(仮)強い漢になりたい (トーマ@社畜)
しおりを挟む

原作開始前

ハンターのSSを読み尽くして、辛抱たまらんくなりました。
普段はROM専の読み手です。お手柔らかに。

†ジャンプ展のハンター生原画最高だった…†


強い漢になりたい。

 

この世の全てから、アイツを守れる強い漢に。

 

 

 

 

 

陽日(はるひ)先輩〜〜〜!ありがとうございますッ、先輩の活躍があって自分たちインターハイに出場できます!!」

「…わかったから、くっつくな。暑苦しい」

 

夏、体育館。今しがた終えた団体戦の決勝戦。その選手達と観戦者の熱気で、高校空手競技の県大会会場は地獄と化していた。

 

「この調子でインターハイにも出てくれません?」

相変わらず、俺に寄りかかる後輩にデコピンをお見舞いする。

 

「バイト代3倍だけど?」

「無慈悲」

 

そう、俺はちゃんとした部員じゃない。家が武道場で小さい頃から鍛えられてきたおかげか、せいか。運動神経と武道が取り柄の俺は、色んな部活の助っ人をしている。(金を貰って)

 

「ていうか先輩、何でお金貯めてんすか?」

「…別に」

 

「それ、私も知りたいな」

鈴を転がすような声は小さいながらも、喧しい体育館の中で何故か響いた。周囲の人間が各々の動きを止めてそちらを向けば、絶世の美少女が佇んでいた。

白磁の肌と、漆黒のゆるくウェーブした長い髪、宇宙を思わせる紺とも紫にも見える瞳。日本人離れした顔と身体の造形に、どこか異国の血が混じっているのが分かる。

 

「え、影月(えいき)様!来てくれたんですか〜!!」

名を影月。血を分けた俺の兄妹、双子の片割れ。

 

「別にって言ってんだろ…ん?オイコラ、てめーなんで影月は様付けなんだよ!?」

後輩の側頭部を痛めつけながら問う。俺の妹は、最近やたらと『様』付けされて呼ばれており、当人に理由を聞いてもわからないと言っていた。

「痛っ、ギブギブ!答えるからヤメて!!」

「もう、陽ちゃんったら…」

 

む。影月に呆れられたじゃねーか。

 

痛みが引かないのか、頭を抑えながら後輩は口を開いた。

「いや、陽日先輩だって顔は良いんですよ、顔は。ディ●ニーに出てくる金髪碧眼の王子?RPG主人公?そのものです。けど、影月様のようにそれを生かせているかと聞かれたら答えは100人が100人ともNOと答えますよ。

まず口が悪い、おまけに目つきも。喧嘩っぱやくてすぐに手を出す。イケメンでも雰囲気が輩、しかも重度のシスコン。尊敬出来るのは強さのみ。顔最強で生まれても、所作って大事だな〜と思える残念さ。宝の持ち腐れっすね。

でも、妹の影月様は所作も中身も完璧!オールパーフェクトッ!!近くにいい反面教師がいて、本当に良かったですよ。それが様付けの理由ですかね」

 

ノ、ノンブレスで言い切りやがった…。

 

「遺言はそれだけか…?」

「聞かれたから答えたのに…理不尽っす。あとまだ死にたくないので、俺はこれで!」

 

脱兎の如く逃げた後輩の背から視線を外し、舌打ちをする。

 

「…で、ほんとうはどうしてお金貯めてるの?」

影月が近付き小声で問う。俺の妹マジかわいい。けど、さっきの後輩の言葉を少しは否定してくれ…。

「…お前だけには、絶対教えてやんねー」

 

影月の誕生日プレゼント資金集めですけど、何か???

 

 

 

3℃のリング、高杉ワロエナイ。

まあ、連日のバイトのおかげで無事誕生日前に用意出来たけど。

 

深夜12時丁度、自宅で。

 

「やる。たんじょーび、オメデト」

そう言い、ショッパーを影月に押し付ける。

「! ありがとう。あの…もしかして陽ちゃんこの為にバイトしてたの?」

「ん」

「そっか…フフ。あ!えーっと…私からのプレゼントね、今日の放課後受け取り予定なの」

申し訳なさそうに、影月が視線を迷わせる。

 

「俺も一緒に受け取り行く、一人で行かせたらどーせナンパされんのがオチだろ」

「陽ちゃんてば…。わかった、じゃあ放課後校門で待ち合わせしましょう」

呆れた様に笑う影月が眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺してやる…!絶対に………殺す……!!

 

 

 

放課後、店まで来た俺たちはプレゼントを受け取り、帰宅途中にソレと遭った。

無差別テロ。あちこちから上がる火の手と、無数の銃弾。止まない悲鳴。

 

俺を庇って、影月が撃たれた。

 

それから、それから………。わからない、気付いたら目に付くテロリストを次々と殺していた。だけど、何が悪い?俺は、影月の為に強くなりたかった。影月の為『だけ』に。

 

それを奪うクズを殺して何が悪い?

 

「君、大丈夫か!早く救急車を!!!」

「え………」

慌てた警官に声を掛けられて気付いた。自分の腹に開いた穴。そうか…、影月が撃たれた時、俺も…………………………

……………

………

 

 

 

 

 

「いや〜、本当に悪い悪い」

 

「死ね」

「神様に死ねとか、酷い!泣いちゃうよぉ!?」

「むしろ泣け」

 

『神』と名乗る不定形の存在。現実とは思えない、どこまでも続く白銀の世界。もしかしなくても死んだ。唯一の救いは…

 

「陽ちゃん、神様に死ねは言い過ぎだよ!反省はしてほしいけど…っ、な、なんで抱きつくの?」

隣にマイエンジェルがいること。

「抱きつきたいから」

 

「妹君は優しいね〜」

マジで死ね。

「怖!…そう睨まないでよ。安心して、君たちのおかげでこちらの想定より犠牲者が少なかった。こんなこと滅多にないんでビックリしたよ!予想を外した天界のお偉方の顔ったら…思い出しただけでも笑えッ…プググ……!

は、話が逸れたね。そんな君たちだから輪廻の輪に乗せず、特典付きで異世界転生でもさせようかと思って」

「…?普通に輪廻の輪へ、乗れないんですか?」

影月の疑問は最もだ。まあ、知っている世界に輪廻転生するのが気楽でいいよな。

 

「いいけど?でもそうすると特典もないから、二人の魂の繋がりが切れて、赤の他人かつ遠い異国でリスタートってのがお決まりだよ〜」

「「異世界転生で!!」」

 

「アハハッ、流石双子。運動神経は既にいいようだけど、笑いを提供してもらったお礼だ。特典の肉体強化と神様のちょっとしたギフトを贈ろう」

 

その神とやらの言葉を最期に、俺の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はんたー、はんたー?」

 

原作を知らないのであろう影月…こっちの世界の両親に『リュンヌ』と名付けられた幼児が舌ったらずな口調で俺の言葉を反芻する。ついでに俺の名前は『ソレイユ』だ。

 

そう、よりにもよって俺たちはHUNTER×HUNTERの世界に異世界転生していた。DBじゃないだけマシと自分に言い聞かせるしかないくらい、正直外れの世界じゃないだろうか…。少年漫画なので一応読んでいたが、すげー簡単にモブが死ぬイメージしかねぇ。

この世界でも双子として生まれ、(何故か容姿も前世とあまり変わらなかった)漸く喋れるようになった片割れに大筋のあらすじと、今後の計画を説明する。

 

「だきゃら、ぐりーど・あいらんどでもとのせかいと、もとのきゃらだにもどれるか、ためしゅんだ!」

「え〜…」

「え〜、じゃない!」

大問題だ。元の世界は未だいい、最悪…てか我慢ならないのはこの身体だ!

 

なんで、俺が女でリュンヌが男になってるんだ…?!

 

俺の可愛い妹が弟に…。何が神様のちょっとしたギフトだ!

それを理解したときは三日三晩泣き続け両親を困らせた。リュンヌが気にしなくても俺が気にする!ということで、俺はかわいい弟に女の子の格好を強要している。一時的に男の娘だが仕方ない。俺も男子の格好をしてるしな。…頼まれても女の格好なんてしないけど。

 

来る原作のG・I編の為には、やはりハンターの資格も必須。の、為には念能力の習得が必要不可欠となった。

 

 

 

 

 

なんだこの世界。転生による肉体強化もあるだろうが、修行すればそれに応じてビックリする程簡単に強くなれる。今日も今日とて、俺たちは原作の西暦1999年の第287期ハンター試験目指して修行をする。試験内容を知っているんだ、他の年度を受ける利点は低い。

 

念も基本は習得した。水見式の結果、リュンヌは特質系で俺は変化系だった。(へ、変態ピエロの性格診断とか信じねえからな…!)

 

今は原作開始の3年前、俺たちは今年で12歳だ。こっちの両親が放任主義なこともあり、かなり自由にさせてもらっている。

目下の問題は、発をどうするか。それと…。

 

「ソレイユ〜!俺のサンドバッグやらない?」

「だが断る」

 

二重のギフトなのか(マジでマジで死ね)リュンヌの身体・器の問題なのかわからないが、い…弟は精功が開いた時から二重人格になってしまった。リュンヌと真逆、悪魔のような人格。こいつをリュンヌと呼びたくないので、俺たちは『カゲ』と呼んでいる。

カゲは街でリュンヌが男に絡まれた時や、俺との模擬戦でリュンヌが不利になった時に出てきてはバトルジャンキーを発揮する。

 

それだけが救いだ。カゲはリュンヌや俺より…強い。ピンチになったら現れるダークヒーロー。いや、アンチヒーローか?

 

「あは、断る権利なんてあるわけないじゃん。オネーチャン?」

 

噓だ。

救いなどない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター試験/前編

ザバン市。

どこからみても普通の定食屋で、ステーキ定食・弱火でじっくり…を注文する。

 

「ソーちゃん、よく合い言葉を覚えてたね」

「まぁな…」

男は合い言葉とか、ゲームのバグや隠しデータが好きな生き物なのだ。男に寄って欲しくないから、言わないけど。

 

リュンヌと他愛もない話をしながらステーキを胃に納めると、丁度B100階に到着した。第287期ハンター試験会場の扉が開き、一斉に視線を受ける。

 

クソ、俺の可愛いリュンヌを汚れた目で見やがって…!

 

「じゃあ、ズボン履かせてくれればいいのに…」

というリュンヌの声は無視する。男の娘はミニスカートこれ常識。スウェット素材で、上はグレーのパーカーに白T。下は上と同じ色素材のミニスカート。足下はクルーソックスに黒のスニーカー。

俺は上がリュンヌとお揃いで、下はパンツタイプ。スニーカーは黄色だ。

 

ナンバープレートは俺が269番で、リュンヌが270番だ。

ゴンたち主人公組は、400番台だったか…?仲良くなる必要はないけど、恩は売っても損はないな。なんたって主人公だし。主人公補正万歳。

 

「よっ」

気をつけるのは変態ピエロとキルアの兄…イルミくらいか。あ、あとあのハゲ忍者…

「おい!そこの金髪の兄ちゃん!」

「あ…?」

 

俺を思考の海から引っ張り上げたのは、えーと…たしか

「オレはトンパだ。君たち、新顔だろ?オレは35回も受験しているベテランでね、試験のことなら何でも教えてあげるよ」

「…必要ない」

 

 

 

 

 

<トンパ視点>

99番のキルアが下剤入りジュースを5本も飲み干すのを見て、オレは呆気にとられていた。何なんだ今年のルーキー達は…!だが、どいつもこいつも潰し甲斐があるってもんだ…!

ニヤける顔を抑え、先刻目をつけていたペアルックの若い美男美女のルーキー、その男の方に声を掛けた。入ってきた時は容姿に惹かれた男達からどよめきが起こり(特に女の胸にだ)悪目立ちしていた為、こうして時間を空けた。

 

「よっ」

明るく、気さくに。さもいい人ですよ、という雰囲気で近付く。

「…」

何か思案中なのか、オレの声が届いていないようなので再度声を掛ける。

「おい!そこの金髪の兄ちゃん!」

「あ…?」

 

よし、やっと気付いた。

「オレはトンパだ。君たち、新顔だろ?オレは35回も受験しているベテランでね、試験のことなら何でも教えてあげるよ」

「…必要ない」

 

金髪男はオレの提案を切り捨て、一呼吸する。そして、

「あと俺の妹に声を掛けたり、その缶を勧めたりするな。これは、『お願い』じゃなくて『命令』だ」

「……ッ!わ、わかった!」

 

当てられた怒気に怯む。汗がとまらず、膝が笑う。オレは恐怖で、さっさとその場から離れた。

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

『ジリリリリリリリリ…』

1次試験管のサトツが開始の合図と共に、試験内容を説明する。

 

原作知識がないリュンヌは、聞き逃さないよう真剣に聞いている。一応、物語のあらすじと共に試験内容を教えようとしたのだが、「聞かない方が面白そう」と言われてしまえば黙るしかなかった。登場人物の詳細についても同様。まっさらな状態で人となりを判断したいとか。リュンヌらしい。

まあ、お互い念能力者だし、危ない場面でリュンヌから離れるつもりは毛頭ない。試験内容は俺が知っていれば十分だろう。

 

 

 

とか、思っていた俺がバカだった。

「オレはゴン!」

「キ、キルア」

「わ、私はクラピカだ」

「はっ、はっ、レ、レオリオといいます。よろしく美しいお嬢さん」

 

「フフ、私はリュンヌと言います。隣は私の兄、ソレイユです。ほら、ソーちゃん!」

「………どうも」

 

「よっしゃー!彼氏じゃなくて兄貴だとよぉ!!!俄然ヤル気が沸いてきた〜〜〜!あと100キロでも走れるぜ!」

「レオリオ…全く貴様と言う奴は…」

 

オイ、俺のブラックリストに載ったからなレオリオ。つーか、ゴン以外全員赤面しやがって3アウトだよ!

 

舐めていた…俺の可愛いリュンヌは前世からコミュ力カンストだったわ…。目立つこの4人に声を掛けない訳が無い。俺としては、恩を売る意外で関わるつもりは無かった。何故って逆ハーレム展開は御免だからだ!なのに!!!

 

がっっっ…つり、レオリオの友達とクルタ族の話を聞いてしまった。

リュンヌが。

優しい天使になんてことを聞かせるんだ…兄貴庇って死ぬ天使だぞ?

 

案の定、リュンヌの目には涙が浮かぶ。

「お二人とも、合格できるといいですね。私、応援しています…!」

「」

 

俺のライフは0だ。

 

 

 

「ヌメーレ湿原、通称“詐欺師の塒”…」

一次試験も中盤、ヌメーレ湿原へと入った。サトツの説明も偽試験官の件もどうでもいい!俺にとって重要なのは一刻も早く、リュンヌをクラピカとレオリオから離すこと…!

 

先頭集団から離れた俺たちを、ゴンが大声で呼ぶ。

「リュンヌ、ゴンが声掛けしてくれたんだ、俺たちも前にいこうぜ」

「…ソーちゃんは先に。私はレオリオさんたちと後から追いかけるから」

「リュンヌ…、私たちのことはいいからソレイユのいう通り先に…」

クラピカが俺に助け舟を出した時、それは起こった。

 

「「「「「ぎゃあああああああ」」」」」

「くっ…」

「ってえーーーーー!!!!」

響く絶叫。俺とリュンヌに向けて投げられたトランプを手で掴む。…最悪だ。

 

「てめェ!!何をしやがる!!」

「くくく♦試験官ごっこ♥」

 

俺は!変態ピエロが嫌いなんだよ!!!

 

歯向かう他の受験生達を、トランプ1枚で倒した変態ピエロこと…ヒソカの目前に残るのは武闘家のような男と俺たち4人。原作通り其々別れて逃げる選択肢から俺の中から消えた。ここでヒソカから合格判定(ふざけんな)を貰わなければ、コイツはヌメーレ湿原の残る道中でも追ってくるだろう。

 

「今だ!!」

武闘家の合図で一度逃げるフリをして、いち早くヒソカの元に戻る。

 

「アレ?君は逃げないのかい♠」

「不本意ながら…、相手してやっからかかってこいよ」

俺は垂れ流しにしていたオーラを素早く纏に切り替え、構えをとる。

 

「ふぅん♦君は使えるんだ…じゃ、少し遊んだくらいじゃ壊れないかな?」

そう言い、投擲されたヒソカのトランプは空を斬る。

避ける必要はない。当たらないと知っているから。

 

「…今のどんな能力?」

「答えるバカはいねーっての!」

 

言葉と共に突進する。ヒソカは生まれ持った戦闘センスか勘か、トランプを投げるのは無意味と察し、迎え撃つように立っている。余裕かよ。全く、ムカツク変態だ!

速度をあげて一気に間合いを詰めると、条件反射でヒソカの右手が出てくる。その右手とヒソカの右胸部に己をあてて釣込み、右足で払い上げる_所謂、柔道の「山嵐」をお見舞いする。

受け身を取る間もなく、ヒソカは地面に叩きつけられた。まあまあ良いダメージ…かと思ったが、ヒソカが伏した場所には【伸縮自在の愛/バンジーガム】がクッションの様に貼付けられていた。…クソが。

 

気色悪い笑みを浮かべるヒソカに、柔でなく剛の二発目をお見舞いしようとしたその時、

「「ソレイユ・ソーちゃん!?」」

「ゲッ…!」

想像以上に早くレオリオと、まさかのリュンヌが戻ってきてしまった。

 

 

 

あとは原作通り、ゴンの介入がありお察しである。一点、もの凄く嫌な一点。

「君たち兄弟も、イイネ〜〜〜♥」との言葉をヒソカが残していったのだ。オイ、リュンヌは俺と同じて纏しかしてなかっただろ?!まさか普通にタイプなんじゃ…

 

鬱だ…ヒソカがリュンヌを………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぉちゃん!」

ヒソカが…

「ソーちゃんってば!」

「え…」

「また考えごとしてたでしょ?もう…」

「わ、悪い。ってアレ…?」

 

な、何故俺は谷にいるんだ…?

「今は2次試験中!ずっとここまで引っ張ってきたんだから!豚は誤摩化せてもクモワシはムリよ。ソーちゃんも行かなきゃ」

ひえ…。ヒソカショックで、トリップしすぎた。ついでに握られた右手を見る。

「…え?なんで恋人繋ぎにするの?」

「なんとなく」

 

ちゃっちゃと卵取れよ、他の受験者!

俺たち?リュンヌのパンチラを狙う輩がいそうだから最後に行くけど?

 

2次試験合格者52名。

 

 

 

 

 

<キルア視点>

飛行船でのジイさんとのゲーム。向こうが全然本気を出してないのがわかり、オレはゴンより先に切り上げた。ゲームでのモヤモヤを、廊下でぶつかった男達にぶつけようとした俺の手が何故か空を斬った。…?!

距離感は間違えなかったはず、それよりさっきから、わずかに兄貴と同じ嫌な気配がする……!

「おい!聞いてんのかボウズ」

 

「聞いてるよな?」

突然誰かが背後に現れ、肩を叩かれる。コイツは…確か、

 

「ソレイユ…?」

「お〜。いいからさっさと謝っちまえよ」

「………悪い」

肩に置かれた手が、熱い。

「ったく、前見て歩けよな!」

男達はそう言って去って行く。

 

肩が熱い…!

 

「キルア、子供は寝る時間だぜ」

手が離れ、同時に嫌な気配も霧散する。

「…あんただってまだ子供だろ」

「ふは、確かに」

苦笑するソレイユを見る。リュンヌの兄貴ってことと、重度のシスコンという印象しか抱いていなかった。だけど、背後を取られた上にあの嫌な気配…。オレはソレイユに対しての警戒レベルをあげた。

 

 

 

<ソレイユ視点>

レオリオたちの近くで眠るリュンヌを残し、夜風に当たろうと俺は廊下を歩いていた。すると前方から殺気を感じた。この殺気は…。

 

想像通りの人物からの出ていた殺気と、それに伴って行われていたであろう解体ショーを防ぐ。血塗れの廊下を歩くのは御免だ。俺の妨害と牽制は、まだ念について知らないキルアを警戒させるには十分だったようで、キルアはそのまま休みに行く。

キルアの姿が視界から消えた途端、死角から投擲されてきた針を掴んだ。

 

「随分な挨拶だな、イルミ…」

俺の言葉を聞き、ギタラクルに扮装したイルミが物陰から現れた。

 

「…アレ?、オレってわかるの?」

「針使いで、キルアに接触したら攻撃してくる奴なんて他に誰がいるんだよ?このブラコンが…!」

「確かに。でもブラコンってのは、遺憾だな〜」

 

ソレイユだけには言われたくない、とか何とか言っているイルミの言葉をスルーする。イルミと知り合った、というか殺り合ったのは俺たちが発の修行をはじめて、それが形になった頃だった。

 

放任主義の両親っていうのはそれに陥る原因が幾つかあるだろうが、家の場合は親が金持ちで仕事人間だったこと。おかげで享受できたもの(主に修行面)が多かったが、金の集まるところには万国共通で自然とヘイトが溜まるものだ。

そんなヘイトを溜めた依頼主は、両親ではなく両親の大切なものを奪おうと、俺たち二人の暗殺をゾルディック家に依頼した。

 

一般人の暗殺だからか、送られてきた刺客はイルミ一人だった。舐められたおかげで、リュンヌと二人でイルミを捕縛することができた。そして、ゾルディック家に連絡を取り、イルミを引き渡す変わりに依頼主の情報を貰った。勿論、リュンヌを殺そうなんていう(危害を加える想像だけでも万死だが)輩は即行で殺した。

 

イルミを捕縛したことか、依頼主を殺したことか。そのどちらが琴線に触れたのかは知ったこっちゃないが、イルミとはそれからたまに戦闘訓練に付き合う関係性になった。

まあ、い…弟愛が強い点においては共感出来る部分も多かったし!

 

「わかってるだろうけど、間違ってもイルミなんて呼ばないでよね。試験中はギタラクルで通すつもりなんだから。」

イ…ギタラクルが念を押してくる。

「わーってるよ。そっちも俺たちの情報ヒソカに売ったりするんじゃねーぞ!」

「…売るまでもなく、もう気に入られてない?何やったの?」

「」

「うわ、面白い顔」

 

うっせー、バカ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター試験/中編

飛行船は、3次試験会場のトリックタワーに到着した。

制限時間72時間。

 

先手必勝だ!ゴンたちに誘われたリュンヌが多数決の道を行くのは回避したい。男の娘とはいっても、天使のようなリュンヌが密室にむさ苦しい狼といれば、どんな間違いが起きるか…To L●VEる展開、ダメ。ゼッタイ。

 

有無を言わさずリュンヌの腕を掴み、ゴン達から離れる。

 

「?…ソーちゃん?」

不思議そうに見つめる顔可愛過ぎ…じゃなくて、

「……塔の中、暗い、タスケテ」

己の棒読み具合に辟易する、対してリュンヌは「あ。そうだよね。気付けなくてごめんね、一緒にいこう!」と言ってくれた。なにこの天使。

 

そう、俺の念能力は暗い所ではあまり役に立たない。

 

念能力

【全ては光から生ず/バース・ライト】

・変化系能力

オーラを光に変化させる。また光を集結させ、熱に転化できる。

<制約>

能力使用前に一定量の太陽光、もしくは人工光を浴びなければならない。

 

【虚な光/イリュージョン】

・変化系+具現化系能力

光で対象の視覚情報を捻じ曲げ、虚像を作り出す。

<制約>

対象との距離は半径30メートル以内。

 

能力的には操作系が理想だったけど、変化系だったのだからしょうがない。

光に関してはインスピだ。断じてライトセー●ーに引っ張られたワケじゃない!剣術も齧ってるし。呼ぶなら…レーザーブレードって言え!

ちなみにヒソカやキルアの攻撃が当たらなかったのは【虚な光/イリュージョン】、キルアの肩を熱したのが【全ては光から生ず/バース・ライト】だ。

 

ぶっちゃけ、念なしでもこの塔はクリアできるだろうが、そうするとゴン達と一緒に行かない理由がない。念が使えなくて心細いアピールで情に訴える作戦だけど、何か???

 

「んと、…この塔、石で出来てるし『ノーム』さんに頼もうかな」

そう言いながら、リュンヌが自身の能力を発動する。

 

念能力

【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】

・特質系能力

四大精霊を召還・もしくは己に憑依させその能力を使用できる。

憑依状態では精霊の属性によって瞳の色が変化する。精霊は同時に2体までしか召還・憑依できない。また、相反する元素も同時に召還・憑依できない。

<制約>

召還時:精霊が自身から遠くへ行く程オーラが減少する。憑依時:憑依の影響で自我が薄くなり、精霊の個性が前面に出る。

 

ふぅ…能力まで可愛いかよ。俺と比べてチートすぎるのには目を瞑る。(そもそも特質系が割とチートだろ?)

 

「そう、この塔の下に行きたいの」

四大精霊とやらは、他者…俺には視認できない。『精霊を信じるタイプの人間には見えるby四大精霊』らしいが。

リュンヌとノームとの会話が終わったのか、瞬きをしたリュンヌの瞳は宇宙のような暗色から、グリーンに変わる。リュンヌに憑依したノームは開口一番、

 

「んじゃ、いくかのぉ」

 

と宣った。その見た目で、その口調ヤメロっていつも言ってんだろうがジジイ…!

俺の怒りに気付いたのか、ノームは「ヒッ…」と声をあげ、さっさと手伝いを済ませようと俺の手をとり、俺共々塔の中へとダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れてた。

試験終了ギリギリまで塔の上にいれば良かった。そうしてたらなぁ…

 

『44番ヒソカ、3次試験通過第三号!!所用時間6時間17分』

「…先客は君たちか♦ボク、1番乗りだと思ったんだけど♠一体どんな道だったんだい?」

 

ヒソカと接触することもなかったんだ…!

 

「道なき道だよ!!!答えたからもう話かけんなよ!!!!!」

噓は言ってない。簡単に言うと、地属性のノームの力で塔の中を落下してきただけだ。固い壁をすり抜けて。

「ん〜…?嫌われちゃったのかな♥ボク」

「ソーちゃんは、追われるよりも追うほうが好きなんですよ」

「なるほど♠」

そこ!!!優しくお返事なんてしなくていいんだよッ!!!!?

 

 

 

3次試験は最悪だった…なんで俺のい…弟はヒソカと普通にトランプで遊べるの?コミュ力お化け怖い。さよならトリックタワー、こんにちはゼビル島!

 

…なんて思って気を抜いた罰か。

 

お、俺のターゲットが270番…リュンヌなんですけど……?ハァ…、原作より3次試験の通過者も多いようだし、始まったらさっさとモブを3人狩って、リュンヌと合流しよう。そうと決まれば…

 

「…て、わけで俺はリュンヌのプレートは狙わない」と、告げると何故かリュンヌの表情が曇る。不思議に思っていると、リュンヌが引いたのであろうカードを取り出す。そこには269番…俺の番号が記されていた。

 

 

 

 

 

<リュンヌ視点>

お互いが狩る・狩られる者だと分かると、ソーちゃんは顔を青くし「…クソが」を連呼しながらブツブツ何やら呟いている。う〜ん…考えてる。別に考えるまでもないのに。

 

 

 

『滞在期限はちょうど1週間…』ゼビル島までの乗船スタッフが、4次試験のルールを説明する。私は耳を傾けつつも、下船間際、ソーちゃんから聞いた原作における4次試験通過者の名前を記憶しようと脳内で反芻する。他の試験と違って、ハントとなると私たち異分子の介入で試験結果が大きく変わりそうだったから。

 

『それでは1番の方スタート!!』

カードを引く際にも浴びた視線を受け流し、森へと歩き出す。森の中に入って500メートルほどの地点で2分後に来るソーちゃんを待つ。一端、ここで待ち合わせてから森の奥へ進む計画。

なのだけれど、

 

「…おいでシルフ」

 

【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】を発動し風の精霊、シルフを召還する。

《はいは〜い!シルだよ〜〜〜!今日はどんなお願い?》

黄金に輝く綺麗な羽を揺らしながらシルフが現れた。見た目は、元気いっぱいの幼女といっていい。だから、非常にお願いしにくい…。

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

リュンヌと話し、結果二人で協力して6人狩ることにした。お互いに互いのプレートを押し付ける様は、他の受験者から憐れみの目で見られたことは言うまでもない。

 

そして、スタートの合図でリュンヌが一足先に森へと入る。2分後、待ち合わせ地点へ向かう俺の脳内にはリュンヌに付いている試験官のことでいっぱいだ。リュンヌをエロイ目で見たら許さん…っと、待ち合わせはこの辺りだよな?

 

「リュンヌ?」

声を掛けるが返事がない。おかしい…

 

「…?リュ、……あ…!?」

もう一度声を掛けようとした俺の口は言葉を紡がず、変わりに出てきたのは胃からこみ上げてきたゲロだった。

「ぐ……アッ…ゲホォ……!」

 

これは、念による攻…撃…………!

 

 

 

 

 

<リュンヌ視点>

倒れたソーちゃんの口の中に指を入れ、喉に詰まっている吐瀉物を掻き出す。

 

《リュ、リュンヌの人でなし…!攻撃対象がソレイユだなんて聞いてない!》

「言ったら協力してくれなかったでしょ?」

《…》

「アハハ、ごめんごめん」

 

シルフに頼んだのは、この…待ち合わせ地点の酸素濃度を下げることだった。よってソーちゃんは、めまいと吐き気を催し意識不明で倒れた。

 

「だって…こうでもしないとソーちゃんってば、1次試験の時みたいに無茶するだろうし」

そう。口では一緒に6人狩ると言っていたが本当は自分一人で狩る算段を立てていたのは明白で。全く、いくつになっても噓がヘタで困る。

 

大体分かっているのだろうか?

今、女なのは私ではなくソーちゃんであるということを。

金髪ショートの碧眼俺っ子とか、ストライクゾーンの人には凄く刺さるのでは…。特にどこぞのピエロ…あれ、私たち二人の性別見抜いてるでしょう……。ソーちゃんを見る目が真剣ものだったもん。(特にサラシで潰した胸を見る目が…。ソーちゃんが鈍くて良かった)

 

「…っと、ヒソカが来ないうちにここを離れよう。シルフ、何処かいい隠れ場所まで案内して」

ソーちゃんを背中に担ぎつつ、シルフに頼む。

《はぁ…了解。その後は?》

「ソーちゃんのお守りを頼む。私はウンディーネと狩りに行くね」

経験と持論、勝負は短期決戦に限る。

 

 

 

私はシルフへの宣言通り、水の精霊ことウンディーネと狩りに出た。(自分とソーちゃんのプレートは置いてきた。)

ウンディーネを自身に憑依させると、瞳はブルーに変化する。

他の精霊と違って、性格が近いせいか彼女が憑依する際は自我を保つのが楽だ。身体を半分ずつ使っている感覚。他の精霊だと、相手に7割持っていかれてしまう。

「ゴンたち原作合格組以外…水場に近付いたものから狩りましょう。」

 

水は万人の生命線かつ、こちらのフィールドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

夢…

夢の中で誰かが頭を撫でてくれる。

 

優しくて温かい。

 

ん……夢?

今…ここは………そうだ!

 

「リュンヌ!!」

伸ばした手が、誰かに触れた。

 

「あ、起きた?」

「イ、ルミ…?」

「そ。リュンヌじゃなくて悪いね」

「ここは…一体…?なんで俺は」

 

頭の中がグチャグチャだ。4次試験がスタートして、リュンヌとの待ち合わせ地点まで行き…そこから記憶がない。

 

「ん。説明するから手離してくれない?寝起きなのにすっごいバカ力」

「わ、悪かったなバカ力で!」

慌てて掴んでいたイルミの腕を放す。イテテ、と腕をさすりがらイルミが語り始めた。

 

「試験中にリュンヌから連絡がきたんだ…

 

自分のプレートを集め終わったら、子守りのバイトしないかってね。

あぁ、ソレイユのこと。リュンヌは金払いがいいし、プレート集めたら期限まで寝るつもりだったから丁度いいかなって。

リュンヌの能力なの?あまりにも長く爆睡するから死んでるのかと思った。…あ、何か食べる?」

 

情報処理が追いつかない。と、言うことはなんだ…?

思っていることが顔に出ていたのか、「リュンヌの方が一枚上手ってこと」とイルミが俺を諭す。

 

う、る、せ、え!

その言葉を振り払うかのように、立ち上がった俺にイルミが声を掛ける。

「ちょっと、勝手に出て行かれると困るんだけど」

 

人目を避ける為に連れて来られたであろう、洞穴での子守りがバイト内容ってか…?

「バイトはもういい!俺はリュン『ボーーーーーーーーーーーーーー!!』

 

遠くから、船の汽笛が聞こえた。…え?

試験終了のアナウンスとか聞こえますけどご冗談を…???

い、一週間も寝てたのか!?

 

「…『試験終了後、スタート地点に連れて行く』ってとこまでがバイトだから。シャキッとしてよね」

 

………はぃ。




後編、あんまり日を空けずに投稿したいです。
仕事を早く殺すぞ…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 イルミ=ゾルディック①

お気に入り登録ありがとうございます。
勢いでプロットのない本作…矛盾点があったら、ちょこちょこ修正してます(汗


ハンター試験も後半、4次試験のゼビル島でターゲットを狩り終わったオレは、試験終了時間まで眠ろうと、ヒソカとの会話もそぞろに穴を掘る。出来た穴に身体を入れようとしたその時、携帯が鳴った。

 

「出ないのかい?」

ヒソカから問われ、面倒だなと思いつつ電話に出た。

 

「もしもし」

『もしもし、イルミ君?…相談があるんだけれど』

電話の相手は、そう切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_1996年。

暗殺者として、親父たちに一人前と認められ仕事をこなすようになって早数年。麻薬で成り上がったマフィアの幹部を一掃する大仕事をマハ爺と終えたオレに、親父から連絡が入った。

 

名の知れたIT企業、その社長夫婦の子供へ出された暗殺依頼。

依頼主は、そのIT企業に押されたライバル企業の元社長で現相談役。

株主総会が行われる3日後までに暗殺は行うこと。報酬は子供2人しては破格だ。

 

まあ、ウチにくる仕事としては割とあるもの。

現在地とターゲットの家が近く、オレに連絡がきた。マハ爺は、別の仕事が入っているらしい。_直前のマフィアが過剰な警備網を敷いていたこともあり、子供2人を殺すという楽な仕事にあまり動かないと言われる己の口角が自然と上がる。

 

親父に仕事を受ける返事をし、数分後にはオレの携帯にターゲットの情報が届いた。

 

・標的情報

…で授かった男女の双子(12歳)ソレイユ=レッド/リュンヌ=レッド……大変可愛がられているが両親とも仕事人間で……大変優秀で学校には通わず有名教師を家庭教師につけ自宅学習……双子は潤沢とも言えるお小遣いを貰い……平日は両親と共に一食でも多く食卓を囲むために本宅で過ごすが、週末は別宅で過ごす………本宅は警備が厳重だが、この別宅へは必要最低限の執事・又はメイドしか伴わない………標的は極力傷つけ………

 

一通り目を通したオレは、行動を開始した。

 

 

 

 

 

多種多様な花が咲き誇る大きな庭園。夕日に照らされた花々は、段々と橙に染まっていく。

そこに、花に水やりをする為かじょうろを持った少女が現れた。

薄手の白いワンピースが風に揺れ、少女の漆黒の髪がなびく。一つの画角に納めればどんなものも魅了する美しい芸術作品になる。

 

それを_壊す。

 

花を注視する標的を仕留めるのは雑作もない。

視界に入れて数十秒、針を使って処分した。『標的は極力傷つけない』という、依頼主のお願いも頷ける。今は死体になった少女_リュンヌ=レッドは死しても尚美しい、死体愛好家にさぞ…いや依頼主が使うのかもしれない。

 

「悪趣味だよね〜?」

「あが……」

さっさと仕事を終わらせようと、執事の一人に針を刺す。双子が休日を過ごす別宅、というには広すぎる屋敷の中にある人の気配を虱潰しに回って行く気など毛頭ない。執事を操作し、残り一人の標的の元まで案内させた。到着したのは、ジャポンの道場を思わせるような広い一室。枯れ草の様な素材で出来た床には、フィールドに見立てて記されたライン。その中央に、標的の少年はいた。

 

短い金髪に、黒い道着。先ほどの少女と同等の整った容姿。

目を閉じた標的は、脳内で架空の敵を相手しているらしい。ゆっくりとした動作で確認する様に攻守の切り替えを繰り返している。好都合、とオレは空かさず針を投げた。

 

が、…針は標的を掠め後方の床に突き刺さる。

「………?」

何故?微々で垂れ流しのオーラは一般人のそれだ。それに、標的は未だ目を瞑り鍛錬を続けている。偶然は、1回まで。再度_次は針に隠をし、標的に向かって投げた。そうして投げた針は、当るでも避けられるでもなく開眼した標的の手に取られた。

 

標的_いや、ソレイユ=レッドは手元の針とオレを交互に見つめ、「…似てる」と呟き溜め息を吐いた。同時に、纏をして。

 

___念能力者。情報の何所にもなかった…と、言うことは天然、いや我流で取得したのか?

「一応聞くけど、何の用だよ?」

 

ソレイユからの問いには答えず、オレは先ほど刺した執事を呼び寄せ『針人間』用の針を突き刺した。

針人間と化した執事は、常人の動きを外れ攻撃にでる。しかしソレイユは、そのトリッキーな攻撃を躱し、あるいは受け流し続ける。見たことのない格闘技なのだろうが、攻撃より防御に長けた、いや主とした技のようだ。隙がない。

 

ならば、それを作ればいい。

「リュンヌ?…とか言ったっけ、あの娘。かわいいよね。仕事じゃなきゃ勿体なくて殺れなかったかも」

 

ポキッ。

針人間の首が折られた。

 

「…おい、今なんて言った?」

「ん?かわいいよね」

 

「その後だ…!」

瞬間、背後から背中への蹴りと共に怒気もらう。

 

速い。受け身もままならず、壁に叩きつけられた身体が地面に落ちる前に、次は懐に入られ右・左・右…と拳の連打と下からの蹴りあげを受ける。蹴りで浮いた頭を掴まれ、膝をもらった。

「かはッ………」

ダメージに堪えられず床に伏すと、頭を踏まれる。

「俺のリュンヌに、何したって?」

先ほどまでの格闘技、それのお手本の様な戦い方は、どこにいったのか。喧嘩殺法宜しく容赦のない暴力とオーラの奔流。あと数手受ければ、回復不能なダメージになることが簡単に予想できる。

 

だからこそ、必要最低限のダメージで済んだことに、オレは安堵する。

「俺の、リュンヌに何したって聞いて…、!?ッ、なんで!」

今更焦っても無駄。

首を折った程度で針人間は壊れない。誰しも、頭に血が上ると視界が狭くなる。

 

オレの誘導にまんまと引っかかったソレイユは、針人間に背後から羽交い締めに拘束されていた。

「あー、痛かった」

「…ク、ソが!」

「それはこっちの台詞だよ。小さい割にバカ力だね、肋が2本折れたよ」

愚痴を言いつつ、針を取り出す。

「発使わないからってんだろ、しゃーねーわ!まだ使いはじめたばっかだぞ、実戦で使うには慣れてねーんだよ!」喚くソレイユに狙いを定め、眉間に針を刺した。

 

いっちょあがり。

 

「反省したから、さっさと助けろ!!!」

「!?」

何で死なな…いや、これは…操作すら出来ない……?!

 

困惑したオレに、当のソレイユから声がかかる。

「あ〜…、お前操作系だろ?なんだっけ、操作系は早いもの順って奴?

…だから俺にも針は効かない」

 

その言葉に、一つの可能性が脳裏を掠める。『俺にも』と言うことは、他にも予め操作されている人物がこの場にいたということ。そして『助けろ』などという言葉は、針人間にされるような使用人レベルに向けるお願い_否、信頼ではない。なら、その人物は…

 

「種明かししてんじゃねーよ。つまんねー!」

 

オレの足下から、それは聞こえた。下を向こうとするが、首どころか指一本も動かない。いつの間にか真っ黒な何かに締め上げられているせいだ。唯一動く眼球で捉えた声の主は…殺したはずの少女だった。

「さっきはどうも♪」

影…正確にはオレから伸びた影から、いたずらっぽい笑みを浮かべた少女_リュンヌが見える。一方、影は最早コールタールのようなものに変質している、リュンヌはそこから勢い良く這い出た。

気付けば、針人間も同じ様に締め上げられソレイユの拘束を解かされている。

 

「あ〜あ、オネーチャンの勇姿がもっと見たかったのになあ〜」

「噓吐くな。マジでムカつく…カゲ、てめーわざと殺されたフリしやがったのか」

「アレ?成長してほし〜ってこの弟の愛、伝わんね?」

「何が愛だ。万が一そうでも屈折し過ぎだろ…」

ソレイユが女で、リュンヌが男なのか。そして、リュンヌはこれが本性…?

 

「俺が捕まえたんだ、コイツで遊んでもいいだろ?」

冷笑を浮かべるリュンヌの遊びなど、まともなわけがない。こんなことならマハ爺と家に帰るんだった。

オレが後悔をしていると、ソレイユがそれに答えた。

「口の拘束を解いてやれ。この刺客に確認したいことがある。遊ぶのは、質問の答えが外れた時だけだ」

「外れたら、遊んで良いってこと?じゃあ、当たったら???俺にメリットないじゃん。誰のおかげでオネーチャンは助かったのかね〜?」

「………当たったら、俺で遊んでいい」

苦悶の表情を浮かべるソレイユに対して、「ならオッケー!」と瞳を輝かせたリュンヌがオレの首から上の拘束を解いた。絶対にリュンヌの遊びの相手になりたくないオレは、質問の答えが自分の答えうるものであることを祈る。

 

「質問は一つ、お前のフルネームを教えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか名前で助けられるなんてね。しかもゾルディックの名前を出したオレに対し、双子は驚きもせず淡々と交渉がしたい、と言ってくるとは。

依頼者の情報開示と、オレの身の安全と解放_その二つの交換は滞りなく行われ、その翌日、依頼主は死んだ。世間には暴かれなかったその死が、双子の手によるものだということは、言うまでもない。

___死体はコールタールの様な油分と火傷に覆われていた。しかしそれが直接の死因ではない。爪や皮膚を剥ぐことから始まり、身体の部位を止血しながら切り離す、腹を切開して鼠に喰わせる、…etc……ありとあらゆる拷問の末、依頼主は失血死で死んでいた。

多分、これが双子の言う『遊び』だ。

 

うちに劣らない拷問を、『遊び』という。あの双子はオレからしても異端だった。そしてそれは、親父や爺さんたちにとってもだ。ゾルディック家と直接交渉し、情報を入手してからの仕事の速さに舌を巻く。

 

 

 

「イルミ。あの双子…特に妹の方は敵にまわすでないぞ」

「あ、やっぱわかる?ゼノ爺」

あれ、妹じゃなくて弟だけど。

「まあの。ワシたちはビジネスでやっておるが、あの双子は己らの『敵』と判断したモンからは殺すまで離れんぞ。目を見りゃわかるわい」

「じゃ、せいぜい敵認定されないように頑張るよ」

「…何?」

「戦闘訓練の相手、頼んだ。これから双子の家に行くから、手が足りない急ぎの仕事はミルかキルにやらせてよね。」

「なんと!…ハハ、そりゃいいわぃ!」

 

 

 

 

 

「ダメダメダメ!リュンヌはそんな道着よりこっちのフリル満載のスポーツウェアが似合うって!!!」

「え、でもこっちの方が…そのソーちゃん……何度も言ってるけどスカートだと股間が「あー!あーーー!イルミもそう思うよな!!?!???!」

 

…はぁ。

 

「別に。ていうか、試合の続きは?」

「オイふざけんなよ。協力しろよ、それでも同じ男か…?」

「いや、ソレイユは女でしょ」

「ジーザス」

 

双子と付き合っていくうちに、ソレイユはとんでもないシスコン(ブラコンというとキレる)だとわかった。リュンヌの見た目に関することになると、訓練が中断することはしょっちゅうある。髪が乱れた、服が破れたと一々うるさくて仕様がない。リュンヌバカなんだと思う。

一方、リュンヌは優しくて絆されやすい。会話するのが楽だ。ただもう一人の_「カゲ」は狡猾で冷酷だ。オレはあれに負けたし、正直出て来ない方が有り難い。多分、誰にとっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イルミ君…?それでソーちゃんのお守り、頼めるかな?』

 

_昔のこと思い出し、返事が遅くなったオレにリュンヌが問う。

「ん。大丈夫、場所は?」

『風が教えてくれる』

「了解」

全く、便利な能力だ。

 

そして、どこかで無力化されているソレイユの事を考えた。

あ、寝てるなら…

『寝ててもエッチなお触りは禁止!…視てるからね』

「…まだつけてるの?」

『フフフ』

全く、厄介な能力だ。




次こそはハンター試験後編投稿します…

リュンヌとカゲは人格で首としたオーラの系統が変わります。

リュンヌ:特質系
カゲ:操作系
(どちらも互いの念能力が使用可。制約は人格によって変わります。力量差とでも思って下さい)

文章力と語彙力が欲しい。
あと評価が全然お手柔らかじゃなくて笑いました。
精進します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター試験/後編①

前4話に比べて文字数多くなったので分割しました。

あと、リュンヌのもう一つの人格を「カゲ」とカタカナ表記に変更しました。
今後使うかもしれない「カゲの影」という表現が分かりづらいことに今更気付いたので…。


<クラピカ視点>

1次試験で出会ったソレイユとリュンヌ。

第一印象は、2人とも非常に顔が整っていること。そして、ソレイユは人付き合いが苦手、あるいは警戒心からか他者にあまり心を開いていないようだった。一方リュンヌはその真逆で、私たちの話を聞いて涙ぐんだり、応援してくれたり…優しくて性格までも良かった。

 

2次試験。

試験中にも関わらず何故か呆けているソレイユを、ずっとリュンヌが手を引いて世話していた。…そしてそれはクモワシの卵を取るまで続いた。

 

3次試験。

トリックタワーで5つの扉を発見した私たちがリュンヌに声を掛けようとした所、彼女はソレイユに手を引かれて行ってしまった。

 

「リュンヌも誘いたかったな〜」

「つーか、ソレイユってシスコンすぎねぇ?さっさと妹離れしろっての!」

ゴンとキルアが残念そうに言う。

「仕方ないさ…私たちはまだ出会ったばかりで、リュンヌを任せるのはソレイユも心配なのだろう」

 

その後、マジタニ戦で逆上した私は、別の道を行ったリュンヌにその姿を見られずに済んで…その、良かったと思う。

 

 

 

そして、4次試験が始まろうとしている。

ソレイユとリュンヌのプレートの押しつけ合いで、彼らがお互いに標的であることは明白だ。…少し同情するな。

 

「リュンヌがお前のターゲットじゃなくて良かったな」

レオリオが顔をニヤつかせて告げる。

「…それは貴様だろうレオリオ」

「ケッ、素直じゃねーな」

 

 

 

 

 

私の標的であったトンパのプレートは、レオリオを囮に奪うことができた。残る試験期間、私はレオリオと同盟を組み、レオリオの標的を探すことにした。

そんな中、遭遇したのは標的ではなく___ヒソカだった。

どうにか一枚のプレートで交渉することに成功した私たちは、足早にその場を去った。

 

 

 

 

 

<リュンヌ視点>

水場に近付いた受験者を順調に狩った。

今、手元には9枚のプレートがある。原作合格者は避けたが、彼らのターゲットまでは把握できていない。だから余分に狩る必要があった。私にとってはどれも1枚1点だが、誰かにとっては1枚3点にもなるのだ。獲得したプレートの枚数が多い程、それが合格組のターゲットである確率は低いはず。

合格組とコンタクトをとって、その中に彼らのターゲットがいればプレートを渡す…いや押しつけなければ。異分子のせいで不合格にさせるのは申し訳ない。

 

ウンディーネの憑依を解除し、今召還しているのはシルフのみ。直接のお守りという名の介抱はイルミ君にお願いしたが、2人のいる場所に他者や森の動物を近づけないように、何かが近付けば周囲に突風や小さな竜巻をシルフが起こしている。

そして、ソーちゃんには私のもう一人の人格…『カゲ』による監視の目が付いている。試験中に目を覚ますことはないだろう。

ソーちゃんのことは安心していいが、シルフからの距離が遠いのでその分オーラの消費も激しい。平常時の6割程度のオーラしか使えない。念能力者はソーちゃんと私、それにヒソカとイルミ君くらいだろう。ソーちゃんとイルミ君を除いて、注意するのはヒソカだけだ。

 

 

 

フラグ立てちゃったせいかな…?

 

興奮状態のヒソカと遭遇した。これを相手するのは面倒だな…と初撃を躱す中、ヒソカはゴンにプレートを取られた。うん、これはゴンが凄い。念も覚えてないのに気配が全くなかった。

 

「ちょっと待っててくれるかい?」その声と共にヒソカはゴンを追って行った。

ソーちゃんの話では、ゴンは物語の主人公。多分、助けなくても乗り切れるだろう。ヒソカの表情も殺気だったソレとは変わっていたし。だけど、大人しく待ってオナニー宜しくヒソカの発散相手になる義理はない。

【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】発動。森の中なら地属性のノームさんを憑依させるのが最適だが、生憎風属性のシルフと相反する元素だから呼べない。

残る1匹と1人。残量オーラと、憑依させた後のことを考える…。

 

 

 

ヒソカに殴られたのだろう、頬を腫らしたゴンが地面に伏していた。

「リュン…ヌ…?」

「はい」

「どぅ…して、あ…そっか。さっきヒソカに…アレ、目が青い…?」

「話は後でしましょう。これを飲んで、今はお休み」

ゴンの口元にウンディーネ特製の水を運ぶ。回復力を持ったポーションのようなものだ。それを抵抗せずに飲んだゴンは、そのまま眠りについた。

ほっとしていると、先ほどの場所から「アレ?いない♠」というヒソカの声が聞こえてきた。憑依で五感が鋭くなるのも考えものですね…。

 

 

 

翌日にはすっかり身体が回復したゴンと別れた。精神面は私がどうこう出来るものじゃない。

その後、何人かの原作合格者に会った。その中で、私の持っていたプレートが当たりだったのは、ボドロさんとハンゾーさん、そしてキルアだった。

ボドロさんは、すぐにプレートを受け取ってくれたが問題はハンゾーさんだった。…ヤモリ?イモリ?…とにかくそんな名前の兄弟2人。彼らのどちらかがハンゾーさんのターゲットだったのだろう。彼らを尾行していたハンゾーさんに、私の狩りの瞬間を見られた。それから、すごく警戒されている。その為にもボドロさんにプレートを渡せて良かった。

 

少しは警戒が緩んでいるはず。

 

「ハンゾーさん!」

と、彼が隠れている方向に向けて声を掛ける。数秒後、ハンゾーさんが現れた。

「…まさか、ずっと気付いていたのか?」

「フフ」

笑って誤魔化す。

「…チッ、でなんだ?オレにもプレートをくれるってのか?」

「はい」

「…!?それをお前がするメリットはなんだ?」

 

狩りの瞬間を見られたのが痛いなあ。善意なんだけど、そう言っても信じてもらえないだろう。だからあえて満面の笑みで返す。

「私の自己満足です」

「〜〜〜ッ!…分かった。正直、戦わなくて済むんだから、オレにはメリットしかないしな。オレの標的は197番だ」

「ありがとうございます」

う〜ん。チョロい。ハンゾーさんの将来が心配だ。

 

 

 

そして、キルアとは彼が198番と交戦中に遭遇した。私に気付いたキルアは遊ぶのをやめ、198番に手刀を入れ昏倒させた。198番がターゲットと一番違い、と聞いてその数字に私は思い当たり、やはり持っていたので198番と199番のプレートを交換した。残るプレートは7枚。譲れるのはあと1枚。

その日はキルアと一緒に食事をとった。会話をしていくうちにキルアがソーちゃんを苦手にしていることがわかった。…ソーちゃん、何やったんだろう?私の勘だけど、2人はとても気が合うだろうに。勿体ないと思って、ソーちゃんについての話を色々した。

夜は交代で見張りをし、睡眠をとった。このところまともに寝ていなかったので有り難かった。

 

 

 

 

 

<クラピカ視点>

試験最終日になっても、レオリオの標的であるポンズは見つからない。一旦スタート地点まで戻るとゴンに会った。私たちがレオリオのターゲットが見つからない話をすると、ゴンが「あ!」と声をあげる。思い当たる節があるようだが、確信はないらしい。

「持ってるかもしれない人の所まで行くけど、間違ってたらごめん」

と、珍しくゴンは自信がないようだ。しかし、藁にも縋る思いだった私たちは、迷わずゴンに着いていくことにした。

 

相変わらずの並外れた嗅覚を持って、誰かの匂いを辿っていくゴンが行き着いたのはゼビル島の東側、その中心部。見晴らしがいい場所だ。受験者たちの多くは避けるだろう。

「ここで待ってて!」と、ゴンは私とレオリオを茂みに残し近くに生える一番大きな木の根元まで行くと、「リュンヌ!」と叫んだ。リュンヌだと…?

 

ゴンが叫んで、僅か数秒。

「ゴン、私に何か用ですか?」

リュンヌが上から現れた。こ、こんなに高い木の上にいたのか!

 

「匂いがここで途切れてたから、いないかと思ったよ」

「すみません、上で風に当たって…ってゴン、凄い嗅覚ですね?それとも私、そ…そんなに匂うでしょうか」

「ううん!香水のいい匂いだよ。それでね、この前会った時リュンヌ沢山プレート持ってたけど、その中に246番のプレートってある?」

「ありますよ。誰のターゲットか結局分からずじまいで、もう諦めようかと」

そう言って、リュンヌは上着のポケットから246番のプレートを取り出した。

「「!!」」

確か、リュンヌのターゲットは269番のソレイユ。それに今のゴンの言葉からすると…過剰にプレートを狩っていたことになる。

「行こうぜ!クラピカ!」

「あ、ああ…」

 

標的のプレートを前に興奮した様子のレオリオ。私は動揺を抑えるのに必死だ。

そして、レオリオは何の問題も無くリュンヌにプレートを譲って貰った。リュンヌはと言えば、「あと6枚あるから大丈夫です」と告げる。ということは、リュンヌ自身のプレートはソレイユに譲って、彼女は1枚1点のプレートを6枚狩ったことになる。

3次試験は合格1号、4次試験では少なくとも7枚のプレートを集める…リュンヌは私が思っているよりきっと強い…。

 

「そういえば、ソレイユは?」とゴンが聞くと、リュンヌは笑った。

「夢の中です」

 

 

 

4次試験終了の汽笛とアナウンス。それを聞き、私たちは4人でスタート地点に向かう。

 

既にスタート地点には何人かの合格者が集っていた。キルアも既に集合しており、私たち4人が一緒なのに気付くと「オレだけ仲間外れかよ!」と拗ねてしまった。私たちが拗ねたキルアの機嫌をとろうとしていると、

『ドドドドドド…!!!』爆音と共に大地が震える。

 

「なんだぁ、この音は?!」

「1次試験の豚よりすげーぞ」

レオリオとキルアが声をあげる。森の中から聞こえるその爆音は、徐々に近付いてくる。私も含め合格者たちは皆、音のする方へ目を向ける。

 

「リュンヌ~~~~~!!!」

爆音の正体は、…ソレイユの足音だった。

 

姿が見えたと思った瞬間に、隣のリュンヌにぎゅうぎゅうと抱きついている。

きょ、兄弟愛だな。試験中はずっと離れていたのだろうか?なら熱い抱擁も仕方ないか。

………な、長過ぎでは?

 

「ソ、ソレイユ。あまり強く抱きしめるとリュンヌが苦しいのでは?」

「…リュンヌがそう言ったか?」

「嫌…だが傍目でみていてそう感じて「なら黙ってろ」

キツく睨まれる。

 

「もう、ソーちゃん…。ごめんなさい、クラピカ。あと苦しくないので大丈夫です」

「聞いたか?聞いたな、バーカ!」

そう言って、更にぎゅうぎゅうと…ついにはリュンヌの膨よかな胸に顔を埋める。わ、私の口は引き攣っていないだろうか…?

 

「って、パフパフってる場合じゃねえ!」

と、ソレイユがリュンヌの肩を掴み正面から見つめる。

「よくもぼくをォ!!だましたなァ!!」

続く口調に若干の演技を感じる。騙したとは何のことだろうか。

 

「…言い訳があるなら言ってみろ」

そう言うソレイユの表情はふざけたものから一転して、怒りがありありと伺える。

「ごめんねソーちゃん…。言い訳なんてないよ。お詫びに私にできることなら何でもするね」

「……」

言い訳できない程の裏切り…と、聞き耳を立てていた周囲の空気も張りつめる。

「マ?ktkr……は、反省してる?もうしない?」

「うん」

「じゃ、じゃあ…」

「じゃあ?」

静寂が辺りを包む。

「ナース服で膝枕&耳かきオナシャスッ!!!」

 

おいシスコン。この空気、どうしてくれる!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンター試験/後編②

<ソレイユ視点>

最終試験前、面談。

いや、まずいことに気付いたぜ…。

 

俺、図らずしも1~4次試験でほとんど他力…というかリュンヌ本願で試験をクリアしてね?

見せ場一個もないんじゃ…?

 

『受験番号269番の方、お越し下さい』

 

 

 

「青い顔をしておるが、何があったんじゃ?」

俺の顔を見たネテロが、髭を触りながら問う。

「これから起こるっつーか…」

「?」

「いや、こっちの話」

「なら良いが…、っと後もつかえておることじゃし、いくつか質問させて貰って良いかな?」

「ドーゾ」

 

「まず、なぜハンターになりたいのかな?」

「資格があると、今後都合がいいから」

こういうハンターになりたい!と噓を言っても見透かされるだろう、考えるだけ時間の無駄だ。

 

「9人の中で今一番注目しているのは?」

「270番(リュンヌ)」

「…では、9人の中で今一番戦いたくないのは?」

「270番(リュンヌ)」

「」

ジ…ネテロ!その憐れむような目はヤメロ!!!

 

 

 

 

 

最終試験の1対1トーナメント。

俺は右のブロックの一番端、即ちほぼドベの評価を受けていた。予想はしてても、やっぱ目にするとちょっと凹むな…。リュンヌはというと、左のプロック、ゴンとハンゾーの次で3番目にいい成績だ。さすが俺のい…弟!(ていうか、ハンゾーは何故原作と違い2番目の成績に落ちてるんだ?)

 

原作通りゴンが勝利したゴン対ハンゾーの試合。見てるこっちが疲れるわ…。

 

そして、ハンゾー対リュンヌの試合。

「行ってくるね」

「ん」

前にでるリュンヌに片手をあげて応える。

 

「4次試験では世話になった…が、悪いが容赦はしないぜ。ここは水場でもないしな」

 

ゴンに負けて急いているのか。水場…ということはウンディーネの狩りを見たのだろう。水面に近付いた標的を水中に引き込み、溺れさせる。抵抗すればするほど体の穴という穴から水を侵入させる…アレ、やられる方はめちゃくちゃ苦しいし、見た目にもエグイよなぁ……。い、嫌なこと思い出した…!

 

「お気になさらず。前にも言いましたがあれは自己満足ですので」

「そうか…じゃ、心置き無く勝たせて貰うぜ!」

リュンヌの言葉にハンゾーは、勝利宣言で返す。

 

「頑張れリュンヌー!!!」

外野からレオリオの激励が飛ぶ。

「ソレイユは声を掛けなくていいのか?」

何故か俺にクラピカが尋ねる。

「…必要ない」

「それは…「始め!!」

まだ何か聞きたいことがあるのか。しかし続くクラピカの声は、審判の合図に掻き消された。

 

合図と共にハンゾーが攻撃を仕掛ける。ゴン戦で見せた仕込み刀は仕舞ったまま。容赦はしない、といっていたが…やはり女(男の娘だが)には刃物は向けないようだ。甘いな。刀を使えば、あと数十秒は稼げたのに。

 

突進したハンゾーの正面からの手刀をリュンヌは余裕の表情で避ける。

驚き、引こうとしたハンゾーの顎をリュンヌの蹴りが掠めた。

「ッ、あぶね…ぇ……?」

ハンゾーの膝が揺れ、地面についた。顎を掠めただけのはず、という困惑がありありと伝わる。

ハンゾーは見えなかったのだろうが、ギャラリーの何人かには見えたのだろう。それが…ハンゾーの顎を掠めた蹴りが一撃でなく、角度をかえて三撃だったことに。気付いた奴らのリュンヌを見つめる目が鋭くなった。

「気分最悪でしょう?脳みそがグルングルンゆれるように蹴りましたから」

ハンゾーがゴンに言った台詞とほぼ同じ…リュンヌの皮肉混じりの言葉を聞き終えないうちに、ハンゾーは意識を失った。

 

「勝者、リュンヌ!」

審判が宣言してもまだ目の前の光景が信じられないらしい。レオリオ達は目を剥いて驚いている。

 

「やっぱり、この格好のせいで舐められてると思う…」

むぅ、と頬を膨らまながら俺に話し掛けるリュンヌかわいい…

「聞いてるのソーちゃん!」

「お、おお…ごめんごめん」

「も〜!」

 

リュンヌが腹を立てるのも当然だ。…前世で、男の身体というアドバンテージがあっても俺対影月との勝負は五分五分だった。それほど生まれ持った戦闘センスが違った。それが今世ではそのアドバンテージすらなくなったのだ。今の俺対リュンヌとの勝負では3割勝てるかどうか…。

そんなリュンヌが日々の戦闘訓練で満足しているはずがなかった。やっと訪れた戦いのチャンスでハンゾーに手刀という温い攻撃をされ、舐められた怒りと楽しめるレベルでないと判断した結果があの蹴りなのだろう。

そんなことを考えていると、「やっぱり聞いてない…」とリュンヌが呟く。失礼な、今日は聞いてたぞ。

 

声に出ていたらしい、「今日は…そう……」と応えるリュンヌの携帯が鳴った。

電話の相手は家の会社の奴だったらしい。ネテロに許可を取り「ソーちゃんがんばってね。あとハンゾーさん、次の試合までに起こしてね」と言葉を残して、リュンヌは退席した。

だけど、俺の合格は試合前に決まっている。

 

ギタラクル対キルア

ボドロ対レオリオ

 

まあ、試合もなくなるし。キルアには悪いが、顔なじみのよしみでイルミの肩を持った。だから。

キルアがボドロを突き刺す瞬間に、【虚な光/イリュージョン】を発動し、狙いの心臓からわずかにずらす。

キルアがその場を立ち去ったのを確認して、俺はボドロに駆け寄る人波を押しのけてボドロの背に手を当てる。

 

止血完了っと。

【全ては光から生ず/バース・ライト】で熱してくっつけただけの応急処置。熱で傷跡が爛れるから、あまり見た目がよくないのが欠点だな。

 

「な…今の、どうやって?」

「いや、だがさっきのキルアの一撃は心臓を…」

レオリオとクラピカが口々に言う。

「…企業秘密ってことで。心臓は大丈夫だ。胸に手当てて確かめたら、病院に連れてくんだな」

俺の言葉に、レオリオはボドロの心臓が動いていることを確認し、驚く周囲と共に彼を運びだした。

 

 

 

最終試験(俺は不戦勝)が終わり、キルアの不合格を不服とした議論が会議室で行われていた。

俺の左隣には安定のリュンヌ。そして右隣には…

なんでイルミが俺の隣に座ってやがる…?

 

「オイ、なんで隣に座るんだよ。皆が変な目で見てるだろーが!」

特にレオリオとクラピカ。そしてヒソカとかヒソカとかヒソカ…!!

 

「? いいでしょ。試験も終わったんだし」

そう言って、右腕を掴んできた。Why?

「良くないです。ソーちゃんが迷惑してます!」

そう言って、今度はリュンヌが左腕を掴んできた。最高かよ。

「あ~あ、バイト疲れたなあ。あれがなきゃ、ぐっすり最終試験まで眠れたのに」

「うぐ…そこを出されると痛いです」

それはリュンヌだけじゃなく俺も痛いわ…!

 

そんな中、目覚めたゴンが会議室に現れた。

イルミと一緒にいる俺たちに一瞬眉を寄せるも、怒りは収まらないようだ。

 

「お前に兄貴の資格ないよ」

「? 兄弟に資格がいるのかな?」

ゴンの力でイルミと共に引っ張られそうになる。左腕にはリュンヌの手が尚も絡んでいる。…はあ。

仕方なく、イルミを引っぱり返した。

「…ソレイユ?」と、ゴンは怒りを孕んだ真っ直ぐな目で問う。

「ゴン…お前が怒るのは勝手…というか無理もない、いや寧ろ当然か?けど、今ソイツを力のままにされると俺たちまで巻き添えくらう」俺はそう言い、イルミが掴んだままの俺の左腕を指差した。

それに今の今まで気付かなかったのだろう、ゴンは俺たちに謝った。そしてイルミの手は握ったまま話を再開する。

 

結局、会議でキルアの不合格は覆らず、俺たち双子と治療でこの場にいないボドロを含めた10人がハンターとして認定された。

 

 

 

 

 

ヒソカと話に行ったイルミが俺たちから離れたことで、ハンゾーがこちらに駆け寄ってきた。ハンゾーは名刺と共に営業を繰り広げる。コイツ…リュンヌにあんな簡単に足蹴にされたのにメンタル強いな。

 

「もしオレの国にくることがあったら言ってくれ。観光の穴場スポットに案内するぜ」

ジャポン…普通に行きてぇ。

「ジャポン行きてぇ…リュンヌは?」

「私も行きたいです!会社の仕事がなくて3人の予定が合う日ならいつでも」

「本当か!じゃあ、その仕事ってのが終わって休みが取れそうなら連絡くれ」

「「OK」」

「それと…もしあんた達に頼みたい仕事がある時は連絡してもいいか?」

ハンゾーの顔が真剣なものになる。

「…リュンヌは分かるが、なんで俺も?お前の前で特に何かした覚えはないぞ…」

「? ソレイユも武人だろう?試合なんか見なくても、2人のちょっとした動作でわかるさ。滲み出てると言えばいいのか…」

「おま…それでなんでリュンヌに舐めてかかったんだ?リュンヌは俺なんかより数倍強いぞ」

「そんなに…!?い、いや…返す言葉もねえ…」

ハンゾーは案外話の合う奴だった。やっぱ故郷が似ているから、近しいものを感じるのだろうか?

 

ハンゾーとの会話を終えた所で、ゴンたちが遠慮がちに近付いてくる。

「? 用があるならさっさとしろよ」

見かねて声を掛けると、3人は少しばかり緊張を解き、初めにクラピカが口を開いた。

「その…2人はキルアの兄と、…どういった関係なんだ?」

まあ、それが気になってるのは仕方がない。

 

「丁度いい喧嘩相手」

「ビジネスライクかつギブアンドテイクの関係です」

俺とリュンヌの言葉に、3人は大きく息を吐く。

なんだ、友達だとでも思ってたのか…?

「リュンヌもキルアを連れ戻しに行こうよ!」

なら問題ないよね、とでも言うようにゴンが宣った。

おい…?

「ん~…、行きたいのは山々なんですが、実家の仕事の手伝いが溜まってるんです」

そうそう。頭の良いリュンヌは最近、両親に多くの仕事を任されている。

「だからソーちゃん、ゴン達をよろしくね!」

 

ちょっと何言ってるか、ワカンナイ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愉しいゾルディック一家/前編

お盆前進行が無慈悲すぎる。
歯医者の通院も中々終わらない。

…来週はもうちょっと話が進むといいなぁ。


パドキア共和国。

 

森の中を走る列車内の一室。窓の外には件のククルーマウンテンが見え、ゴン達の会話も弾む。そうだ、弾んだままでいればいいものを…先ほどからイヤという程3人が俺に気を使っているのが分かる。そのチラチラと送られてくる視線に依って。

「なあ」

堪らず、声を掛ける。

 

「「「!」」」

「…そう警戒すんなよ。リュンヌはお前らが心配で俺を一緒に来させたんだ。俺はリュンヌの大事なモンは大事にする、だから普段通りにしてろ。気遣われるとサブイボがたつ」

 

「ご、ごめんね!ソレイユ。折角来てくれたのに」

「すまない。その…やはりキルアの兄とのことや、試験中はリュンヌと違って私たちを避けているようだったから、つい…」

「実際避けてたろ?言っちゃ悪いがシスコンも程々にした方がいいぜ?」

塞き止めていた何かが決壊したのか、ゴン達は口々に話し出す。

言ったなレオリオ…。

 

「…シスコン上等。避けてたのはお前らだけじゃねえよ…リュンヌに悪い虫がつくからなぁ」

その言葉に、レオリオとクラピカがピクッ、と反応する。わかりやすいことで。

一人「?」状態のゴン、お前だけはそのままでいてくれ。

 

 

 

俺たちは観光バスでククルーマウンテンに到着した。

ゾルディック家の家人を殺しにきたチンピラがミケに喰い殺され、試しの門…ゴンとゴトーの電話越しの遣り合い…その後は、ゼブロの提案で使用人の家で特訓する話で落ち着いた。

 

うーん。原作様々。

たしか特訓は2週間くらいだったっけ?それまでは、ゴン達に特に危険もないし、少しくらい放置しても大丈夫だろ…よし!

「俺、特訓パス。終わったら連絡してくれ」

ゼブロの話に夢中な3人に声を掛け、席を立つ。

 

「わかったが…、その間どこに?」

クラピカからの問い。

「山を降りて街のホテルにでも泊まるさ。じゃあな」

 

 

 

 

 

<クラピカ視点>

特訓をパスすると言ったソレイユは、有無を言わさず出て行ってしまった。山を降りるということは、即ち彼には最低でも『試しの門』の1の門が開けられるということだ…。

 

そのことに気付いたのだろう、ゼブロさんが視線と共にこちらに問いかける。

「先ほどから気になっていましたが、彼は一体…?」

 

「ハンター試験で一緒に合格した同期で、私たちと同じくキルアの友人_その兄だ」

流石に友人…とまで言える関係ではないだろうな。出来ればそう有りたいのだが。

「お兄さんが何故ここまで?」

「リュンヌがゾルディック家に行くオレ達を心配して変わりに着いてきてくれたんだ!」

ゴンの答えに何故か、ゼブロさんの顔が驚愕に染まる。

「リュンヌ…!?…も、もしかして彼はソレイユ=レッドでは…?」

「そうだけど、ゼブロさん2人を知ってんのか?どーもイルミの奴とは顔なじみみたいだったが」

「知っているもなにも…」

そう言い、彼が語り出した『レッド家双子暗殺未遂』はニワカには信じがたいものだった。

 

 

 

「じゅ、12歳の子供を暗殺だって!?」

話を聞いたレオリオの咆哮が響く。

「…驚くのは暗殺しきたキルアの兄を捕縛し、交渉したことの方だろう」

暗殺一家にとっての日常を非日常にされたのだから。それも、たった12歳の子供の手で。

 

「凄いんだね。リュンヌとソレイユって!」

ゴンが破顔し声をあげる。ゴン…「凄い」の一言で片付ける問題ではないと思うぞ。

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

「〜〜ッ、くしゅん!」

 

…誰かが噂してるな。

は~、さっさと山降りてホテルで旨い飯食って風呂入って寝よ。身体はそうでもないが、ここ最近…精神的にはかなりキている。

 

ぼんやり歩き続けていると、試しの門まできた。扉に両手をかけ、開門しようと力を入れる。念無しでどれくらいやれるか、試してみるか。

「よっと…!」

試しの門は『ギイイイィ…』という重量感のある音と共にゆっくり開き、5の門にまで達した。流石に7までは無理か…。

諦めて扉が閉まらないうちに、外を出ようとした所で何か飛来してきた。それを避けようと、門から距離をとる。それにより折角開けた門が閉じていく。…クソが。

 

「…そこにいる奴!隠れてないで出てこいよ。絶は出来るようだけど、殺気が少しでも漏れてるようじゃ意味ねーぞ」

漏れ出た殺気の方に向かって声を掛ける。飛来してきた何か…地面に落ちているそれは白い紙だった。紙を使うのは、誰だったっけ…?

 

声を掛けて数秒後。雑木林の中から、殺気の主が姿を見せた。

烏の濡羽色の髪は肩口で切りそろえられ、女物の着物とよく似合っている。こいつは…。

「カルト=ゾルディック…?」

 

「! 僕のこと知ってるの…?」

「…不本意ながら。つか、何のつもりだ?こんなもん投げてきやがって」

落ちた紙切れを拾い、顔の前でヒラヒラと揺らす。

 

「………イルミ兄さんの遊び相手って本当?」

 

なんだ。そんなことか。

「本当だったらなんだ?」

「僕とも遊んで」

ズズズ…と、カルトが纏をする。あんまり好きなオーラじゃねーな。兄弟揃って陰湿だぜ。

 

「ヤダ。俺はさっさと寝たいんだ。消えろ」

「…遊んでくれないなら、『妹を殺す』よ?」

そう言い、カルトが薄ら笑いを浮かべる。

どうやらイルミは、戦闘訓練や俺のシスコン具合については話してもタブーを教え忘れたらしい。それが意図的なのかどうかは、ひとまず置いておく。

 

「…できないことを言われても、なぁ…」

「やる気になった?」

「まあまあ。あと、最初に言っとくが今からやるのは遊びじゃなくて教育だ。『リュンヌを殺す』なんて言ったこと後悔するぞ?」

 

 

 

 

 

<カルト視点>

3年前。イルミ兄さんがとある双子の暗殺に失敗した_その日、ゾルディック家は混乱を極めた。大人達が右往左往し、怒号が飛び交う。

 

僕がこの暗殺一家に生まれて、初めてのこと。

 

件のあらましは、ゾルディック家の家人から使用人、誰もが公然の秘密として知っていた。というのも、イルミ兄さんが全く隠していなかったからだ。まるで標的に囚われたことを恥じていない。それどころか、双子の元へ戦闘訓練に通っているとゼノお爺様に聞いた。

それをお母様は嘆いていたけど、お父様やお爺様たちは違う。何も言わないし、兄さんを咎めもしなかった。

 

…標的に返り討ちにされるなんて、暗殺者にあるまじきことじゃないの?

 

僕の中で黒い何かが渦巻く。これは怒り?だとしたら何に対する怒り?イルミ兄さん…お父様たち…?

 

違う。これは、殺されるべきだった双子への怒りだ。

 

 

 

 

 

「レッド家の双子の片割れが敷地内まで来ているそうです」

執事から聞いた情報に耳を疑う。

「何の為に…?」

「キルア様のご友人に随行するため、と聞いております」

「それは、そのレッド家の者は…」

「…カルト様のご推察通り。キルア様の為にきたワケではないかと」

 

兄さんを連れて行こうとするのは、許せない。

もっと…、もっと許せないのは、兄さんに関心がない…なのに、兄さんと一緒に行動しているレッド家の者!

腹がたつ腹がたつ腹がたつ…!!!

「…使用人によりますと、他の3人の『ご友人』と語る者たちと違い、レッド家の者はそのまま下山する……カルト様!」

執事の言葉を最後まで聞かずに、僕は部屋を飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなの聞いてない。イルミ兄さんのバカ…!

なんだ、アレは。

 

「まあまあ。あと、最初に言っとくが今からやるのは遊びじゃなくて教育だ。『リュンヌを殺す』なんて言ったこと後悔するぞ?」

 

何が教育だ…!殺される………!!!

 

 

 

ソレイユ=レッドの暴力は苛烈だった。

 

こちらが紙で攻撃して、塵も積もれば…とその長所を発揮する前に、相手の念能力であろう『熱』を持った何かで焼尽される。

 

更に悪いのが、レッドは念能力を主としていないこと。

『熱』のそれは変化系に見えるが、戦闘スタイルは強化系そのものだ。僕の紙への防御として使っているだけで攻撃に使わない。

 

単純に、技量で勝てない。

 

見た事のない武術が、複数混ざりあっている。型があるようで、ない。変則的で動きに慣れる前に攻撃を受ける。

もう何回殴られたか数えるのもヤメた。今はただ、この暴力から逃れたい。

 

…漸く、撒けたのだろうか?

僕は絶をし、木の影に身を潜めている。……そうだよね、ここはゾルディック家の森。流石にレッドも…

 

「み〜つけた」

 

真上、から、声…イヤだ………

 

「もうやめて…な…何が教育だ…………!」

「? 教育だろ?リュンヌへ危害を加える妄言は『罪』っていう認識の刷り込み『教育』。だから骨も折ってないし、内臓への攻撃は加減してる」

間違ったことは言っていない、という顔でレッドが木から降りながら、こちらに近付いてくる。それ以上近付くな…、近付かないで……!

 

「そのくらいで勘弁してやってくれんかのぉ」

その言葉と共に、僕とレッドの間に【龍頭戯画/ドラゴンヘッド】が放たれた。

地面に衝突し、跳ね返った龍の顎門がレッドの真横をすり抜ける。必殺でない、牽制の一撃。

 

「…ゼノ=ゾルディック」

「ゼノお爺様…!」

 

僕とレッドの呼びかけに、木々の影から出てきたゼノお爺様が片手を挙げて応える。そして、お爺様の目が僕を捉える。

「カルト。実力が見合わん相手に、安易に喧嘩を売るでない」

お爺様の言葉に何度も頷く。二度と売らない。頼まれたって御免だ。

「レッド家の者よ…ワシから謝るわい。すまんかった。許してくれんかの」

 

レッドは頭を掻きむしり「あ゛〜!」っと短く叫んだ。

「…年上に弱いのはまだ日本人気質が抜けてねーからか?」

「なんじゃと?」

「なんでもねえ。こっちこそ大事な孫を殴って悪かった。カルトも、その…やり過ぎたわ、ごめんな」

 

「ぼ…、僕も……」

「?」

「此奴には、はっきり言わんと伝わらんよ」お爺様が優しく背中を押してくれる。

 

「ぼ…!僕もごめんなさい!!」

 

 

 

「良しよし。一件落着したところで…レッドよ、お主今晩は泊まって行かんか?」

「「は…?」」

レッドと一緒に間抜けな声を出す。呆れた様な顔で、お爺様が空を仰ぐ。連られて仰げば、いつの間にか夕空は闇に染まっていた。

「こんな時間じゃ。今から下っても、ホテルは空いとらんぞ」

「…お、おなしゃす」

 

 

 

夕食の前に汚れを落とせ、とお爺様に咎められた。問題はその後。『風呂で裸の付き合いでもすれば、ちと仲良くなれるんじゃないか?』との言葉を受け、個室のシャワーでなくレッドと共に大浴場まで来た。

別に仲良くなりたいワケじゃないのに…。

 

着物と違い、脱ぐのに雑作ないジャージを着ていたレッドは一瞬で大浴場まで行ってしまった。レッドに遅れて数分後、僕も大浴場に入る。辺りを見回すが、レッドは奥の湯船にいるようで姿が見えない。

僕は身体を洗い、一応腰にタオルを巻いて一番近い湯船に入った。レッドによって付けられた打撲や裂傷が疼く。患部を一カ所ずつ揉み解していると背後から足音が聞こえた。

 

「うげ、痛そうだな」

「誰のせいだと思って…」

他人事のように言うレッドに文句を言おうと後ろを振り向いた。

 

 

 

………え?

 

自分の目に映るものが理解出来ず、思わず視線が釘付けになる。

 

「…お、おおおお」

「?」

「おおおおおおおおおおお……………女!?」

 

「だったら何だよ。お前も男の癖に女装してんじゃねーか」

大きな胸を揺らして、隣にレッドが座る。

「いや僕は…って!ち、近付くな!!!」

少しでもレッドを視界から外そうと下を向く。…ダメだ、どうして下を隠してないんだ…!?堪らず目を瞑った。

 

「…はぁ?………もしかして、意識してんのか?毛も生えてねーガキの癖して」

「見たの!?」

「いや…見てないけど。やっぱ生えてないのか。どんだけ可愛いもの付けてんだ?」

「ヤメロ!タオルを外そうとするな…!!!」

目を瞑ったまま必死の抵抗を続ける。

 

「ッチ、そんなに抵抗すんなよ。これじゃこっちが痴女のショタコン野郎みたいじゃねーか」

「みたい、じゃなくて実際そうでしょ…!」

誰かタスケテ…!

 

 

 

「…カルト?」

 

か、神様ありがとう……!

名前を呼ばれた方を向くと、同じく食前に汗を流しにきたであろうミルキ兄さんがいた。

 

「ミルキ兄さん、助けて!」

「おい、だから誤解されるような言動してんじゃ………」

レッドの言葉が止まる。それと同時に僕も固まる。何故って。

 

ミ、…ミルキ兄さんの兄さんが、大きく反り立っていたから。

 

「に…兄さん?」

僕の声に反応して、兄さんが素早くタオルで前を隠す。…もう遅いよ。

 

「カ…カカカ、カルト。そ、そちらの…レ…レレレ、レディは知り合いかい?オレにも紹介…い、いや今は一緒にお風呂ろろろ…グゥッ!」

 

滅茶苦茶吃って、最後まで言い終わらない内に兄さんは鼻血を大量に吹いて倒れた。

…………。

 

「…まあ、アレだ。男なら正常…や、ちょっと過剰かもしれないけど当然の反応だ。兄貴をそんな…ゴミを見るような目で見てやるなよ、な?」

 

だから、誰のせいだと思ってるの?!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愉しいゾルディック一家/後編

休み最高。
「インクレディブル・ファミリー」が面白すぎたから観て欲しい。

次話はリュンヌのターンです。お盆中に投げたい。


コイツ、話が通じねえ…!

 

「だから!俺の好みは黒髪色白美人って言ってんだろ!?」

「まぁ!?やっぱりイルミのことじゃない!!」

「目、腐ってんじゃねッ!?!?!??!」

「〜〜ッ!何て言葉の汚い…お義父様、だから私はレッド家との訓練に反対したんです!まさかこんな…男装せずとも色気のない、暴力女にイルミが誑かされるなんて!」

「誰がいつ誑かした!?大体俺は身体が女でも、心は男なんだよ!色気なんて必要ねーし、二度と女扱いすんな!!!」

 

ゾルディック家の食卓。

風呂場で倒れたミルキをカルトと共に介抱し、夕食に招かれたその場でキキョウ=ゾルディックからの怒濤の口撃に遭った。ミルキとカルトちゃんに『悪影響』から始まり、イルミを『誑かした』だの…全く酷い言いがかりだ。寝言は寝て言え!

 

「キキョウ…それくらいにしておけ」

「そうじゃ。ワシら…お主も含めて、今までソレイユを男だと認識しておった。イルミを誑かすも何もないと思うがのォ」

 

「オ、オレは別に悪影響じゃないし寧ろ「ミルキ兄さん黙って。…お母様、僕も問題ありません」

 

「聞いたかよ、オイ?」

「あ…あなた達は甘過ぎですわ…!」

4対1だ。まさかのゾルディック家からの援護射撃で、漸く場が落ち着いた。

 

俺は食事途中だった皿に手をつける。ん…この白身魚のコンフィうめえ。

 

「味はどうじゃ?」

テーブルの向かいに座るゼノからの問い。

 

「うめえ。…これ毒入りか?」

「…食べてから聞くことではないと思うが…安心せい、お主のには入っとらんわい」

「ふ〜ん」

別に入ってても大丈夫なんだけど。

 

「ソ、ソレイユ!も…もし、毒が大丈夫ならオレのも食べる?」

隣に座るミルキが自分のコンフィを差して言う。

 

「いいのか…?」

「も、勿論!」

「サン「全く!言葉だけでなく、食い意地まで汚いなんて」…」

 

キキョウの言葉に伸ばしていた手が止まる。

「お宅の息子さんが『くれる』…つってんだけど?」

「『くれる』と言われれば、何でも貰うのかしら?全く浅ましい女ですこと」

 

「…だから、誰が『女』だって?」

キキョウを睨むと、向こうもこちらを睨み返してくる。

 

「マ…ママ」「…お母様…レッドも!」ミルキとカルトが俺たちを諌めようとする。が、…絶対に負けられない戦いってのがあるんだ。もう誰にも止められないからな…!

 

「ソレイユ様」

「…あ゛?」

何故か、後方の執事から声が掛かる。

 

「リュンヌ=レッド様よりお電話です」

 

 

 

「もしもし!」

『あ、もしもしソーちゃん?』

ソーちゃんですとも。まさに地獄に仏!…って、アレ?

 

「なんで、わざわざゾルディックの家電に?」

『ケータイ。電源切れてない?』

 

ポケットの中の携帯を取り出す。Oh…。

 

「ワリ、充電しとく…。で、どうした?」

『うっかりゾルディックホイホイしてないか、心配になって』

「?」

『…してそうだね』

 

電話の向こうから複数の溜め息が聞こえる。オイ、スピーカーフォンか?

 

『それと、ゾルディック家の執事さんから聞いたんだけど…ソーちゃん、どうしてゴンたちと一緒にいないの?』

「」

 

脳内でイルミの言葉がフラバする。「リュンヌの方が一枚上手ってこと」ま、間違いない…。

「アシタカラ チャント ヤリマス」

『…』

 

「そ、そっちは変わりないのか?」

無言の圧力にビビり、思わず話題を逸らす。

 

『…家に叔父さまが来てるの』

「ゲッ!? ペスト野郎が…!?」

気色悪い作り物の笑顔が脳裏に浮かび、鳥肌が立つ。

 

「か…帰る!今すぐ!!!」

『明日からちゃんとやるんじゃなかったの? それにそうは言っても…ソーちゃん、叔父さまのこと苦手でしょう?』

「…ん。つーか、アイツが得意な奴なんているのか?」

『…フフ、確かにそんな人いないかも』

 

いたら多分、ソイツもペストみたいな『災厄』だ。

 

 

 

 

 

<ミルキ視点>

外は雷鳴が響き、時折雷の光が届く拷問部屋。

つい2週間程前まではキルに刺された腹いせに、鞭を執拗にその身体に打ち付けていた。そう…だかそれも今では惰性だ。

 

オレには鞭を振るうよりも重要なことがある。

そう、キルを連れ戻しにきた友達の一人。ソレイユ=レッド。名前は以前より知っていた。イルミ兄の殺せなかった標的、あるいは戦闘訓練相手。

 

イルミ兄が負けた相手だ、気にならないワケがない。オレは自身の持つスキルや情報網を持って、レッド家の双子を調べた。

そして分かったことと言えば、レッド家の双子…その『妹』の方は秘匿されており、調べても写真が出て来るのは兄のソレイユのみ。金髪碧眼でかなり整った容姿に、どこのハーレムアニメ主人だ?とムカついたのは言うまでもない。そして、それ即ち秘匿された双子の妹…リュンヌ=レッドはメインヒロイン間違いなしの容姿ということ…!

俄然ヤル気が沸いてきたオレは、執事にリュンヌの写真を手に入れるよう命じた。ところが、だ。

 

「駄目だよミルキ。リュンヌに手を出しちゃ、それってソレイユの地雷だよ?」

戻ってきたのは写真を入手した執事ではなく、ボコボコに殴られた執事を気怠そうに抱えたイルミ兄だった。

 

「ウチの執事だから半殺しで勘弁したらしいよ?ま、オレは別にどうでもいいんだけど。牽制のためにコレ、持って帰ってくれってさ」

「…」

「あ、それと…オレも牽制だ」

瀕死の執事を床に投げて、イルミ兄が近付いてくる。

 

「…こ、これ以上、何に対して!?」

もう十分、リュンヌ=レッドに手を出す気は失せた。

 

「ソレイユに」

「」

 

 

 

あの時は、自分の兄が男色だったショックで一週間食欲が失せて3キロも痩せた。だが、しかし…だ。イルミ兄は男色でも何でも無かった。当のソレイユが女だったのだから。

 

男だと思っていた時はムカついたが、女となれば話は変わる。

 

もう金髪碧眼のボーイッシュ美少女ちゃんにしか見えない(血眼)。

寧ろ、普段とはだ…生まれたままの姿のギャップに滾る。人形のような小さな頭と長い手足。白い肌に、程よく筋肉がつき引き締まった身体。そこに張りのある大きなおっぱい。お、おっぱい…!

 

イルミ兄の牽制が今になってオレを苛む。

 

 

 

「はぁ………」

「なぁ、兄貴。ヤル気がないなら、オレもうここ出るけど?」

 

「…勝手にしろキル。あ、さっきママがお前の友達が執事室の近くまで来たって電話してきたぞ」

「うへぇ…あ、兄貴変なものでも食べた?」

親切なオレを不信な目で見ながら、キルが拘束具から脱け出す。

 

「キル、お子様なお前には理解しえない悩みだぜ…」

DEAD or OPPAI。

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

リュンヌに電話で軽いお叱りを受けた俺は、次の日からは約束通りゴン達を見守った。特訓の間は近くで、夜は流石にホテルで寝泊まりしたけど。何故かミルキが執拗にゾルディックに泊まるのを勧めてきたが、キキョウのことがあるので断った。

 

それにしてもコイツら…ほんとに主人公補正はすげーな。どんどん力を付けていく。原作通り2週間で試しの門を開けられるようになった3人は先を急ぐ。

 

「ケッ、特訓をパスして高みの見物してたソレイユはいいよな」

 

「るっせ〜な。リュンヌに叱られなきゃ、見物すらしてねーんだから有り難く思え」

「なんだって!?」

 

「レオリオ落ち着いてよ、ソレイユがミケと遊んでくれたおかげで、オレ達心置きなく特訓できたんだから!」

「全く、最初に見たときは心臓が止まるかと思ったぞ…」

 

何故だ。カゲと比べたら、ミケは何倍も可愛い犬だぞ?

 

「出て行きなさい」

 

話をしていた俺たちの会話が止まる。眼前にいるカナリアによって。

はぁ、こっから長いんだよな…。

 

 

 

ゴンを殴る鈍い音が響く。もうどれくらいたっただろう。

コイツらのキルアを想う気持ちと、ゴンへの信頼は本物だな。

 

「君はミケとは違う」

カナリアの瞳が揺らぐ。

 

続くゴンの言葉に、カナリアの使用人としての顔が剥がれ落ちた。そう…この娘もキルアを想っている。

「お願い…キルア様を助けてあげて」

 

『パン』

狙撃音が周囲に響く。カナリアを狙ったソレは、俺の右腕に当たった。

 

「「「!?」」」

能力が知りたくて、当たってみたのだがコレ…ただの礫か?

ま、キキョウがイルミと同じ操作系なら、それはそれで無効か。

 

「全く、ウチのクソ見習いを庇うとはどういうつもりなのかしら?」

 

「どういうつもりも何も…女の顔を狙う下衆に言っても、なぁ?」

「じゃあ、次はあなたの顔を狙うべき?」

 

バチバチと火花を散らす俺たちに周りが若干引いている気がするが、仕方ない。コイツとは水と油だ。絶ッッッ対、相容れねぇ…!

しかし、そんな俺たちも気にせずにゴンがキルアへの質問を次々とキキョウに投げかける。…が、その途中でキキョウは声を荒げ屋敷に戻って行く。

 

多分、キルアが独房を出たのだろう。

キキョウに急かされるも、カルトは何故かこちらを見つめ続ける。ん…?コレ、俺にガンつけてね?

 

「ホラ、お袋が呼んでるぞ。さっさと行け」

「…ソレイユ。また、家に来る?」

「え? なんで?」

「〜〜〜ッ、バカ!」

 

「え…?」何故バカ呼ばわり…?

い、意味が分からん。結局チンチン見たせいか?

 

「ソレイユ…、一体何をしたんだ?」

カルトとの遣り取りを見ていたゴン達とカナリアの視線が痛い。何をしたって…?それは俺が聞きたい。

 

 

 

カナリアに案内されて、執事用の住居まで来た。

ゴトーとのゲーム。俺は別にキルアを連れ戻しにきたワケではないので、壁に寄りかかって終わりまで待つことにした。

 

 

 

 

 

「…様!レッド様…!」

 

やべ。うたた寝してた…。周囲を見渡すと、もうキルアが合流している。ゴンがこちらを指差し、キルアが若干気まずそうに手を振ってくる。それに軽く手を振り返し、声を掛けてきた人物と対峙する。

「えーと…ゴトー。何か…?」

「いつもイルミ様がお世話になっております。そして…今回のことも、色々とお手数をお掛けしました」

「別に…。リュンヌに頼まれただけだ」

「それでも、です。ありがとうございます」

「…イルミも大概だけど、お前らも相当キルアが大事なんだな」

俺の言葉にゴトーが笑顔を返す。

 

「キルア様をよろしくお願いいたします」

 

 

 

「ハア!?じゃ、兄貴を負かしたレッド家の双子って、リュンヌとソレイユのことだったのか?」

キルア、うるせえ。ゴン達はゼブロからその件を聞いたらしい。面白おかしく説明している。他人事だと思って…!

 

その話題を躱していると、話はクモ_9月1日、ヨークシンに移った。

 

クラピカとレオリオがそれぞれの目的の為に、ゴンとキルアに別れを告げる。

「ソレイユはどうするの?」

「家に帰る」

「! ソレイユ…リュ、リュンヌの連絡先を、さ…」

 

「だが断る」

「な…ッ!なんでだよ!?」

「諦めろキルア。私たちの誰一人教えて貰っていない。…それに会おうと思えば、レッド家か、レッドグループの本社に行けばいい話だ」

「め…めんどくせー!マジで、シスコンもいい加減にしろって」

 

ふはは、なんとでも言え。痛くも痒くもないぜ!

ヨークシンでの再会を誓い、別れる4人を見届ける。漸くお役御免だ。俺も帰ろうと、その場から離れ駅まで来た。

 

 

 

タイミング悪く、俺の乗ろうとしていた列車は10分前に出てしまっていた。駅の構内にある本屋で、次の列車を待つ時間を潰しているとクラピカと鉢合わせた。

…さっきぶり。

 

「ハハ…どーも」

「ああ。…ソレイユも時間を潰しているのか?」

「そんなとこだ…」

「そうか…」

「…」

「…」

 

「ソレイユ…その」

「ん…?」

立ち読みしている本から視線を外し、クラピカを見る。

「ゾルディック家でのこと、いや…ハンター試験中もだな。ソレイユとリュンヌには色々助けられた。礼を言う、ありがとう」

そう言い、クラピカは穏やかに笑った。

 

「いや、俺はリュンヌに頼まれたからであって…」

「それでも、だ。…ボドロやゾルディック家の使用人を助けたのは、キミの判断だろう?」

「…」

…どいつもこいつも……!

 

「私の待つ列車が来たようだ。これで失礼する」

一礼し、クラピカがその場を離れる。その先で復讐に飲まれるとも知らず。

 

「~~~クソが!」

「!?」

俺の突然の咆哮に、クラピカが振り返る。あぁ…、ムシャクシャする!

 

「お前がどこで何しようが、野垂れ死にしようが俺の知ったこっちゃねえ!…だけど!」

 

「そうなると、多分…リュ、リュンヌが悲しむ…から」

「…ソレイユ?」

心配そうに近付いてきたクラピカを即座に背負い投げた。一瞬で投げ飛ばされたクラピカは、何が起きたのか分からず目を点にしている。俺はそれに構わず、クラピカの首元に手刀を当てる。

 

「無茶な賭けは選択させない…それくらい強くしてやる」

 

暴力によって奪われる悲しみを、知らないわけではないのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私のはらぐろおじさん/前編

明日でお盆が終わってしまう…。はやい…。
本編はオリキャラ大量発生&捏造設定です。


レッドグループ本社。

 

「「「お帰りなさいませ、リュンヌ様」」」

「ただいま戻りました」

「「「ハンター試験合格おめでとうございます」」」

「ありがとうございます」

 

玄関ホールで待ち受けていたメイドと、居合わせた社員が声を揃える。それに応えていると、ハンター試験の最終試験場からここまで随行してくれた執事が告げる。

 

「リュンヌ様。2時間後に旦那様と奥様が本宅に戻られるので、お疲れでなければそちらで一緒にお食事を」

「分かりました。一度、執務室に戻りますが…何か急ぎの仕事は?」

 

「帰路で片付けていただいた分で十分かと。また、執務室にはアセナを待機させております」

「そう…。アセナがいるなら、ゾルディック家に向かわせたいのですが」

「申し訳ありません。ソレイユ様の命でアセナはこれから二週間、リュンヌ様付きにするよう申し付けられております故、難しく…」

「…」

いつ命じたのか。こういうとこだけ、抜け目ないなぁ…。

 

謝る執事に礼を言い、執務室に向かう。向かう途中も付いてきてくれたメイド3人を執務室の前で帰そうとするが、無駄に粘るので部屋の外での待機を命じる。

…もしかしなくても、ソーちゃん専属のメイド達だ。

 

洗練された動きで扉を開けるメイドに礼を言い、漸く執務室に入る。

 

「お帰りなさいませ、リュンヌ様」

 

部屋の中央で、深いお辞儀をした青年が出迎える。

名をアセナ。他の燕尾服を着た執事と違い、黒いスーツに身を包み、顔には丸いサングラス。ミディアムな白髪を黒いリボンで結んでいる。一見すると、どこかの詐欺師かマフィアだが、その華麗な所作で彼が従者であることが分かる。

 

「ただいま戻りました………」

返事しながら服を脱いでいく。床に散った服は、後を追うアスナが拾ってくれる。そして己の胸元を見る。忌々しいったらない…。

 

ブラと共に蒸れるパット(ソーちゃん特注)も投げ捨てた。

「この開放感…!さいっこう…!!!」

 

ボクサーパンツ一枚になり、ソファーにダイブする。

 

「うわ…間違ってもそんな姿、ソレイユに見せないでよね。絶対メンドクサイから」

ブラとパットを拾いながら、アセナが苦言を呈す。アセナは一緒にいるのが私達双子だけなら、割と砕けた口調だ。歳も近いしこちらも気が抜けるから、有り難い。

 

「いい加減、女装やめたいんだけどなぁ…」

 

「…似合いすぎるのが駄目なんじゃない?」

「あ゛〜、…それは否めない。でも、多分これ以上筋肉はつかないんだよ…」

「線が細いもんね。成長を待つより、ソレイユが諦めるのを待つしかないんじゃない?」

「何その無理ゲー」

 

遠い目をする私を見て、笑いを堪えて小刻みに震えるアセナにクッションを投げつける。我ながら、ナイスコントロール!

「…お行儀が悪いですよ、坊ちゃん」

クッションを顔面キャッチし、ズレたサングラスをアセナが直す。…笑うからでしょ?

 

私が女装していることは、ソーちゃんを除いて親族の一部…それに執事長のアセナ、扉の前にいるソーちゃん専属メイドと私専属メイドしか知らない。

大勢いる会社の人間や他の従者も知らないのは、もの凄く息苦しい。知らない人の分だけ…女装するハメになるからだ。

 

「扉の前…人払いして、変わりにキャトル達を呼んで。お父様たちとの食事は緩い格好で行く」

キャトルは私専属メイド3人のリーダーだ。

「承知致しました。服、リンネルのシャツとジーンズでいい?」

アセナの言葉に頷き、目を閉じた。

 

 

 

「リュンヌ。そろそろ時間」

「ん…ふぁい……」

アセナに起こされ、脳が覚醒しないまま服を着せられていく。

 

黒いシャツの肌触りが気持ちいい。そんなことを考えていると、いつの間にか髪は高い位置でゆるく団子なっていた。そして、仕上げとばかりに黒縁眼鏡が掛けられる。

流石は執事…鏡に映る自分はユニセックスっぽい、少なくとも初見で女と思われない仕上がりになっていた。

 

「では、参りましょう」

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

本宅の広い食堂に入ると、既に両親が席についていた。

「おかえりリュンヌ〜」

「…早く席に着きなさい、食事を始めましょう」

 

「はい」

ニコニコと笑う、ぽっちゃりしたマスコットのような父。対照的に神経質で、鉛筆を思わせる程に細い母。今世での私達の両親。背後に控えていたアセナが素早く椅子を引き、そこに座る。

 

お母様の声を合図に、コースの前菜が運ばれてきた。

 

「ハンター試験はどうだった〜?」

「私もソレイユも合格しました…試験内容は、そうですね。個人的にはバラエティーに富んでいで楽しめました」

「合格するのは当然です。身内にそれなりのハンターがいるのですよ?…落ちたら恥よ!!」

「まあまあ、ママ〜。合格したんだから、いいじゃないか。で…、始めから詳しく聞いても良いかい?ソレイユと別行動になった理由も聞きたいしね」

「はい…では、一次試験からお話しますね」

 

話と共にコースも進んでいく。

最終試験の話を終え、ゾルディック家の話になるころにはデザートを食していた。

 

「それで…仕事が忙しいから、友人の為とは云え…自分の変わりにソレイユをゾルディック家に行かせたと?」

「えっと…はい。な、何か拙かったでしょうか?お母様…」

 

「拙いに決まってるじゃないッ!!」

怒声と共に、デザートのプディングが宙を舞う。

 

「わ、私はあの、イ…ルミとかいう…嗚呼、口にするのも憚れるあの能面と、可愛いあなた達が一緒にいるだけで虫酸が走るのに…!

そんな輩がいる暗殺一家に『女の子』のソレイユを一人で行かせるなんて、リュンヌ…貴方それでも『男の子』なの!?」

「えーと、ですね…正確…じゃないな、大まかに言うとソレイユは私が監視しているので万が一危険が及べば分かるというか、助けられるというか……」

「例えそうでも、です!『男の子』…紳士としての行動がなっていないということよ!!」

「…」

ゾルディックへの拒否反応はまだ分かるが、3年前の暗殺未遂は両親に知られていないはず。イルミ君の素性をどうやって…

 

「なんとか言いなさい、リュンヌ」

………。

 

「お言葉ですが、奥様。『男の子』としてのリュンヌ様を一番認めていないのが、ソレイユ様です。リュンヌ様にそうあれ、と仰るならまずはソレイユ様に淑女になって頂かなければ」

「アセナの言う通りだよ、ママ〜。ソレイユがリュンヌを男、自分を女だと認めない限り、リュンヌにそれを求めるのは酷ってものさ」

 

アセナ、さっきはクッションを投げつけてごめんなさい。お父様、ありがとう…!

 

「そ…それが出来れば苦労しないわ!!全く…あの強情さは誰に似たのかしら」

「「「 」」」

 

『お母様の家系の血です』とは…皆、口が裂けても言えない。

 

 

 

 

 

「パーティ?」

 

昨日の夕食は散々だった。お母様はあの後もヒートアップし、そろそろ良家のお嬢様でも捕まえろだの、それが無理ならソーちゃんに女子力をつけろだの…お父様が成人するまでは双子の好きにさせよう、と宥めてくださって本当に助かった…。

 

「そう。今日の夜…奥様だけじゃなく、旦那様も出席して欲しいって言ってる」

「…夕べのこともあるし断れないか」

「そういうこと。諦めなよ…っと、僕は旦那様に呼ばれてるから、準備はキャトル達に頼むけど大丈夫?」

私にアセナを付ける、というソーちゃんの命令もお父様には勝てない。

 

「?…大丈夫」

私の言葉に頷いたアセナが部屋の扉を叩くと、既に待機していたらしいキャトル達が入ってきた。な…なんというか、3人共目がギラついてない?

「じゃ、あとはよろしくお願いします」

アセナは早々に退室する。ちょ…ちょっと待って…?

 

「え…よ、夜のパーティでしょう?」

 

「はい、しかし」

「奥様より身体の隅々まで清めるよう」

「命じられています」

 

今でもたまに見分けのつかない三つ子のキャトル・サンク・シス_私専属のメイドが息を揃えて言う。この三つ子は、容姿を変えるのが好きで今日は3人とも栗色のセミロングに琥珀のカラーコンタクトをしている。

 

「ん…?ちょっと待って、それって…」

 

「まずは湯浴みへ」

「安心して」

「私達にお任せ下さい」

 

「は…?」

 

はああああああああああああああああああああああああああああああああ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じ、地獄だった…。

メイドとはいえ、どうして自分より年上のお姉さん達に身体を洗われなくちゃいけないの…!

 

「リュンヌ様」

「スーツとドレスとの用意がありますが」

「どちらになさいますか?」

 

湯浴み後、3人が持ってきたラックに用意されている大量のスーツとドレスを見る。

「パーティのことはソーちゃんには言って…?」

 

「いいえ、しかしもしスーツで出られれば」

「後からソレイユ様が発狂すること」

「間違いなしですわ」

 

「」

 

「「「リュンヌ様、どちらになさいますか?」」」

 

 

 

日も暮れ、準備が終わった私をアセナが迎えにきた。

 

「…や、やっぱりスーツが良かった?」

濃紺のフレア素材で、肩が隠れるUネック。胸から腰にかけては花柄のレースがあしらわれたミモレ丈のドレス。

髪は複雑に編まれアップアレンジ、顔はナチュラルメイク。足下はメタリックなシルバーのハイヒール。というのが、三つ子プロデュースで仕上げられた私の格好なのだけれど、

 

アセナの顔色が悪い。普段は女装をしていても気にしないのに、何故?

 

「いえ、とてもお似合いです。ですが…」

「?」

 

 

 

「とってもよく似合うよ!!リュンヌ」

 

「…は、はひ」

口籠るアセナに案内された応接室で、私を待っていた両親ともう一人。

 

「ほら、弟君と私の言った通り…やっぱりドレスで来た!リュンヌはソレイユ想いだからねえ~」

「…スーツで来たらダンスのパートナーを頼もうと思ってましたのに。女装卒業は遠いようね」

「まあまあ、その話は蒸し返さない。君には私がいるだろう?」

 

「そうですよ姉さん。リュンヌは僕がしっかりリードしますからー。安心して義兄さんとペアに!!」

 

「そうね…じゃ、任せたわよ。パリストン」

 

くぁwせdrftgyふじこごっ、ごごご…後生だから…ま、任せないで…!

パリストン=ヒル/ハンター協会副会長。お母様の血の繋がった弟で、私とソーちゃんの…おっ…おおおおお…叔父!!!

 

お父様とお母様は寄り道するそうで、一足先にパーティ会場へ向かう。部屋には、私とアセナと叔父さまの3人だけ。

 

「リュンヌは本っ当に可愛いねー。久しぶりに会ったけど、相変わらずどこからどう見ても女の子にしか見えない!この胸なんてまるで本物だよ」

言いながら、叔父さまは笑顔で私の胸元を遠慮なく揉みしだく。…パットであっても不快だ。

 

「あ、…ありがとうございます。叔父さま」

変態じみた手の動きが下に向かいそうになった所で、身体を捻り距離をとった。

 

「いや ソレイユがいなくて残念だよ。2人にドレスを着て貰って、両手に花を実現したかった!!」

「…それは…私はまだしも、ソーちゃんが承知しないのはご存知のはずですが?」

「ハハハ、そうだったね!_でも、ゾルディック家の長男と何かあったらわからないでしょ?」

 

…お母様にイルミ君の素性をバラしたのは

 

「ちがう?」

 

確信する。この叔父以外にない。

「ちがうも何も…自分の性を決めるのはソーちゃんですので。私はどうなってもそれを応援するだけです」

「…応援ねェ?」

飄々とした表情は崩さないが、叔父さまのオーラはどんどん膨れ上がっていく。

仕方なしに対抗しようとオーラを練ると、

 

「おっと。忘れてた、これこれ!」

 

…ッ!

これだ、戦闘態勢からの切り替え。いつの間にか叔父さまのペースで…完全にからかわれている。こちらのことはお構いなしに、オーラを霧散させた叔父さまは、アセナに過剰に梱包された何かを差し出す。

 

「リュンヌに。それを付けてきて、ボクは先に下に降りるからロビーで合流しよう!!」

 

私達に有無を言わさず、退席しようとする叔父さまの腕を引く。

 

「叔父さま。高価な贈り物なら受け取れません」

…後が怖い。

 

「身につけて欲しいだけさ。いらないなら、パーティの後で返してくれればいい」

「…」

「やだなァ、そんなに警戒しないで。ボクは…」

続けて叔父さまが耳打ちした内容に、言葉が詰まる。

 

「じゃ、ロビーで待ってるよ」

 

ハメられた。このパーティは、回避不能の決定事項だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私のはらぐろおじさん/後編

ブリオレットダイヤモンド。

涙型の大粒ダイヤを細かいファセットで囲うようにカットしたものを指す。ヴィクトリアン時代から親しまれているこのカットは、代表的なラウンドブリリアンカットと比べて何倍もの重量を必要とするため、希少価値と値段は必然的に高価になる。

そんなブリオレットダイヤモンドの中でも世界一大きなカラットのダイヤを使用し、チェーンやアクセントの細部まで高級品で作られたネックレスが1年前アイジエン大陸の小国家でオークションにかけられた。

最終的にネックレスは24億Jという巨額で落札されたが、落札者の情報が市場に漏れることも、ネックレスが一般に公開されることもなかった。

 

今日までは。

 

「今夜、レッドグループとその傘下の企業が開催する表彰パーティであの…24億Jで落札されたブリオレットダイヤモンドネックレスが公開される」

 

内々のパーティだが、トカゲの尻尾…グループの末端が漏らしたのであろう情報でマスコミが騒いだ。それにより、当主はパーティにマスコミは入れない、また参加者のカメラ等の撮影器具持ち込み禁止を宣言した。当然、警戒網が張られるだろうが…

 

「奪うなら、またとない機会だ」

 

緊急召集された蜘蛛_幻影旅団のメンバーに告げる。

 

「団長、そのネックレスは展示されるのか、それともどっかの女が付けてくるのか?」

「付けてたら、首ごと狩るね」

「フェイタン…それじゃダイヤがルビーになってしまうわ」

「今の所、パーティ会場に何かが持ち込まれた様子はない。多分参加者の誰かが付けてくる確率の方が高いよ」

 

招集場所の近場にいたのは、フィンクス・フェイタン・パク・シャル…オレを含めて5人だった。

 

「シャルの言う通りだ。おそらく女が付けてくるはず…狙うなら、警戒が緩むパーティの最中だな。会場潜入はオレとパク、外はフィンクスとフェイタン。シャルには中から操ってもらう…異論はあるか?」

 

全員が首を振り、嗤った。

 

 

 

 

<リュンヌ視点>

『もしもし!』

「あ、もしもしソーちゃん?」

スピーカーフォンで通話をする私の首に、アセナの手が触れる。極力それから意識を外し、呼んでいた専属メイドの三つ子にインカムと走り書きのメモを渡す。

 

『なんで、わざわざゾルディックの家電に?』

「ケータイ。電源切れてない?」

 

電話の向こうでソーちゃんがポケットを探る姿が目に浮かぶ。

 

『ワリ、充電しとく…。で、どうした?』

「うっかりゾルディックホイホイしてないか、心配になって」

『?』

「…してそうだね」

その場の誰もが溜め息をつく。自分の好意には正直なのに、どうして他人のソレには鈍感なのだろう?

 

『そ、そっちは変わりないのか?』

 

分かりやすすぎる話題そらしに、苦笑する。

 

「…家に叔父さまが来てるの」

『ゲッ!? ペスト野郎が…!? か…帰る!今すぐ!!!』

「明日からちゃんとやるんじゃなかったの? それにそうは言っても…ソーちゃん、叔父さまのこと苦手でしょう?」

『…ん。つーか、アイツが得意な奴なんているのか?』

「…フフ、確かにそんな人いないかも」

 

いたら多分、その人もペストみたいな『災厄』だね。

 

 

 

 

 

痛い程の視線、視線、視線…。

そんな数多の視線は、私の胸元にあるブリオレットダイヤモンドに注がれている。

 

競り落とされた時に話題になったこのネックレスをまさか叔父が手にしているとは。正規に落としたのか、なんらかの策を講じて手にしたのか…十中八九後者だろう。

内々とは言っても、元から母体が大きいグループなのだ。そんなパーティで私にコレを付けさせ、パートナーにする意味。

 

「ハハハ、皆リュンヌに夢中だね」

「…私ではなく、ネックレスを見ているのだと」

「謙遜しなくていいよ。さ、そろそろだ!!」

 

目を爛々と輝かせた叔父さまに手を引かれる。壇上ではお父様達の挨拶が終わろうとしていた。そろそろって、まさか…。

 

「マスコミの報道で知っている方も多いでしょうが、改めて。ホール中央にご注目下さい。私の義弟とむす………娘です」

会場に割れんばかりの拍手が鳴る。

「ありがとう、皆様。美しい宝石、ブリオレットダイヤモンドとそれに負けない輝きを持つ二人のダンスをお楽しみ下さい」

 

お父様の声を合図に、照明がこちらを照らしオーケストラが演奏を開始する。4分の4拍子、ブルースの曲調だ。

元より逃げ場はない。叔父さまのリードに合わせてゆっくりと曲のテンポに合わせて踊る。スローとクイック、ステップの数々。距離は必然的に0。

 

「叔父さま、お願いですから早くどなたかと結婚してください…!」

「こんっなに可愛い甥っ子がいたら無理じゃない?」

「無理じゃありません、全身全霊で協力致します」

「あははは」

 

私達が1曲踊り終わった所で、他の参加者もダンスに加わる。3曲続けて踊った所で、アセナが叔父さまへの電話を繋ぎにきた。

 

「ちょっと失礼」

ずっと失礼していて欲しい…。アセナから電話を受け取って、叔父さまはその場を立ち去る。

 

「お疲れさまです」

アセナがドリンクを手渡してくれる。

「ありがとう…。ここはいいから叔父さまを見ててくれる?」

「…。ソレイユ様の命で」

「これ以上後手に回りたくないの。引く気はないから、早く行って」

「………畏まりました」

 

一礼してアセナが叔父さまの後を追う。イヤな言い方しちゃったな…。

ドリンクを飲みながら会場を見渡すと幾人か見知った社員を見つけた。お互いに視線のみで挨拶する。皆、叔父さまが怖いのだ。この場で声を掛ける行為は慎んでいる。

 

 

 

が、しかし。

 

「一曲、踊って頂けませんか?」

そんな私にダンスを申し込む勇者…いや……。

 

男は黒髪で同じ色のスーツを着ている。額のバンダナと大振りなイヤリングが特徴的だ。

 

「…すみません、少し疲れてしまって。あなたのお相手の女性と踊ってはいかがでしょう?」

「! オレのパートナーがわかるのかい?」

「長身で金髪、赤いドレスの人」

男が口笛を鳴らす。

「すごいな、当たりだよ。どうしてわかったんだ?」

 

「ずっとあなたを目で追ってるから。それに、実は腕を組んで入ってくる所をたまたま見てたの」

「なるほど。半分はズルなわけだ」

「フフ。そういうわけで、お姉さんが怖いからご遠慮します」

「…それなら安心してくれ。彼女はオレの家族みたいな存在だ。間違っても嫉妬はしない」

男がもう一度、今度は膝を折る。

「オレと踊って頂けませんか?」

 

「…一曲だけなら」

 

フロアには音楽と人々の談笑が響く。曲に合わせてまたステップする。この男、リードに迷いが無い。

 

「ハンター協会の副会長が叔父さんってどんな気分?」

「どうと言われても…これといって何も」

「聞き方を変えよう。パリストン=ヒルが叔父さんってどんな気分?」

「…」

「この場合の沈黙は、『キライ』かな?」

「黙秘権を行使します」

「フーン…」

 

男が至近距離で私の顔を、じっと見つめる。

「…何か?」

「周りが…キミを秘匿するのがわかる」

「はい……?」

「キミは美しい。そのネックレスが霞む程ね」

 

「だから、…両方奪うことにする」

 

その男の呟きと共に、突然視界が闇に呑まれた。

 

「停電か?」

「社長!」

「リュンヌ様は…ブリオレットダイヤモンドは!?」

「早く明かりを!」

四方八方パニックだ。私は目を閉じ、手のひらを合わせて祈る。

いつか叔父さまに天罰が下ります様に。

 

呪詛を続ける間もなく、首に衝撃が走った。

 

 

 

 

 

<アセナ視点>

電話が終わったヒル様は、何故か会場に戻らず僕を伴い会場から離れた一室に入る。その部屋のカーテンは締め切られ、室内には会場を写すモニターが所狭しと並んでいた。

「…これは」

「いたいた!ホラ、ここ」

 

ヒル様が指差したモニターの中で、見知らぬ黒髪の男とリュンヌが踊っている。二人を見るヒル様はやけに嬉しそうだ。

僕がヒル様からモニターに目を戻した途端、パーティ会場が暗転した。ここは別電源らしく、明るいまま。モニターは半分が暗視カメラに切り替わっている。

 

「申し訳ありません、ヒル様。私は一度、リュンヌ様の元に戻ります」

「駄目だよ。これからが面白いんだから!!それにアセナ、キミはリュンヌにボクを監視するよう命じられた_ちがう?」

「何を言って…」

 

その時、リュンヌが首に手刀を受けた。

 

「…ッ!失礼します」

 

退室し、会場へと走る。漸く補助電源に切り替わったのだろう、徐々に会場に明かりが戻る。まだ混乱する人々の合間を縫い、リュンヌを探す。

旦那様や奥様の近く、モニターで映っていた地点、会場のどこにもリュンヌの姿がない…!他の執事やメイドも探しているが、同様に見つけていないようだ。

僕は踵を返し、廊下に出る。リュンヌを連れ去ったであろうあの男、もしくはその仲間が移動特化の念を使えると厄介だ。

耳元のインカムのボタンを押して部下に連絡を取ろうしたが、口が開かない。

 

「執事がそんなに焦るなって。パリストンの思う壷だぜ?」

僕は喜んで、足下の影に呑み込まれた。

 

 

 

目を開けると、そこは先ほどいたモニタールームだった。眼前でリュンヌのもう一人の人格、カゲとヒル様が対峙している。

 

「約束は守った、満足したか?」

「勿論さ!いや、素晴らしかったよ。アセナも最後まで見て行けば良かったのに」

「思ってねぇこと言うなっての、ホラよ」

カゲがブリオレットダイヤモンドネックレスをヒル様に投渡す。

「もうちょっと丁寧に扱ってくれないかなァ。これ高いんだよ?」

「うっせえ。約束のモンは?」

「ここに」

ヒル様が懐から取り出した封筒をカゲが引っ手繰る。それを開けながら、カゲは部屋の角へ向かう。リュンヌとカゲは、何と引き換えにこの『戯れ』に付き合ったんだ…?

 

「ヒル様どうか…、リュンヌ様…ソレイユ様も。お二人で遊ぶのはお辞め下さい」

「まさか!遊ぶなんて…ボクの行動は全て2人の為なのさ」

「…どうか」

深い礼をするが、多分このお方には届かない。ふと、何かが燃えるにおいに気付く。においは、部屋の角からで…

 

「リュ…カゲ様?」

振り向いた目が紅く光り、瞬時に濃紺に戻る。手に握られた封筒は跡形もなく焼尽されていた。

 

「サラ…「ソレイユがいない夜だ、遊ぼうぜパリストン」

「いいねー。愉しい夜になりそうだ!!」

「「アセナ」」

「………何なりとお申し付け下さい」

 

悪魔達が嗤う、長い夜の幕開けだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 ヒソカ=モロウ①

ハンター試験で出会った双子の美男美女。ヒソカはシックスセンスで、彼らが性別とは逆の格好をしていることにすぐ気付いた。ただ周囲は気付いておらず、あまりもそのチグハグなはずの格好が似合っていた為、特に詮索はしなかった。それに、合格判定は与えたものの、ヒソカにとってゴン達やイルミ程の魅力は彼らにはなかったからだ。

 

だが、最終試験でリュンヌが見せた蹴りと、ソレイユが使った念能力…そして、試験後にイルミがソレイユのことを『特別』視していたことが分かり、ヒソカの双子への関心は少しばかり高まった。

 

 

 

 

 

ハンター試験終了後、ヒソカはイルミと共に馴染みの洋服屋へ、傷んだ衣服の修繕に来ていた。修繕の間に貸し出された軽装でイルミと食事に出る。食事が終わる頃には、修繕も出来ているだろう。

 

ステーキとワインに舌鼓を打ちながら、ヒソカ主導で会話が成される。

「キミ、あの双子とはいつ知り合ったんだい?」

「…3年前とかかな」

「へェ…どんな経緯でだい?」 

 

「標的」

 

そう答えると、イルミはまたステーキを咀嚼する作業に戻る。だが、ヒソカはそれどころではない。

「標的って…暗殺のでしょ♥あの双子に負けたの?」

「…勝ってたら、双子はもう死んでる」

「確かに♠」

 

相変わらずの鉄仮面なイルミの言葉だが、ヒソカは身体の中から熱が沸くのを止められない。2対1とはいえ、双子はこのイルミに勝ったのだ。

 

「…ヒソカ。悪い事は言わないから、あの双子に手出さないほうがいいよ」

「それは、キミがソレイユを思っての忠告かい?」

「いや、逆。どっちかっていうと…『『♪〜』』

 

イルミの言葉は携帯の着信音によって遮られた。どうやらお互いの携帯が鳴っているらしく、顔を見合わせてから各々電話に出た。

 

「「もしもし」」

 

 

 

先に電話が終わったイルミに、漸く電話を終えたヒソカが問いかける。

「仕事の電話だったのかい?」

「別。ヒソカは?」

「蜘蛛からの緊急招集♠行けない距離じゃないけど、どうしようかな♥」

「…それ、もしかしてブリオレットダイヤモンドと関係ある?」

「! 大当たり♣」

「だったら行かない方がいいよ」

「それって、煽ってる?」

「全然。行かない方が身の為っていう善意からの忠告」

「どうして…?」

 

一瞬考え込んだイルミが、足下を見て顔を歪ませた。

「憑かれるから」

 

 

 

 

 

イルミと別れたヒソカが向かった先は言うまでもない。ブリオレットダイヤモンドが公開されるというレッドグループのパーティ会場だ。しかし、蜘蛛に連絡も作戦参加もしていない。ヒソカは忠告に半分従い、第三者としてこの場を愉しむことにしたのだ。

 

会場周辺の警備員の中には、それほどの者はいなかった。只の一般人に毛の生えたようなもの。ヒソカは絶で会場周辺が見渡せる木々の木陰に身を潜め、蜘蛛とそれに匹敵する何かを待った。

 

 

 

数十分後、会場にドレスアップした団長とパクノダが入場した。後方からはシャルナーク、フィンクス、フェイタンが続く。3人の格好は普段と変わらない為、今回は裏方なのだろう。

シャルナークは二人と別れ、団長達と別ルートで会場へ向かう。

フィンクスとフェイタンは逃走ルート確保の為か、手早く警備員を殺している。

 

「…期待はずれ♠」

 

あまりにも呆気ない蹂躙の光景に、ヒソカが帰ろうと踵を返したその時、フィンクス達の前にどこからともなくメイドが二人現れた。栗色の髪をした、全く同じ顔の女だ。

 

「「こんばんは」」

「! よぉ…」

「答える必要ないね」

フィンクスとフェイタンが構える。対して、メイドは直立姿勢のままで構えを取らないことが、二人の警戒心を高める。

 

「時間をかけずに拘束しろと」

「主より仰せつかっております」

メイドが交互に告げる。相手を知らないにしろ、自分達がそれを実行できると疑わない口調に、ヒソカは思わず笑みを零す。

 

「じゃ、そのバカな主って奴が誰か吐かせて、逆に捕まえてやるぜ」

「こいつらの首、土産よ!」

 

フェイタンの言葉を合図に、二人が飛び出す。

 

フィンクスが向かって右のメイドに、フェイタンが左のメイド目がけて攻撃を繰り出す。しかし、フィンクスの打撃はメイドの手に突然現れた長い棍棒によって塞がれる。そしてメイドが開いたもう一方の手で、先端が尖った多角形の何かを複数投げつけるが、跳躍したフィンクスに避けられた。

一方、フェイタンは傘で攻撃を仕掛けたが、同じく突然現れた鎖鎌によって防がれ、尚且つこちらは鎖によって傘を絡め取られた。傘が絡まったままの鎖はメイドが手を離すと再び消える。メイドの両手には既に新しい武器、手甲の鉤爪のようなものが装着されており、距離を取る間もないフェイタンの腹部を抉った。

 

「…腹は?」

「見た目ほど酷くないね まだまだ」

後退したフェイタンはそう言うが、腹部からは止めどなく血が溢れている。長くは持たないだろう。

 

「「いえ、もう終わりです」」

 

「…調子に乗ってんじゃねーぞ!こっからが本番だ」

フィンクスが腕を振り回しながら語気を強める。【廻天/リッパー・サイクロトロン】を使うつもりのようだ。

 

「聞こえなかったのですか?」

『キィン キィン キィン』

「終わりです、と」

 

メイドの言葉の合間に、後方で金属が何かに三度ぶつかる音がした。二人が後ろを振り向くと、その音の正体であろう平らな鉄製の武器が地面に食い込んでいる。ただし、狙った様にフェイタンの後ろに三本共だ。

 

「…何を」

当たりはしなかったものの、背後を狙われたフェイタンが口を開くが、言葉は長く続かない。彼の口を黒い触手のような何かが塞ぎ、身体を新たに出現した…第三の茶髪で先の二人と同じ顔をしたメイドに、羽交い締めにされたからだ。

 

「フェイ…!!」

フィンクスがフェイタンを助けようと手を伸ばすが、届く寸前でフェイタンはメイドと共に黒いコールタールのような物質と化した地面に、沈んで消えた。

 

「…卑怯モンが……!ぶっ殺してやる!!」

フィンクスが途中で止めていた腕を再度振り回しながら突進する。これで恐らく6…7回目だ。膨れ上がったオーラの打撃が並び立つメイドを襲う。

 

はずだった。が…、

 

 

 

【廻天/リッパー・サイクロトロン】は、メイドの前に出現したパクノダによって防がれていた。

 

「パク…!?」

 

フィンクスの顔が驚愕に染まる。彼の攻撃によってパクノダの右胴体の大部分が失われ、暗い地面を鮮血が覆っている。パクノダに意識はないようで、目を開けることも口を開くこともなく、ただ残った身体の方はビクビクと痙攣している。

 

「この盾、『パク』というのですか?」

「盾にしては過ぎた名」

「いえ、穴が開いては最早粗大ゴミでしょう」

 

何度目のいつの間にか、二人から三人になったメイド達が微笑を携え談義する。一方、フィンクスの顔は怒りが限界を突破したのだろう、赤でなく最早白に染まっている。

 

「コロスコロスコロス…!!」

 

「あら、お気付きでないのですか?」

「貴方は先ほどの交戦で」

「既にこちらの手中ですわ」

 

メイドの言葉に、フィンクスと端のメイドの攻防を思い出す。初撃が防がれたフィンクスが反撃を上に跳躍して避けた。その時も、投げられた武器によって金属音は鳴ったのだ。もしかして、三回…いや、絶対に三回。恐らくこのメイド達が使う念能力の制約の一種。

それがフィンクスの頭にも浮かんだのだろう。捨て身でメイド達へと拳を振り上げる。しかし、やはり条件をクリアされたフィンクスの身体に瞬時に黒い物質がまとわりつき、その身を締め上げた。

 

「く、くそがああああああああああああああああああああああ……………」

 

絶叫も怒りも、フィンクス自身も、抵抗虚しく漆黒に呑み込まれた。

 

メイド達はフィンクスが呑み込まれたのを目視で確認すると、一人は小声で耳元のインカムで連絡を取り、一人はパクノダ_壊れたゴミを影に投げ飛ばす。そして残りの一人が血で汚れた地面を影で覆う。覆われた地面は影が離れれば、血などなかったかのように掃除されていた。

 

そして作業を終えた三人が、何かに反応した様子で一斉に同じ方向へと頭を垂れた。

前方から歩いてくる人物の一部をヒソカは知っていた。メイドの仲間であろう執事の青年と、ハンター協会の副会長、そして女装を解いてラフなシャツとジーンズに身を包み、髪を一つに束ねたリュンヌ。

 

「お疲れサン」

 

リュンヌが片手をあげてメイド達を労う。メイドの主人で、蜘蛛を間接的に捕縛したのは彼ということだ。それに、ハンター試験中とはまるで人が違う。目は爛々と輝き、口元は愉快そうに弧を描いている。雰囲気も柔和なものから、横柄で尖ったものに変わっている。これがリュンヌの素なのか、はたまた一面か。

 

メイドの一人が一歩前にでる。

「侵入者の内、交戦で一人が重症。一人が瀕死の状態です。如何致しましょう?」

 

メイドの言葉に、リュンヌが副会長を仰ぎ見る。視線を受けた副会長は笑って頷いた。

 

「元から本命以外は、興味ないんだと。4人はそうだな…遊んだ後、治してやれ。事後処理は普段通り。眷属にはしない、ただ影は外すな。夜は長い…たっぷり可愛がれ♪」

「「「畏まりました」」」

 

「行け」

 

一礼したメイド三人は、彼女達の足下の影へと消える。

 

「イィ…!」

ヒソカが小声で呟く。最高、…いや最高なんて言葉では足りない。ヒソカの昂りはどんどん強固なものになっていく。

最初はメイドの三人の内、誰かが影のようなアレを使っていると思っていた。だが、実際に操っているのはリュンヌだろう。メイドはその駒でしかない。イルミの忠告は、恐らくあの時かかってきた電話がリュンヌからの呼び出しか何かであったこと。そして「憑かれるから」という言葉は、あの影が起因しているとしか思えない。

 

「で、さ〜〜〜。そこにいるピエロ、お前ただの傍観者か?それなら別にいいんだけど、もう違うだろ?」

「!」

 

バレているなら隠れていても意味はない。ヒソカは木陰を出て、3人の前に出た。

 

「やぁ♥リュンヌ」

「お〜…えっと」

「…ヒソカだよ♦」

「あ〜。そんな名前だったな!…ここに来たのはイルミの差し金か?」

「いや?彼は寧ろ忠告してくれたんだ♥まあ、元々仲間から招集されていて来るか迷っていたんだけどね♠…来て本当に良かったよ、とてもいいものが見られた」

「それで勃起してんの?うは、変態だな」

 

「んで…」

リュンヌの視線が鋭くなる。

 

「その仲間ってのが、さっきの侵入者ってわけか」

「…ご名答♦黒髪の男がいただろう?彼は返して欲しいんだ♠」

「そういうことか…。えーと、な。数日中に返品すっから、発散するならこいつらと遊んでろ」

 

リュンヌが指差した先には、フィンクス達が殺したはずの警備員の内、二人が立ち上がっていた。それぞれ瞳が緑と青に光っている。

「まったく、死人に憑依させんでも…」

「こっちの主に何を言っても無駄でしょう?」

「うむ…」

 

「そそ。諦めは大事、ってな。じゃ、頑張れよ♪」

 

リュンヌが副会長と執事を連れて、その場を離れようとする。ヒソカは逃がすまい、とリュンヌ目がけて【伸縮自在の愛/バンジーガム】を貼付けたトランプを投擲し、自身は死体の一人目を倒すべく突撃した。




念能力
【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】(リュンヌ使用時)
・特質系能力
四大精霊を召還・もしくは己に憑依させその能力を使用できる。
憑依状態では精霊の属性によって瞳の色が変化する。精霊は同時に2体までしか召還・憑依できない。また、相反する元素も同時に召還・憑依できない。
<制約>
召還時:精霊が自身から遠くへ行く程オーラが減少する。憑依時:自我が薄い為、精霊の個性が前面に出る。

【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】(カゲ使用時)
・特質系能力
四大精霊を召還・もしくは己、自身の眷属、意識のない人や動物に憑依させその能力を使用できる。(死体も可)
憑依状態では精霊の属性によって瞳の色が変化する。精霊は同時に2体までしか召還・憑依できない。また、相反する元素も同時に召還・憑依できない。
<制約>
召還時:精霊が自身から遠くへ行く程オーラが減少する。憑依時:自身と眷属に対してはなし。意識のない人や動物に憑依させた場合は、召還時同様遠くへ行く程オーラが減少する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レッド家の犬/前編

そう、これは不良が子猫を拾った時に受ける『ジャ●アン効果』に似ている。

(by リュンヌ)

 

 

 

 

 

「それで…念を知らない、危うげなクルタ族を誘拐してきたの?」

 

頭が痛い、というようにアセナがこめかみを押さえる。現在、ソレイユとアセナはレッド家の別宅、その一室にいる。

 

「ゆ、誘拐じゃねーし!」

「じゃあ、本人の許可は?」

「…ってない」

「はぁ?」

「取ってないです、スンマセン」

 

「それを世間では誘拐っていうんだよ…はぁ〜………」

深い溜め息を吐いたアセナは、サングラスの位置と姿勢を正してから改めて口を開いた。

 

「まず、リュンヌや旦那様に直接アタックしなかったことだけは評価してあげる。そんなことしたら、リュンヌと旦那様のストレスが天元突破するからね。『誘拐』の後ろめたさがあったから、僕を呼び出したんでしょ?」

「…そうとも言う」

「そうとしか言わないんだけど。勘弁してよ…、自分の立場が本当に分かってない。レッド家のご息女が誘拐したんだよ?攫ったとこから、ここに来るまで一体何人に見られ、何台の防犯カメラに映ったと思う?」

「ぐ………。クラピカは、う…訴えたりはしねーと、思う、思いマス…」

「そうかもね。クラピカはしないかもね。クラピカは」

「…」

「…まあ、念を教えるにしても客人扱いにしたら…奥様の勘違いが怖い。一番マシなのは、執事見習いにすることかな」

「! いいなソレ」

「良くない。仕方ないからそうするだけ…。で、大事なのはここから」

「あ?」

「リュンヌはクラピカの前で女装、解いてないんでしょ?」

「当然!!!」

 

ソレイユに取って当たり前なのだ、リュンヌが『男の娘』なのは。

 

「はぁ〜〜〜………」

 

アセナの深く長〜い溜め息が部屋に響く。

主人の厄介事を片付けるのもまた、執事の『責務』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<クラピカ視点>

ゾルディック家を後にし、皆と別れて数日。私は雇い主を求め、斡旋所を訪れた。しかし、パンクな格好をした店員は、仕事を紹介してはくれなかった。

 

彼女が口にした『ヒヨッコ以前の問題』『ハンター試験はまだ終わっていない』それが何を意味するのか。そして、一番の疑問。

 

「…何が見える?あたしの横にさ」

問いながら、左手は空を指す。…少なくとも、私には何も見る事が出来なかった。

 

「見えるようになったらもっぺんおいでよ。それがココの最低条件…」

 

頭の中で、言われた言葉を何度も反芻する。私には認知できない『力』、その正体を知り取得しなければ先には進めないのだろう。

 

「ど、どどどッ…!」

「?」

焦った様な声が前方から聞こえ顔を上げると、目の前に高い壁が出現していた。

「どいて下さい〜〜〜〜!!!」

「!?」

 

回避も虚しく、私は壁に激突した。

 

 

 

「ッ…!」

「う〜…、やっちゃった………」

 

恐る恐る目を開けると、壁と勘違いした大量のコンテナが周囲に散乱し、それを持っていた先ほどからの声の主_プラチナブロンドのセミロングの髪、メイドの格好をした少女がいた。歳は15歳程だろうか、大きなグレーがかった蒼い目をしている。そして、小さな体躯がどこか小動物を思わせた。

 

「その…大丈夫か?」

「! す、すみません!!」

「いや、私も考え事をしていて不注意だった。すまない」

 

未だ踞る少女に手を貸そうと、右手を差し出す。

 

「あ、ありがとうござ…ッ、!!」

 

手を取ろうとした少女の顔が苦悶に歪む。まさか…。

 

「足をくじいたのか?」

「…はい」

「病院に連れて行こう。肩を…いや、横抱きの方がいいだろうか?」

「! びょ、病院なんて…大丈夫です!」

「…そうは見えないが」

 

「この荷を届ける仕事の途中なんです。病院に行っている暇はありません」

 

少女の今までのオドオドとした口調と雰囲気は一変し、そこには強い意志が宿っている。しかし、負傷した足でこの大量のコンテナを引き続き運ぶのは難しいだろう。

 

「…であれば、一つ提案だ」

 

 

 

 

 

半日程かかって、絢爛な館に着いた。その玄関先にコンテナを固めて置く。

 

「ほ、本当にありがとうございました!!」

「いいんだ。キミが足をくじいてしまった一因は私だからな」

 

あの後、コンテナを変わりに運ぶことを申し出た。ゾルディック家の試しの門、その特訓が役立ったと言わざるを得ない。大量のコンテナはとても重かった。この少女が持っていた事が驚きだ。

 

「あの!良ければその、使用人用の宿舎があるのでそちらでお茶でもいかかでしょう?」

「好意だけ頂くよ。先を急ぐからな」

「そうですか…」

「ああ」

 

お互いに顔を見合わせ、微笑む。帰ろうと、踵を返そうとしたその時、

 

「ニト!」

 

「は、はいぃ!」

少女がビクッと肩を揺らす。『ニト』は道中で聞いた少女の名だ。館の中から、二人のメイドが現れた。一人は黒髪のショートカットでアーモンドのような目が猫を思わせる。身長が高く、日に焼けた肌が魅力を引き立てていた。そして、続くもう一人。ニトを怒気の籠った声で呼んだ人物は、ゆるくウェーブしたセミロングでグレイッシュな髪をポンパドールにして、顔には眼鏡をかけている。その冷たい視線から、怒りがありありと見てとれた。

 

「…遅れたワケを言いなさい」

「あ、あのぅ、その…」

 

震えるニトに、溜まらず助け舟を出す。

「彼女は、道中で私とぶつかり足を負傷した為、私が変わりに荷を運ばせて貰った。遅れたのは私の力が及ばなかったせいだろう、すまない」

「そ、そんなクラピカさん…!」

「ぶつかった、ですって?」

 

何故か、より一層、眼鏡越しの視線が冷たくなる。

 

「カズキ、貴方ニトに中身を伝えなかったのですか?」

 

『カズキ』と呼ばれた黒髪のメイドが、顎に手をあてて思案する。

 

「え?うーん。もしかしたら、忘れてたかもな!」

「…全く。ニト、箱を開けなさい。クラピカさん…でしたか?すみませんが、もう少々この場に留まって頂きます」

 

 

 

「「………」」

 

「アハハ!見事に粉砕されるか、ヒビが入ってるな!」

「笑い事ですか、衝撃が大きければ緩衝材も無意味。この割れたラバカのクリスタルガラスのグラス、ベースやボウル等の装飾品。ニトの給与何ヶ月分でしょう」

 

脂汗が止まらない。

 

「そ、その…私はハンターになったばかりで余裕はないんだ」

「…クラピカさん」

「な、なんだ!?」

 

ニトが満面の笑みでこちらにすり寄る。祈る様に手を合わせ、大きな瞳を潤ませて。

や、やめてくれ。

 

「確か、お仕事を探してらっしゃるんですよね?………ね?」

「あぁ、だが私の目的とする雇い主は「ご主人様方が、他の方達に引けをとるとは思えません。それに、執事の手が足りないと執事長が仰っていました」

 

「ですから、頑張って()()()返済しましょう…?」

 

 

 

 

 

「私は、執事長のアセナと言います。ニトさんからの紹介と、ラバカの件を聞きました。…御愁傷様です」

 

執事、というがスーツに身を包んだ私と同い年くらいの青年が名乗る。丸いサングラスがで表情は見えないが、その声で同情は十分に伝わった。

 

「…聞いているかも知れませんが、改めて。クラピカといいます」

 

私は応接室で、所謂_面接を受けている。逃亡は叶わなかった。

 

「なんでもハンター試験に合格したばかり、とか」

彼が紅茶を口にしながら、こちらを伺う。何か、そう…見定める目だ。

 

「ええ」

「…斡旋所には?」

「行きましたが、その…」

「断られたでしょう?」

「! はい。あの…どうして、断られたと分かったんです?」

 

サングラスの向こうの、伺い知れない目を見て問う。

 

「…ソレが知りたい、ソレを学びたいなら、ここはとてもいい環境にありますよ」

「今の発言は、ここで働けばソレを教えてくれると取っていいのでしょうか?」

 

彼は小さく頷いた。

 

 

 

無事採用され、配給されたスーツ(燕尾服は断った)一式を持ち、館の奥に立つ使用人用の宿舎に案内された。

「右が男子寮、左が女子寮です。深夜の行き交いは禁止されてはいませんが、オススメはしません。本分をわきまえるように」

「心配無用です」

「あと…従業員同士なら口調は崩して構わない。僕のこともアセナでいい」

「助かる。私もクラピカで構わない」

 

宿舎の中は、まだ時間が早いせいか人の気配はない。宿舎であっても隅々まで掃除されており、玄関から廊下まで清潔感と明るさがある。アセナに続いて階段をあがり、二階の角部屋へと案内された。

 

「ここがクラピカの部屋。隣は空いてて、向かいは僕だ」

 

部屋の鍵を開けて、アセナが中に入るように促す。それに従い中に入ると、宿舎の一室とは思えない広さと設備が目の前に広がっていた。

部屋の中央に大きなベッド、部屋のサイドには小さな冷蔵庫と大きなテレビにネット環境。洗面台とシャワーとトイレ。十分な収納スペースがあるクローゼット、簡易キッチン。

 

「…」

「一階に食堂と大浴場があるから後で見に行くといい。食堂は、バイキング形式。小腹が空いたら、食堂横にある棚にある飲食物はタダだからそこから持ち出してくれて構わない。洗濯は交代制、ランドリーバスケットを部屋の前に出してれば当番の者が洗って、夜にはボックスに入れておいてくれる。潔癖とかプライバシー的に嫌っていうなら、洗濯室に行って自分でやって。寮に関して、何か質問は?」

「い、今の所、特にないが」

「が…?」

「使用人にしては、過分すぎる施設と内容では…?」

「…それだけ大事にされてるってことさ。働きで応えることだね」

「ああ」

「部屋の前で待つから、着替えたら出てきて。随所、顔合わせに行こう」

「了解した」

 

 

 

 

 

目の前にそびえ立つ高層ビルを見つめる。噓だといってくれ。

 

最初にコンテナを運んだ場所は、雇い主の別宅の一つだったらしい。そのあとも幾つかの別宅、そして別宅の数倍の大きさの本邸、それぞれで働く庭師から料理長まで、会えた従業員の全てに挨拶をした。

 

そして、漸く雇い主に挨拶をすることになり、やってきたビル街。

 

「私の見間違いだろうか…レッドグループと書かれている気がする」

「間違いなく、レッドグループと書いてあるね」

「アセナ、契約書諸々にはそんな名前は出て来なかったが…?」

「派遣元のカンパニーと、その社長の名前はちゃんと出てたよ。大企業なんだから、従業員が何か問題を起こしたときには、すぐ切れるようにする対策さ。飴と鞭だね」

「…」

 

「何か問題でも?」

「その…ハンター試験の同期で、ソレイユとリュンヌがいて…友人になったのだが」

「…ここでは、友人の前に使用人、ね」

 

「…わかっている」

なんとも言えない、複雑な心境だ。

 

 

 

「旦那様と奥様は出張中。後日顔を見せるとして、ソレイユ様とリュンヌ様は執務室で歓談中、そちらに行こう」

乗ったエレベーターが上昇する。

 

ついこの間までの、ハンター試験の受験者仲間という関係から、主従の関係になる。どういう顔をすれば、正解なのだろうか。

 

「…その、クラピカ」

「?」

「リュンヌ様はあることで、ソレイユ様に対して大変お怒りだ。あまり過剰反応せずに見守ってくれると助かる」

「ああ…ん?リュン…リュンヌ様が怒るとは…ソレイユ様は一体、何を?」

「拾い物。詳細は秘密、たまにやる悪癖だよ」

 

会話をしている間に、目的の階にエレベーターが到着した。執務室の前には、

同じ顔、同じ髪型をした三人のメイドがいた。

 

「新しい執事見習いの顔合わせを、お二人にお願いしたい」

 

アセナの言葉に、メイドたちが頷き、一人が中に入っていく。一分も立たない内に、執務室の扉は開かれた。アセナに続けて室内に入り、礼をした。

 

「ソレイユ様、リュンヌ様。新しい執事見習いを紹介致します。ご友人と聞いていますが、ここは改めて」

「クラピカと言います。よろしくお願い致します、ソレイユ様、リュンヌ様」

 

頭を下げたままでいると、リュンヌから声が掛かった。

 

「頭を上げてください、クラピカ。お父様とお母様…それと親族達や公の場以外は『様』付けも、丁寧な口調もいりません。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

リュンヌの言葉に胸を撫で下ろし、言われた通りに頭を上げる。

そして、目の前の光景に絶句した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レッド家の犬/中編

連載再開…!(ktkr

従ってイズナビを出す予定を【大噓憑き/オールフィクション】!!
嬉しいけど、展開どうしようか…笑


目の前の光景に絶句した。

 

「ほら、ソーちゃんもクラピカに挨拶しないと」

 

リュンヌに促されたソレイユが口を開く。

 

「ひっ…うぅ…む…むり…りゃ……あはは!も、ゆるひ…あははははは!」

 

ソレイユが笑うのも無理ない。

彼は手と足首に枷を嵌められ、床に伏している。Tシャツと短パンという露出度の高い服を着ていて、足は裸足だ。そんな軽装のソレイユの周りに群がる生き物、それは六匹の狼だった。ざりざりとした赤い舌で、ソレイユの肌をひっきりなしに舐めている。狼達に攻められ、ソレイユの顔は紅潮し口の端から涎が垂れるが、それも床に落ちる前に舐めとられる。くすぐったさからだろう、全身はピクピクと痙攣している。

 

そして、そんなソレイユの姿を、リュンヌがハンディカメラと固定カメラ2台で撮影している。

 

「…」

 

「固まるのも過剰反応だ」

アセナに耳打ちされ、ハッとなり姿勢を正す。そして、室内にはソレイユのなんとも言えない声だけが響く。

 

 

 

「リュ、リュンヌ…。その、ソレイユは一体いつからその状態なんだ?」

 

空気に堪えられず、口を開いた。

 

「…ええっと、どのくらい経ちましたか? アセナ」

 

問われたアセナが、スーツの内ポケットから懐中時計を取り出して、針を見る。

 

「4時間程かと」

「そう…素材も揃ったし、終わりにしましょうか」

 

…何の素材だ!? と、とりあえず、働くに当たってリュンヌを怒らせない様にしなければ。絶対に。

 

「キャトルさん、この子達を持ち場に」

「畏まりました」

 

アセナの指示を受け、執務室へ案内してくれたメイドが頷く。

狼達は、きちんと躾られているようで、メイドの後を追い二列縦隊で退室した。

 

一方、狼達からのくすぐりから解放されたソレイユは「ふー、ふー、ふー」と息を整えた後、膝を伸ばして跳ね起きた。そして、付けられた枷は鍵を使わず力のみで破壊した。

 

「あ゛〜、全身狼くせえ…」

気怠そうなソレイユが、ソファーに身を投げる。

 

「ソレイユ様、タオルです。何かお飲物は?」

「ん。水…」

「畏まりました」

 

アセナがソレイユへと、流れる様にタオルを手渡し、部屋の端に置かれたワゴンへ向かう。

「! アセナ、私がやろう」

「…いいや。クラピカ、君にはまだ礼しか教えていない。そんな状況で執事然とした仕事は無理だ。今日は見て学んで、明日から本格的に教えよう」

「…分かった」

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

漸くお仕置きが終わり、解放された身体を屈伸させる。感覚を確かめるように、バキボキと関節を一通り鳴らした。

 

「ソレイユ様」

 

アセナから差し出された水を一気に飲み干す。

 

「…落ち着いた?」

 

向かいに座るリュンヌから声が掛かった。

 

「ああ…」

「思考回路も?」

 

間違いなく、クラピカを攫ったことと、その過程を咎められている。この4時間で身に染みた、リュンヌは相当怒っている。

 

「その、もうちょっと考えてから行動する、します…」

「報連相もね」

「うぃ」

 

その返事に、『よしよし』とリュンヌが俺の頭を撫でる。さっきまでの放置プレイ(?)もあって泣けそうだ。

 

「ご歓談中すみません。リュンヌ様、セキュリティ部からのお呼び出しです」

 

リュンヌ専属メイドが告げると、リュンヌの手が頭から離れる。ちぇっ。

 

「分かりました。ソーちゃん、また後で…いや、また明日かな?」

「おう」

 

リュンヌはメイドを伴って退室した。

外を見ようとブラインドを開けると、空は暗く月が青く光っている。『また明日』だな。

 

「アセナ、俺はもう帰って寝る。クラピカ、お前も今日はもう休め。あと、さっき見た事は他言無用だ」

「畏まりました。車を呼ぶので少々お待ち下さい」

「…畏まりました」

 

アセナの返事にクラピカも続く。色々と納得していないのが、一目瞭然な顔だことで。

 

 

 

 

 

鳥のさえずりと、人の動く気配。窓から差し込む温かい太陽光によって目が覚めた。

 

洗面所で身を整え、ジャージに着替えた所で部屋にノックが響く。それに応えると、

 

「「「おはようございます、ソレイユ様」」」

 

綺麗に揃った挨拶と礼で、俺専属メイドが入室した。いつ見ても凸凹な三人組を、俺は気に入っている。リュンヌの所の三人組は、無個性過ぎて正直ちょっと苦手だ。

三人にそれぞれ指示をし、俺は日課のロードワークに移ろうと部屋を出た。

 

「執事になれば、『力』を教えてくれるのではなかったのか!?」

 

廊下に響き渡る声に、足が止まる。

 

「…昨日も言ったが、クラピカ、君はこの家の執事になりはしたがまだ仕事はまともに覚えていない。先に一通り執事の仕事を覚えなければ、先には進めない」

「それは理解しているが、納得は出来ない。始業前の瞑想が当面の修行など…私には時間がないんだ!」

 

アセナは説き、クラピカは反抗する。二人の遣り取りはそれなりの時間なされたようで、他の使用人たちも作業の手を止めはしないが、心配そうに様子を見ている。

 

「朝から元気だな」

 

俺の言葉に反応し、二人が挨拶を返す。それに手で応え、言葉を続けた。

 

「任せて悪かったな、アセナ。お前の教育は合わないようだから、こっちで引き取るわ」

「…宜しいので?」

「お前に啖呵を切ったんだ。嫌とは言わせない」

「では、お任せ致します」

 

一礼し、アセナがその場を去る。

 

「…ありがとう、ソレイユ」

「…」

「…ソレイユ?」

 

はあ。バカだな…。

 

「着いてこい、クラピカ」

 

アセナは間違いなく、この家の念能力者一、優しさと常識を持っているのに。

 

 

 

「ロードワークに行く前に、俺の専属メイドを紹介する」

 

庭で運動着に着替えたクラピカと待ち合わせた。

 

「左からカズキ、ニト、ミシマだ」

「! よろしく頼む」

「「「よろしくお願い致します」」」

 

アセナ発案のクラピカ『再誘拐』に協力した三人だ。確か、ニトはそれで足をくじいた設定だったか…?

 

「これから色々三人に教わることがあるだろうから、まあ…仲良くやれよ」

 

俺の言葉に、眼鏡をかけたメイド_ミシマの瞼がピクッと反応する。

うーん、クラピカとミシマ。神経質同士…ぶっちゃけ、相性悪そうな組み合わせだ。

 

「じゃ、カズキとクラピカは俺とロードワーク。二人は予定通りに」

「「いってらっしゃいませ」」

「ん。行ってくるわ」

 

『多分、いつもより早く帰る』とは言わなかった。

 

 

 

十キロ程離れた広い河川敷まできた。500メートルごとに、走る速度をあげるビルドアップ走で。

俺とカズキは当然余裕だが、クラピカは息を乱し、全身汗だくだ。

 

「んじゃ、息整えてる間に念について教えっか。頼むわ、カズキ」

「御意」

 

「クラピカのいう『力』っていうのは、『念』を差してるんだ。『念』とは体にあるオーラ、その生命エネルギーを自在に操る能力のことな! それは生ける者の誰もが微量に放出している………四大行は、纏・絶・練・発からなり………」

 

クラピカは、カズキの言葉を一言一句聞き逃さないように必死だ。俺は腰掛けるのにちょうどいい大きさの石に腰掛け、空を仰いだ。

 

「だから、アセナさんはクラピカに瞑想させてたんだ。念を目覚めさせようって」

「…念を目覚めさせる方法は他にないのか?」

「…」

「あるのだな、ならその方法を教えてくれ」

 

沈黙は肯定、か。カズキに助け舟を出す。

 

「あっても教えない」

「何故だ!?」

 

「一つ、外法かつ裏技だから。二つ、一週間もあれば瞑想で目覚める才能があると判断できるから」

「…!」

「三つ、お前は基礎体力すら未熟だ。寝言は寝て言え」

 

俺の言葉にクラピカが口を噤んだ。

 

「まあ、そのヤル気に応じてちょっと実演してやる」

 

念講義の間に集めていた拳大ほどの石を手に取り、カズキにアイコンタクトを送る。

 

「よっと…!」

 

カズキに向けて、放物線を描くように連続して石を投げる。投擲した石は、一つ残らずカズキの眼前で砕け散った。彼女の念能力によって。

 

「!!」

 

「これも数多ある念の一つでしかない。とりあえず、執事業務に基礎訓練を組み込んでやるから、瞑想と一緒に頑張れよ」

「…わ、分かった」

「じゃ、一度家に戻るか」

 

二人に呼びかけ、同時に走り出す。

先ほどと同じビルドアップ走でだが、最初の500メートルの入りが、行きの最後の500メートルのタイムと同じ設定にする。

 

 

 

案の定、クラピカは行きの比でなく疲労した。家の庭先についた途端、地面に膝をつき、胃の中の物を吐き出しながら『ひゅー…』と拙い呼吸をしている。

そんなクラピカを見て、カズキの顔が歪む。

 

「勘弁して欲しいな…。アタシ、ゲロの片付けって嫌いなんだ…あ!ソレイユ様の吐瀉物は別です!!」

「…それは言わなくていい。マジで」

 

「「お帰りなさいませ」」

ニトとミシマが出迎えに来ていた。二人も帰りが早いと予想していたようだ。

 

「…クラピカの業務指導と修行を三人で分担して頼む。ハードワークで構わない」

「「「畏まりました」」」

 

「あちゃー…、大丈夫ですか?クラピカ」

「!」

 

俺たちは一斉にクラピカに目を向けた、案の定リュンヌがその背をさすってあげている。

 

「! だ、だいじょう…おぇ…」

「大丈夫じゃないですね…失礼します」

 

そう言って、リュンヌがクラピカの口に迷い無く指を突っ込む。クラピカの顔が紅い。ギ、ギルティ…。

 

「全部吐いた方が楽ですよ〜」

 

「…お前ら、ハードワークじゃねえ………超々ハードワーク…腰が立たないようにしてやれ!!!」

「「「畏まりました!!!」」」

 

「…あの貴方達、聞こえてますからね?」

 

 

 

落ち着いたクラピカが立ち上がり、リュンヌの手を見やり申し訳なさそうにする。何か拭く物を探しているようだ。

 

「全く、ハンカチを持つ事から教えることになるとは…」

 

ミシマが呟きながら、リュンヌにハンカチを差し出す。しかし、リュンヌは首を振り、それを取ることはしない。

 

「念を教えたんでしょう?」

「説明だけで、見ての通り精孔は開いてないけどな。…ああ!」

「そういうこと」

 

リュンヌが【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】を発動させる。

どこからともなく現れた水がその手を円形に包み、汚れを流し終わると消え、続けて手に沿って風が回転した。水気が取れ、一瞬で手が乾いている。

 

「…いつ見ても、食洗機だな」

「フフ」

 

「…!? それも念能力なのか…!どのような能…グフッ」

 

クラピカが身を乗り出すが、その首根っこをカズキが掴んだ。

 

「ストップな!」

「じ、自重は従者の基本ですぅ…」

 

カズキとニトに続けて、ミシマが口を開いた。

 

「…皆、口を慎みなさい。お二人とも、お気になさらず道場へどうぞ。この男に、一週間で業務の基礎と完璧な纏を叩き込んで見せますわ」

 

ミシマの言葉に、三人の口角が揃って上がる。

 

いつ見ても凸凹な三人組を、俺は気に入っている。

だが、そんな三人の難点が一つ。それは、外見は三者三様だが、性根が同じであること。

 

彼女達は生まれながらの_サディストだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レッド家の犬/後編

お久しぶりです。
ちょっと精神回復してきたので、ボチボチ頑張ります。ねんどろ、絶対買う。

そして書いててキャラ多いのと、別に今まで出て来てないという理由で、このお話から執事長がアセナになってます。一応これまでのお話でも執事長という立場に修正しましたが、見逃していたらすみません。


<クラピカ視点>

レッド家で働くことになった私は、業務ともに約束の『力』を教授願おうとアセナに迫った。確信的な何かを隠しているようなアセナは、瞑想や禅をするようにと告げ、言葉を濁した。納得など出来ない。

 

「執事になれば、『力』を教えてくれるのではなかったのか!?」

「…昨日も言ったが、クラピカ、君はこの家の執事になりはしたがまだ仕事はまともに覚えていない。先に一通り執事の仕事を覚えなければ、先には進めない」

「それは理解しているが、納得は出来ない。始業前の瞑想が当面の修行など…私には時間がないんだ!」

 

私は絶対に、9月のオークションまでに強くならなければいけない。いや、強くなる。

 

「朝から元気だな」

 

背後から声に振り向くと、ジャージ姿のソレイユがいた。一瞬、昨日のあられもない姿がフラッシュバックし、慌てて頭を振る。

 

…アセナとソレイユの遣り取りの末、どうやら私のことはソレイユが見てくれることになった。ソレイユの実力は不明だが、ハンター試験での様子や過去の話からして、彼も『力』を使えるのだろう。それに加え、リュンヌは確実に私の数倍強い。その兄なのだから、彼も同じ様に強いはずだ。

 

「着いてこい、クラピカ」

 

私は迷わず、ソレイユの後を追う。

その選択が間違いだったことを知るのは、僅か数時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双子と別れた私に待っていたのは、修行なんて生易しいものではなかった。ミシマとカズキの二人に問答無用で精孔を開けられ、やっとのことでオーラを留めることが出来た…かと思えば、河川敷でカズキから教えられた念を永遠に復唱されながら、『体術訓練』という名の『暴力』を二人に代わる代わる、日付が変わるまで受け続けた。

 

二人とも、私とは比べ物にならない実力を持っていた。手も足も出ず嬲られた結果、身体中が悲鳴をあげ空腹と喉の乾きで今にも倒れてしまいそうだ。

 

「…み、水を一杯だけでいいから飲ませてくれないか」

 

「アハハ、だってさミシマ〜」

「…面白いことを言いますね。水なら貴方が這いつくばっている、その地面にあるでしょう?」

 

カズキが笑い、ミシマが此方を差して言う。

 

「…この泥水を、飲めというのか?」

「気絶した貴方に甲斐甲斐しく、バケツの水を掛け続けてくれたニトは優しいですね。おかげで水には事欠きません」

「優しいなんて、エヘヘ照れます〜」

 

…一体何処が優しいんだ。掛けられた水は、元から茶色く濁り悪臭を放っていた汚水だ。それが地面に混ざり、この上なく不快な泥水となっていた。

 

「別に、飲む飲まないは貴方の自由です。ですが今日から一週間、貴方に与えるのは一日一缶のレーションのみ。水分は取れる時に取るのが賢いと思いますが」

「嫌なら自分の小便、って手もあるぜ!」

「全然美味しくないのでオススメしないですよぉ…?」

 

「ま、待ってくれ本気か!?」

 

3人の言葉に、さもそれが当然の様な口調に戸惑う。

 

「…貴方はソレイユ様が与えられた『執事長よる教育』を拒否した。慈悲をです。なら、文句はないはずでしょう?」

「執事長だったら、ゆっくり精孔開いたさ。美味しい飯に、あったかい風呂と寝床が確約されてたのに。もったいないよな〜」

「私達の教育にあるのは、レーションとバケツの水と不眠不休です!」

 

そう言って弧を描く彼女達の口元に、それが本気なのだと知った。

 

 

 

 

<アセナ視点>

クラピカを虐め…否、一応教育している三人は日に日に輝きを増し、それに反比例してクラピカはボロボロになっていた。僕はなるべく四人を視界に入れない様に努めた。努めてはいたが、完全に避けるのは無理だ。

クラピカにマゾの素質はないようで(あっても困るが)、ボロボロになっていく身体とは逆に、その目は三人に対する憎悪にも近い怒りで爛々と燃えていた。それがより一層、三人の興奮を煽っているとも知らず…。

 

 

 

「…大丈夫かい」

 

修行6日目の夜、中庭の隅に座る彼へ声を掛けた。夜は冷えるのに下着だけを身に纏ったクラピカは、集めたのであろう落ち葉やポリ袋で暖を取っていた。

 

「大丈夫に見えるのか…?」

「…すまない。愚問だったね」

 

歪むクラピカの表情に、思わず謝罪の言葉が出た。夜風が冷たくて、持っていた水筒のコップに中身のホットチョコを注いだ。瞬間、『ぎゅるる…』とクラピカの腹の音が鳴った。

 

「…一口どう?」

コップを彼へ差し出すが、首を横に振られる。

 

「…レーション以外を摂取したことがバレれば、必ず酷い目に遭う。きっと三人の内、今も誰かがこちらを視ている。寝ている時だって数時間おきに襲撃されるんだ。…分かったら、それを仕舞ってくれないか?」

「ふ…っふふふ!」

「!?…何が可笑しい?私はアセナの……ッ…」

「僕の、何?」

「…」

「僕の教育は、君には生温かったんだろう?」

「……すまない。八つ当たりだ…」

「いや、こちらこそ笑ってしまって申し訳ない。ただ、三人をよく理解出来ていると思ってね」

ルールを破った時程、彼女達の教育は厳しくなる。そしてそれが、彼女達を悦ばせる。

 

「笑ったお詫びをさせてくれ」

インカムで三人にホットチョコは見逃せ、と指示を出す。御意の返事を受け、改めてコップを差し出した。

 

「…本当に飲んでも罰は受けないのか?」

「僕は彼女達の上司だよ。なんなら、ソレイユ様に連絡しようか?」

「…有り難く頂く」

 

ソレイユの名を出すと、クラピカは漸くコップを受け取った。

 

「明日までの辛抱だ。頑張って」

「…そ、れは、その…教育を誰かに…変わってもらえるという事だろうか」

 

恐る恐る、そう尋ねるクラピカに思わず再度笑ってしまった。彼女達の半分性癖が混ざった教育は、もうご免なのだろう。

 

「君がそう望むのならね」

 

 

 

翌、深夜零時。僕らは道場に集まった。

 

「纏」

 

「絶」

 

「練」

 

ミシマの声に合わせて、クラピカがオーラを操る。双子にこの一週間の成果を見せる為に、設けられた時間だった。

 

「…ご覧の通り。練はまだまだですが、如何でしょう?」

「如何も何も…なぁ?」

「う…うん」

 

ソレイユとリュンヌが口籠る。まあ、当然だ。

 

「一週間で纏を、って言ってなかったか?」

「で、出来過ぎてびっくりです…完璧だと思いますけど…貴方達、ほんとにハードワークを…お、お疲れさまです、クラピカ」

 

リュンヌの言葉で、クラピカの目に涙が溜まる。その涙が溢れない様、キツく拳を握る姿に思わず口が開いた。

 

「クラピカも相当疲れているでしょうし、明日は一日休息で、水見式や今後については明後日以降…で問題ないでしょうか?」

 

「俺は問題ない」

「私も…そもそもソーちゃん主導ですし」

 

「では、明後日の午前11時にクラピカを伴ってリュンヌ様の執務室に伺います。ソレイユ様もご在席下さい」

 

 

 

 

 

<クラピカ視点>

自身の曲がった肢体。尚も愉悦の為に振り下ろされるもの。最悪なのは、彼女達の一人が、ダメージ回復に特化した念能力者だったこと。

 

折られ、捻られ、切られ…しかし、それが治る。だから繰り返される。

 

「…ッやめてくれ…!」

 

夢か…。

窓から朝の光が射している。久しぶりにまともな食事、入浴をとったが睡眠は無理だったようだ。全身寝汗でびっしょりで、肌に張り付く寝間着が冷たく、気持ち悪い。まあ、仕方が無い。人生で精神的に参ったのは一族が殺された時だが、身体的に参ったのはこの一週間だ。地獄…その一言に尽きる。今では、ハンター試験が温かったとさえ感じる。

 

『コンコン』と部屋にノックの音が響き、続けてアセナの「大丈夫?」という声がした。

 

「すまない、うるさかっただろうか?」

『…そんなに酷くはないよ。予定通り出れそう?』扉の向こうの彼が、心配そうな表情をしているのが容易に想像出来る。そんな声音だった。

 

「問題ない」

 

今日は、これからを決める大事な日だ。

悪夢に魘されている場合などでは、なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リュンヌの執務室

分割するつもりだったので、ちょっと長いです。
お気に入り、高評価ありがとうございます!



「クリティカル!!2ポインッ!ソレイユ!!」

 

嗚呼…なんで、どうして俺は『俺』が殺せない?

 

「くそったれ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アセナとクラピカを待つ執務室で、リュンヌに蜘蛛_幻影旅団とクラピカの話を問われたソレイユは、記憶にある限りの物語で応えた。時系列や詳細に多少齟齬があるかもしれないが、旅団とクラピカのエピソードは複雑かつ、話して楽しいものではない。

特に、後輩が教えてくれた劇場版特典のクルタ族の話には反吐がでた。創作であってもそうなのだ。それが『現実』の今、語ると同時にそのことを自分に再認識させている気がした。

 

「…てのが、ことの顛末だ」

「そう…」

 

話の途中から目を閉じていたリュンヌが、一つ深呼吸して重たい瞼を上げた。視線はフラフラと宙を漂い、それからゆっくりとソレイユへ移った。いつもなら宇宙を思わせる濃紺の瞳が黒く濁って見えるのは、自分の気持ちが同じ様に暗いからだろうか。

 

「それで、ソーちゃんはクラピカを強くしてどうしたいの?」

「どうって…そりゃ……」

 

黒い目が、静かに熱くソレイユを捕らえていた。

 

「…ソーちゃんには、答える義務があるはずだよ」

 

思い出す…あの時_本屋から背を向けるクラピカを見て焦燥した。この先を、未来を知っているのに。…もし、何もせずにいて。全てが終わった後、彼の友人となったリュンヌに何と言えばいいのか分からなかった。それと同時に、キルアを慈しむゴトーと同じように伝えられた感謝がくすぐったかった。

 

「…強くして、」

 

こちらに向けられた、他者を気遣う、その微笑が眩しかった。

 

「無茶な賭けなんかさせないくらい、強くして、」

 

眩しくて、

 

「自分の足で、地に根を張って生きて欲しい………」

 

儚いと思った。

 

 

 

<アセナ視点>

クラピカを連れて訪れた執務室には、リュンヌとソレイユ、そしてソレイユ専属メイドの三人がいた。執務室の前にもいなかったことから考えて、リュンヌ専属メイド達は遠ざけられたか、リュンヌの影に潜っているのだろう。

 

「…何かあった?」

 

執務室の空気が重い。

一週間のいじめ…訓練に堪えたクラピカを気遣ってやれないのか、問えばリュンヌは肩をすくめて笑い、ソレイユは眉間に皺を寄せた。メイドの三人に至っては、視線でクラピカを殺せるのではないかという程に、強く彼を睨んでいる。睨まれたクラピカは、声を殺して小刻みに震えている。

 

「…三人とも止めてくれないかな。これじゃ、会話にもならないだろ?」

 

アセナの言葉で、三人の視線がクラピカから外れ、その顔は落ち着いた優秀なメイドのものになった。

 

「会話の場が整ったようで安心したよ。クラピカ」

 

名前を呼ばれたクラピカが、アセナの横に並び立つ。もう身体は震えていない。視線でリュンヌとソレイユへと先を促すと、リュンヌが口を開いた。

 

「一週間本当にお疲れさまでした。体調はどうですか?」

「ありがとう。問題ない」

「そうですか。それは良かった。何か不具合があれば、いつでもニトに頼ってくださいね」

 

名前を出されたニトは、リュンヌの持つウンディーネによる回復が無意味に思える程、強力な回復特化の念能力者だ。

それをとっくに知っているであろうクラピカは、静かに頷いた。

 

「…それじゃあ、腹を割って話して貰いましょう。貴方が()()()()()()()()()を、ね」

 

 

 

その問いに続いたクラピカの独白のような身の上話は酷いもので、話が復讐にいくのも、9月のオークションまでに強くなりたいという焦りも当然に思えた。

だけど、それを聞く他の五人がおかしい。まるで、既にクラピカの話を聞いた事があるかのような、凪いだ表情だった。その凪いだ表情は僕にとって、嫌に既視感があるもので。そうだ、まるで僕の能力を…

 

「アセナ」

 

話していたはずのクラピカに声を掛けられ、現実に引き戻される。

 

「…わ、悪い。ちょっと考え事しててさ…えーと、話はまとまった?誰が君を指導するって?」

「それが…」

 

苦虫を噛み潰したような顔をしたクラピカの、視線の先を追う。

 

「だから!俺が責任もって強くしてやるって言ってんだ…!」

「…気持ちは分かるけど反対。ソーちゃんの言葉足らずと脳筋指導は、クラピカに合わないと思う」

「ッ…こっちにはミシマがいるだろ!」

「系統だけで、私が降りる根拠に成ると思ってるの?」

「…譲らないぞ」

「…気が合うね」

 

…最悪だ。

いつもこの双子の言い争いは、リュンヌが折れて『はい仲直り』で終わる。折れない時のリュンヌは大抵先に策を練っており、折れたフリをしてソレイユを油断させる。リュンヌが本当は折れていなかったことにソレイユが気付くのは、明日か明後日か一週間後か一年後か、はたまた気付かずに終わっている。それが双子の決まりで、二人の常。

そのリュンヌが今日は折れない。こんなこと、双子に仕えて初めてだ。

 

「…譲らないぞ…?」

 

折れないリュンヌが信じられないのか、重ねて紡がれた声は弱々しい。

 

「だから、気が合うね。私も『譲らない』って言ってるんだよ」

「あ…ぇ…?」

「手を貸すなら、私にも譲れないことがある。クラピカには、私とソーちゃん、どちらかがピンチに陥った時はソーちゃんを助けてもらう」

「はあ!?」

「…私を優先するのは、あの三人だけでいい」

 

リュンヌが足元を見る。やはり専属メイドの三人は影に潜っているらしい。しかし、そんな言葉を掛けられたシスコンが納得するはずがなかった。

 

「お前は俺の大事な妹なんだぞ!?」

「…妹、ね」

 

フフ、とリュンヌが笑みを零す。その目が一瞬紅く染まり、部屋の色をも紅く変えた。【四大精霊のお手伝い/レンタル・エレメンタル】の中でリュンヌが一番制御できない、火の精霊『サラマンダー』が憑依した標。

 

視界を覆った紅と、熱気の中から徐々に見えて来た光景に思わず唇を噛んだ。

床に押し倒されたソレイユと、その上に覆い被さるリュンヌ。二人の服はほぼ燃えて、裸に所々布が纏わりついているといった様子だ。そんな屈辱だけでは足りないとでもいうように、リュンヌの手がソレイユの胸を弄ぶ。

 

「あ、う…やだ…」

 

堪らず喘ぎ、身をくねらせるソレイユを逃がす程、頭上の人物は優しくなかった。

 

「妹に怯えるなんざ、困った()()()()()()だなぁ」

「カ…ゲ…くそ、サラを出しやがれ!ぶっ飛ばしてやる!!」

「あはは、吠えても出さねーよ?」

「ふざけ…あっ……ン!さわん…な!」

 

ソレイユの目尻に涙が浮かぶ。仕様がないな、という素振りでカゲはソレイユを解放した。自由になったソレイユは、隠す様に自身を抱いて踞った。その姿に苦笑したカゲが、こちらを振り返った。偽りの胸は焼き払われ、割れた腹筋に鍛えられた肢体が惜しげもなく晒されている。そして、平均より大きな息子も。

 

「つーことだ、クラピー。レディファーストで頼むわ」

 

ゴトン。と、隣からイヤな音がした。見なくても分かる。そこにいるのは、白目を剥いて倒れるクラピカ。ズキズキと鈍い頭痛がしてきた。

 

「はぁ…、リュンヌに変わってくれない?」

「ん〜。難しいお願いだなぁ」

「…なんだって?」

 

カゲが考える素振りをした後、自身のこめかみをトントンと叩く。

 

「眠ってる。お姫様はお怒りみたいだぜ、おもしれぇよな」

「」

 

堪えろアセナ。僕まで倒れたら、本当に『おもしろい』ことになってしまう。

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

どこで間違った?どこでリュンヌを怒らせた…?

 

「ソレイユ様、お洋服を「だまれ」…申し訳ありません」

 

ミシマの言葉を遮り、心配するようにこちらを覗く専属メイドの三人の視線を受け流す。

そうだ、今は。

 

「カゲを一発、いや十発殴る…!手伝え」

「「「畏まりました」」」

「聞こえてんだけど、オニー…じゃなかった、オネーチャン?」

「聞こえるように言ってんだ!」

「はえー、こわいこわい。でも俺って、殴られるより殴るほうが万倍好きなんだぁ♪…お前達」

 

カゲの足元の影から、リュンヌ専属メイドの三人が出現する。今日の三人は、揃いの金髪ショートに碧眼だった。…舐めやがって。

 

「主は戦う意志がありません」

「ということは、3対4です」

「それは些か困るので、4対4に致しましょう」

 

つらつらと流れるように語る三人の影から、もう一人。現れたのは…。

 

「…痴女?」

「黙れイルミ!」

 

くそくそくそくそくそ…!こいつら、なんて奴を呼んでんだ!?いつも通りに瞬きのないイルミの目が、今は不埒に思える。

 

「イルミ様、ソレイユ様のお相手をお願いします」

「こちらの三人は」

「あなたとは相性が悪い」

 

「…ってことで、オレが相手みたい」

「誰が相手でも関係ない。俺はカゲをぶっ飛ばすって決めたんだ。邪魔するやつもぶっ飛ばす」

 

纏をし、臨戦態勢になる。背後ではメイド達がすでに戦いを始めている。

 

「肉弾戦ってキライなんだけどなぁ」

「んじゃあ、さっさとKOしてやる」

「さっさと、は無理でしょ。オレ達、何回組み手したと思ってるの?」

「…覚えてねーな」

 

自嘲しながら、右手を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アセナ視点>

現状打破。

その為に必要なこと。仕方がなかったんだ。

 

「あれは…何をやっているのかしら?」

「誠に申し訳ありません」

「謝罪は何度も聞いたわ。何度もね。…それで?」

「私では、ソレイユ様を止める事ができません。また、カゲ様には止める気がありません」

「…そう」

 

広く絢爛な執務室は見る影もなかった。破壊され、血に濡れている。そして未だ、戦いは続けられていた。僕とカゲを除く者たちで。

 

「久しぶりね、カゲ」

「おー、相変わらず栄養失調?みたいだな」

「…貴方のその、リュンヌと正反対の素直な所は好ましいわね」

「へー」

 

早々に自身の影から取り出したバスローブ姿で寛ぐカゲは、どこからくすねて来たのか、戦いを観戦しながらサンドイッチやケーキといった軽食を頬張っている。たまに、意図的に飛んでくるソレイユの念弾やカズキのチャクラム(戦輪)は全て弾くか、自身の影に取り込んでいた。

 

「貴方の話は後ね。まず…ソレイユ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ソプラノの咆哮で空気が震え、恐ろしい程の怒気が奥様の目に宿っている。

 

「げぇ!ババア…!」

 

ソレイユの一瞬の隙を、イルミ様は見逃さなかった。即座に背後に回り、ソレイユを羽交い締めにした。それに遅れて反応したソレイユを奥様の咳払いが止める。観念したかのように、ソレイユがイルミ様の腕をタップし、羽交い締めから解放される。途端、こちらに怒気が当てられた。

 

「…アセナ、恨むからな!」

「承知の上です」

「ッチ…」

 

舌打ちしたソレイユが中止の合図に右手を挙げると、徐々に空間が歪んだ。歪みから、ミシマとニト、それと三つ子の内の一人が現れる。中々派手に遣り合ったようで、ニト以外の二人は傷だらけになっているが、傷は浅そうだ。

一方、部屋の端で交戦していたカズキと三つ子の二人も部屋の中央に集う。カズキは重症の対戦相手に左右の肩を貸していた。所々身体が欠損している二人を申し訳なさそうに見遣り、ニトを呼ぶ。

主人が喧嘩しているのに巻き込まれただけで、平生の六人の中は良好だ。事後の治療のことまで考えているから、三つ子はニトに手を出さないし、出せない。

 

「さて…言い訳を聞きましょうか?」

 

奥様の問いに、ソレイユが不服そうに返す。

 

「言い訳もなにも、カゲを殴ろうとしただけだ。邪魔が入ったけど」

「そんなので一々呼ばないで欲しいな、オレにも都合ってものがあるのに」

「なら、除念師でも探せ」

「いやいや、一度試したことがあるけど駄目だったよ。呪い返しみたいに除念師が死んだ」

「マジか…やっぱ殴らせろ、カゲ!」

 

「…」

奥様が絶句するのも無理はない。ソレイユとイルミ様_この二人、今まで小一時間も殺し合い寄りの殴り合いをしていた上に、未だソレイユはほぼ全裸。所々破けたローライズなボクサーパンツだけが彼女の威厳をギリギリ、本当にギリギリ保っている。なのに、言い訳そっちのけで、気軽に会話している。奥様がゾルディックを嫌悪していることをソレイユは知らない。とはいえ、どう考えてもアウトだ。

僕の後ろではカゲが口元を覆い、笑いを堪えている。…僕も笑えたらどれほどいいだろうか、未だ目覚めないクラピカがとても羨ましい。

 

「ストップよ…」

 

嗚呼、奥様。

 

「お小遣いはストップ。口座も使わせない。そして、今日、今出て行きなさい_ソレイユ=レッド、勘当よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<イルミ視点>

落ち込んだ顔を、可愛いと感じてしまう。

 

「…大丈夫?」

「大丈夫に見えるのかよ」

「全然」

 

勘当を言い渡されたソレイユが持つのは、執務室を出る間際に執事が渡したバックパックと衣服だけ。見慣れた灰色のジャージ姿になったソレイユは、バックパックの中を漁っている。

 

「ウチに来れば?」

 

自然と口に出たオレの言葉に、ソレイユは首をブンブンと強く横に振る。

 

「お前のお袋苦手だ。カルトにも嫌われたし」

「…そういえば、あの三人のお守りに来てたんだっけ」

「ん。気持ちだけ貰っとくわ!」

 

何かを隠すように、ソレイユはオレの背中を無遠慮に叩く。

 

「相変わらず…バカ力」

 

そう呟くと、彼女は歯を見せて笑った。




<追記>空間の歪みから現れたのはミシマとニトです。早々に読まれた方、肝心な所の誤字をしてしまい、すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

影の王

<注意>前話で空間の歪みから現れたのはミシマとニトです。早々に読まれた方、肝心な所の誤字をしてしまい、すみません。


_天空闘技場。

 

<ズシ視点>

ゴンさんとキルアさんとの出会いは、彼らに対する驚きと畏敬_それと同時に、自分の矮小さを突きつけられているようなものだった。

しかし、師範代に己と他者を比べることの無意味さを解かれ、きちんと納得したのである。自分は自分を鍛えることだけに、迷わず努めれば良い。今日も、この試合にも。

 

「押忍!」

「…ん、よろしく」

 

試合開始と共に、気合いを入れて構えた。相手は目深に被ったキャップを軽く外し、挨拶を返してくれた。すると、観客席から黄色い声援と野太いブーイングが聞こえた。その反応に成る程と思わず頷くくらい、綺麗な造りの顔が見えた。

キャップを被りなおした彼は、特に構えはしていない。対戦相手のことを事前に調べたが、彼はゴンさんやキルアさんのように突如現れたルーキーのような人で、特徴に挙げられるような戦闘スタイルが見つけられなかった。

相手が拳なら拳で、蹴りなら蹴りで鏡のように攻撃を返す。即KOということはないが、負けはない。そんな風にここまで勝ち上がって来た人であった。

 

自分に対しても、そうなのだろうか?

何にしても、攻めるしかない。

 

そう決めて、直線に突き進み相手の懐に入る。腹部を狙った突きが、回避された。気にせず、どんどん攻撃を仕掛ける。右、下、背後、左、連打、上…そのどれもが相手に上手く防御を取られ、決定的なポイントが取れない。

 

「ハァ…ハァ……」

「…」

 

頬を汗が伝い、息が上がる。一方、相手の息は乱れていない。

しかし、どうして彼は自分に打ち返してこないのだろう?

 

「お前さ…」

「?」

「真っ直ぐ過ぎるぞ。攻撃にバリエーションはあるし、綺麗な型だけどそれだけだ。…例えば、だ」

 

『例えば、だ』と彼が言った瞬間、眼前に彼の顔があった。

 

「!?」

 

驚き、首を仰け反り後方へ飛ぼうとするが、その前に腹部を狙った突きを貰った。

強烈な痛みに息が出来ず、膝が折れそうになる。審判が叫んでいる、そんなの気にしていられない。同じ…試合開始の自分の初撃を真似され、返された。

と、言う事は…!思い至り、構えを取る。右手から声が掛けられた。

 

「当たりだ。頑張って防御しろ」

 

右、下、背後、左、連打、上…!

攻撃の順序が分かっているのに、身体の反応が間に合わない。右だけはなんとか防げたが、それからは滅茶苦茶だ。まともに防げず、堪らず倒れた。攻撃の手順は同じだったが、攻撃のリズム、目線や身体の動きによるフェイント、一打一打の正確性と重さ、何もかもが自分の攻撃を凌駕している。その攻撃の流れを美しいとまで感じた。

 

『…ズシ選手!立ち上がりましたッ!!しかしポイントは5−0と不利な上、ダメージが大きいようです!』

 

まだ、それを感じていたい。自分も彼のように出来たら…。

 

『このままソレイユ選手のTKO勝ちとなってしまうのか〜〜!?』

 

口内の血を吐き出し、構えて気合いを入れ直す。

 

「…ッ押忍!!」

 

見上げた先の彼が、_ソレイユさんが笑ったような気がした。

 

 

 

 

 

<ソレイユ視点>

…やってしまった。

 

母親に勘当されたソレイユに、アセナが持たせてくれたバックパック。その中には、衣類品やアメニティグッズの他、ハンターライセンスと一冊の本が入っていた。本を開くと、アセナの温情であろう幾らかのお札と押し花で出来た栞が挟まれていた。しかし、今世で湯水の如くお金を使い、身辺をメイドに任せていたソレイユだ。言わずもがな、数日でお金は使い果たしてしまった。だがしかし、おいそれとは帰れない。母親に勘当されたことはまだいい、甘い親父に上目遣い(ゲロ吐きそう)で懇願すれば許されるだろう…問題はリュンヌ。

どうしてリュンヌを怒らせたか、分からない。それが分かるまでは帰ってはいけない気がした。

 

一週間、ソレイユはストリートチルドレンのように過ごした。無論、腹は減って仕方ない。空きっ腹な所に、何処かの馬鹿がレッド家を揺すろうと寄越した刺客をぶちのめすこと3回。ソレイユはキレた。

 

そして、絶対に行かないと決めていた天空闘技場に来てしまったのである。

背に腹はかえられぬ。

 

 

 

 

 

 

「チョコロボくん、うめ〜…」

 

一週間ぶりのまともな食事や生活。試合を順調に勝ち進み、懐が温かくなってきたソレイユは好きなお菓子を買う余裕が出来ていた。廊下のモニターには数時間後に迫った『ヒソカVSカストロ』の因縁の対決を盛り上げようと、特別番組が流れている。結果を知っているソレイユは特に興味がない。アセナがくれた本を片手にお菓子を食べていると、アナウンスに呼ばれた。

 

 

 

「押忍!」

「…ん、よろしく」

 

既視感を感じつつ、小さな対戦相手を見ていると『ズシVSソレイユ』と解説者の声がした。…ズシ?……ズシってあの…あの眉毛のズシじゃん!?

天空闘技場は仕方なく来てしまったが、ゴンやキルアに会うのはご免だ。二人に関わりのあるズシをワンパンでKOしようと視線を向けると、背をピンと伸ばした構えが見えた。そして、構えにも劣らない真っ直ぐな目と視線が交錯した。

 

それがいけなかったのだ。…やってしまった。

 

前世の生家、その武道場に通う門下生とズシの姿が重なる。攻撃を受け、それを同じように返しポイント5−0とした後。調子に乗って、指導まがいな組み手をしてしまった。「急所を外すな」「テンポを変えろ」などと、思い出したくもないことを口走った気がする。穴があったら入りたい。

 

「うがあああああ…!」

「ど、どうしたっッスか?さっきの試合で頭を…でも自分の攻撃は外れてたような…」

 

堪らず、キャップを外して頭を掻きむしる。下から聞こえる声は無視。背後からくる圧も無視。

 

「自分感激したッス!ソレイユさんの攻撃は無駄がなくて美しくて…またご指導願いたいッス!」

「」

「ズシ、それくらいにしなさい」

「師範代!」

 

ついに掛けられた、背後に佇むウイングからの言葉。仕方なく、こちらも振り向く。

 

「…悪かったな。勝手して」

 

そう言って、頭を下げる。流派外のことを許可無く教えてしまったソレイユにこそ、非があるのは明らかだった。

 

「まあ、気分がいいものではないですが…」

「うぐ」

「良い組み手が見られて、僥倖でしたよ。改めて、ウイングと言います。よろしく」

 

ニコニコと笑うウイングが自己紹介と共に右手を出す。自らの非礼の直後であるその握手を、拒むなんて所業は出来なかった。

 

 

 

 

 

ズシは勿論。ウイングも些か、警戒心が無さ過ぎるのではないだろうか。

 

挨拶を返したソレイユは、二人に誘われて食事を共にしていた。ズシからの戦闘に関する質問攻めになんとか答える。め、飯の味がしねぇ…!そんなソレイユを見ながら珈琲を飲むウイングはとんだ狸である。苛ついて、ズシの五月蝿い口を塞ごうと食べ物を無理矢理に詰め込んだ。

懸命に咀嚼しようとするズシ、少し静かになった。おかげで周囲の音がよく聞こえる。気付けば食事処にまで置いてあるモニターを見て、客達が盛り上がっていた。どうやら『カストロVSヒソカ』の試合の真っ最中らしい。

机の端に置いていた本を、栞を目印に開く。アセナがくれた本は、所謂アンデルセンのような童話集だった。内容は特にこれといってピンとこないのだが、彼がわざわざ持たせたのだから何かしら意味があると信じ、読み進める。

 

「おや…白いゼラニウムとは、珍しい栞ですね」

「珍しい…のか?」

 

ウイングの呟きに、思わず身を乗り出す。本になにか意味があると思っていたのに、検討違いをしていたのだろうか。

 

「えぇ…他の色は違いますが、白いゼラニウムはあまりいい花言葉ではないですから。栞にしようと思う方も少ないと思います」

「…意味は?」

「確か…『私はあなたの愛を信じない』だったと」

 

私はあなたの愛を信じない…?

ひく、と喉の奥が釣る。意味があったのはやはり本でなく、この栞と花言葉だった。アセナではない、これはリュンヌからのメッセージだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…」

「…顔色が良くないですよ、大丈夫ですか?」

「師範代、ソレイユさんに何か言ったんスか?!」

 

頭の中で、反響するメッセージ。ウイングとズシの言葉に何か返さねば、と思うのに口が開かない。周りの音が大きく聞こえる、ヒソカとカストロの勝負の決着がつく場面らしい。そこにあるのは無駄な死だ。

 

「!?」

 

それを意識した瞬間。ソレイユのオーラが膨れ上がり、そして削られた。自身のオーラが冷たいオーラに変換される。この禍々しく使役され、足元から身体が引っ張られる感覚をソレイユは嫌と言う程知っていた。

飛ばされた先、予想通りに息つく間もなくこちらに投擲されたトランプを【全ては光から生ず/バース・ライト】で焼き付くす。

 

「…お前、いつカゲと会った?」

「驚いた♥」

「……だから、いつカゲと会った?」

 

カゲがこの場にいないのに、意識を向けてしまっただけで試合会場に飛んだ。それはヒソカが現在カゲの手中にあり、ソレイユが自身とヒソカの間を影移動したことを意味していた。

 

「うッ…」

 

足元からカストロのうめき声がする。それを合図に、周囲の人々の声が爆発した。くそ、飯を食うからってキャップを外すんじゃなかった。

 

『な、なんということでしょう!?決着かと思われた試合に、突如乱入者です!…し、しかし何処から…気付いた時にはカストロ選手の前にいた彼…ソレイユ選手は何処からきたのでしょうか!』

 

リュンヌはソレイユの愛を信じない。

決まりだ…記憶の底にあったリュンヌが怒った理由、カストロの前に来てしまった事実。

 

俺が成すべき事は、今世でも人を殺めることだったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏・影の王

ちょい短めです。


例えば。

 

例えば、暗殺未遂で針人形になった執事を一思いに殺したのはカゲ。例えば、その暗殺を依頼した人物を共に痛めつけはしたが、止めを刺したのはリュンヌ。例えば、例えば、例えば…

 

過去に送られて来た刺客や、胸糞悪い輩、奴らと戦いはしたが最後の一撃を振るうことはなかった。ソレイユが右手を振りかざす前に、リュンヌがソレイユの手を握るからだ。

 

「もう十分、あとは私が」

 

そう言って笑い、有無を言わさず対象の息の根を止める。

 

「なんで…?」

「…なんででも。私はソーちゃんにいつも沢山貰ってるから」

「…?」

「愛を、ね」

 

言葉と共にウインクを飛ばされて、嬉しいやら恥ずかしいやらで口が重くなる。

 

そうやって命を奪う瞬間の責任を有耶無耶に、今日まで生きてきた。ソレイユは前世でテロリストを殺したのを最後に、今世では人を殺していなかった。

どうしてリュンヌの手を振り払えなかったのか、振り払わなかったのか。理由は単純明快である。ソレイユは人を殺したくなどなかった。この世界で金持ちの家に生まれ、念能力者を近親者に持つ者が言える台詞ではないのに。それを察した優しいリュンヌに甘えていた。とんだ馬鹿野郎だ、クラピカに地に根を張って生きて欲しいと言いながら、己はリュンヌに依存して生きている。リュンヌに楯突く奴は排除すると宣いながら、本当は守られている。

 

尚悪いことに、ソレイユは人を殺せない所か、他人の命が散るのを是と思えない。だから、カゲの能力が発動してカストロの前に出現してしまった。

ソレイユがリュンヌの気持ちを取り戻すには、戦闘において人を殺める覚悟をしめさなければならない。隣にいるリュンヌに、ずっとその咎を背負わせるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

<キルア視点>

キルアはゴンと共にヒソカVSカストロの試合を観戦しようとしていた。が、『試合観戦も念を調べる行為に相当する』とウイングに言われてしまった。しかし一枚15万もしたチケットを諦めきれずに、キルアはゴンを置いて試合会場へと足を進める。

試合を見ようと人でごった返した会場に辟易しつつ、ちょっとした好奇心でカストロの楽屋へ向かう。そこでキルアを待っていたのは、目の前にいたはずのカストロが、いつの間にか自分の後ろに立っているという肝が冷える体験だった。

 

「…バトルオリンピアで待ってるよ。君なら来れる」

 

戦わねーっつーのに。

期待の眼差しを受け流して、試合会場へ向かった。

 

 

 

試合の終盤、カストロの敗北を確信したオレは目の前の事象を飲み込めずにいた。ヒソカがカストロとの勝負を決めようとトランプの投擲モーションに入った瞬間。ヒソカの足元から、今まで感じたことがないおぞましいオーラを感じた。吐き気を催す程強烈なそれは、禍々しいと思っていたヒソカのオーラが可愛いと思える程で。キルアは、それがヒソカ自身のオーラではないと直感的に感じた。もっと純粋で鋭利な悪のオーラだ。逃げ出したくなる足を抑え、カストロを狙ったトランプを目で追う_その先にあるのはカストロの死体ではなく、何らかの能力でトランプを次々焼尽すソレイユ=レッドだった。

 

『な、なんということでしょう!?決着かと思われた試合に、突如乱入者です!…し、しかし何処から…気付いた時にはカストロ選手の前にいた彼…ソレイユ選手は何処からきたのでしょうか!』

 

何処から来た、とかそんな問題じゃない。ソレイユが見せたオーラは熱い太陽のようで、彼が伴ったオーラとはまた別物だった。それはヒソカでもソレイユでもない第三者、悪のオーラを持つ誰かが、両者の間にいるということだ。

頭の中でどんどん沸く推測や仮説。数秒自分の世界に没頭していたが、審判の声に再び意識を浮上させる。

どうやらカストロのルール違反、という判断がなされ試合はヒソカの勝利に終わった。ソレイユが登場していなければ、カストロは死んでいただろう。当然の判断だ。ヒソカも文句はないようで、ソレイユと幾つか言葉を交わして会場を後にした。ヒソカに背を向けられ、審判に反抗するカストロをソレイユは有無を言わさず俵の様に担ぎ上げる。驚いたカストロがソレイユの上で喚く。

 

「黙れ。俺は今、過去最高に自己嫌悪してるんだ」

 

うるさい会場に、ソレイユの声はやけに明瞭に響き渡った。瞬間、視界が痛い程の眩しい光で覆われた。

 

「…がぁッ!?」

 

四方八方から、同じ様なうめき声が聞こえる。何度か瞬きをして、視界がクリアになった頃には、カストロとソレイユの姿は消えていた。

 

 

 

「ソレイユと飯食ってただぁ〜?」

「ウス!そうしたら、突然目の前から消えて…」

「気付いたら彼は試合会場にいた、というワケです」

「ワッケわかんね〜!!」

「まあまあキルア、それをちょっとでも理解するためにこれから録画を見るんでしょ?」

「そーだけどさぁ…」

 

後日。ヒソカとカストロの試合の録画を見ることになっていたオレ達はウイングの元を訪れた。すると、彼らは知らぬ間にソレイユと親しくなっていたらしい。何だか変な気分だった、ハンター試験を通してもオレ達とは親しくなんかしてくれなかったのに。

あれからソレイユは数日天空闘技場から姿を消し、たまに戻ってきては試合を消化してはまたどこかへ行ってしまう。その側にカストロの姿はなかった。

 

「やはりキルアくんの睨んだ通り、これは第三者の能力でしょうね」

 

ウイングの言葉に頷く。録画のスロー再生でより鮮明になった。ソレイユはヒソカの足元から伸びた影から出現していた。

 

「特質か操作か…どちらにしても、恐ろしい能力です。私達は試合会場からかなり離れた場所にいた、それを瞬時に移動させるなんて」

「あぁ…能力もだし、オーラはもっと恐ろしかったよ」

 

思い出して鳥肌立ったオレを、慰めるようにゴンが頷いてくれる。

 

「ソレイユに聞ければいいんだけどね…」

「ゴンはヒソカと戦うんだもんな」

「うん。試合中、おんなじ様にソレイユが目の間に現れたら困るし、そうなるかもって考えながら試合すると思いっきり戦えない」

 

「それなら、ソレイユさんにきくッス!」

「「?」」

「彼から前回の詫びに、と改めて食事に招待されましてね。これからズシと行くんですよ…君たち「「行く!!」」…そう言うと思いました」

 

レッド家の双子は、いろんな事から砂のようにすり抜けていく。

今回こそ、逃がしてなるものか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボーイズトーク

ここ何話か壁打ちツイートしてる気分なので、皆さん気軽に感想下さい。
ヤル気も上がると思うので…!


念能力

【影の泉/ナイトプール】

・ 操作系能力+特質系能力

影とその中の空間、空間内の物質を自由自在に操る能力。

また、主と契約した者は【影の泉/ナイトプール】を使用することが出来る。(契約は主の勝利が前提条件としてある)使用は主との関係性(眷属・隷属)によってその範囲が異なる。

 

眷属…【影の泉/ナイトプール】のあらゆる能力を使用可能。契約時に体内の血の半分を【影の泉/ナイトプール】の影で作った疑似血液と交換しなければならない。また、眷属は個の念能力は持てない。仮に眷属化前に個の念能力を持っていたとしても契約と共に消滅する。

 

隷属…【影の泉/ナイトプール】の攻撃能力以外を使用可能。契約時に体内の血の1/4を【影の泉/ナイトプール】の影で作った疑似血液と交換しなければならない。また、隷属は個の念能力を保持出来る。一方で【影の泉/ナイトプール】を使用した際、眷属の倍のオーラを消費する。

 

<制約>

不明

 

 

 

以上がソレイユの知っている範囲での、カゲの念能力だ。

現在、眷属はリュンヌの専属メイドの三人。隷属しているのはソレイユ、イルミ、アセナ_そしてヒソカである。だが、ヒソカの隷属化をソレイユは知らなかった。他にも知らない契約者がいるかもしれない。

 

「…」

 

だが、今は。

部屋のソファーに転がしたカストロを見遣る。一呼吸して、ソレイユは【影の泉/ナイトプール】を発動し、影に潜った。

 

影の中は無限の暗闇で、果てがない。夜目はきくが、ソレイユはあえて【全ては光から生ず/バース・ライト】で己の左手を松明のように発光させた。段々と発光を強くすると、それと同時に自身の身体が悲鳴をあげる。光と影は表裏一体、互いが弱点でもある。【影の泉/ナイトプール】で交換された分の血が燃えるように疼く。隷属しているだけでこれなのだ…ほら来た。

 

「…お帰りなさいませ、ソレイユ様」

 

身体を震えさせたリュンヌの専属メイドの一人が、光を避けた位置に現れた。左手はそのまま、発光させ続ける。

 

「帰って来たつもりはない」

「では、何用で?…光を消して頂けると有り難いのですが」

「アセナに俺の元まで来るように伝えてくれ。来ないのなら、次はもっと発光させるぜ」

「…直接、執事長の影まで移動されては?」

「アセナは大抵、主人の側にいる。今はカゲか、両親の側じゃないのか」

「…」

 

そこまで言うと、メイドは何も言わずに闇に消えた。無言の肯定を受け取ったソレイユは、身体を影から浮上させた。

_待つ事、3分。アセナがソレイユの背後の影から現れた。

 

「…また、拾い物?」

 

ソファーのカストロを見遣り、アセナが問うた。それに頷き、続けて頭を下げた。

 

「コイツを頼む」

「…栞のメッセージ、分かったんでしょう?」

「あぁ…、けど生かした。俺の人を殺める責任と、コイツは別だ」

「屁理屈に聞こえるけど?」

「…屁理屈だから」

「…」

「…」

 

アセナの短い溜め息が溢れる。堪らず、ソレイユの口元が緩む。

 

「サンキューな!」

「…貸しだからね。それに、クラピカは必要だったから執事にしたんだ。彼はそうじゃない。希望は聞くが、最終決定権は僕だ。OK?」

「おう!…と、そのクラピカは大丈夫か?」

「五体満足を大丈夫というなら、大丈夫だろう」

「全然大丈夫じゃないってことだな…。もしかしなくても…」

「そ、ご明察通り。カゲが主導してる。教育に付き合わされるミシマとニトの機嫌が悪くて困ってるよ」

「…リュンヌは?」

「ソレイユと喧嘩してから、出て来ないんだ」

「…そうか」

「驚かないの?…ずっとカゲの人格でいるなんて、今までそんなことなかったのに」

「そんな気がしてたんだ。アセナが思うより、リュンヌは頑固で横暴だぞ?」

「…噓」

「噓ついてどうすんだよ。生まれた時から一緒にいるんだ、俺の方がリュンヌを知ってるのは当然だろ」

「…は、僕の方が驚かされたよ。誇っていい。君のシスコンは、本物だ」

「言ってろ」

 

「うッ…ここは…」

 

会話が五月蝿かったようだ。

 

「ミスター、ご気分は…?」

 

昏倒させていたカストロが目覚めた。アセナは心配そうに彼に近付いて、その額に手を当てる。そして、アセナの念能力が発動した。

 

念能力

【肯定する因果/タスク・マネージャー】

・ 特質系能力

対象を12時間管理することが出来、その間の行動を知覚できる能力。(対象の身体を操作しているのではなく、身体に宿る精神の時間を止めている)

対象が絶対に取らない行動を促すことは出来ない。また、対象は管理されている間の記憶はない。

 

<制約>

対象の頭のどこか一部へ、直に接触しければならない。

 

「さて、ミスター。貴方のお名前は?」

「…カストロだ」

「カストロ。そこのバスルームで汚れを落とし、自分で最低限に傷の治療をしてから出てきなさい」

「承知した」

 

答えるカストロの目は虚ろだ。起き上がった彼は、指示された通りにバスルームへと消えた。

 

「クラピカの時みたく、【否定する因果/バタフライ・エフェクト】で時間を戻して、偶然を演出した方が良かったんじゃねーの?」

 

アセナの念能力は【肯定する因果/タスク・マネージャー】と【否定する因果/バタフライ・エフェクト】の2つだ。後者の方が、リスクは高いが話は早い。そう思ってソレイユが言葉にすると、アセナの表情が曇る。

 

「…君と。君とリュンヌの喧嘩を止めようとした時に、12回戻ったんだ。…その結果が今。何度やり直しても、君たちは結局喧嘩した。その中で、リュンヌが気持ちを吐露したのは、ただの1回だけだった。あの栞はその戦利品なんだよ。だから、当分【否定する因果/バタフライ・エフェクト】は使いたくない」

 

12という数字は、同日に【否定する因果/バタフライ・エフェクト】が戻れる限度回数。そして限度回数まで戻ると、代償を支払わなければならない。アセナは軽くはないそれを、払ったのだった。

 

 

 

 

 

<キルア視点>

「ソレイユさんこれもおいしいッス!」

「ん」

 

「「「…(凄い)」」」

 

キルアとゴンはウイング達と共に、ソレイユと食事に来ていた。

二人の姿を見たソレイユは、一瞬眉を寄せたが特に何も言わなかった。ソレイユは腹が減っていたようで、次々と料理を注文して届いた料理を恐ろしいスピードで食していた。それに動じないズシは、ソレイユに更に料理を進めている。

 

「?、皆さん食べないッス?」

「…んぐ、食べないなら俺が食うぞ?どうせ、金払うのは俺だし」

 

「た、食べるに決まってるだろ!」

「うん、食べるよ!…ちょっとソレイユの大食いにビックリしてたんだ」

「私も二人と同じです」

 

オレ達は返事をしながら、料理に手を伸ばす。

 

「…ここ数日まともに食ってなかった」

「金はあるだろ?つーか、なんで下の階で燻ってるんだよ。200階クラスで戦わないし、そもそもカストロはどうした?」

「キ、キルア…」

 

ゴンの咎めるような視線を流す。ソレイユには聞きたいことが沢山あるのだ。

 

「…金はあんまりねーよ。実家を勘当されたからな。下にいるのは、別に上に上がる必要がないからだ。戦うためじゃなくて、金が欲しくてここに来てる。カストロは、知人に預けた。信頼できる奴だから、それきり連絡は取ってない」

 

ソレイユは澱みなく質問に答えた。そして、新たにきた料理をたぐり寄せている。

 

「…か、勘当?」

「確か、ソレイユの実家って凄いお金持ちじゃなかった?」

 

理解が追いつかない。そんなキルアと同様に、ゴンも疑問を口にする。

 

「金持ちだな。だけど、まぁ…色々あって勘当されたんだ。もういいだろ?」

「…良くない。ヒソカの足元から出てきたのは、誰の能力だ?」

「そんなの、お前らに言う必要はない」

 

一蹴するように、ソレイユが苦笑する。『誰の』の部分を否定していない、そのことからソレイユの能力でないことは確信となった。

 

「いいや、ゴンはヒソカと試合をするんだ。こっちはカストロの時みたいに、試合中に出て来られちゃ困るんだよ」

「うん。オレ、思いっきり試合したいから」

「…それなら心配ない。ゴンとヒソカの試合に介入する気は更々ないんでな」

「じゃあ、何故カストロとヒソカの試合には介入したんだよ?」

「…」

 

ソレイユが固まる。ここで逃がすもんか。

 

「答えろよ」

「キルア君、無理に聞くのは…「答えてやるさ」……ソレイユさん!」

 

何故か止めようとするウイングを、ソレイユは遮った。

 

「カストロとヒソカがやってたのは、試合だが殺し合いでもあった。けど、ゴンとは違う。ヒソカはお前に一目置いてるが、殺し合いをする気はない。ゴンだって、奴を殺そうとまでは思ってないだろう?」

「…それは、そうだね」

「俺は自分の視界内で、人が死ぬのが嫌なんだ。だからカストロを助けた。そして、ヒソカにはゴンを殺る気がない。()()()()()で死なないゴンを、なんで助ける必要がある?」

「てっめぇ…!なんて言い方しやがる…!!」

「…事実だ。違うか、ゴン?」

「…違わない。けど、今決めた。おままごとなんて言わせないくらい、ヒソカを本気にしてやる」

 

ゴンの目がソレイユをじっと見据える。対してソレイユは、「あっそ。頑張れよ」と興味なさげに食事を再開した。

 

「あああ〜ムカツク!!!」

「まあまあ、落ち着いてよキルア〜」

「うるさい!てゆーかゴンがキレるとこだろ、ここは!」

「そうッス!落ち着いてこれでも食べるッス!」

 

「にゃああああああああああああ!調子狂うから、二人ともちょっと黙れ!?」

 

結局、ソレイユとヒソカに繋がる第三者のことも、その念について掘り下げることも出来ずに食事会はお開きとなった。

解せぬ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。