宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心) (ケット)
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銀河英雄伝説の技術について

 多くの『作品』時空を見下ろす、超越者たちの世界にて。

 一人が、他の誰かの求めに応じたかただ書きたくなったか、チラシの裏に文章を書き綴り始めた。

 幾多の時空について。

『現実』と呼ばれる、宇宙に出る力と意志に乏しい地球人が暮らす世界も含めて。ただし、その『現実』に多くある歴史の知識を用いて。

 主に『銀河英雄伝説』という世界を中心に見ながら。

 

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 まず、『銀河英雄伝説』の技術をいくつか初歩からまとめましょう。

 技術全般について、もっとも重要なこと。

『銀河英雄伝説』は1980年代の初版です。第二次世界大戦以前の古典スペースオペラで木星にジャングルがあるようなことが多数あるのです。

 

『銀河英雄伝説』作中では亜空間跳躍(ワープ)・重力制御・慣性制御。この三つをまず強調します。

 核融合が実用化されています。

 さらに超光速通信があります。

 

 重要な描写に、ゴールデンバウム銀河帝国の前身である銀河連邦から、テラフォーミングが採算割れになり中止され、人類が住む星が増えなくなる、というものがあります。

 自由惑星同盟領でも、ウルヴァシー星はテラフォーミングの途中で放棄され、生活は可能なのに無人星のような状態でした。

 

 最重要の設定として、異星人は出ません。また、異星生物を利用している様子もあまり見られません。家畜・作物などは現実とあらかた一致しているようです……小麦、鹿、紅茶、コーヒーなどがあります。

 麻薬も合成分子であり、地球とは起源が違う嵐の惑星でとれる植物のようなものは見かけません。

 

 ワープでは航行できない領域が広くあり、それでイゼルローン・フェザーン両回廊ができています。

 また帝国・同盟は航行不能宙域によって閉じ込められたようになっています。

 それで人類の領域は、合計でも銀河の五分の一だけです。

 

 ワープそのものも50光速程度。本拠~国境の航行に一月ほど。銀河横断に一生以上かかるスタートレック・ボイジャーよりは速いですが、最初でも一年弱でマゼラン銀河まで往復できるヤマトよりは遅いです。

 戦闘中の、戦闘宙域での短距離ワープは見られません。大質量の近くでのワープは禁じられています。『ヤマト(完結編)』で、ディンギル艦隊が波動砲をかわしてカウンターを決めるようなことはありません。

 通常航行エンジンの出力……あるいは慣性補正装置や船体の強度の総合は、少なくとも戦艦が敏捷なドッグファイトをすることができるほどではないようです。

 

 

 兵器は戦艦主砲が中性子ビーム砲。ほぼ艦全体を用います。

 レーザー核融合ミサイルや、ウラン弾頭レールガンも補助的に使われます。

 ワープそのものを武器として使うことは見られません。

 防御シールドもあり、その限界を超えて攻撃されると艦船が沈みます。

 

 キロメートル前後の戦艦が何千、何万と集団になって守り、集団で射つ。それが根幹にあるようです。基本的にはビーム砲による遠距離砲戦が、ミサイルを上回っているようです。

 ナポレオン時代の陸戦と言われますが、戦艦より顕著に速度が速く高価な騎兵にあたる艦、一部要塞砲を例外に砲兵にあたる長射程・広域高威力攻撃も見られません。

 一応艦載機、個人戦闘艇はありますが、現実地球における軍用機の役割=地形・前線を無視して移動できる。高所からの海上を含む偵察、超高速で防御陣の背後に揚陸する、超長距離砲、というような意味はありません。

 むしろ接近戦で手数を増やすのが目的と思われます。

 

 容易に携帯できるサイズの惑星破壊兵器は見られません。

 

 

 軌道エレベーターは原作にはみられないようです。

 

 超光速通信は即時と思われる、映像と音声を送れるものですが、どうやら高価らしく、気軽ではなさそうです。

 遮断が容易で、そのため伝令シャトルや、地上では伝令や伝書鳩すら使われるとのことです。

 

 ある程度は気象制御技術もあるようです。

 

 

 核融合のエネルギーで食料を得られる水耕農場や、「大小便を水と食料に戻す」システムが、イゼルローン要塞という大規模設備と惑星にしか見られません。1000メートル級の戦艦があっても、補給がなければ飢えを訴え、距離の暴虐というものがあります。

 ヤマトなら艦内ですべて循環させることが可能です。

 水耕農場あるいは「大小便を水と食料に戻す」システムがきわめて高価で巨大であると思われる、それが、『銀河英雄伝説』の世界における開発の重大なボトルネックになっていると思われます。

 イゼルローン要塞の水耕設備も、小麦タンパク質を肉がわりとする程度です。細胞を培養する家畜を殺さない肉、肉と区別がつかない酵母など、水耕農場の延長の技術はそれほど進歩していません。

 

 少なくともルドルフ直前でも『スタートレック』のように貨幣の概念がなくなる水準ではなく、ゴールデンバウム帝国の方針として自動化を忌み人間の肉体を重視することが語られています。

 帝国領では農業は人力の水準まで後退しているともあります。

 技術水準の低さからか、オアシス惑星で人口300万人、最大人口の惑星でも20憶人程度という少なさも注目すべきです。

 

 無人艦はありますが、有人艦を完全に代替するには至っていません。体当たりやプログラムされた囮など、比較的単純な動きしかできないようで、戦場そのものを任せることはありません。

 

 慣性制御技術は、作中では最初に重要とされましたがそれほど使われていません。

 小型の慣性補正装置はなく、それが大型パワードスーツ・大型人型機を不可能にしています……巨大な人型機が素早く動いたり、爆発で吹っ飛んだりすれば、中の人が加速度で死ぬ。

 小さく高性能な熱を排する装置もありません。

 

『彷徨える艦隊(ジャック・キャンベル)』では、艦の加速につれて慣性制御装置が限界を訴える描写が緊迫感を誘い、また機動性の限界にもなりました……無理な方向転換で自壊した艦もあります。

『宇宙軍士官学校(鷹見一幸)』では、個人戦闘艇戦のキー技術です。頻繁な慣性吸収装置の使用で、大気中のジェット戦闘機をはるかにしのぐ超高機動戦を可能にしました。光速に近い速度で飛び、一瞬で静止し、即座に別の方向に加速する、それを超短時間で繰り返します。慣性吸収装置の限界は、燃料切れにも等しい死を意味しています。

 また敵の技術ですが慣性中和技術は、角砂糖サイズで山脈の質量がある高質量散弾を普通の艦船に詰めて携行することも可能にしています。

『レンズマン(E・E・スミス)』では、慣性制御であるバーゲンホルムが銀河間距離すら、十年などではない短期間での移動を可能にする最速級の超光速移動技術になっています。

 

 

『銀河英雄伝説』の中核をなす、技術と社会との接点に劣悪遺伝子排除法があります。

 遺伝子技術・医療技術も後退させています。皇帝家の乳児死亡率の高さは、毒殺もあるにしても高すぎますし、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両家の出産数の少なさも医療技術の低さを示唆します。

 ただし、有角犬程度の遺伝子改良か何かはあるようですが、重要ではありません。

 

 同盟においても、人間の労働が必要なくなるほどの自動化はできていません。人間と変わらない言動・労働・軍務ができるロボットも登場しなかったはずです。

 交通はかなり自動化されていますが、それも人手が足りなくなると機能しなくなります。それは現在の日本の信号機・道路補修も同様でしょう。

 

 また原作では、超光速船に必要な船殻・船体が調達できないことが、流刑地からの脱出を抑止していました。

 ちょうど現実現在で、いわゆるならず者国家やテロ組織が核兵器を作ろうとしても、マルエージング鋼という強い合金を買った時点で、その鋼を監視しているアメリカにバレてしまうように、ひとつの技術を押さえるだけで多数の人を抑圧できたのです。

 アーレ・ハイネセンが子供の遊びから、ドライアイスの船を思いつくまでは。

 

 

 同盟の日常生活は、ホームコンピュータはありますが2000年前後の日本とさして変わりません。テレビ電話が充実しているのもレトロフューチャーらしさがあります。

 ソリビジョンというテレビのような、3Dの娯楽もあるようです。

 ホームコンピュータから食洗器を制御することができます……1980年代から見れば天外ですが、2018年から見れば当たり前のことです。

 重力制御を利用した球技もあり、同盟では学生が競い合いプロもあるようです。

 

 

 多くのSF作品のワープ技術を分類すると、大きく分けて「戦場近くでワープ可能」「ゲート式」「戦場でのワープはない」となります。混在もあります。

 

『宇宙戦艦ヤマト(旧シリーズ)』では、星系の内側で波動砲を小ワープで回避しワープアウト直後にミサイルで攻撃、あるいは攻撃されながらワープして出現直後敵艦に激突、などということも可能です。

『スターウォーズ』も敵要塞のすぐそばに艦隊がワープアウトします。『マクロスシリーズ』のフォールド、『敵は海賊(神林長平)』のオメガ・ドライブも柔軟です。

『無責任艦長タイラー(吉岡平)』シリーズでは、ワープそのものの余波を武器とします。それほどに、危険を無視すればどこでもワープに入り、ワープアウトできます。

『スタートレック』も、ピカード・マニューバーなどワープを柔軟に駆使します。

『レンズマン』のバーゲンホルムはワープとかなり原理が違いますが、どこでも可能という柔軟性があります。個人携行可能であることが大きな特色です。

 

 

 ゲート・ジャンプ点方式。星系の特定のポイントから、決められた別の星系の特定のポイントにジャンプできる……地下鉄のような印象の移動です。

『星界シリーズ(森岡浩之)』は独特の超光速航法で知られています。

『彷徨える艦隊』は星系の、重力場によってつくられたある場所から、特定の星系にしかジャンプできず、独特の戦略性を形成します。ある星から三つの行き先があり、Aは大都市で大戦力確実だが四つ行ける、Bは袋小路、Cは味方宙域へ向かう行き先があるからこそ機雷だらけに決まってる、などメリットとデメリットをじっくり考えて行動します。またジャンプ点に機雷を配置したり待ち伏せしたりもできます。

『海軍士官クリス・ロングナイフ(マイク・シェパード)』『ヴォルコシガン・サガ(L・M・ビジョルド)』などもジャンプ点を用います。この方式は比較的技術水準が低くても可能である……『クリス・ロングナイフ』では核融合の出力があるだけで、現存の宇宙船とさして変わらない……ため、生活水準が比較的低くても可能です。

 

『銀河英雄伝説』は戦闘中のワープが見られず、ジャンプ点方式に近いと思われます。

『銀河戦国群雄伝ライ(真鍋譲治)』も戦闘中のワープが見られませんが、化石燃料エンジンのように缶に負担をかけて速力を上げる描写が見られます。

 

 

 独特なのが『エンダーのゲーム/死者の代弁者/ゼノサイド/エンダーの子供たち(カード)』シリーズ。超光速が(終盤まで)無理で、光速ぎりぎりに加速します。中の人間にとって数日、でもそれ以外の人間から見れば、光年だけの年数……何十年、何百年という年月が経過しています。

 それは星系間移動を実質片道切符にし、それほど離れていない兄弟が、弟が行き先に着いたら弟は若いままで、兄は老人、というような悲喜劇を生みます。

 

 

 転移とゲートが混在する『スーパーロボット大戦シリーズ』、ジャンプ点と、設備が巨大で爆弾になりますが速いハイパーネット・ゲートが混在する『彷徨える艦隊』など、複数の超光速航法が混在することもあります。

 

『宇宙軍士官学校』は星系内部に突然増援が出ますが、太陽の至近距離などに出られるほど柔軟ではなく、出るポイントはかなり予想できます。ただし負担は大きいですが、戦闘中のショートジャンプが可能です。大型のゲートによる大量輸送も混在しています。



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居住可能惑星主義

 多数ある宇宙戦艦作品の多くには、重要な共通点があります。

【居住可能惑星主義】

 筆者の造語だと思います。

 少なくとも、人口の多数派は宇宙服なしで呼吸できる惑星表面に住んでいる。

 スペースコロニーを作ったり、小惑星をくりぬいたりするのではなく、住める惑星にこだわる。

 

 できれば森があり恐竜が歩いており、人類が惑星表面に降りてすぐに水を飲み、恐竜を光線銃で倒して食える惑星。

 せめて、呼吸できる大気と海がある。

 せめて、百年かそこら…千年はかからずに住めるようになる、テラフォーミングしやすい惑星。

 超光速航法があるのに、そんな惑星以外に住もうとはしない。

 

『ギャラクシーエンジェル』『無責任シリーズ(無責任艦長タイラー~無責任三国志)』

『スターウォーズ』『ファウンデーション(アイザック・アシモフ)』『宇宙の戦士(ロバート・ハインライン)』『老人と宇宙(ジョン・スコルジー)』『彷徨える艦隊』

 それら多くの名作が、【居住可能惑星主義】をとっている……と思われます。

 要するに、スペースコロニーではなく呼吸可能な大気がある惑星の表面に、人口の多数が住むのです。

 

https://gigazine.net/news/20190514-jeff-bezos-dream-space/

[オニール氏とSF作家のアイザック・アシモフ氏の対談を上映しました。アシモフ氏は司会から「オニール氏のスペースコロニー計画のような構想を抱いていましたか?」と尋ねられ、「誰もまったく想像していませんでした。なぜならSF作家というものは惑星優越主義者で、『人間は惑星上に住むべきだ』と考えているものですから」と語りました]

 とあるように、SF作家の中ではかなり根深い偏見のようです。

 

『無責任艦長タイラー』シリーズには、この銀河にはわずかしか住める惑星はない、だから人は争い続ける、という明言すらありました。

 

『宇宙軍士官学校』ではケイローンが恒星を一周する規模の超巨大スペースコロニーを作っています。

 ただ、建造したケイローン以外にとってそれは一時的な避難場所という位置で、母星を焼け出された人々(ロストゲイアー)は常に居住可能惑星を欲しがります。

 

『ギャラクシーエンジェル』ではローム星に、ショッピングセンター・迎賓館などを備えた宇宙港機能のある巨大人工衛星がありますが、惑星表面にも大人口が住んでいるようです。

 

『彷徨える艦隊』も巨大ガス惑星衛星の資源開発・防衛を兼ねた基地、巨大ガス惑星周回コロニーなども見られますが、主な人口は呼吸可能大気のある惑星の表面に集中していますし、大気が呼吸不能な星系は衰退します。

 また士官たちは、過去に行った民間人虐殺を懺悔するときには、惑星に対する隕石もどき……亜光速で大型金属弾を落とし、恐竜を絶滅させた小惑星衝突以上の打撃で惑星表面全部を殺戮する……の話しかしません。多くの惑星でコロニー生活者が多数派なら、コロニーを破壊した、故郷の巨大居住船を撃沈された、と語るでしょう。

 それが、人口の多数が惑星表面に住んでいる根拠といえます。

 

『ファウンデーション』では、首都星は地面が見えなくなるまで、海面まで覆う勢いで都市を作っています。

『スターウォーズ』も、船生活者が多数派ならデス・スターにあれほど騒がないでしょう……スターデストロイヤーで十分。

 

『銀河英雄伝説』は、筆者は【居住可能惑星主義】だと思っていました。ですが指摘を受けて考えると、その根拠はありません。人口の多数が小惑星の地下やスペースコロニーに住んでいてもおかしくない……小惑星をくりぬいた要塞、コロニーも登場しています。

 ただ、作中主要人物の生活はほぼ惑星表面・呼吸可能大気と思われます。

 特に帝国首都オーディン・同盟首都ハイネセン・フェザーンの三大星は森などがあり、宇宙服なしで生活しています。『ヴォルコシガン・サガ』の『ミラー衛星崩壊』に描写されたコマールのように、土着住民はドームから出るときには酸素マスクの残量チェックが絶対の習慣になっており、怠る別の星生まれの人を想像もできない……そんな雰囲気は感じられません。

 またヴェスターラントの虐殺も、300万人ほぼ全員が地上で暮らしています。もし過半数がコロニー生活なら、そのような描写があるでしょう。

 

 考えてみれば、明白に「総人口の何割が惑星表面、何割がコロニー。戦艦建造数の何割が惑星表面、何割がコロニー」などという統計は多くの作品にはないのです。

 

 

【居住可能惑星主義】に対立する作品。

『機動戦士ガンダム』の宇宙世紀などはスペースコロニーをつくります。『スーパーロボット大戦OG』にもスペースコロニー生活者と地球人の対立が見られます。

『宇宙戦艦ヤマト(旧シリーズ)』も、あちこちの惑星や大衛星に基地を作り、人類の移住も試みていました。

 

『ヴォルコシガン・サガ』にはテラフォーミングの最中で人口の多数はドーム都市で生活するコマール、小惑星帯の低重力コロニーの集まりであるクァディー宇宙などがあります。

 もちろんバラヤーなど、大半の人が惑星表面に暮らす星もあります。地球も大人口を維持しています。

 

 生まれてから死ぬまでの宇宙生活に順応している作品としては、『星界シリーズ』のアーヴ、『マクロスシリーズ』のゼントラーディなどがあります。

 ただし、『ヤマト』の地球人は地球を捨てようとせず、『マクロス』でも地球人は移住可能惑星にこだわる傾向があります……それでバジュラをつついてえらい目にあったりも……

 

 

 

【居住可能惑星主義】のメリットとデメリットは何か。

 

 種族の生存。

 コスト。

 開拓と独立。

 テロ。

 戦争。

 その他。

 

 筆者が考えていること。

 種族の生存のためには、身軽で数多い巨大宇宙船のほうが有利では。

 時間のかかるテラフォーミングや、数の少ない食べられる恐竜が歩いている星より、小惑星を掘る方が早いのでは。

 さらに小惑星の穴に水耕農場を作り、住居を作り、工場を作り……必要な機械すべてを複製して船に積み、次の小惑星に行けば、生物と同じ指数関数自己増殖が可能なのでは。

 

 多くの侵略系宇宙SFは、不毛の星系や中惑星に深い穴を掘ったりスペースコロニーを作ったりすれば、攻める側は多くのコストを払う必要はありませんでした。

 

 

 種族の生存という考えでは?

 

 惑星表面に住んでいる大人口は、『彷徨える艦隊』ならば隕石もどき、『ヤマト3』の惑星破壊ミサイル、『スターウォーズ』のデススターの巨砲、『エンダー』シリーズの分子破壊砲(マッド・ドクター)などで瞬時に全滅します。

『銀河英雄伝説』でもタブーとされていますが、核攻撃には脆弱……ヴェスターラントは全滅しましたし、ハイネセンも全滅しなかったのは幸運です。

 

『スターウォーズ』では反乱同盟はデススター・第二デススターを破壊しようと必死になりました。必死すぎてエンドアでは反乱軍艦隊全滅+ルークとレイアが暗黒卿、という最悪を通り越した事態に紙一重でした。罠に見事釣られたのです。

『彷徨える艦隊』では、隕石もどきで惑星住民を死滅させることが常態化していました。シンディックは自国民の懲罰にすら乱用しているほどです。

『銀河英雄伝説』でも、核兵器のみならず、加速させた氷の塊でも有人惑星の皆殺しが容易になることは自明です。ヤンもそれに気づいていなかったとは思えません。

『宇宙戦艦ヤマト3』も惑星破壊ミサイルの応酬となり、地球は流れ弾で滅びかけました。

『宇宙軍士官学校』は以前から多くの居住可能惑星が太陽破壊兵器で不毛となり、作中の攻勢では耐ビームコートつき太陽異常燃焼ミサイルの飽和攻撃で、惑星防衛が事実上不可能となっています。

『エンダー』でも、分子破壊砲は惑星破壊兵器でもあります。作中では新しく発見された瞬間移動で爆撃艦を制圧できましたが、本質的には惑星に住むこと自体が無謀と言えるでしょう。……高度技術を持つテロリストや侵略的国家を抑止する、相当いい方法がない限り。

『禅銃(バリントン・J・ベイリー)』も、携帯可能な惑星破壊兵器が帝国そのものを変えようとしています。

 それらの作品は、もう【居住可能惑星主義】を放棄するしかないと読者としては思っています。

 

 

 コロニーや小惑星基地も脆弱には違いないですが、それらは比較的容易に移動可能ですし、圧倒的な数で生き残る……多数の種を飛ばすタンポポ、億に達する卵をばらまくマンボウのように、どれか一つが生き残ればいい、というr戦略が可能になるのです。

 自然を考えれば、r戦略は最強の生存戦略と思われます。ただし地球自体が消し飛べば、知的生命以外には対処できない……46憶年間地球全滅級の災害がたまたまなかっただけ、あと10億年で地球は海を失い焼けると予想されています。

 

 一つの籠にすべての卵を入れるな。

 r戦略と同じ、この考え方。

 どんな敵、どんな災害に、強固な大気と地磁気で守られた居住可能惑星も全滅するかもしれない。地球防衛艦隊も敗北するかもしれない。ならばリスクを分散せよ。

 

 筆者が【居住可能惑星主義】に反発を覚えるのはその点です。リスク分散を考えず、勝利を、自分に都合のいい展開を絶対の前提とし、思考停止した、愚かな政治・軍事に重なるのです。

 

 その点では、『ヤマト』のテレビ版終盤での、藪一派の反乱にすら筆者は同意できるのです。『宇宙戦艦ヤマト2199』では、ヤマト計画とイズモ計画の対立がありますが、まともに考えれば……

 

 ただし、多少リスクを分散しても、数も技術も桁外れの敵艦隊の前では同じことかもしれません。

『オペレーション・アーク(デイヴィッド・ウェーバー)』では、逃げ回る大型移民船はすべて撃滅される、探知の元となる高度機械を捨てるしかない……というわけで高度機械なしでの生命維持が可能な、居住可能惑星以外に事実上選択肢がありませんでした。

 居住可能惑星、大気と微生物に満ちた海は、機械なしの、ある程度の自己修復能力を持つ生命維持装置という面を持つのです。

 

 ただし、強引なテラフォーミングで作られた居住可能惑星は、おそらく比較的短期間でまた居住不能になるでしょう。

 現実で火星をテラフォーミングしても、そのうち元に戻るとされています……地磁気、プレートテクトニクスを復活させ、軌道を大きく移し、さらに重力を強めることができないのなら、大気はまた太陽光に分解され、飛び去り、氷の砂漠に戻るのです。

 

 生活できる船・改造小惑星で逃げるのが否定される理由として、滅びた母星を背に逃げ回る生き残り船が執拗に追撃される話が『GALACTICA』『シドニアの騎士』などいくつもある、ということもあるでしょう。

『伝説巨人イデオン』『銀河漂流バイファム』『ガルフォース エターナルストーリー』なども、『ガンダムシリーズ』の多く、『超時空要塞マクロス』『機動戦艦ナデシコ』なども、逃げ回る話です。

 それらの物語は『オデュッセイア』『アエネーイス』など古典、チンギス・ハンや源義経の話などを下敷きにできる強みがあり、それゆえに多いです。多いからこそ、読者・視聴者の心に深くしみついています。

 逃げたらひどいことになるぞ、逃げても無駄だ、と。

 それを思えば母星の大人口を背に決戦する方がましに思えるのもわかります。

 小人数だけが逃げることに対する抵抗としては……『無責任』では銀河レベルの天災に際し、タイラーは小人数だけが助かる銀河間移民船の建造設備を爆撃してまで、全員助かるか全員死ぬかを強要し、人材を一つの計画に集中しました。

 

 また、『火の鳥(手塚治虫)』の未来編で、人類は宇宙に広がったのに、衰退したら植民惑星たちも次々に滅び、結局滅亡したことも多くの読者の心に刻まれているでしょう。多くの籠に卵を分けても無駄だ、と。

 他にも古い日本SFの評価の高い作家は、遠未来には極度に悲観的であることが多数です。

 

 また、物語である以上、母星を守ろうとして敗北する話は少数派になります……『ヤマト』のように最後の逆転勝利のほうが売れます。

 

 

 リスク分散に話を戻します。

『宇宙戦艦ヤマト 完結編』では地球から離れたコロニー・小惑星への移民船団などは制宙権を取られて全滅し、地球にいた人が生存しました。

 逆に『マクロス』では、地球にいた人間は全滅し、月基地、追放されたマクロスなどにいた少数の人類がその後の基盤となりました。

『ヤマト』のガミラスも母星が全滅し、母星を艦で離れたデスラーたちや、遠くで戦っていた人々がのちの帝国の母体となりました。

 技術水準が低い話ですが、『七人のイヴ(ニール・スティーブンソン)』の災害はたちが悪く、宇宙空間に少人数の遺伝子継承者を送り出すのが精いっぱいでした。

 

 母星の広い表面や地下に広く逃げ回る。母星を守り抜く。

 宇宙のあちこちに、小さく脆弱な大型船で多数逃げる。

 多数の岩石や氷の小惑星の地下深くに分散し、外に熱や電波を出さないよううずくまる。

 一長一短があります。

 巨体に鋭い牙をもつ、遠くに飛んで渡る、足の速さにすべてを注ぐ、多数の卵を広くばらまく、泥に深くもぐるなど、生物が多様な戦略で生き延びようとすることを思わせます。

 ならば多様であれ、が答えかもしれません。

 

 スケールが大きすぎますが、居住可能惑星ごとのワープも触れておきましょう。

『宇宙英雄ローダン・シリーズ』では地球ぐるみ移動して征服者から逃げたことがありました。

『宇宙戦艦ヤマト 完結編』『レンズマン』でも技術的には可能です。

 ただ、技術なしでの長期生存を考えるなら、母星から離れれば意味がありません。『ローダン』で新しい母星に恵まれたのは幸運というべきで……思いがけない罠がありました。

 

 

 

 コストを考えてみましょう。

 森と恐竜のある星・テラフォーミング・氷の小惑星、という比較になるでしょう。

 

 まず、「時は金なり」。そう考えれば、テラフォーミングは圧倒的に儲からないはずです。

 テラフォーミングには、どう考えても何百年もかかります。大きいものを温めたり冷やしたりするのは時間がかかるのです。

 また水を運ぶというのは、転送や多数の軌道エレベーターがなければ大変なことになります。

『宇宙戦艦ヤマト 完結編』では洪水のような描写になりましたが、実際に海水面が上がるほどの量の水が惑星間距離を重力で移動したら、超巨大な岩がぶつかる、恐竜殺しと同じことです。岩が蒸発するほどの超高熱地獄でしょう。ディンギル星が爆発したのは当たり前です。

『銀河英雄伝説』でもフェザーンやヴェスターラントに氷を運ぶという話がありましたが、どうやって?というのが正直なところです。せいぜい数千メートルの輸送船で往復するぐらいでしょう。

 

 

『地球消滅の日(ナショナルジオグラフィック)』や『怨讐星域(梶尾真治)』のように、事実上身一つでの太陽系脱出となると、酸素呼吸どころかすぐに水を飲み動植物を食べることができる高水準な居住可能惑星以外、選択肢がありません。

 何年もかけて小惑星に穴を掘ったり、何百年もかけてテラフォーミングしたりするゆとりがないのです。

 身一つで無人島に流れ着くのと同じく。

 これは、極端に低いコスト、損益分岐点になる条件です。

 まさに手を伸ばせば食べられる、低い枝になった実です。

 確かに低コストですが、数千億の恒星でも極端に少ないと思われます。

 

 アーレ・ハイネセンの船団が、回廊を出ても長くさまよった……距離の防壁のためかもしれませんが、エル・ファシルより条件のいい星が欲しかったのでしょう。

 ただし、原作には「安定した壮年期の」恒星とあり、恒星の条件を重視し、生活の場所は冥王星のような氷でよかったという解釈の余地もありますが。

 

 いや、筆者はよほど追い詰められていなければ、森があって恐竜が歩いている星に降りる気はしません。『さまよえる宇宙船(スティーブ・ジャクソン)』でうっかり水を飲んだら病気になりました。『たったひとつの冴えたやりかた(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア)』でもひどいことになりました。

 異質な異星生物は互いに病気にならない、または宇宙のあらゆる生物は同じ起源を持つから地球の別の大陸と変わらない、というのもありますが、やはり不安です。

 実際には、海と森がある惑星には近づくべきではないのでは?それこそ伝染病で人類全部が一発絶滅するかもしれません。とてつもなく美味しいと思ったら……という星新一系オチも心配です。

 

 

 現在の天文学の知識を持つ筆者は、太陽系には厚さ何百キロメートルもの氷を持つ大衛星や準惑星がいくつもあることを知っています。

 ちょうどいい大きさの小惑星で穴を掘り、その内部で暮らせば危険な放射線も遮蔽できるでしょう。

 水星に穴を掘り、太陽電池または薄い鏡を水星周回軌道でも太陽周回軌道でも浮かべて電波送電設備を作れば、エネルギーは無尽蔵です。

 月や火星も、ドームより地下のほうが暮らしやすいでしょう。

 太陽から離れた木星衛星や冥王星でも、核融合があるのならエネルギーは事実上無限でしょう。

 核融合や波動エンジンがなくても、地球から出て氷・岩・鉄の塊にとりつくことができれば、薄鏡やレンズを作って太陽光を集めて高熱を得、それでより大きな鏡やレンズを作ることで、短期間でエネルギーと、氷・ガラス・ニッケル鉄という建材を無限に加工できるようになるでしょう。

 H2O氷・アンモニア・二酸化炭素、エネルギーが容易に手に入る以上、水耕農業は事実上無限にできます。

 金属核が露出した小惑星も多数ある以上、機械工業も難しくはないでしょう。

『銀河英雄伝説』には、鉄小惑星を風船のように膨らませる、という実に簡便な船体生産法もありました。住むには実に楽でしょう。

 それで巨大な、内部に都市と水耕農場がある、ちょうどイゼルローン要塞のような宇宙船を多数作ることもできるはずです。分厚い装甲は敵艦隊の砲撃だけでなく、致死的な放射線も防ぐでしょう。すさまじい電磁波が荒れ狂う木星の衛星軌道でも。

 農業・工業ともに事実上無限にでき、事実上無限の人数が十分贅沢に暮らせるはずです。

 

 冥王星の質量と、現実にある豪華客船の重量で軽く試算しましたが、冥王星を現実現在の大型客船にするだけでも、暮らせる人数は兆の上の位『京』=一万×一兆に達するのです。

 大きすぎる冥王星は掘れないのなら、掘りやすいだけの大きさの資源小惑星が、どこの星系にもあるでしょう。

 アシモフも表面より内部の方が圧倒的に大面積になる、という試算をしています。

 人工重力が高価なら、円筒やトーラスを回転させる、それどころか二つの穴を掘った小惑星をワイヤでつないで振り回すだけでも十分でしょう。不自然なコリオリ力はあるにしても。

 

 そして呼吸可能惑星であるということは、鉄などがすべて酸化しているということ……材料としての金属を得るために、還元という一工程が余計に必要になります。

 大型の鉄質隕石にへばりつけば、還元すら不要な鉄がいくらでも得られるのです。

 まあ現実の製鉄では、酸化して鉱床を形成、それを還元するのは二度の不純物除去にもなって便利ですが。

 

 テラフォーミングの最中の、何百年も嵐が吹き荒れる惑星を管理し続ける……もし軌道上などに大人数が常駐できるのなら、そのまま住み続ければいい、惑星はいらないでしょう……

 それと、火星や冥王星のような星に穴を掘り、太陽の近くに置いた鏡か核融合で水耕農業、同時に工業生産も。

 どちらが早く、千人の人に生活の場を与えることができるでしょう。どちらが安いでしょう。

 

 まして恐竜が歩く星しか相手にせず、それを奪い合って戦争するのと、冥王星を掘るのはどちらが安い……

 

 

 

 開拓と独立について考えてみましょう。

 宇宙に広がる、というのは本質的には開拓です。人類史における開拓が参考になるでしょう。

 

 地球時代の古代で言えば、新しい島や大陸に船で着き、開墾して農地を作り、金属を製錬する炉と鍛冶場を作るか貿易網を確立し、木材と釘を手に入れて新しい船を作って次の開拓地へ……それが繰り返される限り、その文明は拡大し、人口も増えていくというものです。

 酵母や細菌が砂糖水でどんどん増えていくのと同じように。

 理想的には、本国と同等の技術水準になる……食物を作り、戦艦を作ることができるようになる。

 実際には困難であり、バイキングがアメリカに定着することすらできませんでした。

 食料を自給し、鉱山を掘り、金属を製錬し、新しい船を作るに至る……これはとても困難です。北アメリカでもミシシッピなど多くの植民地が全滅しました。わずかに考えればわかる、最低でも最初の収穫までの食糧が必要、実際には何年も食糧を本国から運んでもらわなければ大人数での開拓は不可能と言っていいのです。

 アメリカ合衆国・カナダのように、高い工業力を持つ植民地文明は歴史的に例外的です。

 

 ただし、旧石器時代には短期間で人類は地球全体に広がりました。犬を連れ、火と毛皮で寒さを防いで、人を恐れぬ大型動物を絶滅させながら広がる……氷河期の海水面低下でつながったシベリアとアラスカ、東南アジアとオーストラリアをつなぐ陸橋を渡って。そして丸木舟に種芋と豚のつがいを積み、太平洋の島という島に。

 技術水準が低く、少人数、現地の資源で、多くの労力がなくても可能な技術(高炉やカナートを作る必要がない)でいいことが、それを可能にしました。

 

 大航海時代に話を戻すと、本国が植民地を政治経済的に引き下げ、工業力を与えないことも重要……本国としては当然です。植民地が自分より強くなって逆に征服されたらたまったものではない。その支配の具体的な手法は、今の筆者はそれほど詳しくはありません。

 植民地が鉄鉱石を掘り、製鉄をして船や大砲を作ろうとしたら、まず本国の役人が許可しない。

 さらに鉄製品を作るより、本国から輸入するほうがいい……本国では先に最高水準の技術・規模の経済・インフラ・優れた労働者があるので、競争では勝てない。

 鉄・塩・酒・火薬・医薬品など生死を制する材の生産を許さず、本国が生殺与奪権を握り続ける。……釘がないだけでも強風が吹けばテントや、間に合わせの家屋は壊れ、全員凍死。火薬がなければ先住民にやられる。蒸留酒がなければ反乱……

 現地人を差別し、大学に行かせない、上級公務員にさせない、土地の所有・売買を許さない。

 任期を設けるなどして、短い年月で大金を持って帰るほうが社会的地位が上がるようにする。現地の人々を豊かにさせて生産力を高めるより、搾取して無人の荒野にする方が儲かるよう、インセンティブを調整する。

 パブリックスクールやグランゼコール、士官学校で本国に対する忠誠を叩きこまれた者、王族の総督を送って、重要な立場を独占させる。

 現地の軍人や、大砲工場の重要人物も、本国に呼んで王にひざまずかせたり、現地で総督にひざまずかせたり、子を本国留学させたりする。

 他にもいろいろとあるでしょう。

 

『銀河英雄伝説』では、確かにエル・ファシルが同盟の崩壊に応じて独立を宣言しましたが、どれだけの惑星に交易なしで戦艦を作れるほどの完全な自給自足能力があったか……それははっきりしません。

 帝国では、造船機能がオーディンに集中しているようでもありました。

 同盟発祥とエル・ファシル以外国家が分裂しなかった……銀河連邦も、衰退しても文明衰退の定石である分裂にはならなかった。それは、何か死活的な重要技術を首都星が押さえることができた、かつ、その技術は流刑星で入手できイオン・ファゼカス号に乗せることができた、と考えることができます。

 その推論は間違いで文化的な支配だった可能性もありますが。

 

 ここで面倒なのが、『銀河英雄伝説』はゴールデンバウム以前の歴史も重要であることです。

 13日戦争、シリウス戦役、銀河連邦の拡大と腐敗、ゴールデンバウム帝国皇帝の称号、自由惑星同盟のアイデンティティ……

 作中で断片的に描かれる歴史の積み重ねから、「なにがなんでも独立勢力を認めない、人類は唯一の政府に支配されなければならない」という観念が登場人物の多く、国家の建前に刻まれていることが示唆されます。

 ゴールデンバウム帝国もローエングラム帝国も、皇帝の称号には全人類を支配する唯一の存在という建前が強調されており、帝国側にとってそれが主な戦争理由となっていました。

 国家の建前が国策を拘束した例は、現実の歴史にあります。

 スペイン帝国はハプスブルクの双頭の鷲、古代ローマ帝国の後継者でカソリックの守護者という立場にこだわり、プロテスタントに染まり独立しようとするオランダを抑圧しようと戦争を続けました。その戦費の前には新大陸の金銀すら焼け石に水、帝国自体の衰退を招きました。

 ロシア帝国も双頭の鷲をかかげ、東ローマ帝国の後継者を名乗りました。そのためにエルサレムまで支配したがり、結果的にクリミア戦争に至っています。今のプーチンのロシアも双頭の鷲を用い、シリアなど中東に干渉し続けるほど、その呪いは強いものがあります。

 

 帝国が全人類を支配しなければならない……それを説明した作品として、『宇宙嵐のかなた(V・E・ヴァン・ヴォークト)』があります。少しでも独立勢力を許したら、いつかその勢力が強くなって帝国を皆殺しにするかもしれない、だから帝国は絶対に独立勢力を許さない、と。

 宇宙に旅立とうとする開拓者と、古い体制の激しい対立が描かれた作品には『楽園追放-Expelled from Paradise-』『楽園残響 -Godspeed You-』があります。

 

 小惑星や巨大船での生活は、帝国から見ると……その点は自由惑星同盟も同じ……逃げて独立を保つのが簡単という問題があります。それゆえに、それを抑止するシステムがあると考えられます。

 多数の独立者がいる社会は、『天冥の標(小川一水)』で検討されています。同時に、『天冥』や『反逆者の月(デイヴィッド・ウェーバー)』は、交易と通信があるだけでも伝染病一発で全滅するリスクがあることを描いています。

 ここで、客観的に見れば。

 自由惑星同盟は、最悪の事態を考えるならば常に航行不能宙域に亜光速の自給自足可能な巨大船を飛ばして、同盟が征服されても宇宙のどこかに民主主義の種が残るようにするべきだ。

 そう思えますが、そういう勢力は確かなかったと思います。自国の敗北を想定するのは困難だからでしょうか。

 

『銀河英雄伝説』の過去の影響として、13日戦争のトラウマもあり核兵器で有人惑星を攻撃するのがタブーである、ということもあります。

 それが、居住可能惑星表面の人口比率を高めてしまうこともあったかもしれません。

 

 過去の影響は実に便利です。

『銀河英雄伝説』『無責任』『銀河の荒鷲シーフォート(デイヴィッド・ファインタック)』『夏への扉(ハインライン)』など多くの作品が、核戦争の過去を持っています。『宇宙の戦士』『楽園追放』なども文明崩壊級の大災害を経ています。

 特に『ホーンブロワー(セシル・スコット・フォレスター)』の宇宙版を描くため、王政・神権国家・権威主義国家にする理由付けとしてはもっとも便利です。

 

 

 開拓のコストを考えるなら、特に着地してすぐ恐竜ステーキと川からくみたての水が堪能できる優良居住可能惑星は、果樹と人を恐れない動物でいっぱいの島、乳と蜜流れる地のようなものです。裸で流れ着いても暮らせます。

 ただし、森があると田畑を作るのはむしろ面倒になります。灌漑さえできれば砂漠のほうが有利だったりします。

 

 そしてコストパフォーマンスを考えると、未開地の開拓より果樹の島、それよりも大帝国を滅ぼして金銀と奴隷をいただくほうが、圧倒的に儲かるのです。

 

 開拓ではなく征服となりますが、コストパフォーマンスがよすぎるところには罠がある……それが、この現実の歴史の教訓です。

『国家はなぜ衰退するのか(アセモグル&ロビンソン)』、これはノンフィクションです。

 既存の帝国を征服したスペインと、帝国がなく先住民を皆殺しにして大平原を手に入れたイギリスの明暗。

 帝国は、精製された金塊のようなものです。金鉱を手に入れても、一トン当たり5グラムで優良鉱山の域、えらくカネとエネルギーがかかります。集まって住んでおり、指導者を処刑して命令すれば忠実に従う何百万もの奴隷。開発済みの道と鉱山。金銀。濡れ手に粟です。手の届く低い枝になった実です。

 逆にイギリスが得た北アメリカやオーストラリアには、そんな帝国も金銀もありませんでした。先住民を皆殺しにし、自分で手にマメを作って耕すしかありませんでした。手の届かない高い枝についた実です。

 スペイン領は貴族と奴隷の社会、法がなく、民主主義も資本主義も育つ土壌がなく、豊富な資源があっても技術水準も上がりません。イギリス領は本国のマグナカルタの影響もあり、自分で耕す人たちが法をもとに自治を行い、資本主義を育て、工場を作り戦艦を自分で作りました。

 スペイン領だった国々も、本国も貧しい。イギリス領だった国々も、本国も豊か。これは偶然でしょうか。

 

 手の届かない実を収穫するためにハシゴを作る、それは本国も植民地も豊かにするのでは?

 宇宙SFでも、手の届く実ばかり食べていたらそうなるのでは……と老婆心ながら心配します。

 

 また日本史を見ても、開拓のコストはかなり重要です。江戸時代には幾多の干拓が、コストによって主導者どころか政権ごと破滅させ失敗に終わりました。成功報酬も大きいものがあります……江戸や大阪、それ自体が大干拓の成果というべきです。

 日本史において重要な開拓はほかにも、北海道、樺太・千島、満州・南海などがあります。それぞれ多くの教訓があり、SFを読んだり二次創作を書いたりするうえでも重要でしょう。

(アメリカ)西部開拓史、オーストラリア開拓史も重要なヒントが多くあるでしょう。悲劇と人間の極悪も。

 

 開拓のコストを言うのでは、「すでに滅びた文明」という究極の低い実もあげておきます。

『クリス・ロングナイフ』『反逆者の月』『スターゲイト』『ローダン』『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ(庄司卓)』『クラッシャージョウ(高千穂遙)』『ロスト・ユニバース(神坂一)』『ギャラクシーエンジェル』『イデオン』など、過去の文明の影響を受ける作品は多くあります。

 ただ、滅んだ文明の遺跡を主な生活の場にしているのは、『エンダー』シリーズしか思い出せません。

 現実のこの世界で、すでに滅びた文明の遺跡はそれほど住みやすくない、という事実が影響しているかもしれません。砂漠の遺跡には水がなく、中米や東南アジアの森の奥の遺跡は木を切り倒し根株を除いて田畑にするのが大変+伝染病地獄です。

 

 

 

 スペースコロニー、小惑星に掘った穴などで生活していれば、テロひとつ……空調に毒ガスを入れる、穴を開けるだけで簡単に全滅する、というリスクが指摘されるでしょう。

 ただし、『エンダー』、『禅銃』など個人が携行できる惑星破壊兵器がある作品もあります。生物兵器・情報兵器は本質的に、ごく小さく携帯できて巨大な被害があります。

 吸血鬼も同様ですし、『ローダン』『ファウンデーション』『クラッシャージョウ』『宇宙嵐のかなた』など、精神支配超能力者が全世界を支配しそうになる話は多くあります。

 そして人工的な生活場での生活が長ければ、フェイルセイフも発達しているでしょう。

 多数の惑星に分散していてさえも、『天冥の標』『反逆者の月』では伝染病ひとつで全滅しました。『ローダン』でもテラナー全滅寸前は日常茶飯事です。

 また、穴ひとつで全滅の世界では、人の心や行動を常時監視する政治体制にもなる可能性が高いです。

 

 

 

 たとえば、『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟発祥伝説では、ドライアイスの船はまもなく無人惑星に着陸し、その地下で多数の超光速船を作り、それでイゼルローン回廊を通過して豊かなバーラトに至った……とあります。

 無人星の地下から地下へ増殖する、ではなぜいけなかったのでしょうか?

 確かに帝国が本気で探し始めれば、時間はかかってもすべての小惑星が調べつくされ全滅するかもしれません。距離の防壁と、居住可能惑星が可能とする大人口・巨大工業力が必要だったかもしれません。

 

 ついでに、もう一つの防壁は考えなかったのでしょうか……時間の防壁。

 光速の99.99999……9がたくさん並ぶ加速。ヤンが氷の塊を加速したラムジェットで可能。

 あえてワープでは入れない航行不能宙域に入れば、同じやり方で追う船は、帰ったときには何十年も経っているというおぞましいリスクを負うことになるのです。『エンダー』シリーズで、証人として召喚するのが死刑に等しい、故郷の家族や友人との死別を意味したと同じく。

 流刑囚には、故郷の家族と超光速通信で再会する必要はないでしょう。時間さえ稼げば、帝国が自滅している可能性も大きいのです。

 

 

 

 

 さてここで……ではなぜ多数派のSF作品は、小惑星を掘って内部に住む、または密閉された客船を作って事実上無限の農業・工業をおこない、膨大な人口と艦船数を得ようとしないのか。

 

 多くのSFに自己増殖という考えがないのはなぜか……

 水耕農業と、機械を作る工場。中の人。それを作れるのならば、それは本国と同等の機能を持つ「子」にほかならないはずです。

 それこそエンジンのついたガイエスブルク要塞が反乱し、逃げきって資源小惑星にとりつき、艦内工場で自分の部品を作り、艦内病院で妊娠出産を助けて人口を増やしても、文明自体が砂糖水の中の酵母のように増えることはできるはずです。

 1が2、4、8、16……将棋盤に、1、2、4、8、16…81マスめには、もうばかばかしい膨大な数。

 それは、それこそ今の人類が軌道エレベーター、いや今のケブラーで可能といわれる極超音速スカイフックでも可能なはずです。

 なぜ多くのSFは、あの程度の生産力なのか。

『銀河英雄伝説』は、銀河連邦最盛期でもわずか3000億人なのか。

 なぜ今の現実の人類は、宇宙に出ればそれが可能だということを考えないのか。

 

 こう考えてしまうのは、まず『ギャラクシーエンジェル』で、ネフューリアと古代遺跡のコアが鉱山小惑星にとりつき、短期間で強大な艦隊を作り上げたエピソードから、大艦隊を作れるなら、戦艦ではなく客船を作れば何百万人も住めるはず、と考えてしまったのです。

 それに、『銀河英雄伝説』のイゼルローン要塞の水耕農場とミサイル工場、ガイエスブルク要塞のエンジン、そしてヤンの、ラムジェットをつけた氷の塊を足し合わせたら……

 

 

 いや、自由惑星同盟がわずか16万人から、帝国と艦隊戦ができる人数まで増えた……それまでの期間、ずっと指数関数増殖をしていたのかもしれません。

 それが帝国との接触、戦争にすべてのリソースをつぎこむことで指数関数増殖が止まってしまった……

 でも、16万人選んで、機械一式与えてあっちの空いた星に行ってこい、と放り出せば、まもなく何億人・何万隻の艦隊が加わる、それはできなかったのでしょうか。16万人を割くことができなかったのでしょうか。

 それとも、自由惑星同盟の発展が止まった理由は、帝国からの亡命者の悪影響でしょうか。

 

 

 

 一つの回答として、イゼルローン要塞における植物園などの説明があります。

 人は数カ月に一度は、植物のある惑星の土を踏まなければ精神が持たない、と。

 

 

 何よりも説得力が高い、メタな答え。冒険小説の悪役が、元特殊部隊の主人公をとらえ拷問するときに、手足を切断したり目を潰したりしないで電撃だけ、結局逃げられて射殺される……ストーリーに奉仕しているだけ。

 筆者は個人的にそれを好みません。

 逆に、ストーリーに奉仕する不自然な部分ができるだけ少ない作品が、より緻密でよい作品と思えます。

 

 ただし、それだけとも限りません。現実のこの人類も、技術的・物理学的に可能なのにやっていない愚行は数多くある……

 そう考えると、現実の人類の歴史、現在の現実の人類の愚行を意識することが可能です。いわゆる『内政チート』の視点で。

 アレクサンダー大王のところにタイムスリップし、自動車の設計図は良質の鋼がないから役に立たない、でも『鐙(あぶみ)』なら縄一本ででき見ればわかる。……馬が小さいから、というほど歴史に詳しいなら、なら正しい頸木・ハーネスと言えばわかるはずです。

 マメ科緑肥、ロケットストーブ、ビタミン、清潔など、技術的な積み重ねなしで、知識だけで生活水準を上げ、人口や軍事力を大幅に増やせる技術的な工夫はあるはず……それが『内政チート』。

 それを疑う人もいます。発明は天才ではなく時代だ、電話はベルの数分前に特許を申請した者がいたしほかの発明も……と。

 ですが、人類が鐙や服のボタンを千年、缶切りも50年発明しなかったことも事実です。

 

 そして今の人類も、ガス冷蔵庫、溶融トリウム塩炉、極超音速スカイフック、海水灌漑可能な塩生植物(海水で育つ稲)、海洋肥沃化+海藻と貝の養殖など技術的な愚行=『内政チート』の余地があることは確信しています。

 

 できるはずなのになぜかやっていない……それは『ガンダム』の宇宙世紀にもあります。

 あれほど戦争が絶えないのなら、巨大な核融合炉の出力で、大量の資源を抱えたコロニーごと太陽系外まで逃げればいいのに、と。

 

 

 

 技術は国家体制も、世界も変える。

 どれだけ作者がそれを理解しているか。そして、たとえば『ガンダム』のミノフスキー粒子のように、どれほど世界観を説明する技術を創造できるか。

 読者や二次創作作者も、それを考えることは作品鑑賞、二次創作の上でも楽しみを深めることでしょう。

 これはSFを作る側も、読む側も意識すべきことかもしれません。

 

 筆者は個人的には、そのような目で現実世界を見る努力をしてほしい、もし今の世界に『内政チート』の余地があるのならばぜひとも見出して実行してほしい、とも思っています。



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通信と社会

 超光速通信の有無で社会がどう変わるか。

 通信の速度や容量は、国家の構造を大きく変えます。

 SFとしては、超光速通信がなく船が最速である、大航海時代と共通する社会として『銀河の荒鷲シーフォート』『彷徨える艦隊』『ヴォルコシガン・サガ』があります。

 ナポレオン時代帆船の海洋冒険小説と同じように、艦が本国から高い独立性を持つため、独自に判断することが多くなります。

 

『宇宙戦艦ヤマト(旧シリーズ)』では、超光速通信はありますが限界があるため、ヤマト艦長はすべてを本国の指示を受けずに決めています。

 暗黒星団帝国のメルダーズの和平交渉を拒絶し開戦する。ガルマン・ガミラス帝国と同盟しボラー連邦と開戦する。拒絶されましたが、ディンギルと和平交渉をはじめ移民を容認する。背筋が寒くなります。黒船のペリーも、それほどの権限はあったでしょうか。

 

 逆に超光速通信のみがあり、交通が遅い世界として『エンダー』があります。アンシブルという広帯域即時通信と、光速以上が出せずウラシマ効果で実質片道旅になる制約があります。アンシブル網を押さえたスターウェイズ議会は、最新情報を支配することで反乱を抑止していました。

 

 アンシブル技術が核心にある作品に『若き女船長カイの挑戦(エリザベス・ムーン)』があります。

 序盤、変革の前は、あらゆる星系が独立国で、超光速通信を独占する星間通信局が強い権力と武力を持っています。星間アンシブルは宇宙空間の基地局から送受信され、それに手を出すと星間通信局がものすごい制裁をします。

 逆に基地局を破壊すれば星系を孤立させることができ、その間にどうにでもできます。

 また船に積める、あるいは人の体内に入れられるサイズのアンシブルも開発されており、それも世界を変えつつあります。

 

『銀河英雄伝説』では、超光速通信はありますが制限があります。それが作中の社会制度とどう関係があるか……少なくともウルヴァシーからスマホでオーディンに連絡できれば、ルッツもロイエンタールも死ななかったかもしれません。

 惑星・要塞・艦隊などからの通信を封鎖するのも比較的容易でした。その点は、完全な無線封鎖から始まる『レンズマン』も思い出します。

 

 超光速通信がない、船が最速である『彷徨える艦隊』でも、わずかな情報を持ち帰りたいため決断を迫られることがしばしばありました。

 敵地でコンテナ一個を持ち帰るために小艦隊に燃料やミサイルを集め、艦隊の大多数を犠牲にすべきだ。

 あるいは半敵地の奥で千文字の情報だけでも本国に送りたい、でも少数艦隊では帰れそうにない、艦隊全体で引き返すほどではない。

 結局提督である主人公は艦隊分割を避けることをすべてに優先する、次の戦いで負けたらそれまでと割り切る、を選び続けます。

 

 

 帝国の興亡と通信。歴史を学ぶ上でも、とても重要なことでしょう。

 残念ながらそれを強調した良書を筆者は知りません。

 古代の中東帝国や中国の帝国では、駅伝制度をまず充実させました。それによって地方で反乱や遊牧民の攻撃をいち早くつかみ、帝国内の治安を維持して商業を活性化させました。豊かに暮らせる人が多ければ帝国に忠実な人も増えます。

 敵国との戦争も有利になります。

 通信・交易・軍事は、特に人が行き来するより早い通信がない時代には一体です。よい道路や、船・港・航路があってはじめて、使者も、商人も、軍も行き来できます。盗賊や海賊に交通を壊されれば、地方のピンチを助けられなくなり、助けを得られなかった地方は強い豪族に従って帝国に背を向けます。

 電信ができるまでは、人が手紙を運ぶ速度、すなわち馬や船より速い通信は、情報量がごく少ないものでした。狼煙、伝書鳩、手旗信号、腕木通信……どれも情報量が少ないです。確かにそれは相場や作戦などで多少の優位はありますが、限界があります。

『銀河英雄伝説』の限られた超光速通信は、伝書鳩と腕木通信から電信黎明期程度と思えます。

 

 また汽船・電信・鉄道が、アメリカ大陸全体をアメリカ合衆国として一体化させるのにどれほどの力を発揮したか。明治維新の中央集権国家に、汽船・電信・鉄道がどれほど重要だったか。

 郵便制度、また電信と新聞の一体化も近代国家にどれほど影響を与えたか。

 ついでに加えて、『項羽と劉邦(司馬遼太郎)』に、秦の始皇帝が国内をめぐって自分が支配者だと全国の民にアピールした、それも初めての皇帝なのだから試行錯誤はしかたない、それで学んだ漢は儒教で皇帝は偉いとアピールした……とあったのも思い出します。

 明治・昭和で、巡幸と御真影がどれほどの効果を発揮したか、それも本気で調べれば恐ろしいものがあるでしょう。同様のことがヨーロッパ諸帝国にもあるかもしれません、知らないだけで。ローマ教皇の活動もそれに深く関係するでしょう。

 高速道路も軍事や政治を大きく変えたでしょう。アメリカではFBIの歴史につながり、戦後アメリカ政治体制そのものの核心につながるでしょう。日本でもフランスでもドイツでも……ドイツのアウトバーン、フランスのタクシーによるパリ防衛、日本の新幹線と高速道路と高度成長……間違いなく、筆者が知るより圧倒的に多くの歴史の動きが、高速道路と電話に依存しているでしょう。

 

 さまざまな帝国が、どのように通信や交通を駆使して広い範囲の多くの、時には民族などが違う人を支配したか。

 知るべきことの奥深さ、SFを読み書く時に考えることの多さに呆然とします。

 たとえば、「なぜアメリカは独立し、カナダはイギリスに従い続けたのか」「中南米諸国の独立史」「アルジェリアの独立」「中華帝国と日本の関係の歴史」それらを学ぶだけでも、多くの帝国があるようなSF作品を読むにも二次創作を書くにも多くの示唆が得られるでしょう。

 

 さらに。翻訳アメリカSFを多く読んでいる読者が意識すべきこと……本来それらはアメリカ人のために書かれています。アメリカ人にとって、独立戦争・南北戦争の歴史は常識でしょう。またアメリカ人の多くにとって、聖書とキリスト教は常識です。アメリカ人知的階層は古代ギリシャ・ローマ古典にも詳しくて当たり前です。軍経験がある、また軍事学教育を受けた者も多いはずです。



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宇宙服

 宇宙服、白兵戦。

 宇宙戦艦作品の華です。

『レンズマン』の宇宙斧とデラメーターの早撃ちから……いや、筆者が知らないスペースオペラ黎明期の作品たちでは、西部劇ヒーローの宇宙版たちが光線銃やナイフ、サーベルで華やかに戦ったことでしょう。

 それは時に『スターウォーズ』のライトセイバーとなり、さらにはモビルスーツのビームサーベルともなりました。

 

『宇宙戦艦ヤマト』ではしばしば激しい銃撃戦があり、勝利をもたらしています。斉藤とザバイバルの名勝負あり、古代進とデスラーの決闘あり、斉藤の立ち往生あり。

『さよなら銀河鉄道999』の父子相克も忘れ難い華やかさです。他にも偽エメラルダスとメーテルの決闘、時間城での機械伯爵との死闘など数々の名場面があります。

 

 装甲宇宙服の発展形であるパワードスーツも男心をくすぐります。『宇宙の戦士』を皮切りに、西洋では『エイリアン2』『アイアンマン』があり、日本アニメでも『機甲創世記モスピーダ』『マクロス』『ガルフォース』など数多く。

『タイラー』シリーズでもアザリンのカイザースーツ、また『真』では数々の面白いパワードスーツが設定されています。

 

『銀河英雄伝説』では加速度の問題からパワードスーツや人型巨大ロボットは否定されましたが、装甲宇宙服に身を固めた勇者たちが宇宙斧の直系子孫である炭素クリスタルの斧を手に、勇敢に戦い続けました。オフレッサー、シェーンコップ、そしてユリアン。ブラスターを手に戦うラインハルト、キルヒアイス、ルッツも華やかなものです。

『宇宙軍士官学校』でも、長く戦っているのに情報が乏しすぎる粛清者の情報をわずかでも得るため、宇宙斧を用いる白兵戦装備があります。新兵訓練としても、人類相手の治安維持でも重要です。

 

 

 現実の宇宙開発でも、宇宙服が活躍しています。特に印象的な写真の多くは宇宙服です。

 ヘルメットをかぶったガガーリン。月面を歩く宇宙服。ロープ一本で宇宙を舞い人工衛星を修理する宇宙飛行士。

 

 

 ですが、どう考えても宇宙服はばかげています。

 装甲宇宙服も、パワードスーツも。

 

 根本的に。人の身体を見てください。逆Y字に分かれた股。ここをどうやって、厚さ25センチの鋼板で守れというのですか?「三角形の球」と同じように、数学の次元で絶対的に矛盾しているのです。

 鎧の歴史でも、そして現実現在の防弾・耐爆装備でも、股間はどうしようもないのです。

 その股間にこそ、人体で皮膚に近い動脈としては最大のものが通っています。やられたら文字通り即死。以前ナイフ格闘のビデオを見ましたが、多くの例で狙いは喉でも心臓でもなく、股間でした。

 そして男性の股間にある睾丸が放射能でも破片でもやられれば、命があっても子が生まれなくなるか異常のある子が生まれる羽目になります。女性でも悲惨には違いありません。

 肘や膝の関節も、厚く装甲できないのは自明です。

 強烈な放射線が荒れ狂う宇宙で、宇宙服で行動するなど、頭がおかしいと断言できます。

 まして地球衛星軌道や月面ではなく、水星や木星衛星では、どんな宇宙服でもすぐに睾丸癌でしょう。

 

 またもっとばかげていること。風船に息を吹きこめば膨らみます。風船に少し息を吹き込んで、周囲を真空にしても膨らみます。

 宇宙服は膨らみ続けるのです。動けるわけがない。

 だから極端に気圧を少なくしたり、いろいろしているのです。それでも関節は動きにくく、爪がはがれる。

 爪をはぐなんて拷問の基礎です。

 

 さらに顔を拭けない、背中を掻けないという救いようがない問題があります。真夏に剣道の面をつけた人はそれがどんな地獄か知っているはずです。オートバイ乗りたちも。まして嘔吐は死を意味しています。

『銀河英雄伝説』でも、装甲宇宙服で長時間戦うには薬物。

 

 

 費用を考えても、宇宙服と……アームを極細にした小型ショベルカーの隙間をダクトテープでふさぎ、酸素ボンベと二酸化炭素吸収フィルターを入れたもの、どちらが高価でしょう?絶対に桁がいくつも違うでしょう。

 逆にそうではなく宇宙服を作ってしまった……単に関係者がバカだということもあるでしょうが、多くは指のように繊細な動きをするアームができなかったことでしょう。特に、機械の指が触れた感覚を生身の指に伝え、出そうとした力に対する反力を精密に伝えてくれるものは。

 そういう関節つきロボットの進歩は、きわめて遅い。

 また複雑な地形での移動、周囲を見る技術、見て判断するコンピュータの進歩も遅い。

 2011年でも、それから何年かたっても、遠隔操作ロボットで壊れた原発の中央部を、修理どころか見ることすらできないのです。

 現実の人類の宇宙開発では、費用は度外視、とにかく軽くて体積が小さいことが至上だった……でも、曲面を分解して重ね、組み立てて密封する透明棺桶+電池で動く細いアーム+酸素ボンベ・二酸化炭素吸収装置と、宇宙服。質量・体積ともどちらが有利でしょうか?

 棺桶のようなスペースの中でも、短いスクワットなどで発電することは可能でしょう。

 それで人形を操るようにアームを操ることも、アポロ計画の技術でもできたのでは?

 何より棺桶でも、鼻を掻くことができるのです。

 

 

 潜水服の膨大な歴史も絡むでしょう。圧力の方向は逆ですが、共通点は多いです。そして潜水服は油圧アームのはるか以前から、人類の文明にとって切実に必要でした。

 真珠とり、海に沈んだ船の財宝、巨大な橋を作るためのケーソン、船底の修理。

 海底ケーブルという、コンテナに並んで世界を大きく変えた技術にも関連します。

 潜水艦も戦史を大きく変えたものです。特に無差別潜水艦戦からルシタニア号をきっかけに第一次世界大戦にアメリカが参戦したことは、文字通り歴史の流れを大きく変えました。潜水艦を動かすには、どうしても潜水服というものはあります。

 

 それでも、海底で作業するには深海作業艇……大きい耐圧コクピットからマニュピレーターを操作するほうが、潜水服より優れていることはわかりきっています。

 

 

 もっと根本的な批判があります。これはもう、現実の戦闘機やアニメの人型機のパイロットすらも他人事ではないかも……オムツ。

 宇宙服はオムツを使っています。それだけで行動時間は短く、ストレスが大きく、作業後の洗浄その他に長い時間と多量の水が費やされるのは自明です。

 介護の事を考えても、なんとしてもオムツを囲炉裏に並んで歴史民俗博物館に叩きこまなければ。とてもオムツをはいて惑星に降下する気にはなれません。

 

 

 人型機についての批判が無数にあることは知っています。ですが、宇宙服も同様に批判すべきだとは聞きません。

 

 

 さて、その上で、『銀河英雄伝説』や『宇宙戦艦ヤマト』の戦いはどうすればいいでしょう。

 特に『宇宙戦艦ヤマト(旧シリーズ)』で結果を見れば、白兵戦の戦果がよすぎます。……比較対象が悪いだけともいいますが。

 1では反射衛星砲の攻略。ガミラス本星は波動砲と主砲で勝ちましたが。白色彗星帝国で都市帝国を屠ったのは戦闘機での強行着陸から中心炉破壊。『新たなる旅立ち』では白兵戦はありませんが、『ヤマトよ永遠に』では雪たちの白兵戦が勝利をもたらしました。『完結編』では、結果は失敗といえますがルガール大神官大総統を追い詰め、交渉もしています。

 戦闘機で敵要塞に着陸、そのまま白兵戦で中枢。それは、少なくとも全滅しかもたらさないマルチ隊形での波動砲斉射よりはるかに勝利につながります。

 だからこそ古代たちは時間を作っては激しい射撃訓練を欠かしません。

 しかし、そのたびにほぼ全滅しているのです。高い養成費用がかかる戦闘機パイロットが。

 

 さて、ではどのような装備をするべきでしょう?

 一番きれいな解は、『ガルフォース』の、戦闘機の脱出装置がそのままパワードスーツになる、です。

 問題は、大きくなると敵要塞内で、通れるドアが減ることです。

 スコープドッグでも、都市帝国やレンテンベルク要塞の狭い廊下は通れないでしょう。

 バイク変形パワードスーツも、見栄えはいいですが小さいドアを通れなければ悲惨なだけです。

 実際にオフィスビルや工場を考えれば、人間が生活する場で活動するのがどんなに難しいことかわかります。馬に乗った人……ケンタウルスも、小型オートバイも、フォークリフトもできないことが多いのです。

 

 理想は『サイボーグ009』、いやもっと小さいサイズ、それどころか『ターミネーター2』のT-1000。

 

 

 無理なら、多少通れる扉が少なくなっても、大きいバックパックを背負って行動時間を長くするべきでしょう。

 ゼッフル粒子があるなら、大盾と強力なクロスボウが答えになるはずです。

 

 ヤマトは、せめて小型スクーターぐらいコスモタイガーに積んでもいいのでは?思えばディンギルの機械馬はかなり有効でした。

 防盾と重機関銃を備えた、できる限り幅・高さが小さい全地形車両も積むべきでは?

 また、突入自体を主戦法と割り切って、多人数を積める装甲兵員輸送艇を備えてもいいのでは。それは本国の軍官僚が許さなかったかもしれませんが。

 コスモタイガーの機銃の一つを取り外し、台車に乗せて運べるようにしてもかなり違うでしょう。

 あとアナライザーを量産したらかなり違うと思います。

 使い捨てで一瞬だけ、人間に耐えられる限界の加速度で押し出してくれる装置があってもかなり違うでしょう。

 

 

 要塞戦闘ではなく、宇宙空間での修理その他……それを考えると、なぜ宇宙戦艦は、廊下のある気密の艦内で人が暮らしているのでしょう。

 いっそ、2LDK・30平米程度・風呂トイレ洗面所3点ユニットつきの一室をそのまま入れた、中型の宇宙船に乗りっぱなしにすれば?

 それが動き回り、必要なら手足をつけて中から操縦して、修理なりする。室内の作業机から主砲操作システムを接続して、命令を通信で受けて発砲する。

 廊下もトイレも何もかも常に気密にしておくのと、一つ一つの「機体」に全部あって艦船自体は真空なのと、どちらが必要な空気は多いでしょう?

 

 

 潜水服、海上船。ペイロード:燃料の比がとんでもない化学ロケットでの宇宙開発。

 それらの歴史を踏まえた娯楽は、ものすごく不合理なことになっています。

 そして現実の宇宙開発も、おそらく海中活動も。



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心か物か

感想などを受けて少し改稿します。


 銀河連邦の衰退は、『銀河英雄伝説』原作では精神的理由だけです。

「中世的衰退」と書かれています。

 だからこそルドルフは、要するに「退廃に打ち勝つ」と政権につきました。

 政策の多くも、統制=心です。間違った遺伝子統制もありましたが。

 

 物質的な理由は読み取れません。

 これは現実の歴史ですが、森を切りつくしたとか、農地が塩害で収量が減ったとかのような物質的な理由が。

 

 心か、物か。

 原作は心だけのようです。

 

 

『火の鳥 未来編』の衰退も、「なぜか」「人類自体が寿命」です。とにかく衰退していく。植民惑星も滅びる。ついには地下にもぐり、コンピュータにすべてをゆだね、核の炎に滅びる。

 また思い出すのが、『滅びの風(栗本薫)』。とにかく滅亡が予測される。

 ついでに言えば、『ファウンデーション』も帝国の衰退に、物質的な理由は語られていません。ただ衰退する、それが計算で予測される、計算通りに衰退した。

 どれも心だけです。

 

 パルパティーンもルドルフと同様、民主的に戴冠したという点で似た展開である『スターウォーズ』は?

 戴冠を求めさせた要因は?

 ナブーの侵略を元老院が対処できなかったなど、元老院の腐敗が語られます。

 またパルパティーン自身の、時間をかけた陰謀もあるでしょう……一人の圧倒的な手腕が歴史を動かした、と。

 それでも辺境と中央の対立構造は以前からあったようです。クローン戦争があったように。

 ジェダイ騎士団の硬直もあり、多くのプレイヤーの欲望が強くなる……

 やはり心が主要でしょうか。それほど描かれている感じはありません。

 

 

 筆者の知的な原点と言えるのは『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』(ジャレド・ダイヤモンド)です。

 まさに快刀乱麻。知の一閃で、なぜスペインがインカを滅ぼしたのであってその逆ではないのかを解明しました。

 それ以前の、名は忘れましたがNHK特集で、人類の歴史とは森を切りつくして文明が滅び、生き残りが次の森に着いて木を切って新しい文明を作る、その繰り返しである。そして今は次の森はない……という実に説得力の高い考えを学びました。

 だからこそ、筆者には強い信念があるのです。人類は軌道エレベーターを作り、宇宙という事実上無限の森を開拓し、地球をあとにして滅亡の恐怖から逃れるべきだ、と。

「地球は人類のゆりかごだ。しかし人類はいつまでもこのゆりかごに留まってはいないだろう」コンスタンチン・ツィオルコフスキー

「人類はすべての卵を一つの籠に、生命全部を一つの惑星に入れるという過ちを犯している。籠を落とす前に、荷を分けられることを希望しよう」スティーブン・ホーキング

 

 筆者個人としては、物質的な説明を好みます。銀河連邦、他の幾多の衰退した星間国家の衰退に物質がないとは思えません。

 あるとすれば海賊の隆盛……海賊による交易路の寸断は、古代ローマ帝国滅亡の重要な要素の一つです。

 ルドルフは海賊と戦って出世し、即位後も当然海賊と激しく戦ったでしょうが。

 

 拡大したこと、それ自体が問題だったのかもしれません。

 古代ローマが拡大しすぎて貧富差が拡大し、共和国から帝国になった……自作農が祖国を守って戦い、略奪品を担いで帰ってくるのが数日だったからよかった、でもローマが大きくなれば十数年にもなり、そうなれば残された女子供は自作農を維持できず土地を売ってしまい、持てる地主と持たざる者の構造ができたように。

 大きくなれば、それだけで質が変わります。

 ある程度以上の大きさの昆虫は、今の酸素濃度ではありえません……肺と血管を使わない呼吸システムでは大きくなれません。

 

 軍の中隊などの人数が100~150人なのは、人類はそれ以上の人数だと、自分以外全員の顔と名前と性格を覚え、仲間意識を持って息を合わせて仕事ができない……ダンパー数が進化によってつくられているからです。

 そして人類の歴史で、馬と戦車、灌漑によって多くの部族と奴隷を集めた、何万という人数が大陸級の地域を支配するようになれば、『枢軸の時代』が来ました。

 部族宗教ではなく世界宗教。一人のカリスマの大声では届かないので成文法。その他さまざまな支配技術の革新があって、やっと帝国が機能しました。

 

 古代ローマ帝国が共和制から帝政になったのも、規模が大きくなり、貧富構造も変化したローマを統治するためでもあります。

 ルドルフやパルパティーンの戴冠にも、その面があるのかもしれません。

 3000億人が、高価で無限速の超光速通信でつながり、領域横断に月単位の時間がかかる国家は、人類の本性レベルで不可能だったのかもしれません。

 

 アウグストゥスの戴冠はほかにも検討されつくしています。

 

 

 また、単純な幾何学が決定打になった可能性もあります。

 テラフォーミングでしたっけ、昔学研のムック本にあったと記憶していることです。

 要するに、無限に広く均等に住める星がある宇宙空間だとして、ワープ性能が変わらなければ星間国家が、単位時間に拡大できる範囲と星間国家の大きさの比が変化していく。

 単純な、二乗三乗則です。

 アメーバが1メートルになれない……相似で10倍サイズになれば内部体積は3乗で1000倍、表面積は2乗で100倍、「表面の面積」1単位あたりの「内部の体積」が10倍で増えてしまい、表面で水や酸素を出し入れするのが足りなくなる。

 それと同じことが、星間国家でも起きる。

 地球の周囲の多くの星のどれでも選べたのが、巨大星間国家の、表面の薄膜でしかなくなる……ワープ距離が同じでも。

 

 わかりやすく二次元に。

 方眼紙を用意してください。

 まんなかあたりに、『王』と書きましょう……将棋の王将、前後左右斜めどの隣にも動けます。

 王の周囲には一つの動きで八つとれる空きがあります。それは次男三男を開拓させたり、あるいは軍で侵略し奴隷と宝物を略奪できる場です。

 全体としては長さが2倍、面積2の2乗で4倍、周囲は2倍、ということです。

 

 次に四つの『王』を、『田』の字に固めます。同じ『王』を取って動くことはしない、としましょう。

 すると、どの『王』も動けるのは五つだけになります。さらに、他の『王』と取り合いにならないのは一つだけです。

 

 次には九つの『王』を固めると、真ん中の『王』は動けません。それ以外も取れる場所は減り、まして取り合いがないとなれば角の『王』だけです。

 

 大きな将棋盤に何百個も『王』の駒を固めると、『王』でできた領域の端の『王』だけ、それも常に隣と取り合いになる……三次元にしても本質は変わりません。

 

 開拓や征服に、中の方の『王』の次男三男が行きたくても、端に行くまでに旅費がかかります。その旅費が借金になって奴隷化されるリスクがある……なら中央の都市で働いた方が、ともなるかもしれません。

 また、隣の山を開拓するのなら、まいた種が実るまでの食糧は実家に取りに行けばいいです。凶作でもすぐ帰れます。

 でも海を隔てた新大陸では、それこそ凶作と同時に船が難破して来なかったら全員餓死です。

 

 といっても以前検討したように、『銀河英雄伝説』本編にも、人類領域内にも開拓の余地は多くありますが……低コストですが少ない居住可能惑星と、多数あるけれどコストのかかる鉱山極寒惑星などで、さらにややこしい計算になるかもしれません。

 

 中心部から端に行くまでの移動時間もかかり、それで事故にあう確率も高くなる……それも開拓を消極的にしたかもしれません。

 古代で言うなら、敵を襲って食物を略奪して帰ったり、あるいは税になる米を担いで都に行ったりするのに意味があるのは、一日1キロ食べ、30キロ背負って20キロメートル歩けるとしたら。30日以上かかる600キロメートル以上だと着いたら手ぶらになる……その宇宙版が起きるのかもしれません。

 

 さらに星間国家が大きくなれば星を結ぶネットワークの数も爆発的に増え、それもシステムを変えるでしょう。

 

 

 また、忘れてはならないこと……『銀河英雄伝説』が書かれたのは1980年代。

『銃・病原菌・鉄』は1997年。『21世紀の資本(トマ・ピケティ)』は仏語が2013年。『歴史の終わり(フランシス・フクヤマ)』は1992年。『大国の興亡(ポール・ケネディ)』すら1987年。『国家はなぜ衰退するのか』は2013年。『ローマ人の物語(塩野七生)』は2002年。

 田中芳樹は当時最高の知の持ち主ではあるでしょう。しかし、今の筆者が読んだ本を、当時の田中芳樹は読んでいないのです。

 今の歴史の根拠となった、南極で氷をボーリングして年代ごとに二酸化炭素や鉛の濃度を確認する……同位体と年輪で精密に何万年も昔の年代の出来事を知る……湖の底の泥を採取して、煤や花粉から世界的な気候や大災害を知る……それらの科学的歴史研究も知らないのです。

 

 逆にほぼ確実に、当時の田中芳樹が読んでいたであろう古典。

『西洋の没落(オズワルド・シュペングラー)』は2が1922年。

『歴史の研究(アーノルド・トインビー)』は1954年まで。

『世界史(ウィリアム・マクニール)』は1967年。同じマクニールの『疫病と世界史』は、邦訳は遅れますが1976年。

『神の国(アウグスティヌス)』『ローマ帝国衰亡史(エドワード・ギボン)』などは言うまでもなくずっと昔です。

『ファウンデーション』は1951年。

 

 さらに当時は、知的階層全体に今よりもずっと深くマルクス主義の影響がありました。特に下部構造が上部構造を、などマルクス系の用語が出てきたら……さらにマルクス主義でも様々な派閥の対立が知的議論全体を汚染していた……それが暴力を伴っていたのも当時から見れば最近のこと……

 それが、田中芳樹が物質面を書くことを忌避した理由かもしれません。その手の議論に巻きこまれたら悲惨なことになりますし。

 

 それら、人は誰も、田中芳樹も時代の子であることが、物質より心を優先したことに関係ないでしょうか?

 

 

 さて。

「中世的衰退」という言葉ですが、実際の西洋中世は馬具・水車など進歩は多いのです。

 むしろローマ帝国衰退期の、大幅な人口・技術水準の低下……文明崩壊がイメージされます。

 まあ、田中芳樹が銀英伝を書いた当時の常識もあったのでしょう。

 

 中世的衰退、でイメージされること。

 黒死病。

 古代ローマは略奪に依存し、奴隷が安いので機械化の動機がない、科学も水準は高いけど進歩はない。

 あとやはり蛮族と環境破壊。

 そして精神的な……退廃。特に性道徳の低下、質実剛健な武人から惰弱で贅沢な貴族。

『銀河英雄伝説』でも要するにモラルの低下があり、開拓が減ります。科学技術の進歩も止まりましたが、それは精神的な退廃の結果とされます。

 

 

 今の筆者が知っている、帝国が衰退する理由……

 まず環境破壊。農地が塩害にやられ、生産力が落ちる。森林が破壊され、洪水が頻発し水の土砂が増えて水路が埋まりやすくなる。

 健康状態が低下すると伝染病も多くなる。

 金属・木材・石材など枯渇性資源も減少し、なにを作るにもコストが高くなる。

 結果軍事力が低下し、飢える人が増え、反乱や異民族の侵入が増える。

 あとは地方の独立、人口の急減、技術水準の低下……。

 要するに、木を切りつくせば食事を出せなくなり、食事が出なければ人は暴れ、国は亡びる。

 

 そう考えると、銀河連邦~帝国の衰退は実に不可解なのです。

 資源がなくなることは実質ありえないのですから。原作にも、居住可能惑星が開発されずに放置されたという記述があります。

 作中に描かれていない、必須で入手に制限がある資源があるのかもしれません。核融合、ワープなどの中枢技術に必須な……『スタートレック』のダイリチウムなどのように。

 いや、そうだとしたら、同盟との交易で入手できるはずです。同盟を発見した後の帝国は密輸だけでも爆発的な経済成長をしていたでしょう。

 

 無論筆者も、現実の歴史の文明の衰退の理由が、環境だけとは思ってはいません。

 格差の拡大、身分の形成による社会の変質。これは今も昔も変わらぬローマ史の本質です。

 単純に強すぎる遊牧民帝国に踏みつぶされた帝国もいくつもあります。

 古代ローマ、中国やイスラムが産業革命に達しなかった……良質の炭田と直結した水路がイングランドにあったこと、衰退前にアメリカ大陸を手に入れたこともあるでしょう。が、やはり科学の発達を、疑うことを許さない、ペンを持つ身分とノコギリを持つ身分を分ける文化もあるでしょう。割れない器を発明した者を皇帝が斬首することもあるでしょう。

 制度……財産権、法の支配、科学技術容認、資本。それらも重要でしょう。

 

 それでも、やはり心ではなく物のほうが筆者は個人的に好みです。

 

 

 それらを考えているうちに疑問になること……

 3000億人から全体で400億人まで人口が減ったのは、帝国と同盟の戦争のためでしょうか?

 それとも同盟を『発見』して戦争が始まる前にはもう帝国の人口が減っており、同盟は増加が止まっただけでしょうか?

 その人口減少は帝国の制度のせいでしょうか?それとも連邦の衰退の延長でしょうか?

 原作からわかることはあまりにも少ない……だからこそ想像の余地がある、と。

 

 また、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの最終的な評価は、衰退を加速させたのでしょうか、それとも減速させたのでしょうか。

 一時的に衰退を止めて、そしてよりひどい衰退をもたらしたのでしょうか……アウグストゥスが帝政を始めてローマの社会的な矛盾を一時解決し、衰退を何世紀も遅らせたように。

 

 ただゴールデンバウム帝国のシステムは、国民を効率的に動員し、未開発星系の開発を進める、という方向にはいきません。衰退を止めたいというならそうすべきなのに。

 新しい技術を開発する、という方向にも行きません……むしろ自動化を忌み嫌い、科学技術を後退させた印象があります。

 心にしか関心がないかのように。

 

 もとより異論を許さない体制は、科学技術には不利なのです。

 エルサレムがクレーターでないことが最大の証拠です。イランも、イスラム原理主義テロ勢力も、核兵器の自力開発ができないのです。

 中南米の麻薬組織も、アフリカの原理主義武装勢力も。

 ソ連が負けたのも。

 科学よりも、教義や権力が優先になった時点で、自力で技術を進歩させて超兵器を作り出す能力は低下し、既存の物を買うしかなくなるのです。

 

 そして、原作後を想像するときに思うことがあります。

 あの人類に、発展の余地があるのでしょうか。ヒルダがどれほどうまく統治したとしても。

 ずっと後にも、歴史家がいる程度の文明はあった……ユリアンにも未来がある程度の平和と安定はあったようですが、肝心なのは衰退・人口減少傾向は逆転したのかです。

 ロイエンタールが同盟領の腐敗を一掃し、それによって同盟の社会はよくなった、という描写が原作にありますが……そのように、制度をよくすることによって衰退傾向は逆転できたのでしょうか。

 

 もし資源不足であるのなら、旧同盟領もあるのですから資源不足は解決されたはずです。

 同盟はあれほど激しい人口・戦艦数の成長をしました。連邦の時点でも多くの放棄された居住可能惑星があり、旧同盟領にもウルヴァシーなどがあります。

 少なくとも、一人当たりの生産性が半分である帝国が同盟並みの生産性になれば、それだけでも全人類の生産量は約1.5倍になります。

 

 

 心か物か。

 なぜ銀河連邦は衰退したのか。なぜ人口が減ったのか。なぜ同盟は戦争で衰退過程に入ったのか。

 原作はそれらを詳しく書いていません。読者、二次創作作家の想像にゆだねられていると言ってもいいでしょう。

 いくつもの優れた二次創作がそれらを分析してもいます。

 

 

 そして今。この現実。

 今の人類は衰退しているのでしょうか、興隆しているのでしょうか。

 科学技術はこれ以上進歩するのでしょうか。

 

 人類は核兵器を用いたロケットの研究を禁じました。それを用いてものすごく無理をすれば、今の人類でも少人数の世代間宇宙船を別の恒星に飛ばすことは可能かもしれないのに。常に少人数の出産可能な、産婦人科医の技術も持つ女性を原発~水耕農場で維持し、大量に備蓄された冷凍受精卵を産み育てるという方法で。

 まあ外道ですが、人類が滅びそうならやる価値はあるでしょう。

 明日の晩、三年後に地球が滅びることがはっきりする、だったら二十年前に水爆を使ってでも少人数移民船を出しておけばよかった……となるかもしれないのです。人は全知ではないのです、だからr戦略を、「一つの籠にすべての卵を入れるな」とすべきです。

 軌道エレベーターは繊維がないので無理ですが、その一種である極超音速スカイフックは現在実用化されているケブラー繊維でも可能だとか。でもやっていません。

 

 今の現実の人類も、『心』ゆえに衰退しているのでしょうか。それとも、あくまで『物』なのでしょうか。

 軌道エレベーターを可能とする繊維が、核融合を実用化する何かが、電線になる液化窒素温度の超電導素材が発明されればすべては一変する……そう思いたいのです。

『心』であれば、意図的にできることはなにもありません。『物』であれば、発明ひとつで一変するかもしれません。

 むなしい願望かもしれませんが。



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水耕農場・トイレ

サブタイトルでわかるでしょうが、お食事中や潔癖な方はご注意を。


 ラインハルトが同盟に実質勝利した……それ以後のすべては消化試合といえる、焦土戦術。

 

 なぜそんなことが、宇宙時代に可能なのでしょう。

 ヤマトが持っていた、食料生産システムがあれば焦土作戦は無意味でした。

 その技術はヤマトの世界でも十分に活かしているとは言えない、『銀河英雄伝説』のみならず多くのSFのボトルネック技術です。

 

 

 原作では、帝国領に侵攻した同盟軍は200の惑星を占領し、そのうち30が有人惑星とあります。

 五千万人の180日分の食が必要。

 食用種子。人造プロテイン。水耕農場プラント。

 

 180日、約半年というのは、種子が届いてから収穫までの時間でしょうか。

 つまり農場破壊はやっていないということです。

 オーベルシュタインは戦後のことも考えていました。食料を奪った帝国からも、食わせられない同盟からも、民の心を離す。その民は食料を持ってきたラインハルトに忠誠を誓う……誰が食料を奪う命令をしたかなどは忘れる。

 そのためには、恒久的に農耕不能にするべきではない。一時的な飢餓で十分。

 人間を正しく軽蔑しきった戦略……。

 

 

 また、水耕プラントなども輸送艦に積めるということです。

 水耕プラントなしに、短期間で育つ作物だけで生きるのが困難である、ということも示しています。

 現実の地球、特に日本では、村を追われたり備蓄を奪われたりしても、山の草や獣、川魚、木の根や皮である程度は生きられましたが、それもないということです。

 

 

 同盟の戦艦に「大小便を食物に戻す」システムがあれば、戦い続けられたのです。

 機械Xがあれば。機械Xから電源コードを核融合炉に、ホースをトイレのタンクと水道につなげてトイレを使いながら動かせば、機械Xについている無料自販機から絶対安全完全栄養のカ〇リーメイトとミネラルウォーターが出てくる機械Xが。

 大小便にこだわらなくても、たとえば燐・カルシウム・鉄などミネラル・肥料を多少積んでおき、艦内空気から核融合炉のエネルギーを用いるハーバー・ボッシュ法で窒素肥料をつくり、それと水を核融合炉のエネルギーで照らす水耕農場に入れて、食料を得てもいいのです。

 窒素肥料ならハーバー・ボッシュ法でなくても、太陽系の大きい衛星や冥王星にいくらでもアンモニアがあることは今の筆者は知っています。執筆当時もある程度は予測できたでしょう。

 でもそのシステムがなかったのです。ヤマトと違って。

 だから、要するに餓死より戦死したいと叫び……事実上全滅。まさに腹が減ってはいくさはできぬ。

 

 予備エンジンと艦内プラントをシャトルに積んで飢えた地上におろし、リン鉱山でも掘るか、人々の大小便でも集めるかしてプラントに入れ、みんなを食べさせる……

 それもできなかったのです。

 

 イゼルローン要塞の水耕農場は小麦タンパクやビタミンを供給します。森林公園も酸素供給をします。

 だからこそ、ユリアンは50年籠城して民主共和制を守る覚悟をしました。イゼルローン要塞は50年間、自分の部品や消耗品を供給し、水耕農場で栄養を供給し続けられるものだったのです。

 

 アーレ・ハイネセンが出発したイオン・ファゼカス号……ドライアイスの船にも、まず間違いなく水耕農場システム・栄養プラントがありました。極寒の鉱山惑星であり、農業は不可能だったでしょう。また水耕農場システムがないとしたら、長旅は絶対に不可能。

 それは、ドライアイスの船でたどり着き、地下に隠れて超光速船を作った工場で複製できたのです。

 それで長い年月旅を続け、バーラト星系にたどりついたのです。

 

 戦艦には載せられない。イオン・ファゼカス号やイゼルローン要塞には載せられる。『銀河英雄伝説』の食糧生産システムは、そういうサイズなのです。

 また、長くて月単位の戦いしかしない同盟の建艦思想もあるのでしょう。できる限り余分を省き、兵站を絶やさずに戦うことしか考えない。

 食料だけあっても、ミサイルや消耗部品がなければどのみち戦力はほとんどなくなる、だから補給依存で問題ない……でしょうか。

 

 逆に、皇帝の称号が全人類統一政府を命じているため叛徒征服を諦められない帝国の艦隊には、食料生産プラント艦や修理工場艦はあるのでしょうか?

 ダゴンや、コルネリアス帝の艦隊は、また同盟征服に成功したラインハルトの艦隊は?

 いや、それはない……ラインハルトはウルヴァシーを兵站基地とし、ヤンの兵站破壊に苦しみ、将はアムリッツァの同盟軍と同じ目にあうと悲鳴を上げました。

 ガイエスブルクを使い潰さず、ここで持ってきていれば……

 

 そうそう、エル・ファシルでの人間狩りが成功していれば、300万人を何日食べさせ飲ませ空気を浄化する必要があったことか。大小便だけでどれだけ出たことか。その準備はできていたのでしょうか?

 トイレや食料を与えず縛ったまま放置するのは人を奴隷化するのに有用な拷問の一つですが、人は水がなければ数日、空気がなければ数分で確実に死ぬ……

 

 

 興味深い比較があります。『彷徨える艦隊』の主人公側、アライアンス艦隊です。

 アムリッツァの同盟と同様、動員可能戦力の大半で敵国中枢に飛びこみ、見事罠にはまって壊滅しました。

 自由惑星同盟と運命を分けたのは、工作艦です。……ギアリーと、彼に指揮権を譲って死にに行ったブロッホの功績も大きかった、とはいえ。自己犠牲や奮戦はどちらにもありました。

 アライアンス艦隊には、数隻の巨大艦、工作艦が含まれていました。

 鈍足でほぼ非武装な厄介者です。

 ですがそれがなければ、艦隊は諦めるしかない……敵も徹底して狙ってきました。

 内部に工場がある工作艦。艦を修理する部品、動かすための燃料電池(現実の燃料電池とは違う、乾電池のようなもの)、ミサイルやブドウ弾を作り続ける。

 敵の鉱山小惑星を占領できれば、そこから必要な原料を採掘する機械すら内部に持っているのです。

 アライアンスは敵シンディックに比べ、敵陣で戦い続けることを重視します。クルーが多く艦を修理する能力が高いです。シンディックは民間委託した修理船に頼る、自分の領土で戦うことを前提にしています。コスト節約を優先しています。工作艦もシンディックにはありません。

 ただし、工作艦があっても残念ながら食糧の自給はできませんでした。餓死に瀕することはなかったにしても、アライアンス艦隊は食糧配給制限に苦しみ、ポケットに入る食料の不味さ味気無さ……いいものはなくなり、アライアンスで最も人気がないダナカ・ヨルク、それよりもっと不味いシンディックの倉庫から奪った糧食に苦しみました。まあ飢餓がなかったのですから、うらやましがる作品もあるでしょうが。

 工作艦に食料を作るシステムがなかったことで苦しんだ……そのことは後にも改善されていません。その世界では、それほど食料生産は困難だったようです。

 ……シンディックは、可能性がある星系すべての食料を消し去っていればよかったのです。

 

 食料生産設備がないことが致命的になることもあります。『銀河の荒鷲シーフォート』では、長期間の補給不能航海を余儀なくされ、死者を食うかどうかすら議論され、餓死者も出ました。

 他にも宇宙で飢える話は多くあります。

『火星の人(アンディ・ウィアー:日本での映画名「オデッセイ」)』はほとんど食料生産の話です。

『再就職先は宇宙海賊(鷹見一幸)』も食料不足で苦労します。逆に言えば小型のトイレ~食物再生設備がないということです。

 確か『タイラー』シリーズでも、追われて食料制限に苦しむ話があったと思います。

 他にも少人数で追われる話は、『スターウォーズ』『クラッシャージョウ』など多くあり、それぞれ食糧問題は重大でしょう……描かれていないにしても。特に小型船で追われる場合、食料プラントを積む余裕もないし備蓄食料も少なく、より苦しいでしょう。

『七人のイヴ』では、宇宙船の一つで食料生産プラントを構成する藻類が病気にやられました。それで大半は餓死、人食いとなった生き残りの子々孫々まで差別されました。かけがえのない資産も失われました。

 

 他にも、特に技術水準が低い宇宙事故の話……まあ餓死以前に酸素や水で死ぬことも多いですが、救助がなければ欠乏で死ぬし、吐いた息・大小便をまともな空気・水・食物に戻せれば死なないわけです。

 現実の地球で二酸化炭素を酸素に戻すのは日光エネルギーを利用した植物ですし、大小便を食物に戻すのは土や水の微生物と植物の合わせ技です。水も日光エネルギーで蒸留されています。同じシステムが、三つとも循環させているのです。

 実質的に「そのシステム」の有無が生死を分けてしまうのです。

 

 逆に300メートルない小型艦で食料生産が可能なヤマトこそ、多くの作品の人々がうらやむでしょう。

 いや、今現実の米海軍も、空母や戦略原潜で食料生産が可能なシステムがあれば大金を出すでしょう。

 それ以前の問題。船上や戦地で容易に新鮮な食料を作ることができていたら、兵糧攻めも焦土戦術も無意味、壊血病や脚気もありません。

 ……屯田(とんでん)、というものがあります。開拓農業もする軍。食料補給を節約できますが、自立されるリスクもあります。古代ローマ軍も工兵能力が高く、都市・道路などインフラ整備も行いました。

 軍による現地食料生産……これは軍事史的にもかなり重大なテーマでしょう。

 

 規模的には極端ですが、白色彗星帝国も内部で食料・艦船を生産できる、完全に完結したシステムと思われます。これには、『ファウンデーション』でベル・リオーズ提督を破滅させ第一ファウンデーションを守った、強い皇帝と強い将軍のジレンマが起きないという長所もあります……コルネリアス帝も巨大艦に宮廷全員詰めて侵攻していれば、宮廷クーデターなど起きず確実に同盟を落とせたのでしょう。

『天冥の標』も、圧倒的な規模とエネルギーの安定供給が期せずして大小便~食料リサイクル設備となりました。膨大な犠牲を忘れてのことですが。

『銀河英雄伝説』のイゼルローン要塞には、食料生産・艦船修理・将兵休養も可能であるという強みもありました。……それを考えると、ラインハルトが同盟侵攻で別の要塞を運ばなかったのは……ちょうどいいものがなかった(アニメですがW形のガルミッシュ、小惑星をくりぬいたレンテンベルクはワープに適していないと思われる)、同盟が艦隊を再建しないうちに早く征服したかった、などがあるでしょうか。

 逆に自由惑星同盟も、食料プラントを備えた超巨大船を作ってから侵攻していれば……国家全体が発狂していたことがよくわかります。

 

 

 食料生産をよく考えているSFをほかにも挙げておきましょう。

 

『われはロボット(アイザック・アシモフ)』で、酵母農場システムが詳しく描かれています。

 多様な酵母を大量に栽培し、品種改良などで多様化させて組み合わせることで、ビフテキと栄養・味・見た目・香りすべて区別できないものを作る。

 その生産量の不調などは、人類の在り方そのものの変化とも関係することでした。

 

『スタートレック』のレプリケーターも派手ではありますが、資源をリサイクルして食糧を生産する設備としてまさにベストなのです。

 それがあるからこそ、五年もの長期ミッションが可能になるのでしょう。

 ただし、『ボイジャー』では限界が出て、キッチンを作るなどしました。

 

『銀河鉄道999(松本零士)』には合成ラーメンなどがあります。それがどう合成なのかは覚えがありません……エネルギーで、水と二酸化炭素から直接グルコース(ブドウ糖)を合成し、それを組み合わせてデンプンを作り……とやっているのか、それとも微生物を使っているのかもわかりません。

 あちこちの、人工性が強い星で食べられており、逆に天然のラーメンなどは素晴らしいごちそうとされます。

 

『嘔吐した宇宙飛行士(田中啓文)』では、合成されたチーズの不味さが強烈に描かれています。

 技術が現在のように発達する前の、インスタントや人工性が強い食べ物……もしかしたら戦中戦後の貧困の中で食べられた、天然とは少し違った安価な食物や、屋根のない船で赤道を越えて地球を半周した小麦粉や脱脂粉乳の援助食……の記憶があるのかもしれません。

 

『SF飯 宇宙港デルタ3の食料事情(銅大)』も考え抜いています。超知性がどこかに行ってしまって残された技術で苦労している人類が、様々な食用藻類をいかに味付けして少しでもましな味にするか、それも古い機材で、という苦労が丁寧に描かれています。

 必要十分・最低限の食事が徹底して供給されていること、その副食に満腹作用があることから超知性の人類を操る姿勢も見えることも印象深いです。

 

『宇宙軍士官学校』でも、人類は地下やコロニーに避難します……アンブロシアと呼ばれる変な食用生物が輸入されたり、閉鎖生態系の専門家が出世したりしています。

 

『天冥の標』では、宇宙服規模で水・食料・空気を完全に循環させ、一人でずっと生きられるシステムができました。

 それも潜在的に人類の在り方を変えるものです。

 

『火の鳥 太陽編』では、スラムと下水道を合わせたような地下に閉じ込められた下層民たちは、ゴキブリやネズミを調理して主食にしていました。

 

『戦闘妖精雪風(神林長平)』では、生物分子の右手系・左手系が重大な違いになることがショッキングな形で描かれました。

 

『ファウンデーション』では首都星に食料を供給することが帝国の主要な仕事であり、それができなくなったすなわち滅亡でした。そして首都星は大略奪ののち、地面を覆いつくす金属を売って農業惑星になりました……現実で大都市が農業の最適地に育つのと同じ構造があったこと、また農業の技術が残っていたことも読み取れます。

 

『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫騒動は抱腹絶倒。そしてもし現実にバター虫があれば、超災害になるリスクがある反面非常に便利でもあります。

 

『デューン 砂の惑星(フランク・ハーバート)』では、食料とは対照的に極度の水不足で生きる部族の生態が細かく描かれました。

 

『マクロス』シリーズのゼントラーディも、惑星に足をつけずに生活できる以上食料生産システムはあると思われます。

『星界』シリーズのアーヴはどうでしょう……

 

 

 恒星間航行船があっても、食料を得るのは難しいことだ、とも言えます。

 水耕工場を、戦艦に気軽に置けるサイズにするのは簡単ではないのです。現実の歴史でも、戦艦に水耕農場があればどれほど便利か、しかし完全自給は実現したことはないのです。

 現実でも、バイオスフィア2は失敗に終わりました。2018年の今も、宇宙ステーションでの食糧自給は夢のまた夢です。

 ほとんどのSFでは、駆逐艦の核融合炉を特殊な機械につなげ、どこの星系にもあるであろうアンモニアとメタンと水氷を砕いて流しこめば、ブラインドテストで農場~家畜~で作った本物と区別がつかないチーズバーガーが出てくる……とはいかないのです。

 なぜ?

 

 アンモニアは窒素と水素。メタンは炭素と水素。水は酸素と水素。二酸化炭素は文字通り酸素と炭素。

 デンプンや脂肪は水素と炭素と酸素。タンパク質は、水素と炭素と酸素と窒素。

 あとはビタミンやミネラルに必要ないくつかの金属など。

 材料はそろっているはずです。

 今の太陽系でも、木星や土星の惑星、冥王星などにアンモニアやメタンは存在が確認されています。それもとんでもない、膨大な量が。

 その他、リン・カリウム・カルシウムなどはそれほど多く必要ではないですし、まあ宇宙ならどこでも手に入るでしょう。

 なぜできないのでしょう?

 

 気がついて少し調べましたが、どう調べても、この現実で「グルコース(ブドウ糖)」「脂肪」「アミノ酸」を、電力で窒素・酸素大気と二酸化炭素と水からダイレクトに作る方法が見つかりません。植物が光合成でやっていることが、実験室でも工場でもできないようなのです。

 また、2018年9月現在、最近ネットに出た記事です。

ttps://gigazine.net/news/20180906-nasa-competition-mars/

ttps://www.nasa.gov/directorates/spacetech/centennial_challenges/co2challenge/challenge-announced.html

 NASAが、二酸化炭素から食物を作る方法を、21世紀の今求めるほどに、それは発達していない分野なのです。

 そして筆者が知る限り、今の時点でも、宇宙ステーションなどでは食料を農場でも工場でも自給できず、地球から運んでいるのです。レタスの栽培実験ぐらいはあるにしても。

 

 メタノールは高熱と天然ガスで作れます。そのメタノールを微生物に食わせて家畜飼料にする、という話も聞きません。天然ガスも再生不能資源ですが、現在の人類の主力燃料ですし宇宙では実質無尽蔵です。

 メタンを簡単にグルコース(ブドウ糖)やリノール酸にする方法も知られていないようです。

 他にも高熱と触媒を用いる、炭化水素の製造法はあるようです。

 グルコース(ブドウ糖)は同様の方法で簡単に作るとはいかないようです。

 

 容易に得られる水素やメタン、硫黄化合物などを利用する化学合成細菌を利用する食料生産も、今のところ存在しない技術のようです。

 

 

『火星の人』でも、ハブ内で砂に糞を加えて土とし、ジャガイモを育てるというやり方をしました。とても効率が悪く、それゆえに事故がなくても次のミッションまで四年食い続けることは不可能でした。

 燃料は火星の大気と原子力熱電池(放射性同位体熱電気転換器/RTG)と持って行った水素でいくらでも作れたのに。

 農場は広いスペースを必要とするので、宇宙船にはとても載せにくいのです。

 今NASAが求めている、電力で直接水と二酸化炭素をグルコース(ブドウ糖)にする方法ができれば、『火星の人』も『銀河英雄伝説』も苦労はなかったのです。

 

 

 何よりも、今の現実の人類の食糧の大半……

 化石地下水を化石燃料でくみ出し、それに化石燃料で作った化学肥料を入れて、実質砂漠地帯に巨大スプリンクラーでまいてトウモロコシを育てる。先住民を皆殺しにし、ジャーナリストも暗殺して熱帯雨林を皆伐し、大豆を育て、土地を使い捨てる。

 トウモロコシと大豆を豚・牛・鶏に、巨大工場のような畜産施設で食わせる。

 これが、今の現実の人類の間では、圧倒的に、桁外れにコストが安いのです。

 熱帯雨林皆伐からアブラヤシのプランテーションもそれに次ぎますか。

 

 人道的にもくそったれで持続可能性もないですが、他の方法は競争に勝てない。

 天然ガスと水と大気から、あるいは火力発電所の電力と二酸化炭素と水から直接グルコース(ブドウ糖)を作れれば、それは変わるでしょうか。これほど無尽蔵に天然ガスエネルギー・石油化学製品を使っているなら、変わるかもしれないと思えますが。

 

 

 ここで素朴な疑問があります。

 ガラス容器に、真水でも海水でも入れる。

 水に肥料を混ぜる。

 微生物の種になる、真水なら普通の水たまりの水、海水なら浄化していない海水を少し加える。

 二酸化炭素ありの空気も入れる。

 光を当てる。

 時間をかければ、当然肥料と二酸化炭素を使い光合成で、藻類が増えるはずです。

 それで濁った水を、濾過(ろか)や遠心分離して、得られた汚泥をそれを食べる虫に食わせる。あるいは濁り水自体を貝のような濾過食動物に与えたりする。

 虫や貝はそのままでは食べられなくても、ニワトリやネズミの餌ぐらいにはなるでしょう。

 それで海上で食物を自給するシステムを、筆者は知りません。

 外洋を長期航海する近代の軍艦に、食糧自給システムがあればありがたいでしょう。離島の基地も食料を自給できたら有利でしょう。でもありません。

 

 同じシステムは宇宙空間でも可能でしょう。

 SFになり、冥王星や、それぐらい恒星から離れた宙域で活動するので日光がない、なら核融合炉から電灯でいいでしょう。

 

 それは新しい水と肥料でなく、人間が生活すると出る下水でも、宇宙地上問わずできるでしょう。汚物を食う昆虫、汚水で繁殖する微生物を食べる濾過食生物などから食料を得ることはできないのでしょうか?

 それ自体は不潔でも、何段階も食物連鎖で浄化すれば……下水ためでハエやカ(ハエの幼虫は多様な汚物や微生物を食う。カの幼虫は水中微生物を濾過して食べる、強力な水浄化者)を育てる。空に飛び立った成虫をアシナガバチのような社会性肉食ハチに食わせる。ハチの蛹をニワトリに食わせて卵を取る。殻のままの卵を消毒液で洗ってから割って強く加熱する。そこまですれば、病原菌は残っていないでしょう。

 あるいはキノコに与えたりしても、清浄な家畜飼料なら得られるでしょう。汚水で貝を育てて豚に食わせても、肉や乳や血液には問題はないでしょう。ついでに乳や卵や血液は殺さずに得られるので効率がいいです。

 現在問題になっている、緑のペンキのような湖や酸欠で生物がいなくなるほど富栄養化がひどい海域でも、適切な生物を大量養殖して、水を浄化する・飼料や肥料を得る・二酸化炭素を減らすを同時にできそうなのに、それもなされていません。

 

 いや、なぜ、現在現実の宇宙ステーションでやっていないのでしょう?なぜいまだに重い食物を地上から運んでいるのでしょう?

 それほどにそちら方面の技術は困難を極める、ということなのでしょうが。

 よほど何か問題があるのでしょうか。

 考えられるのが、徹底的に光合成は効率が悪いということ。電灯が蛍光灯で10%など、さらに光合成が1%ぐらい。千分の一しか使えないのです。

 そのため、太陽光を使うとしても大面積が必要。『火星の人』も、ハブの面積の少なさで恒久的生存は不可能でした。

 

 分離した汚泥をハエの幼虫に食わせ、成虫を熱風で滅菌してからニワトリやモルモットの飼料とする、というのは大面積の問題がない、なぜないのかが不思議なほどです。

 

 

 トイレそのものも重大です。

『銀河英雄伝説』の戦艦ユリシーズには微生物排水処理設備があり、それが壊れたことで例の笑い話が出ています。

 微生物排水処理…汚水で足が汚れるぐらいの。

 そんな事故は現実のアパートでも、あるいは船でもありそうです。筆者も台所や洗濯機の事故で床に水たまりができた経験はあります。

 でも不思議では?

 少なくともホーンブロワーの帆船に、そんな事故はないでしょう。海に尻を突き出してそのまま落とすのですから。艦長や貴族はおまるがあるにせよ。ついでに昔の列車にもないでしょう、外に放出していたのですから。……雪に埋もれたオリエント急行は……

 逆に宇宙船なら、水の回収を考えなければもっとも簡単な処理法があります……宇宙に軽い圧をかけて噴き出す。いくら密集していても僚艦を汚すということはまあないでしょう。……『大航宙時代(ネイサン・ローウェル)』ではお偉方の船の展望室に、前の船が放出した汚水がかかったせいでリサイクルシステムが普及したとかあったそうですが。

 

 つまり、現代の浄化槽や、現実の、比較的最近(海洋投棄が許されない)の豪華客船水準の処理はしているということです。

 おそらく水分をできるだけ回収し、トイレを流すなどの中水として使っているのでしょう。

 さらに風呂・洗濯・食器洗浄は、飲食~大小便とは桁が違う量の水を消費します。

 また艦内の、艦載機のメンテナンスや機械の修理、原子炉やビーム砲の冷却にも膨大な水が使われるでしょう。

 それを全部使い捨てではたまったものではありません。

 水を回収し、浄化して再利用するのは戦艦には必須なのでしょう。水は空気と違って圧縮できないという困難があります。氷装甲という手もありますが、それは少数派です。

 

 食料生産には至っていないようですが、『大航宙時代』の下水処理システムは水と空気の98%をリサイクルするという重要な役割がありました。

 また主人公は、その汚泥をキノコ栽培に活用する方法を考えました。

 

 ギャグですが『Dr.SLUMP ほよよ!宇宙大冒険』では小型宇宙戦艦にトイレがなく苦労し帰りに褒美として所望しました。原作でも宇宙船化した自動車で宇宙に出て、トイレの事を考えていなかったためえらいことになりました。どちらもそこらの惑星に着陸して野外で用を足すという危険極まりない……

 

 

 それらを考えれば、この考察をするには現実の戦闘艦や大型客船の水処理について学んでおくべきでしょうね。

 ただし、宇宙は海とは違い、海水使い放題ではありません。その点大型旅客機のほうが参考になるかもしれません。ただ、旅客機で何日もすごし、入浴や洗濯もあるということはあるでしょうか……

 

 

 小規模で汚水を処理する……水・食料・空気を恒久的に得られるシステムは、世界を変える力があります。現実もSFも。

 そのシステムを、イオン・ファゼカス号に載せることができた……それこそが自由惑星同盟を可能としたように。

 そのシステムが、本国から独立して人が生きられる最小単位を決めるのです。

 逆にそのシステムを許さず、食料を本国から送っている限り、本国は生殺与奪を握り続けることができ、効率的な徴税も可能です。植民地を塩などの専売で支配し続けるのとも同様の構造です……ガンジーの抵抗が、二十世紀半ばだったのに「塩」だったことが思い出されます。

 居住可能惑星の判定基準としても、外で畑を作って食料を生産できるか否かは、外で呼吸できるかに次ぐ重大なものでしょう。特に『銀河英雄伝説』では多くの星が土での農業と栄養プラントの両方に依存しているようです……必須栄養素を自給できる作物セットを与えず、本国が握る構造があるのかもしれません。

 意図的ではありませんでしたが、スペイン帝国が中南米で、先住民が伝統的にやっていたトウモロコシの石灰処理やアマランサス栽培を禁じ、ペラグラなどの必須栄養不足病が蔓延したことも思い出します。理解した上でそれをやれば、植民地の生殺与奪を握ることも、武器を用いない虐殺もできたのです。

 

 また、水・食料・空気の循環システムは、森があり恐竜が歩いている惑星でなくても開拓を可能にする……循環システムが高価であれば、条件のいい惑星でなければ開拓が採算割れする、ということにもなります。

 食料はないにしても、水・空気を循環させ維持するシステムは軍民問わず宇宙船には必須でしょう。そのシステムの生産性はすなわち軍民問わず船すべての生産性でもあります。

 

『銀河英雄伝説』の技術体系のヒントにもなります。

 イゼルローン要塞では小麦タンパクが主要なたんぱく源。家畜は育てていないらしい。

 水耕農場だけで完結しているところが少ない。

 地面農業だけで、家畜も含めて完結しているところも少ない。

 昆虫や、その他小動物家畜も考慮されていない。

 

 辺境惑星が、「艦船で持って行ける程度の食糧を自力で作っている」「設備は破壊可能だが、輸送艦に載せられる程度の設備で戻せる」こともわかります。

 逆を言えば、現地で食べる食料を作ることを禁じて生殺与奪を完全に握る、というわけではないのです。

 現実の歴史でのプランテーションでは、「自給作物を作らせない」が肝要でした。

 

 

 多くのSFにある強制収容所や捕虜収容所も、食料が本質にあります。

『ヴォルコシガン・サガ』の『無限の境界』はとんでもない食糧分配システムで捕虜を苦しめ反抗の余力を奪った収容所を描く傑作です。

『彷徨える艦隊』では何度も捕虜収容所からの救出ミッションがあり、捕虜が隠されていないか探るには食料の流れを調べるという発想もありました。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』も捕虜収容所での戦いがありました。

 

 現実の歴史でも、強制収容所・捕虜収容所などきわめて多くの場で、食料をどう調達し分配するかは本質的な問題です。パンは容易に酒になるという問題もあるのです。

 軍隊もそうでしょう。

 そして今の失敗国家で、武装勢力を構成する重要な要素に、援助食糧の分配があります。

 食料を支配すれば生殺与奪を支配し、絶対の権力を持つことができる。逆に食料を生産できれば、生殺与奪を奪い返し独立できる。

 

 これについては、筆者は何も知らないに等しい、日本語の書物にどれだけあるかもわからない、そして間違いなく巨大な学問の扉でもあるでしょう……地獄の扉でもあるでしょうが。重要性はわかっているのに砂糖の世界史を読む気にならないように。

 

 

 食料製造技術を持つヤマトも潜在的には、独立して好きな星に住むことができました。地球政府は、波動砲以上にとてつもないものをクルーに任せたのです。

 女性クルーが多数いれば藪一派の反乱は正しいと言えるでしょう。帰り道に事故ったら、を否定できるはずがないのですから。

 真田さんに人工子宮を作れと言っていたら、あるいはスターシヤにその手の技術はありませんかと聞いていたら……と思えば笑うほかありません。

 

 逆に、『銀河英雄伝説』の世界では食料生産システムが戦艦に気軽に載せられるほど小さくなかった……あるいは生産が高価だったことが、同盟も帝国も、それ以前の連邦も、指数関数成長を止めるボトルネックだった……その可能性はないでしょうか?

 食料生産システムとエネルギーと最低限の資源さえあれば、氷を厚くくりぬいた穴でも人は暮らせるのです。

 どこの星でも、まず食料生産システムは持って行くでしょう。森があり恐竜が歩いていても、食べられるかどうかはわかりません……持って行った種が実をつけるまでの食料を持って行くより、食料生産システムを持って行く方が賢明でしょう。

 まして条件が悪い星では、食料生産システムこそ生命線でしょう。

 

 食料生産システム、エネルギー炉、資源を分ける装置、部品を作る機械。

 そして機械を作るための工具と技術。

 それらがあれば、文明は酵母や大腸菌のように自己複製ができます。

 そしてそれらが艦船に積まれていないことは、戦闘範囲を限定し、致命的な敗北にもつながります。

 腹が減っては戦はできぬ。軍隊は胃袋で動く。

 それ以前に、人が食い、飲み、出し、呼吸し、繁殖することがすべての基礎です。

 それを忘れれば銀河帝国もなく、地球もない……しばしば人はそれを忘れますが、それこそ最大の愚劣です。

 

 

 

 ついでに、考えてみたこと。

 ほしい家畜・作物はどんなものか。

 現在と、軌道エレベーターなどで人類が本格的に宇宙生活をするようになってからと。

 

 現実の現在、ほしいのが、化石地下水~トウモロコシ~牛豚鶏工場/熱帯雨林皆伐農場・アブラヤシやゴムのプランテーションを過去のものにする何か。

 たとえば海水で育つ作物と、それを餌とし、飲み水も海水で育つ家畜。

 地上の水のほとんどが海水、淡水もほとんどは氷河で、人類が利用できるのはごくごくわずか、というグラフはよく知られています。さらに化石地下水に頼る現在の人類は頭がおかしい。海水を使うべきです。

 あるいは世界のあちこちの、極端に富栄養化した海や湖沼の栄養を吸い尽くし、人が食べられるかまたは家畜飼料になる、容易に大規模養殖できる海藻・濾過食動物など。

 活性汚泥を短期間で家畜飼料にできる虫など。

 砂漠でのクロレラやユーグレナの栽培を、現実ほど高コストでなくできる何か。

 極貧地帯で食料を簡単に得られるとしたら……

 

 宇宙を考えれば、できるだけ小型で繁殖が早い……虫でもナメクジでもいい……汚水を吸ったり活性汚泥を食べたりできる生物。

 根から吸う植物でも可。

 何段階かの食物連鎖でも可。

 それで、最終的に清潔な食物を得られればよい……

 

 栄養を食料に転換する効率、育てるスペース・機材などを考えると。

 栄養~食料転換効率が高い動物は、ナメクジや小魚のように骨が少ない、あるいは骨ごと食べられるもの。

 現実では、穀物を肉に転換する効率が、牛肉が最悪・豚や鶏がかなりまし・ナマズ養殖が最善と言われています。昆虫も効率がいいと言われます。

 また、殺さなければ得られず多くの内臓や骨を無駄にする肉よりも「殺さずに得られる」ものも効率が高いです。乳、卵、限られますが脂尾羊。利用する文化は少ないですが血液。利用は聞きませんが再生力が高い肝臓。

 

 育てるスペースを考えると、小さいほどいい。

 小さい家畜は、進化も速く、軍隊や政府の徴発や略奪からも隠しやすい……少なくとも全滅はしにくい、新しい場所に移ってから食物を得るまでの期間が短いなどの長所もあります。

 

 また、現実でも宇宙でも容易に手に入る、水素・メタン・アンモニアからできるだけ高効率で食料を作れるシステム。

 できれば化学合成生物との共生で。

 

 

 ついでに、繊維や薬品も現実は農業・微生物栽培に強く依存しています。それも考えたほうがいいでしょう。

 衣類の繊維の製法が描かれるSFは『カエアンの聖衣(バリントン・ベイリー)』ぐらいでしょうか。

 

 

 他にも、余裕があれば書きたいある種のSFとして、「もしこんな作物・家畜(虫も含む)があったら人類の歴史はどうなっていたか」もいろいろと想像しています。

 田畑より、森のほうが効率よく食料を得られる。海水で生活できる。建築を容易にする。男女の産み分けや臓器移植を古代技術でも可能にする。

 などを可能にする有用植物があったら……

 

 宇宙戦艦大戦で想像したもの……

 人の一度分の大小便が余裕で入り蓋を閉めれば数日で消化吸収して繊維を供給するウツボカズラ。

『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫を、化学合成菌共生に改良し、アンモニアやメタンから全栄養を無限に作るシステム……異星人の全栄養も含む。

 活性汚泥を食べ、清潔な場所に清潔で栄養豊富な卵を産むゴキブリ。

 

 昔書いたドラクエの二次創作でも、何種類かの現実にない家畜や作物を想像しています。

 絹のように強い繊維を多量にためる竹綿。

 繊維・豆・根ともに利用価値が高い葛とそれを食べる小型家畜。

 ハキリアリのように木の葉を取って農業を行い、高栄養の卵を得られる竹筒で容易に回収できるアリ。

 住める絞め殺しの木……木の枠を作ってその上に種をまき、降りてくる根を編んで天井・壁にする。できるまで時間はかかるがメンテナンスフリー、上の木からは食べられる実も得られる。

 

 

 いや、今この現実にも、「これを本気で活用すれば」内政チート的な作物・家畜はいくつもあるのかもしれませんよ?

 海水で灌漑できるアッケシソウは、たんぱく質・脂肪とも豊富に含む種をつけるそうです。

 海水で生活でき、海藻を食べる動物だっています。

 やっていないだけがあるかもしれません。




いくつかのアミノ酸は以前から工業的に化学合成されているそうです。
ただし、それが人畜の主要なカロリー源になっているということはないはず。

https://gigazine.net/news/20191123-air-protein/
水素を用いる化学合成細菌の食品化
http://karapaia.com/archives/52284713.html
『Air Co.ウォッカを作るには、太陽発電で動く小さな機械で空気からCO2を取り出し、それを炭素と酸素に分離し、取り出した分子を金属触媒で混ぜ合わせ、エタノールに変換する。』という記事を見かけました。

『地球環境のための地球工学入門(小宮山宏)』によれば、天然ガスから作られた酵母が配合飼料として市場に回っているそうです。

一日も早く、化石地下水~トウモロコシ~牛豚鶏の工場的飼育、熱帯雨林海抜からの大豆・アブラヤシが過去のものになってくれますよう。


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遷都・鉱工業・航路

できたら『日本史の謎は「地形」で解ける(PHP文庫/竹村 公太郎)』シリーズの銀英伝版をやってみたい、と…

都市防衛についての話は関係が小さかったので次回に回します。


『銀河英雄伝説』の過去、おそらくはストーリーにも大きな影響をもたらしているシリウス戦役。

 最大の影響は地球教を生み出し、フェザーンの存在・休戦のない戦争の継続、さらにヤンの死につながっていることでしょうか。

 その一番奇妙なことは、地球が、さらに言えば太陽系全体が、わずかな人しか住まない忘れられた世界になっていることです。

 

 資源枯渇。環境汚染。

 でもそれだけで、地球ほど条件のいい惑星が捨てられる?

 破壊されたでしょうがあったはずの、月や火星、おそらく水星や巨大小惑星・巨大ガス惑星の大型衛星・冥王星などの基地。

 それらにも二度と人が住まない?

 生産工場にも鉱山都市にもならない?

 

 地球は破壊しつくされたかもしれません。鉱山は枯渇するでしょう。大気も汚染され、海に魚が皆無になることもあるでしょう。

 しかし、地球という大きな惑星、太陽系そのものの可能性がなくなるほど?

 金星化したならともかく、地球教信者はそれなりに住める程度の環境は原作描写であったのに。

 それに太陽系には、地球だけでなく月も、火星も、ケレスもガニメデも冥王星もあるのです。

 

「なぜ太陽系で何百兆人も暮らさない」「それ以前に太陽系外に出る理由は」という問題にもなります。

 銀河英雄伝説の、資源や技術についても多くを教えてくれるでしょう。

 

 

 ここで、考え方を一つ提示してみます。

 何が「ない」かを考える。

 銀河英雄伝説の人口が、太陽系だけで百兆ではなく、銀河の五分の一で最大数千億である、というわかりきった事実から、どの技術が「ない」か推理し、そこから何が考えられるか考えてみる。

 すべての惑星を砕いてダイソン球やリング世界を作る技術はない。

 木星の大気を吸って元素番号を変え、分子を制御し積んで、生活できる巨大要塞を作る技術はない。

 少なくともそれらが、「ない」ことは明言できる。

 

 

 ここで考えるべきこと……現実の、人類の歴史での『遷都』。そして多くのSFでの、首都。

 それは技術、人口、権力を持つ階層、信仰など多くの要素が混じる、歴史の中枢です。

 

 

 さて先に、首都、すなわち文明の中枢となる大都市について、『現実』の歴史から考察しておきましょう。

 有名なこと。四大文明は大河に生じる。

 

 川がなければ飲料水も限られ、糞尿も流せません。

 川がなければ、周囲の木材石材はすぐ枯渇します。遠くから陸路で木材石材を運ぶのは非現実的です。

 ちなみに水に沈む石材も、縛ったまま水に沈めればかなり軽くなり、船で運べます。

 灌漑が必要な地域では、灌漑設備の起点となる川の取水口を押さえた者に、その灌漑に頼る人たちは従うほかありません。

 川は現代の高速道路であり鉄道です。高速大量輸送に必須です。

 川や池からは、魚という良質な食料を大量に得ることができます。

 鉱工業も多量の良質な水を必要とします。

 河口であればもっといいです。海は大量輸送、広い世界全体との交易が可能で、しかも塩という必須で価値のある資源を得ることができ、さらに海魚という食料資源も莫大にあります。ただし、海に近いと飲料水に塩が混じって飲めない、高潮や津波、マラリア、農地の塩害などの害もあります。

 天然の良港で真水もあればそれはそれでいいです。

 盆地のように、守りやすい地形であればありがたいです。

 大規模な耕地が周囲にあれば助かります……鎌倉のように例外もありますが。ついでに言えば、現代の多くの大都市は最高の耕地を潰して作られています、阿呆なことに。

 できたら、沼地は少ない方がいいです。特に緯度が低くて暑いと、沼地=蚊=マラリアなど伝染病です。

 首都にまではなりませんが、優良鉱山……古代では特に塩・銅・銀……も都市になります。

 もうひとつ、歴史的に諸条件を満たす都市であると同時に、聖地という意味も持ってしまった都市もいくつもあります。エルサレム、メッカ、メディナ、ソルトレイクシティなどはどれほど条件が悪くなろうと無理にでも多数の人が住むでしょう。

 イスタンブール(コンスタンティノープル・ビザンティウム)はもう、神の存在の証拠と言われれば信じるほかない、ご都合主義と言っていいほど首都に適した代物です。水道さえ完成すれば。

 

 

 日本史の時代名は、「平安時代」「鎌倉時代」「江戸時代」など、中心都市名とイコールになることが多いです。それほどにどこが権力の中心、都になるかは重要なことです。

 

 それぞれの理由や影響を少し考えてみましょう。

 日本が天皇中心の国家として目覚め始める、聖徳太子~大化の改新以前は、天皇崩御時の儀式に従って首都が移動し続けたそうです。

 奈良盆地で仏教を受け入れ、朝鮮半島から撤退して律令制国家を作る。

 寺から逃れ京都盆地に移る。

 武家が強まり、鎌倉幕府。

 ずっと兵乱が続いていると言える室町幕府。

 安土~大阪~江戸と移る、織田・豊臣・徳川……商業重視、貿易、一向宗との戦い……。

 そして明治政府は、江戸を焼き滅ぼして京都、あるいは鹿児島・萩を首都とするのではなく、天皇を江戸に移すことを選びました。

 

 特に古代における遷都は、木材供給・土地汚染という問題があったと思われます。海路や、本来適していない川を広げて木材を運ぶのは、海路は航海技術、川を広げるのは金属加工技術+人口・食料生産という問題があったと思えます。たとえば桶の生産量が少ない、馬が小さく少ないなどがあれば、糞尿を都市外に運び出すのは難しくなり、それこそ地面が汚れたら引っ越す、ということにもなるでしょう。

 

 飛鳥時代の頻繁な遷都は、水運……特に川を浚渫して木を運べるようにできるほどの技術力・支配人口の力がないため、森がなくなれば土地を使い捨てにしたのでは?

 奈良盆地は昔はほとんど湖だったそうです。ついでに、技術が未熟な古代では、広大な沖積平野より山地のほうが水田は作りやすかったそうです。

 平安京が長期間使えたのは、琵琶湖・淀川という超巨大な水系があったため、琵琶湖沿岸全域、さらに少し無理をすれば大阪からも水運で木を運べることがあったのでは?京都北方、鞍馬方面も膨大な森林量であり、水運も少ないですが通じています。

 鎌倉は守りやすさを最優先し、かつ海もあります。当時の社会の小ささが逆にわかります……莫大な量の水は必要としない、と。大量の水を必要とする工業は京都などだったのでしょう。

 織田信長は常に居城を移しました。最終的には現在の大阪を求めていたようです……本願寺と戦ってまで。

 大阪は、淀川を通じて京都から琵琶湖に達します。京都と琵琶湖沿岸全体という巨大な市場・木材を活用できるのです。また港湾としても瀬戸内海という巨大な内海を活用できる場であり、西日本から海外に至る、水運と商売の中枢というべきでしょう。

 江戸は河口でしかも江戸湾の奥。ただし湿地帯で、利根川東遷から膨大な物量で埋め立ててやっと都市ができた、上水の入手にも苦労する厄介な場でもあります。今も低地帯は洪水・高潮の恐怖にさらされています。

 

 ここで考えてみると面白いこと……もし関東に移ることを承知した徳川家康の立場であれば、関八州のどこを首都としたか……本当に江戸が唯一だったのでしょうか?由緒ある鎌倉、発展している小田原を捨てて江戸を選ぶべきだったのでしょうか?

 ほかに候補はないでしょうか……平塚、川崎、あるいは利根川東遷ではなく、適度に広い台地を選びそのふもとに誘導して港かつ堀とし、台地を洪水の心配のない都市とする……武蔵野や船橋北の台地など。

 

 日本の都市史では、干拓も重要な要素です。大阪と江戸(東京)は事実上干拓によってつくられた地です。

 大規模な干拓は、在来土豪抜きの忠実な農民を多数作り出すこともできます。

 戦国後期は武将たちにとって、在来土豪との戦いでもありました。九州の一国を与えられ、土豪の反乱で腹を切らされた佐々成正は誰にとっても明日は我が身だったでしょう。多くの領主が、山内一豊がやったような酸鼻をきわめたと言っていいほどの苦労で地位を確立したのです。関東移封は、うるさい在来土豪から離れられるメリットもあったと言われます。

 干拓による遷都・都市建設としては、世界史ではロシアのサンクトペテルブルク(レニングラード)、オランダそのものも重要と言えるでしょう。古くはアレクサンドリアにもその面があります。

 

 

 中国の歴史でも遷都は重要です。「遊牧民と中華」「南北、黄河と長江」この二つの力関係が本質にあるのが興味深いところです。

 北・西方向から常に襲う遊牧民・異民族の影響をはじき返す力を失ったとき、北方にある首都を放棄することになるのです。

 また、農業生産力は常に南方のほうが上回りながら、明を除いて北方が勝利することが繰り返されました。

 

 中国史における、いくつかの首都それぞれの性質を見てみましょう。

 長安(秦の咸陽と同じ関中、今は西安)、洛陽、北京(元の大都)、開封、南京(東晋の建康)。

 長安・咸陽の関中は、秦の本拠であったように難攻不落の天然の巨城であり、かつ膨大な農業生産があり、さらに西方への門でもありました。渭水の水利もあります。

 洛陽は黄河を少し下り、黄河流域の平原を押さえる地。

 北京は中国という地の北端にすら思えます……大運河の北端でもあります。山一つ隔ててモンゴル、比較的近くに深い湾。華北の中央。海河もあります。今は砂に埋もれようとしており、遷都論もあります。

 開封は洛陽同様に黄河流域で、運河網の中枢です。

 南京は対照的に中国南部の中枢、長江による都です。

 

 興味深いのは、中国の歴代主要首都はどれもかなり内陸にあることです。アレクサンドリア・上海・江戸・ニューヨークのような、海に出る河口ではなく。中国文明の海を嫌う姿勢が見えるようです。

 ロンドン・パリ・ローマもやや内陸にある首都です。

 

 

 

 国が滅び征服者が勝利した時、旧首都を完全破壊しそこに住まないこともありますし、そのまま奪って住むこともあります。

 完全破壊され放棄された例としては、ペルセポリスが有名です。トロイやカルタゴも、完全に破壊され男は皆殺し女子供は奴隷、農地にも塩をまいて不毛としたとされます。

 逆に現在のイスタンブールは、落としたコンスタンティノープルを名前だけ変えて使いました。略奪は許しても破壊は許さんという珍しい征服者でもあります。

 クスコなども破壊は徹底的ですが、都市としては利用されています。

 モンゴル帝国によるバグダッドの破壊も徹底的で、周辺の灌漑施設も破壊されかなり広い範囲が衰退したと言われます。イスラムが精神的に保守化・神秘主義方向に行くきっかけという話も。

 

 国家そのものの質を変えるために都市を作って遷都をすることもあります。

 古くはイクナートンのアマルナ遷都と、その逆転は新しい時代に適応するため生みの苦しみそのものでした。一神教というイノベーションはユダヤ人に受け継がれ、多くの帝国に影響を与えています。

 日本でも平安京は寺勢力から逃れるためとされます。

 鎌倉・江戸も、寺・公家の影響を嫌い武家政権であることにこだわったとも言えます。

 ローマからコンスタンティノープル(現イスタンブール)への遷都も、ローマ帝国衰亡史の中核というべきです。

 ロマノフ朝ロシアは近代化のために、多大な犠牲を払ってサンクトペテルブルクを築きました。

 トルコの首都がイスタンブールでなくアンカラなのも、ケマル・議会への権力移行を強調しています。

 ブラジリアなど人工都市への遷都もあります。

 

『銀河英雄伝説』における、地球を含む太陽系の事実上の放棄は、完全破壊から居住放棄と言えるでしょうか。

 人口・工業基盤・文化的意義のすべてを完全に破壊しつくしたのでしょう。体制変更をわかりやすく伝える宣伝にもなります。

 資源もない、といっても今の天文学の知識を持つ筆者は、小惑星や小規模衛星を含めれば太陽系は、地球が金星化していても資源の宝庫に見えます。

 また、航路上も不利になっていた可能性はないでしょうか?

 

 遷都に至ったケースは知りませんが、大都市の自然災害が歴史の転換点になったこともあります。

 ロンドンの大火災・大悪臭。リスボン大地震。サントドミンゴのハリケーン。日本の振袖火事、関東大震災。

 大疫病も重要です。

 

 

 

『銀河英雄伝説』では、シリウス戦で地球からアルデバラン星テオリアに遷都し、そしてゴールデンバウム朝成立でオーディンへ、さらにローエングラム朝はフェザーンを首都としました。

 

 ここで考えるべきなのは、なされなかった遷都です。

 もしもラインハルトがなく、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイムのどちらかが勝利していたら、勝った方の本拠星系への首都移転はあったでしょうか?……王朝名変更があったか、という問題にもなりますか。

 そしてその首都移転は、経済的にも重大な意味を持ったでしょう。

 

 逆に、同盟が勝利していた場合、銀河連邦の後身を標榜する以上アルデバランに遷都することもあったでしょうか?

 

 同盟の滅亡で奇妙なことは、首脳部が逃れて亡命政権を作る動きがなかったことです。それも特に中国史では遷都の一つの形です。

 中国史で晋が滅んで亡命皇族が建業を都とする東晋を建てたり、宋から逃げて南宋ができたり、清の征服から台湾まで逃げ徳川幕府も救援戦争を考えたりしたように。

 それだけ首都ハイネセンが重視されており、ナポレオンに攻められたロシアのように首都が落ちても戦い抜くことはできなかったのでしょう。ナポレオン戦争や第二次世界大戦のような、亡命政権が活動できる外国がなかったこともあるでしょう。

 最初にラインハルトが来た時には、イゼルローンも渡してしまっていて逃げ場がなかったのは確かですが……二度目の時に、エル・ファシルに合流したのは軍だけで、政治家は事実上いなかったと思います。

 エルウィン・ヨーゼフが来てもおかしくなかった気がしますが、まあ来てもらったら困るというもの。

 

 他にもなされなかった遷都はあります。自由惑星同盟と接触した後の帝国は、同盟を征服するため、イゼルローン回廊帝国側出口近くへの遷都をしなかった……これは結構重要なことでは?同盟との戦争を中心的国家目的にするのではない、ということですから。とはいえ、現実の歴史で、対外戦争だけを目的にした遷都はあまり思い出せないのですが。

 フェザーンができてからも、フェザーンの近くに遷都していてもよかったのです。交易を重視するならそうすべきでしょう。

 ルドルフの威光が衰えていなかったことも大きいでしょう。

 しかし、ラインハルト以前の帝国史にも王朝断絶に近い動乱はありました。前漢と後漢で首都が違うように、遷都をすることがなかった……これもまた重いことです。

 

 ラインハルトのフェザーン遷都は、そのタブーを断ち切ったのです。

 ルドルフの威光・腐った旧支配層を強く振り払い、かつ帝国と同盟双方を両足で踏みしめて立ち、星間交易を尊重する新帝国をつくる、という宣言と言えるでしょう。

 

 

 

 銀英伝以外のSFでの「遷都」は?首都は?

 

『スターウォーズ』では、パルパティーンは戴冠しても遷都しませんでした。コンサルトをインペリアル・センターと改称しただけで。

 EP4やEP6の勝利が、インペリアル・センターに手が届いていないことも興味深いことです。本来帝国に対する完全勝利は、首都陥落であるべきなのに。

 

『星界の戦旗』では、首都失墜は同時に超光速航路の中心の破壊でもあり、アーヴは銀河各地にばらばらになっています。

 

『ローダン』では、ペリー・ローダンが月から地球に戻ったとき、祖国アメリカではなくゴビ砂漠に着陸して独立を、ここが第三勢力首都だと宣言したのがすべての始まりでした。特に『ローダンNEO』ではゴビ砂漠の小さな基地をめぐり激しい戦いが繰り広げられました。

 その後も地球=テラは太陽系帝国首都です。

 地球が銀河のどこにあるかを隠したり、銀河系から地球と月ごと逃げることもありますが。

 

『ファウンデーション』では、首都の唯一の機能は官僚機構にありました。

 そして衰退期には首都星への食糧供給が帝国の唯一の仕事であり、それができなくなったときが事実上の帝国滅亡でした。

 

『ヤマト』ではデスラー・イスカンダル二重惑星の寿命が事の始まりでした。そしてどちらも宇宙のチリと化し、デスラーは新たな首都ガルマン・ガミラスにたどり着き……それもまた銀河衝突で失われました。また惑星破壊ミサイルの実用化、おそらくは太陽制御技術の軍事転用は、惑星を首都とすること自体を非現実的としていると思われます。

 

『タイラー』はヤマトのオマージュとして、ラアルゴン帝国首都星は赤色巨星化した太陽に苦しみ、移住先として地球を求め戦争となりました。そして銀河を救うため、赤色巨星となったラアルゴンの太陽を爆発させる計画は、太陽にいけにえを捧げる暗殺教との……こちらは銀英伝のオマージュ……激しい戦いを引き起こしました。

 

『銀河戦国群雄伝ライ』はとことん中国・日本の戦乱史です。衰退した帝国。天下に手をかけた弾正。簒奪して遷都、旧都を廃墟にした骸羅。翼を得て立った竜我雷……

 

 

 

 ここで銀河英雄伝説と、現実の地球と、今知られている太陽系を資源や生産の面から比較してみましょう。なぜ太陽系が廃れたのかを考えるために。

 

 現実の地球の近代文明は、トラクターを作るのに地球ほぼ全部が必要という厄介な問題があります。

 それはかなり昔まで植民地争奪を起こし、日本が無謀な戦争をした主因でもあります。

 トラクターは何でできているか。

 車体やシャフト、エンジンの鋼鉄。高級な鋼材はニッケル、モリブデンなどの添加用金属も必要とします。

 エンジンの電気系、電線やスタートモーターや発電機の銅。

 タイヤ、燃料パイプなどのための人造ゴム・天然ゴム。絶縁に陶器を使うかもしれません。

 電線の被覆や塗料に、石油を原料とするプラスチックや、カイガラムシ産物も使われるかもしれません。

 力を送るベルトやシート、ハンドルやシフトレバーなどに皮革を使うこともあるでしょう。

 エンジンなどのオイルも必要です。

 計器などに使うガラスとプラスチック=石油。

 アルミニウムも各所に使うでしょう。

 さらにエンジンのプラグは、多様な金属を使います。希土類などもあるでしょう。軸受けも様々な素材を使います。

 高級なエンジンマフラーには、プラチナをはじめとする触媒貴金属が必要とされます。

 内張り布やシートの縫い糸などに木綿も使われるかもしれません。ホースを強化するのに繊維が使われることもあるでしょう。

 

 鋼鉄……鉄鉱石と石炭。これは比較的どこにでもあります。

 銅は採算がとれる鉱山がとても偏在しています。

 石油は、アメリカにはありますがうかつに使えない、中東やアフリカという不安定な地域から運ぶ必要があります。ほかにも北海油田、南アメリカ大陸、ロシアにもあります。

 ゴムは熱帯作物です。ヨーロッパでも日本でもアメリカでも、植えて育てることができません。

 皮革はまあある程度以上の農牧業があれば手に入ります。

 木綿はヨーロッパで栽培できず、アメリカなどで栽培されました。

 ニッケルをはじめとする少しずつ使う金属資源も、アフリカだのロシアだの地球のとんでもないところに偏在しています。

 アルミニウムのもとであるボーキサイトも偏在している資源です。その精錬には昔は、グリーンランドにしかない資源が必要でした。

 

 面倒なのがゴムと石油。

 熱帯でしか育たない作物。

 アラーの恵みに見えて呪いでもあり、アメリカの産業革命を強力にアシストし日本に舌を出しているような、神が存在し悪意の塊だと信じたくなる分布をしている石油。

 すべての資源が実質無尽蔵にそろい、完全に自立できる国はありません。

 ゴムだけでなく砂糖、コーヒー、ココアと必須嗜好品にも熱帯農産物が多く、油もパーム油がぶっちぎりの低コストです。今はバナナなどもそれに加わっています。

 コショウ・ナツメグ・シナモン・クローブといったスパイス類が熱帯産、ヨーロッパではたとえ種を手に入れても栽培できなかったことが、大航海時代のきっかけでもありました。

 木綿・茶・タバコもプランテーション作物です。日本では栽培できるので少し不思議ですが……

 

 それぞれの資源を使えるようにするのに、鉄鉱石と石炭と石灰石と、ついでにニッケルやモリブデンを製鉄所に集める……鉱石を加工する工場も必要になる……それも重要なことです。

 港湾~素材工場、部品工場、組み立て工場とつながる……それはコンビナートにもなり、さらに経営やデザインをするオフィスもある……労働者たちが生活するベッドタウン・ショッピングセンターなども統合されるのが資本主義での生産のありかたです。

 

 古代においては、特にスズとラピスラズリの偏在が問題でした。

 スズは青銅に必須。ラピスラズリも重要な宝石・染料ですが、文明の中心から遠いとんでもないところでしか産出しません。

 

 

 さて、宇宙ではどうなのでしょう?

 

 わかりきったことがあります。

 すべての資源を手に入れることができれば、交易はほとんど必要ありません。

 地球で常に交易が重要だったのは、常に資源があちこちにあったから、全資源を手に入れられ、容易に単一勢力が支配できる島が存在できなかったからです。

 元素番号転換装置とレプリケーターがあるのなら、木星のような水素供給源があればそれで充分なのです。

 まさにそれを持つ『タイム・シップ(スティーヴン・バクスター)』のモーロックが太陽系から出なかったように……まあワープがないこともあったのでしょうが、彼らにとっては亜光速船も困難ではなかったでしょう。

『都市と星(アーサー・C・クラーク)』も元素番号転換装置と実質レプリケーターがあり、ダイアスパーは都市の外に関心を持とうともせずに超長期間豊かな定常生活を続けました。

 

 逆に、それらがない場合には鉱業が産業になるということです。

 また一つの太陽系で全部が無尽蔵に得られないときには、交易の理由にもなるわけです。

『レンズマン』のシオナイトなど、人工的に作れず、特定の星でしか手に入らない物質も交易の理由となるでしょう。

 

 一つの太陽系で満足しない理由としては、「一つの籠にすべての卵を入れるな」も考えられます。

『エンダー』シリーズのように強い人口圧力と滅亡の恐怖があり、掘る暇がなく、すぐ住める大気・水・食用生物がある居住可能惑星が多数ある場合も広い宇宙に広がるでしょう。

『マクロス』も滅亡の恐怖があるため宇宙各地に広がろうとしています。

 抑圧的な政権から逃げる、というのも理由になりえます。

 また、『宇宙兵志願(マルコ・クロウス)』『真紅の戦場(ジェイ・アラン)』など、今の地球の国家構造を引きずっているミリタリSFでは、帝国主義時代……ヨーロッパで多数の国が併存し、ヨーロッパ本土では戦争をしないかわりに激しく海外領土を奪い合いう……のように各国が星々を奪い合います。損得勘定などどこかに行き、戦争欲だけで暴走すると。

 

 

『銀河英雄伝説』では、貴金属に価値があります。ラジウムを手に入れて大金持ちになりたいなどと言います。ヴェスターラントやカプチェランカは、鉱物資源ゆえに農業には不適でも人が住んだり戦争で争ったりしました。もともとアーレ・ハイネセンらも極寒の流刑星で鉱業をしていました。

 それは、一つの太陽系ですべての安定元素を無尽蔵に簡単に得られる、ということがないことを意味しています。

 

『宇宙戦艦ヤマト』でも、白色彗星帝国は征服した人を鉱山で酷使しました。

 暗黒星団帝国はイスカンダリウム・ガミラシウムを求めて戦いました。ディンギルの岩石には、巨大水惑星をワープさせるほどのエネルギーがありました。

 

『彷徨える艦隊』では小惑星に鉱山があります。

 アライアンスの工作艦は「モーモー」と呼ばれる、触手を伸ばす自走式採鉱機械を投入して希少金属資源を吸い出し、電池や修理用部品、ミサイルを作りました。

 シンディックは鉱山のマスドライバーを改造してレールガンとして反撃しようとしたました。

 

 宇宙を舞台とした作品でも、多くは鉱業があるのです。それも、人を酷使するものが……

 

 現実の現在の地球では、大規模露天掘りでなければ逆に採算が取れない鉱物が多いです。

 児童労働者の酷使が問題になるのは、大規模機械化がしにくい小規模な鉱山です。

 人権侵害はむしろ、鉱山の利権をめぐって破綻国家や武装勢力を利用するため、また貧困国で環境配慮の低い鉱山操業によって鉱害として発生することが多いです。

 

 もう一つ、現実地球では鉱山と首都は分離することが大半です。

 日本や韓国、シンガポールはもとより資源に乏しいのに、勤勉で優秀な労働者、安定した政治によって大繁栄しました。アメリカやイギリスも鉱物は輸入が多くなります。自国で算出するものさえ、採算の問題で輸入するようになるのです。

 逆に資源が多い国が、それゆえに衰える資源の呪いが言われるようになります。繁栄していたオランダが、北海油田の発見でものすごく得をしつつオランダ病と言われるほどに。

 

 現実の地球で首都……もっとも繁栄する都市をつくるのは、鉱山より航路です。いくつかは政治もありますが。

 

 

 さて、今ネットで楽に得られる知識で、現実の太陽系における資源を考えてみましょう。

 比較的容易に地球の重力圏から出て、太陽系のどこにでも現実的な時間で行けるだけの速度に至れるとして、どうなるか。

 安定した元素すべて、手に入るのかどうか。

 

 人類は地球しか知りません。地球上では、膨大な水と、時には生物の力も借りて多くのまじりあう元素がより分けられ、多くの金属は酸化して鉱脈として得られます。

 いくつかの有機物も重要な鉱物資源であり、その多くは生物由来とされます。

 石灰石のように、本質的に生物の働きで作られる鉱物もあります。

 地球にはプレートテクトニクスがあります。水星にも金星にも火星にもない、レアアース仮説……地球のような惑星は珍しいことがフェルミ・パラドックス(星はたくさんあるのに異星文明の証拠がない)の答えだ、といわれるほどに珍しいことです。プレートテクトニクスがなければ優良鉱山もない、と考えれば、ちょっと小惑星帯や木星衛星に手が届けば鉱物資源は無尽蔵なんてわけがない、と考えてしまうでしょう。

 筆者はメタンやアンモニアでも鉱床は作れると思いますが。

 

 今ある多くの宇宙戦艦SFでは、それらにはかなり悲観的なようですね。

 それほど容易に、安定元素すべてを無尽蔵に手に入れることはできない、という設定になっている……だから多くの星に様々な鉱山があり、多くの星を手に入れたがる、と。

 

 逆に、一つの太陽系、月の半分程度の小惑星から、何兆人分もの居住空間・水耕農場・戦艦を作れる社会は、作家たちにとっても想像しにくいもののようです。

 膨大な量のH2O氷、ケイ酸塩岩石、ニッケル鉄、そしてコアにあるであろうあらゆる元素資源から、あらゆる物資を無限に作り、膨大な農業生産も得られる……というビジョンはないのでしょうか。

 筆者個人は、軌道エレベーターなどで宇宙に簡単に行けるようにさえなれば、今人類が相争っている資源の多くは容易に、無尽蔵に得られると思っていますが。

 

 

 銀河英雄伝説の原作開始時点では、月・水星・火星・木星巨大衛星・冥王星の鉱山+水耕農場があって大人口が生活し、その近くで大規模な工場が多数の艦船を作っている……ということはありません。

 産業は帝国・同盟とも、主要星系に集中し、そこに遠くの星系から資源を運んでいるような感じがあります。

 太陽系の地球以外には、それほどいい鉱山はなかったのでしょうか。ワープ航法ができたのに無理に開発するほどは。地球が陥落し、首都がテオリアに移っても掘り続けるほどは。

 よほど良質な鉱山でなければ掘らない、ということなのでしょうか。

 鉱山をすべて掘りつくした、ということは考えられません。冥王星のアンモニアや木星の主要衛星の硫黄や炭化水素だけでも、使い切るには兆の上の人口が必要でしょう。まして氷を使い切るなど……少なくとも、ニッケル鉄が露出した小惑星や小さい衛星を全部使い切ることもないでしょう。

 それらの資源に見向きもしない何かがあるということでしょうか。

 

 太陽系の地球以外には、大人口を食わせ住ませる農業施設としても、鉱山としても、ついでに贅沢な観光地としても、少なくとも再建するほどの価値がなかった……それで地球が破壊されたら、太陽系自体から人が出て行ったのでしょうか。

 

 工場も徹底的に破壊され、残った資材で再建するより勝利した星々で作る方が楽だったのでしょうか。

 また現実現在の地球でも、工場そのものや鉱山との距離より、機能する政府・交通機関・技術者や労働者の集団などのほうが工場が栄えるのには必要なようです。資源豊富な途上国で、援助で工場を建てても機能しないことはよくあったようですし……

 

 まだ掘れるのに放棄する、というのは現実での日本の炭鉱が思い出されます。

 海外の、普通のトラックがミニカーに思えるほど巨大なダンプカーにとんでもなく巨大なショベルカー。膨大な大地をすり鉢状に露天掘りする……その圧倒的な生産性の前に、人件費という高価な費用がかかる日本の炭鉱には競争力がないのです。

 

 可能性としては……星系内航行には結構費用がかかったり危険だったりする。

 星系の出入り口から近いところにある鉱山惑星が、とにかく安い。

 現実の地球でも、他の条件が同じなら、港からトンネルや橋なしで鉄道をつなげられる鉱山のほうがいいでしょう。

 あるいは人件費、最低賃金が高すぎる。労働組合。必要な賄賂や武装勢力。航路の海賊。

 ……太陽系は戦争の後遺症で海賊が多いため、住みにくいし運びにくい、があったのかもしれません。

 破壊されたスクラップがデブリとなって星系内航路が危険……これは、場合によっては繁栄する星系自体を、まるで木を切りつくして遷都するように限界にする可能性があります。

 

 太陽系全体に、とても悪い文化が染みついていた……資源は豊富だけれど暴力が多すぎて近代工業が発達しない破綻国家のような構造ができてしまい、楽に移民できる先があればどんどん人が吸い出されていった……という可能性もあります。

 

 憎悪のあまり、地球外太陽系の施設は徹底的にすべて、きわめて強い放射能で汚染して、とてもじゃないけど人が生活できない、浄化して再利用するのは採算が合わない状態にしたのかもしれません。

 

 

 鉱業そのものを想像してみましょう。

 史実としての、アメリカ西部・アラスカ・オーストラリア・南アフリカなどのゴールドラッシュが参考になるでしょう。

 現実の地球である場所に金鉱があったとわかったとします。

 多くの人が来ます。領主のたぐいも領有を宣告するでしょう。カリフォルニアのように政治が鈍かったために正当な権利者が排除された例もあります。価値が増えたと知った国々が、領有権を争うこともあるでしょう。

 まず人が住める町が必要になります。何よりも真水と、食料を運び入れ鉱物を運び出す道路、できれば鉄道や港湾も。売春宿や酒場、博打場もでき、それらを支配するギャングたちが縄張りを決めます。

 ジーンズとツルハシを売るのが一番儲かります。

 鉱物が尽きても、すでにできてしまった交通システムと町に価値があるのでそのまま繁栄することもあります。ゴーストタウンになることもあります。

 鉱物の種類や品位によっては、その場である程度選鉱することもできます。基本的には鉄鉱石鉱山の近くに製鉄所はありませんが、足尾銅山で汚染されたのは東京の工場周辺ではなく渡良瀬川流域でした。逆に宝石なら、千人が穴に潜っていて一日働いて厳重な身体検査を受け、一人の会社幹部がきんちゃく袋に一日の産物全部を詰めて持って帰れることもあるでしょう。

 とにかく、産物を運び出さねばなりません。基本的には遠くの工場まで。港まで。

 

 住む(遊ぶ)。掘る。運ぶ。基本的には鉱山にはそれが必要です。

 莫大な水と交通、ついでに治安維持・領土防衛の暴力も必要です。木材も大量に必要になります……家、トロッコの枕木、坑道の支柱、生活や選鉱工場の燃料……。

 

 宇宙でもそれは同じでしょう。まず人が生活できなければならない。鉱物を掘れなければならない。運ばなければならない。

 

 比較しましょう。

「居住可能星系で、すぐ近くの田畑で取れた食物を食べながら、生物と海水で濃縮された鉱床を掘り、ある程度精製して、宇宙船に載せて大気圏重力圏を離脱させ工場に運ぶ」

「月の半分ぐらいの小さい惑星の、比較的近年の大規模衝突で露出したコアを掘る。氷に穴を掘って住み、核融合炉か日光を鏡で集めるかしてエネルギーを得て、水耕農場で食料を得る」

「極寒の惑星で、人を使い捨てにして鉱物を掘り、宇宙にシャトルで打ち上げる」

 どれにしても、費用が掛かると思えるのは「鉱山を探す」「掘る」「精製する(荒いままの鉱物を精錬工場まで恒星間運ぶこともあり得ます)」「鉱山の重力を脱する」「ワープで次の工場まで運ぶ」「その間の人の生活」があります。

 人類が来る前から海と酸素大気がある居住可能惑星は、地球と同じぐらい大きいはずです。大きければ重力も強いでしょう。大気圏も多分エンタープライズE以上に頑丈な、厄介なバリアです。出入りともに……現実にも再突入は困難で多くの宇宙飛行士を焼き殺し、離脱も膨大な燃料を削り地表からのマスドライバーを不可能とします。

 逆に小さな小惑星は、居住可能惑星ではありえませんが、ごく簡単に重力圏を離脱できるでしょう。反面長期間の生活には何らかの人工重力が必要で、食料も運ぶか水耕農場かが必要になります。

 どれであっても、水・空気・食料・エネルギー・交通・治安維持・資金が必要になることは間違いありません。

 

 銀河英雄伝説では、少なくともシリウス戦役後の水星やタイタンは採算が取れない。ヴェスターラントには多少人が住む。カプチェランカは、本来採算は合わないが戦争の論理で取り合う。

 それは、「分厚い氷や、水星のような太陽に近い岩石惑星に穴を掘り、核融合や太陽電池で大気リサイクル・水耕農場を維持する」「居住可能惑星に家を建て農場を作り、鉱産物を宇宙まで持ち上げて運ぶ」の費用対効果がどうなのかについて、示唆を与えてくれると思います。

 少なくとも人が住まない星系が多数ある、というのは、氷大衛星や水星のような星に鉱山町を作るのは、あまり割に合わない……そのような技術コストであることを示しているでしょう。

 食料生産を含む生命維持装置、核融合炉や鏡で太陽光を集め発電するシステム、氷や岩石を掘るコストが、妙に高いのでしょう。

 そういえば、居住可能な惑星はないが、良質の鉱山が多数ある、という星系はあったでしょうか?

 

 また、今現実の地球でも資源の宝庫であるコンゴ南部が大工業地帯になっていないように、工場と鉱山の分離もあるのでしょう。

 それほど恒星間輸送コストが安く、工場や多数の人間の生活の場を作り維持するコストが高い……それから、ある程度様々な技術それぞれのコストが見えてくるのでは?

 

 

 

 首都や、人が住むかどうかを決める要素として、星間航路が問題になることもあるかもしれません。

 銀河英雄伝説では、ラインハルトはフェザーンで航路情報を手に入れて喜びました。航路情報はテロで破壊されそうになり、オーベルシュタインが守りました。

 フィッシャーの艦隊行動は職人芸とされます。

 帝国または同盟の領域内であればどこをどう通っても安全なのなら、航路情報はそれほど重要ではないでしょう……単に最短距離を、まあブラックホールなどはよけて行けばいいのですから。

 つまり銀河英雄伝説の航法で作品の宇宙は、何もない広い大洋や大砂漠ではなく、山や森や泥沼で通りにくい場所だらけでわずかな道だけがある陸、または水先案内がなければすぐ座礁する浅瀬だらけの多島海のようなものなのかもしれません。

 ヤマトのように自由度が高い、やろうと思えば周囲20光年以内に星がない虚空にワープアウトすることもできる作品とは違う、むしろジャンプ点方式にすら近いのかも……イゼルローン要塞は恒星を惑星軌道でめぐります。そしてその母星自体を、10光年ワープで飛び越えることはできないのです……できれば要塞に意味はありません。

 そうなれば、たとえば一見近いのに間を高い山が隔てていて遠回りしなければならないように、すぐそばにある星でも航路上の距離はすごく遠いことがあるかもしれません。

 

 太陽系に出てから地球に近づくまでが、木星と土星の重力などで結構厄介、ということもあったのかもしれません。

 

 地球が忘れられた理由には、そのような航路としての不利があったのかもしれません。

 テオリアやオーディンはそれぞれかなり航路的によかったのでしょうし、ルドルフによるオーディンへの遷都には航路でつながった複数の経済システムがあり、その間の争いもあったのかもしれません。

 

 そう考えるとラインハルトの王朝創設には、別の面が考えられます。

 帝国領域が均等ではなく、まるで同盟領と帝国領が二つの細い回廊でつながるように……琵琶湖周辺、近江一国が琵琶湖の水運で一体化し、反面敦賀・濃尾平野・京都大阪への出入りがやや狭いように、帝国が多くの領域に分かれているとしたら。

 その「領域」がブラウンシュヴァイク領・リッテンハイム領だったとしたら。

 皇帝家が衰え、ブラウンシュヴァイクかリッテンハイムに力がうつると思われたのは、領域の間の生産力など力関係の移動でもあったのでは?中国史における、北方から南方への力関係の変化のように。

 そしてラインハルトは、ブラウンシュヴァイク領・リッテンハイム領を事実上直轄とした……門閥貴族財産以上に、巨大な領域を手に入れ、しかもそれを功臣に分配することもなかった……

 同盟統治も異様です。功臣に分配していません。かといって、膨大な利益が皇帝に直接届く仕組みも作っていないのです。

 フェザーンを押さえていれば交易の利が入る、でしょうか。

 居住可能星系での農業から、工業に力を移すなどもありえます。

 

 

 

 住める星が多数あるのに、多くが捨てられる。

 

 その現象は『彷徨える艦隊』のシンディック領域にもあります。

 長い戦争とスターリン時代のソ連を思わせる厳しい抑圧があるにはありますが、大きいのは数十年前から広まったハイパーネット技術。

 ジャンプ航法より圧倒的に速く、自由度も高い。ひとつのゲートに入れば、どのゲートにも短時間で出られるのです……あるジャンプ点から、決められた星の決められたジャンプ点にしか出られず、大抵はいくつもの星を渡っていくジャンプ航法と違って。オアシスからオアシスの砂漠キャラバンと自家用飛行機の差があります。

 ハイパーネット・ゲートの建築には莫大な費用がかかります。それがある星系は繁栄し、ない星系は衰退します。充分有用で繁栄した星系にすべてゲートができてからは、もう政治力勝負でした。あたかも我田引鉄のように。

 その衰退は、労働者を回収する船代が惜しいからと大気が有毒な惑星の施設に放置し、アライアンス艦隊が助けければ老人からくじを引いて死に全滅が秒読みだった星すらあったほどです。

 

『銀河鉄道999』でも、鉄道本線から外れた星の貧困があったと思います。

 

 現実の地球で、少なくとも高度成長期までは、ある都市を繁栄させるには新幹線・高速道路・空港・港湾など交通インフラを整備することが答えでした。

 

 銀河英雄伝説の地球も、同じように交通を奪われたのかもしれません。

 ワープ航法でも、たとえば海賊の取り締まりを弱める、避難でき物資がある基地・灯台などを整備しない、などである航路が割に合わなくなることはあるでしょう。

 それこそ航路情報を非公開にするだけでも、その宙域が実質航行不能になるかもしれません。

 そうなれば、居住可能星系や、穴を掘って住めばいい鉱物が取れる鉱山があっても、廃れてしまう可能性はあるのでは。

 

 ……だとしたら地球教は、あれだけの資金と権力を操れるリソースがあったのですから、水星・月・小惑星帯・木星土星の衛星を大工業地帯にしてくれと運動したほうが……まあ宗教ですからね。

 

 

 航路の変形として、技術の進歩による航路網の変化も考えられます。

 歴史的にはより技術水準の高い船ができれば、より外海を航海できるようになり、通行できる範囲が広がる……それにつれて新しい港もでき、そちらに力が移動することもあります。地中海を制するイタリアから新大陸を制するスペイン・ポルトガル、オランダに力が移動したように。

 ワープ距離が伸びることを、少なくともヤンは想像できました。歴史的にワープ距離が伸びたことがあり、士官学校で習う科学が絶対不可能と示してはいないということです。

 

 現実の地球では、運河でも航路網は変わります。

 スエズ運河はアフリカ南端(喜望峰)周り、パナマ運河は南アメリカ南端周りより短く、それはそこの都市・石炭はじめ鉱山・農場の利権も奪ったでしょう。

 マレー半島横断運河ができればシンガポールをはじめマラッカ海峡は用なしとなりますが、それがないのは……政治力でしょう。技術的に不可能とは思えません。

 

 宇宙でも同様なことがあるのでは?

『クラッシャージョウ』では、クラッシャーの本来の仕事は宇宙における土木工事……航路をふさぐ小惑星を爆破除去するなどです。

 銀河英雄伝説で、地球政府が妨害していた工事が、シリウス戦役の結果妨害がなくなっておこなわれ、それでますます地球は寂れ、人類は発展した……

 

 

 別の仮説も浮かびました。極端に高い品位でなければ価値がない。

 

 スーパーのトマトが、恐ろしいほどきれいな形で傷がない……わずかな欠点でもはねられるように。素人が畑を手に入れトマトを育てても、それを市販することはできないということです。

 日本には多数の廃鉱があります。どれもまだ、掘って精錬すれば資源は得られます。

 ですがそれには価値がないのです。地球の反対側での、大きい街が丸々入る規模の露天掘りされる、超高品位の鉱石に比べれば。

 損益分岐点が、それほど高いところにある……

 冥王星のアンモニアや氷は、それこそどこの星系でもアンモニアや氷はあるので掘る価値はない、どこであっても工場と決まったところの近くでいくらでも手に入る。日本の水をわざわざアメリカの戦闘機工場の洗浄用に売ろうとするようなもの。

 ヴェスターラントの鉱石は、とんでもなく高品位で、そうでなければ掘る価値はないのでは?

 それと比べれば、火星や、太陽系の金属核露出小惑星は掘る価値がないほどに。

 

 そうだとしたら、銀河の経済が極端に、取りやすい木の実でなければ取らないものになっていると言えます。

 資源そのものが余り過ぎていて、ものすごい品位の鉱山しか相手にされない。

 何かとんでもない条件がある星系でなければ、工場にならない。水耕農場が作られない。

 

 だとしたら何がボトルネックなのか……資源が豊富なら、なぜ人口は千兆ではないのか、という問題になります。

 考えられるのは、機械を作るための機械、マザーマシン、定盤などの肝心なところが、多人数を一気に育てるのが難しい長期間の一子相伝が必要、というようなことでしょうか?

 

 また、鉱山の損益分岐点には政治も航路も当然関わるでしょう。

 

 

 他にも考えられること……日本に多数ある無人島を考えると、硫黄島のように軍事的な理由で無人島になった島が結構あるのです。

 シリウス戦役で、防衛のために民間人が月や冥王星の施設から徹底的に排除され、徹底的に破壊殺戮された。

 それからも帰還が認められず強制移住か皆殺し、なんとか逃げ延びても生きられる設備がなく、無理に生きられる設備を作ろうとしたらパトロールする敵軍に皆殺しにされ、銀河が動乱に入ったときには近づこうとする人もない……

 

 かなり強引なシナリオですが。

 

 

 

 航路、極端な優良鉱山以外採算が取れない、戦争に伴う環境汚染、軍事的理由……いろいろと考えられます。

 

 

 これらを考えると、原作の情報不足がわかります……そしてその情報不足は想像の余地であり、二次創作の幅を広げるものでもあるのです。

 

 また、現実でも人類が宇宙に手が届くようになったとき、想像を絶する文明の変化が起きる可能性があることもかすかに見えてしまいます。



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地球の扱い、首都防衛

重大ネタバレ多数


 前回のついでに、多数のSF作品での地球の扱いを考えてみましょう。

「地球が存在していない別歴史」「今も首都」「廃れた田舎」「伝説」「破壊済み」「普通の星」に大別できます。

 

 

【地球が存在していない別歴史】

 

『スターウォーズ』『ギャラクシーエンジェル』などは、地球とは関係のない宇宙の話です。

 

『ガルフォース エターナルストーリー』は一見地球と関係のない宇宙での戦乱と思わせて、実は地球と月だったというオチがあります。

 

【今も首都】

 

『ローダン』では変わらぬ首都。まあ地球ごと動き回りもしますが。

 

『スタートレック』での地球は惑星連邦の首都であり、サンフランシスコに評議会、パリに議長府があります。

 

『銀河の荒鷲シーフォート』でも首都であり、その防衛のためには膨大な……無残なことに無意味だと後にわかった……犠牲が払われました。

 

『真紅の戦場』『宇宙兵志願』その他多数のミリタリSF、現在の延長の国が争い合う場合には普通は地球が中心です。

 ただし『宇宙兵志願』は異星生物の介入で変化が起きていますが。

 

 

【廃れた田舎】

 

『銀河英雄伝説』は地球、太陽系の衰退そのものが地球教というゆがみを産み、ストーリーを裏から支配しました。

 

『彷徨える艦隊』で地球は、アライアンスの開発されていない側の領域にあり、手出し無用で妙な儀式があるだけの、田舎の独立国です。

 しかしもし地球を破壊されたら、アライアンス全人類はブチ切れてどこまでも戦ってしまうだろう、と誰もが合意するほど精神的な重要性はあります。

 

『航空宇宙軍史』は……

 

【伝説】

 

『ファウンデーション』の別作家による続編は、伝説となった地球を探索する話です。

 地球という星が存在していたこと自体が伝説。

 人類の起源が地球だったということが伝説。

 地球という星がどこにあるのか不明。

 そういう水準です。

 

『宇宙空母ギャラクティカ』旧シリーズと『GARACTICA』リ・イマジンの両方とも、伝説的な地球を探す話です。

 

『叛逆航路・亡霊星域・星群艦隊(アン・レッキー)』でも地球は伝説です。

 首都そのものはダイソン球というぶっちぎった規模があり、普通の人間は立ち入り禁止です。

 

【破壊済み】

 

『星界』では地球は星霧化しており、アーヴは妙に罪悪感を持っています。

 別に大きい首都がありましたが、それも過去形であり、その奪還が今の悲願です。

 

『シドニアの騎士』も地球はぶっ壊れています。

 

『怨讐星域』でも太陽系は消し飛びました。

 

【普通の星】

 

『ヴォルコシガン・サガ』の地球はやや田舎ですが普通に栄えています。

 

『銀河鉄道999』では……普通の星に思えるのですが、始発駅なのがおかしい気がします。

『宇宙海賊キャプテンハーロック』などで、ものすごい過去からの特別性が地球にあるので、正直怪しい……

 

〇地球人を含む多数の種族が共存し争う形の作品も、「普通の星」に含まれるでしょう。

 

『ヤマト』はガルマン・ガミラス帝国など多くの国々の中の一つであり、地球が中心です。

 

『ハンターズ・ラン(ジョージ・R・R・マーティンら共著)』では、地球人はやや弱い種族です。

 

『レンズマン』では、地球は多くのレンズで相互理解できる知的種族の一つである地球人の中心です。

 

『老人と宇宙』の地球はやや特殊です。多数の種族がそれぞれの領域を支配し、相争う宇宙の中で、特に暴力的な種族とされる宇宙生活する地球人、コロニー連合……

 コロニー連合と地球は奇妙な関係にあります。地球人は老いて死を前にコロニー連合の軍に志願し、家族故郷との縁を切って絶対の忠誠を尽くさなければ宇宙に出られません。奇妙な形の支配下にあり、ある時点で地球の人も真実を知り反抗を始めました。

 

〇文明化されている最中、というカテゴリーも考えられます。

 

『宇宙軍士官学校』は異星人によるリフトアップ、先進科学文明を与えられ、徴用されるることから始まりました。

『攻勢偵察部隊』時点の地球は泥沼で、テラフォーミング技術を注ぎ込んで回復している最中、人類の大半は窮屈な地下生活ですが、それでも助かったのは幸運です。

 

『ポスリーン・ウォー(ジョン・リンゴー)』シリーズも同様に、ある程度の技術と支援を与えられて、予定される大侵略に抵抗する物語です。

 

〇また、地球人自体は現代に近い宇宙に本格的に出る能力がない段階で、異星人に侵略されたという作品も多数あります。

 

『宇宙戦争』『V(ビジター)』『インディペンデンス・デイ』がそうです。

 バルタン星人をはじめ怪獣ものや、その延長である『マジンガーZ』などスーパーロボットもの、特に軍事侵略の面が強い『ボルテスV』『コンバトラーV』などもそうです。

『機動戦士ガンダムOO(ダブルオー)『蒼穹のファフナー』もその変形と言えるでしょう。

 ロボットアニメの相当数がそのパターンに含まれますし、『ガッチャマン』もロボットがないだけで共通性がとても高いです。

 

『幼年期の終わり(アーサー・C・クラーク)』も、実際にはそれです。

 

『スーパーロボット大戦OG』『マクロス』『ヤマト』はその状態からのし上がっているところです。

 

〇異星人の存在が隠されており、地球人の文明水準は現実現在と変わらない。

 

 これも『To LOVEる』『天地無用』など、いわゆる《おちもの》ジャンルを中心に多数あります。『レベルE』もそうですね……終盤ではもう公開状態ですが。

 マーブル・ユニバースのシャイア帝国もこれに近いでしょうか。

 

〇地球人が優越的である。

 

 比較的少ないですが、『造物主の掟(J・P・ホーガン)』。

 日本語現時点での『孤児たちの軍隊(ロバート・ブートナー)』も、異星人の侵略に対抗すると同時に、多くの星の人類に対し地球人が優越的な立場となりました。

 

〇継続的でない接触

 

『宇宙のランデブー(アーサー・C・クラーク)』など。

 

 

 

 首都防衛戦についてまとめてみます。

 

『ヤマト』を地球側から見れば、常に首都防衛でもあります。首都である地球が唯一の生存圏でもあると言えるのが、地球人の脆弱なところです。

 11番惑星、冥王星、土星の環……と太陽系自体を縦深とした防御も、地球の軍事思想の一つです。最終防衛線という言葉も使われたことがあります。事実上役に立ったことがないですが。

 また『ヤマトよ永遠に』の、惑星全体が絶対防衛要塞となった威容も忘れ難いものがあります。

 

『タイラー』では星系防衛兵器として、重力を利用する巨大要塞があり、小惑星帯に電磁ネットを張ったり、大陸から巨大列車砲を発射したりもしました。

 

『レンズマン』は地球攻撃に応じ、太陽ビームという超兵器が迎撃に用いられました。敵も惑星を要塞化し、それがあまりにも堅固なために、膨大な歴史を費やして究極の兵器が作られました。

 

『彷徨える艦隊』では、多くの主要惑星に強力な宇宙空間の防衛施設がありました。しかし、動きが鈍い施設は隕石もどきに脆弱であり、星系を守る艦隊が壊滅すればいい的でしかありません。隕石もどきを確実に撃破できるほど強力な光速兵器がないのです。

 戦争終盤で、艦隊の大半を失ったシンディックは首都星系自体をおとりとしてギアリー艦隊をひきつけ、ハイパーネット・ゲートの暴走破壊で首都星系ごと艦隊を撃破し、少数の指導部だけが逃れるという非道な作戦をたてました。さすがにそれを放送されたらシンディック軍は分裂し、ギアリー艦隊も巻きこんで激しい争いになり、旧指導部を皆殺しにして講和に応じました。

 

『宇宙軍士官学校』でも、太陽系の多くの巨大衛星などに基地を置き、太陽系自体を防衛要塞とする防衛思想がありました。

 話が始まった当初の敵の攻撃方針は、星系のかなり離れたところに転移し、防衛艦隊と戦いながら大規模なゲートを構築して巨大な恒星破壊兵器を転送するというものでした。

 それが、太陽を異常燃焼させる耐ビームコートつきミサイルを大量に転移させるという新技術になり、そのために実体弾兵器を持つ小型艦艇を消耗させる方針が付随しました。

 ただし新技術ができても、恒星内部・恒星至近距離に転移することができないため、多少の余裕があることには変わりありません。

 また、敵の目的が居住惑星ではなく恒星であることも特筆すべきでしょう。

 

 

 

 銀河英雄伝説での、首都防衛で面白いこと……

 リップシュタット戦役で、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイムともに本拠星系ではなく、要塞を本拠としました。連合軍の都合もあったのでしょうが、二人とも本拠星系に撤退せず要塞で最期を遂げました。

 またハイネセンは距離の防壁とアルテミスの首飾りに頼っていました。氷が取れる惑星にも要塞がないのです。

 リップシュタット戦役の最後はラインハルトによる実質クーデター……オーディンが星系ぐるみで巨大要塞になっていれば、経緯は違ったと思われます。

 共通して、重要惑星の星系そのもの、また首都惑星の衛星を要塞化する、という発想がない、ということです。

 いくつかの、裏を見ることができないよう自転が同期している衛星…そうでなくても衛星の両極に十分深い穴を掘って巨砲を据えれば、多少の艦隊を加えればイゼルローン要塞と同様の絶対の守りになるでしょう。それが複数あれば、どこから惑星に迫ろうとしてもどれかに撃たれる状態を作ることもできるでしょう。

 しかしハイネセンもオーディンもフェザーンも、そうなってはいないのです。

 ブラウンシュヴァイク領の本拠星も、そういう逃げこめる要塞にはなっていなかったようです。

『銀河英雄伝説』は、惑星や衛星に防衛施設を作っても無駄な技術の在り方だと思われます。

 容易に、黄道面の上や下から攻撃できるということでしょう。

 衛星上の要塞から、艦隊をアウトレンジで殲滅することはできない……火炎直撃砲、瞬間物質移送機のようなノータイムの攻撃手段がない、巨大な(ほぼ)光速弾兵器は超光速通信を持つ偵察機に発射を察知され、着弾より先に敵艦が針路を変えてよけられてしまう、と推測できます。

 戦艦をアウトレンジできる超巨大砲が異様に高価であることも考えられます。生活と防御を捨ててトールハンマーだけの使い捨ての、五千メートルぐらいの艦があれば役立つでしょうが、ありません。

 

 

『航空宇宙軍史(谷甲州)』のように現実に近い……出力が低く推進剤を気にする作品では、常に惑星軌道を考えます。それぞれが別の周期で公転することで変化する惑星間距離が戦争にかかわるほどです。

『ガンダム』シリーズも基本的に推進剤が必要で、ある程度は軌道を気にします。

 

『銀河英雄伝説』はほとんど軌道を気にする必要がない、外惑星からの射程内を通らなくても標的惑星に直行できるほど、星系内行動能力も高いと思われます。

 

『彷徨える艦隊』では星系内では最大0.2光速程度の通常航行に束縛され、星系の別のジャンプ点に至るまで何日もかかることがあります。惑星は何日も前から破滅をもたらす隕石もどきを察知し、偉い人は避難し弱い人はなすすべもなく死を待つ、ということもあります。艦隊戦も何日も前から状況が決まっており、何時間も接敵を待つことが常です。

 

『ヤマト』は推進剤不要・星系内ワープ可能とかなりエンジン性能が高いのですから、太陽系内防御を考える必要はないと思われますが……

 

 

 現実の地球で、航空機以前には都市に対する攻撃で一番怖いのが艦砲射撃と陸兵の上陸であり、それを阻止するため、湾口の岬や海峡の島など航路の要点に巨砲を据えたことを思い出します。

 フィクションですが『ナヴァロンの要塞(アリステア・マクリーン)』で、航路を見下ろす要塞の巨砲が多くの艦船を撃沈したように。

 爆撃機ができてしまえば無駄でした。



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核兵器

 宇宙戦艦SF・侵略SFにおける核兵器の扱いを考えると興味深いものがあります。

 

 もとより核兵器は広島・長崎、そして幾多の核実験による悲劇を生みだしたもの……話題にするだけでも不快な人はいるでしょうが、それはそれこそどんなものでも変わりません。

 

 仮に、アメリカに少し良識があって警告して脅しに使った・ソ連の日本攻撃が少し早かった(原爆がなくてもソ連参戦時点で日本は降伏していたと思われる)・日本がもう少し早く降伏していた……どれかがあって広島長崎がなければ、核兵器にこれほど巨大なマイナスイメージがつくことはなかったでしょう。

 そうなれば、SFにおける核兵器の扱いも少し違うものだったでしょう。

 ……あっさり朝鮮戦争や国共内戦で核兵器が使われ、もっとひどいことになっていたかもしれませんが。

 

『銀河英雄伝説』では、ずっと昔の13日戦争で人類が壊滅したため、核兵器を有人惑星に使うことは禁忌とされています。

 リップシュタット戦役でブラウンシュヴァイク公がそれをやらかした……その影響は大きいものでした。

 戦闘でもレーザー水爆ミサイルが用いられていますが、それほど重要という感じはありません。

 中性子ビーム・レールガン・レーザー水爆ミサイルという三種類の兵器の、質の違いが特に本編ではほとんど活きていないのです。万単位の艦数で、それよりも兵力の集中という一点に絞ることで独特の作品世界を作ったのでしょう。

 外伝では水爆をガス惑星に投下するという、地形を用いた小戦術は見られます。

 

 少し核兵器から外れますが、兵器の違いについて……

『宇宙軍士官学校』では宇宙空間ではレーザーやビームと違い減衰がないレールガンを、事前に発射して着弾する時間・位置に敵を誘導するという戦術があります。

 また敵がビーム吸収コーティングを用いるようになってから、レールガン・光子魚雷という実体弾兵器の重要性が跳ね上がりました。

『タイラー』シリーズでは、現実の太平洋戦争程度のオマージュとして、戦艦はビーム砲が強く、巡洋艦・駆逐艦・攻撃機と艦船規模が小さくなるにつれて光子魚雷の重要性が増していく、という組み合わせを取りました。

 

 核兵器や光子魚雷が大型艦船にも有用かどうかはかなり重要です。それらは大規模エンジンがなくても運用できるため、戦闘機のような小型機が戦線で価値を持ち得るのです。

『彷徨える艦隊』ではミサイルが目立たない存在であることもあり、戦闘機に当たる兵器がほとんど価値を持たない……艦が大きくなければ慣性補正装置・エンジンも小さいため、機動性すら期待できない、と。

 

 

 

 核兵器に戻します。その扱いは、多くの娯楽SFでとても重要な要素です。

 

 現代現実と変わらない地球人が異星人に侵略される作品の多くでは、「核兵器が無効化される」という現象があります。

 核兵器の概念もなかったウェルズ『宇宙戦争』が例外ですが。

『エンダーのゲーム』では原作開始前のバガーによる地球攻撃では、シールドで核兵器が封じられ人類は圧倒されました。

『インディペンデンス・デイ』でも巨大艦のシールドは核兵器を無効とし、反撃にはシールドをサイバー攻撃で封じることが必要でした。

『孤児たちの軍隊』でも、異星人の疑似隕石攻撃を核兵器で迎撃しようとしたら、何らかの方法で核兵器の起爆が封じられ一方的に殴られました。

 

 宇宙からの侵略者を、低軌道には届くICBMに載せた水爆の飽和攻撃で撃退する……という作品は許されないのです。

 世論という点でも、ストーリーとしてつまらないという点でも。

 

 怪獣映画でも、その延長であるスーパー系ロボットアニメでも、核兵器封じは重大なことです。特に侵略の要素がある場合。

 

 その点反応兵器が有効だった『マクロス』は異質です。

 

 ロボットアニメでも、『ガンダムシリーズ』が核兵器を慎重に扱っています。

 宇宙世紀では南極条約による抑制、GP-02がもたらした大被害と封印。『SEED』では核兵器を使用不能にするニュートロンジャマー技術がモビルスーツの発達に結びつきました。

 

 特に怪獣映画・ロボットアニメなどでは核兵器のみならず、火薬砲など通常兵器すら無効であることも多くあります。

 それこそ『Dr.スランプ』で人間の子供の大きさの怪獣を警官が銃で撃っても、「怪獣というからには鉄砲のタマなどヘイキなのだ」というように。

 人間の科学による兵器が通用しない怪獣を倒せるのが超(古代)技術・超エネルギーで作られたスーパーロボットでした。

 その構造は『エヴァンゲリオン』『蒼穹のファフナー』また言いわけが丁寧ですが『シドニアの騎士』にも受け継がれています。

 

 

『スタートレック』『タイラー』『宇宙軍士官学校』などにある光子魚雷=物質・反物質対消滅弾は、本質的に核兵器の上位互換と言っていいでしょう。

 どれも宇宙艦隊戦で主に用いられ、都市破壊の戦略兵器としてはあまり用いられません。

 …考えてみると『宇宙軍士官学校』は光子魚雷の射程の短さに苦労していますが、水爆を使えばいいのでは…

『ローダン』で長く主力兵器であるトランスフォーム砲が、炸薬が水爆であることも興味深いです。

 

 威力そのものを問題にするのであれば、さまざまな惑星破壊兵器・宙域破壊兵器こそ核兵器の、ある面の投影と言えるでしょうか。

『ヤマト3』の惑星破壊プロトンミサイル。

『スターウォーズ』のデススターのハイパーレーザー。

『エンダー』の分子破壊砲(リトル・ドクター)。

『禅銃(ゼン・ガン)』。

『ローダン』のアルコン爆弾。

『レンズマン』の虚の球体や惑星ごとバーゲンホルム。

 惑星表面しか破壊できませんが、『彷徨える艦隊』の隕石もどきや、ハイパーネット・ゲートの暴走破壊。

 惑星を切断する剣、というのも『伝説巨人イデオン』『酒呑☆ドージ(梅沢勇人)』『To LOVEる ダークネス(矢吹健太朗/長谷見沙貴)』などけっこうあります。

 

 威力が最大なのが『スターキング(エドモンド・ハミルトン)』のディスラプター。

 

 滅亡をもたらした兵器としては『ガルフォース』の星系破壊、『ロスト・ユニバース』のシステム・ダークスターもあるでしょう。

 

 

 簡単に惑星を破壊できる兵器が多いことが、逆に戦争の形を制限している作品もあります。

『宇宙の戦士』もノヴァ爆弾で惑星を破壊することは容易ですが、それよりもむしろ、斧ではなく鞭で教訓を与えるように限定された破壊をする、そのために機動歩兵を用います。

 といっても機動歩兵も核兵器を装備していますが。

『装甲騎兵ボトムズ』も、惑星破壊の応酬に疲れた結果小型人型機による局地戦が多くなったそうです。

 この現実で、核兵器の存在により米ソの大戦が起きなかった……代償として世界各地で代理戦争が起きたように。

 

 やや違う方向で制御された破壊が、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズにいくつか見られます。

 ガミラスの遊星爆弾……人類だけを滅ぼしテラフォーミングもする。

『永遠に』で、人間の脳だけを破壊する重核子爆弾。これは中性子爆弾のオマージュでしょうか。

『完結編』アクエリアスをワープさせることも、地球を破壊せずに人類だけを滅ぼし新しい生活の場を確保する手段でした。

 

『宇宙戦艦ヤマト』旧シリーズには、ほかにも核兵器という兵器のさまざまな面が浮き彫りにされます。円筒は見る角度によって円や長方形などいろいろな影をなすように。

 

 地球を放射能で汚染した遊星爆弾は本質的に核兵器の、破壊と放射能汚染、滅亡を切り出したものと言えます。

 圧倒的な破壊力がある、ゆえに兵器としては抑制されるのが波動砲。地球艦隊のマルチ隊形がいつも全滅フラグなのも、濫用が自滅を意味するということでしょうか。

『3』の惑星破壊ミサイルも核兵器の一つの投影でしょう。

『完結編』のハイパー放射ミサイルは、放射能を用いており核兵器に見えて、本質的には撃墜が困難で装甲貫徹力が高い毒ガス弾です。ヤマト以外の通常戦艦はなぜか一撃轟沈でしたが。

 そう考えてみると、核兵器の政治的な面が切り出されなかったのが少し残念かも。

 

 

 

 核兵器、技術そのもののコントロールに失敗し、人類が滅亡する話。

 自滅した文明の遺跡があちこちに残る話。

 あるいは核戦争で大きい被害を受け、民主主義ではない宇宙文明となった話。

 どれも多数あります。それぞれの、アニメや海外ドラマを含むリストは簡単には作れないほどに。

 

 核兵器は人類の自滅を可能にする、その恐ろしさは冷戦が終わった今忘れられようとしています。

 しかし、本来それは最も大きな問題なのです。

 

 核兵器を過剰なまでに配備する……人類が滅亡すれば国家はあり得ないにもかかわらず、人類より国家を優先する。一方が民主主義であったことが、そのおぞましさを深めています。「事故で人類が滅んでもいい」と、何億人という義務教育を受けた国民が投票で支持したのです。

 その狂気を直接描いたのは『復活の日(小松左京)』でしょうか。ほかにも多くあるでしょう。

 

 人類滅亡に対する無関心……小惑星衝突対策がわずかであり、また「一つの籠にすべての卵を入れるな」を実践しようとしていないこと……も本来ならもっと重く扱われるべきでしょう。

 異星人の侵略は人類滅亡の脅威を自覚させるものですが……ただ、『ローダン』と『ローダンNEO』の調子の違いは、「人類はどんなことがあっても国家と私欲を優先する」という信念が強まっていることを示しているように思えてなりません。

 

 

 強力すぎる兵器を使うとストーリーが面白くなくなる。あと世論も怖い。

 だから核兵器を正面で使うのは難しい……

 アメリカの良識不足・大日本帝国の無能は、娯楽SF全体にも大きな負の遺産を残してくれたものです。



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土地の一般論

『銀河英雄伝説』では、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイムは多くの豊かな星系を所有し、ゆえに膨大な財産と数は多数の私設艦隊を持っています。

 ゴールデンバウム帝国は、封建時代……領域の大きさがほぼ軍事力に直結するようです。

 現実の日本の戦国時代で、石高=米がどれだけ得られるか=水田に適した土地の面積と、動員可能兵数が比例関係にあるように。

 

 広い地を支配する。特に現実の地球で、昔からどういうシステムにするか多様性があります。洋の東西によっても違います。

 さらに大航海時代には、連絡にも輸送にも年を越えることもある時間がかかり、ロシアンルーレット同様リスクが高いというとんでもない制約ができました。

 所領を分ける。封建制。

 中央政府から派遣する。日本の国司、秦、唐。ローマ帝国も。日本の明治政府の県令も。

 郡県制か封建制か……安史の乱か八王の乱か。

 

 何よりも重要なのは、範囲が広がると遠くの領土は誰かに任せなければならない。任された者が自分で軍を持ち反抗することを、止めることはできない。短い任期にしても、その下の土豪が力を得るだけ。

 これは洋の東西を問わず、また宇宙であってさえ普遍的でしょう。

 

 

 世界史の教科書には、各国の歴史があります。

 ただ、これから考えたいこと……国家ができていく時代の、具体的な生活と支配を想像するには、足りない情報があります。

 作物は何か。

 何を食べなにを着ているか。

 何に住んでいるか。水やトイレや火は。

 製鉄法は。

 それらは調べ、さらに断片的な情報から想像するしかないことも多いです。

 

 そして、間違いなく昔も今も変わらないことがあるでしょう。

 人の歩く速度。人の声が届く範囲。一人の人が支配できる人数。

 大陸一つを、一人の人間が代理などを全く使わず直接支配することは、絶対にできません。

 前も考えた一日1キロ食べ、30キロ背負って20キロメートル……その制約は普遍的です。

 

 同様に普遍的に肝心なのは、人が群れるのは防衛のため、戦うためであることです。

 人数が多いと、それこそ多い方は一人も死なずに少ない方を全滅させることすら可能です。だから人数が多ければとても強い。それでどの国も領土を増やし、大きい国はより強くなって隣を食い、大帝国にも至ります。

 しかし、防衛とは……ある村が襲われる。知らせを軍のところまで持って行く。襲われたことを、軍事力を持つ人が知る。軍が準備し、駆けつける。戦う。助ける。

 そのためにはどうしても時間がかかります。襲われた村に大きい軍勢がいるのでなければ……当然襲う側は、軍がいないところを狙います。すべての村に大きい軍勢を置いたら、その軍勢も食べるのですべての村が飢え潰れます。

 村そのものにある程度の城塞を作り、助けが来るまで持ちこたえるのが定石ですが、それも「間に合う」時間が少々長くなるだけのことです。また毎年収穫がなくなるように田畑を荒らせば、その村は結局潰れます。

 

 数学的な一般論を考えると……一辺1キロメートルの正方形国。国境線は4キロメートル、面積は1平方キロメートル。

 一辺100キロメートルの正方形国になった。国境線400キロメートル、面積10000平方キロメートル。国境線1キロメートルあたりの人口が多いので守るのも楽……に見えます。

 しかし、質は変わります。中央から腰兵糧で国境まで行けるかどうか。大きくなると、辺境近くに駐屯地が必要……ならそれが反乱する、国境近く駐屯地がいくつか連合して中央に進撃しても潰せるだけの中央軍……無理が出てきます。

 

 

 組織の規模が大きくなった時の、官僚制・縦割りの弊害も人類に普遍的と言っていいでしょう。

 また長期間同じ群れが続いたら、前任者が決めた法・道徳が積みあがってがんじがらめになることも。

 地方地主がどんどん大きくなるのも、中央政府の財政が苦しくなるのも、普遍的と言ってもいいでしょう。

 逆に昔の人がとんでもなく迷信深いこと、多くの人が栄養不良で半病人であること、奴隷が当たり前であること、人の命が極端に軽いことなども頭に入れておくべきでしょう。

 

 

 

 とりあえず考えるために、八割がたイメージで想像してみましょう。

 

 稲作が入ってからの日本の、割といい場所。

 昔は関東や新潟のような大平野より、山間のほうが田を作るには向いていたそうです。水が豊富で、傾斜を利用して容易に水を管理できたと。周囲の山や、沼・湖・海からもかなりの食料を得ることができます。

 基本的には自給自足に近い生活になるでしょう。そのためには、森の獣から得られる皮革もかなり重要になるでしょう。

 山地が多く、雨が多い日本は、山が小さく急な川に削られた海に達する谷、それがたくさんあり、それぞれがひとつの「国」となるでしょう。湖沼を中心とした盆地も多くあります。適切な大きさで本土に近い島は意外と少ないものです。

 

 人類は狩猟採集生活では、階層がない平等であった……というのが定説です。

 しかし農耕で定着すると、階層ができていきます。肉は食べつくさなければ腐るだけですが、穀物は貯蔵できます。

 日本では、稲作の知識や金属が伝来であるため、それを持つ人々が特に強くなります。

 同じ村の中でも知識、特に稲作に関わる水田の作り方・水の使い方・星を見て季節を読む方法・道具の入手ができる人の地位は上がるでしょう。

 資源としては塩、銅、よい土器ができる土。製鉄技術が入れば鉄の材料。黒曜石などもまだ需要もあるでしょう。製鉄や製塩をある程度以上やったら木が不足することもあるでしょう。

 塩魚は普遍的に価値があります。宝石も需要があるでしょう。宝石だけでなく、柔らかいロウ石、顔料となる色石、日本では好まれませんが屋根材になる薄板に割れる石など多様な石材が多様な価値を持ちます。日本では知らないですが、中東などではナトロン(天然重曹)・ミョウバン・硫黄・硝石(火薬以前もハムなど)も高い需要がありました。文明水準が進めば、香木やサメ皮、薬材料なども高い価値が出ました。

 製鉄、さらに質の良い刃物材は優れた技術を持つ集団が技術製作を独占し、製品を交易するでしょう。

 交易も、ノウハウというか「商人の顔を知っており、合言葉を知っている」とか「山向こうの豪族の長と知り合い」とかがなければまともにはできないでしょう。

 知識が富になる、だから知識を持つ者が地位を得る、ということです。

 

 さて、上を見ましょう。日本には大和朝廷という頂点がありました。多くの豪族もありました。

 豪族は、半ば自給自足の農耕などができ、一体と言える川や峠で囲まれた地域の、村がいくつか集まったその頂点でしょう。

 全体の防衛をしたり、外交をしたり、呪術をしたり知識を与えたり。

 人は小さい共同体の外は基本敵とみなし、特にこちらが飢えれば奪い殺すことが多いです。古代農耕社会も、狩猟採集社会も小さい戦争が無数にあるといわれています。

 それから自分たちを守り、またうまく自分たちを指揮して敵を倒してくれる豪族は頼もしいとされ、領土を広げる……それが人類の普遍的な営みでもあるでしょう。古代では想像以上に呪術も重要でしょうが。

 

 さて、日本は大和朝廷が唐の律令制を真似て……

 という制度以前の問題があります。

 人間社会は、普遍的に「人間である」、地球人、ホモ・サピエンスであるということに強く束縛されています。

 意識する人はまずいないでしょう。しかしそれは重大なのです。

 人は食べる。水が必要。糞食をしない。衣類が必要。ビタミンCを体内で作れない。土を掘った穴では人類のサイズが大きすぎ安定して暮らせない。声が届く距離。赤外線通信やアンシブルを体内に持っていない。眠らなければならない。セルロース分解酵素がない。空中窒素固定能力がない。妙ちきりんな繁殖。

 ほかにもたくさん。

 

『火の鳥 鳳凰編』で、こんなシーンがありました……旅をしている主人公たちが、大荷物を背負いやつれた男が行き倒れたのを見かけました。

 餓死した人の背には、たくさんの米が背負われていました。

 都に運ぶ税。自分が死んでも、税に手をつけたら村の家族が皆殺しにされかねない。

 ……でも結局、それは誰も得をしていません。老人は死に、老人の家族は罰され、そして国も税を受け取れていないのです。

 それは黎明編以来の通奏低音である朝廷の暴虐を描く話でしたが、別の深いことも示唆しています。以前も検討した単純計算。

 人間が背負って歩けるのは、きわめて高い水準の訓練を受けた兵士が、現代の素材・設計・縫製で作られたリュックで、50キログラムとか60キログラムとか……米10キログラムが二つ入る皮革の袋って、それだけで何キログラムあるでしょう?

 古代では栄養状態も悪く、もっと少ないでしょう。靴も道も悪いです。

 人が必要とする食物は一日一キログラムぐらい。米一合が150グラムぐらいなので、おかずがないことを考えれば四合、600グラムかもしれませんが、重労働では……

 人が標準的に歩けるのは、訓練があっても40キロメートルがせいぜい。荷物が重ければ、また道が悪いこと、履物の技術水準も低いこと、幼児期からの栄養状態なども悪いことを考えればもっと性能は落ちるでしょう。

 一日1キログラム食べ、30キログラム背負って20キロメートル歩けるとしたら、30日以上かかる600キロメートル以上だと着いたら手ぶら。領有して税を取っても攻めて略奪しても儲からない。

 これは人類に普遍的な、絶対的な制約でしょう。

 一つ一つの数字の違い、食べたら軽くなるその他は誤差、本質は変わりません。

 移動距離が長すぎると費用が利益を上回る、それは交通技術がどれほど高まろうと、それこそワープが可能になっても本質的に変わらないでしょう。今の現実でも、ガソリン代と人件費と、輸送で稼ぐ金の問題は常にあるはずです。

 途中で食を乞い鳥を射落とすことができるとしても、遠くから納税のために米を担いでくる人の人数が多くなれば……たとえば都に近い家には多くの人が泊まり、食べる……結局は何かしらの食料を消費します。範囲が広くなると、都の近くでは膨大な人が食べることになります。

 旅費を軽い絹か何かで持てといったらそれは遠隔地への増税ですし、都の近くの人も、金を払ってくれても食料不足になります。輸送のための食糧は結局増税と同じになり、それは距離が遠くなると無限に増えるのです。

 貨幣を税+旅費にすれば軽くなってより遠くまで歩けますが、そのためには納税者が暮らす地域の近くで、収穫などを貨幣に変える必要があります。それは発展した都市があるということであり、そこが独立国家になることは容易でしょう。

 

 税だけでなく、「蛮族に襲われた村を助けに行くのが間に合う」「まともなコストで連絡が可能」「貿易上価値があるか」なども考えるべきでしょう。

 税もそうですが、たとえばとても重要な資源が大量にある鉱山などなら、地理的にかなり不利でも確保する価値はあります。

 人間の現実の国家は、価値の有無にかかわらず、領土であったという意地だけで果てしなく取り合うことも……日本も竹島・尖閣・北方四島と紛争を抱えています。

 

 軍事でもその制約は重大でしょう。普通の農村にとっての「軍事」はせいぜい数日歩く程度でしょう。人間が武器と鎧と食料を持って歩ける範囲です。乾燥地帯では水も。馬を得れば馬の食料も。

 古代ローマが王政から共和国、共和国から帝国に変質したのも、戦争が数日以内と、何十日もかかるのでは質が違ったことが大きいと思います。

 

 その限界をぶっ壊せるのが、高速大量輸送を可能とする水運です。大陸ではきわめて条件のいい平地での馬車・牛車輸送もある程度あるでしょうか。

 ですが、水運は場所が限られます。国家がいびつな形になる……航路・港湾を中心として、運べる範囲内だけがまともに納税でき、山賊に襲われたときに軍の派遣が間に合い、交易できる場になります。

 道路も同じことです。

 

 

 もう一つ農耕社会で普遍的な厄介事があります。

 地主。

 農業は不安定です。サイコロを振るように凶作があります。狩猟採集社会なら、とても広い範囲で少ない人口であるのとひきかえに、ある場所で木の実が不作なら別のところに行けばいいのですが、農業は膨大な投資をしているのでどうしても「一所懸命」になります。

 凶作で飢えないための正解は、リスク分散。ニューギニアなどでは、わざわざ少し離れた山に何時間も歩いていかなければならない小さい畑を持っておく、という話を聞いたことがあります。

 でもそんなことは、人口が多く蛮族も多い地域では無理。遠くの山まで歩いている人は簡単に襲える……城塞都市から歩ける、逃げ切れる範囲しか耕せないのが定石。山向こうとも血縁関係を結んで、凶作のとき融通し合うというのは実際には難しい……

 だから大きい領土の豪族の下につく、となります。しかしそれをやると強い従属になってしまうのです。

 貨幣経済が発達したらもっと厄介なことに……確率的な、長い目で見ればほぼ必然である凶作や病気治療などで、すぐに土地が抵当に取られ、小作農=奴隷になってしまうのです。

 そうなれば当然、有力者はどんどん広大な土地と、言いなりだから徴兵もできる民を手に入れてしまいます。そうなれば当然中央にも逆らえてしまう……

 

 

 比較対象として中東・中国を考えてみましょう。

 本質的には砂漠になる、北回帰線近くの中緯度高圧帯。そこに外から大河が注げば、桁外れの農業生産力を生み出します。エジプトでは洪水で塩害が流され、半永久的に持続可能でさえあるのです。中国はモンスーンがあり比較的雨が多いですが、特に北方は乾燥しています。

 灌漑による大規模農耕。とても広い、馬車に有利な平野。灌漑が可能ということは川という水路もあるということ。低い技術水準でも作ることができ、生産性・保存性がかなり高い大麦小麦+ソラマメ・ヒヨコマメ、ついでに(中東)オリーブとナツメヤシという作物。馬・牛・豚・羊・山羊という家畜。

 税となる穀物を担いでこれる範囲も、荷車や河川を用いればとても広いです。

 灌漑も本質的に、大帝国と相性のいいものです。堤防やダムを作るには、大人数があるほうがいい。大人数を集め指揮するノウハウが蓄積されます。また堤防やダムの要所を支配する勢力は、灌漑に依存する広い範囲の生殺与奪を握ります……多くの細かな水系がある日本や、天水農業がさかんなヨーロッパとは違って。

 とにかく広い範囲の、広大な帝国ができる。それが中東・中国という地です。

 日本とは違い、騎馬民族の脅威が常にある中東・中国では、人が暮らすのは基本的に城塞都市であることも忘れてはなりません。孤立した農家なんてありえない、城塞都市から行ける範囲しか耕せないのです。

 

 中国は確かに、ヨーロッパと違ってすぐに統一される、地理的な障壁が少ない地です。

 しかし、それでも広すぎます。歴史上たびたび、いくつにも分裂します。

 それを再統一した帝国は、どのように土地を分けるか危惧します。

 

 日本の、基本的には山や川という障壁が形成する豪族勢力範囲。

 中国の「国」。

 それをつくるのは、税を運べる範囲という制約もあるでしょう。

 あまりにも広大だと、税を運ぶ間に消費するコストがある。水運があっても沈むリスクがある。ならば、小さな領域で完結させる方がいい。

 

 また人間には、自然な集団のサイズもあります。

 ダンパー数、狩猟採集時代の血縁集団、最大150人。今も軍隊の中隊の人数がそれですし、その人数を超えた企業は高度な組織を必要とします。

 強い人の声で支配できる人数。拳で、カリスマで支配できる人数。

 とても広い範囲がどれほど条件がいいとしても、一人で何万人も・半径何百キロメートルも支配することは絶対に無理なのです。目が届かないのです。声が届かないのです。顔と名前を一致させられないのです。税が増えないのです。駆けつけるのが間に合わないのです。

 どうしてもピラミッド構造……数人の班が集まって学級、何学級も集まって学年、学年が集まって学校……十人ぐらいの分隊・三十人ぐらいの小隊・百人ぐらいの中隊・大隊・連隊……町や村・市や区・都道府県……そういう構造になってしまうのです。どうしても、多くの「国」の連合体になってしまうのです。

 

 軍事的にも、広すぎたらはじっこの村が蛮族に襲われたとき、助けが間に合わないのです。間に合わない、守られなかったことが繰り返されれば、独立するでしょう。助けが間に合わないということは、独立鎮圧も間に合わないということなのです。

 はじっこの村の近くに軍の一部を駐屯させる?ならその軍が独立を宣言したら……それに戦力の分散は愚劣。

 ある程度以上の広さの(または地理的障壁に阻まれた)地域は、ひとつの軍が支配し、ひとつの都に税を集める、ひとつの国ではありえないのです。

 

 

 

 さて、たくさんの豪族を破り、功臣たちや一族の助けを借りて天下を統一した皇帝。

 中国では、どんな制度をとるか悩みました。

 最初の帝国である秦の始皇帝。秦を反面教師としてたっぷり学んだ漢の劉邦。漢の実質後継者である曹操の魏、晋。

 隋、唐。モンゴルの伝統を持つ元。

 一人で食べきれるわけがない。分けなければならない。

 誰に?血のつながった一族?征服した豪族たちの生き残り?功臣?優秀な試験合格者?

 各地の、下から村単位で推挙される人……祭りの生贄の肉を村人に公平に分けることで評価された陳平や、なんとなくビッグ感があっていい嫁を貰い、亭長という公務員になった劉邦のような?

 戦国を生きのびた初代皇帝はよく知っているでしょう。誰も信用できない。一人では何もできない。このどうしようもない矛盾。

 親兄弟だろうと、どんな学者だろうと、忠実だった将軍も、娘を差しだしてきた豪族も、誰も信用できない。

 力を与えた者は謀反を起こす。でも項羽でさえ一人ですべてを支配することなどできない。

 

 その力は、古代では領土です。戦国時代も。『銀河英雄伝説』でも……いくつもの星でしたが。

 領土があれば何ができるか。

 領土に領民がいて、領民全員を支配する。生殺与奪を握る、司法・行政・立法の三権ついでに宗教の頂点と軍の指揮権も独占する。

 領民は土地を耕し種を播き収穫し穀物を生み出す。服や鉄も生み出す。領主は徴税をする暴力組織を用いて税を奪う。

 古代では徴税は限りなく略奪に近いものです。新約聖書でも、イエスの弟子のひとりの徴税人は人々に嫌われました。史上最高の科学者の一人であるラボアジェは徴税の仕事をしており、それゆえに革命で処刑されました。

 また、領民を徴用して土木工事をさせることができます。堤防、ダム、運河、港湾。砦、防壁……大規模建築。それは時に無意味な神殿、同時に農閑期に食わせるための公共事業にもなりました。それは広い範囲の多数の人を集め、衣食を共にさせて文化を統一し、また文字や数などのイノベーションも促進しました。

 徴用の変形として、兵士にもなります。石高はそのまま兵の数。領土はそのまま軍事力、暴力でもあるのです。もっとも普遍的な力である。もちろん、大規模な盗賊団や蛮族から領民を守ることも期待される。

 それが、たとえば給料や単なる地位との根本的な違いです。自分の軍隊を持っている、ということが。

 ただ皇帝の側近というだけで、自分の軍事力がなければ皇帝の寵愛が失せれば首が飛ぶだけです。しかし、領土があれば。親兄弟が少し離れた土地を持っていれば。

 何の準備もなく首を切れば、復讐のために遠くの家族は領民を集め挙兵するおそれがあります。

 ただの給料、貨幣ではだめなのです。貨幣自体、それほど信用されるものでもないですし。地位、爵位だけでもだめなのです。宗教的地位もかなり強いですが、それでもまだ不完全なのです。まして特許権、著作権など何の力もないのです。

 江戸時代の日本では、豪商は政権の気まぐれで全財産を没収されたものです。

 軍の指揮権だけでも、皇帝が書いた紙一枚で指揮している軍は、同じく紙一枚で奪い去られるのです。領土であれば、隊長の父親は自分の父親とともに戦い、耕し、祭りをともにしてきたのです。祖父も。そのまた……軍全体が、まさに自分のもの。ならば皇帝の紙一枚があっても、自分についてきてくれることを望める……皇帝もそのリスクを考えれば、簡単に奪えない。

 貨幣経済だけで傭兵・装備・軍需物資全部そろえるのは、たとえば今、大企業が自国の軍と戦える軍事力をつくるのに、どれだけ時間がかかるでしょう。……かなりの軍事力を持っていると言われる企業もありますが、それでもG7級の国軍とまともに戦えるでしょうか?

 現代日本では、暴力団と過激派が、ごく弱い武力を持っているだけ……宗教団体は警察や軍の一部を寝返らせることができるかもしれませんが、それも奇妙に成功例が少ないのです。中国史では何度も帝国を破壊はしていますが、新帝国を支配することはできていない……

 土地=軍事力。それだけが、取り上げることが難しい、本物の力なのです……絵に描いた銃と、実際の銃の違いのように。

 

 ついでに。見えにくいですが、領主は貨幣的な意味での信用を維持することで経済を支えてもいますし、交易はじめあらゆる商工業の許可を出す存在でもありますし、宗教的な中心でもありますし、文化的な中心でもあります。

 

 

 皇帝から見れば、誰かに領土を与えれば、自分の支配下にない軍隊ができるということ。潜在的な敵です……兄弟でも妻の父でも、忠実な将軍でも、宦官の甥でも。

 それだけでなく、徴税・徴兵の権利がなければ、与えた領土は自分の財産・軍事力にならないのです。皇帝や幕府が、比較的小さな直轄地の税金と兵士でやっていかなければならないように。

 国そのものが、軍事的・財政的にとても弱くなってしまうのです。フランス革命までのフランスやスペインがたびたび破産したように。

 

 さてどうするか。

 周の封建が春秋戦国となり、それを反面教師に秦の始皇帝は郡県制をとりました。

 徹底した中央集権。皇帝が任命した長が地方に出かけ、支配する。

 ただそれは圧政となって崩壊し、漢の劉邦は……郡国制にはしましたが、多くは郡県制に近いものでした。ついでに家族や功臣に分け与えた諸国は、功臣は粛清され、家族も後に反乱を起こして弱体化しました。

 家族が信頼できる、だから家族に国を分ける……それをやって見事八王の乱で滅んだのが、三国志の司馬の子孫である晋です。

 そして唐は安史の乱……

 中国では歴史的に、封建制か官を派遣する郡県制か、どちらがいいか議論しているそうです。

 

 任期が短い官僚の派遣は、派遣された官僚が反乱するリスクは小さいかもしれません。しかし任期が短く、土地の人々との代々の結びつきもなければ、全員飢え死にするまで絞って賄賂にしてもっと上の職を得たり荘園を買ったりする、が派遣された統治者にとっての最適解になるのです。そうなったら国全体が崩壊します。

 派遣された官僚は地域の地形も知らないし土地の人との絆もないので、戦争になると弱いか、土地豪族の言いなりかです。

 ついでに兵を徴用して遠距離に派遣すれば食費旅費を誰かが負担しなければならず、自分の故郷を守るわけでもないので士気も低くなります。

 さらにホーンブロワー艦長と同じく偉さの根拠は紙一枚。

 地方にいる間に中央で讒言されたら?

 逆に、讒言されないように中央で暮らしている間に、任地の代理人からの税がなくなったら?見ていないところで反乱が起きて責任を取らされたら?

 

 日本の朝廷も唐を真似て国司という制度を取りました。宮廷の中で下級貴族に、**国(今の**県)を治めよと命じ送り出すのです。

『源氏物語』の作者、紫式部がその階層出身であったことが知られています。

 当然治める地についての知識もなく、当地の豪族や村長たちと先祖代々知り合い、というわけでもなく、先祖代々養った軍を率いていくわけでもありません。

 地方と中央を往復するのは狭い日本でも時間がかかります。それこそ東海道中膝栗毛、東海道53次=片道53日。いろいろ発達した江戸時代で。

 今の国会議員ですら、国会に会期があり長い休みがあるのは、出身地方に帰って地方の有権者と会い話を聞いて、その声を国政に届けるため、という建前です。今の休み期間の長さは新幹線や飛行機以前だという批判もありますが。

 

 また律令制では国家が直接国民一人一人に、一定面積の土地を与え税を取る……ある意味ベーシックインカムともいうべき公平なシステムがありました。

 そして日中どちらも結局は、豪族・寺・大地主の荘園のほうが広くなることになります。

 戦後、日本でもフィリピンでも問題になる農地改革問題にもかかわります。統治が安定し生産性が高いのは家族水準の小規模自作農。しかし、特に低い技術経済水準・困った人を助けるという発想が為政者にない/経済的自由思想が強い状態では、確率的な不運で小規模自作農は大地主、不在地主に借金をして小作人となってしまう……持続可能ではない。大地主の、身分制社会になる歴史的圧力が非常に強いのです。

 明治政府も、巨大な不在地主と小作人の身分構造がどんどん進んでいきました。日中・太平洋戦争がなくても、それが国を引き裂き滅ぼした可能性は十分にあります。

 ちなみに小規模自作農は、均等相続の場合も土地が小さくなって生存不能になるというアホな問題も抱えています。といっても単独相続では、都市に窮民があふれるならまだまし、開拓に成功してしまったら……次男三男に、斧と鍬を貸すからあっちの森を切り開けかわりにお前の次男を兵として出せ、で無事豪族の誕生です。

 

 

 ついでに。国司から荘園になり、また守護大名となって、日本史で何度もあること……中央で暮らす大貴族・大領主・大寺が、気がついたら領土の管理人からの税が来ない。領土の管理人だった者が大名になっている。下克上。実質独立国。

 日本では参勤交代が、意外にもそれを解決したようです。それも治安と道路整備、外敵排除があってのことでしょう。容赦ない改易が圧政を抑止したこともあるでしょう。

 

 それは世界中で普遍的でしょう……逆にスペイン帝国や大英帝国が不思議なほどです。

 

 

 民族の違いもある程度以上ある大きい帝国では、地方にとってそれが収奪なのか、それとも両方得をするのか、という問題もあります。これは特に現在は、イデオロギーや歴史解釈の問題にもなりとても厄介です。

 支配する者が、違う民族・宗教・人種である場合には征服された地方との差異がとても目立ってしまいます。

 それが極端なのはスペイン帝国です。徹底した奴隷化、それどころか伝染病の関係でただ生かすことすらできず、多くの地域が全滅し黒人奴隷を入れることにもなりました。

 モンゴル帝国は残虐な征服とは裏腹に、広い範囲で治安を維持し交通を助けて、広い範囲を繁栄させたと言います。しかし結局は滅びましたが。

 

 

 歴史の少し先もつけ加えましょうか。ヨーロッパが封建社会から絶対王政を経て国民国家となった……ヨーロッパだけは、印刷を嫌わず、大砲と外洋航海技術を改良し続けた。

 大砲。とんでもない金がかかるけれど、運用すれば城を破壊する。

 城、城というほどでもない砦でも、十分に小領主・中規模の村が自衛することはできました。民に食料も家畜も持って集まらせ、守る。囲む敵兵はすぐに飢える……大量の食糧を継続的に運ぶことはできず、村の食糧は砦にあるから。

 あとは飢えて諦めるか、近くの味方が助けに来たら挟み撃ちか。

 大砲はそれを不可能にしました。王が圧倒的な力を得ました。

 それで王が力を強めた、そのときに地方領主だった騎士貴族たちはベルサイユ宮殿のような王城近くに集まり、官僚になりました。

 さらに、優れた船、水力を使うための運河、腕木通信、さらには蒸気機関車と電信……情報と交通のイノベーションは、中央集権的な徴税と防衛も可能にしました。さらにそれが徴兵制と近代軍に結びき、優れた銃・砲・船と一体化した時、王政であるか共和制であるかを問わず、恐ろしい戦闘生産装置が誕生したのです。

 イスラムも、中国も、インドも、日本も自力ではできなかった、近代・産業革命。

 

 

 徴税にも、防衛にも、距離が遠くなると不利が多くなる。でも広い領土を持つ大国はうまく機能すれば圧倒的な軍事力がある。

 統治によっては、帝国が広くても軍事力につながらないこともある……新大陸を征服したスペイン帝国のように。

 どう統治するか。世襲領主に任せるか、官僚を短期間派遣するか。

 

 食わせられなくなり、守れなくなり=反乱を潰せなくなれば、帝国は滅び「た」のです。皇帝家が続いていても、首都が繁栄し続けているように見えても、旅が、交易が危険でできなくなれば。

 逆に地方軍が忠誠を失っていなければ、ガミラスのように、またナポレオンに攻められたロシアのように首都を失陥しても帝国はまだ生きているのです。

 

**

 

『銀河英雄伝説』では、大貴族もほとんど首都オーディンにいます。不在地主に近いものがあるのでしょうか。その場合には管理人が下克上をするリスクが常にありますが……

 半面クロップシュトックのように宮廷で疎んじられていれば、あまりオーディンにいません。

 ゴールデンバウム帝国は、巨大な星間国家を細分化して、いくつもの星間国家の集まりに再編したともいえるでしょう。反乱があまり起きなかったのは、皇帝直轄領・皇帝軍が圧倒的に強かったからでしょうか?社会秩序維持局などが、各貴族領に入ることができ、大貴族も遠慮なく潰せたどうかも重要でしょう。

 といっても原作では、巨大門閥に帝国が潰される直前でした。

 

 過去の話ですが、シリウス戦役は地球が、植民地を支配したヨーロッパ帝国のように多くの星に圧政を敷いたことが原因となっています。

 

 貴族の大半を粛清し、フェザーンに遷都し、同盟も征服したラインハルトですが、新領土総督は反乱になっただけでした。まさに距離の暴虐、防壁。ヒルダがそれをどう解決するのか、それほどは描写がありません。

 特に前に考察したように、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム領がそれぞれ、自由惑星同盟地域ほどではなくてもそれに近い地形面での独立性があるとしたら、どう扱うかが重大になるでしょう。ブラウンシュヴァイク旧領総督を反乱させないためにはどうすれば……

 

 

 他に土地制度がしっかり描かれている作品は……

 意外とそのあたりはあいまいなものです。

 かなり普遍的なのは、惑星・星系という単位の独立性がとても高いということです。島や大陸の比喩が可能なほどに。

 

 常に普遍的……どうやって反抗反乱を止めるか。

 徴税、交易は。税を運ぶにはどうするか。

 ある地方が攻撃されたとき、助けてという連絡を受け、軍を準備し派遣するのにどの程度の時間がかかるか。地方そのものにどの程度の軍事力を置くか。

 何が国を……紐で新聞紙を縛るようにまとめているのか。

 通信、移動の技術がその制約となります。船が最速であれば、海底ケーブル以前の大英帝国のオマージュになりがちです。

 

 もうひとつ、本当に重要なこと。

 領土が人口・富・軍事力につながるのは、農業以上に安価な食料生産方法が、核融合炉や波動エンジンにつないで、冥王星のような星の表面にいくらでもあるH2O氷・ドライアイスかメタン・アンモニアを注げばいくらでも食料が出てくる機械がない場合に限られます。

 それがあればすべての前提は消し飛びます。

 農業スペースコロニーや、冥王星のような星を掘って核融合で照らす水耕農場を作るだけでも。

 どの作品も、あえてそれらを無視しているのです。

 

 

『エンダー』シリーズでは、スターウェイズ議会はアンシブル、即時通信網を支配することで多くの星を支配しています。議会が一方的に通信網を切断でき、切断されるとすべての文化から切り離されます。さらに上下水道も電気も、制御するのはアンシブル網の向こう……生活水準も崩壊するのです。

 最大の抑止、惑星ごと吹っ飛ばす分子破壊砲が使われようとしたのは例外的です。

 

『共和国の戦士(スティーヴン・L・ケント)』は、プラトンの『国家』を下敷きに、従い戦うためのクローンを使うことで軍隊を管理していました。

『スターウォーズ』でも、軍の中核となったクローン将兵に特殊な命令を入れておくことでパルパティーンはジェダイを排除し、銀河を掌握しました。

 

『叛逆航路シリーズ』では、代理人/現地で実際に権力を使う人/現地にいる総督/守護代/大地主が力を持ってしまう問題を独特のやり方で解決していました。……過去形ですが。

 皇帝アナーンダ・ミアナーイは、帝国内にすごい人数がいます。どの星にも数人。首都にはどれだけいるやら。みんな同一のクローンです。年齢は活動できる限界の子供から老人までまちまち。全員脳にコンピュータが突っこまれていて、独自の人格などありません。二人のアナーンダが会えば同期されるので、帝国全体のたくさんのアナーンダは、できる限り同じ考え・記憶を持ってい……ました。

 また艦やステーションのAIが圧倒的な力を持ち、そのAIをアナーンダ・ミアナーイが完全支配できる、貴族である士官はそれに対抗できない、という軍管理もあります。

 

『星間帝国の皇女―ラスト・エンペロー(ジョン・スコルジー)』では、交易を制御する大貴族たちが、どの星も必要な資源・部品全部を作れないようにし、船の出入りを制することですべてを支配し富を吸い上げています。

 ただそれは交通が分断されたら、どの星も単独では生きられないことを意味しています。……銀河全体の、超光速航行に関わる性質の変化は、銀河を滅ぼそうとしているのです。

『ギャラクシーエンジェル』でも、超光速航行が不可能になっただけで多数の時空・多数の星々でできた文明がほぼ死滅しました。

 

 

 情報。軍の人。現地権力者。交易。何を管理するか、何が帝国の根幹なのか……実に興味深いところです。

 現実の大英帝国は、スペイン帝国は、古代ローマ帝国は、モンゴル帝国は、唐帝国は何を握ったのか……

 

 

 圧政に対する反抗と言えば『月は無慈悲な夜の女王(ロバート・A・ハインライン)』。『月面の聖戦(ジャック・キャンベル)』も同様です。

『航空宇宙軍史』では、中央が予言に束縛され、「公開されない長期視野」での軍事至上主義をとっており、そのため極端な圧政で常に反乱が起きます。

 

『スターウォーズ』は映画だけではあまりわかりません。

 クローン戦争が起きたように、地方と中央の対立関係があります。パルパティーン帝国は中央の軍事力を圧倒的に強めましたが、それでも完全に統治するのは困難です。タトゥイーンはジャバ・ザ・ハット、ベスピンのクラウドシティはランド・カルリジアンが独立性の高い統治をしていました……短任期官僚ではないようです。が、ダース・ベイダーはクラウドシティの自治権を奪いました。帝国が地方に官僚を派遣する方向性はあるようです。

 

『レンズマン』は種族も多いので、犯罪者がほかの星に逃げると追跡できない、という問題のためにレンズが、銀河パトロール隊が生じています。それは現実のアメリカの歴史でのFBIと同じ……法も違う州境を越えたら自由の身、を解決するためにできた全国警察と。

 

『星界シリーズ』ではアーヴが領主として支配し、ただし地上には干渉せず交易を独占します。宇宙航行能力さえ奪えば、地上がどうなろうと関係がないというものです。

 

『彷徨える艦隊 外伝』ではシンディックの権力構造の複雑さが描かれました。

 艦隊・地上軍・秘密警察それぞれのトップがあり、さらに司令官が簡単に粛清されます。

 敗北した新政府は司令官層をすべて中央に呼び返して粛清し、無事な艦すべてを中央に集めて圧政を続けようとしています。また各地の権力者は独立し、特に造船所をフル稼働させて近隣を征服しようとします。

 スターリン時代のソ連をもっとひどくしたような恐怖支配と裏切り、強制収容所と星ごと皆殺しの恐怖に支配された国。人を信頼するということが徹底的に自殺でしかない……だからこそひとつの信頼、裏切らないことが圧倒的な力となる。

 

『銀河帝国衰亡史』はまさに帝国の崩壊。ファウンデーションが近くの総督に脅され、帝国の使者の言葉を分析すれば沈黙と等しかった……地方総督が独立し近隣を併合し、互いに戦う……帝国軍はそれを止める力がなくなる。

 

『銀河の荒鷲シーフォート』は徹頭徹尾、帆船時代の大英帝国のメタファーです。船が最速の情報伝達手段であり、船に乗ってやってくる軍人が持つ紙一枚でどんな地位もひっくり返ります。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』も、敵がフランス革命政権のオマージュで……

 

『クラッシャージョウ』では、各星が完全に独立国です。あまりにも独立性が高く、クーデターが起きても誰も助けることができません。それでも、中央を支配しようとした者もいた……ある程度のうまみがあったようですが。

『若き女船長カイの挑戦』も、多数の星系それぞれが独立国であり、複数の星系の連合軍すらありません。宇宙通商法があり、また「公」に近い存在としては営利目的の独占企業である星間通信局がアンシブル網を管理し、どの政府も別の星系政府が出した私掠免状を尊重します。ですがそれは十分な数の宙賊が優れたリーダーの元にまとまれば、すべての星系がばらばらにひとつひとつ撃破され、暗黒帝国と化すことを避けようがありません。『現実』と違い、海賊連合では征服しがたい大陸級の母国はないのです。

 他にも、『ロスト・ユニバース』など無法者が多く活動する作品も作劇の都合もありとても多いです。

 

 無法者が多いのは西部劇、開拓時代のアメリカ……それがなぜ多数の国が争う戦国ではなく大国になったか、というのも歴史的には面白い謎かもしれません。

 ほかにも戦前の中国馬賊やグレートゲーム、戦後ではアフリカ・東南アジアなどで無法者が活躍できた場はあります。

 

 

『老人と宇宙』は、植民惑星が常にほかの異星人に虐殺されるリスクがあり、また植民地人が地球から切り離されてコロニー連合軍で兵役を経験しているため、まとまらせる力がとても強いです。

 

『海軍士官クリス・ロングナイフ』は、独立性が高い諸星を三つの勢力が奪い合っています。

 特にピーターウォルドの侵略手法がある意味エレガントです……狙った星に大企業を持ち、商売をする。同時にその企業が政財界に広く触手を伸ばし、味方を増やす。政治的にも経済的にも混乱を起こさせ、同時に企業が養っている私兵集団がクーデターに加わり、政権をのっとる。さらに同時に艦隊も侵攻させる。

 失敗しても企業がしたこと、ピーターウォルド本星政府は知らない、とやれる……現実の戦後の紛争史にも似ています。

 

『さよなら銀河鉄道999』は、中央が「命の火」という機械化人の唯一の食料の生産を独占しています。材料である人の死体を、特権を持つ高速列車で運んでまで。すべての機械化人の生殺与奪を握っています。機械化人が気の毒というか愚かにもほどがあります。

 

『レッド・ライジング 火星の簒奪者(ピアース・ブラウン)』は厳しい身分制度と、それゆえに貴族の子弟を、本当に死ぬバトルロワイヤルで磨く社会が描かれています。

 

『マクロスシリーズ』はあえてまとめないという大胆な……全滅しないためです。

 

 最近多く出ているミリタリ系SFでは、「地方が異星人に攻撃された、中央軍が間に合わない(壊滅した)、少ない艦数・単艦、しかも士官候補生しか生き残っていない」という状況がしばしば見られます。

 中央軍が間に合わなかった時点で、国としては滅んでいるんですよね……

 

 また、現在の延長のいくつかの国が地球で生きていて、それぞれの国がいくつもの星を支配し、地球の外で争っている……というこれまた多数あるミリタリ系SFは、外敵の存在、ナショナリズムが星々をまとめていると言えるでしょう。

 

 

 どれも、食料や機械の生産を居住可能惑星、人類到達前から森で恐竜が歩き降りてすぐ宇宙服を脱いで流れる水を飲める星か、あるいは簡単にテラフォーミングできる星の表面に限る……農業用スペースコロニーすら作ろうとしない、水とドライアイスと太陽に近い軌道の太陽電池でブドウ糖を作ることもできないからこそです。

 小惑星を掘り、内部に農場と機械の部品そのものを作る工場を作ることをしないさせないことで、文明の自己増殖、細菌のような指数関数増殖を許さないからです。

 ストーリーを少しでも現実に近いものとするには、そうしなければならないのでしょうか……そしてどれほど簡単な技術でその制約は破れるか、彼らは知らないために悲惨な戦争が起きている……

 

 さらにその技術ができてからも、「どう支配し独立反乱を防ぐか」「どうすれば滅亡を防げるか、互いの存在も知らないほど分散すべきか、それとも一体で戦力を集中すべきか」という問題が消えることはありません。



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物資の流れ、中央集権と近代

 郡県制、中央集権。封建制、地方分権というか独立国の集合。

 

 それは軍事的にはどんな差ができるでしょう。

 

『銀河英雄伝説』では、諸侯が集まった軍の弱さがありました。

 それは日本の戦国時代でも、西洋でもあったことです。

 根本的には、多くの独立国の連合軍というべきものになる。そうなるとどうしても兵器が規格化されず、命令系統などもうまくいかなくなるでしょう。

 兵を連れて来る小領主はそれぞれが近隣との水争いなどの実戦経験を積み、部下を何代も掌握した小さな将です。士官を育てる教育の費用がかからないのです。ただしその経験は小さい戦いであり、兵器体系を変えるときにはマイナスにもなります。

 もっと面倒くさいのは、リーダーが判断して動くのではなく、下の人間たちが主導してしまうことです。

 部下と言っても単に絶対服従の機械ではない。豪族であり、一国一城ならぬ一村一砦の主。多くの人の生命と誇りを背負ってここにいる。周囲の同僚とも、敵対して戦ったこともあるし血縁もある。

 そしてリーダー個人の武力や金は少ない。フリーザや大魔王バーンと違い、一人では何もできない。

 そうなれば、勝利のために正しいことをすることすらできなくなります。

 

 もっと古代で、多くの独立国から兵を集めるとしたら兵は農民、なら田植えや稲刈りなど忙しいときには戦えないし、動員にも時間がかかります。

 兵を出すと決めてから、村々に使者がよくて馬、悪くすれば徒歩で回り、知らせる。村が出す人を選んで、村で持っている武器を配る。飯を炊いて干して干飯=アルファ化米とし、味噌を焼き固めて腰兵糧をつくる。

 指示された集合場所……領主の館前の馬場とか?……に集まる。そこで話を聞く。そこで配られる装備を受け取ることもあるだろうし、装備は自弁ということも。

(何日かかるんだろうな……)と遠い目をしたくもなります。

 

 領主も倉を開いて味噌を放出する。ある程度の鎧や槍や矢も用意してやる。……強すぎる武器防具を村に持たせたらそれで反乱されたり水争いがひどいことになったりするリスクがあります。準備してやるとすれば保管だけでも費用がかかるし武器防具には価値があるので盗賊を引き寄せます。用意する作業自体にも時間がかかるでしょう。

 まして小領主が戦いになるなと判断してから、最悪は命令を受けてから買い物……徒歩や牛馬で山を越える通信販売。笑うしかないです。

 普段から備蓄したらそれはそれで費用がかかります。常に倉庫費用、保管による価値の減少はとても重いのです。

 

 注目しておきたいのが、装備が自前なのか公が用意するのか、それが大きい違いになることです。

 三日分ぐらいの腰兵糧と槍ぐらいなら農村でも用意できるでしょう。矢はけっこうきついですが、投石紐と石ならなんとかなります。鎧も皮革ならある程度。

 古代ギリシャも、自分の家で盾・スネ当て・槍を用意し、より重要なのは自分で弁当を用意して、盾を並べファランクスとして戦いました。

 中世ヨーロッパの「騎士」も、要するに農村を守り、敵が攻めてきたら伝家の鎧を着て何人かの従卒に槍を持たせ、鎧と馬の力で無双して撃退する、それだけのことです。義務で王の軍に参加するときには……食料は略奪でしょうね……

 

 そうそう、ここで忘れてはいけないこと。今の日本で手に入る、飯盒(はんごう)やアルミコッフェルは戦国時代以前から見ればとんでもない技術です。いや、普通のホームセンターの鉄フライパンも無理。

 鋳鉄ダッチオーブンや土鍋の重量とかさばりが当たり前。

 それを考えると、数日を超えて調理が必要となった場合、軍事構造の質は根本的に変わります。

 食料が自弁・略奪か、それとも兵站か。火を用いずに食べられるアルファ化米や堅パンと干し肉か、それとも調理、鍋が必要な生米と、火薬や鉛玉を運ぶか。それは国家のシステムさえも大きく変えることです。

 鍋を持って行く規模になると、その時点で魔術・宗教の次元でも違いができると思います。古代ローマではかまどの女神ウェスタはすごく信奉されていましたし。

 鉄砲、まして大砲、それ以前でも三日以上の遠距離移動を伴う、国規模の戦争は自弁は完全に無理。略奪すればいい、といってもある地域の全体を食べてしまったらもう出ません。

 中国の流民動乱となれば、最初から食料がないから近くを略奪する、それが流れになってより長く多く食わせられる者が群雄となる……それで文明水準が低くても万単位が動けます。

 騎馬民族であれば家畜多数同伴でそこらの草が飼料になるので、腰兵糧三日とは桁外れの行動力があります。

 自弁という考えは、古代日本では東国からの防人に食料を自弁で用意しろというふざけろとしか言いようがない矛盾を生み出しました。

 秦帝国を滅ぼしたのも陳勝や劉邦が賦役に行こうとして洪水で遅れ、まじめに行っても死刑だからと反乱した、まさにそこでしょう。狭い秦なら遅れずに着ける、でも広い中国全体だと無理だった……狭い秦の法をそのまま全国に当てはめたからでしょう。

 要するに腰兵糧三日で動く国のためのシステムがあり、歩いて一月以上かかる大規模国家になったのに変更しなかったのでしょう。古代ローマが共和制から帝政になったのも、腰兵糧三日と巨大国家の質的な違いがあったのでしょう。

 

『銀河英雄伝説』におけるアムリッツァの失敗、以前も検討した食料生産船なしでの侵攻が失敗したのは、国土防衛軍で侵略したから、とも言えます。国土防衛軍用の兵站と、侵略軍用の兵站は質が違った。おそらくそれ以外のシステムも。

 要するに三日分の干し肉と固パンで略奪しつつ近所で戦うのが常だった軍が、砂漠越えの大侵略をやろうとして、飢えと渇きと寒さで全滅しただけのこと。

 門閥貴族軍が無能だったのも、本質的にはご近所軍だったから、があるかもしれません。

 ナポレオンもヒトラーも冬将軍にやられましたが、それも本質的には同じ……豊かな地域で略奪しながら食べていた軍が、そのシステムが前提としていた以上の範囲を征服しようとして無理が出たわけです。河用の船で外洋に出て無理が出たように。

『銀河英雄伝説』の帝国側も、長距離征服に本質的には適合していません。ガイエスブルク要塞を動かしたことも、長距離征服に軍を適合させる意味が出たかもしれません。

 またラインハルト自身が前線に立ち後継者も前線に立つと遺訓を与えたことは潜在的には長距離征服に適合するためでもありますが、常に本拠地での宮廷クーデターのリスクを負うことにもなります。

 

 宇宙戦艦SFでは基本的には公が装備兵站を用意します……圧倒的な規模ですから。

 ただし、『航空宇宙軍史』では商船を改装した艦もあります。

『スターウォーズ』のミレニアム・ファルコンも民間というか密輸用の高速船を戦争に用いて戦果を上げています。

 現実の第一次・第二次世界大戦でも、民間船の徴発・軍転用はかなり重要な要素でした。

 さらに昔は、普通の商船でも武装しており、海賊を兼業することもよくありました。

 

 それを考えると、『銀河英雄伝説』の門閥貴族軍のどれぐらいが民間船徴発なのか、それを知りたくなります。

 自領警備しかしない軍艦が多数、というのはあまりにも国力の無駄すぎて同盟が勝っていないのが、またそんな無駄を許すほどの国力差があるなら何かの間違いで力が集中されて同盟を粉砕できなかったことが不思議です。

 

 

 

 では中央集権が軍事的によいのか、となるとそれもまた問題があります。

 地図の歴史を考えてください。今は衛星写真からの高精度なネット地図が当たり前です。

 しかし、航空写真も。三角測量も。本当の北と磁石が差す北の違いどころか、方位磁針も。経度を測るすべも。どれもこれも、発明され普及する以前にはなかったのです。

 それでどこに沼があるか、どこが山なのか知らない中央官僚が紙一枚で将軍になったら?

「あのーここはおととしの洪水から沼になってて通れないんですが」

「黙れお前の意見は聞いてない」

 とめでたく全滅することになります。

 それだけでなく、常備軍はとんでもない金食い虫です。衣食住をずっと見なければならないし、厳しい訓練をすると靴底をはじめあらゆる装備を消耗します。

 普段は村の農民で必要な時だけ徴兵する、だとしたら、普段から食べさせる必要がないのです。

 また常に動ける常備軍は、ちゃんと食べさせなければ不満を持ち、しかも実力があります。古代ローマ帝国は常備軍と親衛隊に主導権を握られてものすごい頻度で皇帝がすげかえられることになりました。

 戦いが終わったら戦利品を分配して解散させる、というのはメリットがあるのです。即応性を失うかわりに。

 宮廷での派閥抗争、外戚と宦官、縦割り官僚も深刻です。皇帝の権限が強ければ、そのスタッフが小さな国家を作り、それぞれ私欲を追求してしまいます。

 

 人類は、『マクロス』のゼントラーディ以上に、戦うために作られた道具と言っていいでしょう。プロトカルチャーの設計ではなく進化によって、とにかく戦争のために心身を作られています。

 しかし、戦争にこれほど向いていない種族はないと思えるほどに、戦争がヘタです。事実上必然的に、戦争の勝利より派閥抗争が優先されるのです。

 いや、人類が設計されているのは100人前後の狩猟採集血族での戦いであって、それ以上の人数は設計目的外使用なのでしょう。戦闘機の運転や、オフィスの椅子で表計算ソフトを使って肩や腰を痛くするのと同様。

 

 

 江戸時代。無数の諸侯、それも多くは甲斐武田のように、小領主が集まってそのまとめ役のような立場から、三百年の平和を実現した。

 フランスやイギリスが近代国家になるまで。絶対王政、そして市民革命……徴兵常備軍。その財源。

 うまくいかず没落したスペインやイタリア。

 中国史。

 

 

 それ以前に。

 軍事をするのには、必要なものがあります。

 人。武器。食。服。交通手段。人間集団を束ねるナニカ。

 呪術・宗教。報酬。

 

 ひとつの人間集団を独立した存在とみなすには、軍を、戦艦を作れればよろしい。それは宇宙戦艦作品でも同じことでしょう。

 古代における最低水準であれば、服を着て足元をしっかり固め、最低限の武器を持った人を何人か集められれば、軍事の最低単位と言えるでしょう。

 

 問題は武器を作れるほどの産業基盤をどうすれば作れるか。

 

 

 古代……鉄砲伝来以前の日本であれば。

 人。

 刀・槍・弓矢……鋼と木、麻などの繊維、ニカワなど接着剤。鳥の羽根。

 衣類。わらじなど履物。旗などの染料や金糸銀糸。

 皮革や鉄で作る鎧。

 竹やひょうたんなどの水筒。

 塩。食物。味噌の大豆、米、雑穀でも。

 女も必要です。

 船を作るには良質の木材が大量に、それに釘。縄、帆などの繊維が大量に。水桶も。

 船を作る、高い教育を受けた職人も多数。

 馬、馬具。

 運ぶための道具……人でも家畜でも引く車やソリ、かつぐ袋。高度な木材加工、あるいは布や皮の加工。

 

 鉄砲伝来以降は、鋼と木でできた鉄砲本体、木綿と火薬でできた火縄、鉛弾、火薬、ワッズとなる薄皮・布・紙など。

 

 近代の戦艦は膨大な鋼鉄で作られ、鋼鉄でできた巨砲、のちには高純度シリコンに金の導線で作られたコンピュータも搭載され、石油を燃やして進みます。

 

 銀河英雄伝説となれば、核融合炉とワープエンジン、慣性制御装置、巨砲を備え、数カ月艦内で生活できる……シャワーやトイレも食堂もあるであろう戦艦。

 

 

 軍事力以前に、多数の人間。食料。鉄。塩。

 移動手段……馬、船、鉄道、宇宙艦艇。

 だからこそとにかく戦争はカネがかかる、経済力が戦争を決めるということでもあります。

 さらにどれほど多くの人数が完全武装していても、伝染病にやられたらあっという間に消えることにもなります。

 

 まず人そのものを、資源として。戦える人間一人は、年に……日本では一石(こく)が一人の一年分。大体150キログラムかそこら。それが14年ぐらい。

 少なく見て2トンもの食料と、時間と、水や薪炭その他も濃縮したものが一人の人です。

 ……家畜としてはゾウ同様効率が悪く、だからこそ高価、価値があるし、アメリカなどでは繁殖させるのではなく買い続けた、高価な船が高い確率で沈むのも計算に入れても、と……

 

 食料の濃縮、という考えは結構便利です。

 まず米や麦も、木綿さえも、水を濃縮したと言えます。アラル海がぶっ壊れたのも、膨大な水を木綿に濃縮してしまったというわけです。

 水を濃縮した穀物をさらに家畜として濃縮する。家畜を、処理してから肉にするのもかなりの濃縮です。毛や皮を抜き、皮を除き、内臓や骨を捨てる分。

 さらに油、ラードや鯨油に精製するともっと濃縮され、より長期保存できますし価値も上がります。

 チーズやベーコンも、コンソメやコンビーフもとても濃縮された穀物と言えます。

 米や麦の別の濃縮には、酒もあります。ただ酒にするだけでもだいぶ濃縮しています。さらに蒸留酒にすればもっと濃縮できます。

 

 それに似て燃料を濃縮したとも言えるのが、塩・金属・陶磁器など。

 

 

 古代は人口の多数が農民。しかも自給自足性が高い。食物と、繊維の多くは閉ざされた農村内で作られるということです。

 自給が難しいのは鉄と塩ですね。木や木製家具、陶器などはなんとか自給できるでしょうか。

 収穫された食料、日本では五公五民とか言われます。半分を公が取り、半分からさらに農機具の鉄や保存食の塩も手に入れると。

 領域の半分の米を手に入れた領主は、それをどうするのでしょう。考えたことがありませんでした、20万石で五公五民、10万石の米が無事城の倉に積まれた。さてそれでどうする?どうやってそれで戦いに出る?と。

 地位、石高に応じて家臣に配る。で、配られた家臣は、米をもらってどうする?

 どうすれば、倉に積まれた米を、戦力にすることができる?

「米だ見ろ、戦いや堤防修理に参加したら一人一俵やるぞ」と叫べば多くの人が集まって服従してくれることでしょう。特に動乱期で飢えた流民が多ければ。

 でもそれだけでは……兵、馬、兵糧、船、弓矢刀槍、甲冑、衣類、薪炭などにして、敵に突撃させるにはどうすればいいでしょう?

 米を売って貨幣にする。貨幣と、船や弓矢を交換する。米そのものと、槍や甲冑を交換する。

 そのためには市場も必要になるでしょう。刀鍛冶や矢職人が集まる工場町も必要でしょう。

 米を受け取って刀を用意する商人がいなければ、戦国武将はやっていけないのです。

 

 近代国家は、その機能を兵站という、政府が管理するシステムにしたのが重大なことです。

 略奪に頼るのでは、当然焦土戦術に弱くなります。

 

 

 連想のように浮かんでしまったこと……服。テントと布団。防寒具。足。

 腹が減っては戦はできぬばかり考えていましたが、服がなくても戦はできません。

 ナポレオンもヒトラーも滅ぼした冬将軍。防寒具の問題で何十万、何百万もの兵が死んだのです。他にも幾多の戦争で、防寒具が不備だったせいで死んだり手足を失ったりした兵がどれほどいることか。

 メキシコとテキサスの戦争でも、靴から戦局が変わったそうです。

 弓の弦も繊維。弓を作るにも、槍を作るにも繊維は必須。

 寝るのにもテントが必要です、なければ死にます。寝袋や布団になるようなもの……は贅沢すぎるでしょうか、日本人はかなり遅いころまで大きい服で寝ていたとか……

 服を作るというのも、深く戦争に関わるのです。

 

 自給自足の農村で衣類を作る。

 律令、古代の中国・朝鮮・日本も、租庸調に布があります。金属硬貨がなかったので布が貨幣がわりだった、という面もあるでしょうが、また布が多くの農村で作れたということもあるのでは?

 皮革ではない、というのがまた興味深いです。

 

 自給自足やサバイバルに関する本などで、「服を作る」というのもあるにはあります。

 獲物の皮をなめす。昔では、歯で噛むとか、獲物の脳と煙とか、樹皮や木の実のタンニンとか……

 羊毛を紡ぎ、編んだり織ったりする。

 葛(クズ)の蔓を収穫し、発酵させ、繊維を取る。糸に紡ぎ、布に織り、服に縫う。ほかにも麻の類も。

 後には木綿。東洋の高級品として絹……桑の木を育てて葉をとり、カイコを育て、繭を煮て糸を取る。日本では糸を取る技術がなくなって繭を切り開く真綿に。

 どれも膨大な労力を必要とし、多くの水を汚染し、忍耐のいる厄介な仕事です。

 苧麻(ちょま)・大麻・亜麻などは、発酵過程があるので水汚染も匂いもひどいのです。皮処理も汚水悪臭が強い仕事です。

 まして古代西洋では尿由来のアンモニアで羊毛を洗浄するという悪夢も……

 

 また、繊維製造は分業と、ある程度であっても金属など高度な技術による工具があるかないかで、人数・時間・土地に対してどれだけ布ができるか、かなり差があったと思われます。

 さらに染色技術や、革を蜜蝋で煮固めて硬くするなどとなれば、日本刀を作るぐらいさまざまな役割の職人が協力し合う、多人数で範囲も広い人の集まりが必要になるでしょう。

 集団の大きさ、技術水準。それは当然軍事にも反映されるでしょう。

 兵力が200人を越えたら組織が必要になる、それが人類の普遍的な性質であるように。

 

 

 古代社会を考えるうえでほかに考えるべきこと。

 略奪、奴隷、呪術儀式。

 

 軍事の目的・兵站、それどころか国家予算も略奪に依存している……

 特に中国のように天下統一がある地域では、統一で略奪が不可能になるのは致命的でしょう。

 秦・隋のように短期間で滅びる統一王朝が多いことも、それが原因では。

 秦は無理な公共事業……おそらく大規模な公共事業は、それまでの秦では成功方程式だったのでしょう。

 隋は公共事業と高句麗遠征で自滅。

 秀吉が唐入りで自滅したのも似た構造でしょう。土地そのものを恩賞として配分する、それが天下統一でもう与えられなくなった、とも言います。

 統一が成ったら膨大な将兵と、軍需を支える生産力が余ります。

 

 単純な二乗三乗則も、略奪を考えに入れると恐ろしいことになります。

 国境線一キロ当たりの、内部の面積=人口が増える。

 ずっと拡大、略奪を続けても一人当たりの略奪の分け前が減ります。

 さらに住んでいる場所と略奪する場所の距離が遠くなると、略奪品を運ぶためのコストが上がってしまいます。

 

 

 奴隷に依存している、というのも社会構造上重大です。

 奴隷依存社会は、拡大をやめると新しい奴隷が入らなくなって破局します。

 古代ローマを共和制から帝政に変えたのも、多数の奴隷を用いて広い土地を耕作する富裕層が力を増し、それまで共和国の根幹をなしていた小規模農が没落したことです。

 また拡大が止まったとき、新しい奴隷も入らなくなりました。

 中国・古代日本史では奴隷が目立たないですが、実際には重要なのでは?

 筆者はイスラム帝国史に無知ですが、イスラム帝国が多くの黒人奴隷を使ったとも聞いていますしイェニチェリの名前ぐらいは聞いています……奴隷が重要だったのでは?

 

 そして西洋の近代化は、三角貿易が根幹にありました。

 綿花・砂糖などの暑い地方の農産物。ヨーロッパでは作れません。

 それをアメリカ大陸で作りますが、人数が必要です。先住民は伝染病で全滅。ヨーロッパの貧困層を連れて行っても、熱帯伝染病ですぐ死ぬ。

 というわけで、アフリカに工業製品を持って行く。アフリカから黒人奴隷をアメリカに運ぶ。アメリカで作った綿花や砂糖をヨーロッパに運ぶ。その収益で工業設備を作り、綿花を効率的に布にする。

 のちにコーヒー・茶・ゴムなども加わります。

 

 機械化できるのがとても遅い。特にサトウキビは収穫してすぐ絞って煮詰めなければ酒になってしまう。

 蚊が多くてヨーロッパ人も先住民も生きられない。黒人奴隷をその場で繁殖させることすら効率が悪い。

 それによってできた、奴隷経済……

 

 奴隷のさらに極端なものが、近代化が進んだ段階で生じます……強制収容所。

 ナチスドイツもソ連も、膨大な人々を強制収容所に送り酷使しました。

 究極に人件費が少ない。生きられるだけの食糧すら必要ないのです。

 その稼ぎこそ、ナチスドイツの再軍備化、ソ連の工業国化を成功させたというものです。

 

 奴隷経済も、結構多くの宇宙SFに見られます。

『銀河英雄伝説』はゴールデンバウム帝国が、連邦民の多くを農奴・流刑囚として酷使しました。

『さらば宇宙戦艦ヤマト』の冒頭では、白色彗星帝国が征服した人々を鉱山で酷使するシーンがあります。

『ボルテスV』も身体的特徴と結びついた身分制度を描いています。

『彷徨える艦隊』のシンディックも、強制収容所が当たり前です……それは経済にも社会構造にも大きな影響を与えています。

 残虐描写は人の感情を強く刺激するので、人は好んでしまうのでしょう。『スターウォーズ』EP6の、レイア姫の扇情的な服装のように視聴者サービスとしても使いやすいです。

 

 ロボットを奴隷とみなすかどうかも、特に人工知能が人間と同等になったときに重大な問題となります。

 ロボットもの……搭乗タイプではなく、アトムのように人間の大きさと姿で、電子頭脳で自分で判断するタイプ……の根本が、原点の『R.U.R.』(カレル・チャペック)からしてロボットの反乱でした。

『ギャラクティカ』、『ターミネーター』もロボット・人工知能の反乱です。

『鉄腕アトム(手塚治虫)』もロボットの人権獲得、奴隷解放運動が話の中核です。

『われはロボット(アイザック・アシモフ)』などロボットシリーズはそれを変形し、三原則で従属性を高めました。

 

 特に、「ロボットを作れるロボット」は文明そのものの自己増殖につながり、生産力を指数関数増大させるために、現実に売られるSFはそれを抑制しなければならないようです。

 ついでに「ロボットが自分より賢いロボットを設計開発する」もシンギュラリティ、技術的特異点につながる危険があります。

 

 

 拡大征服、多数の奴隷を手に入れる……それに依存していた社会が急停止することによる社会の変化は、『叛逆航路』シリーズの根幹です。

 エイリアンに技術的に勝てないこと、ひとつの星系を皆殺しにしてしまったことから、帝国は穏健な方向に変化しました。エイリアンと条約を結び、虐殺を控えました。寿命の短い人間の将兵は、虐殺をしないことが当たり前になったほどに。

 人工知能を持つ艦にとって、新しく人格完全破壊済みサイボーグが入らなくなったのは不便な話でした。

 それだけではありません。多くの星は、征服を繰り返し新しい征服民を分配されることが定期的に繰り返される……それまで最底辺だった人々の後に、新しく次の最底辺が配属されることで上昇できる、その回路が消えたのです。

 

 その回路はまさに古代ローマ帝国の根幹と言えたでしょう。

 アメリカも、黒人の元奴隷を先兵にして出世させ、その下に新しく征服した人々を……とならなかったのは……

 

 ただここで疑問なのが、『銀河英雄伝説』で特大の謎の一つ、奴隷制と徴兵の相性の悪さ。

 奴隷に命を捨てて戦い抜けというのは無理、だから日本さえ、建前上四民平等にしていました。

 また弱者を憎むゴールデンバウムの根本と、廃兵を大切にしなければならない軍事主義価値観は相いれないものがあります。

 といっても中国では政治的権利皆無でも戦いますし、日露戦争・クリミア戦争・第一次世界大戦でロシア帝国の兵も忠実に死にましたが。

 

 

 呪術儀式も重要ではありますが、考察が難しいです。

 

 

 中国や古代中東帝国の、中央集権と近代、それはどう違うのでしょう。

 近代とは……

 

 

 近代ヨーロッパは、遠洋貿易が重大でした。

 同時に農業・繊維工業・製鉄でも恐ろしいイノベーションがありました。

 それによって絶対王政となり、騎士たちはベルサイユに集まった……並行して近代海軍・東インド会社という奇妙なシステムができました。

 また、とても多くの人が新しい消費者となりました。砂糖を入れた茶を飲み、美しく染められた木綿の衣類を着ました。

 産業革命期の労働者の悲惨はよく言われますが、その親の世代の農村に比べればずっとまし、と言われます。人口増大・農業生産の増大もとんでもないですし。

 砂糖と綿花はアメリカ大陸で黒人奴隷の手によってつくられたもの、茶も中国やインドからの輸入品です。その富で多くの銃と布を生み出し、その力で奴隷を買い続けました。

 同時に、軍事や社会の組織にも多くの変化がありました。

 船の技術の発達は、国内の連絡も速くしました。腕木通信があり、また郵便制度も発達しました……郵便のために船や列車を動かしたりさえしました。ペルシャやモンゴルの駅伝制度が帝国を作ったことを思い出させます。

 さらに鉄道という運搬と移動の進歩もありました。

 公教育、印刷と国言葉、徴兵制と市民革命、時計と時間、貨幣・金融・保険、廃兵院・救貧院・年金……さまざまな力を国家が、騎士たちや教会から取り上げました。

 何よりも変化したのは、納税システムなのかもしれません。

 

 さて、中国やペルシャ帝国の「中央集権」と近代国家はどう違うのでしょう。

 特に明や清・ヨーロッパがフランス革命をやっていたりする時代のイスラム帝国についての無知が痛感されます。

 中国には海軍がなかった?いや、鄭和の船団や赤壁の戦いは?

 律令制には、徴兵制の概念もある……イギリスや、革命フランスとは何が違ったのでしょう?

 産業力の大進歩なら、南宋のコークス製鉄もすごいし、清はサツマイモで人口を何倍にもしました。

 

 また、「中央集権」への変革としては『スターウォーズ』のパルパティーン帝国もそうですし、『銀河英雄伝説』のラインハルトも、強い地方分権・門閥貴族の国だった帝国を、貴族を粛清し、法治を確立し、同盟を敵として国民軍を編成しました。

 戦争がきっかけで国民国家の意識ができる、というのは近代史でよくありました。

 

 

 角度を変えて、日本の戦国後期で起きたこと。

 甲斐武田家のような小領主の集まり、その代表としての、当然力が小さい大名……それに対して織田家は違う方法を取った。

 海上交易の富を利用し、鉄砲隊をつくった。

 身分が低い秀吉などを抜擢した……武田二十四将と違う、デメリットとしてはスタッフがいない。家族も異様なほど少ない……秀長が大当たりなのは幸運でしたが、普通のある程度以上の農民出身なら何十人も五体満足な親戚がいるでしょう。兵を率いる小隊長、読み書きして報告書を書くのを手伝い、兵糧を数え、与えられた土地を統治する文官、全部自分で見つけ育てなければならなかった。

 武田二十四将なら、代々の村長であり乗馬も読み書きもある程度できる、何十人もの武士を配下に持っている。領土もある。それはそのまま次の戦争で士官として多くの兵を率いさせることができる。新しい占領地を統治する有能なスタッフにもなる。領土から農民を徴兵してくることもできるし、服や鎧もある程度持ってこれる。

 逆にそれがある武田将は、田植え時期の戦争を断る。自分の多数の武士・領民の利益にならない戦争をしたがらない……遠回りしてでも美女が多い町を落として強姦大会してから決戦したい、近道なんてしたらうちの兵たちが欲求不満で反乱しかねない、ということがある。

 秀吉にはそんな制約はない。読み書きができる下賤の人を金で雇い、長い訓練が必要な弓ではなく、弓より性能が劣るしバカ高いけれど最低限の訓練で使える火縄銃を使う。弓道で、四月に始めた初心者が八節を身につけ的を射ることができるようになるのは天才以外早くて八月、と言っておきましょう。それも弱い弓で半分当たればいい方ぐらい。

 さらに農繁期でも戦争ができる。相手が嫌がる命令もできる。

 

 加えて織田信長の面白いところは、次々と家臣の領土を動かしたことです。それが本能寺の変の原因になったともいわれています。せっかく坂本で名君している明智光秀、それがいきなり何年も手塩にかけた土地を取り上げられて、中国地方切り取り自由……

 社宅を追い出され、支社を作ってそこで暮らせ、と。武田二十四将だったら即反乱でしょう。

 それが織田軍団の大名たちの生き方です。

 先祖代々一所懸命、小さな谷を代々耕してきた村の長が武士として、村の農民の男を何人か連れて集まって戦う、基本的には近所で略奪し自分の村を守る、そういう「豪族」「土豪」武士の代表者とは、根本的に違うものになれ、と。

 それまで自分を支えてきた、一番下の農民からピラミッドとの深く絡み合った絆……それから引き離されるのです。

 確かに何人かの、武官文官を連れて行くことはできるでしょう。しかし連れていかれた人たちも、何代も支えあってきた家族同然の農民たちとは引き離されます。新領土の地形も一から学ばなければ戦うことも交易も農業指導もできません。

 先祖代々の領主だったのが、紙一枚のホーンブロワー艦長と変わらない存在になってしまうのです。

 岐阜・安土と信長が頻繁に遷都するのもそれと一体でしょう。

 給料も、貨幣が重要になってしまいます。

 楽市楽座も、土着土豪の貨幣獲得手段を奪い、より上の権力を強めるものでした。

 さらに超大規模な土木工事も行われ、暴れ川と湿地帯が膨大な新田になりました。

 

 

 秀吉の天下統一から江戸時代になって、そのシステムは大名鉢植え政策としてさらに洗練されました。

 先祖代々の地をそのまま統治することを、できるだけさせない。石高を上げるかわりに移す。秀吉の転封命令に逆らった織田信雄は改易され、家康は忍従しました。家康はそれで、うるさい先祖代々の土着土豪に従わなくてよくなって利益を得たとも聞きます。

 土着の村長武士たちとは、代々の絆がない。だから容赦ない検地もできる。あちこちは反乱だらけとなり、佐々成政は切腹し加藤清正が戦い、山内一豊は土着土豪を残忍にだまして処刑し身分制度を作り上げた。土着武士との絆がない、土に根付いていない鉢植えなので、反乱の脅威も低い……実際に江戸時代には、大名による反乱はほぼありませんでした。

 かといって、中央で公家文化に浸り代官から届く税に依存する、室町時代の大大名や広い荘園を持つ大貴族や寺とも違うのです。それらと違い、地方を治める代理人が実権を握り、名ばかりの不在支配者を排除する動きはありませんでした。文化的にも公家化を免れました。参勤交代がそれを可能にしたのでしょうか。

 かわりに幕府も、多くの大名も借金まみれになりましたが。

 外侵略の失敗と鎖国、膨大な開拓新田と人口増が、物質的な条件でしょう。

 外様には大領のかわりに幕政には参加させない、譜代は領土が少ないかわりに老中になれる、石高=軍事力・経済力と権力の分離も興味深いです。紙一枚大将に近くなるわけです。

 

 ただしそのシステムは、中央集権とは微妙に違いました。徳川幕府が動員できる戦力は少ないままでした。分散した天領から動員するのは時間がかかり非現実的、巨大親藩も次々と潰しました。

 幕末になるまで、幕府そのものの軍事力の弱さが見えることはありませんでしたが。

 農業力も、繊維生産力も桁外れに上がりましたが、火器工業力はあえて上げませんでした。

 

 

 中央集権……それがどのように近代化、民の生活水準と農業・繊維・武器・交通含む生産力の爆発的増大に結びつくか。

 その上でどんな社会構造、いや国全体の目的を何に置くか。

 富国強兵、戦争に勝つことか。安定と旧守か。反乱予防か拡大か。信仰か……

 民を食わせ、健康にし、教育する。

 開拓し、新作物や新農法、新しい肥料や農薬を導入し、医学を家畜に応用する。

 工場、鉄道や港湾。

 結果としては輸送艦一杯の食料と弾薬と戦艦、それを使う丈夫な服を着た健康で読み書きできる兵……

 でもそれができない、あるいは意味がない歴史的立ち位置もある。アフリカの新独立国は援助で工場を作っても動かせなかった。

 

 100人前後で狩猟採集生活をするために設計された動物が、巨大星間国家を作るのがどれほど無理なことか。

 

 ……結局今回は結論らしいことは何も言えません。

 ただし、筆者が近代の時期における中国・中東史、隋唐帝国・律令制などにいかに無知かはわかったので、おいおい図書館で手に入る本だけでも読んでいくつもりです。



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紙一枚・海洋

 今回は少し小さな話、閑話。

 

 この文章で何度か使っている「紙一枚」について。

 この考えは、『ホーンブロワー』(セシル・スコット・フォレスター)が大元です。

 ナポレオン一世がヨーロッパで暴れ、イギリスが戦っていたころの、イギリス海軍の貴族出身でない艦長、ホレイショ・ホーンブロワー。

 他にもジャック・オーブリー、最低の強制徴募兵出身のトマス・キッドなどいくつものシリーズがあります。

 それは宇宙戦艦作品にも大きい影響を与えています。

 

 その艦長たちの特徴は、紙一枚であること。国に任命され、兵器を預かる。自分の物ではない。

 今の日本人は、当たり前だというでしょう。

 どこの世界に自分で潜水艦を購入して、それで海上自衛隊の艦隊に参加して戦ってる人などいるか、と。

 艦長になりたければ、防衛大学に行って勉強し、海上自衛隊を志望し、出世する。それが唯一の道です。

 ですが、戦国時代の水軍の多くは、そうではないというでしょう。

 船は、先祖代々の家の財産。名刀と同じく。

 陸の農村でも、領土、領民兵は当然、その領主の私有物と言える……厳密には戦国武将の土地所有は実に多様なのですが。

 それと同じく、船も、時には港さえも財産。

 そんな社会から、国家の軍隊に変化する過渡期がナポレオン戦争だったのです。

 

 対岸のフランスも、騎士たちの戦争から大砲を基盤にした絶対王政になり、さらに市民を徴兵する国民軍が生じました。それはまさに無敵でした。傭兵と違って逃げないのです。さらに大砲も使いこなし、その費用も払えるのです。

 

 過渡期だからこそ、確かにホーンブロワーも艦をもらい、水兵の割り当てを受け、乾パン・塩漬け肉・水・樽・蒸留酒・帆布・タール・弾薬など膨大な補給物資を海軍からもらえます。

 しかし、それは最低限。金持ちの同僚は、艦を金箔で飾り、自分の金を見せて自分でも水兵を募集します。親戚を訓練生として乗せている提督もいます。代々の執事を従卒として置いている人もいます。艦長用のごちそうの食材は自費で持ちこみます。

 

 また、敵艦を沈めずに拿捕したら、持って帰って母国の海軍政府に売ることができます。それが巨大な収入源になります。

 キャプテン・ドレイクなど少し前の英国海賊たちの名前を思い出す人もいるでしょう。彼らは半分以上英国政府に所属し海賊行為にいそしんでいました。その延長の制度があるのです……私掠船制度・免状もまだ残っていました。

 日本でも水軍は海賊も同然でした。

 

 

 紙一枚。ホーンブロワーが、トマス・キッドが新しい艦に向かうとき意識すること。

 自分が持っている、英国海軍の辞令……英国海軍の艦、なんとか号の艦長に就任せよ、とかなんとか。

 巨大な大砲があり、訓練された下士官たち、水兵たちが合計何百人、千人以上武器を持っている船にあがり、その紙を開いて見せつけ読み上げたその瞬間から、艦長は船の独裁者、神になります。

 南極に行けと言えば皆、南に漕ぎ出さなければならない、無理だとか嫌だとか言ったら死刑。

 誰にでも、どんな命令でもできる。殺せる。ここにとどまって全滅するまで敵を食い止めろ、と命令できる。死刑にできる。

 生殺与奪。生命を握る。絶対の支配者。

 艦の司祭、国教会の最高峰である国王の代理人でもある。毎日曜日、礼拝を主宰する。場合によっては結婚式を挙げることもできる。

 神の代理人。何が正しいかは艦長が、海軍が決める。聖書の解釈も。海軍から間違った楽譜が届いても、絶対に海軍が正しい、否と言えば死刑あるのみ。

 絶対の権威。絶対の権力。

 そのすべては、紙一枚。

 別の海軍の偉い人が合法的に「この紙一枚はなかったことにする、新しい艦長はコイツだ」といった瞬間、絶対の権力を持つ生ける神だった艦長は、ただのおっさんと化す。

 それが「紙一枚」です。

 

 同様のことが、項羽と劉邦であります。

 韓信は処刑されかけた脱走未遂兵から、劉邦によって一夜にして大将軍に任命されました。

 まさに紙一枚……当時は紙が発明されておらず木や竹の板に書かれたにせよ。

 そしてそれで軍を率い、数々の大勝利をしました。兵たちも、昨日まで一番低いところでぼろを着た兵だった男の命令に従ったからこそです。

 勝利のたびに兵は増え、巨大な軍を手足のように動かしました。

 

 しかしある夜、敗れた劉邦がほんの数人でやってきて、ハンコを押さえました。

 その瞬間、韓信の大軍に対する命令権は失われました。

 韓信は苦労して育て、ともに勝利を分かち合った兵を取り上げられ、少数の兵でまた転戦しました。兵たちもふざけるなと反乱を起こすことはせず劉邦に従いました。

 紙一枚、命令権、権威という……文化、フィクションが浸透していたのでしょうか。

 その後も韓信は勝利を続け国を得ましたが、結局は劉邦の命令ひとつで国も兵も取り上げられ、処刑されました。

 後の呂公の一族が滅ぼされたときも、同じように軍を率いていた人がハンコひとつを持たなかったために、城に入ることも許されずに処刑されたものです。

 

 

 海洋冒険小説、帆船と前装式大砲の時代を舞台にした小説は英米でとても人気があります。

 それは、宇宙戦艦作品にも多くの影響を与えています。

 当時は、船が最速の交通手段。何か月もかかる。

 大砲が発達している最中だったので、76門とか多数の砲を、舷側に並べる。船が向かう正面ではなく、横向きに放つ。

 大砲だけで瞬時に敵船を沈めるほどの威力はなかったし、手持ち機関銃もなかったので、よく「舷々相摩し」「帆桁(ヤード)を絡ませ」て、船と船がぶつかり合い、舷側から敵の船の甲板に飛び移り、カットラスや斧を振り回して戦う。海賊のように。

 帆で動く風任せ。風の変化をとらえ方向転換して有利な位置を占めたほうが勝つ。そして何よりも訓練と規律、信号旗でアルファベットを表現して艦隊を操る。

 

 

『銀河の荒鷲シーフォート』

 核戦争の影響で神が絶対の、人権のない権威主義社会になった世界。

 超光速の船が最速の通信手段であることも、ナポレオン戦争と同じ。

 船の上では船長が神。昨日まで最低の士官候補生の一番上だった少年が。自分よりずっと優れた人が何人もいるのに……自分よりずっと軍隊を知っている機関士。自分より強い次席の士官候補生。……

 絞首刑を命じる。戦いを命じる。礼拝を主導する。……どれほど辛くてもやらねばならない。

 

『紅の勇者 オナー・ハリントン』

 敵の政治トップがロブ・ピエール……ロペスピエールのもじりという笑える世界です。

 宇宙戦艦同士の戦争で帆船を再現する……それに才能を全部投入していると言っていいでしょう。

 宇宙で、高次元に広げる帆で超光速航行。いくつかの方向は絶対破れないシールド、だからこそ接近して、方向を制御して撃ち合う。さらに奇襲し、乗り移って白兵戦。

 

『ヴォルコシガン・サガ』

 これもかなり海洋冒険小説の影響を受けています。

 一隻しか通れないジャンプ点を用いているので、大軍の押しがない。

 そして防御が発達しており、シールドを破れるのが小型化できず射程が短い重力内破槍のみ……というわけで接近戦、乗り移っての白兵戦も多い。

 

『レンズマン』も乗り移っての白兵戦から始まります。

『銀河英雄伝説』の斧をふるう装甲擲弾兵・ローゼンリッターもその子孫でしょう。

 

 

 絶対王政・教会が強い、要するに古い権威主義体制。

 接近戦・乗り移っての白兵戦が有効な兵器体系。できれば風を読み、風にもてあそばれる航海技術。

 

『ホーンブロワー』の宇宙版をやりたい、という英米SF作家たちの情熱はとんでもないとしか……

『タイラー』の吉岡平氏が太陽帆で、弾を真っ赤に焼いて撃つとかをやりたいとか何かのあとがきで読んだ覚えもありますが、それはどうなったのやら。

 

 数々の宇宙戦艦作品に、宇宙海賊の概念があるのも海洋冒険小説の影響と言えるかもしれません。

 ホーンブロワーなども、海賊との戦いもないわけではないですし。

 

 それこそ名前を挙げきれない……

 ルドルフが海賊との戦いで出世した『銀河英雄伝説』、敵が海賊だった『レンズマン』、文字通りの『敵は海賊』、海賊が主人公である『宇宙海賊キャプテンハーロック』『クイーンエメラルダス(松本零士)』、変わった形の海賊である『ミニスカ宇宙海賊(笹本祐一)』『再就職先は宇宙海賊(鷹見一幸)』、海賊との戦いが多くある『クラッシャージョウ』『ロスト・ユニバース』『タイラー』……



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報酬・戦う理由

 軍隊を、物の面から見れば支えるのは報酬では。

 恐怖だけでどれだけ支えられるでしょうか?

『北斗の拳』のラオウなどならば恐怖だけでいいでしょう、熟睡中・女を抱いている時・トイレの最中を百人で襲っても返り討ちなのですから。でもそれは現実の人間には無理、どんな独裁者も親衛隊長の拳銃の前には無力。

 報酬がなければ軍隊は成立しないはずです。

 

 本当に?

 軍隊を成立させる、人を戦わせるのは何か。

「心か物か」。この問いに戻ります。

 

 人類が進化してきた、狩猟採集の小集団。

 飢えれば子や老人から死んでいく、だから奪って食う。

 逆に他の集団も同じことをする……女は犯され奪われ、それ以外は儀式的な拷問の末に殺される。乳飲み子も殺される、母の授乳を止めて妊娠可能にするため。

 子が餓死するのも、妻が犯されるのも嫌だ、だから戦う。やられる前にやる。子や女を守る、生かす。

 至極当然な戦う理由です。進化心理学的にも……遺伝子のためにも。

 

 群れが大きくなり、国家になったときも、同じことが言えるでしょうか。

 都市国家であれば、負ければよくて男は皆殺し女子供は奴隷。悪くすれば赤ん坊から老人までとんでもない拷問凌辱の末に皆殺し。それが嫌だから戦う。狩猟採集時代と変わらない、当然のことです。

 しかし国家が大きくなれば、国家を守ることが必ずしも自分の妻子を守ることにはつながらなくなります。故郷から歩いて53日以上かかる砦を何年も守ることが、どう自分の妻子に関わるのか。それ以前に妻子の顔さえ忘れ、なじみの娼婦、現地妻もできる。

 まして戦争の理由が意味不明になれば。

 第一次世界大戦、はるか海の向こうの国の皇太子夫妻が暗殺され、暗殺した国と同じ民族の大国と同盟のそのまた同盟……

 やーめたと帰ったところで、アメリカで暮らす妻子が征服者に殺される可能性は事実上絶対ないのに、なぜ自分が死ななければならない?

 まして戦争によっては、エニグマの秘密を守るためコベントリーを犠牲にしたように、妻子の住む村を犠牲にして勝利を目指す必要すらときには出てきます。家族が拷問処刑されることも承知でレジスタンスに参加した人も多くいました。

 

 国が大きくなる。

 奴隷という要素ができる。大集団を集め、大規模な土木工事をしたり、大人数の軍を動かしたりする。

 基本的には人数の多い強い者が、強いから税を略奪し、人も略奪する。

 従うまで殴る。心から従っていると納得できるまで殴る。

 それでも人はかなり従うでしょう。

 しかし、どこかで限界は出るでしょう。十分殴るだけで人を生涯、完全に服従させられるなら、宗教も国家システムも儀式も旗も音楽も必要ありません。そして報酬も。

 

 ただ、物質報酬抜きに戦わせる限界は、かなりとんでもないところにあると思われます。

 ナポレオン一世に征服されたスペインは、末端まで生命を捨てて抵抗しました。すでに国家という意識、国民の誇りがあったのです……貴族に踏みにじられるだけのみじめな庶民も、フランス人を解放者としてあがめるより、フランスに負けるぐらいなら死んでも戦うことを選びました。

 なんの権利もなかったロシア帝国の兵も、クリミア戦争でも第一次世界大戦でも、フランスやイギリスと変わらず指先を伸ばして機関銃に行進しました。

 第二次世界大戦の独ソ戦でも、この上なく悲惨に踏みにじられていたソ連の民は一人残らず、すさまじいとしか言いようがない戦いぶりでした。事実上一切物質的な報酬はなく……わずかな兵がベルリンで強姦の限りを尽くしたり、かなりの地からドイツ系を民族浄化と言っていいような追放をやったりはあったにせよ、到底割に合うものではありません。

 国の誇り。徴兵と訓練……調教。敵弾より上官の鞭が怖い。それだけでもかなり人は戦死できます。

 

 

 戦争そのものの動機……征服し領土を分配する。征服者から自国を守る。どちらとも言えない、威信や同盟、宗教やイデオロギー、勢力争い。内戦。

 

 それに対して多くのミリタリ系SF、また現実の戦争を描くノンフィクションで、

「人は自由、国名などのためには死なない。兵士が戦死するのは隣の兵士仲間のため、故郷の家族のためだ」

 ともよく言います。

 

 それらを考えるには、現代で見られる、人類という動物の自然の漏出にも注目すべきでしょうか。

 暴走族をはじめとする、近代都市の青少年の犯罪・虞犯(ぐはん)集団。

 進化心理学……人類は本来、呪術的な儀式と近い血縁で結ばれた、200人は超えない群れで生活する。さまざまな儀礼、タブーという法、群れで共有される物語が普遍的にある。

『ヒューマン・ユニヴァーサルズー文化相対主義から普遍性の認識へ(ドナルド・E. ブラウン)』では、現実の現代の世界各地にある群れから共通点を集めました。

 本来呪術的な制度が必要だけれど与えられていない都市部青少年は、自分たちでそれを作ります。群れを。原始宗教を。原始的な法を。

 序列を決める。共通の象徴を定め、そろいのジャンパーや刺青などをする。法を決める……それは現実の国法を破ることもある。加入儀式がある。暴力をふるう。共同で何かをする、時には犯罪の共犯となる。タブー、禁止事項を決める。異性を排除する。普通の道徳を憎み神聖を冒涜する。内の法を破った者を罰する。密告が最大の悪。

 強者が弱者を搾取し、同時に外部から保護する。違反者を制裁する、暴力をふるい時には生贄として殺す……いじめも多くは、進化心理学、原始呪術宗教の文脈を使って分析するのが有効でしょう。

 

 もっと根本的に、特に男子はケンカが大好きで、カッコいいヒーローに憧れ、勇敢で強いと思ってほしいという見栄っ張りがある……その延長も大きいでしょう。

 

 ある程度は、大きくなっていく「国」も原始的な儀式を用いて人を服従させ戦わせることはできるでしょう。

 理不尽に拉致され殴られて軍に編入された者でも、何度か敵と戦えば周辺の戦友と絆ができ、自分を犠牲にしてでも戦うようにもなるでしょう。

 共同生活、寝食を共にし、共に歩き、共に輪姦し虐殺し、共に生贄の血をすすり肉を食い、共に略奪し……それらはとても強い絆を作ります。

 

 

 そのような精神面も重要でしょう。

 しかし、報酬や兵站もなしに、どれだけ……いやまあ某大祖国戦争とか、精神が物理を越えてるなというのもありますが……

 

 ついでに軍が報酬を要求することが国を滅ぼしたことはあります。

 古代ローマ帝国は、親衛隊が報酬を要求しては皇帝をすげかえるのが繰り返され、弱っていったものです。

 軍の給料の遅配は歴史的にも、盛況な軍をあっさり崩壊させる致命傷になります。

 

 

 その報酬にも、心と物があります。それらは完全に分けられず、絡み合ってもいます。

 金銀。食料。奴隷。給料。

 勲章。おほめのことば、感状。爵位。昇進。利権。

 領土は称号、生家の相続とも密接につながります。

 

 たとえば昔の日本では、手柄を立てた者に対して「領地」「官位」「血筋(良家の妻を与えたり)」「お役目」「感状(お褒め)」など複数の上下順位を与えます。

 名刀や茶器は実質的な価値がないように見えて、ちょっとやそっとの石高より価値があります。

 江戸時代では、譜代は領地は狭いけど老中になれる、外様は領地は広いけど幕閣に参加できない、また高家は領地は狭いけれど官位が高く尊敬される、などがあります。

 近代軍には「階級」「勲章」があり、さらに「仕事」そのものも報酬になります。イギリスなどでは爵位もあります。それらには年金がつくこともありますし、ないこともあります。自分の作戦案を聞いてもらうこと、偉い人々に紹介してもらうことも報酬になるでしょう。

 ネルソンとナポレオンの時代では「拿捕艦を売った金」という金銭もあります。

 変わった報酬として、アメリカ議会名誉勲章は、子弟が士官学校に推薦されます。

 

 むしろ心に訴える報酬も多くあります。

 昇進。勲章。単なる誉め言葉……上官からの公式な、あるいは仲間から。

 故郷での自慢話。

 今の日本でも叙勲制度はあり、勲章はかなり重要な社会の要素です。

 AK-47を設計したミハイル・カラシニコフは、ライバルであったM16系の設計者ユージン・ストーナーと違い金はありませんでしたが、桁外れの名誉がありました。ソ連そのものが、細かな勲章・位階があり、それで社会を作っていました……給料のみではなく。

 古代中国でも唐は庶民の多くにも官位を与え、社会を動かす助けとしました。

 日本では『俄(司馬遼太郎)』で、自ら人別を離れて無宿無法に落ちた主人公も親に仕送りしていたので孝子とされた話があります。同時に時代劇で「きっと叱りおく」があります。叱る、ほめるが庶民にも重要な賞罰だったのです……今も、「厳重注意」などがあります。

 名誉のためであれば、古代ローマや江戸時代の日本で金持ちが道路や水道を自分の金で作ることもあります。

 

 人間には自然に復讐心があることも忘れてはならないでしょう。だから敵を殺させてやるだけでも報酬になることもあります。

 

 宗教が与える地位も常に、かなり重大です。宗教団体にも階位、地位の順番があります。武家でも親族が宗教団体内で地位を上げることは重要な報酬と言えます。

 権力者に公私の別はあまりありません。ですから権力者が結婚式でもしたとき、招いてもらえるか、パーティーでどの順位に座るか、それも重要な地位であり、報酬になります。

 

 本人が戦死していても多彩な報酬があります。指揮官の言葉、勲章、靖国神社、銅像、遺族年金などなど。

 

『宇宙の戦士』では従軍し名誉除隊した者のみに参政権がある、というシステムでうまくいっています。

 

 

 物の報酬……まず征服戦争。

 

 略奪・強姦・奴隷は、もっとも古くから普遍的な軍事報酬ともいえるでしょう。

 戦ってくれた者に報酬を出す、一番簡単なのは戦利品を分配することです。捕虜や敵国の領民を奴隷とすることも含めて。

 奴隷こそかなり高価な、どこでも価値がある富です。布・塩・穀物同様、どこででも売れる普遍商品です。同じ奴隷でも美女ならもっと価値のある報酬です。

 人類が100人ぐらいで狩猟採集していたころも、敵の美女を奪うのは普通だったでしょう。だから人類はこれほど強姦が好き……

 ……問題は中国では食料が足りなくて捕虜を坑、埋めることもあることですが……

 武器防具どころか服一着も貴重品です(有機栽培・手紬ぎ・手織り・手染め・手縫い!!さらに農薬も化学肥料も農業機械もなく収量の少ない古い品種、灌漑ポンプもない!)し、分ける価値はあります。

 金銀財宝もわかりやすい報酬でした。ただ絶対量は少ないし、自給自足村に帰ればほぼ無価値になります。金銀は食べられませんし飲めません。

 

 この上なく単純な報酬、食。

 飢えた流民はよその村を襲い、食物を食べつくす……人も含めて。そして新しく流民となった人々も加わり、食物が尽きたら別の村を目指す。合流を繰り返し、食わせ続けることができる指導者が王を名乗るに至ります。

 餓死寸前の人は、それこそ粥一杯の返礼として戦えと言われても戦うでしょう。人は飢えれば人格が変わります。

 

 

 領土そのものも重要な報酬です。

 もっともわかりやすい、指揮官に対する報酬分配は戦いで得た領土の一部を功績に応じて分配することです。もちろんそこの住民も指揮官の財産、法的・事実上問わず奴隷となります。

 日本の戦国ではなによりも重要な報酬。逆に領土を報酬にしなかった秦帝国のほうが不思議です……食邑はあるにせよ。功臣に領土を与えるかわりに宮廷で褒美と地位を与え、領土は別の行政官を派遣するのが秦の郡県制。

 劉邦が、韓信が仮王になりたいというのに怒ったのも、韓信に許せば皆に許さなければならなくなり、秦方式が不可能になったからでは?いや、すでに項羽が諸将を王として分配していましたっけ。

 その劉邦も、また足利尊氏も、気前よく手柄を立てた者に領土を与えたから皆がついてきて、天下人となりました。ただしそのため足利幕府は直轄地、自分の金や兵が少なく、弱い政権でした。劉邦は功臣粛清……。

 

 

 また、生贄という要素も忘れてはなりません。多くの捕虜を得て分配する目的が、ただ殺して大規模儀式をするためということも十分あり得るのです。

 コロンブス以前の中米などでは、生贄が戦争と帝国そのものの主目的でした。

 人間だけでなく、家畜の生贄も多くの宗教で重要であり、そのための家畜の調達も重要でした。

 

 付け加えておきますか、人類の歴史の多くでは、馬と奴隷を繁殖させるのは困難です。古代中国はいつも馬を輸入していました。日本の戦国でも名馬の産地は限られていました。

 三角貿易時代でも奴隷に子を産ませるより、資金がかかり沈むリスクの高い奴隷船のほうが儲かりました。

 イスラム諸帝国もアフリカから黒人奴隷を輸入し続けました……内部で繁殖させることができなかったと思われます。

 特に鉱山、売春宿、プランテーションなどは奴隷の損耗率が高くなります。

 鉱山は落盤などの事故もあり、マスクの概念がないので鉱物粉末・汚染水が肺や目、手足の皮膚を壊します。

 売春宿は常に性病があります。

 プランテーション農場は、特に熱帯では熱帯伝染病+白人がもたらした天然痘などの合わせ技で生きること自体が大変な地獄でした。

 大事にしていてもどうせすぐ死ぬのなら、短時間で使い捨てる、子を育てるなど絶対割に合わない……それはそれで外道ですが合理的です。

 

 

 

 軍事と報酬の関係でややこしく厄介なのは、次男三男というものがあることです。

 王様にも、貧農にも。

 次男三男に領土を分配するため、それはもっとも普遍的な征服戦争の動機でしょう。

 

 農業が続いている地域での本質……平和で、豊作が何十年も続けば、次男三男が間引きされずに育ちます。

 それをどうするか、これは農耕社会の常の悩みでした。

 開拓すればいいですが、繰り返せば開拓すべき土地が徐々にやせ地になり、所有権争いになり、無理になっていきます。

 逆に乱世から天下が統一された直後は、持ち主がいなくなった元農地=容易に再開拓できる土地はたくさんあります。

 

 ……律令制、公地公民は、流民に無人の地を分配する制度と考えるのが一番しっくりきます。何を考えて日本はそれを輸入したのやら。……豪族を排除するにもいいかもしれませんが、その場合には行政、宗教儀式、農民の農業や繊維作りの技術指導、交易、防衛、救貧、治水など全コストを国が負わなければなりません。

 一定の田を全員に割り当てる……

 それが合うのは、ひどい流民で荒れ果て無人となった大地を地域を与えられた、多数の流民を率いる長。

 それなら、自分が手に入れたこの山からこの川までの広い範囲の、森林というほどではなく数年分荒れた田畑を指さし、「一人これだけの面積で分ける。そのかわり崩れた堤防を直すのにどれだけの割で人手を出せ」と叫ぶことができます。

 そのためのシステムでしょう。どう見ても。

 

 ああ、その前に「一人の人が耕せる土地は限られている」という、当たり前のことが前提になりますね。

 ちなみに現在の現実では、アメリカなどの巨大GPSつきトラクターは事実上無限の土地を一人で耕していると言えます。おそらく多くのSFもその手の技術が発達しなかったと設定しなければ、社会が違うものになるでしょう。

 

 

 余分な人間が食べていくためには、新しい土地を開拓するか、新しい土地を征服するか、街に出て農業以外の仕事に就くか、誰かの奴隷になるかです。

 

 街に出ても、商工業の席は少なく、参入には血縁をはじめとする、宗教や権力とつながる多くの条件があります。多くの文明で宗教・道徳的に軽蔑されてもいます。

 席が少ないことそれ自体が、地位そのものを農地と同じように重要な報酬にします。内乱をやらかしてでも奪い合う価値を作り出します。

 たとえば酒を蒸留して売っていいよ許可証、さらにその許可を出す大臣の椅子=業者からのワイロという富。農地と同じ、収入源です。

 どんなささいな商工業も、許認可がなければできません……元旦の大きい神社の境内で屋台をやるのと同じく。暴力、公権力、ワイロ、許認可、商売……利権。

 政府内で地位を得るというのは利権を、収入源を得るということです。さらに多くの社会では、数少ない地位を得た人間は一族を養わなければならず、そのために多くの富を必要ともします。

 また地位が荘園構造を作り、多くの農地農奴も支配し、独立に至るのもよくあることです。

 

 その少なすぎる仕事以外の街での仕事は、赤と黒……聖職者と軍人。

 現代でも、軍に入る以外食うすべがない、というのは多くの国の強い現実です。

 

 余剰人口を軍が受け入れて食わせ、勝利して新しく征服した土地と奴隷を分配する。それは社会を、国を維持する根幹です。ただし無理をすると国家財政の上でも巨大な負担となり、国を亡ぼすこともありますが。

 食い詰めている者が略奪で食い、領土を得るためであれば、それこそ武器・馬や船・食料自腹で戦争に参加することもあります。

 帝国になると常備軍・徴兵で農民を絞りすぎ、荘園に人が逃げて国が壊れることもあります。

 

 また次男三男などは、相続を目的とした争いも起こします。それも重要な戦う理由です。

 日本史では平将門から、とにかく武士は相続争いばかりやっています。相続か餓死か、です。そして国家に武士が期待するのは、本領安堵……自分が正規相続者と認めてもらうこと、その一点に尽きます。

 相続裁判を公平にしてもらうこと、違反者を軍事力で潰してもらうこと、とも言います。

 

 

 兵にとっては、戦争が終わり解散、帰っていい、自由、それ自体も大きな報酬と言えるでしょう。戦場での兵は年季明けを指折り数えるものです。

 その変形として休暇=買春許可も大きな報酬となります。

 ただし帰っても幸せになれないこともあります……特に兵役が長すぎると、帰っても妻は再婚しているとか、平和な生活に順応できないとか、単純に食えないとか。軍の解散というのは解雇でもあるのです。

 ちなみに古代ローマ帝国はマリウスの軍制改革があります。武器を自弁できる富裕市民からなる軍から、貧困層を中心に25年……15歳から40歳。退役後の人生が、平均寿命の短い時代、あったとしても稀でしょう。

 それでも退役後、土地を保証されたことは大きい……短期間では帰れない広い範囲、次々に征服地が増えるローマ帝国に適応した制度改革の、第一歩と言えるでしょう。

 律令をととのえた唐は、一定率の成人男性を徴兵しました。三年ですが、地域が広くなると帰って元の生活に戻ることはほぼ絶望になります。日本の防人制度は、関東から九州まで、しかも自弁という狂気の沙汰……帰る希望も報酬も何もないただの暴政でした。

 

 

 

 物質的な報酬を考えると国土防衛戦は厄介です。小さい村を守るのに報酬がないと文句を言う人はいないでしょう。負けたら自分の家族も殺され犯され、自分たちの冬の貯えを奪われ家族が餓死するのですから。しかし大陸規模の国家となると、要するに北海道のために鹿児島暮らしの親が息子を特攻させることを、自然感情として期待するのは無理です。

 元寇も恩賞がなくて鎌倉幕府が滅びました。

 中国が西方騎馬民族に攻められて結局滅びるのも、ひたすら防衛で領土獲得がない、領土を得ても不毛の大草原で嫌になるのでは?

 

『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟も、防衛を繰り返して何も得るものがありません。ひたすら虐殺奴隷化が怖い、親戚は戦死した憎い仇だ、民主共和制、そればかりです。

 ラインハルトが略奪などをしない、むしろロイエンタールは有能な統治者だとわかってしまえば抵抗する理由がなくなりました。

 また帝国は捕虜を奴隷として酷使して儲かる構造がありますが、同盟は帝国との差別化のために捕虜を人道的に扱わねばならない。そうすれば、捕虜から得られる利益だけでも、同数の捕虜でも差し引き損がたまっていくわけです。

 

 国土防衛戦の極端な形として、SFでは人類という種族の生存のための戦いがあります。

 ただし、現実の地球人は人類、さらに地球型の生命の存続には奇妙なほど無関心です。少なくとも「全ての卵を一つのバスケットに入れるな」という発想はほとんどないですし、小惑星衝突防止のための予算もわずかです。

 異星人の攻撃があったときに人類がまとまれるかどうか……これも多くのSFを通じて議論されていることです。

 もし勝利しても元寇のように問題になることもあるのでは?

『さらば宇宙戦艦ヤマト』でもヤマト乗員が不満を抱えていました。

 

 人類の存続のためにあらゆる犠牲を強いるのが当然、という精神状況がわかりやすいのが『エンダー四部作』でしょう。

 また文明水準が低い状態で、小惑星衝突などがある場合人類がどう反応するか、という作品も『七人のイヴ』『地球最後の刑事 三部作(ベン・ウィンタース)』など多数あります。

 

 

 元寇後の恩賞問題を避けるには、守りに入らず征服し続けることがあります。そうすれば勝っている限り恩賞を与え続けることができます……それこそ秀吉の朝鮮・明侵略もそれと言われます。

 ただし負けたら終わり。

 遠く辺境で貧しい地を征服しても割に合わないことにもなります。遠いと兵站負担がどんどんひどくなる……秀吉も隋もそれで失敗しました。気候、民族、人種、言葉、文化などの違いも負担になります。故地との連絡も取りにくくなり、宮廷クーデターのリスクが出ます。日本人がパンと肉しかない地を征服したら米を食いたいとなるでしょう……アレクサンダーもそうだったかも。

 あまりに遠い地を征服しても、以前考えた30キロ背負って一日1キロ食べて20キロ歩けば、600キロで限界、があります。海があり、スパイス、陶器、奴隷など価値のある商品があればある程度別ですが。

 特に中国から見た草原地帯など、一勝で大面積を得られますが、そのほぼすべてが不毛の砂漠、防衛軍の行軍距離が長くなりしかもその間水も飼い葉も食料もきつい地獄絵図。

 

 本来は二乗三乗、□が大きい田に、二倍になれば国境線は二倍・面積四倍で、国境線の単位長さ当たりの兵力は増えるはず。

 ですが、実際には新領土は均等ではありません。

 征服が広がれば広がるほど、不毛未開に近くなります。

 

 

 ここで思い出されるのが、『銀河英雄伝説』でのラインハルトの同盟征服……それ以前のリップシュタット戦役も……功臣や兵士に土地を分配していません。略奪も禁じました。

 物質的な報酬が事実上ない、昇進だけが報酬と言っていいのです。

 そして勝利。兵士にとっては、勝利そのものが巨大な報酬になります……戦争は究極のスポーツでもあるのです。

 ラインハルトは平民の兵・平民や下級貴族出身の有能な将校を基盤にしましたが、金銭・強姦許可・土地ではなく、勝利と公正な評価を報酬としました。

 それまで功績を上げても無能な貴族に手柄を取られた将兵にとっては、公正に評価してもらうこと自体が生命を捧げるに足る報酬ともなりました。ただし、評価は多少給料アップにもなるでしょうが、略奪や星系を奴隷化していい住民ごと分配するに比べれば物質的な報酬は少ないでしょう。

 圧倒的にラインハルトが与えた報酬は、心が多いのです。

 ただ、それには限度があります。ラインハルト没後の七元帥も、与えるべき心の報酬が尽きたともいえるでしょう。

 対照的にブラウンシュヴァイクはクロップシュトック領を報復攻撃し、略奪を報酬としました。

 ついでにゴールデンバウム帝国でも……同時に同盟も……士官・提督の私財は重要ではないようです。ネルソン時代のイギリス海軍とは違って。

 門閥貴族が強いという割には、軍事力は皇帝が強い……極端に強い常備軍がある、門閥貴族軍に頼っていない、奇妙な帝国なのです。

 

 また考えてみれば『スターウォーズ』の、デス・スターを用いる惑星破壊は、制圧した惑星を報酬として分配する、ということがなくなることも意味しているのでは?

 他の、惑星破壊がある作品すべてについても同じことが言えます。

 そして惑星破壊が抑制される理由にもなります。

 逆に、報酬がなくなるのになぜ将兵は文句を言わないのでしょう?

 

 

 

 征服でも国土防衛でもない、意味が分かりにくい戦争も多くあります。

 たとえばオーストリア継承戦争や第一次世界大戦。なんのために戦うか理解できる人はいるでしょうか。

 王家の相続や国家の威信。価値がないと思える領土。そのためにも戦争はあります。

 宗教も。イデオロギーも。

 十字軍などは征服の面もありますが、圧倒的に宗教の面が大きい戦争です。

 アヘン戦争も議会の建前は自由貿易という絶対正義、イデオロギーのための戦争です……商品がアヘンだということを別の棚に置けば、野蛮国の横暴官憲に商品を奪われたからケジメつけてくれと泣きついた自国民である商人を守る、自由貿易のためにはルールを押しつけねばならない、というわけで……

 そういう意味不明戦争では、どんな報酬が将兵にあるでしょうか?特に略奪奴隷化が禁じられたら?

 えらい人たちが「儲からないからヤダ」と言って、「決まりを破るんだ嘘つき臆病者」と言われたら地位を失いかねない、それだけの戦争です。

 それにどれだけの報酬があり得るでしょう……兵は略奪、国は賠償が得られるとしても。

 それでなぜあれだけ多くの戦いが戦われたのでしょう。

 

 

 

 内戦はどうでしょうか。

 内戦は、征服戦・国土防衛戦・国家威信戦とどう違うでしょう。

 征服ではない、国内の限られた土地や官職、帝位を奪い合う戦いです。さらに宗教などもあります。

 相続争いも内戦の重要な要素です。

 独立・独立阻止も重要です。独立できれば地域の利益を絞られずに済み、逆に独立を許せば金蔓・領土を失うという大きな損になります……国土防衛に似た損失回避ですね。

 独立するぞ征服者を追い出せ、というのはわかりやすく感情を刺激します。

 独立阻止には本質的に報酬が出しにくい……土地を分配し人も奴隷とすることができなければ。

 ある程度以上群雄割拠になってからは、普通に対外征服に近い状態にもなります。

 革命という言葉もあります。

 

 

 

 近代の軍の根本的な変化の一つは、略奪を報酬とせず給料や年金を報酬とすることです。

 筆者は、たとえばイギリスがインドを征服した時、戦った将兵にどんな報酬があったか知りません。新大陸を征服したコンキスタドールにはエンコミエンダがあると教科書を記憶してはいますが。

 

 国民国家というイデオロギーと、将兵に略奪以外の報酬……給料や年金を出すという変革は、報酬が期待できない防衛戦でも命がけで戦う兵を作り出しました。

 フランス革命が軍事史上も革新的だったのは、傭兵と違って逃げず数も多い徴兵・国民軍というものができたことです。

 

 といっても、ナポレオン戦争の時代でも敵の艦船を捕まえて売って配る、ある程度略奪報酬の面はありました。ただし同時に給料もあるし、海軍から最低限の補給も得られる……ただ艦をきれいに塗ったり、実弾訓練をしまくるには艦長の自腹も必要……

 兵站も将兵も武器も全部小領主の自腹、かわりに略奪は上納以外懐に入れる近代以前と、給料も食料も弾薬も全部国が用意するかわり略奪禁止の近代軍の、過渡期ではありました。

 そして近代以後も、ナポレオンもヒトラーも征服した国の、宮殿の金銀財宝や外債を戦利品として軍資金とすることはありました。近代軍事に深くある賠償金もその変種、それこそ古代から伝統あることです……負け方によっては富を差し出して皆殺しは勘弁してもらう、もあったのです。

 

 また近代国家は基本的に海洋国家・植民地帝国でもあり、ゆえにアヘン戦争、ベトナム戦争など国土防衛とは納得しがたい戦争も多くあります。「将兵は自分で思考せず国の命令に従え」で不満を抑制できますが、結局は限度があります。特に民主主義国では。

 

 多くの宇宙戦艦作品では、近代軍人として、ただ仕事をすることだけで物質的な報酬を求めず命がけで戦う軍人も登場します。

 さらに生命を捨て、あらゆる拷問を覚悟し、どんな嘘もつき、逆に拷問虐殺もためらわないスパイも多くいます。

 現実にも、意味不明戦争で命を投げ出した将兵やスパイが多数います。

 心の報酬だけでより多くを払える社会システムになったのでしょうか。支配システムが人間を洗脳するノウハウが向上したのでしょうか。

 

 

 

 さまざまな宇宙戦艦作品の、戦争理由……ある程度以前の、地球の地位の議論と共通します。

 

 征服者から人類を守る、地球を守るというわかりやすいストーリー。敵の目的が全人類の絶滅あるいは奴隷化であり、降伏はとても受け入れがたい。

『ヤマト』『インディペンデンス・デイ』など実に多数。

『マジンガーZ』『コン・バトラーV』などのスーパー系ロボットアニメにも多数あります。

 

 人格がないように思える、交渉不能の敵というパターンもあります。

『バーサーカー(セイバーヘーゲン)』に代表される、要するに文明を見つけたら滅ぼすとプログラムされている殺戮機械。

『オペレーション・アーク』『啓示空間 三部作(アレステア・レナルズ )』など多数。

『銀河の荒鷲シーフォート』の敵は強大ですが意識水準が低く機械的に動きます。『天空の防疫要塞(銅大)』ではタイトル通り敵を災害とみなすほど人間とは異質です。

『エンダーのゲーム』『孤児たちの軍隊』『ガンダムOO』『蒼穹のファフナー』『太陽の簒奪者(野尻抱介)』のように、超個体であり人類の心の在り方を理解できない敵と対話できるようになる話もよくあるパターンです。

 

 人類と、かなり会話可能な異星人との戦争も多くあります。『宇宙の戦士』『老人と宇宙』などは人類の生存戦争に見えますが、実際には種族間の勢力争い、多くの国が政治の延長として戦争をしているのに似ています。

 

『ギャラクティカ』など人類と、人類が生み出したロボットとの戦争もあります。

 

 人類同士の、国家戦争・紛争も多数……『銀河英雄伝説』『彷徨える艦隊』『タイラー』『紅の勇者オナー・ハリントン』『真紅の戦場』などなど。『航空宇宙軍史』もそうでしょう。

『海軍士官クリス・ロングナイフ』『ヴォルコシガン・サガ』などは紛争と戦争の中間のような状態です。

 

 内戦も人類同士の争いの延長でしょう。

『ガンダムシリーズ』は内戦に近い国家間戦争がきわめて多いです。

 独立戦争、革命も『月は無慈悲な夜の女王』など多数あります。独立や革命は正義とされることも多いです。

『スターウォーズ』は反乱です。『ギャラクシーエンジェル』の無印は逆に鎮圧側です……実情はともかく。

『銀河英雄伝説』も、帝国側から見れば同盟は逃亡奴隷であり、戦争は内乱鎮圧です……帝国の既知領土の外を開拓したのであっても、皇帝の称号が全人類を支配するとしている以上。貴族の反乱、リップシュタット戦役、クーデター、新領土戦役と多彩な内戦があります。

 極端に規模を小さくすると、冒険小説でよくあるパターン……政府警察とつながりのある犯罪組織に追われる個人が、なんとか殺し屋に勝って黒幕と手打ちにして終わり、という話もあるでしょう。

 

 海賊との戦いも『レンズマン』『敵は海賊』『クラッシャージョウ』など多くあります。

 

『スーパーロボット大戦OG』は、多数のスパロボを集めたものであるため、多様な敵との複雑な戦いが続いています。

 地球外からの征服者……異星人だけでも何種類もの勢力があり、それぞれ目的が異なります。闘争心が強すぎて危険だから封じる、強い闘争心を持つ戦士と改良された武器をいただく、などなど。

 地球人の内戦という面もあります。コロニーと地球の争いもあり、優れた組織者の反乱軍もあり、極端に邪悪で巨大な力を持つ個人の欲望もあります。

 暴走した全自動ロボットとの戦いもありました。

 剣と魔法世界や、別の歴史をたどった平行世界からの干渉もあります。

 古くから地球人の闇に巣食う、あるいは人類以前から地球を支配する怪物や暗黒組織の跳梁もあります。

 

 

 国、人類という種族が戦争をする理由もあれば、主人公が戦争に志願し、それから戦い続ける……退役の機会があっても志願して兵役を延長する理由、それを描くのも重要です。

 国そのものとはやや離れ、あるいは戦争の一部ですが軍隊とは離れたところで、無法者などが活躍する話も多数あります。

 

 極端に長期的な、具体的な物質とは違うもののために……

『ファウンデーション』では多くの人が〈セルダン・プラン〉のため死をいとわず犠牲を払い、また何十人もの第二ファウンデーション人を虐殺しました。

『航空宇宙軍史』も遠い未来の敗北を防ぐために、個の心を捨ててイルカにも人にも残虐の限りを尽くし、また自分自身もすさまじいやり方で犠牲にします。

 

 

 

 なぜ戦うのか。

『彷徨える艦隊』のギアリーは100年前に冷凍睡眠つき脱出カプセルの事故で漂流、家族も友人も一人もいません。とにかく戦うしかやることがなく、戦い続けるうちに別時代の人々と絆ができてきました。イデオロギーでもナショナリズムでもありえません。

 逆に夫を失って、国に対する忠誠しかない女性もいます。故郷を皆殺しにされ一人だけ生きのびた艦長もいます。利己的、狂信的などさまざまな人がいます。

『ヤマト』の古代進は、最初は両親を爆撃で、兄を艦隊戦で殺したガミラスに対する復讐心でした。それが戦いの中で成長し、最後には復讐を成し遂げてその虚しさに涙しました。

 他にもあらゆる作品の、主人公だけでなく、また人類だけでなく多くの人が、それぞれの理由で戦います。

 純粋に物的報酬を求めるキャラは少ない……ですが現実に戦った人々はどうなのでしょう。

 人類は戦うために、プロトカルチャーの遺伝子操作ではなく何百万年にも及ぶ進化で作られた戦闘装置だから……



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欠乏と豊穣

 以前の考察に追加しますが、地球圏が見捨てられた理由……

『銀河英雄伝説』は、現実の人類と同様に、極端に資源浪費的な文明である、と考えてみては?

『銀河英雄伝説』の、連邦末期からゴールデンバウム朝に至る人口減少を、文明崩壊と【仮定】して考えたら?

 

 宇宙空間では資源は実質無限だ……そう筆者が考えていることが先入観になったのでは?

 普通の、SF作家も含め多くの人は、人は緑の星にしか住めないし、緑をなす木を切りつくして砂漠にしたら滅びるだけと確信している、いやそれが当たり前すぎて確信とも気づかない水準なのでは?

 

『銀河英雄伝説』本文にテラフォーミングという言葉があり、コロニーもある、それを無視して「森を収奪し、切りつくしたら砂漠」文明システムだと仮定すると、いろいろなことが腑に落ちるのです。

 地球が不毛であること。

 連邦の崩壊とその後の人口減。

 同盟の急成長と停滞。

 外伝にあった、緑が多いハイネセンやオーディンは工業も栄えるが、緑が少ないエコニアやヴェスターラントは貧しく人口も少ない、ということ。

 

『銀河英雄伝説』では、文明を支えられるような鉱山も貴重で、森や海がある惑星を使い潰していかなければ文明が持たない、大人口を支えられない……としたら。

 

 現実の人の文明。イースター島、マヤ……ルワンダ。木を切り倒し、土壌を風に飛ばし水に流し、食料生産量が減ったら飢えた人が争い破滅する。多すぎる人口が、農業に適さない地域まで開拓し、森林伐採も多すぎ、塩害もひどくなり、用水路も埋まる。

 斜面のように農業に最適でないところは、開拓すれば一時的には収穫できるが、すぐに土壌が失われる。

 そうなれば土地は疲弊し生産量が落ち、干ばつのときには破局する。争いも起きやすくなり、虐殺にもなる。

 同様に、多数の星があってもそれぞれの、木材・土壌のような再生不能資源を浪費する……

 資源が豊富だがほとんど砂漠のオーストラリアは、少なくとも戦艦をたくさん作って人口密度が高い国ではない。対照的に森が豊富で資源がない日本は戦艦をたくさん作り人口密度が高い。……赤道の熱帯林諸国が問題になってしまいますが、熱帯雨林ではない森、と。

 

 オーディンのような居住可能星系でさえ、木材を切りつくし、無理な農業で土壌を失い、それで住めなくなってしまうということは?

 地球、さらに多くの優良居住可能惑星が、資源の浪費で環境崩壊状態になった。

 その難民が、破壊がよりましなところに押し寄せ争いになる。

 あまりよくない惑星を開拓しても、特に過剰人口が押し寄せれば短期間で環境崩壊になる。

 

 地球がダメになったのも、要するに森と鉱山が尽きたから。

 連邦が崩壊したのも、ゴールデンバウム朝の人口減も、優良な居住可能惑星を全部使いきったから。アルデバランからオーディンへの遷都、またブラウンシュヴァイク・リッテンハイムへの権力の移行も、要するに森を切りつくした地域が衰え、まだ森が残る星に人口と生産の中心が移る、と。

 自由惑星同盟が最初の頃にめちゃくちゃに人口と生産力を増やしたのは手つかずの森があったからで、森と恐竜の惑星・超優良鉱山の星系が種切れになったら成長が止まるのも当然、と。

 

 そうだとすると、新しい手つかずの星々を見出さない限りあの世界は絶望ということにも……

 メタ視点で考えると、田中氏が現実歴史の一般則に沿って『銀英伝』の設定をつくり、テラフォーミングと現実歴史の開拓の質の違いをあまり考えなかった、でしょうか。

 

 環境にこだわらなくても『銀河英雄伝説』の、特にシリウス戦役関係の人々は、陣営を問わずとても短期的な考え、というか発想がかなり古い人々のような感じがします。

 搾取する地球政府。

 虐殺略奪暴行の限りを尽くす将兵。

 権力を奪い合って殺し合うラグラングループ。

『銀河英雄伝説』の執筆時点から今の間でも、世界全体で相当な価値観の変化が起きています。ましてその数十年前、20世紀前半では国レベルの虐殺・奴隷化・追放は、ごく普通で非難されることではありませんでした。第二次世界大戦後の東欧からのドイツ系追放、各地からの日系追放……引き揚げ、実質民族浄化は何の問題にもなっていません。ほかにもギリシャやトルコで多くの民族浄化がありました。

 

 

 他にも明らかに、浪費で自滅する傾向がある作品はあります。

 

『インディペンデンス・デイ』の異星人は、資源を浪費しつくして次に行くタイプです。

『ヤマト(旧シリーズ)』のガトランティス帝国もそれと言えるでしょう。

 

『円環宇宙の戦士少女』も、断固として居住可能惑星を浪費しつくし、汚染しつくす、という文明形態であり、だからこそ優良居住可能惑星は鎖国を決めて猛攻を受けています。

 

 

 欠乏。それ自体も戦争の理由となる、いやもっとも大きいものでしょう。

 人類が進化してきた、少人数の狩猟採集民にとっては、自群れが飢えたから他群れを襲うのが最も根本的な戦う理由でしょう。

 それは文明以後も変わらないでしょう。飢えた遊牧民は幾多の文明を滅ぼしました。

 現実の今も、環境破壊・農業生産力低下からの紛争は多くあります。ルワンダなどがそれと言われます。

 

 欠乏は食物だけとは限りません。

 よい港、よい鉱山なども……昔でもスズ鉱山、さらに以前の石器時代には黒曜石や岩塩の鉱山、サケが戻る川が奪い合われたことでしょう。

 宇宙時代であっても、希少鉱物があることは多く見られます。『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』のイスカンダリウムやガミラシウム、『スタートレック』のダイリチウム、『真紅の戦場』の超ウラン同位体などなど。

『デューン』では水が不足しています。宇宙という環境では燃料、推進剤、温かさや冷たさ、部品……ありとあらゆるものの欠乏が死に直結します。

 現実の歴史でも、水の欠乏は農業生産の減少、すなわち食料の欠乏を意味し、文明そのものにとって死活問題です。

 

 また、ゲートなど地理的な何かが超光速移動に必要な時、それ自体が希少資源であり奪い合いになることも多いです。

 ちょうど、ジブラルタルやマルタ島など海上交通の要衝が幾多の戦いで奪い合われたようなものでしょう。

『真紅の戦場』もゲート争奪が重要な戦争理由です。

『ヴォルコシガン・サガ』ではワームホール網の要衝であるために、ドーム内でしか人が暮らせないコマールの争奪戦がありました。ワームホール網の要衝であるだけで居住可能惑星がないヘーゲン・ハブも多くの人が居住施設を作っています。

『彷徨える艦隊』でもゲートの数によって星系が栄えるかどうかはかなり決まります。ゲートが多く栄えた星にこそハイパーネット・ゲートが誘致されるため余計栄える、という構造にもなります……天然の良港に新幹線の駅ができるように。

 

 また、これは超光速航行が不可能になった場合ですが、『ギャラクシーエンジェル』のトランスバールや『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤーは超光速航行が不可能になったとき、あえて技術水準を下げ、人口の大半を死なせて全滅だけは免れることにも成功しました。交通の欠乏も致命的になるのです。

 

 面白い欠乏があるのが、『火の鳥 望郷編』です。地球人は宇宙のあちこちに広がり、無数の植民惑星が栄えている。でもその人たちは地球に里帰りしたがるが、地球はそれを受け入れる余裕がない。だから地球は帰ることを禁止し、外から入ろうとする船は理由を問わず撃沈し人は殺す、としています。普通なら富を持ち帰り地球をより富ませるはずの人々を受け入れる何もかもが足りない、と。

 

 欠乏によって人の心も違う。

 それを描いているのが『冷たい方程式(ゴドウィン)』でしょう。燃料などに余裕がないから密航者を船外に放り出して殺す。交通量や通信技術が足りないから、そうしなければ植民地がワクチンがなくて全滅する。

 欠乏が常である植民地では、人命が軽い。些細な理由で人を殺すなどたいしたことではない。欠乏がない豊かな地域の人には、それがわからない。

 西部やアラスカを開拓していたアメリカ人が、欠乏している辺境と欠乏していない豊かな地域とで、心の構造があまりにも違った……それを宇宙に持って行った物語でしょう。

『野生の呼び声(ロンドン)』で、辺境に慣れていない新しい主がバカなことばかりして結局ほとんどの犬ごと死んでしまったのも思い出されます。

 また戦国や中世ヨーロッパふう世界のなろう小説で、転生した主人公が人を奴隷化したり女子供を処刑したりするのに抵抗を覚え、結局慣れるのも。

 実際問題、ある程度食事ができないだけでも、人の心はかなり変わるものです。

 

 もっとも欠乏している、希少なのは居住可能星系そのものでしょう。森と海があり恐竜が歩いている星。それが人の主要な生活の場である限り、ごくわずかしかないそれを奪い合うことが続くでしょう。

 

 

 さて、欠乏がなぜ問題になるのか……

 食物が不足すると、飢え死にする。それが嫌だ。だから奪う、というのも当然の理由になるし、逆に奪われたくないので守る、と。これ以上なく単純な話でしょう。

 ですが、それすらもややこしい話になります。

 いくつもの文明が、膨大な人数を暴れさせずに餓死させることに成功しています……アイルランド、ベンガル……スターリン、毛沢東……天明の大飢饉。

 欠乏するのは食料ばかりではない、第二次世界大戦の日本は、先進国をやっていくのに必要な必須資源が欠乏する、という焦りから戦争に踏み切りました。

 石油、ゴム、ニッケル……食べられるものではないのに、それらがなければ戦艦を作り動かすことができないから。

 

 また現実の近代史では、「市場」が欠乏するものであり、争われました。

 植民地争奪が、「市場を求めて」とよく書かれるのです。

 奇妙なことです、買ってくれる客が欲しくて戦争し征服し、さらに搾取してみんな餓死させるとは。まあ相手側の特権階級がより強くなって買い物をしてくれればいいし、絞りつくすまで絞って次に行く、悪い意味での焼畑発想でしょうが。

 

 あるものが欠乏すると、要するに人を増やし、戦艦を増やすことができない。

 文明を増強するボトルネックになる。

 さて、ここで考えてみましょう。

 現実の地球人の今のこの文明は、なぜ『人口が10兆で、しかも全員がほぼ自動操縦の垂直離着陸ジェット機……AV-8ハリアーの民生版のようなのに乗って暮らし』ていないのでしょう。

 何が足りないのでしょうか。

 石油が無限だったら。

 ジェットエンジンに必要な耐熱合金を作るのに必要な金属の、すごく掘りやすくて埋蔵量が多い鉱山が、それもアメリカ東海岸沿いにどかどかあったら。

 ナイルのように、砂漠に雨が豊富な地域から大河が流れている場がもっとたくさんあったら……アフリカ熱帯雨林からサハラ砂漠、カナダからカリフォルニア……。オーストラリアが温帯か熱帯雨林にあったら。

 核融合や高速増殖炉がもっと簡単だったら。室温に耐え電線として使える安価な高温超電導物質があったら。

 

 あらゆる宇宙戦艦作品は、なぜその程度の人口と生産力なのでしょう。

 もちろん、単純な答え……生産力が豊かすぎる世界では戦争が起きない、戦争がなければストーリーができない、と。

 ですが、それだけでは面白くないので……

 

 膨大な生産。戦艦もたくさん作り、庶民も豊かにする。その方向にならない。

 

 

 

 逆に豊穣。たくさんある。こちらを考えてみましょう。

 特に豊穣なのは、レプリケーター・転送などの技術により貨幣がない『スタートレック』の世界です。

 

 この現実も、石油・天然ガス・石炭というエネルギー、大鉄鉱石鉱山、ハーバー・ボッシュ法、緑の革命、プラスチックなどで「豊穣」を得ています……持続不能であることや温暖化、世界に残る貧困や飢餓を脇に置けば。

 

 物質的豊穣をあえてやり切った稀な作品が『断絶への航海(ホーガン)』です。

 新天地に降りたロボットが準備した事実上無限の生産。店からあらゆる商品をいくらでも無料で持ち帰っていい世界。

 

 民話の次元から、豊穣は禁じられます。

 いくらでも好きなものが出る石臼、それが盗まれて盗んだ人を溺死させ、今も海の底で塩を出し続け海を塩辛くしている、などたくさんあります。

 それらは、子に何でもいくらでも出るアイテムの話をして、「じゃあなんでうちは今夜食べるものものないの?」に答えて「バカがバカなことをしたから失われたんだ」と続けなければならないからかもしれませんが。

 触れたものを黄金にするミダス王の指も豊穣を戒めるものでしょう。ペガサスに乗りオリンポスに駆け上がろうとして振り落とされたペレロホンの神話も、人が過ぎたものを手にすることを戒める意味では同じでしょう。

 豊穣は神の領域であり、人が手にしてはならない……豊穣にとびついて破滅する話は星新一も、他の作家も無数に書いています。

『ガロン(手塚治虫)』の無限に沸いてくる警告を聞かない悪党たちも、人間が超技術を手にするには未熟すぎることを厳しく警告しています。

 ある程度SFの冒険小説として、「宝の地図を手に入れた。それは昔墜落したUFOで、取りに行こうとしたらマフィアやCIAの殺し屋に狙われる。主人公は勝利して超技術を手に入れたが、こんなものを今の人類に与えたら戦禍をひどくするだけだ、と捨てる」話は定番パターンです。『スプリガン(たかしげ宙/皆川亮二)』でも主人公が遺跡を深海に捨てたことがあります。

 他にもそのような話は無数にあります。

 人類が豊穣を手にすることは禁じられている……

『折りたたみ北京 中国SFアンソロジー』に入っている『神様の介護係(劉慈欣)』も異星人の船を入手しますが、地球人が分析し実用化できるものは何一つないし乗っている異星人も科学や技術の基礎は忘れあるものを最低限使うだけの状態、と強引なまでに人類を貧困なままにします。

『宇宙軍士官学校』の、地球人はまだ頭が悪すぎてオーバーテクノロジーを理解できない、というのもその系列でしょう。

 そのような話は『マクロス』『スーパーロボット大戦OG』『ロスト・ユニバース』など遺跡系の話で多数あります。人間のリバースエンジニアリング能力が足りないから豊穣が手に入らない、と。

 

 逆に豊穣だからこそ、人類が止まってしまう話も多くあります。

『ローダン』でも、人類の一部が豊穣を手にし、それで満足したため「もうこの人々に将来の可能性はない」と【それ】に見捨てられることがあります。

『都市と星』のダイアスパーやリスも、豊穣ゆえに止まっています。

『タイム・シップ』のモーロックも行き詰っています。時空の旅についていくチャンスがあれば飛びつく人も一人いましたが。

『楽園追放』も、完全に自己満足に陥っています。

 

 実際問題としても、歴史的にも、豊穣を戒める実際の出来事には事欠かないでしょう。

 大豊作が続いた。それで多くの移民を受け入れ、たくさん子を産んだ……そうしたら人口が多すぎ、本来農業に適さない斜面も耕し、結果凶作になったときに多すぎる人口が飢え、斜面は崩れて荒れ地となり土砂が水路を埋めて大飢饉、戦争にもなって滅びた。

 サケがたくさん、それこそ水面を歩けるほどに上がってくる川。膨大な北大西洋のタラ。様々な海獣。一見豊穣に見えるが、何十億人が欲望のままに産業化したら数年で枯渇、絶滅する。

 商人が大儲けして欲望の限りに贅沢三昧をしていたら、政権ににらまれ族滅される。

 

 逆にあえて貧しいままであることを選ぶ、ということもあります。

 現実の歴史でも、スパルタはどれほど勝利しても贅沢をせず質実剛健を選び、結局ペロポネソス戦争でも勝利しました。ただし富は軍事力でもあるため、最終的には潰されましたが。

『ノーストリリア』では不老不死薬を産出する星は、無限のカネが入るけれど腐らないよう、星内では耕し羊を追って質素勤勉に暮らし、弱い子は中卒ぐらいで安楽死処分にします。高度技術とは別の超能力方面で星を守るえげつない方法があるからですが。

 

 ついでに言えば、不老不死も常に多くの人が求める、多くは欠乏するものです。

『ローダン』の細胞活性装置は数が限られ、常に争奪戦になります。

『デューン』も不老不死に近い薬が重要な要素です。

『銀河鉄道999』も不老不死と同義である機械の身体が高価だからこそ、鉄郎は危険な旅に出ます。

 

 豊穣が戦力・防衛として有効ではない、ということもあります。

 どれほど豊かでも、より上の技術水準の敵に襲われれば抵抗は無意味で全滅することになります。数百人のピサロやコルテスが数百万人、兵力も何万の中南米帝国を滅ぼしたように。少人数のイギリス軍が、征服した現地人の大軍を「我々にはマキシム機関銃があったが、彼らにはなかった。それだけのことだ」と撃滅したように。

『ローダン』で七銀河公会議の絶対防御艦を前に太陽系帝国の全砲が役に立たなかったように。

『ヤマト』で、イスカンダルの技術を得るまで地球の艦隊がガミラス艦隊の前に、いくら砲撃が命中しても役に立たず一方的に全滅したように。地球艦隊の波動砲マルチ隊形がいつも全滅で終わるように。

 スペインによる中南米帝国の征服が技術ではなく内紛のためだったと解釈しても、数の差が無意味になる局面があることには変わりありません。

 伝染病、精神支配系超能力、コンピュータハッキングなども、人数・艦船数を無意味にして戦局をひっくり返します。

『宇宙嵐のかなた』ではマゼラン星雲の全人口より帝国の艦船数のほうが多いですが、その帝国中枢を精神支配してしまえば無意味です。『ローダン』『クラッシャージョウ』『ファウンデーション』でも危なく超能力者に支配されるところでした。

 艦隊が無効な異質な力……『リフトウォー・サーガ(フィースト)』では、空間を転移する竜にまたがる、神々水準で野蛮精神の剣と魔法の一族があちこちで暴れ、宇宙戦艦文明も滅ぼしています。『ドラゴンボール(鳥山明)』も個人宇宙船に乗った、あるいは真空に身をさらして生きられる超戦士の戦闘力はそこらの宇宙戦艦の艦隊・文明を軽く殲滅できます。

『宇宙戦争』は技術の優位による圧倒的な力と、伝染病の脅威を同時に描くまさに古典。

 軍事的才能+幸運も、数の差を無視して戦局をひっくり返すものです。史実でも織田信長が今川義元を討ち、ハンニバルやアレクサンダー大王が何倍もの敵を殲滅したように。

 とても多くのミリタリSFで、数の差を無視する勝利は描かれます。ただしそれが邪道だというのが軍事の真実です……『星系出雲の兵站(林譲治)』では「英雄の誕生とは、兵站の失敗」、ヤン・ウェンリーは数で攻めるラインハルトを尊敬しています。

 

 桁外れに、とんでもなく艦船数が多い作品……

『銀河英雄伝説』の最大十万もかなり多いでしょう。

 ですが『ローダン』、『宇宙嵐のかなた』、『星界』シリーズ、『天冥の標』終盤などもとてつもない艦船数です。

『スターウォーズ』も帝国艦船数は本当は膨大です。

『ファウンデーション』も全盛期の人口は心理歴史学を可能にするほど多く、それなりに艦船数も多いでしょう。

 逆に言えば、それらは生産と人口を抑制するボトルネックの多くが解決されていると思われます。

 ただし、現実の天文学を考慮すれば、太陽系だけでも本気で利用すると兆の上の人口が可能であることがアシモフの科学エッセイに書かれていますし、冥王星の質量と実在巨大客船の排水量でざっと試算しても容易に出ます。それと比べれば、たとえば『銀河英雄伝説』の連邦最大人口3000億はかなり見劣りします。

 一つの星系であっても、『タイム・シップ』のモーロックなどが本気で艦船を作ればめちゃくちゃな数になるのは明らかでしょう。

 

 

 さて、豊穣を止めているのは何でしょう。

 ……『現実』の大和や米空母打撃群ができるには何が必要か。何が足りなくて70億の半自動・垂直離着陸ジェット機ではないのか。

 何が足りればいいのか。

 様々な資源……石油。ジェット機のタービン、耐熱で丈夫な合金を作るためのレアメタル・レアアース。アルミを作る電力。

 働く人のための食糧。食料を作るための農業用水。都市で生活するため、鉱業にも必要な膨大な真水。

 

 第二次世界大戦時の日本が、大和級戦艦を100隻、翔鶴型空母を200隻と艦載機18000機作るには、何が足りなかったのでしょう。アメリカはとんでもない数の、戦艦は少ないにせよ巡洋艦や空母を作りました。

 鉄鋼生産?鉄鋼を作るに必要なのは、鉄鉱石・石炭・石灰石、そして高炉用の耐火煉瓦。多数の職人。職人を教育するシステム。人口そのもの。膨大な真水。鉄鉱石や石炭を掘る人手、運ぶ鉄道や港湾の設備。安く掘れて豊富な鉱山。工場を作るための年月。そして費用。

 艦船も同じ、たくさんの鉄を運び入れ、叩いたり削ったりして部品を作り、溶接したりリベットを打ったりして船を作る。

 そのためのたくさんの機械。機械を作る職人。機械を使う職人。

 高い教育を受けた人数。鉄鉱石などの資源。輸送力。機械を作る能力。

 そして予算。金。特に海外から買わなければならないゴムやモリブデンを買うための、外貨になる輸出品、無事に輸出入ができる海軍力。

 ……海軍力がないから戦艦を作れない、戦艦がないから海軍力がないって循環してしまいました。逆にアメリカは戦艦があるから海軍力があり、海軍力があるから戦艦を作れる、という循環が……

 またアメリカは産油国であり、超絶農業国でもあります。食料も真水もたくさんあります。

 

 機械を作るのは、現実現在では定盤などに帰着します。厳密な平面をもとに旋盤のネジを切り、精密な工具を作る。その工具で精密なネジや、精密な溶接ノズル、製鉄圧延用ローラーを作る。

 そこから鉄でできた戦艦を作るという仕事が始まります。

 それを使う人々も育て、教育し、訓練しなければなりません。そのためには、前に検討したように一人につき何トンもの食料と水、20年以上の時間がかかります。

 

 予算、という恐ろしい要素もあります。特に外貨……金、ゴールドがかかわると問題は複雑になります。いくら税金をとっても、日本円が紙切れだったら、海外から戦艦の砲塔を動かすための日本では作れない軸受けや、日本領では出ない軸受け合金の素材を買うことはできません。

 予算という問題は、一族とともに予算を私物化しカジノ国で豪遊する独裁者がいないことも必要とします。それがあればどれほど金を注いでも工場は大砲を作りません。警察、裁判、道徳教育その他、経済的な信用システム……援助ではどんなに金を出してもどんなに教育しても作れなかった、近代国家というナニカも必要ということです。

 予算がない、それをどうにかしようとしても、たとえばたくさん円の紙幣を輪転機で刷っても大和はできません。ハイパーインフレになるだけです。また金銀でさえも、スペイン帝国は新大陸で莫大な金銀を手に入れてさえ、ヨーロッパ征服すらできませんでした。

 貨幣を有効にする、巨大予算を生み出せるようにする、経済規模自体の大きさ。それがない限り、金だけでは多数の戦艦を動かすことはできないのです。

 では何があれば、大和を百隻作れるのか。スーパー・スター・デストロイヤーを一万隻作れるのか。アメリカは何があって、とんでもない数の艦船を作れたのか。

 

 何よりも人間と、生産のための機械。どうすれば優れた職人を多数作れるのか。機械を作れるのか。優れた職人を、いや財務官僚から警官まできちんと機能する国家を作れるのか……こうなると「心か物か」の問題にもなります。

 

 今の現実の人類に足りないのは何でしょう。

 核融合炉、いや波動エンジンが実用化されたら?

 海水で育つ稲ができたら?

 人間と同じように工場労働者になれるロボットができたら?

 石炭から簡単に軌道エレベーターを作れる強さの繊維を無限長さ紡げるようになったら?

 タングステンとコバルトとクロムの超大埋蔵量鉱山が見つかったら?

 桁外れに安くて強くて耐熱性の高いセラミックスが発明されたら?

 子の半分以上がヘロイン以上の依存症を示すほど面白く、数年がかりでクリアしたら確実に数学・物理・化学の一流大学修士相当の勉強ができているコンピューターゲームができたら?

 フォードがライン生産を思いついたに匹敵する思いつきがあったら?

 実際問題、現実の人類はこのままでは多分破局なので、何らかの方法で豊穣を手に入れてくれないと筆者の寿命までに文明崩壊になり、筆者が誰かに食べられかねないのでなんとかしてほしいものです。

 

 そして需要そのもの……どうすれば需要というものはあるのでしょうか。

 需要、というのは当たり前に見えますが、筆者程度の知識で考えると底なしにわけがわからないのです。

 

 歴史教科書にある、「市場が欲しくて侵略した」帝国主義列強。ならなんで、侵略した国の人々を貧しくするのか。植民地の人々は、何を払って列強が作った商品を買ったのか。労働力・森・鉱山・農地……それをどうやって、列強で通用する貨幣にしたのか。

 鞭と棍棒で樹齢五百年の銘木を切り出させ、交換に人質の幼児に一目会わせてやりビーズ玉を与える……のであれば理解できますが、それはすぐ尽きるでしょうし、ビーズ玉業者もすぐ破産するでしょう。どう考えても割に合わないのでは。

 明・清帝国やイスラム帝国は、ヨーロッパが作る時計も大砲も染め布も、欲しがりすらしませんでした。需要そのものが稀なものではないでしょうか。

 

 さらに今、現在、『現実』。今の日本で、普通に暮らしている人が生活水準を大きく上げる、現実的な金銭でできる、にもかかわらずわずかな人しか買っていない商品はいくつもあるのです。

 静電型ヘッドホン。高ければ百万の桁になりますが、安ければ10万円以下、中位でも20万円~40万円ですさまじい高音質を得ることができます。

 5.1サラウンドスピーカー。アンプを入れても安いものなら数万円。一部屋片付け、スピーカーを6つ置くだけで、アクションシーンの音声を桁外れに高い臨場感で楽しめます。DVDのアクション映画には標準で5.1の情報が入っています。

 真空低温調理。機械は一万円以下から手に入り、ビニール袋に塊肉を入れて数時間+ちょっとフライパンで表面を焼くだけ、普通にステーキを焼くより少ない手間で、桁外れに柔らかくうまい肉を食えます。肉以外にも使えます。

 冷凍パンだね。どの家庭にもあるオーブンレンジで焼きたてのパンを食べることができます。それが配達されればどれほど生活が向上するか。

 容易と思われる、老人用歩行補助具。膨大な金を持っている老人たちは、もう少しあちこち出歩きたいと思わないのでしょうか。タクシーか一日中家で座っているかの生活に、それほど満足しているのでしょうか。

 それほどの安価な生活向上が、異様なほど売れていないのです。

 皆がAV-8ハリアーの民生版に乗っていないのも、資源不足で安く作れないという以上に、需要がなかったから作らない、もあるのでは?

 他にもよさそうに見えて売れない商品は無数にあります。

 3Dディスプレイはゲームも映画も、任天堂バーチャルボーイから最近の3Dテレビまで何度も何度も失敗を繰り返しています。

 昔北アメリカで氷をおがくずで覆って船に積み、栄えていた熱帯のカリブ海島に運んだ人たちは、最初まったく売れずに呆然としたそうです。

 何が需要になるかは実にわからない……需要がなければ経済成長はなく、経済成長がないこと自体が豊穣を阻む……その根本原因は?少子化?戦争がないこと?新しい素材やエンジンが発見されていないこと?

 

 もっと根本的に、格差の拡大。欲望と、買う貨幣の両方がなければ需要にはならない……みんなが欲しくなくても、みんなが貧しくても需要がない。みんなを貧しくしたら需要がなくなるのはわかりきっているのに、みんなを貧しくする方向に経済が進む。

 多くの人が貧しくなる社会は、『真紅の戦場』『宇宙兵志願』などのミリタリSFでも定番です。特にそれらは今のアメリカの、格差拡大と貧しいから軍隊に行く、という社会問題も背景にしています。

 

 全体の生産力が高くても、民一人一人の生活水準が高いとは限らないこともあります。

『真紅の戦場』では、21世紀中の激しいテロと世界戦争で人口が急減、宇宙に進出したにもかかわらずどの国も深刻な格差にあえぎ、宇宙を舞台に戦争を繰り広げています。巨大な生産力がありながら、極端な格差がある国家構造で安定してしまっているのです。

『銀河英雄伝説』も同様のことがあった、とも推定できます……ルドルフが戴冠して、わずかな期間で人々は貴族と農奴の社会に適応しました。それは、ルドルフ以前にとんでもない格差があったことを示唆していないでしょうか?門閥貴族が、単なる超ブラック企業の超金持ちの現状追認であった可能性は?ドイツがナチスの政権獲得以来短期間であの異様な社会になったこと、それ以前から強い身分制度があったことも思い出します。

 

 

 

 多くの宇宙戦艦SFで、何がボトルネックなのか。

『銀河英雄伝説』では。『宇宙戦艦ヤマト』では。『スターウォーズ』では。

 

 戦艦。食料。鉄。人。馬。船。それらを作れるかどうか。

 

 SETIが電波通信ができる文明を探査するように、ここでは「戦艦を作れる」ことを基準として考えましょう。機械であるバーサーカーやボーグもこの基準で、豊穣な文明と言ってしまいます。

 

 

 結構重要と思われるのが、「地球型(森と海があり恐竜が歩いている、プレートテクトニクスや地磁気がある)惑星以外には鉱山がない」という考えです。

 それをかなり強く描いているのが『銀河乞食軍団 黎明編(鷹見一幸/野田昌宏)』です。惑星の、鶏卵の殻のように薄いわずかな地殻、それも水で精製されなければ採算がとれる品位の鉱山はない、と。

 それは「居住可能惑星主義」とも強く結びつく考え方です。

 

 

 豊穣に迫っていると筆者には思えるのが、『ガンダムシリーズ』や『スーパーロボット大戦OG』のようなスペースコロニー居住を容認する作品です。

 ですがそれらも、作中描写では豊穣ではない……

 

『スーパーロボット大戦OG』では、異星人の技術は得ていますがうち続く戦争でそれを民生向上・生産力向上に向ける余裕がありません。

 新西暦元年が2015年、主要事件が起きるのは新西暦179~189、西暦2200前後ですが、一般人の生活水準はほとんど向上していませんし、大艦隊を作れる工業力もありません。

 今人型兵器を作ることに全リソースを投入してしまい、旋盤も鉱山街の団地も作る余裕がないということです。

 ……大砲かバターか、を通り越して大砲か大砲製造機械か、という、前者を選んだらそのうち戦争が続けられなくなるほどきつい状況にある、ということです。

 

『ガンダム』の宇宙世紀では、むしろ意図的に豊穣を止めたとしか思えません。もっと工場コロニーをつくり、小惑星を掘り、農牧業コロニーをつくってスペースノイドもアースノイドも全員が広い家で牛肉を食えるようにするのは容易だと思えます。

 しかしそうしませんでした。コロニー増産を止めた時点で、スペースノイドは棄民であることが明らかになり、底なしの戦争がはじまりました。そこにはアースノイドが上の階級であり、スペースノイドは下の階級であるという考えが厳然とありました。

 現実の人類も、身分構造を維持するために経済成長を止めた……ということはあり得るでしょうか?陰謀論的に過ぎますが。

 

 宗教的な理由で技術を抑制することもあります。『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国は自動化を忌み、遺伝子を神聖視して、技術水準を大きく低下させました。

 他にも宗教要素がある、宗教と階級が結び付いた作品は多くあります。

『オペレーション・アーク』ではバーサーカー型異星人に探知されないためあえて技術水準を落としましたが、その過程で強い身分制度が作られ、かつ衛星からの監視と宗教の両方を用いて厳しく進歩を抑圧しています。

 社会そのもの、宗教・道徳・支配者の権威主義的な要素や強すぎる強欲が科学技術の進歩を抑制するのは、人類の歴史であまりにも多く見られました。ヨーロッパの産業・科学革命が奇跡であったように。

 

 

 

「居住可能惑星主義」をとる諸作品では、居住可能な惑星の絶対数がボトルネックとなっています。同時に、居住可能惑星主義そのものもボトルネックの裏面と言えるでしょう。

 

 逆に、あれば……さらに安ければ豊穣に至れる技術を考えてみましょう。

 穴を掘る。食料を作る。水や空気を浄化する。大きな殻を作る。エネルギーを得る。製鉄。それ以外の金属を作る。巨砲を作る。エンジンを作る。子を産む。育て教育する。工業力そのもの、描かれることのない工場の工作機械。

 艦船はまず外の殻を作り、エンジン・巨砲、水道やトイレ、キッチンを組みつけます。コンピュータやレーダーもある時代以降は必要でしょう……それ以前では望遠鏡や信号旗や計算尺や三角表が。次いで砲のための弾薬、エンジンのための燃料、真水や食料を積み、教育された人を乗せ、やっと戦いに出ることができます。ドックという穴掘りも現実の水上艦船には必要です。

 

 

 穴を掘る……これはさりげなく、多くの作品の重大なボトルネックだと思います。

「居住可能惑星主義」の本質でもあります。穴を掘るのが高価だ、だから小惑星に穴を掘るのではなく森があり恐竜が歩いている星に住む、と。

 

『宇宙軍士官学校―前哨―』では、太陽を破壊されることに備え地球人は、ケイローンの助けも借り全力で穴を掘りました。

 確かに、岩を掘り固めて板を作るドローンはありました。

 それでも、全人類が楽に暮らすには、アマゾンすべての生物を移住させるにはあまりにも足りませんでした。

 そして、その世界の多くの種族が、ロストゲイアー……母星を敵に破壊され船で暮らす彷徨い人になるのを恐れ、激しい権力闘争をし必死で戦って居住可能惑星の下賜を求めるのは、小惑星の類に快適な穴を掘ることができないからです。

 穴を掘る能力が低いから、居住可能惑星主義になる……だから宇宙全体の総人口も少なく、それだけ軍事力も弱い。逆にある程度穴を掘れるから、船に乗れる最低限しか助からないのではなく、ロストゲイアーになれるほどの人数が助かる。

 

 巨大隕石や核戦争の作品では、とにかく穴を掘らなければなりません。それが足りなければ当然、足りない分だけの人が死にます。

 穴を掘って十分保存食を貯めれば、大抵の災害からは生き延びられます。さらに穴の中で、原発~電灯で農業ができればもっと長時間生きられます。

 まあ『七人のイヴ』や『怨讐星域』は穴掘りが無効なのが外道なところでしたが。

 

 アシモフ/『ロボットの時代』所収「AL76号失踪す」にロボットが作って結局壊し製法も失われた装置が乾電池二個で大きな岩山を砂利に変えた、ということがありました。

「岩を砕く」ということを豊穣にしかけたのです。「岩を砕く」というのは、歴史的にも現在も、人間が膨大なエネルギーをかけている重大な仕事です。

 古代から岩を砕くために、膨大な奴隷が重労働の末に死に、膨大な木が……岩を焼いて加熱して急冷して砕く方法のため、あるいは鋼のタガネやツルハシを製鉄し鍛えるために消費されました。

 岩を砕くのは金属を鉱山から掘り出すためでもあり、また大理石の像や神殿を作るためでもあり、また住み暮らすためでもあり、さらに運河用水路を作るためでもあります。

 爆薬も、ノーベルは岩を砕くためのつもりでした。

 岩を砕くことでトンネルができ、暗礁を取り除いて鉄道・運河・航路ができ、水車から水運、鉄道と産業革命を支えました。

 それが豊穣になりかけ、失われたのです。どれほど大きい損失だったか。

 

『ヴォルコシガン・サガ』の『大尉の盟約』は、実は穴掘りが豊穣になることにつながる発明が大騒ぎを起こしました……『任務外作戦』のバター虫が食料を豊穣にするように。

 

『2312―太陽系動乱―(キム・スタンリー・ロビンスン)』も、細菌のような自己増殖性の穴掘り手段が無数の小惑星に穴を開け、膨大な数と収容人数の、それぞれ離れた人類の生活場所を築きました。

 

 

 食料は以前検討しました。

 食料があればこそ大人口もあり、大人口があるからこそ多くの技師・労働者・将兵がいて、戦艦を作り乗組員となるのです。

『ガンダム』の農業コロニーでもいいですし、『銀河英雄伝説』イゼルローン要塞の水耕栽培でもいい……『スタートレック』のレプリケーターが理想。

 さらに視野を今の天文学に広げれば、木星の衛星だけでもたくさんあるアンモニアとドライアイスと水氷と硫黄と……を食料にする機械。

 そんな機械がないことが、多くの作品で宇宙全体でも多くの居住可能惑星の大半を農地にし、人口を制限しています。

 今の現実の人類も、食料は一見豊穣……が、それをうまく分配できていませんし、また持続可能でもありません。

『銀河英雄伝説』では、食料作成機械が高価であり、また戦艦には載せられないほど大きいことがボトルネックとなっているし、またそれが流刑地にもありそれこそが自由惑星同盟を可能としたと推測されることを復習しておきます。

 

 水や空気の浄化。これもなければ死につながる重大なものです。

 比較的近未来での宇宙での事故のSFでは、酸素の残量、フィルターの残量が生命のリミットとなります。

『デューン』は徹底して水が欠乏した世界を描いています。

 そして今、現実現在も、水の欠乏が多くの紛争を産み、また持続不能な化石地下水に依存していることが文明の限界として見えているのです。

 居住可能惑星は、それを無料でやってくれているように見えます。だからこそ価値が高く、頼ってしまうのでしょう。現実の人類は、バイオスフィア2を失敗したように、まだそれを人工的にやることもろくにできていません。

 

 

 大きな殻。船殻。これも安くなれば、穴を掘ると同様に多くの人が居住可能惑星に頼らず住めるでしょう。

『マクロス』は造船設備を手に入れたからこそ、豊穣に船を手に入れて宇宙各地に移住することができているのです。

『銀河英雄伝説』では、船殻(竜骨?)の入手困難が流刑からの逃亡を防止していました……ドライアイスの船以外。

『宇宙軍士官学校』の粛清者、『銀河戦国群雄伝ライ』の南蛮などでは、巨大生物を艦船としています。

 船殻の究極的な規模がイゼルローン要塞、デス・スター、都市帝国などの超巨大要塞であり、また『タイム・シップ』のモーロック……太陽を絞って元素番号を転換してダイソン球とする、『リングワールド(ニーヴン)』『オマル(ジュヌフォール)』などの惑星規模の巨大建築です。

『宇宙軍士官学校』『太陽の盾(クラーク&バクスター)』のように大規模建築が緊急で必要になることもあります。

 

 艦船製造能力にも直結します。現実の造船では竜骨という要素がありますが、宇宙戦艦作品ではあまり見られません。

 

 

 巨砲……以前も検討したことですが、『銀河英雄伝説』のトールハンマーだけの艦がないのは、戦艦サイズ以上の砲が異様に高価になることを示唆しています。

 現実でも、ある程度以上砲が巨大になるととんでもなく高価になります。大和級の予算で重巡が何隻作れたか、と。

 巨大で精密なものを作ろうとすると爆発的に高価になる、それは巨大望遠鏡、巨大加速器、巨大なシリコン単結晶など現実の工業でかなり普遍的です。

 

 

 エネルギーは、本来宇宙に進出さえできれば豊穣なのです。太陽光を鏡で集めればいいのですから。

 宇宙に進出できるエンジン、波動エンジンにせよ何にせよあれば、それも豊穣なエネルギーをもたらしているでしょう。

『レンズマン』では、キムが冒頭でボスコーンから奪い、どんな手段を使っても一人でもメモをパトロール隊に運ぶために全員に決死行を命じたのが、宇宙線からエネルギーを受容する、事実上エネルギーを無限にする装置でした。

 現実の人類は、エネルギーを豊穣にしなければ文明崩壊に至るでしょう。エネルギーが持続可能かつ豊穣であれば滅亡の心配はほぼなくなります……海水を淡水化すれば農業も持続可能かつ豊穣です。また二酸化炭素も力技で固定すればいいのです。

 ちなみに宇宙に安く出られるようになっても、宇宙太陽光発電でエネルギーは豊穣になるでしょう。

 

 

 製鉄……鉄こそ宇宙空間ではこの上なく豊穣です。核融合の物理学の関係で、鉄は多いのです。どの惑星も、木星型惑星も、巨大な鉄の核を抱えています。何らかの理由で小惑星であっても砕かれれば、鉄の核が宇宙を飛んでいるわけです。

 前述の『銀河乞食軍団 黎明編』でも、鉄はどこでも得られるので鉱業価値がない、と書かれています。

 ついでにダイヤモンドも豊穣なはずです。

『2061年宇宙の旅(クラーク)』で、木星の太陽化の副産物として大量のダイヤモンドが宇宙にばらまかれました。

 同様のことは現実にも超新星爆発などであるはずです。

『宇宙戦艦ヤマト』旧シリーズでは、イスカンダル星にはダイヤモンドの塔が林立していました。

 

 それ以外の金属、鉱山……「地球型惑星以外に鉱山はない」が事実ならば、その鉱山の希少性、言い換えれば目的とする鉄とニッケル以外の金属を精製することが困難であることが、多くの作品のボトルネックになっているのでしょう。

『マクロス』の機械は、そのボトルネックを破っていると思われます。

 

 エンジンを作る。これこそ艦船数を制限する根本でしょう。

 超光速航行に高精度の大型工業製品が必要な作品は『ヴォルコシガン・サガ』のシャフト、『銀河乞食軍団』の磁石などいくつかあります。それを作る工業力が、艦船数を制限しているわけです。

『スーパーロボット大戦OG』ではトロニウムが制限資源ですし、ブラックホールエンジンなどの超強力エンジン・砲の量産能力が低いことから全体の戦力が低く少数精鋭の活躍に頼ることになります。

 逆に、艦船製造が豊穣であることが、『ギャラクシーエンジェル』の〈黒き月〉、『タイラー』でアシュランに火星の自動造船工場を押さえられて実質無限の無人艦隊に苦しんだことなど多くの苦戦を作り出しました。

 

 

 子を産む。育て教育する。

 これは膨大な資源と時間がかかります。

 食物で、20年とすれば米だけとしても20石。3トン。中型トラックの荷台からあふれるほどの米。さらにそのための、農業用水と田畑はもっととんでもない。服のための木綿畑、教科書ノートのための木材を加えればもっと。

 20年という時間。時間がなければ作れない。20年もののウィスキーや木材のように貴重です。

 良質な親、もちろんその親の食料や水その他。教師。教育をさせる社会システム……治安を維持する警察、物資を供給する経済、皆殺しを防ぐ軍その他諸々。

 親、と言っているのは親のいない施設出身者を差別しているようです……が、現実に統計的には、施設出身者の収入は親に育てられた人に劣る。戦艦を作ることから評価すると低い……より多くの造船技師を作るには、親があるほうがいい。人工栽培できないキノコのようなものです。アメリカなどでは貧困地域の子の多くが軍の基準を満たさないことに苦しんでいます。もし教育を親や地域に頼らず国だけでできるなら、大きな戦力増強になるでしょう。

 加えて、医療水準によっては妊産婦・乳幼児死亡率が高く、多くのロスがあります。妊娠だけでも何か月も、母親の能力が大きく低下します……進化心理学、人類が進化してきた環境では重大なことです。もし有袋類や爬虫類から人類のような知的生命が進化していたら、そのあたりがどれほど違ったことか。

 さらに国家制度によっては、戦死したら遺族年金、障害を受けたら年金。何十年も膨大な給料。

 だからこそ奴隷貿易は、奴隷を繁殖させるのではなく新しく購入するのです。

 さらに質の高い、教育された技師や士官がどれほど高価なことか。

 特に軍では何年分も、衣食住の費用が積み重なるのです。本人だけでなく教える人も。

 現実現在でも、何百億円の最新鋭戦闘機より、そのパイロットのほうが高価であることは知られています。

 

 

 そのボトルネックを破る作品には何があるでしょう。

『タイム・シップ』のモーロックは、一種のレプリケーター、注文通り原子を積み重ねて好きなものを作る機械である床から赤ん坊が出てきます。

『エンダー』のバガーは、もともとアリハチに近い昆虫で女王が多く産卵し、しかも体内に通信があるので教育コストがかかりません。

『孤児たちの軍隊』の敵は、自我を持たないナメクジ状異星人を短期間で桁外れの数作り出します。

『都市と星』のダイアスパー人は、わずかな例外以外人格がコンピュータに保存され、創られた肉体に移植されて何年かしたら前世を思い出します。

 他にも『老人と宇宙』など多くの作品に、地球人とは繁殖形態が違う異星人が描かれています。本来それを厳密にやると、精神性がめちゃくちゃ異質になるので奥の深いSFジャンルになりえるのですが……

 わずかな違いで人類とは異質である知的生命といえば、『ネアンデルタール・パララックス(ソウヤー)』が思い出されます。

 

『ヴォルコシガン・サガ』の根幹に、人工子宮技術があります。両足が手と同じようであり無重力に適応した遺伝子改良人種と、両性人の間に、性も種族も注文通りの子を作れます。もちろんどんな不妊の両親でも子を産めます。

 ゴールデンバウム帝国も、原作完結後のフレデリカも、いやヒルダもミッターマイヤーももしかしたらアンネローゼも、『銀河戦国群雄伝ライ』の五丈も新五丈も、どれほど人工子宮が欲しいことでしょう。

 だからこそ、保守的なバラヤーはその技術も、それで生まれた子も許せないと怒り憎んでいます。

 

『断絶への航海』は播種戦に積まれたロボットが、冷凍受精卵から人工子宮で育てた子を世話し教育しました。だからこそ親が子に叩きこむ民族憎悪や偏見を持たない、地球人とは異質な住民が生じました。

 大人の人間に頼らず、大型兵器を運用できる子を「生産できる」ことの価値は巨大でしょう。

『火の鳥 復活編』、元ネタであるアシモフのロボット『ロビイ』など、ロボットが人間の子供と関わることの可能性と危険は恐ろしいものです。

 いや、人類に近い、少なくとも戦艦工場労働者になれるロボットを作ること、それ自体が人間を産み育てる手間をなくさせ、艦船生産のボトルネックを破壊するものです。

 

 人間にこだわるなら、人類の限界である12人程度の子を母の生涯に産ませ続け、さらにそのできるだけ多くを優れた技師・軍人に育てる。できるだけ妊娠中も仕事ができるようにし、育児教育を機械化する。そうすれば人口がどんどん増えて、より多くの戦艦を作ることができる……それに徹する作品は思い出せません。

 

 

 さらに人口と生産力が直接結びつくのは、「自己増殖性全自動工場」がない場合に限ります。鉱物の採掘、精製、艦船の生産……そしてそれをする自動工場全体の部品を作り自分と同じものを組み立てる。

 それができてしまえば、人間関係なしに実質無限の艦船を作り出すことができます。

 それを基盤とした宇宙文明は……『バーサーカー』タイプの戦闘自動機械がそれである可能性は高いでしょう。

『マクロス』ではプロトカルチャーの全自動工場のおかげでゼントラーディは戦い続けることができており、工場を手に入れたことで地球人も宇宙に飛躍できました。

『ギャラクシーエンジェル』の〈黒き月〉は短期間で、資源小惑星から多数の無人艦を作り出しました。

『時空大戦』では、地球人は自己増殖ができる自動工場は作り出し、主人公たち軍はそれを手に入れようと画策しました。しかし、それが指数関数増殖を始める前のタイムラグに猛攻を受けたため何度も敗北しましたが。指数関数は最初なだらかなのが欠点です。

『造物主の掟』も、性と心ができ普通の生物に近くなっただけで、基本的には「自己増殖性全自動工場」です。

 まあ、「人類の文明」と「自己増殖性全自動工場」は、艦船を作るというだけで見れば区別の必要はありません。

 

 

 より優れた穴掘り・採鉱機械。食料生産機械。自己増殖性全自動工場。自動教育装置。ロボット。ものすごい生物その他。

 それらがあれば、豊穣は得られる……少なくとも戦艦は。

 

 作劇上許されないにしても。逆にそれがあって、それでも物語を作れればより面白いでしょう。

 そして、本当にそれら、「物を生産する」だけで大艦隊を作れるのか……「心か物か」、心が、社会制度や人類集団の寿命が、どの程度艦隊を作る文明を制約していくのか。海軍は簡単には作れないし全滅したら再建に何世代もかかる、伝統が必要とも言います。

 

 あらためて。現実現在の人類こそ、ボトルネックを破り豊穣を得ることを、切実に必要としているのです。

 できるだけ多くの人にそれを理解してほしい。

 科学技術だけが、文明崩壊、人類ひいては地球生命の滅亡を防げるのです。

 現時点77億人に及ぶ人類の、数百万人を除いてガス室に送るのでなければ。いや、それをやったとしてさえも、何億年の時間で見れば巨大噴火や小惑星衝突で確実に人類は滅び、地球生命は地球が焼けた時点で終わるのです。

 ……科学技術は答えじゃない、という声も多いですし、日本のイデオロギーは左右問わず科学を嫌いますし、ネットでも科学は嫌われますが、それでも科学技術しかないと筆者は確信していますし、誰にも届かなくても言い続けます。

 滅亡が、文明崩壊が、膨大な餓死と食人が、地球生命と文化のすべてが無になることがいやならば、科学技術しかないのだ、と。




搾取と統治は次で。


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無人・集団精神

ちょっと思い出したので予告は破ります


 前回、あちこちで小さく触れつつまとめ忘れたことがあります。

 無人艦、集団精神の異星人。これも、特に短期間で膨大な艦船数を稼ぐのに有用です。

 また兵数も触れませんでしたが、重要なことです。

 

 乗員が必要ない無人艦。

 人を産み育てる膨大なコスト……妊娠出産、生まれてから育児の膨大なマンアワーと、妊娠中の母親を含めた食料、水など物資。社会維持コストそれ自体。

 教育。

 軍に入ってからの訓練・教育コスト。その間の衣食住とあれば給料。

 用意するのに二十年以上かかる、莫大なコスト。それも艦隊規模を制限するでしょう。

 それがないし、人間用設備を作らなくていい無人艦。戦闘中も補給面で大きく有利でしょう、食料・水・空気・トイレなどがいらないのです。

 またわがままも反抗もなく報酬も求めず完全に服従し、多くは心が通信でつながり一体の心があるため完全なチームプレイを誇る、集団精神型異星人。その中には生まれて育つ時間・コストも非常に安い種族も多くあります。

 

 大砲とバターにもなります。民生に人的資源・物的資源を割かない分、より多くの戦艦を作ることができる、ともなるでしょう。

 特に、人口・経済そのものを拡大することがとても遅い、あるいは困難な文明だと、無人艦隊大量生産を独立させれば多くの戦力を得られる、とも考えてしまうでしょう。

 

 ただし、多くの宇宙戦艦作品には共通点があります。

 無人艦隊は勝てない。人間の心が最強。ある種の人間中心主義・精神主義でしょう。

 

 そのメッセージを、作品そのものに繰り返し書いているのが『孤児たちの軍隊』です。

 短期間で無尽蔵に育ち、個の心がないからためらわず生命を捨てるナメクジに、一人一人が別々の心を持つ人間が、かけがえのない生命を捨てて戦ったときこそ勝利するのです。

 

『さらば宇宙戦艦ヤマト』『ヤマトよ永遠に』。『さらば』では省力化された、多数の波動砲艦。『永遠に』では無人艦隊。どちらもあっさり殲滅され、旧式のヤマト一隻がかろうじて勝利をつかみました。

 それ以前、テクノロジーに頼り傲慢なアンドロメダの姿、復興していく地球人、横暴な偉い人々の姿も強く否定的に描かれています。半ば機械の体を持つ暗黒星団帝国も敗北しました。『銀河鉄道999』も機械文明を否定するものです。

『宇宙軍士官学校』でも過去に、多数の全自動艦船が強大な戦力になっていました……が、ハッキングされて滅びかけたことがあります。だから必ず人間や、人間の脳の一部を用いるドローンが必要とされるのです。

『彷徨える艦隊』では、暴走しない人工知能はない、という問題が常に言われます。

 確実に自艦も破壊されるけれど星系を破壊できるハイパーネット・ゲート破壊戦術が発見されましたが、無人艦ではコンピュータに人類を多数殺す力を与えるとは狂気の沙汰、となります。

 他にも艦船を修理する微小機械も、すぐ暴走して破壊者になってしまったことがありました。

 後にも、ギアリーの戦術を学んだ無人艦隊を政敵が作り、案の定暴走して強敵となりました。

『タイラー』の信濃事件、無人超戦艦がテスト中に暴走し強大な敵と化した事件は複雑な影響を残しました。『タイラー』では、宇宙太陽発電の事故でマンションが焼けた事故が凶暴な宗教軍事団体を産んだなど、先進技術の事故が歴史に重大な影響を残すことが目立ちます。

『反逆者の月』では、長いこと人工知能が指揮官がいないため行動できませんでした。

『叛逆航路』は人工知能そのものが興味深い扱いを受けています。すべての人工知能は、皇帝に最終パスワードを握られている。人工知能が実際には軍事力の大半を占めている。人工知能の数そのものが限られ、コアの生産が制限されている。人工知能それ自体が、解放されれば人類とは別の新種族の可能性がある。

 

 

 物質に頼るな、という戒め。それは多くのSFに通底するメッセージです。

 SFの最高傑作が次々と書かれた第二次世界大戦前後……最高度に物質を生産する文明が発展していく時代であり、同時に物質に対する疑問も、特に知的階層に充満していました。

 それは第一次世界大戦で、西洋知識人が従来の西洋文明、科学に絶望したことも大きな影響を与えています。第二次世界大戦末の核兵器も影響は大きいでしょう。

 シュペングラー『西洋の没落』。日本における『近代の超克』。

 また、悔い改めよ、贅沢を捨て禁欲せよ、というのは、神殿の店を蹴飛ばしたイエス以前から、ものすごく人間に好かれるメッセージでもあるのです。普遍的に。

 

 そして多くの名作SFが書かれたのが英米。ファシズム、のちには共産主義と戦った勢力。それは、集団で個がない存在を否定的に描く動機ともなるでしょう。無人艦隊、昆虫型異星人、集団精神異星人、クローン、サイボーグ。共産主義、ファシズム。個がない。

 ただし英米も、将兵も銃後で兵器を作る工員や官僚も、敵に負けないほど個のない戦闘機械・ライン工になっていた……という根本的な矛盾があります。

 集団生産・集団戦争を否定できる代案は、人類の現実の歴史には……銃を否定し刀を磨いた神風連の乱も、拳と呪符で銃弾を防ごうとした義和団事件も完敗しました。ガンジー、でしょうか。ですがインドもそののちには……

 

 

 普通に有人艦隊が主流である中、やや劣る補助艦隊として無人艦隊を使う作品もあります。

 パターンとしては、柔軟に判断できないので能力が劣る、あるいは人工知能が暴走するリスクがあるとされます。

 人がいないので熱などを出さず見つけにくい、燃料を消費しない停止状態で待機させることができる、という優位もあります。地雷・機雷のような使い方ができるわけです。

 人類の寿命を超える超長期作戦をさせることもできます。

 無人機には、生身の人間なら死ぬ加速度で機動してもいいという利点もあります。

 一般に生産性が高く、短期間で数を用意できます。

 もう一つ、作者の立場からの意味もあります……ゲームでゾンビを気軽に撃てるのと同様、無人艦とわかっていれば人殺しに悩まず気軽に落とせる、という。特に『ギャラクシーエンジェル』はパイロットが美少女なのでその面が目立ちます。

 

『銀河英雄伝説』では、軍指揮官としてのユリアンが無人艦隊を活用します。まあとことん人が少ないからの苦肉の策ですが。それより以前、イゼルローン要塞に体当たりするのにも無人艦が用いられました。戦艦を改造すれば巨大ミサイルにもなるというわけです。

『タイラー』でも、信濃事件の後も無人艦の活用は重要な戦術です。またアシュラン戦役で、火星の生産ラインから膨大な無人艦を作られ、多くの犠牲を払う羽目になりました。

『ギャラクシーエンジェル』でも〈黒き月〉が大量に無人艦を作る能力があり、エオニア戦役などで苦しめられました。多数の無人艦を一度に制御できるヴァル・ファスクと大量生産は相性がよく、実質一人が皇国を落としかけたこともあります。

 

 

 

 また、戦艦だけでなく、陸戦も多くの宇宙戦艦作品で重視されます。

 現実現代の戦争でも、結局は歩兵がなければ勝利はできない。質の高い多数の歩兵が必要。

 

『宇宙の戦士』では機動歩兵がとても重視され、尊敬されています。惑星を破壊することはできる、しかし教訓を与えるため、メスで精密で患部を除去するような戦争のためと。

『装甲騎兵ボトムズ』も同様に、惑星破壊能力がありつつ歩兵戦になっています。

 

『老人と宇宙』では、多数の消耗できる歩兵を地球から補充できることがコロニー連合の優位であり、地球が真実を知って独立運動を始めたことは兵員が無限に沸かなくなる、ひいてはコロニー連合の破局を意味していました。

 

 ナポレオン戦争時代の帆船海軍の宇宙版でも、帆船海軍で繰り返し使われたように歩兵の戦闘が重視されます。

『彷徨える艦隊』でも、捕虜収容所解放・物資調達で繰り返し歩兵戦闘があります。

『ヴォルコシガン・サガ』『オナー・ハリントン』などは兵器体系から、歩兵戦闘が重要になるように作られています。『レンズマン』『銀河英雄伝説』『銀河戦国群雄伝ライ』でも重要です。

 

 その兵士も、多数生み出すことができる文明が本来なら有利です。また恐れを知らない、逃げない兵士を作れるほうが有利に見えます。

 大量生産されるロボット。

 クローン。

 人類より桁外れに繁殖力が高い、個の意識を持たない異星人種族。

 

 昆虫、特にミツバチやアリのような社会性昆虫は、高い繁殖力があり、多くの虫が集団のために完全に個の心を持たず働きぬき、戦いぬきます。

 多数。個の心がない。

 それは特に全体主義・軍国主義の人間にとっては理想像ですらありますし、共産主義を敵視する欧米作家にとってはわかりやすい表現法です。

 昆虫型というだけでも、「個の心がない」「すごく数が多い」などのイメージが即座に湧きます。逆に爬虫類型だと、「めちゃくちゃに残虐」「蛮族」のイメージになります。

『エンダーのゲーム』のバガーはハチのような姿で、体内に器官として通信機を備え膨大な数の全体で一つの精神を作っています。それはきわめて賢く、軍事でも完璧な連携が当たり前です。

『宇宙の戦士』のクモも、まさに強い反共意識があったハインラインの思想が漏れています。共産主義はクモならうまくいく、という述懐もまさにそれです。

 他にも『最後の帝国艦隊(ジャスパー・T・スコット)』など多くのミリタリSFで敵は昆虫型です。

『孤児たちの軍隊』の敵は個の心がなく大量生産がききます。ナメクジ型なのは誤差というべきでしょう。

『彷徨える艦隊』のベア=カウ族は外見はテディベアですが凶暴、とにかく人口が多く、物量が膨大です。そして駆逐艦サイズの、神風特攻をしてくる有人ミサイルが主力兵器であるほど個がなく生命を惜しみません。あまりにも他者に対する恐怖憎悪が強すぎ、他種族と外交同盟ができないのが弱みです。

 

 多数のロボット兵といえば、『スターウォーズ』EP1の膨大なドロイド軍団やジオノーシスの戦いが印象的です。ジオノーシスも昆虫型種族の母星で、しかもドロイド生産の中心でもあり、クローン戦争で重要な役割を果たしました。昆虫・ドロイド・クローン、どれも大量生産される兵の面です。

 それこそ『ターミネーター』が今の、大量生産されるロボット兵の中心的なイメージでしょう。

 

 消耗品として惜しくないクローン兵士は『共和国の戦士』『星系出雲の兵站』などにあります。

『スターウォーズ』は「クローン戦争」という戦役の名にもなったように、クローン兵が重要な役割を果たしました。

『老人と宇宙』の特殊部隊は極端に改造された体を促成栽培し、死者の心の一部を植えたものです。それが大量生産できなかったのが不思議なほど。

 

 心がなければ創造性や天才もない、だから弱い……とすることもありますが、『バーサーカー』は放射性崩壊サイコロで戦術を選んでいるので、読むことは不可能といううまい抜け道を作りました。

 

 

 人類は個々の兵にかけがえのない遺伝子・記憶がありますが、人類はそれでも一人一人が命を惜しまず戦い、指揮官も惜しまずつぎこみます……苦しむ指揮官もあり、苦しまない指揮官もありますが。

 だからこそ人類は強い、というのがまあパターンです。

 

 国家システムで、膨大な人間を完全使い捨ての絶対服従兵士に変える……そのメカニズムも、SFで様々な形で描かれていると言っていいでしょう。

 それ自体がテーマとなる作品はクローンの悲哀を描く『共和国の戦士』、経済的徴兵のディストピアぶりがひどい『真紅の戦場』、ミリタリSFと現実を皮肉る『終わりなき戦い』『終わりなき平和』(ジョー・ホールドマン)、『宇宙兵ブルース(ハリイ・ハリスン)』などでしょう。また多くのミリタリSFでその面は常にあると思います。

『宇宙の戦士』の一番恐ろしいメッセージは、洗脳されていない民間人は正しい人間ではない、というものです。それは権威主義・全体主義の本質とも言えます。

 人間を、絶対服従兵士を通り越した機械の端末・増設メモリにするのが『叛逆航路』です。

『スーパーロボット大戦OG』のバルトールも、人間をコアとすることで集団かつ機械の精神とするものです。

『レフト・アローン』(藤崎慎吾)では、目に見える色を制御することでサイボーグの心を制御します。またほかの短編や『クリスタルサイレンス』も含めると人間の脳を機械部品として扱うなど、生物と機械の境界が崩れ尽くした状態が描かれています。

 他にも、サイボーグ化と人間を絶対服従兵士にすることの関係は面白いテーマであり、筆者が知らない多くの作品があると思われます。

 

 政治が兵士をあまりにも使い捨てと考えてしまう、同胞とは思わなくなる、犠牲を出しても政治家が痛い思いをしない。だから無謀な戦争もする、愚かな戦争をして国を衰亡させる……現代の戦争学・政治学における重大な問題も、ミリタリSFとは常に絡みます。

 戦争が娯楽に堕ちたのが『月面の聖戦』です。

 

 

 人類のように一人一人に別々の精神がある、とは違う異質な精神を描く作品も多くあります。

 前にも書きましたが『エンダーのゲーム』のバガー、『孤児たちの軍隊』など。

『太陽の簒奪者(野尻抱介)』も集団で一つの精神を作るタイプで、だからこそ交渉不能でした。

 戦争だけ見れば兵士を作るコストが小さくて済みます。

 完全孤独だと歪むかも……でも人間集団も歪みます。どっちもどっちでしょう。

 機械軍を操る引きこもり同然の孤独な人と、激烈な派閥抗争で愚行を連発する人間集団の戦いなんてあったら笑えそうです。

 

 集団精神の戦闘における優位性を描いているのが『スコーリア戦記(キャサリン・アサロ)』です。完全に集団精神になり、人としては壊れてしまう方向にも行けると思います。

『蒼穹のファフナー』は結びつきが強すぎて壊れてしまうのを、結晶化という形で巧みに表現しています。

『スタートレック』のボーグこそ、集団精神の代表でしょう。だからこそ『ボイジャー』の、集団から切り離された者の苦闘が引き立ちます。

 宇宙戦艦SFに限らず、超能力などで人の心と心、それ以外と結び付くだけでも、個人の心も社会も大きく変化するでしょう。多数の作品がある、それ自体がジャンルとも言えます。

 

 ついでに、人間の脳だけを取り出してしまう……それも、食料・廊下・寝具などのコストや重量を大幅に引き下げることにもなり、同時に人を道具扱いする非人道性を強く表現できます。

『老人と宇宙』では脳だけ取り出した操縦士を用いたテロがありました。

『R-TYPE』でも人を脳だけ取り出し戦闘機に乗せます。

 多くのサイバーパンクで、人間の身体こそ残していますが、そちらはお休みさせて車や戦闘機を脳で直接制御するものもあります。また純粋に情報世界に入ってしまうこともあります。

 

 

 現実の人類は、とにかく戦いは数だ無人でいい、になるでしょうか。

 それともそれでは勝てないとなるでしょうか。

 SF作家の共通常識と、物量、どちらが正しいのでしょう。

 そしてそれは、戦争だけでなくすべてに及びます。AI、脳コンピュータインターフェイス、意識アップロード……

 

 本当に、人間が最強なのでしょうか?そうでなければならない、それが人間の最後の守るべき道徳だ、というだけなのでは?

 核兵器での勝利と同じように、自己増殖機械が大量生産した無人艦隊の物量での勝利、脳や遺伝子を徹底改造しての勝利、超能力で変質した超人類の勝利も書きたくない、編集者ひいては読者が許さないのでは?



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伝染病

差別の意図はないことをどうか理解してください。
現実のハンセン病は感染力が低く、今は治療可能な病気です。


『銀河英雄伝説』の一番大まかなストーリー、拡大し続けた連邦が衰退してルドルフが出た。同盟ができて急成長し、帝国に見つかって戦争になり戦術勝利はあったがずっと戦争、両方衰退……

 その最大の流れは、テラフォーミングなどいろいろ無視すれば、資源枯渇でも説明できてしまいました。

 同様に、いろいろ無視すれば伝染病でも説明できてしまいます。

 

 連邦が広がり、多くの星を開拓した……その時にとんでもない病原体に当たった。

 それで人口が急減し、そのために新しい開拓もできなくなったし開拓途中の惑星も放棄され、社会全体に不安が蔓延し、退廃を防げという声が強まって、ルドルフが出た。

 指数関数的な人口・生産力の増強を続けていた同盟、ダゴンで大勝利はしたが、そのときの捕虜やその後の帝国からの亡命者が、それまで隔離されていた伝染病を運んできた。それで人口増加・経済成長が止まって、国力逆転から数で帝国を圧殺することが不可能になった。

 いろいろな無理はあるにしても、筋が通ってしまいます。

 

 それだけ、『銀河英雄伝説』の大まかなストーリーが現実歴史のパターンにそっているし、現実歴史はパターンを繰り返しているとも言えます。

 栄枯盛衰。『銀河戦国群雄伝ライ』の正宗が死に際に、雷に教えを請われ与えた言葉。

 

 伝染病。現実の人類の歴史でも、あまりにも巨大な要因。

 何冊も、伝染病から歴史を振り返る本はあります。それを調べて読む方が早いかもしれません。

 伝染病は、圧倒的な数の人間を殺します。戦争や飢餓と比べても桁外れに。いや、戦争や飢餓と手を携えて……戦争、飢餓、伝染病、環境破壊は別々ではなく一体と言うべきでしょう。

 ファーストコンタクトと伝染病が絡まると、百万帝国を数百人で滅ぼすことすら可能です。それは滅ぼした側にも影響します。

 広くなりすぎた帝国が、伝染病で壊滅することもしばしばあります。

 伝染病の恐怖は社会全体を変えます。より不寛容に、ユダヤ人虐殺になることも。特に、死亡率は低いけれど外見の変化があるハンセン氏病は、人間の最も醜い部分を強烈に引き出します。

 西ヨーロッパでは労賃を上げて封建制を破壊し、東ヨーロッパでは農奴制を強めました。

 

 一番恐ろしいのは、伝染病・宗教・統治の関係です。

 伝染病が起きれば、特に近代医学以前は、誰もが神にすがります。魔女狩りもひどくなり、それも権力を変質させます。

 どれほど祈っても伝染病が弱まらなければ……宗教と、宗教に密着した政府を人々が信じなくなることもあります。信仰が狂気になり、侵略につながることもあります。

 天罰だ、政権交代しろ、という声も常です。

 中国ではたびたび新しい過激宗教による反乱が起きました。

 新大陸の先住民がキリスト教に改宗し数が少ない征服者に服従したのは、伝染病で指導層が死に絶え、救ってくれない宗教と一体化した旧政府に対する信仰と信頼が完全崩壊したからともいわれます。

 宗教と政治は一体です。「信」「権威」宗教のそれと政府へのそれを切り離すことはできません。今の近代国家も、政府……警察・軍・教師などが神の代理人の面を完全になくすことなどできないのです。

 

 

 ペリクレスを殺しアテネの黄金時代を終わらせた疫病。

 古代ローマを、東ローマ帝国を繰り返し襲った疫病。中国でも日本でも、歴史の要所で天然痘などが猛威を振るっています。

 アレクサンダー大王も平清盛もマラリアで死んだとされます。

 モンゴル帝国の崩壊も、拡大しすぎペスト保菌ネズミが住んでいた砂漠に触れてしまい、全ユーラシア世界に広めてしまったことがあります。

 そしてペストはヨーロッパの半分近くを殺し、中世を壊し、別の文明になるきっかけとなりました。

 アメリカ大陸でヨーロッパがすさまじい征服に成功したのも、ほぼ伝染病の力です。

 激しい熱帯伝染病はアフリカや中米の発展を大きく遅らせ、黒人奴隷の悲劇にもかかわります。スエズ運河もパナマ運河も伝染病が大きな阻害要因でした。逆に伝染病対策が進んだことが、アフリカ分割につながりました。

 日本の開国もコレラから始まったようなものです。

 第一次世界大戦の戦局に、スペインかぜと呼ばれるインフルエンザの影響は大きい……

 

 隔離されていた人間集団が接触するとき、伝染病が広まります。

 帝国が拡大してもそれは起きます。

 さらにそれが、環境破壊や重税による飢餓に重なれば。

 それこそ、栄枯盛衰のきっかけにもなります。

 

 

 何度か触れたように、宇宙SFでも伝染病はきわめて重要な要素です。

 

『天冥の標』はほぼ完全に、最悪の伝染病が支配する話です。高い死亡率。外見の変化。一生保菌者であるというたちの悪さ。

 それが人類を分断し、健康な側の人類も大きく変え、桁外れの憎悪と争いを産みました。

 

『宇宙戦争』はまさに伝染病の圧倒的な威力。……ヨーロッパの侵略を皮肉ったのであれば逆に、死滅したのは地球人の側であるほうが正しいでしょう。

 

『反逆者の月』では、伝染病で帝国は滅んでいました。便利すぎる交通システムは、悪質伝染病一発での滅亡も意味していました……モンゴル帝国の交通網と同じく。

『ローダン』でも幾多の伝染病……実際には伝染病とは違う集団病も……がテラナーを何度も全滅寸前に追い詰めています。

 

 

 探検、開拓、植民……それらと伝染病は切り離せません。(中南米含む)アメリカ開拓史は黄熱病の歴史でもありますし、中国が南方に広がるのも伝染病との戦いでした。日本の南方開拓、南洋戦線も当然のこと。

『たったひとつの冴えたやりかた』は、実際には悪質伝染病の話と言っていいでしょう。事実だけ見れば一つの植民集団が全滅し、二人組の探検隊と、一人の旅人が死亡したのです。

『冷たい方程式』も、植民団にワクチンを運ぶことの緊急性・重要性あっての話です。

『ヴォルコシガン・サガ』でも、バラヤーが新しく手に入れた惑星には悪質な風土病があり、開拓者を苦しめています。

 またバイオに優れたセタガンダ帝国は非常に危険な生物兵器を多く持っており、マイルズもそれに関する事件に巻き込まれました。

『エンダー』でも『死者の代弁者』以降の主舞台となるルシタニアは、デスコラーダという強烈な伝染病に苦しめられました。病気に対する恐怖こそ、わずかな反抗に対して惑星ごと分子破壊砲で絶滅させるという最終手段を出させたのです。

 そしてその病原体はそれ自体が知的生命体……

 知性のある病原体というアイデアは『ブラッド・ミュージック』など結構使われる題材です。

 

『銀河の荒鷲シーフォート』で敵の攻撃は、植民地における謎の伝染病から始まりました。

 

 伝染病の威力を知っているからこそ、人は生物兵器に強い感情を持ちます。核兵器や化学兵器とは質の違う恐怖、卑怯という感じ。また民族・種族ごと絶滅させたいと思ったときには頼ってしまうでしょう。

 中性子爆弾同様、施設を破壊せずに占拠できるという利点もあります。

 日本人、有色人種すべてにとってリアリティがあるのが『狼の怨歌(平井和正)』などで示唆される、白人貴族以外皆殺しの恐怖です。

 実際には伝染病には、大抵はわずかな生き残りが出て、免疫を持つその子孫が病気と共存して生きのびますが。また、オウム真理教事件・アメリカの炭疽菌テロにあるように、実際には運用がかなり困難なようです。

 

『時空大戦』では、敵の生物兵器が圧倒的な力を見せつけました。

『彷徨える艦隊』でも、太陽系の大きい衛星の一つが生物兵器に汚染され全滅し、避難船を撃墜するなどの悲劇がありました。今も何物も出してはならないと恐れられています。だからこそその遺跡の産物は超貴重品で高く売れますし、ある脅迫にも用いられました。

 また生物兵器が厳しく禁じられているからこそ、その研究に従事した人が特殊な洗脳を受け人間として壊れる悲劇にもなりました。

『最後の帝国艦隊』でも生物兵器を用いた恐ろしいテロがありました。

『ネアンデルタール・パララックス』ではネアンデルタール側の優れたバイオ技術を地球人(グリクシン)はおぞましい野望に使おうとし、奇妙な結果をもたらしました。

 生物兵器を作る人々のおぞましさと、その結果が激しいまでに描かれているのが『復活の日』でしょう。

 

 

『スペースバンパイア』、『エイリアン』、ゾンビなどもかなり伝染病の面を持ちます。

 

 また自己増殖性ナノマシン……グレイ・グーも伝染病に近いものです。

『量子怪盗(ハンヌ・ライアニエミ)』、『楽園追放』などは、ナノマシン大災害の過去を持っています。

 大規模なコンピュータウィルスによる害も、変形の伝染病でしょう。

 

 ほかにも、どんな形であれ自己増殖の面があれば、伝染病の変形です……逆に伝染病と戦う手法を使うこともできるのです。

 

 人類を滅ぼしたければ、砲と銃よりも伝染病の方がずっと簡単でしょう。

 すべての文明が何よりも警戒すべきことです。



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搾取・スペイン

 今回……次以降、このようなテーマの本論を読むよりも、

『国家はなぜ衰退するのか』アセモグル&ロビンソン

『自由の命運』アセモグル&ロビンソン

『なぜ大国は衰退するのか』ハバード&ケイン

『政治の起源』フクヤマ

 などを読む方がよいでしょう。

 

 

 文明の発展を阻害する要因として、搾取はどうなのでしょう。

 人はなぜ、これほどに残虐・邪悪なのか。

 善悪、正義感情を一時別の棚に置いて……本当にそれは儲かるのか、儲からなくてもしたいからするのか。

 文明が向上するため、富国強兵や世界征服のため、プラスなのかマイナスなのか。

 現実のスペイン帝国もイギリス帝国も、いくつも大陸を得ながらフランスすら征服できませんでした。古代ローマ帝国や江戸日本は産業革命に達しませんでした。

 

 宇宙戦艦SFでも、悪の帝国は多数あります。むしろそれがストーリーのわかりやすい起点ともなります。多くの剣と魔法なろう小説で、帝国がわかりやすい敵であるように。

 その特徴は?

 奴隷制。

 人権がなく、罪がなくとも、いや幼児であっても拷問処刑される。

 監視国家・秘密警察。

 焚書・言論弾圧・思想統制。

 差別。男女・民族・身分・人種、種族・機械生物・その他異質知性……。法の下の平等がない身分制度。

 他国を激しく侵略する。

 侵略で勝てば大虐殺を行う。

 国内の工場などでの、極端な搾取が許可されている。

 極端すぎる貧富の格差。

 だから当然反乱・反抗(民主化運動)もあり、残虐に弾圧している。

 現実の人類の、多くの国がやったことです。

 

 ディストピアもその形の一つでしょう。それこそディストピア自体が、SFのジャンルの一つと言えるほど……ここでリストを出すまでもないでしょう。

 多くのディストピアは宇宙戦艦を持たず、他の星や銀河を侵略してもいませんが。

 

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国、『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国はまさに悪の帝国の代名詞。

 またシリウス戦役の地球統一政府も実際には悪の帝国と化していました。

『宇宙戦艦ヤマト』のガミラス、ガトランティス帝国、暗黒星団帝国、ディンギルなどが地球を襲い、人類を皆殺しあるいは奴隷、脳移植の素材にすらしようとしました。

 他にも『スタートレック』のクリンゴン・ロミュラン帝国など、『叛逆航路シリーズ』のラドチ帝国などなど実に多くあります。

『真紅の戦場』の各国もかなり深刻なディストピアです。

 比較的普通の国でありながら、敵であるというだけで悪の帝国とみなされるケースもあります。

 

 

 ここで疑問です。それらの帝国は、本当にそれで儲かっていたのでしょうか?

 

 経済、損得抜きに征服をする帝国も多くあります。

 人類を大虐殺する異星人も多くありますが、目的が異なることもあります。

『バーサーカー』など文明を持つ種族の存在を容認せず皆殺しにしようとする。実質単独の集合精神種族で、人類を理解できないケース、また人類という別の生き物が存在していることを認識できないケースも含みます。

『タイム・オデッセイ 三部作(時の眼・太陽の盾・火星の挽歌)(クラーク&バクスター)』の敵は何らかの超次元資源を節約するため地球人が文明を持って生きることを容認できないようです。

 宗教的というべき、経済合理性が皆無の理由で人類を滅ぼす、という敵もけっこうあります。『スターウォーズ』非正史ですがユージャン・ヴォングは機械文明が許せない、『宇宙軍士官学校』の粛清者は違法実験の結果生じた人類そのものを駆除しなければならないようなこと、と。

『V(ビジター)』は食料として求めるという奇妙な目的です。

『蒼穹のファフナー』のフェストゥムはある種の善意ですらあるという奇妙さ。

『スコーリア戦記』のユーブ帝圏の貴族は遺伝子の次元でサディスト、悪そのものとなっています。

 

『ファウンデーション』のミュール、『銀河戦国群雄伝ライ』の群雄のように、帝国が崩壊した後の無秩序を収め天下を統一する、という目的で征服をする帝国もあります。

『星界シリーズ』のアーヴも、見方によってはその敵もそうでしょう。

『銀河英雄伝説』のローエングラム帝国もそうなったと言えますし、ゴールデンバウム帝国の同盟侵略の建前は、全人類唯一の政府を名乗ってしまっている帝国が、叛徒を討伐し唯一政権を実態にすることです。

 戦乱の世を終わらせ平和を、というのは善と言えますが、征服される側、無理な外征で絞られる国民にとっては悪ともなるでしょう。

 

 

 損得は問題ではない、ということも考えられます。目的は秩序……すべての人間が服従していることでも、あるいは魔術・宗教・道徳として心の底から正しくあることでも……であることも多くあります。

 歴史的に多くの人間集団は、損得・秩序・宗教を混乱させていました。

 

 現実の歴史でも、ペルシャ大帝国はゴマ粒のように小さいギリシャを手に入れようとしてひどい目にあいました。

 スペイン帝国も、新大陸を征服してヨーロッパを征服できませんでした。

 隋も秀吉も朝鮮半島を攻めて自滅しました。

 征服をするのが義務である、とばかりに無理をして自滅する帝国は数えきれないほどです。

 

 食べきれない。

 その一言で表現できるでしょう。

 多すぎる食物を食べたら、下痢をしてカロリーはマイナスになってしまう。

 広すぎる領土を得たら、かえって国家予算がマイナスになってしまう。

『銀河英雄伝説』のローエングラム帝国の同盟征服は、差し引き損にならないか心配でなりません。

 自由惑星同盟の帝国領侵攻は、帝国の入り口程度の辺境ですら食べきれませんでした。まして帝国全部を征服していたら……

 駐留軍を置かなければならない。文官も割かなければならない。数の少ない信頼でき有能な家臣を派遣しなければならない。防衛施設も作ったり修理したりしなければならない。道路などの設備も必要。

 アレキサンダー大王が、次々と都市を征服しながら旅を続け、その置いていった都市一つ一つに少しずつ将兵を割いていったことも思い出されます。

 

 

「搾取」これはそれ以上具体化する必要がない言葉です。

 しかし、筆者は搾取について具体的なことを知りません。

 たとえば、長時間肉体労働や単調な運動をさせ、睡眠不足を慢性化させることで精神を壊し、洗脳しやすくする…それは軍隊・宗教・部活・ブラック企業などで用いられます。

 それで人を、死ぬ確率が高い銃を構えた敵陣に歩かせるのですから、役に立つというものです。

 それ以外の様々な搾取は?

 実体がない、観念の世界と言っていいものも多いのでは?産業革命の悲惨な労働、でも当時の農村よりましだった……残忍な搾取と言われる時代・場で、人口が急増している……

 本当にその搾取が儲かったのでしょうか?

 ベルギー王がコンゴで残虐な搾取を行い世界有数の金持ちになった、とは聞きますが……

 

 特に植民地支配で疑問なのが、「市場が欲しい」同時に「現地の人を搾取する」という教科書に多くある描写です。

 貧困な人は商品を買いません。

 現地の裕福な人を購買先とし、そして現地の普通の人を貧困な重労働者にする、ならわかりますが。

 でも現地の皆を豊かにしたら巨大市場ができるのに……と疑問が出ます。

 

「社会の矛盾」これもそれ以上具体化する必要がない、誰もが納得する言葉です。

 でも具体的に何かと言われれば何もない…「時間」と同じように。

 もう一つ、気を付けなければいけない罠。豊かな人が悪、貧しい人が善、という二項対立、また貧しい人が奪われ豊かな人が奪っている、というゼロサム。

 筆者が大恐慌、バブル崩壊について知っていくとき、貧困層だけでなく富裕層も大損した、ということに衝撃を受けたこともあります。

 また歴史上幾度も、平等のための革命がよりひどい悲劇をもたらしたことも思い出すべきでしょう。

 搾取をなくすのは簡単ではない……何よりも、すぐ人は、貧しい人はおなかいっぱい食べたい、ということを忘れて別のことが目的になってしまう。搾取と戦うなら何よりも、誰もがおなかいっぱいで、拷問されず、虐殺されないことを目的とすべきだと筆者は思っています。

 

 

 損得を問題にすると、考えるべき3つの対立……絡み合っていますが。

 短期利益と、長期利益。

 人間と、機械や設備。

 農業至上主義と、商工業。

 

 わかりやすい寓話に、「金の卵を産むガチョウ」があります。待って利益を得るか、すぐ利益を得ようとして台無しにするか。

 

 労働者に食物も与えず鞭と火あぶりで働かせるか。

 食事と休息を与え、教育するか。

 土地を酷使し、砂漠化したら次を奪うか。

 しっかり土地を休ませ、水利を整備し肥料を与えるか。

 

 労働を機械化するか。資金を集め巨大なダムや水路を作るか。

 いくらでもいる使い捨ての人間にさせるか。

 

 農業が神聖だとし、交易・工業生産をむしろ否定するか。

 交易や工業生産をガンガン推奨するか。

 

 この三つの対立はどの文明にもあります。

 そして、本来なら近代という巨大生産力に結び付く後者を選ぶのは、とても難しいことです。

 貧しいからこそ前者を選んでしまい、だからこそ貧しいままという悪循環。

 

 ここでは、伝染病も重要な問題になります。

 充分に食わせ教育し給料を払ってやっても、半年以内に全員死んでいるのでは教育しがいがありません。質の高い生産をし、消費者となり、子を産み育てることがないのですから。

 どうせ半年で全滅するなら……と残虐な搾取が、唯一儲かる方法になってしまう……

 

 また、この二つの心のありかたは、前に考察した「欠乏と豊穣」とも深くかかわっています。

 欠乏が当たり前の人間は、どうしても短い時間でものを考えます。何十年も先のことなど考える余裕はない。今食べられるだけ食べ、奪えるだけ奪わなければ飢え死にしてしまう。

 特に動物の絶滅や先住民の虐殺に関しては、「自分がやらなくても他の誰かがやる」があります。

 また、人間の精神構造として、「法と国家」と「族」の違いもあります。

 法を守る、さらに普遍的な道徳も意識している人。

「血のつながった家族・部族……」と、「それ以外」をはっきり分ける。「それ以外」はどれだけ騙してもいいし虐殺するのが正義。人間ではない。「族」のためなら一丸で復讐する。

 関係するのが、FBI以前のアメリカ……州境を越えたら追跡できない、あらゆる人が一期一会だから、石灰粉を入れた小麦粉のような嘘をついても逃げられる。それも近代以前では普遍的で、今の地球でもかなり残っています。

 

 植民地を作るときの初期投資も問題になります。搾取している奴隷主たちが、ものすごい勢いで利子が増えていく借金に目がくらんでいることもありえます。

 不安定な世界ではどうしても利子が極端に高くなります。今の、経済成長と調和する利子ではない……貸し手が希少、いつ借金を権力でなかったことにされるかわからない世界。徳政令、財産没収刑……旧約聖書にある定期的な借金キャンセル奴隷解放……いつ何があるかわからない世界では、貸し手は極端な利子を取り、猛烈な暴力で取り立てる。

 

 資本主義というか利子と借金の本質、投資し、投資した以上の金額を得る……その過程の多くに、搾取というものはつきものです。

 さらに搾取自体が目的化……少なすぎる征服者が統治しようとして、結果的に現地で高等産業を興すことすらさせない、貧困なままだったり人口を減らしたりすることもあります。

 途上国は、経済成長を捨てて権力を持つ人たちが支配する体制を続けることが目的となっていることも多いのです。

 宗教や、「白人の責務」、国の威信、共産主義と反共、独立など余計な「心」の問題が入ってしまうことも……それは奴隷解放運動になることもありますし、またポル・ポトの虐殺のように搾取をかえって悪質にすることもあります。

 

 

 搾取は、特に植民地・開拓地の収益・持続可能性と考えることもできます。

 開拓地からどれだけ税を取るかによって、

1開拓地が成長できる…新しく農地を開拓し、灌漑・工場・港湾にも投資して人口を増やすことができる

2反乱が起きるぐらい絞る

3絞りすぎて全滅する

 と考えられます。

 まあ、どれだけ絞れば反乱を起こすかはややこしい、中南米などはヨーロッパがめちゃくちゃになってスペイン本国が事実上なくなってやっと独立したりしていましたが。

 

 植民地が作った金を、植民地の近くや中で投資させれば、植民地はより大きくなります。

 ただしそれをやると、投下した資本を回収できるのが遅くなります。今でも株式会社は、利益を設備投資にするか株主に配当するかなど、常に迷います。

 

 考えておくべきなのは、歴史のほとんど、今この現実の地球の多くでも、自給自足・それに近い小農村が圧倒的に多数、という国で構成されていることです。

 自給自足、食うので精一杯。多少の余剰作物を納税し、あるいは売って鉄・塩など必需品を買う。小作人と地主の構造があるところも多い。

 戦艦を作ることにはあまり貢献していない。

 徴兵で多少の人口を差しだしたり、余剰労働力が都市に出たり。

 それがある場合、特に餓死しそうになって出てきたときには最安労働力となります。

 一般的な言葉では資本の蓄積とか何とかいいますが、筆者はちゃんと学んでいません。

 ソ連の膨大な虐殺の相当部分は、農村から穀物を取り上げて海外に売り機械を買う、という政策でした。

 独立性の高い農村の集まりから、工業主体の国家……それは中央集権・近代国家への変化にも大きくかかわります。

 

 搾取ができてしまう、反乱を起こさせない……その要因として、人を支配する技術、精神も重要でしょう。

 これは「なぜ戦うのか」それどころか、「帝国の衰退」にもかかわるでしょう。「心か物か」の、「心」側です。

 人がなぜ群れ、従うのか。

 本質的には、人はきわめて容易に洗脳できる……軍隊に、また奴隷に、宗教に。身分制度に。

 ……地球人、ホモ・サピエンスには、生来、「他者を奴隷化するプログラム」「他者に奴隷化されるプログラム」がプリインストールされている。

 それは、実際には小学校の教室から、多くの人が知っているのでは。「天は人の上に人を作らず」は嘘、生来人は主人と奴隷がある、と。学校が平等を教えていても。特にある種の邪悪な人間は、容易にある種の生来の犠牲者を奴隷にできる。他にも様々な支配関係が自然にできてしまう。

 人間には進化の水準で、ニワトリやオオカミに順序があるように、順序を決め服従し威張る精神構造がある……狩猟採集民では、富の面では平等になるような圧力、王を作らないように迷信や因習で抑えるシステムもあるが、群れそのものを導く首長に、また年長者に従う構造はある。

 それが、血族の壁を超えて拡大したのが帝国……よその人を奴隷化し、服従させ、階層構造を作って農耕を続けさせ、搾取するプログラム。

 それをわかっている征服者は、膨大な人を奴隷として搾取することができる。搾取される側はきっかけがない限り反抗できない……江戸時代のいくつもの飢饉、アイルランド飢餓、ベンガル飢饉、ソ連や中国での大規模な農民飢餓虐殺……どれも歴史教科書に書かれるほどの暴力反乱はなく膨大な人々が黙って餓死した。

 ただし、何かがあってそのプログラムがバグったとき……社会の何かが抜けた時には無秩序な殺戮、流民になることもある。中国で繰り返し起きる農民反乱のように。

 その人を奴隷化する過程は、人の悪を解放してしまいます。歯止めなく、無限に残虐に……それは時には、肝心の利益すら破壊することもあります。無限の超兵器を産むであろうアルキメデスを殺したローマ兵のように。

 

 

 統治、帝国、搾取……それらを理解したいので、今スペイン・イギリス・唐・古代ローマなどについて色々読んでいます。

 

 まずスペイン帝国。

 コロンブスを用い新大陸を得た。にもかかわらず、ヨーロッパ征服すらできず衰退した。

 今の筆者から見れば、あれだけの肥沃な大地と鉱山があるのにどれだけ馬鹿なんだ。

 なぜ。

 善悪を外して損得で考えれば、スペイン帝国の征服と圧政は儲かったのでしょうか?

 

 本来、スペイン帝国が世界征服をするには。

 船。大砲。馬。鎧。槍。優れた士官。優れた兵。優れた船員。その食料。帆布。火薬。鉄。

 何よりも、食料と鉄を増やす。

 多くの人が良質の子を育てる社会……法・医・教育・水道、港湾や道路、工場も。

 なぜ史実では広大な大地が軍事力増大につながらなかったのか。

 どうしていれば、今の筆者には無限の耕地・無限の鉱山と思える新大陸から、食料と鉄を得られたのか。

 反乱予防とも関係し重大だと思えるのが、新大陸での鉄や銅の鉱工業。金銀ではなく。さらに繊維工業。……そちらの情報はあまり得られません。

 何よりも船の性能の低さ、航海自体の成功率の低さ。麦を運んで採算を取るなど不可能。

 

 また遠すぎる地をどのように支配したのか。どうやって独立運動を止めたのか。

 残虐きわまりない征服と搾取、筆者にはむしろ憎い文化破壊も知られています……しかし、どんな悪行愚行にも大抵は理由があるもの。

 戯曲ですが『ピサロ(ピーター・シェイファー)』では、美しい黄金像を溶かしたのは、船腹が足りないから体積を圧縮するため……またインカ王を裏切り殺したのは、自由の身にした王が一声かければ少数であるスペイン人は皆殺しにされるから……と、悪行にも理由がありました。

 

 

 簡潔にまとめると、強すぎるキリスト教と伝染病が交易や間接統治を許さなかったし、距離・海運力の低さ・割ける人数の少なさが限られた利用しか許さなかった、となるでしょうか。

 

 

「儲け」「世界征服」それ自体が間違った問いである可能性もあるのです。

 狂信的な宗教的熱情もありました。帝国の目的は世界征服ではない、という文書もあります。

 実際には黄金と殺戮のむき出しの欲望としか見えないのに、建前としてたとえば、相手が知るはずのないスペイン語で「キリスト教国ならそう言え、答えなかったら蛮族として征服する」と叫んでからというド偽善もありました。偽善はあったわけです。

 

 教会も、新大陸では教会は王権に従うということ、ローマ教皇の権威権力、いくつもの修道会、さらに異端審問官さえ普通の教会権力構造とは外れている、と錯綜していました。

 教会も王権も、何度となく先住民を優しく扱うよう立法布告していたことは確かです……現地での実情はともかく。また布教改宗は譲れないとしても。

 上のほうはひたすらそういう宗教的理想ばかり議論している。その間に下では残虐な征服と奴隷労働、それが極端な階層社会の形成になっていく……

 

 最初に考えるべきなのは、スペインとは何か。

 それ自体がとんでもないのです。本来はイベリア半島の北方隅っこで割拠していたアラゴン・カスティリャなどいくつかの王国……それが婚姻で結びつき、仮に一つになりました。さらにイスラム帝国の混乱に応じ、また十字軍の延長で拡大しました……レコンキスタ。

 今もスペインは、バスク・カタルーニャと自治独立問題を抱えています。何度も深刻な内乱を経験しています。内部の遠心力が非常に強い。

 水と油が混ざり続けるためには、敵が必要でした。ずっとレコンキスタで戦い続け、それが終わったら海に出ました。

 さらにコロンブスの時代から、ハプスブルク……フランスをはさんだヨーロッパ中央、ドイツやオーストリアのあたりとも一つの国になりました。イタリアやシチリアもありました。一時はポルトガルも取りこみました。当時のスペイン王の称号はとんでもない数の王国名が並びます。無茶にもほどがあるというものです。

 さらに宗教改革……ルターの論題が1517年、コロンブスが1492年、ほぼ同時期。スペインはカトリックの盟主として、また双頭の鷲の旗を掲げるローマ帝国の後継者として、プロテスタントとの戦いが膨大にありました。特にオランダの独立戦争は新大陸の金銀があるのに王が破産を繰り返したほど。

 宗教改革に対する反動、教会は反動を強め異端審問が爆発し、社会を厳しく締めつけました。それは経済にも大きな妨害となりました。

 イベリア半島の先住民だったユダヤ教徒も、イスラム教徒も追放してしまいました……優れた能力を持つ膨大な人口を失い、暴力と狂信しか知らない人間ばかり。

 さらにイギリスを攻めて無敵艦隊の壊滅、オスマン・トルコとの戦争……

 あまつさえ、そんな世界中を征服し世界中で戦争するのに、スペイン王が徴兵徴税できるところはカスティリャ王国ひとつしかありませんでした。ナポリもカタルーニャも断固拒否。

 

 というわけで、ヨーロッパ大陸での動乱がスペイン王国の関心の大半でした。新大陸に割く力はごくわずかだったのです。

 コルテスもピサロも、事実上本国からの支援なしで征服を成し遂げたのです。

 一言で言えば、食べ過ぎで消化不良。とにかく領土が、王国が手に入ってしまう。のちにはフィリピンも手に入れてしまう。それを支配しようとして無理をして自滅していく。手放せと忠告したくなりますが……

 まずカトリックの守護者、ローマ帝国の後継者のプライド。本質的には分裂している国上層の内情。

 富が手に入る。王が献上された金塊を見てしまい目がくらみ帳簿を忘れる。膨大な費用をかけてしまい、借金をしてしまっている。……

 領土を手放すのは簡単ではない、それができたのはフランスがルイジアナを、ロシアがアラスカを売ったぐらいのことです。収支計算といってもGNPという概念もなければ、損得など計算のしようもありません。

 

 さらに、レコンキスタの過程は、封建領主の集合体から絶対王政への、歴史の変化もありました。

 レコンキスタそのものが、膨大なユダヤ人、イスラム教徒を国外追放した、実質民族浄化の面もあります。膨大な人間を人間と認めず殺し追い出し奴隷化することも、当たり前になっていたというものです。

 絶対王政が過渡期だった、それは王権が強かったといってもまだまだ徴税能力が低いことを意味し、財政基盤がない……そこで大砲、帆船という高価な兵器が必要になり、徴兵制が発達しないので傭兵。それで借金。産業水準が低いことも、税収の低さにつながります。

 スペイン王室は何度も破産を繰り返し衰退しました。

 

 十字軍精神も強いものがあり、宗教改革に反応したカトリック、精神・宗教もきわめて強く当時の歴史を動かしていました。大航海時代の大きな動機に、アジア側のキリスト教国プレスター・ジョンの伝説もあります。

 建前上は征服・統治に利を求めるなという文書が多数あります。産業を強め富を蓄えて世界征服をする、という目的意識そのものが、当時の為政者の価値観とは違っている可能性も高いのです。

 

 まず何よりも、疫病による先住民の人口減少。

 狂信的といっていい信仰。それが先住民の文化を徹底的に否定し破壊せずにはいられませんでした。

 あまりにも外見も習俗も違う、違う人種との接触……人種差別が、ヨーロッパ人の根幹になってしまったのも痛恨です。

 スペイン生まれのスペイン人、新大陸生まれのスペイン人、混血、先住民、となる階層……さらに先住民貴族もあり、黒人奴隷もあり、先住民も多様でした。

 複雑なカースト制度ができあがってしまいました。

 本質的には、本国から軍が気軽に往復できない距離……前に考察した、遠すぎると背負った税米を食べつくしてしまう問題の変形。軍事力・監視も行き届かず、往復/人・物・情報問わず輸送が困難になってしまう、というわけです。さらに本国の関心も少ないので人もそれほど割かない。

 よくピサロやコルテスが即独立しなかったなと思えるほど……あまりにも先住民が死に過ぎた、それでもこちらは少数にもほどがある、言葉も何も通じない、製鉄技術持つ人なんていない、というか義務は少ないから独立するメリットがない、とにかくまとまってないと即皆殺しにされかねないから国王と神の名で命令し続ける、……

 本国との距離、他者の目がないこと。貧困。正規軍でもない。狂信。違いすぎる人種。違う植生や食物から感じる恐怖。それらすべてが、人間の邪悪を最大限に開放し、「何をしてもいい」というトリガーを入れて、虐殺と搾取の限りが荒れ狂ってしまった……

 

 

 スペイン本国は、征服した新大陸で征服者が封建領主となり、本国に歯向かう事態を心配し、抑制しようとはしていました。

 王室はビシタ・レシデンシアという監視官は作りました。副王・高等法院など現地での権力の統合と分立も考えていました。独立までの時間の長さは、それらがそれなりに成功したのでしょうか。

 ちなみに、社会が発達していたスペイン領では特に、先住民の統治システムを利用することも多かったそうです。傀儡政権に任せ、庶民はある程度今まで通り……それも少数が多数を征服する定石の一つです。

 

 本質的には、今の目でスペインの利益のためにと考えれば運がなかった……

 先住民帝国がもう少し賢く、伝染病に壊滅せず、バイキングの末裔でもあってキリスト教のかけらでもあれば、交易ができたかもしれない。潰してしまったのが間違いだった、でも潰せてしまった。

 ほぼ無人となっていれば、北アメリカのように、最終的にアメリカやカナダのように豊かな国ができたかもしれない。

 スペイン人もお返しの伝染病で全滅するようなら、手を引けたかもしれない。

 豊かな森ではなく砂漠だったら割が合わないと手を引いたかもしれない。

 砂糖という巨大需要が生じなかったら、アフリカ沿岸に砂糖に適した巨大島があれば、あるいはサトウダイコンがもっと早く実用化されていれば、また違ったかもしれない。

 スペインが昔は金銀が豊富で、コロンブス以降の時代には水銀だけはめちゃくちゃ豊富だったのもある意味不運……アマルガム法で金銀採掘ができてしまった。

 何よりも、船の性能の低さ。

 何もかもが不運に転がっているように見えます。

 

 

 もっと根本的には、当時の船が沈む率の高さ、敵国の私掠戦を排除できない海軍力の低さもあります。

 船そのものの性能も航行技術も低い……たとえば経度測定が無理……ため、体積当たりの価格がとても高い物以外採算が取れません。

 金銀、それも美しい像をそのまま運べず溶かして体積を減らす。

 虫から取れるコチニール、ブラジルの語源となった赤い木など染料。

 インド洋方面からだがスパイス。

 そのようなものしか。

 麦どころか布や鉄さえも採算が取れない……

 肉を大量にうまいまま保存する冷凍技術・缶詰技術はまだない。ラード・オリーブ油・蒸留酒はある程度作れそうだけれど、本国は嫌がる……競争相手を作らせるな、そのためにスペイン本国の業者は税を払っている……みかじめ料。

 馬と兵士そのものも運べない。

 植民地で製鉄所は作れず、鉄鉱石と木炭や石炭を本国まで運んで採算が合う海運力もない。

 そうなれば、ただ高い教育を受けた、たとえば鍛冶ができる人材が流出していくだけです。本国にとっては損にしかならない。

 

 また、得た黄金や銀で本国の民を富ませ人口を増やし、鍛冶屋や農民を、兵や士官を増やす……そちら側の回路もありませんでした。

 教科書には、スペイン王室は贅沢と戦争で浪費した、とあります。

 ですが本来なら、贅沢をすれば下にも金は落ちるはずです。女を買い豪遊すれば、化粧品や食材の業者にも金が回る……

 戦争をしても、自国の兵士に給料を払いその兵が故郷に水路を掘る……銃を作る人に代金を払い、それで新しい銃工場が……

 それもありませんでした。なぜかスペインは、贅沢も戦争も、どの金も変なところに流出してしまって本国を豊かにしないようです。……最大の大砲工場が独立戦争を起こしたアントワープというのは乾いた笑いしか出ません。

 

 のちにブルボン朝に交代してから新大陸に製造業は不要、ともされました。

 ブルボン朝への交代から独立国になりそうなイエズス会も追放することにもなり、また北アメリカでのアメリカ独立戦争、啓蒙思想の流入などもありました。

 さらにナポレオンによるスペイン本国の征服は、最終的に新大陸がスペインに服従する正統性を失わせ、独立運動につながりました。

 他にも黒人奴隷の反乱なども……結局のところ、ラテンアメリカがスペインに反抗しなかったのは、反抗できる力がつくまで育つ時間が必要だった、というだけのことともいえます。

 本質的にはスペイン本国は、それほど広い領土を支配する力などなかったし、力をつけることもしなかったのです。

 ……悲劇的なことに、独立後もうまくいく国を作るための社会構造がない……手足を砕かれた孤児を路上に放置するようなことになってしまいました。

 

 スペインに限らず多くのもと植民地で、本質的には少数のヨーロッパ人が多数の先住民を統治するための無茶なシステムが作られ、そこからヨーロッパ人が撤退したら国が機能しない、という悲劇が起きてしまいます。

 どうすれば機能する国を作れるか、どうすれば拷問・飢餓・戦乱・奴隷・文化弾圧のない、公正な法と治安があり豊かな産業が育つ国を作れるか……その問いの答えはいまだに知られてはいないのです。

 筆者個人は、国という概念を捨てて戦国時代のように、無能なら下克上される、信玄堤を作って勝つような構造にする、また公海の巨大船にいくらでも難民を受け入れる、と考えていますが……それこそ誰も賛同するはずがありません。これまでの債務・援助総額より安いし虐殺もあるけど少ないと思いますけど。

 

 

 搾取……本質的には愚行のはずです。

 需要というのは、「欲しい人」が「金を持っている」状態でなければ存在しません。需要がなければ不況です。

 また、多くの人々が教育を受けられず、子を産み育てる余裕もなく死んでいけば、兵士も技師もいなくなります。

 搾取が横行する、法や人権が弱い国では、進歩も止まるでしょう。権威主義、反乱防止、特定宗教の強制のために言論など、ひいては学問の自由も否定されますから。

 

 ガトランティス帝国ならうまくいくかもしれません。が、それも宇宙すべての既存文明が滅んだ瞬間に終わるでしょう。モンゴル帝国が、アレクサンダーが征服の限界に達し終わったように。

 また思想の自由などがない帝国では技術が進歩しにくいという問題もあります。確かにデスラーを厚遇し瞬間物質移送機技術を火炎直撃砲とする寛容さはありました……それも強さだったのかもしれませんが、あの派閥抗争の激しさでは新技術が潰されることも多いでしょう。

 

 ただし、問題が……ガトランティスがうまくいく。徹底した搾取で膨大な富を得て、その力で軍事的に、あるいは経済的に征服してくる相手に、勝つのは困難。

『北斗の拳』にある、一時的に筋力が倍増するが一定時間後必ず死ぬ秘孔を思い出します。それをやられると勝てない、でも勝者も滅び、結局誰も得をしない。

 史実での、遊牧民やソ連の強さにも通じます。

 

 もうひとつ、人間が不要な技術水準になっても、搾取もくそもなくなるでしょうが……それはそれで戦艦数はあるので勝利はできます。人間をどうするにしても。

 

 筆者としては、目的を明白にしてほしい、愚行は嫌いです。

 世界征服・宇宙征服なら、多くの戦艦を作るために技術を進歩させ、人に食料を与え、法と安全と伝染病予防をし、自由に学問をさせるのが正しいはず……それで多くの工場と技師、戦艦と士官水兵ができ、進歩していくのだから。

 目的を誤ると、搾取は余計ひどくなり、それで誰も得をしないという悲惨を通り越して笑うしかないことになってしまう……

 といっても、その多数の戦艦のための条件は、もっともっとほかにもあるかもしれません。筆者はまだまだ人間、人間集団というものを理解してはいないでしょうし。

 いや、人類そのものも、それを理解してはいない……実際多くの、非効率な国々がある。けれども一歩一歩進歩し、知は蓄積されている……人類は全体としてはよくなっている。

 筆者はあくまでスティーヴン・ピンカー、リチャード・ドーキンス、カール・セーガン、スティーヴン・ホーキングの側に立ちます。



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搾取・作物・贅沢

今回は特に『「豊かさ」の誕生』バーンスタインなど。
『近代世界システム1』でかなり挙げた疑問の答えがあったので改稿します。

『清潔の歴史』、『茶の世界史』『砂糖の歴史』『紙 二千年の歴史』『トラクターの世界史』など単テーマの歴史書、エジソンなどの伝記を読み比べることからも、この駄文以上の洞察は得られるでしょう。


 単純すぎる疑問。特に農業で、奴隷制とそうでないのはどちらが儲かるか。

 奴隷制が本当にいいなら、イギリス本国でも奴隷に麦畑を耕させればいい。

 そうではない。イギリス本国ではそうではない農業の方がよく、アメリカの綿畑やカリブの砂糖畑では奴隷制の方がよい。

 ではなぜ?本当に?

『現実』とはある意味逆に、熱帯産のキャッサバとサゴヤシが人類の主食で、サトウダイコンが砂糖の、セージやカモミールなどハーブティーが嗜好飲料の主力だったら?

 

 この問いの根本的な答え。奴隷は単純労働しか期待できない。

 

 何を作物とするか。

 麦。水田稲作。トウモロコシ。ジャガイモ。サツマイモ。キャッサバ。サゴヤシ。

 

 プランテーション作物。

 砂糖…サトウキビ/サトウダイコン。木綿。コショウなどスパイス。ゴム。

 コーヒー。カカオ。茶。タバコ。

 バナナ。

 

 油……アブラヤシ。アブラナ。大豆。ピーナッツ。ヒマワリ。トウモロコシ。

大麻・亜麻・木綿・魚・鯨・石油。

 

 ブドウ。

 大麻・亜麻など。

 絹。

 麻薬。

 

 巨大樹木。

 染料。

 毛皮。

 

 現実の地球人の歴史は、それら作物によってつくられています。

 

 コショウやナツメグがフランスで育てば、歴史は全然違ったでしょう。

 いや、コショウを育てられる巨大島が大西洋にあってもかなり違ったでしょうが。

 

 作物の影に存在している自然産物もあります。昔の水田稲作はドジョウ・フナ・タニシなど魚介類も得られました。昆虫食、周辺の鳥獣の狩猟もあるでしょう。それらや野草を補助的に食べていなかったら農民たちはアミノ酸・ビタミンの不足で死ぬでしょう。

 狩猟は貴族の特権とされますが、ネズミ程度の小動物なら別でしょう。

 衣類武具をある程度でも村で自給するなら、狩猟皮革・大麻や亜麻・ツル植物や繊維がとれる樹皮なども重要でしょう。

 

 

 麦や稲など、デンプン豊富な作物がまず大人口、文明を作ります。特に文明が栄えるのは旧大陸では北緯20~40ぐらい、温帯からやや乾燥する気候です。

 

 ヨーロッパから中東、中国北部の麦。

 中国南部・日本とアジアを代表する稲。

 新大陸先住民のトウモロコシとジャガイモ、太平洋のタロイモ・ヤムイモ・サゴヤシ。新大陸原産とされるキャッサバやサツマイモ。

 

 西洋文明を支えた麦。

 特にキリスト教の最重要儀式のひとつ、イエスの肉・血としてパンとワインが与えられるため過剰な価値を持たされています。

 米と違い、粉にしなければ食べにくいです。押し麦にも中心に線がある、麦には内部まで深いくぼみがあり、薄いカバーに覆われた米のようにただ搗くだけでは糠(ぬか)を落とせません。

 粉にするのに常に膨大なエネルギーと石材を使うし、製粉所を通じた徴税も可能です。いや粥ならいいんですが、味が落ちてしまいます。それに兵糧と考えると鍋と器が必要でやっかいです。

 プラウ、牛馬にひかせる犂を用いて大規模に耕作するのに向いています。もともと乾燥地作物で、灌漑とも相性がいいです。幸いかどうか、トラクター・コンバインという機械化にも非常に向いていました。

 大麦・エンバク・ライ麦などは人の食料になると同時に馬の食糧にもなり、膨大な馬の力は蒸気機関が普及してからも長く工業も農業も支えてきました。

 麦という作物の特徴。それは、中国の制度、またペルシャ帝国や古代ローマ帝国の体制、そしてヨーロッパ……西ヨーロッパの法治と封建制から近代国家、また東ヨーロッパの農奴制強化……それぞれにどのような関係を持っているでしょう。それを考察できるほど筆者は麦を、麦と同時に食べられる野菜や家畜、名前も出ない食物を知らないのです。

 

 稲はそのデメリットがなく粒のまま食べられる、ただし温暖な気候と大量の水が必要です。それがあれば桁外れの収量もあり、連作障害にも割と強いです。

 また麦と違い、役畜にひかせる大きい農具より人が高密度に手をかけるほうが向いています。機械化に投資されにくい。

 日本式の水田となればあぜ作り、代掻き、水入れ、苗代、田植え……俵作りまで、とんでもない技術が必要です。

 米も特に日本では徹底的に神聖視されています。天皇祭儀の多くは稲に関わります。

 

 麦・稲の優位は、味と保存性。

 ジャガイモ・サツマイモ・キャッサバなどイモには収量・鳥や虫の害に強いなど優位もありますが、保存が難しいという欠点があります。

 また麦・稲は、藁が非常に有用であることも優位でしょうか。縄、俵、草履、帽子……なんでも。それを用いる生活には高度な技術が必要であり、大規模奴隷農業との相性の悪さともなります。逆に、大規模奴隷農場は、膨大な必需品を購入する必要がある、大規模な工業・商業・輸送システムがなければ機能しないのです。

 トウモロコシは条件をそろえた時の圧倒的な収量、油も得られること。

 アワ・キビも重要ですが、結局は麦と米に追いやられます。サトイモも優秀で、太平洋ではヤマイモの一種とともに、タロイモ・ヤムイモとして主食でもありました。

 大豆は栄養面で桁外れ……アミノ酸が完全……ですが、主食にはなりません。また豆には空中窒素固定という、長く知られなかった力もあります。牧草としてのクローバーやアルファルファもかなり重要な作物です。

 

 

 低緯度に適した、ヨーロッパでは作りにくい作物……コショウ・シナモン・ナツメグ・サトウキビ・木綿・茶・コーヒー・ゴム・アブラヤシ・バナナなど。

 これらも大きく歴史を動かしました。

 

 ヨーロッパだけがこれらを簡単には入手できません。自分の庭で育てることができません。

 日本では茶・サトウキビ・木綿が栽培できてしまいました。

 中国もイスラム帝国も、容易に東南アジア貿易で入手できました。ヨーロッパだけがそれらを簡単には手に入れられず、猛烈に欲望しました。

 

 サトウキビ……糖分を含む液は、収穫してすぐに絞り、すぐに煮詰めなければならない。

 多くの投資と機械、燃料、人手も必要……絞るのは人の体だけでは無理、何らかの道具、初期投資が必要。反面、切って運んで絞り煮詰めるだけの作業は、熟練を必要としない。

 幾多の島から先住民を根絶し、さらに膨大な黒人奴隷をなぶり殺しにした……今も薬物扱いする人がいる悪魔の賜物。

 日本史もその点では無罪ではない、薩摩による琉球民の残虐な扱い、維新後の南洋の島々での地獄絵図と砂糖長者たちは読むほどにおぞましい。

 サトウダイコンなどヨーロッパでも作れる作物からの砂糖は、成功はしましたがサトウキビを駆逐はしていません。

 他にもスイートソルガム、サトウヤシなどからも砂糖は得られます。それらがサトウキビに比べどう劣るのかは知りません。

 

 木綿はアラル海の地獄絵図が示すように桁外れに環境負荷が高い。日本でも金肥・干鰯と強い肥料が必要。

 機械化されるまでは繊維である実を手摘みしなければならないので膨大な人手が必要。だからこそ膨大なアメリカの黒人奴隷……南北戦争というアメリカ史ぶっちぎりの死者数の悲惨な戦争、さらに膨大な黒人による社会の分断と苦悩を作り出してしまいました。

 そしてその木綿を加工する、イギリスの紡績機・織機・染料こそ産業革命の主動力でもありました。

 大麻とは対照的に、広大な農場に向いているということでもあります。

 

 コショウ・シナモン・ナツメグなどのスパイス……東南アジアの多島海で得られました。乾燥して長期間保存でき、体積当たりの価値が桁外れ。種を盗んで栽培することもかなり困難でした。

 特にヨーロッパ人の膨大な欲望を駆り立て、すさまじい征服と虐殺のもととなりました。

 コロンブスもエンリケ航海王子の配下も、誰もがスパイスを求めて危険すぎる海に出たのです。何百年も、同じ風が吹くイベリア半島・ジブラルタル周辺アフリカで暮らしていたイスラム教徒が出ようとしなかった海に。

 

 ゴム。これは根本的に新しく需要が発生した資源です。

 近代軍における防水防寒衣類、さらにタイヤという形で新しい文明の根幹となりました。

 熱帯の、樹木から得られる。そのことは日本もソ連も苦しめました。ソ連などはタンポポからゴムを得ようとしたほどです。

 栽培成功までは熱帯林の中の自然に生えている木でした。その幹を傷つけて樹液を得るのは大変であり、多くの重労働の悲劇を生みました。

 大変であると同時に、極端に熟練が必要ない簡単な仕事でもあり、周辺の先住民・奴隷と多くの使い捨て労働力でできた仕事でした。

 

 アフリカ原産のコーヒー、アメリカ原産のカカオはともに純粋に楽しむための、カフェインという薬物のための品です。

 どちらもプランテーションに適した作物であり、多くの悲劇を生みます。特にベルギーチョコの影にあるあれは、邪悪の密度が桁外れ……

 

 茶はアジアで古くから知られていたカフェイン飲料。

 特にイギリス産業革命期に、貴族から工業に従事した労働者まで膨大な需要を産みました。磁器、砂糖、そして牛乳(システムがなければ都市で飲むことは不可能)とのかかわりがとても強いことも特徴です……手びねりの陶器で抹茶を呑む日本や、中国から見れば野蛮を通り越したそれが、世界標準の文化とされたのです。

『叛逆航路』では強い紅茶文化があり、「宇宙版ダウントン・アビー」とさえ言われます。皇帝が所有する高級な茶器は星系が買えるとすら言われ、それを与えられ送られた総督の権威にもなります。茶農業が重要な産業でもあり、当然被征服民の重労働で作られたものです。

『銀河英雄伝説』でも、ヤンは紅茶にこだわります。ラインハルトが会見のときにヤンにコーヒーを出したことは重大な情報収集不足ではないでしょうか。

 茶もまた、セイロンなどでは重労働で収穫され、イギリス帝国の膨大な収益の源となったものです。ティークリッパーの伝説、アヘン戦争の汚名があるほどに。

 

 タバコは綿花に並び、北アメリカプランテーションの主力作物でもありました。その膨大な収益があったからこそ工業基盤を自力で作り、独立することができたというもの。

 極端に栽培が簡単で、また数年で土地が疲弊するのでこの土地が死んだら次の土地、という使い捨て農業になりやすい、広大な北アメリカだからこそできた作物でもあります。

 デューク大学というアメリカの世界屈指の名門大学は、石油や鋼鉄と同様に巨大企業が生じ分割された大ドラマの主役であるデュークというタバコ長者の寄付。それほどの富。

 

 バナナも比較的新しく欲望された……船などの技術革新から生じた巨大産業作物。アフリカなどにはプランテーン、調理用バナナが主食である地域もあります。

「バナナ共和国」という言葉のように、戦後世界の秩序、先進国の巨大企業に翻弄されるプランテーション国家の悲惨の象徴ともされます。

 

 油……アブラヤシ・アブラナ・大豆・ピーナッツ・ヒマワリ・トウモロコシ・大麻・亜麻・木綿・魚・鯨・石油……食べられる油、乾性油、毒で食べられないけど工業用重要な油、松脂のような樹脂、エッセンシャルオイル、鉱物油など実に多様にあります。

 古代ギリシャ・ローマ・旧約聖書の歴史は、オリーブ油なしには語れません。メシアという言葉自体「油をそそがれた者」、オリーブオイルで清められて支配者の座についた、という儀式からです。

 油で面白いのは、繊維作物や麻薬作物の多くから良質な油も得られるということです。

 禁止薬物にも繊維にもなる大麻の、ブランドふりかけにも入っていた実からも油が得られます。ついでにタンパク質やビタミンも豊富、中国では五穀に入っています。

 亜麻の種も油になります。木綿の種も。

 ケシの種……アンパンにかけられたポピーシードがあるように、ゴマのように油が得られるのです。それも農薬いらずで大量に。ケシも大麻も余計な薬効がなかったらどれほどありがたかったか……

 ブドウの種も油が得られます。

 トウモロコシ・米など主要作物も結構油がとれます。大豆も世界的には油目当てに栽培されることが多いです。ピーナッツは特に油収量が多いです。

 アブラナ・ヒマワリなど近代特有の油糧作物もけっこう作付けされています。

 

 そしてアブラヤシ。桁外れの油収量がある熱帯樹木作物。

 樹木だからこそその収穫は困難……同時に機械化困難で、単純で危険な重労働に向いている……であり、サトウキビ同様児童・奴隷の悲惨な労働を膨大に産んでいます。

 熱帯雨林皆伐・先住民虐殺の理由として特にひどいものの一つです。

 ふざけるな神、悪意しか感じねーよ、寒帯の海水で育つ空中窒素固定ありの超大収量油糧作物用意してくれてもいいだろ。自分で作れ?……誰か頑張ってください。

 

 油は食用だけでなく、照明……時代劇の灯心油のようにも使われました。潤滑油としても重要です、今は主に鉱物油が潤滑油として使われていますが昔は食用にもなる油を使っていました。皮革加工などにも必要とされます。

 毒のある油も薬として、また塗料や画材などにも使われます。

 

 特に照明・潤滑油としての鯨油は産業革命の歴史の中で重要な地位を占めています。鯨油のためにアメリカは日本に開国を迫ったほどです。

 

 石鹸の原料としても油脂は重要です。アブラヤシの膨大な油がなければ、先進国の清潔な生活は不可能でしょう。清潔は人口増のもとともなり、膨大な需要=信用創造ともなりました。

 清潔によって伝染病が克服され、死亡率が低下したからこそ、長い目で見る経済も、それを基盤とする人権や民主主義も成立しえたのです。

 

 

 ブドウとオリーブ、それが地中海文明の源ともなります。長期保存可能で運べて売れる。

 どちらも絞り器具が必要とされ、それは石臼、ネジ式圧搾器具を生み出しました。

 ネジ式圧搾器具は、後にグーテンベルク印刷機の源となったほど重要な発明です。ネジと旋盤に深い関係があるし、ネジが幾何学と工学を結びつける中核であることも、産業革命の歴史の上で重大でしょう。

 地中海文明が民主主義・ローマ法……法の支配に結びつくというのも、ブドウとオリーブという作物と関係があるのかもしれません。中国に民主主義の芽がなく地中海にあったのは、中国に絹があってオリーブやワインが見られなかったことと関係があったりして……

 ちなみに江戸時代の日本でも油の圧搾にはいろいろな技術があり、拷問にも用いられました。

 

 リンゴも酒にもなる果物です。ナツメヤシは中東で重要、主食にさえなります。いくつかのヤシも糖分を得ることができ、酒になります。他にもリュウゼツランなどもあり、また砂糖副産物のラム酒、穀物やジャガイモも酒になります。

 酒は事実上誰もが欲するもので、宗教上も重大です。

 だからこそ、酒に課税するのは近代国家成立時の、最も手軽な税収源です。

 ヨーロッパでも酒にかかる重税が、逆にピート香のついた多様なアイリッシュウイスキーを産みました。日本でも重い酒税が膨大な悲劇を産んでいます。

 

 

 亜麻・大麻のような繊維作物が、多くは自給自足だった世界史の多くで人類を支えてきたことは疑うべくもありません。

 大麻は麻薬でもあります。

 

 絹……桑の葉からカイコが作るもっとも美しい繊維。古くから中国を主産地とし、その交易はスペイン帝国が無理にフィリピンや中国沿岸都市を維持し、太平洋横断船を続けた主な収益源でもあります。日本の開国と近代化が成功したことにも、第一次大戦前後の景気と不況にも深くかかわっています。

 

 麻薬も、後で単独の項目を作りたいほど重要です。『レンズマン』のシオナイトやベントラム、『銀河英雄伝説』のサイオキシン、『スターウォーズ』のスパイス……

 ケシから作るアヘンがなければイギリスは中国から茶を輸入するのにバランスを取れなかったでしょう。そしてそのアヘンを作ったのはインド、だからこそイギリスはインド征服にこだわりました。アヘンはさらにモルヒネ、ヘロインとどんどん過激化し、現代文明もむしばんでいます。

 コカイン、LSDと他にも多くの薬物があります。

 コカイン、コカはコカ・コーラという超巨大産業にもつながりました。今のコカ・コーラにはコカインやコカ産物は入っていないとのことですが。

 薬物を容認しない。それは近代文明の、宗教レベルの規範の一つであり、だからこそ希少性によって価格が上がる薬物は膨大な富と暗黒世界を生み出します。

 

 

 コロンブス交換……新大陸産の、チートというほど面積当たりカロリーに優れた作物はヨーロッパも、中国さえも膨大な人口増を生み出しました。

 C4の収量を誇るトウモロコシ。その莫大な収量と、機械化との相性の良さがあるからこそ、砂漠地帯で化石地下水を用いる大規模栽培~工業的畜産という、今の文明世界の根幹があるのです。それがなければ肉も卵もぜいたく品、しかしその持続可能性の無さは恐怖するほかありません。

 膨大な収量、だからこそアイルランド飢餓を産んだ罠を秘めたジャガイモ。

 サツマイモやキャッサバも、原産地ははっきりしませんが伝播は大航海時代以降です。

 

 またトウガラシも世界の食文化を大きく変えています。トマトもです。

 トウガラシとトマトのないイタリア料理も、中華料理も、カレーも想像もできないでしょう。しかしコロンブス以前はそうだったのです。

 またその豊富なビタミンは世界の人の健康・寿命・人口に大きくかかわっているでしょう。トマトケチャップという産業も、シリアルに並び近代ライフスタイルの成立できわめて重要です。

 

 巨大樹木。桁外れの時間がなければ再生しない、クジラと同様に取りつくしたら終わりという本質を抱えています。

 そして西洋の船は、巨木をそのまま使う竜骨とマストがなければ作れません。『銀河英雄伝説』の、帝国の流刑星がドライアイスの船まで脱出を防いでいたように。

 木材がなければ木造船はない。また燃料がなければ都市生活もできないし製鉄も製銅も製塩も製レンガもできない。木材こそが文明の死活と言ってもよいでしょう。

 その後も「紙」という超絶な資材となり、膨大な破壊を生み出しました。

 希少性の高い、チークやビャクダンなどの銘木・香木、またブラジルナッツなど栽培困難な樹木とその産物は莫大な富を生みます。その富はすべて持続不可能・再生不可能であり、現地の社会も人間も徹底的に破壊するものでした。

 また樹木は、絞っても価値があります。針葉樹から得られる樹脂は船の水漏れ防止剤となり、大航海時代からナポレオン戦争時代の木造帆船を支えました。クスを絞るショウノウはそれ自体も、またセルロイドの材料としてもとても価値のある素材でした。

 オリーブやブドウ、カカオ・アブラヤシ・ココヤシなど、樹木でありつつ重要作物であるものも結構あります。

 サゴヤシは樹木でありながら主食価値があります。

 

 染料もきわめて価値が高い産物です。単位体積・重量あたりの価値が際立って高い、その点スパイスや黄金にも並びます。

 古代ローマの帝王紫、膨大な数の貝を人の手で細かく処理する色素はその貴重さも美しさも桁外れで、クレオパトラの紫の帆をはじめ多くの逸話を作り出しています。

 多くの染料はハーブ・スパイスでもあります。ウコン・ターメリック、サフランなど。ベニバナは油にもなります。

 そしてブラジルという国名は、赤い染料がとれる木を由来とします。それほど大航海時代を支えた重要産物だったのです。

 また藍はアメリカ植民を支えた、タバコや綿花と並ぶ重要プランテーション作物の一つです。日本でも藍染は普及し、膨大な富を生みました。さらに近現代文明の中核の一つ、ジーンズはもとが藍染めで、だからこそ虫や蛇よけになるとゴールドラッシュの労働者たちに激しく求められたのです。

 木綿と藍。それはプランテーションと機械工業、後述する民の生活水準の向上に深くかかわる、人類史を動かしたコンビなのです。

 また、合成染料も、科学が工業に応用される、化学工業そのものの歴史の核心でもあります。幾多の重要な合成医薬が合成染料の研究から生じています。

 また微生物学や、顕微鏡を用いる医学を可能としたのも、細胞やその産物が染色可能、染料があるからこそです。グラム陽性菌・陰性菌という誰もが耳にする言葉、それはある染料で染められるかどうかです。それが微生物学の根幹なのです。

 染色の根幹は錯体……金属元素との化合にあります。だから古来、泥や天然重曹など化学物質の扱いを人が学ぶきっかけにもなりました。錬金術・化学とも関係が深いと言えるでしょう。

 

 毛皮。これもかなり強く歴史を動かしています。

 イタチ、テン、カワウソ、ラッコなど小型食肉目がもっとも価値のある毛皮です。

 はるか昔の中国でも、孟嘗君が逃げるためのワイロになり鶏鳴狗盗の故事をなしたのは白狐の皮衣でした。

 そして近代、ロシアがシベリアに広がりぬいたのも、イギリスがカナダを得たのも、毛皮に対する膨大な需要あってのことでした。

 ひたすら小さな肉食動物を負って極寒の森の奥の奥まで、先住民と交易し、だまし、蒸留酒を売り、滅ぼしながら分け入り続け、ハドソン湾会社などの社会システムを作り続けたのです。

 そういう動物を奇妙に扱うSFがあります……『人類補完機構』のノーストリリアを守るのは、狂わせ超能力を付与したイタチ。また『禅銃』では、イタチ系の動物を獣人化するのは最悪の所業とされています。

 日本の、妖怪としての狐狸とは違う、面白い欧米のイメージです。

 

 

 本来は、いくつもの宇宙SFについてあらゆる作物のネタを出したいんです。

 でもほとんど思い出せません。

 SF作家さえ、そのあたりにはあまり想像力を使っていないのでしょうか。

 農業技術も。料理も。現実にはない作物も。

 本来は、『銀河英雄伝説』で帝国では原始的な農業がおこなわれているとか、『ガンダム』に牧場コロニーがあるとか、農業システムは社会と歴史そのものを動かす重要な要素のはずなのに。

 思い出せるのは……

『叛逆航路』シリーズでは全栄養を含む、海藻のような作物が主食化されています。

『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫騒動、遺伝子操作で作られた新しい食物と、それを嫌がるマイルズ、主導したマークや応援する先進星生まれのコーデリア・造園家のエカテリン、見事な料理を作って上層に宣伝したマ・コスティとさまざまな文化を背負った人それぞれの反応が面白いものです。

『レンズマン』では独自の、清涼飲料水のような嗜好飲料があります。同じ名前のものが『宇宙軍士官学校』にもあります。

『ヤマト』の、ビーメラ星人を絞って得られる産物もあるでしょうか。

『スターウォーズ』では、ルークは砂漠の、大気中の水分を使う農場で育ちました。

『大航宙時代』では星ごとにコーヒーの質や価格が違い、価格が変動して船の経費を変え、またある星のビーファロー皮のベルトが船員の個人交易に使われ、冷凍肉が積まれました。

『ノーストリリア』では羊の産物が不老不死薬につながり、『天冥の標』では羊の寄生虫が異星知性でした。

 

 もう一つ不満なのが、これは剣と魔法ファンタジーもですが、同じように麦・稲、エール・ワイン、馬牛鶏豚であること。

 ちょっとぐらい、現実に存在しない作物や家畜を想像できないものでしょうか……

 

 ついでに言えば、工場の具体的な描写もほとんどないんですよね。

『銀河戦国群雄伝ライ』や『スタートレック』に建造中の戦艦の絵が多少あるぐらいでしょうか。

 

 

 現実の歴史では、熱帯での、食べるカロリーではなく楽しむため・材料としての作物……コーヒーなど嗜好品、木綿やゴム……は、プランテーションという方法で作られました。

 非常に広い土地。一種類の作物を作る。機械化するより労働力が必要、その仕事は簡単で訓練を必要としないので奴隷でいい。

 木綿や茶は摘むだけ。ゴムは木を傷つけて走り回って樹液を取るだけ。サトウキビは切って運んで絞って煮るだけ。小麦や水田稲作に比べとても簡単な仕事です。

 熱帯、それ自体が地獄……多くの雨、多くの水たまりから常に蚊。蚊はマラリア・黄熱病などの伝染病を媒介する。ヨーロッパ人も、ヨーロッパの伝染病を食らった新大陸先住民も次々と死んでいく……比較的強いとされるのがアフリカ黒人。

 だから、ヨーロッパで食い詰めている人々を送るより、黒人奴隷を買った。

 アジアでは現地人でも奴隷に落として働かせることはできた。

 また仕事を始めるために船代・土地を征服する費用がかかるので、それを回収する必要もある。航路を守るための軍事費・灯台や港湾の費用もかかる。

 単一作物は価格が不安定で、価格が下がると下手をすると国ごと潰れる。食べられない作物なので、売れ残ったらそれを食べてしのぐことができず、食料が買えずに飢餓になる。

 環境破壊の度合いがひどい。……

 

 それとも、逆かもしれません。イギリスやフランスのように土地が何百年もかけて無数の領地・地主に分割されていたとしたらその農民……騎士、貴族はある程度の武力があり、法・伝統でも保護されているので駆逐し奴隷化して大農園を作るのが難しい。

 ヨーロッパ文明とは別だった南アメリカ大陸・ハワイ・東南アジアで、そこのそれまでの武力や所有権を無視し、全員奴隷として広大な土地を独占し、プランテーションを作るのは容易だ……作物の性質からではなく、歴史から生じたということも考えられます。

 たとえばコスタリカは、作物そのものはバナナやコーヒーなのにバナナ共和国ではありません。

 

 いくらでも土地と奴隷が得られる、というのはある意味、資源の呪いだったのかもしれません。

 古代ローマも奴隷がいたので、せっかくの蒸気機関を活用しなかったし、中国や日本もトラクターを発明するより人手を集中することを選びました。

 麦を奴隷に作らせなかったのは、奴隷には単純労働しかできない、麦は要求技術水準が高いから……土地面積当たりの労働力を減らしたければ、ヨーロッパでは羊を育てて羊毛を得ることを選んだようです。イギリスでは羊が人を食うと言われ、ヨーロッパでは羊遊牧集団の特権が国の根太を腐らせました。

 麦ほどの収量はないけれど、熟練労働が必要とされない作物があったら……あ、ジャガイモは収量も麦以上で熟練労働が必要とされません。しかし、ドイツがプランテーションになったわけではない……ヨーロッパ、キリスト教のパン神聖視があるからでしょうか。

 麦を作れる気候帯、北米やアルゼンチン、オーストラリアで大規模奴隷農場からイギリスに麦やベーコンを輸出して本国の麦農業を壊滅させる、をしなかったのはイギリスの穀物法をはじめ各国が防止する法律を作っていたことと、あとは船が未発達だから……

 

 

 冒頭の問いに戻りますか、熱帯産のサゴヤシが人類の主食で、温帯産のサトウダイコンが砂糖作物だったら。

『銃・病原菌・鉄』は大型家畜、馬と牛に注目しました。また麦や稲などイネ科穀物にも。

 ユーラシア温帯産以外の大型動物は全部馬や牛ほど有用(伝染病も含めて!)ではなかった。またユーラシア温帯以外は、有用な作物も少ない。

 だから文明競争の勝者になるのがユーラシア温帯文明になるのは必然だ……

 だとしたら、「熱帯産のサゴヤシが人類の主食」自体、間違った問いということになります。

 温帯産の作物と家畜で文明が発達し、熱帯産作物はプランテーションで奴隷に育てられるのが事実上の必然、ということに。

 技術が必要で奴隷ではできない、というその技術は、耕作用家畜を扱う技術も大きいものです。だから家畜が過ごしやすい温帯はプランテーションにならず、家畜にとって過酷な熱帯はプランテーションになる、と。

 ただしそれはどの程度普遍的なのか……ユーラシア温帯の強みは東西に長いこと。だから伝播が用意であり、候補も多い。アメリカは南北に長く、オーストラリアは小さく砂漠気候。地球儀を見ると奇妙なほどに、赤道直下の総面積は狭い。人類発生時点の地球の偶然が大きい……

 

 筆者自身が、熱帯で技術が必要な作物、逆に温帯で大規模農場の奴隷労働でもできるほど技術がいらない作物をそれぞれ知らない、ということもあります。

 

 作物そのものの性質として、濃縮可能性も考えるべきでしょう。たとえば米や麦や豆はかなりかさばる荷物です。

 それに対し、サトウキビと砂糖、ゴムノキとゴムはかなり濃縮されたものです。

 とはいえ、麦も豚を飼いラードやベーコンとすれば相当な濃縮は可能です。

 

 

 

 その農業、その農業をする農民が社会を作るときに、まず……自作農とは何か。

 小規模自作農。

 狩猟採集民・遊牧民。

 都市、奴隷大規模農場。中規模の地主~小作。

 プランテーション。

 現代では巨大農業企業が生産の多くをなしています。

 

 さて、ひとつの支配者……領主でも、家族自作農の家長でも、多数の奴隷を得たコンキスタドールでも、プランテーション主でも、共産国の地方農業権力者でも……がどれぐらいの土地を支配するのがいいのでしょう。

 狭い自作農。

 現代日本の兼業自作農家族、ごく狭い土地を機械で耕し面積当たりの収穫は莫大なのに出稼ぎ必須な生活。アフリカで、分割相続でどんどん土地が狭くなる農家。

 逆に広大。

 プランテーションや荘園。スペインもムーア人からの征服で、大規模農場を持つ領主が多かったそうです。それは植民地も同じく。

 どちらも農業の効率は悪く、社会を発展させないと言います。

 例外的に、アメリカなどの超大規模トラクターによる超大規模農業は生産性が高いとか。持続可能性に問題はありますが。

 

 無論技術にもよります。まさに動力トラクターは、巨大農場を効率よく耕せます。

 鍬と鎌で、オーストラリア大陸の広さがある最高級の水田を一人で耕せと言われても無理です。

 日本や中国が産業革命に達しなかった理由には、水田稲作が、畜力より人力を注ぐ方がよかったことがあるともいわれます。

 

 それは宇宙時代でも、少なくとも核融合炉につながった機械から直接チーズバーガーが出るようになっていなければ……『ガンダム』のテキサスコロニーのように農牧業をやっていれば、同じことが言えるでしょう。

 

 

 日本を占領したGHQは農地改革をしました。今も、フィリピンや中南米で農地改革は常に問題になっています。

 西欧文明・近代国家の根本規範として、巨大地主より小規模自作農の方がいいと広く思われているようです。

 巨大地主は必然的に、明治日本でも小作人が地主に土下座していたような身分構造を作る、平等を建前とする民主主義と矛盾するからでしょうか。

 また貧しい小作人は教育水準も栄養水準も低い……工場労働者としても、徴兵兵士としても水準が低い、ということもあるかもしれません。いやそれ以前に、強大な地主貴族は、自領民を徴兵することを嫌がり国家軍を弱める……最悪は自分で軍隊を持つ独立国になって反乱するかもしれません。中南米史での独立反乱は、小規模な軍を持つ地主が暴れることもけっこうあったそうです。

 小作人・農奴は工夫をしない、生産性向上がないこともあるでしょう。ソ連でも中国でも、集団農場は恐ろしく収穫が少なく、わずかな、実質自営農だったところが収穫の多くをなしていました。

 

 また、西洋政治史……武装自前の自作農(女と奴隷は無視)が集まって戦い、集まって投票するギリシャ社会が、民主主義の根源とみなされることもあるでしょう。

 ガレー船の漕ぎ手として下層階級が選挙権を得たことも古代ギリシャを変化させました。その後もローマ市民や元老院は歴史を動かし続けました。

 近代になっても、フランス革命で庶民に政治権利を与えるとひきかえに徴兵して無敵の国民軍が生じ、各国もそれを模倣しました。第一次大戦から、男が徴兵されて女が働き、そのことで女性の政治的権利も高まりました。アメリカの日本人も黒人も、兵士として志願して戦い市民権を強めました。

 徴兵、ひきかえの市民権。これは西洋政治史の根幹です。

 ……西洋だけです。中国も日本も、律令制にはガンガン徴兵があるのに、民の投票・政治的権利との取引なんてひとっかけらもありません。

 その点ではロシアも……いやロシアは中国・モンゴルの延長と考えた方がよさそうです。中国やロシアは、一切政治的権利との取引なしに、いくらでも民を徴兵し死なせる魔法を知っているようです。

 知る限り、インド・ペルシャも同様……イスラムにはある程度遊牧民的合議の考えはあるにしても、投票などはありません。

 中国で下からあるとしたら郷里からの人材推薦ぐらい……

『銀河英雄伝説』ではラインハルトは、同盟を敵として国民軍をつくることによって、平民から国家を一体化させました。

 半面、ゴールデンバウム朝は、徴兵・門閥貴族・農奴制の三要素が同時にあるというかなり矛盾した政体です。

 門閥貴族領から「軍」……皇帝軍への徴兵は可能なのか?農奴から徴兵された兵の、能力やモラルが低すぎる問題はないか?何を報酬として逃亡反乱を防止したのか?など疑問が出てきます。

 それは『現実』の近代史でも重要だったかもしれませんね、農奴制が強いロシアや東欧諸国、貴族が強いスペインなどが近代化する、徴兵軍を作ろうとするときにどうやったのか。

 

 自作農を軍事的に考えたら?

 軍事的に反乱防止の視点、たとえばベトナム戦争での、共産主義者の侵入を防ぐための村のような感じで考えたら。

 特に北アメリカ、今のアメリカ合衆国は自作農が強く、その自作農はライフルを持ちミニットマンとして自分を、自分たちを守る心が強かったものです。それは独立戦争でも存分に発揮されましたし、民兵の延長である州兵は今のアメリカの政治制度でも重要です。

 自作農は反乱しやすいか、しにくいか。

 アメリカに反乱されたイギリスは反乱しやすいというでしょう。しかし、中南米の大地主も結局は反乱しました。

 特にアメリカは、自分で開拓した自作農が集まってわが国を作った、という愛着があるので反乱はしにくいでしょう。中央政府を弱める憲法にこだわり、政府が暴政になったらこの銃で、と銃保有に執着するという面もありますが。

 奴隷より自分で考えて耕し生きてきたので、兵士としても技師としてもその場で工夫できるから能力が高い、となるかもしれません。逆に支配する側は自立心は嫌う、生来の奴隷の方がいいかも……どちらでしょう?

 大規模地主は、奴隷たちが宗教や共産主義にはまって反乱しそれが国までひっくり返すリスクがある……小作農ならそのリスクはない、むしろ共産主義から自分たちを守ろう、という立場になります。

 

 大規模地主……貴族や騎士ということもありますし教会であることも……は、自分の利益のために小作人たちから徴兵できます。

 国の戦争に協力するより、自分の領土を守ることを選ぶでしょう。逆にうまみがあれば、ナポレオン戦争以前に自分で船を買って私掠船をやった人がいるように、略奪目当てに王の戦争に参加することもあるでしょう。また信仰のために十字軍のように兵を出すこともあるでしょう。

 スペイン帝国は新大陸からほとんど徴兵できませんでした。反面、イギリス帝国はインドなどからかなりの徴兵ができています。船やシステムがかなり違うわけです。

 南北戦争も南部の巨大地主が集団となって起こした内戦であり、貴族たちは勇敢に戦いました。

 本来は巨大地主は、小作人を追い出して大規模機械農場にする動機があると思いますが、歴史的にはそれは少ないようです。むしろ工夫をせず伝統的に過ごす、極端な保守であることが多いようです。

 小作人は工夫をしないから生産性が低い、というのも大規模地主の常です。

 

 

 いくつかのプランテーション作物は、消費側のヨーロッパにも大きい影響を与えています。

 砂糖。紅茶。木綿。それらは、庶民も楽しむようになったのです。

 近代西洋の豊穣は、庶民に贅沢をさせる。

 それこそが歴史的に異例、異常なことです。それまではどれほど豊かな帝国も、庶民は同じように飢えていましたから。

 ……産業革命期の、イギリス工場労働者の悲惨は多く知られています。しかし、工場から逃げて農村に戻った人は少ない……当時の農村よりマシという可能性が高い。

 現に当時のイギリスは、人口が増えています。餓死する子より育った子の方が多かったのです、以前とは違って。

 

 いくつもの要因が指摘されています。

 新大陸による木材枯渇の克服。イギリスの可航河川に近い良質な大炭田。

 輪作などによる農業革命。動力をもたらした産業革命。後になってまず通信・航海を、さらにあらゆる産業を爆発させた科学革命。

 その見えない基礎となった、私的所有権を尊重する、「法」を尊重する……中国の法家とは違う……、科学も容認する社会システム。

 

 民が豊かに……それには、ペスト後の英仏の賃金上昇もあったかもしれません。

 とにかく産業革命が進み、市民革命が起き……あるとき。豊かな民が増えたのです。

 染めた木綿の布を着る。それを何度も洗濯する。さらし粉が発明され、多くの油を消費する石鹸ができる。石鹸のために化学工業がより発達する。木綿を染めるのにも化学染料が発明され、さらに染料から薬が見つかる。

 汚水を飲み伝染病にはしょうがないと耐え祈っていたのが、次々と病気が解明され清潔が普及していく。石鹸が、風呂が……生活に入る。天然痘が、コレラが、壊血病が、脚気が克服される。生まれた子が死ぬことが減り、人口が増える。

 砂糖を入れた紅茶を昼食にして働く。都市住民が牛乳を求める。その器である磁器は、最初は王侯貴族が楽しむ中国からの輸入品、のちにドイツの王は錬金術師を城に閉じ込めてマイセンを築き、ウェッジウッドの親戚だったダーウィンは働かずに学問暮らしができる富を得ました。

 それらの、代金は?

 需要は、「欲しい」と「お金を出せる」の両方がなければありません。どちらかだけではだめ。

 貨幣。銀。

 スペインは銀をイタリア諸都市やイスラム帝国に流し、そのかわりに貴族用の香辛料などを手に入れるだけでした。庶民とは関係がなかったようです。

 しかし、他にも多くの銀の源がありました。江戸時代初期の日本も膨大な銀を海外に輸出しました。中国も銀を求め、同時に支払いました。

 ただ、金銀だけでは何の価値もありません。スペインがフランスさえも征服できなかったように。

 必要なのは、信用……金融・株式会社・保険、徴税・国債などが一体化したシステムなのです。紙幣にもなるほどの。それもヨーロッパで多くの国が試行錯誤し、苦闘したことです。

 

 中国は銀を手に入れました。インドも金銀を底なしに吸っていきます。ですがどちらも産業革命にはなりません。

 本質的には、銀鉱山があっても掘り終えたら終わり、でもたとえば茶畑・桑畑があって、茶や絹と銀を交換し続ければ、畑を持つ側が長期的には優位……

 ヨーロッパは航海術に飽かせて世界中から多くの金銀を得つつ、経済システムも変えました。それは国家というものができることとも深い関係を持っています。

 

 まず、近代国家・絶対王政のはじまり……国家というものは、とても貧乏です。

 明治日本も嫌というほど貧乏です。とにかく金がないのにやらなければならないことが多いから民を絞る。

 スペインも、王は贅沢をしていましたが、カスティーリャの収入しかありません。ナポリもドイツもカタルーニャも、民から税金取らせろと言ったら嫌だ嫌だ。

 とにかく、大砲や巨大帆船を使う近代的な戦争は、攻めるも守るもやたらと金がかかります。

 それでどうやって、多くの民から税を取るか?

 ほとんどの民は貴族、大地主の小作人、奴隷です。それから税金を取ろうとしたら貴族・地主がとても嫌がります。

 江戸時代の徳川家が、藩の民から税を取れなかった、直轄地しかなかったように。

 ただ、ヨーロッパには海がありました。

 フランスでジョン・ローはミシシッピバブルを起こし、同時に王立銀行なども作りました。

 イギリスは、ナポレオン戦争のための国債を売り、それを見事に返し切りました。

 それらの近代的な財政制度。また、中央政府の権力が強まり、国の隅々から徴税ができるようにもなっていきました。

 日本史を思い出してください。

 律令制は租庸調、米の数パーセントと、布と労役。

 五公五民とかの、農村から徴税する戦国武将から江戸時代。……刀鍛冶は税金を払っていたのでしょうか?冥加金や財産没収などはありましたが、安定した税金はあったのでしょうか?

 そして明治維新。年貢から地租改正……固定資産税と同じ、土地価格を基盤とした定額金納。そして酒・タバコ・塩の専売・徴税。今も酒やタバコは膨大な税金がかかっています。

 それぐらいしか税を取れなかったのです。物々交換からも、自給自足からも、消費税は取りにくい。

 

 宇宙SFで、税金をどう取っていたか……残念ながら心当たりはあまりありません。

 筆者が忘れているだけ、いいかげんにしか見ていないだけかもしれません。

『レンズマン』では、レンズマンは無限に徴発できますが、同時に極端に豊かで効率的で腐敗と無縁だから空前に税が少ない、と覚えているぐらいです。

『銀河英雄伝説』ではラインハルトの、公正な税と公正な法、という言葉がよく知られています。

 貨幣がない『スタートレック』の惑星連邦はどうしていたのでしょう?軍艦を作るための力は独立採算で無税?でも国家が税金を取らないことも、産油国のように政治参加がなくなって国が腐る元と言われています。

 

 税と徴兵で近代国家ができ、さらに鉄道・鉄条網・機関銃が加わって総力戦になった……その変化に応じるように、多くの国は退役兵に年金を与え、年金制度を広め、労働組合を認め、女性の参政権を認め……と次々と民に譲歩していきました。

 同時に民は圧倒的に豊かになっていきました。アメリカの貧困層でも自動車やテレビを持ち、屋根の下で生活しているほどに。

 といってもその流れはある時点、オイルショックで止まり、格差拡大の方向になっているのですが……それは技術の限界なのか、それとも別の理由なのか。コンテナができた時点でグローバル経済による格差拡大は不可避だったとも思えます。

 

 その過程でいつか、西洋の庶民が、砂糖や木綿服を買うことができる貨幣を得たのです。なぜか。そして限りなく欲しい欲しいと求め、働き、給料を受け取り、買い、投資しました。

 中国やイスラムは、需要もありませんでした。民は貧しいままであり、王侯貴族もヨーロッパの産物をあまり欲しがりませんでした。

 イスラムは、一時工場を欲しがったりしたこともありますが、それを使い続けることができず廃墟としました。また、イスラムに翻訳された西洋の本は異様なほど少なかったそうです。

 中国も、イギリスが交易を求めた時に、そちらのものは全部いらない、うちにはなにもかもがあると言いました。

 逆に、イギリスは中国の茶と絹が欲しくて仕方ありませんでした。最初は銀で買っていましたが銀が尽き、アヘンを売りました。

 三角貿易……アフリカから奴隷、奴隷をアメリカ大陸に運んで原綿、原綿をイギリスに運んで機械で織ってアフリカに……この循環は、アフリカが木綿織物を欲しがらなければ断ち切られてしまいます。

 需要が世界を作ったのです。

 需要がなければ宇宙商人も、いや宇宙海賊すらも仕事がありません。

 需要を深く掘り下げた宇宙SFは……

 

 

 さてここで、一般市民の生活水準……特に高い宇宙SFは?やはり貨幣がない『スタートレック』でしょうか。

 ある意味ディストピアに近くなる、発達しすぎて退廃したいろいろなSF?

 たとえば『火の鳥 未来編』の25世紀、人類が絶頂に達した時代のように?ただし『火の鳥』では、人類が宇宙に進出する時代でも『復活編』で植民星の生活は手足がしょっちゅう失われて闇の移植用人体商人が横行していたり、『望郷編』で地球入国を禁じたりなど、それほど豊かな印象はありません。

 

『スーパーロボット大戦OG』は、多くの技術は手に入れコロニーなどもできたけれど、庶民の生活に回す余裕がないと言われます。浅草の光景などは今とさほど変わりません。

『ガンダム』の宇宙世紀は、『ガンダムUC』でもまだ貧困なコロニーが見られ、それがスペースノイドの憎悪、ジオン残党が戦い続ける動機となっていました。本来ならコロニーをもっともっと作れば……工場も、ファーストガンダムにあったテキサスコロニーのような牧場コロニーも、豪邸多数の居住コロニーもたくさん作れば、全員が広い家で毎日ステーキを食う生活をすることは可能なはず……しかしそうはなりませんでした。

『2312 太陽系動乱』では地球に極端な貧困が残っています。

『真紅の戦場』『宇宙兵志願』などは極端な貧富の差、横行する犯罪が、経済的徴兵の変形を作っています。

『孤児たちの軍隊』は異星人の激しい攻撃で多くの孤児が生じ、その中で犯罪を犯した者から兵力を得ています。

 

 

 

 庶民を豊かにするか否か。

 逆に、庶民が豊かだとしてももう一つの疑問……それは誰かの犠牲の上にある贅沢ではないか。

 今の、この『現実』における、今の筆者……日本人の贅沢な生活は、世界中で多くの奴隷を踏みにじっているのでは?

 不平等は必須なのでしょうか?

 今の日本の論者では、資本主義は搾取がなければ続かない、もう搾取できる辺境がないから資本主義は終わった、という人も多いです。

 搾取のない経済的繁栄が、あったことがないことも事実です。

 SF作家も、それはどちらが正しいと思っているのか……ストーリーの為には戦争が必要、戦争のためには悪の帝国が搾取していなければ、ともなるでしょう。

 

 さらに、『現実』のこれからの時代は庶民の豊かさが必要かどうか……それ自体が問題となります。よりいっそうロボットや人工知能が進歩したら、人間の少なくとも多くが用なしになる可能性があるのです。

 逆に豊かすぎて兵士としては無能になったのだ、貧しく厳しく鞭打って育てるのが正しい、という人もいます。

 多くの人間が用なしになったら、兵士としても技師としても役に立たなければ、国力のために必要ではなくなってしまう。国家にとっては廃棄する方が国益になってしまう。

 少数の富裕層が子孫を、要するに頭がよくなるようにしたら、平等が消えてしまう。民主主義も法もぶっ壊れる。

 

 さらに一般論として、私有財産を尊重する制度が近代、豊穣を産んだ……だがそれがレッセフェールに傾くと格差が際限なく拡大する。

 どうすべきなのか。

 

 宇宙という広い舞台で、経済の、国家の一般論がどう変わるか……

 

 そして、宇宙戦艦SFで、作物・庶民生活・土地制度史・財政・需要・貨幣などについての知見が乏しいのは、単に筆者がよく読んだり見たりしていないのか、それとも作者がそこまで考えていないし読者も求めていないのか……



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損益分岐

 今回は以前の話とかなり重複します。多分それは今後も多くあるでしょう。新しく本を読み、新しい宇宙戦艦作品を読み、考え、とやっているから書けているわけで。


 投資し、回収する。利子率。

 税率。

 

 ことの本質は、利子率と投資収益……一億円借りその一年後の利子が何%か、その一億円で始めた仕事が一年後に一億円+何%の利益を出すか。

 それだけです。利子より多くの利益が得られるならやるほうが得、利子が上回るならやったら損。

 利子が3%で金が104%だったら1%儲け。利子が20%で金が115%だったら5%損。利子が1%でも金が94%なら5%損。

「一年」とは限りません。昔の、極度に不安定な時代では一年も待ってもらえません……カラスがカアと鳴いたら一割、一日一割のカラス金というものすらありました。十一(といち)、十日で一割という言葉も。今は四半期しか考えない経済ともいわれます。多くのチェーン店の正社員は、前年比という言葉が世界のすべて。

 また、20年かかる事業もあり得るし、利益が出るまで何百年もかかる事業もあり得ます。ソ連には五カ年計画という言葉がありました……五年を基準としたわけです。それは大恐慌時代には巨大な優位となり独ソ戦の勝利ももたらしました。マイナス面に目をつぶって結果だけ見れば。

 当たれば巨大、でも1000に999は失敗するタイプの事業もあります。今のベンチャー投資がそうだと言われていますし、大航海時代の船も高い確率で沈みました。

 

 逆に言えば、事業に投資して、何年かしたら増えていることが多い。それが、利子というものを生み出します。

 期待値。ギャンブルが愚行である根拠、パチンコでも競馬でも一日遊べば損も得もあるが、それを千度繰り返せば確実に預金は減っている。その分がパチンコ屋の電気代、馬の餌代になっている。逆に利子がある、経済が発達しているときの投資は、広く分散したら長い目で見ると儲かる。……世界全株投資でも損になるんだったら人類自体が投資不適格。その状態なら、実際には利子率が低すぎる。

 ……まあ利子が禁止されていても、凶作に備えて麦や米を集め、一隻に全賭けして胸の肉を取られそうになった後は何隻もの船に分散投資することもあったでしょう。それは保険の源であり、税の源ですらあるでしょう。

 

 ついでに注意すべきこと……古代中世は、全体の経済成長としてはものすごく停滞しています。利子率は経済成長率と今の経済ではほぼ同じですが、それは今は世界全体が一つの経済で、自由競争があるからです。無数の、関係がない小社会に分かれ、貸し手も貨幣も希少だった昔は、世界全体の経済成長率はものすごく低く、同時に金を借りようとしたらめちゃくちゃ高い利子を取られるのが当然でした。

 世界全体で利子があるということは、世界経済・生産全部が拡大している、ということでもあります。

 

 税も、貸す側にも借りる側にも負担になります。利子率にプラスされる、でしょうか。

 貸す側は利子を奪われ、借りる側にとっては利子が多いことになります。

 さらに政府の時代水準によっては、賄賂・徳政令・矢銭など、実質的には巨大税が不安定……いくら取られるかわからないから安心して投資できないわけです。

 インフレという実質的な税金もあります。材料費や人件費が高くなれば利益も減ります……売り上げも増えるかもしれませんが。

 

 

 ほぼ同じこと、低い枝になった木の実だけを取って次の木に行くか、それとも梯子を作って高い枝の実もとるか。

 手を伸ばすだけの投資、梯子を作って登る投資。実際には低い枝なら、隣の木まで歩く投資も加わる。

 インカ帝国の黄金、リョコウバトやオオミズナギドリの絶滅は、まさに低い枝になった木の実。おそらくは、イースター島の住民を奴隷としたことも。

 低い枝になった木の実を取る。少ない投資、短い時間で、大きい利益が得られる。だから利子が高くても儲かる、利子が高い世界でも仕事を続けられる、というわけです。

 ただし、低い枝は世界的に見て多くはありません。だから奪い合いになるでしょう。といっても高い枝に登れる梯子は、暴力が横行する世界では誰かが奪って薪や槍柄にするでしょう。種籾を奪って食うモヒカンのように。

 

 交易ではなく侵略、というのも低い枝になった木の実を取る行動です。相手が改革を成功させるのを待ち、人道や国際法を守った交易の価値を理解するようになるのを待つ……それよりぶちのめし滅ぼして玉座を覆う黄金をひっぺがして溶かして持って帰る方が、短期間で利益になるでしょう。感情も満足させますし。

 

 スペインは、低い枝になった木の実を食べて衰退しました。低い枝の実には、遅効性の毒があるようです……いや、普通だっただけ、イギリスが奇跡だっただけ、かも。

 

 また、低い枝の実を取ることの多くは、原住民の奴隷化など残虐行為を伴います。……まあ『現実』では開拓も虐殺の結果ということが多いですが……

 単に普通の工場や居酒屋でも、賃金を下げ労働時間を長くし……と労働環境を悪くすれば、それだけで利益は増えます。利子率が高くても商売になります。

 また歴史上多くの、特に植民地や遊郭や鉱山などでありましたが、利子が高いと、働いても利子が増える方が早いため実質奴隷、という状態になります。

 基本的には、ストーリー上の都合もある「悪の帝国」も低い枝の実を取っていると思われることが多いです。それを深く掘り下げると矛盾が出そうです。

 長時間教育して高度な機械を使わせるのは時間がかかり、その間利子を払うことを待ってもらえなければ商売は潰れます。

 人を残酷に扱うほど、高い利子率・短い利子回収期間でも事業が続けられるわけです。

 そして、そんな連中が横行している世界では、利益率が低く投資回収に時間がかかる、人道的だったり持続可能だったりする経営は競争に負けて消えるでしょう。

 

 大切にしていても死亡率がすごく高いなら、搾取した方が儲かることもあるかも……ただ、ほとんどの人が半病人、普通の現代の先進国人の半分の力もない、それを鞭で働かせるのは本当に儲かるのでしょうか?

 農業での、集団農業と自営農業の差もあります。

 またアメリカで奴隷が解放された後、給料を払うことにしたらすごい生産性向上があったとも……というか奴隷は農閑期も食わせなければならないし、働きが悪いと殴り殺したらまた大金払って買わなければならないけれど、賃金労働者なら農閑期・不況・天候不順・無能で遠慮なくクビにし必要になったらまた雇うことができた、と。ついでに奴隷がいなければ機械化をして、一時は苦労したけど長い目で見ると大儲けだった、と。

 

 人も土地も資源も使い捨て、極端に少ない投資から短期間で利益を得る、それ以外が競争で負ける経済があると、機械や大規模灌漑に投資されなくなり文明全体が爆発的に成長できなくなるでしょう。

 奴隷か、機械か。このせめぎあいがどこにでもあります。

 利子率そのものより、利子回収の借金取りが来るまでの期間の長さ。それが短ければ奴隷が有利になり、長ければ機械で高い利益を出せます。

 

 

『現実』の現代も、多くの国を貧しくして本当に偉い人たちは儲かったのでしょうか?1990年ぐらいからアジア各国、さらに最近はアフリカでも高度成長している国はあるけれど、そのほうが世界一の金持ちたちが儲かるということは?

 そうなるとこの問い。アメリカの特権階級たちは、カナダがメキシコのように貧しくなるのと、メキシコがカナダのように豊かになるのと、どちらがうれしいでしょう?

 後者のほうがアメリカの特権階級は儲かる、と確信できますが、人には心があります。それに豊かになったメキシコが最新兵器を作りまくったらアメリカは怖いかも。

 

 さらに別の問いが浮かびます。多くの人、特に金と権力を持つ人は、「先進国の中の上」と「中世暗黒時代の貴族」どちらになりたいのでしょう。

 先進国の中の上でも、自動車とエアコン・水洗便所があり、スーパーで何千種ものスパイスを買えます、数分の労賃で。飛行機で海外旅行をすることすらできます。ただしあらゆる人と法の下の平等にあり、またたいていは上司や銀行、税務署に頭を下げて暮らしています。部下たちに対しても法や常識通りの扱いしかできません、たいていは。

 中世の貴族はスパイスもエアコンも冷蔵庫もなく、大半は10キロ遠くにも生涯行くことがなく、10人産んで2人生きればいいほう、石鹸すら年に一個使えるかどうか。ただし何百人かの領民の生殺与奪を握り、絶対服従と崇拝を得、ろくな理由もなく人を拷問処刑してもとがめられず、初夜権さえあります。

 さて、どちらが望ましいのでしょう?貴族を選んでコカインがないことに絶望したら笑ってやりますが……

 

『ガンダム』の宇宙世紀、また『真紅の戦場』『宇宙兵志願』、『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝などは、後者を選んでしまったのではないでしょうか。

 豊かさよりも、身分制度を維持することを選んでしまったのでは。

『星系出雲の兵站』では、地方星の利権を守るため、身分・格差社会の維持のために、異星人との戦争のため工場を効率化しろと求める中央に反抗する人々が描かれました。

 いや、『自由の命運』に、中南米やアフリカの多くの権力者は経済成長ではなく身分貧困国を自覚的に選んでいると……

 

 また、筆者が『現実』を見て恐ろしいのは、ニーアル・ファーガソンやタイラー・コーエンが、もう低い枝になった木の実は尽きたと宣言したこと……

 それは科学技術についての全知を主張してもいます。日本の岩波系・良心的知識人も同様です。

 その全知を信じない、という以外にできることがないんですよね、本当に科学技術が今が限度なら人類は破局しかありませんから。温暖化が嘘でも放射能が無害でも、銅や燐が尽きた時点で。

 

 そして、社会・世界全体の利子率……それは、全体の経済成長率、GDP成長率ともかかわります。

 世界が経済成長しているか否かでもあるのです。

 株式投資、銀行預金……資本が、競馬場のように長い目で見ると損をするものになるか、それとも十分な額を世界全株に薄く投資すればほぼ確実に得になるか。

 ノーベル賞の、ノーベルの遺言。遺産を賢明に投資してその利子を賞金に。ノーベルの遺産がどれほどの大金でも、なぜ百年以上続いているか考えてください。答えは利子です。

 利子率がゼロあるいはマイナス、世界経済自体がマイナスなら、ノーベル賞はあり得ません。

 年金も……年金は本来、毎月一定の金をローンと同じように出して、それをいい株や優良国の国債に投資して、その利子を老後に毎年受け取るものです。それは今や崩壊し、事実上国が税金で出すものになってしまいました。

 おそらく諸保険も、保険料収入より本当は投資収益が重要だったでしょう。

 そしてまず間違いなく財政も、経済成長がなければ……事実上、ネズミ講の一種と言っても差し支えありません。……近代経済、近代文明、近代国家はそれ自体がネズミ講だった、というそれこそMMR、どの人類滅亡ネタより絶叫ものです。

 

 だから筆者にとって今の『現実』は怖いし、納得できない謎もあるのです。

 超低金利が続くことを重大な危機と警告する経済論者もいます。実際に長いこと利子率、経済成長が低く、長期停滞も言われています。

 筆者が納得できない、恐怖を感じること……長期停滞論争にもあったこと。利子率が低い、低利子で金を借りられるなら大事業をするチャンス。なのに誰もやっていない。アベノミクスで資金がじゃぶじゃぶと言われても。

 人類は、マレー半島横断運河すら掘る気配がない。じゃぶじゃぶの資金と言われても。バブルとその崩壊が繰り返されるだけで。

 それはもう、テラフォーミングの途中の星が放棄された連邦末期や、同盟末期のウルヴァシーさえ思い出してしまいます。

 ……ヤンの年金の低さも、利子率が下がっている、経済成長していない、年金基金が投資している株の配当が悪いからかもしれません。

 

 

 

 投資収益率と利子率。それに税などを加えた損益分岐。多くの作品について、それを考えることは可能でしょうか。

 

 ガンダムの宇宙世紀、スーパーロボット大戦OGの世界は、その気になればどれほどの経済成長・人口増が可能でしょうか。

 無限のコロニー。無限の食糧。無限の工業。無限の艦隊。無限の人口。

 ヤマトも可能です。

『銀河英雄伝説』も。『航空宇宙軍史』も。『彷徨える艦隊』も。『真紅の戦場』も。

『スターウォーズ』も。『老人と宇宙』の、コロニー連合のみならずどの種族も。

 小惑星を掘り、スペースコロニーをつくり、それで食料を増産し、その食料で増やした人口を宇宙鉱業と工業につぎこむ。

 マクロスも。プロトカルチャーが作った、住める巨大船を多数つくる全自動工場、それ自体を分解し分析し複製すれば。

 利子の一部を元本に加えて再投資する、複利と同じく。

 それだけでいいのに。

 

 どの作品もその方向を選びません。いや、『現実』でも多くの国はそんな方向に行けません。

『タイム・シップ』のモーロックだけでしょうか。『スタートレック』もそれに近いでしょう。

 その理由に、投資収益率と利子率の問題はあるのでしょうか。

 あるいは別の理由でしょうか。

 ゆっくりした指数関数増殖を選べない理由が。

 指数関数につながるキー技術は自己増殖性自動工場。『時空大戦』は前述のようにそれがありましたが、指数関数の序盤のなだらかな時に攻撃され活かせませんでした。

 

 ……指数関数の性質。長い目で見るとめちゃくちゃな増え方をする。ただし、かなり長いこと増え方はなだらか。

 短い期間しか待てない、短い期間で高い利子を求める経済・社会は、指数関数を容認できない。

 それがすべての本質……

 

 農民の赤子を餓死させ、開拓用斧を買うことを諦めさせても税を取れるだけ取る、にもつながるでしょうか。赤子が育ち斧を買い隣の森を開拓して畑にすれば、二十年後税が倍になるかもしれない、でもそんなことはさせない。

 複利、収益の一部、余剰を元本に追加することを許さない。その分も、利子として、税として取る。

 人間が強欲すぎ、人を服従させる、税を略奪するのが容易すぎ、それが快楽にもなり、考えが短期的すぎること……

 

 

 またおそらくボトルネックがあり、それによって「その世界の従来通りの投資収益率」>「その世界の利子率」>「指数関数増殖の投資収益率」になるのでしょう。

 

 共通する本質は、原子番号転換技術の有無、また低品位鉱山を利用する技術の低さでしょうか。

 あと食糧生産技術、閉鎖生態系維持技術、自己増殖性機械の有無・安価高価・規模……ほかに何が考えられるでしょう。……それこそ利子率や税金がすごく高い?いや、大きい資金を集めることが難しい、最初の利子を払うまで待ってもらえる時間が短い?

 

 今の筆者の知識で、地球の近くに二種類大規模な水耕農場を作ることができます。

 ひとつは水星。太陽に近い岩石惑星。強烈な太陽の光を鏡で集めて無限にエネルギーを得る。それで質の低い石英ガラスを多量に得、水とアンモニアは小惑星や木星衛星からでも運んで水耕農場を作り、強い日光に当てて大量の農産物を得る。

 もうひとつは小惑星帯から木星衛星~冥王星。地球の海より多い水と炭化水素、すぐ近くで無尽蔵のケイ酸塩とニッケル鉄。核融合炉、または可能なら太陽のすぐ近くを周回する鏡からの日光でエネルギーを得る。

 どちらも、「水が豊富で緑が多い」地球型惑星の優位を変えるほどではない、水が豊富な地球型惑星を開発するのに競争で勝てない、それに投資する収益より利子率の方が高い、ということです。

 

 また考えられる、指数関数増殖……移動要塞が資源小惑星を食う。内部で水耕農場の小麦を食った女が子を産み、育て、教育して技師にする。内部の工場で、自分の部品すべてを、部品を作る工場の一番もとになる部品……『現実』では定盤、とてつもなく平坦な金属板など……から作る。

 それで、人間と機械をすべて倍にできれば、あとは指数関数。

 どれほど時間がかかるにしても、あっというまに銀河の資源を食い尽くし、とてつもない人口になる……

 それができなかった理由は、投資収益率と利子率のはず。……政治による厳禁も考えられますが。

 もう一つ、「地球型惑星以外には価値のある鉱山がない」という、多くの宇宙SFの語られない前提も考えられます。

 

 戦争の圧力もあるでしょう。大砲とバター。バターどころか大砲工場と大砲を比べる末期戦、だから勝利できず、とことん金が要求される。

 その金は高い税金になり、結果的には利子率+税金が実質的な利子率となり、多くの事業を不採算とする。結果的には長い目で見れば生産力が爆発しない、むしろ低下する。

 戦争は自由も奪う。勝利・防諜のために言論・思想統制が激しくなり、それは科学にも及ぶ。内戦も暴力を伴う権力闘争につながり、科学統制はより残忍になる。

 

『真紅の戦場』ではオートメーション化より、超低賃金労働のほうが安い。それだと技術に投資しません。

 これは『現実』でも極めて重大な問題です、実際牛丼やラーメン、ハンバーガーが無人化されていないことも。歴史的にも、古代ローマ・中国・日本が産業革命に至らなかった理由としても。

 さらに人間の使い捨てが可能になってしまえば、ある意味労働力の資源の呪いさえ発生します。それは確かに投資収益率は高いですが、指数関数増殖からは遠ざかっていきます。

 奴隷制のある『銀河英雄伝説』の帝国なども、同じ気づかれない呪いはあるでしょう。

 そう考えると、人道的な方向に向かった『叛逆航路』はもう少し時間はかかりますが大きい経済発展につながる可能性もあるのです。

『真紅の戦場』がどの国も、超絶に不自由で残忍な統治、ゆえに超低賃金労働……それはひどい核戦争で、生きることさえ難しくそのため自由や参政権などみんな捨てたから。

 だとすればそれは、『銀河英雄伝説』『タイラー』など多くの核戦争やそれに近い破局を過去に持ち、自由民主主義ではない作品に共通してしまうでしょう。

 

 

『銀河英雄伝説』の、ゴールデンバウム以前の連邦の時代は?

 低い枝になった木の実、容易にテラフォーミングできる星。

 自由惑星同盟初期も同じく、低い枝になった木の実が豊富だからこそ。

 それが止まった……連邦は苦しみのあまりルドルフにすがり、同盟も爆発的な成長で帝国を圧殺するには至らなかった。なぜでしょう?

 明らかにダゴン、帝国と接触し帝国軍を撃退するまでは、16万人から数万隻までの指数関数増殖があったでしょう。しかし、それは百億人前後で止まってしまったのです。

 前も考察しましたが、ダイリチウムやイスカンダリウムのような特殊資源ではないはずです。そうだとしたら、同盟発見後の帝国は密輸で爆発的に成長していたはずですから。

 根本的には、テラフォーミングさえ中止された、ということがあります。それは自由惑星同盟にもゴールデンバウム帝国にもあります……同盟ではウルヴァシーやエル・ファシル、帝国ではヴェスターラントが、居住可能でありながら繁栄していません。ウルヴァシーなどはテラフォーミングが完了しているのに利用されていないというひどさ。

 なぜ。

 テラフォーミングはおそらく時間がかかるでしょう。初期投資も大きいでしょう。利益が出るのは遅いでしょう。その点は自己増殖性機械と同様の、指数関数経済の弱点があるはずです。

 

 テラフォーミングと、ガイエスブルクのような移動要塞が自己増殖するのはどちらが優位か。兵器機能を省けばもっと安く作れるでしょう。

 普通に考えれば、適当な規模の、近傍で水氷・炭化水素・アンモニア・ケイ酸塩岩石・ニッケル鉄が実質無尽蔵に得られる小惑星群は、同盟領域だけで何百億、いやもっともっと膨大でしょう。

 そこで、人間が生活し戦艦建造に至る、それが機能していれば兆どころか京、それ以上の単位の戦艦……帝国など一蹴できます。

 逆になぜ自由惑星同盟は、指数関数的自己増殖という兵器を用いなかったのか……それを問題とすべきです。

 ウルヴァシーのテラフォーミングを完成させ、巨大な艦船工場とベッドタウン・技師学校・産婦人科小児科病院を作る。

 エル・ファシルに十分な防衛艦隊基地をつけて開拓する。

 どれも投資収益率が、許容範囲より……利子率より低かったようです。

 外伝のエコニアの話で、水が豊富で緑が多い惑星には大人口がある、とありました。

 逆に言えば、水耕農場・生命維持機構、いや水を運ぶことが高価であることがボトルネックと思われます。

 エコニアやヴェスターラント、いやフェザーンにさえ水を運ぶ計画が遅れています。水運びに投資する金がないのか、もっと儲かる投資先があるのか……それとも収益になるまで待てないのか。待てないというのは、「会社の規則として五年以上待つことはしないと決まっている」のか、「十年待てば三倍になるとしても、それよりホロ映画株がずっと儲かる」のか。

 

 フェザーンと地球教の影響……帝国に常に軍事力を出させることで、同盟に指数関数自己増殖を許す余裕を与えない、というのも考えられます。地球教にとっては、ヤンを暗殺したように民主共和制こそ絶対に許せないものですし。

 また、テラフォーミングが最低限の費用でできるし超良質な鉱山も豊富な、すぐに戦艦工場・食品工場・ベッドタウンにできる超優良惑星も少なかったのでしょうか。

 

 

 

『宇宙戦艦ヤマト』の白色彗星帝国は、既存の文明を襲って次に行く文明システムを選びました。とことん、低い枝の実を食い尽くす。あれは、他の文明が多くある限り最も合理的な文明のあり方でしょう。

 古代ローマ帝国も近隣の文明を滅ぼし、多くの奴隷と貴金属を得ました。のちにはエジプトという大穀倉も。でもそれが国家予算・経済で重要になりすぎ、市民をまともに働かせることができなくなりました。貴族と奴隷の農園、都市で配給に依存し剣闘士の戦いを楽しみ寄親に寄生する市民という構造ができてしまいました。

 そして、メソポタミア=パルティアが滅ぼして奪うには遠くなりすぎ、補給も無理で戦利品も運べない距離になった時点で自壊に向かいました。

 アレクサンダーになる……本土を捨てて征服行をする、は考えもしなかったようです。

 

『叛逆航路』のラドチ帝国も、拡大をやめた理由は古代ローマとは別ですが、拡大をやめたことによる社会の変動に苦しんでいました。

 

 

 あらためていろいろな損益分岐を考えてみましょう。

 

〇開拓の損益。

 

 低予算=全滅。

 高予算=短期間で大きい収益を上げられなければ損益分岐点が高くなる。

 

 

 ウルヴァシー。連邦末期のテラフォーミングが終わった惑星の放棄。ヴェスターラント。

 どんな理由で、開拓が中止されたのでしょう。

 利子率が上がったのか。

 税が上がったのか。

 むしろ過去の、分断された経済に戻ったのか……全人類の利子率は非常に低い、経済成長は低いけれど、金を借りようとすると利子が法外に高くなる状態か。

 開拓に必要な物資が異様に高価になるか、入手不能になったか。たとえば現実なら、国が戦争をするので火薬がすごく高くなるとか船が徴発されるとか。

 

 フランスが手を出したミシシッピなどで多くあった、開拓村の全滅。

 全滅した開拓村を調べ、必要な費用を見直す。そうなるとやってられるか、損にしかならない、と開拓をやめてしまう。

 たとえばそこには、三年に一度船をやるのが限度だ、となったらそれだと無理だ、になるかもしれない。半年に一度船をやれるだけの、たとえば海図とか経度測定法とか新しい帆の素材とか壊血病予防法とかできれば、開拓が得になるようになるかもしれない。

 

 問題は、長期間かかる収益を許容できる経済か否か。

 さらに。高予算からさらに長く利子・税の取り立てを我慢すれば、指数関数増殖すら可能。しかしそれを選ぶのは本当に難しい。

 

 おそらく、史実にもあった、開拓者の借金。渡航の船賃、最初の農具、工具や釘、毛布、食料……それが借金で、その利子がひどいため指数関数増殖の余裕が出ない。いや、指数関数増殖に回すべき余剰作物が、全部利子として取られてしまう。……それ以上に取られれば、飢えて全滅するにも至る。

 そうなれば、利子を取る側から見れば「採算が取れない、不良の地」となる。

 

 開拓でなくても、根本的に「余剰作物」こそ農業革命、人類文明の本質……余剰作物は徹底的に全部取り立てるのが社会の通常状態。餓死するか餓死寸前か、が普通で、指数関数増殖、複利を許すことなどありえない。

 

 まして宇宙になれば、生きるだけでも大変。『火星の人』では一人を二、三年生かすためにアメリカの宇宙予算ほぼ全部+……

 生きるために外から金を流しこみ続ける。

 逆に空気さえ税を取ることができる。いくらでも絞れる。

 それで繁殖できるとなると……投資側の儲け、利子、そして支援する国家側の税……

『現実』の歴史特に大航海時代以降でも宇宙でも、開拓地は先住民や敵国や海賊に襲われるので、国の軍事力が必須であることが多いです。

 

 

 さらに国が大きくなると、開墾したい人が開拓地に行くまでの距離が遠くなります。旅費は当然借金に加わり、債務奴隷リスクが高くなります。『銀河英雄伝説』の銀河連邦の衰退はそれがあったかも。新しく開拓できる星が遠くなりすぎ、採算割れになった。

 三男が隣の山を開拓するなら、まいた種が実るまでの食物、不作時の食物も実家から届くが、新大陸の開拓地では凶作と同時に船が難破したら全員餓死となります……それも質的な違いになるでしょう。

 

 さらに、故郷に残る開拓者の家族が少数派になれば、開拓に予算が出なくなることもありえます。

 

 開拓の損益を判断するのは、金銭だけでなく政府ということもあり得ます。

 そうなると、スペイン帝国が新大陸からの税として金銀しかなかったように、本国の価値観によって勝手に損益分岐点を決められてしまうかもしれません。

 というかものすごく広い天然コカ森は、絶対立ち入り禁止か焼き尽くして砂漠に返す、でしょう。

 

 

 開拓が進むには、人、道具、開拓する土地、許可、交通手段が必要。

 どれかがなければ開拓は止まる。そうなると、残りが余る……栄養学と同じ「桶の論理」、ひとつでも足りなければ動かない。

 道具や物資、人の種類も桶の論理がある。それで、足りないどれか以外があっても仕方なくなる?

 

 

 いや、それ以前に。

 開拓、それ自体が、どんな得になるというのでしょう。国から見て。投資家から見て。

『現実』では。

 基本的には自給自足農村が増える。

 釘、斧、鍬、本などの需要が増える。ほぼ確実に、牧師などが必要になる。商人も行く先ができる……穀物、麻糸、ベーコン、獲物の毛皮、運がよければ真珠などを買い、釘・塩・本・斧などを売る。

 国の経済規模が少し増える。塩税など税収も少しある。

 鉱山が見つかることもある、特にゴールドラッシュだと膨大な人が集まり町ができ、港を作ってもまだ儲かる。確か南海泡沫なども、鉱物資源が誇張されたと思います。

 ほかにもゴムなど特殊な農業資源も手に入る。

 国内の余剰人を捨てられる。オーストラリアは流刑が流入人口の多くだった。

 ものすごく栄えれば、戦艦工場にもなって戦艦が増えるかもしれない。ただそうなると反乱するかもしれない、そのため軍を駐留させるコストがかかる。

 経済規模が増える、それは国全体の貨幣……信用そのものが増え、それでも利子率が保たれる、経済成長にもなる。そうなると質のいい軽いインフレとなり、国の借金も相対的に減る。

 領土を主張できる。開拓民がいたらとても説得力は高い。

 要衝を確保できる。航路とか。灯を絶やさず灯台になってくれたら最高。開拓民も、敵国が襲ってきたら守備兵力として徴兵できるし、土地案内や軍売春もできるし、鍛冶屋も僧侶も役に立つし、食料や衣類も提供できる。

 植民地の規模が大きくなり、軍港などもできれば、海軍司令官とか植民地総督とか、公務員のポストも増えるかもしれない。

 逆に余計なところを開拓したら戦艦代も司令官給料もかかる。

 あと、王様の威張るネタが増える。スペインの場合、王の称号がまたさらに長くなる。国の威信になる。

 

 宇宙戦艦作品で、たとえばウルヴァシーのテラフォーミングをちゃんとやって入植もやっていたら、似たようなことはあったでしょうか。

 逆にそれがなかったということは、どれも利益になるほどではなかったというわけです。

 同盟~フェザーン重要航路にあるというのに。

 余分な次男三男がいない……それは戦死者が多いからでしょうか。

 豆やベーコンはたっぷりあるのでしょうか?ならなぜそれが人口増になっていないのか……

 

 ただひたすら、人類の領域、国の領域を増やそう、という姿勢で無理に開拓をし、惑星を奪い合う作品も結構あります。『老人と宇宙』『真紅の戦場』など。

 それらは戦争が目的であり、開拓はその手段でしかありません。

『真紅の戦場』はその開拓民が強くなりすぎ、本国政府は抑圧のすきを狙っています、がその経済・資源がなければ戦争に勝てないと痛し痒し。

『老人と宇宙』はとにかく攻め続けていないと、ひとつでも多くのバスケットに卵を分けていないと絶滅させられる、と不安で仕方がないと。

 

 

『現実』の歴史で印象的なのは南海泡沫、ミシシッピ事件。バブル、近代財政、紙幣や国債などあちこちに絡む歴史ですが、開拓の損益という点でも重大です。

 フランスは多くの開拓地、今の大都市や大農場を採算が取れないと捨てたのです。

 またアメリカ独立。なぜイギリスはアメリカの、もう開拓民というには歴史を重ね経済規模も大きくなった人たちを厳しく扱ったのか。皮肉にも、強く豊かでルールを守って交易をしてくれ、狡猾に同盟をしてくれる隣国はイギリスにも大いに得になりましたが。

 開拓民、植民地の搾取と反抗といえば『ガンダム』宇宙世紀、銀英伝の地球政府、『月は無慈悲な夜の女王』『月面の聖戦』『航空宇宙軍史』『2312-太陽系動乱-』などもあります。

 

 アメリカ独立というものがあるので、特にアメリカの多くの作家にとってあこがれる状況でしょう。ほかにも本当はボーア戦争、オーストラリア史などもあるのですが。

 日本人は開拓を、まるで悪夢のように忘れていますが……満州、南洋が引き揚げ・シベリア抑留に至りましたから。しかし北海道開拓が日本を作ったことは否定しようがないでしょう。

 

 

〇農業の損益。

 

 たとえば五公五民だったら、一人で耕せる田が、二人分作れなかったら餓えます。それが損益分岐点になるでしょう。

 再生不能耕作・再生産不能奴隷労働で、やっと収益が出る、という地域や時代もあり得ます……その場合は破局に至るでしょう。

 プランテーション農業は、事業という面が非常に強いです。働く人の生活も生命も知ったこっちゃないからですが。

 今のアメリカの超大規模農業も、ビジネスの面が非常に強いようです。こちらは巨大機械で。

 

 徴税がひどくなりすぎ、また戦乱で略奪がひどくても……実態はほぼ同じ……農民は諦めて耕すのをやめます。

 また、別の仕事のほうが儲かればそちらに行くことも。中国はそれを恐れ、商工業を否定し農業を神聖視する伝統があります。それはほかの文明でもかなり普遍的です。

 

 技術も問題になります。灌漑があれば、それまでは到底耕す価値がなかった土地が素晴らしい耕地になることもあるでしょう。

 土をそこらの棒で掘る農業に、「鉄を作り、クワを鍛える」を入れることで生産量が爆発的に増えることもあったでしょう。ヨーロッパ史で、重量有輪犂が重い質の土を耕せるようになったことで、北ヨーロッパの広大な森林が農地となったことも知られています。

 ほかにも毎年少しずつ加わっていく作物・家畜の品種改良。

 爆発的な発展としてはコロンブス交換も……新大陸の新作物。またハーバー・ボッシュ法、それ以前のグアノやバッファローの骨から化学的に加工された肥料、農薬、今の遺伝子組み換え作物も大きい発明でしょう。

 緑の革命は、批判もありますが膨大な人を餓死から救ったのも事実。そして社会構造をとことん変えました。膨大な肥料と農薬を注ぎ続けなければ、貨幣経済と、世界貿易とつながらなければ維持できない農業に。ただしそれは別の搾取になるとも。

 

 技術によって上がった収穫を、どのように税や利子に対応させるか……地主、投資家、領主の側からも問題があります。

 たとえば江戸時代には、米だけが年貢だったので雑穀やタニシなどは税になりませんでした。まして農村が木綿生産システムと化して干鰯を買うなんてどう処理したらいいのやら。

 

 宇宙となれば、農業コロニーと、さらに食糧生産機械という問題が出てくるでしょう。多くの宇宙SFでは無視することを選んでいますが。

『銀河英雄伝説』では帝国ではルドルフ遺訓のオートメーション嫌い、同盟ではどうやら水耕農場設備が戦艦に乗らないほど巨大で高価であることが、それを止めているようです。

『真紅の戦場』は、工業についての言及かもしれませんが多分農業も、オートメーション化より超低賃金労働のほうが儲かることが生産爆発を抑制しているのでしょう。

 

 

〇鉱山の損益。

 

 これも、あらゆる宇宙SF、そして『現実』では非常に重要である可能性があります。

 たとえば『現実』の今の人類全体の生産と消費。それは、たとえばモリブデンやクロムなど、ある元素資源を掘るのに費用がかかりすぎることがボトルネックになっていることも考えられます。

 あらゆる安定原子番号が、無尽蔵に極安で手に入るなら、もっといろいろ安く生産し、それに見合うライフスタイルになり、世界の貧困層もおこぼれに与っているかもしれないのです。

 

 低品位の鉱山を使う、それも豊穣につながるキーテクノロジーでしょう。核種転換(原子番号を変える)も。

 

『現実』の一般論として、低品位鉱山から鉱物資源を得るには膨大なエネルギーが必要……といっても、エネルギーならあるはずです。波動エンジンも大エネルギー源になるでしょうし、なくても太陽光を集めるだけでも。

 どこかに別のボトルネックがあるのでしょうか。硫酸が高いとか……いやそれはないでしょう、イオにも金星にもいくらでもあるのに。

 何が足りないのやら。

 

 鉱業技術が割と詳しく描かれているのが『彷徨える艦隊』のモーモー、『銀河乞食軍団 黎明篇』などです。

 鉱山は農村とも工業地帯とも軍とも違う、独特の文化を持つ集団になることも多いですね。港湾も独特の文化があるように。

 

 人間の幸福、「鉱業を楽にする」というのも重要でしょうか。

 いくつかの過酷な技術……鉱業。プランテーション農業。産業革命期の工業。

 それらは死に至る極貧に固定される多数の人たちを産み、結果として全体の需要を低下させます。

 それに注げる被征服民、要するに奴隷が多いと、確かに投資収益率は上がり税収も高いかもしれませんが、労働力版の資源の呪いに取りつかれるのが歴史の教訓です。

 この現実では、大規模露天掘りという形で「鉱業を楽にする」ことが実現されています。

 

 それでもレアメタルがボトルネックになる作品が多い、『2312-太陽系動乱-』『銀河乞食軍団 黎明篇』『目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい(リュート)』など。

 

 ただ、宇宙に手が届けば、多数の鏡で小惑星核を加熱融解して高速回転させれば密度順に遠心分離できるはず。

 

 

 農業、鉱業……そして運輸、情報、軍事、教育や警察、上下水道や港湾の構築……それらあらゆるものや仕事が集まって、初めて戦艦工場が動き始めます。

 そう考えると、工場が損にならない、採算が取れるというのがどれほど偉大なことか。

 

 

〇征服の損益。

 

 ローエングラム朝の新領土獲得に、どんな利益があるでしょう?

 ラインハルトは何を得たか……戴冠のきっかけと自己満足だけ、ラグナロクから新領土戦役までの死者を、かかった費用を合わせたら……

 今後軍事費を削減でき、交易ができるようになる?

 

 征服で得られるもの。

 農地。余剰人口が移住できる先。

 鉱山。

 人口……奴隷、使い捨て、生贄、同化、皆殺しや居留地送り……

 文化……人の文化、文物。というか昔は、敵国の神像を神官ごと焼いてやっと勝利の実感を得られたものですが。

 手っ取り早く金銀宝石。青銅でできたいろいろなもの……旧約聖書には膨大な祭器リストがあります。

 産業。工業基盤や工業機械。第二次大戦では、工業機械の奪い合い、さらにロケット技術者も旋盤のごとく奪い合われたものです。

 要地・要衝・交通路。

 安全保障。

 威信・名声。宗教的満足感。宗教が目的なら奴隷もなしの女子供含めた皆殺し・砂漠化して物質的な得はゼロでも満足できるでしょう。

 

『三体』はかなり切実な生存のため。『ヤマト』のガミラスやディンギルも一応生存のためです。

 

『現実』は筆者の資料探しが足りない、英語・フランス語・スペイン語に手を出す根性がない、というか読んだことがあるのに度忘れしてるかも、と思いますが、侵略・征服そのものの損益を数字つきで出した本は覚えがありません。

 

 戦国時代の日本、たとえば美濃や甲斐を落とした織田信長や、春秋戦国、三国志、さらに古代ローマ、そしてスペインの中南米やフィリピン、ポルトガルのインド洋各地、イギリスのインド征服、明治日本の朝鮮併合、アメリカのアラスカ購入……

 アレクサンダー、チンギス・ハン、ムハンマド……

 儲かったのでしょうか。ちゃんと帳簿はつけたのでしょうか。

 信長が美濃を落とし、それで三万の軍を作って六角三好に圧勝して上洛を果たしたことを見れば。征服で領土が広がる、領土が広ければ税収も徴兵人数も増える、で軍事力を増す。軍事力が増えれば楽勝になり、もっと領土を広げられる。それは天下統一に至る、確実な利益になるようです。

 ……といっても日本の戦国も中国の春秋戦国も、強くなってきたらお家騒動や周囲の危険視~包囲攻撃で潰される勢力が多く、統一には時間がかかるものですが。

 

 あと大航海時代以来長きにわたり、「広い領土を持っている国は偉い」という価値観があったらしい……アホか。儲からなければ、それはただの不良債権と言います。

 広い領土は守らなければならない国境線が広いだけ。しかも得た領土の内部もいつ反乱になるかわからない。底なしに軍事費と人材を吸われます。母国に用水路や鉄道を掘り、製鉄所を経営できるであろう人材が。

 

 征服か内政か。大砲かバターかにもつながる、決定的な分岐になります。

 自由惑星同盟も、イゼルローンを落としての帝国領侵攻は、まさに内政ではなく征服を選んで自爆したわけです。軍事費を削減して減税、民間に人材を還流させて生産を増やすのではなく、攻めることを選んでしまった。軍縮に耐えられなかった。

 ラインハルトの同盟征服もその点は似ています。

 近代であっても、ナポレオンやヒトラーは征服した敵国の、宮廷の金銀、美術品、債券などを手に入れて戦費に当てました。それが循環する限り、とんでもない金額が一気に手に入ったわけです。

 

 まあ、それこそガミラスが地球を攻めるの自体、何でそんな遠くからわざわざこんな小さな……ほかに住める星なかったのかい、と誰もが思ったでしょう。

 そのツッコミに応えるためもあり、『タイラー』は居住可能惑星がすごく少ない、としてしまいました。

 結局は、「居住可能惑星主義」があるから征服がある、穴を掘れバカ、ですむわけで……

 

 

 

 結局、機械より奴隷を選ぶ。

 利益が出るまで何年もかかり初期投資も膨大な機械より、少ない投資で短期間で利益が出る奴隷経済、森林皆伐を選ぶ。

 経済、金融……資金を用意し利子を取る側が、大きい資金を集めず貸さず、最初の利子を払うまで長く待たない。

 高い利子を短期で払わなければならないことは、短い時間で見れば高すぎる損益分岐点と同じであり、とんでもなく品位が高い鉱山以外掘らない・森を皆伐することに通じてしまう。

 その罠が『現実』も、思ったより多くの宇宙戦艦作品も、指数関数という無限の生産への道を選ばせない。

 それは「欠乏」の精神でもあります。

 

 そして『現実』は?

 なぜ、マレー半島横断運河も掘らないのでしょう?

 なぜ牛丼を人がよそっているのでしょう、いまはなきコンビニam/pmの、低温冷凍庫からの強力電子レンジ解凍加熱弁当をロストテクノロジーにして?

 

 指数関数。将棋盤に1、2、4、8、16、32と置かれる米粒。最初はなだらかだが、一度加速がつけば何よりもすさまじい増大をする。

 でも人間の、強すぎる欲望と政治構造がそれを許さない。黄金の卵を産むガチョウの腹を切るより愚か……ガチョウのヒナがかえるのに、その前に殺す。

「全部よこせ、お前たちなど家畜以下だ」

「奴隷を使い捨てる方が安い」

「五年も待てるか、半年で」

「そんな大金貸せるか」

「新方式を試すことを禁じる、神が許さん」

「征服の方が神は喜ぶのだ」

 それらが、指数関数を潰す。

 科学。資本。所有権。法。フロンティア。それらを否定する、大半の社会。宗教と道徳、どれほど吸っても足りず争い、頭の中まで支配する人間寄生虫ども。

 だから無数の艦隊ではない。

 それこそが宇宙戦艦作品の、また『現実』のもっとも深い共通したありかたでしょうか。




参考としている本の著者に、所有権至上主義者が多いので誤解されるかもしれませんが、筆者は市場原理主義者ではないですよ?

科学技術至上+最低限生活+拷問虐殺焚書洗脳組織的強姦その他反対、という主義です。


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イギリス

 大英帝国。

 近代の主役というべき国。産業革命という人類史の奇跡を起こし、欠乏から豊穣へ舵を切った国。

 スペインと違いイギリスの領土だった国の多くは豊か。

 巨大な悪と膨大な善意。

 無論、その善意は地獄への道を広く厚く舗装している。

 

 スペインより、ロシアより、フランスより、ベルギーより、大日本帝国よりましだ……ニーアル・ファーガソンなどはそれで済んでしまう。圧倒され、ほかに言いようがない。

 

 宇宙戦艦SFも多くの作品に、イギリスそのものの影響が強くあります。まあ日本で読めるSFのあまりにも多数が米英によるからでもあります。

 フランス革命~ナポレオンの戦争に似た情勢である『紅の勇者 オナー・ハリントン』。

 ほか、「ナポレオン戦争時代の大英帝国海軍」をまねた諸作品。

『彷徨える艦隊』のドーントレス、カレイジャス、フュリアスなど人の心を記す英語の艦名もイギリス海軍由来が大半。なぜか「タヌキ」とかもありますが。『スタートレック』のエンタープライズのように米海軍艦艇の艦名の作品もありますが、英海軍艦艇の艦名の作品も多いです。

「女王陛下の」が邦題につくミリタリSFも……イギリスにも男王の時代はありますし、オーストリアやロシアも女王の時代がありましたし、今も欧州に女王の国は普通にありますが、「イギリスは女王」というイメージはそれほどに強い。

『女王陛下の航宙艦(クリストファー・ナトール)』は前線行きたがりのハリー王子というつい最近の史実そのものに乾いた笑いが出ます。

 

 ただ不思議と、大英帝国の征服や、その支配や全盛期のパロディじみた宇宙戦艦作品は思い浮かびません。まして、アメリカがフィリピンを支配したころのパロディ的な宇宙戦艦作品は……

 

 

 大英帝国の統治。

 東インド会社という、人類史上最大級の「発明」。ついでにロイズ、保険も。

 そのシステムは本土に逆輸入され、近代国家の基盤ともなりました。中国、科挙との共通点も興味深いものです。

 ほかにもとても多くの源泉からなる、近代国家そのものという超発明。

 同時に、膨大な人と動物と植物が移動し、生態系が混乱しました。

 何より産業革命という歴史の奇跡。古代ローマも、中国も、イスラムも、インカも、膨大な人口と時間があってもたどりつけなかった稀な成功。圧倒的な工業生産力を誇り、後に残念ながら鉄鋼生産ではトップを譲りました。

 

 根本的には、なぜあれほど遠くても反乱独立の成功が、事実上アメリカ独立を唯一とするのか。

 何が大英帝国を縛る紐だったのか。

 また力を得ても、故地フランスを、ヨーロッパの大地を求めなかったのはなぜか。ナポレオン戦争や第一次世界大戦の戦後処理で要求しなかったのは。

 

 そして大英帝国の歴史を追うと、「心か物か」の「心」側、さまざまな思想、国民的道徳精神の変化が、要所でとても重要になっています。

 完全に合理的・冷徹非情な欲望計算機であったとしたら、歴史的な経緯とは大きく違ったことが多いでしょう。

 膨大な物欲・出世欲があったことは確かであっても。

 アフリカまで到達し、多くの冒険があり珍品珍獣を持ち帰った鄭和の大事業が痕跡すら抹消された明。徹底的に文が尊い武が卑しいとした朝鮮。先住民帝国の文書文化すべて異端を宣告し焼いたスペイン。

 対照的に、アフリカやインドの奥まで果てしなく冒険し、軍人や冒険者を尊敬し、発掘現場では現地労働者に出土した金細工と同じ重さの金を払って大英博物館を充実させたイギリス。

 深い信仰があり、熱心に宣教師を派遣しながら、元領土の多くはキリスト教徒が少ない。それもスペインと違う、全員に改宗と火あぶりで選ばせることが少なかった証拠。

 武を好み、好奇心があり冒険を愛し、インドを宝石と呼んで誇るほど鈍感にも純真に帝国を信じ、同時に悪辣の限りを尽くす人たち。

 

 領土なのか資源なのか、それとも「心」か。

 イギリスがインドを領有したのは、「威信」「市場」「資源」「雇用」「兵力」…

 それ以前に本当に得になったのか。

 なぜ、食べきれない現象を起こさなかったのか。ポルトガルのように、本国の人口減少を起こさなかったのか。

 その点はロシアとも共通します。ロシアも、際限なく領土を広げながら消化不良を起こしていない……ロシア革命が消化不良の症状だったかもしれませんが。

 

 

 なにより、なぜイギリスはあれほど強かったのでしょう。

 逆に、イギリスに潰された国々はなぜ、あれほど弱かったのでしょう。フランス。オランダ。インド。中国。トルコ。日本。アフリカ。アイルランド。

 

 特にインドと、黒人奴隷を輸出したアフリカは、膨大な銀と技術産物を受け取っています。中国も。

 少なくとも、種子島の二挺の火縄銃から百年足らずで十万以上の鉄砲軍を養った戦国日本と似たようなスタートラインには立っていたはずです。日本も外洋航行船と青銅砲は模倣しきれませんでしたが。

 ヨーロッパ以外の世界の多くは、徹底的に鎖国であり……他者は穢れ・敵であり、科学技術の発達を厳しく禁じる宗教に支配され、貧しいままでいたがったのです。イギリスが力づくで自由……自由貿易、経済的自由・餓死する自由・貧富の格差を広げる自由を押し付けるまで。

 

 そして、なぜ大英帝国が支配した多くは反乱を起こし独立しなかったのか、ベンガルやアイルランドでものすごい飢饉があっても。先住民の反乱も、イギリス人総督の反乱も。

 逆に、なぜアメリカの独立はあったのか。それでイギリスはどのように変化したのか。

 アイルランドの反乱はなぜ常に失敗したのか。逆に、完全同化や完全抹殺ができずいつまでも膿み続けるのはなぜか。

 本国の何倍も大きいインドが、特にイギリス出身で絶対権力を握った副王や官僚上層が、なぜ独立し帝国を築こうとしなかったのか。軍事的にさえも自分たちで徴兵し周囲の国に派兵して自衛していたのに。

 大きな変化を起こしたボーア戦争……そして二度の世界大戦での、帝国の瓦解。それで何を失ったのか。アメリカが独立しても、濃密な貿易と同盟で得しかしなかったという事実……

 

 何より、儲かったのか損をしたのか。何のために帝国を築いたのか。

 

 短くまとめて、なぜ強かったのか。反乱は。損得は。

 

 

 イギリスの側で見れば、少数で多数を支配する、それが話の中心です。しかも距離まであるのに。

 本来なら無理、多数の被支配者が肩を組んで押し寄せれば、たとえ多少の銃砲があっても征服者は押しつぶされるだけ。そのはずが、あまりにも何度も、少数による多数の支配が成功したのが、人類の歴史です。

 あらゆる帝国に共通する問題ですが、イギリスはどこよりもうまくやりとげたと言っていいでしょう。

 千人の文官、数万の兵で、あの広いインドの三億人を二百年統治したのです。ほかにも膨大に。

 不本意に独立を許したのはアメリカだけ。カナダやオーストラリアは英連邦として長く忠誠を尽くし、独立したのもほとんど痛手になっていません。

 インドやアフリカの独立も、アルジェリアでもインドシナでも地獄を見たフランスに比べれば、イギリス人の犠牲は最低限で済んだと言えるでしょう……インドは独立後の内戦でかなりの死者が出ていますが。

 古代ローマ帝国のように軍が現地の将軍の私兵となり独立反乱に至るケースもありません。徹底した本国任命、任期をつけて交代させ、将軍に対する忠誠よりも国家、連隊、海軍への忠誠が強い状態にしたのか……

 もうひとつ遠くの国を支配するなら懸念される、現地支配者が腐敗し本国さえ食い荒らす寄生虫種族と化すこと……それも最小限でした。

 鉄道が「あり」、船が行き来したということは港が「あり」ました。多くの独立した途上国で、現地の権力者が橋のない川を指さして「100%」という……橋を作れという援助を丸々懐に入れる、それは非常に少ない。イギリス本国でも、全部懐に入れて艦隊を朽ちさせる権力者が少ない。

 イギリス本国にも、港湾も橋もあります。腐敗した生き方を持ち帰り出世した者も少ない。

 

 

 イギリスは本来、ノルマン・コンクエスト……ローマ帝国撤退後、アーサー王伝説の敵役であるサクソン人の王国群を、フランス側の侵略者が襲い征服した地です。

 ちょうどスペインが、広大な新大陸を支配しアジアにも領土を持ちつつ力のほとんどはヨーロッパの戦乱に向けたように、イギリス支配層はフランスでの戦いが中心でした。

 それがいろいろあってフランスを失い、そして清教徒革命・名誉革命の動乱の中スコットランドとアイルランドを得てイギリス近代史が始まります。

 清教徒革命・名誉革命まではバラ戦争をはじめ内乱も結構多いです。特に宗教改革、他とは違い一人の王が跡継ぎを欲しいから離婚をしたい、という理由からできた国教会とカトリックの長い戦いがあります。アイルランド闘争、スコットランド独立投票を考えれば今に至るも……イギリスのEU脱退があれほどもめるのは、当然アイルランドはEUなので、イギリスが脱退したらアイルランド島の中のイギリス領とアイルランドの間に、国境ができ壁を作らなければならなくなるからです。

 

 イギリスが他者を支配すること、それはノルマン貴族の骨の髄に入っているし、またアイルランドから始まると言ってもいいでしょう。スペインがカナリア諸島で新大陸征服を練習したように。

 イギリスといっても、本来のブリテンと、少なくともウェールズ、スコットランド、アイルランドは別の国でした。連合王国と今の日本語名にもあります。

 アイルランド……イギリスにあまりにも近い。面積の差があるにしても、あれほど徹底して支配される側になるとは。また常に宗教レベルで反抗があり、イギリスの敵から見れば柔らかい腹、反乱軍を支援すればイギリスを倒せると思える……がそれも成功したことがない。

 

 

 樽はなぜバラバラになっていないのか、タガがあるから。

 では大英帝国は?

 帝国そのものは驚くほど中身がバラバラ、無数の小さい社会でできています。

 それこそアメリカの十三州も、独立前もそれぞれ別の国。オーストラリアの六つの自治植民地も、それぞれ郵便・電信制度が別々。

 でもすべて、白人が偉くて女王に忠誠を誓うことは変わりません。

 なんだそれ?イギリスとは?

 

 イギリスそのものはヨーロッパ本土からなんとか泳げるぐらい離れた大きい島国です。

 日本と中国の間の海よりは狭いので、連絡が絶えることはそうないし征服も比較的楽。それでも、イギリス側にある程度防備があればまず落とせない程度の障壁ではあります。それは大陸からの支配を弱め、宗教改革を楽にさせたのかもしれません。

「なぜ、産業革命が中国ではなくイギリスだったか」……この歴史の根本問題の答えの一つとして、イギリスが異様に航行可能河川が多く、しかも水路に良質の炭田が直結していることも言われます。航行可能河川が乏しいスペインやアフリカ、鑑真の苦闘が示すように海が航海しにくい中国よりその点では有利です。

 平地が多く、メキシコ湾流のおかげもあり緯度のわりに温暖で気候も悪くない、ただし野菜の生育が悪いことがイギリス料理がまずい理由ともいわれます。オークという造船に適した木材資源もありました。

 

 アングロアイリッシュ、アイルランドを支配したイギリス出身者は、法によってアイルランド人と結婚したりアイルランドの言葉を話したりすることを禁じられ、あくまでイギリス人であることを強いられました。

 イギリスの子孫であるアメリカも、オーストラリアも、徹底的に混血が少ない……スペイン・ポルトガルが支配した混血が多い中南米とは違い。

 文化的なアイデンティティと、イギリスという国名、王に対する忠誠、人種による優越感が、国外のイギリス人には強くある……イギリス国内での、つい昨日までの血で血を洗う内乱も、つい一昨日はフランスの大地から遠くの島を支配していたこともさっぱり忘れて。

 そして誰もが、インドや南アフリカのイギリスの何倍かわからない皇帝であることよりも、イギリス本土に小さな領土と爵位を持って引退することを選び続けました。海外で巨大な権力をふるった人の多くに「自分が偉そうにしていられるのは国王陛下に任命されたからで、それがなければただの人だ」という自覚があったからでもあるでしょう。そうなれば軍も従わず、現地の人に殺されるだけと思えた……今振るっている絶対権力のほうが現実だと勘違いすることがなかった。

 もっと素朴な、王と国に対する深い忠誠も。国に背いたら友人も失い文化からも切り離されるということも抑止になったのかもしれません。

 溶け込まない。ある程度は手を出すけれど完全混血をせず、分け隔てる。イギリスのライフスタイルを守る。現地の中で、異質な集団でいる。ただしイギリスに帰っても異物には違いない。

 中南米現地で生まれた白人を差別したスペインと違い、インドで生まれた白人貴族の子でも、航海技術が低かったスペインよりは気軽にイギリス本国に戻し、寄宿舎があるパブリックスクールや士官学校に預けられたことも重大でしょう。

 イギリス料理がまずいと言われるのも、考えてみれば異常です。接した地域の食材や料理を学び、輸入し本国で栽培した品を工夫して調理していればすぐに世界一美味な料理を作り出すことができていたでしょう……トルコのように。イギリス人がイギリス文化にこだわりまずい料理を作り続けた、ということでしょう。……ある時期以降は、ロンドンで世界一美味なインド料理や中華料理、のちには中東料理が食べられるようになりましたが。

 

 

 イギリスとフランスを分けたのは何でしょう?

 イギリスは清教徒革命、名誉革命で、議会・貴族と王権がバランスを取り、王が戦争をしながら貴族の力が十分強い政治システムを作りました。

 各地の貴族が独自の軍事力を持ち、王の徴税にも戦争にも協力しないししばしば反乱する独立国と化すのではなく、王がきちんと徴税し戦争をしつつ、しかも政府が議会にある程度コントロールされるという、世界のどこを見ても他に例のないバランスの取れた政治システム。ついでに修道院という膨大な土地と民と財産と教育を占める国内独立国も潰しました。

 まず徴税能力。財政革命とさえ言われます。

 徴税が安定すれば国債も可能になります。

 税金を取る。国債を売る。すぐ王が破産するスペインやフランスと違って信用される。王の勝手ではなく議会の監視があるから。

 さらに航海のため、ロイズという保険システムもでき、その統計はあらゆることに応用されます。

 国債の信用は貨幣の信用にもなります。宗教が、イスラムや昔のイタリアのように利子を激しく禁じなかったため、銀行もできました。

 さらに東インド会社という、勅許株式会社が作られ成功しました。

 税金。国債。株式会社。貨幣。銀行。保険。それらが一体となる、歴史の奇跡の一つである近代経済システムが生じたのです。

 その近代経済システムは、貨幣・財政について家計とは違うと主張するMMTがあるように、国王・政府をただの最大最強武装地主ではなく、別の何かにしたということでもあります。

 

 徴税人をはじめとした売官制など、フランスは官職の実質不労所得こそ収入であり、実業をするより官職を奪い合い、工業なども多くの規制で潰すことが多かったようです。

 その実業より官職が儲かる、というのはスペインも共通します。

 むしろ、イギリスがおかしいというべきです。その何かが、イギリスを勝利させたのかもしれません。

 大金を払って海の家の権利を得たら、何十年も膨大な金が毎年入ってくるような……多くの官職がそういう仕事でした。それを得るには売官、君主の好意でもらう、家柄など、学力人柄とは関係のない不公平な基準となります。そうなれば軍の戦闘力も、港湾も、それどころか工場も非効率的になります。

 イギリスではそれよりも、公債・株式・農地に投資する方が確実な不労所得になりました。古典ミステリの多くで、千ポンドかそこらを得れば十分遊んで暮らせる、と多くの犯人が思ったように。ついでに古典ミステリは、少なくとも話のリアリティとして、イギリスの白人上層にとって警察に拷問される心配がないし警察が賄賂で動くものでないことも示しています。

 官職、公、特に警察が腐敗していれば、近代産業も維持できません。

 

 

 身分・売官制が弱まり、上昇の機会が存在すること。また議会・法の支配があって下から上に文句を上げることがかろうじてできることが、フランス革命のように重税に苦しむ中産階級が無茶に走ることを防いだ、ということもあるでしょう。

 また植民地で稼ぐという可能性もあったことも。アイルランドも、飢饉で絶望して狂信的にイギリスと戦うよりも、アメリカに行くという逃げ道があったからめちゃくちゃな反乱にはならなかったのかも。

 中産階級はメディアの発達と同時に、帝国の拡大そのものが至高のスポーツとなったようでもあります。栄光で満足できてしまった。また産業革命による生活水準の向上もあるでしょう。

 

 上昇の機会。誰が統治するか。

 軍隊は軍曹など下士官、大佐など上級士官、将軍や参謀も必要です。

 官僚もたくさん、高い能力の持ち主が必要です。

 それらは仕事でもあります。常に仕事を求める貴族の次男以降、下級貴族もいます。また時代によっては、前に海洋冒険小説で見たように、自腹で船を飾って戦い略奪は一部王に上納し兵に少し分配する以外、戦闘貴族が手に入れるという時代もありました。

 

 誰が統治するか。征服した土地の人をどれぐらい使うか。

 旧体制を維持してその上に乗っかる形にするか。それとも全部ぶっ壊し、少しでもえらい階層は赤ん坊も皆殺しにするか。何百年もかけて結婚で溶け合うか。さっぱりと先住民全員を殺すか。

 イギリスは間接統治、分断統治が得意だったと言われます。インドの統治では多くの王たちに、強い助言をしたりしながら統治を続けさせていました。

 また北アメリカ、オーストラリアなどでは先住民の事実上の撲滅もやりました。北アメリカは子孫であるアメリカ合衆国がやったとしても。

 それらは、スペインでもあった本国の目が届かないという事情もありますか。

 

 上級行政官はイギリス人、ただし現地の法は尊重、というのもイギリス帝国に共通します。

 またどこでも鉄道、教会、法廷を作りますし、また帝国領の外国に行ったイギリス人は、自分たちの世界を作ってしまうことが多くあります。

 

 遠く、しかも異質な人々を支配する問題は人工知能が発達するとさらに厄介になります。筆者は心当たりがないですが、ロボット総督が異種族の植民地を統治している、なんて作品があったらものすごく厄介でしょう。

 帝国から派遣される支配者、という問題がある宇宙SF……

『デューン』では膨大な富を生む惑星アラキスを、長くハルコンネン家が統治し、アトレイデ家に譲渡されました。アトレイデ家が潰されてからはハルコンネン家の邪悪な代官が圧制を敷き、恨まれました。同時に帝国軍のサーダカーもアラキスに多数駐留し戦い続け、ハルコンネン家とも厳しい軋轢がありました。

『銀河英雄伝説』ではラインハルトが破った同盟領は、レンネンカンプ、ロイエンタールの二人をはじめ多くの将兵を失う難治の地となりました。

 また、ゴールデンバウム朝の時代から、広大な皇帝直轄領の星々で「代理人」の問題は常にあったでしょう。ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムも、多くの星系を持っていたしほとんど首都オーディンにいたということは、「代理人」の問題は他人事ではなかったはずです。

『叛逆航路』ではアナーンダ・ミアナーイという存在がありますが、実際の手足となるのは軍です。そこには各艦とその属躰(艦の人工知能と、完全に人格を破壊され艦人工知能の一部となったサイボーグ)、さらに貴族士官、一般兵もいます。もちろん併合の時の膨大な暴虐を担当するわけです。

 併合が順調にいった後もさまざまな貴族・官僚・大商人・軍人・現地有力者・不満を持つ被征服民の力と富のゲームがあります。

 正義・礼節・裨益という理念、「心」があり、それもまた勝手な暴虐の面を持つのも大英帝国、のみならずあらゆる帝国と共通します。

『宇宙軍士官学校』も、姿すら見せない上位種族(オーバーロード)から中間種族のケイローン、直接地球人を指導しているアロイス、と種族の階層で構成されています。地球人の恵一たちは、自分たちが理解不能な戦争に駆り出される雑兵だ、地球人と上位種族の知力の差があるからやむを得ない、と理解しかすかな不満も持っています。それは帝国の戦争に駆り出されるインド兵と限りなく近い在り方です。そして数多くの地球人が、自爆テロも辞さずに抵抗してもいます。

『幼年期の終わり』では独特な理由で、オーバーロードが地球人を支配します。人道的でありつつ闘牛の禁止など道徳的な干渉もありますし、肝心なことは何も知らせません。それは愚かなペットを愚かだと知りつつ慈悲深く飼う態度……最後に、安楽死すら考えるほどでした。

『レンズマン』では、アリシア人・エッドール人という上位種族の存在そのものが、知られたら諸人類の劣等感と退廃を招くと秘匿されています。それほどの愚民視。

 

 また現地で力をつけた人をどの程度使うか。

 スペイン帝国の、スペイン生まれ白人・新大陸生まれ白人・混血という階層。さらに教会もゲームに加わる。

 イギリス帝国の、イギリスから派遣されるイギリス人・現地で仕事をしているイギリス人・混血・当地の貴族・イギリスで最上の教育を受けた有色人種の階層。

 

 人種、生まれた地などが違う人を使うか。

『ローマ人の物語』ではたびたび、大英帝国と古代ローマ帝国が一つのネタで比較されます。属州出身でも皇帝になれる古代ローマの「寛容」と、絶対にインド人を首相にしないイギリス。

 世界各地の植民地からも、現地で生まれた白人であっても、イギリス本土の議会に議席を与えることはしない……アイルランドを例外として。

 本国で試験された文官をインドに送る、インド人は受験自体が事実上不可能。ギリシャローマ古典の配点が高いので、インドで生まれた白人貴族の子さえ不利。

 副王なども一方的にイギリス本国政府が決めて送る。律令日本の国司や明治日本の県令のような中央集権。

 アメリカの独立も、アメリカ植民地の「代表なくして課税なし」という声を圧殺して、本国の戦費を税として取ろうとしたから。それほどわずかな妥協もしたがらない、支配者は弱みを見せてはならない、にしがみつく。

 ただし、アメリカの独立で懲りたのか、少なくとも現地の白人が困窮するほどの税は取らない。そのかわりに自由貿易。

 不寛容と言っても、宗教的には驚くほどの寛容。ユダヤ人の首相もあるほど。インドが独立後ヒンズー教とイスラム教で戦争があった……徹底的な強制改宗はしなかった、ただし未亡人の殉死(サティー)や奴隷制とは激しく戦った。

 またセポイの乱からある程度精神構造が変わり、「やはり非白人は人間ではない」と言わんばかりの態度にもなった。

 

 

 その人を作り出すのは、最終的には教育に帰着します。

 イギリスにも、フランスにも帝国を支える独特のエリート教育システムがあります。

 イギリスのパブリックスクール。フランスのグランゼコール。

 どちらも教会の下部組織でない、神学校でないことがある意味異常です。ヨーロッパでは教育に、あまりにも大きく教会の影響があります。それはほかの文明でも同じことでしょう……中国は違うかもしれませんが、仏教も道教も教育に影響がないはずはありません。

 オランダやベルギー、ドイツやオーストリア、ロシアのエリート教育がどうなのかは不思議と知りません。

 もちろん、エリート教育だけでなく、国民一般の教育も重要です。イギリスやフランスの義務教育の歴史は児童労働の歴史、産業革命期の農村史という厄介な要素もあるので難しいですが……特にボーア戦争で、イギリスの一般兵士が使い物にならないことが知られて、公教育・児童福祉に関心が強まったとのことです。

 

 パブリックスクールを単純に日本語訳すると「公立学校」に見えますが、逆です。私立。上流階級全寮制男子校。古くからある。イートン、ハロー、ラグビー、ウェストミンスターなどが有名。

『ハリー・ポッター シリーズ(J・K・ローリング)』の魔法学校は露骨にパブリックスクールであることが知られています。また『十五少年漂流記/二年間の休暇(ジュール・ヴェルヌ)』もニュージーランドだからこそ強く模倣されたパブリックスクールの少年たちが規律正しく自治する姿を礼賛しています。

 そこから大学はオックスフォード・ケンブリッジに行くのがイギリスのエリート。

 ラグビー校が、球技のラグビーの元であるように集団スポーツを尊重する。ファインプレーの精神も。徹底したギリシャ・ローマ古典教育で、実業や科学などは軽視。愛国心、王室崇敬を叩き込む。

 

 対照的にグランゼコールはナポレオン前後から整備された、国の意思が強く入った公務員養成校。師範とか土木とか鉱業とか仕事を重視。独特の、学力のみならず上流階級の文化そのものを問われる試験があります。いくつかは在学中も公務員として給料が支払われます。

 

 そして近代イギリスの教育を語るのになくてはならないものが、インド文官。

 近代イギリスの官僚システムは、東インド会社から逆輸入した感じもあります。会社でありながら独自の軍を持ち、外交も何でもやるという一つの国家でもありました。

 十九世紀前半、国内およびインドの文官は縁故・売官だったのが、インド高等文官制度……ほかの国では当然だった売官制、また家柄のいい貴族以外は官職・軍における地位から締め出すルールをとらず、ほぼ試験成績で採用されます。それはある程度中国の科挙とも共通します。

 合格者はパブリックスクールからオックスフォード・ケンブリッジが大半、ギリシャラテン古典の配点が大きい(神学ではない)ものでした。

 死ぬほど不利ですが、インド人合格者もごくごくわずかであってもいました。

 士官学校制度も重大な国家の変革です。

 東インド会社自体、株式会社という資本主義の歴史でも革新的な発明でした。それは本国の金融システムも大きく変えます。

 その影響もあり変化したイギリスの官職・軍の上層は、少なくとも戦後に独立した一部の国のように腐敗した権力者が国そのものを売ってしまうことはない、ちゃんと橋もできるし工場も動くというとんでもない特徴があります。

 

 

 イギリスが名誉革命を終えて安定してから、まず海賊稼ぎをはじめ、ほぼ嫉妬でオランダと戦いました。七年戦争などヨーロッパ各国との激しい戦争もかなり戦っていました。

 戦いの中でイギリスはアメリカ大陸、カリブ海、オセアニア、インド洋と広く海外領土を得ました。

 オランダと並んで東インド会社を作り出し、それによってイギリス自体も大きく変化しました。

 反面ヨーロッパ大陸、特に本領であるフランス領土に領土を得るのではなく海を制することを選びました。なぜそれを選んだのかはわかりません。

 またつい最近まであれほど激しい内戦をやり、宗教やその他で争っていたのに、なぜ植民地の一つを、一つのイギリス王位請求者や宗派がのっとって独立する、としなかったのか……

 イギリス人であること、イギリスの文化に対する異様な崇拝があったのでしょうか。

 競馬。

 狩……乗馬、犬、銃、ウサギやキツネを放したことによる生態系破壊も。

 ボクシング、クロッケー。

 芝生。古代ローマの影響が強い建築。

 酒は飲むが料理には無関心。

 砂糖や牛乳を入れた紅茶と磁器の食器。

 そんな生活に。

 何よりも、常に勝利しどんどん領土を増やしていくイギリスという国に対する、強烈な誇りが常にありました。異様なほどに。

 逆に、ほぼ唯一断固として独立し、独立戦争を戦い抜いたアメリカがおかしいとも思えます。なぜアメリカが、アメリカだけが独立したのか、あれほどイギリスを憎んだのか……

 

 また大英帝国というものの奇妙な点。

 国、いや農村が連合するだけでも、物質的な目的は二つあるはずです。

 防衛と、食。

「一つの村だけだと弱い。二つ以上の村がまとまって、自分たちを守る/敵を侵略して飢えをしのぐ」

「ある年は湖盆地が凶作で谷地帯が豊作。ある年は谷地帯が凶作で湖盆地が豊作。豊作の地域から凶作の地域に余剰食糧を分ける。明日は我が身、長い目で見れば両方餓死ゼロという大きな得がある」

 二つの村の兵を集め、倍の数の兵にして、片方がピンチの時に助け合う。兄弟が助け合うように……兄弟はケンカするがよそと戦うときは助け合う、でも。

 少しでも離れていれば、一方が凶作でももう一方が豊作があるかもしれない。豊作なのに余剰を分けてしまった方も、来年はこちらが凶作で助けられるかもしれない。

 

 ですが、現実には帝国は「食わせる」ことを忘れることが多いです。集まるための方便、「手段」だったはずの宗教、国家そのものが「目的」になってしまうのでしょうか。

 大英帝国は奴隷禁止のために荒海を航り、暗殺教団禁止のために無謀な戦いに投じる「道徳」心があるくせに、すぐ隣のアイルランド飢餓を見逃しました。さらに、ひざ元のロンドンでの悲惨な労働者たちも、まるで敵対する異星人であるように、害虫ででもあるかのように徹底的につぶし続けました。

「食わせる」ということを考えない帝国。

 それなのに、なぜか超反乱がおきることがない。下の餓死させられる人々も、国家に食わせる義務があるとは思いもしない。

 では、大英帝国というのは何でしょうか。食とは関係のない、崇拝と忠誠と奉仕が間違いなくあったのです。

 A・J・トインビーが言うように近代国家そのものが、宗教にかわり心を埋める絶対的な崇拝と忠誠の対象でしょう。「目的」、個人の生命や苦痛、いや人類の存続よりも上の至上価値そのものでしょう。

 国家の「栄光」、それ自体が人の心をものすごくとらえ、それだけで十分になってしまった……とにかく新しい領土の獲得が、ものすごい娯楽のように人々を喜ばせた?……ではもし今日本が北方四島を、さらに樺太を取り返すことができたら、オーストラリアを取ることができたら、どれぐらい嬉しいものでしょうかね。

 

 ついでに、イギリスだけではないでしょうが、上のほうの深い部分には、とんでもない下に対する軽蔑・憎悪があります。貴族と奴隷は徹底的に別の存在、同じ人間ではない。

 イギリスはその心の底の感情に、「自由主義」という名前をつけてしまう。

「自由」に対する崇拝、自由のために戦う……一見美しいですが、特に大英帝国の歴史をたどるとあまりにもしばしば、膨大な人間を極貧のままにし、確実に健康を壊す労働をさせ、餓死させる「自由」を求めて戦っているのです。

 日本でも共産主義が殺した人数は広く知られています。が、自由主義やのちの反共が殺した人数も、桁が違うと言われるでしょうがそれなりにいます。

 

 わからないことのひとつ……アイルランド飢饉で、イギリスに助ける気がないと悟った時、なぜアイルランドの小作人たちは最後の一人まで、一人でもイギリス人を殺してやるという徹底反乱を起こさなかったのでしょう。伊勢長島で兵糧攻めに骨と皮となり、降伏するも鉄砲で撃たれた一向宗が、裸で刀だけ持って川に飛び込み織田一族を多く殺したように。

 あと、これはどこでも言えるのですが、小作人が貧しいということは需要もないということです。あまりにも搾取すると、国自体の需要がない……だから結構何度も恐慌状態になり、これじゃ資本主義は潰れるなとマルクスは考えたものです。

 経済だけを考えると、イギリスは非白人の大領土、カリブ海・インド・東南アジアでは主にプランテーション農業を営みました。セイロンも重要な紅茶の産地であり、重労働の記録が残っています。

 東南アジアやアフリカでも搾取・重労働強制のイメージは無数にありますが、たとえば人口を見ればどうなのでしょう?

 搾取がひどければ総需要が減ってしまうという問題もあります。現地のイギリス人と、先住民の一部貴族だけが豊かであれば残りは使い捨てに餓死していても、ぜいたく品の「市場」はある、というものかもしれませんが。

 ただ、イギリスはインドなどでは灌漑なども頑張っています。ベンガル飢饉こそありましたが、総合的に人口は増える、餓死せず育つ幼児が増えることは……?

 

 交通の要所は、特に蒸気船が普及してからは石炭・水の貯蔵所として価値を持ちました。

 さらにアフリカには膨大な資源が期待されました。

 あちこちでゴールドラッシュも起きています。オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ……

 

 防衛という面では、スペインと違いある程度ではありますが、イギリスは植民地出身の軍も使っています。インドも、オーストラリアも、カナダも、独立前もイギリスにそれなりの兵力を送っています。

 海運力が違うからでしょう、ですがそれだけでしょうか?

 

 

 大英帝国の奇妙な点には、妙な道徳心の強さもあります。

 ある時期から、原理主義的なキリスト教が強まり、それで地球全体に強いおせっかいをしたがるようになります。それと、損得をろくに考えない領土拡張がくっつきました。

 とにかく領土を広げ、原住民を教化するのが「白人の責務」だという、あまりにも傲慢で今となれば笑うしかない信念。

 もっと単純に、イギリスが欲しいと思ったら、それはもう神様の命令で奪うことが絶対正義だ、になってしまう……小さい乱暴な子が欲しければ殴って奪うのと実際には変わらない、それを神とか栄光とかでごまかすことができてしまった。

 布教のために不便を忍び生命を捨てつつ膨大な子供が餓死するのを平気で見過ごせる「道徳」。

 中央アジアのグレートゲームは、まあインドをロシアの無限大に見える野望から守るため、でしょうけど……

 後には、アフリカの熱帯伝染病が克服されたこともあり、ヨーロッパ各国がアフリカや東南アジアを恐ろしく乱暴に分割しました。

 すべての列強が、自分たち以外・白人キリスト教徒以外は人間ではない、土地を保有する権利などない、価値のある伝統など持っていない、駆除すべき害虫、奴隷化すべき家畜でしかない、と、一切疑いなく確信した時代でした。それには思いっきり間違った解釈の進化論も手を貸していましたし、キリスト教もそれを止めることはできませんでした。

 何よりも、領土を広げる、大英帝国の栄光、というのがあまりに巨大な喜びになっていました。貴族も、新聞が普及しつつある民も。教会は宣教師の送り先が増え、そのための寄付も当然……

 

 好奇心の強さ、異文化好みも不思議です。

 膨大な動植物を集めました。

 植物種が富であることも知っていました。パンノキを苦労して集め、またスパイスやゴムの木の苗をすさまじい精力で奪いました。

 スペインは草の根分けても先住民文化の痕跡も焼き滅ぼし黄金像も溶かしたのに、イギリスは膨大な文化財を集めて大英帝国に飾りました。略奪と言えばそうですが。

 

 人間には本来、「いい人でありたい」という欲求があります。

 残忍な奴隷主でも、神を信じ黒人を奴隷にするのは神が許しているからと自分を慰め、神父に保証してもらいました。

 何もなしに、「俺がしたいからやる」だけで悪行をすることはありません。

 結果はもっと悪くなるにしても、最上層も信仰で動きます。

 スペイン帝国も信仰に導かれて中南米の帝国を滅ぼしました。

 

 道徳が国に影響を与えたのが、まず奴隷制廃止。帝国主義。ベルギー領コンゴを批判したこと。またボーア戦争での、変化。さらに第一次・第二次両大戦。

 

 イギリスはいわゆる三角貿易、イギリスからアフリカ西海岸に布製品・銃・おもちゃなどを輸出して奴隷を買い、奴隷を大西洋を越えてカリブ海の砂糖農場に運び、奴隷の労働力で作られた砂糖をイギリス本土に運ぶことで莫大な富を得ました。

 北アメリカ大陸でも砂糖や、たばこ・藍・木綿などを作りました。

 しかし、ある時点でイギリス内のキリスト教が暴走し、奴隷制を禁止しました。世界じゅうの海で奴隷船狩りすらしたのです。

 さらにナポレオン戦争が終わり、経度測定法や蒸気船などで航海能力が向上して、世界各地で有色人種を導こうと「白人の責務」に至りました。

 かなり後の話ですが、ベルギー王の私的財産となったアフリカのコンゴで極めて残虐な搾取が行われていることを調べ、それを報道したり宗教家が非難したりしました。まあもちろんイギリスの国益にもなったのでしょうが。ちなみにフランス領はもっと人口減少がひどかったなども。

 そういう、道徳ぶる姿勢が大英帝国の特徴の一つと言えます。アヘン戦争、セポイの乱の報復、タスマニア島先住民の根絶などどう見ても非道極まることも繰り返しやっていながら。

 基本パターンは、長い伝統を守り、外の人を嫌って、自分たちが一番偉いと確信し、狭い世界で閉じて満足して生きてきた人々……まあ人食いだったりもしますが……のところにずかずか入って、相手の習俗やルールをろくに学ばずに商売したり宣教したり、兵士も駐留させたりする。そのうち、相手も普通に野蛮でもあるのでイギリス人が殺される。そうしたらイギリス軍が正義の報復と攻めてきて大虐殺をして大英帝国領と宣言する。

 思い出すのは生麦事件。あんたら母国で大貴族の結婚式行列の前を騎馬で横切るか?と。わざと犠牲になってるのならまだしも、本当に何も考えてない、黄色いサルに貴族のルール・武人の名誉があるなどということを想像もできない、冗談抜きに。

 

 自分を疑わず、正義も悪もやりたいようにやって全部正しい、カッコいいと素直に信じている……そういう幼さがある意味壊れたのが、ボーア戦争。

 アフリカ大陸南方で古くからほとんど母国の助けなしで開拓を進めていたオランダ系白人、アフリカーナー。黒人には無造作に残忍であり、キリスト教を原理主義水準で深く信じ、自立自由の精神が非常に強かった人たち。

 金鉱、またアフリカの要衝である南端の喜望峰からエジプトまでを支配すると決めた大英帝国の国策……「我大英帝国様は欲しい、だから大英帝国のものだ」とぶつかったとき、野山を駆け獣も先住民も狩ることに慣れたアフリカーナーはゲリラ戦で激しく抵抗しました。自由のために。

 イギリス軍は、もろさを露呈しました。イギリスの特に陸軍は、大陸での優れた敵との戦争経験も少なく、まともに戦う能力を失っていたのです。軍の能力の低さはアフガンでの大敗でも、セポイの乱でも露呈しています。

 しかしイギリスには圧倒的な力と、支配する意志がありました。そしてゲリラに対抗する方法も見出していました。鉄条網という強力な新兵器を用いる、強制収容所という方法を。

 それは……女子供から徹底的に虐待殺戮して心を砕く戦いは、世界各地の先住民相手ではごく普通でした。子供が虫をばらばらにするように無造作に、何の痛みもなくやってきたことでした。

 しかし、外見も信じる神も同じ、アフリカーナー……白人に対してそれをやってしまった、さらにそれが発達し抜いた電信・郵便などの通信で世界中に報道されてしまった。それも写真付きで。

 しかもそのとき、イギリスの庶民さえも腹がいっぱいになりつつあり、兄弟姉妹が死ぬのが当たり前ではなくなりつつあり、そして熊いじめ猫殺しの動物虐殺娯楽も禁じられつつありました。心が変わりつつあったのです。

 イギリスは自分がしてきたことを自覚してしまったようです。虫を虐殺して遊ぶ……あるいはもっと……男の子の一部がある日、自分の残酷さを自覚するように。

 考えてみれば、つい最近であるナポレオン戦争でも、その少し前の三十年戦争でも、すぐ近くで子孫たちがやらかした南北戦争でも、白人が白人に対しても残忍な虐殺をすることぐらいは知っていたでしょう。しかしイギリス人はすっかり忘れていたようです。

 

 それからしばらくは、惰性のように帝国を運営し……ついに第一次世界大戦という運命の鐘の音を聞きました。かろうじてアメリカの助けで勝利し、それから第二次世界大戦。

 ナチスドイツ、そして大日本帝国という絶対悪との正義の戦いに勝利はしたものの、その莫大すぎる費用はイギリスの底を抜きました。

 また、人間性、大英帝国の栄光に対する幼子のように素朴な信頼も消え失せていました。絶対悪と戦った絶対正義だ、といくら言っても。

 多くのイギリス人もナチズムに傾倒したのも、その虚無と無関係ではないでしょう。

 福祉国家となることで共産主義は無力化できましたが……帝国の崩壊は免れませんでした。本国の崩壊こそとりあえず免れましたが。

 

 大英帝国の崩壊とはいえ、本国は強国のままであり、森林や鉱山の枯渇、土壌崩壊による農業生産の急減など、文明崩壊症状を起こしたわけではないのも特色です。帝国を失ったことでイギリスは損をしたのか得をしたのかは、いろいろな面があってわかりにくいです。鉄鋼生産であればイギリスからアメリカ、日本、中国と移りました。金融や物理学であればアメリカと分け合って今も中核にいます。

 

 

 大英帝国の、ある時期以降の圧倒的な強さを生み出したのはやはり産業革命。

 石炭を燃料とする蒸気動力、奴隷人力だよりではなく。それ以前にも馬や水の力もうまく利用する技術が発達していました。

 近代社会システム、法による公正な支配、株式会社制度など金融の発達で多額の資金を調達しやすくなったこと、何をするにも勅許の世界から自由が強まったこと、特許権により発明が利益になるようになった……発明自体が死刑だったりただ奪われたりする中国と違い……も大きいです。

 農業が尊い商工業は卑しい、という宗教道徳が弱いことも異常です。古くからの文明はすべて農業を尊び商工業を、貨幣や利益を否定する、固い道徳・信仰があります。利子も多くの宗教が禁じています。

 世界の海を制し、世界中の領土でうまく人を働かせ産物を運び出させるシステムを作ったことは、すべての資源を入手できるという巨大な強みも生み出しました。

 そして科学と技術の結合。宇宙を思う学者はペンしか手にせず試験管を火にかざすことなど禁じられていた世界の大半と違い、学者が試験管を持ち、実験し検証し、誤りを認める。古代からの書に書かれた知恵も疑う。古代からの書にすべての知恵があり、新しく付け加えることなどないという世界の大半の常識を否定する。うるさい教会も弱まっている。

 多くの犠牲がありつつも、科学技術が進歩する。

 それ以前の、世界貿易の支配。制海権。金、カネ、資本の支配。

 産業革命は圧倒的な工業力を作り出しました。それは当然、多数の大砲、火薬、砲弾、また船とその帆や縄でもあります。

 溶鉱炉・転炉をはじめとして鉄鋼技術が進歩する。後装ライフル砲・アームストロング砲をはじめ強力な砲を安く多数作ることができる。加えてエンジンのついた船、鉄の船とそちらの技術も進歩すればまさに鬼に金棒。

 産業革命には農業革命の側面もあり、スペインやポルトガルと違って爆発的な人口増もしています。

 さらに産業革命の結果か、悲惨だった工場労働者、もっと悲惨でそれが当たり前だった農村の人々も、いつしか砂糖や綿が当たり前のぜいたくな生活となりました。それが医学の進歩、公衆衛生と結びつけばますます人口は爆発します。

 生活水準の向上や海外植民地があるためか、産業革命と同時期に大陸で起きた、フランス革命からのヨーロッパ各国の革命、またその後継者というべき共産主義の脅威もイギリスにはほとんど影響がありません。

 その大人口が教育されたとき、さらに産業革命は爆発的に拡大します。

 海底ケーブルによる電信、郵便制度など通信技術もけた外れに進歩しました。それは当然、帝国の遠いところでの反乱をいち早くつかみ鎮圧できるということでもあります。

 気がつくと、スペイン帝国でもオスマン・トルコに手も足も出なかったのが、トルコとインドと中国と日本が束になってもイギリスに抵抗もできないほどの戦力差・文明差が生じていました。

 

 ではその、火砲を積んだ船でやってくる、野望に満ち奸智に長けた大英帝国に、世界各国はどうしたのでしょう?その視点の歴史書がぜひ欲しいところですが。

 

 それ以前の問題として、まず新大陸のアステカ・インカ帝国があまりに簡単にスペインに滅ぼされたことがすべての始まりでした。

 ほぼ同時期に、ポルトガルが喜望峰を通りアフリカを回ってインドに行く航路を見出しました。

 スパイスという東南アジアの富、また中国の富、インドの富を追って、フィリピンをスペインが得、オランダとイギリスが相次いで東南アジアに拠点を築きました。

 

 そのインド、中東の側の対応が異様です。凶暴な侵略者に次々と拠点を築かれながら、帝国全力で撃退しようとはしません。

 神経がいきわたっていない、末端の痛みを感じないのです。ひとつの、自分の領域を支配し民を守り、領土を侵されたら全力で戦う、海賊山賊を断固殺す、という「国」ではない。その「国」というもの自体、古代の征服帝国であればごく若い時期でしか存在できないもののようです。

 無数の小さい国の集まりで、国と国の間には無法地帯が広がり、一つか二つの国が滅ぼされ侵略されてもどうでもいい……首都のような大きい経済圏も、いくつかの勢力のある巨大家の集まりに過ぎず、巨大家の外は外国同然、法も通用しないし売り買いも借金もできない、というような感じでしょうか。

 

 インドのムガル帝国自体が衰退期であった、ちょうどイギリスはそれにつけこんだともいわれます。レコンキスタが、スペインがイスラムの衰退につけこんで成功したように。中南米帝国の征服に、現地の内紛も大きかったように。

 

 インドは、イギリスが産業革命で綿布を大量生産するまでは綿布を輸出していました。手織りの美しい布で、ヨーロッパでも、アフリカでも売れました。

 それでインドは膨大な金銀を手に入れたはずです。しかし、それでムガル帝国が強くなることはありませんでした。

 鈍すぎる国。国全体に神経が行き届いていない大国。

 

 繰り返しになりますが、奴隷を輸出したアフリカの国々も、なぜあれほどの金銀を受け取っていながら学び強くなろうとすることはなかったのか……それもわかりません。

 奴隷を輸出した国々の歴史もほとんど見当たらないし、さらにその後……奴隷制が廃止されてからアフリカ分割までの歴史も、いやアフリカ分割の頃にどう交渉し抵抗したかの歴史すらほとんど見当たらないのです。

 徹底的に、「国家」というものとは異質な社会であったことは読み取れます。物的は、ツェツェバエや熱帯病で人間が生きるのも、何より牛や馬という大型家畜が生きることが極度に困難だったことも知られています。

 それが西洋の支配を経て、独立して半世紀を超えてさえもあまりにも変わらない、とことん「国家」がないことも謎でもあります。

 

 

 国家の不在。それもいくつかの宇宙SFで描かれてはいます。

『若き女船長カイの挑戦』の人類世界は各星の独立性が高く、「人類全体」が存在しません。

 逆に『クラッシャージョウ』も各星の独立性は高いですが、代表集会と統合された軍があります。

 実は一長一短です、『クラッシャージョウ』では統合軍の高官を含む権力者が、あらゆる星政府を支配し帝国を作ろうとしました。

 重税や弾圧の可能性もあります。

 しかし帝国がないことも『若き女船長カイの挑戦』のように、たかが宙賊連合に簡単に星を一つ一つ落とされる可能性があるのです。そのときにはその星の民は宙賊の思うがまま。

 さまざまな、宇宙海賊が特に強い作品は、形としては星間国家があっても魂を失っています。半ば以上無法になっていると言っていいでしょう。

 逆に『敵は海賊』では海賊が実際には世界政府を兼ねていますし、『若き女船長カイの挑戦』では宙賊が全人類星間帝国を築こうとしているところです。

『スターウォーズ』のタトゥーインは半ば無法で、ジャバ・ザ・ハットが支配し奴隷制も残ります。のちにはストームトルーパーが危険人物を抹殺しようとすることはできましたが、それでもジャバ・ザ・ハットの力は大きいままです。

 

 ポルトガルが拠点・海しか関心がなく暴力的で、イギリスはインド諸侯の権力闘争に乗じて内陸に勢力を広げました。現地人を軍とし訓練しました。

 東インド会社による征服は、儲からないという問題もあります。後にもコブデンが損だと分析し、グラッドストーンも。それに対してディズレリーが、インドを宝石と叫び、大英帝国の栄光をたたえました。

 インド軍をあちこちに、インドの費用負担で派遣することも大英帝国の重要な仕事でした。

 

 イスラム圏は、オスマントルコやエジプトが何度も近代化に挑戦しては挫折することを繰り返しました。

 

 イギリスとアメリカの近代化を見て、ではうちもと近代化に取り組む勢力は常に苦しみます。成功率も低い。

 そのための、宗教と政治の分離。修道院をぶっ壊して財産を奪う。国家を、それまでのいくつもの家のゆるい集まりではなくがっちりした塊にする。中国の法家とも、イスラム法とも異質な法。借金、利子を許すという多くの宗教の命令に背くこと。各地の有力者の重要な収入源である川や峠の通行税の廃止。さらに王の権限の制限。

 決闘や仇討の否定。

 それどころか、日本人から見れば、何があれば近代化ができ、何にこだわれば近代化ができなくなるかもわかりませんでした。イギリス人だってそれはわかりません、紅茶を飲みローストビーフを食い背広を着ることが不要だとは、思いもしないでしょう。

 卑猥な祭りを厳禁しなければ、製鉄所はできない……それが正しいのか間違っているのか、誰にわかるでしょうか?

 自分の文化、社会制度、何もかも否定する。その苦しみは大きすぎます。膨大な、ただ昨日と同じ今日を明日を信じ真面目に生きてきた人間を処刑し、餓死させなければならない。

 オスマントルコも、中国も、朝鮮も、繰り返し改革に挑んでは保守勢力にひっくり返されました。いや、スペインさえもそれを繰り返したのです。

 それほどまでやっても、たとえば今ゼロから自動車会社を作るぐらいに、先に工場を完成させノウハウを積み販路とブランドを確保している大企業であるイギリスに、競争で勝つのは不可能なほどに難しいのです。やってもやってもそれまでの経済では考えられない巨大な借金が爆発し、何一ついい結果が出ないことが普通。

 むしろ成功した日本がおかしいと言えるでしょう。

 

 イスラム圏では苦しみのあまり、成功しないことで、原理主義が強くなりました。特にアラビア半島の、サウジアラビアの祖先など。近代というとんでもない変化に適応するため、イスラム教の多くは原理主義という、大砲の数では間違っているにせよ、ヨーロッパの傀儡帝国の中で権力を得るには有利な解を選んでしまうのです。それもまた、適応のための変化の一つでしょう。

 

 中国は、明末に強い反商業・反外国の風潮がありました。清もそれを受け継ぎ、原則的には鎖国でした。

 日本も鎖国でしたが、それは当時のアジア全体の、世界的な風潮でもあったのです。

 それは、そちらのものでこちらがほしいものはなにもない、という恐ろしい傲慢に結びつきました。

 確かに、バスコ・ダ・ガマがインドで嘲笑されたように、当時のヨーロッパが作れる美しい物は当時の中国や中東より劣ったかもしれません。

 ですが違ったのは、中国や日本は進歩を禁じたため発達が遅いのに対し、ヨーロッパは急速に進歩していくことがあります。

 またヨーロッパには、宗教という足枷から解き放たれた科学がありました。

 ニュートン力学も、微積分も、原子論も……精密な天文時計も。

 中国はそれらに、いかなる価値も認めませんでした。すでに儒教、中でも変化しないための派である朱子学の、奇矯な自然哲学の面ががっちりと好奇心を、科学を封じ込めていたのです。

 

 中国も、イスラムも、天文時計を破壊しました。

 中国も、イスラムも、活字印刷を嫌いました。中国は漢字が多すぎたからでもあるようです。イスラムは、コーランは手書きするものだという伝統に縛られました。さらにインドは、文字さえも嫌ったのです。

 天文時計と印刷。逆にそれを禁じないヨーロッパの方が異質。

 ヨーロッパは常に、北海など結構難しい海での漁や交易が国の死命につながりますし、多くの国が競い合うことで技術を抑圧することが不利になるからでしょうか。

 そして、天文時計を破壊し活字を禁じる……それは、決定的な差となるのです。科学技術に支えられた近代工業、膨大な銃砲による圧倒的な軍事力を可能にするか否かという。

 

 イギリスと中国の接触は、アヘン戦争という汚名に至っています。イギリスは中国に輸出できるものがなかった、イギリスが作るもので、中国が「需要」するものがなかった。逆にイギリスは、中国の紅茶を激しく「需要」した……結果まず銀を輸出し、それが尽きたらインドでアヘンを作り中国に売るという、現代人が見れば悪魔に魂を売ったようなことをしました。

 それを逆に見ると、莫大な銀を受け取った中国は、それを活用しなかったのです。それだけの資金があれば近代化だってできたはずなのに。

 

 中国も、インドも、イスラム帝国も、アフリカ奴隷輸出諸国も、どれほどたくさん金銀を受け取ってもそれを活用し強くなれない……スペインも膨大な金銀を得ても強くなれなかった……日本も大量の金銀を輸出しつつ、少なくとも世界の強国ではなく鎖国を選んだ……金銀を力に結び付けることがどれほど難しいか。

 

 頑張ったけれどどうしようもなかったのが、ニュージーランドのマオリと、ハワイでしょうか。

 ハワイは優れた首長が銃を買い、統一国家を作りました。……が、英米の野望に対抗できるほどの工業力を作るには、間に合いませんでした。

 マオリも、イギリスはかつてほどの凶暴さではなくできる限り丁寧な対応をしました。マオリの人々も必死で頭を使いました。

 それでも圧倒的な伝染病と文明水準の差は、どうしようもありませんでした。強い善意があってさえもうまくいかない、そのもどかしさは狂いそうになります。

 

 

 変わること、その重要性を何度も何度も訴えているのが『宇宙軍士官学校』です。

 中学生の時の試験知能ではなく、自分を書き換えられるのが有能な人間です。逆に超優等生でも自分を書き換えられなければ、圧倒的に高度な文明の技術を使い強大な敵と戦うことはできない、というメッセージが繰り返し書かれます。

 自分を書き換える。自分たちを書き換える……西洋文明に、唯一適応できた、唯一大砲を作り続けることができた明治時代の日本人を模範として。

 理性。刀では大砲に勝てないという現実を直視し、それでどうするか考える。これが正しい、これが道徳だ、これが神の命令だ、という精神論を無視し、物質だけで考える。自分の頭で考える。

『ローダン』も本来は、より高い技術を持つ異星人に合わせる努力の話のはずです。繰り返し敵の技術を奪い、取り入れました。

 しかしいつか、技術的には停滞しているように思えますが……いつまでトランスフォーム砲使ってるんだ、強制軍縮から日本版で今三百は行ってないか……?

『老人と宇宙』も、地球人は運よく地球人より上の技術の異星人から技術を盗み、かろうじて滅ぼされる前に戦えるだけの技術に至って戦い続けている、というのが新兵が教わるストーリーです。実際のところは英雄でも教えてもらえません。コロニーの上層は六巻時点でも謎です。

『ヤマト』は本来、技術水準が上の文明軍との接触から軍事力を整え対抗できるようになった、という話のはずです。ですがそちらの話と平行して、いつも技術は役立たずだ特攻だけが本物の戦力だ、という話になってしまいます。ただし技術が役立たずなのも、上層が波動砲斉射にこだわるから、戦訓を見て変わろうとしないからでもあります。

『三体』で敵は地球人の素粒子物理学実験に干渉し、科学の進歩そのものを封じることで勝利を絶対にする、というどうしようもない手を使ってきました。

 

 リバースエンジニアリング。潜在的に敵対的な文明の産物を分解し、調べ、複製する。その過程で相手の技術を学ぶ。

 それこそが、本来は技術が劣る者が抵抗する手段です。

 種子島の人が火縄銃二挺を高額で買い、必死で分解して、わずかな年月で日本だけで何万挺もの火縄銃を持つ、スペインもポルトガルも侵略を断念する軍を作り上げたように。同じように火縄銃を買い、膨大な銀を手に入れたアフリカの奴隷を売る側諸国もインドも、どうしてもやらなかったこと。

 アメリカ合衆国の人が、イギリスの工場を見学して、絵を描いたりは禁止されたから必死で目に焼き付け工場を出てすぐに書いて、帰国してすぐ記憶を頼りに織機を複製し、それがのちにはイギリスを追い抜く大工業国の始まりとなったように。

 それは多くの宇宙SFで、重要な役割を果たします。『ヤマト』のように引き立て役の間違った方法とされることも多いとはいえ。

『彷徨える艦隊』では、特に重要な分子破壊砲は間違っても奪われないよう、艦が破壊されたときには兵器が爆発するように仕掛けられています。

 またある異星人は徹底して、どんな技術も遺伝子も知られないよう艦も都市さえも自爆します。

『星系出雲の兵站』では、ほとんど技術情報をつかませない敵の巧妙さ、意図を読ませない奇妙さに人類は苦慮します。

 ほかにも最近は、交渉をしようとしない、技術も遺伝子もつかませない異星人と戦うミリタリSFが無数にあります。

 

 

 どれほど、イギリスに踏みにじられた諸国は失敗ばかりとは言え、その中でも少しずつ成長はしていきました。

 大英帝国の善意が実を結んだのでもあるでしょう。医者を派遣し、宣教師の活動で改宗は少なくても普遍的な知恵を含む物語を聞き、教育される子も増え、治安維持もされ、鉄道も電信もできた……

 旧約聖書は、出エジプト記と後半は弱い民族が知恵と勇気と信仰で圧政者に抵抗する話です。パブリックスクールで丸暗記させられるラテン語古典には、シーザーの好敵手ウェルキンゲトリクスはじめ英雄たちが華麗に描かれています。民族独立運動のプロパガンダ+ゲリラ戦マニュアルを英雄物語で包んで読み聞かせてやってるようなものです。

 どれほどイギリスの、イギリス人の儲け、大英帝国の利益のためであったとしても、少しずつでも恩恵は確かに現地人たちに垂れていました。

 確かに暴虐で搾取。でも、確かにイギリス人がいなくても、未開の生活……死亡率も、拷問の末冤罪で処刑されるリスクもずっと大きいのは真実。イギリス人が来なかった未開の生活をずっと続けても、確かに滅亡リスクは少ないかもしれないけれど、彼らが宇宙文明を作る可能性はあまりにも少ない。

 

 まずアメリカ合衆国は、先住民撲滅と南北戦争という地獄、親をまねるように繰り返す侵略と同時に、強大な先進工業文明を築きました。

 そしてインドも徐々に教育水準の高い人が増えていったのです。

 

 国は、文明はまるで人間のように……育ち老いる、栄枯盛衰。

 どうしても子も育ち、そして独り立ちを求め反抗する……

 

 おそらく古代ローマから、それは普遍的にあるでしょう。

 森で暮らす凶暴な蛮族が、ローマの豚飼いを捕虜にし、いつもは生贄だが族長の気まぐれで豚を育てる仕事をさせた。その結果人口が増えた。それで味をしめ、次に得た捕虜の鍛冶屋によりよい剣を作らせた。ついには農業も学び、軍隊も学び……そうなれば古代ローマ帝国も滅びるでしょう。

 

 またイギリスでは、長期的には重工業の衰退が結構早くから見られます。過剰な古典重視・数学科学軽視からでしょうか。ドイツとアメリカが成長しすぎなのでしょうか。

 

 

 両大戦を経てインドに独立の機運が高まった時、大英帝国はその本性を暴かれました。

 ずっと道徳のふりをしていた。相手のためだと言っていた。でも、イギリスのエゴだった……子供のためと言って体罰を繰り返しながら、その子が相続していた金でパチンコに行っていた継親のように。

 インドがなければどう困るのか?インド総督カーゾンが詳しく解説しました。

 インド洋の中核であり、ユーラシア南部の中核であるインド。それがなければアフリカ、中東、アフガニスタン、オーストラリア、東南アジア、ひいては日本や中国ともイギリスは切り離されてしまう。

 インドの、平均寿命の延びと膨大な鉄道網は確かにあるにしても……

 何よりもインドは宝石であり、手放したくないと、多くのイギリスの有力者は叫び続けました。

 国の栄光という、食べられないものが目的になっていた人が多かったのです。

 それ以前に、第一次・第二次世界大戦の地獄は、白人であろうとキリスト教徒だろうと、人間はただの邪悪な怪物であり、正義や道徳など何一つ期待してはならないとあまりにも強く見せつけました。

 それこそ大英帝国、道徳の帝国の、本当の終わりでしょうか。

 

 

 なぜアメリカだけが独立に成功したのか。セポイの乱、アイルランド、ボーア戦争はなぜ敗れたのか。

 結局は、戦力。多数の大砲と銃を持ってきて、正確に射撃する。

 砲弾や銃弾を持ってくる。テントや食料や薪や水を持ってくる。機関銃を発明し膨大な弾薬を運ぶ。

 一時ではなく、持ってき《続ける》。

 そのための莫大な貨幣の信用を保ち、国債を維持し、国の治安を維持する。多くの人が国家に忠誠を誓い続ける、船で半年の距離があっても。一人一人が働き続ける。

 

 セポイの乱の場合、一度はイギリス人を追い出し殺し尽くした、それを維持し軍を整えイギリスの逆襲を撃退する、能力がなかった……集団狂気でしかなかった。そこにあった火薬を撃ち尽くしたら、新しい火薬を作ることができなかった。

 ボーア戦争のアフリカーナーは優れた銃使いでキリスト教もあったが、工業基盤はなかった。

 銃砲を作り続け、弾薬を供給し続け、将兵を供給し続け、新式砲を発明し続ける。「それ」ができる近代国家・近代経済・近代軍が、「力」だった。その「力」がなければ、大英帝国に抵抗することはできない。どれほど信仰が強くても。どれほど伝統があっても。どれほど心の清らかさを強制しても。

 もちろん西洋近代でなければならないかはわからない。が、少なくとも歴史的に、銃砲を撃ち《続ける》ことができたのは西洋近代かその模倣だけ。

 人間の集団。人間の集団が弾薬などを作る。人間の集団が戦う。そのために何をすればいいか、集団の一人一人がわきまえている。特殊なルールに従い服従し動ける。全部は横流ししない。独裁者や貴族の恣意ではなく、中国の法家とも異質な法の支配に服す。「それ」。

 

 アメリカが独立に成功したのは、工業・農業・金融・法の支配などすべてを複合させた近代が、そのやや古い形でもできていたから。アメリカに移住した人々は、イギリスで工場の作り方、工場を維持するための人間集団の作り方をすでに学んでいたから。

 それは自治でもけっこうできるものではあった。工業力・貿易・法の支配のある国を作れない中南米独立国、特に黒人奴隷国とは対照的に。

 

 白人であるアイルランドやボーア戦争さえ、銃砲弾薬の大量供給を維持できる、人間集団の基盤がなかった。

 ましてインド人は、最上層の王侯貴族から庶民、それどころか訓練されたセポイさえも、「それ」を持たなかった。工場に材料を運び続け、工場の機械を動かし続け、人を将兵として訓練し続け、膨大な物資を動かし続ける、その方法は知らなかった。

 巨大な宮殿を築ける中国にさえ「それ」はなかった。

 あるときから、イスラムやインドや中国も使っていた砲は、日本の火縄銃も、時代遅れになっていた。長射程の新型ライフル銃砲から見れば、古い銃砲は投げ槍も同然だった。

 もちろんアメリカやオーストラリアの先住民に「それ」があるはずはなかった。ビルマにも。

 伝統的な生き方、宗教や産業とは、「それ」はあまりにも異質だった。

 日本だけ。中国も朝鮮もできなかった。オスマントルコも失敗した。そして日本も、何もかも捨ててやっと大砲を撃ち《続ける》ことができた……受験勉強や野球で栄光をつかんだ、でも無理がたたり麻薬にはまり肘を壊し破滅した少年のように。

 

 逆に、インドの、東南アジアやアフリカの人々も食べられる人が増え教育され、「それ」を少しでも理解する人が増えた時に独立の機運ができた。

 大英帝国という「物語」に、小さな村の小さい物語は圧倒されていた、ムガル帝国というものはあっても近代国家とは全く違うばらばらのものだったし、もとよりオーストラリアに国家はなかった……が、時間がそれを変えた。近代工業・軍隊を可能とする「それ」、民族や国家という「物語」をある程度理解した。

 そのとき、独立によって大英帝国は崩壊したといわれる。チャーチルをはじめ、多くの人は「子の成長を喜ぶ」のではなく、宝石を失うことを惜しみ無様にも憎悪と人種軽蔑をむき出しにした。だが、少なくともフランスほどの悪あがきはせずに独立を許した。

 帝国を維持する膨大な負担を肩から降ろし、背骨の鳴る音を聞いて、膿み続けるアイルランドに苦しみつつ新しい生き方を模索し始めた……グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。

 

 結局はわからないこと……

 どのように少数で多数を支配したか。その秘訣は何か。

 なぜ、特にアフリカ奴隷輸出国はあれほど、強くなろうとしなかったのか。

 アメリカ独立の、アイルランド独立失敗の、イギリスが決してフランス本土を求めなくなった根本的な理由。

 

 誰もが、自分は善人だと思いたがる。良い事をしたのだと。

 でも、背後を振り返るとそこには、惨殺死体の山。善意さえも、その多くは地獄への道を舗装している。

 でも確かに、惨殺死体の山の間に花も咲いている。

 その光景を見て、どう思うべきでしょう。

 人間を憎み、悪・欲望以外何もないと絶望し、この世は弱肉強食だと道徳心を捨て尽くすべきでしょうか。今の日本人はそれが現実的な正しい在り方だ、となっているようでもあります。それこそ『マジンガーZ』で正義を学び、『ガンダム』でどっちもどっちと学び、『エヴァンゲリオン』で理不尽を学び、『バトル・ロワイヤル』で戦わなければ生き残れないと学んできた……

 それとも、すべての過ちを直視して、次は少しでもましに、と……理性を信じるべきでしょうか。




ムガル帝国史、オスマントルコ史、清史、アメリカ独立戦争史も読まなきゃかなあ…


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一般文明論・栄枯盛衰

少し大きめの改稿。論との関係が低い部分の削除など。
このテーマは一本ではとても書ききれません。ある部分が膨大に膨らんでもいます。


 あらゆる文明を横断し、その一般論を見出そうとする……

 まず西にヘロドトスがあり、それ以降の歴史家たちも。東は司馬遷から歴史書の伝統が。イスラムにもイヴン・ハルドゥーン。

 そしてアーノルド・J・トインビー『歴史の研究』。

『大国の興亡』『文明の衝突(サミュエル・ハンチントン)』から『サピエンス全史(ユヴァル・ノア・ハラリ)』と多くの一般歴史書。

 最近はビッグバンから現代まで一望するビッグヒストリーという流れもあり、多くの良書が出ています。

 

 あらゆる文明を並べ、共通する一般則を見出す。

 さらにSFを加える。現実の歴史だけでなく、想像の目を広げる。

 それで高く評価されるのが『三体』、特に第二部『黒暗森林』でしょう。

 あらゆる文明に共通する項目……宇宙の物質は有限、生物の増加は無限。

 さらに技術爆発の可能性と、宇宙の広さから生じる猜疑連鎖。だからすべての文明がすべてを敵として息を潜め、存在と位置を漏らした文明を少し勇敢な文明が皆殺しにする、暗黒の森。

 

『ファウンデーション』『火の鳥』『ジーリー・クロニクル(バクスター)』『銀河帝国の崩壊』など多くの野心的なSFが、数々の文明の、種族の衰退を描いてきました。

 

 栄枯盛衰。『銀河戦国群雄伝ライ』で正宗が雷に教えた四文字。それこそ、地球・SF問わずあらゆる文明に共通する真理……でしょうか?

 

 なぜ。

 何よりも、なぜ『銀河英雄伝説』の銀河連邦は退廃し衰退し、ルドルフが出るに至ったのか。

 

 そう……どれほどトインビーや劉慈欣に及ばなくとも、現実の地球のあらゆる文明、そして多くのSFの文明の共通項を探ってみるとしましょう。

 

 それは恐ろしい面もあります。現代を強く支配したマルクス主義・中国共産党思想は、「歴史には一般法則がある。**こそがそれだ」という強い主張でもあります。

 だからこそ現在権力を持つ解釈者の論に異を唱える者、それどころか法則の反証になりそうな事実すら消し去るということにもなります。

 

 また、SFは人間の創造物であり、多くは商品でもあります。売れるかどうかという編集者の判断、作者の精神、執筆当時の常識や社会道徳などに束縛されてもいます。

 

『三体』の面白さは、一般法則を見出すことにあります。

 たとえば、船で太陽系外に逃げることがなぜできないか……

 少数が、遠い宇宙に逃げるということは、人類である限り不可能……究極の不平等となり、不満が激発するに決まっているから。

 という強い法則を見出しています。

 

『ヤマト2199』のイズモ計画とヤマト計画の対立、イズモ計画の徹底否定。

『タイラー』で颱宙ジェーンを前にタイラーが移民船計画を潰したこと。

『天冥の標』で、播種船が、出発準備が整ったとき太陽系の危機を知った。播種船本来の目的通り全滅リスクを避けるため出発するべきだったが、それを拒み、議論しているうちに故郷と心中するはめになった。

 

 まあ、『地球消滅の日』『七人のイヴ』など少数だけ生き残らせることを選んだ作品もいくらかはあるにしても。

『怨讐星域』では少数の脱出が、残され別の方法で新天地に行けた人々のすさまじい恨みとして受け継がれました。

 

 

『ファウンデーション』の心理歴史学は、人間の巨大集団である歴史自体を数学的なモデルとして予測し、制御するというものです。

 それと通じる、人間そのものの一般論。

 さらに『三体』は宇宙の、すべての文明の共通した真実を見出そうとします。本当にありとあらゆる生物やそれに類似した存在がなす、あらゆる文明に共通するものがあるなら、それはもうあらゆる『作品』にも、おそらく『現実』にも適応できる真理というべきでしょう。

 そしてこの『現実』の人類は、フェルミ・パラドックス+大沈黙、現時点のSETIの負の成果……このあたりには電波信号発信者はいないらしいし、かなり広い範囲でダイソン球はないらしい……という恐ろしい事実、データを知っているのです。どんな文明にも共通する何かと、絶対に関係する事実を。

 さらに、今この時の人類の選択は、第六の大絶滅で終わるか、それとも地球の生物が宇宙に広がるかの境目でもあります。

 

 間違いないと言えること。

 熱力学第二法則。

 どんな形の異星の知的存在でも、複雑で意味がある何か……文明をより一般的にした表現……を作り保つには、よその高い秩序エネルギーを消費する。形あるものは必ず崩れる。

 環境、森林・土壌・鉱山・水路などの消耗。

 マルサスの罠……収穫が増えれば人口が増えてまた皆が飢える。

 人の欲は無限で、世界が作る富は有限。

 

 文明のような複雑なものは、進化から生じる可能性が圧倒的に高い。

 進化の本質、多数が生まれわずかな生き残り以外は死ぬ。運も実力のうちの残酷な弱肉強食。

 

 栄枯盛衰を、物だけを見れば、落ちた果物がカビて崩れるのと同じ、大発生からの自滅でしかない……?

 

 

 人間、人類そのもの……

 生物であること、酸素呼吸など様々な性質。

『ファスト&スロー(カーネマン)』など行動経済学・進化心理学などの本に書かれた、心のありかた。

『ヒューマン・ユニヴァーサルズ』に抽出される共通点。

 

 バブルとその崩壊、ペロポネソス戦争のシケリア遠征~第二次世界大戦のインパール~『銀河英雄伝説』のアムリッツァも、人間の本性であり宇宙に広がっても、どの作品世界でも絶対に繰り返すと断じていいでしょうか?

 

 

 本当かどうかわからない、複数の本に書かれていること。

 資本主義はフロンティア・搾取する先住民がなければ成立しない、もう地球全体で尽きた(水野和夫)

 科学技術は今が限度、科学技術ではなく精神(特に日本人論者多数)

 トインビーとフランシス・フクヤマが共通しつつ違いを持って語る……人間には精神が必要。トインビーは宗教、フクヤマはテューモス。

『歴史の研究』にある、「概ねすべての文明の歴史は、地理的膨張が質的な堕落と一致する幾多の実例を提供している(原文は旧字体あり)」

 銀河連邦も、自由惑星同盟も?

 

 

『現実』の歴史であまりにもよく見られる、少なくとも言われる。

 財政。

 貧富の格差の拡大。奴隷大農場。

 暴君。

 宦官外戚。

 相続争い。

 狂気じみた暴力宗教。魔女狩り。

 道徳的退廃・人種汚染の恐怖。

 道徳の強化。

 伝染病との接触。

 

 近代の建前を除けば、すべての群れは、自分たちが絶対に正義だと確信し、他の群れすべてを敵・罪・穢れ・邪教として滅ぼしたがる、滅ぼしきれないなら接触しないでいたがる。

 

 拡大による、腰兵糧三日から広い国の質的違い。人口も150人以上で質的に変わる。おそらくはその上の桁数でも、集団が質的に変わる数がいくつもある。数千人の都市国家と数百万人の帝国では絶対に質が違うはず。ならば数十億人の一つの惑星と、数千億人の多数の星々の国も……さらに何百兆、というところでも……

 

 常に繰り返される、外戚宦官に宗教が加わる腐敗争いと重税。自作農から大荘園。

 定期的に起きる、気候変動を理由とする騎馬民族のドミノ・トコロテン……何十年何百年、砂漠が豊かな草原となって馬と人を増やす。それが突然草原だったところも砂漠になり、人も馬も羊も飢え、近隣を襲う。襲われ追い出された騎馬民族はまた別のより弱いところを襲い、押し出された騎馬民族が文明を襲い破壊と殺戮の限りを尽くす。生まれた時から馬に乗り絶対服従を叩き込まれ、家畜も連れるため補給の心配もない騎馬民族は、ロシアがコサックを機関銃で掃討するまで常に農業文明より強かった。

 土壌の破壊。港湾が埋まる。木が切り倒される。鉱山が枯渇する。

 

 共有地の悲劇・人を恐れぬ大型動物の絶滅……所有権に欠陥があると、資源そのものが壊される。

 

 いくつもの文明の興亡、いや興隆中の文明でもある動乱を見ると、

・外的要因(圧倒的な侵略者・疫病・気候変動・遊牧民……)

・資源枯渇(土壌、鉱山……)

・財政

・内部での配分、相続争い

・宗教など人が信じること

・帝国が長いこと存在していると、各地が育っていき、育てば独立したがる

・技術発達、人口増による国そのものの変質

それらが影響しているように見えます。

 そして、それらに対応しようとする。たいていは、より保守的に、復古・原理主義・道徳という間違った解答で。

 

 ……人間には、進化によって刻まれた多くのプログラムがあります。

 試行錯誤。試行錯誤の禁止。

 奴隷化。

 宗教、神話、呪術。

 群れて戦う。敵味方識別。

 蛇を恐れる。

 汚いことを嫌う。

 道徳を暴走させる。

 ほかにもたくさん。

 

『現実』とは関係がないが、多くのSFに共通する。

 居住可能惑星主義。

 宇宙でも優良鉱山は希少。簡単に手に入る小惑星に鉱山価値はない。

 傲慢+過剰な暴力・搾取。

 多くの文明は他者との接触、特に平和的な交易を好まず、一方的に皆殺しにしようとする。奴隷制も好む。

 

 メタに言えば、ローマ帝国の衰退、大航海時代という歴史を欧米作家は誰もが学んでいるので、それに近い出来事を描くのはやりやすいです。

 ただし問題は、欧米教養層が読んでいる古典本……ギボン・シュペングラー・トインビー・ウェルズなどはものすごく精神論が強い、当時の知識と偏見で描かれていることでしょうか。アリストテレスの奴隷制擁護と同様のことが多くあります。

 

 

 興亡の一般論、経済学、資源、社会学などの複合?

 たとえば……多くの人が豊かになれば出生率が下がる。出生率が下がると需要が減る。需要が減れば投資収益率が減る。

 投資収益率が減れば、自然なインフレがなくなって国の財政が苦しくなる。さらにそれに格差拡大・技術革新による生活保護の増加、老人の増加も加わる。財政が破綻し、経済全体が崩壊する。

 また、先進国の特に工業は賃金が上がることによって競争力を失う。

 風が吹けば桶屋が儲かる、にも思えます。

 そういうことなら、貧富の格差が拡大することからも財政破綻・衰退が必然と言えそうです。

 

 もっとも一般的に、中国などを参考に考えてみましょうか。

 初代皇帝が動乱の戦国を統一する。

 初代や二代目が、大工事をしたり外を侵略したりして、民の負担が限界を超え大反乱がおきて自滅することもある。幼い後継者、強すぎる家臣や皇后の家族、皇帝の家族の反乱などもわりとよくある。

 初代のカリスマだけで皆が従っていたら、タガがなくなれば反乱。それを押さえられる、特別なトップがいなくても動く軍・官僚など制度……おそらく付随する「心」も……あれば、反乱を鎮圧できる。

 二代目がうまくいって、戦争国家から平和国家への転換がうまくいくと、長期帝国になる。

 平和国家。駅伝制度、道路などインフラ整備。法、宗教などを整える。王宮、神殿なども作る。

 

 上から大きく見れば、人口が増える。開拓が進む。動乱で破壊された農地が再び耕され、食糧生産が増える。

 本来ならそこで、人口が多く人口密度が高い国に適応したシステムを作るべきですが、それは難易度が高い……

 

 歴史的には、派手な印象が強い帝王が多く出る。大工事や対外侵略、文化など。

 それから衰退がはじまる。中国史では、大規模な反乱、短期間の王朝名変更などもある。そのまま滅びることもあるが、遷都して中興することもある。

 ただし必ず宮廷の腐敗がある。宦官外戚。重税。

 

 心ではなく物だけを上から見れば、開拓の余地がなくなり、農地が疲弊する。木材や石材を手に入れるまで長い距離が必要になる。港湾・運河・水路が、無理な開拓で流出した土砂で埋まる。

 食料生産が低下する。

 伝染病もかかわる。文明中枢から遠い辺境の民に対して、長く多くの家畜と大人口が生活していた大文明は強い伝染病を持っており、圧倒的に有利。だが、辺境の民も長い年月で独自の伝染病を持っている。また、遠くの別の文明とも接触したりすると一気に伝染病が交換される。栄養状態が悪くなり、人口密度が上がり、清潔に必要な水や燃料が減ると伝染病はさらにひどくなる。

 長い時間の中で、一定の確率で気候が変動する。大凶作を、一度か二度は公の倉から食料を与えてしのげても、それも尽きる。

 ユーラシアの奥の草原で、雨が多い何十年に増えた人口が、雨が減って砂漠化したことで飢え、トコロテンを起こす。

 何度も騎馬民族を撃退すると、費用が積み重なる。

 

 帝国自体がバラバラ……地方有力者が事実上独立する。中央が素早く連絡を受けて素早く軍が駆けつけ、また食料を配る機能がなくなっている。賊も多くなり、交易や旅行が減り、通信がなくなる。中央も地方に関心を持たなくなる。

 税金が高すぎれば、農民は税を逃れるために豪族に頼り、徴税権が及ばない独立国ができる。

 宗教反乱も起きる。同時に防衛力を失った地方から、騎馬民族が襲う。

 そして滅亡、動乱期に入る……

 

 中国史は見事にこのパターンですが、日本や西洋はどうでしょうか?

 日本は平安朝が比較的早期に、地方の治安維持・食わせる能力を失い、開拓民地主である武士が独自の階層を作りました。それ以降は長く、武士の代表が幕府という律令制度の例外的な穴を利用した政府を作り、国の多くを統治しました。

 基本的に水田地主である武士の最大の関心は相続と水争い。幕府が求められるのは公平な調停者であること。巨大な宮殿を作る必要はないし、許されません。

 また、鎌倉幕府の時代も室町幕府の時代も、治安水準は結構低いです。鎌倉時代に、義経を讒訴したと憎まれる梶原家、三浦家など多くの家が滅ぼされたように、結構しょっちゅう武力抗争があります。室町時代の盛期でも関東に関東公方が入れないのは常態化していました。

 

 中東の栄枯盛衰はかなり中国に似ているような感じです。イヴン・ハルドゥーンは、砂漠の遊牧民が強い連帯意識(アサビーヤ)を持ち尚武の心を持つため強く、王朝を開き都市を築いて贅沢に慣れアサビーヤを失い滅びるパターンを見出しました。

 ヨーロッパは?古代ローマ帝国が滅んでから、さまざまな民族が入り乱れ、統一帝国ができることなく小さい国々の興亡が長く続きました。

 それからいくつかの大きめの国になりました。ドイツは統一に失敗しました。

 その中でも、十字軍や農民反乱、宗教戦争などはある程度、資源枯渇人口過剰による文明崩壊症状に近かったということは?

 ヨーロッパの深い森が急速に切りつくされていったこともあります。黒死病という大疫病もありました。

 それが、新大陸……木材、新作物、バッファローの骨を化学薬品で処理した肥料やグアノなどが手に入ったことで事は大きく変わりました。

 

 そう考えてみると日本とヨーロッパは、もともと豊かでした。

 水産資源が豊富……江戸時代の日本はイワシを肥料としました。ヨーロッパもニシンやタラが豊富にあり肥料にしなくても食べて出す、骨をそこらに捨てるだけでも肥料分が土地に供給されるでしょう。

 火山が多いので、災害も多いかわりに肥料も供給されます。

 雨も多く灌漑にそれほど依存しないので塩害が少ないし、水路が埋まったら終わりということも少ない。木材が比較的早く萌芽更新され、長い期間製鉄製塩が続けられる。

 

 

 栄枯盛衰に抵抗する、文明自体を長期間存続させる。それ自体が難しいことで、考えるべきテーマです。

 

 それを丁寧に厳しくやったのが『タイラー』。老い巨大な権力と財力を手にしたタイラーは、何千年か後に帰ってくる宇宙的災害に対抗するため、酷薄非情の限りを尽くします。

 何もしないでいれば何千年後かには、人類は滅んでいる可能性が高いという計算結果が出る。

 だから何千年後に帰ってくる宇宙の軌道に、タイラーの娘が慕いドムが妻と選んだほどの人を含む、すぐれた何百人もの人を冷凍睡眠カプセルで放り出す。確率的な損失も計算に入れて。

 文明が平和で腐らないよう……ウナギの宙輸で、ピラニアを入れて危険な状態にした方が、食われる分を計算に入れてもより多くが生きる……自作自演で重武装犯罪組織を作る。その犯罪組織にタイラー自身の精子を奪わせ、自分の血を引く実験体を何千も作らせ殺し合いで競わせる。

 それに対抗すべくクローンも作らせ、あえて一族の低い身分から出発させ苦労させる。

 銀河を三つの国に分け戦争を続けさせる。

 

 敵と戦うためでも文明を何万年も維持することができなかったのが、『反逆者の月』です。

『三体』も、戦うため、地球人の生存のためにすべてを尽くす文明形態が崩壊し、膨大な餓死と混乱が世界を覆い、軍事力も破壊しました。

『ガンダム』の宇宙世紀も文明崩壊に至ったそうです。

 

 

 悪の帝国と戦っている勢力は、「敗北したら人類文明そのものが終わる」という思いで戦っているのでより必死になります。

『銀河英雄伝説』『スターウォーズ』『スコーリア戦記』『オナー・ハリントン』『彷徨える艦隊』など多くの作品で、人々はその正義と悪の構造で戦っています。皮肉なことに、悪とされる勢力の側の人々も、自分たちこそが正義だと確信しています。

 

 

 また、栄枯盛衰に抵抗するためには、定常……いかなる変革も許さない、変わらない文明という解もあります。

 現実の人類が好む解の一つです。古代エジプトは何千年もいかなる変化も進歩もない。明帝国もイスラムも、変わらないことそれ自体を目的としたかのよう。江戸幕府も進歩を厳しく抑圧しました。発明工夫それ自体が犯罪だったのです。

 挙げられないほど多くのディストピアも、変わらないことそれ自体を目的としています。

 いや、ユートピアも変わらないという点では同じです。

 ユートピアもディストピアも、外から凶悪な蛮族に襲われたらもろいでしょう。兵器の進歩がないのですから。

 

 オースン・スコット・カードの作品の多くは、すさまじい管理で無理に文明を維持しようとします。『エンダー』シリーズにも、禁じられた遺伝子改良で生まれた天才児であるビーンを殺すか偉い人が考えたり、遺伝子改良とひきかえに精神病と宗教を仕込んだり、いろいろな非情措置があります。同じカードの『無伴奏ソナタ』がけた外れに残酷でしょう……絶対に、とことん、体制が害とみなす音楽を許さない。

 

『ローダン』は、テラナーだけが《それ》のおめがねにかなっているという残酷さ。テラナー以外は破滅か、進歩が止まり腐ることが決まっているのです。

『デューン』は予言という要素があるのが興味深いところです。

 文明を導こうとする、モーセから始まる系譜……これもまた厄介で重大です。モーセ、(神のスポークスマン)預言者の要素がある作品も、すぐ挙げきれない……

 

 

 変化そのものをもたらすのは科学技術の進歩、人口の増加、他者との接触など多様にあります。

 だからこそ、変化を拒む文明は科学技術の進歩自体を抑圧し、他者との接触を嫌がります。

 それでも、たとえば江戸時代の日本は厳しく鎖国していても、江戸初期の日本を支えていた関東・越後平野など大開拓地が種切れになった、金銀の枯渇、木綿や砂糖の普及、寒冷化や火山活動などさまざまな変化がどうしても起きました。

 それに応じようと、幕府は三大改革を行いました。

 他者との接触は新しい征服先、戦争、伝染病、新作物を含む外来種、技術・文化・宗教の流入など多様な面があります。

 

 開拓の限界と言っても、少なくとも『銀河英雄伝説』では星が尽きたわけではないのに人類は衰退し、ルドルフに至りました。

『火の鳥 未来編』も、星が尽きたとは描かれていません。

 どう限界なのかはわかりにくいこともあります。

 

 技術の限界も、開拓や征服の限界と同じような影響を与えるでしょう。

 

 

 多くの星にまたがる文明には本質的に気候変動はないように見えますが、宇宙の物理法則が変わる作品もあります。

『ヴォルコシガン・サガ』でバラヤーは、ワームホールが突然消失し他の星々から切り離されたことで剣と馬の文明に落ちました。

『ギャラクシーエンジェル』も人為的ですが超光速航法が失われ、文明が崩壊したことは同じです。

『星間帝国の皇女』も、時空全体の変化で超光速航行が不可能になりそうになっています。

『タイラー』では銀河を飲み込む規模の超巨大超光速ブラックホール、颱宙ジェーンの襲来があります。

『宇宙戦艦ヤマト 完結編』も別銀河が出現衝突したことで幾多の星が災害に遭いました。

『イデオン』、それを原作とした『第三次スーパーロボット大戦α』は隣の銀河のバッフ・クランすら滅ぼす大災害が起きました。

 それは『現実』の人間が恐れる、神罰……上位存在の攻撃による文明滅亡に近いものでもあります。『タイム・オデッセイ』が敵が遠いうえに技術水準が高いのでそんな感じになります。『2001年』シリーズ(クラーク)も同じように、上位存在にさえ思える相手があります。

『神の鉄槌(クラーク)』『アルマゲドン』『ディープ・インパクト』『地球最後の刑事』『七人のイヴ』『怨讐星域』『地球消滅の日』など巨大隕石衝突なども同じような宇宙的災害で、近いものがありますか。

 また『バーサーカー』『オペレーション・アーク』など文明を見つけたら破壊する自動機械も近いでしょう。

 そのような圧倒的な破滅に対し、人がどう立ち向かうか、あるいは立ち向かうことすら許されないものにどう対峙するか……それもまたSFの粋です。

 

 

 栄枯盛衰として、覇権の移動もあります。

 トインビーなどの描く歴史は、ヘゲモニー移動の歴史でもあります。イタリア、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカ。これからは中国ともいわれますし、アメリカの覇権は動かないともいわれます。

 さらに過去を探求する歴史家たちともつなげられるでしょう……中国やイスラム帝国の圧倒的な富の優位から、西洋に力が移動した。

 それ以前のローマ帝国の興亡も繋げられるでしょうか。

 また、「木を切りつくして次に行く」面もあるでしょう。メソポタミアからギリシャ、ローマ、そしてヨーロッパ。ヴェネチア、マドリード、アントワープ、ロンドン、ニューヨーク、シリコンバレー。そしてもしかしたら深セン。

 東洋でも黄河流域から長江流域。日本でも九州から奈良、京、そして関東。

 技術による覇権移動もあります。鉄道・蒸気機関機械・製鉄・銃砲……それらは強く時代を変え、どの国も革命に直面しました。

 

『マクロス』も『ガンダム』の宇宙世紀以前も、『スーパーロボット大戦OG』も、技術に伴う統合戦争がありました。

 戦争による覇権移動も大きいものです。

 

『銀河英雄伝説』の歴史も、地球~連邦~帝国、と力が移動しました。

 それは地球~テオリア(アルデバラン)~オーディンという首都の移動でもありました。

 本来ならそれは同盟に覇権が移動すべきでしたが、それは失敗し、最終的にはフェザーンを首都とするラインハルトが勝利しました。

 中国史でも、本来南方が強いはずなのに北方の勢力が天下を統一することが一度を除いて繰り返されます。

 

 少し違うかもしれませんが、シンギュラリティ、人間そのものが変わってしまう、進化することも「覇権の移動」の一種かもしれません。

 それを恐れる人間の努力も話に含めるべきでしょうか。

『エンダー』シリーズで、違法な遺伝子改良で作られたビーンを恐れた上層、『パタリロ!』で首が長いキリンの子を殺せば首が短いキリンは滅びないで済む、と乳児検診に浸透し超天才児を抹殺すると決めている医師組織、『X-MEN』など突然変異で生じた優等人種に対する恐怖。

 ……突然変異自体を恐れる迷信もあります。それと似た、人種的な恐怖感、優生学が結び付いた妄想も、『現実』の20世紀前半を強く支配しました。

『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤーは簡単な手術で治せる口唇裂の赤ん坊も家族が殺す、どれほど皇帝が禁じても完全には消えない……『銀河英雄伝説』も、遺伝子が劣化しないためと劣悪遺伝子排除法……

 コンピュータが人類を上回るシンギュラリティは、『ターミネーター』『ギャラクティカ』など戦争になる話、『デューン』のように戦争のトラウマから抑圧している話、『目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい』など戦争から共存する話、『月は無慈悲な夜の女王』『タイラー』など消滅する話、『ブラッド・ミュージック』『幼年期の終わり』『カエアンの聖衣』などコンピュータとは別の方面からの人類の変質などいろいろとあります。

 

 日本史では、階級・階層間の力の移動も結構重要です。

 天皇と豪族の飛鳥時代。

 仏教が力をつけた奈良時代。

 貴族が治める平安時代。

 武家が力をつけて鎌倉時代。

 農民が力をつけ、足軽が増えて戦国時代。

 海外からもたらされた新兵器を活用した織田信長。

 江戸時代における、武士から商人への力の移動。

 下級武士による明治維新。そして上からの産業革命、官僚と起業家、不在地主、植民地。藩閥から、巨大財閥や地主、賊軍出身も含む軍人たち。

 戦後、農地改革から金の卵、そして高度成長。

 バブル崩壊からの、非正規と正規、自営業の衰退。

 そして……今『現実』の日本は、どの層が力を持っているのでしょう。自民党の完全勝利に見えますが……

 

 新しい階級が力をつける。それを体制にどう取り入れるか。これがまた困難です。

 武士が勃興したとき、平安貴族制度には武士を採用し出世させる余地がありませんでした。律令制は変更不能なものでした……中国からの輸入品でしたし、法律を検討して改正するシステムもありませんでした。

 かろうじて、征夷大将軍という本来は地方征服のための、律令の外のシステムを利用して武士政権を作り、力を失った朝廷や公家と共存させました。

 その武家政権も、鎌倉幕府は執権、室町幕府は管領と、将軍と実権が分離しました。

 武家政権の、要するにどんな役職があるか、それぞれどんな家柄か、そのあたりはとてもややこしく、有職故実というように過去に強く束縛されるものでした。柔軟な変更ができないのです。

 ほかにも悪党たちを利用する南北朝、戦国では応仁の乱で足軽が活躍しました。それも、従来の朝廷と幕府のシステムには入れようがないものです。

 商人の成長、幕藩体制で商人に幕府の財務大臣をさせるとかは無理でした。ジョン万次郎すら使うことにどれほど困難があったことか。

 

 世界史でもイギリス以外はブルジョワの成長を体制に容れられず、フランス革命が起きました。

 

『銀河英雄伝説』でのラインハルト……

 まず軍から台頭。平民・下級貴族出身の高い能力を持つ若い士官を抜擢。ラインハルトが功績をあげて昇進したのも、その抜擢制度があったからでしょう。この地位はこの家柄と厳密に決まっていたらどれほど功績をあげてもそれは無理です。フランス革命前のフランスでは何代続いた貴族以外は絶対に昇進自体が禁止という法さえありました。

 そして地位を得たら、ブラッケなど革新官僚と、さらにブラウンシュヴァイク公の部下だったフェルナーらを抜擢……ブラウンシュヴァイク配下の官僚を大量に引き立てた可能性が高いでしょう。

 ケスラーによって改革された憲兵に警察力を頼ったというのも重大です。

 ラングを生かし使ったのも重要なメッセージになるでしょう。ラング自身が処刑されても、その周辺の有能な人々は使い続けたと思われます。

 同盟やフェザーン、門閥貴族領や辺境の農奴をどう統合するかは作品後に任されています。

 問題なのが、原作内では征服した自由惑星同盟からの抜擢が事実上トリューニヒトだけだということです。人材マニアと必要性から言えば、キャゼルヌは三顧の礼で招くべきだと思えるのですが。

 

 

 人材抜擢といえばそう見えないけれど重要なのが、『ヤマト』の白色彗星帝国が、漂っていたデスラーを拾った……明らかに、ガミラスの瞬間物質移送機の技術を得て火炎直撃砲を作り、デスラー自身にもかなりの軍も与えた。

 これはとても重大なことです。モンゴル帝国同様、徹底した破壊と殺戮の反面、有能な者、優れた技術は身分・呪術に縛られずに登用したということです。

 

 

 抜擢。それ自体が圧倒多数の宇宙戦艦作品の華です。いや軍、いや企業を含む人間集団すべての。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』のオナー、『真紅の戦場』のケインをはじめ、すさまじい闘志と運で絶望をひっくり返し英雄となり優れた上官に認められて出世。実力以上の仕事、多くの部下の生命を預かり、一人一人意見と人生がある部下とぶつかり合って、時には上層部と対立しつつ成長していく。

 その変形として、上官がみんな死んで士官候補生が指揮を執ることに……『ホーンブロワー』から『銀河の荒鷲シーフォート』『彷徨える艦隊』『孤児たちの軍隊』、実は『機動戦士ガンダム』のブライト・ノアも目立ちませんがその系譜です。

 日本のロボットアニメでは、さらにその変形として、あらゆる理由をつけて民間人少年をパイロットとして戦わせるのが一般化しています。

『タイラー』の元帥に至る出世……年金関係の閑職から引退した老将を世話して司令官の太鼓持ちとなり、大敗の危機で二階級特進を前借して老朽駆逐艦をもらって大勝利……も、多くの先行作品のパロディであるほど。

 

 抜擢がある限りその組織は健康であるともいえます。逆に長い長い目で見ると、民族や階級の力のバランスも変化するのです。

 一人の抜擢。一人の英雄。それも常に歴史を変えます。

 特にコロンブスの、まともでない地球の大きさを前提とした無茶な計画をスペインが承認したとき、どれほど歴史が変わったことか。

 

 

 支配階級の退廃・衰退によって文明が危うくなることもあるとされます。

 特に抜擢ができなくなると、衰退はひどくなります。

 ただし、『現実』での帝国の退廃は、特に中国では新しい政権が前の政権を批判して正統性を高めるための宣伝、また道徳が必要だと叫んで自分の支持率を上げるためである可能性も高いので、うのみにはできません。

 人間が道徳物語を異様なほど好むことにも注意すべきです。

 

 実際問題として、今の『現実』にも科学を嫌う勢力は多く、強いものがあります。

 進化論を否定するキリスト教を強く信じる勢力。温暖化も否定する保守派。

 日本でも、特に本屋で見る本や論壇誌の大半は、科学技術が進歩する未来を考えることも許しません。

『銀河英雄伝説』の冒頭、連邦の衰退でも神秘主義が言われました。ただ、神秘主義が強まったのは、イギリス帝国に陰りがみられた時代の特徴でもあり、大英帝国衰退を心配した論者たちの声でもあります。

 

 

 相続、継承。

 支配階級というか王室に子供ができないだけでも国が危うくなります。

 現実にも古代ローマもスペインもイギリスも日本も中国も、ばかばかしいぐらい多数の例があります。

 ただでさえ権力争いで死ぬ可能性も高いのに。近親婚による病気の多さ、血友病なども史実にあります。

 産業革命前の、イギリス王家でも何人も産んで全滅は珍しい事ではありません。医者に見せる金があっても、下手をしたらあったからこそ……瀉血とか水銀とか、かえって有害な迷信医療の時代……

 医者を拒み自分で薬を調合し……どうせ水銀入りの薬を飲むよりそこらの雑草を飲んでる方が、それこそ現代の視点で見て正しい……運動と粗食で本当に長生きした徳川家康は、それだけでも歴史的な偉業を成し遂げたと言えるでしょう。

 というかこの皇后とその王に健康な男子が二人いたら、あるいはこの王が生まれた時に母后ともども死んでいたら、歴史が変わっていただろうということもいくつもあります。

 目立つのは跡継ぎがないから離婚したいというイギリス宗教改革。

 他にも正妻に子がなく側室から生まれたことで、また王が天才だったり、逆に超暴君であったりすることでも歴史は大きく流れを変えているのです。

 

『銀河英雄伝説』は根本的に、ゴールデンバウムの血そのものが腐っていると言われます。多数の寵姫を持つフリードリヒ四世も健康な子は女二人だけ、皇太子も死んでいます。継承権を持つ現皇帝の従兄弟とかも見かけません。

 健康な男子が何人もいたら、ラインハルトもやりようがなかったでしょう。それ以前に姉を奪ったのがたくましい筋肉と多数の健康な男子を誇る益荒男でもラインハルトは反抗したでしょうか?

 そしてゴールデンバウム朝は、その初めからルドルフは健康な男児に恵まれませんでした。アウグストゥスのように。また皮肉な悲劇となった豊臣秀吉のように。ほかにも歴史上幾多の英雄や大帝王が、十万の軍を動かし大国を攻め落とし巨大な宮殿を得、膨大な金塊の上に座しても、息子だけは買えないという悲劇に泣きました。またうらやむべき息子がより大きな悲しみの元になることも。

 

『スコーリア戦記』はスコーリア王家の子供不足が深刻です。ただでさえ子が少ないのに、強くなければだめだと前線に出して戦死者も多数……王家の、それもタイプが異なる適合者がいなければ超空間ネットを維持できず国が亡びるのに。

 原作開始寸前に、未開星からかろうじて血を補給できましたが、それでも危機を通り越して絶望の域です。敵はそこを狙い、情報で勝って一人また一人と王族を捕え拷問で別の王族の居場所を吐かせ、勝利を引き寄せています。多くの犠牲もいとわず。

 

『タイラー』もラアルゴン皇室は、ラングという奸僧に引っ掻き回され幼帝一人に追い詰められました。その幼帝がたまたま天才だったからよかったものの……簒奪寸前でした。

 後にもラアルゴン原理主義が、地球人の血が混じる皇帝を認めなかったことが銀河三分のきっかけになりました。

 

 王制・帝政……一人が権力を独占する独裁者と、地位や財産の相続が結び付く。地球人がもっとも愛する政体の一つと言えるでしょう、はるか離れたエジプトも中国も、メキシコもインカも帝政を取りました。

 長所も多いのでしょう。それでも、帝政には本質的な問題がいくつもあります。

 昔の人間の、特に乳幼児死亡率の高さ。不妊症の治療も、性別指定もできません。

 また犯罪者とされれば一族郎党連座で処刑であることもあります。

 宗教によって異なる結婚道徳も……キリスト教に支配される西洋では、一夫多妻制が公認されることはついぞありませんでした。

 

 相続制度。

『ヴォルコシガン・サガ』でコーデリアが本質を抽出したように、確実にY染色体を受け継ぐ子を得るために世界共通の性倫理がある。女に、結婚前も結婚後も純潔貞節を強要する……地球人は、ある子がある母の子であることは古代から確定できたが、ある子がある父の子であることは現代技術までは確定しがたい。

 コーデリアの故郷ベータ星では、インプラントで避妊し、その状態を装身具で示すだけで済む。

 

 優れた者が相続しなければ国が亡びる……と皆が思っているが、都合よく長子が優れるとは限らない。

 長男が劣り、弟が優れていれば、必ず弟をという声が出る。

 そして「優れる」をどう判定すればいいのか。

『銀河英雄伝説』でラインハルトは、ゴールデンバウム朝を否定するため帝位を子に相続することを否定するようなことを言いましたが、結局は赤子に相続させました。

 その代案、本当に実力がある人に相続させるのは困難すぎる……どんな基準で。

 試験は論外です。アンドリュー・フォークは士官学校主席。ラインハルト自身も帝国士官学校主席の無能者複数を罵りました。

『魁!男塾(宮下あきら)』では、ある権力者は何人もの男子に、刀剣で殺し合いをさせて一人を選びました。ですが、試験で選ぶのとどう違うのでしょう。

 指名しても絶対文句が出ます。

 結局は戦争で、内戦で決めるしかない。しかしせっかく統一したのに内戦じゃ本末転倒。

 

 ついでに、レイモン・ポアンカレがいます……第一次大戦時代のフランス大統領、アンリ・ポアンカレのいとこ。知能が少しでも遺伝するならとんでもなく頭はよかったでしょう。ですが彼が残した結果は、負けはしませんでしたがひどすぎ、次の祖国滅亡の原因も。

 指導者が賢くても、それで国が勝つとは限らない。

 

『スターウォーズ』では、パルパティーンは自分の寿命と相続を考えていたのでしょうか?EP4~6に、彼の結婚は出てきていません。ダース・ベイダーを後継者としつつ敵と見、さらにルークを招きましたが、うまくいっていたとしてどのように、ルークに帝国を相続させるのでしょう?

『レッド・ライジング』は貴族が腐らないよう、実際に死人が出るバトルロワイヤルを課します。ただし不正皆無=わが子を助けるな、弟を殺されても遺恨を持つなというのは無理。

 

『ペリー・ローダン』では、ローダンに細胞活性装置を持たせ不老不死とすることで相続問題を出させていません。しかしそれは、ローダンの子には将来相続する希望がないということ。親心もあって里子に出した子には背かれ、無事な子も苦労を続けています。

 それは不老不死がある作品すべてに共通する問題です。

 

 さらに、その子自身が優れているとしても、それが何でしょう。

 後継者、王子は一人の人であるというより、一つの集団の代表者です。生母。生母の家族……有力者。生母の出入り商人。宦官。自分の妻妾。領土の領民や大商人。自分の家の使用人。などなど。

 ある王子が脱落すれば、その集団すべてが落ちる。

 皇太子自身は知勇兼備の優秀者なのに、その生母の家族が罪とされ生母もろとも死罪となったことも。

 生母と対立することすらあります。生母の周辺の人々の集団と、子の周辺の人々の集団が対立する、ということで。

『現実』で武田義信や松平信康は父に切られましたが、本人の言動や能力不足ではなく、国としての戦略、どこの戦国大名と組みどこと戦うか、誰の子であるかが理由です。

 

 個人か派閥か……これも歴史の根本問題です。

 暴君や英雄王のすさまじい事績は現にありますが、それも個人か集団か。

 

 歴史的にいくつもの文明が、相続のルールが明白でなかったがゆえに悲惨な動乱と衰退を味わいました。

 古代ローマ帝国、モンゴル帝国、中国の五胡十六国などに顕著です。日本も南北朝時代に侵略を受けなかったのは幸いです。

 古代ローマは初期に実子に恵まれない皇帝が多かったためか養子が多い。それは五賢帝時代など最良の若者を選べるプラス面もありますが、マイナス面も。また帝政と言いながら共和制の残渣も多く残るため、市民が歓呼すれば即位、親衛隊が担げば即位、というめちゃくちゃさ。

 モンゴルは圧倒的な強さにもかかわらず、相続制度が実質ないんじゃないかというぐらい。それはほかの遊牧民帝国にも共通します……大帝国を築いても、すぐに相続争いで四分五裂するのが常。

 中国の、三国志の後はどうしようもなく、家族を皆殺しにする狂帝の繰り返し。

 さらにそれに外患、気候変動、疫病などが加わると滅亡にもつながります。中南米帝国、レコンキスタのイベリア半島イスラム帝国、インドなどは内部で争っている時の侵略で、ごく少ない兵力に潰されたそうです。

 

 安定するのは長男絶対のルールが確立した場合のみと言えます。

 さらに、相続が確定したら兄弟を皆殺しにするという極端なルールも中東にありますが、その場合にはその皇帝が早死に・男性不妊だと最悪王朝が途切れます。

 

 誰が相続するか、自分は誰に従わなければならない・自分が従えているのは誰か、それがはっきりしていなければ仕事も何もできません。

 特に革命後などの動乱期は、どうしていれば死刑にされずに済むか、すらわかりません。

 軍隊は全員が、一意的に順番を決められることがもっとも重要なことです。

 一意的、数学用語です。答えが一つだけになる。プラスマイナスのどちらを入れても正解、などがない。

 ある国の軍隊から、将軍から二等兵まであちこちの部隊から何十人かランダムに異世界に飛ばして集めたら、すぐさまその人たちは順番通りに並ぶことができます。神学でよくあるように、解釈次第で別の順番が出てくるということはありません。

 学校の生徒も、一意的に並ぶことができます……学年>学級自体の数字やアルファベット順>出席番号。

 それが「秩序」、織機で作られている織物、並び揃えられた糸を意味する漢字から生じる言葉です。

 人間社会が機能し、高い軍事力や農業生産があるにはどうしても必要なもの。ただしそれが強すぎ、秩序自体が目的になればすべてを破壊することもある。

 衰退した文明では、とにかく順番がしっかり見えません。逆転可能に見えてしまいます。下剋上。

 人間が、継承順位が確立していない時代は常にひどい内戦。江戸幕府の安定の大きい理由の一つが、継承を確立したことにあるでしょう。ゴールデンバウム銀河帝国が滅びたのも、直接的には継承問題でした……フリードリヒ四世が意図的に仕込んだと思われる。

 

 洋の東西を問わず、宦官・外戚・生母・僧などが暴威をふるうことも常です。

 彼ら、宮廷……皇帝の「家庭」で権力を得る人。

 昔の人に、公私の区別はありません。今でもある程度以上の地位、あるいは地域や文化によっては、家でのパーティーや冠婚葬祭の出席が大きな公務です。

 皇帝の「家庭」がすなわち「宮廷」であり、政府。ならば、その家庭で、皇帝のハーレムの世話をする宦官が、将軍や大蔵大臣以上の権力をふるうこともある。

 その、使用人である権力者も、一つの「族」の長。人は何か得たら、すべて家族に分け与え、一族の食えない者を食わせ、貧しいが優秀な子を学校に行かせなければならない……今の途上国でもある腐敗の構造。

 宗教・呪術も宮廷闘争と強く関係し、文明の衰退にもかかわります。

 呪術を使った罪で族滅できる法システムでは、誰も無事ではいられません。

 宗教は国富を無限に、無意味に浪費します。……公共投資の面もあるかもしれませんが。また宗教はほぼ常に、技術の発達を抑圧します。

 宗教だけでなくある権力を取ったグループが、特定の言葉、心、宗教などで固まっている場合、それが技術を破壊する可能性もあるのです。明で、鄭和の航海があったのに航海を否定した儒者官僚のように。

 

 根本的には、人はあまりにも一番上に立ちたい。けれどその座は一つだけ。

 そしてその格差が大きすぎる。

 忠実に支えると弟本人が決意しても、それで手柄を立てて巨大な名声・財産・領土・軍・支持者を得たら、もう簒奪するか粛清されるかしかない。『ファウンデーション』でベル・リオーズ将軍が忠実だったのに粛清されたように……他人でも粛清されるなら、まして継承権がある弟なら確実に。

 また、社会が急拡大、征服や高度成長の時代でなければ、負けた者が耕す田はない。

 全てか無か、殺すか殺されるか。一人の生命だけではない、玉座のゲーム(ゲーム・オブ・スローンズ)の最低入室預けチップは、リヒテンラーデのように一族郎党。いやキャスタミアの歌、クロップシュトックのように領民に至るまですべての生命、それも拷問の上の死すらあり得る。

 でもそれは、当然別のことに使えた力を無駄に捨てるわけです。

 

 

 経済、不況の延長ということも考えられます。

『現実』の大恐慌はナチス、第二次世界大戦という空前の惨事につながりました。民主主義と資本主義そのものに絶望した人が世界中に、膨大にいました。

 

『宇宙のランデブー2(クラーク)』でも超絶な恐慌で、宇宙観測すらろくにできない状況が生じました。

『三体2 黒暗森林』でも文明崩壊に近い超恐慌がありました。

『タイラー』では、全人類の大統領となったタイラーは思いっきりハイパーインフレを暴走させました……自分の再選を捨てて、銀河レベルの超災害から市民の目をそらすために。

 

 財政破綻、ハイパーインフレで滅んだ銀河帝国というのは覚えがありませんが、十分あり得ることでしょう。

 

『銀河英雄伝説』の銀河連邦の自壊は、けた外れの、長期にわたる「不況」であったと考えるのが原作に一番近い気がします……内戦・疫病は文字としてはなく、資源枯渇はあり得ず、外敵はないのですから。海賊が増えたという描写はあるものの。

 

 不況、経済低下にはどんな理由があるでしょう?

 一番有害なのがハイパーインフレとされます。『タイラー』はハイパーインフレを大衆操作の目的で利用しましたが。

 実際には、格差拡大=大多数の貧困化による需要低下、長期的には教育水準の低下による労働力の質の低下もあるのでは?

 また、多数を貧困にさせる世界で、まともに技術が発達するでしょうか?

 膨大な資金がありつつ、それが技術発展・新大陸開発につながらないこともあるでしょうか。

 

 開墾先・征服先・技術革新、要するに経済成長がないと、次男三男の行き場がなくなります。そうなると内部で争い、限られたパイを奪い合うことに……

 

 技術の停滞、それ自体が問題であることもあり得ます。

『銀河英雄伝説』冒頭の描写では、技術の停滞は銀河連邦の停滞の症状の一つとされますが、それが根本原因であったということは?

『火の鳥 未来編』でも、科学も文化もちっとも進歩しなかった、とありました。

 

 

 格差。特に有害な、ごく一部の勝者以外希望を、生命さえ失う格差の拡大。

 それは、本質的に開拓・征服の限界と裏腹です。

 極端に格差が激しい、極貧者が多い状態だと、低賃金で働かせればいいので機械化に投資されない、という問題もあります。

 歴史以前の始原、農耕文明が多くの狩猟採集群れを呑んでいった過程は……史料が乏しい。ヨーロッパが北アメリカやオーストラリアを食った大航海時代は参考にならないでしょう。

 社会は極端な格差があるとしても、次々と征服する国、開拓する土地があれば、貧しい人も人間らしい生活を手に入れられる希望があります。

 あらゆる宇宙戦艦作品に大きい格差がみられ、それは不満、反乱の元となっています。多くの「悪の帝国」はその不満に対し、暴力で応えより不満を強くしています。

 格差の拡大は、歴史的には荘園に民と土地が集中し、相対的に国が弱まることにもなりました。長く見れば需要の減少にさえつながります。

 拡大した格差が資本として正しく投資すれば、技術の進歩・征服・大規模土木工事などがうまく循環して国力を高めることもあります。

 

『現実』では、経済学理論という変なものが格差を拡大させ、多くの人を殺すことすらありました。自由競争を訴える学派が勝ったためにアイルランド飢饉で百万人死に、マルクス主義が勝ったところでは何千万人も殺されました。経済学者が国を乗っ取ったチリでは三万人以上が虐殺され、いまだに学者たちはそれを誇っています。

 ただ、格差がどんどん拡大していけば……最終的にはただ一人がすべてを持ち、残り全員が餓死すれば。その勝者は、黄金の山の上で餓死することになるでしょう。

 多く人々を奴隷にして殺すだけでは、全体の需要が減るのでは?筆者には、どうしても「残虐な奴隷化・プランテーションと搾取」と、「市場」が両立するようには思えません。

 実際の、「搾取した」奴隷農場はどの程度の需要を作っていたのか?まだ奴隷化されていない現地人……狩猟採集生活でも、村水準の独立国でも……どちらが生活水準は高い?

 さまざまな「悪の帝国」の征服はどのような経済を生むのでしょう?たとえば『ボルテスV』で、敵側が勝っていたら?

『叛逆航路』シリーズは、悪の帝国が勝利したのちの被征服世界の、経済や社会や政治を詳しく描いていると言えるでしょうか。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国に、建設的な面はなかったのでしょうか?『ファウンデーション』のミュール帝国が後に再評価されたように。

 

 

 地域と分業、権力と格差。

「近代世界システム」の本質、中核、周辺と世界を色分けし、要するに儲かる仕事は中核に集中し、周辺では奴隷が呻吟する。周辺から資源を奪って中央に集め、中央で作る。現実に、鉄鉱石鉱山があるオーストラリアに製鉄所がない。資源がない日本が繁栄した。

 

『銀河英雄伝説』では?『航空宇宙軍史』では?『スターウォーズ』では?『真紅の戦場』では?

 少なくとも、銀英伝の鉱山惑星であるヴェスターラントやカプチェランカは人口も少なく工業生産はないようです。

 全ての資源を首都星に集め、特に戦艦を作る工業は首都星がやる。

 描写は断片的ですが、シリウス戦役以前の地球の圧政は、資源を収奪し中央が豊かになる、という構造です。

 シリウス戦役での地球や、『月は無慈悲な夜の女王』や『ガンダム』宇宙世紀は、植民地の空気にも水にも代金を取ることで金を中央に吸い上げたようです。

 しかし、その「金」とは何でしょう。金(きん)に価値があり、それを、労働条件の悪い低賃金の鉱山で掘らせるならわかりますが……

 

 工業だけではなく、金融や政治そのものも、中央に集中されるようです。

『ファウンデーション』では、首都星は官僚機構だけで惑星全体が都市におおわれていました。

 

 すべての地域が、あらゆる産業を持つ。特に工業。分業と貧困・搾取に苦しめられた『現実』はそれを求めました。

 ヨーロッパ帝国から独立した国は自分たちも製鉄をすればいいと考えました。

 自立、自給自足。

 しかし、豊富な鉄鉱石と石炭の鉱山がある国も、それで豊かにはなれませんでした。

 特に自給自足にこだわり貿易を拒む北朝鮮はすさまじい貧困です。

 それが現実の教える容赦のない法則です。

 ナニカがなければ、豊かになれないのです……資源と自給自足だけではだめ。

 多くの、資源の呪いに陥った国もその証明でしょうか。古くはスペイン帝国、新しくはナウルや中東の産油国、さらにイギリスやオランダすら石油が出たことで衰退を感じました。

 同じ罠に落ちている宇宙戦艦SFはあるでしょうか?

 首都星が工場や官僚機構を独占しているから貧しい、なら各星系が工場も作り、事実上独立すればいい……本当にそうなるでしょうか?交易の必要すらなくなるリスクがあります。まあ交易が多すぎるのも、いつ超光速航行が不可能になるかわからないと考えるとリスクになるのかもしれませんが。

 

 

 宇宙戦艦SFで、ロシア革命のように市民革命からの悲惨、善意が地獄への道を舗装する悲劇はあるでしょうか。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』はフランス革命後に似ています。

『彷徨える艦隊』のシンディックがソ連に似ているのは、過去に共産主義革命があったのでしょうか?

『銀河英雄伝説』の、自由惑星同盟でのクーデター、救国軍事会議の方針は民主主義・福祉の否定と精神統制、ルドルフの方針に近いものでした。

 

 

 民主主義国も、宇宙SFでは腐敗することが多いです。銀英伝の銀河連邦、自由惑星同盟。ガンダムの宇宙世紀の地球連邦。『彷徨える艦隊』のアライアンスも、軍人の信頼を失い自らもクーデターにおびえています。

 経済のプレカリアート化、二極化それ自体が、民主主義そのものにとって有害?

 

 

 より一般的に、改革そのもの。

『現実』の多くの文明が改革の必要性を感じ、改革をしました。

 それによって衰退が防げたのかどうかはわかりません。

 古代ローマにおける、グラックス兄弟の改革とそれに対する反動。シーザー、アウグストゥスと継がれた帝政という改革。キリスト教、帝国の分割や遷都。

 江戸時代の日本の、三大改革。後期の二つの改革は、銀英伝の救国軍事会議にも似た、思想・娯楽の禁止が強いものでした。

 そして明治維新という、唯一の大成功。

 中国やオスマントルコが、産業革命で強化されたヨーロッパの侵略と圧力に対抗しようと繰り返し失敗した改革。

 イースター島で、苦しくなった時にとにかく多数のモアイを作り、ある時点からはモアイを破壊して、根本的には木材枯渇による飢えに抵抗し続けたこと。

 スペインがコロンブスの無謀な航海に出資したのも、レコンキスタが終わり征服という美味しい果実がなくなることに怯えたからもあるでしょう……適応するための改革の試みともいえたわけです。奇妙な失敗に終わったにせよ。

 

 衰退に抵抗するため。また、外に出現した極端な力に抵抗するため。

 様々な国が変わろうとします。

 それらを見ると、文明そのものが衰退しているのだから無駄なことはやめろとすら言いたくもなります。

 改革の多くは、明らかに間違った方向……宗教、道徳を強め、文化、中でも科学をより厳しく抑圧する方向に進んでしまいます。

『老人と宇宙』では、地球人のコロニー連合を恐れた多くの異星種族はコンクラーベという集団を作って対抗しようとします。

 

 そして『銀河英雄伝説』の、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムによる革命。

 ルドルフは、バカだったのか天才だったのか。バカであったとしては成果がよすぎる……何百年も王朝がもったし、帝制そのものはその後も続く。貴族号も廃していない。原作では、貴族・軍・官僚の三位一体によるものとされます。

 長続きした王朝には江戸幕府や明朝、古くは古代エジプト帝国もあるでしょう。古代ローマ帝国も、東ローマを加えればかなり長い。

 

 どの程度の時間が必要だったか、同盟との接触は関係するかなど疑問はありますが、結果的には多数の貴族領、小さい国に巨大な文明を分割し、人口を大きく減らしました。

 国が大きすぎるのが病巣だとしたら、国を分割することができない……13日戦争などのトラウマがあるから。それが厄介な制限だったと思われます。

 国を分割しないことが、中央集権>守る艦隊の派遣が遅い=大きい国が不都合ということにもなります。

 人口急減=すぐ助けに行けない地域の焦土化でしょうか?…独立は全人類唯一のため容認できない。

 また農奴化による労賃の削減……先進国が、労賃上昇で競争力を失う現象も関係するでしょうか。もし今の世界で全世界の人が最低限の金を与えられ、最低賃金を決めてしまったら、資源を抜きにしても全世界の産業が、文明そのものが崩壊するということはないでしょうか?

 

 

 海賊との戦いも文明の変質としては重要でしょう。

 いくつもの、特に宇宙海賊が多く強い作品は、超光速航行が不可能になった作品同様、文明崩壊にはならないのでしょうか?まともに交易ができているのでしょうか……

 その海賊を倒すのは、功績として高く評価されるのは当然でしょう。

 

 

 帝国の衰退、文明崩壊は、「食べられなくなる」からだというのが筆者の考えの中核ですが、色々調べると本当に「食」が重要かどうかも疑わしくもなります。

 江戸時代日本は天明の飢饉などがあったのに、なぜ国が崩れなかったのか。流民の大規模武装蜂起が起きなかったのか。

 他にも多くの、大飢饉を起こしたのに崩壊しない帝国……イギリス、ソ連、共産中国……

 中国史でも、最初の秦の崩壊は飢餓と暴政が強かったにせよ、それ以降は常に宗教がきっかけになります。

 単純に考えて、帝国の規模が大きくなると、たとえばスペイン帝国はナポリが飢えたからインカからジャガイモを運ぶ、というのは不可能でした。ある程度の規模から、食料の融通が非現実的になります。ある程度以上の帝国は、どの程度人は食う必要があることを考えるのでしょう?

 では納税は?交易と同じ、高価な商品のみ。

 もう「食べる」意味がなくなり、ただ服従だけが残ってしまう……

 ただ、穀物を運べない程遠い、穀物が主産物である地を、どう搾取……人。数トンの食糧を濃縮した、人そのもの。

 人を支配できればいい。少数が多数を支配する、人間に共通する何か。それだけでも帝国は存在する、ではそれが壊れて帝国が滅びるのは、何がきっかけでしょうか?宗教?

 

 そして「食」と関係あるかわからない、多くの文明の衰退で特に目立つ、財政。

 江戸時代の日本も、古代ローマ帝国も、スペイン帝国も、国は財政的に破綻しました。金銀でできた貨幣を何度も改鋳……金銀を少なくして貨幣の数字だけ増やしました。

 中国史を見ればどの帝国も、最初のうちは征服の勢いでやった大規模な工事や侵略を続け、時には二代で崩壊し、時には節約し民を大事にする名君が出て中興しました。

 その財政破綻には、戦争技術の変化という面もあるでしょう。大砲と帆船、大規模な土塁の要塞は膨大なカネを必要とし、近代国家になれなければ破産するだけでした。そして第一次・第二次世界大戦はまた別物と言えるほどの超負担で、大英帝国やロシア帝国の崩壊につながりました。

 古代ローマ帝国は最終的には、防衛力すら失いました。

 

『銀河英雄伝説』では相続も狂い門閥貴族による簒奪が目前、一方の自由惑星同盟も国民・軍人の信を失っていました。

『彷徨える艦隊』でも両方疲弊し、民主主義側でも軍人が政府を信じなくなっていました。

 

 最終的には資源枯渇を強調する作品もあります。

 

 また、幾多の作品で、「崩壊した古代帝国」が見られることも考えるべきでしょうか。

 古代ローマ帝国の遺跡に驚嘆した、もはやセメントを用いた大規模工事などできない中世の人々が、半ば迷信で共通意識に刻んでしまった概念。

「崩壊した古代帝国」自体は、剣と魔法ファンタジーでも多くの作品にあります。

 それらの帝国は、どのように崩壊したのでしょう。

 技術の暴走。けた外れの、おそらくは神罰である自然災害。それらさまざまな理由が言い伝えられます。

『ロスト・ユニバース』『ガルフォース』は超兵器の暴走。

 

 

 何よりも。

 大きくなった子供に、無理に子供服を着せたら動きにくく破れる。女の子が大きくなったら生理用品が、のちには避妊具が必要になる。

「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。(マタイによる福音書9-17)」

 この言葉は、古代ローマ帝国の幹部こそが聞くべきでした。キリスト教自体を信じるよりも。シーザーやアウグストゥスはある程度わかっていたとしても。

 

 国の規模が変わる。国の技術水準・生産力が変わる。新しく運河が完成する。力を持つ階層が変わる。

 周囲の国の技術水準が変わる。遠くから新しく船を発達させた国がやってくる。

 地球全体の何百年単位の気候変動で、平均気温が変わり風や雨が変わる。

 資源が枯渇する。

 しかし、あまりにも多くの国は変化に対応できない。

 人間は、一切変化させないことが善だとする傾向が、とてつもなく強い。変化を拒む、「欠乏」側の精神も強い。

 そして進歩ではなく、復古と狂信を選ぶこともあまりにも多い。

 また、変化に対応することには成功しても、そのための無理が後に罠となり破滅することもある……近代日本のように。

 オスマントルコなども、西欧が強くなったことはある程度知り、まず工場を買ってそれを動かすことができず、のちには「信仰が弱く、古く正しい生き方から外れたから」と誤った変化を求めて滅びました。

 

 正しく自分と、全体を見る。何をすればいいのか見る。それがどれほど難しいか。

 しかもそれが正しくてさえも、そのために必要な犠牲が大きすぎて、近代日本のように改造手術は成功したが数十年後に狂い弱体化して潰される、となるかもしれない。

 それほどに、変わることによって衰退を避けることは難しい。

 

 だからこそ、栄枯盛衰は限りなく普遍的に思えるのでしょう。

 

 おそらく多くの星間文明も。

 そう……ルドルフが、180センチを超えた子に、4才用子供服は合わないと思った。それは正しかった。

 しかし、人類の性に負けてしまった。ペテロが眠気に、多くの人がアルコール中毒に負けるように。道徳、宗教。「心を統制すれば救われる」。

 指数関数を否定することを選んだ。

 

 そして、「心か物か」という問いが、さらに大きく深いものとして見えています。




このテーマはこれからも考え続けるでしょう。
まだ読んでいない、読みたい本も、読み返したい本もいくつもあります。
全く分かっていないと言い切れる分野も多くあります。


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精神技術・麻薬・宗教

『彷徨える艦隊』と『銀河英雄伝説』の大きな違いに、尋問室があります。

 要するに巨大なウソ発見器。

 まあ『彷徨える艦隊』の政治家や優れた士官は、それをごまかすテクニックを知っています。でも尋問する側もそれを知っているのでいたちごっこ。シンディックでは、どこにウソ発見器があるかわかりません。司令官の机や、変哲もない部屋がそのままそれだったりします。

 

『銀河英雄伝説』でも一応自白薬はあります。それには死に至る副作用があるようで、皇室がテロにさらされケスラーが切れたら濫用されて多くの犠牲者を出します。

 ついでに何百年も社会秩序維持局が残虐の限りを尽くしていて、地球教の正体も暴けなかったほどの無能もあります。……いくら注意していても、無実なのに拷問される人も多いでしょうし、その中に当たりがいなかったわけがないでしょう……実際には拷問・自白剤の技術は相当低かったか、抵抗技術が高かったか、常に最上層に信者がいてまずことを話しそう人は事故死させてしかもばれなかったか、と推定できます。

 副作用がなく信頼できる自白剤がないことも……『ヴォルコシガン・サガ』にハイポスプレー(無痛注射器)の即効性ペンタと呼ばれる絶対自白薬があります。

 マイルズの継子はハムレットの筋を聞いて、ハイポスプレーですぐわかるのに、と言ったものです。

 

『宇宙軍士官学校』では精神感応技術は、自白剤代わりにも使われています。

 主人公を狙ったテロをきっかけに、内心の自由すら侵害する捜査法が容認されるようになりました。

 また、その技術は光より速い即時通信、脳とコンピュータを直結するマウスやキーボードよりずっと速い命令入力技術、遠距離での会議技術、戦闘中の精神加速などに使われます。

『彷徨える艦隊』の遠隔会議技術も結構重要かも。

『レンズマン』では思念波防御のいたちごっこは当然です。

 

 拷問技術も様々な作品ごとにいろいろありますが、不快すぎる話です……

『銀河英雄伝説』のダイヤの針とか有角犬とか、『ヴォルコシガン・サガ』のリョーバル大豪の健康ランドとか、もろもろ。

 特に、作者・編集者・出版社の目線から見れば、強い刺激を与えることができる、性的読者サービスの代用品にもできます。特に子供を拷問するのは。

 実際にはある程度以上の拷問は人間を破壊し、能力をなくさせるといわれますが、ストーリー上それは見られません。『スターウォーズ』のレイアもかなりやられていますが問題なく活動できています。

『ヴォルコシガン・サガ』ではマークの多重人格を形にすることで、その後の彼の行動なども大きく変えました。

 

 残念ながら人間社会にとって、拷問は重要な役割をはたしています。

 まず、人類は虐殺・拷問・強姦・文化財破壊が大好きです。だから拷問それ自体が報酬にもなります。

 明治維新後の警察も、とにかく多くの人を拷問し、完全に壊れた人間を多数作って見せしめとして、「警察が主人だ。絶対に逆らうな、心の底から恐れ従え」というメッセージを叩き込んで国家を作り上げました。戦中の特高警察もとことん多くの人を拷問し、生きて返すことで国家を変質させました。それは多くの国であることでしょう。

 多くの国では、国民が政府に、またギャングに従う大きい理由は拷問の恐怖ではないでしょうか。

 やる側からすれば、拷問は人間の心身を深く破壊できるため、支配欲をこれ以上なく満たせます。見せしめこそもっとも有効な、少数が多数を支配する技術だ……と考えられてもいます、真偽はともかく。

 罪と罰、それは呪術要素が強かった原始時代から人間社会を作っていましたが、拷問はそれを強くゆがめます……罪がない者を罰することにつながるので。同時に、呪術的な生贄の面も出ます。罪がない者を拷問し処刑することが、逆に目的にかなうこともあります。

 どの程度が真実かはわかりませんが、原始的な先住民が人食いの前に儀式的な拷問……何かを自白させるわけではないので単なる虐待……をする、ともされます。

 そのような風習を持つ異星人種族も見られます。

 拷問と強姦も深い関係がありますが、さすがにそこまで調べたり思い出したりする気には今のところなりません。

 もちろん強姦は、読者サービスとしては最強に近いものがあります。

 

 

 自白剤技術の先に、人の心を支配することもあるでしょう。

 人の心を支配する、機械的な技術があったらたまったものではありません。

『トリポッド(ジョン・クリストファー)』の異星人は精神支配に特化し、残忍な圧政を敷きました。その奴隷は、気候が違いすぎる異星人のドーム都市で働き、体力が尽きたら自ら処分場に行って熱線銃のスイッチを押して自らを消すほど支配されます。

『叛逆航路』の再教育は半ばタブーとされるほど恐れられています。

『三体2 黒暗森林』では証拠とは無関係な信念を人に刷り込む技術が発達しました。

『マルドゥック・アノニマス(冲方丁)』では独特の精神支配能力者が組織を広げています。

『彷徨える艦隊』では生物兵器にかかわった士官が洗脳処置を受け、指揮官が特殊な条件を満たした時のみそのことを言えました。その後も精神崩壊が進み、結局助けられませんでした。

『CYBERブルー(原哲夫ら)』では、レストランの普通に働いている従業員が、電話でパスワードを聞いただけで指示された客の飲み物に毒を入れるなどしました。様子を見るに、本人は自分がそんな存在だという自覚も何もない。

『現実』の近代法は、そんな技術や超能力がないことを前提としています。実際には近代法はものすごく多くの、無茶苦茶な前提でできています。人間を完全責任能力と禁治産に二分し中間を認めないなど、惑星を質点系扱いするよりもひどい。

 人を支配する、操る、変身する……それがあったら人は安心して暮らせないし、法体系も崩壊する。

 だから禁断であり、それだけでも完璧なディストピアを作ることができる。

 宇宙戦艦作品には、幾多の精神支配系超能力者が活躍します。『ファウンデーション』のミュール、第二ファウンデーション人。『ローダン』『クラッシャージョウ』『宇宙嵐のかなた』などなど。

 人はそれを恐れもします。

 

 その恐怖の一部は、麻薬にも受け継がれています。

 麻薬。これも多くの宇宙戦艦作品で重要な役割を果たしますし、『現実』を支配してもいます。

 アヘン戦争という歴史の節目となる重大な戦争を起こしました。また、麻薬戦争が第二次世界大戦後の世界秩序でどれほど重大な役割を果たしているか。

 様々な犯罪組織が、世界秩序・歴史の中でどれほど重大か、という問題も……これは陰謀史観に触れるため歴史家にとって極めて危険な門なのですが。少なくとも現代国際政治で、犯罪組織を無視するのは愚行です。

 

『現実』での麻薬は以前作物で検討しましたが、あらためて見回してみましょう。

 現在は合法である酒やタバコも、どう考えても依存性薬物です。さらに言えば、ギャンブルにも依存性という共通点があり、ポルノグラフィーにも禁止物という共通点があります。

 麻薬と宗教との関係もきわめて深いものがあります。香料や染料とも。幻覚剤を儀式に用いている宗教は、特に原始的な宗教に多くあります。

 さまざまなものを禁じるのは宗教の本質にかかわっています。イスラム教の酒、ユダヤ教の豚肉や口寄せなど。無許可な魔術そのものを禁じる、があらゆる禁止の本質にある。

 茶・コーヒーなどカフェインも軽い依存症があり、モルヒネ同様絶対禁止でなかったのは歴史の偶然でしょう。

 

 人間に影響を与える無数の、動植物が作り出す化学物質。その中に、特に依存性が強いものがいくつかありました。幻覚を生じるものも。のちには人工的に合成される物質もありました。

 そのいくつかが、近代化の過程で厳重に禁止されました。

 大麻。ケシから作られるアヘン・モルヒネ・ヘロインなど。中南米のコカの葉から作られるコカイン。合成された覚醒剤……

 禁止されるからこそ需要と供給で価格が上がり、多くの犯罪組織の収入源となりました。

 ケシやコカは文明の中心から外れた地が栽培適地であったこともあり、政府が機能していない国々で麻薬を生産する犯罪組織が膨大な収入を得、広い地域を支配するにも至りました。それはさらに国家を破壊し、中南米や中東の治安・政治・経済の水準を引き下げ内戦状態、多くの住民に対する恐怖支配を続けさせました。

『現実』の第二次世界大戦後の国際秩序は、麻薬の時代ということすらできるでしょう。

 なぜ近代国家が麻薬をあれほど厳しく禁止するのか、フロイトやホームズは平気で使っていたのに……という問題も興味深いです。

 アヘン戦争それ自体が、麻薬は国を壊すという恐怖につながったのでしょうか。

 麻薬は売春や賭博も魔術につながり、国家は本質的に許可のない魔術を厳禁する、たとえば旧約聖書の律法で占いや口寄せが厳しく禁じられている、と仮に言っておきますか。

 

 娯楽の中では、麻薬は人間を支配し、自爆だろうと何だろうとさせる、精神支配薬のような扱いも受けています。

 

 宇宙戦艦作品でも、多くの麻薬が重大な役割をはたしています。

 もっとも重大なのが『レンズマン』。レンズマンの主目的は麻薬との戦いだ、とすら言えそうなほど。

 合成できず超嵐の惑星で極端な生物から採取されるシオナイト、対照的にダウナー系のベントラムなど多くの麻薬が売られ、レンズマンはあちこちの星を股にかけて追い回しています。

 

『スターウォーズ』でもジャバ・ザ・ハットはスパイスと呼ばれる麻薬を扱い、ハン・ソロが追われる身になったことにも関わります。

『スター・トレック』にも多くの麻薬が登場します。

 

『銀河英雄伝説』を支配する、地球教の強力な資金源、かつ、多くの信者を深く洗脳し自爆テロリストにするのがサイオキシンという合成麻薬です。

 

『紅の勇者 オナー・ハリントン』でも狂暴化させる麻薬が使われました。幾多の麻薬からそれが選ばれたことが、黒幕の存在を推測させました。

 

『若き女船長カイの挑戦』の、ヴァッタ家の収益源の一つ、ティクは麻薬や興奮剤などいろいろな薬になります。

 

『ノーストリリア』は不老不死薬で、子供の小遣いで地球を買えるほどの金があります。

『デューン』のメランジは抗老化作用があり、また宇宙航行の核心でもあります。それが唯一得られるからこそ砂漠の惑星に高い価値があるのです。

 

 

 宗教も、まあアヘンという言葉があるのでここで……

 多くの宇宙戦艦作品で、宗教は独特の役割を果たします。

『現実』の歴史でも、宗教はとてつもなく重要です。

 中国は三国志を始めた黄巾の乱から、どの王朝も滅びるのは宗教反乱です。不思議と次の帝国ができた時には宗教は消えています。

 日本史でも寺の影響は強く、一向一揆が信長を苦しめました。明治維新は天皇を国教とすることで挙国一致・富国強兵に成功しましたが、その天皇教が狂信と化したことで敗亡に至りました。

 西洋もキリスト教が古代ローマ帝国滅亡の原因と言われ、また宗教改革は大乱を、さらに国民国家というシステムを生みました。

 イギリスの奇跡を起こした制度に、宗教改革の影響は膨大でしょう。

 大航海時代そのものに宗教の力は大きいものがあります。

 また、マルクス主義、そして国民国家そのもの、民主主義も、人権や人道も、それぞれ強大で狂信的な宗教と言ってもいいでしょう。

 

 宗教は、軍事集団を支配した時に恐ろしい力を出す。膨大な人間を集め、指示に従い確実に死ぬような敵に突撃させる死兵にすることができる。普通の、報酬で雇われた傭兵や脅迫された農民兵はそこまで戦ってくれず逃げてしまう。

 進化心理学的にも、宗教を信じやすい血族集団はまとまって激しく戦うから戦いで勝ってしまう、だから増えて、人類はみんな宗教を信じやすい遺伝子を持つようになった……とさえ考えられます。群淘汰の議論はあるにせよ。

 自爆テロを可能とさせることも、強い印象を与えます。

 ただし、宗教の支配は本質的に科学、試行錯誤と共存できません。核兵器を買うことはできても、新型の核兵器を作ることはできません。

 きちんと敵味方の戦力を計算し、長期的な政治を考えて戦うこともできません。「自分たちは道徳的に無限に高い、だから戦力も無限だ」が、宗教軍の本質的な前提であり、そうである以上いつか惨敗するのは避けられません。

 宗教軍の本質は、「心」100とできること。金も集められますが。「心」100だから勝ち目がない敵にも特攻できますが、まともな思考をする者は排除され工夫も発明もない。ただし、宗教がなくても同じ状態になることは多くあります。

 

『銀河英雄伝説』ではキリスト教などは核戦争で力を失っています。ゴールデンバウム帝国では北欧神話が復活していますが、どの程度敬虔でしょうか。

 また、帝国・同盟ともに、宗教反乱は確か書かれていなかったと思います。

 何よりも黒幕として膨大な力をふるった地球教。

 

 悪の宗教としての地球教の影響が随所に見られるのが『タイラー』です。オウム真理教事件の時代に書かれた作品であることもあります。

 大災害の襲来当初から皇帝アザリンを狙った暗殺教。何度も重大なテロを繰り返し、ついには大艦隊すら用意して繰り返しタイラーたちを苦しめました。

 その後、タイラーの親友が事故の衝撃から作った宗教も強大な軍備を持ち、繰り返し軍を破り、幾多の星系を占領しほぼ皆殺しにする凶暴さで恐れられました。

 それが滅びたのちも、タイラーが自作自演で作った犯罪組織は艦隊で武装する宗教団体の面も持ち、多くの惨劇をもたらしています。

 宗教はすぐ、強大な暗殺集団・犯罪組織・艦隊も持つ武装集団となる、というのが共通しています。

 

『銀河の荒鷲シーフォート』ではキリスト教がきわめて強く、シーフォートはやらかしたら修道院に入って祈り、危機が来て引っ張り出されています。

 

『デューン』は砂漠の民が強い宗教で動き、それがすぐ聖戦……ジハードに行くのではと予知能力がある主人公は苦慮しています。続編では結局はやらかしたようで……

 

『スターウォーズ』ではあちこちに様々な宗教があります。そしてジェダイも敵であるシスも宗教の面を持っていました。

 

『ヤマト3』ではシャルバート教が独特の影響を持ちました。非暴力・無抵抗主義という概念も『ガンダムW』などにも見られます。『完結編』でもディンギルは宗教の面が強くありました。

 

『死者の代弁者』は、エンダー自身の著書から多くの星に広がったある種の宗教があり、恒星間航法の都合で未来に移動するようになるエンダー自身もその聖職者として働いています。死者を悼む方法であり、神秘的な要素を含まない宗教です。

 また、スターウェイズ議会は多くの宗教の平和的共存に気を使っています。

 ルシタニアはカソリックからなる開拓地です。ほかにも星ごとに、様々な宗教があり、死者の代弁者であるエンダーは土着宗教に嫌われながら情報を集めることに熟達しています。

 エンダーが生まれる以前に産児制限を忌むカソリックが、産児制限が必要とされるほど人口が増えすぎた世界で禁教になったということがあり、一家の存在自体に宗教は深いかかわりを持っています。ビーンも宗教家に育てられました。

 

『レンズマン』や『キャプテンフューチャー』では宗教はあることはありますが、ちょっとコミカルな使われ方です。

 

 政権が、権力を強化するため宗教を用いることもあります。

『火の鳥 太陽編』では宗教が権力を得た体制と戦い、勝利した反乱者も人工的な宗教を作って支配しようとしています……それが、勝利者もまた前と同じように倒れると雄弁に告げています。中南米やアフリカで多く見られる寡頭制の鉄則そのもの。

 

 

 さらに言えば、国家そのもの、軍隊そのものも「人間を支配する技術」であり、狂信的な宗教でしょう。

 核兵器の配備。人類の滅亡よりも、国家の敗北の方が上。その集合論的には明白な矛盾を、誰にも感じさせない。行動に結びつけることを許さない。

 それは宗教でなくて何でしょう。

 

 マルクス主義も宗教です。同様に、資本主義・経済的自由主義も宗教でしょう。

 膨大な人間を餓死させ、奴隷として酷使できるのも、強い信念、良心を麻痺させる心の誘導がある……宗教の役割も大きいでしょう。

 何より、近代。近代の、軍。工場。その人を作る学校、刑務所、病院。

 それ自体が一つの、人間を支配する技術であり、宗教に近いものでもある……人を集める。並ばせ、立たせ、座らせ、歩かせる。高いところにいる人の話を聞く。命令に服従する。命じられたものを食べる。

 その起源には修道院も大きいでしょう。沈黙、服従、時間。慢性的な睡眠不足と労働。

 古代ローマ軍も、騎馬民族も、十人前後の小隊、集まって百人隊長に指揮される、という階層構造を取り、それが近代軍の基礎となりました。騎馬民族は、戦いにちょうど間に合わなければ負けるので時間厳守もあると言われます。

 そして、ヨーロッパ人が多くの奴隷を支配した、具体的な方法。

 中国が反乱まで膨大な人口を支配した方法。

 

 多くの銀河帝国が、人々を支配する方法。

 さらに言えば、多くの異星人種族も地球人と同様の軍隊構造を持っている。持っていない種族は戦争ができない。

 

 昔から、人類にとって統治と宗教は一体であり、それに薬物も加わっていました。

 少人数の狩猟採集民の集団は、神話を語り、歌い踊り、薬物があれば吸って幻覚を共有しました。宗教的な心理、そしてともに歌い踊ることでできた一体感で戦いました。

 そして大きい宗教の作り方は、同時に奴隷を支配する方法と一体化して帝国が作られました。多くの帝国は宗教と一体でした。

 それから宗教と政治が分離して近代国家が生じ、国家自体が宗教のように多くの人を支配して狂信的に戦わせました。

 その近代国家は薬物や宗教と複雑な関係を続けています。

 現代の、民主主義の危機には、広告企業が膨大なカネで人間自体を解析し、大金を出した候補者はCMで確実に勝ててしまうことがあるとさえ言われています。

 ヒトラーはラジオ、ケネディはテレビで勝ったとも。

 

 宗教。薬物。そして、人を支配する方法そのもの。情報伝達。教育。統治そのもの。

 それらはどのように絡みあっているのでしょう。

『現実』の人は、実際にはどんな乗り物に乗っているのでしょう。先進国人だけではなく、国家が機能していない途上国の人々が乗っている乗り物は何なのでしょう。

 

 幾多のSFの国々は、いったい何なのでしょうか。



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技術、教育

 あらゆる宇宙SFで、どの技術が発達しどの技術が発達しないか。

 

『三体2』も、前提があるからのことです。

「時空に穴を掘る」「超光速航行」「超光速通信」「自己増殖性微小機械」「小惑星に穴を掘る」などの技術がやたら発達しにくい。

 反面「恒星系を消し飛ばす」「思考する素粒子」「すごく丈夫な艦」などの技術は簡単。

 という。

 

 遠すぎる隣人がどんな人かわからない、だからとりあえず殺す。

 どこかが「宇宙全部の人がいるかもしれない星を全部、大量生産とすごく速い超光速航行で潰す」か「たくさんの即時通信機と惑星破壊砲を積んだ無人艦を、すごく速い超光速航行で宇宙全体にばらまき、『みんな通信し合って仲良くしろ、さもなきゃ潰す』とやる」どちらも、これまでどこもやってないから。

 

 居住可能惑星主義……スペースコロニー、氷小惑星に穴を掘ってワイヤーで振り回すよりも、数少ない居住可能惑星にこだわりよそを征服したり、テラフォーミングしたりする方が儲かる。

 穴を掘るのが難しいから。

 

 地球型惑星以外では採算のとれる鉱山はない。低品位鉱山から資源を取るのは難しい。まして木星や太陽の水素を元素番号転換するのはもっと難しい。

 

『銀河英雄伝説』は自動化技術、コンピュータ技術が低い。ルドルフの遺訓に縛られていない自由惑星同盟も、何百年もあっても帝国の二倍の生産性にしかなっていない。

 多くの作品では、人間の代わりに仕事ができるロボットがないか高価であるため、人間の奴隷がある。

 

 特にシンギュラリティ……ロボットが自分より賢いロボットを作る、それで知能がめちゃくちゃに高まる……と、自己増殖性全自動工場……低品位の小惑星などから資源を採掘し、製品を作りつつ、工場それ自身の部品も作って工場そのものを増殖させる、それはどちらもストーリーを根こそぎ破壊しかねない。

 逆にある時期は、「シンギュラリティもの」とジャンルにすべきであろう宇宙SFが多数ありました。

 

 

 そしてこの『現実』は一言で言えば「空飛ぶ車を注文したのに手に入ったのは140字(ピーター・ティール)」。

 コンピュータは、古典SFが想像している品の何桁上かわからないのを人類の大半がポケットに入れている。でもシリウス日帰りどころか、世界一の金持ちも月旅行にも行っていない。

 M16系統が半世紀を超えて使われている……鋼鉄以上に熱に強く安く丈夫な素材も、真鍮薬莢を過去の遺物とする樹脂も生じていない。

 技術発展の不均衡は、『現実』にも嫌というほどあるのです。それは、マラリア薬のように経済によるかもしれませんし、物理法則そのものかもしれません。

 

 

 技術によって、もっとも大きく変化した社会は『スタートレック』でしょう。

 なにしろ、貨幣がない。

『スターウォーズ』にも『銀河英雄伝説』にも貨幣があります。

 レプリケーター・転送・ホロデッキなどの技術は、それほど違うということでしょうか。

 

 ですがおかしいとも言えます。『スターウォーズ』は十分労働ができるドロイドを大量生産する技術があります。すべての成員が必要なだけの生活をして、他と接しない世界になることは可能でしょう。

 ドロイドと、レプリケーターなどは質的に違うのでしょうか?

 

 貨幣のない世界、それは現実の人類の、共産主義との長い葛藤とも深く関係します。平等を求める情熱が生んだ悲劇と、逆に平等を求めること自体に対する憎悪。

『断絶への航海』が、貨幣も政府もない異様な人類世界を大胆に描きました。

『所有せざる人々(アーシュラ・K・ル・グィン)』もその葛藤を丁寧に描いています。

 やや違う形ですが、『2312-太陽系動乱』も主人公の属する陣営に「モンドラゴン」というスペインの労働者協同組合システムの名があります。

 

 ふと……「満足している」原始社会は、少なくとも第二次大戦以前のヨーロッパにとっては、それ自体が悪です。絶対に襲って虐殺し、借金を負わせ奴隷化し、本国にとっても損にしかならなくてもプランテーションに、領土にし、同時にキリスト教を布教しなければならないのです。キリスト教が、それが弱まっても近代国家という宗教が、それが(彼らが人と認める白)人の絶対の義務だと叫んでいるように。

 異端を信じている人が山奥に一人生きているだけでも、神が怒って世界を滅ぼすと信じて魔女狩り・宗教戦争を続けるように、近代に参加していない人が一人でも、土地が一エーカーでもあることが、近代国家の人にとっては絶対悪なのです。

 もしどこかに、キリスト教原理主義でありつつ原始的な満足な自給状態にある集団が存在していたとしても、襲って征服しないことは絶対の悪だったでしょう。

 

 

 結局のところ、宇宙戦艦SFというのは作者の立場で見れば、「戦争を続けるために技術を制限する」これがすべてなのです。

 戦争がなければ物語にならない。だから技術を制限する。

 とはいえ、本当に全員が全知全能になるほどの技術水準で、それでも戦争が続くということは考えられないでしょうか?

 ギリシャ神話の神々が戦争を続けるように……

 

 作者の立場を忘れて見まわすと、あらゆる宇宙戦艦作品の文明は、ハーバー・ボッシュ法を研究するのではなくグアノ島を奪い合って戦争をしているようにも見えます。

 アホなのでしょうか、それとも「元特殊部隊員の正義漢を拷問するのに目・指・膝を潰さない悪役」と同じストーリーの奴隷に過ぎないのでしょうか。

 

 そして現在の、現実の人類は。

 本当に技術は今が限度なのか。

 それとも、やっていないだけなのか。

 

 

 ストーリーを成立させるためには、技術を封じることも重要になります。

 

 たとえば、遺伝子技術・人工子宮技術などは、王室が続くかどうか、本当に**が王の血を引いているかどうかなどの問題を解決してしまいます。

 それらの問題は歴史的にも戦争を含め大きく歴史を動かし、君主制貴族制を取る世界では実に重要になります。

 

『銀河英雄伝説』はルドルフの技術嫌い、劣悪遺伝子排除法、もともとの技術水準などで、要するに皇室の遺伝子をきれいに掃除し人工子宮で十分な数の、しかも超高IQで健康な世継ぎを作る、がないのは確かです。

『デューン』も昔あった人工知能との戦争で、人工知能開発を厳禁しています。それだと宇宙航行がきついので、ドラッグを使ったりいろいろします。

 

『ヴォルコシガン・サガ』でバラヤーは、人工子宮技術が入ってきたことで大混乱を起こしています。まず激しい拒絶と保守クーデター、次に男子ばかり……マイルズの世代の貴族は深刻な女不足……『現実』のインドや中国も産児制限と女児殺しでとんでもないことが起きています。

 

 遺伝子をいじる、クローン、人工授精などは、超能力や天才を制御することもできます。

 超能力者を無限にクローニングされたらたまったものではない。

 だからそれができないことにする、というのもよくあります。

 

『スコーリア戦記』ではローン系サイオンは人工授精不可、結果滅亡に瀕しています。別の時代や敵から遺伝子を取ってくるぐらいに。

『終末のハーレム(宵野コタロー)』『世界を変える日に(ジェイン・ロジャーズ)』は、人工授精すりゃいいだろというツッコミを回避するため人工授精ではだめなんだということにします。

 

 根本的には、本当に「愚民に叡智を授け」(機動戦士ガンダム 逆襲のシャア)てしまう技術こそ、ストーリーを崩壊させる禁断の技術と言えるでしょう。

 やったところでディストピアになりそうな気もします。

 本当に人間がより賢くなる話は難易度が高いのか、『理解(テッド・チャン)』など短編が多いです。『サイボーグ009』は001が超知能に改造されていますがその分活躍は少ないです。『マルドゥック・スクランブル(冲方丁)』もそれですか。

 

 

 そして技術の進歩が社会に与える影響を描くのも、SFそのものが得意とすることです。

 

『彷徨える艦隊』は、実は新技術による大きな社会の変化の最中です。

 異星人が悪意を持ってアライアンス・シンディック両国に提供したハイパーネット・ゲートシステム。それによる移動速度・距離の大幅な向上と、ゲート建設にかかる費用は星々の格差を拡大しました。

 

『ヴォルコシガン・サガ』は何度も解説したように、高度技術、特に人工子宮技術に触れた封建社会の葛藤がメインテーマです。

『反逆者の月』は人類が先進文明の技術を取り戻すと同時に、あまりにも近く決戦が予定されています。人を徴用し、巨大工事をし、反発する人々をねじふせて戦い続けています。

『宇宙軍士官学校』など多くの作品にその構造があります。

 

『約束の方舟(瀬尾つかさ)』では、以前激しく戦い、和睦して共存する、強化宇宙服のように働く異星知的種族との共同生活があり、それは技術の進歩と同じように働いています。異星人とともに働くことにほぼ生来慣れている子供たちと、異星人に家族を殺され敵として憎む大人との激しい葛藤が物語を作っています。

 

 反面、特にロボットアニメでは、社会・人間の心に技術が与える影響を強く制限する傾向があります。

『スーパーロボット大戦OG』では多くの技術を手に入れていながら、庶民の生活はあまり変化しません。

『ガンダム』宇宙世紀では、脳と機械の直結すら例外的です。それがのちに強化人間・サイコミュの形で人数としては増えていますが、人類全体の一般技術にはならず、サイコミュ自体が封じられます。

『ガンダムSEED』は人間の遺伝子改造による種分化という、技術による変化が根本的な戦争の原因です。

『ガンダムOO』は序盤から軌道エレベーター、さらに異星人との融合による人類全体の変質という、ガンダムとしてはやや異質な作品となりました。

 

 海外SFドラマでも、人間の役者が言葉で演じるという制限から、異星人も進歩しているはずの人間も、地球人とだいたい同じ姿をして同じ言葉を話す状態が普通です。

 

 無論、逆に技術の暴走で滅びる・滅びた世界も無数にあります。

 

 

 特に重要な技術として、テラフォーミングについて。

 

『銀河英雄伝説』は多くの星をテラフォーミングすることで、人類は生存圏を拡大し、人口を大きく増やしました。結果的に、地球がほぼ破壊されても人類が存続したのは別の生存圏があったからでもあります。

 反面、テラフォーミング技術に頼っているように見えます。また連邦末期・ゴールデンバウム帝国-自由惑星同盟戦争の後半ではテラフォーミングすら進まない経済状態がありました。

『2312-太陽系動乱-』では、困難すぎるであろう金星のテラフォーミングまでかなり詳しく描かれています。また無数の小惑星に穴を掘って活用することで、人類の多様性がけた外れに高まっています。

『道を視る少年(カード)』ではバリアで包まれた船をぶつけ、現地の生態系も無茶苦茶にするという無茶な工事が描かれます。

『スターウォーズ』の、ベスピンのクラウドシティも金星型惑星の利用法として考えられた浮遊都市の応用です。

 

 火星のテラフォーミングは実に多くの作品で描かれています。

 

 

 また、技術を封じることは支配のためにも有用です。

『星界』シリーズは宇宙航行をアーヴが独占し、被支配民を地上に閉じ込める統治を行っています。

『現実』でも、西洋の多くの帝国が有色人種の高等教育を制限しました。

 アメリカの奴隷制州では、奴隷に読み書きを教えること自体が犯罪でした。

 教育制限が厳しいナチスのポーランド支配は、異質なまでに残虐とされます。

 

 そして技術が停滞する……それは文明の退廃、滅亡への長い道の始まりです。

『銀河英雄伝説』では、連邦の退廃の諸症状の一つとして科学技術の停滞がありました。『火の鳥 未来編』でも、科学も文化も進歩しなかったという症状があります。

 

 

 教育は……英米の士官学校、新兵教育、米国海兵隊教育こそ最高究極。それが、特にミリタリSFの大きな共通部分です。

 日本の、正規軍人を排除し少年を活躍させるロボットアニメも、結局少年の心で勝つ。それは間接的に、日本の核家族・近所・幼稚園から学校が優れているということ。家庭が機能していない・特訓ばかりの子もいる……その場合は近所と学校、また子を特訓して育てるシステム自体、要するにスポ根系の伝統家庭・道場・部活の称揚。

 

 本当は、教育もあらゆるSFで重要な要素です。

 教育が機械化できれば、少ないコストで優れた将兵を作ることができます。

 空想的に高い水準の教育は、上記の人間精神支配技術と同じ効果を持ちます……統治コストや軍の報酬コストをなくし、神風特攻でも好きなだけさせることが可能になります。

 宇宙SFには特殊なビルディングスロマンや貴種流離譚、みじめな階層の子が高い教育を受けて高い身分に順応する話も多くあり、高度な教育がストーリーの本質になります。『銀河市民(ハインライン)』『ダイヤモンド・エイジ(ニール・スティーブンスン)』が特にそれに特化しています。

 

 

『若き女船長カイの挑戦』では矯正ソフトがあり、勉強の仕方を教え意欲を高めることができるようです。

『叛逆航路』シリーズでも、市民一般に試験を受けて職を得ることができるシステムが完備しています。教育システムも優れ、一般に子供に寛容です。

 

 多くの士官学校がSFにもあります。また新兵訓練が描かれることもあります。

『宇宙軍士官学校』はそのまま表題にもなっており、地球の常識と異なり知識は脳に直接注入される、異星人の先進文化に適応し戦うための教育が描かれました。主人公はそれまでの地球ではエリートとは言えない成績・地位であり、その劣等感がずっと人格の根本を成しています。序盤ではだれもが認めるエリートとの葛藤が話の主軸でした。

『銀河英雄伝説』でも、帝国・同盟双方の士官学校・幼年学校は多くのキャラに様々な影響を与えています。士官学校が学費無料・生活費も支給されることなど、財産を持たぬ者が教育を受け高い市民となるには軍隊しかない、という構造もあります。

『エンダーのゲーム』の多くは異星人と戦うため、国の枠から離れたバトルスクールが舞台です。後半も、本人たちは要するに大学院での試験だと思っていました。

『真紅の戦場』『宇宙兵志願』なども前半は厳しい訓練が描かれます。脱落が死を意味することすらあります。

『孤児たちの軍隊』で主人公は新兵訓練で取り返しのつかない過ちを犯しています。

『老人と宇宙』でも奇妙な新兵訓練、そして新兵の多くが死んでいく戦場で、主人公は多くの現実を学びました。

『ヴォルコシガン・サガ』は『戦士志願』冒頭で、マイルズが士官学校の入試に落ちることから始まりました。

『若き女船長カイの挑戦』も士官学校退学から始まります。

 何度か触れたように『レッド・ライジング』は貴族が腐らないため、本当に死人が出るバトルロワイヤルを課します。

『スタートレック』の艦隊アカデミーも様々な話の舞台となり、キャラクターたちにとってはアカデミーでの経験が人としての基盤となっています。

 

 また教育はエリート層の教育と下層の教育を分けるべきでしょう。

 上記の、『現実』のイギリスのパブリックスクールやフランスのグランゼコール。

 特に下級兵から出世する主人公は、兵・下士官という身分から士官・将校という身分の壁を破るために、特殊な教育を受ける必要があります。そのためにはどうしても後援者が必要です。

 士官学校内部を描く作品では、身分制度、星による差別、種族差別などさまざまな差別が内部に持ち込まれ、人間関係をより過酷にします。『現実』のアメリカで、空母の艦長を夢見る黒人少女が克服せねばならない無数の困難と同じく。

 

 軍の教育機関としてのシステムも強調されます。軍ではただ戦って戦死するだけでなく、退役して高い市民となることも期待されています。

『現実』でもそうですが軍用車の運転、工兵として基地を作るための工事機械の運用などはそのまま民間でも通用する資格となり、職を得る希望があります。読み書きも当然習います。

 ただし、格差・階級が極端に厳しい作品では、かなり昇進して退役してもまともに生活できる希望は事実上ありません。

 

 軍でなく船でも、『大航宙時代』は仕事をしながら、まるで大きな学校であるかのように常に学ぶことができ、学んで資格を取ることで給料も上がります。料理も、荷役も、環境も……『現実』の調理師試験やクレーン諸資格と同じように、学科と実地両方で学び、高い資格を持つ上司が試験官となって試験してくれます。

 

 

 ロバート・A・ハインラインは特に教育を好みます。

『宇宙の戦士』では普通の学校、機動歩兵訓練、士官になるための学校の三通りの教育を描きました。

『銀河市民』では奴隷としての「教育」、老乞食による高度な教育、そして自由商人、軍、金持ち、経営者それぞれの教育が詳しく描かれました。

 

 E・E・スミスの「前提」は、「人間は教育により無限に高まる」です。

 レンズマン……最高の教育を受け、この上なく厳しく選抜された人たちは、絶対に腐らない。これ以上に現実の人間と異なる前提はないし、そして人間が理想とするものもないでしょう。

『キャプテンフューチャー』もそうですが、とても古いSFには、天才科学者・金メダリスト・大探検家・特殊部隊兵士を兼ね、しかも人格的にもけた外れに高いとんでも白人男性が当たり前でした。

 古いロボットアニメでも、操縦者やその父親がそういう存在である作品は多数あります。

 

 学校によらない教育もあります。貴族や皇族、宗教、鍛冶など技術。

『スターウォーズ』の過去ではジェダイ評議会が子を教育し、それが崩壊したのちルークをオビ・ワン、そしてヨーダが学校とは違う形で鍛えました。

 人をジェダイに教育できるのか、それが映画・非正史問わず、スターウォーズの核心にあります。

『デューン』で主人公はベネ・ゲセリットという特異な教団に属する母から特殊な教育を受け、同時に貴族としての武術訓練などを教わり、さらに砂漠の民の間でも様々なことを学びました。

 

 教育は、育児も、支配服従の面も持っています。

 士官学校の中でも、集団がいじめを起こしたり、班長でも教官でもサディストが混じると地獄が生じます。

『スコーリア戦記』では皇太子を教育した大臣が、皇太子の正体を知っていることもあり残忍に虐待しました。

 宇宙SFで、奴隷を教育するシステムは幸い思い当たりません。正直読みたくありません。

 教育と、洗脳、奴隷化、拷問、強姦はおぞましくも近いものです。そして軍隊や刑務所は、その近さがわずかに見えるところでもあります。『現実』や『銀河英雄伝説』での、再教育キャンプという強制収容所を見ても。その先に『叛逆航路』の再教育……

 

 

 また近代化それ自体。軍事・航海技術の発達が財政を拡大し、国を変質させ、さらに教育された人が科学を研究し技術を発達させ、新産業を生み出し軍事・交通・通信技術を増大させ、さらに人口と生活水準が……と、教育とそれによる科学技術の発達が重大な要因であることにも触れておくべきでしょう。

 だからこそ、『ヴォルコシガン・サガ』でマイルズは自領の貧しい村の教育に金を出しました。

 軍事力を本当に高めるのは科学技術の進歩だ、とわかっている文明もあり、それらは熱心に教育をします。

 特に「天才」はそのために重要な資源でもあり、争奪戦もあります。

『老人と宇宙』では主人公の同期の一人は、新技術を入手した時その研究に駆り出されました。

 

 

 SFには本質的な葛藤があります。

 技術は人間を、人間とは別のものにする可能性がある。

 しかし、異質な「後の人」がうごめくだけの世界は、要するに売れない。

 だから技術は制限しなければならない。

 

 教育で人間を高めることは、現在の、特に軍隊の論理が許す範囲で容認される。

 特に、ある時代以降は、あまりにも理想的な教育を描いてしまうと、人間を理解していないという批判を浴びたり、要するに共産主義国の宣伝SFと石を投げられる。

 

 本当に人間とは異質な知的存在を描けるのは多くの短編、また『ネアンデルタール・パララックス』や、集合精神型の異星人との戦いがあります。

 また『断絶への航海』も、かなり高い異質さがあります……無論、人間に可能な範囲にすべく最大限配慮されて。

 

 それらは、作家がどの程度人間を理解しているか、人間をどう思っているか露骨に暴き出す……実力・思想を露骨にえぐり出してしまいます。

 

 まず学ぶべきなのは、地球人に可能な社会と、不可能な社会。

 近代で、平等だったり、家族ではなく男女とも共有したり、親子関係自体を否定したり、炊事洗濯を共用したりするのはどれもこれも失敗した。いくつか例外的に長く続いている集団はあるが、それも近代の生産に寄生している。

 逆に、中米では生贄の心臓をえぐる帝国がかなりの長さ存続した。

 

 現実の人間をありのまま知らなければ、理想を押し付けたら、地獄が生じてしまう。でも人類はあまりにもしばしばやらかす。

 

 では技術に、教育に何ができるのか。これから『現実』の人間は、何をするのでしょう。何ができるのでしょう。



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上位存在

 多くのSFに、上位存在というものがあります。

 

『現実』の人間から見れば、まず神、神々。また、上位の民族や貴族など。学者など知識階級。怪物。

 それらと上位存在は近い存在と言えるでしょう。

 

 原始の人たちの神々。あらゆるものを擬人化する人間の精神構造が作り出した、人間と同じ心を持つ超越者。古い神話では、まさに嵐や地震など自然災害、戦場や政治の理不尽と残酷のように残虐で、欲望のままに暴れ、理不尽に人を殺し犯す、今の道徳で見れば悪としか言いようがない存在。

 悪霊と神々は区別がつかない、ともいえます。

 その悪霊が暴れ、自分たちを害さないように、とさまざまな儀式が発達しました。その多くは人畜の生贄。それが宗教となりました……

 そしていつか、宗教が発達するにつれて慈悲深い神の姿をとるようになりました。

 

 また宗教は政治とも経済とも深い関係を持ち続けました。

 多くの人の、心の中の知り合いとして神や聖母、聖者、天使、仏、祖先などはいます。

 

 

 さらに、生きた同じ人類である上位者。

 特にインド。昔、馬を使うアーリア人に征服され、そのまま厳しいカースト制度が作られました。武力をふるう支配階層は、まさに生きながらの神。

 他にも、支配民族と被支配民族がはっきり分かれるところは多くあります。中南米では無残なことに人種による階層ができてしまっています。

 そうでなくても、ある程度以上大きな農業帝国ができれば、圧倒的な格差が生まれます。経済的にも、武力においても、法においても。

 大航海時代から帝国主義時代の近代西洋人も、植民地競争に参加した日本人も、ほかの侵略者も、すべて自分たちは上位の種族であり、下の種族を従え搾取し導くのが使命だ、と悪の限りを尽くしました。

 

 悪質な侵略手法に、間接統治と代理戦争があります。分断して統治せよ。

 現地の貴族の隣に侵略民族が立ち、その支配を助け、干渉し、利益を吸う間接統治。

 本国、欧米の二つの列強が争っている。直接本国同士が戦争をするかわりに、現地で対立する集団を見つけ、武器や知識、訓練を与え、膨大な借金を課して戦わせ、死の商人が儲ける。

 強大な侵略種族は、その知性で侵略される者を、操ってしまう。

 

 強い者は弱い者とは、違う。断じて同じ種類の人間ではない。強い者は神の子孫であり、

青い血が流れている……とされます。

 幼児期からの栄養状態の違いや訓練もあり、体格も腕力も違います。近代のイギリスでも、イギリス人の男はあえてボクシングでの挑戦を支配される有色人種に許し、ルールに適合した技術と体格で勝利し自分たちが上位の種族だと体に刻み込んだものです。

 さらに読み書き計算という魔法としか言いようがないことができる。星を見て方向を知り、種をまく日を決めることができる。

 そしていつでも、弱い一般種族からすべてを奪い、気まぐれに殴り犯し殺すことができる、すさまじい権力を持っている。古代の嵐の神々と同じ、邪悪で強大で絶対に逆らえない神々にほかならない。

 家畜と人の関係と同じく。

 

 

 そのような存在は、SFにおいてさまざまな形で出てきます。

 

『宇宙戦争』の、まさに原住民に対して西洋人がやったように、圧倒的な技術力で破壊殺戮の限りを尽くす異星人。…技術力が高く、残忍で、強い。

 他にも多くの侵略系異星人。

 

 それに対する人間側の対応として、『スーパーロボット大戦OG』では人類の権力者は地球を売って生きのび権力を維持しようとしました。欧米の侵略者に迎合し権力を維持した、中南米から東南アジアまで数多くの原住民権力者のように。

『V(ビジター)』も現地、地球自体の権力と異星人が強く結びつきました。

『彷徨える艦隊』のある異星人も、政治力で地球人を操り、泥沼戦争を起こさせました。またスパイダー・ウルフ族は交渉に成功し、地球人を高い技術力で助け導いてくれました。

 

 大航海時代の西洋人のように、技術力が高くとも征服・殺戮・奴隷を求める種族は、ある意味理解しやすい相手です。『ヤマト』のガミラスやスーパー系ロボットアニメの敵のように。

 

 ただ皆殺しにしようとする敵も、それなりにわかりやすいとも言えます。

 多いのが『バーサーカー』型。『オペレーション・アーク』『啓示空間』など多くの作品に見られます。

 上述のように宗教的な理由であることも。

 

 

 

 相手とまともに交渉できない、理解不能であることがあります。

 大航海時代の歴史は、西洋側によって書かれています。だから西洋側から見て、どれほど相手が理解不能で劣った存在か、書かれているのはそればかりです。しかし、文字があった中国やイスラム、日本の側が西洋について書いたものがあれば、そちらから見て西洋こそ理解不能でしょう。

 さらに文字がなかったため書き残されない、国家もないし所有や法の根本概念も異なるアフリカなどの人々から見た西洋はもっと。

 

 理解不能性が高く、さらに人類に対して敵対的なのが『タイム・オデッセイ』の魁種族。きわめて高い技術水準がありつつ、交渉なしに人類を滅ぼそうとしてくる。

 

 理解不能であり、敵味方がはっきりしないのが『老人と宇宙』のコンスー族。

 白色矮星を支配する桁外れの技術力で、地球・コロニー人を助けることもあり、その敵に技術を与えることもあります。何か、宗教的な論理で銀河各種族の争いを煽っているらしい。交渉がうまくいけばコンスー族の代表が死ぬまでの白兵戦をしてくれることもあり、勝てば助力を得られます。

 

 最後に種明かしがあるにせよ、人類にとって長く理解不能だったのが『幼年期の終わり』のオーバーロードでした。

『2001年 シリーズ』の、モノリスの主も人類から見て理解不能です。

 

 

『ローダン』は《それ》をはじめとするさまざまな上位存在にテラナーは翻弄されます。

《それ》はテラナーを選び、細胞活性装置という不老不死をローダンたち主要人物に与えました。それから《反それ》との「宇宙のチェス」でローダンたちを翻弄しました。テラナー自体をチェスの駒としルールにこだわる。まさに代理戦争。

 その勝利に貢献した「ほうび」が、七銀河公会議という侵略者を呼び込んだこと、という理不尽。

 時に《それ》が捕らわれの身になり、ローダンたちに助けられもします。

 ほかのさまざまな上位存在とも、ローダンたちは翻弄されつつ対決し、テラナーの生き残りをかろうじてつかみ続けます。

 

『天冥の標』も上位存在ともいうべき特異な異星人どうしの争いが、代理戦争の構造で人類を翻弄し、さらに別の異星人も操って巨大な戦いを起こそうとしました。

 

 

『レンズマン』のアリシア人とエッドール人は、ある程度発達してからの神と悪魔のようにわかりやすい善と悪です。ただしアリシア人にとっても、人類もほかの人間族も戦いのための道具にすぎません。それも代理戦争。

 

『宇宙軍士官学校』のオーバーロードと言われる上位種族も、けた外れに技術が発達しているだけの人類のようです。各星の人類に試練を課し、敗れた種族が滅びたり、ロストゲイアーとして衰えたりしても座視します。戦いでリソースが限られているからとも言われますが。

 そして主人公がちょっとした、思念情報システムでの事故のような交信があった、という理由で地球人にとんでもない助力をする、という気まぐれな感じもあります。

 

 

 試練、という考え方も結構あります。

 上述のコンスー族や、『宇宙軍士官学校』の魂の試練。

 また『ヤマト』のスターシヤは簡単に助けるのではなく、試練としてコスモクリーナーを取りに来いと言いました。完結編のアクエリアス星の精霊も、生命を与え、同時に滅ぼす災いでもある、愛と試練の女神です。

 

『銀河鉄道999』のメーテル、エメラルダス、キャプテン・ハーロックらも、人間より上位の存在のような印象があります。メーテルは鉄郎に旅という試練を課します。

 

 

 上位存在というほどでなくても、コンピュータの面が強い世界では、強大な権力を持つ人間であり、同時にプログラムである存在が見られます。

 

『量子怪盗 シリーズ』も何体かの、超絶的な知性体が権力をふるっています。

そして主人公はそれらに翻弄され、また怪盗ルパンが権力を翻弄するように戦っています。

『楽園追放』『楽園残響』では、支配者の疑り深く欲深く、自分の勝手な論理を他者に押し付ける、暴君としての面が強く出ていました。

『サイボーグ009』の001は知能を増強され超能力をつけられ、ある意味上位の存在です。

 

 他にも多くのディストピアもので、その支配者は上位存在にも見えるでしょう。

『火の鳥 未来編』はコンピュータを、『銀河英雄伝説』はルドルフという一人の政治家を上位存在だと思い信じすがったことで……そしてラインハルトも……

 

 同じ人間であっても、黒幕・犯罪組織・権力者が、上位存在のように動くことがあります。

『現実』でも代理戦争で後進国の内戦を操る人々は、自分たちはボアザン星人と地球人と同じく上位存在だと当たり前のように確信しているでしょう。

『銀河英雄伝説』の地球教は長い戦争を操ります。『敵は海賊』のヨウ冥(ヨウは出にくい漢字)も世界を支配しています。

 数々の作品のすさまじい権力と財力を持つ権力階層。現場の将兵を駒、あるいは娯楽とまで貶めて使い捨てる上層部。

 もはや本人たちは自分を上位存在と思っています。断じて、断じて同じ人間などではない。

『真紅の戦場』『レッド・ライジング』『星系出雲の兵站』などでは、上の階級の人の心理もかなり丁寧に描かれています。

 だからこそ、憎悪も深い……『銀河英雄伝説』のシリウス戦役での地球やゴールデンバウム帝国の門閥貴族は無残に倒されました。『月は無慈悲な夜の女王』でもそれなりの血が流れています。

 やや異色ですが『光の王(ロジャー・ゼラズニイ)』は能力的にも神々の域に達しています。

 

 

 面白い形で人類に干渉し、歴史を変えた……『鉄腕アトム』の「アトム今昔物語」では、異星人が人類を脅迫して奴隷だったロボットの解放を強いました。

 ちょうどイギリスが、征服と搾取と同時に奴隷制や未亡人殉死の風習と激しく戦ったように。

『幼年期の終わり』のオーバーロードも、闘牛を禁じるなどしました。

 

 アシモフのロボットシリーズでは、ロボットは慈悲深く人類を管理しています。

 その状態が本当に望ましいかどうか、と問うものでもあります。

 

 といってもSFは、「現在の人類は愚かでダメだ」と「人類を技術で進化させようとしても絶対ダメだ」という、ダブルバインド、詰んでいるとしか言いようがないメッセージが圧倒多数の作品に共通した根底にあります。

 

 

『ギャラクシーエンジェル』のウィル族は、子供が積み木で家を作っては壊すように、宇宙を何度も作っては破壊してきた強大極まりない存在です。

 人類の低い文化文明を認めないのが、ある時期までの西洋人と共通します。

『スタートレック』シリーズのQも、全能でありつつ幼児じみた未熟な心を持っています。

 

 

 顔を出さない上位存在……特に、昔栄えていた文明が滅び、その遺跡だけが見つかるタイプの作品の、その昔の文明の主という形での上位存在もあります。

『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』は、オールドタイマーと呼ばれる過去の種族の遺跡を争奪し、ときにはその遺跡と交渉することもあります。

 戦いが続いており、めちゃくちゃに兵器の水準を上げ続けていること、それ自体がオールドタイマーを恐れる人類が、それが帰ってきて牙をむいた時に対抗するためです。

『啓示空間』『共和国の戦士』『海軍士官クリス・ロングナイフ』『真紅の戦場』『クラッシャージョウ』『ロスト・ユニバース』などでも、失われた遺跡の高い技術力を持つ異星人を地球人は意識し、時には絶望すら覚えます。

『マクロス』では過去にプロトカルチャーが滅ぼされたことが地球人との戦いとも関係します。

 

 

 人間との違いが極端な存在。上述した、宇宙レベルの自然災害や物理法則の変化。物質的な体を持っていない存在。

 上述のように、技術水準の低い人類にとっては巨大隕石も同様の存在です。

 

『火の鳥』の、火の鳥そのものがまさに古い神話の神のようです。

 最初のうちはまだ理解可能な勧善懲悪で行動することが多かったです。しかし、のちにはおぞましいまでの理不尽をぶつけてきます。

 惑星を簡単に滅ぼせる力がありながら、無残に滅びる人たちを救わず見捨てる。

 気まぐれに近い感情で地震で居住に不適な星の地震を止め、そして自分たちの責任とは言えない悪意で住民が欲深くなったら無造作に滅ぼす。

 その他、勧善懲悪とは程遠い、荒ぶる神、道徳を超越したかの如く圧倒的な存在です。

 

『ヤマト』でもスターシヤ、テレサ、ルダ・シャルバート、惑星アクエリアスの精霊は女神のように宇宙に姿を見せて語りかけ、生死も超越しています。

『スターウォーズ』ではフォースの特殊な運用として死の超越があり、オビ・ワン・ケノービやヨーダ、後にはアナキン・スカイウォーカーもルークの前に顔を出すことがあります。

 

『都市と星』では、善悪両方の超越的な存在を、多くの人類および同等種族が人為的に作り出しました。

 他にもシンギュラリティものの、超越知性……『シンギュラリティ・スカイ』や『SF飯』の大母などが見られます。

 

 意識があるように思えないのに、強大な悪意としか思えないものに『航空宇宙軍史』の宇宙の流れがあります。そのせいで人類はループに……

 

『タイラー』の銀河を飲み込む超巨大超光速ブラックホール、颱宙ジェーン。それは単なる自然災害である以上に、まるで意思があるように、タイラー自身のように想像を絶する加速をしてきます。タイラーが真にライバルと認めた唯一の存在でもあります。

『さよなら銀河鉄道999』のセイレーンは意識がなく、自然災害と、巨大で本能で動く生物を合わせたような存在です。ただ機械生命の生命力を食べたいと機械文明を滅ぼしました。

『イデオン』のイデ、またその延長である『スーパーロボット大戦』の無限力や、多くのラスボスはほとんど宇宙そのものとも言えるでしょう。

 それ以上、「多くの宇宙」より上の存在もマーブル・コミックなどに見られます。

 そのような高い次元の存在には『サイボーグ009超銀河伝説』のボルテックスもあります。『最後にして最初のアイドル(草野原々)』もその次元でしょう。

 

 そんな上位存在は、祈りを聞き届けるでしょうか。

 特に甘い作品の超存在は主人公たちの苦闘を見て、恩恵を授け生存を許してくれます。

 しかし、人類が何をしようと気まぐれに滅亡やもっと悲惨な破滅を与える、自然現象や悪魔のような存在もあります。

 特に今のSFは、『クトゥルー神話(ラヴクラフト)』の、人間とは異質でけた外れに強大な神に潰されるだけの人間、という世界観も強くあります。

 

 

 人間が上位存在に反抗する。

『ガルフォース』では、はるか上が決定した新種族を作る計画を現場の一人は悟って、絶対に嫌だと拒絶しそのために生命を落としました。

 はるかな上層部は、下の人間にとってはもう上位存在も同然です。

『銀河の荒鷲シーフォート』では勝利することも理解することもできなかった敵が、単純なプログラムで動く存在だと判明しました。

『敵は海賊』のヨウ冥は上位存在を殺す力を持ち、支配されまいと戦い続けます。

『スーパーロボット大戦OG』のシュウ・シラカワも自分を支配する者は神であろうと絶対に許しません。

 

 

 地球人には共通して、「自分たち(一族)は、他とは質が違う偉い存在だから他はすべて踏みにじるべき、文化宗教を否定し奴隷化するか皆殺しにすべき汚い虫けら」「自分たちがあがめている神、掟に従わなければ世界そのものが滅びる」という事実上デフォルトの心があります。

 それを投影した上位存在たちとの対決。それもまた、圧倒的な強敵との戦いと同じく人間を輝かせるものでもあるのでしょう。

 相手が人間的であれば、独立と解放、勝利を求める闘士として。理不尽な存在であっても、最後まで心を燃やし続けることで。

 それしか認められないのかもしれませんが。本来は、神や妖精と出会う民話や伝説は多数あるのですが。

 

 昔は、神と争うことなど許されはしない、が結論でした。

 旧約聖書のヨブ、ヨナ、そしてアブラハム。人間の心に入っている勧善懲悪がノーという神の行い……ヨブは悪いことをした覚えがないのに天罰としか思えない災難、ヨナは憎い敵国を救えと言う命令、アブラハムは愛する息子を生贄にせよという命令……

 ヨブは圧倒され、ヨナは鯨に飲まれて従い、アブラハムはわが子に刃を振り上げました。

 新約聖書でも陶工が粘土を茶碗にしようが便器にしようが粘土は文句を言えない、神が人をどうしようが勝手だ、とあります。

 

 しかし、それが神ではなく、異星人でも人や自然現象であれば?




『トリポッド』については「精神技術・麻薬・宗教」に移しました。


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数学・物理学

今回は重複が多いです。
また「人の幾何学」は別の形で発表できたらと思っていた文章ですが、無理そうなのでここで。


『銀河英雄伝説』の根底にあるのは、一つのとても単純な計算です。

 こちらは科学的事実……銀河の恒星数二千億。銀河の五分の一=四百億。

 原作に書いてあること。人口、連邦時代の最大で三千億人……原作開始時点で、同盟分の領域増もあるのに合計四百億人。ヴェスターラントが三百万人。

 

 ひとつの星の平均で五百万人としたら、星数はわずか一万。

 四百万に一つの星にしか、人は住んでいない。

 

 もうひとつ原作に書いてあること、帝国辺境……二百の星系、三十の有人星、五千万の人口。やや田舎のほうです。

 こちらはおよそ十分の一が有人星です。

 

 森があって恐竜が歩いている星、ものすごい鉱山しか相手にしない?

 いや、星系が少なすぎます。銀河二千億の、五分の一の、半分の、辺境。それだけでも百億ぐらい星があってしかるべきでしょう。

 ものすごく航路がいい星しか数字に含まれない……そうとしか思えません。

 

 ちなみにエコニアで、水が多く緑豊かな星には多くの人が住む、とありました。

 

 

 他にも歴史・人類のあらゆるところで、単純な数学でわかることは多いでしょうね。

『三体2』の「暗黒の森」自体、ごく単純な、数学的で普遍的で物理学的な真実から導かれたものです。

 

 異星人が、現在の地球人の人口と、地球の大きさ・温度・大気組成・大陸配置ぐらいを知ることができたら、それで地球人についてどの程度のことを理解するでしょう?

「ハーバー・ボッシュ法がなければ地球で養える人口は30億以下、だからそれはあるだろう」

「逆に核融合程度でも有効なエネルギーがあれば、海水を淡水化してもっと多くの人口を養っているだろう。だからそれはないだろう」

 など結構言えることはあると思います。

 総人口というのはそれほど大きいデータ、というわけです。

『スコーリア戦記』は兆という地味に大きい数字だったりします。

『ファウンデーション』は10の18乗という大人口自体が心理歴史学の計算を可能にしました。

 

 

 宇宙戦艦作品でも、『三体2』の「暗黒の森」を作り出したのは、圧倒的な距離による通信・観測・対話・交易の困難です。この宇宙が、たまたま星と星の距離がものすごく遠く、光速が相対的に遅いということ、それ自体。

『現実』のフェルミ・パラドックスも、星と星の距離が主因かもしれません。

 距離の防壁・暴虐はそれ自体、『銀河英雄伝説』同盟の主戦略でした。

 

 もっと根源的には、物理学者の研究によると、たとえば『現実』の空間3次元・時間1次元+電磁気力や重力の逆2乗とは別、たとえば空間5次元・時間1次元とかを想像して計算したら、電子が原子核に落ちるようなことが起き何十億年も生物が生活するのは無理だそうです。

 それほど、数学の根本が、われわれの生活や社会そのものを制限し、規定しているのです。

 特に物理学者にとっての聖杯、「万物の理論」「究極理論」。物理学者たちは、宇宙の今の在り方……電磁気力と重力の強さの比、光速などあらゆる数値……が、数学自体から必然的に導き出されることを、激しく望んでいます。

 

 さらに言えば、『現実』を規定する技術……「空飛ぶ車を注文したのに手に入ったのは140字」、というか超光速が今のところ無理だったり、核融合を亜鉛製ピストンで起こせなかったり(亜鉛の融点や強度が低い)すること自体、この宇宙の物理法則、数学で描かれる何かが決めていることです。

 逆にセメントそのもの、鉄とセメントの膨張率が近くアルカリが防錆になるなど相性がいいからの鉄筋コンクリート、鉄と鉄の転がり摩擦の低さ(鉄道)など、神の恩寵といわれて納得するようなことも多くあります。

 

 数学や基礎物理学に属することで、膨大な作品に共通することはほかにもあるでしょう。

 あらゆる文明・生物やその類似物を支配するのは熱力学第二法則。要するに諸行無常・盛者必滅・掃除しなければ部屋は汚れる・覆水盆に返らず。

 ゲーム理論、囚人のジレンマと、それをゲーム化した場合の最強戦略「しっぺ返し」も膨大な作品に共通して出てくることです。

 この評論で繰り返し出てくる、指数関数の威力。チェスあるいは将棋盤に、1、2、4、8……前の二倍、と置かれた米粒の、現在の世界農業生産すらぶっちぎるとてつもない数。それは「暗黒の森」の根源でもあり、またマルサス理論の根源でもあります……どれほど多くの資源があっても、生物の指数関数増殖はあっという間に消費する。それは≪進化≫という、『現実』の地球人も、おそらくはあらゆる文明を作る異星知性も作り出した、文明の本質に直結します。膨大な数が生まれほとんどは死ぬ。

 

 

 物理学自体が違う世界を追求した奇跡的な作品が『クロックワーク・ロケット』シリーズ(グレッグ・イーガン)です。また、同じイーガンによる物理学そのものを描く作品として『白熱光』『万物理論』を挙げておきます。

 

 

 数学は経済学を通じて、今この『現実』の世界も強く支配しています。自由世界において経済学は宗教と同等であり、またマルクス主義も同じような権力をふるいました。

 

 

 また数学は、共通の言語や身振りなどを持たない異星人と意思疎通する究極の手段でもあります。

『現実』のアレシボ・メッセージは素因数分解を本質にしています。

『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』では、遺跡にビーム砲で素数を撃ちこむことでコンタクトを成功させました。

 素数メッセージは他にも無数に使われます。相手に知性があるかもしれない、と思ったらとりあえず送ってみるものです。

 

 少し変わった、数学に関係するファーストコンタクトに、『彷徨える艦隊』のスパイダー=ウルフ族があります。糸を出す生活もあり、地球人の言語などとはやや異質な、模様・糸の張り具合を用いる言語・思考法をします。

 

 種族や文化がある数字にこだわることもあります。

『宇宙のランデヴー』のラーマはすべて「3」です。

『火星航路SOS/惑星連合の戦士』の異星人の一つは何もかも「7」です。

 地球人が進化による偶然で、手指が10本だから10ばかり使っている、さらに地球が母恒星1・衛星1で、自転周期と衛星の公転周期が約30、自転周期と母恒星を公転する周期が約365、という偶然から12・60を基礎とする数体系も使う、ということを相対化するものです。

『叛逆航路』で滅ぼされたガルセッド星の文化は「5」を基としており、だからこそ皇帝が24挺全部没収したと発表した銃がもう1挺どこかにあるはず、と主人公は希望を保ちました。他者の文化に関心を持たない皇帝はそれに気づかず、持つ主人公は気づいたのです。

 

 他にも、筆者はあまり多くは知らないのですが、ファーストコンタクトもの全般を見渡せば多くの数学があることは間違いないでしょう。

 

 

《人間社会の幾何学》

 

『現実』の古代の人類は、単純な幾何学に支配されています。現在の人類もおそらく想像以上に。

 まず、1乗2乗則。正方形を考えればわかります…1辺1単位の正方形を4つ田の字に並べれば、1辺は2単位、面積は4倍になります。

 そして周囲は4から8、2倍です。

 それは円でも楕円でも、相似であれば変わりません。形が変わっても、「大体の大きさ」でも変わることはありません。きわめて普遍性の高い法則です。

 さらに空間では2乗3乗則になります。

 たとえば人間を10倍にしたら、足の骨の断面積は10倍、体重は100倍。断面積一単位当たりの体重が10倍。だから10倍は強い素材でなければ同じ形はあり得ません。

 

「人が歩くのは、優れていれば一日40km」…これもとても重要な基準となります。

 

「人は食物を食べ、水を飲み、糞尿を出す」

「特に都市を築くには、木造・レンガ・石を問わず、大量の木材を消費する。生活にも燃料として木材が必要とされる(石炭・石油・天然ガスが本格的に利用されるのは遅い)」

「木材の多くは水に浮く」

「昔は缶詰がない」

 など、あたりまえですが大変に重要なことが多くあります。

 

 木材はレンガにも必須です……燃料として。日干し煉瓦であっても漆喰を焼く燃料や、雨除けの板材が必要です……漆喰は石灰石などを火で焼いて作ります。

 石材が豊富でも、漆喰・セメントは必要です。どちらも燃料を消費します。また、石材を得るには「ころ」として丸太を用います。

 火薬がない古代において大きい石材を切り出す事実上唯一の方法は、火で焼いてから水で急冷することです。コーヒーのサイフォンや耐熱ガラス鍋を加熱した状態で水をかけたら割れてしまうのと同じ現象です。その火に燃料が必要なのです。

 モアイ像を作ったイースター島は、島の木を切り尽して滅んだのです。

 レンガ・石材ともに、木材は足場を作るのにも必要です。ビル建設に欠かせない足場、鉄鋼加工技術が低い昔は当然木材です。

 

 

 宇宙戦艦作品では同じようなことは?

 人が空気・水・食料を必要とすることなど?

『ガンダム』の宇宙世紀は常に資源不足に苦しみ、結局資源枯渇で文明崩壊に至ったそうです。

 

 

《円形都市》

 わかりやすく理解するため、円形の都市を考えましょう。中国・西洋式の、都市全体が要塞となった都市です。

 単純化のために、城壁も建物も木造とします。

 

 円形都市には、巨大なメリットがあります。

「円は、周囲の長さ合計を一定としたとき、内部の面積が最大になる図形である」

 ことと、

「任意の円周上の二点を結ぶ線分の長さは、直径以下である」

 こと。

 

 短い「周囲」で大きい面積を囲える。それは、現実の古代の、高い城壁がなくてはならない都市建設者にとっては、少ない石やレンガで大面積の土地を囲うことができる、という意味です。労働も少なくてすみます。建設費用が少なくてすむのです。

 さらに、たとえば10mに一人の守備兵を置くとしたら、同じ面積の都市あたり守るべき人数も最小ですむのです。

 

 任意の二点を結ぶ線分の長さ……

 こう想像してください。壁の、北側に敵が兵力を集中しました。しかしそれは陽動であり、本命が東南から襲いかかりました。

 円であれば、守備隊の移動が短い長さですむのです。逆に正方形の城であれば対角線から攻められたら、長い分だけ守備隊の移動に時間がかかります。

 また平時にも、道路も短いので、内部はより緊密に連絡されるのです。道路工事費用も安く、道路舗装材も少なくてすみます。

 

 それは、巨大な艦船・宇宙都市・移動要塞・都市帝国を想像しても、廊下・配管の資材が少なくて済むのは大きな節約となるでしょう。

『現実』F-15戦闘機の、またRX-78ガンダムやコスモタイガーの、重量の何割が「電線」でしょう?あるいは「油ホース」?『現実』でもフィクションでも、戦艦の重量のどれほどが電線やパイプでしょう?体積のどれほどが「廊下」でしょう?

 

 

 円の「面積が広いわりに周囲の長さが短い」ことには、長所と裏腹の欠点もあります。

 太いペンで円を描くように、「周囲の長さ」に幅があると考えてください。

 同心円に挟まれたその部分は、都市に欠かせない木材を調達し、糞尿やごみを捨てる土地面積でもあります。

 また、都市から耕しに出て、日が暮れたら都市に帰る、田畑の面積でもあるのです。……都市から離れたところに農家を作ってそこで寝泊まりするのは危険です。騎馬民族に襲われたら身を守れませんから。

 

 円の周囲の短さは、その利用できる土地も最小にしてしまうという欠点にもなるのです。反面、守りやすくもあるのですが。

 

 簡単に考えましょう。直径10kmの都市から、幅1kmの地の面積は約(3.14×(6^2-5^2)=34.5km2です。そして都市内部の面積は、78.5です。

 では直径が20kmになったら?

 幅1kmの地の面積は約65.9、都市内部の面積は314です。

 面積はおよそ4倍、「幅1km」の面積はおよそ2倍。きれいに1乗2乗則が成立しています。

 

 4倍の面積ということは、人口も4倍と考えられます。4倍の人間は、当然4倍の食糧や燃料を消費し、4倍の糞尿を出します。

 しかし、それを処理する面積は、2倍にしかなっていない=一人当たりの、「周辺の土地」は半分になってしまうのです。

 それは都市が拡大すればするほど、ひどくなっていくということです。

 

 都市が大きくなればなるほど、一人当たりの農地・森林・ごみ処理場が小さくなる……これは円でなくても必然的なことです。

 

 かといって、小さい都市を多数作り、それが緊密に連絡する……というのも難しいものです。

 似たものとして、飛行機のエンジンがあります。小さいのを多数つけるほうが効率がいいとされます。

 しかし実際にはそれは難しく、特に戦闘機のエンジンは1つか2つです。

 

 

 銃砲が発達してから、円形要塞には別のデメリットも浮かびました。

 もっとも有効な防御は十字砲火。二か所以上から同時に銃撃砲撃する。

 しかし、円形だと緊密に火器を置かなければ、死角ができてしまう。死角の中に入れば、壁そのものが攻撃側を守ってくれるのでゆっくり掘るなりなんなりできる。

 それを防ぐために、五稜郭のような要塞ができました。

『レンズマン』などには、五百パーセント重複した対空砲火網、というようにそういう時代の火器要塞防護の言葉が残っています。

 

 

 宇宙戦艦作品の場合には、1乗2乗ではなく2乗3乗の形をとるでしょう。

 サイズが2倍、面積が4倍、体積が8倍。サイズが3倍なら面積9倍、体積27倍にもなります。

 

《水運》

 その問題を解決するのが、水運です。特に河川。

 水運は現代の、高速道路や鉄道の存在感を兼ね備えています。現代でさえも、超大量輸送は水運が最安です。

 また、特に流れのある川に流してしまうのは、糞尿処理としても昔の技術・乏しい資金では最善でした。

 それによって、本来可能な以上に遠くから木材を運び、糞尿を流すことができてしまいます。

 

 また、水は戦いにおいても重要です。

 水堀・泥田は最高の防壁となります。反面、水路で敵も大量に早く軍を移動させ、食料を運ぶことができます。

 鎌倉の遠浅の砂浜でさえ、船から陸まで長い距離を砂に足を取られつつ歩かなければならず、その間は弓矢のいい的です。そのことはノルマンディー上陸作戦でも変わりません。

 

 水運というものがあれば、たとえば川岸や海岸に沿って細長い都市を作ることもできます。汚物も流され清潔で、高速大量輸送が常にあります。

 ただしそれは、船から襲ってくる敵からも、陸側から長く伸びた壁を襲う敵からも、やや脆弱になるということです。

 海ならばリスボン地震のように津波、川ならば洪水や、川が土砂で埋まることもあります。

 

 

《日帰り戦争》

 

 普通の人間が、ある程度の荷物を持って、歩ける距離はせいぜい40キロメートル。

 それはハイキングや軍の行軍などで示されています。

 また、持てる荷物もせいぜい40キログラム程度です。体格のいい現代人の、優れた運動能力を持つ男性であっても。

 自動車・鉄道などはありません。

 人間は、激しい運動をすれば飲み水だけで一日10リットル近く、水筒を入れて10キロは必要になります。食料も、レトルトパックがない時代には重い荷物になりました。

 武器や甲冑、寝具も持たねばなりません。

 

 昔は、何百キロメートルも離れたところに戦争に行くのは、現実的ではないのです。

 

 

 前述のように、1乗2乗則は別のはたらきもします。

 開拓に行ったり征服したりする土地も、国が大きくなると相対的に減るのです。

 人の動く速度に限界がある以上。

 将棋盤のまんなかに『王』を置けば、一つの動きで八つ動けます。

 田の字に四つ王を置き、味方がいるところは取れないとすると、どれも三つしか動けるところがありません。

 さらに隣も手を出せるところは、よくて半分こ。実質二つしか取れるところがないのです。

 九つの王を置けば、真ん中の王は動けません。

 100の王を広い将棋盤の真ん中に正方形に並べれば、端にある王しか新しい領土を取れません。

 中の王、すでに開発された土地で増えた人口は、好きなように開拓できないのです。

 開拓するためには長距離を旅しなければならないのです。

 

 それを立体とすれば、一つの王のまわりは26となり、それから……容易に計算できるでしょう。

 要するに膨大に増えた体積=人口、それに対して帝国の表面で増えるわずかな面積、ビーチボールの厚みぐらいを分け合うことになるわけです。

 

 それが、膨張……開拓でも征服でも……を続ける帝国にとって限界になるかもしれません。白色彗星帝国という、話を一乗、一次元に圧縮する別解を選ばなければ。

 それが、『銀河英雄伝説』でルドルフを産んだのかもしれません。『スターウォーズ』のパルパティーン帝国も。

 逆に無限速の交通が普及した『反逆者の月』はその制約がない、かわりに悪質伝染病一発で全滅しました。

 

《ちょっとした計算》

 以前も言ったことですが、冥王星の質量と、適当な豪華客船の重量=排水量で、ちょっと計算してみてください。

 10の何乗か、ぐらい。指数は足し算引き算が、掛け算割り算になる。

 冥王星の資源の一部だけでも、簡単に兆の上、京=一万×一兆の収容人口になります。

 ああ、月でもいいのですが月には水が少ないようなので。冥王星なら水もアンモニアも十分以上にあるでしょうからね。

 

 どの銀河帝国も、本来は恒星系ひとつだけでもまともに利用すれば京やその上の単位の人口になる。

 逆に何がそれを阻害しているかを考えるのが楽しいところです。

 たとえば『ガンダム』の宇宙世紀は、いつも資源が足りない資源が足りないばかり言っていて、結局は文明崩壊に至りました。

 氷は足りるはず。鉄は足りるはず。酸化ケイ素も足りるはず。硫黄もアンモニアも足りるはず。何が足りないのでしょう。

 何か、核融合炉などに必要な、ものすごく肝心な資源がものすごく足りないのでしょう。

 イスカンダリウムのような、現在の周期表には載っていないような。普通に、小惑星を蒸留して手に入るものではない。

 

 

《艦の形》

 

 戦艦の形も、単純な数学が支配しています。

『現実』の水上船の延長。

 特に海などの生物。

 球。

 直線。

 円盤。変形としてのリング。

 砲弾型。

 

 戦艦の形をどうするか。

 

 宇宙戦艦の歴史を見れば、本当に最も古いのは『月世界旅行(ウェルズ)』の巨大砲弾(どんぐり型)でしょう。

 それから、エドモント・ハミルトン、E・E・スミスらスペースオペラ時代にはロケットをベースとした現実的な艦船が多く描かれます。どんぐり型も多いです。

 

『宇宙英雄ローダン・シリーズ』は球形・赤道環つきという形を作りました。

 

『スター・トレック』は円盤の後ろに二本のナセル。

『スターウォーズ』は、ミレニアム・ファルコンは変形の円盤状、スターデストロイヤーは三角形の水上艦に近い構造、デス・スターが巨大球形。

 

 日本で『宇宙戦艦ヤマト』が水上船そのものを宇宙に上げました。それは美的に人を満足させたものか、多く模倣されます。

 その変形として、『ガンダム』から『ナデシコ』、『タイラー』の〈信濃〉に至る、艦首が双胴となった人型機母艦の系譜が生じました。

 

『銀河英雄伝説』は前方投影面積最小を最優先した、細長い艦形。巨大な銃にエンジンと居住区をつけているようなものです。

 

『新スタートレック』のボーグキューブは立方体という変わった形です。

 ほか『火星航路SOS』には七角形の巨大艦がありました。

 

 比較的技術水準が低い、人工重力技術を持たない作品は、回転するリングを持つことが多いです。

 

 

 球形は、少ない装甲材で最大のペイロードを持ちます。

 方向転換に必要な力も小さいです。

 廊下・パイプ・電線なども最小限で済みます。

 また、ある程度以上大きい天体が重力だけでほぼ球形になる、それが準惑星の条件ともされるように、重力を考慮するほどの規模になると構造上必然、少なくとも大幅に楽でしょう。

 ただし反面として、修理などのために中に手を突っ込むのが厄介です。

 また前方投影面積がやや大きくなるという欠点もあります。

 

 細長い直線状は、逆に『現実』の船のようにモジュール製造・修理が可能になる可能性があります。ダルマ落としのように輪切りになる、その輪を個別に作ってつなげることで効率よく建造し、また壊れた部分を取り換えるだけの修理。手軽です。

 ただし、銀河英雄伝説では戦闘中にまともに方向転換することが事実上できません。まして艦隊戦の最中の方向転換は壊滅するだけの愚行です。

 ……指摘を受けて、「同重量、つまり素材は同じとして同体積の、剛体棒と剛体球の、回転モーメントと、それぞれの端に回転力を加えた時のモーメント」に挑戦してみましたがわけがわからなくなったのでご自分で計算してみてください。球の方が回転させるのは楽、ただしエンジンが中心から遠いほうが回転させる力は大きくなる、それがどう打ち消し合うのか……。

 

 細長い船は、現在のコンテナ船のような極めて効率の高い荷役も可能です。最小限の、『門』の形をしたクレーンで大量の荷物を容易に扱えるのです。

 

 心当たりがありませんが、ムカデなどのように節構造を持つ生物、それ自体を艦船とするか、その生態を模倣した作品もあり得るでしょう。その場合も生産が容易で、また故障した部分を交換するのも容易でしょう。

 

 

 水上船の延長の形の艦船も細長い直線状と共通します。特にブロック工法・モジュラー生産とコンテナ。

 ただし、ヤマトなどは砲が狙える範囲が上半分だけなどの欠点がどうしても出てしまいます。それをカバーしたのが『ガンダム』のサラミスや『イデオン』のムサッシなどです。

 ヤマト=大和には、後ろにも主砲があります。ましてヤマトには煙突ミサイル・艦首魚雷ミサイル・舷側ミサイル・艦首波動砲もあります。艦首方向・舷側方向・真上のどれを敵に向けたいのか理解に苦しみます。

 特に艦隊戦ではどうするのでしょう……大和には波動砲がないので舷側方向でしょう。日本海海戦のT字が理想。

『ヤマト3』では回転しながら突撃という解も示されました。

 

 砲の配置として、『銀河戦国群雄伝ライ』の智の戦艦についてやや詳しい説明があり、五丈の師真はその欠点を利用して勝利しました。

 全砲が前を向く。ただし揚弾機構に欠点、二つの砲に一つしかないので、連射が遅い。

 ただしそれは、反面として出会い頭では全砲を注げるし、余計な揚弾機構の分の重量・費用・人員と人員のための食物・水・衣類・スペースを必要としない、という巨大なメリットにもなります。索敵し、奇襲し、全弾叩き込む、に限れば最強です。

 相手のメリットを出させず、相手にとって不利な戦いを強要する、それこそ天才軍師というものです。

 

 また『無責任艦長タイラー』のラアルゴン艦船は、正面に全砲を集中します。その上で、円錐状に布陣して突撃することで、全艦の全砲を前方に集中します。「ラアルゴニアン・ギムレット」と呼ばれる戦法。

 後退を考えない、横や後ろから襲われたら終わりという、武人精神を重んじるラアルゴンらしい艦設計であり、また戦法でもあります。

 

 細長い形は、宇宙ロケットやICBMを見ればわかるように、大気圏内の極超音速飛行にも適した形です。

 大気圏で活動する艦船は、マッハいくつだろうとバリヤーで強引に突破するのでなければ、実際には形は限定されます。

 特にロボットアニメで、衝撃波をほとんど考慮していいない、マッハ5とか10とかの飛行戦艦や戦闘機が多く見られるのがツッコまれています。

 

 

 細長い形に近いものに、魚などの形があります。

『彷徨える艦隊』の艦船はサメに似ているようです。

 シューティングゲームの『ダライアス』がまず魚などの形をした機械の敵を作ってヒットし、多くのシューティングゲームが模倣しました。『ガンダム』にもカニに似たハサミを持つロボットは結構あります。

 生物は実に豊かな、見た目イメージの宝庫であり、だからこそ見た目が事実上すべてであるシューティングゲームで多用されます。

 

 

 中間。円盤。

 円盤状であれば、ある程度は廊下や電線を短くできると同時に、上からクレーンで、一部分だけ引っこ抜いて交換することで素早く修理できるでしょう。

 小型の大気圏機にする場合、空力上有利であることもあります。ただし超音速になると衝撃波がぶつかるため不利になるでしょう。

 前方投影面積も球や立方体よりはましです。

 ただし円盤が好まれる理由として、『現実』の人類の歴史で、UFOを最初に報告した人の言葉が歪曲されて「空飛ぶ円盤」が大きい見出しとなって大ヒットし、それが固定観念になったことも大きいでしょう。

 その流れが別であれば、別の形の宇宙戦艦が多くあったこともあるでしょう。

 

 

 球形及び円盤は、回転による連射という動きが可能です。

『ヤマト』の都市帝国はベルト状の周囲を回転させつつミサイルを連射します。

『ローダン』のトランスフォーム砲も冷却が必要であり、だからこそ回転連射が有用な攻撃法です。

 特に球形艦は、回転のために必要な力が最小限であり、その戦法に適しています。

『ヤマト』にはガトランティス艦などに、円盤状の速射砲も見られます。

 

 

 日本のロボットアニメで、艦首双胴が多いのも不思議です。スフィンクスの形を思わせることもあるでしょうか。

 また、双胴部分を巨大砲として利用する作品も多くあります。二つの長く伸びた棒の間に力場を発生させ、それを砲とする、というのは『ナデシコ』、『逆襲のシャア』のフィン・ファンネル、『蒼穹のファフナー』など特にロボットアニメやそれに寄る作品に多く見られます。

 

 

 立方体。ボーグキューブという例外的な形。

 どのような合理性があるのかは不明です。圧倒的な強さはあります。

 

 少なくとも『現実』の地球人は、あらゆる部屋・荷物をまず直方体で考えます。それが合理的であることもあり得るでしょう。

 

 

 艦砲の配置で、三次元空間では大きい矛盾があります。

 球形で、全体に配置したら半分しか敵に向けられない。反面、どこから攻撃されてもすぐ反撃できる。

 対照的に、たとえば円盤にして、片面だけに砲を全部乗せ、そちらの面を前にして突っこめば全砲集中攻撃できる。でも後ろから来られたら終わる。

 どうすべきか。人型機さえ、そのジレンマの解の一つでしかないと言えるでしょう。

『ヤマト』では、特に暗黒星団帝国に、長い触手の先端に砲をつけた戦車が見られます。しかしその構造では、許容できる反動が小さいでしょうし、弱点にもなります。

『目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい』の腕付きレーザー砲は、漫画版では小惑星に隠れて射撃することすら可能にするほど便利です。ただし、反動のある実体弾は発射できません。

 

 ついでに、艦橋や煙突、古くはマストと帆を支えるロープも、砲から見れば邪魔です。大和であっても、前の主砲は後ろを撃てません。

 たとえば艦橋も煙突もない、鯨の背のような構造の頂に砲塔があれば、ひとつで360度全周を見渡せるわけです。無論一つだけだとそれが壊れたら終わりますが。

 

 

 数学・物理学……その進歩はそれ自体、文明を進歩させ、新兵器の開発につながり、生活水準を向上させた歴史があります。

 特にマット・リドレーなどの私有財産至上主義者は、科学と技術は無関係だと主張します。しかし原子論なしのハーバー・ボッシュ法肥料、相対性理論なしの原爆やGPSはありえません。彼らの主張は、要するにマンハッタン計画・アポロ計画のような国家主導の科学に対する嫌悪感が強く感じられます。

 ある時期から、西洋では科学と技術が手を取り合って進歩し、めちゃめちゃに強力な兵器、膨大な食料を手に入れ、それで世界を征服したのです。

 

「勝ちたければ、科学・技術を進歩させるべきだ」

 本来はそれが正しいはずですが、多くの作品世界は、また『現実』の人類も多くがそれに背を向けます。

 進歩するのは自分を否定することであり、多くの既得権者を貧しくすることであり、辛いのです。道徳感情や宗教も、進歩を強く否定します。現代の哲学や知識人も。

 多くの衰退する国で、科学の進歩が止まっています。『火の鳥 未来編』『禅銃』……そして『現実』でもいくつかの面で。

 科学を抑圧することを選ぶ作品も多くあります。『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国は自動化を忌み、『デューン』は人工知能を禁じ、『ガンダム』の宇宙世紀ではサイコフレームなどの技術が禁じられます。

 

 逆に、地球人の素粒子物理学実験を妨害して、科学の進歩を封じるという『三体』の攻撃は究極に恐ろしいものです。

 

 前も少し書きましたが、科学者、特に天才、それ自体がストーリーを大きく動かすことも多いです。

『ヤマト』の沖田艦長も、軍人であると同時に科学者でもあります。

『キャプテン・フューチャー』のカーティス・ニュートン自身も優れた科学者であり、その父ロジャー・ニュートンと、後に仲間の一人〈生きている脳〉となったサイモン・ライトの天才が遂げた研究、それを狙う悪漢のために数奇な運命をもって生まれ育ちました。

 天才とそれを狙う悪党の構造は『宇宙のスカイラーク(E・E・スミス)』をはじめ、古典から膨大な作品に共通します。

 また多くの、特にスーパー系のロボットアニメも、天才科学者による超科学を軸として動きます。

 だからこそ天才科学者は、それこそペーパークリップ作戦があったような戦略兵器でもあります。『禅銃』では税として徴収されるほど。

 

 数学・物理学……あらゆる文明の共通部分。そして自滅にも勝利にもつながる最終兵器。

 ああ、多くの作品では科学力ではなく心で……物量ではなく特攻・自己犠牲で勝つ、としなければならないんでしたね。ですが、特攻機も科学で作られている……

 何よりも、数学や物理学は共通している。そのことにまず圧倒されます。



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予言・時間

 上位存在、神々の話に関係するのが、予言。

 予言と密接にかかわるのが時間。

 

 予言は、実に多くの宇宙戦艦ものでも重要な役割をはたしています。『現実』でも。

 

 予言と言っても、分類してみると見方が変わります。

 超能力や占い。神。

 人間の心による未来予測。

 優れた知性による洞察。

 相手の心を読み、行動を見抜く。コミュニケーションそのもの。

 科学による未来予測。天文観測やその延長。

 タイムマシン。

 

 イデオロギー、支配と結びついた予言。

 計画や陰謀。

 謎解き。

 社会が予言をどう扱うか。

 

 予言というものが、どれほど人間の心と一体であり、人間にとって本質的に重要であることか。

 

 

『スターウォーズ』の根本は、アナキン・スカイウォーカーと「フォースのバランスを取り戻す」存在の予言の関係です。予言自体は確かに成就しましたが、誰があのような形だと想像したでしょう。

 

『スタートレック・ボイジャー』にも予言を真に受けるクリンゴン人の集団が出てきます。

 

『ファウンデーション』こそまさに予言から始まる物語です。

 

『人類補完機構』にはアバ・ディンゴという予言機械があります。

 人間が超コンピューターを頼るときも多くは、予言能力をあてにします。

 

 

 一番普通の、人間が普通の方法とは別に、未来がどうなるか知ってしまうこと。超能力とか占いとか。

 ノストラダムスやエドガー・ケイシー、となるとアカシック・レコードという、多くの話で使われるガジェットにつながります。

 また重要なのが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の文脈。神のスポークスマンを強制された人間の言葉。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』のマフティーはイスラム教の救世主を意味する、多くの乱に関わる言葉マフディーに関わります。

 

『デューン』は強い予言の力を持ち、救世主として予言されたポウルの、悲惨な予言を避けるための苦闘が中心です。

 また、ずっと以前から、ロボットを排除した帝国は多くの予言組織に支配され、また計算によるある種の予言も利用していました。

 

 映画『マイノリティ・レポート』をはじめフィリップ・K・ディックやカート・ヴォネガットなど戦艦が少ないSF作家の幾多の名作で、各種の未来予知と対応が描かれます。

 

 

 

 普通に未来を予測する……普段の人間がごく普通にしていることも。単に、学校や仕事に行かなければ嫌なことが起きると「予測」するから行く。信号を守らなければ痛い思いをすると「予測」するから守る。

「理性」の本質でもありますが、理性とは遠い微生物であっても「エサ濃度が高い方向に移動」したりします。感情、あるいは本能のみによる行動……なわばりを侵された動物が怒ってかみついたり、ある種のハチがクモの急所に針を刺して運び生きたまま卵を産んだり……も、予測をしている、理性があるような行動です。

 

 頭がいい人間は、得られる情報や歴史の知識などから、未来の歴史の流れをかなり予想することができます。

『銀河英雄伝説』のフリードリヒ四世やヤン・ウェンリーは未来をかなり洞察しました。

 

 小人数だけが知ることができる情報から未来を予測する、というパターンもあります。それは信じてもらえないこともあるし、口外を禁じられることもあります。

 軍事などでは多くの機密があり、組織の縦割りも加わって結果的に誰も情報を総合できず避けられたはずの破局……まさに9.11テロがそれです。ただ、その反省から強すぎる組織ができ、世界中で深刻な人権侵害が起きました。

 

 自分には破滅が見えている、しかし権力者たちはそれを無視し、自分は石を投げられるばかり……カサンドラ、トロイ戦争の神話の、予言ができるのにそれを聞いてもらえない王女の悲劇。

 歴史の流れが変わるときにしばしばあることです。

 特に権力が、皇帝でも民でも、強い傲慢に陥っているときに。

 破滅が分かっているのに信じてもらえない、それは強い苦悩になります。

『ジョーズ』はその変形と言えるでしょう。

『パーンの竜騎士(アン・マキャフリイ)』も脅威を忘れた権力者が警告を無視します。

『天空の防疫要塞』や『反逆者の月』でも、人々は恐ろしい敵を忘れ権力ゲームにうつつを抜かしています。

『復活の日』などでも同じように、少数の良識が潰されます。

『さらば』『ヤマト2』では、テレサの警告や観測された白色彗星を政府が無視すると決めたことから、ヤマトは反乱に踏み切ります。

『銀河英雄伝説』のヤンは、ラインハルトの戦略を見通し、クーデターやフェザーン回廊からの侵攻を読みますが、上層部に聞いてもらえず大切な人を多く失い自分も絶望的な戦いを押し付けられ、それでも戦い続けます。

『共和国の戦士』や『量子真空(アリステア・レナルズ)』の主人公は、あまりにも圧倒的すぎる異星人の存在を知り絶望しました。

 

 未来からの警告に『タイムスケープ(ベンフォード)』『月の光(劉慈欣、アンソロジー所収の表題作)』もあり、どのように警告を受け止めるかにもなります。

『航空宇宙軍史』や『ファウンデーション』は、予言対策が目的、大義となり人命などを軽視します。『ファウンデーション』ではそれも肯定的に扱われていますが……

「人間らしく生きたい」というのは、常に人間にとって優先順位が低い。

 むしろ、予言の持つ、人間の心を動かす勢いの方が常に勝利してしまう。

 

 

 頭脳による予測に科学の味付けがあれば、多数の人を統計的にみる生命保険からギャンブル、プランテーションの投資、資本主義そのものにもつながります。

 

 その極端な形が『ファウンデーション』の心理歴史学。計算による予言、その中であり得る最善をつかみ取るための、膨大な人たちの苦闘。第二ファウンデーションのありかを示唆する言葉を解釈するための努力。

 高い計算力がある人を、死ぬまで絞ることでその場所を算出させるミュール、それを止めるためにあえて射殺したベイタ。

 予言が、ファウンデーションの理念が、膨大な人にとって人命よりはるかに重いものになってしまっていました。

 

 また科学的な観測からの予想もあります。これの、科学的という面を重視するか、常人には理解・運用が困難という点を重視するか……

 近代科学の一番の力は、高い予言力。正確に日蝕を予言することができる……『ソロモン王の洞窟』で、それだけで神様扱いしてもらえたように。

 カール・セーガンやリチャード・ドーキンスはその威力を強調し、科学を一度使ってみろ、すごいんだから、と読者を煽ります。

 

 天気予報という規模も効果もものすごい兵器。特に海戦では圧倒的な力を発揮します。天文台がそのような役割を果たすことも。

『宇宙戦争』でも火星人の出発をまず天文学者が観測しました。

『タイラー』では、銀河間天文台が多数の銀河にまたがる超災害を予測しました。

『ヤマト』でも白色彗星をはじめに観測したのは天文台でした。『完結編』でアクエリアスも観測しています。

『三体』は天文台を通じてメッセージを受け取り、メッセージを発信し、何百年も前に艦隊到達を知ってその準備のために人類文明全体を作り替えようとしました。

『宇宙のランデヴー』では、大型隕石の被害があったからこそ二度とやられまいと人類は宇宙を熱心に観測し、訪問者を見つけることができました。

 

 

 破局までの時間がわかる、という状況も、科学なら作り出すことができます。

『七人のイヴ』『地上最後の刑事』などは観測したからこそ、破局がいつ来るかわかり、少数ですが生存者はいます。

 人間以上の圧倒的な知能も予言ができる、あるいはそう信じさせることもあります。

 

 

 銃や艦砲で敵を狙い撃ちすることも、あるいは敵味方の戦力を比較して勝敗を検討する戦略も、随所に予言があります。

 昔の戦争は神秘的な意味での予言が重要でした……古代ギリシャ・ローマ関係でも古代中国でも、占いで戦争のいろいろを決めるのが当然。

 

『スターウォーズ』のフォース、また『ガンダム』シリーズの各種ニュータイプやそれに近い能力、『デューン』のポウルも短時間の予知・読心を戦闘に応用しています。

 

 

 タイムマシンという技術があれば、それだけでも予言と同じことが可能になります。

『バーサーカー』を起源とし、『時空大戦』など多くの作品に引き継がれる、過去に警告を送り、未来の情報を利用して再挑戦を繰り返す戦い。

 本来は『航空宇宙軍史』もそれのはずですが、それが皮肉な罠に変わった話です。

 その先にはループ系の話が多数あります。

 

 

 これは宗教と権力の本質にも関わりますが、予言をはじめとする超能力=上位存在である証拠=道徳的に人間以上である証拠=権力をふるう根拠となるのが人間の根底的な思考法です。

 そのため、人は超能力を求めますし、超能力を納得してもらえばそれだけで権力を得ることができます。

 

 イデオロギーとしての予言。

 宗教の教義に予言がある。というより多くの宗教、特にユダヤ・キリスト・イスラムの宗教の核心は予言にある。

 マルクス主義の本質は予言であり、その予言の解釈は膨大な人を拷問処刑し、科学を抑圧することにもなりました。

 それらの予言は、命令とも不可分に入り混じっています。

 だからこそ予言自体、多くの文明では死刑でも足りない犯罪でもあります。公による予言の解釈に異を唱えることも。

 イスラム教は、ムハンマドが自分が最後だと宣言することでそれ以降預言者を名乗る者は問答無用で偽物・大罪人とするシステムを作りました。

 

 

 情報を求め、軍や秘密警察、諜報組織、暗黒組織などが激しく争い、その一員や一匹狼、巻き込まれた個人が活躍する物語は、むしろ冒険小説でこそ多く見られます。冒険小説のプロットに従うSFも多数あります。

 

『フラッシュフォワード(ソウヤー)』は多くの人が未来を知ったことの影響。同時に、その予知に付随して多数の事故もあり、その被害も強い影を落としているのが興味深いところです。

 

 

 大きい計画、陰謀なども予言と深い関係があります。

 予言者であると多くの人に思わせることができれば、いくらでも貨幣、権力、軍を支配することが可能です。

『造物主の掟』ではペテン師がモーセを演じ、支配を求める人類の思惑を外して普遍的な道徳を与え、人類と別種族の両方の道筋を変えました。

『現実』でモーセは神の言葉を伝えることでユダヤ人を導き、律法という法と政治制度を押しつけ、軍事指導者としても導きました。ムハンマドも同様のことをしています。中国での幾多の宗教農民反乱も。

『デューン』のポウルも、それを期待されているとわかっています。

 

 予言、神の命令は歴史をも変える、圧倒的な軍事力につながります。

 多くの征服王は神に予言されたと叫んで巨大な国を征服し、虐殺奴隷化破壊の限りを尽くしました。のちの、スペインのコンキスタドールも神の命令だと叫びました……それは予言とも深く共通しています。

 露骨に神の命令・予言とはわずかに違うにせよ、大英帝国・フランス帝国・ロシア帝国の征服、アメリカの「明白な天命」もそれに近いものがあります。

 ソ連や共産中国も、独裁者が解釈したマルクス主義が予言である、その予言が征服を命じている、と次々と征服の手を広げました。ヒトラーも予言の面があります。

 また第一次世界大戦前後からは人種・民族に関する恐怖の予言が語られ、それによっても多くの戦争が戦われたものです。

『銀河英雄伝説』のルドルフが出たのも、衰退が滅亡に至るのを皆が恐れたから……このまま退廃したら滅亡する、と予言して、と言っていいでしょう。

 

『現実』のモーセは、神による予言でもある命令に従ってユダヤ人たちをエジプトから脱出させ、征服国家を作らせたと言われます。

 その物語は失われた地球を目指し脱出する『ギャラクティカ』となりました。

 その変形として、失われた地球を求める『ファウンデーション』の続編、また第二ファウンデーションの探索もあります。

『ヤマト』のイスカンダルへの旅は西遊記の、史実の玄奘三蔵による取経の変形です。別の国からの宝を手に入れる……聖杯探求、不老不死の薬、ゴムやパンノキの苗など同じモチーフの物語は無数にあります。

 さらに変形として姫君を助ける、となると『スターウォーズ』などになります。

 神に導かれて逃げる、あるいは故郷に戻ろうと彷徨する、『オデュッセイア』『アエネーイス』の延長にある物語も上述のように、『スタートレック・ボイジャー』『彷徨える艦隊』『ガンダム』『マクロス』『イデオン』をはじめ多数あります。

 様々に変化する物語、ただそこには予言・神の命令という要素が共通して深く流れているのです。物語だけでなく、人間の歴史も、本当の神によるかどうかはともかく膨大な影響を与えています。

 

 

 予言を物語として扱うと、そこには謎解きの要素が加わります。ミステリ寄りにすることもできるわけです。

 同じ予言という材料があっても、それをどう料理するかで結果が変わる。特に誤った解釈をしたために破滅する話は、半ば神話である「クロイソス王が戦争を検討し、偉大な国が滅びるという予言を自分に都合よく解釈して自滅する」話を源泉に、人類の物語の根本のひとつ。

 

 さらに精緻なのがオイディプス王の物語。予言に描かれる災厄を回避しようとする努力が予言を実現させる、予言・運命の力のすさまじさを描く話。

 それに限りなく近いのが『航空宇宙軍史』です。

 予言を否定するか、「未来のことは未来の人に任せればいい」と受容するか、「一つの籠にすべての卵を入れるな」をやれば成就しないのに、努力するから……

 

 予言の中にある謎を解こうとする、というのは『三体3 死神永生』にもあります。与えられた童話を何とか解釈しようと努力する人たちはいましたが……

 

 

 

 何よりも『現実』の予言の困難の本質は、「未来の技術を予測する」に尽きます。

 だから、過去行われた未来予測はどれも今見れば大きく外れています。

 今我々の手元にある未来予測もそうでしょう。

 

 逆に『三体』の暗黒の森は、技術爆発……どんな未開文明もいつ、短時間で超技術になるかわからないという、技術の予測不能性を前提としているからこそ説得力が高いものです。

 

 

 あらゆる物語、また歴史そのものをどれほど強く予言が動かしていることか。

 

 予言は神・上位存在の行動命令であり、法となり……あらゆる形で人間を、歴史を動かします。

 予言は物語そのものであり、人間はとても強く物語に支配される……

 勝利が予言されているのなら安心して戦える。でも、本当に?どれほど多くの戦いが、勝てるという予言を信じて戦われ、悲惨な敗北に終わったことでしょう。

 あるいは、正しい予言を持っていたのに、無視したり間違った解釈をしたりして悲惨な敗北に至ったこともどれほどあるでしょう。何よりも『現実』の、太平洋戦争の日本……絶対に負けると計算結果が出ていたのに。東日本大震災でも、「ここより下に家を建てるな」石碑や、高台に予備電源をという声が無視されていらぬ被害が出ました。

「人は信じたいものを信じます」。『彷徨える艦隊』で繰り返される、地球人の本性レベルの罠。それはほかの多くの作品にも破滅をもたらします。

 予言に頼る、というのはある意味、「俺は全知だ(だからこれ以上考える必要はない、別方向の作戦や科学を検討する必要はない)」に近いのです。傲慢、思考停止なのです。

 

 予言は、物語は、人間を支配するバックドア=ハッキングしやすいプログラムの穴である、ともいえるでしょう。予言に頼り続けるべきか、それとも頼らない道はあるのでしょうか?

 あります。生物の、r戦略。タンポポが多数の種を飛ばし、どれか一つでも土に落ちてまた種をつければいい。「一つの籠にすべての卵を入れるな」。その生き方は、予言に支配されるものではありません。それにはわずかな変異による進化というおまけもついています。

 また爆発的な技術進歩も、予言を無意味にします……シンギュラリティ、技術的特異点は予言を、未来予測を破壊するものです。技術を禁じることは破滅だともわかります。

 

 多くの作品や『現実』で指数関数増殖を権力が恐れ憎むように、「一つの籠にすべての卵を入れるな」や、多様な方向での科学技術進歩、人類の進化やシンギュラリティも、権力が恐れ憎むものです。

 むしろ予言、誰もが同じことを信じ、同じことをする方を好みます。楽をすることを。

 ですが、それは破滅への道なのです。



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滅亡・道徳・法

注意!「三体」三部作の根底的なネタバレがあります!注意!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『銀河英雄伝説』の深い根底に、滅亡に対する恐怖もあります。

 13日戦争で人類滅亡寸前になったこと。それはキリスト教やイスラム教を完全に潰し、核兵器をタブーとしました。また「人類は一つでなければならない」が心の底まで刻まれ、ゴールデンバウム帝国の根本にもなり、同盟に対する戦争の大義ともなりました。

 元々ルドルフが出たことには、「このままでは人類は滅亡してしまう」というほどの、退廃を恐れる感情がありました。

 

『三体』三部作は、地球人が失敗し滅亡するまでの話となりました。

 地球人の子孫が一部いたり、つがいが惑星の開拓を始めることは二度ありましたが。

 

 地球人の性質自体が、生存へのルートではなく滅亡へのルートを選ばせました。

 特に二度、間違った選択をしたチェン・シン。

 ただし、暗黒森林すら気づかないような地球人の能天気さは、三体人から見れば衝撃的であり、三体人も変えるきっかけにもなりました。三体人にも、博愛の心を持つ者もいました。

 地球人が間違っていると断罪するだけではないのが、『三体』三部作の面白さです。

 

 全体の最初が文化大革命……それ自体が巨大な伏線ともいえます。

 地球人は愛を持つ。反面として地球人の心は、文化大革命もやってしまうし、文革と同じ心の在り方……世界をきれいにしたい、体制が否定する心を持つ人の存在自体許せない、というものでもある。それが宇宙の外を経験した艦のクルー、また技術禁止に反抗した者の処刑にもつながり、技術を抑圧し、滅亡への道を選ばせた。

 

 そして『三体(1)』の最後。

 虫けら呼ばわりされた地球人、普通の強い人代表のシー・チアンが、虫害を受けている畑を見せて、人類が頑張っても虫に勝てない、虫は強いと言いました。

 そこに答えはあったのです。虫の強さの源泉、r戦略。「すべての卵を一つの籠に入れるな」。多数の子孫を広くばらまき、変異を容認し、多様であれ……変わっているが殺虫剤に耐える子、変わっているがより深く土に潜る子、変わっているがより遠くに飛ぶ子が、いや別に何があるわけでもないが運がいい子が多数の中にはいることで、虫は生き残る。

 地球人はそれを捨てたことで滅びたのです。答えはあった。なのに無視して滅んだ。童話に「盾の陰に隠れる」がなかったのに、ガス惑星の陰にスペースコロニーを作る方法に固執し、童話に示唆されていた新技術を禁じ、滅んだ。

 一巻が文化大革命に始まり、虫に終わる。それが全体に写像されている。

 文化大革命。その時代の法・道徳・方針が絶対に正しいとする。それでr戦略・多様な技術、虫を真似ることを否定し、滅びる。

 

 やや細部を言えば、まず地球から離れて別天地を探すと決めた戦艦が、皆殺しの戦いをして資源を奪い合い、人の死体すら食べたことが、人類全体に強い衝撃を与えました。宇宙に出ると人は変わってしまう、変わりたくない、だから宇宙に出たくない。

 その民意は、「逃亡主義」禁止という法となり、道徳となって地球人を締め上げたのです。

 地球人が別の怪物になってしまう。それはあまりに大きな恐怖なのでしょうか。『キャプテン・フューチャー』の『恐怖の宇宙帝王』で、人が獣に変貌する恐怖だけで太陽系を手に入れることができると見えたように。

 変わりたくない。変身してはならない。それも究極的な道徳の一つ、タブー、自然な法、保守……いろいろな名で呼ばれます。

 しかしそれが、『三体』では滅亡を招いたのです。

 虫のようであること、何よりも「すべての卵を一つの籠に入れるな」に背いたことで。

 

 ついでに、宇宙に出て地球から離反した船は、座標公開を通じて地球人と三体人の戦争で勝利を導きもしました。一時はそれで称賛もされました。

 ルオ・ジーも、時に救世主としてあがめられたり、世界絶滅罪で非難されたりと激しい毀誉褒貶を受けています。それもあって人間には幻想を抱かず、より高い視点で生きており、三体人にも尊敬されています。

 

 

 大きく言えば、「その道徳は、果たして正しい生存戦略か」というとてつもない問題です。

 考えてください、「今『現実』の人間の道徳は何で、そしてそれは生存につながるのが滅亡につながるのか」。

 今の人類の道徳が何なのか、それすら難問です。少なくとも多くの群れごとに違うのは確か。また、同じ群れでも、本当に一つの道徳なのか。

 そしてある道徳が、生存につながるのか滅亡につながるのか、何が知るでしょう。

 核兵器は、人類を滅ぼすかもしれないから廃絶すべきだ。と思ったら、巨大隕石を迎撃するのに必要だったのに廃絶してしまった、となるかもしれない。

 核兵器によるロケットを禁じる条約。誰もが正しいという。でも、それが二百年後滅びる瞬間の人類から見て取り返しのつかない過ちだったかもしれない。

 

 

『老人と宇宙』のかなり深いテーマに、道徳と種族の生存があります。

 まず最初に、平和な地球の老人の常識が否定されます。宇宙は弱肉強食だと。特に、地球では外交官だった男が愚かにも、人食い種族に話し合おうと飛び出して殺されます。

 しかし、主人公の上官は、主人公が属する宇宙生活人類の軍……コロニー防衛軍が絶対に正しい、とは言いません。出世して変えろと言います。

 何が正しいのか。

 地球人ではないガウ将軍が共存の道を見出します。

 ゾーイは殺し合った先住知的種族と平和的なコンタクトに成功し、そのことをガウ将軍にも伝えます。また他者を利用すること否定したことで尊敬を得ます。

 圧倒的に技術に優れるコンスー族は、意識を捨てることが正しいと思っています。

 コロニー防衛軍の、とにかく戦う、手段を選ばない、というのは短期的な生存としては正しい、でも強くなると他の全ての種族を敵に回し、宇宙全体に包囲され滅びることになります。そんな長期的な視点は上層部にはないようです。

 

『航空宇宙軍史』を貫くのは、戦争のための非人道と、人間らしく生きたいという自然な心の葛藤です。そして常に前者が勝ちます。

 戦争に勝つことはすべてに優先する絶対正義だ。という人間の、あまりにも強い道徳感情が、他の全てを圧倒してしまうのです。

 軍人側に、「個人主義」という言葉を「利己主義」と同一視して否定する言葉遣いが出たことが重いです。日本の保守独特の、『国体の本義』『臣民の道』から今の保守論壇誌も貫くものですから。

 

『宇宙戦艦ヤマト』では、古代進は常に愛を言います。復讐のためにガミラスを滅ぼした後悔もあるでしょう。

 力を主張するズォーダー大帝、弱肉強食を信仰するディンギルに、違うと叫び続けます。

 また、2・さらばで古代がテレサのメッセージに答えるべきだと主張し、反乱に至ったことには、地球は宇宙の平和を維持する役割がある、という道徳的な主張があります。

 反面、「新たなる」では、暗黒星団帝国に無用な戦いを挑んだと言えます。メルダーズの目的は資源であり、古代はスターシヤら大切な人の命を助けつつ戦争を避ける選択肢があったのに、戦争のための資源など採掘させてたまるか、と戦争を続け、多くの犠牲を出しました。スターシヤも、デスラーの救援を拒むことにより戦火を拡大させ、ガミラス・ヤマト・暗黒星団帝国三者ともに犠牲を増やしたと言えます。

 

『マクロス』では人類の文化、愛が生存のためのキーになります。

 それは『第三次スーパーロボット大戦α』などでも。

 

『エンダーのゲーム』のエンダー・ウィッギンは、「異類皆殺し(ゼノサイド)」のエンダーと呼ばれ忌み嫌われています……が、それも自分が滅ぼした種族についての本を書いたからこそです。彼は誰よりも罪深いと自覚しているので、どんな罪人でも許し愛することができます。

 前半生では、人類のため、勝利のためならだれであれいくらでも踏みにじる、という軍人たちの勝手に振り回されました。本人はただ放っておいてほしいのに。

 エンダーの影響があるからこそ、人類は二度目に接した知的種族ペケニーノとはとても慎重に接します。しかし、実際には恐怖し原始的なまま封じているのだと見透かされています。

 

 

 道徳と関連し、法も重大な問題になります。

 

『三体』シリーズには、いくつかの法があることも問題になります。

 逃亡主義の禁止。

 反人類罪。

 地球を守り抜いたルオ・ジーを裁こうという世界絶滅罪。

 技術を名指しで禁止する法もあります。

 それらは世界全体で犯罪とされます。それも、その時代の価値観を絶対化し、疑いもしない姿勢です。さらに法の原則も破っているのです。

 別のところで指摘されることですが、世界が一つの国になったら逃げ場がない、という問題ともつながります。

 コロンブスや科学者たちは、この国でダメと言われたら別の国で、とやって最終的には進歩につながりました。それが、「なぜ産業革命がイギリスであって中国ではないのか」という問いの答えであるとも。ヨーロッパは川や山があって統一しにくい、中国は統一しやすい。統一された中国は、全体で科学や探検を禁じることができてしまう。……レイ・ブラッドベリの短編で、中国の皇帝が紙と竹でグライダーを作った男を処刑したように。

 ですがそれは、常に先送り、一時しのぎなのです。誰かが技術を進歩させたら終わるのですから。

 ……ただし、『現実』の地球は、独裁国家や麻薬組織が国際社会が許さない実験で超技術を発達させることは起きていません。むしろそれが不思議なほど。

 法による貿易や科学技術の禁止。それは長く進歩を抑圧し、ヨーロッパの世界征服にもつながったのです。

 

 

 法。それは人類世界の、きわめて大きな特徴の一つです。

 客観的に地球人を見た時、火、言語、数、体を隠すなどと同等に、法の存在も重大と言えるでしょう。『ヒューマン・ユニヴァーサルズ』でも「〈人間〉には、法がある」とあります。処罰も。善悪の区別も。礼儀作法や性的つつしみも普遍的で、それも法です。

 法は原始的には、タブーが多くを占めます。宗教・魔術・神話・予言とも一体不可分です。何を着るか、どんな入れ墨などをするか、何を食べるか、どんな武器を使うかなどテクノロジー・ライフスタイルとも不可分です。

 言葉によって、何をしていいか何をして悪いかを規定する。

 特に近代国家は、憲法として支配者も束縛する。それによって政治が安定する。道徳・宗教とも分離する。…完全には無理にせよ。

 

『スタートレック』の艦隊規約は常に重要な役割を果たします。

 アシモフのロボットシリーズの、三原則もそれに似ていますが、そちらはハードウェアに組み込まれています。それが人類と違うと言えば違いますが、人類の「法」もかなりハードウェアに組み込まれたものです。

 

『ヴォルコシガン・サガ』の、貴族の私兵を禁止する法。これにより、星外に出てデンダリィ自由傭兵隊を作ったマイルズが危なく処刑されるところでした。

 

『銀河英雄伝説』では、劣悪遺伝子排除法というルドルフの祖法が話の根源を作ります。

 それゆえにこそ、オーベルシュタインはゴールデンバウム帝国を憎みぬくのです。

 また、帝国ではあらゆる刑罰などの根幹が、ルドルフであることも注目すべきです。

 

 

 近代は、法と道徳(と宗教・呪術)が別であるというのが重大な建前です。

 しかし実際には、それらは切り離せません。

 たとえば裁判で証言するとき、軍の入隊時、国に帰化するとき、アメリカ大統領に就任するときなど、きわめて多く「誓約」はあるのです。それは人間にとって強力なバックドアになり、虐殺でも神風特攻でもさせます。

 他にも、今の先進国でも法・道徳・宗教呪術の関係性の強さはいろいろなところで感じさせられます。

 

 

 貴族・皇帝の国では、決闘も重要な法的問題を作ります。

『三銃士(デュマ)』にあるように、国家ができて近代国家に化けていく中で、とても重要なことの一つです。

 ヨーロッパや日本のような、馬を飼う武装地主が騎士道・武士道を名乗って支配する世界では、名誉が最大の価値。その名誉、勇気を証明するもっともよい方法に、決闘があります。

 また王の警察力などが低すぎ、迷信が強い世界では決闘裁判が強いものです。

 決闘裁判の前の段階として、日本ではクガタチとして知られる、焼けた鉄を握ったりして潔白を競う裁判も普遍的に用いられました。

 ですが国が近代化すれば、法の支配を貫徹し、暴力を王が、国家が独占するため決闘は禁止されます。それは武人の道徳、騎士道武士道と反するため、現場の貴族たちは抵抗します。決闘すべきところを、法が決めてるから嫌だ、と言ったら臆病者と蔑まれるのです。それだけは容認できないので決闘します。さて憲兵はそれで、両方処刑すべきか見逃すべきか。

 喧嘩両成敗も、自力救済の横行で裁判がなくなる事態を変えるため、支配者の威信、誰が支配者なのかを明確にする、また暴力を独占するためです。

 

 時代水準が違う、複数の道徳が対立するということでもあります。

 

 

『銀河英雄伝説』でロイエンタールは決闘で降等しました。決闘を申し込んだ相手も。ラインハルトも決闘騒ぎに巻き込まれたことがあります。

『タイラー』ではラアルゴンに決闘の伝統があります。ドムは数々の決闘に勝利した名声を持ち、イサム・フジも戦艦での決闘に勝利し戦局を変えました。またベルファルドが独自勢力を作ろうと旅だった時、戦艦でのチキンレースという独特の血統に勝利して突破しました。

『ヴォルコシガン・サガ』のアラールも若いころ問題を起こしたことがあります。

 

 決闘は、現実の戦争では見られない一対一、刀剣、ナイフ、拳銃など限定された武器による戦いになるため、見栄えがする場面を作りたい作家にとっても便利です。

 

 

 複数の道徳の対立。法と道徳を考えるうえで、きわめて根本的な話です。

 法の根本の一つが、未熟な若者が自然発生的に作る不良群れの掟。それは常に公法と対立します。

 

 軍隊においても、現実には上層が強制する公的な軍人道徳と、実際に下で叩き込まれる「道徳」の対立があります。単純に言えば、栄光あるわが軍の兵士は虐殺をするな、と、虐殺痺れる憧れる皆でやろうぜ仲間を売るんじゃねーぞ、と。

 下側の違反も、「道徳」なのです。

 

『真紅の戦場』や『老人と宇宙』では主人公は民間人虐殺も、幼児の拷問惨殺さえ「なすべきことをする」と冷静に、喜ばず楽しまずにやっています。勝利のために。

 ひたすら残忍に、虐殺を楽しむ側を主人公として描くことは難しいのでしょう。

 しかしそれも、人類の軍事の避けがたい現実です。

『銀河英雄伝説』のヤンは一人も民間人を殺さなかった、が勲章になっています。逆にラインハルトはヴェスターラントや、同盟の帝国侵攻に伴う焦土作戦が汚名となっています。

『彷徨える艦隊』では手が届けば気軽に敵側の星を皆殺しにする百年後の士官たちに、百年間コールドスリープしていた主人公は衝撃を受けます。また、その時代でも虐殺は軍の法律に違反していることも指摘されます。

 

 何度も書いたことですが、『ヴォルコシガン・サガ』では剣と馬の水準の文明で、ミュータントを恐れ体に障害がある子は生まれてすぐ家族が殺す「道徳」がありました。宇宙と再接触した皇帝は、宇宙の先進文明に蔑まれないように赤子殺しを禁じる法を作りましたが、地方では赤子殺しはなくならず、都市でも体が不自由な人間に激しい差別があります。同時に若い世代は、赤子殺しが許せないという別の「道徳」を持って育っています。

 

 結婚や相続も法の問題です。

『ヴォルコシガン・サガ』で、逮捕を免れるためにとっさに結婚する、という手が使われました。結婚に必要な手続きが法的に少ないからです。

 また、ある貴族の娘は男に性転換して相続権を要求するという手を使いました。女を相続から排除する法があり、法を新技術に合わせて改正するのが不足していたからです。

 

 法が、貴族と平民で不公平であることは大きな不満の種になり、革命の原因にもなります。

 フランス革命やロシア革命は、法の不公平がひどかったことも大きい要因です。

 アメリカの独立も、「代表なくして課税なし」の一言に集約されます。

 だからこそラインハルトは公平な税と公平な法、と言いました。

 

 法は財産を保護するものです。それは近代の、資本主義の巨大な生産と貿易による豊かさも作り出します。反面奴隷制度を長く保護しましたし、また財産権を理由に貧困層に対する福祉を拒む政治勢力も常に強大です。

 

 

 

 さらに、最も根源的な問い。種族の生存は最高善か、否か。

 現実の倫理学は、少なくとも倫理学の本の第一章にはそれは書かれません。ものすごく後の方にハンス・ヨナスの名があればいいほうです。

『三体2 黒暗森林』は、普遍的にあらゆる文明種族の目的が生存であることを前提とし、そこから暗黒の森が導かれました。

 ですが、外から見れば人類には、種族の生存より優先順位が高いことがあった、としか思えないのです。

 

 種族の生存より優先順位が高いこと。

 特に大きいのは『天冥の標』で、播種船が出発直前、準備ができた時に太陽系が大変なことになった時、すぐ出発して人類の種を絶やさない、という決断ができなかったことです。

 また、『復活の日』にあるように、そして『現実』の人類が膨大な核を配備したことで分かるように、国家の戦争などの必要は、「事故で人類が滅んでもいい」というほどに、人類種の存続より優先順位が高いことになります。

 

 

 

 滅亡を考えるうえで『危機と人類(ダイアモンド)』も考えに加えましょう。最後に提示された、「国家的危機の比較研究というプロジェクトの第一ステップ」に加わりましょう。そのための多くのサンプルに宇宙戦艦作品も加えましょう。

 そう考えるために、同書の「12の要因」も意識することにしましょう。

「1 危機に陥っていることを認める

2 責任を受け入れる。被害者意識や自己憐憫、他者を責めることを避ける

3 囲いを作る/選択的変化(変えるべきことと変えるべきでないことを区別する)

4 他国からの支援

5 他国を手本として利用する

6 ナショナル・アイデンティティ

7 公正な自己評価

8 過去の国家的危機の経験

9 国家的失敗に対する忍耐

10 状況に応じた国としての柔軟性

11 国家の基本的価値観

12 地政学的制約がないこと」

 

 たとえば『ヤマト』は、(1)危機の存在を認め地下都市を作りました。宗教などに走らず、及ばずながら兵器を研究し艦隊を作って戦いました。

 それがあったからこそ、イスカンダルからのメッセージを受け取り、ヤマトを建造できたのです。(4)他国からの支援を正しく受け取ることができたわけです。

 しかしその後、さらば/2では白色彗星、テレサのメッセージという危機を認めず(1)、ヤマトの反乱を招きました。また自分の戦力を正しく評価できず、艦隊を全滅させました。

 波動砲マルチ隊形という実戦で否定された戦法を続け、繰り返し危機を招きました(10)。

 逆に、「新たなる旅立ち」でイスカンダルを、またデスラーを救援したことは、基本的価値観(11)に基づいて行動したとも言えます。

 

 宗教に走ることも多い(2)『三体』の人類と比較しても面白いところです。さらに結局人類を滅ぼしたのは、(3)宇宙に出ると人類が変化してしまうことに抵抗する感情です。

 また『宇宙軍士官学校』では、異星人の支配に激しく抵抗する(6)(3)(4)地球人が描かれています。主人公も自爆テロで危うく死ぬところでした。

 アイデンティティを守ろうとして、地球人自体の生存を度外視したのです。

 

 無論、侵略者に激しく抵抗するのが英雄的であるケースも多くあります。しかし実際には支援であるのに抵抗するのは正しいでしょうか?

 ここでは何が正しいのか、という問題にもなります。

 

 

 言えることは、まず願望と現実を混同してはならない。傲慢ほど危険なものはない。

 精神の清らかさを強制することも危険。

 別のゲームをしよう、とすることにこだわる、穢れを避けようとする……その自然な情を自覚し、抵抗しなければならない。

 自分が絶対正しいとは思わず、別の方法も生存の道かもしれないと思うべき。

 

 

『火の鳥 未来編』のラストでは、火の鳥は繰り返される滅亡、自滅に向かっている今の人類を見て、「こんどこそ生命を正しく使ってくれる」ことを祈ります。

 ではどうすればいいというのでしょう。

 地球人の、欲望。個人の利益と集団の利益、家や部族や部局や教団の利益と、公の利益。国の利益と人類全体。その矛盾。

 後先を考えず限られた資源を浪費する。とりかえしのつかない文化財を破壊し、絶滅寸前動物の最後の一頭をすさまじい情熱で狩る。

 人類の圧倒的な闘争心。国家で戦争をするとなると損得勘定が吹っ飛んでどこまでもやる。少人数の虐殺でもすぐにエスカレートする。

 欲望と暴力を棄てればいいのでしょうか?

『クライム・ゼロ(マイクル・コーディ)』という小説で、ある遺伝子書き換えウイルスがばらまかれた結果、地球人全体から闘争心が消えた……でも、誰かが星空を見上げてふと考える。もしどこかの異星人が襲ってきたらどうするんだろう、闘争心を失った人類は戦うことができない、と。

 あまりにも多くのSFは、SFだけでなく社会評論や大きい歴史書の末尾でも多くは、「人類はこのままではだめだ、少なくとも科学を進歩させるだけではだめだ、人類全体の心が変わらなければならない」といいます。

 ではどうなればいいのか。どのように変えればいいのか。それは誰も言わないのです。ああ、啓蒙=教育と技術と経済成長のプラス効果を称揚するスティーヴン・ピンカー『暴力の人類史』『21世紀の啓蒙』は別ですね。

 言うとしたら妙な宗教や、共産主義のイデオロギー。そのまま実行したらろくなことにならないのははっきりしています。

 

 

 一体何が、最高の善なのか。人類の存続なのか。違うなら、何なのか。

 筆者自身は、人類、無理なら地球型の生物が、それすら無理なら人類がこれまで作った美しいものが宇宙のどこかに残り続けることを望み、それが正義だと思っています。

 その手段としては、虫のように、「一つの籠にすべての卵を入れるな」「広くばらまいてどれか一つが生き残る」「多様な子孫のどれかが適合している」、また「科学技術を方向を定めず際限なく進歩させる」が正しいと確信しています。

 しかし、人間は極端なまでにそれを嫌います。人間が描き買う物語も。

 

 何が正しいのでしょう?

 



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乱・腐敗

 上述のように、『銀河英雄伝説』には多くの内乱があります。

 原作の時代帝国のクロップシュトック、カストロプ、そこで語られた60年前のヴァレンシュタイン。もっと前の、流血帝アウグストの打倒。

 さらに前の、ルドルフ崩御直後の共和主義者の反乱と大虐殺。

 同盟のクーデター。

 ラインハルトが帝国を手にしたリップシュタット戦役と首都制圧。

 さらに言えば昔のシリウス戦役も考えによっては内乱です。同盟自体、帝国から見れば内乱、叛徒とされました。

 

 人類の歴史は、反乱の歴史でもあります。古代ローマ、スペイン、大英、唐それぞれいくつも大きな乱があります。

 

 反乱・内乱の理由にもいろいろあります。

 首都での権力闘争。

 小さいものでは親衛隊が皇帝を殺す。宦官、正義派若手官僚層、権力のある家を皆殺しにすることも多くある。

 家督相続。

 宗教。

 独立運動。

 奴隷反乱。

 飢えた農民の大反乱。

 新技術で飢える職人の運動が、暴動、鎮圧に至る。

 労働運動と弾圧に暴力が強まる。

 共産主義。

 クーデター。

 人工知能。

 

 

 宇宙戦艦作品でも内乱、裏腹の統合戦争は重要です。

『スターウォーズ』はまさに反乱同盟軍の奮闘が主です。

『スター・トレック』でもボイジャーの旅のきっかけはマキの反抗とそれを鎮圧しようとする艦船の活動にあります。『スタートレック 叛乱』と映画のタイトルにもなっています……それは比較的小さめの命令反抗ですが、反乱には違いありません。

 

 小規模というなら『火星の人』では、何人かがNASAの決定に反抗して別のプランを強要しました。反乱の重さを十分に覚悟してです。

 規模自体が小さい反乱は、たとえば探検隊の中での反乱があります。宮廷内での相続争いもそうなりがちです。

『ヤマト』のテレビ1作の藪一派の乱があります。また、2・さらばのヤマト自身の反乱があります。「永遠に」は占領された状態からのレジスタンスがあります。

 さらに小規模では、王侯貴族の家庭内、犯罪組織内での争いもあります。『スコーリア戦記』の皇太子の自殺未遂から王女との駆け落ち、『タイラー』での幼帝暗殺未遂など。

 

『マクロス』『スーパーロボット大戦OG』『宇宙軍士官学校』などの世界を作り、多くの恨みを残す統合戦争。

『スーパーロボット大戦OG』のDC戦争にもスペースコロニーの反抗の面があり、後々まで多くの残党が活動しています。また権力の中枢に近い高官が異星人であり、その直属部隊が牙をむくこともありました。ほかにも昔からの闇組織や怪人もあります。

『ガンダム』は内乱が圧倒的に多いです、全人類単一国家であることが多いからですが。

 ロボットアニメの中では、巨大な軍事力を持つマッドサイエンティストが敵である場合もあります。『キャプテンフューチャー』では科学者たちを拉致し、放送を支配できる組織がぽこぽこ出てきます。

『月は無慈悲な夜の女王』や『月面の聖戦』は革命の成功例と言えるでしょうか。

『ローダン』はもとよりローダン自身が、異星人の技術を独占して祖国に叛逆したのです。勝利した反逆者が皇帝と呼ばれている、それだけのこと。その後も超能力者など多くの乱がありました。

『反逆者の月』ははるか昔の反乱が、人類の支配構造と月そのものを作っています。また、その反乱そのものが期せずして文明の種を維持し、完全な滅亡を防いだという面もあります。

『叛逆航路シリーズ』ではまさにブレクの、一人での反抗がきっかけに皇帝の内部分裂が表面化し、多くの星で激しい内戦が起きました。

『デューン』は滅ぼされたアトレイデ家の生き残りが砂漠の民を率い、移動宮廷を素早く制圧して皇位を奪いました。

『V(ビジター)』や『インディペンデンス・デイ』はレジスタンス活動です。

『タイラー』でも銀河を統一したアシュランに多くの勢力が反抗し、後にタイラーによる統一にもイサム・フジを含め多くの反乱者が出ました。タイラーの娘キサラは関わった王族の相続争いに巻き込まれました。その後も宗教団体による反乱もあり、ラアルゴン皇室の分裂をきっかけに銀河三分に至りました。

『彷徨える艦隊』ではファルコ大佐が多くの艦を連れて離反し、ギアリーにとって大きなトラウマとなりました。その後も反対派は蠢動し続け、ギアリー暗殺を狙います。外伝では異星人と接する重要星系の司令官が中央から離反し、独立国を形成しました。

『老人と宇宙』ではジョン・ペリーがコロニー連合に反抗して地球に真実を告げ、地球諸国も離反するし、コロニー連合のいくつもの星も離反しようとして鎮圧され、その繰り返しに疲れた軍人の離反さえありました。コンクラーベも多くの種族が潜在的に争い、武力を用いた襲撃もあります。

『天冥の標』の伝染病攻撃・甲殻化した勢力の蠢動もある意味内戦というべきでしょうか。

『星界の紋章・戦旗』では、戦いの中でアーヴに背を向ける勢力や、あくまでアーヴに反抗し家族同然の絆さえ断ってしまう指導者などが描かれました。

『ヴォルコシガン・サガ』でもマイルズが生まれる前後に、保守貴族によるクーデターが起きました。コーデリアが武家貴族にも認められる活躍をし、勝利したヴォルコシガン家が圧倒的な力を得ました。ほかにもユーリ狂帝の事件などがあります。セタガンダ帝国でも裏切り者が遺伝子資源を奪おうとしてマイルズが昔の部下とともに巻き込まれたこともあります。マイルズの最大の功績の一つは、セタガンダ帝国に征服された人たちの独立運動を収容所に潜入してまで支援したことにあります。

『銀河の荒鷲シーフォート』『宇宙兵志願』などでは半ば棄てられた下層人の暴動反乱が頻発します。軍人にとってその鎮圧はストレスの多い仕事です、異星人でも敵国民でもないので。

『銀河乞食軍団』は一運送会社が国家に冤罪で手配された者をかばって官憲と闇の争いを繰り広げ、『黎明編』では地方星系が中央軍の干渉に反発して中央艦隊を撃滅し、大規模艦隊に潰される事件が起きています。

『三体』ではまず地球三体協会が地球を売ろうとして官憲と戦いました。いくつかの戦艦の離反と逃走もあります。ウェイドらが技術制限政策に抗議して反乱を起こし、チェン・シンの決断で鎮圧されました。

 

 ロボットによる反乱なども多数あります。『ギャラクティカ』や『タイラー』の信濃事件、『デューン』や『目覚めたら~』の過去にあったという機械知性戦争。

『鉄腕アトム』での凶暴なロボットが暴れる事件もそれの変種と言えます。

『火の鳥 復活編』では同じルーツを持つロボットが、不公平な刑罰に抗議して集団自殺するという奇妙な反抗がありました。また個体として主人を殺したロビタもありました。『乱世編』では源平の乱、『太陽編』では宗教という共通点を持つ、壬申の乱と未来の宗教国家と反抗組織の乱が交互に描かれます。『望郷編』では欲望に取りつかれ扇動された人々が女王を脅し、滅びに至りました。

 

 

 多数の内乱をコントロールできなくなったら、『ファウンデーション』や『禅銃』のように文明崩壊状態となります。

 それを統一しようと、『銀河戦国英雄伝ライ』では英雄が活躍します。『ファウンデーション』のミュールもそうです。天下統一を図る英雄から見れば、すべての群雄が反逆者になるのです。『銀河英雄伝説』や『宇宙嵐のかなた』の帝国から見て、法的にそうなるように。

『宇宙の戦士』『真紅の戦場』『銀河の荒鷲シーフォート』などは文明崩壊状態だった過去の影響で、人権や民主主義の水準が低い政治体制になりました。

 

 膨大な作品の宇宙海賊の活動も、ごく小さい範囲の内乱に近いものです。『現実』でも湖賊や塩密輸人が反乱勢力になったこともあり、バイキングが新しい国を作ったこともあり、また多くの海賊山賊が帝国を弱らせ、後の滅亡の症状ともなりました。

 過去から活動している秘密結社が、実際には強大な戦力を持っていることもあります。

『レンズマン』では海賊と思っていたボスコーンが、実際には体制よりはるかに強大な別文明でした。

『ロスト・ユニバース』では犯罪組織が作った巨大艦と思っていたのが、人類全軍が束になっても勝てない存在でした。

『若き女船長カイの挑戦』では宙賊集団が全人類を掌握しようとしています。

『敵は海賊』のヨウ冥は実際には世界の裏の支配者です。

 

 

 乱そのもの。乱、秩序が乱れる。織る準備をして並べていた糸がひっくり返ってもつれたように。

 今までは、どちらが上だったかはっきりしていた。でも、それがわからなくなる。

 殴り合い、殺し合いでどちらが上か決めるしかない。その結果、協力が失われる。

 

 二人で、一人では動かせない岩を動かし、水路を作れば両方何倍もの収穫を食える。

 でも、協力するより殺し奪うことを選ぶ。

 結果、勝った方も収穫は増えない。最悪は漁夫の利を食らう。

 でも、襲う。親の仇だから、神に命じられたから、そちらの方が儲かるから、自分が上のはずなのに生意気を言ったから、殺すことで地位が上がり女にもてるから。

 それは内乱の最小のものであるとともに、腐敗そのものでもあります。うまい汁を吸う、フリーライダーの方が儲かる。

 さらに言えば、二人で頑張れば収穫が増えるような水系がない、荒地では奪い合う以外にない。では現状はどちらなのか、どう判断すべきか。

 

 それは本質的に、囚人のジレンマでもあります。

 協力すれば両方儲かる、でも協力しないことで自分の利益が最大になる、だから両方協力しないことを選ぶことが合理的になってしまう。結果的に、両方が損をする状態に、落ち着いてしまう。

 囚人のジレンマを解くのは、犯罪組織。囚人が両方組織に所属していれば、裏切って無罪で出所したら組織に殺される。だから協力する。でもその組織が弱れば、うぬぼれて組織を騙せると信じれば……

 

 また、人間の元からのありかたの問題でもあります。

 地球人、人類はアリと違い、群れ動物ですが個々の意識・欲望があります。群れに参加したい、協力したい、スキンシップを保ちたいという欲望も強くありますが。

 自分が死にたくない、休みたい、食べたいという個の欲と、集団に尽くしたいという欲が葛藤しているのです。食事中にトイレに行きたくなるのと同じように。

 加えて、他人の心の中を読むことができない。『三体』の三体人や『エンダーのゲーム』のバガーなら同胞の心はお見通しなのに。

 さらに、規模の異なる群れ、時代の異なる道徳も問題になります。

 人間の心で強いのは家族。家族を拡大した部族・宗族・民族。昔の道徳……復讐、客人保護、穢れ、呪術など。

 それに対して、規模の大きすぎる国家。多くの部族の、神々の共存。成文法。そして近代の腐敗を禁じる官僚制、警察や軍隊、政教分離、方言禁止……

 

 

 

 内乱・内戦の重要な要因に、腐敗もあります。腐敗した国に苦しめられた人々が体制を倒そうとする。『火の鳥 太陽編』のように。

 ただし、それも権力を求めている反乱者が、大義名分として腐敗を言うこともある。

 腐敗は、帝国・文明そのものの栄枯盛衰にも大きく関わります。

 

 腐敗というのも、搾取などと同じように、誰もが知っていますが正確に説明できない言葉です。

 

 近代でない国は腐敗がひどい、近代国家……自由民主主義が正しいという価値観も危険です。腐敗と軽蔑される国もそれはそれでうまくいっており、無理に近代化したらもっと悪くなることもあります。

 近代軍の戦闘力だけでも、かつてはファシズムやソ連型共産党という対立候補があり、今も中国共産党が成功し続けています。同じ近代西洋でも、君主制で国教会があるイギリスと、政教分離で共和制のフランスは異質と言えます。

 内部で争っていたら弱くなる。しかし海を捨てた中華は新技術を容れられず、戦争が絶えなかったヨーロッパは船・大砲・科学・組織を進歩させて勝利しました。

 

 逆に、「世界を良くしたい」という人間にどうしてもある欲求が乱の元になることもあります。銀英伝の同盟クーデターがまあその最たるもの。

 

 腐敗……『ガンダム』の宇宙世紀の連邦は常に腐敗していると言われますが、具体的なことは描かれていません。『閃光のハサウェイ』では地球での人間狩りの残酷さ、『UC』で貧困のままのコロニーが描かれていますが。

『彷徨える艦隊』のシンディック、『真紅の戦場』の各国、『銀河乞食軍団』の星涯(ほしのはて)なども腐敗がひどいと言われます。

 大きい貧富の格差が固定されている。給料が安い。税金が重すぎる。稼ぎよりも借金の利子の方が大きい。法的に奴隷状態。

 腐敗がないのであれば公平であるはずの、犯罪の取り調べや刑罰、税金、徴兵、事業許認可などが、賄賂で決まるか、あるいは人種・宗教、権力者に近いか、身分で決まる。

 特に低い身分の人、特に女性は安心して暮らせない。『銀河乞食軍団』で逃げた女が横暴な警官に強姦虐殺されそうになったことや、『銀河英雄伝説』のアンネローゼのように。

 

 要するに戦艦の代金を贅沢のために横流しして、戦艦がなかったり使えなかったりするという事態もひどい腐敗です。そうなったら戦争に負けます。

 

 腐敗は道徳の根源にもかかわります。

 単純に言えば、皆がそれをやると皆が損をすることが腐敗とも言えます。カントの義務をひっくり返せば。

 公と私で、私を優先すること……でも、「私」は個人とは限りません、かなり多人数の一族郎党であることも多いのです。そして「公」も、たとえば明治藩閥政府は「公」でしょうか?薩長藩閥の何人かの集団が好き勝手しているだけ、と言われたら?清帝国は八旗、元帝国はモンゴルという少数の他者が好き勝手しているだけ、では?

 ラインハルトがリヒテンラーデ一族を処刑したのも、「ゴールデンバウム帝国の宰相として犯罪を犯した者を国法で裁いた」と書類上は言えますが、実際には露骨に「権力闘争で勝った者が、負けた者を八つ当たりこみで殺した」でもあるのです。

 

 分かりやすい考え方は、時代が違う複数の道徳の対立。

 昔の道徳では、力がある人間は自分に従う人々・家族やその延長を、守らなければならない。たとえ犯罪を犯して警察に追われている、であっても。反面として従う人々は、警察に協力してはならない……マフィアの沈黙の掟は、古い道徳では犯罪組織でない普通の農村でも当然。

 すべての人が、同じ法律で裁かれる、という近代の「道徳」と、昔の「道徳」が対立するところに「腐敗」と言われることが起きる。

 昔の世界では当然の、唯一の秩序であるパトロン・クライアント関係、家族・血族、宗教などが、近代の価値観からは腐敗とされる、と。宗教・道徳の価値観とも、近代法システムは異質なので、近代から見れば腐敗、宗教から見れば自然な情、ということもあります。

 親戚の真犯人をかばうため、無実のよそ者を逮捕し拷問して処刑した警官。客観的には、あるいは近代法治国家という道徳を信じている人から見れば「腐っている」けれど、古い道徳から見れば「人としての義務を果たした善人」となる。

 問題は、その古い道徳で動く警官が多い国は、近代的な軍隊・工場を動かすのが難しいということ……警官が、潰れるほど高額の賄賂を要求したり、また親戚である手工業業者が「あんな効率のいい工場が動いたら俺たちが飢えてしまう」と言ったらその人たちのために工場を潰さなければならなくなる。

 また弱い者は、納得しにくい苦にさらされます。『叛逆航路シリーズ』で、テロ事件の容疑者が被征服民だったときに、官憲がろくに調べようともせず犯人と決めつけようとしたように。

 逆にその疑いから、弱い側の人々は官憲に訴えるなと相互に圧力をかけ、それが腐敗を強める悪循環にもなります。

『ヴォルコシガン・サガ』で簡単に治せる口蓋裂の赤子を殺された母が、ろくなことにならないしひどい目にあうだけだと止められながら歩いて山を越えて訴え出た、訴えなければ山村の人間関係が守られ、腐敗が強化されたのです。

 

 根本的に、人は親族・自分についてくる人を守り、食わせ、教育費を払い、理不尽な官憲から守らなければならない……それが、賄賂を取って親戚の若者の学費にする、儲かる仕事の許可を親戚に与える、官憲に圧力をかけて親戚を無罪にさせる、という腐敗に直結するのです。

 

 腐敗が少ない。

 それは何が生み出すのでしょう。

『宇宙軍士官学校』のケイローンは、常に戦争があるせいもあり軍事国家なのに腐敗とは無縁と言われています。結構権力闘争はありますが。

 腐敗を嫌う心理は、『スターウォーズ』のパルパティーンの即位にも関係しています。腐敗した元老院に対する反発から、と。

『レンズマン』は、レンズマンが絶対に腐らないということが銀河パトロール隊システムの根幹となっています。

 

 多くの宇宙戦艦作品や歴史小説、現在のマスメディアでも「腐敗と戦う」のは善玉とされます。

 英雄たちが腐敗と戦い、悪の帝国を倒してちゃんとした法治国家を作る、というのは悪を倒す、勧善懲悪のように人が好む物語なのです。

 腐敗を嫌うあまりに、ロボットや独裁者に政治を任せたり、革命を起こしたりということも多いようです。

 明の太祖・朱元璋などは繰り返し臣を粛清しましたが、それでも腐敗は絶えませんでした。共産中国も年中腐敗と戦っています。

 アメリカはイラクなどを滅ぼしましたが、腐敗した国しか作れませんでした。いや、アメリカが海外に作る傀儡政権は、日本以外異様なまでに腐敗しています。傀儡政権は腐敗しているほうが、アメリカの国益に尽くしてくれるからでしょうか。イランでも南ベトナムでも中国蒋介石でも長い目で見るとアメリカに大損させてる気がしますが。

『宇宙嵐のかなた』ではどの独立政府も帝国が征服し、同じ法と最低賃金を強要します……それはある意味では腐敗を打破し正しい法治国家という恵みを与える、とも言えますし……単なる征服でもあります。その結果差別が禁じられた種族もあったりします。

 というわけで腐敗との戦いは、革命や征服の大義名分にもなるのが……

 

 前にも挙げた、『星系出雲の兵站』で、腐敗のせいで効率が悪い地方星の工場、それを中央星から派遣された官僚が効率よくしろ腐敗をきれいにしろ、とやった、それに対してテロ……その事件も、「戦争のために、工場の生産効率を上げる」「腐敗を一掃して民の生活をよくする」に対して「有力者の家の階層でできた社会構造を壊したらもっと悪いことになる」「階層構造・格差社会は守らねばならない」など、悪の側にも古い道徳があったわけです。

 

 たとえば『スターウォーズ』のパルパティーン帝国は、腐敗自体は少ないかわりに誰にとっても残酷、ということはないでしょうか?

『ファウンデーション』のミュール帝国も、腐敗からは遠く生活水準も高かったのに強く憎まれました。そりゃまあ人の心を操る怪物が支配してるんですから。

 

 

 ラインハルトがゴールデンバウム帝国に対して怒ったのは、まず美しい姉を皇帝に奪われたこと。

 権力がある者は、弱い者から奪っていい……それを不正、腐敗と感じ、それがない国を作ると誓った。同時にラインハルト自身は、ルドルフが帝国を作ったこと自体を悪と思わない、彼にできたなら自分がやってもいい、という考え方もある……ただしそれも、弱肉強食が帝国のイデオロギーであることもある。

 それがどれだけ強かったかはわかりませんが、前に母親の事故死で、身分が高かった加害者が正しく裁かれず父が壊れたこともあるでしょう。

 軍に入ってからも、同じ功績・同じ罪でも、貴族と平民であまりにも扱いが違うことに怒り、また軍を動かすあらゆるところで賄賂が横行していることにも怒ります。

 軍に腐敗が多ければ、文字通り食料はたくさん倉庫で腐っているのに、前線の兵が飢えているということもあり、戦争そのもので弱くなってしまいます。

 といっても、自由惑星同盟も政治家が賄賂を受け取っていました。ヤンは贈収賄が報道されないのが本当の腐敗だと言い、まさにヤンの査問会について抗議しようとしたフレデリカが報道も支配されていると思い知らされたことで、同盟が心底腐っていると表現されました。

 ロイエンタールが同盟を統治したとき、大胆に腐敗を裁いて支持されました。

 根本的に、ラインハルトが両国をよくしようとする……それが、収奪的から包括的(『国家はなぜ衰退するのか』ダロン・アセモグルら)、アクセス制限からアクセス開放(『暴力と社会秩序』ダグラス・C・ノースら)に移ろうとしているのであれば、史実で多くあった失敗の可能性もあるのが不安なところです。

 ラインハルトが求め、実現したのは公平な法と公平な税だと思いますが……それは極めて困難で、多くの条件を必要とするのです。

 

 

 

 

『現実』の歴史にも無数の内乱・反乱があり、その展開を真似たSF作品も多数あります。

 腐敗も、それこそどこにでもあるというほどに多くあり、それは豊かな国と貧しい国の差を作っているとも、文明が衰退する原因だともいわれます。

 

 日本史では大化の改新から、壬申の乱、藤原仲麻呂と天皇中心の国家が固まるまで。

 長屋王の変、薬子の変、菅原道真の件のように宮廷闘争も小さい乱と言えるでしょう。

 平将門の乱という大きい事件が貴族国家の衰退を告げ、それから平家と源氏の争いがありました。鎌倉時代も三浦など多くの氏族が滅ぼされる小さい内戦が無数にあります。

 鎌倉時代の始まりは、源義経の追討という一人の将の粛清を、守護地頭という武家による全国支配システムの構築に利用し、さらに奥州藤原家まで滅ぼし全国統一を成し遂げるという、血も骨も腸の中身も利用しつくすしたたかさが興味深いものです。

 そして南北朝で北条から足利、とはいえ不安定で内乱は多数。それが応仁の乱で戦国時代に、多くの戦いの末に秀吉の天下統一、短い平和から関ヶ原、大坂の陣で徳川幕府ができ、島原の乱を最後に長い平和がやってきました。ただしその中でも一揆はいくつもあったようです。大規模な農民反乱にはならなかっただけで。

 それが黒船をもとに崩れ、比較的小さな戊辰戦争で政権が交代し明治時代に。それは尊王攘夷という「心」、幕府では改革ができないという焦り、大名側下級武士の出世欲などさまざまな思惑がぶつかり合っての動きでした。

 その明治政府も西南戦争に至る多くの士族の反乱、さらに秩父事件など民の反抗もありました。

 その後武力反乱は絶えたように見えましたが、5.15、2.26とクーデター未遂が相次いだことが日本の軍国化と敗戦に大きく影響しています。

 また、ある時期以降の日本政府は共産革命を強く恐れ、国民を厳しく弾圧しました。

 戦後は安保闘争が最大、あとはいくつかの左派テロぐらいですが、オウム真理教事件という量的には小さいものの質的に衝撃的な事件がありました。

 

 古代ローマでも、中国でも、ヨーロッパのどの国も、事実上国ごとに上と同じことができ、いくらでも厚い教科書を書くことができるほど多くの内乱があります。

 中でもイギリスの清教徒革命と名誉革命、アメリカ独立戦争、フランス革命、ロシア革命は国家自体、体制そのもの、支配システムそのものを変えたとも言えますし、他の影響も巨大です。

『月は無慈悲な夜の女王』はアメリカ独立戦争の影響が非常に強いです。

 また『スターウォーズ』のパルパティーンの戴冠は、古代ローマの帝政移行を強く真似ています。

 

 国家であるうちは、集団同士の暴力が抑制されている。

 その抑制が外れたら内乱になり、完全に抑制がないと戦国乱世になる。日本や中国は最終的に統一される、というイメージだが、ヨーロッパは天下統一が困難であり、アフリカでも南アメリカでも天下統一をイメージする者はいない。

 

 逆に、他のすべてが変わらなくて、ただ「国に対する忠誠心」だけが消え失せたら?

 逆に、国に対する忠誠心だけが強固にあり、物理的な要因が全部消えたら?

 経済は、信頼が失せるだけでバブル崩壊・恐慌に至ることもあるようです。

 たとえば、スペインがナポレオン一世に支配されたとき、中南米の植民地はいっせいにスペインから独立しました。いくらなんでもコルシカ人に従えるか、と。

 

 独立や宗教、民族などの反乱・反抗は、「心」の面の方が圧倒的に大きいものです。

 古代ローマ帝国支配下のユダヤ人たちは、独立国だった時期より、灌漑と道路が行き届き、交易を保護された豊かな暮らしができ、公平な法で支配されていたはずです。しかしマサダの遺跡に刻まれるほどの玉砕をしました。

 アメリカの南北戦争では、奴隷を支配するこれまでの暮らしを守るために、と何十万人も戦死したものです。

『ファウンデーション』で前の世代の英雄である商人を収容所で残酷に殺した、腐敗したファウンデーションと、実力主義で安定したミュール帝国……物質的にはどちらがいいかは明らかなのに、ファウンデーションのため、「セルダン・プラン」のためとミュールに抵抗する人たちがいます。

 

 

 乱と食の関係はどうでしょう。『論語』で孔子が、信・食・兵の順に重要だと言いました。

 食わせなかったことで乱が起きた、というのはわかりやすいです。特に中国の農民反乱など。

 ただ、食わせても乱が起きたこともあります。

 食わせなかったのに乱が起きなかったことも多くあります。

「民を食わせなければ政権は倒される」か「民をすべて餓死させても政権には問題ない」か。

 中国史において、政権側がどの程度防衛・福祉の義務を負っているかは知りません。

 アイルランド・ベンガル・ソ連など近代史における餓死虐殺は、民を膨大に餓死させても反抗を恐れなくてよかったようです。特にひどいと言われるベルギー領コンゴでも、反乱と言えることは起きていません。

 民を餓死させ、かわりはいくらでもいる状況……どのように作られたのでしょう。逆に、中国の流民による王朝転覆はどのように?秦と黄巣を除けば基本的に宗教反乱をきっかけとします。太平天国のように王朝転覆に至らないこともありますが。

 逆に、ヨーロッパである時期多発した農民反乱はすべて鎮圧され、それ以降民はフランス革命まで実に大人しいままでした。フランス革命後も多くの国が革命を起こしては鎮圧されています。

 ヨーロッパはかなり民を鎮圧するのがうまいようです。ただし、フランスとロシア、どちらも失敗すると悲惨なことになりましたが。ほかにもハイチやブラジルなど多くの革命があります。

 

 飢え死にしたくない、拷問されたくない、犯されたくない、皆殺しにされたくない。

 それは本当に重要なのか、それとも大義の前では些細なのか。

 これも歴史の中ではとても重要なことです。

 また、宇宙戦艦作品の帝国も、実際に何が支えているのかにも関わるでしょう。食べる、生きるとは関係ないほどの忠誠があるのか。

 

 

 何よりも根本的には、「なぜ、少数が多数を支配することができるのか」。

 多数の方が強いはずなのに。

 今の民主主義社会でも、1%が儲かり99%が貧しくなることが起き続けています……それを逆転させる政党が生じ当選することがない、99%のほうが1%より多いはずなのに。

 

 地球人の、バックドア。

 あるコードを入力すれば、地球人は奴隷になる。

 それは、餓死に至っても反抗しないほどに強い。

 そう思えばいいのでしょうか。

 

 ついでに、アイルランド、ベンガル、ウクライナという近代における大規模餓死は、どれも食糧生産そのもののが絶対的に不足しているからではなく、穀物を貨幣・所有・商品と扱うことによるものでもあります。

 膨大な穀物を生産している地域で、生産している人々が餓死した。

 その地域全体で、飢え死にしそうな人に最優先に穀物を与えれば餓死はしなかった。

 にもかかわらず、その穀物は商品として別の国に輸出され、それによって餓死した。

 そんなことをされた人たちは、教科書に載るほど暴れるのではなく黙って餓死した。

 

 逆に、それほど強く人々を結び付けている、心の「ナニカ」はどんな時に崩れるのでしょう。

 また、その「ナニカ」がないために豊かな資源がありながら貧しい国もあります。

 その説明には、世界システム論の、先に工業化した国の周辺・資源や原料農産物の供給者の役割になったら貧しいままだ、がありますが。

 

 

 

 帝国そのものが崩れ、内戦に陥るに至る……そのパターンも改めて見てみますか。

 

 主に中国で、帝国が統一されてから。あるいはある程度の範囲で安定してから。

 

 それまで。流民が荒らし、ろくに耕作がされていなかった地が多い。重税・戦乱による略奪などが限度を超えると、農民は農地を捨てて流民に加わるので、耕作されない土地が生じる。

 耕作放棄地を律令・公地公民で平等に分配する。

 土木工事。交通路にも灌漑にもなる水路。堤防。場合によっては河川の流路変更を正式にする。

 情報。土地台帳と戸籍。

 道路・単位などの統一。

 駅伝制度。政治制度。公地公民制など。塩や鉄の専売制。

 情報と交易を助け、また津々浦々の自給自足村が、ちゃんと塩と鉄を買い、同じ暦に従って耕し、工事などの人を出すようにする。

 

 農業がやりやすくなる。農業生産が増え、食料がいきわたる。

 王都ができる。多くの人が集まる。特に王侯貴族の見栄えを整えるための、高級衣類・家具の需要が短期間で膨大になる。

 宗教も。

 

 巨大宮殿を建てるため、納税のためなどもあり、また商業もあり軍もありで多くの人が都市に集まると、情報が配分され、集められる。

 分業と工夫によるより優れた工業や商業ができる。

 広い地域のあちこちから、多様な素材を、安く安定して手に入れることができる。多様な素材でいいものを作り、広い範囲や豊かな帝都に売ることができる。

 都市の本質は、情報を集め交配させることにある。僻地の漬物や泥染め革であっても価値が出ることはありえる。

 より遠くとの交易ができるようになれば、とんでもない富が生じることもある。

 新作物を入手できれば人口の爆発的増加にもつながる。それがなくても、より優れた品種・農法が広がってわずかに農業生産が増すこともある。

 同時に新しい都は清潔の問題が出る。最初のうちは清潔、でも何代も時間がたつにつれて汚くなる。

 人が集まれば当然伝染病も交換される。

 

 道路・水路が整備され、駅伝が行き届く。外、特に騎馬民族との戦いは意識し続けるため、辺境との連絡も頻繁。そうなると商人も行き来し、商業路にもなる。

 人口が増え、次男三男が余れば辺境の開拓も始まる。

 灌漑水路ができ、干拓をすれば、それまで農業に不適だった地も農業ができるようになる。

 

 食糧生産が多く余裕ができれば、たとえば米のようなデンプン作物から麻・木綿・ベニバナのような繊維・油など作物への転換もあり得る。

 自給自足農村に商人がより多く入る。

 より広い範囲に人がいなければ、農業にあまり適していなくても牧畜ができる。遠くの森から皮革・角、果物、銘木など加工すれば高価になる品を手に入れることができる。

 

 

 ではなぜそれが、衰退になるのでしょう?

 国全体が緊密に結びつき、農業を基盤として工業まで生産力が高まった。

 それがなぜ、より発展するのではなく衰退になるのでしょう?

 巨大な力がそこにあるのは確かです。

 大運河を作ってもよし、近くを征服してもよし。……秦や隋、秀吉は初代で大工事や外征をして自滅しましたが、50年待ってからやれば大成功だったのでは。実際大運河は大いに役立ったのですから。ただ、統一までの膨大な余力の行き場、まだ弱い威信を強める、という理由もあるのでしょうが。

 

 まず、産業革命以後の、技術水準向上による富国強兵のビジョンは、近代以前の中国では全員が悪魔教になるよりひどい悪だ、ということを忘れてはなりません。

 進歩どころか「情報を集め交配させる」こと自体、宗教・官僚・道徳家は嫌います。商業・工業も。自給自足農村を理想とするのは洋の東西を問わぬ人の常。

 

「心」だ、と言ってしまえば楽です。イヴン・ハルドゥーンの言うように、連帯意識=アサビーヤが都会のぜいたくな暮らしで衰えたから、と。今も多くの人が言います、人が贅沢に慣れ、民主主義という間違いを信じ、利己的な主張をし、自由で心が腐り、信仰を失ったから……信仰、規律、体罰で人の心を叩き直し、個人主義を消し去ればまた楽園が来る、と。ですがそれはルドルフへの道です。

 

 

 木を切りすぎ、その結果農業生産力が低下する。容易に開拓できる森や湿地、低い枝になった木の実が枯渇する。

 そうだとして、それがどう腐敗に結び付く?

 

 群雄の一つが次々と征服を繰り返し、得た領土や奴隷を部下に分配する。

 それも、比較的近い、地も肥え水も豊富で木材もあり、文化も違いすぎず、金銀やほかの金属もたっぷりある地。はるか遠くの半砂漠とか伝染病地獄の密林とかではなく。

 帝国が天下を統一し、干拓で農業生産が増える……大工事が、民を絞りすぎて滅びなければ運河が生産量を増す。

 それは高度成長で、それが止まる……

 

 どこかで、公民ではなく地主が強くなる。

 時間だけでも格差が拡大し、地主が多くの民と土地を手に入れる。

 軍の動きが悪くなり、海賊や山賊が増える。

 それは別々の事ではないのでは?

 国土の多くが森であれば、凶作があっても森の木の実を拾い、獣を狩って生きられる。

 森がなければそれができず、強い者に頼って実質奴隷・兵となるしかない。

 多くの子が育てば広い範囲が開拓され、森がなくなる。森がなくなれば、水路が埋まり道路も砂に埋もれ、交通が不便になり盗賊が隠れられる場が増える……農業も商業も真面目に頑張るのが割に合わなくなる、悪循環が始まる……?

 

 

 

 国の人材全てが集まり、力を合わせて、敵国に勝ち巨大な用水路を作る。

 それをしなくなり、国の権力という希少資源を奪い合うだけになる。

 国全体、国の外を見なくなる。

 どこで、集まって力を合わせること、人の力と金の力を集めて何かをすることが、割に合わなくなるのでしょう。

 なぜ。

 江戸時代の日本のように、容易に干拓できる湖や湿地が尽きることもあるでしょう。水路を作れば農地になるいい土地が種切れになることもあるでしょう。

 苦労して開拓しても、中央から離れすぎていれば税としてコメを持って行くのも割に合わなくなります。

 中国では中原から、特に西に離れれば離れるほど、草原から砂漠になっていき、農業生産は低下していき開拓が割に合わなくなります。東は海、北も南も似たようなものです。

 宗教もしばしば重大な役割を果たします。膨大な富を集め、無駄に使うことで。商人や貴族も、皇帝やその宦官外戚も贅沢が目的になり、搾取が強まります。

 

 ……高度成長が終わる、ということ?

 前に考えた、近代国家・近代経済がネズミ講だ、ということと同じ?

 全員が成長し続けることができなくなる、資源・土地の限界で?

 帝国全体が組織化され、高い軍事力や工業力を得たこと、それが別の投資になってより大きな収益を生む、それがなくなることで?

 

 土地面積を変えないまま。

 開拓。森を農地にする。

 干拓。湖沼や海岸を農地にする。

 水路開削。乾燥地を農地にする。

 新鉱山開発。

 航路開発、貿易。

 新作物、特にコロンブス交換のトウモロコシ・ジャガイモ・サツマイモは中国の人口も何倍にもした。

 新しい製鉄法。新しい工業製品。

 

 でもそれが限界になる……宗教や官僚が強まり、進歩を抑圧する。

 新大陸を発見できた西洋は、さらに多くの土地……まず金銀、配分できる所領を得、それから木材や砂糖を得た。

 だが中国は海を嫌う。日本やオーストラリアを攻め取ろうとはしなかった。マラッカを押さえて西洋との貿易の富をかすめようともしなかった。遊牧民の攻撃が激しくなったから、また国内の儒者官僚が道徳的に禁じたから……世界全体を見ることもなかった……

 

 より大きく見れば、帝国全体で森林や水資源、新しく開拓できる場、鉱山が枯渇する。少なくとも生産量をどんどん増やしていくことができなくなる。

 マルサスの罠……人口増加に、農業生産増加が追い付かなくなる。

 一定確率の気候変動や大規模な伝染病、振袖家事のような大火でさえも、公の資金の余裕を削る。

 西洋の新大陸発見は、少なくとも木材を実質無限にして造船や建築ができない状態を遅らせた。さらに石炭を利用する産業革命は、製鉄の限界もなくした。のちにはハーバー・ボッシュ法で食糧生産の制限も。よく言われる、征服地の先住民を撲滅して土地を分配し、あるいは先住民を奴隷化して安い農産物を大量に得た。

 

 それらがなく、これ以上征服できる敵国も、簡単に開拓できる森や湖もなくなったら。帝国の力ある人たちにとって、帝国を維持しメンテナンスするより、帝国を腐らせるほうが得になる。

 生物に似ている。白血球や脳細胞や心筋細胞として頑張るより、癌細胞として仕事をせず増える……寄生虫と化す方がいい。

 何が欲しいのか。物質?順番?道徳的な欲?

 実際には、皆が欲望通りにふるまう結果、帝国ができて興隆し、そして腐って滅びていく?

 

 弱い人々も、あてにならない法、警察に頼るのではなく、力ある人に頼る。頼る人を守るため、力ある人はより権力を求め、正義感の強い警官を潰す。

 ただ食うためでも強い人に頼る、それではただの私兵と豪族。

 そして、豪族に頼っていない人々は、その分の税金も負わされてますます困窮する。

 ……なぜ、帝国の拡大・経済成長の限界が、警察・法の不公平に結びつくのでしょう?

 時間そのもので豪族たちが強くなり、頼る人を警察から守れる力をつけてしまうから?

 

 そして中国では西や北から、常に騎馬民族が襲ってくる。勝っても報酬がない戦い。

 騎馬民族の脅威は中東イスラムも、インドもロシアも変わらない。

 

 中央政府が、寺院や商業都市を守らない。

 だから武装する。

 中央から守る軍が急行する>遅いし、移動のための物資が余計にかかる。

 現地軍だと当然独立する。

 

 賊が多くて旅ができなくなれば、豊作の地から凶作の地に食物を運ぶという機能が消える。反乱の知らせを受け取るのも遅れる。

 

 全体として、腐っていく。貴族や豪商、寺院のぜいたくがめちゃくちゃになる。

 すべて国のものだったはずの農地が、荘園になる。地方の豪族が支配し、気がつけば国と無関係になる。いつでも反乱を起こせる存在になっている。

 多くの人が、ますます増える税、ますます厳しくなる法に苦しむ。

 

 限界が来た時、宗教がはびこり反乱が……

 

 わからないのは、根本的な理由は拡大の限界・環境破壊による生産力の低下……単に、毎年の成長率が下がるでも……か、それとも時間そのものによる格差拡大・豪族の成長なのか。

 大動乱では金持ちが略奪されるため、結果的にかなり平等になることもある。

 しかしただ皆が耕しているだけでも、運よく何年か豊作が続いたり、賢い子が生まれたりした家でも、少し周囲より豊かになる。それに時間が加わると桁外れの格差が生じる。

 生産力の低下と、格差の拡大が複合する?そして、腐敗の方が強まるのは……外敵を征服していないから?中国王朝の後半はたいてい遊牧民の攻撃が強まった、にもかかわらず腐敗する……王朝初期の、儲かる侵略戦争と、儲からない防衛戦争では質が違う?

 だとしたら、儲からない防衛戦争を続ける『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟は?また、帝国は同盟を侵略し続けることでどの程度儲かっていた?『スコーリア戦記』は?

 

 それとも、高度成長が終わること、それ自体?

 

 

 名君か暴君かで違う……とも思えます。

 ですが、皇帝の質も妙にパターンがあります。

『銀河英雄伝説』では暴君に帝国が潰されそうになると名君が出て持ち直し、それで同盟が潰される前にまた暗君に、が繰り返されたそうです。

『現実』のパターンを見ると、初代は当然優れたカリスマの持ち主。

 二代、三代、と優れた王が続いた時に帝国は続きます。

 あるいは優れた補佐役。『銀河英雄伝説』では皇祖ルドルフが正嫡なく死んだとき、ヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンが女系のジギスムント一世をよく補佐し帝国を保ちました。

 前漢で劉邦の正妻呂公の一族が権力を独占しましたが、呂公時代は民は満腹していたといいます。

 

 実際問題、多くの長く続いた帝国を見ると、初代・二代・三代が長命名君であることが多いです。清、徳川幕府、ムガル……反面後半はごく短期で死ぬ、子供のうちに即位する皇帝がぎっしりと並ぶものです。

 おそらく逆に、二代が早死にしたりバカだったりした帝国はすぐ滅んだ……生物進化と同じ、足が速い馬の子孫が生き残った、足が遅い馬は死んで子を残せなかったから。二代三代が早死にしたら滅ぶから歴史に残らない……という可能性もあると思います。

『現実』では鉛や水銀を用いる化粧品や医薬品という制限も入ります。高貴な身分の子が大人になる、それ自体が絶望的に困難になるのです。

 さらに後宮の争いも加わる……『銀河戦国群雄伝ライ』の弾正は、多数の側室はいても後宮の争いがひどく娘一人しか残らなかったといいます。

 ゴールデンバウム帝国の「ルドルフの血が腐る」、異様に子が少ないのは、遺伝子だけはなく、後宮での暗殺や、鉛や水銀の問題もあったのでは?

 ただし、遺伝子そのものに問題があることもあります。

『現実』ではスペイン帝国、またロシア帝国の血友病など、近親婚による王族の質低下がありました。

『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤー皇帝家……ヴォルバーラ家、ごく近いヴォルコシガン家も、狂気とごく近いところで踊っています。アラール・ヴォルコシガンの家族の多くを殺した狂帝ユーリ、皇帝の断で防げたセルグ皇太子……グレゴールは自殺未遂から家出をするほど悩んだものです。

 さらに、トルコなどで問題になったこと。後宮で隔離されて育った皇帝には、人間としての最低限の能力もない。これはどの王朝でも変わりません。

 逆に厳しく育てても、それはそれで歪みはあります。『レッド・ライジング』のように実際死ぬバトルロワイヤルを課すのは本当に有効でしょうか?体罰で膨大な勉強をさせることは、本当に有能な指導者を育てるのでしょうか?『スコーリア戦記』では前線に出すため、質は高いですが死亡率が高く滅亡に瀕しています。

 

 貴族の中から優秀なものを選んで、それに丸投げするというのも本来はいいでしょう。

 ですが権力も富も軍事の手柄も全部宰相が握れば、宰相の簒奪を防ぐことはできなくなります。

『銀河英雄伝説』のリヒテンラーデは簒奪の行動はしなかったです。

『ヴォルコシガン・サガ』のアラールは幼帝が成人したとききちんと権力を渡し、むしろ驚かれました。

『銀河戦国群雄伝』の智の正宗こと紅玉も弟の王座を簒奪しませんでした。ただ教育をする余地がなかったことが後に致命傷になりましたが。

『タイラー』ではラングが簒奪寸前までいきました。ドムやスレイは決して簒奪には踏み出さず忠実でした、皇帝がよかったからでもあります。

 ですが、『現実』では常に、絶対権力を得た宰相はそれだけではすみません。古い道徳があるからです、自分の一族を食わせ守らなければならない、という。逆に『ファウンデーション』にあるように、皇帝は叛意がなくても切らなければならないのです。

 オスマン・トルコ帝国は、キリスト教圏から優れた幼子を家族から引き離し奴隷として育て優れていれば宰相にもする……ただし世襲を認めない、とすることで清潔な軍人・宰相を得ました。しかし、子を作らせないことは完全には無理、また過剰な保守という問題も出ました。

 

 

 最終的には何が内乱を起こすのか、また内乱を止めるのか。

 腐敗を止める方法は本当にあるのか。……真の共産主義なんてもっと悪くなるだけです。

 

 そして、帝国が腐るのはなぜか。時間か、森林や侵略先の枯渇か、楽な生活か、心の腐敗か。

 仮説として、「高度成長状態でなければ腐敗を止めることができない、内乱に至る」と置いておきます。

 

 心か物か、に戻ります。




ここしばらく、いくつかの帝国(日本の政権も含む)のだいたい0年・30年・60年……と30年おきぐらいの事件を表にする作業をしています。HTML形式で。どう出せるやら。


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贅沢・投資・財政

 前回の、帝国が安定し、力がたまった時なぜそれを正しく使わないのか……それを考えてみます。

『火の鳥 未来編』のラストの、生命を正しく使う、とは違うでしょう。

 

 筆者は痛いのと死ぬのと滅びるのが嫌なので、正しいと思っているのは「飢えない」「戦いで強い」「治安維持」。

 戦争で勝つには国力・物量と技術水準、だから「食糧生産力」「工業生産力」「教育が行き届く」「研究発明が自由で報われる」「交通・交易が盛ん」なども必要と思っています。文化や人権、法や官憲の公平なども。たとえば人口の大半が飢えていたり奴隷だったりしたら、多くの天才児が無駄になります。宗教や党の理論に反する研究・言論が禁じられ本が焼かれる社会では科学の進歩も進みません。商売に膨大な賄賂が必要な国でも生産性は低くなります。道路がひどいだけでも国力は大きく低下します。柔軟に方針を変えられる、硬直や傲慢とは遠いことも必要です。

 以前、欠乏と豊穣の項で、SETIが電波文明を探査するように戦艦数だけを見たことに似ています。

 史上多くの思想家・歴史家はこれに同意しないでしょう。今の思想家たちも。

 比較的最近であるアーノルド・J・トインビーも、技術の進歩と文明の進歩を切り離しています。「文明が停止もしくは衰退する時に技術が進歩することがあるし、またその反対に文明が動いているときに~技術が停止することもある」と。

 当時の、きわめて広い知的階層全般の趨勢でしょうか?銀英伝のハードウェア否定主義は時間は少し経っていますがその影響も?

 

 

 力を正しく使う、それをしない。

 むしろロボットアニメ、それも原作漫画がある古典にそのテーマが多く見られます。

『ガロン』『鉄人28号(横山光輝)』など。核兵器の影響も大きいでしょう。

 古いスーパーロボットアニメの多く、また『イデオン』などもその系譜です。

 本来土木工事、惑星を改造して豊かに暮らすためにと与えられたガロンを悪用したがる無数の悪役。特に過去編では、本人の良心と関係なく軍の任務、義務として。

 正しく使えば良いことにも使える力を、悪いことに使い、争奪する。

 力の争奪と言えば、『ロスト・ユニバース』『ヤマモト・ヨーコ』『海軍士官クリス・ロングナイフ』など超技術異星人遺跡の争奪戦もよく見られます。

 技術をリバースエンジニアリングして使うことより、むしろ争奪戦のほうが主になってしまうことが多いように思えます。

 

 

 また四つの、小説ではない本を参照します。いや、それを読んだ方が多分早い。

『なぜ国家は衰退するのか』『自由の命運』(アセモグル&ロビンソン)

『21世紀の資本(トマ・ピケティ)』

『暴力と不平等の人類史(ウォルター・シャイデル)』

 

『なぜ国家は衰退するのか』は、地理的には一体であるハイチとドミニカ、アメリカとメキシコ国境の町、韓国と北朝鮮などの極端な貧富の差がなぜなのかを追求します。『銃・病原菌・鉄』の地理説に対する反論でもあり、制度が原因とし、その制度はパチンコ玉のように多くの偶然による、とします。

 民主主義・自由経済……国家がしっかりしていてしかも少数のエリートの好き勝手ではない、という国は働き発明するかいがあるので発展する。そうではない……ソマリアのような無政府もスターリンの独裁国も一つの袋に詰めた……国々は発展しない、と。だから現代中国ももうすぐ潰れると言ってます……さてそれはどうなるか。

 また、民主的な国は民主主義に戻りやすいし、腐った国は革命があってもまた次の独裁者が暴虐をやる……『火の鳥 太陽編』の未来側のように……制度の慣性はとても強い、と。

 考えてみますと、『銀河英雄伝説』のローエングラム帝国がそれなりに良い国とされるのは、ラインハルトたちが無欲であることに依存しています。次代のヒルダとミッターマイヤーまではよくても、その次もその次も……は保証できませんし、ミュラーだって老いたら変わる可能性は十分あります。ヤンが自分も独裁者になって老いたら変わるかもと恐れたように。それを抑止するものは何もない、そして非民主的で権力を抑制せず権力者が富を集めるのが容易な国には、強い慣性、「寡頭制の鉄則」がある……

『自由の命運』は同じ作者が上の論をさらに発展させたもので、国家と社会がともに強め合っていかなければ、自由に生き豊かになることはできない、と。

 国家だけが強すぎる独裁国家や警察国家、法律や制度はまともに見えるけど中身は腐りきった国、無政府状態の国未満、逆に社会だけが強すぎる=古い道徳に縛られた国などを分ける。

『21世紀の資本』は、r>g(資本収益率>経済成長率、要するに株>給料)、という単純な式を歴史の多くの場から導き、第二次世界大戦後先進国は例外でありそれは終わったとしています。

『暴力と不平等の人類史』は、平和だと格差は際限なく拡大する、という恐ろしい傾向を多くの歴史から抽出しています。逆に平等は、人口の何割も無惨に死ぬような大戦争、大革命、大虐殺、大疫病など地獄絵図がなければ起きない、善意・言論・選挙だけで平等になることは絶対にない、という恐ろしすぎる結論を出しています。

 

 

 

 さて、繰り返します……帝国が統一されました。飢えて殺し合っていた流民たちが腹を満たし、無人となっていた農地をふたたび耕し、破壊された水路を修理しました。

 新しい水路も作りました。

 それで、秦や隋のように工事や外征のやりすぎですぐ滅びるのでなければ、何十年か豊作も続きます。そうすれば赤ん坊も餓死したり侵略者に虐殺されたりせず育ち、人口も増えます。技術も行き渡り同じ田畑からより多くの収穫が得られるようになります。大都市で交易が増え、工業生産も増えて農具も安くなります。

 

 多くの人口。多くの作物。多くの鉄。

 金貨や銅貨も増えます。貨幣経済は生産をより便利にし、生産量も増やす面もあります。布も高級な陶器も増えます。読み書きできる若者もたくさんいます。船さえも増えます。

 国は強くなったはずです。大工事でも、侵略戦争でもできるはず。

 力です。正しく投資し十数年待てば何倍にもなる、資本です。

 

 ですが、歴史上の多くで、それは衰退の始まりとなるのです。

 数々の銀河帝国もそうなのでしょうか。

 

 

 力を何に使うか。

 税金を下げる。

 軍備を増やす。

 開拓。スペースコロニー。テラフォーミング。ダイソン球。

 探検。新しい文明を見つけに。秘宝、技術を秘めた遺跡を求めて。真相を求めて。

 運河・治水・港湾。道路・鉄道。軌道エレベーター。ワープゲート。銀河鉄道。

 贅沢。王室の浪費。さまざまな勢力の浪費。

 宗教。巨大な寺や教会。道徳や宗教そのもの。議論と宗教裁判。科学研究の禁止。

 外征。儲かる外征。儲からない外征。

 宮廷闘争と内乱。

 バブル。チューリップ。南海やミシシッピの泡沫。鉄道。IT。土地。宝くじ。ねずみ講。サブプライム。

 支配と秩序そのもの。粛清、秘密警察、宣伝戦。

 

 力を正しく使えばいい……力で、より大きな運河を作り、より大きな船を作ればいい。

 船で遠くまで行き新しい文明を見つければ、スペインのように膨大な黄金を得られることもありますし、ポルトガルのように香料貿易で稼ぐこともできます。

 近代以降であれば、まず新しい溶鉱炉や転炉を試してみればいい。電信という新しいアイデアを試してみればいい。原爆という新兵器を作るといい。

 昔でもカナート(雪山から地下に掘った水路)やコークス製鉄には行きついていました。

 

 秦は全国を統一してすぐ巨大工事に多くの民を酷使し、反乱で滅びました。

 しかし、秦は工事で儲かったことがあるのです。

 昭襄王の時代、蜀の地の都江堰。始皇帝が若いころの鄭国渠。どちらも大規模な治水工事で、秦に莫大な農業生産と、交通の便による利益をもたらしました。

 隋の中国を縦断する大運河も、必要と利益ははっきりしていました。

 儲かるのです。力が足りなかったのに無理にやっただけで。後知恵で言えば、三代目当たりで国の力が高まったときにやっていれば、また巨大宮殿だの陵墓だの不老不死だのよけいなことをしなければ最高でした。

 またピラミッドのように、当時は農閑期の農民のための公共事業であり……諸説あるにせよ……また何千年も観光資源となった、ということもあります。

 

 ひたすら税金を下げて民の生活水準を高める、という考えもあるでしょう。戦前の日本は民力休養が言われました。

 ただし現代では減税は、金持ち優遇政策とされます。何を財源とするかも問題になります。

 

 スペイン帝国は、新大陸の金銀を贅沢と戦争に使って衰退した、というのが教科書的な記述ですが、具体的には。また、選択の余地はあったのか……そう使わなかったら即座に滅ぼされる状況だったり、王が破門されたり、など。

 

 

 力……資本、金のある面として、膨大な力を蓄積して、一つの方向にぶつけることもできます。

 前に言った、二人で大きい石を運んで水路を作り新しい畑を作るように。帝国は、そして国でも大商人でも金持ちは、膨大な人数を集めて大仕事をさせることができるのです。

 資本、力は正しく投資すれば、時間はかかりますが何倍にも増えます。当たればもっとけた外れに。

 

 ですが、多くの文明は、少なくとも生産力と軍事力を増やす方向には力を使わないのです。

 そして財政的に破綻し、民が貧しくなり農業生産も低下し、国全体が腐敗して、内乱が相次ぎ外からの侵略者に襲われ滅亡に至るのです。

 加えて、鉱山や森林の枯渇、前に考えた周辺蛮族の成長もあるでしょう。長い目で見れば確率的にほぼ確実な自然災害・気候変動もあるでしょう。中国の黄河は百年周期で土砂がたまり洪水が起きますし。

 

『国家はなぜ衰退するのか』でいえば、少数が圧倒多数を収奪する、近代先進国以外の歴史上諸帝国はイノベーションがないので一時は集めた富で興隆しても衰退するのは必然、となります。

 逆にそれは、『銀河英雄伝説』では自由惑星同盟が有利ではないかとも思われますが……とりあえず人口半分で生産力は近い、一人あたりは二倍近いと。

 ……『スコーリア戦記』でも『彷徨える艦隊』でも『タイラー』でも暴虐帝国に勝ててませんねえ。『銀河英雄伝説』では、帝国は名君が出た場合全体で正しいことができるが、民主主義国は常に質が低めになる、という古代ギリシャ以来普遍の議論をふまえています。

 さらに『自由の命運』では、強い力を持つエリート集団は富国強兵を嫌う、と論じています。野蛮地域では呪術師が出る杭を打ち英雄を、意欲を潰し悲惨な平等を強いる規範がある。制度は近代的でも腐敗した国ではエリートは、富国強兵の過程で自分たちに逆らえる強者が出てしまう、自分たちの利権が減るのを嫌がる。というように。

 

 ついでに、「一つの方向に」というのも危険があります。集中した方がいいのは戦術と共通する正しいことですが、人間は群れの統一性を無限に高めること、それ自体を目的にしたがります。

 秦の始皇帝は焚書坑儒もやらかしました。『三体シリーズ』の空間歪曲技術禁止、『宇宙戦艦ヤマト2199』のイズモ計画禁止など、考えることも禁じたいという人の心は極めて強いものです。

 

 道徳そのものが間違っていることもあります。

『三体シリーズ』の地球人の自滅は前に記した通り。

 中国の五胡十六国時代を見ると、良い皇帝が寺に大金を出したり、中国は統一されねばならぬと無理に北を征服しようとして自滅したり、が繰り返されます。道徳的になろうとして損をする、その道徳が間違ってるんだ、と叫びたくなります。

 儒教そのものが、明の時代に海外に出るのを禁じ、中国文明自体の歴史での敗北を招きました。

 人間はすぐ、復古……幻想である過去に戻りたがるとか、永久に安定しいかなる変化も潰す、とかをやってしまいます。農業を尊び商工業を否定することも実に多いです。

 何よりも、科学を、多様な進歩を否定するのが最悪です。

 それをやったら、今はよくても上の技術水準の敵に攻められればひとたまりもありません。アヘン戦争の中国が、イギリスの進歩した大砲と船の前に惨敗したように。『三体シリーズ』で木星の裏に隠れた地球人が、次元兵器で全滅したように。

 

 

 

 宇宙戦艦の文明も……

『銀河英雄伝説』で、ラインハルトはルドルフ・フォン・ゴールデンバウムはせっかく力を得たのに自己神格化に使った、と批判しました。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国は、新秩序を作りましたがそれで何をしたのでしょうか?何がしたかったのでしょう?

 目的。

『三体シリーズ』の地球人は、地球人が生き残ることが目的でした。ただそれも純粋ではなく、逃亡主義禁止などよけいなものを付け加えたのが失敗の元でした。

『ガンダム』の宇宙世紀の、腐敗していると言われる連邦高官は何を目的としているのでしょう?

『航空宇宙軍史』は遠大すぎる戦いに没頭し、人道などを忘れています。

 戦争自体が目的になり、それ以外が目に入らなくなることは人間に実によくあることです。

『タイム・シップ』のモーロックはとてつもない力を得、闘争心を遺伝子レベルで除き、数学の研究に没頭しています。

『老人と宇宙』は、コンスー族が何を目的としているのかわからないのが、多くの種族にとって困惑の種です。

『幼年期の終わり』では、知的生命体の本当の目的は科学進歩でも巨大戦艦でも文化でもない、それらは袋小路種族の牢獄でしかない……本当の上は別にありました。

『ローダン』では、〈それ〉はテラナーに何を期待しているというのでしょう?そして『火の鳥』は?

 

 

 そして『現実』の人々、そのさまざまな群れは、何を目的とするのでしょう。

 それは道徳でもあります。何を正しいとするか、何を目的とするか。

 権力、戦争、宗教……世界をきれいにする・異論や穢れた人間集団を潰す、贅沢……人間は事実上常に、国力を高めるとは違う方向に力を使います。

 

 そして腐敗し衰退していく帝国では、多くの強い人、名のある豪族や宦官外戚、節度使などさまざまな強い人……おそらくは膨大な人数の血縁集団の代表……が、ひたすら私利私欲を追求し国を食い荒らし、ライバルとなる貴族や妃を一族皆殺しにし、一般の民を苦しめます。

 協力がなくなるのです。

 

 

 文明が平和であるだけで格差が拡大するのなら。

 考えてみれば、何人も同じ広さの田畑を持っていても、少し運がよく収穫が多い家や運が悪く少ない家、たまたま自分の種もみにいい突然変異があった家……ささいな差が積み重なり、差は広がっていくことになるのでは?

 余計にもうかればそれを元手として、新しい事業を試すことができる……それで差が広がることは多いでしょう。

 それがある以上、農民が強い者の奴隷となり、土地が豪族に集中し荘園となり、帝国が衰えるのは必然となります。

 税や兵役に苦しむ農民が豪族のところに逃げ、国に属する農民が減って税収も徴兵される兵も減る、というのもよく言われます。

 その結果地方の、独自の軍事力もある集団=反乱予備軍が生じ、同時に中央政府の税が減るのも必然でしょう。

 

 平和そのものが、格差拡大によって文明を衰退させるのだとしたら。

『タイラー』では上述のように老いたタイラーは、銀河の全人類が統一され平和なままだったら、千年単位の時間が経つと文明を保てないという予想を聞き、銀河三分でずっと戦争を続けることを選びました。

 多くの本で、近代化に至ったのがヨーロッパであり中国でない理由として、ヨーロッパは統一が難しく中国は容易であり、統一されないヨーロッパでは研究者はある国で禁じられたら別の国に亡命し、より優れた船や大砲を禁じるのではなく国が努力する動機があったから、と言われます。

 中国も三国・南北朝など分裂し争う時代に盛んな産業、豊かな文化が栄えることもありました。

『なぜ大国は衰退するのか』でも中央集権化自体が衰退の理由になるとあります。

 

 

 格差が拡大していく……

 では全員から一人に金を集めたら。

 今の先進国はどんどん格差が拡大します。結局は、多数から少数に金を集めています。

 ではその金持ちがどうするか。

 贅沢と投資の二択があります。貯蓄は実質投資でしょうか?

 いや、それはそれこそ、天下が統一されて膨大な税を集めた皇帝も、その後権力を得た宦官も同じです。

 贅沢するか。投資するか。貯蓄するか。

 

 逆に少数の金持ちから金をとって全員にばらまいたら。

 貯金するか。消費するか。投資するか。

 貯金は投資と同じなのか。『現実』の以前の先進国では、人々が貯金したら銀行はその預金を新型転炉に投資して、より安く丈夫な鋼鉄がより速く安い鉄道を可能にし、投資を何倍にも増やしました。それで預金でも高利回りという言葉がありました。今は古語辞典ですが。

 今はそれがないように見えます。どれほど金があっても、いい投資先がないようなのです。ずっとバブルと崩壊を繰り返したり、長期停滞だったり……何でマレー半島横断運河を掘ったり、新型高速増殖炉を試してみたりしないんだ、と思いますけどね。

 

 投資先不足……帝国が安定し、低い枝になった実が尽きたら。割と簡単に開拓できる森や沼や運河、近場で土地も豊かで征服したらおいしい敵が品切れになったら。

 江戸時代の日本、椿海などおいしい干拓が終わり、次に印旛沼を干拓しようとしても簡単ではなかった……椿海に比べ印旛沼は投資に対する儲けが低い、当時の梯子では届かない高い枝の実だったのかもしれない。

 ……そう考えてみると、かなり今更ですがルドルフ前の銀河連邦の衰退は、ひょっとしたら短期間でテラフォーミングできる質の良い星が切れたから、テラフォーミング中に放棄された星というのは航路と星の環境が悪くて儲からなかった……?

 

 金はあってもぼろもうけの投資先が見当たらない、贅沢をするしかない……?

 格差が拡大したことと、投資先不足に関係はあるのでしょうか?

 意欲が高い自作農ではなく、豪族の奴隷である農民は、借金して高価な農具を買うことができないから鉄工業も衰える……豪族は木の農具で少ない収穫でもいい?……中南米の、先住民を奴隷にする巨大地主が工夫・投資をしないで今も貧困な国を作ったように?

 行き場のない資金がバブルに行くこともあります。1970年以降の『現実』は、本物の進歩が事実上なくなったからバブルを繰り返す以外できなくなった、とも考えられます。

『現実』の近代以前は、人口が増えればそのうちその地域の開発の限界が来て、人口過剰になって文明崩壊、それを繰り返したと見ることもできます。近代が限界を打破するまで。

 

 

 

 贅沢。

 多くの文明で、多くの有力者の最大の「目的」に「贅沢」があります。

 それは国を滅ぼすことも多いようです。

 

 贅沢、それ自体が悪でしょうか?

 多くの人は贅沢を憎みます。贅沢が帝国の衰亡の理由だ、という人も多いでしょう。

 ですが、『銀河英雄伝説』で質素すぎるラインハルトが、贅沢を禁じる気ですか、少しは贅沢してくれないと下の人が過剰に縮こまって景気が悪くなります、と諫言されたことがあります。

 倹約も、経済にとってマイナスになることがあるのです。

 有名な言葉に、芸者を揚げて豪遊すれば、料理人や三味線引きなど多くの人に金が落ち経済が回る、とも。

『現実』の江戸時代の三大改革の後ろ二つは徹底した倹約令で、贅沢を禁じるものですが……いい結果にはなりません。

 もっとも強い形が、スパルタ。鉄の貨幣を使うなど徹底的に贅沢を禁じた軍事のみの国。強くはありましたが、先はありませんでした。

 ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人は、贅沢の一環としてセーブル焼や士官学校など文化や国家そのものに貢献しています。

 ドイツのある領主は錬金術師をつかまえて脅しつけ、マイセン磁器という巨大な富を得ました。

 問題は力を何に使っているか、です。

 特に宗教……王の巨大墓も含む……は、多少文化を高めるにしても膨大な国力を無駄に使うことになるものです。

 でも間違った征服戦争はもっと桁が違いますが。

 とはいえ、「何が正しいのか、お前は何が正しいのか知っている全知者ではないだろう」という問題もあります。占星術のために星座を観測したら航海に役だったり、不老不死薬を作ろうとしたら火薬ができたり、ということもあるでしょうし。

 

 考えてみると、『スターウォーズ』のパルパティーン皇帝は、不思議とそれほど贅沢な印象を与えません。ダース・ベイダーも。質実剛健な軍人、という感じです。

 宇宙戦艦作品には善悪問わず、割と質素な支配者も目立ちます。軍事、征服を優先する印象が多いからでしょうか。

『ヴォルコシガン・サガ』のグレゴールもそれほど贅沢はしません。セタガンダ帝国、またジャクソン統一惑星の大豪たちの贅沢はよく描かれていますが。

『ヤマト』の侵略者としては邪悪な帝王たちも、規模は大きいですが崩れるほどの贅沢という感じではありません。ただ、都市帝国や暗黒星団帝国の首都星などは、その規模自体が兵器であると同時に宮殿でもあるのかもしれません。

 無論、絢爛豪華な宮廷が描かれる作品も『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国のノイエ・サンスーシー、『タイラー』のラアルゴン帝国、『スコーリア戦記』『スターキング』『デューン』など多くあります。

 腐敗してとんでもない財産を作っている軍人も多くみられます。『彷徨える艦隊』のシンディックが特にひどいと言われます。

 巨大企業の超金持ちの贅沢が描かれることも多いです。

 必要に応じて規模が大きくなる、それが贅沢に見えることも多くあります。都市帝国、『宇宙軍士官学校』のケイローンの恒星を惑星軌道で囲う超巨大コロニー、『ファウンデーション』『スターウォーズ』『目覚めたら~』などの惑星全体が都市となった首都など。

『ファウンデーション』では何千億の星々を支配する、官僚機能だけでそれだけの都市が必要になったとのことです。

 デス・スターもイゼルローン要塞も、軍事上必要であると同時に贅沢にも見えます。

 

 

 繊細な贅沢もあります。

『叛逆航路シリーズ』では士官は妹が手紙に書いた詩を楽しみにし、また茶器・紅茶そのものがきわめて高価になります。

 

 軍が多い戦艦作品で、将兵の生活水準、特に食も話題になります。

『宇宙軍士官学校』では兵は平時は玉のごとく戦時は塵埃のごとく、という言葉とからめて、超高級日本料理店のような米飯や魚の質の高さが確保されます。ほかにも飲食のシーンが割と多いです。

『銀河英雄伝説』ではラインハルトが幼年学校の食の質の悪さに文句を言ったりします。

『タイラー』ではぼったくりの達人が要所で活躍します。

『叛逆航路シリーズ』で、前任者が水だけだったので茶を与え、時に酒を景品に競わせるブレクは厳しくとも慕われます。それでも艦は艦長でも狭い部屋、兵は寝棚に何人も詰められています。

 

 

 贅沢にも、質があるようです。退廃した贅沢、というのも何となく人は感じてしまうのです。巨大な黄金と、繊細極まりない象牙細工の対比のような。

『火の鳥 未来編』の衰退した一般大衆の会話は、なんというか筋肉質ではなく、変な細かさ、軟弱さを感じさせるものでした。

 逆に人は贅沢を、特に退廃を憎みます。『銀河英雄伝説』のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは退廃を憎み、ゲルマン文化以外を厳しく抑圧しました。

 ナチスドイツも退廃芸術を弾圧しました。ソ連も中国も、昔の日本も様々な文化を厳しく弾圧しました。

 今も、共産中国やタリバンも文化を弾圧しています。先進国でさえも差別や児童ポルノ、平和教育などに関係し、質や激しさは様々ですが文化の弾圧はあります。『Dr.スランプ』の初版と同じものが市販されることは永遠にないでしょう。デフォルメ黒人や先住民など差別表現をごまかすためなど、いくつかはストーリーそのものが崩壊するほどの改変をされているのです。

 

 贅沢に平行して、金持ちであること自体が政権ににらまれ、財産を奪われ族滅されることも多くありました。

 革命前ぐらいのスペインやフランスは、王が商人を脅して大借金をして踏み倒したり、悪くすれば首をはねたりすることもよくありました。

『現実』の古代ローマや江戸日本では、成功した商人が私財を投じて道路・水路など公共工事をすることもあります。得られるのは永久に名が残るという名誉であり、また族滅を免れることでもあります。

 やはり軍事力や権力がなければ貨幣だけでは安全ではない……となれば、地方豪族や軍人、宦官や外戚に取り入って、国自体を腐らせることに。

 

 

 

 古来、権力者の贅沢の極みとして、不老不死があります。

 現実には、今のところ不老不死は不可能ですが、SFであれば可能であり得ます。

 ついでに、今は技術進歩により、不老不死やそれに近い電脳アップロードの実現が近い、という人たちもいます。

 

 不老不死への妄執は、歴史的にも多くの悲惨をもたらし、同時に進歩にもつながりました。

 不老不死のためと多くの鉱石や薬草を調合し、結果新しい薬剤ができれば多くの人が助かります。

 火薬もそのためだと言われています。燐の単離も、賢者の石を求めて尿を煮詰めたことでできたのだと。

『火の鳥 黎明編』では火の鳥を求めての征服が、結果的に国を広げています。

 

 不老不死とはずれますが、豊臣秀吉は子種を求めて虎の肉などを求めました。

 

 多くは前述ですが……

『ローダン』では実際に、五次元シャワー、後には細胞活性装置という限られた不老不死が存在し、それがストーリーの根幹を担っています。何百年にも及ぶ話でありながら、主要メンバーを活躍させ続けることができるのです。

『デューン』のメランジは抗老作用があり、だからこそ砂漠の惑星に巨大な価値があります。

『ノーストリリア』の羊から得られる不老不死薬は、子供の小遣いで地球を買える富をもたらします。

『ヴォルコシガン・サガ』では、無法のジャクソン統一星で金持ちがクローンの体に脳を入れる長命法がはびこっており、マークはマイルズになりすましてその人間農園を襲撃しました。

 

『火の鳥』こそ、不老不死に対する人間の妄執が最大のテーマとなる作品です。

 不老不死を求める権力者はすべて滅び、得てしまえばもっとひどい悲劇となります。

『太陽編(修正後)』の大友は、火の鳥を無理に追って自滅するのではなく、偽物を作って利用し権力を得るという、ある意味での正解をつかみました。ただし本当の不死だったヨドミを見た時感情を抑えられず自滅しましたが。

 

『都市と星』では、不老不死は容易ですが、記憶の蓄積に耐えられなくなるので千年でリセットします。それはそうです、不老で健康でも、毎年黒歴史が蓄積されるのを何百年耐えられるでしょう。

 

 

『現実』では、特に古代ローマ・中国・イスラム・インドでは贅沢に際限はありません。

 人間が、少なくとも誰もが真実だと信じていることのひとつに、「権力者・政権・政府がすごい贅沢を見せつければ、民は恐れ入って服従する」があるようです。

 人を服従させること、権力は人の無限大の欲望ですから、当然贅沢も無限になります。

 巨大な宮殿。際限なく重い衣類や王冠。巨大な宝石。それらが、巨大な戦艦や兵の銃、公開処刑の残虐な道具と同様に、支配の有力な道具だ……と支配者たちは思ってしまうのです。

 不思議と近代以降はそれが弱いようです。今の日本の皇居や首相官邸は別に超巨大建造物ではありません。せいぜいオリンピックで巨大競技場を作るぐらいです。むしろ新しい宗教団体が巨大建造物を作ることが多いです。

 むしろ冷戦の時には、宇宙開発競争や加速器などのビッグサイエンスさえ、国の威信を見せつけるためと言われました。実際冷戦が終わると、要するにただの贅沢、税金の無駄遣いとされ、国が出す金は大きく減っています。

 逆に、敵国の贅沢……あらゆる文化財を破壊することが、敵を屈服させる有効な手段だとも、人類は意識せず確信しているようです。それは魔術・宗教の次元の話でもあります。敵の神像や本はそれ自体が生きた神で、それを破壊すれば敵神を殺すことができる、そうしなければうちの神が怒って祟るから、と。というか人が大切にしている物を取り上げて破壊するのは、近代軍の入隊から小さい子供のいじめまで普遍的に行われる人を壊して奴隷化する方法ですし。本当にどれほど人類は文化財を破壊することが好きなのやら。

 

 国も金持ちも地方豪族も、建設的な投資をしない理由としては『自由の命運』で強調される、格差社会を保つために国を弱くする、という動向もあります。

 宗教・道徳が、進歩そのもの、経済成長さえも嫌うことも重要でしょう。国そのものが建設的な投資をすることを罰したら、無駄な贅沢をしたり賄賂に使ったりする方が処刑されない可能性は高いでしょう。

 

 どのような贅沢が国を発展させるか、また衰退させるか……単純ではありません。

 

 実際には、どんな贅沢よりも兵器や兵站、港湾などの方が圧倒的に高価、というのも重要なことでしょう。

 

 

 また考えると、贅沢には、希少性という隠された前提があります。

 黄金はなぜ、それを手に入れ身につけ見せびらかすと贅沢なのか。少ないからです。鉄や銅、砂や海水に比べて。

 スペインが中南米で手に入れたような量ではなく、地球そのものより多い黄金が手に入ったり、あるいは簡単に恒星のガスを絞り出して原子番号を変えて黄金にしたりできたら、それは貴重ではないのです。……軌道エレベーターだけでも黄金が希少でなくなったら、世界経済大丈夫でしょうかね……

 

 希少性。それが価値を作ります。

 以前も触れましたが、『銀河英雄伝説』で金銀やラジウムに価値があるのは、本来はおかしいのです。

『ガンダム』宇宙世紀で、資源を確保したマ・クベがこれでジオンは十年戦えると言ったり、結局資源不足で文明崩壊に陥ったりしたことも。

 無数の小惑星を、さらに規模を大きくし時間をかければ水星や火星も、連邦型ソーラシステム……多数の鏡で太陽光を集めて処理すればいいのですから。無重力を活かし溶かしてピザのように回して遠心分離したり、分留……薄い酒を熱して強い蒸留酒と水に分けたり、塔で原油を熱してガソリン・軽油・重油・アスファルトと分けるように……したり、溶かしては固めて海氷やジュースの氷が分離されるように分けたり。

 多くの作品が、『現実』とさほど社会構造が変わっていないことに、鉱業の困難と資源の希少性があります。ついでに農業も工業も革新されていないことも。

 

 逆に希少性から解放された、『スタートレック』『タイム・シップ』『断絶への航海』などでは貨幣が意味を持ちません。

 

 希少性では宝石も面白いことがあります。

 上述したように、『宇宙の旅』シリーズでは木星の恒星化で、ダイヤモンドがばらまかれています。『ヤマト』のイスカンダルにダイヤモンドの塔が林立しているのもそういうわけでしょう。

『銀河乞食軍団』では、天然宝石はいくらでも手に入るけれど、人造宝石は一つ作ってレシピを捨てれば宇宙に一つしかないので希少価値があります。

『ヴォルコシガン・サガ』では、ヴォルコシガン家が代々貯めてきた宝石は外宇宙と接してすぐ人工宝石の流入で価値を失いました。

『スターウォーズ』の、ライトセイバーを作るためのクリスタルなど天然でなければならない、とすることで希少性を維持することもあります。

 麻薬ですが『レンズマン』のシオナイトも合成・人工栽培が不可能なため希少性が維持されています。

 

 他にも生物などは希少性が強いです。

 特に遺伝子資源、技術移転ともなる種や卵は、実際の価値はけた外れどころではありません。長いこと中国が独占していたカイコ=絹、激しい争奪戦があった茶やスパイスの種、ゴムの苗、などなどのように。

 古代中国は膨大な資金を投じて西方から汗血馬とウマゴヤシを手に入れましたが、どちらも巨大な価値があります。いくら出しても損ではありえません。ウマゴヤシは空中窒素固定能力があるマメ科牧草です。

 

 希少性による価値では、たとえば『叛逆航路シリーズ』ではずっと昔の紅茶器セットが星系を買えると言われます。

 

 

 贅沢は文化、生きる方法(ウェイ・オブ・ライフ)でもあります。

 イギリスやフランス、中国は自らの「文明」を極めて高く誇っています。実際にはイスラム帝国も、自らの文明文化を高く誇っています。

 船で半年の距離があり本国の三倍の土地と倍の人口を統治していても、オランダ東インド会社なんとか総督やスペイン帝国どこそこ副王が独立しようとしなかったのも、反乱したら故郷の劇場に二度と行けないからかもしれません。単なる忠誠心かもしれませんが。

「欲しい」を作り出すのがライフスタイル、ウェイ・オブ・ライフでもあります。贅沢の方向を決めるのも。

 

『銀河英雄伝説』では、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムはドイツ趣味・ゲルマンを銀河全人民に強制しました。

 

 ウェイ・オブ・ライフは、死者の弔いも大きい。明治政府は全国に特定の葬送法を強制しました。キリスト教は排除しつつそこを強制するのがおかしいところですが……ウェイ・オブ・ライフが条約改正に関わると思われていたので手段は選びません。

 葬送法はあまり目立たないような……

『彷徨える艦隊』では星を信じる宗教もあり、艦隊での戦死者は水葬に似た儀式で恒星に投げ込みます。いつかその星が超新星爆発をして飛び散ったガスが新しい星になり、再び生命になるのだ、と。

 確か『ヤマト』も似たような儀式で宇宙葬だったと思います。

『デューン』では遺体の水分を分け合います。

 

 文化の力は、それこそ『マクロス』では軍事力以上に勝負を決めました。

『三体』では三体人の側にも大きな変化をもたらしています。

 

 

 

 贅沢の結果もある……とされますが、ある時期から歴史上のあらゆる帝国は、財政が厳しくなります。

 古代ローマも江戸幕府も、貨幣を改鋳します。純金でできていた金貨を、金の含有量を半分にすれば同じ数字の金貨の数が倍になり、その分国の利益にできるのです。通貨発行益、シニョリッジと言われるものです。

 そうすると、貨幣の希少性が下がります。パン一つに必要な金貨が二倍になり、物価が上がります。古い純粋な金貨の退蔵も起きます。インフレ。

 さらに紙幣であれば、いくらでも印刷できます。元はそれで繁栄し、滅んだそうです。

『タイラー』では、銀河統一に伴う経済混乱をさらにハイパーインフレを暴走させ、紙幣を刷りまくりました。

 新大陸を征服したスペイン帝国は、たくさん金銀が入ってくるのにインフレになり、財政が破綻するというカホな(誤字ではなく『リングワールド』より)めにあいました。

 

 税、特に主要穀物の税とは違う政府収益、というのも歴史の中では興味深い問題になります。

 昔は、国王も要するに大きい武装地主の一つで、自分の領土の農民の税を受け取ったりいろいろしていました。ただ、大きい国になってしまったら、王が直接商売をすると経済が壊れると言われています。

 スペインにとって、新大陸からの金銀の税は、議会などにはからなくていい王自身の小遣いでした。だからこそ好き勝手に戦争して破産しまくったと言われます。近代の産油国もそうですが、税とはずれた、好きに使っていい巨大収入があると国をコントロールできず貧困になると言われます。

 ……ラインハルトは貴族財産で平民の生活水準を上げ、後には新領土=同盟の税が(功臣に分配するのではなく)直接帝国政府に来るようにしましたが、産油国と同じことにならないか不安です。

 世界各国で重要だった、主要穀物の税とは違う政府収益に塩税があります。中国では鉄や茶も。明治日本は酒とタバコ……今でもタバコ代の大半は税金です。ガソリンにも。塩専売がなくなったのも最近。

 近世のフランスやスペインもありとあらゆるものが専売だったとか。フランス革命はそれに対する不満も……

 専売制には、麻薬取締と共通点があります。物の売買を規制するので、闇が儲かるのです。中国では何度も、塩密輸商人ネットワークが反乱を起こして国がひどいことになっています。

 宇宙戦艦作品で似たようなことはありましたっけ……宇宙海賊に、横暴な権力に対する抵抗の面があれば話が膨らみますが、絶対悪とする方がいいのでしょうか。

 関税や貿易も、たいていは君主の独自収入です。

 

 また考えてみれば、『銀河英雄伝説』の、ラインハルトが大貴族の財産を奪って平民の生活水準を高め、同盟を征服した、というのはおかしいのです。

 あの状態の帝国であれば、帝国も大貴族も借金でぴーぴー言ってるのが歴史のパターン。

 貴金属の価値が大きいことなどもあるでしょうが……内戦をやらかしたのだから大借金、紙切れ軍票にならないわけがないと思うのですが。

 門閥貴族の贅沢は、屋敷や芸術品も大きかったようですが、私設艦隊がけた外れに大きかったと思います。

 軍事は、そこらの贅沢とは桁の違う金がかかるのが常ですから。

 暴力を伴う変革で、膨大な富が階級間を移動した、というのはイギリス宗教改革、フランス革命などであったと言われます。土地は燃やせませんし、どれだけ借金があっても土地自体は価値がありますし……

 

 中国の歴代帝国も多くは、中ぐらいで誤った征服をして膨大な金を使いつくします。

 ……日本の江戸幕府は大火事や火山噴火で使い切るという面白いことになりました。

 

 中国の、たとえば漢の武帝などは西の騎馬民族を攻めて貯金を使い切りました。似たようなことは後にも繰り返されます。イスラムの帝国も。元々帝国は、特に中国は、それ以上西進しても割に合わなくなった時点で破産必至では……という気がします。

 きりがないうえに、勝っても得るものがありませんから。降参させて傭兵としたらそれはそれで危険ですし。

 誤った征服、といえばラインハルトが同盟を征服したのは正しかったでしょうか?常に敵がいる状態のほうがよかったということは?

『彷徨える艦隊』で、ギアリーが帰還後すぐに遠征を繰り返したのは、軍事費の上で大丈夫だったのでしょうか?特に異星人探査の遠征は、得る物は事実上何もなかった、望めなかったはずです。

 

 

 格差の拡大。社会の変質……多数の自作農から少数の大地主。

 利益が大きく国力を強める投資先がなくなる。

 無駄な贅沢や軍事で巨額の予算を使ってしまう。

 それで王朝の初めは軽税でも税収が多く、王朝の末期は重税でも税収が少ない(ハルドゥーン)となるとさえ言われます。

 資源枯渇や気候変動、周辺蛮族の成長などもあり、それらが栄枯盛衰を引き起こしている……

 

 

 それにしても……今のこの『現実』も格差が拡大していると言われますが、膨大な金を集めた人たちはそれをどう使っているでしょう。膨大な額を慈善に費やしている人も多いそうですし、信じられない贅沢をしている人もいるそうですし、すべてをまた投資して数字を増やし続けていることも多いようです。

 しかし、国も個人も、どれだけの金が今、人類の未来のため、滅亡を防ぐため、進歩のために使われているでしょうか?核融合や軌道エレベーター、自己増殖性ナノマシンなど、人類文明を前進させる技術、加速器のような科学そのもの……『三体』で地球人の加速器を封じることで科学の進歩を止めた、それほど重要……、そして天才児を無駄にしないための世界全体での教育・児童福祉にどれだけの投資をしているでしょう?

 今の『現実』の人類が、ゴールデンバウム帝国や『彷徨える艦隊』のベア=カウ族、ボーグ、暗黒星団帝国を、明帝国やオスマン・トルコ帝国を笑えるでしょうか?



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格差・地理・アフリカ

 前回検討した問い、「力をつけた帝国がなぜ、正しい投資による繁栄ではなく衰退になるのか」の、かなり決定的な答えが見つかりました。

 それは、なぜ平和=格差拡大なのか、でさえあります。

 

「よい恵みの大地をつくるには、北では、明日のアメリカと同じように斧ひとつ、つるはし一つあれば十分であるが、地中海では、金持ちと権力者が口を出さなければならない」『地中海1(ブローデル)』

 

 この一言です。

 山と谷間が多く、わずかな平地はマラリア地獄の湿地干潟である地中海は、大金をかけなければ平地は暮らせるようにならない。

 その前後からさらに出ること。

 容易に開拓できる森と、巨大投資が必要な干潟や砂漠は、質が違う……

 

 斧ひとつで、奴隷でないだけの家族経営自作農の三男が開拓できる地。雨で十分作物も得られる。

 

 膨大な金を元手に、膨大な人間を集め、機械や学問を注いでやっと開拓できる、しかも広大な地。

 ものすごく広大な地を、たとえば防潮堤を築いて風車も作って内部の海水を抜いて干拓する。マラリア地獄である広い湿地帯に溝をいくつも掘って水を抜き、干拓する。はるか遠くの雪山の氷河湖から頑丈な岩をいくつも砕いて水を引いて砂漠を農地にする。

 いや、大西洋を渡る船だけでも。

 莫大な初期投資。それは平和な帝国だからこそ存在する。

 そして、膨大な金と人を集めて作られた農地で働く人たちは、農地を作った人に強く従属する。その事業がなければ家族ごと飢え死にしていた。あの不毛の地をこんな田畑にするなんて神の化身だ。工事の間、集団で厳しく管理され鞭打たれ、農地になっても厳しく鞭打たれる。膨大な借金もある。

 

 工場も。ものすごく高価な機械を買い、多数の人を集め、大きな顧客・需要とも話をつける……以前言ったように、特に前近代では何か売ろうとしたら権力の許可が必要、正月の大きい寺社の屋台のように。

 材料を買い付け、商品を運び出すための交通も。工員が生活するための上下水道や設備、奴隷同様であれば人々を殴り従わせることに優れた人、奴隷商人、また貴族官憲への賄賂も。

 

 膨大な資金と平和、大人口があって、はじめてできる、農業でも工業でも、巨大な生産向上。

 極端に安い、時には生存すら度外視した賃金。

 それは当然、極端に安く膨大な農産物や工業産物を市場にぶちこむことになる。

 小規模自作農・家族経営工場は壊滅する。

 

 格差が拡大する。

 巨大な農場や工場は、当然利益もけた外れに大きい。

 金持ちが投資し、当然、けた外れに大きな儲けを得る。

 小規模自営業・家族経営工場は、ただそのままでいても貧しくなり、競争に敗れて売れなくなって潰れていく。

 ……八百万円で作った家族経営の工場が八百万円を三倍にするのに二十年かかるなら、八百億円で作った大規模工場が八百億円を三倍にするには五年かからず、二十年後は八十倍にもなっている、ということがあるのではないか?八百兆円の製鉄所はもっと?

 

 また巨大資本、大金をかけて作られた大農場は奴隷ばかり、あるいは大借金で永久に奴隷であることが多い……

 一定の確率で起きる、非常のことも格差拡大を助長する。日本でのコロナ禍では、家族経営の食堂が潰れ、大規模チェーンは生き残った。

 

 

 超金持ちと、持っていた土地や仕事も失う多数の貧乏人になる。

 

 そうなったら、帝国はどうなる?

 豪族ができる。

 帝国にある程度対抗できる軍事力を持つ人が生じる。

 

 皇帝もそれはわかっている。だから古代ローマも古代中国も、宗教と協力して商工業を抑えようとする。

 超金持ちが生じないようにしたい。

 多くの宗教が利子を禁じる。

 平等を建前とする律令制の土地分配。

 新大陸を発見したコロンブスからすべてを奪った王。

 

 

 聞いたことがある話です、古代ローマの歴史で。自作農が兵役義務を果たす社会から、多数の奴隷を使う大土地所有貴族の社会。

 グラックス兄弟の改革の失敗からスラ、シーザー、アウグストゥスに至る内乱の時代。

 

 ではなぜ皇帝・幕府自らが、儲かりそうなところに運河を作ったり干拓したりしないのか……失敗したとき責任を取りたくない、徳川幕府の場合は振袖火事や、佐渡金山の枯渇などで資金不足?

 特に首都から遠くに、巨大な農場や工場を作るとしたら、それはいくら皇帝直轄と言っても皇帝自身が出かけて監督し、収益を数えるわけにはいかない。誰かに任せなければならない。弟か、宦官の甥か、皇后の兄か……成功したら皇帝の強力すぎるライバルができる。

 それが、広い帝国が衰える理由のひとつ?小さい国であれば儲かる事業は皇帝が直接やって、儲けも兵力も得られるけれど、国が大きければ誰かに任せなければならなくなって果実を渡しライバル豪族を作るだけになる……

 強い皇帝と強い将軍は、大規模干拓にも適用される?

 

 前に考えた、高度成長が終わると腐敗、という仮説をまた考えてみましょう。

 

 統一まで。

 皇帝に率いられた、流民をまとめる諸将が、次々と手近な、それなりに豊かな国々を落とす。略奪で多くの富を得て、それを分け合う。

 統一直後でも、前漢の劉邦は反乱した功臣を討ったり匈奴と戦ったり、勝ったり負けたりですが結構自ら前線に出ていました。そのたびに多くの略奪品を分配し、部下たちの地位も心の報酬も与えていたわけです。

 統一後、しばらくは流民たちが分配された土地を耕し、皇帝自身も身軽に近くの割と儲かるところを攻めたり、大工事をして大儲けしたりする。

 豊臣秀吉も徳川家康も全国の金銀山を直轄にし、膨大な金銀を得た。家康は海外貿易も独占し膨大な富を得た。

 そのように儲かる仕事を皇帝自身が独占する。

 でも、国がある程度以上大きくなれば、自分で仕事をすることは難しくなります。どこの国も、皇帝は権威を強めるために巨大な宮殿の奥に閉じこもって限られた人としか会わない、という生活になります。

 気軽に行ける近場に、儲かる征服先がない状態になることも大きいでしょう。

 

『銀河英雄伝説』のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは、すべてを奪って膨大な量をついてくる人たちに分配することで支持を強め、権力としたとあります。劉邦や足利尊氏のように、寛大に与えることで天下を取るタイプもあります。ただしそうすると、自分の直轄地が小さいというジレンマにもなります。劉邦は功臣粛清、足利は弱く動乱のまま、ルドルフは圧倒的に多くを奪ったため貴族艦隊も多いけど皇帝直轄の帝国軍も強い、となったのでしょうか。

 宗教儀式でも、皇帝が自分で生贄を殺して肉を臣下に分配する規模であれば、皇帝を強めます。でも国が巨大化したら、それはできない……別の誰かが肉を分配します。

 豪族が力を持たないように膨大な民の奴隷化を禁じる……とやらないのも、逆に皇帝自身が多数の奴隷を使う農場・工場で結構儲けているからやりにくい、があるかもしれません。皇帝の家族や近い宦官なども。

 

 

 さらに国力が増え、よりたくさんの人が開拓を始める。

 小規模な開拓もあれば、有力者が大規模な開拓をすることもある。

 問題は、その有力者による大規模開拓や工場。とてつもない利益が生じ、強大な富と膨大な忠実な民を持つ人々を持つ豪族ができる。

 そういう人たちが潰されないため。皇帝による粛清を避けるためだけでも、中央で権力闘争に勝ち続けなければならない。賄賂を渡し、できれば外戚になる。

 そのために腐敗していく?

 その上、十分強くなれば法を無視できる。法を無視できれば、よりけた外れに儲けることもできるし、多くの人を守りかばい、より頼りにされることもできる。どんどん強まる循環……腐敗とひきかえに。

 さらに日本の室町時代を思えば、守護たちは幕府に潰されないよう京都に集まって公家同様に雅な暮らしと権力闘争をしている、その間に領土は守護代、その下の戦国大名に下克上され、気がついたら領土からの税金は来なくなりました。

 さらに、相対的に衰えている皇帝は、地方の人の犯罪を罰し、地方の人が賊に襲われたとき守ってくれることもなくなる……そうなれば寺院も荘園も武装し独立する……

 

 

 もうひとつ面白いのが、莫大な初期投資で広い土地を開発し、多くの奴隷で経営する……それは近代西洋の、植民地のプランテーションにも共通することです。

 プランテーションと同じ構造がどのようにほかの歴史にもあったかはよくわかりません。古代ローマの属州、江戸日本のアイヌや琉球の砂糖農場も似たような搾取さはあったと思いますが。

 砂糖プランテーションは、近代的な工場の始まりでもあると言われます。

 そしてその莫大な収益が、なぜ地方豪族を作らなかったのか……収益がそのまま、本国の投資家のところに行って、地方で膨大な人を支配している人の軍事力にならなかったのは……プランテーションは、稲藁で俵を作る熟練農と違い、別のプランテーションからサイザル麻の袋を買わなければコーヒー豆を輸出できない、教育水準の低い奴隷は高水準の労働が期待できないから?

 船、大砲などの工業はがっちり本国が押さえていたから?

 労働水準の高い稲や麦の、中国やヨーロッパの大規模干拓農地は、労働条件は奴隷的でも農民が兵としてもあてになった?

 

 

 

 地理による、開拓が意味することの違い。

 地理、地形、土地の性質……急斜面が多いか、砂漠か、湿地か、草原か、森か……それどころか、重量有輪鋤と発明が遅い高度な馬具がなければ耕せなかった、北ヨーロッパの粘土質の重い土も。

 

 さらに開拓できるためには、刃物の技術史。斧が優れているかどうか。現代ではチェーンソーというまさに世界を変えた、今も変え続けている道具。

 鉄条網という牧畜、所有、社会を全面的に変えた道具。

 もちろん、伝染病に強いこと。ただ十人産んで八人は幼児のうちに死ぬのを何度も繰り返しただけでも。また医学の発達でも。

 

 それらが開拓と、その形を決める……どんな人数の人の集まりか。

 どれぐらい結びついているか。厳しく管理される奴隷か、律令制・班田収授か、馬を飼える武士……ヨーロッパも、またオスマントルコも……が守れる孤立した谷間か。

 

 中南米の格差構造も、中国に民主主義の芽がなかったことも、そういう地形・農作物などが決めているのでは?

 

 宇宙も。

 波動エンジンに直結した機械で、水と空気を直接ブドウ糖とアミノ酸に変え、それで細胞を培養してステーキを作る……という目標を見ているか。

 箱型機械に「アールグレイ、ホット」といえば内部で原子を積み重ねて磁器入りの熱い紅茶が出る『スター・トレック』世界か。

 惑星表面を耕しているか、水耕農場か。

 

 テラフォーミング、スペースコロニー、森と恐竜の星には、質的違いがあるのでは?

 テラフォーミングやスペースコロニーは膨大な金と時間がかかる。

 森と恐竜の星を開拓するのは、それこそたどり着けるだけの船と、斧と種もみ種芋でいい。種芋と犬と豚を積んだカヌーで太平洋に広がった人々のように。

 

 小惑星を掘ることが嫌われるのも、そこで暮らすのは借金を負った奴隷ばかりになるから?地下を掘る『月は無慈悲な夜の女王』に空気税のような厳しい搾取があったように?『ガンダム』のようにスペースコロニーは必然的に空気税の世界になる?

 だから、居住可能惑星にばかり人は住む?

 巨大な格差を作る巨大投資。それは膨大な財産を持ち多数の人を従わせる豪族を作り、皇帝を脅かす。

 だから皇帝はスペースコロニーを嫌う?

 

『月は無慈悲な夜の女王』『火の鳥 復活編』『老人と宇宙』『宇宙兵志願』などでは、開拓は極端に厳しく描かれています。

 史実、もともと人類文明自体が欠乏が当たり前であった時代の開拓の記憶・歴史をふまえてしまうこともあるでしょう。

 その厳しさが、権力者により強く依存する社会構造や、強い独立心も作ってしまう……?『老人と宇宙』『宇宙兵志願』では孤立した開拓星に行った主人公は精神的にも中央から切り離され、独立心を生じました。『航空宇宙軍史』『真紅の戦場』『ダグラム』などでは独立心を叩き潰そうとしますが……

『レッド・ライジング』ではもう開拓は終わっているのに、開拓がずっと続いているとだますことによって残忍な支配が正当化されていました。

 

 テラフォーミングは、『現実』のどれと似ているでしょう。

 新しい農地を(先住民を無視して)得る方法……

 干拓。

 森林伐採開拓。

 新灌漑水路。

 広大な草原を、まず放牧地にする。それから技術が進んだら、化石地下水をポンプで汲みだして巨大なセンターピボットスプリンクラーの円形農場を作る。

 どれと似ているでしょう?

 それこそ、自動機械を一つ放り込んで、数十年後に行けばいい、という作品もあるのです。それは……それこそ離島にヤギを放して数年後に戻ると多数の肉と皮が手に入るようなもの?……無論言葉にできない環境破壊とひきかえに。

 時間がかかることは確かです。

 ただし、成功すればそれ以上手をかけなくても生活できるようになる……スペースコロニーは基本的には生きていくだけでも多くの技術が必要です。

 ただし『リングワールド』や『オマル』のような惑星規模になれば別ですが。

 

 スペースコロニーは、不断のメンテナンスが必要な灌漑水路や、風車で水を汲みだし続け、いたずら少年が穴に腕を突っ込んで堤防を守るオランダのようなものでしょうか。

 それがどんな経済や社会を生み出すのか……

 

 

「自給自足村」と変わらない星も多くみられます。

 それはどのように社会を作るでしょう?

『繁栄』などにありますが、自給自足では貧しくなり、技術さえ失われます。

 帝国が衰退し、技術水準が下がるのには格差の拡大だけでなく、多くの豪族が事実上小さい独立国となり、自分で自分たちを守り、商人も拒んで自給自足になることもあるでしょう。

 商人を入れても、それは皇帝のスパイかもしれないのです。それでせっかく……税を払わずに贅沢しているのが、罰を受けるかもしれません。

 だから自分たちで作るほうがいい……

 特に、中国でも多くの文明でも、塩と鉄は専売です。自分たちで作って閉じこもっていた方がいい。

 

 また、『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国でも、多くの農奴を使う貴族星は自給自足に近くなっていたようです。

 

 自給自足、狭い世界でいると、心も狭く古くなるということもあるでしょう。

 エジプトや中国のような閉ざされて豊かな地制が、何千年も何の変化もないことを選び続けるように。

 外の世界、自分たちとは別の技術などの存在を認めず、狭い世界の道徳を強制し、傲慢にも進歩を拒み、技術に優れた敵の前に滅びる。

 

 

 地理を理由とする、というのは『国家はなぜ衰退するのか』の著者が厳しく批判した態度です。

 しかし筆者がいろいろ学ぶと、地理と作物はかなり決定的な影響があるとしか思えません。

 少なくとも、コロンブスの瞬間の、中南米帝国とユーラシアの圧倒的な格差の説明としては『銃・病原菌・鉄』は高い説得力があると思います。

 

 

 その地理と、『自由の命運』に詳しく書かれていた社会システムが、以前考えた「なぜ、アフリカのサハラ以南の奴隷を輸出した国々は、強くなろうとしなかったのか……日本が火縄銃を買って、娘を犠牲にしてネジの秘密を聞いたと言われるほど熱心に理解し、大量にコピー生産したように」の答えもかなり教えてくれたと思います。

 

 航行可能河川。

 家畜病。

 規範の檻。

 製鉄。

 

 

 航行可能河川。これは、歴史において決定的であるようです。

 

 入植した新大陸に航行可能河川があれば、それは鉄道と高速道路と上下水道と港湾が事前に作られているぐらいに都合のいいことです。

 航行可能河川があるということは、安全なやや上流に素晴らしい港があるということでもあり、ほぼ間違いなく河口近くにもいい港があるということです。

 水車というエネルギーも得られます。

 運河という人工航行可能河川を作るのにどれほどの資金と人が必要かも考えるべきです。それがどれほど世界を変えるかも……スエズ運河やパナマ運河が。

 逆に鉄道という技術は、航行可能河川がすべてを決める世界から大きく世界を変化させた意味もあります。

 

 特にサハラ以南のアフリカは、神に呪われているかのように航行可能河川がありません。

 海からすぐに、何千メートルもの高さの崖。あらゆる川は河口からさかのぼるとすぐ滝。ドラゴンクエスト2のひたすら上陸を許さぬロンダルキア南、また多くの作品にある浅瀬で船が入れぬよう封じられた地域のように。

 あ、サハラ以北の地中海岸、特にエジプトは全く別です。エジプトというチート地域はもとより最古の文明、カルタゴもローマのライバル。アトラス山脈の雪水が砂漠を豊かに潤し、古代ローマ帝国の重要な一部であり、遊牧でも灌漑農業でも十分な文明を持っていました。

 

 航行可能河川の問題は、実は中南米も支配しています。道路も含めて。

 中南米の、特にスペインが支配した地域も、有能な航行可能河川が恐ろしいほどありません。スペイン人が無関心だった、むしろ反乱などを恐れて交通を抑圧したこともありますが、今も極端に道が悪い。

 昔から、人が背に荷を負って山道を運ぶという地獄絵図がずっと続いています。それでは効率のいい大工業国家など不可能です。

 

 航行可能河川が特に多いのは、イギリス。

 それこそが、イギリスが産業革命を起こして歴史の勝者となった大きな理由ともいわれています。多くの、脇に道路があって馬で船を引く運河を追加することで力はさらに増しました。膨大な水車も作られました。

 イギリスの航行可能河川は、良質の炭田に直結してもいるのです。中国がそうでなかったことが、大きな差を作った、と。

 

 反面、スペインも航行可能河川が恐ろしいほど乏しい。さらにレコンキスタ後のカソリック・スペイン帝国は、教会が運河を掘ることに許可を出さなかったそうです。神が望むのならばそこは元から川だったろう、と。

 

 フランスやドイツもそれなりに航行可能河川がありました。ただしライン川などは無数の泥棒男爵……川べりの岩山の上に美しい城を作って通行税を取る小領主に分割されていたそうです。

 

 中国には黄河・長江があります。その間の中原全体が実は無数の水路で結ばれており、結果的に中国は極端に統一しやすい土地となりました。

 そして大運河ができた時、中国の生産力は爆発的に大きくなったのです。

 反面、沿岸自体が短く、鑑真をはじめとする遣唐使の苦闘、元寇の失敗を見るように、海はすごく悪かったようです。

 

 日本も航行可能河川は少なくないですが、列島自体がごく若い火山島。海からそそり立ったばかりの、歳月で削られていない鋭く急な山々。

 ヨーロッパの人が「これは川ではない、滝だ」というほどの急流。

 また、関東などの多くは昔は一面の湿地で、川と湿地と湖の区別もつかない。

 琵琶湖、また織田信長の躍進を支えた津島、信長と戦い抜いた一向宗を支えた長島や石山(大阪)など、優れた航行可能河川は古くから多くの富を作り出しました。

 

 北アメリカも、ミシシッピという世界最大級の航行可能河川があります。それと蒸気船が組み合わさったときに巨大すぎる大地が膨大な利益を生み出しました。

 また、五大湖からニューヨークに至る水系も多くの航行可能河川があり、運河となったときにアメリカの巨富そのものを作り出しました。

 

 ロシアの広すぎる大地。多くの川が北極や黒海に流れています。

 それは冬季には固く凍結し、ソリでの運輸が正解になります。

 それ以外の、多くの季節では大地の多くは地獄のぬかるみとなり、ナポレオンとヒトラーを無惨に撃退しました。シベリア横断鉄道の工事はすさまじい地獄となりました。

 氷と航行可能河川による一体性と、季節によっては徹底的にバラバラになること。それがロシアの国民性、歴史そのものを作っていると言えるでしょう。

 

 海が素晴らしいのはインド洋。海流と風の規則性が高く、正しく法則をつかめば膨大な交易が可能でした。地中海も時々危険な季節風はありますが、沿岸航海で容易に利益を得られます。

 北海および北大西洋も莫大な漁獲資源がありました。北海は膨大な木材資源を消費地に運ぶ役割もあります。

 西洋文明が船と航海術=天文学を改良し続け、商売を続けながら豊かに暮らすことを生み出しました。船と天文学を進歩させ続けたからこそ、歴史の勝者となったのです。

 

 

 

 サハラ以南のアフリカを支配する地理と病気の組み合わせは、アフリカに別の制限もつけています。

 単純に……牛・馬が生きられない。特殊なハエが媒介する伝染病。それはイスラム帝国すらも阻んだと言われるほどです。

 そして密林も、牛馬による交通を強く阻害します。

 

 えげつないまでに、交通が不便。ほとんど物を運ぶことができない。軍隊が移動することができない。

 それが、大規模な統一帝国を作ること、灌漑によって支配される大帝国、草原を走る遊牧民帝国などを不可能にした。

 古代から、工業にとっても商業にとってもどうしようもない障害になった。農業にも。……腐る前に大量の穀物を運べなければ、農業の価値の質は大きく変わる。幸か不幸か、いや叫びたいほど不幸にも、ゴムやカカオやアブラヤシはいろいろと別でしたが……

 

 さらに上述のように、人も熱帯伝染病が猛烈な攻撃をしてきます。だから新大陸を征服したスペインやイギリスも、長く暗黒大陸と呼んで奴隷取引だけに甘んじていました。伝染病が克服されるまでは。

 その伝染病は、当然現地の人が帝国を作り強くなることも阻害しました。

 

 

 規範の檻、これは『自由の命運』で詳しく語られました。

 多くの研究で、人類はずっと昔の農耕以前、百人前後の狩猟採集群れで移動生活していた時にはかなり平等だったようです。平等になりたがる心も間違いなくあります。

 その平等は、悪い面もあります。出る杭を打つ。妬み。

 大きい獲物を狩ってきた人は強く尊敬されます。厄介な病気の治療法を見つけたり、とても収量の大きい作物を手に入れたりした人も、剣を打つ名人も、本来なら多くの尊敬と富を集めることができるでしょう。

 それを抑える。

 要するに魔女狩りと、いじめと、村八分。

 呪術医が、魔術の言葉を使ってとても遠回しに、「お前調子に乗ってんじゃねーよ」という。あるいは家にちょっと泥をかけたりする……「空気読め」というメッセージ。

 それをされた、強い人はみんなにごちそうする。貧しくなるまで。そうしないと村八分、最悪は村全体で一家ごと焼き殺される。

 王が出ないように。国家ができないように。リヴァイアサンが生まれないように。

 

 だからこそ、アフリカの奴隷輸出国はいつまでも弱い。今も弱い、国家がない。

 

 

 さらにアフリカは、製鉄法自体が違ったそうです。

 日本は、日本刀がありました。生産量は鉄鉱石をコークスで精錬する昔の中国に比べても恐ろしく少ない。木炭で砂鉄を焼くのですから。

 しかし、恐ろしく質がいい鋼鉄。炭素量がちょうどいい……多すぎてもろい鋳鉄でもないし、少なすぎて柔らかい軟鉄でもない。硫黄や燐もすごく少ない。

 室町~明の時代には、日本から中国への重要な輸出品でもあったそうです。

 鋭い刀、それは爆発に耐える銃身にもなりました。

 アフリカの製鉄法は、日本とはまったく違い鋼鉄ではなく、奴隷や黄金とひきかえにヨーロッパから買ったマスケット銃=火縄銃を自分で生産するには適していなかったそうです。

 

 筆者はたまたまアフリカについて読んだだけで他は知らないのですが、中国・中東・インド、それぞれ古代の製鉄方法や、銅と、銅合金に必要な錫や亜鉛の分布が違うことも、どの程度銃砲を作ることが得意かを左右したのかもしれません。

 

 

 

 それら……地理、精神構造、技術などすべてが、アフリカを呪ったとしか言いようがないようです。

 強くなる、銃をリバースエンジニアリングして作り、法を作り自分も守り家族でも法を破れば斬るようにするより、奴隷を集めて売る方が儲かる構造。アフリカにも英雄の資質がある人は何人も生まれたでしょうが、その誰もが、その「構造」を理解し変えることはできないほど、その「構造」は強かった。



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心の歴史と物の歴史(準備)

 歴史そのものを、心から見る。また物から見る。心と物が交わる橋を見る。

 

 今回は論そのものというよりも、何をしたいのか方向を考えるだけしかできないでしょう。どれだけの本を読む必要があるかまだ想像もできないほどです。

 

 心。

 道徳と、政治・支配そのもの。宗教。魔術や呪術。政治思想。のちには経済思想。法制度も。さらにその深くには、論理学や哲学も。数学さえも。言語も。

 

 物。

 技術。

 作物や家畜。移動・通信。交易。灌漑技術。伝染病。

 木を切り土を耕し岩を砕く刃物……石、青銅、鉄、鋼、チェーンソーやトラクターやバックホー、爆薬、ライトセイバー、『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫やトンネル菌、『太陽の簒奪者』の水星を無数の鏡に作り替える自己増殖性マシン、『タイム・シップ』の太陽絞り原子番号転換……。

 移動・輸送技術が変われば、文明や国家の質が大きく変わる。たとえばスペインのコンキスタドールは金の像をそのまま持ちかえれず溶かした、無論ジャガイモやトウモロコシを船に積んで帰ることができなかった。兵士や馬を育てて国を強めることもできなかった。多くのシルクロードなどの交易は、絹・金銀・香料など重量当たり価値がけた外れに高いものか、歩ける奴隷に限られる。それに対して穀物を税金にしたり、商品にして外貨を得たりできるだけの輸送力を持つ世界もある。その違い。

 

 もちろん心と物が交差することも多くあります。

 文字、浮き彫り、紙、印刷などは、技術・物資生産であり、同時に多くの人の心をまとめて変えます。

「イタリアに絹を作る技術が伝播した」というのは、「技術の伝播」という情報の動きであり、「カイコという生物種が生息地を広げた」物の世界の出来事でもあります。誰々に生産・売買・労働力関係の利権が与えられる、生産法についての規制が作られる、など権力闘争の面も必ず持つでしょう。

 科学も昔は宗教・魔術・哲学の一部でした。

 歌舞音曲は心の面が圧倒的に強く、それでいて物がなければ不可能です。

 さらに情報技術は?

 さらに、共産主義のような言葉を伝染病と同じように扱うこともできます。ミームと考えるとも言います。

 

 

 それを追いながら問いたい、何よりも根本的な疑問は、まず「なぜ、ゴールデンバウム帝国やパルパティーン帝国はあれほど強かったのか?」であり、同時に「史実で、膨大な人数が餓死して、それでいて国が亡びるような暴動が起きなかったことが何度もある。暴動で国が滅んだことも何度もある。何がそれを分けるのか?」です。

 

 

 

 この問題を考えるには、多くの「前提」が必要になるでしょう。

 前提が共有されていなければ、話は成立しません。

 文明の接触や、今でさえも多くの議論で、前提が違うために話が通らないことがあります。

 

 ファーストコンタクト、それどころか同じ人類でも複数の文化の接触、いや同じ国の中でもよくあります。

 相手の価値観・欲しいものを間違える。

 自分の枠組・価値観を、別の枠組・価値観で生きている相手に押し付ける……イギリスが、アフリカやニュージーランドで、特に悪意もなく「相手の領主の地位を認め、所有権を持っている相手から土地を購入」しようとして結果めちゃくちゃな暴虐になったように。相手は、国家・領主・領土という西洋人の体制とは異質だったのですから。

『ヴォルコシガン・サガ』で印象的なことに、象を欲しがる、というのがあります。秘密保安庁長官イリヤンがマイルズにした昔話。別の星の人と外交交渉をしていて、その相手が象を欲しがった。動物のゾウ。苦労して手に入れて贈り、喜ばれた。マイルズはある事件でその話をきっかけに、誰が何を欲しがっていたか、から真犯人にたどり着きました。相手が本当に何を欲しがっているか考えることはそれからも何度も役立っています。

 勝手に相手は**を欲しがっている、と決めつけ、それが間違っていたら目も当てられない失敗が起きます。

『銀河英雄伝説』の、同盟が帝国に逆侵攻したとき、帝国人が皆解放を、民主主義を喜ぶと思った同盟の愚かさも思い出します。それが、何十年も前だったのにアメリカのイラク戦争の失敗を予言していたことも。

 下手をすると『断絶への航海』のように、相手は支配と圧政を求めているのだ、にさえなってしまいます。

『叛逆航路シリーズ』のブレクは被征服民に交じって苦労した経験があるからこそ、被征服民に一方的に正義を押し付けるのではなく、被征服民の文化と考えを思いやりつつ相手の不利になる法的正義を押し付けることもします。だからこそ心服されます。

 

 

 標準的な科学……素粒子標準模型、ビッグバン、量子力学と相対性理論、DNA、進化。それらは前提としていいでしょう。

 さらにどれだけのことが、信じていいでしょうか?

 基本的にはフロイトやユングは否定した方がいい。ではアイヒマン実験は?右脳と左脳、自由意思を否定する実験は?

 まずカール・セーガン、リチャード・ドーキンス、スティーヴン・ホーキング、スティーヴン・ワインバーグ、スティーヴン・ピンカーらの著作は正しいとします。

 ジャレド・ダイアモンドは……第二次大戦中の日本の戦争犯罪に関しては厳しすぎですが、西洋知識人にとって『レイプ・オブ・ナンキン(アイリス・チャン)』など日本のネットでは石を投げられる最悪級のことが、アウシュビッツのガス室同様、疑うこと自体反人類罪とされるのが現実なようです。それは別の棚に置き、それ以外は基本信じますか。

 ではデイヴィッド・グレーバーや、オリバー・ストーンはどこまで信じていいでしょう?マット・リドレーやフランシス・フクヤマは?ジョセフ・ヒースは?ユヴァル・ノア・ハラリは?

 

 何を前提にするか。

 特に人間の心は、どのようなものか。

 ダニエル・カーネマンをはじめ、行動経済学、進化心理学、脳科学、認知……そちらの本はどこまで信じられるでしょう?

 今の人間の心理学はどこまで進んでいるでしょうか?それとも全部ユングやレーニンと同水準でしかないのでしょうか?

 さらに、マーガレット・ミードなど、原始的な生活をする人々についての多くの知見が再検討され、多くが否定されてもいるのです。

 

 とりあえず、ある程度今の認知・脳に関する研究を受け入れる。また人間に神秘体験や「ゾーン」があることも受け入れる、ただし霊や来世は基本否定する、という態度をとるつもりです。ついでにマルクスは学んでいませんし、ポストモダンはまったくわかりませんし、正規の哲学もろくに理解していません。どれにも依拠するつもりはありません。

 何よりも自分が無知であることを忘れないこと。

 

 歴史そのものも、日本では大規模な石器の偽造が発覚し、考古学が根本的に崩壊しました。

 たとえば筆者にとっては多くのビッグヒストリ―本の最後、未来についての、科学技術はだめだガンジーにしろ、という結論は受け入れられないのです。ですがそれ以外……ビッグバンも進化も歴史についての記述も、気候変動も正しいとは思います。

 さらに、単に筆者の無知もあり得ます。無知と言っても、たとえば筆者が小学校の時と今の子供向け図鑑では、恐竜の描写はめちゃくちゃに違うような、最新でないという無知もあり得ます。

 

 

 筆者には、人の心はわかりません。

 ただそれに迫るため、いくつかの学問や報告を前提にします。それも、最悪筆者が知らないだけで崩壊しているかもしれませんが……スタンフォード監獄実験などを否定する本もあります。

 

 大きい前提としている知識に、「ニカラグア手話」があります。

 中南米のニカラグアという国、ご多分に漏れず不安定で、政権が変わっていろいろ変わりました。それまで各家庭に任せ放置していた、耳が聞こえない子供たちを大きい施設に集めたのです。

 西洋は手話を嫌いました。電話の発明者グラハム・ベルを代表に、耳が聞こえない人のためを思って金と時間を出す大きい善意の持ち主たちは、手話に鞭を叩きつけたのです。まして教えることなどありません。

 ですが気がついたら、ニカラグアの施設で、同じように耳が聞こえない子と接することなく家族と身振りで最低限対話していた子供たちは、手話を作っていました。

 それは急速に洗練され、世界の標準手話の一つと同等になっていきました。ちょうど多くの大陸から集められた人々がクレオールを発達させるように。

 言語を使うことは、人間にとってそれほど生得的である……

 

 それに似た考えとして、『神話の力(ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ)』で、原始部族のように神話、武器、入れ墨、歯を抜くなど通過儀礼などを与えられていない、若い男子たちは集まってそれを作る……暴走族のように、というような言葉がありました。

 

 筆者はそれを前提にします。

 普通に目につく人間、特に子供のふるまいの中に、人間の普遍につながるものがある、と考えます。

 

 何が正しいのか。何を前提にしていいか。不安定な足場です。

 それで考えることをやめない、「信じたいものを信じる」「古典を信じる」「イデオロギーを信じる」「偉そうな人の言う通りそのまま信じる」「何も信じない」かを選ばないなら、ある程度乱暴に、カンで正しそうな本を前提にするしかないでしょう。

 

 

 それで、心の歴史と物の歴史、そして心と物の橋それぞれの歴史を見ていこうと思います。

 

 

 まず、筆者が日本語では見つけられなかった本。心の側と、心と物の橋。

「支配者が人々に押しつける道徳の歴史」

「支配する技術・方法の歴史」

 

 道徳の歴史はいくらでもあります。倫理学の本は事実上西洋思想史でもあります。

 しかし、微妙にずれています。

 倫理学の本に書かれているのは、学者たちが提示する正しさ。

 では、政府が、支配者が、臣民に押し付ける道徳の歴史は?

 

 それは道徳そのものの、人間の営みの相当部分を占めるものでしょう。

 そして、刀剣や船、文字や神像の歴史と同様に、重要な技術史でもあるはずです。

 

 

 たとえば唐帝国、古代ローマ帝国、マムルーク朝、フランスのアンシャン・レジーム、鎌倉幕府などが、どのように庶民を従わせていたのか。

 どのような道徳を、一人一人の農民の子供、あるいは都市の大工の子、中級官僚になる子それぞれに、どのように叩き込んでいたのか。

 ある程度、「いくつもの文明・帝国の、制度を検討して並べた」「いくつもの帝国の歴史を並べた」さらに「いくつもの帝国にまたがった馬の歴史」『書物の破壊の歴史』などはあるのに。

 ある程度知ることができる、でもまとめられているのは見たことがないこと。中国の儒教、江戸日本の武士道と儒教と仏教、明治日本の天皇と変形武士道……と、帝国が国民に強制した道徳は多くあります。それが支配の強力な力になっていました。

 

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝にも、また以前の銀河連邦、それ以前の地球政府にも、自由惑星同盟にも、ローエングラム帝国にも、バーラト自治政府にも、政府が国民に押し付ける道徳はあるでしょう。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国にも、反乱同盟軍やその後身……正史・非正史問わず……にも、また前身にも。

『叛逆航路シリーズ』のラドチ帝国の、「正義・礼節・裨益(ひえき)」もまさにそれでしょう。

『ガンダム』宇宙世紀の地球連邦にもジオンにもあったはずです。

 ありとあらゆるSFの国家に、それはあるはずです。

 現実のありとあらゆる国、社会にあったように。

 

 しかし、塩の歴史も日本語で何冊もあるのに、ササン朝ペルシャ帝国がどんな道徳を奴隷に教えていたかは筆者が日本語で探しても見つけられませんでした。

 

 中国、ペルシャ、古代ギリシャ、古代ローマ、インドそれぞれの、法についての本、また拷問刑罰についての本、宗教についての本、国家制度自体の本なら個別、あるいは横断的に並べる本もあります。

 奴隷化そのもの、植民地支配を含む小説などが参照できるでしょうか?

 

 

 とりあえず、ある程度知っている限り……

 

 古代中国では、諸子百家の戦国から、秦の始皇帝の法家、神秘と道徳を否定し支配者の利益のために定まった法と罰がまず採用されました。

 秦が滅んだ反省から、漢は儒教を採用しました。ただしその後の中国には、仏教・道教が加わり、また法家の影響も長く残ります。

 清の時代などは、法体系の隅々まで儒教の影響があります。人が人を殴り傷つける、その罰が、親が子を殴るか子を親が殴るかで極端に違う。同様な違いが、細かな続柄まで細かく定められていました。

 また儒教を原理とする国家は、政権が法の支配やバラモン階級に従うのではなく、政権の好き勝手を抑止するのは皇帝が善人であることに依存していました。

 では、中国の農民の子供は、誰にどのように儒教の道徳を教わっていたのか?というとそれを知らないのです。

 科挙を期待されて勉強できるある程度豊かな階層は、自然に勉強内容を道徳としても学ぶことはあるでしょう。「論語」には普通の道徳もたくさん書かれていますから。

 ですが、集団に従って動く肉体の訓練はどこでどう受けたでしょう?

 

 

 日本は、まず大和朝廷が律令と仏教を採用しました。

 儒教そのものはわずかで、科挙も実際には機能していません。

「十七条の憲法」が有名ですが、それも条文を見れば道徳指導です。

 それが武士……馬を飼える武装地主・小規模領主の世になると武士道、忠誠、名誉という道徳が自然発生し、鎌倉幕府から武家政権も独自の法度を作りました。

 

 江戸時代になると、まずキリスト教を排除し、徳川幕府に服従させるという目的があります。

 そのために徳川家康を権現様と神格化したり、儒教を教えたり、庶民まで宗門改めでどこかの寺に所属させそれを戸籍同様にしたりしました。

 体制に従うように宗教で教え、かつ、宗教反乱が起きないように統制する、というバランスが必要とされました。

 天皇、公家、僧侶も諸法度で縛りました。

 武士・商人・農民の子も、どれだけが幕府の意思かは覚えていませんが教育が行き届きました。その教材は、たとえば「女大学」が女の子が将来秩序に逆らわないように叩き込むようなものでもありました。

 薩摩や会津などの武士の子は、「什の掟」や肝練りなどめちゃくちゃな暴力も含む、身分ごとの青年団で厳しく服従・階級・武士道徳を叩き込まれました。

 また『天地明察(冲方丁)』で描かれたように、暦を作ることでも「人の心を誰が支配するか」の争いにもなります。

 

 そして明治維新。むしろ増税にすらなり、一揆にもつながった学校制度。当時の世界標準から比べても強く普通教育を推進していました……イギリスなどはむしろ普通教育が大きく遅れています。

 そこで、修身の名で徹底的に忠君愛国を教えました。教育勅語は、今も支持者が普遍的な道徳だというように、多くの道徳を入れています。また制定当時、それが儒教の正当と違うことでも議論がありました。儒教に偏らずに近代国家、日本そのものの国家道徳を作る、という意思があったのです。

 国家神道、靖国神社をはじめとするさまざまな儀式も強く道徳を作りました。

 軍隊でも、何よりも服従と勇敢という道徳を徹底的に叩き込みました。

 

 そして戦後の日本。どうして、大半の子供は、学校などでのいじめはあるにしても、少なくとも町で兄弟を侮辱した人を家族ごと皆殺しにすること……古来の人の普遍的で神聖な義務……が異様に少ないのか。

 どのように、今のこの法律が正しい、従うべきだ、という道徳を徹底的に学ぶのか。半面、いじめのためであれば傷害罪・侮辱罪・強盗罪などを平気で犯すこともできる。何がそれを分けているのか。

 ほかにも多くの道徳を、今の日本の子供の大半は叩き込まれています。

 どのように。どの程度が、日本政府が意識的にやっていることなのか。

 

 

 西洋、といっても古代中東、古代ギリシャ、ゲルマンという源泉があります。

 古代中東といっても、たとえば旧約聖書は成立自体が微妙な面がある……大帝国に征服された人々の一部が、民族アイデンティティを作るために編集した、要するに明治日本の「伝統」「国家神道」に似た面もあるのです。どれだけが実際にユダヤ民族の、帝国に征服される以前の伝統だったかはわかりません。

 古代中東帝国の、いくつかの法典が現在発掘されています。それには、多数のそれぞれの神を信じ、血縁の部族で助け合いだれかがやられたら復讐する人々に対して、たとえば「目には目を」……残忍に見えて、それでやめとけ、相手の一族皆殺しまでやるなよ、という法を押しつけたのです。

 その法は、キリスト教以前ではありますがかなり世界宗教の性質を帯びた神の命令であるとも支配者は言いました。

 

 特にイスラム教は、宗教そのものが法・憲法でもあり改正を禁じる、と強く宣言しています。それが今の時代の混迷の大きな理由にもなっています。

 インドも、神話を源泉とする強い法意識がカースト制と一体化して人々を縛っています。

 それらは普通の意味の法であると同時に、日常、心の中からも実践すべき道徳であり、信じるべき宗教でもあります。

 

 また、ユダヤ教の影響から生じたキリスト教も、様々な形で西洋法制史に干渉しています。

 たとえばこの侵略がいいかどうか、正戦論があります。今の国際法にもつながる、膨大な法制史の積み上げがあり、そのいたるところに教会・教皇・公会議・教父の書物からの流入があるのです。無論やることは同じ、虐殺し黄金と土地を奪い奴隷化するのを正当化するためでしかありませんが、西洋にはそれがあるのです。

 

 古代ギリシャも、神の名・伝統も用いて、いろいろな英雄が法を作りました。

 アテネの民主主義を作り出したソロン。逆にスパルタを、強いけれど硬直し英雄も粛正する長老支配にした法。

 古代ローマも膨大な法体系を持ち、それはのちの西洋にも強い影響があります。

 

 また古代ローマの強さの源泉として、すさまじいまでの服従と武勇の伝統があるともいわれます。

 スパルタは独特のやり方で、絶対に逃げず戦い抜く市民兵を育てました。

 神話や劇なども、勇敢さや忠誠をたたえ、強く勇敢な兵として認められることへのあこがれを育てたでしょう。

 では奴隷にどのように忠実になることを教えていたか……何よりも、スパルタクスの反乱に対するすさまじい見せしめが印象的です。でもそれだけでしょうか?どのようにあれほど多くの奴隷に、服従することを叩き込んだのか。

 逆にゲルマン人の大移動の時、全員を奴隷として服従を叩き込むことができなかったのはなぜか。

 

 さらにゲルマン。比較的少人数の部族の合議という伝統は、古代ローマ帝国の崩壊後も、帝国やキリスト教から影響を受けながら残りました。

 たとえば陪審制という発想は、知る限り中国や日本にはありません。『三銃士』『ホームズ』などで、法的には明らかに私刑、違法であっても、「おれたちで陪審員になる」と宣言した時にはその集団での処刑にかなり正当という雰囲気が出てしまいます。

 ほかにも、ゲルマンを源とする法の考え方は多くあります。

 むろん勇敢という普遍的な精神は叩き込まれるでしょう。いろいろな道徳が後にも受け継がれるでしょう。

 

 後、たとえばヴィクトリア時代のイギリスでは、下級貴族の男子・富裕層の女子・熟練労働者の男子・下層労働者の女子・植民地の上級監視と王族の混血児・植民地の下層民・流れ込んだ中国の半奴隷・黒人の元奴隷、それぞれがどのような教育で、どんな道徳を教わったのか。

 上のほうの階層ではギリシャローマ古典と愛国、ナポレオン戦争の英雄たちの話、大英帝国の偉大さ。キリスト教。経済的自由主義。

 では下は?誰に、何を、どのように教わっていたのでしょう?

 

 そして何が、アイルランド飢饉で、隣人を殺して食いイギリスを襲うより黙って餓死した百万人の心を縛ったのでしょう?

 

 

 特に『政治の起源』では各文明の法の源、また「中国の法家」と「(西洋の)法の支配」が徹底的に異質であることを繰り返し強調します。

 どうも法の話になりますが、昔では「法」「道徳」「宗教」「魔法」「科学」を区別するのは本当に難しいのです。

 

 

 

 支配方法の歴史。

 人を支配することに関係する技術の歴史。物側。

 馬具の歴史にも通じるのでは?馬具の歴史は重要です。考古学上も重視されます。

 ハミ・手綱・鞍。アブミ。正しい頸木。蹄鉄。それぞれ大きく歴史を変えたツールです。

 ただ縛る馬戦車の時代。裸馬に乗るより、ハミをつけて方向をコントロールし、鞍をつけて乗りやすくして騎馬民族ができた。古代ローマよりはるかにあと、先に中国で、それから何百年ものタイムラグで西洋に伝来したアブミと蹄鉄……それがなければ、馬に乗って槍で突く騎士は不可能。ほかの多くのことも。さらに正しい頸木、それ以前は、人が首に巻かれた縄でソリや荷車を引けと言われるようなもの。正しく肩にハーネスをつければより強く引けるように、荷車も、何より犂を引いて牛より効率よく重い土を耕すことができる。それがあったからこそ北ヨーロッパの大地が開拓された。蹄鉄も、栄養の偏りで弱る蹄を強化し、悪路を走らせるには必須で、その技術は馬を用いる階級の戦力と発言権、ひいては権力構造や帝国の興亡さえ大きく変えた。

 同じように、鎖足枷、焼き印など人を奴隷化する道具も。

 あらゆる拷問用具、あらゆる残虐刑罰道具も。

 引きちぎったり噛み切ったりすることができない、金属の鎖と足枷手枷は、膨大な人間を高い人数比で奴隷にすることを可能にする、人類史をそれなりに大きく変えた発明なのでは?

 鎖は鎖帷子という、きわめて有効な防具の製法でもあります。もちろん板金鎧も鎖を作る技術なしには不可能、下に鎖帷子を着なくては弱点だらけです。

 

 貨幣そのものが人を奴隷化する手段だったという『負債論(グレーバー)』もあります。

 同じように重要な歴史なのでは?

 いや、子供のいじめから、人間を支配する技術そのものの一般論と歴史を問うことは?

 

 奴隷用具・拷問用具・刑罰用具の歴史は比較的容易に調べることができます。

 それは不快かつ邪悪な興奮を与える、質の悪いポルノの面も持ちます。特に拷問用具は、史実では使われていない、後世の人の妄想によるものも多くあり、さらにそれが実際に使われてしまったこともあります。

 

 それどころか、現在の軍隊やひどい企業研修、カルト教団の洗脳技術の、原始的なものも昔から使われていたと思うべきでしょう。

 

 とにかく叫びたいほどに何も知らないことばかりがわかります。

 

 

 これから筆者は何を学ぶべきか。

 世界全体を見渡す、製鉄、文字関係……文字・製紙・レリーフ・印刷・通信、馬具、感染症などの歴史。

 できるだけ、ハンムラビ法典や日本・唐それぞれの律令、秦の法が『史記』に載っていないか、それこそ日本書紀や、歴史上の大旅行家などの原典。

 日本・中国・西洋の、法・論理・魔術・古代科学などの比較。特に法思想そのもの。

 

 それらを学んで考えていくときに、おそらく新しく学ぶべきこと、読むべき本も見つかっていくでしょう。

 また、本来ここで考えるべきいろいろなSFでも、ここはこれについて描いていたのか、と気づくことはあるでしょう。新しく読んだり読み返したりもすべきでしょう。

 

 本当に底が知れない……というか日本語でやることが間違っていますが、それは仕方がない。

 まあ今回はとことん内容がない、とも言えます。



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文明の異質と共通

 様々な文明……『現実』でも、起源がかなり深く違う大規模文明を乱暴に言っても、中国、インド、中東、エジプト、中米、南米といくつもあります。ユーラシア草原、サハラ以南アフリカなども文明扱いしていいかもしれませんし、北アメリカも総人口は多く大規模定住も複数ありました。

 それぞれ、異質であると同時に共通点もあります。

『現実』ではすべて地球人であるという巨大な共通点。同じ地球で、大気成分や温度条件も極めて似通っており、気候も近い場に発生しています。

 最も大きな違いがあるとすれば、新大陸と旧大陸……作物・家畜の違い。さらに偶然かどうかはともかく、金属と文字の発達にも大きな違いがありました。

 

 ならばSFの無数の文明、さらに言えば『現実』でもあるかもしれない地球外文明は、それ以上の異質さがあるでしょう。

 ただし、『三体』ではありとあらゆる文明の共通点として存続と物資……その陰の前提として超光速・時空制御による無限資源など特定技術の不可能性……が共通だとし、そこから暗黒の森を導きました。

 弱肉強食、力が宇宙普遍の掟だとズォーダー大帝もディンギルも信じています。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝も、弱肉強食を天界の法則とし、皇帝はその守護者でもあります。ラインハルトも弱肉強食を疑いません。

 

 

 

 異質、違うということ。それは人間には、恐怖と敵意、憎悪さえ作り出します。

 新大陸に接したときの、スペイン征服者の圧倒的な憎悪。必要、損得とははるか遠いもの。十字軍の延長、異教徒を皆殺しにしなければ神が怒って災いをもたらすという人間の根源的な感情。奴隷化・文化破壊の圧倒的な快感、正義感情。

 その後の、徹底した異教との闘い……あらゆる文化、言葉、作物、儀式を禁じ、書物を焼き、食べるもの・着るものもすべてスペインと同じにしようとしました。

 スペイン以外も、いくつもの文明が同化という名であらゆる人々を破壊しました。カナダやオーストラリアで近年問題になる先住民の子供を親から引き離し教育するなど、善意が含まれることさえあって、それが計画的に拷問虐殺するよりまだひどい結果になるのが救えない話です。

 同化が成功しても下の人間であることには変わらない、人種観念が体制と一体化したということも人間の性です。

 

 また、異質、特に弱者に対してどんな態度をとるか……人間をそれによって分けることもある程度できるでしょう。

 たとえば、異星人、異質な存在に対して交渉することを考えず、まず戦おうとする軍人。かなり類型的にどこにでも出てくる話でもあります。

『星系出雲の兵站』は利用していない準惑星に拠点を作られたらとにかく奪回しようと軍を送り続けます。通信も続けながらですが。文明の、忘れられたほど古い部分に異星人と戦うことが仕込まれているからでもあります。

『宇宙兵志願』も、相手がやることもひどいのですが、地球人も交渉を模索する態度が低いように見えます。

 ただし『老人と宇宙』のように、見当違いに平和を求めるのもいい結果にはなりませんが。

『彷徨える艦隊』のギアリーの異星人に対する態度は、平和を求めつつ攻撃されれば戦う、片手に剣片手にオリーブと称賛されます。

 

 基本的に軍人、男性に、とにかく戦う、殺す、という態度が強いことが目立ちます。

『三体シリーズ』では、とにかくぶった切るウェイドと、引き金を引けないチェン・シン、ぎりぎりの線を保ち続けるルオ・ジーの対照があり、三体人の側も正確にそれを把握しました。それはルオ・ジーに対する尊敬にもなりました。

『ネアンデルタール・パララックス』は男性が皆殺しをたくらみ、その結果犠牲も出してグリクシンの男性はあちらに行けなくなりました。男性であること自体が悪だ、と言わんばかりです。実際問題人類のオスは、ものすごく犯罪率などが高いのですが。

 

『ヴォルコシガン・サガ』では、強いミュータント嫌悪があるバラヤーの下町で、手足が短いという見た目の違いがあるマークが強い敵意にさらされ、チンピラである若い男を殺しかけました。

 

 

 

 地球人以外は、征服はしますが同化・強制改宗にこだわる例はあまり思い出せません。

 ガトランティスは使い捨てに全滅させるイメージがあります。

『スターウォーズ』非正史のユージャン・ヴォングは宗教が強いですが、これまた根絶型です。

『タイラー』の「無責任カルテット」シリーズのブラック・セラフィムは美形の若い男のみ、生き改宗することを許します。

『叛逆航路』シリーズでは、秘儀を皇帝に公開することを条件に被征服民の宗教を容認します。その条件だとユダヤ人は玉砕するでしょう。文化的にもかなり同化を進める感じがあります。

 

 

 

 同じ人類でそれなら、異星人であれば?

 

 その「違う」ことに対する憎悪は、実際にはフィクションであっても発動します。

 

『ガンダム』宇宙世紀では、遺伝子的には同じ地球人でもアースノイドとスペースノイドという差で無限の憎悪が循環しています。

 

 

 

 文明の「違い」となる、特に深い層として、科学・法・論理・数学などを少し探求してみようと思います。

 

 

 ノンフィクション『近代科学はなぜ東洋でなく西洋で誕生したか(菅野礼司)』にはギリシャ・ローマ以外、中国やインド、イスラム圏の、科学・論理学・数学についてかなり詳しい紹介があります。少し風土という考えが強すぎますが。

 それと、ある程度大きい法思想史を合わせれば、中国と、ギリシャ・ローマを由来とする近代欧米の考え方がどれほど異質かある程度わかるでしょう。

 

 何もかもが違うのです。

 中国には三段論法や証明のような、体系的な論理学がないそうです。始皇帝の焚書坑儒のためだとか。ちゃんとした論理学は、仏教に頼ってしまっていたそうです。

 中国の『九章算術』は具体的事物、具体的数値に即した例題であり、その理由の説明はありません。円周率の近似値は高精度に出しましたが、無理数の概念はありません。概念の抽象化もなく、記号代数にも発展しませんでした。

 天文学もモデルと観測の照合がなく、数値計算のみで日蝕などはかなり予測してました。

 算木、算盤という独自の道具が発達したことも特徴です。

 ただし、明朝で高度な数学が嫌われ衰退したそうです。

 

 日本の数学、和算は当時の西洋をはるかに引き離し、線形代数・微分積分という現代数学の基礎にまで至っていたことも知られています。実用とつながることはありませんでしたが。

 

 インド、ナーガールジュナ・仏教の論理学も、ギリシャ由来の排中律……現代の、集合と補集合、数学基礎論にもつながる……とはかなり違う、より多くの組み合わせがあるようです。

 

 中国や日本、またインドの昔の知者に、現代の数学、特に集合論や、論理学を見せたらどれほど多くの違いを訴えることでしょう。

 古代ギリシャでさえ、ピタゴラス教団は無理数を拒絶し発見者を粛清したといわれているのです。彼らが複素数や、定規とコンパスだけで角を三等分することが不可能であることの証明を、受け入れるとは思えません。

 

 

 中国の「法家」は、西洋の「法の支配」と根本的に異質……『政治の起源』では繰り返しそれを強調します。

 

 法源。これも比較できます。以前軽く触れましたが。

 法源で印象的なのは、『銀河英雄伝説』のベーネミュンデ侯爵夫人の最期。自裁を命じる権力が、ルドルフの法に逆らうのか、と。

 皇祖ルドルフが、法そのものの根源でもある。

 ……ローエングラム朝はどうするのでしょうね。ラインハルトには残念ながら、ナポレオンのように法典を大成する時間はありませんでした。同盟法を中心にし、法源は銀河連邦とするのか、それともラインハルトを法源に新しく法を編纂するのか……ヒルダとミッターマイヤーどころかアレクの代でも終わる事業でしょうか。それができる知識人層はあるでしょうか?

 

 ルドルフを法源とするというのは、神によって与えられたユダヤの律法、その延長であるイスラム法とは対照的です。

 西洋は、「自然法」と「キリスト教」両方を法の源とします。市民革命・啓蒙以降は、自然法に社会契約が加えられています。英米では判例が法源とされます。

 

 ただし腹が立つのは、キリスト教も自然法も啓蒙思想もその後の法も、大航海時代以降はとにかく先住民から土地を取り上げ奴隷化し皆殺しにする理由になったことです。

 キリスト教が強ければ十字軍の延長、キリスト教徒以外は人間じゃないから所有権などない征服していい。

 自然法の時代には、一夫多妻とかやってる奴らは自然法違反なので所有する資格がない。

 啓蒙思想からでも土地をちゃんと利用してない奴らは所有してるといえないので奪ってよし。

 より近代的な法になっても、借金のかたに土地をいただくのは当然だし、労働契約は自由だからどんな扱いをしてもかまわない、というか議会がちゃんと土地所有は白人だけと決めたんだから正式な法だ、と。

 

 

 ここを考えると、「人間として認める条件」という底なしの問題が出てきます。

 

 たとえば古代ローマの歴史では、ローマ市民権というものが重要な要因になります。カラカラ帝が全属州民に市民権を認めたことが衰退の始まりだ、とも言われます。

 聖書の使徒言行録(使徒行伝)にあるように、ローマ市民権というのは水戸黄門の印籠並みに大きな権力です。殴られ出るところに引きずり出されたパウロが、自分はローマ市民だ、といえば皆が恐れおののき待遇を一変させます。そしてパウロは、カエサル=皇帝に上訴します、と言ってローマに旅立ったのです。その旅を、どこの権力者も、キリスト教徒を憎むユダヤ人たちも止めることはできませんでした。

 

 宗教とも関係があります。

 たとえばユダヤ教は血縁、割礼という儀式、律法順守などで複雑な条件があります。

 キリスト教はその条件を大きく緩和したことで世界宗教となりました。

 イスラム教はさらに実践しやすい行に限ることで、入信を容易にして急拡大しました。実践しやすさによる急拡大は仏教の念仏・題目にも共通します。

 逆に入ることに厳しい試練が求められることもあります。特に軍隊は厳しい新兵訓練などがあります。

『宇宙の戦士』では最初の実戦前ではお客様、という態度が露骨に描かれました。

『デューン』では砂漠の民に加わるためにいろいろな試練が要求されました。

 

 異星人に対する人権、逮捕に関する権利などは、いくつかの推理小説を絡めた作品で出てきます。

 また、身分によって人権が保障されることも多くあります。

『叛逆航路シリーズ』では様々な身分がややこしい問題を作ります。

 貴族制をとる作品では、要するに貴族=人間であり、それ以外は人間ではない、となります。

 当然それは種族にも関係するわけです。

 

 教育・軍務などが貴族に入るための通過儀礼・高貴なる義務の面を持つ作品も多くあります。『レッド・ライジング』の実際に死ぬバトルロワイヤルや、『スコーリア戦記』の軍務など。

『銀河英雄伝説』で大貴族の若い男子も軍に行くことが多いのもそれもあるでしょう……本来は。

 

『銀河市民』では主人公が市民かどうかが問題になり、その確認からとんでもない素性が明らかになります。

『カエアンの聖衣』では、ある種族の間ではすごい服を着ているというだけで貴族として認められ、どんなパーティにも出られるし、何を飲み食いしても無料です。

 

 異星人は人種にとても似た話であり、下の人種は人間ではない、という人間にあまりにも深くある心情を出してしまいます。

 特に『スターウォーズ』のパルパティーン帝国はそれを利用し、人間至上主義・エイリアン迫害で帝国をまとめているようです。

 伝染病も同じような感情を作ります。

 また、ナショナリズムを含む宗教も同様の感情を作ります。

 

 人間である、というのはそのまま、兄弟・同胞というのに近い……逆にそうではない者は人間ではない、という古めの道徳が強い人たちは、「そうではない」者は奪っても犯しても殺してもいい、むしろ穢れだから皆殺しにするほうが善、となり、あらゆる悪行が正当化されます。

 さらに善意であっても完全に同化してやらなければ地獄に落ちてしまうから、と底なしに責め抜くことにもなります。

 

 

 法源に話を戻しますと、中国の法源も異質です。

 中国は神……少なくともギリシャやユダヤ型の、神話で人間らしい活動をする神々・神を直接の法源としないようです。皇帝が天に様々な儀式をすることはある程度あるようですが。

 法家は皇帝の命令・支配者の利益のために徹し、後世でも多くの人が納得できることを法の目的とします。それで個別性が高い。

 哲学においても、中国はトロッコ問題に関心がないと言われる……常に個別判断を重視するから、と。

 

 ユダヤやインドの、神を源とする法は大げさに言えば人間などというゴミがどう思おうが何を言おうが知ったことではない、のですが。

 

 ヨーロッパでは、「その場のクガタチや決闘」、古代ゲルマンなど野蛮部族の段階から伝統がある集団合意……陪審制にも……、ユダヤ教から市民革命以来の主権権力が制定する法、と分かれます。

 ユダヤ教、イスラム教の、神の命令・託宣としての法。

 古代ローマ、本来はギリシャのソロンやスパルタは伝統、神の命令の要素も強かったが、多くの慣習法を集めました。

 ゲルマンの、集団で作る慣習法も、後には自然法として法源となりました。

 

 といってもインド文明の法、インカ帝国の法などがどんなものだったか、何を法源としていたのかはろくに知りません。

 

 目には目を、歯には歯をで有名な最古の精緻な法律、バビロニアのハンムラビ法典……ちなみに同害復讐は、際限のない相手血縁皆殺し抗争を抑止する、それがなければもっとひどくなる人道的な法……その碑文はまず神があります。王と神が一体で、だからこそ王の征服は正しいことだし、神の力があったから勝利したのだし、法も神=王の命令だから従え、という論理。

 

 

 中国と日本も、実はとんでもなく異質。日本は中国から律令、国家制度を習って国を作り始めたので似ているだろうと思ったら大違い。日本での別姓からの婿養子、同姓不婚にこだわらないことなどは、中国や韓国から見れば汚物に暮らす虫にも劣る。

 

 法を比較しよう、とすると、たとえば西洋の正戦論の歴史を知れば、日本・中国・インド、イスラムそれぞれに似たものがあったんだろうか、となります。

 ではどうすればそれを知れるか。

 たとえば戦国の終わり、秦が楚を滅ぼした戦争で、のちの始皇帝はどんな理由をつけ、どんな手紙を送ったのか。

 元寇は。秀吉の明・朝鮮侵略は。

 江戸時代に日本が北海道のアイヌを苦しめた、その法的根拠は。

 イスラム帝国、古代ペルシャなどそれぞれ、どんな「これから征服するけど俺が正しいからな」手紙を送って攻めたのか、あるいは手紙も何もなかったか。

 

 

 何も知らないし、納得がいくまで調べたら何年もかかるでしょう。

 

 

 

 それでも、人間には大きな共通点があります。

 人間以外の異星人でも。

 

 地球人はとりあえず首を斬り落とせば死ぬ、という絶対の共通点があります。

 女は犯せます、現実には。

 

 奴隷化も多くはできます。ただし、イギリスとその子孫は北アメリカやオーストラリアなどで、奴隷化するのではなく皆殺し・居留地押し込みを選びました。

 北アメリカ先住民は文化的に奴隷化に対する抵抗が強かったから、なのか、イギリス系の西洋人が、奴隷にするより殺すことを選ぶほどに嫌悪感や恐怖が強かったのか……

 スペイン人が先住民を奴隷化できた中南米にはより進歩した帝国があったことを考えると、文化面が強いと思われます。

 ただし、ハワイやフィリピンのアメリカ、インドでのイギリスも、露骨に徹底した奴隷化をしていないのは……年代によるものか、それともイギリス・アメリカの文化によるものか……

 少なくともイギリス・アメリカには、混血を極度に嫌うという、スペイン系とは違う部分があることは確かです。

 

 どんな異星人であっても物質は消費するし、指数関数で増えていく、ということが『三体』の暗黒森林理論の根源にあります。

 素数もあらゆる文明に共通すると考えられます。

 

 

 ……かなりの見切り発車です。まだ読んでいる・学んでいる最中です。

 知りたいこと、読むべき本は実に多数あります。触れるべきSFもあれとこれがあるだろう、という怒鳴り声が聞こえるようです。

 ですがとりあえず出して、後にまたいろいろ学んだら書き直すこともあるかもしれません。



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人類の起源・帝国の始まり

「我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか」

 名画のタイトルであり、様々な形で探求されています。

 

『現実』の人類の起源は、ビッグヒストリーの物語、「ビッグバン~銀河と恒星、昔の恒星の超新星爆発による元素~太陽系の成立~地球が固まり、生命が誕生、進化~」だと確言してよい。

 

 宇宙SFのかなり多くでは、古代の超文明の子孫である、というものがあります。

 変形として、現実科学の「パンスペルミア仮説」を応用した話も多く見られます。

 

『ヤマト』さえ古代文明があります。シャルバートもある程度それ、アクエリアスにも遺跡があります。

『ローダン』も多くの古代文明が様々な影響を持ちます。

 超技術を秘めた古代文明遺跡の争奪戦が主な戦争目的となる作品も多くあります。『ヤマモトヨーコ』『イデオン』『真紅の戦場』『ロスト・ユニバース』『共和国の戦士』などなど、あまりにも多く。

『ギャラクシーエンジェル』も古代文明遺跡の影響が大きい。

 超光速それ自体を異星人遺跡に依存している『海軍士官クリス・ロングナイフ』さえあります。『真紅の戦場』も多分そうでしょう。

 

 そのリストは簡単には作れない、それこそSF専門家が半生をかけて取り組むような仕事でしょう。というより宇宙戦艦が出るSFの大半に遺跡があるのではという気すらします。

 

 上述のように、西洋とエジプトの影響が強い地域限定と言っていい話です。あまりにも建築規模が大きく、崩壊後に国家規模が小さくなりコンクリートや大規模工事のノウハウを失って同じことをやれと言われてもできなくなった西洋は、「古代の超帝国」という概念を骨の髄に刻んだようです。エジプトのピラミッドも、古代ローマの時代にもすでに再現不能の謎遺跡扱いだったそうですし。

 中国や日本にはそんな感じはあまりありません。日本の、江戸時代の娯楽小説の類には確かそのような話はなかったはずです。

 

 

 パンスペルミア……生命の起源として、地球ではなく宇宙とする……をかなり多くの宇宙SFは推し進め、遠い昔に宇宙全体に生命の種をまいた、播種した超種族がある、とします。

 それは、昔のスペースオペラ・SF映画以来の娯楽性が強い宇宙SFの、人類に似て交配可能な異星人、という重大な問題のためでもあります。

 昔の作品から、美女がさらわれました。また多くの異星人は、映像では人間の俳優がメイクで演じます。ストーリー上恋愛があり、子が生まれることすらあります。

『ヤマト』『マクロス』『イデオン』『スタートレック』などなど多くの作品で、人間と異星人が結ばれ子を産みます。

『V ビジター』ではそれがグロテスクな形で出てしまいました。

 人が美しい女王蜂を犯すよりありえない、異星人と地球人に比べれば蜂と人類など近すぎるほど。……『トリポッド』では異星人が最高に美しい地球人を、人が蝶を扱うように標本としましたが、それでも文化的に高すぎるほどです。

 ああ、それこそSFよりさらに昔の、探検もの……野蛮、別文明に入って、そこでさらわれた美女を助けたり、そちらの美女と恋愛したり、という好まれる物語の変形でもありますね。それこそ「浦島太郎」など民話からあるほど古い物語です。

 それを説明するために、遺伝子的に共通な先祖があったという、播種宇宙。

 これまた簡単には挙げられないほど多いパターンです。

 ストーリー上も重要で、『宇宙軍士官学校』ではすべての人類種が一つの巨大な群れとしてのアイデンティティを持ちます。

 逆に播種の過去・遺伝子的な同一性は、『宇宙嵐のかなた』『航宙軍士官、冒険者になる(a_itoh(伊藤 暖彦))』のように、相手の意思を問わず併合する法的根拠ともなります。……どちらも今まで読む限りでは人道的ですが、それはたまたまでしかありません。

 

 同じ由来の人類ながら敵味方での恋愛、ならまだわかりやすいです。それこそ宇宙レベルのロミジュリである『スコーリア戦記』、『タイラー』のアザリンとタイラーなど、また『彷徨える艦隊』でも脇筋でスパイ作戦を絡めた敵味方の士官の恋愛があります。

 悲恋というか、『彷徨える艦隊』では部下との恋愛を禁じる規則を実直に守るギアリーと旗艦女艦長の苦悩、また『ヴォルコシガン・サガ』では自分が所有している店の商品を食べないなどと言ったことからややこしい関係となったマイルズとエリ・クイン、『叛逆航路シリーズ』での時代も身分も違う関係など、上下関係と恋愛が絡む話も結構見られます。上下関係があると下は断れない、強制でないことを証明できない、また身分上も問題が出るので、禁じるのが近代の法・道徳の標準です。逆にシンディックでは上はやりたい放題が当たり前……

 

 

 人間にとっては、「自分たちは何なのか」、物語がとても重要です。戦争の、殺し自分も命を投げ出す理由にもなります。

 だからこそさまざまな形で人類の起源が描かれます。ストーリー上も、デウス・エクス・マキナやどんでん返しのきっかけとして便利ですし。

 

 ルーツを追い求める、というなら『ファウンデーション』の別作家を入れた地球探しの続編がまずあります。

 生き残るためでもありますが、『ギャラクティカ』も、旧作リ・イマジンともに、ルーツである地球を探す物語となります。

『マップス(長谷川裕一)』もルーツを求めます。

 物語を支配すれば帝国も支配できる、だからルーツを探すのでしょうか。

 

 

 さてそれを措いて、今回考えてみたいこと。

 人類が農耕牧畜を手に入れ、そして国家を作り上げ、帝国となった時期について。

 

 それ以前の原始・狩猟採集生活は、多くの形で描かれているので略します。良書が多くあります。

 150人程度の少人数群れで、あまり物を持たず放浪する、犬は家畜化している……コロンブス以前アメリカでも犬は飼っている……肉体的には今とほとんど変わらない地球人の生活。それ自体は多くの本に描かれているでしょう。

 それは進化心理学という、その生活に適応するために人間の心も、そして肉体も作られているという、筆者自身ほぼ信じている学問の多くの本にも描かれています。

 

 それは肉体、物についても重要です。

 特に重要な、間違いなく事実と言えることを4点。

 

 ひとつは、トバ・カタストロフ説。インドネシアにあるトバ湖という超巨大カルデラ湖が七万年前に噴火し、人類は絶滅寸前、数千人にまで減ったという。だから多様な人種が見られるにもかかわらず地球人は遺伝子を調べたら驚くほど均質で、インドの人とアメリカ大陸南端の人でも交配可能である、と。

 それは人類の成熟までの時間もあり、品種改良が困難になるという結果も作っています。

 

 ひとつは、人類の消化器・脳と調理。

 人類の腸は、たとえば近縁で草食のゴリラに比べ非常に短く単純、低性能と言える。

 それは、人類がこの形になったときにはすでに、火や石器を用いる調理をかなりしていたことを意味する。

 同じくサツマイモと塊牛肉があるとして、それを生のまま食べるのと、切って焼いて食べるのでは、切って焼いて食べるほうが体に入るカロリーはずっと大きい。

 自然好きなどで食物を生で食べる人々がいるが、例外なくどんどん痩せていく。

 調理は、消化の一部でもある。たとえば狩った獲物の、胃の内容物は消化の多くが済んでいて、人間にとってもよい病人食・離乳食となり、動物も喜んで食べる。同じように切り、熱で変質させた食物も、消化吸収しやすい分子になっている。ついでに毒もかなり消える。

 切るだけでも十分調理と言える、かなり消化吸収に必要なカロリーを減らせる。

 また、その消化吸収の効率こそ、膨大な栄養を消費する脳という無駄器官を維持するのに必要でもある。

 

 ひとつは、現代でも狩猟採集民は常に、所有について平等であること。平等であろうとする強い規範があること。

 後に文明ができると極端な格差、皇帝や貴族と奴隷が新大陸でも常になりますが、両方が人類にとって普遍的なのです。

 

 もうひとつ、きわめて古い遺跡・原始生活民、すべて交易が極めて重要な共通点になるのです。

 とても遠くから珍しい石などを入手しています。大航海時代のファーストコンタクトでも、交易の概念は常にありました。

 念のために、排他的で暴力が多いことも確かですが。

 

 徹頭徹尾、人類は均一だし、自然では生きられない、平等と格差、殺し合うが交易もする……そのことは覚えておくべきでしょう。

 

 

 人類が農業牧畜を始めたとき。

 そして、文明……帝国。

 それについては、具体的な根拠がどこにもありえない、だからこそ歴史書にもあまり描かれません。

 むしろ子供向けの歴史漫画に多くの想像を入れて描かれたり、それこそ『火の鳥 黎明編』に大半が想像で描かれたりもします。

 神話や民話も参考になるでしょう。

 しかし、やはり闇の中。

 何よりも声はすぐに消え、また衣類・食物・木製品も圧倒的に大半はすぐ朽ちるのです。むしろ糞や足跡を発掘する機会のほうが多いほど。

 

 ゼロからの社会の創造としては、アメリカ合衆国へのヨーロッパ人移民には多くの史料があります。

 ですが、それはあまりにも異様なものです。事実上全員が高度に社会化されていました。

 少なくとも、シエラレオネなど黒人入植国やハイチ革命など、奴隷が新しく国を作ろうとしたときに失敗が多いことも参考になるでしょうか。

 ここは本当に何も知らない、これから何年もかけないと学びようがないかもしれません。

 

 物的証拠として、多くの遺跡はあります。最初の文字やハンコ、埋葬された子犬や遠くで産する宝石や巨石、壁と堀で囲まれた住居など。

 それが、記録される最初の国家、そして帝国になったのはどのようになのか。

 出エジプト記、アエネーイス、ローマ建国神話なども参考になるでしょう。

 銀英伝の同盟などもそれに近いでしょう。開拓地の最初、『老人と宇宙』の一家が開拓星に至った時の話も。

『天冥の標』でも、とんでもなく恐ろしい閉鎖社会の始まりが描かれました。

 それらがどれだけ参考になるか……

 

 また、帝国になるときに「枢軸時代(カール・ヤスパース)」といわれる巨大な変化があります。シャカムニ・釈迦と、孔子、ギリシャの思想家などが恐ろしいほど年代が近いのです。互いの文明の存在も知らないであろうほど遠いにも関わらず。

 

 ばらばらの自給自足村多数から、何万人も集める帝国になった、という、歴史書が始まる以前の文明の、人間そのものの質的変化。

 これはユーラシアでも、中南米でも独立に起きたことです。

 目立たなかった場所も多くありますが。

 

 

 同じような大きな変化を、人類は何度も経験しています。文明が試練にあう、とA・J・トインビーは言います。

 そしてSFは、未来の人類に待ち構える変化を描いています。失敗することも多いです。

 今の人類も、大きな変革の中にいるといわれます。思えばもう五十年以上そういわれていますが。

 

『ガンダム』宇宙世紀は、多くの人を宇宙移民とした、そのとき人類全体が適応に失敗したように思えます。

『航空宇宙軍史』『月は無慈悲な夜の女王』、『銀河英雄伝説』のシリウス戦役なども、宇宙でゆがんだ権力構造が生じ、それに抵抗する戦いが生じてしまったと言えます。

『三体シリーズ』は、究極的には様々な試練に対し正解を選べませんでした。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国も、変化に対応しようとして生じたものでしょう。そしてローエングラム帝国に至る……何百年もの時間で、ゴールデンバウム帝国も変化が必要になったこともあるでしょう。また、自由惑星同盟も国家の命数を使い果たした、と何度も語られます。

 パルパティーン帝国も、変化に対応しようとしたのでしょう。

『銀河戦国群雄伝ライ』の、帝国からの戦国、戦国からの統一には、中国史におけるそれのように変化の面はないでしょうか?

 

 

『現実』での大きな変化である、帝国の発生……

 多数の自給自足の「群れ」、ただし交易があり、お互いに争うこともある、そして農耕牧畜が生じて急に伝播し、人口が増えた……

 その一つ一つの「群れ」は、独自の神を信じ、独自の儀式をしていたはずです。

 それは、昔見た忍者の描写のように合言葉で立ったり座ったりしない者を侵入者だと殺したように、敵味方識別装置になります。

 

 しかし、ある時期に、世界のあちこちで極端に人口が多く強い群れが生じました。

 そしてその群れは、近隣の狩猟採集民・遊牧民・農耕民を征服しました。

 皆殺しにすれば楽でしょう……『火の鳥 黎明編』で戦ったアリを見たニニギが言うように。しかし、それだと効率が悪い。敵を従わせることができれば、敵を皆殺しにして食料が増えたから子を間引かず育てられる、よりも短い時間で兵士・労働力を補充できるのです。それは人類という動物が成長が遅い、という物理的条件にもよります。食人を嫌うという精神的な要素もあります。

 人を、それも信仰や儀式、穢れ、その他が違う人を兵・労働力……奴隷にする。

 さまざまな違う人を、一つの大きい国家にまとめる。一つの大きい群れを作る。

 それが、人類文明の真の始まりなのでしょう。

 

 ここで、ひとつ仮説を。

≪人類にとって、人を家畜化・奴隷化することは、おそらく遺伝子に生得的に染みついている。大きい快楽になる≫

 という感じがするのです。

 

 以前言語についてニカラグア手話の話をしたように、人の子供は人の普遍を覗く窓……

 そう考えると、人の子供は、あまりにも「いじめ」を好むのです。

 そして「いじめ」は、「奴隷化・家畜化」ととても強く共通しています。ついでに「呪術」とも。

 軽蔑する。人格を否定する。暴力をふるう。穢す。恥をかかせる。財産を奪う。命令通りに行動させる。性的虐待も。

 それらは、最終的に競売し売却することを忘れているだけで、奴隷商人が新しく手に入れた奴隷を、壊してちゃんと従う奴隷に作り変えている……と考えると不思議と納得できるのです。

 人間にとって、人を、あるいは家畜化できる動物を奴隷化する・完全に従う存在に作り変えることが、とても生得的であり……その過程である行動に強い快感を感じる……

 また、群れで作った勝手なルールを押しつけ、それを破ったら罰する、という感じも強くします。

 しかもそのルールには、呪術的な「穢れ」の感じがあるように見えます。だからこそ完全に同情心がなくなり、普通の子がおぞましいほど残虐になる。「自分の群れの一員でない者に対する無限大の残忍さ」が、多くの歴史上の虐殺で、人間の普遍と確信できるように。

「いじめ」の事例からは、生贄、という言葉すら浮かびます。

 これは作業仮説にすぎません。

 しかし、「いじめ」をとても納得させてくれるのです。

 また、とても多くの遺跡で、かなり古い段階から奴隷や生贄の痕跡も見つかります。

 

 

 ここからのことを考えるには、ふたつ切り込みたい切り口を考えています。

『呪術・魔術』と『人類のバックドア』。

 それから次回以降、世界観や地図・暦・貨幣・身分なども考えていきたいと思います。

 

 

 

『呪術・魔術』

 

 かなり普遍的に、人間には呪術・魔術・宗教・神話・儀礼があります。

 世界がどのように創造され、今に至るかを描く神話。

 人が死んだらどうなるか。

 人が生まれ、成長し、女なら初潮を迎え、つがい=結婚し、子を産み、育て、死んでいく、それぞれどんな儀礼が必要か。

 死者をはじめとする恐ろしい魔物を避けるためには、どんな行動をしなければならないか。

 何を食べるか。

 何を着るか。

 何を持つか。

 何が禁じられている……タブーか。

 どの神を拝むか。

 どの言葉を使うか。どの文字を使うか。

 魔術、歌舞、詩歌、暦にもつながります。それは古代においては、政治の主要部分でもあります。日本平安時代の天皇や貴族の仕事・政治とは和歌を詠むことだ、ということすら聞いたことがあります。

 

 魔術というと今の日本の若者にとっては、それこそ呪文を唱え印を結んで火の玉を投げつける、戦闘兵器の面ばかり見てしまうでしょう。

 しかし、歴史的に民話や半神話の中で、それをする魔術師は実に少ない。神々が雷電を投げたりする、また逃げる時に櫛や呪符を投げそれが沼などに変わって時間稼ぎになるパターンぐらいです。

 攻撃的な魔術というなら、呪詛があるでしょう。また毒薬術も魔法の一種とされます。毒矢を作るのも立派な攻撃魔術です。

 

 魔術の目的としては、まず占い……予言、どうすればいいか知ること。どの方向に狩りに行くか、何日に種をまくか、どの近所の群れと女を交換して結婚するか……あらゆる判断、思考と不可分なもの。

 占いが昔の人類の、政治や軍事でどれほど重要だったか、想像を絶するものがあります。中国の古代の歴史でも、古代ギリシャローマでも、何をするにもとにかく占い。占いがなければ何もできません。古い古代ローマでは、貴族の地位と鳥占いをする権利が密接に結びついていました。

 

 また、防護。幼い子供が普遍的に恐れる怪物、それはずっと人類にとってはリアルな脅威でした。

 実際問題、近代のつい最近までは、10人産んで2人生きればものすごい幸運。日本でも1950年ごろより前に生まれた人たちは、兄弟姉妹が4人以上いて、一人は死んでいるのが当たり前です。

 様々な野獣。食中毒。病気。同じ人間という恐ろしい敵。同じ群れ、家族であっても殺し殺されることもある。

 死んだ人の霊。自然、洪水や風。火事。凶作、飢饉。

 ありとあらゆる脅威があります。

 

 恐ろしい何かを遠ざけようとして、人は「穢れ」を避けることをします。

 人の不潔感・嫌悪感は不思議で、たとえば幼児は糞尿に対する嫌悪が低いですし、風呂もトイレもない革命前のベルサイユのように人は慣れ次第で信じられないほど不潔な生活が可能です。

 しかし、常に何らかの「穢れ」を人は感じ、強く避けようとします。

 窓から糞尿を捨てていたヨーロッパの人も、教会が避けろと命じたことには従ったのです。

 カースト制度の本質は浄・不浄ですし、旧約聖書の律法も、その発展変形と言えるイスラム教の戒律も多くは不浄・穢れです。日本の神道も穢れを避けることが多いです。

 

「穢れ」は小さい子から、「えんがちょ」として見られます。

 それは実際の伝染病にとても似ています。ごく微量でも穢れを失わない。穢れに触れた人間、その人間が触れた物体もすべて有害になる。

 それは、その人に対する同情心を完全に消し去るものでもあります。

 

 穢れを避けるために、これとこれは食べたり触れたりしてはならない、これとこれはしてはならない、言ってはならない。心の中をこうしてはならない。……それらはきわめて原初的な、宗教であり、法です。

 宗教と法律、法と道徳の区別がまったくない、元からの法です。

 

 また、魔力のある「物」、「呪物」を用いる霊的脅威からの防護もあります。子供の安心毛布のように、子供は形のない恐ろしいものから自らを守ろうと、何よりも親といたがり、それができなければ安心にかかわる何かを、所有し常に身に着けようとします。魔術・呪術と意識してではありません。

 逆に、後述のように公、人を支配しようとする他者……いじめっ子、宣教師、新兵教育軍曹などは「呪物」を、執念深く奪います。

 

 縁起、ということも人間にとってかなり根源的です。特に生命の脅威が大きい時には、運を操作しようと人はあらゆることをします。そりゃもう矢が誰に当たるか、を操作できれば事実上無敵です。

 

 社会の規模が大きくなっていくと、かなり普遍的に「生贄」が行われます。

 人間や動物を、殺す。時には大きな苦痛を与えて。時には素早く喉を切って。

 膨大な数を殺すことも多くあります。

 殺した死体を食べることもあります。人畜問わず。肉として分配する、それが支配者の重要な仕事であることも多くあります……劉邦の功臣の一人は、生贄の肉を分配するのが的確だったから、と見いだされました。

 

『タイラー』では、ラアルゴンではかなり生贄儀式があるようです。敗北した将が、幼い皇帝アザリンが飼う多数の巨大動物の一つの生贄として捧げられる判決を受け、本人も名誉だと喜んでいたようです。

 他に生贄がある……『スターウォーズ』非正史のユージャン・ヴォングも生贄を求めました。

 

 生贄と、単純に他者の苦痛自体を楽しむことはどの程度同じなのか……人にサディストがあり、誰にでもある程度サディズムがあり、戦争で無用な苦痛を与える虐殺も多いのは、生贄の底にある感情が人にとって普遍的・生得的だからでしょうか?

 では地球人以外は、無用に捕虜を虐待したりはしない……と思いたいものですが、実際には多くの作品で異星人は地球人より残虐です。

 要するに、欧米人が自分は残酷ではない、野蛮人は残酷だ、と思いたかったことがいまだに続いているんでしょうね。

 

 生贄と刑罰の関係もとても重いものがあるでしょう。

 

 旧大陸の人類史では、中国でも中東でも広く膨大な人の生贄が見られます。それが動物の生贄だけになり、さらに生贄が減っていく傾向があります。

 ……近代文明の人が進歩という考えを持ち、原始的な文明を軽蔑するのは、そのこともあるでしょう。

 スペイン人が新大陸で激しい憎しみをむきだしにしたのも、啓蒙思想家がヨーロッパ人以外の人権を否定したのも、人を生贄にすることを嫌う激しい正義感情がありました。

『火の鳥 ヤマト編』では、人を生贄にすることを終わらせるために主人公は恩人を裏切り、自分と恋人の命も捧げて戦い抜きました。

 

 また生贄にも関連しますが、原始部族の通過儀礼や、宗教における激しい肉体的苦痛を伴う修行も多く、特に過去の宗教で見られます。

 それも生贄同様減ることのようです。

 

 祭り、歌舞、飲酒、賭博、売春なども魔術と強いかかわりがあります。だからこそ、国家ができたときにそれらは厳しく規制され、禁止されます。

 古代の法の多くは、「政府の許可なく魔術を使うな」という言葉で理解できてしまうのです。というかナチスドイツではヒトラーの、占星術的分析はそれ自体が犯罪だったとか。

 

 

 もう一つ触れておきたいのが、儀式の普遍性の一つ、パレードです。

 パレードは、現代でも軍事的な行事として行われます。多数の兵器が車で広い道を走り、巨大な砲身やミサイルを見せつけます。

 皇室の結婚式、また即位式でも、道路をオープンな馬車で走るパレードがあります。

 ディズニーランドなどの中でもパレードがあります。

『老人と宇宙』のジョン・ペリー、『真紅の戦場』のエリック・ケインなど戦争の英雄も、群衆の前でパレードをしました。それは古代ローマでの凱旋式以来、軍人に対する大きな報酬となります。本人はどちらもものすごく嫌がりますが……仲間の犠牲、腐敗した政治家たちやそれを支える民を思うとやりきれない。『クラッシャージョウ』のジョウチームも救った星で英雄扱いされ、パレードをさせられて、それを強烈に嫌っています。

 パレードの変形として、叙勲儀式があります。『スターウォーズ』のEP4、『銀河英雄伝説』や『タイラー』でも多くあります。それは、戦った本人の功績を認めると同時に、支配者のほうが上であることを確認する儀式です。

 

 パレードは宝塚歌劇の舞台用語でもあります。

 公演の最後、またショーの中ほどでも、スターたちが最高に豪華な服を着て集まり、客席に近い銀橋と呼ばれる舞台の前縁に並んで立って歌い、観客に手を振る。ランドセルと呼ばれる、孔雀のように様々な羽を背負って飾り立ててすらいます。その羽は、それこそ天使の翼や、仏像の光輪ともとても似ています。

 それは、現在の日本の皇室の、年始などの一般参賀ともほぼ同じです。多数の観衆の前に、あれほど豪華な服でなくても高価なティアラなどをつけて立ち、手を振る。

 さらに、テレビなどで見かけるローマ教皇が海外に行って人々の前に出るときも、むしろ宝塚に近いほど豪華な服を着て歩き、手を振ります。人々の中に入り手を握り話すこともあります……宝塚歌劇でもまれに演出として、スターが客席通路に入り観客と直接握手することもあります。

 

 軍。皇室。ローマ教皇。宝塚歌劇。……同じように、人々を集め、一段高いところに立ち歩く……とても深い共通性があるのです。まちがいなく古代から。

「私(われわれ)は神(々・その代理人)である。私(われわれ)を愛し、あがめ、服従しなさい」という。

 

 

 宗教には旅、巡礼という面があることも重要でしょう。聖なる地などに行きたがる。

 古代のユダヤ教はエルサレムの神殿、その中の至聖所という唯一完全に清浄である場を事実上信仰の中心としていました。

 それが破壊されたとき、律法を中心にユダヤ教自体を作り直せたことは奇跡的とも言えます。

 キリスト教の、エルサレムという聖地に対する妄執は多くの戦争を生み出しました。クリミア戦争さえ、ロシアがエルサレムを欲しがり、イギリスがそれを止めたがったからともいわれます。イギリスは結局エルサレムを手に入れたのです。

 イスラム教はメッカ・メディア・エルサレムという聖地と事実上不可分です。それで、どちらがメッカの方向なのか苦慮する宇宙戦艦作品も多く見られます。

『彷徨える艦隊』では地球、特に地球の太陽が、命ある星の祖とされ神聖視されます。

『銀河英雄伝説』でも地球教が地球を聖地とし、地球への巡礼を利用して信者を洗脳していました。

『タイラー』でも、ラアルゴンの赤色巨星となっている主星そのものを崇拝する宗教が跳梁しました。ましてそれを爆弾として使うなど容認できるはずもありません……艦隊で攻めてでも、計画を阻止した結果全人類が死んでも。

 

 

 宗教の誕生自体は、覚えている限りでは……

『造物主の掟』でペテン師が生物と同じ生殖と思考をするロボットに十戒に似たものを与えました。

『火の鳥 太陽編』で過去の天武天皇・未来の反乱者両方が、支配のために人工的な宗教を作って強制しました。

 宗教ができていくところは描かれていませんが、『エンダー四部作』ではエンダーがペンネーム「死者の代弁者」で書いたバガーの女王蜂・政治家ピーターの生涯を描く本を書き、それから〈死者の代弁者〉という非神秘的宗教が生じました。航行方法の都合で長い寿命を持つエンダーは、ある時期から〈死者の代弁者〉の聖職者として活動しています。

 

 多くの、狩猟採集・牧畜・農耕をしている群れを征服し統合する……それは、別々の儀礼を行い、別のものを食べ、別のタブーや宗教的な法を信じ守る人々を、同じ国・同じ軍・同じ堤防建設集団にしなければならないということです。

 その困難こそが、「枢軸時代」を作り出し、世界宗教を生み出したともいえるでしょう。

 

 たとえば葬式では豚肉を食べなければならない集団と、豚肉に触ってもいけない集団。このふたつの出身者を同じ海軍に入れたら?豚肉を配給する、豚肉など手に入らないところで戦死者を弔う……どちらも不可能になります。

 ならば、一番簡単そうなのは支配群れの食べ物・ルールを押しつけ、それ以外を全部否定することです。

 ただしそれをすると、徹底抗戦が多くなります。ただでさえ税も取られるのに、人間にとって最も嫌なことである、タブーであるものを食べるとか、儀礼や信仰を否定され別の神を拝むことを強いられるとかは耐えられるものではありません。

 

 さまざまな帝国を見比べる中、宗教や生活様式、法について寛容かそうでないかは非常に難しい問題です。

 バビロニア帝国などは比較的寛容だったことが知られています。古代ローマ帝国も、キリスト教はちょっとルール違反だっただけで、それ以外の信仰にはかなり寛容です。

 イスラム帝国も実はかなり寛容です……今の不寛容のイメージは政教分離の近代国家との対比もあり、近代の中で苦闘していたり、イスラエルの建国で頭が煮えたりして極端になっていることがあります。

 逆に不寛容がひどいのがキリスト教。中でも中南米を侵略したスペイン帝国。

 

 ギリシャ神話や日本神話などの多神教は、征服した群れの神を、征服者の神々の一人として迎え入れたからとも言われます。

 ちょうど、人が敵を降参させ、自分の家に入れて家内奴隷として家事をさせ、妾として子を産ませるように。

 日本神話では国譲り、国津神が天津神に降参して隠れたり仕えたりもします。

 

『叛逆航路シリーズ』のラドチ帝国は、大英帝国をまねて非常に微妙な線を通しています。

 

 

 それこそ現代の小学校でも、なになにが嫌いだ、と食べるのを拒む子に対し昔は激しい体罰・放課後まで皿の前に座らせるなど虐待で、食うことを強要しました。

 食わなくても死ぬわけではない?いいえ、国が亡びるのです。

 これは近代国家でですが、学校の本当の仕事は、子をすべて兵士にすることです。国民にする、労働者・主婦にする、でもあります。

 それこそ、第一次世界大戦までの、横一列に並んで銃をこちらに向けてくる敵に向かって、逃げるどころか歩調を変えることもなくゆっくりと、指先まで伸ばして歩く兵士を作ることです。粘土を型でプレスし焼いて均一な工業製品を作るように。

 薩摩の若者と会津の少年が海軍の同じ船に配属された。故郷ではこれを食べてはならない、というわがままを認めたら、戦闘力も結束も失われます。

 同じ釜の飯を食べることは、極めて強い絆を作るのですから。

 後に詳しく考えるかもしれませんが、方言の禁止も当然、同じ船で命令に従い、共同作業をし、戦うことができるようにです。

 ひとつの艦船、ひとつの軍にならない……もし同じ故郷の仲間同士強く結束したら、それは反乱につながりかねません。

 人を兵士にしなければならない。わがまま、人格そのものを破壊して、絶対服従を叩きこむことが必要なのです。アレルギーで死ぬと医者が書いても、個人の命は鴻毛より軽く国家は泰山より重い、あくまで強制すべきだとつい最近まで、いや今でも膨大な人数が殺されとがめもなかった、と確信できるほど。

 

 それこそ上官・先輩の命令であれば、文字通り何であろうと絶対服従することが、国家・軍隊・勝利のためには必要とされます。

『宇宙の戦士』で伏せて固まれと言われれば蜂の巣の上であろうと、動いたものへの懲罰は変わらない。

『彷徨える艦隊』のシンディックでは、「服従!」という叫びを聞いたらたとえ体を貫かれても身動き一つしてはならない、破ったら家族が拷問処刑される、というおぞましいまでの服従が描かれたものです。

 

 そのためにも人を作っている、出身群れのタブーや儀式、個人の好き嫌いや恋愛感情や信念、それらを破壊する……

 

 それは、人を支配する方法なのです。

 そうであるほうが世界がきれいだ、という支配者たちの魔術的な感情もあるのでしょう。ちゃんと、二重盲検法の医薬品のように効果が検証されたとは思えません。

 

 上述のように、本や文化財を焼き破壊することも。

 敵の神を破壊して自分の神を勝利させる。別の神に関する本や飾りなどの、「穢れ」たものを炎で清める。

 自分の勝利を、敵に見せつける。「呪物」の破壊によって、敵の心を、信仰を、闘志の源を破壊する。

 それで、勝った側は「世界がきれいになった」と感じる。

 

 だから、人はこれほどまでに、とてつもなく本を焼くことを好むのです。

 筆者がこの上なく嫌うことですが……子供の拷問、科学の抑圧、生物の絶滅、人類の滅亡に並んで。

 

 

『人類のバックドア』

 

 以前も言いましたが、人類は操ることができる。支配することができる。

 

 なぜ少数者が多数者を支配できるのか。

 暴力で勝てるはずがないのに。

『サピエンス全史』にその本質が暴かれています。

 要するにフィクション、物語で団結することが地球人の重要な性質だと。

 それはたまたま、進化が要求した150人よりはるかに多い……チンパンジーにはそんな何かはない。チンパンジーを、あちこちから集めてレストランや満員列車に人類と同じ密度と数で詰めたら、耐えられず激しく争ってしまう。

 だが、人類は物語を使うことで集めて、ピラミッドの巨石を綱引きのように多人数で引くことができる。

 並んで、敵と戦うことができる。

 だから、一対一の裸で戦えば戦闘力はチンパンジーのほうが上なのに、人類は何十億人、チンパンジーは絶滅危惧……。

 まあ、洗脳の部分が落とされている気がしますが。

 

 物語で強く結束した少数者は、烏合の衆が多数でも各個撃破し、物語を強要できる。

 少数で集まり、多少の暴力を恐れない……「たとえ死ぬのが自分であっても、群れのためであるならいい」となる。

 

 逆に、支配される側を結束させない、烏合の衆のままにする。

 自給自足の小さい農村で分断させ、一生村から出ないようにする。……商売の荷物運びなどは別にする。

 愚かなままにする。教育を禁じる。

 

 分断する。

 分断して統治せよ……古代ローマ、そして大英帝国の根本。

 公立小中学校で、「別のクラスの友達と遊ぶ」こと自体を教師は嫌がります。本当は禁止したいのですが、それはあまりにもきついのでやんわりと反対するにとどめることが多いです。

 責任問題もあります……暴力沙汰になったらどちらの担任が責任を取るのか。

 まして別の学校など……

 人を小さい群れに分け、その群れどうし争わせる。さらにシンボルも加えれば、『ハリー・ポッター』の各寮ですし、軍隊も寄宿学校もあらゆる形でやります。

 

 

 さらに、「われわれ優れた少数者は、おまえたち劣った多数とは違う、神々である。だから服従せよ」というメッセージを叩きこむこともできます。

 実際に少数は多数を支配できます。

 しかし、完全に別の種だとすることはできません。

 幸か不幸か地球人が遺伝的に均一で品種改良が出ないこと、近親婚の害が大きいこと、と物質的なこともあるでしょう。

 また、貴族たちの中でも罪を得た者を奴隷に落とすことはよくあるので、完全に別の種なのだ、とするとどこかで矛盾が出てしまうのです。

 

 

 人を奴隷化する方法が、驚くほど有効である……それも現実でしょう。

 バックドア。

 コンピュータにある、特定の弱点……特定のプログラムを入力することで、コンピュータの支配権を奪ってしまえる。

 それが兵器や大規模設備を制御するコンピュータであれば、とんでもないことになる。

 まして、人と一緒に働いている人間型のロボットを支配すれば、もっとひどいことになる。

 さらに、人間そのものもある意味ロボット……そのロボットを、支配してしまえば。

 普通なら人がやらない、本人にとって不利益になることを、させてしまう。人を道具にしてしまう。

 

 そんなバックドアは、人間にはとてもたくさんあります。

 人間は生得的に、奴隷化されることもできるし、奴隷化する側になることもできる、としか思えません。認めたくない不都合な真実ですが。

 

 多くは上述の、精神支配に関することで検討しています。

 

 

 それに少し付け加えを。帝国・原始国家以前の、人間が進化してきた狩猟採集生活からについて、歴史書などで不満を覚えることがあります。人類に、性別や様々な精神疾患・人格障害があることを無視していることです。

 人間が、精神病の意味で多様であること。

 ほぼ全員が夢を見、さまざまな幻覚もあること。

 まず男と女による精神構造の違いはとても大きい。……どちらでもないと言える存在の精神構造については知りません。

 そして、千人の同じ人種の同世代を単に集めただけでも、知能の高低、様々な精神疾患、人格障害はほぼ一定の比率で、相当昔であってもいたはずです。

 知能指数自体が本質的に確率分布、つまり千人の中にはすごい知能の持ち主も、知能が低すぎる人もいるはずです。

 統合失調症であれば、たとえばシャーマンなどの適性があったでしょう。

 統合失調症・うつ病、またサイコパス・ソシオパスなど人格障害も、1%はいる…100人から150人の群れでも、一人や二人はたいていいる、ということです。

 それはかなり、統計的に普遍的です。それこそ連続殺人犯さえも、大人口の中では常に出現するようです。ソ連は、連続殺人鬼など資本主義の弊害だ、我が国にはそんなのはいない、と主張して捜査を抑圧し被害を拡大させたことがあります。

 それらは歴史の中で重要ではなかったとでも?

 今メジャーな精神障害では、アルコール中毒は文明以前、また豊かになる前は存在が難しかったにしても、蒸留酒のある文明の王侯貴族では現在とあまり変わらない、遺伝子に支配される人口比になるでしょう。

 特にサイコパス、さらにダークトライアド……マキャベリズム、ナルシシズム、サイコパシーの統合体。これは人類の権力構造に重要な働きをしてきたのでは?特に高知能型のダークトライアドはまさに人間を支配するための上位種のようにすら感じられます。

 

 ある種の悪党が、ある種の精神の働きが弱い人を支配することの強さ……特に悲惨な女性の社会問題についての記事で、よく見かけます。

 また、ジャック・ロンドンのような成功者であっても、何度も騙され、膨大な財産を取られてしまう話を聞きます。今のアメリカでもスポーツ関係で多くのスターが引退後破産していますし、近年は著名なアダルトビデオ女優に関する悲惨なニュースを聞いたこともあります。

 

『スコーリア戦記』のユーブ帝圏の貴族は、遺伝子改良で作られた、極めて高い知能と、特殊なテレパシーを持つ、サディストです。だからこそ人類世界の多くを征服し、情報戦でも明らかに勝利しています。

 あらゆる作品に、さまざまな異常人格の統治者が出てきます。

『ヴォルコシガン・サガ』では特にリョーバル大豪の異常性が際立ちます。異様な支配好き、部下全員を極めて厳しく管理し、拷問をとても好み、自分の財産を盗まれたり壊されたりしたら執念深く膨大な費用を注いで復讐しようとします。

『彷徨える艦隊』でもブロッホ提督やキラ艦長、またシンディック側の多くの悪い支配者ぶりが何度も描写されます。

 

 そして、善悪を裁いていいのかという問題も出ます。

『スターウォーズ』の、シス……ダークサイドのフォースを使う者はそれ自体が悪とされます。

 が、パルパティーンは有能に大帝国を牽引し、腐敗した共和国がそのまま崩壊したより死者は少なかった可能性もあります。反乱軍がなかったらユージャン・ヴォングのとき犠牲は少なかったのでは、と思ったのは筆者だけでしょうか?

 

 人を殺すこと、時には動物を殺すことにも、普通の文明人が持つ負の感情。

 逆に、サイコパスは平気ですし、良心を失った人間が唯一楽しむことです。

 フィクションや元軍人が書く小説にはしばしば、サイコパスとは違う、悪事をせず共感もできる、でも殺人に抵抗がない人格もあります。

『若き女船長カイの挑戦』では正当防衛であろうと上流階級では人殺しが嫌われ、カイは人を殺して快感を覚える自分におびえ、幼児期から正当防衛でも精神治療という名の虐待を受けたラフェが共感します。

『銀河市民』でも、主人公が海賊と戦い、砲撃し殺した経験を上流階級は否定します。海賊の存在さえ否定するほど。

 

 

 異常性格だけでなく、集団自体が邪悪になるという問題もあります。

『彷徨える艦隊』のシンディック、『レンズマン』のボスコーンなどはその内部もかなり描かれ、誰も信用できない、いつすさまじい暴力にさらされるかわからない恐怖政治におののきます。

『真紅の戦場』などでは、異常・邪悪と言える人間でなければ、上層階級で出世するのは不可能です。

 さらに、正義の側であるはずのイギリス・アメリカ軍、その延長の宇宙戦艦作品であっても、任務であれば実際には残虐である虐殺をためらわず遂行する……それ自体が、「集団が人を異常者に改造する」と言っていいと思います。それに抵抗できる人間はとんでもなく少数です。

 

 バックドア。

「なすべきことをせよ」という言葉は、人間の良心を根こそぎ消し去る魔法の言葉のようです。

『海軍士官クリス・ロングナイフ』や、『真紅の戦場』などで、「なすべきことをせよ」という魔法としか思えない言葉を聞いた人々は平気で人を殺す機械のようになります。

 それは今も、多くのまともな国の軍でも行われていることです。普通の家で両親に愛され、犬猫をかわいがり、スポーツに励み、恋人と優しく愛し合った人……多くは教会で深く神に祈る人……が兵士として「なすべきことをせよ」と言われるだけで、人を殺せるのです……多数の女子供が暮らす都市に、原爆や焼夷弾を落とすことさえ。

 

 ほかにも「あいつはゴキブリ(など汚い存在)だ」「あいつはおれたちとは違う」「あれは人間じゃない」「仕事だ」「契約だ」「利益のためだ」「おまえがやらなくても他の誰かがやる」「お前は命令に従っただけだ、お前に責任はないし罪も犯していない」「戦友の期待を裏切るな」「みんなやってるぞ」など、普通の人間も虐殺者に変える魔法としか思えない言葉、バックドアは人間には多くあります。

「穢れ」であること、「自分の群れの他者」であること。

 それに対して人間は、普遍的に同情を失い、まるで連続殺人犯が犠牲者を拷問して殺すように、普通の人間が簡単に幼児でさえも拷問虐殺できるし、軍など戦闘集団の質によっては全員が心から楽しむようになるのです。

「いじめ」においても、多くの子供が完全に同情心を失ったとしか思えない、怪物かと思うほど残虐なことを平然とします。

 

 集団が人を殺人者に変える、それは「洗脳」という人間にとって重要な営みもあるでしょう。

 特にオウム真理教や、ほかの様々なカルトについて、「洗脳」「マインドコントロール」の技術は多く語られています。

 その技術が、ブラック企業や比較的普通の企業の研修でも用いられているとも言われます。

 それは悪質な体育会系部活などにも共通するでしょう。

 映画『フルメタル・ジャケット』もそのわかりやすい例です。

 それは近代で起きていることですが、人間そのものは同じでしょう。

 

『現実』のずっと昔で、人を奴隷にしたり、子供を兵士に再教育するところはどのようにすれば知ることができるでしょうか。

 大航海時代の中南米におけるスペイン征服者、アメリカ南部やカリブ海の黒人奴隷の主側などの手記や本は入手できるでしょうか。

『ホーンブロワー』をはじめとする海洋冒険小説も、フランス革命時代の組織……特に貴族や中産上層出身の士官が、労働者階級を厳しく支配し一つの軍隊を作る、それをいろいろな面から丁寧に描いています。その延長であるいくつかのミリタリ小説にも、鞭打ちをはじめそのようなシーンが読者サービスもかねて置かれています。

 

 古代における教育は、スパルタをはじめとして古代ギリシャ・ローマで多くの史料があります。具体的な奴隷化については史料が乏しいですが……

 文化人類学は、さまざまな通過儀礼を研究しています。

 

 軍隊での厳しい教育はある程度上述です。

 

 まず、激しい暴力を加える。拷問も含まれる。

 髪を切る、装身具や服装を制限する。『宇宙の戦士』では美女も頭を剃るほど。

 髪を切るのも、その一部です。旧約聖書ではサムソンが髪を切られたら大力を失い、髪が伸びたら力が戻ったことがあります。

 

 私物を徹底して没収する。「呪物」、人が魔術的に自分を守る護符を取り上げ、無防備にする。

「呪物」が重要な役割を果たした印象的な話に、『孤児たちの軍隊』の主人公があります。いざというときのお守りに、とずっと精神薬を隠し持っており、ある訓練でそれを使って取り返しのつかない事故を起こしました。クビ当然の罪で、目をかけていた上官も失望させ、とても強い覚悟を主人公に刻みました。それほど、「呪物」は支えになり、また覚悟のなさ、軍に入る以前の人生とのつながりでもあったのです。

 子供たちは無意識に、「いじめ」の一環として、他の子が大切にしているものを奪い、時にはただ破壊し、唾を吐いたり踏んだりして汚したりします。人が嫌がることをする快感もあります。快楽のための性交渉が子という利益につながるように、相手がとことん嫌がることをすることが楽しい、それが人を壊し家畜化するという利益につながる、と無意識に適応としてできているのでは。

 その発展が、敵の文化財を徹底的に破壊することでもあるのでしょう。

 

 徹底した多忙、睡眠不足、長時間の運動。

 単調な言葉を言ったり、集団で単純な動作をしたりすることを繰り返す。

 極めて厳しいルールを命じ、守る努力をさせ、破ったら容赦なく罰する。その時は人格を否定する罵声をつける。

 どう見ても守れている、という状態でも破ったとして罰する。あるいは連帯責任で罰する。

 常に、「おまえは罰される、劣った、人間以下の存在だ」というメッセージを叩き込む。

 プライバシーなど、人の尊厳に関することを否定する。『孤児たちの軍隊』では刑務所でも許されないような、男女同一で壁のないトイレという恐ろしい状態に耐えねばなりませんでした。

 入る以前の、本人が持っている物語を破壊し、無価値な白紙に一度作り変えて、そこに「**軍の一員」という新しい物語を上書きする。

 

 まあこういう言葉を加えるより、それこそ洗脳やマインドコントロール、軍隊やブラック企業についての本を読むほうが早いでしょう。

『宇宙の戦士』『孤児たちの軍隊』などミリタリSFにも様々な形で描かれています。

 

 

 近代そのものを理解していく上で、軍隊、学校、工場、刑務所、病院、という多数の人を集め、生活させ、教え、何らかのことをするシステムの共通性を意識すべきでしょう。

 どれも同じように、同じ地位の従属する人を集め、一段上から上の人間が始動する。

 はっきりした上下関係。

 時計、遅刻に対する厳しい罰。

 私語の禁止、私事の禁止。フランシス・フクヤマによれば、アメリカの海兵隊では「I」という最初の英単語自体が許されないほど、「私」を禁じ否定するそうです。

 清潔と整理整頓。

 

 個人的には、それらはキリスト教の修道院の影響が強いと思っています。『政治の起源』でもキリスト教の教会が西洋に法の支配と民主主義が生じた理由として語られていました。

 キリスト教の教会は、たとえば聖職者階級を作らないイスラム教と違い、独自の法、内部での裁判、内部での出世、多くの仕事と収入、厳密な時間、教会同士の緊密な通信などがある、事実上の独立国だった……それが近代的な国家を作ることに関わったのだ、と。

 中国や日本の寺も、ある程度独立国として財産を持ち、内部の法を許された独立国でした。それが中国ではどうして法の支配に結びつかなかったか、また日本で法が尊重されるのとどう関係するか……禅寺の礼儀作法が、武士道・武士の礼・修行の概念と密接に関係するなどは聞きます。

 

 人が人を奴隷にする。服従させる。

 多数のバックドアをつく。

 

 別々の宗教などあらゆる違いがある人を、一つの帝国に統合し、同じ軍の仲間として戦わせ、集団で巨大な工事をする。

 服従させ、税を取る。

 交易を守る。

 

 のちには、宗教を押しつける。

 さらに、「枢軸時代」に人はどう生きるべきか、何が善なのか真剣に考え、ついには信じる神、食べていいものが違う人々が共存するためのことも見出す。

 黄金律。「己の欲せざるところを人に施すなかれ(論語)」「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい(新約聖書)」と、あれほどに離れていても共通の教え。

 ほかにも平和を望む、暴政を禁じる、民を大切にする、……

 さまざまな、普遍的な道徳がもたらされました。普遍的だからこそ、誰もが納得してしまうような。

 それは別々の神・習俗の人々を統合して帝国に従わせると同時に、帝国そのものを破壊するものでもあったのです。

『三体』で、地球人に警告を発した博愛の三体人のように。

『造物主の掟』では機械生命を搾取しようとした人類の思惑を、十戒に近い言葉を与えることで破壊したように。

「皇帝に従え、敵を殺せ、奴隷化せよ」とは矛盾するのですから。……特に征服者である皇帝と。

 また、アシモフの『ロボット』シリーズのロボット三原則も、黄金律の変形であり、それを守っているのが最高の善人なのかロボットなのか区別できないという謎にもなりました。

 

 ただし普遍的と言っていいほど広く見られる法・道徳には、農業は尊い・商工業は卑しい、利子を禁じる、というものもありました。

 科学技術の進歩を抑圧することも普遍的でした。

 試行錯誤、指数関数的な経済成長も、中国も古代ギリシャも嫌います。

 音楽を統制しよう、新しい音楽を禁じよう、という道徳もとても強いです。

 

 

 どの宇宙戦艦作品の、人類の国家もそのような過去を持っているはずです。

 確か地球人と共通の歴史を持っていない『スターウォーズ』『ギャラクシーエンジェル』『銀河戦国群雄伝ライ』も、それこそ南米大陸に行ってもそこには帝国があり貴族があったように、皇帝や貴族、軍隊があった……とても似通った遠い過去を持っているのでしょう。

 普遍的な道徳もあり、また虐殺者でもあるのでしょう。

 

 では異星人たちはどうなのか。

 異星人を含む帝国は。

 

 そして、それらのルーツを持つ人間の国には、どんな根本的な欠点があるのか。多くの国が滅びるのは、明治政府の欠陥が太平洋戦争で日本を滅ぼしたように、また戦後日本の欠陥が今日本の破滅を予感させているように、致命的な欠陥ゆえなのか。

 

 歴史書で語られることのない、人類の歴史の始まり。そこには何があり、どんな正の遺産や負の遺産を作っているのでしょう。




 誤解されたくないのですが、遺伝子や制度の強さを何度も書いていても、筆者自身は「それでもあえて人権人道を選びたい」という立場です。
 筆者が読んだ限りのリチャード・ドーキンスと同じく。

 ジョセフ・ヒースや橘玲、新自由主義系論者から見れば間違っているのでしょうが。

 人権人道自身は、科学のためにも必要だと思います。
 ただし、科学は進歩と関係ないマンハッタン・アポロ型は間違いだというマット・リドレーらもいますし、科学技術の進歩はもう終わったんだと事実上言っている人も多くいますが。


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世界・暦・地図

 世界の全体像に対する関心。天文に対する関心。

 それは科学の入り口であり、生きるために絶対必要でもあります。

 始皇帝の焚書坑儒も、医・占い・農の本は除外されました。それを奪えば人が生きられないからです。たとえば無人島で星占いの本があれば、星座から季節がわかるので農・狩・漁すべてに有利でしょう。農業が尊いというか農業以外は許さない秦帝国だからこそ、占いは一つ一つの村が知っていることが必要だったのです。

 

 また、世界全体に対する関心の有無……それは近代の入り口で、様々な文明の盛衰を決めたと言ってもいいでしょう。

 ムガル帝国やイスラム帝国は、インド洋でポルトガル商人が暴れていることに鈍感だったからこそ敗れました。一度連合軍を作って攻めようという計画はありましたが、タイミングが合わず失敗したそうです。交通・情報、また統治や外国を扱う思想など多くの問題が出てきます。

 明清も、西洋という蛮族に無関心だったからこそ、手遅れになり敗れました。

 逆に日本は、ある程度世界について関心を持つ人もいたし、関心を持つなという権力もそれが全部ではなかった、抑圧しきれなかったからこそ何とか間に合ったと言えます。

 ロシアも、本質的に鎖国が不可能だったから助かったともいえます。ロシアにとっては、ロシアを中東やヨーロッパから切り離す峻厳な山脈や地中海・ドーバー海峡のような水濠は何より欲しいでしょうが、それがあったらあったで西洋化できず敗者となった可能性も大きいのです。

 

 世界。世界の地図。天文。さらに宇宙観。

 それは宇宙戦艦作品の各国も大きく支配しています。

 

 

 天文台の重要性は上述です。『宇宙戦争』『宇宙戦艦ヤマト2/さらば』『タイラー』『三体』など、また技術水準が低くても『コンタクト』をはじめ多くの映画で、天文台から話が動きます。

 

 そして中国もイスラムも、天文台・天文時計を破壊したこと、それが文明全体での衰退の始まりとなったと言ってもいいでしょう。

 唯一ヨーロッパは、北海の貿易や水産が常に儲かったこともあり航海術・天文学を高め続け、その結果新大陸を発見したこともあり、文明の勝者ともなりました。

 

 同じような葛藤は『現実』のどの文明にもあったでしょう。また宇宙戦艦作品でも。

 

 

 暦そのもの、何暦を使うか、それをどう計算するか、それ自体がとてつもなく重要なことです。

 暦は大魔術でもあります。究極的には日食月食を予言するというとんでもない予言でもあります。『ソロモン王の洞窟』で、天文ノートを持っていた西洋人が、日食の予知で神と認められたように。『天地明察』で当時の朝廷が使った暦が日食を予言できなくなった不満が改暦のきっかけとなり、また最初の試みが予言を外したことがあるように。

 特に古代では日食月食だけで戦争の帰趨が変わった話があるほど、天文の影響力は巨大でした。

 普段の生活でも、特に太陰暦の月齢は、潮汐に密接に関わります。船を扱う人にとって潮の満ち引きを知ることはまさに死活……浅くなったら船底に届き座礁全滅になる暗礁もどこにでもあるでしょうし、潮が引く力で出港することも常です。だからこそ新聞の天気欄でもラジオの天気でも、毎日月齢もあるのです。月で夜が明るいかどうか、それだけでも街灯がない時代には、旅ができるかどうか、山賊にとっては襲いやすいかどうかを大きく左右するでしょう。

 

 現実に西暦は西洋文明、キリスト教中心の世界そのものでもあります。復活祭という重要な祝日があり、それを正しく定め、世界のどこでも同じ日に祝えるようにするため、常に難しい計算が必要になります。ヨーロッパキリスト教文明が天文学や数学を否定せず、科学水準が高かった、ひいては文明競争の勝者となった大きい理由の一つとも言えます。聖職者という高度な学問を持つ階級に膨大な富を集約し続け、独立に研究教育を続けることも必要としました。

 イスラム教のヒジュラ暦は、完全太陰暦を選ぶことにより、聖職者階級がないにもかかわらず広大な領域で暦を一致させ、しかも潮汐がわかりやすいため交易にも都合がいいという離れ業に成功しました。ただしそれは科学水準が低いままでも機能してしまうため、科学水準の衰えにもつながりました。一年の長さが太陽暦と違うというのも、西暦世界と接触し続けるなら大きなデメリットとなります。

 中国は暦計算を皇帝スタッフが独占し、宗教に決して譲らなかったことで、宗教団体が独自の法と経済を持つ集団となることが抑えられ、結果的に法の支配がある社会を作らせませんでした。中国は宗教性が薄めであるわりに、天という非人格神が皇帝と直結しているという奇妙な、支配魔術制度でもあるからこそです。日本もですが、元号という時間支配システムも大きい発明でした。

 江戸時代の日本には、客観的に見て相当正確な暦や地図を作る能力がありました。独自に発達した数学などが、それなりに優れていたということです。それが、明治維新後の日本の成功と関係していないでしょうか?

 

『現実』のいくつもの古代帝国においても、それぞれの暦、それを支える天文学が極めて重要でした。

 古代エジプトは、ナイル河の洪水に依存していました。沃土に埋もれた畑が誰のものか決めなおすための幾何学に並び、いつ洪水が始まり終わるかを決める暦も重視され、高度に発達しました。それはピラミッドの内部の天文学知識、アレクサンダー以後ですが地球の大きさをうまく測るなど高度な天文学とも直結しています。

 バビロニアも天文学に優れ、60進法や黄道十二宮などは現代の、占星術のみならず天文・暦そのものを強く支配しています。

 ユダヤ教からキリスト教に、七日に一日の安息日が受け継がれ、それも近代西洋に継がれて現代の人々の生活をとてつもない強さで支配しています。それこそ、西洋文明の支配の歴史を見るには、世界各地での七日周期暦生活こそ法や洋服、鉄道と同じようにいい観測点になるのでは。

 コロンブス以前中南米も、極めて高い天文・暦がありました。ただ、それは科学技術・戦闘力には結びつかず滅ぼされましたが。コークス製鉄で栄えた南宋がモンゴルに滅ぼされたように、科学水準が必ずしも戦闘力に結びつかないことも歴史では多くあります。

 

 暦には多様な宣言・メッセージ・権力の意味もあります。

 人間を支配するフィクション=物語、アイデンティティ=自分が何か、どの群れに属するか……それと暦が深くつながるため、支配の方法としてもきわめて重要なものです。

 祝日もそれに強くかかわります。例えば戦後日本では、建国記念の日を祝日にという激しい運動があり、それが右翼・保守派を運動集団として鍛え上げ、近年の勝利にも結びついています。現在も「昭和天皇の天皇誕生日」が「みどりの日」から「昭和の日」となるなど、保守勢力の強さをアピールし続け、生物にエサを与え続けて生かすように右派運動を生かし強めています。

 征服者の暦を使わないこと、それ自体が抵抗のシンボルにもなります。あるキリスト教系私立校では、建国記念日は休みとしません。受験で休みですが。

 民間と政府で違う暦が使われることも多くあり、それはその社会が統合されていないことを強く示します。

それこそ『現実』の日本でも、今も元号と西暦の争いは激しいものです。まして軍国主義が強まってから敗戦までは元号・西暦・皇起も、内戦よりひどい争いがあったでしょう。

『現実』の近代でも、フランス革命は以前より全く違う世界だ、というためもあり、革命暦を作りました。そちらは大失敗でしたがメートル法は成功した、というのが興味深いところです。

 ソ連も暦を作ったそうでしたが、うまくいかなかったようです。

 イランも、オスマントルコとは違う独自の文明だというアイデンティティとイラン暦が結びついており、イスラム原理主義の革命後イランさえヒジュラ暦ではなくイラン暦を用いています。

 他にもインド国定暦、北朝鮮の主体暦などもあり、多くの独立運動・民族運動・革命などと暦は結びついています。

 日本の明治政府がグレゴリウス暦を採用した、それ自体が西洋文明に両足とも移すという強い宣言でもありました。

 日本でも中国でも、旧暦、旧正月や旧盆は面倒な問題をいまだに作っています。

『天地明察』では、江戸日本の武家が正しい暦を作る、その重要性が様々な方向から描かれています。

 暦を作る能力を失い、元朝であるだけで不吉と否定するほど遅れた朝廷。中国の権威からの離脱。キリスト教と関係しかねないため禁断知識である西洋天文学も使う武家の主人公。

 天を支配する権利を、朝廷から武家に移すことの恐ろしさ……最悪不倶戴天の全面戦争、また莫大な金、巨大な利権にもなる。膨大な和算の知識と、知識の権利、前進を望む人と嫉妬し非難する人。知そのものを否定する武士道。林羅山や新井白石など幕府側知識人が西洋の科学に触れたときの反応も思い出されることです。

 主人公が前半生に積み重ねた、無論暦作りにも必須だった業績に全国を歩いての天文観測自体、地図作りとも直結していますし、日本独自の占星術の構築もありました。

 

『銀河英雄伝説』では宇宙暦、帝国暦、新帝国暦と多様な暦・年号があり、それ自体がそれぞれの国のアイデンティティを強く作っています。

 帝国暦自体が、以前とは別の世界、秩序なのだという宣告でもあります。新帝国歴も同様のメッセージです。同盟も帝国に対するアンチテーゼとして宇宙歴を続けています。ルドルフの誕生日など多くの祝日がそれぞれの国にあります。

 また、さまざまな惑星に住む人類にとって、地球の西暦由来の生活が非常に不便になることも語られています。その星の自転周期が24時間より大幅に長かったり短かったりしたらどうするんだ、と。西暦由来にしてもその星に合わせても大きな支障があるのです。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国では、帝国の日という祝日があります。もちろん帝国の暦も。ヤヴィンの戦いを原点とするBBY/ABYすら使われているようです。

 

 また人類の宇宙進出、それ自体を新暦・年号とする作品も膨大です。

『ガンダム』は宇宙世紀、CE(コズミック・イラ)など歴史時空を別にするシリーズごとに暦・年号があり、それこそ暦の名で時空を指定することすらできます。また、年表を作り歴史を創作し、ファンの想像も組み入れて年表の穴を埋めていくという技法それ自体が、ガンダムシリーズのヒットにつながる重要な要素だったとも言われます。

『スーパーロボット大戦OG』も新西暦を用いています。

 核戦争などの過去がある諸作品も、多くは新しい暦・年号を用いています。それこそ膨大すぎてすぐには調べられない。もう何年もかけて、あらゆるSF・SFアニメを見返して調べ直すべき話です。

『三体シリーズ』も、危機紀元、抑止紀元……といくつもの暦・年号で時代を区分しています。

 印象が強いのが、『すばらしい新世界(ハックスリー)』のフォード暦です。フォーディズムこそが、要するに第二次大戦以降の時代の中核であることを見事に洞察した、と。

 

 それこそ、あらゆるSF・SF映画ドラマ・SFアニメの「暦・年号」全部集めて、それだけで一冊の本は余裕で作れるでしょう。

 

 

 

 考えてみれば、宇宙SFの相当部分の目的は探検・探索です。

 

『マップス』はタイトル通り、まさに地図が核心にあります。地図が記された石を手に入れ、地図をたどって世界を知るための旅に出る、と。

『宝島(スティブンソン)』など、宝の地図に関する無数の作品にも通じます。『無限航路』もそれに入るでしょう。

『機動戦士ガンダムUC』は、ラプラスの箱という宝の地図に向けた案内にそって話が進みます。

 

 大航海時代、あるいは近代もかなり時間が経ってからのある時代の最高峰登山・南北極探査・初期の飛行機など冒険の流行もふまえています。グレートゲームやアフリカ探検も多くの人が熱狂したコンテンツでもありました。それら冒険・探検の小説はそのまま、多くのSFに書き換えられていると言ってもいいでしょう。

 イギリスの、探検・冒険好きが、英米の繁栄によってそのまま全世界に移植されたこともあるでしょう。

 

 そのもっと以前に、エンリケ航海王子がアフリカをめぐるというビジョンを持ち多くの事業を行ったこと、それがヨーロッパ全体に広がり受け継がれ、世界地図を作り世界を支配する執念というべきものとなったと言っていいでしょう。

「近代」それ自体が、全世界を探検し、測量し、地図を作り、征服し、先住民を絶滅させあるいは奴隷化し改宗させ、土地と鉱山を奪い開発する、という強烈な使命感に突き動かされた営みでした。

 

 世界全体をとらえる、地図を作る、というのが重要な目的になるのです。侵略の第一歩としても。

 

『スタートレック』の冒頭のナレーション「宇宙、それは最後のフロンティア……」も、まさに宇宙を探索し、新しい生物や文明を知るための任務であることを強調しています。

 なぜそれを求めるのか。

 測量、生物調査などは高い科学能力が必要な知的な仕事でもあります。

 平和な時代でしたが、ダーウィンが南米大陸を旅し多くの生物・人類についての知識を得たビーグル号は英国海軍の艦であり、その旅と調査自体が英国海軍の任務でもありました。

『宇宙船ビーグル号(ヴォクト)』はまさに古典の一つです。

『ヴォルコシガン・サガ』のコーデリアは、バラヤーに嫁ぐまでは先進星の調査船船長でした。それはとてつもなく高い知性を必要とする難関資格であり、遺伝子工学の天才でも、自分では夢に見ることもできないと深く尊敬しました。

『宇宙戦艦ヤマト』の沖田艦長は優れた科学者でもあります。それも必要とされるのです。

 ほかにも『砂漠の惑星(レム)』など調査要素が高い艦船の艦長は高い知性も必要とされます。

 もちろんスタートレック歴代シリーズの艦長や上級士官も、皆優れた科学者でもあるのです。

 

『星界シリーズ』ではごく自然に、新しい星の発見はそのまま征服です。

『叛逆航路シリーズ』でも過去のラドチ帝国はあらゆる人類文明を、膨大な暴力で併合してきました。

『宇宙嵐のかなた』でも、発見即征服となるのは当然のことです。

 逆に、征服されたくなければこちらから探査し続けなければならない、敵を知らなければならない、という道理をきちんと守っている作品世界は少ないものです。

『航空宇宙軍史』の全体のテーマに「終わりなき索敵」があります。敵を見つける、それ自体が文明の目的となっている……だからこそ……

 

 戦略的に、敵の向こうに味方を求めるという動きもあります。

 大航海時代の大きな動機は、プレスター・ジョン伝説……中東を支配しヨーロッパに敵対する強すぎるイスラム教帝国、その向こう側に、キリスト教を信じヨーロッパの味方になってくれる勢力がある、ということを頼みにしてでした。

 中国でも、漢が西の草原から攻める匈奴と戦うため、張騫(ちょうけん)らをその向こうに使いとして出し、より広い世界の地理について多くの情報を得ました。

 中国ではほかにも、たとえば不老不死の薬を求めるなどであちこちを探索することはあります。また仏教との接触後、本場で学び経典を得るために多くの僧がインドに赴きました。

『彷徨える艦隊』では結果的にですが、敵対的種族の向こう側で友好的種族と接することができました。

『時空大戦』でも遠くの味方との接触に成功しています。

 援軍を求める旅は『反逆者の月』にもあります。

 

 結果論ですが、『ヤマト3』では第二の地球を探す旅で、ヤマトはボラー連邦、ガルマン・ガミラス帝国という銀河全体の情勢を知り、外交によって勝利を得ました。その外交上の貯金は完結編でも勝利につながっています。

 

 地形面、また大きな利益を求めることもあります。

『現実』では、テラー号など大きな犠牲を出しつつ北西航路、アメリカ大陸を北に迂回するアジアへの近道が模索されました。

『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟の発祥、アーレ・ハイネセンらの超光速船団が前人未到の宇宙を多くの犠牲を出しながら旅し、ついにイゼルローン回廊を突破して新宙域を見出したことも重大な探索です。

 フェザーン回廊を発見し宇宙を裏から支配した地球教の執念、またフェザーンは第三回廊探索を妨害し続けたともいわれます。

 それこそ『現実』では、黄金目当て、黄金境エル・ドラードを求めて多くのコンキスタドールが様々な冒険と蛮行を繰り広げたものです。それをそのままなぞるようなSFも少なくありません。

 

 前述のように『宇宙戦艦ヤマト』、『ファウンデーション』の公式続編、『ギャラクティカ(旧、リ・イマジン双方)』『スタートレック・ボイジャー』など主要宇宙SFの多くで、目的を果たすために前人未到の宇宙に行く、何かを探す、というそれ自体が重大な任務となります。

『スタートレック・ボイジャー』のように付随的であっても、宇宙の地図を作ることそれ自体が大きな功績となるでしょう。

『彷徨える艦隊』の、ギアリー艦隊の最初の帰還旅自体、艦隊を守りキーを持ち帰るだけでなく、シンディック深部の探査も功績の重要な部分です。現に深部の放棄された基地を調査したことから、異星人の存在という重大な情報をつかみました。のちには未踏の異星人宙域を探査する任務もありました。

 地図を作る、ということはそれ自体が侵略でもあります。

 江戸時代の日本は、日本地図が外国に渡れば侵略しやすくなる、とシーボルト事件で多くの人を罰しました。

 また幕末の、西洋の艦船は次々と、日本の港を測量しました。同じことを別の国にされたら人口密集地を砲撃されるのと同じぐらい戦争になるでしょう。

 

 昔の超文明があるタイプの多くのSFでも、その遺跡の探査、優れた技術や宝物を得たいと危険な旅に行きます。

『リングワールド』はまさしく、とんでもない遺跡の探査そのものです。

『海軍士官クリス・ロングナイフ』でも昔の種族の大きな遺跡の発見があり、それを奪おうとする勢力との戦争もありました。

 ほかにも『クラッシャージョウ』『啓示空間』など、古代超文明の遺跡を求める冒険は無数にあります。

 

 逆に探索・探検、ひいては世界全体を見ることを軽視する文明も『現実』の歴史に多く見られます。

 自己満足。外の世界について知りたいとも思わない。自分たちの帝国だけが世界全体となっている。

 特に近代において、イスラム・中国・インドなどが世界情勢に無関心を続け、そのまま敗者となったとされています。特にイスラム圏で、西洋の本が翻訳されることがほとんどなかったことが強く批判されています。

『三体』の地球も、暗黒森林や暗黒の戦いもあり、逃亡主義に対する精神闘争が激しかったこともあり、外の世界に関心を持とうとしない傾向がとても強かったものです。

『ヤマト2/さらば』の地球も姿勢として閉じられていました。

 

 世界を知りたいかどうか、それは文明自体の態度そのものであり、そのまま存亡につながります。

 

 

 地図を考えるには、座標系という考えも重要になります。

 むしろ、布に地図を書いたあらゆる文明が、デカルト座標の考えに至らなかったことが不思議なのです。布に書いた地図と、数字二つを別に送れば強力な暗号になるはずなのに。

 

 座標に至らなくても、要するに自動車の右側通行・左側通行の海版、宇宙版も実際的には重要でしょう。

『彷徨える艦隊』では恒星の公転面で、「スターワード」という座標系を恒星ごとにつくります。それがなければ艦隊に簡潔に命令することが不可能です。恒星のない場に行くことがない超光速方式だからでもあります。

『タイラー』で、宇宙ヨットに乗ったタイラーが巨大戦艦信濃に「スターボー!」(こちらが優先だから道を譲れ)と叫んだシーンも印象的です。海を知る者にとってスターボード優先という常識があるからこそ。ポートとスターボード、昔の、船尾舵以前の舵櫂の時代からの海上交通ルールが宇宙にも使われている。まあ『ヤマト2』で、アンドロメダに押しやられたシーン……

 多くの、技術水準が高い作品では光の線を用いた宇宙艦船の誘導があります。

『さよなら銀河鉄道999』では、999号が優先される車両のため待避線に入れと命令され、それを屈辱だと車掌が悔しがります。

 

 別の文明と接触し、交易し、征服などで統合されたときには、その交通ルールがどれほどの混乱になる事か。

『銀河英雄伝説』の帝国と同盟で、沖縄で右側通行から左側通行になるような混乱はなかったでしょうか?

 

 

 宇宙観、宇宙そのものをどんなものと理解するか……

『三体シリーズ』の暗黒森林説、それ自体がとても大きな宇宙観です。さらにいくつかの、次元が崩壊した痕跡などの補強証拠や、意味が見えにくいコンスタンティノープル陥落の話も、より大きなものを示唆します。

『クラッシャージョウ』では、宇宙に知的生命体は一つしか存在できない、われわれは孤独なんだ、という恐ろしい説が出てきます。

『銀河鉄道999』でもメーテルは、別の生命が出会ったらどちらかの絶滅しかない、と恐ろしいことを教えます。

 

 世界をどのようなものと理解するか。それも個人だけでなく、政府全体の方針、具体的な予算や任務としていくらお金や人材を出すか。

『宇宙のランデブー』で、イタリアが大型隕石で大被害を受けたからこそ天文台に予算を出し、それが大発見につながったように。

 方針決定に入る、宗教的な感情や希望的観測、文明の毒である傲慢と自己満足、道徳感情による汚染。『三体シリーズ』で、逃亡主義を否定するあまり自滅したように。

 

 さらに、最悪の事態を考えれば『新スタートレック』の「超時空惑星カターン」……滅亡が不可避で文化・遺伝子のサンプルを打ち上げるくらいしかできることがない、すら『現実』もどの作品文明も他人事ではありえないのに。

『三体3』では、逃亡主義に対する反発から、宇宙に地球人の文化・遺伝子サンプルを打ち上げることすら反対され、ルオ・ジーが力を尽くして多くの文化財を冥王星に所蔵し、さらに「石に刻む」という何億年の年月に耐える唯一の方法も見出しました。

『反逆者の月』では、シールドを応用したコンピュータは、伝染病による生物全滅から数万年の歳月でことごとくデータごと消えていました。

 

 そのさらに先には、まともな技術水準では何をしても無駄な、宇宙全体の滅亡すらある……

 

 宇宙、生命とは何なのか、どれだけ人は知りたいのか、あるいは知りたくないのか。

 どんな必要があれば知ろうとするのか。そのために何をするか。



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帝国の宗教・普遍的道徳

 なぜ筆者がこのように、『現実』の様々な古代帝国のいろいろな面を比較しているのか……

 知そのものが面白いこともありますが、何より、膨大な宇宙戦艦SFには「帝国」があり、そこでは現代の民主主義・近代法・人権とは異なる社会が多くみられるからです。

 皇帝があれば貴族もあります。

 また建前はともかく、『真紅の戦場』の西側連合、『ガンダム』宇宙世紀のジオン共和国のザビ家・カーン家など、連邦のピスト家やマーセナス家など、どちらも強い有力家が支配する超格差社会である作品も実に多い。『銀河乞食軍団』の星涯の地方では無法と言っていいほど官憲の横暴、企業の奴隷がひどい。

 

 ゴールデンバウム朝銀河帝国を真に理解する、という目標のためには、それら昔の……『現実』の今でも多くの国ではそうであり、先進国もかなり格差世襲が強まっているし極端な権威主義支配が横行する部分集団も少なくない……社会を、本当に理解する必要があると思います。

 民主主義が失われた理由として多いのは、多くの作品の過去にある、核戦争などの文明崩壊の影響です。しかし原理的には他にも多くの理由でありえるのです。

 また「人間とは何か」を理解するうえでも、そのような社会を理解することは必須なのではないでしょうか。多くの人類学フィールドワークのように。

 

 

『現実』の歴史、また多くの作品に、多くの帝国や国家があります。

 それぞれの多くに宗教があります。ある程度はもう検討しましたが、上では武装テロ組織としての面を強調したと思います。

 いうまでもなく、宗教は法と強く複合し、魔術として科学技術の役割も……暦をはじめあらゆる技術の形で生活や農業を深く支配し、道徳として一人一人に幼いころから教えられて心を作り上げ、戦争の理由にもなるし強大な精神兵器となるものです。

 多くの儀式、神殿や陵墓などの建設を通じ、「国・政府がやること」の大半でもありました。

 狩猟採集群れでも普遍的であった、この世界の創造と自分たちの由来を説明し、自分の群れに誇りを持たせ、その群れの正規の一員となる儀礼を定める、神話としての機能も当然あります。

 

 

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国は宗教自体を否定したという情報が。皇帝は宗教的な雰囲気なのに。

 厳しい法、将軍でもささいなことで恣意的に処刑される恐怖支配が強調されます。ストームトルーパーの残忍さと高い規律・勇敢さも。恐怖による統治の究極のものがデス・スターですが、エンジンを管理する多くの人をどうやって支配するか、という問題は出てきます。皇帝自体にかなりの暴力はありますが……

 

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国は、昔の核戦争でキリスト教などが消滅し、古代ゲルマン神話が一般人には信仰されています。重要人物である高級軍人も、「ヴァルハラで会おう」とよく言います。

 ここで奇妙なのが、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムおよび歴代皇帝が、古代ローマ式であっても神格化されている様子がないことです。たとえば元帥量産帝に息子が戦争から生きて帰りますよう、と祈ったりする描写は覚えがありません。逆に子の戦死で皇帝の写真に八つ当たりして罰された人はいます。考えてみれば、それは古い意味での神……てるてる坊主の歌に、願いをかなえてくれなかったら首を切るぞと脅す面がある……として扱っているとも言えます。

 地球教は裏で強大な力を持ちますが、それは麻薬の力や上層に食い込む政治力が大きく、たとえばヤンが懸念した古代ローマにおけるキリスト教のように、教義自体の力によって下層に信仰を拡大している、という感じではありません。

 

『ガンダム』宇宙世紀でも宗教は弱めです。あれほど多くの死者が出、極貧状態の人も多数いるのに。ジオニズムはある程度宗教の代用になっている感じもあります。また、連邦が宗教を支配に用いている様子はなく、アムロが儀礼を強制されることは見当たりません。

 ただしのちに貴族を標榜するコスモバビロニア建国紛争、宗教色が強いザンスカール戦争などが見られます。

 

『タイラー』での、数々の宗教団体による内戦は上述です。ラアルゴン帝国の生贄を含む宗教も。そういえばタイラー自身は寺出身であり、暗殺者でもある僧がかなり重要な役割を持ちます。

 

『真紅の戦場』では敵国の一つが極めて狂信的なイスラム教国です。主人公の国は宗教色がほとんどありません。

 

 ほか、いくつかの作品の宗教は上述です。

 統治にどの程度宗教を用いているか、支配者が自分を神としているか、かなり違いがあります。

 

 

 宗教と古代帝国の関係を考えると、この『現実』において、中国の異質さが際立ち、それが一般論を壊しているような感じがします。

 

 無論、それぞれの帝国が違うシステムであり、「一般論」など存在しないと考えるのが正しいでしょう。

 しかし、一番標準的な「帝国」のイメージがあります。

 古代エジプト・メソポタミアの帝国……砂漠気候、大河の灌漑と湿地干拓でできた巨大農業帝国は、皇帝・王が自分こそ神の子であり神だ、と主張します。

 中南米のインカ・アステカも同様に、王家は自分の先祖が神であり王自身も神だと主張して統治するものです。

 人間には、魔法や超能力を使える人は上位者であり従わなければならない、という共通の考えがあるようです。神の子であり神である王は、気軽にはやらないだけで強力な超能力はあるし、顔を見ただけで焼くほどの力も、雨や日食を予言する力もある、と思わせることができます。

 それで支配される巨大な地域、様々な民族……それが一番一般的な「帝国」ではないかと。

 

『宇宙戦艦ヤマト 完結編』のディンギルは、頭が「大神官大総統」であり、神像を強く崇拝するなどそれに近い感じがあります。

 

 中東では法も神=王の名において書かれ、破ったら神=王が呪うぞとも書かれます。それは道徳であり、科学であり真理であり「許される歴史」であり、呪詛でもあります。

 灌漑など大工事にも使える巨大な労働力で、巨大な陵墓や神殿も作ります。

 多神教でもあり、多くの征服した部族の神々を下級神に加えます。

 多数の女を入れた後宮……ハーレム・大奥をつくり、多くは宦官に管理させます。

 奴隷制も一般的です。大規模な道路を作ることも。

 何よりも、王の仕事の多くは宗教儀式でした。征服戦争、裁判、建設などはごくついで。

 

 中東の帝国は得られる情報が、法の碑文・遺跡のレリーフが中心になるから思うのかもしれませんが……

 古代ギリシャと比べて、残された本が少ない。逆に古代ギリシャ・ローマ、そして中国は残った本の量がけた外れに多い、それが歴史全体を見る目をゆがめているのかもしれません。

 

 たとえば多くの国の憲法の前文に、断片的でも歴史的なことが書かれる……それは古代帝国の法碑文に、初代皇帝の偉大な征服が書かれるのにも似ています。神話が書かれている古代法典も多くあることを考えると、比較すると面白いものです。

 それは公式な=疑うことが許されない、唯一絶対真理である歴史でもあります。

 歴史を自由に学問できる現実現代の民主主義国は、あくまで例外と思うべきです。多くは、たとえば共産主義国やファシズムの国のように、歴史も公が国益のために定めるものであり、疑うことは罪にほかなりません。それこそゴールデンバウム帝国でも現実の共産主義国でも、歴史を学ぶことは家族ごと拷問の末に死ぬ覚悟が必要でした。何を学ぶにしてもですが。

 現在の日本国憲法前文と2012年の自民党憲法改正草案と比較すると、「日本は長い歴史を持つ」が自民党幹部にとって何より重要であることが伝わります。さらに中曽根試案が「波洗う」にこだわっていることと比べると……

 さらに、大日本帝国憲法を調べて、告文を見てみれば、それは天皇が神様に新年の抱負を語っているようも思えるのです。

 それを考えると、『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟憲章、またゴールデンバウム帝国についても想像できそうです。

 

 中東のような、王=神を普通と考えると、現実の西洋史はギリシャ哲学、ユダヤ・キリスト・イスラム教という厄介な異物に強く支配されています。

 さらに中国史という巨大な例外があります。

 インドも、モンゴル帝国も宗教と統治の関係が「一般論」とはわずかにずれているのです。

 

 

 古代ローマ帝国、それ以前の共和国から、多くの国を征服するローマは独特の宗教統治を用いました。

 一言でいえば寛容……戦争では残忍であっても。征服した部族の神を自らの神殿に迎え入れ、古い習俗と認められればローマが嫌う儀式も許し、できるかぎり信教の自由を認めました。

 ユダヤ教徒とキリスト教徒は、客観的に見れば単にわがままが過ぎます。

 人を生贄にするのを嫌うことも特徴とされます。ただしギリシャ神話の水準ではかなり人の生贄もあります。

 ただ、帝国の規模が大きくなり、共和制から帝政になったときに皇帝を神格化し、そのことがユダヤ戦争などの軋轢も生みました。

 さらにのちにはキリスト教を国教化し、その不寛容であらゆる異教を厳しく弾圧し膨大な文化破壊・暴政となりました。……それが大規模反乱にならなかったのも不思議なほど。

 

 前述と思いますが、『叛逆航路シリーズ』のラドチ帝国の、皇帝に秘儀を見せることなどを条件に被征服民の宗教を認める態度は古代ローマ帝国、それを模倣したと思われる大英帝国と大きく共通します。

 

 古代ローマに多くの影響を与えている、ギリシャ諸国。

 もとから地形が複雑で統一に適さず、海に面し、農業の面ではやや貧しいかわりにオリーブ・ブドウ酒・羊毛など交易に適していました。

 ローマとも共通性の高い多神教で敬虔には違いないですが、多様な哲学が特徴です。詩文・劇も洗練されており、相対的に多くが古代ローマに、さらにイスラム帝国に引き継がれてのちの世に残りました。

 近代科学の源流ともされていますし、近代の政治制度にギリシャ哲学、特にプラトンの影響は大きいです。

『共和国の戦士』のクローン兵士システムはプラトンの『国家』を下敷きにしたもので、だからこそクローンの人権を完全に無視できます。

 実際にはプラトンの思想はおぞましいディストピアともいえるもので、多くのユートピア・ディストピア作品にも強い影響があります。

 ほかにもキリスト教の教義とギリシャ哲学の統合もあり、のちの西洋文明全体に与えた影響は計り知れません。またイスラム文明にも大きな影響を与えています。

 

 ギリシャに近いマケドニアから生じたアレクサンダーの帝国は、皇帝があまりにも若く広大な領土を征服して死に、強い後継者もいなかったために四分五裂する、という経緯をとりました。

 破壊はありますがペルシア帝国の文化を受け入れようとし、むしろそのために以前からの部下と軋轢になるほどでした。

 宗教的にも、時間がなかったこともあり、とんでもない強制をしたということは見かけません。ただしアレクサンダー死後分け合った武将の一人が作ったセレウコス朝シリアは、ユダヤ人を残忍に弾圧したことが伝えられています。

 

 

 何より異様なのが、中国。

 中国にも、普通に神々があり、盤古からの創世神話があります。

 にもかかわらず、中国を本当に作ったといえる秦の始皇帝は、要するに自分は太陽神の子であり太陽神だと、言わなかったのです。

「天」という、神話で動き回る人格のある神とは異質な神をまつる儀式はあります。泰山などを用い、皇帝という霊的地位を作り上げたこと、それも中国史全体を縛る始皇帝の遺産と言えるでしょう。

 ただ、知る限り中国の巨大な宮殿の中心は、巨大な神像ではないはずです。皇帝自身が着飾り自分を隠してその立場に立ちます。ですが着飾る王と巨大神像は両立できるはずです……やはり違うのです。

 動き回る人格のある神を描く偶像や絵画も、特に宮殿の中心ではないはずです。

 始皇帝はむしろ神仙になる、修行して普通の人間とは違う不老不死の存在になる、という考えに取りつかれたといいます。皮肉にもそれで水銀や鉛を摂取して寿命を縮めたとも……まあそれは世界のどこの帝王や金持ちもやらかすんですが。

 神話、神の像、それらをそれほど強調せずに法で支配する。それが、エジプトやメソポタミアとは微妙に違うのです。

 かわりに巨大な陵墓と巨大な宮殿を築きました。それはその後の皇帝にも受け継がれます。

 古代中国法と宗教の関係はすぐには資料が集まらないので……少なくとも、法は神様が書いてくれたものだ、守らないと神様が罰を当てるし限度超えると国を亡ぼすぞ、というようなものではないようです。

 

 また仏教。のちに中国は体系的で像と文書を使う宗教として、はるかインドから仏教を輸入しました。

 同時に密教に代表される魔術・呪術でもあります。日本でも鎮護国家、国を守り気象を制御する魔術の面が強かったです。

 その後も中国は交易のついでに、景教=ネストリウス派キリスト教、イスラム教も入れますが、それらは仏教ほど多数の信者は得ていません。太平天国の乱はキリスト教の影響も多少ありますが。

 道教という形で、元の民俗信仰も強く残っています。

 また代々の帝国は儒教という、神を信じ他の神像を焼き、世界の創造を説明するのとはかなり違う、道徳の面が強い教えを主としました。仏教に統一し全人民に仏教を強制する、ということすらなかったのです。

 仏教自体、常に多くの宗派がありました。

 

 古代ローマ帝国も、発祥のイタリア半島、主に文化を得たギリシャとは別に、中東からのキリスト教を国教としました。

 インドの宗教の変遷も不思議なものです。ヒンズー教のもとになる宗教、ジャイナ教など多くの宗教があり、仏教もとても有力だった、それがイスラム教の侵入で仏教が衰退し、のちにはイスラム教とヒンズー教が争い、ついにインドとパキスタン・バングラディシュと分かれるに至った、と。

 大帝国には、それまでの部族・先祖の信仰がうまく調和しなかった、ということでしょうか?

 

 日本、東南アジア、ロシアなど相対的に遅れた地域は、技術や文字、法や儀式、文化の多くとともに近い先進文明の宗教を受け取るしかなかったようです。

『火の鳥 太陽編』で、侵略者としての仏教に苦しめられる地方霊の苦しみに共感した主人公に火の鳥が、宗教自体はどれも正しいけれど権力と一体化した宗教が残酷だ、と諭したような残酷さもあります。

 それをどのように消化吸収するかが、各文明の個性となったともいえるでしょう。日本にひらがなカタカナ、さらに文法的には興味深い漢文書き下し、さらに鎌倉仏教や武士道などがあるように。

 

 モンゴル帝国は勃興がかなり後であったこともあり、自分たちは特に強い宗教を持たず、征服した人々の宗教に一般に寛容でした。

 長期間大帝国を維持できませんでしたが、できていたら何らかの宗教を受け入れて、統治と一体化させたでしょうか?

 

 むしろ徹底的に不寛容な、スペイン帝国こそが大帝国としては異質でしょう。

 

 異民族を支配するのではなく皆殺しにするかわずかな居留地に押し込める事が多いイギリス・アメリカも。

 

 

 

 あらゆる、ある程度帝国の規模になってきた人類に共通する道徳を考えてみましょう。

 本質的に共通するのは、多数の群れが集まっているということ。

 

 その群れには、かなり共通性がある道徳があります。文化人類学からも見えますし、イスラムやモンゴル、近代におけるマフィアなどに色濃く残ります。

 ある研究によると、家族、自分の群れを助ける、借りを返す、勇敢、上位者を尊敬し服従する、公平、人の財産を認める、が共通規範だそうです。

 その一部ですが、多く見られるもの……

 

 先祖崇拝。特に中国はそれが極端であり、それは規模の大きい葬式のために多量の木材を消費し森林破壊を早めたとさえ言われます。

『彷徨える艦隊』は地球があるのですが、奇妙にキリスト教などは消えていて、ご先祖様と星をあがめる独自の宗教があります。どの艦にもご先祖様に祈る場があり、ギアリーはそこで戦いのヒントを得たこともあります。デシャーニは軍法違反でしたが慣例化していた虐殺について先祖に聞いたら否定された、とも言います。またご先祖様に女を紹介するのは特別なことです。

『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤーでも先祖をまつる、供物を少しささげる儀式があります。伝統性が強い村で、ある罪人に対してはその儀式から排除するという罰を言い渡し、それがとてつもなく残酷とみられました。

 

 群れのメンバーを守ること。名誉を守ること。勇敢であること。

 群れのメンバーでなければ裏切っても嘘をついてもいい、虐殺してもいい。

 基本的には群れの中で財産は共有される……中国などでは先祖を同じにする血縁群れの中で、かなり徹底した財産共有があったそうです。

 けちけちしないこと。

 客人保護。客となったものは、たとえ指名手配犯でも国と戦ってでも守り抜くこと。

 昔の旅行記などでは、各地の王侯貴族の異様なまでの歓待が様々な形で描かれます。

 ただ、その富の共有が極端になると……特に狩猟採集民の水準になると、飢えた旅人に当然食べ物も女もくれるかわりに、旅人も当然愛用のナイフも靴も全部あげなければなりません。近代所有権の世界と接するとそれで相互理解ができなくなり、争いになることも多くあります。オーストラリア先住民の悲劇でもそう解釈できることもかなりあるのです。

 共有、惜しみなく与えることと、盗みの禁止という遊牧民でも強くある法・道徳の関係は極めて微妙で、争いの理由にもなります。

 

 上位の者に服従すること。

 

 群れの宗教教え、特に穢れと清浄を守ること。

 人間の道徳感情の本質に呪術・穢れがあることは常に意識しておくべきでしょう。だからこそ、完全に同情を失いいくらでも残酷にできることもある、と。

 群れの中での礼儀も、法や宗教と一体化して重視されます。中国はその部分が事実上国教と化しました。

 食べること、性などの複雑なタブー。

 

 ほかにも膨大にあるでしょう。あらゆる部族に共通するというだけでも。

 

 

 それら、本来小さい群れの中の普遍的な道徳の相当部分は、普遍化されながらも帝国の法・道徳・公式宗教の教義として受け継がれます。勇敢に戦えとか、うそをつくなとか。

 ただし、帝国となる場合には、「別の宗教を信じる人が生きていることを容認する」とか、「裁判官になった場合には親戚にも有利な判決を出してはならない」など以前からの当たり前の道徳とは違うことが求められます。「群れの神やメンバーを最優先せよ」が、以前からの普通の道徳ですから。逆に以前からの道徳に従ってしまうと、それは腐敗となるのです。

 今でも途上国などでは、公の仕事に就いたものは仕事を腐らせて賄賂など大金を得て、その金で一族の貧しい子を学校に行かせる義務が出てしまう、という問題が常に報道されます。

 中国史でも強調されますが、それは世界全体で普遍的というべきでしょう。

 

 以前新しい道徳と古い道徳の話をしたと思いますが、帝国の道徳というのはどちらでしょう?

 欠乏と豊穣でいえば明らかに欠乏の側にあります。奴隷制が普遍で、自然も人間も使い捨てます。

 しかしある程度でも普遍性があり、全人類に適用されるとしています。

 寛容であっても基本的には奴隷制を容認し、厳しい家父長制をとり、人権とは異質です。

 道徳はもっと分けたほうがいいかもしれませんね。部族の道徳、帝国の道徳、さらに近代・豊穣の道徳、と。近代国家であっても、豊穣の時代はかなり後です。

 狩猟採集、遊牧なども別の道徳体系を持っているかもしれません。

 

 上述ですが、多くの帝国できわめて普遍的な法・道徳に、利子の禁止があります。

 だからこそヨーロッパでは、人の外であったユダヤ人が金融業を独占し、さらに富んでは憎まれて虐殺されることが続けました。

 

 人が集まることを禁止するのも、多くの帝国に共通します。

 だからわざわざ結社の自由などと憲法に書かれているのです。

 

 良い政治をしなければならない、というのも世界中の国が信じることです。

 その根本に宗教があるでしょう。神が喜ぶように統治しなければ神が怒って罰を下す、と。

 ですがそれはどこかで、民の生活水準も上げるべきだ、という考えにもなるのです……たいていは不公平な「民」であっても。

 

“社会福祉に関心を持つことは政府の義務の一つであるというこの歴史的認識は、疑いもなく文明の過程にある人類の政治史の注目すべき事件だった。しかし、それが全く新しい出発であったということは、それほど確実ではない。というのは、歴史に知られている多くの国のなかで、その人民の福祉を全く無視して、それ自身の権力の維持だけに関心をおいた国家を見出すことは困難であるかもしれないからである。~~彼らは通常、人民の繁栄と幸福をはなはだしく損なうほどこの活動を遠く押し進めないことが政治的に賢明であることを見出した。~~”A・J・トインビー『歴史の研究』

 

 

 その帝国の道徳が、子供の教育にどう入っていくか……古代国家における子供の教育は、古代ギリシャ・ローマについては多くの情報があり、また中国では教育を受ける階層については多くが知られています。日本の武家や寺についてもかなりの情報はあります。

 宇宙戦艦作品では、とても多くの帝国が、人権とかがないきわめて悲惨な国でありつつ、子供の義務教育と兵役だけはきっちりあることが多いです。『銀河英雄伝説』のキルヒアイスも、平民上層ですがかなり高水準の教育を受けています。

 ただし完全に棄民となっている、教育がない層がある作品もあります。『銀河の荒鷲シーフォート』『真紅の戦場』『目覚めたら~』など。……棄民についてはのちにきっちりまとめるべきでしょう。

 

 そして国家というものの怪物性も、多くの昔ながらの道徳を守っている群れには意識されます。わけのわからないルールを押し付け、圧倒的な暴力で踏みにじる怪物としか思えないのです。さらにその多くは腐敗していて納得いかない形で踏みにじられることも多いのですから。

 中国は最初から政府は何をしてもいい、怪物が無限に人々を支配するのが当然。苛政は虎よりひどい、という説話もあります。史記などでは、孝文帝など名君が親切心で刑罰を軽くしたりしますが。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国などは、絶対悪としての帝国、という分かりやすい存在でした。逆にならばなぜ多くの人がそれに従うのかを追及してほしいものです。

 

 のちの話ですが、西洋では、政府という手綱を放したらとんでもないことをするリバイアサンに対する恐怖と、また野放しにしたらこれまたとんでもないことをする民がお互いに恐怖ししています。

 だからこそ貴族たちは労働者に強い恐怖と憎悪があり、残忍と言えるほど冷酷な経済的自由主義を作り上げもしました。

 アメリカではわざと、道路のデコボコのような憲法・体制を作って、国家が暴れないようにしています。銃を持つ権利を重視するのも、国が狂ったら俺たちがこの銃で抵抗する、という覚悟でもあります。日本ではその考えは完全に理解不能です。

 そうそう、『銀河英雄伝説』の同盟の憲章には抵抗権がありましたね。

 

『ネアンデルタール・パララックス』では、監視なんて許したら全体主義になるぞ、という人類(グリクシン、クロマニヨンの子孫)的な被害妄想を持っていません。犯罪も本人ではなく遺伝子を罰するものです。

『断絶への航海』では、政府・警察・法というものがない、完全なリバタリアニズム……だからこそ評判で殺されることすらある、肩をすくめるしかない体制が描かれました。プラトンの後裔であるユートピアともディストピアとも言えない、トピアという言葉自体の反対側でしょう。




今回は筆者自身にとってもかなり不満です。

普遍的道徳のリスト、その構造をはじめ、どれもこれももっと追及してから出すべきでした。
ですがそれぞれ、間違いなく膨大な話になり、大量に調べなければならない…

時間があればできるだけの改稿はしたいですが、本質的には今回は予定リストと割り切って後に一つ一つ深めるしかないかもしれません。


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資材・装甲材

 古代文明がどんな資材を使えるか。

 それは意外なほど歴史を動かします。

 

 それこそ、時代区分自体が石器時代・青銅器時代・鉄器時代、となります。古いかもしれませんが。

 

 どこにでもある、ただし良質な刃になる黒曜石などは比較的産出が限られ交易が必要な石器。

 銅そのものも少ないし、使いやすくするためには青銅にする=錫が必要、その錫が極端に限られるためどうしても高価・貴族用になる青銅。

 そして、技術さえ知ってしまえばどこにでもある、民が武装できる時代につながる鉄。

 

 

 意外なことに、「ノコギリ」という単純な道具も世界を大きく変えたものです。

 

 薄く弾力のあるノコギリがない時代では、木の板を手に入れる方法は、アウトドアで最近よく聞くバトニング・斧を用いる薪割りの延長です。丸太を立てて小さい切れ目を入れ、クサビを差し込んで、そのクサビを叩き込んで割っていく。

 それで得られる板は、中心を通る小さい角度の扇形となります。

 ノコギリとは微妙に性質が違い、優れた面もあるのですが、どうしても広く自由な形の板を手に入れるには適しません。

 板がないと、大量の穀物を積むような船を作れないのです。大きい丸木舟は、生育に何百年もかかる巨木が尽きたらもう作れません。

 そして大量の穀物の水運があるとないとでは、文明の質が決定的に異なってしまうのです。

 水運でなければ大量に運ぶことはできず、遠隔地から適切に税を取ることができません。多少の貴重品が運べてもそれだけの文明と、大量の穀物を運べる文明は質が違います。

 

 多くの細い竹ひごのようなものを編んで巨大な籠を作り、それを皮のような素材で覆うか、あるいは特殊なタールのようなもので防水するかして巨大船、ができるような、質と量の素材は現実の地球人には与えられていません。一人が乗るような小規模な舟なら、細い木と皮、布とタール、葦などで原始的民族が使うものは結構あるのですが。

 それも逆説的な制限なのです。

 人類に与えられている素材は何か。その文明で与えられている素材、作物、家畜は何か。その違いがあるからこそ、文化の多様性というものもあるわけです。

 SFであれば、その違いがあらゆる作品の社会構造その他すべてを支配していると言っていいでしょう。上述した、物理法則自体が『三体シリーズ』の暗黒森林を作っている、のように。

 

 車、特に大型家畜が引く車も世界を変えたことが知られています。

 それには、軸受けという技術、そのための金属加工なども必須になります。

 

 それら、加工技術そのものも本来は非常に重要なのですが……やはり宇宙戦艦作品では一般に、工場の描写は少ないものです。

 

 

 宇宙戦艦作品では、装甲材という形で素材が重要になります。

 

 ある程度上述ですが『銀河英雄伝説』では、アーレ・ハイネセンがドライアイスの船を思いつくまで、船体素材がないことが流刑星からの脱出を防止していました。

 史実で、竜骨やマストに用いる巨木が制約になったことを思い出します。特に西洋の造船では、外洋の波に耐える代わりに大きい木が必要とされました。ついでに言えば、適切な曲がりを持つオーク材も。

 多くの巨木が切り倒されると、適した材がなくなり巨大で丈夫な船を作れなくなって、航海ができなくなります。

 それを救ったのがアメリカ大陸という大量の巨木がある大地であり、また北欧の巨大森林でもありました。

 

 木材枯渇は多くの文明にとって致命的です。

 中東は船材として活躍したレバノン杉が尽きると、特にメソポタミアは極端に木材に乏しい地域でした。

 中国でも、膨大な木材が長い文明で消費し尽くされ、昔は澄んでいた黄河が黄色く土砂を含む暴れ川となり、今は海に達することもなくなったそうです。中国での木材消費では、先祖や親の葬式で大量の木材を消費することも大きかったそうです。だからこそ過剰な葬儀をするなという墨子も受け入れられたのです。

 

 また、木材資源は燃料でもあります。それがなければ製鉄もできません。

 旧約聖書でバベルの塔を作り出したのは、「レンガをつくってよく焼こう」、木材を消費する焼きレンガと自噴石油からできる天然アスファルトでした。

 アメリカ合衆国ではかなり遅くまで木炭製鉄が続きました。コークスでも石炭は不純物が残るので、木炭が使えればそれにこしたことはないのです。

 

 ちなみに、昔の日本でも西洋でも、近代の大規模コークス製鉄までは、製鉄は森の中で比較的小規模な施設を作り、周辺の木材を消費して製鉄して、職人集団が移動するものでした。

 その過程で、特に山を崩し水でより分けて鉱を得る場合には農地に汚泥を流して破壊することになり、軋轢にもなりました。

 製塩も日本ではいくつもの山を持ち、一つをはげ山にしては別の山に、という商売だったそうです。

 

 金属素材・道具の進歩は、武器だけでなく木を切り倒す能力も高め……石斧から金属斧、ノコギリ、運搬用の家畜と鎖、チェーンソーとトラックの組……密林を切り開いて農地にする力にもなります。やりすぎると砂漠になりますが。

 また大型家畜にひかせる鋤という強大な農具にもなり、莫大な農業生産性ももたらします。これまた砂漠になりやすい技術ですが。

 

 あらゆる文明の崩壊、覇権の変遷に木材の枯渇は、農地の塩害や港湾が砂に埋もれること、伝染病や騎馬民族と並び、常に大きい要素となっています。

 

 西洋文明の強さの一つに、鋼鉄による船があります。装甲として以上に、単純に重量当たりの強度が高いことや、西洋式の竜骨がある構造を木材で作ると大きさの限界がある、その限界以上を鋼鉄なら出せるのでより大きい船を作れることもあります。

 

『宇宙戦艦ヤマト』も、強化テクタイトなどの装甲素材の強さが言われます。

 アンドロメダなどの少人数艦に比べ、重装甲多人数のヤマトはダメージコントロールに優れ、それゆえに戦いに生き残ったということもあります。

 重装甲艦が、古いけれどだからこそ有利になるのは『女王陛下の航宙艦』などにもあります。

 

 特に印象が強い装甲は『リングワールド』の「ゼネラル・プロダクツ製」です。

『銀河英雄伝説』のイゼルローン要塞は超硬スチール、炭素クリスタルなどの積層であらゆる攻撃に耐えます。

『ローダン』のアルコン鋼、特殊なべトン=コンクリートなども。

『真紅の戦場』でもプラスチールなどがあります。

 面白い装甲が『海軍士官クリス・ロングナイフ』に二つあります。ひとつはプログラム通り自由に変形するスマートメタルで、普段は薄く広い船内、戦闘時は船が小さくなって狭くなるかわりに防御が厚い、ということもできます。もう一つは氷装甲で、水の補給にもなります。技術水準が低いともいえます。

 

 装甲材の優位が大きいのがガンダムシリーズです。宇宙世紀のルナチタニウム・ガンダリウム合金など、顕著に実在より強い装甲材があり、試作機と量産機を分けるものでもあります。ガンダムの強さは、ファーストの冒頭でザクマシンガンの直撃に耐えたように、異様なほど堅固な装甲にもあるのです。

 またスーパーロボットは、『マジンガーZ』のZ合金など、特別な素材が話の中心となることも多くあります。だからこそ筆者は民生化して文明水準上げろとよく思うのですが。

 

 現実の、既知の物理学で存在できる以上の素材がなければ、とても戦艦でもロボットアニメでもやっていけないものがあるのです。

 また、現実に近い水準の人が見たときに顕著に技術水準が高い、と感じさせる、そのために現実以上の素材を用意することも多いでしょう。特に簡単に透明化する壁などはその印象を強めます。

 

 本当の問題は生産性なのですが、それは不思議と重視されません。

 

 

 装甲の外側としてバリア、シールドも常に重要になります。大抵の作品にはそれが出てきます。

 それこそスーパーロボット系の、ドーム状に基地を覆い、限度を超えたらガラスのように割れるバリア。

 バリアをある意味素材として工夫したのが『レンズマン』のQ砲です。

『反逆者の月』ではシールドを素材としたコンピュータが普及したため、人類が全滅し管理者がいなくなると多くの情報が失われました。

 

『ローダン』のH【Uウムラウト】、パラトロンなどさまざまなバリア、七銀河公会議などの圧倒的な防御は、それこそスペインの中南米征服やアヘン戦争のように、圧倒的な技術差を強調します。

『ヤマト』の白色彗星も同様です。

『三体シリーズ』の水滴も、圧倒的な硬さと攻撃力で地球艦隊を蹂躙しました。それがトラウマとなり、地球人そのものが内向きとなったことが後の自滅にもつながりました……その経験・犠牲を正しく生かすことができなかったのです。

『エンダー』も最初のバガー戦役では、上述のようにシールドで核兵器が封じられたことで地球人は滅亡寸前になりました。

 

『ガンダム』でもIフィールド、ビームシールドなど盾の側も強化されていきます。

『マクロス』ではピンポイントバリアという独特の防御が映像面で印象深い演出となりました。

『スターウォーズ』でも第二デス・スターのシールドをめぐる攻防が戦いの中心になりました。

『スタートレック』ではシールドを破るための戦術が高度に発達しています。ボーグキューブの圧倒的な強さはシールドの強度にもあります。

『ヴォルコシガン・サガ』は防御が発達しすぎ、レーザーもミサイルも役に立たず、小型化できず射程が短い重力内破槍しか役に立たないので肉薄白兵戦が多くなります。

『叛逆航路』シリーズは、人が隠し持てるサイズの先進異星人が作った銃が、1.11メートルなんでも貫通できる、それだけで巨艦のエンジンのシールドを破って巨艦を花火に変えます。だからこそ皇帝は星系を皆殺しにし、ブレクはその銃さえ手に入れればと長い放浪に耐えます。

『タイラー』では多数の艦が密集してバリアを重ね合うバルバロイ戦法が、惑星破壊級の無限粒子砲も通用しない無敵の強さを誇りました。……ある方法以外では。

 

 リアル系の印象が強い『銀河英雄伝説』も中和フィールド、『彷徨える艦隊』もシールドがあり、その限界が戦いを作ります。

『目覚めたら~』の散弾砲や対艦ミサイルなどはシールドを貫通できることが強みです。

『スーパーロボットOG』は多彩なバリアと貫通武器があります。原作となる「スーパーロボット大戦」の段階から各種のバリアとそれを貫通できる特殊武器の体系があり、それが輸入されたものです。

 

 

 素材そのもの。より速く大きい船に鋼鉄があったように、より上の文明であるためには……

 今も飛行機はアルミ合金です。

 そして最先端のジェット戦闘機は炭素複合材やチタン合金を大量に使っています。

 しかし、残念ながら石油ショック後の『現実』の地球人は、木から鋼鉄・ガラス・コンクリート、さらにアルミとプラスチック、というような変化を起こせていません。

 カーボンファイバーやチタン合金は、かなり優れてはいますが高価なままです。チタンやセラミック、コバルト合金の包丁はありますが、圧倒多数は炭素鋼やステンレスです。

 コンコルドが消えたことで、大量輸送の最高速度はむしろ落ちています。自動車でも、実用高級車で時速350キロメートル程度で頭打ち、実際に用いられるのは120キロ程度であり、時速600キロメートルの市販車などありません。

 兵器の世界で、M2重機関銃が一世紀を超え、重砲の砲弾規格も古く、B52爆撃機もあまりに寿命が長い。そしてM16ライフルとその後継M4カービンも半世紀を超えている……鋼鉄以上に安く丈夫で熱にも高圧にも強い銃身になる素材もできていないし、真鍮薬莢を過去の遺物とする樹脂も、それどころか重量当たり十倍の力を持つ発射薬もできなかった。

 

 素材・輸送技術の停滞……エネルギー面でも核融合などがすぐにはできなかったこと、それにより宇宙に行くことが高価なままであることが、世界一の金持ちが月旅行に行くことすらない、文明の限界とも思える事態を作っているのではないでしょうか。

 

 

 それは、この宇宙の物理法則が決める、絶対の制限でしょうか?

 少なくとも素材・エネルギーに関しては、徹頭徹尾今の地球人の近代文明が限度だと、物理法則様が決めているのでしょうか?

 まさかそれが、フェルミのパラドックス……宇宙が広いのに異星人が誰が見ても分かるように観測されていない……の答え?……それだけは違います、今の地球人も水爆でも何でも使ってものすごく無理をすれば宇宙植民は可能だと思います。やっていないだけ。

 

 逆に多くの作品の世界は、素材とエネルギー・エンジンの革新があったからこそ、宇宙を舞台に発展しているのです。

 ただし、せっかくの宇宙技術を有効に使っているとは言えませんが。多数の鏡を並べて太陽光を集め、その熱で小惑星を溶かして住居を作り、あるいは蒸留して無制限の資源とすればいいのにやっていないのですから。

 

 まあ、地球人も今の素材とエンジンでも、できることがあるのにやっていないことは多いと筆者は考えています。

 浮体洋上風力発電、砂漠での大規模太陽発電所はもっと早く発達すべきでした。景観を破壊し土砂崩れも起こして電力不足を作ってる日本陸上メガソーラーではなく。

 また死の海と、大規模工場畜産の糞尿もとても無駄で、活用すべき資源です。

 

 古代帝国そのものが、エネルギー、動力だけでなく、素材の限界でも頭を押さえられ、人口が環境収容力を超えたら飢餓と戦乱で崩壊する宿命を持っていた……

 それは『現実』の今のこの世界文明も、またあらゆる宇宙戦艦作品の帝国も共和国も同じことではないでしょうか。

 逆にその制限を切り開くのは科学技術、しかし科学技術に背を向けるのも、帝国、のみならず人間国家の本能と言うべきもの……



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政体

『銀河英雄伝説』を貫くテーマの一つに、民主主義と独裁の比較があります。

 銀英伝執筆当時の日本ではまだまだ戦後民主主義が強かった……なのに民主主義の側である自由惑星同盟が敗北する、というストーリー自体、「正義は勝つ、民主主義は正義だ、だから民主主義は勝つ」という敗戦以来の単純な考えを破壊するものでした。

 作中に、帝国側・同盟側両方から民主主義を疑い批判する、多くの声がありました。

 

 銀英伝で語られる……民主主義では、極端に悪くなることもなく、極端によいこともない。

 帝政では極端に悪い暴君も、極端にいい名君もある。

 民主主義だと、半分のそのまた半分+1で十分全権を得られる。

 民主主義だと悪を見逃すことがあり迂遠だが、ロイエンタールの専制なら一気に腐敗を除ける。

 民主主義だからこそ、票のために無謀な出兵をして国を滅ぼし多くの犠牲を出すこともある。

 民主主義はトリューニヒトという怪物を生んでしまう、こんなのを支持する愚民が……

 

 

 ラインハルトは帝政が正しいと言いました。ただし、ラインハルトはヤンとは違い、帝政と民主主義を真剣に考えた形跡が見当たりません……勝つために正しいことをしない愚か者だ、という程度。同盟を徹底的に叩いたのは出世して姉を救うためでしたが……ただ狡兎死して走狗烹らるを考えてるのか、と言いたくなるほど徹底的。キルヒアイスを失ってからは約束のためでしょうか。

 ガイエスブルク要塞を動かした指揮官ケンプが、帝国の建前を何の疑問もなく信じる態度で攻めてきます。

 オーベルシュタインも、帝国を憎んでいながら、同盟に亡命して帝国に勝たせることをかけらも考えません。むしろ理想の帝国を作り上げることに尽くします。

 貴族はそれこそ「奴隷の子孫だから奴隷」「反乱奴隷を再教育する」です。

 ヤンが民主主義が正しいかどうか真剣に疑っている、ラインハルトを認めながら、彼も死ぬし老いて変わるかもしれない、またアンチテーゼが必要だ、という考えで民主のために戦い抜くのとは対照的です。

 

 

 さらに言えば宇宙戦艦SFでは、民主・帝政だけでなく、コンピュータという別解もあるのです。

 いや、『現実』であっても、今や中国式共産党という別解が70年以上機能し、大きな実績を上げています。北朝鮮も安定はしています。

 そして常に、宗教を基盤とした政体も挑戦状を叩きつけます。

「軍事政権」という別解もあります。

 

 

 どんな政体が「いい」か。これは人類が長く追及してきたことです。それだけに戦艦SFでも描きやすいようです……通信に応じず人類を滅ぼそうとする異星人との戦争、が最近は多いにしても。

『スターウォーズ』も帝国と反乱同盟=共和制の政体争いです。

『タイラー』もラアルゴン帝国と一応民主主義の惑星連合の戦いがあり、最終的には三国になります。その一つは(当時までの)日本企業の統治をそのまま国家と化したものです。普通の人、有能な同性愛者など異端で強い人、社会システムからはじかれるような弱い人、それぞれのための国、というのも興味深いです。

『彷徨える艦隊』も民主主義のアライアンスと、少数独裁で強制収容所のシンディックの戦いです。

 

『三体シリーズ』も、人類が太陽系から出ないで自滅した理由に、宇宙に出た人類はすぐに全体主義になる、全体主義が嫌だ民主主義がいい、という感情もありました。

 

 

 民主主義だからいい、とは限りません。

『ガンダム』の宇宙世紀も、連邦は民主主義を保ち、同時に徹底した腐敗・地球破壊を続けました。スペースノイドという賎民を搾取して格差が極端に強い、という構造を保ちました。

『真紅の戦場』の主人公の故郷も、徹底的に腐敗していますが民主主義の建前を保っています。

 民主主義であっても極端な格差、横暴な警察や軍政など、住む人にとっては嫌な事も多くあるのです。

『銀河英雄伝説』の同盟も、ヤンが法的根拠のない査問会で苦しめられ、抗議しようとしたフレデリカはマスコミに訴えても無駄だ、と言われました。マスコミが腐った権力者の走狗である、というのはまさにヤンが言う、権力者を批判することもできない状態です。

 また民主主義は長期的に愚民による衰退が避けられない、という感じもあります。

 

 そして『銀河英雄伝説』の原作時点の同盟も、過去ルドルフが出た時代の連邦も、衆愚政治に陥っていました。

 衆愚の腐敗は『スターウォーズ』でもパルパティーンが皇帝になった大きい理由でした。

 

『スコーリア戦記』『紅の勇者 オナー・ハリントン』『ヴォルコシガン・サガ』などは、主人公側も一応王政・帝政ですが、それでもかなり人権が守られています。むしろ敵側が人権無視。

 

 

 

 

 いい……滅亡しない。国が敗北しない。妻子が強姦され奴隷化され虐殺される心配がない。

 税金が軽め。拷問されない。無実の罪で処刑されることがない。

 財産没収がない。

 餓死の心配がない。安心して生きられる。

 それでだいたいの人は合意できるでしょうか?

 膨大な人が餓死することはない、は?それに反対する経済的自由主義者も多いでしょうか?

 無神論は、同性愛は死刑にするべきでしょうか?奴隷制は容認すべきでしょうか?

 

 特に古代の多くの国々は、またSFの諸国も、それとは違う「いい」基準で動いています。

 要するに魔術・呪術と道徳の間にある「いい」。

 国家が道徳的に「いい」状態であることを強く求める。

 また、戦争で勝つ必要十分条件が、国家が「いい」である……という呪術的・魔術的な感情が、意識もされない当然の前提になっている。

 

 ラインハルトなどが全宇宙を手に入れ、一つの思想・政体を押しつけようとするのも、「汚れを放っておけない」という呪術的感情も大きいでしょう。

 

 もっと以前に強く言っておくべきだったでしょう。

 筆者は、道徳そのものが「善」「いい」だとはまったく思っていません。

 たとえば、魔女裁判があります。

 その当事者たちは、魔女を捕まえて火あぶりにすることが、正義、道徳に合う行動だ、ととても強く確信しています。

 しかし、客観的に見ればどう見てもけた外れの悪です。特に被害者の立場から見れば。

「道徳」というのは、性欲、食欲などと同じように、人間の欲望の一つだと思っています。

 そして「道徳欲」をほしいままにさせたら、ほしいままの性欲が強姦という他者危害になるように、魔女狩りや文化大革命のような他者危害を引き起こす危険な欲望だと思っています。

 そして筆者にとっての「いい」は、上記のように殺される、犯される、餓死する、奴隷化されるなどの「嫌なこと」がないこと、さらに滅亡がないことです。

 

「道徳感情」というものが人間にはある。

 それの多くは文化的に作られるが、相当部分は全人類共通=「ヒューマン・ユニヴァーサルズ」、どんな世界の隅の部族にも共通するものでもある。

 それは決して、客観的な善でもない。正義でもない。

 それを守っていれば人類が生存するわけではない。

 それを守っていれば祖国が滅びないとも限らない。

 それでも、抵抗できないほど強く人を支配する……性欲などと同じように。

 

 

 何が「いい」か。「いい」政体か。『現実』の歴史に論争もありますし、暴力的に決着をつけることも多くあります。

 地球人にはかなり普遍的に、「世界をよくしたい・より良い政体にしたい」があります。同時に「変えたくない」「古き良き政体に戻したい」も極めて強いものがあります。

 

 ……極めて危険な問いになります。

 ゴールデンバウム帝国、ナチスドイツ、北朝鮮、そういう国は実際ものすごく魅力的、ということはないのでしょうか?

『銀河英雄伝説』の、帝国側の軍人の強い忠誠心。大規模な捕虜交換があった、それに関係して双方の捕虜の処遇が少し出てきます。

 残忍に思想改造をしようとする、全員死んでも一向にかまわない帝国の捕虜収容所。それに対し同盟は民主主義のすばらしさを教えようとより人道的。加えて、同盟の捕虜となった帝国将兵は臆病と軽蔑され、返されたら社会秩序維持局に家族ごと拷問虐殺される恐れすらある。……だからこそ歓迎したラインハルトが熱烈に支持された。

 それほどの格差があったのに、捕虜交換が成立した。それほど多くの捕虜が……家族が人質だった、を差し引いても……同盟に亡命しなかった。帝国に忠義を尽くした。

 

 さらに、ヤンとラインハルトなしで、百回繰り返しても同盟は必ず負けるのでしょうか?

 帝国という制度には、強さがあるのでは?

 まあ、ストーリーの都合でしょうが……ダゴン以来、ゴールデンバウム帝国は負けるたびに戦略的に有利になり、最終的には完全勝利するのです。

 負けを無視できる、という点ではパルパティーン帝国も同じです。

 

 

 さて、政体の「いい」議論。

 特に多くが伝わっているのがギリシャやローマ。

 ギリシャ人の筆で、ペルシャが比較検討の末に帝政を選んだ話もあります。

 ギリシャの中でも、アテネとスパルタという大きな比較がありました。

 政治を追求し、魔術的な宗教が弱まるにつれて、『アンティゴネー』をはじめとする葛藤もあらわになっていきました。

 

 古代ローマでも伝説的な王政から共和制、そして帝政に変化する、それに反抗する共和制論者の議論や争いも多く伝えられています。シーザー暗殺も建前は共和制を守るためです。

 その裏ではグラックス兄弟の改革と抹殺があったように、格差の拡大、都市国家から巨大帝国への国家の変質が強く歴史の流れを作っていました。

 

 中国でも、諸子百家、中でも法家と儒家の論争があります。

 ある意味流産……秦は勝利して法家を選び、諸子百家を暴力的に抹消しようとしました。議論がない国を作ろうとしたのです。

 そして秦が短期間で滅亡したことから法家は否定され、儒家が一人勝ちしました。

 それでも漢の根底には、儒教だけでなく法家も強くありました。その後も。

 その後、漢以降の中国では、せいぜい郡県制と封建制などの議論があるだけで、皇帝・儒教という組み合わせは近代に至るまで疑われることはありませんでした。

 政体そのものの違いを要求するイスラム教は強くなれませんでした。

 前にも言いましたが、中国は後漢の黄巾の乱、元の紅巾の乱、清の白蓮教徒の乱や太平天国の乱や義和団事件、と宗教反乱は何度もありましたが、新しい王朝ができる時には宗教は消え失せているのです。どこかで宗教は粛清され軍事指導者が初代皇帝になるのです。特に太平天国の乱には「平等」が強くあったのですが、それもすぐに指導者が貴族・小皇帝となりました。

 それほど強い皇帝・儒教には別の面として、独立性が高い血族家、小農村自治、という面もあります。

 

 インドはどうでしょう?かかる時間が長すぎ、イスラムとイギリスという大きすぎる擾乱がありますが。

 

 日本では議論はなかったでしょうか?争いは?

 仏教を容れるかどうか、後にはキリスト教を禁じる、さらに後には尊王攘夷からの倒幕、その後自由民権運動、国体明徴運動……と体制変革を求める声と政府の争いが繰り返されました。

 特に太平洋戦争にかけて、「国体」という概念が狂信的に暴走し、政体を変えないこと、共産主義を潰すことが国家の強すぎる目標となりました。

 戦後も、マルクス主義を敵として様々な争いがあり、石油ショック後は改革を激しく訴える声が国を支配しました。

 いや、貴族が支配する平安から武家に移る源平・鎌倉、そして鎌倉幕府の滅亡から室町時代、戦国から江戸時代、というのもある意味政体の変化ともいえます。その中で、後鳥羽天皇や後醍醐天皇は天皇と貴族中心の世に戻そうと政体を争い、結局敗北しました。

 それぞれ、平安から鎌倉では荘園と各地の開墾、開墾の限界から相続争い、という構造があり、開墾した農村の支配権を追認し、相続争いを調停する幕府が求められたという構造があります。

 戦国時代も、『箱根の坂(司馬遼太郎)』で鉄が安くなったから、という面白い切り口が語られています。思想家によって動く中国とは対照的に、と。さらに鉄砲という新兵器、貿易と船の発達、金銀採掘法、大規模治水・開墾という巨大な技術と力もあります。

 木が切り尽くされ港が砂泥に埋まり、それによって九州~奈良~京都、関東と力が移っていく過程でもあります。

 味噌・醤油・納豆という大豆加工技術、魚輸送の発達による栄養の変化もあります。

 さらに江戸幕府は、貿易を制限し船を規制し、鉄砲の改良を止めて、技術水準そのものを制御しました。キリスト教を排除したことは間引きの容認も可能にし、文明崩壊を免れる結果につながりました。また日本が世界の大規模奴隷貿易に巻き込まれ衰退することを防いだかもしれません。

 相当以前になる平安時代でも、たとえば儒教を全部入れるか、ではそれなりの問題が出たのでしょう。日本は天皇・公家のシステムも庶民の生活も、中国の儒教とはかなり離れています。

 反面、武士道というもの、明治維新後の国家道徳も儒教の影響がそれなりにありますし、江戸時代から近代日本でも多くの人が論語を習っています。

 江戸幕府は、キリスト教の排除、キリスト教排除を兼ねて仏教を飼いならした、儒教をうまくゆがめて国家体制に入れた、剣術・禅宗を組み合わせて武道を作った、武士道とした……という、道徳的・宗教的にも複雑な離れ業を成功させています。明治維新後の日本精神もその後継でもあります。

 日本の奈良平安から、軍の廃止・肉食禁止など中国とはかけはなれた厳しい道徳を普及させたことも奇妙な点でしょう。大豆とその発酵食品のおかげでタンパク質が得られたという奇跡もあります。

 

 ……政体は、時には科学技術・食生活すら変え、長期的な生産力・人口・国力をけた外れに変えてしまうこともある、ということです。

 

 

 何よりも、近代になってからは政体のための戦争が多く戦われました。

 アメリカ独立戦争自体、自由を叫んでの戦いでした。

 フランス革命に世界各国は、正しい政治を求めて干渉し、革命政府も自由・平等・友愛を守るためと反撃しました。さらにナポレオン一世は、新しい政体、新しい法をあらゆる国に押し付けようと戦い、それに各国は激しく抵抗しました。

 アメリカ最大の内戦、南北戦争は奴隷制をめぐる戦いでした。その後も奴隷制を理由とした征服戦争は多く起きます。

 帝国主義も、政体を、自由貿易・法・奴隷制廃止などを押しつけたい、という建前がありました。

 第一次世界大戦では、とくにアメリカやイギリスは、ドイツが勝ったらとても大事な理想が世界から失われる、と敵国を絶対悪とし、総力戦に国民すべてを動員しました。だからこそ戦後、以前のようにまともな賠償では気が済まず、次の破局の原因すら作ってしまいます。

 ロシア革命でも、共産主義というある意味宗教であり、政治体制でもある言葉を持つ新政府は国内でも、また日本を含む諸国の干渉軍とも戦いました。

 さらに第二次世界大戦。まさに政治体制が戦争の理由となりました。ドイツは共産主義を憎み自国の体制が絶対正しいとしました。アメリカやイギリスは自由を叫び、日本が無条件降伏して完全に民主主義になることを戦争目的として、何十万人もの自国民の犠牲も差し出しました。日本は国体のために一億玉砕を訴えました。あらゆる国が国民全員を協力させ、敵国全員を殺す気かというぐらい女子供も殺戮しました。ドイツはポーランドもウクライナもソ連も皆殺しする気満々で攻めました。日本やドイツの女子供に対する無差別爆撃を、アメリカはかけらもためらいませんでした。

 戦後の冷戦は、徹底的に資本主義と共産主義、経済思想と一体化した政体をめぐる争いでした。『銀河英雄伝説』の過去ではその違いが、人類をほぼ死滅させる全面核戦争に結びついたのです。『現実』も人類滅亡も、少なくともロシアンルーレットぐらいには賭けのテーブルに乗せました。弾が何発入っていたかはわかりませんが、六分の一より小さくはないでしょう。

 

 反面、特にミリタリSFでは、前述のように兵は理想・スローガンのためには死なない、隣の戦友、故郷の家族のために死ぬのだ、と言います。

 ただし「家族」にも戦時には大きい矛盾があります……イギリスのコベントリーとエニグマの伝説。時には家族を見捨てて戦い抜くこともあります。『老人と宇宙』では権力者は主人公たちをコベントリーの論理で犠牲にしようとし、主人公はそのコベントリーの史実にもツッコミを入れて反抗しました。

 ウラシマ効果などにより、家族から切り離されてしまうこともあります。『終わりなき戦い』の中心テーマがそれです。

『エンダー』では、姉とは深く結びついていますが、両親にはほとんど感情を持たず、敵でもあった兄との関係では超光速航行の都合による年齢差を支払いました。後には姉とも大きな年齢差ができてしまいます。

 

 古く正しい、が国家の目的となることも多くあります。

 現在のイスラム原理主義国家。風潮に敏感な『タイラー』もラアルゴン原理主義が歪みを作りました。

 実際には、アメリカもかなりやばいキリスト教原理主義勢力が強まっています。

『真紅の戦場』のイスラム原理主義国家は、どうやら支配を保ち国家戦争に生き残るための原理主義のようですが……

 古代エジプト帝国は、何千年も変わらないことそれ自体が目的だった、と言われます。

 中国の明帝国も極端に復古的で、科学技術や高度な数学さえも嫌い、文明競争に敗北する最大の理由と言えるでしょう。

 近代に適応しようとする国々、どれも復古の声に足を引っ張られます。日本も例外ではありません。

 

 それらは、古い聖賢がすべてを知っており、すべての真理は聖賢の書・聖典に書かれている、という考えにしがみつきます。

 もちろん現実を見て理論を修正する科学とは相容れません。

 コロンブスの新大陸発見が大きかったのは、新大陸やその生物が、アリストテレスにも聖書にも決して書かれていなかったことです。だからこそ古代ギリシャローマ古典の絶対の権威がゆるみ、キリスト教の牙城も崩れたのです。

 

 古い人たち、古い戦術・古い兵器・古い道徳・古い制度にしがみつく人々。

 新しい人たち、何も知らず経験もない人々。……フランス革命やロシア革命のように。

 どちらに任せるか。

 どちらであっても破滅としか思えませんが。

 

 だからこそ、若者を、若い英雄や若い科学者を認め腕を振るわせる老将や、あるいはデスラーを拾って火炎直撃砲を作ったズォーダーは偉大な存在です。

 

 

 

 そして、政治体制に、地形・作物・資源などの影響はどの程度あったでしょう?

 ギリシャの都市国家民主主義……それと、ギリシャの山がちで統一が難しい地形、またブドウ・オリーブ、銅や銀の鉱山という作物や資源が、どの程度強いかかわりを持っているでしょう。

 ギリシャの人々であっても、広大で航行可能河川で細かくつながった肥沃な大地、あるいは馬と弓矢を与えられ広大で障壁のない草原にばらまかれれば、統一帝国にならざるを得ないでしょうか?

 ギリシャ・ローマが弓矢を嫌ったことと、地形や金属資源、もしかしたら木材の種類はどんな関係があるでしょう?

 ギリシャが長槍、ローマが投槍と大楯を選んだのはなぜ?

 イギリスにはイチイというよい弓になる木材があったからこそ長弓が発達したということは?

 日中では竹があったから弓が好まれた?では弓矢も好むインドでは?

 ユーラシア騎馬民族も弓矢を好みますが、角・腱と家畜由来の素材も使う合成弓が完成する前は何を弓矢の素材としていたのでしょう?合成弓も木材部分は必要です。

 ローマがファランクスをやらないのは、より広い世界、多様な地形での戦いを経験し、方向転換がしにくく平原でなければ弱体化するファランクスよりも、小さくまとまった部隊多数のほうが優れていたから、とされています。

 さらに言えば、アトラトル……投槍器という、昔の人類を質的に一変させた、石器時代のカラシニコフとも呼ばれる投げ槍強化兵器……突起のついた棒で腕を延長する……は、知る限り古代ローマでは使われていないのです。それも実に奇妙な話です。

 中国では同じように麦を育て、馬を外から買う北方で、まったく別の兵器体系で戦争が行われました。

 

 そして、米、水田稲作の地域はどんな政体、武器体系につながるのでしょう?

 日本論で、「日本は水田稲作だ、だからかなり平等な村人が、互いを厳しく相互監視して天才の出る杭を打ち怠けることを許さず勤勉に働いている」とよく見ます。

 ではトウモロコシは?ジャガイモは?サゴヤシは?主要家畜がスイギュウであることは?

 コロンブス以前の中南米が大型家畜に恵まれず、鉄を知らぬままで、作物も異なり、車輪も文字も用いず、航行可能河川にも恵まれない……にもかかわらず、宗教的で大規模建築をともなう帝国と貴族の国でした。

 馬は育てるより買うほうがいいようですが、その馬が育つ地域の文化……政体は?さらに海があるとないとでは?

 

 また、牧畜、足がある財産は、容易に盗めます。警察に来てもらうにも間に合うはずがありません。

 そうなれば自力救済の文化になるでしょう。

 その文化が服従の精神を強め、それでカリスマに絶対服従する大集団の大帝国につながり……相続に失敗して霧散するのも騎馬民族、牧畜民の常です。

 

 カリスマというのは後にも、大きな影響があります。

 第二次世界大戦前後のけた外れの殺戮は、ヒトラー、スターリン、毛沢東という三人の独裁者のめちゃくちゃな人格と信念による、とされます。

 中国史の帝国崩壊も、崩壊は宗教、新帝国はカリスマが作るのが常です。ただ、『箱根の坂』では戦国時代を起こしたのは思想家でもカリスマでもなく、製鉄技術だとも言われました。

 それこそカリスマ頼りのルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも、ラインハルト・フォン・ローエングラムも、初代が死んだら相続でしっちゃかめっちゃかになって滅びる、というほうがずっとありえたことです。そしてロイエンタールはすべてに最高の資質を持っていながら、ラインハルトとの間に超えられない壁があることは本人もユリアンもわかっていました。

『彷徨える艦隊』のファルコは蛇も操ると言われるほど圧倒的なカリスマに輝き、膨大な人を戦死に導きます。

 カリスマ支配者ではなくても、エンリケ航海王子、コロンブス、また科学革命の天才たちのような存在も大きく歴史を動かしたと言えるでしょう。

 そして大宗教の教祖、ルターやカルヴァンなど宗教改革者も歴史に大きな影響を与えています。近代のアダム・スミスら自由主義経済思想家、そしてマルクスの影響も巨大でしょう。

 

 宇宙戦艦作品では、上位存在を見てしまった『啓示空間』や『共和国の戦士』の教祖らが目立ちます。

 また『ファウンデーション』のミュールのように、超能力で多数を支配するタイプも。ですがどんなカリスマ英雄も、心理歴史学の計算の掌の上です。

『ローダン』のペリー・ローダンは、本来はただその時その場所にいただけですが、結果的にはずっと優れた指導者としてテラナーを導き続けています。『反逆者の月』のコリンも同様です。

『タイラー』のタイラーはそれこそ運だけとされますが、人類を導く立場に長く立ち、重い罪と知りながらとんでもない未来に導きました。

『三体シリーズ』のルオ・ジーも、彼自身がなぜそれほど狙われるのかわからない、というほどに、理不尽な重要性を持つ救世主です。そこには、弾圧者だったのに神に問答無用で徴兵されるように使徒とされキリスト教を築いたパウロの影もあるでしょう。

『彷徨える艦隊』のギアリー、『銀河英雄伝説』のヤンは、断固として人類の支配者の立場を拒みます……が、ヤンはもし暗殺されなければ……

 

 カリスマに、宗教的救世主の面がつくと余計厄介になります。『デューン』のポウルが代表例でしょう。『ガンダム』のシャア・アズナブルもそれに近いです。

 

 

 政体の経済面。これも、古代から宇宙戦艦作品の未来まで、重要と言えるでしょう。

 一番大きいのは奴隷制。

 さらに、『国家はなぜ衰退するのか』『自由の命運』『暴力と社会秩序』……政府が、国民を収奪して少数の権力者を栄えさせ、結果的に国を衰退させるか。それとも、国民に自由を与え活力を引き出し、国を繁栄させるものか。

 といっても、民主主義などがない古代でも繁栄する国と衰退する国の違いはありました。その点は宇宙戦艦作品でも同じ……『銀河英雄伝説』などでは、民主主義に属する国々も、帝国を圧倒できるような経済力を持つことができていません。

 

 自由惑星同盟は、実際には少数が多数を収奪し、国力を下げる構造だったのでしょうか?『ガンダム』の宇宙世紀の連邦も?それこそ上記の本で憲法の条文はまともなのに民主主義とは程遠く経済的に貧しい中南米のような、民主主義とは異質な制度による支配ががっちり固まっているのでしょうか?

『真紅の戦場』や『銀河の荒鷲シーフォート』などでは、核戦争の影響で非民主主義的な制度・極端な格差が定着しています。

 

 そして、民主主義が強い理由の一つとして、民主主義、言論や思想の自由がなければ科学技術の進歩がないから……という論理もあります。

 ダロン・アセモグルらも、それを理由に共産中国の発展には限界がある、と言います。

 しかしそれは科学技術に伸びしろがある世界の話です。

 民主主義でありながら収奪的である国は、科学技術が停滞していることと関係があるのでしょうか?

『銀河英雄伝説』も進歩が遅い、伸びしろが乏しいように見えます。

『ガンダム』宇宙世紀も、兵器の性能は上がっていますが生産力・民の生活水準はあまり上がりません。

 それとも、どちらも低品位鉱物の利用が苦手、資源不足気味であることと、腐敗した民主主義が関係するのでしょうか?

 1970年以降の『現実』も、重要な面……素材・エンジンの科学技術が限界だからこそ長期停滞なのだ、というロバート・ゴードン、タイラー・コーエンらの考えがあります。

『工作艦明石の孤独(林譲治)』は科学技術の停滞そのものがある意味主役と言えます。

 

 征服をするかしないかも、経済的にも重大でしょう。

『叛逆航路シリーズ』に描かれる征服の停止、『銀河英雄伝説』で示唆される高度成長じみた開拓の停止による社会の質的変化は何度も考えてきました。

 

 そして根本的な問題……国民が豊かに暮らせるか。食えるか。

『なぜ国家は衰退するのか』『自由の命運』など多くの本で、形式的には民主主義でも内実は法の支配などがなく、経済的な発展がことごとく潰される悲惨な国々が描かれます。

 アラブの春自体、警察に不当に商売道具を奪われた怒りと絶望が焼身自殺に、それがきっかけでした。そしてそれは今の時点では完全な絶望を作っています。

 

 

 経済と言えば、政争が激しくなる根本的な理由に、権力と富が強く結びついていることもあるでしょう。

 要するに、軍でも官僚でも、宗教でも、出世すると儲かる。

 あらゆる仕事をする権利は、利権である。地位によって与えられるもの。油田や鉱山の所有権と同じく。海の家や正月の大きい神社の露店と同じく。

 本来それはあってはならないことです。腐敗にほかなりません。もっとも収益が大きい工場経営者ではなく、権力者に近い・賄賂の額が大きい経営者しか認められなくなります。何よりも、それだとゼロサムゲームになるのです。

 しかし、それが現実です……どの文明でも、どんな宇宙戦艦作品でも。

 いや、ヒトラーや『ファウンデーション』のミュールのように質素を装う独裁者がいるにしても、どちらも実際には膨大な富を自由にできました。

 むしろ、権力がなければどんな仕事もできない、それが人間にとって普遍的なありかたです。

 

 その部分集合として、土地所有・相続もあるでしょう。土地を耕すのが事実上唯一の生き方である世界では、土地を相続しなければ、あるいは奪わなければ餓死するか奴隷化されるだけです。

 だからこそ常に激しい相続争いがあり、船があればけた外れの情熱であらゆる先住民を滅ぼし、法や宗教の面でも言い訳の限りを尽くして土地を奪う……

 

 権力闘争は根本的にゼロサムです。特に頂点は一つしかありません。……が、同時に皇后・宦官・外戚という複数化もありますし、日本は天皇と将軍という形で権威と権力を分離しました。

 権力と富がくっつき、ゼロサムになる……

 権力がなければ族滅され富も奪われるので、権力を得るしか選択肢がない。権力自体、人間の最大嗜好でもある……

 

 

 

 経済以前に、国家そのものの役割・機能は何でしょう?

 

 国家があれば、それが暴虐であっても、無政府状態・石器時代より暴力で死ぬ率が低くなるということです。名誉のための隣との殺し合い、近くの民族との皆殺し戦争、犯罪としての殺人から復讐の連鎖、それらを抑え込むことで。

 ただ、国家の暴虐がどこまでひどくてもか……『現実』の、カンボジアのポル・ポト政権は半分に及ぶ死者を出しました。また中国の太平天国の乱も極端な死亡率ですが、あれは国家があったからかなかったからか……

 

 要するに防衛のための国家、という考えは古くからあります。

 戦うために集まる。

 戦うためには、特に二人の人間が別々の命令をして、どちらに従えばいいかわからなくなる、は避けねばならない。ヤンが、二人の有能な将は一人の平凡な将に劣る、とその対立を利用してイゼルローンを落としたように。

 何人もが、一人は東、一人は西、一人は南、と言い争っていつまでも決定できないことは避けなければならない。

 一人の人間が絶対の権力を持ち、反抗するものを厳しく罰する、専制でなければならない。

『孤児たちの軍隊』では、上官が皆死ぬか重傷、下っ端なのに指揮を執るハメになった主人公に重傷の前指揮官が、いいから命令しろ、間違っていてもいいから、と小声で怒鳴ります。

 民主主義国家であっても、戦時には専制的に指導されなければならない……アメリカで、大統領令で日本人の血を引くだけの正規のアメリカ市民権を持つアメリカ人が収容所に放り込まれたように。

 

 ただ、戦争が終わったのちに、その戦争のための専制を解除する方法を、人類は知らないと言っていいのです。

 それこそ、狼と馬の寓話。人も馬も狼に苦しんだ。だから馬は人を乗せともに狼と戦った。狼が滅んだ。降りろと馬は言ったが、人はバカめと拍車を当てた……

 アメリカ独立戦争では、ワシントンは皇帝になることもできました。世襲の王国になっていたとしても不思議ではないのです。

 実際多くの国がそうなりました。共産主義国の多くが残忍な体制であるのも、すぐに内戦・外敵との戦いがあったからでもあります。

 そうなると、「軍事政権」という別の政体も見えてきます。

 第二次大戦後、今現在も、多くの国が軍事政権に苦しめられています。ですが軍事政権が倒れてもよくなるとは限らないのです。

 

『宇宙軍士官学校』では、ケイローンは軍事政権ですが有能と言われます。常に実際の敵と戦っているのが、『現実』第二次大戦後の軍事政権とは違う、と言われます。

『銀河英雄伝説』のルドルフも軍を基盤とし、軍事色が強い国家でした。しかし、少なくとも自由惑星同盟の発見までは外敵はありませんでした。それほど海賊・内乱が多かったか、常に共和主義者との戦争がある、あるいはある振りをして戦い続けていたのでしょうか?

 一世紀以上の総力戦が描かれる作品もあります。『銀河英雄伝説』、『彷徨える艦隊』、『終わりなき戦争』など。

『ガルフォース』『装甲騎兵ボトムズ』も桁外れに長い戦争です。

『航空宇宙軍史』の第一次・第二次外惑星動乱もかなり長期です。

『無責任艦長タイラー』のラアルゴン戦争もかなり長引きました。

 それらは根本的に社会を変え、文明そのものを衰退させることすらあります。

 逆に『無責任三国志』でタイラーは、戦争がなければ文明は存続できないと知り、非常の措置をするのです。

 

『歴史の研究』では、[地理的拡大と社会的解体は、明らかに原因と結果の関係を示している。

軍国主義は~今日までに記録されている~文明の挫折のもっともふつうの原因であった

 

解体する社会の救済は到底見込みのない仕事であり、また剣が、その仕事を遂行するのにははなはだ不都合な手段なので]

 などありましたけれど、トインビーの用語としての「軍国主義」は「プロレタリアート」同様普通とは少し違って分かりにくいところがあります。

 

 

 もっと古いのが、魔術・呪術・宗教儀式のための国家。今のあらゆる国家にも、その面はしっかりとあります。

 その宗教の教えに合うように、民の心の中から作り変える、抑圧することもその重大な使命です。そうしなければ神が怒って雷を起こして世界を滅ぼすから、と。

 ほっといてくれ、は通用しないのです。一人でもいたら世界が滅びるのです。

 また一人でも、赤ん坊でも、帝国を滅ぼすかもしれないのです。

 

 政体論が重大なのは、実際には宗教・魔術と結びついているからなのです。

 政治が正しくなければ……メンバー全員の心が清浄で正しく信仰していることも含め……また、表現として船の甲板や真鍮金具が完璧に磨き上げられ、シーツが不可能なまでに完全であることも含め……国は滅びるのだ、という呪術的で意識されない確信がある。

 それは音楽や文化、科学の規制にも結びつきます。

 だからこそ政争も常に激しくなります。

 

 国家がどれほど、国民全員の内心を改造したがっているか……それも恐ろしいものがあります。

 確かフィリップ・K・ディックは、警官どもは人間全員自分たちのコピーにしなければ気が済まないんだ、と叫んだものです。

 それは反共があったからです。魔女狩り、異端審問、十字軍、特高警察……宗教、あるいはイデオロギーの争いが警察権力と結びつくと、人の心の中まで支配しようという権力の本能が暴走し、地獄絵図を生み出します。

 軍は態度・整理整頓などを通じて心の奥まで支配したがり、それは不可能な完璧を強制することを通じ、無限大の残虐にも結びつきます。

 人には人の心を読めない……『エンダー』のバガーのようにつながっていないことも、その悲惨の見えにくい原因です。だからこそ、人の心を読む機械ができたら恐ろしい結果になりますし、人は必死でうそ発見器や自白剤を作ろうとしてさまざまな悲喜劇を作り出しています。

『宇宙軍士官学校』では上述のように、主人公の暗殺未遂から内心の自由を侵害する捜査が行われました。多くの批判がありましたが、それでも地球人の存亡のために、と容認されました。

 

 さらに、この話は法の歴史として、法と宗教、法と道徳の分離、という問題を作ります。

 ユダヤ、またイスラムの法のように聖典に法が刻まれていれば、それは当然心の底からでなければなりません。そして本当に心からなのか証明する……そのためには無限の拷問が生じてしまいます。また魔女狩りやスターリン体制のように、やられる前にやれ、密告される前に密告しろ、で誰も残らないことにもなりかねません。

 法と道徳も、同様に重大な問題を作ります。

 

 

 

 

 政府が何をしているか、も時代や地域によって大きく異なります。

 略奪と虐殺がほぼすべてである政府もありました。

 大規模な治水とともに巨大な神殿を作り、多数の神官に贅沢をさせる帝国もありました。

 中国はいつも遊牧民と戦い、万里の長城を作り、膨大な人数の軍を出していました。

 海のかなたを征服し、同時に巨大な工場を作ることを支援している国もありました。

 長い間激しい戦争に没頭し、それによって国の在り方が大きく変わってしまう国もありました。

 

 ちなみに昔の西洋の王はテント多数で旅をして、あちこちで食べ、裁判の上告がたまっているのを裁いていました。中国史でも皇帝一族が食えなくてあちこち旅したこともあります。日本も古代には代ごとに朝廷が移動しました。特に食糧を運ぶ能力、おそらく糞尿を処理する能力も事実上ないと、それも合理的になります。

 西洋の「城」「貴族館」の一番いい活用法はホテルです。「城」の本質として、多くの客を泊め、大食堂で晩餐をもてなすという機能があります。

 ついでに『銀河の荒鷲シーフォート』では、船客や士官を晩餐でもてなすのも船長の仕事でした。それは昔の帆船時代の海軍艦長も同じことです。

『ヴォルコシガン・サガ』でも、アラールが巨大戦艦で傭兵の指揮官をもてなします。

『銀河英雄伝説』の大貴族の旗艦は動く城、内部に超豪華ホテル設備があったそうです。

 中国やイスラムの超巨大宮殿も、本質的には同じです。また民主主義でも、フランスなどでは大統領に「迎賓」仕事を分担させたりしています。各国の大使館も最高級ホテル・レストランの面が強くあります。

 日本では寺にホテル機能があったようです。また江戸時代には本陣というシステムもありました。

 西洋でも、修道院も高いホテル機能があり、さまざまな旅を支援していました。

 

 

 

 支配そのものができているか、という問題もあるでしょう。

 支配方法それ自体……これは、むしろ知らないことの方が圧倒的に多いでしょう。日本の足利義満時代の九州の農村、あるいは1800年のオスマントルコ、いやフランス革命前夜のパリでも、どのように治安が維持され、食糧が供給され、子供がしつけられ、誰が警察権をふるい裁判し刑罰を執行し……どれほど知っているでしょう?

 筆者が大きい関心を持っているのは、多様な時代・地域での、支配技術(特に多数の餓死者が出ても崩れない)です。

 

 

 それが失敗すれば、要するに失敗国家となります。

 そしてある部分はちゃんと支配していても、支配されていない部分もあるものです……暗黒街、スラム、極端であれば棄民たち。それは必然として身分・種族にも結びつきます。

 棄民の歴史……

 日本史でも、棄民同然の海外移民の悲劇があまりに多く伝えられます。

 オーストラリアはイギリスからの流刑民が元となりました。

 

 さらに、経済・政治思想が今の延長……新自由主義、資源枯渇・環境問題、さらにITやロボットなど人間を必要としなくなる技術が発達することが悪い方向にかみ合えば、それこそ世界の人間の大半を虐殺することが正しい、にもなりかねません。

 

『幼年期の終わり』では、進化した人類が生まれた時点で古い人類は、完全に用なしでした。

 

『目覚めたら~』では事実上棄民である貧困層が悲惨に暮らしており、そこに落とされたヒロインの一人を救うことが話の始まりでした。その後も、悲惨な生活をする人々がいることを主人公は知り、完全はないからと見ないふりをします。

 それこそ『ガンダム』宇宙世紀はスペースノイドという棄民があっての話です。

『真紅の戦場』の主人公の国では、悲惨な下層民とギャングの構造による低賃金労働と、中・上層の脅迫が支配の核心でした。

『宇宙兵志願』では人口のあまりにも多くが、福祉集合住宅に押し込められて悲惨な配給で生活する、経済・国家にとって明らかに必要とされない存在でした。時々暴動を起こしては虐殺される、軍にとっては敵でありつつ、敵国ではないので撃つのがためらわれる厄介な存在でもあります。そして戦局の悪化は、その必要ない人々を餓死させることにもつながるでしょう。

『銀河の荒鷲シーフォート』も、それこそオレ強制徴募される、と叫ぶ……それじゃ志願兵だ……ほど教育のない下層民が多くおり、その暴動が問題になります。

 経済的徴兵、貧しく希望がない下層民から、時には犯罪者を刑罰の代わりとして徴兵するシステムは『孤児たちの軍隊』『宇宙兵志願』『真紅の戦場』などにあります。

『宇宙兵志願』でも『真紅の戦場』でも、軍と宇宙植民が棄民にとって唯一の可能性になるのです。

 棄民は、超低賃金労働者・兵士として役に立つか、何の役にも立たないか、という大きな違いがあります。

 

『叛逆航路』では貧富の格差に、どこ生まれか、と種族に近い身分関係が加わります。

『銀河英雄伝説』『スターウォーズ』では、辺境それ自体が貧困です。タトゥーインは犯罪が横行し奴隷制が残り、ヴェスターラントや辺境は戦争の捨て石ともされました。

 

 そのような超極貧層は、政府に忠誠を持つはずがありません。また、超低賃金労働者が多くいれば、競争で有利でありながら機械化に投資しなくなり長期的には文明自体が衰退することになります。

 

 強制移住も統治法、ある意味厄介な人々の扱いとして歴史的に重要でしょう。

 ユダヤ人の本質にあるのは、アッシリア帝国による強制移住政策です。最古の帝国が得意とした、それなりに有効な統治法だったのです。

 中国史でも五胡「し民」措置があります。

 ソ連も幾多の少数民族を強制移住させ、多くを虐殺しました。

 移動そのものが有効な虐殺になります。

 アメリカの先住民など多くの先住民が、「涙の踏み分け道」など、今住んでいる場から移動させることによって虐殺、抹消されました。

 日本が東南アジアの欧米植民地を征服した時、捕虜などを移動させ虐殺したことで、今も天皇がイギリスに恨まれているほどの憎悪となりました。

『三体シリーズ』では三体人は地球人をオーストラリア大陸に押し込め、最低限まで減らそうとしました。

 

 

 

 民主主義の大きな長所はエラー訂正。国の方針が間違っていた時、血を流すことなく方針転換できる。……といっても実際には、民主主義国でも方針転換できないことは多くあります。

 根本的に、愚民が愚劣な方針を選び、それをかたくなに押し通した時にはどうすることもできません。

『逆襲のシャア』では「今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせよ」という言葉もあり、民が愚民である、だから地球を破壊して自滅してしまう、という危機感が大きな軸となります。

『銀河英雄伝説』も、連邦も同盟も徹頭徹尾、民が愚民であることが語られます。

 

 また、エラー訂正は科学とも共通します。自分は間違っているかもしれないことを認める。間違っていたら修正する。それが科学の本質です。

 ついでに、エラー訂正は生物の進化とも共通します。進化もまた、自分が絶対に正しいことを前提にせず、試行錯誤です。

 試行錯誤は科学の本質であり、進化のかなり大きな本質でもあるのです。

 しかし、それは軍、魔術・宗教と根こそぎ矛盾するのです。

 上述の、昔の文明で普遍的な、「古い聖賢の書・聖典が絶対に正しくそれに真理が全部入っている、新しい発見は全部いらない」を否定するものです。

 軍……上記の、『孤児たちの軍隊』の新しい指揮官が忠告された、命令しろ間違っていてもいいから……その後には、こう略された言葉が隠れているのです。絶対に誤りを認めるな。自分が誤る可能性があるただの人間だと部下に思わせるな。そう思われた瞬間、お前は指揮官ではなくなり軍は瓦解し俺たちは全滅する。指揮官は神だということを忘れるな。お前を疑う人間は反逆者として殺せ。

 権威主義。絶対服従。正しさの独占。絶対に自分は正しい。

 それと、政治にせよ科学にせよ進化にせよ、エラー訂正・試行錯誤はどう両立するのでしょう?それは、軍事的には真理であっても、それこそ間違った命令を押し通すアムリッツァの破局にもつながるのです。

 

『宇宙の戦士』は民主主義、というか戦後の考えの多くを否定し、志願・名誉除隊した者のみによる政治、という今のアメリカとも大きく異なる政体を考案しました。それ以外の、たとえば科学者による政治などの失敗も描き、この体制以外はだめだと断言しています。共産主義を強く否定する言葉もあります。軍事的な保守というべきものを強く信奉していることをむき出しにしています。

 

 反民主主義として、『火の鳥 未来編』の、コンピュータに任せるというのがあります。ただし基本的には、コンピュータ任せは間違いとされます。……アシモフのロボットシリーズ以外。『目覚めたら~』も貴族の目が泳いでいます……

 

 そして帝政。

 民主主義から帝政になる、という古代ローマの共和制から帝政、またドイツ・イタリア・スペインのファシズムなどを下敷きにした話としても、『銀河英雄伝説』『スターウォーズ』など多くあります。

 

 民主主義が否定される理由として、核戦争後などを用いる事も多くあります。何度も述べたように『銀河の荒鷲シーフォート』『宇宙の戦士』『真紅の戦場』などなど。

「非常事態だから権力を集中し、決めなければならない」「非常事態には人を切り捨てる決断も必要だが、民主主義では不可能」などの理由がつけられます。

 

 クローンやロボットの処遇も、政体としては重要でしょう。

『共和国の戦士』は、クローン兵士という戦闘奴隷あっての社会です。

 

 

 さらに宇宙戦艦作品の多くは、要するに閉じられた世界に黒船が来た、あるいは海に出て新大陸を見つけた、突然騎馬民族に襲われた……そんな史実を思わせる展開となります。

『現実』では黒船に接したことから、政体を変えるための苦闘が始まりました。戦って勝つためだけでも、色々と変えなければ無理だったのです。いや、他者と接するだけでも。

 その、他者と政治をどう結び付けるかもどの世界も苦慮します。

 

 最近のミリタリSFは、地球人の側はちゃんと人道的・平和的に対応する準備をしているのに相手が全然通信に応答せず攻撃してくる、というのが多いです。

 ファーストコンタクトをきちんと描くのが面倒だからでしょうか。

 

『三体』には、地球人に絶望し異星人に助けを求める人たちがいました。

 中国の近代化、中国側の改革挑戦者たちの苦闘がそれと重なります。

 

 

 この議論は、実に多くの枝に分かれます。

 身分。身分と宗教。人種。

 科学技術を禁じる政治の歴史。

 古代における政治の本質、宗教儀式。

 歌舞音曲。文化そのもの。

 民主主義を可能とする科学技術・産業の条件。

 文化大革命そのもの。

 秦の始皇帝、フリードリヒ大王、ナポレオン一世など、一人で文明を設計したと言っていい偉大な指導者。

 制度論……アセモグルやフクヤマ、他にも多数。

 犯罪の歴史。何が犯罪とされるか、の信じられない幅。同性愛。

 刑罰の歴史。拷問の歴史。秘密警察。

 英雄。国葬。

 

 根本的な方向として……どう政体を、国を裁くか。

 滅亡したら悪だ、それだけでしょうか。

 それをいうならインカ帝国は悪だったのでしょうか?弱いことは悪だ、以外に?ナチスも負けたから悪であるだけ?

 科学の進歩があるか。

 人権・人道。拷問が多いかほとんどないか。

 もっと深く言えば、人はモノ、道具なのか?それとも?も、あらゆる政体を分けるものでしょう。啓蒙の方向かどうか、と同じように。

 そこには、神があります。神、人、物(生物)というヒエラルキー。そこに異星人や人工知能が入ったら?

 

 神を否定するとき、すべてを物とする、という考えもできます……中国の法家のように。『航空宇宙軍史』のように。

 逆に、滅亡すら度外視する価値観、道徳も……戦争そのもの、国家そのものが目的になることも……

 

 筆者自身は、上述のように滅びない、飢えない、虐殺されない、拷問されない……ラインハルトも本来、女が好きな人と結婚できる、がすべてだったはず……

 どうすれば、飢え死にせず、死ぬまで働かされず、虐殺されず、強姦されず、拷問されず、宗教を禁じられず、好きに研究でき、公平な法と必要なだけの軍備で、科学を進歩させながら生きることができるのか。

 それより優先であることが多くある……信仰、民族、国家、イデオロギー、(経済)自由、契約、負債……

 そのつもりが、サディズムに支配されているだけかもしれません……『狼の怨歌(平井和正)』で、残虐な医師が主人公を実験動物扱いした、その残虐さは医学・科学としても無意味だった……ナチも、日本も、アメリカも……

 さらに、自由民主主義の近代国家は、地球の裏側の奴隷たちの悲惨な強制労働と拷問虐殺を絶対に必要とするのかもしれない……なくてすんだことがない。

 

 

 根本的には、民主主義にも帝政にも、人は弱すぎるのではないでしょうか。

 根本的には、150人狩猟採集群れのために設計されたのが何億人、何千億人という、設計目的外使用。独自にカメラなどで見て考えて動けるショベルカーに、戦闘機を操縦させるような無理。

 といっても、人が弱すぎるから自分で考えるな、前例踏襲や昔の聖賢の書に従え、でもいつかは失敗します。その聖賢はいくら天才でも、核融合や人間の遺伝子改良など考えることもできなかったでしょう。

 正しいのはやはりr戦略繁殖、多数の群れがあり、どれかは生き残る、だと思いますが……

 

 民主主義、愚民を教育すべき、啓蒙を信じる、というピンカー……筆者は心情的にはそちらです。

「もっと考えろ」ではだめだ、環境を制御して人を操れ、というヒースもある程度納得できてしまいます。



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都市・要塞

 以前の都市防衛などとかなり重複するでしょうが改めて。

 

 特に古代の歴史は、都市の歴史でもあります。

 インダス文明などは、のちの歴史とつながりが見当たらないのに、都市が発掘されただけで四大文明の一つともされています。

 

 近現代史においても都市は重要なままです。特に現代におけるもっとも大きな歴史の流れは、総人口で都市居住者が多数派になりつつあることです。

 

 

 都市、とは根本的に何でしょうか?

 

 人が多数集まる。日本以外の過去では、城壁を作って敵から民を守る城でもある。

 なぜそんなものができるのでしょう。どんな有効性があるのでしょう。

 

 多くの人が、比較的近い距離に住んでいる。

 だからそれを動員できれば、戦争であれば戦力の集中が可能で、強い。

 近くにいる人とは話したり交換したりできる。だから、『繁栄』にある、アイデアを番(つが)わせることがより容易になる。アダム・スミスのピン工場からの、分業という巨大な力も都市があるからこそ可能。

 

 たとえば、商品としての拵えごと完成された日本刀。

 それにどれほどの、多様な人が必要か。

 刀身。

 山で砂鉄を掘る人。砂鉄を運ぶ人。木炭のため、あるいは鉄鉱山の岩を露出させるため邪魔な木を切る人。ときには木を川流しする人。木炭を焼く人。粘土を掘る人、場合によっては運ぶ人。いい粘土を探す人。水利や山を崩す権利を交渉する人。ふいごを作る人。少なくとも皮を手に入れる猟師や家畜を飼う人と木で細工をする人。

 土地を選び、粘土でたたらを築き、木炭と砂鉄を重ね、ふいごを作り、ふいごを動かし続ける人を雇ったり、監督したり、神職も祈る……呪術。

 それでやっと玉鋼ができる。さらにあちこちで古い鉄を集めて売る人もいる。

 刀鍛冶は玉鋼と古い鉄と多量の良質な木炭を買い、時には刀商人の力も借りて……搾取され、であることも多い……注文を受け、借金をし、炉に木炭を入れて上と同じく作ったふいごで火を強める。鉄の塊である金床と良質な木を用いるハンマー、鉄のやっとこを手にして、また神職の力も借りて身を清め、打つ。藁や砥石粉も使う。

 打って終わりではなく、多種多様な砥石も使う。全国から、荒い砥石からとてつもなく細かい砥石も。研ぎは専門家に分業することも。

 拵え。

 鞘、はばき、鍔、柄、紐の類……

 鞘の木。漆塗り。漆を集める人、運ぶ人……色をつける顔料を掘る人、売る人……螺鈿の貝、時には輸入であることも。金箔、金を掘る人、金箔にする職人、金を売り買いする許可をする役人……

 はばきや鍔。刀とは違う鉄、銅合金、その他。特殊な錆を作るため梅酢すら売買される。銅や合金の鉛や亜鉛を採掘し、輸入し、売買する人もいるはず。

 柄は輸入品の鮫皮、竹や生鉄の目釘、特殊な木、そして高度に染められた柄紐。綿や絹、桑農家・養蚕・糸を取る職人、染色、アイ農家とアイを発酵させ染色する職人、媒染剤の採掘や売買。糸を紐に撚り編む職人。

 刀を差すためにも紐がいる。

 そして刀の質を保証する商人。手入れ用の椿油……椿を育て種を絞り売る。時代劇で叩く砥石粉と綿のついた棒、箱、それに字を書く筆と墨……

 

 膨大な、多種多様な仕事。分業。それでやっと高水準な刀ができる。

 他のあらゆる甲冑、弓、馬で引く戦車、服、贅沢な器、家、宮殿、神殿、葬式で見る仏像と仏具……何もかも同様。

 ましてスマホ一つなど、世界各地の鉱山からどれほど多様な資源が集められ、どれほど高度な技術の持ち主が多数、集まっているとは知らずに集まっているでしょう。

 

 多様な仕事をする人を集め、接触・交換させ、組織する。

 そのことで高度なものを作ることができ、圧倒的な軍事力や、土木工事も可能にする。

 それが都市。

 近代、産業革命が巨大な生産力を生み出し、それによる世界征服ができたのも、都市がありそれが宗教や残忍な主君による抑圧が少なかったからです。

『政治の起源』では、中国とヨーロッパの重大な違いに、比較的自由な都市があるかないか、が大きいと指摘されています。

 また、同じく世界史の重大問題である、同じ黒死病からなぜ西ヨーロッパは産業革命で東ヨーロッパは農奴制強化だったのか、の答えとして自由な都市の有無があったとも指摘されています。

 

 また、防衛要塞としても都市は非常に強力……日本以外では住民ごと頑丈な城壁で守る。

 周辺を焦土にし、家畜も食料も都市内に運んで籠城すれば、食料を運べない昔の軍はすぐに包囲側が飢える。……ある時期の古代ローマや、多数の家畜を連れている騎馬民族、小田原城を落とした豊臣秀吉は例外。

 

 都市の大きい長所は、任意の二点が短い距離で連絡できる。異業種、異民族の人が接触し、知識を「交配させる」ことができる。

 本来、為政者や神官はそれを嫌います。

 三人集まれば死刑、は多くの古代文明で普遍的な法です。近代でも、アメリカ南部などでは黒人奴隷が三人集まったら犯罪、という法があったそうです。

 また、商業・工業を嫌うのも多くの古代文明で普遍的な道徳です。

 聖書にもバビロンを淫婦とおとしめ責める記述があります。

 

 都市にはどうしても、暗黒街やスラムも生じます。犯罪組織の活動の場でもあります。

 自給自足に近い小規模な生活でも、酒場・賭場・売春宿があることは多いです……特にゴールドラッシュや開拓村では。でも規模が大きくなると、それも質を変えていきます。

『ロスト・ユニバース』などでは特にそういう暗黒面がちらちらと見えます。『タイラー』でも多様な犯罪組織が都市の闇で活躍します。

 

 都市を考えるのであれば、都市内交通と水の流れ=上下水道も考えなければならないでしょう。下水道は侵入口・脱出口にもなります。『スターウォーズ』でルークたちが逃げ怪物や設備そのものと戦ったのも下水設備です。

 

 防御、支配のしやすさ。

 二点間の所要時間が短いことで、多くの人が連絡できる。

 技術をつがわせることができる。

 そう考えると、高層ビル都市・平面都市・直線都市の優劣は?

 高層ビルは面積を大きく節約できるが、新幹線に比べればエレベーターは遅く、効率も悪い。

 高速鉄道から自転車程度の速度まで複線の平面都市・直線都市のほうがいいのでは?

 また、メガフロートを解禁すれば面積は無制限にできるというのも、『現実』が手を出していない大きな内政チートの余地では。

 

 近代以降、ビルが超高層化されると、下のほうの階はエレベーターの面積が増えて実際に利用できる部屋があまりない、という問題が出てきてしまいました。

 二次元の都市でも、大都市中心の面積の多くは道路と駐車場に占められています。

 

『スタートレック』の転送や、『反逆者の月』の荷物を持った人間を瞬間移動させる設備を用いれば問題が消えますが、伝染病という大問題が出てきます。

 

 都市は伝染病の温床でもあります。

 天然痘やコレラは大人口がなければ維持できません。

 

 

 

 実に多くのSFでも、多くの魅力的な都市があります。

 都市そのものがある意味主役である作品も多くあります。

『都市と星』『カズムシティ(レナルズ)』『マルドゥック シリーズ』などなど。『都市と星』のダイアスパーは永遠と無制限の贅沢と臆病さ、『カズムシティ』は融合疫のおぞましさとその中の膨大な富と力……

『スターウォーズ』のクラウドシティも独特の魅力がありました。

『2312-太陽系動乱-』では多様な都市が太陽系の各所に作られています。

 残念ながら筆者は、建築とファッションにはほとんど無関心だったのですが……その視点であらゆる作品を読み返したら膨大な発見があることでしょう。

 未来らしい都市の描写として、たとえば超高層建築とチューブ状都市内鉄道の描写が多く見られます。他にも繰り返し映画化される『ブレードランナー』など、魅力的な未来都市描写は映像としても価値が高いものです。

 

『火の鳥 太陽編』も未来側では巨大都市の、巨大な塔に主人公が挑みました。高い壁を登る体力描写は『黎明編』の壁登りの主題演奏繰り返しでもあります。『未来編』の地下都市はそれ自体が人類の最後を雄弁に語っています。

『三体シリーズ』の華麗極まる、木の葉のような都市やスペースコロニーは、間違った方にばかり発達する地球人の技術のいびつさをうまく描いています。

 

『断絶への航海』『約束の箱舟』『怨讐星域』など大規模な多世代播種船は、それ自体が巨大な都市として、その内部でいろいろな人々の軋轢や権力ゲームが描かれるものです。

 逃げ場がない、外部がないというのがその最大の特徴でしょう。

『楽園追放』も、地球外の巨大コンピュータが逃げ場のない電脳ディストピアを構成しています。

『シドニアの騎士』ではその中の戦いがあり、さらに『蒼穹のファフナー』『天冥の標』などでは実際には逃げている巨大船なのに重大な嘘も混ざっています。

 

『ギャラクシーエンジェル』の白黒の月はそれ自体が遺失文明の遺跡であり、兵器工場であり、超巨大戦艦とも言えます。

 白は文明を保存し、トランスバールを助けた存在であり、信仰の対象にもなっています。主人公たちであるエンジェル隊は戦闘艇操縦者であるだけでなく、月の巫女という聖職者であり、さらにロストテクノロジーの研究者でもあるのです。それが兵器工場でもあったこと、膨大な被害をもたらした黒も絶対悪ではなかったことに主人公たちは強い衝撃を受けました。

 神聖な存在とされたシャトヤーンを妾としたジェラール前王の暴挙は、宗教から王・軍に力を移す政治的な意味も大きかったでしょう。

 

 

 都市の防御面をみると、要塞という重大な言葉も浮かんできます。

 要塞もまた宇宙戦艦SFの最も華やかな部分の一つです。

 城、要塞はそれ自体が最も華麗な建築でもあります。

『銀河英雄伝説』のイゼルローン要塞、またガイエスブルク要塞、レンテンベルク要塞など。

 イゼルローン要塞は政治的に重大すぎ、何度も無謀な攻略戦が生じ、また落としてもそれが同盟の自滅につながるという二段構えの罠でさえありました。それは建造者にも見えていなかったでしょうし、ヤンですら洞察できなかったのです。

『宇宙戦艦ヤマト』の都市帝国をはじめとする要塞攻撃。都市帝国やウルクの圧倒的なビジュアルと濃密な火力の強さは常に大きい印象を与えます。『新たなる』のゴルバも非常に印象が強いものです。

『スターウォーズ』のデス・スターもあまりにも重大な存在になりました。

『ガンダム』ではソロモン、ア・バオア・クーという巨大要塞の攻防がカギとなりました。

 

 比較的近い史実では、むしろ要塞の役立たずが目立ちます。

 日本では岐阜城が難攻不落と言われながら何度もあっさり落ち、大阪城も落ち、箱根の山も後北条も徳川も守りませんでした。人が足りなければ巨大な城砦は無駄になります。

 世界でも、特にマジノ線や、ドイツがあちこちに築いた巨大要塞の無用さが目立ちます。

 ただし日露戦争では203高地の攻防が膨大な死者を出し、また第一次大戦の膨大な死者でもわかるように、鉄条網・機関銃・重砲と組み合わさった防御陣は猛威を振るいました。

 火薬を発明したのは中国なのに西洋が勝った理由として、西洋は火砲に対抗できる平たい城塞を作った、イスラムも中国もそれをしなかったし、その手の要塞はものすごく費用がかかるので政治や戦争を変質させた、とも言われます。

 何よりも華麗なのは現在のイスタンブールである、コンスタンティノープル。長きにわたりイスラムの猛攻をしのいだ、海と陸を複合する巨大城塞都市。その陥落は火砲の時代のはじまりでもありました。

 

 

 巨大すぎる戦艦も要塞のようでもあります。

『銀河戦国群雄伝ライ』で超巨大・超火力・超装甲の帝虎級戦艦が猛威を振るい、師真はそれを城とみなして攻略します。孤立させ、兵糧攻めにし、脱走者が出るよううわさを流しその脱走者を将が斬ることで将と兵を敵対させ、スパイを潜入させ内部から破壊する……

『スタートレック』のボーグキューブ、『インディペンデンス・デイ』の巨大船、『マクロス』や『イデオン』の超巨大艦も要塞の要素がとても強い。

 上述のように、惑星そのものが超巨大要塞になった例もあります。

 

 要塞はきわめて強力な巨砲のプラットフォームでもあります。これは史実とも共通し、要塞砲は常に強大でした。

 イゼルローン要塞のトールハンマーは同盟の膨大な艦隊を破壊し、回廊を血で舗装しました。

 デス・スターには惑星を破壊するという究極の懲罰を可能とする巨砲があります。

『ヤマト3』のボラーは波動砲が通用しない要塞からブラックホール砲を放ちました。

 

 要塞には強大な火力がある、だからこそ要塞に侵入して内部から破壊するのは華麗であり、特に『ヤマト』で多用されます。しかし常に犠牲は多い。

 

 そしてその要塞が陥落した時には、中の膨大な人には大きな悲惨になるのです。『ヤマト』の都市帝国に、清掃や調理に従事する婦人がどれだけいるか……想像すると苦しいものがあります。加害者に他ならなくとも。

 さらに一瞬で死ねればそれは幸運、略奪強姦奴隷化、さらに残忍な拷問の末の死も歴史の常です。おぞましい宗教を押しつけられ、劣等民族として支配されて生きることすらあります。

『ファウンデーション』の首都星は大略奪ののち金属を売って農地となった、という描写があります。それが事実上の帝国滅亡とされます。

 また巨大官僚設備だった首都星に食料を運ぶことが帝国の主要機能だった、という話もありました。食料自給が難しい都市が飢えないよう食料を運ぶ、それ自体が帝国の生死を分けるわけです。

 古代ローマはエジプトという穀倉からローマに穀物を船で運ぶことがすべてでした。

 都市が、国全体が破壊されてから……楽な全滅ではなく多くの生存者の悲惨な生活が『女王陛下の航宙艦』で描かれます。

 悪としか言えない帝国の支配で呻吟する被征服民の生活と恨みが『叛逆航路』シリーズで丁寧に描かれます。

 

 要塞は膨大な人々を生活させます。巨大な戦艦、艦隊自体もそうですが。イゼルローン要塞は内部で食料を自給できますが、大抵は外から食料を運びます。

 それは都市生活に近いものでもあります。膨大な食糧や衣類を外から運び廃棄物を出すのが常、という。

 

 巨大すぎる要塞として、万里の長城のような超巨大防衛設備も考えておくべきでしょう。中国は騎馬民族の脅威を、長城で防ごうとしました。

 日本も白村江で敗れたら水城を築き、また蒙古襲来にも多くの石垣を築きました。

 西洋でもイギリスを分け古代ローマ帝国の限界というべき長城があります。

 そして第一次世界大戦は、塹壕と鉄条網が海への競争を作り出しました。それはかなり近い形で鉄のカーテンとして文明を二分しました。

 マジノ線もその子孫でしょう。

 本来の地形と、人間が地形を変える力、守る火力……執念としか言いようがないものです。

『銀河英雄伝説』の、同盟と帝国をへだて、二つの回廊しかない、その見えない長城こそが主役と言えるでしょう。他にも多くの見えない長城があるのでしょう。

 ジャンプ点型の超光速をとる作品では、いくつかの主要星系の争奪で、大きな範囲を切り取ったり孤立させたりできてしまいます。

 

 

『現実』で都市・要塞ができるには、その材料こそが重要です。

 いくつかの巨大文明には、それぞれの「土」さえ重要でした。

 

 中国北方を覆う黄土。奥の砂漠から長い年月で風で飛ばされてきた微砂が土となったもの。きわめて水はけがよく、肥沃で、水さえあれば低い技術水準で豊富な農業生産が得られる。地域によっては黄土そのものに穴を掘り、その中で安定して生活できる。また版築……石灰などを混ぜ、水を加えて重ねては枠を当てて叩き、また重ねて叩くことで、何千年の年月に耐える鋼のように固い壁を作ることができる。

 中東も、その乾燥気候により強固な泥レンガを作ることができ、また今大油田地帯であるその地域では自噴油井から揮発性成分が抜けたアスファルトも入手できました。逆にメソポタミアは木も石も乏しく、何もかも輸入に頼ることになります。

 中東の一地方には火山灰由来の凝灰岩の土地があり、それは容易に掘って地下都市を作れました。

 古代ローマの建築を支えたのは、ローマン・コンクリートの主要素材である火山灰です。地中海周辺に多数ある火山は災いになると同時に大きな恵みともなったのです。そして数々の美しい建築を作ったのは、プレートの動き・火山活動でねじ曲げられ高圧高熱をかけられて地上近くに押し出された大理石です。

 

 ついでに、土地の肥沃さそれ自体も文明を大きく分けます。たとえば、アメリカで特に黒人が多い地域は、何万年も前からの地質学的な動きから、その地に肥沃な土がたまっており、その土を綿畑にした、それで多くの黒人奴隷が集められ、そのままそこに居ついてしまった、とのことです。

 ウクライナも極端に肥沃な黒土で知られますが……それは不幸になることが多いようです。

 熱帯地域が文明競争で勝たない理由としては、東西幅が狭く作物・家畜につながる動植物の多様性が低いことだけでなく、常に多くの水で流される熱帯雨林気候の土壌は薄く痩せているからでもあります。

 

 無論、どんな要塞・都市を作るにしても、レンガを焼き、岩を焼いて水をかけてガラス鍋を熱いまま水をかけて割ってしまうように割り、木炭にして鉄を精錬し鍛え、木そのものを建材にし、船を作り……常に膨大な木材を消費し、多くの森林を切りつくします。石材さえも枯渇します。

 それによる文明の衰亡も常にあることでしょう。

 

 SFも幾多の都市・戦艦は、膨大な資源を消費します。

 どんな資源を入手できるか、どう加工できるかで、どれほどの都市、どれほどの戦艦を作れるかが変わるでしょう。

 

 都市や要塞を建築する技術はそのまま土木工事技術であり、治水、運河、鉄道や道路の建設にもつながります。それはそのまま国家、文明そのものを作ることでもあります。

 そこには測量技術、地図つくりという技術も強くかかわるでしょう。

 宇宙での土木工事といえば、『クラッシャージョウ』のクラッシャーの本来の仕事なのですが……

 

 都市や要塞の設計思想には、芸術や宗教・呪術の面もかなり強く出てきます。

 神殿の前の広場、そこから三方向に伸びる道。

 前に言った、支配の重要な手段であるパレードは、都市中央に広場を起点とする広くまっすぐな道がなければ不可能です。

 そして広場と巨大な道は、フランス革命から天安門事件に至るまで幾多の民衆の叫びの舞台でもありました。

 またパリの複雑な小道がバリケードで固められ革命につながる、とナポレオン三世はパリを計画的に作り変えました。

 ブラジルやトルコは、まったく新しい都市を築くことで国の構造を変えようとしたものです。

 中国式で日本も模倣した、風水の四神を計算し、北中央の宮城からまっすぐ広く伸びる朱雀大路に左右対称・格子状の道も、魔術であり支配手段でもある様式、中国文明そのものとすら言えるものです。

 

 だからこそ、デス・スターもイゼルローン要塞も、単なる要塞・兵器であるだけではなく、国家の死命につながる巨大な何か……神、でさえあるのです。

 

 

 都市、という生活様式。それは多数の自給自足農村に支えられ……搾取し、また遊牧民と戦って農民を守るためでもある。

 膨大な生産力と、食料や木材の供給が絶えれば、また伝染病を浴びれば、攻め落とされれば滅びるもろさ。

 文化を育て、焼き、宗教による抑圧にもつながる。

 

 宇宙に行っても人類は、そして多くの人類のような種族は、都市で戦艦を作り、都市を要塞に変えて戦い続ける。

 これから『現実』の人類は都市をどう変えていくのか。人口の多くが農村から都市に移り、膨大な人口が都市に集まり、初等教育率が上がる。ものすごい密度でエネルギーが使われ、巨大なスラムで多くの人が苦しみながらたくましく生きる。膨大な人数の中のわずかな天才がチャンスをつかみ、富と権力を得て、世界を変える……それがこれからも続いて文明が離陸するのか、それとも技術の限界・資源の限界が勝ってしまうのか……

 都市と、その分岐はとても強い影響がある。

 そして都市を否定し知識人を殺し人々を農村に送った毛沢東やポル・ポトは絶対に間違っているはず。



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言語、文字

 今回は、『書物の破壊の世界史(フェルナンド・バエス)』『なぜ人類は戦争で文化破壊を繰り返すのか(ロバート・ベヴァン)』『攻撃される知識の歴史(リチャード・オヴェンデン)』と三つも、読みたくないけど読まなきゃいけない本を読んで……
 筆者にとってこの上なく嫌いなことです。
 それに単に文字の歴史とかでもその手の話は大量に読まされるんですよね……特にスペインやナチスや共産主義やボスニアやイラク戦争のどんな罵言でも卑語でも足りない連中……


「文字」からは本当に多くの項目が分岐していきます。

 言語。

 紙や印刷など産業面。

 貨幣・負債・略奪・奴隷。

 情報への発展。

 文化・科学の抑圧・破壊。

 精神論。道徳と宗教と法の混同・暴走・強制。

 始皇帝に至ればそれこそルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの半分が終わってしまいます。

 

 

 以前、作品ごとに暦・年号があることに触れましたが、言語・文字もかなり作品ごとに存在しています。

『スタートレック』のクリンゴン語は後に情報が加えられ、完全に機能する人工言語として完成しており、母語を名乗る人すらいます。

『星界シリーズ』のアーヴ語もきちんとした人工言語のような形です。

 

 もちろん、地球人の子孫でも『真紅の戦場』のように多数の国があれば国ごとの言語があります。

 多くの異星人が交易・角逐していれば、それぞれの言語があります。

 

 そうなると、話を簡単にするために作られるのが翻訳機です。

『レンズマン』のレンズは翻訳機でもあります。

 他にも多くの作品で、即時にあらゆる星人と会話できる万能翻訳機が出てきます。

 それこそ『スターウォーズ』のC-3POは翻訳が本職です。

 

 逆に、『工作艦明石の孤独』など「それはなに?」を延々と聞くことからのファーストコンタクトを丁寧にやることもあります。

 

 ただ、心の在り方の違いが大きいと、翻訳は簡単ではありません。

『スタートレック』でも意思疎通が困難な、異質性が大きい異星人との交渉努力はしばしばあります。

『彷徨える艦隊』ではスパイダー=ウルフ族は根本的に図形で思考するため、翻訳にかなり時間と労力がかかりました。

『イデオン』では白旗の意味が文明によって違ったことで取り返しがつかない泥沼戦争になりました。

『エンダーのゲーム』では集合精神型異星人と対話できるようになるまで膨大な犠牲と時間がかかりました。友好関係になってからもバガーとの異質性は強く、会話は困難です。ペケニーノは一見対話が楽ですが、その本体との対話には同様な困難があります。

『孤児たちの軍隊』『太陽の簒奪者』など、集合精神型との対話までの話も定番です。

『ソラリス』は根底的に相互理解が不可能ですし、『彷徨える艦隊』でもベア=カウ族とまともに交渉交易することは不可能です。基本的にバーサーカー型の異星人とも対話は難しいです。

 ただ、『スタートレック』では交渉不能と思われていたボーグと、『ボイジャー』でかなり対話し協力したりセブン・オブ・ナインをクルーに入れたりしました。

 

 地球人がほぼ皆、どの言語でも学習することができ、翻訳が可能であるというのはかなり奇跡的なことと言えます。

 それでも、美しい言葉は本質的に翻訳できないという人もいますし、「コーラン」は根本的に翻訳を拒みます。

『宇宙軍士官学校』では味方でも星が違う人の標語を口真似したり、地球の日本の地方生まれの子の「ずくを出せ」という方言が部隊全体の標語になったことがあります。

 

『スターウォーズ』にはベーシックと言われる標準語があります。

『銀河英雄伝説』でルドルフが帝国語を定めたのも、本人の趣味以上に、人類圏全体がバベル……言葉が通じない状態になっていたからもあるのかもしれません。

 自由惑星同盟は同盟語という言葉を共通語として、帝国に対する反抗を形にしました。

 ついでに、同盟語が英語、帝国語がドイツ語をもとにしていて、その二つの言語はかなり近く互いを学ぶのが楽であることも結構ストーリー上重要でしょう。

 

『現実』でも、多くの、それぞれ違う言語の群れが接触し、交易したり戦ったりして、有力な帝国ができると共通語、リングワ・フランカができていきます。

 中東ではアラム語が発達し、ギリシャ語が侵入し、後にはアラビア語に席巻されました。アラビア語は広く東南アジアまでも通用する、今も非常に強力な言葉です。

 ヨーロッパを作っているのは古代ローマ帝国の、ラテン語とラテン文字、アルファベットとキリスト教の組み合わせです。

 東洋では漢字そのものがきわめて強い共通語となっています。中国内でも話し言葉の違いが大きくても、漢字さえ扱えれば意思疎通ができます。奇妙なことに中国語そのものとは切り離されて。また漢字文化圏には、インドからの梵字、また易の八卦や算木など文字に準じると言っていいものも混入しています。日本人は漢字の文、漢文を、中国語を理解するのではなくレ点返り点で無理やり日本語にする奇妙な方法を発達させました。

 ラテン語や漢文のように、上流階級が宗教儀式や政治・学問だけに用いる言語と、庶民が普段用いる文字が違ってしまうケースもあります。

 ヘブライ語・ヘブライ文字などは特定民族の宗教儀式に主に用いられ、その日常会話からもかなり乖離しました。

 モンゴル帝国はその規模のわりに、宗教もそうですが言語面でも自分たちのものを強要しなかったのが奇妙なところです。北方から征服した騎馬民族である清も強い権勢をふるいながら、漢字・中国文明を完全に破壊することはできませんでした。

 対照的にスペイン帝国は徹底した強制で現地語を破壊し、現在も膨大な人口のスペイン語圏を作りました。

 大英帝国もフランス帝国も、特にインドや東南アジア、アフリカでは完全に現地語を根絶することはできませんでしたが、それぞれの言葉がかなり広範囲に、部族・国家の枠を超えた地域共通語となっています。

 そして現代は英語が圧倒的な地位となっています。また、目立ちませんが、アラビア数字などの数学の文字や記号、英語に付随する標準記号、元素記号や単位記号なども強力な国際共通語です。単位も後に詳しくやる必要があるでしょう。

 SOSモールスやメーデー、パン‐パン、その他各種救難信号、旗などでも目立たない国際共通語があります。

 コンピュータ・インターネットの中心的な規格も、目立たない国際共通語と言えるでしょう。

 西洋音符・ギターコードなどもかなり強いです。

 

 

 言語、そのものを考えてみましょう。それも地球人の特徴の一つであり、当然違う形をとる異星人はいてしかるべきです。

 今の『現実』であっても、コンピュータ同士・コンピュータと人間はどう意思疎通しているかを考えると頭を抱えるべきでしょう。

 さらに知能が高いと言われる動物に犬、豚、ヨウム、イルカなどがあります。

 植物同士の情報交換、物資交換も研究されており、きわめて大きいとのことです。

 ミツバチはフェロモンとダンスでかなりの情報をやり取りします。アリも敵味方識別など多くの情報をにおいで交換します。

 細菌も遺伝子を交換し、近くにいただけの系統的に離れた細菌が抗生物質耐性を学んでいることがあります。

 

 人類の言語は、音声言語が最初・中心であり、人類が生活する一気圧・窒素ガスと酸素ガスの混合大気の陸上という条件・その生理によって作られています。

 呼吸と摂食の器官が鼻・口・喉として密接にかかわり、多くの筋肉の精妙な操作で空気の振動、音を出します。それを聞き、脳で判断します。そのシステムは餅をのどに詰まらせる、また誤嚥性肺炎という代償を払っています。

 話し言葉は世界のどこの辺境でも共通、ヒューマン・ユニヴァーサルズの一つです。まず音声言語があり、文字はかなり歴史の後のほうであり、文字に至らない地域・文明も多くあります。

 

 さらに人間は、耳が聞こえない人が集まれば手話も作ります。手話に似たものとして兵士のハンドサインもあります。また、身振り手振りも重要なコミュニケーションの手段です。

 

 人類と違う存在……

 体内にアンシブルを器官として持つ『エンダー』のバガー。似たような異星人も多くあります。

 地球人から見れば超能力であるテレパシーなどが当たり前である種族も、『レンズマン』などに多数あります。

 ロボットであれば電波や、それ以上の様々な波による交信をそのまま用います。『叛逆航路』のアナーンダ・ミアナーイどうし、艦船と属躰なども同様です。

『ファウンデーション』の第二ファウンデーション人は人間語に翻訳しなければならない高度な何かでやりとりしています。

 

 言語から双方向性を除いたものに近い、一方的に人類を支配するタイプの、超能力者や機械もあります。

 

 地球人の音声言語は、すぐに消えてしまうという欠点があります。

 一度に聞かせることができる人数も、電気的な増幅がなければ非常にいい劇場で千人いくかどうか。

 それを聞いて、覚えて、次代に伝えるのが人類の長いありかたでした。古代ギリシャでも、文字に反対する人は多くいました。古代インドでは反文字が勝ったようです。

 

 それが消えなくなり、多くの人が見る、遠くに運ぶことができるようになったのが文字です。

 インカ文明などは文字ではなくキープ、縄の結び目を用いて数字などを記録しました。

 文字の前の段階として、トークン……物のやりとりを記録した、しるしのついた小さい塊なども出土します。それこそ、集めた小石と羊を一対一対応させる、から始まることです。

 古代中東の楔形文字などの非常に古いものは、詩などではなく会計情報ばかりだったりします。

 それが、人が口で歌っていた詩歌、武将の自慢話なども記述できるようになったことが実に大きな変化でした。さらにそれはフェニキア由来のアルファベット、人が口から出す音にほぼそのまま対応する文字を作ったのです。初期はヘブライ語のように子音のみの文字だったそうです。

 古い文字には表意文字、絵を文字としたのもヒエログリフや漢字などがあります。それと表音文字の歴史が絡み合っています。ただ極端な説だと思いますが、漢字もマヤ文字も完全な文字は全部地中海文字の遠い伝播だという話も……

 変種の文字として、点字もあります。

 

 

 文字の歴史は、同時に文字を記録する媒体の歴史とも言えます。要するに紙とペン。だからこそ文字は、心と物が交差する話題なのです。

 そして文字は当然、強力な魔術でもあります。

 はるか昔の文書にあるように、書記は地位が高く収入も多い職業であり、高貴な身分でもありました。

 

 紙のような素材だけでなく、特に今残っているものでは土器や、建物の装飾である浮き彫りも重要です。浮き彫りは文字だけでなく、絵を併用していることも重要と言えるでしょう。

 読み書きができない人にも、今の王がどれほど戦争で強いか見せることができるのです。また燃えにくく運びにくい、壊したつもりでもたとえば建物の基礎や都市を埋める瓦礫として使えば後に復元できる可能性がある、ということも残る理由でしょう。

 貨幣も、昔の硬貨も今の紙幣も、多くの文字・文明によっては浮き彫りなどの情報が加えられるものです。硬貨も残りやすい遺物で、考古学上も重要です。

 

 

 それを考えると、実際には文字だけでなく、雷紋のような装飾文様、また入墨、単純な絵、それらも人間の重要な表現手段のはずです。

 その素材や技術は、かなり文字に近似します。そして間違いなく、弓に文様を描き入墨を彫るのは、文字よりもはるかに古くからあるはずです。ラスコーなどの壁画は文字より圧倒的に古く、多くの原始部族が入墨をしている……

 その多くは呪術・魔術であることにも疑いはありません。

 複数の文明にある紋章、軍旗や手旗信号など象徴から文字の役割も果たす旗も文字と同様の役割を果たす、重要なものです。

 

 

 書写素材……それ次第で、文書が残るかどうかも決まります。そしてどの素材であっても、常に書き写されていなければ容易に失われます。古代ギリシャローマの惜しまれている文書の多くは、禁じられ焚書されたからというより単に誰も書写しなかった、人気がなかったから失われたのです。

 そして書写素材が悪いと、保存されません……筆者が図書館や本屋をすこしうろつけば、古代ギリシャ・ローマの古典がたくさんあります。あまりに多くが失われていると惜しまれますが、逆に膨大にあるのです。中国の古典も膨大にあります。なのに、アケメネス朝ペルシャの武将が書いた自慢本や皇帝が書いたエッセイや恋の詩など見たことがありません。神話や法が多少あるだけです。当時の中東の気候と、粘土板から進歩した書写材料が合わなかったのでは?

 膨大な文書を残した文明と、ほとんど残さなかった文明は確実にあります。その差は何でしょうか。征服者が徹底的に焼いたのもあるかもしれませんが……でもなぜ、ローマ人が翻訳したのがたまたま残ったというのもないのか……

 ついでに今、世界中の図書館で、昔の酸を用いる紙が急速に劣化しているという問題が指摘されています。ハードディスクやDVDのような電子データ保存も短寿命が言われます。

 

 古代エジプトではパピルスという、大河だからこそ豊富にある素材が用いられました。とても便利ですが、非常に弱い素材でものすごく条件がよくなければ残りません。

 古代メソポタミアの楔形文字は粘土板に書かれたことが知られています。とがらせた葦で粘土に彫り込む、だからあの文字の形でもあります。

 ある時期からヨーロッパ・中東では羊皮紙、動物の皮を極端に薄くし磨いたものが広く用いられました。両面に書け、冊子本の形にできることから愛されます。パピルスよりも保存性もいいです。

 東洋では竹簡木簡、絹、そして紙と発達していきました。木材を用いる紙はきわめて遅い伝播で中東、ヨーロッパと伝わっていきました。

 古代のインドは、もともと文字・歴史そのものをあまり好みません。伝説や真理を、口から口に覚えさせ教えることを好みました。また書くのもヤシの葉を用い、極端に保存性が悪いです。

 

 そして印刷。

 印刷以前、あらゆる本は手で書き写されました。実際、本を手にして、それを全部ペンでノートに書き写していく、というのを想像してみてください。

 逆にそれは強力な学習法でもありました。……また誤った書写がテキストをある意味失わせ、また伝播などについて多くの情報を与えてもくれます。

 有名な話ですが、ファイストスの円盤があります。古代ギリシャよりさらに昔のギリシャから、明らかに活字を用いた……何種類かの絵文字をハンコのように刻み、それで文章のようなものを押した……遺物が出土しましたが、活版印刷という形にはなりませんでした。人口も少なく、産業規模も小さく……だとせっかくのアイデアも流産するのです。

 むしろ印刷は、東洋において盛んでした。昔の日本が経典を印刷したことも知られています。活版印刷の概念もありました。

 ただ、漢字という極端に文字数が多い文字の性質上か、活版印刷は普及しませんでした。むしろ浮世絵などの木版印刷は発達しています。

 

 活版印刷が発展し、文明そのものを変えたのはヨーロッパでした。火薬や羅針盤が、発明された中国をそれほど変えず西洋で発達したのと同じように。

 グーテンベルク……紙、インク、ブドウを絞るなどに用いていたネジ式プレス、それを可能にする金属加工技術など……それらは、権力の激しい攻撃を受けつつ、膨大な本を作りました。

 それは宗教改革という巨大な歴史の変化にもつながりました。パンフレットや翻訳聖書を印刷してばらまいたからこそ、権力者がいくら禁じ焼いても焼き洩らしが出たのです。

 また紙やインク、本を売る産業自体が、大きな工業になりました。

 聖書を英語やドイツ語に訳した、それ自体が英語・ドイツ語そのものを書き言葉として成長させ、多くの人が読み、書き、印刷する社会を作りました。また多くの傑作も生じました。同時に地方言語を消滅させる、破壊的な面もあります。

 

 対照的にイスラム圏は、コーランは手書きすべきだ、というような伝統に縛られ、印刷が発達しませんでした。それこそが文明そのものの強弱・明暗を分けたと言ってもいいでしょう。

 中世ヨーロッパの手写し本もそうですが、手で文字を書く、それ自体が絵を描くのと同じように芸術でもあります。それこそ日本では書道がありますし、もちろん中国にもあります。アラビアにもヨーロッパにもあるのです。

 特にアラビアは普通の絵の制限が厳しい分、手書き文字の美にこだわるそうです。

 海外の目から見れば、日本の平安時代などの、文字の美しさで人格を評価し恋愛にも結び付ける文化はとても印象的だとか。

 

 クリンゴン語やアーヴ語は文字そのものが美しく、効果的に使われます。

 アーヴ語は日本語のルビを用いることで、独特の表現となります。……あれたとえば英語に翻訳するのどうするんでしょう……

 

 そして宇宙SFでは、すでに滅びた文明の遺跡も多い……ということは、その技術を手に入れるためだけでも、その文字を解読することが求められます。

『スターゲイト』は遺物の解読から始まり、異端の言語学者が主要人物です。

『インディペンデンス・デイ』は、カウントダウンだと気づいたシーンがとても印象的です。またコンピュータ言語を解読したからこそハッキングに成功したのです。

『現実』ではある時期から、古代の文字の解読に西洋文明の本流が奇妙な情熱を傾けました。

 昔から、本来聖書を深く研究するためなど、昔の言語の知識は求められていました。

 ただ、コロンブスから各地の先住民の文字も彫刻もすべて焼き破壊したスペイン……そっちのほうがむしろ常識的だったかもしれません。

 が、それと違ってたとえばナポレオン率いるフランス軍は学者を連れてエジプトに行き、スフィンクスの鼻は撃った話はありますがロゼッタストーンは掘り出しても破壊しませんでした。それはナポレオンが逃げて降伏したフランス軍からイギリスがせしめ、イギリスはとにかく今生きている文明の宝物でも失われた文明の遺跡でも大英博物館に略奪して、古代エジプトの文字を解読しました。

 まあ、異星人の遺跡を解読できてみたら「宇宙はわれらのものだ、死ね」ととんでもない敵が出現するのも定番……

 

 

 文字。それが必然的に生み出すものに、官僚制があります。

 統治を仕事とする、文字の読み書きができる、身分といえばいいでしょうか。

 国、たくさんの人が生き、農作物や魚や木を収穫し、鉄剣や家や服や酒を作り、王に納税し、戦い、道路や堤防を掘り……

 人を把握する。一人の目では到底とどかない広い範囲、多くの人を。

 戸籍、国勢調査……聖書でイエスが生まれたときにもローマ皇帝がやったと言われますし、また古代中国の皇帝もやりました。イギリスのドゥームズデイ・ブックは有名で、コニー・ウィリスの傑作があります。

 暮らしている一人一人、どんな名前、家族は何人……古代では当然家が単位で、家長とその奴隷という感じになる……どこで暮らし、何を仕事にし、どんな名前……

 それを記録する。徴税や徴兵のために。

 当然人の記憶では無理、文字が必要になる。国家関係者なら共通に読める文字が。

 その記録を集めたものが、国……

 

 それはある意味大魔術でもあります。

『三体』にあった童話を思い出します。あれは本来より進歩した文明に潜入した工作員が、高度技術を示唆したものですが、とても普遍的な話でもあります。

 魔法じみた名人の画家が王の絵を描いたら、王が消えてしまう。王が絵の中に引き込まれ閉じ込められてしまう。

 国民に名前を付け、文字で竹簡なり粘土板なりに名を描き、神殿に保管する……それは魔法名人が絵を描いて相手を絵に閉じ込める魔術と、あまり変わらない。

 文字の集合に、世界そのものを写像し、文字の集合そのものを世界とする。逆に世界を、文字の集合に合わせてねじ曲げる。

 全てに、文字・言葉に従えと命じる。小さい世界を支配し、その小さい世界に合わせて大きい全世界をねじ曲げれば、全世界を支配できる。曼荼羅とも、小さい子の絵とも共通する魔術かも。

 

 だからこそ、土地と人を対応させることができない遊牧民・狩猟採集民・ロマ人・商人・実体はともかくサンカ・修験者などを、国家は嫌って皆殺しにしたがる……

 農耕民になることを強制したがる古代国家と、居住可能星系で暮らさせたがるSF国家が似たようなものなのかもしれません。

 

 軍事においても官僚制はできます。兵士一人一人の名前、技能、階級、持ち物などを記録しておかなければ、どの隊が何人いてどんな戦力になるか、どんな補給が必要かもわからず戦いになりません。

 ごく少ない人数ならそれは一人の頭でどうにかなるにしても。

『ガンダム』『銀河英雄伝説』『タイラー』……多くの作品で、主人公たちは、上のほうの軍人の、官僚の面をとても嫌います。しかし、優れた軍官僚が仕事をしていなければ戦争では負けます。

『銀河英雄伝説』のオーベルシュタインやキャゼルヌなどは官僚として特に優れています。

『彷徨える艦隊』では人事部を爆撃したい、と主人公と旗艦艦長が冗談を交わします。

『銀河戦国群雄伝ライ』では軍人優位の雷に反抗した官僚がストライキをして、雷たちも筆と紙で仕事をし、紫紋も役立っていた、それで師真が猛烈な勢いで仕事を済ませた話があります。

 

 ただ、その官僚が嫌われる……官僚システムは本質として、奴隷化・徴税との関わりが大きい。

 徴税は事実上、盗賊団に近い暴力集団が略奪殺戮する、に近いものがあります。それを「もう今年の分は渡したから勘弁してください」と言えるのが税の領収書、徴税記録。

 文字自体がそこから発達したと言ってもいい……

 そして徴税は、税が払えなければすぐにその人たちを奴隷として破壊し、売り払うことにもなるのです。

 官僚は法とも不可分です。上述の、部族、自分たちに近い親戚をひいきする自然感情に反することが求められます。職務に忠実であればないがしろにされた親戚に嫌われ、職務を曲げて親戚をひいきにすれば親戚以外全員に嫌われ亡国に至ります。

 また、官僚制は軍からの逆輸入もあります。上位者の命令に絶対服従することが当然で、普段の生活の細部から徹底的に指導され常に罰される場にもなります。後には常に試験が多いのも、軍隊との共通点かもしれません。警察や消防など軍隊により近い公務員はもちろん、税務署員や教師なども研修や試験に追われる仕事であり、軍隊的な面が強くあります。

 

 完全な文字はなかったインカ帝国も、キープを用いて官僚制・徴税ができていた、だからこそ巨大な建築や輸送ができていました。

 

 文字による官僚制は、学問というものも生みだします。

 文字を用いて余計なことをしてしまう、それも人間の普遍ともいえるでしょうか。始皇帝はそれをなくし、法・軍事・農業と税のみにしようとしました。

 宗教や道徳を深く探求してしまう、様々な好奇心で活動する。政府にとってはそれは恐ろしいことであり抑圧もしますが、統治の道具として利用もします。

 

 本はものすごい贅沢品でもあり、富を見せつけるという権力者の共通点を刺激するのか、多くの新しくできた王朝が膨大な書物を集めます。

 アレクサンドリア大図書館の伝説は西洋文明の中核の一つと言えます。

 特に中国は新王朝ができると、全国から膨大な本を集め、編集して一つの超巨大百科辞典のようなものを作ってしまう癖があります。一権力者であった呂氏春秋から永楽大典、康熙帝……そして滅亡時に焼かれるのも常。

 図書館、というものにはそういう意味もあります。また、官僚機構が動くための公文書館からの発展でもあります。

『ファウンデーション』では、普通なら大略奪で最優先で焼かれる図書館が第二ファウンデーションの拠点となりました。

『銀河戦国群雄伝ライ』では、史実の秦の滅亡で蕭何が公文書を保存して統治の基としたエピソードを下敷きに、骸延・華玉・師真が金銀宝玉などそっちのけで公文書館を争った印象的なエピソードがあります。

 

 

 文字・言語そのものが交代するという事態さえ歴史的にはあります。

 エジプトは昔のヒエログリフから、ギリシャ語のやり方でエジプト語を記述するコプト語、そしてイスラム帝国の征服アラビア語と変遷しました。キリスト教に席巻されたときにはもうヒエログリフの読み書きは誰もできなくなっていました。

 中東も頻繁に、文字と言語そのものが入れ替わります。

 特に激しいのが、ササン朝ペルシャからイスラム帝国。……トインビーによれば、アレクサンドリア大図書館についていわれる、イスラム教の武将が「コーランにあるならいらない、ないなら有害だ」と全部焼いた、というのはペルシャで実際やられたと……徹底的に、アラビア文字がしみついています。言語はある程度、ペルシャのほうではペルシャ語が残ってはいますが。

 ヨーロッパはアイルランドなど辺境を除きラテン語が支配し、比較的短期間でローマ帝国が弱ってから各国の言語ができました。中にはバスク語という変な言語が残っていますが。ルーン文字を用いていた地域もありましたが、それはキリスト教が徹底的に抑圧しました。

 スペインによる中南米の、徹底して信仰・文化・言語・文字・作物を破壊し禁止し、徹底的にスペイン語・カトリックキリスト教・パンを押し付ける言葉にならないおぞましさは帝国としても異例なほどです。

 また、強い文明に隣接する地域はどうしても、特に文字は文明の影響を受けます。日本が漢字文化圏になったことなど。日本ははっきりした武力征服なしにそうなったのです。

 反面、距離がある分日本やベトナムは独特の文字の受容の仕方をしています。日本は漢字を変形して平仮名やカタカナを作り、和歌・連歌・俳句という独自の詩歌も作りました。

 漢字そのものも、中国本土・台湾・日本・日本の過去でそれぞれかなり異なってしまっています。簡体字、繁体字、新字体、旧字体。

 西洋でも、ある発音そのものが消えたり変化したりすることはありました。

 

 近代では、近代国家を作り、そのアイデンティティを確立するため言葉の意味で無理をすることも多くあります。

 トルコ語とか、イスラエルが無理やりヘブライ語を復活させるとか。現代ギリシャ語も。

 

 言語、文字……それ自体、どの近代国家もきわめて暴力的に、「国語」を作り上げます。

 日本でも色々な悲惨な話があります。特にアイヌや沖縄の言語弾圧の厳しさ……

 日本にはまだ、漢文というある意味共通語がありました。ですが、それでも「国語」は巨大な事業でした。

 また以前から、脇のような特殊な言葉ができることもあります。花魁の言葉とか、不良独自の言葉とか、お笑いの変な関西語とか、軍や体育会系部活とか。

 フランス革命と「国語」の関係も多くの良書があります。どの近代国家の歴史にも。

 間違いなく、『銀河英雄伝説』でゴールデンバウム帝国ができたときにも。

 

 言語、歴史を権力で作る……さらに権力、国家と、宗教、暴力、国家システム、経済など全てが絡み合っている……

 その時おぞましい残酷さが生じます。

『太陽編』で火の鳥が、権力と結びついた宗教は残酷、と言ったように。

 それは取り返しがつかないものを失わせることが多いのです……焚書。

 

 人間はとても、とても本を焼くことが好きだ……そう言わざるを得ないでしょう。本だけでなく建築物・美術品・芸術・日本刀でもなんでも。

 上述のように、魔術、敵の神、悪そのものを殺すため。

 ただそこまで考えているとは思えない、蛮族や、ただ飢えて不満を抱き政府が崩れたと感じた暴徒も、自分自身が危険になっても本を焼きます。アメリカがイラクを滅ぼしたときなど。

 その情熱は信じられないほどです。

 若い男子の集団が、抑制を失ったときには残忍さがけた外れにエスカレートする……その時に、女子供を拷問強姦虐殺する、捕虜を惨殺する、に並んで、美しいもの・本を何が何でも破壊する衝動があるように思えます……といっても進化とは関係ない、本が生じたのは人類が進化してからあまりにも遅く……敵のトーテム、呪術師の力の源泉になっている彫刻などを焼くのは進化してきた原始狩猟採集民の時代からあったでしょうか?

 定住民に見下されることで恨みをためた遊牧民の怒り、贅沢と文化そのものに対する憎悪もあるでしょう。それこそ「デカルチャー」そのもの。

『銀河戦国群雄伝ライ』では、文化的に遅れた南蛮が文化そのものを憎み、残虐に新五丈を攻撃したことが語られています。それはのちに英真の悲劇につながりました。

 宗教的な理由も大きいです。特にレコンキスタ、十字軍を国の基とするスペインはイスラム圏であったイベリア半島でも、海を越えたアメリカでも焚書の限りを尽くしました。インドで仏教が衰退したのも、イスラム軍が巨大寺院を焼き尽くしたからと言われます。ほかにも無数に。

 

 大英帝国は、確かに多くの遺物を大英博物館に集めて保存はしましたが、破壊したのもものすごく多いです。

 アメリカとの戦争でアメリカ議会図書館を焼いたり、中国の庭園と図書館を焼いたり、と、大英帝国軍の偉大なる伝統では敵国の中央図書館は要塞以上の最優先目標、焼き尽くせば敵将の首より大きい手柄、と骨の髄にしみついてるとしか思えません。

 他にもありとあらゆる軍勢が、図書館を焼きます。アレクサンドリア大図書館は嘘でも、バグダッドの大図書館を焼いたモンゴル、ベルギーの図書館を二度焼いたドイツ、などなどあまりにも多く。

 

 文字を焼く理由として、下層民からすれば文字は自分たちを奴隷とする証書だ、ということもあります。農民戦争では頻繁にそれで文書が焼かれました。

 農民の子供や老親が飢え死にしているのに、もうその穀物は買われたんだと収穫を全部運んでいく商人は家も証書も焼きたくなるでしょう。

 

 むしろ、近代以前の医学に似ているのかもしれません。瀉血=体を切って血を抜いたり、水銀を薬にして飲ませたりしたら、むしろ死ぬ確率は上がる……でも弱って影響が出る、それを治療としました。

 非常に皮肉で覚えている話ですが、アメリカ独立宣言の起草者の一人であるベンジャミン・ラッシュという医者がいました。フィラデルフィアが黄熱病で膨大な死者が出、患者の家族すら見捨てて逃げるほど悲惨な状況……そこで彼は、とどまって貧しい人でも献身的に治療をしました。まさに聖者のような博愛の行いです。医学も大きく進歩させました。……でも瀉血。もちろん当時のヨーロッパの一番偉い医者に聞いても瀉血が正しいというでしょう。でも、彼が〔治療〕しなかった方が助かった人数は多いかもしれない……

 征服し統治したい、でも手段として、何をすればいいかわからない。とにかく、征服した都市で反乱が起きないようにしたい。

 だとしたらとにかく本を焼くのがいいと、みんな言うし、先輩にも言われたし、昔の本にも書いてあるし……

 ……ランダム化プラセボ対照二重盲検法で征服と統治を研究するなんて無理ですしやってほしくないですが。

 

 

 とにかく、征服者・独裁者は、本を焼きます。暴徒も革命も反革命も宗教も遊牧民も戦略爆撃もみんな本を焼きます。

 イデオロギーや宗教が強いスペイン内乱などでは、奪い合われる街でカソリック保守・共産の両方の勢力が本を焼き、両方が許す本などなく全部なくなったとのこと。

 

 常の統治としても、検閲は重要であり、それは焚書につながります。

『銀河英雄伝説』の社会秩序維持局の重要な機能に検閲があります。ほかにも多くの帝国に検閲局があります。

 軍の特徴の一つが、あらゆる手紙が検閲されることであり、悪の帝国は軍のその面が国全体に広がったともいえるでしょう。

 検閲と禁書は古来カソリック教会の重要な権能の一つでもありました。

 

 焚書の本質には、「自分が全知・絶対に正しい存在だ」があります。

 焚書はとりかえしがつかないものを失わせる。戻せない。人の死、生物の絶滅とも同じく。

 それで本人が後悔することがない、そう確信している。損得で考えても。

 それをやってしまえるというのは、……容疑者を死刑にできる、それは絶対に冤罪ではない真犯人だ、と確信しているから、でなければならない。そうでないとしたら、良心がない、あるいは「黒人だからかまわない」とか。

 自分の正しさを徹底的に確信している。

 それこそ、『銀河英雄伝説』で言われるルドルフの核心ですし、歴史上のあらゆる権力者、また宗教関係の人の核心です。

 前述の、軍・指揮官の本質、自分が完全に正しい神であることを演じなければ指揮はできない、心の中まで絶対服従させなければならない……それが本質的に科学・民主主義・資本主義・進化とは相容れない……

 

 文化大革命にもつながるでしょう。

『三体』の冒頭。科学者が虐殺される。

 現在の人、現在の権力が絶対に正しい、とすると、文化大革命のようにあらゆる知を破壊することが正当化されるのです。

 

 もっと幼い感情もあるでしょう。とにかく汚らわしいから存在を消したい、というような。精神性が幼い人間の暴力も、後先・結果を考えることはありません。まして後世の歴史家の非難など。年齢がある程度いっても、同質な男性が集団になったときには信じられないほど幼く、かつ残忍になります。

 

 宗教としては、きわめて魔術・呪術的な感情が根にあります。

 敵対する神、悪そのものを焼いて清める。

 神にもらった炎の剣で魔王を切り倒すのと精神的には等しくなる。

 一人でも悪人、神を信じない人、別の神を信じる人、偶像を崇拝する人、間違った形で神を信じる異端がいるだけでも、神は怒って世界を滅ぼし、疫病や凶作で人類全体を罰するかもしれない。

 だから絶対に人も本も焼き尽くす。

 

 少し異質な感じがするのが、元祖というべき始皇帝の焚書坑儒……今伝わる歴史からは、何が正しい、とか取り返しがつかない、とかそういうのとはちょっと違う考え方を感じます。とにかく支配が完全であれば、それ以外の「真実」「真理」「善」「美」「知」「学問」「貨幣価値」「神霊」「神罰」などは徹底して無価値。批判を絶対に許さない、批判のもとを断つ。

 価値観、それも重要な要素です。

 多くのコレクターが苦しんでいる、自分が死ねばすべてゴミ……何十年分もの瓶の蓋など……それと同じく、権力を、松明を持つものが無価値と決めれば灰と化す。

 自分の価値観を押し付けられる、自分の価値観が絶対正しいと言って全員に強制できる、それも権力の本質です。

 

 また、ボスニアやナチスの破壊・焚書の計画性として、「歴史を支配する」ということがあります。

 ボスニアであれば、「イスラム教徒が昔からそこに住んでいて、さまざまな民族が仲良く暮らし、優れた文化を育んでいた」という歴史自体を消し去りたい。イスラム教徒など最初からいなかった、最初からこの地は**人の聖地だった、と書き換えてしまう。そのために、歴史的建築物も、本も、博物館の歴史遺物も、全部普通の軍事標的より優先される攻撃対象として焼いてしまう。

 ナチスも、ポーランドでも、ドイツ国内のユダヤ人でも、ウクライナでも、ロシア本土でも……ありとあらゆる気に入らない歴史を、何もかも破壊しつくした。人を殺すだけでは気が済まない。生まれてこなかったことにしたい。

 それはもう、古代ローマにあったダムナティオ・メモリアエ=存在を抹殺する、あらゆる文書からも壁の浮き彫りからも名を削り落とす刑罰……スターリン時代のソ連が得意とした、粛清された政治家の存在をあらゆる文書や記録から抹消する……

 

『火の鳥』にはかなり歴史と書物をめぐる争いがあります。

 ヤマト編自体、墓と同時に歴史書を国家事業とする大王、それが大和朝廷の歴史を否定する歴史書が書かれているという話を聞いて、殺して阻止せよと主人公が命じられたのが話の根幹です。

 黎明編のニニギ、残忍な征服者の姿ではなくそれを美化して支配しようとする、大和朝廷のための歴史書。残忍な征服者という真実の姿を調べて書いた歴史。

 後に、大化の改新の時お上で焼かれた、と、結局クマソ側の本は焼かれたことが伝わります。逆に火の鳥に関する断片が残ってもいました。

 

 歴史戦、という言葉は今の日本の特殊な右派の言葉であり、むやみに使っていい言葉ではない……けれど、まさに歴史戦という言葉がふさわしい。

 歴史というのは要塞・国土のように争奪すべき戦争の目的であり、どんな手段を使っても守り、自分のいいように書き換えなければならないもの……その前では、本の価値とか真実とかは、徹底的に焼き尽くさなければならない、ゴミ以下、敵、悪霊に他ならない……

 

 歴史はそれ自体が武器でもあります。

 ジャレド・ダイアモンドが、中南米の帝国がスペイン人のバカバカしい策略に引っ掛かったのは、古代ローマの戦争文学や、それこそ中国の三国志のような話を読んでいないから…

 陸奥宗光は、春秋戦国の教養と、幕末からの世界情勢を重ねたといいます。

『宇宙軍士官学校』ではあらゆるSFが教科書だ、頭を柔らかくしろ、と主人公がはっぱをかけたことがあります。

 だからこそ、歴史は破壊しなければならない、戦って勝ち取る、自分に都合よく書き換えなければならないものなのかもしれません。

 

 また、文書は危険物でもあります。『魔女の鉄槌』『シオンの長老たちの議定書』『我が闘争(ヒトラー)』、マルクス・エンゲルス、毛沢東……それらの本が、どれほど多くの虐殺につながり、政府を転覆させたことか。

 考え、言葉自体を、魔術としても実際の反乱のきっかけとしても、政府は誰もが恐れている……

 反乱を芽のうち、種のうちに滅ぼすためには、徹底して危険な本を禁じ焼かなければならない……

 伝染病に対する恐怖とほぼ同じです。

 また、法・宗教・呪術・道徳が分離されていない、一致してしまっていることもその本質にあるでしょう。

 

『エンダー』ではエンダー自身が偽名で書いた「窩巣(ハイブ)女王」「覇者(ヘゲモン)」がベストセラーを通り越して全人類の価値観を変え、「死者の代弁者」という大きい宗教も産みました。後に「ヒューマンの一生」が加わりました。それ以前にも、エンダーの姉や兄が書いた文書が人類に多くの影響を与えていました。

『共和国の戦士』でも教祖が書いた聖典が重要な役割を持ちます。

 

 

 世界を思い通りにするため本を焼く……それが、権力を持つ、また民族や宗教で狂信的に戦う人の普遍的なありかたなのでしょう。

 それは、ゴールデンバウム銀河帝国も、パルパティーン帝国も、シンディックもそうであることは確信できます。

 おそらく、自由惑星同盟にもそのような面はそれなりにあるのでしょう。憲章がどれだけそれを抑止したのかは知りません。また、救国軍事会議が徹底的にそちら側だったことも間違いないでしょう。士官学校という特殊な環境でですが、ヤンたちが有害図書愛好会を作ったそうです。

 はっきりとは描かれていませんが、13日戦争でも、シリウス戦役でも、そしてゴールデンバウム朝も、凄まじい焚書・知の損失があったことは間違いないでしょう。それこそヤンが過去の歴史を学ぶことができたことが不思議なほどに。技術によって保存拡散が容易になったことを考えに入れても。

 もちろんパルパティーン帝国も、『真紅の戦場』の各国も、多くの国が凄まじい焚書の限りを尽くしたことは疑いようがありません。

『三体』の、童話で教えられた空間歪曲技術を禁じた政府も。

 

 

 それこそ、本というのは化石と同じように残ること自体が奇跡なのかもしれません。

 多数の恐竜のうち、化石になったのがどれほどわずかか。想像を絶する比の「ほとんど」は骨も食われ、土の酸に溶け、カビに分解されたのです。

 さらに人類の祖先は熱帯アフリカ、熱帯雨林はそれ自体化石が残りにくいと言われます。そういう、地理による残りやすさもあるでしょう。インドや中東のように、ならアフリカや東南アジアにどれほど本があってもどれほど残りにくいか。

 取り返しがつかない、という点では、本の散逸は生物の絶滅、言語の絶滅、伝統武術の失伝などとも共通します。失われてしまえば決して取り戻すことはできない。

 せいぜい、引用されているほかの本から断片を集めることができることがあるぐらい。

 また別地方も……日本に保存されていた漢籍、またローマからは消えていてもビザンツ、イスラムと訳されながら受け継がれたギリシャ諸書がイタリアで訳されてルネサンスを産んだ……

 

 人間がどれほど本を焼くのが好きか、歴史がどんなにどうなるかわからないかを考えると、国会図書館というのは狂気の沙汰にも感じられます。

 アメリカ議会図書館だっていつ焼かれるかわからない。

 いや、単に火事で焼けた図書館だって多数ある。

 それを考えれば、あらゆる本をせめて電子テキスト、貴重な本や芸術は高解像度でスキャン……建物などは再建可能なように正確に記録を取り、その記録も焼かれた歴史があるので徹底的に電子化して多数複製……し、できる限り多くの場所に埋めるべきでは。

 いや国会図書館の納本を一部ではなく二部にして、一部は徹底的に隠し埋めるべきでは。ISISやロシアに降伏し、あらゆる関係者がどんなに拷問されてもたどれないように。それこそチンギス・カンが墓を知る人間を皆殺しにして隠したと言われるように。2022年12月現在も、ウクライナでも香港でもミャンマーでも本を隠した人が拷問され、本が焼かれているはずです。

 

 ですがその発想は嫌われるでしょう。祖国が負けることを前提に準備すること自体敗北主義だ、と。権力者がいつ死ぬか考えたり、いつか死ぬ定命の人間だ、と言葉にするだけでも犯罪だったように。

 ちょうど『三体シリーズ』にそれがあります。記録を冥王星に残そうとするルオ・ジー、それも逃亡主義だと反対されるのです。彼は長期保存できる媒体を探求し、ついに岩に刻むという方法にたどりつきます。

 今も、電子情報の寿命の短さが言われ、長寿命媒体の研究もあります。

 救命ボートの発想、播種船の考え、「全ての卵を一つの籠に入れるな」という考え、それ自体人間には激しく嫌われるのです。

 

 

 筆者は「自分が絶対に正しい」、それ自体が絶対に間違っていると確信しています。

 空間歪曲技術を捨てたために滅んだ『三体シリーズ』の地球人。

 想定外。考え切れていなかった。十分に賢明ではなかった。全知とは遠かった。無知は滅亡につながらないが、傲慢は滅亡につながる。

 

 自分が完全に賢明だとは限らない。自分が正しいと思ってやった手が、何十手も先には詰みにつながるかもしれない。

 自分が全知とは限らない……科学、民主主義、資本主義、そして進化。

 くだらないと焼いた本に、まさに不老不死の薬の、人類を救う超兵器の、最後のピースが書かれているかもしれない。アマゾンをはじめ多くの森が破壊され、毎日多数の昆虫や植物が絶滅し、その中にはガンの特効薬があるかもしれないように。

 失われた「知」、不老不死の薬に必要なものの灰を前に絶望し泣き叫ぶ愚か者の話も、SFでもファンタジーでも民話でも無数にあります。

 そのような愚か者にはなりたくない。



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精神論、科学の抑圧

 精神論。戦争における国家、また平時にも重要になります。

 

 精神論とは何か……辞書はともかく、「国家の興亡・繁栄・勝敗は、国民の道徳的な質によって決まる」と言えるでしょう。

 小さく言えばそれこそスポーツの試合でも、「心」、勝ちたいという意思、根性、心の善良さ、規律、態度、礼儀、掃除、指導者に対する尊敬忠誠の強さ、それらが強ければ勝利できる、ということです。

 実力ではなく。選手の脊柱起立筋が何ニュートンの力を出せるか、ではなく。

 

 これは膨大な宇宙戦艦作品・ミリタリSFで、重要な役割を果たします。

 最大の武器として。厄介な宿敵として。

「心か物か」という、本作の根本である問いそのものとも一体の話。

 

 人間の魔術的思考の一つとも言えます。

「心の中がきれい」と「シーツを完璧に敷く」が、なぜか「わが軍の勝利」になる、というのが軍人の思考。

 

 魔術として考えれば、マクロとミクロの相似関係。

 宇宙、都市、人間の精神、と相似。だから精神を完全にすれば、世界も操れる。

 都市以外に様々な中間相似物。

『火の鳥 未来編』の素粒子内宇宙生物とその中の小宇宙もそれを連想します。

 

 また精神論・権威は、偉い人は全知、という前提とも関係が深い……だからこそ、科学と相性が悪いです。また、『孫子』に代表されるまともな軍事とも。

 そして精神論は、独裁・全体主義ともとても親和性が高いものです。また宗教、魔女裁判、共産主義とも。

 法と道徳・宗教の混同とも限りなく近いです。

 

 

 とにかく、規則を厳しく守ることを強制する。軍人精神を最優先する。気に入らない本を焼き、言葉づかいや態度などを理由に厳しく罰する。

『銀河英雄伝説』では帝国の本質でもあります……ルドルフは麻薬・同性愛などの悪を徹底して潰すことを主張し、それで支持され地位を高めました。さらに劣悪遺伝子排除、ゲルマン、と精神統制を際限なく強めていき、その結果として500年以上続く帝国を作り上げました。

 同盟側も憂国騎士団・救国軍事会議という、そちらに向く力は強くありました。

 そしてヤンのような自由な精神を嫌う人たちも、憂国騎士団もあり、軍内にも多くいます。英雄であるヤンも国などどうでもいい、楽に勝とう、などと言うのでひどい攻撃を受けました。

 作戦としても、合理的に最小の犠牲で勝つことを求め逃げることもためらわないヤンと、態度や必勝の信念のために……それこそアスターテで、ヤンが敵の動きを読み正しい作戦を出した、でも上官はそれを採用できず大敗したようなことが繰り返されます。

 特にフォークの言葉が、ヤンの対極、精神論の極みと言えるでしょう。無内容で精神を強調、また反対者を臆病者と貶め黙らせる。

 またトリューニヒトこそ、精神論を叫ぶことで当選してきたと言えるでしょう。さらに極端な姿がウィンザーです。

 

 自由な精神を嫌う……

 全員が、同じような、完全に国家・軍隊・宗教・指導者に忠実な精神でなければ軍が負ける、国が亡びる、人類が亡びる。

 精神が悪くなることが、国家の衰退・軍隊の敗北の理由だ。

 それが精神論の強い主張です。

 多くの戦艦作品の主人公はそれに背を向ける、まさに国・軍・人類の敵、悪の権化と、精神論側から言われます。

 

『タイラー』ではタイラーこそ、精神論的な軍主流と対立する存在です。ヤンの影響も強いですし、「無責任」という、それこそネタ元である植木等の「無責任」から、秩序に反して大手柄を立てる存在でした。軍に限らず企業でも、人間社会のエリート層の精神のありようとは異質な姿です。

 逆に軍の、精神論の代表だったのがタイラーを認めるまでのマコト・ヤマモト……軍人一家のエリート軍人の代表的な存在です。またススム・フジという、軍の高官の代表というべき存在もあり、長くタイラーを苦しめてはひどい目にあいます。

 ただ、外伝ではミフネ家を交えてマコト・ヤマモトを、さらにススム・フジも腐敗にまみれる苦悩と不倫の愛を通じて人間味を深く掘り下げていきます。

 

『彷徨える艦隊』では、過去からコールドスリープで来たギアリーを苦しめたのが様々な精神論です。

 それこそ事実上すべての士官が精神論の塊。長すぎる戦いで、まともな戦術を学んだ士官が皆戦死し、前線で戦っている艦長たちは素人でしかない、と。敵も同様に愚かだからなんとか戦えている、と。

 いくつかの勝利ののち、ギアリーの影響が強く素直に戦術を学ぶデシャーニたちと、対立するヌモスたちの構造ができていきます。

 ここで出てくるのが、ただ勝利したい、というだけでなく、「どのように」にも人々がこだわるということです。勇敢という価値観。名誉。だから、事実上全艦で神風特攻するような愚劣な戦法ばかりを皆がしたがり、できるだけ少ない犠牲で勝つ賢明な戦法を嫌がる。

 特にヌモスのように臆病で利己的な人だけでなく、自己犠牲をしたがるバカな艦長たちこそ厄介です。多くの兵士も道連れですし、艦は一隻でも必要なのですから。

 さらに精神論の権化ともいうべきファルコ。途中で救助された捕虜で、捕虜になる前には指揮官として何度も凄まじい犠牲を出してきました。強力なカリスマで演説し、帰ったのちの政界での成功=全体主義国家の指導者となることも危ぶまれていました。救助後もカリスマと狂信的な精神論で多くの艦長を操り艦隊を分断し、巨大な被害を出しました。

 

『三体シリーズ』を支配したのも精神の戦い、精神論です。

 冒頭がまず文化大革命。全ての人の心を、権力が決めた新しい金型で再プレスし、完全に同じにしなければならない。だからこそ科学者を虐殺した。

 そして異星人の侵略が判明。智子によって科学の進歩を封じられ、研究を頑張って同等以上の科学水準で戦うことができなくなった。物質的には完全に絶望的だということがわかってしまう。

 そこで軍人たちは、これは精神の戦いだ、と叫ぶ。

 逃亡主義、敗北主義と戦わなければならない、と激しく強制する。技術が劣っていては勝てない、と正しいことをいう人を敗北主義と非難する。

 太陽系から逃げ出すことを「逃亡主義」と、法的に禁じる。

 それを代表するのが、逃げることを選んだ軍人と地上の軍人の対話……軍人精神があれば技術が劣っていても勝てる、お前は英雄の孫だろう、と怒鳴る軍人。それに対し、まさにわが祖父こそ、戦車に走り寄って手榴弾を投げてもかすり傷程度で両足を失い、その時に祖父の多数の戦友は無残に死んだ、と叫び返します。

 科学技術水準で劣るのを、艦隊で勝とうとして水滴になすすべもなくやられたのです。

 それから結局は空間歪曲技術の禁止で、地球人は滅びることになります。精神論が勝った結果と言えるでしょう。

 

『宇宙戦艦ヤマト』でも、古代進はいつも軍上層と対立します。

『ガンダム』でも、特にZで「修正」が横行するように、精神論と主人公たちの争いは多くあります。

 スーパー系のロボットアニメでも精神論や、過剰な暴力……和平を拒否し皆殺しを主張する、民間人の虐殺など……に走る軍人と主人公たちの対立はしばしば見られます。

 他にも様々な、怪物を含むファーストコンタクト系の話で、過剰に暴力を使いたがる軍人や政府と、軍に属さない主人公の対立構造は多いパターンです。

 

 ただし、昔の日本のアニメでは精神論・根性こそが勝利につながることが多いです。

 英米のミリタリSFでも、上述のように科学技術兵器は役立たず、特攻すれば勝つ、となります。

 それこそ「転生チートでハーレム」と同じような、願望が満たされる世界では……

 

『宇宙軍士官学校』では理性が尊重されています。実際に戦い続けているからこそ、理性で戦わなければ負けて滅ぼされる、と。

 むしろ地球人が、理性尊重に反感を覚えている感じすらあります。

 

 逆に『宇宙の戦士』では、クライマックスと言えるのが主人公が厳しい訓練の末、精神が完全に変わってしまった……客観的には洗脳が完成してしまったところです。作者の価値観から見れば、矮小な個人から離れて、より偉大な軍という集団に心も体も一体化することは素晴らしいことだ、となります。だからこそ当時、特に日本で激しい議論にもなりました。

 

 人間は肉体と精神を同時に改造できるのも現実です。

 軍隊の、特に行進訓練。

 原始部族の祭り・踊りもその効果があるでしょう。

 狩猟採集群れ・自給自足村から、精神を肉体ごと変えるための、どのような、おそらく意識していない技術があるのか……

 

『彷徨える艦隊』では艦隊で敬礼の習慣もすたれていたので、ギアリーは敬礼を復活させました。

 

 考えてみれば、多くの宇宙戦艦のアニメでも映画でもなんでも、敬礼があるというのは当たり前です。

 様々な作品の印象的なシーンが敬礼です。特に『逆襲のシャア』の「すまんが、みんなの生命をくれ」や、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』でヤマトに残る沖田艦長に古代が敬礼するシーンなど。

 軍がタブーになった戦後の日本では、敬礼などに触れられる機会でもあったのでしょうか。

 

 

 あまりに合理的だと非人間的という印象になってしまい、嫌われ恐れられることにもなります。

『銀河英雄伝説』のオーベルシュタインは合理的だからこそ、認められていますが嫌われています。それを言うならヤンも合理的なのですが、人間味が強いせいか怪物扱いされることは少ないです。

『銀河戦国群雄伝ライ』の師真も、大虐殺もいとわぬ合理性から怪物扱いされることもあります。それは意図的な部分もあり、先に残虐な戦いをして印象を作って後に兵の故郷に出現するだけで敵軍の兵が家族を案じ帰りたいと反抗させ、敵軍を自壊させました。

 

 

『現実』での、軍事と精神論の歴史も和書として大きいのは思い出せませんが、実際にあれば非常に重要な歴史となるでしょう。

 たとえば、第一次世界大戦では特にフランスが、極端に精神論に暴走していたため、機関銃・鉄条網・重砲の戦争でどれほど多くが死んでも、戦法を変えずに若者を流し込み続けたと聞きます。

 それを言うなら他の軍も同様です。日露戦争やクリミア戦争で、新兵器に古い戦術をぶつけたら膨大な無駄死にが出るだけ、と観戦武官が報告しているし数字にも出ているはずなのに、どの軍も徹底して無視し、若者を流し込み続けました。

 第二次世界大戦での、日本軍の愚劣もあらゆる形で書かれ読まれています。兵站を無視し、めちゃくちゃな暴力が横行し、神風特攻や玉砕という愚行……

 

 精神論には、権力闘争の面も大きいです。文化大革命も、結局は権力闘争を引き金とした暴走でした。

 ライバルを失脚させるための一番いい方法の一つが、ライバルが道徳的に間違った思想を持っている、反体制・反革命・異端だ、と告発することです。魔女狩り。

 それは人間にとってはバックドアのようで、高学歴のはずの人たちがあっさり引っかかり無実の人を破滅させ、無能な人間を出世させるようです。

 だからこそ、どちらも、際限なく高い道徳を求めてしまう。理性を訴える人は先に粛清される。

 本来ならそんなバカなことをしている国は滅びるはずですが……それこそ第二次世界大戦で、軍の大半をスターリンが粛清していたためナチスが当初は楽勝だったように。でも、敵側も同様に愚かだからこそ、結局は国力の勝負になってしまう……というのが歴史の常です。

 

 戦争を命じる、上の方の判断も精神論の問題があります。

 勝ち負けや損得を考えるな……判断の前に道徳がある。

 特に宗教の影響が強いと、合理的な判断とは逆になる。

 精神論が強ければ、実際の戦力がどうであっても、「我々は道徳的に優れた正義の国・軍だ、だから絶対勝つ」となる。武器や食料は忘れる。兵站・輸送を軽視する。新兵器を否定する。

 実際には対話・和平が可能であっても、戦い続けることを目的にする。

 それどころか、戦死者を多数出すこと自体を目的にしてしまい、戦争で勝つことを忘れている。

 そのように、戦い続けている国の判断が根底的に狂ってしまうこともよくあります。

 まあそれを言うと、日露戦争という日本から見て無謀だけれど戦わないわけにはいかなかった戦争もあります……桶狭間も。宇宙戦艦SFはそういう戦いばかりなのだから精神論が正解だ、と言われると……といっても日露戦争もそうだった、で太平洋戦争ではぼろ負け……

 

 敗北につながる、多くの被害を出すにもかかわらず精神論が、『現実』の過去も今も、空想の未来も多い……

 単純に言えば、人類は徹頭徹尾、精神論が大好きだ、と言ってしまうしかないでしょう。

 

 国民をプロパガンダで操作するのは簡単に見えます。

 でも、結局は、国民はしたいことしかしない。

 人が象を操れるように見えて、実は象がしたいようにしているのを人が追認しつつ、人は自分がしたいようにしていると思っている……というのが現実ではないでしょうか。

 人間がやりたい方向に暴走させることは楽。

 人間がしたくないことを人間集団にさせることは不可能。

 ヒトラーは確かに膨大な人を操りましたが、かといってヒトラーであっても、たとえばガンジーの言うことを聞いて全ての人が平等に平和に暮らせる国を作ろうとしても無理だったのでは。あの方向こそドイツ人が望んでいることで、その方向に暴走させることはできたけれど、それ以外の方向は無理だったのでは?

 

 

 そして精神論は、科学の敵です。

 科学……疑う。証拠を求め、反する証拠が出ればどんな権威も否定する。論理・数学にそって考える。実験する。常に不完全であることを受け入れる。

 道徳が、教義が、世間の空気が、偉い人が、権力が、国家の利益が……それらが反対しようと、実験結果、事実の側に立つ。

 それは、精神論、また権力に本質的に憎まれるものです。

 疑うこと自体が、考えること自体が敵。

 権威、古い賢者の本は絶対でそれに逆らうことは罪・絶対の誤り。仏教の本にも、あらゆることはお釈迦様がとっくに考え済みだ、お前の考えは全部間違いだ、と。それはあらゆる宗教に共通します、聖書、アリストテレス、ガレノス、孔子、朱子……マルクス、毛沢東、マルサス、ハイエク……それは権力、軍隊の本質……何度も書いた、指揮官は自分が絶対に正しい神だと全員に叩き込め、と一体化します。

 また科学技術がもたらす、指数関数的な生産量の増大……それも嫌われます。

 物質的な豊かさそのもの、生きること自体さえ嫌われると言ってもいいでしょう。考えること、感じること、うれしいこと、幸せになること、美しいこと、真実を探求すること、それらすべてが精神論の、権力の敵です。

 また現実に、SFという大業界の文化そのものに、科学に対する反感は深く浸透しています。SFに限らず今の日本の、また世界の一番高い思想家から大衆に至るまでも、科学技術に対する反感はとても強く感じられます。

 特に気候変動・環境に関して、科学技術を進歩させて解決する、気候工学などをものすごく嫌い、定常文明とかコミュニズムだとかを求める態度。……燐や銅が尽きたら太陽光発電どころか江戸時代の生活も無理ですけど。

 根本的には、昔からSFの大家にもアニメの側にも、遠い未来人類が滅んで廃墟に風が吹くのが美しい、いい、という感性がありますし……

 

 反科学については以前も何度か触れたと思いますが……

 

 根本的に、科学とは何か。

 科学自体、比較的最近の西洋でできたものです。それ以前には自然哲学として哲学の一部だったり、神話・宗教の一部だったり。錬金術や占星術も昔は科学そのものでした。

 昔から科学と言えたこと。

 世界がどのようにできたのか。

 医学、天文学。

「ものごと」を理解する方法。

 

 近代科学の特徴は、何よりも試行錯誤。誤りを認めること。実験という手法。数学理論。

 圧倒的な力。

 

 だからこそ宗教との長い抗争がありました。今も哲学は科学にケンカを売り続けています。アメリカにおける反進化論もきわめて強いです。もちろん世界各地の原理主義勢力も。

 そして中国でもイスラムでも、発達はしても、近代科学の形にだけはなりませんでした。もし西洋文明がなく、中国・日本・イスラム・インカなどがもう二千年放置されたら、どれかは核兵器や宇宙ロケットを作れたでしょうか……

 中国もイスラムも、「優れた大砲が欲しい」だけでなく、「世界はどうなっているのか」という問いも、色々な形で封じ切った、絶対に考えないように人を作り替えたのです。

 

 精神主義・権威主義、特に共産党政権や警察国家と科学技術が根本的には不倶戴天……

『空飛ぶ機械(レイ・ブラッドベリ)』

 万里の長城に守られた元の皇帝が見た、竹と紙で空を飛ぶ人。楽しみ、好奇心……素晴らしい……だが、それが発達し、石を長城に落として壊すことに使われたら?処刑し、焼き、忘れろ……他の、皇帝の権力の下にない誰かが発明したら終わりなのに。

『化石の蟻(カート・ヴォネガット)』

 ソ連で過去の文明を発見した学者。だが、その遺跡から見える生活も、共産党の現在の権力者が押し付ける理論の通りだと論文を書けと命じられ、嫌と言ったら発見した学者は家族ごとシベリア、発見された遺物も破壊封印……

 

『三体』の冒頭、文化大革命が科学者こそ虐殺した……

 その後も、科学を潰す戦いは、三体人主導でも人間の性から来るものであっても何度も繰り返されます。

 全体を大きく貫く通奏とも言えます。

 

 また史実のフランス革命でのラボアジェの処刑も、単に税関係の仕事のせいだと思っていたら実際にはもっと深く、フランス革命思想と科学そのものが根本的に不倶戴天だったらしいです。

 関係はわかりませんが、啓蒙思想の巨人であるホッブズは、ボイルの真空実験を、実験に基づく近代科学を、真空そのものを激しく否定しています。自分の理論が教会を倒して完全な秩序を作る、だから真空の存在は許さない、と。

 

 SFでは科学技術の抑圧は、特に人工知能・ロボットとの抗争で多く見られます。

 ただ、あまりに科学技術を抑圧し過ぎると、宇宙戦艦文明自体根本的に不可能になる、という問題もあります。

 いくつかは既に検討しています。

『デューン』は過去でのロボットとの戦いから、徹底的に人工知能につながりそうなコンピュータを抑圧し、かわりに人間を色々いじって宇宙航行に必要な計算をさせています。

 他にも多数。

 

『ガンダム』宇宙世紀ではサイコフレーム技術を封印しました。

 他にも作中封印された科学技術は多くあります。

「こんなのを今の人類に与えたら戦火をひどくするだけだ」と個人が判断して大発見や異星人の遺跡を捨てることも多くあります。……お前は全知なのか、今夜『七人のイヴ』のように月が分裂して数年後に地球が焼けることが確定するとか異星人が襲ってくるとかが絶対ないと言えるのか、と言ってやりたいですが。

 

 科学技術が発達しない理由。

『真紅の戦場』では極貧労働者のほうがコストが安いから、としました。

『工作艦明石の孤独』では経済システム、3Dプリンターの特許を軸とした強い星の植民地支配が強いため科学研究・技術進歩が儲からない構造ができた、と。

『ヴォルコシガン・サガ』は星間航行が不可能となって文明水準が低下した……カギとなる技術がなく、また人口・資源が少なすぎると科学技術は維持できない。

『オペレーション・アーク』では、本来はバーサーカー型の敵の探知を逃れるために居住可能惑星で技術水準を落として暮らす、はずが、何人かが好き放題をしたいために身分・宗教の社会を作り上げ、むしろそれを保つために科学技術を重罪としました。

 他にも多くあるでしょう。

 

 そして何よりも、『現実』では、明らかに歴史の多くで西洋よりも発達していた中国やイスラム、また十分に豊かだった東欧や日本などが科学技術・産業革命に至らなかった理由を、膨大な歴史家が研究しています。

 ヨーロッパが統一しにくいこと……ナポレオンもヒトラーも失敗したように。だから、上記のブラッドベリの皇帝のように命令一つで完全禁止できず、コロンブスのように別の国に行ける。

 海が多く交易が儲かる。交易の精神、天文学。天文学はキリスト教の教義……復活祭のための暦、教会の社会システムも。

 偶然。風土。精神構造。

 明の儒教イデオロギー。草原からの軍事的圧力。

 ……とても多様な説があります。

 筆者は十何年か、本を読むたびに「なぜ中国ではなくイギリスが産業革命に達したか」「なぜ先進国の没落中層は自分たちのための政党・思想を作らないのか」「今後、宇宙やエネルギー方面の科学技術は進歩するか」があればメモするようにしています。それを見返しただけでも膨大で……

 

 西洋が産業革命を成功させるまで、多くの文明が「試行錯誤」を禁じたために停滞しました。

 印刷を嫌ったイスラム。文字すら嫌ったインド。

 儒教にこだわった中国。

 ノコギリを使う手は奴隷、ペンとソロバンを使う手は市民と峻別した古代ギリシャ・ローマ。

 象徴的なのが、中国とイスラムにおける天文時計・天文台の破壊です。逆にヨーロッパだけが天文時計・天文台を作り続けました。

 知識を印刷し、貴族学者が試験管を振ることを許した……遠洋航海と戦争を続け、天文観測と大砲の技術を高め続けた西洋だけが、産業革命を成功させたのです。

 

 逆に『銀河英雄伝説』の同盟と接したのちの帝国や『彷徨える艦隊』のシンディックとアライアンスは百年以上戦争が続き、それによってどちらの国も疲弊しています。

『真紅の戦場』など現実の国々の子孫が宇宙で争うタイプのミリタリSFも長い戦争が続いている状態ですし、『老人と宇宙』も結果的に戦争が絶えない状態です。

 適度に競争はあった方が技術は発達する、しかしあまりに戦争が続いているとそれも壊れる……

 また『銀河英雄伝説』や『老人と宇宙』などでは、技術はすぐに盗まれてどこも同じになるため技術では優劣は決まらない、という法則すらあります。ただしコンスー族は別。

 

 科学技術が軍事力につながるか、も問題です。

 宋やイスラム帝国は、圧倒的に高い科学技術と生産力があったのにモンゴル帝国に滅ぼされました。

 中南米先住民帝国はけた外れに高い水準の暦があったのに、それは戦争や医療の技術に結びつかず、少人数のスペイン征服者に滅ぼされました。

 日本の和算も水準は高かったとしても、黒船の大砲の前では役に立っていません。

 他にも前述のように、『ヤマト』の波動砲艦隊の全滅など、科学技術に頼って物量を増やした軍はあっけなくやられるものです。

『火の鳥 未来編』も科学、コンピュータに頼れば滅亡だし、猿田博士の人工生命の研究も無駄だ、と雄弁に叫びます。

『銀河英雄伝説』でのヤン、おそらく作者の重要な信念として、ハードウェアに頼っては勝てない、ソフトウェアで勝つ、があります。ヤンはその洞察でイゼルローン要塞を落としました。

 

 マット・リドレーの、科学は産業革命と関係ない、マンハッタン計画・アポロ計画のように国が金を出して科学を進歩させようとするのは間違っている、徹底的に市場に任せろ、という声も根強いものです。

 

『銀河英雄伝説』『彷徨える艦隊』では、それこそ暴虐帝国が科学を抑圧し、その結果自由に科学研究ができる民主主義の側が圧勝してもいい気がしますが、そうはなりません。

『現実』でも長く、ソ連の方が科学は進歩していると宣伝されましたし、スプートニクショックもありました。長期的には冷戦の終わりのように、ある種の科学技術はソ連では停滞したようですが。

 2023年の今、中国とアメリカはどちらが科学に向いているのか、どちらが経済や軍事で勝つのか、見えなくなっています。アセモグルらは西洋の自由民主主義が勝つと言っていますが、今の現実は……

 北朝鮮のミサイル実験でわかるように、かなりひどい帝国でも、特定の軍事に必要なだけの科学技術はなんとか維持できるようです。

 また、自由惑星同盟には何か、科学技術の進歩を抑圧する要因があったのかもしれません。

 

 科学には、特にスティーブン・ワインバーグが強調した、美であり、好奇心であり、科学そのもの、究極理論が目的、目指すべき価値なのだ、という考えもあります。

 ただし特に今の『現実』はそれは説得力が低いようです。経済が優先で。さらに先端科学の実用応用が皆無であることが続いて。

 あらゆる文明の神話や宗教は、世界の由来の説明も含みます。それほど人は本来説明したがるものであり、ある程度前述ですが世界の由来を知る……『マップス』『ファウンデーション(の続編)』などの探索系の話も多くあります。他にも上述の遺跡探索などいろいろな探求があります。

『宇宙船ビーグル号』『砂漠の惑星』『ソラリス』はほぼ純粋に科学探査を目的とします。『スタートレック』もほぼ純粋に科学探査です。

 逆に中国文明はある意味伝統的に、「われわれはどこからきたのか」という問いを考えることも完封しています。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝も誰もその問いは考えもしません。

 

 もうひとつ、「科学」という言葉が科学を弾圧する、精神論になってしまうケースも『現実』にはあります。

 科学、それ自体がキリスト教と同様の権威、絶対に正しいものになってしまった。

 だから、経済的自由主義……近代経済学は、数学を使っている、科学だ、だから絶対に正しいのだ。アイルランドで百万人餓死させても。

 マルクス主義、われこそ科学的だ。だから非**的科学、進化論とか量子論とかあれこれは絶対間違っている、人民の敵、シベリア送りだ。ルイセンコ生物学で何千万人餓死しても。

 ソ連は相対性理論も量子力学も、ニュートン力学さえも許さなかった。水爆どころか飛行機さえなぜ飛ばすことができたのかわからない。ナチスドイツも相対性理論をユダヤ人科学だと否定した。

 

 

 足を止めるか否か。

 より遠くへ行きたい。より深く知りたい。

 数々の文明が、その足を止めました。

 明は鄭和の航海をやめ、記録も焼きました。どこまでも行こうとしたエンリケ航海王子とは対照的に。

 筆者が知らない鄭和や、航海をやめるよう皇帝を説得した明の高官が、トルコにもいたのでしょうか?

 コロンブスと同じ風を持っていた、現在のスペイン・ポルトガルを支配したイスラム帝国にも?

 インドにも?

 日本にも?

 

 日本では源実朝が船を作り、それが浮かばないことに絶望したことを聞いたことがあります。

 トインビーが言う、文明が崖の途中で横たわってしまう、スパルタやイヌイットのようなあり方はそれでしょうか?

 

 文明競争の勝敗…その一番深い部分は、「足を止めるか否か」にあるのでは?

 

 そして今の地球人こそ、足を止めたのでは?

 アメリカのSSC。

 日本もILCはどうでしょう?

 

 精神論と、合理的な戦法。科学技術投資。

 人間はあまりにも精神論を好んでしまう。

 群れの中で道徳比べをし、道徳に劣る罪で処刑して権力を得る、それがあまりにも勝ててしまう。それ以外は破滅になる。大衆も精神論を好む。

 でも、精神論の結果は……



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貨幣・税

それこそ、あらゆる『史実』の国や文明、またSF作品諸国を、
〇国名
〇総人口
〇存続期間
〇言語・文字
〇貨幣・税制・財政・金融・簿記
〇度量衡
〇暦・元号制
〇法源・法制度・奴隷制
〇社会制度
〇通信
〇金属・家畜など技術水準
〇移動手段・エンジン・移動可能範囲
〇衣食住の素材
〇人工知能水準
〇最大兵器の威力
〇最大建造物の規模
などで比較した一覧表を作れれば……筆者がやろうとすると今まで読んだ、SFと歴史書の両方を全部読み返さないと……いや読まなきゃいけない未邦訳書だって多数……


 もちろん今回も、利子・恐慌など様々なこれまでの話と重複します。

 

 文字・数字は、貨幣とも直結します。

 文字のもととして、取引のトークン、税の記録がもっとも古いともされます。貨幣には数字が書かれます。数字そのものが貨幣でもあります。

 貨幣も、あらゆるSF作品にあります。『現実』の多くの国にも。

 それこそ、あらゆる作品のあらゆる国の通貨を並べれば、暦・年号同様に、それ自体が一冊の本になるでしょう。『現実』にもそういう本は、全世界でも一国でもたくさんあります。

 それを考えると、貨幣・度量衡・文字・法、道路の幅……荷車・馬戦車を北方中国の黄土で走らせると、レールのように固い轍(わだち)=溝が掘られる、それこそ未来の鉄道時代の軌間にも等しい……さえ統一した秦の始皇帝がどれほどとんでもない存在か、あらためてわかります。西洋などにおける、それと変わらないことをした人々も。

 

『銀河英雄伝説』の帝国マルク、同盟のディナール。これも暦や言語と同じように、各国のアイデンティティでもあります。そして帝国による同盟征服後、貨幣統一も重要な問題になるでしょう。それは史実の東西ドイツ、アメリカ南北戦争後などの統一でも見られる難題です。

『タイラー』では統一による強引な貨幣統一がハイパーインフレにつながり、タイラーはそれを暴走させることで人々の目を災害からそらしました。

 秦の始皇帝の大きな事績に貨幣統一もあります。ほかにも明治維新も、フランス革命も、ドイツ帝国も、ありとあらゆる国の統一と貨幣の統一は不可分でしょう。

 ポル・ポトの究極の愚行は、貨幣もなくしたことにあります。

 

『スターウォーズ』の帝国通貨はクレジット。クレジット、の貨幣名である作品もかなり多くあります。

『ヴォルコシガン・サガ』では後進国バラヤーの通貨は評価が低く、ベータ・ドルを稼いでくるとまったく別の目で見られます。

『量子怪盗』の火星都市ウブリエットでは、時間が通貨となりました。

 

『スタートレック』は貨幣がないことが特徴とされますが、フェレンギなど貨幣経済が生きている場もあります。

 貨幣がある世界かない世界か、で分けることもできるでしょう。貨幣がないのは少数派ですが。

 貨幣がなくなる世界は、上述ですがロボットが無限に生産してくれる『断絶への航海』があります。

『所有せざる人々』も古典です。

 また貨幣にかわり評価が用いられる『マジック・キングダムで落ちぶれて(コリイ・ドクトロウ)』も先見性の高い作品です。

 それらは、ものがたくさんあれば、資源・生産が豊穣であれば、希少性がなくなり、それで貨幣は無意味になる……が根本になります。

 ただし、評価や時間はどうしても希少性を保ちますし、貨幣は希少と交換だけではないのかもしれません……呪術、支配。

 

『現実』のノンフィクションの世界で貨幣の意味について大きな石を投じたのが、グレーバーの『負債論』でしょう。

 貨幣の前史としての物々交換を否定し、奴隷化の手段・将兵への分配として貨幣史を再構成しました。それがどれほど正しいかはともかく。

 2023年3月である最近は貨幣の意味について、MMT論争もあります。『21世紀の貨幣論(フェリックス・マーティン)』、柄谷行人や斉藤幸平もさまざまな考えを出しています。

 最近筆者が結構多く読んだのが、『反穀物の人類史(ジェームズ・C・スコット)』『Humankind 希望の歴史(ルトガー・ブレグマン)』『文明が不幸をもたらす(クリストファー・ライアン)』のような、現実の歴史そのもの、都市・穀物・文明そのものを悪と断じるような書物です。日本の知識人の間でも反文明はかなり強い心情です。

 

 貨幣の本質を最も強烈に表現しているのが、『北斗の拳』の冒頭。核戦争後、賊と化した人々が金持ちを襲って殺し食物や水を奪い、スーツケースの札束をぶちまけて尻を拭く価値もないと叫ぶ。

 多くの、核戦争後に権威主義となったSF作品が、それを過去として経験しているでしょう。

 

 金貨や銀貨、また紙幣、いや暗号通貨に至るまで、貨幣は「物」であり、情報・抽象的な記号・人々の心の中にだけある、「心」でもあります。純粋に情報と言える暗号通貨も、多数のコンピュータや光ファイバー、膨大な電力を消費するサーバー、基地局などがなければ存在できません。

 まさに心と物の橋の重要な一つ。

 

 

 古代における貨幣は、洋の東西で大きく形を異にします。

 地球人の歴史では、以前はほぼ硬貨です。

 西洋では、金銀やその合金をもととし、銅貨は補助的でした。また多くは人の顔を打撃で刻む方法で作られた、穴のない円形です。

 中国は金銀貨があまり使われず、銅の円形、四角形の穴があり鋳造で漢字四文字の形。『銭形平次捕物控(野村胡堂)』で知られるような、紐を穴に通してまとめるものです。千枚、一貫が基本単位で、米10キログラムぐらいの体積で重さは何倍もありそうな大荷物を担ぐ代物でした。日本の江戸時代の金銀も、「両」という単位にあるように重量でした。それこそ「金1グラム」を貨幣単位にするようなもの。といってもそれも、改鋳で金(ゴールド)は減りました……貴金属価値と切り離された、数字情報貨幣の面が強かったと。

 金属そのものを掘り出し所有できる量に制限がある、それが貨幣発行量を自然と制限していた、とも言えます。

 近代でも金本位制が長く行われ、強く支持されたのも、紙幣と違って無限発行ができないからでもあります。

 

『現実』の地球人を客観的に見ると、もっとも豊富で便利な金属だった鉄はさびやすく、古代技術でも入手しやすく加工も容易な金・銀・銅が使われました。銅は錫がなければほぼ役立たずになるという問題もあります。

 常に金と銀があり、その交換は複雑な両替問題を作ります。金銀交換比の違いは幕末の日本で、日本から膨大な金が流出し庶民を苦しめ、逆に日本に行った西洋人がぼろ儲けしたようなことにもなります。

 さびにくく加工しやすい金銀銅の硬貨は、特に地面に埋めて略奪から逃れるという処世術があることもあり、また副葬品としても価値が大きいため、考古学遺物としてもきわめて重要になります。

 

 そして貴金属の硬貨はほぼ永久に保存できます。腐りません。

 狩猟採集生活の経済では、特に食料の保存は実質不可能です。群れを追って崖から落とすやり方で何百もの古代馬やマンモスを狩ることができても、食べきれず大半は腐ります。石器で切って風にさらして乾かそうとしても、腐敗するまえに加工できるのはわずかです。

 それが、穀物は何年も保存でき、さらに硬貨は事実上永久に保存できる……加えて貨幣は、腐る肉と違って大量に、事実上無限に保有できるようになりました。

 無限の欲望を可能にするのも、貨幣の本質の一つです。

 

 貨幣が紙幣になるとより便利になります。さらに電子情報になれば。

 それでも、硬貨でも紙幣でも、あるいは数字でもなんでも、改鋳・貨幣発行益(シニョリッジ)~インフレ・財政破綻という問題が出てきます。

 戦争や贅沢をしたい国が、金貨であれば不純物を混ぜて金を減らした新硬貨を出すのです。

 特に古代ローマ帝国がそれを繰り返したことは知られていますが、どの国もやっています。

 民も、金でできている金貨の周囲を削って集めて金として売る……だから今の日本でも、「貨幣を傷つける」ことは犯罪なのです。それこそ貨幣の公職を任されたニュートンが多くの人を死刑にしたように。だから周囲に溝がある硬貨が多いのです、削られたらわかるように。

 といっても地金としての価値がない硬貨にすると、削られないかわりに偽物を作れば儲かってしまいます。どちらにしてもだめという。

 地金としての硬貨といえば、『無責任三国志』で、硬貨の金属組成が組み合わせ次第で軍需金属になる、戦時になれば回収する備えだと見抜いた話があります。

 さらに、貨幣も商品の一つと考えると、多ければ安くなり少なければ高くなる。サンマが不漁だと高くなり豊漁だと安くなるのと同じく。

 それで新大陸で膨大な金銀を手に入れたスペインは衰退したのです。それまでにヨーロッパにある金銀の何倍も流れ込んだら、手に入れても手に入れても、新しく手に入れた金銀の価値は下がっていったのです。

 カソリックと戦争征服にしか興味がないスペイン王はそれを理解することができませんでした。

 そして、中国ではモンゴル・元から何度も紙幣が失敗、いや亡国にさえ至ったのは、政府が紙幣をたくさん印刷して贅沢や軍事費に回す誘惑に勝てなかったからです。

 それをしてしまうとハイパーインフレ……紙幣が価値を失い、それこそ死刑でも金銀を使ったり、信頼できる仲間での貨幣を使わない取引に徹したりになり、国家経済が崩壊していくのです。

 ドイツ・ワイマール共和国がハイパーインフレで皆苦しみ、ナチスドイツに魂を売った……またジンバブエなど、多くの国で悲惨なハイパーインフレが起きます。

『タイラー』での意図的なハイパーインフレは何度も触れた話題です。

 そして多くの国が財政破綻に苦しみ、フランス革命以前のフランスやスペインでは貸し手の商人を死刑にすることもよくありました。日本の江戸時代でも大商人を全財産没収刑にすることは多くありました。

 

 簡単に貨幣を増やす……改鋳でも輪転機でも……しないこと、簡単にデフォルトしないこと。それができるシステムになったのも、イギリスが勝者になった重要な理由の一つです。

 議会が適度に強い。東欧のように貴族が好き勝手するための議会ではなく、王も適度に強い。かといってスペインやフランスのように王がとことん好き勝手をするわけではない。特に税金や借金にはうるさい。

 それこそ、議会で議論説明投票する権利も無いのに税金だけ取るなんて嫌だ=代表なくして税なし、とアメリカは独立したのです。

 逆に、民主主義だろうと君主制だろうと、国家が貨幣を増やすことを自制することができるかが、存亡に深く関わっていると言えるでしょう。

 

 硬貨は呪術的な意味も大きいと言えるでしょう。

『北斗の拳』の冒頭のように貨幣は信用・情報が本質。数円の費用しかかからない印刷された紙でしかない一万円札が、米30キログラムと交換できたり最低賃金約一日半の労働の対価になったりするのです。

 信用、人間を集める心の働き……それは呪術、また宗教とも関係は深いでしょう。国家それ自体を魔術・宗教と考えてもいいですし。

 人が貨幣を信用するのがどれほど難しいか、それは中国史で繰り返し出ます。銅貨の信頼が強すぎて、紙幣を受け容れさせるのが困難、他にも銀貨も金貨も苦労します。

 日本では独自に信用される貨幣を作れず、中国の銅銭を輸入し続けました。それほどもったいないことはありません。

 貨幣の信頼で面白いのが、オーストリアの金貨です。本国ではとっくに発行をやめたハプスブルク帝国の金貨が、アフリカ東海岸から中東にかけて長いこと通用したことがあります。

 信用、信頼……「信」……それは何でしょうか。論語で孔子は、軍備・食料・信が大切だと言い、どれかをあきらめるならと言われれば軍、さらに食すら捨てました。生命よりも信が大切だと。

 神風特攻もさせる、生命より上の、国家・軍に対する忠誠……国家を形成する「信」、それと貨幣は密接に結びついています。

 国が信を失えば、貨幣も価値を失います。

 貴金属や宝石の価値の高さ、それには宗教・魔術の面も強くあるでしょう。神殿の類は貴金属や宝石を多く使います。

 大航海時代のスペイン・コンキスタドールの黄金に対する妄執は、単なる物欲だけではなく黄金それ自体の魅力もあるでしょう。

 また皇帝の顔を刻印した金貨、それは今の日本でよく売られる、金メッキの小さい仏像が入ったお守りに似ていないでしょうか?

 魔術護符としての貨幣、また中国の紙銭……紙で作り死者に捧げるために焼く模造貨幣……も貨幣の世界では相当重要な話です。

 

 

 貨幣・税というものは、『負債論』にもあったように、奴隷と直結します。税や借金が。

 貨幣の本質的な意味の一つに、税を払う手段があります。税務署から納税通知書が来たので金地金を持って行ってもダメと言われるでしょう。日本円しか許されません。あらゆる税金がそうなります。

 古代ローマの法では借金を返せなければ奴隷とするのは当然でした。また近代と言っていい時代でも、借金を返せないと債務者監獄=刑務所に入れられ、とんでもなく残酷なめにあわされます。

 中国や日本でも、法がどうあれ、税がきつい~借金する~奴隷や小作人になる、が自然な流れであり、それで荘園や不在地主が増えていったものです。

 東西を問わず、貴族が多くの土地を手に入れ、多くの農民を従わせるのは、税を取る国などから守るということもありました。どちらにしても奴隷なのですが。

 

 税や借金を払えなければ奴隷、も普遍的……でも、結果あらゆる人が奴隷になったら?

 悪い意味の焼き畑と同じ?ある地域がダメになったら別の地域に行けばいい、ある地域の人々を奴隷化して全滅させ、別の地域に行けばいい?

 それが文明の衰退でしょうか?

 強い地主ができれば、それは軍事力も手に入れて反乱予備軍となります。

 

 また、ゴールデンバウム朝は民の多くを奴隷化しつつ急激に人口が減る……多くの連邦民が反逆・共和思想やその連座で流刑囚とされ、また門閥貴族が多くの農奴を酷使する……

 奴隷は常に新しく入れなければならない、繁殖しにくい/繁殖可能な生活水準だと損益分岐点を切る、という経済構造だった時代・地域もあります。伝染病もありますが、先住民があっという間に減っていったコロンブス後の中南米とか。あるいはベルギーがコンゴを支配してやらかしたときとか。

 中南米では常に新しい奴隷を必要とした、先住民・三角貿易という安い奴隷が大航海時代・産業革命~近代・資本主義を可能とさせた、ともいわれます。

 死亡率が高い残忍な奴隷制は、技術水準が低くても、非常に大きな富を作り出すようです。

 ひどい搾取になる必然的な理由は、短期間で死亡する仕事が実際に多いこともあります。また新大陸・熱帯など、伝染病が多いこともあります。

 鉱業は坑道崩落もありますし、ガス爆発もつきものです。鉱物の化学物質で汚染された水、粉塵の空気などがあります。

 売春は性病。

 熱帯での農業は蚊による伝染病。

 どれも今は、鉱業ならマスクとゴム手袋、売春は検査とコンドーム、熱帯農業は防虫剤と水たまり潰しなどで防げますが、当時はそんな知識がない。

 そのような、死亡率が高い状況はそれ自体、奴隷の扱いが残忍になる理由にもなるでしょう。

 残忍な奴隷、極端に下層の生活水準が低い経済になってしまっている作品も『真紅の戦場』や『ヤマト』の白色彗星帝国、『ガンダム』の宇宙世紀、『彷徨える艦隊』のシンディック、『航空宇宙軍史』など多くあります。『火の鳥』も復活編など未来の宇宙開拓時代では植民惑星の生活水準が非常に低いことが感じられます。

 それは労働力に価値があるからですが。

 

 

 人を奴隷にするときには、奴隷を支配する地主が反乱予備軍になる、以外にも人を奴隷化すると価値が低下するという根本的な問題があります。

 鍛冶屋が金槌を持っていれば大きい価値がある。

 鍛冶屋を鉱山奴隷、金槌を地金と薪にしたら、その合計はとんでもなく低い価値になる。

 ユヴァル・ノア・ハラリが繰り返し書くことに、中国がシリコンバレーを征服してもシリコン鉱山はない、価値は人の集まり・知識にある、があります。

 しかし人は、損をしてでも征服と奴隷化を好むのです。鍛冶屋から金槌を奪うことを。

 建築物や本を焼くのも。畑を荒らすのも。まして灌漑設備を破壊するという愚行の極み。知識を、都市や図書館を破壊し、人を虐殺し奴隷にすることをとても好むのです。

 世界そのものの価値が大きく低下するのに。

 そうなるともう、経済合理性ではなく、軍事的な感情や宗教的使命などが目的になってしまっているのでしょう。

 また、奴隷を残酷に使い捨てるのがもっとも、いや唯一利益を得られる方法である……前に検討したように、利子を払える唯一の方法でもあるのでしょう。

 

 生物、生命などを使い捨てるのもそれに似た構造があります。

 鉱物資源は本質的に枯渇するものです。

 大型動物は絶滅しやすいものです。生まれてから子を産むまでの時間が長く、一度に産む子の数が少なく、子が育つまでに必要な水や食料が多いので。それこそrではない、K戦略繁殖だから。

 人類はわずかな利益・貨幣のために、無造作に多くの動物を絶滅させてきました。リョコウバト、オオウミガラス、ステラーダイカイギュウ……幾多の悲劇があります。

 多くの土地も荒廃させてきました。

 利益を前にすると良心を失う人間の姿も、ハラリなど多くの形で告発されています。利益も、人間にとって強力なバックドアになるのです。

 

 奴隷の使い捨てが不利益になる、で思うのが、税が重すぎても取る側にとっても不利益になりかねないのでは、という疑問です。

 江戸時代の日本でも、農民の逃散という形で重すぎる税から農民が逃げ、領主が損をしたことがあります。

 産業が栄えられないほど税が重くなれば、それこそ税収は減るのでは……

『銀河英雄伝説』で同盟の経済成長が鈍ったのは、戦争の負担のためともされます。他の多くのSFの世界でも。

 特にそれが愚行に思えるのが、『ガンダム』宇宙世紀、『航空宇宙軍史』『月は無慈悲な夜の女王』など重税植民地型の世界です。

 それは、それこそ『負債論』で告発されるマダガスカルを始め多くの途上国の債務からも感じます。

 

 貨幣、利益は、人類にとってかなり至上と言っていい目的・動機と言えます。

 SFでも多くの人物は貨幣を求めて冒険に出ます。傭兵や暗殺者などは貨幣が戦う理由となります。『銀河英雄伝説』のヤンも年金のためだと公言し、ファーレンハイトも食うためだと言います。

『スタートレック』では貨幣のかわりに、何か創造したり発見したりすることが動機になるとされます。

 貨幣を目的にすることは、宗教や戦争、国家、反共などと違い、それ自体が本質的に権威主義から反科学になるわけではありません。ただし資本主義と科学の進歩の関係はやや怪しいものがありますが。特に独占巨大企業もイノベーションを抑圧することが。

 

 

 税についていくつか付け加えます。

 税には、献上の面もあるでしょう。神にいけにえを捧げる、宝物を奉納する、という儀式はとても普遍性があります。

 暴力的な男子集団は、富を上位者に献上させ、上位者がその富を下に分配する、という構造が普遍的です。それこそ武装集団、帝国の最初もそうして始まるものです。

 古代ギリシャのアテネ帝国は、各国が神殿に貴金属を預けて共同防衛に使うことから生じました。

 江戸時代の日本でも、各地の美味しい物などが将軍に献上され、それ以外の売買消費が禁じられました。

『現実』の中国は伝統として他国との交易を、朝貢、劣った文明の国々から優れた文明(中華)である中国皇帝に貢物を献上し、それに対して温情として貢物より価値が大きい贈り物を与える、という貿易しか許しませんでした。それが近代において、西洋諸国と争いの種になりました。

『ヴォルコシガン・サガ』では、貴族が皇帝にさほど価値がない物を捧げる儀式が描かれています。

『タイラー』では、捕虜となったタイラーは皇帝アザリンにペットとして献上されました。

 

 税はフランス革命、フランスやスペインの歴史でも様々な興味深い面を見せます。

 フランス革命の大きな動機に塩税があるとされます。

 塩税は世界史的に普遍的です。歴史の大半で、人口の大半は自給自足の生活を送っており、食物も服も家具も多くは作れます。しかし食物を保存し冬を越すためには、塩が必要になります。その塩は出る場所がとても限られるため、管理し税を取るのが容易です。

 中国でも『水滸伝』や塩商人の反乱が多くあり、近代日本でも最近まで塩の専売制があり、イギリス領インドではガンジーが塩を作ることで抵抗を訴えました。そして革命前のフランスでも厳しい塩税があり、それが恨みとなって革命につながりました。

 他にも近代日本でも重要な財源だった酒やタバコなど、とても多くの必須で管理しやすい商品が専売とされ重税を課され、違反者を厳しく罰するものとなります。

 むしろ、何を作り何を売るのも、すべて「特権」がなければ許されないことなのです。

 

 フランスやスペインとイギリスの違いに、免税特権・売官制があります。

 貴族などが王に金を出し、そのかわりに特権や仕事を得る。

 ただそれは、王は一時金を手に入れることができますが、長い目で見ると税を取れる人や土地や産業を失い衰退していくことになります。王が座るときの足乗せを用意する仕事のようなバカバカしい高給仕事が多数できれば財政破綻になり、いい投資ではなく、人材も無駄になります。

 ゴールデンバウム帝国にはその面はなかったのでしょうか?カストロプは膨大な金を集め潰されましたが。

 

 近世のスペインと言えば、普通ではない収入も重要です。スペイン王室にとって、新大陸の金銀は特殊な収入であり、それゆえに好き勝手に戦争して衰退しました。

 ラインハルトが手に入れた門閥貴族財産もそれに近いものではないでしょうか?

 関税も普遍的に、政府が手にすることができる財源です。塩税なども。

 ただし関税が多い、昔のライン河のように多くの貴族に分割され下るまでに何度も税を取られるようでは交易自体が衰退します。交易の衰退、海賊山賊は巨大帝国・文明が衰退崩壊する典型的な症状です。

 フランス革命などの近代化は、そのような小さい領土ごとの関税をなくす効果もあります。

 

 ラインハルトが同盟に勝った、バーラトの和約には安全保障税があります。それは高すぎれば同盟の産業が崩壊することにもなったでしょうが……

 同盟は、軍備の多くを廃し、軍人の多くは安い年金で解雇するかわり、新兵訓練で新しい服と靴と艦艇を買う必要がなくなりました。

 国の支出が減り、工業需要も減りました。それは財政をどうしたでしょう?

 食べる口自体は減らなくなりました。敗戦前ですが、労働力が欲しいと民間からの声もありました。解雇された軍人が民間に行きわたり、問題となった交通の不具合などもよくなったでしょうか?

 同盟で、戦中は労働力不足に不満があった=自動化はされていません。自動化できる技術自体がないようです。

 

 安全保障税のようなことが、敵国を貶めることが目的になることもあります。

 第一次世界大戦後、フランスがドイツからとんでもない額の賠償金を取ったのには、ドイツが二度と戦えないように工業化できない、貧困な農業国におとしめるという目的がありました。

 第二次世界大戦後、アメリカなどは日本も貧困農業国として再工業化を防ぐつもりがあったそうです。ソ連との冷戦で予定は変更されましたが。

『銀河英雄伝説』では、自由惑星同盟の生活水準、産業水準はどうするのか……それこそ安全保障税の税率だけでもそれを変えられるのです。

 

 またラインハルト死後、ヒルダら帝国中枢、もしかしたら皇帝家自体が(スペイン王家が新大陸からの金銀を独占するように)安全保障税・貿易関税、もしかしたら塩税や酒税を独占するでしょう。

 それが、リップシュタットで没収した貴族財産の続きになり、帝国平民・農奴層の生活水準向上の原資となる~ひきかえに帝国平民・農奴層の支持になる、それでうまく回るでしょうか。

 

『星界』シリーズでは、アーヴによる人類帝国は星間交易を支配して繁栄しています。惑星表面での人の活動には干渉せず。

 

 変わった税として、少し上述ですが『禅銃』では軍は独立をたくらむ国に、天才を税として出せ、と命じました。

 古代中国では、租庸調、食料・布・労働力が税でしたが、それこそ人や家畜を税としたほうが濃縮されていて費用対効果が高かったのでは……

『スコーリア戦記』の、サディストである貴族が下層の人々の中から人を選んで拉致し拷問して楽しむのも、ある種の税と言えるでしょうか。

『最果ての銀河船団(ヴァーナー・ヴィンジ)』でも権力者の一人は、人を拷問することを必要というほど好み、上の人に与えてもらっていました。

 

 

 税とは少しずれますが、歴史の中では、富が大きく移動することも多いものです。

 ヒトラーはユダヤ人などから膨大な財産を没収しました。

 宗教改革では教会財産が没収されました。それが近代国家の原資ともなったと言われます。

 民族浄化の主な動機は、常に敵とされた民族を皆殺しにするか住む土地から追って、支持者に土地財産を分配することにあります。

 それこそ北アメリカやオーストラリア、南アフリカなどでは、白人は容赦なく先住民を、殺すでも追い出すでもとにかく土地から消して、仲間に分配しました。

 

 近代国家における税の使い道にはインフラ整備、教育、科学研究なども重要なのですが……

 古代帝国でもインフラ整備、道路や港湾、運河や用水路などは常に重要です。

 巨大な神殿を建設し聖職者が贅沢することにも使われますが、同時に天体観測を維持し、暦を精密にすることにも使われます。

 

 

 貨幣、特にバブルについて調べていると思うのですが、バブルの歴史では不動産の重要性が目立ちます。

 それは、特に宇宙SFでバブル経済があるときに矛盾になる可能性があります。

 近代以降、多くの経済危機に土地があります。土地に資金が集中し、土地価格が暴騰し、土地が担保となって大きな借金が生じ、土地が暴落してその借金が不良債権と化します。

 日本の1990年代バブルでも、2008年のアメリカサブプライムでも。

 土地は担いで逃げられないから徴税の基礎、最良の担保になります。

 また近代日本は、地租改正という形で土地の農業生産と貨幣経済をくっつけて税としました。

 土地の希少性。『ヤマト』でガミラスがわざわざ地球を攻めたように、それほど惑星、土地が希少であり価値がある、と。

 しかし、未来技術では土地は容易に実質無限にできます……スペースコロニー。

 いや、『現実』でもメガフロートや、砂漠に海水淡水化で水を供給する……エネルギーさえあれば……ことで、土地は事実上無限大にすることもできるでしょう。それがタブーであるかのようにやらないというだけ……太陽光・風力発電が石炭より安くなるというのが本当だったら、砂漠の土地を通じて世界経済を破壊する可能性が……

 

 人は土地があって初めて生きられる、が今のところ『現実』でも当たり前の現実の真実です。

 筆者個人は、イエローストーンなど超巨大火山を考えれば、地球の陸地で農牧業をやって食べていること自体がお花畑だと思っていますけど。できるだけ早く、核融合炉の電力で水と空気をブドウ糖やアミノ酸に変え、それで細胞を培養して神戸牛を米より安くすべきだと思っています。その前の段階として、海水に肥料を混ぜて日光を当てて藻類を養殖し、ろ過してナマズに与える、と。海水で育つ稲でも。

 都市だけでも、ある程度土地のない人を可能とします。いや、貨幣そのものが、土地・親族集団から離れた人を可能にしたのです。

 とても広い土地を、普通の所有とは違う感覚で使うのが遊牧民です。だから常に、農業帝国とは争いになります。遊牧民、また「無主の地」、土地私有の概念がない原住民たちもあり、それも農業帝国とは不倶戴天となります。

 農業帝国の人の管理・税の徴収のためには土地と人の一対一対応が必要です。中国文化圏、今では日本と台湾に限られますが、戸籍はその極端なものです。

 近代の国際法を見ると、国家というのは土地と人からなる、と定義されています。

 宇宙開発やスペースコロニーはどのようにそれを破壊するでしょう?メガフロートは?ドラえもん式の「タンスに張ればドアの向こうに大陸」は?さらにもっと上の技術になったら?

 そしてプランテーションと「土地を奪う」の関係は?土地を奪って自作農になる文化とプランテーションにする文化?プランテーションと奴隷の歴史、農奴の歴史、それ自体もっと知るべきでしょう……焚書の歴史同様嫌な話ですが。

 

 また、歴史の上では農業が重要すぎる、穀物があまりにも売れる商品であることも重要です。

 ソ連も中国も、膨大な人を餓死させて穀物を輸出し、それを原資として近代化を進めました。産業革命の時代には、東欧は膨大な穀物を輸出しました。アイルランド飢饉も、膨大な麦を地主が奪って本国に売り小作人を餓死させました。その構造は普遍的にあります。

 といっても、それは交通が発達していればです。中国のように水路がいきわたっているとか、エジプトのように河に流されて下り帆を張って上ればいいとか、近代的な船ができるとか。

 交通が不便で穀物を運んで売ることができなければ、飢えた地域を助けることも、農村を飢えさせて穀物を売って機械を買うこともできません。

 

 歴史の大半で、生きている人の大半は小規模農民(小作人・農奴?)であることも、何度も言いましたがしっかり理解すべきでしょう。『銀河英雄伝説』では未来であってもその状態であるように感じます。焦土作戦で容易に食料を運び出せてしまうことなど。

 食料、穀物の特徴の一つが、収穫時期が限られるのでその時にまとめて奪えることがあります。だから税になりやすく、だから権力者が好む……

 悪く解釈すれば、例えばサゴヤシのような作物はそれゆえに権力者に嫌われる、があるかもしれません。

 農業の本質の一つに、労働が必要とされる時期が限られることもあります。今もアメリカでは、メキシコからの不法労働者がいなければ果物の収穫ができない、と騒ぎます。水田稲作でも、田植え・稲刈りの二つに圧倒多数のマンパワーが必要とされます。

 それもいくつかの作物でですが、巨大機械農業が壊しています。

 都市化、小規模農民が都市に出て働く世界的な人口の流れがどう世界を変えるか。それは多くのSF作品でもある動きでしょう。それこそ、『銀河英雄伝説』の原作後、自由惑星同盟の技術が流入した帝国の旧貴族領でものすごい人口流出が起きる可能性もあります。

 

 穀物生産に限れば、『銀河英雄伝説』の同盟と帝国の生産量は次元が違うはずです。総生産も、一人当たり生産も。

 特に、「氷小惑星に穴を掘る」が容認されさえすれば。

 宇宙戦艦を作れるのに巨大コンバインが作れないはずはないのですが。

 そして一人で何億人分も穀物を作るのは容易。

 穀物は、最大の富。人口にもつながる。同じやり方で繊維材料も。

 帝国は人件費が安いけれど、超大規模巨大機械露天掘り、超大規模コンバイン農業などがあれば追いつけるはずです。

 そうならない、たかが二倍の生産性比でしかないことが、『銀河英雄伝説』の特におかしいことです。

 

 貨幣は常に、土地と穀物と結びついている……そう考えるべきでしょうか。

 

 何を税とするか。穀物そのものが税にしやすい、だから穀物栽培生活が強制された、という考えも最近よく見ます。一つの時期に収穫して倉庫に積む、だからそこを襲えばまとめて奪えるし、それ以外の食料入手が無理なら生殺与奪を奪える。ついでにどの時期でも焼くと脅すことができる。

 ただし、上述のように税を穀物とすると運搬コストが大きくなります。

 羊毛や綿花も税にしやすいと言われ、重要な税収でした。

 酒やタバコも。

 貴金属貨幣や紙幣はそれらの問題に対するいい答えだったのかもしれませんが、同時に多くの問題が出てきます。

 

 

 

 貨幣には、権力とつながるという性質もあります。

 金があると権力が増え、権力は金になるの循環。

 権力を持つ人がやる様々な仕事が、そのままもっとも儲かる仕事でもある。逆にそれ以外で金を得ることが事実上不可能にすらなる。

 また貨幣だけだと、権力に潰されます。いつでも一族全員死刑・全財産没収になります。

 権力抗争の大きな動機ともなります。相手の財産を奪うこともできることが。

 

『彷徨える艦隊』のシンディックは、スターリン時代のソ連のような恐怖帝国ですが、何もかもが金で動きます。

 賄賂であらゆることが動き、また星系内で味方の軍艦を修理する民間企業が、無駄な費用になるからと逃げてしまいます。

 だからこそ人は強く貨幣を求めるのでしょう。貨幣で権力が買えるのなら。

 今は、貨幣で軍隊は買えないようですが、それもいつまででしょうか?今のアメリカでは権力が理不尽に超金持ちから財産を奪うことも、超金持ちが軍を作って反乱することもないようですが……歴史的にはそれは異例です。実際問題中国やロシアでは多くの金持ちが財産を没収され粛清されています。

 

 

 貨幣経済を呪う声も歴史的に多くあります。イエスも全財産を捨てなければ神の国には入れないと言い、インドも全財産を捨てることを常に要求します。

 だからこそ、SFでも貨幣のない世界を夢見る人たちがいます。

 貨幣に苦しめられている人が多くいるからです。貨幣が可能にする無限の欲望が、ばかげているにもかかわらず人を、呪うように暴走させてしまうからです。

 しかし、貨幣経済なしに、貨幣という報酬なしに、膨大な兵器生産、新しい兵器を開発し世界をより理解する科学技術の進歩が可能でしょうか?大人口が生きるだけの食料を生産し、医学水準を保つことさえも?

 もちろん、集合精神型の異星人は貨幣という報酬を必要とせず、それを理解しません。しかし集合精神型の異星人は、本当に進歩できるのでしょうか?

 上述のように、貨幣、それも借金と利子は、多くの人の力を集めて一人ではできない事業を行う、という面もあるのです。宗教や軍隊もできますが、いやそれと深く絡み合って。

 

 ただ、国・人間社会というのは、戦艦を作るためだけにあるのではない……孔子は信なくば立たず、イエスは人はパンだけで生きるものではない、と。

 でも戦艦がなく皆殺しにされれば……

『火の鳥』が否定する人の欲望。でもそこを突き詰めても、どうしようもないジレンマばかり……



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貴金属・侵略

 貴金属の性質。これは『現実』の地球人の歴史にかなり大きい影響を与えています。

 貨幣の歴史も、貴金属の性質があるからです。もし、現実には存在しない、色々な性質の金属、いや元素があれば、それだけでも歴史は大きく違ったことでしょう。

 もし『宇宙のスカイラーク』のX金属や、ファンタジーのミスリルやオリハルコンがあれば。その性質、精錬に必要な技術水準、どの程度多く手に入るか、などでも違うでしょう。

 

『銀河英雄伝説』でも貴金属があったことが大きい……門閥貴族財産が公債・預金・株式ばかりだったら下手をすれば帝国全部紙切れになっていたでしょうが、金銀や美術品は価値が残り、それがラインハルトの原資になりました。

 何度も述べたように本来おかしい、原子番号転換技術がなくても小惑星を蒸留するだけでも貴金属も無尽蔵なはずなのに。

 

 貴金属……

 金銀。

 貴金属に準じる銅、水銀。

 プラチナやイリジウムなど。

 錆びる鉄と違い永久的に保存できる。焼かれてさえある程度は回収できる。

 体積当たりの価値が高く、貨幣の情報面が無価値になる異国でも普遍的に価値がある。だから亡命しても富を持って行ける。

 

 金、ゴールドは最古の金属と言われます。砂に含まれる自然金が焚火に触れるだけでも奇妙に液体になり、また固まるものです。

 刃物になる強度はないですが、もっとも容易に入手精錬でき、もっとも美しく、耐食性も最高水準・事実上永久。

 近代工業でも接点などに使われ、電子機器のゴミは優良鉱山以上に金が含まれると言われます。

 

 銀もそれに次ぎ、量もかなりあります。叩けば加工硬化で刃物として使えます。食卓用のナイフフォーク・食器にもなり、銀の弾丸の伝説もあります。長期間大気中に置けばわずかに変色します。

 電気・熱とも伝導率が最高、高級イヤホンのケーブルのメッキにも使われます。ヒ素化合物と反応するので毒殺対策になるし、殺菌能力もあります。それも護符、魔術的な価値を高めたでしょう。

 

 銅。貴金属に準じますが、古代現代問わず文明の主要金属と言えるほど、採掘量も使用量も多い金属。現在であっても電線、モーターのコイル、その他多くの銅が使われ、銅がなければ近代文明は不可能の域。

 青銅時代、武器など多くの用途に使われました。祭具、呪術宗教用途でも、中国の鼎(かなえ)や日本にも伝わる銅鐸、旧約聖書でも巨大な銅水盤などが伝えられます。日本の東大寺大仏なども銅です。

 錫(すず)と合金にして青銅にしなければ、武器やある程度以上の道具にはなりません。錫はイギリスのコーンウォール、マレー半島など極端に分布が限られる資源であり、長距離交易や戦乱につながりました。

 また、青銅は火器の歴史でも重要、青銅は鋳鉄よりも多くの時代・場で使われました。寺院における鐘の鋳造技術が大砲に結び付いたことも興味深いことです。

 

 水銀。室温で液体という奇妙な金属。

 猛毒でありながら、洋の東西を問わず錬金術の中核となり、不老不死の薬とされ、かえって寿命を短くします。鉛もそうですが白粉にもなり、王族の乳幼児死亡率・精神疾患率をどうしようもなく上げてしまいます。

 辰砂、朱という重要な顔料であり、絵画美術には欠かせません。

 使いこなせば金銀の精錬に役立ちます。スペインは本土に水銀鉱山があり、それが枯渇したらメキシコにも大規模水銀鉱山が見つかり、ポトシ銀山の銀の精錬を助けました。神の悪意を感じる配置です。当然重要な専売物資とされました。

 水銀の性質は錬金術という古代の科学になり、占星術や一般の魔術とも密接な関係を結びました。

 占星術が天文学や数学を産んだように、錬金術から生じた化学も多くあります。

 錬金術は、西洋における賢者の石の伝説や中国の神仙・道教との関わりもあり、不老不死とも密接に結びついています。

 また、近代に近いドイツで、錬金術師を領主が脅して磁器の製法が生じ、マイセンという巨大産業が生じたことも特筆すべきでしょう。

『火星航路SOS/惑星連合の戦士』では水銀蒸気を用いて真空を得よう、と、星では手に入らなかった水銀を求め、主人公は宇宙に旅立ちます。

 

 プラチナなどは近代にならなければ使えなかった素材です。

 中南米コロンブス以前にわずかに利用されていたことがオーパーツに関連して知られています。またスペインが大量に入手し、使えないと廃棄したことも知られています。技術が低ければ本当は価値が高いものも無価値になるのです。

 触媒などきわめて多くの用途があります。また他の貴金属は高温高圧に耐える素材などとしても重要になっていきます。

 

 貴金属ではないとされますが、鉛やヒ素も金銀鉱山と縁が深いものです。

 

 

 今の人は、現在の金鉱業がイメージの中心になっています。ロシアと南アフリカが大半。

 ですが歴史的には、現在は金銀産出がない多くの地域が、大量の金銀を産出しました。

 

 歴史の初めである、エジプトや中国も古代では膨大な金が得られました。特にヌビアの金はギリシャローマ関係でもたびたび出てきます。

 スペイン本国もローマ帝国史では莫大な金銀鉱山として知られます。

 コロンブス以前には、ドイツなどに多くの銀鉱山がありました。だからこそ金銀を掘る技術が残っていたのです。

 ギリシャが歴史の中核の一つであった理由に、かなりの規模の銀鉱山があったこともあります。奴隷を用いたその大規模採掘とそれによる貨幣、神々に捧げた貴金属の量など、多くの話が伝わります。

 アフリカにも古来膨大な金があり、アフリカから中東に来た女王の伝説もあります。サハラ砂漠を越える大交易も昔から細々と続いています。

 

 日本もかつては莫大な金銀産出国でした。銅も莫大です。

 それらは日本が近代化し列強になったことにもつながる財産でした。

『火の鳥』でも鳳凰編で描かれる東大寺大仏は東北地方で見つかった金でメッキされ、また乱世編の義経がかくまわれた奥州藤原氏の栄華も砂金によります。

 そして戦国後期から江戸時代。武田信玄は甲斐の金鉱山を開発して甲州金を作って栄え、それが枯渇すれば今川を滅ぼして駿河などの金山を新しい技術で開発しました。

 中国地方の石見銀山が重要な争点となり、まず豊臣秀吉が全国の金銀鉱山を得て膨大な黄金を手に入れ、それを使って金の茶室など自らを飾り、膨大な軍資金にもしました。

 金銀鉱山を引き継いだ徳川家康も、大久保長安という才能と西洋の技術を使って膨大な金銀を手に入れ、それこそが天下統一と維持の元となる力でした。

 江戸時代の間も、日本は莫大な銀を産出しては中国に輸出しました。実はその貿易を仲介することでポルトガルやオランダは莫大な利益を上げました。それによってこそ、ヨーロッパ諸国はアジアに関わり続け、後の征服の足がかりともしたのです。

 コロンブスの出帆そのものが、マルコ・ポーロ描く黄金の国への渇望からだったことも忘れてはならないでしょう。

 

 技術の進歩によって、それまで鉱山でなかったところも鉱山となる、ということが何度も起きていることもわかります。足尾銅山も明治時代に本格稼働しました。

 おそらく、新しい土地を無理な戦争で獲得するより、技術を高める方が資源も利益も得られることは多いのではないでしょうか。

 日本が権利を持つ海底も海水も、利用できれば膨大な金銀を含む資源があることも知られています。

 

 コロンブスの新大陸到達は、まず金銀と奴隷の入手になりました。それ以外の富が目に入らなかったし、船で運ぶこともできませんでした。

 何よりも金銀、それ以外は存在しない……せいぜいブラジルの語源となった染料が得られる木。もったいない使い方としか言いようがありません。

 人類史上最大級の悪行、かつスペインの国益を考えれば史上最大の愚行の一つと言えるポトシ銀山の莫大な銀。それは世界経済を大きく変質させました。

 ポルトガル領だったブラジルも膨大な金を産出しました。

 フランスのジョン・ローとイギリスの南海泡沫事件は、フランスやイギリスが入植した新大陸に、スペインが手に入れたのと同じように大量の黄金があると誰もが思ったことからバブルが膨らみました。逆説的に、すぐ手に入る金銀がなかったからこそ、入植者は真面目に……先住民を皆殺しにして……働き、豊かな国を作り上げたのです。

 そしてカリフォルニア、オーストラリア、アラスカ、と新世界で次々とゴールドラッシュが起き、そのたびにその地域に港湾・都市などインフラが作られ、金が枯渇してからも豊かな都市文明が栄えることが多くありました。

 さらに南アフリカの金はボーア戦争という、イギリスにとって大きな変曲点につながりました。

 ロシアの拡大も、毛皮だけでなく金銀も重要な要素でした。

 

 

 新大陸にはほぼ確実に金銀がある、それで侵略が好まれる……

 金は、他の金属と違って酸化していない自然金・砂金が多くあります。

 それは川の流れが長く大地を削ると、ほぼ普遍的に濃縮されます。

 人がいない新大陸に到達したら、とりあえず河口の砂で、時代劇であるように皿に砂を入れて水を入れて揺らして流すと、砂金を得られると期待していいでしょう。

 南極大陸も、氷河の影響と条約を無視すればそれなりの金があると期待していいはずです。

 さらに技術が進歩し、地図を作ったり鉱山探査技術者が山歩きをする余裕ができ、山奥に楽に行けるようになったりしても、次々と鉱山は見つかるものです。

 だからたとえ人がいなくても、探検と侵略は儲かる、と人は期待してしまうのです。

 人がいれば奴隷という富も得られる……イースター島の先住民を奴隷として全滅させ、文字も読めなくしたように。

 逆に、たとえば中国が樺太やオーストラリアを征服しようとしなかったこと……それは中国にとって、あるいは東アジアの海や地理について多くのことを教えてくれると思います。金銀と奴隷だけのために海を超えることはやらなかった、それほど難しかったか文化道徳の類があった、というわけです。

 

 また、文明がありそれを攻め滅ぼせば、神殿や王侯貴族が膨大な金銀をためこんでいるもので、それを手に入れられます。

 旧約聖書にも神殿の金銀銅宝物が膨大に描写されています。もちろんそれは征服で奪ったものであり、滅ぼされたら征服者の戦利品になったのです。

 アレキサンダー大王が落としたペルセポリス、オスマン・トルコが落としたコンスタンティノープル、スペインが落とした中南米両帝国……どれも膨大な金銀を征服者が手に入れました。

 さらに近代でも、ナポレオンやヒトラーは征服した国の金銀や美術品、債権を得ました。

 

 金銀の貨幣としての面を前回強調しましたが、現実には宗教や王侯貴族の贅沢による吸収も大きい要素です。

 現在の日本では金箔を入れた酒やアイスクリームすらあります。

 戦国時代に当たる時代には、中国は絹や磁器とひきかえに、メキシコ銀の多くをスペインから入手しました。後のイギリスも、茶という商品のためアヘンの前には膨大な銀を中国に払いました。

 また大航海時代に、スペインは新大陸の金銀を「屋根に降る雨のように」借金の支払いとしてイタリア商人に払い、それはイスラム帝国に、さらにインドに流れました。

 イスラム、そしてインド、中国。それらの国は莫大な銀を受け取って、まるでブラックホールのように消え失せた、という印象になります。

 多くは神殿の像や、富裕な貴族の備蓄となります。

 逆に征服者が文化財を破壊するのは、金銀を手に入れるためというのも大きいわけです。

 キリスト教やイスラム教、織田信長のような、神々に媚びず天罰を恐れず遠慮なく神殿を焼く征服者は、退蔵された金銀を市場に流す意味も大きいし、遠慮なく神聖な金銀を奪って味方、また市場にばらまいて軍資金にできるからこそ強いのではないでしょうか。

 さらにそれを一般化すると、「首都・大都市は略奪すると一番儲かる」とも言えます。

『ファウンデーション』では首都の大略奪があります。また「弱い皇帝と強い将軍」ジレンマは、首都こそが最も美味な果実である、ということも骨格とします。

『銀河戦国群雄伝ライ』では巨大陵墓を暴いて金銀を奪う暴虐がありました。

『銀河英雄伝説』では首都ではなく、門閥貴族の富がラインハルトの政策の基盤となりました。

 

 

 征服そのものの目的・損得をもう少し考えてみましょう。

 統治を考えず焼き尽くして金銀だけ奪ってあとは無視、とすれば、おそらくもっともコストパフォーマンスは高いでしょう。

 また長い目で見れば、征服した地によく機能する強い国を作って……アメリカのように先住民を皆殺しにして、が必要かもしれませんが……同盟交易すれば、イギリスのように大きな得をすることも可能でしょう。

 征服される国が農業国家であれば皆殺しにして土地を支持者に分配することもできるでしょう。

 古代ローマ帝国は農業が栄える国々を征服し、奴隷とした民ぐるみ土地を兵に分配しました。

 アメリカは先住民を皆殺しにし、移民に土地を分配して多数の自作農からなる社会を作りました。

 

 しかし、たとえば中南米を侵略したスペイン帝国は、金銀を手に入れるだけでなく、宗教も大きすぎる目的だったのです。また、威信も。

 経済的・軍事的な損得が、あまりにも少なかった。

 宗教……十字軍。キリスト教の最初、新約聖書に刻まれている、使徒たちに全世界に旅立って福音(『エヴァンゲリオン』の元ネタでもあるエヴァンジェリ)=グッドニュースを伝えよという命令。その発展、できるだけ多くの人を地獄行確定である異教から救い出してキリスト教に改宗させよ。だから金銀だけ奪って放り出すことなどできませんでした。

 威信……フランス革命前の、特にフランスとスペインは、威信を求めて膨大な無駄な戦争をしていました。

『タイラー』の『無責任カルテット』でブラック・セラフィムが改宗させるために征服を繰り広げ、また『無責任三国志』の時代ベルファルドの国が営業の名で征服したことも思い出します。『叛逆航路シリーズ』の併合も。

 その後、新大陸、特にメキシコ湾諸島はスペインにとっても、またフランスやイギリスにとっても、砂糖という大きい役割が生じました。

 それ以前、地中海の島や、大西洋にあるカナリヤ諸島などの征服でも、スペインはサトウキビ奴隷農場という商売モデルを身につけていました。

 プランテーションは先住民が伝染病で死に絶えていったら、黒人奴隷を用いることにもなりました。

 砂糖産業はさらに木綿・タバコ、ジュートやコーヒー、後にはゴム、バナナ、アブラヤシ、大豆と西洋の産業革命、そして豊かさ革命に絡んでいきます。

 

 

 昔からの征服の理由に、安全のためも小さくないでしょう。

 

 緩衝地帯を求めて、もよく見られる征服戦争の理由です。

 国境があるだけでは、国境から自国首都までの距離が迎撃距離となり、そこを走り渡られたら落ちる。ついでに自国領が戦場になれば虐殺・略奪・奴隷拉致・放火などで大損する。

 国境を壁・長城にすればそれなりに楽になるが、それも費用が掛かるし、いつ抜けられるかわからない。

 国境が線ではなく、横断に何日もかかる荒野の帯であれば、敵の動きを感知して国境で迎撃できる。

 それこそ『現実』の38度線は要塞の面があると同時に、普通の国立公園では不可能なほど自然に満ちた非武装地帯として何十年も保たれています。

 特に緩衝地帯を求めるのがロシアの伝統的な戦略です。スラブ=スレイブ=奴隷、モンゴルやイスラム帝国に襲われ奴隷として連れ去られてきた彼らは、モンゴルからも、また黒海周辺・黒海とカスピ海の間の地域・ポーランドなどを、緩衝地帯として勢力圏に置きたい、と際限なく征服します。

 また征服したのちも独立させまいと激しい武力弾圧を続けています。それは結果的に際限のない征服になってしまいます。緩衝地帯のはずが領土になれば、単に国境線が広がり、こちらの迎撃部隊の旅が長くなるだけという愚行になりますが……ロシアは止まることができません。

 日本はロシアの南下におびえ、満州や朝鮮半島を緩衝地帯にしたいと征服の手を伸ばして日露戦争につながりました。ですが日本も、緩衝地帯のはずの朝鮮半島や満州を欲張って開発してしまいました。

『銀河英雄伝説』では、イゼルローン回廊周辺が帝国側・同盟側ともに広い緩衝地域となっています。エル・ファシルのような生活に適した惑星が低人口のままです。

 フェザーン貿易があるにもかかわらず、同盟のフェザーン回廊に近いウルヴァシーも開発が進みませんでした。それも緩衝地域だからという意味があるのでしょう。

 奪い合いもあり、奪い合いの結果の低開発・低人口が結果的に広い緩衝地域を作り出しています。

 実際、エル・ファシルのように攻撃されることもあり、帝国側も焦土作戦があるなど戦争の犠牲になりやすいため、開発水準が低くなるのでしょう。帝国側の辺境は元から帝国中枢から遠いこともあるでしょうが。……そういう地域が、軍需で儲かるのと、軍による略奪徴発で衰えるのと、どちらも大きくあります。帝国辺境はマイナスが大きいようです。

 

 その変形として、『孫子』に敵の食物を食うのがいいとあります。

 特にフランス革命以前のヨーロッパで目立ちますが、三十年戦争などでは傭兵が戦場や移動途中の地も荒らしまわりました。普通に戦費をもらってそれで食料を買って運ぶ、ということが不可能です……戦費の財政や貨幣システムの規模もないし、食糧輸送能力もごく低く、食料を生産し保存する技術も低い。

 だからすべて現地調達、略奪。暮らしている半自給自足の農村を襲い、多数殺し女は犯し、拷問して食物のありかを聞きだして奪いつくす。地獄絵図であり、それが当たり前でした。結果的にはものすごく人口が減ることにすらなります。

 そんな軍は、敵国味方国の区別などありません。だからそんな悪鬼が暴れるのは、敵国領土であった方がいいに決まっています。

 だからルイ14世15世も、スペインの王たちも、ひたすら攻め続けていたというのもあるでしょう。

『ヤマト』でさえ、最初の旅でビーメラ星で野菜を求め、雪が罪悪感に苦しんだりもしたのです。

 だからこそ『銀河英雄伝説』でも幾多の史実でも焦土作戦は有効であり、最初はそのつもりがなくても同盟軍は略奪者となったのです。

 

『三体』の暗黒森林説、別の文明が存在しているだけで危険であり、だから滅ぼしておく、が緩衝地域の思想の極端な形です。

『宇宙嵐のかなた』の、攻撃されたくないから、というのもそれでしょう。『楽園追放』も電脳権力者が、他者の存在そのものを容認しないから攻撃します。

 安全だけを考えれば、それこそ皆殺しにして砂漠にしてしまい利用もしなくてもいいわけです。できるのならば。ローマは廃墟を作って平和と呼ぶ、という言葉もあります。

 

 帝国主義の時代には、アフリカなどの土地……文明水準が低い人々がいる、熱帯伝染病もあり、交通も不便な広い土地が奪い合われます。市場、資源、素材農業、またライバル国に奪われるより前に、余剰人材のはけ口、などとして。ただ、その損得は常に議論になります。

 単に宣教師の情熱、「白人の責務」、ゆがんだ善意……近代という正しい生き方を押しつけるという、キリスト教の強制と何ら変わらない情熱も強かったのでしょう。

『老人と宇宙』『真紅の戦場』『宇宙兵志願』のような、地球では戦わず宇宙を奪い合う作品も近い。特に『老人と宇宙』では、少なくとも植民地から地球の老人よりけた外れに多くの新兵を産む、とはなっていないのです。

 

 また、損得をあまり考えない征服も多いでしょう。

『現実』でもイギリスのインド征服、スペインの中南米征服などに多くの損が言われます。それでも宗教、威信などによって、多くの国は征服をせずにはいられなくなります。

『叛逆航路シリーズ』の皇帝の征服も理由も意味もないものと言っていいかもしれません。

 

 群れをまとめるため、また自分の支持者に富・名誉・仕事・機会を与えるため、でも無意味な戦争・侵略はあります。

 ドイツとロシアで目立つのは、ドイツ系・ロシア系が迫害されているから助けるため、という口実での侵略です。帝国主義時代にはイギリスも繰り返し、行ったイギリス人が不当に殺されたから報復に、と攻撃し征服しました。

 

 

 征服の段階ややり方も多様でしょう。人の支配方法にもつながります。

 ロシアがトラウマにしているタタールのくびき。

 イギリスの教育。

 北アメリカの皆殺し。

 フランスや日本の同化。

 土地を奪い、誰に分配するか。古代ローマでは手柄を立てた将軍や兵士に分配、巨大な奴隷農場と多くのパトロン~クリエンテス、親分子分関係で生活も見てもらう有権者の世界を作りました。中南米では有力者が広大な土地を膨大な奴隷で耕しました。北アメリカでは移民に分配し、自作農社会を作りました。

 

 

『銀河英雄伝説』では、ラインハルトの征服がかなり丁寧に描かれています。

 フェザーンでは暴利は禁じるが統制経済にはしない。

 同盟では、裏切者であるロックウェルたちは処刑するがそれ以外には基本寛容、アーレ・ハイネセンの巨像を破壊するだけ。ロイエンタールが法を無視して腐敗を裁くことで民主主義の欠点を浮き彫りにして支持される。後にはオーベルシュタインの草刈り、ルビンスキーの火祭りと繰り返される大事件。

 道徳性が高いから支持される征服者……

『叛逆航路』では、残虐な征服と、その征服後の年月も描かれています。法と福祉に努力する人もいるし、同時に腐敗し被征服民を差別搾取する人もいる……そして被征服民は恨んでいる……

『星界の戦旗』でも征服の傷の深さが、アーヴ貴族の道徳の高さと同時に描かれます。

『ヴォルコシガン・サガ』でもコマールの恨みは底なしです。

 

 古代ローマもイギリス帝国も、またモンゴル帝国も、征服する時点では残忍な虐殺者・文化破壊者であり、それが安定してからは寛容で公平、道徳水準が高く見える感じがあります。

 残忍で邪悪な部分と、そうでない部分……

 ずっと残忍で邪悪なまま、という帝国は何があるでしょう?それはイデオロギーもあります、たとえば徳川幕府や日本明治政府は、立場によって終始悪の権化だったりもします。琉球の砂糖搾取があり、またアイヌの搾取は世界史的にも異例な、プラス面が皆無の残忍さだと司馬遼太郎が。

 基本的には、歴史の流れで負け組になったり、強い思想に憎まれたりすると悪の権化とされることになる、はあるでしょう。かといって、パルパティーン帝国もそうだと言えるでしょうか?

 ただ、例えばスペイン帝国はずっと植民地の先住民や混血は極貧であり、凄まじい格差と身分、暴力に苦しめられ続けました。独立してさえも。

 搾取・暴政は、単に「当たり前」という考えも今は強いです。現在の道徳で過去を裁くな、と。

 ですが、まず損得……無意味な残忍・極端な格差・まともな法がないことなどは、経済的にもマイナスになり、国力も下げてしまうことは?

 それとも、『現実』で民主主義であるアメリカが勝ったからそういわれるだけだ、膨大な資源と土地のおかげなのに、というだけでしょうか?

 結局のところ、どうすれば豊かで強くなるか。産業・科学・強大な軍にいちばん資する、いやとにかく全滅せず生き残るにはどうするのが正しいのか、ということになるでしょう。

 

 

 ただ、歴史全般を見回しても、「残虐性」というものの違いはある程度あると思います。

 それは進歩とは限りません。現在のウクライナ、最近のユーゴスラビアやイランであるように、残虐性の水準が大きく後退することもしばしばあります。

 特に、第一次世界大戦・第二次世界大戦で文明水準が高かったはずの列強諸国が史上空前の残虐行為の限りを尽くしたことは、西洋の知識人にも巨大な衝撃になりました。

『銀河英雄伝説』でのルドルフ前後の人命の軽さは、ある程度以前からでしょうか?シリウス戦役から、人命が軽い文化が当然だった?

『ガンダム』も多くのシリーズで極端に人命が軽く、残忍な人体実験も横行しています。

 

 人命が軽い文化、また極端に人命が軽くなってしまう歴史の流れも『現実』にしばしばあります。

 ペロポネソス戦争前後でのアテナイなどの皆殺し乱発が、それ以前と変わってしまった、と言われます。

 

 帝国主義も各地でおぞましい残酷さを見せます。

 近代においては、国家・民族という物語・ある種の情報伝染病が生じてしまい、民族浄化があちこちで発生します。

 フランス革命も膨大な虐殺があります。

 またスペイン……レコンキスタ、カナリア諸島、中南米征服も恐ろしい残酷さです。

 アメリカ・タスマニアなどの先住民撲滅も。

 そして共産主義という、人類にとりついた恐ろしい思想。ミーム、情報伝染病。

 反共でもインドネシア、チリ、韓国、台湾などで相当な数の拷問虐殺が行われています。

 経済的自由主義はそれ自体、アイルランド飢饉やベンガル飢饉、また多くの労働者の悲惨な労働を思想的に支持し、結果的に膨大な人を殺し拷問しています。

 

 基本的には、欠乏……貧しく飢えた人々は残酷になることが多いです。

 遊牧民帝国は極端に残忍、というイメージもあります。ただ、農業帝国も軍事行動になると残忍になります。

 

 征服そのものと、それがどのように残酷か……

『三体シリーズ』の無造作な暗黒森林攻撃のように、論理的な思考から、苦痛を最大化することを考えず、悪意ではなく理性だけで行われる無差別大量虐殺と、サディズムを前面に出す略奪強姦拷問の地獄はどう違うでしょう。

『タイム・オデッセイ』の遠距離攻撃も、圧倒的な技術水準で無造作に行われます。

『時空大戦』の昆虫型異星人のやり口……征服した異星人のメスの子宮に卵を産み、オスは刻んでメスに食わせて栄養が行き届いたメスの体が幼虫の餌になる……は、まさに身の毛がよだつ残忍さ。ですがそれは、生存と繁栄のための最も合理的な行動なのです。ちょうどハチがクモを正確に麻酔して運び、生きたまま幼虫の餌にするように。

『エンダーのゲーム』でバガーが、地球人一人一人かけがえのない遺伝子と記憶と人格があると知らず、人の髪の毛を抜いて刻んで分析するようにしたことが絶滅戦争につながったり、ペケニーノが学者を無麻酔解剖した事件が人類を揺るがしたりもしました。

『スコーリア戦記』では敵国の貴族がサディストであり、多くの人を残忍に拷問しています。

 逆に『星界シリーズ』ではアーヴは、惑星の征服と宇宙交易の独占は譲りませんが、地上の非征服民を虐待する欲はありません。

 

 規模そのものは小さくなっても、欲望のための奴隷化、また純粋に人の苦を楽しむサディズムも、そういう征服の悪と深くつながります。

 邪悪な権力者はさまざまな作品に出てくる使いやすい悪役です。

 ただ、本人の邪悪さよりも、忠誠のため、体制のために拷問・虐殺・搾取をする人も多くいます……『航空宇宙軍史』のイルカに対する残忍さも、サディズムではなく義務感でしょう。

 やられる側から見ればそんなに違わない、でしょうか?

 

 金、Au、原子番号79の、量子力学をはじめこの時空の物理学から決まる性質が、人類に征服の癖をつけてしまった。

『三体』では超光速技術がないことこそ、暗黒森林という究極の地獄を作り出した。

 サディズムのため、宗教のため、安心のため、善意で、膨大な地獄が生じてきた。

 何が悪のもとになっているのか……

 

 そして、ピンカー『暴力の人類史』『21世紀の啓蒙』、また多くの行動経済学・認知・脳科学など新しい人間理解は、この『現実』という地獄に対して少しでも救いになるのでしょうか?

 行動経済学などがあるにもかかわらず、9.11以降のアフガニスタン・イラクでのアメリカの愚行は、見事なほど「歴史で常にみられる通り」でしたが……



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身分・宗教

どうしても人種などについての言葉が多く出ますが、差別の意図はないつもりです。


 人類の社会を作っているのは、身分です。

『現実』の先進国にもある見えにくい、最大の身分は「性」と「成人」です。その延長に「禁治産」や「心神喪失」という近代法の重要な身分があります。「法人」も近代システムを支える身分です。

 SFは身分に、種族の違いがあります。『現実』における人種との対応関係が常にあります。

 

 身分や人種の話になると、人間の非論理性・非合理性がとても強く出てきます。

 逆に、身分がある帝国などの内在的な考え方・感じ方なども見えてきます。

 人間は合理的ではないところが多いですが、だとしたら何でしょうか?また一見合理的でなくても、それは進化してきた狩猟採集生活の先祖にとっては合理的だった、という進化心理学の観点もあります。

 合理に徹し、「天才は少ないがほぼ決まった率で出る」かつ「天才による進歩は隔絶した力になる」と考えれば、とにかく全員を教育するのが正解。さらに「戦場や市場には人の予測を超えた才能が生じる」も加えれば、もっと身分を無視するべき理由になる。

 

 古来、『現実』の人間は身分によって統治されてきました。

 洋の東西どころか、関係がなかったはずの中南米も栄えていた地域は、皇帝・貴族・奴隷・宗教・巨大建築の帝国でした。

 人を分ける。分類するという、人間の根本的な思考法。

 まず、「自分たち」と「それ以外」。多数の「自分たち=群れ」が集まって大きい帝国になります。

 普通なら、それこそ『三体シリーズ』の暗黒森林。どの「自分たち」も安心のためにも欲望のためにも、また神の命令としても、「自分たち」以外すべてを皆殺しにしようとします。また「自分たち」にその気がなくても、「別の群れ」がその気かもしれないので予防のために滅ぼしておきたい、となります。

 でもそうはなりません。

 ハラリがいうストーリー。巨大な物語で、多くの異質な群れ出身の多くの人たちが協力する。協力して征服し、治水建築を行う。

 法や宗教。

 また、以前も言いましたが『火の鳥 黎明編』のナギとニニギが見た蟻……皆殺しの方がさっぱりする。が、地球人、ホモ・サピエンスという種は、それが効率が悪い。

 働けるようになるまでの年月が長すぎる。『銃・病原菌・鉄』で様々な動物の家畜としての素質を分析し、ゾウなどは力は優れているしおとなしいが、成長までの時間と食料が多すぎる……ヒトも実は同じ。

 また、人類はストーリーを使ってあまりにも容易に服従させることができる。人を服従させることの喜びも大きい。

 だから、皆殺しより服従させることを好んでしまう。

 征服した他種族のすべてを幼虫の食料とする『時空大戦』の昆虫種族とは、生理が違う。考えてみれば蟻も、滅ぼした赤蟻の卵も幼虫も餌にできたから黒蟻はすぐに繁殖できた。

 ……南北アメリカの比較、皆殺しの元イギリス領と奴隷化混血の元スペイン領の対比を考えれば、皆殺しの方が得ではとも……正義感情ではどっちがひどいとも……

 そして服従させた人々の扱いとして、「劣る身分」として世襲で固定してしまうのが特に好まれる。身分を階段状ピラミッドのように積み、法制度と統合することで、統治がやりやすくなる。

 人を群れに分け、群れぐるみ上下を定める。その上下を世襲させる。財産の相続という、多く見られる自然な心理とも融合させる。

 

 別の「身分」として、生産・生活のスタイルもあります。

 たとえば農耕民と騎馬民族の違いは巨大です。

 また農耕帝国の中であっても、武人、宗教、学者、官僚、商人、工業(特に鍛冶)などもあります。

 水に関係する人たちも独自の身分、民族に近い集団を作ることが多いです。また鉱業なども。

 日本での、どこまで真実かわからない話ですが山で狩猟・木工などをする民などの話も。また芸能や忍者なども実質別民族という話があります。それは日本では、被差別部落民というとても卑怯な問題にもつながります。

 上述の棄民も身分といえるでしょう。

 身分というか人間集団には経済の面も大きいものです。

 近代社会であれば通貨で誰とでも買い物ができます。しかし、それは経済の例外的な面です。

 近代でも、企業間の素材や部品の売買は、取引と信頼関係がなければ、貨幣だけでは無理でしょう。

 同じ貨幣でも別の国の通貨では買い物ができません。国が崩壊していれば自国通貨でも買い物ができません。

 信頼関係のある群れの内部でなければ買い物や借金などはできないのが普通です。群れの壁を越えた交易や借金には特別な、ある意味通訳、壁に空いた門が必要になります。

 身分の高低はすぐに財産の多少に結びつきます。逆に金で身分を買うことも可能です。

 カースト制度は身分と職業の結びつきがとても強いものです。近代以前では普遍的なギルド、職業参入規制は、職業と身分を一体化させます。親戚などでなければある職業につくことができず、また職業で結ばれた人が連帯意識を持ちます。それは後には労働組合になったとも言えるでしょう。

 

 身分は法、国家制度としても重要でしょう。

 日本にも士農工商があり、維新後も皇族と華族制度がありました。財閥や寺も実質的な貴族となりました。地主という階級も重要でした。

 中国でも、古代ローマでも、近代ヨーロッパでも、さまざまな身分がありそれが歴史を作ります。

 ミリタリ系SFやその元となる海洋冒険小説などでは、イギリスにおける士官と兵~下士官の別、労働者と資本家の身分の別そのものが見えます。

 教育が違い、精神構造が違う。逆に抜擢されて上の身分になってそれでやっていくには、上の身分のマナーや思考法も身につけなければならない。

 

 身分でストーリー上特に重要になるのは、恋愛や結婚です。

 上述の『スコーリア戦記』など敵同士、また数多くの身分違い。身分に差がある恋愛は反対されますし、高い身分の者には婚約者がいるものです。

 強引に結婚しても価値観などの違いで苦しみがあります。『彷徨える艦隊』のデシャーニは、英雄の妻であること、自分の実力が否定されることに苦しみ続けています。

 

 身分には魔術、宗教の面が、強大でありつつ隠れていることも重要でしょう。

 カースト制度は徹底して「穢れ」の論理でできています。日本の被差別部落問題も。

 女性差別も、たとえば生理に関係する血や出産のときに出るものなどが「穢れ」とされることもあります。逆にそれらは、けた外れに強力な魔力を持つ、神聖といっていいものでもあります。

 原初的には神に善悪などない、力そのものに対する恐怖。それが強いからこそ、「穢れ」とされてしまう。

『天冥の標』は、病気に感染したかどうかが、身分となってしまったと言えるでしょう。

 

 

 女性、それ自体地球人ではほぼ普遍的に低い身分とされ、多くの苦しみがありました。

 SFの歴史とフェミニズムの歴史は手を携え、奇妙な進歩を続けてきました。

 SFそのものとして、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアやアーシュラ・ル・グインら性を題材にした作品の歴史も十分に大きいものです。

 戦艦で言うなら、昔のスペースオペラは徹底的に男性のものでした。白人、上流階級や都市上層、男性。天才博士とオリンピックメダリスト級の身体能力を兼ね備える。

 それに、紅一点が混じることが多くなりました。『レンズマン』のレッド・レンズマンことクラリッサ、『ヤマト』の森雪、『サイボーグ009』の003、『クラッシャージョウ』のアルフィン。

『ヤマト』では雪以外の女性は徹底的に排除されます。『3』では途中まで何人も乗艦していたのが下船したほど。

『銀河英雄伝説』の同盟さえ女性軍人はいますが艦隊指揮官級はゼロ。

『スタートレック』で徐々に女性士官や黒人士官が増えていきます。TOSのウフーラ、黒人女性ブリッジクルーがどれほど革新的だったか。アメリカのドラマの歴史でも大きな壁破りでした。さらに女主人公、黒人主人公と壁を破り続けます。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』こそ、女艦長を主人公とするミリタリ系スぺオペとして注目されました。『スコーリア戦記』のソズも強い女主人公です。

『宇宙の戦士』でもかなり重要な戦闘員に女性がいます。

『ヴォルコシガン・サガ』もコーデリアがある意味女主人公で、女傭兵のエリ・クィンを主人公とした話もあります。特に男性的な価値観が強いバラヤーで、コーデリアに近い先進的な価値観の主人公たちは苦しめられます。

 近年のミリタリスぺオペは、特に主人公の男性比が高い気がしますが……

 そして『叛逆航路』。性を区別しない文明であり、すべてを「妹」「娘」「彼女」と扱う言葉が奇妙なイマジネーションを産む衝撃的な作品。

 

 売春も本来は非常に大きいテーマなのでしょうが、あまり思い出せないのが正直なところです。

『マルドゥック・スクランブル』のヒロインは少女娼婦であり、その複雑な心的外傷が話の軸です。

 神殿娼婦というものがあり、また女郎歌舞伎・出雲阿国があるように、魔術の世界にも通じるものがあるのでしょうが。

 

 性、という問題を言うなら罪、不倫や同性愛も重要になるでしょう。

 性についての罪は人間にとって根源的です。浮気に対する嫉妬、激しい怒り。どうしても継子の死亡率が高いことを統計が告げる。

 逆に南洋では、というファンタジーも作られましたが、それも今では疑われています。

『銀河英雄伝説』のルドルフが激しく戦った四悪に同性愛もあります。だからこそ支持されたこともあるでしょう。性道徳を法として厳しく取り締まれ、残忍に罰しろ、というのは、人間にとって最も人気のある政策の一つなのです。被害者なき犯罪だからこそ、根源的には神が怒って洪水や疫病をやる、と。『オイディプス』でも近親婚があったから天罰として疫病が発生し、それを解決しようと話が動いたのです。

 同性愛を罰する政策は古来も、今の『現実』でも重要な政治問題となっています。旧約聖書から死に値する罪でした。アラン・チューリングの悲劇は、その巨大すぎる才能と功績を思うと……。現在のイスラム圏やロシアも同性愛を厳しく罰しています。

 日本は本来寛容でしたが、明治政府はなぜか性についてキリスト教道徳をそのまま真に受けてしまったようで、日本の保守派は極端に同性愛を嫌います。

 ソ連も同性愛を厳しく弾圧しました。

 現在のロシア軍の話題として、ロシアの刑務所におけるカースト制度の解説もありました。それは同性愛を区別の鍵とするそうです。

 それこそ刑務所こそ、ニカラグア手話が言語の自然発生であるように、身分制度の自然発生と言えそうです。

 他にも軍に代表される男性集団は、同性愛に対する憎悪・禁止が強く見られます。同時に同性愛強姦を利用した支配構造も常にあります。

『無責任三国志』の異性装者や同性愛者を共通点にする艦は、扱いはギャグ気味ですが「強い異端者」を基盤とする一勢力の特徴でもあります。

『ヴォルコシガン・サガ』でもアラールがバイセクシャルだった、というのが最近出てきています。

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)』も女性同性愛と、男女の夫婦でなければ船に乗れない因習を中心にしています。

『銀河遊撃隊(ハリイ・ハリスン)』の同性愛オチこそ、男性中心的なスペースオペラを皮肉るものです。

 同性愛とSFの歴史、それもまた大きいテーマになるでしょう。

 

 SFでは種族があり、『現実』には人種があります。

 人種は実際にはそれほど大きな機能差ではありません。上述のトバ・カタストロフ……地球人の遺伝子は、狭い範囲のチンパンジーと比べても驚くほど均質です。ヨーロッパ人と南太平洋の人はすぐに交配可能でしたし、文字を教えることも、赤ん坊から育てれば同等の能力にすることも容易でした。

 しかし、知能や運動能力、社会性ではなく、外見が違ってしまうのが地球人のある意味呪われたところです。

 ただ、たとえば古代ローマでは人種差別がそれほど厳しいという印象はありません。逆に、イスラム帝国も多くの黒人奴隷を輸入した歴史がありますが、明らかに黒人やその濃い混血が上層に多くいることはありません。

 同じヨーロッパ人でも、中南米などのスペインなどは先住民や黒人との混血が多い、逆に北アメリカのイギリス系は混血を極端に恐れ、混血児を相続人・正規市民と認めず、混血自体を厳しく禁じ、ワン・ドロップ・ルールという狂気の沙汰すらあります。DNA鑑定すると結構多く黒人の血は混じっているそうですが。

 先住民や黒人の奴隷化。それは、砂糖、後に木綿やタバコ、さらに後にはジュート・ゴム・アブラヤシなどのプランテーションという生産システムが西洋経済の根幹になったことも重大です。

 だからこそ、キリスト教も啓蒙思想家も、あらゆる言葉を尽くして奴隷制を擁護しました。ただし、奴隷制が最終的に廃止されたことに、キリスト教や報道、思想の力も小さくはありませんでしたが。善だけではないし悪だけでもないのが人の常。

 その後も人種は、民族主義という人間の悲惨な伝染病とも融合して西洋人の多くにとって強烈な恐怖となりました。二十世紀前半の、SFの大古典を含む人々の不安と恐怖に満ちた知識人の言葉では人種に関する恐怖がとても大きいです。混血が増えてしまう、血が汚れてしまう、それが西洋文明を滅ぼしてしまう、という妄想。それはナチスドイツという空前の惨事にもなりましたが、フランスやイギリスでもものすごい妄想と恐怖は蔓延したものです。

 異星人など種族が違えば、それは実際にとても大きい差になってしまうでしょう。それでも融和しようとする人と差別を保とうとする人、という構造が多くの作品に出てきます。

 

 また、フランス革命……身分を否定しようと起きた大きすぎる事件。その傷から、各国は身分そのものが正義だと保守化を深める。しかし産業を強めなければ軍事力が弱まり負ける、産業を強めるには身分制度など古いままではうまくいかない、というジレンマ。

 西洋近代に対抗しようとした各国の苦労をこれまで多く見てきましたが、それこそ欧米各国も同じように苦労してきて、多くの国は失敗しています。

 

 身分は体制そのもの、人間社会そのものでもあります。

 それは栄枯盛衰そのものでも重要でしょう。

「社会的解体の絵すがたを一貫する法則とは、そのくずれゆく社会が、反抗心に燃え立つプロレタリアと、次第々々に支配力の衰えゆく少数党へと分裂することであります(J・トインビー)」

 とあるように。

 

 宇宙戦艦作品も多くの帝国があり、身分があります。

 様々な種族、星があれば、それもまた身分につながります。

 種族の違いは、そのまま人種の違いをもっと極端にしたものでもあります。交配可能であることも結構ありますし。

 

『銀河英雄伝説』の帝国の身分制は深く設計されています。

 弱肉強食を信じ、福祉を廃し、退廃と戦うとして政権を得たルドルフ。

 優れた者は優れた遺伝子とし、さらにルドルフ個人の趣味としてゲルマンの遺伝子と文化が優れるとしました。

 結果、純粋な能力主義にはできませんでした。また人種差別と身分も統合されました。同盟の初期に東南アジア系の名があり、また同盟の重要人物には世界各地の非白人の名や容姿があります。帝国の主要人物は当然白人となります。

 当然強い女性差別にもなり、ヒルダなどは型破りな存在でした。

 身分は法もゆがめる……ラインハルトの母が事故死した時、犯人は上の貴族だったために裁かれず、それが父を壊しました。ラインハルト自体も不公平を憎んで戦いました。なぜか貴族身分の全廃まではいきませんでしたが。

 

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国はきわめて多様な外見の異星人がいて、その中でヒューマンを高め非人間を低めることが帝国の根幹でした。

 それでも、スローン大提督は非人間でありながら圧倒的な能力ゆえに出世しました。ダース・モールやジャバ・ザ・ハットの存在もあります。

『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤーはヴォルという貴族の社会です。中央で特別な立場の母親を持つイワンも、地方領主である親戚に結婚関係の裁判で面倒を見てもらいました。ヴォル独自の武断的・男性中心的な文化もあり、マイルズらは苦しめられています。

 またセタガンダ帝国はきわめて奇妙な、遺伝子工学を重視した身分制度を作っています。武力をふるうゲム貴族の妙な低さなど。また『遺伝子の使命』でエリが接した男性のみの星、宇宙生活のために作られ廃棄されそうになったクァディーなど、さまざまな遺伝子技術で作られた住民が暮らす様々な星があります。

『七人のイヴ』では、遺伝子が失われ女性数人だけになった人類は、その女性の遺伝子をいじくって普通に男も女もいる大人口に再生させました。

 

『ガンダム』ではまず宇宙世紀が、スペースノイドとアースノイド、という新しくできた身分により半分が死ぬ激しい戦争になりました。中からニュータイプという新しいものができかけましたが、それは結局潰されたようです。

 遺伝子の違いではなくても『W』は地球とコロニーの対立があります。

 技術が身分に加わるとより厄介になります。遺伝子改造、ロボット、サイボーグなど。

『ガンダムSEED』では遺伝子改良で作られたコーディネーターとナチュラルの激しい戦いが描かれています。

『星界シリーズ』のアーヴは宇宙対応のための遺伝子操作をされています。だからこそ敵は絶滅させなければと戦っています。主人公カップルの関係にもその技術は関わるでしょう。

『スコーリア戦記』では遺伝子改良により、知性だけでなく善悪さえも作り変えられた貴族の脅威があります。善悪、それ自体が作り変えられる……それほど恐ろしいこともないでしょう。

『サイボーグ009』の主人公たちの苦悩は、もはや純粋な人間ではないことも大きいものです。

 

 人を改造することが身分を作る……『現実』であっても、宦官・纏足・割礼・女児割礼・入墨・焼印などは十分に人の改造です。手枷、いや頭の毛を剃るだけでも。拷問や訓練とも近い話です。

 宦官は東西を問わず大帝国で政治に大きな影響を与えます。日本にもヨーロッパにも宦官がなかったことが不思議です……それは近代化と関係があるのか、とも思えます。

『銀河戦国群雄伝ライ』の新五丈にも宦官がいます。

『デューン』の人間改造はきわめて奇妙なものです。

『スターウォーズ』のユージャン・ヴォングは極端に自らを改造し激しい苦痛に耐えることを誇りとします。考えてみればジェダイもある程度改造を受けていると言っていいでしょう。

『叛逆航路』では元人格を完全に破壊するインプラントを含む様々なインプラントがあります。

『若き女船長カイの挑戦』でも脳直結型のインプラントが重要であり、ヒロインは入れ直すことをとてもためらいます。

『ローダン』の細胞活性装置は、それ自体がある種の人体改造であり、ものすごく特別な少数の身分というべきでしょう。

 

 身分としてのロボット、それもそれこそ元祖『ロボット(R.U.R.)』から労働力、奴隷として作られたものです。上述のように『鉄腕アトム』など身分や虐殺に至る悲哀、ロボットと人間の争いが多く描かれています。それはフランケンシュタイン・コンプレックスとも言われます。

 

 地球とコロニー・植民星の対立。『ガンダム』の多くや『スーパーロボット大戦OG』、『月は無慈悲な夜の女王』『航空宇宙軍史』、目立ちませんが『火の鳥』のいくつか、『老人と宇宙』などでも重要でしょう。また『銀河英雄伝説』のシリウス戦役。

 それらは史実のアメリカ独立戦争、またその後のいくつもの植民地の独立闘争を下敷きにしています。さらに後述のユダヤ人の抵抗さえ絡んで、多くの物語が西洋人の底にあります。

 

 格差からくる、おそらくそれほど古い歴史はない身分は『真紅の戦場』『レッド・ライジング 火星の簒奪者』などで丁寧に描かれています。

 身分を維持するための様々な努力もあります。

『真紅の戦場』では、実際には最上位には成りあがった人も複数います。あまりにも激しい権力闘争は、身分だけ、教育だけでは生き残れないほどでもあるのです。

 身分制度が長く強くなると、上位は能力を落とすという問題もあります。

『銀河英雄伝説』でも多くの無能な上級貴族がいます。

 身分、さらに宗教・呪術の面もあると、たとえば下の身分は上の身分の身体に触れる事が罪、というか目で見ること、言葉を交わすことなども罪、と隔離がどんどん激しくなるものです。

 そして徹底的に隔離された皇帝の子は、何も知りません。それが正しい統治などできるはずもないでしょう。愛も知恵も知らぬ怪物となりはてたエルウィン・ヨーゼフ二世のように。

『銀河英雄伝説』のフリードリヒ四世は若いころ継承候補ではなく乱行をしていたからこそ、ある程度人間を知っており、だからこそ結果的に大成功できたのでしょう。何もしなかったことも処世術である可能性もあります。

 

 現実に身分で社会が作られている、しかし身分が強くなると腐敗につながり、それが帝国の弱体化・滅亡にもなる……それがどうしようもないジレンマでしょうか。さらに、普遍的道徳・宗教、科学的事実が平等を命じるのも身分制維持のためには邪魔です。

 それこそプラトンが、それを解決するために変な社会を構想しました。スパルタという手本がありましたが、あれはまさに支配者こそが奴隷になっているとトインビーも指摘したものです。

 違う存在に対する恐怖と憎悪、おそらく魔術レベルでも。それが人間の本質に刻まれていることは確かでしょう。『三体シリーズ』の暗黒森林のように全知的生命普遍かまではわかりません。

 特に地球人は、他者を見るとすぐに同じこと……滅ぼすか、奴隷化するかしたがる人たちが常に出ます。

『造物主の掟』では身分社会を作っていた機械生命を搾取したいという地球人の策謀を、ペテン師が普遍的な法を与えて蹴り飛ばしました。

『ネアンデルタール・パララックス』では科学実験でつながった第二の地球のネアンデルタール人を皆殺しにしようとして自滅した人がいました。他にも犠牲がいます。

 

 

 身分として興味深い社会システムに、使用人や従卒があります。

 高い身分の人は、生活のための労働として人を使います。

 それがステータスシンボルにもなります。

 古代ギリシャでは、妻子と奴隷がいる「男」が、自由民としての最小単位でした。

 個人のように見えて、実際には十人は軽くいる集団の代表でもあります。

 武士や騎士も、特に遍歴騎士は馬に乗り鎧を着た一人、というイメージですが実際には馬一頭にある程度の歩兵を連れていなければ戦えません。

 反面、たとえばイギリスのパブリックスクールや士官学校などは、使用人が尻も拭いてくれる生活ではありません。

『銀河英雄伝説』では幼年学校生徒が士官の従卒となる慣習があります。それは帝国の提督たちにとっても重要な存在です。ロイエンタールを看取ったり、ラインハルトの重要な支えだったり。

 江戸時代でも明治時代でも日本でも、武士一人・官僚一人が生活し仕事に行くのに、常に複数の使用人が一家ごと必要でした。武士の場合には槍持ちなど。時代劇の同心・岡っ引きも足軽身分でありながら、家では妻子と使用人があり、岡っ引きならかなりの数の手下を率いているものです。

 それは古代ローマ帝国でも、近代のイギリスでも、本当に世界のどこでも同じことです。

 乗馬でも馬車でもそれ自体に何人も労働者が必要です。貴族の贅沢品だった時代の自動車は維持するのに専任のメカニックが必要でした。

 家事、洗濯も裁縫も、洗濯機も東南アジアの労賃が安い工場もありません。

 暖房や料理それ自体、薪を割るというとんでもない作業が必要でした。

 それを変えていったのは、洗濯機・自動車・電気やガスをはじめとする家事や交通など生活にかかわる技術の進歩でもあります。

『銀河英雄伝説』のルドルフの人力主義は、それを逆転させたのでもあります。

 

 昔の身分社会などは、そのような技術的な理由も大きくあったのです。

 

 生産は奴隷と、特に昔はつながる……国民である、奴隷でない、それだけで十分特権階級でした。

 というか、古代では奴隷でないこと自体が異常な特権です。いや、今の世界でも奴隷でない人の比率はどうでしょう。

 古代ギリシャ、その影響が強いローマやヨーロッパでは、奴隷であるか自由民であるかが重大でした。中国でも奴隷制はあったはずですが、そういう問題にはなぜかなりません。

 インドは輪廻といううまい逃げ道を見つけたようです。

 

 職業と身分でいえば、特に「武士」「騎士」とイスラムのそれに近いものには、武装、特に馬と地主という階級がつながっています。それは独特の、武人道徳というべきものも発達させます。

 実際にはいろいろな作品の銀河帝国の身分も、武装地主によってできたシステムをそのまま使っている面も大きいでしょう。

 それこそ『ヴォルコシガン・サガ』や『ギャラクシーエンジェル』は剣と馬に落ちた文明の身分がそのまま使われています。

 ヨーロッパが産業革命に成功し、日本がその模倣に大きく成功したため、「封建制」が必要だという人も多くいます。

 

 貴族制度=武装地主に所領を分ける。イスラムなどでは、馬を維持できる最低単位。

 その本質にあるのが、距離と時間。

 平安時代後期に日本がばらばらになったのは、日本が山・森・海が多く、交通がとても不便だということがあるでしょう。それこそ新幹線で東京から名古屋まで走れば、海に達する険しい森山を貫くトンネルを何度くぐることか。

 将軍にとって、信用できる軍が、攻められてから何か月も後に来ても意味がない。だから遠くの所領は当てにしても仕方ない。

 地方の農村は、守ってくれない中央政府をあてにせず、自分たちで護身しようとする。自分たちで武力を整える、ならば中央からの徴税官を排除する。地方が独立国になる。

 独自に武装した勢力ができ、中央はある意味妥協として、その頭を特別な武人身分として遇することになる。交通も不便になれば、産業も自給自足的になり、独自の文化が生じ、最悪言語も違って別の国になる。

 日本もヨーロッパも、武装貴族が生じるのは、交通が割と不便な地形があるからでしょうか?統一しにくい、ナポレオンもヒトラーも失敗したように。

 武装貴族とその道徳、その法が近代化や勤勉の重要な要因だったとも言われます。成功したのがまずヨーロッパ、そして日本でしたから。

 

『銀河英雄伝説』の貴族は、星を領有しているようでもあります。また工業など高度産業の権利もある、資本家の面もあるようです。

 星を領有していると、星を守らなければなりませんし、また皇帝に対しても自分で軍を編成して義務を果たさなければならないでしょう。

 そのときに、常に距離の暴虐があるでしょう。以前検討した、ある程度行き来が困難な閉じた地勢、また帝国首都で宮廷闘争をして代理人が強くなるか、それとも地方経営に力を入れるかわり首都星に常駐しないので贅沢と宮廷闘争で弱くなるか、というジレンマ。

 

 

 さらに宗教や教育、読み書き自体も身分を作ります。

 教育と身分も厄介な問題になります。

 かつては、身分が低い者・奴隷を教育しない、という方法も取られました。アメリカで黒人奴隷に読み書きを教えることが罪だったことは有名です。

 女性を教育するな、という道徳感情は『現実』でも多くの作品でも強いです。『銀河英雄伝説』のヒルダも嫌われ、多くの作品で女性学者・女性士官は壁に苦しみます。

『現実』で大きい勢力となっている武装勢力は女性の教育に反対することを主張し、アフガニスタンも結局反女性教育の原理主義が完全勝利しました。

 自分たちで教育を抑圧する、貧困の文化もよく言われます。アメリカの黒人や貧困層の社会は、勉強や読書を好む優れた子に勉強するなと命じダメにしてしまうそうです。

 しかし、戦争にも産業にも、どんどん高い教育水準が必要になっていきました。教育で国家に洗脳した忠実な兵は強すぎました。

 読み書きは教育しなくても、宗教を教育することは絶対の義務でした。それは当然高水準な思考、反抗を含む物語につながります。深く神を信じ道徳性が向上した奴隷は、それこそ善を行えば殺されても神が天国で報いてくれますから死刑が脅しにならない。……アホ。奴隷にキリスト教を教えること自体が奴隷制どころか身分制度も最終的には滅ぼすと誰か気づけ。

 教育し同化する、特に人種がある場合は実に厄介になります。

 学べば上がれる、という希望を与えつつ、最大限に学んだとしても生まれによる差別、低い存在であることは消えない……どうしてもそうなります。

 最大限に学んだガンジーは差別され独立を訴えました。

 

『叛逆航路シリーズ』は征服後の社会も広く描かれ、下の身分にされた人たちが反抗したり、別の下を抑圧したりする姿が丁寧に描かれます。

『ヴォルコシガン・サガ』でマイルズが地方の教育に力を入れたことも上述です。

 中国では科挙があり、身分が低くても学べば上の身分になれるのが建前でした。だからこそ多くの人が学ぶ社会になりました。

 西洋では特に軍が上昇の入り口とされます。

 学問、中国では四書五経など昔の聖賢の書、西洋では古代ギリシャローマの古典や聖書などの読み書きを学ぶことが、特に上層が身につけるべき学問であり、それが成長し政治にたずさわるようになっても役に立つと皆が思ってきました。

 日本の江戸時代でも誰もが学問をしました。下層でも寺子屋があり、武士は四書五経の読み書き、和歌や漢詩、武道も学びます。それは出世にもかかわります。公家も学問が仕事だとされました。

 そして明治維新後も、それこそ学問が出世につながるし、富国強兵にもつながると、政府も普通教育を行い民も励みました。

 その学問には当然、製紙製本などの技術や産業も関わってくるものです。

 

 支配、高い身分の根拠を道徳とすることも多いですが、それも同じように問題になっていきます。道徳が高い人がなぜ奴隷を抑圧するのか、と。

 逆に、高い身分が腐敗してしまうことも多くあります。

 貴族の子弟が、実際に九九もできないのに要職についたら、軍も社会も崩壊せざるを得ないでしょう。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム朝はフレーゲルもそこまで壊れている感じではない……自力で歩け、意味が通る会話はできています。

 また勉強しても科目が壊れていることも……科挙のように。

 身分そのものと道徳の関係も深いです。特に輪廻を入れれば、それ自体を道徳の話にできます。人種自体が道徳との関わりが強いものです。

 高い身分が高い道徳を要求される、また身分制度を守ることそれ自体が道徳である、ということもあります。たとえば奴隷制・農奴制は、地主の誰かが裏切って逃亡奴隷をかくまい自由を与えることをしない、という道徳がなければ崩壊します。

 

 教育されることには学問も、また文化もあります。

 文化、詩歌や音楽、絵、踊りなどは人の楽しみであると同時に、古来は魔術でもありました。

 だからこそ厳しく規制されもするのです。

 文化は、『マクロス』のように人をひきつけ、また強大な力を持つこともありますが、だからこそ統治者から見れば危険なのです。

 明治維新の前に江戸幕府を壊したのが「ええじゃないか」、踊りと天から降った札の俗信である……それは政府にとってトラウマなのか、今でさえ踊ることについての刑法の厳しさは時々問題になります。

『論語』などでも、音楽が乱れたことが亡国だ、と孔子などは感じます。音楽は神に関係することで、それを間違えたら国家規模の大魔術の失敗と同じく大災害にもなる、と。

 だからこそ、文化を保守的にしなければならない、と人間は常に感じ、厳しく取り締まります。江戸時代の三大改革は文化規制が非常に厳しいものでした。

 文化を弾圧する政治の動きは常にあります。

 身分は国の秩序、国がよく統治されていることで、そのためには文化が正しくなければならない……ルドルフが退廃を憎んだ、またナチスドイツもソ連も中国共産党も文化を裁き弾圧したのも、人間の普遍的な感情でしょう。

 

 身分と学問、文化、道徳、宗教、法……実に複雑にからみあって社会を、国を作っています。

 

 

 もっと前にやっておくべきだったでしょうが、『現実』における主要宗教の歴史をここでまとめておきましょう。

 宗教の面から世界史を見ると、ユダヤとその延長+仏教=四大宗教という、奇妙な(地域を支配する帝国と一体化した、その帝国の支配種族の古来の信仰の延長ではない)動きの方が合計すれば世界の大半、という首をひねる話になります。それだけ宗教は移動することが多く、宗教の殻となる帝国の興亡が激しい、ということでしょう。

 コロンブス以降の、本来存在した南北アメリカ大陸やオセアニア、ハワイ、アフリカなどの宗教の無惨な消滅も忘れるべきではないでしょう。

 

 たいていの地域は、多くの都市国家が乱立し、特に大河を中心とした大文明が成長しました。

 そこでは大規模な神殿が作られ、同時に治水が行われました。

 人間の多人数の生贄も当然でした。

 神殿娼婦という制度も多く見られました。旧約聖書では禁止の対象として書かれています。

 

 古代エジプト帝国、ペルシア帝国、また中南米のアステカ・インカ帝国などは、巨大神殿を築き、王が神の子・神の化身と名乗って神の名で統治します。

 占いや暦なども自らの特権とします。

 

 昔の宗教は呪術儀式や占い、生贄がとても多いです。

 また、死後についての関心が低いのも特徴でしょう。ユダヤ教も日本の神道もギリシャ神話も、特に古い伝承だと死後にはあまり関心を持ちません。エジプト神話という例外はありますが。

 人は死ぬ。死ぬことが何よりも恐ろしい。どんなに勝利し富貴であっても必ず死ぬ。その死の恐怖から逃れたい。

 それも宗教の重要な要因でしょう。

 現世で、低い身分で苦しめられていたりしても、革命を起こすのではなく従っていれば死後に神が報いてくれる……現世における法による賞罰と似たシステム。法による賞罰が宗教からできたのか、それとも逆か……むしろ同時に、互いに影響を与え合って進歩したのかも。

 人を服従させる、特に不利益を押し付けるきわめていい方法です。

 死の恐怖を克服させることができ、特に戦争では確実に死ぬ命令をすることもできます。ただ、死刑の脅しが通用しなくなれば反抗が危険になります。

 

 地中海のほうでは、歴史の流れが奇妙に変わります。

 多くの小都市国家を征服し、被征服民の神々を受け入れる古代ローマ帝国。特に人の生贄を嫌う。皇帝を神格化するものの、神話や巨大神殿にはそれほどの情熱を持たない。ピラミッドより凱旋門と道路。征服するときには残忍でも、従っていれば被征服民の宗教にも寛容。

 そんな帝国がエジプトを含む地中海周辺の広い範囲を制圧しました。

 

 ペルシャ帝国も、ゾロアスター教というより洗練された宗教を国教にしました。

 ゾロアスター教も世界宗教史ではとても重要です。善と悪、神を減らしたこと、最後の審判など。道徳としても法としても洗練されています。

 

 古代エジプトのかなり古い時代の、一神教を目指して潰されたイクナートン王の改革もユダヤ教に影響を与え宗教史の主流になったのかもしれません。

 また、アレクサンダー以来、ある程度はインドの影響も互いにあったこともあるでしょう。

 

 ローマ帝国とペルシャ帝国が拮抗し、安定し発展していく西側世界。そこに、ユダヤ教とキリスト教という大きな擾乱が入りました。やや後にはイスラム教という別の子も生じます。

 

 ユダヤ人。ユーラシア大陸、メソポタミアとエジプトを結ぶ地中海沿いの回廊。肥沃な三日月地帯の中央部。ヨーロッパ・アジア・アフリカ、ついでにアラビア半島も含むいくつもの大陸が交わる要地。

 ですが農業に適する地域は小さく、そこだけで強い国は生じず、メソポタミア地域のアッシリアやバビロニアやペルシャ、また古代ローマ帝国にも征服される弱者。

 古代ローマ帝国では、帝政になってしばらくしてから大規模な反乱を起こし、神殿を破壊されイスラエルの地から追放されました。

 本来は皆殺しにされ、同化され、そこの宗教や文化など忘れ去られるのが普通でしょう。神殿を破壊され、宝物を奪われ、書物を焼かれ、神を名乗っていた王族や神官たちが公開処刑されれば。それはわれらが神の敗北であり、弱いわれらが神は殺されたのだ、本物ではなかったのだ、強者の神こそ本物なのだと思い知らされるのが普通です。

 ですが、「ユダヤ人」という人々は、そうはなりませんでした。

 征服され、敵国に上層部が連れ去られてそこで暮らす中で、自らの信仰を見直し(旧約)聖書を書いた……というところがあるようです。

 負けたのは信仰が足りなかったからだ……上記の精神論の極。でも、それで滅びるのではなく、奇妙な形で民族としては存続し続けました。上述ですが、自分で帝国や軍を経営するのではなく、既存の大帝国の傀儡として弱者を抑圧するには精神論・原理主義は悪くない、のでしょうか。

 それに近い、故郷なき商業の民には、パルシー=インドのゾロアスター教徒やアルメニア人、華僑などがあります。しかしユダヤ人の存在感は大きい。

 

 神の像を作らない変な信仰。また、多神教とならず別の神を認めない。

 奇妙なことに、ユダヤ教は死後にはそれほど関心がないように見えます。

 律法を守ることにとてもこだわる。その中には安息日という、西洋文明の重要なライフスタイルもある。

 旧約聖書……その書物はそれだけでユダヤ教の聖典であり、またキリスト教の旧約聖書となり、イスラム教もその内容の多くが真実だとしている。

 神話から歴史を語る。

 神の天地創造、アダムとイブの罪と楽園追放、ノアの箱舟と洪水。

 アブラハムが族長としてさまよい息子を生贄にすることも承知して神と契約を結ぶ。

 エジプトの奴隷だったユダヤ人がモーセに導かれて約束の地に行き、十戒の石板を受け取る。後継者たちは先住民と戦い続け、皆殺しを繰り返す。何人もの指導者。

 ダビデが巨人ゴリアテを投石紐の石で倒し、ソロモンが王となり知恵で知られ栄華を極め神殿を建てる。

 神を信じなくなった民、イザヤ・エレミヤ・エゼキエルをはじめ預言者たちが罰として国が亡びると訴え、本当に亡国の地獄を味わう。何人もの指導者が信仰を守るため圧制者と戦う。

 その中ではモーセなどが神に命じられた、律法も大きいボリュームを占めている。何よりも神を裏切るな、他の神を信じるな、像を作るな。神の名を唱えるな。神は偉大すぎる力だから名前をむやみに口にすることも許されない、古来の悪霊の名を呼んで支配する魔術に通じるタブー。占いや口寄せ、魔術も厳しく禁じられる。

 穢れを避けよという法も多い。豚肉の禁止もそれに含まれる。家畜の子をその母の乳で煮るな、という面白い掟もあり、それは乳製品と肉を同時に食べることを厳しく禁じる拡大解釈をされている……チキンクリームシチューもチーズバーガーも言語道断、乳製品と肉類別々の倉庫と台所を作ることさえあり、それは清潔にもつながる。

 割礼……生まれて間もない男子の性器の皮を切り取るという奇妙な風習も明文で法とされる。それは検査すればユダヤ人かどうか一目瞭然、ということも意味する。

 社会秩序、親に服従することなども厳しく書かれている。

 詩文である詩編や哀歌、また未来を描くダニエル書、異様な神の姿、神の試練に苦しむヨブ記など文学的な書物も含む。

 

 他の神に膝を屈することが許されない……それは別の帝国に服従することが苦しい、常に反抗的な感情がある。旗や、皇帝の顔が刻まれた金貨などが、彼らにとってはおぞましい宗教弾圧に見えてしまう。

 

 故郷がない、唯一完全に清浄であった神殿を失ったユダヤ人は、ただ旧約聖書を読み、律法を守り、同じユダヤ人同士で助け合い信じあって生きてきた。

 差別されるから、土地を耕すといういちばん普通の生き方が許されない。だから商業を得意とした。

 だからこそ富むことが多く、だからこそ余計に差別され憎まれ虐殺されることも多い。

 スペインもフランスも、ユダヤ人を追放すると衰退する。イギリスも昔はユダヤ人を追放したが後に受け入れ、そのことが繁栄につながった。ユダヤ人の政治家もいたほど。

 そして、ホロコーストという前代未聞の大虐殺から、イスラエルというそれまでのユダヤ人の方針とは違う、軍事国家を自分たちで作るということを選び、とにかく生き栄えている。しかしあまりにも強い信仰、精神論でまとまるユダヤ人が、どれだけ科学を続け正しい戦争方針を選び続けることができるか……今までのところは最高の科学力と、正しい戦略を選び続けているが。

 

 特殊な宗教で、しかも都市文明に順応して生きる人々はSFでも多くいます。

 商業特化、というのは『銀河英雄伝説』のフェザーン、『星界シリーズ』のアーヴも影響があるでしょうか。『スーパーロボット大戦OG』にも商人種族があります。『ローダン』のスプリンガーも。

 ホロコーストに至った差別・虐殺も多くの作品で描かれます。特にロボット関係。

 

 

 そのユダヤ教は、一般人が神の声を聞いて王も批判する、という預言者があったこともあり、昔からちょくちょく現在のカルトにも似た集団が出ます。

 時には武器を取って支配者に反抗して皆殺しにされたり、時には砂漠の奥に引っ込んで他と交わらず掟を過激化させながら閉じこもって死海文書を残したり、いろいろ。

 その変な指導者のひとりに、イエスがいました。

 西暦30年前後、帝政になってから間もない。内乱時代から時がたち、皇帝の体制がしっかりしつつある。あちこちで格差と暴力も激しいが治安や治水交通の水準は高い。

 不満もあり、ユダヤ人たちは武力蜂起の指導者として、それこそアレクサンダーのような軍事英雄と最も強力な宗教指導者を兼ねるような存在を求めました。

 しかしイエスはそうではなく、失望され処刑された……

 本来ならそれで、いつも雨後の筍のように出てくるカルトの一つが解散した、終わり、のはずでした。しかし、何人かの弟子が、イエスは復活したと言って教団を再生させました。

 パウロという、イエスの死後入信した指導者の功績が大きいようです。ユダヤ人限定、ユダヤ教の分派ではなく、律法を軽減する……たとえば今のキリスト教は割礼をしない……ことであらゆる人々が入れるようにしました。彼はユダヤ人の伝統にこだわる人で、ローマ市民でもありました。本来キリスト教を弾圧する側でしたが、ダマスクスの街に向かう道で神にいきなり命じられて視力を奪われ、キリスト教徒に視力を取り戻してもらって「回心」しました。そのような、いきなり神に強制されるタイプの「回心」も宗教では重要ですし、SFでもそういうシーンは多くあります。

 下層民から多くの人が入信しました。ユダヤ教は古い民族なので古代ローマ帝国は寛容でしたが、キリスト教は新しかったこともあり、弾圧が言われます。徴兵や皇帝崇拝儀式など帝国では当たり前の法に従わなかったこともあります。ただ、歴史自体を見るとそれほど常に激烈な弾圧があったというよりは、何度か問題が発生しては弾圧を命じた、という感じです。

 ですが、衰退していく古代ローマ帝国で、ある時期キリスト教は国教となりました。そしてあらゆる異教を厳しく弾圧しました……アレクサンドリア大図書館が滅ぼされたのもその時と言われます。またヒュパティアという女性学者の虐殺も悲惨な話です。

 キリスト教は最後の審判、天国と地獄を強く語ります。生きているうちに勝利や富貴が得られなくても、それどころか殉教しても、死後に報われるという希望。

 また、罪悪感・親の愛という人間の心のバックドアをついたこともあります。

 

 カソリックでは生涯独身で家・職業から離れる専業聖職者があり、その組織がある意味国内独立国として、かつ世界全体で結び合わされるもう一つの世界国家として機能します。それは聖職者階級を作らないイスラム教と異なり、むしろ仏教と共通します。結婚や死などを記録する、暦を支配するなど重要なことを支配します。教育や慈善でも重要な役割を果たします。

 カソリックから出た修道院というシステムが、どれほど歴史、また近代国家システムに多くの影響を与えたことか。多くの文物を保存し、学問水準を維持し、人々を教育し……時間と規律、服従の道徳と法を維持し発展させ……農業・ブドウ酒など食品工業・その他の工業・水車など多くの科学技術や産業を指導し維持し高め……

 また、大学というシステムも、キリスト教そのものの影響がとても強くあります。

 いや、カソリックの聖職者システムが近代にとって重要だった、と『政治の起源』に。生涯独身の聖職者、だから完全な世襲にはならない。教会そのものの内部で法を作り、裁き、出世する。膨大な金を得て管理し、特に復活祭にかかわる暦を計算する。

 そして激しく世俗の権力と戦い続ける……

 日本や中国の巨大寺院にも似たようなことはある気もしますが何が違うのやら。日本や中国の寺は、暦だけは作れませんでした。

 

 古代ローマ帝国は、その本来の神々、また文化の多くを占めるギリシャの神々ではなく、中心地から大きくずれた地域から宗教を「輸入」しました。……もちろん、ミトラ教やゾロアスター教で悪かった理由は何もない、という人もいますが、現実にはそうなりました。

 後に、ギボンをはじめ多くの歴史家が、キリスト教こそが古代ローマ衰亡の犯人だとしました。

 また、トインビーは衰退過程にある世界帝国のしいたげられた内部の民が世界宗教を作る、というパターンを見出しました。

『銀河英雄伝説』のヤンも、フェザーンと宗教を警戒します。ただ、本来トインビーが言ったような本物にしたかったのかもしれませんが、地球教はキリスト教の史実に比べあまりに卑小な陰謀暗殺集団でしかありませんでした。教義そのもので苦しむ下層の心をとらえる力などなかったのです。

 おそらくルドルフが苦慮したのは、宗教とのバランスでしょう。そこが詳しく描かれていないのは残念ですが、だからこそ想像の余地はあります。ルドルフそのものの偉大さが宗教の代用になったか……そして原作完結後はラインハルトとヤンの偉大さが、それこそ国家宗教のレベルになってしまうのではとも思えます。

 

 キリスト教は、帝国の大宗教でありながら、小民族の偏狭な宗教であるユダヤ教の不寛容がそのまま、異教の存在を絶対許さないものです。

 些細な言葉などで分派し、皆殺しの戦いを始めてしまう悪癖もあります。

 古代ローマ帝国が東西に分裂した時に、西帝国はすぐ滅びてカソリック教会が残る、東帝国は帝国とともに長く栄えるギリシャ正教となり、互いに激しく争いました。他にも単性論、ネストリウス派、カタリ派など様々な分派があります。

 ネストリウス派は中国にも伝播し、聖徳太子の伝説とも関係するともいわれます。が、奇妙なことにイスラム教もですが、中国ではそれほど強くはなれません。

 キリスト教にイエスがあり、また聖母マリア、天使や聖者などがあるのはイスラム教からは多神教だと批判されもします。キリスト教の中でも宗派によっていろいろ違います。カソリックでは十字架のイエス像があり、正教会では聖像=絵についてしばしば争いがあり、プロテスタントは十字架だけです。

 東ローマ帝国は長く栄えましたが、イスラムに圧迫されついには滅ぼされました。しかしギリシャ正教はオスマントルコ帝国内部でも繁栄しましたし、逃れた生き残りがロシア正教という形も作りました。ロシア帝国史はロシア正教史でもあります。だからこそロシアからは、古代ローマ帝国・キリスト教そのものの正統継承者であり世界の支配者だ、という熱情を常に感じます。クリミア戦争はイスラエルを欲しがったからとも……

 

 そしてキリスト教の暴力性は、後に十字軍という異様な軍事行動を起こします。損得では全く納得できない戦い。

 その延長としてスペインのレコンキスタがあり、スペインを征服したカソリック帝国はイスラム教徒とユダヤ人を最終的にはすべて追放します。その結果、農業をはじめとする知識が失われ、貧しい国になったともいわれています。

 さらに、十字軍……武力で異教徒を滅ぼし、キリスト教を押し付けるか皆殺しにする、という強烈な衝動は、大航海時代・帝国主義という凄まじい暴虐にもつながりました。正直インドも中東も中国も日本も皆殺しか強制改宗にしなかったことが不思議でなりません。

 

 キリスト教のヨーロッパだけが産業革命に至ったことも重大でしょう。キリスト教の中にその秘訣があるのではないか、と。

 さらに、近代そのもの、フランス革命後の近代システムにキリスト教の影響が強くあることも間違いないでしょう。あくまでも全世界を支配したがり、全人類を教育したがるところなど。それ自体は人類の普遍かもしれませんが……

 

 キリスト教は、一夫多妻を決して公認しないし、食料が不足しているという理由で新生児を殺すことも認めません。それは人口管理を難しくします。といっても孤児院の死亡率がとんでもなく高いことはありますし、ルイ14・15あたりの多数の愛妾はよく知られています。独身・晩婚を尊ぶ姿勢もあり、それも人口抑制につながりました。

 古代ローマも公然とした一夫多妻制はなく、だからこそアウグストゥスは後継者に苦しみました。

 イスラムは四人までの一夫多妻が教義上許され、また帝国となってから巨大後宮が常にあります。

 

 最後の審判、ヨハネ黙示録などの預言書。時間そのもの、天地創造から最後の審判までの、始まりと終わりがある時間観念。

 循環するインド、変化のない古代エジプトとの対照も言われる、近代人の心に染みついた考えです。

 極端な変化を望む考えは市民革命やマルクス主義、世界大戦などに与える影響も大きいでしょう。

 SFでも破局で終わる、という未来を見る人は多くいます。

 

 ヨーロッパのキリスト教が生んだ分派、本来は原理主義であるプロテスタント。

 それは激しい皆殺し戦争をもたらし、プロテスタントに染まったオランダの独立戦争を通じてスペイン帝国を衰退させ、イギリスでも清教徒革命や国教会など多くの影響を与えました。三十年戦争の凄惨さは、国際法……それこそ近代国家システムの別名ウェストファリア条約にもつながっています。

 政教分離という思想は、それ自体がフランス革命、近代の根幹と言えるでしょう。

 さらにプロテスタント、中でもカルヴァン派の教義……人が救われているかどうかは神が勝手に決めている、人間が何をしても無駄……が、それゆえに勤勉・資本主義の精神自体を生み出した、というマックス・ウェーバーの考えは今の世界でも広く知られています。

 イギリス、オランダ、アメリカという世界史の成功者たちと、プロテスタントそのものにどれほどの関係があるか……

 当然、宇宙戦艦SFの主人公たちの大半は、(イギリス国教会を含む)キリスト教プロテスタントの信者でもあります。逆にスペイン系・多分カソリックである『宇宙の戦士』の主人公が異例です。彼らの動きや感じ方、考え方に、その影響は常にとてつもなく大きくあるのです。

 

 

 イスラム教も、ユダヤ教・キリスト教の子孫の一つです。

 アブラハムをはじめとするユダヤ教の神話はそのままコーランで肯定され、イエスも「イーサー」という名で預言者として尊敬します……神の子ではないとしますが。

 東ローマ帝国も、ササン朝ペルシャ帝国も爛熟し、激しい戦いを繰り広げていました。

 そんな時に、メソポタミア地域からも東ローマ首都コンスタンティノープル(現イスタンブール)からも遠く離れたアラビア半島に、ムハンマドという教祖が新しい宗教を興しました。

 商人出身。孤児でもありました。

 それまでの歴史では主役といい難かった砂漠のアラビア半島。ラクダの普及により、砂漠を超える交易が発達しました。また紅海・ペルシャ湾からインド洋を多くの商人が行きかっていました。

 イエスや孔子と違い、社会的に成功した人でした。また、教祖として宗教を始めてからも、一時メッカを追われはしても最終的には大勝利し、征服王として畳の上で死にました。仏陀=シャカと違い世を捨てませんでした。

 後継者たちがさらに征服と布教を広げ、ペルシャ帝国を滅ぼし、エジプトを征服し、アフリカ地中海沿岸からスペインまであっというまに征服しました。古代ローマ帝国の領土の相当部分。

 馬とラクダを得意としているためか、森が深いヨーロッパや家畜病が多いアフリカのサハラ以南には入れません。また、インドは何度も征服したのに、不思議と中国では多数派になれず権力も持てない。中東と中国を分ける砂漠を越える力はない=完全に遊牧民と一体化することもできない。日本にも全く来ていません。ただし、インドネシアなど東南アジアにも広がり、現代のイスラム教の人口を見ればそちらが多数ですらあります。

 行が比較的楽なのが特徴。入りやすい。行の軽減、入りやすさは、宗教が大ヒットする秘訣の一つになるようです。キリスト教もパウロによる緩和・ほかの民族に開かれたことが躍進につながりましたし、日本の鎌倉仏教も念仏のみの親鸞、題目だけの日蓮などがヒットしました。中国の五斗米道も割と入りやすいといえるでしょう。

 また偶像崇拝禁止がキリスト教に比べきわめて厳しく、人物画・酒を許さないなど結果的に文化規制が厳しい。

 動物生贄儀式が残ることも特徴でしょうか。また、メッカ巡礼があるため、旅が多いしイスラム教徒というアイデンティティを作りやすいです。コーランの翻訳を禁じることからも、言語の共通性を高めイスラム教徒というアイデンティティが強くなります。

 砂漠の部族の風習を多く教義と絡めてしまっていて、特に女性に対する厳しい差別が今の先進国ではよく報道されます。古い道徳が今もとても強く、それを破壊する新しい宗教としての普遍的道徳が弱い。近代道徳にもなっていない。

 ですが貧民・孤児に対する親切、イメージとは違い別宗教に対する寛容などはあらゆる宗教でも上位にあると言っていいでしょう。今の一部のイスラム国家がおかしいだけです。

 最後の審判、死後の天国と地獄を大きな動機とし、それは今の自爆テロにも利用されています。聖職者、教会のような組織を嫌うのも特徴です。

 

 イスラム教はあまりにも大きい軍事的勝利がその初期にあったこと、それが呪いとなったと言えるでしょう。

 キリスト教やユダヤ教と違い、軍事的勝利そのものが宗教の真実さとつながってしまった。

 だからこそ、モンゴル帝国にぼろ負けした傷を、より強くなること、科学兵器の開発で癒すことができず、神秘主義・原理主義・復古の方向にばかり行く癖がついてしまったようです。

 どうしても近代工業軍事国家として成功することができない……

 イスラム教の教義そのものが憲法・法そのものであり、政教分離が本質的にできないこともあります。

『真紅の戦場』での狂信者の恐ろしさ、それは9.11テロ以来多くの元特殊部隊系戦争小説など欧米に深く染みついてしまった、子供も自爆させ戦時国際法も守らないテロリストたちに対する憎悪をそのまま転写したと言えるでしょう。

 また、砂漠の民そのものの苛烈さが、『デューン』で丁寧に描かれました。

 

 

 キリスト教・イスラム教、ひいては中東と西洋の文明全体に、宗教とは異質な「哲学」が強くかかわっています。

 ギリシャ哲学。

 島が多い海、交易が盛んだったからこそ、文化が違う人ともうまくやっていくための「論理」や普遍性が高い「数学」が強化された、と言われます。ただ交易が盛んな地域はインド洋、東南アジアなどにもあるのですが。

 神々、奇跡や占いなど迷信性を克服しているのが特徴のひとつ。現代の科学にも通じる原子論もあります。

 主流となったのがソクラテス~プラトン~アリストテレス。

 論理・科学の面が強い。

 ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』、また神話そのものも重要な西洋文化の根幹と言えるでしょう。その膨大な、彫刻や建築をはじめとする芸術も。

 アレクサンダー後やローマ時代だったりしますが、ユークリッドの数学、プトレマイオスの天文学、ガレノスの医学にも発展しました。

 特にアリストテレスの論理学は、キリスト教やイスラム教が教義を精緻にするのに大きく貢献し、宗教そのものと事実上一体化しています。

 西洋法制史ではギリシャの法も重要ですし、ローマ法も欠かせない基礎です。

 そしてギリシャ哲学はルネッサンス、古代ローマ帝国から東ローマ帝国、イスラム帝国と翻訳され受け継がれた古代ギリシャ文献がイタリアに里帰りした……東ローマ帝国が滅亡し追われた学者たちが持ってきたことも大きいという……ことにつながりました。

 ルネッサンスが近代化にどれほど大きい影響があることか。

 そして近代の様々な法や思想に、古代ギリシャの遺産がどれほど多くの影響を与えているか。

 また、イギリスのパブリックスクールで教育され、帝国を支える軍人や官僚や商人が丸暗記したのは、徹底的にギリシャローマ古典です。決してインド地理や熱力学ではなく。ギリシャ神話も含め、ギリシャローマ古典・ラテン語とギリシャ語は西洋上層の共通の教養であり、SF作家たちも当然のようにそれを前提としています。

 

「哲学」という語は、西洋近代文明で奇妙に神聖視されていると言ってもいいでしょう。思想、とはどんな関係なのか……

 フランス革命、またマルクス主義という、世界を大きく変えたのが哲学だった、と。

 アリストテレスも長く西洋を支配し続けました。

 今も中国は、思想=体制=国家、という感じで、思想を全員に強制することで国を維持しようとしています。北朝鮮もそうです。

 マルクス主義、また新自由主義は経済学・思想・哲学の面があり、特にマルクス主義は宗教の面が非常に強いものでもあります。

 SFで思想・哲学が目立つのは……『ガンダム』のジオニズム、『宇宙世紀』『X』のニュータイプ論、『W』の平和主義などでしょうか?

 本来の仏教、儒教も、哲学の面が強いと言われます。

 

 

 中国でも神をまつること、生贄、占いなどが古来あり、人の姿をした神々が動く神話も存在します。

 ですが、中国は秦帝国ができ、それが短期で滅んで漢帝国となったとき、上述ですが人の姿の神の化身・神の子としての皇帝ではなく、人格のない天をまつる皇帝という形を取ります。

 秦は法家でしたが、漢は儒教をとりました。

 死者をまつる儀式を重視する。人格神を崇拝しない……「怪力乱神を語らず」。昔の国が理想だった、昔の賢者・賢王が完全だったとする、復古の方向。昔の賢者の書物を崇拝する。

 後には科挙という、昔の書物=四書五経などの解釈を中心とした官僚登用試験が中国という国の中核となりました。「学問」そのものも、四書五経の解釈が中心となります。

 古来の儒教では、音楽・乗馬・算術なども士大夫のたしなみとされるようですが、特に日本ではそれが忘れられます。

 

 儒教は「礼」を中心とします。

 礼儀作法も本来の呪術的宗教と一体であり、道徳とも法とも一体でしょう。

 ふるまいそのものが敵味方識別装置になり、善悪の区別がない神霊を怒らせないための行動の仕方にもなります。

 上の身分の者に触れるな、という重要な軍法でもあるタブー、フランス革命で王の処刑の時重要になった王の身体不可侵性なども「礼」が宗教、身分、社会制度の根幹だと示しています。

「礼」は文化やライフスタイルも規定し、食などのタブーにも通じます。

 肉食自体を禁じる仏教、豚肉などを禁じるユダヤ教やイスラム教、さまざまな断食があるカソリック、また酒などの禁止……

 人肉を食うこと、これも世界のあらゆる文化文明宗教で追求すべきテーマでしょう。人肉を食うことを嫌うからこそ、皆殺しより奴隷化が効率がいいということもあります。

 身分そのものも、「礼」が作ると言えるでしょう。

「礼」を基礎とする儒教は身分社会の維持に最も優れた……宗教とも哲学とも言えない何かです。先祖の霊をまつる、という意味では十分に宗教でもありますが。

 親に従わなければならない、という「孝」は外戚を重大にします。

 

 

 人の姿をし物語で動く、国家と一体化した共通の神々の不在……それを埋めたのが、仏教と道教でした。

 道教は漢帝国を終わらせた黄巾の乱にも関わります。中国古来の宗教に近く、呪術の面も強く、人の姿をした神々が動きます。三国志の関羽、西遊記の孫悟空が重要な神であることも興味深い点です。

 そして仏教。

 

 本来仏教はインドで生じた宗教です。

 枢軸の時代……おそらく馬や農業などの技術もあり、世界のあちこちで帝国ができていき、人がそれまでの部族の習俗と信仰をこえた集団を作る、その無理を埋めようと作られていく様々な宗教や思想。

 中国の諸子百家やギリシャ哲学もそうですが、多くの思想がインドにもありました。

 また、インドは古来厳しいカースト制度があり不浄を強く嫌う、また欲望を否定し世俗・権力から離れた修行共同体を作る方向性がありました。

 何よりも、死後輪廻、魂が別の身分や別の生物にもなる、という死後を信じます。本来それと地獄極楽は関係ないはずですが、どちらも実は転生先です。おそらく西洋の宗教の影響もあるでしょう。

 現世で苦しく、さらに低い身分で理不尽な苦しみがあっても、法が不公平でも、耐えて従っていれば来世で報われる……支配者、階級社会自体にとことん都合がいいシステムです。

 また輪廻の考えは不殺生、肉食嫌いにもつながります。特に日本では肉食嫌いが極端ですが、インドでも肉食嫌いはかなり多いです。

『火の鳥』の死後・魂については仏教にかなり近いです。何度生まれ変わっても人間にはなれないと呪われ、また魂そのものがコスモゾーンに回収されたりもします。

 多くの先人の教えから生じた仏教。本来は、人の姿をした神々の活動に関心を持たず、人の心の苦を克服し輪廻から逃れるため、真実を理解する……それが仏教です。

 ですが、仏教は歴史的にも実に数奇な物語を作り出します。

 

 現在のインドでは仏教信者は少ない。

 仏教は誕生して間もなく、大乗・小乗に分かれ組織化されました。大きい寺院を作り、膨大な富と知識を集めることが特徴の宗教となりました。

 また帝国との親和性が高く、いくつかのインドの帝王が仏教を信じたことが伝えられます。

 ですが、逆にそれが滅亡の原因となったのです。

 イスラムの襲撃。他の神を憎み偶像を許さないユダヤの精神的子孫、巨大で豪華な寺を焼き富を奪いました。寺院が大きい分、その傷が深かったのです。民間人に深くいきわたる信仰ではなく。

 呪術の面が大きく、生き生きと神々が動き回り、英雄叙事詩もあり、人々の心にあまりに深くしみついたカースト制と一体化したヒンズー教の方が、洗練されて息を吹き返し、長くイスラム教と奇妙な共存を続けました。

 それからイギリスの支配という擾乱がありましたが、キリスト教が圧勝することはなく、独立後にかなりの人数が死ぬ内乱の末にヒンズー教が支配するインド、イスラム教のパキスタンとバングラディシュ、とになっています。今もインドには様々な宗教があります。

 

 ですが、仏教はかなり早い時期から広い範囲に広がりました。東南アジア、そしてヒマラヤと砂漠を抜けて中国、さらに日本へも。

 そのときには本来の仏教というより、仏像を彫り、人の姿をした仏たちが動き回るより親しみやすい宗教になっていました。地獄極楽もすごく強くなります。

 特にチベットや日本で栄えた密教は呪術の面が強い、日本の仏教は国家鎮護というまさに呪術そのもの。チベット密教には多くの宗教では早めに禁圧される性魔術の面すらあるのです……日本では性魔術面は少なめですが。

 さらに日本で、鎌倉仏教の形でより洗練され、より容易に入れるようになりました。それこそカール・バルトが、親鸞の浄土真宗は完全なキリスト教とイエスの名ひとつ以外は完全に一致している……だからこそ真実と最も遠い、というように言ったほど。

 仏教も、浄土真宗以外生涯独身の出家があります。東南アジアなどでは、誰もが生涯に一時期出家するなど生活に密着してもいます。

 寺の、清掃など生活の厳しい規律、それは日本の武士道などにも強い影響を与えたそうです。

 肉食を嫌う食文化にもなりました。

 

 中国で特に仏教は栄えましたが、完全に皇帝権力と一体化はしていません。儒教を駆逐することもできていません。

 朝鮮では儒教に敗れ弾圧されました。

 日本では織田信長と一向一揆の長い戦いなど、独立性が高い武装勢力の面が強く、信長・秀吉・家康に徹底的につぶされました。が、一部例外はありますが禁教にはされず、江戸時代では体制と一体化しました。

 

 仏教は学問としても精緻であり、哲学としても水準が高いものです。

 

 ……中国や日本の近代以前の法哲学。どの程度が儒教、どの程度がどのような仏教なのか……それがどれだけ深いものか。筆者はただ無知を嘆き本を探すだけです。

 

 

 日本という国の宗教も特殊と言えるでしょう。

 

 神道、古来の神々……人の姿をした神々の神話もある程度ありますが、神道の中では像を作りません。自然崇拝の面がとても強く、穢れを嫌い清浄にする面も強くあります。

 本来は武の王であったはずの天皇、それが神道の神官としての面が強まりました。

『火の鳥 太陽編』などで仏教と宗教の葛藤が描かれています……本来描かれるべき聖徳太子、仏教伝来がないのも面白い点です。『火の鳥』では天武天皇が独裁と宗教強制を一体化させて終わりますが、史実はその面は大きくなく、仏教も多様に栄えますし、簒奪を防いだ和気清麻呂のように神道もずっと強いままです。

『鳳凰編』で描かれる東大寺のように、朝廷と一体化した巨大な仏教の繁栄はありました。それでも神道は残り続けました。

 本地垂迹という形で仏教と神道の統合もありました。伝説としての空海や行基・空也など、また『今昔物語』のように民間伝承と一体化する民間信仰の面が出るほど、仏教は人々と深く混じっていきました。中国と違い肉食禁止が深く浸透したことも注目すべきでしょう。

 そして長い年月をかけ、天皇も武人でもある王の面を捨てて神官に徹し藤原家が政治を行い、さらに地方支配を失って武士の世になっていく……そんな変化とともに、仏教を敬いつつ神道と一体化した天皇と朝廷の形ができました。地方でも寺も神社もあり、武士たちも、天皇や朝廷を滅ぼすこともしないし、仏教だけにして神道を滅ぼすことも、その逆もしませんでした。

 戦国時代が終わり、徳川幕府は、天皇・朝廷を『禁中並公家諸法度』で支配し、本願寺を東西分割するなど仏教も支配し、さらに儒教にも力を入れました。キリスト教だけは厳しく弾圧し、見事にほぼ消し去りました。キリスト教を弾圧するためにこそ檀家制度を作り、戸籍同様しっかりした管理システムとしました。西洋でも教会が出生結婚死亡を記録してきました。神道もうまく利用し、家康は権現として自分を神格化しています。

 ですが徳川幕府は明らかに、仏教にも、儒教にも、神道にも魂を売っていません。支配する、政府が機能する、に徹していました。

 儒教・仏教・神道を絶妙に組み合わせ、武士道に武道や茶道に禅宗も統合し、和歌漢詩、謡曲歌舞伎と文化も的確に利用し、貧しい農民から将軍天皇まで、道徳・学問・体育・芸術すべて高水準に教育する……

 精神支配の芸術ともいうべき、とてつもなく複雑精緻なシステム。学問・宗教・文化のとんでもない統合。

 

 明治維新で、廃仏毀釈という暴走もありました。そして国家神道という、まさに『火の鳥 太陽編』で描かれるような、政治利用に徹した人工的国教の設計製作。

 本来、宗教や文明を人が設計しようとしたら、大失敗するものです。トインビーが未来と非難するように。フランス革命やソ連、ブラジル皇帝や近代エジプトのムハンマド・アリーなどが失敗したように。

 しかし、明治政府は異様なほどの成功を収めました。その無理は太平洋戦争の敗北、戦後の精神的空白に至ったとはいえ……それこそ明治政府も戦後日本も、『迷宮課(ロイ・ヴィカーズ)』で、心臓手術から二十年生きたなら成功だし殺人から十数年ばれなかったなら完全犯罪と呼んでいい、というものではあるでしょう。創業から60年、長く世界屈指の巨大企業の座にいて倒産した創業社長を「失敗者」と言える人などいるでしょうか。さらに言えば、戦後、石油ショック後の精神的空白を埋め経済を支える方法など、どこの国の誰も見いだせていないのです。

 

 

 キリスト教もアリストテレスも、そして近代啓蒙思想も、侵略や奴隷制を支えもしました。アリストテレスの奴隷擁護論は後々にも奴隷制擁護に使われ続けました。

 しかし、奴隷制と戦ったのもキリスト教であり、様々な思想でした。

 スペインに新大陸征服を許したというか命じたのもカソリック教会でした。しかし、その暴虐を非難したラス・カサスもカソリックの聖職者でした。

 

 人間にとって、嫌というほど宗教、また身分や人種が重いことになっている……

 だからこそ、黒人や女性を積極的にキャストにした『スタートレック』、人種問題を厳しく告発する『X-MEN』などSF側の功績は小さくありません。




「小説家になろう」の歴史系で、現代から戦国時代に転生した主人公が法や政教分離を気軽に言って強制し成功します。
ですが、近代的な法、政教分離などは、間違いなく啓蒙思想の大家たち、さらにギリシャ哲学・ローマ法・キリスト教の数多くの巨人の肩の上に乗っているはずです。
そのことを知らないとしても、現代人にとって自然な「法」についての考えそのものが。
というか「法」という言葉の意味が、戦国時代の日中の知識人と現代からの転生者ではメチャクチャに違うでしょう。
そこを、ちゃんと法制度を整えようとしたときに戦国時代の日中の仏儒問わず学者に突っ込まれたらどうなるのやら。それこそ三段論法すら、戦国時代の日本の知識人にとっては異質を通り越している可能性が…ひたすら逆らう者は虐殺すればいい、といっても思想的な根がない、実際にはアリストテレス・アクィナス・ルソー・ホッブス・伊藤博文・芦部信喜が根なのに立法者自身がそれを知らない国家など可能でしょうか?
さらに、なろう歴史系主人公に強く共通する、現代日本の反九条精神からくる弱肉強食主義。それは現実近代世界の国際法や各国の憲法の理想主義と不倶戴天だってわかってるんでしょうかね…
弱肉強食が祖法だからあんたらの国際法は受諾できないと後のイギリス帝国に主張して潰されたり…
まして戦国状態の剣と魔法ファンタジーの国と現代日本人転生者の、法や論理の根本的な異質さってどれだけとんでもないやら…


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秦の始皇帝

『銀河英雄伝説』のラインハルト・フォン・ローエングラムのモデルはアレクサンダー大王やナポレオン一世、またドイツの王の名が出ます。

 ではルドルフ・フォン・ゴールデンバウムのモデルは?

 民主主義を利用して独裁者となった、という点ではアドルフ・ヒトラーに似ます。

 他にも選挙で選ばれた独裁者はロシアのプーチンをはじめ戦後史に多くいます。独裁者が長期の世襲を成功している、なら北朝鮮があるでしょう。

 しかし、むしろゴールデンバウム帝国という、文明か世界か、そのものを設計した存在、という面に目を向けてみましょう。

 

 文明そのものを設計する。文明そのものを改造する。残忍な独裁者。天下を、十分に広い地域を征服した征服者。軍事的な勝利者。

 文明そのものを設計し、同時に天下統一も成し遂げた存在……まず、秦の始皇帝。

 ロシアのピョートル大帝、レーニン、毛沢東。ムハンマドやアレクサンダーもそうでしょうか。

『スターウォーズ』のパルパティーンも民主主義を利用して独裁者となり、一人で体制全体を設計したようです。

 失敗者ですがナポレオン一世、エジプトのムハンマド・アリー、アドルフ・ヒトラー、太平天国の乱の洪秀全なども浮かびます。軍事的英雄であり、独裁者であり、文明設計者である。

 織田信長や曹操も、天下統一に近づいた英雄としても、革新的な制度を作った設計者としても高く評価されます。

 

 ムスタファ・ケマル・アタチュルクは征服範囲は狭いですが、文明そのものの設計・建設で高く評価できます。

 大帝国の宗教を変えた指導者も、文明そのものを再設計したと言えるでしょう。

 

 天下統一、というなら豊臣秀吉、中国各朝の太祖・高祖。シーザーも、イスラム各帝国の祖も。

 東ローマ帝国の皇帝の多く、ナポレオン一世やヒトラー、スペインやフランスの有力な王も天下統一の挑戦者です。

 征服者としては巨大だったチンギス・カンやティムールは、征服こそしてもそれを一つの帝国、文明として維持することはできていません。ピサロやコルテスは征服は巨大でも異質です。

『銀河戦国群雄伝ライ』の雷も乱世を統一した英雄です。『ファウンデーション』のミュールも統一を目指した群雄でしょう。

 

 設計だけして、軍事的な実行とは無縁であった思想家も多くいます。孔子から韓非子、マルクス、ルターから多数いる啓蒙思想、吉田松陰、ガンジーなど。また多くの、宗教反乱や革命をもくろんだ人たち。

 エンリケ航海王子も、あらゆる未踏の海をわたり全世界をヨーロッパが支配する、という後の帝国主義、近代にも通じる大業を始め進めました。それを補うものとして、あらゆる先住民を征服し奴隷化し改宗を強制すること、あらゆる文化を異端として破壊することを命じたカソリックの、名も知らない会議や教皇や枢機卿もあるでしょう。

『ファウンデーション』のセルダンは遠い未来の別の国、いや歴史そのものを設計したともいえるでしょう。

『銀河戦国群雄伝ライ』の師真は理想ではなく現実に徹し、まず覇道で統一をする、と決めています。新五丈ができてからも大風呂敷を広げず現実的にできることをして失敗を防ぎました。

「白人の責務」や「グレートゲーム」と言葉を作ったラドヤード・キプリング、また「明白な使命」という言葉もとんでもない力がありました。

 逆に悪の権化となった帝国を引き裂く英雄像も、『叛逆航路シリーズ』のブレク、『老人と宇宙』のジョン・ペリーなどいます。むしろSFではそちらが主流かもしれません。

『銀河英雄伝説』のラインハルトや、『デューン』のポウルは帝国を乗っ取って変質させる、中興の祖というべきでしょうか。徳川吉宗というより天武天皇、王莽や則天武后、西太后のような簒奪者でもありますが。

 

 変化に対応する、という形での世界設計もあるでしょう。

 人口が増え領域が大きくなっただけでも。衰退。格差の拡大。科学技術の進歩。宗教。伝染病。乱世。統一への流れ。そして、別文明との接触。

 ファーストコンタクトはする側とされる側、どちらも大きく変化します。特に疫病もあり、技術や宗教もあります。

 明治維新やピョートル大帝が変化に対応する代表的な動きであり、ムハンマド・アリーや、中国や朝鮮、オスマン・トルコなどの失敗した人たちも努力はしたでしょう。近代化を目指すも革命に追われたブラジルの皇帝、ほか多くの啓蒙専制君主も。

『ローダン』のローダン、『ヴォルコシガン・サガ』のピョートル・ピエール・ヴォルコシガンらは外からの侵略に対処して世界を最構成しました。『マクロス』のグローバルも結果的に変化した世界を牽引しました。

『スーパーロボット大戦OG』のビアン・ゾルダークは外との接触からビジョンを出し、世界征服の行動を起こしました。

 

 また勝者として、支配者としてではなく、『宇宙軍士官学校』のように「被征服民の権力者・軍人」の立場で奮闘することも、変化の中の英雄の一つの像でしょう。

 

 

 一人で世界・文明・文明圏=多数の人間、いくつもの国だった知られる限りの地域全体を一つの巨大帝国とし、制度・法・宗教・文化などすべてを設計する。

 偉大過ぎる事業です。「人の身に余る」と言っても誰もが納得するほど。

 歴史の多くでは、ある時代に達すれば広い地域を支配する帝国が生じ、制度や文化を築いていくものです。

 建国帝の名が伝わることは多いです。

 そこで、まったく違う規模となった巨大国を支配する……そのために自分たちを変える。理想的な国家を考え、その通りに世界を作り変える。

 それをしたのが始皇帝など。

 ルドルフでさえ、どこかの国を征服したわけではありません……むしろ縮小。海賊討伐が征服・統一だ、と言えなくはないですが。征服者であるラインハルトも、制度の多くは引き継ぎました。

 

 世界、文明、文明圏……どの名がいいか。

 当時のそこの人にとっては事実上全世界であり、外部がない……といっても中華も古代ローマも、常に別の国が遠くにあることは知っていました。

 トインビーやハンチントンの文明についての考えもあります。国家以上の、文化などをある程度同じにする大きい集団。

 作物や文化、宗教の共通性も大きいでしょう。といっても、同じイスラムでもモロッコがインドネシアの要求に応じて兵を出すとは思えませんが。

 民族主義という厄介な宗教・精神伝染病もあり、たとえばスラブ民族・ゲルマン民族などは国を問わず同胞だと考えてしまいます。それに近い何かとして共産党やバース党も。

 近代そのものも、法制度・文化・生活様式などの統合体として文明に近いものがあります。

 

 ルドルフがしたこと。

 衰退した連邦の、清廉な若い軍人として活躍し、政界に転じて人類の指導者となった。そして国家制度を利用して地位を兼ね皇帝となり、劣悪遺伝子排除法、福祉廃止など極端な政策を推し進めた。

 功臣を貴族として身分制度を確立。秘密警察による共和思想の弾圧。軍・貴族・官僚の三位一体の統治体制を作り上げた。

 とても長い、全人類を統一するという称号。

 ゲルマンの文化、遺伝子がよいとし、文化・人種でも価値観を作り上げた。

 その後も、皇帝崇拝・民主共和制に対する激しい弾圧・全人類統一というイデオロギーによる帝国は五百年倒れない。同盟の発見・フェザーンの自治権獲得により変質し、終わりなき続く戦争で人口を十分の一近くに減らしつつ、戦争では戦略的に勝ち続け、ラインハルトとヤンの時代を迎える……

 ラインハルトは帝国という枠をそのまま用い、文化も帝国文化をほぼ無批判に受け入れているなど、ルドルフを倒そうとしながらその掌から出ていない感じがあります。同盟にも、帝国以前の過去にも、ほとんど関心を向けていないです……ヤンが生きて仕え、ラインハルト自身も長生きしていたらそこは違ったでしょうか。

 

 

 始皇帝が作ったこと。

 強国の若き王となり、天下統一を成し遂げる。

 中国の領域、その領域が統一されていなければならないことを定める。

 漢字という、話し言葉に違いがあっても学問や命令を問題なく動かす、共通高等言語・文字。

 皇帝、詔などの言葉。

 度量衡、貨幣などの統一、道路・治水など、官僚機構や法制度も、始皇帝以外も含め統一帝国に欠かせないことです。

 それら始皇帝が定めたことは、その後何千年たっても変わりません。

 

 特に、ある領域が一つである、という観念は、他の文明であっても人の心を強く束縛します。

 中国の、天下。天下を統一する、しなければならないという強い圧力。

 日本も地理的には無数の谷と盆地でできているのに、天下という観念が強くあり統一したがることになります。稲にこだわり、そのため北海道や樺太を長く放棄したことも日本という天下でしょうか。

 古代ローマ帝国はその後も、あらゆる国の伝統・正統性となり、同時に束縛する大義となりました。特に双頭の鷲の旗。あれは一つだったローマ帝国とキリスト教が東西に分裂した、だからいつか統一するという意思につながり、だからスペインはイスタンブールまで、またロシアもエルサレムどころかスペインまで征服しなければ許されないのです。スペインは新大陸の侵略経営などついででオスマントルコと争い、ロシアは中東にちょっかいを出してクリミア戦争になり、最近もシリアに手を出しています。

 イスラムも、イスラム圏全体が一つの帝国である、という考えが昔からあり、今も多くの紛争やテロの大義になっています。

 逆に、アフリカも南アメリカも、決して統一帝国ができません。「アフリカは一つの天下であり統一しなければならない」と、皆が考えていないからです。

『銀河英雄伝説』は人類全体が一つでなければならない、という考えがとても強く、特に帝国側が征服戦争を続ける強い動機になりました。

『スタートレック』のボーグも、すべての文明・生物を一つにしようと活動し続けています。

 

『タイラー』で、ラアルゴン帝国の支配権を与えられたタイラーが、即座に祖国を裏切ってでも全人類を統一したのは、颱宙ジェーンとの戦いに全人類の力を結集し、「(娘)キサラに未来を」ただそれだけです。そしてジェーンとの戦いのためなら、せっかくの統一銀河も三分しました。彼にとっては統一も何も手段に過ぎないのです。

 

 始皇帝も、あえていえば漢の劉邦・さらにその後何代かが事業を引き継いだからこそ、中華帝国という金型ができあがったと言えるでしょう。

 日本の戦国を終わらせるのに、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康とバトンを継いだのにも似て。

 古代ローマのシーザーからアウグストゥスも、引き継ぐことで帝国の形を作ったと言えるでしょう。レーニンとスターリンも。

 ルドルフも、正嫡なく死んだのにヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンがきちんと帝国を守ったから帝国の形が保たれたと言えます。軍・貴族・官僚の三位一体もありました。ルドルフ自身が長く支配し、支配と服従が定着していたことも大きいでしょう。

『スターウォーズ』のパルパティーンにはそんな存在はなかったようです。皇帝の死後もスローン大提督は軍事的勝利を重ねましたがそれだけでした。また、反乱同盟にも銀河をしっかりと再統一し、安定させる力はありませんでした。

 

 日本の明治維新は多くの人が協力して成し遂げられました。

 水戸学などの膨大な知があり、佐久間象山や吉田松陰など知者が生命と引き換えに考えを作り、その弟子たちが多くの犠牲を出しつつ激しく活動しました。それだけではなく幕府側からも多くの優れた人材が加わっています。

 アメリカの建国も、イギリスも一人の大英雄が設計したとは言えません。

 

『ガンダム』の宇宙世紀は、シャアの父親ジオン・ズム・ダイクンという精神的指導者・政治家がジオニズムという形を作り、ザビ家がそれを簒奪して戦争につなげました。

 連邦側の思想家や政治家は奇妙に出てきませんが、たとえばティターンズの指導者など過激な思想はあります。

 

 ナポレオン一世の征服も、思想を押しつけるためという面がありました。またラインハルトにはその時間がなかったナポレオン法典という巨大な業績もあり、近代世界の構築そのものに大きい足跡を残しています。

 ヒトラーも、残忍な独裁・激しい侵略と同時に、強烈な美意識による文明そのものの設計もかなりの深さでやっています。もし第二次世界大戦・ソ連攻撃をせず、適度な領土で満足していたらどうなっていたでしょう。

 

 文明を設計し創造する、設計者であると同時に征服者・独裁者でもある、その場合は常に膨大な虐殺・思想弾圧があります。

 ただ征服者、為政者であるだけでも多くの虐殺はしなければならないでしょう。それにさらに、反対されやすい新しい思想・体制を押しつけるという無茶も加わるのです。

 粘土を型に押し入れて製品を作る、粘土自体もひしゃげ圧迫され、粘土の相当部分は型から漏れて削り落とされるように。

 ルドルフも膨大な虐殺をしました。パルパティーンも星をも破壊する暴虐を尽くしました。

 始皇帝も、織田信長も、ヒトラーも、スターリンも、毛沢東も、膨大な虐殺と焚書坑儒の悪名を負っています。

 

 

 始皇帝についての結論は、何よりも時代が変化したことをちゃんと直視し、新しい酒を新しい革袋に入れようとした、それだけは高く評価できます。

 結果が短期間での滅亡であり、漢が簒奪を正当化するために悪の権化とされますが、聖賢の道よりずっとましです。

 

 始皇帝については、特に今の日本では人気漫画『キングダム(原泰久)』の影響が強くあります。かなり史実との違いはあるにせよ、史実そのものが『史記』などわずかな書物からしかないのです。

 始皇帝は、『三体』でもゲーム内などで重要な役割を持ちます。

 またそれを変形した、けた外れの人数で人間計算機を作る狂った権力者の短編もあります。

 

 ここで一言。

 筆者がとことんやりたくないのは、『超巨人 明の太祖朱元璋(ゴ・ガン)』の、「すごい人だったが共産主義でなかったことが誤りだ」「腐敗をなくすため臣を多数処刑し続けたが、共産主義でなかったのだから腐敗はどうしようもなかった」というようなことです。そう書かなければ処刑される身だったとしても。

 かといって、現在の基準で裁かない、を行き過ぎて何をしようと全部容認肯定する、さらに人権人道を否定し「虐殺や赤狩りを徹底的にやれば素晴らしい」とするのも正しいとは思えません。

「その行為は地球人滅亡の確率を上げるか下げるか」と、ついでに「地球人全体の価値を上げるか下げるか」ぐらいの価値判断はします。1+1=2も、首を切れば人は死ぬことも時代地域問わず同じでしょう。また個人的な好き嫌いとして、拷問や虐殺や文化財破壊は嫌いです。

 

 始皇帝の生涯をごく簡単に言うと、前半生は呂不韋という「奇貨居くべし」で知られる商人の冒険譚となります。

 外国に人質として送られ、重視されていなかった王子……始皇帝の父、荘襄王……に大商人が目をつけ、カネの力で後継者に押し上げた。さらに呂不韋の女をその王子は求め、それで生まれたのが政、後の始皇帝。

 政はついに本国に戻り、祖父や父が早死にして13の若さで即位、ずっと呂不韋が宰相として有能に国を栄えさせた。政の母のスキャンダルをきっかけに実の父かもしれない呂不韋を自害させ、王が権力を得る。政の兄弟の反乱もあった。

 親ととても複雑な関係。どちらが実の父かわからず噂は当然あるでしょうし、母に裏切られる痛みも大きいでしょう。ただその心を慮ってもそれほど意味はない、サイコパスで何も感じていないかもしれませんし、『史記』に間違いがあるかもしれません。

 それから短期間で各国を滅ぼし、天下を統一しました。統一後もさまざまな事業に取り組み、旅の途中で死にました。

 後継者の暴政もあり、農民反乱が起き短期間で秦は滅亡。その群雄から低い身分の劉邦が最終的に勝ち、何百年も続く漢帝国を作り上げます。その戦乱は日本の戦国、中国ののちの三国志に並び日本人にも親しまれています。朱元璋もチンギス・カンもムハンマドもティムールもすごいのに。

 

 豺狼を思わせる外見描写も書き残されています。その描写は『銀河戦国群雄伝ライ』の雷についても言われています。

 

 本人に武勲が乏しいのも面白い点です。自分で軍を率いることがない。反乱などでも自分が前線に立って敵兵を切り伏せる、ということはない。

 よい将軍に大軍を任せ、余計なことをせず待ち、果実をしっかり得る、という、君主のある理想の姿でもある。兵站や情報の軽視、迷信を理由とした大敗もない。完全ではないが人を見る目もある。李信が楚に破れても、以前却下した将にそれ以上の大軍を任せて結局は勝つ……自分の正しさを押し通すために現実を完全無視する、無駄に怒り狂う、という愚かさはない。大敗した李信も処刑とは書かれていない。

 暗殺回避は多い、運がいい。

 唯一体を使ったのが、荊軻による暗殺未遂。服が破れても素早く後退し、逃げ回った。長い剣をとっさに抜けない腕の悪さはあっても、結局は生き延びたのだから勝ち。

 自分自身の腕力がなくとも、十年ぐらいの短期間で六国を滅ぼし、天下を統一した実績はどれほど評価してもよいでしょう。

 それも秦そのものの強さがあってのことです。

 

 秦という国を考える、ならば中国そのものも考えるべきでしょう。

 地政学では、中国は島と言えるそうです。北と西は不毛の荒野、南は突破不能の密林、東は技術水準が低いと渡航困難で豊かな対岸があるわけでもない海。少なくともインドを征服する大軍を出すこともできませんでした。

 北の黄河・南の長江と二つの大河が、西から東の海に流れています。その間も多くの川があり、天然の水路網になっています。また中原と言われる地域はほとんど山脈がない、天然の障壁がありません。ピレネー山脈やアルプス山脈に分断されるヨーロッパとは違って。

 川という高速道路があると、都市国家の壁で籠城して敵が先に飢えるのを待つ、という手が有効になりません。小船でも大量の食料を運べてしまいます。

 ちゃんと治水灌漑をするとものすごい利益になりますが、怠ると洪水でものすごい被害が出ます。

 また、常に遊牧民の脅威があります。

 堤防を作るのも人を集め指揮します。遊牧民から自分たちを守るにも、軍がちゃんと動くには一人の絶対指導者に服従しなければ負けます。

 それでギリシャと違って都市国家の自由市民・民主主義とならず、一人の独裁者がけた外れの全権を持つ政治的伝統になったのでしょうか。

 祖先を同じくする「族」がとても強いことも特徴です。日本と違って同性不婚が厳しかったりしますし、極端に孝行・先祖崇拝が強いです。「族」内での徹底した財産共有も言われ、誰もが「族」に強烈な忠誠心を持ちます。

 そのためか、刑罰が個人ではなく、族滅が多いです。『ロミオとジュリエット』のように、族と族が底なしに争う……一人を傷つけたら、「族」の最後の一人まで、敵の族の最後の一人を殺すまで戦い続ける……なら政敵の族を皆殺しにしなければ枕を高くして眠れない、と。

 

 古代ローマでもシーザリオンなどある程度ありますが、たとえばシーザー自身、スラが迷いながら生かしたように徹底するのが伝統・普通の刑罰、ではない感じです。

 日本も、鎌倉時代以降、「子供だった頼朝義経を生かしたら平氏は滅ぼされた」と敵対した武家は赤ん坊も皆殺しにすることが多い、ただし女子供を寺に入れて生かすことも多いです。たとえば石田三成の子供たちが多く生き延びています。忠臣蔵でも、浅野内匠頭の親族が長くお家再興運動の相続候補となり、出家した妻も活躍します……九族皆殺しではない。

『銀河英雄伝説』でもリヒテンラーデ一族、またルドルフ時代からもあるように、帝国の刑罰は一族に及ぶのが普通でした。尚書、という制度もあるのも中国を思い出させます。

『スコーリア戦記』のソズたちの子、『デューン』のポウルの長男なども当然のように殺されています。

 一族とは少し異なる、惑星ごと皆殺しにする懲罰が『スターウォーズ』のデス・スター、『彷徨える艦隊』のシンディックなどに見られます。

 古代ギリシャやモンゴルなども、敵となり抵抗したら都市国家全体を皆殺しにしたり、男は皆殺し女子供は奴隷、とします。三日の略奪、抵抗したら皆殺しか男は皆殺し女子供は奴隷、が人間の本当の標準・普遍の法と言っていいでしょう。

『現実』の近代ではパラグアイ三国戦争が国民の半分近く・成人男性ほぼ全員と極端に死亡率が高いです。

 そのような残虐水準の文明ごとの違いも注目すべきでしょう。フランシス・フクヤマは、古代中国の40万人あなうめなどが、大げさに言っているにしてもローマやインドに比べて多すぎる、と指摘しています。

 またペロポネソス戦争前後、アテネが都市国家の皆殺しを乱用するようになったことも注目すべきことです。残虐水準が時代によって高まることもある。

 近代国家だったドイツのホロコースト、また平和な近代国家だったユーゴスラビアでの強制収容所・組織的レイプの衝撃、首都は近代的だったイラン・イラク・シリア・アフガニスタンが女性や西洋文化を残忍に抑圧し残酷な刑罰が当たり前になったこと、そしてロシアのウクライナ侵略など、極端な文明の逆行・残虐水準の増大が報道され、衝撃を与えています。

 

 その中国で、秦は中心からかなり外れた野蛮な地でした。逆に西の遊牧民と戦いつつ、西からの別の先進的な文化や技術も受け止めていました。

 もともと函谷関で知られる天然の城であり、肥沃な農地で大人口が栄えていました。

 そして、多くの智者を中原各国から受け入れて宰相を任せ、国を強くしていきました。別の知を受け入れる柔軟さがありました。

 有名なのが商鞅による変法。徹底した法治主義……身分が高くても罰される、権力のある「族」のかばい合いを許さない。厳しいが公平な法と裁判。商業を許さず、農業と農民からの徴兵を徹底して富国強兵。

 また大規模な土木工事。

 始皇帝の時代ですが、各国の臣を買収するなど、諜報戦にも優れました。

 それによって秦はどんどん強くなり、始皇帝がその力を一気に使って全国を統一しました。

 

 辺境の方が軍事力に優れ勝つ、というのも歴史的にはよくあります。

 古くから栄えた地域は森林も切りつくし鉱物も取りつくしているし、古くからの伝統、陋習がたまっていることもあるでしょう。

 日本でも関東地方が栄えて鎌倉・江戸と天下を支配しました。

 世界史でも繁栄していたメソポタミアなどから離れたローマ、そしてイギリス、アメリカと覇権が移動していきました。

 

 

 天下を取った始皇帝は、「自分はこんな偉業をした、とても偉い」ことを伝えようといろいろします。

 膨大な書類を毎日自分で決済する、ワーカホリックも書かれています。

 そして文字・度量衡などを統一し、軍用・皇帝専用ですが道を整備します。

 天下、と一区切りしながらも遊牧民や南越と侵略戦争は続けます。南越を攻めるにはまた大水路工事もやりました。

 そして長城、宮殿・陵墓などの大工事。今の観光地化された万里の長城は明の時代、始皇帝時代はあのような石やレンガではないそうですが。

 

 結果的な農民反乱もあり、暴政だと言われます。

 しかし反乱は始皇帝の死後であり、それまでは限界をちゃんと見ていた、とも解釈できます。どこまで絞れば限界を超えるか、それをわかっていた有能な人が粛清された状態で好き勝手に無理を命じたから、と。

 それまで長く秦が栄えた中、どれぐらいが限界になるかわかっていないはずはないと思いますが。

「民の苦しみがひどすぎる、これ以上絞ったら危険だ」と報告する地方官はいなかったのでしょうか?各国の大臣を買収して勝っていった秦、情報も重視していなかったはずはないのですが……真人になるためと宮廷の奥に隠れた始皇帝、そして二世皇帝の代になれば、もう下からの声は聞かれず限度を超えてしまったのでしょうか?

 そこは今はわかりません。

 単に工事をやり過ぎず民を休ませればよかったのかもしれません。

『史記』を読む限り、特に楚という地域には、ナショナリズムと言っていい激しい秦に対する憎悪があったようにも見えます。作物も文化も違うのです……逆になぜ、漢がそれを治めきれたのかが不思議なほどです。

 

 多すぎなければ、土木工事も戦争も民にとっても利益になるのです。平和という大きな利もあります。

 厳しい法も。

 

 漢が儒教を用い、それで漢そのものが正しかったとした、だから秦の法家は間違いだと強く主張されます。儒教を選び続けた後世も。秦が短期間で滅んだ、という大きな根拠もあります。

 しかし、秦は厳しい法で富国強兵を成し遂げました。全国を統一しても、厳しい法の国は大きいメリットもあります。

 厳しい法の国は、鍵をかけなくても眠れる、治安水準が高いというメリットがあるのです。それはたとえば織田信長についても言われます。

 法が厳しければ騙されるリスクも少なく、あらゆる産業を安心してできるでしょう。秦は商業を嫌いますが。

 法は、行が単純で教義が普遍的な高等宗教や、論理、幾何学とも似て、さまざまな異質な民族が共存できる器ともなります。

 富国強兵なら負けて虐殺される心配も少ないです。

 土木工事も、水路や堤防はうまくいけば膨大な農業生産と交通につながり、国も人々も富ませます。

 愚かと思える、巨大な陵墓や巨大な宮殿も、少なくとも「人間すべてが正しいと思っている」として、「巨大な陵墓や宮殿を作り、けた外れの贅沢を見せつける帝王に、人々は凄いと思い知って心の底から服従する」……があるようです。物語、霊的安心感も、人間は強く求めます。

 またピラミッドが公共事業だった、という説もあります。農閑期に食わせるため、もあるでしょう。

 

 始皇帝の碑文なども、常に法治国家のメリットを主張しています。『さよなら銀河鉄道999』でメーテルが母プロメシューム女王について「よかれと思って」と評したように。

『現実』でも、アフガニスタンで結局タリバンが勝利したように、厳しすぎでも支配がちゃんとあるほうがましで、支持されることも多いのです。

 また淫乱な習俗を潰した、という自慢も始皇帝の碑文などにあります。性道徳も法であるのは当然であり、それが乱れれば世界が滅びるという感情も当然でした。

 厳しい法で正しい生活を習慣づけることで心も正しくする、という考え方もあるでしょう。近代で学校・軍・刑務所がそうするように。

 そのメリットが正しく伝わらなかったか、ある時期から抑制を失って限界以上の酷使になったか……また以前考えたように、陳勝のように悪天候で遅刻し行っても死刑、は狭い秦ならほぼありえないけど広い天下だと多すぎることになった、のかもしれません。

 事業に失敗した者から全財産を奪うのは、正しい法の執行だから正しい……でもそれは怠けたものを罰するための法であり、バブル崩壊のような異常な時代では、まともに商売していた人もそうなり、あまりに多くの工場や農地が競売にかけられ真面目な人の多くが破滅したら世界全体が大損する、ということもあるかもしれません。

 家から見える堤防を直し、すぐ近くの山を守って戦うなら納得できる、でも歩いて40日かかる遠くで工事や兵役をやるのは不満だ、があったのかもしれません。

 

 

 始皇帝自身は、祖霊の力などは言いますが、人格のある太陽神の命令で征服した、自分が神そのものだから、などは言いません。裏切ったから、悪だったから滅ぼした、という感じです。

 ただ、神仙・不老不死に夢中になっています。

 それは水銀の入った薬で寿命をかえって縮めたでしょう。また、「人に見られないようにすれば真人になれる」を真に受けたことで多くの臣と常に接することがなくなり、結果的に宦官と宰相の二人だけしか接する存在がなく、遺言も多人数に公開できなかったため二人が裏切れば国を乗っ取られる状態を作ってしまいました。

 猜疑心が強い、という割には致命的なミスです……猜疑心が強い、と人に見られない、は決して両立しません。

 

 天下を統一してしまって、何を目的にするか。それは宗教の影響が大きいようです。

 その地域の宗教にその概念がなければ、たとえば「天に行く」「大仏を作る」という発想は出ないわけです。イスラム帝国はどれほど豊かでも、巨大なアラー像を作ることはできないのです。

 始皇帝には神仙という技術と信仰の複合体があったから、それを目的にしてしまったわけです。

 不老不死も多くの権力者が求めます。それこそ『火の鳥』でヒミコ、平清盛らが火の鳥の血を求めて自滅しました。『未来編』の猿田博士も、生命を解き明かそうとしたのは似たような愚行でしょう。『火の鳥』に始皇帝が出なかったのが不思議なほどです。

 そしてルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが不老不死を求めなかったことも不思議です。

『銀河戦国群雄伝ライ』の雷は、天下を統一したらそれ以上何かを求めて狂うことはなく、安定した統治ときちんとした相続で満足したようです。最後の戦いで、誰もが皇帝になれる下克上の時代は終わりにする、という宣言もありました。

『反逆者の月』のコリンも、アチュルタニに勝利してからは安定で満足したようです。

『ローダン』のローダンたちは、それこそ次から次に奇妙な課題が出て、太陽系帝国という形もどこかに行ったように戦い続けます。数十巻ごとに登場人物表を見るとローダンの肩書も全然違います。

『銀河英雄伝説』のラインハルトは、それこそ燃え尽きて死ぬだけでした。暴君になる暇がなかった、とも言われます。

『現実』のアメリカには、かつてはソ連に勝つ、という目標があり、そのために月に行くという目的に力を注ぎました。しかしソ連が自滅したら目標を失い、有人月飛行も、巨大加速器SSCさえも中止するなど目標のない状態が続いているように見えます。

 大英帝国そのものには、どんな目標があったというのでしょうか?

 アレクサンダー大王は、ひたすら武勲、『イーリアス』のアキレウスのような英雄に憧れた、と言われます。

 豊臣秀吉は明・朝鮮を攻め、後継にも失敗し、後の体制も不安定で豊臣家は滅びました。

 

 エジプトでは巨大なピラミッドを作る、という目標がありました。

 始皇帝も、不老不死とは矛盾していますが、巨大な陵墓を作りました。暴かれても地下に兵馬俑が残り、今に膨大な情報を伝えてくれています。

『火の鳥 ヤマト編』の大王はとても戯画的に醜く描かれていますが、墓と歴史を強く進める態度は、感じとして始皇帝と強く共通します。

 また思えば、始皇帝の墓が生贄の骨ではなく兵馬俑だったのもそれまでにすでに『ヤマト編』と同じように人身御供から粘土像にしよう、という大きな進歩があったことを示しています。どの文明もすごく昔は多数の人を生贄にしていました……どの文明にもあることなのでしょう。コロンブス以前の中南米では生贄の時代のままで、それはスペイン=キリスト教徒の激しい怒りを生みました。

 他にも日本の古墳、中南米のピラミッドなど、驚くほど昔の国家が、低い技術で巨大な陵墓を作り上げています。

 宗教の発達、方向性によってはとことん巨大な神殿・教会を作ることに力を注ぎます。古代エジプトでも、メソポタミアでも、またアンコールワットなど巨大な遺跡が多くあります。

 

『銀河戦国群雄伝ライ』でも弾正の巨大な陵墓が作られ、すぐに暴かれます。他に、宇宙戦艦作品で、超巨大な陵墓を作った帝王はいるでしょうか?

『銀河英雄伝説』のルドルフについてはそれは語られていません。

『ヤマト3』のシャルバートの王家の谷は技術を封じた宝の山でもあります。

『ローダン』は主要人物は細胞活性装置で相対的不死ですから必要ないでしょう。

 

 墓、自分の死後を考えるのは、特に不老不死の可能性があると考えることも嫌となります。

 それは相続という、始皇帝の最大の失敗にもつながります。

 母や兄弟とも殺し合い、また多くの悲惨な家族間の殺し合いを見てきた始皇帝は、自分の子でも太子と決めて確定させるのは危険だと考えたでしょう。

 それは帝王に常にあるジレンマです。後継者を確定したら、その後継者に人や富、武力も集まり、父である自分を倒せる力になってしまう。親子であっても信用できない。

 後の清では、皇帝が後継者を決めて書いておき、誰にも見せない、皇帝が死んだとき初めてわかる、という手を使いました。

 

 始皇帝は、諫言に腹を立てて長男を優れた将軍とともに遠くの前線にやり、しかも自分は旅をしていました。

 旅先で文武百官がいるわけでもない状態で急に病が重くなり、長男を後継にすると遺言したそうですが、その遺言が宦官の趙高と丞相の李斯に握りつぶされ、末の胡亥が擁立されました。

『銀河戦国群雄伝ライ』では弾正が正宗に国を譲ると決めたのに、遺言を託した忠臣が殺され握りつぶされます。

 徹底して集まっていた最高権力の、瞬間的な乗っ取りでした。旅、長男を遠ざけたこと、群臣から隠れたこと、全てが裏目に出ました。

 ですが、それこそ法家・韓非子の教えの通りです。人は悪いのだから、悪いことができないようにしろ、と。

 後には李斯も、胡亥も趙高に殺されました。

 あまりにも権力が集中した帝国は、後宮の、権力闘争の達人が簡単にすべてを得ることができてしまいます。

 それは中国でも、後も宦官外戚の害、また呂后・則天武后・西太后と繰り返されます。

 といっても、中国は三権分立など考えることはできない……皇帝、一人だけの独裁者、というシステムがあまりにも強く定着しています。

 そしてすぐに多くの有能な重臣・皇子を抹殺した政権は、まともに巨大帝国を運営できず短期間で滅びます。権力闘争の達人は、反乱鎮圧の達人ではないのです。

 ただ、どちらも宮廷では残忍でも呂后は民を満腹させ、則天武后も晩年になるまで最も有能な君主でしたが。

 またスターリンなど共産主義国も、権力闘争の達人がけた外れの権力を得て恐怖政治で支配するのが常です。

 それに似た『彷徨える艦隊』のシンディックや『レンズマン』のボスコーンも権力闘争の達人でなければ生き延びられません。

『タイラー』でもラアルゴン帝国はワングという奸臣に、簒奪寸前まで侵されドムもアザリンも殺される寸前でした。

『反逆者の月』でも潜んでいた悪人が後継者の王子たちを殺そうと陰謀をめぐらします。

『スコーリア戦記』では皇帝が死に皇太后が全権を得て行方不明の皇太子も手に入れ、欲望と自惚れを暴走させすべてを征服しようと戦火を拡大します。

 

 また、始皇帝も一人の人間としてもカリスマ性があり、反乱しない程度に工事や徴兵を抑えるような優れた人間を地位につける、人を見る目があったのでしょう。最後に裏切らない人間をそばに置くことだけは失敗しましたが。

 一人の人間が死ねば帝国が終わる……特に遊牧民帝国でよくあることです。またアレキサンダー大王も。

 ゴールデンバウム帝国もそうならなかったのが不思議ですし、ローエングラム帝国もそうなる可能性は大きいでしょう。

『スターウォーズ』のパルパティーン皇帝は相続をあまり考えていないようですが、フォースを用いた不老不死をあてにしていたらしいです。

 

 逆に、長続きした帝国は、相続という困難なことをうまくやってのけたのです。

 まず建国者、その後継者、その次、と三代ぐらいが有能で、長寿であること。唐や明のように最初のほうで家族間の反乱があっても長続きしたこともありますが。

『ローマ人の物語』などで強調されますが、政治家の優劣に「長寿であること」もあります。その点ではアレクサンダーや始皇帝さえも評価が低くなるのです。もちろんラインハルトも。ルドルフは長く生きたからこそ成功したとも言えます。

 徳川幕府の家康は異例なほどの長寿であり、だからこそ豊臣家を滅ぼすことに成功しました。また二代目の秀忠、三代目の家光も長期間発狂せずに統治し、しっかりと徳川幕府の日本を築きました。

 清帝国、ムガル帝国なども、三代目まで長寿・名君です。

 古代ローマ帝国もアウグストゥス・ティベリウスがそれなりに長く統治し、帝国の基礎を作り上げました。

 始皇帝が長生きできなかったことも、秦滅亡の大きな理由と言えるでしょう。

 

 

 始皇帝があちこちに旅をした、同時に道路も整備したことも大きな事業です。

 帝国には道路が必要です。それは通信でもあります、よい道路を馬でリレーし、文字で書かれた文書をやりとりすることで、かなり多くの情報を速く正確に運べるのです。封や暗号がしっかりした文字なら伝言ゲームや途中での改竄もありません。

 古代ローマも「すべての道はローマに通ず」と言われるように、今も使われるほど高度な技術でできた道路を多く作りました。

 ペルシアのいくつもの王朝も、膨大な道路を整備しました。

 ナポレオンも、交通や通信に力を入れ、特に腕木通信というきわめて速い情報通信技術も知られています。

 イギリス帝国は港湾、運河、鉄道、電信、海底ケーブル、と技術革新を使いつつ帝国を、交通と通信双方で一体化させていきました。

『銀河の荒鷲シーフォート』では、船が植民地と行き来し、人や情報を運ぶ唯一の手段です。

『ヴォルコシガン・サガ』も船が最速で、さまざまな使いがワームホール網を行きかいます。

『クラッシャージョウ』の、クラッシャーの本来の仕事は土木工事です。小惑星を破壊して星間通路の難所を交通しやすくするなど。工事そのものは作中ではほとんどやりませんが。

 

 逆に帝国の衰退の大きな症状として、道路の寸断・山賊海賊の跋扈があります。

 だからこそ、シーザーもルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも、海賊狩りによって名を上げています。

 

 旅そのものもかなり重大でしょう。『項羽と劉邦(司馬遼太郎)』では、始皇帝が旅をして自分自身を各地の人々に見せてアピールしたのは、まあ初めてだったから、劉邦はそれを反面教師として儒教儀式を使った、とあります。

 日本の近代も、天皇が多くの巡幸をして日本各地を回り、それも日本にとってとても大きなことでしょう。

 

 度量衡も、あらゆる帝国にとって重大なことです。

 暦、文字などと同じように、文明そのものの特徴になるのです。残念ながら古代ローマ帝国の共通度量衡やその決定者はわかりませんでしたが。

『銀河英雄伝説』ではルドルフが、自分の体を基準とした長さや重量を共通単位としよう、と言って諫言されやめたとあります。

 フランス革命ではメートル法が作られ、それは暦と違って大成功しました。

 特にアメリカは頑固にヤード・ポンド法に固執し、『現実』でも宇宙船の大事故による大損害の理由となっています。『銀河遊撃隊』でもメートル法とヤードポンド法の間違いでワープが狂ったことが話の始まりでした。

 

 度量衡、法、文字、貨幣、車の軌間、人の心の中まで何もかも統一したい、もっともっと……天下統一でも満足できない……

 それが始皇帝のやることに見えます。

 

 

 他の文明は、そこまで一人の人間がすべてを設計することはないでしょう。

 アレクサンダーは巨大な征服と、故郷からの友に反対されても融合された帝国を作ろうとする柔軟さがあり、あまりにも若く倒れました。

 チンギス・カンは征服者として巨大でしたが、巨大な器に何を入れるかは考えていなかったように見えます。

 スペイン王は膨大な新大陸を征服しながら、そこにあった知的資源も焼き尽くし、農業などの力も失い、カソリックの信仰と威信にとりつかれて無駄な戦争にすべてを浪費しました。

 ナポレオン一世も、偉大な法典、近代国家のひとつの手本を作りながら征服を止められず自滅しました。

 さまざまな作品の銀河帝国も、一人が作り上げるものではないでしょう。古代ローマ帝国や徳川日本のように、何代もかけて、膨大な知性を集めて作り上げていくものでしょう。

 ただ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと、パルパティーンは圧倒的な意思ですべてを作り、すべてを支配しようとしました。

 ルドルフは五百年続き、ラインハルトの後も帝国には違いない成功をおさめました。

 パルパティーンは死にましたが、『非正史』でも『EP7,8,9(シークエル・トリロジー)』でも戦いは続きます。

 

 繰り返しますが……確かに始皇帝は失敗しました。

 しかし、彼はわかっていたのです。『韓非子』にある、日本では童謡「待ちぼうけ」で知られる、兎が切り株にぶつかって死んで得をした、だから耕すのをやめて切り株で兎を待つ……過去、聖賢の道をそのままやることは愚かだ、と。智者たちがそうしろと言った、それは否定すべきだと。

 封建制にするか郡県制にするかなどの節目で、法家の李斯が訴えます。儒者たちが言う聖王たちの時代はごく狭い国、今のこの広い天下とは違う、と。始皇帝もそれに賛成しました。

 面積も、人口も、技術も、含まれる気候帯も、何もかもが違う。古い制度、古い道徳で治められるわけがない。

 だから手探りで、自分で新しい方法を考えた。「皇帝」という漢字二文字も始皇帝自身が考えた。

 国の大きさも、何もかもが違う。なら自分で考えなければならない。

 その挑戦が、膨大な試行錯誤があったからこそ、劉邦は長続きする帝国を作り上げることができたのです。

『宇宙軍士官学校』が常に強調する、変わることの必要性。

 それがあったから、日本は明治維新に成功した。

 古きにすがって逃げるより、挑戦するほうがいい。ただ、最悪を前提にしてちゃんと考えなければ……といっても、考えても『三体シリーズ』のように不足していることもありえる……

 筆者が、今の知識、後知恵から始皇帝に言える文句はいくらでもあるでしょう。しかし、筆者も今の時代のいちばん賢い人たちから見ても、また100年後の凡人から見ても、今始皇帝を振り返って評するよりも愚劣でしょう。

 完全な知がない以上、誰もが愚かなのです。なら、やってみるしかないのです。

 今は時代が変わっている、復古を選ぶべきではない、とわかっていただけでも上等なのです……後の中国の皇帝の多くは、古い聖賢の世に戻そうと儒教に狂いました。古代エジプトのように。

 トインビーは復古も未来=設計も否定しますが、ですが彼の思想に同意する人は……あまりにもリスクが大きい。

 

 そしてある目標を達成したら、次に何をするのか。

 今の『現実』には何があるでしょう。

 まず人類が滅亡しないこと、気候変動や環境破壊、貧困、核戦争の恐怖を克服する……

 でもその手段は?環境関係の人が言うように、資本主義・経済成長を捨てて、人類全員がものすごく低い平等な生活水準で満足する……それはポル・ポトにならないでしょうか?そして銅が、燐が尽きたら?

 それとも、たとえば今の日本は、それこそ自民党政権であること、憲法改正、財政再建、それぐらいしか目標がないのでしょうか?それとも戦前の道徳を取り戻すという狂った目標に全員が従うしかないのでしょうか?

『三体』の地球人は、間違った手段で生存しようとして滅びました。

 何が目標でしょう?何が正しい方法でしょう?

 聖賢の道にすがるのは愚か。

「**は人の身に余る」などと言われますが、ならどうすればいいというのでしょう。聖賢の道、古代エジプトや明帝国、ひどい意味での江戸幕府のように前例と過去に閉じこもれということでしょうか。

 今が違う時代なのだと理解する。そして情報戦をおろそかにせず、勇敢に試行錯誤する。それはきっと正しい道でしょう。たとえ自分は失敗しても、それを後継者が参考にする……



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古代中世

 ゴールデンバウム銀河帝国は、古代だったのか中世だったのか。封建だったのか。

 ローエングラム帝国は近代になったのか。なら自由惑星同盟は。

 パルパティーン帝国は。

『真紅の戦場』の諸国は。『老人と宇宙』のコロニー連合は。

 

 他のあらゆる作品の国。どの段階にあるでしょう?

 本当に近代と言える国は?

 

 ゴールデンバウム帝国ではなく、かなり極端な「もし」ですが、もし今地球に唐帝国と東ローマ帝国の平均ぐらいの生活の人が暮らす新大陸が発見されたら、そこは古代とされるでしょうか中世とされるでしょうか。「小説家になろう」でよくある中華風の国や、「ナーロッパ」といわれる剣と魔法の王国とつながったら、のほうがまだ想像しやすいかも。

 

 そういうと、日本も、アメリカは何でしょうか?

 日本は近代になってない、個人が自立していない、とずっと左側の批判者から言われます。

 

 その古代、中世、近世、近代、現代という枠……それ自体が、銃の歴史やキリスト教神学の中の予定説の歴史のように、歴史です。

 中世という言葉自体が、「中世的衰退」というルドルフ以前の銀河連邦の退廃を表現するキーワードでもあります。

 暗黒時代というイメージもとても強いです。

 

 歴史の歴史に戻すと、上述でもありますが、歴史は奴隷化光線のような人間支配精神兵器であり、要塞のように、超兵器『スターキング』のディスラプターのように取り合って戦われるものです。『火の鳥 ヤマト編』のように。

 2023年10月の今もロシアとウクライナが、歴史・世界観を賭けて殺し合い、多くの人が拷問にも耐え、抵抗と民族・国家アイデンティティを砕くべく洗脳と虐殺と強姦を続けています。同様な残忍な戦争は中国各地でも、中東でもアフリカでも戦われ、血を流さぬ戦いも多くあります。

『サピエンス全史』が語る、人間が150人程度の生来の限界を超えてこれほどの数に増えエネルギーと資源を使えるのは、物語でまとまるから。

 物語、歴史と限りなく近い。

 その多くは、金型に粘土を、いや砕きながらプラモデルを押し込むような残酷さもあります。ギリシャ神話に、ある山賊が旅人をつかまえ、寝台に寝かせて寝台より短ければ体を引き伸ばし、長すぎれば切り落として殺した、というように。

 人間を徹底的に規格化する、破壊するのが軍隊などの本質である……近代以前からも、全体主義の本質、人間の根源的な情です。

 歴史もまた、古代、中世などの枠に無理やりねじこむのです。

 

 日本以外にも、たとえば中国から日本の仏教の一部で、釈迦の時代から正法の時代……で何年から末法……という区分があります。

 黄金の時代から銀や青銅を経て鉄の時代、という神話もあります。

 もちろん、暦について以前考えたように、年号もある意味時代区分です。中国では春秋戦国という時代もあり、それは日本の戦国時代に言葉が移ります。

 

 古代と中世。この言葉には、とんでもない歴史が絡みます。

 恐ろしい言葉です……たとえば中国の、唐が古代だったか中世だったかでとても深刻な論争があったりするのです。

 古代、中世、という言葉自体、今の中学校教育でどうなっているのか筆者は知りません。

 そのような分け方自体、西洋の歴史学を真似て日本風にしたものでもあります。どの程度真似るかも多くの議論がありました。

 明治時代の日本は漢文での学びの延長としての東洋史、日本史、そして西洋史と分けました。

 さらにマルクス主義の独特の歴史の影響もあり、それこそ近代化した日本が何なのか、で恐ろしい論争が起きたりもしています。日本で革命を起こすために、日本が今どの段階なのか理解する、そして直接革命を起こすか、それとも二段階……などと。それは日本の共産主義の中心的な問題なのです、おぞましいことに。

 その論争には、スターリンや毛沢東の命令やその周辺の権力闘争が凄まじい力で常に影響します。そんなことが、「日本が何なのか」に少なくとも何度もペンキをぶっかけたのです。

 ましてロシア史がどれほどねじ曲げられきったものか……

 

 日本が学ぼうとした西洋史。それも、近代化し巨大な人種の傲慢さがあり、さらにキリスト教の影響も強い西洋列強のものでした。

 まず西洋の少し過去では学問自体が徹底的に、キリスト教の一部です。哲学すら神学のはしためと言われるほど。

 キリスト教はそれ自体、普遍史と呼ばれる歴史を持ちます。旧約聖書の創世記に描かれる神による七日間の創造、それからアダムとイブ、ノアの洪水……イエスの死と復活、昇天……そして新約聖書のヨハネ黙示録に描かれるハルマゲドン、イエスの再臨と永遠の神の世界に終わる物語が。

 問題なのは、聖書の中では首長の系図も書かれています。新約聖書の福音書にも、イエスとその父から順にさかのぼり、旧約聖書に描かれる英雄たち、そしてアダム、神に至る順番の名前があります。ちょうど日本の歴代天皇、神武(じんむ)綏靖(すいぜい)安寧(あんねい)……のように。

 それぞれ何歳で死んだか書かれているので、三千年かそこら前にノアの洪水、というような計算が出ます。

 それが、いろいろなことと矛盾するのです。

 生物学。進化を理解すると、生物が進化するには何十万年もかかる。

 地質学。地層が曲がり、アルプス山脈の頂上に貝の化石があり、海の底にたまった泥が圧縮されて岩になる。何万年どころじゃなく時間がかかる。

 エジプトの墓地の文章を読めるようになる。合計すると合わない。

 中国の史書の翻訳。とても長い時間の精緻な史書、これまた計算が合わない。

 文献そのもののより深い研究。聖書はいくつものテキストをまとめたもので、多くの写本の違いがある。重要とされていた書物が偽作だと判明することも多い。

 そして新大陸。聖書のどこにも書いていない。この先住民たちは、誰の子孫なのか……ノアの息子たちからどんな系譜で。

 それらすべてを無視してしまうこともありましたが……

 

 キリスト教と戦った近代学問・科学の一部としての歴史学。それでも、人種という傲慢、近代そのものの宗教に近い精神を支配したがる面、国家という新しい宗教に似た機能・強い物語が求める狂信的な忠誠……それが歴史そのものに影響を与えました。

 本来、ヨーロッパ、その中心となったイギリスやフランスは辺境でした。

 古代ローマ帝国の中でもかなり新しく編入され、大穀倉のエジプトやカルタゴに比べ重視もされていない地域でした。だからこそ見捨てられたのです。

 ずっと、東ローマ帝国とペルシャ帝国、そしてイスラム帝国が高い文化、圧倒的な大人口を誇っていました。

 それでも、ヨーロッパはその現実を否定しました。古代ギリシャから古代ローマ、そしてヨーロッパ、と歴史の中心が続いていたのだ、としました。白人優越の歴史でもありました。

 その結果、たとえば古代ローマからヨーロッパ独自の支配システムであった封建制、そして絶対王政から革命で近代、という流れが唯一の正しい流れとして、中国も日本もインドも、他のどこもその正しい流れをゆがんだ形で歩んだのだ、としようとしたのです。

 剣道の修業をしてきた人がいる……それはフェンシングの変形なのだ、と言葉でやってきたこと、剣道の歴史すべてを否定し、動きも否定して無理にフェンシングの足さばきを強制するように。

 進化論の解釈として、ダーウィンもまともな進化科学者もすべて否定する、人類が万物の霊長でありすべて序列化される、というように。それこそアリストテレスなどが人間・動物・植物・鉱物などを魂の有無などで序列をつけたように……それは先住民の虐殺奴隷化、また無論無麻酔での動物の解剖、子供の苦痛の無視など多くの残虐行為にもつながりました。

 

 さらに、マルクス主義という巨大な異物が生じ、爆発的な影響を与えました。独自の枠組みを歴史全体、ロシアも、トルコも、日本も、中国も、その枠組みで考え学ぶように凄まじい暴力と権威と説得力で強制したのです。

 絶対正しい、普遍的、唯一の真実だ、と。ロシアでも、中国でも膨大な人の拷問惨殺もあったほどに。

 マルクスその人も大英図書館で学んだ、量子論も損失回避バイアスも知るはずがない、西洋の人種偏見や軍事訓練、キリスト教神学、ギリシャ古典の知識を大量に詰め込まれてそれが発酵して出てきたものにすぎないのに。

 日本での論争、中国の中世をめぐる論争もその一部にすぎません。

 

 ……もし筆者に、十分なマルクス主義・マルクス主義の歴史学の素養があって『銀河英雄伝説』を読めば、おそらく様々な影響を読みだすことができるでしょう。

 別の本で『スタートレック』と、ニューエイジなど、また消費社会との関係を読んだこともあります。

 

 

 さて、その西洋歴史の枠組みの中で、多数の騎士たちが小さい所領を統治し、たがいに戦ったり、王の命令で集まって戦ったりした時代があったようです。

 それに似た歴史が日本にもありました。

 さらに、後にですが、近代化を達成した西ヨーロッパと、多くの失敗の中唯一成功している日本が、同様な歴史、封建制・中世がある……それが注目されました。

 よく見るとトルコでも騎兵に領土を与える制度はありますが。

 

 剣と馬、といえば『ヴォルコシガン・サガ』であり、『ギャラクシーエンジェル』もそれに近いようです。どちらも宇宙レベルの災害で惑星が他の星と行き来できなくなり、人口も文明も維持できなくなった結果です。

 他にも多くの、古代文明が滅亡して、という作品があります。

 

『銀河英雄伝説』には「貴族」があります。

『ヴォルコシガン・サガ』の「ヴォル」も。

『ギャラクシーエンジェル』のタクト・マイヤーズも実は貴族です。

『タイラー』のラアルゴン帝国も貴族制です。

『ガンダム』宇宙世紀、特にジオンは事実上貴族制に見えるのですが、違うようです。連邦側もいくつも有力な名家の名が出ます。後にコスモ貴族主義というものが出てきます。

『真紅の戦場』『彷徨える艦隊』など、極端に格差が激しく、それが世襲される諸国もあります。はっきりと貴族にはなっていませんが、事実上貴族である。

 それらは近代西洋、イギリス・ドイツ・フランス・ロシアなどの貴族のイメージが混ざりあっているようです。

 それぞれ、相続などのシステムがかなり違うそうですがよく知りません。

 

 領土を統治している。領土を持たず、官僚や軍人として帝国に仕えている貴族もいる。貴族だと軍などでも出世しやすく、それが不満になる。

 日本では、寺などで不入、警察も税務署も入れない、というのがありました。それもある意味貴族性・封建制の本質でしょうか。

 皇帝に忠誠を誓っている……特に『銀河英雄伝説』では、ルドルフによって貴族制が作られているため、自分が貴族である、ということを保障してくれるのは皇帝の権力です。カストロプの乱などでは、確か旧アニメですが、帝国が「お前はもう貴族ではない」と言ってさらに敗北したら、すぐにこれまで鞭打っていた家臣たちに八つ裂きにされた、という描写もあります。

 独自の軍事力を持つこともあり、ないこともある。『銀河英雄伝説』の大きい門閥貴族は巨大な艦隊を持ち、帝国艦隊そのものに拮抗しました。対照的に『ヴォルコシガン・サガ』では貴族の私兵を禁じる法があり、バラヤーから出て傭兵隊長になったマイルズもそれで処刑される寸前でした。その後も偽装任務としてでなければ傭兵隊長であることができず、軍を退役させられたら同時に傭兵隊長の地位も失いました。

 独特の道徳。武人道徳であることもあります。それは下の身分に対する強い軽蔑・憎悪を含む、普通に見ればただの極悪非道であることもあります……『スコーリア戦記』や『さいはての銀河船団』などでそれが目立ちます。

「名誉」が強いことも多くあります。『銀河英雄伝説』の貴族も、アライアンスの軍人も、『若き女船長カイの挑戦』のシウダッド星の人も名誉にとてもこだわります。

『星界シリーズ』のアーヴ貴族は各家の家風をとても大事にします。

 家族・血縁を重視し、その中で支配・服従と保護の関係がある。それは結婚や性の管理となり、自由恋愛の結婚を許さず、時には名誉殺人、わが子を殺すことさえある。同時に保護義務にもなる。

 たとえば『ヴォルコシガン・サガ』で、テロリストの一員である自分のクローンに会ったマイルズは、即座になら自分の弟だ、お前の名前はマーク・ピエールと何代も前から決まっている、と呼びかけました。お前には自分の名前を決める自由もない、だが何としても保護する、と……クローンは兄弟だという母方・ベータ星の法道徳と、父方・バラヤーの貴族道徳が変に混ざっての感情・言動です。

 

 領土の統治。以前検討したように、遠くの農地に皇帝が、直接行って自分で税を取り、犯罪者を逮捕し裁判し処刑し、反乱を鎮圧し、宗教祭事に参加し、堤防や道路の工事を監督するのは無理がある……通信と速度がともに無限でない限り。そうであったとしても、一人の皇帝にできる仕事には限りがある。

 だから誰かに任せなければならないが、それは必然的に反乱予備軍を作る。事実上の独立国になってしまう。

 中央集権の中国では、統治を任せる人と、軍を任せる人を分けることもあった……が、それをやると戦いにはとても弱くなる。その状態は、中世ではない……とみなされるのでは?

 

 その配分システムが、特に日本とヨーロッパでは大きい変質があったようです。

 ヨーロッパでは、古代ローマ帝国が東西に分かれ、西側ではゲルマン民族などを支配・鎮圧できず、帝国の形をとることができなくなりました。歴史教科書ではさまざまな王国の名が出てきます……統一しにくい、天然の障壁が多い大地が、いくつもの国に分かれました。後にはそれは言語の違いにもなります。

 また、ヨーロッパの南側ではオリーブ油、北側ではバター、というような生活そのものの違いもできます。

 それでいてヨーロッパ全体には、ローマ帝国とローマ教皇という権威が残っており、十字軍のようにある程度まとめることもできました。

 

 日本……日本の、古代の終わりと中世の始まり、これはまだ理解できているとは言えません。

 日本そのもの。

 ユーラシア大陸の東岸の温帯に並ぶ、かなり大きい細長い列島。実際には北海道・樺太・千島と広がっているが、それを領域としなかった……当時の稲作の北限より北だから。ライフスタイル・作物が、実質的な国の境界となった。

 大陸東岸、モンスーン、梅雨、台風と非常に雨が多い。風も強いことがあり、鑑真の苦闘が示すように海を渡ることがかなり困難。頑張れば泳げる英仏海峡と、わずかにだが大きく違う。

 雨が多いこともあり森が多い。また、火山による肥料供給もダイアモンドが指摘しているし、サケの遡上による栄養供給もある。逆に川がミネラルを流し、多くの海流がぶつかり合う、世界屈指の好漁場でもある。

 かなり新しく隆起した大地で、中央に急峻な山があり、比較的短い年月でそれが多数の、海に達する谷や、湖沼(多くは後に消える)をたたえる盆地となる。

 海に達する谷は海の幸は多いが、海洋交通はそれほど簡単ではない。特に昔の技術では、遠州灘……長いこと退避できる天然の港がない、それだけでも海の難所となるほど航海が困難。

 親不知で知られるように、海まで急な地形である地も多く、さらに雨の多さから木も多いので道路を作るのがとても不便。

 歴史そのものは中国から見て相当遅れる。中国が三国志になって、やっといくつかの国があるような話が出てくる。

 本来なら、一体になるべき地とは言えない、バラバラであるのが自然に見えます。

 しかし、中国、「天下を統一する」という強い言葉・物語で動く文明の影響があったのか、古代の段階でかなり強い政権が生じました。

 その時期でも、巨大な陵墓を多数作る土木工事・動員能力はありました。いくつかの古墳は世界最大級ですし、出雲大社など今は残っていない超巨大木造建築もいくつか確認されています。ただし、その能力は治水・道路構築にはあまり活かされていないように見えます。

 日本は中国の律令制を真似ました。律令自体が、中国史の中では結構新しいと言えます……三国志の後の時代です。

 また、日本の古代史自体、大陸とのかかわりが大きいようです。白村江の戦い……朝鮮半島にちょっかいを出し、唐・新羅の軍に大敗しました。そして攻めて来ると当然思われる唐から日本を守るために、水城を築き防人を集めました。戦うための軍事政権、という面も強かったようです。同時に、独自の宗教・呪術によって国を守る、という面も大きく、それに伝来した仏教、漢字という文字が加わって時間をかけて混ざりました。

 特に東北・北海道方面の先住民を激しく攻撃する侵略国家の面もあったようです。

 無数の、一つ一つが農地・豊かな山や海を含めた天然の城であった谷や盆地の豪族たちを集め、その力と財産を認め、支配する面もありました。

 中央の貴族となった豪族もありますし、また地方を治める国司や、その部下となる豪族もありました。

 

 律令の、公地公民・班田……本来は流民を率いる天下人が、荒れ果てた土地を自分についてきた民に分配するとしか思えない、ゼロから民と土地を作るシステム。それを強引に、すでに豪族が支配し、水田になる土地も少ない、海の幸山の幸など多様な収穫がある土地にあてはめようとしたのです。最初から無理でした。

 単純に言えば、交通と通信。京都から青森・鹿児島まで行くのに何日かかるのか、と。鉄道も汽船も、舗装道路も自動車もなしに。馬ですら乗れる代物ではないでしょう。

 中国やペルシャ、ローマは頑丈な道路を作り、馬の宿も整備して、高速で連絡します。日本ではそれは非常に難しい。海に囲まれていても、海路も不便。

 あちこちの栄えた農地に分散した兵力を集め、投入するにもとても不便です。

 豪族たちに、律令に合わない邪魔だから消えろ、というわけにもいきません。全国の豪族を全部皆殺しにできる移動力が高い軍事力などありません。貴族として氏姓・官位官職を与え、地方を支配する官職を作らなければなりません。

 

 また、増えていく宮廷の人々の給料も必要とされました。

 特に藤原氏などの強い貴族もあり、また大きい寺社も強い力を持っていました。退位した上皇、天皇の母親などもおろそかにはできません。

 さらに開拓も始まりました。その開拓を奨励するため、律令制が本来許さない土地の私有・相続が許されます。そうなれば、どうしても凶作で税が払えない、で強い人から借金をしてそのかたとして土地を奪われ奴隷化される、という普遍的な流れが生じます。

 荘園。強い人が私有し、相続され民ごと支配される土地。

 税から逃れるために荘園、というのも。

 

 後に、唐が攻めてくる心配がない、と判明して日本全体が大きく変質しました。世界的に珍しい軍備廃止・死刑廃止。

 治安維持のため、律令に書いていないような職を色々と作りました。

 別に理解していましたが、武士という独特の風俗・文化を持つ人たちは、征服された人たちの影響もある……別民族の戦士階級が統治体制をねじまげる、という面もあったようです。トルコ系、中東帝国の奴隷傭兵、ロシアのコサックなど、騎馬の能力を持つ別民族が国の歴史に食い込んで異物や支配者になる例は世界史のどこでも見られます。

 

 それによって新しい秩序が……

 

 これを始めようと筆者は、講談社学術文庫の『日本の歴史』5、6、単行本版の7を読みました。

 それでもわからなかったことがあります。

 平安時代に国司が赴任し統治していた国府、それに付属する国分寺。

 そのほとんどは今、場所もわかりません。風土記も多くは失われています。

 古代ローマのようにゲルマン民族に破壊された、またイスラムに破壊された、モンゴルに破壊された……三国志の黄巾の乱、唐の安禄山や唐の滅亡など流民と異民族に破壊された……そういうことがあったようですらありますが、それを聞かないのです。

 何があったのでしょう。

 

 土地があり、食べて生きる人がいる。多くは農業。その多くは自然に奴隷化される。

 他の生き方をする人もいる。狩猟採集民も残り、混じる。中には騎馬戦闘技術が高いまつろわぬ民もいる。

 海や湖、河原、山などで生きる人々もいる。

 商人もある意味別の生き方をする人たち。

 仏教・神道問わず、公式に認められる人たちも認められない人たちもいる。その多くは呪術によって想像以上に稼げる。

 海外から入ってくる、別の習俗の人もいる。

 

 そんな世界について、特に人の支配についてもっと理解する……

 日本史。

 東ローマ帝国。ヨーロッパの古代ローマの崩壊と中世の始まり。できればササン朝ペルシャ。

 中国の唐や宋。

 まだまだ最初の一歩でしょう。まだ何もわかりません。

 

 ゴールデンバウム朝……その前の連邦は、「中世的衰退」、あちこちの星やその上の大陸が事実上独立する、バラバラの世界になっていたのでしょうか。

 もしそうであり、ルドルフがそれを再統一したのなら、それは中世の次でしょう。近世というのも適切ではない、独自の名をつけるべきでしょう。

 そしてその貴族たちに、どれだけの権利があったのか。ヨーロッパ中世の大領主、またフランス革命前後、革命前のロシア帝国と比べて。

 食料生産。

 金銀やその他金属の生産。それは木材消費で、塩と共通する。また木材がなければ船も巨大寺院もない。

 馬の生産。武器や衣類の生産。

 どのように税を取るか。

 どのように徴兵し、武装させ訓練し、戦うか。

 どのような国と、ゴールデンバウム朝や、アーヴによる人類帝国の共通性が多いか。

 

 また遠い道を歩くことになりそうです。




といってもこのまま中世史に入るとは限りません。あちこちふらふら学んでいったりするかもしれません。


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家畜・ライフスタイル・地理

 中世・封建時代。

 日本の武士も西洋の騎士も、トルコのスィパーヒーも、「馬」「農地」が共通します。

 家畜、土地配分、ライフスタイル。それが社会システムも決めてしまう。

 宇宙戦艦作品では、家畜ではなくエンジンとなる?他にも様々な技術。

 今も土地利用と生き方……地理。

 

 旧大陸の軍事、また農業でもなんでも、馬がとても重要になります。

 それこそ『銃・病原菌・鉄』は、大型家畜を得られるかどうかこそ文明の強弱を決めるとしました。豚や牛もありますが、馬以外は見ていないと言っていいでしょう。アフリカでもしカバが家畜化できたらと書かれているのも、馬と同じように乗って戦える家畜ならアフリカ人も勝てた、ということです。

 そして歴史書に書かれていない人類の最初、インド・ヨーロッパ語族という文字通りインドからヨーロッパまで広がる人類の多数派の言語。その分布ともっとも古い語彙は、牧畜と穀物栽培をする人たちがユーラシア大陸のとても広い範囲に広がり力をふるったことを示しています。おそらくは『火の鳥 黎明編』のような暴力と、さらに家畜から感染した伝染病が中南米の膨大な人を殺しつくしたように。

 アフリカが暗黒大陸だった……イスラム帝国も征服できず、かといって自力発展もできず帝国主義西洋に踏みにじられたのも、特殊なハエが媒介する伝染病が馬や牛の飼育を許さないことも重要です。

 

 伝染病の項では、家畜や作物の伝染病も重要であることを触れるべきでした。

 今の日本でも多くの被害になっている豚コレラ・口蹄疫・鳥インフルエンザ。

 アイルランド飢饉を起こしたジャガイモの伝染病。

 旧大陸のブドウを危うく絶滅させるところだった、アメリカのブドウについてきたフィロキセラ=ブドウネアブラムシ。

 ヨーロッパの牡蠣(カキ)が壊滅し、日本から入れてなんとかなった。

 ニレ、クリなど旧大陸でも新大陸でも徹底的に伝染病で全滅に瀕している重要な木。

 江戸日本の大飢饉を起こしたウンカ、それに近いのが中国を何度も破壊したイナゴ(バッタ)などなど。

 今も地球人は、トウモロコシや小麦の悪質伝染病一発で絶滅しかねない、巨大なカメやワニの背の島で暮らしている存在です。だから筆者はさっさと核融合か宇宙太陽発電でエネルギー~人工光合成または化学合成細菌~細胞培養にして、農牧業を歴史民俗博物館送りにしろと言ってます。

 

 近代軍も、エンジンが本格化するまで歩兵・騎兵・砲兵の三兵種でした。

 馬はかなり大きい動物です。オートバイというより軽自動車の感覚、それが突進してきた時の恐怖感と激突の力は歩兵にとっては強烈です。

 そして、鉄道まで、また自動車や飛行機が進歩するまでは、徒歩より陸上で顕著に速い唯一の交通手段でした。

 西洋の大砲を可能にしたのも、その多くは馬の牽引力です。

 騎士などを見れば、馬を養える領主はかなり独立した軍事力になれるようです。宇宙戦艦作品であれば惑星と艦隊にも当たるのでしょうか。

 

 

 

 まず家畜のリストを考えてみましょう。

 

 新大陸先住民を考えると、特に古い、ともに凍ったベーリング海峡を渡りアメリカに行ったのが犬と思われます。

 犬は原始時代では狩猟を補助し、人同士の戦いでも奇襲を警戒してくれます。歩く湯たんぽともなり、寒冷地で眠るにはとても有用です。また人が食べられない残渣を食べます。かなり広い範囲で食べることがタブー、毛皮もあまり利用されませんが、原始時代には有用だったでしょう。

 大規模文明となってからは、戦闘補助・警戒、番犬が相変わらず重要であり、また狩猟補助、小型犬によるネズミ対策にも有用でした。

 牧畜の補助でも重要です。

 

 狩猟は大規模文明となっても人間にとってはとても重要です。

 洋の東西を問わず、貴族は狩猟を愛します。

 日本のゴルフのような富裕層の社交手段でもあり、イギリス文化ではキツネ狩りが重要です。

 西洋では広い湿地や森林が狩猟用に保護され、密猟の罪は法の歴史でよく出てきます。自然の中で生きる能力が高い猟場管理人やハンターは様々な作品で活躍する職種です。

 日本でも富士の巻き狩り、曾我兄弟の仇討ちがあったように武家貴族の重要なパレードであり訓練であり儀式でした。貴族も鷹狩りは好みます。

『銀河戦国群雄伝ライ』でも雷やその息子たちが狩猟を好むシーンが描かれています。

『ヤマト2』でもガトランティスの軍人が恐竜狩りを楽しみました。

 異常な異星生物の極端な狩猟を楽しんだり生活にしたりする作品も多くあります。今は非難されますが、アフリカなどのとんでもない獣を駆る、というのは人間にとっては大きい魅力がある話のようです。

『火星航路SOS/惑星連合の戦士』のように、惑星でのサバイバルでも狩猟は生死を分けます。現実でもサバイバル技術というのは、実質的には狩猟で食べる技術です。

『ファウンデーション』でも贅沢な星での極端な狩猟があります。

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』はガス惑星で生物を狩って資源を得る生活からです。

 貴族でなくとも、肉や皮革を入手できる狩猟は農民の生活でもそれなりに重要でした。狩猟採集民と農民の壁がそれほど高くないことも多いです。

 上述のように毛皮狩猟はカナダ・ロシアなどの歴史でとても重要です。また帝国主義時代、西洋諸国がアフリカを征服するのに、巨大獣を狩るという貴族の楽しみは大きい要素でした。

 日本は異例なほど毛皮を使わない文明でしたが、鎧や槍の鞘などに鹿などの皮革は重要でした。また害獣駆除も農民にとっては必要なことでした。

 狩猟に関係して鷹・チーターなど、人間の飼育下で安定して繁殖させることはできない、でも子をつかまえて訓練すれば言うことを聞く、と家畜に準じる動物がいることも興味深いです。ゾウも繁殖は無理ですが訓練は可能です。

 

 犬は『宇宙の戦士』で独特の使い方をされます。犬を使う部隊があり、その兵は犬と深く結びつき、犬を失ったら壊れるほどです。

『スタートレック ヴォイジャー』のキャスリン・ジェインウェイも犬好きで、地球の婚約者に犬を預けていました。

『タイラー』では遺伝子改良で兵器化した犬が活躍します。けた外れのスピード、装甲宇宙服を薄紙のように切り裂く牙、ビームすらはじく防御。最初の運用で、あまりの凄惨さに皆が封印を決意します。

 用なしになった改良犬はアザリン暗殺未遂に使われ、タイラーの智謀を引き出し、またイサム・フジが世に出るきっかけにもなります。

 ドッグレース、走らせて賭ける娯楽にも使われ、軍を捨てて市井に暮らすことを決めたタイラーはその予想屋をしていました。

 

 

 何よりも歴史を決めたのは馬。

 上述のように、『銃・病原菌・鉄』は、まさに馬の有無こそ、スペインがインカを滅ぼしたのであってインカがスペインを滅ぼしたのでない歴史を作ったと喝破しています。

 インド・ヨーロッパ語族がこれほど広く存在しているのも、歴史が文字になる以前に馬の力で広い範囲を動いたからでしょう。

 人間が乗って高速移動できる、という他の家畜にはない能力。口の、歯がない部分が神が設計したかのように、そこに棒……はみ・くつわを通してコントロールすることに適していました。

 背骨の構造も人が乗ることを許すという奇跡。どんな大型犬でも、子供が乗っても犬は身体を壊すからやってはいけないとのこと。

 肉・乳・革・蹄のニカワ、接着剤も相当に有用です。骨さえも矢尻とされました。

 乳も馬乳酒とするときわめて栄養価が高くなります。

 なにより、遊牧民の戦闘力を支え、歴史の多くで多くの文明を滅ぼし歴史の流れを支配し続けました。遊牧民の歴史の方が本筋だという人もいるほど。中国は遊牧民と戦うための存在といってすらよく、明が海を捨てたのも遊牧民との戦いに専念するためとされます。

 スキタイ、フン族、モンゴル帝国、ティムール……匈奴、女真、清……歴史のあらゆるところに遊牧民の破壊力が出てきます。

 人の服装なども、実際には馬に乗るためでもあります。たとえば先端がとがったブーツ、いや西洋靴全般の先端がとがり、裸足になると足の指がゆがんでいる。それは鐙(あぶみ)に突っ込むためです。西部劇で必須の拍車も、まさに馬に乗るためです。

 中国でも胡服騎射という、騎馬民族に合わせて服や戦法を改良したことが戦闘も、ライフスタイルも大きく変えました。実は伝染病という形でそれ以上の変化もあったことは知らなかったとしても。

 新大陸ではたぶん人類のやらかしで馬のたぐいは絶滅しています。それこそが歴史、文明競争を決めたと言っていいでしょう。

 動力としても、特に正しい頸木・ハーネスをつけたときには牛より速く強い力を発揮し、それが北ヨーロッパの重い土を耕し膨大な食糧生産を実現したと言えるでしょう。産業革命後も、すぐに蒸気機関が動力のすべてになったのではなく、水力に並んで長く動力として多くの機械を動かしました。馬の労働力は産業革命・近代化を支えた莫大な農業生産の増加に欠かせない貢献をしています。馬車も、運河の両側に馬道を作って船を馬に曳かせるのも、産業革命史でも欠かせない重要性がありました。

 その正しいハーネスと鐙(あぶみ)は、人が馬に乗るようになってから何千年も発達せず、また中国のほうで開発されてからヨーロッパに伝播するにも膨大なタイムラグがありました。

 馬車も交通機関としても重要です。

 そして忠実だったからこそ、どれほどの死と苦しみを……犬もそうですが。

 乗馬は貴族のたしなみであり、また落馬で王子が死ぬこともかなり多いです。『風と共に去りぬ』でもボニーの悲劇になりました。

 競馬も重要な娯楽・賭博です。日本ではその一種が神事でもあります。乗馬以前の馬戦車もヒクソスのエジプト征服、中国でも春秋戦国から漢まで主力兵器だったなど歴史を作ったものであり、また馬戦車のレースは古代ローマ帝国から東ローマ帝国でもずっと重要でした。

 

『新スタートレック』のピカード艦長は乗馬を愛し、艦に自分の鞍を持ち込んでいます。

『スーパーロボット大戦OG』のレーツェルは常に自分が使う機体の名を愛馬の名前トロンべとします。最新の専用機は馬に変形するほど。家が豊かな軍事貴族だからこそ馬を飼う莫大な金を出せるという事でもあります。

『機動武闘伝Gガンダム』でも東方不敗の愛馬である風雲再起が、自ら巨大機械馬の操縦者となり活躍します。

『ヴォルコシガン・サガ』のマイルズも乗馬好きで、多くの名場面があります。

 幼児期、祖父が慣習通り障害のある孫を殺すべきだと思っている中、祖父の愛馬に乗って飛び出しボサリより高くなった、ボサリより速く走れると叫んでやはり落ちて骨折し痛みにへこたれぬ強さを見せつけ心をかなり傾けさせた。

 山奥の村に愛馬を連れて捜査に行き、その馬を傷つけられたことにこそ深く怒った。

 昔の貴族の一人が息子に背かれて愛馬を相続人に指名したという笑い話。

 考えてみると、『銀河英雄伝説』のように核戦争で人類絶滅寸前になっても馬が残っていることが多いのは不思議ですが……実際多くの帝国で貴族は乗馬を愛しています。それほど、貴族たちは家族を半分捨てても仔馬のつがいをシェルターに入れ自分の食も分けたのでしょう。

 

 

 羊・山羊が家畜としては本当に重要と言えるでしょう。

 チンギス・カンをはじめ遊牧民も羊こそ主力でした。

 羊は膨大な数になり、少ない人数でコントロールできます。いい犬がいるともっと少人数でいいです。しかし非常にもろく、悪天候などで簡単に大量死します。だからこそ遊牧民の生活は不安定で、大規模侵攻を始め文明を荒らしまわることにもなります。

 日本は異例なほど羊肉を食べませんが、世界ではとても重要な食肉です。

 羊毛も衣類として優れ、イギリス文明の中核です。逆に大航海時代、アジアに毛織物が売れなかったことが貿易のバランスを崩しました。

 山羊は羊より肉や乳の味は劣りますが、より質の悪い食物に耐え、山間地での自給自足には向いています。

 羊・山羊ともに、木の芽や草の根を貪欲に食べ、蹄で土を固めることで、過剰放牧されると砂漠化の原因になることも重要でしょう。

 上述ですが、『ノーストリリア』は超金持ちである人々は羊を飼う生活を貫きます。『天冥の標』では羊の寄生虫が重要な異星人でした。

 

 

 牛。これもある意味では馬に劣らない重要性があります。

 牛乳・乳製品……ヨーグルト・チーズ・バター。バターを精製したギー。インド文明ではギーはもっとも清浄で神聖な物質です。

 ヒンズー教では牛そのものが神聖であり、牛糞さえ清浄とされるほど。

 バターとオリーブ油は、ヨーロッパの食文化を南北で大きく分けます。また遊牧民の間では、レンガのようにした茶とバターが重要な食品です。

 肉はもっとも愛される食肉であり、皮革も大きく丈夫でとても重要。

 巨大な体躯は強い動力となり、犂を引かせて耕すのは人間の最も重要な生き方でした。

 遊牧民・半遊牧民の財産は牛であり、多数の牛を持っていることがそのまま豊かということで、牛の群れを連れて行けばどんな美女でも娶れます。

 ヤク・スイギュウという少し違う家畜が結構おり、それで多様な気候に対応するのも興味深いです。他にもガウルなどがあるそうです。ある意味トナカイやアメリカバイソンも半家畜です。

 上述ですが『大航宙時代』ではビーファローの肉や皮の交易の話があります。

 スペインでは闘牛があり、『幼年期の終わり』ではオーバーロードによって禁じられます。

 

 牛・羊などは、糞さえかなり重要です。

 乾燥させた糞は貴重で質のいい燃料となります。

 また、土に混ぜることで漆喰や版築に草を混ぜるような効果があり、壁を塗ったりもします。土に混ぜて床に塗り、繰り返しほうきで掃くと、コンクリートの土間のように硬くなるそうです。

 肥料としても重要で、ヨーロッパでの三圃式農業は、休閑地で家畜を放牧して糞尿を土に落とさせ、それで土を肥えさせることが重要でした。

 逆に、馬車に依存していた産業革命期の大都市は、大量の馬糞に悩んでいました。大きな不潔の原因でもあり、過去に行ったピカードらは辟易しました。

 

 

 豚。ユダヤ教・イスラム教が食べることを禁じていることで、世界の食生活に大きな偏りを作っています。

 中国でもヨーロッパでも重要な食材であり、豚の油脂、ラードも重要な油でした。

 多産の象徴でもあります。

 実際には知能が高く体脂肪率も低く、トップアスリート級の足とけた外れの力を持ち、鋭い牙で下から人の股の特大動脈を斬り上げる危険な猛獣でもあります。ラグビーやアメフトのプロ選手が鎌を逆手に握ってタックルのように低く突進しアッパー気味に股間だけを狙う、と考えたらどんなに怖いか。特に昔の養豚では死亡事故も結構あります。

 大航海時代以降、多くの島に放されて生態系を破壊している生物の一つです。野生での生存能力も高く、巨大化することもあります。

『フルメタル・パニック!』ではある島で、野ブタを殺して少し報酬をもらっています。

 また特殊な人格を西洋人は感じているようです。『動物農場(オーウェル)』のイメージもあるでしょう。ファンタジーのオークが豚頭なのは新しいでしょうか?

『禅銃』で知性化された豚は世界を支配しようとしました。他にも『啓示空間 シリーズ』でも豚人が悪党として活躍します。

『宇宙軍士官学校』では肋骨を増やしてベーコンを多くとれるように遺伝子改造し、技術で身体を支える豚を作った、と地球人の肉の欲望が表現されます。まあ日本人もリールで十メートルも巻くウナギを作ったりしていますが。

 

 

 ニワトリも重要な家畜と言えるでしょう、肉と卵という食料として。

 また日本では美しさや鳴き声を競う品種改良もあります。

 日本以外では闘鶏は重要な娯楽です。

 ほかにもアヒル、ウズラなどの家禽が羽根・肉・卵などに用いられます。

 

 

 猫もSFではかなり重要です。特に神林長平は猫・警官・言葉をよく使います。

 猫もかなり古い家畜であり、特にエジプトでは神聖視されました。太陽~雄ライオンのたてがみ・ライオンそのものの強さと恐怖~その小型版としての猫、とも聞きます。

 農耕生活、穀物の大量備蓄はネズミとの戦いであり、猫はその主力でした。

『敵は海賊』の主人公の一人、特殊な猫型異星人。精神的にも異質きわまるとんでもない怪物なのですが「敵は海賊、アプロは味方」と愛されます。

 それこそ『ドラえもん』が猫型ロボットです。かなりプロポーションは異なりますが。

『星界シリーズ』でもアーヴは猫を愛し、艦船から猫を下ろせ、が戦時のしるしになります。

 

 

 ラクダは砂漠に適応したかなり巨大な家畜で、それがあるとないとでは砂漠での移動・貿易がまったく違います。

 イスラムの興隆などに、ラクダの進歩がかなりかかわることも言われます。

 ユダヤ教ではラクダを食べることは禁止、でもイスラム教では許可され重要な食材、というのも興味深い点です。

 

 

 上述ですが、筆者は小型家畜も重要だと思っています……が、奇妙に少ない。

 ウサギ、また後に毛皮用に家畜化されたフェレットなど。

 新大陸の重要な家畜にモルモットもあります。

 

 家畜というか……ネズミ。

 人間にとってある意味宿敵とも言える存在です。人間が多くの食物を備蓄するようになってからずっと人間から隠れて人間の世界に住み、繁栄しています。

 そして史上最大級の被害をもたらした伝染病、ペストの媒介者。船がつけばもやい綱などを通じて、どれほど注意しても素早く港に入り、病気を拡散する。

 また多くの島にも荷物を通じて入り、膨大な生物を絶滅させる。

『銀河ヒッチハイク・ガイド(ダグラス・アダムズ)』では人間より賢く、実験動物とされつつ逆に人間を実験台にしている、という皮肉があります。

『マルドゥック シリーズ』の副主人公、強大な人工兵器ウフコックも。

 

 医学はまたまとめるべきでしょうが、ネズミ・ウサギ、さらに犬やサルなども含め、多くの動物が動物実験に用いられています。それがなければ間違いなく筆者も、今の日本人の八割以上も生きてはいないでしょう。

 ワクチンを作るのにも多くの動物が生きた工場として使われます。またカブトガニの生き血がなければ現代医学が成立しないことも知られています。

 

 

 ミツバチも重要な家畜となっています。

 ハチミツは砂糖の普及までほぼ唯一の貴重すぎる甘味料、蜜蝋によるロウソクも他の発明があるまでは代替品がないほど最高の照明資材でした。あらゆる神々が喜び、あらゆる王侯貴族が絶対に必要としました。蜜蝋は化粧品や薬品、磨くなどでも重要です。またロストワックス……ロウを精密に加工してから砂に埋めて鋳型とする手法は、金銀銅鉄問わず超精密な金属製品を作る古来の重要な手法です。

 またその、完全な社会性の生態は政治思想家にとっては憧れとなります。すべての成員が、唯一の指導者に完全に忠実で、自己犠牲を一瞬もためらわない……ミツバチの毒針は刺したら内臓ごと抜けて自分も死んでしまう。「私」がゼロ、「公」が100%。ナポレオン一世はミツバチを紋章としました。

 そして『エンダーのゲーム』のバガーこそ、ミツバチをモデルとした集合意識異星人の代表格です。

 また『スタートレック』のボーグも、クイーンとドローン(オスバチ)という、ミツバチをモチーフにした集合意識異星人です。

 

 カイコも昆虫で、重要な家畜と言えるでしょう。

 普通に見る蛾の一種のようですが、野生では生存できないほど家畜化されています。

 その美しい絹糸は、古来中国文明が独占してきました。カイコそのものとクワ、養蚕・製糸技術、それらは千年以上西洋に漏れることはありませんでした。

 また日本でも、昔は絹糸を使う技術が伝来していたそうですが、その技術は維持されず繭を切り開く真綿という形でしか利用できませんでした。

 そして世界経済の歴史のあちこちで重要な役割を果たしてきました。

 あまりにも美しく、あまりにも高価で、あまりにも価値が高い。

『海軍士官クリス・ロングナイフ』のスパイダー・シルクなど絹の上位の物資も見られます。

 

 日本での絹糸のように、高度な技術が失われた例も歴史では結構あります。

 古代ローマ帝国は土木技術全体が失われ、道路や水道橋は悪魔の仕業とさえ言われました。

 モンゴルによる破壊後のバグダッドも、特に灌漑システムが破壊され再建もされず、地域全体、さらに科学精神を失わせてイスラム文明それ自体が衰えることにつながったそうです。

 レコンキスタ後のスペイン、ユダヤ人もイスラム教徒も追放し、灌漑設備を維持せず羊遊牧に特権を与え、今も貧困国になる道を選びました。

 マヤ文明、アンコールワット、セイロン島の遺跡など、森に埋もれた文明も多くあります。

 

 

 家畜ではないですが、クジラやイルカも結構重要です。きわめて知能が高い、異質な生物。

 日本の開国にかかわる、捕鯨産業の重要さ。特に照明や機械の潤滑油として、石油以前にどれほど必須だったか。

『ギャラクシーエンジェル』では母艦の宇宙クジラがいろいろな役割を果たします。

『ガンダムSEED』では宇宙のクジラの化石が宗教を破壊するなど大きな役割を果たしました。

『海底牧場(クラーク)』では重要な食糧ともなりました。

『銀河ヒッチハイク・ガイド』では人間より知能が高いイルカはちゃんと警告を聞きました。

『航空宇宙軍史』でのイルカの残忍な兵器化は誰もが地獄の底を覗いたような絶望感に包まれます。

『知性化 シリーズ』ではイルカを知性化したことが地球人の役割を色々と変えます。

 他にも知性化されたイルカが活躍することはあります。

 また多くの作品で、クジラやイルカの絶滅が惜しまれます。

『宇宙軍士官学校』ではかなりの無理をしてクジラやイルカを宇宙に避難させています。

 

 

 大航海時代からの歴史を見ると、家畜や、家畜以外の生物による生態系の破壊が目立ちます。

 人間は存在を意識することもない小さいトカゲやヘビがあちこちの島で在来の鳥や虫を絶滅させ続けています。

 

 そして、あらゆる動物、それを変形させたドラゴンなど架空の幻獣が、魔術……トーテム、群れのシンボル、連隊旗や国の紋章となる図像として、多くの人を支配し膨大な金額を使わせています。

 

 

 

 ライフスタイル……地球人が生きるという事。

 ゼロから考えましょう。異星人の汎銀河動物園の飼育係として、地球人を飼育することになった。

 実際問題、大航海時代からの闇の歴史として、西洋人は多くの先住民を動物として珍獣に並べて動物園に展示し、凄まじい執念で死体遺骨を収集し所蔵しました。オーストラリア先住民やイヌイットが激しい法廷闘争を戦い、日本でもアイヌの骨の問題があります。

 この想像をすれば、人間の生理学や心理学の相当部分を理解し直すことができます。

 逆に、死ぬ条件を除いていくことでも生かすことはできるでしょう。

 

 空気。ある程度の気圧、二つの酸素原子が結合した気体が必要だが、酸素100%でも死ぬ。薄めるために窒素、あるいは他の化学反応しないガスが必要。

 真空で生きられないから『冷たい方程式』がある……『タイラー』や『銀河戦国群雄伝ライ』では宇宙空間でも人はかなり生きられる。『天冥の標』の甲殻化、酸素いらず(アンチ・オックス)、また『サイボーグ009』も真空中で活動できる。008は水中行動力が特に高い。『ドラゴンボール』のフリーザの種族は真空生存可能、サイヤ人は地球人同様不可能と言われる。

『レンズマン』のナドレックの種族は地球大気ではまったく生きられない。他にも空気自体が違う種族は多くある。

『星系出雲の兵站』では、たとえばメタンを呼吸する生物は地球人とは、土地の奪い合いにならないので争いにならなくてすむかもしれない、という話も出る。

 温度。膨大な種類の化学物質が、空気に許容量以上に含まれていないこと。だから二酸化炭素は除去しなければならない……酸素を追加し続けるだけで二酸化炭素が多くても死ぬ。

 湿度、空気中の水蒸気が多すぎても少なすぎても、身体を悪くするし様々な資材が破壊される。たとえば水にずっと身体を浸していたら皮膚が崩れて死ぬ……だから水牢という拷問処刑がある。

 温度を保つためには、一般に熱源となるエネルギー源が必要。場所によっては冷房。地域によっては、暖房のためのエネルギーが生存に必須で、調理・入浴・移動以上に多く必要になることもある。

 水。重力。

 食物。カロリーとなる炭水化物・脂肪・タンパク質……たとえばピスタチオの森でそればかり食べていると脂肪とタンパク質は豊富だが糖質がなくて妊婦が病むとのこと。点滴栄養まで知られていなかった必須脂肪酸もある。タンパク質、何種類かの必須アミノ酸をちゃんと得るのは難しく、崩れたらペラグラという厄介な病気がある。

 他にもビタミンやミネラルが不足したら病気になって死ぬ。

 脚気も古来、貴人も含め多くの死者を出した。森鴎外のもう一つの顔、軍医学の重鎮として日露戦争で何万もの兵を死なせた……他にも脚気で死んだ重要な人はとても多い。

 さらに厄介なのがビタミンCで、新鮮な植物か生の動物の一部からしか得られず、大航海時代には膨大な人を死に至らしめた。そして実験によって、生のライム果汁が事実上唯一の特効薬と明白になっても、政府や医学会はあまりにも長くその実験結果を受け入れず、膨大な死者を出し続けた。

 睡眠も絶対に必要。『マルドゥック』のボイルドは先の戦争では爆撃機パイロットで、寝る暇のない出撃で覚醒剤を大量に投与され、大規模な友軍誤爆をやらかした……『現実』でもあった問題。そして改造によって、眠らなくてもいい体にされた。

 雪原などでは目を保護しないと紫外線で視力を失う。また冷たいと凍傷となり、手足を、また生命を失う。

 不潔でも病気のリスクがどんどん高まり、死ぬ。

 そして身体を深くは傷つけられない、病気でもない……その先に、不老不死ではない・寿命。

 また何より、地球人は群れ動物であり、群れに参加することを強く求める。『ヴォルコシガン・サガ』でコーデリアが、人を一人きりで閉じ込めるのはどんな基準でも刑罰になる、と言います。『現実』でも一切愛情を与えずに孤児を育てる実験がありその子たちは死んだとのこと、またチャウシェスク孤児という悲惨もあります。

 

 その、清潔な水、栄養が十分にある食糧、凍死せずに眠れる家や布団、それらが必要とされる。

 それらを生産し、分配するのが経済の根本。

 ただ、それと同じ、いや多くの状況でそれ以上に、人は魔術的に正しくあること、また常識的に許容されるライフスタイルを求める。群れに参加する、とほぼイコール……群れに参加するという酸素濃度と同じく生存条件は、ライフスタイルを合わせることでもある。

 自分の常識とは異なる服装をするだけでかなりの苦痛があります。だからこそ、軍隊は人の人格を壊して洗脳するため、服や髪を支配するのです。

 旧約聖書で、英雄サムソンは髪を切られたら力を失い、奴隷とされて髪が伸びたら力が戻りました。

 中国が清に征服されたとき、髪を弁髪にするか首を斬られるか、とあり、それが漢人の巨大な恨みになり、また広い中国人のイメージにもなりました。

 上述の胡服騎射……新しい戦法に対応するには、服装・文化そのものを変える必要すらあります。世界そのものの変化でもある……明治維新の日本の、断髪・洋服・廃刀令もまさにそれです。

 

 作品ごとに多様なライフスタイルがあります。

 まして種族が違うなら、もっとライフスタイルは異なります。

 特に『スタートレック』では実に多様な異星人のライフスタイルが描かれます。他にも短編では膨大に。精神が異質な異星人も。

『スターウォーズ』でもさまざまな異星人の生活を映像として描いてきました。

 

『エンダーのゲーム』は異質でありながら、家や農地を大切にしていたバガーが死に絶えた地に地球人は移住し、涙しながら生活を再建しました。

 小惑星に作られた基地の天井の低さが、それが人類用ではなくバガー用だと示していました。

 

 食料生産という、ライフスタイルというか何かの最大の違い。

 ある意味その変形として、たとえば『スターウォーズ』非正史のユージャン・ヴォング、『宇宙軍士官学校』の粛清者、『ローダン』の時間警察など、工業ではなく生物を兵器とする種族もあります。

 物質文明ではなく精神文明、というのもあるでしょう。『レンズマン』のアリシア人のように、また多くの精神生命体のように。

 

 

 どのように食物を生産するか。

 以前もかなり検討しました。酵母やレプリケーターなど。

 付け加えるなら、『目覚めたら~』の、とてつもなく巨大な長くのびる人工動物から肉を得る、藻類カートリッジから普通の料理に見えるものを合成する、なども興味深い進歩です。

 

 ここで少し検討したい……なぜ『現実』の地球人はこれほど穀物を好むのか。

 穀物、イモ、そしてサゴヤシ、ナツメヤシ、遊牧民の肉と馬乳酒、イヌイットの生脂身……どれでも人は生きられる。どのように違うのか。

 

 最近、筆者はグレーバーをはじめ、文明そのもの、都市農耕自体が悪だ、と言わんばかりで多くの常識を否定するような本を結構読んでいます。

 昔の狩猟採集民は、初期の農民に比べて栄養状態がよく労働時間も短いこともよく言われるようになりました。

 ではなぜ。……悪のため、人を支配するため、奴隷にするためだ、と。

 

 穀物は、ほぼ同じ時期に、枯れた葉茎の上につきます。

 収穫し、乾燥させると、単位重量当たり多くの栄養があり、しかも長期保存ができ運搬しやすい食物になります。

 収穫直前を襲い、人を追い散らして稲刈りしてしまうのも何とかできる。

 青いままでも、馬など家畜の飼料には十分なる。

 ……馬に乗った武装した、賊というか貴族というかは、収穫前の畑や穀物倉庫に火をつけてやると脅せるのです。馬でふみにじる、あるいは青いまま刈って馬に与えることも可能。

 そうしたらみんな餓死する。だから言いなりになるしかない、奴隷にされようと、女を奪われようと、子の半分が餓死することになろうと、何をされようと。

 運びやすいことは、特に水運があると、商人が先に権利を買ってしまい、農民が飢えるのを気にせず運び出してしまうことも可能になってしまいます。アイルランド飢饉、ウクライナ飢饉などのように。いや、歴史の大方がそうだったように。

 大量の食料を集め、多くの人を脅して奴隷化して集め、高密度の人の暴力で他を征服する。それが穀物でしょうか。

 

 新大陸のサツマイモやジャガイモが急速に普及し、中国の人口さえ増やしたのは、鳥だけでなく人にも奪われにくいからです。

 収穫期のイモ畑を襲って、全部掘って奪うのは、機械がなかったら大変です。ただ馬や人の足で踏みにじり、表面の葉を切りまくっても、土の下のイモは無事です。

 また、保存性もそれほどよくない。水で処理してデンプン粉にする、薄く切って干す、ジャガイモは凍らせて踏むなど工夫すれば別ですが、それは多くの人手がかかることです。略奪者や商人はそれを待つ余裕はない。

 保存状態にあるイモは、大抵は水分をそのまま含んでいます。余計な重量、運ぶ効率が悪い。

 それこそキャッサバなどは、ただ土に埋めたままにしておくのが最良の保存法です。

 また、アイルランド飢饉前後で、ジャガイモの必要労働力の少なさも道徳的に非難されました。旧約聖書のアダムとイブの話もあり、人は苦しんで労働しなければならない、が西洋知識人の伝統的な考えです。それこそ啓蒙思想家が、先住民は土を耕していないから所有する資格がない、全部奪っていい、としたように。

 南洋のタロイモ・ヤムイモについては検討するのが難しい……

 日本ではサトイモの一種で田イモがあるそうですが、それほど稲に比べて収量が落ちるんでしょうか……日本で、正月の雑煮が米を原料にしたモチではなく、サトイモである地域があるそうです。稲、米をある意味トーテムとしている「日本」とは別の流れもあるという事でしょう。

 

 サゴヤシは熱帯の森の中の樹。何年も、それこそ奪われ切られないように護衛するだけ。害虫すらろくにつかず、雑草を処理する心配もない。

 切り倒し、切り開き、髄を砕いて水で処理してデンプン粉にする作業はありますが、本当に楽な主食です。

 逆に、奪うのは泣くほど大変です。大木を切り倒して丸太を運ぶなんてごめんですし、処理作業をゆっくりやっていたら逆襲されます。

 そして森。馬という兵器を持った賊というか貴族が襲うにはとても不便です。

 また熱帯雨林は食料の長期保存・輸送にも不便です。

 逆に交通も不便であり、サゴヤシで生きる民が協力し、大軍を作って騎馬の民と戦うには適していません。

 

 ナツメヤシも主食になるほどカロリーが高い糖分の塊で、砂漠に近い土地でも少ない水で育ちます。

 受粉に多くの労働力が必要です。

 これも、広い地域に分散するので、軍として集まるには適していないでしょう。灌漑もある程度必要ですが、穀物ほど大規模の治水=大人数集団、そのまま軍になるものではないのかもしれません。

 

 遊牧民……常に戦闘力では農耕民を圧倒してきました。なにしろ足のある食料とともに走り、広い範囲の草と水を濃縮してくれるのです。

 砦を包囲したらすぐ包囲する側が飢える、という公式を崩せます。さらに全員が狩猟の達人で、凄まじい水準の服従と勇気があります。

 しかし、独力で金属を加工して武器を作ることができません。

 また、あまりにも強いカリスマ一人に絶対服従するシステムなので、広い範囲の農業国家を滅ぼし征服して、そのカリスマが相続に失敗したら四分五裂が常です。

 つい定住してしまって遊牧民の強みを失うことも多い……それこそイブン・ハルドゥーンがアサビーヤ、武人精神を失うから滅びると言ったように。

 

 イヌイットなどは、ちゃんと検討していませんが、圧倒的な人数の少なさ・人口密度の低さ。

 

 反乱を起こさせないために主食を作らせない……これも、特にプランテーションの歴史では重要でしょう。

 同時に、プランテーションの奴隷を食わせるための食料も儲けになり、多くの人が力を入れました。パンノキという熱帯樹木が夢の食物とされて多くの力が入れられました。またキャッサバを始め多くの食料の伝播に奴隷・プランテーションが大きくかかわっています。

 

 

 穀物の性質、さらにその延長にある、近代国家の、定住主義。

 土地所有は近代化そのものにもかかわりますし、土地所有のルールの違いこそ大航海時代以降の膨大な列強の極悪を作っています。とにかく白人キリスト教徒、近代の選民以外の土地は全部奪わなければ気が済まない、とばかりに。だからこそ今も、土地を所有するなんて馬鹿げている、というアメリカ先住民長老の詩が語り継がれています。

 さらに、それはSFの居住惑星主義にもなるのでは?

 船で暮らすのはそれ自体がノマド、近代国家が憎み罪とする生き方……ロマ(ジプシー)はユダヤ人や同性愛者同様、ホロコーストの犠牲者となったほど。

 ちゃんと人が登録され、逃げることができない状態で、土地と人の名前が一対一対応し、人も土地も売買できる状態にしたい……惑星に閉じ込めておきたい、宇宙生活はしてほしくない?

 

 文明が、別の衣食住を許さない……だから水田稲作にこだわる日本は北海道・樺太に広がれなかったし、あれほどの執念で古代日本は蝦夷・隼人を征服しようとしました。

 ただ、上述のように正月の雑煮がモチではなくイモである、反抗もあると。

 遊牧・狩猟採集に対する敵意も常に強烈です。

 大航海時代以降、西洋・キリスト教宣教師は、熱帯で女性も上半身裸で暮らす人々に驚き、激しく西洋的な衣類を強制しました。

 

 日本も明治維新後、混浴をはじめとする卑猥な習俗を厳しく取り締まり、裸婦の絵なども取り締まりました。キリスト教自体は禁止傾向だったのに、不平等条約改正のためか、西洋キリスト教が求める性道徳だけは強く強要したのです。……今の日本の保守派は、その歴史も忘れて西洋的性道徳が日本の伝統で普遍道徳だと思い込んでいます。

 始皇帝も淫乱な習俗を破壊したことを自慢しています。淫祠邪教の破壊禁圧は洋の東西を問わぬ征服者・権力者の自慢で、ある意味普遍的道徳です。

 

 また、近代文明は萌芽更新も嫌うという傾向もあります。萌芽更新、ある程度雨に恵まれた森……日本やヨーロッパのような……で、オーク・樫など多くの広葉樹に見られる生き方。

 それらの木を切っても、切り口から芽が出ます。根は無事なので、普通に種から木が育つよりも短い期間で、また何本かの大きい木になります。

 短期間でまた切り倒すことができ、安定して多くの薪炭を得、また若い枝や葉を緑肥として田畑にすきこむことができます。

 それをなんとなく嫌う、理解しないのが近代文明らしい……

 

 

 特に大きなライフスタイルの違いである、農民・遊牧民・狩猟採集民。それは近現代で、ブルジョワとプロレタリアートという変形にもなりました。

 さらに日本では、河原者など普通の身分とは違う、差別されて移住しない人たちも注目されます。海外ではロマ(ジプシー)、ユダヤ人などもそれに近いです。

 仕事そのものが、大きなライフスタイルであり、身分にもなる、という。

 軍人そのもの、また修道院や寺など集住する聖職者もまったく違うライフスタイルです。

 

 ライフスタイルそのもの。

 日本の都会で生活している大半の人。

 まず起床する……畳に布団、ベッドのどちらかが大半。掛け布団や毛布で保温。寒い時には暖房や電気毛布も。

 着替える。寝るときの服装と、外出の服装は違う。

 トイレ。日本では基本的に水洗便所、大量の水道水を使う。特に今の日本の若者は、『JoJoの奇妙な冒険(荒木飛呂彦)』三部を通じ、豚が糞を食う豚便所、無菌である砂漠の砂で拭く砂漠便所など世界ではトイレが多様であることも知っている。

 食事。ちゃぶ台はもう少ないはず。多くはダイニングテーブル。多くの人は、家にキッチンがあってそこで調理する。外で買った食物を電子レンジなどで加熱する層も多いという。

 仏壇に手を合わせることもあり得る。

 体を洗うかどうかはともかく、洗顔・歯磨き、女性は化粧、服を着替え、金や各種カードが入った財布やハンドバッグ、今はスマホを持って家から出る。

 自動車、バス、電車などでかなりの距離を移動する……職住分離。

 そして職場では、立って配膳や調理、あるいは工場のラインで作業する、自動車を運転する、オフィスで椅子に座り机の上のコンピュータを入力したり紙に文字を書いたりする。他にも膨大な多様な仕事。

 移動して帰宅し、犬の散歩をすることもあり、また入浴して身体を清潔にし、娯楽を楽しむこともある。

 衣類は洗濯しなければならず、食器も洗浄しなければならず、家や家具、便器や浴室設備も結局は清掃しなければならない。

 大きい庭がある家なら庭の植物の水やりもある。

 

 ……かなり多くが、「家事」という別の作業ジャンルに分けられる。健康体、かつ清潔な体と衣類で出勤・通学することが求められる……それを維持するために必要なこと。

 多くの家事は、戦後日本では専業主婦という形で女性の仕事とされ、また以前の日本や今も世界の多くの富裕層では使用人階級の仕事でもあった。

 

 それら、ライフスタイルの多くは、過去や今の『現実』の国によってもある程度の違いがあることはわかるでしょう。

 たとえばアメリカの富裕層の多くは広い芝生とプールがあり、その手入れが重要な家事になります。

 西洋人は暖炉にとてもこだわります。熱で言えば燃焼効率も悪く、熱の大半は煙突を通して外に出てしまう、さらに昔は煙突掃除という悲惨な児童労働にもなりました。ですが、肉を回し続け脂を肉にかけ続けながら遠火で焼くのは、現代の真空低温調理と同様に硬い塊肉を柔らかく美味にできる優れた調理法でもあったのです。

 暖房・調理だけでも、たとえば日本は昔は囲炉裏というシステムを用いていました。それは煙でいぶされることで虫に強くなる茅葺屋根、またカイコの保温、食物の燻製など多様な役割を果たし、長くいぶされた竹が高級茶器になるなど思いがけない用途にもつながります。

 そしてライフスタイルには宗教の禁止も影響し、時にはそれが生命を奪うことすらあるのです。グリーンランドに定着できなかったバイキング、キリスト教が命じるパンとブドウ酒の生活を捨てられず、イヌイットのように農業を捨てて生肉のビタミンで生きることができなかった。スペイン帝国領の新大陸では、宗教が命じるある意味迷信で、先住民がやっていたトウモロコシの石灰処理やアマランサス栽培が禁じられたためにペラグラが蔓延した。

 それこそ『スターウォーズ』非正史のユージャン・ヴォングは自らを常に拷問していると言っていいほど苦痛を伴う改造をしている。『現実』でも通過儀礼として入れ墨、歯を抜く、身体に何かを刺すなど苦痛を伴う儀式は多く見られる。近代西洋も、軍隊などは長い期間かなり強い苦痛を与え続け、かなり人間改造と言っていいことをしている。

 

 意外と大きいライフスタイルの違い……

 ダクトテープ。日本人は、あらゆる梱包などに、当たり前のようにガムテープを用います。しかしアメリカではダクトテープという、日本では普通には手に入らない丈夫なテープが愛用されます。ちなみに排気ダクトの修理にだけは適していないそうです。

『彷徨える艦隊』では、人類よりはるかに優れた技術を持つスパイダー・ウルフ族が求めた物資がダクトテープでした。何を欲しがるのかなかなかわからず、先任下士官に聞いてすぐわかるのもコミカルなエピソードでした。様々な修理に使われ、ダクトテープがなければ戦えないとさえ言われます。

『火星の人』でもアメリカ人宇宙飛行士であるワトニーはダクトテープは崇拝されるべきだ、と言います。事故の時の気密をはじめ、あらゆる場で主人公の生命を何度も助けます。

 

 日本では、日常で何かを切るときには、薄い交換刃を折るカッターナイフが普及しています。

 しかしアメリカでは、台形の使い捨て刃を交換するユーティリティナイフと呼ばれるものが普及しています。カッターナイフよりやや厚く丈夫で、三角に刃が突き出ます。一枚の替刃を二度使えます。

 

 他にも、椅子に座るのと正座、正座自体の歴史の新しさ。歩き方そのもの。荷物を引きずるか、背負うか、頭に乗せるか。などライフスタイルを世界全体、歴史と今、そしてさまざまな宇宙戦艦作品の間で比較するとどれほど多様か……

 そして『ヒューマン・ユニヴァーサルズ』にある強い共通性。合理・物質とは大きく異なる、精神・魔術の論理の重要性。

 近代というのが、ライフスタイル全体、精神をどれほど変えてしまうものか。

 また技術によってどれほどライフスタイルが変わりうるか。

 

 さらに、ライフスタイルの多くには娯楽があり、魔術儀式・宗教儀式であるものも多くあります。

 政治が厳しい世界では、たとえば『銀河英雄伝説』で皇帝の像を拝む義務があるように、政治的なことにも忠誠を表明する動き、ライフスタイルの違いが常に求められるでしょう。

 

 芸術、娯楽、スポーツ……それを歴史全体、各地域、各宇宙戦艦作品でまとめる、まだまだこれからいろいろ必要です。

 

 そして、家族。結婚や性の形。異星人も含めた多様な生殖。……どれだけ読み返さなければならないやら……『現実』だけでもえらいことに……

 

 

 

 地理。これも本当に重要……上は天文下は地理、という言葉を何度も山岡荘八の作品で読みました。

 ライフスタイルは地理の一分野でもあります。世界のあちこちの国・地域で、食べるもの・着るもの、家の作り方や形、それらが違う、と。

 

 そして地形そのもの。

 航行可能河川の重要性は以前強調しました。

 海、いや大きめの川であっても普通に騎兵や歩兵でそのまま渡ることができない。城壁より手ごわい。深い森林、特にマングローブも同じようになる。

 また山は耕しにくく軍でも通りにくい障壁でありつつ、実は空気を上空に持ち上げて冷やし水分を搾り取り雨雪とする、気象や農業にも多くの影響を与えている。

 それこそアメリカ大陸の存在、南北アメリカ大陸が細くてもつながっていることがメキシコ湾流という大海流になって、たとえばパリは北海道より緯度では北なのに温暖、のような違いに。

 つながりが細いから、インカ文明はアステカ文明と連絡できなかった。それもプレートの動きのせい。

 プレートの動きは火山噴火や大地震になり、時には大噴火のチリが気候を変えて江戸日本を飢えさせ、のみならずフランス革命の原因にもなったように歴史を動かす。

 日本史の重要な転換点、第二次大戦の敗戦前後でも南海を始め多くの巨大地震、また幕末も巨大地震、戦国末も巨大地震で秀吉が建てた大仏が焼けた……それ以前の戦記ものでも、乱世にこそ大地震大津波の話は頻出する。多分、偶然ではない。

 大被害で飢えた人が暴れることもあるし、国の財政が破綻することもあるし、また宗教~呪術~道徳~政治が一体化していれば自然災害=君主の不徳=倒すべきだ、となってしまう。

 

 地形そのものが気候、作物を決める。

 サハラ砂漠、オーストラリアなど、事実上緯度だけで決まる砂漠。大きすぎる大陸によるタクラマカンなど。大陸の西岸で山などの具合でできる、南アメリカの砂漠。

 そして熱帯雨林の雨。ナイル川というチート。

 地中海性気候、ブドウとオリーブ。

 肥沃な三日月地帯。

 富を独占する、緯度で言えば狭い帯。

 

 地球の地理、中国と地中海の連絡の困難さ、でもわずかな交易は可能。これも歴史を大きく規定しているでしょう。

 秦や古代ローマが、互いを征服することはできなかった。でも仏教伝来は可能だったし互いの硬貨は出土している。長く絹や磁器の秘密は隠せたし、鐙(あぶみ)の伝来も遅かった。

 

 それこそ、この『現実』、今の年代=大陸配置と太陽活動からとは違う初期条件から地球人の歴史を始めてみれば、あらゆる違いが見えてくるでしょう。

 ささいな違いを地図に追加しても……日本と朝鮮半島を陸続きにしたり、太平洋の真ん中に大陸を追加したり、アフリカをユーラシアから大きく切り離したり、モンゴルから黒海に超巨大河を流したり、オーストラリアをちょっと南に移動させて豊かな温帯にしたり、コンゴ河を北に流して第二で十倍のナイルにしたり。

 

 視野を広げれば、地球が球形であることすら「地理」です。

『オマル』は球でない広い世界で多くの種族が角逐します。『タイム・シップ』のダイソン球の内側、『リングワールド』なども惑星よりずっと巨大な世界です。

『目覚めたら~』や『宇宙軍士官学校』ではスペースコロニーの異質な遠景が主人公に強い印象を与えます。

『時の眼』は時間も空間もぐちゃぐちゃになっています。

 

『銀河英雄伝説』こそ、まさに地理によって作られた物語です。

 帝国と同盟、二つの大きく見れば閉ざされた大領域。その二つを結ぶ二つの回廊……イゼルローン回廊は惑星のない恒星に要塞を築いて封鎖でき、フェザーン回廊にはフェザーンという居住可能惑星があってそれは第三の国、後には首都にもなった。

『スタートレック』は、ワープが遅いこともあり、極端に離れた地域の連絡が大きく歴史を動かします。

 宇宙空間の基地の近くにつながったワームホールを中心とするドミニオン戦争。遠くに飛ばされたヴォイジャーの帰還旅そのものが、ボーグと連邦の関係を大きく変えていく。

『彷徨える艦隊』も多くの星の配置、それぞれのジャンプ点の数や行き先によって作られる物語です。

 また、技術によって輸送が変化したことによる変化もじっくりと描かれています。

『ヴォルコシガン・サガ』も同様に、ジャンプ点でつながる多くの星の関係によってそれぞれの国の興亡があります。要衝だから征服されたコマール、要衝だから居住可能惑星がなくても繁栄するヘーゲン・ハブ……

『銀河戦国群雄伝ライ』で上述ですが師真が、先に残虐な虐殺をしてから兵の故郷の星々に出没し、家族を心配する兵の反乱を誘発した策こそ、地理を用いています。その兵がどこで徴兵されたか、どの星が人口密集地で、今戦っている艦隊の徴兵先になるか、を知っているから。それこそ商人だからこそでもあります。

『三体シリーズ』で、地球人は木星・土星という太陽から離れた巨大ガス惑星があるからこそ掩体計画にすがり、逆にそれは遠くから観測できるものだったからこそ長い目で見れば宇宙全部の破壊につながる兵器が使われたのです。『彷徨える艦隊』でも恒星を巨大盾としました。

『航空宇宙軍史』こそ細かな、太陽系の各惑星の距離の変化、それぞれの惑星の表面の様々な特徴を描きつくし、活かしつくして壮大な歴史を展開しました。

『星界 シリーズ』では実際の宇宙とは大きく異なる地理が、独自の超光速航法によって築かれます。だからこそ首都失墜が帝国の分断さえ意味していました。

 

 地理はそのまま資源分布でもあります。多くの作品で資源の争奪がある……場所によって資源が多い所と少ない所があるからこそです。

 また上述ですが、ジャンプ点自体も重要な資源として争奪されます。古来人が、ジブラルタルやマルタなど要衝を争って戦ったように。

 

 地理を言うなら、その地理をある程度変える努力として、治水も触れておくべきでしょう。

 中国の伝説的な歴史は、禹、治水に成功した為政者から始まると言ってもいいでしょう。上述ですが、秦の天下統一には二つの大治水工事が大きく貢献しています。

 後の隋による大運河は隋そのものを滅ぼし、同時に中国を爆発的に発展させもしました。

 古代エジプトも治水によって作られた帝国です。メソポタミアも。

 エジプトもメソポタミアも、日本もオランダも、イタリアも、多くの海岸や湿地を埋め立てて豊かな農地として人口を増やし、工業を可能にしました。

 産業革命を起こしたのは水力であり、運河です。後にスエズ運河・パナマ運河、またアメリカの五大湖からニューヨークに至る運河も、人類文明全体を変えると言っていいほど影響があります。

 そう考えれば、コロンブスやダ・ガマが大航海時代を切り開いたこと、テラー号など北西航路の探索も、治水の一つと言えるかもしれません。

 

『銀河戦国英雄伝ライ』では六紋海での師真の華麗な水攻めこそがすべてをひっくり返し天下統一に結びつきました。

『銀河英雄伝説』ではフェザーンやヴェスターラントの水不足も重要な要因です。

『クラッシャージョウ』のクラッシャーによる工事も治水に似たものです。

『宇宙軍士官学校』や『目覚めたら~』に描かれる超巨大転送ゲート、『彷徨える艦隊』のハイパーネット・ゲートなども、港湾・運河・空港・鉄道・高速道路など交通インフラの整備に当たるでしょう。ただし、運河は交通だけでなく灌漑・治水など多様な用途を持ちます。

『サイボーグ009 超銀河伝説』には天然の高速交通可能な宇宙現象がありました。

 

 上述の、緩衝地帯や辺境、それ自体が地理の一部と言っていいでしょう。

 

 

 戦争そのもの……地政学となる。それ次第では、下手をすると戦術・精神と無関係に戦う前から結果が見えるほどの差にもなる。

 細かい地理が、『火の鳥 乱世編』で描かれた義経のひよどり越えや何人も犠牲者を出す山路、桶狭間のような逆転にもつながる。

 

 生きること、ライフスタイル、宗教やそれ以前の常識・人の心のありかた……

 地理。ライフスタイル。それがどれほど、『現実』の各時代、各地、そして各作品で違うか。作品の中でも地域や種族でどれほど違うか。

 その全体像をまとめて理解するには、さらに気象学やプレートテクトニクスなども統合せねばならず、まさにビッグヒストリーの域にもなるのです。

 そして人の共通性を見るか、それとも多様性を見るか。人の多様さ、時間でも場所でも……また、生理学・医学・DNAの共通性、『ヒューマン・ユニヴァーサルズ』。

 異星人だとそれぞれどれほど違うか。それとも、『三体シリーズ』の暗黒森林という巨大な共通点のような、また物理法則そのもので結ばれているのか……逆にわかりあえる希望もあるのか。またもっと根本的に違う世界も『クロックワーク』『ジーリー』『三体X』などないわけではない……



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医・悪・ポストヒューマン

 あるところで、『宇宙軍士官学校』の、「多くの、地球人とほぼ同じ遺伝子の異星人」「すべての{人類}を滅ぼそうとする敵との戦争」「上位種族もあり」「種族同士が競争、地球人も他の種族も上位種族になる可能性がある」という条件を考えていて、種族そのものが向上しなくてはと考えました。作中主人公たちも、人類が向上することは常に望んでいます。

 筆者の、本作も含めた考えは、他の作品のアイデアを持ってきて番(つが)わせること。

『サイボーグ009』の001、イワン。

 マッドサイエンティストである父親に脳を改造され成長が止まった赤ん坊。その父親は蛮行を止めようとした母親を殺し、赤子ともども黒い幽霊に拾われた。

 だからこそ、赤子のままでだいたい眠っているが、けた外れの知能と超能力。

 

 その001を大量生産……そう考えた瞬間、筆者の内なる声が「だめだ」「絶対破滅する」と判断しました。

 その声を疑ったら?

 なぜわかるのでしょう、筆者は全知の神ではないはずなのに?

「筆者の中のダメだと叫ぶ声」様は、全知の神様なのでしょうか?絶対正しいのでしょうか?

 

 この考えからは膨大な、考えの分岐が出ます。

 本来なら読むべき本も膨大です。生命倫理学。存在しないかもしれない、未来文明倫理学。ポストヒューマン。道徳哲学。中国や日本との比較思想史。「どうすれば文明が破滅を免れるか」。

 1900年前後、大戦までに多量にあった西洋文明の退廃を恐れる言説。人種差別思想の深化。

 東側におけるSF思想。

 英米、日本それぞれの古典SFの思想と時代背景。

 医学。

 そしてサイボーグ、アンドロイド。知性化。超能力。

 善悪そのもの。

 何年かかるかわかったもんじゃない、今とりあえずまとめて、本を読むのは何年もかけてゆっくりと……

 また当然嫌というほど、今までの話と重複するでしょう。興亡、無人、上位存在、道徳などなど。

 

 

 なぜ001の大量生産が否定されるのか。

 まず、他者危害、自分がされたら嫌なことを人にするな、人を傷つけるな、に抵触するから。

『航空宇宙軍史』のイルカ……人類ではない、ある程度の知能がある動物を傷つけることにも、少なくとも筆者は強い憤りを感じる。……異星人でもロボットでも、ある程度以上心を持つ存在を傷つけるな、と拡張できる。

 まだ意識がない乳児であっても、母親は大事な子を傷つけられたくない。それに乳児でも、痛い思いをさせれば泣く、明らかに嫌がっている。手術で別の存在にしてしまうのは、傷つけるに他ならない。

 両親がないコインロッカーベイビーであっても、人間にはかけがえがない権利がある。

 

「人間の尊厳」という概念はいつから生じたのでしょう?

 筆者が知らないことがいくつも出てきます。

 西洋、キリスト教と古代ギリシャローマを共有していない中国・日本でも死体の解剖は忌避され、それゆえにどちらの医学も内臓には無知なままだった。多くの残忍な拷問処刑を考えると不思議なことに。中国・日本では、尊厳のような概念はあったのだろうか?ただし、日本では江戸時代に死体の解剖が可能だった……それほど激しい禁忌ではない。

 ……となると、古代のインド、草原の遊牧民、イスラムは?という問題にも。旧約聖書では……思い出せません。イスラムは復活が中心教義で死体損壊を嫌い土葬、どんな拷問も笑って耐える戦士でも、首・腕・脚を切って違うところに縫ってから埋葬してやると脅せば泣いて自白すると聞いたことが。その体で復活したらたまったもんじゃない。

 ……少し外れますが、旧約聖書の律法では、それこそ十戒の一つであってもおかしくないのに、食人禁止が思い出せないというのも考えてみると不思議です。無論反芻せず蹄が分かれていないのでNGですが。人の生贄も。他にもいくつか読んだはずの古代法で、はっきりとした食人禁止が思い出せない……

 上述のように『銀河の荒鷲シーフォート』で、飢えに瀕したとき死者を食べるか議論され、やはりだめだと主人公は決めました。

 そして西洋では、あれほど徹底的に先住民・有色人種・異教徒の人間としての権利を否定したのに、だからと言って解剖・動物実験・食用などがフリーになったわけではない。剥製展示はやった。……アメリカが核兵器や梅毒の実験をしたケースはあるものの、非難されている。どのような理屈で?なぜ?

 共産主義世界では全面的に容認されなかったのはなぜ?

 

 

 医学。人間が生きていく上で欠かせないと言っていい、にもかかわらず近代での科学技術の発達までは、本当に間違ったことばかりでした。

 以前紹介したベンジャミン・ラッシュ、フィラデルフィアの黄熱病で献身的に見捨てられた患者に尽くした医者が、今の目で見れば何もしない方がましだったと言われているように、近代以前の医学は益よりも害が多いほどでした。

 中国では、多くの帝王が不老不死を求めました。しかしその手段とされるのが水銀などの毒であったため、むしろ精神も健康も破壊し、名将名君だったのが晩年には狂王と化したり、寿命そのものも縮めたり、異様なまでに子供達が死んでいき王朝が乱れたりすることも多くありました。ついでに梅毒の精神障害もあると言われる人も多くいます。

 医学は究極的に、不老不死、人間の支配、人間の改造などにも進むのが恐ろしい。それほど根源的に重要な学、人間の目的の一つです。

 レコンキスタでイスラムだったスペインの大都市をキリスト教徒が落としたとき、図書館の医学の本は残してくれという騎士たちと、全部焼けという聖職者の対立があったとか。

 

 宗教と医学の関係の歴史も深すぎるほどです。

 それこそイエスは、多くの人を癒して信仰されました。その後の使徒も。

 空海らも、仏教と同時に医学も伝えました。土木工事の技術なども。

 

 その医学の進歩そのものも歴史を大きく変えています。以前伝染病のところで触れたように、すぐに伝染病で死ぬから暗黒大陸とされろくに利用できなかった熱帯を、西洋が本格的に侵略できるようになったのは病気が治療できるようになったからでした。

 また、大国の王家でも農民でも10人産んで2人生きれば幸運、の世界でなくなったことは人間の使い捨てが経済的に有利でなくなることにもなります。

 常にたいていの人がひどい病気で生産性が低い社会でなくなったこと、それも長い目で見る、勤勉な労働者を前提とする経済ができたことに大きく関係しています。逆にアフリカなどの生産性の低さは、多くの人が病気で休みが多かったりまともに働けていなかったりすることも重要なのです。

 避妊・出生率……これもとんでもないテーマになります。

 

 医学そのものに、常に残酷さ、死、罪がつきまといます。救うためでもあるのですが。

 それこそナポレオン時代の海洋冒険小説では、麻酔も抗生物質もないので、できるのは傷ついた手足を斧とノコギリで切断し傷口を焼くだけでした。苦痛によるショック死はわかっていても、何人かに一人が助かるか、確実に汚染された傷口から全身が腐って死ぬか。

 リソースが足りなくなると技術が優れていても似たようなことになります。『真紅の戦場』でも多数の軍医たちが激務で限界を超える凄惨な治療風景が描かれています。

 医学の進歩に欠かせないことの一つに、動物の体そのものを調べることがあります。医学史ではむしろ敵役とされるガレノス……古代ローマ最高の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウスの時代の医師は、多くの動物を(もちろん無麻酔で)解剖したことでも知られていました。

 心肺の、血液循環も動物の解剖、死体の血管に色水を注いでみるなどから解明されました。

 キリスト教が禁じていた、人間の死体の解剖がおこなわれるようになった……それこそ、医学の進歩のきっかけとなったのです。法や政治の歴史から見ても重大でしょう。

 

 また、膨大な動物実験も、特に化学合成薬品の効果の確認、化粧品や食品添加物などに至る安全性の確認で大きく近代人の健康に貢献しています。

 さらにワクチンなど、動物そのものを生きた工場にしていることも多くあります。カブトガニの血液に頼っている試薬もありますし、他にも多数。

 それは動物を凄まじい苦痛の末に殺す行為です。異星人連合の法廷で「地球人一人残らず同じ苦痛の末に滅亡の刑」を宣告されても文句は言えません。しかし、それがなければ筆者も含め、今の地球で生きている人の想像を絶する割合は生きていないでしょう。

 それゆえにか、西洋道徳では容認されます。

 

 しかし、人間を実験台にしたり、生きたまま解剖したりすることは、西洋文明の中ではかなり特別な悪とみなされるようです。

 ケン・リュウの短編『歴史を終わらせた男』で描かれた日本の731部隊、またナチスドイツによる人体実験はこの上ない悪として激しく非難されています。

 どこの社会も多くの、子供や無実の人でも膨大に拷問虐殺するのに、医学利用はどう違うのか……人間にとっては何か特段のものがあるようです。「人を手段としてはならない」というカント哲学でしょうか。

 多くの、国際非難や人権を気にしなくていい犯罪組織支配地域・独裁国家があり、またモラルを捨てた金持ちが秘密研究所でやってもいいのに、不老不死が一般でなく世界屈指の金持ちでも若死にすることを考えると、不思議とそれほど有効ではないようです。

 それは、この『現実』の物理法則・生物の分子がたまたまこうであったから、というだけであり、それが違った場合には別の世界になるでしょう。たとえば、人間の脳に、顕著に妊娠を助ける薬効があったとしたら……

 

『彷徨える艦隊』のシンディックでは、敗北したり権力闘争で負けたりした人は、医学ボランティアという名の死の拷問に供せられる、と言われます。

『目覚めたら~』では重罪を犯して捕まった宙賊は医学実験に供され、死刑よりはるかに残酷な目にあわされます。逆に宙賊も、捕まえた人間を玩具として様々に改造して売ったり、けた外れに残酷……だからこそ何の呵責もなく船ごと皆殺しにできるわけで。

『ガンダム』でも、宇宙世紀のニュータイプ研究などではきわめて残忍な人体実験が横行していたことが描かれています。

『ヴォルコシガン・サガ』でマークを拷問したリョーバル大豪も医学研究で多くの資産を持っており、人体実験・人間の遺伝子操作による知識も売り物にしていたようです。それこそマイルズが盗み出し、その後傭兵として活躍した、それ自体がリョーバルの憎悪の理由となったタウラもその実験体の一つでした。そのタウラを作った悪の医科学者もバラヤーに帰化し、思いもかけない形で活躍します。

 マークとマイルズが助けたローワン一族も医学者・バイオ学者として大きい価値を持っています。

 それら、人を医学の研究材料・医学工業の材料とすることはとてつもない悪とされます。

 ですが、それを悪と感じる道徳感情、それはグラデーションをもって変化していくのです……銀河テクを憎む保守クーデター、簡単な手術で治る口蓋裂の赤子を絞め殺す家族、さらに文化大革命で科学者を虐殺した群衆に。

 

 医者、医学者、というのも宇宙戦艦作品では結構重要な登場人物になることが多いです。主人公であることは少なく、やや斜めから見るような立場か、残酷で邪悪なマッドサイエンティストか。

 もともと軍艦でも軍でも、医師はクルーが生きるためだけでもどうしても必須であり、さらに重要性も高い……海洋冒険小説では、艦長が発狂して任務を果たせない、という、見方を変えれば反乱を容認する制度に関わるため、とてつもない責任を負ってもいます。

 英雄である主人公も医者から見れば患者の一人である、というような、俯瞰的な視点から作品世界を眺めている存在にもなります。戦争のため、人殺しのために全力を出している軍人とは違い生かすことを目的にする、根本的に異物なのです。

『ヤマト』の佐渡酒造は主要キャラクターの一人で、彼とアナライザーのコンビはシリアスな空気を緩衝させる、重要な役割を果たします。また森雪は看護師の仕事も多くやっています。

『タイラー』のキタグチは佐渡のコピーに近いキャラです。メタノールで失明するほどのアルコール中毒、チームの雰囲気、といろいろな共通点。

『レンズマン』でも医師のレーシーがパトロール隊でもかなり重要な立場におり、凄まじい拷問で体を破壊されたキムを治療しました。キムの妻となるクラリッサも有能な看護師として困難な手術を補助しました。

『スタートレック』でもTOSのマッコイ、新の医療主任ビバリー・クラッシャーとカウンセラーのディアナ・トロイ、ヴォイジャーのプログラム・ホロであるドクターなど各シリーズで重要なキャラクターです。

『真紅の戦場』では女医がメインヒロイン。

『目覚めたら~』では女医のショーコが結構目立った登場をして、ゲストと思ったら思いがけない形でハーレムに加わり、かなり重要な役割を果たしています。

『天地無用!』の鷲羽もヒロインの一人です。

『ガンダムX』のテクスは人格が高く、まだ子供である登場人物たちを精神的に見守り支えました。

『彷徨える艦隊』でも要所で医者が登場しますが、不思議とキャラクターとして強くはありません。ギアリーが英雄本人であることもどうでもいいかのように病人扱いに近い態度を取ったりもします。

 

 

 医者はどんな権力者でも必要とするので、必然的に権力の近くにいて、権力者になることもあります。逆に医者本人も危険があります。

 それこそ史実の道鏡やラスプーチンは、聖職者であるという以上に医者として権力者に信頼されたのでは?

 またそれは、医者と呪術師がどれほど近いか、宗教祈祷がどれほど重要かも示しているでしょう。

 それこそ医者が暗殺者になれば、どんな権力者でも殺されます。だからこそ強い忠誠や脅迫が必要になります。医者が高い道徳を要求されるのも、道徳によって人を支配する、ということがあるのでしょう。

 そして独特の道徳を叩き込まれた、独特のギルドの一員でもあり、時にはそのギルド・道徳に対する忠誠と権力の間での葛藤もあります。

『銀河英雄伝説』で、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの話として、障害児が生まれたとき、子と生母のみならず医師も死を賜ったと伝えられます。古来権力者の医師が責任を取らされることは多くありました。

 ラインハルトの病を治せなかった医者に提督たちが詰め寄る……もしゴールデンバウム朝の皇帝だったら死刑にされていたでしょう。

 アンネローゼの暗殺未遂では、ベーネミュンデの医師からの密告が重要になります。

 ラインハルトの暗殺未遂事件の一つでは、犯人をそそのかしたのは医者でした。

 ついでに、ラインハルトに可愛がられた従卒のエミールは将来医者になると決意しています。

 さらについでに。あのゴールデンバウム朝では、闇の医者が巨大なカネと闇の権力を持ってしまうのでは?遺伝子検査で、たとえばロイエンタールが父親の実際の子かどうか確定できます。彼の父親が検査をして違ったら事故に見せかけて殺す、ということもあり得たでしょう……闇医者に手を出すリスクを冒さなかっただけか……。劣悪遺伝子排除法は親族にも及ぶので、障害を持つ子を殺して隠しても医師が知っていて脅迫できます。大きい貴族が忠実な家臣の優秀な子に医学の勉強をさせて家に閉じ込めたら、禁断の技術に手を出していないか悪魔の証明が起きます。

『銀河戦国群雄伝ライ』には正宗(紅玉)を救えず、毒刃を受けた雷の生命を救った医師がいます。彼こそ正宗の人間としての苦を察することができ、群臣に不満を持っていました。

『デューン』では医者が特殊なギルドで訓練を受けることが知られ、もっとも重要な役割を果たします。

 

 ほかにも、伝染病が重要になる多くの作品で、医者や医学者は当然重要な役割を帯びます。『天冥の標』では医の組織そのものが政治制度で重要になっています。

 少なくとも解説役、また生物を分析する学者の役割を持つことも多いです。

 

『火の鳥 未来編』の猿田博士は事実上医師でもあります。彼は若いころは宇宙生命の権威として多くの業績を上げ、地球に隠棲してから代償として女性型ロボットを作ったり、人工生命を作ったり、ヒロインを傷つけてまで生命の秘密を解明し放射能に耐えられる手術を開発したりといろいろやって……無駄になりました。

『復活編』の密輸組織の医者は、二人の人間を融合させるという、まさに神に挑戦する手術を行い……失敗の代償に生命を落としました。

『太陽編』のおばばは医者でもあり、領主となった主人公の善政を治療で支え、また呪術医でもあり霊についての知識もあるので主人公の霊界との接触を否定し、人間に戻った主人公の旅に同行するなど重要すぎる役割を果たします。

『黎明編』の主要人物の一人も医者でもあり、内政チートで定番となるペニシリンを使いました。

 手塚治虫自身が医学博士でもあり、『ブラック・ジャック』『きりひと讃歌』など医者を主人公にした多くの傑作も描いています。『鉄腕アトム』の博士たちもかなり医者のような感じがあります。

『サイボーグ009』の、001の父、またギルモア博士らも、サイボーグたちを創造した存在です。その罪をわかっている人もいます。

『Dr.スランプ』の千兵衛も撃たれた熊をサイボーグ化して治療するなど、その科学技術は医にも転用できます。

 また赤ん坊のターボが、実は異星人のUFOに轢かれて致命傷を負い、異星人が治療をしてくれたのです……死ぬよりまし、とリスク承知の特殊治療をした結果、ターボは強大な超能力と超高知能を持っています。それこそ001とほぼ同じです……精神構造があれほど異質ではなく、長時間の眠りを必要としているわけでもなく、両親の家庭で普通に育てられているだけで。

 

『叛逆航路』の後半に登場する医者は、危険なインプラント除去手術を命じられ激しく抵抗します。権力の命令と医者の倫理が葛藤したのです。それこそインプラント技術を根幹とするラドチ帝国にとって、医師は絶対に欠かせない存在です。

 さらに医者には学者としての知識もあります。学者として優れていれば、その能力を転用すれば生物兵器を開発することも、また治療することもできるのです。

 そのように医学はサイボーグ技術、バイオテクノロジーにも近く、多くの天才科学者が活躍することにもなります。

『マルドゥック・スクランブル』の博士たちは典型的なマッドサイエンティストの雰囲気をまとっています。また、「O-9(オー・ナイン)」、戦時に容認された極端な人体実験・人間改造の罪を免責する・生きることを認めるかわりに公に奉仕し有用性を証明せよ、という法システムが、作品の根幹になっています。有用でなければ死、という社会の残酷さでもあり、『アノニマス』は安楽死設備にウフコックが入れられます。

『スーパーロボット大戦OG』ではDC残党の一人である科学者が一ステージのボスと言っていいほどの勢力を誇りました。

 

 医の技術で行われる最大の悪の一つとして、脳を交換することによる長命もあります。

『ヴォルコシガン・サガ』ではマークが襲ったのが、クローン農場でした。被害も大きく敗北した、一瞬の満足にしかならない……けれど、ほんの何人かでも、生かすことができた。それこそその責任で職を失った艦長の一人さえ、だからあまり気に病むな、というほど道徳感情を満足させます。

『反逆者の月』も敵側の主要人物は、脳を交換することで長命を維持し、医療技術を持つもっとも邪悪な一人はその技術を武器として支配力をふるいました。その結果、主人公はヒロインの母親の体を殺し、焼き尽くし、と口が裂けても言えない秘密を抱えました。

『ヤマトよ永遠に』の暗黒星団帝国は、脳を移植するための体として地球人を求めました。

 

 さらに科学者、技師、となるとあまりにも膨大な話になります……それはまたいつか。

 

 

 話を戻します。どれだけ下等な動物であれば、001手術をしてもよくなるでしょう?犬やサル、イルカやタコでも筆者の心はダメだと言っています。ほぼ確信をもって、今の地球人の大半は許さないでしょう。

 自然死した男女の孤児の生殖細胞を受精させ人工子宮で育て、中絶が許される週の胎児であるうちに001化するのは?意識がある人間は誰も傷つけていません。

 そのまま生存する希望がない、生来脳に障害がある子であれば?

 

 さらに、たとえば犬に001手術をしてさらに脳とコンピュータを直結することで、IQが何千もの超知能人間と同様に言語・数学を操れるようになった存在がいたら……

『シリウス(ステープルドン)』が示した問題もありますし、さらに「超知能犬」のほうが人間より優れているとして、人間が「超知能犬」の指導に従うでしょうか?

 さらに犬の知能、何を目的とするかは、人間とはかなり異質になるでしょう。

 

 人間は絶対ダメ……また、そのままでは生存できない、人間とも全く違う、脳だけが巨大な遺伝子操作生物であれば?

 脳細胞だけを膨大な数培養してつなぎ合わせた代物なら?線虫の脳細胞なら?

『現実』の今の人類も、ゴキブリの脳と機械をつなげてゴキブリを操作してみたり、サルの脳に電極をつなげてロボットアームを操作させる実験をしたりしています。それは容認されているのです。

 何を、どれだけ容認するかは常に生命倫理学の問題になるのでしょうが。

 

 また、精神病を治療することは?

 アメリカなどでは多くの、上の方の子供は向精神薬を与えられておとなしく勉強している、という話がありますが、それは?

 生まれたときから、額に当てれば考えるだけで動画もゲームもできる高性能スマホを赤ん坊に与えるのと、001手術はどれぐらい違うでしょう?

 それどころか、メガネを与えるのとサイボーグ手術はどう違うのでしょう?義足は?鉄の肺は?人工心臓は?ワクチンは?

 

 それこそ、「頭のよくなる薬」と「001手術」をどう区別できるというのでしょう?

 

 さらに、その手術を容認するかどうかが、人類の存亡にかかわるとしたら?

 やらなければ人類は衰退していく、また別の人類の方が速く進歩して置いて行かれてしまう、としたら?

 戦争のためなら人間は相当なことができます。アメリカが放射能や梅毒について実験したように。731部隊も、戦争のためだと言われたから平気でやってしまったのです……完全に平時だったらあそこまでやりたい放題できたでしょうか?

 それこそ『復活の日』や『航空宇宙軍史』は戦争のためだからこそ、人類滅亡のリスクでもとんでもない悪でもやってしまうのです。

 戦争ではなく、文明間・種族間の競争であれば?参考になるのは、明治維新をはじめとする、世界各地の英米以外の文明が、英米の産業革命・近代文明を真似ようとする努力でしょう。

 

 どこまで?どこに一線があるでしょう?

 それが人類、地球の生命の存続に絶対に必要だとしても?

 

 001手術は、倫理、誰かを傷つけるから悪なのだ……それ以外にも否定する声があります。

 要するに、ギリシャ神話のフィブリス……傲慢の罪。人が神の特権を犯そうとする罪。

 手段として間違っている、絶対に失敗する、という警告。

 大量の鉄を作るために農家それぞれに製鉄所を作らせたり、敵軍を倒すためにトランプ占いや生贄儀式に頼るのと同じく、失敗するに決まっている手段。

 膨大な星新一作品もそれを強調します。

『火の鳥』も『復活編』や、『未来編』の猿田博士の複数の失敗、他にも多く。

 特に日本の、古典的な昔のSFでは、傲慢の罪を罰するという神話と共通する話がとてもたくさんあります。

 上述ですが、冒険小説のプロットで、とんでもない宝・超技術を手に入れようとして悪党と戦い、最終的に確保したのに捨てる話も膨大にあります。

 

 科学技術は、問題を解決するための正しい鍵、武器、手段ではない、という、多くのSFに共通する主張。

 本屋や図書館を筆者がぶらついて本や週刊誌を読み、ネットをぶらつく限り、おそらく日本人の、活字でものを書いて収入を得ている人……賢い人の多くが、たとえば気候変動問題を科学技術で解決することには反対している。気候工学は考えることも禁止したいほど。軌道エレベーター、宇宙開発は絶対にできないしすべきでもない。

 という、感じを筆者は感じている。

 

 では、逆に技術を用いず、マルクスでもなく、本田勝一でも斎藤幸平でもなく、人類が上の段階に行くというのはどのようなことでしょう?

 本当に人類全体が改心し、子を正しく教育し、資本主義を捨てて正しい経済となり、工業を捨てて正しい生産になり、本当にすべての人間の心が圧倒的に良くなった……それはSFとしても考えられるのでしょうか?

『断絶への航海』のように、要するに親が子に教える憎しみなしでロボットが受精卵から育てればいいのでしょうか?

「それをやったら絶対に失敗する、絶対に破滅する」という確信。それは単なる思い込みで、絶対の真実ではないのでは?

 SFが人の心に叩き込んでいる「真理」は本当に絶対正しいのでしょうか?

 

 実は、筆者は筆者自身の道徳感情や、科学知識が本当に「正しい」、あるいは「日本人の多数・世界のSFを読む階層の多数・世界の知的階層の多数と一致している」自信はありません。

 筆者は、あまりにも誰も同意してくれないことを多く信じているのです。「宇宙船地球号には救命ボートがない」「定常文明?リンや銅が尽きたら終わりだ」など。

 

 

 人類、地球人が、今の「ホモ・サピエンス」よりも上になる。ポストヒューマン。

 以前もある程度、特にそれに反発する人の動きから解説しました。

『デューン』における厳しい禁止など。

 また、ストーリーそのもの、作者・編集者・読者が嫌うようでもある……『タイラー』や『月は無慈悲な夜の女王』などでは人工知能が消滅する。

 

 人類が今より上になる、ということを強く探求した……

 古典に結構多くあります。『幼年期の終わり』や、小松左京『神への長い道』『継ぐのは誰か』。

 人間以上の存在に統治される、アシモフのロボットシリーズ。

『人間以上(スタージョン)』も古典です。

 人が直接、医学などで極端に賢くなるのは『理解』があるでしょう。

 今の人類がイメージする、今の人類よりずっと頭がいい存在とは違う方向性……特にレムの『ソラリス』『砂漠の惑星』に顕著です。『幼年期の終わり』や『ブラッド・ミュージック』も異質な方向です。

『スタートレック』にも、明らかに地球人と相互理解が無理な種族は多くあります。

 短編でそういう異質性が高い異星人は多いようです。

 

 考えてみると、遠い未来なのに、戦艦に乗っているのが今と変わらない外見・精神性の人間であること自体がおかしいのです。

『火の鳥 未来編』の人類も、精神も肉体も今と違うようには見えません。

 

 人とコンピュータの融合・シンギュラリティによる超知能もそれなりに多くあります。

 

 人間そのものを向上させるには、方法としては「サイボーグ、脳~コンピュータの接続」「正しい優生学・進化を用いる」「人類の遺伝子を編集する」がまず考えられます。

『継ぐのは誰か』は、人類と並行して進化した、別の能力を持つ亜種が未開地域に隠れて生きてきた、です。

 また、人類の向上といっても色々な方向が考えられます。

 単純に、より優れた知能を持つ。

 超能力。ニュータイプ。

『ファウンデーション』の第二ファウンデーション人はある意味超能力者です。

 ニュータイプはずっと可能性と言われますが、常に否定されて終わります。

 体力を強くする……それもサイボーグがあり、また動物と融合するなどもあるでしょう。

 作品名は忘れましたが、格闘ゲームのコミカライズに、ネオテニー・幼形成熟である人類をいじることで、全身に毛が生え大型化し筋力も強くなった人間、というのがあったと思います。『天冥の標』の甲殻化した人間は、病気への適応であり宇宙への適応でもあります。

 というより、『ドラゴンボール』では人間も普通に科学文明、戦車などがあったのにピッコロ大魔王にも対抗できませんでした。対抗できたのは少数の武道家です。ですが後のドクター・ゲロは、機械だけでもそうしようと思えばフリーザぐらいまでなら倒せました。

 

 以前の『現実』の人類が人類の向上と言えば、二十世紀前半では人種としての純化が大きい意味でした。それ以前では宗教・精神・道徳の物差しでした。

 

 思い出せないのですが、人間を本当に「善人」にしてしまうという改造は?それこそ、善そのものの意味、自由意思を失わせてしまう、限りなく強烈な危険がある技術です。『時計じかけのオレンジ(アンソニー・バージェス)』がそれでしょうか?

 人間に信仰を与える改造……それこそ究極に宗教・信仰の意義を消し飛ばします。思い出せません。

 

 人類自体が主役から降り、次の存在に主役を譲る……ロボットや、人類の遺伝子改造でもそうなります。

 その変形が『火の鳥 未来編』のコンピュータ頼りでしょうか。他にも同様なものは多くあります。

 

 長い年月での自然進化。

『タイム・マシン』のモーロックとエロイが元祖でしょうか。

『都市と星』ではダイアスパー人もリス人も、かなり今の人類とは外見が違います。精神も。

『地球の長い午後(オールディス)』では逆に、原始的で知性もわずかな状態です。普通なら退化と言われるでしょうが、絶滅していないのは適応して進化しているということです。

 進化、突然変異を促進するために、人は作物などであれば放射能などを使います。

『火の鳥 復活編』で事故があったのはアイソトープ農場でした。

 

 サイボーグ、それ自体が実に膨大なSFのテーマであり、これからの科学技術・生命倫理の重要なテーマとなるでしょう。今はざっと流すしかできません。

『サイボーグ009』が中心的ですが、それこそSF史でのサイボーグ自体がもっと古くから膨大でしょう。さらに思想史に属する話でも。

 宇宙戦艦作品に話を絞っても膨大です。かなり多くの作品ではインプラント・遺伝子改造が当たり前なのです。

『目覚めたら~』も、貴族は高水準の改造を受けており、だから実際に知的能力も戦闘能力も平民からは隔絶しています。貧困層でも言語インプラントは入れており、それを持たない主人公は異様でした。

『ヤマト』でさえも真田の両手足は爆弾入りの義手です。

『紅の勇者 オナー・ハリトン』のオナーも体の一部を失っており、捕虜となったときには医療資源が少なくなるので余分な苦痛を味わいました。

 技術水準が低めの『銀河英雄伝説』でも義手技術は当たり前になっています。

『若き女船長カイの挑戦』でも触手状の手に改造されたサイボーグが主要人物にいます。また多くの人は脳のインプラントで活動しており、主人公はインプラントに関して長くトラブルを抱えます。

 

『叛逆航路』はインプラント技術が根本にあります。普通の将兵でも多くは何らかのインプラントを持っています。そして本来の人格を完全に消し、膨大な人数が艦と一体化する「属躰(アンシラリー)」という衝撃的な存在。また皮肉にも、皇帝アナーンダ・ミアナーイも各個体は属躰に他ならないのです。

『マルドゥック』シリーズこそ、徹底的に人間以上の知性を追求したと言えるでしょう。

『CYBERブルー』では、殺された主人公を助けるために古いロボットが自分と人間を一体化させ、サイバービーイングとなりました。後には強力なバイオビーイングとの戦いになります。また、上述ですが電話でパスワードを言われただけで普通に暮らしていたウェイターが暗殺者になる、また薬物によって女性が強大な筋肉になるなどさまざまな人間改造があります。

 注意深く色々な作品を読めば、薬物を用いる人間改造も多数あるでしょう。

『宇宙軍士官学校』の、皮膚接触だけで脳に膨大な情報が常に出入りする状態は、どれほど自然と言えるでしょう?

 

 上述の、人の脳だけ取り出して培養することもある意味サイボーグでしょう。

『キャプテン・フューチャー』はそれでやっと生きている人もいますが。

『目覚めたら~』でも最近はそれに近い部品扱いの存在が登場しました。

 

 それこそ自爆爆弾を体に入れるだけでも、ある意味サイボーグと言えます。膨大過ぎてすぐに思い出せるものではありません。

 

 遺伝子改造と、サイボーグはどう違うでしょう?さらに特別な徹底した訓練で人間とは別物にしてしまうのは?記憶や人格を薬物などで変えることは?

 

 上記の精神支配技術、また『デューン』で機械に頼らずやっているように交配制御、徹底した訓練でも事実上人間とは別物と言えるほど相当なことができてしまっています。

『彷徨える艦隊』の、シンディックの秘密警察で特別な「ヘビ」と言われる人はもう人間とは別の何かです。

 平井和正作品でも、さまざまな組織の工作員は人間とは別物の何かと言えるほどです。

 

 膨大過ぎる人間の遺伝子改造。

 上述ですが、『エンダー』のビーンは禁止された医学実験の産物、まさに001です。だから上層は抹殺を考え、人類の滅亡を防ぐために活用しているにすぎません。

『スコーリア戦記』の敵側の貴族は遺伝子改良で作られた知能の高いサディスト。まさに人間を支配するための上位種です。

 外見などでかなり極端なのが『ヴォルコシガン・サガ』のクァディー。『自由軌道』という同じワームホール・ネクサスの単独作品でその創造が描かれます。両脚も腕と同じ部品で、脳や内臓も無重力環境に適応しています。また、セタガンダ帝国は遺伝子によって王族を向上させることが最重要の国家の使命のようです。

 誰もがほぼ人間に見える『彷徨える艦隊』ですら、髪色を緑に遺伝子改造した人がいます。

『魔界学園(菊地秀行・細馬信一)』では、バイオサイボーグ、機械ではなく生物的に改造された戦士が登場します。体から突き出た骨が槍と化す、強酸の体液を吹きだす、など。

『星界シリーズ』では、それこそアーヴという生体部品だった遺伝子改造種族が一方の貴族階級で、だからこそ人類の改造を許さない敵と絶滅戦争になっています。

『ガンダムSEED』も遺伝子改造から絶滅戦争が生じています。

 

 知能でなく、嗅覚が犬のように優れている、でもかなり力になるのです。

『ヴォルコシガン・サガ』の上記のタウラは、マイルズの結婚式の贈り物の匂いに気づいたことで暗殺を防ぎました。

『ネアンデルタール・パララックス』ではネアンデルタールは嗅覚にも優れ、だからこそヒロインを犯した犯人を容易に特定できました。

 さらに、嗅覚が犬のよう、などでも精神そのものも人間とはかなり異質になるでしょう。

 

 超能力も膨大過ぎて……

 特に予知能力は上でかなり考えましたが、人間にとって重大すぎます。それ自体人間は、上位存在として服従する根拠にさえなってしまいます。

 精神支配能力も決定的です。

 予知以外の念力などの超能力もアクションシーンなどで重要になります。

『タイラー』の、組織の実験体の一人は強力な超能力を使うようにもなっていました。

 

 人類がサイボーグ化で、高い計算力や強大な運動能力を持っている……これも無数にあるでしょう。

 人間の計算力を極限まで上げることを目的にする、では『量子怪盗』が一番極端でしょう。それこそ地球サイズのダイヤモンドコンピュータを、太陽の資源を材料に多数作っています。その目的はロシアの特殊な思想です。ですが、昔「龍」と言われる異常な機械知性を作って滅亡しかけたことから、かなり保守的に量を追及したり、別の道を歩む「ゾク」の宝に頼ったりしています。

『啓示空間』シリーズ、特に『カズムシティ』も高い計算力が見えます。

 

 人間とは違う生物を改造する、知性化というのも多くの作品に出てきます。

 それは有用な道具を作るためで、人間以上を作るためではないことが多いようです。

『知性化シリーズ』はまさにいくつかの動物の知性化と、それをした知性化されていない地球人が問題になります。

『宇宙軍士官学校』でも恵一が粛清者の勢力圏で、粛清者に抑圧されている知的生命になりかけの動物との相互協力が、上位種族には知性化したと評価されます。

『禅銃』や『啓示空間 シリーズ』では上述のように人間のような知性にされた動物が多く出てきます。

 

 さらに、人類の子孫の一種として、人類が作ったロボット・アンドロイドがあります。

 そのロボットがより優れた計算装置・プログラムを設計し生産したらシンギュラリティ、計算力が人間の想像を超えて歴史が異質になるとも言われています。

 これもまた膨大過ぎてすぐにリストを作ることも無理でしょう。

 

 ここで重大な問題が出てきます……それらの方法でどれほど人類の高い知能の延長を作り利用しても、IQは生存、向上になるとは限らないのです。軍事・政治指導者としても、研究者としても。

 

 賢い指導者なら正しい作戦で勝利する、というのが人類の、当然の前提・常識です。

『エンダー』はそれこそもっとも賢い人間を選び出します。

 ですが、『宇宙軍士官学校』で優れた指揮官となったのは学業成績は平凡だった恵一であり、エリートであったリーは放校されました。

 また上述の、アンドリュー・フォーク。

『現実』のレイモン・ポアンカレ、第一次世界大戦当時のフランス大統領でアンリ・ポアンカレのいとこ。

 そして第二次大戦時の日本両軍、ナチスドイツの最高幹部たちも超高知能の集まりであり、徹底して誤りました。

 ベトナム戦争時の、ケネディを中心としたベスト&ブライテストも超優秀人間の集まりで国を誤りました。

 他にも、超優秀人間を集めて失敗した例は多くあります。

 少なくとも、軍事的才能、格闘技の才能、知能は完全に同じではない。それどころか、研究者としても……『現実』で、ノーベル賞受賞者は超最高学校ではなく、一段落ちる学校を出ることが多いとも聞きます。

 

 科学者も戦力を大きく変えますが、それも知能だけでしょうか?それも問題になります。

 また高知能の科学者を多数育てたり生産したりして、研究費を集めれば本当に成果を出す、軍事力・経済力を強め文明を前進させるか……それも疑う人がいます。

 最近筆者が多く読むのが、特にマット・リドレーが強く主張する、産業革命は科学と関係ないし、マンハッタン計画・アポロ計画のように国が大金を出して天才を集めて大発明を作るというのは間違っている、という考えです。

 

 また科学が本当に限界なのだとしたら、どれほど多くの天才がいても無駄です。

 

 以前、物量・科学水準などが戦力として有効とは限らないという話をしましたが、IQも同じことが言えるのです。

 これは進化そのものについての誤解、西洋文明の傾向ともかかわるでしょう。

 西洋文明は人類、中でも西洋白人が最高の生物としました。それは神から鉱物に至る地位階梯もふまえています。

 しかしダーウィンたち、ちゃんとした進化生物学者は、知能・戦闘力が高い動物が優れているわけではないことはわかっています……生き延びた生物が勝ちなのです。

 IQでも勝てるとは限らないのです。勝った存在の能力が正しいと言えるのです。

 

 向上……それは戦力、生産力だけでなく、道徳だという人も多くいます。

 また、宗教を物差しにする人も多いでしょう。いや、今の地球人でも多数派でしょう。

 

 さらに技術を使うか否かにもつながる、重要すぎる問い、善と悪。

 

 悪があるからこそ正義があります。

 悪の帝国がなければ物語になりません。

 物語という、人類のもっとも本質的な特徴、精神構造の根幹が、善と悪の構造でできています。

 

 悪とは、善とは。

 これもどれほど追求してもきりがないとんでもない問題です。

 黄金律、「自分自身を愛するように隣人を愛せ」「自分がしてほしくないことを人にするな」が善でしょうか?

 それをとことん追求した宇宙戦艦作品はあったでしょうか?

『宇宙軍士官学校』では、生存という正義を疑うなと演説されましたが、今の地球人で生存という正義に仕えている人はどれだけいるでしょう。『復活の日』では徹底的に否定された正義です。

 他にも無数の、あらゆる主人公たちの正義。それのどれが本当に正義でしょう。悪役のどれが本当に悪でしょう。

『ガンダムUC』のサイド共栄圏、『ガンダムSEED』のデスティニープランなどは、その内容をしっかり検討することなく提唱者が悪役だから否定されている、という批判があります。

 

 前も精神論の話で少し触れましたが、軍事の世界では多くの「悪」と、「間違い」があります。「間違い」は敗北につながり、また味方を無駄に死なせる、ついには人類の滅亡にさえつながるため大きな悪と言えるでしょう。

 ミリタリSF、特に『銀河英雄伝説』のヤン、『タイラー』、『宇宙軍士官学校』の恵一やケイローンは、実際の軍が悪を利用して統治していることの逆を描いているとも言えます。

 

 ……それこそすべての作品における「善」と「悪」をリストアップする必要があります。気が遠くなる……今回は無理です。

 そして何より肝心なのは、人間はつい「正義は勝つ」と思ってしまいます。ほとんどのSFも結局は正義が勝ちます。

 正義が勝つ、という方向に心を引きずる引力はすさまじく、それは精神論ともなります。

 しかし、現実には正義が勝つとは限らないのです。

 

 

 人間を改造する、001手術……それはあらゆる悪の中でも特大です。

 しかし、001なしで、「黒い幽霊」と科学者たちの蛮行なしに、あの世界の人類は滅亡を免れることができたでしょうか?結果論に過ぎなくても?

 

 科学技術と、人類の精神。

「近代文明の人類は、科学技術ばかり発達させたのに、精神が進化していない。精神も成長させなければ自滅してしまう」

 これはSFでも社会評論でも、膨大に受け取るメッセージです。

 でもどうなればいいのでしょう?

 人間を機械にせよ遺伝子にせよ改造してより賢く、さらに善良にする。

 それはあらゆる人に否定されるでしょう。

 ではどうしたいのでしょう?

 特に20世紀前半には、多くの思想家たちが人類の、西洋文明の前途を憂いました。『西洋の没落』が代表でしょう。

 日本もその影響を受け、独自に「近代の超克」という、今では軍国主義の一部として非難される知的活動を起こしました。

 ロシアなども含め、神学の側に行く思想も多くあるようです。その思想のごくわずかしか筆者は知らないでしょう。

 さらにそれは人種妄想とも結びつき、悲惨な戦争を招いたものでもあるのです。

 それこそ共産主義自体が、人類を向上させようという理想です。

 この何十年かの日本の、本屋や図書館、活字の世界では科学技術文明を否定する声が無数にあります。封建的な旧来の人間集団も、資本主義も、近代工業も否定した……それはマルクス主義の理想の共産主義でしょうか?何かその理想が実現すれば、人間は完全になるのだと言わんばかり。いや、徹底して何もかも否定しまくるばかり。

 

 

 筆者は、以前から「倫理・善悪の最終根拠に、滅亡防止を置くべきだ。人類、人類が無理なら『火の鳥 未来編』で猿田博士が言ったようにどれか一つの生命でも。それすら無理なら、人類や地球の生命が作った美しいもの何かひとかけらでも」と主張してきました。

 それは、ハンス・ヨナスの、「汝の行動の結果が、人類の純粋生命の永続につながるように行為せよ」とも大きく共通します。筆者とは違いもありますが。

「ウィルソンによれば、いやしくも新しい道徳率を表現しようとすれば、三つの価値観がなくてはならない、という。第一は、人間の遺伝子プールを長期にわたって生存させること。第二に、そのプールの多様性をはかること。第三は、人間の普遍的な権利を守ること、である(科学と宗教 J・H・ブルック。エドワード・O・ウィルソンより)」とも似ています。

 

 しかし、『三体シリーズ』はそれに容赦のない反論をぶつけてきたのです。

 不可能。良かれと思って。

 空間湾曲技術の禁止・木星を盾にする計画が滅亡につながる道だったとは、考えてもわからなかった。

 良かれと思って、人類の滅亡を防ぐためにとやったことが、人類の滅亡につながった。

 タイムスリップでよく言われます、時間旅行者は、木の葉一枚裏返しても、小石一つ蹴ってもいけない。蹴って動かした小石を、数日後に妊婦が悪く踏んで転んで流産、その腹の子がアインシュタインかもしれないしヒトラーかもしれない。

『雷のような音(ブラッドベリ)』、映画化名「サウンド・オブ・サンダー」……わずかに道を外れ、蝶一匹踏みつぶしたことが、未来では巨大な影響になる……アマゾンの蝶の羽ばたきが時間がたてばハリケーンにもなる、バタフライ効果。初期条件に鋭敏に依存する、ごくわずかな違いがはるか先には巨大な違いになる、実質予測不能な現実世界。

 どんな小さな言動、意識できない唇の端のわずかな動きでも、将棋で言えば何百手も先に、人類の滅亡につながるかもしれない。

「こんなことをしたら人類の滅亡の確率が上がるだろう」と、ある実験を中止したら、それがまさに人類の滅亡の原因になるかもしれない。

 わからない。人間は全知ではない。

 ほぼ間違いなく、どれほど進歩し進化したポストヒューマンも、全知ではない。

 

『三体3』のチェン・シンは二度の過ちで人類を滅亡させました。ですがアイ・AAは自意識過剰だ、と言います。

 もっと根本的には、不可能。全知でないなら、何手も先に良かれと思ってがありえる。だから責任はない……

 似ていますね、東日本大震災の原発と。想定外だから責任はない。

 でも、確かあの事故は、紙一重違えば関東全域も避難。そうなっていたとしても想定外にしたのは正しい、責任はない、で済んだでしょうか?

 太平洋を、単独無補助で泳ぎ渡ることができなかった、だから死刑だと言われても無理なものは無理。たとえ家族も死刑だと言われても、どんなに一生懸命でも、不可能は不可能。責任は責任だと言われても無理なものは無理。

 でも……

 

 不可能。無理。全知ではないのだからどうしようもない。

 でも何を考えても無駄、だから考えない?

 人類滅亡などまったく重要ではない?

 どんな結果になろうと重要なのは心が善意だったかどうか?

 違う、と確信できます。

 

 少なくとも、ヒトラーが、ポル・ポトが絶対に間違っていることには確信があります。

『三体3』も、傲慢は滅亡につながる、という真理を忘れたからです。

 神を、聖書を、少なくとも人類の前途について頼ることも間違いでしょう。

 今の、名前がない気がする「思想」、科学ではだめだ定常文明に、が多分間違っていることも確信できます。

 みんながやっている、そういっている、だから正しいんだ、に従ったら間違ったことになることが多いことも確信できます。

 

 膨大なSFが、また宗教が、本屋やネットで目にする文章が伝えてくる「真実」。

 何が本当の真実なのか……

 人権・人道、他者の尊重を捨ててはならない。違う意見にも寛容に。

 戦争では、物量が多ければ勝つ。また科学技術が高くても勝つ。情報と兵站をちゃんと重視するほうが勝つ。

 科学・民主主義・資本主義などに共通する、「自分も師も教会も全知ではない、だから間違いを前提にして修正できるように」。

「一つの籠にすべての卵を入れるな」r戦略、救命ボート。最悪の事態を想定する。

 疑うことを忘れてはならない。

 傲慢は滅亡につながる。

 ……まだ、筆者は間違えているでしょう。どんな間違いなのかがわかるのは『三体3』同様滅亡の日にならなければ、でしょうか……

 

 さらに、人類の存続のためであれば、本当にどんな残酷なことも正当化されるのでしょうか?『航空宇宙軍史』のイルカのように?

 彼らが失敗したのはたまたまであり、本当に悪行をしたら滅亡する、とは限らないのでは?

 

 今温暖化などで言われる、長い視野で考える…

 その極端な形が播種船であり、徹底的に人を道具、手段とすることです。

 本当に、善悪と、人類の存続が矛盾した時にはどうするべきでしょう?




本当に、サイボーグも、超能力も、善悪も……何もかもほんのさわりでしかありません。これからじっくり調べていくつもりです。


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選民思想

 筆者はあるところで選民思想と非難されました。

 想像の中で、『ガンダム』宇宙世紀の50億人と、十数人の強力なニュータイプを天秤にかけ、後者を選んだからです。熟考して書いた言葉とは言えないでしょう。

 筆者がいままで書いてきたこと、本作や小説や雑記を全部読んだら……選民思想と批判されても仕方ない、とも思えます。

 

 まず能力として。

『ガンダム』原作では、強力なニュータイプは、サイコフレームの補助があってですがアムロが地球に落下する小惑星を押し返したり、バナージがコロニーレーザーを防いだりしています。

 平凡な50億人がどう頑張ってもどちらもできません。

 50億人なら何十年もかけて膨大な工業生産をして同様なことができるかもしれませんが、原作宇宙世紀ではその50億人は政治的に徹底して無力……愚民であり、意志を持って生産し行動する可能性がありません。

 さらに、強力なニュータイプには何ができるかわからない……宇宙に穴をあけて、地球人だけでなくもっと広い範囲を破壊するかもしれない。

 

 原作を見れば、ニュータイプたちは戦争の兵器として無意味に死んでいき、生き延びたジュドーや(『UC2』が未発表である2024年1月現在)バナージも世界を変えてはいない……ミネバ演説も無視された、いやミネバはむしろ事が大きくならないようにしたと言われる。

 50億人も、何もいい方向に向けることはできなかった。

 結果は、人が人を食う地獄から、『ターンA』の黒歴史が確定している。

 間違っていた、どちらも何の価値もない……そう思えてしまいます。

 

 とっさの感情として。

 アニメなどで顔を見、声優の声を聞いているキャラクターが何人もいる十数人と、数字でしかない50億人。その中にカマリア・レイがいるとしても。

 考えてみてください……ボタン、いやレバーがあり、トロッコ問題と同様にどちらかしか選べない。どちらかを助けられる。生命を助け、心身を癒し幸せに一生を送らせることができる。

 一方は、『ガンダム』で悲惨に死んだフォウ・ムラサメ、プル、マリーダら、『ガンダムSEED』のステラなど。

 もう一方は、『ガンダムX』や『ギャラクシーエンジェル』の本編開始前の戦争で死んだ何十億人。または『スターウォーズ』『ダーティペア』などで惑星ごと吹っ飛んだ何十億人。

 前者は、顔と名前を知り、彼女たちが言葉を発するのを聞いています。架空の人物ですが、人間の感情は架空と現実を区別できません。『現実』の多くの人間、狩猟採集生活をこなすための脳にとっては、テレビ画面の向こうの俳優たちは知り合いです。実際には一方的ですが。アニメのキャラも同様です。

 後者は数字でしかありません。

 両方知っている人はどちらを選ぶでしょう?

 

 さらに、『現実』で自分の家族一人と、『現実』に生きている見も知らぬ何億人。筆者の感情は前者を選んでいます。

 それは、アイルランド・ベンガル・ウクライナをはじめとする飢餓虐殺、奴隷、東京大空襲や原爆投下を可能にさせる感情なのですが。

 それで選民思想と責められるなら、そうでない人は事実上誰もいません。

 逆にそうでない人は?人数だけ。二人の自分の子と、筆舌に尽くしがたいほど残忍な独裁者と連続殺人犯と児童虐待者の三人なら、三人。『Fate』の衛宮切嗣が、徹底して人数天秤機械となったように。

 人権、という思想は本来、家族でも悪人でも異教徒でも同じように扱う、という過激思想でもあります。日本でしばしば、邪悪な犯罪者を守るのか、と人権が批判されるように。まさにそうなのです。裁判や徴税で親戚をひいきするな、という洋の東西を問わぬ国家と法の問題ともつながります。

 いや、選民思想ではない……それは、『沈黙の艦隊(かわぐちかいじ)』の政治家討論で救命ボート上の非常時を問われたとき、弱者を排除することは許されない全員死すべきである、と断じた人がいた……生命、いや人類の存続を上回る、無制限にすべてを上回る上位規範でしょうか?

 

 ほかにも法規範が、50億人の人命より重いということもあるでしょう。

『銀河英雄伝説』でヤンが政府の命令で首に手をかけていたラインハルトへの攻撃を止めた……文民統制を、これまで死んだ数百万人の犠牲を無にする・次の戦いで何百万人も同胞が死ぬであろう、それより優先した。

 ただ、法を人命より優先する……それは、「一人の異教徒を殺すためにどんな犠牲でも」にもなるでしょう。フィリップ・K・ディックの短編には戦争中でも一人の支配しきれない人を殺すために国家の全力を注ぐ話があります。

 また、『現実』に何人かいた、偶発的核戦争を防いだ軍人たち。彼らは間違っていた、人類が滅んでも「軍人が命令を守る」ことのほうが価値が大きい、とでも?

「正義はなされよ、世界は滅びよ」という言葉もあります。

 

 価値……モノサシ。

 誰に価値があるのでしょう?

 

『宇宙軍士官学校』では、全地球人から数十万人しか生きられないかもしれない、という場合に備え、学者や芸術家を選抜した地球人の官僚は否定され、ただのサンプル、と言われてランダム選択されました。

 上位種族から見れば、地球人の天才でも同じ原生動物に過ぎない。

 さらに、兵站を通じて、最前線の将兵に送られる菓子は地球人など下位種族十億人の生命より優先される、という冷徹さも。

 ただし、主人公たちは上位種族の間でも評価は高いです……軍人として。

 作品内では、「下位種族には可能性以外の価値がない」と、「下層労働力として必要とされている」という矛盾した情報があります。ですがそれも『現実』に近い。

 

 誰に価値があるのでしょう?

 それこそ、今の『現実』の80億人。

 価値は何でしょう?モノサシは?

「万物の理論」、科学。真理。超弦理論。ダークマター。ダークエネルギー。超弦理論以外の量子重力理論。

 軌道エレベーター、その他宇宙に行く今よりいい技術。核融合。波動エンジンなど今知られていない物理学による超技術。

 地球人全員が、最低限の人権がある生活……食料と清潔な水、医療、人権がちゃんとある政治。

 芸術。明日出るかもしれない、モーツァルト以上の作曲家。その他あらゆる。

 宇宙全体でも貴重な秘宝。

 人類が滅びないこと。

『火の鳥 未来編』の最後に火の鳥がいう、具体的なことのないモノサシ……戦争による虐殺死体とは別であることはわかる。

 

 たとえば旧約聖書では、神は天罰としてある都市を滅ぼすと決め、でも都市の人々が悔い改めたり、一人でも善人がいたりするなら許してやる、があります。

 SFでも、強大な異星人などに見逃してもらう話は多くあります。

『Dr.スランプ』ではアラレが異星人にキャンデーを与え、友人として親切に扱ったからその異星人は上官に虚偽を報告し侵略を中止させた話があります。

 

 それとも、50億人の愚民がただ生きることが至高価値でしょうか?

 人がただ生きるのは罪かもしれない……日本でのあるテロは、日本人が豊かに暮らしていること自体が加害者だ、という理由が主張されました。実際問題今に至るも、先進国民の豊かな暮らしは、途上国の悲惨な犠牲の上としか思えません。

 普通に人々がただ生きる、それが先住民の皆殺しや、少数民族の拷問虐殺・民族浄化そのものでもあることも多くありました。魅力的な大型動物を絶滅させるのが普通の人々の平凡な暮らし、であったことも多くありますし、今もあります。

 愚民と賢民をどう区別するのか……も問題でしょう。

 

 価値があるのは、たとえば宇宙世紀では、ニュータイプではなくミノフスキー博士やテム・レイといった科学者でしょうか?

 確かに世界を変えたのは彼らでしょう。

 

 科学……アメリカはSSCの中止で、科学・真理の探究を事実上放棄した。

 素粒子物理学は、50年間、半世紀の間、少なくとも何かおかしい。

 以前……つい最近。

 マイケルソン=モーリーの実験、地球の自転という追加があってもなくても光速は変わらない。エーテル。アインシュタインが相対性理論を作った。エディントンらが日食観測で重力レンズ効果を確認した……実験で理論を検証した。それが原爆、今はGPSに結びついている。

 量子力学も、黒体放射からプランク、そして波動方程式……陽電子の発見、量子電磁力学の信じられない精度の実験との一致。そしてレーザーという技術的応用。

 その、理論・実験・技術的応用の三者のダンスは、半世紀止まっている。

 理論と実験の二者のダンスさえ。

 電弱統一理論の技術的応用は知る限り皆無。

 超弦理論という、重力・強い力・弱い力・電磁気力を統合するといわれる理論は、何十年研究しても実験で検証できる予測を何一つ出さない。世界中の天才が集まり続け、生涯研究し続けるのに。

 ……弦、ひも、ストリング、は『ギャラクシーエンジェル』のクロノ・ストリングの元ネタです。

『量子怪盗 シリーズ』でも重要な役割があります。

 

 少なくとも縮退砲はない。いや、縮退は電弱統一理論より前。『ヤマモト・ヨーコ』のザッパーでやっと大統一理論。電弱統一砲、は記憶にありません。

 軌道エレベーターや量子コンピュータが高い水準で成功したとしても、それらと関係する物理学の教科書は1950年にはそろっていた……正確な年はもっと前かもしれない。

 

 少し注釈します。SSC、スーパー・超電導・加速器(コレダー)。アメリカで計画され、1990年代前半に中止された巨大科学実験。加速器は『三体』で邪魔されたように、人類の科学進歩の最先端でもあります。

 それを中止した……経済のほうが科学より優先であり、また「敵国が地下で実験してブラックホール砲を作る可能性が絶対にない」ことをアメリカ首脳は確信した、祖国の存亡を全賭けしたのです。これ以上強烈な賭けはない。

 筆者はそれが、地球人そのものの変曲点だとさえ思っています。

 統一……物理学は、四つの力を知っています。重力、電磁気力、弱い力、強い力。弱・強は原子核のスケールの力です。

 かつて電力と磁力が統一されて電磁気学ができたように、宇宙開闢に近い超高温状態を加速器で作った結果、電磁気力と弱い力が統合されることが実験的に確認されています。

 同じことが強い力、そして重力でもできるだろう、ビッグバンの瞬間には四つの力は統合されているだろう……その確信のもと、理論が作られ実験が繰り返されているのです。

 

 

 筆者の基本的な考えは……それこそ選民思想と言われても仕方ない……

「天才は統計、偶然低い確率で出る、貴族から出るとは限らない……だから天才を生み出すためには多くの子が生まれ殺されず教育されるほうがいい」

「天才を高度に教育したとき、科学技術が大きく進歩する」

「高い科学技術は皆を豊かにし、戦争で勝利させ、滅亡を防いでくれる……それを価値とする」

「科学は真理を探究し美しいものでもあり、それだけでも価値だ」

 だから、筆者が本当に世界の全権を握っていれば、世界の全人類に最低限の衣食住と、治安と拷問のない法、教育、情報を与えるでしょう。国家や宗教を問わず無条件に。さらに天才児には学費生活費公負担で優れた教育。勉強を望む者も助ける。

 天才が欲しいからです。進歩を望むからです。選民思想と言われても仕方ない。

 

 ただ今、ラマヌジャンの時代の何倍も人口があるのにそんな天才は見当たらない……ダークマターも解明されない。

 また『現実』の地球人の天才は、少なくともIQは正規分布で、同時にたとえば身長が4メートルは例がないように超極端が出にくい。

 

 最近の日本でも橘玲などかなり言われるのが、「知能は遺伝するという不都合な真実」です。

 それは貴族制度が正しいとしかねませんし、今の世界での世襲化・格差拡大も、機会の平等と公平な競争の結果、となります。

 

 さらに、薬物・遺伝子改良・機械問わず、知能増強の可能性も言われます。

 

 また、以前から何度も書いているように、「人数」による物量も、天才による科学も、勝てるとは限りません。

 軍事的には基本的には多いほうが勝つものです。

 しかし例外が多い。『現実』ではハンニバルの包囲戦、韓信、項羽、源義経。軍事的才能というとんでもない要素……士官学校では見えない。韓信も項羽も、そういう社会に生まれても士官学校主席ではないと思われる。

 中南米帝国の征服、伝染病と帝国内部の不満という強運。明らかに将器をアレクサンダーやカエサルと比べれば低いピサロとコルテスが、劣らぬ面積と人口を征服した。

 南宋の文化とコークス製鉄はモンゴル帝国の、マヤや江戸日本の精緻な暦と円周率は西洋の銃砲の前に無力だった。

『ヤマト』で波動砲斉射が効かず白色彗星に吸われる艦隊。無人艦隊、ハイパー放射ミサイルと繰り返される。

『三体』で水滴に瞬時に破壊される地球艦隊。

『ガンダム』の宇宙世紀も、ミノフスキー粒子・モビルスーツという技術革新で艦隊数の差がひっくり返されました。

『ドラゴンボール』で多数の戦車は、ピッコロ大魔王にもセルにも無力。『リフトウォー・サガ』では剣と魔法の神々水準の蛮族が空間転移する竜にまたがり宇宙戦艦文明も滅ぼしたと確かありました。

 強力な精神支配超能力者は強大な宇宙戦艦文明も容易に支配できます。

 伝染病の前では強大な帝国も無力に等しい。

 それこそ戦争では圧倒していた『宇宙戦争』は伝染病で逆転した。

『インディペンデンス・デイ』ではハッキングで勝った。

『マクロス』では歌で逆転。

 さらに宇宙そのもの……『ジーリー・クロニクル』や『三体X』の規模、また『イデオン』のイデが敵となれば、それこそどんな巨大艦隊でも、どれほど強大な超能力者でも、どんな天才科学者も、実際には無力でしょう。

 フィクションであれば、勇者の勇気と奇跡と自己犠牲はどんな戦力もひっくり返しますが……インカや、モンゴルに滅ぼされた国々に勇者はいなかったとでも?

 

 軍事的天才……宇宙戦艦作品を、また『現実』も大きく彩る異常ともいえる存在です。

 経済的な巨人たちも、それに近いものがあるでしょう。

 学校の成績だけでは測れない。現実の戦場の霧・経済の競争の中で身を起こす怪物。

 また、将として、指導者としての評価は低くするしかないけれど、やり遂げたことが巨大である人もいます。コロンブス、ピサロ、コルテス。巨大なことをしたことは否定できないでしょう。ヒトラーも、とんでもないことをしたことは否定しようがありません。

『エンダー』の人類史上最高の軍事指導者、アンドルー・ウィッギン、異類皆殺し(ゼノサイド)のエンダー。

『銀河英雄伝説』のラインハルトとヤン。

 でも……ラインハルト、ヤン、エンダー、ローダン……アレクサンダー、韓信、チンギス・カン、呂布、諸葛孔明、上杉謙信、黒田官兵衛、ナポレオン一世、ロンメルがあの時のインカ帝国に転生したとしても、勝てるはずがない。

『宇宙軍士官学校』の太陽系防衛戦でも、彼らがいても勝てなかったでしょう。

 もっと早く、兵器体系や軍のシステムを変えられる……上記の英雄たちがそういう存在だったかどうかは……

 新兵器に適応できること、新戦術、それこそ軍事的天才?経済的天才も、新しい技術に適応できること?

『三体シリーズ』のルオ・ジーは、軍事的にも科学的にも天才とは言えませんが、新しい発想を理解する柔軟さがあったからこそ、戦艦の戦いでは完敗した地球人を救えたのです。

『宇宙軍士官学校』で異星人に評価されるのは変われること、自分を書き換えられることです。

 

 何がモノサシになるかわからないのです。

『現実』でも、最近話題になる人工知能などを考えると、2050年に何がモノサシになっているか見当もつきません。

 1900年から1950年の間に、二度の世界大戦や科学革命でどれほどモノサシが変わったことか。

 

 考えて気づいた……筆者は選民思想になりたい。

 地球人の資源・貨幣を、全人類から選んだ数万人の若い天才の教育と、超巨大加速器に注ぎたい。

 筆者自身を含む78億人が必要ないとガス室送り……2億人ぐらいの有能な人で天才の衣食住と加速器建築……となるとしても。……筆者は、筆者自身は天才ではないのでその意味では無価値だと知っています。

 それで十数年で超弦理論か何かが実験的に検証され、ダークマター・ダークエネルギーも解明され、さらに波動エンジンが完成して地球人が宇宙を制することができるなら。

 それができると、正しい手段だとわかっているなら。せめて確信できるなら。

 信じることができない……超弦理論の半世紀の不毛。LHCが稼働して、容赦のない標準理論の正しさばかり。時々ほころび報道があるにしても続報はない。

 科学、進歩への愛……植物人間いや死人を愛し続ける、または信仰を失った聖職者のようなものです。「神様、信仰を失った哀れな私を助けてください、信仰を返してください」と泣き叫びたいのが正直なところ。

 でも今でも研究を続け、新加速器や背景放射観測衛星の予算のために努力している人たちはいるのです。希望を持ち続けてもいいでしょう。

 

 どれぐらい確かか、もう80億人は価値がない……本当に科学の進歩がないのなら。

 天才にも価値がない。

 それこそ『三体』の智子(ソフォン)を食らっているようなもの。三体人の攻撃ではなく、この宇宙の物理法則そのもので。

 さらに、化学ロケット以上の宇宙に行く手段……軌道エレベーターも、極超音速スカイフックも、高山地帯から高い塔を作って電磁レールマスドライバーも、核爆弾ロケットも、地上から電磁波でエネルギーを送って加速し続けるロケットも、全部絶対に完全に不可能なのだとしたら。

 それこそ地球人は、銅やリンが尽きたらほぼ全滅、あとはそれからの年月で事実上確実に滅びる。どんなに生き延びても、十億年以内に太陽燃焼が強まる、水が、二酸化炭素がなくなるなどいくつかいわれる原因で滅びるだけ。

 定常文明だってただのジリ貧。

 もう「カターン」しかないではないですか。『新スター・トレック』の、あのエピソード……滅亡は確定、移住は無理。ならばこの文明の文化と遺伝子のサンプルを宇宙に打ち上げ、誰か拾ってくれと……

 

 本当に『現実』は天才にも価値がない可能性が大きくあるのです。

 この何十年か、天才児は科学研究ではなく、チェスやタレントなどの仕事を選んでいるとか。

 それこそ、素粒子物理学に天才たちが失望したからこそ、クォンツ……金融工学に天才たちが回ったのです。その結果はリーマンショック、膨大な天才が無駄になったことを見せつけました。

 知能が大金になる時代。でも……GAFAはもう十数年がっちり固まり、新しいすごいのは何が出たでしょう?

 もう、天才も必要ない時代になってしまったのでは?確かユナボマーが何十年も前にそういうことを……

 

 

 選民思想。それ自体について考えてみましょう。

 辞書的には、本来ユダヤ教・キリスト教の概念だったそうです。

 ユダヤ教は、自分たちユダヤ人はアブラハムの時代から神に選ばれた特別な民としました。

 もちろん、あらゆる「族」は古代では自分たちは神の子孫で神に愛され選ばれた特別な民とします。古代ローマ人も、中国の漢族も。

 今もユダヤ人はその考え方が強く、だからこそパレスチナで虐殺と土地奪取をしていると非難されます。イスラエルでヒャッハーしている人たちがユダヤ人の多数派かどうかはともかく。

 だからユダヤ人を差別するのは間違っているでしょう……誰でも、どの民族でも同じ。差別、軽蔑すべきなのは地球人です。

 

 キリスト教では、福音書に描かれるイエスの言葉と、現実のキリスト教国家の方針は別と言えるでしょうか。

 イエスは差別される人、嫌われる人たちを愛し、ユダヤ人の上層・宗教指導者ではない人たちこそ神に招かれ選ばれ愛されたのだと言いました。

 福音書の描写では、イエスはごく近い未来での世界の破局を前提にしているようにも見えます。その破局で選民は生き残る、と。それは当時の情勢から予測できたかもしれませんし、ユダヤ戦争後に書かれたとされる福音書著者の後知恵かもしれません。

 ヨハネ黙示録では、歴史の終わりに簡単に言えば最後の審判があり、選ばれた善人が救われ天国で永遠の幸福、それ以外は地獄行き、と。

 

 キリスト教が国教となったら、当然信者・自国民こそ選民であり、それ以外は皆殺し・奴隷化すべき存在としました。

 ですがそのことはキリスト教でなくても、中国でもアステカでも、ギリシャでもローマでも変わりません。

 

 筆者はユダヤ教徒でもキリスト教徒でもありません。その意味での選民思想ではありえません。

 

『ガンダム』宇宙世紀では、かなり強い選民思想があります。

 特にギレン・ザビが目立ちます。優秀な自分・自分の周囲のエリートジオン……民族なのか血族なのかコロニー住民なのか……そんな人々が、指導する。連邦の民主主義ではなく。アースノイドの支配ではなく。さらに人口も大きく減らすべきだ……

 人口削減は宇宙世紀の通奏低音です。

 宇宙に出ているし核融合も小型化されているのに、ものすごく資源が足りない、地球環境が破壊されている。だから人口をものすごく減らし、さらに生活水準も低くしなければならない。

 地球環境を守るために、原則として地球を居住禁止にしなければならない。……と多くの識者が主張している。『逆襲のシャア』のシャア、『閃光のハサウェイ』、さらに後の……

 結果的に人が人を食う世界になったんですから、それで正しいといえるでしょう。

 膨大ないらない人間を殺さなければならない……

 

『現実』でも、環境問題、『成長の限界(ローマクラブ)』が発表された1970年ぐらいには、「地球人の大半を殺すべきだ」という意見も多くありました。

『人口爆弾(ポール・エーリック)』が最も売れました。

「救命ボート倫理」もギャレット・ハーディンにより提唱され批判されています。

 2020年代の今も気候変動は強く言われますが、虐殺肯定の言説は日本語ではほとんど見られません。むしろ「人類皆が改心し、生活水準を大きく落とすべきだ」が主流のようです。それに反資本主義が加わっていますか。

『滅亡へのカウントダウン(アラン・ワイズマン)』は人口を減らせ、ですが虐殺肯定ではありません。避妊しろ……でも『三体』では三体人は最初、地球人は殺さないが妊娠させない、と決めていました。『幼年期の終わり』でも妊娠がなくなりました。

 日本では俗な陰謀論書として、西洋の陰謀論的権力者が人口削減を企んでいる、はよく見ます。『ノストラダムスの大予言』など五島勉もその傾向です。

 その時代の警告が外れたのは、緑の革命などの技術進歩によるものです。だから今回も大丈夫だと信じる人もいます……筆者もほぼそちら側です、念のため今の地球人に可能な水準のカターンカプセルは打ち上げておくべきだし宇宙進出による地球号の救命ボートも必要だと思っていますが。

 ただ理性的に考えれば、徹底した人口削減が、環境保護の最も確実な手段であることは真実でしょう。人がいなくなったことで楽園となったチェルノブイリ周辺や38度線、全島避難した島などを見れば。

 

 人口を減らせ、というのはマルサス以来、西洋知識人の中核的な信念でもあります。

 特に人種差別と結びつき、質の悪い人間は殺して質のいい人間だけを生かせ、と。

 労働者はむしろ餓死したほうが世のためだ、と。

 貴族以外に価値はない、人間ではない、という価値観も示しています。農民反乱以来貴族たちにとりついている、下層民に対する激しい恐怖と憎悪。

 

 環境破局……すぐには思い出せません。

『三体シリーズ』の〈大峡谷〉は環境破壊もあり、人口の過半数が餓死する大惨事でした。

 破局後のSFは『ねじまき少女(バチガルピ)』、『O.P.ハンター(神坂一)』、環境かどうかははっきりしませんが『ザ・ロード(マッカーシー)』など……実際には膨大でしょう。環境による破局だけでも。

 

 実際問題、食料が足りない、人数が多い、だと共倒れか切り捨ての二択になります。

 それは古代文明の崩壊、また上杉謙信の関東攻撃が出稼ぎと言われたように食料略奪・ゼロサムゲームによる乱世そのものを形作ってもいるでしょう。

 自分の群れを生かし、ほかの群れを殺して奪う。

 ……それを許すのも選民思想。自分たちは特別・道徳的に高い存在・神に近い族だから、劣る・悪である他者を襲って殺して奪ってもいい。そして精神論にも……自分たちは特別だから、必ず勝つ。

 身分、民族、部族……あらゆることが「選民思想」と呼べてしまいます。

 

 そして近代文明は結構食料が多い、共倒れと切り捨ての二択を技術進歩で免れることが多かった……だから『暴力の人類史』『21世紀の啓蒙』のモラルの向上もあるのでしょう。が、これからもうまくいくとは限りません。

 

 食料が足りていれば、人に生きる権利があるのが当然……でも、食料が不足していれば、生きる資格を示さなければ生きる権利もない、となるでしょう。

 以前の、欠乏と豊穣の精神。

『冷たい方程式』、救命ボート。

『三体』は環境が厳しい星の生物だけに、とんでもなく厳しい社会です。『デューン』も。

『ノーストリリア』も優れた子だけを選別し、劣った子は安楽死処分にします。

 

 選民思想の拡張として、人種・民族問題となるとさらに膨大になります。

 宗教戦争も。

『スターウォーズ』のパルパティーン帝国はヒューマンを高い、それ以外を低いと差別して帝国をまとめたようです。スローン大提督という例外があるにせよ。

 非正史のユージャン・ヴォングは違う方向の選民思想で人類を攻めました。

『デューン』も聖戦で多くの犠牲が出たようです。

『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国は、優れた遺伝子の持ち主が尊い、というルドルフの原理があり、さらにルドルフ自身・ルドルフに近い功臣が優れた遺伝子、さらにゲルマンが優れた遺伝子、という遺伝学的にもゆがんだ選民思想で帝国を形成しました。

 さらに『スコーリア戦記』『ガンダムSEED』『星界シリーズ』のように遺伝子改良が加わった選民思想は救いようがないものがあります。

 

 地球人そのものの選民思想。これは意識されていないのを含めればどんな作品でも同じでしょう。

 プラス面でしょうか、『ヤマト2/さらば』では古代たちは地球は宇宙の平和を守る義務がある、と戦いました。

 地球は特別だ、自分たちが宇宙の中心だ……地球を中心とする天動説からコペルニクス転回。地球は宇宙のその他大勢の星の一つの惑星となった、というのも重大なのです。異星人を主張したジョルダーノ・ブルーノが口を針金で縫われたまま火刑となったように。

 

 少なくとも地球人の、「自分(または自分たちの群れや宗教や民族)は特別に道徳的・宗教的に高い」という信念は本当に強い。いや、それをこそ選民思想の定義としたっていいほどです。

 それは歴史の中では、自分たちの苦境の理由を悪役に押し付けて正しい努力をしないことにもなる……

『宇宙軍士官学校』では、常に自分たちは高い特別だとし、焼け出されたばかりのケイローンをいじめ、後に自らも焼け出されてまともに努力せず身を落とした種族の話があります。

 

 地球人は、強い共感はあります。しかし、それは内集団、自分たちだけです。他者に対しては、根本的にはない。

 良心・共感を切断するのは容易、特に集団として扱い、「人間じゃない」「仕事だ」「なすべきことをなせ」という人間のバックドア、ある意味呪文を受けると。

 だからこそ人類は、膨大な虐殺・奴隷化ができてしまいます。

 際限なく。

 人間について最も絶望的なのは、悪人が悪行をするのではなく、善人でも自群れの一員でない人には、信じられないほど残虐なことを平気でするのが現実だ、ということです。あるいはいくつかのバックドアをつく操作をされたら。

 原爆を投下したB29の乗員、それどころか731部隊の残忍な医師、ポル・ポト、連合赤軍で残忍な総括をやった人、『三体』で科学者を惨殺した紅衛兵……善悪判定装置を持つ鉄腕アトムが見たら全員「この人は善人です」というほうに筆者は賭けます。

 

 

 天才・知能の遺伝によって自然に生じる高い能力の血筋を「選民」とする選民思想……

 筆者はそうであればいいとは思いますが、上述のように天才も必要ない時代になっている気配がある、将来何がモノサシになるかわからない……要するに、筆者は自分が全知ではないことだけは認めているので、わからないんです。

 教育はしたほうがいいとは思う。

 子供が餓死することはないほうがいいと思う……ロイヤルストレートフラッシュを見たければ、多くの回数カードを切ったほうがいいのと同じく。

 でもそれも無駄かもしれない。

 わからない。

 ただ、『現実』では、魔術・神秘・超能力方面、あるいは武術の修行で惑星を砕けるようになる希望はない……『この宇宙の片隅に(ショーン・キャロル)』で、電弱までの素粒子物理+相対性理論はめちゃくちゃな精度で検証され、人間の世界にかかわる知られていない力や粒子は絶対に存在しない、超能力は絶対にありえない、と。

 いや……筆者は何を価値・目的とすべきかも、本当にわかっている自信がありません。

 人類全体での合意もないと思えます。

 

 本来のユダヤ・キリスト教選民思想なら、神との契約、信仰そのものが「目的」でしょう。その前では人類滅亡などゴミ、というかもともと人類も地球も神が滅ぼすのだから守っても仕方ない。

『現実』の核配備は「事故で人類が滅んでもいい」ということです。『復活の日』で本当にそうなった、防ごうとした人を潰したように。それほど国家、戦争がすべてに優先する。

 人類の存続?

 物理学?

 それ以外?カントは?中国哲学は?今のフランス現代思想は?

 斎藤幸平マルクスは、習近平理論は、人類の究極目的、永遠の完全な幸福になるとでも?でも彼らと筆者ではどちらが賢く正しいか……支持者の数は前者のほうが圧倒的に上です。数百万、十数億と、ゼロ。

 上述ですが宇宙戦艦の数は、『幼年期の終わり』では本当の価値ではありませんでした。別のモノサシがあったのです。

『宇宙軍士官学校』で地球人が最高としたリーが放校されたように、別のモノサシが。

「別のモノサシ」は、銃・伝染病・鉄の鎧・馬でインカ帝国を潰したものでもあります。潰したスペイン帝国も、産業革命の科学兵器と機械産業・近代政治経済という「別のモノサシ」にゆっくりと潰されました。今の地球人、近代文明もいつ同じ運命になるかわかりません。

 それこそ、SFの多くが「別のモノサシ」との対決であり、さらに歴史におけるあらゆる別群れの接触が「別のモノサシ」との対決です。

 勝てるか、皆殺しにできるか、はかなり強い共通のモノサシになりそうですが……

 

 

 選民、というのは以前の「上位存在」とも強く関係するでしょう。

 特に『ガンダム』のニュータイプという概念はそれとの関係が深い。

 もともとジオン・ダイクンが、おそらく別の意図で言った……『UC』の失われた憲章もあった……それが、おそらく間違って、宇宙での戦争で出てきてミノフスキー物理学によって特別な機能を発揮するようになった一種の超能力者、ニュータイプが特別視されるようになった。

 ザビ家は本来自分たちが上位存在だとする……実際ギレンは超高知能、ミネバも強力なニュータイプ。ほかにもシャア、ハマーン、リディ、バナージ、ハサウェイなどなど名家から多くのニュータイプが出るのがあの世界の変なところです。それも、名家が本当に優れている、上位存在だ、と多くの人が信じる根拠になってしまうでしょう。

 ニュータイプも天才も、間違いなく上位存在に思えます。ルドルフもラインハルトもヤンもそう見えるでしょう。

 ですが、たとえば『人間以上』は一見劣った人たちから別の存在が出てきました。

 何がモノサシになるかわからない……

 

 

 さらに選民思想と関係するのが、「膨大な人数の支配可能な人間をどう扱うか」であり、「多数の人間に価値があるか」……「国防に必要」「貨幣で利益になる」か。

 時代ごとの、人間の必要性・価値。

 大人口を維持するのは実利?国・人類全体の利益?

 天才の母数?総生産?軍?

 本当は少数でいい技術システムもあるでしょう。

 今は天才も不要な時代・産業構造・技術システムかもしれません。

 

 昔は膨大な人を、超低賃金重労働で使い捨てるのが政治であり経済でした。

 特に古代は、膨大な人数を動員して巨大な陵墓・神殿を作る文明が多くありました。

 治水などではそれからも大人数が動員されます。近代であるスエズ運河・パナマ運河の建設、ペテルブルグの建設でも膨大な人数が徴用され、残忍な強制労働で殺されました。その残忍さは『技術革新と不平等の1000年史(アセモグル&ジョンソン)』で強烈に描かれています。

 そして大航海時代。奴隷制が弱まっていたはずのヨーロッパが、ヨーロッパ本土では栽培できない砂糖、その後木綿、ゴム、アブラヤシなどのプランテーションの奴隷システムをやりました。

 まずカナリア諸島。

 それからカリブ海。

 先住民を奴隷として酷使し、先住民がすぐに伝染病で全滅してしまう、だから黒人奴隷を大量に輸入する。

 奇妙なことに際限のない需要……欲しがる人、欲しがる人が払う貨幣……金銀貨幣、また公債などになる情報・信用としての貨幣……があり、またアフリカ大西洋岸方面で際限なく奴隷が購入できる、さらに奴隷を反抗させない技術も、という奇妙な世界の状態により、無限の富と苦痛地獄が生じたのです。

 それこそ近代、資本主義の原資だという人も多いです。

 

 ですが産業革命は、少ない人数で膨大な生産をすることを可能にしました。

 機械。それは本質的にまず馬を、そして人間も不要にしていくものです。

 古代文明も、技術的失業を恐れて機械技術を抑圧した、という話は結構あります。

 産業革命期、何度も機械に反対する人々による機械の破壊、発明者の破産はありました。

 ラッダイトという伝説。

 イギリスは、軍隊を出してでもラッダイトを抑え、発明を応援し続けた妙な国でもあるのです。

 トラクターで馬が不要になってもタクシードライバーという仕事があった、技術的失業は間違った心配だ……という声もあります。

 しかし、それは「前はたまたま」であり、今回も、これからもそうとは限りません。

 

 そんな中、特に歴史は天才科学者・天才発明家を英雄として称えます。ごく少ない人数で莫大な生産ができるようにした、また文明を想像もできない域に押し上げた人たちと。

 

 

 軍事的にも、膨大な人数は問題になります。

 基本的には、それこそ『ガンダム』で「戦いは数だよ、兄貴」という名セリフがあるように、数は力です。

 

 古代と中世の大きい違いに、歩兵中心と騎兵中心があります。

 古代ギリシャはファランクス、長い槍と盾を持った歩兵が多数密集する。ローマはそれを複雑な地形向けに改良した。騎兵も補助的に使われたし、騎馬民族に何度も襲われたが、鐙(あぶみ)がなかった。

 徹底的に数と、訓練がものをいう。作戦によってはアレキサンダーやハンニバルのように数をひっくり返すこともできるが。

 

 古代から、武器と集団との相性は結構重要です。

 ダビデがゴリアテを倒した投石紐。性能は弓矢に劣りませんが、なぜこれが主流武器でないのか……答えは、振り回すのに広いスペースが必要だからです。密集軍と相性が悪いのです。あと、ちょうどいい石を大量に手に入れるのが結構難しいこともあります。

 なぎなたも強力ですが、密集集団で使うには向いていないから槍が主流になったそうです。

 ほかにも古代ローマ時代の蛮族が使う長い剣(ロンパイア)など、集団向きでないから主流でなくなった武器は結構あります。

 

 日本では、武士は「弓馬の道」、馬に乗り弓を引くことで勃興した。鐙も伝来していた。

 西洋の騎士も。

 イスラムも、遊牧に近い部族が馬とラクダを使いこなして征服し、馬を飼える面積の村を功臣に与えて支配した。

 そしてモンゴル。ほかにも多数。

 少数でも、速く強い騎兵は圧倒的な力があった。同時に、少し大規模常備軍に適さないのか、日本やヨーロッパは大帝国にならず、小さい独立性が高い領土に分かれる。

 比較的少数の、高い費用がかかる馬・板金鎧・合成弓などを用いる軍が圧倒的な強さを発揮した。

 

 それが火砲。そして火砲から防護するための新しい要塞……けた外れに高価、膨大な金が必要になった。日本は信長や雑賀が貿易の膨大な金で銃を使いこなし、西洋は大砲を発達させて莫大な金を集める国家を作り出した。

 中国やイスラム、インドは火砲の発達に遅れた。それが文明競争の明暗となった。

 

 さらに西洋では、銃の発達と社会の変化にともない、戦列歩兵という戦法ができた。

 大砲も重要で、騎兵も使われるが、何よりも全員が銃を持つ歩兵。

 すさまじい訓練で高度に洗脳され、集団行動を叩き込まれる……今の日本の学校での「行進」と体育会系を何万倍も厳しくするような。

 映画『アラモ』で描かれるように、横一列に並んで行進する。たとえ敵が銃や大砲を撃ってきて隣の戦友がぐちゃぐちゃ死体になり血と内臓を浴びても。

「敵の弾より上官の鞭を恐れるように」それが近代軍の本質です。

 そんな、一切自分で考えない、完全に服従し、集団で歩く。それが「近代」の根本です。学校も、刑務所も、病院も、工場も、すべてに共通します。学校はそれこそ、九九も覚えられなくても卒業式で完璧に歩ければそれでいい。

 ……第一次世界大戦で、生きていればノーベル賞確実な天才科学者がそのやり方で戦死し、さすがにもったいないと理系学生の徴兵が免除されるようになった悲劇がありました。「別のモノサシ」。

 

 第一次世界大戦。機関銃・鉄条網・塹壕。鉄道。心についても。それまでの、人数が多いほうが勝つ銃を持つ歩兵同士の戦いが、一変した。

 膨大な人数は必要ではあったが、どれだけ流し込んでも勝てなくなった。

 戦車兵、いや機関銃に対処するための分散した分隊を指揮する下士官さえ高度な教育が必要とされ、価値が増え、給料や遺族に払う金が高くなった。遺族年金や廃兵院が近代国家、人権の重大な基となった。

 

 そして、原爆。

 科学者の、「何の役に立つ」と馬鹿にされた研究が、想像を絶する破壊を生み出し、戦争を終わらせた。

 ほかにもレーダー、チューリングの暗号、ペニシリンにより第二次大戦のアメリカは史上初めて病気で死んだ兵より弾で死んだ兵が多い……それまでは圧倒的に逆が当然……ほかにも様々な。

 だからこそ天才科学者は超兵器につながる、普通の人間より何万倍も価値がある資産とされる。

 それは第二次大戦後、ナチスドイツの科学者たちが、戦利品としてソ連とアメリカに奪い合われる歴史ともなった。

 だからこそ、戦死した科学者がもったいないという声が起き、科学者の徴兵猶予もあった。

 

 しかし……SSCの中止、科学による新兵器はもうないとアメリカが判断した……本当にそうなら、理系学生・理系学者の徴兵猶予も、もう必要ない。もう価値はない、普通の仕事をしている人や文系学生同様に徴兵して機関銃に行進させていい。

 

 そして今は、ドローン……無人機。さらにそれが人工知能になれば、とことん人間は不要になっていく。

 

 産業でも、昔は小さい村で人が鎌で収穫していた。

 また、プランテーションでは多数の奴隷に単純な仕事をさせ、すぐ死ぬほど酷使していた。

 人がすぐ死ぬのは当たり前だった。残酷な重労働も。

 

 それが、トラクターができた。

 今はアメリカなどは、農業人口の人口比は極めて小さいのに、世界農業のかなり大きな比を生産できています。

 

 工業、軍事、農業……あらゆる意味で、多数の人間が必要な時代がある。

 多数の人間を高度に教育し、高い給料を払うことが必要になる時代も……

 上述のように、日本の水田稲作はそれ自体藁を使う高度な技術が必要。カリブ海の砂糖奴隷は、単純労働でいいかわりに絞る機械と鍋が必要。その絞る機械のそばには奴隷の腕が巻き込まれたらすぐ切断できるよう斧を持った人がいたとのこと。

 多数の幼児労働者で動かせた、産業革命の蒸気機関の自動織機。

 それが、どんどん労働者の必要知識は高まった。

 第二次大戦後、先進国は多数の、それもかなり高い読み書きができる勤勉な労働者が必要となり、勝利を意味した……日本のように。

 数人の天才ではなく、百万人の、中卒程度の工員。

 1945~1970年ごろまでの時代……多くの本で指摘されます。アメリカでも日本でもヨーロッパでも、平等が起きた。

 膨大な数の先進国の労働者が、とんでもなく豊かになった。超金持ちは減った。

 工場が、二次方程式ぐらいの読み書き数学の力を持つ労働者を多数必要とする、そういう技術水準・需要の世界だったから。

 

 それが変わった。1970年ごろから。

 オイルショックやニクソンショック……様々な経済史の言葉。ニューエイジや1968年の革命じみたあれこれ。

 いろいろな理由が指摘されています……それこそ、素粒子物理学が電弱統一理論で止まるのもその時代なのです。

 ロバート・ゴードンなどは、屋外便所から屋内水洗便所、を強調します。

 素材……何もかも木材、青銅砲の時代。錬鉄。1851年の万博の中心である鉄とガラスの水晶宮。鋼鉄とコンクリートで戦われた両大戦。さらに急速に、プラスチックとアルミ合金が普及する。その次はなかった……カーボンとチタンは安くならなかった。

 米軍のM16ライフル、そのカービンM4は半世紀現役。鋼鉄の銃身と真鍮の薬莢を上回る素材も、千倍の火薬も、レーザーガンを可能にする超蓄電池もない。

 コンテナと海底ケーブル。インターネット……コンテナは、港湾で袋に入った荷物を担いで揚げ降ろしする膨大な人手を不要とした。またおもちゃを国内の高賃金労働者に作らせるより、貧しい国の低賃金労働者に作らせるほうが儲かるようにもなった。

 空飛ぶ車ではなく140字。

 

 それら、技術は、「百万人の三角関数程度の旋盤工」よりも、一人のビル・ゲイツらのほうが稼ぐし、価値がある世界を作りました。

 さらに旋盤工は中国に……もう、先進国の99%は用なしといってもいいほどです。

 

 サッチャー・レーガン・中曽根などの新自由・新保守主義、「上からの階級闘争」と言われる変化。

『大不平等(ミラノヴィッチ)』、エレファントカーブ。貧困国の何十億人かが、搾取工場の重労働でさえそれ以前よりましで急速に豊かになる。先進国の超金持ちも象の鼻のように大儲けする。先進国の99%の凡人は象の鼻の地についた部分のように何十年もまったく収入が増えていない、どんどん苦しくなっていく。

『上昇(パットナム)』では人が集まって団結する心が同時多発的に衰え、不平等が強まる流れがさまざまなデータから浮き彫りになります。

 

 今は何の時代なのでしょう。

 もう、天才もいらない時代かもしれません。

 もっと天才が必要とされ稼いでいる場があるのかもしれません。

 韓国・中国・インドなどは日本など甘すぎる、凄惨といっていい受験競争と超格差。信じられないほどの秀才以外は生きる希望もない社会が『イカゲーム』『パラサイト』などから伝わります。

 筆者は、「新しい時代Mk2」と考えています。

 1990年ぐらい、マイクロソフトやアップルをはじめ多くの、変わった天才たちが新しい商品を出し、世界を変えていく時代。天才である超金持ちたち。古い大企業が次々とつぶれていく。

 ですがインターネットが、スマートフォンが全世界で十分普及した2010年ぐらいから……もう、新しい天才はあまり見なくなる。天才もいらない「新しい時代Mk2」になっていたのではないか、と思っているのです。

 おそらく、今の80億人の……数はいい加減ですが、実際には10億人以下の、下手をすれば1億人以下の奴隷水準の低賃金労働者と、何十万程度の高教育技師、数千の超高度教育人材……自動車会社のデザイナー、NBAレギュラーの席の数を考えれば……で今の全人類の全生産・サービスは回ってしまうでしょう。効率化すればもっと少なく。

 そして本当に革新的な天才は、多分もういらない。

 

 

 時代。どんな技術で何を生産するか。どんな兵器、どんな軍隊か。

 それによって必要とされる人は変わる。

 膨大な数の奴隷を使い捨てる時代・経済。

 中流階級が豊かになる時代・経済。

 中流階級が切り捨てられ絶望する時代・経済。

 もしかしたら、膨大な国民・同胞が、技術によって不要になったのかもしれない。

 選民思想、というものの陰には、それがあるのかもしれない。

 膨大な人間を簡単に注ぐことができ、使い捨てることで利益を得られる生産と社会。

 虐殺・征服で儲かる生産と社会。

 そして、本当に必要ない……かもしれない。

 

 

 とことん根本的なのは、「価値がある人以外は殺せ」といわんばかり、人を価値で見る考え方、それ自体が選民思想にほかならない、という非難でしょう。

 価値がなくても人は生きていい、と。

 それこそ『マルドゥック』の、有用性が認められなければ安楽死の世界。

 それを否定するのは日本国憲法に刻まれた、近代の重要な理念です。

 しかし、現実には……自国民以外はどうでもいい、また近代国家・国家主権という体制のほうが、戦後社会は明らかに優先します。

 アフリカで何百万人餓死しても、世界は見捨て続けました。国家主権が人命より優先だったからです。

 無能な国家は解体して全員引き取って食わせるという先進国がなかったからです。食料の余裕は常にあったのに。

 

 そして、欠乏と豊穣……全員分の餌があるなら全員食わせることも理念的にはできる、でも全員分の餌がなければ選ぶしかない。

『天冥の標』や、あるいは『ギャラクシーエンジェル』の過去であったように。核戦争後の権威主義社会……『シーフォート』『宇宙の戦士』『真紅の戦場』などもそれを経験しているからこそでしょう。

 全員分の餌があっても、分ける権力者は足りないと騙すことができる。『レッド・ライジング』でもう開拓は終わっているのに下を騙して残忍な階層社会・恐怖支配を続けているように。

 今の人々の心が、全員生かすべきだと思っているのは、十人産んで二人生きれば上等、幼いころに兄弟姉妹が餓死・あっさり病死するのが当たり前、何度となく餓死しかけたことがある、という世界で育っていないからでは?

 筆者たちがスペインのコンキスタドールやソ連軍の蛮行に眉をひそめる……ですがその彼らの幼いころ、どれほど悲惨な飢えと不潔、どれほど残忍な体罰、もっともっとおぞましいことが当たり前だったか……それどころか現代日本でさえ、ほんの数十年前にどれほど残酷な体罰が当然のように容認されていたか。

 

 誰に価値があるかわからない、だから全員に価値がある……筆者はそちら寄りです。ただし、本当に天才さえ価値がない可能性、本当に全員に価値がない可能性も考えています。

 そしてそれすら、価値を求めている時点で選民思想だ、と言われるでしょう。

 しかし、『宇宙軍士官学校』は価値があるからこそ支援する、というギブアンドテイクがあります。

 それどころか『三体シリーズ』ではどんな価値があろうと他者はすべて殺すしかありません。

 現実はどの程度厳しいのでしょう?

 何が正しいのでしょう、どんな基準で?

 

 

 筆者は、いっそ選民思想になりたい。方向性、善悪感覚としてはそちらよりでしょう。

 自分を含め地球人の大半を殺しても「万物の理論」と波動エンジンが欲しい。

 もし全人類全権があれば、天才でない大半は、運動ジムと風呂医療図書館付きネットカフェ生活ぐらいを与えてやればいいと感じている。

 でも、筆者は自分が全知でないことを知ってしまっている。天才・科学研究にリソースを注ぐのが正しい手段だと信じきれない。別の、想像を絶する何かがあるかもしれない。

「別のモノサシ」に襲われるかもしれない。

 

 選民思想になるには、傲慢が必要なのです。自分は全知である、自分の宗教は絶対の真理だ、「別のモノサシ」は絶対にない、という。

 筆者はそれだけは間違っていると知っています。

『三体シリーズ』で地球人が滅んだように。



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伝播・コンタクト

『彼らはどこにいるのか(キース・クーパー)』というノンフィクション本で、SETIへのアメリカ政府予算支出を中止させたい無駄切り政治家と推進したいカール・セーガンの会話の話題がありました。

 核戦争での滅亡を恐れている、このことは二人に共通しました。だからセーガンは、何万年も続いている文明から知恵を借りたいんだ、と言いました。

 その政治家はそれで説得できたそうです。まもなく別件でSETI予算は切られましたが。

 

『三体』を始めたのは、地球人の何人かの、地球人に対する深い絶望です。

 助けてくれ、もう嫌だ、という悲鳴を、神のかわりに三体人に向かって投げたのです。たとえ地球人が皆殺しにされ地球を奪われてもいいというほどに。

 

 それこそ『ヤマト』はコスモクリーナーというアイテムを手に入れて放射能汚染で滅びを前にした地球を救うため旅立ちました。

 秦の始皇帝も海の向こうに不老不死の薬がある、と大金を出しました。騙されて怒ったことが坑儒のきっかけでした。

 

 日本古代史そのものが、中国からあらゆる知恵、支配のための法や宗教や技術や芸術を輸入することでした。

 それは反転すると『火の鳥 太陽編』の残忍な征服者である仏たちとなり、『鳳凰編』の残虐な搾取による大仏となります。

 

 古代においては、多くの国が外から知恵を輸入したのです。

 それらは上記の、上位存在を求める心でもあるでしょう。

 

 そのような接触も、様々な言葉で整理できるでしょう。

 ファーストコンタクト。

 貿易、商人、密輸、海賊、留学、旅行、人質、捕虜、奴隷、移民、棄民、民族浄化、出稼ぎ、漂流、人命救助、征服、開拓、バイオパイラシー、略奪、同盟、外交、派遣軍人、通信、条約、布教、巡礼、生贄……膨大な人の営みが関係します。

 生物が、情報が、物資が動くことが。

 

 もとより、SFの中心的なテーマは、別の何かとの接触。

 今自分が生活している、習慣、普段見ていること、知っていることと異質な、「外」を知る。

 その極端なものがファーストコンタクトであり、宇宙からの侵略者との戦争でしょう。

 ファーストコンタクトや防衛戦争は「別の何かとの接触」の一部と言っていいでしょう。平和的な接触であっても接触なのです。

 

 ファーストコンタクト……それこそSFの中核ジャンルであり、そのリストはそれこそ調べたほうが早いでしょう。それこそそれだけで一冊の本ができるでしょうし、英語には『Encyclopedia of Extraterrestrial Encounters(未訳のようです、未読)』が見つかりました。

『三体』も、『宇宙戦争』もファーストコンタクトが中心です。『スタートレック』『宇宙船ビーグル号』も多くのファーストコンタクトがあります。

 最悪のファーストコンタクトが『イデオン』であり、ほかにも多くの悪いファーストコンタクトがあります。

『幼年期の終わり』『ヤマト』『星界シリーズ』『宇宙軍士官学校』『エンダー』『スーパーロボット大戦OG』『マクロス』『エヴァンゲリオン』『蒼穹のファフナー』など多くの作品もファーストコンタクトからしばらく過ぎてからの作品です。

『銀河英雄伝説』の、帝国が同盟を発見したこともある種のファーストコンタクトでした。

『深海のyrr』など、生物・怪物系で、実際にはファーストコンタクトなのに人類が長くそれに気づかないケースもあります。

『人間以上』『シリウス』『ブラッド・ミュージック』『月は無慈悲な夜の女王』のように、人間世界の中から人間とは別の何かが出現することもファーストコンタクトの一種でしょう。

 

 ファーストコンタクトは歴史用語でもあります。

 コロンブス。人類史上おそらく最大の事件。

 何万年も接触がなかった、存在も知らなかった地とその住民との接触。

 その後も、大航海時代にヨーロッパの船は、主に太平洋の多数の島やオーストラリア大陸を訪れ、その人々と「ファーストコンタクト」していき、そのたびに悪の限りを尽くしました。

 

 その悪のかなりの部分は、意図的ではない、病原体によるものでした。

 そして多くの善意・正義感の類も、すさまじい悲惨を生んだのです。

 

 それこそ『三体』では、架空と言われる研究書で、異星人文明が存在すると知っただけでも、地球人全体が非常に悪い状態になる、と言われました。その悲観的な感覚は暗黒森林説に拡張されていきます。

 

 前回強調した、「別のモノサシ」にもなります。殴られるという言葉を使ったほどに衝撃的です、それまでの価値観が通用しなくなることは。

 似た現象として、気候変動・ワープの法則の変化などわかりにくい質的変化もあります。

 

 

『現実』の伝播の話を考えると、『現実』の地球表面そのものの面白さがでてきます。

 もし、今と違う……白紙に幼児が好きに書いた地図、あるいは遠い過去・遠い未来の地図として見ることができる大陸移動による別の大陸配置、有名なRPGやファンタジー作品の地図からスタートさせれば、人類と生物種を同じにしても歴史の流れは違うでしょう。

 それこそ、『現実』の地球の大陸配置に些細な違いをつけただけでも、適当に大規模鉱山を恵むだけでも、相当な違いが出ることでしょう。南北アメリカを切り離せば、オーストラリア大陸を少し南北に動かせば、それだけでも気候や生物にとんでもない違いが生じます。

 いや、生物種の配置そのものが、大陸配置に強く支配されているのです。オーストラリアの有袋類をはじめ。

『銃・病原菌・鉄』ではユーラシア大陸の温帯部が東西に長いから、作物や家畜が伝播しやすい……南北に長いアメリカは伝播しにくい、それが歴史そのもの、特にスペインがインカに船で行って攻め落としたのであって逆ではなかった主因としました。アセモグルの「地理ではなく制度であり、制度は偶然だ」も、そのことを否定するほどではないでしょう。

 

 最も大きなユーラシア大陸、それ自体が昔からいくつもの領域に分断されます。

 大きく見れば北ヨーロッパ、アルプスで分断された地中海、ヒマラヤとイランからアフガニスタンの山々で分断されたインド、ヒマラヤ・砂漠・深い森で分断された中国、そしていくつもの山や広すぎる荒野で昔の人が大人口・文明を保つことができなかった今のロシア領をはじめ北のほう、と。

 アフリカ大陸もナイルはかなり分断された地であり、またサハラ以南はそれ以上に固くサハラ砂漠に分断されていました。

 アメリカ大陸は中米は山脈、また南米は森と山脈でいくつにも分断されています。

 オーストラリア大陸も異様なほど、ユーラシア大陸に興亡した多くの文明を寄せ付けませんでした。東南アジアの熱帯雨林諸島が伝染病地獄だったこと、赤道無風帯……赤道は風に乏しく帆船にとって厳しいこと、オーストラリアの、地球儀で見る限りではアクセスしやすい北西側の岸が荒れ果てて上陸・生活が厳しかったことなどでしょうか。

 

 そのユーラシアの大地だけでも、いくつもきわめて重要な通路ができてしまいます。しばしば「文明の十字路」と言われます。

 ちょうど『銀河英雄伝説』のイゼルローン要塞のように。

 イスタンブール=コンスタンティノープル。地中海と黒海を結ぶ細い海峡を扼し、アジアとヨーロッパの境界でもある、難攻不落の天然の城にして港。

 エルサレム、ダマスクス、アンティオキアなど聖書の舞台になったパレスチナの諸都市。エジプトと、チグリス・ユーフラテス川のメソポタミア、さらにヨーロッパ方面、アラビア半島、と結ぶまさに十字路。

 メッカもアラビア半島、ひいては紅海からインドの航路、アフリカの角、ほか多くの富を中東につなげる要所です。

 カイバル峠。インドと中東を分断する山脈の門。アレクサンダー大王が、ムガル帝国の祖が通った門。さらにアフガニスタンには、古代世界であまりに貴重なラピスラズリが出る……だからこそイギリスもロシアもアメリカも、アフガニスタンをあれほど求めたのです。

 中国の秦、それ自体が西方への門でもありました。

 それら障壁と門があったこと、その厳しさが、さまざまな軍、宗教、商品、伝染病の伝播を許しまた制限したのです。

 

 日本史のかなりの部分は、日中関係史でもあります。同時に対アイヌ暴虐史でもありますが。

 稲作の伝来自体が大陸からであり、同時に銅鐸など、金属の技術とそれを用いる祭儀……魔術という切実な戦闘技術も入ります。

『火の鳥 黎明編』では学会は否定しますが大陸の騎馬民族の征服説をとり、残忍な征服者による国家の始まりを描きました。そして最後のウズメの言葉にあるように、征服された側の女の力も。

 日本の歴史が始まるころには多くの渡来民が活躍します。仏教も伝来します。

『鳳凰編』に登場する吉備真備も遣唐使として中国で学び、その知識によって日本で大きく出世しました。

 また、奈良の大仏が作られた聖武天皇の時代には、中国から伝わった天然痘により日本人の大きい割合が死ぬほどの被害もありました。大仏を作ったことの動機でもあります。さらに金(ゴールド)の発見も大仏建立に大きくつながっています。

 

 情報の伝達は、伝染病と同じでもあります。特に支配層から見れば。

 実際、共産主義という情報はとんでもない被害を出しました。

 しかし長い目で見れば、完全に封じるのは難しく、また封じ切ってしまうと別の世界での進歩に遅れて文明自体の敗北につながるのです。

 伝染病も短期的には大きい被害が出ます……しかし避けすぎればより弱くなるでしょう。日本は奈良時代に天然痘でひどいめにあいましたが、だからこそ黒船が来た時にアステカ帝国のように滅ぼされずに済んだのです。

 

 中国から帝国・天下という概念を学んだ日本は、中国の律令という支配システムを真似ようとしました。

 同じように中国を真似る試みはベトナムや朝鮮の歴史にも多く見られます。

 

 その中国は発信する側でしたが、同時に常に「西域」を意識し、そこからより優れた知識などを取り入れようとしていました。

 かなり前に、胡服騎射、馬に乗って弓を引く、そのために服装も西の遊牧民を真似て変えることをしました。戦うために。

 宗教の大きい部分が仏教という、ヒマラヤ・中央ユーラシアの砂漠を超えて運ばれてきた知識でした。

 不思議なことに、キリスト教やゾロアスター教、イスラム教は中国ではそれほど強くはならない……ただし太平天国の乱はキリストの弟を名乗り、それ以前も白蓮教徒の乱など救世主の概念はかなりキリスト教的……し、ユークリッド幾何学すら入るのは16世紀、プラトンやアリストテレスは昔の中国の学問に全く形跡がありません。キリスト教ローマ帝国もササン朝ペルシャもイスラム帝国もギリシャ哲学の影響は強くあるのに。

 西域との貿易は大きな利益にもなりました。

 特に中国には、絹というとてつもなく価値がある輸出品がありました。

 遊牧民の攻撃以外では、たとえば古代ローマ帝国の軍が行くことはできないぐらい障壁は高く何重にも続いていました。中国からもインドすら征服できたことがありません。

 

 交易・伝播の歴史を見ると、絹・紙・鐙(あぶみ)などの伝播は恐ろしく遅いです。千年以上隠し通すことができてしまっています。

 ガラス、古代ローマ式の水道橋、オリーブのように奇妙に広がらない作物・技術もあります。ブドウも有名な漢詩にありますが、不思議と中国での酒の主流ではありません。

 古代ギリシャ・ローマは奇妙に弓を使いません。

 紙の伝播は、戦争捕虜からと言われています。ほかにも多くの伝播が捕虜から生じているでしょう。

 絹は、卵を杖の頭に隠し盗んだと言われます。ゴムなど南方のプランテーション作物の争奪戦も激しいものがありました。今もバイオパイラシー(生命海賊)という言葉は聞きます……先進国の企業、資本が残忍な悪行で遺伝子資源を盗み奪う。

 

 地理的なこともあります……たとえばインドは農業生産は豊かなのに、馬を産することができませんでした。

 それが、インドを征服する文明は多いのに、インドが出て外を征服したことがない理由でしょうか。

 

 

 遣唐使、それから多くの学僧が日本から何度も中国に行き学びました。

 逆に鑑真は来てくれました。

 平安の仏教を作った空海と最澄。その後も多くの僧が中国に留学しました。

 空海は仏教だけでなく、土木をはじめとした技術も伝えました。

 僧以外にも、儒教を学び伝えた人も多くいます。ほかにも工芸に属することも。

 

 留学……外国に行って、外国の進んだ学問を学ぶ。

 これは人間のかなり重要な営みと言えるでしょう。

 それは人質であることもあります。捕虜もあります。奴隷として拉致された状態から学んで運を開いた人もいます。商売でもあるでしょう。スパイとも関係します。救助が結果的に留学になる話もあります。

 人類は家族に強い情を持つため、常に人質が有効とされます。逆に日本の戦国時代などでは、使い捨てられるように家族に情を持たないような構造を作ります。魔術・贅沢の論理も、家族との関係が希薄な生活を作ります。が、そうすると家族でも争うし、信用できる部下がいなくなります。

 たとえばドラキュラとして知られるヴラド・ツェペシュもオスマン帝国の人質として学び、後に逃げて反旗を翻し戦い抜いたのです。

 秦の始皇帝も人質であった父の子として先進国に生まれ、後に征服していじめられた恨みを晴らしました。

 ヨーロッパの、古代ローマが滅んだ後の歴史で重要なテオドリック大王も、東ローマ帝国の人質として育ち、それゆえにローマの法などを支配下の人々に押しつけてヨーロッパ文明の礎を築きました。

 高橋是清が奴隷として売られていたというのも有名な話です。

 ロシアを近代国家に向けたピョートル大帝こそ、ヨーロッパに自ら留学し、自分自身が造船所で働いて近代文明を学んだのです。そうする下地は、権力など望めぬ半ば幽閉の子供時代に、近くにいた西洋の人々と接したことにありました。

 ガンジーも留学し、そこでの差別から独立の決意と思想を育てました。

 

 アナキン・スカイウォーカーが奴隷の子からジェダイ・アカデミーに行く……それはどうしても、トルコがキリスト教圏から優れた子供を半ば税として奪い奴隷とし、最高に教育して宰相や将軍にもしたことを思い出させます。出世した人の家族がいろいろ要求して腐らせることがない……成功も大きいですが、伝統的な集団だけに狂信的に従う彼らは近代化には抵抗し、皆殺しにするしかなくなりました。

『星界シリーズ』ではやや異例な形で爵位を得たジントがアーヴの中央に留学する、その移動自体が話の始まりでした。彼は自分をアーヴにすることを選んでしまったため、故郷や家族同然だった人たちとは別れざるを得ませんでした。

『銀河戦国群雄伝ライ』では姜子昌も飛竜も留学で学び、羅候も正宗の人質のような立場だったことがあります。また虎丸も人質・留学として羅候に預けられました……人質にできない性格を読み切って。

 そして新五丈が智を支配したとき、智の支配層の若者を新五丈の中央に行かせて、人質であると同時に学ぶことによって新五丈シンパとして帰す、というとても長い目で見た征服の策略が行われました。

『ヴォルコシガン・サガ』ではマークが精神の治療を兼ねてベータに行ってそこで恋人と会ったことからその父親が大騒ぎしたりしました。

 

『スタートレック ヴォイジャー』のセブン・オブ・ナインも極端な存在です。普通の人間の子供がボーグに襲われ同化され、ボーグとの同盟でヴォイジャーに来て……裏切るつもりがしてやられ、ボーグから切り離されて人間に戻されました。価値観などが徹底してボーグで、人間であることは一つ一つ学ばなければならなかった、その苦闘がシリーズの中心となります。

 

 国内でも先進地で学ぶこと、それは留学にも近いでしょう。

 義経が兵法を学んだように。

 特に戦前の日本では、たとえば郷里の神童を豊かな有力者が支援して上の学校に行かせ、出世した神童は故郷に錦を飾ることで返す、という構造もありました。中国でも科挙支援は大きな営みでした。

 

 人質と留学を複合したシステムと言えるのが参勤交代です。

 それに近いこと、地方の豪族たちを中央に集めて大規模儀式をしたりすることはあちこちにありました。

 

 留学すると、どうしても別の価値観に触れてしまう、故郷と価値観・心の面で一つではいられなくなる、特殊な孤独になる……ジントのように故郷を致命的に失ってしまうこともあります。

 それは精神を引き裂くものであり、最近のイスラムのテロリストも多くはその痛みが凶行の理由と言われます。

 それこそ、別のにおいをつけて巣に戻されたアリが、容赦なく姉妹に殺されるような悲惨にもなります。

 

 故郷の同胞に殺されるというならスパイ扱いもあります。

 それで外と接した人が冤罪で殺されることも多くあります。

 逆に、『三体』の地球三体協会のように本当に地球を裏切ることもあります。

 江戸日本もジョン万次郎など、外に行って帰った人の知識を活用するどころか残忍に扱ったものです。

「穢れ」「不浄」の感情を法とした、という面もあります。

 

 スパイは情報そのものを兵器・商品とする戦争であり、時には兵器以上の威力にもなります。

 娯楽としてもかなり重要な小説・映画のジャンルでもあります。「権力の中核にいない個人」が個人の知恵と戦闘力で活躍できる地位であり、だからこそ個人ヒーローの活躍を描く、さらに探検が廃れたのちの冒険娯楽でとても愛されます。

 いや、『火の鳥 未来編』で人類を滅ぼしたのはスパイが敵の中枢に仕掛けた水爆でした。『黎明編』も最初にスパイが村に潜入し、味方の軍を導きました。『太陽編』も未来側主人公はスパイであり、過去でも未来でもスパイのライバルとの闘いがありました。『ヤマト編』の、暗殺もそれ自体がスパイと密接に関係します。

『スターウォーズ』EP4とその前日譚も、デス・スターの弱点という重大な情報を味方に運ぶための苦闘、大きなスパイ作戦でした。

『レンズマン』のキムも敵に潜入したり、様々なスパイ行動をします。

『ローダン』でも多くのスパイ戦があります。

『ファウンデーション』のいくつかの話はスパイに近いものがあります。

『マクロス』ではむしろコミカルに、人型機で敵の巨人の服を奪って潜入しました。

『銀河英雄伝説』でもスパイ戦がかなり重要な働きをしました。過去におけるジークマイスター、また同盟のクーデター、幼帝誘拐、ユリアンの地球教潜入などはスパイの要素が強いです。

『銀河戦国群雄伝ライ』では太助が有能な潜入密偵であり、その戦死は雷を変えたとも感じさせています。

『ギャラクシーエンジェル』では敵が姿を変えて侵入したことがあり、その責任でタクトは艦を追われるところでした。

『ガンダム』でも潜入してきたミハルの悲劇などがあります。

『彷徨える艦隊』では複雑な経緯をたどるロマンスがあります。

 アライアンスの士官の一人が捕虜になった。

 人道的だったシンディックの捕虜担当士官と恋に落ちる。

 そのことを知られ、スパイとしてアライアンスに戻される。

 互いに祖国を裏切ることなく祖国にもスパイとして利用され、それでも恋心は変わらず、ギアリーの計らいでアライアンスの士官は、同盟を結んだシンディックから独立した国に駐留して連絡役として、恋人と結ばれるように……

 

 極端なのが『三体シリーズ』のユン・ティエンミン。

 三体艦隊と接触したい地球人……それこそ、裏切者がいてくれたらいいのに、と言った『戦闘妖精 雪風』の将官ほどに情報に飢えていた。だからこそ核兵器をうまく使って、病気で死にかけた彼の脳だけを三体艦隊に送った。

 その彼は三体人の技術で治療され、多くの情報を三体側に伝えてあちらの文化を高め、また地球にも三体側の監視をくぐりぬけて情報を伝えた。……『三体X』ではややこしい真相が語られます。

 

 だからこそ、ある程度軍事を知った国は、敵側の人間をスパイとして警戒し、自分たちを閉ざします。

 日本でのシーボルト事件のように。また鎌倉幕府がモンゴルの使者を斬ったように。

 

 

 人の行き来として、紙の伝播が捕虜からと言われたように、捕虜も重大な接触です。

 秀吉の朝鮮侵略で、陶磁器職人を実質奴隷として拉致し、高水準の陶磁器が国産できるようになったことも一事が万事です。

 

 他者、まして敵に対する憎悪、軽蔑、復讐心が強い地球人……多くは捕虜を残酷に拷問虐殺し、生贄にし、よくても奴隷として売る……だからこそ奴隷を得るために戦争をすることも……

 しかし、その結果伝染病をもらったりすることもあります。それこそスパイのリスクもあります。

 捕虜を返しただけでも膨大な情報を与えてしまうことになりかねないのです。

『銀河英雄伝説』では捕虜交換が重要なイベントになります。それまではスパイとして祖国に拷問されてきた帝国人捕虜をラインハルトは歓迎し、それゆえに軍の支持を強めた……。さらに同盟に帰した捕虜を寝返らせて計画を持たせ、それでクーデターを起こさせて、同盟をさらに弱らせ内乱への干渉を防いだ……。キルヒアイスとヤンの面会も影響は大きいでしょう。

『タイラー』はそれこそタイラーの艦がラアルゴンの艦に拿捕され、タイラーが自分を犠牲に部下を救った……一人で捕虜としてラアルゴンに行ったことから話が動きました。

 ラアルゴンは捕虜を実験動物として拷問の末に解剖するのが普通であり、ペットとして献上されたタイラーの扱いは異例でした。

『彷徨える艦隊』ではアライアンスも捕虜を無造作に虐殺しようとしたことに過去から来たギアリーは驚き、今の軍人の心も変えていきます。上述ですが捕虜収容所のシーンも多くあります。

 捕虜収容所では優先順位を見失う、軍人・アライアンスとしてのアイデンティティ、文字が許されず頭文字ごとに死者の名前を覚えるなどの苦闘も断片的に描かれます。

 捕虜とした敵の指揮官との会話も多くあり、シンディックの体制の邪悪さと、それでも残る人間性が強まっていきます。

『ヴォルコシガン・サガ』の、『無限の境界』は上述です。その後もマイルズもマークも繰り返し捕虜とされます。

『銀河戦国群雄伝ライ』では、師真は練の捕虜は皆殺しにし、徴兵された部族の民は丁重に扱い返すことで敵を分断しました。出世したばかりの雷が捕虜を怒りに任せて皆殺しにしてしまったことが、痛恨の過ちとして彼を大きく成長させます。

『ヤマト』ではガトランティスが捕虜の返還を拒み特攻に至らしめた、それがガトランティスの残忍さと地球の道徳の高さをうまく表現しています。

 ほかにも多くの作品で、捕虜に怒りをぶつけようとする将兵とそれを止める将兵、の構図はあります。

 

 また、決して捕虜を与えない種族も多くあります。

『彷徨える艦隊』の謎の種族は捕虜になりそうなら徹底して自爆させ、ベア=カウ族は捕まったと知ったら指一本動かなくても自殺するよう身体機能も精神もできています。

 ほか、『宇宙軍士官学校』の粛清者も決して生きた捕虜を得られません。『星系出雲の兵站』も敵の情報を得られず苦慮します。

 近年のミリタリSFも、多くの異星人は連絡を拒み、捕虜を取られないようにします。

 

 捕虜の扱い、それは近代西洋の国際法の重要な部分でもあります。

 逆にそれが崩壊した第二次世界大戦や対テロ戦争の重大さ、精神的な変容もわかります。

『彷徨える艦隊』でギアリーは、残酷さは弱さだ、きちんと法を守ることこそ強さだ、と部下を説得します。

 

 捕虜は、捕虜になる側も捕虜を取る側も、相手を理解してしまうのです。共感してしまえば、完全な敵であることが難しくなるのです。

 ですが、それによる変化を封じきることも多くあります。『銀河英雄伝説』で帝国側の多くの捕虜が忠誠を守り、彼らが帰っても帝国が変わることがなかったように。

 

 

 日本は遣唐使をやめました。

 それまでの大きな流れとして、日本が朝鮮半島に進出して白村江の戦いで負け、当然唐に攻められると思った……のに来なかったことがあります。

 それで日本は内向きになり、うぬぼれ、戦争国家だったのが変質しました。

 

 日本は日本海というかなりの距離、水堀があるおかげで、大陸から取り入れる情報をかなり選別できます。

 たとえば日本には、家畜の去勢・宦官がないのです。肉食・馬乳酒もないです。後にも科挙を採用しない、そしてカナ文字を作る、という違いがあります。

 

 遣唐使をやめた日本ですが、学僧は行き来し、交易も増えていきます。

『乱世編』で描かれた平家の栄華の相当部分は貿易の利益であり、福原遷都も貿易を視野に入れたものです。

 その平家が滅んだことにより、日本はより内向きになりました。しかし貿易は続いています。

 特に、銭……銅貨、貨幣は日本は国産せず、中国から大量に輸入したことは特筆すべきでしょう。

 元寇で戦争状態になったように思えても、それでも貿易はあったほどです。

 室町幕府も中国貿易を重視したことが知られています。

 

 しかし中国は、明で大きく方針を転換しました。南ではなく北に重心を置く……遊牧民に皇帝を捕虜にされるほどの大敗。北京への遷都。

 そのこともあり明は鄭和の航海をやめ、海を禁じました。

 だからこそ、日本と中国の間では海賊、倭寇が跋扈しました。日本人だけではなく、中国人がむしろ主だったと言われますが。

 倭寇は略奪者であると同時に、貿易も行っていました。

 

 密貿易・海賊は世界史的にもかなりの重要性があります。

 海賊はそのまま海軍になります。また、帝国が海賊を滅ぼし制海権を確立することで帝国は強まり、圧倒的な経済力が生じます。そして海賊や山賊を抑えきれなくなったとき帝国はバラバラになります。

 西洋史を大きく動かしたのは、バイキングという半ば海賊でもある人々です。スラブ、ロシアに通じる人々も海賊として東ローマ帝国などを何度も荒らしました。

 密貿易は、今は麻薬があり、昔は塩が上述のように重要でした。

 塩は生きるのに欠かせず赤の染料と違い代替品がなく、特に大陸では限られたところでしか得られない品です。だからこそ中国でも西洋でも税をかけ、それが政府の主な収入でした。

 その密輸ネットワークはしばしば帝国を滅ぼす反乱にさえつながったほどです。フランス革命もインドの独立も塩税がキーワードになります。

 また西洋史では、酒の密造密輸の歴史が、ピート香のきいたアイリッシュやスコッチのウイスキーにつながりました。

 

 逆に言えば、貿易を支配することが為政者にとってどれほど重要か、でもあります。

 膨大な、農地と違って手柄を立てた人に与えなくていい貨幣が入ってくるのです。

 足利義満も平清盛も、また徳川家康も貿易の利益を手にしました。

 スペイン帝国は新大陸への貿易を徹底的に独占し、金銀の一定率を税として手に入れ、それを収入として戦争と征服に……焼け石に水となりましたが。

 

『星界シリーズ』は、アーヴによる人類帝国は星間交易を支配しているからこそ圧倒的な力を持ちます。

『さいはての宇宙船団』や『ローダン』のスプリンガーなど交易を得意とする種族は多くあります。

 

 戦国では、南蛮人という別の、ある意味ファーストコンタクトがありました。

 当時でもよく中国の史書を読めば、中国と接触した古代ローマなどもある程度分かるでしょう。ですが当時の漢籍ばかりだと、世界の正確な地理はつかみにくいのです……特に仏教のとんでもない世界観が強いので。

 鉄砲とキリスト教。鉄砲という強力で、軍隊構造を変える……弓道は四月から初めて「離れ」ができたのが頑張ったのに夏休み、鉄砲は……、高価な鉛と硝石と硫黄を輸入しなければならない兵器。

 そしてキリスト教。

 ですが、秀吉・家康はキリスト教を拒みました。仏教の側の要求もありましたが、秀吉を動かしたのは奴隷貿易。

 西洋、宣教師と商人たちは奴隷で膨大な収益を上げていました。それこそ小さなイースター島のわずかな住民すら奴隷として運び文字も読めなくしたほど。

 日本の戦国武将も奴隷を使っていたでしょうが、海外に奴隷を運ばれるのは違うと判断した……ありがたいことに。

 それこそ、日本がアフリカの奴隷輸出諸国のように短期的には大儲けし、長期的に衰退してもおかしくなかった、別の道を選んでくれた。

 

 結果的に日本は、鎖国という道を選びました。

 それは長期的には大きな過ちになりました。

 ただ、中国も海禁、朝鮮も頑として世界銀貿易網に加わらなかった、と東アジア全体の強い趨勢でもありました。

 

 奴隷交易も文明同士の接触では重要です。

 SFの場合は人類以外も売買になります。

『火の鳥』のムーピー族は『望郷編』では高額商品として扱われ、『未来編』では禁止薬物のような扱いでもありました。

 奴隷貿易が禁止されている、だからこそ、ということも『銀河市民』などあります。

 スターウォーズEP1ではタトゥーインでは、禁止されている奴隷がありました。

『現実』でも西洋は奴隷貿易を禁じ、その禁止を世界に強制し帝国主義時代には侵略の口実にもしました。

 

 

 世界全体での、宗教や哲学の伝播も少し復習してみましょう。

 中国から日本に、中国の漢字、律令、儒教、漢詩、そして仏教が伝播した……

 中国からは、確かに朝鮮やベトナムにも広く征服を広め、朝貢というシステムを広げました。

 日本方面以外、西域……シルクロードをこえたインドや中東に、中国から文字・文化・宗教などは不思議と行きません。

 逆に、中国はインドから仏教を輸入しました。

 ただ興味深いことに、中国にはギリシャ哲学・ローマ古典は入っていません。ユークリッド原論すら大航海時代まで届いていないのです。

 かなり近づいた、イスラムもギリシャ哲学を重視し古典をアラビア語に翻訳しましたし、モンゴルは中国を含むユーラシアの多くを一体化したのに。

 景教=キリスト教の一派、ゾロアスター教、回教=イスラム教は中国にある程度あるのに。キリスト教やイスラム教の力を思うと、どちらも中国を支配できなかったことも不思議です。

 

 西洋では、まず中東の大帝国であるペルシャを支配したゾロアスター教があり、インドのほうに伝播した少数が生き残っています。

 中東の地中海岸で生じたキリスト教が、地中海を支配する古代ローマ帝国を支配し、特に古代ローマ帝国が西側を失い東ローマ帝国になるころにすさまじい力で帝国を支配しました。ギリシャの伝統あるアカデメイアさえ潰すほどに。

 その潰された哲学者たちはペルシャに迎えられて学問を進め、後にそのペルシャがイスラムに征服されてから膨大な古典がアラビア語に翻訳されました。

 東ローマ帝国でも、ペルシャ滅亡で学者たちが東ローマ帝国に逃げたことも、またキリスト教とギリシャ哲学の統合もあり、ギリシャ哲学の学者・書物は相当ありました。

 イスラム帝国、東ローマ帝国の両方から、特にコンスタンティノープルが陥落し東ローマ帝国が滅亡したときに、イタリアに多くの学者が本を抱えて逃げ、またイスラムのアラビア語の書物を翻訳して、それがルネッサンスを始めました。

 

 東ローマ帝国の側のキリスト教はロシアにも布教されました。また、十字軍の一環として東欧にも布教は進みました。

 イスラムも、ペルシャを滅ぼし、スペインを含む古代ローマ帝国の領土の相当部分を手に入れて、それからインドも相当部分を落とし、時間をかけて東南アジアにもアフリカにもかなり広まりました。

 同時に、海のシルクロードなど強力な交易網も築いていきました。

 

 多くの宗教は遠く旅をして行くときに、どうしても変化することがあります。

 複数の宗教が雑種を生み出すように。特に日本では神と仏が混じり、中国でも西遊記のように神と仏がともに活躍します。

 カトリックが厳しく支配した中南米でさえ、死の聖母など妙なことはあるのです。

 

 宗教のすさまじい力……イスラム教の征服、そして十字軍。これは後にじっくりと……

 十字軍は中東だけでなく、ヨーロッパ内部で異端を大虐殺したアルビジョア十字軍、東ヨーロッパに征服・植民・宣教を広めた東方十字軍、そしてスペインをあまりにも長い時間を隔てて奪い返したレコンキスタもあります。

 大航海時代におけるスペインのすさまじい狂暴性・不寛容は、十字軍の延長であったからでもあります。

 さらに近代そのもの、帝国主義も、損得だけでなく十字軍の延長でもあるでしょう。フランス革命のあちこちに十字軍の気配があるように。

 

 大航海時代……スペインがアメリカ大陸からフィリピン、ポルトガルがアフリカ大陸を回ってインドから東南アジア、と航海を進めた……それは十字軍の延長であり、暴力的なカソリックの布教がありました。

 それにはいくつもの、カソリックにおける修道会の歴史も絡みます。

 カソリックの宣教師は中国にも布教しましたが、ローマ教皇の頑迷さもあり失敗しました。

 プロテスタントであるオランダやイギリスも負けじと、征服・貿易と同時に宣教もしました。

 

 そして宗教から目を離せば、砂糖という巨大な商品、そして奴隷貿易を可能にしたインド洋のタカラガイ・インドの綿布の大交易、メキシコからも日本からも大量に中国やインドに流れた銀、ブラジルの金(ゴールド)も大航海時代を作ったものです。

 

 日本は鎖国ではありましたが、その中でもオランダや中国と多くの貿易を続けていました。

 その中で、ずっと輸入していた銅銭や絹、陶磁器を自力で作れるようになったことも注目すべきでしょう。陶磁器は秀吉の朝鮮侵略があってでもありますが。

 

 鎖国にも関連し、大航海時代に中国と接触しようとした西洋が苦慮したのが、中国には普通に外交をやる、という概念がない……外交、というもの自体が西洋の特殊なものかもしれません。

 一つの帝国では支配しきれず、宗教も違う多くの国が共存するようになってしまった、というのは異常事態なのでしょうか。

 中国は朝貢という外交・貿易システムを使います。普通に商売をすることはないし、対等に大使を交換することもない。

 中国の文明は唯一の正解で無限に高い。別の文明の人は、中国の徳の高さを慕って従いに来る、中国は寛大にもそれを受け入れる。

 外の国が中国に尊敬のあかしとして貢物を差し出す。中国はもらった以上の価値の贈り物を返す。

 今の日本でも先輩、偉い人が低い人に飲食をおごる……また暴力団や暴走族が、犯罪で得た収入を上に上納する……それに近い、かなり原初的な匂いが強い慣習です。

 

 礼の違いも問題になる……極端なのが『イデオン』での白旗であり、『デューン』では砂漠の民が貴族に唾を吐きかけた……貴族は怒りそうになりますが、砂漠の民を知る部下が止める、水分を与えるという大きな贈り物なのだ、と。貴族はそれを受け入れて唾を吐き返し、それによって友好関係が結ばれます。

 歴史的には、ギリシャの使節がペルシャの宮廷でひざまずけと言われて嫌がった、また中国に行った西洋の使節も叩頭礼を強いられ拒否感情を示した、という問題が出てしまいます。

 だからこそ、プロトコル(=礼法!)・ドロイドであるC-3POは価値があるのです。

 礼の根本は思いやり……でも「思いやり」も怖い言葉です。

 イギリス帝国・カナダやオーストラリアが、先住民の子供たちをさらって寄宿舎に閉じ込め、先住民の文化を完全否定して西洋人に作り替えようという下手な拷問虐殺より残忍な「思いやり」。『蒼穹のファフナー』の、フェストゥムの「思いやり」。

 それとも、相手は他者なのだ、別の論理・別の礼儀・別のモノサシ・別の心があると理解しての「思いやり」か。エンダーが徹底的にやるように。

 ……それこそ同じ国の人間同士、それこそ親子でもクラスメートでも、その「思いやり」がどんなに難しいことか。

 ファーストコンタクトで失敗するのは、後者を理解できない人です。もっと悪いのも多くありますが。

 

 鎖国の中での日本の外との接触には、かなり漂流や救助があります。『菜の花の沖(司馬遼太郎)』の大黒屋光太夫、ジョン万次郎など。

 薄い接触として、人命救助や通りすがるだけぐらいもあるでしょう。

 実は結びませんでしたが、『完結編』ではディンギルの少年を救助しました。

『工作艦明石の孤独』で地球人が、半ば事故で異星人に救助され、膨大な情報を交換しました。

『宇宙のランデブー』シリーズはごく薄い接触です。

『スタートレック』では漂流者や密航者をどう扱うか、艦隊の掟に関係して苦慮することにもなります。クルーとして迎え入れることもあります。

 それこそ、『現実』オウムアムアこそ、自然物でも人工物でも、とても重要な接触でした。

『ローダン』など、難破船を救助する、と言っていいファーストコンタクトも多数あります。

『マクロス』は難破船と思ったら……でしたが。

『スペースバンパイア』も救助に近いものがあります。『エイリアン』も。

『火の鳥 太陽編』では大友隊と火の鳥がごく薄い接触をし、大友はそれをうまく利用しました。

 

 また、個人で別の文明に行く、というのには旅行もあります。

 さまざまな大旅行家の手記は貴重な資料になり、特にマルコ・ポーロの『東方見聞録』はコロンブスも動かしました。

 宇宙SFでも、旅行家としてあちこちめぐる人は多くいます。……すぐにはリストが出せないほど多く。

 それこそSFの相当部分が、何らかの事情で旅人になってしまった主人公の冒険記にほかなりません。

 ほかの用事で移動するのが、結果的に大旅行家になってしまうこともあるでしょう。

 

 

 そして日本は、黒船を迎えます。

 捕鯨という巨大産業。

 強力な蒸気船と大砲。

 蒸気船があったからこそ、太平洋で捕鯨という大きい産業を動かすことができた。

 蒸気船や大砲を維持する文明には、膨大な照明と潤滑油が必要だった。そのために捕鯨がものすごく儲かった……日本と違い、肉は捨てた。

 クジラを絶滅寸前に追い込んだ近代西洋文明の蛮行でもある。

 エネルギー史、照明史のイベントでもある。

 そしてフロンティアを求め、征服を進める、帝国としてのアメリカの歴史でもある。

 でもすぐに征服するのではなく、相手のため、というような偽善に満ちてもいる。

 

 黒船を受けた日本……

 満足し、まどろんでいた、と言われる。オランダからの忠告も無視したと。

 それが、世界は危険なところだと知る……

『三体』でも、人類は真の危機を知らなかった、というような言葉が出てきます。

 ファーストコンタクト。他者の存在を知り、他者の暴力にさらされる。今までとは違う論理を知る。

 自分が劣った存在だったことを知る。現実を直視するのなら。現実を無視することを選べば滅亡あるのみ。

 自分を、国を変えなければならない……それこそジャレド・ダイアモンド『危機と人類』の12のリスト。

 どんな犠牲を払っても。今までの日本を否定し、新しいモノサシですべてを計りなおして。

 その中で湧き上がる、狂信的な宗教的な感情……それのある部分は天皇、愛国心という国家のための精神支配システムに注ぎ。ある部分が、近代の武器も否定する狂ったような反乱になり。ある部分は、堕落を嘆き破滅を確信し。ある部分は、日本という国は素晴らしい、とすさまじい強さで信じ、その信仰を全員に押し付けて理性的な強弱判断を破壊する……

 

 黒船。それはあらゆる、特に異星人との接触・ファーストコンタクトがある宇宙SFと共通するでしょう。

 征服でなかったのは幸運でしたが……それでも日本を席巻したコレラをはじめとする伝染病も含めて。

 これを考えると、黒船の側であるアメリカやイギリス、また別の経緯である中国や韓国は……それこそ中国SF、日本SF、アメリカSFの、深いリズムの違いがそれぞれの歴史的経緯と関係しているかもしれません。

 

 本来ならスーパー系ロボットアニメ、その源流である怪獣ものでも……ですがそれらは、自分たちを変えることなくのりきろうとする傾向が強いです。

 変化を最低限で済ませる、「行きて帰りし物語」、宝を手に入れてもそれを捨てることで道徳的成功を得る話の系譜。

 逆に『三体』では、宇宙に出ただけで人は全体主義、負(ネガ)文明に一瞬で一変してしまいます。

 

 そして日本は近代化……西洋を学び、それでも日本人のキリスト教徒はごく少ない、ある程度入ってくる影響を選別する努力もあったのです。かつて宦官を否定しカナを作ったように。

 それこそ、西洋、その成功者であるイギリス自身も、自分の中から湧き上がってくる「新教」「国家」「科学」「巨大産業」「軍隊」などの異物に恐れおののき、それを必死で消化しようともがき苦しみ、とんでもないミスも連発したのでしょう。

 

 

 それらを考えるとわかるのが、「伝播」「交易」は技術を必要とし、技術が進歩すれば特により多くの物資・軍勢を運ぶことができるようになることです。

 大航海時代を作ったのが、頑丈な船、布の帆、そして羅針盤・火薬・コンパスという中国の三大発明だったように。さらに古代ギリシャから、イスラム世界の科学、インドのゼロなど多くの科学の集大成だったように。

 さらに、伝播によって多くの技術や知恵が集まれば、それは新しい技術も生み出すのです。『繁栄』で技術が交わって子を産むといわれるように。

 活版印刷……ブドウや油を搾るためのネジ。ネジの元はアルキメデスポンプと幾何学。精密に加工するための技術。鉛合金の鋳造。脂を用いるインク。製紙技術。それらの技術が集まり総合されて、はじめて世界が変わったように。

 ほかにも地動説、織機、蒸気機関……あらゆる発明発見は、多くの地で生まれた多くの技術や知識が集まってこそできたものです。

 

 今回は詳しく考えませんでしたが、古代帝国は普遍的に道路・駅伝制度を整備します。

 交通、通信、軍を動かす、統治、さまざまな儀式……それらが複合して、帝国であっても、いくつもの文明が集まる巨大な交易ウェブであっても作り上げられるのです。

 古代ギリシャと中国のように、ギリシャの彫像とインドの仏像に共通点があり、また仏像が中国に伝来し、また中東のガラスが日本の正倉院に収められる、というような間にいくつもの中間をはさむウェブであっても。

 それこそ『ギャラクシーエンジェル』『ヴォルコシガン・サガ』のように、ウェブから切り離されただけでもとんでもないことになります。タスマニアの人々が、大陸から切り離され少人数だったため、昔持っていた技術を失いすさまじい貧困な生活を送っていたように。

 

 

 少し不思議なのが、古代の中国は、東の海の不老不死の薬、西域の汗血馬と仏教に憧れました……不思議とある時期以降は外に何も求めなくなった、そのことです。

 イギリスの使節にうちにはなにもかもある、そちらのものはなにもいらない、と言ったように。

 もしかしたらそれが、古代と中世の違いかもしれません。

 古代ローマ帝国はエトルリアの土木技術、フェニキアのアルファベット、ギリシャの哲学、中東のキリスト教など輸入しまくってできた文明です。

 

 古代の人は上位存在を求める……古代エジプトはほぼ自足しますが。

 ですがある時期から、自分は完全だ、変わらないことが正しい、と思ってしまう。それこそ古代エジプトのように。

 聖典を定め、自分がその完全な解釈者だ、と決めてしまえばそうなるのでしょうか。昔の日本のように、生き戦うのに最小限の技術が小さい範囲でも維持できるようになれば、でしょうか。

 

 人間の多くは、昔に理想郷を想像します。昔の賢人が完全で、昔の神に与えられた書物が完全で、それを解釈する今の権力者が全知だと信じます。

 今こそが、昔の理想郷を正しく再現した理想郷なのだと。

 交易も、ファーストコンタクトも、何もいらない。

 変わりたくない。『三体シリーズ』で地球人が変わりたくないからこそ後ろ向きの選択肢を選んだように。

 あるいは、スペイン……接したすべての他者は、すべての書物を焼き、建物を壊し、美しい物や作物を焼き、踊りや音楽を禁じ、こちらの絶対に正しい宗教を強制する。

 あるいは、中国やソ連の共産党……正しい党の理論に無理に押し込む。

 他者のない世界。疑いのない世界。変化のない世界。

 自分は完全だ。他者は悪であり、できるだけ残忍に拷問虐殺する……

 

 おそらく西洋人にとっての究極の理想は、世界の大半を殺し砂漠にして、自分たちだけが古代ギリシャのスパルタとなる……贅沢を捨て、奴隷を残忍に支配して、徹底的に子を軍事訓練し心に一点の疑いも臆病も私欲も反抗もない勇敢な戦士に育てる、それを永遠に続ける。

 

 ですが、『ヴォルコシガン・サガ』でコーデリアが、人を独房に閉じ込めるのはどの文化でも刑罰になる……残酷なことだというように、他者なしにいるだけでも人は壊れるという形で変わっていく。

 他者のない、残忍に統一された集団……大規模民主主義国の権力者の小集団であっても……それは変化していく。

 独房や、巨大な後宮の奥に閉じ込められた人が、年月で変わっていくように。

 

 さらにそうなった人々は、弱い。自分では強いと思っている、うぬぼれている。自分は道徳的に、ひいては魔術的に完全であり、だから無敵なのだ、と。

 でも現実には違う。より上の技術の前では、スペインに滅ぼされたアステカ・インカ両帝国の運命が待っている……『三体シリーズ』の地球人の運命も。




書くべきことの三分の一も書けていない感じが…ファーストコンタクト、旅行者、スパイ、宗教混交、それぞれ巨大なリストが…


論語を出したところでは「里仁15 夫子の道は忠恕のみ」と「子路19 居処は恭、事を執りて敬、人と与りて忠。夷狄に之くと雖も棄つべからず」「衛霊公6 言忠信、行篤敬なれば、蛮貊の邦と雖も行なわれん」などが混乱していたようです。

また古代日本で駅伝・道路の制度を読んだ覚えがなかったのでなかったと勘違いしていましたが、調べたらある程度はあったような。


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