃ですが兎も角、今はレッドアッシュの発売を待ち続けています。自分の中ですと、冒険ゲームと言えばロックマン何ですけどね。後、冒険ファンタジーアニメと言えばスレイヤーズだったりします。


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4.無敵なる者

 奇抜な言葉を話す剣士は余りにも王道な騎士甲冑姿をしていた。召喚された英霊のサーヴァントは時代時代の衣装を身に纏いながらも、その時代の中でも中々にかぶいた格好をしている者が多い。

 その点、この剣士は中世ヨーロッパの騎士に適した姿である。

 一番大事な頭部を護る兜を被り、鎧を身に付け、篭手と足具で四肢を防御している。蒼いサーコートを鎧の上から纏ってはいるものの、一般的な騎士であるのは一目瞭然。とは言え、戦争中の騎士や傭兵と言うよりも、どちらかと言えば武者修行の旅をしている途中の剣士とでも言うべき雰囲気を持ち、鎧に付属している装備品も、色々な旅の道具が付いているようだった。

 だが―――手に持つは、片手直剣(ストレートソード)円形盾(バックラー)

 ヨハンネス・リヒテナウアーの真名が正しければ、この剣士が最も得意とする武器は両手大剣の筈。何故なら独逸(リヒテナウアー)流剣術は、ドイツの両手大剣(ツヴァイヘンダー)を主とする兵法流派である。となれば、直剣とバックラーを装備している意味を考えれば―――本気ではない、と言う事だった。それが正しい事を示す証拠として、騎士は背中にツヴァイヘンダーを納刀した鞘を背負っていた。

 

「リヒテナウアー……貴様が?」

 

「無論。私こそ剣術家リヒテナウアーその人です」

 

「そうか。帝国で騎士道を語った剣術家……貴様があの、リヒテナウアーと」

 

 当然と言えば当然であるが、アルトリアは尋常なレベルではない勤勉家だ。努力の鬼で、才能の塊である。剣術以外にも、経済学、地理学、軍事学、帝王学などありとあらゆる分野に通じ、それら学問の実践者でさえある。そんな彼女からすれば、生前に宮廷魔術師マーリンから学んだ剣術以外にも、現世にまで伝えられている剣術を再学習するのは当たり前な手段。

 宮本武蔵の二天一流。

 上泉信綱の新陰流。

 柳生宗厳の柳生新陰流。

 等々、有名な所は読み込んでおり、理念も想念も有る程度は学習している。だが、それらは召喚された地である日本の剣術家達の教えである。

 星の聖剣エクスカリバーを得物とする剣士――アルトリアにとって、日本刀の武術は参考にはなるが、それだけだ。確かに無の境地を秘奥とする精神性は重要だが、それは個を極めるどんな武術でも同じこと。しかし、魔術師マーリンから剣術の基礎を学び、殺し合いに満ち溢れた戦場で実践して鍛えた生粋の殺人剣術である為、アルトリアの剣技は殺人技巧一辺倒の術理である。

 ―――絶対に生き残り、確実に叩き切り、斬撃に死を宿す。

 不老不死の王で在れば十分な剣術。何せ彼女は剣士で在る前に、騎士で在る前に、王で在らねばならない。それがアルトリア・ペンドラゴンで在り、このアルトリアは王では無い。

 ならば―――アルトリアは、ただの一人の剣士で在る事が許される灰色の女。

 騎士でさえなく、無論のこと王には程遠い。生前の誇りは聖剣の担い手である事だけだった。故に、今の彼女は剣士に過ぎず、記録が削られ、理想が溺れ沈み、だからこそ剣を極める事を許された。

 求めるは―――無。

 空位。虚無。無限。無空。無窮。涅槃。無辺。無敵。

 呼び方は様々あり、何でもあるが、それに至ることを死後にアルトリアは許された。受肉による蘇生によって僅かに成長する余地があり、自分が殺した聖騎士の境地を超えるべく、彼女は「無」を手に入れなければならなくなった。

 無に至る為の業。

 それを得る為ならば、何もかも利用しよう。ならば師と為る者は全ての斬殺者共。

 パラドックス・オブ・ディフェンス(守りの矛盾)、ジョージ・シルバー。

 フロス・デュエラトールム(戦いの花)、フィオレ・ディ・リベリ。

 ドイチェ・フェヒトシューレ(独逸流剣術)、ヨハンネス・リヒテナウアー。

 現存している全ての術理に目を通した。必要な術は学習した。アルトリアは中でも、同じ大剣使いであるリヒテナウアー流剣術の技は一通り学習し、言うなればマーリンが祖となるキャメロット流とでも言うべき我流剣術をより進化させている。

 尤も、やはり彼女はエクスカリバーの担い手だ。今の型こそ最強であり、最適。

 

「さて―――あの剣士よりも、貴様は強いか弱いか。試させて貰うとしよう」

 

 ヌォオン、と禍々しい黒き極光の聖剣――約束された勝利の剣(エクスカリバー)がアルトリアの右手より顕現した。

 何て、穢れ汚れ、黒く深く、美しいのか。

 バベルのセイバーは思わず、嗚呼と感嘆の溜め息を吐き出してしまった。

 これ程の剣気を刀身に納めた剣は存在しないと、まるで人間一人の人生が凝縮されたような妖しさだと、ヨハンネス・リヒテナウアーは実感し切っていた―――綺麗だ、と。

 

「美しい……ええ、それは何て、美しいのですか。本当に、貴女に相応しき聖剣であるようですね」

 

「―――フ。美しいだけか、これから味わえるぞ?」

 

「オー、ファンタスティック!! 実に、実に、貴女の美しき瞳にプロージッド!!」

 

 乾杯(プロージッド)、と剣士(ヨハンネス)剣士(アルトリア)に笑いかけた。

 

「しかし、嗚呼しかし! あの剣士とは、誰の事なのか気になりますね、実に!」

 

「貴様には何ら関係のない者だ。気にする必要は欠片もない」

 

 最強と言う言葉に相応しい者となれば、アルトリアは一番にランスロットを脳裏に浮かべる。他にもガウェイン、トリスタンなど様々。そして、最も優れた者となればギャラハッドであるが、それは聖剣の騎士王アルトリア・ペンドラゴンにとっての話。

 至高と呼べる神域の技巧に至った剣士――佐々木小次郎。

 狂気と果てる涅槃の境地に堕ちた剣士――デメトリオ・メランドリ。

 今のアルトリアにとって、この二人こそ無空の者共。戦士としてならば負けぬが、剣士としては勝てないと実感した魔人である。

 そして、ヨハンネス・リヒテナウアーと名乗るこの騎士も、あの二人と同じ存在感がある。

 

「尤も今の私は剣士ではなく、ただの雇われ傭兵に過ぎん。貴様との斬り合いは愉しみだが―――囲んで、数の差で、惨殺する事になってしまうがな」

 

「何と。しかし、構いませんとも。それこそ問答無用の殺し合いにおける全力と言うもの。

 ―――そして何よりも!

 これ程の強者達を一度に楽しめる何て、これ以上の贅沢が我ら斬殺者には存在する訳がないのですから!!」 

 

 誰に臆する事なく、自らを恥ずかし気もなく帝国最強の無敵剣士と名乗り上げた剣士は、両手を広げてこのバベルを全身全霊で祝福していた。

 ―――素晴しい、と。

 故に騎士道の剣士リヒテナウアーは、これまで斬り殺した外敵を、難敵を―――愛すべき強敵を、強く脳裏に思い返す。そして、思い出した全ての者を斬り殺した実感を再び得て、このバベルは本当に夢のような世界であると考えた。何せ此処は剣術家ヨハンネス・リヒテナウアーにとって、死の瞬間まで鍛え上げた己が術理を存分に愉しめる史上最高の戦場であった。

 人類を守るべく、使命に燃える騎士を、戦士を、兵士を、何より自分と同じ剣士と殺し合える奇跡。

 それも自分が世界を破壊する側に回り、自分が敗北して死ぬまで何度も死合を堪能出来る極楽浄土。

 だから―――殺した。この手で斬り殺した。

 生前に出会う事さえ許されず、殺し合えなかった英雄英傑達。円卓の騎士を殺した。十二勇士を殺した。ローマ皇帝を殺した。中華の仙人を殺した。古い神話の神仙を殺した。オリンポスの半神を殺した。ケルトの勇士を殺した。秦の将軍を殺した。大陸の猛将を殺した。戦乱に生きた武将を殺した。

 そして、世界各国の剣士を斬り殺した。斬って斬って、斬る為に殺し続けた。

 例外は―――あの侍、ただ一人。

 これ以上の幸運が、果たして存在するのか、否か。ヨハンネスの答えを決まっており、決まり切った自分の在り方のまま―――目の前にいる四人の強者を、ただ切り捨てるのみ。 

 

「さぁて、さてさて。では皆さん、存分に私と斬り合いましょう!!」

 

「来るならば、来なさい。来ないなら、此方から追って斬殺してやろう……――!」

 

「是非とも!!!」

 

 昂る騎士道の剣士(リヒテナウアー)の声を聞き、侵入者達は――刹那の間さえ無かった。既に、もう終わっていた。ヨハンネスはあろうことか、真正面から正々堂々と“奇襲”を行っていた。

 一歩―――ただ、踏み込む。

 それだけの行動が、あらゆる宝具とスキルを超える狂おしき技巧の果て。三角の足捌きと呼ばれる独逸流剣術の基礎だが、その祖である剣士は歩く事さえ頂きまで鍛え上がっている。

 ―――縮地と呼ばれる技巧に等しく、剣士は純粋に(ハヤイ)のだ。

 アルトリアが直感でしか認識出来なかったように、視界のみで見切る等と生易しい手段で対応出来る技ではない。これを打ち破るに動体視力は勿論のこと、技に翻弄されぬ堅牢な第六感と経験則が必須となる。

 

「っ……―――!!!」

 

 即ち――アルトリアならば対抗可能。

 技巧を極めたあの佐々木小次郎と殺し合った剣士であれば、その領域に踏み込んでいる彼女であれば、剣術家の足捌きを直感により察知した。だが、他の三人はまた話は別。綾子はまだ近距離戦でも勝ち目はあるも、士郎と士人は一目で勝てないと理解した。殺すなら得意な戦況を作り出す必要があり、それを実行可能な思考回路も持っている。

 斬り合いを始めるヨハンネスとアルトリア。直剣を聖剣で迎え止め、斬撃と斬撃が交差し―――余りにも容易く、彼女の一閃が丸盾に受け流された。同時、直剣の振り下しが脳天に迫るも直感でその展開を予測していたからか、紙一重で後ろに頭部を逸らして避ける。

 それなのに原理は分からぬが、彼女の視界から奴は消えていた。剣術家は彼女の視界の外側に踏み込み、真横から首筋を両断せんと直剣を振う。だが、それさえもアルトリアは予感した危機を信じて聖剣を振って受け止める事に成功していた。

 瞬間、綾子は無音のまま強化した刀を構え――リヒテナウアーを強襲。

 その隙にアルトリアは体勢を整え、聖剣に魔力を充填させて斬り掛った。卑怯などとは言わせない攻め込みであり、その上で剣術家は二人と対等に斬り合う奇跡を演じている。

 

「―――投影(トレース)完了(オフ)

 

 その嵐を移動して離れた場所から士郎は観察し、魔術によって投影宝具の射出を実行。

 前にアルトリア、後ろに綾子。

 そして、全方位を囲む剣群ら。

 ―――サーヴァントをして絶殺の布石。

 

「―――ク………」

 

 兜より漏れた苦笑。ふざけた道化の笑いではない。刃の如き狂人の哂いだ。そのリヒテナウアーは内心、心の底から歓喜していた。

 何時も通り、愉しいバベルの日常。

 当たり前な、楽しい命の奪い合い。

 この程度の臨死体験は普通であった。バベルの塔を護るリヒテナウアー達にとって敵が複数なのが当然で、全方位攻撃など何度も打ち破った普通の戦術に過ぎない。

 ―――おぞましい煌きを見せる剣術家の業。

 目視さえせず剣の一本一本を感覚。視界に映る黒服の女剣士(アルトリア)を把握しながらも、視界外にいる隻眼の刀使い(美綴綾子)を察知。一人何もしない怪しい代行者(エクスキューター)がいるも、それはサプライズとして楽しみに監視しておく。

 そして、錬鉄の魔術師――衛宮士郎。

 自分を召喚したマスターから聞いた話通り、何から何まで面白い英雄(ニンゲン)であるようだ。

 

「……ふふ。ふぅはっはーっはははははははは―――!!」

 

 だから、彼は笑うのだ。こう言う危機を笑って踏破してこそ英霊であり、その分霊体であるサーヴァント。剣術家はアルトリアにバックラーで殴り掛かり、綾子の斬撃を直剣で受け流し、独楽の如き回転駆動で大剣豪と呼べる彼女ら二人を透けるように回避。まるで柔術を極めた武道家のように二人の動きを流し、周囲から迫り来る刃を紙一重で、しかし当たりそうな物は剣で、楯で、具足で受け流し、全て回避に成功する。

 何度奇跡を起こせばこの絶技を再現可能なのか、士郎には皆目見当もつかず―――英雄王を封殺する投影射出が効かない事を理解した。

 技量と言う分野において、ヨハンネス・リヒテナウアーは座でも頂点に位置する剣術家。

 勝てる勝てないの話ではない。この男を相手に、武術で挑む事が馬鹿げている。第五次聖杯戦争で召喚された佐々木小次郎と剣技の冴えで戦うのと同じで、ギルガメッシュと財力で競うのと同じで、クー・フーリンを投槍で殺そうとするのと同じこと。

 殺人剣術で、白兵戦における戦術で上回るには、同じ分野で頂点に位置する力量が必須となろう。

 

「成る程な……」

 

 その悪夢のような神技を観察していた士人は、敵を理解したからこそ納得する。その呟きをリヒテナウアーは聞き逃さず、むしろ何故そんなようにしているのか楽し気に見ている様子。

 

「ほう……それで神父、一体何が成る程なのですか?」

 

「お前が真名を暴露した訳だよ」

 

「言ってみて下さい。聞いてみたいですので。それにほら、其方の方も時間稼ぎをしまして、作戦を練り直したいのでしょう?」

 

「肯定する。とのことで、好意に甘えさせて貰おうか」

 

「おう!」

 

 直剣を持つ右手で神父を指差しながら快く答える剣術家。士人も同じく変わらぬ笑みを浮かべ、その笑い一つで戦場を支配した。アルトリアも、綾子も、士郎も黙り込み、神父が無理矢理作り出した時間で念話を行い、作戦を相手の言葉通りに練り直した。

 その相手の魂胆を理解しておきながら、神父の話を聞くリヒテナウアーは間違いなく狂っている。合理的殺人技能の結晶である独逸(リヒテナウアー)流剣術の開祖らしくない余裕であり、慢心とも言える態度。

 だが―――剣術家にとっても、時間稼ぎは有効な戦術であった。

 四人はまだ知らない事情がリヒテナウアーにはある。そもそも幾ら複数の敵を狩る事に慣れているとは言え、多勢に無勢な殺し合いをする等、独逸流剣術の開祖らしくない不利な条件。それでも尚、リヒテナウアーがこの場に来た訳があり、各個撃破による初手必殺をしない理由がある。

 

「しかしながら、理由はとても分かり易いものだ。ヨハンネス・リヒテナウアーと言う真名が事実であれば、考えるまでも無い事だがな。

 単純明快な話―――お前に弱点など一つも存在していない。

 独逸流剣術開祖となる兵法家に、他の英霊のような歴史など記されてはいない。

 強いて言えば魔術的素養が全くない事なのだろうが、お前も召喚されて時間が大分経過していると見える。その装備品や護符を解析すれば、相応の対魔力と抗魔力を準備しているのも一目で把握出来たぞ」

 

「ええ、ええ。全く以って、悪辣そうな貴方の言う通りですとも!

 私が人類史に成した事など他の英霊達と比較すれば、実に些細な事柄に過ぎません。己が考え、鍛え、極め、人生を賭して編み出したリヒテナウアー流剣術の開祖となり、幾人かの弟子を育てました。我が偉業はただそれだけでしてね。後は武術書に教えを残した程度であり、剣術以外にした事となれば国々を長旅したこと。

 別段、私は英傑のような活躍をした訳ではないのです。

 数多の剣豪から信仰を受け―――剣術の開発者として、英霊化しただけの亡霊もどきです」

 

 故に、この独逸流剣術開祖(ヨハンネス・リヒテナウアー)に弱点はない。強いて言えば剣術以外に戦う(すべ)を持たない事だが、この剣術家はそもそも何でも有りな兵法家だ。召喚された後、自分の合理的殺人術(リヒテナウアー流)に使える手段と道具を組み込む職人だ。

 その気配を、剣術家は持っている。

 百戦錬磨の神父をして、自分以上の修行狂いなのだと分かってしまった。

 

「尤も、それだけではあるまいて」

 

「何と。それ以外の事も見破りましたか!?」

 

「ああ。今回は無理だろうが、次があれば一人でお前を殺してみせよう」

 

「―――プロージッド!!」

 

 喜んでしまったのも無理はない。求めるのは自分を殺す絶対強者であり、無敵とも呼べる技巧を持つ自分を超える戦士である。そして外界からの侵入者であるこの四人は殺しても良いが、殺さなくても良い獲物。召喚者とあの狩猟王は抑止力と聖杯を利用し、塔の内部に作ったガフの部屋で第三要素を受肉させた永劫機関(プール)を作っているが、あの四人は対象外。殺すべき敵ではあるが、殺すだけの栄養素ではない。

 ならば、今この瞬間に殺す必要はなかった。

 自分の殺し方を学ばせ、自分を殺せる強敵にしても良い。そして、自分自身も敵の殺し方を学習し、隙無く相手を殺す戦術を練り込んでも良い。

 何時殺しても良いのであれば―――まだ殺さなくても良い。

 だから戦術家は仲間を連れず、天使も連れず、一人だけで来た。独り占めする為に、有り得ない来訪者を歓迎しにやって来た。もし自分が殺されず、相手も誰かが生き残れば、互いに強く巧くなって再度このバベルで殺し合える。

 しかし、この場で斬るのもまた魅力的。

 殺しも良く、殺さなくとも良く―――何も考えずに全力を出せる絶好の機会。

 

「さぁ、さぁさぁさぁああ!

 ―――侵入者の皆様、死合を再開致しましょうか!!」

 

 リヒテナウアーは神父に向かってゆっくり歩きだす。そして悪罪(ツイン)と名付けた呪剣を二本持ち、神父は剣術家に向かって疾走。綾子とアルトリアも一気に相手まで踏み込み、士郎は援護の為に後方に下がって弓矢を構えた。

 ―――激突。

 狂い果てた剣術家の技と業。

 聖剣が、妖刀が、呪剣が舞い、直剣と丸盾が全てを受け流す。本来の得物である背中の両手大剣(ツヴァイヘンダー)を抜き取らず、武器だけではなく甲冑組手も使い、四肢全てで対峙した。弓矢による狙撃と、投影魔術による包囲射出さえ無力化し、剣術家は強さの絶頂をまだまだ極め続けていた。

 この絶殺の地獄の中に、臨死の果てに―――我が剣は「無」を超えた刃となる。

 求めているのは、バベルの英霊として挑むべきは―――決死の戦場での深化だ。

 四対一など既に乗り越えた勝負。しかし、この四人であれば錬鉄の危機となって自分を鍛える鉄火と成り得よう。

 

「そうですそうですそうです。ははははは、これこそ素晴しきバベルの闘争です。

 ―――だから、嗚呼だから。

 私の獲物を奪うなどしないで頂きたいのですが、キャスター―――!?」

 

「―――断る。召喚者より指令が下された。

 何よりも、時間稼ぎこそ貴様の使命であるだろうが」

 

 天より落ちる巨大黒玉―――呪詛の怨塊。Aランク宝具に匹敵する魔術が形成され、対魔力を貫通する暗黒呪塊が地面に衝突。街の一角全て吹き飛ばす一撃であり、並のサーヴァントをダース単位で消滅させる暴力だった。

 そして、この場に並の存在などいない。

 リヒテナウアーはあろうことか囲まれているのに一瞬で後退し、呪詛の魔力爆風をバックラーで受け流す。綾子は思考と同じ速度で魔術行使した空間転移で避難し、アルトリアは聖剣と魔力放出で身を護りながら遠距離離脱。士人は投影した盾群で防御し、援護に徹していた士郎はその光景を遠目から観察していた。

 

「貴様は戦闘と命令には合理的だが他は遊びが多いぞ、剣術家(セイバー)

 

「剣で遊べないのでしたら、そもそも娑婆に用などありませんし、座に引き籠ってますよ。それと外法王(キャスター)、こんな横槍はあんまりだと思うのですが……―――おや、他の皆様も?」

 

 外法王(キャスター)とリヒテナウアーに呼ばれた者、恐らくは行使した魔術からして神代の魔術師か。その人物は黒い法衣に全身を包むローブ姿の怪人であり、何でも無いかのように空中を浮遊していた。 

 ……だが、この場に来たのは外法王だけではなかった。

 何時の間にか分からぬが、空飛ぶ木造戦艦に乗り込む騎乗兵―――女海賊(ライダー)

 八匹の竜が飾り付けられた黒い全身甲冑を着込む日本風の侍―――黒武者(アーチャー)

 豪華に煌びやかな衣装が目立ち、黄金の槍を掲げる冠の王者―――聖大帝(ランサー)

 異形の魔獣が元になっている髑髏鎧の姿をした大柄な狂戦士―――破壊王(バーサーカー)

 革袋と処刑刀を腰に下げ、喪服のような皮鎧を装備した女王―――鮮血王(アサシン)

 五体の人影―――おぞましき、バベルの英霊。

 剣術家(セイバー)が知る巨塔の七騎。

 ヨハンネス・リヒテナウアーと外法王と呼ばれる者を含め、七名のサーヴァントが姿を現した。

 














 ブリュンヒルデ、可愛いね。シグルドが一緒にいると尚良しでした。
 しかし、キリシュタリア担当してる場所的に、セイバー・ヴィナスとか出て欲しい。でも雰囲気的に多分、クレイトスさんが一人いればクリア出来そう。





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5.バベルの七騎士

 更地になったバベルの廃墟区画。浮遊する黒衣の魔術師―――外法王、キャスター。

 無論のこと、アルトリアと綾子達は外法王の名前を知らず、魔術を使った事でキャスタークラスだろうと予想しているだけ。このキャスターが外法王の異名を持つ事を知っているのはバベルの七騎士のみ。

 ……その筈なのだが、何事にも例外が存在してしまうのが戦場だ。

 キャスターが手に持つ双頭の蛇が絡んだ呪杖に、黒衣の袖下に隠している獣顎。

 特異極まる解析魔術を得意とする衛宮士郎ならば、敵の装備品を解析すれば真名を暴くのはとても簡単だ。故に錬鉄の魔術師であれば、現世にまで伝来している伝承伝説に弱点が示されている英霊全てを出玉に取り、その弱点となる武器武装を投影して的確に殺害可能。

 英雄王が英雄殺しで在る様に、投影魔術師エミヤも真似事程度は出来てしま得る。

 そして、万能なる英雄殺しを成し得る為に必須なのは三つ。真名を一目で暴く頭脳を持ち、その英霊の伝承に対する知識を持ち、弱点となる伝承を再現する道具を準備する能力である。

 

「―――侵入者諸君、こんにちは。

 こんな血生臭いだけの世界にようこそ。我々の歓迎は気に入って頂けたかな?」

 

 だが、その士郎の思考も中断される。一目で真名を把握した外法王(キャスター)からの嘲りと昂りの挨拶は殺意に満ち、怨念にも満ちている。

 言葉一つ一つが呪いの塊。並の魔術師ならば姿を見ただけで発狂死する呪詛が常に渦巻き、先程の奇襲攻撃から分かる通り、この魔術師の呪詛は物理干渉能力を持つ程の桁外れな濃度を保有している。敵を呪おうと魔術を使っただけで、この魔術師は土地を根元から吹き飛ばす化け物だった。しかし、そもそも士郎らも十分に化け物である。必殺は必殺とならず、鏖の呪いもそよ風程度の悪意に過ぎない。

 

「キャスター。こやつらが余たちの敵であるか?」

 

「そうだ、ランサー。久方ぶりの、本物の敵だぞ。ガフの空室を満たす贄ではなく、純粋な外敵だ。つまるところ、殺すだけの獲物ではない。

 殺しても良く、殺さなくても良く、愉しんでも構わぬ怨敵だ。我々の宿敵だ」

 

「ほぅ―――成る程。それは良い。実に良い。

 しかし、今の余はランサーの側面に限定させられた分霊よ。英霊の座に登録しておる宝具の中で、生前蒐集した聖遺物のコレクションは二つしか持ち込めぬのだが、この槍と冠こそ我が帝国における真の王権(レガリア)

 だが……―――成る程な。お主ら四人は中々だ。

 人理継続が為に抑止より遣わされた飼狗(サーヴァント)を屠るよりかは、お主らを仕留める方が聖大帝の王権(レガリア)に相応しい仕事となろう。

 故、分かっておるよな、キャスター?」

 

「ふん。構わんよ。しかし、貴様に相応しい敵か。まぁあれだな、否定はせんし、邪魔もせん。だが、私も生前の復讐を果たしてしまって暇でな……いや、全く。まさか、あの大英雄が抑止力として召喚されるとは、このバベルも因果なものよ。

 ……しかし、解せんのだ。

 奴を殺して満たされるどころか―――逆に、飢えるとは」

 

 空を飛ぶキャスターに、リヒテナウアーの近くで佇んでいた黄金槍の皇帝は、とても面白気に侵入者共へ微笑んでいる。そして、過剰なまで黄金の装飾が施された槍を右手で敵に向け、左手で冠を頭に押さえ付けている。

 死ぬ前は王位に就いていた英霊。王の亡霊―――ランサー。

 黄金槍、鉄王冠―――即ち、聖大帝。 

 身に纏う数々の強大な聖遺物から、生前は熱心な聖遺物コレクターだった事が把握出来た。

 

「それはそうだろう。復讐は満ちるものではなく、心を枯らせる苦行である。余とて応報の理屈は理解できるが、復讐そのものは憎悪を誓う本人だけの意志だ。

 お主の憎悪は、既にバベルにて晴らされた。

 となれば必然、残る妄執は恨むと言う感嘆。

 ならばこそ―――キャスターよ、残滓として残った怨念を敵へ叩き付けるのも余生の一興だ」

 

「―――……ランサーよ、貴様は相変わらずだな」

 

 それを聞き、胡乱気な瞳で頷く外法王(キャスター)。黒衣の袖下に隠している獣も唸り上げ、強烈な悪意が身の内から溢れ出て来る。

 そんな憎悪を見て、笑みを浮かべる女が一人。

 

「その通りだよ。怨讐の彼方に到達した貴方達には、もはや未来などへは到達出来ないさ。ならこの巨塔都市にて、存分に路頭に迷い給え。

 ―――我らの同胞、屍の亡者共よ。

 殺した生者の遺体で行う死体漁りこそ、死に様を晒し続ける私達に相応しい。

 ほぉうら、折角この国に来てくれた異界旅行者なんだ。私達で歓迎して上げなくては。とても盛大に、葬式みたいに華々しくさ」

 

 くるりくるり、と抜刀した処刑刀を回しながら、血の気配が色濃い暗殺者(アサシン)は微笑みを浮かべ、殺意を更に濃厚に強めている。

 聖大帝の言葉を肯定し、血の女―――鮮血王は、魔力を膨張させた。殺意と敵意を混ぜ込んだ彼女の魔力は、それ自体が凶器と成り果てている暴力。魔術師でなければ一瞬で意識を失い、魔術師であろうとも精神防御に優れていなくては恐怖の余り発狂してしまう。

 その存在感を自然体で保つ彼女は、それだけのサーヴァントをバベルにて鏖殺してきた魔物。殺し回ったサーヴァントの数だけ、彼女は英傑の血を革袋に啜らせてきた。

 

「―――カカカカ!!!

 確かに、死体漁りは(いくさ)の勝者の特権。鮮血王(アサシン)の言葉こそ戦場(いくさば)の道理。誰も彼もが暴れ貪り、我ら源氏も殺しに殺し、奪いに奪った。

 英雄とは、これ即ち―――殺戮の妄執なのだ。

 殺さなくては生を実感せず、虐殺を成して歴史に名を刻む悪鬼外道。しかし、己が殺戮こそ名誉にせず―――何が英霊、何が英雄か!

 弓で射殺し、刀で斬殺し、馬で轢殺する。つまりは肉を貫通する実感、骨を切断する感触、命を粉砕する歓喜である。

 それが武者の歓びだ。

 これこそ侍の本質だ。

 ならば武者として死んだオレは、強者との戦を所望する鬼に過ぎん。故に貴様らは、オレと戦わねば生き残れぬ定めにたった今――落ちた!!」

 

 全身甲冑の黒武者(アーチャー)は猛々しく叫び、禍々しく声を轟かせる。この日常(異世界)こそ、この戦場(バベル)こそ、日ノ本侍にとって幸福に満ち溢れた地獄であると。そして弓兵は太く、長く、歪に進化した異形の左腕で背中に下げていた大弓を外し、筒から強化矢を取り出した。

 アーチャー―――魔腕の弓使いは、仮面兜で表情は分からないが、気配だけで笑みを浮かべているのが分かる程、狂気に染まった闘気を纏っている。

 古の血で脈動する腕と、通常の筋力で到底扱えない五人張りの大弓。

 源氏最強の弓使いは八竜の甲冑へ更に妖気を滾らせ、侵入者に弓に備えた矢の鏃を向けた。まるで死の宣告を告げる死神の如き眼光で、弓使いは戦意のみでお前らを射殺すと唄っていた。

 

「狂いも狂って、求めるものは馬鹿騒ぎだけとは救い難い阿保ばかり。しかし、我も同じく聖杯への望みなど、この死後の余暇に比較すれば些細な人間性だと実感している。

 しからば破壊こそ、我が習性。そして、我が建国した海賊王国の営みだ。

 ならば、麗しきアッティラ―――やはり貴女こそ、破壊の化身、蹂躙の権化。

 滅びの遊星よ、貴い破滅よ―――其方(そなた)は美しい。

 故、世界を救う貴様らも何時も通り、無様な帝国と同じく滅ぼそうと我は思う。幻想のような生き様を煌かせる貴様らにこそ、死に様は道端に転がる哀れな屍の如き現実を与えよう」

 

 海に住まう魔獣の頭蓋骨で造られた仮面兜で貌を隠す狂戦士。大柄な鎧姿だが、声は被っている兜の所為でこもっており、男か女か分からない。だが、異常なまで畏怖感を与える王者のカリスマ性に満ち、対峙しているだけで精神を削る鉄鑢の如き圧迫感があった。そしてバーサーカーらしき暴力性が溢れながらも、喋る言葉は理性的。どうも通常のバーサーカークラスではなく、何かしらの仕掛けが有るらしい。

 しかし、手に持つ大剣は狂気一色に染まっている。

 血に塗れて、火に焦げて、死の臭いがする悪の剣。

 欧州の蛮族のようで在りながら、暗黒大陸の古い民族衣装のような鎧でもある全身鎧―――破壊王は、二十柱以上の英霊を見て来た士人でも、その誰にも類似しない特異なサーヴァントだった。尤も神父は既に真名を見破っており、その理由も納得しているのだが。

 

「はぁ…‥…―――相変わらず、五月蠅い。お前ら、子供か」

 

 そして、楽しそうにはしゃぐ同僚に溜め息を吐く長身の寡黙な女性。過度な装飾はしていないシンプルな衣装だが、明らかに高貴な雰囲気を纏うサーヴァントであり、戦士や騎士と言うよりも王族の系譜に位置してそうな女だった。しかし、肌は小麦色の程良い褐色に焼け、日の光から頭部を守る為に布をバンダナのように巻き付けていて、肩に届く程度にまで伸ばした黒髪が風を受けて揺らいでいる。

 浮遊舟から俯瞰する女海賊―――ライダーは、そんな海賊衣装を翻しながら飛び降りた。

 だが木造戦艦は主人が甲板から消えても浮き続けている。まるでこの混沌とした戦場を見下ろすように存在していた。

 

「―――おやおやおや!!

 なんとも、まぁ、全員大集合となりましたか。しかし、良いのですかねぇ……こんなに集まってしまうと、天使達を殺し終えた皆様が血の臭いを嗅ぎ付けて、此処まで来てしまうではないですか!?

 私が彼らの立場でありましたら、絶対に機会を逃さず来ますから」

 

 バベルの七騎士―――巨塔の使者。あるいは、ニムロドの使徒。

 召喚者はトーサカであるが、魔力供給は永劫機関(ガフ)となった塔の聖杯炉心。世界にとって禁忌である魔法の融合使用により、第二法と第三法によって無尽蔵の魔力を無限に生成する死徒十七祖第四位の神域領域であった。

 ―――集うは七柱の魔人。

 剣士(セイバー)―――祖の剣術家。

 弓兵(アーチャー)―――剛腕の武者。

 槍兵(ランサー)―――金色の大帝。

 騎乗兵(ライダー)――古の女海賊。

 魔術師(キャスター)――悪魔蛇の王。

 暗殺者(アサシン)――革袋の女王。

 狂戦士(バーサーカー)――海の破壊者。

 正義の味方が、甦った騎士王が、門の魔女が、死灰の神父が殺さなくてならない邪悪共。その化け物たちは油断も慢心もなく、しかし相手が何をしてくるのか愉しみに待ちながらも周囲を囲んでいる。

 そして―――更に高い上空には、バベルの都市部から人外の天使が向かって来ている。

 このままでは皆殺しは確定。アルトリアの聖剣ならば充分打破可能ではあるが、そもそも真名解放などリヒテナウアーが許しはしない。いや、そもそも聖剣の真名解放どころか、長距離を飛ぶ為に必要な魔力放出の溜めさえも見逃さず斬り殺すであろう。あるいは、アーチャーによる高速射撃か、ランサーによる投槍か、ライダーによる戦艦落としか、キャスターによる魔術妨害か、アサシンによる暗殺か、バーサーカーによる突撃か。

 ……油断をしないとは、そう言うことだった。

 聖剣だけではなく、他の者の切り札や行動に対しても見逃さない。

 既に侵入者の手段は把握しているのだ。衛宮士郎の投影魔術も、美綴綾子の空間魔術も、言峰士人の宝具解放も分かっており、その上で此処に来ている。駄目押しにバベルへ天使を要請し、逃さず気は欠片も存在していない。

 尤も、この程度の安い危機―――既に幾度も味わっている。

 孤立奮戦など当たり前。戦力が自分以外に三人分もあれば生き延びるには十分過ぎる。

 

「―――ふむ。師匠のサーヴァント共か。使い走り、御苦労とでも言っておこうか」

 

「貴様の事は聞いているぞ、神父。悪知恵が働く狡賢い極悪人だとな。殺すなら、まず最初に狙うのが一番だともな」

 

「これはこれは。高い評価、身に染みる思い出になりそうだよ。バーサーカー」

 

 遠回しに、神父はバベルを滅ぼした後の良い記録になると言っていた。この皮肉が分からない者はおらず、バーサーカーは兜の中で神父が面白い人物だと思い笑みを浮かべていた。

 

「……成る程。確かに、我らがマスターが喋った内容は正しいようだ。我も同じ神を信じる啓示教徒であるが、貴様のような面白い司祭など見た覚えがない」

 

 七名の中から、神父の言葉に答えたのはバーサーカーだった。どうも雰囲気と違って狂気に熱せられている訳ではなく、単純に思考回路が狂っているだけなようだ。そして、英霊なんて存在に昇華される人間霊は基本的に思考回路が普遍から離れて壊れているのが普通であり、当たり前のように人として壊れている。

 士人からすれば、可笑しくないのが可笑しいので、バーサーカーに疑問を覚える事は全くない。

 

「―――おい。もう静かにしろ。略奪の時間を長引かせるな」

 

 後ろ腰に仕舞う双剣を抜き取り、女海賊(ライダー)は敵へ歩み寄る。

 

「何時も通り、命を奪い取るだけ。問答なんて勝ってからすれば良い」

 

「ライダー、そう言うで無い。名乗りと動機の問答は戦場の華である。殺生与奪の権利を得た後の会話など、陳腐で糞つまらない。

 侍ならば――さぁさぁさぁ、いざいざいざ、と。正々堂々真剣勝負と参るがイキと言うものだ。

 とは言え、それも条件付きだ。相手が問答無用の情け容赦のない殺し合いをしたいとあれば、武者の尊厳など欠片もない戦争がしたいと言うのであれば、此方も悪鬼外道に落ちるが道理と言うもの。

 それはそれとして、愉しみ甲斐がある地獄と言うものだ。

 殺す事だけを愉しめる怨敵と言うのも、戦場では得難い娯楽品である」

 

「お前も、周りも、遊びが多過ぎる……」

 

「ヤツらからの仕事は終わった!

 ならば―――この戦争こそ、オレが求めた合戦場だ。背負う者亡き死後の道楽ならば、この我が身を戦で全て削り使い尽くすまで」

 

「分からないこともない。戦争は私も好みだ」

 

「カカカカカ、そうだろう?

 自分の敵を選んで殺すなどと言う欺瞞、このバベルでは捨て去ることが出来るのだからな!!」

 

 寡黙な性格なライダーだが、同類には口数が多くなる。つまり戦友とのコミュニケーションを怠る間抜けには程遠く、意志疎通ができる仲間ならば基本的には情も湧き、興味も湧く。それはアーチャーも同じであり、この場にいる七騎全員がバベルでの生活で仲間意識を持つ運命共同体である。

 何より、抑止力に召喚された英霊を殺戮する事に忌諱しない。

 敵として侵入して来た人間を虐殺する事にも疑問を生じない。

 そして、七騎全てが例外なく情報を共有している。敵が使う武器、魔術、性能、能力を知っている。単騎だけでも軍勢と呼べる強大な戦力だと言うのに、一人いるだけで現代の一国家軍隊を皆殺しに出来る化け物であるのに、それが徒党を組んで部隊として機能する悪夢。

 たった七人だけの―――史上最強の国家軍隊。

 それがバベルの使徒である。完璧な情報統制によって制御され、スンタンドプレーを行うことで結果的に協力し合う組織。恐らくは、過去に存在したどんな国よりもおぞましい強さである。

 

「ならば―――殺すとしよう。

 余は殺しなどに悦楽も愉悦も感じぬし、戦争など国の王として選ぶ最悪の外交手段である。人間は愚かな動物で在るのは事実だが、それを承知した上で理解し合うのが天才と賢人よ。

 だが、この槍で奪うに相応しい魂の持ち主を討ち取るとなれば……―――喜んで、愚かなる魂魄を清めるとしよう」

 

 教会の秘蹟と魔術を同時使用し、ランサーは槍を輝かせながら身体能力を強化する。周囲を感知しながらも、槍を模した聖なる魔力刃を展開する。生前、魔術になど縁が無かったランサーであったが、英霊化した死後の自分は数多にコレクションにした聖遺物以外の神秘を得た。

 あっさりと学習した魔術知識により、秘蹟を使うなど余りに容易い。

 いや、それだけではない。この場にいる七騎のサーヴァントから得た技能(スキル)以外にも、このバベルで殺したサーヴァントからも欲した能力を学んでいた。況してやキャスターのサーヴァントでもない人間の魔術師が使う神秘程度、一目で修得出来ないランサーではない。強化魔術や洗礼詠唱をスキルに昇華するなど容易かった。

 恐ろしいのは―――金色に装飾された槍。

 アルトリアをして、霊核の芯から脅威を感じる宝具であった。

 

「―――貴様ら、このバベルを理解しているのか!?」

 

「無論だとも。余は皇帝を超える大帝と称された王である。あの狩猟王のことも理解しているとも。その上で、余はアヤツの王道に興味が惹かれた。

 ……面白いぞ、このバベル。

 あらゆる文明と文化、その叡智の宝よ。

 我ら人類が人間種で在り続ける以上、神を排したこの現代文明は必ずバベルの天蓋巨塔に辿り着くだろう―――否。到達出来ねば、星と共に滅びを迎えるだけだろう。あるいは、不必要と枝切りされて死ぬだけだ。

 それはお主も分かっている筈だろう―――ブリテンの騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 我ら皇帝(アウグストゥス)の中でも有名なる剣帝、あのルキウス・ヒベリウスを人類史から消し去ったお主であらば、我ら七騎の召喚者が考えることも理解出来よう。実感も出来よう。

 そして―――共感も、問題なく出来る事だろう。

 我々人間を世界ごと救うには、もうこの世を滅ぼすしか道はないと!!」

 

「剣帝ルキウス……ッ―――!?

 ならば貴様は、あのローマ皇帝の英霊である大帝……聖大帝。では、その槍と冠は……いえ、いいえ。そんな事は如何でも良い。貴様が何者であろうとも、今は如何でも良い。

 このバベルが人類を救うとは、どういうことだ。

 邪悪に狂った凛が召喚し、その思想に賛同した英霊が、そのような考えなど持つ訳がない……況してや、この世を滅ぼすなどと言う世迷言をッ!」

 

「余もお主の立場ならそう思うのでな。説得が可能とは思わんし、する気もないぞ。だがの、名高き騎士王なら分かっている事だと、この場の全員が理解している筈だ。

 それが真実で在らねば、そも我ら七騎がバベルに賛同する訳なしと!

 本気で救おうと足掻く人間の王で在らねば、我らが死力を尽くす理由もないと!

 そもそもだ、我ら座の住人を奴隷とする抑止力が絶対に正しいと、人理が人類史唯一無二の正解だと……―――なぁ、そのような方程式を誰が定めたと言うのだ。繁栄の果てに星を枯らし、鋼の大地に辿り着く運命を定められた未来が間違っていないとでも言うのか?

 これを否定するのであれば―――滅ぼしてみせよ、永久に届かぬ我らがバベル(理想郷)を」

 

 躊躇うことなど何も無くなっていた。清く正しく、汚く濁り続けた人生であり、聖大帝(ランサー)は己が人生を清濁飲み干し、自分と他人を愛していた。良くも悪くも、命懸けで駆け抜けた人生だった。

 

「ならば……ならば、ランサー。貴様は何を願って此処に存在する?」

 

 その騎士王(アルトリア)の質問に応じる答えを、ランサーは持っていた。たった一言で足りる願いだが、誰もがそう在れかしと望むべき願いだった。

 

「無論―――全ては世界(ローマ)のために」

 

「戯言を……ッ――――!!」

 

 もはや止めるモノ無し。全開の魔力放出で加速するアルトリアの斬撃を、真正面からランサーは金槍で受け止めた―――瞬間、この場に居る全ての者が沸騰した。殺意のまま、己が得物を以って闘争の渦を生み出さんと疾走した。

 

全投影(バース)再誕宣告(リセット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)

 

 だが、そんな程度は予測済みであり、覆す策も準備済み。瞬間詠唱を行う士人は脳内空間に予備投影しておいた全武装を現実に引き摺り出し、上空に幾十にも展開。一つ一つが宝具に匹敵する魔術であり、どれもがサーヴァントに直撃すれば命を奪う爆弾。彼は射出した投影武装数十本を一気に纏めて爆破した。

 ―――それが無駄になるのも、士人は予測していた。

 慣れ切った対応。未知の攻撃に平然と対処する度胸と技量。宝具射出はおろか、その爆破にまで対応されるとなれば自然ではない。

 

「カカ―――下らんわ、西洋被れの司祭が!

 このオレを確実に殺したくば、討ったアヤツが持つ草薙の神剣程度真似てみせろ!!」

 

 一瞬で街の一区画を絨毯爆撃し、羽虫一匹逃さず爆破する言峰士人は明らかに人間の領域を超えた魔術師。そして、その魔術をその程度と嘲笑うのがバベルの七騎士である。中でも黒武者は過激な分類だ。爆風の中から敵目掛けて駆け出し、弓を背中に仕舞って鞘から武器(古刀)を抜刀した。

 よって神父は迎撃するのみ。投影した悪罪(ツイン)を双剣として構え、黒武者の一刀一振りを一本で受け流し、その流れでもう片方の悪剣で斬り返す。その反撃を容易く刀で打ち落とし、更なる斬撃を繰り出し続ける。だが、敵はアーチャーだけではない。バベルの七騎士は一対一に拘る者など一人として存在せず、思い思いに殺すべき相手を狙って動き出した。

 問答無用の集団激突、敵味方が混ざる乱戦。

 どう足掻いても四人は防戦一方に追い込まれてしまう。逆転の手札は何個も隠し持っているが、それを使う機会を得るまで生き延びなくては意味はない。

 

「啄み殺せ、黒き刃よ―――遺産の群刃鴉(ケンヴェルヒン)……ッ――!!」

 

 そして、状況の打破は自分達が原因になる訳ではない。その宝具はバベルを守護する七騎ではなく、侵入して来た四人でもない外側から行われた真名解放。

 ―――三百羽もの黒い刃鴉の群れ。

 空中を浮遊しながら魔術砲撃の準備をしていた外法王(キャスター)を襲撃し、地面に追い込みながらも他六騎も同時攻撃。アルトリアを集中的に鴉たちは守りつつ、敵陣営の足止めに成功していた。

 

「ああ、ああ―――我らが王よ、よくぞ御無事で!

 召喚された円卓の騎士は悉く皆殺しにされ、それでもこの身だけは何とか生き延びました。

 しかし、御身がまだおられるのでしたら……!!」

 

 現れたのは白い獅子を連れた騎士。円卓に座る者ではなくとも、彼ら騎士と何ら遜色がない強さを誇る男。嘗て一時期だけだが生前、騎士王アーサー・ペンドラゴンに仕えた英霊が四人に近付いて来た。

 ―――獅子の騎士。

 彼こそ鴉の魔剣を操る騎士の中の騎士。

 このバベルで生存する数少ない抑止力によって召喚されたサーヴァントであった。






















 マテリアル5、楽しみです。






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6.出口など無かった

 守護者が贄として殺される地獄。天罰天使が抑止の守護者を狙い、バベルの使徒が殺戮を行う天蓋巨塔都市を生き延びたサーヴァント。

 ―――黒い鴉(レイブン)の魔剣使い。

 正体は―――獅子の騎士、あるいは獅子を連れた騎士。

 七騎士の中でも、英傑殺しとしてブリテンの騎士を仲間と共に殺し回った破壊王(バーサーカー)は、自分が取り逃した獲物が目の前に現れた事に歓喜した。

 

「邪魔なり、獅子の騎士―――!!」

 

 狂戦士は殺し損ねたキャメロットの勇者―――獅子を連れた騎士(サー・ユーウェイン)を一目で理解し、そのそっ首を斬り落とす為に疾走した。黒い刃鴉に鎧を貫かれ、肉体を啄ばまれていると言うのに、バーサーカーは狂った戦士らしく戦うのみ。

 

「―――ほざけ、海の藻屑が。()ってやるさ、蛮族海賊!」

 

 三百羽が舞う刃鴉の群れから二十羽ほど手元に戻し、本来の姿である刃の形へ変化させた。七騎士を抑える為に必要な戦力であるが、二十羽程度ならば刃鴉を剣化する余地が存在しているとユーウェインは判断し―――迫る破壊王(バーサーカー)を独特な型を持つ剣術で迎撃。

 ガギィイン……ッ―――と言う鈍い金属音。

 殺戮技巧のまま人体と生命を破壊する効率的殺人剣と、まるで狼や獅子を模した肉食獣が如き獰猛さを合理的に術理に組み込んだ殺人剣が激突。破壊王の一撃を容易く受け流し、そのまま回転しながら逆にユーウェインは斬首を狙う。それを受け止められようとも、更に騎士は勢いを増して、流れを加速させ、上空から回転しながら一刀を振り下した。だが、その剣技を好機と見たバーサーカーが敵が空中で身動きが出来ない内に体勢を整え、視覚外に回り込もうと画策した刹那、あろうことかユーウェインは鴉の一匹を足場にして、更なる加速で以って斬撃を繰り広げる。その一刀で以って破壊王と渡り合い、獅子の騎士は臨死を潜り抜けた。

 後先考えぬ全力疾走―――いや、文字通りの死力である。

 バーサーカーを取り囲む鴉を瞬間瞬間に剣化させ、あるいは剣を鴉に変えて的確に動きを妨害。動物的でありながら合理的な獅子剣術は、殺戮に慣れたこのバーサーカーからしても慣れる事が不可能な不可思議な技術。無窮の武錬を持つ英霊よりも、剣士として優れた兵法家よりも、このユーウェインは異端でありながら王道的で、奇怪でありながらも堅牢な剣の術理を保有していた。実に殺し難く、獣のように生存能力が優れている。だが、その剣技の獣性をより際立たせるのが彼の持つ黒鴉の剣。

 ―――遺産の群刃鴉(ケンヴェルヒン)

 能力は見た目通り、刃鴉と魔剣の交互変化。三百羽の鴉の集合体であり、真名解放によって一気に剣から鴉の使い魔へ変貌させる。あるいは、数羽だけの変化も可能だが、その場合は剣が持つ神秘は薄まってしまう欠点を持つ。そして、この魔剣は鴉の魔物に転生したとある魔術師(死徒)が作り上げた概念武装であり、それを生前のユーウェインが遺産として引き継いだ事で宝具となった物。

 故に鴉の魔剣(ケンヴェルヒン)を持つユーウェインは三百の鴉と、三百の剣を自由自在に操る騎士。

 だが―――彼こそは獅子の騎士。

 その名の通り、鴉と剣だけではなく、宝具の真髄もまた別の所に存在する。

 

「ウゥゥオオオオオオオオオオオオオ―――ンッ!!」

 

 ―――白獅子。正体は、伝承にて竜殺しを為したライオン。

 雄叫び一つで太源を爆散させ、膨大な魔力の本流が幻獣(獅子)より溢れ出す。獅子は勢いそのままバーサーカーを吹き飛ばし、他の敵に向かって爪と牙を向ける為に疾走する。だが、アーチャーは巧みに鴉と獅子の視界から外れ、ユーウェインの前にまで躍り出た。

 

「―――カカカカカカカカカカ!

 獅子を連れた鴉使いか。まだ死んでいない円卓がいるとは喜ばしい!」

 

 アーチャーも幾人かの円卓を射殺し、斬殺したが、全員が強かった。しかし、唯一バベルを生き延びている騎士がいた。円卓に属してはおらずとも、共にアーサー王へ仕えた友として、円卓の騎士と肩を並べた超常の騎士がいた。

 そして、バベルには抑止力として召喚された騎士王もいた。だから、騎士を嗤うアーチャーはあのユーウェイン卿の“勘違い(思い込み)”にも気が付いていた。

 既に―――あの“騎士王”は死んでいる。

 ユーウェインが死んだ所を見ていたのか、見ていなかったのかは、アーチャーには分からない。トリスタンを射殺し、片腕になったガレスを斬り刻み―――ニムロドの狙撃で負傷したアーサー王を、確かに殺した。身を呈して王を守ったガウェインごと貫き殺したが、その場にあの騎士が居たのかは知らない。

 だが―――確かにもう死んでいるのだ。

 アーチャーは殺した騎士王と、このバベルに侵入して来た騎士王が別人だと気が付いている。塔より随時念話で送信され、新たに更新された情報からも知っている。

 

「―――アーチャー……貴様、貴様は……ッ」

 

「落ち着きなさい、ユーウェイン卿」

 

「………――ハッ!」

 

「そして、我々を助けて頂いた貴方に言わねばならない事があります」

 

 そして、アルトリアも薄々分かっている事だ。ユーウェインの必死な顔は、偶然出会った生前の王に会った者が浮かべるものではない。例えるならば、死んだと思った人が生きていて、その奇跡を喜んでいる身内であろうか。

 王は人の心は分からない、と誰かに言われた事は覚えている。

 しかし、他人の心情を察知するのと、自分が人間性を得ていないのは別の話。

 死後の自分として、生前の自分を分析すれば分かる事。理想の王で在ろうとしたのは否定しないが、自分自身を理想の王と思った事はない。言うなれば、理想の王を演じる機械人形であろう。人間としての感情も封じていただけで、消滅させた訳ではない。

 ならば、真実を言うのが正しいか、虚偽を通すのが正しいか。

 

「私は―――アーサー王ではありません。ただのアルトリアです」

 

「――――――――……そう、でありましたか」

 

 その一言でユーウェインは全てを悟った。この人を守る事が出来ず、仲間が皆殺しにされてしまった事も、自分が誰も守る事が出来なかった事も、全て理解した。

 そして、これから自分がすべきことも―――悟ったのだ。

 

「ですが、王。それでもやはり、アーサー王はアーサー王でなされましょう。私が守ろうと決めた心に、嘘はないのです。

 もう―――そう決めたのです」

 

 一刀で邪魔な鴉を斬り捨て、その騎士の言葉を聞いた剣術家はたった一歩踏み込んだだけで、刃鴉の結界を踏破した。この程度の傷害、戦術さえ必要とせず斬り進めば良い。

 この敵は、素晴しい。

 仲間の内で誰もが殺さないと言うのであれば、自分が斬り殺したい強敵であると実感した。だが、このままでは駄目だった。斬り合っても楽しくなりそうにないが、やはり素晴しい事に間違いはないのが剣術家にとって不愉快だった。

 

「嗚呼、とてもとても、貴方は美しい決意をする方でありますな!!」

 

「貴様は引っ込んでろ、ピエロ剣士!!」

 

「何故!? ここで斬り合わず逃げるなど、剣術兵法家は名乗れませんね!!」

 

「そうか。なら―――焼かれて死ね」

 

 死ねと言葉を吐き捨てた騎士は、巧みに鴉を使うことで既に戦地から半ば退避に成功しつつある。背後に王とその連れを守りながら、鴉を移動させて獅子の通り道を作る。既に七騎士から距離を作り出し、近場にいるのは異次元の技量を誇る剣術家(リヒテナウアー)のみ。

 ……それも、今はもう考える必要もないのだが。

 

「―――おやおや。まぁ、これは……?」

 

「やぁ、バベルの糞ダニども。派手にやり過ぎだ。それも七匹全員揃っているとは……ははははは、実に僥倖だ。実に幸運だ。

 だから――――死ねよ。

 肥え太った家畜みたいに死ね。燃える藁のように死ね。

 それでも自害して死にたくないと言うのなら―――俺がお前らを、俺の友と共に皆殺しにしてやる」

 

 口調が荒くれ者(チンピラ)のように悪い戦士。いや、戦士と言うには気配がおぞましい領域で強大で、王者と呼ぶには余りに存在感が獣に寄り過ぎている。そんな見知らぬサーヴァントが一柱、士郎達の背後から悠然と死地である此処まで歩き進む。

 手に持つ武器は、炭化したかのような漆黒の剛剣。それ一本。

 他に宝具となる武装は持っておらず、剣一本で戦う剣士のサーヴァントなのか、それともまだ何かを隠し持っているのか。だが、その疑問も直ぐに晴れた。

 

「だろう―――ムラデン?」

 

 そして、余りにも強大な“何か”が召喚された。遥か数億年前に星を支配していた“霊長《恐竜》”を思わせる爬虫類のような姿であり、四肢が揃っており、背中からは両翼が雄大に伸びている。

 ―――竜種、またはドラゴン。

 指示を受けるまでもなく、召喚された“龍”は息吹を溜め込み、英霊の宝具が玩具に見える程の膨大なエネルギーが凝縮・加速されている。され続けていて、まだその火力を解き放とうともしていない。

 

「……遅いぞ、ストイシャ」

 

「すまねぇな、ユーウェイン。前に殺してた時よりも天使が強くなっていてな。どうも戦闘能力が成長していると言うか、戦術が更新されていると言うか、何でもいいが殺すに時間が掛かってしまった……――で。この四人が、新しい御同輩って言ったところか。

 うむ……うむ――む?

 抑止のサーヴァントって訳じゃなそうだけど、まぁ、力があるならそれで良い。半端な気力と気概しかない英霊だと、このバベルでは直ぐ死ぬからな。その点、根性がありそうで何より」

 

 英霊と竜。見た雰囲気からして、ライダークラス。それもかなり稀少なドラゴンライダー。

 

「いやはや、貴公がこのタイミングで出て来ましたか―――竜殺しのストイシャ」

 

「相も変わらず苛立つ口調で話す野郎だ、リヒテナウアー」

 

「これでも、これから殺す死合相手を最大限尊重しているつもりなのですよ。ほら、どうせなら完敗したって実感しながら死んで頂きたいですし、気分が良い敵の方が斬り応えがあって楽しいですので。

 まぁその点、貴方には期待はしているのですよ。

 殺さずに三頭もの竜を屈服させた絶対性に、竜の帝王と引き分けに持ち込める戦闘能力。うーむ、素晴しいとしか言えない特上英霊でありますねぇ……」

 

「―――で、それが何だ?」

 

「……戯けが―――死にに来たか?」

 

 刹那、剣術家の意識が切り替わった。ヨハンネス・リヒテナウアーは憤怒の気配を纏い―――剣気ではなく、怨念で以って剣を握っていた。直剣と円盾を仕舞い込み、余りに自然な動作で背中の鞘から抜いた両手大剣(ツヴァイヘンダー)を構えていた。

 狂ったような、弾けたような、世界が数段違う―――存在感。

 明らかに先程以上に強くなっている。斬り合うまでもなく、技の鋭さが上がっているであろう事が肌で感じ取れる。

 

「既に霊核へ罅を入れ込んでいる筈なのですが、それが癒える前に此処へ来ましたね。ユーウェイン卿も、ストイシャ王も、ライダーのクラスでありまして、その能力の真髄を出す為には愛すべき相棒もまた完全でなくてはなりません。それなのに、宝具のご友人の傷さえ癒えていない状態で、態々こんな混沌に参加しましたね。

 ……私は、死兵は嫌いなのですよ。

 勝つつもりがなく、敵を殺す気概のない相手は斬っても面白くないのです。

 どうやらこの者達を助ける為に命を捨てて、我々を足止めする為に時間稼ぎを行い、意味のある死を得る為に殺されようと言う気分であるみたいですので」

 

 ―――獅子の騎士と、白い獅子。

 ―――竜殺しの王と、竜の帝王。

 この二人と二体を前にしながらも、ヨハンネス・リヒテナウアーは何一つ怯む事なく歩くだけ。自身の独逸流剣術の真価である大剣を持ち、一秒後の絶殺と絶死を空想しながら死を纏い続けているだけ。

 死ぬ―――全員、死ぬ。

 この剣術家は誰も彼もを斬り殺し、己が剣術が人類史最強なのだと証明し続けた。

 

「―――行って下さいませ、王!!」

 

「ほら、こっちも派手に死にたいんでな。それにどうせ死ぬなら、目的を持って前のめりってのが英雄だ。後、何だ、そっちのアンタはアーサー王だったか?」

 

「……ええ」

 

 背後からの肯定の返事にストイシャは頷き、強く剣の柄を握り締める。

 

「ユーウェインの決意、汲んでやりなよ。ま、赤の他人のオレが言えた事じゃねぇが、こいつとは同じ死線を潜った戦友だ。気持ち程度は分かってると思うんでな。

 そんで生き残れれば、新参さんたちも此処がこうゆう世界だって事も分かったと思うし、まずは生き足掻いて戦略を立て直すと良いさ。その為だったら、まぁ、あれだな―――オレは別に死んでも良いと思っている。

 ……無駄死にだけは、やっぱ無念が残ってしたくない訳さ」

 

 最初から、ユーウェインもストイシャも死に体だ。天使の襲撃も度重なり、傷の回復も時間が掛かるのがバベルでの戦争だ。そして、この二人が見て来たバベルの戦争において、尤も殺し合いたくないのがリヒテナウアーである。

 理由は単純、白兵戦で勝てないから。

 だからと言って宝具を使った所で、宝具の発動を許すような剣士ではない。真名解放される瞬間を好機に捕え、刹那で踏み込んで斬り捨てる真名殺しが可能な剣技を持つサーヴァント。

 

「―――さようなら、ユーウェイン」

 

「ええ―――おさらばです。我らの王よ」

 

 ならば、もう遠慮はいらない。何故なら、自分達が死ねばバベルの塔を破壊する戦力が足りないが、生きていても必要な数値にまで足りない現状を―――アーサー王と、他の三人が生きていればクリア出来る。その事をユーウェインは悟り、ストイシャはこのバベルで意気投合した戦友の特攻に付き合った。

 どうせ最期なら、派手に死ぬのも一興か。

 ユーウェインの仕事を手伝うのもストイシャからすれば、召喚されたこの今生の価値を得る為に必要なこと。渡りに船だった。

 

「……あぁ―――我ら騎士の王よ。行ってしまわれましたか」

 

 この場から遠ざかる四人の足音を聞き、安心したかのように獅子の騎士(ユーウェイン)は目を瞑った。このバベルでは死ばかりを見て、英霊らが殺され尽くされ、出会えないと思って死んだ嘗ての友も死に絶え、それでも残るモノがあるのだとすれば、今のこの感傷なのだろう。

 助けられた人など誰もなく、折角出来たこの友人(ストイシャ)にも死を強要してしまった。

 

「おう、バベルの糞ダニ共。御別れの間ずっと黙ってる何て、空気を読んで貰って悪いな!」

 

 と言いつつ、騎士王と共に居た魔術師共も、空気を読んでいたのもストイシャは分かっていた。此方の作戦を一目で把握し、常に動けるようにしていたのも彼は察しており、こうして最初の目的通り、全員を逃がす事が出来た。

 

「良く言う口さ。心にもない言葉を喋る王様だよ、貴方は。そこの竜王で威嚇し続けてた癖にね」

 

「―――ふふふ。クク、あははははははははは!

 全く、だから貴様らは胸糞悪い。特に意味もなく悪役三段嗤いをしないと、こっちの戦意も萎えてしまうねぇ……―――っち、クソが。

 やっぱ、邪魔臭いのは火で燻るに限るか。なぁアンタもそう思ってんだろう、アサシン」

 

「つれない男だ。真名で呼んでくれても良いんだよ」

 

「ほざけ、救世主殺し。見た目は兎も角、テメェの性格はオレに似ていて好みに遠過ぎるんだよ」

 

「ふぅん。やっぱり、つれない男だね」

 

 鮮血色の殺意を隠さず、救世主殺しのアサシンはストイシャに微笑み返した。竜殺しの戦士にして、竜王と契約を結んだ御伽話のドラゴンライダー。

 さて―――殺すべきか、否か。

 本当に自分は世界を守ろうと足掻く英霊を殺したいのか、否か。

 しかし、間違いなく、殺すのは楽しい。呪いは確かに、この地獄を愉しんでいる。だがバベルの完成は人類史の完結であり、アサシンもまた狩猟王の大望成就に心血を注ぐ一兵である。

 それならば、やはり殺すしかないのだと――救世主殺しは、救世主の首を撥ねた処刑刀を敵に向けた

 

「―――おい。そろそろ殺すぞ」

 

 鴉が全て魔剣に戻り、風景が元通りとなった。外法王(キャスター)は忌々しいと言う感情を隠さず、仲間の六騎に自身の殺意を伝播させた。無論、彼の中で常に蠢く呪詛も大気へ溶け出し、垂れ流しになった思念で地面全てが一瞬で黒い泥沼に侵食された。とある魔術師がケイオスダイトと命名した現象であり、神も魔も人も含めたこの世全ての呪いを熟知するキャスターだからこそ可能な大魔術。そして、この呪泥は一瞬でサーヴァントの霊体を溶かすが、他のバベルの六騎からすれば、そもそも受肉した自分自身の霊体と同じ原理で運営される魔術である。抵抗しようと気を張る必要さえなく、キャスターの呪いを防いでいる。

 だが、ユーウェインとストイシャは違う。

 触れた瞬間、発狂するのが当たり前。霊体が崩れるのが自然。

 

「―――……ふん。これで呪いのつもりか」

 

「おいおいおい、もっと気合い入れて恨めよ。こんなんで死ねるか、雑魚」

 

 避けるまでもないと、二人は呪泥を踏み潰した。何ら障害にもならないと笑い、その二人に付き合わされて獅子と竜王も呪泥の沼を同じ様に踏み躙った。自分の相棒が耐えていると言うのに、自分が耐えられない訳がないと平然としていた。

 

「安心しろ。まだまだ魂に染みるだろう。罅割れた霊核ならば、特にな―――」

 

 被ったフードの中でキャスターはほくそ笑む。あの二人と二体が味わっている激痛は魂が弾け飛んでも可笑しくなく、精神耐性のない意志薄弱な人間なら物理的に脳味噌が爆散している程。

 

「―――だが、侮っていたのは私の方だ。それは認めよう。

 この呪いを気合いで飲み干し、霊核を一時的に補強するとはな。精神論にも程がある根性だ。それこそ英雄だと褒め称えよう。

 しかし、その行いは間違いだとも断じよう。私の呪いで霊核を補うなど、爆弾の導火線に火を付けるのと同じことだ。必ず死ぬと言うことだ」

 

 ならばこそ、敵が此処を死地と決めたのならば―――そうしてやれば良いだけだ。

 


















 ユーウェインとストイシャの詳しい話は次回にでも。




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7.此処が我らの終焉ならば

 このままでは生き残れない。だがしかし、希望がない訳ではない。逃走しながら士郎は情報を整理し、異常事態を把握しつつあった。既にある程度は前情報を得ており、そこに間違いはなかったが、現状は幾つもの未確認情報が追加された。

 何故か、バベルに敵対するサーヴァントがいるらしい。

 理由の方は抑止力による介入らしいと推測は出来るが、そもそも第二魔法で外側から帰還した魔法使いならば、抑止力に邪魔をされない手段など幾つも思い付く筈。それを敢えてせず、態々異界などを作り上げた上で、むしろ逆に抑止力が介入し易い環境を準備している矛盾。更に可笑しいのは、抑止の守護者として召喚されておきながら、無色の暴力装置ではなく、サーヴァントのように自意識がある点。あれでは魔術師のマスターが存在しない聖杯戦争で召喚されるサーヴァントと全く同じだろう。

 何よりも、一番の疑念は―――そもそも遠坂凛は魔術師ではない。

 既に魔法使いとして根源へ至った彼女は、聖杯を使って根源の渦を発生させる意味がない。その彼女が何故、今になって聖杯を使い、根源の到達を防ぐ抑止力と殺し合っているのか。

 ……だからこそ、士郎は困惑している。

 戦術や戦略以前に、戦争準備と言う前段階からして全てが狂っているのだから。

 

「良かったのか、アルトリア」

 

「……何がですか?」

 

 士郎の言葉に、彼女は冷淡に返した。

 

「私達を救ってくれた騎士のことだ。あの瞬間は黙ってはいたが、ユーウェインと言えば有名な騎士だろう?」

 

「ええ、そうですね。この現代でもそうですが、私の生前でも有名な騎士でした」

 

 バベルの街を走り抜ける四人。敵のいない方向へ、天使の監視網が薄い地域へと逃走を続けながら、情報整理の為に会話をしている。

 

「……ふむ。サー・ユーウェイン。獅子の騎士、あるいは獅子を連れた騎士か。鴉の魔剣に加え、竜殺しの白い獅子を友とする英霊。強さは先程見た通りであるが、解析したところ、隠し玉の宝具を更にもう一つに、姿隠しの指輪も持っていた様だったな。

 だが情報からして、これは凶報であろう。あれ程の戦闘能力を持つサーヴァントが、生き足掻くだけで消耗する魔窟が―――この巨塔の都。

 ストイシャの名も聞き覚えが充分にある伝承であり、竜殺しの戦士として高名だな」

 

「ああ。アタシもまぁ、知ってるっちゃ知ってるよ。ライダークラスなら、確実に竜乗りなんだと思う。分かり易く言えば、ユーゴスラビア版桃太郎みたいな特級だった筈さ」

 

 神父の言葉に魔女は淡々と頷く。逃げ出した場所からは業火と雄叫びが轟き渡り、魔力の波動が迸っている。特級と言ったのは正に言葉そのもので、見ただけで魔術師の領域を遥かに超えた存在感に満ち溢れていた。

 

「ドラゴンライダーでしたか。しかし、あのドラゴン……いや、あれはもう竜と言うよりも、神獣。宝具として英霊に召喚される為、霊基を抑え込んだ神霊の龍と言った方が正しいでしょう」

 

「だろうな。それにあの炭化したような黒い剣、竜種を封殺する対幻想種用の魔剣だった」

 

 既に士郎はもうあの場に居た全ての英霊の、サーヴァントとして所有する概念武装を解析している。その情報を固有結界「無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)」に登録済み。その得た情報から敵の真名も、どんな技術の持ち主なのかも、逃走しながらも分析し、弱点の割り出しを急いでいる所。この作業は士人も並行して行っており、奴らを殺害する為の手段を用意する目途も立っていた。

 そして、自分達を逃がしたユーウェインとストイシャの強さも理解している。

 強い上に巧く、戦争に優れた能力を持つ者。宝具だけではなく、自分自身も殺し合いに特化した戦士。

 二人を観察した士人も能力を把握し、自分よりも格上の存在だと一目で分かった。自分も強い上に同等の能力を持つ幻想種を宝具として召喚する故、単純に一騎で宝具を持つサーヴァント二体分の性能を誇っている。いや、正確に言えば、宝具を使うユーウェインとストイシャは並のサーヴァント四体分か、それ以上。この二人がいれば、通常の聖杯戦争で召喚される七騎のサーヴァントを制圧可能な程の化け物である筈。

 ……だが、バベルの化け物共はその二人に匹敵する為、戦力差は歴然だった。

 

「成る程。あの悪寒はそれが原因でしたか。それにユーウェイン卿の白き獅子も竜殺しであり、ストイシャ王の竜王も確か三匹の竜を息吹で焼き殺した逸話を持っていましたね……しかし―――」

 

 思い出は残っている。記憶は全て失くしたが、記録はまだ残っている。その時に感じた自分の感情は剣の獣によって斬り壊されしまったが、アルトリアの内に残滓としてまだ有り続けてはいる。

 果たして、自分がライオンを好きになったのは何が原因だったのか?

 子供の獅子を抱き締めたのは記録にあるが、その獅子を連れて来たのは誰だったのか?

 円卓の席に座る事はなく、自分の正式な部下ではない騎士だった。ブリテンの騎士ではあったが、キャメロットの騎士ではなかった。しかし、自分の部下として共に戦い抜いた騎士の一人であった事に間違いはない。

 

「―――また、見殺しにしなくてはならないのですね。

 それなのに、彼の死を悲しいとしか思えないなんて……本当、どうしようもない。これで騎士王だった英雄などと嗤わせる」

 

 今の彼女は殆んど人間と変わらない。見た目もそうだが、自分を召喚した大聖杯に付与されるクラススキルも失い、英霊の魂と共に存在する宝具を具現する能力程度しか残っていない。勿論サーヴァントとしての武装化能力を失い、現代の戦闘服を調達した姿になっている。受肉した英霊としての能力は、直感、魔力放出、宝具の聖剣と鞘だけになってしまった。

 同じく、精神面も同様なモノ。食事と睡眠がなくては人間と同じ様に消耗し、今は我慢強いだけ。感情面も同じ構造になってしまい、生きた人間と変わらない。それなのに彼女は自分の為に死に逝く騎士を見届けながらも、一切心を動揺させず理性的に悲しんでいる。本当に今のアルトリアはそれだけしか実感出来ない。

 

「何だ、気に病んでいるのか?」

 

「さて。どうでしょうかね……」

 

 思わず漏れた弱音を、神父は聞き逃すことはない。普通の良識があれば、聞かれたくない事を聞き返すことなどせず、一般的な感性があれば面倒な他人の心情にはなるべく関わり合いにならないだろ。それも戦闘中ならば尚の事。

 しかしながら、言峰士人は違う。彼にとってアルトリアが抱く葛藤も、世界を守るバベルでの殺し合いも、等しく価値が存在しない。重要なのは人間の悩みは面白く、それが深刻な苦悩であるほど神父にとって良い娯楽になると言う一点のみ。

 

「アルトリア、それは価値のある感情だ。否定する必要はない」

 

「……神父。今は貴方の説法を聞く気分ではありません」

 

「説法などではないさ。宗教に依らぬ個人的な感想であり、そもそも人の死を関心するのは人の性。悲しむのは当然こと。そして、自分と関わり合いのある人物ならば無視は出来まい。

 例え今のお前に、悲しみを痛む実感がないのだとしても、な。

 その心情はとても理解出来る。悲しいと分かっているのに何もない。何一つ自分の精神が理解出来ない。つまるところ―――心の中には何も無い。

 あるいは、物事が感情とつながらない異常な精神だな。何より今のアルトリアと言う人間にとって、生前の知人など物語の中に出て来る登場人物に過ぎぬのだから」

 

「―――貴様は……」

 

「やめておけ。その怒りもまやかしだ。お前が実感出来る残された負の感情は憎悪のみだ。

 ……何、喜びと楽しみも薄れたとはいえ、まだ味わえるのだ。間桐桜の呪いである程度は狂ったとは言え、全て壊れた訳ではない。

 そう急いで健全な悪感情を得る事もない。そのふりをする必要もないだろうて」

 

「ふん。だから貴方は―――」

 

 そして、その憎悪の感情を引き摺りだされ、アルトリアは感情がリセットされたのだと分かった。自分の為にこれから死ぬユーウェインとそれに付き合うストイシャが気懸りだったが、感情の矛先を変えられた事で一旦冷静に客観視する事が出来るようになった。

 同時に、この神父へ憎しみが向いてしまったが。

 他者の感情と理性さえ道具とする異端の聖職者だと分かっているので、極悪人らしい奴のやり口だとも知っている。

 

「―――待て」

 

 その憎悪を言葉にしようと口を開いた時、アルトリアは違和感を感じ取った。殺意も敵意もないが、奇妙な視線で肌がぞわりとする。

 

「あの天使―――?」

 

 ハッ、と悪寒の元凶へ視界に納める。彼女が持つ直感は成長しており、僅かに込められた意識さえ第六感覚で察知する。

 視線の主は―――空。

 現代の冬木を模した不可思議なバベルの街並みを利用し、建物の影を使って隠れながら高速移動する四人を見逃さず監視する眼力。

 

「―――ふむ。これは駄目だな」

 

 監視者をアルトリアと同じく見付けた士人は、解析の魔術で敵個体の肉体を分析。守護者化した自分に近付き、更に深化した彼ならば、魔術回路さえ見ただけで把握する魔術師である。

 把握したのは――魔眼。

 それも透視だった。これでは幾ら速度を上げたところで敵天使の視線から逃げきれず、自分達が消耗するまで襲撃が継続されていまうだろう。

 

「みたいですね。神父、貴方に何か考えでもありますか?」

 

「俺が殺そう。ついでに単独で逃げる手段もある。いざとなれば囮になれば―――いや、もう遅かったな」

 

 ぱらりらぱらりら~、と見計らったように響き渡る軽快な音楽―――奴らが、来た。神聖ローマ帝国で謳われた剣術家、ヨハンネス・リヒテナウアーが乗る三輪自動車が到来する合図であった。静かに近づけば不意が突けると言うのに態々知らせる事を考えれば、バベルの英霊共は虐殺鏖殺を愉しむ殺戮者で在るのか、あるいは闘争を娯楽とする戦争狂なのか、逃げ惑う獲物を狩り殺したい人狩りの狩人なのか。

 言えるのは一つ、暗殺などする気もない。自分達がバベルに来る前まではしていたのかも知れず、そう誤解される為の策なのかもしれないが、この追撃戦で暗殺する気がないのは分かった。

 

「――――カカカカカカカカカカカカ!!!

 あの闘争の、円卓狩りの続きと洒落込もうとするか、アサシン!!?」

 

「ユーウェインはブリテンの騎士だが、確かにアレは円卓ではなかったね。それなら一人くらいは私も円卓の騎士を殺しても面白そう―――ふふ。

 追い立て、狩り殺すのも――また一興。

 死損ないのユーウェインとストイシャの骸を、あの救世主みたいに首を撥ねるのも良かったけれど。そうね、久しぶりに生きた血を味わうのも悪くはない」

 

 しかし、バイクに乗って来たのは剣術家にあらず。喪服のような皮鎧を着込む女が運転し、その背後で二人乗りをする八竜甲冑の大男。

 ―――アーチャー、魔腕の黒武者。

 ―――アサシン、鮮血の女王。

 あろうことか、アーチャーは二人乗りをしてはいるが、座ってはいなかった。侍の草履を座席に置き、曲芸師の如き平衡感覚で立ち上がっている。

 理由は無論―――五人張りの大弓を構える為。

 今のアーチャーはまるで、高速移動する狙撃戦車砲であった。弓から伸びる鏃は殺意と敵意が迸り、貴様らの命を射砕くと魔力が満ちていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 果たして、何が足りずに届かなかったのか?

 何を必要とすれば―――この五人を討ち()る事が出来たのであろうか?

 宝具を使い切り、技能を全開させ、魔力も完全に底を尽き、魂が燃え滓になるまで焼き果たした。宝具として召喚した友さえも、彼らの為ならばと魂魄が壊れるまで力を使い果たした。

 だが、届かなかった。

 どうしても殺せなかった。

 力足りず鮮血王(アサシン)黒武者(アーチャー)の二騎を逃しながらも、本来足止めすべき七騎ではなく五騎であったと言うのに、一人も打倒する事が出来なかった。

 

「千の死―――理想王ラーマの死で以って、遂に完成した。

 バベル王はエンピレオの館を模した部屋を作り上げ、数多の贄により人類最強の魂で溢れさせた。となれば必然、この者共の死にもはや利用価値はなく、既に抑止の守護者を生贄にする意味もない」

 

 キャスターは外法王の異名のまま、外法魔道を極めた王である。腕前を考えれば、呪術王とも呼べる呪祖の魔王でもある。ある意味で、倫理に価値を見出さない魔術師のプロトタイプとも呼べる魔術師であり――このバベルにて、狩猟王と同じく「 ()」を見た座の接続者であった。

 悪魔王より授かった悪神の叡智。

 魔術王ソロモンと同じく、絶対なる“一”より加護と祝福を得た魔術師の一人。

 

「ガフの空室は満杯になった。英霊の魂はもう無用になった。故、この強き人間の魂は、我らバベルの天罰天使に使うのが正解だろう。

 逃しはしない―――誰も、私の呪詛から逃げられはしない。

 何よりも、このままではつまらない。捕虜の魂を自在に悪用してこその外法王。人と神が望んだように、私の魂が求めるままに、死する貴様ら二人を―――悪徳の玩具としようか」

 

 召喚者(トーサカ)に求められた役目はもう御終いだ。

 狩猟王(ニムロド)が欲した栄養は限界まで溜まった。

 ならば、外法王(キャスター)である自分は欲する願望のまま蠢くだけである。

 天蓋巨塔と結んだ契約により、殺したサーヴァントの魂はガフの部屋へ献上しなくてはならなかった。だが、用済みになった贄であれば、この外法王が頂いても問題は欠片もない。

 天罰天使―――あれらは、中々に面白い傑作品。

 しかし、材料が足りずに量産品だけしか造れていない。バベルに保管されていた遺伝子情報から複製されただけの受肉人形であり、世界最古の人工知能を模倣して作った魔術式で動くだけの戦闘人形である。作成して動き出し、生命体として動き出した個体には魂は発現してはいるが、まだまだ空っぽな人型だ。

 しかし、今この瞬間―――――良い、中身が出来上がった。

 自意識が成長した天使共の魂に張り付けるラベルには、実に丁度良い細工となろう。これらを材料に追加霊基を付加すれば深化した天罰天使のオリジナルが作成出来よう。あるいは、英霊天使のプロトタイプとでも呼べようか。

 

「余り面白くはない趣味でありますね、キャスター。その御飯事、狩猟王も不愉快に思う事でしょう……まぁ、否定は決してしないと思われますが」

 

 剣術家にとって外法王の企みなど、暇潰しの娯楽にさえならない。むしろ、不愉快極まる悪人の戯れだ。英霊を贄として“ガフ”を完成させた狩猟王も悪辣だが、このキャスターは魂を呪詛で陵辱することを愉しむ悪鬼外道の鬼畜である。

 

「だろうな。あの魔人は、全人類を愛している。その魂に絶対的な価値を見出している。

 だが―――それらは無垢であり、バベルに無用な民衆にのみ向けられる愛情だ。王と法に支配される事を幸せとする大衆に示すもの。

 有益であると判断すれば、このバベルの法律に反しなくては、全ての軍事利用が認められている。勿論、殺して捕虜にした英霊の魂さえもな」

 

「はぁ……―――いえ、失敬。

 自分の独逸流剣術を人類史に証明する為、英霊を幾柱も斬殺した私が言える道理ではありませんでしたね」

 

 血に濡れたツヴァイヘンダーを一振りし、べっとりと刀身に塗れた血糊を風で薙ぎ払った。そのまま背中の鞘に納刀し、リヒテナウアーは逃げ出した敵がいるであろう方向を見詰めた。このバベルで移動手段として愛用している幡尽き三輪自動車はアサシンに貸し出してしまい、追い付くことは不可能であろう。

 だからユーウェイン卿の獅子剣術と、ストイシャ王の竜殺剣術を楽しめただけでも良しとするべき。竜殺しも獅子殺しも堪能出来た。その二人を独逸流剣術で打ち破った偉業こそ、リヒテナウアーが求める名誉であり、聖杯以上に求める奇跡である。

 

「自分だけが使命を全うし、他者の使命を否定するのは騎士道に反しましょう。しかし、婦女子を守るも騎士道の華。だが既に道徳心など私は、この異界に召喚された際に捧げてしまった。

 実に実に―――嗚呼、本当に悩ましい!

 ならばせめて、この世界で最強の兵法家が何者なのか、人類史が完結する前に証明しなくてはなりません!!」

 

「まぁ……あれだ、邪魔をしなければ有り難いとだけ言っておく」

 

「―――勿論ですとも!

 どれだけ仲間が私の信条に反し、悪逆を働き、暴虐を浸ろうとも、止めはしません。好きで屑であるならば、屑として死ぬが定めでありましょう。何故ならば、この私とて人斬り稼業を愉しむ人間の屑であるからして、悪を悪だからと否定する事は有り得ないのです。

 と言うことで、もし私がバベルの誰かを斬り殺す事があるならば、それは―――怨敵となった時のみです!

 勿論、キャスターには大恩あるこの身。我がツヴァイヘンダーなど諸々装備品を対英霊用に魔改造した武器で、改造して頂いた張本人である貴方を殺すなど――ええ、とてもとても!!

 その貴方を何か苛立つから殺すなんて、悪魔以下の犬畜生と呼べる所業となりますれば―――」

 

 外法の魔術師であるキャスターからして、このセイバーの強さは異常。技の冴えなどおぞましく、魔力も神秘も使わず時空を裂くなど神でも絶対に不可能だ。

 殺し合えば、十中八九――殺される。

 この剣士が数多の英雄英傑と斬り殺せる様、武器を改造したのは自分だ。いざとなれば、言葉なく思念だけでセイバーの剣を砕けよう。

 しかしながら、思念よりも尚―――剣術の祖(リヒテナウアー)は迅い。

 

「―――己が業のみに専念するが正しき心でありましょう。

 答えなど得られずとも死を謳歌せし獣こそ、バベルと契約した我ら亡者の末路に相応しいのですから」

 

「ククク―――成る程な。そもそも生前から狂っていた訳だな、リヒテナウアー」

 

「さてはて。狂気など、自分が狂っていると理解していなくては、己が意志の成否など分からないものです」

 

「口も達者だな……」

 

「ええ、まぁ。これでも弟子は多くいた剣術の師でありましたので!」

 

「そうか―――……あぁ、いや、そうではない。そうではない。お主と会話をすると論点がずれる。私が言いたいのは信念云々尊厳云々と言った英霊的世間話ではなく、実用的な観点から測定する実験だ。

 私が呪詛を刻んだ魔剣―――先程の殺人でまた成長した筈だ。

 天使の霊基改造にも関わって来る魔術理論でな、数分だけ情報解析のため私に返して貰いたい」

 

 剣術家の剣は名剣ではあるが、無銘の武器。真名など持たず、特別な神秘など一切宿していない。それこそが、キャスターにとって素晴しき事柄。

 宝具でないならば、改造する余地があると言うこと。

 何も宿さぬ無名の剣ならば、呪詛を刻んで魔剣にすれば良いだけのこと。

 だが、如何に自分が改造した相手の武器であろうと、リヒテナウアーからすれば生前から使い続けた愛用品。それをあっさり渡してくれる訳もないと考え、まずはこうして自分の計画を教え、納得して貰った上で借りようと考えた。

 

「―――おう!」

 

「………あ、うん。すまない」

 

 そうなのだが、剣士はとてもあっさりキャスターに剣を渡した。

 

「私もこのツヴァイヘンダー、ツァラトゥストラと名付けた魔剣も随分と血を啜りました。しっかりと整備はしてはいましたが、呪詛の点検は専門外なのでして。

 ふむ……実は最近は柄を握っても、人を斬り殺したい衝動は全く湧きませんし。

 斬って斬って、サーヴァントを斬り殺して呪詛が強まる筈なのに、全然呪いで狂わないんですよね」

 

 ツァラトゥトラ、何か良い響きだなとバーサーカーは考えているが、セイバーと同類と思われるのが嫌なので黙っていた。またセイバーが現世の哲学書、武術書、宗教書を読み漁っているのも知っており、そこから付けたのだろうとも予測していた。

 態とらしい言葉のチョイスだが、愉しんでいるなら否定する動機もない。

 

「ああ、それか。そもそも空の魂魄を平常心で保つお主を狂わす呪詛など、もはやこの世の何処にもない。よって、この世の全てで呪おうとも意味がないだけだ」

 

「ほう……――ほぅほぅ、成る程。分からなくもない理屈ですね。我が空の心、未だ成長期と言う訳でありますか」

 

「そう言うことだ……ほら、返すぞ」

 

「おう、ありがとうございます」

 

 剣術家(セイバー)は優しい手付きでツヴァイヘンダーの刀身を撫でた後、流れる動作で鞘に納めた。剣士として慣れ切った美しい動作は余りに自然で、動きの緩急が無に等しいからこその動きなのだろう。

 

「私は天蓋の館へ帰る。欲しい獲物は手に入れた。術式は既に作成済みであり、後は専用の器に調整しておいた天使に、中身の魂を入れるだけだ。

 故、戦線には明日から復帰する予定だ。今となっては積極的に外敵を殺す必要もなく、防衛以外の虐殺は契約外である。何よりも、これから私が運用する兵器が嬲り殺しにする相手を私が殺してしまえば、楽しい事も愉しめん」

 

「そうか。では、応援している」

 

「ああ、すまんな。此方もお主らの狩りを肴に天使開発を愉しもう」

 

 空間に黒い穴を開き、空間転移で帰ろうとするキャスターに、ライダーは淡々とした無表情で別れの挨拶をした。

 

「では、私の方はまだ潜む殺し相手の索敵と参りましょうか―――徒歩で!」

 

「……そう。じゃ、頑張って」

 

「はははははははは!

 ライダーは相変わらず、喋らない時は本当に喋りませんね!!」

 

「面倒臭いから。人と喋るのは王の仕事だが、話をしなくていいならする必要もない」

 

 他人とのコミュニケーションを欠かさない几帳面な性格でありながら、喋らない時はずっと寡黙なのがライダーと言う女だった。

 

「成る程、成る程です。では後ほど!

 食前の散歩とか生前からの趣味ですので、辻斬りしながら我が家に帰宅致しましょう!」

 

「ああ、また後ほど」

 

「……いや、貴様の浮遊戦艦に乗せてやれば良いだろう。ついでに我も乗せてくれ」

 

「良いぞ、構わん。セイバーとランサーはどうしたい?」

 

「それでは、バーサーカーも乗り気なら私も乗せて貰いましょうか。実は私、散歩と同じ程度に空中遊泳は好みですから」

 

「はぁー……お主達、子供みたいに元気よな。余は疲れたぞ」

 

 ずっと黙っていたランサーは、法衣をパタリパタリと扇ぎながらアサシンとアーチャーが二人乗りで爆走していった方向を見る。天使の包囲網は作り上がってはいるものの、上空の監視役の天罰天使は的確に射殺されているのが分かった。

 しかし、自分が奴らの狩りに余り役に立たないのも理解していた。

 

「しかし、あの系統では余り相性が宜しくないのでな。殺したヘラクレスやジークフリート、あるいはカルナのような不死身の英霊ならば不意を突き易く、仲間のサポートを利用して一撃で仕留められるのだが。後は魔獣の属性を持つ英霊ならば殺すのにも役立つぞ。

 ……とは言え、余も戦は好むところ。

 手伝えぬ訳ではない故、狙える敵は積極的に仕留めに往くぞ」

 

「分かった。なら、全員乗りな」

 

 宝具である浮遊舟を低空飛行させ、海賊の女王が保有する海賊船へ全員が乗り込む。ランサーが微妙に疲れた表情を浮かべてはいるものの、四人とも負った怪我はもう完治している。その霊体には外法王が刻印した魔術式が魔法陣のように手書かれ、魔力さえ充分ならば損傷を自動治癒する能力を持つ。

 まるで死徒が持つ自動再生能力――復元呪詛であり、呪詛を得意とする外法王は死徒が持つ呪いを参考に術式を作り上げていた。

 

「では、これより我ら―――侵入者掃討作戦に移行する!」

 

 海賊船船長(ライダー)の叫びを合図に、目的地に向けて浮遊戦艦は突き進み始めた。

 












 流夜さん、誤字報告ありがとうございます!


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8.屍を越えて往け

 狂っている―――と、神父は思った。

 様々な修羅場を経験した言峰士人ではあるが、この街はまるで異次元だった。吸血鬼だらけの町も、魔術師が異界化した街も、人喰い魔獣が縄張りとする森も経験したが、神話の世界は人生で初めてだった。

 ―――天使が空を舞い、英雄が地を砕く。

 神秘が薄れた現代では有り得ない奇跡のバーゲンセールであり、自分程度の異端者が珍しくも無い領域外異界。

 

“ふむ。らしくもない事をしたが……まぁ、俺だけが生き残っても仕方がないか”

 

 内心でそんな愚痴を零しつつ、彼は一通りの策を確認する。バベルの異界へ侵入する数日前、念の為に投影しておいた人数分の姿隠しの宝具を渡し、綾子と士郎とアルトリアを逃がし終わった。陽動の囮として士人はアーチャーとアサシンを引き付け、その後は何が何でも生き抜いて、頃合いを見て自分も姿隠しで逃走すれば良い。

 策としては実に単純―――故に、敵対者もまた対応が分かり易い。

 この神父だけは絶対に逃してはならない。この男を逃せば、侵入者はバベルの正確な情報を得た上で、此方を殺す作戦を練り直して巨塔殲滅に乗り出す事だろう。

 

「南蛮の坊主狩りか……全く、罰当たりにも程がある」

 

「しかし、私たち二人を引き付ける囮になるとはね。情報と違って健気な男みたい。なぁ、アーチャー、天使から他のを発見したって連絡は来てるかな?」

 

「いや、まだ来ない。これは期待しない方が良いだろうよ。ついでにオレは期待していない。あやつら、中々に戦争が巧いようだ」

 

「そう……―――ふふ。だったら、この狩りを愉しむだけだね」

 

「弱い者苛めは好まんが、それはオレらと比較して神父が弱いと言うだけだ。

 一対一ならば充分こちらを上回る強敵であれば、この狩り―――油断も慢心もなく追い詰めて、丁寧に射殺させて頂こう」

 

 街中を走って逃げる士人を目視し、アサシンはアクセルを一気に爆発させた。エンジンが唸り上がり、三輪タイヤが地面を擦り熱する。アサシンが運転するバイクの上で立ち乗りするアーチャーの視線の先は神父唯一人であり、建物を使って絶妙に射線から逃れる逃走能力は巧みの一言。

 だが、アーチャーは障害物は全く気にしなかった。

 空気をズダン、と粉々に吹き飛ばす射出音。音速を遥かに超え―――超音速さえ超え、神父の背中に迫る脅威。キャスターが作成した呪矢は高射砲の砲弾以上の殺傷能力を持ち、地下シェルターを貫通する破壊力を持つ。そんな馬鹿げた兵器が、個人兵装として運用される狂気。

 そんな戦術兵器を―――人間個人に向ける恐怖。

 対戦車狙撃銃で人間を撃ち殺す何て、軽い過剰殺害ではない。蝿をミサイルで撃ち落とすようなもの。

 あろうことかアーチャーは多量の魔力を内側に含み、城壁と同じ魔術的防衛能力を持つバベルの建物を貫通させた。そのまま逃げる神父を背後から狙撃した。

 

「――――ッ……!!!」

 

 士人は咄嗟に盾を幾つか背後に投影し、それらの物影に隠れて交差点のカーブを一気に曲がり走った―――刹那、貫通音と炸裂音。

 吹き飛ばされたが、空中で体勢を整えて建物の壁に着地。そのまま一気に真上に壁走りを行い、屋上へ飛び出た。バイクでは追い駆けられない場所まで逃げ、距離を稼ごうと士人はそのまま強化した肉体で走り始める。

 その姿を見たアサシンは手札を切ることに決めた。召喚者から渡された情報からして、既に自分の真名が露見している前提条件で動いている彼女は、自分の真名に繋がる戦術的行為に躊躇いはない。

 

「我らマッサゲタイを祝福せし神よ。我らが唯一無二の太陽よ。

 早く、速く、ただただ迅く。最速の加護を此処に―――さぁ、煌くように与え給え!」

 

 燃え盛る鮮血の炎をアサシンは革袋(宝具)から噴出させ、それをバイクに纏わせた。その瞬間、エンジンはあっさりと物理法則の限界を凌駕し、急激なまでの加速を可能とさせる。立ち乗りするアーチャーはそれでも微動だにせず、吹き飛ぶように地面から建物に駆け上がるバイクから神父を視界の標準から外さない。

 ―――暴走であった。

 生前の鮮血王は勝ち取った救世主の首を大陸最速の神へ―――太陽神へ、捧げた過去を持つ。これは宝具による鮮血武装化に加え、その宝具の中身である生首に宿った神性の発露でもあった。

 

「八卦八竜よ、我が身を(むしば)め……―――」

 

 そして、アーチャーはアサシンが運転するバイクをロケットの噴射台代わりにし、空高く跳び上がった。八竜の鎧に込められた神性なる祝福で全身と、その手に持つ武器を強化し―――弓矢を狙い定めた。

 時が止まる程――精神を集中する。

 空が砕ける程――魔力を凝縮する。

 一秒が十秒に伸びて、その十秒が更に百秒に伸びて、限りなく零に近い世界の中、魔腕となった左腕が唸り上がる。滞空している時間が永遠に感じる中、黒武者は英霊化した事で“名を得た技”を撃ち放った。

 

「―――射貫重殺(いぬきえさつ)―――」

 

 何ら躊躇いの無い真名解放。極まった弓術の技量と、魔腕と化した左腕と、五人張りの大弓の三つが合わさる事で、生前体得した技が真名を得るまで昇華した宝具。

 真名―――射貫重殺(いぬきえさつ)

 アーチャーが放った轟鏃は士人を射殺すべく空間と大気を無抵抗のまま“貫通”し、軌道上のあらゆる障害物を穿ち貫く武者の一撃であった。

 

「―――――――」

 

 受け止める―――不可。

 撃ち落とす―――不可。

 流し逸らす―――不可。

 生存手段、回避一択のみ――否、不可能。

 嘗てこの弓兵は、甲冑を着込んだ武者を射貫いた上で、その後ろで鎧を着る武者を射止めた伝承を持つ。意識を研ぎ澄ませる事で殺意を察知し、音速で迫る弾丸を容易く避ける侍を、一射で二人射殺す事が可能な化け物。五人張りの大弓を一目で解析した時点で、士人はこのアーチャーを敵に回せばこうなると―――この危機が自分を襲うと、戦う前から理解していた。

 ならば―――不可能ではない。

 戦う前から策を用意する言峰士人ならば―――全ての宝具に対抗可能。

 

「―――聖閃天意(デュランダル)ッ……」

 

 手段は単純、力尽くで捻じ伏せるのみ。右手に予め投影した改造聖剣を数撃のみの真名解放に耐えられるよう暴走させ、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で自壊する勢いで強引に振った。強力な魔力を纏い、自分に迫り来る鏃に刃が激突して強引に弾き飛ばした。

 迎撃成功―――刹那、第二射が既に放たれていた。

 この危機は必然だ。そもそも宝具「射貫重殺(いぬきえさつ)」とは、アーチャーの技が宝具となったもの。装備や魔腕に魔力を使って性能強化する事が出来るだけで、真名解放自体に魔力消費などほぼ存在しない。いや、それどころか真名解放さえ使わずとも、まるで通常の射撃のように撃てる矢である。故に士人はゲイ・ジャルグなどの魔力殺し、宝具殺しを使わなかった。この宝具は確かに概念を宿すが、神秘ではなく技術として成立している為、魔力を消滅させたところで威力が下がるだけだった。

 

「…………ッッ――――――!!」

 

 故に、士人は聖剣の真名解放状態を維持したまま、再度迫る鏃に刃を振う以外に生きる術はない。右腕にローランの筋力さえ投影し、魔腕の一射を相殺するしか道はない。

 爆音と共に鳴り響く金属音―――聖剣が、折れる音。

 瞬間、投影完成。

 二体、目視完了。

 殺傷手段―――検索終了。

 

「薙ぎ払え―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)…………ッ!!」

 

 真エーテルを放射する炉心を轟かせ、神代の魔力が荒れ狂う。上空に掲げた刀身を振り下し、アサシンとアーチャーを二人纏めて太源に蒸発させて還さんと士人は魔剣を解放。直撃を許せば、最高ランクの防御宝具でも身に纏っていなければ即死である斬撃だ。

 先に切り捨てられるのは―――アサシン。

 アーチャーの宝具狙撃中も建物の屋上をバイクで運転し、士人に近付いていた彼女は魔剣解放の真正面に居た。

 

大王狩る贄刀(クルシュ)……――――」

 

 その一撃―――容易く女王は斬り捨てた。

 嘗て救世主(メシア)と讃えられ、とある民族を救済し、古い宗教を守護した大王がいた。異なる神話の最高神二柱から加護を受け、啓示を受け、人間種を遥かに超える神の王権に届いた英雄がいた。

 その王を―――女王は殺した。

 殺した王の屍を、この処刑刀で首を撥ねて戦の勝利とした。

 故にアサシンにとって、神父が振う魔剣など恐れるまでもなく―――救世主殺しの刃に、断てぬ神秘無し。斬撃は更なる斬撃に破れ去り、形を保てず魔剣は脆くも崩壊した。

 

「カカ………カカカ、カッカカカカカカカカカ!!

 貴様―――貴様、その様で人間か。それ程の超常に現代で辿り着いたか。

 流石は、英雄。流石は、英傑。これ程とは、現世の守護者がこれ程の怪人だとは、幻想蠢く魔の時代で生きた筈のオレが一欠片とて思わなかった!

 ―――(つわもの)よ。

 是非とも、血沸き、肉躍り、命果てる合戦と洒落込もうか?」

 

 魔腕のアーチャーは士人がいる屋上に着地し、高笑いをしながら抜刀。五人張りの大弓を背後へ背負い直し、武者として鍛え上げた剣術を披露すべく―――魔腕で以って日本刀を構えた。

 

「同意だ。生前殺した大王とも殺し合える強さを持つ人間が、まさか神秘朽ち果てた今の世にいるとはね。まるであの男のように、神に愛され、神を引き継ぎ、神の武具を操るみたいさ。

 英雄、英傑―――英霊になる前の、生前の私達。

 ……羨ましいよ。

 だから、私には死の恐怖が必要なんだ。

 愚かで浅はかな、勇気も野望も消えるような―――絶対の力が、必要なんだ」

 

 三輪バイクを屋上に乗り捨て、同じくアサシンも近付いた。士人を処断すべく、その首を切り落とす為に、彼女は鮮血を滾らせながら嗤って歩いた。

 

「二対一とは勘弁して貰いたいのだがな―――トミュリス」

 

「おや。私の真名に気が付いたか?」

 

「――ほざけ……」

 

 鮮血王トミュリス。太陽神ヘリオスを唯一無二の神として崇めるマッサゲタイ族の女王にして、救世主狩りの女戦士。速さこそ信仰であり、太陽こそ神である狩猟民族を見事治め、その時代最強の軍隊である事を証明した王。

 彼女の有名な逸話は唯一つ―――救世王キュロスの殺害である。

 そして、大帝国を作り上げたペルシア王の首を撥ねたのが、彼女が持つ宝具「大王狩る贄刀(クルシュ)」である。その宝具に宿る神秘こそ、聖人を超える加護を受けた王の死。つまり、神の啓示を受けた救世主の血に染まった処刑刀は、己が為した復讐を具現する怨讐の刃である。

 ―――ならば、不可能ではなかった。

 魔術師言峰士人が劣化投影した魔剣バルムンクを、正面から力尽くで打ち砕く事も容易かった。

 

「……だが、お前だけではないぞ。その五人張りの大弓を扱う魔腕の武者となり、それが源氏に連なる英霊となれば、この世にただ一人。

 そうだろう―――源為朝」

 

「正解だぜ。まぁ、出来れば鎮西八郎と呼んで欲しいが……いや、今のオレは源氏最強の一人。その具現である魔腕の弓使い。

 ……このバベルではそっちの真名で我慢してやろう」

 

 剛勇無双源為朝。源氏最強の一人であり、剛弓の使い手。そして、弓張りの左腕を持つ超常の武者である。数多くの伝承伝説を日本史に刻み込み、切腹による自害を初めて行った侍の中の侍こそアーチャーだ。

 有名な武勇と言えば―――死の直前、軍艦を一射で沈めた伝説だろう。

 それ以外の弓使いとしての伝説も多く、明らかに生まれ付き人間以上の魔人であった。だが、彼の武勇は弓以外にも数多く、子供の頃から優れた支配者でもあった。何せ親から勘当されて十三歳で九州に追放された後、たった三年で九州全てを治めた猛者だった。

 故に、この男にとって―――宝具による奇跡など何度も起こせるモノだった。

 神父を狙う弓術など何ら特別な技ではない。英霊となった死後、宝具に昇華されただけであり、為朝の業こそ真髄だった。

 

「いやはや、全く。お前らのような化け物二人を同時に相手するなど、我が王ギルガメッシュでも死ぬ思いをするぞ。

 はぁ……荷が重いな。

 是非とも、俺のような雑魚には手加減して欲しいものだ」

 

「思う訳がないよ、戯け。私はお前が、獣殺しを為した真の守護者だと、召喚者(マスター)から教えられている。世界を救う英雄だと聞いている。あのニムロドを倒す勇者だと知っている。無論、他の三人も同じだと。

 ―――嗚呼、狩り殺すとも。

 丁寧に、念入りに、見落としもなく―――首を撥ねるとも」

 

 鮮血王であるアサシン(トミュリス)にとって、狩りは日常。狩り甲斐のある相手こそ、この刃で殺害するのに相応しい英雄だ。

 

「手厳しいな……本当、苦しくて堪らない。軽くサーヴァントを倒す手段があれば、俺も楽が出来るのだな」

 

 まだ魔力に余裕はあるものの、このまま消費していれば生命力さえ尽き果て、魂も魔力源に回す事になるが―――此処は異界。豊富な太源(マナ)により、小源(オド)の消耗を抑えられる。

 宝具の連続解放も、そこまで負荷にはなっていない。固有結界の展開も充分に可能だろう。

 

「さぁ、無駄なお喋りで体力も回復しただろう?

 ならば神父よ、合戦を再開しよう。何、此方は二人だが、この程度の不利は些細なものだ。現世を守る英雄ならば、死力を尽くし、命を賭して―――オレに、その死を届かせろ」

 

「そうか。ならばもう、語る言葉も無く―――死に給え、亡霊共」

 

 全身強化、宝具投影、魔眼解放―――戦闘準備、無事完了。

 思考回路を限界以上に回転させ、魔術回路も同じく常時臨界状態を維持し続ける。自滅へ駆け抜ける狂犬の如き過剰稼動(オーバーロード)だが、まるで問題にはない。生き延びる事が出来れば、呪泥で霊体ごと補完すれば良い話。内臓破裂程度ならば、霊媒治癒で如何とでもなる。

 刹那、刀を振って踏み込む戦士(アサシン)武者(アーチャー)―――刃を受け止める、代行者(言峰士人)

 投影した悪罪(ツイン)を双剣で構え、アーチャーの日本刀と、アサシンの処刑刀を同時に捌く。いや、捌くなどと言えた防衛ではなく、限界を超えた肉体機動で以って、何とか逃げている状態に近かった。自分を超える格上を二体同時に戦うなど、戦術上絶対にしてはならない悪手。だが、戦略上成さねばならないなら、それを如何に成功へ導かせるかが腕前となる。

 ―――筋肉が捩り切れ、神経が高温に熱せられる。

 それらを泥で埋め直しながらも、肉体が限界を超えても―――否、限界など存在しない呪泥人形に作り変える。固有結界と肉体が融合するまで物理法則から逸脱し、空白に汚染されていく。肌がまるで何も無い白色に剥ぎ取られ、両目がまるで黒い太陽のように燃え上がりつつある。

 それでも―――それなのに、まるで足りぬ。

 魔人化した二人と同時に渡り合う為には、そんな程度の強化現象では不十分にも程がある。バベルの七騎はこれまで七騎で数百のサーヴァントを殺戮した魔人であり、誰も欠けずに協力しながらバベルを守護した超人だ。語るまでもなく連携に優れ、互いの長所と短所を把握している。

 一人でさえ強い。それが二人となれば、言うまでもなく―――言峰士人に、勝ち目など皆無であると。

 

「―――カカカカ!」 

 

「フフフフ―――!」

 

 アサシンとアーチャーは自分達と殺し合える人間を見て、その現状を理解している。身の内側で支配する世界一つを暴走させ、肉体をサーヴァント以上の概念に染め上げ、真性悪魔に等しい“強化”を引き起こしている。固有結界に記された技術を、今まで登録した技能全てを自分の肉体に上書きし、古今東西節操なく記録した武術を双剣術へ応用している。

 あらゆる英雄の、武芸者の、磨き上げた力を使い潰している。

 これ程の狂人を前にして、笑うのを我慢出来るトミュリスではない。これ程の武人を前にして、笑みを溢さぬ源為朝ではない。

 

「――――――ッ……!!」

 

 しかし、それでも届かない。絶対に届かない。

 五秒先の未来を知る心眼であろうとも、奴らの加速に追い付けない。一秒先の攻防でさえ、数十手を見抜いて漸く察知可能だと言うのに、勝ち筋を得る為にはせめて十秒以上は完全無欠で読み切らねばならなかった。

 ―――不可能だった。

 超音速で迫る宝具を容易く見切り、音速の十倍で飛来する宝具さえ第六感で回避行動に移れるのが上位の英霊だ。この者共の感覚を欺くには、天賦の才を持つ者が人生を掛けて究極の一を磨き上げ、業を完成させても更なる研鑽を積んで漸く到達出来る場所。

 そして、源為朝もトミュリスも上位クラスのサーヴァント。武芸が巧みな上で、身体能力も優れていた。

 

「―――……」

 

 決して悲鳴は洩らさなかった。唸り声も出さなかった。士人は攻防の果て、遂にアーチャーから一撃を貰い、逃げ回っていた屋上から吹き飛ばされた。

 肉体を固有結界である空白で塗り潰していたので、物理的負傷はそこまで深くはない。だが、それは士人の感触から判断した怪我の具合。半ば肉体を斜めに両断されてしまい、呪泥による強化と蘇生を行っていなければ、内臓を溢して生命活動を停止させている大怪我だった。

 ……このまま地面に転がっていたいと、肉体は訴えている。このまま死のうと諦めている。

 だが、神父の性根は不死身である。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられようとも、生きる意志を捨てなかった。アーチャーとアサシンの殺意を感じ取り、一瞬で体勢を整えて立ち上がる。

 

「カカ、黙り込んで如何した?」

 

「喋る余裕も消えたかな、神父」

 

 そして、士人は冬木商店街を模した区画に到達した。個人商店がずらりと並び、ファミリーレストランやファーストフード店も構えている。勿論言峰士人が常連客となっている泰山の、その偽物も中にあるのだろう。

 

“……律儀だな。ここまで再現しているか”

 

 看板、街並び、ガードレール、電柱、公衆電話。バベル風のコンクリート作りになってはいるが、冬木とそう変わらない風景だ。とあるハンバーガーショップのピエロ人形や、フライドチキンで有名な大佐(カーネル)人形なども再現されている。

 ……等と、戦闘と関係がない事を思う程、今は追い詰められてしまった。

 宝具の真名解放をする隙はなく、投影する隙を見付けるだけで全神経を使う始末。

 このままでは嬲り殺しにされる未来を避けられない―――ならば、後先考えずに切り札を使う他にない。選べる戦術が限られるなら、少しでも可能性が残された手を使うしかないのだろう。

 

「全く……―――壊すか」

 

 殺意を一言。禍々しく神父は、何も感情が籠もらない微笑みを浮かべた。瞬間的に魔力が膨張し、魔術回路が音を上げて黒く発火した。

 殺さねば――斬り捨てなかれば、と。神父へ二人は疾走する。

 カキィン、と鋭く刃が鳴り響く。細い刀身を持つ刀剣―――日本刀の刃が、アーチャーの一刀を受け流し、アサシンの一振りを弾き逸らした。

 

「あー……―――あ? 貴様、何者?」

 

「……何それ。貴方みたいなサーヴァント、未確認だわ」

 

「ホッホッホッホッホ。御両人、若者をあっさり殺すものではないぞ?」

 

 黒い杖から抜刀された神速一閃―――居合だった。士人を救ったのは、剣神とでも呼べる技の煌きだった。まさに奇跡と呼べる所業。

 それが―――店舗に飾られている人形から放たれた刃でなければ、だ。

 白いスーツ服に、白い髪。手に持つは黒い杖であり、それが神域の抜刀術に使われていた。仕込み杖であったらしく、既にその人形は刀身を鞘に納刀済み。そして、その仕込み杖を本物の杖のように使い、人形は悠然と士人を守るように立ち塞がっていた。

 

「―――ハーランド・デーヴィッド・サンダース?

 あの人形が何故こんな……いやいや、これは一体どういうことなんだ?」

 

 この場は、どうしようもない混沌の坩堝と成りつつあった。

 










 流夜さん、誤字報告ありがとうございます!
 また有る程度サーヴァントの出し終えたら、設定を乗せようと考えてます。最後に出て来た人形は、某ファーストフード店で有名なあの人です。仕込み杖の日本刀を振うなんて、一体何処出身の剣聖なんだ……


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9.剣聖カーネル

 ―――それは、命を切り裂く煌きだった。

 金属音も無ければ、大気を斬る風の音さえしなかった。

 究極の一、無の境地、零の視点、明鏡止水、空位、透化、水月、無空、等々とそれを指す言葉は様々だ。しかし、宿す概念は等しく同じ―――始まりの「 」である。

 つまり―――死。

 斬り殺された生物は死ぬ。当たり前の事実が概念と成り果て、刃は容易く魂を切断する。

 そして、その死神の如き超常の斬撃を操るのが、剣聖の技を超えた剣神の業。絶対なる術理。

 士人が防戦一方で、逃げ回る他に生きる手段が一つもなかったのが、アーチャーとアサシンの同時攻撃だ。それを男は仕込み杖の刀で受け流し、斬り逸らし、その上で反撃する。卓越した神域の剣術と、未来を選択する程の先読みがなくては、最上位クラスのサーヴァントを二体同時に、同等に殺し合える道理はない。正しく、無に至った超越者の剣聖剣神だ。

 ……姿形が、例のあの人でなければであるが。

 

「ふむ。成る程、お主らも中々に鍛え込んでおるのぅ……いやはや、儂が一呼吸で斬り殺せん。素晴しい精神、美しい技量じゃ」

 

「―――……お前は、一体どの様なサンダースなんだ?

 近代の英霊が何を志せば、企業運営の傍らでそこまでの技量を体得する事が出来ると言うのか。オレの部下や鬼ヶ島の男共にも、お前程の斬殺技巧を誇る者は皆無だぞ。

 リヒテナウアー(セイバー)に匹敵する剣士となれば、このバベルで召喚された抑止力でも数名だった筈だが……」

 

「……その筈だ。そんな剣聖のカーネルがいたら堪らないな……――え、そうだよね? 貴方、本当にカーネル人形の人じゃないよね?

 私、チキンの王様よりか鍛え足りない何て事実、少し堪えてしまうのだけど」

 

「ほっほっほっほっほ。さて、どうじゃろうな?」

 

 黒武者と喪服の女王の二人相手に立ち回る狂った技量。カーネルと思われる何者かが強さを求める狂気は限りなく透明となり、人を斬り殺したい殺人衝動など眠気を我慢する欠伸程度にしか感じられないのだろう。その領域に立ち、尚且つ突破した剣神が届く精神性。

 何よりアサシンとアーチャーの二人が振う剣技とて、英霊の中でもトップクラス。一人の人間が人生を賭して鍛え、命を削って極めた斬殺技術に他ならない。

 基礎鍛錬と稽古を繰り返し、武芸者として修行した技。

 戦場で殺人術を実践で磨き、心技体で得た人殺しの業。

 言峰士人が敵う頂きではない。今の彼では反則を行わなければ、単純な個としてまだ届かない強さ。それを―――仕込み刀を振うカーネルらしい男は、容易く超えていた。

 ……その事実を、士人は彼らしい素直な精神で受け止めていた。

 先程まで殺し合っていたヨハンネス・リヒテナウアーや、嘗て第五次聖杯戦争で従えた佐々木小次郎と同じ―――剣聖を超えた剣神であるのだと、認めていた。

 

「―――………。

 あれは、確実にカーネルじゃないな。創始者があのレベルであったら、アルバイトが死徒を殺せる達人になるぞ。店員全員が代行者クラスとか、一体全体どんなファーストフード店だ。

 まぁ、あの人物が英霊になる訳もなし。召喚出来たとしても、皮だけ被った幻霊だろうか……」

 

 とは言え、認めても理解は出来てはいない。何故あの大佐(カーネル)がそこまで強いのが、ちょっと訳が分からなくなっていた。確かに分かるのは、このカーネルは士人が知る中で頂点に位置する者共の一人であると言う事。

 最高技巧の剣戟が至る零の絶技。刀に蓄積された経験は、固有結界に匹敵する空の領域であった。

 だから、解析をすれば一目で分かってしまう。あの黒い仕込み杖(ステッキ)は本当の形ではなく、何ら変哲もない日本刀の宝具であると。宝具と忍術によって形を惑わしているだけで、そう見せられているだけだった。そのカーネル・サンダース人形にしか見えない姿も、念入りに解析すれば偽物だと即座に気が付いた。

 尤も、これは口に出さない方が良いだろうと判断。相手側のアサシン(トミュリス)アーチャー(源為朝)の様子を見た限り、このカーネルもどきの忍術を身破れてはいないようだった。とは言え、正体を身破れていないだけで、本当に例のあの人だと思っている訳ではなく、その人形に変身して擬態していたのだろうと言う予想はしていた。

 

「糞、剣戟技量はオレ以上。何より貴様、その武芸―――日ノ本の武者だな!?」

 

 アーチャー(源為朝)をして、この男は自分以上の剣豪だと悟れた。いや、剣聖を超えた剣神。自分の弓術に匹敵する剣術を持つ達人であり、その剣技は自分を超えた侍だと殺し合いの中で実感した。並の剣豪を超えた剣聖の領域に到達している無双のアーチャーであるから、この剣神の術理に対抗可能であるだけで、普通ならば一太刀で命を切り裂かれているであろう技の冴え。

 確実に殺すなら、まず距離を取る必要がある。

 弓の領域であれば殺せるが、剣の領域では剛力無双の源為朝であろうと―――勝ち目が薄い。

 

「ほっほっほっほっほ。さてはて、それはどうだがのう。儂はこう見えて……じゃのうて、見た目通りニワトリ好物なカーネル御爺さんだ」

 

「お前のようなカーネルがいるものか!」

 

 トミュリスはふざけたことを喋るカーネル人形の首を斬り落とすべく、一気に接近。既に全力を出すべく、太陽神(最速のヘリオス)の加護を革袋から引き出し、機動能力全てを加速させて走り抜けた。宝具とスキルの二つを応用して鮮血の炎を作り出し、それを刀身で纏わせる事で殺傷能力を強化し、もはや今の彼女はAランク以上の宝具で防御するサーヴァントさえ一振りで抹殺する救世主殺しの化身と成り果てている。

 本来ならば、死ぬべき攻撃だ。トミュリスの一振りはそう言う概念であり、神域の速度に到達している。だが、速さなど剣神の前では無意味。燃え盛る鮮血の火刃であらば、その火炎ごと切り裂いて刃を斬り逸らせば良いだけだ。

 太陽神の加護で強化したトミュリスに対抗可能な英霊など―――大英雄でさえ、難しい。

 何せ、死ぬ。絶対に死んでしまう。救世主殺しの処刑刀は、概念の守りを水で濡れた紙を裂くように切断してしまう。不死身の肉体を問答無用で処刑し、神の御加護など何一つ価値がない。

 その宝具を、更に鮮血の火炎で強化する。必ず殺す意志に溢れ、一撃でも直撃を許せば霊核が即座死亡する。対抗手段は唯一つ―――

 

「此処におるのよう、喪服の女王」

 

 ―――至高の技巧で以って、救世主狩りの女王を超えるのみ。

 炎を纏う刃と、炎を裂く刃。重なり合う度に火花が散り、煌く星のように火は枯れ落ちる。アーチャーさえも魔腕で握った刀を超常の怪力で振り抜き、Aランク宝具に匹敵する膂力で刃を振い、絶殺を狙うも全て受け流されてしまっている。

 

「埒を開ける、アーチャー……ッ――!」

 

「合わせるぜ。好きにやれ、アサシン」

 

 バベル最強の剣士(セイバー)―――ヨハンネス・リヒテナウアーに匹敵する魔剣士であるならば、宝具を温存する策略自体が愚行。神秘も魔力も使わず神域へ到達する人間種など、英霊の常識でさえ当て嵌まらない技の怪物。一刀一刀が宝具並の概念を宿すとなれば、こちらも同じく宝具で以って対抗するのが道理。無策でアーチャー(源為朝)と射撃戦をすれば一方的に射殺されるように、この人形(カーネル)と白兵戦をする事そのものが悪手である。

 ―――発火する鮮血王(トミュリス)の革袋。

 それこそが戦果である宝具。救世主の生首を納めた概念武装であり、彼女が歴史に名を刻んだ具現。 

 

「―――……血溜りし陽光(メシア)―――ッ!」

 

 血色の兵士。鮮血人形の軍勢。屍の軍団―――マッサゲタイとペルシャの混成血軍。革袋から溢れ出した血液は人型となり、硬化した血液は刃と鎧に変化する。既に十名の鮮血屍兵が生み出され、人形を囲んで抹殺陣営を組み終わっていた。そしてこれは、嘗て殺した救世主(メシア)の首を入れた革袋に、その戦場で死んだ兵士の血液で満たし、トミュリスが息子を殺された復讐を果たした証拠である。

 この宝具こそ―――彼女の怨讐の成れの果て。

 

「カカカカカ―――死ぬ時だ、鶏の爺さん」

 

 アーチャーも一気に戦域から離脱し、建物の屋上へ飛び上がった。瞬間、五人張りの剛弓を構え、矢を備える。もはや手加減など無く、魔腕の力を解放。筋力は倍以上に強化され、外法王(キャスター)に強化呪詛を施された魔矢は更なる脅威と進化した。

 ―――二重宝具の真名解放。

 それもあの救世主狩りのトミュリスと、軍艦砕きの源為朝の両名による合わせ技。鮮血屍兵で取り囲む事で逃げ場を失くさせた上で、宝具化した対人奥義「射貫重殺(いぬきえさつ)」による狙撃を敢行する。

 そして、構えた時点で策は完成し―――殺人は既に成されている。

 躊躇いなど欠片もなく、アーチャーは真名解放もせず、この対人宝具の弓術を撃ち放っていた。頭蓋を鏃は射貫き、そのまま貫通して地面に鋭い穴を穿ち、巨大クレーターを作り出した。人型の生物が受けては良い破壊力ではなく、頭部は木端微塵に散ってしまった。挙げ句、それでもまだトミュリスは安心出来ないのか、取り囲んでいた血兵を操って残った肢体を串刺し、斬り刻み、その上で兵士を炎化させて爆散させた。肉片一つ残さない徹底した鏖殺の所業である。

 回避も出来ず、防御も出来ぬそれを、あろう事かこの人形は―――

 

「残念じゃ。それ、変わり身の術ならぬ、変わり人形(カーネル)の術だ」

 

 ―――人形そのものを囮にし、抹殺の陣営から抜け出ていた。

 士人の前にゆらりと幽鬼の如き気配で立つ老人。旅装束の簡素な和服に、禿頭らしき頭には手拭を巻き付けている姿。腰に簡素な艶のない鞘を差し、日本刀を武器とする侍とも見えるが、それらしい武者の雰囲気はない。静かで、余りに自然で、其処に存在していないと錯覚してしまう程の虚な人物。

 ……そう、視界に居るのに実感出来ない。存在感がまるでない。

 空気や空間を相手に気配を読むなど、並の人間では出来ないのと同じである。

 剣術家としての頂点。リヒテナウアーと同じ虚無に至った精神。この侍らしき翁からは、戦場で鍛え上げられただけでは到達出来ない“死の形”を纏っていた。

 

「成る程。オレの時代に暗殺者や退魔師はいた。似たような技を使う者はいた。だが、貴様のような者はまだ居なかったぞ。後の時代で生まれた忍びの者、素っ破の類であろう?

 …‥だが、可笑しな話だ。

 それ程の剣技を持つ素っ破など日ノ本にはおるまい。剣聖を辞めた剣神が、忍術など手を出す道理がないからな」

 

「え―――ニンジャ? この老人が、あの忍者(NINJA)? サムライではなくて?」

 

「さぁな。しかし、忍術が使えるのは確かだろう。まぁオレは生前、胡散臭い陰陽師やら、血生臭い妖術師やらと、似たようなモノを見た覚えがあるだけで、忍術がまだ開発されていない時代の武者だからな。

 確かな事を言えんし、断言も出来ぬが……ふむ。あれは忍術で間違いないな。だが、素っ破であるのは間違いでもある。いやはや、矛盾だな。

 ……だろう、御老体?」

 

「―――ほほう。

 流石は、かの名高き源為朝殿。儂ら戦国武者にとって、憧れの一人でありますな」

 

「戦国……ああ、あの時代の侍か。オレの時代も戦乱に飽きぬ日ノ本であったが、その時代こそ正しく我ら侍の全盛期。全国各地東西南北で殺し合い、奪い合い、落し合い、半島にまで戦火を広げた時代。殺戮を謳歌した武者の世界。

 ならば、その技が磨き抜かれたのも道理よ。

 持ち得る何かもを、鍛え上げた訳だ。剣も、弓も、槍も、火縄も、策謀も、忍術も、な?」

 

「否定はせぬ。無論、加減もせず―――それら全てを以って、お主らを皆殺しにするかのう?」

 

 擦り足一踏み―――武芸の極致である縮地歩行。

 人形に化けていた老人は、容易くアサシン(トミュリス)の背後に忍び込み、抜刀一閃。腰の鞘から刃が音も影もなく疾走し、無空の斬撃が首を襲う。だが、この女王こそ救世主殺しの魔人である。確かに技巧は負けようとも、迅速さと第六感で破れる訳もなく、処刑刀で以って刹那の間で防ぐ。

 

「―――歪・破滅剣(ダインスレフ)―――」

 

 その隙を、士人は容赦なく狙い撃つ。魔剣ダインスレフを改造した矢を弓に装填し、真名解放を行っていた。トミュリスの血の味を覚えさせ、幾度回避されようとも追い続ける魔剣の鏃は執念深く、掠り傷一つで霊体を憎悪で汚染する。

 しかしながら、それを見逃す為朝(アーチャー)にあらず。彼は矢を射た士人ではなく、放たれた魔剣を目掛けて呪詛矢を放った。その瞬間、既に超音速で魔剣の射出軌道に入り込み、真名解放されたダインスレフを貫通させた上、刀身を粉砕してしまった。

 正しく―――超常の狙撃能力。

 この武者の一射一射が魔剣(ダインスレフ)に匹敵する矢で在る事を、神父は強引に理解させられた。

 

「―――…………ふむ。駄目だな」

 

 あの老人が自分の味方になると前提して、士人はアーチャーとアサシンに勝てないと判断。老人の技量は確かに宝具の概念に匹敵する程だが、源為朝とトミュリスの技巧も負けてはいない。勝つには固有結界に引き摺り込む必要があるが、それで勝てる可能性が生じるのは一騎を相手にした場合である。あの二騎同時では、老人と共闘して固有結界内で戦っても勝ち目は皆無。そもそもあの二人の連携は、余りに巧過ぎて、突け入る隙間がない。

 そして、トミュリスは老人相手に接近戦を挑んでいる。宝具を解放し、あの剣神と斬り合っている。宝具「血溜りし陽光(メシア)」から召喚した血兵を操り、多対一となることで技巧の差を埋めて、更に戦術的に上回る状況を作り上げた。無論、アーチャーによる狙撃は止まらず行われ、士人は何とか死力を尽くす事で、射撃戦闘をあの武者と演じる事が出来ていた。

 ……しかし、役者が違い過ぎる。神父では武者に到底及ばない。

 あの魔腕による射撃能力は、源為朝にのみ許された弓術。恐るべき弓張りの剛腕を持たない言峰士人では、幾ら技巧を魔術で誤魔化そうとも前提条件が違ってしまった。

 

「仕方がない。少しばかり、枷を外すとするか……のう、アサシン?」

 

 おまえを殺すと宣告する事で自分に注目させ、動きを態と注視させる。相手も罠かもしれないと考えながらも、宝具の真名解放に匹敵する殺気が放たれては、無視する選択をする方が危険。むしろ、そう言う風に思わせる作戦かもしれず、ならばと備えて自己防衛に精神構造を特化させるが正解。

 ……しかし、それらも無駄になる。

 老人は卑怯も卑劣もお手の物。殺せば勝ちの官軍気質。一対一の死合ならば剣者を志す侍の誇りを持つが、何でも有りの合戦ならば武者として行う巧みな策謀こそ矜持となる。

 

「お前……ッ―――!?」

 

 故に、アサシンがそうした様に、老人もまた秘策で以って埒を開けるだけ。まだ真名解放はしていないが、自分の宝具では打開出来ないと判断し、暗殺者(アサシン)英霊(サーヴァント)らしく生前体得した忍びの技能を使うのみ。そして道具作成スキルを持つ老人(サムライ)は、忍びから盗み学んだ数々の技術を修行した生前の過去がある。その中には戦闘技術だけではなく、様々な暗器を扱う技術と、その便利な道具を作る作成能力も含まれる。

 ―――素っ破(忍び)御用達の火薬玉だった。

 炸裂玉、閃光玉、火炎玉、煙幕玉、催涙玉、音響玉、毒霧玉、等々の火薬玉の王道使用。兎に角、隠し持っていた秘密道具を一気に投げ放った。

 

「目、目が―――目がぁ……嗚呼、痛い上に痒くて眩して熱いとか、本当に遠慮なしね!?」

 

 忍びの技だからのう、と声を出さずに老人は内心で溢す。煙が舞い上がり、周囲全てを目視不可な領域に変え、アサシンだけではなくアーチャーの目にも影響が出ていた。突如として視界が潰されてしまい、二人に隙が生まれると低能な戦士ならそう勘違いする。

 だが、逆なのだ。これ程の強者となれば、視界が潰れる事で自己防衛に専心する。第六感が大幅に研ぎ澄まされ、無音で飛ぶ羽虫でさえ一匹逃さず把握する。どれ程まで気配を薄めて世界と同化し尽くそうとも、視界を閉じて全力で第六感による察知能力を行えば、どんな暗殺者であろうと隙を突く事は絶対に不可能だ。それが、この二人が相手となれば尚の事。

 

“―――糞が。目が痛い上に、涙が出るな……ッチ。耳もまだ駄目か”

 

 そして、言葉にせず敵の策を罵倒したアーチャーは視界を捨てた。だが何一つ問題ない。目など使わず、気配で弓矢の標準を定めれば良いだけのこと。

 ……しかし、その存在感も薄い。

 アーチャーは気配を探るも、僅かばかり動いているのが分かるだけ。聴覚もまだ完全に回復はしておらず、物音で動体察知をするのも不可能だった。

 

「………………御老体?」

 

「まだ静かにするように、御若いの」

 

 神父は静かな声で問い、老人も同じく小さな声で返答。

 

「………」

 

 無言のまま相手の言葉に士人は頷く。何故なら、老人は地面にあるマンホールの蓋を静かに開け、理由は分からないがそのまま放置して士人の方へ歩み寄った。そして、老人は士人の目の前で建物の壁を指差し、自分の後ろから一緒に付いて来るようジェスチャーした。そのポーズを把握し、彼もその後ろを気配を殺して付いて行く。

 老人はその壁の前まで辿り着くと、片手で静かに押し込んだ。するとストンと壁が動き、くるりと横に半回転してしまった。

 

“……成る程。マンホールは囮か”

 

 そして、士人は躊躇わず老人の後ろへ付いて行った。残っても死ぬだけならば、相手が誰だろうと信用する以外に生き延びる手段はない。まるで忍者屋敷のような隠し扉を潜り、ゆっくりと音も無く扉は閉まった。外から見れば扉と壁の境も見えず、神隠しにあったかのように、神父と老人は戦場から消え去ってしまった。 

 ―――静かになったと、アサシンは疑問に思う。

 それも当然の事。既に狙う獲物はおらず、火薬玉各種で視えなかった戦域も漸く目視可能となった。

 

「……アサシン。これは、あれか。あいつらに逃げられたのか?」

 

「だろうね。私も忍者は何人か仕留めたけど、その手合いのサーヴァントはアサシンとして優れていただけだった。

 しかし、あの老人は忍者の中でも例外だろうさ。

 剣士として私以上の強者となれば、そもそもスパイ稼業などする必要もない。確かに間違いなく、あれは剣の求道者として完全無欠だった」

 

「ああ、そうだな。オレとて剣術は徹底して鍛え、魔物や武者とも存分に斬り合ったが……いや、これは生前の未練だな。

 剣の技を弓と同程度まで鍛え足りなかった。弓と比べ、才能も足りなかった。

 そして、若くして死を選んだのは、オレが自分自身で定めた運命だ。限界を超えて零まで極めたのが、この弓術だけとなれば、その業で愛すべき強敵を討つのみだ」

 

「そうだね。そう言う意味では、私も弱肉強食の狩猟一族を率いる頭脳担当だったな。いや、本音を言えば、突撃命令を出せば各々で好き勝手に皆殺しを開始して、何もしなくても強かったから、そうでもないのだけど。

 うむ。強過ぎると言うのも考えものだ」

 

「マッサゲタイも、源氏とそう変わらないか。オレの一族も、オレの策を理解出来ない脳筋が多かった……」

 

「……分かるよ」

 

「「―――はぁ……」」

 

 二人揃って生前を思い出し、溜め息と同時に吐いてしまった。その時、煙幕が晴れた視界に、蓋が開かれたマンホールが目に入る。

 

「分かり易い。これ、罠だね?」

 

「まぁ、間違いなく罠だな」

 

「……仕方がないね。取り敢えず、塔の職員に連絡して、天罰天使に追跡させるよ。多分、地下下水道に逃げてなさそうだが」

 

「ああ。それで良かろう」

 

 トミュリスの言葉に頷き、源為朝は周囲を見渡した。空を飛ぶ天使共はまだ抑止力側のサーヴァントを抑えるのに使われ、新たな侵入者である四人を追う余力はない。しかし、あの忍びの老人はバベルで生き残っているサーヴァントであるとすれば、天使対策も万全だと考えるのが自然。神父の青年も生身の人間でありながら、あれ程の強さに至っているとなれば、慣れていない天使が相手でも殺害可能だろう。

 だが、とアサシンは思い返す。あの老人は変装し、このバベルの街中に潜んでいたサーヴァント。コソコソしている様でいて、マスコット人形に化けて待伏せをするあたり、大胆不敵で予測不可能な怪人物。そうあるからにして、一対一の殺し合いではなく、生存競争である戦争ならば、あの老人の忍者は実に厄介極まる。

 どうやら、自分やアーチャーと同類と判断するのが正しいのだろう。つまるところ、個人の戦闘能力に優れた上で、戦略的視点を持つ英霊。

 

「こちらは当たりだったけど、ある意味で外れだったね。さて、アーチャー、これからどうするかな?」

 

「カカ、しれた事。獲物はまだいる。セイバーのバイクに乗り、狩りを続けようではないか」

 

 建物の屋上に戻った二人は、先程までと同じ様にアサシンが運転し、アーチャーが後ろで立ち乗りをする。まだまだ敵勢力は暴れ回っており、塔より出撃した天使も殺され続けている。何よりも、ライダーがサーヴァント衆を乗せた軍艦も進撃中。

 まだまだ今日の祭りは終わらない。

 敵を血祭りにするまで終われない。

 逃げられた事実を愉しみ、神父と老人が素晴しい敵だった事を喜び―――鮮血王と魔腕の弓使いは、颯爽とバイクで駆け抜けて行った。

 










 流夜さん、何時も誤字報告ありがとうございます!
 ぶっちゃけた本音を言えば、月姫、鋼の大地、魔法使いの夜などの新作発売を除けば、Fate作品のアニメ化が一番嬉しい作者です。地味に一番見てみたかったのが、ガウェインvs山の翁と、ランスロットvsアグラヴェインの斬り合いでしたので、第六章の映画化決定は素晴しいと思います。


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英霊七騎殲滅戦線
10.秘密の園


 この話から、序章の最後に繋がります。


 忍びの技を使う老人。その正体である上泉伊勢守信綱は、隠れ宿から塔を見て呟いた。

 

「あれは天蓋巨塔―――バベル。

 この世界は既にあの古い王が住まう領域。この冬木はの、嘗て神に滅ぼされた魔導都市に成り果てたのじゃよ」

 

 そうして、神父は情報整理の為に過去を思い返していた。言峰士人はこのバベルに侵入し、この拠点(秘密の園)にまで辿り着くまでの記憶を掘り返し、敵勢力と都市の機能を見直していた。

 別れた衛宮士郎、美綴綾子、アルトリアとの再会はまだ出来ていない。

 流石に無策でこのバベルを彷徨い歩く訳にはいかず、捜索は何一つ思い煩うことなく神父は諦めた。生存の責任は本人が背負うべきものであり、助けられないなら何も出来ないと判断するのが賢明だ。何せ、命を賭せば成功出来るのであれば士人とて迷わず実行に移るが、命懸けでも十割成功しない作戦なら全く価値がない。例えるならば、戦車を相手に単身竹槍で突撃するようなものだ。

 

「……ほぉ。あれの名を、天蓋巨塔と呼んでいるのか」

 

「ラシードが保護した魔術師がそう呼んでおったのさ。見るからに胡散臭く、血生臭い悪の邪術師であったのだが、バベルを討つ為に外側から侵入して来た生身の人間を見殺しにするのは……ふぅ、どうしてものう。

 いやはや、甘いとも思ったが、戦力はまるで足りぬ故、致し方なしと考えたのじゃが……」

 

「……くく。そう言うお前も、俺のような輩を助ける当たり、何も言えぬと思うのだが?」

 

「まぁ、そうなんじゃがな。お主は悪人そうなのは事実なのだが、仲間を守るあの献身を見ていてな。黄泉への旅路を武者として英霊になった儂は、絶対に否定をしてはならぬ。

 合戦での殿(しんがり)は、侍にとって―――華よ。

 それは死を飾る輝かしき花束よ。切腹を同じく、自ら誇り高く死ぬことを笑う侍の死に様じゃ」

 

「ああ……成る程な。俺からすれば、効率性のみを求めた作戦でしかなかったのだが、お前からすればそう見えたか」

 

「そうじゃな。これがただの感傷には過ぎぬのは分かっておる。しかし、その感情を捨ててしまえばの、英霊としての尊厳もないと同じじゃよ。

 となれば、そもそも戦わず死した方がまだマシだ。あの源氏の武者がそう自害した様に、切腹して果てた方が座の儂自身に誇れるわい」

 

「それで、あの人形に化けていたのを解いて、俺を助けた訳と……ふむ、そうか。この命、お前の誇りによって救われた事となる。ならば武者の矜持を哂うのは、この俺自身の人生を嘲笑うのと等価値だと言うこと。

 ……改めて、感謝する―――上泉伊勢守信綱。

 貴方の好意によって、俺はまだバベルで使命を全う出来る」

 

「よせ、御若いの。儂は老人にして死人。今を生きる若者を助けられただけで、この地獄に召喚された甲斐もあったと実感出来る訳よのう」

 

「そうか……――そうだな。では、助けられたついでに、その保護された胡散臭い魔術師とやらに、出来れば会わせて貰いたいのだが?」

 

「構わん」

 

「有り難い。後序でに、その者の名も教えて欲しい」

 

「あー……はて。あやつの名は確か、何じゃったろうか……―――あ、思い出したのう。

 名はエドワード・ケリー。

 ……多分、そう名乗っていたと思うの。

 気配がもう凄く、それはもうおぞましいまでに妖しかったのでの、どうも名前に衝撃(いんぱくと)が足りんくて、覚え難い邪術師じゃったよ」

 

「エドワード・ケリー……ふむ。魔術師エドワード・ケリーか。長い間この社会で生きていたが、ヨーロッパでもアジアでも聞いた事も無い名前だ。魔術協会の執行者でもなく、封印指定を受けた魔術師でもない。聖堂教会の代行者や、聖堂騎士団の名簿にもいない。

 決め付けの先入観は宜しくないが、間違いなく偽名で間違いはない。このバベルに侵入する程の腕前となれば、裏社会でもある程度は名が広まっている筈だからな。何だかんだと現代文明を嫌いながら、魔術世界も高度情報化社会に逆らえず、インターネットシステムも事務方では普通に導入している。

 情報屋も電脳世界を使いこなしている現代魔術師となれば、遮断されている異界に住んでいなくては、例え神秘に生きる者であろうとも名前程度は広まるのが必然となろうしな」

 

「成る程のう。そりゃ確かに、偽名だと判断するのが正しかろ」

 

「ああ、だろうな。ついこの間、賞金稼ぎの魔術使いや死徒狩りの為、インターネット窓口を聖堂教会は作ったばかりだからな。俺も持っている情報を教会に手渡し、死徒二十七祖のイメージ顔写真を作り、一匹数百億円レベルで手配書を作ったぞ」

 

 等と思いながら、あの大戦で何体か殺した有名な死徒を自分の手柄に出来たので、懐にかなり死徒討伐ボーナスが入り込んだのを思い出した。神父の知り合い風(高校の友人)に例えるなら、人の命を道具扱いするダークを超えてアビスなブラック企業だが、金払いは凄く良い組織である。むしろ、其処以外に良い所が欠片もない。経費も理由を付ければ自由に使え、死徒狩りや魔術師狩りの為なら何気に横領し放題な部分もある。

 そう考えた所で、殺し屋アデルバート・ダンが教会入りしたのもその点なのかもしれないと彼は思った。あの殺し屋はお金の為に真性悪魔に勝負を挑み、特別ボーナス欲しさに死徒二十七祖に喧嘩を売る金の亡者であったのを思い出した。

 

「賞金稼ぎ、懐かしい響きじゃな。武者で言うところの、首狩りの報奨と言ったところよのう。苦労するのは、何処も下働きと言ったところかの」

 

「代行者も仕事内容は武者と変わらんな。殺して稼ぐ、何も可笑しな事はない。苦労するのもな……む?

 ―――苦労、か?

 エドワード・ケリーで、苦労……苦労、苦労苦労―――――あ!」

 

「如何したのか、神父?」

 

「いや、エドワードで有名な魔術師を一人思い出してな。もう死んでいる人物であるし、この世にはいないのだが、思い出すと怪しい男でな。しかし、あれ程に表側で名前を売った正真正銘の大魔術師となれば、確実に英霊の座に刻まれているに違いない。ロンドンで起きた聖杯戦争にも、実際にキャスターで召喚されていたサーヴァントでもあり、思い出せば出す程に怪しさが膨れ上がる魔術師だ。

 ……との事で、お前が覚えた印象を、もう少し教えて貰いたいのだが?」

 

「良いとも。妖しさ以外の印象となれば、意味も無く妖艶(えろ)い男じゃったよ」

 

「エロい?」

 

 少しだけ……いや、かなり目の前の侍らしくない台詞に聞き返してしまった。

 

「そうじゃ。あれは恐らく、両刀使いの男だ。儂の生前の頃、武者は男も女も愉しむのが嗜みじゃった。得てしてそう言う類の男はのう、同性の男に対しても雰囲気が妖艶に―――じゃなく、今風に言う所の衛炉王気(えろおーら)を放つからの」

 

「えろおーら……はぁ、エロオーラか。しかし、ふむ―――衛宮か?」

 

「えみや?」

 

「いや、此方の個人的な話だ。あいつは別にバイではないからな。まぁ、同性愛者や両性愛者にも性的に好かれるらしいが……ではなく、今はあれのハーレム力など如何でも良かった」

 

「はて。そのようなモテ男、儂は知らんが。まぁ、如何でも良いなら、こちらも如何でも良いがの」

 

「此方の話だ、すまんな。後、その衛宮はバベル殲滅に賛同した俺の仲間だ。見付けたら、出来れば助けてやって欲しい。他にも二名いるので、人相やらの情報は後で渡そう」

 

「お主が逃した勇士か……ほほ、あやつらか。儂のような糞爺の勘に過ぎぬが、多分生きておろう」

 

「剣神の勘ならば、信用出来るな。何よりあの程度の危機で沈む程、可愛げのある人間でもない。と言うより、人間らしくないと言った方がいいだろう。

 ……で、だ。そろそろ、その胡散臭い魔術師に会わせて欲しいのが?」

 

「おぉ、すまん、老人の精神じゃと、意味も無く世間話を引き延ばしたくなってな。ふむ、そうじゃな。ついて来い」

 

「ああ」

 

 会話はここまでにした。部屋の扉を開けた上泉信綱に連れられ、士人は先導されるがまま歩いて行く。この拠点は作りそのものはバベルのコンクリート・ビルのままだが、中身は改造されているのでアジトとして使い易くなっている。またラシードの宝具によって秘密の園になったビルは階層ごとに用途が分かれ、先程まで居た場所が共同生活スペースとなる。

 ……どうも、目的地は地下室であるらしい。

 階段を一段一段下りる度、澱んだ魔力が空気に融け込み始め、呼吸をすると肺が凍りそうになる。それ程のおぞましい何かが下層にある事実を肌で感じ、まるで地下墓地のように湿っぽい空気になっている。

 

「上泉……この気配―――」

 

「―――ホホホ。先程も言っておったろう?

 ラシードの奴が天使を捕え、あの者共に洗脳と改造を施しておるとな。保護した魔術師も、その殉教者(フェダーイー)量産計画に賛同し、天使の洗脳に手を貸している。

 あやつに頼まれ、半殺しにした天使を何人か渡しもしたからの……」

 

 刀で斬って、切って、裂いて、開いて、断じた。

 手で折って、捩って、叩いて、撲って、砕いた。

 上泉伊勢守信綱は―――殺し尽くした。天使をあらゆる方法で殺した。日本刀と徒手だけでなく、忍術も使い尽くし、生前修得したあらゆる手段で鏖殺した。

 その中でも人形はとても効率的な迷彩だった。自然と同化する程度の光学ステルスなど見破る化け物が相手では、むしろ古典的な隠れ身の術が有効だ。視覚に入ろうとも意識的に視認出来なくては、それが敵対者であると認識は出来ない。壁の風景に融け込むのも中々に使え、この男の腕前なら痛みは全くなく、自分が死んだ事にさえ気が付く前に抹殺出来た。

 

「……儂も、侍じゃ。

 他者の尊厳を汚し穢す行為を肯定は出来ぬ。だがこれは、儂が始めた活人剣として背負うべき悪逆非道だ。剣に生きるのであれば、悪となりて罪を飲み干し、人を斬らねばならぬ。

 とは言えの、所詮信条など只の言葉よ。奴ら天使にとって、儂が人斬りの鬼畜であることに違いなし」

 

 それは――心の膿だった。

 何十人何百人も斬り殺した立場でありながら、非人道的だから、武士道に反するから、とラシードの天使殉教者化を止めるのは理不尽であり非合理的だ。自分も同じく、生きるのに、バベルを壊すのに必要だからと天使を殺した。

 ―――生前と、何一つ変わらぬ戦国乱世。

 結局、目的を果たす為に必要な手段など何も変わりはしなかった。あの時代の日ノ本と同様、殺して生きる武者の楽園。支配階級の武者が、侍が、兵が、何の罪も無い女子供殺す世界。見世物のように処刑される幼子もいれば、面白半分に犯された後に殺される女もいて、目の前で妻子を殺されて盗賊共に嬲り殺しにされる男もいる。人が死ぬ不幸など当たり前で、権力者の武者が罰した者の縁者だからと妻を、子を、家族を、一族を皆殺しにする悪夢のような時代。活人剣を夢見た上泉信綱にとって、政に溺れる侍など所詮は命を喰らう犬畜生。国を統べる権力を持つ武者など無念無想からは程遠く、血で曇った冥府魔道は見るに堪えぬ。屍など見飽きてしまって、人斬りなど慣れてしまって、戦場で人を殺す事に疑念を覚える武者など存在しない。

 自分が天使を殺した罪科は、それらと何一つ相違しない。

 殺して、殺して、殺して、殺して―――剣に道など有りはしないと、何時気が付いたのか?

 頂きの零に辿り着き、其処が無価値なる虚無だと悟れたのか。そもそも人殺しなどうんざりしていた筈なのに、何故こんな活人剣などと言う題目を死んでも捨てられないのか。

 ―――自分が殺した天使は、人殺しでさえ無かったというのに。

 こんな人斬りの人殺しが、世界を救う為だけに殺して良い筈がないというのに。

 

「剣聖よ、辛いのか?」

 

「戯言よ、神父。罪の痛みなど、戦場で初めて人を殺した時に忘れた」

 

「成る程。だが、罪から逃れる事は出来ない。痛みが幾らなくなろうとも、その傷は必ず刻まれるものだからな」

 

「知ってるわい。儂はこう見えても―――人斬りじゃ。

 人を斬って英霊になった侍である故、斬らねばならん者を我が刃で殺めるのみ。人殺しの罪を一つ一つ、天使を斬る度に積み重ね、何時か英雄共を鏖殺するべく刃を研磨させよう。

 ならばどのような大義名分があろうとも、殺人の咎からは逃げられん。逃げる気にもなれん」

 

 だが、彼は明鏡止水に辿り着いた。葛藤など価値はなく、迷いさえ消え去った。しかし、何故だろうか、この神父は容易く人の苦悩を浮き彫りにしていまう。この程度の揺らぎを言葉にして懺悔にしてしまいたくなるような、不可思議な神聖さがあった。生前でも、こんな人物に会ったことはない。信綱は人でなしの悪人を信用しても良いと感じる自分を面白く思い、この確信が間違いないことを水月の境地で悟っていた。故に、この神父を信頼することだけは絶対にしてはならない。

 虚偽を一切言わず、他人を裏切る正直者。

 隠し事を好む癖に、真摯に接する極悪人。

 おぞましいのは上泉伊勢守信綱をして、常に隠し事をしている神父の心情を見抜けないこと。呼吸をするのと自然な態度で、自分の思考回路を一切晒さない空っぽな心の持ち主であること。だが、そんな怪人だからこそ興味深いとも考えていた。

 

「肯定しよう。人殺しの罪科から、人間である限り逃げられない。同じ人間を殺害すれば、その魂に悪行が染み込むのが業と言うものだ。

 ―――罪悪感とは、良心の嘆きだ。

 心の痛みを失くした人間は、命を喰らう獣に成り果てる。

 人を殺めて喜ぶ事があれば、その幸福は命を消化して作り上げた糞尿と等価値となる。故、悪行を娯楽とすれば、即ち人外の化け物と何一つ変わらない。その者は理性で殺戮を堪能し、悪意が正気と成り果て、やがて罪悪のみに溺死する」

 

 神父も勿論、人殺しだ。殺戮者であり、虐殺者でもある。自分の娯楽を満たす為に悲劇を興じる悪魔であり、世界を救う為に巨悪を打倒する英雄でもあった。

 だが目的が善だろうと悪だろうと、その両方だろうと―――殺人に、興味などない。

 強くなる為に強くなり、戦う為に戦い、殺す為に殺す求道者であるが、人を殺したいからと殺人の罪を犯したことはない。人殺しを愉しみたいと思えた事は一度も無い。

 この神父にとって善悪は等価であり、善行も悪行も違いはない。人殺しも人助けも同じことで、人を殺す事で誰かを助け、人を助ける事で誰かを殺す事もある。

 

「ならば幾人も斬り捨て、人殺しに慣れたとしても、問題はないだろうよ。身の裡に苦しむ感覚が汚泥の様に存在するのであれば、お前は化け物(ケモノ)ではなく―――人間であると言う訳だ」

 

 言峰士人(神父)から視た上泉伊勢守信綱(剣神)とは、何処まで行っても真っ直ぐな求道者。嘗て短い間とは言え、キャスターからスリ盗った佐々木小次郎(アサシン)と契約した過去を持つ士人にとって剣の求道者にはある程度の理解を持ち、その英霊には透化と言うスキルがあった。明鏡止水の精神を示す技能は、言わば無の境地に至った剣聖に許された極致でもある。如何に自分自身を薄く透明にさせ、限りなく世界から空となり、始まりの零と成り果てる心得。

 告白すれば、言峰士人は佐々木小次郎以上の武人など知識に存在しない。

 備中青江(物干し竿)には、その技巧の境地が刻み込まれている。あの領域の業を見た後では殺して来た死徒も魔術師も、技を磨かぬ哀れな素人でしかなかった。サーヴァントも見て来たが、あのアサシン以上の技量を持つ英雄英傑は居なかった。あのアルトリアでさえ剣聖と呼べる技巧を持つが、剣神には届かない。別格として聖騎士デメトリオ・メランドリもいたが、彼は武人とはまた違う方向に進化して死に果てた。

 しかし、このアサシン――上泉伊勢守信綱は、同じ剣神だった。

 トミュリスと源為朝を接近戦で二体同時に喰い止める等、大英雄でも不可能な所業。それも宝具も使わず、ただの剣技だけで渡り合うなど神と呼ばれる何かだけが許される領域であり―――故に、神域の剣士。此処までの剣豪となれば、もはや人間の精神から乖離されてしまっている。自分独りで自己が完結し、完成された思考回路を持つ。刃の心は朽ちず砕けず、自分の心から生じる罪悪感さえ斬って捨てるだろう。

 

「剣の獣となれば、その心境さえ消えて無くなるだろう。人間を()めた吸血鬼共と同じく、自分自身を定める常識が作り替わるからな」

 

「……人を如何に早く切るか。それに腐心し続ければ、侍は獣となる。故に儂は殺人刀を捨て、活人剣を己の中から見出した。

 剣術は命を斬るだけではのうて、相手を思って巧く斬るものとな」

 

 若い頃はそうだった。殺人剣の教えとは違い、己が精神を鍛えたのも、剣の技を研磨する為だった。強くなる為に、どれ程までに強くなり続け、何処まで到達出来るのか、否か。だが到達してしまえば、更に極める為の修練しか残っていなかった。零の頂点からもっと深く無に沈み、空の境界を遥かに超えた“向こう側”まで走り抜けるしかなかった。

 その為の―――活人剣。自分自身が零の刃となってしまえば、自分と言う剣を振う術理が必要だ。何もかもを切り裂く刀には、それを納める鞘がなくてはいけなかった。

 

「その点、お主はまぁ……苦悩がなさそうな男よな。士人(ジンド)の名に相応しく、人道(ジンドウ)には後一歩足りぬ悪人じゃ。しかし、悪党には程遠いのも事実。なにせ命の恩人である儂に一切感情を込めず、なのに本気で感謝するなどまともな精神構造では出来ぬ行いよ。まるで感情がないカラクリ人形のようでいて、同時に強烈な意識を持つ自我の塊じゃ。

 何より―――一目で分かる怨念が、お主の心には住みついておる。そこまで煮え滾った憎悪と邪悪なぞ、溢れた死で満ちる戦場にもない。根本からして他者を否定し、自己なぞ悪一色に染まり、世界を幾つも呪い殺す怨讐にしか見えぬぞ。

 ……であれば儂程度の者じゃと、悪い企み事をしているのは分かるんじゃが、何を考えているのか全く分からんのう。素直に本音を言えば、呪いとなったそこまでの憎悪を持ちながら、その人間性を保てるのか摩訶不思議で仕様がない」

 

 上泉はただの剣士に非ず。剣と共に死んだが、剣だけに生きた侍ではない。剣士で在りながら悪人を斬り殺すことなく、素手で無力化して捕えた事もあり、人斬りだけでの剣士ではなかった。兵法家でもあり、教師でもあった。そして、そもそも活人剣とは彼が編み出した新陰流の純粋な技法であり、殺人刀と反する戦闘理論であった。即ち、自分は明鏡止水の不動を保ち、相手を思い通りに動かすことで剣を的確に振う殺人技術。それが柳生新陰流に伝わり、柳生石舟斎宗厳から柳生但馬守宗矩へ伝授され、その宗矩が思想したのが今の活人剣の考えである。

 それは悪を斬って終わるのではなく、悪を斬ったことによって人が救われること。刀で以って悪から守られたその命が活きると言うこと。

 活人剣とは―――剣の道。

 誰かを殺すことに価値を生み出すには、守る者を認める必要がある。救われる誰かがいなくてはならない。殺戮が日常であった戦国乱世では、人を殺さねば、自分も家族も人に殺されて終わるだけ。

 

「流石は新陰流開祖。俺の呪いに気が付くとは、素晴しい眼力の持ち主だな。活人剣を始めたお前からすれば、人を害して人を活かす傲慢など、既に飲み乾した矛盾に過ぎんと言う訳か。人に仇なす悪とは、悪人の命と共に滅びるモノである故にな。

 まるで本物の―――正義の味方のようではないか?」

 

「―――……ホ。儂が語り始めた道ではないがの。

 儂では剣に道を見出す気にはなれん。所詮は殺人の術理が行き止まりよ」

 

「しかし、お前の意志を引き継ぐ者がいたのは事実だろう」

 

「そうよのう。ふ……まこと、石舟斎めは良い息子に恵まれたと思うぞ。新陰流は殺人兵法の集大成であるも、剣のみに研ぎ澄ませたのが柳生新陰流と聞く。

 ……だからこその、活人剣の道なのじゃろう」

 

 だが、上泉が活人の言葉を使い始めたのも理由がある。もし自分の兵法へ記したその言葉に、禅から引用した意味を持たせたかったと思うならば、柳生宗厳も柳生宗矩も上泉信綱の志を受けた事となろう。

 

「―――そうか。いや、暇潰しの為とは言え、お前からは良い話を聞けた。礼を言おう」

 

「ほほ。構わんよ。今を生きる若者は時代の宝じゃ。儂も老人らしく、こうして会話をするだけで気分が良くなるのでのう」

 

 そして、丁度最深部に到達する。二人の目の前にあるのは重厚な扉。回転式の大きなドアノブが付き、内側から瘴気のみが漏れ出している。

 

「では、此処じゃよ」

 

「ああ」

 

 ギィ、と鈍い音を上げながら扉が開かれた。ムワリとした空気が士人を歓迎し、この世のものとは思えぬ光景が目に入り込んで来た。それは冒涜と涜神のようでありながら、神に信仰を捧げる為の祭壇でもあった。信仰を貫く為に必要な悪行であり、祈るような信仰者の悪徳だった。

 言峰士人は初代教祖(山の翁)から生まれた伝説をこの瞬間―――正しく理解した。伝承に嘘偽りはなく、間違いなく本物であると。

 

「……――成る程。

 これが、あの秘密の園か」

 

 ―――人間牧場。そんな言葉が思い浮かぶ。正確に言えば天使牧場と言うべきなのだろうが、翼を折り込まれた美しい彼女達は傍から見れば人間に見えた。いや、もう牧場と言うより栽培かもしれない。

 ……少しだけ、懐かしいと士人は考えた。

 教会の居候であったギルガメッシュに対する供物。

 士人にとって英雄王とは絶対なる君臨者であり、自分に道を教えた王であると同時に―――言峰綺礼や言峰士人と同じく、人間の魂を貪り喰らう化け物でもあった。子供の命を消費する人でなしだった。あの教会の地下室でも此処と全く同じ光景が広がっていた。胡乱とした子供たちが、只管延々と苦痛を与えられ、意識さえ剥奪され、その魔力を抽出する人間飼育の手腕であった。言峰綺礼は自分の仕事に手を抜かず、ギルガメッシュのマスターとして完璧に責任を全うしていた。

 つまるところ、この惨劇は士人にとってギルとの懐かしい思い出に過ぎなかった。久方ぶりに思い返す事も出来て、逆にラシードに感謝さえしても良いと考えている程だ。

 

「この宝具は、確かに素晴しい代物だ。敵を思う儘、自分の配下に作り変える事が可能な訳だ」

 

 死徒(吸血鬼)にも、このような趣向を持つ者もいた。人間をペットや家畜として飼育し、何時でも血を吸えるように管理していた魔術師上がりや、性欲処理にも使っている倒錯者も中には存在していた。言うなれば、人間を中身に詰め込んだ生きる血液パック。士人にとって此処は、人間が野菜のように栽培され、血液を採取される煉獄を思わせる場所だった。

 天使らを縛る装置の見た目はそのまま――拘束棺桶。

 白い衣服を剥ぎ取られた姿。美しい裸体のまま雁字搦めに動きを縫い留まれ、目隠しと猿轡と耳栓と鼻栓をされ、体中に薬品の管を差し込まれた重病人のようでいて、その棺桶から生命力を吸い取られている状態。もはや食虫植物に囚われた羽虫と同じで、自分の力で脱出することは不可能になっている。

 だが見た限り、基本的には棺桶で拘束されているだけ。他の状態で捕まっている天使もおり、その天使らは拘束されているのではなく、暗殺者(ラシード)魔術師(エドワード)の手によって魔術実験の対象になっているようだった。

 

「ほう。やはり、これを見てもお主は激昂せんの。勝つ為なら汚らしく手段を選ばぬ効率主義者か、一を切り捨て九を助ける現実主義者であらねば、この園の地下室には案内せんと決めてはいたが……ふむ、お主が悪人で助かったのう。

 儂らが邪悪だからと恩人でも倒す正義感溢れる英雄であれば、此処で殺し合わねばならん事になっておったよ」

 

「良く言う。そうであれば、この地下室に案内もせず、そのもう一人の魔術師も隠していたのだろう。だが俺としては、この惨状をお前程の剣神が許している事実が、中々に意外だと考えているのだがな?」

 

 士人はもう、この手合いの悲劇も地獄も見飽きている。当たり前な非日常として慣れており、動揺もなければ感傷もない。そもそも実家があの有様であり、友人宅の間桐家が蟲蔵である冬木市出身の魔術師なので、何も思う所がない身近な邪悪に過ぎなかった。

 しかし、この剣神は別。戦国乱世生まれの英雄なので、血生臭い悲劇には慣れてはいるのだろうが、この手の邪悪の所業に加担するのには拒否感を覚える筈。

 

「……いやはや、それこそ意外よ。お主は儂を、誇り高い綺麗な英雄とでも思っておるのか?

 言った筈だと思うが、儂は新陰流開祖、上泉伊勢守信綱じゃぞ。糞のような時代、血塗れ泥塗れになって戦場を這い回り、力と技を欲し、剣の理念を盗み、兵法の業を作り上げた侍よ。刀以外も、槍も弓も銃も、何もかも使いこなし人を殺めた虐殺者よ。忍びからも忍術を盗み取り、我が殺人兵法を無差別に鍛えた人殺しよ。

 その非人間の儂は、武者である時点で(コレ)を否定せん」

 

 人質と言うものがある。乱世では良く行っていた交換条件。身内を敵に売る行為であり、侍共からすれば家族さえ戦場の道具に過ぎない。

 故に、同盟相手への裏切りは即ち―――身内の死。

 戦国乱世における合戦は、始まる前から誰かが死んで初めて成立する。

 だから信綱も分かっている。人命とは消耗品。殺し合いを愉しむ我らに尊厳なし。何一つ罪を犯していなくとも、殺した方が利益になるから(ヒト)は簡単に罪なき者を殺す。相手が武者なら鏖殺し、女子供も身分の差なく嬲り殺し、敵ならば情けなど欠片もない。

 中でも忍びなど、その筆頭。盗賊紛いの事もし、内部工作や味方の粛清さえ感情なく徹底する。汚れ仕事を専門とし、主君の命ならば老若男女に区別などなく、暗殺と拷問を行うことだろう。

 

「自分語りになるがのう、これ以上の悲劇―――良く処刑場で見たわ。戦場ではの、自分の手でも多く作り上げたぞ。

 罪人の処刑を娯楽として観賞する倫理亡き乱世(クソ)の時代、穏やかに暮らす無辜の民が死ぬのは極々当たり前じゃ。それも敵側の人間であるならば、例え罪がない人間だろうと構わず殺し回るのが兵士と言うもの。その相手が敵意を持つ天使となれば、儂は同僚が何をしようと何も言わん。捕虜に尊厳を持たせるべきとも思うが、そう在れば好ましいと言うだけのこと。殺し合う敵の心情を気遣い、自分達は手段を選んで殺すべき者だけを殺すなど、絶対強者に許された境地じゃろう。

 ―――これを、慢心と呼ばず何と言う。

 敵を選んで斬り殺すなぞ、儂はそこまで己惚れておらん。あの相手を斬ると決めたならば、汚い下衆になろうとも、醜い殺意を喰らい奔るが士人(シジン)と言うものよ」

 

「同感だな。そもそも戦争で慢心が許されるのは、この世全てを背負う王だけだろう。物足りぬ魂である我々は、人の命を奪う悪行をなす為ならば、汚らしく足掻くことが勝利への道となる。

 ……まぁ、そう言うことだ。

 これを見て、俺は別段思う事はないさ」

 

「―――じゃ、そうよ。良かったのう、ラシード。この者は良い同盟相手になるじゃろう」

 

 かつん、と足音がした。誰かが暗闇から現れていた。

 

「―――そうか。だが、此処は私の宣教広場。秘密の園の正体だ。

 異教徒が入るのは別段構わんが、あれを聖戦と謳った教会の兵士がいるのは気に食わん」

 

 ラシード・ウッディーン・スィナーン(アサシンのサーヴァント)は表情を変えず、睨む事さえせず、言峰士人に声を掛けた。静かなのは興味関心がないのではなく、自分の宝具の深部まで入り込む神父が、バベルを倒すに相応しい同盟相手か見定めているのが理由なのだろう。

 

「すまんな。邪魔をしてしまったな、ラシード」

 

「…………ふん。いや、良い。もう生前の確執は捨てるとする。既に過去の話であり、侵略者などもう居ない。お前を相手に教団の拘りと押し付けるのも、余り価値のない行いと認めよう。

 確か名は言峰士人だったな、お前?」

 

「ああ」

 

「ならば、言峰。一つ問おう。この者共を見て、お前は何を思う?」

 

 分岐点であると士人は悟った。何でも無い様に聞いて来たこの質問は、ラシードにとって信用するか否かの判断材料。

 この暗殺教団の伝承に残る秘密の園―――宝具「殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤ-ド)」は、生前のラシードの倫理観からして邪悪だと自分自身でも認めている所業。それが宝具となって具現したのが、この地下室での洗脳装置。

 その隠れ宿に利益があるか、不利益になるかは、全て持ち主が決めるべき事項。

 邪悪を飲み乾しながら人を助け、自分の心が穢れる事を厭わず、矛盾する行いを許容出来なければ、その者を決してラシードは仲間と認める事はない。

 

「兵器。あるいは、兵士だな。特別な感情を向ける事もない」

 

「む。それだけか?」

 

「俺自身はな。敵に囚われ、無理矢理洗脳をされ、それが可哀想で哀れなのだと分かってはいる。通常の価値観の持ち主ならば、この天使を見てそう思い、倫理的にそう考えるだろうとは理解しているが……俺は、本当にそれだけさ。

 だが、その不幸を見学するのが愉しんでいるのも事実。神に仕える一人の神父として、同じく神に仕える宣教師であるお前が、その哀れな天使で何をするのか。いやはや、実に見物だと愉しみにしているとだけ言っておこうか」

 

「貴様は―――そうか、その呪い……成る程。悪霊(シャイターン)の囁きか」

 

 (おん)、と蠢く何かをラシードは神父の中から見えてしまった。この男が持つ千里眼は中身を覗く透視であり、精霊や妖精をも目視可能とする呪術師の業。言峰士人が身の内に飼い殺している呪詛の塊は、もはや呪い等と言う領域に収まる概念ではない。

 言うなれば―――地獄。一つの世界。

 魔術用語で例えれば、固有結界にも等しい神秘である。

 何故、人間の神父風情がここまで深く凝固した呪泥を生み出しているのか知らないが、ラシードは彼がまだまともな人型を保っている事が不思議で堪らなかった。

 

「何だ、お前も見えるのか?」

 

「戯けが。私は精霊(ジン)を扱う呪術師だ。我が目を以ってすれば、魂の中に隠している呪いだろうと一目で分かる。

 ……不思議な奴だな、お前は。

 その強大な呪いを受けたのであれば、発狂死していなければ可笑しいぞ。人を嬲って殺し、世界中の人間全てを殺し尽くしたいとは思わんのか?

 世界を無造作に滅ぼしたくはならんのか?」

 

 そう在るべき呪いである。この世全て―――いや、人界幾つ分の呪泥であるか。膨大な呪詛でもあるが、それ以上に濃度が余りに高過ぎる。人間を幾人殺すとも尽きぬ怨念は、もう“悪”でさえないのかもしれない。神父がその気になれば泥の狂気を太源に汚染させ、街一つ人間同士で共食いさせて滅ぼす事も可能だろう。

 

「一度もない。殺人も滅亡も、俺に関心はないさ。娯楽とするべきモノは人間自体であり、見守るべきなのは人間達の営みだ。

 俺の呪いは、全人類の虐殺など一度も求めはしていない」

 

「そうか……ああ、そのようだ。私がお前に、人間全ての邪悪を知る悪魔に、目的の為に果たす悪行について問うこと自体間違いである訳だ。

 ―――ならば、良い。

 此処では好きにして貰って構わない、言峰士人」

 

「感謝する、ラシード・ウッディーン・スィナーン」

 

「ふん……で、だ。何用で此処へ来た?」

 

 漸くラシードは本題に入った。

 

「エドワード・ケリーと言う名の魔術師に用事がある」

 

「ああ。奴なら奥に居る。それと注意するが、今は天使の脳を刺激する為の薬針実験の最中なため、声を掛ける機会には気を配れ。千分の一mmの誤差で脳神経が駄目になり、捕虜が一人消耗してしまうのでな。

 私も仲間に出来る天使を態と殺したくはない。我が宣教を受け入れた異教徒は、すべからずして同輩であるフェダーイーで在る故に」

 

「成る程。分かった」

 

 そう言い残し、士人はずらりと天使共が収納された洗脳棺桶が並ぶ通路を歩き、奥の暗闇へと進んで行った。士人の耳に入るのは言葉にならない唸り声であり、快楽と苦痛の感情に満ちた苦悶の嘆きであった。天使は薬物で高揚しているのか、肌が桃色になっており、その裸体も汗で全身が濡れてしまっている。その所為か、この地下室は何とも言えない臭気が籠もっており、只管に脳が焼けるように甘ったるい女の香りで溢れている。しかも薬品の匂いも混ざり込み、まともな精神をした人間なら一呼吸しただけで絶頂を迎え、性欲が暴走し、狂い死ぬことだろう。

 可笑しなのは、此処にまともな者など一人もいない点。神父を見送る剣神の精神は明鏡止水そのものであり、宣教師は余りにも高い信仰心が一切合切全ての欲得を狂気のまま遮断し切っている。

 

「ほほほ。作業の邪魔をしたな、ラシード。じゃが、あの者を此処まで連れて来た責任として、儂はまだ居座るつもりじゃ」

 

「良い。お前も神父と同じく、好きにして構わない。此処を教えた事も、何一つ追求もしない。私も私でするべき事があるので相手には出来んがな」

 

「すまんのう」

 

「気にするな」

 

 一切表情を変えぬ巌のような無表情で、宣教師は自分の作業場に戻った。ラシードの洗脳と宣教は既に終わっており、兵士として使うにはもう充分。だが、彼はそれ以上の機能を天使共に求めている。それを実行する為の機能向上実験であり、生前の自分達(ダーイー)殉教者(フェダーイー)にも使われた薬物投与でもある。ラシードの強化個体改造実験が成功すれば、敵側の七騎を抑え込む良い駒となる筈。

 そう計画を練りつつ、宣教師はまた作業台に戻って行った。天使への薬品投与や、快楽による鈍化も、全自動と言う訳ではない。職人が微調整をすることで寸分狂わず洗脳稼働をし続け、順調に殉教者を製造する事が出来る量産機構である。彼も彼ですべき事は多く、まずは戦力差を少しでも埋めなくてはバベルに勝つなど不可能である。

 

「…………」

 

 ……信綱は、それをただただ見ているだけだった。

 出口の扉に寄り掛かり、事が終わるまで見ている事しか出来なかった。忍術を通して拷問技術も持ち得てはいるが、使うつもりは全くなかった。

 もはや剣神は―――表情のない無貌のまま、一人佇んでいるだけだった。

 












 実は味方魔術師役は神話創設者であるラブクラフトの予定でしたが、FGOで本格的にクトゥルフが関わって来たので、彼の設定が怖いので変更してしまいました。
 エドワード・ケリー。多分詳しい人なら一発で分かってしまう偽名です。

 流夜さん、誤字報告ありがとうございます!


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11.世界で最も邪悪な男

 天使の煉獄だった。地下牢獄に閉じ込められた美女と美少女であるが、彼女達の背中には翼がある。しかし、虜囚となった天使は翼を折り畳まれ、鎖で骨が砕ける程に縛り絞められ、傍から見れば人間にしか見えない。そんな捕虜が棺桶に仕舞い込まれ、只管に並べられている通路。

 その奥地―――

 

「……ぁ、あっ……あ、あ、あ……ぁ」

 

 ―――貌のない天使がいた。

 顔面を黒い革の覆面で覆われ、呼吸用の管が三本だけ取り付けられ、頭部だけが剥き出しになっている姿。施術を受けており、悶える声で生きているのは分かる。それ以外は無音で手術が行われているが、肉が蠢くようなグチュリと言う音が聞こえそうな作業だ。

 いるのは三名。薄暗く姿は影になってはいるが、動いている者が一人、佇んでいるだけの者が一人。そして、脳味噌に針を頭蓋骨越しに刺し込まれている者が一人、椅子に拘束されていた。

 天使が―――脳手術を受けていた。

 全身を縛られているが、筋肉が弛緩しているようで、そもそも身動きなど出来ない。神経がまともに機能していない。まるで機械のメンテナンスをする作業者のように、針を一本慎重に刺しながら、もう片手で刺さったままの針をグルリグルリと回転させた。

 

「ぁ―――……ぁぁ、あ、うぅぅ。うぅ、ぅぅ」

 

 脳神経が刺激されているらしい。車に轢かれた臨死の猫のように痙攣し、椅子ごと天使が震えていた。だが、動く事は許されず、針による拷問施術を受け続ける以外ない。作業者は天使の頭へ何本も何本も、刺し、回し、抜く。その度に震えて悶える。

 ……繰り返す事、幾度目か。もはや痙攣さえしていない。

 僅かな呼吸音と共に動く胸部を見れば生きているのは分かるが、針だらけになった頭部を見て、この状態を安全とは決して呼べはしないだろう。

 

「これで終わりかな、エセルドレーダ?」

 

「はい。御主人様」

 

 脳に突き刺した針を全て抜き取り、男の呟きに女が返答する。

 

「レディー・エセルドレーダ?」

 

「はい。御主人様」

 

「エセルドレーダ。可愛い私のエセルドレーダ」

 

「はい。御主人様」

 

「ああ。ああ、エセルドレーダ」

 

「はい。御主人様」

 

「うーん、流石はエセルドレーダ」

 

「はい。御主人様」

 

 ―――美少女の名前を繰り返し呼ぶ大変な変態が、そこには君臨していた。

 歩いた先の奥。辿り着いた士人の視界に入っていた三名。拘束された天使を手術していたのが、妖し過ぎる格好をした奇術師(マジシャン)であり、静かに佇んでいたのは死ぬほどこの場所に似合わない犬耳メイド。奇術師は男にも女にも見え、男よりの美的感覚を持つ士人からすれば美女に見えた。恐らくは、女性からすれば中世的な美男子に見える事だろう。逆にメイドの方はあからさまに美少女であり、男も女も彼女の美しさに愛情を抱いてしまう。

 だが――犬耳だった。

 彼女は天使のような翼を付けた上で、何故か犬耳と尻尾が生えていた。解析で理由は分かるのだが、その趣味が士人には理解できない。何故天使で犬なのか、それは犬天使なのか、何も分からなかった。

 

「では、我が麗しき飼犬エセルドレーダ。この度の堕天化実験を始めるとしようか。宣教師特製の麻薬……いや、魔薬(ジン・ハシシ)で精神構造は作り替えれたからね。加えて、薬針で脳神経も組み換えることも出来た。

 となれば、もう準備万端だ」

 

「はい。御主人様。是非ともに」

 

「ならば、そうエセルド―――」

 

「―――おい」

 

 思わす声を出してしまった士人に文句を言う者など誰もいない。ラシードの方からは薬針実験で静かにするようにと言われたが、どうやらそれを終えて次の段階に入るようだった。

 

「おや。君は―――ああ、そうか。君だったかい、神父」

 

 くるりと振り返る男―――魔術師エドワード・ケリー。恐らくは、と士人は判断するも解析魔術を仕込んだ魔眼は平常運用されている。装備品は一瞬で全て理解し、興味のある存在(モノ)は無限に広がる空白である固有結界に情報が自動登録され、それを応用することで魔術の類も探知する。

 ……節操がないとは、この事か。学者として魔道を志す魔術師であれば溜め息を吐いてしまい、次の瞬間にその意味を理解して茫然となり――相手の殺害を目的としてしまうだろう。使われているのは多層障壁に多重結界。それはまだ良い。障壁と同時展開した防御結界を連れ歩いている時点で化け物だが、そこには眼を瞑れば良い。おぞましい事に、使われている魔術基盤が一つではない。

 ――刻印。

 ――聖言。

 ――真言。

 ――数秘紋。

 ――神仙道。

 ――大陸思想。

 まだまだ他に多くあり、呪術にも手を出している。挙げ句の果てには経絡で“気”を全身に張り巡らせており、呼吸法さえ鍛えられている模様。この男は魔術師でありながら、魔術以外のありとあらゆる神秘を身に修めているようだった。

 

「やはり、お前か。獣の魔術師」

 

「なんだい。やはりとは、中々に冷たいな……」

 

「無論だとも。死人に優しくする聖堂教会の代行者がいるものか。灰は灰へ塵は塵へとの聖言、お前が作り上げた魔術基盤にも酷く有能であると思っていたが?」

 

「そうだとも。しかし、甦ったからには死人に非ず。今のこの身は、呼吸を繰り返す人間である」

 

「成る程。では、そのように扱うとしよう。一人の人間として、獣性に満ちたケダモノを相手をするだけの話さ」

 

「全く……」

 

 エドワードは相変わらずな神父に微笑み、その後にエセルドレーダと呼ぶ天使にも同じ笑みを浮かべた。

 

「……とのことだ。すまないね、エセルドレーダ。君との語り合いはまた今度にでもしよう」

 

「はい。御主人様。御用がありましたら、(わたくし)を呼んで下さいませ。それでは御主人様、神父様、失礼致します」

 

 かつんかつん、と犬耳メイド姿の天使が遠ざかる。高校時代からの友人である後藤君からサブカルチャーの知識を持つ士人は、あの天使は属性多寡だなと判断しつつも、その美しさは雑多な姿に負けず美少女である事を確立させていた。

 

「犬耳に、メイド服に、その上で天使か。お前も好きものだな、魔術師エドワード・ケリー」

 

「そうかな。だけど可愛いは正義って、日本人の若者は言っていたな……うん?

 神父、君も確か日本人だったね。聖堂教会の殺し屋だけど、言峰士人って言う名前だったし?」

 

「そうだが」

 

「それなら、現代日本人ならば萌えと言うものに理解がある筈だ。彼女を見て、こう……あれだよ。胸に迫る感動はなかったかな?

 トキメキと言っても良い筈の感情が浮かんで来た筈だ」

 

「―――ない」

 

「嘘を言い給え……あ。もしかして君、同性愛者なのか?」

 

「男に性的興味などない。戯け」

 

「そうなのか。それはそれで残念だよ」

 

「ふむ。期待を裏切ってしまってすまないな。代わりにエミヤか殺人貴を紹介しよう」

 

「エミヤに殺人貴……ああ、あの現代の英雄かな。まぁ、会えるなら会いたいね」

 

「互いに生きておれば、と言う仮定での話ではあるがな」

 

「それは良い事を聞いたね。生きる活力が湧くと言うものだ」

 

「成る程。ならば、あの天使のメイドもお前にとって、生きる活力の一つと言うことか」

 

「当然だ。人間の男として生まれたからは、美しい造形をした女性に興味を持つのは必然だろう」

 

 しかし、立ち去った者は明らかに天使だった。犬耳と尻尾が生えた給仕服の女性であったが、気配と姿は間違いなく天使のもの。士人はまだバベルの天使と戦ってはいないが、その脅威を遠目から視認しており、解析魔術も使った後なので間違えることもない。少々、歪ではあったが。

 考えるに、この男のそう言う“所有物(おもちゃ)”なのだろう。

 何よりも、使い魔をどう扱うかなど魔術師の自由。

 哀れに思う事もなく、神父は名前通り飼犬の天使なのだろうと考える。エセルドレーダとは、そのままの名だとさえ思った。バベルで作られた神造ならざる人造の天使であろうが、天に住まうべき彼女らに犬の名を与えるとは、正に獣の名に相応しい魔術師の所業である。

 

「後な、これは君と私だけの秘密だ。

 実はメイドに強化魔術を施すとね、なんと―――萌え(ぢから)が上昇するのだよ」

 

 この男は何を言っているのだろうか?

 そんな事を士人が考えてしまったのも無理はない。

 

「はぁ……魅了ではなく、強化魔術で?」

 

 そもそも萌え力とは、と疑念に思うも問おうとは思わなかった。多分かなり長くなると判断した。それは実に正しく、聞けば魔術師の変態的趣味嗜好を聞かされる嵌めになっていた事だろう。

 

「ふふふ。複合神秘術(セレマ)に不可能はない。そう作ったからね。

 剣を強化すれば切れ味を、槍を強化すれば貫通力を、盾を強化すれば固さを。つまるところ、メイドを強化すれば萌えが強まる。

 本質的に、強化とは機能や出力を上昇されるのではなく、存在がそう在るべしと言う概念を強めている。私はセレマによって"メイド"の概念を匣で括り、それを術式で強化することに成功したのだよ」

 

「学者馬鹿極まりだな。しかし、考えとしてはサーヴァントの(クラス)と同じか。となると、あのメイドも肉を持つサーヴァントのような存在な訳だな。

 ふむ。正しい意味でサーヴァントとなる使い魔か。

 英霊並の幻想種を使い魔にし、支配し、精神ごと使役するシステムも、マキリが作った呪縛の応用とも見え……いや、それを永続的に使うのは難しいのだが―――……あぁ、成る程。その為のラシードの技術か。

 脳に直接―――魔術式を刻み込んだな?

 そこまでしてしまえば、対魔力や抗魔力でどうこう可能な領域ではない。霊核である脳に刻印することで、そう言う生き物に作り変えてしまえば良いだけか」

 

 つまり、そのまま脳手術。魅了などの精神操作ではなく、物理的に神経を改造する手段である。人間の人格や記録、あるいは思考回路を組み換えるなど今の医療技術では絶対に不可能だが、魔術知識を持つ学者ならば出来ない事でもない。

 

「―――御明察。

 柔軟な思考を持つ魔術師が相手だと、私としても話し甲斐があるというもの」

 

「とは言え、お前は柔軟に過ぎる。メイドの概念を強化出来る魔術師など、今昔古今東西探してもお前しかいないさ。

 そのような事ばかり行い、魔術師でありながら世間を騒がすから、魔術世界の全てを敵に回したのだろう?」

 

 術式の匣として作り上げた「メイド」の概念を編み出し、それを捕縛した天使に刻むなど大魔術師と呼べる技量である。魔人とも呼べる手腕を誇る魔術師、エドワード・ケリーからすれば児戯にも等しいのだろう。

 だが、それだけではない。

 彼は存在するだけで、神秘を安売りする魔人だった。

 思い付いた魔術理論を容易く完成させ、自分の魔術基盤に節操なく追加する化け物だった。

 この度の天使も例外ではない。英霊の魂を(クラス)で作った霊体に嵌め込み、サーヴァントと言う使い魔に劣化させて召喚する降霊魔術。そのアインツベルンの魔術師が聖杯戦争の為に編み出した技術を、この男はあっさりと自分の魔術として利用していた。

 

「魔術協会の魔術師はどうも無能揃いでなぁ……全く。家系の古さが誇りだと言うなら、それは根源に辿り着けぬ無能さの証明に他ならない。魔術師の家系と同じく概念とは年月で積み上げるものだが、理論とは時代ともに発展するもの。その矛盾を飲み乾せる学者でなくば、魔術など志すべきでないんだよ。数百年、数千年。それ程の年月を費やし、尚も至れないなら、潔く魔術以外の道に行くべきだろう。

 そも魔術師とは、概念の探究者で在るべきだ。

 神秘とは、それを引き出す技術でなくてはならない。そう考えれば我がメイドこそ、魔道における王道と言う訳だ」

 

「そうか……で。つまるところ、お前は何が言いたい?」

 

「―――メイド萌え」

 

 凄く凛々しい真顔だった。男も女も関係なく見惚れて、思わず一目惚れしそうな魅力がある真剣な貌だった。

 

「ああ。メイド萌えか、成る程……成る程?」

 

 日本人故に、ある程度のサブカルチャーや流行は分かる。基本的に海外で活動してはいるが、学生時代は日本生活であり、その頃の知識も残っている。

 しかし、メイド萌え。

 この魔術師から、そんな台詞を聞くとは思わなかった。

 重度の変態なのは重々承知。頭が可笑しい狂人なのも把握。その上で、エドワード・ケリーは言峰士人の予想を更に超えた変質者であった。普通と言うのも可笑しいが、世間一般的なサイコパスで、猟奇的外道の類と考えていたが、この魔術師は斜め上にかっ飛んでいた。

 

「アインツベルンの当主みたいな、そのような雰囲気の趣味か」

 

 取り敢えず、士人が知るメイド好きとして思い浮かんだのは彼だった。あの雪の城が、ほぼメイド城だったのは覚えていた。制服になっているメイド服の凝り具合から、相当メイドに対して拘りがあるのだなと考えてはいた。

 尤も、この男のような変態ではなかったが。

 メイド服を着させた上、犬の格好までさせるマニアックな倒錯者はそうはいない。

 

「名前しか知らないけど、まぁ多分そんな感じだよ。だけど、第三法に辿り着いた魔法使いの生家が、今ではメイド屋敷になっていると。

 まさかあの家、深淵魔境な日本文化を取り入れたんだろうかね?」

 

「ああ、その通りかもな。確かに、日本文化には詳しい家ではある」

 

「ふふ、なるほど。業が深いぜぇ……」

 

 奇術師(マジシャン)風の魔術師は微笑み、ついでに自分の前で拘束されている天使の頭を撫でた。士人もその動作で改めて天使の方へ視線を送り、解析魔術を向けてその女の現状を理解する。

 悪辣な改造手術と洗脳施術。

 脳神経に刻み込まれた傷痕。

 血液に染まり付く薬の呪詛。 

 ざっと見ただけでも下劣なやり方が見て取れた。ラシードも非道の輩だが、負けず劣らずエドワードも外道の術者。

 

「このバベルの天使……いや、もはやそれは彼の暗殺教団の殉教者(フィダーイー)か」

 

「正解だ。先程のエセルドレーダはそのフィダーイーを一匹借り、私用の従者(サーヴァント)にした使い魔だよ。流石の私でも、やはり天使を最初から洗脳出来る訳じゃないからね」

 

「得意な性魔術の儀式にでも使うのか、エドワード?」

 

 神父が知るこの魔術師が得意とする分野に性魔術がある。近代魔術世界史において、彼ほど性魔術で有名な者はいない程だ。神秘が駆逐された科学文明において、この魔術師は“魔術師(オカルティスト)”として絶大な知名度を持つ魔人であった。

 マスコミを巧みに利用する手腕。己が悪名を気侭に広げ、神秘を完全秘匿しながらも魔術を大衆全てに認知させる。つまるところ、魔術世界における魔術基盤とは神秘は知る人間が増えれば力を失うが、広く大勢の人間に知られていればいるほど強固なものになる特徴がある。

 男が実行したのは―――正にソレだった。

 近代生まれの魔術師で在りながら、協会を含めたあらゆる魔術結社を敵に回し、聖堂教会や退魔組織、各国政府機関さえ敵視されながらも―――根源の渦(エイワス)から持ち帰った魔術基盤(セレマ)を全世界に根付かせた。原理を秘匿した上で、魔術を一切文明社会から隔離し、秘密主義を貫き通した悪魔であった。この魔術師だけが、この魔術世界も近代文明を完璧に操り切った。

 ―――複合神秘術(セレマ)

 獣の魔術系統はそう呼ばれ、秘匿されし神秘へと完成した。

 

「―――ふふ。ふぅふふぁっははっはは!

 君は本当に趣味が悪い。真に神みたいに悪趣味な神父だよ。私の通り名を知りながら、その偽名を律儀に呼び続けるなど、厭味ったらしくて仕様がないな!」

 

「さて。俺としては、偽名を名乗っているお前を気遣っているだけに過ぎんのだがな。だが、そもそもエドワードは本名だろうに。しかし、其方が気に食わないと言うなら、あちらの方の名前で呼ぼうか?

 儀式魔術師。

 悪の啓蒙家。

 法の執筆者。

 大いなる獣。

 あるいは、唯一の神秘(セレマ)遣い―――アレイスター・クロウリー」

 

 つまり、エドワード・アレグザンダー・クロウリー―――異名、アレイスター・クロウリー。隠れ潜んでいた邪悪な魔術師を揶揄するため、歪な笑みを浮かべた士人は厭味を込めて彼の名を列挙する。

 

「それは正しくないな、神父。

 今の私は魔術師ではない。霊峰に挑みし者――登山家(クライマー)のサーヴァントとして召喚されている」

 

「―――いや。いやいや、それはないだろう。クライマーの英霊はいようが、そのようなクラスは確認された事はない筈」

 

 有り得無くはないが、七騎士の方に適性があれば其方に基本選ばれる。言峰士人はロンドンで引き起こされた聖杯戦争にて魔術師(キャスター)のサーヴァント、アレイスター・クロウリーと出会っている。時計塔を破壊し尽くし、市街を炎上爆破し、世間では同時多発テロとして報道された英霊七騎の殺し合い。

 神父はそれら全てを見ていた。

 ロンドン以外で行われたローマとベルリンの聖杯戦争も監視していた。

 故にこの男を、恐るべき獣の魔術師を知っている。その真名と宝具だけではなく―――アレイスター・クロウリーが誰に殺され、どのように死んだのかも知っている。キャスターとして召喚され、完全に霊核を殺されたのを確かに確認していた。

 その筈である

 バベルにて抑止力ではなく生身の人間として、ロンドンでの記憶を保持した状態で更に違うクラスであるなどと、流石にあっさりと認める訳にはいかなかった。

 

「嘘だよ。ロンドンの聖杯戦争と同じでキャスターだぜ」

 

「…………………………―――お前」

 

 美貌を麗しい笑みで飾り、クロウリーは胡散臭い雰囲気を更に強める。

 

「全く、人を揶揄するのが巧い詐欺師だな。一瞬、真か嘘か、真剣に考えてしまったさ」

 

「どうもありがとう。君からは、何時か一本取ってみたかったんだよ」

 

 悪戯に成功した子供のように、彼は無邪気に笑っている。本性を知っているので士人はおぞましいものと理解はしているが、彼の心の中には何もない。その笑みを淡々と態とらしいとは思うが、気色悪いとも気味が悪いとも思わない。

 そして、神父は啓蒙家(キャスター)を再び見た。

 胡散臭い表情と妖しい気配。人間味がない不可思議な雰囲気。

 顔立ちは残っている実物の写真とは全く違う。短い茶髪に茶色の瞳であり、中性的な美貌はより雰囲気を妖しく仕立て上げ、男女関係ない麗しい美人。おそらくは現代社会に残っている写真の所為で一発で露見する真名隠しの為か、あるいは他の理由で術的整形を霊体に施したのかと思われる。

 

「性格は相変わらずだな。そして、ロンドンの時と違わない貌でもある」

 

「無論だとも。気に入っているのさ。所謂、私が理想とする最もセックス(性魔術)が楽しみ甲斐がありそうな肉体だよ。顔にも色々と拘りが詰まっているからね。

 何よりも、私はメディアに顔が知られている有名人。整形は必須。

 ついでにイケメン美人にもなれば、夜のジョイスティックが暴れ馬に超進化するというもの!」

 

「ああ。そう言う造形か。趣味と実益を兼ねていると」

 

「一本に筋が通った効率は美しいと思わないかな。エロスの充実は人生エンジョイの秘訣でもあるしね」

 

「さぁな。俺はその手の経験は少ない」

 

「えー、本当ですかぁ?」

 

「本当だ。神父は嘘をつかない。いや、つけない。

 神の教えを語る聖職者がな、その言葉を偽るとなれば、主に対する冒涜にも等しいだろう」

 

「はは。その代わり、隠し事も悪巧みも行うと言う訳だね?」

 

「そこは見逃して貰いたい。全てを知ることは、人々にとって幸福と言う訳でもあるまい。他者の不幸がなくては娯楽が成り立たない俺とて、場面場面におけるTPOを弁えた神父を目指して日々精進しているのだからな。となれば他人を隅々まで理解出来るからと、心の何もかもを暴き立てるとなれば、それは精神を犯す強姦魔と変わらない外道であろう?

 人間は見たいモノだけ視て、聞きたいモノだけ聴く。しかし、俺の言葉はどうしてもヒトの醜さを教え込む呪い(説教)になってしまう傾向にある。

 神に仕える一人の人間として、自分と同じ人間に人道と懺悔を説法するのであれば、それはそれで構わないとは思っている。しかし、ただの日常会話にまでそんな事をしてしまえば、実に面倒くさい男になる。ほら、台詞が一々説教臭い奴になど、男も女も関係無く心を開き難くなってしまうのでな」

 

「だから、隠し事をするのを許せと?

 それで被害が出たとしても、自分の所為ではないと?」

 

「許しなど無用。責任と過失に、そもそも所在などない。戦場における自己責任とはな、自分の命を自分で生かすと言うことだ。何を信じ、何に身を委ねるのか、全てが選択だ。

 それを間違えた者が――死ぬ。

 お前はお前が決めた価値観に則り、俺の言葉を取捨選択すれば良いだけのこと。それは勿論、俺にも言える事柄となる」

 

「成る程。だったら、そうするだけで良いんだな?」

 

「ああ、仲間になる必要はない。そもそも最終的な目的も違う。

 協力関係を結んだビジネスパートナーで充分であり、それ以上に求める事など有りはしない」

 

「成る程、うん。良く分かった……―――で、何が聞きたい?」

 

 無駄話が好きで、無価値な徒労にも興味を持つ男だが、神父は無意味な事を一切しない。この無駄な会話にも何かしら意味があるのだとしたら、自分から何かを聞き出す為の前振りなのだろうと判断していた。

 ならば、自分から聞いた方が良い。受け身でいれば抉り出される。

 容赦なく精神を解剖されて、()を切り開かれて、()を摘み出される。

 

「有り難い。では、きっちりと等価交換といこう。そちらの要望を俺も聞こうとも思うが、まずは情報がなくては作戦目的も決め難いのでさ。

 だがまずは、私が知らなくては始められない……―――」

 

 啓蒙家と同じ胡散臭い笑みを浮かべ、神父は欲する答えを求めるのみ。バベルの塔とは何か、ニムロドとは何者なのか、死徒トーサカが作り上げたモノは何へ変貌するのか。この巨塔都市は何処を目指して建築されている異界であるのか?

 知らなくては、何も始まらない。

 初めを理解出来なくては、彼らの目的を把握出来ない。

 

「―――塔とは、何を求められて建築されている?」

 

「確信だねぇ……ふふ―――良いとも。

 君からの要望だもの。私が知っている情報は、協力者として教えて上げよう」

 

 バベルの塔。涜神者の城。あるいは、狩猟王が神と天使を狩る為の天蓋巨塔。それらはあの塔の本質を指す機能ではない。四つの大聖杯を取り込んだ塔は、千の英霊を内蔵する異界術式には、違う目的が存在する。塔は既にランクEXに到達し、神狩りの塔として“完成”した後も増築が延々と繰り返されている。

 ―――もはや地球の支配領域を踏破した。

 頂上は宇宙空間にも到達し、あらゆる山脈よりも高く、神の国を突き抜けているのに―――塔は、まだまだ成長する。あの塔はバベルの塔であり、それをもう超えている。

 故に―――天蓋巨塔。

 ――空の果ての果て。

 地上の一切合切と、天界されも見下ろす人界の極点。天蓋の意味とは即ち、惑星を閉じ込める為の大いなる蓋であった。

 

「あれの術式は、魂の物質化をする新たな人類の文明技術だよ。塔そのものが、巨大な魔法陣が一本に束ねられた術式なんだ。そして本質的には、アインツベルンの大聖杯と機能を同じとする第三法の具現だ。勿論、人間を不死にする何て真っ当な代物じゃあない。

 あれの最終的な機能は―――星の魂の物質化だよ」

 

 それはもはや神でさえ不可能な、この太陽系で生まれた如何なる生命体にも許されない禁忌であった。

 

「星の魂……―――まさか、ガイアの具現。

 有り得ない。そんな馬鹿馬鹿しい事は有り得ないが……いや、有り得んからこその天蓋巨塔」

 

「やり方はまだ分からないけどね。でも私が読み取った所、あの塔にはそれら全てが可能な術式が編み出されている。

 ……アルティメット・ワンの人工創造か、惑星の不死化と言ったところか」

 

 アレイスター・クロウリーの知識に底はない。第一法、第二法、第三法、第四法、第五法も知ってはいる。そして、魔法使いではないが魔法使いと同じく根源に到達した男。魔法の魔術基盤ではないが、魔術系統であるセレマの魔術基盤を世界へ持ち込んだ異端にして禁忌の魔術師である。また魔術系統としてセレマは現代魔術の概念として他の魔術師も使うが、この“魔術基盤”はクロウリーが独占した神秘。その彼からすれば、分からない事柄はほぼ存在しない。全知全能の少女(怪物)と同じ、あるいはそれ以上の魔術師である異端者に、そもそも不可能などない筈。

 その魔人からして、詳細不明なのがバベルの塔だった。

 分かるのは大まかな概念だけであり、機能のみ。その術式によって世界に何が施されるのかさえ理解できない。

 

「お前が持つ獣の眼でも詳細は分からないのか?」

 

「そりゃね。流石に細部までは分からないよ。内部にまで忍び込めれば違うけど、この異界を調べて、外側から塔を見た限りじゃ大雑把にしか術式は分からない。

 真祖の吸血鬼が持つ空想具現化なんて次元じゃない。

 惑星環境を自由自在に改変する……―――なんて、そんな生易しい異界じゃない。

 おそらくは、真の意味で星から寿命を失くす偉業なんだろう。どうやって、どうして、等と言うのは分からないけど、それだけは見て分かる。後数千年もすれば滅亡する惑星を救う所業なんだろうけど、そんな文明が果たして人類に何を齎すのか、実に興味深い」

 

「不老の星……か?

 成る程。神以上の神を生み出さねば、確かに人類は救われないのかもな」

 

「もしくは新人類なのかもしれないし、そもそもアルティメット・ワンとは関係ないのかもしれないけどね。ガイアを具現する術式から予想しただけでだから。

 ……だけど、この惑星が第三法の応用で不死となるのは確実だ。

 一生命体に進化したこの星を、我ら人類の世界を、アルティメット・ワンに連なる頭脳体で支配するっていうのも余り外れてはいないとは思うけどね」

 

 ――――根源の渦。

 塔とはソレだった。

 だが、無尽蔵の魔力ではない。渦巻いているのは真エーテル。

 大聖杯によって得たエネルギー源を利用し、塔は現在進行して真エーテルが貯蔵され続けている。しかし、それだけではなかった。

 人造アルティメット・ワンを創造する文明技術。天使量産を可能とする全知全能なる叡智の模倣を考えれば、(モドキ)程度ならば不可能ではない。月の王(ブリュンスタッド)を模した月の魔物(真祖)程度ならば、統一言語を取り戻したニムロドならば容易く作れるだろう。今の状態でさえ狩猟王の塔は、核弾頭並の戦力を持つ戦略兵器(エンジェル)を作れている。あるいは数万年前数十万年前、もしくは何億年も前に神代を本当の意味で始めた“神を作ったナニカ”にさえ届くかもしれない。

 だが、バベルの塔には地上に残る全ての古代文明が記されている。

 何もかもを知り得るクロウリーのみ、塔の情報を盗み取れる獣の魔術師(ビースト)にのみ、ニムロドの事を敵陣営の中で最も理解していた。

 ()は―――全てを知っている。

 神代の秘密も、滅び去った文明も、その全てを知っている。

 消え去った世界の分岐さえ、異聞と化した古代文明さえ、無かった事にされた歴史さえ知っている。

 

「狩猟王に不可能はないんだろうね。彼は魔術師ではあるが、その本質は魔術使い。ただの狩人であり、ただの人間であり、今は信仰を得た英霊に過ぎない。

 ……ああ、けれどね、このバベル―――」

 

 あの狩猟王は、史上最悪の―――魔術使いだった。

 所詮、全知全能に辿り着こうとも、魔術も魔法も狩りの道具に過ぎないのだ。神が何が何でも殺したのも当然と言える本物の“人類”であった。

 一個体で歴史が完成した存在(ヒト)だった。

 

「―――確実に、世界を変えるよ」

 

 つまるところ、文明の蒐集者。遥か過去の、異星人が、異界人が、外側の神が、この地上に作り上げた文明も理解する。地上の文明技術の何もかもとは、そう言う訳である。あらゆる概念を理解する言語とは、目にした全ての情報を理解する技術である。

 不可能がないと即ち、可能にする技術を生み出すこと。

 何時か辿り着く到達点へ、観測した遥か未来へ、狩猟王は容易く人類史を進化させる。

 その脅威を理解しているのはキャスター―――獣の魔術師(アレイスター・クロウリー)唯一人。男はこのバベルで何が起こるのか愉しみにしながら、今は自分の目的を達成させる為に生き残り、狩猟王から神秘(アレ)を盗み取る戦力を整える事に腐心する。

 その未来を夢見て、彼は捕えたバベルの天使を自分の奴隷にする。

 全ては一を目指すため。英霊の座へ至る為に無価値な不老不死を捨て、人間として死んだ生前の自分の願望を果たすため。

 クロウリーが諦める事は有り得なかった。













 はねバトと言うアニメが最近一番面白いと感じるこの頃です。主人公が可愛いですよね。努力と才能のスポーツモノは面白いです!
 後、受肉して生前の力を取り戻しつつあるニムロドがかなりあかん事になっているのに気付いているのは、実は反バベル側はクロウリーくらいだったりします。

 流夜さん、誤字報告ありがとうございます!


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