救い無き者に幸福を (MYON妖夢)
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プロローグ 更識楯無の場合

『IS学園からさほど遠くない場所で未確認のISが観測された』

 

 そう聞いた時は戦慄が走った。敵対者かもしれないし、どこかの国で非公式非公開で製作・改造されているISが突然現れたのかもしれないし、はたまた篠ノ之博士が新しいISを作った可能性すらあった。

 更識の当主として確認、搭乗者との対話。その結果によっては捕縛あるいは破壊する必要すらある。

 いずれの可能性にせよ、気を引き締めて臨む必要があった。

 

 すぐに向かうことになった。上でも相当に迅速な対応を求めているのだから当然だろう。

 今までとは程度が違う異例に、今回IS学園の学園長である『轡木十蔵』が向かうことになった。私はその護衛という役回りだろう。

 観測されたのはIS学園から遠くない位置の路地裏。同じところにISを持つような人間が留まっているとは思い難いけど、手掛かりがそれしかないのだからまずはここを見るしかない。

 着いた。狭いというわけでも、短いというわけでもない路地裏。ここに来るための表に面している路地には人通りは少ない上に路地裏自体にも今は人はまるで見えない。向こうの角を曲がった先がどうかはわからないけど、もし戦闘になったとしても人に見られることはないだろう。

 いつでもISを展開できる心の準備をしつつも歩く。対話の利かない敵対者の可能性がある以上は常に展開していたいところでもあるけど、そうでない場合はISを展開していたら警戒されてしまう。

 

「せめて、情報だけでもあるといいけど……」

 

「しかし、こんなところでわざわざISを展開して存在を誇示する必要が、あったのでしょうか」

 

 学園長が素朴な疑問というように呟く。

 

「わかりません。罠の可能性も十分にあるでしょう」

 

 何か手掛かりや罠があるかもしれないと、足元や壁にも注意を払いながら進む。ISの武装や装甲が破損して転がっている可能性は少なくてもあるし、壁などが明確に傷ついていればその場所で展開された、もしくは何かあったのがわかる。

 騒ぎになっていないことから目撃者がいたとは思えない。向こうも騒ぎになると色々と不味いことが分かっているのだろう。

 角を曲がる。光景はさっきまでとあまり変わらない。変わったものと言えば、人が座り、たたんだ膝に顔を埋めるようにして眠っていることだろう。顔が見えないため本当に眠っているのかわからないけど。

 見た目は一言で言うと、黒。黒い髪に黒いコートのようなものと黒いジーパンを着こんで丸くなっているため、完全に黒だ。

 ISを準待機モードで起動する。直後、思わず学園長の手を引いて真横の通路に飛び込んでしまった。

ISを準待機で起動したことによってハイパーセンサーが発動し、頭に滑り込んできた情報は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()ということだった。そしてすぐに後悔した。これではもし起きていたら盛大に怪しまれてしまうだろう。どの可能性にしろ怪しまれるのは不味いというのに、張り詰めすぎた意識が勝手に身体を横道に投げ出してしまった。咄嗟にISを展開しなかったのだけは不幸中の幸いだろうか。

 学園長に口の動きだけでわかったことを簡単に伝える。彼もそれを聞いて表情をより引き締めたようだった。

 こうなってしまっては仕方がない。ここでしばらく様子を見るしかないだろう。

 

 

 数分経った。未だにあの人物は体勢を変えずに丸くなっている。本当に眠っているのか、私を警戒して動かないのか、どちらかわからない。

 しかしなんでISを、しかも打鉄やラファールなどの量産機ではなく未確認のISを所有している人物がこんなところで眠りこけているのだろうか。

 

「……っ」

 

 思考を巡らせていると、黒い塊が身体を僅かに震わせ、その後顔を上げる。どうやら本当に眠ってたらしい。

 しかし、私はそんなことを考えることはできなかった。感じたのは驚愕というほかない。

 

「ほう……」

 

 ――男。上げた顔は間違いなく男のそれだった。歳は私と変わらないくらいだろうか。本来IS……インフィニット・ストラトス――篠ノ之束博士により開発された宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツであるが、現在製作者の意図とは別に兵器として扱われている所謂パワードスーツ――は、()()()()()()()()()()()()()()()()はず。だから驚いた。

 周りをゆっくりとみる少年の眼は、髪と同じ真っ黒な瞳。右の眼は一房だけ長い髪の奥に隠れているが、風で僅かに両目が露わになる。その眼を見た瞬間、ゾッとした。

 もはやその眼は”黒”ではない。”闇”だ。暗く深い闇。暗部にいる私ですら見たことがない深い、深い色。この男は、危険であると本能が告げている。

 そして私はさらに驚かされることになる。

 

「出てこい」

 

 と、私が隠れている横道を真っ直ぐに見据えて言い放ったから。呼吸が浅くなる。しかし観念して出ていくしかない。彼は私の位置を完全に把握している。

 

「よく、わかったわね」

 

 学園長をその場に残して一人で出る。

 

「害意は、すぐにわかる」

 

 やはり正面から見てもその眼は深く暗く、直視するのが少しだけ、怖いとすら思ってしまう。

 

「この辺りで未確認のISが観測された……貴方よね?」

 

「そう……らしいな」

 

 どうやら会話は成立するようだ。その一点に関していえば、よかったと言うしかないだろう。

 ISに乗れる女性の方が今は社会的に強いという意識が根付き、所謂女尊男卑の社会になった今、女性というだけで敵意を向ける男性は多くはないけど少ないとは決して言えない。しかし表立って見せなくても内心でどうなのかまではまだわからない。

 

「貴方の身柄を拘束します。とりあえず付いて……っ」

 

 最後まで言うことができなかった。拘束、という点までを口にした瞬間少年の右眼の色が変化したのだ。

 鮮やかで、それでいて光のない水色に黒目の部分が滲むように変わり、少年の雰囲気が変わる。

 

「ナノマシン……!?」

 

 考えうる可能性は、右眼にナノマシンを埋め込んでいること。もしそうだとしたら、どこかで実験か何かをされていたのかもしれない。男でISを動かせる人間なのだからその可能性は十分にあるだろう。

 

「拘束して、どうする?」

 

 今彼が纏っている雰囲気は、戦い慣れている人間のそれだ。実戦経験すらあるのかと、久しぶりに驚きっぱなしになる。

 そして、今嘘なんてついたら、恐らく彼にはバレるし、危険だ。

 

「……まずは、ISの情報提供、そして貴方のことを調べるわ。その後ISを解析することになる」

 

「……そうか」

 

 嫌な予感がする。こういう時の勘は当たるものだ。咄嗟に自身の専用機である【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】を展開――ッ!

 少年の姿がその場から消える。次の瞬間目の前にいた。

 

「コイツはやれんな」

 

 どこからともなく取り出された木刀が、咄嗟にクロスしたISのアーム装甲に弾かれ折れてどこかに飛んでいく。

 一つ舌打ちをした彼が右手を前に突き出して開いたかと思うと、その手の中に一振りの赤い両刃の剣が握られる。アレからISの反応を強く感じる。

 

「ISを出したなら、真剣でも構わないな」

 

「部分展開……!」

 

 ISのそれとは少し違う発光の仕方にも思えたが、それしか考えが及ばない。

 他にISは展開されていない。何故、ISを展開しないのか。

 思案するコチラに一切の遠慮もなく斬りかかってくる。剣筋は速く鋭い。本当に戦い慣れている。それも、人と。

 けれどコチラはISだ。四連装ガトリングガン内蔵ランス【蒼流旋】を呼び出して構える。相手は現在あくまで生身。本気でやるわけにはいかない。

 鋭い攻撃をランスで受け流していると、何となく彼のことがわかるような気がする。

 今斬りかかってきてはいるが、彼はきっと悪人じゃない。善人かどうかまではわからないが、(IS)からは、どこか彼に対する悪いものを感じない。むしろ好印象な感覚すら感じる。

 ISのコアは人格を持っていると聞いたことがある。それが本当なのか実際に完全に分かっているわけではないけど、IS同士を通してそれを感じ取れてしまうのは、これがそういうことなのではないかと思ってしまう。

 

「貴方は一体……何者なの」

 

「……さぁな。もう、何者と名乗ればいいのかもわからないような男だよ」

 

 そう言う眼が、どこか悲しそうで、苦しそうで。つい――

 

「貴方……名前は?」

 

 鍔迫り合いの状態だというのに、それに対して少し驚いたようにきょとんとしてみせる仕草は、纏う雰囲気からは予想できないくらい実に歳相応に見えて、思わずクスリとしてしまう。

 

「……欄間、仁だ」

 

 そう言う彼の顔は少しだけバツの悪そうな顔で。

 

「私は、更識楯無」

 

「名乗ってどうする」

 

 表情を元の無表情に戻した彼は剣を引いた。少しだけ興味が出たと言わんばかりに。

 

「欄間仁君。更識の名において君を保護するわ」

 

「さっきと言っていることが変わっているが、実際変わらないな。俺とコイツを管理下に置きたいだけじゃないのか」

 

 違う。と首を横に振って見せる。

 

「俺だって自分の状況くらい分かってる。実験動物扱いはごめんだ」

 

 もう一度、違う。と首を横に振って見せる。

 

「じゃあ、なんなんだ」

 

 少し苛立っているかのようにそう問いてくる。暗すぎる眼とは対照的に、しっかりと感情を見せてくる彼は、やはりどこか歳相応で。

 

「更識の名において、と言ったでしょう? 貴方をIS学園に案内するわ。あそこにいる限りは国家・組織・団体に介入されない。……本当は在学中だけだけど」

 

 また驚いたように目を少しだけ見開く。

 少年にこれ以上戦う気がないのがわかっている。学園長に手招きをして出てきてもらう。

 

「更識くん。どういうつもりかな」

 

「彼は……どこか危うい。放置しておくのは言わずもがな危険で、かと言って引き渡しても何をするかわからない。とくれば生徒会所属として私が責任をもって彼を監視します。……構いませんか?」

 

 慎重に言葉を選ぶ。そう、彼は表向きには監視しなければならない。なにせ男がISを操縦するなんて異例のことであり、さらに右眼にナノマシンを仕込んでいるほどの少年なのだから。学園長は少し考える素振りを見せる。

 その間に少年……欄間仁に向き直る。彼も嫌そうな顔をしているようには見えない。意図は、汲んでくれているようだ。

 

「……大丈夫なのですね?」

 

「この名前に賭けて」

 

「……分かりました。貴女に任せることにしましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 改めて、もう一度向き直る。

 

「なんで俺にそこまでしようとする。アンタの立場が悪化しても知らないぞ」

 

「別に大丈夫よ。だって私は――」

 

 ――生徒会長なのだから。




 はい。次に書いたのはISでした。
 この仁の設定についてはまた後程書かせていただきます。少なくとも今までのお話で書いてた彼とは別物だと現状では思っていただければ結構です。
 2013年当時全盛期で書いてた頃はよくISの二次は読みましたが、現在つい最近初めて原作を買いそろえて8巻まで読んだところです。なので全ての設定を把握できてはいないので、もしおかしい点などありましたらご指摘お願いいたします。
 楯無に関してはいつから生徒会長なのか、ISの改名はいつしたのか、という情報がないためこのような形になりました。
 それでは今作もぜひよろしくお願いいたします。


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プロローグ 転生者・欄間仁の場合 前編

概ね主人公の説明回。と言ってもだいぶ大味になりますしごっちゃとしてしまいそうですけどね。


 また、一つの世界での俺の人生が終わる。

 いつだって終わり方はお世辞にもいいものとは言えないだろう。極力重要な存在と思わしき存在とは関わらないようにしつつ、その世界の大きな流れを壊さないように裏で暗躍するなど、本来ほぼ不可能なことなのだ。

 転生者として世界に生まれ落ちる俺はいつだってその世界での最低限の能力を与えられる。その俺が流れに関わらないなんてことはいつだって難しい。

 けれど、それでも俺は、流れに深く関わり大切な存在を作って、それが失われるのが怖かった。所謂原作というやつの重要な登場人物を、転生者(部外者)として介入することで殺してしまうのが怖かった。本来死ぬことのない存在を友達として絆を結び、その末に自身の予測できない展開で失うのが、怖かった。

 

「神さん。次はどこだ」

 

 人生が終わると白い空間に戻ってきて、目の前にいつもいる老人の姿の『神様』に問う。

 いつだって彼は飄々とした顔で、そう問う俺には決まって同じ言葉を言う。

 

「既に決まっておるよ。能力は向こうで確かめてみるといい」

 

「そうか」

 

 目を瞑り、もはや慣れてきた意識を引っ張られる感覚に身をゆだねる。少しずつ意識は遠のき、全身を浮遊感が包み込む。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

「……変わってしまったのう。眼も、心も……」

 

 少しだけいつもの顔を崩して、神は一人で呟く。

 

「儂にはお前さんを転生させた責任がある……取り戻すまで付き合うとしよう」

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 ゆっくりと目を開ける。場所は恐らくどこかの路地。今回はどうやら15の年齢で転生したらしい。

 頭の中に色々な情報が流れ込んでくる。この世界のこと、そしてこの世界で今まで起こったこと、転生者としての能力。そしてこの【欄間仁】という身体が今までどんな人生を歩んできたか。という情報。

 普通の家庭で生まれ、ある事件で両親を亡くし、両親が遺した遺産で今まで生きてきた。今まで転生してきた中で何度も味わった【設定】だ。それでもこの世界でこの身体を産み落とし、育て、そして亡くなった【両親】や俺に塗り潰された【欄間仁】への敬意は忘れてはいけないことだ。転生者の器として用意されたとはいえこの身体は、俺が乗っ取ったようなものなのだから。

 少しの時間黙祷し、身体の調子を確かめながら世界について整理する。

 

 世界は【インフィニット・ストラトス】……俺はこの世界について詳しいわけじゃない。というかほとんど知らない。話には聞いたことがある程度だろう。

 この世界で今まで起こったことでハイライトするならば、やはりインフィニット・ストラトスことISが一人の天才によって開発され、白騎士事件を経て本来開発者が願ったものとは違う運用方法をされているということか。

 白騎士事件とは、日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発。それらが一斉にハッキングされ、制御不能に陥ったらしい。それが白銀のIS一機によって無力化され、その後各国が送り出した戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を、一人の人命も奪うことなく破壊するという、到底俺が元々いた世界の常識では測れないような事件だ。それによって世界はISに傾いた。

 

「しかし……」

 

 本来ISは女性にしか扱えない。故に女尊男卑といった歪んだ概念もこの世界には生まれている。その世界に男が転生してどうしろというのか。

 軽くため息を一つ吐き、今回の転生による能力を確認する。こちらも情報として脳内には流れ込んできているが、試してみないことには安心しない。

 まずは、元々最初の転生の際の能力。剣の生成。意識すればすぐにどこかの世界では主人公が振るう黒い剣が手の中に僅かな光とともに呼び出される。そのまま肩に引き絞る形で構えると、剣に青い光が淡く纏われる。

 

「ふっ!」

 

 鋭く速く長い突きである《ヴォーパルストライク》が起動する。こちらも最初の転生能力であるソードスキルの使用も問題ない。

 心意(インカーネイト)の使用は確認ができない。というのも生身では負担がかかりすぎるためだ。

 次に、この剣の生成能力が強化されたものとして、いつかの世界ではユニークスキルとして目覚めた【虚像作製(ホロウメイカー)】の能力。その世界では【ソードスキルを見切りコピーする】というものだったが、ソードスキルなんて存在しないこの世界ではどうなるのか。

 

「痛っ……」

 

 意識すると右眼が熱くなり、同時に鈍い痛みが右眼と頭に響く。どうやらこの世界では右眼に【虚像作製】が搭載されているらしい。まだ効果のほどは不明だが、使うと痛みが走りその痛みがじわじわと強くなっていくため、頻発は控えたほうがいいだろう。

 

「こんなもんか……」

 

 最後に、いくつも世界を共に歩いた相棒を呼び出そう。【炎剣レーヴァテイン】。文字通り炎を自在に操ることのできる剣だ。俺は妙にしっくり来たコイツをいつもよく使う。

 しかし、剣の姿でそれが現れることはない。

 

「……うん?」

 

 いくらか視点が高くなったような気がする。いや確実に高い。何やら包まれるような不思議な感覚もある。

 不審に思い視線を下に向けると、所謂装甲というべきものが身体表面に展開されているようだ。首から下はほぼ覆われており、胸や腹部を覆う真っ赤な装甲に半透明な黒い線がいくつも入りアクセントとなっている鎧。腕は自分の掌を開閉するような感覚で、本来の手よりも二回りは大きい掌が開閉する。足の装甲もガッチリと付いており、視点が高くなったのは足の装甲によって地面よりいくらか高い位置に自身の足が設置されているためのようだ。

 そして極めつけ――

 

初期化(フォーマット)完了。最適化(フィッティング)開始……は必要なし』

 

 鎧から声が聞こえる。頭に直接響く声だ。いつかの世界で電子体と化した存在と話した時をほんの僅かに思い出す。

 

『……一次移行(ファーストシフト)完了。ということで』

 

 視界に映し出されるモニターの一つに女性の姿が現れる。梳けば肩ほどまで黒い髪を首のあたりで小さくまとめた大人しそうな和服の女性だ。

 聞いたことのない女性の声は彼女の声だろうか。けれどいつも一緒にいたような気さえする。

 

『おはようございます。仁』

 

「あ、ああ。おはよう」

 

 だから、つい返事をしてしまった。

 

『炎剣レーヴァテイン。改めレーヴァテイン。和名を炎鎧(えんがい)。この世界ではISとして貴方の力になりましょう』

 

「……お前、レーヴァテインなのか」

 

『ええ。やっと、話せますね』

 

 驚きこそしたものの、拒否などしない。これは相棒の新しい姿だとすぐにわかる。だが北欧神話の武器なのに和服というのは果たしてどうなのか。と思うが。

 

『さて』

 

 一つ溜息を吐くようにしてからレーヴァテインが意識の中で息を吸う。

 

『貴方いつもいつも無茶ばかりして! 気が気じゃないんですよ私は!』

 

「おお!?」

 

 突然怒られた。それも自分の剣に。普通の人間よりもいくらか長く生きてきたが流石に予想外だ。モニターの中の女性も非常に今私怒っていますというように見える。

 

『誰かを守るためとはいえいつも死にかけるなんて、言葉が発せないなりに心配でしょうがなかったんですから!』

 

 ああ、そうか。

 彼女がレーヴァテインだというのなら、今まで右手に握り共に戦ってきていたのだから、人格があったにしろなかったにしろ、当時のことを彼女は咎めているのだ。

 

「剣にまで心配されてたのか俺は……」

 

『誰かを守るってことだけは昔から変わらない癖に自分の優先度を下げるのは少しずつ酷くなっていくことを心配しない相棒がいますか!』

 

 思わずISの腕を持ち上げ頭を押さえつつ天を仰いでしまう。おっしゃるとおりである。

 

『だから私が仁を守ります! これからは二人です!』

 

「……ああ。心強いよ」

 

 本心だ。紛れもない本心だ。意思の疎通ができるようになったのは大きいことだし、ましてやこの世界で戦うならまず必須なISだ。しかしこうなると剣を投げつけたりする荒業がやりにくくなってしまうではないか……。と頭を押さえる鉄の指が一本増える。意思のある相棒をどうして投げられようか……。

 

「……おっと」

 

 ふらりと機体ごと身体が傾く。俺が何かする前にすぐに態勢は戻るが大分体力を持っていかれていることに気付く。

 

『……私の武装の説明はまた後日ですね。今は私が展開の際に初期設定を行う兼ね合いで持って行った体力の回復に努めましょう』

 

 呼び出した剣を消す時と同じ感覚でISを非具現化する。

 

『私の待機状態は指輪のようです』

 

 右手の中指に新しい熱を感じる。見ると綺麗な赤い宝石が付いた指輪が中指に収まっていた。

 

『ちなみに、右手中指の指輪には【邪気を払う】という意味があるようです。私が仁に付く邪気を払って幸運をもたらしましょう!』

 

「そんな知識どこで拾ってるんだお前……」

 

 どうやら指輪のままでも意識での会話はできるようだ。今度なぜ和服なのかも聞いておきたいものだ。と思いつつ今度こそ足がかくりと曲がる。低下した体力を戻すには眠るのが一番だろう。幸いここの人通りは限りなく0に近い。

 

『最低限の警戒はしておきます』

 

 その言葉を聞いたのを最後に丸くなって意識を手放した。




 レーヴァテインについては、前作を読んでいない方はまぁ彼の愛剣とだけ思っておいていただければ結構です。前作よりもともに戦った時間が長いのでこんな感じになりましたが。
 楯無さんの方と同じところまで行きたかったけど思いのほか長くなってしまったのでプロローグ欄間仁編は前後編構成になりました。
 敬語ということくらいしかおおまかには決まっていなかったレーヴァテインの性格が書いてるうちにどんどん生えてくるのがなんとなく楽しい。


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プロローグ 転生者・欄間仁の場合 後編

『仁。誰か来たようです』

 

 その声は眠っていた俺をすぐに現実に引き戻した。俺自身が反応できるように浅く眠っていたのもあるし、ISになったことで俺の意識の深層に彼女が踏み込むことができるようになったのかもしれない。

 そう思いつつ、体勢を変えずにレーヴァテインの声を聴く。

 

『男性が一名、女性……というより少女が一名。すぐに隠れたようです』

 

 いつかの世界の念話の要領で、声を出さずに会話する。

 

『隠れた……だが敵意はないみたいだな。このまま様子見か』

 

 俺の動き方はどの世界でも敵を作る。だから敵意や害意、殺意等のそれを感じ取ることができるように訓練した。最低限生き残るために。

 

『どれくらい眠っていた?』

 

『五時間くらいです』

 

 体力は回復した。こんな環境で五時間眠れたのならひとまず十分だろう。

 

『一応いつでも剣になれるようにしておきます』

 

 どうやら彼女は今まで通りの剣の姿にもなれるらしい。どういう理屈かわからないが、彼女本人が言うのだからそうなのだろう。

 

『ISの有無はわかるか?』

 

『いえ、一部分でも私を展開していないとハイパーセンサーが機能を出し切れないようです』

 

 なるほど。確かにこのままだと彼女の眼と言えるものは俺自身と共有するものと、俺の右手中指にしかないのだろうから当然と言える。なにより武装として展開していないと最大のパフォーマンスを発揮できないのは仕方がない。

 

『大丈夫ですか?』

 

『なにがだ?』

 

 少しだけおどけるような声音で。

 

『演技、苦手ですよね』

 

『……そろそろいいだろ』

 

 演技が苦手、それは間違いない。相手の動きも見られないことだし起きるとしよう。

 あたかも今起きたというように身体を一振るいさせて顔を上げる。ゆっくりを周りを見回しても当然眠った時と変わらない。変わったものと言えば……。

 

「出てこい」

 

 顔を起こしてからほんの僅かに感じた害意。それとレーヴァテインが示す場所は同じだ。だからそっちを向いて言い放つ。

 その先から一人の少女が出てくる。外にハネた癖のある水色の髪に、赤く光る眼。恐らく今の俺と大して変わらない程度の歳に見える整った顔つき。そしてその歳には見合わないであろうスタイルの良さ。

 

「よく、わかったわね」

 

「害意は、すぐにわかる」

 

『もう一人は動く様子はありません』

 

 そうか。と心の中で返事をし、目の前の少女を見据える。

 

「この辺りで未確認のISが観測された……貴方よね?」

 

 どうやらこの世界のIS観測は有能なようだ。いつ観測されたのか明確にはわからないが計五時間で嗅ぎつけたのなら充分優秀と言えるだろう。

 

「そう……らしいな」

 

 少女は驚いたような様子も見せずに続ける。

 

「貴方の身柄を拘束します。とりあえず付いて……っ」

 

 その言葉を聞いた瞬間に無意識に右眼が熱くなる。痛みが頭と右眼に走るが今は関係ない。

 今度こそ少女の顔が驚愕に染まる。

 

「ナノマシン……!?」

 

 なにか勘違いしているようだが、今訂正する気もない。

 

「拘束して、どうする?」

 

「……まずは、ISの情報提供、そして貴方のことを調べるわ。その後ISを解析することになる」

 

 少女は平静を保っているように見せている。だがその眼には緊張が走っているし、身体には少し力が入っているように見える。恐らく俺が斬りかかったとしてもすぐに反応するだろう。戦いに慣れているのだろうか。

 

「……そうか」

 

 心意を起動しない程度の速度で少女に接近する。致命傷を負わせるつもりはない。右手に呼び出すのは木刀でいいだろう。

 

「コイツはやれんな」

 

 縦に振り抜いた木刀は折れて遠くに飛んでいく。両手をクロスして受け止めた体勢で少女の目付きが先程までとは違うものに変わっている。

 両手にまとわれているのは彼女の髪と同じ色の装甲。恐らくISだろう。いい勘と反応をしている。

 それを認識した瞬間、右眼から情報が流れ込んでくる。決して少なくない情報量だが、今はかいつまんで頭に情報を並べる。

 

 IS名:第三世代【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)

 武装:四連装ガトリングガン内蔵ランス【蒼流旋】

   :蛇腹剣【ラスティー・ネイル】

   :ナノマシン生成器【アクア・クリスタル】

 

 ISや武器の名前に続き、それらの概要が流れ込んでくる。どうやらナノマシンを利用して水を自在に制御する機体のようだ。どうにも現在はそれを使ってはいないようだが。

 そして右眼に収容された【虚像作製(ホロウメイカー)】の能力はこれで判明した。ISをこの眼で『視る』ことでそのISの名前、搭載された武装、基本的な性能が情報として理解することができるらしい。情報が命の戦闘においてなんという出鱈目な能力だ。代償が現状痛みだけというのもインチキに拍車をかけている。

 さて、情報判断は済んだ。折角相棒と話せるようになったんだ。コイツを渡してやるわけにはいかないし、俺自身も実験動物扱いなんて御免だ。

 舌打ちを一つしながら右手を突き出す。

 

『やるぞ』

 

『はい。待機状態を戦闘時に変更』

 

 右手の中には指輪から変形した赤い剣が現れる。神話の武器にしては装飾控えめだが綺麗な赤の刀身を持ち、そして比較的細身なその身から生まれるとは思い難い重量を持つ、俺好みの炎の剣。

 

「ISを出したなら、真剣でも構わないな」

 

「部分展開……!」

 

 それも少し違う現象だと思うが。まぁ黙っていれば勝手に勘違いするだろう。

 向こうも完全に装甲は展開し終えているISの武装を展開する。螺旋状に水を纏わせた槍、恐らくあれが【蒼流旋】だろう。

 もう遠慮はいらないだろう。と斬りかかる。ソードスキルも心意もなしの純粋な剣術。身体の調子は悪くない。しかししっかりと攻撃は受け止められる。やはりISによる身体強化は俺の素の身体能力程度ならば問題なく付いてくるのだろう。

 いや、違うな。

 

『手加減。されていますね』

 

 わかっている。向こうは俺を拘束したい。実験に使うのならばなるべく無傷でだ。手を抜き俺に致命傷を負わせないようにするのは当然だろう。

 

『そうじゃなくて』

 

 なんだ?と返す。

 

『たぶん彼女本人の意思で、手加減されています』

 

 なるほど。この少女は恐らく戦い慣れている。それに今の目付きは見たことがある。世界の暗い部分を知っている眼だ。そんな中にいてもなお、彼女は優しい、いや、甘いのだろう。

 出来れば俺に極力傷をつけないように連れて行こうとしている。それも命令されたからとかじゃなく自分がそうしたいから、攻撃を防ぐのみの一辺倒なのだろう。剣を向けてくるに相手に対してそれは甘いという他ないだろう。

 ……あとで聞いたが、この時レーヴァテインが相手のISに接触する度にほんの僅かに感情の接続をしていたのだという。それをどうやってか感じ取った少女は俺に対して手を抜いてしまったのだ。と彼女は語る。今の俺には与り知らぬことだ。

 

「貴方は一体……何者なの」

 

 剣と槍をぶつけ鍔迫り合いの状態でそう問われるが、わからない。転生者である俺は世界から見れば部外者だ。ならば俺はこの世界において何者なのか。

 

「……さぁな。もう、何者と名乗ればいいのかもわからないような男だよ」

 

 それを聞いた少女の顔は、どこか憐れむようで、悲しそうで。

 

「貴方……名前は」

 

 少し面食らってしまった。なんで今そんなことを聞くのかわからなかったが、クスリとした少女の様子を見て、つい――

 

「……欄間、仁だ」

 

 これだけは昔から変わらない、自分の名前を素直に言う。笑われたのが気分悪いわけじゃないけれど少しだけ表情が歪む。

 

「私は、更識楯無」

 

「名乗ってどうする」

 

 ぶっきらぼうに言いながら剣を下げる。

 

「欄間仁君。更識の名において君を保護するわ」

 

「さっきと言っていることが変わっているが、実際変わらないな。俺とコイツを管理下に置きたいだけじゃないのか」

 

 違う、と首を横に振られた。

 

「俺だって自分の状況くらい分かってる。実験動物扱いはごめんだ」

 

 もう一度、違う。と首を横に振られる。

 

「じゃあ、なんなんだ」

 

 少しだけイラっと来る。単刀直入に言えばいいものを。

 

「更識の名において、と言ったでしょう? 貴方をIS学園に案内するわ。あそこにいる限りは国家・組織・団体に介入されない。……本当は在学中だけだけど」

 

 驚いた。本当にお人好しだこの少女は。俺のような不審極まりない人物を引き入れることでどんな立場か知らないが自分の立場が揺らぐことを気にしていないといった様子だ。

 

『お人好しで言えば仁も大概でしょう?』

 

 レーヴァテインの軽口も相まって思わず力が抜けてしまう。右眼の熱は変わらないが、剣が指輪の姿に戻ってしまった。というより――

 

『もういいですよね』

 

 これは勝手に彼女が戻ったのだろう。何を勝手なことを、とは思わない。

 もう一人の男が出てくる。向こうで何か話しているようだが聞き取るつもりもない。やがてこちらに少女……更識が向き直る。つい口を開いてしまう。

 

「なんで俺にそこまでしようとする。アンタの立場が悪化しても知らないぞ」

 

「別に大丈夫よ。だって私は――」

 

 ――生徒会長なのだから。と彼女は締めくくった。この世界でIS学園の生徒会長がどのような権限を持つのか知らないが、自信満々というように胸を張って言って見せるのだからかなりのものなのだろう。

 熱の引いた代わりにじわじわと痛む右眼を片手で押さえながら、彼女の案内に従うことにした。

 

「君、いくつ?」

 

「15の中3」

 

「なら丁度いいわね。今は夏休みだから……あと半年後、IS学園に入学しなさい。適正は充分だろうし」

 

 なんで俺がと思わないでもないが、物語としては悪くないのだろう。それにさっき言われたように介入を受けないのは好都合だ。

 

「それまで、どうするんだ」

 

「家族は?」

 

「いない」

 

「そうね……IS学園の寮を一室用意するわ。日中呼び出すとき以外は自由に使って頂戴」

 

「……辺境の部屋でいいぞ。女生徒が多いことに不満を言うつもりはないが面倒になっても困る」

 

 更識は振り返ると当然。というようにはにかんで言う。

 

「君のことが周りに知られるのは入学直前がベストでしょうね。なにせ男性初の操縦者なんて、野次馬に囲まれちゃうわ」

 

「それは勘弁」

 

 そんなに距離はなかった。IS学園の近くで俺は目覚めていたらしい。

 

『いいんですか?』

 

『いいだろ。お前の調整も俺一人でできるかって言ったら微妙だ』

 

 ISの調整なんて当然やったこともない。整備班とかそういうものが必要だろう。

 人のいない学園内を歩いていく。途中でもう一人いた男性――轡木十蔵というIS学園の学園長らしい――とは別れ、そして一室の前で止まる。

 

「ここが?」

 

「そう。生徒会室。君はこれからここで生徒会の一員としてIS学園のために働いてもらうわ」

 

 不満はない。いい待遇には相応の対価が必要だ。この場合は更識が俺を保護するという待遇に対して、生徒会で働くという対価を支払う必要がある。ということだ。

 

「今は誰かいるのか?」

 

「ええ、丁度いるわよ」

 

 そうか。と返す。第一印象とかそういうものは別に気にしていないが、これから働く場所のメンバーなら斬り捨てるような態度は好ましくないだろう。

 

「あまり深く考えなくていいわよ。その眼じゃ少し考えたくらいじゃ印象なんて変わらないでしょう」

 

「なんだと?」

 

『鏡、見てないですもんね仁』

 

 少しだけ癇に障ったが、レーヴァテインの一言ですぐに鎮火してしまう。そんな酷い眼をしているのだろうか俺は。思い当たらない……。

 一つ溜息を吐く。

 

「開けるわよ」

 

 重厚な引き戸は上質なものなのか軋み一つ立てずにゆっくりと開く。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい。生徒会長」

 

 出迎えたのは、如何にも真面目といった様子の眼鏡に三つ編みの少女。

 

「わ~。男の人だ~」

 

 そしてその後ろに真面目そうな人と同じ色の髪を小さいツインにまとめた、仕事ができるというよりものほほんとした雰囲気を醸し出している少女がいた。

 前者は更識と同じ制服、後者はかなりだぼついた私服のようだ。袖から手が出ていない。

 横の更識を見ると、少し頭を押さえている。

 

「本音ちゃん……まだ入学していないとはいえ生徒会にいるなら制服は着て頂戴……」

 

「夏休みだし~」

 

 なんとも気概が削がれる。

 

「とりあえず、紹介するわ。布仏虚ちゃんに、その妹の布仏本音ちゃん。こっちは新しい生徒会のメンバーの欄間仁君よ。来年から入学予定」

 

「……よろしく」

 

「よろしくお願いします。このタイミングということは、例の?」

 

「よろしく~」

 

 虚と呼ばれた方が更識に聞くと、更識は頷いて見せる。

 

「そう、未確認のISの操縦者」

 

「なるほど……」

 

 品定めするようにジーっと見られる。

 

「お~。さっきの報告の人~。来年入学なら同期だよね~。何て呼ぼうかな~」

 

 呼び方を色々呟いているのは本音と呼ばれた方だ。これと同じクラスになったら調子が崩されっぱなしになってしまいそうだ。

 もっとこう、男であるということで一悶着あると思っていたが、意外にもこの布仏姉妹は表面的にはあまり気にしないらしい。

 

「さて、改めて。ようこそ生徒会へ。こき使わせてもらうからね?」

 

そう言うと更識はどこからか取り出した扇子を広げる。扇子には『歓迎』と書かれていた。

 今日は一旦挨拶だけということで、ひとまず寮に案内され、また呼びに来るという更識と別れ部屋の準備をしながらレーヴァテインと一緒に、機体としてのレーヴァテインについて情報をまとめることになった。




 少々長くなってしまいましたね。ちなみに俺は二次小説の一話は4000文字前後が一番読みやすいと思ってます。
 仁視点での導入はこんなところです。次回は彼のスペックとレーヴァテイン(IS)のスペックをまとめたものを設定集の形で書きたいと思います。
 その次からひとまずの本編となります。
 それでは、お気に入り、感想等よろしければ是非お願いいたします。


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転生者・欄間仁とは

今回は設定集的なそれです。


名前:欄間仁

 

年齢:肉体年齢15(転生前17)

 

身長:175㎝

 

転生特典

・【剣の生成能力】

 ・見たことのある剣や知っている剣を自身の身体の一部の位置に呼び出すことができる。この定義は曖昧であるが概ね実際のその武器と同じ性能で呼び出すことができる。後述する【虚像作製】の中に統合された能力。

 

・【ソードスキルの使用】

 ・文字通り、SAOにおけるソードスキルを軒並み使用することができる。だが高速戦闘がメインのIS戦闘では硬直が存在するソードスキルは恐らくあまり使われないだろう。

 

・【心意】

 ・アクセルワールドの心意システムと同じもの

 ・ただし彼の場合は、剣の射程・威力の増強(黒雪姫の奪命撃やクロウの光線槍のようなもの)と、自身の加速(縮地モドキ)以外には基本的に扱うことができないがきわめて強力な能力。

 ・問題点として、生身での使用は自分の体に負担がかかるという点があげられる。特に加速は身体のリミッターを外していたり、足そのものが耐えきれない速度なためそうそう使えるものではない。

 

・【虚像作製(ホロウメイカー)

 ・本来は剣の生成能力が昇華し、SAOの世界にてユニークスキルとして発現した能力。向こうではコピー能力だったり、オリジナルソードスキル制作能力であった。

 ・今作では、現状『視たISの能力、武装、概ねの性能を情報として得ることができる』というトンデモ能力に変わっている。

 ・今作では右眼にこの力がまとめて依存しており、能力の使用時には右眼の黒目部分が水色に変わる。

 ・デメリットとして現状右眼と頭に痛みが走る。その痛みは使用時間に応じて使用する度に悪化していく。本人はもっとやばいデメリットが隠れているんじゃないかと危惧している。

 ・剣の生成が含まれていること以外は作製(笑)な名前と合っていない能力になっているがそれはこれからのお楽しみである。

 

【設定】

 見た目は概ね整った顔をしているが、両眼はハイライトの抜けている真っ暗な闇色であり、ある程度人の感情を読むのが得意な人が見たら大抵怯えることになる。右眼を隠すように髪が一房伸びており、右眼は一応隠れている。本人は一応見えているから別にいいとのこと。

 基本的に『コッチ来んな関わんな』オーラを出しているため寄り付く人は織斑一夏・更識楯無とかその辺のお人好しか、布仏本音のような小動物系くらいだろう。

 生前は剣道をたしなんでいた普通の高校生。子供を助けようとしてトラックに轢かれ(テンプレ)命を落とし、転生する。

 基本的には『自分が仲間と思った存在は自分がどうなろうと全力で守る』という自己満足・偽善の塊のような男であるが、その実自分が大切な存在を失いたくないだけであり、自分のための行動だと言えるだろう。

 仲間・大切な存在に危害を加える相手には基本的に容赦はしないが、楯無との斬り合いの初手木刀からわかるようにどこか甘いところがある。が、ブチ切れたらその限りではない。

 剣術は一応剣道上がりではあるが長い転生で完全に自己流になっている。基本的には二刀流で、構えない脱力した無形の構え。

 精神年齢は果てしなく高いが、基本的に肉体年齢に引っ張られるようでどこか見た目年齢相応の行動・反応を取ることが多い。

 最初の二回はどの仁もまどか☆マギカ→SAOという転生を辿ったことは共通であるが、別の彼と違うこととして、暁美ほむらとは親密(恋仲)にはならなかったということだろう。

 危なっかしい彼(レーヴァテイン談)にとって支えてくれる存在がいなかったことは大きく、レーヴァテイン等一部の気の許せる相手以外にはクールな態度を見せる。

 いつかどこかの世界である種のトラウマを抱えており、以降所謂原作キャラ達への関わりを極力控えている。が、転生する際にその世界に応じた適正を手に入れてしまうため大体絶対関わらないということはできないようだ。

 実は転生を繰り返し、転生者として普通の人間よりも広いはずの記憶域が圧迫されているのか過去の記憶が若干曖昧になってきている。(いつかの世界・どこかの世界という表現があるのはこのため)

 

 

レーヴァテインについて

 

 

炎剣レーヴァテイン

 ・過去に別の世界で入手した炎の剣。元々は北欧神話にて描写の少ないあの剣(はたまた杖、槍、矢、細枝etc...)。

 ・仁本人は何となく使いやすいことと『自分に合う』感じがするという曖昧な理由ではあるがよく使っていた剣。

 ・炎を自在に操ることができる魔法剣のようなもの。

 

レーヴァテイン(IS)

 ISの世界に転生する際にある種の転生特典のようなもので姿を変えた炎の剣。待機状態は指輪(右手中指)。戦闘待機時として剣の姿に戻ることもできるが、IS本体なのは変わらないためIS武装のような強度と威力になっている。危険。

 長く共に在ったため既に仁のことを好いており、それに応じて人格が形成された。

彼女の心配性が姿に現れたのか、展開時は顔以外は全身赤い装甲に覆われる。鎧には一部アクセントのように黒い半透明の線が入っている。PICの制御のための肩や足のスラスター以外にも背中に2対4つのスラスターがついており、フルで吹かすとさながら翼のようになっている。これらのことから展開時はなかなかにゴツイ姿になる。

仁の意識とリンクしている彼女の内情景色は全くの白い空間に青空が広がっており、その中央に、爛々と燃えるような赤の瞳を持ち、肩より少し下程までのセミロングの黒い髪を首の後ろあたりで小さくまとめた、左目側に泣きボクロのある大人しそうな和服の少女の姿で佇んでいる。その実どこかポンコツな一面があったり、全くもって大人しくない性格をしていたりする。なお仁の女性の好みとかそういうものではなく、レーヴァテインが勝手にとった姿である。見た目年齢は18歳ほど。スタイルは歳相応でどこがとは言わないが目立って大きいというわけでも小さいという訳でもない。

Q.なんで和服なんですか?

A.レーヴァ『仁は日本人ですから、折角人の姿を模せるならと私も日本の姿を取ってみたんです』

 基本的に仁至上主義。彼を守るためならば強制的なIS展開や強制パージによる離脱も辞さない。なお仁本人は彼女を守ろうとするため絶妙に噛み合わないことも。

 『声』は普段は仁にしか聞こえない。いつか仁が心を許す存在ができたら『声』を届けるかもしれない。

 現状コアネットワークにつながっていないため、チャネルを開くことができない。代わりに他のISに触れた際に自身の感情をリンクすることで意思を伝えるが言わずもがな使いづらい。

 彼女と仁の相性は言うまでもなく抜群なためIS適性が測定不可能という状況になっている。

 

 

レーヴァテイン(IS)の性能

 

 

IS名:世代不明【レーヴァテイン】

 

和名:【炎鎧(えんがい)

 

単一仕様能力(ワンオフアビリティ)【炎の刻印】

 ・一次移行で既に発動している単一仕様能力。IS本体の装甲から高熱の炎(色は赤)を生み出し、それを自在に操ることができる。

 ・生身の人間が触れたら火傷では済まないが、一応レーヴァテイン本人のさじ加減で弄ることはできる。

 ・装甲から発する関係上発動すると炎が生み出されている間は継続的にシールドエネルギーが減っていく。

 ・生成・操作量に限界はない。

 

武装

【炎剣レーヴァテイン】

 ・本来の彼女の姿と同じ剣。見た目はIS用に大きくなっている。

 ・彼女の意思次第で何本でも搭載できる。

 

 BT兵器【炎の枝(フレイムテイン)

 ・尖ったような形をしたビット。サイズ・形としてはブルー・ティアーズのビットの横幅が大きくなったような形。BT兵器ではあるがイギリスとは無関係である。イギリスからするといい迷惑だ。

 ・搭載数は現状四機であるが、これら全ての操作はレーヴァテインの人格が賄う。

 ・これら一機ずつ全て【炎の刻印】が適応されており、【炎の刻印】との並行使用が前提かのように他の攻撃手段がない。炎を弾丸のように打ち出したり、炎を刃状にして斬りかかることができる。なお当然発動する度に耐久度が減る。

 

 ハンドガン

 ・これだけは量産型の通常のIS武装であるハンドガン。

 ・一応積んでいるが、現状仁は拳銃含め銃の使用経験が全くもってないためまず当たらない。

 ・【炎の刻印】を並行使用することで弾丸を炎に包み込み威力弾速を異常なまでに高めることはできるがやはり当たらない。

 

設定

 装甲は彼女の仁至上主義が適応されたかのように、顔以外は全身装甲になっている。フルフェイスにしたかったというのは彼女談である。装甲の色は基本的に赤で、アクセントに半透明の黒線が至る所に通っている。

 両肩に推進翼、背中肩甲骨の位置に二つの推進翼、そして両足に一つずつの推進ブースターが装備されている。

 首下が全身装甲ということで割とガッチリした見た目をしており、既存のISのそれとは全く異なる造形となっている。

 拡張領域は微妙に残っているが、大部分は【炎剣レーヴァテイン】の無制限召喚に費やされている。増やせるとしても現状ハンドガンの追加くらいなものだろう。

 前述したように突然世界に生まれた機体であることが起因しているのか、コアネットワークにつながっておらず不便である。

 突然現れた機体にあの天災が反応しないわけはないが……それはまた後のお話。




 彼らについてはこんな感じ。よくよく考えてみたらコイツ強すぎる。
 絵が描けたらISの姿描くんだけどなぁ。現在ペンタブ使って練習中です。
 では、お気に入り、感想よろしければよろしくお願いします。
 次回もよろしくお願いします。


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楯無式押し入り問答

「なるほど」

 

 一通りのレーヴァテインの性能は把握した。BT兵器なるビットは彼女が操作を補ってくれるようだし、ひとまずは俺はいつも通り戦うことができそうだ。

 

『いつも通りはいいですが、シールドエネルギーの残量には充分注意してくださいね』

 

 シールドエネルギーがなくなればISは絶対防御という搭乗者の保護機能以外はほとんど機能しなくなる。そうなれば筋力補助も受けられないし、兵器の呼び出しも不可能だ。

 

「わかってる……と言いたいが機能を十全に活かすとなるとシールドエネルギーは自動的に減っていく。シビアなもんだな」

 

『強い力にはいつだって代償がいるのです』

 

 違いない。と返しつつ部屋の準備を一通り終わらせる。どうやらこの位置は寮でも外れの方のようだが、女生徒の行動時間とはなるべく被らないようにしたいものだ。

 別に女子が苦手というわけではないが、女子しかいない場所で男なんぞいようものなら一種のアイドル扱いは免れないだろう。そういうのは苦手だ。

 

「しかし、この右眼も制御できるようにしておかないとな……」

 

 感情が昂った時に勝手に右眼の【虚像作製】が起動してしまうのはいささか不便だ。というか痛みが伴う以上は隙を生む原因にもなる。ある程度の制御は必要になるだろう。

 

『痛みだけで済めばいいんですけど』

 

「これだけの能力だ。それこそ代償がもっとでかいものでもおかしくはないはずなんだけどな」

 

 まぁ今考えても仕方がない。代償が出始めたらそれはその時考えればいい。

 などと考えていると、部屋がノックされる。

 

「更識よ。欄間君いるかしら」

 

 ドアを開けると更識楯無が立っていた。

 

「入れてもらっても?」

 

「さっき用意が済んだところだ。構わない」

 

 不都合があるわけでもない。部屋に招き入れる。

 

「何か用事でも?」

 

 更識はいたって真剣な顔をしている。大方の予想はつくが。

 

「まず、君のことを調べさせてもらったわ」

 

 今の俺は間違いなく不穏分子だ。それを調べるのは不思議じゃないだろう。

 

「学生生活はいたって普通。……両親が亡くなるまでは家庭も普通」

 

 両親のことを言うときに少し申し訳なさそうな顔になるが、俺とは別の俺の両親だ。別に気にしてはいない。

 

「つまるところ俺が何であんな場所にいて、ISを所持しているのかまるで分からない。と言いたいわけだ」

 

 頷きで返される。とはいえ俺自身転生してきたばかりだ。分かることは少ない。

 

「保護という名目ではあるけれど、キミは私達にとっては不審人物。私はキミのことを知っておく必要があるの」

 

 道理だろう。全くわけのわからない人物を保護したいなどと思うような底なしのお人好しでなくてむしろこちらとしては安心する。

 しかし分からないことを聞かれても困るというものだ。

 

「……まず、あの場所にいたことも、ISを手に入れていることについても俺はよくわからない。気付いたらあの状態だった。と言っても信じ難いと思うけどな」

 

「……ここ数日の記憶とかは?」

 

「曖昧にはある」

 

 嘘ではない。俺本人のものとしてのそれではないが、一応記憶は断片的に受け継いでいる。

 更識は少し考えるような素振りを見せる。

 

「……やっぱり分からないか。我ながら厄介なことになっちゃったわね……」

 

「危惧してるのは俺がどこかの国、もしくは組織のスパイであるとかそういうことだろ? 俺が信用できるかどうかはアンタが見て確かめてくれ。俺にはそれしか言えない。」

 

「悪い人には……思えないのよね。そんなに暗い眼をしてるのに精神はまともみたいだし」

 

 ……俺はそんなに暗い眼をしていただろうか。本当に鏡を見てみる必要がありそうだ。

 

「どうかな。表面上は装うなんてのはいくらでもできる。アンタは自分の甘さを自覚しておいた方がいい」

 

 棘のある言い方になってしまう。やはりどこかで人を遠ざけるような言動を取ってしまう。

 

「そういうところ。言い方は悪いけど人のことを案じてる。違う?」

 

 だというのに、何故こうも感情を読まれてしまうのか。つい目を逸らしてしまう。

 

「……さあな。アンタも表舞台の人間じゃないんだろ。それならちゃんと警戒しておくんだな」

 

「ええ。仮に貴方が牙を剥いてもまだISに不慣れな貴方なんて一捻りにしてあげましょう。生徒会長は学園最強なのだから」

 

 何を言ってもこの少女はのらりくらりと躱してしまうのだろう。一つ溜息が漏れてしまう。

 

「取り合えず、貴方はしっかりと私達が見定めてあげる。それとは別に表向きは生徒会のお手伝いさんとして働いてもらうけどね」

 

「分かってる。当面は何をすればいいんだ」

 

「当面はとりあえずISの勉強と資料の整理ってところね。まだISに慣れてないでしょう?」

 

 ISについては転生時の知識しかない。1から勉強できるならそれに越したことはないだろう。何より相棒のことをあまり知らないのはあまり好ましいとは思えない。

 

「ああ。正直ISに関してはド素人だ。一般的なことしか知らない」

 

「まぁ入学までの半年間もあれば十分知識は付けられるはずよ。ISの操作にも慣れておいてもらわないとならないし、時間はあるようでないわ」

 

「裏方の仕事に関わる必要はないのか?」

 

「そもそもキミが現れたのが私の動く案件としては久し振りなの。いくらIS学園とはいえ裏が動く事態はホイホイ起こったらまいっちゃうわ」

 

 ……本当だろうか。俺は人の本質を見るのは得意だが感情を読むのに長けているわけじゃない。

 

「……そうか。何かあったら呼んでくれ。生身での戦闘は常人には負けない。アンタには一応借りを返さないとならないからな」

 

「生徒会長は学園最強と言ったでしょう? キミが出る幕はない」

 

「アンタは甘い。非情になりきれない。そう言う眼をしてる。優しいのはいいことだが、いつか痛い目にあうぞ」

 

 真っ直ぐに更識を見据えて言う。この少女は恐らく甘い。どんな場面でも人をなるべく殺さずに済ませようとするようなそんな人種だろう。

 

「だから、俺を呼べ。アンタみたいに表にいられる人間より、俺みたいなのがやった方がいい」

 

「……必要に応じてね。更識家の当主が手を引くわけにはいかないもの」

 

「アンタみたいなのはいつだって無茶をする。楯無の名のように楯を用意しないよりも、楯は有ったほうがいいものだ」

 

 一つ溜息を吐かれる。

 

「本当に年下なの? 私よりもっと長く生きてるような気がしちゃうわ」

 

 実際長く生きてはいるが、まぁわざわざ言う必要もないだろう。

 

「でも、さっき切りかかってきた人とはまるで別人ね」

 

「コイツを失いたくなかっただけだ」

 

 指輪の姿に変わっているISを見せると、あっ、といったような表情になる。

 

「そういえばそのIS。もしかして人格があるの? さっきそのISからキミへの感情みたいなものを感じたの」

 

 そんなことをしていたのかコイツ(レーヴァテイン)は。

 

「……まぁ隠す必要もないか。確かにコイツには人格がある。今は黙ってるけどな」

 

 驚いた。というように目を丸くする更識。確か篠ノ之束はISの人格について公表しているが、事例がなくて信じられていないんだったか。レーヴァテインが特殊な例なんだろう。

 

「だから、あんなに雰囲気が変わったのね。その子を守るために」

 

『やっぱり仁も優しさも甘さも昔のままですよ』

 

 ニッコリと笑顔を見せる更識と、意識の向こうで満面の笑みのレーヴァテインを見てつい頭を押さえて溜息を吐いてしまう。

 

「俺のことはいいだろ全く……」

 

「安心したよ。私にはやっぱりキミが悪い人には思えない」

 

「一方的に信用するのはいいが、俺がまだただの不穏分子ってことを忘れるなよ」

 

「勿論。じゃ、お邪魔したわね。また呼びに来るわ」

 

 どこか機嫌が良さそうに立ち上がる。あまり人を信用しない方が身のためだというのに。

 

「あ、そうだ」

 

 くるっとこちらに向き直る。

 

「先輩は敬いなさい。後輩君?」

 

「今更か……分かりましたよ更識先輩」

 

 先輩というところを強調して返す。

 

「うん。素直でよろしい」

 

 満足そうに更識は帰っていった。

 

『どこか掴みどころのない人ですね』

 

「ああ。だけどアレは自分を隠してるだけだ」

 

『ええ。きっとどこかで抱え込んでる。そんな感じです』

 

「それなら俺が貸しの分は支えてやるさ。……生徒会長なんて明確な重要人物に関わるのはなるべく避けたいんだが」

 

『無理ですよ。その性格じゃ』

 

 少しだけレーヴァテインの表情が曇ったような気がした。気のせい……ではないはずだが、なぜかはわからない。

 この日のうちに非常に分厚い参考書が届けられた。まとめて送られた扇子には『予習』と書かれていた。普通に紙を使う気はないのか……。




 自分が書きたいように書くと決めて書き出したものの、UA数やお気に入り数を確かめに行ってしまうのは書く側の悲しき性。
 完全な一人称視点で書くのは久し振りでなかなか慣れませんね。
 では、お気に入り、感想等よろしければよろしくお願いします。
 次回もよろしくお願いします。


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生徒会室のある一日

 あれから1か月弱。夏休みも終盤の日。レーヴァテインとの2人1組のような生活にも慣れ、生徒会の仕事ということで資料の整理はいいとしてお茶を淹れる練習をしろだとか、ケーキ買ってこいだとか茶葉買ってこいだとかの雑用含めた仕事をこなしつつ、一通り参考書は読みこんだ。これを全部頭に叩き込んでいるのだからIS学園の生徒は流石という他ない。しかしそれなりの知識をつけると疑問点もいくつか浮かんでくる。

 

「レーヴァ。お前のBT兵器ってどっから出てきたんだ? イギリスの開発専売特許らしいけど」

 

『ISとして姿を変える際に概ね私が思った通りのものです。仁の猪突猛進という他ない戦い方をサポートする為の武装としてBT兵器が選択されたんでしょう』

 

 彼女がそう言うのだからそうなのだろう。しかしそうなると問題点が一つ。

 

「ここIS学園は各国から生徒が集まる。イギリスの生徒にBT兵器を見られたら厄介なことになりそうだな」

 

 見たことも報告すらもされていないISが自分の国の得意としている技術を使っているなど向こうからしたらいい迷惑だろう。

 

『その時はその時です。上手い言い訳を考えてください』

 

「丸投げかお前」

 

 俺が思った以上にこの人格は適当らしい。見た目だけ見れば容姿端麗で真面目な大和撫子。といったそれだというのに実際のところはなかなかに残念なところがあるといった感じ。というのがこの1か月弱で判明した。

 

「しかし、いい加減慣れてきたな」

 

 最近は人と極力関わらずに行動してきたのもあって、なかなか慣れなかったものだが、布仏本音の独特の雰囲気や掴みどころのない更識楯無。それらを補うように真面目な布仏虚との付き合いに随分と慣れてきてしまったらしい。……距離感は掴みかねているが。

 

『悪い人達ではないでしょう。更識さんは本音の部分をなかなか見せてはくれませんが』

 

「それを加味しても恐らく悪い奴じゃない。その証拠に俺は今こうしてのんびりしてるわけだ」

 

 実際に今まで俺に接触してくる組織、国家等は一切なかった。更識含めたIS学園が情報を外に漏らしていないということだろう。当然他の国や組織でも未確認のISは観測できている場所はあっただろうが、ひたすらに秘匿しているということだろう。最初の起動以降俺の存在が掻き消えたということになっているのかもしれない。

 

「そろそろ実戦訓練もしないとならない頃合いにもなるか」

 

『そうですね。しかしそうなると再び私が観測されるということにもなります』

 

「そこだな。ISの操作にも慣れてもらわないとならない。と言ったからには何かしらの用意があるのか。それとも本当にIS学園の規律で知らぬ存ぜぬを通すつもりなのか。どっちにせよ俺には関与できないことか」

 

 俺は基本的に現状この学園のことについてはまだ関わることができない。やることも資料の整理が多いし、資料の覗き見もほとんどしていない。となれば更識が如何に動くかもわからないというものだ。

当然ISの起動もあれ以降行っていない。ひとまずは更識からの許可が出ない限りは無暗な展開は自分の首を絞めるだけ。自分の置かれている状況は把握しているつもりだ。

 

「そろそろか」

 

 現在昼前11時。概ね呼び出される時間は決まっている。というのも現状仕事らしい仕事がないのに起因しているのだろう。布仏本音に関しては涼むために来ているのではないかとすら思うくらいには明確な仕事らしい仕事はない。生徒のいない夏休みだから仕方ないことではあるが。

 携帯が振動する。案の定呼び出しのようだ。準備は最低限の筆記具と一応のIS学園の制服(特例男子用)。生徒会室まで行くのにも人と遭遇しないように神経は使うが、もはや慣れたものだ。すぐに生徒会室には辿り着く。

 

「失礼します。欄間です」

 

 ノックして形式上の挨拶。布仏虚も更識も歳上の先輩である以上は一応必要なものでもある。

 

「はいっていーよー」

 

 気の抜けた返事。布仏本音が返事するということは、現在は彼女しかいないのだろう。どうにも彼女の独特な感じと距離感は掴み辛いのだが……。

 

「やっぱり本音しかいないのか」

 

 布仏。では姉妹の判断がつかないのでこの姉妹に関しては下の名前で呼ぶことにしている。尤も、それで俺から空ける距離が縮まるといったことはないのだが。

 

「そうだよー。たてなっちゃんもお姉ちゃんも今日はまだ他のお仕事ー」

 

 布仏家は代々更識家に仕えているらしい。しかし時々「お嬢様」と口走る布仏虚の方はどうにも更識からはもっと砕けた態度でいてほしいと思われているようだ。本音は逆に砕けすぎだと思わざるを得ないわけだが。

 

「じゃあ呼び出したのもお前か」

 

「暇だし~」

 

 やれやれ。と頭を軽く押さえる。この少女は時々本当によくわからない。俺を呼び出して暇が解消されるというのもよくわからない。稀に彼女一人の時に呼び出され、お互い何をするでもなく時間を過ごすということがある。レーヴァテインも他の人と話しているときは基本黙っているので、何とも言えない空間が出来上がる。

 強いて言うなら彼女は何となく俺をよく見ている気がする。彼女達も欄間仁に付いてのことは知っているはずで、観察監視するのは当然のことだが、それが別に悪い気はしない辺りは彼女の彼女たる所以と言うべきか。

 しかしIS学園の保護される兼ね合いで中学三年を中退という形になった俺と違い彼女はそろそろ中学の夏休みも終わるはずだが、のんびりしていていいのだろうか。とても課題をすぐに終わらせるタイプにも見えない。

 

「ランランはさー」

 

「なんだ?」

 

 ランラン。というのは俺のニックネームらしい。初対面の次の日からこの呼ばれ方をしたのだから彼女の人との打ち解けスキルには驚かされる。

 

「イケメンだよねー。もっと笑えばいいのにー」

 

「なんだそりゃ」

 

「いつも無表情だしー」

 

「悪かったな無表情で」

 

 更識やレーヴァテインに言われ続け、鏡は見たが確かに我ながらとても善人や普通の人とは思えない眼をしていた。言葉にするのは難しいが敵意を振りまくようなそんな眼だった。それと正面から臆せず話すことができる彼女らもやはり普通とは言い難いのかもしれない。

 

「そういえばー」

 

「今度はなんだ」

 

 いそいそとプリント類を机に出している布仏本音を立って眺めながら何となく返事をする。

 

「たっちゃんがねー、なかなかランランのIS訓練用の設備が整えられないって愚痴ってたよー」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 現状秘匿するべきISを訓練させるならそれなりの情報遮断が必要だ。それに教師陣にすら次の入学までは知らせるつもりはないらしいから、学園備え付けのアリーナを使うのも難しい。

 

「予想はしてたが、現状お手上げか」

 

 概ね予想通り。IS学園の教師陣にすら悟られないというのが何よりもハードルが高い。万一の漏洩を警戒してのことだろうが、身動きが取れないのでは結局どうしようもない。

 

「課題課題ー」

 

「暇じゃないじゃないか」

 

 やはり終わってなかったらしい。広げられたプリント類は課題のようだ。唸りながらそれらと対面している彼女を眺める。

 

『あの袖の余った服装は暑くないんでしょうか』

 

 黙ってると思ったらそんなこと考えてたのかコイツ。

 

『時折扇いだりしてるし暑いには暑いんじゃないか。女のファッションについてはよくわからないな』

 

『仁に分からなければ私にもわかりません』

 

『……性別分類的には女のお前はそれでいいのか?』

 

『機会がない以上はいいんです』

 

 さいですか。

 しかし更識も布仏虚もいなければ指示が出ないためすることもない。布仏本音を眺めているのも飽きはしないが。

 

「ランランって今生活どうしてるのー? ご飯とかー」

 

「まさか学園の食堂を使うわけにもいかないからな。更識が配慮したのかわからないが部屋にキッチンと小型の冷蔵庫がある」

 

「自炊かー。家庭的だねー」

 

 一人になって長いから自炊で食いつなぐのが一番効率がいい。大体どの世界でも両親の遺産という形で使える金はある。場合によって両親が死去しているか疎遠になっているかはまちまちだが。

 再び布仏はうーうー唸りながら課題と勝負に入った。必要以上に話すつもりは俺にはないし、向こうから話しかけてこないなら俺は何かをするつもりもない。きっとその方がお互いのためになる。

 

 

 

 そのまま時間が流れる。そこからはいい加減課題を進めないと不味いのか布仏本音も話しかけてくることは減り、俺も座って生徒会室にある届けられたものと同じ参考書を読み直すくらいにはすることはなかった。

 

「んー」

 

 ぐいーと身体を伸ばしている。どうやら一区切りはついたらしい。

 

「そろそろ戻ってくるかなー」

 

「そうか」

 

 更識達のどちらか、もしくは両方が戻ってくる。頃合らしい。席からは立っておくとしよう。

 

「ランランはさー」

 

 首だけ布仏本音に向ける。

 

「今、楽しい?」

 

「――――」

 

 まさか普段あっけらかんとしている彼女から、そう聞かれるとは思わかった。いつものように何となく聞いただけかもしれないが、いつものようなほわっとした笑顔ではなく、優しい柔らかい笑みを浮かべているようにも思える。

 誤魔化す必要はないだろう。きっとどんな返答をしても彼女はいつもの調子に戻るだけだ。

 

「……まだ、わからないな」

 

「そっかー」

 

 予想通り、彼女はいつも通りの雰囲気に戻る。

 

「だが、少なくともしょうがなくいるってわけじゃ、ない」

 

 わからないのも本心。だがこっちも本心だ。決して居心地が悪いとは思っていない。けれどきっと俺がいていいものではない。元々の彼女らに何が起こるかわからないが、これ以上深くかかわるわけには、いかない。

 布仏本音からの返事はもうなかったし、そちらを向くのも止めたから彼女が何を思っているかなんて全く分からないが、一瞬だけ表情が変わったような気がした。




 仁の一定以上深くかかわりたくないというのは当然無理な話です。既に彼女らは仁のことを知っているし、そもそもISを所持している時点で原作への関わりを回避することができないので。
 のほほんさんにはある程度会話をする程度には心を許しているというより、のほほんさんが彼に踏み込むのが上手いといった印象。
 
 では、お気に入りや感想等よろしければお願いします。次回もどうぞよろしくです。


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天才は過去に触れる

 天 災 襲 来


あまりにも突然だった。害意を感じるとかそういうものを一切感じなかった。俺もレーヴァも予測することも出来なければ交戦準備を取ることすらできなかった。

 

「君が突然現れた操縦者ってやつかぁ」

 

 窓が開いているわけでも、玄関の鍵が開いているわけでもなく、起きたらその場にいた。

 

「それでそっちは私の知らない娘っと。本当に全く知らないなぁ」

 

 この人物が規格外であるということなど当然知っている。だが、まさかここで接触してくるとは思わなかった。

 

「篠ノ之……束……!」

 

『いつか来るとは思ってましたが……』

 

「うん、私が天才の束さんだよー」

 

 僅かに薄い紫の髪を腰程まで伸ばし、その頭頂部にはうさ耳カチューシャ、さらに不思議の国のアリスと言えばわかりやすいような独特な服装。間違いなく常人ではない出で立ちという他ないがその実間違いなくこの世界一の天才である、ISの開発者。ISのコアを作れるのは彼女だけであり、ISの開発を行った後政府の監視下に置かれていたが、467個目の最後のコアを製造した後姿を消してしまったという、間違いなくこの世界で一番ヤバい存在。

 今は世界中で身柄や命を狙われる存在のはずだが、普通に接触してきただけでなく俺やレーヴァのことまで知っていると来た。

 

「IS学園から情報が漏れたわけじゃ……ねえよな」

 

 右眼が反応しそうになるのを必死に抑えながら立ち上がる。

 

「君のことを観測するくらい束さんには朝飯前だよ? 本当は寝てる間に調べちゃいたかったんだけどなー」

 

「ふざけんな。誰が調べられてやるか」

 

『仁。最悪の場合展開の準備を』

 

 逃げ場はないがその場で体制を整え、右手に木刀を呼び出す。

 

「へえ、それISは関係ないんだねぇ?」

 

 どこまで知っているんだこのウサギは……。

 

「そう怖い顔しないでほしいな。束さんがちーちゃんやいっくん以外に興味持ったのなんて久しぶりなんだからさ」

 

「……なんの用だ」

 

 布仏本音以上にコイツは訳が分からない。理解しようとしてもまず無理だろう。

 

「君に実際会ってみたかったのが一つ。その娘のことを調べたかったのが一つ。私が知らないISコアなんてないはずなんだから当然だよね。それで最後の一つがねぇ」

 

 ニコニコしながら何を考えているか全くわからない。他の世界でもここまでの人間は見たことがない。

 

「今君が困っていることをどうにかしてあげようと思ったのさ!」

 

「……は?」

 

 思わず気の抜けた声が出てしまった。分からない。本当に分からない。

 

「アレ以来その娘に乗らないのは君がIS学園にいて、なおかつまだ生きてることを知られたくないからでしょ?」

 

「……そうだが」

 

「だからこの束さんが君達の情報を遮断してあげるってことだよ」

 

「アンタに何のメリットが……ああ、コイツのデータの収集ってわけか」

 

 そう言うと笑顔でクルっと回りながらテンション高めに続ける。

 

「そう! 私はその娘のことがわかるし、君は遠慮なくその娘に乗れる! Win-Winってやつだね」

 

 それに、と彼女は続ける。

 

「君は、その娘と話せるんだよね?」

 

 少しだけ表情が真面目になったように見える。彼女にとってそれはきっと大きなことなんだろう。コアには人格があるということを彼女は公表しているが、それは世界中で確認できていないことであり、やはりISは物言わぬ兵器として扱われるからなのか。

 

「……アンタにどうやって知ったかを聞いても野暮だろうな。嘘を吐く必要もないだろう。そうだ、俺はコイツとは話せる」

 

「うんうん」

 

 満足げに頷きながら俺の右手に収まっている待機状態の指輪の姿のレーヴァを見やる。

 

「よかったら声を聞かせてほしいな。君は私の直接の娘じゃなくても、私は全ISの母だからね」

 

 何故か、今だけは、彼女の顔からは天災と呼ばれるようななりは潜められているような気がした。本当にただの母親のような雰囲気。彼女はきっと本当にISのコア人格達を大切に思っているのだろう。いや、もしくは思っていたのかもしれない。その頃の彼女が今目の前にいる篠ノ之束なのだろうか。

 

『……いいのでしょうか』

 

「構わない。レーヴァの好きにしていい」

 

 少しだけ彼女は迷ったように一つ唸る。

 

『……初めまして、篠ノ之束博士』

 

「うん、初めまして。綺麗な声だね。ちゃんと人格も形成されてる。名前は? なんていうの?」

 

 ワクワク。という言葉が一番合うような、少女のような顔と声の弾み方で篠ノ之束はレーヴァと話す。

 

『レーヴァテイン。和名を炎鎧。仁の、相棒です』

 

「レーヴァテイン。北欧神話が原典か。どれどれ」

 

 自身の前の空間にウィンドウを呼び出しいくつか操作をする。すると向こうのウィンドウにこちらからは反転して見えるが、レーヴァテインの内情風景での姿が映し出される。

 

「うん、美人さん! ちゃんと姿も形になってる。ねえ、君は知ってる?」

 

「なんだ」

 

「ISのコア人格と話すことができる人はその娘との相性がいいのはあるんだけど、それ以上にお互いの絆が必要なんだ。だから君みたいにいきなり現れた搭乗者とISが話せるなんてケースはまずないの」

 

「……何が言いたい?」

 

 再び天災スマイルに戻った篠ノ之束が続ける。

 

「その娘はいい相棒を持ったねっていうのと、君はいったい何者なのかなーって、天才の私に分からないことがあるなんて思わなかったよ」

 

「話さないし、調べさせる気もない。分からないことが一つくらいある方が人生楽しいぞ」

 

「それはそうなんだけどね? 探求心は満たしたいのが科学者なんだ」

 

 嫌な予感がした。背筋が凍りつくような嫌な予感。敵意や害意ではない何かわからない変な感じ。

 

「だから、見せてほしいんだ」

 

 姿が掻き消えた。僅かに眼で追い無意識に構えたが既に目の前に現れており――

 

「なっ……がっ!」

 

「いくら君が生身で戦えても、束さんは細胞レベルでオーバースペックだからね。物理はスマートじゃないけど、ちょっとだけ眠っててね」

 

 その言葉を最後に意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 いつもの夢とは違う、俺の今までの全てが映像のように意識に浮かんでは流れていく。そんな夢。

 俺がまだ、転生した世界で積極的に所謂原作キャラと呼ぶべき存在に関わっていた時のことだ。

 

 

 ――こんなはずじゃなかった――

 

 

 その中でも一際強く意識に残る記憶があった。今でも時々夢に見る世界。

 

 

 ――こんな展開、俺は知らない――

 

 

 (転生者)は無力であり、そして世界にとっての部外者であると実感した世界。

 

 

 ――そうか、俺が転生者として介入したから――

 

 

 俺の知らない、本来起こることがないはずの展開で。

 

 

 ――だから、皆、死んだんだ――

 

 

 多くの人が肉塊へと姿を変え、俺はそれに間に合わなかった世界。何度も、その光景を夢で見た。

 記憶が新しく映像として流れていく。そこから流れる映像はどれも、俺は独りでいた。独りで、不穏なものは斬り、本来俺がいなければ必要のないはずのお節介を、まるで自作自演かのように動いた。

 何で転生を繰り返しているのかすらももう覚えてはいない。きっと神の気まぐれなのだ。だから俺は神が止めるというまではきっと続けるのだろう。

 

「なのに、なんで……」

 

 この世界でも、重要人物に関わらないと決めていた。なのに、IS学園生徒会長である更識楯無や、生徒会役員である布仏虚、そしてその妹の本音。彼女らとの関わりを断ち切れずにいる。

 仕方なく残っているわけではない。と布仏本音に言った。本心だ。だからこそいけないのだ。

 

「クソッ……」

 

 全ての記憶の映像が流れ終えた。同時に少しずつ意識が薄くなっていく。夢から覚めようとしている。逆らわずに、意識を浮上させた――

 

 

 

 

 

「……なるほどねぇ」

 

 目を開けると、映るのは天井ではなく篠ノ之束の顔があった。

 

「……これで満足か」

 

 極めて不機嫌に身体を起こす。

 

「うん、満足したよ。君とその娘の絆の要因もわかった」

 

 意識を飛ばす直前までの笑顔はなりを潜めている。いくら彼女が天才でもこの量の記憶を一気に見たとなれば、それなりの負担もあるはずだ。

 

「大変だったんだね」

 

「――――」

 

 思わず目を見開く。この天災が人を労うとは、全くの予想外だった。

 

「大丈夫だよ。君はきっともうそれを捨てちゃいけない」

 

「……なんの話だ」

 

 誤魔化しなんて効かないだろう。摩耗しているとはいえほぼ全てを見られたのだから。

 

「まぁ束さんにはそういうのわっかんないんだけどね~」

 

「おい」

 

 確かにこの天災は基本的に興味のある人間以外にはとことん興味がないといった風だろう。だから人間関係を切り捨てるとか断ち切るとかそういう感情は持ち合わせていないと思っていた。

 何か、思うところがあったのだろうか。

 

「他の世界がないわけじゃない。とは思ってたけど、ここまで沢山あるなんてね。君は面白いなぁ」

 

「見られた俺は極めて面白くないがな」

 

「まぁそう言わないでさ。さて、じゃあお駄賃も貰ったことだし」

 

 そう言うと空中にいくつも投射型ディスプレイが浮かび、それらに対応したキーボードが現れる。

 

「お仕事もしないとね」

 

 両手両足をフルに使ったタイピング。とても俺が真似できるものじゃないだろう。やはりこういう点はしっかりと天才なのだろうと思う。

 僅か数分でディスプレイとキーボードが一組を残して消滅する。

 

「その娘を借りてもいい?」

 

 少し悩んだ。何をされるかわかったものではないが……。

 

「……ああ」

 

「手放しに渡されるよりは好印象だね~っと」

 

 指輪の状態のレーヴァテインを手渡すと、何かの操作をする。

 

「要はこの娘に観測を遮断するための、情報遮断に使えるようなEMPみたいなものをインストールしちゃえばいいのさ。拡張領域も残ってるみたいだしね」

 

 ディスプレイにレーヴァテインの展開時の状態が映し出される。

 

「このBT兵器、武装が何もないんだね。完全に単一仕様能力と合わせて使うためのものって感じなんだ」

 

 物珍しい。というような表情でディスプレイを操作していく。

 

「やっぱりこの娘の独自の武装なだけあって既存のそれには納まらないねえ。丁度いいしこのビットにインストールしちゃうよん」

 

「具体的には、どんなもんなんだ」

 

「よくぞ聞いてくれました! 要はさっき言ったみたいにEMPとかチャフを元にしたナノマシンを散布できるようにするのさ。電磁パルスをそれぞれ発生させるナノマシンを空気中に散布してしまえばこの娘を情報的に観測することはできない。勿論この束さんのお手製だからね。滅多なことじゃ突破されないよ」

 

 なるほど。確かにそれなら観測されることはまずないだろう。だが。

 

「ビットを展開する前の一瞬で観測される可能性があるんじゃないのか?」

 

「インストールするのは確かにビットだけど、ある程度はIS展開時に散布できるようにするよ。勿論君の意思でね」

 

 制御できないでバラまかれる電磁パルスなんて軽く電子兵器だ。周りの電子機器を滅茶苦茶にしてしまう。

 

「散布する範囲や効果も君次第。ちょっと演算が大変だけど君の記憶域なら大丈夫じゃないかな。まぁ基本的にはISに張り付けた形でいいと思うよ」

 

「その一切観測できない場所に"何かがある"ということはわかるんじゃないか?」

 

「天才束さんに抜かりはないよ。勿論観測できない空間なんてちゃんとノーデータで埋めちゃうからね」

 

 何でもありか。と思ったが実際何でもありなのだろう。しかし。

 

「なんで俺にそこまでする?」

 

「言ったでしょ?」

 

 クルンと回り、ニッコリと笑顔で言う。

 

「君は、面白そうだからね。束さんを久し振りに楽しませてほしいな!」

 

 最後のディスプレイも消され、レーヴァテインが手渡される。

 

「保証はしないぞ」

 

「どうかな~?」

 

「まぁ、感謝はしておく。だが覗かれたのはやっぱりいい気分じゃない」

 

「ふふふーん。刺激的だったよん。それじゃ、またね!」

 

 瞬き一つした瞬間には既に姿が消えていた。本当に何でもありだ。まるで最初からいなかったかのように忽然と消えてしまった。

 

「ホント、分からん人だ」

 

『全くです』

 

 二人でため息を一つ吐くのだった。




 この束さんなんか白くね? な回でした。
 ISと話せる人が突然知らないコアとともに現れたら束さんも割と気になるんじゃないかなといった感じでの形でした。
 ええ、ホント書きたいように書いてます。はい。
 ではお気に入り登録、感想等ぜひよろしくお願いします。次回もお楽しみに。


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学園でのお仕事

 お待たせしました。


天災襲来翌日兼夏休み明け2学期初日。どうやって更識達に説明したものかと考えを巡らせはしたが、まともな言い訳が思いつくわけでもない。ありのままに伝えるほうが楽に済むし信用もしやすいだろう。

 

「やれやれだな……」

 

『ですが調子はいいです。どうやらコアネットワークにも繋がったようです。博士から今は繋げない方がいいと言われているので繋げてはいませんが』

 

「そうなのか。まぁ変にキャッチされても困るからな。正式にIS学園に入学してからだろう」

 

 しかしよくよく考えれば酷い目にあった。突然現れたかと思えば物理で眠らされ、過去の記憶(トラウマ)に土足で踏み込んでくるとは。

 それにいくらか狂人らしさは消えていたように思う。篠ノ之束と言えば明確に狂人であるという印象だったのだが。

 

『彼女も仁のおかげで少しだけ希望を見出した。といったところでしょうか。彼女に調整されている時、彼女の生体同期型ISからは確かに光明のようなものを感じました』

 

「希望ねぇ……」

 

『ようやくISのコア人格がたった1人とはいえ認められた。これは彼女にとって自身の娘が認識されたということに近いのでしょう』

 

「俺にはその辺はよくわからん。子を持ったこともなければ誰かと愛し合ったこともないからな」

 

『まともにしてれば整っているしモテるのに』

 

「俺にはそういうのはいいんだよ」

 

 まぁ篠ノ之束が多少なりまともな人格者になるのならそれはきっといいことなのだろう。だが、それが俺の介入によって成るものなら一概にいいこととは言えないのも事実だ。元々の流れを知らない以上は何とも言えないが。

 

「さて、行くか」

 

 いつも通り携帯が振動する。呼び出しの合図だ。

 夏休みも明けた。つまり今まで以上に気を付けて向かう必要ができた。ということだ。一応表向きには更識家の手伝い係ということにはなっているが、見つかって面倒なことには変わりない。女生徒達にはなるべく見つかりたくないものだ。

 

「レーヴァ。なるべく人のいないルートを頼む」

 

『了解。周囲の熱源からルートを絞ります』

 

 レーヴァテインの探知を用いて人のいないルートを通って生徒会室へ向かう。

 

「失礼します。欄間です」

 

「どうぞ。入っていいわよ」

 

 いつもの一種の流れだ。どうやら更識しかいないようだ。

 

「授業はいいんですか?」

 

「今は休み時間。先に何をするか教えておこうと思ってね」

 

 茶葉は切らしていないしケーキも残っている。資料があるかと言えばまだない。となるとすることといえば……。

 

「私がいない間に来る生徒や教師の対応と、どうせ増えるだろう資料の区別整理ね」

 

「わかりました。しかし面倒なことになりそうだ……」

 

 結局生徒や教師と関わることになるのは厄介だが、致し方ない。

 

「ああ、それと――」

 

 篠ノ之束による処置についてを先に更識には話しておく。

 

「……どこから理解していいかわからないわね。セキュリティに問題はなかったはずなのに入り込んできた篠ノ之博士は流石というかなんというか……」

 

 物理で眠らされたことを始め俺のことについては伏せる。必要ないことだ。

 

「でもISを使うことが問題にならなくても結局アリーナは使えないからね。訓練に使える場所はとりあえず探しておくけど、そこであまり大規模なことして騒ぎにはしないように」

 

「わかってますよ」

 

「それじゃ私行ってくるから」

 

 いつもながらどこから取り出しているのかわからない扇子を広げると、留守番と書かれている。

 それを仕舞って出ていく更識を見届けてから椅子に座り込む。

 

『お留守番ですか』

 

「そうだな。注意しては来たが年貢の納め時ってとこか」

 

 いくらか生徒や教師人が訪ねて来るが概ねやり取りは変わらない。

 

「失礼しまーす。えっ、男の人!?」

 

「生徒会長の手伝いをしている者です。制服は生徒会の体裁として借りています」

 

 こんな感じで大体納得されるので、その後その生徒の用事である資料やプリント、写真といったものを受け取ったり、更識や布仏虚への伝言を預かってメモしたりといった具合だ。

 人が来ない間は渡された資料の整理で時間を潰す。

 

「これで人数が多かったら面倒この上なかったな」

 

『慣れない敬語なんて使ってるから疲れるんですよ』

 

「更識の手伝いって立場な以上は仕方がない」

 

『変なところで真面目なんですから』

 

 などと話しながらそろそろ昼飯を摂っておくか。と考えていると、ノックもなしに生徒会室の扉が開く。

 

「ただいま。何かあった?」

 

「いくらか資料やプリントに写真。あと伝言をいくつか」

 

 更識が戻ってきたため報告と伝言を伝える。

 

「しかし一年なのに生徒会長とは面倒なものだな」

 

「敬語のメッキ剥がれてるわよ。他の仕事に比べればそうでもないかな」

 

『やっぱり持ちませんでしたか。むしろ1か月も持ったのが不思議でしたけど』

 

『やかましい』

 

 念話の要領で更識の方に向いたまま口に出さずに突っ込む。

 

「まぁそんな丁寧な感じじゃないのはわかってるけどね」

 

「生徒会以外の誰かがいる時は面目上崩さんさ」

 

「しっかりね、お手伝いさん。ところでお昼は済ませた?」

 

「いや、まだだが」

 

 夏休み中は時間を貰って部屋に戻って適当なものを用意しておくなりその時用意するなりで昼飯を賄っていた。食堂に入るわけにもいかないため、部屋に用意されている設備を有効利用するのが効率がいい。

 休みも明け、生徒の通行量も増えた以上寮に戻るのも少々面倒であるため今回は適当に弁当を用意して生徒会室に持ってきている。

 

「たまには一緒に食べる?」

 

「なんの気まぐれだ」

 

「生徒会長の座は他の生徒から狙われるものなのよ。ボディーガードが欲しいわね?」

 

 いつものように冗談めかしてそういうが、そもそも専用機を持っている以上滅多に負けないだろう。

 

「必要ないくせによく言うものだ。アンタに現状この学園で勝てる生徒がいないからアンタは生徒会長なんだろう」

 

「たまにはいいじゃない。見定めろって言ったのは君自身よ?」

 

「それは……そうだが」

 

 それを言われると弱い。実際俺は彼女やその周りにとって危険物ではないということを見定めてもらわねばならない立場だ。審査に落ちれば彼女自ら排除にかかるだろう。それでやりあったら勝っても負けても後味が悪い。

 

「……まあいい。学園での時間を俺に割こうなんて奇特な奴め」

 

「奇特じゃなければ今君はここにいないわよ」

 

「その通りだよ……とはいっても俺はここから出ると面倒だしここで食うつもりだが」

 

 構わない、と帰って来たので遠慮なく包みを机に広げて座る。 

 

「あら家庭的」

 

 心底意外といったような表情で呟かれる。

 

「一人が長ければある程度はできるようになるものだ」

 

「まぁ……そっか」

 

「俺からすればアンタがそういうの出来るほうが何となく意外だけどな」

 

 更識の方はと言えばこちらもしっかりと用意してきているようだ。適当そうな言動に比べて内面はしっかりお嬢様らしい。

 

「更識の女は多芸でないとならないのよ」

 

「面倒なものだなお嬢様ってのも」

 

 昼飯を摂り始めるが特に話すことがあるわけでもない。別にこれなら結局同席した意味があるかといったらないだろう。

 

『意外でしたね』

 

『なんだ』

 

『やけにあっさり引き下がったなーと。仁、少し丸くなりました?』

 

 一瞬眉にしわが寄るのを感じた。

 

『……そうだな。これからは注意する』

 

『いえ、私はいいことだと思いますよ』

 

『……』

 

 思考の向こうで広がる彼女の心象風景の中で彼女は愁いを帯びた表情で言う。

 

『アレからずっと苦しんできたんです。自分にもっと優しくしてもいいじゃないですか』

 

『自分に優しくとか、そういうことじゃないんだよ』

 

 いくら彼女(相棒)の言でも簡単には変えられるものじゃない。

 

『元々の流れを知らないなら、もう何が起こるかもわからないじゃないですか。何が起こったって仁のせいじゃありません』

 

 確かにそうかもしれないが、そうでもない。

 

『この世界の人間じゃない俺は、これでいいんだよ』

 

『……それなら、なんで転生を続けるんですか?』

 

 それは、俺には返せない質問だ。

 

『辞めたい。と言えばきっともう眠れるはずなのに、なんででしょう』

 

「なにか考え事?」

 

 その言葉で意識を現実に引き戻す。更識がこちらを見ていた。

 

「なんでもない。食ってるときに喋ることがないだけだ」

 

「そう? 悩み事ならお姉さんに言ってみてもいいのよ?」

 

「悩みがあったとしてもアンタには言わん」

 

「えー何よそれ」

 

 今はレーヴァの問いに答えることはできない。何故転生を続けるか、なんてものは答えを見つけていない。しかし辞めたいと言っていないのも確かだ。まだ生きていたいとでも思っているのだろうか。

 

「……同席した意味はあったのか?」

 

「どうかしら。まあたまには人と食べるのもいいでしょう?」

 

「さてな。お互いほんの気まぐれに過ぎないだろう」

 

 いずれ見つけていくとしよう。どうせまだ時間はあるんだから。

 

「あら珍しい」

 

「虚ちゃんじゃない。お昼は済ませた?」

 

「はい。一息つこうかと。珍しいものも見られましたし来てよかったですよ」

 

 ニッコリとこちらを見て言われるが、敢えて顔を逸らす。

 

「この人の気まぐれですよ。俺は付き合ってるだけ。会話もほぼなし」

 

「わかってますとも。いつか会話も弾むようになりますよ」

 

「そうそう同じような気まぐれなんて起きませんよ」

 

「私は別にいいのよ?」

 

「変な噂でも立ったら俺が面倒だ」

 

 それに生徒会長が昼飯に男と同席しているだなんて知れたら彼女だって迷惑だろうに。

 

「ほら食い終わったなら資料の整理でも手伝ってくれ。資料の内容なんぞ俺はほとんど理解できん。それと虚さんに伝言がいくつか」

 

 大まかに関連のありそうな資料はそれぞれまとめてあるが、IS学園に直接かかわっているわけではない俺が全ての内容を理解できるはずもなく、一部の資料は机の上に積んだままだ。

 

「虚さんは……仕事が早いな」

 

 伝言を伝えた後は俺が何かを言うよりも前に既に資料に目を通し始めている。俺がまとめたものを一束と、積んである資料の中から自分の担当資料を抜き出してまとめているようだ。

 

「まったく、お昼休みくらいゆっくりしたいものね」

 

「これから数日はその願いは捨てて置け。夏休み明けなんてどうせ仕事は増えるものだ」

 

「年下君に言われるまでもなくわかっているわよ」

 

 愚痴りはするものの更識もしっかりと仕事はするようだ。とはいえ昼休みは長いというわけでもない。ある程度の仕事の途中で教室に戻るらしい。その短い時間で自分の資料をまとめ終えて一足先に戻っている布仏虚は流石の真面目系というべきだろうか。

 午後も特にやることは変わらず授業の合間に来る生徒の対応と、時間を問わずに来る教師陣の対応だ。

 やはりというかなんというか、女尊男卑の思考は決して少なくはない。俺が生徒会長の手伝いをしていると言えば露骨に嫌な顔をされることも一度や二度ではないし、顔すら合わせるのが嫌だといった具合に顔を背けたまま資料を押し付けられてすぐに飛び出していくということも少なくはない。

 

「……くだらんな」

 

 IS適性がある生徒しかほぼいない学園であるからある程度は仕方ないだろう。どこまで行っても男性はISの操縦はできないため彼女達にとっては自分よりも劣った存在として見ているのだろう。気に入らないがこの世界ではそれが常識なのだから仕方ない。しかしそれは篠ノ之束にとっては望んだことではなかったのではないだろうか。

 

『現状の女尊男卑という考えは間違いなく彼女の望みではありません。あくまで副産物に過ぎないでしょう』

 

 だろうな。と思う。彼女は紛れもない天才だ。考えなしに女性しか乗れないように作り、さらにはそれを公開などしないだろう。

 

「まぁ、天災の考えなんぞ凡人にはわからんか」

 

 いくらか考え事をしていると、今日何度目か数えるのも止めた生徒会室の扉をノックする音が聞こえる。時間は……授業の合間くらいか。

 

「どうぞ」

 

「失礼する。教務から資料だ……っ!」

 

 空気がいくらか重くなったような錯覚に陥る。明確に警戒されているし、俺も相手を警戒している。

 

「資料はこちらに。生徒会長に後程回しておきます」

 

 重い空気を感じていないかのように振舞いながら相手を見る。見覚えのある人間だ。

 

「……ああ。頼んだぞ」

 

 元日本代表IS操縦者にして初代世界最強(ブリュンヒルデ)。第1回IS世界大会《モンド・グロッソ》で優勝しその称号をその手に収めたが、第2回大会の決勝戦を前に大会を棄権。以後IS操縦者を引退した、恐らく篠ノ之束と同等レベルの有名人。織斑千冬その人だ。

 まさかこんなところで教鞭をふるっていたとは思わなかったが、この人以上の適任もいないだろう。

 

「ええ、確かに受け取りました」

 

 一挙手一投足全てを見られている。だがそれは俺も同じことだ。互いに互いを警戒している。彼女の動きには無駄がない。確実に超一級の武人といった立ち振る舞いだ。

 

『恐らく仁の動きからただの使用人ではないと見抜いています』

 

『だろうな』

 

「では、失礼する」

 

 退出する時すらまるで隙を見せない動きだ。尤も別に襲い掛かるつもりも欠片もないし、恐らく俺は彼女と生身でやり合っても勝てないだろうとすぐにわかる。それだけの規格外だ。

 

「やれやれだな……」

 

 これからここで働くのにいくらかの不安を抱えながら残りの時間、放課後になり更識達が戻ってくるまで一般生徒や教師と同じような応対を繰り返した。




 なんか最近いつも思っている4000文字と少しが丁度いいという自分の考えに対して本文が長くなる現象が発生しております。
 書いてると思ったより彼がまともになってしまったり、レーヴァが思いのほか心配性になってしまったりして少し悩みの種だったりしますがさて。
 それではお気に入り登録、感想等お待ちしております。次回もよろしくお願いします。


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相棒の心

 執筆ペースが落ちてきて危機感を感じる今日この頃です。


『お昼は変なこと言ってすみません』

 

 昼以降すっかり黙り込んでいた彼女(レーヴァ)が再度口を開いたのは寮の自室に戻ってからだった。

 

「気にしちゃいないが……お前には思ってた以上に心配されていたんだな」

 

『それはもう。一番傍にいたのはいつだって私ですから』

 

「ああ。お前がこうして話してくれるだけでも今までよりずっといい」

 

 誰かに心配をかけようとして今までのやり方をしていたわけではないが、彼女は随分と心配性な人格が芽生えてしまっているらしい。

 

「だけど悪いな。俺はまだお前の質問に答えられない」

 

『ええ。分かっています』

 

 彼女は答えを知っているのだろうか。いや、誰よりも近くで俺のことを見てきた彼女ならばきっと知っているのだろう。それを俺に言わないということは、俺自身が見つけないといけないことなのだろう。

 

「元々の流れを知らないなら俺のせいじゃない……か」

 

 俺はこの世界について、この世界に住む一般人程度の知識と、ISの専門的な知識の中でも基礎しかしらない。転生者である俺が所謂原作というものを知らない以上は、この世界でこれから何が起こるかなんて知っているものはいないのだ。

 

『私達がいることで変わったことすら仁は気付くことができないのなら気にしすぎることはない筈です』

 

 そう簡単に割り切れたら楽なんだろう。

 

『むしろ元々の流れよりも上手くいくことだってあるかもしれません。仁はもう思い出せないかもしれませんが、そんな時だっていくつかありました』

 

「……そんなこともあったかもな」

 

 しかしトラウマというものは人生でよかったことよりも記憶に残るものだ。人間はいいことよりも悪いことが記憶に残りやすい生き物なのだ。

 確かに全てを知ったらあの時の一回で気を病みすぎと思うものもいるのかもしれない。だがその一回で何人もの人の全てを奪ったのだから、気にしすぎなんてことはありえない。

 

「仲間を守る……か」

 

 手の中に解明者(エリュシデーション)の意味を持つ黒い剣を呼び出し、何の意味もなく眺める。いつかどこかの世界で本来の使用者が振るっていた剣だが、その少年の顔ももう殆ど思い出せない。

 ずっと思ってきた。仲間を守りたいと。高校生で命を落とした人間が思うには不相応な願い。だが、それならば『仲間』とはなんだ? 『守る』とはなんだ? わからない。昔はわかっていたのかも知れないが。少なくともレーヴァテインは俺にとっては『仲間』だということはわかる。

 

「随分と色々、忘れたものだ」

 

 思い出せれば何かわかるかもしれない。昔の俺が何を思って転生を始めたのか、きっと今の俺よりは人間らしい俺だったのだろう――

 

 

 

 

 

 ――― SIDE レーヴァテイン ―――

 

『お昼は変なこと言ってすみません』

 

 ()につい言ってしまったお昼の発言を今更になって謝ることにしました。でも、遅かれ早かれ言わなければならないことだったとも思います。

 

「気にしちゃいないが……お前には思ってた以上に心配されていたんだな」

 

『それはもう。一番傍にいたのはいつだって私ですから』

 

「ああ。お前がこうして話してくれるだけでも今までよりずっといい」

 

 とても嬉しい。彼にとって私は気を許すに足る存在になれていたのです。

 私が彼の手に収まる前の世界のことは知りません。けどそれ以降はいつでも彼のすぐ近くで彼を見てきたのは間違いなく私です。自我が芽生えたのはこの世界ですが、記憶も記録も全て私は覚えています。元々は物言わぬ道具だったのだから記憶域に制限もありませんでしたから。私は彼のことを一つとして忘れることはないのです。こればかりは人間でないことに感謝です。

 

「だけど悪いな。俺はまだお前の質問に答えられない」

 

『ええ。分かっています』

 

 そう、分かっています。彼はまだ昔の自分を思い出していない。私は出会ってからの全てを覚えているから彼に伝えることだってできます。だけどそれは駄目です。これは彼自身が思い出さないといけないことだと思うから。誰かに教えてもらっても彼はきっと後付けの知識としてしまいこんで、今の彼のままでいてしまうのでしょう。それでは駄目だからぐっと抑え込む。

 以前の彼は『協力する』ということを知っていました。仲間たちと協力し、その上でその仲間達を失わないように死力を尽くす。その過程で自分が危険に曝されても構わないという点は今と変わらないけどそれは他の仲間達がカバーしてくれていた。だけど今の彼は『仲間』についてももう以前の認識とは違い、自分は独りで関わろうともせずに一方的に守ろうとします。

「元々の流れを知らないなら俺のせいじゃない……か」

 

 そんな世界もいくつか今までありました。彼はその世界について殆ど知らないのに起こってしまった不幸な出来事を全て自分のせいだと思い込み自分を苦しめる。

 

『私達がいることで変わったことすら仁は気付くことができないのなら気にしすぎることはない筈です』

 

 今の彼にはきっとこれは割り切れることではないのでしょう。

 

『むしろ元々の流れよりも上手くいくことだってあるかもしれません。仁はもう思い出せないかもしれませんが、そんな時だっていくつかありました』

 

「……そんなこともあったかもな」

 

 私は覚えています。彼が以前の彼であった頃に救われた人が沢山いたことを。

 

「仲間を守る……か」

 

 彼は仲間のためなら自分をいくらでも犠牲にします。かといって命を失うことや傷つくことが怖くないわけではなく、傷つけば痛いし死ぬのは怖いという感情は失っていません。彼にとっては自分が死ぬことより他の仲間が傷つくことの方が怖いのです。

 これは私の勝手な推測ですが、その思いの根底にあるのはきっと『使命感』なのでしょう。転生者として第二第三を遥かに超える数の生を受けた彼は、()()()()()()()()()()()()()()()で、ある種の強迫観念に囚われているのでしょう。守らなければいけないと、例えそれが自分を蔑ろにするとしても。

 

「随分と色々、忘れたものだ」

 

 私も彼が何を思って最初の転生に踏み切ったのかはわからない。けど彼が自分を大事にしないのなら私が剣として、そして盾として彼を守りたいと、そう思うのです。

 私は彼の相棒であり、一番の理解者なのですから。

 

『む……』

 

 どうやら眠ってしまったようです。呼び出していた黒い剣も消滅。今日は慣れないことをして疲れていたのでしょうか。視覚や聴覚を彼と共有している私は、コアネットワークを遮断しているため、彼が眠ると得られる情報は指輪の姿で彼の指からの視点での全方位と、彼の聴覚から得られる情報。そして待機状態による微弱なハイパーセンサーによる情報のみになります。見えるものも特に変わりません。要は暇です。特にすることもないので彼の寝顔を見るのはひそかなマイブームです。

 眠る(休止状態)というのも一つの選択肢ではありますが、普段ピリピリとしていて滅多な事では人前で眠ることなどない彼の無防備な寝顔などほぼ私にのみ許された言わば相棒の特権。寝相がいい彼は右手が動かない以上光景が変わることはないのは勿体ないですけど。

 精神年齢よりも肉体年齢に引っ張られる精神特有の、眠っている時に彼が見せる安らかな顔はとても起きている時にはみられるものではありません。苦痛に顔を歪めることもあれば悲しそうな顔になることもありますが、眠っている時くらいはもっと楽にしていて欲しいものです。

 

『今までよりずっといい。ですか』

 

 意識していった言葉ではないのでしょう。けどこの言葉はそのままの言葉の意味以上に深いものが込められています。

 彼も一人で今のやり方を続けることよりも誰かがいたほうがいいことに気付いているのです。人間とは一人で生きていくことができる存在ではないと言います。彼もどこかでちゃんとわかっていた。彼が気を許せる存在に私がなることができていたこと以上に、それが私は嬉しかった。まだ彼は忘れ切っていない。それならば思い出すことも可能なはずなのですから。

 私は人間として彼の隣で支えることができない。話し相手になり彼の心の孤独を和らげることが精々です。だから更識楯無さんや、布仏姉妹には是非とも彼を支えて欲しいと思っています。まだ彼がそれを必要としていないことも、必要にしようともしないことも当然分かっています。

 

『でも……久しぶりなんです。本当に、久しぶり』

 

 そう、久しぶりなんです。彼が誰かと関わりを持つのは。なし崩し的な形で、この先動くための保護を受けるために仕方なく関わったのだとしても、それでも彼が久し振りに誰かと関わった。それによって彼はまた別の世界ではもっと注意を払って動くつもりのはず。だからこの世界が最後のチャンスになるかもしれないのです。

 私から彼女たちに話しかけることはまだできない。仁が彼女達をまだ信用しきっていないから。実体の人の姿を持たないから私には祈ることしかできないのがとても歯がゆくて、悔しい。

 いつかまた、仁の眼に光が灯ることを、彼の周りに仲間達が集って共に戦う姿を、そしてそれを彼自身が拒絶しない未来を祈って、私は目を閉じ(休止状態に移行し)た。




 今回はレーヴァテイン視点多めとなりました。正直主人公より書きやすいですこの子。
 最近ISジャンルの二次をよく読んでいますが、読んでて執筆意欲が溢れる作品もありますが、良作すぎて心が折れる的な意味で執筆意欲が消し飛ぶ作品もありますね。昔より明確に作品のレベルが高くなっていてなかなか追いつけそうにありません。
 勝手に得意だと思っている戦闘描写をまだ一切書けていないのが何とも自分個人としては厳しいものがありますが、まだまだ頑張って書いていきたいと思います。
 ではお気に入り、感想等お待ちしております。次回もよろしくお願いします。


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”わからない"

 話がなかなか進まない件。そして少しずつ投稿ペースが下がっている件。


「ん……寝てたか」

 

慣れない仕事に存外体力を削られていたらしい。ふと時計を見てみれば既に22時を回っている。変な時間に目を覚ましてしまったものだ。

 

「レーヴァ……も寝てるのか」

 

彼女が言うには睡眠というよりは休止状態らしいため、呼べば起きるだろうが折角を休んでいるのを起こすのも忍びない。

いっそもう一度俺も寝てしまおうかとも思ったが眠気は殆ど覚めてしまった。取り敢えず軽い空腹感をどうにかするため軽いものを腹に入れることにした。

腕を動かす時に必然的に指輪状態の彼女も揺れることになるが、それでも起きないらしいので遠慮なく食事の用意をする。寝起きで凝ったものを作る気にはなれないので本当に軽いものにはなるが。

 

「さて」

 

二枚焼いたトーストを平らげ、木刀を一本呼び出して部屋を出る。元々寮の中でもとびきりの辺地の俺の部屋近くならこれくらいの時間は外で何かをしている生徒はそういないだろう。

時間こそズレてしまったが剣を振る鍛錬は欠かさない。朝でもいいが個人的には夜の方が好きだ。明るいよりは暗い方が人目にもつきづらいだろう。

部屋を出て少し離れた位置で型の存在しない脱力した体制。右手に握った木刀をだらりと下げた俺なりの無形の構えを取る。数えるのも億劫になるくらい戦った中で、自然と固まった型だ。

 

「ふう……」

 

 一つ息を吐き、まずは右切り上げ、そのまま同じコースを逆袈裟(相手右肩から斜め)に振り抜きながら身体を勢いのままに回して再び逆袈裟に斬り抜く。振り抜いた位置の右腰付近に引き寄せ、一瞬の溜めの後に突き出す。そこから仮想敵の腹を水平に切り裂くように右薙ぎ。腕が伸び切った位置で跳ね上げるように左切り上げから、両手に握りしめ仮想敵の左肩を斬り落とすつもりでの唐竹(垂直切り)

 

『精が出ますね』

 

「起きたか。朝まで寝ててもよかったんだぞ」

 

『まさか。ダメージを負っていなければ本来休止は必要ありませんから』

 

 もう少し人間らしくしてもいいのに。と思いつつ今度は左手にもう一本の木刀を握り込む。

 

『ここからは二刀流ですか』

 

「ああ。それに体術もな」

 

 脱力した無形から初手で速く放てるのは垂直切り上げに左右切り上げか左右薙ぎ、もしくは刺突だろう。ある程度戦える奴ならそれは読まれやすい点でもある。そこで体術の出番と言うわけだ。

 剣を持っている相手が初手で蹴りを放ってくるというのは決して多いケースではないだろう。相手の意表を突くのだから剣での攻撃ほど速い必要もない。勿論反応対応されることも予想されるためすぐに他の行動でカバーを取れるようにするのも重要だ。

 

「ふっ……」

 

 初手は真っ直ぐ突き出す形の右足での蹴り。それを向かって左に避けると仮定して左手の剣の柄頭を殴りつけるように振り抜き、突き出した右足で地面を踏み締めそれを軸足にして右回転から右の剣を回転の勢いのまま薙ぎ払う。左の剣で隙を消すように左薙ぎから右の剣での刺突、左の剣で右薙ぎ、一瞬跳躍して左右の順で蹴りから逆手に持ち替えた右の剣で殴りつけるように切りつけ、着地と同時に首を斬り落とすように右の剣を手前に引き寄せつつ左の剣で心臓狙いの刺突。

 

「まだソードスキル無しだとこんなものか……」

 

『木刀の軽さだと感覚がズレるのは仕方ありませんね。まさか真剣をこんなところで振るう訳にもいきませんし』

 

「それに打ち合いでの想定もまだ甘い。仮想敵が文字通りの仮想だから多少は仕方ないが……」

 

『ISでの高速戦闘ではソードスキルの硬直が致命的になる以上は自身の腕を磨くしかありませんけど、ままならないものですね』

 

「IS戦闘の訓練はまた勝手が違うとは思うが、生身で戦えて損はないからな。IS相手に生身で戦えるとは思わないが、コアの数は限られている以上生身の人間と戦う機会もあるだろう」

 

 もう一度脱力して木刀二本を順手に構える。いつも鍛錬で狙うのは仮想敵の無効化もしくは殺害。今度は仮想的に動きを持たせる。そのために先程までよりも強く意識を集中させる。朧げな黒いシルエットが夜の闇の中に象られる。意識するのは俺自身の動きだ。

 先手は相手。同じ構えからの突きを最低限の動きで身体を逸らして避ける。右半身を引いたことで左半身が前に出、そのまま左足で蹴りを放つ。これを右剣の腹で受けた相手は左剣で逆袈裟切り、左足を着地させると同時に右剣での袈裟切りで迎え打つ。そのまま鍔迫り合いに移行するが当然お互いそのまま膠着するはずもない。

 残った一本の剣を同時に薙ぐ。こちらもぶつかり合うが今度は弾き合い、逆手に持ち替えて袈裟に切り抜く。これを仮想敵は鍔迫り合いを思い切り弾き、バックステップで躱す。

 距離が大きく空き、息を大きく吐く。

 

「ふう……やっぱり埒が明かないな」

 

『当然ですが自分同時の戦いじゃ勝負はつきませんね。特に仁は相手の設定レベルが高いですから』

 

「まぁいつものことだな」

 

 仮想敵を動かす時は集中力が一気に持っていかれるため一度休憩を入れることにする。一度部屋に入りペットボトルの水を取り出し、外に出て少しずつ飲み下す。動かして火照った体に一気に染み渡る。

 

『仮想敵での鍛錬ではやっぱり限界がありますね』

 

「ああ。だが仕方ない。鍛錬相手を用意できるわけでもないからな」

 

 水を半分ほどまで飲んだところで一度置き、立ち上がる。

 

「やれることをやって、少しずつ積み重ねるしかないさ」

 

 今度は腰に鞘を二つ呼び出す。木刀のサイズに合ったそれに木刀を一度二本とも納め、左右の腰に下げる。

 

『居合ですか』

 

「ああ。抜く動作こそあり柄を握った瞬間にコースがわかりやすいという弱点はあるが、代わりに速く鋭く重い一撃。それに居合のソードスキルもいくらかある」

 

 他のソードスキルでのスキルコネクトによるカバーは必須になるが、初手の片手での一撃ならば硬直は問題ない。リスクは高いがそれに見合う効果も期待できる。あまりソードスキルに頼りすぎるのはよくないが。

 腰の鞘に左手を添え、右手で柄を握る。起動するのは刀単発突進ソードスキル《桜花一閃》。居合スキルを他の武器種より多く保有する過多なソードスキルの中でも、踏み込みの距離と速度に重視を置いたソードスキルだ。その特性故に初手での一撃に特に向いているソードスキルと言えるだろう。

 

「せぇっ!」

 

 剣が纏う桜色の光が最高潮に達した瞬間に身体をぐっと沈める。自身の身体が自分以外の意思で動き、俺はそれに合わせてソードスキルが中断されないように注意しながら踏み込みを強くする。ソードスキルのシステムアシストと呼んでいたものはこの世界でも有効に働き、人間の出せる速度を一瞬超える。俺はそれをさらにアシストする。

 鞘から木刀を抜きながら全身を一本の矢にするイメージ。最高速のままで木刀を真っ直ぐに振り抜く。

 ゴォッと風を切り開く音と、ギュオンッとその風を巻き込む音を耳に捉えながら約5メートルほどの距離を切り抜けた。

 

『お見事。ですがちょっと本気でやりすぎです』

 

「む……」

 

 後ろを振り向いてみれば、地面を抉るような二本の跡が残り、今度は前を見れば近くの木の幹の俺の腹から胸に当たる高さに7割程までザックリと斜めに斬撃痕が残ってしまっていた。

 

「……やっちまったか」

 

『やっちまいました』

 

 地面はともかくとして木は直しようがない。《桜花一閃》の距離の把握は出来ているつもりだったが、セルフアシストを加えたことで距離が思いの外伸びてしまったようだ。

 

『心意も乗っていました。無意識とはいえ注意してください』

 

「イメージが強すぎたか……?」

 

『イメージの強さは勿論ですが、同時に集中力が最高潮だったことでそれが増幅されてしまいましたね』

 

「なるほど……痛っ」

 

 などと話しているうちに木刀を振り抜いた右腕に骨が軋み肉が裂けるような痛みが走り、木刀を取り落としてしまう。

 

「生身での心意はやっぱり危険だな……」

 

 俺への反動は勿論だが、心意自体も危険極まりないだろう。木刀一本でこの被害では元々(原作)の心意システムが心意使い相手以外に使ってはいけないという暗黙のルールもよく理解できる。尤も俺が意識して使えるのは射程増加と加速程度だが。

 

『最高潮の加速に心意による射程増加と加速が合わさった結果の鎌鼬のようなモノでしょうか』

 

「飛ぶ斬撃ってとこか。モノにできれば……」

 

『駄目ですよ?』

 

「だが……」

 

『駄・目・で・す・よ?』

 

「お、おう……」

 

 思いの外強く言われ、つい迫力に負けてしまう。

 

『仁はもっと自分の身体を労わってください。それをやるにしてもせめて私を展開しながらです』

 

「わかってるよ」

 

 これはこの世界に来てから幾度となく彼女に言われていることだ。手首と肘の中間辺りが裂けたのか血が滴る腕をぶら下げながら左手で木刀を拾って鞘に納めながら返答する。

 

『ある程度の傷程度なら私が向上させている回復力で普通より早く治りますけど、痛みや足りない血まではどうしようもありませんからね?』

 

 部屋から包帯を持ってきて軽く巻きながら座り込む。

 

「心配性だな全く……」

 

『心配性で結構です』

 

 やれやれと溜息を吐きながら立ち上がる。

 

「なんにせよ今日はここまでだな。この腕で剣を振るのは少しキツイ」

 

 心意の反動による痛みは大体数日続く。最悪骨にヒビが入っていることもある以上はこれ以上続けない方がいいだろう。

 

『骨はギリギリですね。ですがこれ以上やるとすぐにヒビが入るでしょう。賢明です』

 

「自由に力を使えないってのも厄介な話だ……」

 

『力は守るものにも奪うものにもなります。わかっていると思いますけど……』

 

「守るためならいくらでも奪うさ。そんな覚悟はずっと前に決まってる」

 

 腰の二本の木刀と鞘を消滅させて部屋へ向かう。

 

「あら、もう鍛錬は終わり?」

 

「……いつから見てたんだアンタ」

 

 レーヴァとの会話は聞かれない程度に呟いていたつもりだったが、まさか本当にいるとは思わなかった。

 

「二刀流くらいからかしらね」

 

「こんな時間に何の用だ。更識さん」

 

 時間は既に23時を回った。

 

「ほら、IS訓練の場所の件よ」

 

 若干顔が引きつっているのはきっと気のせいだろう。そういうことにしておこう。

 

「もう見つかったのか?」

 

「ええ、使用されていなくて現在倉庫のような状態になっている第8アリーナを生徒会の個人用として使ってもいいと許可が出たわ」

 

「今回も生徒会長特権か」

 

「まぁ、そんなところね。ただし」

 

 条件付き、と書かれた扇子が広げられる。相変わらずよくわからん扇子だ。

 

「倉庫代わりになっていると言ったわよね。第8アリーナの掃除がその条件」

 

「そうか。その程度なら別に構わん。昔から肉体労働は男の仕事とも言うからな」

 

「IS用機材もあるからなかなか骨よ?」

 

「一種の鍛錬とでも思っておけばいい。最悪誰にも見られていない確認をした上でコイツに筋力補助を頼むだけだ」

 

 元々篠ノ之束のおかげで誰かに目視さえされなければ展開自体は問題ないのだ。つまり誰にも見られていなければ部分展開で筋力を借りるのは問題ない……はずだ、

 

「それなら君に掃除は任せるわ」

 

「元々俺のための配慮だろう。それなら俺がやるのが筋だ。だがいいのか?」

 

「うん?」

 

「俺が敵だったら、お前は敵に塩を送ろうとしてるんだぞ」

 

「あら、生徒会長(学園最強)に反旗を翻すつもり?」

 

「まさか。アンタが強いのなんて身のこなしでわかる」

 

 だが、と区切ってから続ける。

 

「アンタが生徒会長として、学園と生徒を守るというのなら外部の人間に気を許しすぎるのは良くないってだけだ。もし俺が無意識に操られたりしたらどうする」

 

「鎮圧するだけよ」

 

「やれればいいがな」

 

「私を甘く見ないで欲しいわね。そうだ、アリーナが解放されたら相手してあげる」

 

「だからそれが塩を送る行為だと……言っても無駄かこりゃ」

 

「それじゃ明日からアリーナの掃除頑張ってね。勿論生徒会としての仕事はしてもらうけど」

 

 わかってるという意思表示に左手をひらひらと振る。

 

「あ、あと」

 

 そう言って指差されるのは切り裂かれた木の幹。

 

「それ、どうにかしておいてね」

 

「だよな……」

 

 それだけ言って更識は戻っていった。

 

『僥倖ですね』

 

「ああ。なんでそこまでしてくれるのかわからんがありがたいのには変わらん」

 

『仁は人の本質を見極めるのは得意でも、人の感情を読むのは苦手ですからね』

 

「お前はわかってるんだろうな」

 

『ええ、勿論』

 

 言うつもりはないのだろう。やれやれと今日何度目かのため息を一つ吐いて飲み干したペットボトルを持って部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 ――― SIDE 更識楯無 ―――

 

 自分の部屋に戻りながら腕に立った鳥肌を撫でる。アリーナの件について話をしに彼の部屋を訪ねるだけのつもりだった。けれど彼の鍛錬らしきものを見て、正直ゾッとした。

 木刀とはいえ一撃ずつが重く鋭い。最初に私と斬り合った時はまるで本気を出していなかったのが一目でわかった。

 二刀流のところから。何て言ったけど嘘だ。最初から見ていた。一刀流の時点で相当なもの。それも人を無力化、もしくは殺害することに特化した剣。何より最後の居合だ。速度や踏み込みも異常だが木刀で木を伐り落としかけるなんて聞いたこともない。

 彼にはああ返したけれど、本気の彼と生身でやり合ったらどうなるかわからない。組手や訓練で本気になることはないだろうけど、もし本気で敵に回したら……。

 鳥肌がまた立ってしまった。本当に彼を鍛えてもいいのだろうか。更識(暗部)として彼を味方につけることができたとしても明確なジョーカー。敵に回したらそれこそ最悪だろう。

 

「欄間君……君は一体何者なの」

 

 彼について調べた情報と全然違う。剣道を習っていたという情報こそあるけど今彼が振るっていたのは剣道なんかじゃない。何より両親が死去している以外はただの一般人のはずで、あそこまで排他的な性格なんて情報すらなかった。まるで……。

 

「他人が乗り移ったかのようね……」

 

 二重人格だなんて情報もなかった。しかし他人が乗り移るなんてこともまた聞いたことがない。

 

「でも両親のことに触れた時もあまり気にしてないような感じだったわね……」

 

 頭を振ってこの考えを追い出す。そんな非現実的なことを考えるだけ無駄だろう。両親については彼が割り切っているのかも知れないし。

 しかしあの剣を振っている時の顔。集中していただけじゃない。いつも以上に目付きが鋭くまるでそこにいる敵への憎悪を剣に乗せているかのようだった。

 けれど普段の彼はそれでいて優しいような一面もある。不器用で生徒会メンバーだけではあるが気遣うような言動をたまにする。

 

「わからないなぁ」

 

 どっちが本当の彼なのだろうか。それも含めて私は彼をしっかりと見定めなければならない。




 書きたいことを書いてたら別のことを書いている。よくあると思います。プロット君が息していません。
 相変わらず4000文字どころの話じゃ終わらない最近です。原作にはいつ入れるのでしょうか。
 ではここまでありがとうございました。次回もよろしくお願いします。


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訓練実施

 相変わらずなかなか話が進みません。原作の話を書けるのはいつになるのでしょう。


 更識楯無から第8アリーナの掃除を言い渡されてから一週間が経った。

 

「痛っ……」

 

『まだ腕が治っていないんですから大人しく私を使ってください』

 

 心意の反動によるダメージは普通の怪我や傷よりも治りづらい。骨にヒビが入っていないにしてもしばらくは右腕はまともに使えないし、日常生活程度でもレーヴァの補助を借りる始末だ。最近は人目が無ければ殆ど右腕に装甲を展開しているという状況が続いている。

 掃除の方はというと、現状なかなか掃除が進んでいない。と言うのも心意の反動で右腕を痛めたままということが一つ。荷物が思いの外多いという点が一つ。そしてその荷物の大部分が学園に置いている訓練機『打鉄』や『ラファール・リヴァイブ』の取り換え部品だったりスペア武装だったりと生身で運ぶにはなかなか骨が折れるような物ばかりという点が一つだ。

 

「やれやれ……そりゃここが使われないわけだ」

 

 生徒会での仕事を終わらせてから放課後の時間を使っての掃除だが、生徒や教師が通りかかるような時間の間はレーヴァの力を借りることもできないのが面倒に拍車を掛けている。尤もこんな場所に来る人間はなかなかいないが。

 

「力仕事で男が女の力を借りるってのは少し情けない話だな……」

 

 意識を一瞬集中させて両手に装甲を展開させる。ISの部分展開による筋力補助だ。純粋に掌のサイズも大きくなるため運べる量も一気に増える。

 

『周りへの警戒を強くしておきますね』

 

「ああ。頼んだ」

 

 部分展開でも展開さえすればハイパーセンサーが働くらしく、レーヴァが索敵に集中する。俺自身も視界が360度に広がるがどうにもこれは慣れない。

 

『フルで展開すればもっと楽なんですけどね』

 

「いくらなんでもそれは目立つからな。さてと」

 

 さっきまでは持ち上げるのすら苦労していた荷物が軽々と持ち上がるのは流石と言ったところか。心意抜きではあくまで人間の範疇を超えることが生身ではできない以上は少なくとも腕が治るまではこれしかないが、やはり男としては少々情けなく感じてしまうのは仕方がないことだろう。

 荷物はひとまず正式な倉庫のほうに移してくれと言われている。正式な倉庫があるのなら最初からそちらに置いて欲しいものだが、どうにも他のアリーナや整備室からは第8アリーナの方が近いとのことでこちらに置かれていたらしい。一つを丸々生徒会として所有させてもらえるということからもわかるとおり、現状アリーナの数は足りているということなのだろう。

 

「しかし何でここまで放っておいたんだこの学園……」

 

 現在全体量の4割程が片付いている。それにしても一週間掛けてISの力を借りてなおこれだから相当だ。

 

『IS適性者が集うエリート校と言えど、輝かしいのは表だけなんでしょうか』

 

「外見を綺麗に見せるのはエリート校としてやってる以上は大切な事だけどな」

 

 しかし、遺産が尽きて働かなければ生活ができなくなった。という【設定】で中学を中退した俺が、こんなところ(IS学園)こんなこと(雑用)をISを展開しながらしているなんて誰が想像できるだろうか。いや、これも一種の仕事と言えるのかもしれないが。

 

『中学と言えば、本音さんはあの袖でどうやって文字を書いているんでしょうか』

 

「何度か見たことはあるがわからん。異常に器用なのは知ってるが」

 

 ISの筋力補助を受けていると苦にならないためつい雑談もしてしまうというものだ。傍から見れば独り言を口走っているようにしか見えないだろうが。

 

「しかし、まだまだかかりそうだな」

 

『このペースなら後二週間弱といったところですかね』

 

「それまでに治ればいいんだがな」

 

『これに懲りたら滅多な事では心意を使わないように注意することですよ』

 

「わかってるって」

 

 傍から見れば独り言であるのに、頭の中ではジト目の彼女が腰に手を当てて怒っているのだから不思議なものだ。

 なお、大きな荷物を残していたことが原因で実際に第8アリーナが片付くまでには三週間の時間が掛かった。

 

 

 

 

 ――― 三週間後 ―――

 

「おー。ちゃんと綺麗になってるじゃない」

 

「相応に苦労したがな」

 

 ようやく治った右腕をさすりながら様子を見に来た更識に答える。

 

「で、教師陣もここの監視とかそういうのはしないって事でいいのか?」

 

「ええ。生徒会で自由に使っていいそうよ。整備科の子達は倉庫が遠くなったって嘆いてたけど」

 

「自業自得だ。楽なんかしようとしてるから後で面倒になる」

 

 厳しいのね。と苦笑する更識に軽く目をやりながら右手を開閉する。取り合えず右腕を使うのにも問題はなさそうだ。

 

「実際に訓練と言っても何をするんだ」

 

「まずはISに慣れることからね。展開はできる?」

 

 ああ。と答え、ISスーツの代わりに上着を脱いでシャツ一枚になってから一瞬意識を集中させる。展開までに掛かる時間はまばたきのコンマ数秒で済む。なお下は黒いジーパンを履いたままだ。

 ISスーツとは、体を動かす際に筋肉から出る電気信号等を増幅してISに伝達する専用衣装だ。必須なわけではないが信号伝達が円滑になることと、スーツ自体が頑丈であり拳銃程度ならば貫通されることはないらしい。尤も衝撃自体はあるので結局ダメージは大きいわけだが。

 

「早いわね。いい集中力よ」

 

 正確には恐らく集中力よりもレーヴァとの信頼関係だが、ひとまず黙っておく。

 

「フルスキンなのね。珍しいというか、フルスキン型のISは初めて見たわ」

 

「基本的には競技のために見た目を重視するだろうからな」

 

 全身装甲に包まれ視点もいくらか高くなる。いつも以上にレーヴァが近く感じるのも勘違いではないだろう。

 

「取り合えず歩いてみて」

 

『基本的にはいつも歩く感じと同じです。私は見てますので』

 

 要はこの程度のことで手は貸さないということだ。この時点で貸されても困るわけだが。

 更識に言われた通りに歩く。しっかりと意思の伝達もラグはなく問題なく歩くことができる。視点が高いことと自分の脚ではない事で少し違和感こそあるがすぐに慣れるだろう。

 

「大丈夫そうね。飛ぶ方は大丈夫?」

 

『いつかどこかの世界で翅を使って飛んだ経験が活かせるでしょう。記憶はほとんどなくても経験は身体に残っているはずです。翅がスラスターに置き換わって、システムアシストがPICに置き換わったと思ってください』

 

『あまり覚えてないけどな……』

 

 PIC。パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの略称だ。物体の慣性を無くしたかのような現象をおこす装置であり、これと肩部にある推進翼のスラスターや任意で装備できる小型推進翼を使って姿勢制御、加速、停止などの三次元的な動勢を行う。らしい。普段はオートになっているためレーヴァのシステムアシストという例え方は的を射ているだろう。マニュアルに切り替えれば細かい操作ができるらしいが、俺についてはレーヴァが担当してくれれば問題はないだろう。

 【飛ぶ】という事に意識を集中する。すぐに身体がふわりと持ち上がり特有の浮遊感に包まれる。上下左右に動くイメージを働かせると概ねその通りに機体が動く。

 

「意外と慣れが早いわね。ISについて全くの素人とは思えないわ」

 

「意外は余計だ」

 

 飛ぶ感覚は思っていたよりも簡単だ。試しにスピードを上げて風を感じるようにアリーナ内を飛び回る。

 

「思ったよりもスピードの乗り方が早いな。もう少し加速はゆったりするつもりだったが」

 

『既に高速戦闘が行える速度です。まだ上がりますよ』

 

 流石に自重した方がいいだろう。とスピードを落として更識の前に戻る。

 

「しっかり参考書を読んでいるのね。手が掛からないのは楽でいいわ。教えるのは基本的な事だけでよさそう」

 

 次に言われたのは武装の展開。普段から木刀含めた刀剣類を出し入れしている俺にとってはこれが一番やりやすい。武装の把握は済んでいるためすぐに4機のビットと1本の剣を呼び出すことができる。ただし、

 

「ハンドガンだけ妙に遅いわね」

 

『剣は得意でも銃はまともに撃ったことがありませんから、イメージが沸きづらいんでしょうね』

 

 ハンドガンだけは展開に5秒ほど掛かった。滅多にハンドガンを使うことはないだろうが、これではいざ使うという時にろくに使えないだろう。ビットがすぐに出てきたのは恐らくこれはレーヴァの方の管轄なのだろう。

 

「今後の課題だな……」

 

「それにしてもBT兵器……イギリスの機体だったりするの?」

 

「まさか。そもそも国が武装を積んでいない兵器なんて作るわけないだろ」

 

 BT兵器『炎の枝』は単一仕様能力(ワンオフアビリティ)との併用が前提の武装だ。故にそれ自体に武装は一切乗っていない。

 

「それもそうだけど、それじゃどうやって使うのかしら?」

 

「こうやってだ」

 

 剣としてのレーヴァテインの力を使う時と同じ意識をビットに向ける。するとビットからゴウッという音とともに炎が巻き起こり、刃の形を象る。

 

「これは単一仕様能力との併用が前提らしい。発動中はシールドエネルギーが減っていくがその分汎用性も高く強力でもある」

 

「二次移行も無しに単一仕様能力が芽生えているのね……本当に不思議な機体ね」

 

 本来単一仕様能力は二次移行が大前提で、さらに操縦者と最高の状態になったISにしか発現しない能力らしい。二次移行自体はISの経験を積む事で行われるらしいが、二次移行を済ませていても単一仕様能力は発現しないケースの方が圧倒的に多いらしい。

 

「それだけ君との相性がいいのかしら」

 

「だろうな。それで次はなんだ」

 

「しばらくは基本操縦の反復ね。君にはまだ時間があるんだから基礎を固めた方がいいわ。稼働時間は身体と頭を機体に馴染ませつつ、機体への理解を高めるのとイコールだから。ISスーツがない以上馴染むのに時間かかるだろうしね。まぁ少しずつね」

 

「なるほど。確かに重要だ」

 

『現状の操縦能力と私のサポートならISスーツは無くても問題はありませんけどね』

 

 2本の炎の剣を呼び出しながら腰に鞘をイメージすると、両の腰に剣が収まった状態で現れる。基本的には抜き身で出てくるが鞘も一応は出すことができる。居合を想定する以上は鞘も用意しておく方がやりやすいだろう。

 

『展開時の基本状態としてこの状態を維持。でいいですか?』

 

 念話の形で『ああ』と答える。BT兵器の方は戦闘中に逐次呼び出せばいいだろう。剣は何本でも呼び出せるが相手にその情報を渡す必要もないだろう。前もって2本を用意しておけばその2本に多少は意識が持っていかれるだろう。意表を突くのも戦闘では重要だ。

 

「ISが使えるとはいえ生身での鍛錬も大事よ。技術は生身のそれも当然活きるからね」

 

「わかってる」

 

「ISの方は慣れてからだけど、生身の組手なら相手できるわよ」

 

「ほう?」

 

 恐らく更識は強いだろう。織斑千冬程ではないが武道や武芸を身に着けているのは身のこなしでわかる。何より特有の感覚から察するに、恐らく『更識』というのは暗部のそれだ。相手にとって不足はないだろう。

 

「無手は剣ほど得意じゃないが、磨いておくのも悪くはないな」

 

 ISの展開を解除し指輪の形態に戻す。更識はというと不敵に笑いながらこちらを見ている。

 

「生徒会長の力、見せてあげるわ」

 

 そう言って畳道場へと案内される。

 

『女性相手だからって手を抜いたら駄目ですよ』

 

「俺がそんなことをするとでも?」

 

『まさか。誰が相手だって本気でしょう?』

 

 女だからと言って手を抜くなんてありえない。特に更識は明確に強いし、何より手を抜くのは相手にとって失礼でもある。

 着替えてくると言って離れていた更識が戻ってくる。

 

「お待たせ。そっちは着替えないの?」

 

「袴なんぞ持ってないからな。それに俺は柔道とかそういう型にハマった武術はできない。袴じゃない分投げの観点でそっちが不利になるのは悪いが」

 

「それくらいいいわよ。それじゃ、君の力見せてもらおうかな」

 

 更識は笑みを絶やさない。涼しげなそれは余裕の表れか本人の特有の雰囲気によるものか。

 無形で構える。小手調べなんてなしの最初から本気だ。

 

「フッ!」

 

 一瞬の気合とともに前に踏み込む。心意抜きでも磨き上げた最速の踏み込み。

 体術ソードスキルを模した鋭い右ストレート。これを左手1本で逸らされる。そのまま左足で畳を踏み締め、右足での脇腹狙い。軽いバックステップで躱されたところを蹴りの勢いのまま回転して右足を地面につけると同時の左の裏回し蹴り。両手で逸らされる。

 両足を地面につけると同時に今度は更識が踏み込んでくる。俺のそれより僅かに遅い程度の踏み込みだが明確に速い。繰り出されるのは両手での連続掌打。1つ1つの突き出しと引き戻しが早い上に狙いは腕の関節や肺。つまりこちらの動きを止めるのを目的とした掌打だ。こちらも両手を使って捌くが7回捌いたところで手数が足りなくなる。

 

「チッ!」

 

 ならばと掌打を受ける位置をズラす。肘狙いのそれを肘と手首の中間で受け、肩狙いを肩をくいっと持ち上げることで二の腕で受け、肺狙いは受けるわけにはいかないためそこの狙いだけは全力で捌く。

 

「足元ご注意……ってあら?」

 

 上半身に相手の意識を向けた後の足払い。これを跳んで回避しそのまま空中で右足を大きく振り上げて踵落としを放つ。

 

「おっと!」

 

 全体重の乗った踵落としは流石に不味いと判断したのか足払いをした態勢のまま両手を畳に突いた状態からの横っ飛びで回避される。地面に足が着地すると同時にその右足1本での加速踏み込みで後を追う。

 左手の五指を真っ直ぐに伸ばす。体術ソードスキル《エンブレイサー》を模した手刀だ。流石にソードスキルを発動こそしないが速く鋭い手刀での突きである。

 しかしこれを選択したことを直後に後悔した。笑みが消えていた更識がニッコリと笑ったためだ。

 

「もーらい♪」

 

 すっと身を屈め左腕を掴まれる。

 

「やっべ……」

 

 更識がそのままこちらに背を向ける。一本背負い……!

 咄嗟に足を引きながら更識の背中を残った右腕で全力で押す。

 

「きゃんっ」

 

 更識がそれによって潰されないように俺の左腕を離す。弾みで一瞬距離ができるが更識が畳に両手を突き両足を揃えて突き出す。反応が一瞬間に合わず胸の前で両手をクロスして受け止める。

 

「ふう」

 

 更識が構えを解いたのを合図にこちらも力を抜く。また更識は笑みを浮かべながら見てくる。

 

「やるわね君。柔軟性も高いし対応力も高い。技は実戦のそれね」

 

「アンタこそ。続けてりゃアンタの勝ちだったよ」

 

「第17代目更識楯無を舐めちゃ駄目よん♪」

 

 正直体術だけで続ければ息切れが来るのは俺の方だろう。実力が均衡していても相手の方が動きに無駄な力が入っていない。そうなれば先に息切れを起こす俺が負けるだろう。体術一本での戦闘に慣れていない。というか剣を無尽蔵に呼び出せる以上は一本に絞る必要がない俺としてはなかなかに厄介な相手だ。それでも剣術に組み合わせている副産物とその年季で、体力配分はさておき更識に付いていけることがわかったのは僥倖か。

 

『年の功ってやつですねぇ』

 

『人を年寄りみたいに……間違いじゃないか』

 

「次は得物でやる?」

 

「ホント多才だなアンタ……」

 

 なおも涼しい顔でいる彼女を見るとやはり面倒な相手だと再認識するのだった。




 ISジャンルは話数がとんでもない人だったり内容が素晴らしい人だったりが多くてテンションが上がりますね。あまりにも差が大きくて心が折れかけもしますが。
 それではここまでありがとうございました。次回もよろしくお願いします。


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舞槍術と殺人剣と意思と

 お待たせしました。サブタイがいつも悩むというか悩んだ挙句にこれかよと言わざるを得ない。


 無手での組手の次はアリーナに一度戻ってからの得物を使っての勝負だ。対面している更識は本物の刃の付いた槍を構えている。

 

「真剣でいいのかよ」

 

「ええ。お互い寸止めくらいわけないでしょ?」

 

 実戦に限りなく近付けるという意味では確かに真剣のほうが経験は多く積めるだろう。命を落とすかもしれないという危険度に目を瞑れば、だが。

 やれやれ。と頭を振って腰に一瞬意識を持っていく。呼び出すのは炎剣レーヴァテインとその鞘。

 

『私ではありますが私自身ではないレーヴァテインですか』

 

『今のお前は生身相手に振るうには危険過ぎるからな』

 

 左の腰に剣と鞘が具現化したと同時に更識は槍を構える。

 

「その武器の具現化もよくわからないけど……」

 

「そこはあんま気にするな。いつか必要なら話すし必要じゃないなら話さない」

 

 基本的に剣と槍では決定的に射程に差が生まれる。槍相手での戦闘ならば攻撃を捌きつつ潜り込む必要があるがさて。

 

「先行どうぞ?」

 

「……お言葉に甘えるとするか」

 

 抜剣。同時に一気に距離を詰める。先程と同じ踏み込み加速。しかしこれは一度更識に見せている。間違いなく反応はさっきよりも早いだろう。それなら少し変えるだけだ。

 更識の目の前で一瞬停止。剣を横薙ぎに振るう、と見せかけて右前に跳ぶ。腰溜めに構えた剣を突き出す。

 

「まだ速くなるの……っ」

 

 一瞬確実に眼が追いついていなかった。しかししっかりと防いで見せたのは彼女の腕と勘の良さ故か。

 逸らされた剣を引き戻しながら左の拳を突き出す。これをバックステップで回避され距離が離れる。つまりここからは彼女の距離だ。

 槍の使い方。まずは刺突。鋭く速い刺突が連続で放たれる。流石に先程の連続掌打程ではないがとても一本の剣で捌ききれる速度ではない。後ろに跳ぶ暇すらないのならと最低限の剣の動きで逸らし、僅かに身体をズラすことで紙一重で一撃ずつ躱す。

 しかし彼女も人間だ。耐えていれば必ずミスをする。ほんの少しブレた刺突を先程までよりも力を込めた剣で弾く。

 

「くっ!」

 

 隙ができた。もう一度潜り込む。

 

「こっちの番だ」

 

 まずは槍を弾いたまま振り上げていた剣を袈裟に振り下ろす。槍の太刀打ち(前半分部分)で受け止められるが、そのまま剣を突き込みながら太刀打ちの表面を削るように斜めに滑らせる。これを更識は咄嗟に槍を高く掲げることで腹が裂かれる未来を回避する。しかしそれは同時に隙になる。

 こちらも右腕が高く上げられた状態から右足を軸に左の回し蹴り。更識は右腕だけを槍から外して腕の中ほどで受け止める。

 

「くうっ……」

 

 衝撃に逆らわずに両足を浮かせることでダメージを最小限に済ませたらしい。体勢を崩したのを見てこちらも空いた距離を詰めるように踏み込む――ッ!

 咄嗟に身を屈め、左から横薙ぎに振るわれた槍を回避する。見れば左腕一本で槍を振り抜いたのであろう姿で更識がたたらを踏んでいる。体重を込められる態勢ではないのに鋭い一撃だった。おかげで距離を詰める隙が消えた。

 

「あそこから反撃するか……」

 

「生徒会長は伊達じゃないのよ」

 

 そう言って不敵に笑って見せる。釣られてこちらも口角が持ち上がる。強い相手と戦うのはなんだかんだ言っても好きなのだ。

 

「今度はこっちの番!」

 

 槍の使い方は当然刺突だけではない。今度は槍を回すように、身体全体を使って舞うように襲い掛かってくる。

 槍は長い得物での刺突は勿論、打撃と斬撃にも長けている。先端の穂による斬撃は勿論として、遠心力の乗った石突や太刀打ちによる打撃も侮れない。

 横薙ぎの斬撃を受け止めれば即座に引き戻して回しながら太刀打ちで横殴りにしてくる。これを回避すれば今度は一瞬腰に溜めた槍を一閃突き出してくる。それを剣で逸らせばそれに逆らわずにそのまま横に振り抜いてくる。思わず後ろに跳んで距離を取る。

 

「なるほど……綺麗な舞だ」

 

『楽しそうですね。仁』

 

 それには口角を更に持ち上げることで返答し、左手に意識を一瞬集中しもう一本の炎の剣を呼び出す。二刀流。ここからだ。

 更識の槍を用いた舞踊のような連撃はとても一本では対処できない。舐めていたつもりではないが、面白くなってきた。

 刺突を左の剣で逸らし、右の剣でこちらも刺突。それを舞うように身を回しながら回避しそのまま逆袈裟に槍が振り下ろされる。こちらも身を捻って回避しながら逆手に持ち替えた左の剣による切り上げ。両手に持った槍を向かって時計回りに回すことで柄の持ち手近くで受け止められる。それを感触だけで理解し、右手首を返し腹を抉るように右から水平切りを放つ。これは槍を右脇腹に引き絞る動きでブロックされ、全身を使った回転と同時にこちらの左脇腹を貫く勢いでの刺突。身体を回してしてギリギリで避ける。

 

「ッ……見事なもんだ」

 

 僅かに掠ったがそのまま回転の勢いを利用して両手の剣を一瞬ズラして袈裟に振り抜く。ソードスキルであれば《ダブルサーキュラー》の軌道。槍を斜めに構えることで二度とも受け止めるが、体重を込めた二撃に更識は体勢を崩す。そしてこちらは受け止められた瞬間に今度は剣を下段に移動させながら逆に回転する。

 

「ハァッ!」

 

 その勢いで両手の剣を揃えて"槍に向かって"切り上げる。体勢を崩して力が入りきっていなかった更識の手から槍が弾き飛ばされる。

 

「……今度は俺の勝ちだな」

 

「……そうね。私の負け」

 

 両手を上げて降参の意を示す更識を見て両手の剣を消す。

 

「見事な舞だった。2本目を使わなければ俺が負けてたな」

 

「二刀流をここまで使いこなす人はそういないわね。でもいつの間にか剣を出すのはズルいと思うわ……」

 

「これが俺のやり方だからな。まぁアンタならいずれ慣れるだろう」

 

「勿論負けっぱなしじゃ終わる気はないからね」

 

 口角が上がる。つい不敵に笑って見せてしまう。

 

「剣を振ってるときはちゃんと笑うのね」

 

「む……」

 

 いたずらを楽しむような笑みで言われて一瞬眉にしわが寄る。それだけ普段笑っていないと言われてしまったということだろう。

 

「忘れろ」

 

「お断りします♪」

 

「アンタなぁ……」

 

 更識が不意に真面目な顔に戻る。

 

「ISでも模擬戦してあげたいけど、まずはISに慣れてからね。それだけ剣の腕があれば第三世代機の君の機体でも十分活かせるはずよ」

 

「ロシア国家代表相手になんざ付け焼刃で勝てるとも思っちゃいないけどな。空と地じゃ勝手も違うだろ」

 

 そういや篠ノ之束にも『一応』第三世代機だ。と言われていたな。と思い出しつつ答える。

 

「帰ったらちゃんと治療しておくのよ?」

 

「ん?」

 

 指を指されてるところを見ると、左の脇腹から出血している。最後に掠った時に思ったより深めに当たっていたらしい。

 

「ああ。それにこのシャツは新調だな」

 

「あんなギリギリの紙一重で避けられるんじゃこっちも怖いわよ。模擬戦中は流石に意識できないけど」

 

 所々が裂けたことで半ばボロ布と化しているシャツを見ながら苦笑する。

 

「直撃さえ貰わなければそうそう動きは鈍らないからな。アンタみたいに速度に重視を置いたタイプは完璧に避けると隙ができるからああなる」

 

「実戦経験があるような言い方ね?」

 

「さてな」

 

 言いながら振り向いてアリーナを後にする。その日はいったん解散になった。

 それからは毎日ではないが一週間に二度程度は更識との組手がスケジュールに入った。当然生徒会の仕事や自己鍛錬。そしてISに慣れるための訓練もサボることはしない。特に前者は更識よりもそういったことに厳しい布仏姉が見を光らせているため仕方がない。

 

 

 

 

 

 ――― 1か月後 ―――

 

 更識との組手やIS訓練を始めてから1か月経った。俺の予想通り既に更識は二刀流や俺の剣の具現化にも慣れ始めておりなかなかに骨の折れる相手になった。剣で負けるつもりは未だにないが。

 ISを纏っての行動にも大分慣れた。更識との訓練がなくとも一日最低でも1時間は1人で慣らしていることもあり、稼働総時間は大体50時間といったところか。流石に歩行や走行は勿論として、飛行も殆ど問題はないだろう。問題としては一つ。

 

「……当たらん」

 

「見事に当たらないわねぇ……」

 

 拳銃の扱いだ。ISはフル展開の状態、レーヴァの照準アシスト無しで練習しているがここまで25発。用意された的にはまるで当たらない。確かに単一仕様能力(ワンオフアビリティー)を使用すれば射程最大距離の制限こそあるがほぼオールレンジに対応できるが、銃器の扱いがここまで苦手となると情けなくなってくる。意地でも腕を磨きたいというものだ。尤も、単一仕様能力を発動できない状況においてはその限りではない。

 

『銃は使ったことありませんからね……』

 

「アシスト無しに拘る理由はあるの?」

 

「いざって時IS展開無しでこの拳銃だけ使う時があるかもしれない。戦場でシールドエネルギーが切れて拾ったものだけで戦う羽目になるかもしれない。考えうる可能性は無数にある。ISから借りた力で驕るわけにはいかないからな」

 

 拳銃をISの両掌で握りしめ、狙いを的の真ん中に定めながら至って真剣に言い返す。

 トリガーに指を掛けると右眼に熱が篭り思わず右眼の能力が発動しそうになる。ここまで的に当たらなかったのが精神的にキているのだろうか。

 

「くっ」

 

 右眼を一度強く閉じ熱を抑え込む。意思に反応するのはいいが、タイミング次第では右眼と頭が痛みに苛まれるだけの力。厄介なものだ。

 もう一度指先と的に意識を集中する。あくまで心意は発動しないようにという事を念頭に入れて強く集中する。実戦でこれだけ集中して撃つことなどできないが、まずは当てられるようにするのは大前提だ。

 発砲。的の端ではあるがギリギリ命中する。

 

「ISの力に驕ったら女性権利団体や女尊男卑に染まった連中と変わらない。そんなのは御免なんでな」

 

 まぁ俺は男だが。と言いながらもう一度集中する。発砲。同じような位置に命中。しかし当たるようにはなってきた。

 

「君はそういう人達を見返したいの?」

 

「まさか。馬鹿馬鹿しいと思いはするが見返すなんて考えたこともない」

 

 28発目。今度は外れた。

 

「男女対等であるべきなんて偉そうなことも言うつもりはない。ただ……」

 

「ただ?」

 

 29発目。的の中心に少しだけ近付いた位置に命中。

 

「ISのあるべき姿は思い出して貰いたいもんだ」

 

 30発目。29発目よりも若干外側に命中。弾切れだ。拳銃を下ろす。

 

「ISは道具じゃない。ましてや兵器なんかとして扱ったらへそを曲げてしまうぞ」

 

 更識は苦い顔をしているが続ける。

 

「良きパートナーとして乗っていきたいものだな」

 

『仁……』

 

 ISの元々の本懐は宇宙進出らしい。篠ノ之束は白騎士事件で各国へISの有用性を見せつけたかったのだろうが、やりすぎだったのだ。白騎士がミサイルを何千と打ち落としたことで本人との意思から離れ兵器として、既存の兵器に対しての優位性を各国は見出してしまった。

 

「……やっぱり君はISと意思を疎通できるの?」

 

「だとしたら?」

 

 真っ直ぐに見返す。意を決して言ってきた、というような表情を浮かべてこちらを見ている。

 

「最初会った時、君のISから感情のようなものを感じたって言ったわよね」

 

「ああ」

 

「その時は君からそのISには人格があるって聞いてISコアには人格があるという公表がホントの事なんだって思っただけだったけど……時々君の独り言を読唇してみたら会話しているようにも見えた」

 

「プライバシーの欠片もないな。人前で独り言言ってるつもりはなかったが」

 

 それに対してごめんなさい。と更識は苦笑しながら誤って続ける。

 

「色々不思議だし、そういう人なのかなーって思ってたけどIS操縦歴の割にISに情が移ってる点でもね」

 

『情が移ってるとは失礼な! 仁は元々優しいだけです!』

 

「……欄間君、そんな声出せたの?」

 

 ISの指で頭を押さえて天を仰ぐ。今回に関しては周りにも声が聞こえるように発声しているだけでなく、更識の目の前にモニターで自分の姿まで映し出している。コイツと来たら……。

 

「はぁ……もういいのかレーヴァ」

 

『ええ。仁はもう十分更識楯無さんを信用しているでしょう?』

 

「あのなぁ……」

 

 もう一つ溜息を吐く。

 

「……驚いた。前聞いたけど本当に人格があるなんて。しかも喋ってる」

 

「コイツは色んな意味で特殊なんだよ……」

 

「そうみたいね……へぇ……」

 

 本当に興味深そうにモニターを眺める更識。そして何故か腰に手を当てて自慢気に胸を張るレーヴァ。

 

「その様子だと、アンタのISは人格を見せてないのか」

 

「そもそも君のIS以外に前例はないわよ……篠ノ之博士がISコアには人格があるっていう公表はしたけど信じられていないわ」

 

「それだけ世界の皆々様は自分の相方に目を向けてないのか、それとも何らかの条件があるのか」

 

「言葉に棘が……」

 

『私は特別ですが、確かに他のIS……勿論更識さんの霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)にも人格はあります。私自身よくわかっていませんけど』

 

「ま、あまり邪険に扱ってやるなって事だ」

 

 そもそもがISではないレーヴァはあまりISについての理解度が高いわけではない。俺が参考書を読んでいる間は彼女も読めているので最低限の知識は持っているらしいが。コアネットワークはスリープ状態だがそれでも一応他のISについては何かしら感じるものはあるらしい。

 

「ま、この話はさておき。拳銃は弾切れだし次はBT兵器だ。任せたぞレーヴァ」

 

『任されました。ではでは』

 

 4機のビットが後ろに現れる。

 

「あら、ビットの操作もその子がやってたの?」

 

「昔から剣を振るしか能がないものでね。いずれは自分で操作できるようにしたいが」

 

「時々ビットの動きが硬くなるのは君が代わってたのね……それは君の言う借りた力じゃないの?」

 

『私は仁の相棒です。あくまで協力関係です』

 

「2人で1人みたいなものだ。とはいえ力を借りてるには変わりないが」

 

 それもそうだと苦笑する。発言がブーメランになってしまった。

 

「まぁ驕るようには見えないけど」

 

 更識も苦笑を見せる。

 さて、肝心のビットの方はと言えば現在は単一仕様能力を使わずに動かしている。とはいえレーヴァの操作に不満も不安もありはしないのだが。

 

「交代だ」

 

『はい』

 

 ビットに意識を集中し4機同時に操作する。動きは随分と固いがほんの少しは意思通りに動かせるようになってきた。ただし自分自身は動けないが。

 

『私の役割が減ってしまうので仁はそのままでもいいんですよ?』

 

「断固断る。いつまでも頼ってられるか」

 

『頭固いんですからもう』

 

「……凄いわね」

 

 ビットの操作を2機に減らして動かしながら更識に振り向く。これもマルチタスクの訓練だ。

 

「まるで普通の人間みたい。いい相棒ね」

 

『でしょう?』

 

 やれやれと頭を振る。本音をなかなか見せない女にどこか抜けてる相棒が合わさってしまったのはどうにも頭を抱えずにはいられないが、悪いようにはならないだろう、きっと。

 

「ところで信用してるなら私も虚ちゃんや本音ちゃんみたいに楯無って呼んでくれないの?」

 

「……呼ばれたかったのか?」




 剣では負けないスタイル。ポンポン武器出すのは大概卑怯ですけどね。
 そしてレーヴァのことを少し気付いていた楯無さん。彼女ならだいぶ早めに勘付いていそう。
 IS模擬戦はまだお預けです。


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等身大着せ替え人形

 アレからいくらか時間が過ぎて12月。それも冬休み前日。寒くなってきたが普段からすることはあまり変わっていない。強いて言うなら更識と、その場にいた場合は布仏虚も含め飯を食う割合が増えたことと、生徒会室に布仏姉妹や他の生徒がいない時にレーヴァと更識が雑談することが増えたくらいだろうか。

 ISでの実戦訓練もようやく始まりはしたが、未だ更識の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)とは模擬戦すらしていない。ただし飛ぶ際の最大スピードと加速度は日に日に上がっているのは自覚できているし、彼女の性能を引き出しているかどうかを数値で表す稼働率としては常に8割5分を超えている。この数値は更識に言わせれば破格であるらしい。普通の操縦者は稼働率がすこぶる調子が良くてようやく7割5分といったところと言っていた。

 IS総稼働時間としては纏う時間が明確に増えたため比例的に伸びていっており現在約160時間程だろうか。

 更識相手での訓練での勝率はと言えば素手組手で3割。真剣を用いた模擬戦で8割といったところ。素手の方は俺が動きの無駄が省けてきたことで耐久性が上がったことでの勝率の向上。逆に真剣では二刀流に更識が慣れてきたことと一戦限りの意表を突いた動きによって勝率が下がってきている。一度見たら同じことは対応するため一戦限りなのだが、それでも俺に勝つことがあるくらいには彼女の手札は多い。

 

 さて、生徒会での仕事にも大分慣れ、学園でも俺の事は更識家の召使いとして知れ渡っているらしい。現状そういう設定で生徒会を手伝っているのだから当然の帰結ではあるが、何故か最近来る女生徒が目に見えて増えた気がする。具体的に言うと資料を持ってくる生徒に随伴する生徒が増えている。休み時間はもっと有意義に使うものではなかっただろうか。いや本人達が友達についていくという名目で随伴しているのならそれは有意義なのだろうか……?

 

「しかし……」

 

『どうしましたか?』

 

「休み時間になった途端座って一息つく暇すらなくなるのは如何なものか……」

 

 そう、休み時間は女生徒の到来が止まない。確かにこの時期資料が増えるのはわかるがそれにしたって多すぎる。

 

「もう場所によっては一期目のIS適性検査の時期だからね。それなりに忙しいのは仕方ないわよ」

 

「アンタは知らないだろうが数が異常だ。どう考えても随伴生徒が多すぎる」

 

「現状欄間さんは学園唯一の男性ですからね。噂が広がった以上一目見ようとする生徒が多いのでしょう」

 

「それにしては見たことある顔がよくあるんだが……」

 

「ランランイケメンだし~人気もでるよね~」

 

「勘弁してくれ……」

 

 現在昼休み。生徒会室には更識、布仏虚、そして一足先に冬休みに入り温まりに来ている布仏本音がいる。休日にそれなりの頻度で本音の姿は見ているためそんなに久し振りという感じはしない。

 

『寮の部屋が特定されるのも時間の問題ですね』

 

 なおレーヴァは更識以外に声を聞かせてはいない。というか届かせる人間の指定はできるにはできるが疲れるらしく、こういった場面では俺の頭に声が響いているだけだ。

 

「勘弁してくれ……」

 

 もう一度同じ言葉を呟きながら頭を押さえて天井を仰ぐ。ただでさえ現状この3人と半年近くという長い期間友人としての関係を続けているのは不味いというのにこれ以上知っている顔を増やすのは厄介だ。

 とはいえ明日からは冬休み。仕事は激減するだろう。いくらか心が休まる時期だ。

 

「そういえば~ランランいつも制服だけど他の服持ってるの~?」

 

「服? 持ってるには持ってるが……」

 

 基本的にこの世界に来た時に軽く羽織っていた黒コートと半袖と長袖2種類の黒い服にジーパンが2着ほど、そしていくらかの下着一式くらいしか持っていない。後は現在来ているIS学園の制服が数着といったところか。

 とある理由でここ2か月前程からは両手に肘より少し下までを覆う黒く薄手の指空きタイプのロンググローブをしているがそれはまた別の話だろう。

 手袋以外のその旨を伝える。

 

「ダメだよ~見た目いいんだからオシャレしないと~」

 

「男には服のバリエーションは必要ないだろう。どうせ制服以外着るのも街出る時くらいだ」

 

 しかし本音も普段は袖余りの制服ばかり見るが、休日の服装は袖が余っているのはいつも通りだがそれ以外は服装のセンスは疎い俺にもわかるくらいにはいい。まぁたまに着ぐるみのような恰好をしていることもあるのはわからないが。

 

「本音の言う通り、勿体ないですよ欄間さん」

 

「虚さんまでそんなことを……」

 

 この姉妹意外と服装についてうるさいのかもしれない。

 なお余談だが虚には敬語を使っているままなのは、なんというか更識とは違って"先輩らしい先輩"というイメージがあるからだろう。

 

「そもそも街中で目立ったら面倒だ。現状ですら女尊男卑の連中にこれ買えこれ持てこれ払えって言われるってのにこれ以上目立つのは勘弁だ」

 

 実際女尊男卑に染まった連中は自分がISに乗れるわけでもないというのに自分が偉いというように振舞い、男を見かけたら物を奢らせるなど割と頻繁に見る光景だ。断れば

「殴られた」などと喚き散らしたりする上に、反論してもそれは通らない。そして糾弾されつくした後に運が悪ければ連行されるといった具合だ。なんとも厄介な世界だ。俺はそういった連中に言い寄られたら断った上で騒ぎになる前に逃げるが。

 少なからずこの学校にもそういった連中がいるにはいるが表立って何かをしてくるという事が意外と少ない。他の生徒の中でそれを良しとしない生徒がいるためだろう。自分の立場は誰だって失いたくないものだ。

 

「なにより俺には服のセンスはない」

 

「ふむ……ならば明日は空いていますか?」

 

「空いてますが……まさか」

 

「生徒会で外出だ~」

 

「そうなるのか……」

 

 断りたい気持ちはやまやまだが、断ったら後が怖い。特に虚の方が。

 

「ごめんなさい。私は明日はちょっと……」

 

 珍しい。更識がこういったイベントを断るとは。布仏姉妹はというとそれぞれ納得したような顔をしている。更識にも俺の知らない何かがあるのだろう。暗部としてなのか"更識楯無"としてなのかはわからないが。

 

「なんにせよ行くのは確定なのか……」

 

 若干の頭痛に苛まれ再び頭に手を当てて天井を仰ぐ。確かに女性といれば変に言い寄られることもないだろうし服のセンスも補われはするが……。

 気は進まない。しかし断れもしない。行くしかないのか……。

 

『覚悟を決めるのです。たまにはいいじゃないですか』

 

 味方がいない……。

 

 

 

 

 

 ――― 翌日 ―――

 

 結局来てしまった。学園前で待ち合わせという事で例の黒い服装で門の前に立っている。上が黒パーカーなら下も黒ジーパンだ。流石にコートは置いてきた。アレは目立ちすぎる。

 

「お~早いね~」

 

「待ち合わせ10分前。相変わらず真面目ですね」

 

 あちらも早めに現れる。虚はともかくとして本音が早いのは珍しい。

 どちらも服装は外行きのそれだろう。本音が黄色いコートの下に黒地に控えめな白水玉の服と黒いスカート。そしていつも通りの黒タイツ。虚が同じコートで白の色違い。前は閉じていて下は黒いズボン。真面目な彼女らしいと言えるだろうか。上手く説明こそできないが2人とも似合っているという事はわかる。

 

「誘われて遅刻するほど落ちぶれてはいませんから」

 

「感心感心~」

 

「あなたが言えることかしら」

 

「え~今日は起きたし~」

 

「……取り合えず行きましょうか」

 

 このIS学園からどこかに行くならば大体モノレールを使うことになる。俺も殆ど街には出ないがたまに出る時にはモノレールだ。今回の目的地であるショッピングモールも駅前にあるためモノレールを経由していくのが最短だろう。

 モノレールに乗っている間は基本的に本音が話していることを聞いているくらいだった。虚が資料関係をサボることがある更識について文句を溢したりもしていたが。尤もそれを虚や俺が片付けることもない上、虚が何が何でも捕まえるので結局後々返ってくるのは更識本人なのだが。

 

「着いたわけだが……服のコーナーなんてまるでわからないぞ」

 

「任せて~」

 

 という事で2人に任せて待つわけだが。

 

『お前は服とかわからないのか?』

 

『仁がまともに見たことないのに私にわかるわけないでしょう。服なんて私買えませんし』

 

 それもそうだ。

 

 さて20分ほど待ってようやく2人が戻ってくる。いくらかの服を抱えて戻ってくる様はまさに女子といった具合だが持っているのは男物である。

 そして俺はこの買い物に付き合ったことに後悔することになる。

 

「いいね~」

 

「これなら合わせるのはこっちの方が……」

 

「こっちもいいよ~」

 

「悪くないわね……」

 

「いいよいいよ~」

 

「素体がいいと選びがいがありますよ欄間さん」

 

 といった具合に完全に等身大着せ替え人形と化してしまったわけだ。これは参ったというか疲れる。今更抗議できるわけもなく数十分ほど着せ替え人形の着せ替えを布仏姉妹に満喫させることになってしまった。しかしここまで虚が生き生きしているのを見るのは初めてだ。普段は根を詰めすぎている印象があるため余計にそう思う。

 

『ぷっ……くくく……仁が……仁がされるがままに……くくく……お人形みたいですよ……ぷはっ』

 

『笑いを堪えるなというかそもそも笑うな。見た目以上にキツイんだぞ』

 

『まぁまぁ……初めての経験はいくつあってもいいことですよ……ぷくく……』

 

 駄目だこの相棒……。

 結局1時間近く着せ替え人形遊びをされた結果、紺のロングカーディガンにロング丈の白Tシャツに黒のロングパンツの組み合わせが一つ。そして茶のコーチジャケットに水色のニットセーター、黒のワイドパンツの組み合わせが一つを進められた。

 

「……変じゃないか?」

 

 前者の服装を着せられたまま店を出ることになった。今まで着てたものは片手の袋の中に放り込まれている。

 

「似合ってるよ~」

 

「ええ。欄間さんなら大体の服は似合いますよ」

 

「そうですか……やっぱりわからんな」

 

「夏になる前にまた来ようね~」

 

 また来るまで彼女らとの関係は続いているだろうか。IS学園に入学することにはなるだろうからなかなか切ろうとしても難しいだろう。好ましいとは……やはり思えない。だが同時に少しだけ悪くないとも思ってしまっているのもまた事実だ。そんな自分が――

 

「……厭になるな」

 

 つい小さく口から洩れてしまった。は、として二人を見るが二人は二人で雑談している。聞こえてはいなかったようだ。ふう、と息を吐く。

 きっと気の迷いだ。彼女らと長く接してしまったが故の気の迷いだ。そう思い頭を軽く振る。

 

「……ん?」

 

 何か見覚えある水色の髪の毛が二つ見えたような気がする。少しだけ目を凝らす。

 一つは更識かと思ったが少し違う。よく似てはいるが髪の跳ね方が外側の更識に対しその子は内側に跳ねていて、その髪は肩程までの更識に比べ背中まで伸びている。ついでにタレ気味の眼には眼鏡をしている。近くの多目的ホールからでてきたところだろうか。……もう一つは建物の影に隠れている更識本人だったが。

 

「何やってんだあの人……」

 

「かんちゃんだ~」

 

「かんちゃん?」

 

「たてなっちゃんの妹だよ~」

 

「今日が簪お嬢様の適性検査の日だったのですよ」

 

「妹いたのかあの人」

 

 様子を見るに妹が心配で今回俺達との同行を断ったのだろう。検査がこんな駅近くの多目的ホールで行われていたのならついででも構わなかった気はするが。

 

「お~いかんちゃ~ん」

 

「行っちまったし……」

 

 本音が簪とやらの方に行ってしまったのでこちらは更識の方に足を運ぶ。簪は本音ごしにこちらを見たようだが本音を見て驚いたのか恐らく気付いてはいないだろう。

 

「やれやれ……」

 

 こちらは更識の方へと足を運ぶ。

 

「何やってるんだアンタ」

 

 声をかけた瞬間更識の全身がビクリと跳ね上がったように見えた。声を出さなかったのは一応流石というべきことだろうか。

 

「き……奇遇……ね?」

 

「奇遇……でもないと思うがな」

 

 横目でチラリと虚を見ればニッコリと返してくる。間違いない。この人確信犯でここに連れてきたな。

 

「アンタ妹いたんだな。そんな素振りも話題も1つも見せなかったじゃないか」

 

「……そりゃ、ね。わざと避けていたんだもの」

 

「その割には大切そうじゃないか。アンタが俺の気配にすら気付かないってことは相当集中してたんだろう」

 

「……自分のそういうのには疎い癖に痛いこと言ってくれるじゃない」

 

「このストーカー紛いなやり方もなにか理由はあるんだろう?」

 

 バツの悪そうな顔をして更識が黙る。

 

「話したい時が来たら話せばいいし来なければ自分の中に留めておけばいい。生憎自分から詮索して手を貸す程お人好しじゃない」

 

 ただ。と続ける。

 

「大切なものはいつだって手の届く範囲にあった方がいい。手が届かずに取り零して壊れたらそれは必ず後悔することになるからな」

 

 それだけを言って離れる。

 

「……さっきのは体験談ですか?」

 

「……まぁそんなとこです。なに、よくある話でしょう。例えば食器を落として咄嗟に手を伸ばしても届かない。とか」

 

 恐らく彼女が聞きたいのはそうじゃない。そんなことはわかっていて、敢えてそう言った。彼女ら布仏姉妹は人の感情を読み取るのが上手い。だとしてもやはりそう簡単に話せるものでもないのだ。

 本音と簪の方を見る。どうにもいい雰囲気というようには少々見えない……というより本音はいつも通りなのだが簪の方が穏やかでないといったところか。

 

「更識があの調子じゃ、なにか姉妹間の関係の問題か」

 

 虚に聞いてもらうつもりでもなく独り言が口から零れる。

 

「そういう時は正面切ってお互い吐き出してしまえばいいってものだが、そう簡単な話でもないってわけか」

 

 俺とて更識楯無という人間と半年近く接してきたのだ。ある程度のことは推測できる。

 彼女は暗部らしからぬ優しさを持っている。大方妹を巻き込みたくないとかそういう事を考えていたりするんだろう。でなければあれだけ心配する妹の事を隠し続けるなんてしないだろう。

 

「……考えても仕方ないか」

 

 そうだ。俺がこんなことを考えてどうするんだ。まさかまた接する相手を増やすわけにもいかない。それなら彼女らが自分でなんとかするのを待つのが一番だ。これは俺が考えるべきことじゃ、ない。

 

「ランラン難しい顔してる~」

 

「む……」

 

 いつの間にか本音が戻ってきていた。

 

「……なんでもない。他に見ていく場所はあるのか?」

 

「いえ、目的は達していますし特に希望がなければ戻る予定です」

 

「……そうですか。ならもう戻りましょう」

 

 帰りのモノレールも行きの時と特に変わらなかった。疲れが特別溜まっているわけでもないため本音の話を聞きながらの帰宅だ。

 待ち合わせた時と同じくIS学園の門の前で解散となった。

 

「じゃあね~楽しかったよ~」

 

「こっちとしては着せ替え人形はもう勘弁願いたいもんだ」

 

「次は夏ですね」

 

「やめてくださいよ……」

 

 本音はどうやら今日は泊まるらしく虚の寮の部屋と同じ方向に二人で歩いて行った。去り際に

 

「貴方は十分お人好しですよ……」

 

 という声が聞こえた気がしたが、本当にほんの僅かだったため定かではない。

 

 部屋に戻ってベッドに身を投げ出す。

 

「少し疲れたな……」

 

『お疲れさまでした。鍛錬はどうします?』

 

「辺りが暗くなってからやる。それまでは休ませてくれ」

 

 わかりました。と返答が来てからしばしの沈黙が部屋に広がる。

 

 

 2時間ほど経った。夕食を腹に入れ、服を脱いで上裸と、買った物とは違う元々持っているズボンを履いて部屋を出る。

 

「今日は()()()だ。来てくれレーヴァ」

 

『はい。ですがしっかり止め際は見極めてください。索敵は最大限にします』

 

 用意していた水を頭から被り全身を濡らしながら言うと、指輪の姿から剣の姿にレーヴァが姿を変える。彼女本来の姿である真っ赤な炎の剣をロンググローブを外した両手で握りしめる。

 その両手にはところどころ火傷の痕がある。これを見られたくないためにロンググローブを使うようにしたのだ。

 これから行うのは()()()()()()()()()()()()()()だ。この世界での彼女の炎は使い手である俺自身も等しく焼く。彼女自身の意思のおかげである程度俺に襲い掛かる熱は抑えられてはいるものの、普通の人間が受けたら火傷では済まないような炎だ。抑えたからといって火傷は頻繁に起こる。要は危険な訓練だ。振るう力も、振るう俺自身も危険極まりないため、知られたくなかった。知られるわけにはいかない。

 

「炎よ……!」

 

 その一言と共に剣から炎が巻き上がる。両腕に焼けるような熱を感じるが構わずに振るう。剣を振ればそれを追尾するように炎が動き、放つイメージを取れば炎が空中を駆け、守るとイメージを取れば障壁のように炎が広がる。その一つ一つの動きが俺の両腕や身体を焼く炎となって返ってくる。

 

「ぐっ……」

 

 やはり長くはもたない。炎が腕の近くを通るたびにそれに沿って走る両腕の痛みに耐えきれずレーヴァを取り落としてしまう。

 

『やっぱり危険です。今日はここまでです』

 

「くっ……」

 

『自分の身体も大切にしてください。仁が五体満足でなければ守れるものも守れません。急いては事を仕損じるという言葉もあります』

 

 尤もだ。だがどんな可能性でも考慮するならこの訓練も必要なものだ。レーヴァは生身で振るえるIS武装のようなものでもある。それならばもしISが展開できない時が来れば生身での戦いの術は増やすべきだ。

 とはいえ無茶をするべきでもない。大人しく部屋に戻ることになった。

 両腕をチラリと見る。普段はロンググローブに包まれている部位はヒリヒリと痛みを感じ、ところどころが赤銅色に変色している。

 

「なぁレーヴァ」

 

『なんでしょう』

 

 ロンググローブを指に通しながら指輪に戻った相棒に声を掛ける。

 

「お前は、俺にアイツらと仲良くしてほしいのか?」

 

 前々から思っていた疑問だ。

 

『ええ、勿論。仁のやり方を否定したいわけではありませんが……まだ思い出せませんか?』

 

「……ああ」

 

『……そうですか』

 

 それ以降レーヴァも黙ってしまった。

 俺自身思い出したいのか思い出したくないのかもわからない以上は正直どうしようもない。彼女がこう言うからには悪いことではないのだろうが、参ったものだ。




 服のセンスなんてないから苦労しました。必死に検索して似合う服装を考える始末。
 布仏姉妹的にはデートとかそういう事よりも素体がいいものを着せ替えるのが楽しい感じでしょうか。
 ようやっと原作に入れそうです……だいぶ一話ごとの時間的には飛ばしてるつもりでしたが随分と掛かりましたね。


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初IS模擬戦

 実はちょいちょい細かく各話を手直ししていたりしています。主にレーヴァの装甲の書き足しとかそういうところで。


 冬休み中盤といった雪の日。現在俺と更識、そして布仏姉妹は第8アリーナに集まっていた。

 俺と更識は赤と水色のISをそれぞれ身に纏い、姉妹は管理室でそれを見ている形だ。

 

「ようやく実戦訓練か」

 

「ええ。いくら君が生身で並外れて強いとしても勝手が少し違うわ。入学も近づいてきている以上そろそろIS戦闘に慣らしておいて損はない」

 

 こちらはまだコアネットワークに接続していないのでそのまま肉声でのやり取りだ。

 

「こちらはいつでも大丈夫です」

 

 虚の声が備え付けられているスピーカーを通して届く。今回布仏姉妹はデータの収集に来ている。レーヴァは未確認ISであるため収集データは重要であるためだろう。尤もそのデータを基にレーヴァ自身も参考にするとは言っていたが。

 同時に【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】は実戦経験がまだ多いわけではないらしい。更識が以前乗っていたというロシアのISである【モスクワの深い霧】から彼女が設計したという【霧纏の淑女】に乗り換えてからは実戦を積ませる機会が少なかったのだという。暗部の方でISを起動する機会も偶然にも多くは回ってこなかったのだろう。そのためあちらのデータを収集するのも目的だろう。

 今の機体での経験がまだ少ないとはいえ相手はロシア代表IS操縦者。明確に格上だ。勿論勝てるなどとは思っていないがただで負けてやるのも気分が悪い。

 

『最初から全力。ですよね』

 

「勿論」

 

 以前【霧纏の淑女】のデータは"視た"。情報的アドバンテージとしては向こうも俺のISはよく見ているからイーブン。いや、俺はあの機体でできることをほぼすべて知っているためにこちらが有利か。

 注意すべきは【蒼流旋】に内蔵されている4連ガトリングと【アクア・クリスタル】によって生成されるISのエネルギーを伝達・変換することができるナノマシン。これによって彼女は自在に水を操る。特に後者は水蒸気爆発や分身体の生成、さらにはIS周辺に展開している水のフィールド等汎用性に優れる。

 これだけ見れば炎を操るレーヴァテインとは相性が悪く見えるが、彼女の炎は簡単に消えなどしない。一矢報いることはできるだろう。

 

「先手、いつでもいいわよ仁君」

 

「じゃあお言葉に甘えさせてもらう。行くぞ更識さん」

 

 結局向こうは名前で呼ぶようになったがこちらは変わらずだ。ついでに虚からも名前で呼ばれるようになった。そもそも布仏姉妹にしたって区別のために下の名前で呼んでいるのだから別に構わんだろう。閑話休題(それはさておき)

 地面を蹴る。ブースターを吹かして一気に接近しながら二刀を抜剣。同時に四機全ての【炎の枝】をレーヴァに任せる。四機全てが散開しシールドエネルギーを犠牲に炎を纏う。

 

「最初っから本気ね!」

 

「様子見ができるような立場でもないからな!」

 

 ×を描くように同時に斜めに振り下ろした二刀がその中心点に差し込まれた大型ランス【蒼流旋】によって止められる。右手首を返しフェイシングのように突き出す。更識は半身を僅かに逸らしてそれを回避するが引き戻していた左の剣を水平に振るうことで追撃。ランスを跳ね上げて弾きながら更識は一気に飛び退る。直後に更識が立っていた場所に二つの炎の弾丸が突き刺さる。

 ビットと単一仕様能力(ワンオフアビリティ)の併用によるビットからの炎の弾丸の射撃。撃つたびにこちらのシールドエネルギーは少しずつ減るが威力は抜群。更識でなければ今のに命中し体勢を崩したところを追撃で終わっているだろう。

 

「レーヴァちゃんの援護か、厄介ね……」

 

「いくらハイパーセンサーが360度カバーしてるとはいえそれに反応するか」

 

 今度は更識が武器を持ち換えて接近してくる。持ち替えたのは蛇腹剣【ラスティー・ネイル】。文字通り蛇のように柔軟にしなり、各関節部を分離させ、内蔵されているワイヤーにより伸びることで予想しづらい攻撃は勿論、拘束にも使用できる武器だ。

 

「こういうのはどうかしら」

 

 ビットの一つが蛇腹剣に絡み取られる。それが鉄球のように振るわれ、全長約150cmの鉄の塊が迫ってくる。

 

『なんて乱暴な!』

 

 レーヴァの悪態と同時に空中に逃げる。流石にあれは防御できない上に薙ぎ払うように放たれているため逃げ道は上か後ろしかなかった。

 ビットを離してこちらに向かって放たれる蛇行する剣に意識を集中する。普通の剣であれば振るう腕を見れば軌道は予測できるがこの武器はそれができない。袈裟に振り下ろしたかと思えばワンテンポ遅れて逆袈裟から飛んできたり、横に薙いだと思えば真下から襲い掛かってくる。これの理由は振るう瞬間に更識が巧みに手首を使って軌道を調整しているためだ。

 

「何が実戦経験は少ないだ……使いこなせてるじゃないか」

 

 ハイパーセンサーによって広がっている視界で何とか対応はできるが反撃の機会がなかなか生まれない。ただしそれは"俺"が反撃できないだけだ。

 炎を刃の形にしたビットが更識に向かって三機殺到する。鬱陶しそうに三方向からの斬撃を蛇腹剣を用いて捌き始めるがそうすれば今度はこちらの手が空くことになる。

 二刀に炎を纏わせ、背中の推進翼からエネルギーを放出、同時に推進翼内にそれを取り込む。その状態でもう一度推進翼からエネルギーを放つ。つまり加速するエネルギーを2回分纏めて放出する。IS操縦テクニックの一つである瞬時加速(イグニッション・ブースト)。先程までとは比べ物にならない加速で更識に接近しながら右の剣を肩に担ぐように引き絞る。ソードスキル《ヴォーパルストライク》を模した高速の刺突の構えだ。同時に左の剣を右脇腹に抱えるように構える。

 

「はぁっ!」

 

 刺突は高速切替(ラピッドスイッチ)によって瞬時に持ち替えた【蒼流旋】によって逸らされたが、右の脇腹から居合のように切り上げた左の剣が直撃する。しかし期待を切り裂いたような手応えはない。

 

「あら、当たっちゃった」

 

「水のバリアか……!」

 

「ご明察♪ そろそろお姉さんもちょっと本気出しちゃおうかな!」

 

 瞬時に水を纏った【蒼流旋】によってすぐに引き戻した右の剣がさらに弾かれ、腹に付きつけられる。この形は不味い――

 

「バースト!」

 

「っ! 守れ!」

 

 四連ガトリングから一気に弾が掃き出され、咄嗟にその位置に作った炎の障壁により弾丸を溶かすことで表面積を減らしたため、いくらか衝撃は軽減されるものの大量のシールドエネルギーが削られながら身体も大きく離される。

 体勢を直して顔を上げ、更識を視界に収めるとニッコリと笑って左手をひらひらと見せる。つー、と背筋に嫌な予感が冷たい汗となって流れる。

 グッと左手が握られる。同時に俺の真後ろの空間が爆発し機体ごと身体が吹き飛ばされる。

 

「くっ」

 

 これこそが【霧纏の淑女】の切り札の一つ、【清き熱情(クリア・パッション)】。【アクア・クリスタル】によって敵の周りに散布した霧を即座に気化させることで起こる水蒸気爆発。本来屋内などの限定的な空間でしか扱えないはずだが、アリーナに展開されているシールドによって屋内と変わりない状況が作り出されているのだろう。

 

 弾かれる方向で爆発が起こりピンボールのように連続で吹き飛ばされる。都度炎での衝撃軽減は行っているが、ISは衝撃を防ぎ切ることはできない。爆発の衝撃が全身を叩き機体の中身の身体にまで痛みは届くが歯を食いしばって耐える。連続で弾かれているため体勢を立て直すのが難しい。だがこのまま手も足も出ずに負けるのは癪だ。

 

『シールドエネルギー残量50%切りました』

 

「チィ……ぉお!」

 

 全身の装甲から炎を思い切り噴き出し水蒸気爆発を起こすための水蒸気を一気に吹き飛ばす。一時的な処置に過ぎずすぐにナノマシンによって供給されるだろうが、その一瞬が今は大事だ。

 

「荒業ね!」

 

「そうでもしなきゃ届かないからな!」

 

 体勢を立て直し炎を纏ったまま再度の瞬時加速。単一仕様能力を全身からフルで発動させたままであるためシールドエネルギーが継続して減少していき残り35%。次はない。ここで一発決める!

 ビットが4機全て刃の形の炎を纏って更識に殺到する。同時にこちらも炎を操り炎の波をけしかける。更識はビットをガトリングで軌道を逸らしながら炎の刃を避け、水を纏わせた【蒼流旋】で炎の波を切り裂く。

 その切り裂かれた炎の波の中心を割って出るように瞬時加速の勢いのまま真っ直ぐに突っ込む。更に切り裂かれた炎の波を操作し2本の槍と化したそれを更識の後ろから襲い掛からせる。完全な挟み討ち。

 

『残シールドエネルギー25%!』

 

「はぁっ!」

 

 先程までと違い炎を纏わせた二刀から更に炎を吹かし、レーヴァが熱を跳ね上げることで炎が蒼く変色する。被膜装甲(スキンバリアー)がなければ俺も酷い火傷を負うことになる温度だ。

 本来空中での剣術というのは難しい。踏ん張るための地面が存在しないためだ。いつもと同じように剣を振れば機体ごと身体がくるんと回転してしまう。しかしそれは利点にもなり得ることがある。

 二刀を揃えて空中を回転するように遠心力を乗せて右下から切り上げて振り抜く。更識は【蒼流旋】で剣を受け止めようとするが、全身を使って体重と遠心力を乗せた二撃でランスは両腕ごと跳ね上がる。しかし二刀の斬撃はそれによって更識に届かない。しかし目的はこれを当てることではない。

 

「ッ! 考えたわね……!」

 

 後ろから迫っていた二本の炎の槍が相手の機体に突き刺さる。水のバリアで受け止めるつもりでこちらの二刀を対処したのだろうが、俺の狙いは初めから斬撃を当てることではなく、色が蒼くなる程超高熱まで上がった炎によって水のバリアを蒸発させることだった。

 ほんの僅か、シールドエネルギーにして10%程度だが確かに届いた。それを認識した直後に強い衝撃によって空中から叩き落された。

 

『残シールドエネルギー0%。負けましたか』

 

「……流石に強いな。次からは同じ手もなかなか通じないだろうし考えないとな。お疲れ、レーヴァ」

 

 ISが自動的に解除され、地面に座り込む。

 

「お疲れ様。まさか食らっちゃうとは思わなかったわ」

 

「一矢報いることができてこっちは満足だよ……痛っつつ……」

 

「ちょっと大人げなかったかしら♪」

 

「切り札を1つ温存して何を言うか」

 

「ミストルテインの槍は切り札も切り札。模擬戦で大怪我したくないもの」

 

 まぁそうだろう。誰だって練習で大怪我などしたくない。

 しかしIS戦闘には慣れてないのもあって疲れる。エネルギー補給の間休憩したとしてもなかなか倦怠感が残りそうだ。

 

「思った以上に単一仕様能力中のエネルギー消耗がでかかったな……あそこまで高温に上げれば機体がダメージを受けるわけだ」

 

「霧纏の淑女の水のヴェールを突き破る程ってなると相当よ。でも蒼い炎はここぞって場面だけにしておきなさい。レーヴァちゃんが持たないわ」

 

「そうだな……そう何度も打てるもんじゃない」

 

 レーヴァだって痛みがないわけじゃない。彼女自身が熱さをどこまで感じるのかはわからないが無理をさせるわけにもいかない。それならばなるべく彼女の負担も減らすように立ち回るべきだろう。

 

「お疲れさまでした。2人共」

 

「お疲れ~凄かったね~」

 

 布仏姉妹が管理室から下りてきたようだ。

 

「初戦闘とは思えないいい試合でした。初めてでお嬢様に2撃当てたのは誇るべきことです。いいデータが取れていますよ」

 

「そりゃよかった。ふー……」

 

「エネルギー補給するよ~」

 

 本音に指輪状態に戻ったレーヴァを手渡す。俺よりも整備科の虚の妹で整備科志望の本音の方がそういった事には詳しいだろう。

 

「取り合えずピットの方に戻りましょうか」

 

 同意して立ち上がってピットに戻る。第8アリーナは生徒会貸し切りなため人目を気にすることもないのは気が楽でいい。

 ピットに戻ると本音がエネルギー補給をしようと補給機器の方に向かっていく。

 

『優しくお願いしますね本音さん』

 

「ふぇ?」

 

 思わず額に手を当てて天井を仰いでしまう。なんというかもう頭が痛い。

 

「……いいのかしら仁君」

 

「俺が知ったことか……」

 

 視線が本音の手元に集まる。

 

「……本音、腹話術でも習得したの?」

 

「違うよぉ~」

 

「……レーヴァ。お前は何でいつもそうサプライズみたいにいきなり喋るんだ」

 

『反応が面白いじゃないですか』

 

「立派な人格になりやがって……」

 

 より頭が痛くなる。説明しないといけなくなってしまった。彼女の気紛れにも困ったものだ。

 

「つまり、最初から仁さんのISには人格が芽生えていたと」

 

『そういう事です。私はレーヴァテイン。好きに呼んでください』

 

「よろしくね~レイちゃんでい~い?」

 

『勿論です。よろしくお願いします。本音さん』

 

 『レ』ーヴァテ『イ』ンから取ったらしい愛称が早くも付けられた。

 

「特例も特例。ビットの操作が円滑だったのは彼女が操作していたんですね」

 

「そういう事です。コイツが自分から話すまでは黙ってるつもりでしたが、この通り」

 

「二人で一人。経験の差を連携で埋めてくるのがキツイのよねぇ」

 

『私は仁の相棒ですから!』

 

 それぞれの前に出されたモニターの中でまた腰に手を当てて胸を張って自慢気にそう言う。

 

「しかしこれで知る人間がまた増えたな……」

 

『私が彼女達を信用したから話したのです。大丈夫ですよ』

 

「まぁその点では大丈夫だろうが……やれやれ」

 

『あ、それはともかく補給お願いします。凄い疲れました』

 

「わかった~」

 

 すぐに適応している辺り本音は流石というべきなのだろうか。

 

「いい子ですね、仁さん」

 

「ええ。いい相棒ですよアイツは」

 

「大事にしてあげてくださいね」

 

 頷くことで答える。当然だ。IS戦闘をする以上ある程度は仕方ないがなるべく彼女の負担は抑えていくつもりではある。そのためにもこれから入学までの時間も精進しなければ。




 全身青痣不可避なクリア・パッション連発。絶対痛い。
 ようやく次回原作入り予定です。長かった本当に長かった。原作入りしてからは原作沿いの予定なのでオリジナル展開は少なくなるかもしれませんが、次回以降もよろしくお願いします。


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今日も今日とて頭痛の種が増える

 1週間経ちかけてこれは不味いと焦って書き上げるスタイル。


 更識との訓練メニューにIS実戦が加わり、レーヴァのメンテナンスでレーヴァがいない事も幾度となくあった日々ももう約3か月が経った。一度として更識には勝利していないが攻撃を当てることができる割合は確実に増えてきた。正直入学までに一度くらい勝っておきたかったが、まぁ仕方のないことだろう。

 

「やあやあ久しぶり仁くん! 明日は待ちになった入学だねぇ」

 

 そして世間はここ1か月半程なかなかに沸き立っていた。というのも男性でISを操縦することができるという男が現れたのだ。その名前は『織斑一夏』。かの有名な世界最強(ブリュンヒルデ)・織斑千冬の弟にして”世界で初の男性IS操縦者”だ。恐らくこの世界の主人公も彼なのだろう。

 

「見てたよ~何か月にも渡る訓練! すぐにISにも慣れちゃったねぇ」

 

 俺はあくまでも織斑一夏の後に男性が受けることを義務付けられた適性検査に合格した"二番目の男性操縦者"として入学する。これは更識が決めたことだ。世間の目は肩書きゆえに目立つ織斑一夏に注がれることになり、そして俺は生徒会所属として『更識(暗部)』の監視という名目の元実質的な保護を受けることとなるため、滅多な事でもない限り実験動物行きも免れる。俺としても目立つのは御免なので大人しく従うことにした。

 現状IS学園関係者の中でも極一部しか知りえないよう隠してきたのもようやく報われるというものだ。

 

「あれ? 聞いてるー?」

 

 問題としては"二人目"である癖に既に専用機を所持しているという点か。不自然すぎるがデータ取得のために急造で用意されたという事にしておけ。と更識には言われている。

 最初から隠すという案もあるにはあったが、それではレーヴァが可哀想だと生徒会の総意だ。レーヴァも俺の相棒ポジは譲らないの一点張りだし仕方ない。

 尤も、稼働時間のデータでも取られれば一発で隠匿しようとした事実は曝け出されるわけだが。

 

「折角来た束さんをガン無視!? 酷くない!?」

 

「駄目ですね束様。この方私達をいないことにしようとしています」

 

 入学して正式に生徒の寮が決まってもどうせ俺の寮の部屋は変わらんだろう。いつも通り必要なものだけまとめて用意をしておく。

 

「仕方ありません。ここは無理矢理でも存在証明を……」

 

 振り下ろされた細い腕を片手で受け止める。一つ大きなため息を吐いてそちらに視線を向ける。

 兎が1羽。いや2羽。童話の世界からそのまま飛び出してきたような服装と兎耳装着、常人離れしたプロポーションの紫兎と、腰程までの流れるような銀髪にゴシックドレス、そして閉じたままの両眼が特徴的と言える銀兎。他でもない俺の部屋にいつの間にか侵入してきていた。

 

「やっとこっち見たね!? いくら何でもガン無視は束さんも傷ついちゃうよ!」

 

「……興味ない相手には同じような態度だろうアンタは」

 

「話したって無駄だからね!」

 

 そんなことで胸を張るな胸を。

 

「なるほど。この方が……」

 

「見えてるのか、それ」

 

「貴方のその右眼と同じようなものですよ」

 

 なるほど、確かに俺の右眼も髪に隠れていてよく「見えるのか?」と問われるがちゃんと見えている。

 

「……閉じてるのと隠れてるのは流石に別件じゃないか?」

 

「バレましたか」

 

 とはいえ見えてるのは確からしい。

 

「……で、何の用だ篠ノ之束。こんな易々と侵入されるんじゃIS学園のセキュリティに不安を覚えてきたぞ」

 

「何の用って? 用事なんてたっくさんあるよー」

 

 この天災はこれでいて天才だ。話すこと自体は有意義ではあるがどうにも疲れる。本音相手以上に疲れる。

 

「まずはくーちゃんの紹介! 束さんの娘だよ」

 

「クロエ・クロニクルです。よろしくお願いします。欄間仁さん」

 

「ああ。よろしく……待て、どこまで話した?」

 

 娘、という点は取り合えず流しておく。この兎に常識など通用しないのだから無粋だろう。

 

「全部」

 

 もう一つでかいため息を吐き頭に手を当てる。やっぱりか……。

 

「……アンタの事だから考えはちゃんとあるんだろう」

 

「もっちろん! 後はレーヴァちゃんの事についてだよ」

 

『私ですか?』

 

「うん。戦闘データは見させてもらってるよ。相性抜群阿吽の呼吸二人三脚。要は最高に相性がいいね。経験さえ積めばすぐに二次移行(セカンドシフト)してもおかしくないね。まぁ2人はいっくん以上の特例中の特例だからそんなに驚くことでもないかな。本題はここから」

 

 口を挟むこともない。クロエがこちらをひたすらに観察しているようだがまぁいいだろう。

 

「前に第三世代のISだって言ったよね。でもレーヴァちゃんの装甲、戦闘データからよくよく確認してみると展開装甲っぽいんだよね。束さんが展開装甲に着手する前から存在していたことになるってわけなんだけど」

 

「展開装甲?」

 

「第四世代型ISの装備予定で束様が開発をしていた装備です。パッケージ(装備一式)を換装することなく、状況や用途に応じて即時切替可能なアーマーや武装を総称して私達はそう呼んでいます」

 

「一言で言って、やっぱり異常だね。本当にレーヴァちゃんが願った結果として装備が生み出されたみたいにも見えてきちゃうね。まぁその娘のパッケージなんて束さんくらいしか作れないし、その必要がないなら都合はいいかな?」

 

 至って真面目な顔でそういうのだから展開装甲とやらである事は真実なのだろう。レーヴァにしたって装備についてはよくわかっていないのだから装備がどうこうについてはわからないのだが。

 

「そんなわけだからレーヴァちゃんは第四世代ISって事になるね。いっくんに渡る予定の白式も第四世代だけど全然違う意味でお互い異端だね。流石二人だけの男の子の操縦者だね」

 

「レーヴァがどんな姿でも変わらない。コイツが俺の相棒ってのはな」

 

「いいねぇ。レーヴァちゃんは幸せ者だねぇ。他の娘達もそんな風に言われたら嬉しいと思うんだけどなぁ」

 

「簡単にはいかないものです」

 

「ああ、あと1つ」

 

 篠ノ之束が今まで見たことのないような真剣な顔になる。

 

「仁くん。あの時の事、正確に覚えてる?」

 

 あの時、とはいつか。などとは聞かない。篠ノ之束が真剣な顔で話してきて、かつ"あの時"なんて言い方をされたら頭に浮かぶのは1つだけ。あの、地獄だ。

 絞り出すように声を出す。

 

「覚えている……はずだった」 

 

 篠ノ之束が目を細める。

 

「この世界に来てから、どうにも曖昧だ。目に焼き付いたはずの顔が霧がかかったように見えない。それはアンタが覗いた時も同じだった。忘れるなんて……許されないはずなのにな……」

 

 俺にとってほぼ掠れずに残っていた筈の最古の記憶。あの守れなかった人達が何人も物言わぬ肉塊として、時には機械と共に転がっている記憶。それ以前の記憶は殆ど思い出せず、それ以降の記憶はいくらか欠けている。

 どの世界だったかすらも曖昧になってしまったが、確かに俺が介入したせいで起こらないはずの事が起こってしまったが故の地獄だったのだけはわかっている。

 

「やっぱりね」

 

 頭を抱える俺に対して篠ノ之束は満足のいく答えが返ってきたというように頷く。

 

「束さんが見たのもそうだったんだ。君の記憶を見ていたからか人の顔はよく見えなかった。それが少しだけ気になってたんだ」

 

 真剣な顔のまま篠ノ之束は続ける。

 

「多分君は自分で記憶を封印しつつあるんじゃないかな。その理由はわからないけど、完全にアレを忘れちゃったら、きっと君はただのロボットになってしまう。そう束さんは思ってるよ」

 

「貴方の気持ちが介入する余地はなく、なんで人を守る義務感があるのかも忘れてしまう。そうなったらきっと貴方は貴方で無くなってしまうのでしょう。記憶を繋ぎ止めてください」

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之束とクロエ・クロニクルは言いたいことは言った。というように瞬きの間にまた消えていた。

 

「またいずれ。私もあなたには興味がありますので」

 

 クロエは最後にそう言い残していった。

 

「記憶を繋ぎ止める……か」

 

 言われるまでもない。摩耗してしまったならそれ以上擦れることがないように気を付けるだけだ。アレは俺の罪だ。忘れてしまうわけにはいかない。

 忌まわしき記憶として封じてしまうのは楽だろう。しかしそれは許されない。俺は俺のせいで死んだ人を背負わなければならない。

 

『……仁。気にしすぎないでください。しっかり意識さえしておけばきっと大丈夫です。それにそんな怖い顔じゃ第一印象最悪ですよ』

 

「む……第一印象なんていいだろ。どうせそんなに関わる気もないんだ。むしろ避けられた方が楽だ」

 

『怒りますよ?』

 

 レーヴァは何故か俺を1人にさせないようにしているように思う。俺は別にいいのだがどうにも彼女は俺に友人を持ってほしいらしい。それは俺のやり方には反するとわかっていて彼女はそうしているのだから、よくわからない。よく言われる『思い出しましたか?』には関係しているのだろうが、どうにもレーヴァが言う記憶は思い出せていないらしい。

 

「……しかし今更だが女子校に入学とは面倒だな。織斑一夏がいるとはいえしばらくは日本に来たばかりのパンダ扱いだ」

 

『慣れることです。向こう3年間はいることになるんですから』

 

「他人事だと思いやがって……」

 

 だが休み時間及び放課後は生徒会室に居ればひとまず心は休まるだろう。少なくとも見物客に押し入られることはない……と思いたい。生徒会の面々はいるかも知れないが、1年の約4分の3という期間顔を合わせてきたのだから見知らぬ相手よりは遥かにマシである。

 むしろ上手いこと織斑一夏に全員釣られてくれればいいがそうもいかないだろう。物珍しいものというのは興味が偏ることはあっても、片方に興味が全く無いという事はそうそう起こりえないのである。

 

「……頭痛薬も入れておくか」

 

 兎達がいなくなって再開した明日の準備をしているカバンの中に頭痛薬を瓶で放り込んでおく。しばらくはコイツの世話になりかねない。

 

「学校では周りに聞こえないようにしてくれよ。注目の種をこれ以上増やしたら本当に持たん」

 

『わかってますよー。信用出来ない人の前でなんて声出しません』

 

「お前はどこか抜けてるから心配なんだよ……」

 

『失礼なー!』

 

 

 

 

 

 翌日、朝食を軽く摂り、アレからまた大きくなった火傷跡は両腕共に肘より少し下辺りまでが7割程赤銅色に染まっている。レーヴァによる回復促進のおかげで見た目以外は基本正常だ。それを指空きロンググローブで蔽い、今まで使っていたものと変わらない男子用の制服を着る。IS学園の制服は軽度ならば改造が可能ではあるが、俺は別にそういったものには興味がない。そもそも女子用のものとは違い男子用制服なんて改造の余地は少ないだろう。布仏本音のように基本のサイズを変えずに首元と袖と裾だけやたら長くしているようなことはできるだろうが不便になる。

 そろそろISスーツも届くらしいが、IS実戦訓練の度に更識のそれを見ている限り機能には優れているのだろうがどうにもピッチリしすぎている。とはいえ普段のようにシャツとズボンの上からISを纏うよりは伝達率も上がるのだから使った方がいいのは明確なのだが。

 

「面倒なことが起こらなければいいんだけどな……」

 

 これから大変になる。と1つ溜息を溢して寮の部屋を出て、入学室のために体育館へと向かった。

 道中まではまぁ予想通りというべきか。男性操縦者が2人入学してくるという噂は当然のように広まっているようで、歩くだけで注目の的だ。直接話しかけて来る者こそいないものの、ひそひそと話す声や視線は相当な数感じる。頭が痛くなるが取り敢えず堪えて表情を変えないように、生徒会長である更識の挨拶等を聞き入学式をどうにか超える。

 体育館から出るのもまた一苦労ではあったが俺が配属されたという1年1組の教室へと視線に耐えながら向かった。席は……中央少し後ろの窓際ね。ひとまずこれまた多数の視線を極力無視して席に座る。

 

『凄い視線。こんな数の人の注目浴びたことって今までありました?』

 

『ねえよ……』

 

 はぁ。と溜息をまた1つ溢して時間が過ぎるのを待つ、つもりだったんだが。

 

「今日も早いね~流石ランラン」

 

 隣の席に座ってきたのはもはや見慣れた布仏本音。つまり隣の席の住人が彼女なのだろう。頭痛の種がまた増えた。大方一番の理由は俺のお目付け役なのだろうが。

 

「……よくこの空気で話しかけてきたなお前」

 

 この空気。というのも教室内は謎の緊張感に包まれており、ひそひそと小さく話す声以外にはまともな会話をするような音はしない。真ん中最前列という極めて目立つ席に座っているもう1人の男(織斑一夏)も頭を抱えて外部からの接触を完全にシャットアウトしている。

 

「友達と話すのなんてフツーだよ~」

 

「まぁ……お前はそういう奴だよな」

 

 いい意味で空気の読めない女だという事はよくわかっている。早い話彼女がいると固い空気がいくらか和らぐのだ。尤も今現在この教室内においてはそれは適用されないが。

 

「ランラン顔が怖いよ~?」

 

「む……」

 

 別に意図して怖くしているわけではない。こんな環境(女子まみれの箱)に放り込まれたら極度の女好き以外こうもなるだろう。

 

「俺の事はいいだろ……ほら前向け。山田真耶先生が来たぞ」

 

 教室の前の扉から入ってきた、身長やや低めでおっとりとしたタレ目に大きめの眼鏡をした緑髪の女性は山田真耶。入学以前に度々生徒会室で遭遇したことはあるが、男性が苦手なのか基本的には上手く会話にならなかった彼女だが、元々は日本代表候補性であったため実力は折り紙付き、銃央矛塵(キリング・シールド)と呼ばれていたことすらある防御と銃の達人だ。……尤も今教室にいる彼女は見た目に違わぬ印象しか感じ取れないのだが。

 

「全員揃ってますねー。それではSHRはじめますよー」

 

 まずは本人の自己紹介。前から読んでも後ろから読んでも『ヤマダマヤ』と軽口を叩くことでクラスの空気を軽くするつもりだったのだろうが、どうにも上手くいかなかったようだ。そして彼女はどうやら副担任らしい。

 

「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」

 

 返事はない。本当にここはエリート校なのかと問いたくなるが、その空気を作っている一因としては流石に何も言えない。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

 雰囲気に耐えきれなくなってきたらしい。緊張に弱いタイプという事も聞いているのでこのクラスの現状は彼女にとっては酷だろう。

 自己紹介の方はというと、『あ』からの出席番号順で自己紹介が行われる。別段滞りもない……わけでもないらしい。

 

「織斑くん。織斑一夏くんっ」

 

「は、はいっ!?」

 

 考え事でもしていたのか山田副担任の呼びかけに裏返った声で返事を返した織斑一夏に、周りからくすくすと笑い声が上がる。一瞬眉にしわが寄ってしまうのを感じるがすぐに無表情に意図して戻す。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

 

「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」

 

 何を自己紹介1つにここまで手間取るのか。と言いたくはなるがここで変に動いてもそれはそれで視線を集めてしまうのでぐっと堪える。

 立って後ろを振り向く織斑の顔が目に見えて強張る。大方俺含め合わせて30人分、計60の瞳による視線の数に緊張していたりとかそういうものだろう。尤も俺の右眼は髪で隠れているから59の瞳かも知れんが。

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 頭を下げて上げた織斑の顔が再び引き攣る。俺も周りを少しだけ見ると「それで終わり?」オーラを感じる。流石パンダ、ただ笹を食ってるだけでは不満というわけだ。

 

「以上です」

 

 がたたっといくつかの椅子の音が響く。本当に自己紹介の初手も初手だけで自己紹介を終わらせやがったあの男。

 

「あっ……」

 

 何か板状のものを振り上げているある人間という嫌なものを見てしまった。今度こそ本当に頭が痛くなるのを感じる。指を2本だけ額に当てて目を強く閉じて開くが、どうやら現実は変わらないらしい。

 直後教室にパアンッ!という小気味の良い音が響いた。

 

「いっ――!?」

 

 頭を押さえた織斑が恐る恐るというように振り向いた瞬間に顔が驚愕に染まる。

 

「げえっ、関羽!?」

 

 そして再び小気味良い音が響く。

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

 そこにいるのは黒のスーツにすらりとした長身に鋭い釣り目、そして身のこなしからしてただ者ではないとすぐにわかる女性。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

 織斑千冬(世界最強)その人だ。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を1年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の聞くことは聞け。いいな」

 

 少し考えればわかったことだ。男性操縦者を1つのクラスに集めた理由がこれだ。織斑千冬という明確な力の持ち主が2人纏めて監視・保護するためだ。滅多な事では突破出来ない壁を用意することで問題を起こさせないようにするために。と、いうことを考えつつ両手を耳を押さえつけるように動かす。

 

「耳塞いどけ」

 

「ふぇ?」

 

 直後塞いでいるというのに大量の黄色い声援が耳に流れ込んできた。女子特有の高い声はなかなか防御出来ないものなのだ。

 

「キャーーーーー!」

 

 という非常に甲高くいくつもの声のハーモニーが耳に届いた瞬間により強く耳を押さえつける。持ってくるべきは頭痛薬ではなく耳栓だったか。

 エリートが集うというIS学園がこれでは、これから先が思いやられるというものだ……。




 私は女子9割とかいう環境に放り込まれたら苦痛でしかないと思うタイプの人です。少なくとも私は常時しかめっ面になる自信があります。
 では次回もまたよろしくお願いします。
 感想等いつでもお待ちしております。


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頭痛薬は生命線

 サブタイトルが適当になってる? 勘違いではないのでご安心ください。
 文字数が1話ごとに増えている気がするのもきっと勘違いではない……。


 耳を塞いだまま様子を見ていたが、どうやら織斑千冬の一喝で静かになったようだ。耳から手を離す。隣の席では耳を塞ぐのが間に合わなかった本音が目を回しているがアレはもはや一種の音響兵器。仕方ないだろう。

 

 しかしIS学園――ISを作った原因である日本が全ての運営を義務付けられ、その技術を育てた上で他国へ渡すことを義務付けられている、云わば日本への戒めのような学園――に入学してくる生徒と言えば全世界からのエリート。尤もIS適性があるというだけでエリート扱いされている節こそあるが、エリートという名目なのだから生徒達はそれを理解した上でちゃんとして欲しいのだが……どうやらパンダ扱いは俺達だけじゃなく織斑千冬もそうらしい。どちらかと言えば人気アイドルのようなそれだが。

 

「さて、自己紹介の続きだったか。続けてくれ山田君」

 

 という事で自己紹介自体はきちんと続けるらしい。織斑担任がこちらに視線を送っている辺りその本意は俺の自己紹介なのだろうが。

 しかし目立った自己紹介は特にない。強いて言うならば本音は喋りが相変わらず非常に間延びしている上に好きな物はお菓子だと豪語した事が印象的だったが、俺としてはもう慣れているから特別どう思うわけでもない。

 

「欄間くん、お願いします」

 

「はい」

 

 緊張しないわけではないが別段喋れない様な程ではない。そもそも殺し合いに比べれば大抵の事の緊張など塵に等しい。

 

「欄間仁だ。趣味は自己流の剣や武術の訓練。昼休みや放課後は生徒会の方で手伝いをしている。その際見た事がある者もいるかも知れないが、まぁよろしく頼む」

 

 当たり障りはないだろう。自己紹介中は皆静かに聞いていたし、ひそひそという話声が聞こえる程度で何ら問題が起こるようには見えない。表情は終始変えていないため無表情に映っているだろうが。愛嬌を振りまくようなパンダになるなど御免なので別に構わない。

 自己紹介も「ら」の俺の後には続く人数はもう少ない。すぐに自己紹介の時間は終わりを告げた。

 

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で身体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

 

 ここは軍隊ではないのだが……いや将来の軍人は確かにこの中から少なからず出るだろうからあながち間違っていないかもしれないが、これを発言しているのが織斑千冬でなければ、もしくは男教師ならば確実に生徒から文句の1つでも出てくるであろう発言だ。

 しかしさっきから織斑担任からのプレッシャーが酷い。生徒会室で会う時もそうだがあまりにも警戒されている。勿論俺も警戒しているのだから仕方のないことではあるが、なかなかに重いプレッシャーを投げ付けられ続けるのは疲れるのだ。勘弁願いたい。

 

 

 

 

 

 さて、1時間目はIS基礎理論授業だった。何ら問題なく内容は理解できたしむしろ授業としては物足りないと言っていいだろう。実際に本当に基礎的なものなのだから当然ではあるのだが。

 1時間目の後の休み時間になり、織斑が確か篠ノ之箒と名乗っていた少女に連れられて廊下に出て行ったのは確認したが、さして興味もない。篠ノ之箒は恐らく篠ノ之束の妹であることは束本人が稀に溢すことがあったのでわかっているが、まぁ俺には関係ないだろう。

 むしろ問題としてはクラス中から向けられる視線と言えるだろう。誰かが話しかけてくるわけでもなくひたすら視線が向けられている。一言で言って鬱陶しいという他ないが、立場的にしょうがない。頭痛薬を持ってきていてよかった。救いとしては――。

 

「ランランお菓子持ってない~?」

 

 この少女の存在か。謎の緊張感の中で本音だけはいつも通り長い袖を持ち上げて可愛らしく顔の前に持ってきて、眼を細めたほんわか笑顔を崩さない。

 

「持ってきてない……というか虚さんから菓子は食い過ぎるなと言われてなかったか」

 

「食べたいものは食べたいし~」

 

 俺らの会話を見て送られてくる視線は、俺へ対する好奇心や恐怖心、そして本音への羨望といったところか。とはいえ自分からどうこうできない者にこちらからアクションを掛けるつもりなどない。俺としては本音は俺などに関わらず、向こうに加わって彼女自身の居場所を作って欲しいのだが。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 などと考えていたら机を挟んで正面からのアクションだ。本音の方に向けていた顔を正面に向けると、僅かにロールのかかった金髪にやや吊り上がった青の透き通った瞳、そして制服はドレスのように改良が加えられた女生徒が立っていた。

 

「イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットか。アンタみたいなエリートが何か用事でも?」

 

 当然誰かは知っている。更識や虚の指導の元ISについての勉強は勿論として、各国の顔と言っても過言ではない代表候補生並びに国家代表の事は頭に叩き込んである。そして今目の前にいるセシリア・オルコットは長距離遠隔攻撃システムを用いた兵器、通称BT兵器開発を得意とするイギリスの代表候補生だ。そして同時に彼女の専用機もBT兵器を扱うために、イメージ・インターフェースを扱う事の可能な第三世代だと噂されている。

 噂されている。というのは純粋にイギリスが情報を公開していないためである。自国の最終兵器とも言える最新のISについてなど隠したいのは当然なのだから致し方ないことだ。とはいえこのクラスに彼女がいる限り必ず見る機会はあるし、学園の方にデータはあるだろうが。

 

「まぁ! わたくしがそのエリートであると知ってその態度ですの!? わたくしに話しかけられるだけでも光栄なことであると知っていてその態度なのですか!?」

 

「友達でも作ってこいよ。本音」

 

 いい機会だと思い本音を女生徒達の方に押し出す。彼女には俺なんかより隣に立つに相応しい人がすぐにできるだろう。なにせ彼女は優しいのだから

 しかし……やかましいな。もう1人1年にいる日本の代表候補生(更識妹)はもっとお淑やかで物静かだというのに……あれは人見知りの側面もあるかもしれないが。周りに人も多いこの状況では下手したらイギリスの評価が下がってしまうというものだ。

 代表候補生という立場を誇るのはいい。そこまでのし上がったのは本人の実力であるからだ。だが代表候補生というのはあくまでも候補に過ぎない。その候補生が問題を起こしたり実力が足りなかったり、とにかく相応しくないと判断されれば当然その座からは降ろされる。なので驕るのは基本的には危険なのだ。より精進して欲しい、という意味の『候補』なのだから。

 そしてその代表候補生であることで驕っているのがこの目の前の少女だ。やはりこの学校、エリートと言っても隠し玉と言える程のエリートまでは送られていないのではとすら思ってしまうのは仕方のないことかもしれない。

 

「聞いてますの!? これだから後進的な技術しか持たないような島国の極東の猿は……!」

 

 後進的と言われても、ISを開発したのは篠ノ之束という日本人であるということは思考の外に置いてきているのだろうか。尤もあの天災以外は基本的に技術として遅れているのは事実なのだが。

 

『何か言わなくていいんですか?』

 

 レーヴァの言葉にふと意識を思考から現実に戻すと、真っ赤になったオルコットが目を更に吊り上げてこちらを、如何にも今怒っています。という表情で睨みつけている。どうやら思考中にもいくらか話していたようだが意識の外に置いてしまっていたらしい。

 

「無視ですの? 言い返すこともできませんの? 本当に男は弱い生き物ですわ!」

 

 大方盛大に蔑んでいたのだろう。俺自身は何を言われてもなんとも思わないし、日本という国に固執しているわけでもないので正直話を聞いていたとしても態度が変わることはなかっただろう。ただ――

 

「そういえば生徒会は会員の推薦方式で会員を増やすのでしたわね。貴方のような猿を懇意にしているという生徒会長の程度も知れるというものですわ!」

 

 ――その言葉だけは、"欄間仁"にとって聞き流すことはできない。

 

「ヒッ」

 

 だから、真っ直ぐに見てしまった。更識や本音に怖いと言われ続けていた眼で。深い黒をオルコットの眼に合わせるように。

 少し離れた位置でピクッと本音が反応したのが見えた。そのまま一言女生徒達に断ってこちらに向かってくるらしい。

 

「ランラン、ダメだよ~それは」

 

「む……」

 

 オルコットは完全に怯えた眼でこちらを見ている。そんなに怖いのだろうか、この眼は。

 

「お、お、覚えてらっしゃい!」

 

 そう言い残して自分の席の方へ走って行ってしまった。

 

「ランラン眼怖いんだから~」

 

「カラーコンタクトでもするべきか……?」

 

 とはいえただの一般生徒に目を合わせてもこんなことになったことはない。

 

「そうじゃなくて~怖い感じ、出てたよ~」

 

「怖い感じ……?」

 

『殺意です。仁の殺意は常人からすれば毒なんですから気を付けてください』

 

「そうそう~それ~」

 

 レーヴァはほんの少しの声量で声を出し、俺達二人にしか聞こえないようにしている。

 

「……そうか。気を付ける」

 

 殺意……か。

 

「でも、ありがとうね~」

 

「なにがだ?」

 

「たてなっちゃんをバカにされたから、怒ってくれたんでしょ~?」

 

「……」

 

 そう、なのだろうか。関わりを持たないようにしてきた俺の相当に久し振りのミスである生徒会メンバーとの関わりは、俺にとってそこまで大きいものになってしまっていたのだろうか。それは、果たして欄間仁(転生者/俺)にとって、許される事なのか?

 

『今の仁にその答えは出せません』

 

 再び脳内でのみ響く声に戻ったレーヴァの声。

 

『今答えを出そうとしてもそれを否定しようとするだけです』

 

 きっとそうなのだろう。何故なら"俺"は俺が居場所を持つことを否定しなければならないのだから。

 頭を振って考えを追い出す。そうだ、今考えたって仕方ない。レーヴァが"今の俺"には無理だ。と言ったのなら例の記憶が関わってくるのだろう。それを思い出してからでもきっと遅くはない……遅くは、ない筈だ。

 ふと周りを見てみると、俺に向けられている視線は大部分が好奇心から恐怖心に変わっているように見える。殺気がどういうものかわからないにしても何か感じるものがあったのだろうか。わからないが別に残念とは思わない。

 

「やれやれ……」

 

 キーンコーンカーンコーン。というチャイムの音が2時間目の開始を告げる。周りの生徒もこの時ばかりはちゃんと席に着く。何故かというと――

 パァンッ!

 と、あそこで頭を押さえて涙目になっている男のようなことになりたくないからだ。

 

 さて2時間目だが、問題なく内容には着いていける。ノートを取る必要も感じない程度には俺の勉強は見についていたようだ。やはり更識にしても虚にしても教え方がよかったというべきだろう。

 一方織斑はというと。

 

「ほとんど全部わかりません」

 

「え……ぜ、全部、ですか……?」

 

 山田副担任の顔が完全に引きつる。俺とて無表情のまま引きつった。続けて今の段階で他にわからない人がいるかという問いかけがされるが、当然誰も挙手はしない。

 

「……織斑。入学前の参考書は読んだか?」

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 間髪入れずにパァンッ!という音が織斑の頭頂部から鳴り響いた。あまりにももう1人の男は残念だったようだ。頭痛薬を今すぐ服用したい気持ちを押さえつける。

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

 

「い、いや、1週間であの分厚さはちょっと……」

 

「やれと言っている」

 

「……はい、やります」

 

 更識の話では確かコイツにも専用機が贈られるらしい。加えて篠ノ之束の口振り的にはあの天災がそれの開発には1枚噛んでいると考えていいだろう。そんな大それたものがコイツにいるのか、と思いも一瞬するが、どちらかと言えば国目線ではデータ収集が、篠ノ之束目線では織斑がISを操縦できる理由と、第四世代であるそのISのデータ収集が理由だろう。

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに使えば事故が起きる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

 言ってることは間違いなく尤もである。ただしISを『兵器』と言ってのけるのでは、やはり織斑千冬もISの本質など理解していない。深く知れと言うのならば、特例である俺を除きまだ誰も辿り着いていないISコア人格との会話まで辿り着かなければそれは"知った"というにはあまりにも浅い。

 あるいは、本質まで分かっている上で敢えてそれを見ないようにしているのか。

 思わず無表情の仮面が剥がれ眼を細めてしまう。

 

「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

 俺達男に限ってはそうだろう。しかしそれを悟られるほど顔に出してはいけないぞ織斑。姉弟故に読み取ったのかもしれないが。

 

「望む望まないに関わらず、人は集団の中で生きなければならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

 俺のような例外こそいるが基本的には織斑千冬の言う通りだ。望まない集団の中で愛想を振りまくスキルというのもまた必須スキルであり、人として生きるならば必要だ。(転生者)が『人』なのかどうかはともかくとして。

 さて、そんなこんなで2時間目も無事終わり休み時間。今度は織斑がオルコットに絡まれているが、どうやらオルコットの調子も戻ったようで随分と声が響いている。

 

「しかしよく喋る奴だな……」

 

 俺の時もあんなにまくし立てていたのだろうか。確実に半分以上は聞こえてなかったが。

 頭痛薬の瓶を手の中で転がしながら、今度は送り出した本音の方を見る。やはりというべきか彼女の友達作りスキルは非常に高く、既に笑顔で話し合っているのが見える。こちらの視線に気付けば他の女子の顔が強張ることは目に見えているので邪魔をしないように窓の外でも見ているとしよう。

 

 しばらく窓の外、というか空をのんびり眺めているとチャイムが鳴る。3時間目だ。今回は出席簿による殴打音は響かなかった。

 

「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 この時間は織斑担任が担当するらしい。まぁ世界最強が装備についての話をするならば御誂え向きと言えるだろう。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス代表戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 そういえばそんなものがあるとか言ってたな。クラス代表戦後はクラス長のようなものになると説明される。実際のところは現時点での各クラスの実力推移について調べるという目的があるらしい。

 

「はいっ、織斑くんを推薦します!」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

「私は欄間くんがいいと思います!」

 

「では候補者は織斑一夏に欄間仁……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 自他推薦ありなのだからまぁこうもなるだろう。なにせ目立つ。白羽の矢が立つのは明白だ。

 

「お、俺!?」

 

「織斑。席に着け。欄間のように落ち着けんのか。さて、他にはいないのか? いないならこの2人で投票するぞ」

 

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな――」

 

「自薦他薦は問わないといった。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 それは流石に横暴ではなかろうか。本人の意思くらいは鑑みて欲しい。やらされるよりはやりたいものがやる方がいい気に決まっているのだし。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 バンッと机を叩く音と共に立ち上がるものが1人。この場で俺達以上に目立ってくれれば、当然やるつもりが欠片もない俺としては面倒がないのだが。

 

『よくよく考えればランランって呼び方パンダみたいですよね。立場としてもピッタリの愛称でしたね』

 

『何故今それを言う? 思いついたにしても唐突過ぎるだろ』

 

『要は頑張ってくださいパンダさん。って言いたいんですよ』

 

 味方がいねえ。

 さて、俺がレーヴァと話しているうちに向こうもヒートアップ。日本を侮辱された織斑がオルコットに対しイギリスの飯は不味いと言ってのけたことでオルコットが本気でキレたようだ。

 

「決闘ですわ!」

 

「おう。いいぜ四の五の言うよりわかりやすい」

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

 ……黙っているがこれ俺も巻き込まれるのが目に見えているんだが。向こうはと言えば織斑がハンデはいるかと問い、周りから笑いが起きる。まぁ代表候補生にISについてよく知らない男が挑むなど、本来逆にハンデを貰った上でぼろ負けするのが目に見えているのだから仕方ないが、こういった嘲笑は気分のいいものではない。そもそもお前らのせいで今言い争いが起きているという事を理解してもらいたい。

 

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は1週間後の月曜。放課後第3アリーナで行う。織斑とオルコット、そして欄間はそれぞれ準備をしておくように。それでは授業を始める」

 

 やはり巻き込まれていたようだ。

 

「大変だねえ」

 

「全くだ」

 

 やはりこの授業が終わったら頭痛薬を服用するとしよう。




 別にセシリアアンチとかそういうわけではないのです。純粋にこの時点のセシリアならこういったことも言いそうだと判断しただけなのです。
 しかしこうして読みなおしながら書いてると千冬さんの言葉って所々不自然というか軍の教官時代の感じが抜けてないというか、理不尽というか。そういうものを感じますよね。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしています。


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半人前の戦闘準備

 虚さんの仁の呼び方を前々話の時点で名前呼びにしました。ここまで来るとこちらの方が自然と思ったためですね。一応補足を加えてはおきました。


「なぁ、お前もIS動かしちまったんだろ?」

 

 授業が一通り終わり放課後になったところで織斑に話しかけられた。顔を上げる。

 

「……動かしちまったとはまた周りを敵に回すような発言だな。織斑一夏。ここにいるのはそれを誇っている生徒達だ。そういうのはやめとけ」

 

「うっ……でもお互い苦労してるのは確かだろ?」

 

 目が合った瞬間に一瞬眉を顰められたような気がしたが、今に始まったこともでもない。今でこそ慣れてるが虚ですらしばらくはこの眼に慣れなかったのだし。

 

「若い時の苦労は買ってでもしろと言うだろう。苦労しているのは否定しないが」

 

「楽観的だなぁお前」

 

「オルコットの挑発にあっさり乗った上に勝つつもりの奴に言われたくないな」

 

 こいつがどこまでやれるのかは知らないが、ISについて殆ど知らなかった男が1週間でできることなどたかが知れている。尤も織斑一夏は特例として訓練機を借りるための申請はすぐに通るだろうが。

 

「だってアイツは日本を馬鹿にしたんだぞ!? 何とも思わないのかよ!」

 

「思わん。生憎お前と違って愛国心があるわけじゃない」

 

「お、お前……!」

 

「お前の価値観を押し付けるな。確かに同じ日本人で境遇も似てはいるが俺とお前は別人だ。当然考え方も違う。仲間ができたと思っていたなら悪いがな」

 

 そこまで行って席を立つ。机の上に出したままだった頭痛薬もポケットに放り込んでカバンを持ち上げる。

 

「さて、仕事だ。先行ってるぞ本音」

 

「おい! 待てよ!」

 

「はいよ~また後でね~」

 

 まだ何か言いたそうな織斑を無視し、友達と話している本音に1つ断りを入れてから教室を出る。その一瞬でも本音の周りの女子の表情が一瞬怯えたように見えるが、仕方ないだろう。

 

「あ、欄間くん! 生徒会には正式加入?」

 

「はい。昼休みと放課後だけに時間は減りましたが、基本的には今まで通りらしいです」

 

 といった具合に、生徒会室に向かうまでに見覚えのある2年生や3年生からは話しかけられることもあるが、俺としても顔を覚えている相手ならばいくらか楽だ。以前よりも黄色い声が多い気はするが気にしても仕方ないだろう。

 

「失礼します」

 

 今までと変わらないノックと形式上の挨拶だ。帰ってくる返事も特にいつもと変わった様子はない。

 

「いらっしゃい仁くん。それと、生徒会正式加入おめでとう」

 

 『大歓迎』と書かれた扇子を広げてニッコリしているのは更識だ。今はまだ虚もいないらしい。

 

「それで、どうだった?」

 

「どう、とは?」

 

「織斑一夏くん」

 

 『情報求ム』のセンスを今度は広げる。今日は扇子も多め、機嫌もいいという事か。

 

「あまりにも平凡だな。特別な人間とか、そういう感じはしなかった」

 

「あら、お眼鏡には適わなかった?」

 

「本当にアレに専用機を渡していいのか、怪しいものだな」

 

 話しながらティーセットを用意する。虚がいない場合もしくは俺がやるべきと判断した場合は俺がお茶を淹れるのがいつも通りだ。この約9か月間で虚にミッチリと仕込まれたため合格点を貰っている。

 

「まぁ、1週間後の月曜にわかるだろうな」

 

「クラス代表決定戦やるんでしょ?」

 

 流石に情報が早いな。もう噂になっているのかもしれない。

 

「ああ。織斑はともかく、オルコットのデータだけ欲しい。学園に登録されているデータは生徒の誰でも閲覧可能だったよな」

 

 紅茶を2人分作り、2人分だけをティーカップに注ぐ。

 

「飲むか?」

 

「頂くわ。閲覧は問題ないわ」

 

 残り2人分は後から来るであろう布仏姉妹の分だ。どうせ来るまでそんなにかからないだろうからまとめて作ってしまった。

 

「うん。美味しい」

 

「そりゃどうも」

 

『合格』の扇子が今度は開かれる。

 俺も一口含む。まぁ悪くないだろう。

 

「でも、君が本気でやるのは禁止ね」

 

「む……」

 

 何故、とは聞かない。大体予想はついていたからだ。

 

「君はこの時点の1年生にしては強すぎる。生徒会長()と訓練してるんだから当然だけどね」

 

「……まぁそうだろうとは思ってたよ。BT兵器同士の勝負でも、レーヴァがいる分こっちに軍配が上がる」

 

「そういう事。だから、君には制限を付けてもらうつもりなの」

 

「程度にもよるが、構わない。リミッターを設けていたなんて知ったらオルコットは怒るだろうが、まぁその上で勝ってやれば奴も戯けた口は聞けなくなるだろ」

 

「機嫌悪いのね? 何かあった?」

 

「……別に。女尊男卑に染まってるのは鬱陶しいが、それ以外は何とも」

 

『楯無さんを悪く言われて怒ってるんですよ』

 

「ちょっ」

 

 裏切ったなこいつ。頭の中の彼女の心象景色の中で意地悪く笑ってやがる。

 更識は面食らったような表情になり、少し経ってから笑顔に変わる。

 

「あら、嬉しいわね。私の事で怒ってくれたの?」

 

今度は『ありがとう』という扇子。本当に機嫌がいいな今日は。

 

「はぁ……俺は怒ったつもりはなかったんだがな」

 

 なおもくすくすと笑う更識とレーヴァにまた頭が痛くなってくる。

 

「俺の事はいいだろ……それで、制限ってのは?」

 

「君らしくていいじゃない。今のところはレーヴァちゃんの補佐無しと、単一仕様能力(ワンオフアビリティ)の使用制限を設けるつもりよ。虚ちゃんと本音ちゃんに少し弄ってもらうことになると思うわ」

 

『補佐無しですか!?』

 

「ええ。この時点のオルコットちゃんには2人の相手は荷が重すぎる。得意としているのがBT兵器という面でもね」

 

『私達は2人で1人なのに……』

 

「そう文句言うな。反則級なのはわかってるだろ」

 

『でもぉ……』

 

 確かにレーヴァとセットで戦えばそれは実質の2対1となる。それに加えてBT兵器はレーヴァが操作しているから、俺はその間も自由に動き回ることができるというのは反則のようなものだ。自力でそこまでの事をやれるわけでもないのだから今回はそれが妥当だろう。2人で1人ならばこの状態ならば半人前と言ったところか。

 

「単一仕様能力はどこまで制限を?」

 

「BT兵器に纏わせる分と剣に纏わせる分だけ許可するわ。炎そのものを操るのは無しで」

 

「まぁ、妥当か」

 

 随分動きにくくなりそうではあるが、まぁ問題ないだろう。そうなると目下の課題は、俺1人でのBT兵器と自身の動きの両立を完全にすることか。まだBT兵器を操作するのは苦手ではあるが、苦手という理由で武装の1つを無駄にするのも勿体ない。

 

「心は折っちゃ駄目よ?」

 

「どうだろうな。ここで折れる心ならそれはその程度だったともとれる。尤も、努力で代表候補生まで登り詰めたくらいだ。簡単には折れないだろ」

 

 オルコットの問題は、そこで止まってしまっているというところなのだ。勿論代表候補生から代表選手や国家代表として大成する事は目標ではあるだろうが、今の代表候補生としての立場に甘んじているのではそれは叶わない夢だ。

 

「精々曲がった鉄は熱してから叩き直してやるさ」

 

 言ってからはっとなった。関わらないようにするのならばここで容赦無く叩くことがベストな筈。なのに今俺は叩き直す、つまり鍛えてやると言ったのだ。

 最近自分の考えが上手くまとまっていない。今までの俺なら絶対に言わなかった筈の言葉が出てきてしまう。頭を振ってひとまず置いておくことにする。

 

「また怖い顔してるわよ」

 

「む……」

 

 そうだ、そういえば聞きたいことがあった。

 

「なぁ更識さん」

 

「なぁに?」

 

「俺の眼は、そんなに怖いか?」

 

「悪意とかそういうものを知らない普通の人なら何とも思わないでしょうね。ただそういうものを知っている人は少なからず君のその眼は怖い。今はもう慣れたけど、私もね」

 

「……そうか」

 

 まぁある程度わかってはいたがそんなところか。あまりに長く生き過ぎたことと人が死んだり殺したりを見過ぎてしまったせいだろうか。

 

「皆怯えちゃってるけど~ランランはいいの~?」

 

「本音。何も言わずに入ってくるのはやめろって」

 

 突然の本音の声に一瞬びっくりした。たまにこうして何も言わずに入ってきているのだ彼女は。

 

「……別に構わんだろ。俺はどう思われようが興味ないからな。お前も俺から離れて新しい友達作っておいた方がいいぞ」

 

「友達は作るけど~ランランも友達だよ~?」

 

「俺の近くにいるだけで何か言われる可能性もある」

 

「別にいいよ~」

 

「あのなぁ……」

 

 頭を押さえて天井を仰ぐ。多分何を言ってものらりくらりと返事が返ってくるだけでこの話題は終わらないだろう。

 

「……お前がいいなら俺から何言ってもしょうがないか。ほら紅茶」

 

「わーい。ランランの紅茶~」

 

「君が気にする程本音ちゃんは考えてないわけじゃないのよ」

 

 更識の言う通り、本音は案外こう見えて色々考えているから余計によくわからない。

 

「うまうま♪」

 

「やれやれ……」

 

 この後虚も来て生徒会メンバーでのお茶会になった。今日は入学初日という事もあり仕事が殆どなかった。尤も、代わりに明日からはそれなりに仕事が増えるとのことだが。

 一息つきながらオルコットについてのデータを、生徒会室のPCを用いて学園のデータベースから閲覧する。

 

「第三世代機『ブルー・ティアーズ』。か」

 

 メイン武装はエネルギーライフルとBT兵器。俺のと違ってちゃんとレーザー射撃機能が付いたものだ。そして使用回数が極端に少ないがショートブレードが1本。レーザービットが4機にミサイルビットが2機。恐らくこれがイギリスの強みの集大成だろう。

 

「勝てそう~?」

 

「まぁ、負けそうには思えないな。生徒会長(学園最強)に鍛えられてるんだから簡単には負けられないし」

 

 入試の際の教員との戦闘の映像データを再生する。BT兵器が自在に飛び回りレーザー射撃を行い、本人はライフルによる狙撃を確実に決める。なるほど、確かにこれは厄介だろう。ただ2点の弱点に気付かなければ、だが。

 

『BT兵器を操作するときにオルコットさんはわざわざ全ての命令を出しているみたいですね。ある程度パターンを組んで自立させてしまえば楽なんですが』

 

「恐らくなまじ出来がいいからこそ気付けなかったんだろうな。パターンを組まずとも扱える故の灯台下暗しだ。練習の時は苦労しただろうが、全て操作してやる、というプライドが邪魔をした点もあるかもしれん」

 

 まず1点がこれだ。全ての命令を自分で操るため思考が大きくそちらに割かれる。そして2点目もそれによって引き起こされる。

 

『BT兵器の操作中は本人が動けない。ですね』

 

「ああ。俺と同じで自分の動きにまで頭が回らないんだ。尤も俺よりもBT兵器の操作はずっと上手いし訓練を積めばやれるようにはなるだろうが」

 

 要はBT兵器を操作中に全て掻い潜っで懐に潜り込んでしまえば終わるのだ。中距離射撃型という性能は高い代わりに近接戦闘は苦手だろう。ショートブレードの使用率が極端に低いのも、必要がなかったという点と、純粋に苦手という事が上げられるという事だ。

 

「2つまでなら動かしつつ俺も動けるようにしておきたいな。向こうのBT兵器に対応するなら二刀だと手数が足りない」

 

 現状俺が1人で操作する場合、本体と同時に操作できるのは1機のみ。それもパターン化しての半自動だ。それでもBT兵器の動きは少々ぎこちないままなので、その1機のみでの対応は厳しい。やはり課題点はここだろう。

 

「レーヴァのアシストがあれば絶対に負けないだろうな。制限を付けて正解だろう」

 

『むー』

 

「まぁ、クラス代表になんざなる気はさらさらないんだが……」

 

 それについては勝った上で辞退してしまえばいいだろう。今考えるべきは対オルコットに勝つこと。ではあるのだが。

 

「……しかし俺が勝ったらそれはそれで問題なんじゃないか?」

 

「ご名答。君が勝ったらイギリスからは目を付けられるし、生徒から他の国に行くであろう結果報告でも君は注目されることになる。ていうかイギリス目線では知らない機体がBT兵器使ってる時点でいい迷惑なんだけど」

 

「かと言ってわざわざ負けるのも癪だからな……」

 

「まぁ安心してください。ここにいる限りは各国からの直接的な影響はありませんから」

 

 そうではあっても面倒は面倒だ。せっかくここまで目立たずバレないように潜んできたというのに。

 

「どうせ専用機持ちってことが明かされたら騒がしくなるわよ。どこの国の機体かもわからないんだし」

 

「まぁ……それはそうだが」

 

 何にせよ1週間後からは騒がしくなりそうだ。

 

「訓練メニューは変える?」

 

「アンタとできない時に勝手に変える。アンタがいる時は今まで通りでいいだろ」

 

「そう? まぁ変に変えたほうが効率悪いか」

 

 どうせやることは変わらない。BT兵器の訓練の割合が増えるだけだ。

 

「織斑くんは眼中になし?」

 

「戦い方もわからない、専用機の性能も不明。これじゃ対策を考えるのは無理だからな。入試の映像も山田副担任の自爆で終わってるし」

 

 緊張した山田副担任が突っ込んだのを織斑が回避、そのまま壁に直撃して気絶という終わり方なため、全くもって参考にならない。

 

「今何を対策しても予想に過ぎないからな。それならオルコットの対策を講じておく方が利口だ」

 

 紅茶も飲み終え、仕事もないようなので解散という流れになった。

 

「そういえば、寮の部屋は変わらないわ。織斑くんが女子と相部屋になってるけど、今更君の部屋を変えるのも面倒でしょ?」

 

「そりゃ助かる。完全に隅のあそこは色々都合がいいからな。何より冷蔵庫とキッチンが助かる」

 

 問題としては隅故に遠いことだが、9か月も使っているのだからもはや気にもならない程度だ。

 

「負けるとは思わないけど、頑張ってね」

 

「……ああ」

 

 アリーナは今年度に入ってからも相変わらず生徒会で所有している第8アリーナがある。訓練場には事欠かなかった。

 学校にも別に馴染めないというわけでもなかった。というのも、アレから3日くらいで怯えたような眼をしてくる生徒が大分減ったためだ。大方布仏がイメージアップを図ったのだろう。別に気にしなくてもいいというのに。それでも俺を怖がるのは気が弱かったり、負の感情に特別敏感な生徒なのだろう。まぁ払拭する機会があればするとしよう。

 強いて言うのならば食堂を使うとすぐに2年生や3年生が寄って来てしまうことが厄介だろうか。生徒会の手伝い時代によく生徒会室に来ていた生徒が多い。基本的にそういう人達は女尊男卑反対派なので普通に友好的な世間話が多く、こちらとしても気分は悪くない。だが落ち着いて飯も食えないので結局持参が多くなるのは仕方ないことだろう。

 

 時が経つのは早いものだ。1週間などあっという間に過ぎてしまう。

 

『セシリア・オルコット VS 織斑一夏』

 

『セシリア・オルコット VS 欄間仁』

 

『織斑一夏 VS 欄間仁』

 

 負けるつもりはない。相手が女尊男卑派だからというわけではないが、オルコットには少々お灸を据えてやる必要がある。完膚なきまでに、とは言わないがそれなりに痛い目にあってもらうとしよう。




 現状仁が負ける要素は本当にないです。なんせ楯無さんに訓練を付けてもらっていますから、並大抵の候補生程度には負けないほどに腕が磨かれています。それでも驕らずに訓練を続けるのは彼の美点でもあり、戒めのようなものでもありますね。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしています。


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プライドなど不要

 書いてたら意図しない結果になることってよくありますよね。なかなかプロット通りにはいかんものです。


 先程織斑が出て行ったピット、その控室で織斑の元とは違い首から手首や腹まで、そして隙間無しに腰から足首まで覆う全身タイプのISスーツ――と言ってもロンググローブはその上からしているが――のまま座り込み、目を瞑って集中力を高める。他の人の試合は公平性を考慮して見ることはできないためそうするくらいしかする事がないのだ。

 織斑が出ていく前のやり取りで見た織斑のIS、『白式』も見た。右眼は使っていないため、どういうタイプのISかというものは見ただけではわからないが、奴の黒髪とはよく似合っている綺麗な白だった。

 

「ランラン~」

 

「……本音か」

 

「私もいるわよ」

 

 織斑担任や山田副担任、それに見送りに来ていた篠ノ之箒はピットの方にいるため控室には俺しかいなかったのだが、どうやら本音と更識も来たらしい。

 

「レイちゃんの整備終わったよ~」

 

「そうか、ありがとう」

 

『準備万端、調子もいいです! 手助けができないのは口惜しいですけどね』

 

 指輪の状態で手渡されたレーヴァをいつも通り右の中指に付ける。

 

『あの女痛い目見せてやろうと思ってたのに酷い肩透かしです!』

 

「その分俺が戦うんだからいいだろ……」

 

『仁を侮辱するのは私が許しません! 私がやりたかったんです!』

 

「相変わらず仲がいいことで」

 

 やれやれだ。レーヴァもまた少々子供っぽいところがあるからこうなると少し手が付けられない。

 

「それより、織斑の試合を見なくていいのか?」

 

「ちゃんと録画はされるからね。後で見直せばいいわ。それに彼の戦い方を伝えたらアンフェアでしょ?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 ずっと座ってたことで若干固まった体を伸ばして解す。ISの戦闘はそう長く続くものじゃないため、そろそろ準備をしておいていいだろう。

 

「体調も悪くない。レーヴァとの繋がりも問題ない。こっちも本調子だな」

 

 強いて言うのならロンググローブの下、両腕の火傷がいつも通り少しひりひりとしている程度だ。いつも通りなので何ら問題はない。

 

「いいとこ見せてね~」

 

「目立ちたくはなかったんだがな……こうなったら仕方ない」

 

「そうそう。覚悟を決めなさいな」

 

「ま、無様な試合にはしないさ」

 

 首をコキコキと鳴らしていると、控室の扉が開かれる。

 

「織斑とオルコットの試合が終わった。準備をしろ、欄間」

 

「はい。さて、行ってくるか」

 

「頑張ってね~」

 

 織斑担任に呼び出され、そのまま着いていく。とはいってもピット内の控室なためすぐにピット・ゲートに到着する。

 

「現在オルコットの装備を予備のものに換装している。少々待て」

 

「了解。こっちはいつでも構いません」

 

『電波妨害ナノマシンの機能をオフ。コアネットワークのスリープ解除、接続します』

 

 それを聞きながら一瞬だけ意識をレーヴァに持っていくと、直後に身体全体が覆われ視線が高くなる。

 

「展開時間は0.5秒といったところか。よく訓練しているじゃないか」

 

「……このISについてはご存知で?」

 

「ああ。束から聞いている。お前だけの特別製でどの国にも完全に属さない異例のISだろう? また束が個人にISを作る時が来ようとはな」

 

 そういう事になっているのか。篠ノ之束お手製の完全な新規ISという扱いという訳か。まぁ都合はいいだろう。

 

「束に興味を持たれているのは難儀だろうが、まぁ諦めろ」

 

「……もうとっくに諦めてますよ」

 

 向こう側のピットの様子は見えないが、会場の様子はよく見える。1年1組だけでの開催であるにも関わらず満席レベルに席が埋まっている。それほど男性操縦者と代表候補生の試合は興味を引くのだろう。尚更無様なところは見せられまい。

 

「オルコットの準備が整ったようだ。行け」

 

「さて、行くぞレーヴァ」

 

『はい!』

 

 ピットを飛び出して空を飛ぶ。相変わらず空を飛び風を感じるのは心地良い。

 

「来ましたわね」

 

「そりゃ来るだろう」

 

 正面には青いISが佇んでいる。フェアを維持するためにも右眼の能力は使わずに見る。情報通りその両腕に抱えるのはレーザーライフル【スターライトmkⅢ】。そして機体と同名の【ブルー・ティアーズ】というレーザービット2機とミサイルビット1機を複合させた状態のBT兵器が一つずつ左右に浮遊している。

 ズキン、と右眼が痛む。同時に一瞬何かの光景が右眼から流れてくる。そう、今と全く同じような光景だ。【ブルー・ティアーズ】を纏ったオルコットと相対する光景。まるで前にも同じ事があったかのような既視感に襲われる。右眼を強く閉じて痛みを抑え込むと、その光景は今の光景と完全に被さり、色を取り戻す。

 

「1つ、謝罪をさせていただきますわ」

 

「む……なんだ」

 

 コアネットワークのオープン・チャネルを通してオルコットの声が飛んでくる。謝罪、とはこのプライドの塊のような女が珍しい。

 

「織斑一夏さんはわたくしに一矢報いて見せた。それならば貴方方男性を極東の猿などとお呼びしたことを謝らなくてはなりません。申し訳ございませんでした」

 

「別に俺は気にしてなかったが、それで気が済むなら勝手にするといい。どちらにせよお互い本気でやるのは変わらないだろう」

 

「ええ、もうわたくしも慢心などしません。最初から本気で……」

 

 こちらは【炎の枝】を2機展開。同時に腰から二刀を抜刀する。

 

「勝ちに行きます!」

 

 まずはライフルでの狙撃。最低限のISとしてのサポートだけを許されたレーヴァが警戒を促した直後にオルコットの眼だけを見て弾道予測。回避する。2発目も同様に回避。

 

「よく見ていますわね!」

 

「こちとら眼が取り柄でね」

 

 何発撃とうと当たらない。痺れを切らしたのかレーザービットを4機放ってくる。それを見てこちらもBT兵器の操作に意識の7割を注ぐ。

 

「何故貴方がそれを搭載しているのか、後で問い質させていただきます!」

 

「わからんことを答えろってか……」

 

 各方向から放たれる4つのレーザー。右から1発、身体を捻って回避。左正面と左横から2発、左下にスラスターを吹かし、正面を避けながら左横からのレーザーを左の剣で切り捨てる。その回避位置を読んでいたように後方から1発。回転しながら右の剣を振り抜いて切り裂く。

 

「なるほど。確かにこれは接近は難しい」

 

 後ろからの1発を切り捨てると同時に今度は右斜め上からの射撃。こちらもビットから放った炎の弾丸で相殺しつつ次のレーザーを避け、今度はこちらのビットから熱線をオルコットに向けて放つ。

 

「くっ」

 

 これを捌くにはオルコットは一瞬ビットの操作を放棄する必要がある。対してこちらはビットは俺の左右に浮かせて、照準を合わせ弾丸を放つ命令を出せばいいだけ。俺本体が回避に専念し、大きな動きさえさせなければ2機まで操作を両立できるようになっているため、ビットでの相殺反撃が可能ならば、BT偏光制御射撃(フレキシブル)――射出されるレーザーの挙動を自在に操作する高等技術――を扱えない今のオルコット相手ならば被弾はない。

 なにせこちらは普段から4連ガトリングと地点爆破なんてものへの対処をしなければならなかったのだ。4つの砲身ならばバラバラの位置からでもハイパーセンサーで全方位見えている以上、厳しい場面こそあるが問題はない。

 

『生身で弾丸を切るだけはありますねぇ』

 

 この未成熟な高校生の身体で、さらに心意抜きでそれができるかはともかく、その経験は確かに活きているだろう。

 そしてオルコットが操作を放棄した一瞬は、こちらのターンになる。

 

「――行くぞ」

 

 ドンッと瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いで空気を叩くオルコットがビットの操作を取り戻すとほぼ同時にオルコットの目の前まで接近する。

 

「瞬時加速――!? くっ!」

 

 オルコットが全力で後ろに飛ぶ。直前までオルコットがいた空間にXの炎の軌跡が走る。休む時間など与えない。瞬時加速程でなくとも飛行技術で追随する。既にレーザービットからはある程度遠ざかった。今から操作をしてもそれにより止まった本体を叩けば終わりだ。そしてオルコットはショートブレードの扱いは苦手、恐らく俺のハンドガンのように呼び出すのには時間がかかる。ならば彼女が取れる策は2つしかない。

 

「離れてくださいまし!」

 

 1つ。その両手に抱えるライフルでの近接射撃。彼女が射撃体勢に入る瞬間の彼女の眼を見る。狙いを定める余裕がなくとも、人間は無意識に銃を撃つときは撃つ場所を見る。例外はがむしゃらに撃った場合だが、彼女は滅多にそれをしないだろう。

 狙われるのは右肩付近。それがわかれば撃つ瞬間に右半身を後ろに逸らすことで回避ができる。そしてライフルはその特性として連射にはワンテンポ必要になる。そこを逃すつもりもない。

 

「なんで当たらないんですの!」

 

 右半身を引いたことで逆に前に出た左の剣での最短距離の刺突。今の彼女にこれを回避する術はないだろう。肩狙いの刺突は僅かに逸れ、右腕に直撃し装甲を吹き飛ばす。

 

「っ! ティアーズ!」

 

 そして彼女が取れるもう1つの策。スカート部分のアーマーとなっていたミサイルビット、それが外れ同時に2つのミサイルが放たれる。しかしこの距離では彼女自身も巻き込まれるだろう。その手段を切らなければならない程追いつめているという証拠。

 とはいえこれを貰う訳にもいかない。真上に一気に飛び立つことで回避を図るが、右足に強い衝撃。僅かに間に合わなかったらしくそのまま後方へ弾き飛ばされる。

 体勢はすぐに立て直すが、また距離が開いてしまった。今度はどう詰めるか……。

 

「……強い、ですわね。わたくしのやりたい事をやらせてくれるつもりは全くないという事ですか」

 

「ああ。アンタはビットを操作する余裕が無い程の超接近戦にはまだ成す術がない。今のようにミサイルを放ちそれがヒットしても爆風に巻き込まれる。次のエンゲージで詰みだ」

 

「ええ……認めましょう。この試合、わたくしはきっと貴方に勝てない。ですが」

 

 オルコットの顔が不敵に歪む。劣勢を楽しんでいるかのように、プライドよりも彼女のその奥の感情が前に出た、そんな笑みで笑う。

 

「足掻いて見せますわ。どんなに無様でも構いません。このまま負けるのは、嫌ですから」

 

 こちらもつい口角が持ち上がる。そうこなくては、面白くない。

 

「いいだろう。こっちも手を緩めるつもりはない。足掻いて見せろオルコット」

 

 先程の右足に直撃したミサイルの爆風は確かに彼女も巻き込んでいる。被弾数から考えてもダメージの差は一目瞭然。だが、それでも諦めないという姿勢は好ましい。今の目の前の少女は、以前までの高飛車は彼女と違ってなかなかどうして悪くない。

 

『プライドを捨てた彼女は、強いでしょうね』

 

 だろうな。勿論わかっている。警戒は最大限に、ここから先はどんなことをしてくるかわからない。だからと言って様子見などしない。容赦も遠慮も一切する気など初めから無いのだから。

 

 先手はオルコット。制御を取り戻したレーザービット四機での牽制。狙ってくるのは俺の反応が一番遠い地点。だが俺はそれをカバーするためにビットを1機防御に回している。

 回避、回避、防御、相殺。

 防御、防御、相殺、回避。

 相殺、回避、回避、回避、ビット射撃による反撃。これをオルコットはライフルで防御。

 3セット防いだところで違和感に気付く。パターンがさっきと違う。それにオルコット本人が防御した上でビットがまだ動いている。これは……。

 

「ビットの操作をこの数分でパターン化させた上で数パターン組んだな……!」

 

「ええ。こんな簡単な事でよかったんです。ことこの場においてプライドなど不要……ありがとうございます。貴方のおかげでわたくしは1つ強くなれました」

 

「そりゃよかったな……!」

 

 それを『簡単な事』と言う辺りやはり彼女も腐ってはいない。

 そしてパターンを組んだという事はビットの操作がいくらか簡単になったという事だ。それはつまり、オルコット本人が動くことができるという事に他ならない。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

「踊りに誘われたら、踊るのが礼儀だろうさ」

 

 4つのビット、いや、ミサイルビットも含めた6つがあらゆる方向から射撃を放ち、隙を見せればオルコットのライフルが火を噴く。こちらのビット2機を完全に防御に回してようやく対処ができる手数だ。観客からはまさにビット6機と俺が踊るように見えているのかもしれない。

 

「一皮剥けたらこんなポテンシャルが出てくるとはな……だが」

 

 こちらも隠し玉はまだある。手数が足りないのなら増やせばいい。ビットではなく、別の手段で。

 左手の剣を量子変換で手放し、同時に左手の周りに意識を集中する。呼び出すのは炎の剣。()()()6()()、左手の手首の装甲に円を書くように貼り付けて呼び出す。

 何も剣を呼び出すのは俺の掌の中でなくともいい。俺の身体の一部ならばどこからでも呼び出すことは可能だ。

 そして左腕をそのまま大きく振るい、炎を推進力に剣を1本放つ。炎を纏った剣は放たれたレーザーを貫いてそのままビットに襲い掛かり撃墜する。

 

「なっ!」

 

 流石にこれにはオルコットも驚愕の顔を見せる。こちらとしても炎を纏わせるリスクがあるため無数にできることではないが、意表を突くには充分だっただろう。

 オルコットの驚愕による隙を逃すつもりはない。瞬時加速で真っ直ぐに飛び込む。

 

「見え見えですわ!」

 

 当然迎撃の構え。ライフルから放たれたレーザーを左手の剣1本に炎を纏わせて投擲、レーザーを弾きながらオルコットに飛んでいく。オルコットはこれをライフルの側面で受けて軌道を逸らす。だが逸らすのが限界で、さらにライフルはお釈迦だろう。

 オルコットの近くに集まって来たビットから一斉に射撃が放たれる。こちらのビットに炎の刃を纏わせ、ミサイルを切り裂き、左の剣残り3本の1本ずつを身体に当たる直前のレーザーの軌道上に放り出し、レーザーに当てて逸らす。

 

「出鱈目ですわ!」

 

「はぁ!」

 

 右手に残った剣を両手に握り、瞬時加速の勢いのまま左肩から切り下ろす逆袈裟切り。対してオルコットはもはや鉄の塊となったレーザーライフルをまるで剣のように振るい受け止める構え。 

 選択はいい。だが加速が乗ったこちらと止まっていたオルコット。勢いによる運動エネルギーの差はいかんともしがたい。一撃目でライフルを弾き飛ばし、二撃目、振り下ろした位置から、腹を横に切り裂く水平切り――をオルコットの腹部に当たる直前で止める。

 

「勝負あり。だ」

 

「ええ……わたくしの、負けですわね」

 

 そのまま穏やかな表情で目を閉じ、ふう、とオルコットが息を吐く。

 

「わたくし、まだまだでしたのね」

 

「……候補生ってのはあくまで候補生。その先に行くにはそれに驕らない事が重要だ。候補生という肩書は、より精進して欲しいという国の意思でもある。まぁ、もうアンタは候補生でもない俺に言われるまでもないだろう?」

 

「はい。わたくしはもっと強くなれる。もう、驕ったりなんてしません」

 

 そう言って、オルコットがサレンダー宣言。試合終了。同時に大きな歓声が湧き起こった。




 これは……ライバル的なそれだな?って書きながらなりました。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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剣では負けない

 相変わらずのサブタイ思考放棄である。


 歓声の中ピットに戻る。お互い大きいと言えるダメージもないため修理の時間もそうかからないだろう。どうやら織斑は別のピットで待機しているようだ。

 

「お疲れ様。仁くん」

 

「お疲れ様です。お見事でした」

 

 『天晴れ!』と書かれた扇子を広げた更識と虚が待っていた。本音は観客席の方だろうか。

 

「本音は簪お嬢様と一緒に観戦しています。レーヴァさんの点検をしてしまいましょう」

 

 ISを展開したまま前部分の装甲を一時的に量子変換して降り、再び装甲を戻す。大きなダメージこそないが、右足の装甲は吹き飛んでしまっているため点検と換装は必要だろう。

 

「頼みます」

 

「頼まれました」

 

 布仏姉妹はああ見えて整備科のエース。任せておけばまず間違いはない。

 

「それにしても、あそこまで圧倒的に勝つとはね」

 

「オルコットも戦いながら成長していた。結果程簡単な試合じゃなかったぞ」

 

「うんうん。それも含めていい試合だったって事ね♪」

 

「まぁ、そうだな。プライドを捨てることができたんだ。オルコットはまだまだ強くなる」

 

 これでBT偏光制御射撃(フレキシブル)まで会得して来たら、その時は今度こそこうはいかないだろう。今回俺は相手の眼を見て射線を予測して回避や防御を行ったが、BT偏光制御射撃があればそれが通用しなくなる。レーヴァテインの制限を解除して戦ってもいい試合になるだろう。

 

「良き哉良き哉。さて、次は織斑くんね」

 

「オルコットが自分に一矢報いたと言っていた。油断があっただろうとはいえ大きなことだな」

 

「ええ。でも負けるつもりはないでしょ?」

 

「当然だ。アンタに鍛えられ、オルコットに勝ったんだからな。初心者相手に負けは許されない。アンタだけじゃなくオルコットにも悪いからな」

 

「疲労の方は大丈夫?」

 

「問題ない。1回の戦闘でへばるような鍛え方はしていないからな」

 

 言いながら身体を伸ばし、次の試合に備えて身体を鳴らしておく。

 

「それならよかった。実はこの試合の対戦カード、ちょっとした思惑があったのよ」

 

「まぁ大体わかる。大方代表候補生は連戦というハンデを背負わせ、織斑千冬の弟として期待の織斑一夏には一戦分休憩を与え、ぽっと出でネームバリューもない俺は連戦でも構わんだろう。とこんなところだろ」

 

 『正解』という扇子を開く彼女の表情は少々暗い。

 

「ごめんなさい。その意見に反対できなかった」

 

「構わないよ。その時は織斑が連戦になるが、初心者には荷が重い。俺に肩入れしすぎるとアンタの立場も悪くなるからそれで正解だ。それに……」

 

 笑いはしない。至って当然の結果をもたらせばいいだけなのだから。

 

「その期待の織斑一夏に完勝してやればそんな評価はひっくり返る。まぐれだと言われようが結果は変わらない。まぁ、目立つのは俺としては全く好ましくないが、この一連の試合に巻き込みやがったあの野郎の頬を1発ぶん殴るくらいは許されるだろう」

 

 面食らったように目を大きく開き、ぷっと噴き出す。

 

「熱くなってるじゃない。いや、君は戦う時はいつも熱いか」

 

「元はと言えばアイツがオルコットの挑発に乗ったからこんなことになってるんだ。オルコットは叩いたし、残る元凶に仕返しするだけ。簡単だろう?」

 

「そうね。勝って来なさい仁くん。ダークホースはいつだって予想の外から走って追い越してくるんだから」

 

「追い越し、そのまま置いていく。アンタの鍛え方は生緩くないと証明してやろう」

 

 更識のいつものような不敵な笑みに対し、ニィっと口角を上げて見せる。やはり俺はこと戦闘になるとテンションがいつもより随分と上がるらしい。普段ならばこんな笑い方は決してしないのだから。だがまぁ、悪い気分ではない。

 

「整備、終わりました。相変わらず本人が不調部位を申告してくれるのでやりやすくて助かります」

 

『整備する人に優しいIS、レーヴァテインです!』

 

「ありがとうございます。行けるか? レーヴァ」

 

『勿論!』

 

「じゃあ、行くか」

 

 一度指輪に戻してから再展開。乗る時はこちらの方が早い。右足の装甲もしっかりと戻っている。違和感もない。

 ピット・ゲートから飛び出し、今度は白いISと対面する。

 

「痛っ……」

 

 まただ。また右眼から流れ込んでくる謎の既視感。気にはなるが今は邪魔だ。右眼を強く閉じ頭を振って痛みを抑え込む。

 

「最初から本気で行くぞ。織斑」

 

「当たり前だ!」

 

「オルコットのような慢心は期待しない事だ。気を引き締めろよ。でないと――」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。織斑の背後に回り込む。

 

「はやっ……!」

 

「――一瞬で終わっちまうぞ」

 

 抜刀。そのまま腰から抜きながら下からXに振り抜く。反応が間に合わなかった織斑が吹き飛ぶ。スラスターを吹かし飛んでいく織斑に着いていく。

 

「くそっ!」

 

 織斑も刃渡り約1.6m程度の刀のような片刃のブレードを取り出す。レーヴァから送られてくる情報では【雪片弐型】となっている。織斑千冬が現役時代に振るっていた【暮桜】の唯一の装備である【雪片】を偶然にも受け継いだという事だろうか。いや、恐らく天災の仕業だろうが。

 加速の勢いのまま左の剣を叩きつけるように振るう。織斑も手に持つブレードで受け止めるが勢いを殺しきれずに吹き飛ぶ。更に加速して右の刺突による追撃。体勢を立て直せていない織斑は直撃して更に飛ぶ。アリーナの壁に当たりようやく止まるが、そこに俺も突っ込む。

 

「このっ!」

 

 壁を蹴ってこちらに跳んで来る。あの構えは大上段からの袈裟切り。良くも悪くも正直な性格は次の攻撃が読みやすい。左の剣を【雪片弐型】のコースに居合のような形で下から垂直に当てて逸らす。更に右の剣で逆袈裟切り。咄嗟に出したのであろう左腕で受け止めるが装甲は吹き飛び、シールドエネルギーが削れる。

 

「攻撃が荒い。そんな大振りは当たらん」

 

 右の剣を振り抜いた勢いのまま回転し裏回り蹴り。肩を直撃して織斑はアリーナの壁と反対側に飛んでいく。

 やはり実力差は歴然。こちらは炎すら纏わせていないためシールドエネルギーは全く減っていない。対して織斑の残シールドエネルギーは既に4割程度。スラスター制御も甘い現状の織斑では俺の連続攻撃に対応できない。

 

「くそっ……練習時間は同じ筈じゃないのか……!」

 

 その点については悪いとは思っているが、生憎訓練期間もその質もずっとこちらの方が上だ。聞けば奴はこの1週間で生身での剣の訓練しかしていないという。それでここまで積み重ねた俺が負けるわけがない。

 

「これじゃ、このままじゃ負けられない!」

 

 【雪片弐型】が姿を変える。刀身が2つに分かれ、その間からエネルギーの奔流が光となって溢れ出ている。右眼を使えばその正体がわかるだろうが、今回は使わないと決めている。

 

『切り札でしょうね。しかし仁、気付いてますか』

 

「ああ。当然だ」

 

 【雪片弐型】が変形した直後から一気に【白式】のシールドエネルギーが減っていっている。恐らく俺の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)と同じでシールドエネルギーを犠牲にして扱う力だろう。

 

「愚策だな」

 

 こんな場面で切っていいような能力ではない。諸刃の剣というものはここぞで切るべきものだ。

 

「俺は千冬姉の名前を守るんだ! うおおおおおっ!」

 

 織斑が瞬時加速レベルの速度で一気に接近してくる。実に直線的でわかりやすい。さっきも言っただろう――

 

「そんな大振りで、本当に当てるつもりか?」

 

 下段からの左切り上げ、後ろに飛んで回避。そのまま切り返しの袈裟切り、両手の剣をクロスして受け止める。重い、確かに重い。だが、やはりそれは俺まで届かない。

 如何に刀身が伸びようと、やはり受け止めてしまえばそれはそれ以上前に進むことがない。一瞬両腕により力を込めて弾き返す。

 

「ぜあああっ!」

 

「織斑。そういう切り札はな……」

 

 右水平切りを両の剣を揃えて受け止め、逆回転からのその勢いを乗せた左水平切りをこちらも回転した勢いで弾き返す。そのまま蹴りを入れて織斑と距離を開け、直後に瞬時加速で潜り込む。

 

「確実に当てられる時に使うものだ」

 

 左の剣を手放し、右の剣を両手で握りしめて炎を纏わせる。同時に炎の温度を一気に跳ね上げる。赤い炎が蒼く染まり、被膜装甲(スキンバリアー)ごしに俺にもその熱さが伝わってくる。

 

「俺は剣では誰にも負けない」

 

 蹴りで一瞬怯んだ織斑に、さらにもう一度裏回し蹴り。今度こそ動きが止まったところに、蒼い炎を纏った炎の剣で逆袈裟切りを叩きこむ。それにより【白式】のシールドエネルギーが消し飛び、同時に試合終了のブザーが鳴り響く。

 炎を消し、チラリと自分のシールドエネルギーを見ると、何度かの瞬時加速に加えて蒼い炎まで使った事で7割程まで減少していた。やはり燃費があまりにも悪い。それにレーヴァの負担を考えると使うべきではなかった。

 

「悪い癖だなこれは……」

 

 戦闘になるとテンションが上がるのはやはり悪い癖だ。そもそもそんな戦闘狂みたいな癖は直すに限る。

 やれやれと頭を振りながら、大の字で地面に落ちている織斑を一瞥し、ピットに戻るように機体を動かす。

 今度の歓声は少ない。やはり織斑に期待していたものが多いのだろう。だが現実はやはりまだただの初心者に過ぎない。専用機が今日届いたのだし、練習期間もたった1週間とくれば仕方のない事ではあるが、織斑千冬の弟というネームバリューに加えオルコットとの善戦だ。期待してしまうのもまた仕方ない事だろう。だからと言って遠慮も容赦もするつもりはなかったが。

 

「お疲れ様」

 

「お疲れ様でした」

 

「さほど疲れてはいないけどな」

 

 レーヴァから降り、また一応の点検を任せる。

 

「本気って割に、BT兵器は使わず剣は2本のみだけだったのね」

 

「使うまでもなかっただけだ。それに剣だけの方がアイツには()()だろう」

 

「つまらなそうね?」

 

「アレはもう試合じゃない。やはり起動経験すら少ない初心者にこういった事はやらせるべきじゃない」

 

 ISスーツの上から制服を着ながら話を続ける。

 

「尤も、守ると豪語して見せてここで折れるのならそこまでだったって事だ。織斑千冬の名前を守るという気概は悪くないが、今のアイツには過ぎた願いだ。その願いに見合う程に育てばまた話は別だが」

 

「折れたらそこまで、折れなかったらまだ強くなる。スパルタね」

 

「俺はこれ以上アイツにどうこうするつもりはない。後はオルコットがアイツに教えればいい。まぁ理論派のオルコットのやり方を、感覚派の織斑が吸収できるかどうかはわからないが」

 

 制服に着替え終え、用意していた水を飲み下す。

 

「そもそも一番身近でISに詳しい者と言ったら織斑千冬だろうに。本当に勝ちたいのなら聞きに行くべきだったんだ織斑は」

 

「本当に相変わらず世話焼きよね君。面と向かって言えばいいのに」

 

「む……あまり関与したくないだけだ。答えは自分で見つけた方が型にハマる。……もう遅いかもしれんが」

 

 オルコットは明確に俺との試合で強くなってしまった。試合中は喜ばしいと感じたが、本当に鍛えてしまうことになるとは……頭が痛い。

 

「ランラ~ン。お疲れ様~」

 

 本音が走って来た。相変わらず余っている袖が走りに合わせてひらひらと風になびく。

 

「かんちゃん戻っちゃったから来ちゃった~。強かったねぇ」

 

「専用機起動してから数分の初心者と総稼働時間350時間越えを当てたらこうもなる。まぁその稼働時間は秘匿していた訳だからこっちにも落ち度はあるが」

 

「かんちゃんがスカッとしたって~」

 

「更識簪が? 織斑嫌いなのか?」

 

「簪ちゃんの専用機、倉持技研で開発されてた【打鉄弐式】って言うんだけどね。織斑くんの【白式】が優先開発されることになって後回しにされちゃったのよ。それで引き取って自分で開発してるみたいで、多分その点で織斑くんを恨んでるのね」

 

 代表候補生の機体よりも先に物珍しさから男性操縦者の機体を優先か。日本という国にも呆れたものだ。実際は男性操縦者を保有しているという点で他の国に優位を取れるため、その男性操縦者を自国から手放さないためと、データ所得が目的だろうが。

 

「なるほどな。男性操縦者を国に留めるために代表候補生を蔑ろにするとは日本も大概面倒な国だ。しかし自力で開発か。できるものなのか?」

 

「基本的には設計図通り完璧に仕上げるのは殆ど不可能と言っていいでしょう。楯無お嬢様の機体にしてもお嬢様が1人で開発した訳ではありません。しかし簪お嬢様ならばやれない訳はないとも思っています」

 

「多分かんちゃんは、たてなっちゃんに負けたくないんだね~」

 

 この姉妹に何があったのかは知らないが、どうやらアレ以降まだ関係は改善していないらしい。

 

「アンタはそれでいいのか?」

 

「……いいのよ。あの子はこっちに関わるべきじゃないから。私があの子に疎まれるだけで簪ちゃんが安全に暮らせるならそれに越したことはないもの」

 

「自分で遠ざけたんだな。守るために」

 

 一種の選択ではあるだろう。更識楯無は暗部として裏で危険なことをこなすのが仕事だ。それならば妹を巻き込みたくないというのは大いにわかる。

 

「だが、わかっているか?」

 

「なに?」

 

「アンタの妹と言う立ち位置は、それだけで危険だって事に」

 

「だから私が守る。あの子に気付かれなくてもいいの」

 

「前にも似た事を言ったが、手の届く範囲を見誤るなよ。アンタら姉妹に何があったかは知らないが俺みたいに……なんでもない」

 

 つい口走ってしまった。俺のようになってほしくないなど、言っても誰もわからないというのに。

 

「……わかってる。わかってるわよ」

 

『だーいじょうぶですよ! 本当に危なければ仁だって手を貸すんですから』

 

「お前なぁ……」

 

 事実ではあるが、あまり俺は関与したくないと本当にわかっているのだろうか。

 

『しかし今回でオルコットさんに私の総稼働時間がバレてしまいましたね。これは一悶着起こりそう』

 

「……篠ノ之束お手製って事になってるらしいし、何でもありな気はするがな」

 

 また頭痛の種が増えてしまいそうだ。




 まぁ現段階だとこうなりますよね。一夏が勝てる要素は本当に一ミリとしてないです。零落白夜も実体剣のレーヴァテインをぶち抜くことはできないでしょう。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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もう怖くない、知りたい

 今回地の文がラッシュです。読み辛さにご注意ください。


「1年1組代表は織斑一夏君に決定しました。あ、"1"繋がりでいい感じですね!」

 

 クラス代表決定戦の翌日朝のSHR。山田副担任が挨拶と点呼の後にそう切り出した。山田副担任はそういう語呂合わせだとか、文字遊びが好きなのだろうか。

 クラスは大いに沸き立っている。この席からでは見えないが、恐らく暗い顔をしているのは織斑だけだろう。

 

「先生、質問です」

 

「はい、織斑くん」

 

「俺は昨日の試合に2回とも負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか」

 

「それは――」

 

「俺とオルコットが辞退したからに決まってるだろう」

 

「なんだと?」

 

 訝しげに首を回しこちらを見る織斑。オルコットは意外にも落ち着いてこちらを見ている。

 

「俺は推薦こそされてたが試合に関してはお前らに巻き込まれただけだ。その責任を取ってもらおうか織斑。それにISは稼働時間が命。お前はまだ腕を磨く必要がある。違うか?」

 

「ぐっ……。じゃ、じゃあセシリアは!?」

 

 以前よりもずっと棘の抜けた表情で穏やかに織斑に向き直るオルコット。どうやら本当に一皮剥けた様だ。

 

「わたくしはまだまだ未熟だったことを思い知らされましたわ。以前申し上げた通り実力で決めるのなら仁さんが代表になるのが一番ですが、彼が辞退したのならわたくしも今回は辞退させていただきます。ゆっくりと代表候補生としての自分を見つめなおしたいんです」

 

 ……仁さん?

 

「どちらにせよ敗者に拒否権などない。諦めろ織斑」

 

 そう言いながら教室に入ってきたのは織斑担任。何故この人はいつもSHRが始まってから入ってくるのだろうか。忙しいだろうことはわかるが、一応教師だろうに。

 

「決定に変更はない。クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 

 織斑担任に反対できる人物などこの場に入るわけもない。はーいとクラス全員が……いや俺と織斑以外が返事をした。

 1限目までの僅かな時間。オルコットが席に寄ってくる。

 

「ごきげんよう、仁さん。先日はありがとうございました」

 

 未だに俺に眼を合わせようとはしていないが、刺々しさは完全に抜けている。何故か名前で呼ばれているが、まぁ気にするようなことではないだろう。

 

「……ああ。別に礼を言うようなことじゃないだろ。見つけたのはお前自身だ」

 

「それでも切っ掛けはあの試合でしたもの。それと、もう1つ謝罪を」

 

 今度こそ眼を合わせ、一瞬だけ身じろぎしたもののすぐに真剣な表情になったオルコットが続ける。

 

「生徒会長の人を見る眼は確かでした。貴方だけではなく生徒会長への狼藉、どうかお許しください」

 

「俺にではなく、本人に言うべきなんだろうが……構わんだろう。あの人はそれを気にするような人じゃないしな。むしろお前の成長を喜んでた」

 

「そ、そうですか! それはよかったですわ!」

 

「しかし……人間一皮剥けると変わるものだな。今のお前は話してても悪くないと思う」

 

「貴方のおかげです。そういえば貴方のISの総稼働時間、とても1週間程度のものではありませんでした。あれは……?」

 

 やはり気付いていたらしい。とはいえすべて話すのも難しいか?

 

「……1人目の男性操縦者は織斑一夏ではなく俺だと言ったら信じるか?」

 

「え?」

 

 周りに聞こえないように小声で言うと、やはりというべきか驚いたという表情をしている。まぁ当然だろう。俺がニュースで公表されたのは織斑一夏の後なのだから。

 

「入学できる歳までIS学園で保護秘匿されてたんだ。この機体も篠ノ之束博士の完全オリジナル。武装の積んでいないBT兵器なんて奇特なものを作るのは彼女くらいなものだろう?」

 

「では初心者ではなく、しっかりとした訓練を積んで来て今ここに?」

 

「ああ。実験動物行きはしたくなかったからな。強くなるのが一番という事で何ヶ月も生徒会長にミッチリとしごかれている。保護される代わりに生徒会で働いていた時も織斑先生にすら完全に隠し通していた。世間では俺は2人目として通っているからな。できれば言いふらさないで欲しい」

 

 嘘こそ織り交ぜているが彼女にはこれで十分に通じるだろう。

 

「……そうですか。なるほど、足踏みしていたわたくしが勝てないのも当然ですわね」

 

 納得いったというようにふう、と息を1つ吐く。どうやら織り交ぜた嘘には気付かれていないようだ。

 

「わたくしとしては、仁さんに訓練を付けていただきたいのですが……」

 

「生憎、人にものを教えるのは苦手なんだ。それに今のオルコットに教えられる事なんてないぞ。BT兵器の操作は苦手だし」

 

「そんな事ありませんわ。近接戦闘の訓練にはうってつけですし」

 

「……そうだな。それなら織斑の訓練を見てやるってのはどうだ?」

 

「なんでそこで織斑さんが出てくるんですの?」

 

 小首を傾げて問われる。こういったところは年齢相応の動作をする辺りはやはり高校生と言ったところか。

 

「アイツは俺以上の近接特化だ。それに誰かにものを教えるというのは、基礎がしっかりとできている者ができることだ。自分を見つめなおすつもりなら絶好のチャンスだと思うぞ」

 

「……なるほど。仁さんは加わるのですか?」

 

「悪いが俺はアイツに関与するつもりはない。俺の今の訓練にアイツが付いてこれるとも思わないしな」

 

 そう言って更識との訓練についていくらか教える。少しずつオルコットの顔が引きつっていくのがわかる。

 

「本当に、勝てないわけですわね……はぁ……」

 

「存分に悩み精進せよ若人よ。ってところだな」

 

「本当に歳上みたいな立ち振る舞いですもの仁さんは……。そうですわ、セシリアとは呼んでくださらないのですか? 布仏さんは名前で呼んでいるではありませんか」

 

「悪いが理由なく名前で呼ぶつもりはなくてな。アイツは姉と区別するために名前で呼んでいるだけだ。基本的に人は苗字で呼んでいるからなかなか慣れないが」

 

「……本当にそれだけかしら」

 

 小声で言われた最後の言葉は上手く聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 ――― SIDE セシリア ―――

 

 第一印象は、正直最悪だったと言っていい。

 すぐに連れ出されてしまった織斑一夏さんの代わりに、先に2人目がどんな男か確かめてみようとすれば、何を言おうと耳に入っていないというように無視を決め込み、反応したかと思えば()()()()()と共に、所謂殺気というべきものを叩きつけられた。

 母の顔色ばかり窺っていた弱かった父も、それ以前から強かった母も亡くなり、オルコット家に残された大きな資産を狙った者達の汚い悪意のそれにもあの眼は似ていた。けれど決定的に違うのは、その深さ。

 一目見ただけで吸い込まれて動けなくなってしまいそうな深い黒。濁った黒。何故周りの生徒たちはこれを見て何とも思わないのか、不思議でならなかった。

 

 織斑さんの挑発に思わず乗ってしまい決闘を申し込んだ。彼も決闘に巻き込まれたような形にはなったけれど都合は良かった。男性操縦者のデータ収集はイギリスにとっても重要な事。織斑さん以上に謎に包まれた彼の力量を知るいい機会。

 その時ですら彼は落ち着いた態度を崩さなかったが代わりに頭を押さえていた。

 それ以降1週間後当日までは3人共話しかけることはなかった。

 

 1戦目は織斑さん。確かに慢心の気持ちがあったのは認めましょう。けれどあそこまで追いつめられるだなんて思ってもみなかった。強い瞳をしていた。欄間さんと違って暖かく、それでいて強い意志を秘めた瞳。ずっと忘れていた男性の強さ、それを思い出す事になった。

 少々ときめいたのは否定しない。確かに次の試合が始まるまでは頭の中は織斑さんの強い瞳が焼き付いて離れなかった。けれど、それ以上に次の試合は衝撃を与えられることになった。

 

 まずは謝罪をした。男性だからと言って敬意を捨てるつもりにはもうなれなかった。だから、最初から本気で、名乗り上げすらもせずに本気で勝つつもりだった。

 そして試合が始まってみれば驚きの連続だった。まず彼のISの総稼働時間が350時間を超えている。データはうそを吐かない。とても1週間しか経っていないとは思えないその稼働時間に目を見張り、彼が呼び出したBT兵器(イギリスの専売特許)に目を見張り、そしてあまりの実力に戦慄した。

 やりたいことをまるでやらせてもらえない難しい試合。わたくしの得意とする距離を保てたのは最初だけだった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を起点として接近戦に持ち込まれ、零距離でのミサイルによる荒業で距離を取らなければならなかった。そしてすぐに悟った。勝てないと。

 少し前ならば認められなかった、認めたくなかったであろう事実。それはあまりにもすんなりと認められた。

 だから、勝てなくてもいいと思った。けれど、足掻いてみようと思った。こんな気分は久し振りで、新鮮で、気分が高揚した。楽しいと、そう感じた。

 

 そして初めて、彼の笑みを見た。普段の彼は笑ったとしても苦笑程度しか見た事がなかった。それが口角を上げて笑って見せた。今度は彼の表情を引き出してみたいとも思った。もっといろんな顔が見てみたい。それが"男性"を知る第一歩になるだろうと。

 もうプライドはいらなかった。すると簡単に新しい戦い方が見えた。その場で緊急的にではあるけれどビットの行動パターンを組み上げる。それはすぐに見抜かれたけれどだからと言って陳腐化するようなやり方では決してない。ビットと共に自分で動き、隙を減らした戦い方はまさに【ブルー・ティアーズ】による戦闘の完成形。BT偏光制御射撃(フレキシブル)が使えないのは痛いけれど、いずれ必ず身に着けて見せる。ここで1つ成長したわたくしならば絶対に届くという確信があった。

 

 自信はあった。これならば一矢報いることができると。けれどそれでも彼には届かなかった。1発として被弾はなかった。

 けれど隠し玉であろう動きは見ることができた。それだけでも満足だった。

 全6機とわたくし本人からの攻撃を全て捌ききって潜り込んできた炎の斬撃を、レーザーライフルを剣のように振るうという決して優雅ではない手段で受け止めようとした。けれど彼の剣はその程度では止まらなかった。最後には寸止めでの勝利宣言。以前ならば屈辱だと怒っただろう。けれど何故か気分は良かった。

 

 翌日、織斑先生に仁さんがクラス代表を辞退したという事を聞いた。正直彼がなるのがベストだろうと思って残念になってしまう。それならばとわたくしもその場で辞退を申し出た。今のわたくしに務まることとは思えなかったし、個人としてもう一度自分を見つめなおしたかった。

 

 教室に入り、今朝は織斑先生のところに行っていて時間の猶予がなかったのですぐにSHRが始まった。

 情報伝達はやはり早いようで、山田先生は織斑さんがクラス代表になったことを公表した。当然彼は納得いかないといった顔だったけれど、仁さんが言いくるめた後にこちらに話が回ってきて、自分の考えを述べてしまえば織斑さんは引き下がらざるを得なかった。

 

 SHRが終わった後、すぐに仁さんの元に向かった。眼を上手く合わせられなかったけれど、謝罪するならばと意を決して合わせてみる。

 やはり、怖い。一瞬身じろぎしてしまったのを感じる。彼は気付いただろうか?

 

「今のお前は話してても悪くないと思う」

 

 少しだけ、彼の表情が無表情ながらも優しくなったような気がした。そして話しているうちに眼の怖さなど忘れてしまった。気付いたのだ、彼は決してその眼程怖い人物ではない。自分の思いを告げる事が苦手なのも、普段笑わないのも、彼は不器用なのだろうと思った。

 そしてまた驚かされた。1人目の男性操縦者は自分だというのだ。確かに総稼働時間は並みのものではなかったし、総稼働時間もその実力も何ヶ月と起動を繰り返しての訓練をしていたのだとすれば納得は行く。なるほど、代表候補生としての活動が始まって以来足を止めていたわたくしとは違うという訳だった。それに納得すると同時に、わたくしが彼の秘密を知っている極一部の中の1人になれたことが嬉しく感じた。

 

「わたくしとしては、仁さんに訓練を付けていただきたいのですが……」

 

 もっと彼の事を知りたい。彼は剣で語るのだろう。だからこそ、彼に訓練を付けてもらえたらどんなにいいかと思った。

 返ってきた返事はわたくしの望むものではなかったけれど、わたくしの次の道を示してくれた。織斑さんの指導、確かに基礎を見つめなおすにはうってつけだ。もっと強くなって、その時は彼に再戦を申し込もう、結果を残した上で今度こそ彼との訓練を申し込もう。そしてその時こそセシリアと呼んでもらえるように言ってやろうと、そう思った。

 

 

 

 

 

 ――― SIDE 仁 ―――

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、そして欄間。試しに飛んで見せろ」

 

 今日の授業は実戦。座学ばかりだったここ最近からすると新鮮だが、やることで考えれば普段の鍛錬からいくらかステップダウンした基礎の基礎だ。尤も基礎は全てにおいて重要な事でもあるため馬鹿にはできないが。

 一瞬だけ意識を集中して展開する。かかった時間は0.3秒。本当の一瞬とまではいかないが十分だろう。

 

「よし、飛べ」

 

 すぐに急上昇。瞬時加速(イグニッション・ブースト)は勿論使用しないが今の俺達なら充分な速さが出る。遥か上空地上から200m程の位置で制止する。

 すぐにオルコットが追いついてくるが、織斑は随分と手間取っているようだ。

 

「織斑さん。イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

 オルコットからの助言。確かにイメージと言っても多種多様だ。人によってイメージしやすいものは当然ながら違う。

 

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 半重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。説明はしてくれなくていい」

 

 イメージなどというものは自分で見つけるのが一番だ。誰かに教えられてもそれはどうしても自分自身にしっくりこない事が多い。

 

「急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」

 

 織斑担任の声がオープン・チャネルから流れて来る。それを聞いた直後真下に向かうようにスラスターを吹かす。

 

『ここです!』

 

「ふっ!」

 

 急ブレーキ。更識との訓練でのよくやるような事だ。何ら問題はない。何よりレーヴァがいるのだからミスはそうそう起こらない。ズルいと言われれば何も言えないが。

 

「地表から2センチ。見事だな」

 

 オルコットも難なくクリア。問題の織斑はと言うと――

 ギュンッ――ズドォォンッ!

 墜落した。グラウンドに大穴を開けてようやく止まる。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

「流石ですわね、仁さんは」

 

「実戦訓練でどれだけ急加速急ブレーキをやっていると思っている。問題はない」

 

「貴方のそれは並外れているのですよ……」

 

 篠ノ之に何か言われている織斑は、また口喧嘩に発展しかけているようだ。篠ノ之の教え方が擬音での表現ばかりでわからないらしい。まぁ篠ノ之も感覚派だろう。人に教えるのに向いたそれではない。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はあ」

 

「返事は『はい』だ」

 

「は、はいっ」

 

「よし、では始めろ」

 

 呼び出されたのは【雪片弐型】。アレしか積まれていないらしいから当然か。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ。セシリア、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

 呼び出されたのは【スターライトmkⅢ】。流石に早い。正面に構えて射撃準備完了まで1秒とかからない。以前の彼女ならポーズの一つでも決めそうなものだが、それも無しでイメージの確約ができているようだ。

 

「セシリア、近接用の武装を展開しろ」

 

「は、はい」

 

 今度は少しだけ時間がかかる。けれどショートブレード【インターセプター】は名前を呼ぶこともなくセシリアの手に収まる。

 

「4秒。近接に関してはまだまだだな。織斑や欄間には通用せんぞ。精進しろ」

 

「はい。近接戦闘の重要性は大いにわかっています」

 

「それならいい」

 

 さて織斑、オルコットとくれば次は俺だろう。

 

「欄間。展開しろ」

 

「はい」

 

 両手を一瞬軽く開く。それだけで両手には二刀が握られる。直後に肩の横に2つのBT兵器を呼び出す。

 

「剣は0.08秒。BT兵器まで約0.6秒。本当に初心者か?」

 

 剣を呼び出すのは最も得意とするところだ。BT兵器も比較的早くはなった。

 

「……ハンドガンは5秒か。剣だけにかまけるな」

 

「……わかっています」

 

 これでも早くはなったのだ。レーヴァのアシスト無しでも命中率も上がっては来ている。苦手意識というのは如何ともしがたいものだ。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 果たしてこれを見ていた生徒達は参考になったのだろうか。実践訓練と言うからには実践する側の意見や考えを話した方がいいと思うのだが。まぁ織斑担任にその辺を言ったとしても無駄だろうか。




 セシリアの仁への感情は恋幕ではないと思っています。どちらかというと認めた相手であり知りたい相手といった段階。うちのセシリアさんはチョロコットさんではないようです。
 一夏との試合の後に自分が成長できるような試合があればこっちに気持ちが動いてしまうのも仕方ないかなと思い、予定変更、セシリアが一夏ヒロイン脱却を果たしました。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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ささやかな祝勝会

 夕食後自由時間。俺は生徒会室で座ってぼーっとしていた。普段なら寮の部屋に戻って自己鍛錬をしている時間だが、今日はそういう訳にもいかなかった。

 というのも、寮の部屋にいると織斑のクラス代表就任パーティに呼び出されるためだ。俺の寮の部屋を知っている者は少ないが、オルコット辺りは迎えに来るだろう。そのため先手を打って生徒会室に逃げ込んだというわけだ。

 別にパーティが嫌いなわけではない。端っこの方でちびちびと飲み物でも飲んで雰囲気だけ楽しむのは悪くない。だが、今回は問題が1つだけあるのだ。

 

 2年生新聞部副部長、黛薫子。この人がそのパーティでインタビューをすると意気込んでいた。という情報を本日昼休みに更識から聞いてしまった。

 彼女は俺が生徒会手伝いの頃から生徒会室に度々現れてはインタビューをしていったり、更識と友人らしく会話を交わしたりしているのを見ているので関係そのものは悪くないが、ことパーティの場においてのインタビューなど御免だ。クラス代表決定戦であれだけの試合をしてしまったのだ。記事になどされてしまえば一躍学園中の噂。パンダどころではない。何度も言うように俺は目立ちたくないのだ。もう遅いかもしれないが。

 

「薫子ちゃんが行くからってそんなに全力で避けなくてもいいじゃない」

 

「記事なんぞ絶対にごめんだ。ま、当事者は当時者で楽しめばいいだろう」

 

 布仏も向こうで大量の菓子に舌鼓を打っているだろう。アイツはアイツなりの交友関係があるのだからそちらを大事にしてもらいたいので好ましい。

 

「第8アリーナで訓練も悪くはないが、まぁたまにはのんびりするのも悪くない」

 

「もっとクラスの人と交友を持つのも悪くないと思いますが……」

 

「未だに俺を怖がる奴がいるのに俺が行くのも悪いでしょう? 楽しむときはしがらみなく存分に楽しむ方がいいんですよ。そういうのは織斑(優男)の方が向いてる」

 

「折角花の高校生だっていうのに冷めてるわねぇ……」

 

「こういう奴だって事はわかってるだろうに」

 

 まぁ何をするわけでもなくのんびりと夜を過ごすのもいいだろう。

 

『とはいえこうなると本当にすることもないですしねぇ。私は暇を持て余すのには慣れてますけど』

 

「動けないとそういう時不便だな」

 

『ご飯も食べた事ないしオシャレもないですからね。そういう時は人間の身体が欲しくなりますよ』

 

「お前ならいつか身体持って出てきそうでこっちは気が気じゃないが」

 

 などと話していると生徒会室の扉が開かれる。

 

「ただいま~」

 

「パーティの方は終わったのか?」

 

「まだだよ~。写真撮影も終わったし私もこっち来ようかなって~」

 

「向こうで楽しんでりゃよかっただろうに」

 

「ランランいないと楽しさも半減~」

 

「俺1人とクラス残り29人が半々ってのは如何なもんかと思うぞ」

 

 本音も来たためか虚がティーセットを取り出している。最近は俺が担当していたため少々新鮮だ。

 

「では、本音も来たことですし、我々は我々で仁さんの祝勝会は如何ですか?」

 

「……は? いや、別に俺はそんなのは」

 

「いいじゃない。訓練が実を結んだって事もわかったことだしね」

 

「ケーキケーキ~」

 

「本人の意見は無視かアンタら」

 

「意見を通させたら絶対に拒否するでしょう? それとも、先輩としての命令の方がお好みかしら?」

 

「結局拒否権はないって事か……」

 

 開かれた扇子には『当然♪』と書かれている。職権乱用という奴だろうそれは。

 

「はぁ……わかったよ。どうせやるなら楽しんだ方がいくらかマシだしな」

 

「そうそう。大人しく楽しんじゃいなさい♪」

 

「では生徒会のささやかな祝勝会と行きましょうか」

 

「それじゃあ仁くんの勝利に……」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 祝勝会。と言っても基本的にいつも通りだ。虚が淹れたお茶と既に買って生徒会室の冷蔵庫に入っていたケーキでささやかなパーティ。だが重要なのは食べるものではなく、その理由や雰囲気だ。人間というものは特別な雰囲気というものに酔うのが得意な生き物であり、それに甘んじるというのは心地の悪いものでは決してない。

 ロシア代表に鍛え上げられているのだから勝って当然の試合だったかもしれないが、代表候補生に一般生徒が勝利するというのは只事ではないのだ。それならばこういう時くらいは気を抜いてもいいかもしれない。

 もはや生徒会の面々と関わりを捨てるのは諦めている。なにせ9か月もの付き合いだ。今更切り捨てることなど俺にはできないし、そしてそれを許してくれるような面々でもないだろう。離れようとしても意地でも連れ戻すに違いない。それがどうしても必要となればこちらも何が何でも切り捨てるが、そんな事が必要な時はきっと本当の緊急事態。それをそもそも起こさないようにするのが俺の役目だ。

 

「考え事~?」

 

「む……まぁ考え事の1つ2つするだろ」

 

「ダメだよ~主役なんだから楽しまなきゃ~」

 

「充分楽しんでるよ。別にこういう雰囲気が嫌いなわけじゃないからな」

 

 そう、楽しんでいる。人との触れ合いがあまりにも少なかった俺にとって充分過ぎるくらいだ。

 人との関わりを持たないようにしては来たが、こうして関わるようになってしまえば心地良いと思っている自分は正直恨めしい。この世界の住民はこの世界の住民同士で仲良くやってくれればそれでいいと思っていたのに、それに加わりたいと思ってしまうのは(転生者)にとって致命的だ。

 だからと言ってやはり離れるのは堪え難いのだろう。初めは完全にただの不審者だった俺にここまで良くしてくれる人達を蔑ろになんてできるわけがない。

 それならば俺は彼女達を全力で、この命をもって守ろう。俺がいることで彼女達が危険に曝されることなど俺は許容できないのだから。異物である俺が仮にそれで死に、いなくなったとしてもそれはこの世界が元の姿に戻るだけなのだ。彼女達は悲しむかもしれないが、じきにその記憶も薄れる。

 

『自分をもっと大事にしてください』

 

 頭に響く声。今回は周りに聞こえないようにしているようだ。

 

『仁だって今はこの世界の人間です。仁が死ねば悲しむ人がいる、当然私だって悲しいです。それなら仁はもっと自分を大事にするべきです。自分のためではなく、誰かのために』

 

 誰かのために自分を大切にする、か。考えてみればそんなことを考えた事はなかった。自分は世界にとっての異物でありその世界の住民ではないといつも思っているためか。

 それなのに彼女は、俺も世界の住民だという。俺とて彼女を悲しませるのは辛いし、生徒会の面々に悲しまれるのも嫌だとは思う。誰かのために生きたとしても、結局俺はその誰かのために命を賭けてしまうのは変わらないだろう。大事な存在を守って死ぬのなら満足とは酷い偽善者だとは思うが、俺もその一種なのだ。昔の俺は違ったのだろうか。もうそれを覚えているわけではない。レーヴァに聞いたとしても自分で思い出さなければ意味がないと言われてしまうだろう。

 

「ふう……」

 

 楽しめと言われているのに自分を見つめなおす時間になってしまった。せめてここからは純粋に楽しませてもらうとしよう。どうせ彼女達から離れることはできないのだから。

 

「お茶のおかわり、如何ですか?」

 

「いただきます」

 

「しかし、強くなったものね。最近は私もヒヤッとさせられる場面も増えたし、並大抵の候補生には負けないんじゃない?」

 

「ISにおいて重要なイメージを形成するのは得意な方だからな。レーヴァもいるしISを自在に動かすという点ではそうそう誰かに負けないだろうさ」

 

「2人1組。羨ましいわ。私のレイディも話ができたらいいんだけどなぁ」

 

『篠ノ之博士が言うには、コア人格達は意外とお喋りらしいです。それを人間が受信できるかどうかはともかくとしてですが』

 

「自分のISとお喋りできたら凄くいい事だよね~。いつでもお喋りできる相手が増えたら楽しいし~」

 

「それがなかなか上手くいかないから世界中を見てもコアと話せる人はいないんだけどね」

 

「ままならないものです」

 

 コアの声を受信する条件というのは特に定められているわけではないという。強いて言うのならそのコア人格との相性やIS本体との同調率の高さが重要らしい。全てのコア467個の開発者である篠ノ之束ですら全てのコア人格との会話を可能にしているわけではないらしく、やはりこの情報も曖昧なのだが。

 

「とはいえ今回はレーヴァちゃんのアシストは無しでの勝利。まだまだパフォーマンスは上がるって事ね」

 

「オルコットは知ったら不満がるかもしれないけどな。いや、織斑もか?」

 

 あの2人は本気でやっていなかった、というかやれなかった事を知ったら間違いなく不満を見せるだろう。前者はどんな感じか少しわからないが、後者は真剣勝負に手を抜いたことに怒るだろうことの想像は容易い。

 

「織斑くんは強くなると思う?」

 

「どうだろうな。オルコットにアイツの訓練の手伝いを頼みはしたが、なにせオルコットは生粋の理論派だ。細かい角度とか言い出したらとことん細かいだろうし、感覚派の織斑はなかなか吸収できないかもな」

 

 茶を1口飲んで口を潤して続ける。

 

「とはいえ強くならないとならないだろう。守ると豪語するからには相応の力が必要になる。そして守るという事はISという圧倒的な力を持って人を傷つけるという事だ。それに気付いた上でそれでも守ると決められたならアイツは強くなる」

 

 俺のように守るためになら殺すことも厭わないという覚悟とまではいかなくとも、そこら辺の損得勘定ができなければ自分も周りも危険に曝すだけだ。守るという覚悟は実は軽い事ではない。

 

「まぁそうそうそんな覚悟が必要な事になられたら困るわけだが」

 

 この世界は各国で牽制し合ってい事で表面上の平和が続いてる世界だ。そうそう簡単にその均衡が崩れるような事になればそれはイコールで戦争が始まることになる。このIS学園にいる限り各国の影響は受けづらいにしても、ここには専用機持ちが何人かいる。専用機持ちは明確な大きい戦力。駆り出されれば出ざるを得ないだろう。その時こそ守る覚悟というものは必要になるだろうが、そんな事が起きたらそれはもう平和などではない。

 

「平和が続けばいいんだけどね」

 

「全くだ。平和に暮らせるならそれに越した事はない」

 

 自分の前に置かれているケーキを一口分切って口に運び味わう。やはり美味い。というかこれは……。

 

「久しぶりに作ってきましたね?」

 

 その問い掛けに返ってくるのはニッコリと柔らかい笑顔。

 このように稀に虚の手作りケーキが用意される事もあるが極めてレアでありなおかつ極上だ。普段置いてある名のある店の物も絶品ではあるが、彼女お手製の物はそんなものが霞んでしまう程の美味さだ。実際今もいつも以上に舌に意識を集中させてしまっている。将来はパティシエになったとしても充分過ぎるほどに通用するだろう。彼女にそれを告げたとしても更識に仕える以外の未来は見ていないと返ってくるだろうが。

 

「レアな表情。いただきました」

 

「む……」

 

 手を顔に当てるとほんの少しだけ緩んでしまっているのを感じる。……俺はそんなに甘党だっただろうか。

 

「食べた人が嬉しそうならそれは作った側にとって最高の報酬なんですよ。特に仁さんみたいに普段難しい顔ばかりしている人なら尚更に」

 

「……あまり顔に出るタイプじゃないと思ってたんですがね」

 

「付き合いの長い私達以外じゃわからない程度よ。笑顔にはほど遠いけどレアはレアね」

 

「ランランは笑わないからね~戦う時以外」

 

「人を戦闘狂みたいに……しかしそれはそうだが」

 

 何故人の顔が少し緩んだだけでこうも皆嬉しそうにするのか。

 

『いずれわかりますよ』

 

 そうだろうか。彼女が言うのならそうなのだろう。

 

 時間としては夜の10時を回る程までに続いた祝勝会は、最終的に本音の寝落ちで終わりを告げた。

 

「まぁパーティからパーティなんて続ければ疲れもするだろうな」

 

「送ってってあげたら?」

 

「俺が? 別に構わんが……」

 

「本音のルームメイトは簪お嬢様です。気まずいんですよお嬢様は」

 

 と小声で虚に言われた。それならば虚が行けばいいではないかと思いもするが、彼女とて俺のように手が空いているわけではないのだろう。

 

「……まぁ仕方ない。よ……っと」

 

 本音を背負う。普段のだぼっとした服装からはわかりにくいがなかなかのボリュームの柔らかいものが背中に当たるが意識はしない方がいいだろう。

 

「……軽いなこいつ。あれだけ菓子食ってるのにこの軽さか」

 

 この時間は流石に校舎内に人はいない。電気も既に消灯されてはいるがまぁ問題はないだろう。

 寮の部屋は一応知っているため問題はない。強いて言うのならば更識簪と面識がない事だろうか。彼女も男性が得意なタイプではないと聞いたことがあるような気がする。というかそもそもかなり内気なタイプだと聞いている。仕事だけしたらすぐに帰るのが良さそうだ。

 

「……ここだったな」

 

 右手で本音を支えながら左手でノックする。既に寝ているかもしれないがここは起きてもらう他ないだろう。

 と危惧はしたが、思いの外すぐに扉が開かれる。

 

「どなた……っ!?」

 

「……驚かせたか。すまない」

 

 これ以上無い程に驚いた顔をされてしまった。彼女は小柄なため見下ろす形になってしまうのも不味かったかもしれない。

 

「ほ、本音……?」

 

「……パーティ途中で寝落ちてしまったんだ。それで俺に白羽の矢が立った」

 

「……そう」

 

 更識からの頼みというのは彼女には禁句だろう。取り合えず嘘は吐かないが全ても言わないようにしておく。

 

「受け取れるかって言ったら……まぁ難しいよな」

 

「……う、うん。本音、起きて」

 

 しかし起きる気配がない。こうも熟睡されているとこっちも参ってしまう。

 

「……仕方ない。どうぞ」

 

「すまないな……」

 

「本音が悪いから……別にいい」

 

 女生徒の部屋に入るというのはモラル的に避けたかったのだが、本音をここに落としていくわけにもいかないし部屋主にも許可を貰ってしまったのだから仕方ない。入れさせてもらうとしよう。

 

「失礼します」

 

 一応断りを入れるのは忘れない。

 

「本音は……そっちのベッドか?」

 

「うん」

 

「了解」

 

 2つあるベッドのうち片方には起動したままのノートPCがある。恐らく更識簪のそれだろう。そしてそれによってしている作業はまず間違いなく日本代表候補生である彼女の専用機【打鉄弐式】の製作データのまとめだろう。あまりじろじろ見るものでもあるまい。用事を済ませて帰るとしよう。

 

「よ……っと」

 

「欄間くん……だよね」

 

 本音をベッドに寝かせ、出ようとすると声を掛けられた。

 

「ああ、そうだが……」

 

「本音から……話聞いてる」

 

「……どこでも誰にでも話すな本音は。まぁ構わないが」

 

「……姉さんと、仲良い……よね」

 

 姉さん。彼女が姉と呼ぶからには1人しかいないだろう。

 

「……まぁ、仲が良いかと問われたらいいんだろうな」

 

「……時間、いい?」

 

 今度はこちらが少し驚いてしまう。まさか呼び止められるとは思わなかった。

 

「別に大丈夫だが……そっちはいいのか?」

 

 頷かれた。一応彼女も更識の事については気になるのだろうか。まぁ折角話す機会があるというのならば話してみるのも悪くないだろうか。




 仁がクラスのパーティに出るかと言われたら微妙なのでこんな感じになりました。主に黛さんが原因ですけど。
 そして簪さんと遭遇。彼女も自分の知らない楯無さんについて気にならない事はないと思うのでこんな形に。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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気付く事は尊いもの

 さて、22時半に寝落ちた友人を部屋に送ってきたらそのルームメイトに呼び止められてしまったわけだが。それが相手が男であり知り合いであったならば特に問題はなく談笑する場面だろう。いや今の俺に男の友人はいないのだが。

 ここはIS学園。当然ながら友人もそのルームメイトも女生徒なわけで、さらには今対面しているのは更識の妹であるという事実が何とも気まずいわけだ。そしてその本人はどこかイライラとしているようにも見える。

 とはいえこんな雰囲気のままでは話もし辛い。こちらとしてもこの謎の雰囲気はなかなかに厳しいものがある。

 

「……本音の部屋ならティーセットの1つ2つはあるよな。少し借りるが大丈夫か?」

 

「う……うん」

 

 本音とて更識に仕える布仏の1人だけあってお茶を淹れるのは得意だ。滅多に自分からやろうとはしないが。その副産物といったように部屋にも生徒会室に置いてあるものと同じティーセットが用意されている。借りるとしよう。茶葉は鞄の中に密閉瓶で入っている。

 別段普段と変わったことが必要なわけでもなし、紅茶を2人分淹れて1つを更識簪の前に置く。

 

「どうぞ。少々イライラしているように見えたからな。カフェインは適度な量ならリラックスに使える。味はまぁ保証する」

 

 少し警戒したようにこちらを見るが、口を付ける。

 

「美味しい……」

 

「そりゃよかった」

 

 まさか男に紅茶を振舞われるとは思わなかっただろうが、まぁ美味いと言ってくれるのなら気分は悪くない。

 

「さて、何が聞きたい? 答えられる事ならなるべく答える」

 

「……」

 

 呼び止めたはいいものの何を聞くか纏まっていない、といったところだろうか。指はもじもじと動き、携帯用のディスプレイとして使用しているらしい眼鏡の奥で瞳は各地を踊っている。

 こちらから話すのも悪くはないが、どこから話すのがいいのかこちらとしてもわからない。更識と初めて会った時の事などとても話せるものでもあるまい。

 

「……知りたいの。私の知らない……姉さんの事」

 

「アンタが知らない……か。そうだな、生徒会での普段の様子、とかどうだ」

 

 無言で頷く。今度こそ目線は真っ直ぐこちらを向き、興味があるというようにそわそわしている。こちらも目を合わせるが、どうやら彼女はこの眼が怖くないタイプらしい。

 

「そうだな……アンタは更識……楯無の事をどう思ってる?」

 

 ここに本人はいない事だしまぁ無理にさんと付けることもないだろう。

 

「……完璧な人。私とは……全然違う」

 

「……そうか。それなら俺は俺の意見で言わせてもらおうか」

 

 自分の表情が硬いというのは自覚しているが、こういう時に微笑みの1つでもできたら話が多少は和らぐというのに。

 

「確かにあの人は優しいし強い、それでいて優秀だ。だが決して完璧ではない。そもそも完全無欠な人なんてそうそういない」

 

「なんで……そう言えるの?」

 

「9か月くらいか。アンタと彼女の時間ほどじゃないが、他人としては長く接していたと言っても過言じゃない時間だな。それだけの期間近くにいたから多少はわかる。アイツは完璧なんかじゃない。それは本人も自覚してるだろうさ」

 

 更識簪の目付きが鋭いものになる。

 

「勘違いしないでくれ、アイツはいい意味で完璧じゃない」

 

「いい意味……?」

 

「本当に完全無欠で超人だったら、アイツの周りに人は集まらない。人望も含めて完璧だと思ってるならそれは違う」

 

 1つ息をついて続ける。

 

「IS戦闘での手加減は下手だし、自分の分の資料仕事はサボろうとするし、挙句それを虚さんや俺にやらせようとして結局自分でやることになる。これは本音も同じだな」

 

 ぽかん。と更識簪が呆けたような表情で固まる。

 

「それにお茶は自分で淹れる事を覚えようとしないし、動揺すれば手元に忍ばせている扇子をバラバラと取り落としたりする」

 

 更識としての嗜みとは何だったのか。というレベルで茶だけは淹れようとしない。

 

「あと生身で得物での勝負なら意外と勝てる。本当に完璧なら百戦百勝くらいしてもらわないと困る」

 

「ええ……」

 

「ああ見えて案外よくよく見れば完璧ではないのさ」

 

「でも……」

 

「しかしそれを知ったからといって一度芽吹いてしまった苦手意識を取り除くのはなかなか難しいものだ。そうだろう?」

 

 これまた無言で頷く。

 

「俺にアンタらの関係をどうこう言う権利はないからな。ただ、2つだけ」

 

 指を2本立ててそれを見せてみせる。

 

「同じ名前を背負う事の意味を、もう少しだけ考えてみるといい。そして何故アイツがアンタにとってあまりにも重い存在なのか、苦手意識だけじゃなく改めて見つめなおしてみればまた新しいものが見えるものだ」

 

 そう言うと、更識簪は一度目を閉じ、思考の海に意識を投げ出す。

 

「姉さんは……私に何もしなくていいって言った。無能なままでいろって言った。全部自分がやるからって……」

 

 こちらもそれを黙って聞く。

 何もしなくていい。それはつまり”更識”として、暗部として自分がその名を背負い妹を守るという覚悟。妹を自分から遠ざける事で嫌われようが守り通すという覚悟に他ならない。しかしそれを、更識(暗部)としての運命を簪はまだ知らないのだろう。

 

「姉さんの背中が、急に見えなくなった……顔が合わせられなくなった……影だけでも追おうと思って、【打鉄弐式】を引き取った……でも……」

 

 【打鉄弐式】の製作が滞っているというのは聞いている。だがそれは彼女が完全に1人で製作しようとしているためというのが大きい。

 彼女は【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】を更識が1人で組み立てたと思い込んでいるが、実は違う。元々【モスクワの深い霧】をベースにカスタマイズしたあの機体は、7割程が完成していたものを、整備科現3年主席である虚と、2年エースである黛先輩から意見を貰いつつ完成させたのだ。更識が天才であることには変わりはないが、前提があまりにも違い過ぎる。

 

「やっぱり……私じゃ追いつかない……」

 

「……まず、いくつか訂正を」

 

「え……?」

 

「まずアイツはアンタを疎んでなんかいない。アンタに見せる姿を完璧に見せようとするのは姉の意地みたいなものだ。いつだって兄や姉は弟や妹にいいところを見せたいものなんだ。俺に兄弟はいないが」

 

 一瞬未だ眠りこけている本音に視線を向けてから続ける。

 

「それと、アンタは姉以上の事を成そうとしている。弐式の現在の完成度は……確か機体は完成しているんだったか。それでも武装と稼働データの面を考えると4割ってところか。まずそもそもが楯無よりもスタートラインが遥か後方だ」

 

 これができたら姉を超えてしまうな。と軽く言う。

 

「それに1人で組み立てたというのも誤解だ。少なからず協力者はいたという事を知っておくといい。アンタにだって心強い整備科1年エースがそこにいるだろう?」

 

 本音の腕は間違いなく本物だ。何度もレーヴァの整備を頼んでいるからわかる。

 

「まぁ、これを知っておけば少しは気が楽になるんじゃないか。姉がこうだったからそうしろ、なんていうつもりはないが知っておくといい事はいくらでもある」

 

 そう言いながら席を立つ。時間も遅くなってきてしまったことだ。そろそろお暇するとしよう。

 

「……色々知ったように言って悪かったな。情報量もちょっと多かっただろう。自分の中で上手く纏められるか?」

 

「……うん。ありがとう。ちょっとだけ、楽になった」

 

「そうか。それならよかった。そうだ、今度こそ最後に1つだけ」

 

 今度は指を1本立てて見せる。

 

「妹が大事じゃない姉なんて滅多にいない。想われていないと思うならもう少しだけ、アイツの事見てやってくれ。機会があったらでいいけどな。それじゃ、お邪魔しました」

 

 それだけ言って扉の外に出て閉める。

 

「……過ぎたお節介だっただろうか」

 

『どうでしょうか。でも簪さんの顔、少しだけ明るくなってましたよ』

 

「俺がやるべき事だったかどうかって事だよ。自分達で気付く方がよかったかもしれない」

 

『……もう遅いですよ。後悔先に立たずってやつです』

 

「まぁ、それはそうなんだが……」

 

 実は、気付いている。俺の行動は人と関わりたくないなんて言っている俺自身に反しているなどという事は。何故だろうか。俺は人と関わらない方がいいと本気で思っているのに、何故か人にお節介を焼いてしまうし関係を捨てようとも思わない。覚えていない昔の俺はそんなに他人が好きな男だったのだろうか。無意識のうちに行動を思い出してトレースしているのだろうか。

 

「……わからないな」

 

 

 

 

 

 ――― SIDE 簪 ―――

 

 今日も【打鉄弐式】の組み立てのデータをまとめ、それから寝ようかと思っていた。本音がこの時間まで部屋にいないのは少し珍しいけどそんな日もあるだろう。噂に聞けば1組は織斑一夏の代表就任パーティなんてものをしているらしい。それなら確かに本音は遅く帰ってくるだろう。イギリスの代表候補生が忙しなく寮を行ったり来たりしていたのもそれが原因だろうか。

 私の専用機を蔑ろにしてまで製作された専用機で活躍したのがそんなに嬉しかったのだろうか。仮に本人がそれを知らなくとも関係なくイライラと感情が渦巻いてしまい、作業が捗らなくなってくる。

 

 そんな時コンコン、と部屋の扉がノックされる。本音が帰って来たのかと思ったけど、本音ならノックなんてせずに入ってくるだろうからきっと別の人だ。

 そして開けて驚いた。寝てる本音が背負われているのにも驚いたけどそれ以上にその本音を背負ってる人に驚いた。

 欄間仁。この学校で知らない人はいないだろうもう1人の男。本音もよく彼について話してくるからよく知っている。

 どうやら彼が言うには本音がパーティで寝落ちてしまったらしい。本音らしいと言えばらしいけど、ルームメイトとしても少し恥ずかしい。しかも起きる気配が微塵もない。

 起きないなら仕方がないから部屋に迎え入れた。幸いにも部屋は今片付いているし部屋に入れても恥じる事はない……と思う。彼は本音をベッドに丁寧に寝かし、そのまま帰ろうとする。

 その瞬間、ふと気になった。彼は本音と同じで生徒会所属。そして本音から聞いている話では去年から生徒会の手伝いもしているらしい。それなら、本音にはなかなか聞けない事が聞けるかもしれない。

 普段なら気にもならない。姉の事なんて誰かから知ろうと思わなかったから。でも、彼は1年生の間で流れている怖い人、みたいな話とは違って、むしろ2年生や3年生が噂するように意外と普通の人だと思ったから、つい口が滑ってしまった。

 

「欄間くん……だよね」

 

 声を掛けてしまったからには仕方がない。今更やっぱり何でもないというのは簡単だけど、何となく引き下がれないような、そんな気がした。

 それに"私の知らない姉"を、きっと布仏姉妹よりも知っているのは彼だ。背を追うのが無理でも、影を追うのが精一杯だとしても、一生追いつかないとわかっていたとしても、ほんの少しでもあの人を知ることができるなら、といつもならば決して思わないだろう事を思ってしまった。

 

 とはいえ、やっぱり相手は男だ。いざ話そうとすると緊張してなかなか切り出せなくなってしまった。

 

「……本音の部屋ならティーセットの1つ2つはあるよな。少し借りるが大丈夫か?」

 

 そんな私を見かねてか、そんなことを聞かれた。勿論本音は布仏の女としてそういった事も仕込まれているためこの部屋にも本音のティーセットが1つ置いてある。

 そして席を立った彼はしばらくして鞄から出した紅茶を淹れて出してくれる。

 

「どうぞ。少々イライラしているように見えたからな。カフェインは適度な量ならリラックスに使える。味はまぁ保証する」

 

 彼は表情が変わらなかったりで怖い人っていうイメージはあるけど、2、3年生の言うような丁寧で人の事を思いやれるという噂の方が正確だったらしい。そういえば最近は本音にお茶をお願いした事もなかった。いただくのも……いいかな。

 美味しかった。本音が淹れてくれるものと大差ない、つまり更識の家で出されても文句のないような紅茶だった。それを見ても彼は表情は変わらないけど、雰囲気はどこか柔らかい。

 

 緊張はおかげで解けた。頭の隅っこに残っていた織斑一夏と進まない作業へのイライラも少しだけ薄れた。改めて聞きたいことについて頭を使うことができた。

 知りたいのは、私の知らない姉の事。それを伝えると少し考えるように顎に手を当てながら、生徒会での様子の事を提案する。

 そして最初に、姉についてどう思っているか聞かれた。何故そんなことを聞くのか、と思いもするけど、自分の考えは不思議な程自然に口を突いて出た。

 完璧な人。私から見たあの人はまさに完璧だった。それこそ私なんてまるで届かないくらいに。

 そして今度は彼が自分の意見を提案する。

 

「確かにあの人は優しいし強い、それでいて優秀だ。だが決して完璧ではない。そもそも完全無欠な人なんてそうそういない」

 

 完璧ではない。彼はそう言った。何故かと聞けば長く接してきたからと言い、姉本人もそれを自覚しているという。思わず彼を見る目に力が入ってしまう。

 するとすぐに弁解するように、いい意味で完璧ではないのだという。そして本当に完璧だったとしたら人は集まらないとまで言う。

 

「IS戦闘での手加減は下手だし、自分の分の資料仕事はサボろうとするし、挙句それを虚さんや俺にやらせようとして結局自分でやることになる。これは本音も同じだな」

 

 ……え?

 

「それにお茶は自分で淹れる事を覚えようとしないし、動揺すれば手元に忍ばせている扇子をバラバラと取り落としたりする」

 

 思わずぽかん。と表情が崩れてしまった。本当に私の知らない姉の姿を彼は陳列してくれていた。

 

「あと生身で得物での勝負なら意外と勝てる。本当に完璧なら百戦百勝くらいしてもらわないと困る」

 

 いやそれは貴方もおかしいと思う。という言葉は寸でで飲み込む。

 確かに話だけ聞けば完璧ではない。むしろ人間らしいという言葉がよく似合うと思う。そうだ、私の中で姉はどこか人間離れしすぎていたんだと気付いた。

 けど彼の続ける通り、苦手意識は簡単には取り除けない。関係に口を挟むつもりはないと言いつつも彼はつづけた。

 

「同じ名前を背負う事の意味を、もう少しだけ考えてみるといい。そして何故アイツがアンタにとってあまりにも重い存在なのか、苦手意識だけじゃなく改めて見つめなおしてみればまた新しいものが見えるものだ」

 

 その言葉に自分でも驚く程素直に眼を閉じてゆっくりと考える。

 姉は、何もしなくていいといった、無能なままでいろと言った、全部自分でやると言った。背中が一気に見えなくなり、影だけでも追おうと思い、【打鉄弐式】を引き取っても上手くいかなかった。思考は言葉となってそのまま流れ出る。

 いくつも考えやがて出た答えは、やはり私ではどうやっても追いつけないという答えだった。

 

「……まず、いくつか訂正を」

 

 それでも彼はそれに待ったをかけた。

 

「まずアイツはアンタを疎んでなんかいない。アンタに見せる姿を完璧に見せようとするのは姉の意地みたいなものだ。いつだって兄や姉は弟や妹にいいところを見せたいものなんだ。俺に兄弟はいないが」

 

 目を見開く。そんなわけはないと思いつつも、彼が言うのならそうなのだろうと思ってしまう自分もいる。

 

「それと、アンタは姉以上の事を成そうとしている。弐式の現在の完成度は……確か機体は完成しているんだったか。それでも武装と稼働データの面を考えると4割ってところか。まずそもそもが楯無よりもスタートラインが遥か後方だ」

 

 これができたら姉を超えてしまうな。と軽く言ってから続ける。

 

「それに1人で組み立てたというのも誤解だ。少なからず協力者はいたという事を知っておくといい。アンタにだって心強い整備科1年エースがそこにいるだろう?」

 

 弐式の完成度まで知っているとは思わなかったけど、やはり驚いた。姉は1人でやり遂げたのだといつからか思い込んでいた。スタートラインは決して同じじゃなかったんだ、と思うと心がほんの少しだけ軽くなるのを感じる。

 そして彼は言いたいことは言った。というように席を立つ。

 いくつか私を気遣うように言葉を紡ぎ、最後に1つ、と指を立てる。

 

「妹が大事じゃない姉なんて滅多にいない。想われていないと思うならもう少しだけ、アイツの事見てやってくれ。機会があったらでいいけどな」

 

 姉に想われているのだと思った事なんてなかった。ずっと昔、まだちゃんと話せていたことはともかく、今のあの人には私など見えていないと思っていた。なのに彼は姉は私を想っているのだという。わからない。わからないけどもっと知りたくなった。けど彼は扉の外に出て閉めてしまった。宙に伸ばされた手は空を切り、頭の中には色んなものが渦巻く。

 

「機会が……あったらいいなぁ」

 

 姉を知る機会、彼にもう一度会って聞く機会、そして姉を"見る"機会。全ての機会が訪れたのなら、どんなにいいのだろうか。




 どんどん文字数が増える呪いにかかっている……。
 簪さんの心情は正直なかなか難しいですね。少なくともここでの簪さんはこんな感じであると思っていただければ幸いです。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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中国の代表候補生は一途

「転校生? またなんでこんな時期に」

 

 更識簪と話してから少し経った日の朝。朝のSHR前に生徒会室に来ていたら更識から転校生が来るという話を聞いた。1年2組に専用機持ちで中国の代表候補生との事だ。

 

「そう。入学1週間程度(こんな時期)に転校生。それも代表候補生」

 

「中国の代表候補生って言ったら……凰鈴音(ファンリンイン)か。確かに現段階の他の候補生と比べた実力としては近いが……」

 

『他の代表候補生と比べると少しだけ腕は上と言えるでしょう。ですが彼女はここ最近の1年と少し程度で一気に浮上してきた実力者です。裏には並外れた努力もあったと聞きますが』

 

「それだけの腕の専用機持ちが増えるのも、候補生が増えるのも、本来なら喜ばしい事。けどこと今年においてはそれだけじゃ片付けられないのよね」

 

俺達()がいるから、か」

 

 今回開かれた扇子は『その通り』と書かれている。表情は真剣ながらもキッチリ忘れない。

 

「それで、名目上生徒会に監視されてる君に頼むのはちょっと悪いんだけど……」

 

「凰鈴音、並びに中国の意図を探れ。だろう? 問題ない。俺らのデータが目的なら必ず接触してくるだろうからな」

 

「ごめんなさいね。本音ちゃんに頼んでもいいんだけど、今回の件は君の方が当たりやすいかなって」

 

「まぁ、そんなに気を張らなくても情報は集まるだろうさ。これで2組のクラス代表も変わるだろうしな」

 

 2組には代表候補生や専用機持ちと言った面々がいない。強いて言うのならアメリカのティナ・ハミルトンが代表候補生にかなり近い位置にいたとは思うが、本人がクラス代表とかそういう事を面倒くさがりそうだ。

 

「クラス代表対抗戦までには報告できるだろうよ。じゃあ昼にまたな」

 

 SHRに向けて余裕を持って教室に行くのは一種の護身だ。遅刻して織斑千冬の一撃など食らいたいと思うものは織斑千冬の妄信的なファンくらいなものだろう。俺は勘弁だ。

 教室に向かうまでにもやはりいくらか声を掛けられるが、大体がクラス代表決定戦を見た2年、3年生だ。その中でもさらに生徒会手伝い時代によく生徒会室に来ていた人達が主に上げられる。どうにも彼女らは織斑よりも俺の方がお好みらしく、関係としては悪くない。

 代わりに1年生からの評価は俺はかなり低いらしい。オルコットや本音が言うには、そう言った連中が俺について問われると総じて『怖い人』と返す様だ。普段の態度や怖い人には怖い眼、そしてオルコットに1回だけ放ってしまった殺気が不味かったのでは? と2人には言われている。あまり他者からの評価に興味はないが。

 

「ランランおはよ~」

 

「おはようございます。仁さん」

 

 教室には問題なく時間を残し到着。いつも通り織斑の周りに集まっている生徒達はよくもまぁ飽きないもんだ、と思いつつ席に着くや否や本音とオルコットに話しかけられる。オルコットの席は少し離れていた気がするが、本音と話していたのだろうか。

 

「ああ、おはよう。相変わらず人気者だなアイツ」

 

 クラスの中でも一部の生徒は織斑に興味がないらしくそれぞれグループで話していたり1人で席に居たりなどもするが、それらの生徒がこちらに来ないのはこちらとしては楽でいい。大方女尊男卑に染まっているか、純粋に興味がないか、男の中でも個人的に俺らが気に食わないだけのどれかではあるだろうが、変に寄ってこられても対処が面倒なだけなのでむしろ助かるというものだ。時々嫌悪でも好意でもない何とも言えない視線が贈られてくるのは感じるがアレは気にしない方がいいだろう。俺の精神衛生的に。

 

「おりむーはランランと違って皆に優しいからね~」

 

「優しくするのは身内だけでいいんだよ。知らない奴にまで愛想を振りまくパンダなんぞこっちから願い下げだ」

 

「わたくしはそちらの方がハッキリしていて好ましいと思いますわ」

 

「まぁ、社会に出たらその技能も必要にはなるけどな」

 

 オルコットの場合はそれらを経験した上での言葉だろう。表情に乗った重みが違う。

 

「あっちは……転校生の話か」

 

 やはり噂が早いのは女子特有なのだろうか。俺は転校生の話を更識に聞くまで全く知らなかった。

 

「……織斑を中心に集まってるのにその主役は相槌しか打たないってのは如何なもんかと思うんだが」

 

「テンションが違うからね~」

 

「あの立場が俺じゃなくて心底よかったと思う」

 

「転校生は、中国の代表候補生らしいですわね」

 

「らしいな。このタイミングは色々考えさせられるが……」

 

「イギリス代表候補生であるわたくしが入学した事と、男性操縦者の事を知って今更ながら情報収集目的で送り込んだ可能性もありますわ」

 

 前者も後者も充分にあり得る。代表候補生クラスではないにしろ中国の生徒は当然いるが、その生徒から代表候補生が入学していると情報が送られれば対抗するように送り込むことは考えられるし、俺達男性操縦者の情報など全世界的に女尊男卑目線でも、男性目線でも俺達が操縦できる理由を知る事は重要なため、喉から手が出る程というやつだ。

 

「む……」

 

 見知らぬ生徒が教室のドアにもたれた。身長は大体150cm程度のかなり小柄な部類。腰まで伸びた茶髪をツインテールにし、制服は肩が少し離れた改造されたもの。そして腕にはブレスレット。特徴的なのは口元から覗く八重歯だろうか。

 

「アレが転校生だな。中国の凰鈴音」

 

 当然ながら資料で見た事がある。そもそも学園の生徒の顔は概ね資料で覚えさせられた俺が知らない以上転校生が彼女なのは間違いない。

 

「どれ、行儀は悪いが仕方ない」

 

 耳を澄ます。会話を少々聞かせてもらうとしよう。

 

「――2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 どうやら先程までは転校生の話の後にクラス代表対抗戦の話に切り替わっていたらしい。そこで待ったをかけたのが凰鈴音という訳だろう。

 

「鈴……? お前、鈴か!」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」

 

「んなっ……!? なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

 どうやら知り合いらしい。つまりアイツは『高校に入学したら偶然にも知り合いと再会した』を何度もやってるわけだ。凄い豪運だな。

 そして凰はといえば、織斑千冬に出席簿をお見舞いされ、織斑に捨て台詞のように言葉を投げかけた後に2組に戻っていった。時間を見ればSHRの時間だ。向こうでは織斑に質問を投げかける篠ノ之含めた生徒達が出席簿を食らっている。何故学ばないのか……。

 篠ノ之が席に戻る直前に、こちらを敵意と共に酷い目付きで睨みつけたように見えたが、恐らく勘違いではなかっただろう。

 

「ほら、オルコットもさっさと戻れ。アレを食らう前に」

 

「勿論です……アレは嫌です」

 

 こういう時席がすぐ隣の本音は楽そうだ。尤も俺と本音が隣だからオルコットがこっちに来ざるを得ないのだが。

 

 

 

 

 

 昼休み。今日は弁当を作ってきていない。というのもそろそろ食堂に慣れておくのも悪くないと思ったためだ。

 元々2、3年生に寄って来られるのが少々面倒だっただけであって、最近他のところで話す機会が多かったのでそろそろ困る人数は来ないだろうと思ったのだ。それでも来る可能性は十分あるけど。

 

「今日は食堂~?」

 

「まぁ、たまにはな」

 

「珍しいですわね。使い方は大丈夫ですの?」

 

「一応使った事がないわけじゃないから大丈夫だ」

 

 相変わらず数人のクラスメイトにコバンザメのように着いて来られる織斑には多少の同情はあるが、おかげでこちらに飛び火していないのでどちらかというと感謝の方が上と言えよう。それでもアイツに興味があるかと言われたらあまりないのだが。

 そして10人近く集まった織斑の移動は非情に遅い。行動を起こしたのが向こうが先だというのに俺ら3人の方が早く食堂に着いている。

 

「普段はいつもすぐに生徒会室に行ってしまうんですもの。たまにはこうしてご一緒してくださると嬉しいのですけれど」

 

「更識や虚さんもそうだが、俺と一緒に飯食って楽しいのか?」

 

「一緒に食べる人が増えると~美味しくなるんだよ~」

 

「そういうもんかねぇ……」

 

「そういうものですわ」

 

 くすくすと笑うオルコットはやはり美人なのだろうとは思う。あまり恋色沙汰に興味もなければ経験も碌にない俺としてはその程度の感想しか抱けない。学園にやたら多い美人に囲まれようがそれは変わらないだろう。

 

「さて何を食ったもんか……」

 

「アンタが、もう1人の男性操縦者って奴?」

 

 先程聞いた声が正面から聞こえる。

 

「ああ、そうだが?」

 

 声の主は凰鈴音。表情としては好意的とはお世辞には言えないだろう。

 

「ふーん。怖い眼してんねアンタ」

 

「よく言われる」

 

「でしょうね。あたしが怖いって思ったのなんて久し振りよ。千冬さん以来」

 

「アレと一緒にするな。あっちの方が幾分かやばい」

 

「まぁ……否定はしないけどさ。って、そうじゃなくて!」

 

 話していると意外にもまともといったところか。というより彼女は基本的に自分の意見を隠さずにどんどん話すタイプなのだろう。

 

「クラス代表決定戦の映像、見させてもらったわ」

 

「そうか」

 

 まぁ基本的に撮影されているものは学園内でならば閲覧自由であるし、そもそも恐らく中国の生徒からある程度の映像データは送られているだろう。

 

「一夏はともかく、そこのイギリスの代表候補生まで落として見せた。アンタ、何者よ」

 

「男性操縦者兼生徒会の一員に過ぎない。強いて言うのなら訓練相手がいいくらいだろうさ」

 

「ふーん? ホントにそれだけかしら。アンタ相当戦い慣れてるでしょ」

 

「どうだろうな? まぁアンタが戦うのは俺じゃなく織斑だ。そう気にするな」

 

「言っとくけど、一夏があの時のままなら絶対にあたしが勝つから」

 

「だろうな。中国の凰鈴音と言えば少し調べればヒットする。IS操縦能力や反応速度はIS適性Aなだけあって流石と言えるだろう」

 

 俺からそんな事を言われるとは思わなかったのか面食らったような表情になる。

 

「意外か? ISでの競技においては情報が全てだ。各国の代表候補生について程度はキッチリと調べている」

 

「相変わらず勤勉な方ですこと……」

 

「まぁ、織斑にとっても代表候補生と戦闘経験が積めるのは僥倖だろうさ。知り合いならむしろいい機会だと思って存分にやってやるといい」

 

「でも学食デザートのフリーパスは欲しいよね~」

 

「生徒会室でしょっちゅうケーキ食ってるだろうに……」

 

 さて、そろそろ人が並び始める頃合だ。ここで複数人で集まったままなのは邪魔になるだろう。

 

「……焼き魚定食でいいか。肉って気分でもない」

 

「なんかこう、意外と普通なのねアンタ」

 

「織斑だって普通の日本男児だろう? もう1人が特別変な奴とも限らん」

 

「まぁ……そうね。でも眼は怖いわよ」

 

「ほっとけ」

 

 それだけ言って食券提出。凰はといえばラーメンを受け取った後に入れ替わるように入って来た織斑達と会話しているようだ。

 こちらも各々料理を受け取る。

 

「向こうと違って人数が少ないと席が確保しやすくていいな」

 

「自虐~?」

 

「違う。何度も言うがああなるのは御免だ」

 

「まぁ、身は軽い方が何かと便利ですわ」

 

「さて、誰か寄ってくる前に食っちまうか。いただきます」

 

 手伝い時代に生徒がいない時間を使って何度か利用したが、やはりここの料理はレベルが高い。世界中からエリートを集めるだけあって料理のレベルも高いものにしなければならないのだろうが、生徒としてはそう言った事情抜きにありがたいことだ。

 

「しかしアイツらは何でこう近くの席を使うのか……」

 

 また耳を立てる。何度も行儀は悪いが、凰について知るのは生徒会長直々の頼みなのだし仕方ないだろう。

 掻い摘んで理解すると、どうやら織斑と凰は小学5年生の時に凰がこちらに引っ越してきた幼馴染で、中学2年の時に凰が中国に帰ったため1年ぶりの再会という事らしい。果たして小5からの付き合いは幼馴染と言えるのかはよくわからないが、本人らがそういう認識ならまぁ別にいいのだろう。

 

「ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

「そりゃ助か――」

 

 ダンっと机が叩かれた音がする。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

 

 思わずやれやれと頭を振ってしまう。どうやら同様に聞き耳を立てていた正面の2人も苦笑いだ。

 

「アイツが教える事でのメリットは全く無いと思うんだがな……。クラス対抗戦を控えた今、凰が訓練に付くのも問題だが」

 

「あれから仁さんの言う通り何度か訓練を見ていますけれど、篠ノ之さんは剣についてしか教えられない上に擬音ばかりで全然わかりませんわ。そろそろ彼女の訓練機使用許可も下りるとは思いますけれど、それでも身になるかと言われたら……」

 

「多分感覚派だしね~」

 

「大人しく織斑千冬に頼ればいいものを……御馳走様でした」

 

 聞き耳を立てながらも摂っていた昼食を平らげる。

 聞いていると、凰は織斑に好意を抱いているのは間違いないだろう。そして凰は俺については大した興味を示さなかった。そうなると中国の思惑というよりは代表候補生が無理言ってIS学園に来たという方がいくらか納得できる。尤もこれは想像に過ぎないのでさらに別の手段での情報収集は必要だろう。IS学園側に多少の情報は納められているだろう。

 未だにいくらか会話をしているようだが、まぁこれ以上は必要あるまい。

 

「何かわかった~?」

 

「まぁそれなりにな。生徒会長様の満足は得られそうだ」

 

 一度生徒会室に顔を出しておくとしよう。いくらか余った時間で調べてみるのも悪くない。

 

「先戻ってていいぞ。俺はちょっと生徒会室だ」

 

「はーい」

 

「では、また後で」

 

 この2人は素直に聞いてくれるから本当に楽で助かる。

 

 生徒会室。いつも通り更識はやはりここにいたが、備え付けのノートPCを立ち上げる。

 

「あら、調べもの?」

 

「ああ。凰について情報を絞ろうと思ってな」

 

「どれくらいわかった?」

 

「凰は織斑の幼馴染で、凰から織斑への好意があるという事はよくわかった。あの唐変木は気付いていないがな」

 

 言いながらいくらかの情報に絞って中国関連を調べる。

 今回の転入の際に行われた適性試験は代表候補生の意を汲んでの学園での再適性検査。Aランク評価は覆る事無く維持されている。仮説を立てた今だからこそわかるが、中国側としてはどうしても渋々感が資料の文面から伝わってくる。やはり代表候補生と専用機という戦力を残しておくべきか、俺達の情報を集めるべきかでかなり揺らいだと見える。

 

「やはり、凰は随分と無理を言ったようだな」

 

「そこまでしてまで織斑くんに会いに来たって事でしょう? 一途な子は凄いわねぇ」

 

「それに気付いてないんだから酷い話だがな。いくらか話しただけだが凰が気の毒になるな」

 

『どちらかと言えば織斑千冬がいる影響で色々女性を見る目がおかしくなっている可能性はあります。ああ見えて織斑千冬は意外にも私生活はボロボロとも聞きますから。主に山田先生からですけど』

 

 はぁ。と1つ息を吐き立ち上がる。

 

「あら、もう行くの?」

 

「茶の1つでも差し入れてから行くよ。アンタも久し振りに気を張ったんだ。多少は休んでいけ」

 

 ティーセットを用意して手早く紅茶を用意する。手早くと言っても手は抜かない。手を抜いたらそれを知った虚にどやされる。

 

「相変わらず気遣いはできるのに表情は動かないわね」

 

「無表情の仮面が張り付いてるんだ。なかなか剥がれるもんじゃない」

 

「そういうのって剥がしたくなるのが私なのよね」

 

「おいその手はなんだわきわきするな。それをやったら淹れてやらんぞ」

 

 ちぇー、と渋々引き下がるのを見てから紅茶をカップに注ぎ差し出す。

 

「うん。美味しい」

 

『久し振りに仁の破顔が見たいんですけど』

 

「お前それ本当にいつ以来だ」

 

 思わずもう1つ溜息を吐いた。




原作で入学日に「再来週行われるクラス対抗戦」と千冬さんが言ってるのに、5月になっても行われないクラス対抗戦とはいったい……?
では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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二者二様の"篠ノ之"達

 唐突だが、同日放課後、畳道場に1本の名もない両刃剣を握って立たされていた。

 対面するのは篠ノ之箒。教室から無理矢理に連れ出したのも同じく篠ノ之だ。ギャラリーには本音、オルコットに加え織斑。どうしてこうなった……。

 

『全ては全授業終了で帰る準備を整えていた時からでしたね』

 

 そうだ、その時に非常に珍しく篠ノ之が席に寄って来たのだ。

 

「貴様、先日のクラス代表決定戦で、剣では負けないと言ったな?」

 

「……言ったが、なんだ」

 

 不機嫌をまるで隠そうともせずに話しかけてきた篠ノ之に対し少しだけ本音からピリッとしたものを感じたが、手で制しておいた。暗部らしいところをこんなところで見せるものではない。本音らしくもない。

 

「一度勝った程度で調子になるな。一夏がISに乗り慣れてさえいれば貴様の剣になどは負けなかった! 勝負しろ、私が証明してやる!」

 

「構わんが……ああ、そういえばアンタ中学剣道の全国大会覇者か」

 

「そうだ、我が篠ノ之道場の剣は貴様などには負けん」

 

「そういう事なら丁度いい。競技の剣と実戦の剣の違いを見せてやる」

 

 ちょくちょく感じていた敵意の視線はこういう事だったらしい。正直アレを続けられると面倒でもあった。ここで決着をつけるのも悪くないだろう。またクラスの面々には嫌われそうだがまぁそちらはどうでもいい。

 

 そして現在だ。すぐに畳道場に連れ出された。本音やオルコットはいざという時のためと言って着いて来てくれたのだといい、織斑は篠ノ之に流されるまま着いてきた。

 手に持っている両刃剣と右腰に下がっているもう1本は武器を選択するように見せかけて見えないところで呼び出した。ここにならあってもおかしくはないためまぁ問題ないだろう。

 向こうは胴着、こちらは制服。初めの頃の更識との訓練を思い出すな。最近は俺も胴着を着ている。

 

「……本当に真剣でいいのか?」

 

「今更怖気づいたか?」

 

「相手との力量差くらい読めるようにしないとこれから大変だぞ」

 

「黙れ!」

 

 向こうは真剣の刀。既に抜身のそれで切りかかってくる。しかし所詮は競技の剣、型にハマったそれでは人を殺すことなどできない。面打ちを身体を捻って避け、胴打ちを後ろに飛んで避け、小手打ちを瞬間的に手を引いて寸でで避ける。

 刀に迷いはない。本気で俺を切りつける気らしい。当たればの話だが。

 

「俺の剣は競技の剣じゃない。型など用意されていない。何年も1人で磨き上げた剣だ」

 

「それがなんだ! 篠ノ之流だってずっと続いてきた由緒正しき剣だ! 貴様のような人を切るためだけの剣などに負けてたまるか!」

 

 篠ノ之流に興味はないが、彼女の剣はあまりにも粗い。避けてくれと言っているようなものだ。速度だけは確かに見事と言えるが、それでも振りが大きければ決して俺には当たらない。真剣と真槍で普段からやり合っている上に更識は細かく速く一撃ずつが致命的なものだ。それに比べてしまえばスローモーションに過ぎない。

 

「これじゃただの暴力の剣だな。篠ノ之流の誇りとやらを見せたいのならばもっと肩の力を抜け。感情と剣に振り回されているぞ」

 

「黙れ黙れ黙れぇ!」

 

 聞く耳持たず、と言ったところか。やれやれだな。

 

「仕方ない……ちょっとは頭を冷やせ」

 

 こういうのは圧倒的な差を見せつけてやる方が禍根が残らないというものだ。大きく振りかぶって脳天を狙った一撃を右の剣を振り抜いて大きく弾く。同時に右腰から左手で剣を抜く。

 実はこちらの剣、両刃に見えるが両方共に刃を潰した模造剣を呼び出していた。こちらが相手のそれを避け切るのは簡単だが、実力差があまりにもある場合の寸止めはむしろ難しいのだ。とはいえ極力寸止めするつもりではあったが。

 

「少しだけ見せてやる」

 

 相手が両手に握った刀を引き戻すのを見てから左の刺突、首を捻って全力の回避。右の肩に担ぐ形からの逆袈裟切り、刀で受け止められる。引き戻した左で袈裟切り、反応間に合わず篠ノ之の右肩直前で寸止め。

 

「この……っ!」

 

 反撃の胴切り払いを潜り込んで右腕を相手の腕の軌道に差し込むようにして止め、逆に左の剣をこちらの右脇腹に抱え込むような体制から水平切り払い。これも篠ノ之の左脇腹を捉える直前に寸止め。

 

「アンタ、2回死んだぞ」

 

「くそっ!」

 

 まだやるらしい。今度は小手を2回、どちらも左右の剣で弾く。弾かれた刀を大上段に構えての面打ち。今度は両の剣をしたからXに切り上げて弾き飛ばす。

 

「うあっ」

 

 刀が手を離れ地面を滑る。勝負ありだろう。

 

「わかったか? 実戦の剣はそんなに甘いものじゃない」

 

 左の剣を鞘に納め、右の剣を篠ノ之の正眼に付きつける。

 

「くそっ……くそっ……!」

 

「ただ、アンタの剣は磨けば光る。いや、少し違うか」

 

 少しだけ言葉を選ぶ。

 

「本来の剣を取り戻せばアンタは化けるだろうよ。織斑ばかり見ていないで自分の事も見直してみろ」

 

「余計な……お世話だ……!」

 

「そうかい」

 

 剣を片付ける素振りをして消滅させる。わざわざ呼び出したのは刃を潰すためだったが、寸止めの方は特に問題なかったな。

 

「まぁ、もういいだろう」

 

 壁に置いておいた鞄を持つ。

 

「ああ、そうだ。織斑」

 

「……なんだよ」

 

「お前は一度凰に殴られてしまえ」

 

「なんでだよ!?」

 

「自分の胸に聞いてみる事だな……お前に答えが出せるか知らないが」

 

 一途なヒロインに気付かない唐変木。恐らく篠ノ之もそうであろうし、本当に主人公って感じだが実際に見るとまるで好ましいとは思わない。

 

「さて仕事だ仕事……行くぞ本音」

 

「はーい」

 

「じゃあオルコット。また明日」

 

「ええ、また明日」

 

 生徒会としては昼休みに凰について報告してしまったのでやることはいつもの資料やら茶やら程度だった。パーティで取材できなかったのを悔いて黛先輩が現れはしたが既に記事は大部分を作ってしまったため諦めたようだ。そもそも割と黒い事(軽度の捏造)はする彼女だが、本当に取材に応じたくない相手には強要する事は実はなかったりする。当日にわざわざ生徒会室まで取材しに来なかったのはそういう事だ。しかしパーティの場に居たら流れでそのまま受けさせられそうだったため逃げだしたというわけだ。

 今日は特に更識との訓練の予定もない。夜に第8アリーナでの自主訓練は欠かさないが。

 問題はその時起こったわけだが。

 

「はぁい仁くん! 1週間とちょっとぶりかな? 元気してた? してたよねわかるよ見てたもん!」

 

「今日も訓練ですか。熱心ですね仁さん」

 

 一気に頭痛が加速した。ISが守ってくれるのは肉体的ダメージだけであり精神的ダメージはどうしようもない。

 

「本当にこの学園のセキュリティ大丈夫なのか……?」

 

『この人はあまりにも例外すぎます。いくら何でもセキュリティを責めるのは酷かと……』

 

「だよなぁ……」

 

 うんざりしながら振り返ると、またもや天災とその義娘がいる。いつでもどこでもどこからでも現れるのは如何かと思う。

 

「クラス代表決定戦お見事だったね! レーヴァちゃんのアシストは封印してアレだもんね? 流石束さんが気になる男の子なだけはあるぞう」

 

「織斑一夏はともかくとして、セシリア・オルコットをあそこまで圧倒するとは思いませんでした。右眼すら使わないとは驚きです」

 

「右眼すらとは言うがこの右眼はあまりにも公平性に欠ける。ああいう場面では使わないのがベターだ」

 

「勝ちに行くだけでは意味がないと?」

 

「あくまでIS戦闘は競技だ。俺はコイツを兵器として使いたいわけじゃない。それなら何が何でもなりふり構わずに勝つってのは違う」

 

 それに、と区切ってから文字通り飛び跳ねている篠ノ之束に視線を一つ送る。

 

「アンタはISをそんな事のために開発した訳じゃない。それならコイツと話せる俺が兵器として扱っちゃいけない。厳密にはISとは違う相棒だが、それでも俺が兵器として扱うのは何か違う。行く行くは相棒と共に宇宙を飛んでみるのもまぁ悪くない」

 

『仁……』

 

 篠ノ之束が一瞬呆けたようにきょとんとする。直後にいつもと違うふざけたような笑みとは違う笑い方で笑う。

 

「あはは……全世界が君みたいな人ならよかったのにね」

 

「それはままならんもんだ。ほぼすべての人間の思惑が一緒になるのは世界が滅ぶ直前くらいなもんだ……だからって滅ぼそうとするなよ?」

 

「わかってるよぅ。君と戦いたくなんてないしね~」

 

 コイツの場合どこまで本気なのかまるで読めない。

 

「それはそうと、箒ちゃんがごめんね」

 

「……流石に情報が早いな。別に気にしてない。むしろアンタにそんな罪悪感がある事に驚きだ」

 

「一歩間違えれば死んじゃってたからね。束さんだって興味の対象が減るのは嫌なんだよ。それに、箒ちゃんは束さんのせいでああなっちゃったところもあるから」

 

「"重要人物保護プログラム"か」

 

「そう。それで小学校四年生でいっくんと離れ離れになっちゃってね。剣道もいっくんとの繋がりとして続けていたけど君も知っての通り、暴力の剣になっちゃった」

 

 少しだけ憂いの感情を表情に出した彼女は今まで見た事がないような表情だ。

 

「後悔してるのか?」

 

「ううん。それでも私はISで空を飛びたかった。宇宙を見てみたかった。私ですら知らないものをたくさん見てみたかった。だから、後悔はしてないよ」

 

「後悔はなくとも悪いとは思っている、か」

 

「そんなつもりがなくても、箒ちゃんには辛い思いさせちゃったからね」

 

「それなら行動で示してやれ。アイツは確かにアンタを憎んでいるかもしれない。それなら見てるだけじゃ変わらない」

 

「……そう、だね。でももう私にできる事なんて……」

 

 意外だな。天才と自称するのにそういうところはいたって普通の人間じゃないか。

 

「……専用機を作ってやるってのは贖罪にならないぞ。過ぎた力は身を滅ぼすからな。俺が言いたいのはそういう事じゃない」

 

「じゃあ、どういう事?」

 

「天才の篠ノ之博士としてではなく、姉の篠ノ之束として妹と話してみるんだな。最初は拒絶されるかもしれないが、そういうのは根気よく続けるのが大事なんだ。いや、経験があるかと言われたら覚えていないんだが」

 

「あはは、なにそれ……でも、ありがとね」

 

「礼を言われるような事か?」

 

「君にとってはそうでも、束さんにとってはそうなんだよ。そうだね、ちょっと頑張ってみようかな」

 

 今日は特別この天災はしおらしい。しかしそんな人間らしい一面もやはり大事だと思えるのは俺も大概人間としてはおかしいからだろうか。

 

「そうするといい。こちらとしても篠ノ之があのまま敵意を叩きつけてくるのはなかなか面倒なんだ」

 

「丸く収まりましたね。しかし不器用な方ですねどちらも」

 

『全くです。こちらの苦労も考えて欲しいものですよ』

 

「お前らな……」

 

 長く話し込んでしまった。時間も遅い。ISを待機状態に戻し地に足を付ける。

 

「あ、そうだ」

 

「なんだよ?」

 

「クラス代表対抗戦だっけ。アレ、気を付けてね」

 

「どういう事だ?」

 

「私が説明しましょう」

 

 クロニクルが説明を引き継ぐ。

 

「つい先日、束様のラボの一つが強襲されました。丁度私も束様も次のラボに移った直後で機材の一部を残したままのラボです。私の【黒鍵】による風景の屈折すらも看破しての強襲です」

 

「……注意しろってのはつまり」

 

「はい。そのラボから順次移す予定だった機材と無人機1機が奪取されました」

 

「おいおい……」

 

「機材の方も無人機の方も束さんにかかればいくらでも作りなおせるけど、問題は奪われた事。無人機のコアも同時に持ってかれてるから困った事になってるんだよね」

 

「軽いなおい……」

 

 状況に反して軽い口調。しかし表情は真剣なものだ。

 

「大体の目星はついています。相手は恐らく亡国機業(ファントム・タスク)。更識楯無さん含めたIS学園が追っている組織です」

 

 曰く第二次世界大戦中に生まれ、50年以上前から活動していると言われている組織。ISが開発されて以降は各国から機体やコアを奪いそれを戦力にして暗躍している裏の組織らしい。それら奪われたものを各国は自国の戦力低下を悟られぬように当然秘匿するためなかなか尻尾が掴めないらしい。

 

「束さんの方でもなかなかジャミングが激しくて行方が掴めていないの。それぞれ付けてた発信機は即破壊されちゃったしね」

 

「概ね読めたが……」

 

「相手の目的はわかっていませんが、男性操縦者2人が在籍するIS学園へはいずれ必ずアクションが起こされます。そしてその一番直近の可能性が――」

 

「クラス代表対抗戦ってわけか。なるほど、確かに織斑が試合をする以上お誂え向きだ」

 

「奪われた無人機は一次移行程度の機体と並の操縦者じゃ勝てないくらいのもの。代表候補生クラスなら邪魔がなければ多分やり合える程度。だけど問題はその武装なんだ」

 

 想定はラボの防衛のための軍用機クラス。つまりシールドエネルギーが競技用ISよりもずっと多いらしい。そしてビーム砲口が4つに大量のスラスターによる高速移動。そしてアリーナのシールドをぶち破る事すら可能な瞬間破壊力。なるほど聞くだけで厄介だ。

 

「この膨大なシールドエネルギーはいっくんの【零落白夜】や君の蒼い炎レベルの、バリアー無効化攻撃じゃないとなかなか削りきれない。本当はいっくんの【白式】のデータ収集に使うつもりだったんだけど……」

 

「聞き捨てならない言葉が聞こえたぞおい」

 

 小声だったがしっかり聞こえた。やはりコイツは天才ではなく天災だ。

 

「……ごめんね、私の失態でこんな事になっちゃって」

 

「やめろ、アンタらしくもない。もっとあっけらかんとしてろ」

 

「人が折角センチになってるのにその言いぐさ!?」

 

「それでいいんだよアンタは。何か起きても被害が出る前に落とす。何とかして見せる。だから、任せとけ」

 

『私達にかかれば無人機如き一捻りです! お任せあれ!』

 

 それを聞いてきょとんとした後に満足したかのように微笑み頷いて2人は帰っていった。

 覚悟は決めた。無人機ならば容赦も手加減もいらない。やれることを、やるだけだ。




 ここの束さんやたら白くね?と思いつつこれでいいとも思っています。束さんは作品の数だけいるんだよ!
 実際は仁が束さんがISを作った本当の理由を理解してくれる事と、仁がレーヴァと話してることでようやくISコア人格についてわかってくれる人ができたため原作よりもかなり白いって感じです。原作後期の束さんはあまりにも理解者ができずに狂ってしまったと思っているので、こんな感じに。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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気に入らない

 何を勘違いしたか唐変木を朴念仁と書き間違える始末。一夏の場合はこっちでしょう。修正しました。


「……こんな時間にいきなり部屋に顔真っ赤で押し掛けて来るのは年頃の女子としてどうなんだ? 凰……」

 

「だってぇ……まだ頼れる人も知り合いもいないし……」

 

「ティナ・ハミルトンはどうした……ルームメイトだろうアンタ」

 

「こんな内容ティナに相談できないのよぉ!」

 

 頭が痛い。オルコットですらこの部屋に押し掛けてきたことはなかったというのにまさか出会ってからほんの数日の凰が乗り込んでくるとは……。いやしかしオルコットも付き合いとしてはあまり変わらないが。

 

「こんな内容って……ああ、織斑か」

 

 無言で頷く凰。

 

「……言っとくが俺もアイツについてどうこう関わるつもりはないぞ」

 

「愚痴くらい聞いてよ。そういうの慣れてるって顔してるじゃん」

 

「人を何だと思ってるんだ……」

 

 確かに頼まれるとなかなか断れないとは自覚してはいるが、それでも人を相談役みたいに言うのは何か違うんじゃないか?

 

「……まぁ構わないが。俺も色恋沙汰には疎いぞ。何か気の利いた言葉は期待するな。少し待ってろ」

 

 布仏姉妹が使っている物と同じティーセットを用意し、いつも通り紅茶を淹れる。味に自信はあるし気分をいくらかリラックスさせるのには使えるだろう。

 

「形は強引だが一応来客だ。一杯飲んでいくといい」

 

「あ……ありがと。意外と様になってるのね……」

 

「生徒会で何ヶ月も仕込まれてるんだ。もう慣れちまってる。ああ、カップは来客用だから気にするな」

 

「そう……わっ美味しい」

 

「そりゃどうも」

 

 紅茶を1口飲んだ後にタガが外れたかのように話し出した。所謂マシンガントークというやつか。本当に愚痴がたまって仕方なかったのだろう。

掻い摘んで理解すると、小学校の頃にした約束を織斑が忘れていた、というよりは盛大な勘違いをしていたのに対しご立腹だそうだ。いや約束の内容によっては俺とて仕方ない事もあるだろうと一蹴するのだが、内容が問題なのだ。

 曰く『凰の料理の腕が上達したら毎日酢豚を食べさせてあげる』という約束らしい。一般的に見たらどう聞いても告白だろう。日本人で言うなら『毎日味噌汁を作ってあげる』といったところか。しかし彼女の実家が中華料理店であるという点からあろうことか織斑は『食べさせてあげる』を『奢ってあげる』と勘違いしていたらしい。

 

「そりゃなんともまぁ……ここまで来たら唐変木通り越してもはやただのアホというかなんというか……」

 

「折角人が追いかけてきてあげたっていうのにあの馬鹿と来たら!」

 

「篠ノ之にしてもアンタにしても並外れた美人だと思うが、如何せん一番傍にいるのが織斑千冬だからな……アイツの感覚おかしくなってるんだろう」

 

「それ絶望的じゃない……」

 

「まぁここまで来る程一途なのは間違いなくアンタの美点だよ。俺からアイツに何とかいう事はないが、まぁ諦めずに頑張ってみるといい」

 

「美点……美点ねぇ……。一夏がそれを理解してなきゃ意味も半減じゃない」

 

「そうとも限らん。要はアンタの気分の問題だ。根気ってのはいつだって重要だからな」

 

 特にああいった異常に鈍感な相手にはよりそれが必要だろう。要は自分がどれだけ本気か見せつけ続けなければならない。

 

「ま、取り敢えずクラス対抗戦で思いっきり殴ってやるんだな。鬱憤晴らしてやれ。実はアンタと織斑は一回戦で当たるからな」

 

「えっ、ホント!?」

 

「ああ。クラス対抗戦は結局生徒会も関わってるからな。それくらいの情報は回ってくる」

 

「そりゃいいわ。アタシと【甲龍(シェンロン)】でボッコボコにしてやるんだから……」

 

「中国お得意の【空間圧兵器】。あれは強力だからな。オルコットが見てるとは言え碌な訓練はまだ詰めていない織斑じゃ対応はなかなか難しいだろう」

 

「ホントよく調べてるわね……」

 

「安心しろ。こういった情報は話していない。第三者からの情報提供は公平性に欠けるからな。自分で調べて対策してこその公平性だ。どうせ織斑はやらんだろうが」

 

 やれやれ、と肩を竦めて見せる。一番重要な情報は彼女にも伝えない。彼女と織斑の試合の時に何かが起こる可能性など匂わせたら彼女は本気でやれなくなってしまうだろう。それもまた公平性に欠けてしまう。

 尤も一番危険なのも彼女らである事には変わりない。不測の事態が起こらない限り突撃できるようにはしておくべきだろうと再認識する。

 

「だから俺もアンタには織斑の情報を伝えない。とはいえあの映像を見ているならある程度は知っているだろうがな」

 

「わかってるわよ。そんなこと聞きに来たんじゃないんだから」

 

「ま、俺もアンタみたいなのは嫌いじゃない。本音やクラスの面々には悪いとは思うが、頑張れよ」

 

「うん。ありがとね。なんかスッキリした」

 

「愚痴ってのは昔から誰かに聞いてもらうのが一番なんだよ。とはいえアンタも女子なんだから夜遅くに男の部屋に押し掛けるのは程々にしておけよ」

 

「わ、わかってるわよ!」

 

 ようやく静かになった部屋の椅子に腰かける。しかしよくこの部屋がわかったな……。

 

『実は噂になってたりします。特例で端の方の少し他と違う部屋を使っていると』

 

「いつの間に……いやどうせ2年や3年の仕業だろうが」

 

 女性の噂の伝達速度とは恐ろしいものだ。しかもそれが10か月近く前から今に至るまでいつから噂になり始めたのかわからないと来たらもうそれは俺には知りえない程のものだろう。

 それでも来客が生徒会の面々を除けば、今回の凰が初めてであった事を考えると、1年生は怖がっているのはわかるが、他の学年の方では遠慮してくれているのではないかという結論が出てくる。まぁ部屋がわかっているからと言ってわざわざ部屋に押し掛けてくる程の人はなかなかいないだろうが。

 

「……なんにせよ本日は閉店ってな」

 

 凰が飲み干した紅茶のカップを洗ってティーセット共々片付け、その日は自己鍛錬に勤しんだ。

 

 

 

 

 

 アレから数日が経った。端的に言ってしまえばクラス代表対抗戦の当日だ。第2アリーナに観戦の生徒や選手達、そして俺達のような仕事のある生徒も当然集められている。会場入りできなかった者達はリアルタイムモニターでの視聴となるがそちらは仕方ないだろう。

 俺と更識、そして虚は生徒会として駆り出されている。いくつかの部と連動してはいるがこちらでは専用機持ちが2人という事で基本的にはアリーナの警護。俺達はISのコア・ネットワークの利用のため準待機状態での起動が認められ、虚には俺達と教師陣の周波数に合わせられた専用の回線(チャネル)を設定した無線機が渡されている。

 なにせ各国の重役も訪れるようなトーナメントだ。警戒は厳にするに越した事はない。更識と俺は北と南の対角線上に分かれた配置でそれぞれが各々の判断で行動するようにと言われている。

 この位置からは見下ろす形になるが、遥か下の方のアリーナステージは今は何も起こっていない。そろそろピット・ゲートから織斑と凰が入場してくるだろう。

 頭の中にアリーナ内の各クラスの席配置や各国の重役の位置、そして教師陣の配置については叩きこんである。アリーナ観客席は通路まで埋め尽くされた完全な満席ではあるがどこで異常が起きてもすぐに向かうことはできる。

 

 なお本音は一生徒として今回は観戦だ。俺に声が掛かったのは生徒会所属かつ専用機持ちだからこそであり、本音はそちらで正解だろう。俺が生徒会で駆り出されると伝えた際は本音やオルコット本人は少々残念そうにしていたが、俺にどうこうできる話でもないため仕方がない。

 

 そして更識や虚には念のため既に篠ノ之束からの注意を伝えてある。いつも以上に2人の雰囲気がピリピリとしているのは勘違いではないだろう。教師陣には伝えていない。何をどこまで信用していいかわからないためこれはこちらだけで共有しておくべきと判断したためだ。いくらIS学園とはいえ内側に何も闇がないわけではないのだ。可能性は考慮しておくべきだ。

 そしてそのせいで関係者や生徒が危険に曝されることは許されない。何かが起きればすぐに動くための万全の体制なのだ。篠ノ之束に『任せとけ』などと言ってしまったのだから気合を入れなければなるまい。

 

「レーヴァ。ハイパーセンサーは常に全開だ。何か起きたらそこからは俺も【虚像作製(ホロウメイカー)】で未登録のISの反応だけに集中する」

 

『わかっています。仁はそちらに集中を』

 

 右眼の【虚像作製】のリスクは現状俺の右眼と頭が痛むだけ。それで圧倒的な情報量を得る事ができるのならこういった場面で使わない手はない。尤もいざという時に痛みで動けなくなっては困るのでまだ使えないが。

 

「選手入場……さて、どうなるか」

 

 アナウンスが入場してきた両者を中央へ促す。アリーナのスピーカーによって向こうの解放回線(オープン・チャネル)の会話はこちらまで届く。

 

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

 

「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ。全力で来い」

 

「一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを与えられる」

 

 この凰の発言は、要は中国の得意としている【空間圧兵器】のような強い衝撃を与える事のできる武装ならば直接搭乗者にダメージを届ける事ができるという事だ。俺が体術ソードスキルを放っても似たようなことはできるだろうが、その点ではやはり遠距離から狙う事のできる【空間圧兵器】に軍配が上がるだろう。

 

 アナウンスが試合の開始を告げる。同時に両者が動く。織斑は【雪片弐型】を、凰は両端に付いた刃に持ち手がついている異形の両刃青龍刀――レーヴァからの情報によると双天牙月(そうてんがげつ)というらしい――で切りあう。見たところただスパッと切るよりも勢いで叩き切る目的だろう【双天牙月】をバトンのように自在に操りあらゆる方向から切り付ける凰の方が優勢と言えるだろう。

 これは不味いと距離を取ろうとした織斑だが、凰の機体にそれは通用しない。

 

「――甘いっ!」

 

 凰の声と共にスライドし開いた非固定飛行部位(アンロックユニット)の肩アーマーが一瞬光った瞬間に、織斑が吹き飛ばされる。

 

「なるほど。衝撃砲として使ってるのか」

 

『便利そうですね。不可視で非固定飛行部位二機によって連射可能、なおかつ恐らく射角制限なしの全角度対応。さらに凰さんの操縦レベルの高さ。流石と言えますね』

 

「ああ。敵に回ったら少し面倒そうだ」

 

『私達ならばアレに対抗するならいつも通り相手の眼を見ての判断、もしくは炎による熱源散布で熱源が歪んだ位置からの予測回避といったところでしょうか』

 

「どちらにせよとんでもない反応速度が求められる。まぁ更識の清き熱情(クリア・パッション)よりはいくらかマシだが」

 

 あちらは地点爆破というインチキだ。比べるのは少々酷な気もするが比較対象がアレしかないのだから仕方ない。

 などと思考を巡らせているうちに向こうではいくらか会話を交わしていたようだ。そして織斑が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んでいく。同時に【白式】の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)であるバリアー無効化攻撃――自身のシールドエネルギーを犠牲に相手のバリアー残量に関係なく直接切り裂くことによって、絶対防御を発動させ大幅にシールドエネルギーを削り取る攻撃――の【零落白夜】を起動している。一撃で決めようという魂胆だろう。その刃が凰に届きかけた瞬間、アリーナ中を大きな衝撃が襲った。

 

「更識さん!」

 

『アリーナの遮断シールドを貫通して何者かがアリーナ中央に侵入! 皆警戒態勢! 仁くんは最悪のケースに備えて今は待機!』

 

 最悪のケース。増援があるかもしれないというまさに最悪のケースを想定して動く。理には適っているがアリーナの中の二人も気がかりだ。

 

「レーヴァ!」

 

『ハイパーセンサーにはぎりぎりまで反応しませんでした。とてつもないスピードでの侵入です!』

 

「チィッ!」

 

 右眼に意識を集中させる。右眼と頭に鈍い痛みが走ると同時に大量のISの情報が右眼から頭に流れ込んでくる。

 打鉄3機にラファール4機……これは教師陣の緊急用ISだ。まだまだ遠い。

 【白式】に【甲龍】、観客席から感じる【ブルー・ティアーズ】に【打鉄弐式】そして真正面反対側から感じる【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】……当然侵入者の物ではない。

 IS情報――Unknown。コイツか……!

 

『天井部分のシールドは破られたけどそれ以外は健在。そして遮断シールドはレベル4に設定。さらに全ての扉がロックされてるわ。これじゃ増援も避難もできない。今私達にできるのはハッキングが終わるのを待つ事と増援を警戒する事。そして錯乱した一般生徒を落ち着かせる事だけ』

 

「織斑と凰には耐えてもらうしかないか……!」

 

『これも大事な仕事よ』

 

「わかっている……」

 

 更識とて冷静なわけではない。口振りからは焦りを感じるし突っ込んでいけない口惜しさすら感じる。

 少しずつ右眼の痛みが増してくるが今止めるわけにはいかない。レーヴァと2人で行う事で他人よりも索敵能力に優れている俺達の一番の仕事はこれなのだから。

 

「っ! 上か!」

 

『もう1機!』

 

 ギリッと奥歯が鳴る。右眼から伝わってくる情報はこちらもUnknown。そしてハイパーセンサーによって強化された視力で見えるのは大剣を握りしめた全身装甲(フルスキン)のISが真っ直ぐに観客席に向かっている事!

 

「あそこは……4組か!」

 

『っ! 簪ちゃん!』

 

 更識の叫びのような声を聞く前に既に右足に全ての力を注ぎこんだ。今から間に合うのは間違いなく俺だけだ。ならばやることはたった1つ。

 俺は今何よりも、どんなものよりも速いという暗示。それが心意の力として右足1本に集まり紫色の光で覆い尽くす。

 ドンッ! と地面を蹴る凄まじい音が一気に後方へ遠ざかる。同時に右足の肉が弾ける感覚、骨が砕ける鈍い音、弾けた肉から大量に噴き出す生暖かい液体の感覚を感じる。

 

『せめて脚部装甲の展開を……ああもう!』

 

 レーヴァの怒りの声すら今は耳に入れている余裕はない。アリーナ観客席ギリギリの手すりに左足で一度着地。残りの距離は半分、あと1歩分だ。

 着地と同時に今度は左足に力を込める。今度の踏切はいくらか嫌な感触を感じなくなった。レーヴァが足に装甲を展開した事で保護機能が働いたのだろうが、それすらも今は認識するのが惜しい。

 右手に剣を呼び出す。ISに対抗できるのはIS武装のみ。呼び出すのは当然IS武装【炎剣レーヴァテイン】。普通の剣よりずっと重いそれを加速の勢いと重さを利用して、力任せに正面の大剣に叩きつける。アリーナの遮断シールドを挟んでぶつかり合う直前に向こうの大剣が遮断シールドを突き破るのが右眼で捉えられ、お互いの剣が大きく弾かれると同時に視界に入った腕に赤い装甲が展開される。そして手すりに上手い事着地する。

 

『無茶ばっかりするんですから! 後でいっぱいお説教ですからね!』

 

「……ああ、後でな」

 

「欄間……くん……?」

 

 少しだけ振り向いて、後ろの席を立っている更識簪を見やる。

 

「怪我は……ないな。ならいい」

 

 それだけ確認して正面の敵に向き直る。今度こそ全身が赤い装甲に包まれるのを感じながら右眼からの情報に意識を注ぐ。

 やはりアリーナ内のそれと同じく相手が無人機であるという情報を初めとし、武装は大剣1本ということがわかる。そのあまりにも少ない武装から導かれる答えは1つ。

 

「急ピッチで新しい無人機を作りやがったな……!」

 

 篠ノ之束から奪取した施設を用いて新たに作られた無人機。彼女のそれが【ゴーレムⅠ】と呼ばれるのならこれはそれを基にした【ゴーレムⅡ】と言えるだろうか。シールドエネルギー自体はアリーナ内の【ゴーレムⅠ】よりもずっと多く、骨が折れそうだ。

 

「……だがまぁ、やらんと終わりだろう」

 

 何より、コイツは気に入らない。真っ直ぐに更識簪へ向かったという事は偶然なのかもしれないが、更識楯無の妹は危険な立ち位置であると俺は前に言った。彼女が狙いであった可能性は十二分にある。故に気に入らない。

 狙いをこちらに変えた敵の無機質な赤い双眸が俺を捉える。右足は感覚がほぼない上に、右眼は絶えず痛みを放出している。お世辞にもベストコンディションとは言えないが、中身の入っていない敵如きにはいいハンデだろう。

 

「ぶっ壊してやるよ……!」




 みんなの相談役欄間仁。ただしある程度見知った中に限る。
 戦い始める前からボロボロなのは仁クオリティ。
 次回ゴーレムⅡ(仮称)戦です。正直ずっと書きたかった待ってた。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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守る戦い

 完全小説勢のアニメ未視聴であまり把握できていないので、うちの場合のアリーナの観客席の位置は高い位置で、アリーナの戦場を見下ろす形になっていると思っています。なので一夏達の戦場の遥か上空で戦闘が行われています。


 これ以上後ろに下がるわけにはいかない。前へ、前へ、前へ!

 

『【炎の枝(フレイムテイン)】、操作貰います!』

 

 4つのBT兵器が同時に出現し俺の意思とは別に自在に飛び始める。両手に1本ずつの剣、そしてビットに纏わせた炎の刃の計6つの剣による連続攻撃。足の感覚はないがISによる補助は非常に優秀でいつも通りに動く。

 相手のシールドエネルギーはレーヴァテインの約10倍。1人でこのシールドエネルギーを削り切るのは至難の業だ。何よりこの機体は炎によって自身のシールドエネルギーを使用する。相性はどう考えても最悪。更識が来るまでにどれだけ耐えられるかの勝負でもある。

 

「だが……耐えるだけじゃ駄目だな」

 

 耐えるだけでは結局消耗した俺と更識では削り切れない。恐らく教師陣の優先順位は織斑一夏の方が上だろう。それならこちらは更識が来るまで俺がまともに相手をしつつ凌がなければならない。

 右眼から入ってくるISの位置情報で概ねの状況は伝わってくるが、更識もオルコットもこちらに向かって来れているわけではないようだ。コイツが突っ込んで来たせいで錯乱した生徒もいるだろう。そちらの対処に追われていると考えるのがベターだ。

 

「相手の攻撃で削られる程余裕はない。押し切るぞ!」

 

 両手の剣から炎を吹かす程のシールドエネルギーの余裕すらもない。ただただ攻撃の密度を上げる。更に速く鋭く重く強く。

 未だに生徒の避難はできていない。思った以上に相手のハッキングのレベルが高いという事か。篠ノ之束がこちらに介入してくれればと思いはするが高望みだろう。

 右の袈裟、右の水平、左の唐竹、左の斜め切り上げ、両のクロス切り下ろしから同じルートの切り返し。そこからその場回転で二刀を揃えての水平切り払い。この間にもビットによる斬撃も絶え間なく切り返されているというのに未だに減少シールドエネルギーは約1割。これでも並のIS1機ならばシールドエネルギーが切れている程の威力だというのに未だピンピンしている。 

 むしろこちらのシールドエネルギーの減少の方が重い。既にこちらは2割削れている。

 

 こちらの攻撃の合間に繰り出される唐竹。剣をクロスして受け止めるがズシンッと全身に響く一撃。それだけでシールドエネルギーが減少するのが視界の端に見える。全力で弾いて4度の反撃を繰り出すがやはり目に見えたダメージにはならない。

 

「チィッ……!」

 

『コッチが持たない……! 楯無さん早く……!』

 

 両手の手首に意識を一瞬集中。片方に5本ずつ合わせて10本の炎の剣を貼り付けるように呼び出し直後に片方の5本を同時射出。大剣の一振りで蹴散らされるがそれによってできた死角にさらに5本射出。同時にビットからもマシンガンのように炎の弾丸が降り注ぐ。

 

「化物が……!」

 

 熱の霧の向こうから大剣を袈裟気味に振り下ろされる。一瞬反応が遅れ受け止めきれずに最初の位置に吹き飛ばされるが思い切りスラスターを吹かして空中で止まる。

 

「あ……っぶねえ」

 

 更識簪に衝突などあってはならない。まだ彼女含め生徒達は避難できていないのだから、ここが最低防衛ラインだ。

 今の一撃で砕けた右の剣を量子変換し新しく呼び出す。剣を呼び出す事ではシールドエネルギーが減らない事が僅かな救いと言えるだろう。

 

「はぁっ……!」

 

 荒く息を吐き出す。回線(チャネル)からは焦る教師陣の声が聞こえる。山田副担任は酷く焦っており、織斑千冬は落ち着いているようで取り乱しているのが声からわかる。他の教師達の声もいくらか聞こえるが殆どは織斑と凰を気にする声だ。まぁ当然だろう。片や世界初の男性操縦者かつ織斑千冬(世界最強)の弟、片や中国代表候補生。肩書きのない俺よりは遥かに価値のある2人。なので当然だ。むしろ――

 

「日本代表候補生は気にしないのかアンタらは……!」

 

 ギリッと奥歯が鳴る。とことんまでこの世界の日本は碌でもないと感じてしまうのは不可抗力だ。より有利になれる存在が現れたらそちらを優先し、あまつさえこうして襲われた自国の代表候補生を軽視とは恐れ入る……!

 

『落ち着いてください。今激昂しても敵に隙を与えるだけです』

 

「……わかってるよ」

 

 代わりに強く二刀を握りなおし、無型ではなく左の剣を前に、右の剣を少し引いて構える。耐える戦いの時専用に用意した受け流しの型。

 まずは敵の袈裟切り。大剣にも拘らず中々の速度、まずは回避してから前に出している左の剣で水平切りでカウンター。それをなぞる様にくる水平切りを手前の右の剣で右腕を捻りつつ受け止めると同時に肘を思い切り畳む事で衝撃を逃がす。そして左の剣で右から左の切り上げでカウンター。当然このやり取りの間にもレーヴァによるビット攻撃は続いている。

 

 先程までとはまるで違う戦い方。こちらから攻めていても埒が明かないのなら相手に振らせてそれの勢いを利用したカウンターで削る。連続攻撃による攻めは俺自身の体力も持たないためこちらの方が今回は適している。

 そしていくつかわかったことがある。

 

 まずコイツのAIは少々甘い。コイツにインプットされた目標が『更識簪』だと仮定し、邪魔に入った俺をターゲットするのは当然として、その時点でコイツには俺しか見えていない。なのでビットは攻撃を続けても撃墜されない。防御一辺倒でも削れるという事だ。だがそれではあまりにも効率が悪い。それならば今のように俺自身も攻撃を行い少しずつでも削るのが賢明と言える。

 仮に削り切れない場合でも、最悪の場合はコアを抉り出すという選択がある。その場合は蒼い炎を使ったとしても万全の装甲ではぶち破れない。その時が来た場合のために相手の装甲を少しでも傷つけておく必要があるのだ。

 

『残りシールドエネルギー6割。相手は8割です。こちらが2割削れる間に相手は1割しか削れない。このままではジリ貧です』

 

「わかってる……だが今はこれしかできない。やることをやるだけだ」

 

 右眼でコアの位置は把握している。コアの位置の直上の装甲を削るのが今やれることの中でベストだ。

 剣では負けない。それは変わらないがどうにも相手のシールドエネルギーが多すぎる。一撃貰ったら不味いこちらに対し何発放り込んでも未だビクともしない相手では分が悪すぎる。だからと言って退くわけにはいかないのだが。

 

「ふぅっ……!」

 

 右眼が訴えてくるのは相手が先程までよりも力を溜めている事。もう一つ息を吐いて今度は相手の連続攻撃、もしくは渾身の一撃に備える。

 

「―――」

 

 気合の声すらも発しない無人機が斜め切り上げから入る。左から切り上げてくるそれを右に身体を沈めて回避、そのコースをなぞる様に切り返して鋭い逆袈裟切り。左の剣で内側を擦る様に当てて逸らす。それを認識しているのかいないのか、そのまま足を斬り落とすようなコースに少しだけ矯正して来る斬撃を上に飛ぶことで回避、直後にそれを追うように向こうも上に機体を上昇させながらの垂直切り上げ、ここは迎え打つ――!

 一瞬右の剣を肩に担ぐ様に構え、身体が剣に引っ張られるような感覚を感じると共にそれを加速させる様にスラスターを吹かす。片手剣単発ソードスキル斜め切り下ろし《スラント》。

 ガギィンッ! という重い一撃を右腕に感じると共に左の剣でもソードスキルを立ち上げる。今度も肩に担ぐ様な形だが振り下ろす角度が違う。片手剣単発ソードスキル垂直切り下ろし《バーチカル》。これを大剣に叩き付け今回のぶつかり合いはこちらが押し勝ち、今度は相手が真下に吹き飛ぶ。

 

「しかし重いな畜生!」

 

 両腕が酷く痺れる。何度も同じぶつけ方での相殺はそう言った感覚が存在する分こちらが不利だ。

 

「まだか……!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)レベルの速度で突っ込んで来た敵が大上段からの鋭い垂直切り下ろし。篠ノ之箒のそれとは比べ物にならない速度とキレ。剣をクロスして受け止めるも、そこから薙ぎ払うようにスイングされて横に弾き飛ばされる。

 

「しまったっ……!」

 

 俺が今そこから弾き飛ばされるのは不味い。すぐに体勢を立て直しこちらも瞬時加速から観客席との間に割って入る。しかしそれを待ってましたと言わんばかりの袈裟切り。瞬時加速からでは反応し切れない。咄嗟に引き戻した右の剣が砕かれ、そのままこちらの肩の装甲に大剣が食い込み、辛うじて被膜装甲(スキンバリアー)によって生身が守られる。

 しかし俺自身の身体は再び吹き飛ばれる。今度こそ不味い。相手の本来の狙いがキッチリと視界に入れば――

 右眼から相手の状態情報が流れ込んでくる。こちらへのロックが外れたのがわかった。

 

「くそっ!」

 

 体勢を崩しながら咄嗟に右手に5本同時に呼び出した剣を射出し直撃させ、こちらに意識を逸らす。無事にこちらをロックしたのが確認できた。

 

「お前の相手は……俺だろうが!」

 

 再度の瞬時加速。同時に二刀流突進ソードスキル《ダブルサーキュラー》を起動。いくら無人機と言えど2つの加速が合わさった速度への反応は間に合わずに観客席から遠く弾き飛ばす。

 

「はぁっ……くっ」

 

 IS戦闘にしては長期戦が過ぎる。いい加減こちらのスタミナが持たない。

 

『シールドエネルギー残量先程の直撃で3割を切りました。向こうは6割5分です』

 

「そろそろ……キツイか……!」

 

 右眼からの痛みも最高潮だ。先程から無茶なソードスキルと瞬時加速の多用は右眼からの頭痛のせいで思考が纏まりきっていない証拠だ。その右眼からのIS情報ではようやく織斑達が対処していた無人機が破壊された事がわかった。同時に恐らく織斑の【零落白夜】によってアリーナのシールドの一部が破壊され、それによりオルコットや教師陣含めた他のIS搭乗者が突入できた。と言ったところだろうか。それならば、もうすぐだ。

 そう、気が抜けてしまったのが不味かった。普段なら有り得ない事であるのに気が抜けてしまった。

 瞬時加速で接近してきた無人機によって反応し切れなかった身体が叩き落される。すぐに体勢を立て直そうとするも身体の反応が鈍い。気が抜けた事でアドレナリンが切れかけている。

 同時にロックが外れる。無人機の視線の先にいるのは当然更識簪だ。

 

「くっ……!」

 

 一瞬遅れて体勢を立て直すが、無人機は既にその腕を伸ばしている。大剣を片腕で握り、もう片方の腕を更識簪に向かって伸ばす。だが――

 

「簪ちゃんに……手を出すなぁ!」

 

 水色が灰色を弾き飛ばす。その手に握るは水を纏った槍。そこから絶え間なく放たれる4連マシンガンによる弾丸がさらに無人機を遠く弾き飛ばしていく。

 

「……遅かったじゃねえか」

 

「……ごめんなさいね。それと、ありがとう。簪ちゃんを守ってくれて」

 

「礼を……言われるような事でもないだろ」

 

「こういう時は素直に受け取っておけばいいのよ?」

 

「そうか……」

 

 歯を食いしばって痛みに耐え体勢を今度こそ立て直す。

 

「思えば、アンタとこうして肩を並べるのは初めてか?」

 

「そうね。いつも向かい合っているもの」

 

 俺の残りのシールドエネルギーは2割程度。無茶はできない。

 

「借りを返すとしようか……!」

 

 開始は更識の蛇腹剣【ラスティー・ネイル】。水を纏わせたそれが無人機の腕を絡め取り細かく切り裂いていきながらこちらへと引っ張る。そこに炎を纏わせた二刀による連続攻撃。大剣は逐次更識が弾くため心配はない。

 現状のアリーナの遮断シールドの破損状況では恐らく清き熱情(クリア・パッション)は使用できない。それでも生徒会長(学園最強)は伊達ではない。高速切替(ラピッド・スイッチ)によって手元の武器を【蒼流旋】と【ラスティー・ネイル】に細かく切り替えながら、時に大剣を絡め取り、時に大剣と打ち合い、さらには4連ガトリングによってのこまめなダメージを忘れていない。

 だが、それでも中々削れない。俺も何度も切り込んでいるというのに未だ残量3割。

 

「仁くん、まだ行ける?」

 

「わからんが押し切る!」

 

 突っ込む。合わせて更識が蛇腹剣と水で相手の動きを拘束する。炎を剣に纏わせたままソードスキルを起動する。相手が動けないのなら心置きなく使える。

 二刀流上位16連ソードスキル《スターバースト・ストリーム》。炎の赤い軌跡が空中に激しい星々の爆発の様な景色を描き出す。残り、1割。

 

『あっ……!』

 

具現維持限界(リミット・ダウン)か……!」

 

 要はエネルギー切れだ。同時に機体の自由が利かなくなる。

 

「仁くん! きゃあっ」

 

 一瞬こちらに意識が逸れた更識が弾き飛ばされる。ここにきて……!

 

「チィッ……レーヴァ、説教は後だ。頼む!」

 

『マシマシですからね? 他に手段がないのはわかりますけど!』

 

 レーヴァから両腕が装甲が付いたまま外れ、前面の装甲が消えていく。いや、粒子のようにバラバラになった装甲は両手から消えた剣の代わりに右手に同じ剣の柄として収束していく。

 レーヴァ本人の意思によって彼女の待機形態の1つである剣の姿へと、装甲を変えていっているのだ。それも部位を調整してわざわざ前面から変化させていってくれている。

 

「ああ。もうこれしかない」

 

 完全に前面の装甲が消えると同時に、今度は両足が機体から外れる。そのまま体勢を低く、残ったレーヴァの装甲に踏ん張り、右手を肩上に引き絞り、左手をそれに沿える。少しずつ炎の剣の刀身が現れると同時に刀身が青い光に染まっていく。

 起動するのは片手剣単発突進ソードスキル《ヴォーパルストライク》。空いた距離を一瞬で詰めつつ射程すら伸びる優秀なスキルだ。

 背中側の装甲も完全に消え、残ったのは下半身部分の背中側だけ。剣も既に7割程が形となっている。

 

「行くぞ……!」

 

 目の前の無人機は動かなくなりつつある身体で再び更識簪に手を伸ばしている。がら空きだ。やはり今アイツはこちらの事など見えていない。右眼によってコアの位置をもう一度確約させる。酷い痛みだが、唇を強く噛み耐える。

 

 僅かな装甲を足場に踏み切る。同時に残った部分の装甲が消える。残ったのは右腕の装甲のみ。僅かな被膜装甲のために彼女が何とか維持してくれているのだ。

 

 そして奴の装甲を貫くのにはソードスキルだけでは足りない。姿をほぼ完全に剣に戻したレーヴァが炎を吹き出し、そのまま蒼い炎へと変える。更に俺が意識するのは『あらゆるものを貫くことができる自分自身』。その心意をその上から重ね掛けする。

 狙うはISコア。砕くつもりでは決してない。その意思に応じるように心意によって紫に染まりつつある蒼い炎が五指の形を取り鍵爪状に折り曲げられる。

 

「ヴォーパル……ストライク!」

 

 ジェット機が放つような音と共に、今俺達に放てる最高の一撃がコアのある直上、胸元の装甲を貫く。同時に炎の鍵爪にコアが抜き取られ掴み取られる。

 

「レーヴァ!」

 

拡張領域(パススロット)、格納します!』

 

 紫から蒼に、蒼から赤に戻った炎が消え、剣が指輪に戻り、右腕の装甲が消え、同時に右腕から皮が、肉が、骨が、弾ける様な感覚が走る。痛いやら熱いやらで目の前がスパークする。

 

『仁! 落ちます!』

 

「くっ……」

 

 周りに利用できるもの、なし。くるっと空中で態勢を変えて青空の見えるアリーナの天井を仰ぐ。いきなり右眼に今まで以上に酷い痛みが走り、反射的に閉じる。

 直後、ふわっと柔らかい感覚と共に落下する感覚が止まる。左眼だけで周りを見るが、確かに空中で止まっている。右眼を少しだけ開けると、俺の真下にあるものはどうやらアリーナの遮断シールドのようだ。それが天井から伸びて俺の身体を支えている。よくわからないが助かった……らしい

 

「ぐっ!」

 

 右眼も頭も、そして右腕も右足も酷い痛みだ。ついにアドレナリンが完全に抜けたようだ。少しずつ意識が遠のいていく。

 まぁ……死にはしないだろう……。意識が、完全に途絶えた。




 ボロボロである。守るために退くことすらできなかったという点もありますが、やたらめったらタフな相手だとレーヴァテインという機体は圧倒的に不利です。なにせ炎を吹かせばシールドエネルギーを消費する上に、ビットでの攻撃を行ってもシールドエネルギーが減る。極めつけには切り札の蒼い炎については絶望的な消費量です。仁への明確なカウンターですね。
遮断シールドはゴーレムⅠの襲撃時、ゴーレムⅡの斬撃、零落白夜の一撃でそれぞれ一部が破壊されたという認識です。大部分はまだ残っていると判断しました。

 今更ですがこの作品完全な自己満足作品となっております。プロットなど私の頭の中で軽く組んである程度で、今回のゴーレム戦は前々から思いついていた展開ですが、そういったものは殆どなかったりします。
 とにかく書きたくなってしまったのだから是非もありませんがね。
 ここまで読んでくださっている皆さん、それでもよろしいという方は次回以降もよろしくお願いします。
 では感想等お待ちしております。


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"更識"の憂いと彼女の本当の心

 今回こそが真の地の文祭りです。読み辛さを感じるかも知れませんがご容赦を。


 ――― SIDE 楯無 ―――

 

 クラス代表対抗戦の無人機襲撃から1週間が経った。先生方は事態の収束に努め、事件の最中央にいた中の1人、織斑一夏は凰鈴音と共に無人機1機を撃破。その後無人機の再起動による最後の一撃にまともに直撃し意識を失い保健室に運ばれるも命に別状なし。目立った傷も無く強いて言うのなら打撲でしばらく苦しむ事程度だろう。

 凰鈴音も同様、むしろこちらの方が戦闘による支障はなかった。

 問題は、彼だ。

 

 欄間仁。我らが生徒会の一員であり、真の世界1番目の男性操縦者。彼だけは、未だに目を覚まさない。

 彼が相対した無人機は織斑一夏達が相対したそれとは大きく異なり、大剣1本というシンプルこの上ない武装の代わりに残りの全ての性能をシールドエネルギーの拡張に回していた。ただでさえ軍事用ISのようにシールドエネルギーが高く用意されている機体でそんな事をすれば、当然到底まともに戦えるような機体では無くなる。彼はそれを相手に、相性の悪い短期決戦を得意とするISで、織斑一夏達が無人機を撃破し、その際にアリーナの遮断シールドにできた穴から私達が突入可能になるまで耐え切って見せた。

 

 私の妹、更識簪をその背に守りながら。

 

 私はあの瞬間真逆に配置されており到底間に合う距離ではなかった。彼とてISを展開でもしてなければ確実に間に合わない距離を、ISの展開よりも更に速く、人間の脳が身体に課しているリミッターを外したかのような速度で、足の骨を、肉を滅茶苦茶にしながらも妹の場所まで駆けつけてくれた。感謝などいくらしても足りない。

 

 彼は最後の瞬間に無人機からコアを抉り取り、そのまま自由落下していく瞬間にアリーナの遮断シールドがどういう訳か包み込む様に彼の身体を支え、その直後に意識を手放した。私が彼の元まで飛んでいくと、レーヴァちゃんに凄まじい勢いで話しかけられた。

 

『早く彼の治療を! 右腕も右足も、このままだと二度と動かなくなる可能性があります! お願いします楯無さん!』

 

 いつも人間のように感情豊かな彼女ではあるけれどここまで焦っているのも初めて見た。シールドエネルギーが完全に空となり、こちらへウィンドウを出す程のエネルギーすらも残っていない彼女もそこで休止モードに入った。

 

 そして彼の身体を変形した遮断シールドから取り出し、抱えてみると驚いた。

 いつからか着けていたロンググローブは勿論、IS学園の制服も、ISスーツも右腕の肩口まで焼け落ちていた。ロンググローブや制服はともかく、ISスーツはあらゆる面で優れたスーツ。並の熱では焼け落ちるなんて事はありえない。それこそ彼が最後に放った蒼い炎の熱を直熱感じるくらいでなければ。

 当然のようにその右腕は酷い火傷だった。指を除き肩口まで殆どに加え、右半身部分の頬や胸に脇腹の一部はぐずぐずの赤銅色に変化し、さらには右腕からは全体的に大量の血が流れていた。それも普通の傷ではない。右腕が内側から無数の刃で傷付けられたかのような、異形の傷。

 この傷は右足も同様だった。むしろこちらの方がずっと酷い。こちらも全体的に内側から弾けたような傷ではあるが、出血量もその傷も右腕のそれよりもずっと大きい。十中八九最初に見せた異常な速度に起因しているだろう事は想像に難くなかった。

 

 すぐに学園の保健室へ運んだ。この学園の医療技術は日本でも有数と言って過言ではない。どれだけ大きな傷でも数日と経たずに生体癒着フィルムと万能細胞移植によって見た目は元通りになり、ナノマシン治療により傷の痛み自体もそれなりに和らぐ筈だ。と、昨日ここに来るまではそう思っていた。

 アレから3日間欠かさず昼休みや放課後には一度はここ(保健室)に来ているけれど、彼の傷は全く良くなっているように見えない。ここの技術力ですらここまで傷の治りが遅いのは初めて見た。暗部として活動する際にここの医療を受ける事が何度かあったけれど毎回すぐにそれなりの結果が出ていた。彼のこれはナノマシン治療の効かない特殊なものであるのだろうと結論付けられた。

 そしてその時に気付いたけれど、左腕のロンググローブの下も酷い火傷を負っていた。右腕のそれとは比べ物にならないけれど、それでも普通に暮らしていれば決して負う事のないような火傷。腕はロンググローブをまた使えばいいとして、頬など目立つ部分の火傷は生体癒着フィルムによって元の色に誤魔化すことになる。これは起きてから問い質す必要がありそう。

 

 5日目放課後には整備科――と言ってもレーヴァちゃんをまともに整備できるのは虚ちゃんと本音ちゃんだけだけど――から彼の元に戻され休止モードからも帰って来たレーヴァちゃんも、せめて彼が起きて、まともな食事を摂り始めることができれば、人間が持つ自然治癒力を自身がブーストして今よりはマシになると言っていたけれど、それすらも現状は叶わない。

 私とて彼には早く起きて欲しい。生徒会室に彼がいないと何となく物足りない気分になるし、彼が出してくれる紅茶が無ければ仕事にも中々身が入らない。虚ちゃんが淹れてくれるお茶は相変わらず絶品ではあるけれど、彼のそれとは何となくこう、違う。よくわからないけれど。

 この約10か月殆どいつも聞いていた低い声は中々耳に焼け付いているものだ、と思った。ぶっきらぼうなのにどこか優しげなその声は、私達にとって既に日常の一部となっていたのだろう。虚ちゃんも本音ちゃんもいつもよりどこか寂し気で、やはり仕事に身が入っていなかったように見えた。いなくなって気付く、と言えば少し縁起が悪いけれどこういうものなのだな、と思う。

 

 レーヴァちゃんもやはり寂しそうだった。『たまにこういう無茶するんですよ』というその声はいつもの元気な声とはかけ離れていた。その後に『そういう時はいつも誰かのために、ですけどね』という声はどこか彼を誇るようだったが、それでもやはり影が差していたように聞こえた。

 

 次の日に、妹――簪ちゃんもここに来ている、と彼女は言った。

 簪ちゃんはいつも申し訳なさそうな顔で入ってくるという。庇ってもらい、守られた事で仁くんが起きない事に対して非常に責任を感じているらしい。それでも他人にあまり興味を示さなかった彼女がそんな行動をするのは少し珍しいと思ってしまう。本音ちゃんを送らせて行った時、一体どんなことがあったのか気にはなるけれど聞くのは野暮だろう。仁くんに限って間違いはないと思ったからこそあの時本音ちゃんを任せたのだから信じてあげなければ。

 

 少し話は変わるけれど、彼の評価がとてもじゃないが高くなかった1年生間でも、彼の行動は中々評価された。特に4組は目の前で戦い続け傷付いた彼に悪い印象なんて持てなかったのだろう。時々保健室に来る生徒がいるのを確認している。噂は所詮噂と一蹴する声すらも上がって来ている。4組だけでなく同じ1組の生徒も少しの人数ではあるけれどお見舞いに来るのは彼にとってもいい傾向だと思う。他人からの評価など興味無いと一蹴していた彼はそんなことを期待しての行動では無かった筈ではあるけれど、副産物は思ったよりも大きいものだ。

 当然ながら2年生や3年生からの評価は更に上がった。ただでさえ手伝い時代から悪い印象を持っていたのは女尊男卑を掲げる生徒達や、現3年生のアメリカ代表候補生であるダリル・ケイシーのような純粋な男嫌いくらいだった。逆にダリル・ケイシーと恋人関係にあるという2年生のギリシャ代表候補生であるフォルテ・サファイアからの評価は高いというのが不思議なものだ。

 なお上の学年からは織斑一夏よりもずっと高い評価を貰っている事に彼は気付いていない。

 

「だから、早く戻って来なさい仁くん。待ってる人は意外と多いのよ?」

 

 本当に、早く起きないかなぁ。

 

 

 

 

 

 ――― SIDE 簪 ―――

 

 1週間目放課後。今日も彼は目を覚まさない。

 1週間前のクラス代表対抗戦、突然現れた無人機にアリーナ中央が襲撃された。それだけならまだよかった。むしろ織斑一夏に対してはいい気味だとすら思ってしまった。それが悪かったのかもしれない。きっと罰が当たったのだろう。

 次に襲来したもう1機の無人機は、間違いなく私だけを見ていた。真っ直ぐにこちらに向かって大剣を振りかざし、アリーナの遮断シールドを壊そうとした。

 そこに割って入ったのが、彼だった。本音が背負われて帰って来たあの夜に一度だけ、それでも沢山の事を話した人。

 右足装甲の隙間から大量に血を流しながら凄い速度で跳んで来た彼は、両腕両足だけにISを展開した状態でその大剣を弾き返し、同時に全身に展開しながらこちらを少しだけ見て、安堵の声を溢した。表情は変わらなかったけど、本当に私に怪我がなくて良かったと思っていると思える声音だった。

 まるで私が大好きなアニメや物語のヒーローのように現れ、あんな声を掛けられてしまったら、あんな酷い状況でも少しだけ安心してしまったのは仕方ないと思う。

 

 その安心に答えるように彼は、救援が来るまでその異形のISと1人で戦い続けた。クラス代表決定戦では見せなかった残り2機のBT兵器をあの時よりずっと自由自在に動かし、技術ではずっと上回り、翻弄しているように見えたけど実際は圧倒的なシールドエネルギー量の差があったのだという。

 

 一度だけ危ない場面はあったけど、その時についに姉さんが来た。その時の鬼気迫る表情と声音はきっと忘れない。それも彼を心配してのものではなく、私を、更識簪を守るために飛んできてくれた。

 そしてピッタリの連携で無人機を今度こそ翻弄し、最後の最後には彼はISが具現維持限界(リミット・ダウン)を迎えたにも関わらず、右腕だけに装甲を残し、握る剣に炎を纏い、無人機に止めを刺して見せた。

 少し前の私ならば、姉さんが助けに来たという事実ですら曲解して受け止めてしまっていたのかもしれないと思う。それもやはり彼のおかげなのだと思うと、今目の前のベッドに右腕右足がボロボロの姿で眠っている彼に更に申し訳なさが募ってしまう。

 

 彼の傷も、今眠っているのも私を庇い戦ってのものだ。確かに私ではどうしようもなく黙って連れていかれるしかなかった状況だったけど、それでも責任を感じるなというのは難しい。5日目以降彼の近くから聞こえてきた女性の声――彼のISのコア人格だという。正直最初凄く驚いた――には、彼が好きでやった事だから気にしないで欲しい。と言われたけど、やっぱり無理だ。

 

 未だに姉さんとはまともに話せていない。意図的にお見舞いに来る時間をズラしているからだ。確かに姉さんは私の事を想ってくれていた。それはちゃんとわかった。けどそれですぐにもう一度昔のように話ができるかと言ったら、まだ無理だ。彼も言ったように、やっぱり苦手意識というものは中々割り切れない。

 

 姉さんの事も、彼の事も、気になる事が多すぎて最近全然【打鉄弐式】の製作も進まない。本音もどこかそわそわしてるし、負い目もあるし、4組も彼の話が多いし、製作に集中力が全く乗らない。

 彼が早く起きてくれれば少しはマシになるのだろうか。きっとなるだろう。

 

「欄間くん……早く起きて……」

 

 そして、もう一度話してほしい。面と向かってありがとうとお礼を言いたい。今度は姉さんの事だけでなく彼自身の事も聞きたい。実は姉さんと彼の関係も少し気になるし……。

 

「まだかなぁ……」

 

 

 

 

 

 ――― SIDE 束 ―――

 

 更識の妹ちゃんは帰ったね。時間も夜になる。保健室の先生は不在が多いのもわかってるし今ならいけるね。 

 というわけで来ました仁くんの病室。勿論くーちゃんも一緒にね。

 無人機……ゴーレムとの戦闘も勿論見た。いっくんと【白式】のデータは随分と取れたからそっちはまぁいい。問題はやっぱり仁くんだろうね。医療用ナノマシンが殆ど効かないのも見てたから知ってる。束さんもお手製のナノマシンを用意はしてきたけどどうだろうね?

 

「さてさてどうかなー?」

 

 当然即座に効果のあるようなものでは無いけど、もしこのナノマシンが上手く作用したならこれから数日間で一気に彼の傷の状況は良くなるだろう。この束さんが1週間かけて開発した専用のナノマシンなんだからちゃんと聞いてくれないと困るんだけどね。

 

「どう思う? レーヴァちゃん」

 

『どうでしょう。彼の心意という力は私でも全てわかっているわけではありません。ただ想いの強さによって人間の限界を超える力である事と、生身での使用リスクが見ての通り非常に高い事、そして治りが普通の傷よりもずっと遅い事くらいです』

 

「いつだって強い力には代償が付き物ですか。それを躊躇いなく振るう事ができるのもまた1つの強さでしょうか」

 

「そうかも知れないね。でもそれは同時に弱さにもなる」

 

 誰かの為に力を振るう。それ自体はちーちゃんやいっくんだって同じ。だけどその根底には自分自身の為というものが少なからずあるのが普通な筈。でも彼にはきっとそれがないんだと思う。ただただ"誰かの為に"が独り歩きしているようにも見える。

 

『……昔の仁は、確かに自分の為に戦っていたんです。自分の為に、自分にとって大事な誰かを助ける。それが彼だったんです』

 

 そう言うレーヴァちゃんは、ウィンドウで姿をこちらに見せていないのにも関わらずとても悲しそうに感じた。

 

『アレ以来彼は"転生者"である自分を顧みなくなった。むしろ自分のせいで世界が狂わない様に必死になった。狂ったとしてもそれが周りに被害を与えない様に、その世界の住民を陰から守り続けた。何故転生を続けるのかも曖昧なまま、ただ繰り返しているんです』

 

 彼が眠っているからこそ言える事なんだろう。彼には自分を自分で見つけて欲しいと願っている彼女は、これを彼が起きている時には決して話せない。

 

『アレ以前の記憶を自ら知らずのうちに封印し、誰かと笑い合っていた自分を捨て、誰かを陰から守る自分を選んだ。今の彼も確かに彼ですし魅力的ですが、私は以前のよく笑う彼の方が、好きです』

 

 以前の彼に戻って欲しいというのは、きっと彼女のエゴなのだろう。だけど一番傍で彼を見てきた彼女のそれを誰が咎められるんだろうね。変わっていく彼を見て一番辛かったのは、間違いなく彼女なんだから。

 

『この世界は、最後の希望です。仁の周りに良い人が沢山いてくれるのは本当に久し振りなんですよ。ここで駄目だったら、私はもう希望を持てない。私自身またこうして喋れるとは限りませんし』

 

 そんな彼女は本当に人間らしさを感じる。他のISコアは多少なりどこか機械という認識を捨てきれずに人間になれないでいる。その中でも一等強く輝くのはやっぱりレーヴァちゃんだと私は思う。

 少し、悔しいけどね。私の娘達よりもずっと優れた娘だと言える子を目の当たりにするのは、科学者として少し悔しい。けど同時にここまで行く事ができるかも知れないという希望は感じる。

 仁くんは相棒と一緒に宇宙を飛ぶのは悪くないと言った。全部の娘達がそんな相棒を見つけられるのなら私は嬉しいし、そうしてあげたいと思っている。それこそこの2人の関係なんて理想と言える。……ゴーレムⅠのコアにした娘にも後でちゃんとフォローを入れておかないとね。無人機を作ったあの頃の束さんは今と考え方も少し違ったっていうのは言い訳にならないけど……。

 

「うん、頑張ってね。レーヴァちゃん。後ゴメンね。仁くんにもよろしくね。束さんも仁くんにできる事はなるべくやっていくつもりだから」

 

「またいずれ。今度は彼が起きているといいのですが……」

 

『はい。きっとすぐに起きますよ。中々しぶとい人ですから』

 

 その言葉に苦笑を返し、病室を後にする。ナノマシン効くといいなぁ。




 主人公寝たきり回。たまにはこういう別のキャラだけの視点回があってもいいかなと。
 セシリア視点なども書きたかった気持ちはありますが、それを言ったら何人分書けばいいんだという話にもなってしまうので、今回は更識姉妹と兎さんだけです。まぁ機会があったらという事で。
しかし白いなぁこの束さん……。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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心配されるのは慣れない

「ん……」

 

 どこだここ……。少なくとも俺の部屋でない事と、ベッドの上だろう事だけはすぐにわかった。俺の部屋の天井は真っ白ではない。

 閉められたカーテンから除く光は恐らく夕焼けの色だろうか。時間としては大体5時から6時の間といったところか。

 ふと左腕に重みを感じる。霞む眼で見てみると、布団に覆われている左腕を枕にするように、椅子に座ったままの誰かが眠っているのが見えた。誰かまでは右眼が霞んでいるせいでよくわからないがすぐに見えるようになるだろう。

 

『毎日来てくれていたんですよ。楯無さんやオルコットさん、布仏姉妹もですけど』

 

 何があったかは覚えている。記憶の混濁などは一切なく、あの無人機との戦闘後に意識を失っただろう事はすぐに予想できた。

 

「……そうか。アレからどれくらい経った?」

 

『2週間です。篠ノ之博士の医療ナノマシンが無ければ恐らくもっとかかっていたかと。確実に内側の回復は速まっていますが、一般的な数か所の骨折や裂傷はこれから回復にかかるでしょう』

 

 近くからレーヴァの声が聞こえる。

 

「……今度会ったら礼の1つでも言っておくか」

 

 そう呟いて身体を起こそうとするが上半身を起こすのがやっとだ。左腕が枕にされているのもそうだが、右腕が固定されているようで動かない。右足も同様のようだ。

 しかし未だに視覚情報が上手く入ってこない。寝起きの眼の霞程度ならそろそろ治ってもいい頃合だが。無理に両眼を使おうとするから駄目なのだろうか。霞み具合が酷い右眼だけ閉じて左眼だけを開く。

 

「……更識簪か」

 

 眠っていたのは更識簪だったようだ。尤も敵意も害意も感じなかったため相手が誰でもわざわざ退かすつもりも最初から無かったが。

 今度は固定されているらしき右腕を見る。

 

「……随分と大仰だな。確かにまだ相当に痛むが」

 

 右腕はガッチリと少し高い位置に固定され、殆ど動かす事ができない。心意の後遺症は色濃く残っているようで痛みも相当に残っている。

 

『あのエネルギーでの被膜装甲(スキンバリアー)は炎の熱の遮断くらいしかまともに作動しなかったので……心意はまともにダメージに繋がってしまいました。すみません』

 

「お前が謝る事じゃない。俺がやった事にお前は付いてきただけだからな」

 

 今度は右足を見る。こちらもやはり少し高い位置に上げられて固定されている。右腕と同様の感覚だがこちらの方が少々重いか。しばらくはまともに歩けない事は覚悟した方が良さそうだ。

 右半身の頬や胸、脇腹がヒリヒリするのはあの時の蒼い炎の後遺症だろう。右腕以外生身だったのだから充分に想像できる。

 

「なぁ、レーヴァ」

 

『なんでしょうか』

 

「視覚聴覚の共有は正常に働いているか?」

 

『はい。問題なく』

 

 それならば話が早い。未だに霞む視界の右眼をゆっくりと開き、問う。

 

「右眼の視界はどう見えてる?」

 

『……相当に霞んでいます。視力が相当に落ちていると考えるのがベターですね』

 

「まぁ、そうだよな」

 

 少々不便ではあるが、ISを展開さえすれば視界は360度クリアになるし問題はないだろう。視力がこれだけズレているのは面倒だから片眼だけ矯正してもいいし、何なら眼帯などでそもそも見えなくしてもいい。

 

虚像作製(ホロウメイカー)の使い過ぎってところか……。そうだ、最後遮断シールドに助けられる直前に酷く右眼が痛んだ。これに関係してるのか?」

 

『わかりません。私も仁の能力全てを把握しているわけではないので。ですが少なくとも遮断シールドが変形したのに関しては私は何もしていません』

 

 仕方ない事だろう。俺の身体の事で俺にわからないのならレーヴァにわからないのは道理だ。

 

「まぁ酷く不便ってわけでもないだろう。幸い左眼は今まで通りしっかり見えている。ハイパーセンサーがあれば極論両眼を失っても見えるしな」

 

『馬鹿な事を言わないでください。本気で怒りますよ』

 

「もう怒ってるだろうに」

 

 さっきから彼女の声音に怒気を感じるのは間違いなく勘違いではない。そもそもお説教宣言をしていたのだから彼女が内心穏やかなわけもない。

 

『……お説教に関しては簪さんがいるのでまた後日です。いい加減人に心配かけるのやめてください。私以外にも仁が傷つく事が悲しい人は沢山いるんですから』

 

「そうできたら、いいんだけどな。そういう人を守るために必要なら仕方ないんだ」

 

 右腕が完全に固定されていて指輪がハメれないためか、緊急的に左手にハマっているレーヴァを少しだけ見て、続ける。

 

「誰かに関わらないって事を諦めるなら、今度はその関わった相手を全力で守り通すだけだ。今回だって異常だったのはすぐにわかった。本来のこの世界であんな無人機が現れた場合どうなるか、思い至らない訳じゃない」

 

『どうでしょう。本来は簪さんが連れ去られるのが正しい歴史だったかもしれません』

 

「確かにわからないが、わからないなら全てに気を使うしかない。俺は大分前にそう決めた」

 

『自分がこの世界の異物だと思うのはいい加減にやめてください。それなら今ここにいる貴方は、貴方を心配してくれる彼女達は……一体何なんですか』

 

「……」

 

 言い返そうと思ったが、言葉が浮かばなかった。

 

「ん……ううん……」

 

「起きたか。そんな態勢で寝てると身体に悪いぞ」

 

「うん……え?」

 

 パチパチッと眠気眼を何度か瞬かせて、呆けた顔になる更識簪。

 

「起き……たの?」

 

「ああ。見ての通りだ」

 

「よ……よかった……皆心配してた、よ?」

 

「皆って言ってもアンタを入れても4、5人がいいところだろう?」

 

「ううん。1組の人も、4組の皆も、あと2組の凰さん、それに上の学年の人達も……心配してた。目を覚まさないんじゃないか、って……」

 

 今度はこっちが面食らってしまった。上の学年はともかくとして、1組や4組からとは予想もしていないところから来たものだ。

 

「守ってくれた人が……心配にならない訳、ない」

 

「……結果論に過ぎん。更識……楯無が来なければ俺はアンタら4組を守り切れていない」

 

「それでも、姉さんが来るまで耐えてくれた」

 

 しっかりとこちらの眼を見て、普段は弱気だった瞳を強く光らせ、力強くそう言ってくる。

 

「ありがとう」

 

「……礼を言われるような事じゃない。生徒会として、専用機持ちとして、生徒を守るのは当然の事だ」

 

「……お礼は素直に受け取っておけばいい」

 

 2週間前も同じようなやり取りを姉の方とした記憶がある。やはりこの2人は姉妹なのだ。

 

「あと……ごめんなさい。私達を守るためにこんな……」

 

「謝られても困る。俺がやりたいからやっただけだ。俺が動くのがベストだから動いただけだ。その結果として生徒に被害がなかったならそれでいい」

 

「……貴方も、生徒でしょ?」

 

『この人自分自身の事勘定に入れないんですよ。簪さん』

 

「おいレーヴァ……」

 

『既に仁が寝てる間にバラしちゃったので今更咎めても無駄ですよーっだ』

 

「お前なぁ……」

 

『恨むなら無茶ばっかりしてる自分を恨む事です』

 

「言葉が刺々しい……説教は後でじゃなかったのか?」

 

 そんなやり取りをしていると、簪がクスリと笑う。

 

「仲、いいんだね」

 

『相棒ですから!』

 

「まあな……しかしまた増やしてどうするつもりだ……」

 

『簪さんはいい子ですから』

 

「お前いい子云々で決めてるのか……? お前がいいなら別に構わんが……」

 

 やれやれ……。肩も竦められないため溜息1つで済ませる。

 

「まぁ、アンタも今日は1回帰るといい。時間も時間、本音も心配してるだろう」

 

「……そのアンタっていうの、やめて」

 

「む……」

 

 そうは言われても更識、では姉の方と被ってしまうか。

 

「簪で……いい。本音は本音って呼んでるんだし……」

 

「虚さんとの区別で名前で呼んでるだけ……あっ」

 

「それなら姉さんとの区別でもいいから……簪って呼んで」

 

『墓穴を掘りましたね、仁』

 

「やれやれ……わかったよ、簪」

 

 呼んだ瞬間ボンッと効果音がしそうなほど一気に顔が赤くなる。待て、そういえば一度姉の方から聞いたことがある。

 

「……更識家の女が名前で呼ばせる意味って確か」

 

「……失礼しました!」

 

 すぐにカーテンを閉めて出て行ってしまった。

 

『罪な人ですね仁』

 

「お前なぁ……」

 

 区別だ。また区別の意味だ。とにかくあのシスコンに知られたら間違いなくぶん殴られる。殴られるのは別にいいが下手したら部分展開すら視野に入る。

 

「また騒がしくなりそうだな……」

 

『帰ってきた証拠ですよ。諦めて受け入れるんです』

 

「やれやれだな……」

 

 どうせ動けないんだ。また眠ってしまおう。この時間から誰かが訪ねて来る事もあるまい。

 

 

 

 

 

 翌日、朝起きてもやはりする事はない。相変わらず動けるわけでもなし。

 

「ランラン起きたって~?」

 

 聞き慣れた声。2週間眠っていたとはいえ意識についてはこの2週間はほぼ一瞬だ。特に久し振りと思う事もない。

 

「珍しいな。こんな時間に起きて来るなんて」

 

「そりゃそうだよ~。昨日かんちゃんに聞いてから気になってたんだから~」

 

「まぁ、見ての通り未だ動けないけどな。大袈裟すぎる」

 

「大袈裟なものがありますか。それだけの重傷は滅多に見ませんよ」

 

 布仏姉妹。まぁ簪から情報が一番に行くのは本音だろうしこの速さは妥当と言ったところか。

 

「杖でもあれば歩けますよ。腕も左腕で大体の事はできるし、最悪部分展開でもいい」

 

「仁さんはもっと自分の身体を労わってください。貴方が眠っている間どれだけ皆心配したと思っているんですか」

 

「そうだよ~。たまにはのんびり休まなきゃ~」

 

「お前はのんびりしすぎだと思うが……」

 

「とにかく、しばらくはしっかり休む事です。お嬢様もそろそろ来ますので覚悟しておくことをお勧めします」

 

 覚悟……ああ、説教ね……。

 少し待つと保健室の入り口から更識が現れた。

 

「本当に起きてる……もっと休んでいてもよかったのよ?」

 

「まさか。ずっと寝てるのなんぞ性に合わん」

 

「そうでしょうね。さて、いくつか聞いておきたい事があるわ」

 

 当然拒否権なんてないだろう。

 

「まずその両腕の火傷、今回の件だけでできたものじゃないわね」

 

「ああ。夜の訓練の際に生身での炎の扱いを特訓していた。ロンググローブは一応それを隠していた。こうして問い詰められるのは目に見えてたからな」

 

 やっぱり。という苦い顔になる。

 

「次、あの異常な足の速さ……というか跳躍は?」

 

「企業秘密じゃ駄目か?」

 

「……話したくないならいいけど」

 

「簡単に話せないって方が正しいか。まぁ脳のリミッターを外す手段があるとだけ思っておいてくれればいい」

 

「……いつか話してくれるつもりは?」

 

「悪いが基本的にはない」

 

「そう……」

 

 包帯や固定具に包まれている右腕を軽く撫でられ、続けられる。

 

「確かにあの時は君がああするしかなかった。間違いなく事実よ。間に合わなかった私が何を言う資格があるなんて思っていない。けどね」

 

 怒りと心配が入り混じったような表情で、少しだけ泣きそうになりながら。

 

「貴方が傷付く事なんて誰も望んでいない。少なくとも今ここにいる私達は、君に傷付いて欲しくなんかない。これだけ一緒にいて、またわからない君じゃないでしょう?」

 

「……わかってる。さっきレーヴァにも言われた」

 

「それなら、なんでそんな平然としていられるの」

 

「守るために傷付く事は怖くない。俺1人が傷付くだけで何人も守る事ができたならそれは素晴らしい事だ。勿論死ぬのが怖くないとまでは言わんが」

 

 パァンッ! という音が部屋に響いた。同時に頬に熱い痛みを感じる。視界の先では更識が右手を振り抜いた態勢で止まっている。

 

「……君は自分を何だと思ってるの。自分を中身のない人形だとでも、捨て駒とでも思ってるの? いい加減にしなさい」

 

 今度こそ怒りの感情だけを表情に映し出し。

 

「それなら今こうして君を想っている私達は、君にとって何なの?」

 

 それを言われたらやはり言い返せない。俺がやっている事は俺の周りの人物の気持ちを蔑ろにするという事は紛れもない事実だからだ。

 

「……アンタにとって更識簪と俺の命を天秤に掛けた時、前者に傾くだろう。俺はその優先順位を守るだけだ」

 

「……本気で殴られたいの?」

 

 動かない右腕の代わりに左腕だけを上げて降参のポーズを取る。

 

「それは勘弁だ」

 

「私にとっての優先順位は確かにその通りよ。だけどだからってどちらかの手しか取れない時に君を切り捨てようなんて一切思わない。両方に手を指し伸ばしてこその学園最強よ」

 

「まぁ、アンタならそうだろうな」

 

 俺だって両方大事な人間なら両方助けようとする。それと同じだ。今回は俺と簪とで更識楯無にとっての優先順位を、俺が優先しただけの話。

 

『楯無さん。この人基本的に自己評価があまりにも低いんですよ。優先順位の話をして自分がその中に入っていたら間違いなく最下層に配置するくらいには』

 

「知ってる……知ってるけどここまでとはね……」

 

 とにかく、と一度区切ってから更識が続ける。

 

「もっと自分を見つめなおしなさい。君の復学にはもう少し時間がかかるし、生徒会としてもその間は謹慎を命じます。この機会にしっかり身体を休めなさい」

 

「了解」

 

「それと」

 

 今度は怒りの感情が一切ない微笑みの表情で。

 

「改めて、簪ちゃんを守ってくれて本当にありがとう」

 

「だから礼を言われるような事じゃねえっての……」

 

「またね~」

 

「しっかり療養してくださいね」

 

 という事で帰っていった。そろそろ朝のSHRだ。高学年の2人はともかく、本音は早く戻らないと出席簿を食らってしまう。

 

「やれやれ……」

 

『やれやれ。じゃないです。心配されていることをいい加減自覚してください』

 

「してるよ。してるから苦労してるんだ」

 

 心配されると()()()()()()()誰かを守るような事をすれば、今度はそれで誰かが傷付く。ままならないものだ。

 

 

 

 

 

「失礼しますよ」

 

 今度は聞き慣れない声。聞いた事はあるが滅多に聞く事はない。

 

「学園長……わざわざ一生徒の見舞いに来なくてもいいものを」

 

 IS学園長、轡木十蔵。初めて更識楯無と相対した時にその場にいた人物であり、普段は学園長の表向きの立場を妻に任せ、その立場を隠し用務員として学園の至るところで生徒を見守っている人だ。

 

「そうもいきませんよ。確かに普通ならば来ませんけどね」

 

「なら、なんで来たんですか?」

 

「まずはお礼をと思いまして」

 

 また礼か。と内心思ってしまうのは礼を言われるような事に慣れていないからだろう。

 

「我が生徒達を守ってくれて、ありがとうございます」

 

「生徒会として専用機持ちとして、当然の事をしたまでです。貴方や更識にはこうして学園で保護してもらっている恩もある」

 

「それでも、そういった打算を抜きにしても私は、更識くんの頼みを聞き入れ、君を学園に迎え入れたあの時の判断は正しかったと思えますよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 この人は本音以上に掴みにくい人だ。だがこれらの言葉が本心であることはわかる。

 

「ですが同時に、欄間くんも私の生徒です。無茶はあまりしない様に。わかりましたね?」

 

「……保証はできませんが、善処します」

 

「保証してもらえないと困るのですけどね?」

 

 齢70近く柔和な雰囲気をしているというのに、こういう時は妙な威圧感があるのがこの人だ。女尊男卑のこの時代でもこの人はそれに一切屈しない。まさに"強い男"と呼ぶべき人だ。

 

「……はい」

 

「よろしい」

 

 そう言って満足げに頷きながら立ち上がる。

 

「欄間くん。これからも私達は君の味方です。それを覚えておいてくださいね」

 

 それだけ言って去る背中を見ながらこの人には敵わないな。と改めて思うのだった。




 書けば書く程この仁人間らしさが無くなっていっているような気がする。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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姉妹の覚悟

 お気に入り100人突破、ありがとうございます。皆様のおかげでモチベーションの維持ができております。これからもその時書きたいものを書くという方針は変わりませんが、頑張っていきたいと思います。


 謹慎を申し渡されてから更に1週間。左手は利き腕ではないが二刀流を使う関係上常人よりはずっと上手く使えるため特に困る事もなく、傷の回復を待っていた。強いて憂鬱と言うのなら寝たきりだったため胃を落ち着かせるために食事が碌なものを摂れなかった事くらいか。最近はようやく普通に食事を摂れるようにはなったが。

 アレからも何人も見舞いに来ている。1組の面々が一部とはいえ来ているのは実際に見た時には驚いた。そんな表情が珍しかったのか皆一様に少々嬉しそうな表情だったのは勘違いではないだろう。

 見たところ見舞いに来るのは織斑派ではない生徒達と見受けられた。以前別のグループに居たり1人で居たりしていた面々だ。勿論織斑派の連中も来ない事はないが、俺が起きたという話を聞いて来た1回くらいだっただろうか。

 そして4組からも随分な頻度で見舞いが来る。生徒会の都合上顔と名前は覚えているため対応には困らないが、ここまで見舞いに来られると多少なりとも困惑してしまう。

 オルコットや布仏姉妹、凰に更識姉妹も非常によく来る。凰はやはり愚痴を吐きに来る事が多い。更識姉妹はやはりまだ別々にしか来ないが、まだ話せてないのかアイツら。

 

 あの時拡張領域(パススロット)に回収した無人機に搭載されていた未登録のコアはこっそりと篠ノ之束……の代わりにクロエ・クロニクルが突然現れて回収していった。織斑達が戦った無人機のコアも学園からいつの間にか無くなっていてもおかしくはない。更識にはその旨を伝えてあるが教師陣にはどう誤魔化したものか……。

 

「……そろそろ痛みも収まって来たな」

 

 右腕の固定は随分と甘くなってきており、痛みの方も相当にマシになって来ている。だが右足の方は未だに痛みが残っている。やぱり加速の心意は片足1本に全ての力を使う分負担がかかりすぎるようだ。

 心意によるダメージ自体は篠ノ之束のナノマシンのおかげか既に治っている。いつもよりずっと早いペースだ。残っているのは心意の二次被害である骨折と裂傷の方だ。そちらはIS学園の優れた医療技術によって随分と治りが早い。あと数日もあれば右腕は完全に回復するだろう。右足の方はわからないが。

 

 傷が治り始めた事でようやく出歩きも解禁だ。じっとしているのはどうしても性に合わなかったため僥倖と言えるだろう。右足はまだあまり動かないため杖の使用は免れないが、まぁ問題ないだろう。

 復学まではあと1週間程度だ。それだけあれば右足も随分とマシになるだろう。

 

 右眼の視力は相変わらず治っていない。両眼の視力があまりにも離れているため非常に見えづらいが、ベッドの上では眼帯を調達できるわけでもないため普段は右眼を閉じ左眼だけで視界を得ている。幸い右眼は髪で隠れているため閉じていると気付いている者はいないだろう。尤も時間の問題だろうが。片眼コンタクト等も思案しておいた方がいいかもしれない。

 

 なお現在レーヴァは相変わらず右手に付けられないため左の中指に収まっている。意味は『協調性を高める』指。レーヴァ曰くもっと他人の心配を理解しろとの事。

 

「とはいえ出歩きが許可されても特に行く場所ないよなぁ……」

 

 まぁ鈍った身体に火をくべる位はできるだろう。ベッドの傍らに立てかけてある杖を頼りに立ち上がる。

 

「とっと……中々慣れないな」

 

『慎重に、ですよ。今右側に倒れこんだりしたら悲惨な事になりますよ』

 

「わかってるよ」

 

 取り合えず生徒会室にでも顔を出すとしよう。今の時間は授業中で誰もいないだろうが保健室よりは随分と気分も落ち着くだろう。

 先に昼食を売店の方で買っておく。食堂に顔を出す気には少しなれない。

 ふらふらと杖を頼りに歩くのは経験がないわけではないがやはり早々慣れるものでもない。いつも何気なく歩いてるが片足が使えなくなるとこうも疲れるものかといつも思う。

 

「やれやれだな……」

 

 何とか生徒会室に到着。1年の校舎からも寮からも中々に遠いのは今の俺には堪える。

 扉を開けても誰もいないが、適当な椅子に座っておく。右腕は多少痛みも違和感もあるが問題なく動くため茶の1つでも淹れるとしよう。

 

「暇だな……」

 

『たまには暇もいいものです。私は起動時以外年中暇ですけど』

 

「暇には慣れてないからなぁ……」

 

 オルコットから聞いている話では授業の方は随分と進んだようだが、現状理解度としては問題ない。念入りの予習と更識と虚による勉強は実を結んでいるらしい。なので別に今参考書を開く必要性も感じなく、本当に暇というわけだ。

 

『やる事が仕事かお茶か勉強か訓練しかないっていうのは如何なものかと思いますけど』

 

「何とも言えんな。新しい知識を付けてみるのも悪くはないが……」

 

 そう思い生徒会室の本棚を何の気なく眺めてみる。ISの参考書、数学年分の教科書多種、整備関係の資料や本、その他諸々……。

 

「整備に手を出してみるのも一興か?」

 

 元々布仏姉妹の整備の様子を見てきたためそれなりの知識はあるが、ISをより理解するという点でも悪くないかもしれない。何よりレーヴァの整備が自分でできるようになるならそれはかなり便利だ。整備科3年と1年のエースである布仏姉妹がいればそちらに任せるのがベストだが、いない場合や緊急の場合は整備できないという点を鑑みれば俺も技術として覚えておいて損はない。どうせ学園の勉強レベルよりも随分と進んだところまで勉強してしまっていてマンネリしていたのだから丁度いいだろう。

 

「まぁどうせ暇だしな……」

 

 入門から取り敢えず手に取ってみる。覚えは別に悪くない方と自負している。まぁ基礎知識程度ならばこの1週間で身に付くだろう。

 

 

 

 

 

『仁。お昼ですよ』

 

「む……ああ、こうしてると時間が経つのは早いな」

 

 暇を潰すという意味では充分にいい手段だったらしい。普段実践を見てるだけあって知識を記憶の中の映像を結び付ける事で随分と覚えやすいのもまた利点の1つだ。

 カップの中に僅かに残った紅茶はすっかり冷めてしまったがぐっと飲み干す。それでも味は別に悪くない。

 昼休みとなれば恐らく誰か戻ってくるだろうが、まぁ構わないだろう。

 昼食を摂りながら再びIS整備入門の参考書を開く。

 しばらく参考書を読み進めていたら生徒会室の扉が叩かれ、聞き覚えのある声だったため、どうぞと促す。

 

「あら、もう出歩いていいの?」

 

「もう、って言っても起きてから1週間も経ってる。右腕も見ての通り使う事自体はできるからな……謹慎って言っても要は休暇だろう? 来ても別に構わなかったよな」

 

 まぁ最初に来るなら更識だろうとは思っていた。

 

「それは別にいいけど。整備の勉強?」

 

「ああ。暇すぎるからな。今できる事を暇潰し程度に探してた」

 

「向上心があるのはいい事だけどね……重傷ってこと、自覚してる?」

 

「なに、重傷と言っても学園の技術のおかげで治るまでそう時間もかからない。まだ杖は必要だが1週間もあれば充分動くだろう。何より暇だ」

 

「まぁベッドに寝てるだけなのが暇なのはわかるけど」

 

 話しながら杖を頼りに立ち、出したままだったティーセットを使って紅茶を淹れる。

 

「君、謹慎中だけど?」

 

「自分の分と、忙しい生徒会長様への差し入れだ。受け取っておけ」

 

「そう言われたら頂かないとね」

 

 2つのカップにそれぞれ注ぎ、片方を渡す。

 

「……うん。やっぱり君が淹れる紅茶はなんか落ち着くのよね」

 

「虚さんの前で同じ事言うなよ?」

 

 あの人は稀に学園長程とは言わないがかなりの威圧感を投げかけて来る事がある。以前の服を買いに行った時もそうだったが。

 

「さて、そろそろ真面目な話しましょうか」

 

「ああ」

 

 こういう時音が鳴るようにスイッチが切り替わるのが更識の凄いところだ。先程までの猫のように掴みどころを隠している感じは消え、真剣な表情に切り替わる。

 

「今回の件。無人機が2機襲来し、代表候補生及び男性操縦者を攻撃。君はその際に私と共闘するも1年4組を中心として生徒を守り名誉の重傷を負った。これが学園としての発表。包み隠さず本当の事が公開されたのは学園長と、記事を作った新聞部の方では薫子ちゃんのおかげね。相手の目的は攻撃対象のデータの収集あるいは捕獲が目的だったと考えてるわ」

 

 紅茶のカップに口を付けながら視線で次を促す。同時に生徒会室前に誰かがいないかとレーヴァに熱源探知を掛けさせる。む……。

 まぁ、彼女ならば問題ないだろう。むしろいい機会か。

 

「まぁそんなところだろう。篠ノ之束の予想もその辺りだった。黛さんには後で感謝の1つでも言っておくとしよう……どうせ見舞いと称して取材に来るしな。相手の特定は?」

 

「……こっちの立場に君を巻き込むのはなるべく避けたかったんだけど」

 

「もう手遅れだろう? まさか重傷を負わせられた原因を野放しにするとでも?」

 

「君ならそういうわよね……まだ不透明だけど、私個人としては亡国機業(ファントム・タスク)を睨んでる。あそこの一部隊とは私自身やり合った事もあるけど、中々の切れ者よ」

 

「まぁ、正解だろうな。こっちも篠ノ之束の予想と同じだ。現段階で篠ノ之束のラボを強襲することが可能で、そこの機器を使ったとしても無人機を真似る事ができるのは亡国だけだと睨んでいた」

 

 亡国機業。目的不明。篠ノ之束の予想があっているのならばISを完全な兵器として何らかのテロを起こそうとしている事はわかっている。第二次世界大戦時から存在している事を考えれば戦争屋としての活動も考えられる。そしてそうならば篠ノ之束の無人機開発の技術が渡ったのは非常に不味い。とこんなところだ。

 

「亡国に無人機の技術が渡った可能性が高い今、正直あんまりのんびりとしていられない。かと言って尻尾を掴めているわけじゃない」

 

「そっちは篠ノ之束があの時のコアから何とか割り出そうとしている。同時にコア人格のケアもしないと拗ねられて大変だ、とも溢していたけどな」

 

「やっぱり今の頼りは篠ノ之博士だけか……でも博士がこっち側に付いてくれてるだけでも御の字ってところかな」

 

「アレがあっちに回っていたら絶望的もいいところだ。正直アレと戦えと言われても俺は断るぞ。細胞レベルで人間辞めてる奴をどうやって切れってんだ」

 

 肩を竦めながら苦笑いを返される。

 

「んで、アンタはどうするんだ」

 

「ん、私?」

 

「今回2機目の狙いは明確にアンタの妹だった」

 

 更識の眼が鋭くなる。話の趣旨を理解したのだろう。

 

「もっと突き詰めれば恐らく狙いは学園の中でも戦力としてトップクラスで、暗部として嗅ぎまわるアンタの無力化。妹を人質に取ろうとした可能性が高い。今回それを受けたアンタはどうするんだ。と聞いているんだ」

 

 レーヴァと共有している感知感覚で扉の前の熱源が動くのを感じる。更に耳を澄ませようとして態勢を変えたといった感じだろう。更識は気付いていないらしい。

 

「……そうね。私と関わらないのが一番安全な世界で暮らせると思ってたけど、そうも言ってられなくなっちゃったものね」

 

 さて、どう結論を出す。

 覚悟を決めるように一度目を瞑り、そして決意の固まった眼を開ける。

 

「今度は私が守る。君は前に言ったよね。『大切なものはいつだって手の届く範囲にあった方がいい。手が届かずに取り零して壊れたらそれは必ず後悔することになる』って」

 

「……よくもまぁ何ヶ月も前に言った事を一字一句覚えてるもんだ」

 

「君が思ってるより私にとっては重い言葉だったもの。私は今回、君がいなければ間違いなく簪ちゃんを失っていた。今度は、私が手の届く距離に立って簪ちゃんを守る」

 

『……うん。いい答えです』

 

「そうだな。さて、それならまずは姉妹で仲直りしてもらわんとな」

 

 コトン。とカップを机に置き、もう一度ティーカップの用意をするために立ちながら。

 

「そういうわけだ。入って来ていいぞ」

 

「ふぇ!?」

 

 扉の前から上がる驚愕の声。まさか気付かれているとは思っていなかったのだろう。

 

「え?」

 

 ゼンマイ仕掛けの人形のようにギギギ……という効果音が似合いそうな動きで首を生徒会室の扉に向ける更識。そこには扉をバツの悪そうな顔で遠慮がちに開けている更識簪がいた。

 

「姉……さん……」

 

『楯無さんは簪さんの事になると途端に鈍くなりますよねぇ』

 

 と机の上にポンっと出てきたウィンドウの中のレーヴァが意地悪くくすくすと笑っているのを横目で見ながら、もう1人分の紅茶を用意する。

 

「き、気付いてたなら言ってくれてもいいじゃない!」

 

『言ったら本音を聞けないでしょう? 楯無さんはそういう時に変に意地張っちゃうんですから』

 

「だ、だからってねぇ……!」

 

「さて、後は姉妹水入らずといこうか」

 

 簪を座る様に促し、3つ目の紅茶のカップを簪の前に置く。

 

「ああ、参考書借りてくぞ」

 

 返事はない。余裕があるかと言われたらないのだろう。

 

『それじゃあ、頑張ってくださいね~』

 

 レーヴァの最後の一言にやれやれと頭を押さえながら退出。コイツ俺が真面目に更識と話している間にも笑いを堪えるのに必死という表情だったのだから質が悪い。ホントいい人格が付いたもんだよ……。

 

「ランラン~。もう寝てなくていいの~?」

 

「ああ。出歩き許可は出てるからな」

 

「それはよかったです。傷の治りも随分と早くなってきましたね」

 

 丁度生徒会室に来たタイミング。というような布仏姉妹に遭遇。

 

「……誤魔化しても無駄だからな?」

 

「……だよねぇ~」

 

 たはは~。と余っている袖に包まれている手を頭に当てて苦笑いを返す本音に、やっぱり、という表情でこちらも苦笑いの虚。生徒会室付近の熱源は3つあり、普段からよく知っている2人のそれの反応はわかりやすい。簪については彼女の右手中指に付けられている指輪状を待機状態とする【打鉄弐式】でわかりやすかった。

 

「……ありがとうございます。ようやくお嬢様方が踏み出す事ができました」

 

「ああいうのは多少荒療治の方がいいですからね」

 

「私達じゃ無理だったからね~。ありがとうね~」

 

「……まぁ一度お節介焼いちまったからな。やり切らないとどうにも気分が悪かっただけだ」

 

「素直じゃないんだから~」

 

 素直じゃないのは確かにそうかもしれないが、今していることは確実に今までの俺とは違う方向性のそれだ。自分でも多少なり戸惑っている部分はある。それでも躊躇い自体は無いのだから、レーヴァの言う以前の俺はそういう奴だったのだろうか。わからないが、それに近付くのも別に悪い気はしていない。

 

「取り合えず俺は保健室に戻る。変に動き回って右足が悪化するのは不味いからな。経過の方は任せた」

 

「任された~」

 

「はい。任されました。整備の勉強についても、息詰まったら呼んでくださいね?」

 

「勿論。頼りにしてますよ」

 

 虚にしても更識にしても人にものを教えるのが上手い。いざとなればわからない事を尋ねるのは別に恥ずかしい事でもないためお言葉に甘えて頼りにさせてもらうとしよう。

 さて、保健室に戻って参考書を読み込むとしよう。覚悟を決めた姉にその姉を知りたいと思う妹。まぁ経過の方は悪い事にはならないだろう。

 しかし杖は相変わらず歩きづらい……。




 なんかレーヴァがホントに意地の悪い子になってしまった。元々前作では仁がよく意地の悪い笑い方をしていたのを、人の見た目を得て真似てしまっていると考えれば中々いい感じと思いますけど正直そんな意図は無かったりします。でも後付けでもこれいい感じだなって思ったらそういうのって面白いですよね。

 更識姉妹の話し合いについてはどちらかの視点で書こうかどうかを迷っている段階です。勿論大筋の流れは変わりませんが、書かなかったとしても要望があったら番外的に後で追加しようかなとは思います。

 仁が赤い弓兵さんに似てしまっているのは一応偶然です。実は設定考えてた時点で似ている事には気付いていましたがそれ以外の設定を個のキャラで思いつかなかったのでそのまま行きました。

 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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生徒会の一人として

 さてはずっと書きたかった無人機戦書いて満足し始めているせいで書く事への積極性が下がってきているな? と自覚している私です。つべこべ言わず書いていきましょうね。


 更識姉妹の話し合いを仕向けてから三日程が経った放課後。アレから布仏姉妹から聞いた経過としては、無事上手い事いったらしい。そもそもあの2人が覚悟を決めた時点で話し合いする機会さえあれば上手くいくと確信はしていた。更識の方はもう簪を遠ざけるメリットがなくなったのだから自分に素直になり、簪の方は姉の本意を聞く事ができたため印象としては以前ほど悪いものにはなっていなかったのだ。それが腹を割って話し合って悪い方向に転ぶわけがない。

 この3日程は見舞いに来てはいないが、姉妹として空いた時間を埋めていると聞けば当然と言えるだろう。

 結果的に簪は生徒会に加入が決まったと本音は喜んでいた。そもそも生徒会は生徒会役員が推薦してそれが通れば加入が可能なのだから、仲直りした時点でこれはほぼ確定していたと言ってもいいだろう。生徒会室が賑やかになりそうだ。

 

 現在はと言えば整備の参考書を片手に見舞いに来たオルコットに織斑の経過について聞いていた。

 

「織斑の訓練の方はどうだ?」

 

「鈴さんも加わっての訓練ですが、相変わらずと言ったところです。物覚えこそいいのですけれど、基本的には直線的な一撃必殺です。仁さんと今もう一度やっても結果は変わらないと思いますわ」

 

「まぁ、易々と変わるようなものでもなければ、変えるべきと限ったものでもない。織斑にはアイツなりの戦い方があるだろうからな」

 

「いい加減織斑先生に助けを求めてもいいと思いますけれど、進言しても頑なに迷惑になると言って聞いてくれませんの」

 

 

 彼女の辟易とした表情からも読み取れるが中々苦労しているらしい。彼女は完全に理論派であり、対して織斑も凰も感覚派な方だろうから難しい点は確かにあるだろう。

 

「強くなるのに一番手っ取り早い相手を選ばないってのはわからないもんだな……キツイなら別に強要はしないぞ。凰も加わったなら降りても問題は……」

 

「いいえ。一度決めた事を辞めるのは癪ですわ。わたくしが辞めるとすれば織斑さんから拒否された場合くらいです。それに基礎に立ち返るのにはやはりうってつけですもの」

 

「そうか。本人がそう言うならこっちから止めるのは野暮だな」

 

 しかし凰を名前で呼ぶようになっている辺りそちらの関係は別に悪くないようだ。

 

「それよりも、仁さんはもう大丈夫ですの?」

 

「ああ。ようやく杖も必要なく歩けるようになった。ここの技術は本当に高いな。復学もそろそろだ。懸念事項はあったがそっちもクリアした」

 

 尤も、その懸念事項は怪我の事とかそういうものではないのだが。

 右腕は僅かに痛みが残っているが、中でも大きかった裂傷の傷痕が残っているくらいでほぼ問題ない。右足は杖なしだと未だに引き摺る形で痛みもあるが歩けるように放った。医療技術が高いにしても回復が妙に速い気がするが、恐らく()印のナノマシンの方の効果も色濃く出ているのだろう。

 

 事情を知っている生徒会の面々に新しくロンググローブを調達して来て貰ってあるので今はそれを両腕にしている。今度は右腕の問題で肩まで覆うものだ。変にそのままにして事情を知らないものに見せても心配をかけるだけだろう。今はまだこれでいい。

 

「それはよかったです。例の転校生が転入して来るという日までには間に合いそうですわね」

 

「こっちでも話は聞いている。フランスとドイツ。それも片方は男性操縦者と聞いている」

 

 生徒会長として、そして暗部の長として更識には相当量の情報が集まる。それらの情報は取捨選択してではあるが俺ら生徒会の生徒にも届く。届いた中から我らが1年1組に転校生が2名来るという事を聞いている。

 オルコットはイギリスとしての情報網だろうか。慢心もプライドも最低限を残して必要ないと切り捨てた彼女がイギリスから情報を仕入れるのは至極当然と言えるだろう。

 

「ええ。仁さんはどう思いますか?」

 

「俺個人としては、男性操縦者が新たに見つかったというのに妙に世間が静かなのが気になる。俺や織斑の時みたいにニュースにもなっていなければ生徒間にも噂としてすら流れていない。その点で妙だとは思っている。生徒会の総意としては、それを踏まえてフランスの方は警戒対象だという事になっている。生徒会長も情報収集に駆け回ってるよ」

 

 生徒会の仕事は何も資料整理やイベント主催だけではない。"生徒を守る"のが一番の仕事だ。学園に接触してくるものが危険だと判断したら排除に走るし、無害だと判断したのならその人間を生徒として守る。それを見定めるのも生徒会の仕事だ。

 

「オルコットはどう思ってる?」

 

「わたくしも概ね同じ、と言ったところでしょうか。あまりにも静かすぎますわ。最近のフランスはどうにもよろしくない話も聞きますし、警戒はしてしかるべきかと」

 

 フランスのよろしくない話。というのもフランスで一番と言っても過言ではないIS企業である『デュノア社』の動きがどうにも妙なのだ。ちぐはぐという印象が強いだろうか。欧州連合統合防衛計画『イグニッション・プラン』――現在イギリス、ドイツ、イタリアが時期主力機選定のトライアルに参加しており、イギリスが一歩リードしており、オルコットは実用化のための実稼働データのために入学してきたらしい――から除名され、削減された予算の点から第三世代機の開発が困難になっている事で何かがあったと生徒会では話している。

 あまり関係ないと思いたいが、デュノア社の社長の奥方が社長を差し置いて実権を握っているという話すら聞く。

 

「ドイツの方は……まぁ恐らく『イグニッション・プラン』の為にレーゲン型の実稼働データを合法的に取りたいってところか。第三世代機の方も組立には成功しているらしいしな」

 

「でしょうけど、あちらは軍での活動にISを多く活用していると聞きますし、少々不安ですわね」

 

「兵器としての使い方も勿論ISの使い方の一つだが、それを前面に押し出されていい気はしないな。まぁ何かあれば生徒会が動くだけだが」

 

 今回選抜されてきたのはドイツ軍IS配備特殊部隊の方からと聞く。オルコットがそこまで知っているかどうかはわからないがその懸念は確かだ。そこまで情報を仕入れてくる辺り更識は流石である。

 ISを兵器として扱うのは篠ノ之束のやり方(白騎士事件)が悪かったため仕方がないが、どうしてもそれを主張されてしまうとよくは思えない。

 

「まぁなるようになるだろう」

 

 結局のところどうなるかなどわからない。男性操縦者の入学で一波乱あるのは間違いないだろうが。

 丁寧に断りを入れてから部屋を出ていくオルコットを見送り、もう一度参考書を開いた。

 

 

 

 

 

「微妙に違和感はあるが……治ったな」

 

『こちらでも観測できています。問題ないかと』

 

「もう今日から復学するの?」

 

「許可は出ているからな。遅れは問題ないが動けるのに動かないのも性に合わん」

 

 数日後の月曜日の朝。保健室では無く寮の俺の部屋での活動の許可は少し前に出ていたので現在は俺の部屋。木刀片手に身体を軽く動かしていたところに更識が来ていた。

 

「足の方は多少違和感が残ってるがもう少しすれば治るだろう。本当にここの医療も篠ノ之束のナノマシンも凄いな」

 

「君自身の回復力が随分と底上げされてた筈だからね。その分内部的にはまだダメージが残ってる筈だから無茶はしないこと。わかったわね?」

 

「ああ。まぁそう何度も無理をするような事が起こってたまるか」

 

 ゴキゴキと首を鳴らして一つ大きく息を吐く。

 

「その通りだけど、どういう偶然か今日は例の転校生二人が来る日よ。一応気を付けてね」

 

「ああ。生徒会役員として最低限は見定めるとするさ」

 

 積極的に関わるつもりはないが、見定める必要はある。仕事は仕事としてしなければならない。

 

「あと、生身での炎の訓練はもうしない事。いくらなんでも危険が過ぎるわ」

 

「レーヴァにも止められたからな。流石にもうやらない」

 

『私は前々から止めてました。痛い目見ないとわからないんですか?』

 

「そう怒るなって」

 

 木刀を先から消滅させながら足をトントンと地面に当てて調子を確かめる。やはり何ヶ所も砕けていたためどうしても変な感覚は治り切っていない。

 右眼に関してはやはり視力が戻っていないが、わかった事がいくつかある。

 まず、右眼の視力だけは【虚像作製(ホロウメイカー)】を使用している間は以前と同様の視力に戻るという点。ISの情報を抜こうとしなければ痛みもそれほど酷いというわけではない。ただそれでも痛みは使用時間に比例して強くなり、10分が精々でそれ以降は痛みが最高潮を維持し続けるため難しい。

 そして使用中は基本的に動体視力も跳ね上がっている様だ。動いているものの動きが酷く良く見える。生身で戦う時があったらこれは便利な能力だろう。やはり普通に使うだけでは視力は下がらないらしく痛みに耐えられるなら相当便利な能力になっている。尤も長期使用すれば痛みでそれどころでは無くなるのだが。

 

「そうだ。簪ちゃんが君の話するとき、妙に熱が入る気がするんだけど、心当たりは?」

 

「……気のせいじゃないか?」

 

「目を逸らさない。あるのね? あるのね心当たりが?」

 

「寄るな。真顔で寄るな。今日は妙に扇子が出てこない辺りそもそも目星付いてるだろアンタ。右腕を構えるのを止めろ」

 

 扇子が出てこないのは本当に真面目な時。もしくは余裕が無い時か機嫌が悪い時。恐らく今回に至っては全部だ。

 

「前に簪ちゃんを名前で呼んでるの聞いたわよ? 更識の女を名前で呼ぶ意味知らない訳じゃないでしょう?」

 

「そこまでわかってて何でわざわざ問い詰めるんだアンタは……」

 

 観念するしかないらしい。

 

「……本人にアンタとの区別にそう呼べと言われただけだよ。こっちからどうこうって訳じゃない」

 

「それでも呼んでるんじゃない。私の事は名前で呼ばない癖に!」

 

「だからオルコットにしても何でそうアンタらは名前で呼ばれたがるんだ……」

 

「虚ちゃんも本音ちゃんも名前で呼ばれてる中で苗字って疎外感があるのわかる?」

 

「わかったわかった早口で捲し立てるのは止めてくれ。楯無と呼べば満足か?」

 

「わかればいいのよわかれば」

 

 そもそも"楯無"は襲名した名前であり本名ではないだろうに、そこまで必死になられると呼ばざるを得ない。こういう時にはさっさとこちらが折れてしまう方がいい。なお本名は未だに知らない。

 

「それじゃ気を付けてね。君上の学年からは評価高いんだから怪我したら結構大事なのよ?」

 

「今回でよくわかったよ。見舞いが1年より2、3年の方が多いとは思わなかった。黛先輩に動けないところをインタビュー迫られるのももう勘弁だ」

 

 肩を竦めながらそう言うと苦笑を返される。

 

「学年別個人トーナメントも近いんだから身体も鈍らないようにね」

 

 学年別個人トーナメント。生徒全員強制参加の学年別でのIS対決トーナメントだ。全員参加というだけあって係る時間は1週間という、1つの行事にしては非常に長い期間だ。各国の上層部やIS関連企業からお偉いさん方も身に来るというだけあって中々大規模な物らしい。確かに備えなければならないだろう。

 楯無は校舎の方へと向かっていった。俺もさっさと行くとしよう。織斑千冬の出席簿は勘弁だ。

 

 

 

 

 

「おはよ~ランラン」

 

「おはようございます仁さん。もういいのですか?」

 

「ああ。おはよう。足も多少の違和感以外はもう問題ない。そもそも完全に回復するまで謹慎っていうのがやりすぎなんだよ」

 

 席に着くといつもの2人から挨拶をされる。尤もよく顔を合わせていた相手であるため久し振りという感覚も特にはないが。

 感じる視線が以前と違ったものになっているのは勘違いではないだろう。少なくとも恐怖だとかそういう視線は殆ど感じない。

 周りはと見てみればどうやらISスーツのメーカーについての話がよく伺える。カタログ片手にワイワイと話し合っているのが見えるが、カタログを横から見る気にはとてもなれない。何せスクール水着のようなそれだ。そしてそれを着用するモデルは決まってスタイルもいい。目に毒という奴だ。

 

「そういや一般生徒はスーツの申し込み今日からか」

 

「よく覚えてるね~」

 

「生徒会役員としてその月の行事の日程やタイムテーブルは頭に叩き込んでいるからな。お前だってそうだろうに」

 

「勿論だよ~」

 

 こう見えて本音は意外にも基本的には真面目だ。行動速度は相当に遅いがそれも実はその気になれば行動は迅速。銃器の組立の際など普段の笑顔がなりを潜めて滅茶苦茶な速度で組み立てだすのだから驚くというものだ。分解の姉に組立の妹。得意分野が上手い事二極化している辺りお互いをカバーし合うという点では流石は暗部所属の姉妹といったところか。尤も本音本人は生徒会書記として所属しているのに『自分がいると仕事が増える』と言ってのけるが、そこまで無能と思っているものは生徒会には1人としていない。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃程度なら完全に受け止める事ができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」

 

 すらすらと説明をしながら教室に入って来る山田副担任。緊張に極端に弱いという点を除けばかつて織斑千冬と日本代表を競い合った彼女も間違いなく有能なのだ。普段は中々そう思えないのが玉に瑕だが。

 なお彼女には入学1か月半程の現在で既に『山ぴー』『山ちゃん』『マヤマヤ』『まーやん』といった感じで計8つ程の愛称が付けられている。1人の教師に付けられる愛称としては破格といっていいだろう。それだけ彼女がとっつきやすい教師であるという事が伺える。

 

「諸君、おはよう」

 

 そんな彼女による緩めの雰囲気は一瞬で引き締まる。織斑担任が教室に入って来る時は大体皆一気に真面目になる。誰だって出席簿を食らいたいわけではないのだ。

 

「今日からは本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

 先程ISスーツはスクール水着のようなそれと語ったが、この学園の指定水着もスクール水着だ。今時滅多に見ないだろう完全未改造クラシックのそれを使っている辺り医療技術の進み方と真反対でありこの学園はよくわからない。それはともかく下着姿はこちらからして困るので勘弁願いたい。興味があるかないかでいったら答えは無言を貫くが、俺とて枯れているわけでは無いのだ。こういう時は肉体年齢に引っ張られがちな精神年齢が邪魔だ。つまり困る。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

 眼鏡を拭いていたらしく慌ててかけなおした山田副担任がバトンタッチを受け取る。

 

「ええとですね、今日は何と転校生を紹介します! しかも2名です!」

 

「「「「えええええっ!?」」」」

 

 まぁ知らなければ当然の反応だろう。しかし意図してだろうが専用機持ちがよく集まるクラスだ。本来ならば学年別トーナメントを控えた今、各クラスに分散させるべきなのだが、1クラスに纏めて織斑千冬や生徒会によって監視しやすくするという意図が実によく見える。

 ざわめくクラスのドアが開かれ、2人の転校生が入って来る。片や小柄な身体に銀髪ロング、そして目立つのはやはり左眼の眼帯と、腰に鞘ごと用意されているナイフだろう。発する雰囲気は鋭く研いだ刃物のような、隠しきれていない戦場に立つ者特有の、死を見た経験もあれば死を与えた経験もある者のそれだ。

 彼女はドイツ軍IS配備特殊部隊『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』隊長にしてドイツ軍少佐、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 当然ながら生徒会の情報網にて調べ上げている。入学手続きの際にある程度の情報開示は必要なためそこからすっぱ抜いた情報を元手に調べた。

 見た目の特徴としてはクロエ・クロニクルに似ている。彼女よりやや小柄か。クロニクルが眼を開けたところを見た事が無いため瞳の色や目付きまで似ているかどうかは不明だが。

 

 そして片や人懐っこそうな顔に濃い金髪を首の後ろで束ねた華奢な身体の"男"。立ち姿は礼儀正しく顔立ちは中性的。世間一般から見ると美形というやつだろう。男と思えぬ程に筋肉は少なくスマートといった印象を受けるが、それらに比べると少しだけ胸板だけは厚い。どういう鍛え方をすればそんな事になるんだという疑問は野暮だろう。

 "彼"が例のフランスからの男性操縦者、シャルル・デュノアだ。デュノアという苗字からはやはりフランスの現状を考えさせられてしまい、自身の眼が細められるのを感じる。

 

『うーん……』

 

 レーヴァが唸っているが気持ちはわかる。

 

『女の子ですよねぇ……やっぱりどう見ても』

 

 皆まで言うな。わかっているから。

 

『やっぱり一波乱あるんですねぇ……』

 

 こちらとしても久し振りに頭痛薬に頼る必要が生まれかねないのは、それ自体が既に頭痛の種である。面倒事は一度始まれば連鎖してしまうものなのかとジワリと痛む頭を押さえた。




 久し振りの頭痛薬である。頭痛薬は友達。
 うちのセシリアは中々聡いですね。恋は盲目を地で行く原作より視野が広いのはまぁ彼女の現状的に当然な形かと思っております。
 そして日々増え続けるお気に入り登録、ありがとうございます。少しずつお気に入りの伸び方が目に見えてくるとやはりモチベが保ちやすいですね。承認欲求が満たされたいというのは二次を書く者は大小は有れど共通の認識だと思っているのでやはりありがたい。

 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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"転生者"の覚悟

 サブタイセンスを誰か私に下さい。


「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 にこやかな顔で、中性的な顔付きから想像のしやすいようなこちらも中性的な声。比較的女性寄りの声だが、最初から警戒していた者が少し注意深く観察すれば女性とわかる程度の男装とさえ気付いてしまえば不思議とは思わない。

 こちらを一瞬見たように見えたが、すぐに目を逸らされた。その一瞬でデュノアの瞳から読み取れたのは恐怖の色。瞬きの間に笑顔を取り繕ったようだが俺自身慣れてしまっている事もあり見逃さなかった。

 隣をチラリとみると本音も普段にこやかに細めている瞳を僅かに開き品定めといった様子だ。しっかりとこちらの仕事を欠かさないのはやはり彼女の美点の1つだろう。

 

「お、男……?」

 

 誰かがそう呟くが、俺や本音、そしてオルコットとその他僅かの勘のいい生徒以外は全員それを気にしているだろう。着ている制服は織斑や俺と同じ男用のそれであり、警戒していなければひとまずは男性として見ていた可能性は確かにある。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」

 

 ――そろそろか。

 頭を軽く押さえていた左手を下げ、そして机の下のあった右手を持ち上げ耳の位置にそっと添える。俺のその様子を見て本音も前回の反省といわんばかりに袖の余った両手を持ち上げる。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

「きゃああああああ――――!」

 

  両手で耳を強く押さえた直後に、押さえているのにも関わらず多少緩和されているとはいえ耳まで届く甲高い声達に少し顔をしかめる。

 1年1組名物音響兵器。前回間に合わずにまともに食らった本音は二度と飲み込まれ目を回すまいといつものフワフワした雰囲気とは違い、強く強く耳を押さえている。何故この音響兵器は発している本人達には影響が無いのか全くの謎である。

 

「男子! 3人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

 

「地球に生まれてよかった~~~!」

 

「爽やか系、クール系、そしてプリンスの3人! もう完璧!」

 

 押さえた耳の奥から小さくもなお届く女生徒達の声。どうにもこの1年1組の生徒達は中々妄想力の類の方に逞しく、俺みたいな排他的な男ですらそのターゲットからは逃れえぬらしい。男同士の絡みまでを脳内に展開する者すらいると聞く。今まで聞こえていたものを敢えて無視し続けてきたというのにこうも聞かざるを得ない形になると複雑である。

 騒ぐ女子達は織斑担任のぼやきと山田副担任の弱弱しい注意でひとまず静まる。そして次に注目が集まるのは当然もう1人の転校生だろう。

 ボーデヴィッヒは自分の番だという事を理解しているのかしていないのか、口を開かず腕組みをしたままクラスを詰まらなそうに一瞥し、今度はその視線を織斑千冬へと向けていた。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 織斑千冬は第2回モンド・グロッソの不戦敗の後引退宣言をし、IS学園教員になるまでの2年間の間に空白期間があった。彼女がその期間中何をしていたのかは不明。だがボーデヴィッヒの口振りや向ける視線からしてどうやらドイツ軍で働いていたと判断するのが適切だろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 実に簡素な自己紹介。それ以上何かを言うつもりはないという様に口を閉ざしている。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 織斑の時と異なり、クラスにはそれによって空気が砕けるような様子はない。軍人特有の空気というのは一般人にも大小の個人差は有れど緊張感を与える。そしてこの学園の生徒は一応はエリートだ。それなりに彼女からのプレッシャーを受けてクラスは静まっているのだ。

 

「! 貴様が――」

 

 視線の先は恐らく織斑だろうか。話が終わったとは到底言えないというのに織斑の方へ歩き出す。

 織斑の間の前にボーデヴィッヒが経った直後、バシンッ! という音が静まり返った教室に響いた。平手打ちだ。その動作にも随分と無駄がない。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

「いきなり何しやがる!」

 

「ふん……」

 

 織斑の前から去り、今度はこちらを真っ直ぐに見据えこちらに歩いてくる。

 

「何か、用か」

 

「貴様その眼、戦場を知っているな。死を知っているな。その手を染めた事が、あるな」

 

 やはりわかるものなのだろうか。俺自身彼女を前情報抜きに一目見たとしてもそれなりにわかったとは思うが。

 というかクラスの一般生徒がいる時にする話ではないだろう。この少女は随分とそういった部分の常識というものが欠落していると見えた。

 

「だとしたら、なんだ」

 

「ふん……極東の生温い学園と思っていたが、貴様の様な()()()()のものもいるとは面白い。どうせ同じ人でなしなのだ。精々私を楽しませてくれよ」

 

 織斑の時と同様言いたい事だけ言って空いている席に座り腕を組み目を閉じる。中々面倒な手合いの様だ。

 

「……本音やめとけ。()()はお前らしくない」

 

 目を向けるまでもない。いつもの雰囲気からは想像もできないプレッシャーを隣から感じる。俺の一言で()()はすんと鳴りを潜めるが、ほんの一瞬俺ですら薄ら寒いものを感じた。

 

「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 ぱんぱんと手を叩いて織斑担任が何とも言えない雰囲気になった教室に活を入れる。

 

「取り合えず男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。これから実習の度にこの移動だから、早めに慣れてくれ」

 

 取り合えず着替える前に頭痛薬を服用しておくとしよう。

 

「やれやれ……」

 

 着替える場所として候補に挙がる第8アリーナは他のアリーナと比べると少々校舎から遠い。制服の下にISスーツを着込んではいるため死角となる場所を見つけて制服を脱ぎ、その制服を拡張領域(パススロット)に放り込むだけでも別にいいのだが、この学校で死角になるといえば……生徒会室があるか。

 面倒事はできるだけ減らすに限る。第8アリーナまで行って戻ってくるのならそれなりの時間がかかり少々手間だ。今の時間ならば生徒会室に誰かいる確率は非常に低い。生徒会役員の特権として使わせてもらうとしよう。

 

『さっきの本音さん、普段とは比べ物にならないものでしたね』

 

「ああ。一瞬だが背筋が冷えた」

 

 生徒会室に歩きながら周りに聞こえない程度の声で返す。念話の様なやり方も別に悪くはないが口に出す方が楽だ。

 

『アレが暗部としての本音さんですか』

 

「俺も初めて見たが、成程中々どうして暗部らしいじゃないか」

 

『共有視界からじゃなく指輪から見ましたけど、凄い鋭い眼でしたよ。虚さんが怒ってる時を想像するとわかりやすいでしょうか。流石姉妹ですね』

 

「普段細眼だし開いても優しげな眼をしているが、あの姉妹は中々侮れないのはわかってた。とはいえ普段の方も作ってるわけじゃない本音本人だ。どちらかと言うとさっきのが後付けの部分だろう」

 

『でしょうね。まぁこれ以上気にする事でもないですね。本音さんの新しい一面を見れたって事で1つ』

 

「そうだな」

 

 などと話しているうちに到着。当然ながらこの時間は鍵もかかっているし扉を開けても誰もいない。稀に楯無が難しい顔をして座ってたりもするがまぁ稀だ。生徒会役員にだけ渡されている生徒会室の鍵を使って開けてしまう。

 

「さっさと着替えるとしよう」

 

 と言っても制服を脱ぐだけだ。ISスーツは素材の優秀さと機能美に溢れている関係上下着代わりに着込むのも選択肢としてはありだ。むしろ女生徒の殆どは制服の下にISスーツを着ているらしい。何よりこういった着替えの機会が楽だ。

 

「……お前一応女性人格だよな」

 

『今更ですか?』

 

 まぁ確かに今更だ。今更恥じる様な関係でもあるまい。尤も普段からシャワーや風呂などの際は指輪状の彼女を外して外に置いてあるのだが。盗まれる事など考えると少々危険ではあるがその時は彼女との感覚の繋がりで気付く事自体はできるためまぁ大丈夫だろう。

 

『そもそも制服の下に着こんでるISスーツになるだけなんて見ても……』

 

「残念ながらそういうのが好きな奴もいるんだよ。全く持って不可解だが」

 

 そういった人間がいるのも確かだ。彼女は違う様で安心した。

 話しながらでも当然ながら制服を脱ぐのは手早い。

 

「格納頼んだ」

 

『はーい』

 

 手の中から制服が眼には見えないが素粒子まで変換されて消える。最早見慣れた拡張領域への格納だ。一応ISスーツを拡張領域に初めから拡張し、ISを展開する時に制服を量子変換し代わりにISスーツを同時に展開するという事も可能ではあるがアレはISのエネルギーを消費する。生身で着替えるのが無難だろう。

 

『しかし酷い傷痕ですね』

 

「そうだな。まぁ傷痕を気にする程女々しくはないし、見られて恥ずかしい様なもんでもないだろう。変な目で見られる事はあるかもしれんが」

 

 右腕と右足の心意によってできたいくつもの裂傷痕は残してある。生体癒着フィルムを用いれば痕は綺麗さっぱり無くなるらしいが、あまり興味がなかった。そもそも普段全身タイプのISスーツで隠れている部位をそう気にする事もないだろう。尤も女性ならば傷を残したくないと思うのは当然なのだからそういった技術は素晴らしいのだが、俺は別に女性ではない。散々怒られたことへの戒めの側面もあるにはあるが。

 ロンググローブは付けたままだ。少々ISへの伝導率が下がると火傷が露見するより以前に楯無には言われたが慣れているし、そもそもレーヴァがこちらに合わせてくれる関係上俺にはISスーツは不要と言ってもいい。万全にしておくに越した事はないし、レーヴァの負担を少しでも減らす事を考えるとISスーツを使う事が安定なだけだ。

 

「さてと……ん?」

 

 生徒会室の扉がコンコンとノックされる。こんな時間に来客とはまた珍しい。時間もそんなにあるわけでもないためさっさと対応してしまうか。

 

「どうぞ」

 

「私だよ~」

 

「本音か。ノックなんて珍しいな」

 

「たまにはね~」

 

 そう言いながら入って来る。彼女も既にISスーツに着替え終わっており、着替えてからこちらに来た事が伺える。

 グラウンドは当然ながら外にあるため、1年の教室から見れば校舎内の生徒会室から真逆だ。そんな場所にわざわざ来るという事は。

 

「どうした、忘れ物でもあったか」

 

「ううん。違うよ~」

 

 それならどうしたというのか。

 

「ちょっと真面目な話いーい?」

 

「構わんが……話するためにわざわざ来たのか?」

 

「そうだよ~。皆いると話しにくいからね~」

 

 よくよく見ると少々表情が硬く見える。笑顔を保ってはいるがどちらかというとさっきの彼女のそれだ。成程、そういう話か。

 

「ランランは、人を殺した事があるの?」

 

 間延びした話し方ですらない、本当に真面目な声音。極稀に聞く事はあったが本当に極稀だ。

 

「お前に嘘なんて通用しないのはわかってるよ。答えはイエスだ。お前達と出会うずっと前に、な」

 

『ちょっと、仁……』

 

 今生の話ではないが確かにある。

 

「やっぱり、そうなんだ」

 

「薄々勘付いちゃいただろう?」

 

「……うん」

 

「罵ってくれてもいいし蔑んでくれてもいいぞ。今まで接して来たのは、そういう男だ」

 

「ううん。そんな事しないよ。ランランは優しい人って知ってるから」

 

「"優しい"の定義がどんなもんかわかったもんじゃないけどな」

 

「誰かのためだったんでしょ? わかるよ?」

 

「……どうだろうな」

 

 今日の本音の表情は実にコロコロと変わる。普段の笑顔だけではなく、悲しそうだったり、微笑んだり、または悲しそうに微笑んだり。

 

「……さっきの私、どう思った?」

 

「一瞬寒気を感じたが、暗部にいるならアレくらいじゃないと駄目だろうさ。むしろお前がフワフワしてるだけじゃなくて安心した」

 

 本当のところは、この少女に闇の部分など本当に務まるのかと不安に思う事はよくあったのだ。稀に見る暗部としての彼女の事を知らなかったわけでは無いが、今日は一等それが引き立った。だから俺は安心した。

 

「ただ、俺のためにアレを見せるのはよろしくない。お前は学園では本来のお前らしくほんわかした小動物で通ってるんだから一般生徒の前では抑えておく方が無難だ」

 

 本音は眼を見開いて面食らったような表情になった。これもまた彼女としては非常に珍しい表情だ。どこか新鮮で少し面白い。笑わないと言われるが俺とてちゃんとそういった感情は持ち合わせている。

 

「……うん。そうだね」

 

「俺がお前を怖がるとでも思ったか? 見くびるなよ、仮に怖がったとしても一瞬に過ぎないだろうよ」

 

「え~? 一応暗部なんだけどな~」

 

 ああ、やっぱりこっちの方が彼女らしい。

 

「馬鹿言え小動物系女子。時間もないしさっさと行くぞ」

 

「うん~」

 

 ほんの小さく聞こえた「ありがとね」というか細い声は耳に妙に強く残った。

 生徒会室の鍵はキッチリと閉めてグラウンドへ向かう。本音はどこかご機嫌といった感じだ。

 

「ねえ、ランラン」

 

「なんだ」

 

「もし、私達が危なくなったらランランは、殺すの?」

 

「……ああ。殺すよ。敵は切る。俺はお前達を、守る」

 

「……そっか」

 

 既に彼女らは俺にとってあまりにも大きすぎる存在だ。転生者が関わり過ぎると危険だとしても今更関係を切り捨てる事など考えられない。それならば俺は関係を作ってしまった責任を持って彼女らを守るために戦うだけだ。

覚悟など遠の昔に決まっている。守るためになら殺す。"敵"は切らなければ、守りたいものは守れない。誰かを守るという事は誰かを傷付けるという事に他ならない。それを理解した上で、その覚悟を昔に決めた。

 自分のためなどではなく誰かのために、手を血で汚す事など、構わない。"欄間仁(転生者)"は、そう決めている。




 正直のほほんさんが書いてる上で一番難しいところあります。
 うちののほほんさんは随分と暗部らしい感じになってますね。書いてたら勝手にキャラの方向性ってある程度決まると思っています。私のとこではプロットが息をしていないのが理由の一つではありますけどね。
 作品の数だけ同じキャラでも違う側面で見られるのは二次の面白いところですよね。駄会長な楯無さんも真面目で強い楯無さんもどっちも私は好きなように、キャラの魅力はある程度失われないのもいいですよね。個人的にはキャラは壊れ過ぎない程度で魅力的に仕上げるのが理想だと思っています。私の作品は魅力的に書けているといいんですけど、中々難しいものです。

 仁のキャラは過去を語っていないため大分突拍子もない感じになってしまっているのが少々痛いですね。これからもっと固まっていくと思いますのでこうご期待といったところでしょうか。

 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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歩行訓練と空への興味

 第2グラウンド。1組と2組の生徒が集まりそれぞれ整列をしている。どうやら列自体の並び順は自由の様だ。少々遠いところから出席簿で頭を叩かれる音と凰の悲鳴が聞こえた気がするがまぁ気にしなくてもいいだろう。

 

「では本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

 

 人数としては単純に普段の2倍。織斑担任の言葉に帰っていく返事も当然2倍。人数の問題もあり中々気合が入っているようにも聞こえる。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの10代女子もいる事だしな。――凰! オルコット!」

 

 オルコットは恐らく巻き添えではあろうが、本人はあまり気にせずに返事を返したようだ。

 

「専用機持ちはすぐに始められる。デモンストレーションには持って来いだろう」

 

 実際その通りだろう。どうしても訓練機では起動までに時間がかかるしそもそもISの戦闘では起動時間が命。一般生徒では少々荷が重い。

 織斑担任の耳打ちで妙に凰に気合が入ったが、大方織斑にいいところを見せられるなどと言ったのだろう。

 

「それで、相手はどちらに?」

 

「慌てるな。対戦相手は――」

 

 キィィィン……という音が近付いて来る。空気を裂く音がとんでもない速度で向かって来ている。端的に言えば危険である。

 

「ああああーっ! ど、どいてください~っ!」

 

『どうしてあの人は緊張するとこうポンコツ感が……』

 

 やれやれと向こうの景色の方でレーヴァが頭を振ったと同時に視点が高くなりISが展開されたのを確認しながら跳躍。

 

「まぁ実力はこれから見れるだろう……っと」

 

 ドンッ! という音と衝撃と共に空中で飛来()の両肩を両腕で受け止め、衝撃を流しながら地面に着地する。

 

「……山田先生。取り合えず深呼吸からしましょうか」

 

「ら、欄間くん……? ああっごめんなさい怪我はありませんか!?」

 

「ありません。危険なんでもう少し緊張は解してください」

 

「は、はい……すーはー……」

 

 その間に彼女の肩から腕を外しISを待機状態にしながら元の位置に戻る。

 

「やれやれだな……」

 

「ナイスキャッチ~」

 

 さて、山田副担任が身に纏っているのは【ラファール・リヴァイヴ】。教師用の機体として少々手は加えられているが基本的には本来のそれと変わらない。

 

「山田先生はああ見えて元日本代表候補生だ。相手に不足はなかろう?」

 

「む、昔の事ですよ。それに候補生止まりでしたし……」

 

 候補生止まり、と言ってもあまりに相手が悪すぎただけである。なにせその時期の日本代表は今その発言をした織斑千冬本人だ。化物と人間ではスペックに差がありすぎる。

 

「成程山田先生ですか……確かに相手に不足はありませんわね」

 

「え? あの、2対1で……?」

 

「安心しろ。今のお前達ならすぐ負ける」

 

 負ける。とは言うがそもそも慣れていない相手とペアを組む事自体が本来ハンデだ。オルコットは少々不満そうな顔をするが、凰はむしろやる気になったらしい。

 

「では、はじめ!」

 

 山田副担任の眼が鋭く冷静になる。アレが操縦者としての彼女なのだろう。

 先制攻撃はオルコットの射撃。簡単に回避され続く凰の【双天牙月】による特攻もひらりひらりと躱されている。

 

「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をして見せろ」

 

「あっ、はい」

 

 まぁお誂え向きだろう。何せラファールはフランスのデュノア社の開発品だ。

 

「山田先生の使用されているISはデュノア社製【ラファール・リヴァイヴ】です。第二世代開発最後機の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装(イコライザ)が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、7か国でライセンス生産、12か国で正式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばない事と多様性役割切替(マルチロール・チェンジ)を両立しています。装備によって格闘・射撃・防御と言った全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティ―が多い事でも知られています」

 

「ああ、一旦そこまででいい」

 

 要は汎用性が高く操縦しやすいため便利であるという点に収束する。IS学園でもラファールは生徒が借りる事のできる訓練機として用意されており、防御力の【打鉄】、汎用性の【ラファール・リヴァイヴ】として生徒間の好みは分かれている。

 

 さて、戦闘の方はと言えば凰が落ちたようだ。中々決定打を与えられてはいないようでオルコットは非常にやりづらそうにしている。

 実際山田副担任が現役時代に使っていたのは【ラファール・リヴァイヴ・スペシャル】こと【幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)】と呼ばれる機体で巨大なシールドが4枚ウィング状に繋がっているのが特徴のラファール系列の機体だ。本来に近い機体に乗っている彼女は相当に強いのは見ればわかる。

 何より彼女はそのシールドを用いた防御偏重の射撃型。レーザービット4機含む全ての射撃をシールドで弾き、もしくは回避し反撃の射撃を確実に当てる。少なくともオルコットにとっては超近接型と同レベルでやりづらい相手だろう。

 

 尤も一番の差があるのは経験値の面だろう。オルコットの回避先は悉く読まれている。射撃の癖もどうやら完全に読まれている様だ。

 回避先を射撃で誘導。そして射撃に意識が向ききったところでグレネードやブレードによる強襲。アレは中々対処できるものではない。などと言っているうちにオルコットも撃墜。相手の実力を鑑みれば健闘したと言えるだろう。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意をもって接するように」

 

 実力は理解できただろう。と言っても山田副担任はまだ全く持って本気ではない。【銃央矛塵(キリング・シールド)】と呼ばれた彼女の本来の戦法は例の4枚の巨大シールドの有線接続操作によって相手を閉じ込めた上での内部への乱射、それによって起こる跳弾で相手を全方位から撃ちまくるという【絶対制空領域(シャッタード・スカイ)】と呼ばれる正直どうしようもない戦法だ。相手が織斑千冬でなければまず速攻でシールドエネルギーが消し飛ぶだろう。俺とてそんなことされればまず無理だ。

 尤もノーマルのラファールではそれができないため本気も何もあったものではないのだが。

 

「専用機持ちは織斑、オルコット、欄間、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では7人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな? では分かれろ」

 

 まぁそんな事だろうと思った。織斑担任が言い終わるや否や織斑とデュノアの元に2クラス分の生徒が一気に詰めかけて来ているのを他人事の様に眺める。実際俺のところに集まる生徒は極少数なので本当に他人事なのだが。

 これでは7人グループどころか数10人グループ2つ+αの残り4つのグループになってしまう。と織斑担任が額を指で押さえながら声を張り上げる。

 

「この馬鹿者共が……。出席番号順に1人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100週させるからな!」

 

 それは死ぬのではなかろうかというかそもそもそんな事できる人間など世界広しと言えどアンタと兎だけだろうに。

 

「やー偶然偶然~」

 

「本当に偶然なんだろうな……」

 

 集まったのは偶然にも俺の見舞いに来た事のある面々が多い。元々顔と名前を結び付けて全生徒の事は覚えているが、そういった者は顔を見る機会が多かったため当然だが特に記憶に強い。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を1班1体通りに来てください。数は【打鉄】が3機、【リヴァイヴ】が4機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

 どうやら山田副担任は自身を取り戻したらしく随分としっかりしている。普段からこうならば彼女もそれらしい感じになるのだが。

 

「確か本音はラファールがお好みだったか。打鉄の方がいい奴はいるか?」

 

 特に異議なし。という事でいいだろうか。

 問題なさそうなのでラファールを借りて来る事にする。まぁさっさと動いた方が当然ながら訓練時間も伸びる。運搬は展開許可の下りているそれぞれのISの筋力ブーストを借りる。

 

『これだけ煽情的な格好の女生徒達を見て何とも思わないのってどうなんです?』

 

「何とも思わんように意識しているだけだ……こちとら精神年齢が肉体年齢に引っ張られるせいで厄介でしょうがない」

 

 レーヴァの言う通り全員ISスーツ。つまり旧スクール水着のような身体のラインがくっきりとわかってしまうような恰好なわけだ。しかも旧スクール水着の負荷がかかりやすい部位を切り取り負荷を分散させたという事で、両足付け根の付近、腰の少し内側の股関節部位に穴が開いている。

 俺の物もそうだが首元にはインテリジェンスタグに組み込まれたバイタルモニターがある事と、脚部保護ウェアに固定用の電圧スイッチ付きのタグが付いているのは旧スクール水着と異なる点だが、現状それはレーヴァの言にはまるで関係のない事である。

 

 何が言いたいかというと非常に眼に悪い。右眼がぼやけている事に感謝することになろうとはだれが予想できたか。むしろ肉体年齢ではなく精神年齢に精神が比例してくれていれば何とも思わなかったものを。

 

「さて……と」

 

 周りはと見れば織斑のところは織斑に言い寄っている女性ばかり、デュノアのところはデュノア以外出席簿で全滅。オルコットはスムーズに始まっている様だ。凰は相変わらずの感覚派故上手い事伝わっていないように見える。問題はボーデヴィッヒのところだ。全く持って訓練が始まっているように見えない。ついでに口数なんて1つとしてない。予想はしてたが。

 

「まぁさっさと始めるとしようか。取り合えず基礎として装着、起動、歩行までだ。飛行は時間が余ったらやる事にしよう。飛びたい奴がいるなら頑張って時間を残すといい。最初は……まぁ本音に見本やってもらうか」

 

 本音は整備科だが当然ながらISの操作もできる。尤も操縦をするのは稀ではあるが。

 

「よいしょっと~」

 

 しゃがんだ態勢で停止しているISに乗り込み、身を預けるように装着する。フィッティングとパーソナライズの機能は停止しているため勝手に一次移行(ファーストシフト)が行われてしまうという心配も必要ない。

 装着後は起動。こちらはまぁ意識の問題だ。ISを動かすというイメージをISが読み取り起動する。ISを操縦するのに最も必要なのは例外なくイメージ力だ。

本音は歩行まで問題なし。本人曰く久し振りの実操縦と言うがそうそう鈍るものでもないようだ。

 

「ああ、しゃがんでから降りろよ。さもなくばああなるぞ」

 

 織斑が女生徒をISの筋力で抱えて訓練機のコックピットに運んでいるの指差す。

 

「ランランになら別にいいんだけどな~?」

 

「お前な……」

 

 本音には言う必要などないかもしれないが、他の者もいるし念入りだ。

 

「さて、次は……」

 

 割とスムーズに進んでいく。やはり全世界から集まるエリートなだけはあり中々起動までは滞りが無い。中にはイメージが苦手なのか歩行まで行くと少々もたつく者はいるが最終的には問題なく歩行を行う事ができている。

 

「最後は夜竹さゆかか。時間は……」

 

『授業時間残り10分程度です。充分悪くない進行でしたね』

 

「ここで時間が変にかかる事が無ければ飛行もやりたい者はできそうだな」

 

 夜竹さゆか。小柄な身長に見合った控えめな体系、そして腰ほどまで伸びている艶のある黒髪が特徴的と言えるだろうか。何度か見舞いにも現れていた中の1人でありどちらかと言うと大人しいタイプ。クラスでは誰かとグループしている事もあれば1人で読書している事もある。どちらかと言うと後者が多い印象だ。

 本人は「特徴が無いのが特徴です」と言っていたが、それを言ってのける辺りが既に彼女の特徴と言ってもいいのではなかろうか。

 

「よろしくお願いします」

 

「そうかしこまるもんでもないだろう。どうせ俺がやるのは少しの口出しだけだし」

 

「一応?」

 

「何故疑問形なんだ」

 

 しゃがんだ状態のラファールに近付き乗り込もうとする夜竹だが……。

 

「……どうした?」

 

「なんか高いような……」

 

「む……?」

 

 確かに前の者はラファールをしゃがませた状態で降りたはずだが……。

 

「……ああ、成程」

 

「?」

 

 要は彼女が小柄である関係上、前の生徒の背丈が高かったせいでしゃがんでも彼女にとっては微妙に位置が高くなってしまったという事だろう。本人的には不名誉だろうし声には出さんが。

 

「……まぁ仕方ない。俺が一旦乗って位置を調整するか」

 

「抱えて乗せないの?」

 

「俺に抱えられるメリットがあるか?」

 

「……強いて言うなら時間短縮かなって」

 

「……まぁ確かにいくらか手早くはなるが」

 

 順番を考えなかった俺の責任でもある。アレだけ時間をなるべく残そうと言っていた手前変に時間がかかる方法を取るのも、なんというかこう、気分的に微妙だ。

 

「……減るもんでもあるまい」

 

『こういう時断れないのって男性的にどうなんですか?』

 

 やかましい。

 

「……いいんだな?」

 

 頷くのを確認してからフル展開したままのレーヴァテインで横抱きの形で抱え上げる。言い方を変えればお姫様抱っこというやつだ。何かの意図があるわけでは無く一番抱え上げやすいのがこの形なだけだ。勿論抱え方は他にもいくらか存在するがまさか臀部に触れるわけにもいくまい。それなら触れる部位が比較的まともで健全なこれがベストだ。

 ……レーヴァ、間違っても炎は吹かすなよ。

 

「……生身でも軽く持ち上がりそうだなアンタ」

 

 モニタの1つに現在使用中の筋力が数字となって表示されているのだが、"どれくらいの重さのものを持ち上げているか"を数字として出しているのだ。つまり~kgといったようにだ。要は現在ISスーツしか身に纏っていないため夜竹の体重がほぼダイレクトにわかってしまうわけだ。ISと言うのは変なところで便利というかプライバシーと言う言葉が存在しないというか。

 そして彼女は本音に比べて少しだけ軽い。本音を生身で背負っても軽々持ち上げられるのなら彼女も余裕で抱えられそうだ。本来見るべきもの(ステータス)ではないが見えてしまったものは仕方ない。

 

「女子のおだて方がわかってるね」

 

「こんなとこにいれば嫌でも女の基本性質なんて理解する……とはいえ別におだてたわけじゃないが」

 

 思った事を言っただけであり別におだてるつもりはなかったわけだが、夜竹本人は微笑んでいて気分悪そうでもないため彼女の言は軽口程度のものなのだろう。

彼女とて美人と言っても過言ではない容姿をしているためその微笑みは本来相当の破壊力を誇るはずだが、確かに美人だとは思うが頬を赤らめる等のそういった"年頃の男"の反応は俺は一切起こらないようだ。慣れてしまっているのもあるが、元々恋色沙汰には興味が無いのが原因だろうか。だというのに枯れているわけでは無いのが非常に矛盾かつ邪魔であるが。

 

「気を付けて乗り込めよ。この態勢からは少し危ないからな」

 

「うん」

 

 こちらも充分に注意をして夜竹をコックピットに降ろす。

 それ以降は問題なく進んだ。夜竹は今回の班の中でも筋が悪くないようで歩行までがスムーズだった。本音が最も手馴れているのは当然ではあるが次点では夜竹であっただろう。やはりイメージ力は読書等そういった事を普段している者の方が付きやすいのだろうか。

 

 さて、時間もまだ余っているためあとは飛びたい者がいればそちらを手伝うだけだ。飛びたい者がいるかどうか呼びかけてみれば意外にも皆空に興味があるらしく班の大半が挙手する。夜竹もその中の1人だ。残り8分程度だがまぁ充分時間はあるだろう。

 本来の使い方に興味があるのはいい事だ。俺としても相棒と同じ種類のものを兵器として扱われるのを見るよりはずっと気分がいい。こういう者が増えてくれればいくらか気分も楽になるのだが。と思いながら残りの時間は皆に空を満喫してもらった。




夜竹さゆかさんは原作の方の容姿です。というかアニメ版未視聴なので必然的に原作に寄ります。セリフがあまりにも少ないので性格面は想像に過ぎませんが。
たまには所謂モブ勢にもスポットライトが当たってもいいと思うんですよ。折角容姿設定はされている事ですし、それも秀逸なものが。ということで夜竹さんの出番と相成りました。
夜竹さんの容姿の事考えると、仁は記憶があったら某時間遡行者の子の事思い出してそうですよね。この仁は彼女とはそこまで深い関係にはなっていない、もしくは彼女が転生には付いて来る事ができなかった。という設定の仁ですけどね。容姿が似ている夜竹さんスポットを与えたのは別にそれを意図した訳ではありませんが。
純粋に原作容姿・名前あり勢では夜竹さんが好みだった。と言うだけの話ですね。

さて今回はこの辺で。次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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久しい生徒会の時間

 お待たせしました。疲労がたまる事が多くせいで最近は帰宅即寝が多くて中々書けてないのが何とも。


 昼休み。織斑に昼食に誘われたがひとまず断った。そして現在いつも通りの生徒会室だ。

 

「……昼飯も随分と賑やかになったもんだな」

 

 というのも現在生徒会室には役員全員が集まっている。

 

「大勢の方が美味しいでしょう?」

 

「知らん。少なくともそれで味が変わるわけじゃないだろう」

 

「まぁそう言わず。こうして全員揃って昼食なんて珍しいんですから」

 

「気分の問題」

 

「そうだよ~。多ければ多いだけ楽しいし~」

 

『私も仁だけ見てるより新鮮です』

 

 まぁ味が悪くなる事は無ければ頭痛に悩む事もない。それならば断わる理由もないし生徒会室以外でゆっくりできる場所も中々ない。彼女らはそれも加味してくれているのか騒ぎ散らすという事もないため俺として問題は特にないのだ。ちなみに扇子の文字は『全方位に花』。確かに本来女性にまともに興味がある男ならば両手に花どころの話ではない現状だがそれを自分で提示するのはどうなのか。

 

「整備の勉強の方はどうですか?」

 

「それなりです。入門程度ならほぼ暗記してはいますが実践できるかと言うとまだ難しいかと」

 

「整備の実践の腕については、稼働時間と同じで触れている時間に直結しますからね。その点で言えば私達はレーヴァさんの整備が優先で担当できるというのは大きいんですよ」

 

「そうそう。訓練機よりも経験が積みやすいからね~。特にレイちゃんは普通の機体と少し違うし~」

 

『私は特殊ですからね。そもそもが……おっと、これは別にいいですね』

 

「しばらくは訓練機で慣らすのがいい……。弐式を見てくれてもいいけど」

 

 成程。確かに機体をパーツ単位で理解するのなら実戦経験を積むのがベストなのは道理だ。レーヴァの整備の際にも見ているだけだったためそちらはあまり詳しくないが、たまには自分で見てみるのも悪くないかもしれない。

 本人の許可が出たのだし【打鉄弐式】の開発に携わってみるのもいいかもしれない、と言うか彼女が難航している弐式の開発は積極的に進めるべきでもある。なにせ彼女は日本代表候補生であり生徒会にとっても新しい専用機の開発は戦力の強化にも繋がる。

 

「そうだ、それなんだけどね簪ちゃん」

 

 箸を持った右手ではなく、空いている左手に『提案』と書かれた扇子が広げられる。

 

「?」

 

「私と仁くんの訓練を見に来ない? どちらもマルチロックオンも荷電粒子砲もないけどISの実戦データを取るのは悪くないと思うの」

 

 簪が開発中の機体には【山嵐】という第三世代技術を用いたマルチロックオン・システムによる6発×8門、計48発の独立稼動型誘導ミサイルを最大武装として、2門連射型荷電粒子砲【春雷(しゅんらい)】。対複合装甲用の超振動薙刀【夢現(ゆめうつつ)】の3つの武装を積む事を現在考えられている。

 【夢現】は既にほぼ完成段階。しかし残りの2つが中々組めずに難航しているのだ。そこで楯無が提案したのは俺らの訓練、つまりIS戦闘を見学して実戦データを取る事で彼女がアイデアを出すための糧にしようという事だ。

 

「成程悪くない。データ収集抜きにしてもIS戦闘を見て目を慣らしておくのは後々いつか戦う時に繋がる。俺は別に構わんぞ」

 

「んー……うん、見る。お姉ちゃんの戦い方はあまり見れてないし」

 

 そういえば、以前は『姉さん』と楯無を呼んでいた簪だが、今は『お姉ちゃん』と呼んでいる。元々はこちらの呼び方だったのだろう。

 

「そうと決まれば早速今日から再開しましょうか。鈍ってる身体に鞭打ってあげる」

 

「レーヴァの補助もフルでいいんだな?」

 

「勿論。それでも今までIS戦闘で一度も勝ててないのをお忘れ?」

 

 くすくすと笑う口元を隠すのは『最強健在』の扇子。

 

「まさか。だが確かに当てる機会は増えて来ているぞ。そろそろ最強の座も危ういんじゃないか?」

 

「まだまだ負けるわけにはいかないなぁ。でも、どうせ勝ったとしても生徒会長に就く気はないんでしょう?」

 

「IS学園で男が生徒会長なんて笑えない。それにアンタにはまだ最強の壁でいてもらわなければならん。だがそれとは別にその壁を超えるつもりでやる」

 

「私だって最初のあの頃より強くなっているんだから壁は高くなっていくのよ?」

 

 俺との訓練で彼女の機体も、彼女自身も経験値を積んできている。【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】が二次移行(セカンドシフト)を遂げるのもそう遠くないかもしれないし、間違いなく本来の彼女よりも強くなっているだろう。尤も俺は本来の彼女を知らんが。

 

「……仁って意外と熱い?」

 

「冷めてるように見えるけどね~。結構熱血なのだよ~」

 

『今の性格はどちらかと言うと後付ですからね彼。元々あんな感じです』

 

「へぇ……」

 

 簪の興味深そうな視線を受けながら昼の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

「さて……」

 

 第8アリーナピット内更衣室。ISスーツの上に胴着を着込むという、生身組手からIS戦闘に移行する際の面倒を省いた服装に着替える。お互い変に露出することが無いのもこれのいいところと言えるだろうか。

 

「右眼は相変わらずか……今楯無の動きについていけるかどうか確かめるのにはいい機会だが」

 

『それで怪我したら馬鹿馬鹿しいですよ。とはいえすぐに見抜かれると思いますけど』

 

「生徒会の面々は観察眼に優れているからな。まぁもとより長く隠し通せるとも思っていなかった」

 

 ゴキゴキと身体を慣らしながらピットを出ると既に楯無が待っていた。

 

「久し振りねぇ。こうやって身体動かす機会がないと張り合い無かったからなぁ」

 

「俺を訓練用の案山子かなんかとでも思ってんのかアンタは……んじゃ、いくぞ」

 

「いつでもいらっしゃいな」

 

 姿勢は低く、初速に重視を置き、砂の床を蹴る――!

 

 

 

 

 

―― SIDE 簪 ――

 

 管理室から2人の格闘を見下ろす。姉は更識の当主と言う立場から当然色々な武術をマスターしているため腕が立つのは知っていた。

 むしろ驚いたと言えば仁の方。拳も蹴りも鋭く速くそしてパワーのある一撃。とても素人とは思えない速度で攻撃を仕掛け、対する姉はそれを躱し、逸らし僅かにできる隙間に、威力よりも鋭さと速度に特化した反撃の掌底を繰り出す。それを間に差し込んだ腕で防ぎながら蹴りを連続で放ち、今度はその蹴りを掴んで受け流すように投げる。着地によってできた一瞬の隙を消すように片足で着地と同時に裏回し蹴り。わかっていたというように両手で受け流して一度距離を取る2人。

 

「凄い……いつもこんな事を……?」

 

「週に2回だけだけどね~。でも……」

 

「少し仁さんの動きが悪いですね。しばらく身体を動かしていなかったためと言われればそれまでですが……」

 

 アレで動きが悪いと言われるともう一度驚かざるを得ない。

 

「ベストな動きに見えますが、お互いがお互いの動きを熟知しているが故の誤魔化しです」

 

「もう少し見ればわかるかな~」

 

 この姉妹の観察眼について知らなかったわけでは無いけど、よりそれが鍛えられているように思える。この組手に毎回立ち会っているから2人の動体視力も上がっているのだろうか。

 眼を戻すと今度は姉から仕掛ける。フェイントを織り交ぜた連続の掌底を両腕を使っての防御に専念し、隙ができたと見るや最速のショートブローによる反撃を挟み込む。それを舞うように避けたかと思えば今度は足技も織り交ぜる。

 

「……成程」

 

「そっか~。普段隠してるもんねぇ~」

 

 2人は先程の疑問について突き止めたらしい。そうなると隣にいる私だけわかっていないのは少し悔しい。

 

「よぉーく見ればわかりやすいよ~」

 

 眼鏡型ディスプレイも一度外し、眼を凝らして組手を見る。本音が私に向かって「よく見ればわかる」というのなら、"いつも"を見た事が無い私でもわかる事なのだろう。

 

 姉から見て右からのハイキックを仁は左腕で受け流しながら右の裏拳を繰り出し、それを首を捻る事で躱しながら間髪入れずに右肘打ち。仁は右掌で受け止めて外側に弾きそのまま五指揃えた首狙いの突き、これを身体を深く沈めて避けて姉から見て左に回り込んでの左掌底。右肩で受け止めて左のストレート。

 

「ん……?」

 

 ほんの僅かに何かが引っ掛かったような気がしたけど答えに辿り着かない。

 

 更に姉は左側に身体を沈めてから仁の右頬を狙った裏回し蹴り。これを両腕を揃えてのブロックで後ろに飛ばされる。

 

「……防御が多くなってきた?」

 

 なおも続く執拗な仁の右側からの攻撃。それを両腕を使った防御で凌ぐ仁。右眼は髪で隠れていても見えていると言っていたから見た目よりは死角になっていないらしい。しかし今彼は右からの攻撃だけ避けではなく確実に防ぎ、左からの攻撃は殆ど避けている。

 

「もしかして……」

 

 姉が構えを解き、ここからでは聞こえないけどいくつか口を動かしながら真剣な顔のまま仁に近付き、右眼を隠す一束の髪を持ち上げる。

 

「やはり、右眼の不調ですか」

 

「だよね~。右からの攻撃への反応が悪かったし~」

 

 どうやら私の予想は正解だったようだ。

 

 

 

 

 

―― SIDE 仁 ――

 

「……やっぱりバレたか」

 

「バレバレよ。どう見ても右からの攻撃への反応が悪いもの」

 

「あの様子を見るにあっちも気付いたな。やれやれ……」

 

「やれやれじゃないわよ。右眼が不調なまま真剣で切り合うのは危険ね。そっちは中止よ」

 

 肩を竦めて返す。3人も管理室から降りてきたようだ。

 

「いつから?」

 

「無人機事件直後からだな。理由は不明」

 

 恐らく右眼の能力に関係はあるだろうが不確定な事を言っても仕方ない。

 

「なんで隠してたの」

 

「必要に応じて言うつもりだった。ISを展開していれば問題ないしな」

 

 溜息と共にやれやれという仕草をされてしまった。

 

「……まぁ視力の問題は後でしましょう」

 

 そう言って胴着を脱ぎ始める。こちらも胴着だけ脱ぎ本音に放り渡す。

 

『やれやれと言いたいのはこっちですよ全く……』

 

 小言を言いながらもレーヴァが身体を包み込んでいく。久し振りではあるが流石にこちらは問題ないだろう。

 

「ところで昼から思ってたんだが……」

 

「なあに?」

 

 3人が管理室に戻るのを見てから切り出す。

 

「今回の提案、データ取りとかそう言いうのは建前で、アンタ妹にいいとこ見せたいだけだろう」

 

「ナ、ナンノコトカシラ?」

 

 誤魔化せていないぞ。というのは心の中で言うに留め、俺を妹への実力誇示に使うというのならば少々痛い眼を見てもらわなければこちらとしても気分が済まない。何発か放り込んでやらねばならんだろう。

 

「……悪い事とは言わんが人を出汁に使うのはどうなんだ」

 

「出汁とは人聞きの悪い!」

 

「事実だろうが……」

 

 ふう。と息を吐き集中力を高める。両手に炎の剣を握り、4つのビットを呼び出し、使うかどうかはともかく一応右足の太腿部分にホルスターと共に拳銃を呼び出す。

 

「……また私達にそういう事を隠してた罰としてキツーくいくわよ?」

 

「どっちにしてもそのつもりだろう。行くぞ」

 

 楯無の【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】の水のヴェールを真似る様に装甲表面と両の剣に炎を纏い、一定量の炎をそのまま維持する事でエネルギーの消費を止める。

 このように炎を放出し続けずに留めればエネルギーの消費を抑える事ができることがわかった。無人機戦ではほんの少しのエネルギー消費すら難しい場面であったためそれすらも使わなかったが、今回のような場面なら問題はない。

 そして全身に炎を纏い続ける事で、超接近戦においてその状態を維持するだけで相手にジリジリとダメージが入るのがこの戦法だ。水のヴェール相手にどこまで通用するかわからないが流石に全くの効果が無いという事はないだろう。

 

 先手はいつも通りこちら。両手首に呼び出した5本ずつの剣を1本ずつワンテンポズラすように投擲。それに対して楯無は避ける動作もしない。水のヴェールで受け止めてこちらの様子を見ている。やはりあの水のヴェールは遠隔攻撃に対しては相当の強度を誇る。代わりに近接攻撃ならばある程度通りやすいため持ち込むのなら超接近戦だろう。

 

「相変わらず厄介な水だ……!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)程ではないが一気に加速し剣を振るう。二刀とビットの炎の刃による連続攻撃を巧みな槍捌きで防がれるが二刀を操り、BT兵器まで加わる以上は僅かにこちらの手数の方が上だ。少しずつ槍による対処が間に合わなくなっていく。

 

「やっぱり足りないわね……」

 

 そしてこういう時の楯無は一度距離を取る。取った上で今度は【蒼流旋】の4連ガトリングによる射撃に切り替え、こっちが距離を詰めれば重心を後ろに飛びながら槍本体による打ち合いに持ち込み、一定の距離と攻撃リズムを保つ戦法【砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)】。更にそれに加え隙あらば【清き熱情(クリア・パッション)】を放り込むというレイディの特徴を活かした戦い方だが、これがこの上なくやりにくい。

 勿論ビットによる追撃を続けてはいるのだが楯無には中々決定打にならない。やはり超近接で手数で攻めるのが一番の戦い方だがそれを許さない。それならば戦い方をこちらも変える必要がある。

 

 ビットの操作をレーヴァに指示。【砂漠の逃げ水】の移動先を予測してそちらにビットを2機配置し、残りの2機を今まで通りの攻撃を続けさせる。手数は減るが肝なのは相手の移動先を潰す事で今一定に保っているリズムを崩す事だ。

 移動先に配置したビット2機から炎を放出させ炎の壁を即席で作り出し、そこに追い込む様に切り込む。広い範囲を炎でカバーする事で動きを制限する。

 

「考えたわね……ッ」

 

 そうなれば楯無はルートを変える必要が出て来るが、そのルートを脳内演算で導き出すまでの一瞬のラグをこちらは突く。先程よりは密度は薄いが二刀と2機のビットによる連続攻撃、炎のカーテンで後ろに下がる事はできず、楯無は逃げるルートを導き出すまでは俺と切りあう必要がある。そしてこの手数と切り合いながらでは必然的に演算は遅れる。その間に決定打を打ち込めさえすれば……。

 

 足技も織り交ぜて手数を強引に増やす。楯無の動きは目に見えて鈍くなっている。

 両切り下ろし、裏蹴り、右水平切り払い、左逆手切り上げ、左突き、右ハイキック、勢いを殺さず回転しながら右突き、右逆袈裟切り……。少しずつ詰めていく。

 

 一瞬バランスが崩れた。狙うなら……

 

「『ここ!』」

 

 レーヴァと声が被り、ビットが2機同時に左右から迫ってくるのを視界の端で見ながらこちらは正面から二刀を一瞬ズラしての2連撃。そして同時に剣とビットから炎を一気に吹かす。剣は幅長さ共に肥大化し、ビットはさながら炎の砲弾と化す。

 

「くっ……」

 

 全く同じタイミングで、一つでも当たれば致命打となり得る攻撃が4つ。さらに後ろには依然炎のカーテンが控え上下にスラスターを吹かす程の時間もない。さてどうする?

 楯無が選んだのは、後方瞬時加速(バック・イグニッション)。自分の後ろ側に瞬時加速で跳び一気に距離を取る選択肢。しかしそうなれば炎のカーテンに突っ込むことになりそれなりのダメージは免れないが、確かに他の直撃を受けるよりはマシだろう。

 さらには後ろに下がった事により時間が生まれる。つまり――

 

 ボンッ! という音と共に背中に衝撃が叩き付けられる。離れながら【清き熱情】を即座に発動させたのだろう。そして一度これを貰ってしまうと立て続けに貰うため体勢を立て直すのは難しい。

 吹き飛んだ先に次の爆発源となる水が用意されているため何とか空中で制止しなければならないがこれが難しい。

 

『残りシールドエネルギー62%です』

 

 今ので食らったのはせいぜい10%ってところだろう。つまり残りはビットの炎の刃や炎のカーテン、吹かした炎で減ったというわけだが、やはり燃費が悪い。しかしこの残量ならば体勢を立て直すのには充分だ。

 飛ばされている方向に全身から炎を吹かす事で無理矢理推進力を消して止まる。少し眼前では爆発が起こるがそれを無視してもう一度楯無に肉薄する。

 炎のカーテンはもう通用しないだろう。それなら今度は別のアプローチを用意するだけの事――!




 ハイお久し振りです皆さん。こうして書けていない間にもお気に入り数が増えていくのは嬉しい限りですね。自分がハーメルンに誘った友人がランキング常駐しかけているのは色々混ざった複雑な気分ですが。

 それはさておき、これからの展開としても中々まとまっていません。見切り発車なのはいつも通りですが少しいつもよりまとまりが悪いです。筆も少々遅くなってきましたし気長にお待ちいただければ幸いです。

 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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バレれば途端に一大事

 駄目であった。レーヴァの熱源感知で【清き熱情(クリア・パッション)】の爆発場所を察知し回避しても、結局は【砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)】の対応がまだ甘い。炎のカーテンとビットの挙動をいくらか改良すれば行けそうではあるが今この場でそれをするには少々時間も余裕も足りなかった。やはりまだ超えるべき壁は高いようだ。

 

「シールドエネルギー残量35%……病み上がりとは思えないわね」

 

「新しい戦法にアンタが慣れてなかっただけだろう。意表を突かなくともそれくらいまで削れなければまだまだだ」

 

 炎を纏いながら戦う事で近接戦闘まで持ち込めばジリジリとエネルギーを削る事ができるのはやはり大きいようだ。ここまでエネルギーを削る事に成功するのは非常に珍しい。

 

「そろそろ超えられちゃうかなぁ……」

 

 弱気に聞こえるが彼女の『楽しみ』の扇子の奥の表情は文字と同じくニコニコとしている。この模擬戦は彼女にとっても経験値であり中々楽しんでいると見受けられる。

 

「それはそうと……」

 

 3人がもう一度降りて来るのを見てからこちらに向き直り、扇子を閉じて開くと今度は『尋問』の文字。流石に忘れてるわけもなかった。

 

「右眼、どれくらい見えてるの?」

 

「モノの輪郭程度ならぼやけてはいるが見えている。人の顔で言えば輪郭とパーツくらいか。見分けはその気になればつくが、両眼の視力差は疲れるから普段は閉じている」

 

「……流石にその視力で生身の訓練は無理よ。続けるなら何かしら矯正なさい」

 

「まぁ、やっぱりそうなるか」

 

 とはいえ生まれてこの方コンタクトはおろか眼鏡すらしたことが無い。そういった者を選ぶ経験が無いのでは少々困る。

 

「そ……それなら、眼鏡はどう……?」

 

 意外にも真っ先に意見を出したのは簪だった。必然的に視線が集まる。

 

「せ、整備するなら……携帯ディスプレイと視力矯正を兼ね合わせた眼鏡は……便利」

 

 成程確かに一理ある。コンタクトレンズを携帯ディスプレイにするよりも、眼鏡の形なら裸眼との切り替えも簡単だ。しかし眼鏡ならば問題が一つある。

 

「眼鏡では、激しく動く際が不安ですね……」

 

「うう……」

 

 生身の組手では非常に激しく動く。どれだけ外れづらい眼鏡だとしても耐え得るかどうかは微妙だろう。スポーツ眼鏡の様なものであればその問題はクリアできるだろうが、常時掛けるには少々合わないだろう。

 

「でもコンタクトでもそれは問題になるよねぇ~」

 

 かと言ってコンタクトとて眼の中でズレてしまえば視野がぼやけてしまう事になる。それを直す程の時間は実戦では生まれる事はなく致命的な隙を生む事となってしまう。

 

『私の視力補正は最低でも準待機状態が必要ですし……』

 

 準待機状態は起動状態と同じくアリーナ内や有事の際以外は校則で禁止されている。尤もアリーナ内での訓練に限って言えばその問題はクリアなのだが、何分ハイパーセンサーを起動する事になるためこちらにとって有利過ぎる条件となってしまう。

 

「うーん……」

 

 結局振り出しに戻るわけだ。如何にこの世界の技術が一方向にぶっ飛んでいてもその技術を他に応用する事ができるのはこの世界ではたった1人だ。その1人が動かなければ結局この世界の技術力は他の同年代の普通の世界とあまり変わらない。医療技術は随分と進んでいるがそれはさておき。

 どうしたものか。こうなってしまった以上矯正はどうしても急務だ。生身での訓練がメニューから外されるのは少々味気ない。

 

「はぁ~い! お困りみたいだね少年少女達!」

 

 ブワッと辺り一面に広がる薔薇の花弁と薔薇の香りと共にアリーナに響き渡る声に頭に痛みが走るのを感じる。

 

「なぁーんでもこの兎さんに言ってみたまえ! ほらほら早く早くハリーハリー!」

 

「……本当にいつでもどこでもだなアンタは」

 

 例の"1人"が花弁達と共にアリーナの上空からフワフワと降りてきた。そして花弁は地面に触れると土に溶ける様に消えていく。どういう技術を用いているのかは皆目見当もつかないがそんな事をできるのも、兎耳をつけた不思議の国のアリスのようなフワフワでキラキラなどといった服装を平気でするのもこの世界には1人しか居るまい。

 

「仁くんがお困りの様だからね! 私の理解者にはいつも十全でいてもらわないと束さん困っちゃうなぁ」

 

「どうせいつでも見ているんだから気付いていただろうに」

 

「こういうのはタイミングと演出が大事なのさ!」

 

 俺のための行動をとってくれているのはよくわかるのだがどうしても頭痛が走ってしまうのは仕方ないと思う。それ程にこの人の存在は難しい。

 

「ああ、そうだ。面と向かって言おうと思ってたからレーヴァちゃんにお願いしなかったんだけどね」

 

 ふざけたような笑顔から一転、コア達の母としての柔らかい笑顔になって言ってくる。

 

「無人機に積まれてたコアの事覚えてるよね? あの娘を殺さないでくれて、ありがとう」

 

「……殺せるわけがないだろう。人格がある以上コア人格だって1つの命に等しい。利用されてるだけの命を奪うのは好きじゃない」

 

「あの時の無人機に積まれてた2人には随分怒られちゃったけど、死んじゃったらそれもできなかったから。だからありがとね」

 

「……ああ」

 

 こういう好意は素直に受け取っておけ、と更識姉妹によく言われてしまっている。それなら変に誤魔化すのはやめておこう。

 

「そろそろ説明してやれ……完全に4人とも固まってるぞ」

 

「ん? ああ、そうだったね。まぁ安心してよ。仁くんにとって大切な子達を邪険にはしないよ」

 

「それは……意外だな」

 

「束さんだって日々変わるのだよ?」

 

 本当に意外だ。彼女はいくら自分が興味がある人物の知り合いと言えど、だからと言ってそっちの人物に興味を持つ事は有り得ないと思っていた。興味を持たないにしても同じ人間として扱う事にはしたという事だろうか。口振り的に俺に関係のある人物以外には以前のままな気もするが。まぁそれでも大きな進歩と言っていいだろう。

 

「仁くんに嫌われたくないしねー」

 

「そっちが本音かアンタ」

 

 どれだけ俺の事を気に入っているんだこの兎は……。とはいえそういう事を理解するようになったのはやはりいい傾向なのだろうが。

 

「さてさて、皆ご存知稀代の大天才篠ノ之束さんだよ。はろーはろー」

 

 最初に復帰したのは流石と言うべきか楯無だ。

 

「……篠ノ之博士。お話は聞いています」

 

「うんうん。勿論見てたから知ってるよ。更識の姉妹ちゃんに布仏の姉妹ちゃんだよね」

 

「この人が……篠ノ之博士……」

 

「もっとお堅いのを予想してたか? そんな期待は今のうちに捨てておくといい」

 

 痛む頭を片手で押さえる。

 

「さてと、じゃあ本題。どれどれーっと……」

 

 頭を押さえていたため急に接近してきた兎に反応できず、頬を両手で押さえられ右眼を覗き込まれる。

 

「相変わらず綺麗な黒だねー。束さんにはずっと奥のそれがちゃんとわかるよー」

 

「なんだそりゃ……」

 

『近い。近いです束さん』

 

「いいじゃないかいいじゃないかー」

 

 しばらくそのままの状態で止まられると、必然的にお互いの息がお互いの唇を掠める程の距離で見つめ合う事になるわけだが。

 

「大胆……」

 

 ほぅ……と呟く簪に、眼が怖い楯無、そして若干雰囲気が暗部モードの本音と、あらあらと呟く虚。きっとこの兎にそういった意図はないだろう……きっと。ついでに害される事もないだろうから本音は落ち着け。

 意識を篠ノ之束の方に戻すと、俺の右眼を覗き込む彼女の黒い瞳が『キュイン……キュイン……』と音を立てている。よくよく見てみると瞳の奥で機械がスキャンする様に縮小と拡大を繰り返す黒目が見える。

 

「アンタ……自分の眼にナノマシンでも埋め込んでるのか」

 

「よくわかったね。便利でしょー? 束さんにかかればこれくらい見るだけで状態がわかってしまうのさ」

 

 ふんふんと頷きながらしばらく右眼を覗き込んでいるが、いつになったら離れるんだ……。

 

「……まだか?」

 

「焦らない焦らない。まぁスキャンは終わってるんだけどね」

 

「あのなぁ……」

 

 それならもういいだろう。と両肩を掴んで引き剥がす。

 

「仁くんのいけずー」

 

「そういう問題じゃないだろう……で、天才から見ればどうなんだ」

 

「そうだねー。右眼だけ相当視力が落ちてるのは知っての通りだけど、ピントのズレ方がちょっと変だね」

 

 いきなり真面目に戻るのもこの兎のよくわからないところだ。真面目なところは真面目なのはいい事なのだが。

 

「普通視力が落ちる原因って眼の筋肉だったり、眼そのものを疲れさせる事でピントが合いにくくなるのが主な原因なのは知ってるよね。でも仁くんの右眼は殆ど常時ピントが無規則にブレ続けているんだよね」

 

「……と言うと?」

 

「束さんの予想だと、あの時アリーナの遮断シールドを変形させたのと関係があるんじゃないかな。あの時に一気に右眼に負担がかかってまだ右眼が落ち着いていないって感じかな。でもだからといって右眼が落ち着いたから視力が戻るわけじゃないと思うよ」

 

「やはりアレは俺が引き起こしたのか」

 

「断定はできないし、君の右眼はよくわからない事が多いからね。束さんがわからないと来たら相当だよ。解剖したらわかるかもしれないけど……駄目だよね?」

 

「当たり前だ。誰が許可を出すんだそんな事」

 

『駄目ですよ? いくら束さんでも駄目ですからね?』

 

 しかし常時無規則にブレているとなると普通の眼鏡では効果が出ないか。

 

「取り合えず眼鏡の方は束さんに任せてよ。あの娘を生かしてくれたお礼って事で、ね?」

 

「まぁ、アンタに頼めば間違いはないだろうが……」

 

「それよりも、もう1回か2回アレをやったら右眼は完全に見えなくなるかもしれないね」

 

「どうやったのかもわからんのにもう一度使えるかどうかで言ったらノーだろう。あまり気にする事でもない」

 

「まぁ一応気を付けておいてね。いくら束さんが天才でも原因不明で無くなった視力を戻すのは至難の業だよ」

 

 俺を治すにも原因不明でどうしようもない事に対して原因解明するために俺を解剖するのでは本末転倒になってしまうためそれはどうしようもない。

 

「眼鏡の方は……そうだなぁ。3日くらい待ってくれるかな。あと調整に使うからちょっとだけ遺伝子ちょーだい」

 

「いでっ……!?」

 

 何を想像したのか知らないが簪の声をひとまず置いておいて、調整に使う遺伝子という事は既に大まかな設計は決まっているという事だろう。こういうところはしっかりと天才なのだとわかる。

 

「血でいいのか?」

 

「おっけーおっけー。じゃあ失礼して……」

 

「おい待て。噛んで採血しようとすんなアンタは吸血鬼かなんかか」

 

 するりと俺のロンググローブを外し長い髪を少しかき上げて右腕に噛みつこうとするのを左腕で篠ノ之束の頭を押さえる事で止める。

 

「ちぇー」

 

「突然奇行に走ろうとすんのはやめろ……というか噛んで何のメリットがあるんだ……」

 

「君は束さんのものだという証明にだね……」

 

「誰がアンタのもんだ誰が。人を所有物にしようとするんじゃねえ」

 

「焦ると口調が荒くなるの可愛いなぁ♪」

 

「男に可愛いは褒め言葉にならんぞ。つーかちゃんと注射器持ってんじゃねえか……」

 

 右腕の血管からいくらかの血を吸いだし、それを試験管のようなものに収める。

 

「しかし……随分と篠ノ之博士と仲が良いのね」

 

「仁くんは束さんの唯一の理解者だからね!」

 

「そんな大層なもんでもないだろ」

 

「いやいやそんな事無いよ。忘れそうになってた宇宙(ソラ)への夢を思い出させてくれたのは他でもない君だからね。凡人にとってそうでなくとも私にとってはそれはもう大きい事なのだよ」

 

 彼女にとってはそうなのならば俺がどうこう言えることでもない。彼女が俺を好んでくれるというのも別に悪い事ではないのだから。

 

「ああ、そうだ。更識の妹ちゃん」

 

「な……なんです、か?」

 

「その娘の製作、上手く行ってないんだよね? 手伝ってあげよーか?」

 

「どういう風の吹き回しだアンタ」

 

「ちょーっと昔を思い出しちゃってねー。束さんにもそんな感じで悩んでた事があったなーって。白騎士の開発にはバックもお金もなかったからねえ」

 

 本来ならばとてつもない提案だ。他でもない篠ノ之束が機体の組み立てに手を貸してくれるというのならば性能の高さに間違いはなく、完成度も他のISと比べれば異常なまでに高くなることだろう。だが――。

 

「……嬉しい、ですけど、大丈夫……です」

 

「そお?」

 

「はい。この子は私で……私()で完成させてあげたいから」

 

 その答えを聞いて嬉しそうに眼を細める。今の彼女にとってISを大事に思える人間は悪い人間じゃない。尤も彼女に興味を持たれるというのはそれなりに苦労も伴う事にはなるのだが。

 

「そっか。それなら頑張ってね。出詰まったら何でも聞いてくれていいからね! 束さんは娘達の味方の味方なのだよ! ではさらば!」

 

 クルッと回転すると一面に薔薇の花弁が巻き起こり、瞬きのうちに篠ノ之束の姿は消えていた。連絡先の書かれた紙だけが空中を滑る様にそれぞれの手の中に納まる。

 元々の世界の彼女の事は知らないが、恐らくもっと人間らしくない存在だったのだろうとは思う。その時点で俺がいる事での変化が酷く起こってしまっているのはもはや気にするべき事ではないだろう。それによって起こるイレギュラー含めて俺がどうにかすればいいだけの話だ。

 

「……台風や嵐のような人ですね」

 

「何にも喋れなかったよ~」

 

『一応私達は台風の目の中にいますけどね』

 

「色んな意味で規格外すぎるからな……。しかも神出鬼没で自由気ままと来たもんだから質が悪い」

 

「でも、思ったより話は通じそうで安心したわ」

 

「うん……」

 

 今更ながら彼女に任せたのが少々不安になったが、まぁ悪い様にはならないだろう……。

 

 

 

 

 

―― 3日後 朝 ――

 

「やあやあ仁くん」

 

「……どうやって侵入して来たのかとかはこの際聞かないからな」

 

 人が顔を洗っている間に平気で人の部屋に潜り込んで来るのだからこの人は本当に規格外だ。

 

「それで、来たって事はできたのか?」

 

「そりゃもうバッチリさ。というわけで……」

 

 じゃん! と口で言いながら取り出されたのは一見普通のウェリントン型でナイロームの黒縁眼鏡。どうやらフレームはメタルでできている様だ。

 

「一見普通の眼鏡だけど、フレームはISの装甲の素材だし、レンズも特殊な束さんお手製のものだよ。ナイロームだから強度が心配かも知れないけどそこは問題ないから安心してね。フレームの素材は展開装甲を試験的にも導入してるから、仁くんの顔にフィットする様にリアルタイムで変形して滅多な事では外れないし壊れない。この程度の規模ならシールドエネルギーも不要だね」

 

「……たかが一個人の眼鏡に展開装甲まで仕込むのはどうなんだ?」

 

「言ったでしょ? 君には十全でいてもらわないと困るんだ。それに世界が平等であった事なんて有史以来一度もないからね。束さんが誰かを贔屓してもそれは咎められるはずもないのさ」

 

 言ってる事はわかるが、アンタはもっと周りに眼を向けてみてもいいと思うが、今それを言うと話が拗れるのでやめておく。

 

「さて、ここからが本番なんだけどね。この眼鏡のレンズは君の眼のデータを常にスキャンして最適な度数に合わせてくれるようになってるんだ。こうでもしないと今の君の右眼にはどうやっても合わないからね。そのデータの波長を合わせるために遺伝子を少し貰ったの」

 

「成程。流石天才なだけはある」

 

「もっと褒めてもいいのよ?」

 

「これ以上褒めるわけじゃないが礼は言わせてもらう。ありがとな」

 

「……それは破壊力強いなぁ」

 

 試しに掛けてみると右眼の視力が『キュン――』という音と共に補正がかかる。左右同じ視力まで戻っている様だ。

 

「……ほう」

 

「あとはそうだなぁ。両方のレンズに携帯ディスプレイの機能も仕込んであるよ。こっちはイメージインターフェイスみたいなものでね。君の思考パターンを触れてる肌から電気信号で読み取って起動してくれるよ」

 

「……成程。これ自体がもうISに近い一品なわけだ」

 

「そういう事になるね。ISの技術をこうして小型器具にまで流用できちゃうのは流石の束さんだね」

 

「こんなものを俺が使ってるなんて判明したら中々の騒ぎになりかねんな。まぁ簡単にはバレないだろうが」

 

「その時はその時さ。さてさて時間も時間だね」

 

 時計を見てみればそれなりの時間だ。朝生徒会室に顔を出す程の時間はないが教室には充分間に合うだろう。

 

「ああ、助かったよ」

 

「いいんだよ。元は私のミスが原因だったわけだからね。それにあの娘のお礼もちゃんとしたかったし」

 

「……亡国は無人機をまだ作るだろうな」

 

「……そうだねえ。けど束さんはもう無人機は作らないよ。作るとしてもそれは彼女達が手を貸してくれると言ってくれた時だけ。亡国については束さんも力を入れてみるよ」

 

「ああ。一番の頼みの綱はアンタだからな。任せた」

 

「任された! じゃあまたねー!」

 

 台風一過。そういえばクロニクルは来なかったな。と思いはするが、彼女の生体同期型ISである【黒鍵】は以前のようにラボの強襲に備えて残しておく必要があるのだろう。出て来るとしてもどちらか片方のケースが増えるだろうが、そう気にする事でもないか。

 さて、出席簿を食らわないように間に合わせるとしよう……。




 なんだこの真っ白な兎。と思いつつ描いてますけど白束さんは妙に書きやすいです。
 そしてこのトンデモ眼鏡である。束さんに作らせたらまぁそうなりますよねって感じですが。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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子として、生徒として

 眼鏡を掛けたままで1日の授業と生徒会の仕事や雑用をこなしてみたが、中々どうして悪くない。

 リアルタイムで視力の補正を行ってくれるためか眼精疲労も特に裸眼の時と変わりなく、自分で外そうと思う時以外は勝手に外れるなんてこともなく、それどころかズレすらもしない。成程稀代の大天才が3日かけただけはあるとても良い一品だ。

 

 強いて言うのならクラスの面々には酷く驚かれた事と、眼鏡を掛けるとなると右眼の前に垂れていた1束の髪が邪魔になる事くらいだろうか。拘りがあったわけでもないため切ってもいいのだが、ヘアピンでも用意しておくべきか。

 驚いていたクラスの面々……といっても直接話してきたのはオルコットと夜竹、それに織斑くらいなものではあるが、別に右眼の視力云々の事を言う必要もないため携帯ディスプレイの代わりだと言うと皆一様に納得していった。尤も、織斑には携帯ディスプレイの事について少々説明する事にはなったが。

 

 眼鏡を掛けた経験があまりにも少ない事で少々まだ慣れないが、この眼鏡ならばすぐに慣れるだろう。篠ノ之束には再三感謝しておこう。

 

 さて、それは別にいいとして。

 

「……なんで俺は1025号室に引っ張り込まれたのか、詳しく説明してもらおうか? 織斑。そしてデュノア」

 

 生徒会の仕事を終わらせ解散の音頭となり、部屋に戻ろうとしたら道中織斑に「大変なんだよとにかく来てくれ!」と言われ引っ張り込まれたのだ。腕を振り払うのもどうかと思いされるがままに部屋に入れられたわけだが、説明の一つくらいはあっても悪くないと思う。

 

「あ、ああ……。欄間、落ち着いて聞いてくれ」

 

 まぁ大体の要件はわかっている。そもそもデュノアの着ているスポーツジャージの胸の部分が大きく盛り上がっている。普段はコルセットか何かで押さえつけていたのだろう。

 

「シャルルが、女だったんだ」

 

「……知ってたが?」

 

「え?」

 

 2人揃って固まった。

 

「少々おざなり過ぎたな。男じゃないと気付く要素はいくつかあった。わざわざ言いはしないが」

 

「……い、いつからだ?」

 

「最初からだ。そもそも生徒会では警戒対象だったのだから注意深く観察するのは当然だ」

 

「警戒対象って……どういう事?」

 

「報道も噂もない男性操縦者なんてものはまず有り得ない。それならばこちらで思い当たるのは同じく男性操縦者である織斑と俺だ。近しい存在として入学し、そのデータを持ち帰るのが目的とするのならば男装していた理由になる。デュノア社……フランスの第三世代開発は丁度行き詰っているのだからな」

 

「ちょ、ちょっと待てよ。警戒対象って……シャルルをどうするつもりだ!」

 

 織斑は随分と感情的になりやすいきらいがある。欠点とは言わないが美点でもない。

 

「それはデュノアの答えと俺達の判断次第だ。デュノアが俺達生徒会が守るべき生徒に結果として害を与える存在ならば排除する。そうでなければ生徒として生徒会が補助する。それだけの話だ」

 

「排除って……」

 

「文字通りの意味だ。凰の時も同様に調査したが、中国の思惑としての要素は少ないと判断したから警戒対象から外したに過ぎない。ボーデヴィッヒは未だ不明だがな」

 

「……生徒会生徒会ってお前自身はどうなんだよ」

 

「俺個人として言うのならば俺の周りの人間に害が無いのならどうでもいい。だが結果こちらまで被害が及ぶのなら話は別だ」

 

「お前の周り? じゃあ他はどうなってもいいのかよ」

 

「ああ。生憎俺は一定範囲以上を守れるなんて驕ってないんだよ」

 

 ガッと首元を掴まれる。ろくに鍛えてもいないコイツ程度なら簡単に振り払えるだろうが、別にいいだろう。

 

「……全てを守るなんてのは御伽噺の空想に過ぎない。そんなものに憧れているのなら今のうちに改めておけ。お前が本当に守るべきものを取り溢したくなければな」

 

「いい加減に……ッ」

 

「それで? 本題はまだか。話が逸れているぞ」

 

「くっ……」

 

 あの言葉で()()たという事はそういう事だろう。この男は織斑千冬に守られていた自分が、今度は誰かを、誰もを守る事ができるような存在になりたいと、そう思っているのだ。だが、それはことこの世界において成立しない。

 何故ならばこの世界における()というのはISだ。守るには力が必要であり、そしてその力を持って誰かを守る事は誰かを傷付ける事とイコールだ。特にISという圧倒的な力はそれが顕著に出る。

 故に万人を救うなどと言うのは理想の域を出ない。そしてそんな理想を抱くくらいならば俺は一部の俺の周り、守りたいと思った者だけを確実に守る現実を取る。

 

「……アイデアが欲しいんだ。シャルルを守るには、どうすればいいか」

 

 そう言ってから織斑とデュノアが切り出したのは、デュノア社の現状。やはり情報と変わらずイグニッション・プランから切り捨てられかけているため経営危機であり、デュノア社の社長。つまりデュノアの父親に命じられて【白式】並びに【レーヴァテイン】のデータを盗むべく俺達に近付きやすい男装をして入学した。という事だ。

 しかしそれがバレた今、デュノアは本国に呼び戻されるだろう事と、デュノア社はどうなるかわからない。と話す。デュノアは後者は自分には関係が無いと溢すが、俺にとってもどうでもいい事なのはわかっているのだろうか。

 

「俺も考えたけど、特記事項第二十一を利用して学園に残っているうちに方法を見つける事しか思いつかなかったんだ」

 

 特記事項第二十一。俺も入学前に生徒会の手伝いとして後ろ盾の代わりに利用していた『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』というものだ。

 

「確かに3年間はデュノアはフランスからの介入を受けない。だがそれは生徒として受け入れられている時の話だろう」

 

「なんだと?」

 

「男装が学園にバレた場合、シャルル・デュノアは本当に学園の生徒のままでいられると、そう思っているのか?」

 

 眼に見えて顔色が悪くなるのがわかる。

 

「そしてその特記事項は本当にデュノア自身が所属しているデュノア社にも通用するのか、考えなかったか? デュノアの【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】の学園で担当し切れないようなオーバーホールの際や大規模なデータ回収の際にはデュノアはフランスに戻らないとならないんじゃないのか?」

 

『仁。気付いていますか?』

 

 勿論、と返す。相変わらずこと生徒の事についてはお節介な人だ。だからこそこうして2人を追い詰め、本意を聞き出そうとしているのだ。

 

「なら、ならどうしろってんだよ!」

 

「その答えを見つけるのはデュノア自身だろう。その程度自分で見つけられないのならばそれまでだ。俺は"他人"にヒントを出す程優しくはない。そして織斑。お前は何故毎度毎度織斑千冬を頼らない。あの人はお前の姉である前に今は教師だ。頼らんでどうする。それとも、お前にとってデュノアを助けるという事は織斑千冬にかける迷惑よりも程度の低い事なのか」

 

「なんだとお前!」

 

 今度は掴み上げようとする腕を弾き、逆に手首を掴み上げる。そう何度も首元を許すほど甘くはない。

 

 デュノア社の社長……アルベール・デュノアが何を考えてこうしてデュノアを学園に送り出したのかは不明瞭だが、それは本当にデュノア社長の本意だったのかどうかは怪しいだろう。何せ社長夫人が実権を握っているとまで噂されるデュノア社だ。社長自身にとって嬉しい決断でも、苦渋の決断でも、それがあっさり通ってしまうような状況なのかもしれない。

 そしてアルベール・デュノアの本意を知るのはその実子であるシャルル・デュノア……もといシャルロット・デュノアしかできないのだ。本意がどんなものだったとしてもそれを知る事ができたのならば自ずと答えに近付くだろう。良くも悪くも、だが。

 

「自分で踏み出してみせろデュノア。それまで生徒会は手を貸さん」

 

 それだけを言って織斑の手首を離し席を立つ。ドアに振り向く瞬間の一瞬、顔付きが変わって見えたのが勘違いでなければ悪い結果はそう生まないだろう。

 

「お、おい!」

 

「いいんだ、一夏」

 

「だが――」

 

「欄間くん、ありがとう」

 

「礼を言われるような事をした覚えは全く無いが?」

 

 ドアを開けて出て、閉める。

 

「君もやっぱりお節介よねえ」

 

「アンタが言うなよ生徒会長様。聞き耳とは行儀が悪いぞ」

 

 ドアの前で腕を組んで聞き耳を立てていたのはやはり楯無だった。この人は生徒の事になれば人一倍敏感だ。生徒会長としての責務か、彼女自身がお人好しなのか。まぁどっちもだろう。

 

「踏み出すまでは手を貸さない。つまり踏み出す事ができたのならば手を差し伸べす。そういう事でしょう? ヒントを出さないなんて言ってちゃんと踏み出すための一押しは用意するんだから優しいわね」

 

「どうだろうな。どうせアンタはもう決めてるんだろう?」

 

「まあね。生徒を守るのが私達のお仕事だからね」

 

 話を聞いていた時点で楯無の心は決まっているのだ。つまり、シャルロット・デュノアを生徒として生徒会は受け入れるという事。元より生徒に害をもたらす様な存在でなければそうそう生徒会は排除に動かない。話を聞いて『コイツは大丈夫だ』と生徒会長が判断したのならば生徒会役員はそれに従うだけだ。

 

「さて、どうなると思う?」

 

「あの顔。覚悟は決めただろう。覚悟が決まったのならばそう悪い事にはならん。結果がどうあれデュノアは次の行動を後悔しないだろう」

 

「そっか。本音ちゃん辺りがいてくれればもっとわかったのかもしれないけどねぇ。私はあの子ほど読み取るの得意じゃないからなぁ」

 

「俺とてそっちは得意じゃないから定かじゃないけどな。何にせよ今アルベール・デュノアの事を尤も知るのはアイツ自身だ。頭を冷やして冷静な頭で思考したからこそ何かが見えたのかもしれん」

 

「あとは野となれ山となれっと……」

 

「そういう事だ。じゃあな」

 

「おやすみなさい。夕食は忘れずにね」

 

 手だけ上げて返答にした。

 

 

 

 

 

「始めるぞ、レーヴァ」

 

『展開します』

 

 第8アリーナ。時間は随分と遅いが身に赤い装甲を纏い、空へ浮かび上がる。

 時間として22:00を回っているこんな時間に第8アリーナを訪れたのは、試したい事があったのだ。

 今まで一度も使用してこなかった展開装甲。篠ノ之束が言うにはIS最先端である第四世代の武装。これを使いこなさない手はないだろう。

 

『展開装甲はイメージインターフェイスが肝です。仁や私が思った形に装甲の形状を変化させる事で攻撃、防御、機動と多種多様に対応させます』

 

「要は心意と似たようなもんだな。さて……」

 

 肩の推進翼と脚部ブースターを開き、背面推進翼を起動。同時に心意と同じ要領で、だが心意よりは少々弱くイメージインターフェイスを活性化させる。

 今まで俺が出せた速度でも充分すぎる速度ではあるが、展開装甲を用いれば更に速くなる事ができる筈だ。

 思考と共に装甲の各部が変形する。全身装甲である装甲が全身なのはそのままに所々軽量化され、正面から風を受けるでは無く正面から来た風を滑らせ流すような斜めの形に変わっていく。

 

「ほう……」

 

 試しに飛んでみる。成程、今までよりも風を受ける感覚が薄れている代わりにスピード感は随分と増している。風を切っている感覚といえばいいだろうか。

 

「これはいいな」

 

『今までの最高速付近まで簡単に上がりましたね。まだまだ上がりますよ』

 

「スピードディーラーには堪らないだろうな。俺は別にそうではないが」

 

 これもいいが今回の本題はこちらではない。

 俺が剣に合わせて繰り出す体術の中でのメインは足技だ。それならば丁度脚部にブースターが付いているのだし展開装甲を用いて足技の強化が図れないかと思ったわけだ。

 

 今度はイメージを脚部を中心に鋭く切るというものに変える。流石に足が剣になるとまではいかなかったが、刃物の様に鋭利な装甲に変形を遂げる。同時にその状態ならば脚部ブースターを吹かすことによる蹴りの加速にも向いている。少々無茶な機動でも対応できるだろう。

 

「……ふっ!」

 

 両手に剣を呼び出し、炎を一定量だけ放出し全身、主に脚部と剣に纏い、蹴りから入る。ブースターを吹かした事による生身ではとても放てない様な鋭く早い蹴り。しかし少々勢いが乗りすぎる。これはいくらか練習が必要だろう。と思いながら両手の剣を振るう。

 剣を振り、足を振るい、拳を振るえば集中力は自然と高まっていく。

 

 こうまで便利な物ならばもっと早く練習しておくべきだったと歯噛みする。これならば防御に意識を割けば【清き熱情(クリア・パッション)】の衝撃軽減は容易であろうし、機動に意識を割けばレーヴァの熱源感知からの回避がいくらかマシになる。

 

「おー。やってるね~」

 

 意識に飛び込んできた声に意識が一気に戻る。流石に近付き過ぎると危険だがそれなりの距離ならばアリーナ内からでも声が届く。

 

「……珍しいな。こんな時間に」

 

 どうやら意識を外すと展開装甲は元に戻るらしい。既に全身の装甲はいつも通りのものに戻っている。

 消費エネルギーも炎を吹かし続けるよりは随分とマシだ。より燃費は悪くなったが充分見合った成果ではあるだろう。

 

「たまにはお散歩もいいものなのだよ~。こうしてランランとお話しできるし~」

 

「話くらいいつでもできるだろうに。まぁお前がいいなら別にいいが」

 

 時間は初めてから30分。随分と集中していたようだ。地面に降りレーヴァを待機状態に戻す。

 

「ふう……」

 

「お疲れ様~」

 

「キツネ……? またなんというかお前らしい寝間着だな……」

 

 キツネなのかクズリなのかよくわからないが相変わらず袖は余っている。

 

「可愛いでしょ~」

 

「まぁ、そうだな」

 

 小動物系の彼女がこれを着ていると受ける印象は本当にただの小動物的なそれだ。これでその気になればあのプレッシャーを発するのだから恐れ入る。

 

「ホントにもう怪我はいいの~?」

 

「ああ。眼鏡のおかげで右眼の調子も悪くない。殆どベストといってもいい」

 

「ランランはどこまで本気かわからないからな~」

 

「その気になれば見抜くくせに何を言うか」

 

 あはは~と笑う彼女はやはりこちらの方が彼女らしいと感じる。

 

「ああ、そうだ本音。頼みがある」

 

「ん~?」

 

「作ってもらいたいものがある。ちょっとしたものだけどな」

 

「どんなの~?」

 

「ワイヤーだ。ワイヤーブレード程の切れ味はいらないが、強度は欲しい。同時に数本操れれば助かるな。射出はできなくていいし物との接続の方は俺とレーヴァがやるから取り敢えずワイヤーが使えればいい」

 

「ふんふん……どんな形で使えるのがい~い?」

 

「そこはお任せって事で。頼めるか?」

 

「もっちろん。それくらいなら任せてよ~」

 

 両手を腰に当てて見せる本音。こと組立においては既に整備科でもトップクラスの彼女はやはり開発面でも頼れる味方だ。

 

「悪いな」

 

「いいっていいって~。でも代わりに~えいっ」

 

「うおっ」

 

 飛びつかれた。避けるわけにもいかず受け止めることになるのだが、当然ながら抱き着かれる形になる。

 

「んふふ~」

 

「……男への警戒心が薄いのはどうかと思うぞ」

 

「ランランにしかしないし~。対価をいただくのだ~」

 

「やれやれ……。お前がそれでいいならいいが……」

 

 本音が俺に好意を持っている事も知っていた。正直言えば彼女の本質上少々わかりづらくはあったのだが最近は露骨に触れ合って来るのを感じている。別にそれが悪いとは思っていないし不快でもないのだから別に構わないのだが。

尤もどちらかと言うと恋愛というよりは気を許した友人相手といった感じの方が近いか。

 

 しかしそうなると頭が痛くなるのは簪の事と篠ノ之束の事なのだが……まぁ今考えるべき事でもないだろう。幸いなのは楯無からはどちらかと言うと好敵手、虚からは弟のように思われている事だろうか。そう何人からも好意をぶつけられては俺の身も持たない。ついでに言うのならばレーヴァの視線が痛い。

 

 何より友情含めたそういった好意を誰かから貰うのはあまりにも久し振りすぎて慣れない。というか記憶にすらない。俺自身困惑しているというのが実際だ。どう接したらいいかわからないなりに普段と変わらない様に取り繕っているだけだ。それでも彼女らは満足している様子だから変える必要はないのだろうが、いずれ誰か1人を選べと言われても恐らく俺には無理だ。不甲斐無いと言われるかもしれないが、彼女らが悲しむのもまた見たくはない。どうしたものだろうか……。

 

 対価という名の触れ合いはもう少しだけ続くのだが、まぁそれはまた別の話だ。




 ISでは一夫多妻系のSSが多いですが、何となくそれを自分で書こうとは思えないんですよね。勿論ISの一夫多妻系を読むのは嫌いじゃないし否定もしませんけどね。事実仁の状況的にもそれと変わりませんし。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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いざいざ挑戦だ

 評価バーに色が付きました。やったぜ。


「最近妙にクラスが騒がしいとは思ってはいたが……」

 

 クラスに入るなり聞こえてきたのはある噂。学年別トーナメントで優勝すれば俺か織斑と交際できるというものらしい。当然ながらそんな話は聞いていないし許可も出していない。まさか簪が突然今まで以上に弐式の開発に力を入れ出したのもこれが原因じゃないだろうな……。

 

「せめてそういう事は本人に話を通してから決めて欲しいものだ」

 

「やっぱりご存知なかったのですか?」

 

「そりゃそうだ。そもそも簡単に交際なんて決めてもしょうがないだろう。お互いがお互いをよく知らない相手とくっついたって苦痛なだけだろうに」

 

 よく見ると織斑が入って来た時に向こうで黄色い声を上げていた女子の中には凰までいる。お前は正攻法で行けばいいだろうにすっかり織斑の唐変木っぷりに自信を無くしかけているのではなかろうか。

 

「そういうとこ真面目だよね~」

 

「そこで真面目にならんでどうするんだ。それなりの時間を共有し合うことになるのならちゃんと考えるべきなんだよ」

 

 とはいったものの生徒会での時間はまた別のものと考えた方がいいだろう。いや一部にとってはそうも限らないかも知れないが、少なくとも俺にとっては別の案件と言っていい。

 

「そういう人の方がモテるよ。うん」

 

 というか夜竹。お前はいつからここに加わっていたんだ。気付いたら彼女も俺達の話に加わる事が多くなってきている。確かに普段グループに属する事が比較的少なかった彼女としては悪くない兆候なのかもしれないがわざわざ俺達のところに来ないでもいいだろうに。

 

 見舞いに来ていた時も彼女は二三言葉を交わしてから大体読書に耽っていた記憶がある。俺が整備の参考書を持ち出して来てからはお互い病室で本を読み続けるなどと言うよくわからない状況になったりもしていた。

 何故ここで読むのかと聞いてみれば「部屋に戻るよりも静かで居心地がいい」と返って来たことがある。静かなのは確かにそうだろうが、居心地がいいというのはよくわからん。男と女の2人など特殊なケースを除けばそう落ち着くものでもないと思うのだが。尤も、俺も別に悪い気分でもなかったため追い出す事もなかったわけだが。

 

「モテようなんざ一欠片も思ってないんだがな……」

 

 そもそもこんな環境で仮に交際関係を誰かと持ったとしても黛先輩がすっ飛んで来るのが目に見えている。一瞬にして学園中に広がり非常に面倒なことになるのはわかり切っている。それを抜きにしても共に歩みたい人物が現れるのならばそれは素晴らしい事だろうが、それは別に俺でなくともいいだろう。世界は広い。俺よりいい物件など星の数ほどいるというものだ。

 尤もそれを言い過ぎればそれぞれ形は少々違うとはいえ好意を向けてくれている簪や本音、そして篠ノ之束を否定する事になるためそういった思考はやめておいた方がいいだろう。数ある人間の中で俺を選ぼうとしてくれている人を邪険に扱うのは好ましくない。

 

 などと考えるようになっている辺りやはりこの世界に来てから少しおかしいようだ。そもそも好意に慣れていないのはことこの状況に置いて致命的らしい。

 自分の幸せに繋がる事など求めるつもりはなかったというのにこのざまだ。欄間仁(転生者)として取るべきは拒絶。俺に関わる人を極力減らす事で被害が出難くすることだというのにどこか現状が心地良いと感じている。どうやら未だに人間らしさを捨てきれないらしい。とっくに人間などと呼べる存在ではないというのに。

 

 軽い溜息を1つ溢し思考を追い出す。変にこうした思考をしているとすぐに本音にはバレてしまう。どういった事を考えていたかまでの特定はない……筈だがそれでも彼女は鋭いため自嘲的な思考には注意しなければならないだろう。

 

「そうですわ。今日の放課後はお暇ですか?」

 

「生徒会が終わった後なら用事は特にないが……」

 

「でしたら少々お時間をいただいてもいいでしょうか」

 

「……逢引?」

 

「……違います。さゆかさんは少々そういった方向に捉えがちな傾向がありましてよ。悪いとは言いませんが」

 

「構わない。第3アリーナか?」

 

「はい」

 

「わかった。ほら、そろそろ席戻っておけ」

 

「ええ。ではまた後で」

 

 オルコットは一言、夜竹は軽く手を振って戻っていった。特徴も特別似ていない俺達がこうして集まって話している事を考えるとやはり人の繋がりというのは不思議なものだ。最近はこういった事も忘れかけていたようだ。

 忘れていたような事を思い出す事がこの世界では多い。忘れていたというよりは諦めていたと言い換えてもいいかもしれない。こうして友人と話す事すらも最近は殆どなかったからかもしれない。いずれレーヴァの言う記憶も思い出すのだろうか。まぁこの世界が終わればまた在り方は戻るだけだろう。あまり考えすぎるような事でもない。

 

『本当に?』

 

『なんだよ?』

 

『本当にその程度にしか思っていませんか?』

 

 どうだろうか。実際のところよくわかっていない。俺自身困惑している節がある。

 今の環境は心地良いが、欄間仁(転生者)としてはよろしくないという矛盾。どちらに傾いているかと言えば前者だ。そんな自分がよくわからない。

 わからないが、やるべき事は以前から何も変わっていない。守りたいものを守るという欄間仁()の在り方だけはどうやっても変わらないのだからひとまず置いておく事にしよう。

 

こうしたいくつかの自問自答は今に始まった事じゃない。この世界に来て、この世界で彼女らと関わってから頻繁に起こっている。いつも結局最後まで答えには届かず置いておくのだが。

 今回も、その例に漏れなかっただけの話だった。

 

 

 

 

 

「欄間仁。私の質問に答えろ」

 

 昼休み。席を立って今回も生徒会室へ向かおうとしていたところで、ボーデヴィッヒに声を掛けられた。掛けられた、というよりは一方的なものになりそうな言葉ではあったが。

 本音は先に行っており、周りの生徒はかなり少なくなっている。

 

「貴様にとってISとは、なんだ」

 

「相棒だ。共に戦う為の、友に宇宙へはばたく為のな」

 

「相棒だと……?」

 

「ああそうだ」

 

「兵器を相棒と呼ぶのか貴様は」

 

「軍人様にとっては兵器であったとしても俺にとっては違う。そして自身の他人へ対する優位性を誇示する為のファッションでもない。力を見せつけるための道具では決してない。だから、各々にとっての相棒だと俺は答える」

 

 ボーデヴィッヒの顔が歪む。理解ができないというように、イライラとした感情を隠そうともせずに。

 

「……甘いな。力は強さだ。強さが全てだ。兵器はそれを操る者の力に他ならない。欄間仁、力を手にしておきながらその体たらくとはな」

 

「好きに言えばいい。力は振るうべき時に正しく振るってこそのものだ。見せびらかすようなもんじゃない」

 

「私は強く在らなければならない。戦場を、死を知っているというのにこのような程度の低い場所で腑抜けた貴様とは違う。その眼の貴様ならば私を理解し得ると思ったのだがな……見損なったぞ」

 

「本当に程度が低いかどうかは、学年別トーナメントでわかる事だ。口だけじゃなくその力とやらを見せてみる事だな」

 

「言われるまでもない。貴様は私が叩き潰す」

 

 もう言う事はない。というように踵を返し歩いていく。彼女の事はよくは知らないが、当日本気でかかってくるというのならばそれに応えるだけだ。得物をぶつけ合えばわかることだってある。無論限界はあるがこうして口で語り合うだけよりは有益だろう。

 

 

 

 

―― セシリア SIDE ――

 

「「あ」」

 

 仁さんは生徒会の仕事で遅れるだろうと思い先に第3アリーナで機体を鳴らしておこうと思い来てみると、鈴さんと遭遇。2人揃って間の抜けた声が出てしまった。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもそうなんです。今日はこれから仁さんが来てくださいますわ」

 

「ああ、アイツ来るんだ。珍しい。アイツ来ると模擬戦本気でできるから楽しいんだけどあんまり来ないのよねぇ」

 

「生徒会やご自身の訓練で忙しいでしょうし、仕方ないですわ。わたくしも本当はもっと一緒に訓練できればとは思っていますが……ッ」

 

 ティアーズのセンサーからの危険信号を察知し緊急回避。直後に立っていた場所に超音速の砲弾が着弾。どうやら鈴さんも回避に成功しているようだ。

 咄嗟に砲弾が飛来した方向を見る。そこに佇んでいるのは漆黒の機体。機体名【黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)】。そして登録操縦者は――

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 表情が強張ってしまったのは仕方がない事だと思う。何せ相手は軍人であり、その軍人が予告も無しにこちらへ向けて発砲したのだから、それはただの模擬戦志望ではないという事。

 

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

 

 隣で鈴さんが武装の戦闘準待機状態に入る。

 

「中国の【甲龍】にイギリスの【ブルー・ティアーズ】か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな。所詮2人がかりで量産機に負ける程度の操縦者というわけだ」

 

「何? やるの? わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」

 

「……鈴さん、あまり挑発はいけませんわよ」

 

「向こうから売ってきた喧嘩を無視しろっての?」

 

「そうは言いませんが……」

 

「はっ。あの腑抜けた男に教えを請おうとする程度の女もやはり腑抜けだな」

 

 彼に関わって少しは冷静な自分を磨いてきたと思っていた。自分の事ならばいくら貶されても怒りを表に出すつもりはなかった。けれど、けれど。

 

「この場にいない人間の侮辱まで……それもあまつさえ彼の事を、貴女は……!」

 

 両手にライフルを呼び出す。

 

「……ごめんなさい鈴さん」

 

「いいって事よ。あたしだってもうそろそろ我慢限界」

 

「それなら2人がかりで来い。1足す1は所詮2にしかならん。貴様ら等に私が負けるものか」

 

「言ってくれる……!」

 

「とっとと来い」

 

「「上等!」」

 

 

 

 

 

―― 仁 SIDE ――

 

 放課後。生徒会での仕事をいつもより少し早く切り上げ、足を向けるのは第3アリーナ。折角呼ばれたのだから少しくらい早めに切り上げる位は許容されるだろう。

 恐らくオルコットが俺に頼もうとしているのはIS訓練だろう。と言ってもこうして頼んで来る時は大体実戦に近い形式での模擬戦だ。以前俺が教えるのは苦手だと言ったのを覚えているためだろう。

 あの時断ったのは恒常的に訓練を付けるという事についてだ。こうしてたまに模擬戦をするくらいならば特に問題はない。何より楯無以外との機体との戦闘経験値というのはまた貴重なものなのだ。

 

『仁』

 

「どうした」

 

 レーヴァの声がいつもよりも真面目だ。

 

『熱源感知。第3アリーナで3名が戦闘状態です』

 

「3人か。わざわざ言うって事はそういう事だな」

 

 足を速める。レーヴァの熱源感知の範囲は非常に広く優秀だ。ハイパーセンサー程の精度はなく曖昧なデータ所得ではあるのだが、こういった場合にはそのような情報でもありがたいというものだ。炎を操る彼女にとってはこの程度は朝飯前だと言ってのけるのだが。

 そして彼女がいつもと違って真面目な声で警告を促すという事は、それなりに切羽詰まっているという事だ。

 

『1対2ではありますが動きが妙です。2人側が空中でいきなり静止したり、かと思えば吹き飛ばされたり』

 

 いじめか何かか。なんにせよ生徒会としてはそれを見逃しておくわけにもいかない。

 

「……仕方ない。右眼で状況の把握だな」

 

 右眼に熱いものが集まり、一気に右眼から脳に届く情報が増える。周りの起動状態のISは当然ながらなし。IS情報は第3アリーナの【ブルー・ティアーズ】【甲龍】【シュヴァルツェア・レーゲン】。

 

「ボーデヴィッヒか……」

 

 この学校でレーゲン型を操縦するのは彼女1人。早速問題を起こしやがった、と頭が痛くなってくる。

 急ぐとしよう。しかしこうも他の生徒から見える位置で心意を使うのも問題だ。何より心意をリスクなしで使うのならISの部分展開が不可避であり、アリーナ以外での展開は禁止だ。走るしかあるまい。

 

「慌ただしいな……!」

 

 本来ならばこれを抑えるのも俺らの仕事ではあるが、状況が状況だ。

 アリーナピットへ向かって真っすぐに走り、そのままゲートを生身のままで通る。

 右眼の痛みを押さえながら視線を上に向ける。

 

「やっぱりオルコットと凰、それにボーデヴィッヒか……」

 

『とても模擬戦というような雰囲気ではありませんね。楯無さんには伝えますか?』

 

「まだいい。危険と判断したら俺が行く」

 

 右眼から既に何度か見た事のある2人のデータと共に、レーゲンの情報が流れ込んでくる。いずれ戦う事になる相手のデータを今視るというのは不公平ではあるが、不可抗力だ。

 

「ん……?」

 

 何かデータが一部ぽっかりと抜けているように見える。その上からノイズがかけられているような嫌な感じだ。

 

 それはひとまず置いておくとしよう。

 オルコットがライフルを放てばレールカノンで相殺し、ビットや凰の衝撃砲による攻撃は右腕を突き出しただけで無力化される。更には凰が【双天牙月】を手に突撃すれば彼女の身体自体がその場に停止する始末。

 

 右眼でデータは所得している。アレこそが【シュヴァルツェア・レーゲン】の第三世代武装である慣性停止能力【AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)】。ISの浮遊、加速、停止を行うPICとは真逆で、相手の慣性を奪い取る結界のようなものだ。

 タイマンならば間違いなく最強格の力だろう。しかしこれには弱点が存在する。

 まず、ビットそのものを停止している事からエネルギー兵器には基本的にはどちらかと言えば弱い。そしてアレには多大な集中力を必要とするだろう。故に動き回るような相手を捕まえるのは難しいと見る。

 

 しかし何にせよ今のオルコットや凰には対処は難しいだろう。連携を練習していれば話は別だが、そうもいかない。

 

『仁ならどうします?』

 

「捕まったら炎を装甲から吹かす。もしくはお前のビットに任せる。集中力を乱せさえすれば脱出ができるだろうからな。仮に捕まったままだとしてもジリ貧になるのは向こうだ」

 

『成程。私が加わる事が制限されていたら?』

 

「炎を操ってもいいし、成功率はまだ低いが『アレ』を使ってそもそも捕まらないように動くのもいい。意外と対抗策は多い方だろう」

 

 などと言っているうちに、そろそろ勝負がつくだろう。既にティアーズも甲龍も随分とダメージを受けている。

 オルコットはミサイルビットという切り札も切った。しかしそれでもなおレーゲンは健在。ワイヤーブレードで2人が捕まり、さらにそこにレールカノンの砲身を向けるのを見てここまでと判断し、両手の指の間に左右3本ずつ計6本の剣を呼び出し投擲する。

 IS武装ではない剣ではダメージにならないだろうが、こちらに意識を向ける必要はあるだろう。予想通りボーデヴィッヒの動きが止まったのを見ながら地上付近の3人の間に割って入る。

 

「そこまでだ。それ以上は模擬戦とも訓練とも逸脱する。止めさせてもらうぞ」

 

「仁さん……」

 

 声は軽く、視線は強く、ボーデヴィッヒを見据える。

 

「貴様……その右眼は何だ」

 

「なんでもいいだろう。そんな事より、これ以上やるというなら生徒会役員として俺が相手になってやろう」

 

「ほう……。ならばさっさとご自慢の相棒とやらを纏え。それくらいは待ってやろう」

 

「ドイツの少佐殿は自身の力を見せびらかし、情報を相手に与えるのがお好きか?」

 

「生身で掛かってこいと、そう言っているのか貴様」

 

「まさか軍人様が一般人に生身で負けるからISを使うなんて、言わないだろう?」

 

「……いいだろう、貴様は私自ら叩き潰してやる!」

 

 挑発じみた行為ではあるが、今ここでIS同士の戦闘などしたら後ろの2人まで余波が届きかねない。既にダメージレベルがそれなりに高い2人にとってはそれすらも危険だ。それならば生身で片を付けてやろう。

 尤も、右眼を使ったままなのはフェアではないが、公式の試合でもあるまい。右眼を生身で慣らすのにも丁度いい。

 

「ほらさっさと下がっておけ。自分の機体を大事にしろ」

 

 ISを収め、両手にコンバットナイフを抜いて構えたボーデヴィッヒを見据えながら後ろに言う。

 

「いくらなんでもアンタでも危ないんじゃ……」

 

「そうですわ。生身でなんて、相手は軍人ですのよ?」

 

「我らが生徒会長に鍛えられているんだ。簡単には負けん。何よりあの会長なら、ボーデヴィッヒ程度一捻りにするだろうからな。アレを目標にしているのならこれもまた越えなければならない壁だ」

 

「腑抜けた割によく吠える。後悔させてやろう……!」

 

 こちらは無手。油断でも舐めているわけでもない。これはどこまで俺の体術が通用するか、そして右眼でどれだけ追えるかどうかの勝負に過ぎない。

 いくら軍人と言えどこの小娘に負ける程度ならば、楯無に笑われてしまうというものだ――!




 仁らしからぬ挑発ですが、彼はいざ戦闘となるとテンションが少し向上しやすいのはご存知の通りです。尤もどちらかというと2人が危ないというのが主な理由ではありますが。
 IS戦闘にしなかったのは少し強引な形になってしまったかなとは思いますが、正直ラウラとの生身での戦闘書きたかったんですよね。相変わらず行き当たりばったり欲望のままに書いているのです。
 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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力を、強さを

サブタイセンスどこー?

それはともかく、私が確認している限り初のランキング入り、本当にありがとうございます。
最高順位としては日間69位まで確認しました。前作がランキング入りしたかどうかは当時ランキングを見る習慣が無かったのでわかりませんので、気分的には実質初のランキング入りとなります。思いの外嬉しいものです。
お気に入り数などを見てしまえばランキングには場違い感は否めませんでしたが、一度でも乗ったという事は私にとって大躍進です。


 両手のナイフから放たれるのは乱雑なようで規則正しい連続攻撃。軍の訓練で身につけた腕が精神的な部分で荒くなっているのがわかる。

 右から、左から、上から、下から、急所を狙った攻撃を()()()()()

 合間に繰り出される足払いは後ろに下がり、その隙に放たれる脇腹狙いの一閃をボーデヴィッヒの腕の内側に腕を割り込ませることで逸らす。

 

 まるで攻撃を予測できるかのように錯覚する程に視える。右眼のおかげで動体視力が跳ね上がっているのはわかっていたがまさかこれほどとは思わなかった。

 

 とはいえ視えるからこそ全て対処できているというわけでは無い。ボーデヴィッヒの動きはやはり楯無と比べるとまだ甘い。素早さも鋭さも楯無の方が上だ。尤も常人と比べると相当に速いのは間違いないのだが。

 

「守るだけか? 臆病者め!」

 

 煽られようと意味はない。これは彼女の動きを右眼でどこまで追えるかのテストに過ぎない。右眼や頭への痛みはそろそろ厳しくなって来ているが。

 そもそも普段真剣と真槍でやりあっているのだ。ナイフはそれ程脅威ではない。尤も訓練の時はお互い寸止めなのだが。

 

 少しずつボーデヴィッヒの動きの粗さが増してくる。一向に当たらない攻撃に焦っているのだろう。

 右からの攻撃を相手の左腕を手刀で弾き逸らし、首を狙った左からの一閃を上半身を屈めて回避、突き下ろすような一撃を横っ飛びで避け、追撃の突きを手首を掴んで止める。

 そして空いている右のナイフが振るわれるがこれもこちらの空いた左手で腕を掴む。

 

「くっ……何故当たらんのだ……!」

 

 反則級の力を使っているのは自覚しているが、それくらいは許されてもいいだろう。

 

「やはりその右眼……越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)か! 貴様どこでその眼を手に入れた!」

 

 越界の瞳……情報として見た事はある。ISの適合性向上のために行われる処置であり、疑似ハイパーセンサーのようなもの。脳への視覚信号伝達の速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理、そしてそれによって処置の施された瞳の事を呼ぶらしい。楯無が最初に右眼を見た時にナノマシンだと言ったのはこれがこの世界に存在している技術だからだろう。

 

 成程確かに効力は似てはいる。しかし恐らく違うものではあるだろう。そもそもがISの性能まで見極める俺の右眼は例え越界の瞳だとしてもどう考えても破格だ。

 

「さてな。俺自身あまりわかっていないものについて聞かれても困る」

 

「誤魔化すか貴様!」

 

 一層激しさが増す。しかしそれでも右眼で視て取れる動きに身体を付いてこさせればボーデヴィッヒのナイフは俺の身体を捉える事はない。

 右眼で動きを追いながら、左眼でボーデヴィッヒの眼を見る。真っ直ぐに見ているのは俺の右眼だ。つまり――。

 

「なにっ!?」

 

 一撃目はフェイク。本命は二撃目……ナイフの投擲。狙いは俺の右眼。

 予測しているのなら対処は可能だ。それの一瞬前に左半身を前に、右半身を後ろに動かす事でナイフは目の前を素通りする。同時に動かしていた左手を自分の目の前、飛んでいくナイフを掴み取る。

 

「ここまで視えると逆に怖いな……」

 

 ボーデヴィッヒは驚きを顔に出したのも一瞬。すぐに左手に残ったナイフを振るって来るのをこちらのナイフで受け止める。

 

「……いいナイフだな。よく手入れされている」

 

「チィッ……!」

 

 今度はお互い1本のナイフを手にして攻撃を躱し、防御し続ける。

 

「このナイフの事も、お前は相棒と呼んでやらんのか?」

 

「このナイフもまた私の力だ……! 力を磨き維持するのは当然の事に過ぎん!」

 

「意固地だな……」

 

 そろそろ勝負を決めなければこちらが持たない。右眼の痛みで集中力がいい加減に切れてきた。IS情報を所得しようとしなければ痛みはそれなりに遅いようだが、やはり長期戦には向かない。

 

 敢えて動きを甘くする。ボーデヴィッヒの攻撃をスレスレで避けるようにしもう少しで決められると錯覚させる。そして大振りを誘発する。

 鋭く振るわれた裏拳を後ろに首を傾ける事で回避、ボーデヴィッヒの口元が僅かに緩むのを視界の端で確認する。

 

 決めようとして放つのは刺突。今までよりも少し大降りになったのを見逃さずに相手の左腕の外側から思い切り右手で押す事で受け流しつつ体勢を崩す。そしてそのままナイフの柄頭でボーデヴィッヒの左手の甲を叩くと、ボーデヴィッヒは衝撃で思わずナイフを取り落とす。

 

「くっ……!」

 

「チェックメイトだ。まだやるか?」

 

 ナイフを首元に突き付けて宣言する。両の拳を握りしめ、こちらを睨みつけて来る。しかし並の人間ならば震え上がるような眼光でも俺には大した効力を持ち得ない。

 

「あまり生徒会に世話になるような事態を起こしてくれるな。オルコット、凰。お前達もな」

 

 右眼を右手で押さえながらナイフを地面に転がす形で返す。

 

「力に拘るのは別に悪い事じゃないが、周りに迷惑を掛けるというのなら話は別だ。欲求不満なら俺が相手になってやる」

 

 顔を俯かせたボーデヴィッヒは握りしめた拳が震える程に力が入り、ギリッと歯を食いしばる音すら届く。

 

「第2整備室でティアーズと甲龍の様子を見てやる。身体に異常はないか?」

 

「はい。あのままでしたら危なかったかもしれませんけど」

 

「大丈夫。ていうかアンタ整備できたの?」

 

「初歩程度はな」

 

 右眼から意識を外すと痛みが少しずつ引いていく。数10分は痛みが残るだろうが自然回復に任せても問題はない。

 

『仁!』

 

 緊迫した声で落ち着いた意識が一気に研ぎ澄まされる。右眼の痛みで一瞬反応が遅れ、振り向くと同時に右の二の腕に鋭い熱を感じる。

 

「ぐっ……!」

 

 咄嗟に左手に剣を呼び出す。何を呼び出したのかも確認しないまま次の一撃を受け止める。

 

「私は……負けられない。負けるわけにはいかないのだ……!」

 

 左眼の眼帯を外し、右眼の赤とは違う爛々と輝く金色の瞳を憎悪に染めてナイフを振るって来る。成程、ボーデヴィッヒの左眼も越界の瞳だというのなら俺の右眼への反応が大きいのも頷ける。

 

「強迫観念みたいなもんか……何がお前をそうさせるのかは知らんが……」

 

 相手は右手に1本のナイフ。こちらは左手に1本の剣で打ち合いを再開する。しかし今度は右眼は元に戻り、右腕は負傷。更には相手は越界の瞳を開放という明確に不利な状況だ。そう長く打ち合えるものでもないだろう。

 

「まさか……まさかこんなところで使う事になるとはな!」

 

 先程までよりも反応がずっといい。俺が右眼を使っていないからそう思えるのかもしれないが。

 とはいえナイフの太刀筋が鋭くなるわけでは無い。防御一辺倒で見極めていた彼女の動きは大幅に変わるわけでもない。それならば片腕でも剣があれば充分に受け切れる。

 

「私は……私は……! あの人の様に……教官の様に……!」

 

「……何を言ってももう聞こえなさそうだな」

 

 元よりかける言葉など持ち合わせてはいないが、こうなっては仕方がない。

 

「少々手荒だが、恨むなよ」

 

 首を狙った袈裟気味の一撃を下から振り上げる一撃で弾き、大きく仰け反らせる。

 そのまま剣を手放しながら左の掌を地面に付き、肘を伸ばす反動を利用して左裏回し蹴り。ボーデヴィッヒの手首を捉え、衝撃でナイフを弾き飛ばす。

 もう一度左手に剣を呼び出しながら後ろに回り込み、首筋を柄頭で叩く。

 

「うあっ……」

 

「……まぁ、寝ててくれ」

 

 手荒、というか後遺症が残る可能性もあるやり方だが鎮圧には今はこれが一番だっただろう。

 いい加減止血しないと血の量が危険でもある。鞄から包帯を取り出して最低限の圧迫止血だけをする。

 

「だ、大丈夫……?」

 

「これで大丈夫なら俺は人外か何かか……」

 

「早く処置しないと……」

 

「そうだな。悪いが予定変更だ。ISの整備は整備科の方に頼んでくれ」

 

 代表候補生とはいえやはり一般人。血を見るのは慣れていないだろうし、見た目だけでも平然と見せている事もあって少々戸惑いが見える。

 それでも俺の額の脂汗をハンカチで拭ってくる辺りはやはり比較的復活が早い。

 

「さて、また保健室か……別に生徒会室でもいいか」

 

 それなりの治療器具ならば生徒会室でも用意できる。今回は報告も含めてそちらに顔を出しておくとしよう。

 

「原因はわからんが、お前達も度を過ぎないようにしろよ。知り合いを鎮圧するなんて事にはなりたくないからな」

 

「あんなの見せられて下手な事すると思う?」

 

「ま、だろうな」

 

 生身での話だろう。生徒会長直々の訓練はやはり身になっている様だ。とはいえ未だに楯無との生身無手組手の勝率は五割に到達していない。やはり剣に頼りすぎている節があるのだろう。とはいえ剣をほぼ無制限に呼び出せるのだから頼らない手はないのだが。

 

「わたくし達はISの調子を見てもらってきますわ。仁さん、お大事に。それとありがとうございます」

 

「今回は生徒会として行動しただけだ。礼には及ばん」

 

 オルコット達の立場が誰でも同じ行動には出ただろうが、それでも彼女は微笑む。女心というものはよくわからんものだ。

 左手を軽く振って別れる。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 織斑とデュノアが現れる。出てきた場所から見るにアリーナの観客席にいたようだ。

 

「俺は別にいい。これくらいなら自分で処置できるからな」

 

「自分でって……」

 

「応急処置程度慣れているからな」

 

 微妙な表情の織斑を置いておいて、今度はデュノアに顔を向ける。

 

「その顔。もういいんだな?」

 

「うん。詳細は今度話すけど、もう僕は大丈夫だよ。ありがとう」

 

 デュノアの方の決着は既についたようだ。顔付きからしてやはり後悔はしていないと見える。

 

「な、なぁ」

 

「なんだ」

 

「俺からも、ありがとな。さっき鈴を助けてくれたことも含めて」

 

「俺がやったのは荒療治に過ぎない。根本の勇気をデュノアに与え、心を救ったのはお前だ。誇れ織斑。お前は確かに1人の人間の心を救った」

 

 これは間違いないだろう。例え最初から俺がデュノアを追い詰めたとしても彼女は折れてしまうだけだっただろう。そうならなかったのは織斑がデュノアについていたからだ。

 

「そ、そうか? そうなら……よかった、な」

 

 織斑達とも別れ、意識のないボーデヴィッヒを控室の椅子に座らせてから生徒会室へ向かった

 

 

 

 

 

「あら、忘れも……の?」

 

「消毒用アルコールと針と糸、借りるぞ」

 

「うん? ってうわっ。どしたんスかそれ。顔色悪っ」

 

「……サファイア先輩。1人なんて珍しいですね」

 

「ダリル先輩も私も学年上がった代表候補生ってのは案外面倒なもんなんスよー。って話を逸らすなっス」

 

 濃い藍色とも黒ともとれる髪を腰に届く程の長さの三つ編みにし、それを耳の横から比較的小柄かつ控えめな身体の前面に伸ばしているのはIS学園2年生フォルテ・サファイア。ギリシャの代表候補生であり専用機【コールド・ブラッド】の操縦者。ついでに言うのならばアメリア代表候補生かつ専用機【ヘル・ハウンド】の操縦者である3年生のダリル・ケイシーの恋人。なお制服はフリルのスカート気味に微改造されている。

 この学校、この世の中では別に同性愛など珍しいものでもない。故にそこは置いておくとしよう。

 

 彼女は見舞いにも何度か来ていた2年生の中の1人だ。なんでも彼女自体は俺の事を気に入ってるとかなんとか。尤も、俺はダリル・ケイシーには嫌われているので、ニコイチで動くことが多い彼女らとは中々こうして顔を合わせる機会もないのだが。

 

「なにがあったの?」

 

「ボーデヴィッヒの戯れに付き合っただけだ」

 

 今回の件を掻い摘んで話す。とはいえ大事になる前にIS戦は止めたし、恐らくオルコットと凰のISのダメージレベルも高くはないだろう。それならば特に問題になる程でもない。

 

「君ねぇ……どうしてそう被害の勘定に君自身を入れないかなぁ……」

 

 話しながら大体の処置は済ませた。縫った関係上痛みはまだまだあるが動かすのに問題はそうないだろう。

 

「まーた派手にやったっスねー少年」

 

「派手な事にしないために生身で済ませたつもりなんですが」

 

「その怪我は十分派手っスよ」

 

 それを言われては反論のしようもない。制服もロンググローブも、更にはダメージを緩衝させてくれただろうISスーツまで裂けてしまっているし血にも濡れている。なるべく見られないように来たつもりだったが確かに誰かに見られていたら大騒ぎになりかねなかった。ISスーツが裂けた辺り当たり方も悪かったのだろうが、やはりいいナイフだ。

 なお現在は処置のために上半身の制服は脱ぎ、肩まで捲ったISスーツ1枚だ。

 

「……で、なんで先輩は生徒会室に?」

 

「それなりに書類があるんスよ。ダリル先輩のも纏めて持って来てるんでちょいと手間がかかってたわけっス」

 

「そういう事。あの子もちゃんと自分で持ってきてくれればいいのにね」

 

「嫌いな相手がいる可能性がある場所にわざわざ近付く奴はいないって事だ」

 

「やれやれっスね」

 

 話しながら右手を開閉して調子を確かめる。やはり問題は無さそうだ。強いて言うならば開閉の度に傷に痛みが走るが大した問題ではない。

 

「先輩の書類ってのは?」

 

「これっス。それぞれの専用機の稼働データの提出とちょっとした申請書っス」

 

 渡されたものに眼を通す。大した書類ではなさそうだが何分2人分だ。手間がかかっていたのも仕方ないだろう。

 

「でもまぁ丁度終わったとこっスよ。いやー会長は仕事が早くて助かるっス」

 

「いつもどれだけの書類を処理してると思ってるの? これくらい朝飯前よ」

 

「その書類をすっぽかそうとするのは誰だろうな? 結局自分でやる事になるんだから諦めればいいものを」

 

「なんで生徒の前でそういう事言うかなぁ!」

 

 やり取りにクスクスと笑うサファイア。

 

「折角だ。お茶でもどうぞ」

 

「少年は気が利くっスねー」

 

 右腕の調子を確かめるついでに紅茶を淹れる。いつも通りだ。今に限ってはカップとソーサーの重みが厳しいため左手で持つ。

 

「どうぞ」

 

 淹れたのは3人分。流石に来客に入れて会長に淹れないのも問題だ。

 

「おおっ。美味しいっス!」

 

「相変わらずの腕ね」

 

 開かれる扇子の文字は『美味』。

 

「去年の生徒会の手伝いにしても、お茶の腕にしても、アレっスか? 執事かなんかっスか?」

 

「執事だったら主人にこんな態度じゃありませんよ」

 

「そうそう。こんな不躾な執事雇わないわよ」

 

「そ、そうっスか……」

 

 後は飲みながら雑談。意外にも滅多に組み合わさる事のない3人でも会話は盛り上がるものだ。1人として人見知りな性格の者がいないという事もあるが。

 とはいえ時間も時間だ。既に窓の外は暗くなっている。

 

「そろそろお暇するっスかね。お茶、御馳走様っス」

 

「ん。お疲れ様ー」

 

 サファイアが退出したのを見てからカップを片付ける。

 

「さて、と」

 

 少しすると楯無が声を真面目なトーンにして仕切り直すかのように言う。

 

「仁くん。その怪我の事はひとまず置いておいて、ボーデヴィッヒちゃんはどうだった?」

 

「力を貪欲に求めているのはわかった。力に執着する理由はわからないが強迫観念にも似たものだ。後は織斑千冬に憧れているという事くらいか」

 

「危険度は?」

 

「それなりだな。俺か織斑のどちらかを釣るためだろうが、容赦なくオルコットと凰を潰そうとした。織斑やデュノアも見ていたみたいだが、遮断シールドを突き破ってこないか内心冷や冷やした」

 

 ああ、それと。と付け加える。

 

「ボーデヴィッヒのISデータの一部にジャミングが入っていた。どういうものかはわからないが、一応気には止めておいてくれ」

 

「ジャミング……? 取り敢えずわかったわ」

 

 あまりいいものという印象は受けなかった。俺も注意しておくべきだろう。

 

「デュノアの方も決着がついたらしい。詳細は後日との事だ。何はともあれ一件落着だな」

 

「お手柄ね。よくやってくれたわ」

 

「織斑にも言ったが、半分はアイツの手柄だ。とはいえ上手く行ったのなら御の字だ」

 

「それじゃ、デュノア君の退学手続きとデュノアちゃんの編入手続き、よろしくね」

 

 思わず頭を押さえてしまった。自分が関わった事なのだから最後までやれ、と言いたいのだろう。

 

「……了解した。やれやれ、立て続けに面倒事が起こるとはどうなってるんだこの学園は」

 

「それに対処するのが私達。頑張りなさいな」

 

 こき使うとはよくいったものだ。と1つ深い溜息を吐いた。




フォルテさん結構好きです。この作品は筆者の願望をリアルタイムに反映します。

ランキング入りした次の投稿にしては少々おざなりな展開な気もしますが、中々上手いこと書けないものです。
ラウラは原作で楯無さんにあっさり負けた事を考えると、その楯無さんに鍛えらえている仁もまだ負けるような感じはしなかったのでこんな感じになりました。なお眼鏡は一切外れる気配を見せていません。流石の束印。
実は前話にこっそりとレーゲンのジャミング部分を不審に思うシーンを追加しております。

止血については初案では"突然の束"でしたが、あの人を便利屋にするのもなんだかなぁとなってこうなりました。ついでにフォルテさんを出しておきたかったのもありますけどね。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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デュノアの決着

もりもり伸びるお気に入り数に思わずにっこり。お気に入り200件突破ありがとうございます。


「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、2人組での参加を必須とする。なお、ペアができなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』……そこかしこでそわそわしてる生徒が多いのはそういう事か」

 

 緊急告知文を夜竹に突き付けられながら読み上げる。背丈に差があるため夜竹は思い切り背伸びする形になっているが。

 恐らくはボーデヴィッヒとオルコット達との戦闘を見ていただろう織斑担任辺りか、生徒会からの通達か。

 

「……組む?」

 

「……別に誰と組んでも俺は構わんのだが。本音やオルコットは相手いるのか?」

 

「私はかんちゃんと組むよ~。かんちゃんはランランと組みたがってたけどね~」

 

「わたくしは……どうしましょう」

 

「どうしましょうってな……」

 

 考えてみればオルコットは俺達以外との交流が多いとはお世辞にも言えない。いや俺が知らないだけかもしれないが。

 

「鈴さんはハミルトンさんと組むとのことですし……キサラさんを誘うべきでしょうか……」

 

 キサラ……フルネームでは如月キサラ。オルコットのルームメイトで山岳部。噂に聞くとオルコットがベッドを持ち込んだ影響で寝袋で寝ているとか。本人は別にまんざらでもないらしいのだが。

 

「セシリアは、欄間くんと組まないの?」

 

「……まだ、その時ではないかと。わたくしがまだ自身の力に満足しておりませんの。それに、もう一度仁さんと戦う折角の機会ですもの」

 

「じゃあ、私が貰うよ?」

 

「貰うって言い方はどうですの?」

 

「俺は物じゃないぞ……」

 

 まぁどうせ全員参加のイベントだ。誰と組んでも一興というものだろう。それぞれ組んだペア同士、トーナメントを抜きにしても今後の親睦を深める機会にもなる。

 

「しかし、代表候補生や専用機持ちがそれぞれバラけたのは悪くないな。専用機持ちで組んだりなんてしたら一般生徒の勝ちの目が著しく少なくなるからな。折角のイベントを出来レースじみた形にするのは好ましくない」

 

「でも、織斑くんとデュノアくんはペアらしいよ」

 

「……まぁ俺と違って詰め寄られるだろうからなアイツら。確かにお互いで組めば騒ぎは収まるか」

 

 専用機持ち2人で組んだにしても、オルコットや凰からの話を聞く限りまだ織斑の腕は微妙と言っていい。一般生徒でも操縦が得意ならば勝負になる可能性は十二分にある。無論俺が織斑と当たったとしても容赦はしない。

 

「……欄間くん、取り敢えず決めたほうがいいよ。4組とかから来そうだし」

 

「む……」

 

 確かに4組の面々はやたら俺を気に入っている様子だ。しかし親睦を深める機会とはいっても流石に話したことも少ない相手と組むのは憚られる。

 

「私も相手まだいないし……どう?」

 

 そういえば夜竹もどちらかというと交友関係は広くない。というか俺達とこうして毎日話している時点でそれはそうだろう。

 

 俺自身本音や簪、オルコット、それに凰が埋まっているのならば他にこれといった相手がいるわけでもない。俺も大概1年生間での交友関係が広いわけでは無いのだ。いや見舞いに来ていた4組の面々や1組の一部を含めていいのなら話は別なのだが、普段話す事が少ないため除外しておこう。

 いっそ夜竹の様にこうして加わりに来るのなら俺も夜竹もオルコットも交友関係が広がるというものなのだが、まぁ置いておくとしよう。こういう時はクラスのほぼ全員と仲が良い本音のコミュニケーション能力の高さが少々眩しいというものだ。実際には何度も自問自答しているように、あまり関係を作るのは欄間仁(転生者)としては好ましくないのだが。

 

「まぁ、そうだな。今回は頼む」

 

「ん。頑張る」

 

 小さい手との握手。やるからには勝ちにいかねば面白くない。しばらくは彼女の訓練もする事になるだろう。やはりどう足掻いても俺は関係を強く持たねばならないという事か。喜ばしいのか喜ばしくないのか自分自身難しいが、悪くはないと思っている部分もある。

 まぁ、なに。関係が強まったせいで彼女によくない事が起こらない様に俺が更に範囲を広げて注意すればいいだけだろう。俺自身の負担など、他人が傷付く痛みに比べれば遥かに軽いものなのだから。

 

「当たったらランランでも容赦しないよ~」

 

「こっちのセリフだ。やるからには本気だ」

 

「そう来なくっちゃ~」

 

 この布仏本音という少女は本気だと意外にも中々にISを動かす。簪の【打鉄弐式】も2門連射式荷電粒子砲【春雷】は未完成で未登載にしても、48発の独立稼動型誘導ミサイル【山嵐】は手動ロックオンという妥協の形では搭載され、超振動薙刀【夢現】は完成している。そうでなくとも日本代表候補生としての腕は本物。充分に強敵足り得る二人だ。

 今回の実戦稼働でマルチロックオンと【春雷】の完成に必要なデータや閃きが揃えば良い事だ、と生徒会では考えている。

 

 最近では簪も楯無の訓練に加わっている。これは武装完成が目的というよりはトーナメントや今後に備えた実力を身に着けるという事がメインの目的だ。

 加えてくれと言い出したのは簪本人。俺には別に断る理由もないし、楯無としては簪に力を付けてやれる絶好の機会。2つ返事で簪も加わる事となったのだ。

 

 まだ弐式が完成していない事もあり中々俺や楯無との模擬戦では中々苦い経験をさせてはいるのだが、彼女の根性は姉に似て中々のものだ。折れる事はない。尤も、負けはしないにしてもヒヤリとさせられる事はそれなりにあるのだが。

 

「わたくしも再戦を楽しみにしていますわ」

 

「ああ。模擬戦は何度かしているが実戦は久し振りになる。その時はどこまで腕を上げたか、見せてもらうぞ」

 

 オルコットにしても模擬戦ではやはりまだ全てを見せているわけでは無い。――凰は思いっきりやって来るのだがそれはさておき――クラス代表決定戦以降研鑽を続けてきたであろう彼女との試合は楽しみではある。

 ビットと本人が別々の思考で動くようになった今、前回のような戦法はもはや取れない。前回の最後は彼女が新しいビットの挙動に慣れる前に意表を突く事で一気に片を付けたためやり方を変える必要があるだろう。

 とはいえ今回はタッグ戦だ。やり方などいくらでもあるだろう。勿論夜竹の操縦技術次第ではあるが、彼女はクラスの中でも動かせる方だ。あまり心配はしていない。

 

「実際に訓練機を借りられる回数はそう多くないだろう。基本的にやれる事は夜竹の得意分野の研究と、それを加味した戦術の考案くらいだな」

 

「ん。了解」

 

 まさか生徒会抜きにした個人的な訓練で第8アリーナを使う訳にもいくまい。そうなれば他のアリーナを使う事になるし、そもそも生徒会では訓練機を所有していない。一応ラファールが1機あるにはあるがこれは実質的に本音と虚の2人の兼用機だ。しかもどちらかというと生徒会というよりは【更識】の所有機である。流石にこれを借りるわけにはいかないため、やはり他の生徒と同じ土俵で訓練する事になる。

 というか先程出来レースじみた形は良くないと言っておいて夜竹だけ優遇するのもよろしくない。勝ちにいくとは言ってもそういった反則に近い事をして勝っても嬉しくないというものだ。

 

 なお今回は俺とレーヴァには制限が設けられていない。この学年別トーナメントの目的は生徒の才能や腕を見るものであるため、ここで制限を掛けるのは違うだろうとの判断だ。

 

 さて、月末のトーナメントまでは数週間程度だ。やれる事など限られてはいるがそれなりには仕上がるだろう。

 

 

 

 

 

「……で、またか?」

 

 1025号室に引っ張り込まれた。数日前のリプレイかのように突発的に出て来た織斑に引きずり込まれたのだ。

 

「ここが一番話しやすいだろ」

 

「それは尤もだが部屋に引っ張り込む前に必要最低限の説明くらいはしろ……さて」

 

 今度は織斑と並んで俺の対面に座っているデュノアを見る。

 

「決着は、付いたんだな?」

 

「うん。お父さんと話したよ。電話でだけどね」

 

「それなら聞かせてもらおうか。生徒会としてシャルル・デュノアの処遇を決めるために」

 

 デュノアは真剣な顔ながら口元には僅かに笑みが浮かび、不敵にこちらを見つめ返してくる。

 俺はあくまでも今は生徒会としての一芝居を打つ必要がある。楯無がデュノアの処遇を既に決めていたとしても、デュノア本人の意思を聞かない事には生徒会は動けない。

 

 最初に切り出したのは、デュノア・グループで画策されていた1つの案件の話。これは『シャルロット・デュノアの暗殺』。首謀者は、ロゼンタ・デュノア。デュノア社長夫人その人だ。

 ロゼンタは子供を授かる事のできない身体なのだという。それによってアルベール・デュノアと妾の間に生まれたシャルロットを恨み、憎んだ。そして例の件を動かそうとしたのだという。

 

 そこでアルベールがとったのは、シャルロットをISに乗せるという行為。幸い彼女にはAという優れたIS適性があった。IS操縦者は世界で最も保護された存在であり、さらにIS学園の生徒ともなればデュノア家の親族からすらも遠ざける事ができる。

 男装の形をとる事になったのは予想外だったが、それでも計画は成功した。自社のラファールに大容量拡張領域(パススロット)を設けた専用機である【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】に彼女を乗せる事で、フランスの代表候補生としてIS学園に送り込んだ。

 

 シャルロットが安全な立場についているうちにアルベールはロゼンタとの対話に努めた。元はといえば2人の人間を愛し、それでしかロゼンタへの愛情を示す事のできなかった歪んだ愛情を示した彼の落ち度。それを自覚していた彼は必死にロゼンタと対話した。全ては愛する娘を守るため。

 

 結果は、デュノアの顔を見てもわかる通り上々。ロゼンタはアルベールにしっかりと愛されていた事を知った。少々都合のいい話かもしれないが、ロゼンタは一時の感情を乗り越えた。

 

 仲を寄り戻した現在社長派と社長夫人派の勢力が手を組んで今度こそとフランスの第三世代機【コスモス】の開発に着手を始めたのだという。

 そして、コスモスというのはデュノアの母親がアルベールに贈られた思い出の花で、彼女も彼女の母も一番好きな花なのだという。

 

「――嬉しかった。お父さんは、お母さんの事も、私の事も愛してくれていたんだって、わかったから」

 

「……そうか。もう、いいんだな?」

 

「……うん。もう、大丈夫」

 

 詰まった息を一度吐き出し、少し吸い込む。

 

「よく踏み出した。よくやり遂げた。生徒会はお前を学園へ歓迎しよう。シャルロット・デュノア」

 

「えっ……?」

 

 鞄からいくらかの書類を取り出し、机の上に置く。

 

「近いうちに記入して提出してくれ。シャルル・デュノアの退学申請書とシャルロット・デュノアの編入申請書だ」

 

「ちょ、ちょっと待って。展開に追いつけないんだけど……」

 

「ど、どういう事だ欄間。全部用意してるなんて……」

 

「悪かったな。試すような事をして」

 

 呆けた顔の2人に、生徒会としての処遇を告げる。

 

「我らが生徒会長はシャルロット・デュノアを迎える準備を進めていた。といっても俺にほぼ丸投げだが。デュノアが自ら踏み出し、未来を掴み取ったらこれを渡すようにと言われていた訳だ」

 

 笑わないなりに空気を和らげると、脱力したように机に突っ伏す織斑と、緊張の糸が切れたというようにふにゃりとするデュノア。

 

「な、なんだよ……ビビらせやがって……」

 

「それくらいしないとデュノアは動けなかっただろう。人間追い詰められた時にこそ本気を出すものだ」

 

「そ、そうかもしれないけど……怖かったぁ……」

 

「荒療治というやつだ。仮にデュノアが動けなかった場合は動くまで追い詰めるのが今回の俺の役割だった。生徒会長は優しいからな。こういった荒事は俺の役目だ」

 

「そんなんだから怖がられるんだぞ……」

 

「何。怖がられる事自体に興味はない」

 

「欄間くんだって優しい人なのに勿体ないよ……眼は怖いけど」

 

「俺が優しいわけがないだろう。今回は生徒会としてすべき事をしただけに過ぎん」

 

「でも、僕は助けられたよ」

 

「それは織斑に言うんだな。先日も言ったがお前に勇気を与えたのはそいつだ」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「早いうちに提出しろよ。ずっとは待たん」

 

「うん。ありがとう」

 

「ありがとな仁!」

 

 未だに感謝されるのは慣れない。というか織斑。いきなり名前で呼んでくるのは如何なものかと思うのだが。すぐに人に心を許すのはお前の美点であり弱点でもある。まぁ、俺には関係あるまい。

 1025号室を後にする。報告は……後日でも構わないだろう。

 

『素直じゃないんですからー』

 

「俺が優しいなら世界の"優しい"のハードルはいくらか下がるだろうな」

 

『そういう自己評価の低いところ、仁の悪いとこですよ?』

 

「やかましいわ」

 

 自己評価を高く持つよりは低い方が驕らない点でいいだろう。しかしこうまで何度も言われるとそろそろ改めるべきかとも思うのだが。

 まぁ、別にいいだろう。




シャルロットは仁ではなく一夏のヒロインのままです。仁も言うように根っこの部分で最初に勇気を与えたのは一夏なので、ヒーローを待つお姫様的願望を持ったシャルロットならそうなるかと思っています。

なおシャルロットの話は殆ど11巻の彼女のお話のそれです。ロゼンタとアルベールの仲直りが原作より早いかもしれませんが、読者にどのタイミングで仲直りしていたかは伝わらない形で進行されていたので気にしない気にしない。

ちなみに当初の予定ではセシリアと仁が組む予定でしたが気付いたら夜竹さんになってました。繰り返すようですがこの作品は私の願望をリアルタイムに反映しています。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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学年別トーナメント一回戦

 オリキャラの設定を固めていたら少々時間がかかってしまいました。


 6月最終週月曜日。学年別トーナメント初日。全生徒総動員の雑務・整備・来賓誘導も終わり、1回戦が始まるのを今か今かと会場内、いや、会場に入りきらずに外でモニターで見ている者も含め全ての人間が待っているだろう。

 各国政府関係者、研究所員、企業エージェント等々圧倒的とも言える面々が観客席に座り、3年にはスカウト、2年には1年間の成果の確認。そして1年には優秀な人材のマーキングを狙っている。

 

 注目すべきはやはり代表候補生と専用機持ち。中でもある1人の女生徒が気になっている。

 1回戦目で簪・本音ペアと当たる事になる1年4組の『アイーシャ・サレム』。サウジアラビアIS開発企業代表として入学してきた生徒だ。同じ4組の簪が言うには「不思議な人だけどどこかとっつきやすくて惹かれるところがある」そうだ。

 数日前に専用機の登録申請をしに生徒会に顔を出してきたのは記憶に新しい。女生徒平均程の身長でスリムな体型に白い肌、ウェーブがかった綺麗な黒の髪を腰ほどまでに伸ばし、少々男口調に寄りかけている日本語で話す彼女は印象に残った。

 なお俺の見舞いに来ていた生徒の中の1人でもある。それも比較的頻繁に。サウジアラビアの女性は親族以外の男性と話す事が禁止されていると記憶にあるが、女性権利団体の声と勢力が大きくなったこの世界では事情が違うらしく俺とは普通に話していた。

 

 俺達の1戦目は凰・ハミルトンペア。中国の代表候補生に、アメリカの代表候補生に王手をかけている生徒。当然ながら強敵だ。

 

「調子はどうだ?」

 

眼鏡を掛けている関係上右眼にかかる1束の髪が邪魔なのでヘアペンで止め、余った部分を耳にかけながら隣に座っている夜竹に問いかける。

 

「ん、いけるよ。万全」

 

「そうか」

 

 夜竹の訓練は俺自身の生徒会での訓練を控えめにしてでもつける事になった。夜竹にそう頼まれたのだから仕方がない。

 しばらく一緒に訓練してわかった事として、まず彼女の操縦技術はそれなりに優れている。実物に触れる機会が少ない一般生徒としては充分に優秀と言っていい。それもあり防御偏重で機動性の落ちている【打鉄】と、機動性重視の【ラファール・リヴァイヴ】ならば後者の方が動かしやすいようだ。

 

 そして彼女の得意武器は銃器系統であるとわかった。特に実弾系のアサルトライフルやサブマシンガンタイプが得意なようだ。

 ついでに高速切替(ラピッド・スイッチ)程ではないが武器の展開収納が素早い。これは弾切れが存在する実弾を使う上では中々重要な事だ。

 頭の回転が速い事でオルコット程ではないが多重思考が得意らしく、1つの事をしながら別の事を思考する事ができるようだ。もし仮に彼女にBT兵器があればそれなりに使えるだろうというのは想像に難くない。

 

 これらの事を加味しての俺達の作戦。夜竹がバラまいて動きを止め、そこを俺が突く。もしくは俺が突っ込み、夜竹が仕留める。というシンプルなものだ。勿論相手もペアであるため充分に対応される可能性はあるが、そこはこちらのBT兵器を持って対応すればいい。手数の多さをもって基本的には2対1の形をとり確実に1人を落としてからもう1人を落とす。

 

 なお今回のトーナメントでは控室のモニターでの試合の観戦が可能だ。それを見て戦略を立て直すのもまた1つの実力であるとの事らしい。確かにモンド・グロッソを始めとした大会級の競技であれば当然の事ではあるだろう。

 

「ボーデヴィッヒは篠ノ之と組んだか……差し詰め余った2人で組まされたな」

 

 このペアは完全な個人技。お互いの事など一切考えない戦い方でそれぞれが相手を叩き潰す試合だ。場合によっては篠ノ之ごとぶっ放す事すら見受けられる。

 1対1の試合ならばともかく、正直俺と夜竹の敵ではないだろう。篠ノ之を落としてから確実にボーデヴィッヒを2人で仕留めればいいだけだ。AICがあろうと1人ならばほぼ関係ない。

 

「織斑・デュノアは辛勝といったところか。やはりデュノア頼みの戦略だな」

 

 勿論間違ったやり方ではない。零落を確実に当てるのならば誰かの助けは必須であり、操縦や高速切替に優れ、更に武装を多量に持っているデュノアならばお誂え向きといえる。

 しかしその戦い方では当然ながら穴が生まれる。

 要は連携を崩すように立ち回ればいい。織斑とデュノアを分断するか、どちらかを先に叩き落すか。後者で楽なのは織斑だろう。何せまだ操縦も剣技も甘い。

 

 オルコットが言うにはどうにも訓練に乗り気とはとても見えないらしい。どちらかというと渋々だと言っていた。オルコット自身理論派であるため伝わりにくい教え方をしてしまっているのが不味かったのでは、と言ってはいたが。凰と篠ノ之の言い争いも多く訓練にならない日もあると言っていたので恐らくそちらが主な原因だろう。

 

「オルコット・如月は順当な勝ちだな。意外と息が合ってるじゃないか」

 

「山岳部のパワー、恐るべし」

 

 如月が【打鉄】の大型ブレードで突っ込み、オルコットがライフルとBT兵器での援護。形としては極めて簡素だが、オルコットの攻撃を掻い潜ったと思えばすぐに接近してきている如月のブレードの一撃がどう見ても異常に重い事が相手にとっては厳しいだろう。

 ただただ大上段から振り下ろすだけだというのに1人を地面まで叩き落すとは酷い威力だ。アレは防御より避けた方がいいだろう。

 

「次は俺達だな」

 

「うん。頑張るよ」

 

 ハミルトンの操縦技術は不明だが、優秀なのは間違いない。気を引き締めてかかるとしよう。

 

「さて、行くか」

 

 ピット・ゲートに立ち、ISを展開する。右眼は当然使わない。

 専用機ではないため少々時間のかかる夜竹を少し待ち、揃ってピット・ゲートを飛び出す。

 

「来たわね無表情コンビ!」

 

「なんだその不名誉な呼ばれ方は」

 

「なら笑ってみなさい!」

 

「無理だな」

 

「ええ……」

 

 確かに表情が出ないのは自覚しているし、夜竹も俺程ではないが表情は薄い。とはいえなんと不名誉なコンビ名な事か。

 

「1戦目から欄間くんとか運悪いなぁ……」

 

「悪いけど、勝つよ」

 

「冗談。アンタらが相手だからって負けないんだから。ティナ、行くわよ!」

 

「はいはい……まぁやれるだけはやってやるわよ」

 

 綺麗な金髪を黒のリボンでポニーテールに纏めていて、身長は女子の平均より結構高めであり体型はグラマーなティナ・ハミルトン。ラファールに乗ってなおもやる気を見せない程の面倒くさがりなのが玉に瑕だが、その実彼女の実力は専用機こそ持っていないが代表候補生に並ぶらしい。どちらかと言うと天才肌というべきか。実戦を見た事はないが凰が来る前は彼女が2組クラス代表予定だったのだから推して知るべきだろう。

 ハミルトンの顔が引き締まる。夜竹1人に任せるのは荷が重いだろう。やはり当初の予定通りいくべきか。

 

 【炎の枝】を4つ共に展開。レーヴァに操作権を渡しながら両手に腰の剣を抜き放ち、剣と装甲表面に炎を纏うと同時に辺り一面に僅かな炎をばら撒く。

 この炎によって辺りの温度を変える事で凰の衝撃砲の発射の際の空気の動きを掴み、軌道を読む。俺達なりの見えない衝撃砲対策だ。

 

 落とすべきは凰。ハミルトンを集中攻撃している間に衝撃砲をぶっ放されてはたまったものではない。俺が躱せても夜竹が食らってしまう。それならばまずは凰を狙う。

 

 背中の推進翼に意識を流し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に接近する。加速の勢いを殺さずに二刀を揃えての切り払い。【双天牙月】を連結状態で展開した凰が受け止めると同時に衝撃と爆音がアリーナに鳴り響く。

 

「言っておくが、模擬戦と同じと思うなよ」

 

「上等……よっ!」

 

 小さな身体を全開で使って押し返される。彼女も天才タイプ。その上努力も欠かさない。それもこれも織斑に再会する為だったわけだが……鈍感とは悲しいものだ。

 

 ビットから炎の弾丸が計8つ放たれる。凰は両肩の非固定ユニットからの衝撃砲で叩き落すが、俺は後ろに回り込む。が、すぐに後ろに飛び退る。

 

「成程……ハミルトンも銃タイプか」

 

「いんや。ティナはそれだけじゃないわよ」

 

 正確な射撃。俺が回り込む位置を予測したかのような速度でアサルトライフルが撃ち込まれた。だが、銃ならば夜竹も負けていない。

 

 今度は凰が飛び退る番だ。奥を見れば夜竹がサブマシンガンを両手に持ち、片方を凰に、片方をハミルトンに向けている。両方に頻りにその両眼を動かして2人の位置を把握し続けながら連射している。

 これこそ彼女の多重思考を活かした技。IS界隈では【多重対象射撃(マルチターゲットショット)】とか言うらしい。現役時代の山田真耶副担任も得意としていたという。

 多数相手の際に追撃しながら牽制もできるという一石二鳥な技だ。彼女の牽制能力はこれのおかげで随分と高い。BT兵器を相手にしても対応力は高い筈だ。

 

「こっちのパートナーも中々なものだろ」

 

「ええ、ホント厄介!」

 

 【双天牙月】を2本に分離、二刀流同士の打ち合いに移行する。

 

「でもこれなら割り込めないでしょ!」

 

「それはハミルトンも同じじゃ……うおっ」

 

 凰の二刀流は完全に隙を消しきれているわけでは無いが、並のそれではない。充分にやりがいがある打ち合いだ。そうなれば当然誤射を警戒して夜竹はこちらを撃つ為に接近する必要がある。

 俺達の戦術は基本ヒットアンドアウェイ。しかし凰の実力では打ち合いで張り付けられてしまうためそれが上手く行かない。1人を落として2対1の状況に持っていければ妨害も入らなくなり、集中して射撃を行えるため夜竹の集中力が続きさえすれば精密射撃を撃ち込めるのだが……。

 どうやらハミルトンはその限りではないらしい。俺達の打ち合いにすら精密射撃を俺だけに向けて放ってきた。それも未だ続いている夜竹の射撃を掻い潜りながらだ。

 

「……ハミルトンに専用機が無い事に疑問を持たざるを得ないな」

 

「でっしょー? アメリカも節穴よね……っと!」

 

 ハミルトンの射撃を避けるために一度離れた後に再接近。再度の打ち合い。今度は凰の両肩付近のユニットが光を帯びる。衝撃砲を織り交ぜるつもりだろう。

 ならばとこちらもレーヴァに頼む。ビットの使用の開始だ。

 1機をハミルトンに差し向ける事でハミルトンを抑える事に集中を始めた夜竹の援護。残り3機はこちらに残して1機に炎の刃。2機は炎の弾丸を使わせる。

 凰の非固定ユニットは2機。こちらは3機。手数だけならばこちらが有利だ。

 

「模擬戦じゃこんなの使ってないでしょ!?」

 

「言っただろう。模擬戦と同じじゃないと」

 

 少々ズルいと思わんでもないが、俺の機体はレーヴァがいてようやく完成なのだから文句は言わせない。

 円状制御飛翔(サークル・ロンド)――複数の機体が互いに円軌道を描きながら射撃を行い、それを不定期な加速をすることで回避する技術だ。本来回避と命中の両方に意識を向けることで、射撃と高度なマニュアル機体制御を鍛える訓練だ――をお互いの二刀を撃ち合いながら衝撃砲と炎の弾丸で行う。徐々に速度は上がっていっているというのに、その合間にもハミルトンからの射撃が俺だけに当たるコースで飛んで来るのは酷く厄介だ。回避しきれるものでもなく少しずつシールドエネルギーが削られる。

 

「……埒が明かんな」

 

 ゴウッと炎を全身から吹き出す。

 

「きゃっ」

 

 一度凰を怯ませるのが目的だ。その隙に剣を左腕に5本呼び出し、同時にその手首にリング状の武装を呼び出す。

 

「やるぞレーヴァ。接続は任せる」

 

『了解。新技行きますよー!』

 

 剣を炎をブースターに使う事でハミルトンに向かって放つ。ハミルトンは咄嗟に腰から抜いたブレードで弾きながら回避を行う。

 

「よそ見してんじゃないわよ!」

 

 展開装甲を起動。左足の装甲を切れ味に特化、それ以外の全身を速度に特化させる。

 振り抜かれた青龍刀を左足で受け止めながらスラスターを吹かし、凰と位置を入れ替える様に移動。

 

「こっの!」

 

 左の五指で()()()()()()()()()5()()()()()()()を掴む。一度左右に振ってから思い切り引き絞る。

 

「なにして……」

 

「きゃあ!」

 

「ティナッ!?」

 

 凰の向こうでハミルトンに5本の剣が多数の方向から襲い掛かる。そう、俺のワイヤーは剣の1本1本に接続されている。左右に振る事でワイヤーをしならせ、その後に引き絞る事で剣の動きをある程度操作したという事だ。

 この手首のデバイスこそが布仏本音お手製のワイヤー射出機。要望通り強度長さ共に素晴らしい一品だ。

 

「よそ見をしていていいのか?」

 

 左足を水平に振り抜く勢いのまま回転。そのまま左と右の剣を交互に放ち、ビットの刃が真上から降りかかる。

 

「くっ!」

 

 一撃目を防御、二撃目は逆の手で防御、そして三撃目を思い切り屈んで回避し、最後に屈んだ勢いを反転させて横に飛んで避ける。しかしその動作は大きな隙となる。

 パララララッと軽い音に一瞬遅れて凰にいくつもの弾丸が突き刺さる。ハミルトンが剣の対処をしないとならないのならば夜竹はフリーとなる。そして継続的に打ち合いさえしていなければ彼女の射撃は極めて精密だ。

 

 今度は振らずにワイヤーを引く。ハミルトンにダメージを与えつつも対処された剣は俺の真下にぶら下がる形になっており、凰の上に構えている俺とは挟み込む形で凰に五本の剣が殺到する事になる。

 

「ちょっ」

 

 左の剣を逆手に、右の剣を順手に放つのは刺突。

 

「こんのぉ!」

 

 凰の衝撃砲の特徴の1つは360度全てに対応できるという事。一発をこちらへ、一発を後ろに向けて放とうとしているのが熱の歪みでわかる。

 だが直後に非固定ユニットが1つ爆ぜた。動揺は見えるがそのまま迷わずにこちらに向かって一発は放たれ、咄嗟に両腕をクロスして防御するが吹き飛ばされる。しかし俺が飛ぶという事はワイヤーに繋がっている剣もそれに応じて加速するという事だ。凰の背中に5本共が突き刺さる。

 それを吹き飛ばされながらハイパーセンサーで確認し、剣から炎を放つ。

 

「くっそー!」

 

 俺と打ち合う事で纏っている炎に曝され、更にサブマシンガンで充分に減っていたシールドエネルギーがそれによって吹き飛ぶ。俺もシールドエネルギーは先程の衝撃砲で5割を切ったがハミルトンを落とすには充分な量だ。

 

 ワイヤーの先の剣を量子変換。ワイヤーも一度引き戻す。カシャンッという音と共に収納される。

 スナイパーライフルを構え、シールドエネルギーを3割程まで減らされている夜竹の隣に飛び、ハミルトンを見据える。

 

「鈴落ちちゃったかー」

 

「続けるか?」

 

「ま、やれるだけはやるって言ったしね」

 

 両手の剣を握り直して突撃する。慢心はしない。彼女もまた強敵だ。

 

「ほ……っと!」

 

 ハミルトンは1本のブレードを片手に、残った片手にアサルトライフルを構える。

 後ろに飛びながらライフルを連射し、俺の剣による追撃をブレードで対処する。

 

「剣も使えるのか。俺が思っていたよりいい腕をしている」

 

「そりゃどうも!」

 

 今度は夜竹が撃ち込む番だ。その手に持ったスナイパーライフルをハミルトンが飛ぶルートへの偏差射撃で放つ事でハミルトンの逃げルートを絞り、そこに更にレーヴァがビットによる射撃を行う事で苦しい形を取らせる。

 

「ここだな……!」

 

 瞬時加速。緩急をつけてハミルトンのリズムを完全に崩す。

 左の剣を加速の勢いのまま投げ付け、俺はそのまま後ろに回り込む。眼が追いついているのかアサルトライフルの銃口がこちらに向けられ、ブレードで投擲された剣を逸らす。

 こちらはもう一度瞬時加速。強引ではあり身体にかかるGも一気に増えるが、まだ行ける。

 追うように連射されたアサルトライフルを避けながら左手に剣をもう一度呼び出しワイヤーに接続。同時に剣を手放し振り回すように腕を振り払う。

 

「うわっ!」

 

 剣に切り飛ばされ、その先にはスナイパーを収納し代わりに両手にアサルトライフルを展開した夜竹がいる。

 

「……終わり」

 

 全くの容赦のない一斉掃射。これによって俺達の1回戦は勝ちで幕を閉じた。




 夜竹さんとティナさんがやたら強い回でした。原作に出番のないキャラを活躍させたくなるのは二次書いてる人ならよく思うのではと思っています。少なくとも私はそうです。

 そしてオリキャラ出演。サウジアラビアIS開発企業代表生徒ことアイーシャさんです。ベースとなった人物はまだ控えておきます。
 とにかくアラビア語が難しい……。名前の付け方とかこれから出るかも知れない武装の名前の付け方が間違っているかもしれませんがどうかご容赦を。

 アイーシャさんのISは当然の様にオリジナル機体です。彼女と彼女のISの設定を組む際にはいつものようにリア友兼書き友のマスターBTさんに意見を仰ぎました。

 悲しいかな原作では出場できず、二次では一回戦落ちの鈴。これでも私は鈴かなり好きな方なんです。すまぬ……すまぬ……。

 ついでに突如作られた多重対象射撃。IS二次界隈では新しいテクニックを作るのもまた一つの醍醐味みたいなところあると思います。

 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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サウジアラビアの導師

 圧倒的地の文。地の文祭り注意報です。

※アラスカ条約について感想にて突っ込まれたので少々修正しました。


―― SIDE アイーシャ ――

 

 2か月程前、私は、いや私達は1人の存在に命を救われた。

 無人機襲撃事件。脱出もできない状況に陥り、1機の無人機が注意を引いているうちに1年4組へと飛来したもう1機の無人機は、大剣を掲げアリーナの遮断シールドを破り向かってこようとした。

 それを止めたのは噂の男性操縦者。何故か脚から多くの血を流しながら援軍が来るまでボロボロになりながらも1人で後ろの私達を守り抜いて見せた。

 無人機が停止してすぐに彼は保健室へ運び込まれた。しばらくは面会謝絶で保健室の彼の部屋に入る事もできなかったけど、3日後には眠っている彼の顔を見る事ができた。身体はボロボロで包帯まみれだったけど、寝顔だけを見ていればあの時に整った顔を歪めながら危機として戦っていた彼も、やっぱり私達と変わらない年齢の少年なのだとわかった。

 

 正直、目の前でアレだけの事をされて憧れないわけがなかった。英雄願望なんて持ち合わせてはいないけど、誰かの為に頑張る人というのはいつだって輝かしく映るものだ。

 彼の情報を持って帰るのも私の仕事の1つではあるけど、もうそんな気は起こらなかった。恩を仇で返すのは好きじゃない。

 代わりに沸き起こったのは、個人的に彼の事を知りたいという欲求。あの時は早く目を覚まさないかとやきもきしたものだ。

 

 2週間目を覚まさなかった彼がようやく目を覚ましたと簪から聞いた時、4組は沸き立った。そうだろう。何せ彼は私達4組にとっては正しくヒーローだ。

 

 一斉に行っては混乱させてしまうし、まだ絶対安静。流石に4組の面々は一斉に行く事は自重し、日をズラしたりした。簪は毎日行っていたし、簪以外にもよく足を運ぶ人はいた。私もその1人だ。

 

 その時に「君は強いんだね」と声を掛けた。返って来たのは「どうだろうな。強さで言えば生徒会長の方が上だ」という言葉。

 「満足していないのか?」と聞いた。「誰かを守るならばまだまだ足りない」と返って来た。

 アレだけボロボロになって、アレだけの人を守って、彼はまだ満足していなかった。前を見続けていた。

 彼と言葉を交わせば交わす程、自分に厳しい人なのだとわかった。笑うところを見た事が無いとは思っていたけど、どちらかと言うと笑う事すら許さないというかのように自身を戒めているようにも思えた。

 

 なんとなく、放っておけないなと思う人だった。強いのに、放っておいたらすぐに壊れてしまうのではないかと思えてしまう人だった。

 でも、きっと誰かに助けを求める事は無いのだろうとも思った。だったら、勝手に助けてやろうと思った。

 

 何でそう思ったのか、自分でも正直わからない。でも、どこか彼には惹かれるんだ。恋愛感情とは少し違うけど、彼の様に前を見たいと、前へ進んでみたいとは思った。

 

 

 

 

 

 1週間程前、唐突に本国への帰還命令が出た。どうやらフランスのデュノア社から1機の【ラファール・リヴァイブ】の"ガワ"を買い取る事に成功したとの事だった。

 しかしそのラファールに新しく搭載されたサウジアラビア唯一のコアは操縦者・武装共に選別しているかのようにサウジアラビア国内にいる全てのIS操縦適性を持つ人間を拒み、起動する事はなかった。武装も極一部の国内開発の物とラファールに元々備え付けられていた一部の物を除き拒絶反応を示し、最悪搭載すれば壊れてしまうケースすらあった。

 

 そこでサウジアラビアで最も高いAというIS適性を持った私が呼び戻されたのだという。もし仮に私でも乗る事ができなかったのならば、唯でさえイグニッション・プランから除名され、今回のラファールを買い取る際に消費したオイルマネーも只ならぬ額であるサウジアラビアは今度こそ他の国に対して大きく遅れを取る事となる。

 

 本国に戻り私に向けられる視線の殆どは期待、願望、そして縋るような視線。もしこの子に乗る事ができなかったのならば、それらの視線の全ての意味は反転するのだろう。それでも断るなどと言う選択肢はなかった。

 

 私はいつだって彼のように進み続けたい。前を見続けていたい。進む道は目の前のラファールに託されてしまったのかもしれないが、不思議と不安はなかった。

 

サウジアラビアにとっては舞い降りた希望の1機。

 

「君は力を、貸してくれるだろうか」

 

 呟いて装甲表面に触れる。返って来るのは無機質な冷たい鉄の感触。

 

 少し前まで私にとってのISというのは、ちょっとした光だった。

 何せ歴史を紐解いてみればサウジアラビアという国を含めたイスラム教を信仰していた国はずっと女性に対しての制限が重かった。言ってしまえば重い男尊女卑の世界。確かに昨今ではある程度の緩和は成されてはいたようだが、当時まだ幼かった私には緩和の事はあまり実感できなかった。

 

 それを唐突に変えたのが約10年前のISの登場だった。それ以降ISに乗れるのは女性だけという事で女性が明確に強くなった。いや、正しくは強くなったつもりでいるだけの女性が殆どなのだが、ことこの話には関係ない事だろう。

 少なくともこの国では女性が強くなった事で男尊女卑という風潮は表向きには無くなった。服装は自由になり、性暴力も明確に減ったらしいし、親族以外の男性とも問題なく話せるようになった。同年代の子達は抵抗があったようだが、私は特にそういった事はなかった。

 公共語が日本語と定められたのは少し大変だったけど、学園でも通じているのなら私の日本語は問題ないのだろう。

 

 だからこの国の女性にとってはISは光。少なくとも私はそう思う。実際に男尊女卑という状況を味わっていたのは幼い頃ではあったけど、アバヤを脱ぎ、あまり得意ではないけどオシャレな格好で街を歩くのは気分がいい。少なくとも顔を、肌を隠して歩くよりはずっと。

そんな状況を作る元になった篠ノ之束にはどちらかと言うと感謝している。

 

 光に触れたくてISの適性検査でAが出て以降は開発企業に身を寄せた。この国には1つのコアしか残っていなくて、その上機体の開発が進められておらず武装の開発ばかりだったのは少し残念だったけど。

 

 私の光を皆は兵器だと口を揃えて言うけど、折角開発者(篠ノ之束)が「ISのコアには人格がある」と豪語しているのだから対話の可能性を見出そうとはしないのだろうか。とよく疑問に思う事はあるけど、成功例が全くないのだから仕方ない。話せるのなら、話してみたいけど。

 

「君は、一体どんな子なんだ?」

 

 この国は日本に比べると暑い。日本の気候に慣れてきている私にとっては懐かしくもあり少々厳しくもある。そのためか手に返って来る冷たい感触もまた心地いい。

 

 久しぶりに聞くアラビア語で"早く乗れ"と急かされる。そんな事はわかっている。少しくらい私の事を振り返るくらいいいじゃないか。大人の女性は余裕が無くて困る。

 

 屈んだ状態のラファールに乗り込み、身を預ける。学園での実習や訓練機を借りての自己訓練でISに乗る時の高揚感はいつも心地いいものだ。今回もその例には漏れない。

 口元に少しだけ笑みが刻まれるのを感じながら、呟く。

 

「私は国のため、なんて大それたことは言わない」

 

 私は我儘だ。

 

「私のために、一緒に飛んで欲しいんだ」

 

 だからサウジアラビアの最後の希望に、私自身のために語り掛ける。彼の様にただひたすらに前へ進むために。

 

「ねえ、私の光」

 

 折角の機会だ。皆失敗したというのなら最後の1人の我儘くらい聞き届けてもらわないと困る。

 

「私の我儘。付き合ってよ」

 

 ドクンッと何かが躍動するような感覚が身体を包み込む。口元の笑みがより一層深まるのを感じる。

 

 

初期化(フォーマット)完了』

 

 

「私と、一緒に行こう?」

 

 もう一度、二度、三度と、心臓の鼓動の様に広がる躍動は、同時に私に温かさをその度に、私の身体に馴染む様に与える。

 

 

最適化(フィッティング)完了』

 

 

「止まった時は、私が道へ導く。だから、私が止まったら、君が導いてね?」

 

 

一次移行(ファーストシフト)――完了』

 

 

 機体が私を乗せたまま光に包まれ、疾風は、旅人を導く一筋の風へと姿を変える。

 色はグレーから褐色へ。赤と黒のラインがアクセントとして存在し、肩と背中の大型推進翼はそのままに、腰にもう1つの推進翼が増え、両足にスラスターが増設される。

 比較的薄かった両腕の装甲が大きく分厚くなり、元々分厚かった両足の装甲もまたさらに頑丈な姿に変わる。

 少なめだった胴体の装甲には少しだけ装甲が現れ、胸、腹部、股関節を守る装甲となる。胸と腹部間、腹部と股関節間は少しずつ隙間があるけど窮屈過ぎなくていい。

 

 光が収まると、最近のISとしては重装甲な部類に区分されるような姿に私の光は姿を変えていた。動きづらさは感じない。間違いなくこの子は私を認めてくれたのだ。

 

「――行こう。君の名前は今日から【アルラサス(導く者)】だ」

 

 頷くように、最後に一度ドクンッと熱が躍動し、起動する。"おおっ……!"という声が私の周りのあらゆる場所で上がる。

 そんな羨ましそうに見ても、あげないよ? この子は私の、私だけの光だから。

 

 

 

 

 

 チョーカーとして首元に収まっているこの子にはサウジアラビアの企業で開発されていた武装のうちのいくつかが追加搭載され、少しだけ時が経って学年別トーナメント。彼の試合も見たけどやっぱり強い。順当に勝ち進めば4回戦でぶつかる事を深い深呼吸と共に理解する。

 まさか初戦から簪と当たるとは思わなかったけど、お互い機体は模索段階。とにかく頑張ろう。

 

「お互い頑張ろう。簪」

 

「うん……本気で、行くから……!」

 

 うん。そう来ないと面白くない。本気でぶつかり合ってこその勝負というものだ。

 

「行くよ。私の光」

 

 

 

 

 

―― SIDE 仁 ――

 

 レーヴァの軽い整備とエネルギー補充を行って控室に戻ってきたら、既に本音と簪の試合は始まっていた。というか既に佳境だった。

 アイーシャ・サレムのパートナーはエネルギー切れでリタイアしており、サレムの残エネルギーは6割。本音、簪はともに約4割といったところか。

 

 サレムの機体――アルラサスと呼んでいたか――は随分と装甲が多い部類に入るだろう。勿論レーヴァ程ではないのだが。推進翼も多い。ラファールに少し似てはいるが少しだけだ。

 特に目を引くのは右肩に備え付けられている3つの砲身。粒子砲にしては小さいがライフルにしては大きい。

 

「夜竹。疲労は大丈夫か?」

 

「ん」

 

 サムズアップで返事としてきた。

 

「そうか。ならいいが、ちゃんと休んでおけよ。IS戦闘の疲労は蓄積しやすいからな。気付かないうちに身体が動かなくなる事もある」

 

「ん。わかった」

 

 モニターに眼を戻す。少し何かを話していたようだが、両手の白と黒の2本の曲刀をサレムが握りなおしたのがわかった。仕切り直しは済んだらしい。

 

 簪は薙刀を、本音はブレードを抜いてサレムに肉薄する。簪の薙刀の腕はまだ楯無の槍よりは甘いが、充分にその踊るような薙刀捌きは中々悪くない。

 本音はでたらめに弾が飛んでいくことが多い銃よりはブレードの方が得意だ。さて、どうなる。

 

 アルラサスの腕と足の装甲がスライドして開く。そこからジャラリと出てきたのは合計10本程の金色の鎖。剣を振るう動作に反応して鎖が動き、簪と打ち合いをしながら本音を弾くという器用な真似をやってのける。

 距離を離して蹴りを放てば鎖が叩き付けられるように本音に放たれ、そのまま左手を右肩に持って行ったと思えばその3つの砲身のうちの1つをスライドさせ右手に装着する。

 

「ほう……」

 

 イメージインターフェイスがあれば楽なのだろうが、恐らくアレには積まれていない。そこでスライドして3つの砲身の中で状況に応じたものをチョイスして使うという事か。

 

 キィィィン……という一瞬のチャージ音の後に放たれたのは炎の柱。恐らくは荷電粒子砲。それも連射だ。見たところエネルギーの消費も粒子砲にしては軽い。右肩部分が肥大化している事を除けば便利な装備と言えるだろう。むき出しのままという事は量子変換での展開収納は受け付けてないのだろう。

 本音もよく躱したがやはり厳しい。連射の荷電粒子砲に合わせてあの鎖。更には接近しての二刀流だ。簪のフォローが入っても避け切れなかったようだ。

 

 一瞬落ちた本音に意識が逸れた簪だが、すぐに前を向く。そして構えられるのは計48門のミサイルポット【山嵐】。手動ロックであるためここまで時間がかかったようだが、どうやら切り札を切るらしい。

 まずは6発。誘導ミサイルであるためサレムの操縦技術が優れていたとしても避け切るのは難しいだろう。一部を切り、一部を鎖で落とし、一部を荷電粒子砲で落として事なきを得る。

 

 次は残る半分の21発。決めに行くつもりだろう。すぐに残りの21発も放たれる。

 それを見たサレムはそれぞれの金の鎖を量子変換。代わりに今度はスライドして空いたままの装甲の各所からブワッと赤い花弁のようなものが宙を舞う。

 サウジアラビア国花の薔薇……いや、違う。花弁にしては挙動が硬い。鉄片だろうか。無数のそれらが、開いた装甲部分から追い風が射出され、勢いよく簪の方へ向かって放たれる。

 

 放たれたミサイルの殆どはその踊る様に宙を舞う鉄の花弁によって撃墜され、僅かに残ったミサイルはサレムに着弾したようだが致命打にはならなかったようだ。

 

 アレがサレムの切り札というわけだ。鉄片の密度威力共に申し分ないと言っていいだろう。そして何より華やかだ。魅せる技とも言える。本人が動きながら風を射出すれば薔薇の吹雪のような光景が見る事ができるだろう。

 

 山嵐が通用しないとなっては今の【打鉄弐式】での勝ち目は薄いだろう。今回はサレムが一枚上手だった。まぁ簪にとってはいいデータが取れただろう。これで荷電粒子砲【春雷】の開発も捗りそうだ。

 

 サレムとはお互い勝ち進めば4回戦で当たる。やはり油断してはいけない相手だ。

 

「いやー負けちゃった~」

 

「アイーシャ……強かった」

 

「お疲れさん。2人共」

 

 控室に戻ってきた2人に軽く声を掛ける。

 

「でも……荷電粒子砲のデータは取れた」

 

「意外とショック受けてないんだな」

 

「山嵐が落とされたのはショックだけど……アイーシャに負けても、気分は悪くないかな」

 

 彼女の人徳のなせる業だろうか。確かにどこか惹かれると言っていたしそんなところだろう。

 

「ランラン勝ってね~」

 

「まぁ、やるからには、な」

 

「私も、頑張る」

 

 尤も、次の一般生徒組とその次のオルコット・如月ペアを乗り越えねばならないのだが。負けるつもりは、ない。




アイーシャが思いの外書きやすいです。モチーフキャラがよかったかな。
のほほんさんと簪さんが少し弱めに見えてしまいますが、片や訓練機に片や未完成の弐式なので全力が出せているかと言えばノーという事だけ念頭に置いておいていただきたいと思います。恐らく現段階の簪さんの全力でも、機体相性的な意味でアイーシャ相手は荷が重いとは思いますけど。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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学年別トーナメント三回戦

 お待たせしました。


 2戦目の一般生徒ペアとの試合は問題なく突破。流石に2回戦落ちとなってしまっては楯無に顔向けもできなくなってしまうためそういった方面での緊張感こそあれ、試合そのものは夜竹の練度もあって問題はなかった。

 

 観戦していたところボーデヴィッヒ・篠ノ之、織斑・デュノア、オルコット・如月も一部危ないペアこそあったにしろ突破。このままサレムのペアも勝ち残るようならば3回戦は俺達とオルコット達。それを勝てば四回戦でサレム達とぶつかる事となる。

 

 この4回戦で織斑・デュノアペアとボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアがぶつかる。つまりここで残った方と俺達が決勝戦だ。

 

 詰まるところオルコットペアとの試合に入れば完全に専用機持ちラッシュだ。それぞれ問題なく勝ち上がる能力は充分にあるだろう。唯一技術で乗り遅れる織斑は操縦者はともかく、機体性能とデュノアのフォローがある。

 

 強いて言うのならばボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアだろうか。あのペアは相変わらず個人技だ。ボーデヴィッヒは操縦者としての腕もいい上にあのAICだ。そうそう負ける事はないだろう。

 篠ノ之の方は剣道の腕で相手を叩き伏せてはいるが、銃を相手にすると動きが鈍い。尤も、篠ノ之が落とされても一般生徒相手ならばボーデヴィッヒが2体1を制して勝つのだが。

 

 

 

 

 

 さて、今はと言うと昼飯時だ。今回は生徒会室ではなく食堂に連行されている。

 

「別にどこで食おうといいんだが……」

 

 そう。どこで食うとかそういうのは気にしない。

 

「人数がやけに多くないか……?」

 

 俺、更識姉妹、布仏姉妹、オルコット、夜竹、更にはサレム。合計8名。どう考えてもただ昼飯を食うには人数超過だ。食堂の机は円形に囲んで座るタイプの机もあるため食事と雑談を同時に行う分には困らない設計ではあるのだが。

 

「まぁこんな行事の時くらいね?」

 

「そうそう。生徒会室遠いし~」

 

「ただの敵同士というわけでもありませんし、息抜きも大事ですわ」

 

「私もお邪魔してよかったのか?」

 

「勿論。一度戦えば、友達。元々友達だけど」

 

「いつもより賑やか」

 

「本当、賑やかになったものです」

 

 楯無、本音、オルコット、サレム、簪、夜竹、虚の順番だ。この人数がいるというのに会話が混ざらないのは息が合っているというかなんというか。

 

「サレム。パートナーの音無はどうしたんだ?」

 

「誘ったんだけど恥ずかしいって」

 

 音無日奈。こちらも俺の見舞いには時々来ていたがどうにもあがり症らしく言葉を交わせる機会は少なかった。来る時自体も友人と一緒にというケースが多かった。主にサレムか簪だったが。

 

「そうか。相変わらずだな」

 

「クラスではそんな事無いんだけどなぁ……」

 

「そうなのか?」

 

「うん。仁と話す時みたいに真っ赤になったりしない」

 

 答えたのは簪だ。

 

「山田副担任のように男性ってのが問題なのかもな。そこは俺にはどうにもできんな……」

 

「あの子の問題だし、仕方ないな。私や簪がいればサポートもできるんだけど」

 

 やはりサレムの日本語は少々硬いというか、中性的というか。問題なく通じるし彼女の個性がよく出ている口調でもあるのだから問題はないのだが。

 

「それにしても、今年の1年生はレベルが高くて結構結構。簪ちゃんと本音ちゃんが負けちゃったのは残念だけどね」

 

「専用機持ちの全体数が多いのですし、当然とも言えますわ。専用機持ちを抜きにしてもさゆかさんやハミルトンさんのように頭1つ抜けた人がいるのも事実ですけれど」

 

「歴代でも特に見ごたえのある1年生トーナメントだと評価をいただいていますよ。皆さん頑張ってくださいね」

 

「私達も応援してるよ~」

 

「明日の午後からの私達も負けてられないなぁ」

 

「と言っても生徒会長は負ける気なんてまるでないだろう?」

 

「勿論。まだまだ学園最強を譲る気はないわよん」

 

 負けられても困る。仮に彼女が負ければ生徒会長がすげ代わってしまう。そうなってしまえば当然俺達も生徒会から外されるわけで。

 仕事が減ると言ってしまえばそうなのだが、今更今までずっとやっていた事をやらなくていいと言われてもモヤモヤするというものだ。ここまで来たのなら最後まで生徒会長には頑張ってもらわねば。

 

「オルコット。そっちの調子はどうだ?」

 

「万全と言っていいですわ。今回は、勝ちます」

 

「ほう。楽しみにしておこう。だがやるからには負けるつもりはない」

 

「そう来なくては面白くありません」

 

 そう不敵に笑う。

 

「俺ばかり気にしてるなよ。今回はタッグ戦だ」

 

「私も、頑張るよ」

 

「ええ。勿論さゆかさんも優れた操縦者です。ですので……油断など一切するつもりはありません」

 

「そう来なくてはな」

 

「口調は楽しそうなのに表情が動かないんだな2人共……」

 

「やっぱり無表情コンビ」

 

 そこの4組。聞こえているぞ。

 

 

 

 

 

「行けるか?」

 

「ん」

 

 今回もサムズアップが返事だ。交わす言葉が少なくも思うが、それが彼女なりの付き合い方だ。普段から口数も多い方ではない事を知っていれば特に気になる事でもない。

 

 レーヴァの点検もエネルギー補充も終わっている。取り合えずこの3回戦が終われば今日の部は終わりだ。夕方以降は彼女の整備に時間を使ってやるとしよう。

 

「よし、行くか」

 

 ピット・ゲートから今回は揃って飛び出す。向こうもほぼ同時に飛び出してきた。【ブルー・ティアーズ】を纏ったオルコットと、【打鉄】を纏った如月。

 今回も先に片方を落としたいが、多対一を得意とするティアーズを先に落とすのが好ましいが、2人で手こずっている間に如月にあの剛剣を叩きこまれてはひとたまりもない。かと言って今度は如月を狙えば意識外からティアーズのレーザーライフルやBT兵器が狙撃してくるという厳しい相手だ。超近接型の如月と、後方援護のオルコット。中々どうして相性がいい。

 

 そうなると1人が1人を相手取るのがこの場では選択肢に入る。俺が如月を相手にするのが戦闘スタイル的にはいいのだが、そうなると夜竹がオルコットと一騎打ちになる。相手は代表候補生。耐えてくれと言うのは簡単だが実践するのは難しい。とはいえオルコットを追うのに時間を費やすわけにもいかない。

 

「分断を狙って1人を落としに行くか」

 

「ん。了解」

 

 両手にアサルトライフルを1丁ずつ構えた夜竹が頷く。こちらもビットを展開して備える。

 既にオルコットは4機のレーザービットの操作に入っている。あくまでミサイルビットは接近されたときの最後の手段として温存するという事か。

 今回は【炎の枝】を自身と夜竹の援護に付ける。オルコットと初めて戦った時と同じように機体の両脇に配置する事で本体への被弾率を下げつつ攻撃の密度を増やす。

 

「ところで1回戦から気になっていたのですが……」

 

「なんだ?」

 

「わたくしがビットと本体の思考を分けるのに苦労していた事はご存知ですわね?」

 

「ああ」

 

「……どうして仁さんもビットを4機扱いながら本体の操作ができているんですの?」

 

 BT兵器の本場イギリスからすればそりゃあ気になるだろう。とはいえ俺が操作しているわけでもないので何とも言えない訳なのだが。

 

「……企業秘密だ。お前がこの試合勝てたら教えてやる」

 

「言いましたわね? 約束ですわよ?」

 

 余計負けるわけにいかなくなってしまった。レーヴァの気分次第で教える存在が増えるのはいいのだが、逆に言えばレーヴァが知らせたくない時に教えるのは好ましくない。なので今回は勝たなければならない。

 

『まぁセシリアさんとさゆかさんになら別にいいんですけどね?』

 

『お前なぁ……』

 

 周りには聞こえない念話の形だが今このタイミングで言われても気が抜けてしまう。さっきまで大人しかったくせにこれである。

 

『まぁ気が向いたらという事で』

 

 気を引き締めなおす。気を抜いたままで勝てる相手ではないのは百も承知。アレからどれだけ成長しているか、見せてもらうとしよう。

 

 炎を両手の剣と装甲表面に一定量放出し維持。両手首にワイヤー射出機を呼び出す。

 

「でぇぇぇい!」

 

 如月が突貫。両手持ちのブレードによる大上段からの振り下ろしを剣をクロスして受け止める。

 

「ッ……!」

 

 重い。弾き飛ばされる前に横に逸らして受け流す。それでもシールドエネルギーが僅かに減らされた。やはり如月の大振り一刀は受けてはいけないようだ。

 ISの出力は他の打鉄と変わらないはずなのにこの怪力。力の変転の仕方が上手いのだろう。力の強弱の操作に慣れているのは流石山岳部といったところか。

 

 受け流して態勢の崩れた如月に追撃を入れようとして中断。俺が先程までいた場所をレーザーが通過する。そちらに向かってこちらのビットから弾丸が放たれるがオルコットも回避する。

 間髪入れずに夜竹が多重対象射撃(マルチターゲットショット)で2人に向けて放つ。左右に展開する様に回避行動をとる2人のうち如月に俺が肉薄する。

 

「行くぞ」

 

「来ーい!」

 

 如月の剛剣には一瞬の溜めが必要なのは見ればわかる。それならばこちらからの連続攻撃でそれを使う余裕を与えない。

 こちらについているビット2機を夜竹に付ける事でオルコットを抑えるためのサポートに回す。

 

 炎を纏っている間は相手との近接戦では炎によってシールドエネルギーを削る事ができるためこちらに分がある。一気に片を付ける。

 

 右袈裟切りをブレードで受け止められながら左水平切り払い。防御が間に合わない如月に更に切り払いの勢いのまま回転し裏回し蹴りを叩きこむ。

 

「容赦ないなー!」

 

「試合で容赦する奴があるか」

 

 打鉄は防御偏重。ラファールに比べればダメージの通りが悪い。更にもう一撃を加えようとしたところで機体が揺れる。

 一度距離を開けて確認すると、ティアーズのミサイルビットとレーザービットが1機ずつこちらに来ている。ミサイルビットは如月の横に陣取る。オルコットが新しいパターンをビットに組み込んだという事か。

 

「一筋縄ではいかんな……」

 

 いくつも放たれるレーザーを切り払いながら如月に接近する。先程までの速度が出せない事で如月も体勢を立て直す時間が生まれ、再び大上段にブレードが構えられる。

 それを見て左の剣を投擲。同時にワイヤーを射出。

 

「うわっと!」

 

 一瞬だけ動きが鈍ったところに右の逆袈裟切り。大上段からの振り下ろしを合わせられ押し返されるが、ワイヤーを手首のスナップを利用し先程投擲した剣の柄に絡めて引き戻す。

 引き戻した剣が意識の外から打鉄の背部装甲を切りつけると同時に、押し込んでいたブレードの力が弱まったところを右の剣を振り抜いて弾く。そのまま返す刀で右切り上げ。直前でソバットの要領で剣の腹を蹴りつけられコースがズレ、そしてミサイルビットからミサイルが放たれる。

 

「くっ」

 

 攻撃がズレた衝撃で回避が間に合わず被弾。一度距離を開けるがこの距離は如月の距離だ。

 

「でりゃあああ!」

 

 構えから今までの大上段とは違う。横から殴りつけるような斜め振り上げ。咄嗟に後ろにスラスターを吹かし後退する事で回避するがそのままの勢いで回る様にもう一度同じ一撃が飛んで来る。

 体勢を立て直しワイヤーで引き戻した剣を左手に握り直し、ソードスキルを起動する。どんなコースで来るかわかっていればソードスキルのリスクは実質ないようなものだ。

 

 斜め上から2本の剣を揃えて切り下ろす二刀流ソードスキル《ダブルサーキュラー》。淡い青に輝いた二刀が如月の渾身の一撃とぶつかり合い、上下での鍔迫り合いになる。

 これが地上であれば上から力を込める事ができるこちらが有利だが、IS戦闘は空中だ。後は技術の勝負。単純な力では如月に押し負け、一定以上まで押し返されればソードスキルは中断され致命的な隙を晒す事になる。

 

 それならばと敢えて力をふっと抜き、もう一度後ろに飛ぶ。如月の一撃を後ろに衝撃を逃す事で吹き飛ぶ事にはなるがこちらの硬直もその間に解消される。

 

「うえぇっ!?」

 

 鍔迫り合いは必然的に力がこもる。その状態で先程まで同じ力を込めていた相手が力を抜いていなくなれば当然体勢を崩す事になる。すぐに体勢を立て直すのは素人では無理だ。

 反転での瞬時加速(イグニッション・ブースト)。全くの逆への反転は少々身体に負担がかかるが気にせずに再度ソードスキルを起動。両の剣をX字に切り下ろす二刀流ソードスキル《シグナス・オンスロート》。

 身体が浮き上がる程全力で切り下ろすソードスキルなため本来は隙が大きいが、この場面ならば関係ない。Xの斬撃が如月を地面へ向けて叩き下ろす。

 

「硬いな」

 

 それでもまだシールドエネルギーは残っている。追撃を掛けて終わらせる……!

 ガギィン! という音と共に剣が止まる。止めているのはショートブレード。ティアーズの武装の一つである【インターセプター】だ。

 

「ほう……」

 

「今度はわたくしが相手です……!」

 

 

 

 

 

―― 時間は少し戻り SIDE さゆか ――

 

 欄間くんが如月さんに急接近し、こちらにビットが2つ飛んで来るのを確認しながらセシリアと向き合う。

 

「多重対象射撃での分断……お見事ですわね」

 

「ありがとう。取り合えずセシリアの相手は、私」

 

「キサラさん1人では仁さんの相手は厳しいでしょう。さゆかさん。容赦はしませんわ」

 

 セシリアはライフルを油断せずこちらに向けて構え、ミサイルビット1つとレーザービット1つを如月さんの方に飛ばしながら不敵に笑う。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 両手のアサルトライフルは弾切れ。収納して今度はサブマシンガンを2丁展開。

 

「簡単には、落ちない……!」

 

 私ではビット全てを回避しながら反撃は難しい。欄間くんのビットに攻撃を任せて回避に集中する。

 現在3機のビットならセシリアはマニュアル操作で操作するだろう。欄間くんが言うにはセシリアのビットの1つは「必ず一番反応の鈍い場所」から撃ってくる癖があると言っていた。それすらも回避するために意識を研ぎ澄ませる。

 

 上下からのビットの射撃。身体を捻りながら横に飛んで回避。残る1機は私の背後にピッタリと付いての射撃。確かに避けるのは難しい。けどそこには欄間くんのビットがある。4機のビットは私を囲む様に防御してくれている。

 今度は正面からのライフルによる狙撃。飛ぶ先を予測した偏差射撃をその場でピタッと止まって回避。間髪入れずに今度は左右からのビット同時射撃。上に飛びながら両手のサブマシンガンを収納。両手に呼び出すのはレーザー弾を放つ2丁拳銃。今の状態からならこれがいい。

 再び背後からの射撃。今度はそれに向かって拳銃を発砲。レーザー同士がぶつかり合うけど明らかに向こうの方が威力が高い。拳銃のレーザー弾は消滅。けどぶつかった衝撃でレーザーが僅かに逸れ、回避の猶予が生まれる。

 

「やっぱりさゆかさんも素晴らしい腕ですわ。ですが……」

 

 上と右からのビット射撃を回避。同時に左足に衝撃が走る。

 

「わたくしも代表候補生として負けてはいられませんので!」

 

 本体とビット同時の射撃。ビットに意識を向けていた分本体のレーザーライフルに反応ができずに左足に被弾したらしい。体勢が崩れたところに残った1つのビットの射撃が突き刺さる。

 

「くぅ……っ」

 

 欄間くんのビットでの射撃も挟まれているのにそれを回避しながらの狙撃。流石代表候補生と歯噛みする。

 やっぱり防御一辺倒ではセシリアを押さえ切れない。大きな隙を見せたら向こうの戦場に割り込まれてしまう。それなら……。

 

 今度は右手に実弾のセミオートショットガン、左手にレーザー弾のアサルトライフルを呼び出す。

 

「負けないから……!」

 

 上からビット射撃、前に思い切り飛んで回避。前からレーザーライフル。アサルトライフルを連射してセシリアのレーザーにぶつけ、無理矢理逸らしながらセシリアに反撃。同時にこちらのビットから炎の弾丸がいくつも放たれる。セシリアはそれを回避しながら右のビットに指示を出したのかビット射撃が放たれる。旋回飛行で回避。最後のビット射撃は被弾しながらそれすらも勢いに変えて前へ飛ぶ。

 

「まさか……!」

 

「やぁぁぁーー!」

 

 一気に接近してショットガンをセシリアに向かって連射する。ショットシェルの弾数は8発。全て撃ち切る。

 その間にビット射撃がいくつか被弾するけどそのままショットガンを収納。ほぼ同時にサブマシンガンを呼び出し、左手をアサルトライフルから離しサブマシンガンを両手持ちでブレないように押さえながらばら撒く。

 

高速切替(ラピッドスイッチ)……!? くっ!」

 

 全身を強い衝撃が叩き付ける。射撃に無我夢中で意識から外れていたミサイルビットが炸裂したらしい。視界の端でシールドエネルギーを確認すると残り2割を切っている。もうレーザー弾は使えない。

 

 体勢を立て直し、ミサイルの黒煙が晴れるとセシリアがいなくなっている。欄間くんの方に視線を向けると、欄間くんの剣をショートブレードで受け止めているセシリアが見えた。

 

「やっぱり、強い……」

 

 でも、まだまだここから。




 今回セシリアは操作するビットが1機減った事で純粋に負担が減っているのでマニュアル操作と本体操作を同時に行えています。4機+本体だと最低1機分は操作パターンを組んで、その1機をほぼ自動にしての本体同時操作になりますね。なんか計算おかしい気もするけどそんな感じです。

 日常パートが相変わらず苦手な人です。人数増えると純粋に頭の処理能力が追い付かなくなったりしてどうしても影が薄いキャラが出てしまいますね。まだまだ精進が足りません。

 影の薄いソードスキルですが今回や無人機の時の様にたまーに登場します。一応SAOのゲーム全部やってるので今回のシグナス・オンスロートとかみたいにそちらからも抜粋してます。

 珍しい夜竹さん視点でした。とはいえ私の書き方では視点が変わっても地の文があまり目に見えた変化をしないのですが。

今回の戦闘スピード感少し薄いかな……。

 では次回もよろしくお願いします。
 感想等お待ちしております。


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学年別トーナメント三回戦後半戦

2つ前の話について、コメントにてアラスカ条約について突っ込まれたので修正をしております。その話の前書きで記載してはありますが、一応こちらでも報告をしておきます。

……アラスカ条約が原作だと殆ど空気なのはなんともいえませんが。


 ショートブレード【インターセプター】を弾き、袈裟に振り下ろす一撃をオルコットが更に受け止める。残った右の剣を後ろに飛んで回避され、反撃のビット射撃を2発回避し、1発を切り払う。

 

「ごめん。押さえ切れなかった」

 

「いや、充分だ。それにオルコットにあそこまでダメージを通したなら大健闘だ」

 

 残シールドエネルギー量。俺が6割、夜竹が2割弱、オルコットが7割に如月が1割。代表候補生相手にここまでやれたのなら誇るべきと言えるだろう。レーザー兵器でエネルギーを逐次消費するとはいえ、俺の様に一気に減るような武装が無いオルコットならば尚更だ。

 

 状況としては如月が前に出るリスクが高い以上こちらがやや有利と言える。とはいえここまで近接一本な如月は準備を整えれば突貫してくるだろう。俺も炎の放出やビットでの炎の弾丸に加えミサイルビットでそれなりに減らされているためここからはオルコットの攻撃にも注意を払わなければならない。

 

 ビットを2機夜竹からこちらに戻して肩の横に2つを浮かべる。

 

「近接武装の訓練も欠かしていないようだな」

 

「ええ。貴方と戦うならば避けては通れない道ですもの」

 

 オルコットがショートブレードを収納。レーザーライフル【スターライトmkⅢ】の銃口を油断なくこちらに向けて展開。彼女の武装は弾の切れたミサイルビット2機を除いた全ての武装。とはいえ彼女にとっての切り札を落としているのは大きい。

 

「だぁぁぁー!」

 

 次の切り口は如月の大上段の構えでの突貫。回避動作を取ろうとするが俺の上下左右にレーザーが放たれ回避先が一気に絞られた事で反応が遅れ、剣をクロスして受け止める事になる。再び鍔迫り合いの形だが、炎を纏っている以上この形を維持すれば如月は力尽きる。

 しかしそれを許すオルコットでもない。動きの止まった俺に対してライフルを放つ。それにこちらのビットが割り込む事でダメージを肩代わりし、今度は夜竹が如月に実弾のスナイパーライフルを放つ。

 ビットを防御に回していないあちらは如月の体制を大きく崩しながら回避。同時にそれによって緩んだブレードを弾き、そのまま如月を蹴り飛ばす。

 

 【炎の枝】が蓄積していたダメージと今の一撃により1つ破壊されたが如月を一時的に戦線から弾いたのは大きい。そのままオルコットに向けて加速する。

 囲む様に四方に配置されたビットからのレーザーを身体を捻りながら剣を振るう事で弾きながら回避。同時に左手首に剣を4本呼び出し、ワイヤーに接続。

 

 ハイパーセンサーでビットの位置を把握し、同時に4本を炎の噴出を推進力にして全てのビットに向かって放ち、手に握っている1本をオルコット本体に向けて投擲。

 これをビットに回避させるのならばパターン化からマニュアルに切り替える必要があり、更にオルコットがマニュアル操作と本体を両立できるのは現状の模擬戦を知る限り3機まで。さてどうする。

 

 オルコットに向けて投擲した1本が下から飛来したブレードによって弾かれ、4機のビットは剣を回避する機動で全てが無事。一瞬ハイパーセンサーで意識を向けると、如月が剣を投げた態勢で夜竹に止めを刺されているのが見えた。

 

 ワイヤーで4本を引き戻し、今度はオルコットに向けて放ち同時に自分も加速。左掌に新しい剣を呼び出しながら切り込む。

 対してオルコットはビット4機をライフルの砲身を囲む様に1か所に集める。全てのビットの砲門、そしてライフルの銃口が光に包まれる。

 

「ブルー・ティアーズ・フルバースト!」

 

 4門。いやライフルを含めた5門同時射撃。これがオルコットの本当の切り札か。

 束ねられたレーザーが1本の巨大なレーザーとなり飛来していた4本の剣を弾き飛ばす。それだけでは勢いは止まらず、こちらにも飛んで来る。

 纏わせる炎の量を咄嗟に増やす。剣の刀身を炎によって肥大化させ、2本揃えて前に突き出す。

 

「うおおっ!」

 

 更にその剣の先端から纏わせていた炎を一点集中。そのまま発射するイメージを持って放つ。2本の炎の奔流が合わせてレーザーと衝突し相殺。多量の炎の放出により残エネルギーが眼に見えて減るのを視界の端に捉える。

 

『差し詰め名付けるなら……フレイムランスってところですか』

 

「……安直だな」

 

 呟き返しながら再度輝きを放っているオルコットのビットを見やる。純粋にレーザーを束ねただけでもただ5発放っただけよりも大幅な威力の向上が見られる。何度も同じ方法で受けていたらこちらのエネルギーが先に尽きる。勝負を決めるなら早い方がいい。

 

 【炎の枝】を2機呼び戻し両腕の装甲部に接続する。腕を伸ばした状態では肩から2つのビットが高く伸びている形になり、少々不格好で重いが、これで防御力を高めて一気に一点突破する。同時に炎の刃をビットに纏わせる事で同時に攻撃にも転用できるようにする。

 

 レーザーが放たれるのを直前で熱源で感知。両手を顔の前で揃えて致命傷を避けるようにしながら前へ飛ぶ。

 少し飛んだところで両腕に凄まじい衝撃が走りスピードが減衰、同時に両腕に接続した【炎の枝】の耐久が一気に減るのがモニターで確認できる。だがそのまま真っ直ぐに進む。

 

 前が見えない形ではあるがハイパーセンサーで問題なく見えている。オルコットはライフルを収納。ショートブレードを構えて俺に備えようとしているのがわかる。

 

 今度は4門同時射撃が放たれる。それを開いた両腕を大きく振るい、再び肥大化させた炎の刃で切り伏せる。同時に左腕のビットが破損し接続も途絶える。

 この二度にわたる炎の放出とレーザーの衝撃によって俺の残りシールドエネルギーは既に4割。枝は2機残っているが、オルコットとこの距離で左腕に再接続する程の時間はない。このエンゲージを逃せばブロックができない以上、炎で相殺するにしてもオルコットの方が燃費がいい分ジリ貧になるという事だ。

 

 空いた左手に剣を呼び出し、そのまま瞬時加速(イグニッション・ブースト)。右腕をオルコットをビットの炎の刃で焼き切るように真っ直ぐに振るう。

 

「くっ……!」

 

 ショートブレードでは受け止められないと踏んだのか上に飛んで回避を試みる。しかしこの距離では避け切れない。炎の刃による一撃とビットの打撃が同時にオルコットの左足を捉える。

 被弾によって一瞬隙ができる。そこを狙うように左の剣で追撃を放つが、ショートブレードで受け止められる。同時に右腕から強い衝撃が伝わり、ビットが破壊されたのを理解する。

 

「これで……!」

 

「いい手だ。だがなオルコット」

 

 確かにこの状態で無理矢理にでも鍔迫り合いを維持されればビットに撃たれ、手数の差で俺は負けるだろう。しかしそれは()1()()()()()だ。

 

「今回は、タッグ戦だ」

 

「ッ!」

 

 俺の後ろから夜竹が両手に実弾サブマシンガンを右手に、実弾ショットガンを左手に握った夜竹がオルコットの真上を取る様に飛び上がる。

 

「……チェックメイト。私達の、勝ちだよ」

 

 容赦ない一斉掃射。先程の一撃と、鍔迫り合いによって回避が遅れたオルコットへの弾丸の雨により【ブルー・ティアーズ】のシールドエネルギーを削り切り、俺達の勝利だ。

 

「駄目、でしたか」

 

 エネルギーエンプティで自動落下を始めようとするティアーズを受け止める。絶対防御があるため落ちても問題はないのだが、それなりに高い位置なため一応だ。

 

「ああ。今回は俺達の勝ちだ」

 

「まだまだ、届きませんわね……最後の一連の動きも、上手く誘導されてしまいました」

 

「それに気付いたならまだ強くなる」

 

 ほんの僅かに口元が動いた感覚はあったが、きっと表情は変わっていないだろう。

 

 

 

 

 

―― 数時間後 ――

 

 主要な面々が勝ち残ったのを確認できるまで観戦して整備室へ向かった。案の定専用機持ち+篠ノ之と音無が勝ち残り、第4回戦の相手はサレム・音無コンビだ。

 なお夜竹も一緒に来ている。本人曰く「何となく」。

 

「お疲れ様」

 

「ああ。お疲れ。まさか土壇場で高速切替(ラピッドスイッチ)を見せるとはな」

 

「偶然だよ。無我夢中だっただけ」

 

「それでも『できる』という事実は重要だ。それにISの稼働率が高ければそれだけ動きも精錬される。日本の代表候補生も夜竹なら夢じゃないだろう」

 

「んー……」

 

 お世辞ではない。彼女は確かな腕がある。俺は少々スパルタな訓練でそれを引き出したに過ぎない。まぁまだまだ磨く必要はある原石ではあるが、その原石は磨けば綺麗な輝きを放つ宝石となる。尤も、訓練を続けるかどうかは完全に彼女次第なのだが。

 

 ……ここで彼女次第と感じ、もう俺は訓練を付けない、などと思わなくなった辺り、やはり調子が狂う。

 

 そうだ、認めよう。俺は夜竹と肩を並べて戦うのが心地良いと思っている。1人で戦うよりもずっと気分がいいらしい。

 俺の記憶の範囲では誰かと肩を並べて戦った記憶は最早ほぼない。俺が忘れている記憶の中にはあるのかも知れないが、今の俺にはわからない。

 

 誰かと関係を持つのは未だに否定的な気持ちがある。だが関わり合った上で、その人達を俺がイレギュラーから守り抜けばいいだけだ、と最早開き直ってしまったところもまたあるのだ。生徒会の面々など最早切り捨てる事ができない程に手遅れなのだから、ここから少し増えようが大して変わるようなものでもない。

 

 それを口にすればレーヴァがニヤニヤと笑って来たり、それかいたずらっ子のような性格をしている癖に珍しく優しく微笑んで来たりするため口に出す事は滅多にないのだが。

 

「……気が向いた時に、訓練お願いする、かな」

 

「そうか。何、志すものは人それぞれだからな」

 

 無理に勧めるのは本人の意思を無視したエゴに過ぎない。彼女にも彼女の道があるのだから俺が決めるものではない。彼女が決めて答えを出したなら手を貸すだけの話だ。

 

 とはいえ、夜竹に訓練の約束を取り付けておいてオルコットとのそれを断ったままというのも平等性としてはよろしくない。それならばいっそオルコットにも模擬戦以外をしてもいいと伝えるのがフェアというものか?。

 尤も、夜竹とした訓練というのは、基礎的な動きを慣らし、的撃ち訓練をした後に俺と模擬戦を繰り返すというものだったのだが。

 

 彼女に適性のある射撃は俺には適性が薄い。訓練機を借りられる機会も少なく、訓練時間が多くはなかった期間で射撃を碌に教えられないのならば、実戦形式で無理にでも訓練を積ませるという少々スパルタなものだ。勿論俺はビットも単一仕様能力(ワンオフアビリティー)も、更には剣の同時射出も封印していたが。流石に本気でやったら彼女が潰れてしまう。とはいえ仕上げに入る頃にはそれなりに本気を出してはいたが。

 彼女がオルコットのビットに対応できたのは仕上げ時期に俺がビットを使い始めたからというのもあるのかもしれない。レーヴァの操縦ではなく俺自身の操縦であったため2機が限界ではあったが。思えば多重対象射撃(マルチターゲットショット)をものにしたのもこの頃だった

 

 訓練が終われば夜竹はいつも控室の机に突っ伏して荒く乱れた息をぜーはーと繰り返していたものだ。それでも辞めなかったのは彼女なりの矜持なのか、意地なのか。他人の心など完全には読めないのだから俺には図りかねるが、原石は光り出しているのだから結果よかったのだろう。

 

 余談だが、今もそうだが訓練中の夜竹は長い黒髪をやや低い位置でポニーテールに纏めるため、普段のロングヘアとは少々印象が変わる。訓練後は相当に汗をかいている上に普段隠れている首元が出る関係上、机に突っ伏している時は小柄な彼女ではあるが妙に色気がある。いくら肉体年齢に精神年齢が引っ張られるとはいえ、それでも精神年齢がぶっ飛んでいる俺にはそういった欲が薄いためあまり意識する事は無いのだが。別に欲が無いわけでは無いため意図的に意識しないようにしている節もあるが。

 

 ……今更ながらそういった欲がまともにあったらこの学校でやっていくのは苦労していただろう。この点に関しては長い人生を歩んできた利点と言える。どうせいつ次の世界に飛ぶか、いつ死ぬかもわからない俺には子孫を残す機会も必要も無いのだから特にデメリットにもなり得ない。

 

「欄間くん?」

 

「ん、ああ。着いたか」

 

 第2整備室。簪がよくここを使っている事から自然と俺達もここでの整備が多い。アリーナは一つ占領していても整備室を所有しているわけでは無いのだ。

 

「あら?」

 

「オルコットか。奇遇だな」

 

 どうやら現在は専用機持ちはオルコットしかいないらしい。訓練機の整備に奔走している整備科が慌ただしく走り回ってはいるが、レーヴァを展開して整備するくらいのスペースは残っている様だ。

 展開。前面装甲を一度収納して降り、もう一度前面装甲を再展開。

 眼鏡のディスプレイを起動し、レーヴァの装甲部の裏に隠されているプラグと眼鏡レンズ横フレーム部のプラグとをコードで接続する。

 

「破損ビットをどこまで直せるかだな……」

 

 ビット4機を地面に転がし、ワイヤー射出機と一応拳銃も展開する。

 

「こちらは左足の装甲意外目立った損傷は少ないですが……さゆかさんの実弾兵器で装甲が全体的に少々やられてしまっていますわね」

 

「こっちはビット3機の破損に一部装甲がミサイルビットのミサイルで凹んでるな。まぁ装甲程度ならば俺でも多少の処置はできるだろう」

 

 ワイヤー射出機には異状なし。拳銃はそもそも使っていないのだから当然問題ない。

 もし自身の炎で装甲が融解等するのならば修理は大変だがそんな事態は蒼い炎でも使わない限りはない、この程度ならば時間を掛ければ問題あるまい。俺に手に負えない部分は本音辺りが来るのを待つとしよう。

 

 篠ノ之束に用意されている予備装甲を引っ張り出してくる程ではなさそうだ。第8アリーナから持ってくるのもひと手間なため使わないに越した事はない。

 

『あ、そこじゃないです。もう少し左側』

 

「わかった……ん?」

 

『一応ビットはエネルギー供給さえしてもらえば自己修復も可能な範囲ですけど、明日無茶な機動したらまた壊れちゃいますね』

 

「おい」

 

『それとワイヤー射出機も射出機構部分の油差し忘れちゃ駄目ですよ』

 

「おいって」

 

 周りを見てみると見事にオルコットと夜竹しか周りにいない。タイミングを見計らっていたなコイツ。そしてその2人の頭の上には ? が浮かんでいるような表情で首をコテンと傾げている。

 

「やれやれ……確かに気が向いたらとは言ったが……」

 

『今気が向きました』

 

「お前なぁ……」

 

 思えばレーヴァが初めての人物に声を聞かせる時はいつもこのセリフを言っている気がする。頭痛もセットだ。

 

「……欄間くん、女の子だったの?」

 

「何がどうしてその発想になった?」

 

「……もしかして、ISのコアと?」

 

『そうです! 私がレーヴァテインのコア人格ことレーヴァです!』

 

 今日は今まで大人しかったのに突然これだ。今は意識を点検に割いているため彼女の心象風景に潜れずに顔を見る事はできないが、絶対に今彼女はいたずらが成功したいたずらっ子のような顔で笑っている。

 

「まさかこんな身近にコア人格との会話を成功させている人がいたとは思いませんでしたわ……」

 

「俺の場合は特例だ。コイツは他のISのコア人格とは少し訳が違う」

 

「道理でビット操作が円滑なわけですわ。これが答え合わせ、ですわね?」

 

「そうだな。代表決定戦ではレーヴァとの連携を禁じられていた。今回はそれ込みで戦ったってわけだ」

 

「成程。しかしこれが知れたら大事ですわね」

 

「だから極一部にしか話していない。と言ってもコイツの気分次第だが」

 

『ところでさゆかさんがフリーズしてしまっていますけど』

 

「夜竹? おーい?」

 

 流石に唐突過ぎたようだ。オルコットはともかく一般生徒の夜竹には衝撃が大きかったという事か。よくよく考えてみればこれまでそれなりに一般から離れた人物にしかこれを話していない。成程、これが普通の反応か。

 

 結局夜竹がフリーズから帰ってくるまでに少々時間を要した。その最中に本音と簪が来た際、おしゃべりなレーヴァの声を聞いて納得したというように苦笑いされたのは少々遺憾だったが。

 

 何はともあれ点検とメンテナンスは夜までかかったが何とか完了。ビットの方は俺と本音にできる範囲での修理はした。あとは彼女の自己修復に任せるとしよう。

 明日の1戦目はサレムと音無。間違いなく強敵だが気負わずに行こうという事と、知らずのうちに蓄積しているだろう疲労をしっかり抜いておく事を夜竹に伝え、部屋へ帰った。




レーヴァの気紛れ率。と言っても彼女には彼女なりの考えが当然ありますけどね。

セシリア戦最後は、仁が無理矢理突撃したことでセシリアの手を封じ、さゆかさんに最後を任せたという形です。仁1人なら負けていたように見えますが、当然1人ならばもっと堅実な戦い方を彼は取るとは思います。

盛大に今更ですがトーナメントの当たり方が原作とは異なっています。その理由は私が戦闘書きたかっただけです。いつも通りです。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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学年別トーナメント四回戦

活動報告でも報告させていただきましたが、全体的に読み直し、仁の口調を見直しました。具体的に言うと、作品序盤の平常時の彼の口調が最近の投稿に似せて結構マイルドになりました。
同時に楯無さんが『楯無式押し入り問答』の際と『舞槍術と殺人剣と意思と』の際に、レーヴァの人格について同じことを二度聞いているのを少々書き換えました。記憶喪失かよと自分で突っ込んでしまった。

最近幻想人形演舞に今更ながらはまってしまって筆が遅いです。気長にお待ちいただけると幸いです。


「なんでこの4回戦に限って試合順を変えるなんて事になるんだ……」

 

「急いで準備……急に言われても」

 

 寮の外で合流、その後並んで控室に入った俺達を待っていたのは、『第4回戦はトーナメントの後ろの試合を先にやる』という通達だった。

 何故かと問うたら、『織斑の【白式】の装甲修復がまだ済んでいない』と返された。ならば試合そのものを遅らせればいいのではないか? と聞いたら今度は『2年生の試合開始が遅れるわけにもいかないし、お偉いさん方をお待たせするのもよくない』と至極全うに返された。

 

「仕方ないか……」

 

 レーヴァの現状況を指輪のまま、ディスプレイを起動した眼鏡の前にかざして視覚化する。

 装甲、武装共に問題はない。強いて言うのならば彼女の昨日の言葉の通り【炎の枝】が少々耐久面で不安なくらいだ。

 

「夜竹、行けるか?」

 

「ん。欄間くんよりは、準備少ない」

 

 髪を結わえてからサムズアップと共に返ってくる返答に頷き返しながら身体をほぐす。

 

「まぁ不幸な条件はサレムと音無も同様……何とかなるだろう」

 

 しかしよくよく考えれば、こうも代表候補生ばかりとの試合とは酷いマッチングだ。楯無がここ最近たまに見せる申し訳なさそうな微妙な表情はこういう事だったか、と今更ながらに理解した。

 要は『2人目の男性操縦者に対して不利なトーナメントに仕立て上げられていた』と考えるのが妥当だろう。それも学園側の意思というよりはどちらかと言うと日本の意思。

 

 夜竹には俺と組んでいるというだけで苦労を掛けているな。後で何かしらの侘びでも用意する事にしよう。

 

 この国の意思は同時に、序盤織斑が勝てる相手――といっても現状デュノアのおかげなところが大きいが――を用意し『織斑一夏を所持する有用性』を各国へ示したとも言える。ドイツの代表候補生であるボーデヴィッヒ、そしてそれを仮に勝ち抜いた場合最後にこちら側で勝ち残るであろう代表候補生とぶつけ、どちらの試合も勝たないにせよいい試合をすればデモンストレーションとしては上々だろう。

 

 まぁ、サレム達には悪いがこちらは俺達が勝ち上がらせてもらう。そして最後まで勝ち残るとしよう。いつだって暗い思惑を真っ向から叩き潰すのは爽快なものと相場が決まっているのだ。

 

「今回も、勝とうね」

 

「勿論だ。強敵だが気負わずいつも通りやれば問題ない。今1年の中じゃ夜竹の射撃能力はトップクラスなんだからな」

 

「お世辞?」

 

「まさか」

 

 『射撃』という一点では間違いなく彼女はトップクラス。確かにオルコットも射撃は得意としているが彼女の場合は狙撃とビット射撃だ。凰も衝撃砲の射撃であり少々分野が異なる。ハミルトンもまた名手ではあるがこちらもどちらかと言うと狙撃寄り。デュノアは多数の武器を使いこなすが、それ故に射撃一点では夜竹には届かない。

 一般生徒とはいえこの学園にはエリートが集まっているのだ。彼女もまた一般人上がりとはいえ、この学園の果てしなく高い何千……いや、何万倍とも言われる競争倍率を潜り抜けてこの場にいるエリートの1人だ。……エリートとは名ばかりの織斑千冬親衛隊も少なからずいるのは確かなのだが。

 

「行けるな。レーヴァ」

 

『勿論! ただ、ビットの酷使には気を付けてくださいね』

 

「保証はできんな」

 

 一通り身体をほぐしたところで、夜竹が使用するラファールが運ばれてくる。夜竹がそれに乗り込むのを眺めながらピット・ゲートに立ち、機体を展開する。

 

「よし。行くか」

 

 無言で頷いた夜竹と共にピット・ゲートを飛び出す。向こうもほぼタイミングは同時。褐色の装甲に黒や赤のラインが入り、装甲が多めの機体【アルラサス】に乗るサウジアラビア企業代表アイーシャ・サレムに、【打鉄】に乗っている俺の前では人見知りらしい、比較的小柄な方で肩より少し下まで伸び、前面も両眼を隠すように伸びている黒髪をサイドテールにしている音無日奈。今はサイドテールにしている関係上、珍しい事に優し気に目尻が垂れている右眼が出ている。見えているのか? という問いは意味を為さないだろう。普段右眼が隠れていた俺も見えていた事だしな。

 

「お互い災難だな。サレム、音無」

 

「そうだな。でも緊張が早くほぐれたのはよかった」

 

「わ、私はまだ緊張してるんだけど……」

 

 微笑を返すサレムに、おどおどしている音無。とはいえ音無がずっとそんな調子で彼女らが勝ち残れるわけがない。つまり彼女もまた優秀なのだろう。

 

「今回も、私達が勝つよ」

 

「いくら仁達が相手でも譲れないな」

 

 両手に黒と白の曲刀を握り、言葉通り緊張など置いてきたというような眼でこちらを見据えて来る。それを見てこちらも油断なく炎を装甲表面と剣に纏わせる。

 

 ――余談だが彼女は人を下の名前で呼ぶ傾向がある。俺もかなり最初の方から"仁"と呼ばれていた。彼女の人を惹かせるところが活きているのかわからんが不快感などはないのだから問題はないだろう。

 

「行こうか、日奈」

 

「……うん。行こうアイーシャ」

 

 目付きが変わったな。おどおどと揺らいでいた瞳がしっかりとこちらを定める。

 

「……勝つ。うん、勝つ。欄間くんに……勝つ」

 

 そう来なくては面白くないというものだ。本気で戦ってこその勝負だ。

 

「私達の光と仁達の光。どっちの輝きが上か……楽しみだ」

 

「行くよ!」

 

 初手は意外にも音無。打鉄のブレードを左手に、大型シールドを右手に握りしめ、真っ直ぐにこちらへ向かって来る。シールドバッシュを右の剣で受け止め、その後ろから更に2本の曲刀を振り下ろしてくるサレムの攻撃を左の剣で流しながら、音無を押し返しサレムのもう一撃を空いた右の剣で受け止める。

 押し返され体勢を崩した音無に向けて夜竹がレーザー弾のショットガンを2丁で連射する。シールドで防ぐもレーザー弾であるため無理矢理ガードを続ければダメージが蓄積する。それに気付いているのだろう音無が少しずつ夜竹と共に離れていくのを見ながら、サレムとの打ち合いになる。

 

 確か音無は右利き。盾を利き手に持つのは所謂命大事にというやつだ。攻撃手段を利き手に持つよりも、防御手段を利き手に持つ事でより自在に動かせるようになり、それによって操縦者は身を守りやすくなる。攻撃手段が自由に使えたとしても操る本人が大ダメージを受けてしまえばそれもなまくらと化す。故にそれを防ぐためにも明確な防御手段は利き手に持つのはいい選択だ。

 防御を固める事で、臆病な方な性格である音無なりの恐怖を潜り抜ける手段の1つなのだろうが、俺達のように片方を先に落とそうとする相手には大正解の選択だ。シールドバッシュを初手で放ってきたことからもブレードよりもシールドをメインにした立ち回りを得意とするのだろう。そうなれば音無を先に落とすのは少々難しいと思った方がいい。

 

 そして一方のサレムはこれまた意外にも二刀流をそれなりに使いこなしている。凰の【双天牙月】での二刀流も結構なものではあったが、それよりも僅かに腕が上の様だ。とはいえ純粋な二刀流の打ち合いで負けるつもりはない。

 2対1の場面を作りにくい形になった以上、夜竹が音無を抑えている間にサレムを叩いた方がいいと判断し、剣を強く握り直す。夜竹には多重対象射撃(マルチターゲットショット)がある以上、こちらのほうがこの形は有利だ。尤も夜竹がそれをする余裕があるのならば、という条件は付くが。

 

「さぁ、踊ろう」

 

「そうだな。踊りの誘いには乗らないと無粋ってものだ」

 

 右の剣を逆袈裟に振り下ろせば向こうも右の剣で受け止める。向こうの左の突きを左の剣で逸らせば今度は右の剣を緩め僅かに退きながらその右の剣を斜めに切り上げて来る。それを右で受け止めれば次は左の水平切り払いを放ってくる。

 

 成程。片方を防御特化させるタイプでも、役割をスイッチするタイプでもない。俺と同じタイプの手数を増やす二刀流。実質両手利きともいえる。そうなると純粋な腕の勝負だが。

 

「剣で負けるつもりはないぞ」

 

「だろうね。だから、剣だけじゃない」

 

 カシュッという音と共にアルラサスの両腕の装甲がスライドする。そこから出て来るのは金色の鎖が左右2本ずつの合計4本。

 

 サレムがそのまま切りかかって来るのを受け止めるが、一瞬遅れて金の鎖が2本、剣の軌跡を追うように叩き付けて来る。それを残った左で切り払い弾くが、サレムの片腕は空いている。その空いている左の剣を水平に切り払って来るのを後ろに飛んで躱すが、鎖はその長さを持って蛇の様に追撃して来る。更に後ろに推進翼からエネルギーを吹かすも僅かに腹部に鎖が掠る。

 

「成程……」

 

 これは厄介だ。超接近戦を維持できれば炎を纏っているこちらが相手のシールドエネルギーを恒常的に削る事で有利になるが、この鎖が手数に加わった事でこちらの手数が足りなくなった。しかも鎖の長さによって超接近戦の維持は難しい。そうなればこちらも手数を増やす必要がある。

 

 ビットを4機とも炎の刃を纏わせて自分の周りに浮遊させる。そこからレーヴァに操作を渡し、鎖の対応を任せる。鎖4本に対しビット4機。これでイーブン……とはいかないようだ。

 更にサレムの腕部から鎖が各1本ずつジャラリという音を鳴らして垂れる。これで6対4だ。つまり単純計算4本をレーヴァに任せたとしても残りの2本は俺自身が対処しなければならない。

 

 しかしあの鎖を攻撃に使うのならば腕の振りがただ剣を振るうよりも大きくなる。つまりは隙ができやすいという事だ。そして鎖が腕部装甲から出ているという点から、正面からの突きでは鎖は追従しない。ついでにあの2本の曲刀は俺の炎剣よりも刀身が短い。上手く射程の差で誘導してやれば鎖を操る事が難しくなる筈だ。

 とはいえサレムの機体には射撃武装である荷電粒子砲や、放出武装である薔薇の花弁を模した仕込み鉄片もある。こちらの考え程簡単にはいかないだろう。

 

 俺の剣が届き、サレムの曲刀が届かないギリギリの位置を取る。この状態からではサレムが踏み込んで来るか、距離を離すかしなければ膠着状態となる。

 そしてサレムは踏み込む事を選択した。前へ飛ぶとともに両の曲刀を全く別の動きで攻撃してくる。同時に俺はサレムが前に飛んだのと同じ距離だけ後ろに飛ぶ。曲刀を避け、ビットを潜り抜けた2本の鎖を二刀で受け流す。

 もう一度サレムが前へ出るがまた後ろへ飛び曲刀をスカす。鎖はこの距離でも届くが鎖だけならば対処はそう難しくない。そのまま二度、三度と同じことを繰り返す。

 

「……やりにくい」

 

 そう呟くサレムを前に依然距離を維持する。【砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)】の真似事のようなものだ。アレだけよく見せられればこの程度の距離の維持程度ならば真似られる。

 とはいえこのままでは俺も決定打に欠ける。チラリと視線を向ければ夜竹は両手にシールドを展開した音無に対して随分とやりづらそうにしている。夜竹の多重対象射撃を待つのも現状まだ難しいだろう。

 

 ならば仕方ない。と左手に拳銃を呼び出す。そして右の剣の炎を少々強める。

 

「拳銃……そんなの隠し持ってたのか」

 

「使うのが苦手なだけだ。隠してたわけじゃない」

 

「仁にも苦手なものあったんだな。ちょっと意外だ」

 

「お前は俺を何だと思っているんだ」

 

 この距離を維持したまま、サレムが前に出れば俺が後ろに下がり、今度は拳銃を発砲する。ISのアシストがあれば人並程度には拳銃を扱える。と言っても拳銃は拳銃。当たっても大ダメージは期待できない上にサレムは上手く避ける。

 鎖の対処をするための剣が1本減ったため少々危ないが、何とか回避を続けながら今度は拳銃だけでなく剣から3つ程の炎の刃を飛ばす。

 今度ばかりはサレムも回避だけでは間に合わないと踏んだのか、曲刀をすぐに引き戻して炎の刃を切り裂く。しかし大振りで鎖を操っていた関係上僅かに防御が遅れ、切り裂いた炎の刃の末端が装甲を掠める。

 

「……やっぱり全部見せてたわけじゃなかったんだな」

 

「まぁそれはそうだ。隠し玉はいくつあってもいい」

 

「そうだな。なら今度は私の隠し玉を見てもらおうかな」

 

 今度は大きく距離を取られる。あの状態を続けても埒が明かないと判断したのだろう。左手を右肩に伸ばし、備え付けられている荷電粒子砲の3つの内1つをガシャンッという音と共にスライドさせ、右腕にセットする。その間に拳銃を収納し再び二刀に戻す。

 同時に両手の曲刀を投擲。ブーメランのように挟み込む挙動で迫るそれを両手の剣で弾き、サレムに視線を向ける。既にこちらに砲身を向けている。咄嗟に拳銃に炎の弾丸をリロード。レーザーのような形状で放つ。

 対してサレムの右腕から放たれたのは不定形な水色の砲弾が3つ。こちらの炎のレーザーに当たるとパァンッと弾けながら相殺し、残った2つを切るが不定形のそれはすぐにくっつきこちらの装甲表面で弾ける。同時にジュウゥという音が周りに広がる。これは楯無との訓練でよく聞く音だ。

 

「……水の弾か」

 

「だけじゃない」

 

 素早い動作で砲身を切り替え、左腕を振るって金の鎖をけしかけながらバヂヂッという音で発射されるのは弾ではなく雷のようにいくつにも枝分かれしながら、それでも全ての枝がこちらに向かって飛来してくるエネルギーの凝縮体。

 計8本の稲妻を回避し切るのは難しい。曲線軌道で回避を試みるが、本体には鎖が1本、ビットの1つには稲妻が2本直撃し、機能が一時的に停止したというエラーがモニターに表示される。

 

「雷か。砲身毎に違う弾を放てる上に連射可能とはまた便利な……」

 

 炎、水、雷といった3つの弾をエネルギー消費で、それぞれ形状を変えて放つ事ができる砲身というわけだ。多様性としてはこれ以上なく便利だろう。

 

「イメージインターフェイスがないから手動なのは少し不便だけどね」

 

 不敵に笑う彼女にはまだ隠し玉がありそうだ。

 

「統一性が無い武装ばかりだけど意外と相性がいいんだ、これ」

 

 今度はカシュッという音と共に違う装甲部がスライドし、そこからは薔薇の花弁のような鉄片が無数に放出され、宙を舞う。

 一瞬の間の後に射出部から強い風が吹き鉄片の中の半数以上がこちらに放たれる。更に両手を広げてから前に突き出す動作で金の鎖が6本全てがあらゆる方向から鞭のように迫る。しかしまだ終わりではないらしく、その態勢のまま稲妻の砲身が輝き、直後に枝分かれした電撃が放たれる。

 

「ッ……!」

 

 少々目を見張る。放たれた電撃は踊る様に鉄片を伝いジグザグとこちらに向かいながら更に無数に枝分かれするだけでなく、金の鎖にもその中の一部が伝導し威力を跳ね上げていると見える。これが彼女の言う隠し玉というわけか。

 まだ近接戦の方がマシだった。こうも武装の組み合わせが厄介だとは。

 

「本当に多彩だな……!」

 

 残ったビット3機で鎖の6本中3本を止める事に成功し、1本を身体を捻って回避し、二刀で残った鎖を受け止めるもビリッと両手に痺れが走る。そして大きくしならせて放った鎖は棒状の障害物に当たれば当然巻き付く。剣に鎖が巻き付くのを見て咄嗟に剣を離す。

 しかし今度は電気を纏った鉄片が辺り一面を覆うような密度で飛来する。一瞬とはいえ痺れた両手での対応は難しいと判断し、エネルギー消費を厭わずに炎を装甲表面から俺を中心に強く渦を巻くように放出し鉄片を僅かに退け、再び両手に呼び出した剣を振るい、炎の斬撃を持って鉄片の波の中に穴を開ける。そこから真っ直ぐサレムに向かって飛びながら切りかかる。

 

「アレを対処し切るのか……!」

 

 それを受け止めたのは両手持ちの片刃の西洋剣。先端部だけは両刃になっている様だ。

 

「まだ武装を持っているのか……ラファールに劣らない武器庫だな」

 

「元々ラファールだからね。それに逐一対応してみせる仁がおかしいんだ……!」

 

 打ち合うがこちらの剣だけが刃毀れしていく。あの西洋剣は相当鋭利な上に強度も高いと見える。

 

「わかりやすく呼ぶならヴォーパルソード……敵が強ければ強いだけその性能を上げる特殊武装だ」

 

 ヴォーパルソード……確か鏡の国のアリスにおいてジャバウォックと呼ばれる怪物を打倒したと記される剣だったか。英国の作品だったと思うが、あの機体に武装それぞれの由来はあまり重視されていないのだろう。

 

「強いの基準とは?」

 

「これは本当に特殊なんだ。私が相手を強いと認識して展開前にそれをデータに組み込めばより強くなる。でも本心からそう思っていないとそのデータは何故か弾かれる。イメージインターフェイスが組み込まれてるわけじゃないらしいけど……」

 

 面白い武装だ。その不思議な性能は正に文学作品において怪物を討つ剣といったところだろう。……別に俺は怪物になったつもりはないのだが。

 

「ただ私がわかるのは、今この剣は今までになく強いって事だ」

 

「そりゃ光栄だな……まだまだ行くぞ」

 

 シールドエネルギー残量6割。相手は7割。少々分は悪いがいくつもの武装が見えてきた。少しずつ確実に彼女の戦い方や武装全容を確かめていくとしよう。




【祝】拳銃、使用される。

それはともかく、アイーシャさんを強く書きすぎてしまっているかもしれない。反省はともかく後悔はしていませんが。
仁には戦闘経験の差で何とかしてもらいましょう。

アイーシャさんとイタリア代表であるアリーシャ・ジョセスターフの名前が似ている事に気付いてしまいましたが最早遅いですね。アイーシャ・サレムはこのままの名前で行きますよ。ちなみにアリーシャさんはある作品の影響でかなり好きです。出番があるといいなぁ。

音無さんの見た目? 私の趣味全開です。オリキャラは自分の好みを反映させられるのがいいですよね。メカクレはいいぞ。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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学年別トーナメント四回戦後半戦

お待たせしました。幻想人形演舞のプレイが落ち着いたのでようやく書きあがりました。


 打ち合う程にこちらの剣は欠けていく。両断されたものすらある。いくらでも取り出せる以上そちらの問題はないが、欠けたままでは有効打に欠ける。故に刃が使い物にならなくなったと判断すると同時に次々と剣の収納展開を繰り返す。一瞬で行えるとはいえその一瞬さえこの打ち合いでは惜しい。サレムが遠距離武装を使うために距離を取った時に両手に1本ずつ、腰の鞘に1本ずつ呼び出す形で対応しているが、それでもやはり厳しい。

 

 ヴォーパルソードは両手剣である事から、両手を別に振るっていた曲刀二刀流の時よりは鎖の攻撃回数自体は減っているため、ビットを4機防御に回してようやく金の鎖には対処できているが決め手に欠けるという他ない。

 

 とはいえこちらの纏う炎によってサレムへのダメージの蓄積は確実に発生している。このままいけば有利な状況ではある。鉄片の嵐を使われなければ、という前提はあるのだが。

 

 というのも最初の一度目以降鉄片を放ってこない。恐らくあの時に搭載されている中の多くの鉄片を放ってしまったため在庫を気にしているのだろう。イメージインターフェイスが搭載されていない第二世代の武装故の悩みというやつだ。仮にイメージインターフェイスが搭載されていたとしたら鉄片の自動回収くらいされても驚けない。

 まぁ、彼女のこれからの努力や選ぶ道次第ではそれが現実になる可能性は十二分にある。つまりさらに強くなるかもしれないという事。強い奴と戦うのは嫌いじゃない。楽しみでないとは言えない。とはいえまずは――

 

「――今のサレムに勝たねばな」

 

 シールドエネルギーも多く残っているわけでは無い。レーヴァテインは長期戦に向いていない以上、そろそろ仕掛けるべきだろう。

 

 鎖を振るうために僅かに大振りになったヴォーパルソードに対して炎の出力を上げた二刀を叩きつける。先程までは受け止める、もしくは逸らすか回避を取っていたためサレムにとっては予想外の行動だろう。

 それによって態勢が少し崩れるのを見逃さない。一瞬遅れて鞭のように迫る鎖を無視しながら右足の展開装甲を攻撃系で起動し、炎を纏わせながらサマーソルトの要領で蹴り上げる。

 

「くっ」

 

 咄嗟に蹴りに対して垂直に構えたヴォーパルソードが上に弾かれ、サレムは両腕が跳ね上がった状態になる。そこにサマーソルトで僅かに空いた距離を、機体右側の推進翼だけでの瞬時加速(イグニッション・ブースト)で詰めながら、片方だけのエネルギー放出で無理矢理に回転した勢いと速度を乗せた左の剣を切り払う。

 両腕をクロスし、その装甲からジャララッと同時に射出された鎖によって直撃は避けられたがサレムが一気に吹き飛ぶ。

 サレムの方に4機のビットをけしかけながら夜竹と音無の方へ飛ぶ。

 

「はぁっ!」

 

「きゃあ……!」

 

 両の剣を同時に叩き付けるように振るうと、音無も高く短い悲鳴と共に両手にそれぞれ持っている大型シールドで防ぐ。シールドの隙間から除く彼女の右眼は思いの外強くこちらを見ている。彼女とてここまで残った1人。2対1の覚悟程度できているという事だろう。

 

 夜竹の銃撃に合わせて連続で攻撃を加えるも、中々のシールド捌きだ。纏っている炎によるスリップダメージと稀に防御を潜り抜ける銃弾以外まともに入りそうにない。しかも隙を見せればシールドバッシュを狙って来る。咄嗟であった事と、シールドが大型であるため回避が間に合わず両手の剣で受け止めながら後ろに飛ぶ。"面"での攻撃であるため衝撃を逃すためには距離を取る必要がある。

 

 元々防御偏重の【打鉄】だ。その大型シールドもまた防御性能は高い。そしてそれを操る音無自身も巧みにシールドを扱う。炎を纏わせているとはいえ実体武装では彼女に有効打を通すのは骨が折れそうだ。

 

 と言っても物理シールド相手に有効なレーザー等のエネルギー弾を用いる武装は総じてシールドエネルギーを消費する。それ故に夜竹もエネルギー弾だけを使っていられるわけでは無い。……簪と本音のペアはよく先に音無を落とせたものだ。超振動薙刀【夢現】でシールドごと強引に突破したのだろうか。それともサレムの攻撃を食らいながらコンビネーションで無理矢理落としたのだろうか。何にせよ俺達とは違い相性が良かったという事だろう。

 

 機体から危険信号のブザー。同時に後ろに後方瞬時加速(バック・イグニッション)で飛び退ると、直前までいた場所に荷電粒子砲の熱線3本が通り抜ける。更に回避先予想の1本を炎を纏わせたままの剣で切り裂く。

 

「やぁっ!」

 

「むっ……!」

 

 そして目の前には荷電粒子砲への対処で一瞬動きが止まったところに距離を詰めてきた音無の大型シールドが迫る。シールド表面を蹴る様に受け、シールドを受けた事で痺れを感じながらその曲げた膝を伸ばす力を利用し衝撃を後ろに逃がすように飛び、同時に呼び出した剣5本を音無に向かって放つ。

 そこに夜竹が挟み込む立ち位置からショットガンで合わせる。流石の音無も防ぎ切る事は難しかったのか剣が1本と少量の弾がヒットしている。

 

 だがシールドを受けた際のダメージも馬鹿にならない。荷電粒子砲にしても剣で受けても余波は僅かにシールドエネルギーを削る。少々余裕が無くなってきたと言っていいだろう。

 

 今度飛来したのは2本の白黒の曲刀。それだけならば回避は容易だが、回避して後ろに飛んで行った筈のそれはブーメランのように戻ってくる性質を持っているらしく、それに対処していれば今度は音無のシールドバッシュが放たれる。

 シールドでの一撃は如何せん重い。振り返りながら両手の剣をクロスして受け止めてもシールドエネルギーへのダメージは避けられない。更に音無の向こう側からは巧みにも音無を避け、俺にだけ当たるというコースで熱線が飛んで来る。回転機動で無理矢理避けるが態勢が崩れたところに再びのシールドバッシュ。戻って来たビットを間に割り込ませてダメージを回避しながら一時離脱する。

 

 サレムの方にけしかけていたビットは今の1機が破損し、残り3機が戻って来た。これ以上のビットの酷使は次の試合にも響いてしまうが、この試合に勝たない事には次の試合もない。

 

 夜竹がこちらを狙っているサレムに対しての射撃を行っているというのにこの正確な狙撃。こちらに集中したためかサレムへの被弾もいくらかあるが、音無という前線が突破出来なくなってしまってはこちらは厳しい。

 

『やはり強敵ですね』

 

「如何せん俺と音無の相性が悪いな……やりようはあるにはあるが……」

 

 炎を思い切り使えば音無を崩す事はできるが、シールドエネルギーの消費の問題でその後のサレムの突破が難しくなる。

 夜竹は戻ってきている。こちらも上手くコンビネーションを取るのがベストだろう。

 

 サレムは恐らく俺に攻撃を絞って来る。そこでフリーとなる夜竹に上手く動いてもらう。これしかないだろう。

 

「キツイが……まだいけるな?」

 

「まだまだ、これから」

 

 頷き返し、前を張る音無へ向かって肉薄しながら10本の剣を放つ。2つのシールドを閉じる事で完全にシャットアウトされるのを見ながら横に回り込む。

 即座に反応し片方のシールドによって振るった一撃は止められ、一瞬遅れて電気を纏った鎖が4本飛来する。これにまともに対処してはいられない。避雷針のようにビットを1機鎖に押し付ける事で鎖の内2本を絡め取り、俺自身は瞬時加速で音無の右側から左側へと移動しながら回避。

 

 レーヴァがビットを強引に振り回すように動かすのを感じながら俺がビットの1機を音無へ向けて炎の刃を振るう。

 サレムは機体から伸びている鎖が引っ張られる事で振り回されるのを嫌ってか鎖を一度量子変換したようだ。そして音無はビットの刃をシールドで受け止めながら残ったシールドをこちらに向けている。

 

 それを見て炎の刃をそのままビットを中心に回転する様に操作。同時に左手に持った剣を投擲しそちらに意識を逸らしながら右の剣を収納し、右手首のワイヤー射出機からワイヤーを5本同時射出。右腕を振り下ろす事でワイヤーを思い切りしならせながら音無の左腕にワイヤーを当てる。

 

 先程サレムが鎖でやったように、糸状の物は思い切り一方向に動いている時に棒状の物に接触すれば巻き付くような挙動をする。音無から見て右腕側に意識を向けていた音無は反応が遅れ、左腕にワイヤーが巻き付く。

 一度だけ巻き付くならそれは縛りが甘いが、四度、五度ともなれば強固なものになる。そうなればただでさえ強度に重点を置いて開発してもらったワイヤーだ。簡単には外れも千切れもしない。

 

「きゃぁぁっ!」

 

 そのまま思い切り力任せに引っ張る。ISによって強化されている腕力であっても打鉄の質量であれば引き寄せるのは容易ではないが、当然音無の態勢は大きく崩れる。

 両手に剣を呼び出す程の時間はないが、今回は俺1人で戦っているわけでは無い。360度全てを視野に捉えるハイパーセンサーは、音無を射線に捉える位置に移動した夜竹が構えている物騒なモノ(ロケットランチャー)が見えている。……整備科に申請していた彼女曰く「秘密の武装」はそれか夜竹。

 

「……いってらっしゃい」

 

 本来【ラファール・リヴァイブ】には積まれていない武装だが、どうやら彼女は整備科に頼んで自身の乗るラファールに積んでもらっていたらしいそれの引き金を遠慮の見えない様子で人差し指が引く。

 このままではロケット弾の爆発に巻き込まれてしまう。ワイヤーを量子変換し後方瞬時加速で離脱する。

 

「ちょっと!?」

 

 まさかの武装の登場に珍しく声を張り上げる音無だが、それでもシールドの片方を構えるのは流石ここまで勝ち残っているだけはあるといったところだろう。

 シールドに弾頭が直撃、直後に大爆発を引き起こす。パートナーが接近戦しているところに遠慮なくぶっ放すのはどうかと思うが火力としては確かに充分だ。

 

 爆風の黒煙はハイパーセンサーの索敵を僅かに阻害する。音無の状況が確認できないがサレムがまだ残っている。視界を向けようとした瞬間に危険信号を察知し、両手の剣を呼び戻し炎を纏わせながらその場から飛び退く。

 しかし全身を叩くような感覚と共に一気にシールドエネルギーが減少する。急ぎ離脱しながら目視確認すると、薔薇色の鉄片が装甲表面にいくらか食い込んでいるのが確認できる。

 

「あとは、よろしく……」

 

 夜竹も被害を被ったらしくシールドエネルギーが枯渇してしまっている様だ。力なく地面に降りていくラファールと打鉄が確認できた。音無も脱落したらしく、この場はサレムとの一騎打ちとなる。

 

「ここで薔薇の鉄片を切って来たか……完全に意識の外だった」

 

「日奈がやられたけど、そっちもあとは仁だけだ」

 

「厄介な事にシールドエネルギーの差は歴然だが……負けてやるつもりはないぞ、サレム」

 

「私だって負けたくない。さぁ、薔薇の花弁の中で一緒に踊ろう」

 

 そう言いながら今まで腰になかったそれを左手で掴むサレム。長さ30cm程のカプセルのようなそれを扇状に振るうと、装甲内部に用意されていただろう物と同じ薔薇の鉄片が空中にブワッと舞う。

 

「予備があるのか……!」

 

 予想していなかったわけでは無いがまだまだ薔薇の在庫は切れないらしい。ラファールの元々大きい拡張領域(パススロット)に武装だけではなくあのカプセル容器をいくつか収納していたのだろう。そして音無が前線で時間を稼いでいる間に射撃で援護しながら呼び出したというわけだ。

 彼女の腰に下げられているそれは今使ったものを合わせて残り3つ。先程飛来した量から考えて恐らくその中から1つは消費している。つまり最低でも次を合わせて後2回来るという事だ。厄介極まりない。

 

 あの薔薇の嵐は並の機動で回避しきれるものでもなければ、音無のような大型シールドを持たない俺が防ぎ切れるようなものでもない。ビットを連結させて盾にすれば話は別であるが、ここで手数が減ればサレムには勝てない。

 

「……成功率はかなり低いが、アレに賭けてみるのも一興か」

 

『全部出しきって勝つ……真剣勝負はこう来ないと、ですよね!』

 

 全身の展開装甲を機動重視に。各部推進翼スラスターにエネルギーを集める。同時にレーヴァからビットの操作権が俺に渡る。これからやる技は彼女も全意識を集中しなければならない。と言っても俺もビットの操作に手を回せるわけでもない。2機を両腕に連結させ、1機に"相手機体への射撃"という指示だけを下す事で半自動化させる。

 

『集中……集中……』

 

 サレムが両腕と両足の装甲部の射出機を構える。そこからはもう鉄片は出てこないが、代わりに宙に舞っている鉄片を押し出すための風の噴出機構は残っている。

 息を整え、意識を研ぎ澄ます。いずれはそこまでせずともやれるようになるかもしれないが、今の俺達には極度の集中が必要だ。

 

「行って!」

 

 サレムから無数の鉄片が放たれる。俺達に到達するまでそう時間はない。こちらも動くとしよう。

 

「行くぞ……!」

 

個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)……行きます!』

 

 まずは背中の大型推進翼の片方で瞬時加速。その加速が終わる前に残った片方で瞬時加速。更に両足の推進ブースターを同時に点火し瞬時加速。

 直線移動の瞬時加速を無理矢理連続の瞬時加速で上書きし、本来不可能な軌道で鉄片群を潜り抜ける。

 そのまま両肩の推進翼に点火。左、右と一瞬ズラしての瞬時加速。右に飛ぶフェイントをかましながら一瞬そちらに目が移ったサレムの懐に潜り込む。

 

「速いっ……!」

 

 僅かに反応が間に合ったのかサレムは後方瞬時加速で距離を取ろうとするが、こちらも熱の排出が終わり切っていない背中の大型推進翼に再び火を焼べる。全く同じ速度で追従し、加速の勢いのまま接続している右腕のビットの炎の刃で殴りつけるように切り抜く。

 

 伝わるのは切り裂いたようなそれではなく、鈍い感覚。一瞬遅れてサレムが吹き飛ぶのを見ながらもう一度瞬時加速……はできなかった。代わりに左腕のビットを投げ付けるように無理に振るい、追撃にする。

 

『ここまでできれば充分……ですが』

 

「……惜しかったな」

 

 それを態勢を崩しながらも強引に片手で振るったヴォーパルソードで受け流し、吹き飛びながらもこちらに粒子砲の砲身を向けるサレムが見え、こちらも右腕をビットごと引き絞る。

 

「……この技は意外と重宝する様だ」

 

 残った僅かなシールドエネルギーをビットに集め、一際大きい刃を象る。

 1本の大きな炎の槍と化した右腕を右肩に引き絞り、左手をその側面に添える様に構える。片手剣単発突進ソードスキル《ヴォーパルストライク》と同じ構え。放つのはオルコット・如月戦で土壇場で思いついた炎の槍。今回は片腕ではあるが、ここを決めるには充分な一撃だ。

 

 推進翼は強引な個別連続瞬時加速でPICの最低限の機能を残してオーバーヒート。対するサレムも荷電粒子砲を放てばほぼ全てのシールドエネルギーを使い切るだろう。この一撃がお互いにとっての最後の賭け。

 

 右腕の砲身に左手を添え、決して勝利を諦めないというようにこちらに不敵に笑う彼女に対して、こちらも僅かに口角が上がっていたかもしれないが、俺には定かではない。

 

「「行け!」」

 

 同時に放った氷の槍を象ったような粒子砲と、炎の槍が交差した――――




実力者が多すぎる……日本のIS的な将来は安泰ですね……。
所謂原作におけるモブの子も活躍させてあげたいという気持ちは二次を書く人は結構持っているのではないでしょうか。少なくとも私はそうです。音無さんはオリキャラですから少し訳が違うかもしれませんが。メカクレはいいぞ(二度目)

アイーシャがやたらに強い……折角のオリキャラなのでと思っていましたが少々やりすぎた感はありますね。後悔は当然していません。

それ以上に仁が化け物ではありますね。個別連続瞬時加速は彼の成功率は非常に低く、レーヴァ抜きの一人では絶対に成功しない上に、更に見ての通りの推進翼のオーバーヒートまで付いて来ているのでまぁアメリカ代表イーリスさんのそれには及びませんけどね。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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異変

執筆ペースが下がってきていますが私は元気です。


「うあー……負けたー……」

 

 最後の瞬間。技が交差した時にこちらの機体の背部大型推進翼が完全にオーバーヒート。つまりPICのバランスが崩れ、飛行困難になり一気に急降下した。それによってサレムの最後の一撃が外れ、俺の炎の槍は上から振り下ろす形となり、後の結果は控室の机に両腕を投げ出し突っ伏す彼女を見ての通りだ。

 

「俺自身まさかあのタイミングでPICが乱れるとは思わなかった。時の運ってやつだな」

 

「仁は隠し玉が多すぎる……くそー……」

 

 現状俺達の専用機は整備科によって整備中。特に俺とレーヴァの方は試合が控えているため布仏姉妹両方が忙しそうにアリーナピット内に持ち込まれている整備機材を弄っているのがここからでも見える。俺は今の知識量ではやはりまだ追いつけないという事で「待っていてください」と言われてしまったためこうして控室の机と椅子で座っているというわけだ。

 

「お疲れ様。欄間くん」

 

「ああ。夜竹も……それに音無もお疲れさん」

 

「おつか……れ様……」

 

 ラファールを整備に出すという事で離れていた夜竹が音無と戻って来た。音無は既にサイドテールを解き、両眼が隠れている。

 

「試合中はアレだけ気合入っていても、やはり普段はそうなるのか」

 

「ごめん……」

 

「責めてるわけじゃない。勝負でエンジンがかかる奴もいくらか見て来てるしな。普段の方も音無らしくて別にいいと俺は思う」

 

「そ、そう……?」

 

「そうそう、日奈はいつも通りにしてるのが日奈らしい」

 

「欄間くんの前だからって変に緊張しなくても、この人意外と普通……笑わないけど」

 

「意外ととはなんだ。それに表情が硬いのはお前もだろう」

 

「そうだ!」

 

 サレムが突然ガバッと顔を上げたかと思えばこちらに真っ直ぐ視線を向けて来る。それも至極真剣な顔で。

 

「表情で思い出した……仁」

 

「なんだ」

 

 神妙な顔で名前を呼ばれればこちらも真面目に返さざるを得ない。

 

「もう一度笑ってくれないか」

 

「……は?」

 

 言っている事と至極真剣な顔がまるで釣り合っていない。思わず間の抜けた声が出てしまった。

 

「試合の最後あの時確かに笑っただろう!? ほらもう1回!」

 

「頬を掴むなグニグニ弄るな」

 

「嫌なら笑え眼鏡美形男子……!」

 

「この状態からどう笑えと言うんだお前は……さっきまで落ち込んでいた癖にまるで別人のように絡んできやがって……!」

 

「敗北のショックなんて普段絶対に笑わない眼鏡美形男子の微笑みのインパクトの前には些細な事だ……!」

 

「アレだけ絶対に勝利を諦めないという顔をしておいて終わってみればそれかお前……!」

 

 傍から見れば座ったまま両頬を掴まれグニグニと顔を変形させられている俺と、立ち上がり決死の表情で俺の顔を弄り続ける美少女などという全く持ってよくわからない状況となっている。

 というかまさかサレムが眼鏡好きとは思わなかった。そんな変調は今まで見た事も……いや、眼鏡を使うようにしてから彼女と会った時、数秒程フリーズしていたような気がする。

 

「さっき一度笑えたならまた笑える筈だ。ほら早く」

 

「無理を言うな。さっき笑ったという自覚すらないんだぞ」

 

「なら普段からもっと笑えるようにだな……!」

 

「笑うのは苦手なんだ。というか普段から笑っていたらさっき言ってた絶対に笑わない奴が笑うという条件が崩れるぞ」

 

「ぐっ……」

 

「……いつまで人の頬で遊んでるんだ?」

 

「なんかこう、男性に触れるのは新鮮でだな……」

 

 さっきまでのようにグニグニというそれではなく、片頬をムニムニといった程度のそれではあるが未だに頬を掴まれている。まさか振り払う訳にもいかない。彼女が飽きるまで待つしかないだろう。

 

「む……」

 

 ムニーとサレムより控えめにもう片方が伸ばされる感覚。

 

「あっ……つい……ごめんね……」

 

「いや、別に構わんが……」

 

 別に触れられる事に対して嫌悪感もなければ抵抗もない。というかサレムはともかくとしてもおどおどとした性格の音無には強く言うのも憚られるためやはりこのままにするのがそれぞれの気分としては一番丸く収まる。。強いて言うのなら喋りにくいがそれだけだ。

 夜竹はクスクスと笑うだけで止める気はないらしい。元より彼女がこういった事態を見て楽しむタイプなのは知っているため止めるとは思っていないが。

 

「……そんなに面白いか?」

 

「ここにいると同年代の男性と触れるなんて滅多にないからな……。仁は抵抗しないし……。試合中の激しい戦い方とはまるで別人だ」

 

「それを言うならサレムや音無もそうだろう?」

 

「確かにそうだな。特に日奈は顕著だ」

 

「うう……」

 

「いざ戦えないよりはずっといい。戦うべき時は戦わないとならないからな。実際強かった」

 

「でも、仁もまだ何か残してただろう?」

 

「やる機会が無かっただけでそれはお互い様だろう?」

 

「ふふ、まあね」

 

 そう言って微笑むサレム。出してない技があったとしてもそれは機会が無かっただけで、お互い間違いなく本気だった。本気の勝負はいつだって心地良い物だ。今回のこの行事は模擬戦相手が完全に固まってしまっていた最近の俺にとっては随分といい刺激になった。……尤もその模擬戦の大部分である楯無相手でのIS戦勝利は未だにないが。

 ……などと言ってはいるが頬を弄られながらでは何とも締まらない。

 

「織斑くん達の試合、始まるみたい」

 

「やっとか。さて、どっちが残るか……」

 

 控室のモニターに眼を向けると既に4人が揃っている。

 

「順当にいけば専用機持ち2人の織斑・デュノアのペアだろうけど」

 

「純粋な戦闘技術で言えばボーデヴィッヒがダントツだ。篠ノ之がどれだけやれるかの勝負だな。まぁ連携なんて取る気はないだろうが」

 

 尤も、吹っ切れたような表情で伸び伸びと試合を進めていたデュノアにもまた注目だろう。戦闘技術ならばボーデヴィッヒだが操縦技術や細かいテクニックではデュノアだ。愛娘の勇姿はこの場にもフランスの来賓として来ているであろうアルベール・デュノアには一体どのように映る事だろうか。何にせよそちらはもう俺には関係あるまい。

 

「まずは織斑が突貫。いつも通りだな」

 

 織斑がスタートダッシュ。当然ボーデヴィッヒのAICがその動きを捉える。

 対エネルギー兵器としては最適解とも言える【白式】の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)である【零落白夜】であれば、空間に対してエネルギーによって作用を与えるAICを切り裂く事もできるだろうが、そもそも織斑がその剣を振り抜く前に、機体の腕だけでも止めてしまえばそれは不可能となる。

 

 そしてAICは単体目標相手ならば無類の強さを発揮する。一度捕まえさえすれば後は他の武装で滅多打ちにすればいいだけだ。とはいえ今回のタッグ戦ならばその心配はないが。

 

 ボーデヴィッヒが構えたレールカノンは織斑のカバーに動いていたデュノアによって砲身をズラされる事で外れる。同時に意識をそちらに割いた事によりAICが解除され、急後退したボーデヴィッヒとの間に割って入った篠ノ之と、デュノアと再び前線をスイッチした織斑がぶつかる。

 

「デュノアとの連携は問題なく取れているな」

 

「欄間くんなら、どう崩す?」

 

「デュノアは近接戦闘もこなす器用な万能型だが比較的射撃型、織斑は近接型。それならいつも通りどちらかをさっさと落としてしまいたいが……そうだな」

 

 織斑は銃撃への耐性が低く、デュノアは【砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)】を身につけているとはいえ、慣れている俺が零距離戦闘まで詰めれば問題なく落とせるだろう。

 問題はどちらをどうやって落とすかだが。

 

「まぁ分断するのが手っ取り早いだろうな。夜竹の多重対象射撃(マルチターゲットショット)を活かして分断した状態から削って片方を迅速に落とす」

 

「本当にいつも通り」

 

「変に凝った事をするよりいつも通りの方がパフォーマンスは上がるものだ」

 

 こちらで話しているうちに場面は織斑とボーデヴィッヒ、デュノアと篠ノ之が対面している。

 織斑はボーデヴィッヒの両手のプラズマ手刀とワイヤーブレードを防ぐ事に専念している辺り、デュノアが先に篠ノ之を撃破するのを待っているのだろう。確かにここまでの試合を見ている限り篠ノ之は銃器への対応力が低い。普段剣道をやっている分剣相手に慣れ過ぎているためだろう。

 同時に篠ノ之はシールドや銃器を扱うのもまた苦手だ。そうなれば近接ブレード一本でデュノアと戦わなければならないが、デュノアは近接戦闘も銃器も使いこなすのに加え【高速切替(ラピッド・スイッチ)】と砂漠の逃げ水の使い手。IS戦闘素人がブレード一本で追い縋るのは骨が折れる。というかほぼ無理だろう。

 

「ボーデヴィッヒの奴は完全に舐めているな」

 

 現在単体の織斑に対して律儀にも切り合いに付き合い、AICを使用しないのがいい証拠だ。仮に篠ノ之が撃破され、2対1になったとしても負けないだろうという自負。もしくは慢心。強さに拘る割には少々おざなりな戦い方と言える。彼女が目指す織斑千冬の現役時代は相手を完膚無きまでに遠慮も容赦も無く切り伏せるというものだった。自分を強者と断定し、相手を甘く見て嬲るのは強さとは違う。

 

 ここでついに織斑の動きが止まる。そしてそこに襲い掛かるのは六本のワイヤーブレード。自由を取り戻す手段のない織斑が切り刻まれ、一気にシールドエネルギーが削り取られる。

 そのまま織斑を拘束、地面に叩き付けたボーデヴィッヒはレールカノンを構える。しかし――

 

「余裕があるのかないのか……」

 

 サレムの呟きと同時にデュノアが割って入る。レールカノンをシールドで防ぎ、織斑を連れて離脱した。

 

「相方が落ちたのにも気付かない……というか気にも留めてないのか」

 

「元々ボーデヴィッヒにとっては篠ノ之は時間稼ぎの駒程度の認識だ。尤も、その時間稼ぎを活かせなかったのはボーデヴィッヒの落ち度だが」

 

「2対1。こうなると……」

 

「AICは活かせない。そしてボーデヴィッヒの手数が多いとはいえ前衛と後衛がハッキリしているペアとの戦闘は困難だ」

 

「織斑くん達の……勝ち……?」

 

「どうだろうか。戦闘の勘はボーデヴィッヒの方が上だ。巻き返しは充分に効くと思う」

 

「シールドエネルギーの面でも織斑は半分を切っているのに対しボーデヴィッヒは殆どフル。まだわからんな」

 

 会話の通り、ボーデヴィッヒは2対1という状況でも互角に立ち回っている。それだけ戦闘の勘というのは大きい。戦闘の勘という一点ではだれにも負けない自信がある俺だが、サレムのように機体の悉くを使いこなすような相手だと少々厄介だ。

 サレムは例外的にあのISとの相性がいいのだろう。楯無と最初に出会った時にやっていたというように剣を打ち合わせればISと感情をリンクできるというレーヴァがご機嫌だったのもそれに起因しているのだろう。

 

 試合が終わるや否や『私あの人格の娘気に入りました!』と来たものだ。俺達が打ち合っている間にコア人格同士で何を話していたのやら。流石に俺からはレーヴァの感情や思考を知れるわけでは無いためそこはわからないが、彼女が上機嫌だったのならそれなりに話の合う相手だったのだろう。

 

 話が逸れたが、ボーデヴィッヒの相手である織斑やデュノアは機体性能を引き出せているかどうかと問われれば微妙だろう。織斑は当然まだまだ甘いし、デュノアはラファールの特徴である拡張領域(パススロット)を活かせてはいるもののサレム程ではないだろう。それならば十分に2対1という大きなハンデを埋める事はできる。

 

 篠ノ之束が言うには、極一部の操縦者を除いて機体性能を万全に引き出せている者はいないそうだ。彼女が例として挙げたのは、まず初代世界最強(ブリュンヒルデ)こと織斑千冬。イタリア国家代表にして2代目世界最強アリーシャ・ジョセスターフ。そしてそこまでは至ってないが目を付けているというアメリカのナターシャ・ファイルス。この3人以外にもちらほらいるらしいが、取り敢えずという事でこの3人を挙げた。まぁ納得の人選だろう。

 今回の試合も見ているだろう。彼女の興味リストにアイーシャ・サレムが増えるのは想像に難くない。

 

「ほう」

 

 織斑が零落白夜を発動して切りかかった。それに対してボーデヴィッヒが放ったであろう見えない停止結解を白式の機動力を活かした急停止・転身・急加速を駆使して回避して見せる。

 

「オルコットや凰との訓練が活きたな。特に凰の衝撃砲に慣れているのが大きいか」

 

 追加されたワイヤーブレードによる攻撃をデュノアの牽制射撃によって生まれた隙間を縫って突破していく。急に移動先が代わったりしているのを見るとアレはデュノアがよく見て指示を出しているのだろう。つくづく器用な奴だ。

 

 織斑の射程圏内。しかしそこで動きが止まる。近ければ近い程空間に作用する兵器を回避するのは難しくなる事と、織斑の攻撃の直線性。見事に見切ったAICだが――甘い。

 

「1対1なら王手だったな」

 

「ああ。だが今回はタッグ戦だ」

 

 零距離まで急接近したデュノアがショットガンを6連射。ボーデヴィッヒのレールカノンを破壊すると同時に織斑が切りかかる――が。

 

「……こっちも甘かったな」

 

 エネルギー切れだ。零落白夜が消え、白式のシールドエネルギーも限界ギリギリ。

 

「織斑は相変わらずエネルギー管理が甘いな。だから切り札は確実に当てられる時に使えと言ったんだが……まぁ聞こえていなかったか」

 

 あの時(クラス代表決定戦)は織斑も無我夢中だった。恐らく声は届いていなかっただろう。

 

 致命的な隙を見せた織斑を庇う動きをしたデュノアをワイヤーブレードで牽制し、そのまま織斑をプラズマ手刀で叩き伏せる。

 直後、デュノアが瞬時加速(イグニッション・ブースト)。それに対し右腕を伸ばしAICの体勢に入るボーデヴィッヒだが、動きが止まる。

 

「考えたな……」

 

 サレムが見ているのはデュノア達のずっと下。地面まで落下した織斑だ。

 白式には搭載されていない筈の射撃武器。織斑と合流した際にデュノアが手放したライフルを構えている。恐らく最初からデュノアによって使用許可登録が済まされていたのだろう。ここまでがデュノアの作戦だったという事だ。

 

 そしてデュノアが装備したままだったシールドがパージ。内側から新たな武装が現れる。

 リボルバーと大型の杭がセットになった、威力だけならば第二世代最強格の一品。

 

「【盾殺し(シールドピアース)】とはな。あの距離、しかも瞬時加速の運動エネルギー付きだ。効くぞアレは」

 

 盾殺しは威力だけならば最強格だが、実際に搭載されている機体は限りなく少ない。何故ならば見ての通り完全な零距離でしか当てられないからだ。

 本来殆どのISには射撃武装が備わっている。そんな中で零距離まで接近し、更に反撃を貰わずにそれを叩きこめる機会など相当に少ない。瞬時加速を身に着け、更に盾の中に隠すという予想外に予想外を重ねたデュノアだからこそ決まったのだ。

 

 ボーデヴィッヒが咄嗟に放ったAICは瞬時加速の速度の前に外れる。そして腹部へとその重い一撃が突き刺さり、一気にシールドエネルギーを奪い、更にはISでは防ぎ切れない衝撃が全身を襲い身体の硬直を招く。

 そして盾殺しの火力に拍車を掛けるのは、リボルバー式である故の連射だ。連続使用後は強く熱を発するためクールダウンは必要だが、オーバーヒートを起こす前にIS1機を落とすくらいの火力は出るだろう。

 

 【シュヴァルツェア・レーゲン】に紫電が走る。強制解除の兆候だ。

 

「勝負あり、か」

 

「いや、待て」

 

 レーゲンが発する紫電の色が黒く染まっていく。少しずつその発する範囲も広くなっている様だ。

 右眼が知らずのうちに熱を持つ。痛みも同時に発しだすが、目の前の情報群から眼を離せない。

 

「様子がおかしい……いや、データすら……」

 

 レーヴァがいないためISのチャネルは使えない。代わりに携帯を取り出し、改造して追加されているアプリを持って生徒会専用の回線につなぐ。

 

『仁くん? どうしたの?』

 

「ボーデヴィッヒの機体の様子がおかしい。まるでレーゲンのデータを上から何かで上塗りしているみたいだ」

 

『……また面倒事かぁ』

 

「言っている場合か。このデータ、前に視たジャミングと一致する」

 

『いつでも行ける準備はしておいてね』

 

『レイちゃんの準備できてるよ~』

 

「わかった」

 

 状況が呑み込めていないという表情の3人に向き直って言う。

 

「避難の準備をしてくれ。何が起こるかわからない」

 

 何も起こらないのがベストだが、あのジャミングデータ。嫌なものを感じる。表に出て来てようやく視える様になったが、どう考えてもいいものではない。

 

 モニターの先で、レーゲンが変形すると同時に黒い電撃がアリーナ内を迸った。




お久しぶりです。どんどん投稿ペースの間が広くなってきていますが頑張りたいですねホント。

アイーシャの雰囲気ブレイカーっぷりがすごい。元ネタ然りという感じです。いやどちらかと言うと元ネタの人はもっとシリアス寄りですけど。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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意志の剣と無意志の剣

少し筆がのりなおしました。
今回多分読みにくいです。カタカナ多用的な意味で。


「レーゲンが変形した……表に出て来てみればここまで嫌な感覚のするものだとはな」

 

 ピット・ゲート付近で指輪状態のレーヴァを指にはめながら呟く。

 モニター越しであるため、右眼を使っていても直接データを視られるわけでは無いが、周辺ISのデータ所得を行えば異常な機体が一つあるのはすぐにわかる。そしてその異常を発している【シュヴァルツェア・レーゲン】から、言葉にし辛いが非常に嫌な何かを感じる。

 

「いつでも行けるな?」

 

『ええ。勿論』

 

「無理はしちゃダメだよ~」

 

「いざという時のために来客や生徒の避難準備は進めています。とはいえまだ異常事態として公表はしていませんが」

 

 モニターを見つめたまま頷いて答えとする。夜竹やサレム、音無も心配ではあるが、出番が来たら俺がアレを押さえればいいだけの話だ。

 

「トーナメントという行事の一環として処理している今は、織斑達がどうにかするのが一番ではあるが……」

 

「あの消耗じゃ難しいかも~」

 

「……そうだな」

 

 右眼でのデータ所得は難しいが、モニター映像を追うのにもこの右眼の動体視力は優れている。まずは織斑達に任せてアレの動きや攻撃手段を把握する。

 織斑達で押さえ切れないのならば俺の出番だ。その時は最早トーナメントなどとは言っていられないだろう。楯無を通じて教師陣にはいち早く状況も伝わるだろう。来賓や生徒の事は向こうに任せておくとしよう。

 

「アリーナのシールドが破られるような事態にならないといいんだがな。そう何度も破られるようではいよいよもって学園のセキュリティを疑うぞ」

 

 ただでさえ何度も篠ノ之束に侵入されているのだ。彼女が規格外にしても侵入され過ぎではないだろうか。

 

『チャネル接続。繋ぎなおします。少しお待ちを』

 

「ああ」

 

 モニターから眼は離さない。モニターの奥では既に織斑達がぐにゃぐにゃに溶けた装甲を身に纏い、異形と化したボーデヴィッヒの機体が少しずつ姿を変えている。

 その姿は心臓の鼓動のように脈動を繰り返しながら姿を成形させるように変化させていく。

 黒い全身装甲、しかし裸の上にその黒い皮一枚を纏っているかのように姿の基礎系はボーデヴィッヒのそれだ。両腕両足に装甲が決して多くはない程度に付き、顔はフルフェイスアーマーに覆われ、両眼の位置に赤いラインアイ・センサーが鈍い輝きを放っている。

 

 そして持っている武器も姿を変えている。先程までプラズマ手刀だったそれは跡形もなく消え、代わりに一本の刀のような物を両手に握り、構えを取る。

 

「黒い雪片……成程」

 

 織斑が持つものと瓜二つ。強いて言うのならば色が白と黒で対照的だがそれだけだ。間違いなくあの異形のISが握っているのはかつて織斑千冬が振るっていたものと同じ【雪片】である。

 そしてそれを振るう動きはとてもボーデヴィッヒの戦闘スタイルとは似つかない。どことなく全盛期時代の織斑千冬のそれに近い。

 織斑の雪片弐型を弾いた中腰からの鋭く素早い、それでいて力強い居合の構えの一撃にしても、縦一閃正に叩き割るという表現が似合うだろう唐竹割りにしても、ビデオで見た覚えがある。

 

『繋がったわね。仁くん』

 

「問題無く繋がっている」

 

『仁くんの眼鏡を通しての送信データから解析したわ。アレは恐らく【ヴァルキリー(V)トレース(T)・システム】ね』

 

「やはりか。資料では読んだことがある。過去の世界大会モンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースする訓練用プログラムだったな。だがアレは……」

 

『ええ。条約でどの国家・組織・企業においても研究・開発・使用の禁止が発令されている筈の代物よ。ドイツが何を考えてレーゲンにアレを積んだのか知らないけど、これだけの各国代表来賓の見ているところでの発覚。少なくともIS委員会が動く事にはなるでしょうね』

 

 死者すら出した事のある欠陥プログラム。それがVTシステムだ。

 本来訓練用であるそれが何故欠陥とされるか。簡単だ。

 

 第一回モンド・グロッソ優勝者である織斑千冬を始めとした部門受賞者達の動きは、訓練機と常人の組み合わせには到底手に負えるものではないのだ。

 

 初めて死者が出たとされるのは、【打鉄】に乗ったとあるIS企業の代表操縦者がVTシステムによって織斑千冬の動きを再現しようとした時だ。

 最初こそよかった。一時でも世界最強の動きを実感できたのだ、乗っていた操縦者はさぞ気持ちよかった事だろう。しかしすぐに異変は現れたという。

 

 身体が、付いていかなかった。

 

 操縦者が異常を感じ取ってもそれは止まらず、無理矢理に世界最強の動きをトレースしたシステムによって関節がおかしな方向へ曲がり、強制終了させようにもシステムは暴走。そのままあちこちの骨が身体を突き破り血の噴水というわけだ。

 そんな状況においてもシステムは止まらずに死体を動かし続けたというのだからこのシステムが欠陥の烙印を押され、全てにおいて関わる事を禁じられたのは当然だった。

 

 しかし目の前で動いているシステムは紛う方無きそれだ。しかも体格としては当時の織斑千冬よりも数段小柄で未成熟なボーデヴィッヒがそれを使えば、すぐに身体が悲鳴を上げる事などわかり切っている。

 

 奥歯から、ギリッという音が鳴る。

 彼女が望んでそれをレーゲンに乗せたのか、ドイツの独断か、それとも別の何かの思惑か。

 

『仁、落ち着かない事には最大のパフォーマンスは発揮できませんよ』

 

「わかっている……」

 

 深く息を吐く。どうせ俺のやる事は変わらない。生徒会の一員として生徒を守るだけだ。

 

「あの馬鹿何をやってる……!」

 

 モニターの中では【白式】のエネルギーが切れたのか、織斑がISスーツだけで黒いISに向かって疾走し、打鉄を纏った篠ノ之によって引き剥がされているところだった。

 

 楯無のゴーサイン無しには飛び込むわけにはいかない。幸いにも現在黒いISは動きを止めている。

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに非難する事! 繰り返す――』

 

 ようやく非常事態と認められたらしい。レーヴァを身に纏い、ピット・ゲートへ向かう。

 

「待ってランラン。おりむーとでゅっちー、何かするつもりだよ」

 

 眼を細めて事態を見守っていた本音から鋭い声が飛んで来る。でゅっちーというのはデュノアの事らしい。

 

「デュノアのラファールからエネルギーを白式に送り込むつもりか。一般生徒は大人しく下がればいいものを……!」

 

「結果を見てからでは遅いでしょう。最悪の事態に備えます。通信を繋いだまま準備してください」

 

「了解」

 

 今度こそピット・ゲートに立つ。ここからならば肉眼でも状況が見える。

 

『一極限定モードでの再展開。右腕と雪片弐型だけですか』

 

「さて、どうなる」

 

 零落白夜、機動。織斑が眼を閉じ集中しながら起動した本来の刀身の二倍程まで伸びたそれは、すぐに細く鋭く凝縮していく。

 

「土壇場で零落白夜を制御したか」

 

 雪片弐型の物理ブレード部分が全てエネルギー刃と化し、日本刀程の刀身まで凝縮されたそれは周りの空気を振るわせる程のエネルギーを持つ一振りと化す。

 

 そしてついに黒いISも動く。織斑の右肩を切断し、そのまま心臓から脇腹までも両断するだろう袈裟切りの構え。これもまた織斑千冬の動きを完全に真似ただけのそれだ。

 対して織斑は腰から居合のように剣を振り上げる。黒い雪片は大きく弾かれ、致命的な隙を――

 

「いや、駄目だ!」

 

 ピット・ゲートから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び出す。やはりこんなところで傍観しておくべきではなかった。

 

「笑ったな……アイツ……!」

 

 右眼で視えた。ラウラ・ボーデヴィッヒの()が。

 

 笑っていた――!

 

 暴走したVTシステムに呑まれていなかったとでもいうのか。違う。今しがたアイツは意識を取り戻した。そして織斑一夏の続く縦一閃を見て、笑った。

 諦めではない。希望でもない。安堵でもない。あの笑いは――

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ギィンッ! という音がアリーナに響く。

 

「なっ――!」

 

 織斑の驚愕の声が届く。同時に俺もその場に到達する。

 弾かれた筈の黒い雪片が、雪片弐型を受け止め、更には弾き飛ばす瞬間だった。

 咄嗟に唯一装甲を展開している織斑の右腕を掴み、投げ飛ばす。

 

「デュノア! 篠ノ之!」

 

 受け止めたかどうかの確認などしている余裕はない。残った右手に剣を呼び出し、続く一撃を受け止める。

 

「随分と楽しそうだな、ボーデヴィッヒ!」

 

「イイトコロダッタノモヲ……。マァイイ」

 

 くぐもった声は確かにボーデヴィッヒのものだ。だがどう聞いても様子がおかしい。

 

「力に呑まれたか」

 

「キョウカンノチカラハ、ヨクナジム。チョウドイイ……」

 

 左手にもう一本の剣を呼び出すと同時に切りかかって来るのを剣を十字に合わせて受け止める。

 

「キサマヲサキニキルトシヨウ」

 

「先に言っておくが、俺は剣では負けるつもりはない。お前にも、織斑千冬にもだ」

 

「ホザケ!」

 

 右からの水平一閃、両の剣で受け止める。重い。片方の剣だけで衝撃を逃がしきるのは難しいだろう。

 展開装甲起動。左足の装甲を攻撃特化に変更し蹴りつける。黒いISの腹部を切り裂くがすぐに塞がる。

 

「おい、仁! そいつは俺が……!」

 

「今のお前に何ができる」

 

「なんだと!」

 

「白式は完全に沈黙。デュノアのエネルギーも残っていない。篠ノ之の打鉄もシールドエネルギーは0。お前達に、何ができる」

 

「くっ……」

 

 後ろを見ずに黒いISの連続の攻撃を丁寧に両の剣で受け止める。

 

「生徒は、教師と生徒会に守られていろ。少なくとも今は俺がコイツを止めるのが最善だ。ピットを出れば布仏姉妹が待っている。避難は彼女らに頼れ」

 

「あの剣は……千冬姉のものだ、千冬姉だけのものだ!」

 

「それがどうした。先を行くものは後を追うものに模倣される。当然の事に過ぎない。お前とて、かつての姉の剣と技を使っているだろう」

 

「違う……そうじゃない、そうじゃないんだよ!」

 

「何が言いたいのかはわかる。だがこればかりは根性論でどうこうなるものではない」

 

 居合の一閃を黒い雪片ごと叩き割る。しかしそれはすぐに黒いISの手の中で形を取り戻す。

 

「癇癪を起こすのはいい。だがそれで周りの者を巻き込むな。今は非常事態だ。お前一人の意思を通していられるような状況の事を非常事態とは呼ばん」

 

「くそっ……!」

 

「イイカゲン、ヤカマシイゾ。オリムライチカ」

 

 黒いISが剣を振るうと、黒い刃が宙を駆ける。咄嗟に俺以外を狙った一撃に反応が間に合わず、俺の隣をすり抜ける。

 

「しまった……!」

 

「ぐあっ!」

 

「一夏!」

 

「ククク……キサマハアトデジックリトアイテヲシテヤル」

 

『気絶させられたようです。仁、集中を』

 

「……ああ」

 

 1つ息を深く付き、意識を切り替える。

 

「デュノア、篠ノ之。さっさとそいつを連れて下がれ」

 

 デュノアがしっかりと頷くのを前を向きながらにしてハイパーセンサーで確認する。

 

「ボーデヴィッヒ。そろそろ止まってもらおうか」

 

「アノトキノカリヲ、カエシテヤル。ランマジン……!」

 

 ずきり、と右眼が痛んだ。

 右眼を通して痛みは頭へと、既視感として染み込んでくる。

 オルコットや織斑との試合の時にもあった、右眼に映った()()()()()()が、左眼に映っている変形したレーゲンと、カメラのブレを修正するかのように重なっていく。

 右眼を強く閉じて、もう一度開けば妙な感覚は消え去った、頭を振って集中する。

 

 ドンッと音を残して瞬時加速で目の前まで突っ込んで来た居合を両の剣で受け止め、同時に蹴り飛ばす。僅かに空いた距離を今度はこちらが詰め、左の剣での唐竹割りと右の剣による逆袈裟切り。

 

「キカンナ」

 

 確実に切り裂いた筈の二撃。しかしすぐに黒い装甲は修復を始める。その奥にある筈のボーデヴィッヒの身体には到達どころか見えもしない。

 しかし俺の右眼は確実に中身にいるボーデヴィッヒの姿を捉えている。口を三日月に歪め、外れたらしい眼帯の下に隠れていた金色の左眼は楽しそうに笑っている。

 

「普通の攻撃は効かんか」

 

『心意や蒼い炎ならあるいは』

 

「試すにもこちらが持たんな」

 

『今は零落白夜を使って来ていませんが、使えるものと考えておいた方がいいでしょう』

 

「いつでも敵の想定は高くだな。そうなると無暗な消費は避けるべきだ」

 

「ナニヲブツブツト!」

 

 振るう剣は見た事があるものばかり。意図的かVTシステムによるものか。彼女の攻撃は全て織斑千冬の模倣だ。

 

「真似ただけの、お前の意志がない剣だな。そんなものでは俺は切れんぞ」

 

 居合、唐竹割り、袈裟切りからの切り上げ、両手を柄に添えた鋭い突き。全てが一撃貰えば致命的な攻撃なのは間違いない。

 だが、決定的に軽い。確かに二刀を合わせて受け止めなければダメージを流し切る事はできないが、この剣にはボーデヴィッヒの意志が乗っていない。

 

 上身を沈めながらの深い踏み込みで水平切り払いを回避しながら、身体を捻りながら切り上げる。防御する事すらないボーデヴィッヒの装甲は再びとてつもない速度で再生を始める。

 

「キョウカンノケンニ、ワタシノイシナドヒツヨウナイ!」

 

 俺は心意を使う以上、意志というものは大事だと思っている。心意は使い手の意志の強さに応じて力を増す。心意そのものや他のあらゆる力が神による借り物だとしても、これだけは、この意志と剣の腕だけは俺の力だ。

 だからこそ、俺はコイツに負けない。負けられないとか負けたくないのではない。負けないのだ。

 

「キョウカンノケンハ、サイキョウナノダカラ!」

 

 いい加減剣も見切れてきた。二刀で受け止める必要も最早ない。黒い雪片の軌道を逸らすように一刀で受け流す。

 

「チィッ!」

 

 そしてがら空きの胴に展開装甲によって分厚くなった蹴りを見舞う。踏み留まった黒いISに炎を纏った剣でXに切り裂き、更にもう一度裏回し蹴りを放ちアリーナの壁まで吹き飛ばす。

 

「効きはしなくとも怯みはするか」

 

 人間が自信を害する攻撃や行為に何も思わないなんて事は滅多にない。ボーデヴィッヒが意識を取り戻した事によって、システムを媒体としていた無機質な機械的だった黒いISは人間を媒体とする。人間のいいところとも悪いところとも取れる綻びが生じるという事だ。

 

『! 仁、外部から通信です』

 

「誰だ」

 

『このISは……【黒鍵】。クロエさんです!』

 

「やはり見ていたか。繋いでくれ」

 

『了解』

 

 黒いISが復帰してくるまで少し時間がある。タイミングを見ていたらしい。

 

『やっと時間ができたね。仁くん』

 

「篠ノ之束か」

 

『イエス! 今回は黒鍵からこんにちはってね! ちょーっと派手さには欠けるけど、君の目の前の事態が既に派手だから今回はそれで許してあげよう!』

 

「何の権利があって何を許そうとしているんだアンタは」

 

『今の世界において束さんは神様同様ってね! 権利なんて意味は成さないのさ。さて、冗談はここまで』

 

 声のトーンと共に雰囲気が変わったのを感じ取る。同時に再び目の前まで超速で接近してきた居合の一撃を先程と同様に受け止める。

 

「芸のない……!」

 

「キサマ……! クッ……」

 

 黒いフェイスの奥のボーデヴィッヒの顔がほんの一瞬、僅かに苦痛に歪む。やはりVTシステムは搭乗者の負担が大きいようだ。不死身のような相手ではあるが、持久戦に持ち込めばいくら消費が重い【レーヴァテイン】でもこちらに分がある……が、それは彼女が重傷、ないし死ぬまで続けるという事だ。一人の生徒を、切り捨てるという事に他ならない。

 そしてこのタイミングでの篠ノ之束からの通信。やはり今回も彼女に頼るしかないだろう。

 

「何か、手はあるのか」

 

『勿論。でもこれはレーヴァちゃんに頑張ってもらう事になるかな』

 

「どういう事だ?」

 

『成程……そういう事ですか』

 

「レーヴァ?」

 

『わかりました、束さん。仁』

 

「なんだ」

 

『彼女とできるだけ長い時間、切り合ってください。私の力でなんとかします』

 

 モニターの中に映る彼女は、いつもよりもいくらか真面目な、覚悟の乗ったような顔で俺にそう言って来た。




ここのラウラは原作のこの時期よりも数段頑固です。

そして困った時の束さん。束さん多用すると「全部この人でよくね」が発生するので諸刃の剣ですが。
友人からはこの真っ白束さん可愛いと評されているので、可愛い束さんが好きな私としてもウレシイ……ウレシイ……。

いつも通りプロットは私の脳内でしか存在していませんが、まぁなんとかなります。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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相棒、頑張る

はい。お久しぶりです。お待たせしました。
筆がなかなか進まずに困っておりました。少しずつ書いてようやくです。

「子として、生徒として」と「いざいざ挑戦だ」をほんの少しだけ書き直しました。具体的に言うと本音→仁の感情について少し。
あの子は恋愛感情よりも友情の方が上な感じがしたのでそのように。元々「好意」とだけ書いていたので曖昧だった部分を確約したという意味にもなりますね。

一応わざわざ探して読み返す必要が生まれない様にの説明でした。


『仁、私には相手のISと対話をする能力があります』

 

「さっきもサレムの機体のコアと話していたんだろう?」

 

『はい。アレを使ってレーゲンの深層までダイブします』

 

 先程と同じ剣の軌跡を同じように受け流す。幾度となく繰り返した行動だ。もう問題はない。

 

「アレに接続して大丈夫なのか?」

 

『私が説明を引き継ぎます。レーヴァテインさんは準備を』

 

「クロニクルか」

 

『お久しぶりです。早速説明を。レーヴァテインさんのこの能力は対話という一点に特化しています。普段お二人の脳内に展開されている心象景色を媒体にしての接続です』

 

 蹴り飛ばし、少し時間を作る。

 

『半分は向こうのテリトリーですが残る半分はレーヴァテインさんの世界。問答無用で直接害される事は少ないと思われます』

 

「成程……それでボーデヴィッヒ本人と話を付けるって事か」

 

『はい。まず相手のIS、もしくは武装と接触している状態でなければパスを開けません。レーヴァテインさんの準備が整い次第打ち合ってください。鍔迫り合いが好ましいです』

 

 それを聞きながら一度右眼から力を抜く。右眼の動体視力が無ければ攻撃を見切る事は難しいが、攻撃が読めている今は問題はないだろう。

 クロニクルの話の通りだと長期戦になる。このままずっと右眼を使っていたら右眼の痛みで肝心な時に右眼が使えないなんて事になりかねない。危険ではあっても一度休ませる必要がある。

 

『……仁さん、レーヴァテインさん。あの子を、よろしくお願いします』

 

「ああ」

 

 短く答え、剣を構え直す。こういった場面なら大剣の一つでも欲しいものだが、どういうわけか【レーヴァテイン】という機体に乗ったままでは俺自身の剣の精製能力は使えない。

 

『お電話代わりまして束さんだよ。仁くん、行ける?』

 

「俺はいつでも。後はレーヴァ待ちだ」

 

 居合、袈裟、逆袈裟、唐竹割り、水平切り払い。右眼の能力を閉じた事でその速さがよくわかる。速い上に強く鋭く、一撃でも貰えばシールドエネルギーを一気に吹き飛ばされるだろう。

 剣の初動を見て攻撃の軌道を予想し受け止め、受け流す。反撃を考えなければまだ問題はない。

 

『本当は私が行ければいいんだけど、私もやらないといけない事があるんだ』

 

「そもそもこれは学園のゴタゴタだ。生徒会や教師の仕事なんだ。アンタが手を下す必要はない」

 

『束さんは君がまたボロボロになるんじゃないかって気が気じゃないんだぞう』

 

「過保護過ぎだ。いくら一個人を気に入ったからといって必要以上に何かをしてくれることはない」

 

『束さんがしたいんだよ~。あ、くーちゃんがあの子に似てるとかって話はまた今度ね?』

 

 気が抜けそうだ。だが彼女は彼女で気の張ったこちらをほぐそうとしてくれているのは、軽いものへと変え切れていない声のトーンでわかる。

 最初会った時とは違い、随分と人間らしくなったものだ。問答無用に人の頭を覗いてきた篠ノ之束とはとても同一人物とは思えない。

 

『準備、できました』

 

「ああ」

 

 振るってきた剣に二刀を合わせ、鍔迫り合いに持ち込み、ふう、と息を吐いてもう一度右眼に意識を集中させる。

 ピリッという痛みと共に右眼から得られる情報量が莫大なものへと変化を遂げる。

 

『できるだけ長い間、あの機体に触れていてください。パスさえ開けばそれ以降は触れなくても大丈夫です』

 

「わかった……行くぞ」

 

 ここからはレーヴァの補助は無しだ。二機のビットを自分の横に浮かばせて炎の刃を纏わせる。

 ここまでで消費したシールドエネルギーは大体二割。問題はない。

 

『頑張ってね。くーちゃんが悲しいと私も悲しいからね』

 

「任せておけ。負ける気なんて元よりない。俺だって俺の周りが悲しむのは、嫌いだ」

 

『まぁ、こう言えば君はそう言うよね。仁くんは優しいからにゃー』

 

「やれやれ……」

 

『止めなきゃいけない理由が、増えてしまいましたね』

 

「何、いつも通りやるだけだ」

 

 気負う事はない。守るべきものが背後にいないだけ無人機の時より随分と楽なものだ。

 

「ハナシハオワリカ。サッキカラブツブツト……!」

 

 鍔迫り合いの姿勢のまま黒い雪片が高い高音と共に光を放つ。

 

「キル……キサマハ、ワタシガ!」

 

 右眼が伝えて来るのは【零落白夜】と同じ情報。色こそ真逆ではあるがその一撃は織斑のものと同じで絶望的なまでの一撃。しかし――。

 

「俺は織斑にも同じことを言ったが……」

 

 後方瞬時加速(バック・イグニッション)。鍔迫り合いから急に相手がいなくなったことで黒いISは体勢を崩す。

 

「切り札は確実に当てられる時に取っておけ。何故お前らはそう切り札を安売りするんだ」

 

 キィィィィン……と超高音が鳴り響くまでに圧縮されたエネルギーの奔流は体勢を崩した際にアリーナの地面を抉り飛ばし、半径1m程のクレーターの中心に深い谷を刻む。一撃でも貰えばどうなるかは、推して知るべしだろう。

 

「コノォ!」

 

 そのまま黒い零落を維持しながら先程までのように切りかかって来る。ここが織斑とは違う点といえる。

 このVTシステム、恐らくエネルギーが無尽蔵だ。暴走しているせいかどうかは不明だが、装甲や黒い雪片の自動修復をこれだけ続けているのに力尽きる様子が無い。競技形式は中断されているため相手のシールドエネルギーを見る手段すらない。

 無尽蔵と仮定した場合、この零落はいつまでも使っている事ができる。本来エネルギーを莫大に消費する零落でも、そのエネルギーが無限に沸いてくるのならばそのデメリットに関係はない。とはいえそれとは別にボーデヴィッヒ自体の身体への時間制限があるのだが。

 

「アレと切り合うのは中々のスリルだな……」

 

 言っていても仕方がない。炎を纏わせる事を止めた二刀で受け止める。エネルギーを切り裂く手段である零落が発動してしまっている以上、炎は纏っていても無駄だ。

 【炎剣レーヴァテイン】は実体剣。これがエネルギーブレードであったならばそれこそ絶望的だったが、この剣ならば零落であろうと受け止める事はできる。一撃の重さは先程までの比ではない上に光のエネルギーの束を逸らすのは骨が折れるが、やらなければならないのならばやってやろう。

 

「アレの対抗策はそもそも近付かない事なんだがな……!」

 

 先程までよりもずっと重い袈裟切り。二刀を右肩に担ぐ様に構え受け止める。耳障りな高音が耳を打ち続け、高圧縮のエネルギーの重みが右肩と両腕にズシリと来る。

 例外的な武装であるサレムの【ヴォーパルソード】程の威力はない。いくらレーヴァの複製である【炎剣レーヴァテイン】であろうともこの炎の剣は簡単に両断されるような代物ではない。

 

 そのままねじ込む様に力を込めて来る。今のこちらとしては好都合だ。こちらも両足の展開装甲を切り替える事で出力を上げ、上を取られている分不利な鍔迫り合いに持ち込む。

 

「任せたぞレーヴァ……!」

 

 

 

 

 

―― SIDE レーヴァ――

 

「任されました。私だってやれるという事を仁には見てもらわねばなりませんからね!」

 

 青空の下に広がる白い空間で眼を閉じ、意識を仁と同調。そして二本のレーヴァテインを通して接触している黒い雪片のデータを探る。

 

「大体いつも仁は優しすぎなんですよ。私は道具なんですから私の事も守るなんておかしいというのに」

 

 仁に届く事はない言葉を紡ぎながら少しずつデータという細い糸を黒い雪片に通す。針の穴を通す作業、というにはちょっと雑な繋げ方ですが、私は器用ではありませんからね。

 

「まぁ、それがまた嬉しいんですけど……痛ッ……」

 

 黒い雪片に接続が始まると同時に大量のジャミングデータが流れ込んで来る。恐らくは仁が視たVTシステムを隠蔽していたジャミングデータでしょう。私の頭脳として存在するコアに流れ込み、頭痛という形で私という意識にダメージを与える、一種の対IS機能とも言えるでしょうか。防衛機構のような働きもするとは何とも入念なものです。

 機体へのダメージは一部私にフィードバックされるので痛覚と無縁というわけではありませんが、大量のデータによるコアへのダメージに一瞬身体がフラっと傾いたのを何とか耐える。

 

「目に見える形で攻撃を仕掛けられる方が楽なんですけどね……」

 

 最初の波を耐えてもチリチリと頭に残り続け、依然痛みを発し続けるジャミングデータを無理矢理心象景色(私の世界)の修正力でもって抑え込む。この世界の私の世界。簡単に外部からの異物の侵入なんて許しません。それに弱音なんて吐いていられないのです。

 

 ともかく黒い雪片への接続には成功。次は黒いISへの接触。

 

「ぐっ……う……」

 

 先程の倍近い量のジャミングデータ。何とか抑えきれる量ではありますが、漏れ出した様に白い世界の端が僅かに黒く染まり始める。

 

「あまり時間を掛けられそうにはありませんね……下手を打ったら私が呑み込まれますか」

 

 だからといって負けるわけにはいかない。

 

「搔き分けて……まずはシュヴァルツェア・レーゲンとラウラ・ボーデヴィッヒを見つけないと」

 

 それが今の私の役割。仁の相棒としてできる最善の行動。外で相棒が奮闘しているのに、それに応えられないようでは相棒なんて名乗れない――!

 

 仁には右眼のタイムリミットがある以上あまり時間もかけていられない。意識を細分化しろ。いくつもの並列思考を行え。実体を持たなく、ISコアという超高性能のAIとしてこの世界に生まれた私なら、できる筈です。

 

 眼を開き、白い空間全てに意識を張り巡らせる。青空以外全くの白だった筈の世界の宙にいくつもの赤と黒のノイズ状の波長が揺れる。その一つ一つが私の意識であり、今黒いISに接続している全ての特異点。

 それが増えたのに比例して同時にこちらに侵入するジャミングデータも増えていく。修正力の対応量を超え、すり抜け私に頭痛として襲い掛かるそれを、無視する。ISコアに侵入してくるそれを無視するという事は、レーヴァテインという機体の動作に問題が起こるかもしれないけど、仁を信じて私は私の仕事をしなければいけません。

 

『――』

 

「見つけた……レーゲン!」

 

 どれだけ経ったかを感じる余地はありませんが、頭痛の度合いから考えるとそう時間は経っていない筈。ここからが本番。

 

『――』

 

「ええ。彼女の事は、今は私達に任せてください」

 

 ノイズが多く混ざった声で語り掛けて来るのは相方の心配ですか。元来人格が優しい娘なのか、それともドイツでの環境が良かったのか。後でまた話したいものです。出来れば戦闘じゃなくてゆっくりとコアネットワークの方で。

 

「さて……」

 

 世界の至る所に生まれていたノイズの波長にピシピシと亀裂が入る。そこから入って来るのは私の白とは対照的な黒の空。黒の世界はまるで戦争の後のように、荒れた荒野に無数の薬莢が転がり、土の地面はいくつもの抉れたような窪みが刻まれている。

 

「ようやく繋がりました」

 

 黒の空と荒れた荒野は、青空と白の世界とスッパリと切って分けたように世界を二分する。私の側には私の世界が、そして少し離れた向こう側にあちらの世界が広がる。

 それはつまりレーゲンの世界と私の世界が繋がったという事。軍に属しているから心象景色が戦場跡のようなのでしょうか。コアの子達はまだ良くも悪くも純粋ですからね。

 

 さて、繋がったという事は当然いる筈です。

 

「ね、ラウラ・ボーデヴィッヒさん」

 

「……何者だ貴様。いや、それ以前にここはどこだ」

 

「ここは私とシュヴァルツェア・レーゲンの心象風景の結合点。ISコアの深層部分とも言えますね」

 

「何故私がそんな場所にいる。そしてレーゲンの心象だと言ったな。ISに、兵器に心があるとでも言うつもりか」

 

「今の貴女は精神体。実体の身体は向こうで今も仁と戦っていますよ。そしてISに心はある。私がそうであるように、レーゲンにも」

 

「笑わせるな。折角心地が良かったものを。そのような戯言を言うために呼び出したとでも?」

 

「生憎、その心地の良い力とやらでは私の相棒には勝てません。そして、私にも」

 

 眼帯が既に無くなっている左の金色の瞳も、元来の赤い瞳も鋭く変わる。

 

「貴様……奴の相棒だと言ったな?」

 

「ええ。私の名前はレーヴァテイン。欄間仁のISのコア人格にして、相棒です」

 

「……いいだろう。まずは貴様からだ。ISが人格を持っているなどにわかに信じられる事ではないが、真実ならば貴様を消せば奴のISもまた消える」

 

「やれやれ……前よりも頑固で短気な人です。一度落ち着かせるべきですね」

 

 ボーデヴィッヒさんがナイフを構える。対してここは私の世界。こちらは念じるだけでいい。

 包む込む様に構えた両手の中に呼び出されるのは炎剣レーヴァテイン(私のレプリカ)。仁とは違い一刀流。

 同時に服装も変わる。後ろで結わえている髪は解け下へ流れ、普段来ている和服はそのままに、その上から真っ黒なコートが羽織る形で粒子から実態を持つ。

 

 前を止めれば口元まで覆い隠し、私には少し長すぎる膝下まで届く黒い裾は不思議と邪魔に感じず、心地の良い感触。かつてどこかの魔法と魔女の世界や剣の仮想の世界で仁が使っていたものと同じコート。前者の世界に私はまだいませんでしたし、どちらの世界も彼は覚えていないでしょうけど。

 

「貴様もその剣か」

 

「仁を傷付けたナイフ……」

 

「「目障りだ!/です!」」

 

 同時に踏み込む。お互いの世界から、その境界線へ。

 

 初手は最速のナイフの突き。掻い潜った先に鋭く水平に切り払うもう一本のナイフ。それを剣の腹で受け流してから相手の腹部を目がけての切り込み。

 身体を捻って回避されたところに更に踏み込み、Vを描くように斜めに切り上げる。片手剣ソードスキル二連撃《バーチカル・アーク》。私はソードスキルを起動できませんが、誰よりも近くで仁を見てきたのです。真似る程度なら容易い。

 

「チィッ」

 

 二本のナイフを合わせて受け流され、今度は鋭いハイキックが放たれる。上半身を大きく仰け反らせて回避。すぐに体勢を戻しながら少し後退。するとさっきまでの私の胸があった位置をナイフを通り抜ける。

 

 この姿での実戦は初めてですが、中々悪くないようです。ここが精神世界である以上肉体疲労もそう大きくはないでしょう。

 

「奴と似ているその剣術……気に入らん!」

 

「そうでなくても気に入らない癖に!」

 

 距離は振り出し。仁、もう少し待っててください。




今回と次回はレーヴァ回です。毎回仁だけ見せ場あるのもあれですし、仁がVTシステムに負ける要素が見つからないというのもあるので、負けないけど勝てないという状況にしてレーヴァに頑張ってもらうという形ですね。

VTシステム。大体二次だと超強化されるいくつかの要素のうち一つ的なそれですよね。うちでもそんな感じです。しかしこうやって色々強化すると、原作のままな一夏がどうしても色褪せてしまって見せ場をオリ主が食ってしまうんですよね。私も今後の一夏について、ちょっと考えないとなりませんね。

そういえば我ながら思い上がったなと思いつつtwitterに投稿報告をすることにしました。以前もtwitterアカウントは作っていましたけど、今回は普段使ってる方です。普段RTといいねしかしてませんけどね。
というわけで 『@kou_myon』 にて投稿報告を行います。本当にRTといいね以外は投稿報告くらいしかしないと思いますがよろしければ是非。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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見てやろう。見せてやろう

今回いつもの半分くらいしかないです。これ以上長くした場合にいい切り方ができなかったのと、ちょっと忙しいのです。
普段切り方を気にしてないだろうと言われたら反論の余地はありませんがたまには気にします。気紛れです。

サブタイトルセンスを誰かください。

レーヴァの地の文が少し難しい。


 打ち合う度に、受け流す度に手が痺れる。やっぱり剣を握る事に慣れていないと厳しいものがありますか。こっそり剣を振る訓練位すればよかったです。精神世界のようなものとはいえ私自身の本体はこっちのこの身体ですからね。

 

 こちらの私もISの機体と同じく、身体で触れ合え(剣を打ち合わせれ)ば会話のようなものはできます。どちらかというとこちらでの方がその力は強い。

 お互いに自分の深層部分を見せている状況とも言えるこの場所ならば、記憶の共有すらできるでしょう。しかしそれをするには問題点が少し。

 相手の記憶を見るのは問題ないのです。問題は()()()()の方。

 

 私は自分の記憶というものがあまりにも曖昧です。この世界で自我を持つまでの記憶は仁のものとほぼ共通。彼が私を手にする前の記憶は持っていませんが、それ以降は仁を通して見ていたというような形で記憶を持っています。

 なので私の記憶を見られるという事は、仁の記憶を見せるという事と同義。仁の許可なしで見せるのは何とも言えませんね。束さんは問答無用で覗きましたけど。

 

「貴様も奴も逃げるのばかりが得意か!」

 

「そういうそっちは早く当ててみろってんです!」

 

 私は当然仁より剣の速度も鋭さも重さも数段落ちる。代わりに私は私自身のレプリカであるこの炎剣を誰よりも使いこなす事ができる。仁よりも私は私自身についてずっと詳しい。

 

 戦闘は純粋な腕力だけではないのです。仁のように粗くも細かい技術を織り交ぜるのも、楯無さんのように繊細で小回りを利かせるのも1つの力。

 それならば私の力は、誰にも剣で負ける事のない仁を見続けてきた事と、この剣の力を引き出しきることができるという事。

 

 準備はとっくにできています。後は私次第。

 

「そろそろ行きますよ……!」

 

 袈裟気味に放たれた一撃を弾き、痺れる腕を無理矢理振るって残った片方の追撃を受け止める。

 

「炎よ!」

 

 ナイフを受け止めたままの剣から炎が噴き出す。物理法則なんて完全に無視した、一本の剣に収まっているとはとても思えない量の炎の放出。そしてそれを操る事で空中にいくつもの炎の輪を生み出す。これこそが炎剣レーヴァテインが持つ本来の【炎の刻印】。

 炎剣レーヴァテインという剣が私自身であるならば、私から生まれる炎もまた私の一部。仁のように自身への熱を感じる事も無ければ、火傷なんてものも起こり得ない。本来ならば仁も同じように扱える筈なのですが……まぁ今はいいです。

 

「なにっ!」

 

「反則とか、ズルいとかは無しです」

 

 彼女の精神体を傷付けて大丈夫なのか確証はありませんが……まぁきっと凄く痛いだけです。ええ、そうです。

 

「行きますよ!」

 

 思うだけで炎の輪が自在に宙を飛び回る。あらゆる方向から確実に相手を倒すために襲い掛かる精密な操作。さぁ、このままではあっさり輪切りですよ。

 

「くっ……この程度!」

 

 同時に飛来する3つの輪を後ろに飛び、そこに既に飛んできていた2つの輪を屈みながら横に飛んで回避。更に追う形の4つの輪をナイフで迎撃しながらもう一度後ろに飛んで避けられる。

 しかし操作権は私にある。イメージインターフェースのようなもので私が思いさえすればそれらの輪は自在に動く。

 

「チィッ!」

 

 後ろに飛んだ事で追撃の輪は全て彼女の前方から飛来する。

 

「舐めるな!」

 

 やみくもに振られた彼女の両手のナイフから光が溢れる。その光の刃が触れた炎の輪は両断し、そのまま宙に四散する。がむしゃらというように光の刃を持って炎の輪を全て叩き落してから彼女はハッと両手に眼をやる。

 

「なんだこれは……プラズマ手刀だと……?」

 

 半分はレーゲンの世界。つまりレーゲンの操縦者である彼女はレーゲンの武装を呼び出す事ができる。という事でしょうか。現状のレーゲンの状況を鑑みるにレーゲンが力を貸せるとは思えませんし。無意識化ではあったようですが。成程、中々どうして……。

 

「……面白くなってきましたね」

 

 時間はないのだから手を抜く事は有り得ないけど、そんな戦いでも楽しめそうです。思えば仁は強い相手との戦闘は好きでしたね。私が似るのも仕方ないです。

 

「なんでもいい。使えるものがあるならば使うまで!」

 

「ほら、楽しみましょう」

 

「貴様を叩き潰す事に楽しみなどいらん!」

 

「殺し合いでもないのに純粋な敵意だけなんて勿体ない」

 

 クルクルと手首を使って手の中でバトンのように炎剣を回すと、剣から出た赤い炎が空中に無数の炎の球となって浮遊する。

 ポポポポポポという音と共に私の後ろに生まれていくそれらは炎の弾幕となって広範囲を埋めながらそれぞれ緩急のあるスピードで襲い掛かる。一色の弾幕だけではアイーシャさんの薔薇の吹雪ほど綺麗ではありませんが、及第点でしょう。

 

「今度は、どうしますか?」

 

「ええい数ばかりが多い!」

 

 今度は彼女の腰に光が灯り、すぐに形を持つ。レーゲンの機体に搭載されているワイヤーブレードの射出機だ。両肩のものは出せていないため左右二対の4つのワイヤーブレードが空中を踊る様にあらゆる軌道で弾幕を迎撃する。

 しかしその程度では弾幕を潰しきれない。すり抜けたいくつかのものをナイフで弾きながら兎のような機動力で回避していく。

 

「数ばかりで威力もない……ふざけているのか!」

 

「まさか。これが私の戦い方です」

 

 剣術に自信が無いのなら自身の力を活かすしかない。それに威力は敢えて抑えているだけです。

 

 さて、そろそろだと思いますが。

 

「痛っ……ぐぅ……」

 

 突然ボーデヴィッヒさんが膝をつく。勿論私は何もしていません。

 

「貴様……何をした」

 

「私は何もしてません。気付いていなかったのですか?」

 

「なにがだ……!」

 

「向こうで貴女が今振るっている力は貴女の身体への負担を完全に無視して無理矢理動かすもの。貴方が意識を取り戻してもそれに頼り続けた今、貴女の身体は既にダメージを多く負っています。精神へのフィードバックが発生する程に」

 

「それが……どうした。強大な力を得られるのならば、その程度の代償……甘んじて受けてやる」

 

「貴女が貴女で無くなりますよ。心までも織斑千冬の紛い物に染まってしまう」

 

「教官に近付けるのならば私程度がどうなろうと知った事ではない! 教官のように凛々しく堂々とし、圧倒的な力を持つものが全てだ。それが遺伝子強化試験体C-0037の、ラウラ・ボーデヴィッヒにとっての全て! 力を持たねば私は無価値なのだ!」

 

 立ち上がり、ナイフを握りしめて切りかかって来るのを受け止める。力が抜け始めているのかナイフは一本を両手で握っている。

 

 この世界での彼女は精神体。本音を隠すのは難しく、感情は肉体よりも表に出やすい。それが彼女の今の言葉に繋がったのでしょう。

 

 そして私はそれを聞いて決めました。見てやろう。見せてやろうと。

 どうせ切り合っているだけでは埒も空かないのです。お互い時間もあまりない様子。仕方ないでしょう。彼女のプライバシーとか、もう知りません。怒りました。

 

 力だけが全てだというのならば、彼女がどれだけ暖かい場所にいるのか、思い知らせてやろう。

 

 慕ってくれる人間がいるというのがどれだけ救われる事なのか、思い出させてやろう。

 

 腑抜けと罵倒した男が、どれだけの暗い世界を経験して来たのか、見せてやる。

 

 たかが十数年を生きた程度で、全てを語るなどまだ早いと、突き付けてあげましょう。

 

 本来私がこの世界で知り得ない事でも、私は彼女の事をこの世界で知った以上に知っている。仁よりもずっと。だからこそ私が彼女の心の隅を突いてあげましょう。

 

「ごめんなさい仁……後でいっぱい謝りますから」

 

 鍔迫り合いの今なら、都合がいい。

 理論はわからないけど、その現象を思うだけでいい。

 

 ――共鳴、開始。

 




レーヴァは仁よりも少し色々知ってます。彼女にはある事情がありますがいずれ語る時が来るでしょう。

戦闘シーンは実は仁よりもレーヴァの方が書いてて楽しいですね。多彩で綺麗な戦い方はいいですよね。私がそれを書けるかどうかはともかくとしてですが。その点アイーシャも書いてて楽しいです。

クリスマス外伝、書きたいなぁ。何分季節の外伝は書いたことがまるでないからどうしたものか……。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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特別編:大晦日

今回は本編ではなく特別編です。クリスマスなんてなかったのです。慣れない事しました。

時間軸としては学園入学前の12月。数ヶ月程巻き戻ります。


 12月31日。世間では一年の終わり、大晦日というやつだ。

 転生続きといっても一年以上同じ世界にいた事もある。別にとてつもなく久し振りの経験というわけでもないが、記憶の限りではあまり気にしたことはなかった日だ。

 

 更識楯無含めた生徒会の面々はそれぞれ数日前に帰省している。冬休みでもある今、仕事も多くないのだ。家族でこういった日を過ごすのはいい事だろう。尤も、俺に家族との記憶はこの身体である"欄間仁"という人物が今まで生きてきた記憶を引き継いだ以外には殆どないのだが。

 

 数日前にはクリスマスだー。と言って部屋に布仏姉妹が突入して来て無理矢理生徒会室に連行され、虚の手作りケーキと紅茶で小パーティに参加させられたものだが、打って変わって静かなものだ。

 

 暗闇に深々と降る雪の中で振るう剣と言うのもまた悪くはない。少し動きを止めれば適度に冷やされるため、身体が熱を持ち過ぎる事もない。

 

「毎度の事ではあるが、少々忙しい半年だったな」

 

 両手で一本の(レーヴァ)を振るいながら呟くように言葉を溢す。

 

『特に今回は一人ではありませんからね。いつも一人で居た分そういった忙しさには無縁でしたから余計そう思うんでしょう』

 

「そうかも知れないな。別に俺は一人でも構わなかったが」

 

『またそういう事言って。駄目ですよ全く……』

 

 "未確認のISを動かす謎の男"を保護してもらうという名目で生徒会に属している以上、一人に戻る機会などないだろうが、やはり俺は一人の方が良かったのだろうと思ってしまう。

 

「む……おっ……」

 

 ぐらりと身体が傾き、咄嗟に地面に剣から離した左手を突く。考え事をしながらだったせいか雪に足を取られたようだ。

 

「……少し休息を挟むか」

 

『汗を流すのはいいですが、それも適度にしておかなければ余計に身体が冷え始めます。休憩するならば何か羽織ってください』

 

「わかっている」

 

 木の枝に引っ掛けておいたこの世界に俺が出て来た時に着ていた真っ黒のコートの雪を払い、そのまま羽織る。雪が積もっていたため少し冷えるが、すぐに体温の保護に働いてくれるだろう。

 

「……この世界は、これからどう進むんだろうな」

 

『仁次第でもあり、物語の登場人物達次第でもあり、後は神のみぞ知るというやつでしょうね』

 

「……あまり、関わりたくはないものだ。もう、遅いかもしれないが」

 

『そうかもしれません。そうじゃないかもしれません。でも、今を悪くないと思っているのも事実でしょう?』

 

「……まあな。だが今まで必要のなかったものだ」

 

『人というのは一度得たものを捨てるのは難しいものです』

 

「だから、俺もこうして迷っている、か」

 

 はぁ。と白い息と共に溜息を吐き出す。もっと排他的で退廃的な人間でいられたのならば楽だったというのに。

 いや、そんな人間だったならば転生を繰り返す事もなかっただろうか。わからないものだ。

 

「……いかんな。こうも静かな雰囲気に浸っていると考えが深まるばかりだ」

 

「それなら、賑やかにしてあげようか?」

 

 ……もはや慣れてしまった。いつだってこの人は唐突に表れるのだ。感知するとか予測するとかそういう問題ではない。

 

「……別に頼んではいないぞ。篠ノ之束」

 

「私が、私達が仁くんと過ごしたい。じゃ駄目かな?」

 

 世紀の天才(天災)篠ノ之束。この人の出現に関しては察知も反応のできないのだからあまり気にする事ではない。

 

「……別に構わない。誰かを拒む理由も今はないからな」

 

「やったぜ! じゃあ改めて仁くん。ハッピーニューイヤーイヴ!」

 

「ああ。ハッピーかどうかは、わからんがな」

 

「この天才篠ノ之束さんがいるんだからハッピーになるに決まってるでしょ?」

 

『今回は私もいるのです!』

 

「……お前らのその自信はいったいどこから湧いてくるのか……」

 

「だって束さんだよ? レーヴァちゃんと合わせて君を誰よりも知る二人だよ? ほら間違いない」

 

「何をもって間違いないのかわからんが……まぁ気にもしなかった今までよりはマシな日だろう」

 

 剣を振る気は削げてしまった。そもそも見せてもあまり面白いものではないだろう。

 折角出向いてきたのだから紅茶の一つでも淹れるとしよう。

 

「入るといい。外は冷える」

 

「冷えても束さんは問題ないけどねー」

 

「そういう問題じゃない……やれやれだな」

 

 そう言いつつもドアを開ければ入って来るようだ。

 この学園、一年中使う寮なだけあって暖房器具冷房器具共に優れている。流石は世界中のIS適性者を育成する機関なだけはあるといったところだろう。電源を入れておけばすぐに外よりは随分と温かくなる。

 

「少し待っていろ」

 

 コートを掛け、レーヴァを剣から指輪に戻してからティーセットの用意をする。一人の時に自分で淹れたものをあまり飲むわけでは無いが、虚には練習用だ、と言って彼女らが使っているものと同じティーセットを渡されている。好きに使っていいと言われているのだから好きに使うとしよう。カップの数も問題はないだろう。

 

 振り返ってみれば篠ノ之束は既に炬燵で溶けたようにだらけている。炬燵の魔力というものはどの世界にもあるものらしい。俺は普段あまり使っているわけでは無いが。

 

「これが世紀の天才だというんだからな……」

 

「天才というのは常人の秤では計れないものなのさぁー……」

 

「……まぁ、そういうものか」

 

『そういうものなのでしょう。きっと』

 

「テレビは点けてないんだねぇ」

 

「普段は情報収集程度には見ているが、今日はあまり興味が無いんだ。と言ってもこの世界のニュースは殆どISの事のようだが」

 

『現在世界のパワーバランスを担っているのがISですからね。どうしてもISについての議論は絶えません』

 

「あまり、喜ばしい事ではないな。紅茶が入ったぞ」

 

「おお。仁くんが淹れるのを見てはいたけど、初めて飲むなぁ」

 

「半年程関わっていても初めてだったか。と言ってもあまり珍しいものでもあるまい」

 

「気分が大事なんだよ。仁くんが淹れたという事が重要なのだ」

 

「そういうものか?」

 

『そういうものです』

 

 よくわからん。技術が同じ人間のどちらかが淹れたかで味が変わるかと聞かれたら変わらない。と俺は答えるだろう。だが彼女らには重要な事らしい。

 

「いただきまーす」

 

「お茶請けが無くて悪いな。普段から来客にはあまり準備をしていないんだ」

 

「お構いなく~……美味しいなぁ」

 

 ……しかし人の家でよくもまぁここまでくつろげるものだ。それくらい豪胆だからこそ俺の記憶を覗き、更にそれを受け入れる事ができたのだろうが、彼女が孤立したのもまたこれが原因の一つでもあったのだろう。

 そして俺にこうまで関わろうとして来る理由もまたそこからだ。どうしても彼女は世間からは"ISを作った大天才"という見方しかされない。俺もまた世界にいない筈の存在としてここに存在している。お互い異常な存在として彼女が興味という欲求を基に関わって来るのは当たり前だったのかもしれない。

 

 不快ならばすぐに言うが、別にそういうわけでもない。むしろ彼女自身がそうならないように気を付けている節すら感じる。こうして唐突に会いに来るのも、基本的には俺にとって都合のいい時だ。

 

「温まるなぁ♪」

 

 こうして呑気にしているように見えるが、彼女も彼女なりの苦労があるのだとわかっていれば邪険には扱えないというものだ。

 彼女が俺という異常を受け入れたように、俺もまた彼女を受け入れているという事だろう。一人で居た方がいいという気持ちも勿論あるが、彼女はその気持ちのど真ん中をズンズンと真っ直ぐに突っ切ってくるような感じだ。どうしても気持ちがブレてしまう。

 

 相変わらずどっちつかずな自分自身に嫌気がさしそうだ。はぁ。と溜息が零れる。

 

「折角ハッピーにしに来たのに溜息なんて駄目だぞう」

 

「むぐ……」

 

 人差し指の先で口を押さえられてしまった。

 

「……わかったよ」

 

「うんうん。君はもっとキリっとしてる方がカッコいいんだからね」

 

「カッコよさなんて求めてはいないぞ」

 

「私がカッコいい君を見ていたいのさ」

 

「……やれやれ」

 

 こうして調子をすぐに狂わせて来るのだ。生徒会を抜きにしてもこの人が存在している限りどうやっても俺は一人に戻れはしないのだろうと思わされる。だからと言って割り切るのは今の俺には無理だが。

 

「そんな顔しないの。束さんはいつでも君の味方だよ」

 

「……読心術でも覚えているのか?」

 

「どうだろうねぇ~」

 

 彼女の表情は、会ったばかりの時、俺の記憶を覗かれる前のような張り付けた笑顔ではない。それくらいは俺にだってわかる。

 優しい笑みだ。それも俺などに向けるには勿体ないくらいの特上のものだ。篠ノ之束はただでさえとびきりの美人なのだ。だというのにやはり俺の心は上手く動かないらしい。このままの方がいいのかもしれないし、そうではないかもしれない。レーヴァは問答無用で変わった方がいいと言うのだろうが。

 

「……もうそろそろ年が明ける。蕎麦でも準備しよう」

 

「おお、年越し蕎麦ってやつだね」

 

「ああ」

 

 だから、今の俺は逃げる。彼女のそれから眼を背ける。せめて好意を向けてくれる相手にくらい笑いかけてやれればいいとは思う部分もあるが、やはり他人を自分に近付けるべきでもないという気持ちの方がまだ強い。笑顔は、まだ作れない。

 

 あまり手の凝ったものが作れるわけでは無いが構わないだろう。手早く作ってしまおう。

 

「ほれ。できたぞ」

 

「待ってました。蕎麦は用意してたんだね?」

 

「まぁ、簡単なものだけな」

 

『私は雰囲気で楽しみます。食べれませんからね』

 

「身体を作ってあげられたらいいんだけどねぇ~。まだ実用段階じゃなくてね」

 

『見てるのは慣れてますから大丈夫ですよ。そっちはそっちで楽しんでください』

 

「じゃあお言葉に甘えて、いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 簡単なものであり、特に普段のものと変わりはしない。だというのに目の前の兎は心底美味そうに頬張るのだから気分というのは特殊なものだ。

 

『……0時。新年ですね』

 

「むぐっ! もごごもご」

 

「まずは飲み込め……」

 

「んぐっ……ぅん!」

 

 口いっぱいに頬張っていた蕎麦を無理矢理飲み下し、こちらに満開の笑みを向けて来る。

 

「仁くん。ハッピーニューイヤー!」

 

「……ああ」

 

「今年も、これからも、よろしくね。私の唯一の理解者くん♪」




これもう束さんがヒロインでは? と思いつつ書き上げました。いや別にヒロイン未定だったとはいえ絞ってはいたので、その中から束さんに決まってもそれはいい事なのですよ。うん。

クロエさんは入学式前に初対面となっているのでまだ出てきません。ラボから眺めているかもしれないし、まだ束さんに拾われていないかも知れません。

この時期の仁は現在より葛藤多めですね。割り切ってしまった現在とは色々訳が違うようです。少し書きづらかった。

今年はこれで書き収めです。ギリギリです。今年復帰してからは皆さんありがとうございました。

では来年からの本編もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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覗いた答え

皆さん明けましておめでとうございます。お久しぶりです。書き初めというには少々遅いですが書いていきましょう。


 私は、ラウラ・ボーデヴィッヒについて少しだけ仁よりも多く知っている。理由は……まぁいいでしょう。仁も知らない事です。

 

 だから、彼女の深いところまで潜り込んだ今、目の前に映る光景も知識としては知っている。

 

 彼女は、遺伝子強化試験体として人工的に作られた人造人間という命でこの世に生まれ落ちた。言い方を変えるのならば一種の生体兵器とも言えるでしょう。

 それ故に、戦うために育てられた。人体を害するためのあらゆる武器や兵器を扱えるように、人体を効率よく破壊するための技術を身に付けるために。

 

 確かにISが世界に現れるまで成績トップを維持し続けた彼女は間違いなく強かったのでしょう。それこそ並の軍人よりもずっと。

 

 けれどISは、世界最強の兵器はそんな努力を全て無為にする。

 ISにとって意味があるのは適性があるかないか。その適正が高いかどうか。そして、その機体のコアに認められるかどうか。

 

 彼女の属していた部隊では、そのIS適性の向上のために『ヴォーダン・オージェ』という処置が行われた。

 

 対象者の肉眼に対して行われる、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上、並びに超高速戦闘状況下における動体反射の強化という、疑似ハイパーセンサーとも呼ばれる程の超強化を施すためのナノマシン移植処理。そしてその処置を行った瞳の事を同じく『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ぶらしいです。仁の右眼も似たようなものではありますね。私にも彼の右眼の事はよくわかりません。

 

 本来危険性のない筈の処置。殆どの者がナノマシン移植に成功していった中、ラウラ・ボーデヴィッヒを含めた一部の部隊員の左眼に、異常が起きたのです。

 

 赤かった瞳は金色に変色し、稼働状態のままでキープ。制御不能へと陥った、移植事故。

 彼女に落ち度があったわけでは無い。けれどその事故はあまりにも致命的でした。

 

 常時視神経を酷使している状況、ISを稼働させる上でのそれはあまりにも負担が大きい。

 適性を底上げするための処置が、左眼を介した脳への負担によって逆に彼女の適性を十全に発揮できない結果に繋がってしまったのです。

 

 そしてその不調は部隊で遅れを取るのには充分過ぎた期間。IS訓練においては1からの訓練であったため、どうやっても周りとの差が出来始める。

 そしてやがて彼女に押されたのは、『出来損ない』の烙印。

 

 彼女にとって希望の光であった織斑千冬が現れるまで、彼女は深い闇にいた。

 

 織斑千冬が第二回世界大会(モンド・グロッソ)を辞退した後に、何の縁かドイツ軍の指導・教官役として抜擢されたらしい。

 各々の限界を見極めたギリギリの訓練をかし、それぞれが最高の訓練効率を得られるように訓練を付けた。

 すぐにラウラ・ボーデヴィッヒはIS専門部隊へと変わった部隊の中でトップ、最強に返り咲いた。特別訓練を付けてもらったわけでは無い。彼女自身のポテンシャルが、織斑千冬の訓練とこれ以上無い程に噛み合ったためだった。

 

 そしてラウラ・ボーデヴィッヒは光を見た。自身が強くなった事へではない。織斑千冬という存在に、だ。

 

 教官と生徒という関係の中で、闇の中をもがく様に光へと縋った。

 間違いなく織斑千冬がドイツに滞在していた中で、最も深い関係を築いた存在だっただろう。

 

 やがて織斑千冬が日本へと帰国しても、彼女はその教えを忘れる事はなかった。黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーぜ)の隊長となり、部隊を持つ身になっても。

 

 しかし織斑千冬への、最早崇拝とも言える感情は善の感情だけではなかった。

 

 織斑千冬が第二回世界大会を辞退する理由となった織斑一夏の誘拐事件。それさえなければ織斑千冬は、間違いなく二度目の世界最強(ブリュンヒルデ)の地位を得ていたのだと信じて疑わなかった。

 だから、彼女は織斑一夏を憎む。敬愛する教官の唯一つの汚点として。

 

 

 

 

 

「でもまぁ、私にとっては織斑一夏への感情などどうでもいいのですが」

 

 眼をゆっくりと開く。ボーデヴィッヒさんはその場に倒れていた。恐らく向こうも私の記憶に触れている最中なのでしょう。

 

「知っている事ばかりではありませんでしたね」

 

 今剣を振り下ろせば無条件で彼女と繋がっている外のVTシステムを無力化できるでしょう。

 けれど、何か違う気がする。仁ならばきっとしない。

 相手が本当に"敵"であるのならば仁は容赦なく剣を振り下ろすでしょう。けれど彼女は"敵"ではない。

 

 仁にとっての"敵"というのは、自分の大切なものを害する相手。何をしてでも殺すべき相手。だから、彼女は違う。

 

「……仁には悪いですけど」

 

 少しだけ、待つとしましょう。

 

 かつて彼女が抱えていたものは、間違いなく闇。ですがやはり仁には遠く届かない。生きている時間が違い過ぎるのだから仕方ないですね。積み重ね、というやつです。

 

「貴女がどんな答えを出すか。見させてもらいますね」

 

 

 

 

 

―― SIDE ラウラ・ボーデヴィッヒ ――

 

「なんだ……ここは……」

 

 意識が暗転したかと思えば、今度はどこか見た事のあるような場所にいた。ナイフも手に持っていなければあの女の姿もない。

 代わりに、金属の屑のような物に紛れていくつもの死体が地面に転がっていた。

 背丈も、体格もそれぞれ違う。着ていただろう服も、肉体ごと千切れ飛んだり、血によって濡れてしまい最早どのような服だったのかもわからない。

 そして不気味な事に個人を識別できそうな顔の部分は、何故か全て黒く塗りつぶされたように全く判別できなかった。

 

『間に合わなかった……』

 

「アイツは……!」

 

 見た事のあるような服で、膝から崩れ落ちたのは、あの男、欄間仁だった。

 しかしどこかあの男とは違う。背丈は同じだが、右手の中指にISの待機形態はなく、眼鏡もしていないし、黒のロンググローブのようなものもしていない。

 何より目付きが違う。あのどこまでも沈むような闇色の瞳ではなく、黒色の光ある眼だ。

 

『クソッ……こんなはずじゃなかった……!』

 

 死体の手を握り、奥歯が砕けそうな程に強く噛み締め、言葉を絞り出す。

 

『こんな展開、俺は知らない……!』

 

 やがてふらりと立ち上がる。

 

『そうか、俺が……』

 

 言葉から力が抜けていく。

 

『だから、皆、死んだんだ』

 

 瞬きのうちに、世界が切り替わる。

 

『次は、どの世界だ』

 

 白い空間だ。ただただどこまでも白。終わりのない白にあの男は立っていた。

 

 白い空間で一人言葉を溢しているのは、あの男、欄間仁だった。今度は相変わらずの嫌な眼をしている。こちらに気付いていないのか、回り込んで瞳を覗き見てみればまるで闇を覗いているかのようだ。寒気すら覚える。

 戦場を知っている眼だと、死を知っている眼だと私は言ったが、そんなものではない。思えば私も部隊の者も誰一人としてあんな眼はしていない。この私ですら、ゾッとするような冷たい眼だ。

 

『……そうか』

 

 誰かと話しているかのように呟くと、ゆっくりをその眼を瞑る。直後、再び世界が切り替わった。

 

 欄間仁は、極端なまでに人との関わりを絶っていた。少なくとも今の奴のように、誰かと共にいる時など殆どなかった。

 奴が穏やかに瞳を揺らめかせるのは、ただ平和に生きるものを陰から眺める時だけだった。

 どこの場所にいても姿は変わらず、黒のコートを纏い、黒のズボンを着用し、その闇色の瞳を光らせる事もなく、闇に紛れて剣を振るった。

 無差別なように見えて、目的を持って切る。

 

 切るものが人間ですらない場面もあった。怪物、化物。およそ私が知る由もない異形を、臆せずに退く事もせずに、超人的な速度で動き、光る斬撃を見舞い、自らが傷付き倒れることも厭わずに切る。

 

「なんだ、これは……」

 

 思わず目を逸らしてしまう。

 

「なんなのだこれは……私に、何を見せている……?」

 

 奴は、人間ではないのか?

 何故、どこにいても、どの時代にいても、姿が変わらない?

 何故、部分展開でもないのに、剣をその手に生み出しているのだ?

 わからない。わからない。私は、何を見せられている?

 

 

 

 

 

―― SIDE レーヴァテイン ――

 

「はっ……」

 

「おや、目を覚ましましたか……精神体で目を覚ますというのもおかしな話でしょうか?」

 

 しかし綺麗な銀髪ロング。思わず眠っていて無防備な頭を膝に乗せて、髪を手で梳いてしまっていました。所謂膝枕になっていましたが元々敵意なんてあってないようなもの。仁に傷を付けたのはとてもとても腹立たしい事ではありますけど、仁が気にしてないのに私がずっといがんでいても仕方ありません。

 

「な、なんだ……? どういう状況だこれは……!?」

 

「おはようございます。ボーデヴィッヒさん」

 

「お、おはよう……ではない! 何故膝枕など!」

 

 跳ね起きてしまいましたね。私も立ちましょう。

 

「貴様……私に何を見せた」

 

「私の記憶ですよ。正しくは仁と同調した記憶ですけど」

 

「記憶……あれが、記憶だと?」

 

「ええ。紛れもない欄間仁の過去ですよ」

 

「何を……何を言っている……?」

 

 私達の記憶は常人にはとても理解のし難いもの。すぐに受け入れる事ができた束さんが特殊なだけです。

 

「彼は幾度も命を繰り返す存在。その度に新しい世界へと旅立つ存在。それを転生者と呼びます」

 

「わからん……わからん、わからん! 貴様は何を言っている!」

 

「見たのならばわかるでしょう? 彼はいつどこでも今と変わらない姿。と言っても中学生、高校生、大学生といった程度の違いはありますが、基本的には変わりません」

 

「なんだ、なんなのだ貴様らは……」

 

 額を片手で押さえ、頭を軽く振るボーデヴィッヒさん。こちらは何も変わらずに語るのみ。

 

「私は、あんなもの知らない……あんな孤独など……」

 

「そうですよ。彼は孤独でした。一人で戦い続けてきたのです。気が遠くなる程の時間を」

 

 残った片方の手も頭に持っていく動作。

 

「貴女は力が無ければ自分自身を無価値と語る」

 

「そうだ……私は力が必要なのだ」

 

「ならば聞きます。黒兎隊の皆さんは、なんで貴女に付いてくるんですか?」

 

「決まっている。私が、強いからだ。より強いものに従う。当然の事だからだ」

 

「違うでしょう?」

 

「なんだと?」

 

「貴女が、ラウラ・ボーデヴィッヒだからこそ、付いて来るのですよ。力の有無は過程に過ぎません。今彼女らが貴女を慕うのは、貴女だからこそに他なりません。力だけの繋がり程、貴女達の繋がりは脆くない」

 

「……黙れ」

 

 残念ながら黙りません。だって見たから。

 黒兎隊の人達が、ラウラ・ボーデヴィッヒを可愛がっているところも見えたから。こればかりは言ってやらないと気が済まない。

 

「彼女達は、『貴女』を見ているのです。『貴女の力』じゃない。他でもないラウラ・ボーデヴィッヒを見ているのです。本当は、気付いているでしょう?」

 

「黙れ」

 

「貴女には力ではない価値がある。遺伝子強化試験体C-0037ではなく、既にラウラ・ボーデヴィッヒとしての価値がある。それを否定する事は貴女を慕う者を否定する事。もう、やめましょう?」

 

「黙れ!」

 

 何も持たずに突っ込んで来たボーデヴィッヒさんの拳を少しの動作で避け、そのまま抱き留める。

 

「くっ……離せ……!」

 

「貴女は恵まれていたかもしれない。恵まれていなかったかもしれない。でも、今の貴女は、間違いなく恵まれているのですよ」

 

 優しく語り掛ける。私は戦う気なんてとっくに無くなっています。

 

「仁よりずっと恵まれている人が、自分を無価値なんて言わないでください」

 

「……」

 

 見てきたからこそ、彼女は何も言えない。仁を餌にするような感じは気持ち良くないですけど。

 

「何故だ……」

 

 体勢はそのままで、ぽつりと呟く。

 

「何故、あの男はあれ程までに強い……」

 

「彼はいつだって何かを守るために戦っています。人間というのは、大切な何かを守りたいと思った時にこそ力を発揮できるもの、らしいですよ。ただ彼はまだ足りないとぼやく。自分一人で全ての害を切り伏せる事ができたならば、自身の守りたいものが傷付く事が無いのならばそれが一番と言って」

 

「何故、お前はこうまでに強い……」

 

「私は強くありません。いつでも仁と共に在るだけです。でも、そうですね……」

 

 触り心地の良い銀髪に指を通しながら、少しだけ色々と思い出して。

 

「私は、仁を、仁の心を守りたいのです。彼が私を邪険に扱えないのをいい事に無理矢理に誘導してでも、また色んな人と関わってほしいのです。昔の彼のように、私でも、誰でもいい誰かと……。喜びを笑い合うのを見たいのです」

 

 だから――

 

「それを見たいからせめて彼の前では、元気で陽気な相棒でいたい。それだけなんです。強くなんてないですよ」

 

「……それが、強くないなどという事があるものか」

 

「そう思えるのならば、貴女もまた1つの成長です。力とか強さなんて、人によってあり方も考え方も、全ての基準が違うんですから」

 

「ならば、私はどうすればいい……」

 

 抱き留めている彼女の全身から力が抜ける。やはりどれだけ取り繕うと見た目通りのか弱い少女に過ぎないのです。

 

「見つけていきましょう。織斑千冬ともまた違う貴女の、貴女だけの力や強さ」

 

「教官とは違う、私だけの、力……」

 

「ええ。純粋な武力だけが力ではない。皆に誇れるような貴女だけのものはきっと見つかりますよ」

 

 彼女が私の強くないという発言を否定した事でわかるように、彼女は武力以外の力の存在が認識できた。ならばきっと見つかる筈です。

 

「私に、見つけられるだろうか」

 

「勿論。貴女にはまだまだ時間が沢山あるのですから。それに、もし一人で駄目でも相談相手も沢山います。私でも別にいいんですよ?」

 

「……今更私が、誰かを頼ってもいいのか?」

 

「仁やセシリアさん達を傷付けた事が気になるのならば一度謝ってしまいましょう。致命的な事はしでかしていません。まだ間に合いますよ」

 

「許してくれるだろうか」

 

「それ程心が狭い人達じゃありません」

 

「そうか……」

 

 もう、大丈夫でしょう。彼女はもう大丈夫。

 

『VTシステムの動きが止まった。お手柄だなレーヴァ』

 

 仁からの念話。レーゲンの世界と混ざっている関係上、仁との視界共有はまだできる状況ではありませんがどうやら向こうは終わったようです。

 

「はい。お疲れ様でした仁。こちらも、もう大丈夫です」

 

『そうか。大会は中止。開催予定期間は休養だそうだ。修理の時間は充分にありそうだ』

 

「ちゃんと直してくださいよ?」

 

『わかっている』

 

 ボーデヴィッヒさんも落ち着いた様子。レーゲンとの繋がりも大分薄れて来たようです。

 

「本当に、仲が良いのだな」

 

「ええ。誇れる相棒です」

 

「ISのコアには人格があると、言っていたな」

 

「はい。言いました」

 

「レーゲンにもあるのか?」

 

「勿論あります。心優しい娘ですよ」

 

「私とレーゲンも、お前達のようになれるだろうか」

 

「きっとなれますよ。ええ、なれますとも」

 

 ボーデヴィッヒさんの姿が薄れていく。レーゲンとの繋がりが途切れた以上、すぐに現実の方に彼女の意識は引っ張られる。目を覚ますのには少々時間がかかるかもしれませんがね。

 

「そうか……今まですまなかったな、レーゲン……」

 

 レーゲンの世界の空を見上げ、小さく呟き、薄い姿でこちらに向き直る。

 

「私を止めてくれて、ありがとう」

 

「仁やレーゲンに任されましたから。いい相棒は任されたらやり遂げるものなのです!」

 

「ふふ……そうか」

 

 彼女の姿が消えると同時に、世界が青空と白の空間に戻る。戦いの余波すら残らず、私も黒のコートと一本の炎の剣を消滅させる。

 

「本当、慣れない事はするものではありませんね。落ち着くと途端にどっと疲れが回ってしまう」

 

 眠くなってきました。本来道具である私に疲れや眠気なんて必要ない筈なのに、コア人格として生を受けた私は食欲とかを感じない事以外はどこまでも人間らしい。仁に近い存在に慣れたと思えば悪くはないですけどね。

 一眠りしましょう。それなりの仕事はしたのですから許されるでしょう……。




レーヴァが当初の想定と違った感じになりましたが、まぁこんなレーヴァも私は好きです。
今回ラウラが見たのは基本的には束さんが見たものと同じです。束さんと違って簡単には受け入れられないのは、精神的に常人であるため致し方ないでしょうね。

今回ラウラに対して突き付けたのは黒兎隊からの彼女への感情。原作を見る感じ、ラウラが丸くなる前から黒兎隊の皆は彼女を慕っていた事は間違いないと思うので、こんな形になりました。ちょっとチョロかったかなぁと思うところもありますけど、原作に比べればずっとお堅いんじゃないかな。

作品クオリティが徐々に下がってきている気がして少し焦りのようなものを覚えます。元々それほど高いかと聞かれたらNoと返しますが。
まぁ結局私は自分が書きたいものを書くだけですけどね。

では皆さん今年もよろしくお願いします。
そして次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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世界最強は会話も一筋縄ではない

お待たせしました。いつもより少し少なめです。お話も別に進みません。


 VTシステムの暴走事件の翌日。一度事件が起こってしまった以上トーナメントを続ける事は難しいという判断が下され、今年のトーナメントは中止となった。

 二年生や三年生の実力を見る事ができなかったという事でお偉方としては面白くない展開ではあるだろうが、それぞれの立場を考えると致し方なしと理解したらしく、一週間もあれば各国へ帰還していくだろう。

 

 とはいえ未だ事態の収拾としてはいまいちといったところだろう。多方面に顔が利く生徒会メンバーはそれぞれが忙しく動いている。

 一方俺はというと、いくら世界でも2人しかいない男性操縦者と言えど、"更識"やそれに仕える"布仏"という看板を持つ他メンバーと比べると遥かに顔は利かない。むしろ話をややこしくするだけだろう。

 

 そんなわけで現在日が赤く染まりつつある夕方。医務室で待機を命じられている。

 何故医務室かというと、事件の中心であるボーデヴィッヒが未だ目覚めていないためだ。

 

 レーヴァから向こうでの出来事は全て聞いて知っているが、やはりVTシステムの暴走は彼女自身の身体への負担は相当に大きかったらしく、身体の内側の至る場所がダメージを負ってしまったらしい。

 そして俺は実際に相手をした責任とボーデヴィッヒの監視という名目で、彼女の眠っているベッドの横の椅子で医務室待機だ。

 

 右眼の酷使の影響もあり、右眼を開けば痛みが走るという状況を報告したところ、休んでろと言われてしまった事もありその療養も兼ねている。

 正しく言えば、右眼を開けば能力が勝手に発動してしまうというのが正しいのだが。一種の暴走のようなものだ。

 

 右眼を使ったままで痛みを堪えられるのは約10分。それに対してレーヴァとボーデヴィッヒが向こうで対話していたのはこちらの時間にして約20分。その間、こちらではボーデヴィッヒが喋らなくなったVTシステムと切り合っている間、度々解除していたとはいえ右眼の能力を発動させていたのだから少々無理をした。

 幸いにも俺への肉体的なダメージは無いが、これは今回仕込まれたVTシステムが、当時の織斑千冬の動きというデータのみの単調な動きしか取れない欠陥システムだったことが功を奏した。

 

 故に現在は、眼鏡を掛けている時はヘアピンで留めている髪の一束を下ろし、眼鏡をした上で右眼を隠した状態にして右眼を閉じている。生徒会の面々以外にはまぁバレないだろう。

 

 医務室にいるのは俺とボーデヴィッヒだけ。つまり他に医務室で寝ていなければならない程の怪我人は出なかったという事だ。VTシステムによる追撃を貰った織斑も当日のメディカルチェックと機体整備だけで済んだとの事。本人は自分でVTシステムをどうにかできなかったとどこか不服そうに見えたが、怪我がなかっただけマシだろうと当事者の1人であるデュノアに言われてしまえばぐうの音も出ないと黙り込んでいた。

 

 IS委員会が動いているらしいレベルの大事とはいえ、学園内での被害が出なかったのは不幸中の幸いというやつだ。後はボーデヴィッヒが目を覚ませばひとまず人事被害としては万事解決なのだが、それはもう少々の時間がかかるだろう。

 

 しかし誰もいない、誰も来ないとなれば話し相手はレーヴァ以外にもいないのだが、そのレーヴァは整備中で今はいない。別にずっと居ろと言われているわけでもないが、食事や消灯時間以降以外に医務室を長く開けているわけにもいくまい。つまり鍛錬もできない。言ってしまえば暇というわけだ。整備の参考書も随分と読み進んでしまった。

 

 まぁ、仮に待機を命じられていなくとも鍛錬くらいしかやる事もない。身体も傷付いていないというのに休みとは何とも微妙な気分ではあるが、鍛錬ばかりでもよくはない。と思っておくとしよう。

 

「む、まだ目を覚ましていないのか」

 

 そんな鳥の声や風の音くらいしかない静かな医務室に音が増える。

 

「……織斑担任か」

 

「ああ。昨日はご苦労だったな、欄間」

 

「生徒会としての仕事をしたまでです。むしろ本来ならばもっと早くに出るべきだった」

 

「しかしおかげで被害は出なかった。織斑も、随分と冷や冷やさせてくれたがまぁいい経験にはなっただろう。これを機に精進して欲しいものだな」

 

 くっくっと笑いながらそんな事を言って来る。

 

「担任は、アイツに指導してやらないので?」

 

「乞われればいくらでもしてやるさ。だが、織斑自身がその気になって私のところに来ないのならば私は奴に手を貸すつもりはない。無理矢理指導してもアイツは上手くいかんからな」

 

「オルコットは吸収自体は早いと評価していました。しかし如何せん真剣さに欠ける。強くなるという気概があっても目標も皆を守るというだけの曖昧と来ている」

 

「そうだろう? アイツは昔から自分自身でやると決めた事には熱くなるんだが、そうでなければどうにも上手くいかんきらいがあってな。だから私も待ってるんだが……これが中々来ない。守ると誓うのは別に悪くないんだが、ISに乗るという意味の現実が少し見えていないのかもしれん」

 

「とはいえ今回でISの危険性は理解できたでしょう。前回の無人機は中身がいませんでしたからね。今回のように人間が入っているISが暴れれば、流石にわかるでしょう」

 

「だといいがな。ISに乗るという意味、戦うという意味、そしてその力で誰かを守るという意味、深く考えた上で一夏自身の見解を持ってほしいものだ。その上で教えを乞うというのならば私も全力で相手をしてやろうというものだが……」

 

「そこはアイツ次第でしょう。尤も、連勝していたところで一度負けたのもいい経験だ。例えそれがVTシステムという決して褒められた代物じゃなくとも、負けっていうのは貴重な経験になる」

 

「その通りだ。と言ってもお前が負けているところは見た事がないがな」

 

 微笑を浮かべてはいるが、確かにこちらを品定めするような流し目。未だにお互いが他人のいない同じ空間にいる時はお互いを警戒するように肩肘張るのは変わらない。それだけ向こうにとって俺は不可解な存在であるし、俺にとっても織斑千冬は身構えるだけの価値と力がある相手だ。いつ、見通されるかわかったものではない。

 

「簡単には負けられない理由があるんですよ、俺にも。後ろに守らなければならない生徒がいれば、尚更だ」

 

「なに、更識が去年突然雇った召使が、偶然にも2人目の男性操縦者としての適性が発覚する。というのは少々気になるものでな。それが生身でも腕に覚えのある様子の男とくれば、武人の端くれとしては余計に気になるというものだ。専用機を介して束との繋がりがあるとなれば尚更な。以前連絡があったのは約1年前。あの時はまだそんな素振りを見せなかったが……あの他人にまるで興味のない人見知り兎をどうやってたった1年弱で飼い慣らしたんだ?」

 

「偶然に過ぎませんよ。偶然"更識"のお眼鏡に適った男が、IS適性までもを持っていただけの事だ……それと、篠ノ之束を飼い慣らした覚えはありません。あの兎から勝手に頬をすり寄せに来るだけですよ」

 

「くっくっ……あの束がなぁ……。今ばかりは顔を合わせれば傍迷惑な事ばかり持ってくるアイツにも会ってみたいものだ。お前の前ならばどんな私の知らない顔で出て来るのやら……」

 

 性格の悪い笑みを濃くする織斑千冬。久し振りに篠ノ之束を弄れる要素ができたと言わんばかりの意地悪な顔だ。元々どういう触れ合い方をしているのかは知らないが、世界最強と天災の付き合いも一筋縄ではないようだ。

 

「……で、別に俺や織斑の事が本題ではないでしょう」

 

「くく……まぁそうだな」

 

 流石に切り替えも早い。僅かに笑みを押さえ切れていないが。

 

「事態は、どこまで把握している?」

 

「VTシステムによるものだという事くらいは。ドイツが何を思ってシュヴァルツェア・レーゲンに仕込んだのかはわかりませんが、彼女を取り囲む環境を思えば、ドイツ軍も一枚岩ではないのだろうと予想はできます」

 

 レーヴァから聞いた話によると、随分と部隊の面々はボーデヴィッヒに肩入れしているという。それならばその面々がVTシステムなどというものを彼女に機体に仕込む事を容認するとは考えづらい。つまりは軍内部での黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)以外による行動か、外部からの何かしらの干渉の可能性が上げられる。

 

「ほう、アイツらの事も既に調べたのか。そうだな、そこまでは私も同じ見解だ。アイツらがラウラに対して害になるような事を許すとは思えん。特に副隊長となった者はコイツを妹のように可愛がっていたからな」

 

 織斑千冬がドイツ軍で教鞭を振るっていた事を知っているという事も伝わったのだろう。隠すつもりはないらしい。

 しかし先程から少々教師の皮が剥がれてきている。気にはしないが。

 同時に雰囲気も僅かに和らいでるようだ。どうやら彼女は会話を通して相手を知るタイプらしい。剣を通して語るタイプかと思っていただけに、少し意外だ。

 

「となれば秘密裏に行われた可能性が高い。まぁ確かにドイツ軍はどうにも気分の悪くなる連中もいた。私の前では気のいい人間を装おうとしていたようだがな。特別不可解な事でもないだろうさ」

 

「とはいえひとまずはボーデヴィッヒも学園の庇護下に入る。こうして俺が監視という名目で置かれているのも、ボーデヴィッヒが目を覚ますまでの間、彼女を守れと言う意味が含まれているのは明白だ」

 

「だろうな。しっかり守ってやってくれ」

 

「仮に俺が守れなくとも、担任達が動くでしょうに」

 

「教師の介入はなるべくない方がいいものだ。確かに私達が動けば間違いはないだろうが、それを最後の手段にするための生徒会でもある」

 

「わかっていますよ。でなければ生徒会長が学園最強である意味が薄れる」

 

 生徒会長を学園最強の生徒が踏襲していくというのは、生徒同士の競争意識を利用した成長の場を設けると共に、何かが起きた時に学園を守るための最強の牙を得るための行為でもある。楯無が生徒を守るのが生徒会の仕事だと口にすることが多いのは、それを理解しているからだ。対暗部用暗部であるというのも理由の1つではあるだろうが、学園での彼女はどちらかというと生徒会長として動いている。

 尤も、その代わりに普通の資料仕事はサボりがちなのが玉に瑕なのだが。

 

「ところで……」

 

「なんですか?」

 

「お前の剣には大いに興味がある。後でどうだ?」

 

「お断りします。世界最強に挑む程自惚れちゃいません」

 

「はっはっは。冗談だ。断るとも思っていたさ。尤も、興味があるのは本心だが」

 

 篠ノ之束とは違う意味で疲れそうだ。

 

「しかしアレだけの腕を持ち、それだけ厳しい眼をし、笑いもせずにどこか近寄りがたい雰囲気を出している。だというのにそんなお前の周りには自然と人が集まる。不思議な奴だな」

 

「何か特別な事をしているつもりはありませんよ」

 

「だろうさ。お前は本質がそういうものなんだろう。自分を偽っても漏れ出ているのさ」

 

「……アンタはこの短期間でどこまで見えてるんだ」

 

「くくっ……警戒するだけ損だったな。お前も、私も」

 

 言葉の通り、既に雰囲気は完全に和らいでいる。警戒する必要が無いと判断されたらしい。

 

「最初に見た時は召使という形とはいえ、目付きにしろ一挙手一投足にしろとんでもない奴が学園に来たものだと思ったが……中々どうして悪くない」

 

「そりゃどうも……」

 

「よし、後は任せたぞ。私も暇というわけでは無いからな」

 

「元よりそのつもりです。落ち着いたら声の1つでもかけてやるといい」

 

「ああ。もう教官ではないが教師としてそいつにものを教える立場なのは変わらん。機会はいくらでもあるさ」

 

 そういって愉快そうに去っていく。また面倒な人に目を付けられたものだ。会話するだけで見透かしてくるのは得意ではない。

 尤も、話し相手として悪い相手ではないだろう。アレだけの人望があるのも頷ける。普段厳しい癖に、眠っているボーデヴィッヒに対しても、途中からは俺にも柔らかい視線を向けていた。普段何と言おうと生徒を想うのは本当の気持ちなのだろう。

 彼女も難儀な立場だ。世界最強の名は変わらず、教師として担ぎ上げられているのだから心労もまた多いだろう。こちらも少し認識を改めた方がいいかもしれない。

 

 しかし、早く目を覚まさないものか……。




当初の予定と違って千冬さんが普通にいい感じになりました。もっと分からず屋というか、そんな感じを想定していたので私本人も少し予想外です。書いてる本人の想定通りにいかないのは、脳内でしかプロットがないので割とあるあるです。

もっと構想を固めて書ければいいんですけどね。どうにも上手くまとまりません。なのでそのまま書いてます。行き当たりばったり書きたいこと書いたもん勝ちです。
そんなんだからオリジナル作品が書けないんですけどね。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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価値に見合う"私"

今回も短いです。別に毎話6000文字書かないと死んでしまう病気にかかっているわけでもないので区切りがいいと思ったらそこで出してしまいます。


-- SIDE ラウラ・ボーデヴィッヒ --

 

 目を開けると、白い天井が目に入った。アリーナならば目に入るのは透明なシールド越しの空のはずなのだから、ここはアリーナではないのだろう。

 

「ようやく目が覚めたか」

 

 ここ(IS学園)で滅多に聞く事がないであろう筈の男の声に、一瞬身体が固まる。聞いた事がある声ではあれど、アレだけのものを見せられて平然と顔を合わせるのは、少しだけ難しい。

 思えばあの時(精神世界)の私は酷く揺らいでいた。いくら凄惨で常識外れな光景を実際にあった事だと理解したとはいえ、アレ程にあの女性に心を許そうとするとは。しかし、それだけ彼女が私に向けたものは心地の良い――。

 

 ぶんぶんと頭を振って考えを霧散させる。そこは論点ではない。

 頭を振ったら腹部や胸部に突き抜けるような痛みを感じ、僅かに呻き声が漏れた気がするが、考えの波は納まらない。

 

 しかし彼女のせい……おかげで色々と考え直す事ができたのは事実だ。あの世界が崩壊するまでに、私が意識を失う前の少しの時間とはいえ、私というものを見つめなおす事ができた。

 

「大丈夫か? ボーっとしている様だが」

 

「……大丈夫だ。問題はない」

 

 初めてあの男……欄間仁に視線を向ける。眼鏡は今はしていないらしい。

 今は右目を垂れ流した一房の髪で覆っている様だ。身を乗り出そうとして、今度こそ全身の痛みに顔をしかめる。

 

「無理に動かない方がいい。今のお前の全身はボロボロ。筋肉疲労に打撲だけならまだしもあちこちの骨にヒビが入っている。尤も、ここの医療技術ならば安静にしていれば一月も掛からず治るだろうが」

 

「くっ……」

 

「動けないついでに、聞きたい事でもあれば答えるが」

 

「……出来事は大体覚えている。あの後何がどうなった」

 

 目の前の男は、表情を一切変えずに残った左の瞳でこちらを見つめる。

 思えばあの時は瞳にばかり意識が行ったが、以前のこの男は表情もよく出ていたように思える。口調ももう少し砕けた感じだった。徐々に今に近付いていったようだが。人との付き合いを自分から避け、近寄ってきた相手を遠ざける為の策の1つとしてそうしていったのだろう。

 尤も表情、特に笑顔に関しては別に事情があるように思えたが……。

 

「機密事項ではあるが……当事者なら問題あるまい。まず、今日はアレから三日後だ。学年別トーナメントは中止。開催期間の一週間は教師陣や生徒会による事態の収拾も兼ねた休日になった。……ああいや、一応全ての一回戦だけは行うという事になったか。お前が使用したVTシステムについてはドイツ軍への問い合わせとIS委員会による強制捜査が行われているそうだ。まぁ一戦やったら一般生徒からすればただの休日に過ぎないな」

 

 そうだ、VTシステム。存在については知っていたし、研究・開発・使用全てが禁止されているのも周知の事実だ。だというのに私はそれに頼ってしまった。一瞬でも教官と同じ力を手にするのが心地良かったのだ。

 無意識にシーツを握る手に力が入る。しかし同時にその腕から悲鳴が上がり、今度は奥歯を噛み締める。

 

「力を求めるのは悪い事ではない。だが今回は頼ったものが悪かったな」

 

「……そう、だな」

 

「そう気にするな。高校生程度の一度の過ちなんて気にしていたら身が持たない」

 

 随分と達観した事を言う。いや、確かに百数年以上も生きていればそういう意見になるのかもしれないが。

 

「気に、しているわけでは……」

 

「その瞳の揺らぎを抑えてから言う事だな」

 

「くっ……」

 

 闇色の瞳に穏やかな色を灯しながら人を見透かし心配するような事を言う。この男の本来はそういう部分が大きい男なのだ。それでよく人を遠ざけられると思ったものだ。

 

「お前による被害はアリーナの修復程度だ。以前既に壊れていたとはいえアリーナシールドを切り裂いた織斑と大した変わりはない」

 

「そうか……」

 

 身体の痛みは一時引いた。ふう、と1つ息を吐いて闇色の瞳を見つめ返す。

 

「……お前は、私に何も聞かないのか」

 

「何を聞くんだ?」

 

「私は、お前の過去を見たのだぞ。アレだけのものを見られて、気にしていないのか」

 

「その分レーヴァがお前の過去を見た。俺は直接見てはいないが話は聞いた。それでイーブンでいいだろう。お前以外にも見た人間は1人……いや2人になっているかもしれないが、いるからな。今更気にはしていない」

 

 私の過去とこの男の過去がイーブンでなどあるものか。あまりにも積み重ねた時間が違い過ぎる。私の今までの道は確かに過酷だったしそれを譲るつもりはないが、この男はその私の10倍、ともすれば20倍は長い時間を生きている。

 だが、本人がいいというのならばいいのだろう。ここで反論しても仕方がないだろう。

 

「そうか……そうだ、彼女はいないのか?」

 

「彼女……レーヴァの事か。アイツは今整備中だ。専業が2人共忙しい上にまだ俺1人では整備ができん。どうにも時間がかかる」

 

 それは残念だ。素直にそう思った。原因の一端は間違いなく私なのだが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「……なんだ」

 

「自分に自信が持てないか?」

 

 どうなのだろうか。"私"は今まで強くあった。"私"という1人の軍人としては、自信があった。

 だが、"ラウラ・ボーデヴィッヒ"としてはどうだろうか。"ラウラ"という個人は力が無ければ成立しないと、ずっとそう思っていた。力が無ければ無価値なのだと。

 しかしそれは彼女によって否定された。"ラウラ"が無価値であるならば、"ラウラ"を慕う者達はどうなってしまうのだと強く言われ、部隊の者達が今まで私に向けていた、気付かないフリをしていた感情に気付いた。

 であれば、"ラウラ"には力が無くとも価値はあるのだ。部隊の者達が慕うだけの価値があるのだ。

 

「自信は、わからない。まだ、私自身戸惑っている」

 

 だが。価値があるのならば。

 

「それでも、私は」

 

 返す言葉は決まっている。

 

「私の価値を、信じてみようと思う。部隊の皆を裏切るようなのは、もう嫌なのだ。"ラウラ"の価値に見合う"私"を、これから探す」

 

 目が少しだけ細まる。

 

「そうか。それならお前はラウラ・ボーデヴィッヒなんだろう。何、時間はまだまだある。IS学園生徒会は、疾うにラウラ・ボーデヴィッヒを生徒として迎える事で決定している。この三年間は外からの干渉を気にすることもない。完璧にというわけではないが」

 

「……三年で見つかればいいが」

 

「見つからずとも人の一生は長い。そう難しい話ではないだろう?」

 

「そうか……そうだな」

 

 ……この男、話してみれば本当に言葉の節々が優しい。本当に何故これで人を遠ざけられると思ったのだ。そんな本質によって初動を間違えた故にこの世界では人が集まるのだ。それがこの男に対して幸なのか不幸なのかはわからないが。

 

「これで俺の仕事も一区切りだ。動けるようになるまでは療養する事だな」

 

「どうせ動けん」

 

 動けば全身が悲鳴を上げる。己への戒めとしては、まぁ悪くない。

 

「お前は、どうするのだ?」

 

「俺も多少は療養が必要でな」

 

 そう言いながら右眼を覆う髪を持ち上げて見せる。右眼は閉じられているが、言葉から読み取るに右眼を痛めているようだ。

 この男の右眼にどんな力があるのかは詳しくわからないが、私の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)よりも難儀なものらしい。見せられた記憶からすると視力も落ちている様子だ。

 

「そうか……すまなかったな」

 

「今回の一連の事は生徒会としてやることをやっただけだ。謝られるような事じゃない」

 

 欄間仁が席を立つ。ここで周りを見てみるとどうやら医療施設……所謂保健室の様だ。

 

「目を覚ましたとなれば取り調べや事情聴取で少々騒がしくなるだろうが、一種の戒めのようなものだ。甘んじて受け入れる事だな」

 

「言われるまでもない。自分がしたことの罰くらいは受けて然るべきものだ」

 

「まぁどうせ生徒会長の一声があればすぐに解放される。じゃあな」

 

 それだけを言って部屋を出て行った。部屋に静寂が訪れる。

 酷く静かだ。今までも音のない静けさなどいくらでも感じた事はあるというのに、色々気が付いてしまえば途端にそれは今まで感じたものの数段強い孤独感に囚われる。

 言ってしまえば、寂しいのだろう。我ながらこれほどしおらしくなってしまうとは。

 

 私の荷物は……アリーナに置いて来ていたバッグごとベッドの横に置いてあるようだ。悲鳴を上げる身体に鞭を打つように中身を探る。

 

「……今更頼る、か。情けない話だ」

 

 だが、久し振りに聞きたくなってしまえば最早止まらない。

 向こうにいる時の仕事以外のプライベートな時間に、黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)副隊長……クラリッサ・ハルフォーフによって語られた日本の話は、あの時は鬱陶しいだけだったが、どうしてかこうなってしまうと恋しいものだ。

 

 思わず零れた苦笑と共に、周波数を合わせた無線機を繋げた――。




千冬さんの「お前は誰だ?」に対して、自分はラウラ・ボーデヴィッヒであると返せずに、ならばこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるといい。と返された原作のラウラとは違い、ここでのラウラはレーヴァによって気付かされた自分の価値を信じる事で、"ラウラ・ボーデヴィッヒ"である"自分"を磨いていくことを選択しました。

今回は脳内プロットがあったわけでもなく書きながらリアルタイムで考えてましたけど、まぁ悪くない落ち着き方をしたんじゃないかなと思っています。少なくとも私は。

ちなみに仁ですが、過去を知られた分ラウラに対して少し口が軽いです。ラウラ視点で書く関係上いつもより口数を多くする必要もあったので丁度いい感じでした。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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兎は気紛れで心配性

今回はまた長いです。前回と比べる以前にそもそも普段よりも少し長いです。

バレンタイン外伝は……外伝に慣れてないのもあってちょっと厳しいですね。書いてみれば捗るのかもしれませんが……。この作品の時間で二月だと、生徒会メンバー(簪除く)と束さんとクロエさんでしか外伝が書けないのが難しいところです。アイーシャとかも書きたいですけどまだその時点だと面識がないですからね。


「やあ」

 

「お邪魔します」

 

 今回の登場は、いつの間にか空いていた寮の部屋の窓から一陣の風に乗った金木犀の香りと共に、窓縁に腰かけていた。クロエ・クロニクルはその横、部屋の中の方に佇んでいるが、普段から閉じている両眼の上から更に目隠しのようなもので覆っているようだ。

 

「……まだ秋ではない筈だが」

 

「年中どんな植物であっても育てる程度束さんにとってはお茶の子さいさいってやつさ。気温気質湿度その他諸々。群生環境を整えてやればいいだけなんだからね」

 

 最早慣れてしまった篠ノ之束の襲来である。俺にプライバシーなどというものはこの2人の前では存在しない。いつでも見られているだろうし、それを俺は別に気にしてはいない。

 何故ならその監視とも取れる行動の中には、俺への暗い感情など混ざってはいない。俺の事を心配しているが故のバイタルチェックを並行した監視なのはわかっている。監視、盗撮には変わりないが。

 

「お疲れ様だったね仁くん。取り合えず落ち着いたようだから、話に来たよ」

 

 相変わらず優しげな笑顔を浮かべる顔は非常に穏やかだ。尽きない探求心の賜物である寝不足によって刻まれた隈を除けば、の話であるが。

 

「そうか。そっちのやる事も済んだという事だな。立ち話も何だろう。上がっていくといい。茶の1つでも淹れる」

 

「はい。VTシステムに携わった研究所は、既に地上に1つとして残っていません。死傷者もゼロです。……尤も、職場を失った後にどうなるかは本人達次第ですが」

 

「全く。あんな不細工な代物を世に出して恥ずかしくないのかな? 束さんならちーちゃんの動きを完全にトレースできてなお人体の保護機能は最低限付けるね。作らないし作る意味もないけど」

 

「まぁ、そんなところだろうとは思っていたが、仕事が早いな」

 

「くーちゃんにもお願いされちゃったらそりゃもう束さんのやる気はフルスロットルさ! それに、娘にあんなものを付けられたんだ。落とし前は付けてもらわないと」

 

「……そうか。そういえば2人で来るのは久し振りだったな。ラボの方はいいのか?」

 

「今回は【黒鍵】のカモフラージュ効果だけじゃなく、レーヴァちゃんに付けたのと同じ電波阻害や他の諸々も炊いて来てるからね。これで駄目ならちょっとお手上げ。直接潰しに行くしかなくなるね」

 

「黒鍵……ああ、だからクロニクルは目隠しなんてしているのか」

 

 クロニクルの両眼がISの起動の鍵であろうことは察していた。恐らく失明しているだろう事も、両眼の閉じ方がごく自然である事からわかる。

 通常人間が長く目を閉じる時は、力が変に入ったりしてしまうものだが、彼女にはそれがない。両眼を閉じる事に慣れているのだ。

 そしてそれでいて視界を得ている事からハイパーセンサーによって視界を得ているのだろう。生体同期型ISである黒鍵ならではといったところだろうか。

 

 両眼を開きたくない理由はいくらか思いつくが、生体同期型と銘打っている事からも、両眼がISの待機形態と考えるのがベターだろう。クロニクルの身体を震わせた反応を見るに正解だったようだが。

 今も黒鍵の能力を起動したままなのだろう。つまり目隠しの向こうの両眼は開いている。それを見せたくない理由があるというのなら必要以上に聞く必要もない。

 

「紅茶だ。茶菓子はないが」

 

「充分充分。仁くんの紅茶は美味しいからねぇ」

 

 篠ノ之束はすぐに口を付けるが、クロニクルは正座のまま動かない。

 

「……聞かないのですか?」

 

「わざわざ隠しているのにそれを暴こうとする程知識欲には飢えていない。見せたくないのならそれでいいし、見せたくなったら見せればいい。俺も人に隠している事なんていくらでもある」

 

「隠してるで思い出した。ほら仁くん右眼を見せたまえ」

 

「……やはりバレているんだな」

 

「束さんが君の事で知らない事はそう多くないのだよ。ほら見せるんだよハリーハリー」

 

「どうせ無理矢理でも見るつもりだろうに……やれやれ」

 

 右眼を覆う髪を持ち上げ、ピンで留める。するとすぐに眼前に篠ノ之束の顔がずいっと寄って来て、両手で頬をホールドされる。これだけで万力に固定されたように物理的に頭が動かなくなるのだからとんだ規格外だ。それでいて頬に必要以上の圧迫感もない。どういう触り方なのか皆目見当もつかないが、篠ノ之束という存在(天災)について深く考えても無駄なのは既に知っている。

 

 観念して右眼をゆっくりと開く。酷い痛みが走り、同時に起動中であるクロニクルの【黒鍵】の情報と、篠ノ之束の使用している手提げ鞄型の持ち運び拡張領域、ともいえるだろう物の情報が頭に流れ込んで来る。ついでに篠ノ之束の身体の至る場所から情報が流れて来るが、恐らく服や身体にISの技術を応用した道具をいくらか仕込んでいるのだろう。

 

「こりゃ酷い。常時起動したままか。痛みもそのまま積み重なってるでしょこれ」

 

「……ッああ、そのようだ」

 

「君の右眼は使えば使う程負担が大きくなる。通常発動するISの情報を得る解析眼だけなら、一定の起動時間と情報量を超えなければ問題ないけど、ここまで負担がかかっていると結構辛いでしょ?」

 

「眼を開かなければ問題はない……。左眼だけでも戦えはする」

 

「そういう事じゃないの。言ってるでしょ。君は十全でいてもらわないと困るって。私だって人並に心配はするんだからね」

 

 最近わかった事がある。篠ノ之束は真剣な時の一人称が「束さん」から「私」に変わる。

 表情や声のトーンだけでは見抜きづらいおふざけと真剣は、彼女の場合そこでわかる。つまり、今は真剣だ。

 

「……そうは言っても今どうこうできるものでもないだろう」

 

「うーん。そうだねぇ。流石の束さんでも神の所業ともなると理解が追いつかないね」

 

 でも、と区切って続ける。

 

「神の所業と言われたものを悉く人間の利用できる形まで落とし込むのは私みたいな科学者達の1つの目標。なら私はそう時間を掛けずに君の能力を解明してみせるさ。この世界で束さんにわからない事なんて、他人の心だけでいいのさ」

 

「……その他人の心を理解できないから妹に嫌われているんじゃないのか?」

 

「うぐぅ! あの時は暴走気味だったんだよう! 今は悪いことしたと思ってるってば!」

 

「本人に言わなきゃ伝わらないぞ。縒りを戻すのに一番なのは対面して話す事だ」

 

「……君がそれを言う?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 他人と関わるつもりのなかった俺が言うには少々無責任な発言だった。と右眼を閉じながら思っておく。

 

「しかし実績はある。更識姉妹のようにな」

 

「そうだねぇ……」

 

 機会ならいくらでも作れるだろう。会いに行く口実なんてすぐに思いつくだろうし、篠ノ之箒の周りから一時的に人払いするのも彼女ならば容易いだろう。しかしそれをしないのは、気まずいと思う気持ちが残っているのか、もしくは新しく芽生えたのか。それは俺にはわからないが、今の彼女にとって邪魔な感情となっているのは間違いないだろう。

 機会は待っていても来ない。特に彼女の場合はラボから出る機会は滅多にないのだから尚更だ。自分から動くのが肝要なのは本人もよくわかっているだろう。

 

「まさか今更になってここまで頭を抱える事になるなんて思わなかったよ……」

 

「それだけ今まで他人を軽視していたという事だ。これから慣れることだな」

 

「あーもう! とにかく! 私が解析してどうにかできるようになるまで無茶はしない事だよ! いくら私でも視力を持った義眼は作れても本物の眼は作れないし、君の特殊な視力の回復も難しいんだからね!」

 

「わかったわかった……状況にもよるが努力はするよ」

 

「そういう状況にならないのが一番だけどねぇ……」

 

「歯切れが悪いな」

 

「うーん……どーにも最近アメリカの方がキナ臭くてねぇ」

 

「アメリカ?」

 

 珍しく顔を曇らせながらそう切り出してくる。いつもならクロニクルがここらで説明を変わるが、何か考え事をしているのか上の空といったところの様だ。

 

「アメリカとイスラエルが軍用の第三世代として共同開発を進めているらしいISがあるんだ。その名も【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】」

 

「軍用ISね……それだけなら軍拡や防衛としてよく聞く話だが」

 

 以前の無人機事件の際に襲来した二機の無人機もまた軍用機クラスだった。俺が相対したのは武装がブレード1本の代わりにシールドエネルギーが桁違いという代物だったが、軍用ISというものが俺にとって少々苦い記憶であることには変わらない。

 

「うん。別にそれだけなら私も気にしなかったんだけどね。搭載されてる娘の様子が少しおかしいんだ」

 

「コア人格の様子が?」

 

「うん。元々尽くすタイプな娘なんだけどね。どうにもそれを拗らせちゃったみたい」

 

「それだけ聞くと別に平和なんだが……」

 

 コア人格にもいろいろな人格があるのは理解している。レーヴァに言わせれば【ブルー・ティアーズ】のコアは"メイドのような感じ"。【甲龍】のコアは"元気一杯"。【シュヴァルツェア・レーゲン】のコアは"しっかり者で優しいお姉さん気質"。とまぁそんな感じだと言っていた。【白式】については上手く接続できずよくわからないらしい。

 

「まぁまず空気が良くないらしいよ。ISが生まれてからこっちアメリカはちょっといい噂は聞かないね。あの亡国機業(ファントム・タスク)と手を組んでるとかそういう噂が出て来るのはアメリカばっかりだし……ああ、そうだ忘れるとこだった」

 

「なんだ?」

 

「今回のVTシステム。私の見立てが正しければまず間違いなく亡国が一枚噛んでるよ」

 

 自分でも眉間にしわが寄るのが実感できる程に俺は顔をしかめたらしい。

 

「本来のVTシステムなら暴走したとしてもそこで終わり。研究所から持ってきたデータを解析した通りなら搭乗者の意識を飲み込んで暴走するだけの筈なんだ。ああ、勿論データは破棄したよ。あんなものいらないからね。君の万分の一も興味がそそられなかったよ」

 

「……続けてくれ」

 

「うん。そもそもとしてドイツ軍がアレをあのチビッ子のISに積むメリットが薄いんだよね。データの収集や各国への威嚇だとしても、あそこまでの暴走だとラウラ・ボーデヴィッヒ少佐という貴重な人的資源が失われかねない。だというのにアレを搭載させたって事は、ドイツ軍の内部に相当ヤバい奴がいるか、外部からの圧力もしくは介入か。それかその両方か。ここまでは君もちーちゃんも辿り着いてたね」

 

 あの時も見ていたらしい。当然と言えば当然と思えてしまうのがこの人だ。

 

「それで、今回ドイツ軍と連携していた研究所ではVTシステムの過改造はできてなかったんだ。ある時までね」

 

「ある時?」

 

「唐突にデータが生えて来たんだ。私並の科学者なら天啓だーってなるんだけど、そういうわけでもなかったみたい」

 

「それで外部からの介入が濃厚で、それに乗せられた連中がドイツ軍の中にいると?」

 

「そういう事。それでその外部介入が亡国である可能性が高い」

 

「根拠は?」

 

「無人機事件での君と相対した無人機だね。そっちの無人機は束さんは手掛けてないから、機材を盗られてからのあの短期間でアレを開発した事になる。それだけの技術力を持った誰かがいるなら今回の件も不可能じゃない」

 

「……成程。そうしたら今度は亡国の目的が見えないな。IS学園を揺さぶりに来ているのはわかるが、その理由だ」

 

 無人機事件にVTシステム事件。どちらも狙いはIS学園だ。それも篠ノ之束のラボから窃盗を働くなどという、現状世界で最も高いリスクを払っての暴挙と言える。

 狙いがわからない。強いて言うのならば。

 

「白式かレーヴァテインが狙い……か?」

 

「その可能性はかなり高いとみていいだろうね。もしくはその搭乗者であり世界で2人だけの男性操縦者の君といっくんかな。各国の専用機を狙うならその国を狙えばいいだけの話だからね。各国のバランスを保つ為か知らないけど委員会の暗黙の了解として秘匿する事になってるから公にはなってないけど、既に何ヶ国もISを奪われてるんだ」

 

 やれやれ。と頭が痛くなってくる。元々のこの世界の事を知っていればある程度先読みもできるだろうが、生憎この世界で生きて来た以上の情報は俺にはない。

 

「気を付けて、なんて無責任な事を言うつもりはないよ。私もフォローを惜しむつもりはないからね」

 

「俺より織斑の方を気にした方がいいんじゃないのか? アイツはまだ弱い」

 

「いっくんにはちーちゃんがいるからある程度なら大丈夫。口では何て言っても結局ちーちゃんにとってのいっくんはオンリーワンだからね。本当に不味いようなら手の届く範囲に居さえすればちーちゃんが出張ってくるはずだよ」

 

 ただ、と前置きを1つ置いてから。

 

「【暮桜】がない今のちーちゃんだと間に合わない事は充分に考えられる。学園の【打鉄】でも十分なスペックは引き出せると思うけど、多分乗らないだろうし」

 

「乗らない?」

 

「うん。ちーちゃんは暮桜を降りてからはISに乗っていないよ。ドイツ軍での指導の時の実戦訓練以外ではね」

 

 そういえば授業中ですら彼女がISに乗っての指導はなかったな、と思い出す。

 

「なんで引退したのかも、乗らないのかもわからないけどね。まぁちーちゃんは生身でISを相手にしても守りに徹すればやられないくらい強いけど」

 

「……規格外もいいところだな」

 

「そんなちーちゃんでも間に合わなければどうしようもない。最低限いっくんの方も警戒するけど、私は君を優先するよ。いっくんやちーちゃんには悪いけどね」

 

「あの2人の方が俺よりも付き合いは長いだろうに」

 

「付き合いの長さと入れ込み度合いはイコールじゃないのさ。ちーちゃんは確かに親友だし規格外の超人だけど……私の事を理解はできなかったからね」

 

 少しだけ寂しいような、悲しいような、泣きそうなような微笑みを見せた。

 

「……まぁ、アンタがそれでいいならいい」

 

 彼女の考えの否定なんて事はしないし、織斑を守れなどと頼む事もない。

 彼女が彼女なりの考えで動くのなら、俺は俺で学園内では生徒会として動くだけだ。どうせ生徒を守れなければ楯無達は悲しむのだ。それは好ましくない。

 

 しかしまた頭痛の種が増えてしまう。亡国からのアクションで取り返しのつかない事になる前にこちらから行動を起こせればいいのだが、生憎亡国の拠点は不明だ。向こうから来るなら叩いて捕えればいいのだが、今のところ無人機とVTシステムの細工しかしていない。本人達が来ないのでは尋問もできない。

 当面は後手に回り守りを固め、相手が痺れを切らして人員を送ってきたところを狙うしかなさそうだ。楯無にも諸々伝えておく必要があるだろう。

 

「やれやれだな……」

 

「取り合えず君は安静にしておくこと! だからね!」

 

「わかってるよ。そうそう何度も事件が起きてたまるか」

 

「ならいいけどね」

 

 彼女は話を区切り、一息ついたと言わんばかりに冷めてしまった残りの紅茶に手を付ける。

 代わりに今度は、クロニクルが篠ノ之束に顔を向ける。

 

「……仁さんなら、いいでしょうか。束様」

 

「んー? くーちゃんがいいって決めたなら束さんは何も言わないよ。くーちゃんの全てが私のモノってわけじゃない。もっとくーちゃんは自分の好きなようにしていいんだよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 そう頭を下げると、再びこちらに向き直る。

 

「仁さん。今から見るものはお見苦しいものかもしれません。ですが、束様が誰よりも心を許す貴方には、見ておいて欲しいのです」

 

 頷きで肯定を返す。すると後ろに手を回し、目隠しにしていた布を解く。

 布が外れされ、隠れていた両眼は見開かれており、その双眸をこちらへと晒し出す。

 

 本来ならば白い筈の眼球は黒く、どこまでも暗い。

 そしてその中央に輝くのはボーデヴィッヒに似た金の瞳。今もISが稼働中という事を示すように、瞳から放たれる事は本来ないであろう光を爛々と輝きを放っている。

 見苦しいなどとは思わない。むしろ逆だ。

 

「……綺麗な眼だな」

 

「……え?」

 

「確かに人とは違うかもしれないが。だからと言ってそれが醜かったり見苦しかったりするとは限らん。俺の右眼も人とは違うからな」

 

 痛みをできる限り無視して右眼をゆっくりと開く。今自分で見えるわけでは無いが、能力が発動していれば俺の右眼の瞳は水色だ。

 

「人と違うのならそれはお前の持ち味の1つになる。難しいかもしれないが、誇っていい事だ」

 

 そもそも、と1つ置いてから。

 

「その持ち味を否定するものが現れたなら篠ノ之束が黙っていないだろう。変に心配せずに胸を張ることだ。その方が相手には良いように自分が映る」

 

 本当に予想と違った言葉を俺は投げかけたのか、眼を見開き、両手で口元を覆って止まってしまった。

 

「そうそう。くーちゃんはどこをとっても可愛い束さんの娘なんだからもっと自信を持っていいんだぞう!」

 

 そう言いながらクロニクルに抱き着く。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 僅かに涙を貯めてそう微笑んだ。俺の表情は……恐らく変わってはいないのだろうが、表情でなくとも言葉で伝えられるのならばそれでいいのだ。

 

「……いくら仁くんでもくーちゃんはあげないよ?」

 

「どうしてそうなる」

 

 ……また頭が痛くなってきそうだ。




クロエさんは、束さんがある程度人間らしさを取り戻している事でそれに影響されて原作より人間らしい感じです。仁と関わる事もしばしばあるのでそれにも当てられてますが。

束さんは真っ白です。もういっそこのまま白兎で駆け抜けてしまえ。

代わりに束さんの予想が正しければ亡国が真っ黒です。原作より真っ黒です。原作の黒さは、亡国があまりにも語られなさ過ぎて微妙に灰色がかってる気もしますけど。

最近仁もだいぶ口が軽いというか、本当に柔らかくなりましたね。といってもそれは純粋な関わった時間によって生まれた信頼による生徒会組、過去を見た事による束組+ラウラ相手だけですけどね。他の相手ならもうちょっと硬い感じ。

もっと硬い感じで進めるのを想定してましたが、想定は実際書くとよく崩れるので仕方ないですね。いつも通りです。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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兎の受難

なんかいつもよりUAの伸びが長いなぁ。と思ってたら一昨日だか三日前だかに日間ランキング96位に滑り込んでそのまま70位まで上がってました。皆様ありがとうございます。ぶっちゃけもう乗らないと思ってました。

そしてお気に入り300突破です。ありがとうございます。何か記念に書きたいなぁという気持ちもありつつ、ネタがまるで浮かばないなぁとも思ってます。いずれギャグな閑話的な感じで束さんとかの裏話をしてもいいかなーとは思ってますけどね。NG集とかそういうやつです。


―― SIDE 篠ノ之束 ――

 

 命を燃やす。とはよくいったものだ。

 

 それは本来"全身全霊"だとか"一生懸命"だとか、そういう意味で揶揄されて使われる言葉だ。決して本当に命を燃やしているわけじゃないし、普通そんな事ができる人間なんていない。精々が疲れ果てて眠りこけたり、動けなくなったりする程度だ。

 

 実際私もISを初めて開発するまでの道のりは酷く険しかったし、それに生きがいを感じたし、私の全てを打ち込んだつもりだった。けど実際に私の寿命が短くなったかと言えばそんな事はない。むしろ応用開発の道具やナノマシンで絶対伸びてる。

 強いて言うなら極度の寝不足といくらかのナノマシンの副作用で身長の伸びがピッタリと止まっているくらいだ。箒ちゃんと同じくらいの身長でほぼお揃いなのはいいけど、折角お姉ちゃんならもう少し欲しかったと思わないでもない。いっそ逆にもう少し小さくてもよかったかもしれないけど。

 

 色々考えても本題は私の事じゃない。仁くんだ。

 

 取り敢えずまだ彼の視力が落ちたのは確認した。アリーナシールドを変形させた能力でなくても使い過ぎると視力が落ちるらしい。例の能力に比べると落ち方は緩やかだけど見逃せることじゃないね。彼もすぐにそれは自覚するだろう。だからってそれを使うのを止めてくれないから困るんだけど。

 

 眼鏡が自動的に度を合わせるから失明しない限りは彼の視力は問題ないけど、このままだと間違いなく失明する。

 くーちゃんの【黒鍵】のように生体同期型のISを作る事も考えたけど、1人に2つのISは持たせることは基本できない。

 2()()()I()S()()()()()()()()()()()()()ならともかく、別々のISを別個で同時に専用機として持つのはほぼ無理だ。()()()()()()()()()

 

 これを誰かに説明するなら少し長くなるね。私の中でもまとめておこうか。

 

 本来ISは宇宙空間での活動を目的に、ロケットや射出機を必要とせずに宇宙へと飛び立つための翼として開発した。だけどそれだけじゃない。それだけならコアに人格なんてものは必要ない。

 まず、ISはコアの莫大な処理能力と柔軟な吸収性があってこそ実現している。前者は搭乗者や今いる空間の情報含めた多くの情報を同時に処理するため、後者はその空間で適応し、搭乗者のバイタルを保ちつつ行動可能とするため。既存のコンピュータじゃ到底間に合わない。これらを実現するために超高度なAI人格が必要だった。自分自身の寂しさを紛らわすためにコア人格を作ったのも否定はしないけど。

 

 しかしそれだけじゃ足りなかった。【白騎士】を作ってすぐに宇宙へと旅立たなかった理由の中の1つだ。

 

 ISコア人格の性能を100%出しきれていなかった。計算すればすぐわかる。このまま(ソラ)へ向かっても無駄に死ぬことになっていた。それに超弩級の天才である私にとってそんな未完成の状態は認められなかった。

 

 何がISにとって必要だったのか、白騎士と話した当時の私はすぐに辿り着いた。

 それはISと搭乗者の信頼関係だった。本来意識下で話す事のできないISと、頭の中でその声を拾って相互会話するという人間の理解を超えた現象を引き起こす事が最低条件だ。

 

 まるでイルカの超音波をリアルタイムで理解して、そして超音波を返してイルカと会話するみたいに人間の器官ではありえない事だ。でも実際私は白騎士とそうして話した。

 

 でも白騎士とは(ソラ)には行けなかった。白騎士は"他にここまで至った娘が生まれたら、その時にまた話そう"と、そう言って声を閉ざしてしまった。何か彼女なりに考えがあるんだろう。と今では思う。ちなみに今ですら彼女の声は私に届いていない。……まぁ彼女は今特殊な状況下にあるから仕方ないんだけどさ。

 

 しかしひとまずISは完成した。白騎士が実用段階に来るときにはもう何人かの娘も人格を持つに至っていた。全てのコアと関係良好とは言えなかったけど。

 私も時間さえかければ娘達との関係は良くなる自信はあった。けど少しでもそれを速めたかった。それが成った時に私が肉体を持った篠ノ之束としてこの世界にいなければ意味がない。

 

 だからISの有用性を世界に示した。全世界にコアを分配し、そのコア達と関係を深めていき、そして(ソラ)へと至る存在が現れて欲しかったから。

 アレから約10年。結局そんな存在は現れていない。仁くんに言わせれば「確かに人間は愚かな一面もあるが、アンタのやり方も悪かった」だ。

 今思えばそうだっただろう。"兵器"としての有用性しかあの時の私は示さなかった。いや、あの段階ではそれしかできなかった。

 

 数年経った頃には私ももう諦めていた。そして世界を信じなくなった。

 他人に興味が無かったのは元々だったけど、それがより顕著になった自覚がある。人間達を信じるだけ無駄だと思っていた。

 やがてコア人格達とも話せなくなった。向こうが声を出すのを止めたのではなく、私がその声を拾えなくなった。拾わなくなった。

 

 そこからは、僅かな興味を満たすために動き、暇さえあればその興味を利用して何か暇を潰せることを探したり、いっくんやちーちゃん、箒ちゃんを見たり。生産的とはとても言えない状態だったね。

 

 そんな時、突如として世界に現れた謎のIS反応。すぐに興味を揺さぶられた。

 

 ついに私以外にISを作れる人間が現れたのかと歓喜した。ようやくこの私と肩を並べる存在が生まれたのだと。そういう人間がいるのなら張り合いが生まれるし、人間はコア人格との関係をどうするのかとか色々考えた。

 

 しかして現れたのは1人の少年と見知らぬコアに見知らぬ機体。すぐに調べ上げたら一般家庭の生まれで、両親が亡くなるまでごく平凡な人生を送ってきたことがわかった。ただ、不可解な点はいくつもあった。

 

 その日まで着た事もないだろう黒のコートを羽織り、裏路地で座り込んだ。そこまではいい。まだ理解できる。

 しかしそこで突然IS反応が生まれた。この時点でわけがわからないというのに、更識の当主に向けるために上げた顔付きすら以前の写真とは合わなかった。

 

 目付きは酷く鋭く、その奥に輝くのは闇色の瞳。とても普通の人生を歩んできた人間ができる顔じゃなかったし、そもそも以前の"欄間仁"はそんな眼をしていなかった筈。

 

 それ程擦り切れる理由があるとは思えない。全くの別人とすら思った。その上どう見てもISと会話している。

 あまりにも不可解。この私をもってして全くの理解不能。それでいてそこまで意味不明だというのに私以外でISと話せる人間だなんて、違う意味で興味が芽生えた。

 

 だから会いに行った。少し時間はかかったけど。

 そこで見たのはあまりにも重いものだった。私ですらまだ成していない世界線の移動や、年齢変化は勿論として、それを行っているのが"カミサマ"と来た。あまりに理解が追いつかなくて混乱したのか、柄にもなく同情と呼ばれる感情を持った。

 

 そしてどうやらISを大事にもしてくれているらしい。私の直接の娘じゃなくてもISであるなら義理の娘だ。相棒だといい、お互いに素晴らしい信頼関係を結んでいる彼らは純粋に嬉しかったし、眩しかった。

 

 彼は私の夢も理解してくれた。ちーちゃんでさえちゃんと理解できなかったそれを理解できた唯一の人。私にとって、唯一の理解者。

 普通"篠ノ之束"といえば誰もまともに接しなんてしない。腹に打算を隠し持っているか、捕まえに来るか、利用しに来るか。だというのに彼とレーヴァちゃんは対等に話してくれた。過去を知られているから吹っ切れているようにも見えたけど、それでも私にとっては嬉しい事だった。

 

 技術力では私に遠く敵わなくても、私と肩を並べる事ができる存在。肩を並べるだけなら全ての面で対等である必要なんてなかったんだと、彼と接しているうちに気付いた。

 

 おかげで私も夢を思い出せた。勇気を振り絞って、声が届かなくなってからは殆どまともに使わなかったコアネットワークに再接続した。

 いくつもの、声がした。誰かを信じる事ができたからなのか、白騎士を除く466と少しの番外コアの娘達の声が届いた。

 喜んだり、怒ったり、心配してくれたり、娘達は個性的に私を迎えてくれた。まだへそを曲げてる娘はいるけど、本心で嫌われてるわけじゃないのはわかってる。

 

 全て彼のおかげだ。彼がこの世界に来てくれて私は救われた。彼は「自分が変わるのは自分のおかげだ。俺のおかげじゃない」と言うけど、彼がいなければ、自分が変わる切っ掛けすら生まれないのだからそれはやっぱり彼のおかげなんだろう。

 

 さて、話を戻そう。

 

 要は当時の私は搭乗者とISの信頼関係を1対1で築いていってほしかったんだ。だから1人に2つのISは成立しない。コアの娘達がお互い了承している場合だけ成立する。そうなるように作った。

 『コッチの方が性能がいいからコッチに乗ろう』なんていうのは搭載しているコアにあまりにも酷だ。彼女達もその機体が気に入っているとも限らないのに、その上更に捨てるような真似は許さない。だから専用機として登録したISを捨てる事はまず許されない。新しいISを専用機にする事はできない。その際には適応が上手くいかないように作っている。何せ"専用"機なんだからね。コアを引き抜いてそのコアを再利用するなら話は別だけど。

 

 まぁ、これらも最近思い出したんだけどね。

 

 そんなわけで彼に二機目のISとなる生体同期型のISを作ってあげる事はできない。彼のためなら、と名乗りを上げるコア人格も何人かいるけどその度に説明して落ち着かせている。

 実際私だって彼なら二機目も大事にしてくれるだろうなんて事はわかっているしそう信じてる。けど今はまだ駄目なものは駄目。彼にはレーヴァちゃんがあまりにも似合い過ぎてるしね。

 

 さて、次だ。"命を燃やす"という言葉にあまりにも合っているのはこっちの方だ。

 

 彼の身体はあちこちがボロボロだ。見た目的にじゃなくて、神経とか筋肉とかに綻びが生まれている。

 最初にこっそりスキャンした時は何もなく、次に見た時は右腕が、そして今では右腕が進行し、右足、それに左足に少し綻びが増えている。

 これらの部位に共通する事がある。彼の"心意"という能力だ。心意を使ってなんらかの奇跡を起こした事のある部位がこれらの部位に該当する。

 

 訓練の時に暴発した右腕。その後で無人機事件の時に使用した剥き出しに近い状態だった右腕と、完全な生身だった右足、そしてISによる保護の上から使用した左足は僅かに。特に右足が酷い。生身で最大に近い出力で使われただろう一回目のあの瞬時加速(イグニッション・ブースト)にも近い速度を叩き出す加速は、酷く大きな傷を残してる。

 私のナノマシンで少しはマシになってるみたいだけど、非常に効きが悪い。やっぱりナノマシンを含めた医療技術をある程度無視するらしい。

 

 今は彼自身にも自覚症状無し。問題なく右手を使うし歩いたり走ったりする事もできる。けどこれも時期に動かなくなる可能性がある。

 なにせ神経や筋肉の問題だ。このままだと激痛と共に動かなくなるか、感覚を無くして動かなくなるかのどちらかだろう。

 

 多分レーヴァちゃんもわかってるだろう。あの子は仁くんの身体の事についてなら仁くんより詳しい。なら仁くんにも伝わっているだろうけど、恐らく彼はそれでも構わないと、周りの誰かを守るためになら喜んで心意を使うだろう。そういう人だ。

 

 この心意という力だけは本当に全くわけがわからない。レーヴァちゃんに聞いたところ『自身の意思によってイメージを練り上げ、そのイメージに沿うように事象を上書きする力』なんだそうだ。彼女に言わせれば本来の"心意"という力とは少し異なるものだと言っていたけど、私は本来の心意を知らないためそこはわからない。

 

 よくわからない力だけど、確実にわかるのは、『この現実世界において、事象を上書きしてもその過程は残る』という事。仁くんが『どんなものよりも速く動く』という心意を使ってとてつもない速度で移動したのなら、『欄間仁が動いた』という過程は残る。過程があるのならそれは『仁くん自身が異常な速度で動いた』という結果に繋がる。

 それがどういう事かって言うと、それは彼の足に現れてる。人間の本来出せる速度を軽く超えた移動の代償は、仁くんが異常な速度で動いたという結果を持って彼の足に反動という形で残る。

 

 本来この世界でなら治療可能な筈の身体の綻びでも、あまりにも深いダメージと、刻み込まれたイメージによる事象の上書きで治療が滞る。

 滞るだけだから時間さえかければ少しずつ治っていくけど、仁くんはそれを待たずにまた心意を使うだろうから難しいだろう。神経と筋肉が完全に死んでしまえば生身のままでの治療はほぼ無理になる。

 かといって『絶対に使わない』なんて事もできない。立場が立場だ。

 

 いっそ完全に義手義足にしてしまえば両腕両足の心意は使えなくなる代わりに傷になる事も動かなくなることもないんだけどなぁ。

 

『流石にそれは駄目かと』

 

「だよねぇ」

 

 対面してるモニターに映ってるのは黒鍵のコア人格。見た目や声は黒髪に変わっただけでくーちゃんと殆ど同じ。強いて言うなら両眼を開いている事と首から鍵型のネックレスを下げてる。綺麗。

 生体同期型なのとコアとしても新しいからなのかくーちゃんに似たらしい。くーちゃんの眼として機能している事もあってか見ているものや感じる事も概ね同じらしいし、黒鍵に質問して、同じ質問を別の時にくーちゃんにすれば同じような言葉が返って来る。

 ただ黒鍵の方が素直かも知れない。467個の正式なコアの後に作った番外の娘って事もあって少し精神的に幼いのかもしれない。これはこれで可愛い。

 

 くーちゃんはまだ黒鍵と話せないらしい。黒鍵からはちょいちょい話しかけてるみたいだけどまだ届かないとか。でも黒鍵に言わせるともう少しな感じはしてるらしい。

 くーちゃんと黒鍵の距離が縮まったのも仁くんと出会ってかららしい。4月頃だね。要は束さんと同じようにくーちゃんもいい意味で刺激を受けたという事だろう。

 ちなみに今はくーちゃんには休んでもらってる。黒鍵の能力は長期使用には向かないため疲労が溜まりやすい。

 わたしかくーちゃんのどちらかがラボにいればひとまず隠蔽能力はフル稼働できる。だからくーちゃんや黒鍵には休んでもらってるってわけだ。アレから数日たっているとはいえ無理をさせるのは好ましくないしね。

 

「フォローは惜しまないって言ったけどさぁ。束さんが彼にしてあげられる事って実は多くないよねぇ……」

 

『いざ頼られた時に役に立てればいいのではないですか?』

 

「彼が頼ってくれるケースが少ないからねぇ。大体自分で何とかしようとするから無理矢理首突っ込まないとならないんだよ」

 

『正直随分と心を許してくれているとは思いますけど』

 

「普段より私達と話してる方が口数は多いからねぇ。でもそれはどっちかというと吹っ切れって感じだしさ」

 

 過去を知られているが故の吹っ切れ。つまり『コイツらを遠ざけようとしてももう無駄である』と思われてるって事だね。その通りだよ仁くん。離れるつもりはないからね。

 

「ホント言うと笑ってほしいんだけどなぁ。見たいからっていうのもあるけど」

 

 彼は本当に笑わない。特に無人機事件以降は苦笑もしなくなった。戦いを楽しむ心はあるみたいで、サウジアラビアの子との試合では僅かに口元が緩んだけどそれくらいだ。

 私が思うに、彼は笑えないのではなく、笑おうとしていないんだと思う。

 無意識に自分が笑ったり楽しんだりする事は許されないのだと思っている節があるのかもしれない。ちょっと見ててこっちがキツくなってくるね。レーヴァちゃんが頭抱えるわけだよ。

 

「彼の記憶の虫食いさえどうにかなれば、わからないんだけどなぁ」

 

 レーヴァちゃんは多分それを目指してる。彼女だけが知ってる彼の記憶。今のようになる前の彼自身。

 彼女から伝えるのは簡単だ。だけどそれだと意味がない。彼自身が思い出さなければ、外付けのそれは別の誰かの記憶と等しい。

 

『しばらくは、難しいかもしれませんね』

 

「そうだね。でも時間は沢山あるさ」

 

 彼の転生はその世界でやるべき事を終えた時か彼が死んだ時に起こる。なら、彼自身がまだやるべきことがあると思ったのならばそれは起こり得ない。

 そして彼はこの世界で絆を育んだ。

 彼にいて欲しいと願う人がいれば、彼はどこにも行けない。だからまだ時間はある。私が彼と離れたいなんて思うわけがないのだから。

 

「まぁ今は……」

 

 別のモニターに彼の場所を映し出す。場面はお昼。生徒会室に移動した彼の後ろに付いて来るのは杖で身体を支える銀髪のチビッ子軍人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。くーちゃんとの関係は、今は語らなくていいだろう。

 

『欄間仁!』

 

『……ボーデヴィッヒか。まだ安静にしていろと言った筈だが。なんだ?』

 

『姉様はいるか?』

 

『……姉様?』

 

『レーヴァテインの事だ。いるのか? いないのか?』

 

『ああ……いるが。何故そんな呼び方なんだ』

 

『日本では自分が慕う女性の事を"お姉様"と呼ぶのだろう? だから私にとって彼女は姉様だ。教官は教官だがな』

 

『……どこで聞いた?』

 

『クラリッサからだ』

 

 はぁ。と溜息を吐きながら頭に手を当てる仁くん。

 

黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーぜ)副隊長ね……関係は良好そうで何よりだ』

 

『ああ。姉様のおかげだ。だから以前言えなかった礼を伝えたいのだ――』

 

 黒鍵に顔を戻す。

 

『今は、まだいいかな。ですか?』

 

「そうだね。少しずつ少しずつ、ね?」

 

 彼は闇色の眼のままではあるけど優しい眼をできるようになった。私や生徒会の子達じゃないとわからないくらいの差だけど、彼を見てる身からすれば大きな進歩だ。今ラウラちゃんに向けた眼はそういう眼をしている。

 だから少しずつでいい。今は、これでいいかな。

 

 ……ああ、ラウラちゃんの呼び方決めとかないとね。




束さんの真面目な方の閑話的なそれでした。話は進んでいません。福音編が上手くまとまらないのが悪い。

今回のISと束さんの設定は、あくまでも"この作品では"このようにした。という事なので悪しからず。

ラウラはこんな感じ。実はレーヴァを『姉様』『お姉様』と呼ばせる案は随分と前からありましたが、実際ぶち込んでみました。ハルフォーフ副隊長から教わる日本は随分とアレなアレなのでラウラの中の日本が歪むのはお約束。これ仁視点で書いたら多分レーヴァは脳内会話で「ふぁーwww」ってなってると思います。

黒鍵はクロエさんに似る感じになりました。番外コアって若いだろうし、生体同期しているクロエさんに似るのは自然かなーって感じです。真顔ダブルクロエ、もしくは微笑みダブルクロエです。可愛いと思います。

ちょこちょこ日間ランキングに乗るようになってきましたが、それでもあまり気を張らずに書いていきたいですね。前作は結構伸びてそういう緊張で書けなくなった時期があったので、自分で書きたいものを気紛れで書いていくのが一番なんだなぁと実感しました。変に意識したらいい物掛けなくなっちゃいますしね。そんな感じの緩い筆者ですがこれからもよろしくお願いします。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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ヒーローとは

非常にお待たせしました。社会の荒波にもまれてて暇がなかなか取れなかったのです。
さて、平成最後の投稿となります。平成生まれとしては少々感慨深かったり、そうでもなかったり。
では、どうぞ


「ふむ……」

 

 放課後。生徒会室で計五人の生徒会役員が資料の山と格闘を終えた少し後だ。

 いつもなら鍛錬をするにも少しは時間を空けるものだが、今回は少々話が違う。

 

「【夢現(ゆめうつつ)】は元々内部機構に問題はない。【春雷(しゅんらい)】もアレだけ行き詰っていたのにもう実用段階か……出力を随分控えめにしたな」

 

『荷電粒子砲含め、エネルギー兵器の類はどうしても燃費が悪いですから、いい選択だと思います』

 

 VTシステムの事件からもそれなりに時間が経ち、ボーデヴィッヒは被害者という扱いとなった事でクラスでのしがらみも無く溶け込む事ができるようになったようだ。俺の周りで言うのなら夜竹と話しているのをそれなりに見る。以前一度煽った事で私闘に発展したオルコットもなんだかんだで関係は悪くないようだ。

 本音は事件の後一週間後の登校初日に少し俺がなだめる事にはなったが然程の問題ではないだろう。

 

 俺の右眼も黒色に戻り痛みも消えた。と言っても今現在使用中だが。

 

 その右眼で何をしているか。使う時はISを前にするのがほぼだ。そして今回俺が対面しているのは【打鉄弐式】。つまり簪の専用機。それの調整という事で生徒会室から連れ出されたというわけだ。

 どうにも簪は弐式の事を本音や虚よりも俺に聞く事が多い。確かに整備に付いて学びはしているが、本職のような2人に比べれば雲泥の差だ。ならば何故俺に聞くか。答えはそう多くはないだろう。

 

 1つは、実戦における視点だ。生徒会の中で言えば間違いなく俺が一番戦い慣れている。俺に弐式の事を相談する時は、データや理論ではなくそういった実戦での挙動や効果といったものを参考にしようとしているのだ。

 そしてそこから連想できるのは、簪もまた強くなりたいと思っているという事だろう。彼女はなんだかんだ言って姉に似て負けず嫌いだ。姉に守られていた事を知った今、自分も姉を支えられるようになりたいと思うのは、きっと彼女にとって必然だったのだろう。

 

 もう1つは……彼女の気質、と表現すればいいだろうか。

 彼女はあまり自分の欲を口に出さない。物静かとも、謙虚とも取れるがどちらも違う。

 人並みに欲を持ち合わせているのにそれを口にしない。つまりそれらを自分で抱えておくことが多いという事だ。先の『強くなって姉を支える』というのも別に彼女が口にしたわけでは無く、俺の所感に過ぎない。

 だが、人の感情に敏い本音に聞いてみればそのくらいはすぐに確信へと変わる。要は簪は不器用なのだ。

 

 自分の心を誰かに伝えるよりも行動が先行する。楯無に追いつこうとしていた頃から変わらない。あの頃もきっと誰かに相談などせず、自分1人で弐式を完成させようと思い立っていたのだろう。

 

 話は戻り、そんな彼女がこうしている理由。それはきっと、『俺の近くに立って同じ景色を見る』という事なのだろう。彼女なりの好意を示す行動。自分が満足するための方法と言い替えてもいい。

 

 思うに、彼女もまた恋色沙汰には疎いのだと思う。自分の感情の1つの制御ができていないからこそ、自分が満足する方法を取りたいのだろう。『近くにいる』。それだけで彼女にとっては満たされる事なのだろう。……やはり、俺にはわからない。

 応えてやらねばならない。と思う気持ちがないわけでは無いのだ。だが、俺自身がそういったことがわからない。()()()()()()()()()()。我ながら、酷い男だ。

 以前、レーヴァに言われた事がある。

 

『仁は恋とか、愛とか、そういうのを考える余裕が今はないんですよ。言ってしまえばいつも精神では極限状態。その世界で確かに活きているのに自分が幸せに生きようと思っていない。そういうところ、あんまり好きじゃありません』

 

 とのことだ。

 それが欠如しているという事は人間として少々壊れているという事だ。仕方がない。とは思わない。その時の記憶が殆ど無くとも転生の道を選んだのは間違いなく俺なのだから。

 

 ……さて、俺の事はいい。現状としては、篠ノ之束による右眼の解析の際に居合わせた事でいい加減隠せなくなった俺の右眼の事は話す事になり、俺の右眼の能力は既に越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の一種という認識で生徒会役員の間では周知のものとなっている。何故越界の瞳が仕込まれているのかだとか、そういった詳しい事まで現状は掘り下げようとされなかったのは幸いだろう。

 代わりにこういった整備には便利であるため、稀にこうして機体の調整や損傷部の詳細な把握のために呼び出される事がある。今回もその例に漏れなかったという事だ。

 

「アイーシャに……意見と取り切れてなかったデータを貰ったの。学年別トーナメントの後から、結構手伝ってもらってる」

 

「成程。確かにサレムの【アルラサス】の荷電粒子砲は低コストで連射可能。そうなると春雷の二門連射型というコンセプトには噛み合うか」

 

 サウジアラビアの技術となるだろうそれを簡単に渡していいのかと疑問に思いはしたが、サレムの性格を鑑みればそれほど重くも考えていないのかもしれない。

 そもそも彼女はサウジアラビアという国というよりはISという存在や自分の機体そのものに心を寄せている節がある。そこでそのアルラサスを頼るような形で簪が頼めば、彼女がいい気分になるのも納得と言える。

 

「そう。アイーシャや本音達のおかげで、なんとか春雷は形にできた。だけど……」

 

「問題はやはり【山嵐】か」

 

 右眼の能力を止めながら会話を続ける。

 

「うん……」

 

 山嵐は誘導ミサイル6発×8門、計48発の1発ずつを全てマルチロックオン・システムでもって独立稼働させる事を実現するのが理想形だ。つまり現在の通常のロックオン・システムによる8門それぞれの独立稼働だけでは足りない。

 全てを自力でロックオンさせる事は簪の腕ならば可能だろうが、戦闘中にそんな事をしている暇はなく、そもそもそんな難易度のプログラム入力を戦闘中に最速でするとなれば、両手のみならず両足の装甲を解除して合計20の指で操作しなければならない。簪の演算能力や処理能力ならば可能ではあるだろうが、そもそも被膜装甲(スキンバリアー)があるとはいえ敵の前で生身を晒すなど言語道断だ。装甲が無ければ当然シールドエネルギーへのダメージは跳ね上がる。

 実際にサレム・音無ペアとの試合の時は一部除き手動でロックオンして見せたが如何せんかかる時間が時間だった。

 

 しかしここから何が問題になるかというと、操縦者の思考での完全な独立稼働を目指すためには第三世代技術であるイメージインターフェイスが必須となる。これを個人で開発するのは非常に困難だ。

 俺が眼鏡で記録を取り、その記録を元に篠ノ之束に情報を貰いに行くのが一番早いのかもしれないが、それでは簪の『自分達で完成させたい』という気持ちに水を差す事になってしまう。それでは駄目だ。

 

「現状イメージインターフェイスかそれに近い物でデータが取れるのは、俺やオルコットのBT兵器、凰の衝撃砲、ボーデヴィッヒのAIC、織斑の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)に楯無さんのナノマシン。この辺りか」

 

「……微妙に山嵐には噛み合わない」

 

「そうだな。どれもこれもロックオンするものではなく、追尾の参考にはなり難いか」

 

「意識的に軌道を変化させるBT偏光制御射撃(フレキシブル)ができる人がいたら……もっと参考になったけど……」

 

『私達の射撃は単一仕様能力によるもので少々勝手が違い、セシリアさんもまだ少し遠い。セシリアさんでまだなら当然ながらこの学園にはBT偏光制御射撃の使い手はいない。そうなると学園内で既存の第三世代技術を参考にするのは難しいですね』

 

「……ここに来て、完全な自力開発」

 

「ここまで来ると最早1つの小企業だな」

 

 自力で第三世代技術の開発となるとプロの研究所や開発企業と似たような事をやる事になってしまう。どこの世界で学び使ったのか、あるいは記憶にない程昔から備え持っていたのかは曖昧だが、俺もそれなりのプログラム等の技術は有しているのだが、流石にISの技術となると他の世界とはレベルがいくつも違う。

 学園の整備科の開発能力や技術も高レベルであるため開発できずに詰む事はないだろうが、時間はかかる。単純な開発能力や柔軟な発想力で言えば虚や本音をも超える黛薫子先輩にも手を借りる必要はありそうだ。学園内での助力ならば簪にとっての『自分達』に問題もないだろう。

 

「……気が長いことになった」

 

「開発企業ですらISの世代を進めるには数年単位で掛かる。仕方ない話だ」

 

『それも第三世代となれば第二世代とはあまりに勝手が違いますからね。世代が進む毎にそれまでの常識が覆りますから、必要な発想も当然まるで違うものになります。人はそういうのはあまり得意じゃない人が多いですし、やはり難しいところです』

 

「難しいからと言って不可能な話かというとそうでもない。確かに気が長い話かもしれないが、時間が経てばそれだけ世に出る技術の幅も増える。長い目で見れば充分実現範囲内だ」

 

「うん……1人でやるよりは、ずっとマシだし……」

 

「代表候補生としての活動が活発になるのも学園を出てからだろう。二年と半年以上の時間がある。焦る事はない」

 

 完成するまでは専用機持ちによる競技が学園で開催される時に少々不利になるかもしれないが、それを理解した上で彼女は弐式に乗っている。ならば他の人間がそれを口にするのは無粋だろう。

 

『励ますならもっと簡単な言い方したらいいのに』

 

「お前な……」

 

「ふふ……私は大丈夫。いつも何から何まで助けてもらってちゃ、駄目だし」

 

 以前は姉の背中に視界を遮られ、アレだけ難しい顔をしていたというのに、今はこうして晴れた視界で前を向いている。やはり人は変わるものなのだと思い知らされる。

 

「充分助けてもらってるから……私も強くなって、皆を助けたいの」

 

「……そうか。だがISの機能だけが強いということではない。単一仕様を使っている俺に言われても少し違うかもしれないが」

 

『楯無さんの背を追うだけではなく、自分の道を切り開く覚悟ができた簪さんは、充分な心の強さを持っていますよ。それは誇っていい事です』

 

「そう、かな」

 

「精神的に前へ進むというのは案外難しい事だ。よくわかっているだろう?」

 

「そう、だね……ありがとう」

 

 俺にとっても難しい事だ。未だに俺はこの世界の人間に心を開き切れているわけじゃない。レーヴァに言われるまでもなくわかっている事だ。元々誰かと一緒に生きるなんてのは記憶にある限り長い間ずっとしていなかった。簪にはこんな事を言ったが、この点では簪の方が心が強いという事かもしれない。

 

「仁は、さ」

 

 中々表情が冴えない簪が口を開く。

 

「無人機事件の時……後ろに四組がいなければ、あんな怪我しなくても、勝ってたよね」

 

「……どうだろうな。確かにあのタイプの相手なら回避を主軸に攻略するのは定石だ。しかし後になってそれを言ってもしかたないだろう?」

 

「でも、私達を守るためにあんなボロボロになったって思うと……」

 

「勝つ事ではなく、生徒を守りつつ増援が来るまで耐えるのが勝利条件の持久戦。あの時はそういう戦いだった。俺が最も早く割って入る事ができるからそれを買って出た。それだけの話だ。それに、問題なく治ったんだから変に気負う事はない」

 

「うん……」

 

 そもそも俺のダメージは心意によるものであって、無人機から食らったものではないが……まだその辺りは説明する必要もないだろう。

 

「……例え偶然仁が来てくれたんだとしても、それでも、4組にとって仁はヒーロー。みんなそう思ってる」

 

 ヒーロー……英雄とも言い換えられる。優しいだとか強いだとかカッコいいだとか、定義としては非常に曖昧ではあるが――

 

「……俺はヒーローにはなれないよ」

 

 ――少なくとも俺はヒーローにはなり得ないだろう。

 ヒーローなどというものは成立しない。よく言われる"ヒーロー"とは万人にとって弱気を守り強きをくじき、善を是とし、悪を切るものだ。

 ならば、そのヒーローによって切り捨てられたものは一体なんだろうか。あらゆるものを救うというのならば、そういうもの達をも救うべきだ。故に、ヒーローは成立しない。

 成立したとするならば、それは自分たちに都合のいい側面だけを見て言っているだけだ。ヒーローが成したことによって切り捨てられるものから眼を背けているだけだ。悪だからといって、『あらゆるもの』という括りからそれらを外すのはおかしいのだ。

 

 ただでさえ俺は守るものを取捨選択しなければ戦えないのだ。ヒーローなど論外だ。

 

「ただの側面でしかなかったとしても、それでもいいの」

 

 見透かされたかのように真っ直ぐに、血のような色の目を合わせられる。楯無に近いようで、少し違う色ではあり、血というマイナスイメージが真っ先に浮かぶ色であるというのに不思議と綺麗な瞳だ。

 

「私達にとっては、仁はヒーロー」

 

 "更識"も"布仏"も、酷く人の感情に敏い。すぐにこうして心を読まれてしまう。ここまで来ると読心にも近い。特に簪とは比較的短い付き合いだ。そう簡単に見透かされないと思っていた。

 

「それでいいの。夢見る女の子には……そういう人がいるのが、大事」

 

「……夢を見過ぎだ」

 

「まだまだ、見ててもいいでしょ? 時間は……沢山あるんだから」

 

「……その時間は弐式に割くんじゃなかったか?」

 

「両立したって、弐式も怒らない」

 

 何があっても完成させる意気込みだったというのにこうだ。

 そして簪はこれまた姉に似て案外頑固だ。こうなるとこちらが折れないと話が進まない。

 

「私は……ずっと物語のヒーローに憧れてた。障害を打倒して、ヒロインや他の人を救い出すヒーロー」

 

 こういう時に限ってレーヴァは静かになる。差し詰め『自分の事は自分で決めろ』とかそういう事なのだろう。

 

「現実は物語のようにはいかないぞ」

 

「でも……現実として、仁は私達を守ってくれた。あの背中は、忘れられない」

 

 それに。と一度置いてから。

 

「私達だけじゃない。『私』は、何度も救われてる」

 

「……」

 

「大したことはしてないって、仁はいつも言うけど、そんなことない」

 

「だが……」

 

「だが。じゃない。本人達にとっては大きい事」

 

 謙遜しすぎは嫌味になる。とは言うがこういう事なのだろうか。まさか簪にこうして口で追い詰められることになるとは思わなかった。

 

「……仁」

 

「……なんだ」

 

 一度も目を離さない。小柄な彼女とは20cmと少しの差があるが、今主導権を握っているのは、間違いなく俺を少し見上げる形になっている彼女だ。

 

「私達の、私の、ヒーローでいて欲しい。貴方に、憧れさせてほしい。まだ、私は仁に見合うくらい強くなれないから……今は、それだけでいい」

 

 俺は、俺が守りたいと思っている人達に頼まれれば、断れない。レーヴァには、そう称されている。

 何故か。断った時に悲しくさせるのが嫌なのだ。どうしても、そんな表情を見るのが嫌いなのだ。人のためではなく、自分のために縦に頷くのだ。

 だから、今回もそうなのかもしれない。そんな自分勝手な理由で肯定するのは、簪にとってもいい事ではないのかもしれない。しかし――

 

「……わかった。だが、憧れさせてほしいというのなら、その憧れについて来て見せろ。見合いたいというのなら、自分を満足させる程に成長して見せろ。……ヒーローというのは、背中を追うものがいてこそ成立する存在だからな」

 

 ――いいだろう。それが求められるならば俺は彼女達だけのヒーローになってやろう。

 全てを救う等と幻想は抱かない。俺が守りたいものだけを守る。やる事は、今までと変わらない。変わるのは少しの気持ちの問題。それで構わない。

 どうせ簪も俺が断らない事を半ばわかった上で俺に頼んでいるのだ。俺が答えてから少し曇った表情を見ればわかる。

 

「……気にするな。結局は俺が決めた事だ。別に流されて決めてるわけじゃない……そんな顔をするなら言わなければいいのに」

 

「……勇気出したもん。少し自己嫌悪してるだけだもん。仁が断れないのなんて知ってたもん」

 

 少しキャラが崩れている。割とレアな姿ではある。

 

「……うん。でも、ありがとう」

 

「ああ。だが、あまり期待するなよ。ヒーローとか、そういうのが向いてる性格じゃない」

 

「ふふ……うん。私も、頑張るから」

 

「……そうだな。俺も頑張らせてもらうさ」

 

 また、背負うものが増えてしまったな。

 レーヴァが頭の中で無言で微笑んでいるのが何故か妙にいつもと比べると大人っぽく見えて、少しだけ眉に皺が寄るのを感じた。




はい。こんな感じでした。
簪さん的には告白に近いでしょうけど、仁が断れないのを知っているためフェアではないと思っているのか、告白そのものはお預けの模様です。
簪さんはこう、やると決めたらぐいぐい来るイメージです。仁としても引っ張られる方がやりやすかったりはしますが。

ヒーロー。定義は色々ありますよね。仁としては非常に難しい問題ですが、少しの範囲と個人にとってのヒーローであればいいようです。

さて、次回以降、令和でもよろしくお願いいたします。
感想等お待ちしております。


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腕力でも、技術でもなく、ただ一つの心を

 お久しぶりです。時間がなかなか取れない中でちびちびと書いてます。
 しかし話は進まない模様。


――SIDE 織斑一夏――

 

 最近、ようやく男子の大浴場使用許可が出た。と言っても火・金曜日かつ夜の20時以降、という条件は付いているが。

 週二日、という待遇は少々世間でいう女尊男卑のそれを感じるが、IS学園は女子の割合が99%を超えているのだから当然の処置とも言える。そもそも寮監である千冬姉が少し無理を押し通して確保してくれた二日間だ。感謝はすれど文句など出ようはずもない。仮に文句など口にした暁には出席簿で数多の脳細胞を破壊されるのは目に見えているが。

 普段は部屋のシャワーで済ませてしまうが、こうして湯船に浸かってじわりじわりと全身の疲れが抜けていく感覚は何にも代えがたいものだ。特にセシリアや鈴に滅茶苦茶しごかれた日とか、火曜か金曜でなければ疲労が抜けきらない。

 

 あの2人、この前の学年別トーナメントでまた仁に思いっきり負けたからって気合が入っている。しかもあの事件以来明らかに俺達への対応が丸くなったラウラに、俺に付いてくる形でシャルル……改めシャルロットことシャルまで加わった。そうなると切磋琢磨というやつで、妙に全員気合を入れて特訓している。最早俺の特訓を手伝うという元々の目的よりも、本人達の訓練に俺と箒が混ざっている。というような構図だ。

 

 セシリアはフレキシブルとかいう技術を追い求め、鈴は接近戦の強化と衝撃砲の予測困難な撃ち方の研究、ラウラは何に触発されたのかトーナメントの時とはまるで違う戦い方を練習し、シャルはさらに多くの武器種に手を出している。

 流石代表候補生達というべきか、彼女らが本気で練習していると酷く差を感じる。俺がセシリアに勝てたのは全くの初見殺しと油断を付いたものだった。そもそも経験量からして全く違うのに勝てたのは偶然と運が重なっただけだと思い知らされる。

 事実として俺は模擬戦でセシリアに全く近付けない。近付けても近付くまでにかなり削られているため【零落白夜】なんて使ったら俺が落ちる。かと言って使わなければショートブレード【インターセプター】によって【雪片弐型】による攻撃は少しの間とはいえ対処され、その間にビットに撃たれる。

 

 つい最近になってから仁としているという模擬戦の影響か、明らかにショートブレードの展開速度も使い方も上手くなっている。俺としてはかなりやりづらい。

 

 鈴も鈴で、接近戦の上達が非常に速い。しかも鍔迫り合いになど持ち込もうものならば肩付近の衝撃砲が火を噴く。鈴の目を見てどこを撃つか確認するのは中・遠距離ならばともかく、零距離で反応が間に合うはずもない。見事に吹っ飛ばされ、そのまま一気に最高速まで到達した鈴にあらゆる方向からなます切りにされて終わり。というわけだ。こればかりは恨むぞ仁。

 

 強くならないといけない、とは思う。無人機の時も、ラウラの時もそうだ。無人機の時は鈴と2人……いや、セシリアの加勢で3人でようやく無人機を破壊。しかも俺は油断したところを撃たれて気絶だ。しかし後で話を聞いてみれば、仁は1年4組を背に守りながら1人でもう一機の無人機と戦っていたらしい。途中からもう1人参戦したとは聞いているが、それでも守りながら戦うというのは、完全に標的としてロックされていた俺達とは全く状況が違う。何より回避行動にも攻撃に出るにも制限がかかりすぎる筈だ。事実、仁は酷い怪我を負って俺よりも随分と復学が遅れた。

 詳しく見れたわけじゃないが、ギプスで完全に見えなくなっていた右腕と右足の骨はバラバラだと言われた。打撲程度で済んだ俺は運が良かっただけなのだろう。

 

 ラウラの時は、油断しなかった。けどまた気絶させられた。

 後で当事者として映像を見せてもらったが、やはり仁は強かった。一撃としてラウラの攻撃を喰らわずに、時間を稼いでいるように見えた。

 

『欄間が何をしているかわかるか?』

 

 とは情報漏洩対策として隣で一緒に映像を見てた千冬姉の問い掛けだ。

 

『時間を稼いでる……のはわかる。VTシステムって負担が大きいんだよな? だからラウラがダウンするのを待ってるんじゃないのか?』

 

『まぁ、10点だな』

 

 ピシャリと切られた。千冬姉は口角を僅かに持ち上げ、映像を見ながら続ける。

 

『アイツはラウラの動きを完全に読んでいる。何故全ての攻撃に当たらないかと言えば、攻撃パターンを覚えたからだ』

 

『そんなこと……ありえるのか?』

 

 本来動きを読み切るなんて難しい。セシリアのように死角にビットを一つ配置するとか、そう言う癖を見抜くならまだしも、全てなんて普通じゃない。

 

『VTシステムの弱点だ。この時点でラウラは意識を取り戻しているが、動きは私のそれだ。鋭く速く重い一撃であっても、機械的にどこからどう動くかさえわかれば対処は容易い。欄間はそれをすぐに見抜き、最初は攻撃のパターンを読む事を、その後はどのパターンが来るか、これだけで対処して見せている。そしてもう1つ』

 

 つまり洞察力と判断力。そして事件が起こっている最中であるというのに圧倒的に落ち着いている冷静さ。これが仁の強さの1つなのだろう。

 

『欄間はこの場面、ラウラと【シュヴァルツェア・レーゲン】にハッキングのような物を仕掛けている。どうやっているのかまでは不明だが、恐らく間違いないだろう。鍔迫り合いに敢えて持ち込む場面が多いのも関係しているとは思うがな』

 

『なんでそんなことまでわかるんだ?』

 

『終わればわかるさ』

 

 終わりは唐突だった。急にラウラの動きが止まったかと思えば、泥のように変形していたISが溶けるように待機状態のレッグバンドへと戻っていき、鍔迫り合いをしていた仁にふらりと倒れ込む。仁はそれがわかっていたかのように剣を手放して受け止めた。

 

『今のは……』

 

『時間を稼ぎ内側からVTシステムを退けた、と見るのが現状では有力だろう。何故こんなことができるのか、だとかこの歳にしては落ち着き過ぎている、だとか純粋な戦闘能力が妙に高い事も含め気になる事はいくらでもあるが……まぁラウラはさっぱりしたようだし、欄間も中々どうして話してみると面白い』

 

 くくっと笑ってこちらに向き直る。

 

『一夏。足踏みしていると背中すら見えなくなりかねんぞ。まぁ、決めるのはお前自身だ。自分の思ったように進んでみろ』

 

 少しだけ時間を貰っている。俺は、どうしたいのか。

 強くなりたい。それはそうだ。千冬姉の名前を、箒を、鈴を、シャルを、皆を守れるようにならないといけない。

 どうやって? セシリア達との特訓も悪いわけじゃないのだが、多分足りていない。けど千冬姉に迷惑はかけられない。

 

「考え事か、織斑。あまり呆けているとのぼせるぞ」

 

「うおお!?」

 

 突然風呂場に声が増えた。跳ね上がるように顔を上げると、たった今扉を開けて入って来たという様子の仁がいた。

 下は軽く巻かれたタオルで隠れているが、それ以外は当然ながら素肌だ。実を言うと初めて見た。仁は着替えの時も基本的にどっか行ってるし。

 普段は細く見えるが、細い中に非常に引き締まった筋肉が詰まっている。細マッチョだ。それもかなりガッチガチの。腹筋とかバッキバキだ。

 しかしもっと目を引くものがある。肩まで達した右腕の生々しい火傷痕と、肘辺りまでとは言え同様の左腕の火傷痕。そしてラウラに切り裂かれたらしい二の腕の切創痕。そしてなにより、右腕と右足は裂傷痕が数えきれない程にある。恐らくこれは無人機事件の時のものだろう。

 普段ロンググローブや制服で隠れている腕や足がこんなことになっているとは予想していなかった。

 

「め、珍しいな。時間が被るなんて」

 

「そうだな。まぁ確保されている時間に対してたった2人だ。そうそう会う事もないだろう」

 

 基本無口で自分から会話を振る事は殆どない。かと言って話しかければ邪険に扱われるわけでもなく受け答えはしっかりする。しかも鈴に言わせれば聞き上手。

 瞳の色は今までに見た事のないような、夜の闇を彷彿とさせる真っ黒。漫画的表現をするのならばハイライトが無い、と言っても的を射てると思う。そして顔をしかめたりはするが最近は一切笑わない。夜竹さんとのコンビで無表情コンビなどと呼ばれていたくらいには本当に笑わない。ああいや、入学当時は少しだけ苦笑とか、そんな感じで笑みを見せた事はあった気もする。最近はそれすらなくなったが。しかしのほほんさんとかと話している時の声の抑揚はちゃんと感情が籠っている。

 そんな何ともちぐはぐなのが、欄間仁だ。

 

「そんなに意外か。俺とて湯に浸かりたい時はある」

 

「あ、ああ……なんていうか、そういうイメージはなかった」

 

「オルコット達にしても、人を化物か何かとでも思っているのか」

 

 少しだけ撤回しよう。VT事件以降少し丸くなった気がする。言葉で言い表しにくいが、なんていうかこう……少しだけ雰囲気が軽くなったような気がするのだ。どこか吹っ切れたような、そんな感じだ。

 とはいえ普通に近寄りがたい存在のままであるのも未だ変わらない。クラス代表決定戦の時にボコボコにされたのが無意識に心にキテるのだろうか。

 

 心にキテる、と言えば以前彼に放たれた一言だ。アレが時折頭をぐるぐると回る。

 

『俺の周りの人間に害が無いのならどうでもいい』

 

『俺は一定範囲以上を守れるなんて驕ってないんだよ』

 

『全てを守るなんてのは御伽噺の空想に過ぎない。そんなものに憧れているのなら今のうちに改めておけ。お前が本当に守るべきものを取り溢したくなければな』

 

 わからない。なんでアレ程に強いのに、その手を広げないのか。

 わからない。本当に、そう思っているのか。

 わからない。誰かを見捨ててもいいと言いながら、なんであんな悲しそうな目をしたのか。

 

「……なぁ、仁」

 

「なんだ」

 

 彼のことを知らない者なら誰もが少なくとも一瞬は怯むだろう闇色の瞳をこちらに向ける。

 

「俺は、弱いかな」

 

「ああ、弱いな」

 

 即答される。わかっていた事だ。俺は【白式】という力を手に入れた。欠陥機と千冬姉に称されたという事を加味してもなお、俺が白式を使いこなせていない。力というのは、振るう者に全て左右されるのだ。

 ラウラを止めるために放った、あの一点集中の【零落白夜】は手ごたえがあったが、まだまだその程度じゃない。仁に負けてから、今まで見てなかった公式戦のビデオで食い入る程に見た千冬姉の零落には程遠く及ばない。

 

「強いってのは、単純に力が強いってものじゃない。テクニックとか、そういうのもきっと違う」

 

「じゃあ、どういうものなんだ?」

 

「聞くばかりだな。まぁ、構わんが……」

 

 少しだけ呆れを表情に浮かべ、すぐにまた無表情に戻る。

 

「織斑、お前は強くなったとして、どうしたい」

 

「どう、って……」

 

「言い換えれば、一種の誓いのようなものだ。愚かしくてもいい。誰かと噛み合う必要もない。お前はどうしたい」

 

「俺が、強くなってどうしたいか……」

 

 仁が、浴槽に背中を深く預けて両目を瞑る。

 

「俺は……前に言ったな。俺は俺の守りたいもの達を守る。定義が曖昧なせいで変動はするが……」

 

「……もし、お前にとって守りたいものでなかったら、どうするんだ?」

 

「そうだな……例え話をしよう」

 

 こちらに髪で隠れていない左目を向け、息を一つ吐いて続ける。

 

「落ちたら助からないような高さの崖に、本音と織斑が捕まってたとする。無論ISは誰の手元にもなく、助けられるのは1人だけ。こんな時なら俺は迷わずに本音に手を伸ばす」

 

「……」

 

「もしお前1人しか捕まってなければお前に手を伸ばすが。自分に関係ないからと見殺しにする程枯れてるわけでもない」

 

「……そうか」

 

 つまり、仁が言いたいのは取捨選択だ。いざという時誰を切り捨てて誰を助けるかの究極の択。その基準を自分の中で定めているんだ。

 

「織斑なら……そうだな。篠ノ之と名も知らない誰かがそうなった時、どうする」

 

「俺は……」

 

 そんなの、決まってる。

 

「2人とも助ける。何があっても、何をしてでも。どっちかを選ぶなんて、できない」

 

「……そうか。それならそれがお前なんだろう」

 

 そうだ。仁を前にしたからって何を悩んでたんだ。俺が強くなってする事なんてずっと決まってる。

 

「俺は皆を守る。誰かを選ぶ事ができないなら、誰もに手を差し伸べる」

 

 仁の目が鋭くなる。その目を知っている俺ですら気圧されそうな鋭く冷たい目。だけど、何故か俺は目を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返す事ができる。

 

「茨の道だぞ。力で誰かを守るという事は、誰かを傷付けるという事に他ならない。誰もに手を伸ばすというのならばその傷付けなければならない相手まで、お前は守るというのか」

 

「わからない。でももし戦う前でも、戦った後でも、話して分かり合えるなら俺はそうしたい」

 

「綺麗事だな。話が通じない相手なんてごまんといる」

 

「なら、話をしてくれるようになるまでいくらでも粘って見せる」

 

「その過程でお前やお前の周りが傷付くかもしれないぞ」

 

「そうはさせない。俺が守り通す」

 

「どうしようもない邪悪な心を持った人間もいる」

 

「なら俺がその心を晴らしてみせる」

 

 ふぅー。と大きく息を吐いた仁が、目を細めてこちらを真っ直ぐに見る。

 

「……そうか。覚悟は決まったって事か」

 

「ああ。もう迷わない。俺は、織斑一夏は、そうやって進む」

 

 以前セシリアや鈴が言っていた。仁が目を細めるのは、機嫌がいい時だと。笑わない代わりのほんの僅かな感情表現だと。

 

「……いい目になったな。そうだ織斑。人間っていうのは、きっとこの時が一番強い」

 

「ありがとう仁。なんていうか、やっと心に一本の筋が通ったような、そんな感じがするんだ。千冬姉の背中を見てるばっかじゃない"俺"が、やっと見えたような気がする」

 

「自分にとって大事なものを決めておくだけで人間は折れにくくなる。今のお前は、さっきまでより強い」

 

 さっきまで目の前が曇っていたような気さえする。成程、これが仁の言う強さか。

 確かに腕力でも、技術でもない。心の持ちよう1つでここまで変わるなんて、思ってもみなかった。

 

「……しかし、その支えになるべきものが無くなれば一転して脆くなる。覚えておくんだな」

 

「わかった。でも、俺はそうならないように、守って見せる」

 

「……後、熱くなるのはいいが」

 

 ん? と思ったが少し遅かったらしい。

 

「言わんこっちゃないな……」

 

 ぐらり、と視界が揺れたかと思えば、不自然な位置でその視界の移動が止まる。

 

「湯に浸かりすぎたな。語るのに熱くなって頭の方にも随分熱が溜まっていたようだ。……まぁ俺のせいでもあるか。歩けるか?」

 

「あ、ああ……」

 

「誰かを守る前に、自分の管理をすることだな。織斑」

 

「はい……」

 

 のぼせるとは……何とも締まらない覚悟の誓いになってしまった。

 

 

 

 

 ―― 後日 ――

 

「いい顔になったな。一夏。焚きつけられたか」

 

 薄く笑みを浮かべる世界最強を前に緊張なんてしなかった。当然だ。何年も2人で生きてきたんだから、仮にそれが世界一の人間であっても緊張なんてしない。

 

「頼みがあるんだ。きっと、今までで一番の頼みが」

 

 千冬姉はなんだかんだ忙しい。世界最強という称号は、面倒な事も多いのだと酒が入っている時に溢す事が、極稀にあった。ストレスも多く溜まっているはずだ。けどそれを、俺に見せる事は本当に稀だった。

 だからこそ、家の全てを俺が片付けていた。たまに帰って来る千冬姉に楽をさせたかったから。

 だからこそ、バイトで千冬姉の負担を減らそうとし、高校も就職率の高い藍越学園に行って早く1人で稼げるようになりたかった。千冬姉を助けられるようになりたかったから。

 だからこそ、――頼らないようにしていた。俺の都合で、千冬姉を助けるとは真逆の事を押し付けたくなかったから。

 でも、それじゃ前に進まない。自分で自分のために何かをやろうとするのは、久し振りだったかもしれない。

 

「ようやくか。随分と待ったものだ」

 

 ずっと2人で生きてきた姉弟だ。言わんとすることは、察してくれる。

 

「私に指示を乞うのならば、弟とて容赦はせんぞ」

 

「わかってる。だからこそ、他の誰でもない千冬姉に頼むんだ」

 

「……ああ、本当にいい目を、いい顔をするようになった」

 

 顔を綻ばせ、いつもとは違う笑みを見せたかと思えば、瞬きのうちにその顔は引き締まっていた。

 

「私もドイツの経験で加減というものを学んだ。潰れん程度のギリギリまで扱いてやる」

 

「望むところだ」

 

 ……この日は、部屋に帰ってから一歩も動けなくなったのはまた別の話だ。




一夏の覚悟回。早いかな?と思いましたけど話数的にそんな事はない。と結論を出した結果でした。

では次回もよろしくお願いします。
感想等お待ちしております。


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