機動戦士ガンダムLEGEND (黒光りするGさん)
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プロローグ

 ――宇宙世紀0078 1月10日

 

 

 

 人類は増えすぎた人口を月軌道周辺にあるラグランジュに浮かぶスペースコロニーに居住させていた。

 宇宙移民が始まって半世紀あまりが過ぎたとき、地球からもっとも遠いコロニー、サイド3はジオン公国を名乗り地球連邦に自治権獲得のための独立戦争を挑む。

 数で圧倒的な連邦軍の勝利と思われたが、ジオン公国軍の開発したMSにより、戦線は一変。逆に連邦軍が押される形になってしまう。

 戦争は泥沼化し、この事態に戦争の早期決着を目指すジオン公国軍はある作戦を決行した。

 それは、コロニーを地球連邦軍の本拠地、南米大陸にある『ジャブロー』に落とすという前代未聞の作戦だった。

 連邦艦隊は総力を持ってこれを阻止しようと試みるも破壊には至らず、軌道を変えることはできたものの、最も大きいコロニー先端部はオーストラリア大陸に直撃した。

 一瞬にしてオーストラリア大陸全土は死の荒野へと変わり、残る破片が飛来した衝撃は世界各地にも甚大な被害をもたらし、地球全土が大混乱する事態となった。

 この出来事を境に両軍の戦いはさらに激化。

 僅か開戦から三ヶ月で地球の総人口の半分を死に至らしめるという、今までに無いほどの大戦となっていた。

 さまざまな混乱が地球と宇宙で渦巻く中、戦争は終わることなく続いていた……

 

 

 ――そして、開戦から約五ヶ月。

 

 

 地球連邦軍はジオン公国軍に対抗するために、「G作戦」を発動。

 MS技術開発局を新たに設立し、『テム・レイ』、『レギル・ユウ』を筆頭に、MSの開発を開始。

 その後約一ヶ月で、かねてより開発が進められていた《フラッグ》と《ティエレン》の二機のMSを戦線へ投入させることに成功する。

 これにより、「G作戦」は第二段階へと以降した。

 戦艦に搭載されている主砲。この大出力のメガ粒子砲を第二段階では縮小し、MSに装備させるということと、ジオンの《ザク》を遥かに凌ぐ性能を持つMSの開発することが目標であった。

 しかし、装甲の素材、開発環境などからの理由で、開発は地球連邦軍の軍事コロニー「サイド7」にて開発することが決定。

 地球連邦軍のジオンに対しての大反抗作戦は着実に進んでいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、上手くいっているようだな」

 

 

 薄暗い室内の中、作業服を着た中年の男が椅子に座り、モニターを眺めている男に告げた。

 それを聞いて男は深く溜め息をつく。

 

 

「ああ。だが、この後が問題だ」

 

 

 男は立ちあがりモニターに触れる。

 すると空中に小さなサブモニターが現れ、パスワード入力画面に切り替わった。

 

 

「『今』の連邦軍にこの技術が解明することができるかが心配だ」

 

 

 そういって男は手を止め、再び溜め息をつく。

 

 

「なに、大丈夫さ。俺達と同じぐらいの頭を持つ奴がいたら『フェイズシフト装甲』の原理も簡単に解明してくれるさ」

 

 

 中年の男は笑いながら男の背中と軽く叩いく。それを聞いた男は鼻で笑う。

 

 

「確かにな。だが、他にも心配なことは山積みなんだよ、『イアン』」

 

 

 すると男は手早くパスワードを入力する。複数の小さなサブモニターが展開し、それにはさまざまな場所が映し出された。

 男はそれぞれの映像を見て、さらに険しい表情に変わっていく。その様子を隣で見ていたイアンは苦笑いをしながら言った。

 

 

「お前のそのネガティブな発想は等分続くだろうな、『カラジャ』」

 

「そうかもしれないな……」

 

 

 ロック解除画面のOKボタンを押しながら再びカラジャは深く溜め息をついた。

 

 

 

 

 ――終わらせる。

 

 条件も整っているし、準備も万端だ。

 

 今まで蓄えてきた全てを使い、奴を撃墜する。

 

 耐えてきた。ずっと。でも、今回で終わり。

 

 今度こそ私は『世界』を、『地球』の未来を救ってみせる。

    

 

 

 

 カラジャは改めて自分に言い聞かせ、決意を強固なものとしたところでイアンの方へと向きなおる。

 

 

「俺は、この世界の未来を切り開く。もう少し手伝ってくれるか?」

 

 

 真剣な面持ちでイアンに向けてカラジャは手を差し伸べた。

 それに対しへへっと笑い、イアンは差し伸べられたカラジャの手を思いきり強く握りしめる。

 

 

「今更そんなことか? 俺はとっくの昔にお前に着いていくって言ったぜ?」

 

 痛いぐらいに手を握るイアン。頼もしく感じれられる彼に、カラジャは笑顔を向けた。

 

 

「ありがとう。これからも頼むよ」

 

「おうよ。任せとけ!!」

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――これは、世界の可能性に全てを賭け、戦い続けた男の物語。

 



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第1章 始動
第1話 始動


 ――宇宙世紀0078 8月10日

 

 

 

 「……――」

 

 

 格納庫内部を映すモニターの明かりでぼんやりと照らされた青年が、機体に問題がないかの最終確認を行っていた。

 計器に問題はなく、エネルギー量にも問題なし。推進剤の搭載量とサブカメラが正常に動作するかを確認し終えたところで、通信が繋がった。

 

 

『アムロ、準備はいいか?』

 

 

 青年が搭乗している≪ガンダム≫のコクピット内に響くのは『テム・レイ』の声。

 今プロジェクトの責任者であり、父であるテムに『アムロ・レイ』はすぐに返答する。

 

 

「大丈夫ですよ父さん。もう僕は子供じゃないんですから」

 

 

 通信の向こうからほかの研究員の笑い声が聞こえてきた。父親が見せる親バカっぷりがおもしろかったのだろう。

 周囲を黙らせるために、テムがわざとらしく咳払いをするのが通信越しにから聞こえてきた。

 

 

『――ではこれより、G-02《ガンダム》の機動演習を開始する。第3ハッチを開け!』

 

 

 テムの号令ののち、≪ガンダム≫の目の前の格納庫ハッチがゆっくりと開いてゆく。コロニーの人口太陽の光がガンダムの目の前を照らし、周りにいた作業員が離れていくのがメインカメラで確認できた。

 ハッチが完全に開いたところでアムロは深呼吸をして自分に言い聞かせる。

 

 

「大丈夫……。僕ならできるんだ……」

 

 

 アムロがその手に握るレバーをゆっくりと前に押すと同時に、《ガンダム》もゆっくりとした足取りで実験場へと動き出していった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 現在、連邦軍は窮地に立たされている。誰もこんなことになるとは思いもしなかっただろう。

 ジオンが戦線に投入した人型兵器、MSは圧倒的だった。30分の1の国力差があるにも関わらず、連邦をここまで追い詰めたのも全てMSのおかげ。だと言われている。

 現状の打開のため、今俺の親父はお偉いさんからの指示でMSの開発に没頭している。

 士官学校を出て軍に入隊した俺を親父は呼び出し、MSのテストパイロットとして俺を使い始めたのが記憶に新しい。

 最初こそ乗り気ではなかったが、《ティエレン》と《フラッグ》の開発が成功した時の感動は物凄いものだった。

 開発された二機は量産され、瞬く間に各基地に配備されることとなった。これでジオンに対抗することができる。誰もがそう思った。

 

 ――しかし、ジオンは既に新型MSの開発に成功していた。

 

 今までのMSは熱核反応炉をエネルギーとして可動していた。だが、新型MSは内臓されたバッテリーでの可動を可能とするもので、今日までのMSよりも生産コストを抑えながら十分な性能を発揮するといったものだった。

 優勢に立てると考えていた連邦の願いは届かず、ジオンの進撃が止まることは無かった。

 ジオンは新型MS、《ジン》と《シグー》を中心として編成された部隊を北米大陸に大気圏外からの侵攻させる作戦、『地球降下作戦』を決行。

 連邦の必死の抵抗も空しく、たった2週間の内に北米大陸はジオンに占拠された。

 その際、北米にも《フラッグ》と《ティエレン》は配備されていたが、期待されていたほどの効果はなかった。

 量産を急ぎすぎた結果本来の性能を発揮できなかった等、さまざまな仮説が挙げられたが、敗北したという大きな結果を変えることはできない。

 だが、親父達技術開発局のメンバーは諦めていなかった。ジオンのMSを越える新型MSの製作を目指し親父たちは奮闘していた。

 俺もできる限りのこと手伝った。しかし、中々上手くいくことはなく、無情に時が過ぎていく。

 そんなとき、ある一報が俺達に届いた。

 誰が送ってきたかは分からないが暗号通信によって送られてきたそれには、俺達にとって衝撃的なものだった。

 それは……

 

 

「――ア…ラさ~ん」

 

 

 ……頭の中で今までを振りかえっている俺に誰かが語りかけてくる。

 

 

「ア~キ~ラ~さ~ん。いい加減に起きてくださいよ~」

 

 

 女性の声。まだ若々しい感じの漂う声。恐らく、『メイリン』だ。

 まだ朝だってのに元気そうで何より。若いっていいね、若いって。

 

 

「今何時だか分かってるんですか~?」

 

 

 それを聞いて枕もとの時計に視線を移す。今は深夜2時を……よく見ると秒針が動いていない。

 カーテンの隙間からは、人口太陽の光が部屋の中をうっすらと照らしている。

 

 

「《ガンダム》の機動演習始まっちゃいましたよ~」

 

 

 ……ああ。そういうことか。

 

 昨日気合を入れて最後の作業に取り掛かり、直ぐに寝てしまったのだ。

 そういえば時計の電池が切れているのを親父に指摘されたのも昨日だったか。

 まだ完全に覚醒していない脳内でそんなことを思い出しながら、俺こと『アキラ・ユウ』は静かにつぶやいた。

 

 

「……寝過ごした」

 

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「よおメイリン。おはよ」

 

「遅いですよアキラさん!! 今何時だと思ってるんですか!?」

 

 

 手慣れた超速度での身支度を整え、開いた扉の先にいたメイリンから怒声が浴びせられる。

 赤毛の長い髪を二つに縛っている目の前の少女の気迫に少しアキラはあとずさった。

 ようやく現れたアキラを足下の方から頭へとゆっくりとメイリンは見上げていく。そしてその視線は胸の部分で止まった。

 

 

「……階級証」

 

「あ、忘れてた」

 

 

 指摘を受けて気づいたアキラは急いで部屋へと戻る。

 洗面所に無造作に置かれていたそれを胸の適当な位置につける。ふと鏡に映った自分に目がいった。

 二十歳を過ぎてから早3年。深い紺色の目、茶髪の自分が鏡に映っている。

 いい加減彼女ぐらい欲しいと思うこともあったが、結局忙しくてできない。昨日の作業での疲れが出ているのか、目の下に「くま」が出来ている自分の顔を見て、アキラは深く溜め息をついた。

 直ぐに部屋を出ようと思ったが、『いつも』のことをやっていないことを思い出して机の方へ向かう。

 資料などが散乱している机の上にある写真立てに向かって、アキラは一礼した。

 

 

「んじゃ、行ってきます」

 

 

 その写真立ての中の写真には、アキラと彼の父である『レギル』、そして一人の少年と女性が写っていた。

 すばやく部屋を出て、鍵を閉める。そして振り向くとイライラしているメイリンがいる。言い訳をしようとも思ったが、時間も無い。

 

 

「……行くか」

 

「……多分もう観測所には入れてもらえませんよ」

 

「うへぇ……」

 

 

 アキラの寄宿舎から、《ガンダム》の機動演習を行っている実験場まではそれほど距離はなく、歩いて二十分程度。

 午前11時に始まる機動実験に対して、アキラは7時に起きて余裕を持って行こうと考えていたのだが……。

 不機嫌極まった様子のメイリンが腕に付けている時計の針は、10時45分を指示していた。

 

 

「あ~走るのきついねぇ~」

 

「文句言うんだったらもっと早く起きてください!」

 

 

 ため息交じりのアキラをメイリンが一喝しつつ、二人は実験場に向かって全力で走る。ちなみにアキラの今日の朝飯はメイリンが持ってきてくれたカロリーメイトだ。

 チーズ味が好きだが、今はしょうがない。包みから取り出したチョコ味のカロリーメイトをアキラは口の中に放りこんだ。

 

 

「ぐおぉ、こりゃ喉にくるぜ……」

 

 

 粉々になったカロリーメイトが喉に絡み付く。

 

 

「自業自得ですよ」

 

 

 むせる寸前のアキラに対しメイリンは冷ややかな視線を向ける。何だかんだで結構長い付き合いであり、こういうのは見なれた光景だった。

 親父が俺の助手兼秘書的な存在として任命したのがメイリン。テストパイロットを始めた頃だから、すでにこいつとは約2ヶ月一緒にいることになる。

 見た目の割りには優秀で、新型艦《ホワイトベース》の通信管制も担当している。ちなみに階級は軍曹。アキラは大尉だ。

 喉にカロリーメイトを詰らせ、咳き込みながらもアキラは必死に走り続ける。やっとの想いで実験場の入り口にたどり着くと、入り口の兵士が告げた。

 

 

「アキラ大尉。レギル准将から伝言を預かっております」

 

「はぁ…はぁ…で、伝言?」

 

 

 息を切らし、苦しさによって血の気が引いた顔でアキラは兵士の方を見る。

 

 

「大尉とメイリン軍曹は、観客席から見るようにとのことです」

 

「あぁ…そう……」

 

「やっぱり……」

 

 

 横で残念そうにメイリンがつぶやいた。それに対して「申し訳ない」といった感じのジェスチャーをアキラは息を整えながら行う。それを見たメイリンはあきれた様な目をこちらに向けるのだった。

 少々気まずい雰囲気になりつつも、2人は観客席の方へとゆっくりと歩き出す。後ろからさっきの兵士の視線を感じる。こんなのが上司なのか? とでも思っているのかもしれない。

 息が整い始めてようやく楽になってきたとき、横でメイリンがため息をついた。

 

 

「ちゃんと上司らしくしないと示しがつきませんよ?」

 

「分かってるって」

 

 

 適当にメイリンを相手をしながら観客席の方へと歩いて行く。誠意が感じられない態度が気にくわなかったのか、アキラは鋭い視線を向けられ続けていた。

 少々険悪なムード漂わせる二人が着いたときには、ちょうど《ガンダム》が格納庫から出てきたところだった。

 連保の高官や今回のプロジェクトに秘密裏に協力してくれた企業のお偉いさん等々、既に沢山の観客がいた。彼らは現れた《ガンダム》の姿を見て驚きの声を上げている。

 今までも稼働実験は行われていたが、こうして公の場で《ガンダム》が披露されるのはこれが初めて。演習場は工業区画としてカモフラージュされているため、他の一般人はちょいと派手な工事をしているとしか思わない造りになっている。

 多くの視線が集まる中で≪ガンダム≫は指定の場所へと移動していく。心躍る状況にアキラは頬を緩めつつ、空いている席がないかを探し始めた。

 

 

「さてと、どこが開いてるかねぇ……」

 

「あ、後ろの方が開いてますよ」

 

「お、本当だ。流石管制官。抜群の状況把握能力だな」

 

「これだけのことで褒められてもちっとも嬉しくないです」

 

 

 メイリンに軽くあしらわれ、アキラは軽く笑いを返す。その後2人は見つけた最後列の席に座ることにした。

 後ろだから見づらいかとも思ったが、案外結構見やすい。良い穴場に座れたことを安堵しつつ腰かけた。

 

 

「ま、とりあえず間に合ってよかったな」

 

「私達の集合時間はとっくに過ぎてますけどね……」

 

「っははは……。面目ない」

 

 

 ため息交じりのメイリンの言葉が深くアキラに突き刺さる。苦い表情の彼の視線の先では、ゆっくりとした足取りで定位置へと向かう《ガンダム》の姿があった。

 ようやくここまで来た。と、これまでを振り返る。一歩ずつ進んでいく《ガンダム》を見るアキラの目は、まるで我が子を見守るような温かい目だった。

 確かあれにはアムロ・レイ少尉が乗っているはず。まだ自分より若いパイロットだが、腕はそれなりのものを持っている。新アピする必要はないだろう。

 既にこれまでの機動実験で有用性が証明され、少しのコストダウンをしたMS《ジム》の量産が決定している。近々決行される地球での大反抗作戦においても投入されるとのことで、ジャブローやルナツーにて建造が急ピッチで進められているらしい。

 コストダウンしたとはいえ、性能ではジオンの《ザク》や《ジン》等を上回っている。今の連邦の状況を少しでも改善することは出来るはず。いや、しなければならない。

 そうアキラが考えていたその時、

 

 

「失礼。そこは開いていますか?」

 

 

 声のした方を見れば、長い赤髪を一つに結って黒いスーツを着ていたの男が立っていた。アキラの隣が開いていたからたずねてきたのだろうが、アキラは男を見て違和感を覚えた。

 一見ただの観客のように見える。だけど、何か違う。周りの観客とは明らかに違う、静かな威圧感のようなものをアキラは男から感じ取った。

 

 

「……どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 男は礼を言ってアキラの左隣に座る。メイリンもなにか感じ取ったか、こちらの方を注意深く見守っていた。

 メイリンと男からの視線を感じながらも、アキラは黙って実験場の方を見つづける。すると、

 

 

「その服……、あなたは軍の方ですか?」

 

 

 男の方から、話しかけてきた。

 

 

「――ええ、そうです」

 

 

 静かな問いに対し、動揺を押し隠してアキラは答える。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁です。あなたの名前を教えてくれませんか?」

 

 

 男はそういってアキラに笑いかける。笑顔であるはずなのに、全く温かみが感じられない。

 右隣にいるメイリンが男に問い詰めようとしたのをアキラは遮る。「何故」といった表情を浮かべる彼女に、落ち着けといった意味の目くばせをして止まらせた。

 気前が良さそうな外観を繕っている不気味な男。不信な点も多々あるが、このまま名前を教えないことで怪しまれるわけにもいかない。

 

 

「……アキラ・ユウです。このコロニーに駐在しています。何処かの企業の方とお見受けしましたが、名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 動揺を悟られぬように柔らかな態度で答えながら、アキラは男には見えないところで指先を動かす。彼の指が動いていたのはメイリンの手のひらの上だ。

 手のひらの上をなぞることで託された指示に従い、メイリンも男の死角となる部分で小型携帯端末を操作していく。内容は『観客席に不審者あり』というもので、警備に当たっている者全員に送られることとなった。

 もし何かしようとしても、人の多いこの場所では何もできないはず。それでも、男に怪しまれぬように手は打っておく必要がある。考えうる限りで最善の行動を実行したアキラに、男は微笑んだ。

 

 

「私の名前は『アリー・アル・サーシェス』。アナハイム社から参りました。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 

 各所に設置されている照明で照らされ、日中と変わらない様相が形成された演習場。そこにはジオンから鹵獲した2機の《ザク》が配置されていた。

 定位置まで≪ガンダム≫を動かしたアムロはレバーを元の位置にゆっくりと戻す。動きが止まったのを確認した観測所から、通信が繋がる。

 

『アムロ。事前の打ち合わせ通り、そこにいる2機のザクは遠隔操作によって実験開始と同時に動きだす。お前はその《ザク》をビームライフル無しで撃墜してもらう』

 

「用は、ビームサーベルで撃墜すればいいんでしょう?」

 

『その通りだ。では、実験をはじめるぞ。』

 

 

 簡潔な再確認の後、テム・レイによる秒読みが始まった。

 

 

『実験三十秒前!』

 

 

 もうまもなく演習が始まる。アムロは緊張しながらも確実に演習を成功させるべく《ガンダム》の最終チェックを行った。

 

 

「ジェネレーター出力……よし。ビーム出力……よし。いつでもいけるぞ」

 

 

 アムロは深呼吸をしてレバーを握る。こちらからでも見える観客席には、たくさんの関係者が確認できた。

 これが本番。ミスは許されない。そう思うとレバーを握る力が強くなる。

 鼓動の音と秒読みが重なり、時間はあっという間に過ぎ去っていく。そして、その時はやってきた。

 

 

『5、4、3、2、1、演習開始!!』

 

「っ――!!」

 

 

 演習開始と同時にアムロは右の方にいる《ザク》に、ブーストで一気に間合いを詰めていった。

 かかる負荷によって体がシートに押し付けられても、レバーから手を離すことはしない。揺るぎないアムロの覚悟に応えるように、≪ガンダム≫はザクへと向かっていく。

 急接近してきた≪ガンダム≫に対し、《ザク》は手にしたヒートホークを振り下ろそうとする。だが、

 

 

「そこぉ!!」

 

 

 それよりも早くアムロの操る《ガンダム》は背部バックパックからビームサーベルを抜き放ち、《ザク》の上半身を一刀両断した。

 目の前で稲光を迸らせながら≪ザク≫は崩れ落ちた。左腕に装備していたシールドを構え、直後に発生した爆発を≪ガンダム≫は防ぐ。

 予め爆発に備えて強度が大幅に増してい演習場は揺れはしても穴が開くことはない。黒煙が上がる中、次なる目標であるもう一機の≪ザク≫に≪ガンダム≫は振り向く。

 機動演習開始からまだ十秒しかたっていない。想定以上の好タイムを多くの者に見せつけるべく、再びブーストを駆使して≪ガンダム≫は演習場を駆けた。

 迫る《ガンダム》に《ザク》は装備していたマシンガンで応戦するが、《ガンダム》に直撃してもかすり傷程度しかつかない。

 

 

「うおおぉ!!」

 

 

 急接近と共に繰り出したのはサーベルによる突き。コクピット部分を出力を調整したビームサーベルで貫いたのだ。

 ビームサーベルを抜くと同時にゆっくりと《ガンダム》は後退していく。致命傷を受けて撃墜判定が出た《ザク》はその後動くことは無く、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 

 

「――終わった」

 

 

 一気に静まり返ったコクピット内でアムロは安堵のため息をつく。やり切った達成感に浸りながら、通信越しにいるテムへとアムロは問いかける。

 

 

「……どうでしたか?」

 

『演習終了タイム……に、23秒だ!!』

 

 

 通信の向こうで研究員の驚きと、喜びが入り混じった大歓声が響き渡った。その歓声を聞いたアムロは、ほっと胸をなでおろし、シートにもたれかかった。

 

 

「やった…やればできるんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――サイド7周辺宙域

 

 

 ちょうどガンダムの機動演習が終わった頃、サイド7から少し離れた宙域にて赤を基調としたジオンの新型戦艦《グワジン》が停泊していた。

 物々しい雰囲気漂う艦橋にて一際目立つ存在が仮面の男が1人、回線越しにいるジオンを牛耳る一族の三男であり、現役の中将である『ドズル・ザビ』と会話を交えていた。

 

 

『――では健闘を祈っておるぞ、『シャア・アズナブル』』

 

「お任せ下さい。ドズル閣下」

 

 

 回線が切れる直前まで、モニターの向こうでドズル野太い笑い声をあげていた。その姿が消えたのを確認して、粗相がないよう細心の注意を払っていた兵士たちはほっと胸をなでおろす。

 艦橋の兵士たちの気が緩んでいる中、『シャア・アズナブル』は小声でつぶやいた。

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 艦橋からはサイド7を見ることが出来た。今回連邦の「G作戦」のことをいち早く察知したのはシャアだった。

 昨今においてこのサイド7で物資を運ぶ輸送艦が頻繁に出入りしているのを目撃したシャアは不信に思い、情報捜索の結果、サイド7内部で連邦が新型MSの開発を行っていると確証を得た。

 かねてよりドズル・ザビ中将から薦められていた《グワジン》を受領し、ジオン公国軍の腕の立つパイロット二人を迎え入れつつ、このサイド7へとやって来たのである。

 侵攻にあたり、内部の情報を得るためにジオン内部でも凄腕と噂される傭兵部隊にサイド7内部の情報入手を依頼。噂はどうやら本当のようで、サイド7に向かう一週間前には内部の情報が届けられた。

 その部隊、『ブラッドファング』の隊長のあの赤髪の男を思い出すたびにシャアは身震いする。純粋に戦いを望んでいる獣のような鋭い目。シャアにとって彼のような存在は信じがたい存在の人物の一人でもあった。

 だが、内部の情報はありがたい。報酬は済んでいるが、後できちんと礼を言う必要があるだろう。そうシャアが考えていると、艦橋に二つの回線がつながった。

 

 

『こちらジェリド・メサ、並び《ザク》2機。出撃準備完了しました』

 

『同じくアナベル・ガトー、《ザク》2機。出撃準備完了しました』

 

「うむ、ご苦労。では私も出よう」

 

『少佐も出撃なさるのですか!?』

 

 

 あたかも当然かのように出撃することをシャアは告げ、それに対してガトーが驚きの声をあげた。

 

 

「ああ。今回の連邦の作戦に気づいたのは私なのでね、私も出撃して連邦のMSの性能をこの目で確かめたいのだ」

 

『なら俺たちは幸運ですね。この目で<赤い彗星>の戦う姿を拝めるんですから』

 

 

 そういってジェリドが回線の向こうで笑う。余裕ある態度から彼らの腕前の高さを見出したシャアは自らがつくづく運のいい存在だと感じ、無意識のうちに頬を緩めていた。

 出撃準備が整った彼らを送り出すために、グワジンのハッチが開く。それと同時に、シャアは出撃するパイロット全員に呼びかけた。

 

 

「我々の今回の任務は連邦の新型MSの破壊、又は強奪だ。各員の健闘を祈る!」

 

『了解!!』

 

『了解!!』

 

 

 二人からの回線が切れたところで、シャアは最後にもう一度サイド71バンチへと目を向ける。

 

 

「ドレン。艦は任せたぞ」

 

「了解です。御武運を」

 

「さあ、見せてもらおうか。連邦軍のMSの性能とやらを……」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるシャアは艦橋の指揮をドレンに任せ、自らも出撃のために格納庫へと向かう。

 内に秘めた復讐を遂げるために奔走するシャアは気づいていない。攻め入行く先に、決して切れぬ縁が結ばれた存在がいることを。

 虹の彼方へと消えていったはずの彼らの再会を祝福するかのように、誰にも見えぬ白鳥がどこまでも続く宇宙(そら)へと羽ばたいていった。



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第2話 変革の力

――《ガンダム》機動実験の3日前

 

 

 

 

「……ん」

 

 

 一人の青年が、目を覚ました。

 

 

「ここは……どこだ?」

 

 

 青年がいるのは真っ暗で何もない空間。足場はなく、無重力の中を漂うように体が浮かんでいるように青年は感じた。

 まだ頭が完全に機能していない青年は、現状を理解することができていない。

 意味も無く青年が辺りを見渡していたその時、

 

 

『……『刹那』』

 

 

 目の前の真っ暗な空間の中に、突如光と共に女性が一人現れた。

 刹那はその光に目を眩ませるが、現れた女性を見て驚愕した。

 

 

(『マリナ・イスマイール』!?)

 

 

 刹那の驚く姿を見て、マリナは優しく微笑んだ。

 

 

『久しぶりね。あなたを最後に見たのはいつのことかしら』

 

 

 そういってまたマリナは優しく微笑む。だが、刹那は混乱していた。

 一体なぜここにマリナが? ここは一体どこなんだ? さまざまな疑問が頭の中を埋め尽くす。

 しかし、混乱をしながらも刹那はあることに気付いた。マリナが、少し透けている。

 何をすればいいかも分からず、とりあえず何かを言おうとしたが、なぜか刹那の口は開くことができなかった。

 そんな刹那に、マリナは悲しそうな表情を浮かべて告げる。

 

 

『……ねぇ、刹那。あなたに頼みたいことがあるの』

 

 

 頼み? 一体何を。問いただしたくとも、口は動いてくれない。

 

 

『……この世界を、人々の《可能性》を救って』

 

 

 そのマリナの言葉を聞いた瞬間、刹那は思い出した。

 戦った。《ダブルオー》で。突如月から現れ、地球に侵攻してきた謎のMSと。

 その時には『ロックオン』、『アレルヤ』達とも一緒に戦った。だが、全く歯がたたなかった。

 次々と破壊され、砂へと変わっていくていく都市。消滅する人々。

 なんとか接近し撃墜を試みたが、それは叶わず、髭のついている《ガンダム》によって刹那は墜とされた。そう。『墜とされた』。ならばここは地獄か何かなのだろうか。

 確かに、今まで世界の変革のためと言って沢山の人を殺め、自分の手を汚してきた。地獄に落ちるのは当たり前のことかもしれないと、刹那は思う。

 険しい表情の刹那に、マリナは再び微笑んだ。

 

 

『私はもう戻れないけど、あなたはまだ戻ることができるから安心して』

 

「戻る……?」

 

 

 ようやく微かながら動くようになった口から漏れたのは、疑問の声。それに対し、マリナは微笑みを崩すことなく返した

 

 

『あなたはまだ、生きているから』

 

「俺が……?」

 

 

 マリナの言うことに嘘偽りは感じられない。だからこそ刹那の内に不安は膨らんでいった。

 まだ、話したいことがあった。残っている数々の未練が心の中で渦巻く。

 

 

『大丈夫。あなたは未来を切り開く、人と人を繋ぐ力を持っているんだもの……』

 

 

 柔らかな笑みのままで、マリナはだんだん遠ざかり始めた。

 真っ暗な空間を照らしていた光が消えていく。追おうとしても、刹那は前に進むことが出来なかった。

 微笑みながら遠ざかっていくマリナに、刹那は叫んだ。

 

 

「マリナ!!」

 

 

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――……」

 

 

 刹那は目を覚ました。恐らく、これが本当の目覚め。

 人が一人入れるぐらいの円柱状のカプセルのようなものに、今刹那は仰向けになって寝ていた。

 夢だったのか。マリナが言った通り、現実に戻ってきたのだろうか。そう刹那が思っていたとき、カプセルが開いた。

 とりあえず上半身を起す。すると、そこには薄暗い研究所のような空間が広がっていた。薄暗さの中で目を凝らせば、他にもいくつかのカプセルがあるのを確認できた。

 その内の一つが開く。そこから、

 

 

「どこだ……ここは?」

 

「『ロックオン』!」

 

「おお刹那。元気そうだな」

 

 

 刹那と同じソレスタルビーイングのガンダムマイスター、『ロックオン・ストラトス』が眠そうに目を掻きながらカプセルから上半身を上げた。

 共に正体不明機と戦闘を繰り広げたロックオンがいるといううことは、他のカプセルにも見知った存在がいるかもしれない。そう考えた刹那が他のカプセルへと視線を移そうとしたとき、元気な機械音声が響いた。

 

 

「ハロサイキドウ! ハロサイキドウ!」

 

「おっ、目覚めたか相棒」

 

 

 ここからは見えないが、どうやらロックオンのカプセルの中にはハロも一緒に入っていたようだった。

 場に合わないハロの声が辺りに響く。それに触発される形で、もう一人のガンダムマイスターが目を覚ました。

 

 

「ハロ……?」

 

「アレルヤ!」

 

 

 刹那の隣のカプセルが開き、そこから『アレルヤ・ハプティズム』がだるそうに上半身を起す。

 アレルヤが入っていたカプセルが開くと同時に、その隣のカプセルも開いた。

 

 

「ん……、くっ」

 

「……あ、『マリー』!」

 

 

 上半身を重々しく上げた『マリー・パーファシー』を見て、アレルヤが声をかけた。

 カプセルから飛び出し、アレルヤはマリーの側に駆け寄る。

 

 

「大丈夫? マリー?」

 

「……うん。大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから……」

 

 

 心配そうに声をかけてくるアレルヤにマリーは少々辛そうにしながら返答する。いつもと変わらぬ仲を見せつけられれば、刹那とロックオンの不安がわずかに和らぐ。

 こうして互いの安否を確認し合うのもいいが、不可思議な現状を把握するために刹那とロックオンはカプセルから出て素足のままで立ち上がった。

 すると、

 

 

「……ふゎ? ここどこですかぁ?」

 

「んぁ……どこだここは?」

 

「………ここは?」

 

「いたた……ってここどこ?」

 

 

 四つのカプセルがほぼ同時に開き、その中から、『ミレイナ・ヴァスティ』、『ラッセ・アイオン』、『フェルト・グレイス』、『スメラギ・李・ノリエガ』が現れた。

 ここにいる全員が、自分が何故今この場所にいるかがよく分かっていないようだ。

 しかし、その中でまだ一つだけ開いていないカプセルがあった。

 

 

「……その中には誰が入ってるんだ?」

 

「気を付けろロックオン。敵対する存在が入っている可能性もある」

 

「分かってる」

 

 

 最大限の警戒をしながらロックオンはカプセルへと近づいていく。もう少しで内部を把握できそうになるほど近づいたところで、カプセルは開いた。

 もしもに備えたロックオンは後方に下がり、刹那も身構える。そしてカプセルから姿を現した人物に、この場にいる全員が驚愕した。

 

 

「くっ……」

 

「……『ティエリア』!?」

 

 

 その中から現れたのは『ティエリア・アーデ』。皆、あまりの驚きで口を開けることができない。カプセルから現れた当の本人も現状が理解できていないようだ。

 

 

「何故だ……私は『ヴェーダ』の中で……」

 

 

 ティエリアはアロウズ、『リボンズ・アルマーク』との戦いの際に死亡し、『ヴェーダ』のシステムの一部として一体化。あの《髭付き》に襲撃を受けた際、『ヴェーダ』からの通信が途絶えたために、安否の確認ができなかったのである。

 そのティエリアが無事でいたことにも皆驚いていたが、それ以上に現状を飲み込めずに混乱していた。しばし無言の時が流れた後、部屋の隅のドアが開き、誰かが入ってきた。

 

 

「ロックオン!! ロックオン!!」

 

「は、ハロ!?」

 

 

 カプセルに置いたままだったハロが、開いた扉の方へと転がっていく。

 やがて入ってきた人物の足元まで到達すると、その人物は手慣れた手つきでハロを拾い上げた。

 

 

「ロックオン!! ロックオン!!」

 

「いよぉ相棒。随分久しぶりだな、元気にしてたか?」

 

 

 その拾い上げた人を見て、ロックオン、『ライル・ディランディ』は目を見開いた。

 

 

「に、兄……さん?」

 

「おお、ライル久しぶりだな」

 

 

 そこにいたのは、ライルの兄にして、初代ロックオン・ストラトスの『ニール・ディランディ』。二人は双子で、ライルと全く変わらない顔、声をしている。

 しかし、そのニールの存在に誰もが驚いていたが、一番驚いていたのはフェルトだった。

 

 

「……ニール?」

 

 

 目が点になったままのフェルトは、無意識のうちにニールの名を告げていた。そんな彼女にニールはもう見ることもないと思っていた微笑みを返す。

 

 

「フェルトか! 元気にしてたか?」

 

 

 刹那やここにいるほぼ全員が彼のことは覚えている。いや、忘れるはずがない。リーダー的存在で、刹那も何度も助けてもらったことがある。

 しかし、国連軍との戦いの際に、彼は死んだはず。死んだと思っていた二人の登場に、全員驚愕し、黙りこんでしまった。

 

 

「ロックオン!! ロックオン!!」

 

 

 唯一、ハロの声だけが辺り全体に響き渡る。そんな気まずい状況の中、さらに扉から二人、男性が入ってきた。

 

 

「なんだお前等。折角の感動の再会なのにこんなに黙りこくっちまって」

 

 

 入ってきた『イアン・ヴァスティ』が全員に向かって言った。それに続いて共に入ってきた男性も口を開く。

 

 

「まぁ、しょうがないでしょう。いきなりこんなサプライズをされてもリアクションに困ってしまいますよ」

 

 

 だが、そのもう一人はこの場にいるイアンとニール意外、知る者はいなかった。

 その男はこの場にいる全員を見渡すと、軽く咳払いをし、告げた。

 

 

「おはようございます。『ソレスタルビーイング』の皆さん。私の名前は『カラジャ・アル・ウォーケン』です」

 

 

 カラジャはそういって目覚めた全員を見渡す。

 

 

「何故今自分達がここにいることに疑問を持っていると思いますが、時間が掛かるので後ほど説明しましょう」

 

 

 すると、カラジャは体を反転させ、扉の方へと体を向ける。

 

 

「付いて来てください。これからあなた達にやってもらいたいことがあります」

 

 

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

 

 

――《ガンダム》機動実験開始1時間前  サイド7周辺暗礁宙域

 

 

 

『こちら《ケルディム》、目標ポイントに到達』

 

「了解。そのまま待機していてください」

 

 

 回線に、フェルトが対応する。刹那達は今、《プレトマイオスⅡ》でサイド7の近くまでやってきていた。

 全てはあのカラジャという男が全てを教えてくれた。それを聞き、夢の中でマリナが言っていたことをようやく理解することができた。

 艦橋のモニターに広がる宇宙を見て、ティエリアは刹那に問い掛けた。

 

 

「なぁ、刹那」

 

「何だ、ティエリア」

 

「私達の戦いは……意味がなかったのだろうか?」

 

 

 ティエリアはそう言って険しい表情を浮かべる。今この場にいて聞いている皆も険しい表情になっていた。

 しかし、その中で刹那は答える。

 

 

「そんなことはないはずだ」

 

 

 そうではないと言いきれないが、刹那は続けた。

 

 

「今まで俺がやってきたことに意味がなかったとしても、俺はまだ戦う」

 

 

 刹那はそう言うと、モニターに映る宇宙を見る。

 輝かしく感じられる星々の輝きと、恐ろしくも感じられる深い闇。変わることなくあり続ける景色の中に、刹那は会うことは叶わないマリナの存在を感じていた。

 いつかは、彼女と同じ場所に行く。それまでの間は、自らの成すべきことを成す。確固たる思いを胸に、刹那は短いながらも力強く告げた。

 

 

「――この世界の未来を切り開くために」

 

「……そうか、君らしいな」

 

 

 そういうとティエリアは小さく笑う。二人の会話を聞いていたミレイナは刹那を見ながら楽し気に頬を緩ませていた。

 

 

「ちょっとさっきのはかっこよかったですよぉ~」

 

「確かに。でも、刹那らしい答えね」

 

 

 艦長のスメラギもそういってモニターの方へと視線を移し、共に無限に広がるように思える星の海を見つめ始めていた。

 無限に広がる宇宙、再びその中を舞台にこれからまた戦っていく。

 いつ終わるかはわからない。終わらないかもしれない。だが、彼等は、ソレスタルビーイングは戦う。 この世界の未来を切り開くために。

 決意を新たにする刹那の瞳はイノベイター特有の輝きを放つ。破壊と再生を促し続ける彼らの戦いが、始まりを告げるのだった。



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第3話 始まる悪夢

――《ガンダム》機動実験終了直後

 

 

 

「凄い……」

 

 実験場からかなり離れた格納庫で、壁に取り付けられていたモニターに映っていた実験の様子を見ていた女性が無意識のうちに声を漏らした。

 《ザク》のマシンガンの直撃を受けたのにも関わらず、全く動じない《ガンダム》の姿に彼女は圧倒されていた。

 勝てるかもしれない。これほどの性能ならジオンを倒せるかもしれない。彼女の周りにいる者達も、同じように思っていた。

 

 

「こらお前等。仕事に戻れ、仕事に」

 

 

 興奮でその場に固まっていた者たちに注意したのは、この格納庫を任されている「エヴァン・アイゼン」中尉。聞きなれた野太い声を耳にし、しびしぶ各自の持ち場へと散らばっていく。

 彼女、「リィナ・ブリジス」も自分の仕事に戻ろうと動き出すが、その背中に向けてエヴァンが声をかける。

 

 

「リィナ少尉。ちょっとこっちに来い」

 

「あ、はい」

 

 

 何人もの人の声、重機の稼動する音が響き渡る格納庫の中をリィナは既に歩き出していたエヴァンの所へと走っていく。そして彼女が横に着いたところで、エヴァンは問いを投げかけた。

 

 

「少尉、《ガンダム》はどうだった?」

 

 

 深いしわが刻まれ、威厳の漂う顔がリィナに向けられる。簡潔な問いであっても誰もが緊張してしまうような空気が漂う中、リィナは臆することなく答えを返す。

 

 

「凄かったです。《ザク》のマシンガンの直撃を受けても――」

 

「そうか、そりゃよかった」

 

 

 リィナがまだ話している途中にも関わらず、エヴァンはそう言ってにんまりと笑みを浮かべた。そんなエヴァンに、少しリィナは戸惑ってしまった。

 詳しく話さなくてもいいのだろうか? そういった純粋な疑問を抱くリィナに向け、エヴァンは言った。

 

 

「ただ現役のMSパイロットの感想を聞きたかっただけだ。お前も仕事に戻りな」

 

「中尉―! チェックお願いしますー!」

 

「おう! んじゃあな、少尉」

 

 

 そう言うとエヴァンリィナの頭を掌で二回ほど優しく叩き、行ってしまった。

 唖然としてその場に立ち尽していたいたリィナだが、我に帰り、自分の仕事の場へと戻っていった。

 このコロニーに来てからもう数日が経ち、地球とは違うコロニーの重力にもやっと体が慣れてきた。

 エヴァン中尉はこのコロニーにかなり前からいるようで、いろいろな事を教えてもらっている。五十代を越えているそうだが、その整備技術は連邦の中でもかなりの腕らしく、《Gシリーズ》の第2整備班の班長を務めていた。

 さっきの笑顔は先日整備した《ガンダム》の活躍を聞いて嬉しかったからかもしれない。そんなことを考えながら、自分の持ち場に戻ったリィナは、そこにある自分のMSを見上げた。

 連邦が《フラッグ》の設計データを元に製造した可変式MS、《イナクト》はその細身の体を拘束具によって固定され、格納庫の壁を背に立っていた。

 見た目こそ少し形状が変化しただけの《フラッグ》に見えるが、これは《フラッグ》の後継機ではないという。

 現在、フラッグ系のMSの開発は、技術開発局の「レイフ・エイフマン」教授とその助手の「ビリー・カタギリ」の二人が中心となって開発を進めているらしい。

 この《イナクト》は、その二人が設計したのではなく、技術開発局の他の部署が設計、開発したものだ。

 これが戦線に投入されたのは今年の七月の上旬くらい。しかし、あまり良い結果は今までに出せていない。

 時期が悪かったという理由もあるかもしれない。ちょうど配備されてから直ぐに、ジオンが北米に降下してきたからだ。

 リィナはその時、MSの操縦技術を認められてニューヤーク近辺の基地でテストパイロットとしてこの《イナクト》に乗っていたのだが、ジオンが降下してきた際にリィナは何もすることができなかった。

 まだテストパイロットということもあり、前線に行くことはできず、ただ仲間が死んでいくのを遠くから見ていることしかできなかった。

 結局、リィナは出撃することはなく。連邦軍は北米から撤退。悔しかった。ただ見ることしかできない自分に腹が立った。そうした悔恨の経験から死に物狂いで訓練を積み重ね、正規のMSパイロットとしてちゃんと戦場に立つことができるようになったのだった。

 しかし、初任務が新型MSと新型艦《ホワイトベース》の護衛という重大な任務を任され、リィナは内心戸惑いもあったが、やれることなら何だってやりたいという気持ちがあった。

 今度こそ、守って見せる。自分の手で、仲間を。そう思い、リィナは拳を強く握る。

 万全を期すためにも、とりあえず今は仕事をしよう。そう思い、機体のメンテナンスをしようとしたと き、ふと目に《イナクト》の横に立っているMSが目に入った。

 

 

「――《ガンダム》」

 

 

 無意識のうちに、リィナは小さくつぶやいていた。

 《イナクト》と同じく体中を拘束具で固定されている灰色のMSの名は、《G-3》。今回の護衛MSの三機の内の一つ。現在機動実験を行っている《ガンダム》と全く同じ姿で、ただ色違いなだけのようにも思える。

 しかし、エヴァン中尉からは、《G-3》はある特別な『何か』の実験機ということを聞いている。だが、その『何か』が何なのかは教えてはくれなかった。

 初のビーム兵器搭載機の一つというだけでも凄いのだが、その『何か』とは一体何なのだろうか。リィナはその真相を知りたくて仕方がなかった。

 果たして、この三機の新型によって連邦は優勢に立つことができるのだろうか。

 希望と不安で浮き沈みを繰り返す気持ちを抑え、平常心であろうと自らに言い聞かせたリィナは《イナクト》のメンテナンスに取りかかるのだった。

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

「素晴らしい!!」

 

 

 実験場の観測所にいた「テム・レイ」は、《ガンダム》と我が子に向けて感嘆の言葉を口にする。周りの研究員達も同様に喜んでいた。

 その中、レギルはテムに他よりも大きい喜びの声を上げた。

 

 

「やったな! テム!」

 

 

そう言ってレギルはテムに向かって手を差し伸べる。

 

 

「ああ! これならジオンと対等に戦える!」

 

 

 差し伸べられた手をテムは力強く握り締め、レギルと共に笑った。

 長かったこの悪夢を終わらせられるかもしれない。《ガンダム》ならやってくれるに違いない。ジオンに連邦の力を思い知らせることができる。この場にいる全員がそう思い、喜んでいた。

 歓声に包まれる観測所。そこに、息を切らしている一人の連邦の士官が扉を開けて入ってきた。

 それによって一気に静まり返った観測所の中で、飛びこんできた士官は言った。

 

 

「た……大変です!! ジオンが……」

 

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

 

「す、凄い……!!」

 

 

 観客席にいたメイリンは目を見開いて言った。アキラも心の底から溢れ出す喜びから、静かに拳を握り締めていた。

やれる。ここから連邦の反撃が始まる。そうアキラが思っていたその時、

 

 

「ほぉ……、連邦さんも随分凄いものを作ったもんだねぇ……」

 

 

 隣に座っていたサーシェスとかいう男がぼそっとつぶやき、立ちあがった。

 明らかにさっきまでの口調とは違うサーシェスに、アキラは寒気のようなものを感じ取った。

 周りでは、実験を見に来た観客が、立ちあがって拍手をしていたり、感嘆の言葉を《ガンダム》へと投げかけている。人々の熱気の中で、サーシェスは恐ろしいほど冷たい視線をガンダムの方へと向けていた。

 嫌な予感がする。持ち前の勘で危機を察知したアキラは静かに立ちあがると、メイリンに話しかける。

 

 

「行こう。メイリン」

 

「え? あ、はい」

 

 

 突然の言葉に戸惑いながらも、出入り口の方へ歩いて行くアキラにメイリンはついていく。すると離れていく二人に向け、サーシェスは口元に笑みを造りながら問いかけた。

 

 

「おや? どこに行かれるのですか?」

 

「用事を思い出して。これで失礼します」

 

 

 振り返った後に一礼し、アキラは再び出口の方へと歩き出そうとする。その態度からある程度を察したサーシェスは、隠していた本性を露わにした。

 

 

「まぁ待てよ。アキラ・ユウ大尉。これがなんだか分かるか?」

 

 

 先ほどまでとは打って変わってドスの効いたサーシェスの言葉にアキラは足を止め、再び振り向いた。

 彼の手には旧式の小型無線機のようなものが握られていた。ミノフスキー粒子による電波障害の問題などから、無線機は使用されることがなくなった故に珍しい代物だといえる。

 だが、アキラは気づく。このコロニー内部はミノフスキー粒子はこれまでに散布されたことが無い。散布をすれば実験の情報伝達に支障が出てくる。故に使えるのだ。このコロニーの中であれば。

 アキラの表情に焦りが見え始めたところで、サーシェスは冷ややかな笑みを浮かべた。

 

 

「今から、壮大なショーの始まりだ。まずは開会の花火でも上げなくっちゃな」

 

 

 楽し気にか語るサーシェスは無線機に素早く何かを入力した。

 その瞬間にアキラの脳裏をよぎったのは最悪の光景。歓声が絶叫へと変貌する悪夢のような光景だ。

 

 

「おい! お前は何を――」

 

 

 そうした光景が生じるのを防ぐためにサーシェスを問いただそうとした途中で、凄まじい爆音が辺りに響き渡った。直後に衝撃が伝わり、観客席は騒然となり、恐怖にかられた人が出入り口の方へと押し寄せる。

 一体どこが爆発した。音はそこまで遠くではなかった。おそらくこの実験場の辺り。そこまで考えたところで、アキラの脳裏に最悪の光景が映し出された。信じたくない光景が。アキラがその光景の方を見ると、それは現実となっていた。

 観測所があったところから、黒煙が流れ出ている。過剰なまでの威力の爆発により、観測所は跡形もなく吹き飛んでいたのだった。

 死んだ。あそこにいた研究員が。そして父さんも。目の前にいるこのサーシェスという男の手によって何のためらいも無く殺された。アキラは心の底から激しい怒りが込み上げてくるのが、自分でもわかった。

 激しい怒りを宿した瞳を観測所の方からサーシェスの方へと戻す。冷静さを欠いている彼を嘲笑ったサーシェスは次なる行動に移った。

 

 

「んじゃ、お前にも逝ってもらいますかい」

 

「!!」

 

 

 サーシェスは懐から銃を取りだし、その銃口をアキラに向ける。

 

 

「アキラさん……!」

 

 

 後ろにいるメイリンが震える声で話しかけてくる。おそらく逃げようと言いたいのだろうが、それは無理な話だった。

 眼前の男、サーシェスから逃げきることはできない。確信に近い想いがアキラにはあったのである。

 逃げたくとも、怒りに震えていたとしても、どうすることもできない。悔しさともどかしさを抱きながら立ち尽くす二人の様子を見て、サーシェスは鼻で笑った。

 

 

「なんだ。アキラ大尉殿はよく分かってるようですね。逃げられないって」

 

「……なんで」

 

「あぁ?」

 

 

 絶望的状況下においてアキラの口から出た僅かな声に、サーシェスは眉を吊り上げる。

 

 

「なんで父さん達を殺した?」

 

「雇われたからやった。ただそれだけだ。本当ならもっと派手にやりてぇが、雇い主はそれを望んでない。これでも少し抑え目にしたんだがねぇ」

 

 

 楽し気に告げるサーシェスは冷ややかな笑みを口元に浮かべ続ける。

 雇われたからやった。ということは、こいつは傭兵か。さらにアキラは問いただそうとしたが、サーシェスはそれを遮った。

 

 

「悪いがあんま時間がねぇんだ。お前がここにいるって時点でもう予定がちょっと狂いはじめてんだよ」

 

 

 引き金にサーシェスは指をかけ、残忍な笑みをアキラへと向ける。そして嫌な汗で全身を濡らすアキラに対し、冷たくも丁寧な別れの言葉が放たれた。

 

 

「さようなら、アキラ大尉殿」

 

 

 その瞬間、アキラは目を閉じた。そうすれば少しは死への恐怖が緩んだような気がしたからだ。

 23年。思えば短いような長かったような人生が、今ここで幕を閉じる。

 この後、連邦はジオンに勝つことはできるのだろうか。世で言う平和が訪れることはあるのだろうか。走馬灯と称せる思いと過去の記憶が胸中を巡ったが。今死ぬ身がそんなことを考えても意味がないと思い、アキラは何も考えないようにした。

 刹那、銃声が辺りに響き渡った。そして、何かがはじき飛ばされる音をアキラは聞いた。

 

 

「――……?」

 

「んなっ……」

 

 

 サーシェスの困惑した声が耳に伝わり、アキラは目を開けた。僅かにぼやけた視界の先にいるサーシェスは、銃を持っていた右腕を下のほうに向けて垂れ下げていた。

 生きてる。撃たれなかった。でも、銃声は聞こえた。では、どこから。緊張で高鳴る鼓動に合わせて多くの疑問がアキラの脳内に浮かび上がる。

 

 

「ちくしょう……!!」

 

 

 若干の混乱状態にあるアキラを早々に諦めたサーシェスは、観客席の出入り口に向けて凄まじい勢いで走り出した。すると再び銃声が響き渡り、サーシェスの後ろの椅子に小さな風穴が開いた。

 椅子に開いた小さな穴の周りには焦げ後が残っている。どこかからの狙撃。銃声から着弾までにほんの僅かに間があることから、相当離れた距離からの狙撃のようだった。

 気付けば既にサーシェスの姿はなく、銃声も止んだ。狙撃が自分たちに向けられる可能性を危惧してアキラとメイリンはしばらくその場で伏せていたが数秒経っても追撃はなく、ゆっくりと体をあげてほっとその場で胸をなでおろした。

 秘密裏に警備で配備されていた部隊が助けてくれたのだろうか。にしても見事な狙撃だった。生の実感を得たことで押し寄せた安堵と共に多くの思慮を巡らせるアキラに、メイリンは言い放った。

 

 

「今の内です! 行きましょう!」

「お、おお!」

 

 

 アキラはメイリンと共に、サーシェスの逃げた方の出入り口とは違うもう一つの出入り口に向かって走り出した。

 走る最中で、アキラは心の底から自分のことを救ってくれた何者かに感謝をし続けるのだった。

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

「――ちっ、逃がしちまったか」

 

 実験場のにあるビルの屋上で、茶髪の青年は舌打ちする。悔し気な表情を浮かべながらも、使用した組立式のライフルの解体作業を手早くはじめた。

 着々と解体を進める中で、青年の耳に付いているインカムから女性の声が発せられる。

 

 

『上手くやれた? ロックオン?』

 

「とりあえずアキラは死なせなかったぜ」

 

 

 解体が終わったライフルを鞄の中にしまい、ロックオンは言った。

 

 

「んで、次はどうすればいいんだスメラギさん?」

 

 

その場からたち上がり、階段の方へとロックオンは歩いて行く。

 

 

『ノーマルスーツを着直して侵入ルートを戻り、《デュナメス》に乗って《ケルディム》と合流してちょうだい』

 

「了解」

 

 

 手短かなスメラギから指示の後で回線は途切れ、ロックオンは足早に階段を降りようとした。

 しかし、ロックオンは足を止めた。振り返った彼の視線は、混乱の渦中において佇むMSに向けられていた。

 

 

「あれが初代か……」

 

 

 実験場に佇んでいる《ガンダム》をロックオンは見つめ、静かに独り言ちる。その姿は、ロックオンの所属する《ソレスタルビーイング》のガンダムの姿と似ていた。

 全ての始まり。《ガンダム》の根源。この世界に、長い長い悪夢をもたらした存在。

 

 

「これからが長いんだよな……。ま、頑張るとしますか」

 

 

 諦めと決意の意味を込めた溜め息をつきながら、ロックオンは階段を降りていく。その背中からは、荒波の中を進む覚悟に満ちた力強さが感じられるのだった。



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第4話 ジオン、侵攻

「急げ!! もうジオンはすぐそこまで来ているんだぞ!!」

 

「《ホワイトベース》への物資の搬送を急げ!!」

 

「ここはもう安全といえるところではない。とにかく急げ!!」

 

 

 突如のジオンの侵攻に、第三格納庫は混乱に陥っていた。

 本部からの連絡によれば、機動実験場の観測所が爆破されたという。その爆発音は第三格納庫にいたリィルにも聞こえていた。

 突如の襲撃発生から間髪入れず、旧実験場付近の隔壁を破ってジオンが侵攻してきたという情報も入ってきた。旧実験場に最も近いこの第三格納庫では、想定外の事態に騒然となっていたのである。

 リィナは非常時に備えて今、《イナクト》のコクピットの中にいる。幸い、まだ《イナクト》の武器類は《ホワイトベース》へ運ばれていなかったので、持てるだけの武器を装備させることができた。

 後は指令を待つだけ。そうリィナが思っていたその時、回線が繋がる。

 

 

『リィナ少尉。聞こえるか』

 

「はい」

 

 

 回線越しにいるのはエヴァン。彼からの回線が繋がったということは本部の方から指令が出たということ。身構えるリィナに対し、エヴァンは続ける。

 

 

『これから《G-3》を《ホワイトベース》へ搬送する。お前はその護衛を頼む』

 

「了解しました。ですが、ジオンはどうするんですか?」

 

『既に本部が足止めのための《フラッグ》の小隊をこちらに向かわせたそうだ。俺達は搬送に専念するぞ』

 

「了解しました。最善を尽くします」

 

 

 手短な応答が終わると回線は切られ、《イナクト》の横に立っていた《G-3》をキャリアカーへと運ぶ準備は始まった。

 ジオンが侵入してきた旧実験場に最も近いとはいえ、それなりの距離はある。

搬送するときには既にジオンがこの第三格納庫に到着してしまうか、到着する直前だろう。

 後は、足止めに差し向けられた小隊がどれだけの時間を稼いでくれるかになる。正直に言えば自分もジオンの足止めのために戦いたい。だが、それでは搬送中の《G-3》の警備が手薄になってしまう。それに、今の自分の力でどれだけジオンに対抗することができるか分からない。

 目の前で散ってきた仲間の仇を討ちたい。しかし、今はその時じゃない。耐えるしか、ない。歯がゆさを何とか心の奥底へと押し込み、搬送作業が着々と進められていく《G-3》をリィナはモニターから見つめ続ける。

 今まで試作されてきた連邦のMSの中でも桁違いの性能を秘めたあの機体。やはり搭乗するパイロットはそれなりの技量を持っているのだろう。緊迫した状況下で、リィナはそんなことを考えながら、《G-3》の搬送作業が終了するのを静かに待つのだった。

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

 

「――父さん」

 

 

 アムロは《ガンダム》のコクピットに中でつぶやいた。モニターには赤く燃え、黒煙を吐き出し続ける観測所が映し出されている。一体何が起きたのか理解するのに少し時間がかかった。

 死んだ。父さんが、あそこにいた人が。やったのはジオンなのだろうか。思考がまとまらない頭でそう考えていると、本部の方から回線が繋がった。

 

 

『アムロ・レイ少尉。応答しろ』

 

「……はい」

 

 

 回線越しにいるのは上官なのだろうが、アムロは気の抜けた返事をしてしまった。消沈しているアムロの返答から心情を察しながらも、本部の上官は告げる。

 

 

『君のお父さんは残念なことになった。だが、今は気持ちを切り替えろ少尉。ジオンがコロニー内部に侵攻してきた』

 

「ジオンが……?」

 

『少尉はそのまま《ガンダム》を自力歩行で《ホワイトベース》がある港まで向かえ。以上だ』

 

 

 そう告げられると、回線は切られた。とにかく、今は命令通りに動くしかない。

アムロは港へ向かう前に、もう一度観測所の方を見た。

 分かってはいたつもりだった。戦争に関わるのだから、こういったことが起きてしまうということを。だが、こんなにも早くこんな事が起きるなんて思いもしなかった。

 

 

「……さようなら。父さん」

 

 

 逝った父に向けてアムロは別れの言葉を告げ、《ガンダム》を港へ向けて動かしはじめる。

 だが、その時。

 

 

「……ん?」

 

 

 レーダーがこちらに急接近してくる三機のMSをとらえた。レーダーに表示された機体名は、《イナクト》だ。

 護衛に来たのだろうか。だが、本部からそんなことは聞いていない。一体どういうことだろう。そうアムロが考えていた矢先、信じがたい光景が視界に映りこんだ。

 

 

「……!?」

 

 

 先頭を飛んでいた青い塗装が施された《イナクト》が、その手に持っていたライフルで攻撃を仕掛けてきた。いきなりの出来事に驚きながらも、アムロはシールドでそれを防ぐ。

 三機の内の二機はの左右に展開し、残りの青い《イナクト》が正面から《ガンダム》に向けて突っ込んでくる。接触する直前に、青い《イナクト》との回線が繋がり、回線の向こうにいる男は《ガンダム》に向けて言った。

 

 

『結構いい性能なんだろ? 楽しませてくれよ、《ガンダム》さんよぉ!!』

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

「どういことだ……?」

 

 

 非常時のために実験場で待機していた装甲車両に乗って港に着いたアキラは、双眼鏡越しに目にした異様な光景の感想を思わずつぶやいた。

 実験場にて、《イナクト》と《ガンダム》が戦闘を繰り広げている。いくら《ガンダム》の性能がいいとはいえ、三対一では分が悪すぎる。

 それに、三機の内の一機の青い《イナクト》は完璧に《ガンダム》を翻弄している。アキラの知っている《イナクト》は、あんなアクロバティックな動きなどできなかった。というか、することができなかった。

 おそらくは独自の改造がされているのだろうが、それ以前にパイロットが相当の技量を持っているのがその動きから分かった。

 事態はいい方向には進んでいない。旧実験場からジオンが侵攻してきたという情報も入ってきた。《G-3》はこちらに向けて搬送され始めたとのことだが、ここまでたどり着くかは分からない。それに今現在、港に避難民が押し寄せてきており、《ホワイトベース》へ避難させている。非常事態だからしょうがないとはいえ、その数にアキラは驚いていた。

 混乱に陥っている現場にいて、アキラもつられて混乱してしまいそうだった。だが、そんなことは言ってはいられない。やれることはやらなければいけない。自らを鼓舞するように前向きに思慮を巡らせる中で、声がかけられた。

 

 

「アキラさん!」

 

 

 避難民の誘導を手伝っていたメイリンが、急いでアキラの方へと駆け寄ってきた。そして、慌てた様子で情報を伝える。

 

 

「《G-3》を搬送していたキャリアカーが脱線したとのことです!」

 

「脱線!? こんな時に限って!?

 

「そ、それと第五格納庫がジオンの攻撃を受け、通信が繋がらないそうです!」

 

「……最悪だな」

 

 

 第五格納庫にはG-01《プロトタイプガンダム》がある。

 もしジオンに強奪されたら、ビーム兵器の技術があちらに知られることになる。そうなれば、死んだ親父に顔合わせすることができない。

 

 

「メイリン。装甲車両で脱線した現場に行くとすると、どれくらいかかると思う?」

 

「えぇっと、大体5分ぐらいだと思います」

 

 

 もしかしたら、ジオンが到着する前《G-3》にはたどり着けるかもしれない。せめて《G-3》だけでも、ジオンの手に渡るのを防がなければ。

 最悪の状況を僅かでも好転させるため、アキラは避難民の誘導を行っている下士官に向けて言い放った。

 

 

「誰かそん中でここら辺の道詳しい奴いないか!?」

 

 

 いきなりの問い掛けに下士官は驚きながらも、その内の一人が手を上げる。

 

 

「よし。じゃあお前運転してくれ。場所はメイリン軍曹に聞いてくれ」

 

 

 そう言って、アキラは先に装甲車両に乗りこんだ。

 中に入っても、避難民の慌ただしい声とそれを誘導する《ホワイトベース》の船員の声が聞こえてくる。この長蛇の列に並ぶ避難民を全員収容するとなると、かなり時間がかかるだろう。

 戦争をしている。切迫した装甲車両の外の景色を見て、アキラは改めてそう思った。

 

 

「お待たせしました。行きましょう」

 

「頼む。あ、ちょっと待ってくれ」

 

 

 出発の直前、思い出したかのようにアキラは装甲車両の窓から顔を出し、乗りこもうとしていたメイリンに向けて告げた。

 

 

「お前はここで待機。避難誘導に従事してくれ」

 

「で、でも……」

 

「向こう行ってもやれることは限られる。メイリンが誘導後、すぐに通信管制に入れば現場の助けになるはずだ。分かってくれるか?」

 

「……了解しました。ご武運を」

 

 

 的確な指示を出すアキラの姿からは、寝坊したときのだらしなさは微塵にも感じられない。大尉としての真面目な側面を見せた彼に従い、メイリンは少し残念そうな顔をしながらも避難民の誘導の方へ戻っていくのだった。

 彼女が再び避難民誘導に尽力し始めたのを確認した後、アキラは自分と同じぐらいの年だと思われる男性下士官の方を向き、問い掛けた。

 

 

「お前の名は?」

 

「『ハリー・レントン』曹長であります!」

 

 

 狭さを感じる社内の中、こちらに向けて敬礼して答えるハリー曹長にアキラは手早く告げた。

 

 

「よし曹長。脱線現場まで最短ルートで頼む」

 

「了解しました!!」

 

 

 ハリー曹長の元気な返事と共に、装甲車両は脱線現場へ向けて動き出していった。

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

「これが……、連邦の新型か」

 

 

制圧した第五格納庫の中にあったMSをモニター越しに見て、シャアはつぶやいた。

『ブラッドファング』の情報通りならば、黒を基調としたこの機体の名は《プロトタイプガンダム》。初のビーム兵器搭載、強固な装甲、量産はコスト的な面から考えて出来ないとはいえ、凄まじい性能を有している。

 Gシリーズ最初の試作機であり、この機体はその後の実験も兼ねて4機が建造されたという。その内1機がこのコロニーにあったというのも情報どおり。

 これを持ち帰れば、さらに《彼ら》に近づくことができる。仇を討つまで、後少しの辛抱だ。

 するとシャアは現在コロニーに侵入している味方全員に向けて回線をつなぎ、言った。

 

 

「私と『スレンダー』と『アッシュ』は、発見した連邦の新型とその新型の武器をグワジンへ運ぶ。他は行動を続けろ。以上」

 

 

 直ぐに回線を切ると、シャアを含む3人はそれらをグワジンへ運ぶための準備を始める。

 現在このコロニーに侵入しているのは、全員で6人。今は二手に分かれており、残りは別の新型の方へ向かっている。コロニーの外ではジェリドとカクリコンが待機している。そして、潜伏していた『ブラッドファング』が実験場で連邦の新型と戦闘中であり、新型の全てを強奪、破壊するのも時間の問題といったところだ。

 こうも容易く侵入を許し、自分達が開発したMSを強奪される。連邦には相も変わらず《腑抜け》という言葉が似合うかもしれない。

そう思いながら、シャアは準備を着々と進めていくのだった



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第5話 戦争屋

「ここは通行禁止だ!! 民間人は迂回しろ!!」

 

「他へ回れ!! 向こうへ行け!!」

 

 

 《G-3》の搬送途中だったキャリアカーが脱線し、避難中だった民間人の行く手を塞いでいた。そんな中でも、なんとか《G-3》を《ホワイトベース》まで搬送するために作業員が奮闘していた。

輸送車両に脱線したキャリアカーを連結させたのはいいが、避難民が邪魔で動けない。

 作業員が他をあたるように呼びかけるが、避難民は断固としてそこから動かない。ここの道を越えれば、シェルターはもう目の前だからだ。

 まさかここが戦場になるなんて彼らは思いもしなかったことだろう。自分の身を守るために必死に行動するのも当たり前だ。

 生きようと必死になる民間人。《G-3》の搬送を急ぐ作業員をリィナは《イナクト》のモニターでその光景を見ていた。

 急がなくてはいけない。既に足止めとして向かった《フラッグ》の小隊は全滅してしまった。

 レーダーで確認したところ、こちらに向かってくる《ザク》は三機。こちらは《イナクト》一機と装甲車両が五台。この戦力だと、おそらく追いつかれたら持ちこたえることはできないだろう。

 もしかしたら自分はここで死ぬのかもしれない。そんな考えがリィナを恐怖させた。敵を討ちたいという思いよりも、『死』に対する恐怖がリィナの心を包み込もうとしたその時、回線越しに男性の声が響いた。

 

 

『聞こえるか~《イナクト》のパイロット』

 

「へ? あ、はい!!」

 

 

 突然繋がった回線から聞こえた声に、リィナは慌てて応答した。

 モニターに先ほどまではなかった装甲車がある。おそらく回線の主は装甲車のすぐ横に立っている男性士官だと直ぐに分かった。その男性士官は《G-3》を指差しながら言った。

 

 

『こんな状況じゃもう搬送するのは無理だ。港までは俺が操縦していく。お前はレーダーで《ザク》を警戒していてくれ』

 

「りょ、了解しました!」

 

 

 その後直ぐに回線は切れ、男性士官は《G-3》の方へ走って行った。

 コクピットハッチを開ける作業をする男性士官の直ぐ横では、大勢の避難民に作業員が指示を出している。

 《ザク》が到達する前に避難民にはここから退去してもらわなければ。でなければ彼らは戦闘に巻き込まれてしまうかもしれない。リィナはモニター越しから避難民に向けて、早く逃げてと強く念じた。

 するとその時、《G-3》に乗り込んだ男性士官からの回線が繋がった。

 

 

『起動完了! 起き上がるから気をつけろ!』

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか間に合ったか」

 

 

 《G-3》を立ち上がらせ、アキラは安堵のため息をつく。モニターにはようやく作業員の指示に従って動き出した避難民の姿が映し出された。

 このまま事がうまく進めばいいとアキラが考えた刹那、

 

 

『《ザク》三機、接近!』

 

 

 回線の向こうから聞こえた叫び声に反応して、アキラはレーダーを見た。

 近い。レーダーが反応している方向に機体を動かすと、既に目視ではっきり確認できるほどまでの距離に奴等は来ていた。

 

 

「来ちまったか!」

 

 

 そうハヤトが言った直後、こちらに向かって来た《ザク》の狙撃で近くに停車していた装甲車両が一台やられ、爆散する。他の装甲車両と《イナクト》は直ぐに応戦を始めるが、三機の《ザク》の攻撃で装甲車両が瞬く間にやられていった。

 《G-3》が所持している武器は、頭部に搭載されているバルカン砲とバックパックのビームサーベル。

 背後には避難中の民間人もいる。被害を最小限に抑えるためにも、ここはビームサーベルでコクピットをやるしかない。

 ここが踏ん張りどころ。突如としてやってきた本番に震える心を必死に抑え込みながら、アキラは声を張り上げた。

 

 

「援護を頼むぞ《イナクト》!」

 

『了解!」

 

 

 三機の《ザク》に向かってアキラの《G-3》は走り出した。

 こちらが動くと同時に、先頭にいた一機がマシンガンで応戦してきた。だが、《G-3》はそれを物ともせずに直進していく。《G-3》の装甲は直撃した弾丸を物ともせず弾き返し、それに驚いた先頭の《ザク》は一歩後ろへ引き差がった。

そして、ビームサーベルを引き抜いた《G-3》はさらに《ザク》へと接近する。

 

 

「――うまくいってくれ!!」

 

 

 そして、《G-3》のビームサーベルが《ザク》のコクピット部分を貫いた。

 まずは一機。実験や訓練ではなく、初めての実戦だったがうまく下腹部の反応炉を傷つけずにやれた。一瞬の間ではあるが、アキラはほっと胸をなでおろす。

 その矢先、もう一機の《ザク》がヒートホークを横から振り下ろそうとしていた。

 この距離では回避は間に合わない。とアキラが思った次の瞬間、《イナクト》が《ザク》の横腹に激しい蹴りを叩き込んだ。

 《ザク》がよろけているところに、《イナクト》はリニアライフルで追撃をかけ、頭部のメインカメラを破壊する。アキラはその隙を見逃さず、《ザク》に接近していった。

 再び《ザク》がヒートホークを振り下ろすよりも早く《G-3》は《ザク》のコクピットを貫く。パイロットを失った《ザク》は、ビームサーベルの発振を止めて後退した《G-3》の目の前で地面に崩れ落ちた。

 残っている《ザク》は後一機。その一機の方へと機体を向けようとしたその時、

 

 

『きゃあ!?』

 

 

 回線から聞こえた《イナクト》のパイロットの悲鳴が聞こえてきた。

 アキラが呼びかけようとしたが、それは背後からの衝撃に阻まれてしまう。

 

 

「な、何だ!?」

 

 

 レーダーを確認しようとしたが、それよりも早く《G-3》の目の前に攻撃を仕掛けてきた存在が現れた。

 

 

「《イナクト》!?」

 

 

 それは、先ほどまで実験場のところでアムロが乗る《ガンダム》と交戦していた青い《イナクト》だった。

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

「こっちもひでぇなぁ。って、おぉっと」

 

 《G-3》が振り下ろしてきたビームサーベルを避け、青い《イナクト》は《G-3》の胸部に強烈な蹴りをいれた。その衝撃に耐えられず、《G-3》は勢いよく倒れる。その隙を見逃さず、《ザク》との回線を繋いだ。

 

 

「聞こえてるかい? そこの《ザク》のパイロットさん」

 

『お前はもしや傭兵の……?』

 

「ああ。サーシェスって呼んでくれや」

 

 

 その回線の最中、《G-3》が起き上がろうとしたが、再び蹴りを入れて地面へ叩きつける。機体の性能はいいが、中に乗ってる奴そうでもない。とサーシェスは心の中で呟いた。

 

 

「んじゃ、さっさと撤退しますか」

 

 

 現状ではこのMSを破壊することは不可能。パイロットはそうでもないがこの《ガンダム》とかいうMSの性能は予想以上。こっちも実験場で油断した部下二人がやられた。撤退するのが妥当だろう。これ以上損害が出れば、これからの商売に支障が出始める。

 そう考えてサーシェスは《ザク》のパイロットに進言したのだが、簡単には聞き入れてはくれなかった。

 

 

『撤退だと!?』

 

「ああ」

 

『それは少佐からの指令か!?』

 

「いいや、俺が決めたんだが」

 

 

 回線の向こうから聞こえてくる声はサーシェスが苦手な熱血漢タイプの声だった。

 恐らくまだ自分は戦えるとか言い出すのだろう。だが、それは無理な話だ。

 

 

「少佐だかなんだかそんなのは関係ねぇよ。まだお前も死にたくねぇだろ?」

 

『私に生き恥を晒せというのか!』

 

「こっちも実験場で二機やられちまったんだが」

 

『ぬぅ……』

 

「分かったんならとっとと撤退だ。俺が援護するからよ」

 

『仕方がない……!』

 

 

 やっと理解してくれたパイロットは侵入してきた旧実験場に向けて《ザク》を移動させ始めた。

 ジオンにはああいう奴が多い。愛国者といった感じの人間。ただ戦うことに興味があるサーシェスにとって、彼らのような存在は考えられなかった。

 戦うことほどシンプルで楽しいことは他には無い。傭兵であるサーシェスは戦えるなら連邦側でもジオン側でも特に関係はない。今回はジオンに雇われたからやっただけ。ただそれだけなのである。

 サーシェスは起き上がった《G-3》に回線を繋ぎ、コクピット内部の様子も見えるようにした。

 

 

『お前は……!』

 

「よぉアキラ大尉。元気にしてたかい?」

 

 

 《G-3》には予想通り、先ほど殺し損ねたアキラ・ユウが乗っていた。

 こちらを見て動揺している表情を目にして、サーシェスは楽し気に口元を歪める。再び相対した脅威に対し、アキラは問いかけた。

 

 

『お前は……、ジオンなのか?』

 

「いいやぁ。俺はただ雇われただけの傭兵だ」

 

『傭兵か……っ!』

 

 

 アキラがそう呟いた瞬間、立ち上がった《G-3》は素早い突きを繰り出した。

 サーシェスはそれを避けたが、《G-3》がもう一つのビームサーベルを引き抜き、切りかかる。サーシェスが巧みな操縦で操る青い《イナクト》はそれすらも上空へ飛んで回避し、《G-3》の背後に回りこんでバックパックに蹴りを叩き込むのだった。

 

 

『くそっ……!』

 

 

 一瞬揺らいだ《G-3》だが、なんとか踏ん張って倒れることは防ぐ。向かってくる勢いの良さからから、先ほど実験場で戦っていた《ガンダム》よりも楽しめそうだと心躍らせるサーシェスであったが、残念なことに残された時間はわずかしかない。昂る闘争心を落ち着かせ、サーシェスはこちらに振り向いた《G-3》の頭部に向かってリニアライフルで攻撃し、メインカメラを破壊した。

 

 

『な……!』

 

「んじゃ、また会おうぜ大尉殿。今度は敵か味方か分からねぇけどな!」

 

 

 そう言って回線を切るり、メインカメラからサブカメラへと切り替わる瞬間を狙って再び後ろに素早く回りこみ、バックパックに蹴りつけた《イナクト》はバーニアを全開にして旧実験場へと向かっていった。

 《イナクト》は装甲は薄いが、最大の売りは機動性にある。保険としてバックパックにそれなりの負荷をかけておいた。いくら新型の《G-3》といえど追いつくことはできないだろう。

 どんどん距離を離していくが、背後から《G-3》が頭部に搭載されているバルカン砲で追撃をかけてくる。

 バルカン砲ならばこの距離と速度を保てば直撃することはない。サーシェスは追撃を無視して旧実験場へ向かった。

 やがて追撃も止み、旧実験場に近づいてきたところで興奮冷めやらぬ小さな笑いを漏らしながらサーシェスはコクピットの中で小さく呟いた。

 

 

「いいねぇ、連邦も頑張ってらぁ。楽しくなってきそうだぜ」



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第6話 混迷

 

    ◆

 

 

 

 

 

「着いた……。だいぶ長く感じたな」

 

 

 アキラは脱線現場から中破した《イナクト》の補助をしながら港に到着した。《G-3》もバックパックをやられ、ブーストを利用した動きをすることができない散々な状態だった。

 青い《イナクト》と《ザク》は撤退したが、その後の現場は惨憺たる有様だった。装甲車両は全滅。作業員、避難していた人々にも多くの死傷者が出た。

 避難民はシェルター。残る作業員は港へと向かい始め、アキラは中破して動けない《イナクト》を補助してここまでやってきた。

 港に押し寄せていた避難民の姿は無く、こちらの到着を待っていた兵士が脱線現場から来た者達を誘導している。その誘導に従い、《ホワイトベース》へと乗り込んでいく中に、アキラを脱線現場まで送ってくれたハリー・レントンの姿はなかった。

 恐らく全滅した装甲車両の中に彼もいたのだろう。もう見ることはできない少し前の意気揚々とした彼の顔が頭の中に浮かぶ。悔しさを噛み締めながらも、アキラは《ホワイトベース》の格納庫へと《G-3》を進めた。

 やがて格納庫に到着してハンガーに《イナクト》、《G-3》を固定した後、慌しく人が動き続けている格納庫に降りたアキラは、作業員や整備員が少ないことに気がついた。

 

 

「おう! 無事だったかアキラ!」

 

「『アストナージ』さん!」

 

 

 アキラに《Gシリーズ》第1整備班の班長の『アストナージ・メドッソ』が声をかけてきた。

既にアストナージの作業服はオイル等に塗れて黒く汚れている。その作業服が現場の忙しさをよく表していた。

 

 

「《イナクト》は右脚の損傷が酷いな。予備を取り付け、その他の修復に最低でも2時間は掛かるか。《G-3》も背中に集中的にやられたようだな。相当な腕を持つ奴がいたのか?」

 

「ああ。実験場でアムロの《ガンダム》とやり合ってた奴だ」

 

「あいつか。まさか《赤い彗星》と《青い巨星》が同時に来たのか?」

 

「いや、奴は《青い巨星》じゃない。というかお前今なんていった!?」

 

 

 聞きなれたジオンのエースパイロットの異名を聞いて、若干アキラは声を裏返りながら聞き返してしまった。

 《青い巨星》、『ランバ・ラル』も十分に驚異的な存在だが、それよりも後者の異名にアキラは驚いていた。

 この戦争の初期に両軍の宇宙艦隊がぶつかり合った《ルウム戦役》において多大な戦果を挙げ、その機体のカラーリング、通常の《ザク》より3倍は速く見えたことから、《赤い彗星》の異名を持つパイロット。『シャア・アズナブル』。

 恐らく現在のMSパイロットの中では操縦技術はトップクラスだろう。優秀だとは考えていたが、今回の侵攻の指揮も彼が取っているのだろうか。

 目を丸くしているアキラにアストナージは続けた。

 

 

「襲われた第3格納庫から撤退してきた奴等が騒いでたから、監視カメラを確認したら奴の《ザク》が映っていた。間違いない」

 

「第3……《プロトタイプ》はどうなった!?」

 

 

 その問い掛けにアストナージは残念そうに首を横に振った。想定してはいたが、追撃は間に合わない。アキラは唇を噛み締めた。

 落ち込んだ表情を見せるアキラのアストナージは肩を叩いて言った。

 

 

「残念な気持ちは分かる。だが、今はやれることを全力でやるしかない。いけるか、アキラ?」

 

「……ああ。分かってる」

 

 

 過ぎたことを悔やむのはいつだって出来る。だが、それでは先に進むことは出来ない。親父のためにも、失った《弟》と《母》、《家族》のためにも「今」を全力で生き、先に進んでいかなければならない。

 揺らぎそうになる決意を固めなおし、アキラはアストナージに大まかな現状を教えてもらった。

 第3格納庫から《プロトタイプ》とその武装が強奪され、既にそれを強奪した3機はコロニー外部へと脱出。コロニー内部に侵入してきた《ザク》、《イナクト》も全て撤退した。

 実験場にて交戦していた《ガンダム》は奇跡的にほぼ無傷で港に到着。ハンガーにて待機している。迎撃に出た《フラッグ》は全て撃墜されてしまった。

 現在《ホワイトベース》には、《ガンダム》、《G-3》、中破した《イナクト》と既に搬送済みだった《ガンキャノン》と《ガンタンク》が一機ずつ。計5機のMSが搭載されている。その他は全て破壊、強奪されてしまった。

 コロニー外部には《グワジン》が陣取っており、断続的に港への攻撃が行われており、その迎撃にかなりの人員が割かれ、負傷者、死傷者がかなりの数でているという。《ホワイトベース》のパオロ艦長も迎撃に参加し、負傷したものの艦橋に残り、指揮を執っていようだった。

 多くの避難民を収容したことも重なり、艦内はかなり混乱しているようだった。本部であるジャブローとの回線が繋がらないのも1つの原因となっているようだ。ミノフスキー粒子が散布されたと思われるが、港を出なければ濃度の確認は難しいとのことだった。

 既に大半の収容が完了したとのことで、そろそろ攻勢に移るのが予想されており、格納庫内は少ない人員を総動員してそれに備えている。

 現在動けるのは《ガンダム》、《ガンキャノン》、《ガンタンク》だが、《ガンダム》以外はパイロットが死亡してしまったため、戦闘になればアムロに頼るしかない。

 バックパックの換装を行えば《G-3》も動くことは出来るのだが、少々時間が掛かる。そう考えていたその時、

 

 

『総員、戦闘配備!』

 

 

メイリンの声が艦内放送から響き渡った。

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「冗談ではない!」

 

 

 射程外からのビームの狙撃をぎりぎりでかわしながらシャアは言った。

 コロニー外部に脱出できたのはいいものの、突如正体不明の敵からの攻撃を受けていた。既にスレンダー、アッシュ、カクリコンが墜とされ、現在《グワジン》に向けてジェリド、ガトー、『ブラッドファング』の傭兵と共に全速力で撤退している。

 

 

『糞! 糞が!』

 

 

 相棒であるカクリコンを失い、激怒しながらもただ撤退し続けるしかないジェリドの悔しそうな声が回線越しから聞こえてくる。

 我を忘れて正体不明機をジェリドが追うことがなかったのは、ガトーが止めたからだ。

 

 

『ジェリド! 回避に専念しろ!』

 

『分かってる!』

 

 

 撤退しつつガトーは何度もジェリドに呼びかけている。それに対する返答からは自らの不甲斐なさと理不尽に過ぎる現状への苛立ちがにじみ出ていた。

 

 

『畜生が……!』

 

 

 先頭を行く傭兵の乗る青い《イナクト》が回避をしながら小さくつぶやいたのが聞こえた。

 攻撃が始まり、一番最初に撃墜されたのは傭兵の輸送艦にカモフラージュした母艦だった。母艦を失ったことにより、傭兵は《グワジン》への一時的退避を余儀なくされてたのである。

 これほどの長距離射撃は戦艦クラスの主砲でなければ届かないのが現状だが、レーダーで確認してもそれほど大きな機影を確認することはできない。

 ミノフスキー粒子を散布しているのか、レーダーには反応が消えたり現れたりを繰り返している。だが、「何か」がいるのは確かだ。

 正体不明機が連邦のMSなのであれば、驚異的存在に違いはない。撤退中にスレンダー、アッシュが撃墜され、強奪した《プロトタイプ》の本体は爆散。残っているのはシャアが持ち出したビームライフルだけ。これだけでも持ち帰らなければ、示しがつかない。止まない狙撃をかわしつつ、シャアは舌打ちをした。

 

 

『少佐! 援護します! 今のうちに着艦を急いでください!』

 

「助かる! 皆聞こえたな!」

 

 

 ドレンからの回線が繋がり、それにシャアは答えた。

 《グワジン》まであと少し。その時、

 

 

『!?』

 

『うおぉぉ!?』

 

 

 ジェリドとガトーがほぼ同時に被弾した。ジェリドは右脚に、ガトーは左脚。二人は驚きつつも直ぐに被弾した脚部を切り離し、機体が誘爆するのを防いだ。

 多少バランスが崩れたものの、体勢を立て直して《グワジン》へと急ぐ。しかし、それを近くで見たシャアは違和感を感じた。確かに私達は回避を行っているが、相手は「わざと」狙撃を外しているような気がしたからだ。

 彼らが相当な腕を持っているならば、私達を撃墜するのに苦労することは無いはず。ピンポイントで脚部を狙うことも出来ない。

 《プロトタイプ》を奪取を防ぐのが目標ならば、ビームライフルを持っている私も撃墜するはず。それを彼らはしない。何故。だが、今考えている余裕は無い。シャアは撃墜する意思がない姿見えぬ存在の意向に甘える以外、道は残されていなかった。

 《グワジン》の主砲が正体不明機がいると推測される位置へと放たれ、その援護射撃の中、シャア達は帰投した。

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 

「よっし。任務完了」

 

 

 《ケルディム》のライフル型コントローラーをコクピット上部に戻してニールは言った。

 久しぶりの介入。かなり長いブランクがあったが、まだ腕は鈍っていないようだ。ジオンの《グワジン》の射程外へと退避して、ニールは安堵のため息をついた。

 

 

「ニンムカンリョウ! ニンムカンリョウ!」

 

「おう。お疲れ、相棒」

 

 

 ニールが狙撃に専念している間、操縦はハロに任せていた。頼れる相棒の変わらぬ名アシストは見事といえるものだった。

 一仕事を終えて《トレミー》からの指示を待っていると、《デュナメス》に搭乗しているライルから回線が繋がった。

 

 

『よう兄さん。久しぶりの実戦はどうだった?』

 

「大丈夫そうだ。だが、俺はやっぱり《デュナメス》の方がいいかな」

 

『お? そりゃまたどうして?』

 

 

 兄の言葉に疑問を持ったライルが回線越しで首をかしげる。

 

 

「んー、性能は間違いなく良いけど乗り心地がなぁ」

 

「ノリゴゴチ! タイセツ! タイセツ!」

 

 

 ハロがニールの言ったことを反復し、それを聞いたライルは笑った。

 

 

『なるほど。それはかなり大切だな。今度は俺がそっちに乗るよ』

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

 今回の介入直前にお互い乗る機体を交換してみようと持ちかけてきたのはライルだった。同タイプの機体なので任務に支障がでるとは判断されず、そのまま出撃した。たしかに性能は良い。だが、やはり《デュナメス》の方が乗り心地がいい。

 ふと、ニールは思い出した。あの男。「サーシェス」との戦ったことを。

 既に復讐はライルが果たしてくれた。違うとはいえ、あの男を再び見て、殺意が沸かなかったといえばそれは嘘になる。

 あの時に狙撃で奴を殺すことは出来た。だが、今あいつを殺すことはできない。それが《ヴェーダ》と《カラジャ》の判断だ。奴の存在は《発展》を加速させる大事な存在の1つだそうだ。

 気づけば無意識に拳を強く握り締めていた。押し殺さなければならない。この感情を。そう考えていた時、《トレミー》との回線が繋がった。

 

 

『《デュナメス》、《ケルディム》帰投してください。座標を送ります』

 

 

 その回線のモニターに映ったのはフェルトだった。続いて、回収座標が送られてくる。

 

 

『了解。《デュナメス》、帰還するぜぇ』

 

 

 指定された座標へとライルは移動を始め、回線が途切れた。

 これで回線が繋がっているのはニールとフェルトだけだ。あいつ、気を使ったのだろう。

 それに気づいたのか、フェルトの後ろの席に座っていたミレイナが興味津々に目を輝かせながらこちらを覗き込んでいる。フェルトはどうやらそれに気づいていないようだ。こちらの返答を待っているのだろう。

 

 

「《ケルディム》、帰還する。……お迎え頼むぜ、フェルト」

 

『……はい!』

 

 

 ニールの返答に、回線越しのフェルトは嬉しそうに頷いた。その直後、

 

 

『いいですぅ! これは! これは! 良い感じですぅ!』

 

 

 二人のやり取りを見て我慢できなくなったのかミレイナが後ろで黄色い声を上げた。それに気づいてフェルトは顔を真っ赤にしながら回線を切った。だが、焦っていたのか完全に切れず、音声だけが聞こえてきた。

 

 

『ミレイナ! こ、これはただ返答を待ってただけで』

 

『お迎え頼むぜ。フェルト』

 

『……!!』

 

『いいですぅ! 恋の香りがしますぅ!』

 

 

 その後も回線の向こうで騒いでいる2人の声が延々と聞こえてきた。終わりそうにないので、こちらから回線を切ろうとした時、

 

 

『大丈夫ですよ。私が切っておきます』

 

「あれ? 何でお前がそこに?」

 

 

 フェルトでもなければミレイナでもない女性の声。だが、ニールは直ぐに分かった。

 

 

『ちょっと用があって艦橋に。直ぐに格納庫に行きますよ』

 

「おう。弟が先に着くと思う。お迎え頼むぜ『アニュー』」

 

『はい。ではこれにて』

 

 

 そう言って回線は切られ、コクピット内には《ケルディム》の駆動音が聞こえるだけになった。

 今はまだ余裕はある。これからが大切であり、慎重に行動していかなくてはならない。前途多難なこれからへ覚悟を新たにしたニールは、ゆっくりと指定座標へと向かうのだった。



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第7話 めぐりあい宇宙

今回から《ホワイトベース》を《WB》と略して書きます。



「いいか、アムロ。さっきの戦闘でバルカンの銃身が焼けついて使えない。対空防御策が手持ちのライフルだけだ。気をつけろよ」

 

「了解しました。ハッチ閉じます。下がってください。オムルさん」

 

「おう。気をつけろよ」

 

 

 機体の状況説明を聞き終わり、アムロは《ガンダム》のコクピットハッチを閉じた。やがて起動し、出撃に備えて慌しく動き回る作業員がモニター映し出された。

 これから《WB》は港から出てジオンと交戦状態に入る。現状では《WB》は《グワジン》に対抗できるレベルの火力を持ち合わせておらず、援護するために出撃しなければならなかった。

 他の搭載されているMSはパイロットの不在、機体の状態から出撃することはできない。たった1機で出撃することとなってしまった。

 現在急ピッチで《G-3》の修復作業が進められており、完了次第出撃するとのことだ。だがそれまで持たせることができるか否かはアムロの手腕にかかっていた。

 実験場では油断した相手の隙を突くことでなんとか切り抜けることが出来たが、今度はそれがうまくいく保証はない。艦の皆の命を背負う戦いであることを認識しつつ、アムロはコクピット内で身構えていた。

 

 

『アムロ少尉。聞こえるか』

 

「はい。大丈夫です」

 

 

艦橋からの回線が繋がり、サブモニターに『ブライト・ノア』中尉が映し出される。

 

 

『説明はもう聞いているな。本艦はこれより港を出る。援護を頼む』

 

「了解」

 

 

 手短に会話を済ませ、その後ブライト『現』艦長は回線の向こうで指示を出し始めた。

 

 

『ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布、対空ブロックは各個に迎撃体勢をとれ!』

 

 

 本来の艦長である『パオロ・カシアス』中佐は《グワジン》の迎撃に加わり、負傷してしまった。今は艦橋にてブライト中尉の補佐を行っている。

 この混乱の中でも、たくさんの人が今できることを必死にやっている。その人たちのためにも、《WB》を守りきらなくてはならない。

 アムロはカタパルトへと《ガンダム》を移動させた。固定が完了し、出撃体勢に入る。

 

 

『ハッチオープン。射出10秒前』

 

 

 アナウンスが流れ、出撃へのカウントダンが始まる。

 緊張で心なしかレバーを握る手の力が強くなる。焦るなと心に言い聞かせる。

 そして――

 

 

『10、9、8、7、6』

 

 

 ――後5秒。

 

 

 覚悟を決め、ハッチの外に見える宇宙をしっかりと見つめる。

 

 

『5、4、3、2、1、どうぞ!』

 

「アムロ、行きまーす!」

 

 

 カタパルトが点火され、勢いよく《ガンダム》は宇宙へと飛び出した。

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

『少佐。白い奴が出てきましたよ』

 

「来たか。頼んだぞ、ドレン」

 

『了解です。後武運を』

 

 

 回線が切れ。シャアは《ザク》で出撃した。随伴機はなし。まさかこれほどまでに損害が出るとは予想していなかった。正体不明機からの攻撃があったとはいえ、これではドズル中将に面目が無い。

 若さ故のあやまち。とでも言えばいいのだろうか。勢いに任せて動くとよい結果はだせない。

 出撃と同時に2発の対艦ミサイルが発射された。真っ直ぐ連邦の艦へと向かっていく。それらは連邦のMSが1発を狙撃し、2発目も艦に直撃する寸前で撃ち落とされた。

 その様子をモニターで確認し、シャアは連邦の新型MS《ガンダム》へと接近していった。こちらに気づいたのか、手に持ったライフルをこちらへ向ける。そして放たれたビームを避けたその時――

 

 

「……?」

 

 

 ――奇妙な。とても奇妙な感覚が、シャアを襲った。

 

 

 よくは分からない。だが、何か懐かしい感じがする。

 知っているような、今知ったような。本当に奇妙な感覚。

 再び放たれたビームを避け、死角である真下から《ガンダム》、『アムロ』に接近していく。

 ふと気づく。『アムロ』。知るはずの無い《ガンダム》のパイロットの名が鮮明に頭の中に浮かび上がった。

 だが、何故パイロットがアムロであることをシャアはは疑問に思わなかった。あれにはアムロが乗っている。そうシャアは確信していた。

 急接近し、《ガンダム》のコクピット部分に蹴りを入れようとしたその時、決して忘れるはずのない声が響く。

 

 

『させるかっ!』

 

 

 回線は繋がっていない。頭の中に響いた声とともに、必要最低限のブーストで《ガンダム》は蹴りを避けた。

 すぐさまビームライフルをシールドに格納し、ビームサーベルを引き抜いて《ガンダム》は反撃に移ろうとした。それを察知してシャアはブーストでその場から急速離脱する。

 

 

「やるな、アムロ!」

 

 

 楽しんでいるのか、怒りがこみ上げているのか。自分でもよく分からない感情が渦巻いている。

 だが、1つだけよく分かるものがあった。自分は望んでいた。彼と。アムロとの再開を。

 遠距離からマシンガンを放ちつつ、シャアはアムロに語りかける。

 

 

「まさか、こんな形で再開することになるとはな!」

 

『僕も……『俺』もそう思っていたところだ!』

 

 

 直撃はしない。たったの一発も。逆にその中を掻い潜ってこちらに接近してくる。

 そうでなくては。この感触。これこそがアムロ・レイだ。

 

 

『何故俺達が戦う必要がある! お前は見たはずだ、あの光の中で。人の可能性を!』

 

「ああ、見たさ! 見させてもらった! だが!」

 

 

 振り下ろされたビームサーベルをスラスターを駆使した急速回転で避け、そのままの勢いを利用して蹴りを繰り出す。それをシールドで受け止め、アムロは後退しつつ取り出したビームライフルで牽制する。

 寸でそれを避け、クラッカーを投げつけて《ガンダム》の目の前で起爆し、生じた爆煙を利用して煙幕を作り出す。

 だが、視覚を奪うのは一瞬の時間稼ぎにしかならない。直ぐにその場から移動すると、先ほどまでシャアがいたところに煙幕の向こうからビームが放たれた。

 お互いに距離をとる。見せなくてはいけないのだ。戦っているという様子を。私達が意思疎通をしていることを気づかれないためにも。この戦闘を見ている者達に。

 

 

「現状を理解しろ! 『今』は戦うしかないのだ! 『今』は!」

 

『分かってはいる! だが、いつまでだ。俺達はいつまで戦わなければいけない!」

 

「この戦争がひと段落するまでだろうな!」

 

 

 不思議だった。何もかもが見えるようになった気がする。今まで見えなかったものが、全て。そしてそれを理解している。

 2人は射撃をしつつ、間隔を保ち続ける。やがて、マシンガンの弾薬が尽きかけたその時、一筋の輝きが視界に入り込んできた。

 

 

「!」

 

 

 《WB》の主砲が放たれ、シャアの近くを通り過ぎたのだ。確かあの艦はまだ補給艦という立ち位置だったはず。とてもそうとは思えない武装を積んでいるが。

 潮時か。《グワジン》へと後退をしようとしたその時、主砲発射と同時に出撃していた《G-3》の狙撃を感知し、寸での所でそれを避ける。

 《G-3》のパイロットが悔しがる感情を感じる。立て続けに放たれるビームをシャアは全て避けてみせた。

 最後のクラッカーを投げつけて煙幕の代わりにし、後退しつつシャアはアムロに呼びかけた。

 

 

「私の予想が正しければ、この後もあの時と似たように事は進むはずだ。分かっているな、アムロ」

 

『ああ、うまくやってみせるさ』

 

 

 頼もしい返事を聞き、シャアは《グワジン》へと後退して行く。その最中で回線を繋ぎ、ドレンに呼びかけた。

 

 

「新手も出てきた。潮時だ。後退するぞ」

 

『了解しました!』

 

 

 アムロも《WB》の方へと遠ざかっていくのを感じた。また直ぐに会うことにはなる存在へと向ける思いは、”かつて”のものとは違って温かなものだった。

 

 

 ――私は負けた。アムロ・レイに。

 

 そしてあいつは見せてくれた。人の可能性を。私もそれを信じよう。

 罪滅ぼしにはならない。それをするには何もかも遅すぎてしまった。

 だが、『今』を私は確かに生きている。ならば自らが成せることを成すしかない。

 

 

 

 回線を切り、かつてと今に想いを馳せながらコクピットのモニターに広がる宇宙を眺める。その何処かにいるはずの存在に向け、シャアは静かに呟いた。

 

 

「『ララァ』。もう導いてくれとは言わん。見守っていてくれ。私と、アムロを」

 

 

 再び始まった。

 シャア・ズナブルの。キャスバル・レム・ダイクンの。アムロの。

 新たな戦いが。



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第8話 自分にできること

 ジオンの攻撃を退けた《WB》は連邦軍の宇宙基地、《ルナツー》へと向かっていた。

 アキラは今、人手の足りない格納庫で《G-3》の整備を終え、リィナ少尉の《イナクト》の整備を手伝っていた。

 先ほどの戦闘で二度目の実戦とは思えないほどの戦いぶりを見せた《ガンダム》。ほぼ無傷で帰還し、皆を驚かせていた。

 何よりもアムロが《赤い彗星》と互角に渡り合ったのが、一番の驚きだった。アキラが援護しに出る必要もなかったかのようにも思えたほどだ。

 アムロ自身は無我夢中で操縦していて覚えていないといっている。だが、彼の操縦技術は間違いなくこの艦にいるパイロットの中でもトップレベルだろう。

 彼も今格納庫にて整備の手伝っている。若干今までよりも手際がいいように見える。実戦で彼の眠っていた『何か』が目覚めたとでも言えばいいのだろうか。

 ならば自分の中に眠っている『何か』も目覚めて欲しいものだ。その『何か』が自分にあるのか分からないが。少なくともあってほしい。そんな希望的観測を胸に抱きながらも、大部分の整備が完了した。

 後は起動テストを行い、問題がなければ整備終了。一息付けそうだと安堵のため息をついたアキラに近づいてくる者の姿があった。

 

 

「お疲れさんアキラ。ほれ」

 

「おう。ありがとう」

 

 

 アストナージから飲料を受け取り、アキラは礼を言った。

 

 

「後は任せな。機体も大切だがパイロットはもっと大切だ」

 

「そうさせてもらうよ。後は頼んだ」

 

 

 受け取った飲料を口にしながら他の整備員にも声をかけ、アキラは休憩のために自分の部屋がある居住区へと向かった。

 その途中でエレベーターに乗ろうと廊下を移動していた時、

 

 

「あ、お疲れ様です。大尉」

 

「リィナ少尉か。お疲れさん」

 

 

《イナクト》のパイロットのリィナ少尉と鉢合わせした。その顔には少々疲れが浮かんでいた。

 

 

「俺は居住区に行くが、少尉も?」

 

「はい。ご一緒させてもらってもいいでしょうか」

 

「おう」

 

 

 そうして2人は共に居住区へと向かった。

 肩まで伸びた茶髪に穏やかそうな見た目、軍服を着ていなければそこらへんのモデルよりかは綺麗だとも思える。というか、女性士官とは最近メイリンと接することしかなかったのもあり、アキラには大体の女性が綺麗に見えていた。

 別にメイリンのことを悪く言っているわけではない。彼女の見た目が子供っぽいといっているわけでも決してない、といった感じで何故かアキラは脳内にてこの場にいないメイリンへの言い訳を並べていた。

 そういえばメイリンには姉がいるらしく、同じく連邦軍のパイロットになっているらしい。彼女の姉も似たように子供、もとい綺麗な女性なのだろうか。

 正直自分でも本当にどうでもいいことを考えていると自覚しつつも、エレベーターへ到着した。

 エレベーターを待っていたその時、ここまで無言だったリィナが口を開いた。

 

 

「……すいませんでした。大尉」

 

「ん?」

 

 

 俯きながらのリィナが告げたのは謝罪。

 

 

「《イナクト》の中破。《WB》までの補助。迷惑をかけてばかりで……」

 

「そのことか。過ぎたこと悔いてもしょうがないんだ。大丈夫だ、少尉。お前に非はないぞ」

 

「ですが……」

 

 

 このリィナ少尉の謝罪は今始まったわけではなく、アキラが補助して《WB》まで連れて行く間までにずっと続いていた。あのときは中破した衝撃で回線が音声しか繋がらなかったが、同じような謝罪を延々と続けていた。

 申し訳ない気持ちも良く伝わってきたのだが、それ以上に強い悔しさを感じ取ることができた。

 

 

「大尉のお父様も、コロニーでの戦闘で亡くなられたと聞きました。大尉は……悔しくないんですか?」

 

「そりゃ悔しいさ。でもな……っと」

 

 

 会話の最中にエレベーターは到着し、2人はそれに乗り込んだ。居住区へと動き出すと同時に、アキラは続けた。

 

 

「悔しさ、怒りに身を任せて行動すれば失敗する。冷静に受け止め、慎重に行動する。それが成功へと繋がる。よく親父が言ってた」

 

「冷静に……」

 

 

俯き、険しい表情を浮かべていたリィナ少尉の表情が少し和らいだように感じた。

 

 

「ま、俺も頑張ってはいるが、うまくその通り実践出来てないけどな。土壇場で冷静になれってのが一番厳しいことだからな。自分に出来ることを頑張るしかないんだよ」

 

「自分に出来ること……ですか?」

 

「ああ。今で例えるなら、次の出撃まで全力で休むことだな」

 

 

エレベーターが中間地点まで来た。居住区まであと少し。

 

 

「……たったそれだけでいいのでしょうか」

 

「いいんだよそれだけで。でもないとやってられないだろ。ネガティブな思考は失敗に繋がるぞ少尉」

 

「……はい。了解しました」

 

 

 その後、居住区に着くまで二人の間には沈黙が続いた。

 自分が出せるであろう助言は出した。後はリィナ少尉がそれをどう考え、行動に起こせるかは彼女次第だろう。少なくとも今の彼女の精神状態で出撃すれば、操縦に支障が出てくるはずだ。早く立ち直って欲しい。

 といいつつも、その助言で親父を思い出してしまったアキラ自身も、少し心が揺らいでいる。早く立ち直るのが必要なのは彼女だけでなく、自分も含まれているのを思い知った。

 自分自身の決意がこうも簡単に揺らいだのを感じ、小さなため息をついた。それと同時にエレベーターは居住区に到着するのだった。

 

 

「うおっと、こりゃすげぇことになってるな」

 

 

 エレベーター外の廊下には居場所の無い避難民でいっぱいになっていた。あれだけの人数が全ての部屋に入ることができず、現在廊下に溢れているとの報告は受けていたが、まさかこれほどとは。

 その中を二人で部屋へ向かって進んでいく。避難民の中にはこちらを睨みつけている人もいた。

 

 

「あ、大尉。私はこの部屋です」

 

「お、そうか。ちゃんと休めよ。それじゃ」

 

 

リィナ少尉を見送って、自分の部屋へと向かおうとした。

 

 

「あの、大尉」

 

「?」

 

 

 呼び止められて、アキラは振り向いた。

 そこには、先ほどの俯いていた彼女ではなく、しっかりとこちらを見つめている彼女の姿があった。

 

 

「私、頑張ります。ですから……大尉も頑張ってください」

 

「……おう。お互い頑張ろうや」

 

 

 そうしてリィナ少尉は自分の部屋へと入っていった。

 あのため息に気づいていたのだろうか。まさか逆に少尉に心配されるとは思ってはいなかった。上官としての面子を保つためにも、より決心を固めなければ。

 アキラはそう考えながら、自分の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 艦橋から見える宇宙をシャアは眺めていた。

 先ほどドズル中将に現状の報告を行った。再び《WB》を襲撃するためにも補給を要請し、それが了承され、『ガデム』が《パプア》で合流するとのことだ。

 ここまでは『あの時』とほぼ同じ。ところどころ違う部分も存在するが、似たように事は進むだろう。

 運命とでもいえばいいのだろうか。いや、こうなることが必然であったとも今自分は感じている。

 そうシャアが考えていたその時、周囲の怪訝そうな視線をものともせずに近づいてくる男がいた。

 

 

「お疲れさまです少佐殿。秘匿回線使わせてもらいました。感謝します」

 

 

 この艦に避難してきた傭兵、サーシェスだ。

 彼は本社との連絡を取りたいとのことで、秘匿回線の使用を申し出てきた。

 その時にはジェリドがサーシェスに掴みかかろうとしたが、逆に押さえつけられてしまった。カクリコン達が撃墜されたのは彼のせいかもしれない。情報を流していたかもしれないとサーシェスを疑ったからだ。

 だが、依頼主が変わらないうちは裏切ることは決してないとサーシェスは言い切った。

 まだ怒りが収まらず、その矛先をどこに向ければいいか分からず、現在ジェリドは混乱している。今はガトーを側につけることで抑えているが、再び周囲に危害を与えかねない危険な精神状態だった。それだけ、相棒を失ったのは彼に深い悲しみを与えたのである。

 『前』では彼はアースノイドだった。何が原因かは分からないが、『今』はスペースノイドになっている。運命のいたずらがこのようなことを起こしたのだろか。

 

 

「用はもう済んだのかね」

 

「はい。俺以外全滅の報告したら案の定かなり怒られましたよ。後、これを少佐殿に。本社からあなたへの伝言です」

 

「私に?」

 

「はい。どうやらあなただけに知って欲しいものだそうで。私も中身は確認してません」

 

 

 手渡された携帯端末をシャアは起動すると、あるメッセージが表示された。

 それほど長くはない。だが、それを読み、その内容にシャアは眉をひそめた。

 文面からして、襲撃してきた正体不明機はこの伝言の送り主。あの時にシャアが何故堕とされなかったという疑問の答えも書き記されていた。

 

 

(送り主は把握している。私が、私達が『二度目』を始めているのを)

 

 

 全て読み終わると、シャアは胸中にて思いを巡らせながらもサーシェスに端末を返却した。

 

 

「ありがとう。後で本社の方々によろしく伝えておいてくれ」

 

「了解しました。では、私はこれにて」

 

「ん? もう出るのかね?」

 

「はい。もう報酬は貰いましたからね。次の仕事に。回収座標も送られてきましたのでね。補給で出た燃料代は後で本社から送られてきますよ」

 

 

 そう言うとサーシェスは足早に艦橋を出て行こうとする。シャアはそれを止めようとはしない。

 お互い背を向き合ったまま、顔を合わせることはなかった。背後で艦橋のドアが開く音がした。シャアは言った。

 

 

「手加減はしないからな」

 

 

 サーシェスはそれを聞いて脚を止めたのだろう、ドアの閉まる音が聞こえない。

 近くで見ていたドレンと船員が不思議そうにこちらを見ている。

 

 

「……何故そんなことを?」

 

 

 振り向かずにサーシェスは問いかけた。

 

 

「今度から自分の口元を気にしたほうがいいぞ。仕事にも影響するだろうからな」

 

「……なるほど。ご忠告どうもありがとうございます。少佐殿」

 

 

 そういい残し、去っていった。最後は小さく笑ったような気もした。

 実際シャアは彼の表情が変わったのを確認していない。感じたのだ、去り際に彼が嬉しそうにしていたのを。

 恐らく近いうちに彼と。サーシェスという男とは一戦交えることとなる。

 傭兵。あのような奴には的役といえるかもしれない。

 

 

「少佐……」

 

 

 状況を把握できていないドレンが恐る恐る問いかけてきた。

 

 

「ああ、すまないな。なんでもない。警戒を続けてくれ」

 

「……了解しました」

 

 

 これ以上の詮索はよした方が身のため。そう割り切ってくれたドレンは持ち場へと戻っていく。その配慮に感謝しつつ、シャアは誰にも気づかれない程の小さなため息をついた。

 これからどうなっていくのか、少し分からなくなってしまった。伝言の主である『彼ら』は再び目の前に現れるだろう。

 だが、そうなったとしても私は『今』やれることやるだけ。それは変わらない。

どこまでも広がる宇宙の中、補給地点である《ルナツー》へ向けて進む《グワジン》艦橋にて、シャアは小さく呟いた。

 

 

「――《ソレスタルビーイング》か」



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第9話 可能性を信じた男

「――それがお前の考えている未来か」

 

「ああ」

 

 背を向けたまま、中年の男性は目の前のモニターから視線を外さずに短く問いに

応えた。

 分かってはいた。この男が、協力することを拒むのを。

 

 

「……いずれ離反者が現れる。それでもいいのか?」

 

「その時の対策はもう考えている。それとも、助けにでも来てくれるのか? カラジャ」

 

「私の答えはもう分かっているんだろう? 『イオリア』」

 

「まあ……な」

 

 

 この男の行動によって世界は大きく動き出すだろう。そして、再び奴は動き出し、世界を終わらせる。

 奴の存在を既にイオリアにも教えた。だが、彼の考えが変わることは無かった。

 自らの信念を曲げない、これほどにまでの貴重な存在を失うには惜しい。そう思い、カラジャは彼に接触し、共に来る気はないかと何度か説得を試みた。

 これが最後。もうこれ以上彼に問いかけ続けても無駄だろう。

 

 

「お前にはあれを託した。それでもういいんじゃないのか?」

 

「確かに……な」

 カラジャはイオリアに淹れてもらったコーヒーを飲み干し、立ち上がった。その場を後にしようと扉の方へと向かう。

 ドアノブに手をかけた時、お互い背を向けたまま、別れの言葉を告げた。

 

 

「……さよならだ。カラジャ」

 

「ああ。……さよなら。イオリア」

 

 

 廊下に出たカラジャを窓から流れ込む光が明るく照らし出した。

 あと少し。彼が私に与えてくれた物でようやく奴を追い詰めることができる。

 機体はできる。後はパイロット。奴に押し潰されないような強靭な精神力を持つ存在が必要。

 そんな存在に巡り合うまでに今度はどれだけの時を過ごせばいいのだろうか。再び途方もない年月を待つ必要があることを考えると、眩暈がしてくる。

 それでも、信じるしかない。どんなことにも屈しない”彼ら”のような強い子が何処かで生まれてくることを。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「よくやったと言えばいいのか……」

 

 

 奴にあそこまで近づくことができたのはよかった。だが、その攻撃が届くことは無かった。

深い海の底へと沈んでいく《OOライザー》を回収し、カラジャは回線を繋ぐ。

 

 

「座標を送る。回収のために『ゲート』を開いてくれ」

 

『了解しました!』

 

「どれぐらいかかる?」

 

『30秒で開きます!』

 

「頼んだぞ」

 

 

 30秒。《プレトマイオスⅡ》は既に回収した。後は持ちこたえることができるか否か。

 奴との戦闘に備えて作業用に建造したMS、《トレーラー》のメインカメラを海上の方へと向ける。

 激しく2機がぶつかり合っている。奴、《∀》と。対《∀》用MS《メシア》が。

 《∀》に対抗するべく、『クインティプル・ドライブシステム』や対月光蝶用武装『クロニクル』を搭載し、その他にもありとあらゆる技術を投入した機体。それが《メシア》。

 だが、やはり精神の侵食が速い。サポートのため《メシア》にリンクさせておいた『ヴェーダⅡ』にも、侵食が始まるのは予想外だった。

 既にリンクは切断され、後は精神面を徹底強化したイノベイドがどこまで戦えるかが問題だった。

 『ゲート』開通まで後10秒。その時、海上で小規模の爆発が起きたのを確認すると同時に、《メシア》のシールドを装備した左腕が海中へと落下してきた。

周囲から撃墜された《デュナメス》、《GNアーチャー改》を回収してきた《トレーラー》が近づいてくる。

 準備は完了。後五秒。

 

 

『カラジャ様! 申し訳――』

 

 

 回線越しから聞こえてきた謝罪の声が途中で切れた直後、海上で大規模の爆発を確認した。

 よくやってくれた。無駄ではない。お前の死は。自らのために散ってくれた命への感謝と後悔を抱くカラジャは唇を噛む。そんな彼の目の前に『ゲート』は開通したが、間を置かずしてこちらに《∀》が全速力で向かってきた。

 禍々しい喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。凄まじい数の人間の感情が入り込んでくる。あらゆる生物への怨嗟は、直接戦わずとも相手を屈服させるには十分すぎるほどだ。

 接触危険領域にまで月光蝶が迫る。もう時間はない。

 

 

「さらばだ。”友”よ。また会おう」

 

 

 怒りとは違う何処か悲し気な表情で別れを告げ、カラジャを含んだ3機は『ゲート』を駆使してその場から離脱するのだった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 まさか、こんなにも早く適性人物が現れるとは。イオリアがいた時から世界が約一巡しかしていない。

 その人物が『彼』だと確定したときには驚きが隠せなかった。間違いではないのかと、信じることができずに何度も検証した。

 運命とでも表せばいいのだろうか。『彼』以外にも、過去に世界で活躍をした者達もこの世界に存在している。しかも、どれも似たような状況で事が進んでいる。奇妙だ。本当に。

 科学ではこの状況を完全に解明することできないだろう。私も解明できなかった。いい加減に終わらせろと世界が欲しているのだろうか。この連鎖を。《∀》を止めろと。

 

 

『『量子ゲート』の座標固定。安定化まで後30秒』

 

 

 コクピット内に回線からイアンの声が聞こえてきた。

 そういえば自分がMSに乗って出撃するのは久しぶりか。ふと思い出したかのように準備運動のためにカラジャは軽く体を動かした。すると、すぐさまイアンが声を荒げた。

 

 

『おいおい、神経連動してるんだから動くなよ。カタパルトから外れちまうじゃねーか』

 

「おっと、そうだったな。すまない」

 

 

 不思議だった。いつものカラジャであれらこんなことはしない。意識はしていないが、無意識のうちに得た喜びがそうさせていたようだった。

 『彼』と会うことができる。私の知っている『彼』ではないが。

 隣接しているカタパルトには、援護兼非常時のために刹那が《OOライザー》、ニールが《デュナメス》で出撃体勢にはいっている。

 少なくとも《メシア》よりは安定している機体とはいえ、起動実験では大丈夫だったが、実戦で何が起きるかは分からない。

 後は『彼』が覚醒すれば、全てが揃う。それまで、私は、私達はこの世界への介入を続けることになるだろう。

 一体どれだけの世界を犠牲にしたのだろうか。償うには遅すぎるほど時が流れた。

 『彼』の言葉を思い出し、コクピットの中で小さく呟いた。

 

 

「自分ができることを精一杯やる。それこそ我が人生なり。……ふふっ」

 

 

 思わず笑ってしまった。『彼』が残した自称世界最高の名言。というかこれは名言と言えるのかどうかも分からない。

 変わった奴だった。あの緊迫していた状況の中でも、『彼』は場違いともいえるほど明るかった。いや、実際場違いだった。

 

 

『安定化を確認。『ゲート』、開きます。出撃準備完了』

 

 

 目の前の空間に輪が広がり、その内側には格納庫の壁ではなく、宇宙が見える。

終わらせよう。この世界のためにも。『彼』のためにも。

 

 

「カラジャ・アル・ウォーケン。GN-Z03《LEGEND》。出るぞ!」




今回でオリジナルMS、オリジナル技術を登場させてもらいました。
以下に登場した物の説明を書きたいと思います。
良かったらご覧ください。

CB=ソレスタルビーイング

技術名:ヴェーダⅡ
《説明》
その名の通り、二つ目のヴェーダ。
カラジャがイオリアから譲り受けた技術の一つ。
(所在については今後明らかになります)



技術名:量子ゲート
《説明》
ゲート発生装置から指定した座標へと道を作り出す技術。
《トランザムライザー》が発生させた量子化をヒントにカラジャ自身が完成させた。
既に《∀》で似た技術が採用されているのもこの技術が急ピッチで製作できた要因かもしれない。
詳細は機密情報としてヴェーダⅡに保存されており、カラジャ以外閲覧できないとされるが、イアンの推測ではもうその情報も削除しているのではないかとしている。




機体名:トレーラー
型式番号:GNW-004
《説明》
イオリアから入手した技術、GNドライブを動力に利用した作業用MS。
どんな状況下においても作業を行うことのできるMSを目指した結果、武装は一切搭載しないが『フェイズシフト装甲』を搭載しことにより耐久性、機動性の優れた機体となった。
CBに離反者が現れた際にヴェーダから送られてきた『ツインドライブシステム』を試験的に採用し、4機目の試作機が採用され量産が決定した。
《∀》をCBが迎撃した時には4機が製造されており、CBの救出、回収のために3機が出撃した。
作業用MSとしては破格の性能を有しているが、《∀》から少しでも生存率を上げるための措置だった。
このMSが開発される以前にも《∀》襲撃時に、救出、回収を行おうとしたが、大半が失敗。全滅している。
この機体と『量子ゲート』の完成によって救出、回収による生存率は大幅に向上した。


機体名:メシア
型式番号:GN-Z02
《説明》
対《∀》用に製造されたMS。これまでの世界で手に入れたありとあらゆる技術が投入されている。
『クインティプル・ドライブシステム』、『クロニクル』など搭載し、性能では《∀》と同等かそれ以上に匹敵する超高性能機。
クインティプルの名の通り、5基のGNドライブを搭載している。完全同調に成功しており、生み出されるエネルギーは、五倍化ではなく五乗化されている。
これによって《∀》を超えた異次元クラスの出力を有する。
しかし、武装がいくら強くても《∀》には勝てないのが現状である。
(これ以上の詳細は後々明らかにしていきます)


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第10話 異常事態

 何故、こんな状況になったのだろうか。これまでの出来事を整理することにする。

 《ルナツー》へと向かう中、恐らくシャアの乗る《グワジン》が周辺を離れずに追跡してきていた。あちらから仕掛けてこないところから見て、補給を待っているのではないかという仮説が立てられた。

 それは的中し、補給間と合流した。どうやらルナツーの監視エリアの隙である表層のクレーターにて作業を行うようだ。ミノフスキー粒子を大量に散布すればあの大きさのクレーターならば駐屯部隊にも気づかれない。

 叩かなければ。見逃せば確実にこれからも俺達の、連邦の脅威になるであろう《赤い彗星》。やるなら今だ。ブライトの指揮の下、作戦が実行された。

 戦力不足とも思われたが、避難民の中から二十歳前の男性二人が名乗りを上げてくれた。確か、『カイ』と『ハヤト』といったか。パイロットとしての腕はともかく、動けるMSが増えるのは頼もしい。

 急ピッチで進められていたリィナ少尉の《イナクト》も整備完了。この戦力ならばやれるかもしれない。いや、やらなければいけない。

 カタパルトから続々と出撃していき、最後にアキラの乗る《G-3》が出撃した。直ぐに合流しようとしたその時、第1の異常事態が発生した。

 突如として既に出撃していた面々との回線が繋がらなくなったと思ったら、目と鼻の先に正体不明機が出現した。

 理解ができなかった。カメラの故障かとも思った。何も無いところからいきなり現れたのだ。だが、それに蹴り飛ばされたことによりこれが現実だと理解できた。

バランスを大きく崩したが、なんとかスラスターを利用して姿勢を持ち直した。

 静かに目の前に佇む正体不明機は、こちらの様子を伺っているようで、その場から動こうとはしなかった。《WB》の艦橋から見えたのだろう。ブライトが回線を繋いできたが、ノイズがひどくて何を言っているのか聞き取ることができない。

 ミノフスキー粒子はそれほど濃くはない。もしや正体不明機の機体各部位から噴出している緑色の粒子が関係しているのだろうか。

 ジオンの新型か。しかしながらジオン系MS特有のモノアイはない。どちらかといえばその外見は《ガンダム》に似ている。

 いつ動いても対応できるよう身構え続けるが、向こうからは動こうとはしない。かといってこちらが動いた場合、こいつがどんな行動をするのかも分からない。

 仕掛けるかどうか悩んでいたその時、不明機の背部にビームが放たれた。《ガンダム》だ。しかしそれは不明機の直前でかき消された。異常を察知したのか、ここまで戻ってきたようだ。

 攻撃を受けたにも関わらず、不明機は微動だにせずその場に立っていた。それを見てアムロの《ガンダム》が後ろからビームサーベルで切りかかった。

 だが、振り下ろされたそこに不明機の姿はなかった。消えた。そう。消えたのだ。

 その直後――

 

 

『いい動きだ』

 

 

 ――男の声が聞こえた。

 

 回線からではなく、心の中に響いたかのような感じだった。驚きの連続で頭が追いつかず、思わず笑いがこみ上げてきた。

 わけが分からない。何が今どうなっているんだ。脳内処理が追い付かずに混乱気味なアキラに、アムロが声を張り上げて伝える。

 

 

『アキラ大尉! 右です!』

 

「んなっ!?」

 

 

 アムロからの呼びかけに我に返り、右を向こうとしたその時、再び姿を現した不明機からの蹴りを受けて吹き飛ばされた。

 

 

「ちくしょうが!」

 

 

 スラスターを吹かして姿勢制御をしつつ、牽制で頭部のバルカン砲を放つも、不明機を覆う何かに阻まれてそれが届くことは無かった。

 どうすればいいのか。何が有効なのか。そもそも敵なのか、味方なのか。多くの思慮を巡らせながら、不明機との戦闘が始まった。

 《G-3》と《ガンダム》の2機の攻撃の全てが効かない。理不尽ともいえるほどの性能の差がある。特に、目の前で消える。これが一番理解ができなかった。

 恐らくその気になれば直ぐにでもこちらを撃墜することはできるのだろうが、こいつはそれをしない。

 不明機の目的が分からない。このまま戦闘を続けることに意味があるのだろうか。

 戦闘開始から約5分が経とうとしていた。そして、第2の異常事態が発生した。

 

 

『撃ちます! 回避を!』

 

 

 突然繋がった回線。それに従い、不明機から距離をとる。そしてその上方から大出力のビームが放たれた。地表に着弾し、周囲が舞い上がった土煙で包まれる。

 戦艦の主砲クラスの凄まじい威力。だが《WB》は位置から考えても撃つことはできない。では誰が?

 その瞬間、嫌な予感がした。まさか、『あれ』がここに来ているのか?

 土煙から抜け出し、上方を確認してその支援攻撃を行った存在を確認して、アキラは驚きを隠せずコクピットの中でつぶやいた。

 

 

「何で……、《Xナンバー》がここにいるんだよ」

 

 

 確認できた機体は《イージス》。この《G-3》や《ガンダム》と同時進行で開発が進められていた機体の内の1つだ。

 だが、あれは別の中立コロニーである《ヘリオポリス》で開発が進められていたはず。もしや、こちらと同時にジオンに襲撃されたのか。

 もう何が何なのやら。もしこの戦闘から生き延びることができたら、大抵の事が発生しても驚くことがないような気がする。そう考えている内に再び不明機が現れる。やはり先ほどの攻撃も直撃していなかったようで、キズ1つ付いていない。

 3対1数では有利なのだが。そう考えていると、レーダーに不明機に向けて急速接近する熱源を感知した。

 

 

『ビームが駄目なら!』

 

 

 回線越しから聞こえたのは青年の声。それと同時にエールストライカーを装備した《ストライク》が大推力を駆使した強烈な蹴りを不明機に叩き込んだ。

 不明機は消えなかったが、その脚を何と掴み、《イージス》の方へと放り投げてみせた。

 

 

『うわぁ!?』

 

『キラ! くっ!』

 

 

 《イージス》はMS形態へと変形し、投げつけられた《ストライク》を受け止める。巧みな操縦技術によって姿勢制御をしつつ、両機は土煙を上げつつも着地して見せた。

 《Xナンバー》二機という想定外の援軍が加わり、これで4対1。ここからどう動くのか、様子を見ようとしたその時、消えた。今度はどこから来るのか。周囲を警戒したアキラだが、しばらくしても不明機は姿を現さない。

 撤退したのか。そう考えるには早計か。油断できぬ状況下で警戒を続けていた次の瞬間、大規模の爆発が生じたのを確認した。

 

 

「!?」

 

 

 爆発方向にはクレーターがある。画面の端に映りだされてた作戦開始のタイマーがゼロとなっているのにも気づいた。

 今すぐにでもクレーターへと向かいたいが、不明機がまたどこからともなく現れる可能性も有り、この場から動くことができない。

 あの3機で作戦を決行したのだろうが、果たしてうまくいったのだろうか。いや、やってもらわなければ困る。

 だがその期待を裏切り、爆煙の中から《グワジン》が浮上してきた。瞬時に浮かんだ打開策を実行すべく、《イージス》に回線を繋ぐ。

 

 

「《イージス》! 浮上してきたあれをやれるか?」

 

『りょ、了解……ん?』

 

「どうした? 何で……」

 

 

 返事が途中で途切れたことに疑問を抱き、《イージス》のパイロットに確認を取ろうとしたが、それより前にその理由が分かった。

 こちらの攻撃を遮るように、連邦の戦艦《マゼラン》が《グワジン》の前に姿を現したからだ。

 何故、あれが今ここで出てきたのか。疑問に思っていたところに、《マゼラン》から回線が繋がった。

 

 

『誰の許可を得てこの空域内でジオンと交戦している! 貴艦の艦名と所属艦隊を問う!』

 

 

 聞こえてきたのは怒声。それもかなり強い声だ。

 

 

『即答がなければ僚艦といえども撃沈する!』

 

 

 この戦闘に気づいて出てきたのだろう。やはり緊急とはいえ、報告することなく戦闘を行ったのがまずかったようだ。おとなしくした方がいいだろう。

 緊迫した空気が流れているが、ようやく戦闘が終わったことに安堵する気持ちもあった。特に今回の戦闘では驚くことの連続で疲れた。回線からは引き続き《マゼラン》からの怒声が響き渡る。

 その後、《WB》とその搭載機。そして後から来た《アークエンジェル》が《ルナツー》へと入港した。

 軍機違反による独房行き。又はそれ以上の刑に処されるのではないかとも思っていたが、予想外の待遇が待っていた。ある意味、これが第3の異常事態ともいっていいかもしれない。

 《WB》と《アークエンジェル》の艦長、パイロットなどの主要人物が作戦会議室へと呼び出された。そこにやって来た、ルナツー指令『ワッケイン』少将の表情には焦りが伺えた。

 どうやらこちらの処罰よりも重要で、かなり深刻な事態が発生しているのがわかった。

 室内の照明が消え、モニターが起動すると同時にワッケイン少将はこの場にいる全員に告げた。

 

 

「君達の処罰に関しては後回しとする。何せ時間がないのでな」

 

 

 モニターに表示されたのは、コロニー。既に居住者はいない、無人コロニーだ。それを見て室内がざわめく。まさか、ジオンはまた「あれ」を行うとでもいえばいいのだろうか。

 そして、ワッケインの口から俺にとっての第4の異常事態であり、最も重大な事態を告げられた。

 

 

「無人コロニーが地球へ向けて動き出している。その軌道、速度から計算した結果、目標は南米だと思われる」

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 何度振り返ってみても、今日以上に疲れる日は無いだろうとアキラは考えていた。

 現在《WB》と《アークエンジェル》、ルナツーの艦隊が急遽編成され、移動を続けているコロニーへと向かっている。

 ルナツーの工場にて先行量産されていた《ジム》と《ダガー》、前々からルナツーに配備されていた《フラッグ》など持てる戦力のほぼ全てを出しての出撃となった。

 先行量産組の実戦経験がないのが気掛かりだが、今となってはそんなことどうでもいい。戦力は多いにこしたことはないからだ。

 哨戒任務中の艦隊なども呼べるだけ呼んだが、落下阻止に間に合う艦隊は決して多いとはいえない。そういった戦力差を埋めるためにも、《WB》と《アークエンジェル》もこの作戦に加えられたということだ。

 かなり早い段階で察知できたとはいえ、今宇宙はほぼジオンが牛耳っている。あちらもかなりの護衛艦隊を引き連れているはず。決死の覚悟で望まなければ、落下を阻止するのは難しいだろう。

 まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。そして、あれをまた地球に落とさせるわけにはいかない。

 

 

「母さん、『ウィル』。大丈夫。俺があれを止めてみせる。だから……」

 

 

 コクピットの中で待機していたアキラは拳を強く握り締め、つぶやいた。

 

 

「あの世から見守ってくれ。父さんも、頼むよ。力を貸してくれ」

 

 

 そしてアキラは出撃の時を静かに待っていた。



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第11話 作戦決行

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。ただ静かに暮らしたかっただけなのに。そう思いを馳せた青年『キラ・ヤマト』は《ストライク》のコクピットでため息をついた。

 ジオンがヘリオポリスに襲撃してきたのが全ての始まり。トールやミリアリア達はシェルターに入ることができたが、満員でキラは入ることができず、別のシェルターの所へ向かう最中にジオンと連邦が繰り広げていた銃撃戦に出くわしてしまった。

 その際に女性士官の『マリュー・ラミアス』に声をかけられたので事情を説明したところ、キラの目指していたシェルターは既に扉だけになっていることを知らされる。これ以上このままでいるのは危険と判断したマリューは、キラと共に《ストライク》に搭乗することを決め動き出したのだ。

 援護の中マリューとキラがコクピットに入り、映し出されたモニターには先に起動した《イージス》から回線が繋がった。その回線越しにいたパイロットの顔を見て、キラは驚愕した。

 

 

「アス……ラン?」

 

『キラ……?』

 

 

 何故過去に分かれた親友がここにいるのか理解できずに、2人は混乱した。最後に会ったのは《フォン・ブラウン》だった。

 しばらく続いた無言をマリューの言葉がかき消し、我に返ったアスランは《ストライク》と共にその場から離脱した。

 その後、内部でのジオンとの戦闘の末、ヘリオポリスは崩壊した。その際、キラは先ほどの戦闘で傷を負ったマリューに代わりに《ストライク》を操縦し《ジン》3機を撃墜。パイロットとしての高い技量を発揮した。

 ジオンの目的は《ストライク》などの新型MSの奪取だったようだが、奇跡的に全ての機体を守り通すことに成功。キラはその技量を認められて、そのまま戦死した正規パイロットの代わり《ストライク》に搭乗することとなった。キラはこれをよく思ってはいなかったが、その後の戦闘中に回収したヘリオポリスの救命ポッドの中にミリアリア達が乗っており、彼らを守るため、そして親友であるアスランの頼みもあり、キラは戦うことを余儀なくされたのだった。

 追撃を振り切り、何とかルナツーへとたどり着いたのはいいものの、《WB》のMS部隊がジオンへと攻撃を開始しようとしているのと、もう片方は不明機と戦闘しているのを確認し、出撃。結局、あの不明機が何だったのかは分からないまま、ルナツー駐屯艦隊に拘引された。

 そして今、コロニー落下阻止のために動き出している。目まぐるしく変化する状況に嫌気を感じるものの、友のためにもこの艦を沈ませるわけには行かない。

 心身を蝕みつつある疲労に負けぬよう深呼吸して準備を整える最中で、回線が繋がる。

 

 

『ようキラ。大丈夫か?』

 

「あ、『ムウ』さん」

 

 

 《メビウス・ゼロ》のパイロット、『ムウ・ル・フラガ』だ。緊張しているのを感じ取ったのか、優しく話しかけてきた。

 

 

『大丈夫だって。ここまでやってこれたんだ。今回もうまくいくさ』

 

「……はい。ありがとうございます」

 

『そうやって甘やかすのは毎回どうかと俺は思いますが。大尉』

 

 

 回線に《デュエル》に搭乗している『イザーク・ジュール』が割りこんできた。あからさまに不機嫌な様子の彼に対し、ため息混じりにムウは告げる。

 

 

『いや~、俺はそんなつもりはないんだが』

 

『民間人とはいえ、もう何度かMSを操縦しているんです。彼も一人の軍人として扱うべきです!』

 

 

 このイザークとは《アークエンジェル》にいる間中ずっとこの調子でキラに食って掛かっていた。民間人がMSを動かすことに苛立ちを抑えられていないようだが、それ以外にも理由はもあった。

 

 

『まぁまぁ、落ち着けよイザーク。作戦前なのにまた一方的に攻め立てる気か?』

 

『ディアッカの言うとおりですよ。落ち着いてください、イザーク』

 

『お前達は黙っていろ! これはキラと俺の問題だ!』

 

 

 イザークをなだめようと回線を繋いできた『ディアッカ・エルスマン』と『ニコル・アマルフィ』だが、2人の助言を物ともせずイザークは一蹴し、そのまま続けようとする。しかし、次のディアッカの一言でその矛先が変わった。

 

 

『怒るなよ、シュミレーションでキラに8戦全敗したのまだ根に持ってるのか?』

 

『なっ、貴様ぁ! そのことはもう言わないと約束しただろうが!』

 

『おぉっと、今度はこっちかよ』

 

 

 そう言うとディアッカは回線越しにいるキラに向けてウインクをして回線を切った。イザークは任せておけという意味だろう。

 

 

『逃げるなぁ!』

 

 

 同時にイザークも回線を切った。恐らくディアッカに個別回線を繋ぐためだ。

 ディアッカのおかげで、キラは艦に所属する他のパイロットと打ち解けることができた。毎度騒ぎ出すイザークをなだめるのも彼の役割だ。

 

 

『あ、あはは……、毎度毎度すいませんねキラ。それじゃあ、僕も行ってきます』

 

 

 その役割を担うもう1人の人物がニコルである。ニコルの説得が入り、ようやくイザークは静かになる。ちなみにこのやり取りをこれまでにキラは3回ほど見ている。

 3人がいなくなり、一気に静かになった回線の中でムウは笑った。

 

 

『賑やかだな。とても戦場とは思えないほどに』

 

「そう……ですね」

 

 

 キラは笑おうとしたがうまく笑えなかった。思えば、最近心の底から笑ったことがないことにキラは気づいた。

 もしかしたら、特に何も無く平凡でも幸せだと感じることができた日々に戻ることはできないのではないかと考えるようにもなっていた。戦争とは無関係なものだと思っていたが、巻き込まれたとはいえここまで来てしまった自分が再びあの生活を送ることが許されるのだろうか。

 守るため、生きるためにこれまでに何機もMSを撃墜した。もちろん、それに乗っている人たちは死んだ。その人たちにも大切な人や家族がいたはず。思い悩んでいるキラを、ムウやアスランは支えてくれたり、助言をしてくれた。

 

 

『君はできるだけの力をもってるだろ? なら、できることをやれよ』

 

『キラが優しいのは俺が一番良く知ってる。俺がお前の支えになる。それが、巻き込んでしまったお前に対する償いだと思う』

 

 

 こういった言葉を胸に、ここまでやってきた。だが、完全に吹っ切れることができるほど、キラは自分が気前のいい人物ではないというのを知っている。平和ボケとでも言われてもおかしくはない。でも、それが自分であり、『キラ・ヤマト』だ。

 静まり返っていた回線の中、《イージス》からの回線が繋がった。

 

 

『キラ……』

 

 

 回線の先に映ったのは心配そうな親友の顔。それを見たムウはわざと慌てたそぶりをしながら言った。

 

 

『おっと。大佐から個別回線が。それじゃ俺はこれで』

 

 

 そういって、ムウは回線を切り、繋がっているのはアスランとキラだけになった。

 静かで重い空気が漂う中、先に口を開いたのはアスランだった。

 

 

『……大丈夫か?』

 

「……うん」

 

 

 たった一言だったが、こちらを気にかけてくれているのは伝わった。

 気がつけば作戦開始まで後10分。恐らくあと少しで作戦内容の最終確認が始まる。2人きりの会話も残りわずか。しかし、その間で何をしゃべればいいのだろうと思い悩んでいるのか、お互い無言のままただ時間が過ぎてゆく。

 もう時間はない。キラはただ今考えていた気持ちを素直に、短く伝えた。

 

 

「生きて帰ろう。アスラン」

 

『……ああ。そうだな』

 

 

 お互いに回線越しに頷く。たったの一言に、短い返答。それだけであっても、想いを伝え合うのには十分だと2人は感じていた。

 その2人のやり取りが終わると同時に、作戦に参加する機体全てに対しての回線が繋がった。

 

 

『作戦開始まで10分をきった。これより最終確認を行う』

 

 

 そこに映し出されたのは『ラウ・ル・フラガ』大佐。《アークエンジェル》に所属するMS部隊、《フラガ隊》の隊長を務めており、ムウとは兄弟であり、彼の兄。搭乗機は《シグー》。北米撤退戦の際に鹵獲したジオンのMSであり、その前には《フラッグ》に乗っていたそうだ。

 全員との回線が繋がっているか再度確認し、ラウは続けた。

 

 

『私達は、《WB》と共にコロニーの後部へと迂回し、後部に設置された核パルスエンジンの破壊をするのが目標である』

 

 

 モニターには図が表示され、《WB》と《アークエンジェル》が艦隊から離れ、大きくコロニー後部へと回りこんでいる様子が映し出されている。

 

 

『ここでエンジンを止めるか破壊すれば、軌道がずれ、落下を阻止できる。だが、失敗すればあの惨劇が繰り返されることとなる。それは何としてでも阻止せねばならない』

 

 

 失敗は許されない。それを聞いてキラは息を呑んだ。

 

 

『大佐。ルナツーの艦隊の戦力は大丈夫でしょうか?』

 

 

 先ほど苛立っていたのが嘘のように思えるほど冷静に、イザークはラウに問いかける。

 

 

『大丈夫だ。先ほど援軍の艦隊が合流した。その中には《オーバーフラッグス》隊もいるそうだ』

 

『ほお。あの《最強のフラッグファイター》が来たか。これは心強い』

 

 

 援軍でやってきたMS部隊の名を聞いて、ムウが驚きの声を上げる。キラはよく知らないが、どうやら連邦の中でもかなりの腕を持ったパイロットがその部隊にはいるようだ。

 その後、図に表示された4基の核パルスエンジンの内の2つが赤く点滅する。

 

 

『第1から4まで確認できた目標の内、私達が狙うのは第3と第4の2つだ。連中も馬鹿ではないはずだ、かなりの抵抗が予想される。各機注意を怠るなよ』

 

 

 図が消え、大まかな作戦内容の確認が終わったが、ラウは続けた。

 

 

『確認は終わりだが、気になる情報が2つ入った』

 

 

 そうすると、モニターに2つの画像が映し出された。かなり画質が悪く、ぎりぎり判断できる物だったが、片方には補給作業中の艦隊と数機のMS。もう片方にはコロニーの前方部分が映し出されていた。

 

 

『たまたま現場を通りかかった旅客機の乗客が撮ったものだ。この写真から、移動しているコロニーの前方部分にも核パルスエンジンが取り付けられているのを確認した』

 

『前方にも? また何だってそんなところに』

 

 

 誰もが思った疑問をムウが口にする。落下させるだけならこんな部分にエンジンを取り付ける必要はないはずだからだ。

 

 

『理由は不明だ。だが、どんな状況になったとしてもいいように注意をしたほうがいいだろう』

 

 

 そうして画像が1つ消え、MSが映っているものがモニターに残された。

 よく見れば、《ザク》や《ジン》とは別の種類のMSが2つ映っている。1つは黒と紫っぽい色で、もう1つは灰色と緑を基調としているのが判別できた。

 

 

『これは……、大気圏内にジオンが新しく配備した《ドム》と……もう1つは新型ですか?』

 

『ああ、その通りだ。補給艦からの搬出作業を捉えたものだ。特に新型は性能が未知数だ。各機警戒するように』

 

 

 イザークの問い掛けにラウが答え、全員に注意を促す。ここまでの戦いの中でキラは《ザク》や《ジン》と戦ったが、このMSとはまだ出会っていない。

 《ストライク》などの《Xナンバー》と呼ばれるMSの《PS(フェイズシフト)装甲》は実弾、実体剣にはほぼ無敵といえるほどの性能を発揮するが、ビームには耐えられない。あのジオンの新型がビーム兵器を搭載しているとなれば、これまでの戦闘以上に苦戦することが予想される。緊張で鼓動が早くなるのがキラは自分でも分かった。

 その後、ほどなくして作戦開始時刻になり、手はずどおりにムウとラウが先に出撃した。

 

 

『ラウ・ル・フラガ。《シグー》。出る』

 

『ムウ・ラ・フラガ、《メビウス・ゼロ》。出るぞ!』

 

 

 次の出撃は《ストライク》と《イージス》。カタパルトへと移動する中、艦橋からの回線が繋がった。

 そこには、人員不足のために戦闘管制を担当していた親友の『ミリアリア』が映し出された。

 

 

『キラ……頑張ってね!』

 

「……うん!」

 

 

 やがてカタパルトに固定され、《ストライク》に装備される《ストライカー》の換装作業に入る。

 

 

『《ストライク》、発進シークエンスを開始します。装備はエールを選択』

 

 

 《エールストライカー》の装備が完了し、出撃待機状態に入る。

 既にカタパルトからは、目標であるコロニーの後方部分が見えていた。キラは操縦桿を握り締める。そして、ミリアリアの声が響き渡った。

 

 

『システムオールグリーン。出撃、どうぞ!』

 

「キラ・ヤマト。X-105、《ストライク》、行きます!』

 

 

 コロニー落下阻止のため、《ストライク》は宇宙へ向けて飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「議長。連邦が動き出すのを確認しました」

 

「うむ」

 

 

 報告を聞き、中年の男が立ち上がった。それを見てその場にいた者達が立ち上がり、注目する。

 コロニーを防衛する艦隊とも回線が繋がると、男は息を整え、話し始めた。

 

 

「諸君。今作戦は我々ジオンの勝利に向けての大きな一歩となる作戦である」

 

 

 そして、大画面のモニターに表示されているコロニーを指差す。

 

 

「あれを奴等に撃てば、ルナツーの艦隊は大打撃を受けることとなる。成功すれば宇宙はほぼ我らの手中に収まる。例え失敗したとしても、奴等に我々の力を見せ付けるには十分だろう」

 

 

 周囲を見渡し、男はさらに続ける。

 

 

「見せ付けるのだ、我々の力を。世界に刻み付けるのだ、我々スペースノイドこそが正義なのであると」

 

 

 男の言葉に周囲の機運が高まっていく。そして、男は告げた。

 

 

「『パトリック・ザラ』の名の下に、作戦決行を宣言する! ジークジオン!」

 

 

 その言葉を聞いて、周囲と回線越しから歓声が上がるのだった。

 

 

「「「「『『『『ジークジオン!!』』』』」」」」




今作ではクルーゼさんやクルーゼ隊の面々が連邦側にいます。
イザークやディアッカなどの親も連邦の議会に所属しています。
クルーゼがいることからこれを読んでくれている皆様はお察しかと思いますが、《彼ら》も連邦側にいます。後々登場する予定です。
設定改変により、人類に対して憎悪に満ちていないクルーゼさんとその他ですが、よろしくお願いします。


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第12話 恐怖の光

「この野郎!!」

 

 

 振り下ろされた『新型』のビームをシールドで受け止め、バルカンを放ちつつアキラは後退する。

 予想を遥かに超える性能を持つジオンの新型。この空域で数機確認されているところから見て、どうやら新たな量産型だと考えられる。地上に新たに配備された《ドム》も確認されていた。

 《ドム》が配備されてからまだ間もないのにこの時点での新たな量産型。それにかなりの高性能。ジオンのMS技術の高さは知ってはいたが、まさかこれほどとは。そう舌を巻きながら、アキラは迫る敵機の応戦を続けていた。

 既にルナツーで配備された《ジム》と《ダガー》は全滅。《WB》の戦力で残っているのはリィナ少尉の《イナクト》と《ガンキャノン》、《ガンタンク》。そしてアムロの《ガンダム》。

 《WB》の任された第1、第2破壊目標に近づくことすらできない。こちらも動きたいが守りが堅く、尚且つ《WB》の護衛も行わなければいけないため、攻め込めないのだ。

 《アークエンジェル》の方は先ほど突貫したムウ大尉が第3目標を破壊に成功。その爆発の光も確認した。この前の戦闘で凄まじい動きを披露したアムロに道を開いてもらおうとも思ったのだが、既に危険視されたのか、複数のMSに取り囲まれている。そちらの援護に行きたいが、こちらも眼前の敵に集中しなければならないために向かえずにいた。

 

 

『4つ!』

 

 

 《ガンダム》のビームライフルから放たれたビームが新型の腹部に直撃し、爆散した。その背後から《ドム》が接近するも、アムロは焦ることなく次なる一手を繰り出す。

 

 

『5つ!』

 

 

 すぐさま反転して行ったビームライフルの一射により、《ドム》も爆散した。まったく無駄の無い動き。そして驚嘆に値するほどの正確な攻撃。自分もあれぐらい動けたらいいのにと心の中でアキラは呟きながら、ジオンの新型の攻撃をかわしていた。

 コロニー進行方向にて待機しているワッケイン司令率いる本隊の支援砲撃可能域まであともう少し。この奇襲による挟み撃ちによって、このコロニーの護衛をしているジオンを殲滅する作戦だ。この大きさのコロニーならば、現在の本隊の火力をもってすればぎりぎり破壊することができる。

 それを予想して待ち受けるであろう本隊に対してジオンは攻撃を仕掛けると考えていたが、ジオンの大半、というかほぼ全てがこのコロニー後部に集結していたようで苦戦を強いられている。

 あの本隊を無視しても問題は無いのだろうか。事前に入手した情報にあった前方部分にも設置も気になる。とにかく早く目標の破壊し、後退して様子を見たい。

 そうアキラが考えていた矢先、コロニー後部で爆発の光を確認した。それと同時に艦橋からの回線が繋がる。

 

 

『《ストライク》が第4目標を破壊! 残りは私達が任された第1、2目標です!』

 

 

 緊迫したメイリンの声を聞いて、アキラは迷うことなく進言を行った。

 

 

「メイリン! クルーゼ隊に支援要請できるか!? こっちの戦力じゃ取り付けそうにない!」

 

『了解しました! 今要請を――』

 

『待ってください!』

 

 

 メイリンを遮って聞こえてきたのは女性の声。サイド7の避難民の中から空いていた戦闘管制の席の1つを任されていた『セイラ・マス』だ。

 その様子から、何かが起こったようだ。そのまま彼女は続けた。

 

 

『コロニー前方部分に設置されていたエンジンの起動を確認! 逆噴射しています!』

 

「逆噴射!? ということは……、止まるのか?」

 

『そのようです。現在急速に減速中。あと少しで完全に停止します!』

 

 

 急減速の最中で、気づけばジオンは後退を始めていた。先ほどまでの勢いがまるで嘘かとも思えるほど速い撤退だ。

 一体何をしようというのか。状況の変化に戸惑っていたアキラ達にブライトが指示を出した。

 

 

『各機、後退しろ。相手の手の内が分からない今、こちらから仕掛けるのは危険だ』

 

「『了解』」

 

 

 急な事態とはいえ艦長を務めているブライトだが、焦らずに的確な指示を出している。彼には艦長としての才能があると考えてもいいだろう。

 コロニーを気にしながら後退を開始したアキラ達。その時。

 

 

『……まさか! そんな! 早すぎる!』

 

 

 回線の向こうから聞こえてきたのは、驚きを隠せないアムロの声。それを不思議に思いアキラが聞き返そうとしたが、それはメイリンの声によって遮られた。

 

 

『停止したコロニー内部に高エネルギー反応!』

 

「内部!?」

 

 

 知らされた情報にアキラが驚きの声を上げる。それにアムロが続けた。

 

 

『だめだ! 本隊がやられる! 早く後退要請を!』

 

『は、はい!』

 

 

 明らかにアムロが取り乱しているのをアキラは回線越しからでも感じ取ることができた。

 何をそこまで恐れているのかと問いかけようとした刹那、コロニー前方部で爆発を確認した。すぐさま詳細がメイリンから告げられる。

 

 

『オーバーフッラグス隊の『グラハム・エーカー』大尉が前方部分のエンジンの1つを破壊! それによってコロニーの前方部分が本隊から少しずれる模様!』

 

 

 事態を察知して動いたのだろう。さすがは《最強のフラッグファイター》と呼ばれるだけはある。

 これで状況は好転するかとアキラが考えていたその時。

 

 

『間に合わない!』

 

 

 アムロがそう叫んだ次の瞬間、コロニーの先端から大出力のビームが本隊に向けて放たれた。その光によってまるで昼間のように辺りが明るく照らされる。

 その光景にこの場にいる誰もが圧倒されていた。コロニーは落下させるための物ではなかった。あれ自体が兵器だったのだ。

 やがて光は消え、あたりは再び静かで暗い宇宙に戻った。呆然としていたアキラだったが、メイリンの報告で我に返った。

 

 

『本隊の4割が消滅! ワッケイン司令のマゼランは健在です! 全滅は免れましたがかなりの損害が出ています!』

 

 

 何とか全滅は避けられたか。しかし4割を失った。これは今回の戦闘よりも、それ以上に今後の宇宙での戦いに影響が出てくることになる。

 ただでさえこれまでの戦いで宇宙での戦力が足りなくなってきている今、この損害はかなりの痛手。ジオンは確実にこちらの戦力を削るためにこれを用意したのだろう。

 あれほどの出力を連発することはできないはず。残った本隊と合流すればおそらくこれを制圧できるほどの戦力はぎりぎりある。だが、あちらもそれは予想しているだろう。あんな物をここまで運んできた奴等であるからこそ、次はどんな動きをするのか注意する必要がある。

 そうアキラが思慮を巡らせる中、残っていた後部エンジンが再び起動し、コロニーが動き出した。残っている本隊へ向かって。

 

 

「まさか落とすつもりなのか!? メイリン!」

 

『少し待ってください! 計算が終わるまで……、結果出ました! この軌道なら地球に落下することはありません!』

 

 

 地球には落ちない。だが向かっている先には本隊。まさか自爆特攻でもするつもりなのだろうか。目まぐるしく行動するジオンに苛立つアキラ。

 計算結果の報告の後、ブライトが指示を出す。

 

 

『全機帰艦! 急いでくれ!』

 

「『了解!』」

 

 

 出された指示に従い、《WB》へと向かった。その途中でジオンから攻撃を受けることは無く、直ぐに着艦することができた。

 間髪いれずに推進剤とエネルギーの補給が行われ、ブライトがこの後の動きに関して説明を始めた。

 

 

『補給後直ぐに出撃してもらう。何としてでもこれ以上の損害を出すのは阻止しなければならない』

 

『阻止するって言ったって、あれを破壊しようってのかい? この戦力じゃ厳しいんじゃないの?』

 

 

 ブライトの指示に対して《ガンキャノン》に搭乗していたカイが不満気な声を上げたが、それをセイラが叱責する。

 

 

『今はそんな屁理屈を言っている場合ではないの! 集中なさい!』

 

『おー怖。分かりましたよセイラさーん』

 

 

 その態度に回線を聞いていたアキラ達も怒りを覚える。民間人とはいえ戦闘に参加しているのだから、覚悟を持って欲しい。

 後少しで、補給作業が終了する。出撃後の作戦についてブライトが指示を出そうとしたが、それをメイリンが遮った。

 

 

『コロニーに急速に接近する機体を確認! 所属は……PMC?』

 

 

 

   

 

 

    ◆

 

 

 

 

 

 

「よーし、間に合ったか。いや、ちょっと遅かったか?」

 

 

 そういうと赤髪の男、サーシェスはコクピットの中で大きなあくびをした。戦争は好きだが、ここのところ休みが一切ないためかさすがに疲れが出始めている。

 少し前まではジオン側にいたが、今度は連邦側につく。優秀な傭兵ともなれば両軍から引っ張りだこになる。人気者はつらいね、とでもいえばいいだろうか。

 楽しい限りの現状に笑いを堪えることなく口元を緩ませ、今回の戦闘で共に行動するメンバーに回線を繋ぎ、作戦の確認を開始した。

 

 

「確認するぞ。《ウイング》、《デスサイズ》はコロニーの破壊を狙って暴れる」

 

『了解』

 

『了ー解』

 

「返事はちゃんとしろよ『デュオ』。『ヒイロ』を見習え、ヒイロを」

 

『いいじゃねぇかよ。どうせこれが終わったらまた解散するんだから。指揮官気取りはよせよ、旦那』

 

 

 サーシェスの指摘に『デュオ・マックスウェル』はため息混じりに答えた。そのやり取りを気にすることなく、『ヒイロ・ユイ』は既にモニターに映し出されていたコロニーを見つめている。

 

 

「それ以外は俺と一緒に周辺の邪魔な奴等の掃討だ。いいな?」

 

『了解』

 

『了解だ』

 

『了解しました』

 

 

 冷静に返答する『張五飛』と『トロワ・バートン』。丁寧に返答したのは『カトル・ラバーバ・ウィナー』。

 こうしてあらためて見てみると、本当に個性的な奴等ばかりだとサーシェスは思った。それがこれらの機体がご指名付きで渡された理由の1つに含まれているのだろうか。至極どうでもいいとは思いつつも現状を再確認しつつ、サーシェスは最後に皆に向けて告げた。

 

 

「分かってはいると思うが、お前達の機体はスペアが少ない。壊すんじゃないぞ」

 

『そりゃ旦那も同じだろ? でもよぉ、余程のことがない限り、こいつらは壊れないと思うが』

 

「まぁ、確かにな。感謝しとかないとな、えーっと、ソレスタルなんたらに」

 

『《ソレスタルビーイング》(以下《CB》)な。いい加減覚えろよ旦那』

 

「そうだ、それそれ。《CB》に感謝しないとな」

 

 

 破格の性能を持つこのMS。そのどれもが最近連邦で開発されたMSの名を持っている。そう、《ガンダム》。ついこの前にサイド7で戦ったあれだ。サイド7での潜伏中に本部には俺の分の《ガンダム》も届けられていた。その少し前にこの5人には届けられたそうだ。

 《CB》の真意は分からないが、これがあればしばらくの間はMSに困ることはない。素直な感謝の意を胸中では示すサーシェスだが、操縦桿を握る手は驚異的な性能を駆使して暴れたくてうずうずしていた。

 そしてサーシェスは目前に迫ったコロニーを見て、気分を高揚させながら最後の指示を出した。

 

 

「各機作戦通りに行動しろよ! 以上、戦闘開始!」

 

 

 サーシェスの乗る《アルケーガンダム》とそれに続く5機の《ガンダム》がコロニーとその周辺を警護するジオンに対して攻撃を開始した。



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第13話 燃える宇宙

 形勢逆転。少し前の劣勢が嘘のようにも感じられる。突如現れたPMC所属のMS部隊によってジオンは窮地へと追い込まれていた。たった4機のMSに為すすべもなく撃破されていくMSと戦艦。もしあれが敵だったならと考えたくもない。

 それの援護、残り物の追撃も兼ねてアキラ達も出撃したが、その時にはもう敵は残っていなかった。レーダーに映し出されるのは、放棄されたMSか戦艦だけ。まるで嵐が過ぎ去った後のような惨状だった。

 

 

『大尉。これを』

 

「ん、どうした? 少尉」

 

 

 呼び止められ、アキラはリィナ機が指し示す先にあるものを目にした。

 

 

「……敵には容赦なしか」

 

 

 そこには大破した脱出艇の残骸が漂っていた。周りには恐らくそれに乗っていたであろうジオン兵の姿がある。その全てがノーマルスーツを着用しており、顔を外から確認することは出来なかった。内側からバイザーが赤く染まっていたからだ。

 こういったものを見ると、改めて自分達は戦争をしていると実感する。いつ自分達がこうなってもおかしくはない場所にいる。それを思い知らされる。

 その後再び周囲の警戒をしつつ、PMCに追いつくために残骸の中を進行するアキラ達に《WB》から回線が繋がった。

 

 

『各機、コロニーへ向かえ。確認作業だ』

 

「了解」

 

 

 ブライトの指示に従い、それぞれが崩壊したコロニーへと向かった。その途中でアキラはブライトに問いかけた。

 

 

「中尉、コロニーのその後は?」

 

『大丈夫です。先端の一部がまた地球へと向かっていますが、あの大きさなら大気圏突入時に燃え尽きるようです』

 

「そうか……」

 

 

 本隊へと向かっていたコロニーは、PMCの3機のMSによって制圧された。たった、3機に。

 アキラ達が出撃する前、戦場に現れたMS部隊はその後散開し、二手に分かれた。彼らの様子を見るために指示通り待機していたアキラ達を驚愕させたのはその直ぐ後のことだった。

 コクピットに映し出されていたサブモニターには、コロニーへと向かう3機のMSの様子が映し出されており、信じられないものを見てしまった。先頭を行くMSから放たれた大出力のビームが、コロニーを貫いた。その直線状にいたジオンも根こそぎ消し飛んだのだ。

 MSであの出力。現在の戦艦に搭載されている主砲、いや、それ以上の火力であるのがその様子から分かった。もちろん、今の連邦のMSであれほどの火力を携行しているMSはいない。できるMSもいない。

 その後、随伴していた2機がコロニーの周囲のジオンを、後部の警護をしていたジオンにも分かれていた3機が掃討を開始。瞬く間に制圧されていくジオンを見て、彼らの存在に誰もが恐怖を覚えた。

 着々とジオンの数を減らしていく中で、コロニーを2発の閃光が貫く。やがてコロニーは誘爆を起こし、徐々に爆発は全体へと広がっていった。その光景はまるで宇宙が燃えているようにも感じられた。最後に大爆発したコロニーは、先端部分のみが軌道をずらして移動し始めたのだった。

 それを確認した頃には既にコロニー周辺のジオンは全滅しており、3機はまだ後部に残るジオンのほうへと向かっていった。残っていた先端部分は連邦の本隊の一斉砲撃によって、粉砕された。PMCはその後もジオンの追撃を行っているのか、こちらの方へと戻ってくる様子はなかった。

 こうして現在に至るのだが、自分達はただあのMS部隊に圧倒されていただけのような気がする。性能が桁違い。こちらも最新の機体のはずなのだが。

 残っているコロニーの残骸にアキラ達がついたとき、アストナージから回線が繋がった。

 

 

『ようアキラ。ご苦労さん』

 

「おう」

 

 

 まだ格納庫で作業の最中なのにも関わらず回線を繋いできたということは、何かあったのだろう。その手には1枚の写真が握られていた。

 興奮気味にアストナージが見せてきたそれを見て、アキラは驚きながら呟いた。

 

 

「……《ガンダム》?」

 

『だよな。そう見えるよな。さっきのPMCのMSの内の1機だ』

 

 

 似ている。というよりかは、そのものだともいえる。写真に映し出されているのは、コロニーを貫いたMSをぎりぎりまで拡大して撮られたもののようだ。すこしぼやけてはいるが、その顔の部分は確認することができた。

 何故PMCが《ガンダム》タイプのMSを所有しているのだろうか。このタイプの機体は連邦内部でも極秘に製造されていたはずであり、PMCが知ることができるものではない。

 さまざまな疑問がアキラの中で生まれたが、それをアストナージに伝える前にブライトの指示が遮った。

 

 

『各機コロニーの調査を開始しろ。まだ爆発の危険がある。注意しろ。それとアストナージ、仕事にもどれ』

 

『りょ、了解。アキラ、またな』

 

 

 アストナージはそそくさと作業へと戻っていった。写真のあれが気になるが、今はこのコロニーの調査に集中すると決めて気を引き締めた。

 大部分が爆発によって原型を留めていなかったが、まだ損傷の少ない箇所もいくつか発見された。それらはもうアキラ達が知っているコロニーではなく、完全に兵器として改造されていた。間違いなく人が住むようなところではないのが、見た目から分かる。

 各部から集められた少ない情報から、このコロニーはサイド3にて既に放棄されていた廃コロニーだというのが分かった。よくもここまで改造したものだ。

 だが、何故ジオンはこの時点でこの兵器を使用したのだろうか。確かにこれを投入し、うまくいけば制宙権を完全に確保できたかもしれないが、これほど大きい兵器だ。間違いなく最優先破壊対象にもなる。この戦争の早期終結を目指して過去にもかなりの大事を起こしているジオンだが、今回もそのためなのだろうか。

 考えれば考えるほど生まれる疑問の整理ができなくなったアキラは、考えるのを止めた。自分の専門はMSだ。政治とかややこしいのはお偉いさんに任せたほうがいいはずだ。

 そう自問自答をしていた時、アキラは何か異変に気づいた。

 

 

「……?」

 

 

 いや、気づいたというよりか、感じたといった方がいいのだろうか。自分でも言葉で表しづらい感覚。気持ちがいいものではないのは確かだ。何かがある。ここ一帯に。このコロニーに。離れた方がいいと何故か思う。何故かはわからないが。

 アキラは調査を行っていたリィナたちに回線を繋ぎ、呼びかけた。

 

 

「各機、調査を中断してコロニーから離れてくれ。今すぐにだ」

 

『え、でもまだ』

 

「いいから。ブライトには俺が伝える」

 

『……了解しました』

 

 

 リィナの反対を押し切り、後退を命じた。これでいいはず。たぶん。そうアキラが考えていたその時、アムロが話しかけてきた。

 

 

『大尉……、まさか、感じたんですか?』

 

「……それって、気持ちが悪い何かがここにあるって感じか?」

 

 

 アムロの言葉に少し驚いたアキラだったが、冷静にそれを返した。アムロもこの異様な感覚に陥っているのだろうか。

 その後回線の向こうでアムロは黙ったまま、コロニーから離れていった。聞きたいことはまだあったが、とにかく今はここから離れた方がいい。

 カイ、ハヤト、アムロがコロニーの残骸から十分に距離をとり、後はアキラとリィナの2人。残骸の奥で調査を行っていた2人が遅くなってしまった。

 直ぐにでもここから離れたいアキラ。あともう少しで出られるといったところで、リィナが止まったことに気づいた。

 

 

「何してる、少尉。早くしろ」

 

『待ってください。大尉。さっきそこで何かが光ったような……』

 

 

 その瞬間、アキラはリィナの《イナクト》に急接近して腕を掴み、コロニーの残骸の外の方へと放り投げた。いきなりのことで驚いたのだろう。回線の向こうからリィナの悲鳴が聞こえてきた。

 だが、こうしなければいけなかった。《イナクト》ではもたない。《G-3》のシールドと装甲ならば持ちこたえられるはず。何故こんなことを考えているのか自分でも訳が分からなかったが、ただ直感的に『少尉を助けなければ』と考え、行動に移した。これならば少尉も自分も助かる。そう思ったからだ。

 リィナがアキラの突然の行動に不満を爆発させようとした次の瞬間、コロニーが真っ赤な炎に包まれた。それと同時に凄まじい衝撃が外で待機していたアムロたちを襲った。

 生者を許さぬ怨嗟の炎。絶対的な悪意をひしひしと感じながらも咄嗟にアキラはシールドを構えたが、そこで意識が途切れてしまうのだった。



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第14話 得た者、失った者

誰もが静まり返る中、士官が告げた。

 

 

「コロニーの自爆を確認。作戦、終了です」

 

 

 それを聞いた誰もが悔しさをかみ締めていた。予想外の戦力の介入により、防衛のために出撃していた艦隊の8割が失われた。これは当初の予想を遥かに超える損害だったのだ。

 作戦の締めとしてコロニーは自爆させる予定だった。しかし、本来は残る連邦の艦隊の殲滅と情報漏洩防止のための自爆であり、こうした形で迎えるはずではなかった。

 情報を与えることなく済んだが、今回の作戦で得られたデータよりも損失の方が大きい。ザビ家の支援で決行された作戦とはいえ、評議会の連中は黙っていない。

 失った物がかなり大きいが、得た物を無駄にするわけにはいかない。十分なデータは取れた。これを元に評議会を黙らせた後に、『あれ』の建造を本格的に開始する。滅ぼさなければならない。地球に救う害虫共を徹底的に駆除するためにも

パトリックは席を立ち、士官にデータの整理を言い渡してその場を後にした。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

「おー、やっぱり広いねー」

 

 

 サーシェスはルナツー内部の格納庫を歩き回りながら呟いた。それに対して背後から指摘される。

 

 

「当たり前だろ。ここ連邦にとってかなり重要なところだからな」

 

 

 その指摘の主はデュオ。面倒くさそうに、サーシェスの後についてきている。この基地の司令官であるワッケインとの面会の後、何度も寄り道をしようとしているサーシェスをデュオが止めていた。

 直ぐに解散すると思われていたが、仕事で今度はこのルナツーの防衛をサーシェス達が任されることになった。しかも長期。ただでさえ、嫌われ者である自分達がこの基地にしばらくいなければならないことにデュオは憂鬱だった。

 実際にこれまでの廊下で、『戦争屋だ……』『なんであいつらなんかに……』などの小声が聞こえてきた。わざとこちらに聞こえるように言っているのが腹立たしい。

 しかし、現在の戦力上ジオンに侵攻された場合、連邦だけでは持ちこたえることは不可能。だからこそ雇われたのであり、連邦士官の苛立ちをこちらに向けられるのはお門違い。お前達が弱いから俺達が守ってやる。といいたいデュオだったが、そんなことを言えば今以上に嫌われるのは目に見えていたため、止めた。

 これからのことを考えると嫌気がさしてくるデュオだったが、サーシェスは楽しそうだった。戦えればそれでいい戦争狂の気持ちをデュオは理解することができなかった。

 やがて機体の下へと到着し、既に整備に取り掛かっている4機と4人を見上げると、サーシェスはデュオに問いかけた。

 

 

「ヒイロの機体の損傷が一番酷いか。本社の予備の到着は?」

 

「1時間後」

 

「もっと速く来れないのか?」

 

「無理言うなよ旦那。周辺でジオンの姿が確認されてるんだぜ。ようやく見つけた

 

「安全が確保された最短のルートではこれが限界なんだよ」

 

 

 それを聞いて納得したのかそれ以上サーシェスが聞き返してくることは無かった。2人はその後、それぞれの機体の整備に分かれるのだった。

 既にあのコロニーの自爆から1週間経った。ルナツー近辺ではこちらの様子を伺うジオンの姿が後を絶えない。あの兵器化したコロニーを利用した作戦の後ここを襲撃する予定だったようだが、大幅に戦力を削られて攻め込めないようだ。

 こちらの損害はヒイロの《ウイング》のみ。追撃の際に救援に駆けつけた赤い塗装の施された新型にやられた。性能ではこちらが勝っているはずなのだが、技量の差があったと考えられる。もしやあれが《赤い彗星》だったのだろうかと今になって思う。

 その他はいつでも出撃が可能な状態を維持しており、少数だが連邦の量産型もまだ残っているので、よほどの大群が来ない限りは持ちこたえられるだろう。

 近々《WB》と《アークエンジェル》が連邦の本拠地である『ジャブロー』へ向けて出発するらしい。そういえば《WB》のパオロ・カシアス艦長の葬儀がこの前に行われた。本来の艦長を失ったようだが、果たしてジャブローにたどり着くのだろうか。

 だが、出て行く者達の心配している暇は無い。明日は我が身。気を抜けば次は俺達があの世行きの片道切符を手に入れることになる。それだけは勘弁だ。

 そんな感じで思慮にふけりながら、ふとデュオは自分の機体を見上げる。《デスサイズ》。その名に相応しいまるで死神のような見た目。いろいろあってPMCにいるが、《CB》とかいう奴等からご指名付きで送られてきたときには驚いた。ここに並ぶ他の機体も全て同じだ。

 こいつのおかげで仕事も楽になった。まだ指で数えられるほどしか乗っていないが、不思議と何故か懐かしさをこいつから感じることがある。まるでずっと前にも乗ったことがあるような。そんなわけはないんだが。

 

 

「また頼むぜ。相棒」

 

 

 そう語りかけ、デュオは《デスサイズ》の整備を開始した。

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

   

 

 

 

『……尉! だ……です……!』

 

 

 誰かの声が途切れ途切れで聞こえてくる。どうやらかなり焦っているようだ。延々と続くその声が一瞬途切れたと思ったら、今度は目の前のほうから凄まじい音が聞こえてくる。

 その後、あけることが出来るようになった瞳に映ったのは、《イナクト》だった。少しかすれているが、あのシルエット。間違いはないはず。

 コクピットから慌てふためく様子で出てくる人影。その正体であるリィナがこちらに近づいてくるのを見て、アキラは再び気を失った。

 次にアキラが気がついた時には、真っ暗な空間が広がっていた。ここがどこなのか見当もつかない。いや、暗いのはまぶたを閉じているからだ。何故か自分からあけることができなかった。

 一体今自分はどうなっているのだろうか。確認したくても口を開くこともできず、体のどこの部分も動かすことができなかった。

 何かの機械が稼働する音がかすかに聞こえてくる。それ以外には何も聞こえない。しばらくの間集中していたが、状況が変化する感じはしない。もう本当に楽になろうかと考えていたその時、扉の開く音が聞こえた。

 入ってきた足音から、人数は1人。直ぐ隣まで来て、左側にあるであろう椅子に腰掛けたのが分かった。少し間を空けて、こちらに向けて話し始めた。

 

 

「聞こえている……わけありませんよね、大尉」

 

 

 声の主はリィナ少尉。まさか突然放り投げたことを非難するためにきたのだろうか。そんなことを考えていたアキラだが、現状を段々と把握することができていた。

 恐らく、というか間違いなく、今自分は入院していて少尉はそれの見舞いに来ている。あの爆発の後の記憶が曖昧で、長時間気を失っていたということは、それなりに重症なのだろうか。様々な疑問が湧けども、体は動かせない。

 その後は沈黙が続き、重い空気に嫌気がさしたアキラは再び体を動かそうと試みた。そうしてようやく動きそうだと思っていたその時、リィナが口を開いた。

 

 

「そろそろですね、大尉。大丈夫です。アムロ少尉もいますから。《WB》は守りきります。必ず」

 

 

 その決意表明からは彼女の強い覚悟を感じた。そう考える理由を問いかけたいアキラだが、まだ体が動かない。

 椅子から立ち上がった音が聞こえた。それとほぼ同時に扉が開き、複数の人間となにかしらの機材が入ってくるのが音から分かった。一体自分はこの後どうなるのか。心の中で必死にもがいて、ようやく声が出た。

 

 

「…いう、……きょ……」

 

「……え?」

 

 

 出たといっても小さく、かすれている声。しかし、それに気づいたリィナは驚きの声を上げた。さらに目も開くようになり、部屋の照明の灯りで若干目を眩ませながらも、全身の感覚が戻っていくのを感じた。

 左側を見ると、そこには少尉。正面には複数の人の気配があったが、指示されて慌てて部屋の外へと飛び出していく者もいた。

 

 

「大尉! 聞こえますか!」

 

「……おう。そんなに近くなくても聞こえるぞ少尉」

 

 

 直ぐ側まで急いで近づき声を上げたリィナに、その大きすぎる声にうろたえながらもアキラは答えた。

 

 

「申し訳ありません! 私のせいで、こんな、こんなことに……!」

 

 

 謝罪の言葉を告げたと思ったら、泣き出したリィナ。どうしていいのか分からずに戸惑うアキラ。

 何だ。どうすればいいのか。泣くなと叱ったほうがいいのか、優しく接したほうがいいのか混乱している。ここは優しく接したほうが無難なのだろうか。良し、そうしよう。

 脳内会議に結論を出し、とりあえず頭でも撫でて落ち着かせようとアキラは左腕を動かそうとした。

 

 

「……あれ?」

 

 

 動かしたはずの左腕が無かった。左側に見えるのは、泣き崩れる少尉と左腕が無くなった自分の姿。一瞬何がどうなっているのか理解することができず、アキラは言葉を失った。 

 泣きながらも謝罪を続ける少尉。これで先ほどの覚悟の理由が分かった。

 

 

「……はは」

 

「……大尉?」

 

 

 思わずアキラが漏らした笑い声にリィナは顔を上げた。そこには、涙を流しながらも、笑顔のアキラがいた。

 

 

「泣きすぎだぞ少尉。顔凄いことになってるぞ」

 

「で、でも……」

 

「左腕だけで済んだんだ。生きてるだけまだましさ」

 

「……」

 

 

 再び泣き始めようとしているリィナの横で、アキラは天井の方を見て呟いた。

 

 

「……割ときついな。覚悟はしてたけど……」

 

 

 強がってつくった笑顔。その頬に涙が伝うのをアキラは感じた。



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第15話 地球へ向けて

『《WB》、《アークエンジェル》、スタンバイOK。出力上昇中』

響き渡るアナウンス。それに対して《WB》艦長が答える。

『これより、連邦軍司令部の指示に従いジャブローに向かいます』

まだ若い士官の声。パオロ艦長死後、あの艦はブライト中尉に任された。

「了解。諸君の健闘とジャブローへの無事帰艦をせつに祈る」

管制室から回線越しにワッケインは伝えた。その後、メインゲートから《WB》が発進し、《アークエンジェル》もそれに続いてルナツーから出ていいく。サブゲートからは護衛としてサラミス1隻と地球へ行くことを望んだ避難民を乗せたシャトルが発進する。

その様子を管制室のモニターでワッケインやその他の面々が見ていると、その中の1人が呟いた。

「たどり着けますかねぇ……」

ルナツー周辺のジオンはPMCのMS部隊とルナツー駐屯MS部隊でひきつけているとはいえ、この宙域を抜け出した後どうなるかは分からない。全ては彼らに任せるしかないのだ。

「知るものか……」

一同がワッケインに注目した。この場において、まさかそんな一言がこの基地の司令官から告げられるとは思っていなかったからだ。

呆気にとられている周囲を気にすることなく、ワッケインは続ける。

「彼らの幸運を祈るだけだ。あの船達には連邦の命運がかかっているかもしれないのに。我々にできることといえば、サラミス1隻つけてやるだけ……」

モニターから視線を逸らさず、最後に一言、告げた。

「寒い時代だと思わんか……」

その言葉に、周囲は沈黙した。誰もが静かに、モニター越しに映る旅立った者達の姿を見つめた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「各MSのエネルギー充填急げ!」

「装備の整備も入念に!」

「おいおい、もうじき大気圏突入だろ? 出撃するのか?」

「まだ整備完了してないけど、《G-3》は出すんですか?」

「知るか! 大尉に確認とってこい!」

気を抜いてる者を叱る上官の怒号、重機の稼動する音。大気圏突入間際なのにも関わらず出撃の準備を進める格納庫は騒然としていた。サイド7が襲撃された件もあることから油断はできないと判断したブライトが、いつでも迎撃に移ることができるようにと指示を出したのだ。

その格納庫に、アストナージと共に指示を出したり、作業を手伝うアキラがいた。左腕を失い、体の各部の傷も完全に癒えてはいないためMSに乗ることは出来なくなったが、指示や簡単な作業を手伝うことぐらいは出来るとして、しばらくは安静した方がいいといった意見を無視して格納庫にいるのだ。

各パイロットはMSに搭乗して待機している。準備は出来た。後は敵が来ないことを祈るだけ。作業の終わった格納庫の内の各部を確認して回っていると、《G-3》が目に入った。

あの爆発の衝撃で吹き飛んだ左腕と左脚、頭部。全体に突き刺さった破片と装甲の表面も所々が吹き飛ばされ、内部のフレームがむき出しになっている。あらためてこの惨状を見て、よく生きていられたとアキラは思った。

回収後修理することも考えられたそうだが、損傷が激しすぎるために修復するとなると残っている《ガンダム》系MS余剰パーツを大幅に消費することにもなり、パイロットも負傷していることから修復は見送られ、今はこの格納庫で放置されている。

「ガンダム……か」

連邦の持てるMS技術を結集し、コスト度外視で作られたG《ガンダム》シリーズ。そう。ガンダム系のMSは連邦しか所有していないはずなのだ。しかし、この前の戦闘で介入してきたPMCもこのGシリーズと似たMSを使用していた。それも、《ガンダム》や《G-3》以上の性能を持ったMSを。

情報の漏洩はないはず。たまたま似ていたと考えた方が妥当なのだろうか。何にせよ、Gシリーズの開発に関わっている身としてはあのMSの存在が不思議でしょうがない。

それと、アキラは何故かこのGシリーズから懐かしさを感じるようになっていた。何故だかは分からない。ずっと前からこの機体を知っているような、そんな気がする。自分とこのGシリーズは運命の赤い糸で繋がれているとでもいうのだろうか。そんなことを考える自分にアキラは苦笑した。

アストナージの所へ戻ろうとしたその時、格納庫にブライトの声が響き渡った。

『ジオンの接近を確認。アキラ大尉は至急艦橋へ。各員、所定の位置につけ!』

来てしまった。周囲の作業員が慌しく動き回る。アストナージにこの場を任せ、アキラは指示通り艦橋に急いだ。

ちょうどアキラが艦橋へとたどり着いたその時、ブライトが艦内放送で告げた。

「救援部隊がこちらに向かっている。彼らがこちらに合流した後、我々は《アークエンジェル》と共に大気圏突入に専念する。それまで耐え抜け」

「救援? このタイミングで」

驚きで思わず声を出してしまった。周囲のジオンを陽動するためにルナツーにいる戦力はほとんどがそれに導入されたはずだ。休むまもなくこちらにやってきたと考えられるが、よくもまあ追いついたものだ。

アキラの声に気づいたメイリンがこちらをちらりと見た。ちなみにメイリンはアキラが格納庫で手伝いをすることに猛反対した者の1人だ。その他にはリィナと医療班の人たち全員。反対を押し切って手伝いをしていることに怒っているのと同時に心配してくれているようだ。

「大尉。お疲れ様です」

「救援にも驚いたけど、それまでどうやって耐えるんだ?」

艦長席に座るブライトの横にまで来たアキラがそう問いかけた時、回線越しからアムロの声が聞こえてきた。

『アムロ、《ガンダム》、行きます!』

その声の後、カタパルトから射出された《ガンダム》の姿が見えた。勢いを落とさず、ジオンの方へ向けて進んでいく。

あの爆発の直前、アムロが話しかけてきたことをアキラは気になっていたが、目覚めた後色々とあったために結局話しかけることができなかった。爆発前のあの言葉から、アムロも嫌な何かを感じたのは間違いない。戦闘が始まりまたその機会を失ったことに少し落胆するアキラ。だが、これが終わった後にでも聞くことは出来る。

ふと、アキラは気づいた。何故かこの戦闘の後にアムロが無事に帰ってくることを自分は疑問に思っていないのだ。まるでそれが当然、必然であるかのように感じる自分がいる。不思議としかいいようがない。

そんなことを考えながらも、アキラはブライトに問いかけた。

「ここで《ガンダム》を出すか……まあ、しょうがないとはいえ心配だな」

「救援到着までの間だけです。リィナ少尉も出します」

「あいつも出るのか。それなら……」

戦闘管制を担当して指示を出していたセイラにアキラは近づいて、回線を使わせてもらえるように話しかけた。少し驚き戸惑ったセイラだったが、アキラにインカムを貸した。

「出撃準備よろしいですか少尉殿」

『……大尉ですか』

あきれたといった感じの声が聞こえてきた。モニターの向こうではため息をつくリィナが映し出されている。

「あの時の約束どおり、俺の分も頑張ってくれよ。俺もできる限りサポートはするから」

『……じゃあ1つお願いを聞いてもらえますか?』

「おう。言ってみろ」

『安静にしてください』

「それは無理だな」

『……ですよね』

再びため息をつくリィナ。だがその顔からは先ほどの様子とは違い、安心したといった感じの笑顔があった。

『じゃあそこでおとなしくしていてください。……守りますから。絶対に』

「ああ。頼んだぞ」

 

 

 

   ※

 

 

 

回線の向こうから姿を消したアキラ。それを確認して、リィナは三度目のため息をついた。

コクピットからアキラを助け出したときのことを思い出して、リィナは身震いした。あの時は本当にもう駄目だとも思った。今では動けるようになったが、本当なら安静にした方がいいはずなのに。

自分にできることを頑張ればいい。その言葉の通りに動くのならば、今自分は戦闘に集中した方がいいのだろう。彼も、アキラ大尉も立場が反転していたらそうするはずだ。

あの時庇ってくれなければ自分は恐らく死んでいた。救われ、約束を守るためにも《WB》は絶対に守ってみせる。それが今自分にできること。《イナクト》がカタパルトに固定されたのを確認し、リィナは深呼吸をする。

『出撃準備完了。出撃、どうぞ!』

回線から聞こえてきたメイリンの声。リィナはレバーを強く握り締める。

「リィナ・ブリジス、《イナクト》、出ます!」



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第16話 繋がる心

「近づきすぎるから!」

接近してきた《ザク》のコクピットを正確に《ガンダム》のビームライフルが撃ち抜いた。爆散によって生じた衝撃をシールドで防ぎ、《WB》に接近する敵機を確認する。

大気圏突入直前での襲撃。コロニーレーザーの件以外で『あの時』と似た状況がここまで続き、アムロの頭の中は疑問で埋め尽くされていた。何故、自分はこんなことをしているのだろうか。最後に覚えているのは《アクシズ》を押し返そうとして光に包まれたこと。その後のことは記憶が曖昧で、シャアと出会ったことによって全てを思い出すことが出来た。

シャアとの戦いの後、今の自分は確かに『アムロ・レイ』なのだがそれは本来自分ではなく、新たな『アムロ・レイ』だというのを理解した。『今』のアムロ・レイの記憶もきちんと残っており、これまでの人生、そして自分は民間人ではなく連邦のテストパイロットだということが分かったからだ。

もしかしたらあったかもしれない『今』の自分の姿を『過去』の自分を照らし合わせてみて、生まれた時期、通った道が違えばこんな自分もいたかもしれないのかと思い、アムロは苦笑した。

手がかりが全く無い現状では迂闊に行動することはできない。とりあえずは『今』の自分の役割を果たすことが第一優先だ。アムロは接近するジオンの迎撃を続けた。

確認されているジオンの艦は4隻。2隻ずつに別れて挟撃をかけてきている。その中で《WB》に対して攻撃を行う艦の中には《グワジン》が確認されている。恐らくシャアの乗っているものだろう。《グワジン》に乗っているということは『今』のシャアは以前よりも高い功績を上げているのが分かる。

ルナツーでの陽動でもそれなりの数のジオンが確認されていたが、これだけの戦力をこちらに回す余裕があったとは。というか最初から襲撃することを想定して戦力を温存していたと考えるのが妥当だろう。

そう考えていた時、背後から振り下ろされたヒートサーベルをぎりぎりで避け、牽制のバルカンで《ドム》の頭部を破壊しつつ距離をとる。直ぐ近くにはバズーカを装備した《ゲルググ》の姿も確認した。

この時点で《ドム》と《ゲルググ》が配備されていることに、アムロは驚いていた。この2機の量産体勢が整うのは『過去』ではもっと後のはずだからだ。ジオンのMS技術の高さは理解していたが、『今』はさらに高いということがわかる。

2機に張り付かれつつもうまく立ち回るアムロだが、《ガンダム》の反応速度が自分についていけていないことに気づいた。それでも、その動きは2機を圧倒していた。僅かな隙を逃さず、《ドム》にビームライフルを直撃させ、《ゲルググ》に急接近してすれ違いざまにビームサーベルで切りつけて撃墜した。

「3つ!」

周囲の警戒を続けようとしたアムロに《WB》の艦橋から回線が繋がった。

『アムロ少尉、《グワジン》から出てきた《ゲルググ》が通常の3倍の速度で接近中! 警戒を!』

回線越しのメイリンから伝えられた情報に、アムロは身構えた。急速に接近する敵機を捕捉し、それの迎撃にアムロも動き出した。やがて見えてきたのは、赤く塗装された《ゲルググ》。間違いない、シャアだ。

放たれた黄色い閃光を避け、こちらも牽制の射撃を行う。お互いの距離がさらに縮まっていく中、アムロは心の中で叫んだ。

『シャア!』

『アムロ!』

宿命のライバルであり、戦友でもある2人が再びぶつかり合った。

 

 

 

   ※

 

 

 

《WB》に向けて放たれたミサイルが弾幕に阻まれて爆散する。接近してきた《ドム》を撃墜し、リィナは次の敵の迎撃に移った。

予想はしていたがやはり性能の差が大きく出ているような気がする。《WB》に敵が気をとられていなければ、間違いなく苦戦を強いられているだろう。それでも何としてでも守り抜かなくてはならない。救援到着予想時刻まであと少し。大きな不安となっているのは、《WB》の防衛に《ガンダム》と《イナクト》しか出られなかったことだ。

ルナツー出航前日にジオンとの小規模の戦闘があり、それに急遽戦力補強のために《WB》のMS部隊も参加した結果、《ガンキャノン》と《ガンタンク》が出撃不能になるほど損傷してしまったからだ。急ピッチでの作業が行われていたが、今回の戦闘に間に合わせることができなかった。

アムロ少尉の獅子奮迅の活躍でこちらまで到達する敵は少なくすんでいたが、《赤い彗星》が搭乗していると思われるMSとの戦闘が始まり、こちらに敵機が接近しやすくなってしまっていた。警戒を続けていたリィナにセイラが回線越しから敵機の接近が伝える。

『敵2機、接近!』

それを聞いてリィナもすぐに敵機の存在をレーダーで確認した。メインモニターに映し出されたのは、2機の《ゲルググ》。

「『新型』……! くっ!」

すぐさま迎撃に移ったリィナだったがその2機は《WB》ではなく、真っ直ぐこちらの方へ向けてやってきた。状況から判断して、先にこちらを撃墜した方がいいと判断したのだろう。

スピードでは間違いなくこちらが上なのだろうが、数的に不利な上変形しようものならその隙をつかれて撃墜されかねない。《WB》の支援もあるとは思うが、持ちこたえることができるだろうか。

《ゲルググ》の放ったバズーカの弾の回避したが、それに気をとられてもう1機に反対方向へと回り込まれてしまい、挟撃を許してしまった。次々と繰り出される攻撃を回避し続けるが、反撃の一手を繰り出すことができない。

このままではまずい。苛立ちと焦りがリィナを包み込もうとしたその時。

『上に向けてライフルを!』

頭の中に突然聞いたことのある声が響き渡った。一瞬戸惑ったが、指示に従い《イナクト》のライフルを放つ。それは《ゲルググ》に直撃した。一体何が起こっているのか理解できずに困惑するリィナ。だが、間髪いれずに次の指示が響き渡る。

『距離をとりつつ、牽制を。主砲、狙って!』

その指示の直後、残りの1機の《ゲルググ》が切りかかってきた。回避が少し遅れてしまい、左腕を切り落とされてしまった《イナクト》だったが直ぐに体制を立て直しつつ距離をとる。

爆散した味方を背に《ゲルググ》がこちらへと向かってくる。回避行動に移ろうと《イナクト》が動き始めようとしたその時、目の前の《ゲルググ》を《WB》の主砲が打ち抜いた。

『リィナ少尉、まだいけるか?』

「は、はい」

再び聞いたことのある声が頭の中に響く。この声、間違いない。

「大尉……ですよね?」

『ああ。おっと、質問は後にしてくれ。俺も今何が起きてるのかさっぱりなんでな。今は戦闘に集中してくれ。出来る限りサポートするから』

「……了解しました」

本当に訳が分からない。何が起きているのだろうか。だが、この感覚は嫌ではない。むしろこの戦場の真っ只中で安心できている自分がいることにリィナは驚いた。

こちらに向けてやってくる敵機を確認し、それの迎撃に入る。機体が損傷しているのにも関わらず、何故か不安は感じない。ライフルの照準を敵機に合わせつつ、リィナは心の中で叫んだ。

「行きます!」

『おう! 気を抜くなよ少尉!』

 

 

 

   ※

 

 

 

「ニュータイプによる共振現象を確認したです!」

「数は2つ。内1つが《彼》の物と思われますが……」

「……どういうことだ」

《トレミー》の艦橋でミレイナとフェルトの報告と、モニターに映し出された情報にカラジャは驚きを隠せなかった。

予想外の事態。簡単にはいかないと思ってはいたが、まさかこんなことになるとは考えてもいなかった。これも「運命」だとでもいえばいいのだろうか。

多少強引にでも《彼》を覚醒させ、こちらに引き入れようと考えていたが、それを改める必要が出てきた。

「……どうします? カラジャさん」

スメラギの問い掛けに対し、少し考えた後にカラジャは答えた。

「計画の変更を行う必要があるな。すまないが、私は自室に戻る。《トレミー》はこのまま《CB》に帰艦してくれ」

「了解しました」

そうしてカラジャは艦橋を後にした。自室へと戻る道の途中で、カラジャは小さくつぶやいた。

「これも、お前が望んだことなのか……」



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第17話 目覚める刃

増援到着まであと少し。大気圏突入も近いがジオンは攻撃を続けてくる。切迫する状況にキラは焦りを隠せなかった。

ついさっき《サラミス》の大気圏突入用のカプセルが被弾し、《WB》がそれを回収したのを確認した。避難民を乗せたシャトルに対しても攻撃を行おうとしたのを確認したため、今キラとアスランはシャトルの防衛を行っていた。

あのシャトルには戦争とは無関係のフレイや民間人が乗っている。絶対に撃墜されることは許されない。

『《WB》がジオンの攻撃によって大幅に予定進路をずらしています! このままでは……!』

『誰か《WB》の援護に回れないの!?』

回線越しからミリアリアの状況報告とマリューの焦る声が聞こえてきた。それにムウが返す。

『無理だ! こちらの方が敵の数が多い。残念だが……』

『そんな。見捨てなければいけないというの……』

あちらも劣勢だが、こっちもそれに変わりはない。これほどまでの戦力をこの戦闘で送り込んできたところからみて、ジオンがこちらの存在をどれだけ危険視しているかが分かる。

それに、キラたちが苦戦している理由はもう1つある。

「くっ……!」

《ゲルググ》の放ったビームを《ストライク》のシールドで受け止める。そう。ジオンのMSは射撃用のビーム兵器を所有しているのだ。実弾に対しては絶大な効果を発揮する『フェイズシフト装甲』(以下『PS装甲』)だが、ビームに対しては無力であり、直撃を受ければひとたまりもない。

コロニー兵器での戦闘で《X-ナンバー》の情報を回収したジオンは、《アークエンジェル》を襲撃するMSには優先的に射撃用ビーム兵器を装備させているらしい。《WB》の方では今のところ装備しているのは1機しか確認されていない。こちらを確実に仕留めるための措置だと思われる。

機体自体の性能も互角かそれ以上。稼動限界時間では間違いなく勝つことは出来ないだろう。

『うおっ!?』

耐久力の限界を超え《イージス》のシールドが大破し、アスランはその衝撃でバランスを崩してしまった。それを見逃す訳も無く、《ゲルググ》がライフルの銃口を《イージス》へと向ける。

「アスラン!」

すぐさま2機の間に割って入り、代わりにビームをシールドで受け止める。その後次の行動に移ろうとした《ゲルググ》の僅かな隙をつき、キラはビームを直撃させた。

目の前で爆散する《ゲルググ》。またこれで人を1人殺した。仕方がない。仕方がないんだ。と、自分の心にキラは言い聞かせた。

「……! あっ!」

《ゲルググ》1機に突破されてしまった。すぐさま追撃に向かうキラ。だが射線にシャトルが重なってしまい、ライフルのトリガーを引けなかった。外せばシャトルに当たってしまうかもしれない。

どうすればいい。撃たなければいけない。でももしかしたら……。レバーを握る腕が震えているのが自分でも分かる。時間はもうない。

ふと、頭の中に浮かんできたのは、フレイとシャトルに乗っている避難民の女の子。守らなきゃ。いや、守れなかった。何故だろう。この状況に似たことを自分は過去に体験したことがある。そして次の瞬間、時が止まったような感覚とともに頭の中に膨大な量の『記憶』が流れ込んできた。一瞬戸惑ったキラだったが、不思議と心の中から不安と焦りが消えていく。

自分の中で何かが弾け飛ぶのを感じた。もう迷いは無い。助けてみせる。フレイも、あの女の子も。

《ストライク》のライフルから放たれたビームが《ゲルググ》の背後から右肩を貫き、そのまま右腕を吹き飛ばした。貫通したビームはシャトルの真横を通り過ぎる。

体勢を立て直し、応戦するためにも急旋回を行った《ゲルググ》の目の前には、既に距離をつめた《ストライク》の姿があった。咄嗟にシールドで攻撃を防ごうとしたが、それよりも速く振り下ろされたビームサーベルが左腕を切り落とした。

為すすべがなくなった《ゲルググ》は後退していった。キラはそれを追撃することはなく、新たに接近してきた敵と交戦しているアスランの下へと向かった。

《イージス》と交戦しているのは2機の《ドム》。こちらの接近に気づいて振り向こうとした2機の腕に向けてビームを打ち込み、内1機は両腕に直撃させることに成功したが、もう1機は一発はずれて右腕が残った。

『キラ!?』

かなり正確な射撃にアスランは驚きの声をあげた。確かにキラの操縦技術は確かなものであったが、これほどまでに高かったとは考えていなかったからだ。その後、《イージス》の追撃をかわした2機の《ドム》は後退を始めた。

エネルギー残量のことを考えても、これ以上戦闘を続けるのは厳しい。まだジオンが攻めてくるのならばかなりの苦戦を強いられることになるだろう。

敵の接近を警戒していた2人。そこに《アークエンジェル》から回線が繋がった。

『援軍の到着と敵本隊へ攻撃を開始したのを確認。こちらに展開していた敵MSは撤退していきました。大気圏突入準備のため、各機は帰艦してください!』

ミリアリアの指示に従い、キラとアスランは《アークエンジェル》へと向かった。

守ることができた。今度は。落ち着き始めた状況にキラは安堵すると同時に、『今』の自分のこれまでの人生と『前』の自分を照らし合わせていた。

もしかしたらあったかもしれない自分の人生。この戦いに巻き込まれなければ、戦争に直接関わることなく『平和』に暮らすことができたのだろうか。そうキラが考えていたとき、知らず知らずのうちにある女性の名を呟いた。

「……『ラクス』」

『前』ならばここまでの間で出会っていたはずだった彼女がいない。これまでの記憶が正しければ、この世界に『コーディネーター』と『ナチュラル』といった人種の差別がないし、そういったものが存在しないことも同時に思い出した。だが、今自分はここにいるし、かなり状況は違うがアスランたちもいる。

『キラ? どうしたんだ?』

回線越しに独り言が聞こえたのだろう。アスランが心配して声をかけてきた。

「いや、何でもないよ」

『ラクスって言ったよな。シャトルに乗ってたあの女の子ことか? 良かったな。守ることができて』

「……!! う、うん」

『今』のアスランはラクスを知らない。もしかしたら、『今』この世界にはラクスはいないのであろうか。

大切な人のことを考えていると、《アークエンジェル》が見えてきた。全く変わらないその姿を見て、キラは心の中で呟いた。

(想いだけでも……、力だけでも……)

彼女はもしかしたらいないかもしれない。一体何故こんなことになったのかも分からない。それでも、今は自分にできることを精一杯やりとおすことを心の中でキラは決意した。

 

 

 

   ※

 

 

「まずは挨拶代わりといったところか。各機、機体の状況は?」

『良好です隊長』

『いつでもいけますよ』

何とか敵の目をこちらに引き付けることには成功した。後は敵の目をこちらに釘付けにし続け、大気圏突入の援護を行う。

だが、予想していたよりも敵の戦力が多いことに『グラハム・エーカー』は驚いていた。しかも、その中にはかの有名なエースパイロットがいるとの情報も入ってきている。

『隊長。どうやら報告どおりのようで、《赤い彗星》がいるようです』

「そのようだな。だが、それを知ったとして私が引かないのは分かっているだろう」

『ハワード・メイスン』の報告に対するグラハムの返した言葉には、彼がこの状況に恐れることなく逆に高揚しているのが感じ取れる。それを聞いて『ダリル・ダッジ』はいった。

『お供しますよ、隊長』

「ああ。遅れるなよ」

先行したグラハムを含む3機による攻撃で《ドム》1機と《ムサイ》1隻の艦橋を破壊することに成功した。ほぼ奇襲に近かったためにこちらは一切の損害を出さずに済んだ。だが、次は真正面から戦うこととなる。

最近投入され始めたジオンの新型、《ドム》や《ゲルググ》は確かに性能が高い。しかし、まだパイロットはまだそれに慣れておらず、使いこなせていないことにグラハムは感づいていた。コロニー兵器での戦いにおいて新型の動きがぎこちなかったからだ。

《オーバーフラッグス》のパイロットの腕ならば十二分に《フラッグ・カスタム》の性能を発揮でき、ジオンの新型に遅れをとることはないだろう。そう信じているし、確信しているグラハムがいた。

『隊長、後続が追いつきました』

「いいタイミングだ」

追いついた後続の隊員にも回線を繋ぎ、グラハムは言った。

「モビルスーツの性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではない。当てにしているぞ、フラッグファイター!」

『『了解!!』』

そうして、グラハム率いる《オーバーフラッグス》は大気圏突入援護のために攻撃を開始した。



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第18話 地球へ

『少佐ぁ! 後方からの奇襲です! 1隻やられました!』

「何!? このタイミングで……!」

慌てた様子のドレンからの報告を聞いて戸惑うシャア。それを察したのかアムロも攻撃の手を止めた。

まさかここで増援が来るとは予想していなかった。『前』とは勝手が違うとはいえ、この状況で仕掛けてくる覚悟を持った者がいるとは。

「各機、撤退して本隊の援護に向かえ」

《WB》と《アークエンジェル》を襲撃していたジオンのMSは指示に従い、撤退を始めた。それなりの戦力を投じたが、軌道を逸らすことができたのは《WB》だけ。しかし、戦力を分断することには成功した。

ふと、シャアの心の中に1人の男の顔が浮かび上がった。家族の仇でもある一族の末っ子の顔が。どうしたものか。既に終わった復讐をもう一度繰り返す必要があるのかと一瞬迷った。だが、記憶が蘇る前の『今』の自分がそれを胸に秘めてここまでやってきたのを思い出し、決意を固めた。『今』は『今』だが、『前』ではないのだ。

そしてシャアとアムロは今回の戦闘を通して、感じ取ったことがあった。いや何故か確信した。この世界に、『ララァ』は存在しない。しかし、2人はそれを悲しむことは無かった。会えるからだ。ララァには、いつでも。

アムロが《WB》に向けて動き出したのをレーダーで確認しつつ、シャアは本隊へ向けて後退していった。

目視で艦橋が破壊された《ムサイ》の姿が確認できるところまで来たところで、ドレンから回線が繋がった。

『一度引き返した奴等がどうやら後方から来たのと合流したようです!』

「エンジンには被弾していないんだろう? 脱出した兵と使える物は回収しろ。援護する」

『了解しました。頼みましたよ、少佐』

《ムサイ》へ救援に向かう《グワジン》を追い越して、接近してくるMSの迎撃体勢にはいる。

「救援作業の援護を最優先とする。深追いはするなよ」

シャアは後から追いついてきたMSに向けて指示をだした。その数は作戦開始から半数を下回っていた。《WB》襲撃のため新型の《ゲルググ》を含め、8機がシャアの下に配備されたが、今残っているのはシャアを入れてもたった3機しか残っていない。

こちらに向かってくるMSの数は7つ。その内4機が《アークエンジェル》の襲撃を行っている部隊へと分かれたのをレーダーで確認した。

かなりの速度で接近してくる。恐らく《フラッグ》だと思われるが、シャアの知るそれはここまで速度は出ないはずだった。その中でも戦闘を行く1機はさらに速度を上げ、真っ直ぐにこちらに向けてやってくる。

射程内に入った黒い《フラッグ》にシャアはライフルによる先制攻撃を行う。あの勢いならばこの攻撃を避けるのは不可能。だがその予想は外れ、《フラッグ》は変形することによってそれをギリギリで避けた。思いもよらない動きに驚愕したシャアだったが、そのまま攻撃を続ける。それを悉くかわし、《フラッグ》は手にするライフルで応戦しつつ接近してくる。

ニュータイプではない。だが、あれほどの動き。圧倒的な操縦技術、機体性能を限界にまで引き出せるパイロット。エースとでも言えばいいのだろうか。

変形し、ライフルを右手に持ち替えた《フラッグ》は左手でサーベルを引き抜いた。避けることができないと判断したシャアは、それをシールドで受け止める。

『初めまして、だな。《赤い彗星》!』

「連邦からの回線? 《フラッグ》のパイロットか!」

限界に達し、焼き切られる直前のシールドを左腕から外してライフルでそれごと撃ち抜いて攻撃する。似たようなことをジャブローでアムロにやられたのをシャアは覚えていた。だが、シャアが感慨に浸る間も与えず《フラッグ》のパイロットが告げた。

『シールド越しとは、流石だ! だが!』

「ええいっ!」

それをも避けた《フラッグ》が投げつけたサーベルがシャアの《ゲルググ》の頭部を貫いた。サブカメラに切り替わる前に接近を感じ取ったシャアは、背部に取り付けてあったナギナタ左手に取り、前方へと振り抜く。

『くうっ!』

回線越しから苦悶の声が聞こえてくる。手ごたえはあったが、直撃ではない。復活した映像には《フラッグ》のライフルの先端部分が映し出された。既に《フラッグ》はこちらから距離をとりはじめていた。

基本的な性能は恐らくこちらが上。しかしスピードだけはあちらの方があるようで、その動きに合わせようとしても《ゲルググ》がシャアの操縦についていくことができないでいた。

付かず離れずの距離を保ち続ける《フラッグ》にライフルで追撃をかけるが当たることは無く、ただエネルギーを無駄に消費するだけだった。

あともう少しで、後続の《フラッグ》もこちらに合流してしまう。そんな時、回線の向こうから聞こえてきた指示にシャアは驚いた。

『我々は十分に時間を稼いだ。各機、撤退!』

そうして《フラッグ》は後退をはじめた。予想はしていたが、この奇襲は《WB》と《アークエンジェル》を確実に大気圏突入させるための時間稼ぎだったようだ。

この数で襲撃されればこちらの目は間違いなく逸らすことができるとふんだのだろう。それに、たとえ失敗したとしても敵の母艦を叩くことができる。今母艦を失うことはかなりの痛手となるため、シャアは迎撃せざるをえなかったのだった。

猛スピードで後退していく《フラッグ》。去り際にそのパイロットはシャアに言った。

『私の名は『グラハム・エーカー』。覚えておいてもらおう、《赤い彗星》!』

やがて追撃可能範囲から外れ、後続と合流した《フラッグ》は後退していった。安堵すると同時に疲れがシャアを襲った。

自信に満ちたあの雰囲気と言動。彼、グラハムとまた戦うことを考えるのはいつも以上に神経を使うだろうと考え、シャアは小さなため息をついた。

周囲の安全を確認したシャアは地球を見た。既に大気圏に突入を始めている《WB》、《アークエンジェル》と大型シャトル。

この後、シャアは《WB》の追撃も兼ねて北米へと向けて降下する。果たして、この似た状況がどこまで続くのか。そう考え、《グワジン》へと向けて《ゲルググ》を動かそうとしたとき。

『残念だったな、《赤い彗星》さん』

「……!?」

頭の中に突然響いたのは若い男の声。その気配の先をたどると、そこに映ったのは《WB》。アムロではない。だが、先ほどの声の主は《WB》に乗っているのをシャアは感じ取った。

かなり距離は開いている。なのにもかかわらずあそこまで鮮明に声と感情を送りつけられる存在がいることにシャアは驚愕した。

 

 

 

    ※

 

 

 

「久しぶりだな……地球」

アキラは小さくつぶやいた。青い空が広がっていた。広大な大地と遠くには日差しを受けて輝く海も見える。《WB》は無事に地球へと降下することに成功した。

だが、艦橋は騒然としていた。ジオンの襲撃によって軌道が大きく逸れ、どうやら北米大陸に降下してしまったのが分かったからだ。

その事実を知り、一番慌てていたのは先ほどの戦闘の最中に収容したサラミスの艦長『リード』大尉だ。なぜこんなことに。速く本部に指示を仰がねば。といった感じでわめき散らしている。

しかし、そんな周囲の様子が気にならないほどの疲労感に襲われてアキラは耐えられずに壁に寄りかかっていた。

正直、自分にも何が起きたのかさっぱり分からなかった。あの戦闘の時に、アムロが《赤い彗星》と交戦しているのを見て、奇妙な感覚が自分の中で芽生えたのだ。

あの時、あの場所にいたありとあらゆる人の声が聞こえた。目の前にいないのにも関わらず。ジオンのパイロットの声も聞こえた。やがて、声だけでなく感情すらも理解することができるようになった。

そんな中で苦戦し、焦るリィナを感じ取ったアキラは、助言と援護を行った。今でも突然の砲撃指示に驚くブライトの顔が頭の中に浮かぶ。

出撃したパイロットは全員無事帰艦した。その後、駆けつけた救援部隊の襲撃をうけて遠くへと離れて行った《赤い彗星》に対してアキラは素直に感情を伝えた。

『残念だったな、《赤い彗星》さん』

しかし、知らされた北米への降下の件を知ったと同時にアキラは恥ずかしくなった。まんまと作戦に引っかかったのにも関わらず、その作戦を考えたであろう張本人にそんな捨て台詞を残してしまったからだ。今頃、《赤い彗星》はどんな心境なのだろうか。

降下完了ともにアキラは元の感覚に戻り、現在の状態になった。立っているのがつらい。可能ならば今ここで寝たい。傷の痛みもそれで麻痺しているのか余り感じない。

今にも瞼が閉じてしまいそうなのを必死に堪えるアキラ。そんな時、2人のパイロットが艦橋へとやってきた。

「状況は? 一体どうなっているんです?」

聞こえてきたのはアムロの声。そういえば戦闘の中でアムロは《赤い彗星》と思われる人物と会話していたような感じがした。実際どうなのかは分からないが。

ブライトから現状の報告を受けるアムロ。その横でリードが頭を抱えている。もう1人がどこにいったのかと考えていると。

「……大尉? 大丈夫ですか?」

「ん……、少尉か」

話しかけてきたリィナにかなり小さい声でアキラは答えた。瞼は閉じる寸前。というかほぼ閉じている。

「傷が痛むのですか? それなら私が医務室まで」

「いや……、眠いんだ」

「眠い……ですか」

それを聞いてリィナが安堵したのか呆れたのか分からないが、ため息をついたのが聞こえた。

「じゃあブライト艦長に体調を報告して医務室に行きましょうか。大尉は怪我人だし、許可が下りるかもしれませんよ」

「そう……だな」

ゆっくりと壁から離れてブライトの方へと歩こうとしたアキラだったが、耐えられなかった。

「うわっと! た、大尉!?」

アキラはその場で前のめりになって倒れてしまい、その先にいるリィナに抱きかかえられる状態となった。

これはまずい。セクハラとかになるのではなかろうかとアキラは体に力を入れようとするが、逆に何故か力が入らなくなってくるし、安心している自分がいる。リィナが怒るような感じはしない。いや、必死に怒りを抑えているのだろうか。

周囲の人がこちらに向かってくるのも感じた。それが自分を心配するものか、非難するものなのかはもうアキラには理解することができなかった。

とにかく謝った方がいい。薄れ行く意識の中で、アキラは言った。

「すま……ん、しょ……い」

そういい残したアキラは最後にリィナの声を聞いた。

「……大丈夫ですよ、大尉。それと……ありがとうございました」

怒りではなく優しさに満ちたその声を聞き、アキラは深い眠りについた。



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第2章 運命と新たな道
第19話 未来の選択


椅子に座り、目の前に表示されたモニターの向こう側で慌しく人が行き交う中、《アークエンジェル》(以下略称《AA》)の修復作業が行われている。その様子を見ていた連邦議会に所属するの長い黒髪が特徴の男が秘書官に問いかけた。

「後どれぐらいかかるのかね」

「ジャブローに予定通り帰艦できたとはいえ大気圏突入直前の戦闘での損害が大きく、最速でも4日はかかるかと」

「3日では無理か?」

「……伝えまーす」

そういうと秘書官は端末を懐から取り出し、連絡を取り始めた。端末の向こうからは苦悶の声が聞こえてくる。

ジオンが宇宙において使用したコロニーそのものを利用した兵器は連邦議会に衝撃を与えた。それが脅威的な破壊力を持つこと以上に、ジオンがそんなものを建造できる財力を持っていることが驚きだったのだ。

戦争が長期化すれば間違いなくジオンは連邦より先に疲弊する。しかし、彼らにはまだこの戦争を続行することができる力を持っているかもしれない。莫大な額が投じられたであろうコロニー兵器を容易に破棄。すでに廃コロニーが2基、サイド3に向けて移送されていくのも確認された。この現状を見て、約6ヵ月前のコロニー落としもこちらを油断させるための作戦だったのではないかといった意見も出始めた。

果たしてジオンに戦争継続する力があるのか。それを確かめることも大切だが、今はそれよりも集中しなければならないことがある。

端末を懐に戻し、秘書官は頷いた。どうやら3日で済ませる要請が承諾されたようだ。その直後、扉がノックされた。彼らが来たようだ。

「入ってくれたまえ」

「失礼します」

部屋に入ってきたには2人。先頭からラウ、そしてキラ・ヤマト。ここに入ってくるときにキラの表情に一瞬の変化があったのをデュランダルは見逃さなかった。彼も『前』の記憶を取り戻したのだろう。

秘書官に退室するように促し、部屋の中は3人だけになった。緊迫した空気が部屋の中を満たす。その中で、男が話し始めた。

「ご苦労だった、ラウ。君にはまた苦労をかけてしまったな」

「いえ、私は当然のことをしたまで。彼の働きも目覚しいもので、助けられたよ」

ラウは隣にいるキラに視線を向けた。

「初めまして……いや、久しぶりといったほうがいいかな、キラ・ヤマト君」

「あなたも……!」

「ああ。君の想像通りだよ」

驚きを隠せない様子のキラを見て、『ギルバート・デュランダル』は微笑んだ。

「今はコロニーの代表の上院議員の1人として連邦議会に所属している。まぁ、表向きにはコロニー側の動きを少しでも抑制するため連邦の駒の1つとなっているのだが」

「……僕に、何か話があるんですよね」

「話が早くて助かる。単刀直入に言わせてもらおう」

テーブルの上で手を組み、デュランダルはキラに対して静かに言った。

「このまま連邦に所属してMSのパイロットを続けるか、民間人に戻るか、君に選択して欲しい」

それを聞いたキラは表情を曇らせた。恐らく予想はしていたであろう提案に少し戸惑っているようだ。少しのときが流れた後、先にデュランダルが口を開いた。

「前者に関して君は心配しなくてもいい。私が働きかけて何とかしてみせる。レビル閣下とのコネクションもあるから問題はないはずだ。後者を望むのであればそれもいいだろう。それが『今』の君の決断なのならば私は止めはしないさ」

「質問をしてもいいでしょうか」

「かまわないよ。私が答えられる範囲のものであれば」

「『ラクス』は……どうなっているんですか? 『今』の自分の記憶が正しければジオンの評議会議員の父の補佐をしているはずなのですが」

『ラクス・クライン』。やはり彼女のことが気にかかっていたのだろう。『前』では彼にとっての大切な存在。それは『今』でも変わらないようだが、それだからこそ、彼も薄々感じ取っているのだろう。

デュランダルが手元の端末を操作すると、背後に表示されたモニターにいくつかの写真が映し出された。

「約2ヵ月のことだ。穏健派とも言われていた『シーゲル・クライン』がジオン本国においてスピーチを行おうと計画し関係者を集めた会議の途中、暗殺された」

険しい表情のまま、黙ってモニターに映し出されている写真1枚1枚をキラは見続けている。

「テロとして取り上げられる予定だったが、圧力で表沙汰になることは無かった。民衆に刺激を与えないため、そして穏健派に対しての見せしめと動きを止めるためのものと見るのが妥当だろう。この事件で死亡した議員や関係者の大半が穏健派とされた者達だからな」

「……あ」

次々と映し出されていく写真の中、キラは見つけてしまった。変わり果てた大切な人の姿を。

唖然としているキラに対してデュランダルは続けた。

「彼女の遺体は比較的綺麗な状態で発見された。致命傷となったのは背中におった傷だそうだ。発見時には既に死亡が確認されている」

説明を聞いたキラは重々しく口を開き、デュランダルに問いかけた。

「何故そこまで詳しい情報を持っているんですか? それなら彼女を救うことも……」

「……残念だが、私がこれらの情報を手に入れたときには既に遅かった。もし事前に手に入れることが出来ていれば対処はできたかもしれない。申し訳ない」

「そう……ですか」

大切な存在の死を知り、かなりの衝撃を受けたのだろう。姿勢に変化は無くとも表情には出てしまっている。しかし、デュランダルはこれ以上の慰めの言葉はかけなかった。彼は、キラ・ヤマトがこれを乗り越えることができると確信しているからだ。少なくとも、『前』と同じ心の強さを持っているのが条件だが。

映し出されていた写真が消え、モニターには整備中の《AA》が再び映し出された。

最後にもう一度どちらを選択するかの確認をとろうとデュランダルが口を開こうとする前に、それをキラの一言が遮った。

「乗ります」

「それでいいのかね? 後戻りは出来ないが」

「はい。大丈夫です。僕をMSのパイロットとして連邦に所属させてください」

予想通りの答え。先ほどとは違う力強い声からして、決心は固いようだ。

立ち上がったデュランダルはキラの目の前まで行くと、右手を差し出した。キラもそれに応えて握手を交わした。

「これからよろしく頼むよ。キラ君」

「はい。よろしくお願いします」

これで新たな戦力を手に入れることが出来た。それも、かなり強大な。

握手を終えたところでラウが言った。

「ギル、そろそろ予定の時間だ」

「そうだな。ではキラ君、私は用があるのでこれまでだが、聞きたいことがあればラウに聞いてくれ」

「分かりました」

そうしてラウとキラの2人は部屋の出口へと向かっていった。しかし、出口の手前でキラは立ち止まってこちらに振り向いた。

真っ直ぐとこちらを見つめる瞳。その容姿からは考えられない力強い眼差しに、デュランダルは思わず息を呑んだ。久しぶりだ、こんな感覚。

「もし、あなたが『前』と同じようなことをしようとしているなら、僕はまたあなたを止めます」

「……ああ。覚悟しておくよ。だが、心配はいらない。『今』の私はそんなことは考えていないさ」

2人が出て行くと、外で待機していた秘書官が入ってくる。その様子を見て、デュランダルは言った。

「不満そうだね『ミーア』」

それを聞いて彼女、『ミーア・キャンベル』がため息をしつつ、手元の端末を操作する。

「大丈夫です。デュランダル議員の予測不能っぷりにはもう慣れましたから。それよりも……」

「それよりも?」

「彼が……私のことに気づいてなかったのが気掛かりなだけです」

「無理もないさ。あの状況で、尚且つその容姿ではな」

肩まで伸びた黒髪に眼鏡。体型はほとんど変わらないとはいえ、この見た目ではラクスや『前』のミーアと判別するのは難しい。とあることがきっかけで彼女と出会ったのだが、最初は名前を確認するまでデュランダル自身も分からなかった。

彼女も『前』の記憶があり、『今』の自分の容姿に満足しているようだ。しかも現在、美人秘書官として人気があるらしい。ラクスとしてではなく自分自身が高い評価を得ていることに彼女も喜んでいるようである。

ミーアが端末の操作を終えると同時にモニターに新たな画面が表示される。

「『彼ら』からの緊急の依頼ですが、何でこんな情報が必要なんでしょうかね」

「事情はこちらの知るところではないが、今まで間者を通して遠まわしに情報を伝えてきた彼らが直接こちらに依頼をしてきたということは、想定外の事態があったと思うが……」

表示された簡潔な依頼内容と人物の画像。隣からミーアがその人物を覗き込む。

「結構かわいい人ですよね。私ほどじゃないですけど」

表示されているのは女性士官。この女性に、彼らは何を欲しているのだろうか。

「リィナ・ブリジスか……」



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第20話 もう1人の赤

今回からMSを2つの主動力機関別に区別して書いていきます。
バッテリー駆動型のMSをB型。
熱核反応炉を主動力に使用しているMSをN型。
とします。
ちなみに、《フラッグ》、《イナクト》は原作と同様水素エンジンです。

ある程度話が進んだら、今作で登場したMSの設定を書く予定です。



《ガウ》の艦橋へと向かう途中、すれ違う士官達が2人の姿を見て驚きと興奮した様子でつぶやいていた。

「《赤い彗星》と《赤翼》(せきよく)だ……!」

「すげぇ。生で見たのは俺はじめてだよ」

「格納庫行ってみようぜ。こんなの滅多には見られないだろうから」

後少しで到着するというところで、シャアの横を共に歩いてきた男が言った。

「のんきなものだ……」

ため息交じりのその一言にシャアは返答する。

「既に北米での連邦軍の残党は孤立し、その一部が散発的に行動を起こしているだけ。彼らの気が緩むのは無理もありませんよ、『アラン』大佐」

シャアの横を歩くのは『アラン・ヴィアッジ』大佐。ルウムでの戦闘において当時先行配備された《ジン》を駆ってシャアと同等の戦果を挙げたMSパイロットだ。

青い瞳に黒茶色の髪、三十路を超えて落ち着いた雰囲気。ジオン、連邦の間では《赤翼》と呼ばれており、彼の乗るMSが赤く塗装されて翼に似た大型のスラスターを装備しているのがその名の由来とされている。

北米侵攻作戦にも参加し、『ガルマ・ザビ』からの信頼も厚い。廃コロニーを利用した巨大兵器『アトゥム』の護衛にも任命されていたが、新型MSの受領のために合流が遅れた。しかし、追撃を行っていた圧倒的な性能を誇るPMCのMS部隊をたった1機で撤退まで追い込み、多くの将兵を救ったことから評判はさらに上がった。その後ガルマの指名で再び地球へ舞い降り、現在に至る。

艦橋へ到着した2人。それに気づいた青年、ガルマが出迎える。

「よく来てくれた、シャア」

「久しぶりだな、ガルマ。いや、北アメリカ方面軍司令ガルマ・ザビ大佐とお呼びすべきでしたか?」

「士官学校時代と同じに、ガルマでいい。アラン、君も案内ご苦労」

その一言にアランは一礼する。それを見てガルマは笑った。

「相変わらず固い奴だな、お前は」

「階級は同じと言えど、その役割の重さから見れば私は司令には遠く及びません」

「まぁいいさ。お前のそういうところが私も気に入っているのだからな」

アランのガルマからの信頼の厚さはシャアの予想を超えているようで、ここまで心を許している彼の姿を見てシャアは驚いた。

艦橋に設置されている大型モニターにはシャアによって軌道が逸れ、北米に降下してきた《WB》が映し出される。

「てこずるとは思っていたが、まさかどちらとも壊滅には追い込めずに片方だけしかこちらに誘導できないとは。君らしくないな、シャア」

「いうなよガルマ。それほどあの艦には予想以上の戦力があるということさ」

「なるほど、心しておこう。ところでアラン、機体の整備状況はどうだ?」

「残念ながらまだ完璧ではありません。地上用への調整が予想よりも手間取っておりまして。シャア少佐よりも2日早くここへたどり着いたのにもかかわらず、申し訳ありません」

現在のアランの乗機はB型動力機関の新型MS《ゲイツ》。しかし、先行量産された中でも試験的に兵装の一部や動力機関をN型に変更された特別な機体であり、整備にも時間がかかっているのだ。

「それならば仕方ないな。今回は私が出よう」

「きみが出るのか?」

「ああ。僕には姉、キシリアに対する立場というものがある。それに、あれを実戦で使ってみたいという気持ちもあるしな」

「では、私も行こう」

思いがけないシャアの一言にガルマは驚きつつも返した。

「いいのか、シャア? 宇宙疲れは大丈夫か?」

「心配要らないさ。戦場へ赴く友の補佐、心強いものとなると思うが」

「助かるよシャア。では、先に格納庫へ行ってくれ。私はここで今入っている情報の整理をしてから向かう。アランはどうする?」

「少佐と共に格納庫へ向かいます。乗機の整備の手伝いに加わりたいので」

「わかった。後でまた会おう」

そうして、シャアとアランの2人は艦橋を後にして格納庫へと向かった。

その道中、何ともいえない違和感をシャアは感じていた。『前』にはいなかったアランという存在に。これは、案内役としてこの《ガウ》で出会ったときからだ。

まるで自分自身に似た何か。見た目などそういう問題ではない。何故か初対面である彼からシャアは懐かしさのようなものを感じていた。複雑な心境のまま2人は会話を交えることなく、格納庫の通路へと続くエレベーターに乗り込む。扉が閉まる直前にアランが口を開いた。

「お待ちしておりました。『大佐』」

扉が閉まり、動き出すエレベーター。沈黙が続く。先に口を開いたのはアランだった。

「私はあなただった。いや、あなたに限りなく近く、最も遠い別の何かになりきっていたといった方が正しいかもしれません」

シャアは振り返った。真っ直ぐとこちらを見つめるアランの瞳。冗談を言っているわけではないのはそれを見れば理解できたし、シャア自身も何故か彼のことを疑う気持ちもなかった。

会ったことがある。で済むような話ではない。私は彼を、『自分』を迎えに行き、そして2人と共に再び旅立った。アクシズでの出来事以降曖昧だった『前』の自分の記憶。その一部が蘇った。

「君は……」

「はい。『前』ではあなたを模して人体の強化を施され、あなたの一部が宿った者です」

奇妙な運命とでも言い表せばいいのだろうか、この出会いにシャアは今、何の疑問も持っていなかった。

目的地に到着したエレベーターの扉がゆっくりと開き、アランが先を行き、その後をシャアが着いていく。格納庫に到着すると、こちらに気づいた青年士官が声をかけてきた。

「大佐!」

「『アンジェロ』、機体の状態はどうだ?」

青年士官の名は『アンジェロ・ザウパー』。階級は大尉。アランが指揮する第18独立部隊の一員で、ルウムでの戦いよりも前からアランに付き従っている。

「最短で整備が完了したとしても、出撃には間に合いそうにありません。歯がゆいですが……」

報告の途中でアンジェロはシャアを見て、言葉を止めた。その様子からシャアは彼が自分に対して敬意と共に嫉妬に似たようなものを向けているのを感じ取った。周囲を見渡せば他にも複数の士官がシャアを見つめていた。

傍から見れば異様な雰囲気の中、戸惑うシャアに対してアランは言った。

「……私はあなた、そして『彼』に対しての恩があります」

「恩?」

アランの口から出てきた単語にシャアは疑問を持った。そしてアランは続けた。

「希望を……人の可能性を。まだ人間の中には暖かいものがあるということを見せてもらいました。これは、あなたに触れ、彼と出会うことがなかったなら知ることができずにいたでしょう」

先ほどの瞳が再びシャアに対して向けられる。決意と敬意が入り混じったその様子を見て思わずシャアは息を呑んだ。

「私はあなた、いえ、あなた達がこの世界を良き未来へ導くことを確信しています」

「過大評価ではないか? それは」

シャアからのその一言にアランは笑みを浮かべた。その様子を見てアンジェロは眉間にしわをよせる。

「過大評価などではありません。人はさらに先へと進み、何にも縛られない所へ行くことができることをあなた達から見せてもらったのだから」

するとアランは一歩前に進み、シャアとの距離をつめる。

「人は進まねばなりません。そこへ行く力も既に持っている。しかし、彼らには導き手が必要なのです。具体的にどうすればいいかはあなたも分かっていないかもしれない。ですが、あなたはそれを成せる。何度でもいいましょう。私はそう『確信』していると」

「……善処しよう。私ができる限りな」

「私も可能な限り力を貸します。あなたの障害となる物は排除してみせましょう」

アランは右手を差し出してきた。それに応えてシャアは固い握手を交わした。

その後、その場にいた者達はそれぞれの持ち場へと戻っていった。去り際にアンジェロから鋭い視線を向けられていたことにシャアは気づいていたが、気にすることは無く乗機への元へと向かった。

赤く塗装された《ゲルググ》。大気圏突入直前でのアムロとの戦闘などで久しぶりにこの機体に乗ったが、そのときに『前』のことを思い出した。

「ララァ……、私は……」

あの期待に応えることがどれだけ難しいことかをシャアは分かっていた。本当に自分達が人を導くことができるのだろうか。迷いが心で渦を巻こうとしていたその時、

『大丈夫です。大佐』

背後からの声。急いでシャアは振り返るものの、そこには誰もいない。しかし、その声の主は間違いなく彼女だった。

見守っていてくれる。その気になれば直ぐにでも会えるところに彼女はいる。それを理解したシャアの心の中に迷いはなくなっていた。そして自然とシャアはその場で笑みを浮かべていた。

「みっともない姿を見せることなどできんか」

その後、出撃待機命令が出されてシャアは《ゲルググ》への搭乗準備をはじめた。



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第21話 砲火の最中

地球に向けて切り離されたエンジンが重力に引かれ落下していった。赤く燃え、いくつもの破片となり視界から消えていく。

『目標地点到達。大気圏突入準備開始』

今回のために機体に一応搭載されていた音声ナビゲートに従い、1機のMSがカプセルの中から姿を現す。

左腕に装備しているシールドを機体の前面に展開し、大気圏突入に備える。その後、機体に問題がないかのチェックを始める。

「……アスラン、怒ってたな」

このまま連邦に残り、尚且つ《WB》に単独で合流しそのままジャブローまで護衛することを伝えたときの友の困惑と怒りの表情が脳裏に浮かぶ。その後何とか説得できたものの、まだ完全には納得できていないようだった。

敵地の真っ只中を《AA》での強行突破も考えられたが、まだ修復には時間がかかる。戦力の強化が顕著なジオンに対し、いくら《WB》に優秀な戦力がそろっていようと数で押し負ける可能性もある。それを考慮し、デュランダルがあらかじめ用意していたMSを託し、今回の作戦実行の手筈を整えた。

『大気圏突入開始。御武運を』

機体の周囲が赤く染まり、振動がコクピットの中にも伝わってくる。北米大陸の《WB》に向けてMSは落下していった。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「よし、アムロ! 最終確認だ」

慌しく作業員が動き回る格納庫の中でアキラがパイロットスーツに着替え、到着したアムロに呼びかけた。

「これまでのお前の戦闘データから考えて、機体の反応をあげるために《G-3》のパーツを各部に使ってマグネットコーティングが施してある状態にしておいた」

「武装に関しては大きな変更はないんですよね?」

「ああ。それと、次が一番大事なことだ」

コクピットに乗り込んで各部のチェックをしていたアムロは、それを聞いて一瞬手を止めた。

「……《サイコフレーム》ですね?」

「覚えてたか。詳細はこの前言ったとおり、俺は知らされてない。こいつがMSの操縦を補助に使えるのは分かってるけど、まだまだ分からないことだらけだ。親父なら知ってたはずなんだけどな」

そういうとアキラは《ガンダム》のコクピットハッチを閉じるのに巻き込まれないために、少し距離をとった。そのままインカムを利用した回線で話し続ける。

「俺が《G-3》をそれなりに操縦できたのもサイコフレームのおかげだと思う。出なけりゃあんなピーキーな反応速度の機体、使いこなせねえよ」

『《G-3》のサイコフレームを《ガンダム》に取り付けたんですよね』

「そうだ。お前なら使いこなせるはずだ、アムロ。というかもう《G-3》と《ガンダム》の予備パーツが少ないから死ぬ気で頑張ってくれ。アストナージと俺を泣かせるなよ」

『了解です。大尉もまだ《義手》の調整が完璧じゃないらしいですから気をつけてくださいね』

「分かってるよ。可能な限り無茶はしないさ」

カタパルトへと移動を開始した《ガンダム》にアキラは義手となった左腕で手を振った。

大気圏突入後、気を失ったアキラ。その後目覚めるまでに取り付けられたそうで、アキラ自身は気づかなかった。先のコロニーでの戦闘の影響でさまざまな物資の供給が間に合っておらず、この義手も《WB》にあった最後の1つだったそうだ。

戻った左腕。だが、無機質なそれはアキラに自分の一部が無くなったことを再び痛感させた。

他の機体も出撃の準備を開始し、作業員が安全な場所への退避をしはじめた。その様子を確認しつつアキラは予定通り現場をアストナージに任せ、艦橋へと向かった。

道中で回線越しからメイリン、セイラの出撃アナウンスに合わせ《ガンダム》、《ガンキャノン》が出撃したのが確認できた。もう少しで艦橋に到着するといったところで、

『行きます。大尉』

回線ではないが、リィナの声が頭の中に響いてきた。

「おう。ちゃんと帰ってこいよ」

リィナに返答したところで、アキラは艦橋へと到着した。それと同時に飛び上がった《ガンダム》の蹴りで爆散する《ドップ》が目に入った。

『やるねぇアムロ少尉殿。こりゃ俺もう帰艦してもいいんじゃない?』

「カイ! 集中なさい!」

『おお怖。了解ですよーセイラさーん』

《ガンキャノン》に搭乗していたカイの気の抜けた回線を聞いたセイラがそれを叱責する。

この2人は人員不足のために手伝ってくれた避難民の者達で、ルナツーでは降りず付いてきてきてくれた。人材に関してはまだまだ足りていない状態だったので助かっている。

次々と飛来する《ドップ》を確実に迎撃し、峡谷の中を進んでいく《WB》。まだジオンがMSを投入してこないのが気掛かりだか、このままいけば突破できるはずだ。

『ブライトさん! 予想通りです!』

「どうした、ハヤト」

《ガンキタンク》に乗っていたハヤトからの回線にブライトが応える。

『こっから先の開けたところに《マゼアタック》がわんさか。やるなら今ですよ』

2人乗りである《ガンタンク》のもう1人のパイロットで正規軍人の『リュウ・ホセイ』がこの先の情報を伝えた。

「な、ならばMS全てを向かわせて」

「いや、《ガンキャノン》と《ガンタンク》だけで制圧してくれ」

リードの発言の途中でブライトが指示を出した。それに対してリードがしゃべりだす前にカイがいった。

『民間人だけでやれると思ってんのかい、ブライトさん。ちょっと無理あるんじゃない?』

その指摘に隣にいるリードも賛同しているようで、態度でブライトに示している。だが、こうしなければならないとアキラは感じており、ブライトもそれと同じようだった。

「嫌な予感がしてな。こちらにも可能な限り戦力は残したい。頼んだぞ」

『……へいへい。まかされてー。行こうぜハヤト、リュウさん』

渋々了解したカイはハヤトとリュウと共に、《マゼラアタック》撃破のために前進をはじめた。

「ブライト、貴様……!」

「まぁまぁリードさん。おさえておさえて。ここは彼の指揮を信じましょうよ」

不満たっぷりの様子のリードをアキラがなだめる。それでもおさまりそうになく、制止を振り切って不満をぶちまけようとしたその時。

「左後方より複数の熱源確認。MSです!」

メイリンの緊迫した声が艦橋内に響き渡る。すぐさまブライトが指示を出し、アムロとリィナが迎撃体勢をとった。

その時、アキラ接近してくる中に《赤い彗星》がいるのを感じ取ることができた。それを2人に伝えようとしたがそれより先に被弾による衝撃で《WB》が揺れ、伝えられなかった。接近してきたMSに気をとられた結果、対空射撃をぬけてきた《ドップ》の攻撃が艦橋付近に当たったようだった。

『大尉!』

何とか体勢を立て直したアキラの頭の中に響いたリィナの叫び声。ふと前を見れば、濃いオレンジと緑で塗装された《ゲルググ》が少し離れたところから輸送機のような大型の機体に乗り、ビームライフルの銃口をこちらに向けていた。

あの輸送機のおかげでこんなにまでも速く接近することができたのかとアキラは驚いた。それと同時にもう間に合わないと悟った。周囲の人の顔が青ざめていく。もちろん自分も。以外にも呆気ない最後だったと考えていた時、一筋の閃光が空から降り注いだ。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「!?」

ビームライフルが上空からの攻撃によって破壊され、ガルマは驚きの声を上げた。火花を散らすビームライフルを投げ捨て、一旦《WB》から距離をとる。

さっきの妨害がなければ仕留めることはできた。苛立ちを隠せないでいると、《ガウ》から回線が繋がった。

『大佐! 上空からアンノウンが接近中! 単機で大気圏を突破してきたようです!』

「単機でだと!?」

安全なところまで離れ、レーダーに映し出されたそれを目視で確認した。まるで翼のような大きなスラスターを展開したその機体は、落下速度を下げつつ確実に攻撃を与えている。

その後、合流したシャアを除く3機全てが被弾していた。そのどれもがコクピットを外しているのが確認できる。

『この状態では戦闘継続は厳しい。ガルマ、ここは撤退した方がいい』

「……いや、それでは示しがつかない。残っている《ドップ》で総攻撃をかける!」

『ガルマ、もう無』

「止めるなシャア!」

シャアとの回線を切断し、《ガウ》と残存戦力に総攻撃をかけることを伝えてガルマは単機で《WB》へと向かった。

今ガルマが乗っている《ゲルググ》はバックパックを取り付け、各部の調整も施された高機動型と呼べるものであり、先行配備された特注品だ。そして、まだ十分揃っていない《ドダイ》も持ち出した。数でも勝るこちらが負けるなんてことなど、あってはならない。

戦いに私情を持ち込まず、冷静に対処せよ。士官学校時代に受けた教官の助言も今のガルマの頭の中にうかぶことはなかった。自らのプライドが、恥を恐れる心がガルマを精神的に追い詰めていた。

「連邦ごときに……!」

後ろ腰のナギナタを右手に持って《ドップ》の編隊に回線を繋ごうとしたとき、《WB》の方向から放たれた赤い閃光がガルマの《ゲルググ》の両足を吹き飛ばした。

「な」

突然の出来事に驚愕するガルマ。機体が傾き、ゆっくりと落下していくのを感じる。

「にぃぃぃぃ!?」

間髪入れずに放たれた2発のビームが直撃し、頭部と右腕が吹き飛んだ。完全に制御を失った《ゲルググ》は地上へと落下していった。凄まじい衝撃がコクピットを襲う。ようやく機体が制止したときには、中は暗闇になっていた。全身、特に右腕が痛む。

朦朧とする意識。しばらくしてから機体が少し傾くと同時に光が差し込んだ。シャアがコクピットハッチを取り外したようで、その後、仮面をかぶった友の姿が現れた。

「無茶をする。大丈夫か?」

「シャア……か」

抱きかかえられ、ガルマは外へと運び出された。既に駆けつけていた衛生兵が状態を確認する。その後、担架へと乗せられたガルマの視界に小さくなった《WB》がはいった。

「この屈辱は……!」

怨嗟の声を届くことはない《WB》に向けて放とうとしたガルマだったが、その途中でついに意識が途絶えた。

 

 



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第22話 敵地の中を進んで

「以上です」

「……そうか。報告ご苦労」

艦橋にて《フリーダム》に乗って情報伝達兼援軍にやってきたキラの報告を受け、ブライトはいった。その横ではリードが頭を抱えていた。

道中にて補給部隊と合流しつつ、《WB》は敵戦線を突破してジャブローへ。それがキラから伝えられた情報だった。補給を受けられるとはいえ、このまま敵地のど真ん中を『前』と同じように行くことになるとは。

「メイリン、彼を空室へ案内してやってくれ」

「了解しました」

彼もニュータイプの素質を持ったものなのだろうかと考えながら、ブライトはメイリンに連れられて艦橋から出て行くキラを見送った。

その後、ブライトは格納庫で作業をしているアムロと回線をつなげた。

『どうしました、艦長?』

不思議そうな声が回線の向こうから聞こえてくる。聞きなれたその声に対し、ブライトはいった

「少尉……、もし次に言ったことに心当たりがあるなら、この後直ぐに艦長室に来て欲しい。話がある」

『急にどうしたんですか? もしかして何か緊急事態でも』

「アムロ、お前はあの《虹》の向こうから来たのか?」

その一言の後、2人の間に沈黙が流れた。自分の思い違いだったか。そう思ったブライトは謝罪と今回の問いのことを忘れてほしいと言おうとしたそのとき。

『……わかった。きりがいいところで切り上げて、そっちに行く。先に行ってくれ、ブライト』

「ああ。待ってる」

回線が切られたのと同時にブライトは行動に移した。

リードにしばらくの間艦橋を任せることを本人とこの場にいる者に伝えた。いきなりのことに不満の言葉を飛ばしてきたリードを説得し、艦橋を後にした。

艦長である自分が油断が許されないこの状況で艦橋を離れるのはまずいと思われるだろうが、記憶が正しければしばらくの間はジオンはこちらに仕掛けてくることはないはず。ならば直ぐにでも確認したいことが山ほどある。

ブライトは艦長室へ足早に向かって行った。

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

「とんでもないもんだなこりゃ」

「どんな感じなんだ?」

手元の携帯端末で手に入れた《フリーダム》の情報を見て驚きの声を上げたアストナージにアキラが問いかけた。

「重力下においても補助無しで滞空が可能な大推力のスラスター。大出力のプラズマ砲にレール砲、高出力ビームライフル。装甲には『PS装甲』。とんでもないエネルギー消費量だがそれは新型反応炉搭載で万事解決」

「ほうほう」

「攻守共におそらくだが、今連邦で配備されているMSの中じゃトップクラスだな。だが、こいつの開発コストは半端じゃないはずだ。量産性度外視した《ガンダム》や《G-3》とかの4倍くらいかかるぞこりゃ」

「……一体どういう経緯で作られたんだろうな、これ」

「あんまり首突っ込まないほうがいいかもしれないな。色々とやばそうな匂いがするよ、こいつからは。ま、整備はするがな」

格納庫にて先ほどの戦闘で合流した《フリーダム》のことを見上げながら2人が話をしている。周りにもその姿を見ようと多くの作業員が押しかけていた。

そんな中をアムロがかき分けてやってきた。

「すみませんアキラ大尉。ブライト艦長に呼び出されたので、艦長室に行ってきます」

「おう。どうした、何かやらかしたか?」

「いや、そんな記憶はないんですが。行ってきます」

そういってアムロは格納庫から去っていった。艦長直々の呼び出しのようだが、それほど重要なことなのだろうか。

「よーし、各自作業に戻れ。いつでも出られるようにしておけよ」

アストナージのその呼びかけに、作業員はそれぞれの持ち場へと戻って行った。

「大尉!」

《ガンダム》の方へと行こうとしていたアキラを格納庫へとやって来たリィナが呼び止めた。不満げな表情で歩み寄ってくる。

「よう少尉。どうしたそんな膨れっ面で」

「どうしたじゃないですよ。義手の調整もあるし、怪我人なんだからこんなところで動き回らないでください!」

「いや~、こっちも少しでも人手が必要かな~って考えて」

「自分にできることを頑張るんですよね。だったら今大尉がするのは全力で休むことじゃないんですか?」

「ぬぐぅ」

自分の教えたことをその相手に言われ、反論ができずにたじろいでしまったアキラ。その様子を見て周囲の作業員が笑っている。

助け舟は無いのかと周りを見渡したアキラだが、何故か誰も視線を合わせてはくれなかった。というかわざと逸らされているような気がする。

「あーあ、怪我人のこと気にしながらの作業は面倒だなー」

背後からのその一言に振り返るが、そこには何人も作業員がいるため誰が言ったのかわからない。

「誰かが医務室に連れて行った方がいいんじゃないかなー」

明らかな棒読みであることが分かる一言。こちらの身を案じてくれているのだろうが、整備の手伝いや指示をしたいアキラにとってはそれは望んでいないことだった。

どうするか迷ってその場で悩むアキラだったが、結論を出すよりも早くリィナに右腕を握られて格納庫から連れ出されてしまった。その背後からは2人を見送る大勢の作業員の声が聞こえた。

「痛いって少尉。もうちょっと遅くてもいいんじゃないか?」

「……」

アキラの提案が聞こえていないのか、リィナは歩く速度を下げてはくれない。どうしたものかと困惑していると、エレベーターのところまで来たところでようやくリィナは口を開いた。

「リィナです」

「ん?」

「私にはリィナっていう名前があります」

こちらに対して真剣な眼差しを向けて言われた一言に、またアキラはたじろいでしまった。今まで落ち込んでいたりしている姿をよく見ていただけに、余計に迫力があるように感じてしまう。

「わ、分かったよリィナ。今度からは名前でよぶから許してくれ。だからもう少しゆっくり歩いてくれ」

「……了解しました」

やがてエレベーターが到着し、2人でそれに乗り込む。医務室がある階へと移動している間も、リィナがアキラの右腕を離すことは無かった。

何ともいえない空気が漂い、息苦しくなったアキラが話し始めようとしたが、先にリィナがつぶやいた。

「ここでこの右腕を離したらいけない気がするんです」

「んん? そりゃまたどういうこと?」

「なんというか、自分でもよく分からないんです。大尉とは一緒にいなくちゃいけない。離れちゃいけないような気がして……」

「……え? 何? リィナは俺のこと好きなの?」

重苦しい声だったが、遠まわしに好意を向けているようなことを言われたアキラは茶化すようにリィナに問いかけた。すると、みるみるうちに顔が赤くなっていく。

あ、そういう感じではないのね。内心残念に思ったアキラ。

「ち、違いますよ! 確かに助けてくれたりとか、恩はありますけど、そういったものじゃないんです! 違います!」

「お、おう。分かった分かった。落ち着け、リィナ」

真っ赤な顔で必死に否定するその様子を見て、本当に無意識にさっきはあんなことを言ったのだということがわかった。だが、そこまではっきりと否定しなくてもいいのではないだろうか。

医務室のある階に到着し、エレベーターを降りたところで、アキラは言った。

「あんなに言っても、腕は離さないんだな」

「……大尉と一緒にいると安心するんですよ」

ぼそっとつぶやいたリィナ。だが、アキラには聞こえてはいなかったようで、

「何か言ったか?」

「……何でもありません。ほら、もう目と鼻の先ですよ」

素っ気無いその一言を一蹴しつつ、2人は医務室へと到着した。中に入ると、軍医である『ハサン』が歓迎してくれた。

「ようやく来たか、アキラ。相変わらず無茶をしているようだな」

「……すみません」

その後、怪我の状態、手当てと義手の調整などが行われた。そういった作業の間も、リィナは医務室から出て行くことはなかった。

義手に関しては予想していたよりも調子がいいようで、余程の無理をしない限りは大丈夫だと診断された。ただ、体の各部の傷を確実に癒すために少なくとも3週間は安静にしておくことが言い渡された。

「割と動けますから大丈夫ですって」

「駄目だ。普通なら立っていることが不思議なぐらいの傷なんだ。絶対安静だ。それに……」

「……それに?」

アキラが首をかしげるとハサンはリィナを指差して言った。

「彼女が悲しむ」

「え、あ、その……、私は……」

その一言を聞いて戸惑いを隠せないリィナ。その様子を面白そうに2人は見守る。

好きとか嫌いとかそういったものではなく、だけども大切な存在という感情はアキラも実は感じていた。

それを感じるようになったのは、大気圏突入のときのあの出来事からだ。今でも何が起きているのかよく分からないがリィナと頭の中、というか心の中で会話ができるようになった。それ以外の人の感情も分かるようになり、最初は自分はおかしくなってしまったのかと考えた。

しかし、あの状態になるのは戦闘が始まるときなど感情が高ぶったときに発生するようで、今は誰とも心が繋がっているような感じはしない。もしかして、いずれはこの力をいつでも使えるようになるのだろうか。

思案に暮れているうちにアキラはベッドに横になっているせいか、眠くなってきてしまった。その様子を見てリィナが側にやってきて、気を利かせたのかハサンは用事を思い出したといって医務室から出て行った。

軍医が医務室からいなくなってしまっていいのだろうか。そんなことを薄れ行く意識の中で思ったアキラの横で、リィナがこの前と同じ様に優しくつぶやいた。

「おやすみなさい、大尉」

優しさ。いや、それ以上の感情がその言葉から感じ取ることができた。今までに感じたことがない安心感で満たされつつ、アキラは眠りについた。

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

――ニューヤーク市街地

 

「……ここもこれほどまでに荒れているとはな」

マントでその身を覆い、街の惨状を見て男が静かにつぶやいた。この戦争が始まる前に来た時とはまるで別世界のようだった。

ここに来るまでに地球の各地を旅して回ってきたこの男。その何処も彼処もこのような有様だった。

「何が『ニュータイプ』だ……。何が独立戦争よ!」

湧き上がる怒り。男は自らの拳をきつく握り締める。

「おい! 貴様こんなところで何をしている! ここは立ち入り禁止区域だぞ!」

そんな時、見回りであるジオンの警備兵の1人に男は見つかってしまった。無線で応援を呼びつつ、銃口を向けて警告を続けた。

「手を上げてその場から動くな! さもなければ」

「さもなければどうするというのだ」

「撃つぞ! だから早く手を」

警備兵の警告を無視した男は目にも留まらぬ速さで距離を詰めて、銃をはるか彼方へと弾き飛ばした。驚きの余り警備兵はその場に座り込んでしまった。そして、男の顔を見てさらに驚愕し、声を上げた。

「あ、あなたは……!」

その様子を見て男は鼻で笑い、いった。

「そうだ! ワシは第78回世界総合格闘技大会覇者、『東方不敗』よぉぉ!」

 



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第23話 王者の風

皆さん、お久しぶりです。こうしてまたお会いすることができ、嬉しい限りでございます。

こうして私が現れたということで皆さんはもう察していると思います。そうです、あの手に汗握るファイトが始まろうとしているのです。

しかし、『今』と『前』では世界の状況がまるで違います。そんな中でも彼らは熱い闘いを我々に見せてくれるのでしょうか。いや、見せてくれるに違いありません。

それでは、ガンダムファイト! レディィィ、ゴォォォォ!

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

「変な奴がいるぞ!」

「何故だ、何故当たらないんだ」

「MSを要請しろ! 手数が足りない!」

応援に駆け付けた数人の警備兵が侵入者である東方不敗を取り押さえるために非殺傷の弾丸を利用した制圧射撃を行うも、全く効果がない。

大半の弾丸は避け、まるでこちらを煽っているかのようにいくつかの弾丸を「素手」で撃ち落としながら東方不敗はゆっくりと警備兵との距離を縮めていった。

「そんな豆鉄砲でワシを黙らせることができると思っているのか?」

そうつぶやいた直後、目にもとまらぬ早さで警備兵達に近づき、強烈な打撃によって全員を失神させた。

断末魔を上げる暇すらなく倒れた警備兵。静かになったと思った矢先、こちらに向かってくるであろう数台の車の稼働音と地響きが聞こえてきた。

「情けないのう。たった一人相手にここまでの戦力を使うとは」

4、5人の警備兵を乗せたジープが3台、そして≪ザク≫が1機やってきた。ジープに搭載されていた照明が一斉に東方不敗へとむけられる。そして陣形が整ったのちにジオンの士官が話しかけてきた。

「東方不敗に問う。貴様は先ほど我々が捕らえたコソ泥の共犯者か?」

「コソ泥? いったい何のことを言っておる?」

「我々が近郊の地下基地から発見したMSを狙っているのはわかっているんだぞ」

「知らん。ワシとは関係がない」

「とぼけるな。いくら世界チャンピオンだからといっても」

「知らんといっておるだろうが!! 何度も言わせるな!!」

繰り返される問答に嫌気がさした東方不敗の一喝が士官と警備兵達をたじろかせた。

「で、では何故ここにやってきたのですか?」

先ほどまでの態度とは一変し、士官は恐る恐る問いかけてきた。

「旅の途中で立ち寄っただけだ。区域外からではこの街の被害がどれほどのものか完全に把握できないから入らせてもらった」

「ですが、どんな理由があろうと……」

「貴様等は、この戦争の先に何を見ている?」

真っ直ぐな視線を向けつつ、真剣な問いを東方不敗から告げられて士官は思わず息をのんだ。

ジオンの、スペースノイドのために公国軍に所属し、これまでの間戦ってきた士官。勝利すれば我が物顔でこちらを支配したつもりでいる連邦を黙らせ、自治権を獲得することができる。それを目標にしていたが、東方不敗の問いを聞いたことで疑問が生まれた。

独立はスペースノイドの総意であるというのは間違いない。しかし、それを実行することにが本当にこの方法でよかったのだろうか? 根本的に見直せば自分はそうした周りの雰囲気に同調しているだけであって、将来に関して深く考えてはいないのではないか?

こうした思いが心の中で渦巻いた士官は、問いかけに対してすぐに答えることができずに硬直してしまった。

「貴様はどうやら気づいたようだな。自らの『迷い』を」

そう告げると東方不敗はゆっくりと士官の方へと近づき始める。

「貴様のような者は確固たる意志を持つものとは違い、独立、ニュータイプ。そういったものに囚われて今のことだけを考え、その先にあるものを見ようとしていない」

警備兵と≪ザク≫の銃口が向けられるも、全く動じずに近づき続ける。士官はそれをただ茫然と見ている。

「これほどの傷を残せばもう手遅れだ。先に進もうとしても、それがあらゆることの弊害となるのは間違いない」

「……だったらどうしろっていうんです。何をしたらいいっていうんですか」

「それはな」

士官の問いかけを遮るように警備兵と≪ザク≫の砲火が東方不敗を襲う。それを潜り抜けて≪ザク≫へと間合いを詰めると同時に足の関節部分を破壊し、そのまま止まることなく駆け上りメインカメラも破壊した。バランスを保てなくなった≪ザク≫はその場に地響きと土煙を上げながら崩れ落ちた。

「自らの心に何度でも、何度でも問いかけ続けるのだ。本当にやりたいこととは何か。何をすべきなのか」

「……俺の、……すべき」

警備兵が騒然とする中、士官に指示を求めるがその本人は立ち尽くしたまま動こうとも支持を出そうともしない。

「……よし、決めたぞ。ワシのこれからを。もうただ地球を巡る旅は終わりだ」

そういうと東方不敗は静かに構え、いった。

「これからは世直し、いや、根性叩き直しの旅を行うことにしよう。ワシが迷える小童どもに喝をいれてやる。今日はその記念すべき初めの1日だ。さあ、かかってこい!」

銃弾の雨の中を突き進み、次々と警備兵を蹴散らしていく。最後に残ったのは士官ただ1人。

「俺の……、俺のやりたいことはぁ!」

銃器を投げ捨て士官は東方不敗へと向かう。

「大切な人を、守るためだ!」

「その心意気、良し!」

士官の右ストレートは空を切り、強烈な一撃が腹部を襲った。耐えられずに悶えながらその場に倒れ、薄れゆく意識の中で一言つぶやいた。

「ありが……と……、…ざい……た」

途切れ途切れだったが、その感謝の念はしっかりと伝わっていた。この士官が目覚めた後、どのような行動を起こすかが東方不敗は楽しみだった。

間髪入れずに新たな増援が駆け付け、すぐさま迎撃のための陣形を整え始めた。先ほどまでの警備兵とは違う雰囲気が漂っている。こちらを本気で排除しようとする気迫を感じ取った東方不敗もいつでも動き出せるように構えた。

数秒の沈黙。お互いに機をうかがう緊迫した中で、先にジオン兵が動き出そうとした。

「待てぇぇぇぇぇぇぇい!」

辺りに響き渡った大声がその動きをとめさせた。叫びにも似た大声の主は、倒れた≪ザク≫の上に立っていた。東方不敗とジオン兵達の視線が立っている男に注目する。

「ここから先の喧嘩。この俺が買わせてもらう!」

そういうと男は≪ザク≫から飛び降り、両者の間に降り立った。そしてジオン兵には目もくれず、男は東方不敗を指さして言った。

「手合わせ願おうか、東方不敗マスター・アジア!」

「ほう。このワシに挑むとは、いい度胸をしておる」

いきなり現れた男に聞きたいことはあったが、喧嘩を売られたならば買わなければならない。構える東方不敗。だが、目の前にいる男の構えを見て違和感を感じた。

「貴様、その構えは」

「ああ。あんたが予想している通りだ」

「……ならば!」

自らの拳に力を込めつつ東方不敗は叫び、男に接近した。

「流派、東方不敗は!」

一気に距離を詰めてきたのに対し、男はそれを避けることなく同様に叫びながら正面から拳を打ち付ける。

「王者の風よ!」

お互いの拳がぶつかり合い、きれいに衝撃が相殺される。

「全新系列!」

「天破侠乱!」

常人の目視では確認できぬほど速さで拳を合わせる。それをジオン兵たちはただただ見守っていた。

「「見よ! 東方は、赤く燃えているぅぅぅ!」」

最後に打ち付けた拳と叫びの後、街は再び静寂に包まれた。何故かよくはわからないが、すごいものを見てしまった気がする。そんなことを思ったジオン兵の1人が息をのんだ。

しばらく続いた沈黙だったが、それは男によって終わりをむかえた。

「お見事、流石です」

敗北を悟ったかのようなその一言。それに東方不敗は答える。

「いや、お前は十分に強い。ワシが新たな道へと進む決意がなければ、お前のほうが勝っていただろう」

「……頼みがあります」

「大体検討はつくが、言ってみろ」

「俺の名は『ドモン・カッシュ』。東方不敗マスター・アジア、あなたの弟子にさせてください!」

突然現れた男、ドモンは深々と東方不敗に頭を下げつつ懇願した。

「流派東方不敗をどこから知ったかは、あえて聞かないでおいてやろう。ワシの行く道は厳しいものとなる。それでも着いてくる自身はあるか? 共にこの流派を進化させる自身があるか?」

「はい! どこまでもお供します、師匠!」

こうして、東方不敗は根性叩き直しの旅における弟子を持つことになった。本来ならば断わるところだが、このドモンから並々ならぬ決意とどこかから感じ取れる懐かしさを感じたのが決め手となった。

熱い何かを感じ取れるその2人の様子に見とれていたジオン兵達だったが、状況報告のための通信がつながったことでやっと我に返り、侵入者の排除のために攻撃を開始した。正確な制圧射撃が2人を襲う。

その気になれば突破もできるだろうが、この区域から離脱するとなると道中にて他の部隊が待ち伏せしていることも考えられる。本格的に面倒くさいことになってきた。そう東方不敗が考えていた横で、ドモンがいった。

「安心してください、師匠。こんなことになると予想してとっておきのものを用意してきましたので」

「ほう。ならば見せてもらおうか」

若干の期待をむけられたドモン。深く息を吸いみ、叫んだ。

「出ろぉぉぉお! ガンダァァァァム!」

 

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

 

「うおっと。今度は何だ? 隕石でも落ちたのか?」

とあるMSのコクピットの中で、大きな揺れを感じた少年がいた。

侵入者が現れて大暴れしているらしく、それの対処のために多くの人員が動員されているようだ。この混乱のおかげで脱走し、このお目当てのMSに乗り込むことができた。あとはこれを使って逃げれば完了だ。

「確か、これを右側の方に取り付けてっと」

ジオンよりも先に近郊の地下基地から拝借しておいた特殊な操縦桿を取り付ける。機材の方から入手したデータが正しければ、これがなければこのMSは動かないはずだ。

「お。動いた動いた。≪ガンダムX≫か、派手な名前だな。高く売れそうだ。『ロウ』の奴に感謝しないとな」

この少年『ガロード・ラン』は、同業者であり友人でもあるジャンク屋の『ロウ・ギュール』から情報を得て、この≪ガンダムX≫(以降≪X≫)を手に入れるためにここまでやってきた。座標地点に隠されていた地下基地からこれを見つけ、機体の情報と先ほどの操縦桿を手に入れたまではよかったが、その直後にジオンに捕まってしまっっていた。

離脱の準備が整ったことを郊外にて待機している仲間に連絡しようとしたがつながらない。この本部では回線が使えることから見て、街の中でミノフスキー粒子が散布されたのかもしれない。こうなったら無理やりにでも出て行った方がよさそうだ。

「はいはーい、通りますよー。どいたどいたー」

外部スピーカーで周囲に呼びかけながら、拘束具を引きちぎって前進を始めた。いきなり動き出した≪X≫に驚き、格納庫内が騒然となる。

『誰が動かしている! 今すぐにお』

回線の向こうからのジオン士官の怒声を強制的に切断しつつ、周辺にあったシールドとライフルを手に取り、格納庫から抜け出した。だがその直後、威嚇射撃が目の前に着弾した。

≪ザク≫2機と各部が改装され最近出回り始めた新型の≪グフ≫がその腕に装備されたガトリングの銃口をこちらに向けていた。

「マジかよ、流石にこれは分が悪いぞ」

高く売るためにも何とか傷はつけたくない。しかし、ここを切り抜けるには戦闘は避けることができないだろう。そう考えているうちに、ほかの格納庫から新たに≪ドム≫2機が≪X≫挟み込む形で合流した。さらに悪化していく状況に、ガロードはため息をついた。

やるしかないそう決めた次の瞬間、

『でぇぇいやぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『ぬうううぅっおおぉぉぉぉ!!』

叫び声が轟き、≪ザク≫と≪グフ≫の近くの格納庫の壁を突き破って白いMSと黒いMSが現れた。突然のことに周囲は驚きつつも、狙うべき対象を≪X≫からその2機へと変更した。

『どうですか師匠≪マスターガンダム≫の調子は』

『完璧だ。そちらの≪ゴッドガンダム≫もいい感じのようだなだ』

オープン回線越しに聞こえてきたのは、2人の男の声。どうやらわざとオープンにしたままで会話をしているようだ。

その2機に対し、威嚇なしの制圧射撃が行われた。しかし、それをことごとく避けて次々とジオンのMSは無力化されていった。この混乱に乗じてガロードは街の外へとむけて動き出した。

『かなりの数がいますね。師匠、俺が撃ち出します。準備を!』

『いいだろう!』

すでにブーストを利用した移動で基地からある程度の距離をとったところで聞こえてきたその会話が気になり、ガロードは振り返った。

『『超級覇王電影弾!!』

『撃て! ドモン!』

『はいいい!』

顔だけを残し、体の部分を渦巻く強大なエネルギーで包み込んだ≪マスターガンダム≫が、≪ゴッドガンダム≫によって撃ち出された。格納庫とMS、その他の施設を巻き込みながら突き進み、最後は上空へと舞い上がる。

『爆発!!』

決めポーズとともに放たれたその一言ののち、多数の爆発が基地を包み込んだ。

「なんじゃ……そりゃあ」

この世とは思えぬ光景を目にして、ガロードは唖然としながらつぶやいた。回線の向こうからは2人の笑い声が聞こえてくる。夢でも見ているだろうかと頬をつねっていたガロードに回線がつながった。

『やっと繋がった! 大丈夫かよガロード!』

「お、『ジュドー』。すまん、ちょっと手間取っちった」

昔からよくつるんでいる同業者のであり、今回≪X≫の確保のために協力してくれていた『ジュドー・アーシタ』だ。予定時刻になっても連絡がなかったために、心配していたようだ。

基地から離れ、たどり着いた合流地点にはジオンの車両に偽装した大型輸送トラックがあった。その窓からこちらに向けてジュドーが手を振っている。

さて、かなり予想外なことがあったにせよ、今までにないレベルのお宝が手に入った。ジュドーと山分けしたとしても十分すぎるほどの額が手に入ることを思い浮かべ、ガロードは心を躍らせた。

回線越しから聞こえてくる高笑いを背に、ガロードたちは街から去っていった。



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第24話 次の目標

「……」

ニューヤークにある軍事基地の惨状を画面越しに見て、ガウの艦橋でガルマはその場に立ち尽くしていた。

先日の戦闘で深手を負ったものの、松葉杖を使えば自分で動けるようにはなったガルマ。この基地が襲撃された時には、散発的に活動を続ける連邦軍の残党を叩くために出向いていた時だった。

「ガルマ様、よろしいでしょうか?」

「……ああ、頼む」

通信によって全容を確認してきた兵が戻ってきた。これほどまでのありさまだ、被害は相当のものだろう。

「基地の施設の約70%が機能を停止。車両やMS等にに関してはほぼ壊滅状態。かろうじて稼働できそうなのが数機残されているだけです。ですが……」

「…何だというのだ」

言葉に詰まった兵を不思議に思い、ガルマは問いかけた。その兵自身も困惑した表情のまま答えた。

「軽傷を負った者はそれなりにおりますが、死傷者はゼロです」

「これほどまでの惨状なのにも関わらず、死傷者がいないというのか!?」

「は、はい。全員の生存が確認できました」

まるで嵐が過ぎ去った後のようなこの惨状において死者が出ていない。そんなことがあるのだろうか。にわかに信じがたい。

「尚、基地の破壊活動を行った東方不敗マスター・アジアとその弟子とみられる人物は、連邦の≪ガンダム≫に似たMSに乗ったまま、北へ向かったそうです。現在は各中継拠点において捜索活動が行われています」

次々と語られる情報を聞いて、ガルマは頭が痛くなってきた。主犯は逃走し、それだけでなく地下基地から発見されたMSもどさくさに紛れてコソ泥に盗まれた。失態に次ぐ失態。木馬が来てからというもの、不幸が続く。

報告が終わった後、間髪入れずに慌てた様子の兵がやってきた。

「ガルマ様、偵察隊からの報告です! 連邦の残党と木馬に動きがあります!」

「何、このタイミングでか」

木馬に対してはこの前の戦闘以降複数回にわたって追撃を行ったものの、どれも有効打にはならなかった。現在この北米大陸において最も注意すべき戦力が、残党と手を結ぶとなれば厄介なことになるかもしれない。

兵は画面に映し出された北米大陸の図を指さしながら説明を始めた。

「これまでの間の戦闘と監視の結果、木馬はシアトルへと向けて進んでいることが分かっています。そして、木馬がちょうどシアトルに到着する頃にエッシェンバッハ氏によるパーティが開かれることになっているのはご存知かと思います」

「ああ。私も出席する予定だからな。あの男のことだ、動くのは今だと考えたのだろう」

「反抗を予想してある程度の戦力は配備しております。しかし、木馬が来るとなればこの戦力では……」

「その点についてはご心配することはないかと思われます」

兵の言葉を遮りつつ、艦橋にアランが入ってきた。

「私の第18独立部隊とシャア少佐も引き続き同行します。これであれば問題はないかと」

「すまんなアラン。そうしてもらえると助かる」

その後、これからの動きについてまとめ終わると、兵は艦橋から足早に去っていった。

本来であればアランが率いる部隊は北米大陸を抜け、反抗の規模が拡大しているオーストラリア大陸に向けて出発する予定だった。それを無理に変更してでも、シアトルについてきてくれるらしい。

「毎度毎度のことだが、助かるよ。北米侵攻の時から世話になってばかりだな」

「いえ、私がそうしたいと考えただけです。特に今回は嫌な予感がしましたので」

「いつもの『勘』か?」

「はい。いつものそれです」

ガルマは不思議な安心感を感じていた。それは士官学校においてシャアとともにいたときにも感じていた。これほど頼りになる存在に出会い、協力してくれることはとても嬉しい。

これまでとニュヤークの雪辱を晴らすためにも、今度こそは木馬を沈めてみせる。地図上に表示されるシアトルを凝視しつつ、ガルマは静かにつぶやいた。

「さあ来い……木馬!」

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

砲弾の雨を潜り抜けて突き進む。これまでのMSとは比べ物にならないほどの負荷が全身を襲う。何度も搭乗し、ようやく体も耐えられるようになった。最近ではこの圧倒的な追従性に内心喜んでいることをリィナは感じていた。

≪イナクト≫を遥かに凌ぐ推進力。≪ガンダム≫系MSと同等かそれ以上の火力。堅牢な装甲を持つMS、≪トールギス≫はリィナを乗せ、戦場を駆け抜けていた。

ドーバーガンから放たれた一発が≪ドム≫に直撃し、付近にいた≪マゼラトップ≫も巻き込みつつ爆散する。単機で突っ込んできたこちらにジオンは動揺しているようだった。

「まだ……まだぁ!」

超推力のバーニアを利用しためちゃくちゃな機動力を維持しつつ、確実に敵機を葬っていく。アムロが合流したときには、既にそこに動く敵は存在しなかった。

この≪トールギス≫があれば、戦うことができる。守ることができる。これを受領してからリィナは自分自身に自信が持てるようになってきていた。

『敵影確認できず。見事です、リィナさん。帰還しましょう』

「……了解」

アムロの呼びかけに答え、リィナたちは≪WB≫への帰路に就いた。

これまでの道中において何度も戦闘が行われたのだが、その激戦の中、ましてや敵地の中を『マチルダ・アジャン』中尉の補給部隊がジャブローからやってきてくれたことがあった。

必要とされるであろう各種物資の搬入、傷病者とリード大尉を含むサラミスの乗員の移乗といった支援を行ってくれた。ジャブローは≪WB≫を見捨てたわけではないという中尉の言葉に多くの者が励まされた。

送り込まれてきた搬入物の中に、現在リィナが乗る≪トールギス≫があった。これに関しては予想外過ぎてアキラが驚きの声を上げていた。

「G作戦」開始当初において、量産性度外視。単機による一騎当千。重装甲かつ大推力&高火力。そういった要素を、所有している情報を最大限に活用しつつ≪フラッグ≫や≪ティエレン≫と同時進行でジャブローにて秘密裏に製造されたのがこの≪トールギス≫らしい。ある意味連邦初のMSともいえるそうだ。

しかしながら作り上げたはいいものの、ジャブロー内において行われた1回目の機動実験において大事故が発生。その圧倒的な推力を制御することができず、機体は壁面に衝突。機体に大きな損傷はなかったものの、テストパイロットが死亡してしまった。それ以降、この機体はお蔵入りになった。

その問題児ともいえるこの機体を、戦力になると判断した本部が再調整を施して送ってきた。パイロットに関しては指定されていなかったが、≪イナクト≫の性能に限界を感じていたリィナが選ばれた。アキラが危険だとして反対していたが、リィナの必死の説得で乗ることが許された。

最初の出撃の際にはその負荷に耐えきることができず、戦闘中に失神してしまい、多大な迷惑をかけることになったが、今ではそれなりに動かせることができるようになった。これでもう、自分の無力さに悩まされることはないことに、リィナは安堵していた。

≪WB≫に着艦し、≪トールギス≫を固定したのちコクピットからでた。格納庫内では作業員が慌ただしく動き回っている。

「≪ガンダム≫に関しては後回しでいい! 今は腹を空かせて疲れ切ってる≪トールギス≫が先だ! おう、ご苦労さんリィナ少尉!」

「お疲れ様です、アストナージさん。整備の方、よろしくお願いします」

「ああ、少尉可能な限り休んでな。太平洋が目前だからといっても、敵さんはまた仕掛けてくるかもしれないからな」

そうしたやり取りの終えると、アストナージは作業に取り掛かっていった。どうやらアムロも作業を手伝うようなので、リィナは状況の確認と整理のために艦橋へと向かった。その途中で、

『お帰り、少尉。気分は大丈夫か?』

回線や艦内放送ではなく、脳内に直接響いてきたのはアキラの声。顔は見えずとも、こちらの身を心配しているのが分かった。

「ただいま、です。大尉。気分、体調ともには良好です。心配しすぎなんですよ。私はもう大丈夫です」

『それならいいんだが……無理はするなよ?』

「はい。分かっています」

前からそうだが、こうしてアキラとつながっているだけでリィナは不思議と安心することができていた。「好き」だとかそういった感情はない。ただ一緒にいてくれればそれでいいと感じている。

その後リィナが艦橋に到着したとき、そこは妙にざわついていた。既に来ていたアキラがブライトと話し終えると、画面に映し出されている地図を訝しげに眺めていた。

「大尉、どうしたんですか?」

「少尉か。太平洋に抜け出すためにシアトル近辺を通過する予定だったんだが、ちょいと厄介なことに巻き込まれそうだ。ほい、これ読んでみて」

アキラはそういって、解読された文書が印刷された用紙を手渡された。それは、シアトルにて決起する部隊を≪WB≫の戦力で支援することを要請するといったものだった。

「先日にニューヤークでドンパチがあってそっちに戦力が少し流れているとはいえ、かなり厳しいことにはなると思う。というか皆この要請事態がジャブローの方からのものかどうか疑ってるのが現状だ」

「では、これは無視していくのですか?」

「いや、一応要請には応える。その時はその時。もし何もなければ多少被害は出るが、無理矢理突破するさ」

「了解しました。次の目標はシアトル、ですね」

敵地の中を進むことにはなるが、ここまでくると最早恐怖といった感情が麻痺しているようで、そこまで難しく考えることはなかった。それに、どれだけの敵が来ようと今の戦力があれば何とかなってしまうのではないかと、よくわからない自信もあった。

守るために戦う。この≪WB≫を。アキラ大尉を。そう胸に刻み込み、リィナの瞳は地図上にある次の目標の地であるシアトルを捉え続けた。



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第25話 シアトルの夜(前編)

月明かりが戦争によって無残な姿へと変わった街を照らす。恐ろしいほどの静けさ中、高度を低く保ちつつ≪WB≫がシアトルへと侵入した。後は予定時刻に打ち上げられる照明弾を待つだけだった。

緊張高まる艦橋内。どこから仕掛けてくるかも予想できない敵地の真っただ中。厳重な警戒が続いていたのだが、アキラは現状に違和感を感じていた。何かが、何かが違う。

「中尉すまん。MSの配置変更、今更だけどいいか?」

「今からですか? 何か不安でも?」

「ああ。何だかよくわからないけど、嫌な予感がする」

「……いいでしょう。格納庫で待機中の各機に伝えます。変更内容を教えてください」

「悪い。助かる」

今回MSは大きく分けて3つに分かれて行動してもらうことになっており、接近する敵の陽動を≪ガンダム≫。多くの要人の集まるパーティ会場を襲撃、確保する決起部隊の援護を≪トールギス≫と≪フリーダム≫。≪WB≫の警護を≪ガンキャノン≫と≪ガンタンク≫を配置する予定だった。その内の援護組である≪トールギス≫を警護組へと変更するするというのが、アキラの変更案だった。

内容を把握したブライトが、変更案をMSにて待機しているパイロット達へと伝えた。そのすぐ近くの管制席で、メイリンがため息をついた。

「あら、どうしたんですかメイリンさん」

その様子を見ていたセイラが不思議そうに問いかけてきた。それに対し、不安そうな表情でメイリンは応える。

「大尉の嫌な予感って大体当たるの。少しの間一緒にいたから分かるけど、ほぼ確実に……はぁ」

「……そうなんですか。でも、もしかしたら今の大尉がたまに見せるあの力が、その時から片鱗を見せていたのかもしれませんね」

2人がそんな会話をしながら苦笑いをしたとき、照明弾が地上と上空から打ち出され、周囲を明るく照らした。その合図を見て、即座にブライトが指示を出す。

「よし! ハッチを」

「防げキラ!」

突如艦橋に響き渡ったのはアキラの声。ブライトの指示すらかき消すほどの叫びに近いそれの直後、≪WB≫を衝撃が襲った。

「ぱ、パーティ会場の方向からのビーム兵器による狙撃です! 左側面に被弾、この位置には格納庫が……!」

『大丈夫です、シールドのおかげでこちらは無傷です』

被害状況の最中格納庫内において出撃のため、既にカタパルトに固定されていた≪フリーダム≫のキラから艦橋に回線がつながる。側面は貫通したものの、その内部で≪フリーダム≫は防御に成功したようだった。

『このままでは狙い撃ちにされます! ハッチを開いてください、僕が先に行きます!』

「……だめです! 衝撃の影響でハッチ開きません!」

セイラの悲痛な声が艦橋にいる者達とパイロット達に撃沈の恐怖を脳裏によぎらせた。両格納庫のハッチが開かないという絶望的な状況。打開策は……

『バラエーナでハッチを吹き飛ばします!』

『右もドーバーガンを使います! 許可を!』

「止むを得ん、許可する! 総員、対ショック体勢をとれ!」

2人の要請を聞き入れたブライトの指示の後、2機の攻撃がハッチを吹き飛ばした。衝撃はかなりのものだったが、船体が航行不能になることはなかった。

『キラ・ヤマト、≪フリーダム≫、行きます!』

間髪入れずにまだ高熱を帯び、煙が上がる中を≪フリーダム≫が飛び出してパーティ会場である多目的ホールへと向かった。続いて右から出た≪トールギス≫は周辺の警戒を開始した。

その他のMSも順次外に飛び出したところで、レーダーが≪ゲルググ≫3機と≪ガウ≫と≪ドップ≫の編隊が接近するを捉えた。手筈通り≪ガンダム≫が≪ゲルググ≫の陽動のために動き出し、残ったMSで傷ついた≪WB≫の警護を始める。

幸いまだ対空砲火が健在ではあるが、前方に大きな口を開けているようなこの状況は厳しい。果たしてこの敵の猛攻を切り抜けることができるのかどうかも怪しい。

「……やばそうだな。……よし」

「……!? 大尉、どちらへ!?」

「俺も出る! 少尉の乗ってた≪イナクト≫借りるわ!」

そう言い残してアキラはブライトの制止の言葉を聞くことはなく、艦橋を後にしてしまった。確かに手数はあった方が助かるが、この状況においては以前から何度かみせているアキラの力が重要な一手になる可能性が高いとブライトは考えていた。

艦内放送などを駆使して戻るように呼びかけたが、聞き入れる気はない様だ。諦めたブライトが、格納庫にいるアストナージに回線を繋ぐ。

「今そっちに大尉が向かっている。≪イナクト≫がいつでも出られるようにしておいてくれ」

『はあ!? 勘弁してくださいよ! こっちはこっちで大変なんですよ!』

「頼む!」

向こうの要求を最後まで聞かずにブライトは強制的に回線を切った。向こうも苛立っているのと同様にこちらも苛立っている今、これ以上話し続けても埒が明かない。やってもらうしかない。

そうこうしている内に≪ガウ≫と≪ドップ≫の編隊が目と鼻の先まで迫ってきていた。≪ゲルググ≫の方は陽動にうまく引っかかってくれたようで、こちらに近づいて来る気配はない。何としてでも耐え抜かなければいけない。ブライトの指示が艦橋に響き渡った。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「そこっ!」

こちらの接近に気づき、移動しようとしたMSのモノアイと思われる光源に向かってキラはライフルによる狙撃を行った。それが命中し、体勢が崩れたのを見逃さずにさらに2発の追撃を放つ。それらはMSの武器と右腕を吹き飛ばした。

会場付近においては複数の銃火が確認できたがすでにごく少数となっており、決起部隊が壊滅状態になっているのが分かった。キラは全速力でその現場へ向かった。しかし、

「!?]

その途中で半壊したビルの影から突如赤い≪ゲイツ≫が飛び出し、強烈な蹴りを繰り出してきた。寸での所でそれに気づいたキラはシールドで防いだものの、≪フリーダム≫はぼろぼろのアスファルトの上に叩き付けられてしまった。

すぐさま体勢を立て直した≪フリーダム≫の目の前には、まるでこちらの出方を窺っているかのように≪ゲイツ≫が静かに佇んでいる。眼前の存在にキラは恐怖に近いものを感じていた。

しかしながらここで立ち止まるわけにはいかない。≪ゲイツ≫が動き出すよりも速くライフルの銃口を向ける。だが、放たれたビームは対象が飛び上がったことで外れてしまう。

「なっ!?」

それを予想していたキラはバラエーナで脚部を吹き飛ばそうとしたのだが、上空から放たれたビームによってその二門の砲塔は破壊されてしまった。完全にこちらの動きが読まれてしまっている。それに、ここまで正確で迷いのない動き。ただものではない。こちらも本気を出さねばやられる。

ためらうことなくキラは『SEED』を発動させつつ、後退しながら牽制のために射撃を行う。こちらの変化に気づいたのか、≪ゲイツ≫は若干の距離を置きながらビームを放ってくる。その後≪フリーダム≫がわざと急停止したところで見せた一瞬の隙を見逃さず、両腰のクスィフィアスを使用した。だが、先ほどの落下の衝撃のためか右腰の方が不調で弾丸が発射されなかった。

左腰から放たれた弾丸の着弾によって発生した爆煙が辺りに広がった。当たりはしたが、手ごたえがない。煙が晴れたそこに姿はなく、半壊したために放棄されたシールドが残されていた。

ミノフスキー粒子が散布されたようで、レーダーが使い物にはならず肉眼による確認が余儀なくされた。気配はあるがどこにいるか予想することができない。先ほどの不意打ちのときも油断していたとはいえ、全く気付くことができなかったのを思い出した。相当戦い慣れしているのがわかる。

周囲の警戒を続けるも発見できず、賭けにはなるが上空へ飛びあがろうと考えた矢先、前方のビル越しからのライフルによる狙撃が≪フリーダム≫を襲った。回避行動も間に合わず、着弾したビームによって両腰のクスィフィアスがやられた。武器でもありスラスターの一部でもあるものを失った≪フリーダム≫だったが、キラの瞬時による調整でバランスを保ちつつ正面のビルに向けて突撃した。

ビルを突き抜けた先には移動を開始しようとした≪ゲイツ≫の姿があった。それに対し、引き抜いたビームサーベルで切りかかる。

「動きが読まれるなら!」

逃げられないと判断した≪ゲイツ≫も同様に腰のそれを抜き放ち、攻撃を防いだ。しかし、≪フリーダム≫の攻撃が止むことはなく、空いている左手でさらにビームサーベルを持ち、追撃を行う。それを空いた手で同じように≪ゲイツ≫は応えたものの、余裕がないようにキラは見えた。

「手数で押し切る!」

ひたすらに続く≪フリーダム≫の攻撃に対応するも、徐々にこちらの動きに対応できなくなった≪ゲイツ≫がゆっくりと後退を始める。

このまま追いつめて無力化できる。そうキラが確信した次の瞬間、コクピット内に警報が鳴り響いた。

「上空から!?」

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

――≪フリーダム≫が多目的ホールに向かったのと同時刻

  ≪WB≫防衛側

 

 

前方からの攻撃と後方からの援護射撃が入り乱れる中、リィナの≪トールギス≫が編隊めがけて突っ込んでいく。

「少しでも数を減らす!」

最前列にいた≪ガウ≫の艦橋をドーバーガンの一撃が吹き飛ばした。接近する≪ドップ≫も引き抜いたビームサーベルで切り付け、シールドで殴りつけたりすることで撃ち落とした。

このままならいける。そう考えたリィナはさらに一隻の≪ガウ≫を撃沈する。

「ああっ!?」

確信したのもつかの間、突如ドーバーガンの銃身を溶断されると同時に、強烈な打撃によって地上に向けて叩き落された。

「一体何が? ……はっ!」

落下によって舞い上がった土煙が≪トールギス≫を包み込み、ゼロに近い視界の中、何かの接近を直感的に感じ取ったリィナはブーストによる移動でその場から離脱した。そこから抜け出すのと同時に、上空から何かが土煙の中へと飛び込んでいった。

瓦礫の山に着地し、様子を見ようと思ったが、そんな暇さえ与えずに土煙の向こうからその手に持ったライフルから緑色のビームを放ちながらMSが接近してきた。

「青い≪ガンダム≫!?」

シールドで防ぎつつ、そのMSを見てリィナは驚愕した。青を基調としたそのMSの見た目は≪ガンダム≫に似ていたのだ。ジオンのMSとは思えないそれは、攻撃の手を緩めることなくこちらに接近してきた。

間近まで迫ったところライフルを後ろ腰に取り付け、ビームサーベルで切りかかってくる。両者のサーベルが重なり合い、激しい閃光が迸る。何度も繰り出される攻撃に、リィナはついていくのがやっとだった。反撃の隙を全く見せない青いMSに苛立つと同時に強い恐怖が心を揺るがせた。

もしかして自分はここで死ぬ運命なのか。そう考えさせるほどに目の前の存在は強大だった。

「くうっ!」

強烈な蹴りが腹部に直撃し、受け身もとれぬまま≪トールギス≫はその場に仰向けに倒れてしまった。右腕をシールドの先で、腰を右足で押さえつけられ、コクピットの部分にはビームサーベルが向けられ身動きが取れなくなってしまった。

『惜しいな。これほどの機体なのにもかかわらず、乗っているのがこんなのでは』

機体自体を接触させたことによってつながった回線の先にいたのは、連邦軍の軍服を着崩し、サングラスをかけた男だった。

『貴様は機体の性能に頼りすぎている。もう少し柔軟性をもって動いた方がいい。まあ、今更こんなことを話しても無駄だが』

男はこちらのことを気にもかけない様子で説教じみたことをしゃべり続けた。その間に何とか抜け出せないかともがいては見たが無駄だった。

『戦場だからな、恨みっこはなしだ。せめて楽にやってやる』

ここまでか。そう思ったリィナは敢えて一切の抵抗を止め、自らにとどめを刺す存在とその行為を目に焼き付けることにした。握られたビームサーベルの先端が静かにコクピットへと迫った。

『間に合った!』

『ちぃ!』

『うおぉあ!?』

回線越しから聞こえてきたのはアキラの声。猛スピードで青いMSに≪イナクト≫の右足で蹴りを入れようとしたものの、直前で気づかれて避けられたと同時に右足を切断され、瓦礫の山に突っ込んでいった。拘束から抜け出した≪トールギス≫は青いMSから距離をとる。

その後も救援に来てくれたことに感謝を述べる時間を与えられることなく激しい攻撃が続く。

『横なぎ来るから伏せて!』

リィナの頭の中に響き渡ったアキラの指示。その通りに動き、青いMSの攻撃をかわす。

『足払いして体勢崩したらこっちに来てくれ!』

「はい!」

その攻撃によって青いMSはバランスを崩しながらも、スラスターを全開に吹かして無理矢理体勢を立て直して少し後退した。その隙に≪イナクト≫の方へと向かった。

すぐそばまでくると、≪イナクト≫は下半身のほとんどが瓦礫の中に埋まってしまい、身動きの取れない状態なのが分かった。しかし、その右手には≪ガンダム≫のビームライフルが握られている。

『≪トールギス≫でも使えるように調整しておいた。使ってくれ』

「了解です。ありがとうご」

手渡されたライフルが使えることを確認して礼を言おうとした次の瞬間、一筋のビームが≪イナクト≫を貫いた。

「大尉!」

爆散こそしなかったもののコクピット付近にはビームが貫通し、赤く熱を帯びた穴ができていた。その周辺では熱によって異常をきたした機器が火花を上げている。

「返事をしてください! 大尉! 大尉!」

今度はこちらに向けて放たれたビームを防ぎつつ、手渡されたライフルで応戦する。だが、アキラの安否を心配するリィナの攻撃はどれも当たることはなく避けられ続け、青いMSは≪トールギス≫に向けて再び接近してきた。

頭の中に声が響いてこない。応答もない。また守れなかった、何もできなかった。リィナの心の中で渦巻いた悲しみと後悔の念は、青いMSが近づくにつれ徐々に別の感情へと変わっていった。

「……このぉぉぉ!!」

お互いにライフルを格納し、サーベルで切りかかる。両機が一歩も引かぬ鍔迫り合い。

「よくも、よくも、よくもおおぉぉ!」

怒りに満ちた言葉を吐き出しながら、リィナはサーベルの出力を上げた。それに気づき、押し負けると察したのか青いMSは右足で蹴りを入れ、≪トールギス≫から距離をとった。

わずかによろけたが特に問題はなく、追撃を続けようとしたその時、コクピット内に上空から急接近する正体不明機に対しての警報が鳴り響いた。≪WB≫からも注意喚起の回線がつながったが、頭に血が上っているリィナの耳に入ることはなかった。

出力上昇による負荷がかかり、サーベル自体が長くはもたない。とにかく早くけりをつける。そう考えてブーストによる高速移動で一瞬にして距離をつめつつ攻撃するも、同じようにことごとくかわされ続ける。

「くそっ! 当たれ! 当たれ!!」

感情に身を任せた攻撃が当たることはなく、怒りは膨れ上がり、限界が近づく。青いMSはこちらが無理をしていることに気づいているようだった。予備のサーベルがもう一本があるとはいえ、この調子では勝つことは難しい。

ひらすら追いかけ続け、リィナ自身の体が悲鳴を上げ始めたところで、落下による衝撃と音が周囲から伝わってきた。パーティ会場である多目的ホールの場所から大きな土煙が上がっていた。



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第26話 シアトルの夜(中編)

戦場となっているシアトルの中で、ジープに乗る3人の少年が伝わってきた衝撃と爆音に驚きの声を上げた。運転を任されているジュドーは一瞬宙に舞った車体をふらつかせることなく、目標へと走らせ続けた。

「本当にこんなんで大丈夫なのかジュドー!? やっぱり今からでも引き返して別の手を……」

「大丈夫だよ。いざとなればガロードがいるから問題ないさ」

不安そうにしている『イーノ・アッバーブ』を元気づけるようにジュドーは答えた。もう一人の同乗者である『モンド・アカゲ』は振り落とされまいと車体にしがみついている。

本来であればガロードの手に入れた≪X≫を売り払ってすぐにでも宇宙へと戻る予定だったのだが、取引相手がジオン側に寝返り交渉が決裂。限られた資金と燃料等と駆使して逃走を続ける羽目になってしまった。それから早数日、行く当てもなかったジュドー達はジオンの追撃を受けながらも北米大陸を脱出しようとしている≪WB≫の噂を聞いてここまでやってきた。

「よっしゃ! かなり近づいてきたな、ワイヤー準備してくれ!」

≪WB≫との接触回線をつなげるためのワイヤーの射出準備に取り掛かった。ミノフスキー粒子が散布されていなければここまで近づくことなく通信ができたのだが、ジオンに傍受される可能性が無いことと時間が少しでも惜しい今、逆にジュドー達にとって好都合な状況となっていた。

対空防御と2機のMSの援護を受けながらゆっくりと太平洋へと向けて動いている≪WB≫の真下にたどり着き、すぐさま船底に向けてワイヤーを射出した。それがうまく取りついたことを確認し、回線をつなぐ。

「あー、あー、聞こえてますかー≪WB≫ー」

『その声は……! ……一体こんなところで子供が何をしている! ここは戦場なんだぞ!』

「はいはい、説教は後にしてもらえると助かるかな。手短に済ませるから即決で判断してほしい交渉があるんだけど、聞いてくれる?」

男性士官と思われる怒声を受け流し、ジュドーは続けた。

『交渉だと?』

「脱出の手助けになる強力なMSがあるんだ。そいつやるから俺たちを乗せてくれないかな?」

いきなり現れてこんな交渉を持ち掛けられても無理だと返答されるのはジュドーでも予想はできた。その返答が来る前にとっておきの秘策を使うことにした。

「とりあえずはその威力を見てもらった方がいいよね。さてと」

そういってジュドーが合図すると、イーノが≪WB≫の後部の空に向けて照明弾を打ち上げた。これで手筈通りガロードが動いてくれれば問題はなし。

「もし交渉成立したら、追いかけてくるMSに乗せてもらうからよろしく頼むよ」

『待て、まだ決まったわけでは……』

男性士官がしゃべり終わる前に、空からどこからともなく一筋の光が現れた。空の歪みのようなところから続く光は、合図を確認して上空に舞い上がり背面のリフレクターを展開した≪X≫に照射されていた。

正直に言うとこのとっておきを使うのは今回が初めて。威力は申し分ないという情報は手に入れたのだが、本当に使うことができるかわからなかったからだ。もしこれでだめなら土下座してでも≪WB≫に乗せてもらおうと考えていたが、どうやら大丈夫そうだ。

光が途切れると同時に空の歪みも消え、準備の整った≪X≫は長い砲塔の先を≪WB≫に迫る≪ガウ≫が率いる増援へと向けられた。そして次の瞬間、凄まじい出力のビームがシアトルの空を明るく染め上げた。この攻撃によって増援は壊滅し、≪X≫はその圧倒的な火力を見せつけた。

「とまあこんな感じ。どう? 悪い話じゃないと思うけど」

間髪入れずに交渉を続ける。脅しにも近いが手段を選んではいられない。

『……分かった、乗艦を許可する。ただし時間がない、急いでくれよ』

「良かった。よろしく頼みますよ≪WB≫さん!」

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「一体何がどうなっている……」

振り下ろされた一撃を避け、背中に蹴りを入れつつ≪ブルーフレーム≫を後退させながら、『叢雲劾』は静かにつぶやいた。

先日の襲撃があったとはいえ、ジオンにはそれなりの戦力がこの北米には残されていた。数で勝るジオンであれば勝てると考えていたが、それを覆すほどの戦力をあの船が保有しているのは劾でも簡単に理解できた。

傭兵である劾は北米での仕事が終わり、帰路に就こうとしたところでジオンの北米司令から直々に依頼を持ち掛けられた。報酬はかなりのもので、目標はたった一隻と数機のMS。容易に片付くと思ったが、このありさまだった。

ジオンの増援もやられ、雇い主がいる多目的ホールの方にも大気圏外からの襲撃。多目的ホールに向かいたいが、この≪とさか頭≫が邪魔をしてこの場から動けずにいた。

「そろそろか」

こちらに振り向いた≪とさか頭≫のMSのビームサーベルが限界を迎えたようで、形成されていたビームが消滅した。これで2本目。恐らくもう予備はなく、先ほど手渡されたライフルも破壊し、無茶苦茶な機動力で推進剤を大量に消費した今、≪とさか頭≫にできることはもう無いと劾は予想していた。

どう動くかと身構えたが、≪とさか頭≫は先ほどと変わることなく、武器も持たずにこちらに突っ込んできた。

「なめられたものだな」

繰り出された右拳の攻撃を難なく上空に飛び上がって避けると、そののまま強烈な踵落としをくらわせて≪とさか頭≫を地面にたたき伏せた。

先ほど≪イナクト≫がやってきたときに一瞬だけ動きがよくなったのだが、それ以降はこの無鉄砲な突撃の繰り返し。何も考えていないようなそのしつこい行動にうんざりしていた。

『……許さない! 絶対に……!』

つながった回線越しから女性士官の憎しみのこもった声が聞こえてくる。先ほど沈黙させた≪イナクト≫に大切な人でも乗っていたのであろう。しかし、そんなことにかまってはいられない。やらなければこちらがやられる。ここは戦場だ。

足の押さえつけから逃れようとしても、推進剤不足でうまく機能しないスラスターでは無理なようで、ただ四肢を動かすことしかできないとさか頭に引き抜いたビームサーベルの先端を向ける。

「これで終わりだ」

今度は警告も説教もなし。とさか頭を黙らせるためにサーベルを振り下ろした。

「!?」

だが、それがとさか頭を貫くことはなかった。突如何かが≪ブルーフレーム≫の腕に巻き付き、前方に引っ張られたからだった。

突然のことに驚いた劾だったが、引っ張られた先にいた黒いMSを確認すると空いたほうの手でもう一本のサーベルを手に取り、巻き付いたそれを切り裂くと同時に切りかかった。

『ほう! やりおる!』

回線ではなく外部スピーカーを通して聞こえてきたのは男の声。その声の後、黒いMSはまるで人間のようにその場から跳躍すると≪ブルーフレーム≫の後ろ側へと回り込んだ。

すぐさま振り向いた先には、何かしらの拳法の構えをとっている黒いMSの姿があった。

『貴様の相手はこのワシ、≪マスターガンダム≫と東方不敗マスター・アジアが引き受けた。さあ、かかってくるがいい!』

その男の名に聞き覚えはあった。なぜこんな場所でこんなことをしているのかと疑問は浮かんだが、劾は東方不敗に同じく外部スピーカーで問いかけた。

「邪魔をするな。俺はそいつを片付けて雇い主の方に行かなければならない」

『もう戦えることのできない手負いを手にかけると?』

「ああ。それが依頼なんでな」

『気にいらんのう。もう勝負はついているであろうに』

「勝負どうこうの話ではない。ここは戦場なんだぞ」

そうした会話ののちお互い無言となり、緊迫した雰囲気が流れた。少し経ったところで、≪マスターガンダム≫の後方から別のMSが駆け寄ってきた。

『師匠、何とか言い聞かせることができました。あいつは仲間を回収して母艦に向かうそうです』

『ご苦労ドモン。ではお前は少し離れておれ。こいつはワシが相手をするんでな』

「……逃がすか!」

その会話を聞いていた劾はこちらに背を向けて離脱していく≪とさか頭≫に向け、ライフルを向ける。ここで取り逃がして依頼を失敗させれば、自分だけでなく『サーペントテイル』の名に傷がつく。ましてやこんなわけのわからない連中に邪魔されたという理由では話にならない。

『貴様の相手は!』

「なに!?」

トリガーを引くよりも早く、間合いを詰めた≪マスターガンダム≫。その速さに劾は驚愕する。

『ワシだと言っておるだろうが!』

右足の蹴り上げによってライフルが上空へと打ち上げられ、≪ブルーフレーム≫の手から離れたライフルが放ったビームは近くの瓦礫の山に着弾した。

振り上げられた脚をそのまま振り下ろすことで≪ブルーフレーム≫に踵落としが繰り出される。それを寸でのところでシールドで受け止め、サーベルでシールド越しの≪マスターガンダム≫を貫こうとしたが、追撃の左足の蹴り上げをくらってシールドが腕から外れ、機体も衝撃で後方に弾き飛ばされた。

普通のMSのではできないその動きに困惑しながらも、スラスターを活用して≪ブルーフレーム≫は両手でサーベルを持ち、迎撃態勢を整えた。

『さあ行くぞ! 貴様の力を見せてみろ!』

東方不敗の叫びに近い声とともに、≪マスターガンダム≫は≪ブルーフレーム≫へと向かっていった。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

またもやあの≪羽根付き≫のMSに狙撃でやられてから少し経った後、突然飛来した正体不明機を乗せたカプセルが落下して視界が遮られ、先ほど空が一瞬光ったと同時に、増援が来る予定だった方角からは爆音が聞こえてきた。

状況が全く掴めない歯がゆさにガルマは唇をかんだ。1度ならず2度までも、上空からのアンノウンに邪魔されることになるとは予想していなかった。

≪WB≫付近においてはミノフスキー粒子を散布して撹乱を行う予定だったが、こちらにおいて散布する予定が無いにもかかわらず回線がつながらない。ようやく視界が回復してきたところで背後から支援に来た≪ゲルググ≫が接触し、回線がつながる。

『大佐! キャリフォルニアからの増援が壊滅! こちらの戦力はあと僅かです!』

「馬鹿な! こんなことが……こんなことがあってなるものか!」

これほどの戦力を揃えても太刀打ちできない。それどころかこちらが追い込まれる側になるとは。

『大佐、ここは諦めて退却し』

「……どうした? なぜ途中で……」

進言の途中で雑音とともに途切れた回線が気になり、ガルマは背後の≪ゲルググ≫を見た。赤く光り輝く粒子を放つ白い何かがコクピット付近に突き刺さっている。

ふとガルマは周囲を見渡した。自らの警護のために周辺を警戒していた他の3機にも同様に突き刺さり、沈黙していた。危険を感じたガルマは、残された左腕で背後にいた≪ゲルググ≫のライフルを確保しようとしたが、遅かった。

地表すれすれを滞留している土煙から飛び出してきた物体が放った赤いビームが左腕を破壊した。

「ぐおおぉぉ!?」

その場から離脱しようと動き出したところで四方八方からのビームといくつかの物体が機体に襲い掛かり、コクピット内で起きた小規模の爆発で飛び散った破片がガルマを切り裂き、突き刺した。モニターと各種機材も機能しなくなって真っ暗になったコクピットの中で薄れゆく意識を何とか保ちつつ、苦悶の声を上げる。

しばらくして、コクピットハッチが無理やり引きはがされた。そこには、赤い粒子を放つ禍々しい姿の機体が立っていた。

『おやおや、派手な塗装だったんでもしやと思いましたが、ガルマ・ザビ様でございましたか』

外部スピーカー越しの男は愉快そうにこちらに話しかけてきた。

『恨むならエッシェンバッハを恨んでくれよ。あの野郎はここまでくるための移動賃と前金もたんまり払って、ただここに来て好きに暴れていいって言ってたんだからな』

今回のパーティの主催者であるその依頼主の名を聞いて、ガルマは愕然としていた。まさかあの男がここまで大胆な戦法を。それもタイミングが少しでもずれれば自分の身にすら危険が及ぶ手段のはずだ。

『ルナツーから溜まり続けた鬱憤もこれで晴れるってもんだ。「侵攻作戦の英雄ここに死す」って感じの歴史の1ページを見れるなんて最高だぜ』

下品な高笑いが周囲に響き渡る。痛みと悔しさで今にもはち切れそうな思いを抱きつつ、ガルマは眼前に立つMSをにらみつける。傷ついたガルマにはそれしかできなかった。

やがて落ち着きを取り戻した男は、右腕に装着された武装の銃口をコクピットへと向けた。

『そんじゃ、いっちまいな!』

その男の一言を聞き、諦めたガルマはゆっくりと瞳を閉じ、かすれた声で愛する者たちに向けて届かぬ思いをつぶやいた。

「すみません……父上、……すまない、イセリナ……」



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第27話 シアトルの夜(後編)

半壊したビル、倒壊した建物の瓦礫を踏み台にしながら街を駆ける。そしてたどり着いた先にいた嫌な気配の正体に向けて、速度を落とすことなく接近し蹴りを入れた。それをまともにくらい、MSはかなりの距離を弾き飛ばされた。

アランはそのMSに見覚えがあった。『アトゥム』の時に現れたPMCのMS、確か名は≪アルケー≫、パイロットはサーシェスという傭兵だったはずだ。

「……なるほど」

周囲に点々と存在する≪ゲルググ≫のうちの1機のコクピットで傷ついたガルマが気を失っているのを確認した。奴の今度の目標は北米司令といったところか。傭兵というものの中でも特に異端な存在である奴ならばそんな依頼を受けたのも納得できるとアランは感じた。

その後≪アルケー≫は起き上がり、こちらに向けて牽制射撃を行いつつ、上空へと舞い上がった。回避を行いつつ、回線が若干回復したのを確認したアランはアンジェロに指示を出す。

「アンジェロ、≪羽根付き≫はもういい。隊を二分してこちらの援護と大佐の迎えに回せ」

『了解しました!』

多目的ホールの異常と増援の全滅。≪WB≫に関しては諦め、損害がこれ以上でないように最小限に抑えることを考えたアランは、眼前の敵の排除に乗り出した。

≪羽根付き≫が正体不明機の飛来と空を明るく染め上げた閃光に気をとられた隙をみて、待機していたアンジェロ率いる援護部隊の十字砲火によって無理矢理その場に釘付けにした。アンジェロに指示を出した後、こちらに来ないとなるとどうやら追撃はしてこないようだった。となれば何も気にすることはなく≪アルケー≫をたたくことができる。

目の前の敵とは違う無機質な殺気を感じ取ったアランはためらうことなくその方向に向けてライフルのビームを打ち込んだ。ファンネルに似た遠隔操作型の兵器が爆散する。さらに別方向からも同時に複数の兵器からビームが放たれたれるもそれらのすべて避け、≪アルケー≫へと距離を詰めていった。

周囲を飛び回る兵器は何とかなるが、肝心な本体に対しては射撃が展開されたバリアのようなもので無力化されてしまう。やるなら接近戦を仕掛けるしか方法はない。

『流石だな! やっぱりてめえは他の雑魚とは違うみたいだな!』

嬉しそうな声が外部スピーカーを通して周囲に響き渡る。サーシェスの無造作に撒き散らす鋭い殺気にアランは嫌悪感を抱いていた。

右腕の兵装を取り外し、大剣へと姿を変えたそれを≪アルケー≫は≪ゲイツ≫に振り下ろした。それを引き抜いたサーベルで受け止めてゼロ距離でビームを打ち込もうとライフルの銃口を≪アルケー≫の胴体へと向けた。

『甘いんだよ!』

右足のつま先から伸びたビームの刃がライフルを溶断した。さらに左足の追撃が右脇に直撃し、大きくバランスを崩した≪ゲイツ≫は地上へと落下していった。

「ちぃ!」

スラスターで無理矢理体勢を立て直して落下を阻止したものの、再び距離が離れてしまった。

上空と周囲からは絶え間なく攻撃が続く。≪羽根付き≫との戦闘の影響により、機体のエネルギーが尽きる前に先に推進剤が底をつきそうになっていた。もどかしい状況の中で、合図を感じ取ったアランは≪ゲイツ≫を急上昇させた。

『馬鹿が! 追え、ファング!』

舞い上がった≪ゲイツ≫を取り囲むためにファングも上空へと移動した。しかし、ファングが目的を果たすことはできなかった。

『んな!?』

ファングの予測進路に向けて撃ち込まれた拡散弾がその動きを鈍らせ、高出力のビームによる狙撃ですべてのファングが撃ち落とされた。

『梅雨払いをさせていただきました』

「上出来だアンジェロ、そのまま援護を頼む」

『はい!』

アンジェロ達が乗る≪ゲイツ≫は試験的に高度なステルス能力を備えた機体として開発されたもので、こうした不意打ちに近い援護にはうってつけだ。これによって、先ほど≪羽根付き≫の動きを止めることにも成功した。

2機の拡散弾攻撃と1機の狙撃が確実に≪アルケー≫の動きをとらえてその場から身動きをとれないようにした。射点を変え続け、レーダーに映ることのない敵の存在にサーシェスは苛立ちの声を上げつつ、地上へと降下した。

降り立った直後急速接近してきた≪ゲイツ≫に対し横なぎに振り払いをしたものの、動きを読まれて上空へと飛び上がることで避けられたと同時に背後へと回り込まれた。

『おいおいまじかよ!』

そのサーシェスの驚きの声は≪ゲイツ≫に対してではなかった。飛び上がった後に続いて突如赤い≪ゲルググ≫が目の前に現れたからだ。いつの間にか合流してともに来たのだろうが、レーダーでは≪ゲイツ≫と被っていたために気づくことができなかった。

つま先からビームを発振させようとしたが、先に≪ゲルググ≫のナギナタが両足を切り裂き、背後からの攻撃でバスターソードを持った右腕も切り落とされた。全く躊躇することなく、完璧に近い連携をとる2機にサーシェスは手も足も出なかった。

『畜生が!』

敗北を悟ったサーシェスはすぐさまコアファイターで離脱した。上空へ逃げれば先ほどの攻撃の的になると考え、瓦礫だらけの街の中を潜り抜けて行った。

射撃兵装を失った今、これ以上の追撃は不可能だったアランだが、シャアは違った。静かに息を整えて集中し、見えない敵の気配を探り始めた。

『……そこか!』

その一言の後、最大出力に変更した≪ゲルググ≫のライフルから放たれたビームが建物を貫いた。間をおかずに遠くから爆発音が聞こえてきた。その方向からは煙とともに赤い粒子が上がっている。

「お見事です。大佐」

『いや、駄目だな。ギリギリで脱出したようだ。しぶとい男だな』

最後の一射で熱処理の限界を迎え、使い物にならなくなったライフルを捨ててシャアはつぶやいた。

戦闘が終わり、アランの周辺は静まり返っていた。このシアトルで攻撃を行ったジオン軍はアランの部隊とシャアを残して全滅し、傷ついた≪WB≫はMSを収容して太平洋へと向かっていった。唯一聞こえてくるのは、遠くの方から金属同士が激しくぶつかりあう音と男の叫び声だけ。

やがて援護に回っていたアンジェロ率いる≪ゲイツ≫6機が合流し、無残な姿となった多目的ホールへと向かった。

「……彼の処遇はどういたしますか?」

アランは気絶しているガルマのことをシャアに問いかけた。

『君があの男を攻撃しなければもうガルマは死んでいた。一度死に、二度目も無残な死を迎えそうになったガルマを手にかけるには気が引ける。私に考えがある。任せてほしい」

「了解です。周囲の警戒はお任せください」

どう対処するのかアランは気になりつつ、≪ゲルググ≫の手のひらへと降りてガルマを運び出すシャアを見守った。

気づけばもう日の出の時間だった。ゆっくりと朝日が昇る中、一台のジープがこちらに近づいてくるのを確認した。

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「……少尉。20分後に艦橋に来てくれ。ミーティングを行う」

「……はい」

≪WB≫の医務室の一角で、気のない返事をリィナは返した。その姿を見て、それ以上の言葉をかけることなくブライトは出て行った。

目の前には、意識を取り戻すことなく眠り続けるアキラがいた。ハサンや衛生兵によって一命をとりとめたものの、目覚めるかどうかはわからないというのが現状だ。

だが、リィナは感じていた。そこにはもうアキラがいないということを。目の前にいるのは空っぽになってしまった肉体だけだということを。

「すみません……、すみません……大尉」

ただひたすら謝ることしかできなかった。あの時の攻撃を防いでいれば助けることができたかもしれない。その後悔がリィナの心を大きく揺さぶり続けてい。

その様子を察したのか、ハサンが声をかけてくることはなかった。医務室内にて、嗚咽とともに涙が床へと零れ落ちる。

守れなかった。また守れなかった。なぜ守れなかったのか。ただひたすらのリィナは謝り、泣き続ける。もう今度は立ち直れそうに、前へと進むこともできないと思えていた。

『……まあ、その……何だ。あれだ……ええっと……』

リィナの涙と嗚咽が止まった。

『どうすりゃいいのかな……これ。励ませばいいのやら、現状報告すればいいのやら……』

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、目の前のアキラを見る。そこには先ほどと変わらず静かに眠り続けるアキラがいる。

『お、俺だよ、俺。いや、詐欺とか幻覚でもないぞ。本当だぞ少尉。信じてくれ』

確かに感じ取ることができた。その声、存在を。かなり近くに。

「たい……い?」

恐る恐るその声に聞き返してみた。夢ではあってほしくはない。

その後、困惑した様子の声が聞こえてきた。

『俺、今少尉の心の中にいる』

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

『埒があかんわ!』

『それはこっちのセリフだ!』

一進一退の攻防が続く。MS同士の拳が、脚がぶつかり合う。お互いにこんなに長丁場になるとは予想していなかった。

耐久力で勝る≪マスターガンダム≫が肉弾戦になれば有利。いずれは勝てると思われたが、劾の巧みな操縦で衝撃が抑えられ、≪ブルーフレーム≫は持ちこたえていた。

『世直しだか、根性叩き直しだか知らんが、間違いなく俺には関係のない話だ。いい加減に諦めろ!』

≪ブルーフレーム≫の蹴りが決まり、≪マスターガンダム≫は後方へと吹き飛ばされるも、なんとか踏ん張ってその場にとどまった。

すぐに距離を詰めようと動き出そうとした次の瞬間、どこからともなく現れた正体不明のMSが両者の間に割って入った。突然の乱入者にその場にいる全員が驚き、動きを止めた。

「ドモン。自由に動いていいといったが、ここまでしていいとは言ってないぞ」

全員に対してつながった回線から聞こえてきたのは、男の声。

『か、カラジャさん! ≪LEGEND≫に乗ってどうしてあなたが!』

「試運転だ。副座式に変えてからの影響が見たくてな。まあ他にも用があるんだが、それよりも……」

≪LEGEND≫の頭部が≪ブルーフレーム≫へと向けられる。

「すまなかったな、叢雲・劾。そちらの雇い主はもう駄目だろう。報酬と同額をこちらから渡すから、手を引いてくれないか?」

『いきなり何を言う。そんなこと信じ……』

唐突な交渉を断ろうとした直後、劾の膝の上には開いた状態のアタッシュケースが現れた。そこには、ジオンから受け取る予定だった額の金が入っている。

「この御時世に現ナマですまない。足がつくと心配なんでな。部隊の評判に関しても心配はいらない。こちらで情報操作を行う。……満足してくれたか?」

『……いいだろう』

カラジャの要求を聞き入れると、劾はその場を後にしようとした。だが、それを許すはずもなく東方不敗が食って掛かってきた。

『待てい! まだ終わってはおらんわ!』

目の前の≪LEGEND≫を押しのけて、≪ブルーフレーム≫へと向かっていった。その様子にカラジャはため息をついた。

「あなたの場合は」

量子化を利用した移動で再び≪マスターガンダム≫の目の前へと回り込むと、強烈な蹴りで打ち上げた。

「力尽くでの方がよさそうですね」

強烈な一撃をもろに食らい、受け身すら取れていない状態の≪マスターガンダム≫の頭部を掴み、地面に叩き付けた。その衝撃によって、大きなクレーターが出来上がる。

その様子を近くで見ていたドモンはおもわず息をのんだ。以前よりもさらに安定性が増し、その圧倒的な性能遺憾無く発揮する≪LEGEND≫に恐怖すら覚えた。

劾が立ち去り、東方不敗たちも静かになった中で、カラジャは≪WB≫が去っていった方角を見た。正直に言えば今すぐにでも会いたいという気持ちがあるが、耐えなければならない。

「さて」

名残惜しみつつ、今度は崩壊した多目的ホールの方へと視線を移した。ついに、一つの大きな選択の時がやってきたのだ。どうなるかはまだわからないが、この先の決断が世界の行く末を大きく左右することになるかもしれない。

朝日が瓦礫だらけの街を照らす中で、カラジャは静かにつぶやいた。

「さあ、そろそろ時間だ。『キャスバル・レム・ダイクン』」



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第28話 新たな道

 

「……ぐっ」

ジープの荷台でガルマは目を覚ました。痛む体を朝日が優しく照らしていた。

「ガルマ様! よかった! 本当によかった!」

「イセリナ?」

その横で喜びの声を上げたのは『イセリナ・エッシェンバッハ』。すでに避難したはずの彼女がいることに驚きもしたが、安堵したためかガルマの膝の上で泣き崩れたその姿を見て自らがまだ生きていることを実感した。

「おはようガルマ。予想よりもだいぶ早いお目覚めだったな」

こちらが起きたのに気付いて、周囲を警戒していたシャアがいった。

「シャア……そうか、またお前には借りを作ってしまったか。……あの空から来たのはどうなった?」

「機体に関しては再起不能にまで追い込んだが、パイロットの男には逃げられた。すまない」

その報告を聞き、ガルマは周囲を見渡した。散々たる光景が広がっている。先日のニューヤークと同等の被害ともいえる有様に、ガルマは頭を抱えた。

父上や姉上たちに申し訳ないというだけの話ではすまされない。これほどの戦力を投入して、この大失態。一体この先どうすればいいというのだろうか。

「ガルマ。彼女にはもう伝えたのだが、君に話がある」

「……私に?」

落胆するガルマにシャアはその仮面越しからでもわかる程の真剣な様子で問いかけた。

「ジオンを捨て、新しい別の道を歩んでほしい」

「な……にぃ!!」

友の口から出たその言葉に激昂し、痛みすら忘れてガルマはその場に立ち上がった。

「ふざけるなシャア! 私はザビ家の人間だ! そんなことが許されるとでも思っているのか!」

「許されるとは思っていない。だが、これはチャンスだ、ガルマ」

「貴様は……!」

目の前の友に対しさらに食って掛かろうとしたがガルマだったが、アランの乗る≪ゲイツ≫がビームサーベルを引き抜いたことでそれは遮られた。

振り下ろされたそれはつい先ほどまでガルマが乗っていた≪ゲルググ≫を切り裂いた。熱によって赤く染まる溶断面。その中にはコクピットも含まれている。

その光景を目の当たりにして唖然とするガルマの横で、シャアは静かに仮面を脱ぎ捨てて素顔を晒した。

「ガルマ・ザビはシアトルでの戦闘の末に戦死。遺体すら残らない壮絶な戦いだった。この惨状から見れば疑われることはない」

ゆっくり、はっきりとした声でシャアはガルマへとさらに近づいていく。

「君の友人として、そしてダイクンの遺児として、私からの一生の願いだ」

「ダイクンの……遺児だと?」

「ああ。私の本当の名は『キャスバル・レム・ダイクン』だ」

その口から語られた名を聞き、ガルマは理解した。自らが謀られていたということを。最も頼りになる友は自らを敵としていることを。

怒りを超え、ショックのあまり言葉を失ったガルマはその場でうなだれた。落胆するその様子にイセリナは寄り添うことでしか慰めることはできなかった。

消沈したガルマを見たシャアはこちらに背を向け、朝日を眺めながらいった。

「ガルマ、君は『ニュータイプ』なる存在を信じているか?」

「……それがどうしたいうんだ。今関係のあることなのか?」

あのジオン・ズム・ダイクンが提唱していた存在。お互いに判り合い、理解し合い、戦争や争いから解放される新しい人類の姿。だが、そんなものは架空のものであり、本当にそんな力をもった者が現れることはないと誰もが考えていた。

何に対してもまともに接したくないガルマだったが、そんな突拍子もない質問をしたシャアを睨み付けようと顔を上げた。

「……!?」

声が出なかった。いきなり≪ガンダム≫に似たMSがシャアの目の前に現れたからだ。状況を飲み込むことができず、ガルマとイセリナはその場に凍り付いてしまった。

「……予想よりも早かったな。まあ、仕方ない」

朝日が遮られたが、突如現れたMSが排出し続ける光り輝く粒子が周囲を照らしていた。その粒子からは何故だかよくわからないが、温かいものを感じていた。

呆然としている二人に振り向いたシャアはどこか寂しげな表情をしていた。

「お別れだガルマ。君が私の願いを聞き入れてくれるのなら、もう直接会うことはないだろう」

片膝を折ったMSのコクピットハッチが開き、搭乗用のワイヤーが下がってきた。それに躊躇うことなく摑まったシャアに、ガルマが問いかけた。

「キャスバル……いや、シャア。お前は一体どこに行くというんだ」

ワイヤーが上昇し始めた。離れていくその姿にガルマは名残惜しさを感じていた。つい先ほど自らを欺いていたと知ったが、今の自分がこうしてここに立つことができたのはシャアのおかげであり、1人では無理だったことを理解したからだった。

到達したコクピットハッチに足をかけ、シャアは決意に満ちた声で言った。

「世界を1つにしに行く。私にもう迷いはない」

その後、シャアを乗せたMSは静かに立ち上がり、周囲を見渡した。よく見れば、周りにいた≪ゲイツ≫のコクピットが全て開いており、もぬけの殻となっていた。

確認が完了したMSはその場に静かに浮かび上がった。ゆっくりと上昇していくと、近くにあった倒壊した建物と同じぐらいの高さのところできらめく粒子となって消えてしまった。

終わったのか? そう考えたガルマとイセリナの近くにいた≪ゲイツ≫を数発のビームが貫いた。間髪入れずにどこからともなく次々と撃ち込まれたビームはすべての≪ゲイツ≫を再起不能となるまで破壊した。

ようやく静けさを取り戻した街を、朝日が優しく照らす。

「ガルマ様……」

イセリナが心配そうな目でガルマをみつめる。様壊滅状態になったとはいえ、少し時間がたてば捜索隊がやってくるだろう。そうなれば、引き離されるのは容易に予想できる。

その静かな訴えに、一瞬ガルマは考え、決断した。

「共に行こうイセリナ」

「ガルマ様! ……よろしいのですか?」

「ああ。あのパーティで約束を交わしたからな。だがジオンを捨てたとなれば、ここから先の道は険しいものとなるだろう。それでも、私と一緒になってくれるか?」

「もちろんです。一生、お側を離れません」

「ありがとう。イセリナ」

喜びの涙を流しながらイセリナはガルマに抱き着いた。傷が痛むが、ガルマはそんなことが気にならないぐらいのこの上ない幸せを感じていた。

どんなにつらくとも乗り越えていける気がする。もう後には戻れないし、戻らない。ザビ家の末弟としてではなく、1人の男としてこれから生きていくのだ。

笑顔で泣き続けるイセリナの体温を感じつつ、ガルマは青空を見上げた。そして、消えた友に対して小さくつぶやいた。

「……すまない。それと……ありがとう」

 

 

 

 

 

    ※

 

 

 

 

「狭くてすまない、赤い彗星。私はカラジャと呼んでくれ」

「ああ。これから世話になるよ、カラジャ」

副座敷のコクピットの中で後ろの席にシャアは座っていた。量子化によってシアトルから離れ、展開されたゲートを通って暗唱宙域にて待機していた≪トレミー≫へと向かっている。

「そちらの要望通り、アランを含むパイロットは全員回収した。だが、それとは別に計画に問題があってな」

「問題?」

かねてから何度かシャアは情報をやり取りしており、その都度≪CB≫からとある計画について聞かされていた。

「ここにきて出し渋り始めたんだ。デカい商売になるとはいえ、あちらにとっても社運が左右される大一番だからな。事を確実に成せる程度の力をつけてから。と条件を付けてきたんだ」

「なるほど。商売で生き残るための勘は優れているようだ」

「そのようだ。まあ、こっちにとっては迷惑極まりないが」

そういってカラジャは苦笑いした。物事は自分が思うようには動いてはくれないのはわかってはいたが、ここまで修正が必要になってくると少し気が滅入ってしまう。

苦労を感じ取り、同情しつつもシャアは問いかけた。

「予定では3年で済ませるといっていたが、修正後はどうなる?」

「あいつらに満足言わせるまで拡張して、確実に安定化させるまでには9年はかかる。幸い、奴が動き出すのには間に合いそうだ。ギリギリだがな」

「9年か……」

ここからが正念場であり、長期戦になることは予想していたがこれほどの時間を有するとはシャアは予想していなかった。しかし、やると決めた以上後戻りはできない。

ふとシャアはその取引相手がいる座標の方向を見た。取引相手が所有している物に『前』では直接関わることはなかったが、それを間接的に知ることはできた。

連邦にとって自らの存在を脅かすほどの力を持った物。あれを開示すれば世界のバランスが大きく動く。

それを使う計画の中でもシャアはかなり重要な役割を担うことが決まっている。この提案を蹴ることもできたが、シャアは快諾した。ここにこうして自分がいることの意味を、今回の計画から感じ取ったからだった。

宇宙に広がる無数の星の海を眺めながら、シャアはコクピットの中で静かにつぶやいた。

「≪ラプラスの箱≫……か」



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