眠らずのぼっち (コーラ味)
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人物設定

《ぼっちは眠らない》

比企谷八幡 Aランク番外

大規模侵攻の際、父親を失い収入の為ボーダーに所属。狙撃の腕と、独自の隠密戦術により部隊を持たずソロAランク隊員として認められている。東春秋を師に持つ。

 

ポジション:スナイパー

年齢:16歳

誕生日:8月8日

職業:高校生

サイドエフェクト:不眠

 

(メイン)トリガー

ナイトアウル

スパイダー

メテオラ

シールド or Gバレット(試作)

 

(サブ)トリガー

バッグワームタグ

 

パラメーター

トリオン:8

攻撃:5

防御・援護:5

機動:5

技術:12

射程:9

指揮:3

特殊戦術:10

TOTAL:57

 

トリオン…トリオン能力のレベル。

攻撃…敵にダメージを与える能力。

防御・援護…味方を支援・防御する能力。

機動…移動の速さ、身軽さ。

技術…攻撃・防御の正確さ、精密さ。

射程…技術と武器による射程の長さ。

指揮…状況を見て部隊を指揮する能力。

特殊戦術…独自の戦法のレベル、使用する頻度。

 

ボーダー内でもぼっちの為知られていていない。

入隊当初からスナイパーとしてスタンスを固め、毎日射撃練習に励み東春秋に目をかけられる。戦術面でも師事され性格とサイドエフェクト的にも合致。孤独体質のせいか部隊に入る気配はなくずっとBランクを彷徨っていたが、スナイパー個人ランク2位の腕を持ち、隠密訓練でも頭一つ抜けた成績の為上層部の悩みのタネだった。

東の提言もあって例外的にソロAランクとなったが、未だ部隊に入らずにいる。

 

隠密(ステルス)型スナイパー。撃破や防衛よりも「生き残ること、生存」を最優先としたスタイル。万年ぼっちの為囲われると終わり。本人もよく自覚している為、狙撃後即離脱を厳守している。

 

サイドエフェクトは「不眠」。文字通り眠らずに一日中活動可能。オンオフは効かず、発症した6歳の時から一度も睡眠をとっていない。そのせいか慢性的な頭痛に見舞われる。充血、隈のせいで目つきが悪く、「腐った目」と呼ばれる原因となる。無論性格含めて。

毎日強制徹夜なので全部隊のログを見たり勉強したりしている。そのため狙撃支援、援護や連携は意外ととれるがやはり関わりは薄い。

 

 

オリジナルトリガー

 

狙撃手(スナイパー)用トリガー「夜梟(ナイトアウル)

威力:A〜C 射程:A〜C 弾速:A〜C 軽さ:C

臨機応変重視・特殊型

 

比企谷八幡自らラボに頼んで開発した専用カスタム。弾速、射程、威力等をその都度変更可能。10のトリオンを弾速4、射程3、威力3にしたり、弾速2、射程2、威力6にしたりと言った風に設定するが、威力10に全振りしても朱鷺(アイビス)以上にはならない。

普通の狙撃手(スナイパー)ならば白鷺(イーグレット)雷光(ライトニング)朱鷺(アイビス)を使い分ければいいだけのため、他に使用している者は居ない。

 

外観はドラグノフ狙撃銃辺りが良いが、ガチ勢を怒らせたくないので明言はしない。

「Night Owl」は直訳すると「夜の梟」。

しかし意味は「夜更かしする人、夜型人間」。

 

 

 

オプショントリガー「跳弾(Gバレット)

正式名称「グラスホッパー弾」、狙撃手(スナイパー)用オプショントリガー。

着弾点にグラスホッパーと同様の効果、反発力を一定時間付与する。弾丸を跳ね返す為、射線の通らない死角に対しての狙撃を可能とする。

しかし着弾した場所に再び当て尚且つ反射角度まで計算しなければならない他、敵の位置を正確に知らなければならない。レーダーのみでは不可能でありオペレーターとの精密な連携が必要とされる。

要求される技術が多く使い所も難しいため誰も使いたがらない。

 

 

 

比企谷小町 オペレーター

比企谷八幡の妹。孤独体質の兄とは裏腹に明るい性格で人に好かれやすい。ボーダーに入るが、諸々あって正式な部隊に所属しておらず、兄専属となっている。

オペレーターとしては半人前だが、「跳弾(Gバレット)」を使用する際の支援は完璧に行えるよう努力し、結果情報分析と並列処理のみに特化した。

師と呼べる者は居らず不特定多数から色々なものを聞き齧っている。持ち前の人懐っこさでするりと懐に入り込み、可愛がられている。

勿論兄より知り合いが多い。

 

ポジション:オペレーター

年齢:14歳

誕生日:3月3日

職業:中学生

 

パラメーター

トリオン 4

機器操作 6

情報分析 9

並列処理 8

戦術 2

指揮 2

TOTAL 27

オペレーターのTOTALにトリオン能力は含まないものとする。

 

機器操作…システムを的確かつすばやく操作する能力。

情報分析…必要な情報を選んで部隊に送る能力。

並列処理…複数の情報・操作を同時に処理する能力。

戦術…戦術を考案・分析する能力。

指揮…状況を見て部隊を指揮する能力。



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邂逅編 第1話

(ゲート)発生、(ゲート)発生。座標誘導誤差8.91。近隣の皆様はご注意下さい』

 

無機質な音声と共にバチバチと黒い稲妻が大気を疾る。そして、異形の怪物が姿を現した。血肉とも金属ともつかぬ身体をもちながら気味の悪い声を上げ、住宅街に向け侵攻を始めた。

 

ーーーーだから、破壊する。

 

ズギュン!とどこぞの時を止める吸血鬼のキス音に似た音を立て、発射された弾丸は、狙い通り怪物の目と思われる部分を貫通。一拍置いて爆発した。

怪物の登場から5秒も満たない間の幕劇である。

 

『モールモッドの撃破を確認。お疲れ様でした』

 

先程の機械音声とは違う、生身の女性からの労いを聞きながら、肩の力を抜く。

時刻は午前2時半。真夜中である。

 

「おつかれ。もうこの時間は来ないよ、オレのサイドエフェクトがそう言ってる」

「…そっすか」

 

いつの間に後ろに居たのか、今回何故か合同になったSランク隊員さんからもお墨付きを貰いトリガーをオフにする。バラすでもなく、ただ意思一つで姿を消す様はいつ見ても不思議だ。

 

 

「いやぁそれにしても比企谷は狙撃上手いな。オレの仕事殆ど無かったし」

「日頃の練習の賜物ですよ。やろうと思えば誰でもできます」

「またまた謙遜しちゃって。ま、それがお前の良いところなのかもな」

「…」

 

めんどくせ。え、何口説いてんの?そんなプレイボーイみたいな台詞を実際に吐く人がいるとは。しかもなまじイケメンのため普通に似合っている。くそったれ。

 

「…それで、どうしたんです?」

「ん?何が?」

「いや、話があって俺と合同になるよう上に頼んだんでしょ。でなきゃSランク隊員がわざわざ出張ってくる訳がないし、しかもソロの俺と迅さんだけっておかしいでしょ。おかげで結構撃破は稼げましたけど、流石に2人だけは忙しすぎ」

「そうでもないよ。比企谷はスナイパー、オレはアタッカー。互いにAランク以上なら、今のトリオン兵は敵じゃない」

「今の、ってことはそろそろ危ないのが来るってことですね。それで、その時俺にどうして欲しいんですか?」

「…察しが良いね、比企谷は」

 

感心してか目を細める自称実力派エリート、迅悠一。彼のサイドエフェクトは「未来視」。俺()とは格が違う、実用的且つ格好いいものだ。

だが、デメリットも相応にある。俺のヤツも大概だが、迅さんのは常軌を逸している。今回の懸念だって、彼にしか見えていない案件であり、いつもそれに悩まされなければならないのだろう。

だからといって、それに応じる義務なんて何処にもないが。それでも同じサイドエフェクト持ちだ、話くらいはきいてやろう。

 

「いくつか頼みたいことがあってね」

 

 

 

頭痛が痛い。

 

知能指数の低い、まさに頭の悪い表現だが今の俺はまさにその状態だ。痛みが二倍と言うべきか、二乗というべきか。基準となる痛さなんて知らないが。

 

「こら、こちらに集中しなさい」

「うす」

 

パシ、と名簿か何かで肩を叩かれる。そこで絶賛パーリィー中のヘッドを狙わない辺り、この人の善人ぶりがうかがえる。

内心そんなことを思いながら視線を前に戻すと、ザ・男前な国語担当兼生活指導、平塚静は同情半分呆れ半分の目でこちらを見ていた。

 

「全く君はいつもぼーっとしているな。そうやってのらりくらりと躱して…。まるで仕事疲れのサラリーマンのような佇まいだよ。君の目を見たら、とても高校生とは思えない」

「まぁ、老け顔とは言われますね」

「そういうことではない」

 

はぁ。と溜息をつかれるが、こっちだって同じ気持ちだ。なんだって放課後という学生にとって貴重な時間に説教を聞かされにゃいかんのだ。

辟易としていると、唐突に平塚先生の目つきが慈愛に溢れたものに変わった。

 

「…君の症状のことは聞いている。何かあればすぐに保健室に行かせるよう職員会議でも指示があったしね。しかしながら、もう少し積極的に人と関わってもいいんじゃないかな。余計なお世話なのかもしれないが」

「そっすね」

「…」

 

思わず同意しまったが、まずい。めっちゃ怖い顔してる。仕方ない、ここはおだてて穏便に事を運ぼう。

 

「いや、やっぱそんなことないですよ!年長者の助言としてありがたく受け取っておきます。流石、歳上の人は言うことが…ぐはっ!」

「誰が!無駄に歳食ったおばさんだ!」

 

そうは言ってねぇ。

そんな台詞は吐けないまま、職員室の床に突っ伏す。風間さんほどではないが、なかなかのスピードの正拳だった。なんらかの格闘技に精通しているのだろう。太刀川さん?あれは化け物だから。

 

「もう許さん。あまりこの手は使いたくなかったが、最終手段だ。君には奉仕活動に勤しんで貰う。強制参加だ異議異論は認めない!」

「横暴だ…」

 

呟くが、当然の如く無視される。暴君は着いてこい、といってそのまま職員室を出ていった。放って帰っても良いが、その場合翌日は今日以上に時間を割くことになるだろう。

まぁ、ゴミ拾いやら書類整理やらの雑用をこなすくらいだろう。

 

職員室を出て先生につづく。

窓からは部活動に勤しむ生徒の声が聞こえるが、それを無視して話しかけた。

 

「先生、奉仕活動はいいんですが時間はどれくらいとられますか?」

「心配するな、今日はそんなに掛からない」

「今日はって、明日もですか?」

「違うな。毎日だ」

「帰らせていただきます」

「まぁ待て。話を聞け」

 

回れ右した瞬間に肩を掴まれる。腕がギチギチと悲鳴をあげるが、こっちだってあげたい。というか帰りたい。小町に会いたい。

 

「俺がボーダーだって知ってますよね!こちとら昨日も徹夜で疲れてんです、その上労働なんてブラック過ぎる!」

「君に頼みたいのは労働ではない。時間も1、2時間くらいだ。ボーダーには私から連絡をして頼んでおく。どうだ、異論は無いだろう無いなよし行くぞ!」

 

ぐいぐいと引っ張られ特別棟の方は連れてかれる。生徒思いの平塚先生にしては、余りにも強引なやり方に違和感を覚えた。

それ以上に肩に異物感を覚えた。

 

「せ、先生!外れる!このままだと肩外れる!分かりました、自分で行きますから!」

「そうか、素直になってくれて嬉しいぞ」

「嬉しいなら手ぇ離してくれませんかね」

 

力は込められていないが、依然がっちりと掴まれたままである。

端から見ると三十路手前の女教師が冴えない生徒を強引に人気の無い教室に連れ込もうとしているという、なかなかのシチュエーションだ。

うん、A◯のタイトルかよ。

 

「ここだ」

 

そういって連れてこられたのは1つの教室の扉。

ここまでくると先程まで煩わしかった喧騒も遠く、静かな空間が広がっていた。

 

「失礼するぞ、雪ノ下」

 

ノックもせずにガラララと開けられる。ていうか人がいるの?

一気に入りたくなくなった。帰るか。

 

「ほら、行くぞ」

「…うす」

 

無理でした。目が笑ってない。次はないって言ってる。諦めて扉に手を掛け、中を見渡す。

 

不覚にも、見惚れてしまった。

 

黒髪をそよ風に揺らしながら、静かに読書をする女生徒。

清楚という言葉を体現した彼女は、一切こちらに興味を持たず、目を本に向けていた。無人の教室で静謐に佇むその姿は、まるで1つの絵画のようだ。

 

「雪ノ下。紹介しよう、こちらが新たな新入部員だ」

「その前にノックをしてください、平塚先生。もうこれで3度目です」

「細かい事を気にするな」

「細かくは無いでしょう。社会人のマナーとしてごく普通のことです。…それで、その目つきの悪い人は?」

 

鈴の音のような声と、サファイアが如き瞳を向けられ漸く我に帰る。

なんというか、罵倒されて逆に落ち着いたというか。普段から貶されたりしてるからか、悲しい習性だ。

 

「あー、比企谷八幡です。平塚先生に連行されてここに来ました。詳しいことは聞いてない…っておい、新入部員て何だよ」

 

思わず敬語をかなぐり捨ててしまったが、気にしていないようだ。

なぜかドヤ顔をこちらに向けている。

 

「君には彼女と協力して部活動をしてもらう。雪ノ下、この男は見ての通り少々問題児でな。彼の孤独体質を改善して貰いたい。比企谷、異論反論抗議質問口答えは一切認めない。いいないいよなよし私はこれで失礼する!」

 

平塚先生はそう言って部屋を部屋を出て行った。

5秒後、俺も部屋を出た。

先生と目が合った。

投げられ、教室の真ん中まで飛ばされた。

ピシャリとドアを閉められた。

 

「あの行き遅れ…」

『聞こえているぞ!』

「何でも有りません!」

 

「いつまでコントしているのかしら」

 

冷めた目で見下ろされ、慌てて立ち上がる。

が、どこに座ればいいかも分からない。

分からないなら聞けばいいか。

 

「えーと、どこに座ればいいんだ?」

「土の下とか空いてるわよ」

「初対面の相手にここまで自然と土下座を強要するとは思わなかった」

 

仕方なく長机の端に椅子を持っていく。相手が言わないなら俺が勝手に決めていいってことだ。

 

「それで、ここで何すればいいんだ?」

「当ててみたら?」

「クイズ研究部」

「…なるほど、面白い回答ね。でも違うわ」

「じゃもう文芸部くらいしか出ねぇな」

「不正解」

「ギブ」

 

諸手を上げて降参のポーズをとる。すると顔が輝き出した。いや、物理的に光り出したのではない。それはシュールだ。

勝気な笑みを浮かべている。こんなことでも勝てて嬉しいのだろうか。

 

貴族の義務(ノブレスオブリージュ)。富めるものは貧しいものに庇護を。比企谷君、貴方女性と話したのは何年ぶりかしら」

「平塚先生はカウントに?」

「入らないわ」

 

うわー。したり顔で言いやがった。しかし、となるとその前は。

学校では当たり前だが話していない。

だが、

 

「ナチュラルに何年と言われたが、残念だったな。昨日ぶりだ」

「嘘ね」

「早えよ」

 

昨日ぶりのき、くらいで言われたぞ今。

 

「嘘じゃねぇって、昨日はシフトでオペレーターに入ってた子から指示を聞いたし、なんなら仕事終わりにお疲れ様って言われたわ」

「?アルバイトの話かしら」

「いや、俺ボーダーなんだよ」

 

隠すことでもないし、つらつらと話す。ボーダーになるには学校に届け出が必要だ。生徒に話す必要性はないが、このままだと俺の名誉棄損に繋がる。

 

「…そう、驚いたわ。でもそれもカウントされないわ」

「え、何で」

「指示を受け、労われたと言ったけれど。貴方から何か声を掛けた?了解、とかは無しで」

「…」

「それを会話とは言わないわね」

 

負けた。完全敗北である。むふーっと勝ち誇った雪ノ下は率直にいって可愛かったがそれはそれ。

 

「兎に角、貴方のその捻くれた根性と腐った目の補正。承ったわ。

いっしょにリハビリ、頑張りましょうね」

「なんで患者を元気づける言葉みたいになってんだよ。俺は病人じゃねぇよ」

 

ここまでの印象でよくわかった。雪ノ下雪乃は嫌な奴である。

とはいえ、流石にこうまで全否定だと苛つくものがある。

 

「100歩譲って俺が病人でも、治療はいらん。自分のことは自分がよく分かってる。だから、余計なお世話だ」

「…はぁ。ここまで強情だと思わなかったわ」

 

言外に構うなと言ってみたはいいが、効果無しか。溜息をつかれたが了承する気は無いようだ。

唐突に扉が開く。成る程、部屋が静かだとびっくりするな。

 

「どうだ、雪ノ下。調きょ…矯正の方は順調か」

 

またもや平塚先生が部屋に入ってくる。というか、貴方ずっと外で待機してましたね?

いや待て、それよりも。

 

「今アンタ調教って言ったな!」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ…」

「かみまみた」

「わざとじゃない!?」

「会話した?」

「いや、まぁふつうに話してましたけど」

「そうかそうか。仲良くやれてるようで何よりだ」

 

別に全然そんなことは無いが。俺と同様、雪ノ下も遺憾に思ったのか反論をかますため口を開いた。

 

「平塚先生。私がこの男と仲が良いなんて事実無根です。早急に改めなければ、法廷で争うことになりますよ?」

「訴えんのかよ…」

「無論、雪ノ下の弁護には私が着こう」

「俺の弁護をしろ」

 

2人がかりで弄られ、辟易としてきた。というか、なぜこんなことになったんだ。そもそも、俺の何が責められているんだ?

 

「兎に角、俺は現状で満足してるんだ。…良いじゃねぇかひとりぼっちで。誰かに迷惑をかけてるわけでもない。一人で居たいやつだっている」

「駄目よ、貴方のそれは逃げてるだけ。誰も救われないわ」

「回避逃避忌避大いに結構。接触がないということは軋轢がないこと、つまり傷つかないということだ。最初から触れ合わなければ間違えることもない」

「…っ!」

 

睨まれた。

その眼差しは、高校2年の女生徒が持つには余りにも複雑な感情が渦巻いている。ここに来て、俺は漸く彼女の歪さに気づいた。

 

「そこまで!」

 

部屋に響く大きな声で我に帰る。平塚静は、これまで聞いたことのない真剣な顔だ。が、一瞬で崩れ少年のような笑みを浮かべた。

 

「いやー、なかなか私好みの展開になってきたな!互いの正義の為にぶつかり合う少年少女たち!その果てに何が生まれるのか!面白くなってきた!」

「ねぇよ」

「無いわ」

「あれ!?」

 

一瞬で掌を返し俺と雪ノ下に突っ込まれた平塚先生だが、やはり教師として途轍もなく優秀だ。さり気なく俺たちを団結させた。

無論そんな意図があったか無かったは定かでなく、平塚先生は顔を赤くして声を上げた。

 

「おほん!君たちには互いの主張にて勝負をして貰う!勝敗、ルールは全て私が決める!いいな!では解散、また明日!」

「横暴過ぎる…」

 

ズダダダと部屋を出て行く平塚先生。同時に下校のチャイムが鳴り、雪ノ下もこちらを一瞥もせずスタスタと去っていった。

だが、まだ甘い。あれはこちらを意識しないようにしてかえってそういった空気がでていた。本当に無関心なら、あんな早足ではない。

 

まぁ、だからどうというわけではない。

 

「帰るか」

 

俺は俺のまま。それだけでいい。

 




因みに「高校生活を振り返って」の作文ですが。
この作品の比企谷君は配られた翌日に提出しました。
なんか普通の人の普通のこと書いて。

問題なく通りましたが、前々から平塚先生に目をつけられ、作文を読んで「こういうこと書いときゃ問題ねぇだろ」的意味合いを感じ取りました。

で、ボーダーとして青春を無為にしてないか心配され、しかもサイドエフェクトで苦労しているだろうな、と同情され。
雪ノ下のことも悩ましいしどうしようかなぁ。そうだいっしょくたにしよう。

てな感じで文字通り放り込まれました。


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第2話

難産。


学校を出て15分弱。

そこに比企谷家の新たな住まいがある。といってもマンションだが。

 

「たでーま」

「およ?」

 

扉を開けると、奥から妹の声が聞こえてくる。

リビングに行けば、薄着のまま寝そべりながらペットのかまくらをうりうりしている少女、比企谷小町がいた。

将来美人になると確信をもって言える、自慢の妹だ。

 

「お帰り〜お兄ちゃん。今日は遅かったね、寄り道?道端でバムスターでも見つけた?」

「なんでハムスターみたいになってんだよ。あんなのがうじゃうじゃいるとか世紀末かよ」

 

だが、少々頭が弱い。濁点1つでここまで違うのは珍しいもんだ。

まぁここ三門市の人はもうバムスター、捕獲用トリオン兵など見飽きているのだろう。慣れとは恐ろしいものだ。それが良いことか悪いことかは置いておいて。

 

「お兄ちゃーん、次のシフトはー?」

「来週の火曜、勿論午前零時から朝6時まで」

「えー!小町オペ出来ないじゃん!」

「略すな、医者かお前は。いいんだよ、学生の本分は勉強だ」

「うー!もう、お兄ちゃんのバカ!」

 

ぷい、と顔を背けかまくらに抱きつく我が妹の幼い仕草に、つい苦笑してしまう。

小町の言うオペとは、オペレーターのことであって勿論手術のオペではない。彼女もまた、ボーダーで働く隊員なのだ。といっても部隊には入っておらず、専ら俺専任のオペレーターとして所属している。

 

4年前、生家といえる場所は大規模侵攻の際トリオン兵の餌食となった。その際父親を失った比企谷家は、母の仕事に加え長男たる俺がボーダーにて働きに出ることで生計を立てている。運良くAに上がれたことでお給料も増え、3人分の食費は賄えている。

 

が、丁度1年ほど前に小町から提案というより宣言があったのだ。「私もボーダー入る!」と。

 

正直、悩みに悩んだ。ボーダーに入るとは、即ち近界民(ネイバー)と戦うということだ。自分の妹を、そんなものに巻き込んで良いのか。

自分のことを棚に上げて何を言ってるのかとは思うが、それはそれだ。俺は、親父に顔向け出来ないようなことはしたくない。

 

俺は母と相談して、結果。戦闘員ではなくオペレーターとして、平日は午後12時以降はシフトは入れない、といった条件でボーダー入りを許したのだった。

とはいえ、小町より年下の子がバリバリ戦闘員として働く中、彼女についた条件では部隊にも入れず、曖昧なまま俺のシフトに合わせ働いて貰っていた。

小町自身は子供扱いと思って気に入らないらしいが。

 

しかしすぐに俺の方に向き直り、にひっと笑う。可愛い。じゃなくてなんだ、もう機嫌がなおったのか?

 

「そうだ、今度春秋さんが焼き肉するから来いって!」

「あー、まじか」

「嫌な顔しないの!誘ってくれた春秋さんに失礼だよ!」

「うぐっ」

 

違った。俺を弄れる案件を思い出しただけだ。

 

B級東隊の隊長、東春秋。元Aランク1位の部隊を率いた彼は、「最初の狙撃手(スナイパー)」と呼ばれ、現在の主力狙撃手(スナイパー)殆どが彼から狙撃の技術を教わった。かくゆう俺も例外ではない。

 

ボーダーに入ったばかりの俺には頼れる伝手も無く。取り敢えず一通りのトリガーを試すべく狙撃の練習ルームの扉を叩いた。

その際東さんにレクチャーをされ、以来現在まで親交のある数少ない人だ。

 

俺が精鋭と呼ばれるAランクでありながら、部隊もつくらずふらふらと出来てるのは、東さんの提言があったからである。小町の件もまた、相談に乗ってもらったりもした。

 

東春秋は俺の恩人であり足を向けて寝れない存在だ。

ならばそんな方からのお誘いは断ることの出来ない、いわば絶対遵守(ギアス)である。

たとえそれが、ぼっちの苦手な飲み会でも。

 

「他に誰が呼ばれてるか分かるか?」

「えっと〜。駿くんに、出水さんと米谷さんとか」

「1人だけ名前呼びの緑川については後で詳しく聞くとして、まぁそれくらいな別に」

「あ、あと三輪さん!」

「小町、俺その日はお腹痛くなる予定だから行けんわ」

「馬鹿なのお兄ちゃん」

 

白けて見られるが、それでその魔の宴を回避できるなら安いものだ。

三輪秀次は東さんがAランク部隊だった時の隊員らしく、俺と同様弟子なのだろう。

だが、俺はあいつが苦手だった。自他に厳しいところや、なによりあの執念と言うべき憎悪が。

まぁ苦手じゃない人のが少ないんだけどね。

 

「取り敢えずその件は保留にしといて、さっさと宿題済ませるぞ」

「そうやって有耶無耶にするんだね」

「それは言わない約束さ」

 

 

その日の深夜、俺はボーダー本部にいた。シフトは入っておらず完全なるプライベートである。

ランクに限らず、部隊を組んだ者には隊専用の部屋が与えられる。

俺は例によってチームに所属していないが、倉庫に使用されていた通常より一回り小さい部屋を貰っていた。

 

ノートパソコンを開き、コンピュータにアクセスする。今調べているのは、ここ1、2週間の(ゲート)発生履歴。

 

現在、ボーダーではある問題が起きていた。イレギュラーゲートである。近界民(ネイバー)がこちらの世界にやって来る際使用する(ゲート)

今までは発生を阻止することは出来なくとも、ボーダー本部から円形状に伸びた立ち入り禁止区域に誘導することで、被害を抑えられていた。だが、こちらの誘導を無視して発生する(ゲート)がここ最近になって現れるようになったのだ。

 

今のところは近くにいたボーダー隊員が何とか間に合い被害は出ていないが、安心はできない。死者が出る前に打開策を見つかなければならない。

 

本来この仕事は上層部の管轄なのだろう。ならば何故俺がこうして動いてるか、というのには理由があった。

1つは、まぁ普通に危険だから。たまたま開いた(ゲート)が俺のマンションの近くだったらと考えるだけで震えが止まらない。こうして何かに打ち込んでいたほうが気が紛れるというものだ。

 

2つ目。そもそも俺はボーダーを信用していない。

勿論給料を貰い、こうして働いている以上それ相応の感謝はしているし、組織運営の為に努力する。

だが、漠然とした疑問があった。

 

4年前の第1次侵攻。近界民(ネイバー)の存在が公になった事件。未曾有の大災害になるところを救い、現れた謎の一団。

それが界境防衛機関「ボーダー」。

 

なら、その前は?

 

ボーダーの技術は当たり前だがトリオン、近界(ネイバーフッド)に依るものだろう。トリオンはトリオンでのみ干渉できる。

つまり、最低でも4年前の侵攻以前から彼らは近界(ネイバーフッド)のことを知っていて、その技術を所持していた。

そしてそれを公開することもなく黙っていた。

 

三門市民からすれば、なんの警告も無しに蹂躙が起き、未知の怪物に街を破壊されるのだ。怖かっただろう、泣き叫んだだろう。

そんな時、颯爽と現れた彼らは、住民にとって正にヒーローのように感じることだ。

 

その後市民の信頼を勝ち取ったボーダーは恐らく、否間違い無くあったであろう日本政府の干渉を退け、近界(ネイバーフッド)の技術を独占、この街のど真ん中に城を築いた。

 

九分九厘俺のこじつけであり被害妄想だ。

感じるもなにもボーダーは実際に人々を救っているし、今なお安全の為24時間体制で動いている。

 

ならばやはり間違っているのは俺の方だろう。ひん曲がった根性と、燻った反骨心が、ボーダーという組織に不信感を抱かせているのだ。

何か狙い、目的があってしたことだと。

 

 

「それはそれとして」

 

今優先すべきはイレギュラーゲートの原因の解明と、その解決。

気になるのは、誘導できる(ゲート)もあるということ。

いきなり全ての(ゲート)が誘導不可能になったのなら、誘導装置が壊れたか、あちら側からジャミングを受けたか。

そうでないとと言うことは誘導できるものと出来ないもの、この違いが分かれば解決の糸口に繋がる。

 

「それがわかんねぇから苦労してんだけど」

 

はあぁぁ、と大きく息を吐く。度重なる労働に体が甘味を欲しているのだろう。休憩しようと、部屋を出て自動販売機に向かう。

スポンサーたる大手企業により、飲食等様々なサービスが施されたボーダーだが、俺はここにも不満があった。

マッカンが無いのだ。

 

我がソウルドリンクたるMAXコーヒー、略してマッカンの存在は、ぶっちゃけ地域によっては全く知らない人も多い。お陰で俺は家の箱買いから持ち歩くか、普通の微糖を買うしかないのだ。

 

「缶コーヒーつったらマッカンは常識だろ、バーローめ」

「いやいや、どこの常識だ」

「うお!」

 

後ろから聞こえた声に、内心めちゃくちゃ驚いた。

急いで振り返って見ると、

 

「あー、東さん」

「久しぶりだな、比企谷」

 

ローテンションロングレンジロン毛、ダブロンどころかトリプルロンを兼ね備えたお方、B級暫定9位、東隊隊長東春秋さんがそこに居た。分からないって?麻雀だよ、面白いから覚えて損はない。

 

「今日防衛任務だったんですね」

「まぁな。そういうお前は、また訓練か?こんな時間じゃなくて、狙撃手(スナイパー)の合同訓練に来いっていつも言ってるだろ」

「いや、俺人が多いと集中できないタイプなんで」

「…まぁ無理強いはしないさ。お前のやりたい様にやればいい」

「すんません」

 

いつもの御言葉を頂き、正直罪悪感で胸が締め付けられる。今ですら返せないほどの恩を貰っているのに、これ以上足を引っ張るような真似はしたくないが、やはり気がひける。

それに合同訓練に参加しないのは俺自身考えがあってのことだ。

 

「それで、小町ちゃんから話は聞いてるか?」

「ええまぁ。焼肉ですね…。それなんですけど、あー、俺は不参加ってことで…」

「そうかい、それは残念だ。今回は俺の奢りにするつもりだったんだが」

「ぐっ」

「あぁ、三輪なら来れないそうだ。丁度防衛任務らしくてな」

「いや、それでやっぱり行きますって言ったら俺結構のクズじゃないっすか」

「別に気にしないさ。誰だって苦手な人間はいる」

 

どこまでこの人は寛容なんだよ。ここまでくると最早ビビるまである。

 

「その為にも、今回の件を片付けないとな」

「イレギュラーゲートですね。実は今調べてた所です」

 

そう言って、今洗ったデータを見せる。こと戦術面でも東さんは優秀だ。彼ならば何かしらの共通点を見つけ出せるかもしれない。

 

「ふむ…。イレギュラーゲートと普通の(ゲート)の違いか」

「それを見つける為に、今迄の発生箇所と時間を洗い出したんですが、やはり何も分からずじまいで」

 

防衛任務後で疲れている筈なのに、真剣に話に付き合ってくれる東さんには感謝してもしきれない。

 

「うーんこれは難しいな」

「えぇ、誘導できないこと以外は特に違いは無いので。現れるトリオン兵もバムスターやモールモッドといったもので、幸いB級隊員で対応可能な…」

 

ちょっと待て。イレギュラーゲートの被害は、ゼロだと?

今まで開いたイレギュラーゲートは、全て幸運(・・)にも近くにいた隊員が処理している。

逆だとすれば?イレギュラーゲートが開いた所にボーダーがいたのではなく、ボーダーの、トリオン能力の高い人間がいたからイレギュラーゲートが開いたのでは?

 

トリオンとは見えない臓器と呼ばれている。詳しいことは俺も分からないが、無意識に流出したトリオンを吸い、ゲートを開く。そういったトリオン兵がいたとすれば?

 

俺はすぐさまこの仮説を東さんに話した。

 

「なるほど、筋は通る。あり得るな」

「それなら…」

「あぁ、明日俺から上に話してみよう」

「お願いします」

 

それでは失礼します、そう言って部屋に戻る。この仮説の信憑性を上げるため、他のデータを集めるのだ。

 

光明が見えた。ならばその光に向かって進むのみだ。

 

 

 

 



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第3話

次の日の放課後。例によって例の如く、俺は平塚先生のラブコールを受けていた。

 

「さて比企谷、部活の時間だ」

「もしかして先生って暇なんすか?」

「まさか。とても忙しい中君の為に時間を割いているのさ」

 

ありがた迷惑だちくせう。言葉に出さずとも伝わったのか、やはり腕を絡めてそのまま部室に向かう。

 

「…なぁ、比企谷。君から見て彼女はどうだった?」

「急に何ですか」

「忌憚ない意見が聞きたくてね。君の、他とは違う視点から見て雪ノ下雪乃はどう映るのか」

 

そう言われ、昨日の彼女を思い出す。逃げて何が悪いと宣う俺に、真っ直ぐぶつけられた激情の瞳。

 

「…箱入りのお嬢様って所ですか、よくも悪くも」

「ほう、その心は」

「言ってることは正しい、正しすぎるほどに。強すぎる薬は毒と変わらない。自他に厳しすぎて、あれじゃそのうち自滅しますよ」

「…そうか。君もそう思うか」

「だから、俺を入れたんですか?」

「まさか。君にどうにかしてもらいたい訳ではない。それは、我々教師のやるべきことだ。ただ、君自身も少々普通と違うだろう?それで、混ぜたらどんな反応するかなぁと」

「どこぞのマッドサイエンティストか」

「人は誰しも好奇心を忘れられない少年さ」

「少年てあんた性別も歳も真反対じゃ…っ!」

 

ぐにっと腕を曲げられる。痛いは痛いがそれ以上に腕に触れる双丘が凄まじい。なるほど、これは好奇心が唆られる。一体このお山を登った先に何があるのだろうか?

 

ビッグマウンテンを堪能していると、早々についてしまった。

名残惜しいが、ここでお別れだ。さらばおっぱ…平塚先生。

痛みが増した。

 

「うーす」

 

ちらちらと振り返る平塚先生に手を振り、扉に向き直る。もちろんノックを済ませ、ガラガラと開いた。

そこには昨日と変わらない姿で読書をする雪ノ下雪乃の姿があった。

 

「…あら、来たのね。てっきりもう来ないものかと期待していたのに」

「期待を裏切るのは得意でね」

「恥ずべきことをしたり顔で吐くなんて、やっぱり変な人ね」

「そうか?俺としちゃ16年生きてると自分が変だと実感つかないんだが。まあいい、教えてくれてありがとな」

「…」

 

ペースが狂うのか眉を寄せて本に目を向ける雪ノ下。その間に昨日と同じ場所に座る。

大抵の人間はある程度会話をすればその印象や人柄を掴めるものだが、恐らく俺のことを測りかねているんだろう。昨日は俺自身失敗した。もう少しこの少女に対し理解を深めるべきだ。

こちらの決意が伝わったのか、整った顔が再びこちらに向く。

 

「あれだけ罵られてまだ懲りないなんて、もしかしてストーカー?」

 

一瞬で決意が崩れそうになる。帰っていい?ダメ?しってる。

 

「違う」

「なら特殊性癖の方かしら」

「それも違う。おい、なんで俺がお前に好意を抱いている前提なんだ」

「違うの?」

 

小首を傾げる様は大変可愛らしいが、言っていることは可愛くない。

「え?私が可愛すぎるからストーカーしてるんじゃないの?」とか素面で言う奴はじめて見たわ。

 

「なんだってこんな歩く罵詈雑言閲覧何ぞに恋せにゃならんのだ。お前に好きって言うくらいなら妹に言うわ」

「気持ち悪いわ」

 

今のが一番傷ついた。でもま、俺もそう思う。

 

「…私、可愛いから小学生の頃から沢山の異性に告白されたわ」

「続けんのこの話?」

「異性に好かれた分、同性に嫌われたけれど」

「あっそ」

 

グループから弾かれ、物を隠され、会話から外される。

そういった経験なら確かにある。今思えば些細なも感じるが、小学生からすればそれだけでとても傷ついたものだ。

 

「人は、誰かを排斥せずにはいられない生き物なのよ」

「そうだな。なら、最初から輪から外れてりゃ…」

 

「だから変えるの。人ごと、この世界を」

 

それは、端的にいって的外れだと思った。お前は何を言っているんだ、とか。あーはいはい厨二乙とか。そう言って、はいおしまい。

それでいいはずなのに。俺は何も言えなかった。

恐らく彼女は俺が、人が物心を持つと同時に捨ててしまう何かを、必死に這いつくばって探っているんだ。

 

「だから貴方のそうやってすぐに諦めるところ、嫌いだわ」

「…」

 

またあの瞳に射すくめられ、固まってしまう。一泊おき目を逸らされ、俺は漸く息を吹き返した。部屋に気まずい空気が流れる。

 

見計らったようにコンコンとノックが聞こえ、おずおずと扉が開かれる。

 

「し、失礼しまーす」

 

入ってきたのは、今時の女の子だ。染められた髪、適度に着崩した制服。うっすらと化粧を施した顔は、彼女自身の魅力をよく引き立てている。そんな、初対面のはずの彼女は何故か俺を見て驚いた。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

えーと、ヒッキーさん呼ばれてますよ?

後ろを振り返るが誰も居ない。いや、居たら困るが。となると…。

 

「もしかしなくとも俺のことか」

「そだよ!比企谷だからヒッキー!」

「何で俺のこと知ってんだよ?つか、お前誰?ていうかそのネーミングはやめい」

「えー!!?」

 

何故かめちゃくちゃ驚くギャル。それはどれに驚いているのか。できれば最後のではないと思いたい。まさか自分のネーミングセンスに絶対の自信がある訳ではないだろう。

 

「はぁ…。2年Fクラスの由比ヶ浜結衣さんね?」

「っ!う、うん。そうだ、です…。あの、雪ノ下さん…、あたしのこと知ってるんだ」

「一応ね」

 

まぁこいつなら自分の学年を全部覚えてても違和感は無い。

って、ああ。

 

「何だ、同じクラスだったのか」

「えぇ?かるっ!?知らないだけでもあり得ないのにそれだけ!?」

「悪いが、人の顔を覚えるのは苦手なんだ。全部じゃがいもに見える」

「病院に行きなさい。勿論精神病院よ」

「やだよ、即入院しちまうだろうが」

「自覚はあるんだ…」

 

絶句するクラスメイトを他所に、俺は雪ノ下に視線を送る。

ていうか、何しに来たんだ?

 

「ていうか、何しに来たんだ?」

「え!えっと、その。平塚先生が、悩みがあるならここに来いって」

「あぁ、そういう部活だったのかここって」

「違うわ」

「「え?」」

 

2人で雪ノ下を見ると、何故かドヤ顔だ。

 

「正確には、お腹の空いた人に魚を与えるのでは無く、釣りの仕方を教えるところよ」

「別にそう変わらんだろ」

「なんか、かっこいいね!」

 

それで良いのかクラスメイトさんよ。

 

「なら、さっさとその悩みってやつを教えてくれ」

「うえっ!?え、えっと。そのぅ…」

 

先程の楽しそうな態度とは一転、なんかうじうじし始め、終いにはこちらをチラチラと見始めた。あーはいはい。

 

「比企谷くん」

「ちょっとマッカン買ってくるわ」

 

こうのは小町から学んだ。なんか、男には分からない女の話って奴だろう。うん、俺まじ要らない。帰って良い?

 

「私は紅茶でいいわ」

「お前すごいな、ここまでナチュラルにパシられんの初めてだわ」

 

 

 

束の間の休息。俺はマッカン片手に寛いでいた。

スマホを開くと何件か着信が来ていた。東さんから、例の件について迅さんの方も進展あり。

ついては翌日からC級含め多人数で大規模な仕事があるらしい。

 

「これで一件落着といったとこか」

 

…いや、これからだろうか。そんな予感をした矢先。

 

 

ウーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 

『緊急警報、緊急警報。(ゲート)が市街地に発生します。

市民の皆様は直ちに避難して下さい。繰り返します、市民の皆様は直ちに避難して下さい』

 

「…厄日だ」

 

思わず呟いてしまった。だってねぇ、昨日の今日でこれだと身が持たん。それに昨日の仮説の通りなら間接的には俺のせいってことだ。

 

「なら、俺がどうにかしないと」

 

他人の事なんざ知ったこっちゃないが、自分の行いには責任を取る。

それがこの俺、比企ヶ谷八幡の数少ないモットーだ。

 

「トリガー起動(オン)

 

 

 

まず何処に発生し、何が何体か。

答えは直ぐに出た。自販機の向かいの窓、グラウンドの真上だ。

そこから見える黒い稲妻と共に現れた異形の怪物。

虫の様な形態のトリオン兵「モールモッド」。それが、3体。

バムスターと呼ばれる捕獲用とは異なり、モールモッドは攻撃用。

それは良い。俺だってA級の端くれ、その程度同時だろうが倒せる。

 

問題はここは学校で、そして生徒の避難の完了がまだ終わっていないということ。

 

そしてもう1つ。

 

「落ち着け!落ち着いて地下室(シェルター)へ!大丈夫、訓練通りにやれば問題ない!」

「平塚先生!」

 

人の流れをかき分け大声で避難を呼びかける女史の元へ急ぐ。

先ずは情報が欲しい。

 

「っ、比企谷、その格好は!?」

 

今の俺は、制服姿と異なっていた。黒ジャケットに、灰色のベルトポーチを腰に巻き、野外用のパンツを履いている。

胸にはボーダーのロゴがあり、反対に部隊を示す肩には何も描かれてはいない。特徴らしい特徴のない、ボーダー隊員の服装だ。

 

「避難の状況は?」

「あ、あぁ!西棟東棟恙無く進んでいる。この分なら大丈夫だろう。だが問題は」

「特別棟ですか」

 

そこまで言って、血の気が引いた。俺が5分前に居たあそこは、生徒のパーソナリティを尊重する為、放課後は人気のなくなる特別棟に存在する。

そこから地下室(シェルター)へ向かうのに最短ルートは、この渡り廊下を通ることだ。だというのに、2人の姿を見ていない。

 

「先生、雪ノ下達は?」

「っ!?雪ノ下と由比ヶ浜は職員室に来て、調理室の鍵を借りて行った!」

 

俺は返事も出来ないまま、強化されたトリオン体にて駆けた。

 

 

 

「ゆ、雪ノ下さん…っ!」

「大丈夫、何も心配は要らないわ」

 

怯える彼女をそっと寄り添って安心させる。それでも、体の震えが止まることはない。理由は、頭を撫でる私自身の手もまた小刻みに震えているから、か。

 

油断していた。楽観視していた。もう4年前のような、いきなり怪物に襲われる様なことはないと、根拠も無く信じていた。

ボーダーだって人の集まり。そして、人である以上誰だってミスはする。だからこそ、自分はそうならないと決めていたのに。震えは収まらない。

 

ガシャ!バリンッ!

 

「ひっ」

 

壁が破壊され、窓が割れる。同時に、2本の鎌が見えた。

昆虫の様な外見は生理的嫌悪を抱かせ、何より鋭利な刃が死というストレートな恐怖を与える。

 

巨体が挟まり入口で身動きが取れなくなっているが、時間の問題だろう。ミシミシと音を立てて、見る間に扉が無くなっていく。

 

「由比ヶ浜さん。今の内に別の扉から出ましょう」

 

幸い、教室の扉は2つあった。もう1つから逃げ、モールモッドの居ない方向へ逃げればいい。

だというのに。

 

「こ、腰抜かしちゃったぁ…」

 

涙目で囁く彼女は床にへたり込み、脚を無駄に揺らすだけ。

背負って逃げるか?否。雪ノ下雪乃という少女は、致命的に体力が無い。

ならどうする、どうすれば良い?答えはでな…。

 

「お、おいてって」

 

雪ノ下は、弾かれたように相手の顔を見る。

笑っていた。泣きながら、笑っていた。強い、ふとそう思った。

 

「…」

 

一瞬、迷った。迷ってしまった。その事に自己嫌悪する。

昨日と今日、彼に懇々と説いて起きながら、いざとなったらこれか。

本当に、どうしようもない。

 

ガシャン!

 

ここに来て2体目が、もう1つの扉から覗き込んできた。もう逃げ道はない。

 

「っ!」

 

由比ヶ浜さんを引っ張り部屋の奥に逃げるが、気休め程度。遂に扉を破壊しきったモールモッドは、2体同時に調理室へ侵入してきた。

 

「ひっ」

 

思わず漏れる、紛れもない恐怖。呼吸が乱れ、水の中の様に息継ぎがうまくいかない。目の前に、容易く自分を殺せるだろう存在がいて、じわじわと近づいてくる。

せめて目は晒さないようにと思って、前を見据えた。

4本の刃が迫る。

 

あぁ、それでも、やっぱり。

こわいなぁ。

 

 

「メテオラ」

 

轟音。瞬間衝撃が調理室を満たす。当然こちらも煽られるが、元々壁際に居たお陰かそれ程でもない。だが、爆風に寄って飛散したコンクリート片が凄まじい速度でこちらにやってきた。それに反応する間もなく。

 

「シールド」

 

目の前の、黒い服の男によって防がれる。半透明な翠色の膜、恐らくあれが『シールド』なのだろう。

 

「あー。すまん、遅れた」

 

そういって振り返る彼は独特の雰囲気を持った、少年だった。

名前を知ったのは約1年前、とある事故で、だ。

 

だが本格的に知り合ったのはつい昨日。

死んだ目と、捻くれた精神。彼の拒絶心や、のらりくらりとした態度に苛つき、罵倒して、面と向かって嫌いとまで言ってやった。

勿論今でもそう思っている。

 

そんな彼からは、日頃あった気だるい空気は搔き消え代わりに鋭い眼光を備えていた。

 

「ひ、比企谷、くん?」

「何驚いてんだ。最初に言っただろ、俺ボーダーだって」

 

確かに言っていた。言っていたが、その後の会話の方が印象が強く、すっかり忘れていたのだ。だが頭をガリガリかきながら面倒臭そうにこっちを見る彼を見て、つい軽口を叩いた。

 

「あれは、女性と会話したという事実が欲しいが為についた嘘かと思っていたわ」

「お、調子戻ってきたな。そうそう、その方がお前らしい」

「はぁ…」

 

うんうんと頷き一切狼狽えない様子に溜息が出た。思えば初対面から今に至るまで此方の罵倒で怒ったり引いたりするところを1度も見ていない。

初めてだった。こういう類の人は。

 

「で、お前はいつまで惚けたんだ由比ヶ浜」

 

ハッとして、隣を見る。そうだ、すっかり忘れていた。彼女は大丈夫だろうか。

 

「…へっ?ヒ、ヒッキーいつのまに着替えたの?」

「天然か」

 

此方も此方で大分トリップしているらしい。目をパチクリさせている。けど、そこには先程までの怯えた様子は見られ…。

 

グワシャ!

 

「きゃああ!」

 

またもや現れた異形に、由比ヶ浜さんは悲鳴を上げてこちらを抱きしめてくる。

現れた怪物は、2体とも健在だった。身体中にヒビが入り、動くたびにギシギシと音を立てているが、それでもこちらに向かってきた。

 

「比企谷くん!」

「大丈夫、こっちは片付いた」

 

思わず叫ぶが、対する彼は何処吹く風。余裕を一切崩さない。

その様子に憤りすら覚えて。

 

カチリ。

 

先程同様、轟音衝撃。しかも今度は1度で終わらず、2度3度4度と繋がる。目の前で起きる衝撃等は全て彼が防いでくれたおかげで、何が起きたのか観察できた。

 

「トラップ?」

「あぁ。ワイヤーに炸裂弾(メテオラ)…爆弾仕掛けて誘った。ぶっちゃけ範囲に重点置いてるからそんな威力ないけど、装甲の薄い腹から重ねりゃいける。…まぁ調理室もぶっ壊れたけど。弁償とか考えなくていいよね?」

「なるほど…」

 

既に半壊していた2躰が、最早木っ端微塵だ。代償として、調理台もまた外装が剥がれ落ち、机と椅子がぐしゃぐしゃになっている。

それでも、今度こそ完全に停止した。

 

「由比ヶ浜さん、もう終わったわよ」

「ふぇ?」

 

頭を私の胸に擦り付け、必死に目を瞑っていた彼女に声を掛ける。

予想より幾分か幼い声が返ってきたが、ストレスで幼児退行してしまったのだろう。いつもこんな返答をしているとは思いたくない。

 

「お、終わったの?」

「いや、まだだ」

 

咄嗟に彼を見る。まだだと言うのか、もう疲れた。

そんな言葉が通じたか、初めて見る笑み------苦笑だったが------を浮かべる。

 

「さっき開いた(ゲート)からは今のやつが3体出てきてた。つまり」

「あと1体足りないと」

「問題はもうひとつある」

 

それは何?

そう言おうとして突然、由比ヶ浜さんごと壁際から前に投げられた。

同時に後ろから聞こえる破壊音。

 

「っっ!」

 

最後の1体、それは丁度私たちの背後から現れたのだ。

 

 

 

マジで間一髪。ここまできて怪我させたら根付メディア対策室長辺りにぶっ殺される。つまり俺が死ぬ。

 

障害物両断の為行われた鎌による攻撃。壁の端に現れた刃の先に気付けたお陰で、どうにか2人を範囲外に移動できた。

 

代わりに、利き手をやられたが。

 

「ヒッキー、み、右手が!?」

「ダイジョーブ、その内生えてくる」

「うぇ!?そうなの」

「嘘だわ、信じんな」

「え、え、え?じゃあ」

「生える訳じゃないが元に戻る。そもそも今はトリオン体つって、本物の肉体じゃない。ほら、血が出てないだろ?痛覚もないし、特に不便はない」

 

最後は嘘である。緊張感を捨てないため、痛覚はオンにしてある。

現在進行系で切断された痛みを味わっているが、そこは油断した俺のミスだ。甘んじて受けよう。

それよりも。

 

「さっさとここから離れて地下室(シェルター)に迎え。次は庇えるか分からん」

「そうも行かないわ。由比ヶ浜さんが腰を抜かしてしまっていて、まだ立てそうに無いかも」

「…マジ?」

「ええ、まじよ」

 

ジーザス。

言ってる間も斬撃を躱す。だーくそ、バランスが取れん。もっと片腕とか、片脚の練習しとくべきだった。

 

「っ、炸裂弾(メテオラ)は!?」

「ダメだ、お前らと距離が近い!」

「…なら、他にないの!?」

「言っただろ、問題がもう1つあるって」

 

 

「俺、そもそも狙撃手(スナイパー)なんだよ」

 

そう、俺のトリガー構成は多対一を想定した完全遠距離型。

(メイン)トリガーに狙撃銃、炸裂弾(メテオラ)ワイヤー(スパイダー)、シールド。

そして(サブ)トリガーには、バッグワームタグ。バッグワームタグとは、バッグワームというトリオンを消費してレーダーから見えなくなるという効果を持続且つ省エネ化したもので、代わりに4つある空きスロットの全てを埋めてしまう。

中々のピーキートリガーだが、ぼっち隊員には超必須アイテムなのだ。けど、やっぱり4つは多いと思うの。

 

完全遠距離にして隠密前提。一発撃ったら即撤退。

追いかけてきたらシールドで防ぎつつ、トラップで迎撃。

脚が止まったらまた狙撃。そうやって、逃げて隠れて煽ってを繰り返す。これが、俺の戦闘スタイルだ。自分でも卑怯って思う。

 

だがやはり効果的ではある。ランク戦外では緊急脱出(ベイルアウト)も数えるほどだ。そもそも部隊同士の戦うランク戦出たことないけど。

 

閑話休題。

 

狙撃手(スナイパー)として尖りまくった俺は、逆に言えばその弱点もまた巨大なものとなっている。

しかも、他の狙撃手(スナイパー)の行える「味方の助け」というコマンドの抜け落ちた不良品なのだ、この比企谷八幡君は。

 

迫ってくる相手ならばまだやりようもあるが。このモールモッドは完全に懐に入った。自爆覚悟の炸裂弾(メテオラ)も撃つには彼女たちに当たる可能性が五分五分といったところか。賭けは嫌いだ。よって却下。

狙撃銃を瞬間装填し発射。狙撃銃は貫通力に長け、核に当てれば一撃で倒せるだろう。この距離、外すこともない。だがそれは利き手が健在ならの話。左手は、それほど熱心に練習していない。こんな事なら佐鳥の助言をきちんと聞いときゃ良かった。

まぁ、バッグワームタグを着けてる以上ツインスナイプなる物は到底不可能だが。

もし外せば一瞬で真っ二つだ。それは良い。俺が緊急脱出(ベイルアウト)した後、痛みで悶えまくるだけだ。

だが、今俺の後ろには一般人がいる。もし失敗すれば、2人がこの世から緊急脱出(ベイルアウト)することになってしまう。

当てれば良い。だが外したら?これは成功率7割5分ってとこか。

 

おっけー。1番確実性の高い策にしよう。

ここまで大体15秒。まだまだ思考の回転が遅い。もし敵の増援があればやられていた。

 

悩んだ末、出した答えは。

 

「ワイヤー?」

 

スパイダーでした。

ぶっちゃけモールモッドの行動パターンはとっくに読みきっている。

構造上、必ず生まれる死角に潜り続ければ、倒さずとも延々とこいつの周りをダンスできる。が、そろそろ他のボーダー隊員も来るだろうし片付けなければ。お前本当にA級?とか言われたら返す言葉がない。

 

攻撃を避けながら左手に作った糸を足、鎌、胴体とどんどんつけていく。もがけばもがくほど雁字搦めになってゆく姿は、虫型と相まって蛹になっていくようだ。

 

1分しないうちにギッチギチの巨大な繭が誕生した。結構トリオン使ったな。

 

「あー、疲っかれったぁ」

 

体を伸ばすと、パキパキと音を立てた気がした。本当に立ててたら活動限界だ。

 

「終わったの?」

「ヒッキーなんか動きキモかった」

 

途中から完全に余裕を取り戻していた雪ノ下と、今更ながら歩けるようになった由比ヶ浜さん。てゆか、貴方そう言うこというの?

 

「おい、1番の安全策に対してなんつー言い草だ。お前は俺に感謝して、このモスラ様に一日一回祈りを捧げるべきだね」

「捧げる対象はこっちなのね」

 

興味深そうにモスラ(仮)を見つめる雪ノ下。やめろ、本当に蛾になって出てきたらどうするんだ。

 

「ね、ヒッキー」

「あん?」

 

「ありがと」

「…はいよ」

 

…今日という日が厄日というのは変わらないし、これから先更に面倒かつ面倒な事態が起こるのは分かっている。

 

「比企谷くん」

「何だ?」

 

それでもまぁ、取り敢えずは2人とも無事。

 

「助かったわ。正直、貴方のことを見誤っていた」

「ありがとう」

 

「…どういたしまして」

 

俺は2人の可憐な少女の笑顔を独占できた。それで良しとしようか。

…いや全っ然良くねぇーわ。これは手当出して貰わんと割に合わん。

 

地下室(シェルター)に無事着き、平塚先生からの愛のコブラツイストを堪能し、ボーダーから回収班が到着するまで。

俺はボーダーの組織金から如何程せびろうか悩んだのだった。




比企谷の戦闘体の格好はあれです。FGO2章のカルデア極地用制服の男バージョンをイメージしてくれりゃいいっす。てきとーに。

なんか最終回っぽいけど、続きます。


多分。


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第4話

話が進まんっ…。はよワートリやりたい


我が総武高校に開かれたイレギュラーゲート事件は無事解決。駆けつけた回収班によってバラバラのモールモッドが撤去され、俺特製何百分の一スケールモスラ様もドナドナと運ばれていき、少しずつ収束をみせていた。

 

被害自体は少なく、特別棟の一部が封鎖され近いうちに行われる筈だった調理実習が無くなる、という嬉しいハプニング付きの万々歳という結果に終わった。休みが増えるよ、やったねたえちゃん。まぁ増えるのは授業だけだが。

 

それと、遂にイレギュラーゲートの正体が判明したそうだ。

ラッドと呼ばれる、隠密偵察に特化した小型トリオン兵。通常の(ゲート)から来たトリオン兵に格納されていて、地中に潜み移動。人の多いところでトリオンを集め、(ゲート)を開く。

ボーダーの誘導装置はあちらからのアクセスに対してのみ干渉できるらしく、こちらから開く場合までは面倒を見きれないということだろう。

ラッドの総数は数千体に及ぶとのこと。

 

それもボーダーによる人海戦術で数日の合間に片付いた。報道にて一般人にも呼びかけての一斉駆除が行われたのだ。こういう時組織の利点というものがよく理解できる。

 

だが逆に言えば、あちらの敵にボーダーの最大人員を知られたということでも有る。この世は情報がモノをいう。知る知らないが生死を分ける事なんてざらだ。きっとこれから始まる侵攻は、こちらの動きを加味した攻撃となるだろう。

 

ま、何とかなるだろう。否何とかせねばならない。今俺にできることをやる。それだけだ。差し当たっては、

 

「…あー、くそ」

 

この頭痛を止めたいものだ。

モスラ事件から数日後。常備している唯一の友達といっても良い痛み止めくんを切らしているのを忘れていた俺は、昼休みに保健室にて応急品を貰いにいった帰り道、そんなことを呟いた。

ある程度の波があるにしろ、この症状は最早俺が生活している中で当たり前となっている。

何故なら、これは言わば副作用(サイドエフェクト)副作用(サイドエフェクト)だからだ。

 

俺のサイドエフェクトは「不眠」。その名の通り、睡眠を一切必要としないというものだ。発症から9年ほど経過したが、俺の部屋からベッドが無くなって久しい。

普通の人が睡眠に当てている1日のうちの約3割、8時間ほどを毎日自由に活用できる。学業は勿論、ボーダーでの仕事に当てたり、はたまた趣味に費やしたりと満喫しているが、勿論良いことばかりではない。

 

先程述べた頭痛。これは不眠の弊害と言えるだろう。もう少しサイドエフェクトのレベルが高ければ、一切の痛みを感じる事もないと専門家が言っていたが、俺の場合は「眠らなくて良い」ではなく「眠ることができない」という、謂わば超強化版不眠症ということだ。

何その産廃誰が欲しがるんだよ。しかも治る見込みはない。サイドエフェクトであることには変わりないんだし。

 

お陰で頭痛に効く薬にとても詳しくなってしまった。ある程度服用していると効かなくなるので複数を、数を決めてローテーションしているのだが今回それが1つ切れてしまったということだ。

幸い保健室にもあったので事なきを経たが、先生には注意されてしまった。

 

用事を済ませて教室に戻ると何故か全員会話をせず、ある一点を注視している。同時に2人の女生徒の口喧嘩が聞こえてきた。

 

「何してんのお前」

「あら、こんにちは引企谷くん。別にどうもしないわ、ただこの類人猿さんに人としてのマナーを教えてあげているだけよ」

「っ!はぁ!?何言ってんのアンタ!?」

 

違うな、喧嘩じゃなくて一方的な断罪だった。

何故かクラスに居た雪ノ下と、えーと…あーしさんは何かしらの争いをしていた。まぁ、言葉のボキャブラリーで圧倒的な差があるため側から見ても勝負は見えてるが。

 

するとあーしさんがこちらを見て勝気な笑みを浮かべた。

 

「なに、アンタこんな陰キャと知り合いなの!?あ、もしかして付き合ってたりとか!?趣味わっるぅ!」

「なっ!?」

 

成る程。俺に攻撃対象を変えかつ仲を勘ぐる真似をするか。悪くない手だ。叶わないなら攻めの手口を変えるのは常套手段。それに付き合う云々は、俺にはよく分からないが女子からすれば思わずカチンと来る事だろう。好きでもない相手とそんな風に見られるというのは雪ノ下であっても嫌な筈だ。

 

だが何故か顔を真っ赤にして驚く雪ノ下からは何というか、怒りの類いを感じられなかった。俺を見て、すぐに俯く。

 

うぅむ。何故だ。

相手としても絶好のチャンスだと言うのに何故かあっちはあっちで固まったままだ。「…え?ほんとに?」と小声で呟くだけで追撃の手がくることはない。あーしさんの隣の、茶髪のイケメンまで絶句した様子で微動だにしない。

 

「…あー、取り敢えず俺をダシにすんのはやめてくれ。もう行くぞ?」

「え、えぇ」

 

メンドくさくなった俺はいつも通りの手段をとることにした。戦略的撤退である。そもそも教室には弁当取りに来ただけだし。食事はいつもテニス場横のベストプレイスにてしているのだ。

 

「そんじゃな、授業遅れんなよ」

「あっ」

 

クラス中の、そして由比ヶ浜の視線を無視して、雪ノ下の声も聞こえないフリをした俺は足早にその場を離れた。

 

 

 

放課後、最早自分から部室に向かう俺。模範的囚人という矛盾した人間の心理が分かった気がする。即ち、諦めが肝心。部室の扉が見えたが、なんでか雪ノ下と由比ヶ浜は部屋に入る事なく扉で突っ立っていた。

因みにであるが。由比ヶ浜はゲート事件以降雪ノ下にべったりであり、彼女の事を「ゆきのん」と称して懐いていた。俺の知らぬ間にいつのまにか入部していたらしい。益々俺の居場所がない。

 

「何してんだ?」

「「ひゃうっ」」

 

声を掛けた途端びくっとする2人。何かに気を取られていたか、俺の接近に気がつかなかったようだ。

 

「ひ、比企谷君…。いきなり声を掛けないで貰える?」

「そうだよ、ヒッキー!びっくりしたんだから」

「声かけんなって、「済みませんが、声を掛けても宜しいですか?」って言えってか?」

「私が言いたいのはそういうことではないと分かってる筈よ。はぁ、全く貴方は本当に面倒な性格ね」

 

御家芸となったため息ポーズ。腕を組みながらこめかみに指を当てて悩む姿は大変様になっている。だがその頬は僅かに桜が散り、いつもより少しだけぎこちないように見える。

 

「何だ、まだ昼休みのこと気にしてんのか?」

「そんな訳ないわ。高々あの程度の挑発に乗るほど私は子供じゃないもの、寧ろ形勢が不利になったからと言って周りの人間に矛先を代えた三浦さんに呆れ果てて言葉が出なかっただけよ。そもそも…」

「分かった分かった、気にしてないんだな」

 

ぺらぺらとまくし立てるところからして気にしまくってるのは明白だが、言わぬが花というものか。適当に返事して半開きの扉から中を覗く。

こちらを背に見覚えのあるコート姿の男がいた。全開の窓から入る風でバッサバッサとたなびいていた。ちょっと格好いいのがムカつく。

 

「ついさっき着いたのだけれど、不審者を発見してしまったの」

「迷ってたの、通報しようか」

「そこはせめて中に入るかを迷ってやれ」

 

確かに物怖じする場面だ。アイツずっとあっち向いてるし。きっと演出を気にしているのだろう。

 

「通報の必要はない。ありゃ俺の客だ」

 

そう言って扉をガラガラと開ける。2人は俺の背後に回ったままだ。由比ヶ浜に至っては袖をぎゅっと掴んで挟んで離さない。シワついたらどーすんの?

 

「なんか用か材木座」

「…ふっ、久方振りよな。比企谷八幡よ」

「体育でペア組んだのが2日前だが、それで久しぶりだってんだならそうだな」

「あぁ!思い出させるな。あの様な地獄の時間!忌々しい、好きなやつと組めだと?奇数のクラスでそんなことをすれば悲しい結果になるのは見えているであろうが!何故それがわからんのだ松田教諭は!?」

「毎回ハブられんのお前だから気にしてねぇんだろ」

「おかげで貴様のクラスと被らない授業では我、ずっと壁打ちしかしておらんのだぞ!?」

「クッソどうでもいい」

「八幡!?」

 

突然くいっと引っ張られ、後ろを見ると由比ヶ浜がちょっと睨んできた。あーうん、放っとってごめんしゃい。

 

「材木座、自己紹介」

「ウェッホン!我が名は材木座義輝!偉大にして崇高なる剣豪将軍であるぅ、控えおろー!」

「うわぁ」

 

ドン引きである。流石材木座、八方美人な由比ヶ浜にここまで引かせるとは。雪ノ下の方は凍えそうな視線を向けている。

 

「それで何の用かしら?」

「う、うむ。それで八幡よ、奉仕部とはここで良いのだな?」

「ええ。ここが奉仕部よ」

「…やはりそうか。平塚教諭からの助言の通りならば、八幡!貴様には我の願いを叶える義務があるという訳だな?」

「話しているのはこっちよ。きちんと目を見なさい。それと、奉仕部の活動は貴方の願いを叶えることではないわ。そのお手伝いをすることよ」

「ぐ!は、八幡よ。時を経て尚主従の縁は切れぬということ。これが八幡大菩薩の導きか」

「此方を見なさい」

 

グイグイくる美人にたじたじの材木座。由比ヶ浜の方は「ゆきのん逃げて!」って言ってる。どう考えてもピンチなのはコートの方なんですが。

 

「話にならないわね。比企谷君、悪いけど通訳をお願い」

「ほいほい。で、どうしたんだ?」

「うむ!八幡よ、此度はコレを持ってきたのだ」

 

言外にお前日本語じゃねぇって言われた材木座は、明らかにホッとした顔で紙束を渡してくる。

 

「自作小説か」

「前に話したであろう?完成したら読んでくれと。ネットに晒す勇気はないので、明日にでも感想をくれ」

「明日までなんて、この量は相当だけれど」

「あぁ!張り切って書いてしまって、想定の2倍の厚さになってしまった。まぁ貴様のサイドエフェクトならば問題あるまい?…あ」

 

自信満々で語る材木座だったが、最後の最後でポカをやらかした。

 

「さいどえふぇくと?」

「サイドエフェクト。日本語で副作用、ね。通常は薬学に使用されるものだけれど、どういう意味?」

 

単純な興味というより、材木座の焦り方にこそ疑問を抱いている。

アホめ、こいつに賭け事は向いてない。特に隠すことでもないし、話してもいいか。いや、ここから学校中に知れ渡ると面倒だ。毎日刺さる視線を考えると、やはり黙秘がいいか。

 

「…」

「…はぁ。まぁいいわ」

 

悩んでいると、雪ノ下からそんな言葉を貰う。それで決心がついた。

 

「まぁお前らにはいいか」

 

「サイドエフェクトつっーのは、さっき言った通り副作用って意味だ。但し薬のじゃなくてトリオンの、だ。トリオンは知ってるな?」

「えぇ。近界(ネイバーフッド)にて発見された、人体より生まれるエネルギーのことね」

「そう、ボーダー隊員はこのトリオンを利用して、戦闘体と呼ばれる体を作ったり、武器にしたりする。当然エネルギーだから使えば減るが時間経過によってまた補充されるわけだ。

このトリオン能力も身体能力のように個人差があってな。特別トリオンの生成量が多い人間もいる。そして、そんな人たちでも偶にいるのがサイドエフェクト持ちってことだ」

 

不可視のエネルギー。それを大量に保有した肉体が何かしらの異常をきたすのは考えれば当然な帰結。

 

「このサイドエフェクトってのも千差万別。特別耳が良かったりと分かりやすいのもあれば、睡眠によって得られる学習量が段違いって人もいる。1番やばいのだと、未来が読めるって人もいる」

「あり得ないわ」

「だが、事実だ」

 

言いながら脳裏に描くのは、A級3位風間隊の菊地原と、B級来間隊の村上さん。共に非常に強力なサイドエフェクトだ。迅さん?居たねそんな人も。

 

「ひ、ひっきぃー」

「あーうん。簡単に言うと、バラエティで時々出てくるびっくり超人間みたいなもんだ」

 

涙目の由比ヶ浜に助け舟を出す。言い得て妙だな。

 

「それで、貴方は?」

「俺のは地味だぞ。ただ睡眠を必要としないってだけだ」

「すいみんをひつよーと…つまり、寝なくていいってこと?」

「そ。小学2年で発症して、以来ずっと起きたまんま」

 

愕然とする雪ノ下と、やっぱりびっくりしてる由比ヶ浜。だがすぐに身を乗り出して叫んだ。

 

「凄ーい!ヒッキー、凄いね!」

「そうか?」

「うん、凄い!良いなぁ。それならやりたい事いっぱい出来るし。テスト前に一夜漬けとか、徹夜カラオケとか!」

「あぁやったな」

「いいなぁいいなぁ!」

「けど、頭痛が酷いぞ?」

「それでも!」

 

羨ましいそうにする由比ヶ浜に対し、顔を青くする雪ノ下。頭の良い彼女のことだ。眠らないということがどれだけ危険なことか分かったのだろう。雪ノ下の目を見て首を振る。通じたのか、何かを話そうとしていた口が閉じられ。次いで出たのは、別の話題だった。

 

「…それで、何故それを彼が?」

「あぁ。こいつもボーダーなんだよ」

「八幡!?隠せといっていたのは貴様ではなかったか?」

「こいつらにゃバレてる。イレギュラーゲートん時に見られたし、そもそも隠してるのにも特別意味ねぇし。バレたら面倒ってだけだ」

 

視線をやれば頷く2人。確かに隠せと言った気がするが、俺自身雪ノ下に初めて会った時に破ってるし、今更な気がする。まぁここの3人以外には先生方しか知らないし問題ないだろう。

 

「隊員じゃなくてエンジニアでな。時々トリガーをメンテナンスしてもらってる」

「メンテナンスって学生で出来ることなの?」

「研究とか開発とは違ってマニュアル読みながらちと中身弄るだけだからな。いや、それでも相当だけどな」

 

こいつ自身は戦闘員として入りたかったらしいが、トリオン能力が致命的に枯渇しているらしくスカウトに土下座してエンジニアならと雇ってもらったと聞いた。まぁ厨二病の人間なら垂涎物だろう。この状況は。

 

突然現れた異世界の怪物と、それに立ち向かう謎の組織。そこでは学生らが剣やら銃を手に街の平和の為戦っているのだ。

一部の人間にはパラダイスだろう。

 

こいつも、戦えずともトリガーを弄れるならとメンテナンスも勉強をして、その腕はチーフエンジニアの寺島雷蔵さんも褒めていたらしい。厨二の本気は恐ろしい。

 

「そうだ、今度トリガーのメンテ頼むわ」

「おお!遂に貴様も我が渾身の弧月、朧月(ペイルムーン)を手にする気になったか!」

「あの無駄に装飾の多い黒い刀身のやつか?要らねぇよ、こちとら隠密に命賭けてんだ。あんなじゃらじゃらしたの使えるか。あと、弧月シリーズは全部日本語で統一してんだからわざわざ英語にしないで朧月(おぼろづき)にしろって何回も言っただろ。

そもそも俺のスロットはかつかつでもう何も入らねぇよ」

 

だが、対人戦以外ではバッグワームタグでなくとも良いかもしれない。トリガー兵用に(サブ)のトリガー構成をもう一つ考えておくのもありだろうか。

 

「とりま今回は解散でいいか?」

「…えぇ、そうしましょうか。あぁ原稿なら私も読むわ。明日また放課後に来てちょうだい」

「ならあたしもー!」

「お前ぜってぇ読み切れねぇだろ」

「う、そんなことないしー!ヒッキー失礼すぎ!」

 

 

翌日。

 

「ひ、ひっきぃ〜っ」

「はいはい読めなかったのね。まぁ量多いし仕方ない」

 

だろうな。俺自身読み終わったのが午前2時頃だ。普段から本を読みまくっている俺ですらこれだ。そもそも話がつまらんくて読めなかったという線もある。

 

朝駐輪場で泣きつく由比ヶ浜を慰める。頭を撫でたらえへへと笑って復活した。小町と変わらない反応にほんとにこいつ同い年か不安になった。

一応努力したらしく、由比ヶ浜は授業中ずっとうとうとしていたものだ。俺は2時以降に予習したので万全である。

 

放課後。

 

うつらうつらしている由比ヶ浜をあーしさんに任せ、俺は一人部室に向かう。

 

「うーす」

 

ガラガラと開け、直後ノックをし忘れていたことに気づく。いかんな、雪ノ下に怒られる。しかし、部長からの叱責が飛んでくることはなかった。原因は彼女もまた船を漕いでいたためだ。

 

「お疲れさん」

 

小声で声を掛け自分の椅子に向かう。出来る限り静かにしていたが眠りが浅かったのか、雪ノ下は「んっ」と高い声を上げて眼を(しばた)かせた。どうでもいいけどちょっと色っぽかったです、まる。

 

「…驚いた、貴方の顔を見たら一発で目が覚めたわ」

「そら良かった、人の役に立てたようで俺の顔も浮かばれるよ」

「シュールな光景ね」

 

それきり、此方を見ようとしない雪ノ下。何か遠慮しているように見える。

 

「流石に疲れたのか?」

「…ごめんなさい、自分から読むと言っておいてあれなのだけれど、実は途中までしか読み終わっていないのよ。だから、今回の批評も中途半端になってしまうと思うの」

「別にいいだろ、あっちから頼んできたことだし。明日までってのも最初から無理があったんだ。けど、何つーか意外だな。何だ、宿題かなんかで時間が押したのか?」

「いえ。ただ少し調べ物をしていて…」

 

歯切れの悪い答えに、尚のこと疑問を抱く。こいつが仕事より優先することか。

 

「…ねぇ、比企谷くん」

「何だ?」

「もし貴方が「ヒッキー!何で置いてくし!?もー意味分かんない!」…こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

何か言いかけた雪ノ下だったが、怒鳴りこんできた由比ヶ浜に遮られ機会を失う。大声のせいで殆ど聞き取れなかった。

 

「ぶるうぉっほん!たのもー!!」

 

そこへ材木座も登場し、最早聞き返すことも出来なくなった。

まあいいさ。余程の事なら後で聞いてくるだろう。

 

 

「さて!では感想を聞かせてもらうとするか」

「こういったジャンルはよく分からないけれど。素人眼で良いのなら」

「うむ!ばっちこいである!」

「では」

 

目を閉じて息を吸う雪ノ下。恐らく必殺技の予備動作だろう、材木座は分かっていないようだが。

 

「つまらなかったわ。想像をはるかに超えたつまらなさ。起承転結すらままならないまま文章を書こうだなんてお気楽過ぎよ。先ずは日本語のお勉強からやり直すべきね。貴方小学生の時の国語の授業、きちんと聞いていたのかしら?答えは聞いていないわ、イエスにせよノーにせよロクな回答が返ってこないのは明確だから。あと、ところどころにヒロインが服を脱ぐ描写があるのだけれど、これは貴方の性癖なのかしら。だとしたら度し難い程の変態ね。これからは半径5メートル以内に近づかないで。それさえ守れば通報はしないであげる。英語のルビに関しては言わなくても分かるわよね?いえ、分からないからこうなっているのだったかしら、仕方ないからここも指摘してあげるわ」

「雪ノ下、雪ノ下さん」

「何かしら。まだ3分の1も終わってないのだけれど」

「もう材木座HPゼロだから。オーバーキルだから」

 

「ぐはあっ!」とか「うごごごご!」とか叫んでのたうち回っていた材木座だったが、現在は床に突っ伏したまま時折「かひゅっ」というキテレツな呼吸音が聞こえるだけとなった。由比ヶ浜もドン引きである。俺すら少し同情した。

 

「そ、そう。なら次は由比ヶ浜さんね」

「え!あ、あたし!?これ以上言ったら中二(ちゅうに)、やばそうなんだけど」

「良いから良いから」

「う、うん。えっと…難しい漢字いっぱい知ってるね!」

「こぽ」

「きゃああ!」

 

非常に気持ち悪い声で返事をした材木座(仮)に、悲鳴をあげる由比ヶ浜は椅子から飛び上がって雪ノ下の後ろに回った。その雪ノ下もこちらに寄ってくる。今トリオン体じゃないからシールド出せないよ?

 

「つ、つぎヒッキーね」

 

お願いだから刺激しないで。涙目で懇願され、一瞬考える。そして、口を開いた。

 

「で、あれってパクリだよな?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「「ひいっ!」」

 

怪音と共にブリッジを始めた物体Z。俺は2人から抱きつかれて中々の役得である。左の由比ヶ浜さんからは最高級クッションのような感触、右からはシルクと同等以上の手触りをした髪と、薔薇の香りが漂ってくる。

端的に言って天国だ。強いて言うなら右にもクッション部分がもうちょい欲しい。

あれ?右肘が極められたぞ?

 

 

材木座が落ち着くまで放っておくと、もうすっかり日が暮れていた。

すると、材木座が真剣な顔でこちらに向き直る。

 

「また読んでくれ」

「…あぁ、分かったよ」

 

2人は呆れた顔をしていた。あれだけ言われ、まだ続けるのか。続けるのだろう。こいつはそういうやつだ。

 

「さらばだ!」

 

最初から最後まで自分を貫くその姿は、素直にカッコいいと思った。

 

その後俺たちも直ぐに解散した。寝不足の由比ヶ浜を途中まで送り届けた俺は、そこで思い出した。

 

「そういや、雪ノ下が何か聞こうとしてたな」

 

まぁいいか。質問自体は予想できる。あいつが昨晩していたという調べ物も。

だがそれに対する答えを、生憎俺は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

『もし貴方がその体質のまま生活を続けたら、一体何年生きられるの?』

 

今更ながら由比ヶ浜さんには感謝していた。そんな事、聞いてどうなるというのだろう。

 

人が睡眠をとるのには歴とした理由がある。一般的には記憶の整理や疲労回復、ストレス解消といった効果が知られているが、逆に言えば、睡眠をとらずにいるとそれらの負責が溜まり続けるということだ。

それらは他の解消法で全て帳消しにできる筈もないだろう。加えて酷い頭痛があるという。痛みとは体の信号だ、必ず意味がある。もしかしたらそれは、所謂警告なのではないか。

いつか、溜まりに溜まったそれが、限界を超えたとき。

それが彼の寿命なのだろうか?

 

分からない。前例が少なすぎるし、彼の場合はサイドエフェクト、トリオンという未知のエネルギーが元となっているらしく。案外それらが負責を肩代わりしてくれているかも知れない。

分からない。

 

けど、1つだけ解ったこともある。

 

『良いじゃねぇかひとりぼっちで』

 

彼は、孤独(ひとり)に成らざるを得なかった。物理的にも、精神的にも。

7歳の頃から約9年間と言っていた。一般的な睡眠時間が1日のうちの約8時間、3分の1程度。それを毎日起きていたら。

単純計算で行くと、彼は既に3年程同年代より生きている事になる。

只でさえ成熟した精神を持つ彼が、多感な時期の高校生という時を過ごすには恐らくそれ以上の時間が流れたことだろう。そのギャップは何かで埋められるものではない。しかも自分の余命すら定かではない中生活しなくてはならないのだ。

一体どれほどの不安と、疎外感を抱いてきたことだろう。

 

『だから貴方のそうやってすぐに諦めるところ、嫌いだわ』

 

いつだったか、私は彼を否定した。上っ面だけで判断して、嫌悪して。それをその日に訂正することになったけれど。それでもあの日断じた台詞が無くなることはない。

この世の中を変えるのだと努力してきた。その自信がある。自負がある。意思がある。もう無理だと泣き言を言う人にはまだ頑張れと叱咤を繰り返し、膝を折ろうとする人を無理にでも引っ張ってきた。

 

けれど。

 

最初から諦めざるを得なかった人。妥協を許さねば前に進めない人間。彼らには何と声をかければいいのだろう。

いや、彼には「諦めた」という自覚すらないだろう。ある意味模範的日本人の如く受け入れ、流されて、なすがままあるがまま。

 

彼の問題点は拒絶心などではなかった。虚無心。拒絶すらされない、真っ暗闇の渦のような。

私にどうにかできるだろうか。放任主義の父、支配者の母、そして、底の知れぬ姉。自分のことすらままならないというのに。

 

 

私には分からない。

分からない私のままだった。



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第5話

早足っす



とある昼休み。俺はベストプレイスにて(ゆる)りとした時間を堪能していた。長閑な風にあたりながら何も考えずぼんやりと過ごす。

雲の流れを観察しているだけで退屈しない。何かの本で読んだ、曰く究極の贅沢とは何もしないことである。ただ時間を貪ることが、こんなにも楽しいとは。

最近はボーダーの仕事も少なくゆっくり出来ているからだろう。穏やかで平和な時間を過ごせている。だがそれもあと数日までだ。迅さんによると、例の日が来るとのこと。まだ返答していないがあの人のことだ、それも織り込み済なのだろう。

 

後ろから足音が聞こえた。明らかにこちらに向かっているが、トイレや自販機やらは此処らには無い。そもそも昼休みであってもここを通る人間は殆どいない。だからこそここをベストプレイスに選んだのだ。

俺に用だろうか。だとすればその候補は全生徒からたった4人に縛られる。しかもその内の1人は教師だ。その足音は俺のすぐ後ろで止まった。俺は不思議な感情に浸り、振り返らなかった。

 

「ヒッキー。何してんの?」

「特になにも。強いて言うなら『何もしていない』をしてる」

「なぁにそれ」

 

隣に座ったクラスメイトは、最近顔と名前を覚えたばかりだ。由比ヶ浜結衣、普通の学校の普通のクラスに属する普通の子。そんな第一印象。最近貰った木炭からその限りではないと思い知らされたが。

そんな彼女がすぐ近くにいて同じ時間を共有している。悪く無い気分だった。

 

「今ね、ゆきのんと一緒にご飯食べてるの」

 

懇々と話す彼女に相槌も打たず空を仰ぐ。由比ヶ浜もまた前を向いたまま話を続ける。互いに相手の反応を気にしない。けれど存在を無視しているのではなく、そのスタンスを尊重しているだけ。

 

雪ノ下と交わした遊び、その罰ゲーム。最近友達と行ったショッピング。煩わしい父親からの干渉。

一周回って珍しく感じるほど女子高生として有り触れた話。

 

彼女の回想が止まり、怪訝に思っていると。由比ヶ浜はくすっと笑った。

 

「あ、ごめんね。別にヒッキーの事笑ったわけじゃないよ。ただちょっとおかしくて。…いつもあたしが話聞いたりする立場だったから。こうやってあたしだけが喋ってるのってちょっと新鮮」

「そうか」

「ヒッキーは話さないの?」

「つっても、こういう時何話せばいいのか分からないんだ」

「なんでも良いんだよ。授業むずいーとか部活だるいーとか、…か、彼女欲しいーとか。とべっちがいつも言ってんの」

「言ってる暇があるなら実行したらどうだ?」

「そうじゃなくて、ちょっとした会話の切り口としてだよ」

 

やはり理解し難い。それで何か得るものがあるのか?誰かに愚痴っている時間で解決に向けて動いた方がよっぽど為になる。

 

「…ヒッキーってさ。覚えてる?入学式の日」

「悪いが、俺その日事情があって入学式は出てないんだ。何だ、学校でなんかあったのか?」

「ううん、違うの。ヒッキーのほう」

「は?」

 

1年前の四月。俺は朝帰りの途中で散歩中の飼い主さんから逃げ出したペットを庇い、車に轢かれてしまった。咄嗟のことでトリオン体になることも忘れて飛び出してしまった。痛恨のミスだ、あれのせいでひと月ほどシフトを組めなかった。

だが、この事情を知る者は家族と先生方以外いない。いやいるか、当事者だ。だとすれば…

 

「実はねヒッキー」

「あれ、由比ヶ浜さん?」

 

言葉の途中で声を掛けられる。というよりずっと気づいていたが。

テニスコートで1人練習していた生徒が撤収してきたのだろう。

 

「あ、さいちゃん!よっす!」

「う、うん。よっす。…珍しいね、こんなところで何してるの?」

「え!?えっと、ヒッキーと話してただけだよ。ね、ヒッキー?」

「そうだな」

 

なぜか焦りを見せる由比ヶ浜。何かにつけて忙しい奴だ。

 

「それより、さいちゃん昼まで自主練してるの?朝とか部活の時間も頑張ってるのに」

「まぁ、好きでやってることだから。そういえば比企谷くん、テニス上手いね。フォームとか綺麗だし」

「そうなのか?自覚ないんだが。…つーか誰だアンタ?」

「だと思った!ごめんねぇさいちゃん、ヒッキーまじ頭可笑しいから!」

 

何でお前が謝んだよ。身内みたいになってんだろ。

 

「あ、あはは…。同じクラスの、戸塚彩加です」

「悪い、多分覚えられない。代わりに俺の事覚えなくていいぞ」

「こっの!」

「…2人は仲良いんだね」

 

由比ヶ浜にはたかれる。why?初対面のこいつには苦笑いされるし、散々な昼休みだ。

 

「ちなみにヒッキー、さいちゃん男の子だからね?」

「は?」

 

そう言われれ、戸塚を観察する。女顔、骨格すら華奢で見分けがつかない。加えて何故か照れ始めた。初心か。

 

「う、うん。ボク、男だよ?」

「人体の神秘だな。いや本当に」

「だよね」

 

同時にチャイムが鳴り休み時間の終了を告げた。

友人と語らいまた新しく人の名前を覚えた、そんな昼休みだった。

 

「お前雪ノ下との約束は?」

「あっ」

 

 

それから戸塚彩加は事あるごとに俺に話しかけるようになった。毎日の挨拶やら授業の予定やら。面倒だが、邪険に扱う理由もない。そうしてとある体育の日。戸塚に誘われてラリーを行う。

 

「比企谷くん、ボクと組んでくれない?」

「構わんがペアはいいのか?」

「今日は休んじゃって」

 

言いながらコートに入り、ラリーを行う。いつもは壁打ちか見学(持病の頭痛)だから、ラリーなんぞは久しぶりだ。

 

「やっぱり、上手いね」

「そいつは、どうも!」

 

節々でショットを打ち合う。徐々にテンポが上がるが問題ない、こちとら暇を持て余しているのだ。体調管理も兼ねてランニングと筋トレは欠かせていない。逆に戸塚の息が荒くなったので休憩にした。

2人並んで備え付けの椅子に座る。

 

「比企谷くん、体力あるね」

「ちょいちょい走ってるからな」

「…その、もし良かったらなんだけど」

 

テニス部に入らない?そう言う戸塚に、俺は最近の彼の行動やその動機を理解する。昼休みに練習しているのは彼1人、多くて3人ほどだ。

部活時間にはそれ以上いるのを見たことがあるので人数不足ではないだろう。考えられるとしたら質不足。そこでそこそこの俺を入れて何かしらの刺激になればいいと。

 

「悪いがもう部活入っててな。兼部の余裕はないんだ」

「そ、そっか。ううんこっちこそ無理言ってごめんね」

「代わりと言っちゃなんだが、相談になら乗るぞ。放課後少し時間あるか?」

 

偶には俺自身から動いてやろう。柄じゃないのは自覚してるが。

 

放課後、約束通り戸塚を連れて奉仕部に向かう。

 

「ここだ」

 

ノックと共にドアを開けると、既に2人とも着席していた。

 

「ヒッキー遅〜い!ってあれ?さいちゃんだ、どしたの?」

「いらっしゃい」

「お、お邪魔します」

 

2人に注目されおずおずと差し出された椅子に座る戸塚。さっさと話を進めるため俺が事情を教える。

 

「2年Fクラス、戸塚彩加。練習熱心なテニス部なんだが、部員達とは熱意にギャップがある為彼等の意欲を上げたいという依頼だな。それで良かったか?」

「そうで、す。何とか出来るかな?」

「何とかするのは貴方自身。私達はそのお手伝いよ」

「うん、頑張っておてつだいするよー!」

 

こうして戸塚彩加の特訓が始まった。手っ取り早いのは彼自身の技術を向上させること、ということで意見が一致したためである。

 

 

朝はランニング、昼はラリー。部活の時間までは入り込めないが、時間のある限りは彼の練習に付き合う。ある日の昼休み、戸塚が怪我をしたため雪ノ下が医療箱を取りに行きその間休んでいた。

すると、聞き覚えのある声と共にぞろぞろと団体様が近づいてきた。

 

「あー!テニスしてんじゃん。あーしもやりたーい!」

 

分かったあーしさんだ。名前は知らんが一人称で覚えている。すると、由比ヶ浜を見つけてほんの少し顔が歪んだ。

 

「結衣、てことはえーと、ほーしぶのあれってこと?」

「そ、そだよー!さいちゃんからの依頼でね。えっと、だからさ」

「ふーん。でもさ、コート空いてるし、あーし等も遊んでていいっしょ?」

 

高圧的な態度をとり続ける彼女に言葉足らずで押されてしまう。

すると、戸塚は俺に潤んだ目を向ける。はいはいわかったよ面倒くさい。

 

「すまんがここはテニス部の戸塚と、奉仕部の俺たち以外は使えない。面倒だと思うが職員室で許可取ってこいよ」

「は?なにアンタ。あーしは結衣と戸塚に聞いてんだけど」

「その2人がお前の威圧に困ってんだ。もう少し穏和に話せ」

「おんわ?意味わかんない、は?…ってアンタ、雪ノ下の!」

「まーまー優美子。そんな喧嘩腰になんないでさ。そこの、えっと、ヒキタニ君の言う通り穏やかにね」

「隼人…」

 

イケメンが言うと、途端に大人しくなる。てかヒキタニくんて、何気にそんな間違えられ方ははじめてだ。ちょっと感動。

するとバトンタッチしたのか、イケメンが此方に寄ってくる。

 

「みんなで楽しく出来たら、それに越したことはないだろ」

「断る」

「ん、え?」

「何言っても話聞きそうにないから、最初から結論を述べた。断る。さ、帰れ」

「ちょっ!?何それ、折角隼人が優しくしてんのにさ、まじ意味わかんない!」

 

無視と言う選択肢もあるが、その場合既にコートに入られている為勝手に遊ばれる可能性がある。そこまで考慮してイケメンは近づいてきたのなら、頭は良いが底意地が悪い。

 

「はぁ」

 

ここで口汚く罵り退かせることは可能だろう。その後俺がクラスで白い目で見られるくらいでデメリットはない。しかし、対外的に俺の後ろにいる2人にも迷惑が掛かる。いつから俺は他人まで背負うようになったんだ?

 

「分かった、妥協して話を聞いてやる」

「っ良かった!ならテニスで勝負しないか。勝った方が戸塚にテニスを教えるってことで。上手な人に教わった方が戸塚も喜ぶだろうし」

「それを決めるのはお前じゃない、が。勝負自体は賛成だ」

「よし、じゃあこっちは俺と優美子。そっちは君と結衣のダブルスで「シングルだ」な、なんでだい?」

「1つ、単純に俺と組む女子がいない。由比ヶ浜はノーカンな。あいつとお前の彼女相性悪そうだし。2つ、俺は今までダブルスをした事がない。共倒れするくらいなら最初からシングルの方が良い。

3つ、俺としちゃそろそろお前の視線がうっとおしかったところでな。白黒はっきりつけようぜ」

「…そうだな」

「お前にも色々あんだろーが、俺から言わせりゃ傍迷惑なだけだ。雪ノ下と何があったか或いは何があるか知らねーが。勝手にやってろ、俺を巻き込むなよ」

 

こいつはクラスに雪ノ下が来た日から、ちょくちょくこっちを観察していた。恐らく、この男と雪ノ下には何かしらの接点があるのだろう。複雑な何かが。どうでもいいが。

 

いつのまにかギャラリーも増え、ちょっとした人だかりが出来ていた。そんな注目の中、イケメンからのサーブを受ける。

テニス部でもないというのにエースばりの鋭い一撃。だが、コースは甘い。視線と動作から予測しバウンドまでに移動する。

そこから相手のとれそうにない場所に慎重に落とす。サッカー部のキャプテンらしいこいつなら余裕で追いつくことだろう。ならばまた同じようにして少しずつ疲れさせれば良い。

ここ数日は戸塚にテニスを教える為勉強している。体力では負けるが戦術面では勝っている。

 

足りない部分を気合いで補う茶髪。相手を動かし、予測で翻弄する俺。拮抗し長いラリーが続く。静かだ、観戦中の人たちも固唾を呑んで見ている。

 

「ちっ」

「っはぁ!」

 

最初にボロを出したのは俺。スタミナが切れ綻んだところをアタック一線、見事に一本とられた。

 

『うおおおお!!』

 

望む相手の一本に沸く観衆。ボクシングの悪役(ヒール)はこんな感じか。勝てば悪態をつかれ負けると歓声を浴びる。なんだいつもどおりじゃないか。

 

「やるな」

「そっちこそ」

 

表向きはまるでスポーツドラマのようだ。見ろ、あーしさんの隣のメガネが鼻血出してる。腐ってんなおい。

しかしながらこれでは敗北は必須。しかたない、これだけはやりたくなかった…いや是非やりたかった。

 

「今のでよく分かった、正攻法じゃ勝てそうにない。そこで、だ」

「?何を言って…なっ!?」

 

こちらのサーブを思い切り相手の顔面目掛け撃ち込む。が、直前で避けられた。ちっ。

 

「な、何するんだ!?」

「決まってんだろ。お前を怪我させる」

「何のために!?」

「このまま負けたら、テニスコートを取られる。それじゃ俺の気が収まらん。よって勝ってもコートを使えない体にしてやろうと。ナイスアイディアだろう?褒めていいぜ」

「バカなんじゃないか!?」

「次行くぜー」

「くそ!」

 

観衆はポカンとしてたが、次の瞬間ブーイングの嵐。ううん、気持ちが良いな。やっぱりやるなら徹底的にやらんと。由比ヶ浜はドン引き、戸塚は苦笑、材木座は爆笑。いつのまにか帰ってきていた雪ノ下はお決まりの溜息ポーズ。

 

「ちょっ!?アンタほんっと頭おかしーんじゃない!?」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うな。俺はただサーブをしているだけだ。ただちょっと調整がミスって相手の脳天に向かっただけさ」

 

絶句。絶句である。あーしさんは黙ってしまった。

 

「さて、続けるか」

「わ、分かった。オレの負けだ、コートも要らない。勝負も終わりにしよう」

「嫌だね。お前の頭をかち割るまで終わらない」

「趣旨変わってないか!?」

 

そこで昼休みのチャイムが鳴り、体育教師が怒鳴りこんでくる。つまらん。あと少しだったというのに。結局、試合に勝って勝負に負けた。そして頭のおかしい奴として俺の名前が学校中に広まったのであった。

 

その日の放課後。チャイムと同時に由比ヶ浜に引っ張られ、気づけば奉仕部部室にて床に座らされていた。

 

「えっと、俺勝ったよな。コート守ったし依頼続行可能だ」

「そうね。試合には勝ったわ」

「ならなんで俺正座してんの?」

「勝利のために人としての大切なものを亡くしてしまった比企谷君に、思い出して貰うためよ」

「拷問で取り戻せるものなら捨てても構わんだろ」

 

部室にて。なぜかお説教を受ける俺。味方は誰もおらず四面楚歌だ。いつもか。

 

「別に本当に怪我したわけじゃねぇし。いいだろ」

「ヒッキー!」

「反省が足りてないようね。彼を敵に回したということは、学校中から非難を受けるということよ」

「だから?」

「だからって…。貴方ね!」

 

憤る雪ノ下に、泣きそうな由比ヶ浜。心配してくれたのだろう。それはまぁ迷惑ではない。が、俺は何一つ後悔していない。

 

「はぁ…。何も本気でやった訳じゃないし、避けられるくらいで手加減して打った」

「そんな事は聞いてないの。なぜ、こんなことをしたのか。それを教えて貰ってないわ」

「それこそ言うまでもないだろ。あいつの事が気に入らなかったんだよ。ぼっちの俺まで輪の中に入れて仲良くしようとしてきやがる。いい奴かよ」

「最低だ…」

「だが俺は求めちゃいない。要らないものを押し付けくるのは迷惑だ。…ま、今度会ったら一言謝っとくさ。きっと許すしちまうんだろう、いい奴だから」

 

そうやって不満を押し殺すとこが嫌いなんだが。そんな一言が聞こえたのか、雪ノ下はふと真剣な表情で俺を見ていた。いい機会だから言っとくか。

 

「お前とあれになんの関係があるかは知らんが、さっさと解決してくれ。俺に飛び火されちゃ敵わん」

「気づいてたのね」

「あいつの時折無理してますって顔がムカつくし、お前の辛いですって顔も腹立つ。さっさと和解しろ」

「別に喧嘩しているわけではないわ」

「ならもう少し怒りを引っこめろ」

 

こいつがあのイケメンに何かしらの感情を抱いてるのは見りゃ分かる。それが、恋愛とは程遠いものであることも。

 

「ところで、なぜ葉山君の名前を呼ばないのかしら?」

「それは聞くな」

「なぜ?」

「なんでもだ」

 

単純な話だ。あっちが俺の名を呼ばないのと同じことである。

 

 

ただひたすらに驚いた。あんな人がいるとは。勝負にて勝つでもなく負けるでもなく、はたまた引き分けを選択するのでもなく。誰も考えつかないことを当たり前って顔でやってのける。

けど、彼に対しオレ自身驚くほど負の感情を抱いていなかった。顔面目掛けテニスボールを何発もぶちこまれたというのに。してやられた、そんな爽やかな敗北感しか沸いて来なかった。

 

きっかけは勿論あの日。優美子の言葉に、雪ノ下雪乃が今まで見たことない反応を示したのだ。どちらを罵倒するでもなく冷たい視線を寄越すでもなく、顔を紅くして照れる。可愛いと場違いながら思ってしまった。

 

そうして彼女が絆された相手として、とても興味を惹かれた。何せ、自分にできなかったことをやってのけたんだ。純粋な賞賛、仄暗い嫉妬が混じり合い心の中で燃え広がる。どんな奴なんだろう。それからオレは比企谷のことをよく観察しはじめた。

 

特定の誰かと話す事はないが、話しかければ普通に会話できる。最近は戸塚とよく話すところが見られていた。そこから他の人とも会話しているのも。だが、根本的に彼は他人を必要としていない。彼自身から話を振るところをオレは見ていない。来るもの拒まず去る者追わず、その言葉を体現していた。

 

勉強もできる。普段の授業でも当てられた時はスムーズに答えているし、クラスメイトからの質問にも間髪入れず答えていた。

総じて優等生。だというのに誰も彼を評価しない。彼自身欲していない。彼には評価なんて毛ほども価値が無いのだろう。

面白い。面白いヤツだ、比企谷は。彼ならあの雪ノ下陽乃にも呑まれることはないだろう。そして、きっと。

彼女を救ってくれるかもしれない。

 

「葉山センパーイ!何してるんですかぁ〜?」

「いろはか。いや、何でもないよ」

 

考え込んでいると、部のマネージャーに心配されてしまった。駄目だな、しっかりしないと。

 

「でも、葉山先輩。凄く嬉しそうですよ?」

「うん。とても良いことがあってね」

「え〜!何ですか!?」

 

「新しい友人、いや。ライバルが出来たことかな」




テニスらへんはぐらんぶるって漫画を参考にしてます
めっちゃ面白い、流石井上先生

あと別に葉山くんアンチじゃないです寧ろ好き
ただ原作だとシリアスばっかなんでちとツッコミとかしてほすぃなぁと思って

実際にいたらギロチンチョークの刑だけどね


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第6話

すいません、少々忙しく遅くなりました



あ、連載再開おめでとうございます
まじで


『玉狛支部にいる近界民(ネイバー)から(ブラック)トリガーを回収せよ』

 

そう上層部から命令が下ったのはほんの数時間前のこと。(ブラック)トリガーとは、それ1つで戦局を左右する強力な武器となる。それを後ろ盾を持たない1人が所持している。回収しない理由はない。

 

闇夜を駆けるはA級上位部隊。ボーダー精鋭中の精鋭、トップチームである。

A級1位太刀川隊所属、太刀川慶、出水公平。

A級2位冬島隊所属、当真勇。

A級3位風間隊所属、風間蒼也、歌川遼、菊地原士郎。

A級7位三輪隊所属、三輪秀次、奈良坂透。

 

述べ8人、破格の戦力と言えるだろう。だがこれでも必勝とはならない、(ブラック)トリガーとはそれ程の存在なのだ。

 

「っ止まれ!」

 

今回の編成隊のリーダーの太刀川の号令に瞬時に反応、生身ではあり得ない速度で移動していた集団が停止し同時に屋根を伝っていた者も道路に降りてきた。

彼等が警戒するのは前方にて佇むただ一人。ボーダーS級隊員、迅悠一その人である。

 

「よう、こんな夜更けにどこ行くんだ?」

「うっは迅さんじゃん、久しぶり!」

「当真、冬島さんは?」

「隊長は船酔い。けど後から来るってさ」

「余計なことは喋るな。…迅、どういうつもりだ?」

「分かってるんでしょ?」

 

薄っぺらな笑みを浮かべながらも、左手をエモノの柄に置く迅。未来視のサイドエフェクトを持つ彼相手には謀は通用しない。衝突は回避出来ない、それでも最後通牒として風間は口を開いた。

 

「分かっていると思うが、俺たちと戦り合えば隊務規定違反の罰を受けることになるぞ」

「それはそっちも同じことでしょ?うちの後輩も立派なボーダーの一員さ」

 

模擬戦を除くボーダー同士の戦闘を禁ずる、その規則を逆手にとった防衛手段。余裕を崩さない迅に、内心舌を巻く。

ここで太刀川が一歩前に出た。交代の合図だろう。

 

「いや、お前んとこの後輩はまだ正式なボーダー隊員じゃないぞ。本部での正式な入隊手続きが済むまでは、な?」

「ま、そう来るよね」

「いずれにしてもこのままの状態は危険だ。(ブラック)トリガーを大人しくボーダーに渡さなければ、戦争になるぞ。それともそれがお前の望みか?」

 

半ば脅しを掛けるも飄々とした態度を崩さない迅に、三輪は歯軋りを繰り返す。自らの神経を逆撫でするかのような行動ばかりするこの男を、三輪は嫌っていた。

 

「そっちに色々あるようにこっちも色々あるんだ。戦争なんて誰も望んじゃいないが、かと言って無抵抗って訳にもいかないね」

「俺たち全員を相手に、やるのか?」

「うん」

 

迅は優しい口調ながら断固として譲らない。風間はため息を零すが、内心疑問を抱いていた。なぜ、ここまで平静でいられるのか。

その問いの答えは直ぐに出た。

 

「ま、流石の俺でも風刃使ったところでいいとこ五分五分ってとこだろう。俺一人なら、だけど」

「…っ!」

 

迅の言葉に呼応し、近くの屋根から部隊が登場した。

 

「嵐山隊現着。忍田本部長の命令により、玉狛支部に加勢する!」

「…なるほど、本部長派と組んだのか」

 

感心したかのように太刀川が呟いた。

ボーダーには大雑把に城戸派、玉狛派、そして忍田派の三派閥に分類される。最大派閥である城戸派が大まかな舵を切っているが、今回その他ふた派閥が協力し対立する構図となったのだ。

 

「ナイスタイミング嵐山、助かるぜ」

「三雲くんに借りを返すいい機会だからな!」

 

隊長の熱い意思とは裏腹に、部隊のエースである木虎は如何にも不満です、と言った表情である。彼女自身はあまり乗り気でないのは明白だった。

 

「さて、ここまで来ると分かるだろうけど。嵐山たちがいればかなりこっちが有利だ、俺のサイドエフェクトがそう言ってる。だからさ、引いてくれると嬉しいんだけどな」

「…そりゃ逆効果だ、迅。ここまで本気のお前は久しぶりだな。面白い、予知を覆してやろう」

 

言いながら、スラリと抜かれる攻撃手(アタッカー)用トリガー孤月。白い刀身が持ち主の闘気を伝える。そして、太刀川の腰にはもう一振り。

 

「ま、そう言うと思ったよ」

 

対する迅もまた躊躇いなく鞘から刃を魅せた。瞬間辺りを翠の燐光が照らし出す。S級隊員の迅悠一にのみ所持を許された、唯一つの(ワンオフ)トリガー「風刃」。

 

両チームリーダーの抜刀が、争奪戦開始の合図となった。

 

 

開始と同時に風間隊が前に出る。木虎と時枝による射撃も意に介さず、戦いの要たる迅に襲い掛かった。

彼等の武器はスコーピオン。刃の形を変化させられ、更に手以外からも出せる。奇襲にはうってつけのトリガー。

 

が、ここに至っては「受太刀に弱い」といった弱点のほうが目立つ。敵である迅の武器は見た目上孤月とそう変わらない。硬度に違いがあるかはわからないが、スコーピオンの方が脆いのは自明の理。

それを証明するように、風間隊歌川はスコーピオンを折られ肩からトリオンを噴出させた。

カバーに入るのは太刀川の、上段の構えから袈裟斬り。予知せずともあらかさまな真正面からの挑発に、乗る。

ガン!硬質な物質同士がぶつかる音が、深夜の住宅街に響いた。何千何万と聞いた心地よい感触。太刀川は知らず知らずに笑みを浮かべる。

 

一歩下がり、構え。今度は左手を刃に添え、居合のような体勢をとる。迅と嵐山は直ぐに気づく。孤月の攻撃範囲を広げるオプショントリガー施空、その予備動作である。

この攻撃は威力、射程が大きい分予備動作も比例する。故に簡単に避けられる。

後退しながらの嵐山による砲撃(メテオラ)、戦いは一種のインターバルに入った。

 

 

 

「まぁ、分断を狙ってくるだろうな」

 

迅の言葉に誰も異論を挟まない。ある程度戦術を齧ったものならば誰しもが予想できることだからだ。

 

「どうする迅。固まっていくか?」

「どうせなら乗ろう、そっちのが都合もいいし。俺の方は太刀川さんと、風間隊だろうね。嵐山たちは三輪隊を頼む」

「分かった」

 

了承の意を示す嵐山だが、ここで時枝が口を挟んだ。

 

「当真さんの話によれば、冬島さんが今向かっているそうです。頭数で負けている相手に、ワープまで使われたら面倒ですよ」

「たしかに、厄介なことになりますね」

 

A級2位冬島隊は、戦闘員2名という少数精鋭部隊。狙撃手(スナイパー)1位の当真勇を特殊工作兵(トラッパー)である冬島慎二がサポートしワープを用いることで攻撃力、機動力を向上させる。他にも敵対者を襲う様々なトラップ。恐ろしいのはそれでランク2位にまで成り上がったという事実。

そして今回彼が補佐するのは1人だけでは無くなる。相対する敵の全てがその恩恵を預かれるのだ。

 

だが迅はニヤリと笑みを零す。

 

「大丈夫。冬島さんは来れない」

「何故ですか?」

「乗り気じゃなかったしけど、まさかここまでやってくれるなんて流石だよ。この勝負、俺たちの勝ちだ」

 

『こちら比企谷。冬島慎二(ターゲット)戦闘不能(ダウン)を確認、合流地点に向かう』

 

「「っ!」」

 

突然入る通信に身構える時枝と木虎。反面嵐山は事情を聞いていたのか、顔を明るくした。

 

「来たんだな、比企谷!」

『はいはい来ましたよ。ったく、時間外勤務の癖に給料も出ないたぁ、いつからボーダーはブラックになったんですかね?』

「悪かったよ、今度ぼんち揚げやるから許してくれ」

『マッカン、箱で』

「…糖尿になるぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

戦闘中にも関わらず和やかに会話する男共に、木虎は驚きの声を上げる。今回迅の要請を受けたのは自分達嵐山隊だけでは無かったのか?

疑問をそのままぶつけると、迅はぽりぽりと頭をかいた。

 

「ダメ元で声かけたんだ、比企谷にも」

狙撃手(スナイパー)個人2位の、比企谷八幡さんにですか?」

「あ、面識無かったっけ?」

「いえ、あるにはあるんですが。あの人、本部で殆ど顔を見ないので何処かの支部かと」

「普通に本部所属だよ」

「なら何故?」

 

嵐山隊が広告塔として常にさまざまな場所で忙しくしている、というのもあるが、それにしても彼との遭遇率は異様に低い。理由は本人から帰ってきた。

 

『サイドエフェクトの関係でな。俺の防衛任務のシフトは殆どが深夜から明朝にかけてなんだ』

「そう、ですか」

 

木虎はそれ以上の追求を辞め、口を噤んだ。サイドエフェクトはその人に対し必ずしも祝福を与えるものではない。B級2位の影浦雅人が良い例だ。気分悪そうに医療ルームに入って行くところをよく見かけた。

 

「良く言うよ。単純に人付き合いが面倒なだけだろ?」

『そうとも言う』

「…」

 

額にアオスジを浮かべる木虎に、フォローの達人たる時枝が肩を叩く。そうだ、今はそんなことをしている場合ではない。

 

「それで、冬島さんはどうなったんですか?緊急脱出(ベイルアウト)したならここからでも見える筈ですけど」

『いや、本部出る前に捕まえた。医療スタッフに扮して酔い止めって騙して睡眠薬飲ませた』

「何してるんですか貴方は!?」

 

予想外にもほどがある手段をとる先輩に、木虎は我慢できずに大声で叫んだ。時枝は咄嗟に周囲を索敵、敵がまだ来ていないのを確認する。

 

『なんだ、下剤の方が良かったか?』

「そういうことじゃないですよ、バカですか比企谷先輩!」

『俺に言わせりゃ緊急脱出(ベイルアウト)による戦闘不能も薬物での体調不良も大差無い。つまり騙される冬島さんが悪い。勉強になっただろ、知らない人から貰ったものを飲んだり食べたりしちゃいけませんって』

「最低です!」

 

軽蔑した。木虎藍は少々ナルシストな面が見受けられるが、その本質は正義に属するものであり、何より自らに自信を持っている。トリオンが少なく苦労した事も、それに腐らず並々ならぬ努力を積み重ねた事も、全て彼女の実力に繋がっているのだ。

だからこそか、そんな人の努力を嘲笑うかのようなことを平然と行う彼の言動に虫酸が走った。

 

「あー、木虎。気持ちは解るがその辺で…。今にも三輪隊が来そうだしさ」

「迅さんも迅さんです!こんな人に頼らなくても私たちだけで充分でしょう!?何で呼んだんですか!」

「うおっこっちきた。でも、木虎は今回あんまし乗り気じゃなかったような…」

「それとこれとは話は別です!」

「落ち着いて木虎」

 

どうどう。暴れ馬を宥める際の掛け声を言う時枝に、フシャーと威嚇する木虎。

 

『はぁ…。取り敢えず迅さん、離脱して下さい。俺は、嵐山隊の援護にまわります』

「り、了解。じゃ嵐山頑張ってな、…色々と」

「おう任せとけ!」

「援護なんていりません!比企谷先輩は今すぐ帰って貰って結構です」

『そうかよ。じゃ連携なんざ捨てちまうか。俺も勝手にやらして貰うぜ』

「え、あっちょっ」

 

ぷつっと切られる通信に木虎は狼狽える。食い下がってくるものとばかり思っていたため、何の躊躇もなく「連携を捨てる」という彼に驚いた。だが此方から通信し直すのも負けたようで癪だ。

悶々としているとパン!と手の叩く音が聞こえ、嵐山准が真剣な顔で見ていた。

 

「さ、これでトラップの懸念は無くなった。木虎、彼のやり方に文句はあるだろうけどそれはこの戦いが終わってからだ。いいな?」

「…はい、分かりました」

「よし。行くぞ!」

 

 

 

 

迅対太刀川、風間隊、そして狙撃手(スナイパー)3人。

前衛に太刀川と風間、その援護として歌川、菊地原、後衛に当真と奈良坂、古寺。

 

戦力差7倍、圧倒的である。それでも攻め切らないのは、迅が(ブラック)トリガーを所持しているからではない。抜きはしたが、「風刃」の真価たる能力は発揮されておらず、只のブレードとしてのみ使用されている。ならば何故か。

単純に迅は常に後退し続けているからだ。決して深追いせず、自分の安全を確保した上でのみ戦っている。

 

「面倒だな」

「ここまで当たらないのも悔しいですね」

 

奈良坂と古寺は呟く。迅のサイドエフェクトは狙撃手(スナイパー)殺しといっても過言ではなかった。精密であればあるほど、相手は避けやすくなるのだ。現に、1人完全にやる気を無くしていた。

 

「当真さん、あんたも撃ったらどうだ。当たらずとも牽制にはなる」

『あ?嫌だね。外しちまうなら兎も角、外れると解ってて撃つくらいなら死んだほうがましだ。奈良坂、そんな覚悟もないからお前は3位なんだ。ってことで、俺は三輪んとこ行くわ』

「なに!?」

 

言葉と共に屋根を下りる当真勇。未来を読める迅に、狙撃は効かない。しかし当たらない弾を撃つのは誇りが傷つく。妥協点としてもう一つの戦場へ向かうことにした。

 

「いいよ奈良坂。アイツはその方が活きる駒だ。しっかし、冬島さん遅いな…」

『あー、それなんですが太刀川さん。隊長、また医療ルームのベッドで寝込んでるそうです』

「あれ?大分良くなったって聞いてたけど。まぁいいか」

 

ここで太刀川の頭から冬島という札は捨てられる。来るか分からないものをアテにするのは愚策だ。それより、今ある戦力でどう勝つか。

 

「どうした、迅。以前の様なプレッシャーが感じられんぞ?」

「やる気無いんですよ。単なる時間稼ぎ、こうしてる間に玉狛の人たちが近界民(ネイバー)を逃してるんだ」

「いや、違うな」

 

菊地原の考えを否定し、風間が口を開く。迅の狙いを理解したのだ。

だがここで暴露されると、プランAは潰えることになる。

そう彼に教えた。だから、ここでくる。

 

「こいつの狙いは…っ!?」

 

風間の背後から飛来した弾丸は、彼の左脚を破壊した。バランスを崩し倒れる風間に続けて二撃目…は、太刀川に斬り捨てられる。

だが続けての三射目は、距離の離れた狙撃手(スナイパー)に向けて撃たれた。位置を知られていると判断した奈良坂と古寺は即座にトリガーをシールドに変更し、場所を変える。

 

「狙撃だと!?」

「佐鳥、じゃないよね。嵐山隊は三輪隊が引き受けてる。なら玉狛の人たち?」

「木崎さんじゃないよ」

 

歌川と菊地原は動揺しながらも風間を庇い射線から逃れようとするが、迅がそれを許すわけもない。菊地原の腕を斬り捨てながら反論。返す刃で風間を狙うが、太刀川が割って入る。

 

「お前の相手は俺だろう?」

「えぇー、面倒だなぁ」

「太刀川、そのまま迅を任せた。奈良坂、相手の頭を抑えろ!」

『了解!』

 

指示の前から狙撃方向に銃口を向け牽制していた奈良坂だったが、相手が見えない。既に移動したのか、隠れているのか。

 

「月見さん、相手の位置は!?」

『ずっと探っているけど、レーダーには一度も映ってないわ。1人もね』

「なんだと…」

 

あり得ない。バッグワームを使用しているのだろうがそれでも戦闘中ずっと装着しているにはトリオンが足りない。

 

「僕が行きます」

「待て、菊地原。それは悪手だ」

 

菊地原は迅から距離を取り、バッグワームを起動したところで、体勢を立て直した風間が止める。

 

「なぜですか、風間さん」

「それは…」

 

再びの狙撃、今度は別方向から。警戒していた歌川の頭を狙うが、それて右肩を穿つ。

 

「ちぃ!」

「けど、下手くそですね」

 

まさかB級を連れてきたのだろうか。絶好のチャンスだというのに、外した。風間の脚もダメージではあるが緊急脱出(ベイルアウト)とは程遠い箇所だ。

 

「違うな、そういう指示を受けたんだろう。そうだな、迅?」

「さぁてそれはどうかな」

 

曖昧な言葉で濁す迅だが、最早確信した。だが悠長に話す時間は無い。相手の居場所も解っていないまま、トリオンも漏出し続けている。今出来ることといえば、

 

「へー風間さん、上手いこと考えたね」

「単なる応急処置だ」

 

スコーピオンを板状にし、左脚からの漏出量を減らす。これで、活動限界までの時間はある程度長引くだろう。それでももう玉狛まで行くほどは残っていない。

風間隊で無事なのは1人も居ない。太刀川が無傷なのが救いだが、彼1人で(ブラック)トリガーを相手取るのは不可能だ。

狙撃手(スナイパー)も場所を変えるため移動している、援護は望めない。

 

「…認めよう、こちらの「おいおい風間さん、何言ってんだよ」…太刀川」

「まだ負けちゃいないさ、そうだろう当真?」

 

瞬間、彼らの頭上を一発の弾丸が通過した。

 

 

「なん…だと…っ」

 

まさか捕捉されてるとは思わなかった。某死神漫画の御家芸を言ってしまうほど驚いた。コンマ1秒、避けるのが遅れていたらやられていた。現に左肩から先の感覚が無い。これ後からめちゃくちゃ痛いやつだが、甘んじよう。俺のスタンスは「見つかったら負け」なのだ。

この戦闘、勝とうが負けようがもう個人的には死んだも同然。

 

しかし役目は果たさなくてはいけない。依頼内容は「トップチームの撤退、妥協して撃破」である。撃破の方が手っ取り早いが、依頼主(クライアント)の要望は極力応えるのがベストである。

 

「それはそれとして」

 

場所が知られたのならもう俺に出来ることはない。嵐山隊の方は行こう。当真さんが戻ってきたのならあっちは狙撃手(スナイパー)が居ない。

痛いところを突くのは俺にとってマナーに等しい。

 

 

 

「やはりか…」

 

狙撃が止んだ。倒したなら緊急脱出(ベイルアウト)の光が空に見える。当真が外すわけもないし、恐らくどこかに手傷を負わせたはずだ。

 

「レーダーに一切映らない狙撃手(スナイパー)、奴ならばバッグワームタグを(サブ)に付けていたな。つまり、お前は本部長派の嵐山隊だけでなく無所属で無派閥のために自由に動ける人材。

比企谷八幡も応援として呼んでいたということ」

「あっちゃー。当真が帰ってくるのはちと読み流したな。けど、やっぱりいい腕してるよ、アイツは」

 

「…比企谷か」

 

種明かしを始めた攻撃手(アタッカー)たちをスコープ越しに見つめながら、奈良坂は襲撃者の名を当てる。

たしかに奴ならばあり得る。嵐山のように律儀に姿を見せる訳もなく。不意打ち、騙し討ちは当たり前。

 

『当真くんが戻って来たと解った途端三輪くん達の方へ向かった辺り、彼の意地の悪さが出てるわね』

「月見さん…、比企谷のこと嫌いなんですか?」

「いいえ?褒めてるのよ。東さんの姉弟子としてね」

 

そうとは思えない言葉だが、実際月見は褒めていた。東の正当後継者といえる月見に対し、比企谷は我が道を往くといった具合だ。

しかし東の教えをないがしろにしてるのではなく自分なりに飲み込み、武器としている。それが今回の行動でよく理解できたためである。

 

「そして、お前の狙いは俺たちの撃破ではなく撤退。そちらの方が本部との軋轢も小さくなるからな。そう看破した途端、奴に脚をやられた。恐らくあそこで言えばお前にとって不利益となる、そう奴に教えたのだろう」

「流石風間さん、全部お見通しかな」

「皮肉か?」

「じゃあ風間さん、あの時僕を止めたのは」

「奴のトリガーにはメテオラとスパイダーがある。そこら中に即席のトラップが仕込まれていただろう。それも、緊急脱出(ベイルアウト)しない程度に程々の威力に調整されたな」

 

舐められている、そう感じた。だが、この戦況で何を言っても負け惜しみにしかならない。ここからどう逆転するか。

そう風間が考えていると、未だ迅を釘付けにしていた太刀川が声を上げた。

 

「当真、そのまま比企谷を追え!三輪の邪魔をさせるな。風間さん、やれるな?」

「…ふん。誰に向かってものを言っている。歌川、菊地原、隠密トリガー(カメレオン)を起動するぞ。奈良坂と古寺はなりふり構わず隙があれば撃て。俺たちに当てても文句は言わん」

 

このままジリ貧に陥るよりも、短期決戦にて決着をつける。不退転の決意を固めたトップチーム等に、迅は大きく息を吐いた。

そして、「風刃」に光の帯が生まれる。

 

「っ!」

「さて、ラストスパートだ」

 

 

『待てよ比企谷。偶には俺と遊ぼうぜ』

 

オープン回線越しに語りかけられ、一瞬体が硬直する。もう場所がバレた?いや、違う。適当に足止めの台詞を吐いてるだけだ。構わず移動する。

 

『…やっぱ止まっちゃくれねぇか。流石だぜ比企谷、俺の一番して欲しくないことをやりやがる』

 

失礼な。俺は常に相手のことを考えているだけだ。他意はある。

 

『けど今更行ったってもう決着ついてるかもしれないぜ?なら、お前の行動は無駄だ。それよりお前も気にならねぇか、ボーダーで一番の狙撃手(スナイパー)は誰なのか』

 

全っ然興味ない。材木座の「これで解る、我渾身の最強トリガー!」なる講座くらい興味ない。誰も参加してなかったし。

 

『前から不満だったんだよ。ボーダーでの成績なんぞより、こういうマジな実戦でこそはっきり解るってもんだ』

 

知らんがな。俺を巻き込むな、奈良坂と勝手にやってろ。

 

『お前はどうだ、本当に興味ないのか?』

 

ないね。

 

『お前の妹に「お兄ちゃん、一番なの!?凄いね!」って言われる絶好のチャンスなのにか?』

 

…。

 

 

 

 

「…当真先輩って馬鹿なんですか?」

「俺に聞くなよ。それに、アイツには効果的だぜ?さぁ、どう出る」

 

つい、目の前の敵に聞いてしまうほど木虎は目を据わらせていた。それを間近で見ていた米屋もつい苦笑する。

空きマンションの屋内で戦闘を繰り広げていた2人だが、そこでいきなり通信が入ったのだ。2人共屋内のため戦況が分からず睨み合ったまま聞いていると、どうやら当真勇が比企谷をどうにか足止めしようとしているらしい。

先まで一切影も形もなかった比企谷は、どうやら迅の方にいたらしく。そこから此方に向かう途中だった。そこへ当真が追撃を任された、ということか。未だどちらも落ちていない、ここまで長く緊張感の漂う空気はランク戦でも稀であった。

だというのに、当真からの妙な台詞にがっくしと肩を落とす。そんな言葉で靡く人間がどこにいるというのだ。全く、阿呆らしい。

 

『…いいぜ、受けて立つ』

 

いた。

 

「…はぁ!!?」

「うはははは!流石シスコン、馬鹿丸出しだ!!」

 

意味が分からない、そんな表情の木虎と爆笑する米屋。腹痛ぇ!と叫ぶ米屋は隙だらけだが、ショックのでかい木虎は動けない。まさか、でも、えぇ!?頭の中でパニックを起こしていた。

 

「あぁ、木虎は知らなかったっけ?比企谷って、重度のシスコンなんだよ」

 

仮にも仲間であるボーダー隊員に薬を盛り、恐らく此方が優勢だったと言うのに、「妹に褒めて貰える」などというあり得ない理由で勝負に乗る。木虎の中で、比企谷八幡という隊員の株は凄まじい速度で急降下していた。

 

『そう言うだろうと思ったぜ。…俺の白鷺(イーグレット)とお前の夜梟(ナイトアウル)。どちらが上かいっちょ勝負といこうか』

 

そこでぷつんと切られる通信。戦いが始まったのだろう、1位と2位の戦いが。しかし最後に気になることを言っていた。

 

「ナイトアウル?」

「比企谷の狙撃トリガーだよ。実質あいつしか使ってない、使う意味がないからな」

「それはどういう意味?」

 

つまりだな、そう言いながら槍を構える米屋に、木虎も腰を落とした。

 

「あとは本人から聞きな!」

「話しかけたくないわ!」

 

 

ボーダーに存在する狙撃手(スナイパー)用トリガーは全部で3つ。

射程に秀でた白鷺(イーグレット)

弾速に秀でた雷光(ライトニング)

威力に秀でた朱鷺(アイビス)

 

だが何事も例外は存在する。俺の夜梟(ナイトアウル)もまたその一つ。こいつの特性は「完全マニュアル」。3つのステータスの内どれを優先するのかを1発1発変更することができる。

射程に特化させ白鷺(イーグレット)に似せるか、はたまた弾速と威力を掛け合わせ雷光(ライトニング)朱鷺(アイビス)の中間のような狙撃を行うか。

 

無論弱点も点在する。例えば威力に全振りしたとしてもオリジナルたる朱鷺(アイビス)を超えることはない。リアルタイムで設定変更を行うため装填にある程度時間が掛かるし、消費トリオンも他より膨大だ。

癖も強い。狙撃手(スナイパー)なら分かると思うが、狙撃銃には其々癖が存在する。コンディションと言うべきか、本当に緻密で細かいところでズレが生まれるのだ。それは、コンマ1ミリという狙撃の世界では致命的である。

 

そもそも他の狙撃銃と2挺持てばいい話である。実際他のボーダー隊員はそうしている。奈良坂とか3つとも持ってるし。俺のようにトリガー構成に空きのないものしかこれは必要ない。

 

それでも俺がこれの開発を頼んだのは、1人で戦うという決意表明。その現れだからだ。

 

「さて、どうしたもんか」

 

緊急脱出(ベイルアウト)をさせたら負け、しかし此方がしても負け。だが時間は俺の味方だ。迅さんが太刀川さんたちを撤退に追い込むまで時間稼ぎに徹すればいい。そんなことをボーダー第一位狙撃手(スナイパー)様が許すわけないが。

 

狙撃手(スナイパー)同士の戦闘はとても静かなものだ。相手が射線に入るということは、つまり相手の射線に入るということ。

どちらが先に見つけるか、ちょっとした隠れんぼみたいなものだ。したことないけど。

そのまま待ちに入り、相手の行動を待つ。時間が経てば経つほどこっちが有利になる。

嵐山隊対三輪隊。その横数百メートルで、俺対当真さん。

 

 

ここで想定外のことが発生した。

ここら一帯で数少ないマンションから、音を立てて2人の隊員が飛び出してきたのだ。米屋と、木虎か。既に米屋は致命傷を負っていた。

それを下から攻撃するのは、射手(シューター)ナンバーワンの出水公平。木虎を襲う寸前、フォローに入った時枝のシールドに塞がれる。

しかしここで時枝の頭を穿つのは、当真さんの狙撃。俺を足止めすると見せかけて既にあっちと合流していたのか。

 

久しぶりにしてやられた。これは俺も本気にならざるを得ない。

素早く装填を済ませ、設定を施す。弾速に全振り、次点で射程。攻撃力は皆無だが、それでいい。これは相手のトリオン体を撃つ為の弾丸ではない。

 

そうして、木虎に向けられた第ニ射に空中でぶち当てる。左腕が無くとも何ら支障はない。あの日以降片腕片脚の訓練を積んだからだ。

 

「っだと!?」

 

出水の驚く声を尻目に、俺は素早く移動する。同時に時枝と米屋の緊急脱出(ベイルアウト)による光が見えた。

 

「絢辻、聞こえるか?」

『はい、聞こえてますよ比企谷くん』

「すまん、俺のミスだ。当真さんを抑えきれなかった。時枝に謝っておいてくれ。それと狙撃ポイントを割り出してこっちに送れるか?」

『了解しました。それと、謝罪の件は特に必要ないと時枝くんも仰っています』

「いや、俺自身が我慢ならん。小町に怒られちまう」

『結局危惧しているのはそこなんですね…』

 

半ば呆れた声を出す嵐山隊オペレーターの絢辻遥。ボーダーにもファンが多いと聞く。だが、一度彼女の絵を見た俺はクトゥルフ神話を連想させられた。彼女は海魔を生み出す能力を持ってるのだ。

ジル・ド・レェかよ。

 

「で、佐鳥は何処だ?」

『ひ、比企谷先輩やりますねぇ!弾当てとかまじかっけぇっす!』

「そういうのいいから。お前も仕事しろ」

『辛辣ぅ!』

 

お調子者ツイン狙撃手(スナイパー)、佐鳥賢。軽口とは裏腹に、俺はこいつのツインスナイプなる技術を評価していた。邪道なところがいいね。

 

「もう迅さんところも決着がつくだろう。俺たちは緊急脱出(ベイルアウト)されなきゃ勝ちだ」

『それじゃ駄目です!』

「…木虎か」

 

焦るような木虎の反論に、内心辟易とする。時枝の緊急脱出(ベイルアウト)が自分のせいだと考えているのか。だとしたらそれは間違いだ。

しかしそれを言って止まるやつではないのは、テレビを見て理解していた。雪ノ下と同じくプライドが高く、負けん気が強い。こういう類には下手に押さえつけても逆効果だ。

 

整理しよう。今こちらでは嵐山隊の嵐山准、木虎藍、佐鳥賢、そして俺こと比企谷八幡。万能手(オールラウンダー)2人に狙撃手(スナイパー)2人。遠距離向きのパーティだ。

対するは太刀川隊の出水公平、三輪隊の三輪秀次、冬島隊の当真勇。

射手(シューター)万能手(オールラウンダー)狙撃手(スナイパー)が1人ずつ。やや遠距離寄りの中距離か。

 

嵐山さんは足に鉛弾(レッドバレット)をつけている為動きは鈍い。

どこかで追いつかれるだろう。ならば陣形に誘い込む。

 

「なら、俺に作戦があります」

 

 

 

「比企谷ぁ!?あいつ来てんのかよ!成る程、さっきの狙撃もあいつの仕業か。ったく、東さんみたいなことしやがって」

「比企谷っ…!」

 

当真勇からの情報に出水公平は大げさに驚く。先の狙撃は佐鳥かと思っていた。しかし、予想外の返答が返ってきたためである。

 

比企谷八幡。ボーダーA級にして部隊に所属しない唯一の隊員。故にランク戦にも出ず、A級で最も知名度が低く情報が少ない。そんな彼が何故迅に協力するのか。

 

そこまで考え三輪秀次は思考を閉ざした。どうでもいい、奴は敵だ。ならば打ち果たすだけである。

 

「おっと、レーダーに映った」

 

出水の言葉に、三輪も自分の索敵を行う。丁度自分たちと玉狛支部の直線上に、1つ。嵐山だろう。佐鳥と木虎はバッグワーム、比企谷はバッグワームタグで隠れている。

 

「どうする、完全に罠だぜ?ちょっと時間掛かるが迂回した方がいい」

『その時間はあんまり無い。太刀川さんたちは不利っぽいし』

「んじゃむざむざ蜂の巣にされろってか?当真さん何か考えでもあんのかよ?」

『それを考えるのは三輪の仕事だろ』

「…こうして悩ませ、焦らせるのも狙いの1つでしょう。なら、直ぐに行動するべきです。当真さん、2人の狙撃手(スナイパー)をお願いします、いざとなったら俺がカバーに入るので。出水、お前は嵐山さんと木虎だ」

『了解』

「はいよー」

 

そのまま、放棄地帯を走る。レーダーに映る反応は微動だにせず、接敵まで後30メートルを切ったところで、出水は大きく跳んだ。

目標、公園の真ん中にいる嵐山准。

 

炸裂弾(メテオラ)!」

 

出会い頭の爆撃が嵐山に襲いかかる。豊富なトリオンにものを言わせたゴリ押し。単純明解な分威力も高く、シールドを構えていた嵐山にすらダメージを与える。が、耐えきった。

 

「うお、やるなー」

「すぐに退くぞ。深追いせず木虎の奇襲と狙撃を警戒する。このまま嵐山さんを削りきる」

 

言いながら、建物の陰に隠れる。

公園の隣にはマンションがいくつもあるため、狙撃手(スナイパー)には絶好の場所と言える。何処から撃たれるか分からない。

比企谷のせいで木虎はまだ無傷のままだ、こちらも警戒がいる。

 

変化弾(バイパー)

 

死角から攻撃するため、弾道を操作できるキューブを生成する出水と、鉛弾(レッドバレット)を拳銃に装填する三輪。これなら狙撃手(スナイパー)の脅威に晒されずに済む。

 

「嵐山さん!あんたの部下はどこだ!?」

「それは言えないな!」

「ふん、まぁいい。1人ずつ潰していくだけだ」

 

『あー、カッコつけてるとこ悪いが、もう終わりだ』

 

真上からの狙撃と奇襲。陰に隠れた建物、敵はそこに潜んでいた。

木虎が飛び降り、着地前の足蹴りが出水の右腕、狙撃は三輪の左腕をそれぞれ奪った。木虎の右脚にはスコーピオンが纏わせてあり、それが攻撃力を強化したのだろう。

 

「な、に!?」

『ここに隠れると思ったよ。嵐山さんを攻撃できて、かつ狙撃を受けにくいここにな』

 

未だ姿を見せず淡々と話す男に、徐々に理解が追いつく。読まれていた、ということだろう。だがまだ勝負はついていない。三輪はすぐさま近距離戦に備えて孤月を抜く、が。

 

「まだだ!」

『いいえ。三輪くん、作戦終了よ』

 

ここでオペレーターからもストップが掛かる。味方からの言葉に、流石に足を止めた三輪。タイミングを見計らった月見が落ち着いた声で語りかける。

 

『太刀川くんと風間隊はトリオン切れで撤退したわ。奈良坂くんと章平くんももう撤収済みよ』

「……っ!!」

「くああー!負けた負けたー!」

「ま、しょうがないか」

 

戦いが終わったのを知ったのか当真も姿を現わす。嵐山は自分の隊員達全員に労いの声を掛けていた。

 

「5位のチームに負けたのは落ち込むなぁ」

「うちの隊は広報の仕事を加味した上での5位なんです。そこらの5位と一緒にしないで下さい」

「かぁー腹立つ!で、いつまで隠れたんだよ、比企谷!顔くらい見せたらどうだ?」

『…』

「無視かよ、さっきまでドヤ顔で喋ってただろうが!」

 

叫ぶ出水を尻目に、三輪はやり切れない怒りを抱く。なぜ、邪魔をする。理解出来なかった。

 

「嵐山さん、あんたらは解ってないんだ。身近な人間が殺されてからでは遅い。迅は甘すぎる。いつか、必ず後悔する」

「後悔なら、あいつだってもうしてるだろ。あいつの母親も、師匠の最上さんだって失ってる、近界民(ネイバー)によってな」

「…!」

「その上で、あいつは動いてる。だから協力するんだ。…さ、帰る前にこの重り、外して貰えると嬉しいんだが」

 

「くそっ!!」

 

 

争奪戦は迅さんの勝利だ。俺の勝利ではない。先述の通り、俺は既に死んだ身だ。あれではだめだ。更に研鑽を積まねばなるまい。

それより今漸く理解できた。俺が三輪秀次を苦手としている理由。

 

『いつか、必ず後悔する』

 

あいつは俺だ。正確には、『比企谷小町』を喪った(比企谷八幡)だ。成る程、知りたくもないイフを見せられるのは耐えられない。

他人に勝手に自分を投影して、勝手に同情して、勝手に嫌悪する。

ああ、俺はなんて嫌な人間なんだろうか。それでもこのままでいなければならない。

 

『いやー、助かったよ比企谷。お陰でプランAのまま無事終えることができた』

「そうですか。あんたが満足ならそれでいいですよ。それで、例の報酬の件ですが」

『うん?あ、マッカンのこと?ったくお前もよっぽど「そっちじゃねぇよ」…あぁ、分かってる』

 

嵐山隊の手前、そういった報酬で動いていると誤魔化したが、この俺がそんな軽いもののために本部に喧嘩売るような馬鹿な真似するわけがない。というかよくあんなので嵐山さん納得したな。そんなに俺がお人好しに見えたのか?

 

俺がボーダーに入ったのは金のためでもあるが、それ以上に大きな理由があった。

 

「例の大規模侵攻の時、小町を最も安全な場所に避難させる優先権」

『解ってる。俺のサイドエフェクトで洗い出した、絶対に被害を受けない場所を後でそっちにデータで送るよ』

「有難う御座います」

 

命は1人1つ。誰しもが平等に与えられたものだ。今回の俺の行動で、被害を受けるべきでなかった人間が傷つくかもしれない。

だがどうでも良い。俺は俺のしたいようにやる。

 

『けど、先に言っとくぞ比企谷』

「なんですか?」

『お前の気持ちは痛い程よく分かる。俺だってこのサイドエフェクトが発現してから必死に奔走したからな。それでも、俺は母親も、最上さんも救えなかった。未来は絶対じゃない、お前の行動で逆に小町ちゃんが危険に陥る可能性だってある。それを、よく分かっててくれ』

 

お前はおれのようになるな。そう言っている気がした。

 

「了解しました」

『それともう一つ』

「…何ですか?」

『もっと、彼女を信じてあげたらどうだ?』

「あんたには関係ない話だ」

『そうか、余計なお世話だったな。悪い』

 

 

通信も切られ、完全な静寂が訪れる。ほかの隊員も全員撤退したらしい。真夜中、廃墟にて佇む俺はまさに死人だ。

 

「草木も眠る丑三つ時」という言葉がある。人も動物も、植物すら眠ってしまう時間帯。そして、その時に活動を始める闇に潜むものたちが居ると昔から言い伝えられていた。

ならば眠れない俺は、逆説的にそんな奴らと同類ということだろう。

 

 

今この時も敵は動いているかもしれない。見ず知らずの人間を奴隷にする為にこの街を襲い、策を練り狡猾な罠を張り人を殺す。何から何まで最低な行為だ。そんな者を相手にすると思うだけで恐ろしい。

 

それでもやることは変わらない。敵の情報を集め考えて、対処する。幸運にも俺はその時間が他の人よりも少しだけ多いのだから。



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第7話

何度か書き直しました。
誤字脱字多いかも。

今気づいた、邂逅編なのに邂逅してない?



後日談。という語り始めで良いのか解らないが、正確にはその日で終わった話なので(のち)の日の(はなし)とは言い難い。まぁせっかくなので使わせてもらおう。

兎にも角にも後日談となるが、結局迅悠一はあの戦闘の直後上層部に直行し、玉狛支部に所属したらしい近界民(ネイバー)の正式加入を認めさせた。

代わりに(ブラック)トリガー「風刃」を差し出して。これで、俺以外のA級ソロ隊員の誕生だ。

 

本部長派たる嵐山隊は忍田さんが庇いお咎めなし。俺もまた迅さんに唆された、ということで処罰等は見送られた。しかし、これからはある程度監視がつくことだろう。客観的にも玉狛派として扱われるだろうし。俺の心情的には消極的な本部長派なのだが。

ぶっちゃけ人型近界民(ネイバー)とかどうでも良い。重要なのはその個人が危険思想を持っているかどうかだ。それを迅さんが保障していると言うのだ。異論は無い。

 

正直、迅さんの手腕には賞賛しかない。あの厳格な城戸司令から譲歩を得られるとは。交渉の基本にして究極を見た。曰く「優位に立って主導権を握る」、全くもって同意である。

 

「で、比企谷。何か申し開きは?」

「申し開きも何も、この書類に何か不備でも?」

 

こうして虐げられる立場になってよく分かる。これが交渉(物理)。

 

「『希望する職業、サラリーマン。

希望する職場、適所。

希望する理由、特になし』

君はあれか、こうやって書いたらカッコいいとか思っちゃう痛いやつか」

「格好良い?…とは、特に思いませんが。思いつかなかったんですよ。悩んだんですがね」

「なお重症だな」

 

つまらん答えだ。平塚先生は不機嫌そうに言った。変わっていない俺に、何かしらの期待をしていたのだろう。奉仕部での刺激が俺の感性、思想に影響を与えないのではないかと。

 

ある日の放課後。俺は職場見学の希望記入用紙、それを巡りこうしてまたお説教をいただいていた。例によって雑用を任されながら、したり顔で語る。

 

「人は早々変わりませんよ」

「ならば変わるまで諭すだけだ」

 

諦めるつもりはないと不敵に微笑む平塚先生に見惚れてしまった。

ちっ、見事にカウンターを食らったぜい。

 

「しかし意外だな。ボーダーにそのまま就職するのかと思っていたよ。てっきり内定を貰っているものかと」

「妹の学費分稼げたら辞めますよ。そもそも生活費の為にボーダーになったんで」

「君の分は?」

「スカラシップとって、後はバイトでも」

「まぁ君の成績なら問題ないか。大学は行くつもりか」

「一応」

 

成績学年一位とまではいかないものの、全科目にて5番目までに入っている。これも日頃の勉強の賜物。最近の企業では高卒で働けるところは限定されてしまうからね。全く世知辛い。

 

「あぁー!居た!」

 

突然聞こえてきた由比ヶ浜の声。そういえばもう部活の時間を過ぎていたな。次いで後から雪ノ下もやって来る。

 

「貴方が遅いから探してのよ、由比ヶ浜さんが」

「そういうお前も来てるじゃねぇか」

「…偶々、暇だったからよ」

「まじ大変だったんだからね!他の友達に聞いても大体「え、誰?」だし、知ってる人でも「あぁ、あの」って言葉濁すだけで何も教えてくれなかったんだから!」

「なんで怒られてんだ俺」

 

そんな名前を言ってはいけない例のあの人みたいな扱いだったのかよ。

 

「普通に連絡くれよ。放送で」

「そこまでおおごとにすることでもないし!?」

「ここで携帯電話という発想が無いあたり、使い慣れていないのね」

 

作業も終盤に差し掛かり、平塚先生からお許しをもらったので、彼女らに連れられ部室に向かう。が、教室を出る直前に呼び止められた。

 

「言い忘れていたが、今回の職場見学は3人1組のグループを編成してもらう。しかし今年からボーダーへの見学者のみ、団体での参加を計画している。去年も希望者が殺到して諸々大変だったからな。

ボーダーとしても、これを機会に我が校からも隊員を募りたいらしく色々と計画しているそうだぞ?」

「はぁ、知りませんでした」

「つまり君から何か希望がなければ見学先はボーダーに決まる可能性が高いということだ」

「ま、そん時はそん時でいいっすよ」

 

我が総武高校に所属するボーダー隊員は俺くらいだ。C級隊員が数人居そうだが、流石にそこまで把握していない。学校自体ボーダーから離れているというのもあり、ボーダーという組織に対し他の高校に比べ無知な部分がある。そんな中クラスのぼっちが実はボーダーだったなんて知られたら少し騒がれるかもな。

どうしたもんかと悩んでいると直ぐに奉仕部に着く。と、由比ヶ浜がこちらを向いてもじもじとしだした。

 

「なんだ」

「え、えーと!ほら、ケータイおしえて?べ、別に深い意味はないし!あの、部活のこととか連絡するのに便利だし、ね?」

「あいあい」

 

由比ヶ浜に請われ、俺はポケットに入っていたスマホを差し出した。

持ってるはいいがアプリ等も殆ど入れていないし、学校でも本を読んでいるので使わない。

 

「あ、あたしが打つんだ。…え、普通に連絡先沢山入ってる!?東さん、加古さん…こ、これって女性の名前だよね?ヒッキー!」

「ボーダーだボーダー。防衛任務とかでシフト一緒になるんだよ」

 

だからそんな顔近づけんな。

ソロの俺は穴埋めとしてもよく使われ、B級下位のみのシフトの際援護支援として入ったり、狙撃手(スナイパー)の居ない部隊がシフトの時に呼ばれたりと防衛任務で人と接する機会は多い。

お陰で連絡先はそこそこ知っている。というより無理矢理交換させられた。ボーダーって強引な人多いっすよね。

 

「最初に出てきた東さんってのが元A級1位部隊を率いてた人でな。狙撃手(スナイパー)として弟子入りしたんだ。加古さんもその関係で知り合った」

「えーきゅう?」

「訓練生がC級、主力隊員がB級、精鋭がA級。その中で1番ってこは、つまり1番強い部隊だったってこと」

「へぇーすごいね!」

「それで、貴方の階級は?」

「A級番外」

「…番外、なんてあるの?」

「ボーダーってのは基本部隊で活動するもんだからな。俺は部隊に所属してないからランクも何も無い」

「精鋭であることを感心するべきか、ここでもぼっちであることを呆れるべきか。悩ましいところね」

 

ほっとけ、そう吐き捨てながら由比ヶ浜からケータイを返してもらう。真新しい連絡先として「☆♡ゆい♡☆」なる名前が入っていた。冗談抜きでやめてほしい。つーか、この短時間でよくこんな飾り付け出来たな。

 

唐突に、扉がノックされる。どうぞ、という部長の返事が聞こえたのか、すぐに扉がスライドされ中に入ってきたのは。

あのイケメン野郎だ。

 

「奉仕部ってここで合ってるかな?平塚先生から紹介されてね、いやー中々サッカー部から抜けさせて貰えなくて」

「それで、本題は何かしら?葉山隼人君」

 

暖かな声音を突き刺すように、氷の女王が視線をやる。ある程度その態度を予想していたのか、そいつはケータイを取り出し、画面を何故か俺に見せてきた。同時に左右に女子2人が寄る。疑問を抱いているのは俺だけか。

 

「最近、クラスでチェーンメールが流行っててね。クラスの雰囲気が悪くなってるんだ。けど、犯人探しがしたいんじゃない。チェーンメールを止めたいだけたんだ。頼めるかな?」

 

言いながら見せられるのは「戸部はヤンキー。大和は三股。大岡はラフプレー」といった内容。由比ヶ浜もまた迷惑していたらしく、仕切りに頷いていた。てかお前知ってるなら今見る必要無かっただろ。

 

「成る程、つまり自体の収集を図りたいと」

「そういうこと」

「なら犯人を探しましょう」

「あぁ、たの…え?どうしてそうなるのかな?」

 

動揺をするりと抜け、雪ノ下はつらつらと喋り出す。

 

「チェーンメール。あれは人の最も醜い部分から生まれた最低の産物。止めたいのなら、その大元を隅々まで焼き尽くさないと駄目よ。加減なしに、躊躇なくね。ソースは私」

「実際にあったんだ…」

 

用意に想像できる。こいつがターゲットにされ、ものの数日で根絶やしにされるところまで。

 

「チェーンメールが出回りだしたのはいつ?」

「先週くらいからかな」

「先週、ってーと職場見学の話があったな」

 

それで諸々あった為よく記憶している。すると由比ヶ浜が「それだ!」とずびっと指を指してきた。

 

「ほら、3人1組って言ってたじゃん?こういうのって、誰と行ったかってけっこー大事だし、後々の関係に響くから」

「そんなもんか?」

 

高々その程度で響くような貧弱な関係は要らねえ、という個人の意見は捨て置き。由比ヶ浜の意見通りだとすると、犯人は見えてくる。

依頼人含めこいつらは4人でつるんでいる。だから職場見学の時にハブられるのが嫌だ。辻褄は合う、依頼人は認めたくないないらしいが。

3人を貶める記事をどうにかして欲しくて来たというのに、出た結論は3人のうち誰かが犯人だということ。これ以上ないダメージだろう。

 

 

「あいつらがそんな…。けど…」

「特定する必要は無い」

 

俺の言葉に、3人が此方を見る。目線が何故かと問うてくるため、少々もったいぶって答えてやる。

 

「茶髪。お前多分3人と話してる時に「ボーダーに興味無い」って言っただろ」

「ち、茶髪って…。あ、あぁ。前の昼休みに一緒に食べてる時、戸部に見学先を聞かれて、外資系がいいなって答えたよ。ボーダーはどうかって聞かれた時も、別にいいかなって」

「それ諦めてボーダーに行け」

「…そうか!」

 

その手があった!と喜ぶ能天気。どゆこと?と頭にクエスチョンマークを浮かべている由比ヶ浜に、雪ノ下が優しく教える。

 

「希望者の多いボーダーは特別に団体での見学をすることになっているわ。だからそこを選べば、誰か1人だけ弾かれることも無くなるわね。つまり、チェーンメールをする必要もまた無くなる」

 

雪ノ下は複雑そうだ。犯人を見つけ弾劾することが最善の手段と思っていた為、それ以外の方法を許容しにくいのだろう。確かに今後また何かしらあったときを考えるとそれが一番だ。

 

「犯人は見つからず迷宮入り。そんなその場しのぎは持たない。だから、ちと四人で話し合ったらどうだ?今、すぐ」

「比企、たにくん。そうだな、行ってくるよ、ありがとう!」

「おう、二度と来んなよ」

「ははっ、手厳しいな!」

 

依頼人はいつもの笑みを浮かべながら、部屋を出て行った。…発音的にあいつ俺の名前ちゃんと解ってて言ってやがるな?まぁ知ってたが。

病的なまでに平等に固執するあれが、俺の名だけ頑なに呼ばない。釈然としないが客観的には良い傾向だろう。釈然としないが。

ふと視線を感じた。雪ノ下と由比ヶ浜が此方をじっと見つめて、何やらこそこそ話している。

 

「…ね、ゆきのん。ヒッキーと隼人くんて、なんか、ちょっと微妙に仲良さげじゃない?どーゆー関係なのかな」

「さぁ。私は興味無いわね」

「でもでも、ヒッキーちょっと笑ってたじゃん。ゆきのんも見てたでしょ」

「ええ、まぁ」

 

「聞こえてるぞ。特定の人物が聞いたら鼻血だしそうなこと言うな、別にあいつとは仲良くねぇよ。つか前嫌いだって言っただろうが」

 

特定の人物とは勿論あーしさんもよく一緒にいるメガネ女子の類の女子のことだ。あそこらへんは何に食いつくかわからない。

 

 

「雪ノ下。お前の主義とは違う解決手段を俺は提示した。何か不満はあるか?」

「…いいえ。依頼人の要望に添えるか、といった点で貴方の意見は私に比べて優っていた。その後また出回るようなら探すしかないけれど」

「ま、大丈夫だろ」

 

こうして依頼は速攻で片付いた。楽でいいな、今度からもこれくらいのばかりなら尚良いんだが。

 

 

こうしてチェーンメール事件は無事迷宮入りを果たした。戸部たち3人は奴が居らずとも楽しそうに駄弁っているところを見かけるようになり、クラスの空気も回復したようだ。

そして案の定と言うべきか。俺の見学先はボーダーになった。余り物のため数合わせというべきか、そもそも「適所」と記述したのは俺の為文句は言わない。

 

 

いや最早そんな事はどうでもいい。それより今の俺にはやらねばならないことがある。たった今できた。

 

「で、小町。このファッキンクソヤローは誰だ?返答次第ではこの店は血に染まるぜ」

「きもいよお兄ちゃん。まじきもい」

「うん。ヒッキーきもい」

「気持ち悪いわね」

 

放課後のファミレス。下校途中だった俺は前を歩く2人の中学生を発見した。その内1人は可憐な美少女中学生で、もう1人は正直芋っぽさの抜けない男子中学生だ。まぁそれだけなら只のカップルだなーで終わるのだが、そうは問屋が卸さない。

何故なら美少女中学生の方は、愛する我が妹だったからだ。

 

俺はすぐさまトリオン体に換装、は流石にしなかったが。完全に狙撃手(スナイパー)としてのスイッチが入り、尾行を開始した。

相手の動向を観察し、読唇術で会話を盗み聞きする。

特に恋仲と言うわけではなさそうだ。死人が出るような事はまだ無いようだ。俺としても良かった、こんな所では死体の処分にも困るしな。

 

そうして俺は、2人がファミレスに入った所を見計らい、俺もまた入店したのだ。

すると、ほんの1時間ほど前に別れた由比ヶ浜と雪ノ下、そして最近俺を名前で呼んでくる戸塚が勉強会を開いていた。別段見て見ぬ振りで良かったのだが、由比ヶ浜が俺に気づいてしまい気まずそうに手招きをしたので。

 

俺は、ため息をつきながら小町の肩を叩き、計6人でテーブルに着くことにしたのだった。

 

「は、初めまして、川崎大志っす。比企谷さんとは塾が同じで、ねぇちゃんが皆さんと同じ総武高の2年っす。名前は、川崎沙希って言うんすけど、知ってますか?」

「あぁ!川崎さんでしょ!ちょっとこわい系の」

「誰だそれ」

「く・ら・す・め・い・と!!」

「それでねー、そのおねぇさんが、最近不良化しちゃったらしくて。最近じゃ朝5時くらいまで帰らないんだって!」

「あそ」

 

俺も防衛任務の時は大体それぐらいになる時も多い。が、それはサイドエフェクトのせいで眠れないってだけの話であり、常人ならばそんな生活サイクルでは体が持たないだろう。

まぁ、男の家で寝ているのであれば話は別だが。これを言うのはナンセンスなので口は閉じておく。

 

「ご両親は何も言わないのかな?」

「うち、共働きで。弟と妹もいて忙しくてなんも言わないんす」

「家庭の事情、ね」

 

一瞬目を閉じた雪ノ下はすぐに見開き、凛とした表情で言葉を紡ぐ。

やはりこうなったか。

 

「承ったわ川崎大志君。奉仕部として、彼女の更生に手を貸すしましょう」

 

 

case1.アニマルセラピー

 

「彼女の心優しい部分を引き出すため、猫を拾うように仕向けるわ」

 

「川崎大志から連絡が来たぞ。…川崎沙希は猫アレルギーだと」

 

失敗。

 

case2.ティーチャーズレッスン

 

「ある程度距離のある大人、先生に頼んだらどうかな」

 

「平塚先生に頼んだが、ありゃ駄目だな。結婚云々を言われて逆に諭されてる」

 

失敗。

 

case3.ボーイミーツガール

 

「女の子が変わると言えば、こ、恋でしょ!隼人君、お願い!」

 

「なんか、俺フラれちゃったみたい」

 

「…っ!……っ!」

 

「ヒッキーが見た事ないくらい笑ってる!?」

 

「し、失礼だよ八幡?」

 

「…」

 

「っぐ!?て、てめぇ蹴りやがったな。フラれたからって八つ当たりか?餓鬼じゃねぇんだ、ぞ!」

 

「っつ!?君こそ、子供みたいな真似するなよ!」

 

「…隼人君がこんなことするの初めて見た。ヒッキーもムキになってる…。ね、ゆきのん」

 

「…」

 

失敗。

 

 

作戦は悉く上手くいかず頭を抱えていると、小町から連絡が来た。なんでも、川崎沙希宛にバイト先を名乗るエンジェルなんとかという妙な店から電話が来たと言う。

 

「で、この街でエンジェルと名前のつく店で、朝方まで営業しているのは2店舗しかないらしい」

「それの1つがここ、メイド喫茶『えんじぇる』というわけね」

 

俺、雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚の4人はメイド喫茶に来ていた。

今更だがメイド喫茶に男女で入るのってこう、抵抗が。別に無いな。しかし不慣れなのも事実。

 

「だから不本意ながらこの手のプロフェッショナルを呼んだ」

「それって…」

 

唐突に音もなく背後に忍びよるだれか。振り向きながら蹴りを仕掛け…。

 

「ってお前か。驚かせんな」

「それ我の台詞ぅぅ!?は、八幡?何故ゆえ攻撃モーションを!?」

「いや、お前が気配殺すからてっきり敵かと」

「お主実は世紀末出身か!?」

 

「…成る程、材木座君ね。確かにこういったことに精通していそうね」

「ゆ、ゆきのんの目が怖い…」

 

「黙ってついて来い!メイドさんにちやほやしてもらえるぞ?」

「ほう…」

 

ちやほやか。悪くない、悪くないな。いや俺は別にどうでも良いが、仕事だからしょうがないな。初めて仕事が楽しいと思った瞬間である。

が、前進しようとした瞬間に右腕を引っ張られつんのめる。誰だよエデンへの道を阻むのは。

 

「お、お前ら」

 

振り向くと、袖を摘む由比ヶ浜とその後ろから睨む雪ノ下。あり、なんか不機嫌?

 

「なーんかやな感じ」

「別に貴方の性癖なんてこれっぽっちも一切興味無いのけれど、変態谷君。貴方、メイドという文化の由来とか知っているのかしら。オリジナルも知らずに自分の下世話な欲望で汚すのはナンセンスよ」

「だってよ材木座」

「私はあ・な・た・に言ってるのよ」

 

一文字ごとに雪ノ下の白魚のような指で突かれる。だが言い訳をさせて欲しい。男なら誰しも一度くらい可愛いメイドさんにちやほやされたいだろ?そもそもメイド好き=変態という等式には異を唱えよう。

そして俺は逆転の芽を見つけた。

 

「そういうお前だってメイドに詳しいわけじゃないだろ?」

「…だからなんだというの?」

「ほれ」

 

メイド喫茶の看板の、下部分を指差す。『女性客歓迎!メイド服着られます!』の文字を。

 

「お前らも着て、メイドになればそんな偏見も無くなるさ」

「本性を見せたわね、変態」

「おいおいメイド服を着ることが変態になるってのか?そいつは流石に失礼だぜ?」

「…そうね。言いすぎたわ」

「謝罪はいらん。代わりに、な?」

「わ、解ったわ」

 

謝礼の代わりに着替えを要求する。なんか本格的に変態にジョブチェンジしそう。仕方ない、いつになく殊勝なこいつが悪い。ちょっと俯いて照れてる様子が可愛い。

 

 

「お、お待たせしました、ご主人さま?」

 

入店して少し時間が空き、制服からおしゃれなメイド服?に着替えた由比ヶ浜。うーん、普段見慣れない格好をしているせいか落ち着かなずに裾を握っているところとかグッドです。それでいて時折くれる流し目がまた。

 

「わぁ、由比ヶ浜さんすっごく可愛い!」

「そ、そうかな?ありがと、さいちゃん」

「うーむ中々に乙な…」

「あ、中二(ちゅーに)の感想はいいから」

「ほむん!?」

 

いつのまにか目の前に来ていた由比ヶ浜が、潤んだ瞳を俺に向ける。

メイド服も相まってまるでいけないことでもしているようだ。背徳感でご飯3杯はいける。

 

「ど、かなヒッキー、似合ってる?」

「…あー」

 

がりがりと頭をかく。いかんせんこういったことに縁が無い。

純粋に褒めるか、茶化して濁すか。どちらかの反応が大体の人の回答だろう。ならば俺はこの2つ両方をとる!

 

「…ニアッテルゼ、チョーカワイイヨ!」

「何で片言だし!?」

「駄目だよ八幡、こういう時はきちんと言わなくちゃ」

「…あぁ、似合ってるよ」

「そ、そうかな?…ありがと」

 

なぜか真正面から言えず顔を逸らしてしまう。それでもしっかり聞こえたようで、えへへと笑う少女の声が聞こえた。いやまさか戸塚から怒られるとは。実は戸塚が一番男らしい?無いな。

 

「わぁー!ゆきのんやっば、めっちゃ似合ってるじゃん!」

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

ふと声が聞こえ、振り向く。まぁ予想はしていたが、そんな(童貞)の妄想なんぞは全く役に立たず、雪ノ下雪乃のメイド服姿は俺の網膜に焼き付いた。姿勢や立ち振る舞いから育ちの良さがはっきり解り、ともすれば本物のメイドさんと言っても通用するだろう。

だが、ふと俺は由比ヶ浜も美しく感じた。容姿の話ではない。いや、容姿も確かに良いが、それ以上に雪ノ下を褒める彼女からは一切の欺瞞を感じないのだ。普通自分と同等以上の優れた同性を見かけた場合、真っ先にくるのは嫉妬或いは敗北感だろう。そんな人間をごまんと見てきたから言える。

綺麗なものを綺麗というその素直な感性こそ、最も美しい。

 

そんな二人が並んでいる。俺は呆然と見入ってしまった。

 

「ね、ヒッキー!ゆきのんちょー可愛いよね!」

「そうだな」

 

気の利いた言葉も思い浮かばず口が勝手に動いていた。こんな体たらくでは小町に叱られてしまう。だが雪ノ下は、こんな称賛ともつかないただの同意に何故か動揺していた。

 

「…んっん!貴方からの称賛なんて一片の価値もないけれど、無下にするのも勿体無いし、しょうがないから受け取っておくわ。えぇ、しょうがなくよ」

「はいはい」

「その適当な返事は何?せっかく私が褒められてあげたというのに」

 

褒められてあげた、というパワーワードよ。

 

「…まぁ良いわ。それより、店員のシフト表を調べたけれど川崎さんの名前は記載されていなかったわ。自宅に電話がかかってきたことを考えると偽名の線も無い。つまり」

「ここでは無かったと…。おかしい、我の勘が外れるとは。普段ツンツンしている女子がこう言ったところでデレを見せるのはお約束ではないか!?」

「お前の個人的な趣味だろ。じゃ、次は…」

 

高層ビル、その最上階。

 

 

 

午後10時前、これから夜本番とも言える時間帯。俺にとっても此処からが自分の時間となる。人々が眠りにつき、街が静かになる。

いつもなら曲でも流しながら勉強するか、ボーダーで狙撃訓練でもしているところだ。今日は違った。ちらりと、腕時計を覗く。これも普段はつけてなどいない。社会人ならば母から借りてきたのだ。

壊したらぶっ殺すとのこと。あの母ありにしてこの子あり、ということか。

 

ホテル最上階のバー。そこのドレスコードを突破するために、である。壁に寄りかかり2人を待つ。そこかしこが煌びやかで目がちかちかしてきた。

 

「お、お待たせ」

 

声をかけられ目を向けると、美女2人が此方を注視している。着ているドレスかそれともバーの雰囲気がそうさせるのか、下手すれば年上と錯覚してしまう程妖艶な魅力があった。

 

「…意外って言うと失礼だろうが、良く似合ってるな」

「そ、そーお?ふふ、ありがと!」

「それで良いのね、由比ヶ浜さん」

「雪ノ下もな」

「…えぇ、ありがとう」

「だよねー、ゆきのんヤバイよね!この服もゆきのんから借りたんだけどさ、他にもたくさんあったんだよ!びっくりじゃない?」

「まぁ、こいつならあり得るだろ」

「…調べたの?」

「調べるも何も、雪ノ下建設はボーダーのスポンサーだろ」

 

雪ノ下雪乃の父は県議会に所属し、且つ建設会社の社長らしい。名前などは聞いたことがあるくらい有名である。

 

「…まぁ、所詮は親の功績よ。私自身が何か成したわけではないわ」

「当たり前だな。親の罪が子の罪にならないのと同じくらい当たり前だ。だが、世間はそう見ちゃくれない」

 

少し剣呑な声音を出してしまった。由比ヶ浜の息を呑む声か聞こえ、さて、と空気を入れ替える。

 

「揃ったし行くか。あぁ、戸塚と材木座は服が無いそうだ」

「そう。そういう貴方はあったのね。こうして見ると、やさぐれた会社員みたいだわ。とても高校生には見えないわね」

「う、うん。元々ヒッキーってすごく大人っぽいから」

「褒め言葉として受け取っとく。種明かしすると親父の形見なんだ。お袋からも言われたよ、「死に腐った目とか父にそっくり」ってな」

「「え?」」

 

形見、のところで反応される。何か問われる前に自分から軽く打ち明ける。

 

「四年前の大規模侵攻の時にな。もう吹っ切れたよ、大丈夫だ」

「…その、配慮が足りなかったわ」

「ご、ごめんヒッキー」

「要らないって。それより、行くか」

 

また沈んでしまった空気を戻すべく、エスコートをする。詳しくは知らないが、ある程度は調べてきた。

猫背を直して若干顎をひく。そしてここにいるのは当たり前って顔をする。ポーカーフェイスは得意である。ポーカーも時折諏訪隊に混ぜもらってやったりする。あの人何かと賭け事好きだし。麻雀とか。

 

受付を通りエレベーターにて最上階に跳ぶ。扉が開くと同時にピアノ弾く音が聞こえてきた。上品な音色と、落ち着いた雰囲気のお店。

お客さんもまた静か時間を楽しんでいる。そして…。

 

動揺を全て隠し、そのまま平然と歩く。案内人を待ちカウンターをと頼む。若い女性のバーテンダー、恐らく目当ての人物がいたためだ。由比ヶ浜を見ると小さく頷く。

 

「空いていますか?」

「ええ、どうぞ」

 

一言声を掛け、円滑に会話を進める。先に2人を、と思ったら既に席を決めていた。真ん中を空けて座っている。え、ここにしろって?

 

「…失礼」

 

他の先に座るわけにも行かず、渋々腰を下ろす。そして一言。

 

「バーボン。ロックで」

 

男なら言ってみたい台詞だ。初っ端からだときついかも知れないが、バーに来ると決まってからずっと期待していた。

 

「比企谷君」

「あー、済まん。最初はシンプルなハイボールでも「比企谷君」…もしかしてカクテルが良かったか?オーケー、ジントニックを「八幡君」…」

「…ゆきのん顔紅いよ」

「酔ったせいよ」

 

今席ついたばかりやろがい。だがクラスメイトの声を聞いてハッとした川崎が、此方を見た。

 

「雪ノ下、由比ヶ浜…っ。てことは、…もしかして比企谷?」

「なんで俺だけ疑問系なんだよ。いや知ってる方が驚きだが」

「そっか。バレちゃったか…」

 

言いながら川崎はグラスを拭く。慣れた様子から、決して短くない時間ここで働いていたのだろう。コトリと、目の前にジンジャエールが置かれる。ま、何も頼まないのは不自然だしな。

 

「で、こんなとこまでデートってわけ?」

「誤解ね、私たちは貴方に会いに来ただけよ。そんな下世話なつもりは「さっき名前で呼んでたようだけど?」…噛んだだけよ」

 

バッチリ聞かれていたようで、雪ノ下は目の前のグラスに集中しだした。仕方なく俺が話し掛ける。

 

「お前の弟、俺の妹に相談したんだよ。姉の朝帰りを止めて欲しいって。で、俺達にお鉢が回ってきた。最近周囲が煩かっただろ?」

「へぇ、だからか。…分かった、大志には私から言っておくから。色々迷惑掛けたようで悪いけど、もう関わんないで」

 

やはり取り付く島もない。が、こっちには大義名分がある。

 

「あと少しで午後十時だ、学生のバイトじゃここまで。どうした川崎、帰り支度はしないのか?何なら俺が手伝ってやるぜ」

「…お生憎様。今面倒な客にナンパされててね。あんたらが帰ったら直ぐにお暇するさ」

「そりゃ難儀だな。同情するぜその客とやらには。なんせこんな愛想のねぇバーテンダーじゃ、()がれた酒も不味くなる」

 

酒、と称してジンジャエールを煽る。ちっ格好つかねぇな。だが、 挑発は成功、川崎がぎろりと俺を睨んだ。

 

「なんかヒッキー口悪くなってない?」

「お酒の席だからキザにやってるのよ。さっきも色んな種類を連呼してたし、きっとそういう年頃なのね」

 

聞こえてる聞こえてる。冷静に分析すんのやめろ。

 

「あのさ、川崎さん。そりゃお金が必要なのは分かるけど」

「由比ヶ浜。恐らくお前の「必要」とは深刻さが違う」

「…なに、あんた」

「高2になりゃ色々言われるようになんだろ。進級然り、進学然り」

「そういうことね」

 

納得した雪ノ下。謎と呼べるほどの事でもない。年齢を偽るなんてリスクを背負って金を稼ぐんだ、遊ぶ為ではない。加えて弟妹の多い家庭環境となれば長男である俺には一瞬で理解できた。

 

「…だから何?あんたらが私の金用意してくれるっての?そんな義理は要らない、帰って」

「いい加減に…」

「雪ノ下さぁ、あんたの父親県議会委員なんでしょ?あんたに言われる筋合いないんじゃない?」

 

カランとグラスが倒れる。幸い中身は空だったようだ。家族、こいつのウィークポイントの一つだ。いやはや良く初撃でついたもんだ。偶然だろうけど。

 

「ゆきのん…っ!」

「ごめんなさい、グラスを倒してしまったわ」

「あ、あぁ。別に」

 

気圧されたのか、川崎もそれ以上追及しない。場を改めた方がいいな。

 

「取り敢えず、今日はもう帰るぞ。由比ヶ浜、雪ノ下を送ってってくれ。着替えも置いてあるんだろ。俺はもう少しここにいる。代金は払っとく」

「…解った」

「気をつかわないで。私は別に」

「いいから。ほら、今日は休め」

 

強引に場をきる。2人がエレベーターに乗ったのを見てまた席に座る。川崎が背を向けたまま喋り出した。

 

「…正直意外だね。あんたがこういうことするのって」

「そうみえるか」

「だってあんた。他人とか一番どうでもいいって思ってるでしょ」

「ま、そうだな。そんな俺を見かねて平塚先生がボランティア部に所属させてきてな。その部活動の一環、つーことだ」

「…色々腑に落ちたよ、人選とか。先生らしい」

「曰く俺は一番の問題児らしい」

 

「そうか、きみは学校ではそんな事をしているのか。興味深いね」

 

唐突に男に話し掛けられた。

隣、座っても?と問われ、一泊遅れてええと答える。最初に扉が開いた時、確かに眼があった。俺は気づいた。だがまさかA級といえど影の薄い一隊員に気づくとは。

 

「奇遇だね、比企谷くん。まさかこんな所で会うとは」

「唐沢さん」

 

唐沢克己。ボーダー上層部の一人である。

外務、営業を一手に引き受ける超敏腕部長。分かり易く言えば、ボーダーの外交官となるか。

交渉ごとのプロフェッショナル。少なくとも、俺の知る中で彼より優れた交渉人は居ない。なにせ、政府や外国とまで関わって尚ボーダーがボーダーとして、つまり国に吸収されずにいるのは彼の尽力あってのものが大きい。

 

バケモノのなかの、バケモノだ。

 

「ここはお気に入りの一つでね。お得意さんと良く来るんだよ」

「確かに、良いバーですね」

「お、分かるかい?」

 

きみは未成年の筈だけどな、なんて笑う唐沢さんに、引き攣った笑みを返す。川崎は常連さんとクラスメイトの意外過ぎる繋がりに驚いていた。

 

「なんだっけ、バーボンのロックを彼に」

「は、はい」

「冗談。自分は飲めませんよ、まぁ飲みたくはありますが」

「ははは。なら、またの機会だね」

「ええ、きちんと成人してからですね」

 

やばいな。最初から聞いてたぞ、なんて釘を刺された。

ボーダーの沽券に響くとして、A級隊員の不祥事なんてデマでも流したくないだろう。首を振って分かってると必死にアピールする。

 

「うん、やはりきみは優秀だ。イレギュラーゲートの件と言い、実は少し前からきみには目をつけていたんだ」

「ラッドの事なら迅さんが解決したではないですか」

「その一日前に、東くんから提言があったのを忘れてないさ。彼のサイドエフェクトなら、解決しないことは無いだろうとね。だが、きみもまた独自の路線から答えに至った。彼より、一日早く」

 

これがどれだけのことなのか、私は履き違えたりはしない。

そう言う唐沢さんに、逆に俺がこの人の優秀さを実感する。まさかその事を覚えているとは。そんな些細な事に注視するとは。

功績を残したものだけでなく、その影に埋もれたものの価値をきちんと見出す。常人なら見落とすことだ。

 

「それ以前からも気になっていたんだよ」

「はぁ」

「東くんからきみをA級に上げては、という議題があった時に一通り調べてみたんだ。きみの家庭、学歴、その他性格諸々。勿論サイドエフェクトも」

「まぁ当たり前ですね」

 

精鋭ともなればラボにてボーダーでも一定の権威がある。精鋭、最高戦力となるのだ。危険な思想、何かしらの裏切りが無いか探るのは当然といえる。

 

「結果、きみは正隊員より外務官(わたし)寄りと感じたのさ」

 

戦士というより兵士。戦闘員というより工作員。言われるとしっくり来る。

 

「どうだい、私の部署に来ないかい?歓迎するよ」

 

正直、驚きで声も出なかった。まさかここまで俺を買っている(・・・・・)人間がこの世に居るとは。何より俺自身それを嬉しく感じていることに、驚きだ。カリスマと呼ぶには少々弱い。それはどちらかというと忍田本部長の方が持っているだろう。

 

「今後更にボーダーが大きくなると考えると、僕の方にも人手が欲しくてね。今すぐ移籍どうこうという話ではない。ちょっとした進路相談さ、一つの選択肢と考えておいてくれ」

 

多分この人は、俺がボーダーに猜疑心を抱いていることも理解している。その上で手元に置きたいというのもあるのだろう。打算の混じった提案だからこそ称賛に嘘を感じさせない。

確かに波長が合っている気がする。

 

「…」

「ふむ、性急すぎたようだ。日を改めよう。ではまた」

「はい。お疲れ様でした」

 

失礼、会釈をしてカウンターを去る唐沢さん。去り際すら心得ている。勝てる気がしない。唐沢さんがエレベーターに乗り、扉が閉じるのを確認しふぅっ、と息を吐く。

驚愕と恐怖の入り混じった戦慄が身体を蝕んでいた。ふと気づくと、川崎が目を白黒させている。

 

「…なんだよ?」

「い、いや。別に何でも、ない」

「あーうん、突然悪かったな」

 

明らかにびびってる。ただのクラスメイトの深夜バイト止めに来ただけって話が気がつけば重苦しい雰囲気になっていた。

 

「ひ、比企谷って、ボーダーだったんだ」

「そうだよ。で、あの人は外務部長さま。超上の上司だ」

「そんな人に直々にスカウトされるって、相当じゃない?」

「…さぁな。精々使えそうだからツバつけとこ、てだけだろうし」

「それ充分凄いことだと思うけど」

 

それが良いことかは判らないがな。駄目だ、俺自身混乱している。そもそも高校を卒業したらボーダーは辞めるつもりだった。

あの人が俺の何を買っているのかはわからない。何か裏があるだろうか。…考えがまとまらない。やめだ、やめ。

さっさと目的を果たして、今日はもう帰ろう。

 

「なぁ川崎。スカラシップ制度って知ってるか?」

 

 

 

話は端折るが、無事問題は解決した。川崎の成績ならスカラシップも余裕だろう。バイトも辞めたみたいで学校に遅れてくる事も無くなった。

 

川崎大志からお礼の電話を貰った。ありがとうございました、と。

礼は要らんから妹に近付くな、って言ったがそれはそれらしい。

よし殺すか。

暗殺計画を立てながら優雅にコーヒーを飲んでいると、小町が後ろから抱きついてきた。

 

「おにーいちゃん!」

「…なんだ」

「べっつにぃ、ただ嬉しくって。お兄ちゃん、最近周りのことよく見るようになったじゃん?」

「あ?」

 

じゃれつく小町を片手であやしながら少し懐古する。

平塚先生に部活に入れらてから今日まで、急に忙しい日々を送っていた。この何週間の出来事は目まぐるしく、去年の平穏など嘘の様だ。

その過程で、俺にも変化があったようだ。こと比企谷八幡に関しては、俺より小町の方がよく知っている。その小町が言うならそうなんだろう。

 

「それに、お菓子の人とも会えてたらしいし」

「…ああ」

 

小町の言うお菓子の人とは、一年前の事故で挨拶に来た人の事だろう。つまり、犬の飼い主さんだ。やはり、由比ヶ浜だったか。さて如何したもんか。

 

「結衣さんみたいに可愛い人と知り合えるなら骨の一、二本安いもんだよねぇ」

「そりゃお前の骨じゃねぇもん、なっ」

「わっ!ちょっ、お兄ちゃん!?もう、やめてよね」

 

お返しとして髪をくしゃくしゃにしてやるが、言葉とは裏腹に頬を緩ませ頭を差し出す妹。彼女曰く、俺は少し変わったらしい。

 

確かに最近一つ新たな発見があった。

俺は、メイド好きらしい。

 




恐らく次で三雲君達と会えます。


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第8話

ワートリ最新話。
村上隊員の黒い孤月、別役隊員しか思いつかない戦術。

いやー、楽しくなってきましたね。
ワートリの面白さを思い出して来ました。


「ヘぇ〜、比企谷にもちゃんと女の子の友達が居たんだなぁ。それも二人とも凄く可愛いし」

「くまちゃん、それは少し失礼よ?」

「でもでも、確かに意外です!」

「…初めまして、雪ノ下雪乃です」

「わ、私は由比ヶ浜結衣です!わぁー、テレビで見たことある!」

 

「丁寧にありがとうございます。初めまして、那須玲です」

 

職場見学の日。

総武高から出たバスに乗ってボーダー本部に来た見学志望者らは、先ず忍田本部長のありがた〜いお話の後、ボーダー隊員の一日の仕事内容やら、主な施設見学やらを行い。

最後に、ちょっとしたレクリエーションをするということで一室で待機させられていた。

 

そしてノックと共に入ってきたのは可憐な女の子3人組。

意外な登場に驚いているとその内の一人、熊谷友子が目敏く俺を見つけ、こうして話し掛けられた次第である。

 

「お、おいあれ!」

「あれ、那須さんじゃね!?っべーわ!テレビで見たことあるわ〜、けどけど!やっぱ生で見てもかーわいい!まじべーわ!」

「あれが那須隊かー。本当に女性だけの隊なんだな」

「…なんか、良いな」

「分かる」

 

今回、見学者の引率を賜ったのは那須隊らしい。

嵐山隊は一週間後に迫った正式入隊の準備で忙しく、嵐山隊以外で知名度が高いのはいつだかにテレビ特集を組まれた那須、ひいては那須隊ということで任されたとのこと。

だと言うのに引率そっちのけで何やら騒いでいる。

それを遠巻きに眺めているクラスメイト達。はたから見ると見目麗しい女子達がきゃいきゃいやってるのは目の保養になる。ボーダーのマドンナと、総武高校のマドンナが揃っている所も壮観だ。

だが今はそれどころでは無い。

 

「…おい熊谷、仕事しろ仕事」

「比企谷が仕事なんて言うなんてねぇ。いやー、わたしゃ安心したよ」

「なんでお袋みたいになってんだ。はぁ…那須も、隊長ならしっかりとだな」

「うん、ごめんね比企谷くん」

「…あぁ」

 

正直、俺は那須が苦手だ。纏う空気がどうしても馴染めないのだ。薄弱とした雰囲気でありながら芯の部分は揺るぎない強さを持っている。こういうと何だが、雪ノ下とは反対だ。こいつ案外打たれ弱いし。

 

那須が俺に微笑みかけると、途端にざわっと周囲が煩くなる。え、あいつ那須さんと知り合いなの?つか誰?あ、葉山くんと色々あった、…誰?といった声が聞こえてくる。

 

「皆さん、私が今回レクリエーションの引率を務めることになりました、ボーダー隊員の那須玲と申します。どうぞ宜しくお願いします」

 

そんな言葉と共に那須が頭を下げる。それだけでぴたりと空気が止まった。だが徐々に熱を帯びていく。三門市の有名人が目の前にいるという事実が、徐々に浸透してゆく。

 

「これから皆さんには、実際にトリガーを使って貰おうと思います。トリオン体の感覚から始まり、普段ボーダー隊員がどんなことをしているのか。それらを体感してみましょう。

では、ブースの方へ移動します。わたしに付いてきてくださいね」

 

部屋を出て先頭を歩く那須に、ここぞとばかりに矢継ぎ早に話し掛けるクラスメイト。それを尻目に、俺はこそこそと最後尾へと避難する。が、その程度の考えは筒抜けだったらしく熊谷が襟首を掴んで来た。

 

「何処行こうとしてんの?」

「いや、急に頭痛が」

「…えっと、ホントに?サイドエフェクトの事もあるし無理しないほうがいいわ。医療ルームまで送ってく?あ、ちょっと待って。玲に伝えてくるわ」

「済まん嘘だ」

「ふんっ!」

「いてぇよ」

 

バシンと背中を叩かれる。昔こいつの前で頭痛が起き、事情を説明すると、医療ルームまで付いてくるといったことがあった。あの時も、ここまで心配してくれるとは思わなかった。

やはり熊谷はオカン気質だな。ヒリヒリする箇所をさすっていると、雪ノ下も呆れた目を向けて来る。

 

「全く、貴方のそれは洒落にならないのだと自覚したら?」

「はいはい。つーか雪ノ下。お前もここ見学希望したのか?そんな興味有ったっけ?」

「…クラスメイトに誘われて、無下にするのも何だったからよ」

 

ぷいと顔を背けられ、小声で言う雪ノ下。理由を聞いて納得したが、今の態度は理解できない。だが熊谷はにやにやとこっちを見ていた。

 

「はっはーん。…案外やるじゃん、比企谷!見直したわ」

「なにが」

「別になんでも。ね、雪ノ下さんだっけ?私、熊谷友子。玲の友達で、一緒にボーダーやってるんだ。よろしくね」

「えぇ」

 

素っ気ない返答の雪ノ下。初対面には冷たい態度をとるが、俺から見れば只の人見知りだ。それに、熊谷は全然気にしていない。寧ろ今まで見ないタイプだとぐいぐい押している。

 

「じゃあ、比企谷とは部活が一緒なんだ。なるほど、それで知り合った訳か〜。ね、比企谷って学校だとどんな感じ?」

「私はクラスが違うから詳しくは知らないわ。同じクラスの、由比ヶ浜さんに聞いてみたら?」

「いやいや、部活中だけでも良いから、ね!」

「…そうね。いつも本を読んで、ダラけてるばかりよ」

「あーやっぱり?」

「おい、やっぱりって何だ。確かにダラけてるが、防衛任務の時は真面目にやってんだろ」

 

日頃から働きたくないと思ってはいるが、いざ仕事になれば終わるまできちんと熟す人間だ、俺は。それが結局一番効率的だからな。

 

「いや、確かに前一緒になった時は凄く助かったけどさ。普段の態度と、その目付きとか結構致命的な印象与えんだよね、比企谷って。そう言う良い所、ある程度仲良くならないと見えてこないっていうか」

「分かるっ!」

 

突然話に入ってきた由比ヶ浜にびっくりする熊谷。さっきまであーしさんと駄弁っていたのに、何処から聞きつけたのか。そのまま喋りだした由比ヶ浜に、熊谷のフリーズも溶けていく。こいつらのコミュ力半端ないな。

 

「ねー熊谷さん!ヒッキーまじ勿体無いよね!普通にしてれば、その、格好良いのに、いつもいつも『だるーい』って感じだしててさぁー!」

「…ねぇ。ヒッキーって、もしかして比企谷のあだ名?…くっ!あはは!ひ、ヒッキーって!?面白すぎ!」

「え、えへへ。そう?」

「照れるな由比ヶ浜。決して褒められた訳じゃないからな?」

 

私のことは友子でいいよ、じゃああたしも結衣って呼んで!

俺のツッコミも聞こえていないのかもう連絡先を交換している女子二人を見て、やはり見学先を間違えたと後悔する。最早俺の安寧の地は家だけか。

 

「着きましたよ」

 

先頭から聞こえた那須の台詞に集団が止まる。仮想戦闘モードを設定できる部屋がいくつもある、訓練用のブースだ。トリオンの動きをコンピューターが再現、立体化することでトリオン消費無しに訓練する事が可能。

が、ここは攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)用のブースだ。狙撃手(スナイパー)が訓練するには規模が足りない。最初のモニター説明の予定でも狙撃手(スナイパー)だけ挙げらなかった。

 

「日浦、狙撃手(スナイパー)の体験はさせないのか?」

「いや〜それなんですけどね、一番頼りになる東さんが忙しいらしくて捕まえられなかったんですよ!それで、高校生の方々に中学生(わたし)がレクチャーするのもあれですし。…そもそも狙撃手(スナイパー)ってそんな見栄え良くないですし」

「見栄えなんて要らねぇよ」

 

だが、確かに他と比べると地味だ。こういった初心者には最初に良い思いをさせて取り敢えずボーダーに好印象を与えておく。そもそも入隊が決まっているわけではなく、これは職場見学。彼らが満足して帰れればそれで良いのだ。

 

「ここでは、対近界民(ネイバー)戦闘訓練が行えます。ボーダーの集積したデータにより再現された近界民(ネイバー)と戦うことが可能です。勿論仮想なので怪我の心配は有りません」

 

繰り返し安全性を伝える。お陰で戦闘、という言葉に強張っていた者達から安堵の表情が浮かぶ。いきなり戦え、なんて言われても困るだろう。

 

「これからブースに入って貰い、中でトリオン体に換装してもらいます。ブース内ではトリオン切れの心配はないので、自由に動いてみてください。慣れてきたら、ホルダーに入っている戦闘用トリガーを出してみましょう」

 

トリガーが大量に入った箱が目の前に置かれる。恐らくC級隊員用のトリガーだろう。だが、それなら中に入っている戦闘用トリガーは一つだけだ。

 

「今回選べるトリガーは二種類です。近接用の孤月(こげつ)、中距離用の誘導弾(ハウンド)。どちらかを選んで下さい」

 

そう言われ、「えぇー!どっちにしよっかなぁ!」とざわつく群衆。

悩むのは良いがそんな大声ださんでええやろ。さっさと誘導弾(ハウンド)を選び、後ろの観戦用の椅子に座る。どうせ順番なんぞ最後だろうし。

ワイワイと楽しげな空気を眺めていると、雪ノ下と由比ヶ浜が此方に来るのが見えた。どちらもトリガーを持っておらず、未だ選んでいないようだ。

 

「どうした?」

「いえ。いきなり2つから選べと言われて、どちらにしたら良いのか聞きたいと思ったのよ。貴方も、一応ボーダーでしょう?」

「なんか、良く分かんなくて。ヒッキーが選んで?」

 

そんな悩むことかと思ったが、そもそもの判断材料が足りてないのだろう。先ほどの説明に注釈を加えてやればいい。

 

孤月(こげつ)は日本刀、誘導弾(ハウンド)拳銃(ハンドガン)。使ってみたい方で決めりゃいい」

「貴方はどちらにしたの?」

誘導弾(ハウンド)。孤月よりは慣れてるからな」

 

ふむ、と考え込む雪ノ下だがこいつは性格的に孤月だろう。凡そあらゆる面において即座に上達しうるだけの才能を持つこいつの、数少ない欠点が体力不足。だが、トリオン体は疲労しない。もしこいつがボーダー隊員になればB級は確実、A級もあり得る。

反対に、由比ヶ浜はどうだろうか。…だめだ、戦う姿すら想像できない。剣も銃も似合わない。射手(シューター)なら可能性はあるか。那須という例もあることだし。

 

「決めたわ」

「孤月か?」

「えぇ、使いこなせるかはわからないけど」

「お前なら問題ないだろ。そもそも今回の趣旨はトリオン体の体験だ」

「ヒッキー、あたしは?」

誘導弾(ハウンド)でいいだろ。ゲーセンにある射撃ゲームみたいなもんだ、気楽に考えろ」

「…うん、そうだね!ありがとヒッキー!ほらゆきのん、早く行こ!」

「ゆ、由比ヶ浜さん。そんな抱きつかないで、暑苦しいわ」

 

ほらほら!と雪ノ下を急かす由比ヶ浜と、過剰なスキンシップに慌てる雪ノ下。二人が最後だったらしく全員が選んだのを確認した那須が声を掛ける。最初の人達がブースに入った。そして、トリガー起動(オン)の掛け声と共にトリオン体に換装されて行く。

 

「「「おぉーー!!」」」

 

一瞬光に包まれ瞬時に服装が変わる様は、まさに映画で見るようなSF感だ。それが間近で起きたことに歓声が上がる。

トリオン体を創るほどのトリオン能力が無い者も、ブースでの仮想戦闘モードならば関係ない。だからこそ、ブース内で換装を行なっているのだろう。

 

「隼人君隼人君!どんな感じどんな感じ!?」

「う、うーん。何か特別変わったような気はしないな」

「まじまじ!?かーっ、やっぱっべーわ!」

 

今のコメントのどこに驚く要素があったんだよ。内心を他所に、C級隊員の服装に着替えたそいつは、屈伸やら背伸びをして体の調子を確かめている。そして、バク転やら片手逆立ちやらをしてみせた。

 

「っべえぇぇ!?ちょ、隼人君まじ!?いやー、もう隼人君ボーダー入っちゃいなよ!」

「ははは。確かに、いつもより体が凄く軽いな。これでサッカーしたらどうなるんだろうなぁ」

「そりゃもうハットトリックよゆーっしょ!」

 

戸部の言葉に愛想笑いを返し、イケメンは慣れてきたのかトリガーから孤月を取りだした。学校一の人気者が刀を構える様にクラスメイト達のテンションは有頂天だ。うっせぇ。

だが那須は楽しげな空気に満足したのか、ある提案をした。

 

「どうせなら戦闘訓練もやってみますか?」

「それは、何をするんですか?」

「ちょっと待ってて下さいね」

 

那須が上の管制室にアイコンタクトを送ると、中で待機していたであろう職員がコンピュータを動かし、キィィンと音を立てて近界民(ネイバー)が再現される。

 

「これはC級で行う戦闘訓練ですが、今回は動かないように設定しておきました。自由に戦ってみて下さい」

「えっと?」

 

突然の事に動揺しているのか、固まったまま動かない。全く仕方ないな。いや、那須がな。やっぱりアイツ見た目に反して脳筋だわ。

トップバッターのこいつが予想以上に慣れるのが早かった、てのもあるだろうが。こいつを基準にされても困るな。

 

「真ん中に見える目ん玉みたいのが弱点だ。孤月ならスパッと切れる!」

 

観戦席からブース内に居る野郎にアドバイスをくれてやる。当然あいだに居る彼等にも声が届き、動揺が大きくなる。やっぱあいつボーダーか!でもなんであんな偉そうなの?

そんな有象無象を捨て置き、俺の方をみたそいつはニヤリと笑って片手を上げてきた。

 

「準備オッケーです」

「では、用意。はじめっ」

 

一拍遅れて走りだしジャンプ。振りかぶって、一閃。総じて10秒くらいか。A級攻撃手(アタッカー)を見てきた俺にとってはまだまだ拙い動きだが、他からすればそれはさぞ格好良いことだろう。

 

『一号室終了。記録12秒』

「「「わぁぁぁぁ!!!」」」

「はっやっと!はっやっと!!」

「あ、あはは」

 

ブースから出てきたヒーロー様に大きな拍手が送られる。大袈裟だが、実際こんなもんだろ。その活躍により興奮したのか、我先にとブースに並ぶ人が増えガヤガヤと賑やかになってきた。那須の無茶振りに、心配していた熊谷と日浦もホッとした様子で人を捌いている。

流れで、何故か戦闘訓練まで行うことになってしまった。ふぁっく。

 

「や、ヒキタニ君」

 

いつのまにかここまで上がってきた戦犯その2に、じろりと目を向ける。勿論戦犯その1は那須。幸いみんなブースに夢中でこちらに目を向ける奴はいない。

 

「なんか用か?」

「さっきのお礼をね。正直、いきなりだったから助かったよ」

「ああ見えて那須は天然だからな。しれっと人を困らせるんだ。悪気は無いから許してやれ」

「…やっぱり、君はボーダーだったんだな」

「今知った訳じゃないだろ。お前が雪ノ下建設お墨付きの弁護士ってのは調査済みだ」

 

総武高校に(ゲート)が開いた日。雪ノ下建設のご令嬢が近界民(ネイバー)に襲われたという事実を知ったボーダーは、記憶処理を雪ノ下の両親に提案した。トラウマに怯えるより、事件そのものを忘れ去ったほうが救いではないかと。

結論から述べると記憶処理は行われなかった。雪ノ下本人が拒否した為だ。話はそれで終わり。が、雪ノ下建設がこれらの流れを顧問弁護士に相談するのは不思議じゃない。

 

「よく、知ってるな」

「誇ることじゃない。そもそも雪ノ下に危険な目を合わせたのは俺の責任だ。その義務を果たしたまでだ」

「…あの(ゲート)は君が居たから開いたってことか?」

「正確にはトリオン能力の高い人間のそばに、だ。幸いもう解析は済んだ、危険区域外で(ゲート)が出ることは…無いとは言えないが、対応可能だ」

「そう、か。なら、安全ってことだな?」

「断言はしない。この世に絶対は無い」

「それはそうだけどさ、リップサービスくらい出来ないか?」

 

ちゃっかり隣に座ってる野郎に目を細める。なにを期待してるのか。

 

「悪いが俺は慈善事業のつもりでボーダーに入ったつもりはない。そういうのは嵐山隊に頼め。若しくはお前がボーダー入るんだな。…そうだな、それが良い」

 

言っててとても良い考えではないかと自画自賛する。こいつならスペック的にB級は余裕だろし、うまく行けば何かしらカモフラージュに使えそうだ。

 

「お、オレがボーダーに?」

「心配なんだろ?」

「い、いや。オレは別に」

「お前面倒くさいな」

「君には言われたくない」

 

『三号室終了。記録9秒』

 

どよめきが一層大きくなる。先の記録を超えた者がいるらしい。

三号室のブースから出てくるのは、案の定雪ノ下だった。

 

「ゆきのん凄ーい!」

「実際は相手も動くし、他の人のを見る機会があったからよ」

「ううん、格好良かったぁ!」

 

流石雪ノ下さんだな。っべー!まじかよ、俺負けてんじゃん!

雪ノ下は同学年の称賛も意に介さないが、孤月使いの熊谷も中々だと彼女の背を叩くと、体育会系のノリに慣れないのかおろおろしていた。

 

「…彼女は誘わないのか」

「誘わない」

「何でオレに?」

「さぁ。俺自身よく解らん」

 

言いながら、椅子から立ち上がる。そろそろ順番が回ってきそうだ。

まさかこのままサボる気じゃないよな、と言った視線を熊谷が送ってきた為、渋々ブースに向かう。

 

「…参ったな」

「フッ」

 

後ろから響く、ヒーローの嘆きに小さく吹き出しながら。

悩め悩め。お前には苦労が良く似合う。

 

 

「それでは、これでボーダーの見学を終わります。これを機にボーダーに興味が出てきた人、入隊を希望する人は、今後行われる一般公募でボーダーに入隊できますよ。もしかしたらいつか、私達と一緒に防衛任務を行えるかもしれませんね。

では、最後に元気よく挨拶をしましょう。ありがとうございました」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

那須からの激励を受け、意気揚々とバスに乗り込む。どうでも良いが最後の挨拶は小学生みたいだったな。那須、やはり天然か。

兎に角これで学校の束縛は無くなり自由解散となる。

バスに乗って総武高まで送って貰った方が断然家まで近いが、俺はバスに乗らず、そのまま歩いていく。

因みに俺の記録は30秒弱。他の人も同じくらいだ。そこそこでいいのだ、そこそこで。

 

 

「あれ、ヒッキー乗らないの?」

「人に呼ばれててな。これから行く所がある。…そうだ、由比ヶ浜」

「ん、なーに?」

「ちとデートしないか?」

 

「………ほぇ?」

 

瞬間周りの時間が停止する。おい誰だザ・ワールド使ってんの。

ざわざわとしていたクラスメイトすら沈黙を守り誰も何も言わない中、後ろから焦ったように話し掛けられる。

 

「ひ、比企谷君。どういうつもり?」

「雪ノ下か。国際教養科のバスはあっちだぞ」

「そんなことは知っているわ。それより、今の言葉は何?貴方、由比ヶ浜さんと付き合っていたの?」

「いや別に、そんな事実は皆無だ」

「…なら、今の台詞がどれだけ的外れか。解っているの?」

「あのな雪ノ下。男と女が一緒に出掛けりゃ、それはもうデートなんだよ」

 

したり顔で吐くがぶっちゃけデートなんぞした事が無い。妹もカウントに入れて良いなら百戦錬磨だが、駄目か。

 

「で、由比ヶ浜。駄目か?」

「……」

「由比ヶ浜?」

「ヒキオ!あんたがキモいこと言うから結衣がパニクってんじゃん!?ちょっ結衣、しっかりするし!」

「……へっ!?」

 

ぐるぐるおめめでトリップしていた由比ヶ浜は、あーしさんのチョップで意識が戻ったようだ。大丈夫か?

 

「ふぇっ!?ひ、ヒッキー、でででデートって、あたしと?」

「いや、話があるからそこまで一緒に歩いてくれってだけだ」

「あっ、うん。そっか、そうだね。…は、話ぃ!?」

 

落ち着いたと思ったらまた叫ぶ。忙しいやっちゃなぁ。

また茹でたままふらふらしだした由比ヶ浜をメガネ女子に預け、代わりにあーしさんが俺を睨む。

 

「ちょ、ヒキオ!これからあーしらファミレス行くとこなんだけど!?」

「あー、済まん。ならまた今度でいいや。んじゃ」

 

バスに背を向け歩く。別に急ぎの用でも無いし、予定があるならしょうがない。

しかし、一分もしないうちに後ろから駆けてくる足音が聞こえ、ぼふんと後頭部に何かを投げ付けられた。振り返ると、赤い顔で息を荒げる、由比ヶ浜結衣が居た。恐らくバスから走ってきたのだろう。

落ちているバッグを見るに、これを俺にぶつけたのか。

 

「ま・じ・あ・り・え・な・い!!あんな事、言っといてそのまま帰るとか、ヒッキーほんとヒッキー!」

「由比ヶ浜?お前ファミレスはどうした」

「あの状況で行けるわけないでしょ!?もう、明日からどんな顔して学校行けばいいの!?」

「俺のせいか?」

「他に誰がいるの!」

 

このー!頰を引っ張られるが、普段の頭痛に比べたら無いに等しい。

俺の言動程度、クラスでは何の影響もないと思っていたが、こいつは最上級カーストに属する人間だ。もう少し人目を気にするべきだったか。

 

「悪かった悪かった」

「むぅ。ちゃんとはんせーしてる?」

「してるしてる」

「ん、なら許す」

 

横に並ぶ由比ヶ浜は、言葉通り許してくれたようだ。これが小町なら絶対言葉通りにはいかない。何か供え物を献上し、どうにかこうにか宥め、ペットのかまくらを生贄にして気まぐれに収まるほどだ。

 

「むっ、ヒッキー誰か他の女の子のこと考えてるでしょ」

「…エスパーかよ」

「そういうのわかるもんだよ」

 

成る程、女の子はみんな心を読むサイドエフェクト持ちってことか。何それ怖い。

 

「はぁ、やっぱりヒッキー全然ダメ。これじゃ絶対彼女出来ないよ?…ま、まぁ私は別に、このくらいもう慣れたし。ヒッキーがどうしてもっていうなら、別に良いけど」

「よそ向いてもごもご喋っても聞こえないぞ」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

さっきからすれ違う人からの視線が優しい。どうにも落ち着かないまま、俺自身どうやって話を切り出すか迷っていた。

こういう時は、まずは他の話題でもして緊張を解すことだ。

 

「ボーダーはどうだった?」

「っ、あ、あはは。あたし全然だったよー。ヒッキーっていつもあんなことしてるの?」

 

由比ヶ浜はトリオン体で何倍も上昇した身体能力に酔ったらしく、ずっと落ち着かない様子だった。誘導弾(ハウンド)も、銃手(ガンナー)用のため拳銃(ハンドガン)に仕込まれたものを使用していたが、銃そのものに触れることが珍しく、取り扱いを日浦に聞いていた。

無論そんな調子では戦闘訓練など行えず、慣れる前に次の人と交代となった。

 

「今回は二つだけだったからな。由比ヶ浜に合うトリガーじゃなかったんだろ」

「なら、あたしに合うのってどんなの?」

「そうだな、射手(シューター)ってポジションがあるんだが」

 

俺が説明しながら、彼女は笑みを浮かべながら聞く。ふと、気づく。なるほどこうやって話せば良いのか。いつかこいつと話していた事を思い出した。

いつのまにか由比ヶ浜の緊張も抜けていた。話すなら今だろう。

 

「なぁ、由比ヶ浜」

「なに?」

「一年前の事覚えてるか?」

「っ!…うん」

 

途端に強張り、同時に腑に落ちたという表情になる。見舞いの際小町と会ったのだ、どこかでバレると分かっていたこと。

 

「確かに俺はあれで怪我をして、入院してたが。お前ももう知っての通り俺は昔からこういうタチでな。お前が気に病む必要は無い」

「…別に、気を使ってたわけじゃ、ない」

「そうか、それならそれで良い。ただ無理して俺に話し掛けたりしてたならそんな同情は要らん世話だ」

「…っばか!」

 

そのまま走り去ろうとする由比ヶ浜は。俺は勿論…。

 

「待て待て待て」

「ふぎゅっ」

 

慌てて手を引っ張りつんのめる。がくんと肩に力が入って由比ヶ浜が反動でこっちを向くが。目に涙を滲ませる彼女に、俺は一瞬言葉を失った。

 

「…人の話はちゃんと最後まで聞け。親に教わっただろ?」

「…うん」

 

さり気無く手を離そうとするが、ギュッと力が込められる。久し振りに触れた人肌は温かった。

 

「ここまでは全部俺の考え、俺の意見だ。俺とお前のことなのに俺だけで結論を出すのは早計だ。だから、お前の話を聞きたい。お前は何で俺なんぞに付き合ってんだ?」

「それ、は」

「自分で言うのも何だが、俺は真人間とは程遠い。愛想はねぇし口は汚ねぇし人相は悪いし。良いところなんかひとつもねぇ。

翻ってお前はどうだ?明るくて、元気で、友達思い。こうしてクラスの日陰者の突拍子も無い要求すら応えてやっている」

 

いきなりの褒め殺しに、彼女の頰が紅く染まる。本当に可愛い女の子だ。本心からそう思う。だからこそ解らない。俺のような人でなしに構うのは何故なのか。

 

「お前が俺と接することで、得られるメリットって何だ?」

「…ヒッキーのそーゆーとこ。あたし嫌い」

「は?」

「メリットとか、その、とんそくかんじょー?とかじゃないし。ただ一緒に居て楽しいな、嬉しいなって。もっと仲良くなりたいな、もっと一緒に居たいな、って思ったから。

だからあたしはゆきのんと。ヒッキーと一緒に居るの」

 

潤んだままの瞳を俺に向ける由比ヶ浜は、いつか見た雪ノ下とはまた違う、しかしある種同質の美しさを孕んでいた。

 

「俺といて楽しいのか?」

「うん、楽しいよ。さっきヒッキー、自分に良いとこなんてないって言ってたけどそんなことないし。ヒッキーは気付いてないかもだけど、優しいし、頭良くて勉強教えるの得意だし、何だかんだで真面目だし、それに、あたしの家族、護ってくれた」

 

偶然だ。それを笠に着て彼女に同情して貰おうなんて微塵も考えていなかった。その真意が解らず、こうして機会を設け問うたのだ。

だが、由比ヶ浜のその柔らかな微笑を観たらその気も失せた。

 

「…由比ヶ浜」

「なぁに?」

 

少なくとも、由比ヶ浜は何かしら隔意があった訳ではない。そう断定していいだろう。その分謎は深まるばかりだが、それでも。

 

豚足感情(とんそくかんじょう)、じゃなくて損得勘定な。だれも豚の足の感情なんて分かんねぇよ。精々僕たちコラーゲンたっぷりだね、位だ」

「へ?…し、知ってたし!?てゆか今ゆーことそれ!」

 

もう、ヒッキーなんだから!

照れ隠しか、今度こそ走って行ってしまう由比ヶ浜の背を眺め。

自分の掌を拡げる。咄嗟に掴んでしまった。己の意思に反して動いたような、そんな奇妙な感覚。俺が思った以上に、俺は由比ヶ浜に執着しているのか。

 

俺は、自分が絆されていく(弱くなっていく)のを感じた。

 

 

 

 

「今日は、君達に新しいコーチを紹介しようと思う!」

 

迅悠一にそう言われて、ここ最近日課であった訓練を早めに切り上げた三雲修、空閑遊真、雨取千佳の三人は束の間の休息をとる為、リビングに向かっていた。

聞けば既に部屋に居るという。どんな人なのか、三雲は自分達の師匠たる玉狛第一の人達に聞いた時の事を思い出した。

 

『根暗で陰湿な奴よ!あたしあいつ嫌いっ』

 

小南桐絵は興奮しながらそう言っていた。

 

『俺と同期なんだが、中々変わった人だ』

 

烏丸京介はいつもの無表情でそう返した。

 

『そうだな…ある意味、最も模範的な狙撃手(スナイパー)だ』

 

木崎レイジは持ち前の冷静さを崩すことなくそう評した。

 

其々気になる事を言っていたが、中でも木崎からの評価に興味を抱いた修は、鸚鵡返しに聞き返した。

 

『最も模範的な狙撃手(スナイパー)、ですか?』

『そうだ。…三雲、狙撃手(スナイパー)の利点は何か分かるか』

『えっと…。相手の手の届かない距離から敵を倒せることです』

 

突然始まった授業に、戸惑いながらも答える。そのまんまな解答だが、木崎は頷く。

 

『自分へのダメージ無しに、上手くいけば一切気付かれることこと無く相手を倒すことが出来る。だがそれには相応の技術が必要となる』

 

高度な射撃技術、戦況を即座に把握する分析力、そして敵に自分の位置を悟らせない隠密能力。

 

狙撃手(スナイパー)は居場所を知られたら負け。雨取にも言ったが、これが大原則。アイツはそれに特化している。

だからソロのA級として許されている』

『ソロ、A級!?』

 

精鋭と謳われるA級に、部隊に所属しないまま挙がった唯一の隊員。

曰く「ボーダーで最も緊急脱出(ベイルアウト)しない隊員」。

 

(…どんな人なんだろう。比企谷八幡さん、か)

 

「オサム、着いたぞ」

「あ、あぁ。…よし、開けるぞ」

 

最近見慣れていた支部の扉を緊張気味に開く。中には見慣れたリビングがあり、見慣れた椅子に座って見慣れない制服の青年が珈琲を飲んでいた。

 

「…お邪魔してます」

「あっいえっ、…えと、どうも」

「…うす」

 

のっそりと立ち上がる彼の眼は、端的に言って死んでいた。顔の造形自体は整っていてイケメンといっても差し支えない筈なのに、とてもじゃないがそう言える気がしなかった。

 

「お久し振りです、比企谷先輩」

「烏丸か。そういやお前ここに移籍したんだったな」

 

同期、ということで面識があるらしい烏丸が助け舟をだすがそれでも微妙な空気は消えない。木崎と小南は居ない。

こういう時頼りになるのは…。

 

「おっす、比企谷!いやー度々済まんね。あとぼんち揚げ食べる?」

「要りません」

 

ひょこっと顔を出した迅に、比企谷が間髪いれず拒絶する。落ち込む迅は空閑がぼんち揚げを貰ってあげていた。

 

「…取り敢えず、紹介するぜ。こちらが今後コーチをして頂く、ボーダーの誇るソロA級隊員にして狙撃手(スナイパー)2位、比企谷八幡だっ。比企谷、自己紹介」

「…比企谷八幡。総武高2年、ボーダーでは狙撃手(スナイパー)をやってる。宜しく…っておい、コーチって何だよ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

聞いてねぇよ、…なんか前もこんなんあったな。

そういって光の無い瞳で遠い眼をする比企谷に、三雲はごくりと唾を飲み込んで挨拶を返す。

 

「三門中三年、三雲修、B級です。ポジションは、射手(シューター)です」

「同じくミカドチュー、空閑遊真、シーキュー、アタッカーデス」

「み、三門中二年の、雨取千佳です。C級隊員で、その狙撃手(スナイパー)を目指してます」

「へぇ」

 

同じポジションとして感じるものがあったのか、無機質な目が雨取に向けられる。人見知りの激しい彼女はびくっと怯えた様子を見せる。

が、すぐに視線が外される。怖がられていると即座に把握したようだ。意外と優しいのかな、三雲はそう内心呟いた。

 

「…空閑って言ったか。お前のそれは、アルビノか何かか?」

 

代わりに投げられたのは空閑への疑問だった。半ば当然と扱われているが、空閑の見た目は白髪赤目。気にならない筈がない。

 

「ある、びの?」

「…いや、何でもない。忘れてくれ」

 

?を頭に浮かべた空閑に、言葉を撤回する。これまた気を使わせたらしい。最初の挨拶を終え、比企谷は離れた位置から見守っていた迅に話し掛けた。

 

「それで、迅さん。俺を呼んだ要件はこの三人に会わせることですか?」

「まぁね。前手伝ってくれたのもあるし。それと、ちょっとお願いがあるんだ」

「…さっきのコーチ云々ですか?え、マジだったんですか?」

「まじまじ」

 

途端に嫌そうな顔をする彼。片頬を歪ませ、顔をしかめる。

こういうと奇妙だが、とても様になっているというか、彼らしいと、初対面ながら三雲は思った。面倒だ、なんて言葉が聞こえてきそうだ。

 

「嫌ですよ面倒臭い。大体、ここの人達のが適任でしょ。狙撃なら木崎さんのが教えるの絶対うまいし」

「違う違う。比企谷に教えて欲しいのは狙撃じゃなくて、戦術とか、生き残り方だよ」

「んなの簡単ですよ。戦わなきゃいい」

「は?」

 

三雲は思わず声を上げてしまった。そのリアクションに動揺することなく、比企谷は珈琲をお客様用のマグカップに注ぐ。

そして、大量の砂糖と練乳を混ぜ出した。絶対甘い。

 

「必要最低限の戦闘以外は全て避ける。どうしても戦わなきゃいけない時は相手の司令塔を殺…倒して指揮系統を混乱させその隙に逃げる。不利ならすぐ様撤退して勝機が来るまで隠れる。天秤が傾くまで絶対に動かない。自分の安全を常に意識しながら行動する。

何より死なない為に死ぬ程努力する。誰だってやってる事だろ?」

 

「…ナルホド、ヒキガヤ先輩だっけ?うん、強いね」

「空閑?」

「こういうタイプの人は向こう(・・・)でも会ったことがあるけど、敵に回したら一番メンドくさいかな。こう言ってるけど、いざとなれば自分の命も捨ててくるからね」

『うむ。自己犠牲心の強い人間だ。下手をすれば(ブラック)トリガーになりやすい、とも言ってしまえる』

 

にゅっと出てきたのは、自律型トリオン兵、レプリカ。唯一存在を知らない比企谷は…炊飯器?と疑問を呈した。

 

『はじめましてハチマン。わたしはレプリカ、ユーマのお目付け役だ』

「お、おう」

 

謎の浮遊物体に宜しく言われてもな。比企谷はそう言いながらも頭を回転させ、解に辿り着く。

 

「…迅さんの言ってた近界民(ネイバー)ってのはお前か」

「そうだけど、何か?」

「いや、只の事実確認だ。俺自身が私情でお前に害を与えることは無い」

「だろうね、アンタはそういう人だ。でも、もしアンタの知り合いに危害を加えたら?」

「殺す」

「できるの?」

「さぁな。ただ準備して、策を練って罠に嵌めて不意を討つ。不利になったら即逃げる。それをお前がいつか死ぬまで繰り返すだけだ」

「おー」

 

淡々と囁かれる言葉の応酬に、三雲と雨取は顔を蒼褪めさせる。

空閑に会ってから感じていた価値観の違い。それをまさかもう一度味わう事になるとは。

 

「はいはーい。物騒な話はそこまで!比企谷くん、そんな怖い顔しないで。遊真くんも、変な事言わないのっ」

「ウサミ先輩。…うん、ごめんなさいヒキガヤ先輩」

「大丈夫だ宇佐美。こいつに敵意が無いのは分かってたし、だからこそ手の内(トリオン兵)まで見せてきたんだろうしな」

 

比企谷の台詞に、空閑はニヤリとする。ちょっとした譲歩ということか。それで信頼を得られれば安い物。そんな意図が透けて見えた。

 

「それで、策とか戦術とか言いましたが。なんだってまたそんな事を?今の防衛任務とかじゃそんなの要りませんよね?」

「そりゃA級、そこからの選抜試験に受かって遠征部隊に入る為だ」

 

…really?はっはっはっ、りありー!と交わされる会話。

げんなりした様子で疑問を重ねる。

 

「なんだってまた近界(ネイバーフッド)に行きたいんだ?観光じゃあ…ねぇよな」

「攫われた、家族と友達を探しに」

「…それがどれだけ小さな可能性でも、か?」

 

「はい」

 

誰にした問いかは分からないが、三雲はしっかりとそう返した。

雨取、空閑の順に向けられた眼が、最後に三雲を捉える。

無心の眼が自分を観察している。居心地が良いとは決して言えないが、三雲は自分から視線を外しはしなかった。

時間にして3秒か。短くも、長くもあるそれの最後に比企谷はふと頰を緩ませ、瞳の奥にほんの少し光を見せた。

 

「…俺の時間がとられない程度なら」

「よっし!サンキューな比企谷!」

 

「あ、ありがとう御座います!」

 

頭を下げ礼を言うと、つられて空閑と雨取も御礼の言葉を言う。

 

「いやー良かった良かった。これでまた一つ未来が増えた」

「…んじゃ、今日の処は俺帰りますわ。夜遅いことですし」

 

すっかり暗くなってきた為、帰り支度をする。三雲達はここ最近ずっと玉狛にて生活しているため麻痺していたが、もう夕食の時間帯だ。

 

「何なら飯食べてく?今夜はカレーだぜ」

「いえ、帰って妹の飯食います。前遅くなった時怒られたんで」

「サイドエフェクトで夜遊びするからだよ。怒ってくれるのはありがたいことさ」

 

迅の窘めに肩を竦める。三雲は、今の中に出てきた単語に反応する。

 

「サイドエフェクト?もしかして比企谷さんも持ってるんですか?」

「…あぁ、とびきり面倒なのをな」

 

それきり答えない。代わりに迅がしかめ面の比企谷の頭をくしゃりと撫でながら答える。

 

「こいつのサイドエフェクトは『不眠』。毎日24時間活動出来るっていう凄いサイドエフェクトさ。ま、頭痛が酷いらしいが」

「あんたに言われても自慢にしか聞こえねぇよ」

 

手を振り払う比企谷だが、三雲はハッとして空閑を見る。

サイドエフェクト、その効果は、こいつと…。

 

「ん?じゃあおれと一緒ってこと?」

「…どういう事だ?」

「いや、おれも色々あってさ。何年か前からずっとトリオン体のままなんだ。お陰で睡眠もとってません」

「何だと?」

 

真剣な表情をみせる比企谷。ケータイを開いて何かを打ったかと思うと、直ぐにパタンと閉じた。

 

「遅くなるってメール打っといた。空閑、詳しい話が聞きたい」

「…うんいいよ。一つ貸しってことで」

「はっ、抜け目ないな」

 

切迫した様子に彼がとても重視している事柄だと理解した空閑は、一つ保険を掛けておいた。これで今後もしボーダー本部との諍いとなっても彼とは即座に戦闘とならない筈だ。彼が約束を護れば、だが。

 

そうして、比企谷八幡は情報を得た。

同じ不眠でありながら苦痛というデメリットを持たず、しかし寿命自体は自身より危ういというサンプル。これが何かしらの突破口となることを祈って。

 

 

「ありがとな、比企谷」

「…唐突になんすか?」

 

深夜零時。

玉狛支部の屋上から見える星を眺めながら、空閑から得た情報を整理していると。トリオン体で登ってきた迅さんに御礼を言われる。

 

「コーチの件、改めて。まさかお前が受けくれるとは思わなかった。これだから未来は判らない」

「可能性の低い未来だったってことですか?」

「うん、下手すると20回に1回くらいの」

 

これでも上げる為に結構頑張ったんだけどな、なんてからから笑うが。なんて俺以上に疲れるサイドエフェクトなんだろうな。

最善が見えてるから、手を伸ばしたくなる。その癖のらりくらりと躱されて、目の前で消えていく。なんて皮肉で悲しいのだろう。

幸い今回は彼の望む方は進んだらしい。

 

「でさ。今日、何か良いことあった?」

「…何でですか?」

「いやさ、多分それが確定点(ターニングポイント)だったんだ。おれが未だ会ってない人と、お前の」

 

今日の出来事、と言われて思い当たるのは由比ヶ浜との和解だ。正確には和解ともつかない会話劇だったが。たしかにあれで俺は少し心境に変化があったかもしれない。

あの時俺が由比ヶ浜の手を掴んだから、俺がこうして玉狛のコーチを務めることになった?一体どんな因果だよ、複雑過ぎだろ未来。

 

「まぁ、あったといえば有りました」

「やっぱりな。なら、その人にも礼を言わなくちゃな」

「会わせませんよ。あんたみたいなセクハラ野郎には」

「…へぇ、変わったな比企谷」

 

ニヤッとしていつもの腹立つ迅さんに戻った。殴りたい。

 

「そんな態度小町ちゃんにしか示さなかったのに。ってことは女の子か。大切にしろよ、少年!」

「…暗い夜道には気をつけてくださいね」

「おいっお前が言うとマジで怖いんだけど!?」

 

 

玉狛は一人コーチが増え、迅は自分の望む未来に一歩進み、由比ヶ浜は俺とのすれ違いを避け。そして俺は永年の悩みの、解放の糸口を見つけた。

良い一日だった。だからこそ、釣り合いが取れるように明日の朝から不幸が待っているのが分かりきっていた。

 

晩飯に帰れなかった俺への怒りを和らげる為。主に小町へのご機嫌とりの為に。

俺は、深夜でも開いているコンビニで、何かスイーツを買ってから帰ることを決めたのだった。




最近ジャンプアプリでワートリのファンブック見たんですが。

「スイッチボックス」だの「強化レーダー」だの「ダミービーコン」だの。どう考えても八幡こっちじゃね?ってトリガーを発見しました冷や汗です。

原作のほうでまた詳しい設定でてきたらこっちも対応したいです。
それまでは「なんでこいつ隠密系使ってないのにこんな評価高いん?」という疑問は胸にしまっていてください。



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