ハリー・ポッターとオラリオのダンジョン (バステト)
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ランク1
ハリー・ポッター、オラリオに寝る


気楽にお読みください


 その日のロキは機嫌が良かったり悪かったりで、平均すると、まあまあのご機嫌であった。機嫌が悪くなる理由であるが、ファミリアの遠征隊が途中で引き返し、最高到達階層の更新が出来なかったということがある。

 機嫌が良くなる理由であるが、眷属たちは全員死ぬことも無く深層域から帰還できたのだ。

 この二つが合わさり、まあまあのご機嫌となっていた。昨日は遠征後のどたばたでファミリア内部もごたついていたが、今日は大分騒ぎも収まり、ティオネとオラリオ市街へと散歩へと繰り出していた。本当であれば、お気に入りであるアイズたちも誘いたかったのであるが、用事があるといって逃げられていたのである。

 

 特に目的があるわけでもなく、オラリオ街をそぞろ歩いていたロキとティオネであったが、ロキの『何か面白そうなもんが落ちとる予感がする~』という理由で細い裏通りに入り込んだ。一般人ならまだしも、神のいうことであるので予感というのも馬鹿にはできない。とはいうものの、ロキにとって面白いものであって、ティオネたち団員にとって面白いかどうかはまた別なのであるが・・・

 そして道端のガラクタに埋まるように倒れている男をロキは発見したのである。やや痩せ気味の体格、不ぞろいに切られた黒髪、額にあるぎざぎさの傷跡。魔導師が好んで着るローブによく似たデザインの茶色のローブ。そんな行き倒れの男にロキは近寄っていった。

 

「お、行き倒れかー」

 ロキは呟きながらしゃがむと、落ちていた棒切れを拾い上げて、男のほっぺたをそれでつつきだした。

「ちょっとロキ、なにやってんのよ」

「あー、生きとるんちゃうかなーと思うて」

 ちょっと流行とは違うが魔導師ローブを着ていることから他ファミリアの団員であろう。余計なトラブルになるようなことはごめんであった。ティオネはロキの散歩のお目付け役であり、お供であり、お目付け役であり、護衛であり、お目付け役であり、荷物もち係である。つまりお目付け役が五割を占めているのだ。ちなみにお目付け役は団員ならばいやでも分かる不文律である。

 その間もロキは、ほっぺたをつつくのを続けている。

 ティオネはこうなったロキはしつこいのを知っていたので、倒れた男に心の中で謝りながらも、意識がないのでかまわないだろうと、ロキの気が済むまでつつかせてやろうと決めた。

 

 が

 男は、突然、上半身を起こした。そして焦点が合ってない目つきでロキを見つめると

「ジニー」

 と叫んでロキをがっしりと抱きしめ、ディープキスを始めた。

 これには、ロキもびっくりして、最初はふがふがともがいていたが、だんだんと動きが止まり、終いには、顔が紅くなりだらしない笑顔になってきた。

 いつもセクハラするロキが逆にセクハラされてるのはいい気味だと、最初は静観していたティオネであった。だが、ロキの顔が気持ちよさそうな顔になってくると、自分と団長の関係と比較して、なんだか、腹の底からどす黒い激情がじわじわと溢れてきたのがわかった。我慢の限界とばかりに、レベル5のステイタスまかせにロキと男を引き剥がす。

「はいはいはーーーい、そこまで、そこまで」

 男は、引き剥がされて、しばらくはぼうっとしていたが、ふとわれに返ったのか、ばたばたと自分の体のあちこちをはたくと、小さく叫んだ

「僕、生きてる!」

 

 いや、何言ってんだろう、この人。危ない人にかかわってしまったかと、臍をかむティオネだったが、時にすでにおそし。危険人物からロキを離そうと、ロキの腕を掴んで、後ろに下がらせるが、そんな眷属のことは目に入っていないのか、ロキは顔を赤くさせたまま、もじもじとしている。

 いつもの、おちゃらけた雰囲気はどこに言ったのだと、あきれるかえると同時に気持ち悪さを感じる。なるほどこれがギャップおええ(嘔吐)というやつかと納得するティオネだった。

「あぁ、まあ今は生きてるわね。死にたくなったらいいなさい、あの世に直送してあげるから」

 ティオネが男に声をかけるが、まったく聞こえていないようで、あたりの地面をしかめっ面できょろきょろと見回している。

「とりあえず、うちの主神?に手を出したんだから無事に済むとは思ってないでしょうね?」

 そういうティオネを無視して、男は今度は地面を見回しはじめた。こちらのことを完全無視な様子にいらっとしながらもティオネは詰問する

「いや・・・・眼鏡・・・無いと何も見えない・・・」

 それを聞いたロキが、すかさず、地面を探し始めた。主神が手伝う以上は眷属の自分も手伝わざるを得ないだろう。ロキと男の間に割り込む位置に移動して眼鏡を探し始めた

 

 結局10分ほど探して、見つけることができた。

 

 よく知られていることだが、冒険者は、神から恩恵をもらうことにより肉体的に強化される。もちろん五感の一つの視力も強化され、眼鏡は不要となることが多い。つまり眼鏡がないとあたりが見えないという以上は、この男は冒険者ではないのだろう。

 

 どこかのファミリアに所属しているのであれば、ファミリア間の抗争などが発生する危険性があったのだが、これで、幾分かその危険が薄まった。眼鏡を探している間にいろいろと考えたティオネはロキと男を人気のないベンチまで連れて行き、質問という名の尋問を始めた

 

「えーといろいろ聞きたいんだけれど、いいかしら、キス魔さん?」

 男はあわてたように反論する。

「僕はキス魔ではありません、まちがえてキスしてしまったことは誤ります」

 そういうと男は立ち上がり、優雅にお辞儀した。

「僕の名前はハリー・ジェームス・ポッターです。先ほどは失礼しました。眼鏡が無くて間違えてしまったのです。ちなみに、ここはどこですか、エディンバラの近くとかですかね?」

 ハリーから見れば、ロキたちはマグルである。ホグワーツはイギリス北部にあり、それで適当にマグルにも通じるであろうイギリス北部の都市名を言ってみた。

「ああ、いや、間違えたんなら、しゃーない。それは、ええで。で場所なんやけれど、エディンバラの近くやない。というか、エディンバラとか聞いたこともない名前や。うちはロキや。こちらはうちの眷属(こども)でティオネ・フィリナや」

 ちょっともじもじしながらロキが自己紹介をする。ハリーは戸惑ったような表情になり、つぶやいた

「眷属って何ですか?」

 これが、ハリーポッターとロキの初会合であった。

 

 その後一時間ほどかけてお互いがお互いに質問をしまくり、情報交換をしまくった。ティオネは主に聞き役に徹していた。神ロキにはハリーが嘘を言っているかいないか分かるが、眷属(こども)であるティオネには分からないので、質問などは任せたほうがよいだろうと考えたのである。

 ハリーは最初はマグルに対しては、魔法界のことを喋るのはまずいと考えていたが、神であるロキに対して嘘はつけないということを実験で確かめ、通行人の中にシアンスロープやボアズがいることをみたため、ここが マグル界でも魔法界でもないべのつ世界であることを分かったのであった。そうであれば、魔法界のことを黙っている理由も無く、正直に話したのである。

 ティオネは胡散臭げに聞いていたが、ロキにはハリーが嘘を言っていないことが分かるので真実だと信じざるを得なかった。そして、ロキたちは、ハリーの事情が大体わかり、ハリーにはオラリオのダンジョンと冒険者についての事情がわかったのであった。

 

「なるほどなぁ・・。こことは別の世界があって、そこからきたと。元の世界では、大悪人がおって、えーと、名前はなんやったっけ?」

「ヴォルデモートですね。本名はトム・リドルですけど」

「たいそうな名前やなぁ・・・。で、それに人質をとられたようになって出て行って殺されたわけか。うん、まあ、正直な性格は悪くないちゃー、悪くないけど、もうちょっと他に方法があったんちゃう?」

 

 それでハリーは分霊箱、トム・リドルの魂は分割されており、分割した魂をすべて破壊した後でないと、本体はいつまでも死なないこと。ハリー自身が分霊箱になっていて、トム・リドルに殺される必要があったことなどを最初から説明した。

「今となっては、分霊箱は残り一つ。あいつのペットの蛇のナギニだけです。それを破壊すれば、トム・リドルをようやく倒せるようになるんです」

 そこまで話してもハリーには元気はない。ロキから考えれば、分霊箱?とかいうものを指輪、カップ、ロケット、髪飾り、日記と五個も破壊しているのである。後一個ぐらいなら、他の人に任せてもいいんちゃうのか?というのがロキの正直な感想である。

 

「まあ、そしたら、ハリーはんは、元の世界に戻りたいわけなんやね。でも、イギリスとかホグワーツとか聞いたことがない場所やで」

 ロキがティオネに何か知ってるかと目線でとう

「いや、私もいろいろ旅をしてきたけれど、聞いたことがない地名ね。あと私も魔法を使えるけれど、ホグワーツとかいう場所で勉強したわけじゃないわよ」

 えっと驚くハリー。それはそうだろう、マグルだと思っていたビキニアーマーからの、まさかの魔法使い宣言。

「うちが考える仮説なんやが、別世界から攻撃魔法の衝撃で飛ばされて此処に来たとしか思えんのやが」

 うさんくさそうな目つきでティオネがロキを見つめる。

「そんなことありえるの?」

「まあ、別世界があることは、うちら神々は知っとるで。何せ此処とは違う神界から来とるんやからな。此処と神界と二つあるんなら、みっつもよっつもあってええんちゃう?」

 ここでハリーのテンションがぐっとあがる。

「その神界に行く方法はどうするんですか」

 もしかしたら、元の世界に帰れるんじゃないかという期待にもりあがっている。

「だっとやって、でぃやっとやって、どーんってするんや」

 謎のポーズを決めながら、すがすがしいどや顔でロキが宣言した。

 いらっとしたティオネがロキの足を思い切り踏んづけたのも仕方がない。

「いたたたた! ちょっとやめて! 本当やで、他の神にもきいてみい。みんなそういうから」

 確かに子供たちをからかうのが三度の飯より大好きな、のりのりな神々ならば、みんなそういうだろう。ティオネは、一旦ホームに戻ってリヴェリアに相談したほうがなんぼかましだとあきらめた。

 

 だがハリーは違った

「Daっとやって、Deぃやっとやって、Doーんってするんですね。そうか! 姿くらまし! 分かった。やってみます!」

 そういうとハリーは立ち上がり、深呼吸を繰り返しはじめた。ハリーはロキのせりふから『三つのD』が必要な魔法、つまり姿くらましのことを思い出した。こちらの世界から姿くらましして、元の魔法界に姿現しをすることができるのではないかと考えたのだ。

「いや、あなた、ロキに担がれてるかもしれないんだから、やめといたら? 一旦私たちのホームまで来なさいよ。他の人にも相談してみるから」

 そんなティオネの忠告も聞こえていないのか、ハリーは集中を高める。そして。

「いきます!」

 宣言と共に、ハリーの体がへその辺りへとぎりぎりと超高速で回転しながら縮んでいった。

「な!?」

 詠唱が無いということはスキル? 驚くティオネとロキの目の前でハリーの体は20cぐらいの球体になってぐるぐると回転している。そして、たわんだばねが元に戻るかのような勢いで逆回転し、ハリーの体は元のサイズに戻り、はじけとび、道路を20mほど吹き飛ばされた。

「ハ、ハリーはん!、大丈夫かー?」

 あわててロキが駆け寄る。ハリーは壁に頭をぶつけたのか、気を失っている。

「うーん、すまんけど、ティオネ、彼をホームまで連れて帰ってくれんか? うちだとちっょと体力的に自信ない・・・」

 まあ、のりかかった船だとティオネはあきらめの境地でハリーを担ぎ上げた。

 



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ハリー、黄昏の館に運び込まれる

 ティオネによってロキ・ファミリアのホームへ運び込まれたハリー。主神とファミリア幹部が同行というよりは担いで帰ってきているため、門番も何の文句もなしにハリーも中に入れた。

 ティオネはまずはハリーを救護室に運び込む。壁にぶつかっていたから、たんこぶぐらいはできているであろうし、ポーション類はまとめてここで管理されているからである。同時にロキはリヴェリアを探しに言った。治療魔法もつかえるし、魔法についてもスキルについても造詣が深いリヴェリアならば、ハリーがぐるぐると回る球体になったことについても何か意見があるのではないかと考えたのだ。さらにエルフの王族であり、異世界?のことについても知識があるかも知れない。まさにうってつけの人物である。

 

「リヴェリアママー、どこいったんやー」

 と叫びながらホーム内部を歩いていると、しかめっ面をしたリヴェリアが現れた。

「だから、私はママではないといつも言っているだろうに! 何の用事なのだロキ?」

 ロキはしれっとした顔でリヴェリアの手を掴むと救護室へ向かって歩き始める。

「ちょっと怪我人がいるんでな、見てもらいたいんや」

 基本的に面倒見が良いリヴェリアなので、怪我人がいるといわれては断るわけにも行かない。リヴェリアは文句を言いながらもおとなしく救護室まで付いていった。

 

「ふむ、単純な打撲だな」

 一通り、ハリーの診察を追え、ポーションで治療を始めながらリヴェリアが診断した。

「そうか、他に問題はないんか?」

「いやないな。しばらくすれば、気が付くだろう」

 余分なポーションをふき取ると、手をぬぐい、リヴェリアは、ロキとティオネに振り返った。

「先程も事情を聞いたが、スキルか魔法を使ったのは間違いないのか? 恩恵はないのだがな」

 そう頭部以外の場所に怪我がないか確認するため、背中も見ていたのである。そのため、ハリーが恩恵を持っていないことは分かっていた。

「うん、確かに使っていたわよ。体が、ぐるぐるっと回転するような感じで、20cぐらいにまで小さくなって、それから、元に大きさに戻ったのよ。その前に姿くらましとかいってたから、そんな魔法かスキルなんでしょうね」

 ふむといってリヴェリアは考える。恩恵なしでも魔法的能力が高い種族たとえば、エルフなどであれば先天的に魔法が使える場合がある。しかし恩恵なしでスキルを使えるという話は聞いたことがなかった。ということは、必然的にこの男が使ったのはスキルではなく魔法ということになる。そして、恩恵なしで魔法を使っている以上は、先ほどの例に『きわめてまれではあるがヒューマンも先天的に魔法が使える場合がある』というのを付け加える必要がある。言葉には出さずにリヴェリアはそこまで考えを進めていた。そてさらに推測を進める。もしかしたら・・

 そこでハリーがうめき声と共に意識を取り戻した。

「うう、いったい、ここは・・・?」

「ハリーはーーーーーーーーーーーーん! 大丈夫か? うちやロキや、ちゃんと見えるか!」

 ハリーに向けてルパンダイブをするロキ。ちなみに服は脱いでない。

「アッハイ」

「うんうん、よかった。よかった。ここはうちの家や。ハリーはん、頭ぶつけて気ぃうしのっとったんや。それで、ここまでつれてきたんや。まぁ安心して療養してくれてええで!」

 食い気味に話すロキ。あきれるティオネ。分けが判らずちょっと引いているリヴェリア。それにティオネが耳打ちをする。

「寝ぼけているハリーにキスされて、ロキは一目ぼれしたみたいなのよ」

 ほぉうと、面白そうな表情を浮かべるリヴェリア。立ち上がると、エルフ王族としての威厳を漂わせて、ハリーに向けて自己紹介をする。

「お初にお目にかかる。私はリヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキ・ファミリアで副団長を務めている」

 あわててハリーはベッドから飛び起きると、優雅にお辞儀をする

「丁寧な挨拶ありがとうございます。僕の名はハリー・ジェームス・ポッター。魔法使いです」

「ふむ、魔法使いということだが、よければ、いろいろと聞かせてもらえないだろうか」

「ちょーとまち、リヴェリアママ。ハリーはんは怪我が治ったばかりやって、痛い痛い、アイアンクローはやめて!」

 リヴェリアの強力な(レベル6のステイタスによる)アイアンクローががっしりとロキの頭をつかんでいる。もちろん手加減はしている。

「だから、ママというのはやめたほうがいいのに・・・」と呆れたようにティオネがつぶやく。

「さきほどロキから聞いたのだが、別の世界からきたというのは本当なのかね?」

 足が宙に浮いたままで痛みでのた打ち回るロキが存在しないかのように話を続けるリヴェリア。絶対に逆らってはいけない人だと認識したハリーは、姿勢をただし、冷や汗を流しながら正直に答える。

「おそらく本当だと思います。僕がいた世界では、ここオラリオという都市はありませんでしたし、シアンスロープ?やボーズ?のような人はいませんでした。巨人や子鬼はいましたが・・・・」

 ボーズではなくボアズであるが、一度聞いただけなのでハリーは間違えていた。

「ふむ。では姿くらましというのは? それは魔法なのかね?」

 ここでティオネが横から説明をする

「リヴェリアはここオラリオで一番の魔法使い、つまり、世界で一番の魔法使いということなのよ。いろいろと相談すれば、元の世界に返る方法がはっきりするんじゃないかしら」

 正直にいうとティオネはこのハリーという男が信用ならなかった。恩恵もなしに魔法を使う? しかもロキにディープキス?あやしい。あやしすぎる。

 それはともかく、ティオネの助言を聞いたハリーは、説明を始める

「姿くらましは、姿現しとそろってセットになった呪文です。姿を消すのが姿くらまし、姿を現すのが姿現しです。具体的にいうと、A地点で姿を消して、すかさずB地点で姿を現すというか・・・瞬間移動の魔法といったほうが判りやすいですか?」

 マグルとしての知識が説明方法をかえる

「ふむ、移動系統の魔法か・・・興味深いな、実演できるものなのか?」

 オラリオの冒険者が覚える魔法は戦闘に役立つものが多い。攻撃防御回復などなど・・・。移動に関する魔法は珍しい部類に入った。目をきらきらとさせて、期待に満ちた顔になるリヴェリアをみて、ハリーは、サンザシとユニコーンのたてがみの杖を取り出した。そして一振り。

 バチン!

 音と共に、今いる場所から、部屋の片隅に一瞬で移動する。

「おお、すばらしい! で、これはどのくらいの距離を移動できるのだろうか? 間に壁などの障害物があった場合はどうなるのだ? 目的地に隙間がない場合は? 行ったことが無い場所にも移動できるものなのか? 恩恵がないようだが、どうやって習得したのだ? 恩恵がなくても習得できるものなのだろうか? 私にも習得できるのだろうか? 習得するにはどのような訓練を・・」

「ちょいまち、ちょーいまちーや、リヴェリアおちついて、な、落ち着くんや」

 眼をきらきらとさせたまま、ハリーを問い詰めるリヴェリアを、ロキが制止する。こんなリヴェリアを初めて見るティオネはあっけにとられていた。

「いやいや、ロキよ。移動魔法なのだぞ。いちいち、歩いて移動しなくてすむのだ。ダンジョン探索がどれだけ楽になるか。画期的なものなのだ、これがあわてなくてどうするのだ?」

「まあ、そうやけど、、ハリーはんの事情もきいてくれんかな。な!?」

 確かに、礼儀に反した行動であったと冷静になるリヴェリア。それに対してハリーが説明を始める。

「距離に関しては、本人の魔法力しだいで、ある程度は伸びるようですが、かなりの長距離は移動できます。

 間に障害物があっても、大丈夫です。別の部屋への移動もできます。隙間がなかったら、・・・どうなるんだろう・・・。

 あと魔法使いなら訓練すればできます」

「うむ、そして、その訓練が、だっとやって、でぃやっとやって、どーんってするんや」

 謎のポーズをきめながら、すがすがしいどや顔でロキが宣言し、またティオネに足を踏まれた。

「そしてこの移動魔法を使えば、この世界から、もとの世界に移動できると考えたのですが、結果は失敗しました」

「ふむふむ」

 リヴェリアは考える。確かにエルフに伝わる昔話や伝承には異世界もどきが出てくるものがあるにはある。黒エルフや白エルフや小人族などの一部はもともと異世界に家があったのだが、家に帰る方法を失い。この世界にとどまるようになったというものだ。ただし、移動方法は境界や関所の扉を開けて移動するとそこは妖精界だったり人間界だったりと簡単に移動できたとなっている。伝承のため詳しい描写は抜けているのだろうが、これではハリーの役には立たないだろう。

「元の世界に戻ろうとしたときには、20cまで体が小さくなって、そのあと元に戻ったということだが? たとえば、移動できる限界以上に移動しようとした場合は、どうなるのかね? 同じように体が小さくなったりする? それともまったく何も起こらない?」

 ハリーは考えた。限界以上の移動はやったことがなかった。でも、最初にホグワーツで訓練したときには。。。

「やったことは無いのでわかりませんが、何も起こらないということは無いと思います。最悪、身体がばらけたり、しますね。ばらけるっていうのは、身体の一部分だけが移動したり、残されたりすることです」

「ふむ、リスクはそれなりに在るということか」

 こつこつと人差し指で、机をたたきながら、リヴェリアは考える。

「身体が小さくなったということは、魔法は発動していると考えてよいだろう。身体がばらばらにならなかったのは、たまたまかもしれん・・・。もしくは、異世界移動の場合には移動に失敗してもばらけない? 魔力によって移動距離が左右されるというならば、魔力を挙げれば、効果が上がり、異世界にも移動できるかもしれん・・・。だが魔力といっても、どれたげ魔力を上げればいいのか? 」

 静かにリヴェリアの独り言を聞いていたロキが、それに続ける

「ということはや。魔力を上げれば、ハリーはんは元の世界に戻れるということやな」

「まぁ、理論的にはそうなるんだろうが、あくまで推測にすぎんし、どれほど魔力を挙げればよいのか検討もつかんぞ。それに魔力を上げても結局は不可能かもしれん」

「だけど、仲間が危険な目にあってるんです! 戻らないと!」

 ふと元の世界の仲間のことを考え、あせり始めるハリー。

「危険というが、どのような危険なのだね」

 そこでハリーはリヴェリアに元の世界のことをかいつまんで説明した。ヴォルデモートという闇の魔法使いがいること、魔法使い世界を支配しようとしていること、仲間とともに対抗するために戦っていること、ホグワーツという魔法魔術学校で戦闘が行われていること、ハリーが投降すれば仲間には危害を加えないといわれたこと、ハリーは投降し即死呪文で攻撃されて気がついたらここオラリオでほっぺたをつつかれていたこと・・・

「なるほど。君の言うことが正しいとすれば、ここは君からすれば異世界になる。ということは、時間の流れ方も違う可能性が高い」

「どういうことゃ、リヴェリアママ」

「こういう昔話がある」

 ロキに再びアイアンクローをかけながらも、落ちついた口調でリヴェリアは説明を続ける。

「昔々、男が妖精郷に迷いこんで数十年過ごして自分の故郷に帰ったそうだが、故郷では一日しか時間がたっていなかったそうだ。だから、ここオラリオで数年暮らしても、ハリー君、君が元の世界に戻った時には、一日も時間がたっていないかも知れない」

「でも、時間の流れが違うとはいえないわけですよね!?」

 ちょっといらいらし始めたのかハリーが叫ぶ。だがリヴェリアは落ち着いてハリーを諭す。

「確かにそのとおりだ。あわてる必要は無いが、のんびりしていて良いという訳でもない。無理をしない程度に急いだほうが良いだろう。でないと、無理をして君が戻って、その、ばらけてしまっていては、友人たちも心配するのではないかね?」

「そう・・ですね」

 リヴェリアのいうことにも一理あると理解できたのか、ハリーは無理やり気分を落ち着かせようとした。

「まあ、確かにな。魔力を上げんことには帰えられんからな。無理してあげることもできんしなぁ」

「ちょっとロキ」

 ハリーを慰めるロキにティオネが突っ込む。

「魔力をあげるって、まさか」

 それにニィっと笑ってロキは答える

「うん、そのまさかや」

 ロキは真剣な顔になるとハリーに向かってたずねる。

「ハリーはん、ロキ・ファミリアに入団せえへんか? 冒険者になってランクと魔力(ステイタス)を上げれば、その移動魔法が強化されて故郷に戻れるようになるで」

 ハリーは考え込む表情になった。早く元の世界に戻りたい。しかし、それには、魔法力をあげる必要がある。冒険者になれば時間がかかるが、魔法力を上げて帰れるようになるかも知れない。今のところ帰る方法にほかに当てがないようだ。そう考えると選択肢は一つしかなかった。

「すいません、お願いできますか?」

「よっしゃ、大歓迎やで、ハリーはん!!」得たりとばかりにロキは膝を叩いた。

 

だが、そこでリヴェリアが疑念をこぼす。

「ふと思ったのだがな、ロキ」

「なんやねん?」

「昔、フィンが闇派閥の主神を強制送還したことがあったが、そのときに眷属は全員、一人残らず恩恵を失ったのだよな?」

いきなり昔話を始めたことに戸惑うが、ロキは答える。

「まあ主神が神界に戻れば恩恵は失われるな。それがルールや」

その答えにリヴェリアは言い難そうに質問をする

「それはつまり言い換えると異世界(神界)と、オラリオがある世界。別々の世界へと主神と眷属が引き離されたら、恩恵は失われるということではないか? そうだとしたら、異世界(ハリーの世界)と、この世界(オラリオ界)にハリーとロキが分かれた場合、ハリーの恩恵は失われ、こちらに戻ってこれないのでは? 世界間の移動が可能なのは、あくまで恩恵があるからこそだと推測できるのだが・・?」

「ゴフッ」

図星であったようで、変な声を上げて、倒れるロキ。あわてるティオネ。

「だ、大丈夫や・・。ちょっとダメージが大きかったような気がしただけや」

倒れたまま強がるロキを、リヴェリアが抱きかかえて、立ち上がらせる。その時ぼそぼそとロキへと呟く。

「まあ、うちのアイズでさえ、ランクアップに一年かかったのだ。つまりそれくらいの間は一緒にいられるわけだ。すぐ帰ってしまうよりはいいだろう。まあ元気を出せ」

それを聞いて少し元気を取り戻すロキ。

「うん、うん、そうやな。よっし! ハリーはん、大事なのはまずは帰れるようになることや。ハリーはんの友人らが大変な目におうとるなら、見捨てる訳にもいかん! どーんと、うちにまかせい!」

そうして無い胸をどーんと叩くロキ。頼もしい。普段はおちゃらけていることが多いが、いざというときにはしっかりと締めてくれる。さすがは主神だと思わせる態度であった。

 

「ああそうや、念のためフィンにも説明しとこうか。あ、フィンっていうのは、団長、ファミリアメンバーのリーダーな。ほないこか」

 リヴェリアは掃除の途中なのでいったん部屋に戻るとのことだった。フィンに会うということならば、もちろん団長大好きなティオネは同行する。そしてロキ、ティオネと共にハリーは黄昏の館内部を団長室まで移動する。

 

「団長~、はいりま~す」

 ティオネがノックと同時に中に入る。フィンにハリーを紹介して、そして三人で事情を説明する

「入団は認められない」

とても済まなそうな表情を浮かべフィンが告げる。

 




・ハリーの杖ですが、もともと使っていた、不死鳥の尾羽根を芯にしている柊の杖は折れてます。今回というか、オラリオに来てから使っているのは、ドラコから奪った杖です。

追記
説明不足がありましたので、魔法界からオラリオ界へと、ハリーが戻ってこれないという説明を追加しました。


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ファミリア探しと入団

 一瞬、何を言われたのかわからなかったのか、呆けた表情になったロキであったが、すぐに反論した。

「何でや! 何でだめなんや! 今までわいが、入れてほしいって言った子供らは、『ロキには困ったものだよ~』とか言いながらも全員いれてくれたやんけ!」

 真っ赤になって怒るロキ。ハリーをどうしても入団させたいようだった。異世界からきた人物で、恩恵なしで魔法を使い、出会いがしらにディープキスをロキにする男。確かにどうしても入れたいだろう。

「うん、確かにそうだね。でもそれはファミリアのメンバーになって一緒にがんばって行くから、そうしたんだ。でもポッター君の場合はそうじゃない。いずれ故郷に帰るというのであれば、一緒にがんばって行けないのであれば、入団を認めるわけにはいかない。もちろん僕個人としては、彼の境遇には同情するし、力にもなってやりたい。でも団長としての立場としては、そうもいかないんだ。ロキ、わかってくれ」

 確かにフィンのいうことはもっともであった。いわば、『スキルアップのために入社させてください。スキルアップしたら、転職しますから!』とバーノン叔父さんのドリル会社の入社面接のときに言うようなものである。会社側としては、給料払いながら教育して一人前になったら出て行くとか、冗談言っているのかと、バーノン叔父さんが怒り狂うであろう。正論である。それがわかるのでハリーは何もいえなかった。

「確かにそうですね・・・ほかに方法を考えて見ます」

「うん、別の方法がないか考えてみるのと同時に、うち以外のファミリアに入団できないか探してみてはどうだろうか。入れてくれるところがあるかもしれない」

「あるやろか、フィン?」

 もっと食い下がろうと考えたが、当のハリーがあっさりと引き下がったので、気弱になり泣きそうな顔になったロキがたずねる。

「わからない。でも、別の方法を探すといっても今は当てがないんじゃないかな。できることからやっていくことをお進めるするよ。あと、身の振り方が決まるまでは、ロキのお客さんということで、うちのファミリアにいてくれてかまわないから」

 といってフィンは微笑んだ。その笑顔をティオネがうっとりと眺める。

「さすがです、団長! とりあえず住むところは必要ですもんね!」

「じゃあ、客間に案内するで、ハリーはん、こっちきてや」

 こうして、ハリーのオラリオでの生活が始まってしまった。本心では早く元の世界に戻りたかったが、方法がない。帰る方法を探すとともに、入団できるファミリアを探すことになった。

 

 そして三日後。

 すべてのファミリアに入団を断られていた。

「何が悪かったんだろう・・・・」

 と呟くが原因は明らかであった。ロキ・ファミリアでフィンに断られたのと同じ理由。強くなったら故郷に帰る。これがまずかった。主神と団長の、どちらかが反対するのである。もしくは、主神が面白がって入れようとするが、団長が『あの様子じゃ帰るの許してもらえないぞ』と心配して断ってきたりもするのだ。

 最初は探索系統ファミリアに絞っていたが、途中からはなりふり構わず商業系ファミリア、生産系ファミリアもまわってみたが、だめだった。

 がっくりと肩を落としして、道の片隅のベンチに座り込んでいた。

「疲れたなぁ・・・」

 ホグワーツは今どうなってるんだろう。時間の流れ方が違うかも知れないといわれたけど、みんな無事だろうか・・・・。ぼんやりとハリーがそんなことを考えていると、ぽんぽんと肩をたたかれた。振り返ると、黒毛のツインテールの10歳ぐらいの少女が立っていた。なぜか一本の紐を胸の下に通している。

「やあ、君、元気がないみたいだけど、大丈夫かい。特製のじゃが丸君でも食べて元気を出すんだ!」

 そういって、差し出されたコロッケみたいなもの(じゃが丸君)をうけとり、ハリーは思わずかじっていた。

「おいしい・・・」

考えてみると今日も朝から夕方まで何も食べていなかった。

「ふふ。おいしいだろう。僕特製のじゃが丸君だからね。腹が減っては元気が出ない。これが僕の持論さ。さあ、悩みがあるんなら僕に話してごらん。話すだけでも、気分は楽になって元気がでるってもんさ」

 10歳の子供に心配されるとはまいったなぁと思いつつも、ハリーは自分の事を語り始めた。

「実は故郷に、悪い魔法使いがいてねぇ。そいつと戦ったんだけれど、勝てなくて、気づいたらオラリオにいたんだ」

 相手は子供であるので大分はしょっての語りである。だが、女の子は、真剣な顔でこちらを見ている。

「ふむふむ、そいつは、大変だね。その魔法使いを捕縛するような組織はなかったのかい? オラリオではギルドがガネーシャ・ファミリアに治安維持活動を委託しているんだが?」

 子供なのに難しい単語をつかってるなと、感心しつつも、ハリーは説明する

「うーん、悪い魔法使いが、その組織自体をのっとってしまったから、誰もいなかったんだ。それで、僕、ハリーはオラリオで強くなって、故郷に帰ろうと思ってね。入れてくれるファミリアを探しているところなんだ」

 それを聞いた女の子が腕を組んで目を瞑り考え込んだ。しばらく眉間にしわを寄せてそのまま考えていたが、くわっと目を開きハリーにびしっと指を突き出した。極東に伝わるモンスター、般若のような迫力である。

「つまり! 君は期間限定だけれど、ファミリアに入りたいと! そういうことだね!」

「アッハイ」

 謎の迫力に気おされ、ハリーは片言で答える。

「よし、じゃあ僕のファミリアに入らないかい? 僕はヘスティア。こう見えても竈の神様なんだぜ」

 すがすがしい笑顔とともにサムズアップするヘスティアであった。

「ま、まあ、そうは言っても零細ファミリアで、メンバーは今の所一人しかいないんだけれどね。だが、夢はでっかく、将来はオラリオ・ナンバー1のファミリアになることさ!」

「いいんですか? 強くなったら、故郷に帰るっていうと、どこのところも断られたんだけれど・・・」

「うん、かまわないよ。というかそちらこそ、良いのかい、メンバーが一人の、自分で言うのも何だが零細ファミリアで?」

「ぜひ、お願いします」

 小さい女の子であるが、実際は神様ということで丁寧口調に切り替えるハリーであった。

「うん、じゃあ、もう一人のメンバー、この場合は、団長・・団長!? 団長かぁー。ベル君が団長! ついにメンバーが増える日が」

 なにやら感無量のヘスティアである。こぶしを握り締めてガッツポーズをとっていたが、面白そうな表情でこちらを見るハリーに気づき、我に返った。

「あ、すまない、団長に紹介するから、拠点にきてくれ」

 

 しばらく街中を歩き、案内されたのは、寂れた教会であった。えぇ~という表情のハリーを見たヘスティアがあわてる。

「ここだけれど、ここじゃないんだ。ここの地下が拠点なんだ」

 ヘスティアはあわてて、地価への階段をおりて、ドアを勢いよくあけると中に飛び込んだ。。

「ベル君、いるかい? 聞いてくれ、今日はよい知らせがあるんだ!」

 中にいたのは、13-14歳ぐらいの白髪、赤眼の、線の細い少年であった。

「え、もう、じゃが丸君、完売したんですか! さすがです神様!」

「ちっがーーーーう! いや、完売はしたけど! そうじゃなくて!」

 そして、ヘスティアは地下室に入ってきたハリーを指し示した。

「じゃーん、ファミリア入団希望者だ。とは言うものの、ちょっと理由ありなんだけれどね。僕は入団してもらってかまわないと思っている。後はベル君がokすれば、はれて二人目のメンバーさ」

 入団希望ということを聞き、大喜びになるベル君。ヘスティアと二人で手をつないで文字通り飛び上がって喜んでいる。それをみて微笑ましくなるハリー。

「あ、そういえば、理由ありって言ってましたけど、理由ありってなんですか?」

 それでハリーはもう一度あたりさわりのない事から説明した。

 自分の故郷に悪の魔法使いがいること。

 自分は仲間とともに戦っていること

 追い詰められて、窮地に陥ったこと

 自分が投降すれば、仲間を助けれると提案されたこと

 投降し、悪の魔法使いに即死魔法をかけられて、気づいたら何故かここにいたこと

 帰るためには、強くなる必要があるらしいこと。

 しばらく考え込むベル。

「悪の魔法使いって、そんな魔法使いがいるなら、名前ぐらい聞いてると思うんですが・・・」

「うん、じつは、即死魔法のせいで、僕はこの世界に飛ばされたみたいなんだ。僕がいたところでは、オラリオなんて名前は聞いたこともなかったし、神様も一人もいなかった。僕が住んでいたのは、イギリスで、ほかにもアメリカ、フランス、カナダ、中国という国もあったんだけれど・・・聞いたことはない・・よね」

 衝撃の発言である。

「うん、嘘は言ってないね」

 ヘスティアにはハリーが真実を言っていることがわかる。より正確に言うと『ハリーが真実だと思っている』ことがわかるのであるが・・・

「別世界ですか」

 目を輝かせながらベルはハリーを見つめる。

「で、冒険者になって、魔法力が強くなったら移動魔法で故郷に帰ろうと思うんだけど、それでも入団できるかな?」

 ここでヘスティアも説明と説得を始める。

「ベル君、よく聞くんだ。君は英雄になるために、そのうちにダンジョンに今よりも深い場所までもぐることになる。今のような上層じゃあない。かなり危険になる。だから、ハリー君にファミリア・メンバーになってもらうんだ。

 一人のファミリアよりも二人のファミリアのほうが人を集めやすい。だから、ハリー君が居る間にもっとメンバーを増やすんだ。そうすれば、もっと君たちは強くなれる。他のメンバーが入るまでの間だけでもハリー君がいてくれるのはありがたい。入団をお願いしよう」

 もともと零細である彼らのところに入団しようというものはいないのだ。確かに、期間限定であってもハリーが入ってくれれば、他にも人を集めやすくなるだろう。そう考えると、ヘスティア・ファミリアにはメリットしかない。

「なんだか利用する様で悪いんですが、僕らのファミリアでよいですか?」

一方のハリーにとっては期間限定ということがネックで断られていたのである。

 それを踏まえたうえで許可してくれるということであれば、万々歳である。ハリーにもメリットしかなかった。

「ぜひお願いします」

「じゃあ、早速、恩恵を刻もう。背中を出してくれるかなハリー君。神の血を背中に落とし、経験(エクセリア)をすくい上げることで、その恩恵たるステイタスを刻むんだ。そうすれば、君も冒険者ということだ。ベル君はしばらく外で待っててくれるかい」

 ハリーが上着を脱いでいる間にベルは地下室から出て地上に上がっていた。

 ハリーが上半身裸になり、ベッドに横になる。ベルにいつもしているように恩恵を刻もうとしたヘスティアは、体のサイズが違うことにとまどう。ベルは14歳、ハリーは18歳直前。成長期の3-4年というものは、体格に大きい影響があった。

(むむう、ベル君と体格が違うせいか、なんだかやりにくいな・・)

 そんなことを思いつつも針で指をつつき、血をたらし、恩恵(ファルナ)を刻んでいく。その作業の間にもステイタスの説明をハリーにする。

「恩恵というものは、神々の血を使うことで、その人の経験を顕在化させ強化するものなんだ。経験をつむごとに恩恵を更新して、より強化していく。これによって魂は強化され神に近づくといわれている。まあ、説明を聞くよりは実際にステイタスを見てもらうほうがわかりやすいかな」

 最初の恩恵であるから、ステイタスはすべて0であるのは分かっている。だが、異世界からきたということで、何か特徴が出るかも知れない。そうたとえば、レアスキルとか。

 まあ、レアはめったに見ないからこそ、レアであり、ハリーの背中に何か出るとは期待していなかった。

「よし、できたっ・・・と・・・・」

 だが残念ながら、その期待は裏切られる。浮かび出た恩恵は・・・・

 

ハリー・ジェームス・ポッター

ヒューマン

レベル1

力:0

耐久:0

器用:0

敏捷:0

魔法力:0

 

 とまあ、ここまでは、よくはないのだが、まだよかった。ステイタスは全員0から始まるからである。問題はその続きである。

魔法

【杖魔法】

 

 なんだ、杖魔法って。持ってる杖が自動で敵を殴りつけてくれるんだろうか。それとも、大量に杖を呼び出してそれが自動で戦うんだろうか。わからん。それ以前にそもそも詠唱文がない。

 そしてさらに分からないのが

 

スキル

【杖無発動】

・杖がなくても魔法が発動する

【無言呪文】

・無言でも魔法が発動する

【望郷一途】

・早熟する。

望郷(おもい)が続く限り効果持続。

望郷(おもい)(たけ)により効果向上。

 

 杖魔法なのに『杖無発動』とはなんじゃらほい! 矛盾してるんじゃぁぁぁぁ。

 あと無言呪文って、呪文なのに、無言ってなんだよ! いや、それ以前に魔法の欄にそもそも詠唱文が無いし!

 どうしろってんだいまったく。矛盾だらけじゃないか

 ぐぬがががかと頭を抱えるヘスティアであった。

 

 とはいうものの、ステイタスの説明をする必要がある。ハリーに見せるべく、共通語(コイネー)に書き写すヘスティアであった。だが、スキルの、望郷一途はハリーに対して秘密にする。理由は簡単、ベルに発現しているスキルと効果が同じであるためだ。早熟するというハリー。それと同じ速度で成長するベルに何のスキルも無いのはおかしい、矛盾する。だから秘密にするのである。

 書き写しているうちに友神の鍛冶神(へファイストス)の言葉を思い出す。

『アビリティも、もちろんだけれど、魔法やスキルに関しては、本人の資質、経験がきわめて強く反映されるわね。強い願望や資質、途轍も無い濃い経験が、魔法やスキルへと昇華されるのよね。恩恵はその昇華される手伝いをするだけとも言うわね』

 

 それが本当であるのならば、この魔法とスキルについてハリー自身が説明をつけられるかも知れない。そう考えると元気よく背中から飛び降りた。

「さ、できたよ、ハリー君! これが君のステイタスだ」

 そういって、ステイタスの写しをハリーに渡す。それをじっと見るハリー。

「ああ、アビリティが0なのは気にしなくて良い。最初はみんな0から始まるからね。で相談なんだが、恥ずかしい話、魔法とスキルのところが僕にも良くわからないんだ。君の今までの経験が反映されているはずなんだけれど、何か思いあたることはあるかい?」

 紙をじっと眺めていたハリーの返答は簡潔であった

「ごめんなさい、この文字、読めないんです。英語じゃないですよね」

 ああ、異世界人だから、読めないのは当然だったかと、お互いにがっくりする二人であった。

「まあ、これからしばらくはオラリオにいるんだから字の勉強もやることにしよう。さて、気を取り直して改めて説明しよう。

 まずはここのアビリティ。君の身体的能力をざっくりとあらわしていると考えてくれ。力、耐久、器用、敏捷、魔法力とそれぞれなってい・・・る・・・。魔法力? あれ魔力なんだけれど、魔法力? ま、まあいいや。魔法の強さにかかわるところだね。

 そして魔法。使用できる魔法が最大で三個、詠唱文と一緒に現れるんだけれど、君の場合は杖魔法になっている。なにか思い当たることはあるかい?」

「僕は魔法使いです。三つどころじゃなく、何十個も使えますよ」

 そうハリーは言う。特に自慢しているわけでもなく、ハリーやロンやネビルたち魔法使いにとっては当然のことである。しかしオラリオでは最大で3個、魔道書を利用してようやく4個になるかならないかということを考えると、イレギュラーもいいところである。

「ただし杖がないと魔法がうまく使えないんです」

「ふむということは、杖魔法はハリー君が言うところの『杖がないとうまく使えない魔法』いや『杖が有ると使える魔法』全部ってことかな。だとしたらスキルの杖無し魔法は、その杖が無くても、うまく魔法が使えるということだと思う。ふつうは、杖が無くても魔法は使えるよ。あったほうが良いんだけれどね。で無言呪文はどうなんだい?」」

「これは、呪文を唱えなくても、無言で魔法を使う方法ですね。こんな風に」

 杖をすばやく取り出すと、浮遊呪文を無言で行い、ステイタスが書かれた紙切れを宙に浮かばせる。

 どんだけ規格外なんだと、ヘスティアは頭を抱える。

「いいかい、ハリー君、よく聞くんだ。まず、今言ったように、魔法使いは三つまでしか魔法が使えないし、無言で魔法を使うなんてことも無い。絶対に呪文の詠唱が必要なんだ。だから、君のその能力がばれたら、大騒ぎになってしまう。そしたら、強くなるという君の夢もかなえることができなくなってしまう」

 そこでヘスティアは気づく。

「強くなったら故郷に帰るって、故郷は異世界だろう。どうやって帰るんだい?」

 良くぞ聞いてくれました! という調子でハリーが喋り始める。

「瞬間移動魔法があるんです。それで、ここから故郷まで帰ります。ただ、こちらからすると異世界なので、なかなかうまくいかないんです」

「ふむふむ・・僕ら神々が神界からオラリオにくるようなものだね。あれも一応異世界移動ということになるのかな・・。それでステイタスを強化して、魔法効果をあげようということだね・・。ふむ、わかった。君が魔法使いで魔法を大量に使えるということはベル君にも話してよいかい? そのうえで使用する魔法を三つに絞るんだ。もちろん詠唱つきで。これだけのとんでもスキルがあるとばれるのはまずい・・なんとかして隠さないと」

 『生き残った男の子』だの『選ばれし者』だのと、へたに有名になったり、目立つことになると、いろいろと、めんどくさいことになるのは身にしみているハリーは黙ってうなずく。それを見てヘスティアはベルを中に入れる。

「ベル君、ハリー君にステイタスの説明をしたとこなんだが、君と相談したいことがあるんだよ」

 そしてヘスティアとハリーは、魔法の説明をする。

「三つどころじゃなくて、何十個も魔法を使えるんですか! そんなこと聞いたこともありませんよ」

 驚愕して叫ぶベル。何度もいうがに魔法上限が3、魔道書を使用してようやく4だというこの世界では規格外の出来事である。

「うんうん、で、それを隠すために、おおっぴらにつかう魔法を三つに絞りたいんだ。ベル君はすでにダンジョンにもぐっているじゃないか。どんな魔法がお勧めだい? アドバイスしてくれ!」

 隣に座り、ベルの腕を抱きしめて元気よく指示をするヘスティア。胸の感触にどぎまぎとしながらベルは考える

「う、わかりました。そうですね、すぐに思いつくのは、攻撃魔法ですね。単体攻撃と範囲攻撃できると良いんじゃないかなと。あとは治療魔法ですかね。ポーションがありますけど、治療魔法があるとさらに助かりますし・・・」

「攻撃と治療・・」

 攻撃呪文は、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)や、DA(ダンブルドア・アーミー)で訓練したので、大量に覚えている。だが、問題は治療呪文である。おできを治す、骨折を直す、石化から回復するなどはできるが、それは魔法ではなく魔法薬で治療していた。ホグワーツでの治療もマダム・ポンフリーが魔法薬で治療していた。魔法でとなると癒えよ(エピスキー)ぐらいであろうか・・・。ここにきて魔法教育の弊害が出るとは・・・

 考え込むハリーを見てベルはたずねる。

「強くなって異世界にもどるのも、その魔法で帰るんですか? ポッターさん」

 いろいろと呪文を思い浮かべていたハリーは、苦笑すると説明する

「ハリーで良いよ。仲間なんだし。僕もベルって呼ぶから。いいかな?」

 うれしそうにベルも答える

「もちろんですハリー」

「あー、敬語もなしで」

 そんなやり取りをヘスティアは、ベルの腕にしがみ付いたまま、うれしそうに見ている。

「ハリー君が故郷に帰るには、なんと瞬間移動魔法を使うのさ。僕たち神々がここ下界に降りてくるのと同じような方法だね」

 驚くベル。ランクが上がると器は神に近づくと言われているが、魔法自体も神々に匹敵するようになるのだろうか

「瞬間移動ってどうやるんですか神さま!?」

「ふっふっふーん、聞いておどろけ、ベル君! だっとやって、でぃやっとやって、どーんってするんだ!」

 謎のポーズを決めながら、すがすがしいドヤ顔でヘスティアが宣言した。

「おおお、だっとやって、でぃやっとやって、どーんってするんですね」

 不器用に見よう見まねで、謎のポーズをとろうとしながら、ベルが感心する。

「ちがうぞ、ベル君、そこのところは、腕をもうちょっと上げるんだ。こうだ、こう!」

「こうですね」

「おお、そうだ、そう動かすんだ!」

 盛り上がる二人であった。その二人に声をかけるハリー。ファミリアが決まってほっとしたのか表情が緩んでいる。

「エーと、二人とも? ちょっと良いですか? 魔法のことはもうちょっと考えて見ます。それと、住む所なんですけど、ここに一緒に住まわせてもらえないでしょうか。隅っこの方でよいですから」

「もちろんかまわないとも!」

「あとオラリオに来てからお世話になっていた人たちに、ファミリアが決まったことを報告に行ってきますね。ついでに荷物もとってきたいので」

「うん、それがいいね。じゃあ、主神として僕もついていくよ。何、僕が挨拶すれば、相手も大船に乗ったように安心するだろう」

 



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ようやくダンジョン

 そしてしばしの間オラリオの町を歩き、ハリーとヘスティアは黄昏の館についていた。

 引きつった顔でヘスティアがハリーの腕を引っ張る。

「おいおい、ハリー君、まさか此処なのかい? ここってロキ・ファミリアだよね」

 なんで引きつっているんだろうと不思議に思いながら、ここですよーと肯定した。そしてハリーは門番に挨拶をして、中に入っていった。

 かって知ったる様子で建物の中を歩くハリーにヘスティアは軽く驚くが、両手でぺちんと自分の頬をたたいて気合を入れる。

「よっし、挨拶は任せてくれたまえ、ハリー君!」

 そして勢いよく歩き出す、ヘスティア。

 

 しばらく後。

 入団するファミリアが決まったということ、主神も来ていることをフィン、リヴェリアに伝えると、せっかくなので、ロキ・ファミリアとしても挨拶をしたいということで、応接室で話をすることになった。

 テーブルを挟み、ハリーとヘスティアに向かい合う形で、フィンとリヴェリアが座る。

「はじめまして、神ヘスティア。ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナです」

「おなじく、ロキ・ファミリア副団長リヴェリア・リヨス・アールヴです」

 二人は神に対して、うやうやしく一礼する。

 主神と眷属の性格は似ないものなんだなぁと内心で感心しつつも、ヘスティアは挨拶を忘れない。何事も最初が肝心である。姿勢良くかかとをあわせて直立すると、両の手のひらを胸の前で合わせてぺこりとお辞儀をする。

「ドーモ、ハジメマシテ。ディムナ=サン、アールヴ=サン。ヘスティア・ファミリア主神ヘスティア、デス」

極東出身の神友タケに教わった挨拶をするヘスティア。そのタイミングでドアが開かれる。

「ハリーはんのファミリアがきまったんやて? どこになったんやー?」

 聞き覚えのあるロキの声に、入り口へと目を向けるヘスティアであったが、ロキはいなかった。そこにいたのは、腰まで届く赤髪を一本にまとめ結いして、背中におろし、すらりとしたモデル体系の体で白い清楚なワンピースを見事に着こなし、黒いカーディガンを羽織ることで、調和をとっている美人であった。。一体全体誰だよ・・・とヘスティアが不思議に思っているとその女性が口を開いた。

「まさかとは思うが、ハリーはん、ヘスティア・ファミリアにはいったんか?」

「えええええ、ロキ! その声ロキだよね! いったい全体どうしたんだよ。その格好」

「ええ、そうです、ヘスティア・ファミリアに入りました」

 ヘスティアの叫びとハリーの返事は同時であった。

 ハリーの返事を聞いたロキは、がっくりと床に両手両膝をついてうなだれ、ぶつぶつと呟き始める。

「なんでや、よりにもよって、なんで、どちびんとこなんやっ」

 しばらくして、ようやく気を取り直したのか、ロキは、立ち上がると、しっしっとヘスティアに嫌そうに手をふる。

「ああ、どちび、ちょっと静かにしとってや。で、ハリーはん。ここ二日の話は聞いてるけど、やっぱり、入れるところ(ファミリア)はなかったんか?」

 ハリーの隣に座りながらロキが確認する

「残念ながら、入れてくれるところはありませんでした」

「なら、まあ、しょうがないか・・・」

 ヘスティアを横目に、ロキはハリーの耳に口を近づけると、そっとたずねる

「で、どこまでヘスティアには話したんや」

「とりあえず、全部です。他の世界から来たことから、帰る予定のことまでです」

 まあ、主神になるんやし、しゃあないかぁと呟いたロキは再びヘスティアに視線を向ける。いつもなら顔を合わせたとたん、ぎゃあぎゃあとうるさいヘスティアが今日は珍しく静かである

「どちび、どうしたんや? 」

 ヘスティアは口と両目を限界まで見開いていた。

「いやどうしたって・・・雰囲気変わった? 特に髪が・・というか、君、スカート履くんだ・・・」

そんなヘスティアの言葉にロキはまとめてある髪を持ち上げて見せた。

「ああ、これか。髪はウィッグや。イメチェン、ちゅーやつやな。神であろうと身だしなみには気を配らんといかんなー思たんや。どちびも、ハリーはんが入団したんなら、身だしなみとか行動には気を配らんといかんでぇ。なんてったって、主神はある意味ファミリアの顔やからな」

 どーんというドヤ顔でヘスティアに説教をする。それを聞いたフィンや、リヴェリアが苦笑いをするのは、今までのロキの行動が行動なだけに、仕方が無いだろう。

「さて、話がずれてしまったが、ハリー君、入団おめでとう。これからは僕たちと同じ冒険者だね」

「魔法のことで困ったことがあったなら、たずねてきてくれ。力になれるかもしれない」

「まあ、僕に任せてくれたまえ。ハリー君の面倒は僕ら(僕とベル君)がしっかりと見るから!」

 どーんと胸を張るヘスティアであるが、ロキが冷静に突っ込みを入れる。

「いや、どちびが言うとめっちゃ不安なんやが・・。まあ、ハリーはん、フィンたちも言うように相談ならいつでも乗るでえ。気楽にきたってな。あと、それからどちび、ハリーはんが他の世界から来たっていうのは、秘密やで。ここにいる二人とあと、うちのティオネは知っとるが、他には秘密にしとくんや。もちろんギルドにもやで。わかっとるやろうな」

 主神としては初心者であるヘスティアに対して不安しかもてないロキである。しっかりと釘を刺しておく。

「もちろんさ。しかし君、本当にロキかい? 平らなところは変わってないけど、性格が変わりすぎてて怖いよ・・・」

「かーっ! 失礼なやっちゃなぁぁぁ、わてはいつでも親切でリーダーシップがあり暖かい心の持ち主やで。子供たちにも、もてもてなんや! なあ、フィン!」

怒りに任せて、ヘスティアの両頬をひねりあげるロキであった。

「ダンジョンでは油断は禁物だ。常に安全マージンをとって行動するんだ」

 ロキの言葉に苦笑を浮かべながら、フィンはハリーに助言する。

「油断大敵! ですね。お世話になった人が口癖のようによく言っていました」

義眼をつけた元闇払いのことを思い出しながらハリーは答える。

「うん、それでは、またダンジョンであおうじゃないか」

 ハリーは、フィン、リヴェリアと握手をするとたそがれの館を後にした。つねりあげられて真っ赤になった頬のヘスティアとともに帰路についたのだった。

 

 

 そして翌朝。

「気をつけていってくるんだよ」

 ヘスティアの声に見送られて、ベルとハリーがギルドに向かって出発する。途中で、ベルが知り合いが勤めるレストランにより、昼食を手に入れてきた。

 すでに街の中は、ダンジョンに向かう冒険者であふれている。道行く冒険者の姿はまちまちである。とは言うものの、オラリオの冒険者事情というものがある。冒険者は全員レベル1からスタートする。ランクが上がるということはきわめて難しく、一生をレベル1のままですごすことも珍しくない。スキルや魔法を覚えることも珍しい。特に魔法を使えようになるのは難しい。ただ、レベルに関係なくスキルと魔法は発現する。

 だからこそ、道行く冒険者の中には魔法使いのようなものはおらず、ほとんどが、斧や長剣を装備した者たちであった。ハリーとベルもその集団にまぎれて一方向に歩いていく。その目指す先はオラリオでもっとも高い建造物バベルであった。

 

 

 ギルドでハリーの冒険者登録をするため、ベルに連れられ、美人の受付嬢のところにいく。

「エイナさん、うちのファミリアの新メンバーです。登録をお願いします!」

「わかりました。では、こちらに、名前、種族、簡単な略歴を記入願います。

 にこにこしたベルの言葉に冷静に応える。髪の間からはエルフである印の長い耳が突き出している。とはいえ、リヴェリアに比較するとやや短いようだ。個人差ってあるものなんだなぁとハリーは考える。そんなエイナは表情もにこにことし、嬉そうである。単なる冒険者とアドバイザーの関係ではなく、普通に仲のよい仲間のように見える。他の組み合わせがどうなのかわからないが、ベルが良好な人間関係を築いているのがわかり、ハリーは微笑んだ。

「よかったわね、ベル君! これで、ソロでのダンジョンアタックも終りね。安心したわ!」

「ふっふっふっ、いつかは、オラリオ一のファミリアになるんですから! これからもがんばりますよ」

 そんな二人の邪魔をするのは気が引けたのだが、ハリーとしては、まだ共通語がかけないので、ベルに代筆してもらう必要があるのだ。わき腹をつつき、ごにょごよと小声で囁くと、ベルが代筆してそれをエイナに渡し、無事登録が終了した。そしてギルド支給のナイフを渡される。

「最初の一振りは支給ですから無料ですが、二振目からは有料になります。あと性能は良くないので、できれば、早めに買い換えることをお勧めしますね」

 そしてエイナはベルの方を向き、確認する

「もう今からダンジョンにいくのかしら?」

「とあえずは様子見でダンジョン二階と三階でしばらく訓練します。さらに下に行くのはもうちょっとしてですね」

「まあ、わかってるみたいね。ではポッターさん、これからあなたの担当アドバイザーになるエイナ・チュールです。よろしくお願いします。最初のアドバイスですが、『冒険者は冒険してはいけない』これをモットーにしてください。無茶をしてはいけない。常に安全を確保して行動してくださいということです。ダンジョンでは不測の事態がいつでも発生しえます。命を失ってしまっては何にもなりません。十分に気をつけて、がんばってください

 ギルドは冒険者としてのあなたを歓迎いたします!」

 

 

 そしてダンジョンへと進む。

「よかったね、ハリー。普段だったら、エイナさんからはダンジョンについての勉強会が始まっているところだよ。必要なことだとは思うんだけれど、大変なんだよ」

 まじめなベルの表情からは、エイナの勉強会はかなりなスパルタなのだと推測できた。その間も、薄暗いダンジョンの通路をどんどんと進み続けるベル。ハリーはついていくのがやっとであった。

「ちょっと、早い、早いよ」

 冒険者になりたてのハリーと、冒険者になって既に成長スタートしているベル。ステイタスの差はこんなところにも如実に現れているのであった。ベルはペースを落として、ハリーと共にダンジョン二階層を目指した。

 

 そして、到着した地下二階層の小部屋の一つ。ここでハリーは魔法とスキルの実験をするのである。まずは、杖無し魔法。ハリーは杖を腰のホルスターにしまうと、右手を開いて前に出し詠唱する。

裂けよ(ディフィンド)!」

 右手を向けていた壁が一部切り裂かれる。

「おお、すごい!」

 魔法を始めてみるベルが驚愕の声を出す。ダンジョンの壁はもちろん硬いので、切り裂くのはちょっと手間がかかるのだ。それをやすやすとやってのける魔法の威力に、嬉しくなったのもある。

 ハリーは手を開いたの握ったりした後、再び右手を壁に向ける。今度は無言呪文を使うのだ。

 何の前触れも無く壁が切り裂かれる。そして、一つ二つ三つと何度も切り裂かれる。

「うーん・・・」

 なんだか困った様子のハリー。杖を取り出すと杖を壁に向ける

裂けよ(ディフィンド)! 麻痺せよ(ステューピファイ)! 武器よ去れ(エクスペリアームス)! 燃えよ(インセンディオ)! 爆発せよ(コンフリンゴ)!」

 続けざまに何度も何度も無言呪文も交えて魔法を打ち込む。杖を構えたり、杖なしだったり、詠唱なしだったりと

「ハリー! どうしたの?」

 その様子にただならぬものを感じたベルはハリーに叫ぶ。それにかまわず、ハリーは延々と呪文で壁を攻撃する。

 

「うん、なんとなく、スキル?のことがわかったよ」

 二十分後。ようやく満足したのか、魔法をやめてハリーは説明を始めた。壁には、深さ1mほどの穴が開いていた。

「杖を持った状態で詠唱をして使うのが一番、うまく制御もできるし使いやすいんだ。杖が無かったり、詠唱なしだと、制御しにくいんだ・・」

 とはいうものの、魔法が使えないベルにはぴんと来ないようである。

「うーん、なんというか、物を持ち上げるのに、手を使って持ち上げるのが、杖有りで詠唱有り。両手に一本ずつ棒を持ってそれで、物を挟んで持ち上げるのが、杖なしで詠唱なしでやった状態といえば、わかるかな。持ち上げられるけど、持ちにくいし、すべって落としそうだしというか・・」

 ハリーは例を挙げて説明してみる。

「あと狙ったところに魔法があたらない。すこしずれるね。それに発動させるのにちょっと力をこめないといけない」

「つまり、一番良いのは杖があって、詠唱をするってこと?」

「うん、普段はそれでいくよ。で、こっそり使いたいときは、無言呪文でなんとかするよ。あと呪文によっては、どんな状態でもうまく使えるものがある。武器よ去れ(エクスペリ・アームズ)!」

 赤い光線が発射され、壁に激突する

「この呪文は杖が有っても無くても、うまく使える」

 ちょっと満足気なハリーであった。

「ただ残念ながら、相手の武器を弾き飛ばす呪文だから、モンスター相手には役に立たないかな・・」

「いやいや、役に立つよ、もう少し深くもぐるとネイチャーウェポンを使ってくるアルミラージとかいるし! じゃあ、モンスターとどんどん戦ってみよう!」

 そういうことで、ベルとハリーは二階をさまよい始めた。

 途中、現れるモンスターといろいろと試しながら戦う。

 護れ(プロテゴ)は、まあ、スネイプを吹き飛ばすぐらいだし、ゴブリン程度は楽々と、弾き飛ばせる。

 裂けよ(ディフィンド)燃えよ(インセンディオ)爆発せよ(コンフリンゴ)等々の様々な魔法でダメージを与えつつ牽制し、ベルが止めを刺す。

 実を言うと、元の世界の屋敷しもべ妖精や子鬼に知り合いがいるハリーは、モンスターとうまく戦えるかどうか不安であった。ぱっと見はゴブリンと子鬼は似ているのである。だが攻撃を躊躇している間にゴブリンに何回か殴られてからは、殺るか殺られるかということが骨身にしみたので、ためらわずに攻撃するようになった。こうして二人で戦ううちに、パターンができ始めた

 最終的には、ハリーが麻痺せよ(ステューピファイ)で麻痺させ、そこにベルが止めを刺すというパターンに落ち着いた。ハリーが直接的な攻撃魔法を使うと、狙いがそれて魔石まで破壊することが多いのである。さもなければ、ベルまで巻き込みそうになるか。ベルの攻撃は、狙いのコントロールがしやすいということで、こうなった。

 

「二人でダンジョンにもぐる場合は、これが一番しっくり来るね。でも一人で戦うときもあるだろうから、攻撃呪文での戦い方も練習したほうがいい」

「え、でも、一人でダンジョンに入るつもりは無いよ」

 ベルの言葉に驚くハリー。安全マージンのことを考えるとソロでのダンジョンアタックはきわめて危険に感じられた。まさに先ほどアドバイザーから言われた冒険者は冒険をしていけないに真っ向から反している。

「でも、怪我や毒麻痺で僕が動けないでハリーが一人になる場合も、その逆の場合もあるから」

 納得の理由であった。エイナさんに勉強会で教えてもらったんだと、照れくさそうに落ちを話すベル。と、そこにゴブリンが10匹ほど現れる。二階にしては大集団である。

踊れ(タラントアレグラ)!」

 ハリーが杖をすばやく一閃させると同時に、ゴブリンたちが足並みそろえて踊りだした。いっせいに右にステップ、左手を前に出し、右手を下げる。そして、前傾姿勢で、こちらに歩いてくるのだが、なぜか後ろに下がっていく。

「え、なにこれ!?」

 驚くベルを尻目に、前に進む動きで後ろにさらに下がる。そうして、立ち止まるや、上半身を起こし、姿勢よく胸を張ると、両手を腰の高さで広げ、腰を軽くひねって見栄を張り、

「ポウ!」と叫ぶ。一糸乱れぬ動きを見せる10匹のゴブリンたち。

 ベルは混乱して目が点になっている。

「相手を踊らせる魔法。集団相手に一度に使うには、これがいいかと思った」

 相手の行動を規制し、さらには、こちらとの間に距離をあけさせる。なかなか良い呪文である。

 ハリーの声にあわてて、攻撃を始めるベル。ハリーも直接的な攻撃呪文で戦う。数が多いので、魔石よりも先に、ある程度数を減らすことを優先したのである。

 そうしてしばしの戦闘の後、ゴブリンは全滅した。

 ハリーはベルに教えてもらいながら、魔石をゴブリンの死体から取り出していた。魔石が体からでると死体は音も無く灰となって崩れ去る。

「不思議なもんだねぇ・・・」

 改めて魔石と灰をまじまじと見ながらもハリーは呟く。

「ハリーの世界では魔石をとっても灰にならないの?」

「まずダンジョンが無いよ」

 笑いながらハリーは答え、ホームに戻ったら、ハリーの世界の魔法生物の話をすることを約束する。

 死体を切り開き、魔石を取り出すことに嫌悪感を感じるかと実はハリーは心配していた。だが、魔法薬学、魔法生物学、薬草学で、マグルの常識外のものを扱うことになれていたためか、強い嫌悪感を抱くことも無かった。

 

 そうして戦闘を繰り返し、バックパックが魔石でいっぱいになったころ、帰ることにした。

 

「さて、ベル。帰るんだけれど、一応もう一つ試したいことがあるんだけど、いいかな。上手く行くととてつもなく楽なんだけれど。ちょっと腕をつかんでくれ」

 そういってハリーは左腕をベルに出した。ベルは何をするのと言いたげな顔でハリーの左腕をつかむ。

「ホームまで瞬間移動できないか試してみる。ちょっと衝撃があるから、身構えてて」

 ハリーは注意をすると杖を振る。そう、姿くらましだ。だが、残念ながら、魔法は発動しなかった。今度は、試しにダンジョンの通路を短距離だけ移動しようとしてみる。だがこれまた、できなかった。

「うーん、上手く行かない。すまない。ダンジョン内部では姿くらましができないみたいだ」

「場所によってできないところがあるの?」

ベルの質問に、ハリーはホグワーツでは出来ないことをいい、それから話の流れでホグワーツやら魔法世界のことを説明するのだった。

 

 

 

 




こちらに歩いてくるのだが、なぜか後ろに下がっていく。これは、はいそうです。ムーン・ウォークです。

次回は『ミアハ・ファミリア』です


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ミアハ・ファミリア

「アビリティ上昇値、トータル200オーバー!?」

 ベルのステイタスを更新したヘスティアは叫ぶ。

 本当であるならば、ありえない上昇値である。鍛冶神(ヘファイストス)からの情報では、通常は一日の戦闘を終えて20も上がれば良い方である。スキルのおかげであるとしても、此処まで効果があるとは思わなかった。

 ステイタスを書き写した紙を見ながら、ベルはニマニマと笑っている。敏捷がFを超えてEに近づいているのだ。これでさらにダンジョンの深いところにもぐることができる。目標に近づくことになるのだから、嬉しいのだろう。

「さて、ベル君。喜んでいるところ悪いが、次はハリー君の番だ。ちょっと交代してくれたまえ」

 ベルと入れ替わりでハリーが部屋に入ってくる。服を脱いだハリーの背中に血をたらし、ステイタスを更新、確認する。

「アビリティ上昇値、トータル200オーバー・・・」

 もう呆れるしかないといいたげに、ヘスティアは呟く。ステイタスを書き写すとそれをハリーに渡す。簡単な数字ならもう読めるようになっているハリーである。トータルの上昇値はベルとほぼ同じであるが、スタートが早いベルのほうが、アビリティは上である。さて、今回ヘスティアはハリーに言わなければならないことがあった。

「さて、ハリー君、ちょっといいかな。さっき夕飯の時の君たち二人の話を聞いていて不思議に思ったことがあるんだ。そのう、ハリー君は魔法を使っても、その後マインド・ポーションを使ってないんだよね? まだ買えないっていうのもあるんだろうけど・・」

 ポーションを使っている理由は、ハリーが治療呪文は癒えよ(エピスキー)ぐらいの、ほとんど回復しない呪文しか覚えていないことが原因である。そして、マインド・ポーションを使わない理由は、ハリーは魔法をどれだけ使ってもマインドダウンしないのであった。

 ハリーが使う魔法は、麻痺せよ(ステューピファイ)護れ(プロテゴ)裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンプラ)の四つに決めている。正確には裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンプラ)は効果が似ているため、連続で詠唱して一つの魔法に見せかけることにしている。これで合計三つである

「ええ、飲んでないですね。何か問題が?」

 ハリーの疑問の表情に、これは分かっていないと諦めるヘスティア。

「いいかいハリー君。通常は魔法を使うと精神力を消費する。そして精神力を使いすぎると気を失うんだ・・。まったくもう、きみは何だって気絶しないんだい?。これは専門家(医者)に相談しようと思う。ステイタスのことをある程度はなす必要があるが、なに大丈夫。僕の神友でとても信用できる良い神物だ。『友人から相談された話なんだが』といえば、僕の眷属の話だとは思わないだろう。相談がてら、ちょっとみんなで明日にでも挨拶に行こうか」

 そういうと、ヘスティアはじろりとハリーを見る。

「それから、マインド・ポーションを何本か持ち歩いて、時々飲むふりをすること。そうすれば、ハリー君がマインドダウンしないと、ばれないだろうからね」

 

 

 

 そうして翌日、ベル、ヘスティアと共にハリーが訪れたのは、一軒の小さな寂れた店。

「ミアハ、いるかい?」

 挨拶をしながら入っていくヘスティア。ベルはハリーに説明する。

「ハリー、ここは、ミアハ・ファミリアのお店で、ポーションが買えるんだ。他にも便利な道具が買えるから。あと主神のミアハ様は親切な神で、時々無料で小瓶のポーションをくれるんだ」

 ベルに続いてハリーも店内に入る。中は狭く薄暗く、何かの薬品の匂いなのか原料の匂いなのか、消毒薬と漢方薬が混ざったような香りがしている。天井からは薬の材料なのか、植物のつるやら海草みたいなものに混じって、得体の知れないものが何種類も紐に吊るされてびっしりとぶら下がっている。

 それらの陰の天井近くの棚には、ビンの中にピンポン玉ぐらいの大きさの丸い緑色のものがぎっしりとつめられたビンやら、何かの標本なのか蟹のはさみとおぼしき物が薬品と共に入れられたビンやら、正体が分からないものまで様々なものが瓶詰めにされて並んでいた。ここらの部分を見るとハグリッドの小屋の天井や、魔法薬学教室の棚を彷彿とさせるたたずまいだった。

 だが、手が届くあたりの高さの棚には商品と思しきポーション類の小瓶がいくつも整然と並んでおり、一般的なマグルの店と同じ、普通の商店としてのたたずまいを見せていた。

 そして正面のカウンターと思しき場所には、黒髪の20代半ばのほっそりとした美男子が座っており、ヘスティアと話しをしていた。

「やあやあ、ミアハ、久しぶりだね。元気にしてたかい。今日は君に会わせたい人物がいるんだ。あとちょっと野暮用があってね」

 ヘスティアが黒髪の美男子、ミアハと話を始める。

「元気かな、ヘスティア? ナァーザから聞いたが、なかなか活躍しているそうじゃないか。そちらのベル君がポーションを買っていってくれるので、こちらも助かっているよ」

 にっこりと笑いながら、ミアハが答える。むう、これは、セドリック並みの中身イケメンだと感じさせる微笑だった。

「ふっふっふっ。聞いて驚け、ミアハ! 今日からポーション類は二倍の量を購入させてもらおう!」

 腰に両手を当てて、ふんぞり返りながらヘスティアが言う。たぶん眷属が増えて嬉しさのあまり、自慢したかったのだろう。

「な、なんですって? それは本当ですかヘスティア様!?」

 奥からカウンターに出てきた、だぼっとした白衣を着た犬耳の女性が、カウンター越しにヘスティアにつかみ掛からんばかりにして身を乗り出して問い詰める。

 その様子にヘスティアは、若干腰が引けるが、最初の勢いを保ちつつ、断言する

「も、もちろん本当に決まっているだろう。それとも神が嘘をつくと思うのかい?」

「ポーションの無料配布をやめるやめる詐欺をする神がいますしねぇ・・。でもまあ、信じますよ。早速、今日の分を用意してきますね」

 じとっとした視線をミアハに一瞬向けた後、犬耳の女性、ナァーザは、店の奥に戻っていった。その背中にヘスティアは追加注文をする。

「ああ、それと、マインド・ポーションも何本か頼む」

「マインドポーションは在庫がもう二、三本しかなかったと思う。これ以上の量が欲しいのであれば、調合しなければならん。少し時間がかかるな。もし材料を持ち込んでくれるのであれば、少し割引ができると思うぞ」

「ありがとうございます。ミアハ様」

 ベルが礼を言うと、ミアハはニコニコと微笑みながら、なんでもないというように手を振って見せた。

「いやいや、礼には及ばんよ。地道な営業努力が実を結んだと思えば嬉しいものだ。材料に関してはナァーザにリストを作ってもらうとしよう」

 無料ポーション配布の成果が出て嬉しいミアハが微笑む。

「さて、ミアハ、ポーション二倍の理由は簡単。うちのファミリアに新人が入団したんだ。で紹介に来たのさ。

 あとちょっと相談があってね。込み入った内容だから、邪魔が入らないところで話をしたいんだけれど良いかな?」

 暗に奥に入れて欲しいというヘスティアであったが、ミアハの対応はちょっと違った。

「うむ、しばし待て」

 そういうとミアハは、立ち上がってカウンターから出てくると、店の入り口に『準備中』の掛札をかけ、しっかりとドアをロックしてしまったのだ。そして、ヘスティアたちの方に振り向くミアハ。

「これで良かろう。さて話とは」

「おいおいミアハ、お客さんが入ってこれないじゃないか。大丈夫なのかい」

 ミアハの行動にあきれるヘスティア。貧乏で借金まであるミアハたちにとっては、お客は何よりも大事なはずであった。

「何かまわんよ。奥に入りたいというのであれば、誰にも聞かれたくない秘密の相談なのであろう。どうせこの時間は客が少ない。だったら、店をいったん閉じてしまったほうが良い」

 さすがに此処まで人が良い人物に会うのは、ハリーも始めてであった。だが、ヘスティアとベルは慣れているのか、話を始めた。

「話が早くて助かる。じつは、秘密で相談したいことは、僕の友神の眷属の事なんだ。直接相談に来れなくて済まながっていたが、まあ、情報秘匿の点から理解して欲しいとの事だった。で、その彼が言うにはその眷属は、魔法をどれだけ使ってもマインドダウンしないそうなんだ。そんなことってあるのかい?」

「ふむ・・・マインドダウンしないのか・・・」

 顎に指を当て、考え込むミアハ。今は落ちぶれたとはいえ、かつては、中堅ファミリアとして大人数の眷族を率いてたミアハである。それなりに魔法に関しての知識もあった。

 ヘスティアは相談相手として、鍛冶神(ヘファイストス)とミアハとで、どちらにするか迷ったのであるが、大規模ファミリアを現在進行形で運営している鍛冶神には、すぐには会えないだろうということ。それに対して、言っては悪いが、ミアハは自分の所と同じで零細ファミリアであり、会いやすいこと。それに付け加えてミアハは薬剤・医療系統のファミリアを率いており、ミアハ自身も医療に造詣が深いので、ミアハに相談することにしたのだった。

 そして、相談している間は、ベルとハリーにはこちらの会話には入ってこないようにあらかじめ指示していた。

 ミアハの表情のまじめさと美男子振り、そして考えるポーズ自体があいまって一服の絵画のような見掛けになる。ハリーも、ベルも、ポーションを持って戻ってきたナァーザもつい見とれてしまう。そうして、みなが見ていると、ふと思いついたようにミアハがヘスティアに問いかける。

「ヘスティア、確認であるが、魔法ではなく、スキルを使っている可能性は?」

 首を横に振りヘスティアが否定する。

「詠唱しているといっていたから、スキルの可能性は無いんじゃないかな」

 適当なことを言うヘスティアであるが、嘘を言っている分けではない。『詠唱が必要』とか『詠唱が無くても良い』とも言っていないだけである。あくまで友神からの相談というポーズをとるヘスティアである。

 

 目を閉じ腕を組んで、またもミアハが考え込む。その間にベルはナァーザにポーション類の代金の支払いを終える。

「どうだいミアハ、何か原因がわかるかい。推測で良いらしいよ」

 じれたヘスティアに促され、ミアハが考えるポーズをやめてしゃべり出す

「まあ、他人のステイタスを詮索するのはルール違反であるので、今の段階でいえることは少ない」

 かまわないんじゃないかなと、他人事を装いながら、続きを促すヘスティア。ハリー自身にはいまいちピンとこない会話である。

 元の世界ではマインド・ポーション自体はなかったし、マインドダウンという症状も初めて聞いた。こちらの世界の魔法と、元の世界の魔法は根本的に違うのではないかとハリーは考える。

「推測なんだけれどね。一つ目の可能性として、友神の眷属が使用している魔法は、精神力の消費がとても小さい。だからマインドダウンしないと推測されるんだが・・・」

 そこまで言ってミアハは口ごもる

「『だが』ってことは違うんですか、ミアハ様」

 主神が戸惑うところを見るのが珍しいのかナァーザが尋ねる。ヘスティアに詰め寄った時とは違い、今は眠そうな顔をしている。おそらくこちらが普段の表情なのだろうとハリーは考えた。

「『どれだけ魔法を使っても』というところが気になる。いくら精神力の消費が少なくても、何回も魔法を使えばそれなりの精神力の消費になり、マインドダウンになるはずなんだ。

 それに魔法の威力は消費する精神力に比例するといわれている。そこまで、精神力の消費が少ない魔法(威力が少ない魔法)が戦闘で役に立つとは思えない」

ナァーザとミアハがヘスティアに視線を向ける。どんな魔法なのか知りたいという表情である。咳払いをするとヘスティアは説明を始める。

「魔法の威力ねぇ・・。補助系統の魔法とは聞いているが、具体的にどんなものかは聞いていないんだよ」

「ふむ、直接怪我をさせたり破壊したりするものではない? 炎で焼き尽くしたり、光芒で破壊したりするものではないのか・・・。だとしたら、効果が今までよく知られている魔法に比べて小さいとはいえるが、それでもマインドダウンしない結果にはならないな」

 再び目をつぶり考え込むミアハ。

「一つ目ということは、他にも可能性があるんだろう?」

 ヘスティアが続きを話すように促す。そういわれて、沈思黙考に陥りそうになったミアハが顔を上げる。

「ああ、もう一つの可能性は、マインドの回復能力がとてつもなく高いということだ。精癒というマインドが回復するアビリティがあるが、それの上位アビリティをもっているのかも知れない」

 その指摘にヘスティアは考え込む。

「アビリティについては、特に何も言っていなかったな・・。でもそんなものがあれば、それが原因だと気づきそうなものじゃないか?」

「名前がそれらしいものではないのかも知れない。もしくは、副次作用として回復能力があるアビリティか?」

 言っている自分でも自身が無いのか、肩をすくめるミアハ。

 そしてミアハは三つ目の可能性、一つ目と二つ目の可能性が同時に出現している可能性を指摘する。そして、ヘスティアは礼を言う。

「すまない、ミアハ。いろいろと助かるよ。友人にもアビリティの事は確認してみるよ。あとこのことは・・」

「他言無用ということだな。何かまわんよ。お得意さんのご要望でもあることだしな」

 茶目っ気たっぷりにウィンクしながらミアハが答える。

 主神たちが会話をしている間に、眷属たちは取引を進めていた。ナァーザが、ベルに一本のマジックポーションと、ポーション類の材料リストを渡す。

 ホグワーツで様々な魔法薬を調合していたハリーは、こちらの世界でどんな材料を使っているか気になり、ベルと一緒に材料リストを覗き込んでいた。コイネーをまだうまく読めないハリーに、ベルが小声で材料を説明する。

「聞いたことが無い材料ばかりだ・・・」

 ハリーの呟きを耳にしたナァーザはちょっと眉をひそめる。調合のプロを自他共に認めるミアハ・ファミリア団長のナァーザとしては、ハリーが素人なのか玄人なのか、見過ごせないことだった。だが、相手は客なので黙っていることにする。

「ほう? ヘスティア。おぬしのところの眷属は調合をしたことがあるのかな。調合をする時の材料について知識があるようだが・・?」

 ナァーザは黙っていたが、ミアハが率直に尋ねてくる。

「まあ、ちょっとそれは、話せないので秘密なんです」

 危険が危ない並にへたくそな言い訳であったが、ミアハたちはそれ以上は質問してこなかった。まあ、ここらへんが善神といわれるミアハの人柄ならぬ神柄であろう。

「まあ、冒険者の詮索はご法度であったな。これに懲りずにまたポーションを買いに来てくれ二人とも」

 ミアハの言葉を最後に、ヘスティアが礼を言い、三人は店を後にした。

 

「さて僕はじゃが丸君のバイトに行くが、二人ともダンジョンは気をつけるんだよ」

「大丈夫です。無茶はしませんよ」

 そしてベルとハリーはダンジョンにもぐる。

 




次回は『買い物』


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買い物

「なぁーなぁーかぁーいーそーーうーーうーーーー!」

 数日後。絶叫したのはアドバイザーのエイナ・チュールである。怒りのあまり自分の声が受付フロア中に響き渡ってしまったことに気づいていない。エイナの同僚は、また始まったかというように、ベルとハリーを気の毒がるような顔で一瞥すると、エイナと目が合わないようにそそくさと視線を逸らした。

「一体全体なんだってまた! この前5階層で死にかけたばかりだよね! 無茶しちゃいけないってあれほどいったのに!」

 顔を紅潮させ、両の眦がつりあがり、燃えるような瞳で、カウンター越しに睨みつけられ、ベルは蛇に睨まれた蛙のように体をすくませる。

「いい、いや、大丈夫です。今は二人でパーティ組んでますから! それに最近は成長期みたいでステイタスはとても伸びてるんです。6階層でも楽に戦えたので腕試しに7階層にいったんです!」

 あまりの恐怖からか、少し震えながらも、ベルが必死で言い訳をする。

 だが、エイナは呆れ果てたというように椅子にどかりと座り込む。そして腕組みをすると眼鏡を光らせ、冷たい視線をベルに向ける。

「成長期といってもまだベル君は冒険を始めて一ヶ月弱。ポッターさんにいたっては、まだ一週間もたってない。ぜんっぜんっ! ステイタスは足りないはずよ」

「いえ、だから、そのう、成長期なんで僕はステイタスが一部はDになってるんです」

 エイナの気迫にびくびくしながら、小声でエイナに言い訳をするベル。

 エイナはため息をついた。怒りのあまりか、眉間のしわがものすごく深くなっている。それを無理をしてにっこりと微笑むと、子供に説明するように口調が少しやさしいものになって、ベルにゆっくりと、しゃべる。

「いい? ベル君? ステイタスDっていうのはね、冒険者になって何ヶ月もたって、ようやくなるものなのよ? 今のベル君がDっていうのは、お姉さんちょっと信じられないなぁ~」

 ぐぬぬぬぬと悔しそうな表情のまま黙り込むベル。

「わかりました。確かに信じてもらえないでしょう。Dになっているのは信じなくて結構です」

 たまりかねて、横からハリーが口を挟む。

「ひょへっ?」

「でも、僕たちが7階層、8階層に進むことを止めることはできないですよね。エイナさんが僕たちを止めるためにダンジョンにまで付いてくることはできませんから」

 ベルがヒィと変な声を出したが、気にせずハリーは話を続ける。政府中枢部に襲撃をかけて政府高官から物品を強奪したり、世界最高峰のセキュリティシステムを誇る銀行に押し込み強盗を仕掛けて無事脱出したり、歴代でもっとも凶悪な魔法使いと戦ったりしたハリーにとっては、エイナは怖い相手ではなかった。むしろ可愛い相手である。

「む、それは確かにそうだけれど。でも私は君たち二人の安全を思って!」

 そこまで言ってエイナは黙り込む。議論が平行線をたどることに気づいたのだ。そしてハリーの言うとおりにエイナには二人を止めることはできないのであった。たとえ、エイナが今此処で口をすっぱくして注意したとしても、二人が黙って、下の階層に進んでしまうのは止められない。そして『下の階層に進んでいない』と主張されれば其れまでだ。嘘だと証明することは出来るが、毎日其れを確認する手間を割くことは出来ない。眉間のしわを深くしながらエイナはしばらく考える。そして驚くべきことを提案する。

「ベル君、よかったらステイタスを見せてくれないかな? もちろんアビリティのところだけで魔法やスキルのところは見ないから」

 困った顔をしたベルが断る前に、エイナは言葉を続ける。

「ステイタスは冒険者が守るべき秘密だって言うことはわかっている。もし、ベル君のステイタスがもれたりしたら、私はベル君の言うことを何でも聞くから」

 ドン引きの提案であった。

「でもエイナさんは神聖文字が読めるんですか?」

 迷いながらもベルが確認をするが、それは見せることが前提となっている確認であった。

「うん、ステイタスを確認することができる程度には、勉強をしているから読めるよ。確かにポッターさんが言うように、私には二人が無茶をすることを止めることはできない。でも心配して送り出すよりも、できれば安心して送り出したいんだ。私の我侭だけれど。ステイタスをみせてくれない? お願い」

 そういってエイナは頭を下げる。

 ベルは困った顔でハリーとエイナの顔を交互に見る。ハリーは小声でベルにアドバイスを送る。

「ベルが良ければ、見せてしまってもかまわないんじゃないかな・・・。今見せても、たぶん二、三日のうちに成長期のせいでステイタスは大きく変わるから、今の数値は意味がなくなると思うし・・・」

 その言葉に決心したベルはエイナと別室に移動していった。ハリーはその間に魔石とドロップアイテムの換金を済ませてベンチに座って、いろいろと考える。元の世界のみんなはどうしているだろうか・・・。拾える魔石が増えてきて最近はバックパックに入りきらなくなってきているとか、ダンジョン内の移動に時間がかかるようになってきたなぁとか。元の世界に帰れるのはいつになるんだろうか・・・

 そうしてとりとめの無いことを考えていると、ベルたちが帰ってきた。ベルに手招きをされたので二人のところに移動する

「Dになってました。疑って悪かったわ。二人は7階層以降にも進出して大丈夫そうね。でもくれぐれも無理はしないこと。わかった? そして二人とも明日時間を作ってほしいんだけれど良いかしら?」

 ハリーとベルは顔を見合わせる。

「良いですよ」

 

 翌日。

 エイナと待ち合わせをした二人は、ギルド上部のヘファイストス・ファミリアの店舗フロアに連れてこられていた。ブランド・ロゴをつけられた一級品の武具はとても高価である。しかし一級品とは別フロアにて販売している、見習い鍛冶士の作成した装備品は、価格が安いのであった。『ダンジョンの奥に行くなら、装備品をそれなりに整える必要があるからね。ここなら、安い掘り出し物が見つかるからね、自分にあった武器防具を選ぶことができるようになるのも冒険者に必要だからね』ということであった。

 広いフロアの中、棚が整然と並べられ、比較的広い通路の脇の棚は整理されているが、少し奥に入ると、剣がまとめて箱に入れられていたりとか、鎧らしきものが何個か纏めて棚に入れられていたりと、雑然としていた。これは掘り出し物を探すのは一苦労だなとハリーは考えた。

 そもそもハリー自身の武器はドラコから奪った杖が有るので、防具が目当てであった。ただフィンやベルから聞いた話では、予備として複数の武器を準備しておくのが良いらしい。とはいうものの、杖の良い作成者には当てが無かった。魔法使い自体の数が少ないため、オラリオで武器といえば、まず剣、斧などの刃物類なのである。無いものねだりをしても仕方がないと、最初に重い防具を持ってみたが一日中着ているには重すぎだと感じたので、軽くて動きやすいものを探していた。

 動きやすい服装と考えてハリーが真っ先に思い出すのは、クディッチ・ユニフォームだった。一応あれも試合用の、つまりは戦闘用の服装といえるだろうか? いや、言えると思いたい。ユニフォームタイプで頑丈なものがあれば・・。そして無さそうだなと考える。。

「箒が・・・欲しいな・・・」

 クディッチ・ユニホームから思考が流れ、ニンバス2000や、ファイヤボルトを思い出して、ハリーは呟く。今、箒を手に入れてもどうしようもないのだが・・。

「むう、すまん汚れていたか? すぐに掃除しよう」

 ハリーの呟きに答えたのは黒髪の美女であった。マッドアイのように片目に眼帯をし、日本の着物を着ている。女性はいったん姿を消すと、ハリーが逃げる間も無く、箒と塵取りを持って戻ってきた。

「さてどこが汚れているのだ?」

 ハリーは困った。確かに空を飛ぶ用として箒が欲しいといったが、此処オラリオでは、箒に乗って空を飛ぶということが、知られていないということに気づいたのだ。

「すいません、自分の部屋が汚れていたのをふと思い出したんです」

 ハリーは素直に謝って無難にごまかす。

「ふむ、手前の早合点であったか。まあ、良い。これも何かの縁だ。武具を探しているのであれば助言をしよう。手前はいささか武具のよしあしの判断には自信があるでな」

 武器屋に武器を見に来て、なんだってまた自分の部屋の汚さを思い出すのかなどの疑問を女性は顔に出さなかった。それが思いやりなのか、お客対応がよいことの現われなのか、天然なのかはハリーにはわからなかった。だが良い機会なのでだめもとで尋ねてみる

「木製の杖とかってありますかね。中に芯が入っている魔法使い用の杖で」

 女性は腕を組んでしばらく考える。その様子から、なんとなく無いっぽいなとハリーは判断する。だが、それは嬉しい事に裏切られる。

「無いことはない。と思う。初心者向けに木製の弓矢や杖を置いているコーナーがあったはずだ。たしかあちらのフロアの壁際の棚あたりのはずだ。ほれ、ついて来い」

 そういうと女性はハリーを、フロアの隅っこにある杖のところまで案内してくれた。確かに杖が何本か置かれている。箒をすばやく準備することといい、フットワークが軽い人物である。ハリーは礼を言うと早速杖を選びにかかった。それを見ていた女性から声をかけられる。

「魔法使いの杖というと、魔法親和性が高い金属を用いて作成されるのが好まれるのだが、わざわざ木製の杖を探すとは何か理由があるのか? よければ教えてほしいのだが?」

 ハリーははたと考える。ハリーの杖の知識はオリバンダーから聞いたものが大部分を占める。ホグワーツ、というよりも魔法使いの世界では、みながみな木製の杖を使っていた。そして死の秘法である最強の杖も木製である。実際のところ御伽噺では木製どころか、死神がそこらの枝を折って渡しただけである! オリバンダー自身も木製の杖しか薦めてこない。これらを考えると木製が一番良いと何も疑わずにいたのだが・・・

「そうですね。僕自身も詳しいわけではないのです。ただ、故郷にいた専門家が木製の杖を薦めていたからですね」

「ほほう、それでは、老婆心ながら金属製の杖も持つことを薦めておくぞ。木製の武器は金属製のものに比べて折れやすい。おぬしもダンジョンにもぐるのであれば、予備の武器を持っていたほうが良いであろうからな。それでは、また機会があれば会うことにしよう」

 そういうと女性は去っていった。

 ハリーは考えこむ。元の世界では木製の杖しかなかったため、この店に来ても木製の杖しか探していなかった。だが、今の女性の言うことは一理どころか二理も三理もある。ハリー自身の杖が折れたように、ドラコから奪った杖も折れることがあるかもしれない。金属製のほうが丈夫で良い。それに、金属製の強力な杖が有るかも知れない。ドラコから奪ったこの杖は悪くは無いが、もともとのハリーの杖に比べるとしっくりこない。武器の選択肢は増やしたほうがよいなと考えを改めた。

 しばらくハリーは杖を持ったり、慎重に極々軽く振ったりして具合を確かめる。そのうちから一本を選びだす。色は黒、長さは30Cほど表面は艶やかで手になじむ。まずまずのできばえの杖である。この杖と先ほど声をかけられたときに手に持っていた軽量プロテクターを買うことに決定した。

 

 

 そして数日。

 現在ベルとハリーの二人は7~8階層を主戦場にしていた。

 この階層まで進むと、ダンジョンが生み出すモンスターの種類も増え、ウォーシャドウ、フロッグ・シューター、パープルモス、ニードルラビットなども現れる。これらのモンスターに対しては、数がある程度増えようと問題なく対処できているので、魔石を集めるにしろドロップアイテムを集めるにしろ効率が良かったのである。

 ただ問題はキラーアントである。この敵とだけは戦わずに撤退していた。理由は二つ。硬い。とてつもなく硬い。その体表はキチン質なのかとてつもなく硬く、ハリーが支給品のナイフで斬りつけたらナイフのほうが逆に折れたというものである。品質が悪かったのか、ハリーの腕が悪かったのか、判断は微妙なところである。どちらにせよ、倒せても武器が傷むということで避けることにした。もう一つの理由は、このモンスターなんと仲間を呼ぶのである。硬くて厄介な上に、戦闘時間が長引くと仲間が増えて、いつまでたっても戦闘が終了しないとか何の冗談であろうか。二人は、このモンスターと出会った場合はやり過ごすことに決めていた。

 そうしてバックパックが魔石やドロップアイテムでいっぱいになると、地上に帰還し換金するのである。

 

 

「本日の稼ぎはなんと!」

 ベルが嬉しそうにハリーに伝える

「1万ヴァリスです!」

「おおおおお、すごい、めっちゃ高い! 昨日の5割り増しじゃない?」

「ウォーシャドウのドロップアイテムが高く売れたんだよ~」

 ベルがニコニコしながら説明する。それを聞いてハリーは考える。実を言うとハリー自身はそれほどお金を欲しいとは思っていない。もちろんあるに越したことは無いとは思っている。だがハリーはいつかは元の世界に戻るので、基本的に雨露をしのげて食べていければ、それで十分なのである。

 ところが、ベルとヘスティアは違う。この二人はオラリオ1のファミリアを目指しているし、この世界で生活していかなければならない。二人はハリーから見てもかなり節制した生活をしている。まずは生活環境の改善を図るべきではないだろうか。幸い資金は今日は幸運にもドロップアイテムに恵まれて?大量にある。まずは何から改善すべきか。

 衣食住から考えると、住む所は現在あるし、教会地下室、あれをどうにかするにはもっと資金が必要である。元の世界においては家関係はとてつもなく金が必要だった。ここら辺の事情はこちらの世界でも多分変わらないだろう。とりあえず時間をかけてやっていくしかない。

 食はまあ、現在食べるのには困っていない。入団した最初の時期に比べると劇的に改善している。まあ、時々じゃが丸君パーティは不意打ち的に開催されているが・・・でも、あれは主神の趣味がかなり入っているような気がするし・・・。

 衣。装備はこの前新調したばかりではある。新調したのであるが、主神のヘスティアが服を新調してない・・・。いつも同じ服しか着ていない。そういえばロキも『神であろうと身だしなみには気を配らんといかんなーおもたんや。どちびも、ハリーはんが入団したんなら、身だしなみとか行動には気を配らんといかんでぇ』と言っていた。あれ、これって・・・

 

 ファミリアメンバーは魔石を売りさばく。→ファミリアメンバーはお金持ちに。

 一方、主神は自力でお金を稼ぐ→主神は貧乏なまま。

 

 そうハリーは気づいた。気づいてしまった。

「ねえ、ベル。思ったんだけれど、僕らってヘスティア様にお小遣いを渡さないと、いつまでたってもヘスティア様は貧乏なままなんじゃない? 僕らばっかりがお金持ちになっていってるような・・・。装備もこの前買い替えたし・・・ヘスティア様も服とか必要なんじゃないかな?」

 ベルの視線がうろうろと彷徨う。もちろんベル達はファミリア用の資金としてお金はためていたが、神様個人が使う分のお金のことは考えていなかった。自分たちの装備を買うのには別に何の躊躇もしていなかったのに、神様の服を新調することを忘れていた。ハリーの言葉に後ろめたくなるベルであった。

「確かにそうだった。神様に、お小遣いを渡しましょう。それと服もプレゼントしましょう」

 そういうとベルは苦笑しながら、続ける

「僕の装備を新調するように、ヘファイストス店に連れて行ってくれたエイナさんの気持ちが少しわかったような気がする」

 それにはハリーも相槌を打つのであった。

 

 服を買うとはいっても、女の子に服を買う経験など無い二人には、店員のアドバイスに従うしか方法が無かった。その後サプライズ・プレゼントをもらったヘスティアが『ベル君からのプレゼントォォォォォ』といって舞い上がりすぎて鼻血を出したのは言う必要は無いだろう。いやそれ、ベルとハリーからのプレゼントだから・・・・

 

 




日本の着物。ハリーは日本について、あるていど知識があると思います。オラリオ世界の極東の服を見て、着物、侍、忍者、寿司と考えるぐらいには。


次回は『神の宴』です




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神の宴

 数日後。

 朝、準備が済んで、みなが出かける時間になったときのことだった。

「今日からしばらく、僕はちょっーと、用事があるから帰ってこられない。二人でしばらく過ごしていてくれ」

 そういって、ヘスティアは荷物を抱えて出かけたのであった。

 二人は顔を見合わせるたが、何の用事かお互い思いつかなかったので、いつも通りにダンジョンに出かけることにした。

 

 ベルがアドバイザーのエイナと相談~そろそろ9階層に降りようかと思っていること~をしている間、ハリーはギルドの外、入り口から少し離れたベンチに座って話が終わるのを待っていた。前回の7階層進出時にハリーがエイナに対して強硬な態度をとったので、顔を合わせるとお互い気まずいのである。もっともそれ以降は、ベルとハリーも反省して、新しい階層に向かうときにはエイナに相談をするようになったし、エイナの新階層のモンスター講習会をきちんと受けるようになったので、これはこれでよかったのであるが・・・

 

「ちょっと、そこのおにーさん。サポーターを雇ってみませんか?」

 さて、そうやってハリーが待っていると、灰色のローブに身を包み、巨大なバックパックを背負った子供がハリーに話しかけてきた

「サポーターって何?」

 ハリーが知らない単語がまた出てきたのである。

「あっ、ちょっと待って、仲間がいるから一緒に説明を聞きたい。もうすぐ来ると思うから、ちょっと待って」

 見たところ10歳ぐらいの子供であるが、ローブについているフードを目深にかぶっているので顔がわからない。

「えーと、ですね。サポーターというのは戦う力が無いけど、荷物持ちとして冒険者様についていくんです。そして冒険者様のおこぼれをもらうというものです。詳しくはお仲間の方がこられてからが良いですね」

 そしてベルが来るまで間、四方山話をするのであった。とはいっても売り込みにきたサポーターが、階層はどれくらいまでもぐったことがあるだの、フロアの地理に詳しいだのとセールストークが大部分であったが。そうして話しているうちにベルがやってきた。

「おまたせです。えーと、その人は誰なんですか」

「はじめまして冒険者様、私、リリルカ・アーデと申す、しがないサポーターでございます。荷物持ちとして雇っていただけないかと思いまして、売り込みにきたところでございます」

 フードを後に脱ぎ去り、リリルカ・アーデが、ベルとハリーに対して売込みを始める。

 

 食料や予備の武器防具に代表される必要アイテム、そして魔石などのドロップアイテムの運搬。さらには、倒したモンスターを解体しての魔石の取出しと、冒険者が戦闘のみに専念できるように、それ(・・)以外のあらゆることを一手に引き受ける。それがサポーターである。そして自分リリルカ・アーデは戦闘力こそ無いものの、サーポーターとしての能力はとても優れており、かつとてもお安く雇うことができる。こんな優良物件は他にはない。ぜひ雇うべきである。なんなら今日一日はお試しということで無料でも構わない。などということを立て板に水とてきぱきと供述するのであった。なんというか、アドバイザーのエイナとはまた違った意味の迫力があった。

 ハリー自身は、ドロップアイテムがバックパックに入りきらなくなりはじめていることを問題視していたし、サポーターというものに、特に予備の武器防具の管理もしてくれるということに興味を持っていた。持ち逃げしたりしないような、信頼できる人だったら任せても良いんじゃないかと、お試しで雇うのもいいかなと考える。だがベルはちょっと違うことを考えていた。

「んー、話を聞いてる限りでは雇ってもいいかなと思うけれど、君、荷物たくさん持てないんじゃ・・・」

 たしかにリリルカ・アーデは10歳ぐらいの女のことである。そんな子供に大量の荷物を持たせることにベルは抵抗があるようである。それに対してハリーは、屋敷しもべ妖精が家事をしていたことを覚えているので、特に抵抗は感じていなかった。

「ふふふ、大丈夫です。リリがこんな見かけだから、冒険者様は御不安なのでしょうが、じ・つ・わ! リリにはサポーターとしてのうってつけのスキルがあるのです。それで大量の荷物であろうとも運ぶことができるのです。それを確かめるのも含めてお試しというのは如何でしょうか」

 にこにことしながら、リリルカは心配ないと説明し、逆にそれをセールスポイントにしてアピールしてくる。

「うーん、ハリー、僕は雇って良いんじゃないかと思うんだけれど、どうだろう」

 大分押しまくられているベルは、どうしようかとハリーに意見を尋ねる。

「いいんじゃないかな。リーダーは君なんだし、ベルに任せるよ」

 ハリーは特に反対はない。だがハリーの言葉を聞いてリリルカは驚いた

「えっとベル様がリーダーなのですか? てっきりハリー様がリーダーだと思ったのですが・・」

「まあ、いろいろとあってね、ベルがリーダーなのさ」

 ハリーはいたずらっぽくにやりとしながらリリルカに告げる。この表情をすれば、相手が混乱するだろうといういたずら心である。

「じゃあ、今日一日お願いするよ。8階層で戦おうと計画してるんだけれど、大丈夫だよね」

「ふふふ、ベル様、リリは冒険者としての才能はありませんが、サポーターとしては19階層まで行ったことがあるのですよ。まあ冒険者様についていっただけですが・・・。ですから8階層も大丈夫ですよ」

「じゃあ、皆、8階層に向けて出発!」

 そういうとベルは、照れくさそうに笑った。

「二人のときも思ったけど、三人パーティになると、なんだか団長として指示を出してるみたいでちょっと気恥ずかしいや・・・」

ハリーはベルの肩をたたいて励ました。

「あ、そうそうハリー。神様がいってた用事のことなんだけれど、エイナさんが言うには、神の宴というものが開かれてて、そこに招待されたんじゃないかってことだった。オラリオ中の神様が全員招待されてるから、たぶんそれでしょうって言ってたよ」

 

**********************************

 

 そして話は神の宴へと変わる。

 場所はガネーシャ・ファミリアのホーム。ガネーシャ自身の姿を模した巨大な建物である。巨大なだけでなく、バベルと並んでもっとも観光スポットとして名高い建物である。なぜならサイズを巨大にしたガネーシャ自身の姿を模しているというトンでも建物であるからだ。

 その建物の宴会場の中。ヘスティアがいた。テーブルに並べられた豪華な宴会料理に舌鼓を打っている。

「ふむふむ、なかなかの味わい。隠し味に使っているのはおそらく干し柿。今度作れないかどうか試してみるか・・・ふふ、竈の神である(料理が得意な)僕にかかれば、完璧にとはいかないが、ある程度までは再現できるのさ・・・」

 そうヘスティアはベル(とハリー)からプレゼントされた服でおしゃれをして、宴に来ているのである。彼女にはいくつかの目的があったが、その一つが料理のレパートリーを増やすことであった。

「ふふふ、胃袋を料理で掴めば、ベル君も僕に惚れ直すに違いない、くっくっく・・・」

 黒い笑みを浮かべながらも、料理をぱくつくヘスティア。

「あら、ヘスティア。久しぶりね」

 そこにやってきたのは、ヘファイストス。赤髪の鍛冶神であり、ヘスティアが下界に降りてきた来た当初はヘスティアの面倒を見ていた女神である。まあ、ヘスティアの自堕落っぷりに切れてしまい、最終的にはファミリアのホームからたたき出したのであるが。その鍛冶神(ヘファイストス)の傍らにいる絶世の美女は美の神といわれるフレイヤ。ワイングラスを何気なく持つしぐさにも気品と色気があふれ、給仕をしているガネーシャ・ファミリア・メンバーも仕事を忘れうっとりと見つめている。

「ファミリアを結成したと聞いたわ。おめでとう」

 ホームから追い出したといっても、ヘスティアの様子を時々、眷属に見に行かせていた鍛冶神がお祝いの言葉を述べる。

「ふふん、ちょっとばかしスタートに時間がかかったけどね。まあ目指すはオラリオ1のファミリアさ!」

 元気よくヘスティアが答えるが、

「あらあら~、私の(ファミリア)、追い越されちゃうのかしら~、困っちゃうわねぇ~」

 とぜんぜん困ってない様子でフレイヤが茶々を入れる。ロキと並んでオラリオ1、2を争うフレイヤ・ファミリアに喧嘩を売るようなヘスティアの発言であったが、フレイヤはトップの余裕でヘスティアをからかう。

「ま、まあ、あくまで目標ってことだよ」

 失言をしたことに気づいたヘスティアは、ばつが悪そうな顔になり、慌てて言い訳をする。

「まあ、ヘスティアがドレスを新調しているんだから、結構、なんだかんだで、うまくファミリアを運営できてるんじゃない? 地上に降りてきてからは、ずぅぅぅぅと着たきりすずめだったものねぇ・・・」

 当時の自堕落っぷりを思い出したのか、鍛冶神が遠い目をする。

「そうだろう、これは僕への初めてのプレゼントなんだぜぃ」

 満面に笑みを浮かべ、得意げに胸をはり、ヘスティアが自慢する。が、そこで後ろから両方のツインテールをつかまれ左右に引っ張られる。

「どちび~、まさかそれ、ハリーはんからのプレゼントっちゅーわけじゃないやろうな~」

 どすが利いた低い声に、体をひねって後ろを振り向いたヘスティアが見たものは、まさかのロキであった。ロキはツインテールを離すと、ヘスティアの両頬を引っ張り始める。

「ええーぃ、どうなんや、白状せんかい、おらおらぁ!」

「うおおい、僕が眷属のハリー君からプレゼントをもらったからって、君が怒るこたぁないだろう」

 極めて全うなことを言うヘスティア。だが無理を通して道理を引っ込ませるロキである。当然そんなことを言われても聞く気が無い。

「くぅ、うちかて、うちかてなぁ、ハリーはんから何かプレゼントもらいたかったでぇ・・・」

 うっすらと涙を浮かべて悔しがるロキ。

「よそはよそ! うちはうち! 君は自分ところの眷属のアイズ・某君からもらえば良いじゃないか。お気に入りなんだろう?」

「アイズたんは、何かちょーーーーとばかり、本当にちょっとだけやで、ちょっとだけ冷たいから、プレゼントとかくれないんや・・・」

相変わらず、頬を引っ張りながらロキが言い返す。

「ハリーっていうの? あなたの眷属は?」

「うん、ハリー・ポッター君さ。大事な眷族だよ」

 鍛冶神の確認に、ヘスティアが名前を教える。そんな三人のやり取りを見ていたフレイヤがワイングラスをテーブルに置いた。

「さて、そろそろ私は失礼するわね」

「あら、もう帰るの? もっと話したかったのに」

 鍛冶神の口調には、この面倒な二人を押し付けないでくれと言外にこめられていたが、フレイヤはあっさりと答える。

「ええ、此処での用事も終わったことだし、急用を思い出したから。三人はゆっくりして言ってね」

 艶然と微笑むとフレイヤは会場を立ち去った。

「いや、それは主催者(ガネーシャ)がいうせりふよ」という鍛冶神のぼやきは誰も聞いていなかった。

「そういや、そのアイズ・某君だけど、恋人とかそういう人物はいるのかい?」

 ヘスティアはベルのスキルの元凶となったアイズの事を確認する。

「はあ? いるわけないやろ! いいよるやつは、偶にいるらしいんやけど、アイズたんはそんな者には見向きもせぇーへんでぇ・・」

 ちっと舌打ちをするヘスティア。

「なるほど、その見向きもされないうちの一人が君というわけか」

「ちゃうわぁ、アイズたんは、クール・ビューティなだけで、誰にでもちょっとばかし冷たいだけなんゃぁ・・・・」

 方やアイズに相手にされないロキ。方やベルとハリーからプレゼントをもらうヘスティア。なんだか可哀想になったヘスティアが、ロキを慰めるようにぽんぽんと肩をたたく。勝負に負けたことを感じたのか、ふががぁぁと泣き叫びながらロキはあさっての方向に走り去ってしまった。

 

 

 フレイヤは、ガネーシャ・ホームの廊下を歩きながら、微笑を浮かべる。それを見た忙しく立ち働いていた給仕のガネーシャ団員たちは惚けてしまい、動きを止める。フレイヤはそんな彼らに目もくれず、いや視界に入っていても意識には入っていなかった。フレイヤは白髪、赤眼のまだ幼いとも言える少年のことを考える。

「純粋で透明だった。見たことも無いほどの美しさ。輝きはまだまだだけど、これから傷つき闘い成長して行けば、眩いばかりに輝きを増していくはずだわ」

 恍惚とした表情を浮かべる。そして口角はわずかにつりあがり、そのまなざしは、獲物を見つけた肉食獣のものになっていく。

「手に入れて見せるわ。ハリー・ポッター」

 

 フレイヤが、ベル・クラネルとハリー・ポッターの名前を取り違えていることに気づくには、もう少し時間が必要であった。

 




『うってつけのスキルがあるのです』
初対面の人に、スキルうんぬんは言わないはずなのです。しかし、あの小柄な体格で、あの巨大なバックパック持ち運んでいたらねえ・・。アビリティがあるんならサポーターはしないだろうから、なんらかのスキルがあるって、察する事ができますもんねぇ

次回、『ヘスティアの願い』


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ヘスティアの願い

 翌日の朝。

 ベルとハリーがバベル広場でリリルカを待っているときに、赤い装備に身を包んだ男が、いきなり、ベルのそばに現れると、肩を組んで話しかけた。

「いよーう、お兄さん、おはようさん」

 ぎょっとするベルにかまわず男は話を続ける。

「まあまあ、あわてるこたぁない、ちょっと儲け話を持ってきただけなんだ。いぃーい話しだぜぇ。ほんのちょっとしたことをするだけで、たぁんまりと金が入ってくるんだ」

 なれなれしく肩を組んで話しかける男にベルは警戒心を露にし、男を振り払おうとする。

「な、一体なんだっていうんですか?!」

 男は、肩を放さずなれなれしく、話し続ける。

「まあまあ、知ってるんだぜぇ、おめぇ、最近、アーデとつるんでるだろう。あいつはなぁ、ああみえて結構な玉でよう。小金をたんまり集めてやがるんだ。そいつを巻き上げようってことさ。簡単だろぉう?」

「それって強盗じゃないですか。僕はそんなことしませんよ!」

 ようやく男を振り払い、怒りの表情ではっきりと断るベル。しかしそれを聞いて男はきょとんとした表情を浮かべる。

「はぁ、オメェ、何言ってんだ。あいつは、サポーターだぜぇ。それにあいつはおとなしい顔して油断させて、後ろからドスッってやる奴だぜぇ。そして有り金ぜぇ~~んぶ冒険者の懐から盗んでるんだ。そんなサポーターから金を取り上げて何が悪いってぇんだ?」

 本当に心底不思議そうな表情だった。

「まぁ、考えといてくれよ」

 そういうと男はベルたちから離れ、人ごみの中に消えていった。

 その二人に後ろから声がかけられる。

「おはようございます。お待たせしてしまい、申し訳ありません」

 ぎょっとするベルとハリー。

「? どうかされましたか?」

 今の男の話の真偽は不明だが、なんとなく、気まずい思いをする二人。

「いやなんでもないよ。じゃあ、そろったことだし、ダンジョンに向かおうか」

 ベルがごまかす。リリルカも気にしていないのか、

「では、今日も8階層ですね。お二人の活躍、期待していますね」

 にこにことしながら、二人に話しかける。

 そんなリリルカを見て、後ろからドスッとするような人物には見えないんだけれどなぁと、ハリーは考えるのだった。

 

 

**********

 

 

「で、いつまでそうしているつもりかしら」

 神の宴が終わりすでに三日がたっている。鍛冶神(ヘファイストス)はヘスティアに冷たい口調で問いかける。ヘスティアは、鍛冶神の仕事机の脇で土下座をしているのであった。

「というよりも、そのドゲザ?だっけ。誰から習ったのよ」

「極東出身の友神タケからさ。誠意を示すにはこれが一番だって。この姿勢だと、相手に首をさらしているから、刀ですっぱり首を切り落とせる。しかも相手を見ていないから、自分では防御もできない。最大限の無防備状態。すなわち最上級の誠意を見せる方法だそうなんだ。彼もこの土下座で誠意を見せたことがあるんだそうだ」

 一体全体何だって厄介なことを教えるのよと、鍛冶神はそのタケを心の中で恨む。

「誠意を見せるにしても、宴からもう三日もドゲザしてるじゃない、いつまで続けるつもりなのよ」

 あきれるというか、うんざりした表情を隠しもせずに鍛冶神はヘスティアに問う。

「そりゃあ、君が僕のお願いを聞いてくれるまでだよ」

 頭をかかえ、こめかみを揉む鍛冶神。『泣く子にゃ勝てぬ』とかいう言葉があるが、鍛冶神はヘスティアにどうも甘いところがあると自覚している。オラリオにきたヘスティアの面倒を見たりとか、追い出した後も教会地下に住むように世話したりだとか、ヘスティアの様子を時々自分の眷属に見に行かせていたこととか、この三日間も眷族に命じてヘスティアを放り出さなかったことがそれを示しているとも自覚している。

「何だってまた、そんなに武器がほしいのよ。駆け出しなんだから普通に武器を買えば良いじゃないの。身の丈にあった武器を使うほうが良いわよ」

 一級品の武器は必要は無いだろうと言外で問いかける。

「それはそのとおりなんだけれど、僕は彼らの力になれないことがいやなんだ。彼らはダンジョンで命を懸けてがんばっている。強くなる、オラリオ1のファミリアになる、英雄になる。そんな目標のためにがんばっている。そんな中、僕にもプレゼントをくれたりもしている。そんながんばっている彼らに対して僕ができることは何だろうって。

 恩恵を与えて、あとは見守ることしかできない。ダンジョンで大怪我をして、今にも死にそうな目に今! この瞬間にも! あっているかもしれない。それに対して僕は無力だ。神々は見守ることしかできない。でも僕はそんなのは嫌なんだ。何かちょっとだけでも良いから力になりたいんだ!」

 感情をあらわにし、激白する。つたない言葉ながらも、ヘスティアがいかに眷属を大事にしているかよくわかる言葉であった。それを聞いた鍛冶神はお手上げというように軽く両手を挙げた。ヘスティアの我侭ではあるが、今までの自分のための我侭ではなく、眷属を思って自分が出来ることは何かと考えての、眷族のための我侭。すこしは成長したようだと認めた鍛冶神である。

「わかった。わかったわよ。それでどんな武器が要るのよ?」

「お願いを聞いてくれるのかい!? ありがとう、ヘファイストス!」

 喜びのあまり飛び上がり、足がしびれているので、そのまま転がるヘスティア。ソファの足に頭をぶつけ、足と頭を交互に抱えてうめく。そんなヘスティアを鍛冶神は、シリアスな雰囲気が台無しだとあきれて眺める。まあ、こういうのが、ヘスティアらしいんでしょうけれども・・と考え直す。

「で、どんな武器を使うのよ、その子は?」

「うぐぐぐ・・えっとベル君はナイフだね」

 頭と足とを同時に抱えようとして失敗しながらヘスティアは答える。『ベル君は』という言葉に鍛冶神は優美に片眉を上げる。

「ハリー・ポッターじゃなかったの?」

 宴のときに聞いた名前とは違うのを指摘する。

「あ、ハリー君は二人目の眷属さ。実を言うと彼のことでも相談があるんだ」

「あら。あなた眷属はもう二人もいるのね?」

 確かに、あの時は、眷属の人数は話題にならなかった。

「うん、そうだよ。ああ、そういえば言ってなかったっけ? 団長ベル・クラネル、副団長ハリー・ポッターの二人だよ。ベル君がナイフを使い、ハリー君が杖を使うんだ」

 材料は足りるかなと考えながら鍛冶神は椅子から立ち上がる

「じゃあナイフから作り始めるわね。ヘスティア、あなたも手伝うのよ」

「え、ヘファイストス、すぐ作ってくれるのかい?」

 ヘスティアは驚く。

「ええ、そうよ。ただし神の力は使わないで、一般的な鍛冶の技術で作るものになるから、それはあきらめてよね」

 頭の中で、ナイフ作成手順をスケジューリングしながら、道具をそろえていく鍛冶神。まさかすぐさま作ってくれるとは思っていなかったヘスティアは大喜びである。

「もちろんさ、無理なお願いを頼んでおいてこういうのもなんだけれど、君が作ってくれるだなんて、こんなに嬉しいことは無いよ。ありがとう、ヘファイストス!」

「ただし! お代はびた1ヴァリスとも負けませんからね。何年かかっても良いから、ちゃんと払うのよ」

 材料が足りるかなと、考えつつも、棚の中をあさる鍛冶神。

「わかってるとも。時間はかかるけど必ず返すよ」

 続けてヘスティアは相談を切り出す。

「さて相談というのは、ハリー君の武器のことなんだが、木製の武器がいいという話なんだ。だけど、僕が知ってる限りでは、一般的には金属製の方が良いらしいんだ。専門家としてはどう思う?」

 鍛冶神はため息をつく。確かに自分は武器製作の専門家であるのだが、武器使用の専門家ではないし、ましてや魔法使いとしての専門家でもない。無責任な言い方になるが、はっきりいってしまえば、お客さんの意見が専門家としての意見になるのだ。

「はっきり、端的に言うと好みの問題ね。そして魔法に関しては、精神的なものが影響を与えるから、本人がそういうんだったら、そのほうが良いんでしょうね。木製の武器ねぇ・・・うーん、他に何かどんなのが良いとか言ってた?」

「なんと言っていたかな」

 ヘスティアはハリーとの会話を思い出そうと眉間にしわを寄せる。

「確か、杖の中心に芯材を入れるって言っていたよ」

 それを聞いて鍛冶神は考える。木製であり、魔法使いの武器であること。で、たぶんだが、しばらくは、できればずっと、使い続けることができるような武器。ということは、できるだけ頑丈なほうが良いだろう・・・。噂で聞いたことがあるアノ(・・)作成方法を試してみるか。杖の作成手順もスケジューリングした鍛冶神はヘスティアを相槌に製作に取り掛かる。

「じゃあ、ハリー・ポッターの杖のほうは実験用として作成するから、割引しておくわ。ただし使い心地を連絡してね」

 こうしてヘスティアは、武器二振りの代金として3億ヴァリスの借金を持つことになる。

 

 

********

 

 

 ここはダンジョン9階層の一般通路から離れたエリア。ハリーとベルとで、モンスターと戦っていた。稼ぎもよいし、モンスターの数が足りなくなってきたと感じたので、エイナと相談の上で、さらに一つ階層を進めたのである。敵の数も大分多くなっていたが、フロッグ・シューター、パープル・モスなどはハリーが足止めし、その間にベルがウォーシャドウ、ニードルラビットなどを切り倒している

 

 ウォーシャドウの両手での連撃がベルを襲う。初撃をプロテクターで上にはじき、相手の腕の下側にもぐりこむことで二撃目をかわしつつ、足元を切りつける。すかさず背後に走りぬけ、背後に回り、ニードルラビットを、ウォーシャドウに向けて蹴り飛ばす。ウォーシャドウともに体勢を崩したラビットをよそに二匹目のラビットにバゼラートで切りつけ絶命させる。その後、ようやく立ち直ったウォーシャドウに突進し、肘打ちを叩きつけ、すぐさま身を翻してニードルラビットにナイフを全力で振り下ろし、息の根を止める。

 

 その間にハリーは、麻痺せよ(ステューピファイ)でパープルモスを連続して叩き落す。フロッグ・シューターが舌を飛ばしてくるが、斜めに走り抜けることで、それを回避し、裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンブラ)で、パープルモスと共にまとめて切り裂き止めを刺す。そして、すかさず振り返り、天井近くを隠れてリリルカ・アーデの頭上まで移動していたパープル・モスから守るため、リリルカに向かって護れ(プロテゴ)を唱える。

 そして、ベルが壁をけりつけ、天井まで三角とびの要領で飛び上がり、そのパープル・モスを両断する。

「お二人とも、すごいです!」

 目の前に両膝をまげてバランスよく着地したベルに向けて、リリルカが賞賛の言葉を叫ぶ。そう、ベルとハリーは、リリルカ・アーデをサポーターとして正式に雇うことにしたのである。理由は簡単、リリ自身が言っていたように、サポーター向けのスキルのおかげで大量の魔石とドロップアイテムを運ぶことができるのである。すなわち、一回、ダンジョンにもぐるだけで大量のお金が手に入るのである。

「えっ? へへへ、そうかな」

 リリの純粋な賞賛の言葉にベルは照れくさそうに喜ぶ。

「そうですよ、今までリリは大勢の冒険者様についてダンジョンにもぐりましたが、これだけ手際よく戦う冒険者様は初めてです。しかも"たった二人で"ですよ。九階層だともっと手間取るものなんです。さて、魔石の抜き取りはリリに任せて、お二人ともすこし休憩していてください。すぐ片付けますからね」

 そういうと、リリは解体用のナイフを使い、モンスターから手際よく魔石を抜き取り始める。魔石を抜き取られるとモンスターの体は灰になっていく。何度見ても不思議な光景をハリーはじっと見つめ、ふと質問をする。

「そういえば、アーデはオラリオのお店とか詳しいのかな? 材木を売ってる店があったら教えてほしいんだけれど」

 リリの目が訝しげになるが、解体の手を止めることは無い。

「アーデではなく、リリとお呼びください、ハリー様。それと武器屋ではなく、材木店ですか? 家具でもお作りになるので?」

 そこまで話していたときに、通路の奥の暗がりからキラーアントが二体現れる。

「まあ、そんなところかなって、キラーアントだ。ベル、どうする?」

「申し訳ありません、魔石の抜き取りはもうすこしかかります」

 リリルカが申し訳なさそうに言う。

「じゃあ、全速でこの二体は倒すよ、そして、すぐ移動するから」

 すかさず、ハリーが一体に麻痺せよ(ステューピファイ)を撃ち込み行動不能にする。その間にベルがもう一体に接近。攻撃を加えることでリリへの接近を阻む。相手の噛み付きをさけ、頭部を殴りつけるように斬りつける。姿勢が崩れたキラーアントに蹴りを入れて転ばせる。そしてそこにハリーが裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンブラ)を撃ち込み、止めを刺す。

 一方ベルはハリーが麻痺させた一体目に近寄り、キラーアントの甲の隙間に両手でナイフを叩き込んだ。狙ったとおりに隙間にナイフが滑り込み、キラーアントは絶命する。以前は苦労していたキラーアントに、今では勝てるようになっている。ステイタスの向上を感じる瞬間である。

 大きく息を吐き、ベルはリリルカの方を振り返る。

 リリルカは先ほどまでの魔石抜き取りとドロップアイテムの回収を終えていた。

「仲間は来そうに無いかな?」

 三人で、周りの様子を伺うが、追撃は無いようである。

「リリ、キラーアントは硬いけど、解体は大丈夫?」

「お任せくださいベル様。二分で終わらせます」

 解体ナイフを親指代わりにぐっと立ててみせるリリルカの頼もしい言葉に、ベルはにっこりうなづく。

「じゃあ、時間も時間だし、それが終わったら今日は引き上げよう」

 

 そしてこの日の稼ぎは2万ヴァリスになった。

「なんでだよ! どう考えたって、こんな餓鬼どもより俺たちのほうが稼いでるはずだろ。何でこっちは2千ヴァリスにしかならねぇんだよ、こちらとら命かけてダンジョンに潜ってんだぞ! もっと高く買い取れるはずだろうがよ! てめぇ、なめてんのかよぉ!」

 ベルとハリーの換金額を聞いて、隣の買取窓口で、三日月と杯のエンブレムを肩につけた冒険者が荒れている。ベルはどこのファミリアかエイナに聞いてみようと考える。余計な火種が飛んで来ないうちにと、二人は素早くカウンターを離れ、ギルドから外に出て、待っていたリリルカと合流する。

「全部で2万ヴァリス、三人で山分けてしても一人約7千ヴァリス! はい、これリリの分だよ」

 そういってベルはリリルカの分を渡す。リリルカはそれを前に受け取ってよいのかどうか迷っている。

「いいのですか、ベル様。普通はサポーターの取り分はもっともっと少ないのですよ?」

「いや、いいんだ、ここまでの金額になってのはリリが荷物を持ってくれるからだし、僕たちが戦闘に専念できるようにしてくれるおかげだからね」

 その言葉に、うんうんと頷くハリー。そう言われて、思わず笑みをこぼしながら自分の分を受け取るリリルカ。その嬉しそうなリリルカの顔を見てベルが提案する。

「これはちょっとお祝いをしても良いんじゃないかな」

「そうですね。でも、リリからのお願いですが、明日はお休みにできないでしょうか」

「何かあるの?」

「はい、私のファミリアのほうでちょっと集会があるので、顔を出さないといけないのです。お二人も明日は怪物祭ですから、そちらに顔を出してはいかがですか」

「怪物祭? どんなものなの?」

 ハリーがたずねるとリリルカは驚く。

「ご存じないのですか? ガネーシャ・ファミリアがダンジョンからモンスターを連れ出して、闘技場で調教(テイム)するんです」

「えーーーー」

 ハリーはドン引きである。モンスターの調教ということで、魔法生物大好きなハグリッドのことを思い出したのである。それと同時にハグリッドが大事にしていた魔法生物のおかげで発生した、さまざまなトラブルも思い出していた。とくに体長4メートル近い大型蜘蛛(アクロマンチュラ)の大群に追いかけられたのはひどい思い出である。

 物好きな人はどこにでもいるもんだなと呆れるやら、驚くやら、感心するやらのハリーである。その複雑な表情を見てリリルカはあわててフォローを入れる。

「普段は見れないモンスターや、調教の実演を見られるということで、オラリオ市民だけでなく、冒険者様たちにも大人気なんですよ。このお祭り用に見栄えが良い珍しいモンスターを捕まえてくるそうですから。お祭り騒ぎになりますから、いろいろな屋台も出ますし」

「僕も見たことが無いから、明日はその調教を見に行ってみようよ、ハリー」

 大蜘蛛もいたが、ヒッポグリフや、ユニコーンのような魔法生物もいたことを思い出し、ハリーも見に行くことにする。

 そして三人は解散するが、ベルとハリーは今日の報告をするためにエイナに会いにギルドに戻るのであった。

 しばらく並んだ後、順番が回ってきたため、ベルは話をはじめる。

 サポーターを雇ったこと、月と杯のエンブレムはどこのファミリアなのか、買取窓口でのああいう冒険者は結構多いのか、10階層にそろそろ行こうと考えているが、どんな準備が必要かなどなど・・。横で聞いているハリーは、ベルが団長として成長していると感じて安心するのであった。

「んー、サポーターねえ、普通は同じファミリアの見習いメンバーがやることが多いわねぇ。なんと言っても持ち逃げとかでトラブルの元になることが多いから。その人は大丈夫なのかしら。信頼できる人かどうか確かめたほうがいいわよ。それから月と杯ってこのエンブレムかしら」

 そういうとエイナはエンブレムが乗っている資料をめくり、目当てのページを広げて、エンブレムの一つを見せてくれた。

「各ファミリアは自分のファミリアの象徴になる図案を作ってるの。ベル君たちもヘスティア・ファミリアのエンブレムが必要だから、考えておいてね。アイデアを出してくれたら、こちらで清書するから、絵が苦手でも大丈夫だから安心してね」

「団長はいろいろと大変だな」

ベルの肩を励ますようにたたきながらハリーがからかう。

「いや、僕だけではなくて、神様も含めてみんなで考えるからね。で、エイナさん、このエンブレムですね。ここはどこのファミリアなんですか」

ハリーに対して釘を刺して、肝心なことをエイナに問いかける。

「あちゃー、やっぱりここかぁ・・此処はソーマ・ファミリアよ」

 エイナは額を押さえて、悪い予想が当たったという口調だ。そして小声で囁く。

「ギルド職員が特定のファミリアのことを悪く言っちゃいけないんだけれど、此処のファミリアはどういうわけか、お金を稼ぐことに必死なのよ。買取金額が少ないって文句を言うことはよくあることだし。他の薬剤系とか鍛冶師系ファミリアとも金銭トラブルが多いって聞くわね。支払いが悪いそうよ。ベル君たちのところはそうなって欲しくないわねぇ・・・」

 ベルとハリーは顔を見合わせる。エイナはそれを、金に汚い冒険者にはならないようにしようとお互い考えたと思ったのだ。だが、二人が考えたのは、同じこと、つまり、リリルカ・アーデの所属ファミリアの評判が良くないと知って心配になったのだ・・・

 




杖の値段は太っ腹にも、5割引きです。ナイフが2億ヴァリス。杖が2億ヴァリスのところ5割引で1億ヴァリスに。合計で3億ヴァリス。

解体作業・・作者にはちょっと無理だなぁ・・

次回『怪物祭』


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怪物祭

 ベルとハリーは朝、バベルに向かって歩く。正確にはいつも、ベルがお弁当をもらってくる店に、今日はお弁当はいらないと話をしにいくのである。昨日のうちに話しをすればよかったのだが、忘れていたのだ。

 そしてハリーが待っていると、ベルが戻ってきた。

「お店の人から、忘れ物を届けるように頼まれた・・」

 シル・フローヴァという店員が怪物祭に出かけたのだが、財布を忘れたので届けるように頼まれたとのこと。問題はハリーがそのシルという店員に会ったことが無いことだ。闘技場に行ったらしいので、そこまではベルもハリーと一緒に行く。その後はベルがシルを探すので、ハリーは調教をみていて構わないといわれる。ハリーも手伝おうかと思ったのだが、ハリーはシルの顔を知らなかったので、せっかくだから見学することにした。

 まあ、慌ててもしょうがないということで、二人は屋台で買い食いをしながら闘技場に向かう。屋台の売り物になるものは世界が異なれど似たようなものになるのか、クレープ、ウインナー、シシカバブ、じゃが丸君、サンドウィッチなど、ハリーも見慣れているものに近いものだった。

「リリは集会はおわったかなぁ・・・」

 人ごみの中を歩きながら、ベルがふと思い出したように呟く。どうやらベルはリリをだいぶ気に入っているようである。

「ソーマ・ファミリアだったよね。評判悪いみたいだけれど・・・」

「明日様子をリリに聞いてみようか。何だか心配だよ」

 本当に心配そうな顔になるベル。

「僕のおじいちゃんはモンスターに殺されちやったんだ。そして行く宛てが無くなった僕は、冒険者になろうとオラリオに来たんだ。だけど、入れてくれるファミリアが無くてね。もうどうしようもなくなった時に、神様に会ったんだ。良い神様に出会えて幸運だったと今では思うよ」

 ヘスティアが良い神様であることには、ハリーも同感であった。レベルアップしたら居なくなるハリーを入れてくれるファミリアはまず無い。事実、無かった。

「だからさ、他の神様も良い神たちなんじゃないかって、最近までは思ってたんだ。だけど、ソーマ・ファミリアはそうじゃないみたいだしね。なんだか心配だよ」

 視線が下を向き、心配そうな顔になるベル。

「ふーん、じゃあ、ヘスティア・ファミリアに来るように誘ってみる?」

 何の気に無しにハリーが提案する。

「え!?」

 驚くベル。そのことはまったく考えていなかったようだ。

「どうしたんだい、ベル。ファミリアを変えることはできるんだろう?」

 ベルが驚くことに驚くハリー。だが、自分で言って、できるんだっけと疑問に思う。会社で言うと、退職して、別の会社に就職するようなものだから出来るよね。と自分を納得させる。

「そう、だね・・。うん。リリの様子をみて誘ってみるのもいいのかな・・神様にも相談してみようか」

「じゃあ、僕たちも集会をするわけだね。よし! じゃあ今日の夜にでも相談することにして、最初に団長から挨拶をしてもらおう!」

「えぇ、いきなり!」

「無茶振りに答えてこそ団長! らしいよ? がんばれ」

 そして団長とは何ぞやと悩み始めるベルだった・・。ハリーは、自分がリーダーをしなくてよいことにホッとして、ニコニコしながらベルを見守るのだった。

 

 

********

 

 

 所変わって、とあるレストランの中。二人の女神が会談していた。

 一人は赤髪のスレンダー美女、ロキである。もう一人は黒に近い緑色のローブをまとい、フードを目深にかぶった女性。だが、ローブをつけていてもそのスタイルの良さを隠すことは出来ず、顔が見えないにもかかわらず、絶対に美女だと確信させるものがあった。ロキの神界時代からの知り合いフレイヤである。

 そしてロキの後ろには金髪青目の、神々がうらやむほどの美貌を持った女性が一人立っていた。本日のロキの護衛兼お守り兼お目付け役のアイズ・ヴァレンシュタインである。赤黒いマフラーを首に巻き、紺と白のボーダー柄のシャツ、膝までの緑色のズボンを身に着けている。武装は腰に短めの剣を佩いているのみ。二つ名の拳姫のとおりに、基本は素手で戦うスタイルであった。

 アイズは静かに女神二人の会話を聞いていた。話が終わり、フレイヤが立ち去る。ロキはアイズをつれて店を後にした。これから二人で怪物祭りを楽しむのである。

「なぁなぁ、アイズたん、何か食べたいものないかぃ。何でも買うたるでぇ」

「では、じゃが丸君の抹茶クリーム味と、ほうじ茶クリーム味と、麦茶クリーム味を三つずつ」

「・・・いや、アイズたんが、それで良いなら、ええんやけれど・・・」

 育て方を間違っただろうかと悩むロキであるが、最初にアイズと出会った時から、なんというか、こんな感じだったなぁと思い出せた。

「三つ子の魂百までっちゅうが、ほんまに食の好みは変わらんのやなぁ・・・」

 そしてアイズはじゃが丸君を食べながら、ロキは串焼きやクレープを食べながら、のんびり散策し、闘技場へと到着する。

「ん~、なんかあったんかな」

 クレープの最後のかけらを飲み込みながら、ロキが呟く。神界ではトラブルメーカーであったせいか、トラブルをかぎつけるのに鼻が利く。闘技場通路の目立たないところで、ギルド職員とガネーシャファミリアメンバーがもめているのが目に入ったのである。

「面白そうなもの、はっ、けーんー」

 すかさず、かさかさっと、ロキがしのび足で接近する。とっくの昔に食べ終わっているアイズも後ろをついていく。

「全員倒れていたって、何のための見張りですか! 逃げ出したモンスターの討伐手配と、市民の避難誘導をしないと」

 ギルド職員、エイナ・チュールの怒鳴り声にロキがにまにまと心の中で笑う。ギルドに貸しを作る良い機会やでぇ。おまけにガネーシャにも恩が売れる。チャンスや!

 ロキは揉めている所に飛び出していく。

「聞いたでぇ~。何や、困っとるんやな。今ならうちら(ロキ・ファミリア)が手助けできるけん、うちに詳しゅう話してみぃひんか? な?」

「神ロキ! アイズ・ヴァレンシュタイン氏も! ちょうど良かった。調教用のモンスターが逃亡してしまったのです。ぜひ協力してください」

 怪物祭りの手伝いで借り出されていたエイナが要請する。もちろん、エイナにも分かっている。ロキは親切心で言い出したのではなく、面白そうだから言い出だしただけであることを。でも猫の手だろうが、象の鼻だろうが、何でも借りたい状況である。

「うちは良いけど、ガネーシャんところも良いのか?」

 主神のガネーシャの性格からすると、後々揉めるようなことは無いはずであるが、念のためロキはガネーシャの団員に確認する。

「はい、10匹のモンスターが逃亡したのです。人手はあればあるだけ助かります。お願いします」

 予想通りの答えなので、ロキはすかさずアイズに指示を出す。

「アイズたん、聞いてのとおりや、逃亡した10匹のモンスター退治、頼めるか?」

 一つ頷くアイズ。

「造作も無い。ただしロキの護衛を頼む」

 

 そういうと、すかさず、闘技場の壁を蹴り、上へと登っていく。それを見た周囲の群集から驚嘆と賞賛の叫びがもれるが、アイズの耳には届いていない。正確には届いているが、意識には届いていない。ほどなく、闘技場の屋根に到達したアイズは、オラリオをぐるりと一望する。すでにモンスターが騒ぎを起こしているのかあちこちで屋台などが崩壊し、悲鳴も聞こえてくる。数歩後ずさりをすると、ステイタス任せの全力ダッシュからの跳躍をする。騒ぎの上空に近づくと、空を飛びながらも体制を変え、地上に水平な体制になり、手裏剣(スリケン)を矢継ぎ早に放つ。狙い過たず、モンスターの足を落とし、首を落とし、魔石を破壊する。

「ひとつ」

 

 すかさず、鍵爪つきロープを取り出すと、手近にある教会の鐘塔へと投げつけ、引っかかったロープを力任せに引くことで強引に空中で軌道修正をし、次のモンスターへと飛行する。その先にいるのは、アルミラージ。ネイチャー・ウェポンを入手できないため素手で子供に殴りかかっている。そこへ、アイズが投擲した手裏剣(スリケン)が降り注ぎ、灰へと変えていく。

「ふたつ」

 

 角全体がブレードになっているソードスタッグが、ガネーシャ団員に角を突き刺そうと突進し、頭を振り回す。いわば、巨大な剣の塊を振り回されて、団員は近づくこともできず、槍をもってこいと慌てふためいている。が、突然、ソードスタッグは足を手裏剣(スリケン)で打ち砕かれ激しい勢いで横転する。急所のわき腹が頭上に対してむき出しになる。ウカツ。その機を逃すアイズではない。いや、すでにそれを予測して手裏剣(スリケン)を放っていた。絶命するソードスタッグ。

「みっつ」

 

 こうしてアイズは、ロープを使って空中機動を行い、圧倒的優位な空中からの手裏剣(スリケン)爆撃で、モンスターを撃破していく。8体のモンスターを倒したところで、一度、地上へと、飛び降りる。目の前には9体目のモンスター、ライガーファングがいた。右手を引いて腰に構え、左手を前に突き出した構えを取る。その両目は殺気を放ち、赤く光る。

「モンスター、殺すべし! 慈悲は無い!!」

 アイズの殺伐とした、気迫に押され、凶暴なトラ形モンスターであるライガーファングは後ずさりをする。そこに一瞬の隙ができる。その隙を逃すアイズではない。一歩で距離をつめ、スピードを殺すため左足で地面を蹴り込み、その反動で右前蹴りを放ち、ライガーファングの頭を蹴り上げる。がら空きになった胴体に、アイズは高速で拳打を叩き込む。両足で地面を踏みしめ、その重みを一撃一撃にこめる。まず、ライガーファングは手がちぎれ、肋骨がくだけ、わき腹がちぎれ飛び、頭部が陥没し、顎が消し飛ばされる、そしてついに魔石が破壊される。その間0.2秒もかかっていない。最初の打撃で、叩き飛ばされた前足が地に落ちる前に、ずたぼろの肉塊となり最後には灰となった。明らかにオーバーキルである。だが、死体を爆発四散させることなく破壊するため必要な方法であった。

「アイズー!」

 そこに同じファミリアであるアマゾネスたちがやってきた。

「アイズさーん」

 と叫んでアイズに抱きつこうとしたのは、ロキファミリアが誇る魔法使いの一人、エルフのレフィーヤである。それをアイズは左手でさばき、最小限の動きで華麗にかわす。もちろんレフィーヤがこけないように支えて着地させるのも忘れない。

「ロキから、アイズを手伝うようにいわれたんだけれど、もしかしてもう終わった?」

 来たのはティオネ、ティオナ、レフィーヤの三人である。

「ロキの護衛は? モンスターは9匹倒した。カラテの足しにもならぬ敵だった」

 まずは主神の心配をするアイズ。

「護衛はラウルがしてるわ。じゃあ残り1匹なのね」

「いや違う」

 ティオネの言葉を否定するアイズ。逃げたのは10匹なのにどうしたのだと三人はいぶかしむ。

「アイズ。算数、わかるよね。10-9は1よ?」

 ティオナは両手の指で数を示してみせる。それを無視してアイズが指摘する

地面(した)から来る」

 そのとたん、石畳を下から突き破り、緑色の蛇のような物体が何体か飛び出してきた。そして、アイズやティオネたちに飛び掛る。

「なぁ!?」

 驚きながらも、アマゾネスたちは、拳をふるい、その物体を弾き飛ばす。レフィーヤは反応が遅れるが、横からアイズが間に割って入り、飛び掛ってきた物体、いやモンスターに手刀を叩き込み、動きを強制停止させる。

「何よこれ蛇!?」

 ティオネが叫ぶ。長さ3m程度で太さもそれに見合ったものだ。先端がやや膨らんでおり、緑色の蛇に見えなくも無い。それが五体。石畳の上をのたくりながら、再度襲い掛かってくる。

「攻撃が効いてない?」

 再度殴り飛ばしたティオナが叫ぶ。

 魔法使い(レフィーヤ)が詠唱を始める。とたん。一斉にモンスターがレフィーヤの方にぐいっと鎌首を向け、飛び掛ってきた。

「ひいっ」

 狙われることは覚悟していたが、まさか全モンスターに飛び掛られるとは思わなかった。レフィーヤは悲鳴を上げ、うかつにも詠唱を中断させてしまう。だが、アイズがレフィーヤをかばい、モンスターを拳で殴り、手刀で打ち払い、蹴り飛ばす。

「あ、ありがとうございます!」

 かばわれて嬉しかったのか、少し赤い顔になるレフィーヤ。ティオナも蛇型モンスターを殴りつける。

「硬い! あー、お祭りだからって武器もってこなかったのは失敗だった!」

 レベル5であるアイズやアマゾネスが容易く反応できるが、レフィーヤが反応できない素早さから、レベル自体は4相当だと考えられる。だが、耐久が異常に高い。素手とはいえレベル5の攻撃に耐えられるのが不思議なほど高い。

 そして、あたりが地響きを始め周囲の屋台の柱が倒れて崩れていく。

「今度は何よ?」

 地面が一直線にひび割れ、そこから土砂がもりあがって行く。何が出て来るのか。

 それに対して注意を払いつつも、アイズは、大量の手裏剣(スリケン)を放ち、蛇型モンスターを一匹切り刻んで絶命させる。それを確かめると腰の剣をはずし、ティオネに放る

「打撃耐性があるが、斬撃なら攻撃が通る。使うのだ」

「わかった」

 アイズには手裏剣(スリケン)があるから問題なしと判断したティオネ。剣を鞘から抜き放つと、一匹に斬りつける。胴体を半分ほど切断したところで刃が止まる。

 妹はモンスターを殴りつけながら、ぶーたれる。

「私の分は・・無いよね・・うん、知ってる・・・」

 そんな妹をアイズは慰める。

「10の打撃で倒せぬなら、1000の打撃を叩き込むのだ」

「いや、それができるのはアイズだけだからぁっ!」

 そうして話をしている間にも、裂け目から土砂を撒き散らしながらモンスターの全身が現れる。土砂の中から出てきたのは、巨大な蛇型モンスター。先ほどの蛇型と同種であるが、サイズが違う。全長30m、太さは2mほど。そして鎌首をもたげると、それに裂け目が入り、ぐばりと開く。

「蛇と思ったら花ぁ? 最近新種が多くない!」

 先ほどからいる小型のモンスターも頭部が花開いている。ただの花ではない、花弁の中心には口があり、口の周囲には、鋭いさまざまなサイズの牙が無数に生えている。

「アイズはあの大型を相手して。私とティオナはレフィーヤの護衛。レフィーヤは魔法詠唱を! まずは大型を倒して、それから、小型をつぶすわよ。レフィーヤ、わかってるとは思うけど、炎はだめよ。火事になるから」

「大丈夫です。氷系統行きます!」

 これだけ巨大だと、スリケンや、剣で倒すのは難しいと判断して、魔法攻撃を本命にすることにしたティオネが指示を出す。

 

 すでにアイズは大型に接近し、攻撃を開始している。手刀、蹴りを放っているが、効果はあまり無いようだ。

 そんなアイズに対して、花蛇は尾を振り払い、花弁での打撃、噛み付き攻撃を繰り出している。その巨体のため動くだけでも脅威である。ティオナは尾のなぎ払いを受け取めようとして失敗し、崩れ落ちた屋台に叩き込まれている。レベル3の魔法使いならば、容易くつぶれてしまうのではないかと思われる力強さだ。そしてレフィーヤが詠唱を始める。

 そして、またもや小型の花蛇?型モンスターがレフィーヤに飛び掛る。アマゾネスたちが、1匹は拳で打ち払い、1匹は剣できりつける。だが、その二人の護衛の隙をついて1匹が屋台の残骸から飛び出し、レフィーヤに肉薄する。

ウカツ。

ティオネは、モンスターが偶然にも連携をとっているような行動をする可能性を見逃していた

レフィーヤは詠唱に集中していたため、避けることもできず、咄嗟に杖をあげて防御するが、それも間に合いそうに無い。

ティオネは、間に合わないと思いつつも全力で剣を投擲しようと振りかぶる。

護れ(プロテゴ)ォ!」

 花蛇モンスターはレフィーヤの手前1m程で見えない壁にぶつかり、そして、それを破壊してさらにレフィーヤに襲い掛かる。だが、手前30cほどでもう一枚の見えない斜めに傾いた壁(・・・・・・・)にぶつかり、滑るように壁沿いに軌道を変えて、レフィーヤの頭上を飛び越えていく。

裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタクセンブラ)!」

 見えない刃が、追い討ちをかけ、ダメージを与える。そこへティオネが素早く近寄って剣を振り下ろし、絶命させる。

「大丈夫ですか?」

 杖を構えたハリーが、走りよってきた。

「やあ、ハリー。今の魔法、あなた?」

「ええ、防御魔法と、攻撃魔法です。なんだかよくわからないけど、危なそうだったので咄嗟に」

「助かったわ。後は、危ないからあなた(レベル1)は離れて見ててちょうだい」

「アッハイ」

 プロテゴにモンスターがぶつかった瞬間、まじかで花弁の中心の刃を見たためか、詠唱をとめそうになったが、なんとか持ち直しレフィーヤは詠唱を続けていた。

 

「アイズー、もう少しの間、がんばって!」

 ティオナに声をかけられたアイズは、空中で大型の相手をしていた。

 のたくり、うねるモンスターの体の上をチーターのように走り、花弁まで到達し、手刀で攻撃していた。もちろん黙って殺られるモンスターではない、自身の体を振り回し、暴れ周り、アイズを振り落とし、花弁で殴り飛ばし、口で噛み付こうとする。だがアイズは、トリモチめいた粘り強さで花弁に取り付き、振り落とされても、鉤付ロープを口に引っ掛けて、落とされないようにしていた。だが、これでは埒が明かない、街の被害が広がるばかりだと考えたアイズは詠唱を開始する。

「殺す!」

 アイズは叫ぶ

「モンスターは殺す!」

 アイズは吼える。

「すべて殺す!」

 そしてアイズの体から、赤黒いオーラがほとばしる。それはアイズに濃密にまとわりつき、戦闘装束に姿を変える。黒い鋼のブーツ。赤黒い上下の巣本の独特の装束。両手にはめられた鋼のブレーサー。頭巾を目深にかぶり、黒い鋼の仮面で顔の下半分を覆っており、見える部分は両目だけである。そして右目は異様にみひらかれ赤い光を放つ。仮面に記されたのは奇怪な二つの象形文字。右頬には『怪』。左頬には『殺』。だが共通語(コイネー)ではないため、識る者はいない。

極東出身の識る人が見ればニンジャ・ショウゾクとわかっただろう。しかも、アイズの魔法によって顕現した、ステイタスを爆発的に向上させ高い防御力と耐異常能力を得るマジック・クロース・アーマーなのだ。

「忍者?」

そして、ハリーはその『識る人』であり、アイズの姿を見て思わず呟いた。

 

 空中でアイズは右拳を腰だめに構え、モンスターに殴りかかる。

「イイイィィィィィヤァァァー」

 花弁の付根に突き刺さり、そして力任せに引きちぎる。

「GWAHAAAAA」

 花蛇が悲鳴を上げる。その超音波めいた響きは、あたりのガラスをすべて粉みじんにする。おお、なんということか、ハリーの眼鏡も砕けてしまった。

 そして、新たな蛇が数匹、地中から現れ、詠唱中のレフィーヤに襲い掛かる。

護れ(プロテゴ)ォォォゥ」

 よく見えないまま、ハリーがまたも防御呪文を唱える。

「詠唱早いね、そこの魔法使い」

 感心したようにティオナが褒める。

「私もここまで短文詠唱だとは思わなかったわ」

 護れ(プロテゴ)にぶつかり、スピードが鈍った花蛇を切り刻みながらティオネも呆れる。

 その間にもレフィーヤは、詠唱を続け、ようやく詠唱が終わった。魔法発動の合図のために、持っていた杖を振り上げる。

「アイズー、呪文行くわよー」

 ティオネがアイズに呼びかける。ハリーはあわてて、レフィーヤを守っていた護れ(プロテゴ)を解除する。

 一方アイズは、大型花蛇の花部分から頭上に飛び上がっていた。脚力に任せて高く高く飛び上がる。それを追って花蛇も頭を上へ上へと伸ばしていく。それに従い、体全体が、上へ上へと伸びていく。そして、身体がもうこれ以上伸びない限界点に到達する。

 

 そして、レフィーヤが魔法を開放する。

「【ヴァース・フィルヴェルト】」

 瞬間!

 風に吹きすさぶ氷雪が辺り一面に現れ、それが花蛇へと収束する。

「どりゃぁぁぁぁぁ」

 ティオナが、小型花蛇の尻尾をつかむと、その吹雪の中に放り込む、たちまち凍りつき、真っ白な霜におおいつくれ、さらに表面がひび割れていく。

 収束していくに従い、冷気は増大していき、辺りの気温もどんどんと低下していく。中心にある花蛇の尻尾も当然氷ついてく。そして急速に動きが鈍くなっていく。

 レフィーヤは、杖を両手で蛇へと突き出し、懸命に魔力の制御をしていく。ここで彼女が気を抜き、制御に失敗すれば、冷気が辺りにはじけとび、満ち溢れ、オラリオのこの一体が氷原になってしまう。懸命に制御し、花蛇へと冷気を集中させる。

 急激に冷やされ、ひずみができたせいか、大型の花蛇の尻尾部分にヒビが入っていく。すでに全体が凍りつき、巨大なアイスフラワーになってしまった。

「モンスター! 殺すべし!」

 アイズが頭から急降下し、振りかぶった右手刀を叩き込む。そのままの勢いで花蛇の頭から尾までを一気に地上まで手刀で切り裂いた。

 魔石も砕かれ、凍りついた灰が辺りに舞い落ち、もうもうとした灰煙に覆われる。

 そしてその中からアイズが歩み出てきた。

 忍者装束の解除され、先ほどまでの格好に戻っている。

「ちょーとアイズー、派手じゃーん」

 ティオナがからかう

「あの凍りついたまま、倒壊したら辺りの建物に被害が出る。状況判断したに過ぎない」

「さすがアイズさんです! 今のコンビネーション、今度、深層でも試してみましょう! 体の表面だけでも凍らせて動きを止めてみせます」

 合体技で倒したという認識なのか、とても喜んでいるレフィーヤである。

「そういえば、ハリー、魔法ありがとうね。団長にも伝えておくわ」

 ティオネの言葉に、ハリーが尋ねる。

「あー、それは、いいんだけれど、今のモンスターってダンジョンのモンスター? なんで出てきてるの?」

 そして、みんなは顔を見合わせるのだった。

「では、最後の10匹目を退治してくる」

 そういうと、アイズは走り出した。

「ちょっとアイズ、場所はわかるの」

「先ほど降りてくる前に、騒ぎが起きている場所に目星はつけた。問題ない」

 こうしてロキ・ファミリアメンバーはすばやく立ち去った。疑問にも答えてもらえず、取り残されたハリーは、しばらくの間は呆然としていたが、我に返ると無言呪文で眼鏡の破片を集め(アクシオ)修復(レバロ)した。

「予備の眼鏡がいるかな・・」

 ハリーの呟きを聞くものは居なかった。

 

 

 教会地下室にもどったハリーが見たものは、ベルとヘスティアが逃げ出した最後の10匹目シルバーバックと戦い打ち破り、疲労困憊してで寝ているという書置きだった。明日迎えに来てほしいとあったので、ハリーは疲れを癒すべく眠りにつくのだった。

 

 




まあ、なんというか・・・

アイズのステイタス--かなり適当
レベル5
力:C
耐久:E
器用:B
敏捷:B
魔力:C

発展アビリティ
忍者
奈落

魔法
【奈落】
詠唱文-「殺す。モンスターは殺す。すべて殺す」
効果-全ステイタスを向上。高防御と耐異常能力がある魔法装束の生成。

スキル
【怪物全殺】
強敵モンスターとの戦闘時に、ステイタス向上
【憎悪一途】
ステイタスに補正。モンスターに対する憎悪の丈に応じてステイタス向上。
手裏剣(スリケン)
手裏剣(スリケン)を投擲できる


パゼプトからの補足
【忍者】
--狩人、耐異常、快癒、精癒、状況判断等の内容を含むが、アイズたちにはそれが判明していない。そのため、意味が分からない謎アビリティ扱いになっている
【憎悪一途】
--ベルなどが持つ成長促進スキルではない。戦闘時のステイタス向上スキル。戦闘が終わると向上も終了する
 このステイタスだと対人戦闘よりも対モンスター戦闘のほうが向いてますね
 あと短めの剣を装備している理由ですが、えんがちょなモンスターに触らないで済むようにです。アイズ自身は、『えんがちょだろうが、そうでなかろうが、モンスターは殺す! 慈悲は無い!』な人です。ただ周囲のリヴェリアやラウル達から『いや、そうだけれど、お願いだから少しは気にしてください』ということで装備させられています。
次回は『新しい武具と、リリルカの問題』です


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新しい武具と、リリルカの問題

 ハリーはベルとヘスティアを迎えに行くため教会地下室を出発した。まず向かうのはバベル前の広場である。状況は詳しくわかっていないが、昨日に引き続いて、今日もダンジョンにもぐることは無理じゃないかとハリーは考えていた。となるとリリルカ・アーデに今日もダンジョンに潜るのは休みだと連絡しなければならないのだが、連絡先がわからなかったのだ。今度聞いておこうと決心しつつ、広場へと到着する

 

 

 背負っているはずの巨大なバックパックを目印にリリルカを見つける。

「おはようございます。ハリー様。あれ、ベル様はどこですか」

 いつもと違い、一人でやってきたハリーに疑問をぶつける。それでハリーは昨日の説明を始める。

「そのことなんだけれど、昨日の怪物祭でモンスターが脱走したのは知ってるかい?」

「ええ、ロキ・ファミリアと、あと無名の冒険者様が退治したそうですが、まさかハリー様が?」

「いや僕じゃなくて、ベルが一匹退治したんだけれど、格上の敵だったみたいで、くたびれているだろうから、念のため今日は静養するためにダンジョンはお休みにしようと思うんだ」

 リリルカはハリーを半眼でジトッと見つめた。

「僕、何か変な事言った?」

 何故だか不安になり、落ち着かない気分になるハリー。

「いえ、『だったみたいで』とか『くたびれているだろうから』とか、モンスターを退治したときからずっと、ハリー様はベル様と別行動だったようですが、なぜ、くたびれているだろうと推測しているのかと不思議になりまして・・・」

「ああ、今ベルたちは『豊穣の女主人』という所にお世話になってるそうで、そこから伝言がきたんだよ。で、今から迎えに行くところ」

 その返事を聞いて、リリルカは首をかしげ、むむむと唸る。

「うーん。。。ハリー様、ちょっと気になる事がリリにはあるのですが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、もちろん。いいとも」

 なんだろうと思いながら、ハリーはリリルカの質問を待つ。

「まちがっていたら申し訳ありません。単刀直入にお聞きしますが、ハリー様は○モでしょうか?」

「ちがうわぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 何言ってんのぉぉぉ!」

 度肝を抜くリリルカの質問に、ハリーは絶叫してしまう。周りにいる冒険者が、なんだなんだと注目する。それに気づいてハリーはあわてて、声を潜める。

「いえ、ベル様となんだか妙に仲がよろしいようですし、昨日から会っていないのに、『今はくたびれている』とか『今日は一日休ませる』とか様子がわかっているツーカーの様子とかがどうも、その、なんですか、そのう、ねぇ?」

 ちょっとモジモジとしながらも視線をそらし、顔を少し赤くしながら、リリルカは言葉を続ける。

「『ねぇ?』じゃないよ! 『ねぇ?』じゃぁぁぁぁぁ! 違うから! 僕、ノーマルだからね!」

 いろいろと言われることも多かったハリーであるが、ホ○と言われたことは無かった。多分無かったような気がする。どうだったかな。この子何か怖いよとうなだれるハリーであった。

「違うのですか? ベル様の提案には大体無条件で賛成しているようですし、私はてっきりそうなのかとばかり」

「ほんっと、違うから! それはベルが団長だし、無難でまともな提案だから、反対する必要が無いからだよ!」

 もうベルたちの事は放っておいて、家に帰ってベットに潜り込んで眠りたいと切実に感じるハリーであるが、そうも行かない。

「わかりました。では、そういうことにしておいて差し上げます」

 あくまで信用しないリリルカであるが、ハリーは名案を思いついた。

「ああ、じゃあ、リリも付いてきてくれる。荷物運びを手伝って欲しいし、あと神様には嘘がつけないだろう。神様に保証人になってもらうから」

「なるほど、それはいい考えですね。では行きましょう。『豊穣の女主人』でしたね。場所はわかります。こちらですよ」

 会話自体は五分もかかっていないはずなのに、激闘を一日し続けたような疲れを感じるハリーであった。

 

 

********

 

 

 だがハリーの受難はこれで終わったわけではなかった。リリルカの案内で目的地『豊穣の女主人』に到着し、二階で休んでいたベルたちと無事に合流できた。ベルとヘスティアは二人ともすでに起きており、ハリーの『今日のダンジョン探索はお休み』に賛成して、ホームでゆっくりすごす事にしたのである。

 だが、ここでリリルカがハリーをまたもや、半眼でジトッと見つめる。その様子を見て不安に襲われるハリー。

「うーん。。。ハリー様、ちょっと気になる事がリリにはあるのですが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、なんかもう、嫌な予感と駄目な予感しかないけど、ほっとくのもまずい気がするから、もうはっきり言ってくれて良いよ」

 なかば自棄なハリーである。

「ハリー様はロ○○ンでしょうか? ヘスティア様や私を見る目つきから、どうもそんな気配がするのですが」

 二人の会話を聞いていたヘスティアが、反射的にハリーから距離をとる。

「ちがうわぁぁぁぁぁぁぁ!!!! いきなり、何言ってんのぉぉぉ!」

 ヘスティアの態度に傷つくハリー。そのハリーの心からの絶叫を聞いてほっとするヘスティア。

「うるさいよ、一体何やってるんだい! 元気になったんなら帰っとくれ!」

 階下から店主の怒号が響き渡る。ベルが慌てて、すいませんすいませんと階段の上から、見えないだろうに、ぺこぺこと頭を下げて謝っている。

「と、とりあえず、お礼を言ってから帰ろうか、ベル君。それとサポーター君。ハリー君は○リコ○じゃないから大丈夫だよ。嘘じゃない」

 ヘスティアが言うが、その答えを聞いてもジト眼を崩さないリリルカ。

「じゃあホ─」

「いや、それも違うからね! 本当だからね!」

 即座に喰い気味にハリーが否定し、ヘスティアがそれを真実だと保障する。こうして、ようやくリリルカの誤解は解けたようである。ハリーを見る目つきがようやく元に戻った。一人、ベルだけが、なんだかよく分かっていなかった・・・

 

 

********

 

 

 その後、スキルを如何なく発揮したリリにも荷物運びを手伝ってもらい、ホームまで帰還した。そしてリリは片付けたい用事があるということで帰宅し、その他の三人は思い思いにくつろぐことにした。

 ハリーはこの際だと最近進めている作業を再開する。

 リリルカに教えてもらった材木店で購入した材料を、自分の荷物を入れている棚から取り出す。片手でちょうど握りやすい太さで、1.7メートルほどの長さの木の棒。まずは木の棒に仕上げとして、丁寧に固形ワックスをかけ、ごしごしと磨きをかける。それから大量の細い木の枝の長さを、大体同じ長さに切りそろえる。

 そして、最初の木の棒の一端に、細い枝を束ねて取り付ける。枝が外れないように一本一本を丁寧に接着していく。

 

 それを見ていたベルが我慢できなくなったのか話しかける。

「ねえ。ハリーちょっと聞くけど、それってもしかして箒だよね」

 今迄は、戦闘用の棍棒を作っているとベルは考えていたのだ。作業の手を止めずにハリーが答える。

「うん、うまく出来るかどうかわからないけど、箒だよ」

 ベルとヘスティアから見ると、どう見ても箒だし、上手く立派な箒が出来ているとしか思えなかった。掃除用具をこんなに一緒懸命に作ってどうしちゃったのと思ったが、ハリーが満足しているのならまあいいかと、考えた。

「ああ、ところで、忙しそうなところ悪いが、ハリー君。君にプレゼントがあるんだ。さあ、開けてみてくれたまえ!」

 ぶわっとばかりに肩にかかる髪を後ろに振り払ってポーズをつけてヘスティアは、ハリーに長さ50cほどの細長い袋を差し出した。

 ハリーは受け取ると袋を開けて中身を取りだす。出てきたのは、鈍い焦げ茶色の杖だった。長さは40センチほど。握りの部分から先端まで二重螺旋に文字が刻まれている。そして、しっかりとした短剣ほどの重量感がある。今まで持ったことがある杖の中では一番重い。

「これは?」

 軽く振りながらハリーは尋ねる。指になじみ、腕になじみ、そして魔法力にしっくりとくる。以前使っていた不死鳥の尾羽の杖と同じようにしっくりと来る。自分にあった良い杖だと分かる。

光よ(ルーモス)

 明かりをつけると滑らかにすっきりと魔法を使用できる。

「うん、僕が君たち二人に準備した武器さ。ベル君にはナイフを、ハリー君には杖を。特にハリー君は自分用の杖が無いって言っていたからね。これがあれば探索も少しは楽に進むだろう」

 ヘスティアがそういうと、ベルも短剣を取り出してハリーに見せてくれた。黒い短剣で表面に文字が刻まれている。

「この二つの武器は、使用する君たちと共に成長する。君たちが強くなれば、それに応じて二つの武器も強くなってくれる。明日からはそれを使ってくれたまえ」

 魔法使いにとっては杖というのは命の次に大事なものと例えられる。そして、とつても無く自分にしっくり来る杖をプレゼントされて、ハリーは感動していた。

「ありがとうございます。ヘスティア様」

 

 

********

 

 

 元気になったベルと共にハリーはバベルの前の広場でリリルカを待つ。そこに一人の冒険者が背後から現れ、ベルの肩をつかむ。

「おいおい兄さんたちよう。最近景気がいいって話じゃねえか。ちょーとばかし、俺にもそのおすそわけくんねぇかな」

 この前の男である。

「また来たのか」

 ベルが眉間に皺を寄せながら、冒険者に問いかける。ハリーは無言呪文の用意をしながら相手に近づく。

「なーに、この前の返事を聞かせてもらおうと思ってな。簡単なことよ。今ならアーデもオメェさんたちに油断しているはずだからな?」

 ハリーが相手の肩を右手で捕まえると同時に、杖無しの無言呪文で麻痺せよ(ステューピファイ)を右手から打ち出す。零距離で撃ち込まれた麻痺呪文に対して、回避も抵抗もできずに男は崩れ落ちる。すかさずハリーとベルは脇から男を抱え上げる。

 そうマグルとして生活し、魔法界での生活もしてきたハリーにとっては『犯罪者は公権力機関に突き出すべし!』という意識があるのだ。ダンジョンの中は『力あるものが正義』という不文律が支配する無法地帯であるらしい。しかし、ここはまだ地上。公権力機関であるギルドに突き出す予定なのである。幸いこちらには、ベルに好意を持っている味方(エイナ)がいる。ヘスティア・ファミリアにとっても、もう一人の関係者であるリリルカにとっても悪いことにはならないはずだった。

 

 そこにタイミングよく、リリルカが現れた。

「おはようございますって、その男はどうしたのですか?」

 ぎょっとしてリリルカは口元を手で押さえている。

「うん、ちょっと気を失ってる。知ってる人?」

「ええ、知ってるも何も同じファミリアです」

「じゃあ、ちょっとこの男をギルドに連れて行くから、手伝ってくれるかな」

 ベルは空いた手で逃げ出しそうなリリを引き止める。

「わ、わかりました。リリもお手伝いしますね」

 ベルとハリーの二人で、男の両肩を支え、ギルドのエイナの所へ向けて歩きだす。リリルカは荷物を持ち二人の後をついていく。

 

 

 ベルが男を支えたまま、エイナに、別室で相談があると告げる。抱えられた男はベルのパーティメンバーで具合が悪いのだと誤解したのか、エイナはすぐに会議室の一つに案内してくれた。

「エイナさんも立ち会ってほしいんですが、良いですか」

 机をはさんでベルの反対側に気を失った男を座らせる。男が意識を取り戻したときに暴れだしたらすぐに取り押さえられるように、ハリーは男の後ろに立つ。

 エイナとリリルカはベルの後ろに待機である

「いいけど、その人はベル君たちの仲間よね。何だが尋問するみたいに見えるんだけれど、私の気のせいかしら?」

 それにベルが答える。

「いえ、仲間じゃないです。会うのは二回目なんですが、こちらのリリ、僕たちと同じパーティ・メンバーなんですけど、そのリリを襲撃する計画を僕たちに持ちかけてきたんです」

 それを聞いた瞬間エイナの表情が硬いものになる。

「そのエンブレムはソーマ・ファミリアのものね。そちらに抗議と共に厳重注意をしましょう」

「いえ、ギルド職員様、リリはそれは無駄だと思います」

「なぜ!? どう考えても犯罪行為じゃない!!」

 リリルカの言葉に、エイナが憤る。

「なぜなら私もソーマ・ファミリアのメンバーだからです。おそらくファミリア内部の揉め事として処理されるでしょう」

 それに対して淡々とリリが反論する。

「しかし、だからといってほうっておける事じゃないわ。あなたもこれでは困るでしょう」

「あのエイナさん、まずはこの男を取り調べたいのですが・・・」

「ベル君は黙ってて、これは由々しき問題なのよ」

「アッハイ」

 ベルだけではなく全員が黙り込む。右の人差し指を額に当て眉間に皺を寄せて考えるエイナ。

「ギルド内部でもソーマ・ファミリアに関係するトラブルが増えていること、他の薬剤系統や鍛冶系統のファミリアとの揉め事も多くなっているということがあります。ファミリア運営がうまくできていないということで、ギルドからソーマ・ファミリアに対して指導ができるかも知れません。複数のファミリアが迷惑を受けている以上、ギルドから指導をしても問題はないでしょう」

 そして普段の表情に戻るエイナ。

「ただし、ヘスティア・ファミリアとソーマ・ファミリアの関係が悪化する可能性があるので、今回の件については伏せておいて、『一般的な複数のファミリアから苦情が来ているから、注意する』という形にします。それでもよいですか、ベル君?」

 真面目な表情で問いかけるエイナ。それを見て真剣な表情でしばらく考えるベル。そして尋ねる。

「リリはそれで良い?」

 リリルカは自分に話が振られるとは思っていなかった。だが、これでファミリア内部で問題になると立場が悪くなるのは自分であった。どうあがいても勝てない相手なのである。その自分のことを考慮してくれるベルの配慮が嬉しかった。

「はい、かまいません」

 それを聞いてエイナは溜め息をついた。

「できるだけ面倒にまきこまれないようにしてね、ベル君」

「あのーベル様、リリは首ですよね」

 うつむいてリリルカがベルに問いかける。

「え、何言ってるの、そんわけないじゃないか。」

「でも、このままリリを雇っていると、うちのファミリアとのトラブルが起きそうですよ」

 だが、エイナが解決策を提示する。

「リリルカ・アーデさんですね。今回のことは体調不良で急に倒れてしまったのを、ベル君とポッターさんが、こちらに連れて来てくれたということにしますので、問題は起こらないでしょう」

 そしてエイナは溜め息をまたついた。

「私はあなたのアドバイザーというわけではありません。ですが、あえて言わせていただきます。改宗(コンバージョン)を考えてみてはいかがでしょうか」

 ハリーがこっそりとベルをつつく

改宗(コンバージョン)って何?」

 それを耳ざとく聞いていたエイナが説明する。

改宗(コンバージョン)とは、他のファミリアに移動することを言います。ただ改宗(コンバージョン)後は最低でも一年間は、そのファミリアに所属していることが条件となります」

 ベル、ハリー、エイナの視線を受けたリリルカは俯いたままか細い声で答える。

「・・・考えてみます・・・」

 

 その日は三人でダンジョンにもぐったのだが、リリルカの様子がふさぎこんでいたため、早々に切り上げて地上へと帰還した。

 

 

********

 

 

 夜、ハリーが箒の仕上がり具合をチェックしている間、ベルはヘスティアに、リリルカのことを相談していた。

「・・・というわけで、団員同士の仲が悪いどころではなくて、強盗をするようなんですよ。こんなことってありえるんですか? ひどいと思いませんか神様!」

 机に両肘を置き、指を組んだ上に顎を置いて考え込むヘスティア。実際のところ、ヘスティアがある程度の内部事情を知っているファミリアは鍛冶神(ヘファイストス)の所ぐらいなのである。ベルたちには内緒であるが、現在はそこでバイトもしている。ミアハやタケの所は人数が少ないので参考にはしていない。

「ベル君、ファミリアが大きくなれば、いろんな考え方の人が集まる。『全員が仲良く』とは行かないさ。事実、ヘファイストスの所だって、まあ、一部ではあるんだけれど、団員同士での喧嘩もあるらしい。とはいっても、強盗はねぇ・・」

 腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかり、考え込むヘスティア。

「何とかできないでしょうか?」

 頼み込むベル。だが現実は非情だ。

「ベル君、君は団長だ。君が考えなくてはならないことは、ますば君自身の目標と、ヘスティア・ファミリア、そしてうちのメンバーのことだ。何故、他のファミリアに所属するメンバーのことをそんなに心配するんだい?」

 言われて絶句するベル。ヘスティアが何を言っているか分からないようだった。

「何故って困っている人がいたら、心配したり助けるのは当たり前でしょう」

 ふむと、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてベルを見つめるヘスティア。二人の話を聞きながらハリーは箒のチェックを進める。

「ベル君、それは確かに人として当たり前のことだが、なかなかできることじゃあない。そんなことができる君を僕は誇りに思うよ。とはいっても、今言ったように団長としての立場を忘れずに行動して欲しいな」

 そういうとヘスティアは落ち着かせるようにベルの両肩に手を置く。

「だが、まあ、そこまで心配することはないと思うぜ。ギルドのアドバイザー君がソーマの所に指導をいれるんだろう? ギルドの指導って言うのはなかなか強力なものでね。従わなかったら、いろいろとペナルティを受ける。だから、ソーマもファミリアの状態改善に乗り出すはずさ。それでも駄目ならギルドから更に強力な介入があるだろうしね。まずは様子見でよいと思う」

 この言葉を聞いてベルが落ち着いたので、ヘスティアはベルの肩から手を離し、椅子に座りなおす。

 そしてベルは、以前、階層進出の事で、ハリーがエイナに対して強硬な態度をとったことを思い出して、大丈夫だったかなと少し不安になっていた。

「とはいっても、様子をみて、それでもその子の状態が改善されないようであれば、アドバイザー君が言うように改宗を薦めても良いんじゃないかな。そしてその改宗先がうちでも、僕はぜんぜん構わないぜ。もちろん、そのサポーター君、ええっと、名前はアーデ君だっけ、その子が良いといったらだけれどね」

 きっちりとベルをフォローするヘスティア。なかなかベルの性格を把握しているようで、頼もしい主神である。

「そうですね、うちに誘ってみますね」

 ヘスティアの話を聞いて喜ぶベル。

「まあ、女の子が増えることには心配だけれどね。今後もメンバーが増えるんなら、女の子が入ってくることも仕方ないだろうしねぇ・・」

 苦笑しながら言うヘスティアである。が、突然、ハリーが喜びの声を上げる。

 

「やっと、やっとできた!」

 ヘスティアとベルはハリーを見つめる。ハリーは完成した箒を両手で握り締め、にこにこしている。二人は掃除道具が完成して何故そこまで喜ぶのか分からなかった。

「あー、ハリー君、箒が完成したのか。明日からの掃除が便利になる? のかな?」

 ハリーは箒をひゅんひゅんと振り回す。ステイタスは上がり続け、武器の取り回しにそこまでなれていないハリーでも、器用があがっていたので、昔カンフー映画でみた中国拳法の達人が棍を振り回すように、箒を振り回すことができた。そして喜びを爆発させてハリーは宣言する。

「ふっふっふっふっふっ。この箒は実はただの箒ではなくて、魔法の箒なんですよ」

「ほほう、ごみを掃き集めるのがとても簡単とか?」

 あくまで掃除道具としてしか見ないヘスティアにハリーはがっくりする。だが、空を飛ぶ箒がない世界のため、こればっかりは、実演するしかないだろう。

「まあ、説明するより見せるほうが早いですからね。これは空を飛ぶ箒なんです。ちょっと外に出て飛んで見せますよ」

 そういうと地下から出て地上に向かった。もちろん二人も見物のために続く。

 

 ハリーは一端、箒を地面に横たえる。その箒の横でまっすぐに背筋を伸ばして立つと、右手を横に箒の上のあたりに伸ばして一言、命じた。

「上がれ」

 地面に置かれていた箒が生命を持ったかのように飛び上がり、ハリーの右手の中に納まる。

「おお! 動いた!」

「ハリー君、君はマジックアイテムが作れるのかい?」

 驚く二人。

「いくつかは作れます」

 自信を持って宣言するハリー。だが実際は箒を作れるかどうかは試してみるまで分からなかったのだ。クィディッチで使っていた箒の整備のために、すこしばらした事はあった。そして、箒に呪いをかけることが出来るかどうか確認するために、いろいろと調べたこと。その経験と、クディッチ仲間から聞いた知識、ハーマイオニーから聞いたマジックアイテム作成のノウハウ、後は本で聞きかじりした知識を基に作ったのである。上がれの命令に箒が従ったことから、この箒で空を飛べると今では確信していた。そして、箒が作れる以上は他のマジックアイテムも作れるかも知れないと考えるハリーであった。

 そんな考えを隅に押しやり、まずは 記念すべき初飛行だとハリーは箒にまたがる。

「じゃあ、ちょっと、箒の試運転で空を飛んできます。すぐ戻って来ますからね」

 そういって二人の返事を待たずにハリーは全力で上昇した。夜空に吸い込まれていくハリーを見て、ベルとヘスティアは歓声を上げるのだった。




以下、ハリーの杖の詳細です・・。適当に考えたので、読み飛ばして問題ないです

ハリーの新しい杖
 ヘスティア・ワンド。神聖樹の幹から切り出した材木を、ヘファイストスが薬品処理して高圧縮して杖にしたもの。芯にはヘスティアの髪の毛を使用している。 高圧縮、つまり押しつぶすという加工をしているため、やや重いのが欠点。この薬品処理+高圧縮するというのが、鍛冶神が試してみた新しい製作方法。
 能力的には、使用者のステイタスにもよるが、ハリーの世界の死神が作り上げた、死の秘法であるニワトコの杖を超える(はず)。
 以上の説明をヘスティアはハリーにはしていない。そのため、ハリーにとっては、よくなじむ極めて良い杖という認識。


次回は『ハリー、ホームへ帰る』です。このホームはヘスティア・ファミリアのホームです・・


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ハリー、ホームへ帰る

ちょっとばかり、短めです


 ばたばたと強風が吹き付ける。殴るような風にハリーは意識を取り戻す。ぜえぜえと切れる息。かすむ視界。ふと気づくと大量の脂汗が顔に浮き出ている。そして体に走る激痛。真っ暗闇の中で、ゆっくりと腕に力をいれて体を起こす。全身が汗に覆われており、それが 風に吹かれて体温が低下していく。がたがたと震えつつも、硬くこわばった腕をあげて額を袖でぬぐおうとして気がつく。箒に乗っている。そして再び体に激痛が走る。前のめりに箒に倒れ、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返し、痛みが過ぎ去るのをおとなしく待つ。

 呼吸が収まり、ようやく痛みが治まる。そのままの姿勢で、何が起こったのかを考え始めた。まずはあたりの様子を知らなければ。

 ゆっくりと首をまわしてあたりの様子を伺う。前後左右は満点の星空。外にいることが分かる。そして足元には暗闇が広がり、はるか下方にぼんやりとした光が小さく小指の先ほどの大きさに見える。

 慎重に腕を伸ばして体を起こし始めるがまた痛みが走ったので箒に寄りかかる。

 

 そしてハリーは理解した。

 先ほど、ハリーは出来上がった箒の試運転でベルたちの目の前で箒にまたがった。そして全開加速で真上に上昇したのである。とうぜん全力でまず箒が上昇し、ハリーにぶつかる。そしてハリーごと上昇したのだ。つまり、箒で自分の急所を強打したのと同じことである。自分の体を一気にこれだけの高度までもってくる勢いで強打したのである。よく死ななかったものだとあきれるやら、情けないやらであった。

 ハリー自身は今まで最新式の箒に乗っていて知らなかった、というよりは、気づいていかったが、箒のすわり心地は本当は悪い。ただの木の棒であるから当然であるが、座ると痛い。そしてそれを改良するために、古くはクッションを箒に乗せてその上に座って飛んでいた。現在ではクッション呪文が最初から箒にかけられている為、急所を強打することは無い。さらには、鐙を取り付けて加速に耐えるようになっている。

 

 今回ここまでスピードがでる箒になるとは思っていなかったので、ハリーは乗り心地のことを考えずに作成してしまっていた。ずぶの素人が作ったので歩くぐらいのスピードで飛べればまあいいやと考えていたのである。だが、予想に反して結構なスピードが出ていたようだ。これは帰ったら、いろいろと改良が必要だと思い、はたと気づいた。この乗り心地が悪い箒で今から無事に帰れるのだろうか。

 足元の光がたぶんオラリオだろう。あれだけ小さく見えるということはかなりの高度まで来てしまっている。というかさっきよりも小さくなっていないか。気絶した後もずっと上昇を続けていたのだろうか。箒に前のめりになったまま、ゆっくりと止まるように念じてみる。周囲に何も無いので動いているのか判別が難しい。オラリオに向かってゆっくりと進み始める。風が下から吹き始めたので、おそらくは降りているのだろう。停止するときにまたも衝撃が走るだろうが、失神しないように気をつけなくては・・・今考えると気を失っている間に箒から落ちなくて良かった。この高度から落ちていたら死んでいたはずだ。ぞっとしないことに気がついて、箒を握る手に力をこめる。

 

 気がせいて、効果スピードが速くなっていたようだ。先ほどよりもオラリオが大きくなっているように見える。すこしスピードを緩めることにする。暗闇の中で地面に激突するのはごめんだ・・・。だんだんと高度が下がり、オラリオの町並みが大分わかるようになってきた。さらに高度を落とし、バベルの最上階と同じぐらいまでに到達する。ここまで来たら墜落することも無いだろう。あとは油断せずにスピードに注意してホームまで戻れば大丈夫だ。これ以上高度を下げると町を歩いている人に気づかれる可能性がある。高度を保ったまま、ホームまで移動する。いつもは地上を歩いているのに、こうして空中からみる町並みは奇妙なものであった。

 そういえば、街中の上空をこのくらいの高さで箒で飛んだことはなかったと思い出した。乗り心地を改良したら、また飛ぶことにしようと決心した。教会まで戻ってくると、ベルとヘスティアがハリーを見つけ、手を振っていた。

 急所が心配だったので、ハリーは手を振り返すことはせずに、地面にまで着地した。箒を杖のように立てて、体を伸ばしてまっすぐに普通にたつ。がくがくとひざが笑い、指がこわばる。強打したダメージが思っていたよりも大きかったようだ。特に精神面に。

 

「ふぅー、疲れた。地上っていいもんだね」

 まだ体は痛むが、二人に心配させまいと、やせ我慢をして引きつった満面の笑みを浮かべるハリーである。

「飛ぶのってきついの?」

 ベルが目をきらきらとさせて尋ねてくる。

「この箒だとちょっときつい、もっと改良して乗り心地をよくしないとだめだね」

「お帰りハリー君、なかなか帰ってこないから心配したよ、でもまあ、無事に帰ってきたからよしとしよう」

 ほっとした様子のヘスティアがさらに続ける。

「その箒があれば誰でも空を飛べるのかい。僕もぜひ飛んでみたいんだが」

「あ、神様、僕も飛んでみたいです!」

 返事に困るハリー。マグルは飛べないが、こちらの世界では誰もが魔法を使える可能性を秘めているのである。つまりマグルではないとも言える。そしてヘスティアはマグル以前に神様である。飛べるんじゃないかなぁ・・・と考える。

「飛べるかどうかは分からないから、試してみよう」

 そういってハリーは箒を地面に横たえる。

「さっき僕がやったみたいに、箒の横に立って『あがれ』と命令してみて。それで箒があがったら、飛べるはず」

 それを聞いて二人はやってみるが箒はピクリとも動かない。

「うーん、ハリー、ぜんぜん動かないよ?」

「だめかぁ・・、魔法を覚えたあとならできるのかも・・」

「じゃあ、ハリー君、僕は魔法を覚えることはないから、ずっと飛べないってことかい?」

 ヘスティアがショックを受ける。

「まぁ、そういうことになりますね」

「じゃあ、僕が後ろに乗っけますよ」

 とベルが元気にフォローする。喜ぶヘスティア。

「じゃあ、ベル君、約束だよ! 二人乗りで空の散歩かあ、楽しみだなあ」

 ごほんと咳払いをしてハリーが二人に告げる。

「ただし箒の乗り心地は悪いんで、それをもっと改良しますね。あと二人乗り用の箒も作りますからね。デートはそれでしてください」

「やっだなぁ、ハリー君、ベル君とラブラブデートだなんて照れるじゃないか」

 にっかりと笑いながらヘスティが照れ隠しに、ハリーの肩をぶん殴る。痛みに顔をしかめるハリー。成長期の耐久ステイタスを突破して痛みを与えるとはさすが神、只者ではない。

「ところでハリーは何で箒をそんなに欲しがったの?」

 ベルの質問にハリーが答える。

「特に理由は無いけど、強いてあげるとすれば、故郷では箒をもって空を飛ぶのが当たり前だったからかな。箒を使って空を飛びながらするスポーツもあったし。僕はそれが得意だったんだ。同年代での代表選手に選ばれてたしね」

 とハリーは自慢する。

 ほへ~と感心する二人。空を飛びながらとかどんなスポーツかぜんぜん想像もできない二人だが、さすが、大量に呪文を使えるようになる魔法使いの国だと感心する。

「あと、まあ、荷物を箒にくくりつければ、運ぶのが楽かなぁとか、ダンジョンの奥まで行くのに時間がかかるから、箒に乗れば楽に移動できるかなと思ったんだ。移動だけで時間かかると思ったんだ」

 とはいうものの、荷物の運搬に関してはリリルカがいるので今は問題ない。いざとなったら、検知不可能拡大呪文の魔法のかばんを作れるか試してみても良いし・・。単純に移動に役立てられるかどうかである。

「何をするにしろ、この箒を仕上げてからだね。これの名前は何にしよう」

「ドラゴンフライなんてどうだい? ハリー君?」

 ヘスティアの提案に考えるハリー。たしかそんな名前の戦闘ヘリがマグルの世界にあったような気がする。まあ、いいんじゃないかと判断する。

「じゃあ、この箒の名前はドラゴンフライにします」

 こうしてハリーは箒を手に入れた。クッション呪文をもちいて座り心地を改良して、なおかつ二人乗りもできるようにするまではさらに四日ほどかかった。

 

 

********

 

 




 作者は昔、ジャングルジムで遊んでいて、足を滑らせて、ジャングルジムの棒の右側に右足が、左側に左足が滑り落ちたことがあります。そしてその後の記憶がしばらくありません。

次回は『リリルカ・アーデ、デビュー決定』です




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リリルカ・アーデ、デビュー決定

今回も短めです


 リリルカは呪っていた。サポーターという立場のため冒険者から馬鹿にされることを、成長しない自分の恩恵を、自分が所属するファミリアから金を巻き上げられることを、ファミリアの運営ががたがたなことを、そんなファミリアを野放しにしているギルドを、リリルカは恨んでいた。

 そんなファミリアに所属させた自分の両親を、抜け出したくても自由に抜け出せないこの不自由な恩恵のシステムを、そのシステムを考えた神々を、両親を殺したダンジョンとモンスターを、どうあがいてもこの環境から抜け出せない自分を。

 そんな惨めな自分を対等に扱うベルとハリーの能天気さを。ありとあらゆるものを恨んでいた。

 逆恨みだとはわかっていた。だが、そんな逆恨みをする自分に嫌気がさしながらも、もう自分でも、どうすることができなかった。

 

 ぶつぶつとリリルカは呟く

「だから、これは当然の権利なんです。リリを今まで食い物にして、いいようにしてきた冒険者を逆に食い物にするだけです。どこも悪くない、私は悪くない、間違っていない。能天気に他のファミリア・メンバーを信用するベル様とハリー様が悪いのです、能天気なのが悪いのです。

 私はどこも悪くないのです。だから! 今! 私がやっていることは! どこも悪くないのですっ!!」

 

 だがリリルカは分かっていた。本当に自分が悪いとは思っていないのであれば、こんな風にぶつぶつと言い訳を呟く必要はない。心の何処かで、ベルとハリーは今までパーティを組んできた冒険者とは違うというのを感じていた。それは年齢が近いという事が原因かも知れないし、二人とも世間知らずだということが原因かもしれないし、人を信用しやすいというのも原因か知れない。だから、ベルとハリーを食い物にしているという自覚があるため、自分を説得するために、こんなに必死に自分に言い聞かせるように呟いているのである。

「だから、これは、冒険者にたいする! 当然の権利っ! リリの復讐なんですっ!」

 そういいながら、リリルカはペンの動きをやめない。

 

 

+++++++++++

キラーアントの攻撃を受け、弾き飛ばされるペル。

だが、パリーがすばやく動き、壁にたたきつけられる前にペルをやさしく抱きとめる。

《大丈夫か》

 すばやくボティチェックでペルに怪我が無いことを確認するパリー。

《ふ、ふん! ちょっと油断しただけだ。僕があんな雑魚にダメージを受けるとでも?》

 つよがるペル。だがいつもの彼ならば、弾き飛ばされることはなく、華麗に回避できているはずである。

《まあ、そういうことにしといてやろう。さくっと片付けるぞ》

 苦笑いしながらもパリーは指示を出す。

 それを合図にペルがキラーアントに接近。攻撃を加え反撃してくる相手の噛み付きをさけ、頭部を殴りつけるように斬りつける。姿勢が崩れたキラーアントに蹴りを入れて転ばせる。そしてそこにパリーが魔法を撃ち込み、止めを刺す。

《やればできるじゃん》

 今度は褒めるパリー。

《べ、べつにいつものことだし! あんたに言われたから注意して戦ったわけじゃないんだからね》

 そういうとペルはぷいっと、パリーから視線をそむける』

++++++++++

 

 

「そう、これは、冒険者様に対する復讐なんですっ! ハリー様はご自分は○モではないとおっしゃっていましたが、この話の中では○モなのです!」

 そういいながら、リリルカは執筆を終えるのだった。

「くくく、これで後はこの原稿をその手の(・・・・)出版社に持ち込むのみ。採用されて出版されれば、リリはたちまち大金持ちに。脱退金はたまるし、冒険者様に復讐はできるし、うはうはです。くは、くは、くはははは!」

 リリルカは自分の境遇を恨んでいた。成長しない恩恵を呪っていた。そこでふと冒険と関係無いところで、頑張れば良いのではないかと考えたのだ。

それでリリルカは、自分の妄想を小説として書き出してみたのだ。自分でいうのもなんだが、実在の冒険者、すなわち、ベルとハリーをモデルにしているためか、とても妄想がはかどるし、ストーリーとしても良くできているんじゃないだろうか。明日、出版社に持ち込む原稿をまとめて袋に入れながら、リリルカは自画自賛する。

 そう、冒険者の才能がな無ければ無いで、別のことで勝負すれば良いのである。

 脱退した後は、ネタがあるファミリア(ヘスティア・ファミリア)に移動するのもいいかも知れない。ネタに困ることは無いだろうし、今いるところに比べたらどこもよい環境だろう。そう思うと柄にも無く楽しくなって笑うリリルカであった。

 

 

********

 

 

 翌日、リリルカは前もって約束していた出版社に出かける。知り合いに見られると困るので、今日はシアンスロープの少女に変装し、偽名もアドリアーナ・バジーレとしている。

黒髪でちょっと唇が横に厚ぼったい担当者に会い、パーティーションで仕切られた打ち合わせ用のブースに通されると、早速原稿を渡す。

「題名は『ダンジョン探索。二人は冒険者』。ふむ、まあ、いいでしょう」

 縁なしの丸眼鏡をくいっと持ち上げて位置を直すと、早速、担当は小説を読み始める。最初はあまり興味をもたなかったようであるが、だんだんと熱中していく。顔を紅潮させ、鼻息が荒くなっている。ちょっと人前でして欲しくないというか、残念な表情である。待つ間リリルカは、ぼうっとしながら、次の話のストーリーを練りこむ。

 担当者が熱中し、原稿をめくり、一心に読んでいく。その様子を見てリリルカは確かな手ごたえを感じる。これだけ熱中して読んでいるのだ。よもや採用されないということは無いだろう。

 

 ようやく、担当者が原稿を読み終える。とんとんと原稿をそろえながら感想を述べる。

「いや、なかなか面白いですね。ダンジョンを舞台にした小説はありましたが、恋愛模様をそれに絡めたものはまだ少ないですね、しかも両方が男性とはなかなか切り口が興味深い。これはいけると思います。上の承認が一応必要ですが、間違いなく出版されますね」

 そういわれてリリルカは、採用されたことに安堵するのと同時に、ここで出版が決定されることに疑問を感じる

「ふふ、その表情、疑っていますね。実は私の担当作品が今までに四つほど大当たりになったので、上層部(うえ)は私を信頼しているんですよ。だから太鼓判を押しましょう」

 そういうと担当者はリリルカも知っている有名どころ作品を三つあげる。最後の一つは、知っているどころではなく、世界規模で有名な話であった。

 そんな大物担当者が相手をしてくれることに冷や汗が出るが、同時に、そんな大物に太鼓判を押されたことに誇らしい気持ちになる。

「少々手直しをしていただく点がありますが、では早速契約をしましょう。バジーレさん」

 そういうと担当者は契約書を持ってきた。リリルカは上から下までじっくりと読む。うかつにサインして、はした金の原稿料しかもらえなかったら、目も当てられない。特に問題がないことを確認して、もう一度上から下まで念のため読み直す。リリルカはサインしようとしてふと止める。

「ペンネームはどうしましょうか? あとサインはペンネームでもよいでしょうか?」

 担当者は苦笑する。

「サインはペンネームでは困りますね。あと使いたいペンネームが決まっていますか?」

「では、アニータ・アッシュで」

 そういうとリリルカはアドリアーナ・バジーレとサインした。ペンネームはだめだが偽名はだめだといわれていないし、問題ないだろうと自分で言い訳しながら。

「で、手直しをお願いしたい点なんですが、バジーレさん、読みやすくするためにある程度のところで、改行して文章に隙間を空けてください。文字がぎっしりと詰まっていると視線が滑りやすいです。

 逆に改行ばっかりだと隙間だらけで、これもまた逆に視線がすべるので、やめてくださいね。

 あと、だらだらと文章を長くするのではなく、適当なところで文章を終わらせてください。これらはすべて読みやすくするための工夫ですから、覚えておいてくださいね」

「・・・・」

 そういうと担当者は次々と駄目だしをしていった。基本的に話の内容ではなく、いかに読みやすい文章にするかというテクニックがメインであった。内容についてはこれで良いのだろうか。不安になるリリルカ。

 話が一区切りした後リリルカは確認する。

「あのぅ、話の内容に関しては問題は無いんでしょうか?」

「斬新な切り口の話ですからねぇ。つまり新しいジャンルのものになるわけですから、こればかりは問題が有るとも無いとも、いえないのです。それより、話の続きは考えているのでしょうか? 読者の一人として気になりますね~」

 そういうと、担当者は原稿のこの部分はよかった、あの部分は意外な展開だったと感想をしゃべり始め、リリルカと盛り上がるのだった。

 

 そして最後にタイトルの話になった。

「『ダンジョン探索。二人は冒険者』はちょっと、変えましょうか」

「え、だめでしょうか? 迷ったけど、なかなか良いと思うんですが?」

「もうちょっとキャッチーなほうが良いですね」

「そうですかねぇ・・」

 この時点で長時間にわたる打ち合わせで、リリルカは疲れていた。そのため、担当者の次の提案に頷いてしまった。

「ふむ・・私につけさせてもらっても?」

 そういうと、担当者は、眼鏡を人差し指で持ち上げて、位置を戻す。そして、原稿を手に取り、ぺらぺらとめくりながら考える。

「そう、読んでいた時の気持ちをそのまま出すと、そうですね、『ドキドキ! ダンジョンラブ!!』とうのはどうでしょうか」

 最後のほうのページにもう一度目を通しながら、担当が提案する。

 リリルカはしばし迷ったが、担当の機嫌を損ねるよりは良いかと考え、気力も尽きていたので、それにうなづいた。

 




 小説は長いので、持ち込まれた時に原稿を読むことはなく、預かってから読むと思うんだけれど、話の都合上・・
あと、担当者のだめだしは、適当です。

次回は『モンスター・パーティ』、早めに投稿します


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モンスター・パーティ

前回の投稿で早めに投稿といったので、急いでみた。


 ベル、ハリー、リリルカはダンジョンの10階層まで通っていた。ベルとハリーがモンスターを倒し、リリルカが死体を戦闘の邪魔にならない場所に移動させる。そして魔石の剥ぎ取りと、ドロップアイテムの回収をする。時々モンスターが大量にわくときには、リリルカもクロスボウで援護する。二時間ごとに休憩をいれ、昼休憩の時には軽く軽食を食べる。これらの指揮をリリルカがとるという大活躍ぶりだった。

 休憩時にはダンジョンの壁を破壊すると、モンスターが出現しないという豆知識も、リリルカが二人に教えた。今は三人とも床に直接座り込み、シルが持たせてくれたサンドイッチを三人で食べている。

 

 サンドイッチを飲み込み、一息いれたベルが、にっこりと笑いながらしゃべる。

「なんだか三人での戦いにもすっかり慣れたね」

 ここしばらく10階層に通っているせいか、ここでの戦いにベルも大分慣れたようだ。

「そうだねぇ、リリのおかげで戦うのがずいぶん楽だよ」

 ハリーも同意する。相変わらず、戦闘で魔法をがんがん使っているが、マインドダウンする様子は見られない。ときどきマインド・ポーションを飲む振りをしてごまかしている。

「ふふ、お世辞を言っても何も出ませんよ、ハリー様。ただ、前衛を勤める方がもう一方いらっしゃると、もっと戦闘が安定すると、リリは思うのです。あ、すみません、サポーターごときが、でしゃぱったことを申し上げました・・」

 褒められて嬉しいのか、リリルカはにっこりと笑いながら返事をする。小説が出版されることといい、このパーティだと売り上げを人数割りするので、自分の取り分がしっかりとあることといい、最近自分には運が向いているのではないかと思い始めているリリルカである。それで調子に乗って、今までのパーティでの戦闘と比較し、足りない部分を指摘してみた。

 

 その提案に考えるベル。ホームで話したようにリリルカをヘスティア・ファミリアに誘う予定であったが、それ以外のメンバーはまだ考えていなかった。

「パーティメンバーの募集か・・。考えないといけないね。他のパーティはどうやってメンバーを増やしているんだろう? リリ、知ってる?」

「そうですね、別パーティに異動するといっても、やはり同じファミリア内部での異動が多いですね。あとはある程度、名の売れた冒険者様でしたら、ファミリア以外の冒険者様でも入りたがる方が居ますね。もちろん、逆のパターン、引き抜きもあります」

「じゃあ、リリも含めて四人目のメンバーを探すにしても、僕たちはある程度は有名にならないといけないわけか」

 そのベルの発言に、わたわたと慌てるリリルカ。ちょっと顔が赤くなっているようだが、照れているからなのか、慌てているからなのか、怒っているからなのかは分からない。

「ちょっと、ベル様! リリが仲間だなんて、リリはしがないサポーターですよ! 冒険者様と肩を並べてパーティメンバーといえるような者ではないのです!」

 それに対して、此処は真面目に回答しないといけないところだと感じたベルは、食べるのをやめ、リリルカを正面から見据える。

「いや、僕にとってはリリは大事な仲間だ。サポーターだとか冒険者だとかは関係ないんだ。必要な仲間なんだ。できれば、ヘスティア・ファミリアに改宗(コンバージョン)して欲しい。いや、できればじゃなくて、どうしても改宗して欲しい」

 

 え、あれ、ファミリアメンバーを募集する話だったのに、なんだか愛の告白みたいなんだけれど? 僕居ちゃいけなかったかなとハリーは気まずさを感じて、無心にサンドイッチに付いてるパン粉の数を数えはじめた。

「え、ちょっとベル様。そんなことを言われてもリリは困ってしまいます。ご冗談はおやめください」

 軽くしゃべっていたことなのに、ベルが真剣な表情になったことに驚き、魂消るリリルカ。さらに顔を赤くさせ、耳まで真っ赤になってわたわたと両手を動かす。そのせいでサンドイッチの具が床に落ちるが、それにも気付いていないほど、リリルカは慌てていた。

 ハリーはパン粉の数は放って置いて、ダンジョンの床の砂粒の数を数え始めた。無心だ、無心になるんだハリー、とそう自分に言い聞かせる。ハグリッドとマダム・マクシームのラブシーンに遭遇した時でも無心になれた。それなら今でも出来るはずだ。そして、その時のことを思い出したハリーは無意識のうちに、ゴシップ記者が変身したコガネムシを探して、周囲に視線をめぐらした。危機一髪でハリーはダンジョンの壁の傷が急速に修復されていくことに気づいた。

 

「ベル、アーデ! 話は後だ! 壁の傷が治ってる!」

 驚くべきことに傷が修復された途端に、バキバキと音をたててひびが入り、モンスターが生まれ始めようとしている。

 ベルとリリルカもすでにサンドイッチを放り出し、戦闘準備に取り掛かる。ベルはナイフとバゼラードを構え、リリルカはバックパックをすばやく背負う。

「これは! 出てくるモンスターの数が異常です! こんなときにモンスターパーティ!?」

 ダンジョン内部で発生するモンスターの異常な大量発生。格下相手しか出ない階層で出会うならまだしも、同格のモンスターと戦う階層で出くわした場合は、全滅することも多々ある事態である。

「ハリー! 出来るだけで良いから壁を破壊して! 数が増えるのが困る! 通路に敵が居ないなら、入り口で撃退する! 全員、ルームから出て!」

 ベルが矢継ぎ早に指示する。判断としては間違っていない。数の増加を抑え、多数に取り囲まれない場所で戦う。問題は─

「ベル様! 通路もヒビだらけです!!」

 問題は、そう、通路でもヒビ割れが発生していた場合である。リリルカが見たように既に大量発生の兆しが現れていた。

「リリ! 一番近い階段はどっち!?」

 ベルの問いかけにリリルカが出口のほうを指差す。モンスターはほとんどの場合階層を移動することは無い。したがってモンスターパーティが起ころうとも別の階層に行けば、助かるはずである。

「全速で移動する! リリ、荷物はいいから、バックパックは捨てて!」

 その間にもハリーは切り裂け(セクタクセンブラ)で壁を破壊して、できるだけモンスターが出てくるのを妨害する。リリがバックパックを捨てるとベルはリリルカを背中に担ぎ上げる。

「武器を使えないと困るから、しっかりしがみついてて。ハリー、階段に全力で向かう。僕が先頭でいくから遅れないように付いてきて。それから追ってこられないように、後ろに護れ(プロテゴ)を時々出しておいて。出来るよね」

「もちろんさ、まかせて」

 

 そして二人は走り出す。ベルのステータスはすでにBを超えてAに近づいていたが、リリルカを背負っているため、ハリーも何とか付いていけた。

 最初はモンスターは壁から出ようとしていた。二人は全力で走る。

 さらに進むと、壁から生れ落ちたばかりのモンスターがこちらに気づき威嚇のほえ声を上げて、よたよたと追ってきた。

 さらに進むと、殆どのモンスターがこちらに近寄り、攻撃してきた。それらをベルがナイフで切り払い、バゼラードで叩き飛ばす。

 さらに進むとこちらに近寄るモンスター数が増え、あしらうベルのスピードがやや落ちる。ハリーも護れ(プロテゴ)で追撃を避けると同時に、裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタクセンブラ)で敵を倒す。魔法力が上がると同時に威力も上がっていた。詠唱をして背後に護れ(プロテゴ)を使い、同時に無詠唱で裂けよ(ディフィンド)を前方に打ち出し、モンスターを倒す。

 もっと進むとすべてのモンスターがこちらに向かって攻撃をし、体当たりをぶちかまし、スクラムを組んで走るのを止めようと躍起になっていた。モンスターの集団の中で停止すれば、一巻の終わりだ。一体一体は倒せても、この数である。そのうち体力、気力がつき、全滅することは目に見えていた。

 ベルはとっさのことで、壁沿いを走り、そして壁に蹴上がり、垂直に走ってスクラムを越える。そのベルを追うため、スクラムが崩れ、ハリーがドサクサ紛れにベルに追いすがる。

「箒があれば」

 そうハリーは箒を持ってきていなかったのである。箒さえあれば、三人でそれに乗り飛んで逃げることはたやすかっただろうだが、現在持っていないものに対して悔やんでも仕方が無い。今は全力で安全地帯に向けて走るだけである。

 

 そうして階段を目指して走る三人の目に、別の冒険者パーティが現れ、パーティリーダーらしき赤髪の男がこちらに怒鳴りつけてくる。

「おう、おめえら手伝え!  さっさと逃げるぞ」

 怒鳴った男は長剣を振り回し周囲をモンスターをひるませる。その間に鎧に身を固めた重戦士が突進して体当たりでモンスターを吹き飛ばし、さらにシールドを振り回して、モンスターの間に隙間を開ける。ハリーたちもモンスターを切り払いながら、三人に合流し、モンスターを切り払う。ベルが動きやすいように、リリルカはベルの背中から飛び降りる。途端に、爆発的にスピードがあがるベル。縦横無尽に、床を、壁を走り回り、周囲のモンスターを切り倒していく。

「ひゅー、すげぇな、ぼうず!」

 だが、そのパーティと合流したことで、ベルたちの移動速度は目に見えて落ちていた。

 

 三人で走り続けて逃げる。ただし別パーティはモンスターパーティの中に置き去りにするという選択肢。

 そしてもう一つ。別パーティと合流して戦力をアップさせた上で戦いながら逃げるという選択肢。

 この二つがあったわけだが、すべての冒険者が互いを見殺しにしないで助け合うという考えを持っているわけではなかった。

別パーティを見殺しにするという選択肢を思いつかなかったので、ベルは無意識のうちに、合流するという選択肢をとっていたのだ。

 ハリーは後ろに向けて護れ(プロテゴ)を使い、モンスターの追撃を封じる。だが、それにタイミングを合わせるかのように、周囲の壁にいっせいに亀裂が走る。それもただの亀裂ではない二重三重の亀裂だ。バキバキと音を立てて、モンスターが生み出される。六人はあわてて階段へ走り始める。

 だがしばらく走るとリリルカが遅れ始める。サポーターをやらざるを得ないだけあって、ステイタスが低いのだ。こんなところでも足を引っ張る自分のステイタスに、リリルカは心の中で悪態を吐く。

「ち、なにやってんだ、おいてくぞ!」

 赤髪の冒険者が叫ぶ。それをきいて置いていかれると怯えたような表情になり、反射的に叫ぶリリルカ。

「冒険者様、置いてい、いかないでください!」

「そのしゃべり方、てめぇ、サポーターかよ! サポーターなら足止めして俺たちを助けな!」

 そういうと、重戦士がシールドを振り回してリリルカを殴りつけ、追ってくるモンスターの群れに弾き飛ばした。

「ぎゃぁ!」

 叩き飛ばされ、悲鳴を上げて倒れこむリリルカ。

「リリ!」

 リリを助けるため、反転して戻っていくベル、足を止めるハリー。そんな三人をあっさりと見捨てて、走り去る三人組。

 全速で走るベルにリリを任せ、ハリーは三人組へと怒りにまかせて、無言呪文でくらげ足の呪いと、詠唱呪文で出来物の呪いを飛ばす。

 そして、モンスターの波にのまれた二人に向きなおり、助けるために全力で魔法を使う。

 

 イメージするのは。

 

 フリットウィック達が使った守護の魔法。

 

 凶悪な死喰い人さえ、退けたあの魔法。

 

護れ(プロテゴ)! 護れ(プロテゴ)!」

 

 そして魔法力の全力をこめる。

 

護れ(プロテゴ)極大化(マキシマ)ァァ!」

 

 ヘスティア・ワンドに刻まれた神聖文字、それがハリーの意思に答えるかのように薄い光を放ち、極大化された防御呪文を放出する。

 ハリーは杖を操り、ベルたちの周囲、そしてダンジョンの壁と天井をも呪文で覆っていく。

 モンスターの中に放り込まれて、ぼこぼこに殴られているリリルカを助け出したベルは、周囲のモンスターを切り飛ばしていく。倒すことを目的とした攻撃ではなく、攻撃不能にすることを目的とした攻撃。ハリーの護れ(プロテゴ)がモンスターの追加を防いでいる間に、護れ(プロテゴ)のこちら側のモンスターをすべて、行動不能にして周囲を見回す。

 奥のほうから押しよせる追撃のモンスター達は、ハリーの護れ(プロテゴ)の見えない透明な壁に顔を押し付け、破壊しようと躍起になってそこらを叩いて回っている。だが、護れ(プロテゴ)を破壊して襲い掛かることはできないようだ。これだけの数のモンスターに襲われたら、体中をぐちゃぐちゃにされて死んでいるところだ。そう考えてベルはぞっとする。

 壁から生み出されるモンスターたちも、見えない護れ(プロテゴ)とダンジョンの壁にはさまれて動けなくなっているが、必死にもがいている。

 

 ハリーはベルとリリルカに走りより二人を引っ張って走り始める。

 ベルは防具があるため、比較的軽症であるが、防具がほとんどないリリルカは、体中が傷だらけだった。顔は腫れ上がり、腕の片方は明らかに折れており、変な方向に曲がっている。激痛のためか意識が朦朧としている。足も骨折しているようで立つことも出来ない。

 ベルは武器を鞘に収めると、再びリリルカを背負い、走り始めた。ハリーはもその後に続く。そしてどうにかこうにか、階段まで三人はたどり着いた。

「とにかく、このまま地上まで向かおう! リリの治療をしないと!」

 ポーション類もすでに使い切って、手持ちが無いため、治療ができなかったのである。殴られて体中を腫れ上がらせたリリは、ベルの背中で意識を失っていた。

 

 二人は走り続け地上へと漸くたどり着いた。

 

 一番近い治療所ということで、ギルドのエイナの元まで走り続ける。そんな彼らをみて冒険者達はざわざわと注目していた。

「ベル君! モンスターパーティが発生したと聞いて心配したわよ。無事でよかった!」

 壊れたテーブルや椅子が倒れ、雑然としたギルドのホール。そこの受付でエイナが叫ぶ。

「リリが重症です。治療をお願いします!」

 

 ベルの無事を喜ぶエイナであったが、背負われたリリルカを見て治療室に案内する。治療医はすばやく診察し、ベルとハリーの手伝いの元、折れた腕の位置を元に戻し(その際リリルカは痛みで暴れた)、何本かのポーションを使用して治療は終わった。

 

 

「じゃあ、ベル君。明日まで休むのね?」

 今は、ハリーがリリルカを背負っていた。リリルカは治療が終わった後は、再び気を失い眠りについたのである。ギルドに置いていくわけにもいかないし、ヘスティア・ファミリア・ホームまで連れ帰ることにしたのである。

「ええ、今日は疲れましたし、一日休みます。幸い資金はある程度ありますから。一日休んで問題ないです」

「うん、それがいいと思うな。長い冒険者生活だと、こういうこともあるから、気を落とさないでね」

 ハリーが横から尋ねる。

「モンスター・パーティはこれからどうなるんですか? 大量のモンスターがいるから、あの階層に入れないんじゃ?」

 ベルたちの安否を心配していたエイナは、アドバイザーの顔に戻るとメガネの位置を指で直して説明を始める。

「しばらくは様子を見ます。そしてモンスターの数が減らないようでしたら、クエスト、すなわちモンスター討伐クエストをギルドが発行することになります。この場合、クエスト受注条件に上級冒険者であることが付け加えられることになりますね。

 そして討伐が終わるまでは、階層に立ち入る際には、十分に警戒するように、注意喚起が行われます」

 ギルドとしては本当は禁止したいところであろうが、そこまではギルドに強制力が無いのであろう。以前7階層進出時に、ハリーとエイナが揉めたのと同じ問題である。

 そしてエイナは続ける。

「でも三人が無事に戻ってきてくれて私は嬉しい。ベル君、最初に下した即時撤退の判断は正しかったと思うわ。命あってのものだねだからね。戻ってきてくれてありがとう。そして、このモンスターパーティが終わるまでは、あの階層に立ち入らないようにしてね」

 そしてエイナに別れを告げて三人はホームに向かった。

 

 

********

 

 

 ぽくぽくと、二人と一人は歩く。

 ベルは昔のことを思い出していた。昔といってもほんの十日ちょっと前のことである。そのときは、一人でダンジョンとホームを移動していた。そして、ハリーが仲間になって二人で行動するようになった。そして今は他所のファミリアだが、リリルカが加わり、三人になった。

「力が欲しいな。もっと強くなりたい」

 ぽつり呟くベル。

「強くなって何をするんだい?」

 

 ハリーは尋ねる。ハリー自身は、強くなりたいと思ったことはあまり無かった。『何になりたい』か、ではなく、『何をしたい』か。今までの短い人生では常にそう考えていたように思うハリーだった。

「うん、そうだね、仲間を守りたい。リリがこんな怪我をしないように、ハリーも怪我をしないように。仲間を守れる強さが欲しい」

 ベルの答えを聞いて、にやっと笑うハリー。

「おいおい、ベル。僕だって戦えるんだ。君一人で戦う必要は無いんだぜ。みんなで戦えばいいんだ」

 

 そういってハリーは、死の秘宝を探していたときの事を思い出していた。『みんなを頼るのよ』、そうアドバイスをしてくれたのは誰だったか。いつも正しい助言をしてくれたハーマイオニーだったか、それとも、ロンだったか。

「うん、一人で背負い込む必要は無いんだ。もちろん自分が、自分にしかできない事はある。でも、友人や仲間に頼って良いんだよ」

 まじめな表情になってハリーは続ける。そして思い出すのは、ヴォルデモートに命を差し出すために、禁じられた森の中を歩いたときのことだった。死の恐怖に負けそうになったが、死者の魂を呼び出す蘇りの石で両親たちを呼び出し、心の支えになってもらった。

 さらには、死喰い人の追跡を避けるため、七人のポッターになって追跡をかわしたこと、ホグワーツで死の秘宝を探すため、時間稼ぎをしたことなど、自分が仲間に助けられてきたことを思いだしていた。

「だからさ、 そう、仲間を頼ってかまわないんだぜ。もちろん、僕だって君を頼るしね」

 その実感がこもったハリーの言葉にベルは頷く。

 

 そして三人はホームにたどり着いた。

 まずはリリルカをベッドに寝かせる。それから、自分達の治療、武器防具の整備、無くなった装備や備品の補充。やらないといけないことは大量にあるが、治療が終わった時点で残りは明日することにして、二人も休むことにした。モンスターパーティに初めて遭遇して、精神的に疲れていたのだ。

 ハリーがお茶を入れて、ベルが軽い軽食を作り、午後休憩としゃれ込む。紅茶の匂いで気づいたのか、リリルカが起き上がる。

「えっと、ここはどこです・・ベル様たちのホーム?」

 きょろきょろと辺りを見回し、リリルカは無事に生きて帰れたことに気づいたようで、安堵の涙がこぼれだす。

「よかった、もう絶対、リリは死んだと思いました」

 ベルがリリルカのそばにより、頭をなでる。

「馬鹿だなぁ、僕等がリリを見捨てる分け、無いだろう」

「どうして、どうしてベル様は冒険者様なのに、サポーターであるリリを助けたのですか? 冒険者様ならば、あの時の者達のようにリリを捨て駒にして、見捨てて行ってるはずです。どうして助けたのですか?」

「リリを助けるのに理由なんて無いさ」

 やさしく、頭をなでながらベルが答える。

 それを聞いてぽろぽろと涙を流し始めるリリルカ。

「ひ、ひどいです、そんな言い方されたら・・・」

 しゃくりあげるリリルカ。静かに頭を撫で続けるベル。

「ありがとうです」

 しばらく泣いた後、気分が落ち着いたのかリリルカは小さな声で礼を言った。

 

「たっだいまーーーー」

 ドアをすごい勢いであけてヘスティアが帰ってきた。

「明かりが点いてたから、帰ってきてたのに気づいたぜ。じゃが丸君をもらってきたんだ。じゃが丸君パーティしようぜ! ってサポーター君どうしたんだい?」

 泣いているリリルカと頭をなでているベルに気づいてヘスティアがあわてる。なかなか良い雰囲気の二人で、あせったヘスティアはベルを引き離す。

「ちょっとベル君はこっちに座るんだぁーー。そしてサポーター君は斜め向かいね。ベル君の正面はハリー君が座るように」

 一瞬のうちに、『ベル-リリルカ引き離し配置』を確立させるヘスティア。

 さっきまでの甘い雰囲気にいたたまれない気持ちだったハリーは、『ヘスティア様、グッジョブ!』と心の中でエールを送るのだった。

「さて何があったのか話してもらおうか!?」

 

 ベルたち三人は今日一日のことをヘスティアに説明するのであった。

 

「ふむふむ、事情はわかったぜ。だからといって、ベル君とくっついているのは気に食わないな」

「いえいえ、ただ慰めていただけですよ」

 言い訳をするベルであるが、ヘスティアはそれをあまり信用していない。

「まあ、いいや、それでだね。サポーター君に対してベル君は言いたいことがあったと思うんだが、ちゃんと言ったのかい?」

 それに対してベルはにっこりすると、改めてリリルカに向き直る。

「リリ。ヘスティア・ファミリア団長として、君をうちのファミリアに勧誘したいんだ。改宗をお願いできるかな」

 リリルカの答えはもちろんyesだった。

 




補足
くらげ足の呪いと、できものの呪い。この二つの呪いを同時に受けると、顔中にクラゲの足が生えます。

第七巻でフリットウィックが使った守護の魔法はプロテゴ・ホリビリスです。ただ、マキシマと叫ぶ方が気合入れやすいので、マキシマにしています。

ギルドでリリの治療に使ったポーション代金は、ベルが払っています。市販品よりもちょっと割高になっています。

次回『魔道書』


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魔道書

 その後、三人目の団員(予定)決定ということで、明日は休みなのでせっかくだからということで、四人でお祝いに出かけることにした。行き先は《豊穣の女主人》。ベルにとっては苦い思い出もあるところだが、シルたち店員たちには良くしてもらっている店である。今日もダンジョン帰りの冒険者が押し寄せ、大いににぎわっている。

 三人でダンジョンにもぐるようになって資金がたまっているので、値段を気にせずにみなで飲んで、食べることにした。まずは一杯目のエールで乾杯した後、お互いの自己紹介・・というかシルたちへリリルカの紹介である。ここで驚愕の事実が発覚した。

「え、リリって15歳?! 僕より年上!?」

 ベルが年齢を聞いて驚く。

「はい、そうです、もしかして、リリは小さいので年下だと思われていましたか?」

 にっこり微笑むリリルカ。

「ちなみに僕は18歳。だとすると、一番年下はベルになるね」

 ハリーの言葉にショックを受けてジョッキを持ったまま固まるベル。まさか団員と団員予定の中で自分がいちばん年下だとは考えてなかったのである。そんな固まったベルの右腕にヘスティアがしがみつく。

「まあまあ、ベル君、僕は年齢なんて気にしないさ。年下だろうと年上だろうと、ベル君はベル君さ!」

 それに対抗してリリルカがベルの左腕にしがみつく。

「そうですね。ヘスティア様も良いことを言いますね。ベル様が年下でも、リリもま~ったく気になりませんから」

「あらあら~、でも年は近いほうが良いですよ~。ささ、ベルさん。もう一杯どうですか」

 そういって、ベルのジョッキを交換するのは店員シルである。いや、店員さん、仕事しようよとハリー最初は思ったのだが、何でも同じテーブルに座って料理や酒を勧めてお金を使わせるようにするのも大事な仕事らしい。いや、それって店員の仕事なんだっけと悩むのだが、しばらく悩んだ後、『郷に入っては郷に従え』という言葉を思い出して、考えるのをやめることにしたハリーであった。

 現在シルは、ベルにジョッキを勧めているのだが、なんとはなしに冷んやりとしたものを感じる微笑を浮かべている。ハリーは、しばらくの間ベルをほおって置くことにした。となるとハリーが話す相手は消去法で最後の一人になるわけである。

 

 リュー・リオン。

 薄緑の髪の間から見える耳の長さが、彼女がエルフであることを示している。リヴェリア、エイナとエルフ(とハーフエルフ)に知り合いはいるが、この二人とは違い、冷たく無機質な表情のため、何を話題にしたら良いのか分からなかった。ダンスパーティに女の子を誘おうとして、何もしゃべれなかったことを思い出す。

「ポッターさんは魔法が使えると伺いましたが・・・」

 ハリーが考えている間に、なんとリューのほうから話しかけてきた。エルフなだけあり魔法への興味が他の種族よりも高いようだ。

「冒険者になられてから、これだけ短期間で魔法が顕れるのは珍しいですね。なにか思い当たることがあるかお聞きしても?」

 無表情なまま話しかけられても、怖いだけである。だが、せっかくの話題なので、ハリーは考えてみる。まいった。魔法の数については、ごまかす方法をファミリアで考えていたが、覚えるきっかけについては考えていなかった。しかたがないので正直に答える。

「ごめんなさい、思い当たることは無いですね。ただ、最近覚えたわけではなくて、数年前から使えていたので・・・」

 だがベルがこの話題に食いついてきた。

「そういえば、魔法を覚える方法って何かあるんですか? 僕でも使えるようになりますか?」

 目をきらきらさせている。そういえば、最初、出会ったときにも目をきらきらさせていたなぁとハリーは思い出した。好奇心旺盛なのだろう、ヘスティアとリリルカを両手にぶら下げたままこちらに身を乗り出して聞いてくる。

 それにリューは考える。リリとヘスティアも興味を持ったのか、みんながリューに注目する形になった。

「恩恵というものは、その個人の経験が顕れるものです。したがって、魔法を発現させるさせるためには、魔法的なことをするのが良いとされています。たとえば、世界の理を勉強をする、魔法についての研究をし、理解を深める。エルフは魔法に関して研究するものが多いので、魔法を発現するものが多いという学説を持っている人もいるようです。まぁ、本当かどうかは確かめようがありませんが・・・」

 ベルはがっかりしたようである。

「勉強ですか・・・。本のを読むのは好きだけれど、そんなにたくさんの本は手に入らないし、ましてや、勉強なんてする方法が無い・・・」

 そうしてベルはジョッキのエールをぐいっとあおる。ハリーは気づいたのだが、元の世界でならばベルとリリルカはまだ学校に行っている年齢のはずだ。だが実際には冒険者として生活している。学校自体が無いのだろうか。でも、読み書きは普通にできているし・・?

 ハリーが考えている間に、シルは一言断ってから、お変わりを取りに席を立った。

 

「ベルは読み書きはどうやって覚えたの?」

「ああ、オラリオに来る前に、田舎でお爺ちゃんに、教えてもらったんだ」

「へえ、良いお爺ちゃんだねぇ」

 祖父の世代の親族が居ないハリーにはちょっとうらやましい。

「うん、オラリオにきてからちっょと、少し、いや、やっぱり大分かな、かなりスケベなお爺ちゃんだと分かったけれど、良いお爺ちゃんだったよ」

 ベルの祖父がなくなっていたことを思い出したハリーは、話題をリリルカに振ってみた

「ええと、リリは、ファミリアで皆と覚えました。あのころはまだ、親が居て、待遇がまだましでしたからねぇ・・」

 瞳の光が消えて、ベルの腕を抱いたまま、リリルカがぶつぶつと呟く。

「それからは大変でした・・」

 勉強について尋ねただけなのに、何か場の雰囲気が暗い。流れを変えたいとハリーは思い、リューに話題を振る

「えっと、学校とかはないのでしょうか?」

 義務教育とか無いようだと思いながらも確認するハリー。だが予想は覆される。

「一応ありますよ。ただ入学制限があるので、オラリオの一般市民は通わないんですよ。ポッターさん」

「学校にいった人たちのほうが魔法を覚えることが多いんですか?」

「どうなんでしょうね。魔法に対しての適正、すなわち、個人の資質も影響が大きいようですし。まだまだ分からないことも多いですから、これからの研究が待たれるところですね」

 そこへシルが戻ってきた。ジョッキを乗せたトレイを片手で支え、もう片方の手で何かを持っている。

「ベルさん、本が無いということでしたら、これ(・・)は如何でしょうか」

 そういうと、リューは立派な装丁のどっしりした黒い本をベルに手渡す。

「誰のか分からないのですが、忘れ物なんです。ミア母さんにも、ヘスティア・ファミリアに貸すのなら問題ないといってくれましたし。しっかり勉強して魔法を覚えてくださいね」

 そういってシルはにっこり笑った。立ち上がり、大喜びで受けとるベル。本を受け取るときに、シルともちゃっかり握手をしているが、本人は自覚は無いようだ。それをジト目で見るリリルカとヘスティア。

「帰ったら早速読んでみます。ありがとう、シルさん!」

 その後、たらふく食べたヘスティア・ファミリアは帰宅し、リリルカは三巻を書かないとと呟きながら、自分の宿へと戻るのだった。

 

 ホームに戻り、片づけをしてのんびりとしている時間。ハリーは箒、ドラゴンフライの調整、ベルとヘスティアは読書をはじめた。

 ハリーはクッション呪文の点検をし、ワックスをかける。小枝の一本一本の向きを微調整し、固定を確認する。鐙が緩んでいないかを確認し、調整を終える。立ち上がって、ストレッチをして体のコリをほぐす。次は、二本目の箒の作成を考えなくてはならない。二人乗り用というリクエストが一応あるのだ。もちろんドラゴンフライでも三人は乗れる。だが、乗ることはできるが、かなり密着した状態で、真ん中に乗った人は押しつぶされるような形になる。だから三人で空を飛ぶとなると、もうちょっと大型の箒が必要になる。材料から買わないとだめかなぁとハリーは判断する。幸い明日は休みにしているので、ついでに材木店に買いに行こうと予定を決める。時計に目をやるとすでに夜もかなりふけていた。

 二人の様子はと見ると、すでに二人とも本に頭を乗っけて寝落ちしていた。

「やれやれ、神様の年齢は聞かなかったけど、結構、いい年なはずなんだけどなぁ・・・」

 しかたがないので、浮遊呪文をつかって二人をベッドまで運び、ハリーも眠りについた

 

 一方リリルカは・・・

「明日はダンジョンはお休みなのです。ならば、今が原稿を書くときです! ふふふ、今日のベル様も素敵でした。リリがモンスターに囲まれてぼこぼこにされた時、さっそうと現れたベル様!! かっこいいです! 素敵です!! こう、胸が苦しいほどせつないというか、頭が沸騰するというかぁ! あぁ私と同じ状況にパリーが陥り、それを今日のようにペルが助ける。くぅ、いいです、このシチュエーション!! 書かずにはいられない!」

 興奮で顔面を真っ赤にさせて、全力で『ドキドキ! ダンジョンラブ!!』を書き進めていた。

 

 

*********************************

 

 

 翌朝、ヘスティアが朝食を作っているとき、ベルが飛び起きた。

「うわあああーーーーー」

 いきなり叫ぶベルに慌てるハリーとヘスティア。

「どうしたんだいベル君! 起きるなり絶叫とはただ事じゃないぜ!」

 そんなヘスティアの声が耳に入っていないのか、ベルは恩恵の更新を頼んでくる。

「更新! 恩恵の更新をお願いします! なんだか僕、魔法を覚えている気がするんです!」

「おいおい、ベル君。本を読んだからって、すぐに魔法を覚えられるものじゃないと思うぜ」

 あきれるヘスティア。

「でもまあ、昨日は、結局なんだかんだで更新してなかったし。朝ごはんを食べたら、更新しよう。ただし! ダンジョンにいっちゃ駄目だぜ。まずは今日、きっちりと準備をするんだ。わかったね」

 がっくりとするが、確かに更新して魔法を覚えていると分かったら、準備もせずにダンジョンに突進するだろう。その自覚があるベルはおとなしく朝食の準備を手伝う。すばやさがAに近くなっているだけのことはある。食器類をセッティングし、ヘスティアが作り上げた料理をすばやく、こぼさず、テーブルへと運ぶ。残像ができるんじゃないかと思うほどのスピードだ。

 

「さぁ、準備ができましたよ、食べましょう、神様!」

 これにはヘスティアも苦笑する。

「わかったよ、ベル君、でもよく噛んで食べるんだぜ。でないと消化に悪いからね」

 しかたなく、ゆっくりと食べるベル。三人は今日の予定を話す。ヘスティアはいつも通りにバイトである。ベルとハリーは、昨日ダンジョン内部で捨ててしまった道具類の新規買出しである。使ってしまったポーションなどの消耗品類、リリルカ用のバックパック、予備の武器、その他の雑多な品々。買うものは大量にある。幸いこれまでのダンジョンアタックで資金は保管してある。それとハリーは新しい箒の材料の買出しで材木店にもよっていく。そうしておしゃべりをしているうちに、皆食べ終わった。ハリーが申し出る。

「片付けは僕がやるから、ベルは先に更新を」

「ハリー君、いいのかい? すまないね」

 ハリーは浮遊呪文で食器類をふわふわと持ち上げて、流しへと移動させる。そして清めよ(スコージファイ)で汚れをきれいに落とす。ヘスティアとベルには、ハリーが数十の魔法が使えると説明しているので、ホームでは思う存分魔法を使っていた。きれいになった食器類に再び浮遊呪文をかけて、食器棚へと収納する。この間、約五分。魔法が便利だと改めてしみじみと感じるハリーであった。

 

「やったーーーーー!!」

 ベルの歓喜の声が響きわたる。どうやら、予想通りに、魔法を覚えたようだ。にまにまと笑いながら、ハリーのところにやってきた。今度はハリーの更新の番である。

 ヘスティアが背中に乗り、イーコールを背中に落とす。

「まったく、ベル君が魔法を覚えるなんてねぇ・・。覚えない子供も多いって言うのに・・。まあ、うちには規格外のハリー君が居るし今さらか・・」

 諸悪の根源がハリーのような言い草である。しかし、他の世界から来た魔法使いという説明に納得してくれるヘスティアに対して、ハリーは苦笑いするしかない。そうしている間に、ヘスティアはステイタスをコイネーに書き起こす。ちなみにハリーは文字の勉強もしているので、数字は問題なく読めるようになった。

「これでよしっと。ハリー君はトータル200オーバー。全部のアビリティがBになったね。これからもっとダンジョンの奥に行くことになるだろうが、気をつけるんだよ」

「明日からは、飛んで逃げられるように、箒を持っていくんで大丈夫ですよ」

 安心させるように説明する。

 そしてハリーはベルに覚えた魔法の詳細をたずねる

「超速攻魔法。ダンジョンで試さないと実際の効果は分からないけど、使い勝手はよさそうだよ」

「そういえば、起きた時から魔法を覚えたって、確信を持ってたけど、何でそんなに自信があったの?」

「うん、すごい不思議な夢を見てね。あ、これは魔法を覚えたって確信したんだ」

 魔法を覚えたのが、そうとう嬉しいのか、いまだにニコニコしているベルである。

「へぇ、不思議なこともあるもんだねぇ。何かそんなことが起こるような原因はあったっけ」

 あごに手を当てて考えるベル。

 

 ハリーは思いつくことがあった。

「二人とも、昨日は本を読みながら寝てしまっていたけど、その本が原因?」

 ベルは昨日読んでいた本を本棚から取り出す。中身をぱらぱらとめくっていくうちに顔が真っ青になる。本を閉じると、題名を確認して真っ青を通り越して、真っ白になる。それに不信を抱いたヘスティアが本をベルから取り上げると題名を読み上げる

「えーとなになに・・『フグでも読むだけで魔法が使えるようになる魔法指南書』・・ってこれ魔道書じゃないか!! なんでこんなものがぁぁぁ!!」

 驚愕のあまり、変な顔になるヘスティア。

「昨日、店員さんが貸してくれたじゃないですか」

 何でそんなに驚くのか分かっていないハリーは冷静に指摘する。

「そういや、そうだった・・やばい、ハリー君、これは読むだけで魔法が使えるようになるマジックアイテムなんだ。買うと数億ヴァリスする超貴重本だ・・」

 焦るヘスティアだが、事態が分かっていないハリーはのほほんと、返事をする。

「じゃあ、ベルは読み終わったことだし、今から返しましょう。そうしましょう。破いたら大変だ」

 ベルは真っ白に燃え尽きたままだが、ヘスティアはソファに崩れ落ちて、頭を抱えて叫ぶ。

「違うんだ、ハリー君。この手の本は一度読んだら効力が無くなるんだ。魔法を覚えられるのは最初に読んだ一人だけ。その後は効力を失いただの紙束になるんだ」

 ハリーは本を手に取ると開いてみた。ぱらぱらとページをめくってみるが、どのページも真っ白である。ふむと考え、本を机に置き、杖を引き抜き、直れ(レバロ)をかけてみる。改めて確認するが、やはり真っ白のままであった。

 ハリーの一連の行動を期待してみていたヘスティアであったが、何も起こらないと分かるとため息をついた。そして、ハリーから本を受け取るとベルに渡した。

「仕方が無い、借りてた以上は返さざるを得ないから、最初から白紙だったと言うんだ。数億ヴァリスなんてとても弁償できる金額じゃない。さっ、これでこの問題は片付いた。そろそろ出かけよう」

 確かに問題はそうするしかなさそうであった。しばらくするとベルも諦めがついたのか、再起動して、動き出した。ただ電池が切れたブリキの人形のようにぎこちない動きである。

 

 まずは買い物の準備で、買出しリストを作りはじめた。もちろん、ハリーも横から手伝う。ハリーは今後居なくなる可能性があるので、実務的なことはベルがメインでやることになっているのだ。まあ、リリルカも居るので、リリルカの改宗後は実際には二人でやることになるのだが・・・。ベルがうんうんと唸りながらもリストを完成させたので、戸締りをして、二人は出発する。

 最初の目的地は、最大の問題店である豊穣の女主人である。

 

 

********

 

 

「あらあら~、今日はダンジョンはお休みでしたよね。こんな早くからどうしたんですか、ベルさん」

 出迎えてくれたシルに事情を説明する。

 三人でどうしようかと頭を抱えていると、マスターのミアがやってきた。厨房で仕込みをしつつ、三人の話を聞いていたのである。

「この忙しいのに、何をぐたぐた悩んでいるんだい」

 あきれたように言うと、ベルの手から(元)魔道書を取り上げると、隅にあるゴミ箱に放り込んだ。

「すんじまったもんは、仕方が無い。もともとはどこの誰がおいていったかも分からない代物なんだ。忘れていったほうが悪い。さ、これで用事は済んだだろう。シルは仕込みを手伝いな! リューに任せてると全部消し炭になっちまう」

 その声であわてて、シルは厨房に走っていく。そしてミアはじろりとベルとハリーを睨む。

「あんたがた、冒険者なんだろう、こんなところで油売ってて、ダンジョンに行かなくてよいのかい。さぁ、行った行った!」

ミアの大声に追い立てられるようにして、二人は店を後にした。

 

「あれでよかったのかな・・・?」

 ベルが呟いたのは、しばらく歩いてからだった。心配しているベルには悪いが、ハリーとしては、まあ、持ち主になっているっぽい?、ミアがいうのであれば、それで解決したと判断していた。『すんじまったもんは、仕方が無い』というのは、いつ死ぬか分からない、いかにも冒険者らしい言葉だと思ったのも事実だ。ミアから"それ"を言われて、ハリーは不思議と納得していた。

「いいんじゃない、僕は、いかにも冒険者らしい解決方法だと思ったよ。たぶんミアさんも昔は冒険者だったんじゃないかな」

「そうだろうねぇ・・」

 これで気分が上を向いて、少しは元気が出たのか、ベルの表情が明るくなった。。

 それから、二人はリストの順番に買い物を進め、昼ごろ荷物が多くなったので、一旦、ホームに帰還する。その時に、ベルが作った簡単な昼飯を食べた後、また市街に出かけ、買出しを続ける。

 

 ようやくすべての買出しが終わったのは午後も大分過ぎたころだった。

 最後にハリーが箒の材料を買い込み、ホームへと帰還する。二人とも、けっこうくたくたであった。

「ねえ、ハリー、思ったんだけれどさ。ハリーのプロテゴがなかったら、僕たち昨日死んでたんじゃないかな。あれで追撃を防げたのは大きいと思うよ」

 ソファーに沈み込んだままベルが呟く。

「うん、そうだね。あと、ナァーザさんも言ってたけど、階段を超えてモンスターが移動しなかったのも運が良かったと思う。時々階段を使うモンスターが居るらしいからね」

 ポーション類の補充のため、ミアハ・ファミリアの店にも寄って、そのときモンスターパーティの話をしていたのである。ベルは身震いをするとハリーに告げる

「レベル2相当のモンスターが5階層まで来たことがある・・・」

 爆弾発言である。今のベルとハリーならば、5階層はパーティを組まずにソロでも余裕である。そんな場所に絶対に勝てない格上のモンスターが居るなど、ハリーは聞いたことが無かった。エイナのレクチャーでもそんなことには触れていなかった。移動するとしてもせいぜい2階層分ぐらいだったはずである。

「それマジ?」

「うん、かなり下の階層で大量発生したミノタウロスが、トップ・ファミリアから逃げて5階層まで来たそうなんだ・・」

 絶句するハリー。そんな事態には対処のしようが無い。昨日のようなモンスターパーティならば、一体一体は自分と同格。しかし、下の階層からモンスターが移動してきたら、相手は格上。そんなものが群れを成していたら・・。

「よく生き延びたね。どうやったの」

 ハリーの問いかけに、当時のことを思い出し、顔を赤らめて肩をすくめるベル。

「全力で走って逃げた。そしたら、ロキ・ファミリアの、そのう、拳姫アイズ・ヴァレンシュタインさんが、助けてくれたんだ」

「へぇ・・・」

 そんな人ロキ・ファミリアに居たかなといぶかしむハリー。怪物祭のときに出会ったことをすっかり忘れている。もっともハリーは入れてくれるファミリアを探していたので、ロキ・ファミリアのメンバーとの交流は少なかった。いろいろと案内をしてくれたラウル。出入りの際に挨拶をしていた門番。そして魔法談義をしに来る副団長のリヴェリア。この三人が最も交流が多かったメンバーであった。

「ハリーはロキ・ファミリアに居た時に、アイズさんを見なかったの?」

「ファミリア探しに忙しくて・・・」

 

 そして、ハリーはせっかくだからと、ロキ・ファミリアの説明をする。具体的には、ホーム内部にどんな施設があるか。寝室などがある個人エリア、訓練場所や食堂などの共用エリア。食堂や、警備員、門番は団員がやったり、外部から信用できるものを雇ったりしているなどの運営方法、などなどである。今は無理だとしても、今後のヘスティア・ファミリア運営に役立つだろうからとの思いからである。ベルも最初は聞き流していたが、メモ用紙を持ってきて、最初から説明をやり直してもらい、熱心にメモを作り始めた。途中で話が脱線して、クィディッチの試合のことなど魔法界の話を解説したりした。

 そうして、反省会だか、今後のファミリアの運営方法論だか、単なる雑談だか、よく分からないまま話ははずみ、一日は過ぎていったが、なかなか有意義な一日だったと、二人は満足したのだった。

 

 そしてヘスティアがもどった後は、三人で夕飯を食べ、明日に備えて眠りにつくのであった。

 




 ハリーの誕生日は七月末です。オラリオにやってきたのは七月、18歳になる直前です。オラリオですごした日数的に18歳としています。

 ハリーがロキ・ファミリアについてベルに説明していることは、秘密情報っぽいですが、中堅~大人数ファミリアでの必要設備などの大雑把な説明に絞っているので、秘密情報にはなっていません。さすがに見取り図とかは書いてないです・・


昼、ダンジョンでモンスターパーティに出会い死にかける
夜、酒場で大騒ぎ。
冒険者はタフでないとやっていけない・・


次回『ファイヤボルトと光の御柱』


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ファイアボルトと光の御柱

「ファイアボルト!! ファイアボルト!! ファイアボルト!! ファイアボルト!!」

 無駄に無駄の無い無駄な動きで無駄に魔法を乱射しながら、真夜中のダンジョンを無駄に元気に走る回る冒険者。そうベル・クラネルである。魔法を覚えたので、嬉しさのあまり、ホームを抜け出し、ダンジョンにもぐりこんだのである。

「ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルト!」

 ベルが覚えたのは、詠唱文どおりに、炎属性がミックスされた雷が打ち出される魔法である。5階層程度のモンスターであれば、一撃で倒すほどの威力があった。

「ファイアボルト。ファイアボルト。ファイアボルト。ファイアボルト」

 調子に乗って走り回り、魔法を使いまくる。そう、ベルはハリーという規格外の魔法使いと行動していたので、忘れていることがあった。

「ファイアボルト・・ファイアボルト・・ファイアボルト・・ ファイア・・ボルト・・ 」

 それはミアハにも相談した、何故かハリーはマインドダウンしないという規格外の現象。それはハリーだからこその話である。まあ、ベルは、相談した内容がハリーのことだとは察していなかったが。

「・・ファイア・・ボ・・ル・・ト・・」

 ベルは当然ながら、魔法を使いすぎるとマインドダウンに陥る。魔法を使いステイタスの魔力を挙げていたら、マインドダウンに落ちるまで時間がかかっていただろうが、ベルは魔法を覚えたばかり。当然マインドダウンになるのも早く、初めての経験、感覚に、簡単に意識を失う。魔法を打ち出す姿勢のまま、前のめりにダンジョンの床に倒れこみ、そのまま意識を失った。マインドポーションを飲む習慣がハリーにあれば、ベルも魔法を使ったらマインドを回復させるということを覚えていただろうし、当然こんなことにはならなかったであろう。

 

 このままでは、運が良くて、他の冒険者に身包みはがされ、運が悪ければダンジョンに出現するモンスターに息の根を止められるであろう。だが、ベルにとって極めて運が良いことに、下層から地上を目指す冒険者二人が通りかかった。

 一人はリヴェリア。

 もう一人はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 下層で階層主を討伐しての帰りであった。二人はベルに気づき、さっそくリヴェリアがベルの症状を調べはじめる。

「外傷は無い。毒などを受けている様子でもない。装備からして初心者を抜け出したところか。武器を鞘に収めているということは、魔法を覚えて試し撃ちをしているうちにマインドダウンを起こして倒れたということか? 魔法を覚えるには早いとは思うが・・まあ、これも何かの縁。地上に運ぶとするか」

「まってくれリヴェリア。私に任せてくれないか」

 アイズがそれを止める。

「例のミノタウロスの時の冒険者が彼なんだ。私はいろいろと謝りたいんだ」

 それを聞いて、抱えあげようとしていたベルを降ろすリヴェリア。

「ああ、ベートが話題にしていた冒険者か。確認していなかったが、ベートが言っていた様に、怖がらせてしまったのか?」

 横を向いて視線をそらし、剣の柄をいじるアイズ。それだけで何かを察したのか、リヴェリアはアイズの肩をぽんぽんと叩く。そして、いくつかアドバイスを言い残して、一人で地上に向かった。この階層ならば、モンスターパーティが発生しても、たとえ冒険者一人を抱えていたとしても、アイズならば切り抜けられると判断したのだ。

 

 

 残されたアイズはアドバイスのとおりに、床に座り込み、ベルの頭を膝に乗せる。そして、自然にベルが目覚めるのを待つ。待っているうちに通路の奥からモンスターが現れる。壁からもモンスターが時々生み出される。それらをすべて、アイズはスリケンの一撃で魔石ごと破壊していた。膝に乗せたベルの頭を揺らさないように、腕の力だけで投げて破壊したのである。抜群のバランス感覚と、熟練の投擲技術と、恐るべき膂力であった。

 ベルか意識を取り戻すのを待っているうちに、アイズは、リラックスしてふと意識に上った歌を口ずさんでみる。いつ覚えた歌なのか。ロキ・ファミリアに入る前・・師匠と修行する前・・まだ両親が居た頃に覚えたのだろうか。なんとはなしに懐かしい気持ちになる。そのまま膝に乗せたベルの頭を優しくなでる。

 

 そうして過ごすうちにマインドが自然回復し、ベルが目覚める。両目を明け、しっかりと意識を取り戻す。

 上から覗き込んでいたアイズは、怖がらせないように、にっこりと微笑み、優しくそっと話しかける。

「おはよう」

 ベルは固まった。初めてアイズにあったときのことがフラッシュバックする。ミノタウロスに袋小路に追い詰められたこと。ミノタウロスが豪腕を振りかぶって殴りかかってきたこと。死ぬと思った瞬間、ミノタウロスが爆発し、血まみれになったこと。同じく返り血で血まみれのアイズ・ヴァレンシュタインと目が合ったこと。そのあまりの美しさに何も考えられなかったこと。気づいたら、ギルドに向かって地上を走っていたこと。

「ヴええエエャェェァァフフフフファィゥゥゥ」

 そこまで、思い出し、今アイズと目が合っていること、膝枕をしてもらっていることに気づき、てんぱってしまったベルは奇声を上げて飛び起き、全速で走り出した。敏捷がAになっているだけあり、とてもすばやい。だが、アイズはその素早さの上を行っていた。

 10mほど走ったところで、ベルは腰のベルトをつかまれ急停止し、バランスを崩して転がってしまう。

「おいつ・かれた・・」

 捕まったと思ったベルだが、実際には、アイズは一歩も動いていない。それ以前にまだ床に座ったままである。ベルを止めたのは、アイズが持ち歩いているフックつきのロープである。フックがベルの腰に括り付けられ、ロープの反対端がアイズに握られている。

 そう、前回ベルが走り去ったことでアイズは予想していた。今の状況を判断するに、今回も脱兎のごとく逃げ出すだろう。ならば、捕まえられるようにしておこうという、それだけのことである。

 ゆっくりと、ゆっくりと、怖がらせないように立ち上がり、両の手の平を胸の前で合わせると挨拶をする。

「ドーモ、冒険者=サン。アイズ・ヴァレンシュタイン、デス」

 そして、ぺこりとお辞儀をする。

「ドーモ、アイズ・ヴァレンシュタイン=サン。ベル・クラネル、デス」

 ヘスティアから(実際は違うが)極東方式の挨拶を聞いていたため、ベルも同じ方式で挨拶をする。そしてアイズは怖がらせない様に、ゆっくりとベルに近づきながら続ける。

「地上に戻りながら話をしたいのだけど、よいだろうか」

 もちろん、ベルには否は無い。がっくん、がっくんと上下に首を動かす。そうして二人は、並んで歩き始める。ベルの右手と右足は同時に前後している。それほど緊張していた。沈黙が落ちる前に、アイズが怖がらせないように慎重に話しを始める。

 

「そのう、・・ごめんなさい・・。初めてダンジョンで会った時、ミノタウロスの時の事だけど、助けなければと思って、ああいうふうになったので、怖がらせるつもりはまったく無かった」

 ベートが『おぉ、怖い怖い』とからかっていたので、ベルを怖がらせたと心の底から信じているアイズであった。

 ベルは慌てる。アイズの前に出て、後ろ向きに歩きながら、わたわたと手を振りながら釈明する。

「いえいえ、怖くて逃げたんじゃないんです、僕、びっくりしちゃって。それでパニックになって走り出しただけなんです。そのう、突然だったから!」

 綺麗な人に会って恥ずかしかったから、とは言いづらいベルは『突然だったから』をアピールする。小動物が慌てたような独特の雰囲気を漂わせるベル。それが説得力を持たせたのか、アイズはその言葉を信じたようだった。ほっと緊張が抜ける。ベルも落ち着いて前を向いて歩き出す。

 

「それに、店でも、ひどいことを言った」

 豊穣の女主人でベートが散々ベルをけなしたことも謝る。

「いえいえ、アイズさんが言ったわけじゃないですし、それに僕が弱いのがいけないんだし。でも、あれから僕も鍛えて強くなってきたんですよ! 魔法も覚えましたし!」

 ベルは右腕をまげて力瘤を作って見せるが、防具に隠れて見えなかった。それに魔法アピールしながら、力瘤を見せようとするのは、ずれてると言わざるを得なかった。その様子からベルが本当に気にしていないとアイズにも分かり、少しだけほっとする。

「そのう、心配だったんだ。あんな死にそうなめにあったし、散々嫌味を言われたから、冒険者を辞めたんじゃないかと・・・」

 そう気になっていたのはその点。

「でも、君はあんな目にあったのに、冒険者を辞めないんだね。何故?」

 あなた(アイズ)に追いつきたいんですとは言えず、ベルはもう一つの目標を言う

「英雄に」

 拳を握り締め、目に力を込め、真っ直ぐな眼差しで前を見つめ、ベルは言う。

「英雄になりたいんです。強くなって、皆を守れるような。皆に誇りにされるような。そんな英雄になりたいんです」

 英雄。アイズにとっての英雄とは、何だろうか。アイズは自問してみるが、亡くなってしまった親がそれにあたるだろうか。戦い方を教えてくれた師匠のことも脳裏をよぎったが、師匠は師匠で、英雄ではないなぁとアイズは思う。

 

 アイズには何になりたいという目標は無い。モンスターを殺すことだけが目標といえば、目標か・・。自分というものをあらわすといって過言ではない自身のステイタスの思い起こし、思考が暗くなる。ステイタスはアイズに人生を突きつける。自分はカラッポな人間だと思い知らされる。モンスターを殺すだけの殺戮人形だと。そんなアイズにとっては、真っ直ぐに未来を見ているベルが輝いて見えた。

「・・私にはそんな目標は無い・・目標がある君がうらやましいな」

 アイズが呟くと、ベルが驚く。ベルにとってはアイズも目標の一人(英雄で)ある。そんな目標にうらやましがられるとは思わなかった。だから、その後、言ったことも、本当に反射的に出た言葉だった。

「じゃあ、一緒に英雄を目指しませんか? 目標が無いんだったら、作ればいいんじゃないかと思いますよ」

 アイズは思わず立ち止まる。ベルは一、二歩進んでからアイズか止まったのに気づいて、立ち止まり、振り返ってにっこりと微笑む。

 つられて、アイズの表情もすこし緩む。

「そう・・だね・・別に目標はあっても、構わないんだね・・」

 気持ちが大分楽になったのをアイズは感じる。あることにさえ気づいていなかった重荷が、肩から降ろされたような感覚だ。

「ありがとう、そのう・・いろいろと。ミノタウロスや、豊穣の女主人でのことを許してもらえて。私にできる範囲でお礼がしたいのだが、できることはあるだろうか」

 そういわれて、ベルは驚く。オラリオでトップに位置する冒険者から、こんなことを言われるとは思っていなかったのである。だが、これはチャンスだった。ジャンピング・ドゲザをして頼み込む。

「僕に戦い方を教えてください!」

 

 アイズは、驚いていた。お願いの内容に驚いたのも事実だが、それ以上にドゲザに驚いた。師匠から教えてもらった時には知らなかったが、これは極東の風習である。それを何故この少年は知っているのだろう。先ほどの挨拶も極東方式でやっていたし。ちなみにロキやリヴェリアは知らなかった。どこから、この知識を得たのか分からないが、アイズはベルに興味がわいた。

「いいよ。ただし、次の遠征の準備が始まるまでの期間限定で。あと、早朝の二時間。ごめんね、私にも都合があるから・・」

「かまいません! ありがとうございます!」

 飛び起きたベルは大喜びである。

「じゃあ、場所は南側の城壁の上でどう? 人が来ないし、広さも手ごろ。明日からはじめよう?」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 そうこう話しているうちに二人はダンジョンから地上に出てきた。

「それじゃあ、明日の朝から─」

 そのときオラリオに大音響が響き渡る。

 あわてて、二人は周囲を見渡し、一本の光の御柱が、夜中のオラリオ市外にそそり立っているのを見つける。その間に、音で起きた人々が建物から出てきて騒ぎ始める。

「あれは・・?」

 怨み声のように聞こえる大音響の中、ベルの呟きにアイズが答える。

「神々の送還」

 アイズは昔の記憶、ロキ・ファミリアに入ったころの記憶を探る。たしかフィンが闇派閥を壊滅させた時期の事・・。

「昔、見たことがある。天界から降りてきた神々の一人が今、強制的に天界へと還らされているのだ・・」

 びりびりと響く音の中、アイズは、軽く右拳を握り締め、虚空へと正拳突きを放つ。自分の動きを確かめ、恩恵が失われていないことを確認する。

「うん、ロキは無事。ベル、恩恵は感じられる? すこし動いてみて?」

 ベルもその言葉に体を動かしてみるが、いつもと同じである。

「特におかしなところはないです・・・」

「動きに切れが無いとか、身体が重いとかは無い?  じゃあ、君の主神も無事。とにかく。明日からと思っていたけれど、この騒ぎでは、修行は明後日から。私はホームに戻る。君も自分のホームに」

 そういうとアイズは走り出した。

 アイズの背中に向かってベルはぺこりとお辞儀をする。そして教会地下に向かって走り出す。

 

 

********

 

 

 その間にも、建物から出て騒ぐ人たちは増えていく。走りにくいと感じたアイズは、怪物祭の時のように、壁を蹴って建物の上に登り、屋根を走ることにする。そうして、屋根伝いに走っていると奇妙なものを発見した。

 最初は鳥だと思った。空を飛んでいたからだ。だが、夜に鳥は飛ばないし、全長が2m近くあり、明らかにサイズが鳥ではない。それで次に思ったのは飛行タイプのモンスターである。ならば殺す! と勢い込んで、接近すると、ようやく正体が分かった。箒にまたがって飛ぶ男女?の二人組みである。男が前に座り、その後ろに小さな少女が乗っている。男の姿に見覚えがあるような気がしたが、とにかくこの騒動の原因かもしれないので、追跡する。

 箒の男女は、結構なスピードでオラリオ上空を移動し、空にそびえるバベルへと接近する。箒はバベルを周回する。明かりの点いた窓が開き、そこから手招きする人物が見えた。そこに向かってアイズは、バベルの外壁を駆け上る。アイズが窓につくのと、箒が窓から中に入ったのは同時だった。そこには、アイズが見知った者達が居た。

 

 一人はヘファイストス・ファミリア団長、椿・コルブラント。もう一人は、その主神の鍛冶神(ヘファイストス)。箒に乗っていた見覚えがある男は、怪物祭の時にレフィーヤを成行きで護衛していた魔法使い。最後の一人は10歳ぐらいに見えるが神気が感じられる黒髪ツインテールの少女。

 全員、窓の外に突然現われたアイズに驚いている。椿が幾分か呆れを含んだ声をかけてくる。

「アイズ、おぬし、何をやっておるんだ?」

「神が送還される光が見えた。空を飛んでいる人物が怪しいので追ってきた」

 それを聞いて鍛冶神が問いかける。

「ヘスティア、あなたたち、この送還の騒動にかかわりは無いわよね? 何か知ってることはある?」

「いえ、僕たちも寝ていたら、大音響が聞こえたので、バベルに状況を調べに来たばかりです」

 神に対して嘘が付けない子供(ハリー)が答える。

 鍛冶神はアイズにも何か知らないかと尋ねるが、アイズも何も知らなかった。

「皆、何も知らないようね。神会の場所に行きましょう。どうせ他の神々も来るだろうから、そこに居るのがいろいろ知るには手っ取り早いわね」

 そういうと、鍛冶神はヘスティアと部屋を出ようとする。

「椿、悪いんだけど、ハリー・ポッター君と、他の神の護衛で一緒に来るだろう別ファミリア代表と待機していてね。ヴァレンシュタインはロキのところに戻ったほうが良いと思うわよ」

 だが、ヘスティアが別に指示を出す。

「いや、僕はヘファイストスから離れないし、バベルから出ないから大丈夫だ。心配しないで良い。だからハリー君はできれば、ホームに戻ってベル君が戻っていないか確認して欲しいんだ。大丈夫だと思うが、何か事件に巻き込まれているかも知れない」

 聞いたことがある名前にアイズは反応する

「ベル? ベル・クラネル?」

 その呟きにヘスティアがすばやく振り返る。

「ヴァレン某君、何故君がベル君の名前を知っている!? 答えるんだ!!」

 アイズは正直に答える。

「さっきまで一緒に居た」

 その宣言にショックを受け、よろけて倒れこみ床に両手をつくヘスティア。

「何ってことだ・・。いつの間にベル君とそんな仲に。ゆ、油断もすきも無い。・・許さん! 許さんぞぉ、某君!!」

 いきり立つヘスティア。だが鍛冶神がヘスティアの頭に鉄拳を落として黙らせる。鍛冶で鍛えた腕力は伊達ではなかった。

「はいはい、いいから、神会の場所に行くわね。それでそのベル君は、今どこに?」

「主神の警護のために、ホームに走って戻った」

 それを聞いて元気よく、跳ね起きるヘスティア。右手を腰にあて、左手をアイズに突きつけ、宣言する。

「ふぅぅぅはははははは! 勝った!! ベル君の中では、やはり僕の方が大事なようだな! 負けを認めて大人しく帰るが良い!!」

 そこでまた鍛冶神の鉄拳が唸る。

「この一大事になにやってるのよ・・。まあ、ヘスティアの言うことにも一理あるわね。ロキなら大丈夫だと思うけど、逆にロキがあなたの事を心配してるんじゃないかしらねぇ。戻ってあげたら?」

 椿も隣でうんうんと頷いている。ハリーに視線を向けると申し訳なさそうに頭を下げて、主神の態度を謝ってきた。

「分かった戻ることにする。すまないが窓からのほうが早いのでこちらから失礼する」

 そういってアイズは窓から飛び出し、バベルの壁面を駆け下りてホームへと向かう。

「じゃあ、ヘスティア。私たちは神会の場所で情報が来るのを待ちましょうか」

 そういうと鍛冶神はヘスティアの耳を抓りあげて、そのまま耳を引っ張って部屋を出るのだった。

 

 

********

 

 

 そのとき、眠っていたリリルカ・アーデは大音響でたたき起こされた。

「な、なにごとですか?」

 ソーマ・ファミリアに、この場所をかぎつけられたのか、それとも他の冒険者が押しかけてきたのか。

 

 だが、怨嗟の声が重なり合ったような、この大音響は途切れることなく続いているが、扉を叩く音は聞こえない。あわてて、窓から外を見ると、周囲の住民も、道路に飛び出して騒ぎ始めている。それだけではなく、オラリオ市街から夜空へと伸びるまばゆい光の柱も見える。

 強盗がきたわけではないと分かり、ほっとするリリルカ。だが、このわけが分からない状況では寝ているわけにも行かない。いつでも動けるように着替えをしようと考え、リリルカは服をばたばたと取り出し、変身魔法を使う。だが、魔法が発動しない。あわててもう一度詠唱する。だが、発動しない。更にもう一度唱えるが発動しない。青ざめるリリルカ。ふと思いつき、部屋の隅においているバックパックに手を伸ばし、持ち上げてみる。だが、その重量で持ち上がらない。姿勢が悪かったかと、まじめに両手をバックパックにまわして、持ち上げようと力を入れる。だが結果は同じ。昨日まで軽々と持ち上げていたバックパックが持てない。

 

 もうこの事態になれば、これら(・・・)が意味することはリリルカにも分かった。しゃがみこみ、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、これからどうすべきか考える。

 古い恩恵からは解き放たれた。だが、ソーマの仲間に見つかるのはまずい。見つかった場合は、無理やり意に染まないファミリアへの入団を強制されられ、また搾取されるかもしれない。ヘスティア・ファミリアへ入るには急いだほうが良い。そうリリルカは決断すると、急いで着替えを終える。

 もともとステイタスが低かったリリルカは、それがなくなっても不自由はしない。体と魂の同調がずれるということも少ない。身軽に、目立たないように、ゆっくりと、ひそやかに、こっそりと、リリルカは部屋を後にし、ヘスティア・ファミリアのホームを目指した。普段から、冒険者から隠れるために、目立たない抜け道や、身を隠す場所を使っていたのが役に立った。道路で騒ぐ人々に見つかることなく、リリルカは陰から陰へと慎重に移動を続け、ようやく廃教会まで辿り着いた。

 

 きしむドアを開いて中に入り、暗い階段を地下へと降りる。ドアに辿り着いた時に、嫌な考えにとらわれる。どうして、この騒ぎの中、誰も居ないのか。ハリーかベルが外に出て様子を調べていても良いのに。もしかして、ここには今誰も居ないのか? 不安に囚われたまま、リリルカはドアを軽くノックするが返答が無い。ドキドキする胸をなだめながら、もう一度、今度は強くノックする。だが返事が無い。その時、後ろから肩をつかまれる。

 誰かに後を付けられたか、それとも強盗かと心臓が跳ね上がるリリルカ。だが同時にかけられた声は世界でもっとも頼りになる声であった。

「リリ?」

 すばやく振り向いた先にはベルが居た。安堵のあまりリリルカはベルに飛びついて抱きしめる。

「ちょっ、リリ!? どうしたのさ」

 安堵したのでリリルカはちょっと涙を流す。

「何でもありません。ベル様。いえ、何でも無いわけではないのですが・・。まずは中に入れて、かくまって戴けないでしょうか」

 いきなり抱きつかれて真っ赤な顔になったベルは鍵を開けて中に入ると、リリルカから事情を聞いた。

 

 無事に目的地に着いたことで落ち着いたリリルカは、早速、説明を始める。

 大音響で目が覚めたこと。恩恵が消えていること。原因は、恩恵を授けた主神、つまりソーマがおそらくは天上へと還り居なくなったこと。元ファミリア・メンバーから意に染まぬファミリアへ入団を強制されるのを避けるために、此処にきたことなどを話した。

 ベルもダンジョンから出たら、あの音と光が見えたこと。光は神が天上へと還る印だと聞いたこと、何が起こるかわからないので、ホームに急いで戻ってきたことを話した。

「でも、神様もハリーも居ない・・」

 そう呟くベルにリリルカがテーブルの上に残されていたメモを渡す。そこには、『誰かは分からないが神が天上に戻った。情報収集のため、バベルに出かける。ベル君は此処で待機すること』とヘスティアの筆跡で書かれていた。

 他二人の居場所が分かり安心したベルたちは、待機準備を始める。とはいっても、誰かが万一来たときために、リリルカの隠れ場所を作るだけだ。

その後、二人は、まんじりともせずにヘスティアたちが戻ってくるのを待つのだった。

 

 

************************

 

 

 結局二人が戻ってきたのは、翌日の午後を半分過ぎたあたりだった。

「ただいま~、ベル君。いやー、まいったよ。すまないがまずはお茶を煎れてもらってもいいかな?」

 疲れきったヘスティアは、どかりとソファーに座り、後ろに倒れこむ。そしてそこでリリルカが居るのに気がつく。

「ん、ああ、サポーター君!? なんでここにって、ああ、そうか、君はソーマの所のメンバーだったな」

 驚いたが、リリルカの主神が誰であったかを思い出し、ヘスティアは合点がいった口調になる。

「はい、ソーマ様の恩恵がなくなったので、こちらに隠れていました」

 背もたれに頭を乗せてぐったりとしたポーズで、ため息をつくヘスティア。

「まあ、そうだろうなぁ・・。眷属が最初に気づくよね。じゃあベル君、サポーター君。昨日の事で分かったことを教えよう。ハリー君も一部聞いているとは思うがもう一度聞いていてくれ」

 そういうと、頭を起こしてヘスティアは説明を始める。

 

 昨日、天上に還ったのはソーマ。

 ソーマのホームを、ギルド職員とガネーシャ・ファミリアが共同で調べた結果、判明した事と推測される事は以下のとおり。

 ソーマの居室と思われる場所では、団長の酒守含め、複数の団員の死体があった。死体には拷問された後があり、おびただしい出血が見られた。ただ、ギルドで確認した限りでは、神血は流れていないことから、ソーマに拷問はしていないようだ。また備蓄された資材もいくつか荒らされた形跡がある。

 このことからギルドの見解は、神酒狙いでソーマの酒蔵を襲撃。神酒の造り方を聞き出そうと、眷属を拷問したが、失敗。続いてソーマ自身を拷問しようとしたが、ソーマ自身が命の危険を感じて天上へと帰還した。犯人は逃亡。

「とまあ、ここまでが昨日の出来事だね。ギルドのメンバーとガネーシャんところが調べたことだ。大体はあっていると思うよ」

「あのう神様」

 そこでハリーが片手を挙げて質問する。

「神様って言うのは、身の危険を感じたら、天上に還るものなんでしょうか?」

 ベルも疑問に思ったのか、うんうんと頷いている。

「まあ、そこは分からないが、結果としては同じだったと思うぜ。僕たち神々は命の危険があるほどの重症を負うと、自動的に肉体が修復される。これは神の力で修復されるんだ。そして、地上で神の力を使えば、自動的に天上に送還される。

 今回のケースで言えば、自分で還らなかったとしても、拷問で重症を追って神の力を使うだろうから、残念ながら結果は同じというわけだ・・」

 そしてヘスティアはリリルカに視線を固定する。

「あと、ソーマ自身の性格もあるかもしれない。サポーター君、拷問が避けられないとなったら、ソーマは天上に還っただろうか?」

 だが、それに対して、リリルカは首を横に振る。

「わかりません。そこまで親しくお付き合いが出来たわけではありませんから・・お金が無かったので・・」

「う、すまない。じゃあ、ここからはそれを踏まえて神会で決まったことだ」

 

 ソーマ・ファミリアは解散。過去一年以内に改宗(コンバージョン)して入団した者が居ないことから、元メンバーの他ファミリアへの改宗(コンバージョン)は問題なく認める。

 ファミリアの財産は神酒も含めて一時的にギルドが没収。関係団体へと債務がある場合は、そこから支払われる。ソーマ・ファミリアへの債務がある場合は一ヶ月以内にギルドに申し立てること。それを過ぎた場合は請求を認めない。

 そして一ヶ月後に、残った財産を元メンバーに分配するのでギルドに受け取りに来ること。

 

「以上だ。さて、サポーター君。早速だが、君に確認したい。以前、君はうちへの入団を希望していたが、今でもそうなのかい?」

 きわめてまじめな顔でヘスティアはリリルカに問いかける。いつもお茶らけているような顔のヘスティアであるが、今は、ハリーをファミリアに誘ったときと同じまじめな顔をしている。こんな顔を見ると、何時もはあんなナリだけれど、実際には神様なんだなぁと感心するベルとハリーであった。

 それに対して、リリルカもまじめな顔で答える。

「はい、私はベル様の力になりたいんです。ベル様と同じファミリアに居たいんです。ファミリアに入れてください!!」

 

 こうして三人目のメンバーが入団した。




お巡りさん、犯人はあの人です! (*・д・)σ

それはともかく、ソーマに関しては、ご都合主義すぎると非難されるでしょう。すいません。申し訳ない。作者の力量不足です。
ソーマが還らない方法を考えたのですが、どう考えても還ってしまうんです。すまない・・。本当にすまない・・
次回『ベル、特訓する』です


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ベル、特訓する

 夕方に、ギルドから今回の騒動に関しての発表が行われた。ソーマ・ファミリアが解散したことに対する混乱は特に無かった。一部の酒好きが、神酒の値段が爆発的に値上がりしたことに嘆いたぐらいである。あとは素行が悪いファミリアがなくなったことに安堵した者も、もしかしたら、居たかも知れない。

 オラリオの一般市民にとっては、神酒など所詮は高値の花で最初から縁が無いものだったし、冒険者が一般市民に対して素行が悪いとガネーシャ・ファミリアが出張ってくるので特に問題になるようなことは無かった。

 

 そして、それと共に発表されたアイズ・ヴァレンシュタインのランクアップ。深層階層主を単独で撃破したことによるレベル6到達。ソーマの件がなければ、オラリオを大いに沸かせたであろう発表も、今回ばかりは時期が悪く、一部のものに大きな影響を与えたに収まった。

 

 そして、その大きく影響を受けた者の一人がベルである。目標がさらに高みに上っていっている。それに対して自分はどうなのであろうかと、自問し、あせる気持ちを押さえ、出来ることはすべてやらねば、そしてそれだけでは足りないと決意を新たにするのであった。

 

 

 そしていつもの日常が戻る。

 

 

 ベルは早朝からアイズとのトレーニング。

 その後ハリーとリリルカと合流してダンジョンへと潜る。向かうは11階層。そこで一日過ごし、夜には三人とも恩恵の更新をする。リリルカは毎日更新することに驚いていたが、ベルとハリーの成長速度が異常に高いことをしり、納得していた。

 

 そんな日々が続く中、ベルはめきめきと成長していた。

「すごいですねベル様。これだけの数の敵だと、今まではもう少し時間がかかっていたと思うのですが。ステイタスだけではなくて、動きが熟練されてきたといいますか・・。何かコツでもお掴みになられましたか?」

 手早くモンスターの解体をしながら、リリルカが感嘆の声を上げる。

「いやぁ、周りがよく見えるようになったというか、あっははは」

 

 アイズとの特訓の成果が出ており、ベルは戦場全体を意識して戦うように気をつけ、戦場を支配することに挑戦していた。それは難しいことであったが、成果は出ていた。

 だが他ファミリアのアイズと特訓しているとは言えず、笑ってごまかすベルであった。

 特訓では、主に模擬戦をしており、一撃をアイズに当てることが課題としてベルに課せられていた。だが最初の日から今日まで、掠めることさえ出来ていなかった。逆にポン・パンチを腹にくらって悶絶する事が多い。自分で技を受けることも、技の理解につながるとアイズは言っていたが・・・

 

「そうでございますか。でも、そろそろ時間も遅くなってきましたし、そろそろ地上へと戻りませんか?」

「今何時ぐらい?」

「もう八時を過ぎてますね」

「はぁ!?」

 驚くベル。彼はまだまだ夕方にもなっていないと考えていたのだ。

「え、どうしたのベル? ギルドの混雑を避けるために、ダンジョンに入る時間を少し遅くして、その分帰るのも遅くしようって決めたじゃないか」

「そうですよ、毎朝どこかに出かけて、ダンジョンにもぐる前からぼろぼろになってますけど、何か頭に重症でも負ったとかは無いでしょうか?」

 ベルの様子を心配するハリーと、心配しているのかどうか疑問になるリリルカの問いかけ。

「いやいやそんなことは無いよ! ただ、ランクアップするにはどうしたらいいのかなと考えてたから、時間感覚がずれたんだと思う」

 アイズとの特訓する時間を作るために、でっち上げた言い訳をすっかり忘れていたベルであった。心配する二人にあわてて、ごまかすベルであるが、ハリーはそれをまじめに受け取った。

 ステイタスが上昇するにつれて、魔法の効果は上がっているハリーだった。だが、姿現しで元の世界に戻れるという手ごたえが無い。このまま成長しても無理だと感じていた。となると、噂で聞く、あらゆる能力が強化されるランクアップをするしかないのだろうかと、最近は考えているのだった。

受付嬢(エイナ)様に聞くわけには行かないですねぇ」

 魔石の抜き取りが終わり、バックパックに仕舞いながら、リリルカが呟く。確かにエイナにそんなことを聞いたら、また無茶をするのかと怒られるだろうことは明らかだった。

 

「豊穣の女主人」

 ふいにハリーが呟く。

 ベルと、リリルカがハリーを見つめる。

「以前、あそこでリオンさんにランクアップの方法を聞いたことがある。一つはアビリティが最低でも一種類はDに達していること。もう一つは偉業を達成すること、だったかな」

 ベルとハリーはアビリティはすでにAを突破している。だから条件の一つは問題ない。さて偉業とは? ベルは始めて聞く言葉であった。

「偉業、ですか? 何を持って偉業というのでしょうか?」

 リリルカも疑問に思ったようだ。そうして、よっこいしょっと掛け声を出しながら、巨大なバックパックを背負う。リリルカのステイタスは低いが、偉業ならばもしかして自分も達成できるかも知れないと考えたのだ。

「偉業とは、神々も認める困難な出来事を達成すること。例えば強力なモンスターを討伐するとからしい。ただ、いろいろと偉業にもあるようで、特に困難なことをしていない人でもランクアップしていたりするから、まだ研究中らしい・・・」

 ハリーの説明に考え込むベル。強力なモンスターを倒す。それとエイナから言われた言葉、『冒険者は冒険してはいけない』

 これらは互いに矛盾する。だがここまで考えて時間の事を思い出す。リリルカも魔石の抜き取りが無事に終わり、再びバックパックを背負っている。

 

「今日はここまでにして帰ろうか」

 いつもの隊列、ベルが先頭、ハリーが殿、リリルカが真ん中で地上に向かって進む。時折、壁からモンスターが生み出されるが、ベルの剣撃かファイアボルトですぐに倒される。もちろんマインドポーションを飲むのも忘れない。

「んー、リリルカがさっきも言っていたけど。ベル、剣の腕前が上がってるんじゃない?」

 後ろから見ていた殿(しんがり)のハリーが指摘する。ハリーは後ろからのバックアタックを警戒する立場である。だが最後日に居るため、ベルの動きがよく見えるのだ。

「ですよね、ですよね、ハリー様。動きがなんというか、滑らかというか、安定感がありますね」

 ベルが褒められて嬉しいリリルカが、はしゃいだ声で同意する。

「そうそう、落ち着いて相手の動きがよく見えてるよね」

 二人のべた褒めの言葉に、ベルは苦笑いを浮かべる。

「自分じゃ分からないけど、強くなってるのかな。でも、もっと強くならないと」

 ハリーはそれを聞いて昔の事を思い出す。クディッチの試合や死喰い人と戦ったことが、フラッシュバックのように脳裏を過ぎ去る。死喰い人の追跡をかわすために建物を爆破したことや、大量に立ち並ぶ陳列棚を爆破したことや、ブラッジャーの追跡をかわす為に障害物すれすれの飛行をしたことなど。

 

「思いもしない動きをして相手の意表をつく」

 ハリーの口から格言めいた言葉がこぼれだした。

「どうしたんです、ハリー様?」

「うん、いや、昔の事を思い出したんだ。勝つためにどんなことをしたかを。なりふりかまわずガムシャラだったけど、勝つためには今言ったように、相手の意表をつくとかが一番かなあと思って」

 それを聞いてリリルカが、先頭を歩くベルに視線を戻して、しげしげと見つめる。白い髪、そして後からは見えないが赤い目。これらは、ウサギや更に下の階層に居るアルミラージを思い出させる。同時に昔のパーティで、アルミラージから投げられた斧で重症を負った冒険者が居たことを思い出す。

「ベル様がするとすれば、武器を投げつけるとか、兎のようにピョンピョン飛び跳ねることですかねぇ・・」

「ちょっとまって、リリ!!  それは褒められてる感じがしないんだけどっ!」

 ベルは苦情を述べるが、リリルカはさも当然といった調子で返す。

「ええ、当然ですよ。褒め言葉とは言ってません。ウサギの習性を言っただけですから」

「じゃあ、しょうがない、のかな?」

 そうして、ナイフを投げたら後が困るし、飛び跳ねるって言われても困るしと悩むベルであった。

 

 

********

 

 

 魔石の売却を終えてギルドを出た後、ハリーは一旦、行動を別にする。ベルとリリルカは豊穣の女主人のところに弁当箱を返しに向かう。リリルカがベルに同行するのは、シルに対しての牽制の意味があるらしい。ハリーとしては、トラブルになりそうな場所にわざわざ立ち会う気はしなかった。

 別行動するハリーは自分用の買い物、ついでに明日の朝食の材料を買いに向かうのである。

 

 商店街を歩くが、開いているのは、値段が冒険者向けの店ばかり。一般人はすでに帰宅している時間なので仕方が無い。だがハリーのように遅く戻ってくる冒険者や、一杯引っ掛けた後の冒険者もいる。そんな者たちを相手にした店である。翌日の朝食の材料や、箒のメンテナンスに必要な物を買いこみ、ハリーはホームへと足を向ける。すでにオラリオでの生活に慣れたといってよいハリーである。

 

 ふと、立ち止まり、夜空を見上げる。明かりを点けたバベルが夜空に聳え立っている。だが、それ以外の高層建築物は無い。ロンドンや、写真で見たことがあるニューヨークのような高層ビル群はないのだ。

バベル以外の方向では、星が瞬く綺麗な夜空が見えていた。夜空の星の配置を見るも、天文学の勉強で見慣れているはずの星座は見えない。もちろん火星や木星などもだ。別世界に来てしまったと改めて実感する。

 そして星占いの授業を思い出し、我知らずにやりと笑う。星々の配置が異なるこの異世界ではどのように占うのだろうか。どちらにしろ、ホグワーツで習った星占いの知識は役立たないだろうなと結論付ける。

 ラベンダー・ブラウン?だったか占いにのめりこんでいたのを思い出す。ハーマイオニーも、占い学には批判的だったが、数占いはしっかり勉強していたし。 女の子は占いが好きなようだから、リリルカにこちらの世界で星占いがあるか聞いてみようと考えてみる。

 そして再び歩き出す。

 

 ホームに近づくにつれて、人が少なくなっていく。明かりも少なくなっていくが、すでにハリーにとっては通りなれた道である。光よ(ルーモス)を使うまでもないなと考えて歩いていると、なにやら、前方で道をふさいでいる集団が居る。暗くてよく分からないが、4人ほどだ。剣や槍で武装している。武装していること自体は、この冒険者の町では珍しいことではない。しかし、ハリーは物騒な気配を感じて、立ち止まり後を振り向くが、後にも10数メートルほど離れて4人ほどが道をふさいでいる。強盗だと判断したハリーは、1対8は厳しい、何とか逃げ出せないかなと考えつつも、杖をホルスターから抜き出す。

 それが相手にも見えたのか前方から二人、後方からも二人がこちらに向けて武器を構えて走ってくる。魔法使いのハリーにとって接近されるのは歓迎すべきことではない。

 まずは前方からの敵に対して、護れ(プロテゴ)で接近を防ぐ。次に後方からの敵に対して、麻痺せよ(ステューピファイ)で迎撃する。赤い光線が連続して発射され、一発が一人の腕を掠め、もう一人にはうまく直撃し昏倒させる。掠めた一人には接近されて剣で攻撃されるが、掠めた腕がしびれているのか動きが鈍い。ベルほどの剣速ではないし、ブラッジャーほどの速さでもない。これなら大丈夫とハリーは余裕を持って落ち着いて避ける。

 接近されて分かったが、襲撃者─男─は顔の上半分を隠す仮面をつけている。二、三度、斬り付けられるのを後ろに下がってかわし、ここぞというタイミングで麻痺せよ(ステューピファイ)を撃ち込み、昏倒させる。

 が、ほっとする暇も無く、上から飛び降りてきた剣を慌ててかわす。どうも先ほどの護れ(プロテゴ)を、横の壁を駆け上がって乗り越えたようだ。ダンジョンなら天井があるから乗り越えられないんだけどなぁと考える。だが、街中であるということは、不利なこともあれば有利なこともある。

 二度三度と振るわれる剣を避けるハリー。だが、ローキックは避けることができなかった。体制が崩れるハリー。無理をせずに自分から倒れこむことで少しだが間合いを離す。そこに止めとばかりに剣を振りかぶり踏み込んでくる襲撃者。

護れ(プロテゴ)!!」

 全力で唱えた呪文で相手を弾き飛ばし、壁に叩きつける。

ハリーは、もう一度護れ(プロテゴ)を唱えて、自分と敵の間に壁を作る。

 

 そして、全力で横道に飛び込んで走り出す。2人は麻痺させ、もう1人は気絶させたはず。だが、残りは5人。多勢に無勢、逃げるのが一番である。

だが、ハリーの前に一人の男が屋根から飛び降りてきた。おそらく、様子を見ていた者達のうちの一人が屋根伝いに走ってきたのだろう。元の世界での人間ならば出来ない運動能力を発揮されて、うんざりするハリーである。

 立ち止まって左手を腰にあて、右手を掲げて杖をぶらぶらとさせて、やれやれとポーズをとってみせる。逃げるのを諦めたようなハリーを見て、相手が気を緩める。だが、ハリーはその瞬間に麻痺せよ(ステューピファイ)を撃ち込んだ。赤い光線に吹き飛ばされる襲撃者。そして、無言呪文で自分自身に昇れ(アセンディオ)をかけて一気に隣の建物上空まで持ち上げる。そして、魔法を解除して屋根に飛び降りる。

 襲撃者からみれば、ハリーがとんでもない身体能力で、屋上にジャンプしたと見えるだろう。

「逃がすな!!」

 という声が下から聞こえ。壁を駆け上がってくるらしい音が響く。だが、追われているのに、じっとしているハリーではない。素早く屋根の上を走り、隣の建物へ向かってジャンプする。飛距離が足りない。だが跳びながら、無言呪文で自分自身に昇れ(アセンディオ)をかけて体を無理やりに、持ち上げる。無事、隣の屋上に辿り着く。数回、屋上を転がって衝撃を逃がして、そこから、道路へと飛び降りる。狭い道を走り、目に留まった人一人隠れられる暗闇へと飛び込む。さらに念のため魔法を使い、姿を見られないようにする。

闇よ(ノックス)

 そして、発生した暗闇の中で、体を一回転させて姿くらましをするのだった。

 

 ホームの地下室に姿現ししたハリー。

 現れるところを見たヘスティアは驚いている。

「ななな、何だい今のは、ハリー君!」

「あ~、ベル達と分かれて買い物をしていたら、強盗に襲われたんで、隙を見て瞬間移動で逃げてきたんです」

 ハリーが慌てて説明する。そういえば、姿現しは見せてなかったなぁと考える。

「強盗って、ハリー君、怪我は無いのかい?」

「大丈夫ですよ。相手の半分は麻痺させてきましたし、そんなに強く無かったですし」

 ハリーの何でもないという説明に安堵のため息をつくヘスティア。夕飯の準備が終わっていたのか、食器を並べるのを再開する。ハリーも買ってきた荷物を整理する。そうしているとベルとリリルカも帰宅したので、全員で夕飯にするのだった。

 

 

 その夜、ベルがベッドに入って考えていたのは、ダンジョンから帰る途中でハリーが言っていたことだった。

意表をつく攻撃で、しかも次の攻撃につながるもの。いろいろと考えすぎて混乱してきたので、寝返りを打ってベルは眠るのだった。

 

 

*********************************

 

 

 そしてベルとアイズの訓練最終日

「さてベル。私は明日から遠征に出発するから特訓は今日で終わり。今までの成果をみせてもらおう」

 そして剣を鞘ごと抜いて構えるアイズ。

 対するベルは両手にバゼラートとヘスティア・ナイフを構える。。じりじりとアイズに接近すると、フェイントをかけつつ攻撃を仕掛ける。

 

 アイズはその攻撃を読んで剣でそらす。ベルはそれに構わず緩急をつけて移動しつつ攻撃を加える。両手の武器だけでなく、合間合間に対術を使い、蹴りも入れている。だがアイズはそれらの攻撃をすべてかわすか剣で逸らすかしている。もちろんアイズはベルのレベルに合わせて手加減をしているのだが、それでも、ベルはアイズの防御をかいくぐることができない。アイズの戦闘技術と経験がベルの動きを予測して、完璧な防御を可能にしているのだ。

 

「ベル、全体の動きを良く見るんだ。視線は一箇所に止めても、意識は全体に広げる感じで!」

 アイズのアドバイスが飛ぶ。

 あせるベル。そして脳裏にハリー達、皆の言葉が浮かび出る。

『思いもしない動きをして相手の意表をつく』『ぴょんぴょん飛び跳ねるんです』『意識は戦場全体に広げる』

 瞬間、ベルは地面にぶっ倒れた。

 

 さすがにそれはアイズにも予想外だったのか、一瞬だが動きが鈍る。だが、その隙を突いて、地を這う動きでベルがバゼラードをアイズの足元に叩きつけ、続けてヘスティア・ナイフで二撃目を入れる。

 それをアイズは一撃目は小さなバックステップで、そして二撃目もバックステップでかわそうとして、壁に当たる。そう、ベルがうまく追い込んだのだ。アイズは、残された回避方向、すなわち壁を蹴って上へと軽くジャンプして、二撃目をかわす。

 ベルはそのまま手をついて逆立ちをしながら、下から真上へひねりを入れながら蹴りでアイズのあごを狙う。空中にとどまっているアイズはかわしようが無いと見えたが、ベルの突き出された足を軽く蹴って体勢を変えつつ、この攻撃もかわす。

 だがベルは回避されるのを予想していた。そしてベルの攻撃はまだ終わらない。逆立ちの状態から、両手でふんばって地面から飛び跳ね、右手をアイズに突きつけて叫ぶ。

「ファイアボルト!!」

 模擬戦なので魔力は込めていないので威力は無い。だが速度は本物。いまだ空中にいるアイズには、今度は避ける方法が無かった。その攻撃はアイズにヒットした。

 

「うん、よくやった。成果を見せてもらったよ、ベル」

 アイズはベルに剣を見せながら褒めていた。アイズはファイヤボルトを剣の鞘で受け止めていた。その鞘は砕けて刀身が剥き出しになっている。

 石畳の地面に頭をぶつけて、呻いていたベルは、その言葉に喜ぶ。

「僕、強くなってますか?」

 頭をさすりながら、立ち上がるとアイズに問いかける。ハリーとリリルカは強くなったといってくれる。だが、ベルが欲しいのは目標(アイズ)からの言葉であった。

「うん、強くなっている。自信を持っていい」

 喜ぶベルである。最終日にようやく一本、攻撃を入れることができたのである。成長の証を示すことができ、これほど嬉しいことは無い。そんなベルにアイズは言葉をかける。

「今の感触を忘れないうちに、どんどん続けよう」

 

 その後、時間一杯まで模擬戦は続けられたが、アイズの攻撃が入ることはあっても、ベルの攻撃が入ることは無かった。

 

 

 そして終わりの時間が来る。ベルは攻撃と防御に動き回り、息切れを起こし、両手を膝についてゼエゼエと荒い呼吸をしていた。

「ベル、お疲れ様。短期間だったけど、動きがとても良くなった。これからもステイタスに頼るだけでなく、技術を磨いて行くように。

 ポン・パンチも大分動きが様になってきたから、もっと訓練すると良い。素手の攻撃方法だから、実戦で役に立つことは無いかもしれないが、体の動かし方などは、あらゆる動きに通じるはずだ」

 アイズの話を聞いているうちに、ようやく息が整ってきたベルは、体をおこす。

「ありがとうございました。アイズさん、いつかまた、稽古をつけてくれないでしょうか」

「縁が有り、そして、次の機会があれば」

 そしてアイズは気になっていた事をベルに尋ねる。そう極東式の挨拶をどこで習ったのかである。

「主神の友人が極東から来た神様で、そのう、タケという名前らしいんですが、その神様から習ったそうです」

 師匠と似た名前の別の神様かもしれないが、もしかしたら、師匠がきているのかも知れない。こちらから探さなくても、縁があればオラリオで会うこともあるだろう。そう判断したアイズであった。

 最後に二人は挨拶をする。2mほどの距離をおいて向かい合って立ち、踵を合わせ、姿勢よく立つ。そして両の手の平を胸の前で合わせる。

「明日からの遠征がんばってください、アイズさん」

「ありがとう、ベル」

 そして、アイズは遠征の準備を進めるためにホームに戻り、ベルはハリーたちと合流するためにバベルに向かうのだった。




補足
昇れ(アセンディオ)
映画での魔法。炎のゴブレット編の第二の課題で、水上へと脱出するときに使用した。

 ロキ・ファミリアが59階層に出発。
ちなみにフレイヤは、名前をいまだに間違えているので、ベルの名前をハリー・ポッターだと思っています。それで、ハリーに試練を与えよと、オッタルに指示しています。
オッタルはヘスティア・ファミリアの事を調べ、ハリーはベルとパーティを組んでいることを知っています。
 だからパーティ相手ならいいよねということで、ミノタウロスを鍛えに鍛えました。魔石を大量に食わせて、武器だけでなく防具も装備させてます。レベル3相当の戦力にはなっているはずです。

次回、「格上のモンスター」


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格上のモンスター

ルード・バグマン「では発表しよう。第一の課題はドラゴンだ!」


 そして翌日。

 リリルカは内心で浮かれていた。今日はリリルカにとって記念すべき『ドキドキ! ダンジョンラブ!!』の第一巻発売日なのである。書店に並ぶのを見に行こうか、買ってくれる人は居るだろうか、売り上げはどれくらいになるだろうか、もしかして、人気が出て重版になったりしたらどうしようと、朝からドキドキしていたのである。

 

 だが、そんなドキドキもまずはダンジョンから帰るまでは、抑えておかなくてはならない。ダンジョンでは注意一秒、怪我一生どころではなく、すぐ死ぬのだ。気持ちを切り替えるため詠唱をする。

「シンダー・エラ」

 キャット・ピープルに変身するのと同時にダンジョン向きに気持ちを切り替える。

 

 ベルとハリーもすでに準備を進めている。腰のホルスターにポーション類をセットし、予備の武器を腰に佩く。

「よし、こっちは、終わったよ。みんなは?」

ベルが問いかけ、準備が終えているのを確認するとダンジョンに向けて出発する。

 昨日まではベルがアイズと訓練していたので、出かける時間は遅かった。だが今日からは少し早めに出かけることにしたのである。

 

 バベル前の広場の人ごみを抜け、ダンジョンへと入るベルたち三人。

「なんだか今日はダンジョン内に人が少ないね。広場には多かったのに」

 ハリーが不思議がるが、リリルカが説明する。

「ハリー様、今日はロキ・ファミリアが深層にむけての遠征出発日なのです。到達階層記録を更新すると噂されてますので、見送りをしようとする人が多いのでしょう」

「あー、そうなのか。僕も見送ったほうが良かったかな・・・」

 とぶつぶつ呟くハリー。それにベルが言葉をかける。

「大丈夫だよ。ハリー。縁があれば、ダンジョン内部で会うこともあるさ。それに遠征に行くのがこれで最後ってわけじゃないだろうし。また見送る機会はあるさ」

 だが返事が無い。不審に思ったベルが振り返ると、ハリーとリリルカが呆気にとられた表情で、ベルを見つめていた。

「どうしたのさ?」

「ベル様がまるで大人みたいな事を言ってます!」

「病気?」

「ちょっと二人とも僕の事をどう思ってるの? 何かこの前の事といい、扱いがひどよね?」

 むかっとした表情でベルが二人に詰め寄る。

「まあまあ、ベル様、ダンジョンでふざけていては危ないです。まじめに行きましょう」

 そういいながら、リリルカがベルの横を通り過ぎる。ハリーがうんうんそのとおりと頷きながら、それに続く。スルーされてあわてて、追いかけるベル。先頭に戻り、そして、三人は、いつものベル、リリルカ、ハリーの順番でダンジョンを進む。

「ベル様、今日も11階層ですか」

「そうだね、11階層で」

 

 そして階層を下っていく三人。順調に進んでいくが、次第にベルとハリーの表情が厳しくなっていく。5階層についたころにハリーが問いかける。

「ベル、おかしくないか? モンスターが此処まで一体も出てない」

「うん、他の冒険者も見ない。ダンジョン内がぴりぴりしている感じがする」

 きょろきょろと周囲を警戒しながら、ベルが答える。

「そう・・ですかねぇ・・リリにはいつもと同じに見えます」

 のんきにリリルカが答える。周囲を見回すがいつもと同じダンジョンに見える。だがベルとハリーは最大限の警戒状態になっている。

 ・・・ズシリ

 通路の奥からか細い悲鳴が木霊のように聞こえてきた。冒険者のようだ。

 ベルとハリーは視線を合わせると頷く。

「リリ、一時撤退だ。地表に戻る」

 リリルカも異常事態を感じ取ったのか、素直に頷く。

 ・・・ズシリ

 がちゃがちゃと通路の置くから微かな音が聞こえてきた。冒険者が走っている音のようだ。三人は地表に向かって歩き始める。ベルは嫌な事を思い出す。ここは5階層。以前ミノタウロスに追い回されたのと同じ5階層である。

 

 そうしている間に走っている音はだんだんと大きくなり、こちらに近づいてきた。だが、そこで風を切る音がして、絶叫が響きたる。ダンジョンの通路に反響し、人の声とは思えない響きになってしまっている。

「一体何が・・」

 リリルカが呟くが誰も答えない。がちゃがちゃと装備の音を響かせながら、通路の置くからヒューマンの冒険者が飛び出してきたのだ。

 逃げるのに邪魔だと思ったのか、鎧は脱ぎ捨て、武器も持っていない。ぜぇぜぇと息を切らし、涙やら涎やらで、とんでもない顔になっている

 ・・・ズシリ

 そしてその後ろから、重低音の足音を響かせながら、何かがやってきた

「た、たすけっ!」

 こちらを見つけた冒険者は、そう叫ぶ途中で背後からの暴風により、脳天から股間までを真っ二つに断ち切られる。舞い上がる血しぶきの中、ゆっくりと姿を現したのは、ミノタウロスであった。

 

 だがその姿は並みのミノタウロスではなかった。その赤黒い巨体は2mをゆうに超え、上半身を鎧で覆い、鎧を内側から押し上げる筋肉のはりは異常とも言えるほどで、どれだけの筋力を秘めているのかうかがい知ることもできない。右手には、今、冒険者を破壊したばかりの、長さが2mにも達しようかという大剣をもっている。通常のミノタウロスとは明らかに違うその姿は、間違いなく強化種であった。

 ふしゅうふしゅうと、息を荒げながら、ミノタウロスは大剣を振りかぶる。そして視線を三人に向ける。次の攻撃目標をベルたちにしたようである。

 だが問題はそんなことではなかった。

・・・ズシリ

 ベルたち三人の視線はその巨大なミノタウロスの上部に向けられていた

2mを超えるミノタウロスのさらに上に、暗闇からぬぅっと現れた赤い1mほどの大きさの頭部。棘がいくつも生えたその赤い頭。爛々と光る黄色い目の下の口腔が大きく開かれる。幾重にも生えた牙が剥き出しになり、その奥に魔力がためられたかと思うと、小さな轟きと共に炎が噴出される。

 炎はベルの頭上、ダンジョンの天上にあたり、大きな穴を穿つ。

 

砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)!?」

 リリルカが叫ぶ。

「逃げろーー!」

 ベルが叫び、リリルカからバックパックをむしりとって放り出す。ハリーは、背中に背負った(ドラゴンフライ)を取り外すと、向きを変えてそれにまたがり、飛び始める。それにあわせて、ベルはハリーの後ろにリリルカを放り投げる。リリルカは、ハリーの背中にしがみつくと、そのままずり落ちて箒にうまくまたがった。その間にもベルもダッシュで箒に追いつき、最後尾に飛び乗った。ハリーは箒の速度を上げて、地上に向かって加速を始める。

 

「リリ、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)って何?」

 ベルとハリーの間でつぶされているリリは、頭を横に出すとベルに答える。

「ギルドが情報を秘匿している深層領域の、強力なモンスターです。ブレスでダンジョンを破壊して、上の階層に居るモノを攻撃できるそうです。神酒に酔った冒険者が言っていたので、与太話だと思ったのですが、ブレスが天上を破壊していましたし、本当のようですね」

「いや、あれはハンガリー・ホーンテールだ。以前、出会ったことがあるから、まちがいない」

 その瞬間、ハリーはブラッジャーに襲われたときのような、チリチリとした感じを受け、思わず箒をダンジョンの天上一杯まで上昇させた。轟音と共に灼熱の炎が先ほど居た場所を通り過ぎ、ダンジョンの床と壁とを破壊していく。

 ベルが箒の上で体を右にひねって振り返ると、ドラゴンが走ってこちらを追いかけていた。ドラゴンの全身をようやく確認できた。その姿は全長10mほど、幅は2m弱。全長と比較するとややスリムといえなくもない真紅の体で、全身の至る所に30~40cの長さの棘が生えている。背中には一対の羽があるが、ダンジョン内部では翼を広げるにはスペースが足りないようで閉じられている。その体を支える四本の足を使って走るスピードはなかなか速い。その上ブレスを使うとなれば、こちらが不利。そう判断したベルは迷わず、右手をドラゴンに向けて攻撃する。

「ファイアボルト!! ファイアボルト!! ファイアボルト!!」

 速攻攻撃呪文。雷の速さで撃ち出される魔法はドラゴンを直撃する。だが、厚い鱗に阻まれダメージを与えられない。

「追ってきてます。ハリー様、急いでください!!」

 リリルカが悲鳴をあげ、それに答えるようにハリーが全速力で箒を駆る。曲がりくねった迷宮内部で、ハリーの操作を受けた箒は滑らかに、迷宮内部で出せるトップスピードに移行した。リリルカがハリーの後ろから、最短経路を指示する。

「だめだ、魔法が効いてない!」

「鱗が厚いから、五、六人でやらないとだめだったはず!」

「というよりもまずは逃げましょう!! 地上に行けば、強力なファミリアが居るはずです!」

 リリルカが泣き声をあげる。

 

 ハリー自作の箒は、元の世界の箒、ニンバス2000ほどのスピードを出すことはできない。とはいえ幸いにもドラゴンもダンジョンの中ではスペースが無いので、飛ぶこともできないし、走るのに適した体型とはいえないので、今のところは追いつかれることは無い。

 問題は

「ハリー、右へ!」

 ベルの指示に従い、ハリーは箒を右壁ぎりぎりまで寄せる。ハリーたちの体の左側を轟々とした白熱したブレスが通り過ぎる。直撃せずとも、熱気だけで身体が燃え上がりそうな威力である。ブレスが直撃したダンジョン壁には巨大な大穴が開いている。

 今のところは、ベルが魔法で牽制してドラゴンの顔の向きを逸らせたり、ハリーへすばやく回避方向を指示することで、ブレスをかいくぐっている。だが、ブレスがドラゴンにとっての障害物を破壊し、徐々に徐々に距離をつめてくる。

 ベルは箒の最後尾で、ドラゴンを睨み付ける。アイズとの特訓で強くなったつもりであったが、まだまだ上には上が居る。まったく刃が立たないことは悔しいが、今は出来ることをするしかない。

 ハリーはダンジョンの曲がりくねった通路をスピードを落とさず、壁にぶつからないように全速でドラゴンフライを飛行させる。狭い場所での飛行のによるストレスに負けないように歯を食いしばるのだった。

 

 そしてリリルカは、ハリーに最短経路をナビゲートしながら、ふと何の気なしに左を向いた。

 

 赤黒い巨大なミノタウロスが居た。

 

 武器と鎧を捨てて身軽になり、腿を高く蹴り上げ、肘を直角にまげリズミカルに前後に勢いよく振り、ピッチ走法で全力で箒と並んで走っていた。教科書に載せたいような、素晴らしく綺麗な走行フォームであった。筋骨隆々としたその姿は、芸術家が彫刻にすれば賞賛を浴びるような、素晴らしいものだった。

 何も考えられずに、リリルカはそのミノタウロスを見ていたが、その視線に気づいたのかミノタウロスが、リリルカのほうを向き、視線が合う。数瞬、見つめあった後、リリルカの体は無意識に動いた。滑らかな動きで左手で、隠し持っていた魔剣を抜き放ち、ミノタウロスに向けて振りぬいたのだった。無意識での動きで殺気が無かったためなのか、ミノタウロスは反応できずに顔面に魔法の直撃を受ける。

 魔剣から放たれた魔法の威力は高いものではなかった。元から耐久が高く、さらに魔石を食らい強化種になったミノタウロスである。ダメージは与えられない。だが、直撃で、目がくらみ、足元がおぼつかなくなったミノタウロスは、ダンジョンのでこぼこに足をとられ、転倒してしまった。

 そして重低音の足音を響かせながら10mの巨体で追ってくるドラゴン。ミノタウロスの事は気にせずにその上を走り抜ける。ドラゴンが走り去った後、ミノタウロスは下半身を踏み潰されていたが、奇跡的にまだ生きていた。薄れていく意識の中、ミノタウロスはドラゴンに踏み潰される原因になったキャットピープルに対する怨恨の激情を滾らせていた。

 そして、その怨嗟の思いを胸に抱いたままミノタウロスの意識は闇に飲まれた・・・

 

 

**************************

 

 

 三人の逃走は続いて、現在4階層まで逃げ延びた。だがドラゴンも相変わらず、後ろをついている。どういうわけだか分からないが、三人を追ってくるのである。目をぎらぎらと光らせながら、ずしずしと走り、ブレスを吐き散らし、咆哮をあげながら追ってくる。

「その先を右!」

「ハリー、左だ!」

 ベルとリリルカが同時に叫ぶ。右に曲がらねば、地上へと迎えない。だが左へ回避しなければ、ブレスで死ぬ。ハリーは迷わず左への回避を選ぶ。そしてリリルカが真っ青になって叫ぶ。

「だ、だめです。この先は行き止まりです」

 だが、ベルは一つ思いつく。

『思いもしない動きをして相手の意表をつく』『ぴょんぴょん飛び跳ねるんです』『ブレスでダンジョンを破壊』

 そしてその作戦をハリーに伝える。

 間に挟まれたリリルカが驚くが、ハリーはやってみると力強くうなづいた。

 そうしている間にも行き止まりに辿り着いてしまった。

追ってきていたドラゴンも行き止まりで停止している三人を見て、足を止め、すかさず息を吸い込みブレスの準備に入る。ハリーは箒をふらふらと上下に動かしながらドラゴンをにらみつけ、タイミングを計る。ドラゴンの横をすり抜けるにはドラゴンの巨体が邪魔をしていた。本当に閉じ込められているのだ。こうなったら最後の手段のベルの作戦をするしかない。

 

 轟音と共にブレスが吐き出される。すかさず、ハリーは箒を操作し回避する。回避する箒を追いかけてブレスが撒き散らされる。上下左右をむちゃくちゃに飛び回り、何とか回避をするハリー。ブレスの熱気が籠もり、三人の体に汗が噴出す。

「む、蒸し焼きになりそうです」

 体力が最も無いリリルカが涙を流し、弱音を吐く。

 ブレスを回避し続けるハリーに業を煮やしたのか、ドラゴンはブレスをやめ、苛立ちの混じった雄たけびを上げる。リリルカは怯むがハリーとベルは戦意のこもった目でドラゴンをにらみ続ける。

 再度ブレスを吐くために、ドラゴンは息を大きく吸い込む。それをみてハリーは地上付近に箒を降下させる。冷や汗が流れる中、ハリーはタイミングを計る。ドラゴンが息を吸い込むのをやめた。その瞬間ハリーは箒で地上すれすれを飛びドラゴンに突っ込む。ドラゴンは下を向きブレスを吐こうとするが

「ファイアボルト!!!」

 全力のベルの魔法がドラゴンの鼻を攻撃し、ほんの一瞬、動きを止める。そのままハリーはドラゴンにぶつかる直前に急上昇に入り、ドラゴンの正面を天上に向けて飛び上がる。

 鼻を攻撃されてブレスを撃つのが遅れたが、ドラゴンは上を向き、天井に向けて飛び上がったハリーたちに全力のブレスを撃ちだす。ハリーは体全体を右に投げ出し、箒をローリングさせ上下さかさまになる。そして、ベルが両足で天井に着地し、両手で、ハリーとリリルカを抱え込む。それと同時に全力でハリー達ごと地上に向かって飛び下がってブレスを回避する。

 

 リリルカがぎゃあぎゃあと、女の子が出してはいけないような悲鳴を上げているが、そんな三人の横を掠めて、ブレスは天上を直撃した。ブレスの威力はそこで止まらず、ダンジョンを破壊し地中に穴を穿ち、地上までの土砂を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 ドラゴンがばさばさと羽ばたきをして生じる乱気流の中、ハリーは今のブレスが開けた穴の中に外の光が見えたのを確認する。

「ベル、うまくいった!」

ハリーは箒を操り、ブレスでできた穴に飛び込んだ。

 

 



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オラリオ上空から下へ

 ロキ・ファミリアの歴史的遠征。その出発に立ち会うというオラリオ早朝のイベント。

 ダンジョンに遠征隊(ロキ・ファミリア)が入った後、集まった群集たちはようやく広場から離れ、日常へと戻ろうとしていた。そんなときである。轟音と共にガネーシャ・ファミリアの建物が吹き飛ばされる。正確には主神ガネーシャをかたどった建物の右半身が吹き飛ばされ、左半身は炎を上げて炎上している。

「俺のホームがぁぁぁぁ!」

 遠征出発を、ファミリアのほぼ全員を率いて見送りに来ていたガネーシャが悲鳴を上げる。

 ホームを直撃したのは、ハリーたちを追いかけていたドラゴンのブレスである。ガネーシャ・ホームに気の毒なことをしたが、これはもう仕方が無い。運が悪かったとあきらめるしかない。

 

 そして爆発の煙と埃が舞い上がる中、ハリー、リリルカ、ベルが乗った箒がその中から空中に飛び出す。

 ドラゴンも三人の後を追って穴から這い出してきていた。

 ホームに居残っていたガネーシャ・メンバーが大慌てで、テイムモンスターの退避と、非戦闘員の避難を開始する。一方、高レベル冒険者はドラゴンを取り囲み、戦う気満々である。だが、ドラゴンが、棘のついた尾を振り回して周囲を破壊し暴れ始めると周囲は沈黙した。さすがに死亡したものは居ないようであるが、大多数が大なり小なり負傷してしまったのである。無事だったものが攻撃しようとしたが、ドラゴンは怒号を上げ、羽ばたきをはじめる。その風に吹き飛ばされて、誰も何もできないまま、ドラゴンの体は浮き上がり、飛翔しはじめる。

「空に逃がすな! 翼を狙え!!」

副団長の指示で魔法を使える者、弓矢で攻撃する者、様々にファミリアメンバーが攻撃に入るが、ドラゴンの羽ばたきで弾き飛ばされ、硬いうろこに阻まれて有効打にはならない。

 

 ついにドラゴンの巨体が宙に浮く。悠々と空を飛ぶドラゴン。そして下を向くとブレスを吐き出した。直撃し爆発炎上するガネーシャ・ホーム。炎を上げて崩れ落ち、瓦礫があたりに飛び散り、たちまちあたり一帯が火の海になる。地上からは相変わらずドラゴンを狙う矢、魔法、投げ槍が飛んでくるが、距離がある上、飛び回るドラゴンには当たる気配が無い。

「GYUAAAAASASS」

 自分の絶対的有利を確信したのか、オラリオ中に響き渡る声でドラゴンが吼える。そして力強く羽ばたくと高度を更に100mほど上げ、再びブレスを吐き出す。破壊され炎上する建物、衝撃で倒壊する建物。瓦礫に巻き込まれて打ち倒される者たち。悲鳴を上げて逃げ惑う市民たち。

 それを見守っていたガネーシャは自分たちの無力さに歯噛みするが、空を飛ぶドラゴンに対して取れる対抗手段が無かった。フレイヤ・ファミリアに救援依頼を出したとしても、たとえオッタルが来たとしても、空を飛ぶ相手に対抗できるとは思えなかった。そうしてる間に団員に担がれるようにして強制的にガネーシャは避難させられる。

 家を破壊され悲鳴を上げるオラリオ市民たちも、ガネーシャ・ファミリアに誘導されて避難し始める。だが逃げ先を狙うかのようにブレスが放たれ建物が爆発する。建物の破片があたりを飛び交い、煙が立ち込め、どこに逃げたらいいのかも分からなくなってしまう。人々は煙に巻かれ、泣き叫ぶ。

そんな中、

「ファイアボルト!!」

切り裂け(セクタクセンブラ)!!」

 白熱の雷と、真空の刃がドラゴンを直撃した。

 

 

********

 

 

 ドラゴンがブレスを吐き、市街を破壊し始めたときの事だ。

 空中に居るドラゴンに対して有効な攻撃ができず、逃げ惑う人たち。それを空から見てベルが宣言した。

「助けに行こう」

「まぁ、そうなる・・よなぁ・・」

 考えてやったわけではないが、ドラゴンを地上まで誘導してしまったような結果になり、ハリー達は後ろめたさを感じていた。

 それに地上に出れば、何とかなると考えていたのに、ドラゴンに空を飛ばれていては、他の冒険者も手も足も出ないようだった。

 現在空を飛べるのは、ハリーたちだけ。ここはもうハリーたちで何とかするしかないであろう。ハリーは仕方が無いなあという表情でベルに同意すると、そのままドラゴンに向かって横から突っ込んだ。

 

 

「ファイアボルト!!」

切り裂け(セクタクセンブラ)!!」

 二つの魔法がドラゴンを直撃する。ダメージがあるのか無いのか分からないが、鱗が煤けて少し黒くなっている。

麻痺せよ(ステューピファイ)! 切り裂け(セクタクセンブラ)! 爆発せよ(コンフリンゴ)! 燃えよ(インセンディオ)

 ハリーも覚えている呪文を連続で唱える。どれが有効かは分からないが、とにかく攻撃あるのみである。ベルも箒の後ろから、ファイアボルトで攻撃している。

 こんな時に助言をくれるハーマイオニーが居たらよかったのにと、ハリーはちらりと考える。彼女が今は居ない以上は、自分で何とかするしかないので、まずはドラゴンについて知っていることを全部思い出そうと試みる。

 ドラゴンが、いらいらと怒りのこもった目でこちらを見て追いかけてきた。

「ハリー、奴の周囲を旋回して!」

 ドラゴンの突進を脇に飛びのいてよける。ドラゴンの黄色い目玉がぎろりとこちらを睨む。その迫力にリリルカは悲鳴を上げっぱなしだ。

 

『アリー、わーたしが思うにドラゴンの鱗はとても頑丈デス』

 頭を優雅に振って髪を後ろに払うフラー・デラクールの姿がなぜか脳裏に浮かぶ。

 ハリーは自分も頭を振って雑念(フラー)を追い払い、ドラゴンの対処法を考える。今までの人生でドラゴンに最も詳しい人物といえば、ロンの兄、チャーリー・ウィーズリーである。だが、彼はいつも忙しく、じっくりと話をできたことが無い。

『正々堂々と勝負だハリー』

 箒を片手にハッブルパフのクディッチ・ユニホームを着て微笑むセドリックと

『ハリー、君は飛ぶのがウマイナ』

 森の中を歩くビクトール・クラムが、クディッチの話をしていることを思い出す。

 

 関係ないことを思い出す自分の脳みそに腹を立てながらも、急速旋回をして、ドラゴンのブレスを回避する。同時に、ドラゴンの背後にピタリと箒をつける。これでベルが魔法を打ち放題だ。だが、なんと、ベルはドラゴンの背中に飛び移った。

 すかさず、ベルはナイフをドラゴンの背中に突き立てるが、傷がついていない。あきらめずに何度も切り付けるが、鱗が硬く、ろくにダメージを与えていないようだ。その間にもドラゴンは背中の異物(ベル)を振り落とそうと、体をめちゃくちゃにねじり、暴れる。

 振り落とされると思ったのか、ベルは、ドラゴンの後ろのほうを指差し、そちらに飛び降りと合図する。ベルを受け止めるべく、ハリーは箒を操る。だが、それよりも早くドラゴンの尾がベルの体を掠め、バランスを崩したベルが転げ落ちる。あわてて、ハリーは箒で落下するベルを捕まえに急降下する。それを追ってドラゴンも体を捻じり、急旋回して追いかけてくる。

 

 羽が生えた黄金のスニッチを掴まえる事に慣れているハリーにとって、空を落ちていくベルを捕まえるのはたやすいことだった。そう、ドラゴンが隣を飛んでいなければ。

 噛まれるか、ブレスを吐かれるか、それとも体当たりか。接近するドラゴンに、リリルカがまたも恐怖の叫びをあげる。口を大きくあけて噛み付きにかかるドラゴンにリリルカが思わず、腰につけていた袋を投げつける。それは偶然だが、ドラゴンの口の中に飛び込んだ。ドラゴンでもむせることがあるのか、GEFUGEFUと咳き込むようにして懸命に頭を振り回して、袋を口から吐き出した。

 

 その間にハリーは無事にベルを捕まえて、箒に乗せていた。

「何やってるんですか、ベル様! 無茶しすぎです!」

 確かにリリルカが言うように無茶苦茶な行動だった。だがベルは叫び返す。

「無茶でも何でもやれることは全部やらないとっ! でないと倒せないんだ!」

 そんな二人を後ろに乗せてハリーは高度を稼ごうと全力で箒を操っていた。後ろからドラゴンが追ってきているのである。

 

 そしてハリーの脳裏に、薄暗いグリフィンドール談話室の中、暖炉の炎の中に浮かんだシリウスの生首を見ながら、四年生のハーマイオニーが悩んでいる光景が浮かぶ。彼女はこう言っていた。

『何か単純で簡単な呪文で、効果を発揮できるはずよ』

 思い出したその光景で、ハリーはようやく、どうすればいいのかが分かった。

 たしかに単純で簡単な事を積み重ねる。そして、複雑で困難なことを構成するのだ。ハリーは二人に作戦を伝える。

 

 

「そう、うまくいくんですか ハリー様」

 リリルカが相変わらず白い顔のまま、疑念を言葉にする。

「ファイアボルト!!」

 ベルがさっそく魔法でドラゴンを攻撃する。

「いいかい、リリルカ。やるしかないんだ。でないと僕たちはドラゴンに食べられておしまいだ・・。じゃあ、いくぞ」

「頼みますよハリー様。私、まだ死にたくないんですからねぇぇぇぇぇ!」

 悲鳴を上げてリリルカは箒にしがみつく。

「ベル、マインドポーションを飲んでマインドの回復を忘れずに! 僕の分も飲んでいいから! リリルカ、僕のホルスターに入ってる分をベルに渡して」

 そのハリーの指示に従い、リリルカがおっかなびっくりと、箒を握り締めていた手の片方を無理やり引き剥がす。そして、ハリーのホルスターからマインドポーションを取るとベルに渡す。

「ベル様、これでマインドポーション、全部で残り4本です、うえっぷ」

 ハリーが急旋回をしてブレスを回避したので、リリルカがそれに耐え切れなかったようだ。

「リリ、もうちょっとだから、がんばろうっぷ」

 ベルもハリーの箒捌きについていけないようだった。だが、相手はドラゴンである。先ほどのベルの言葉ではないが、ここで無理をしなければ、どこで無理をするのだという話である。オラリオ上空を突っ切りながら、ドラゴンのブレスをかいくぐり、こちらからもベルが魔法(ファイアボルト)で攻撃する。

 さしてダメージが無いとはいえ、度重なる攻撃を受けて、ドラゴンはいらいらとしているのか、黄色いはずの目を真っ赤に光らせて、ハリーたち三人の箒を追いかける。完全に標的をハリーたちに定めたようだ。大きく旋回して、ハリーはそれをかわし、ぐるぐると大きくオラリオ上空を旋回し、ブレスを回避しながら高度を稼ぐ。上へ上へと薄い雲をつきぬけ、どんどんと上昇する。

 

「ベル様、これ、が、最後、の、一本、です」

 オラリオが遥か下方で小さく見えるようになったころ、リリルカが途切れ途切れに宣言する。そう、ベルは三本分のマインド・ポーションを飲みながら、魔法でドラゴンを攻撃していたのだ。その甲斐があって、ドラゴンは煩わしさに怒り狂い、なんとしても三人を食べるかブレスで焼くかしようと頭が一杯のようだった。そして恐ろしい執念で三人を追いかけていた。

「よし、高度も十分だ。いくよ、二人ともしっかりしがみついてて」

 その声にベルはこれが最後と全力の魔法を打ち出す。

「ファイアボルト・マキシマァァァ」

 以前ハリーが守護せよ(プロテゴ)の後に『マキシマ(極大化)』とつけていたのを思い出して、真似してみたベルである。もちろん、付け加えても効果があがるわけではない。だが気合が入った詠唱のためなのか、今までで最大の炎の雷がドラゴンを襲う。ドラゴンはそれに怒り、さらに猛々しくなっていく。

 もうベルに出来ることは無い。ここからは、ハリーの腕前にかかっている。

 

声よ響け(ソノーラス)!」

 

ベルとリリルカに、大声を出す呪文をかける。かけられたベルとリリルカは悲鳴を上げるがそれは作戦であった。ハリーは箒のスピードを落とすと同時に向きを180度回転させ、ドラゴンと正面から向き合う形になる。チャンスと見たのか、ドラゴンが口を開け噛み付いてくる。だが、ハリーはそれを予想していた。ひょいとばかりに、さらに少し上昇し、すかさず魔法で反撃する。

 

 使う魔法は、結膜炎の呪文。

 

すれ違いざまの攻撃であったが、うまく命中させることができた。そうこれこそが簡単で単純で効果的な魔法。かつて三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)でハリー、セドリック、フラーたち各校代表が、それぞれドラゴンと戦うときに、シリウス・ブラックが暖炉の炎越しに教えようとした呪文。そして、ビクトール・クラムが使った魔法だ。

 

「GUGUAYARARA」

 怒りと結膜炎で目を真っ赤にし、涙を流して苦しがり、悲鳴を上げるドラゴン。だが目がよく見えず苦しみながらも、悲鳴を目当てに向きを変えてハリーたちに襲い掛かろうとする。それを避けるとハリーは垂直に真下に加速してオラリオに落ちていく。二人の悲鳴を目印に、箒を追いかけて同じく急降下するドラゴン。重力による加速も合わさり、かつて無いほどのスピードを見せるハリーの箒。気持ちがいいほどのスピードで真っ逆さまに落ちていく。

 びょぉびょおと吹き付ける向かい風の中、後ろの二人は、目印の悲鳴を上げ続ける。ハリーは風に目を眇めつつ、もっと早くもっと早くと箒からスピードを絞り出していた。

 

 最初のうちは、高度があったのでまだ良かった。だが落下の速度が上がり、高度が下がり、次第にオラリオが大きくなり、地表の様子が見えてくるようになると恐怖心が湧き上がってくる。目が良く見えないドラゴンが追いかけてこられるようにと大声を上げていた後ろの二人(ベルとリリ)だが、今では純粋に落下の恐怖で、本気で悲鳴を上げていた。

「ちょっとハリー様! このスピード本当に大丈夫ぶぶふぶぶぁぁぁぁああ、ぎゃあぁぁぁぁ」

 特に高いところが苦手なリリルカは絶叫していた。風にあおられ、かぶっていたフードが顔に張り付くようしてはためいている。呪文でさらに大声になるようにしていたため、ハリーはだんだん耳が痛くなっていたが、箒の操縦に全身全霊をかけるべく、それを意識の外に追いやった。ドラゴンも目がよく見えないまま、強力な羽ばたきで、悲鳴を頼りに、ハリーたちを追いかけて急降下していた。時折、悲鳴に向けてブレスを吐くが、悲鳴をかき消すことができず、それがさらに羽ばたきを強力にする原動力になっているようだ。

 ハリーは全力で箒を操縦しつつ、背後にも気を配ってブレスを回避し、いつ上昇に転ずるべく箒を立て直すかタイミングを見計らっていた。タイミングが遅いと自分たちも地面に激突するし、早すぎるとドラゴンを地面にたたきつけることができない。ぎりぎりまで地面にドラゴンをひきつけることが必要だった。

 

 これがハリーの計画、ウロンスキー・フェイント。

 スニッチを見つけたふりをして相手シーカーと共に地面に急降下し、激突寸前で上昇する。ビクトール・クラムがクィディッチ・ワールド・カップ決勝でやって見せ、相手シーカーを地面に叩きつけた技だ。ハリーはこれを、自分達を餌替り(スニッチ)にしてドラゴン相手にやってのけようというのである。

 

 さらにスピードをあげて、地表に向かう。忙しく、前後を振り返り、ドラゴンと、自分たち箒と、地表との距離を確かめる。その際にオラリオの様子がちらりと視界に入る。先ほどのドラゴン・ブレスで燃えあがった建物からモクモクと煙が上がり、避難の為か人でごった返している町並みが視界を掠める。

 

 そして、これはもう地面にぶつかるのを回避できないと、リリルカが本気で死ぬのを覚悟したとき、ハリーは呪文を唱え、箒を引き起こした。

黙れ(シレンシオ)!」

 呪文をかけられた後ろの二人(ベルとリリルカ)は声を出そうとしているが、ぴたりと声が止まる。悲鳴が聞こえなくなり目標がなくなるが、構わず、ドラゴンはまっすぐに急降下を続ける。そしてドラゴンは、高空からの急降下のスピードのまま、恐ろしい勢いで地面に激突していた。衝撃で土煙が爆発的に、オラリオ外壁以上の高さまで舞い上がる。激突音はオラリオ中に響き渡った。

 

 後ろを向いていたベルは上手く行ったことに、拳を突き上げ無言のまま喜びを爆発させる。ハリーは減速しつつ、箒の向きを力づくで無理やり変えて、水平飛行に移ろうとする。箒がそれに逆らい、ぎしぎしと軋む音を立てる。喜んでいたベルとリリルカにもそれは聞こえ、箒が壊れるという恐怖で、二人は身をすくませる。リリルカの顔色は白を通り越して緑色になり始めている。ハリーは全力で腕に力をこめて箒を引き起こし、ようやく、地面と平行にすることに成功する。だが、そこまでだった。みしみしと悲鳴を上げていた箒が、ハリーの手の中でバキリと音を立てて、ひびが入り、すぐに全体に広がる亀裂となり、真っ二つに割れてしまったのだ。三人は箒から放り出され、地面に叩き付けられ、ごろごろと転がる。

 

 数十m転がってようやく止まった三人。ベルがすばやく立ち上がり、武器を構えて、ドラゴンが落ちた方向を向いて警戒する。たちこめる土煙は収まる気配を見せず、ドラゴンが死んだのか、はたまた、ぴんぴんとしているのか、様子がまったく伺えない。

「二人とも大丈夫?」

 警戒したまま、ベルが問いかける。

「リリは無理です。動けませんです。もう放っておいてください」

 リリルカは草臥れ果てて、不貞腐れたように地面に仰向けに寝転がったままそう返す。ハリーは痛みを堪えて、ようやく立ち上がり、杖をホルスターから抜き、ベルのそばまで歩いて、並んで立ち、警戒する。もうこれだけの事をするだけで疲労困憊だった。

「あれでだめなら、もう出来ることは僕たちには無いよ。さっさと逃げよう」

 とは言うものの、箒が壊れた今、空を飛ぶドラゴン相手に逃げられるとはハリーは思っていなかった。計画が上手く言っていてくれと祈るハリーである。

 そうして、二人がドラゴンを警戒していると風が土埃を吹き払い、徐々にドラゴンの様子が見えてくる。まったく動きが見えず、気絶しているかと最初は思う二人である。リリルカは疲れ果てて寝転がったままで、地面にいるってすばらしいと呟いている。

そしてさらに土埃が吹き飛ばされ、徐々にドラゴンの様子が詳しく分かる。ドラゴンは頭を下にしてつぶれており、どう見てもその特徴的な長い首が折れていた。首の骨が肉を突き破って飛び出しているのが見える。地面にぶつかった頭部もひしゃげている。

 

 死んでいる。

 

 ハリーの計画がこれ以上に無いほど上手く行き、ドラゴンを退治できたのだった。

それを確認したベルとハリーは安堵のあまり、へたり込んだ。

 




補足
 地面直前で姿くらましするという方法があるのですが・・・
 この話のハリーは、姿くらましよりも、箒のほうに信頼をおいています。あと、ベルとリリルカの二人を連れて、付き添い姿くらましを上手く出来るか、ハリーには自信が無かったのです。下手をしたら、空中に姿現しした途端に、ばらけたりしますので・・。それで、この方法となりました


次回『ハリーの挑戦』


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ハリーの挑戦

ドラゴン騒ぎの後始末いろいろです・・・


 ドラゴンが死んだことを確認すると、三人はへたり込んでしまった。

 

 だが、それから大勢の人たちがやってきた。

 

 まずは、何事かと慌ててやってきた、デメテル・ファミリア。農作業をしていたら、この騒ぎである。ドラゴンの死体に驚いた彼らであったが、へたり込んでいた三人を発見するとすぐにホームに運んで、治療と称して手厚い看護をはじめた。

 それから次にやってきたのは、ドラゴンがオラリオ市外に墜落するのを目撃したガネーシャ・ファミリアとギルド・メンバー。

 死体の見張りに残っていたデメテル・ファミリアから事情を聞くとすぐに、三人のところにもやってきた。三人の話からドラゴンの種類は、ダンジョンの階層をブレスでぶち抜いた以上は資料にあるとおり、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)となった。

 だが、ハリーがただ一人、『故郷に伝わるハンガリー・ホーンテールの見かけと同じだ』と主張したので、困ってしまった。だが、ドラゴン調査部隊から、このドラゴンには魔石が無い『特殊固体』と連絡が入ると、『ハンガリー・ホーンテール』を固体名称として扱うことにした。ハリーもそれに納得するしかなかった。

 

 そして魔石が無いということは、全身くまなく素材にできるということである。狂喜乱舞した生産系統のファミリアは、こぞって買取を申し出た。討伐したベル達に所有権があるので、ヘスティアも含めて、どう取り扱うかを話し合った。そして一部の素材を取り分けて、残りはすべてギルドを通じて売却した。そして得た金額の大部分を、ドラゴンに破壊されたオラリオ復興に使うようにと、ギルドに提供したのである。これには皆が喜んだ。

 

 実のところ、大金だったので、寄付するのはちょっと、いや、かなり? 惜しい気がしたのである。とはいうものの、自分たちを追いかけてドラゴンが、地上まで来たことを後ろめたく思っていたので、このようなことになったのだった。あと弱小ファミリアが巨大資金をもっていると、良からぬ輩に目をつけられて、無用なトラブルを招きよせるのでは? というヘスティアの思惑もあった。

 

 そして取り分けておいた資金で、装備を新調すると同時に、ホームの改修をするべきだと、ハリーが強硬に主張した。

 たしかに、現在四人になったヘスティア・ファミリアでは教会地下室で生活するのはかなり手狭である。地上部分を修理して、今後のためにも、もっと大勢で住めるようにすべきである。そのための資金としてドラゴン売却金を使おうというのである。

 執筆スペースが欲しいリリルカや、手狭になってベルといちゃつきにくいと感じているヘスティアや、『もっと大勢で』という部分にファミリア巨大化を夢想するベル。結局ハリーの提案に全員賛成した。

 

 

 そして、ベル、ハリー、リリルカにとって、大事なことがもう一つ。ドラゴンとの戦闘後、ヘスティアが三人の恩恵の更新をしたのである。

 

「やったぜ、ベル君! ランクアップだ!」

 ヘスティアが、ステイタスを書き写した紙をベルに渡す。そこには確かにレベルが2と記されていた。そして待望の発展アビリティも。

「えっと、神様、このアビリティは?」

「うん、発展アビリティは『幸運』一個だけだった。おそらく、これから人知の及ばぬところで、いろいろと助けになると思うぜ。まあ、他の選択肢がないから、これを選ぶしかないけど、損はしないと思う」

 冒険者が努力しても得られないもの、自前の努力でどうしようもないもの、それが幸運である。それがステイタスとして自分の努力で得られることができるかもしれなくなったのである。ベルは喜んでいた。

 

 そしてリリルカ。残念ながら、ドラゴンとの遭遇前のステイタスが低かったのでランクアップは無理だった。だが、ステイタスが恐ろしく大幅に上がっていた。リリルカの話を聞いてベルとハリーは思い出したのだが、ミノタウロスの強化種をリリルカが(一応)撃退していたのである。

 強化種のミノタウロスと特殊固体のハンガリー・ホーンテール。これら二体を退治した経験が加味されているのだろう。一部のステイタスがEになっていた。それをみてリリルカが泣いたのは当然であろう。これまではステイタスがまったく伸びなかったのであるから。

 ちなみに、泣いたリリルカをベルが慰めたので、ヘスティアが嫉妬に怒り狂った。英国人のハリーは紅茶とスコーンを奉げて、ヘスティアのご機嫌をとるのだった。

 

 そして最後に。

 ハリーもベルと同じくランクアップし、自分のステイタスを見て苦笑いしていた。そう、簡単な共通語(コイネー)なら読めるようになったのである。そんなハリーの様子を見てヘスティアも寂しそうな表情も浮かべつつ苦笑する。

「まあまあ、ハリー君、予想もしないアビリティが出たからって、そんな顔をすることは無いぜ。まあ、僕もそんなアビリティが現れるとは予想外だったけどね」

 ハリーに現れた『発展アビリティ』といって良いのかどうか、ヘスティアは判断がつかなかった。だが、レベルアップと同時に現れたので発展アビリティというしかないのであるが・・・

 おそらくというよりは、絶対確実に史上初の発展アビリティにして、史上最後の発展アビリティ。

 ハリー以外にはこれが発展アビリティとして現れることは無いだろう。ステイタスの更新をしたときには、ヘスティアは自分の目がおかしくなったかと、顔を洗って目薬を差して見直したぐらいである。

「まあ、『魔力』を習得したんだから、今後はオラリオ式の? 魔法を覚える可能性があるわけだ。本当に君オリジナルの魔法になるだろうから、期待していいんじゃないかな」

 そういわれても、すでに杖魔法を習得しているので、満足しているハリーである。それに、魔法界に戻れば、恩恵は消えて、オラリオ式の魔法は使えなくなる。

 

 だが、それよりも大事なことがある。そうハリー待望のランクアップである。ハリーが入団するときの条件、『ランクアップして強くなったら故郷に帰る』、これを満たしてしまったのである。ちょっとしんみりするハリーとヘスティア。

「ってハリーも、神様も、なんでそんなに冷静なんですか! ランクアップですよ! ランアップ! お祝いしましょう! あ、エイナさんに報告しないと! 一緒に報告に行って、帰りについでにご馳走の材料を買ってきましょうよ!?」

 その条件を忘れているようで、そういって喜んでいるベルである。だが、その騒ぎも、ノックの音で中断される。

「誰でしょうね、もしかして入団希望者ですかね」

 と、ぶつぶつと呟きながらリリルカがドアを開ける。

 

 入ってきたのは、赤髪を肩まで伸ばした女神。黒いタイトスカートに、白いシャツ。赤いジャケットを着込んでいる。最大ファミリアの主神が一人ロキである。

「やっほー、ハリーはん、遊びに来たでー。それと、どちび、こんなところがホームなんかい。しけとんなー、もうちっと広いところに引っ越したほうがええで? まあ、今日来たのは別件や」

 

 ベルとリリルカがお客様用に椅子とテーブルを準備し、お茶を煎れたりとすばやく動き回り、てきぱきとおもてなしの準備をする。

「さ、ロキ様、お茶をどうぞ」

 テーブルに着いたロキとヘスティアに紅茶を勧めるベル。

「はじめまして、ヘスティア・ファミリア団長ベル・クラネルです」

 にこにこしながら挨拶をするベルを見て、ロキは『なんか、ほんわかしたやっちゃなぁ。主神と眷属とは似ないものなんやなぁ』と考えていた。ロキはベルに礼を言って、紅茶を一口飲むとさっそく本題を切り出した。

 

「今回来たのはな、ドラゴン退治をしたのが、ヘスティア・ファミリアのところと聞いたからやな。まあ、空を飛んで戦うハリーはんたちは、うちも見たから知ってたけどな。格好よかったで。どうなることかと心配したけど、無事に退治したとはたいしたもんやで、ほんま、なぁ」

 ばんばんと背中を叩きながら、べた褒めするロキの言葉に喜ぶベルと、箒で空を飛んだことを思い出して青ざめるリリルカ。

「それでな。念のための確認やけれど、君らランクアップしたやろ?」

 ベルはにこにこしながら、ハリーはまじめな表情でその言葉に頷く。どうせ、ランクに関してはギルドを通じて公表されるのである。隠す必要は無かった。

「うんうん、そかー。あれを倒したんなら、そうやろうなぁとは思ったんや。おめっとうさん。これランクアップのお祝いな」

 そういってロキはベルに袋を渡す。ベルが中身を確かめると、肩につけるエンブレムバッジが10枚ほど入っていた。ただし、エンブレムの図案はまだ刺繍されていない。

「これはそっちの二人で分けてーな。それとこっちはハリーはんようや」

 ロキはハリーに別の大きな袋を渡す。ハリーが中を確かめると、ポーション類がぎっしりと、それとなんとエリクサーも1本入っていた。それから小型のナイフが一丁である。ロキはハリーに頭を寄せると囁いた。

「ナイフは小型の魔剣や。威力は、うんまあ、たいしたことはあらへんが、不意打ち程度には役に立つやろ。元の世界で役に立ててや」

 ベルとハリーはお礼の言葉を述べる。ヘスティアもしぶしぶとではあるが、きちんと礼を述べる。確かに魔剣を準備できたのは、ハリーにはとても助かることであった。

ヘスティアも、ロキが来た理由は、ハリーが帰るので見送りの来たのだろうと見当をつけていた。となると、事情を知らないリリルカに説明せねばなるまい。

 

「さて、リリルカ君。ちょっと話がある」

 改まってヘスティアがリリルカを呼び、ハリーについての事情を説明する。ただし、異世界から来た事や、魔法を大量に使えることなどは伏せる。移動魔法についても移動スキルと説明する。理由は簡単、ランクアップしたが、帰れなかった場合の事を考えたのである。ハリーにとっては、帰れることが最善であるが、主神であるからには、あらゆることを考慮しなくてはならない。リリルカは目を白黒させながら、話を聞いて、何とか情報を消化した。

 

「つまり、故郷に帰るためにスキルを強化しないといけない。そのためにはアビリティを上げるだけでなく、ランクを上げる必要があるというわけですね」

 そして、リリルカは心配そうに尋ねる。

「でも、レベル2で大丈夫なんでしょうか? レベル3が必要だったとしたら?」

 それには、ハリーが杖を構えて、立ち上がりながら答える。

「うん、それはもう試して見るしかないのさ」

 そのハリーを、ヘスティアが慌てて止める。

「だが、試すのは、ちょっと待つんだハリー君。戻ったら、君は直ぐに戦いに参加するわけだろう。準備をしておいたほうがいい。とりあえず、ダンジョンに潜る時の装備に変えてポーション類も整えるんだ。その普段着の格好で戻るのはまずい」

 

 ヘスティアの指摘は最もであった。以前、リヴェリアに指摘されたように、時間の流れがどうなっているか分からないが、最悪、死喰い人の集団とヴォルデモートの目前に戻る可能性もあるのだ。戦闘準備は整えておいたほうが良い。

 さっそく、装備を着替え、ロキからもらったポーション類の袋を背中のバックパックに移動させる。数少ない荷物であるハグリッドから貰った鞄と忍びの地図などの荷物もバックパックにつめる。そして杖をホルスターに差込み、さらに予備の武器と魔剣を腰に装備する。なんだかんだで、ハリーが準備を整えたのは20分後だった。

 

 ベルは複雑そうな顔で、ハリーと握手をする。ハリーがランクアップして嬉しいのだが、同時にハリーとの別れを意味することになると、先ほどのヘスティアの話を聞いて思い出したのだ。

 最初の仲間との別れはつらいものがあった。

「ハリー、元気で」

 色々と言いたい事はあるのだが、さまざまな思いがぐちゃぐちゃに沸きあがり、それしか言う事が出来なかった。

「ベルもがんばれ」

 がっしりと握手してハリーも答える。

 

 リリルカとも握手をする。

「ハリー様。これだけ盛大にお見送りされてるんですからね。失敗したら気恥ずかしいですよ。戻れるように、頑張ってください」

 言い方はきついが、ハリーの帰還の成功を祈ってくれるのは分かるので、ハリーは苦笑する。だが、言われたことはもっともである。緊張が高まるのを感じるハリーであった。

「うん、ベルを頼んだよ」

「まっかせてくださいませ!」

 ベルの事を頼まれて嬉しいリリルカである。

 

「さて、ハリー君。故郷に帰ったとしても、君が僕の眷属であることには変わりない。事情を知っているから、無理をするなとは言えないけれど、元気ですごすんだよ」

「大丈夫です。今までありがとうございました」

 ヘスティアに声をかけられなかったら、今になっても、未だファミリアに入っていなかったかもしれない。それを思うと本当に感謝の念しかない。

 

「ハリーはん」

 そういうと、ロキが抱きついてキスをしてきた。

「がんばるんやで!」

 涙を流しながらそう言うと、ロキはハリーから離れる。

 

「それでは、皆さん! 行きます!!」

 ヘスティア・ワンドを構え、その場で体を回転させて、姿くらましを発動させる。

一瞬のうちに、体が臍の辺りに吸い込まれるように巻き込まれる。そして、10cほどの球体になり、ぐるぐると回転する。

 

 ロキだけは以前も姿くらましを見たことがあるので、ランクアップの効果が出ているのが分かった。それと同時に、キリキリと、そう、たとえるならば、壁に穴を開けようとする、音ならぬ音がするのにも気づいた。

 ヘスティアにもそれが聞こえたようだ。

「がんばるんだ・・」

と呟いている。だが、ハリーの体はそれ以上小さくならなかった。

「巻き戻るで! 注意や!」

 ロキは叫ぶと、すばやくベルの後ろに隠れる。ロキ・ファミリアが深層に遠征に行っている現在、ロキに万が一があっては、それは遠征メンバー全員の全滅につながるのである。ハリーに対する好意は好意で、主神としての立場は立場なのである。眷属に対する責任というものがあった。

 ロキが隠れるのを見たヘスティアとリリルカも、ロキに倣ってすばやくベルの後ろに隠れる。ベルは、ばっちこーいとばかりに腕を広げて、受け止める準備をする。

 その瞬間、ハリーの体は巻き戻り、その反動で天井に打ち上げられた。そして落下して、床に叩きつけられるかと思われたが、それはベルがうまく受け止めた。

 

 ベルがうまく受け止めたとはいえ、ハリーはその前の回転で目を回しているようで、それを見たベル達は、あわてて、ベッドに運び込んだ。ヘスティアがハリーの肩をつかみ、慰める。

「残念ながら、ハリー君、もうちょっとランクアップが必要のようだ・・」

 ロキはロキで、ちょっと複雑な思いだった。だが、まあ、ハリーが未だしばらくはオラリオ居るのならば、それはそれで嬉しいのである。ロキはハリーが目覚めるまで、ほっぺたをつついて遊んだり、看病するのだった。




すまん、ハリー、まだ帰れないんだ・・・


補足その1
ハンガリー・ホーンテール・ヴァルガング・ドラゴン
全長10Mの巨軀を誇る。背中には一対の巨大な翼、体中に棘が生え、黄色の目が光る大紅竜。その火炎ブレスは階層をぶち抜き攻撃することができる。スペースがあれば飛ぶことも可能。今回地上に出てきた固体は、ハリーの主張でハンガリー・ホーンテールという固体名がついた。血塗れのトロールのような通り名ですね。

補足その2
『魔石が無いということは、全身くまなく素材』
原作でこのあたりは未だ書かれていないので、独自設定です・・・

補足その3
リリルカのハリーへのつっこみ。ハリーには何かあると、うすうす分かっています。過去の事情や、ステイタスなどについては詮索しないという暗黙の了解のもと、思いっきり手加減しています。


次回『神会』
すまない、本当にすまない。タケが登場します。


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神会

 ハリーが気絶している間に、ベルはギルドに出かけた。

「エイナさーん」

 ベルは手を振りながら、担当アドバイザーの所に向かう。受付窓口まで辿り着くと、前置きもなしに報告する

「エイナさん、僕達ランクアップしました!」

 エイナは特に驚くことは無く、冷静にお祝いの言葉を述べる。

「うん、おめでとう。レベル2だね。ランクアップ直後は、恩恵が強化されて、心と体の同調がずれているから。調子を取り戻すまでは、もぐる階層は浅めにしたほうがいいわねぇ・・」

「えーと、びっくりしないんですね。」

 静かな口調で、的確なアドバイスを始めるエイナ。エイナがもっと吃驚すると思っていたので、ベルは物足りなさを感じる。そんなベルを見てエイナは呆れる。

「ベル君、レベルアップの条件についてはある程度は知ってるんでしょう? だったら、ちょっと考えてみて? 地下から現れたドラゴンを空中戦の末に倒した冒険者がいて、その冒険者がレベル1だとしたら? ランクアップしないと思う?」

 そういわれて納得するベル。ごまかすために乾いた笑いを浮かべる。

「ドラゴンを相手にするとか、危ないことはしないでいて欲しかったんだけどなぁ。それでね、ベル君。ちょーとばかり、協力してほしいことがあるんだけれど、いいかな?」

 エイナと並んで、ミイシャがにっこりとベルに微笑んだ。

 

 

*******

 

 

 神会。

 オラリオで三ヶ月おきに開催される神々の集会である。そこでやっていることは、集まった神々が、お互いが持っている情報の交換を行うという井戸端会議である。だが、それらは前座であり、メインはランクアップした冒険者の二つ目の決定である。

 そして、神界への参加資格は、自分の眷属がレベル2以上になっていることである。そして、ベルとハリーがレベル2になったので、ヘスティアは参加資格を得たのである。更に今回の神会で二人の二つ名が決まるのである。穏便なもの(二つ名)を獲得しようと、ヘスティアは決意をみなぎらせていた。しかし具体的にどうすればいいのか、まったくよい考えが浮かばないヘスティアであった。

 悩みながらも歩んでいくうちに、バベル上部の1フロアを丸々使った会場に到着してしまった。会場内には、楕円テーブルがいくつもおかれ、そこに神々がすでに座って、会が始まるのを今か今かと待ち構えているようだ。一部の神々達は、何の話か此処からではうかがい知れないが、非常に盛り上がって、胴上げなんかをしていたりする。

 知り合いが居ないかと、あたりをきょろきょろと見回すと、知っている神が同じテーブルに何人か座っていた。

 

 一人はおなじみ鍛冶神のヘファイストス。今日はおとなしい茶色の目立たない服を着ている。

 そしてヘスティアと同じく、じゃがまる君チェーン店で働いているタケミカヅチ。椿油を塗り艶々としたゆずらに、黒と紺の裃を身に着けている。

 三人目は、タケミカヅチと同じく極東出身のタケ。極東様式の黒の上下の服に同じく黒の帽子をかぶっている。

 

 三人は知り合いだっただろうかと訝りながら、ヘスティアは挨拶をする。

「ドーモ、ミナ=サン。ヘスティア、デス」

それに挨拶を返すのは、タケミカヅチとタケの二人

「ドーモ、ヘスティア=サン、タケミカヅチ、デス」

「ドーモ、タケ、デス」

そして、三人は両手を胸の前で合わせて、ぺこりとお辞儀をする。

 

「来たのね、ヘスティア」

「ああ、なんとしても無難な二つ名をもぎ取らないといけないからね!」

 ヘスティアは鍛冶神(ヘファイストス)に答えながら、同じテーブルにつく。それにタケミカヅチが暗い顔で問いかける。

「だが、どうやったらいいんだ? 始まったらすぐに、自分から名前を出すぐらいか??」

そういってタケミカヅチはテーブルに突っ伏し、頭を抱える。

「だけど、それで上手くいく気がまったくしない」

 鍛冶神がため息をついて説明する。

「今日、彼の眷属も二つ名をもらうそうよ」

 説明する鍛冶神にタケが不思議そうにたずねる。

「やつは根回ししておらんのか? ヘスティアはともかく、タケミカヅチがしてなかったとは、ウカツというしかない」

 鍛冶神が首をかしげる。

「根回しって、大手ファミリアや、有力ファミリアでないと、根回ししても無理なんじゃない?」

 武器の生産という言わば冒険者の生命線を、一部とはいえ握っている鍛冶神は余裕であった。同じことは他の生産系統ファミリアにもいえる。生産系統(それら)に対して強く出れる探索系統のファミリアはほぼいない。しかしタケのところも探索系統のファミリアであり、零細ファミリアであったはずだ。

 

 そんな鍛冶神の疑問にタケは反論する。

「いや、うちの所は、赤い服、青い服、白い服で普段から行動させて、それが知れ渡ってから神会になるようにしたからな。赤影、青影、白影、そして自分の黒影でどうだといったら、反対するものはいなかったぞ」

 それを聞いて微妙な顔になるヘスティアと鍛冶神。

「いやタケミナカタ(・・・・・・)よ、それ、根回しとは違うし、無難な名前じゃないだろ」

 とタケとは昔から知り合いであるタケミカヅチが、突っ伏したまま遠慮せずにいう。

「うちの所は伝統的に色の名前+影だから良いんだよ。本人たちも気に入っているしな」

 まったく気にせず反論するタケ。

「それにこの方法なら、ほかの神々も面白がって反対しないからな。どこにも何も問題は無い。これが根回し、戦略というものだ。お主に両腕を引っこ抜かれてからは、戦術、戦略について研究したのだよ」

 武神タケミカヅチに対して戦略を説くタケ。

「くう、しかし、そんな方法をとるとしても、うちの所はランクアップは、もっと先だと思っていたのに」

 テーブルに両肘をつき頭を抱えて、歯噛みするヘスティア。

「まあ、レベル1でドラゴンを退治したのであれば、ランクアップは当然。どこからも文句は出ないであろう。いや、自爆させるとは天晴れ、見事な手並みであったぞ」

 タケにベルたちが褒められて嬉しいヘスティア。そうしてタケと話しているうちに神会が始まった。

 

 最初は情報交換から始まる。怪物祭での騒動のこと、新種のモンスターが複数出現していること、ソーマ事件の調査状況、ラキアが戦争準備をしていること。これらがロキの司会のもと、ある意味てきぱきと進行していく。

 

 そして待ちに待っていた本番が始まる。

「じゃあ、硬い話はここまでや! いよいよ、メインの命名式、始めるで!」

「「「「「うぉぉぉ」」」」」

「「「無難な名前頼む~」」」

 面白い名前で楽しんでやるぜ、という声。今回命名される眷族がいるのであろう、頼むから平和な名前をと願う悲鳴とが混ざり合う。司会のロキのもと、次々と二つ名が決まっていく。

 

「じゃあ、次は、うちんところのアイズたんや」

「もうレベル6か、早いのぅ・・」

「うーん、今のままのでいいんじゃない?」

 モンスターを素手で撲殺するアイズの戦闘スタイルのことは、神々もよく知っている。

「アイズも元気にしておるようだな。『紅影』の名をやってもよいかもしれんな」

とタケが呟く。その声は小さなものだったので、誰の耳に入ることも無かった。

「じゃあ、『拳姫』のままで」

 

 

 さらに命名は続く

 

 

「ほかに無いようやから、命ちゃんの二つ名は『絶†影』にけってーい」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ」

 裃に身を包んだタケミカヅチがのたうちまわる。

「ふむ、いい名前じゃないか。転げまわるほど嬉しいのか、タケミカヅチよ・・お主、性格丸くなったな・・」

 『影』がついていれば何でもいいんかい! と突っ込みたい鍛冶神である。

 ヘスティアは友神のタケミカヅチに同情するが、そろそろ自分の番だと思い、どうにかして穏便な二つ名を獲得できないかと考える。

「ヘスティア、あきらめなさいね。あれだけ派手にやったんだから、いじられるのは、もうどうしようもないわよ」

 鍛冶神が、頭を撫でて慰めてくれる。

「いや、まだだ、まだ試合は始まってすらいない! あきらめてたまるか!」

 鼻息荒く、気勢を上げるヘスティアである。

 

 

 そしてさらに何人かの名前が決まり、いよいよ─

「じゃあ、次ー。最後の二人。みなも知ってのとおり、この前ドラゴンを退治した、どちびんの所や」

「「「「「「まってましたーーーー!!!」」」」」」

 神会直前に、オラリオ上空で、ドラゴン相手にあれだけド派手に暴れ回って、ランクアップした二人の事である。盛り上がること必至であった。

 

 ランクアップから神会まで時間がなかったため、エイナとミイシャが二人がかりで作成した資料を見て神々が叫ぶ。

「まずは一人目か! ベル・クラネル! 14歳のヒューマン。冒険者歴が一ヶ月半!? はぇぇ!!」

「じゃあ最初にいくぜ! 炎雷撃(ライトニング・ファイヤ・ブラスト)竜殺(=ドラゴン・スレイヤー)!」

「「「普通すぎる!」」」

「夜も寝ないで昼寝して考えた! 電撃首狩兎(エレクトリカル・ポーパル)!」

「夜寝ろよ!」

「ウサギっぽいから、ぴょんきちはどうだ?」

「それ、ヘファイストスのところの鍛冶師が防具につけた名前だ」

「なっ! 神々の先を行くだと! そいつ只者じゃねぇっ!」

 

 喧々諤々と声が飛び交う。

 そんな中フレイヤは、ベルの似顔絵とハリーの似顔絵が書かれた資料を、じっと見つめている。名前を間違っていた事に、ようやく気づいたのである。だが、似顔絵を凝視しているのはフレイヤだけではない。数人程であるが、何度も何度も二人の似顔絵を見比べている女神達が居る。

 そんな騒ぎの中、黒い肌で金髪の男神が立ち上がる。

「異議あり!! 異議ありだ!! 今回のヘスティア・ファミリアのレベルアップに意義ありだ!!」

  二つ名をいうのではなく、声高に叫ぶ声が響き渡る。何言ってんだこいつという視線で、皆がその大声を出した神を見つめる。

「どうしたんや、異議ありって何が異議ありなんや。レベル1で深層のドラゴン(モンスター)を、手段はどうあれ倒したんやぞ。ランクアップに問題なんぞ、あれへんやろぅ」

 ベルとハリーの資料を持ったロキが、呆れたようにとがめる。その言葉に全神々がそろって、うんうんと頷く。

「だからだよ! だから問題なんだろうが!! ヘスティア、しっかり説明してもらうぞ!」

 叫んでいる神、エシュ=エレグバは、ヘスティアをびしりと指差す。

 とうのヘスティアは、二つ名の前に、厄介ごとが! と冷や汗を流し、あわあわとしている。

「俺はこの目で見たんだ! 箒に乗って、ドラゴンと戦う三人を。まず一人は、白髪のベル・クラネル!」

 うんうん、俺たちも見たぞー、魔法がド派手だったなぁーと同意の声が出る。

 ベルとハリーの二人で魔法攻撃をしていたが、ハリーの攻撃は主に、目立たない切り裂け(セクタクセンブラ)。それに対して、ベルの炎雷(ファイヤボルト)はとても目立つ。必然的に、攻撃はすべてベルが一人でしていたと思われているのだ。

 

「そして二人目、黒髪のハリー・ポッター! ここまでは良い!」

 そこで、あっと言って何かに気づく神々が何人か出てきた。

「だが、三人目! 赤茶髪の小さな子供! とはいえ、冒険者をしているなら恐らくは小人族だな。三人目は何故レベルアップしていないんだ!」

  確かにリリルカはランクアップしていない。だが、それをこんな場所でこんなときに追求されるとは思っていなかった。ヘスティアはゆっくりと考える。レベルアップしていない理由は簡単、リリルカのアビリティがまだレベルアップに足りないからだ。こう説明するのは簡単だ。だが、これは同時に『リリルカのアビリティは、ドラゴンを倒しても低いまま』とオラリオ中に公言することになる。

 同時に、リリルカは『ドラゴンを倒してもレベルアップできない奴』と不名誉な言われ方をするのである。それはまずい。できるだけ、そんなことは避けたい。

 

 

 となると反論としては、恩恵に関してはよく分かっていない部分がまだまだあること。判明していると思われるレベルアップ必要条件の一部を未だ満たしていないこと。あとは、リリルカが戦闘をしていないことを。これらを使うしかないだろう。そう結論付けるとヘスティアは説明するべく、ゆっくりと立ち上がる。そして、ヘスティアは、左手をゆっくりと上げる。何だ何だと周りの神々が注目する。鍛冶神も不安になって、はらはらしながら注目する。そしておもむろにヘスティアは机に思い切り左手をバンとばかりに叩きつけ全員を静かにさせる。同時に自分に気合を入れる。

 

「まあ、説明するから落ち着いてくれ」

 いつもと様子が違うヘスティアに、あのロキでさえ、思わず黙り込み耳を傾ける。

「さて正直に言おう。僕自身、恩恵を更新したときに、ベル君、ハリー君はランクアップするだろうと期待していた。

 だが、三人目、今言われた小人族については、期待半分、無理じゃないかと思う気持ちが半分だった」

 そしてヘスティアは、言葉を一端きり、ロキの方に視線を向ける。

「ロキ、ランクアップに必要な条件とはなんだい。君なら、現在判明している確かな条件だといわれていることを知っているだろう」

 偉そうな態度やなー、こんな状況でなければ、つねり上げてやるのに、あとで覚え取れよドチビ、と思いつつもロキは回答する。

「一つ目。アビリティが少なくとも一つはD以上になっていることや。二つ目。偉業を成し遂げることやな。他にも例外その他はあるやろーが、この二つは一番確からしいとなっとる。まあ、確実じゃぁないけどな」

 それに頷きヘスティアは説明を続ける。

「そのとおり。そして、今回、三人は二つ目の条件である、偉業は成し遂げた。そして二人は幸いにも、アビリティがD以上だった。だが、最後の一人は・・残念なことに・・」

 そこでヘスティアは言葉を切り、目をつぶって、ゆっくりと首を左右に振ってみせる。なんとなく、納得できる理由だったが、元凶のエシュ=エレグバは追求をあきらめない。

「たしかに、納得できるようだ。だが、ドラゴンを倒したことでステイタスがDになっているんじゃないのか? ドラゴンを倒したんだぞ!? でないと、俺の眷属に『ドラゴンを倒してもランクアップできない』と言わなきゃならん。ランクアップはそんなに厳しいのかと絶望させたくないんだ!!」

 悲鳴を上げて食い下がってくるエシュ=エレグバに対して、すばやく反論するヘスティア。

「たしかに、そのとおりだ。だがも君達も見ていたように、ドラゴンを炎で攻撃していたのは誰だ?」

 ヘスティアの質問に面食らって答えるエシュ=エレグバ。

「ベル・クラネルだな」

答えに頷くとヘスティアは先を続ける。

「そう、そして、箒を操りドラゴンを誘導して自爆させたのは、ハリー・ポッター君。残念ながら、今回の戦闘で三人目、小人族君はほとんど貢献をしていないんだ。

 今回のステイタスがあまり伸びていないということも、戦闘に貢献が少ないことが原因と考えられる。疑うのであれば、君達神々に見せることはできないが、なんなら、ギルドの受付嬢エイナ・チュール君に確認してもらってもいい。確か彼女は神聖文字が読めるはずだ」

 そして、ヘスティアはにっこりと笑う。

「恩恵に関しては、与えている神である我々にとっても、いまだ分かっていない事が多い。先ほど、ロキが言ったことにも、例外というものがあるしね。だがしかし!」

 今度は机を両手で威勢よく叩きつけ、テーブルの上で身を乗り出すようにして背筋を伸ばし、威厳を保ったまま、出来るだけの大声を張り上げる。。

「僕は断言しよう! 達成が難しいと言われる偉業をすでに成し遂げているんだ! 次の神会の時には小人族君にも二つ名をつけてもらうとな!」

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」

 ただでさえ、オラリオをドラゴンから守った二人の事で盛り上がっているのに、それに付け加えて、主神からの思いもしない、ランクアップ予告宣言!

 会場はかつてない盛り上がりを見せるのだった。

 

 まあ、ヘスティアが、うまく勢いで話をごまかしたとも言う。

 




補足

エシュ=エレグバ
炎の神様。
この神様が指摘しているように、ドラゴン倒したメンバーがランクアップできなかったら、そりゃ、ミノタウロスやゴライアスなどの強敵を倒してもランクアップできないんじゃ?と不安にもなりますよね・・・

箒に乗っているリリルカ
キャットピープルに変身していました。しかし、遠目から見ると、箒にぎゅうぎゅう詰めで乗っていたのとフードをかぶっていたのも有り、猫耳と尻尾が見えなかったのです。そのため小人族と判断されたわけです。しまった変装の意味が無かった。

ランクアップの条件
この話の中では簡略化すると下記のようになっています。
1.基本アビリティ上昇用の経験値を得て、少なくともどれか一つのアビリティがD以上になっていること
2.ランクアップ用の『経験値』を得て、それがランクアップを満たしていること。
3.上記1と2の条件を両方とも満たしていること。
最初の1の経験値については冒険をしている間に蓄積されていきます。
2番目の『経験値』については、自分よりも上位のモンスターを倒すなどで蓄積していきます。したがって『冒険者は冒険をしてはいけない』を文字通り愚直に守っている限りは、この『経験値』は蓄積されません。
 ただし例外は、ある。


それから、挨拶等の極東方式のアレコレをヘスティアに教えたのは、タケミナカタ(・・・・・・)です。

次回、『借金がなくなる日』


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借金がなくなる日

すいません、切がよいところが無いのでちょっと長めです・・


 ヘスティアが神会で追求をごまかすための演説をしている一方、ヘスティア・ファミリアのホームでは、ベルとハリーとリリルカの三人が、ぐったりとしていた。

 ドラゴン騒動の後、すでに述べたように、ギルドに素材という大金を寄付したのだが、これだけの額になると、右から左に渡してそれでお終いというわけにも行かなかった。具体的に言うと、ドラゴン解体手続き書類やら、解体費用明細書やら、素材の譲渡証明書の作成やら、金額の確認書への署名などや、その他諸々の、いわゆる大量の書類仕事が三人に襲い掛かったのである。

 それが終わると、次に待っていたのは、廃教会の改修計画だった。ゴブニュ・ファミリアと打ち合わせをして、リフォーム計画類の書類と戦い、ようやく、すべての処理が終わったところなのである。十代の少年少女にはちょっとばかり、いや、かなりきつい書類仕事だった。

 

「ねえ、ハリー。知ってる? 団長ってめっちゃ大変だよ?」

 机に突っ伏したままのベルに、床でひっくりかえっているハリーが答える。

「うん、もっと簡単に終わると思ってたよ」

 ソファでは、うつ伏せでリリルカが寝ていた。

 

 今回の書類との格闘では、ハリーは未だ難しい共通語は読めないので役に立たない。ベルは田舎育ちなので書類関係との付き合いが浅い。そして、大活躍したのは、リリルカである。出版社との契約で似たような書類を作成した経験が役に立ったのである。

 だが、此処まで大量の書類ではなかったし、約款の確認が面倒ではなかった。おかげで、現在のリリルカは草臥れ果てて、ぐっすりと寝ている。

 

「これは、人数を増やして、人海戦術で何とかするか、書類仕事に慣れている人を雇うかしないといけないね。まあ、こんなことは、この先しばらくは、無いと思いたいけど」

 そうやって、だらけているところに、ヘスティアがふらふらになって帰ってきた。なぜかギルド職員のエイナも一緒である。その様子を見てあわてて、ベルは自分が今まで座っていた椅子に主神を座らせる。椅子にへたり込んだヘスティアは、ベルが用意してくれたお茶を二杯飲んでからようやく声を絞り出した。

「ベル君、ハリー君、無難な二つ名だ。いや、くたびれたよ。まずはベル君。白兎(ホワイトラビット)。それとハリー君は黒矢(ブラック・アロー)だ。おめでとう。まあ、良い名前だと思うよ」

 空とび箒の(フライング・ブルーム・)竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)などという名前も候補に挙がっていたことは、おくびにも出さないヘスティアである。

 ベルはもうちょっと格好良い名前がよかったような雰囲気だが、ハリーはどちらかというと、おとなしい名前だったので露骨にほっとしていた。

 

「とはいうものの、問題はある」

 そして二人に神会のエシュ=エレグバの指摘の説明をする。お茶を飲んで大分元気になってきたヘスティアである。が、それを聞いて落ち込んでしまったのが、話の途中から起きていたリリルカである。

「そういうわけで、アドバイザー君にステイタス確認をしてもらわないといけなくなった。すまない」

 頭を下げて謝るヘスティア。呆然とするベル、ハリー、リリルカ。

「いや、それよりもですよ? 私が三ヶ月でランクアップしてレベル2になる?・・難しいのでは・・」

 暗い顔になる。だが、そんなリリルカをヘスティアは元気付ける。

「何、偉業は達成しているんだ。それに実際にはランクアップ出来なくても構わないさ。そもそもランクアップは難しいんだしね。その時は僕が恥をかくだけさ。心配しなくて良いよ」

 気楽にやろうぜと笑うヘスティア。

 その言葉で少し落ち着くリリルカ。だがエイナが言葉を挟む。

「差し出がましいようですが、アーデさん。これを良い機会と捉えてみてはいかがでしょうか? 神ヘスティアがおっしゃったように、あなたはすでに偉業を達成しておられます。他の冒険者の方よりはランクアップが容易な状態になっているというのが、われわれアドバイザー担当チームの意見です」

 ギルドからも薦められたので、ちょっとだけその気になるリリルカ。さらにエイナは言葉を続ける。

「それにこういっては失礼ですが、ベル君やポッターさんの護衛つきで行動すれば、かなり安全だと思いますし・・。でも無茶をしないということを肝に銘じてください。ではステイタスを拝見させていただきたいのですが・・」

 そういってエイナはベルとハリーにちらりと視線を向ける。ハリーはそれが意味することをすぐに察したので、ベルの肩をつついて促すと、地下室から出て行った。

 扉が閉まったのを確認して、リリルカは、魔法やスキルが見えない程度に上半身を肌蹴させる。エイナは指差すようにして、ゆっくりとステイタスを読んでいく。

 

 その間にヘスティアはベルとハリーの二人のスキル、そしてリリルカについて考えていた。そして、鍛冶神が以前言った事も。

『アビリティももちろんだけれど、魔法やスキルに関しては、本人の資質、経験がきわめて強く反映されるわね。強い願望や資質、途轍も無い濃い経験が、魔法やスキルへと昇華されるのよね。』

 ではスキルへと昇華されていないモノはどうなるのか? 存在しないのか? いや違う。顕れていないが、存在するのではないか?。

 その例がロキ・ファミリアの団長フィン・ディムナである。危険が近づくと親指が疼いて教えてくれる。これは立派なスキルではないのか? また他にも、地図作成(マッピング)能力がトンでもなく優れている冒険者がいるとも聞く。これも立派なスキルではないのか?

 だが、危険察知や、地図作成というスキルは顕れていないらしい。このことから考えるに、昇華されていないスキル未満のものがあるに違いない。そのスキル未満のものがリリルカ・アーデにも在るのではないだろうか。

 ベル達のスキルは『早熟』する、つまり、成長促成スキルである。では逆の効果、つまり成長抑制スキルがあるとしたら? そして、それがスキルではなくてスキル未満だとしたら? そう考えると一般的に冒険者には向き不向きがあるという俗説は、俗説ではないといえる。スキルとして現れていないが、それは存在するのだ。そしてスキル未満の抑制スキルが、リリルカに強力に(顕れていないが)顕れていると考えれば、成長が遅い理由も説明できる。

 

 だが、これは逆に考えると、成長抑制スキルはスキルとして顕れていないので、極めてゆっくりではあるが成長するとも言える。今回の騒動でアビリティはEの後半、D目前まであがっているのだ。通説が正しいとしたら、もうすぐランクアップというのも、無茶な話ではないとヘスティアは考えていた。

 そして忘れてはいけないことが、もう一つある。通常はアビリティは肉体的なものだけで、精神的なものは反映してない。つまり、頭の良さはステイタスには出ないのである。

「まあ、モンスターを倒せば倒すほど、頭が良くなるんなら、今頃オラリオは天才だらけだろうからねぇ・・。でも現実は違うからなぁ・・・」

 ふとヘスティアの口から呟きがもれる。

 

 そうしてヘスティアが考えている間にもエイナによるステイタス確認は終わった。

「はい、確かにレベル1、ステイタスはEが最高ですね。ありがとうございました、アーデさん。さてヘスティア様、ステイタスについては確認できたので良いのですが、ちょーっと申し上げたいことがあります」

 そういってエイナは眼鏡を光らせながらヘスティアに向き直る。上着をちゃんと着なおして整えていたリリルカは、なんとなく危険なものを感じた。いわば鍛えられたサポーターの勘である。撤退、もしきは援軍を呼ぶべきだと瞬時に判断したリリルカは、地下室出口の扉に飛びつき、すばやく開ける。

 自分は外に出て、ベルとハリーを地下室に押し込む。そして二人を壁にして自分は隠れる。完璧であった。

 

「──というわけで、ですね。ステイタスにはロックをかけることができるのです。ロックをかけた方が機密保持になりますので、ヘスティア様もぜひロックをかけてください。偶然、たまたま、ふとしたことで、ステイタスを見られることがなくなりますので」

 落ち着いた様子で会話を交わす、エイナとヘスティア。エイナの言葉に、なるほどなるほどとヘスティアは頷いている。

「で、肝心のロックする方法ですが、残念ながら私にはちょっとわかりかねます。ですので、誰か親しい神がいらっしゃったら、そちらの神にお尋ねください」

 まあ、確かに神ならざる身には、神の御業をどうやって行うかはわからないだろう。これはまたミアハに頼らざるを得ないかなと考えるヘスティアである。

「ふむ、まあ、いろいろとありがとう、アドバイザー君。念押しだけど、リリルカ君のステイタスの具体的な数値は秘密で頼むよ。あとロックについてはこちらで調べてみるよ。わざわざ来てくれて助かったよ。ありがとう」

 また明日ギルドで会いましょうと挨拶をして、エイナはギルドへ帰っていった。

 

 

*******************

 

 

「じゃあ、今度からリリルカも戦うというわけですか?」

 四人で休憩のお茶をしながら、ハリーが確認する。前衛ベル、後衛ハリーの陣形が今のところぴったりな状況である。これにリリルカをどう加えるかハリーは考える。リリルカは攻撃魔法が使えないので後衛は無理。ああ、いや、でも弓矢があるか。あの体格で剣を持って前衛をするのは無理だし、それが一番よいかな。いや、でも、ロキ・ファミリアの団長フィンは槍で戦ってるし。うん? そうか、真似をすれば良いのか。

「リリとしては、弓矢で攻撃するのがよいと思うんです。ただステイタスがあがるんですかね?」

不安そうにリリルカが言っている。ハリーは今思いついたことを提案する。

「槍はどうだろう? 両手で扱えるし、距離をとって戦える。それにベルのやや後ろの場所から攻撃できるんじゃないかな。そうすれば、ベルがモンスターからの攻撃を防御できる。いわば、ベルがリリルカの盾みたいになるわけだ」

ベルがそれに賛成する。リリルカはベルが自分の盾、すなわち、自分を守ってくれるということに、ちょっとロマンチックな感じがして内心でうきうきとしてしまう。

「なるほど、前衛と後衛の間、中衛ということか」

「おお、いい考えだね。じゃあ、早速武器を買いに行こうじゃないか! だけど、それだけじゃなくて、他にも方法がないかな? 次善、参善の策があるに越したことは無いぜ」

 その言葉に再び考え込む四人。しかし良い案は出てこない。実際には、ベルとハリーが敵の注意をひきつけている間に、リリルカが隙を突いて横から攻撃するなどという遊撃タイプの方法もある。だが、残念ながらベルとハリーには思いつかなかった。いろいろなパーティのサポーターをしていたので、リリルカは思いついた。さすがに自分がそんな器用な芸当ができるとは思わなかった。だが、だめでもともとという気分も少しあったので、思い切って提案してみた

「ふむふむ、つまりは、三種類あるということか」

ヘスティアの確認にリリルカが反論する。

「ただし、ですね。私は自分で言うのもなんなのですが、三番目の方法はうまく出来る自信がまったくありません」

その主張に残り三人が考える。

『・・・ウォーシャドウと戦っているベルとハリー。突然、リリルカが横から現れる。彼女は、すばやい動きでウォーシャドウに接近すると、姿勢を低くし、地を這うような動きで足元を斬り付ける・・・』

 一体全体どこの世界のリリルカであろうか? どう考えてもリリルカに出来そうにない。どちらかというとベルがやるのが最も似合う気がする。三人は納得した。

「あとクロスボウならまだしも、普通の弓矢だと、しばらく練習が必要です。一番いいのはハリー様が仰った様に、槍がいいのではないかと」

「後は、こういっちゃ悪いんだけど、リリはあれだけ荷物が持てるんだから、重量武器のメイスとかも使えるんじゃないかな?」

 ふと思いついて、ベルが提案する。確かに大量のとても重い荷物を軽々と持ち運んでいる。だったら、使えるはずだ。

「じゃあ、まずは槍から、そしてメイスを試そう。弓矢はその間に、ホームで練習することにして一番最後に試してみようじゃないか。一種類に点き、三日ずつぐらい試してみるのが良いかな。では必要品を買いに行こう。まずはミアハの所に行きたいから、ポーション類を買おうじゃないか」

 

そうして、四人は出発した。向かうはポーションの補充のためミアハ・ファミリア店舗、そして、バベルでリリルカ用の武器防具の調達である。

 

 

********

 

 

 ミアハの店内に入ると、こちらを見てミアハが驚いて立ち上がる。

「おおよくきた、よくきた。ベルにハリーではないか。オラリオを救った英雄が来てくれるとは嬉しいものだな」

 そういってちょっと芝居がかって、両手を広げ歓待してくれる。

「お得意様が、立派な冒険者になっていく様を見るのは、楽しいものがあるな。さて、ポーション類の補充だな。すぐにナァーザに用意させよう。しかし、ヘスティアまでが来るとは驚いた。何か相談事でもあるのか?」

 さすがにミアハ、激闘が終わった冒険者が求めるものが何なのかだけではなく、ヘスティアに困ったことがあると見抜いた。

「うむ、実はステイタスのロックについてなんだが、方法を教えてもらえないだろうか」

 神々同士で相談を始めた横で、眷属同士で取引を始める。

 

 ナァーザも手馴れた様子で、二人分のポーションセット(マインドポーションも入っている)を二包み、持ってくるとハリーに渡した。ベルが代金を払っている間に、リリルカがポーションの品質を確かめる。腕に軽い引っかき傷をつけて、そこに一滴たらしたのだ。だが、治りが遅い。眉をひそめ、別のポーションで、再び確かめる。やはり直りが遅い。

「ちょっと! ナァーザ様! こちらのポーションは少し効果が薄いのではありませんか?」

 言われて、ベルも効果を確かめるが、効果の程はリリが確かめたのと同じである。だが、その治癒速度はベルにとっては馴染みのものだった。

「いや、リリ、いつも通りだよ」

 そのベルの言葉にリリルカは驚き、そんな馬鹿なとベルの顔を見上げる。

「いつもどおり? そんなはずは、ありません! どう考えても、効果が悪いです。それに、値段が高いです。この効果ならば、今ベル様がお支払いになった価格の半分程度になるはずです!」

 リリルカとベルとナァーザが騒いでいるので、ミアハとヘスティアもこちらにやってきた。

「どうしたのだ?、ナァーザ?」

「いえ、何でもありません、少しポーションが劣化していたようです。トリカエマスノデ、チョットオマチヲ」

 ナァーザが慌てて、ポーションを引き取ろうとするが、ベルは渡さない。

「えっ?、ナァーザさん、いつものポーションですから、かえる必要は無いですよ~。リリも変なこと言っちゃだめだよ」

 ちょっと硬くなりそうな雰囲気をほぐすべく、ベルはふざけてリリルカにメッとする。

 そんなことはお構いなしに、ミアハはベルの荷物の中からポーションを取り出し、自ら品質を確かめる。みるみる眉間にしわがより、機嫌が悪くなる。更にポーションを一口飲むと眷属を問いただす。

「ナァーザ、これはどういうことだ、あきらかに品質が悪い。水で薄めているのか!?」

 

 そのとき、店のドアが激しい音ともに蹴り開けられた。

俺が!

 そして上半身の見事な筋肉を、惜しげもなく見せびらかしながら、男が入ってくる。そして立ち止まると両手を挙げたフロント・ダブル・ハイセップスのポーズをとる。

俺が!

 そして、両手を腰に当てるようなフロント・ラット・スプレッドへとポーズを変えてためをつくる。

俺が!

 つづいて流れるような動きでサイド・チェストで胸筋を強調するポーズをとる。

「俺がディアンケヒトだ!!」

 

「え、ガネーシャだろ? ちがう? じつは象仮面をはずすとディアンケヒト? え、どういうこと? ディアンケヒトが仮面をかぶってガネーシャをしてる?」

 みんなが混乱する。そんな中、ハリーはガネーシャとその特徴を知らないので、変な人が来たとしか思っていない。いち早く衝撃から回復したのはミアハ。さすがである。

「まさか、ガネーシャ病! いや、そんな馬鹿な・・」

 ディアンケヒトの状態に思い当たることがあるのか、ミアハがつぶやく。ディアンケヒトの後から店内に入ってきた人たちの一人が、ミアハの呟きを耳にして、真っ赤になってうつむいて謝りだす。

「すいません、すいません、うちの主神がちょっと、調子がおかしくなってしまって、すいません」

 どうやらディアンケヒトの眷属であるようだ。様子からみると、なんだか苦労人のようである。

 ハリーがヘスティアに小声でガネーシャ病について尋ねる。

「零細弱小ファミリアの男性主神がなる病気だね。人数最大手のガネーシャの所の様になるには、どうしたらいいか。じゃあガネーシャの真似をしよう。それで形から初めて、あんなことをするんだ」

 

 ハリーは頭を抱える。

 怪物祭をするは、今みたいに変なポーズをするは、奇声を上げるは、神ガネーシャってどんな神なんだろうか。うちの主神がまともな神でよかったと、本っ当に心の底から安堵した。

「ただ、中堅ファミリアや、ある程度人数がいるファミリアでは、ならないはずなんだ。ディアンケヒトは薬剤系統では最大手の所だから、なるはず無いんだけどなぁ」

 ヘスティアの説明を聞いて皆が納得し、ディアンケヒトとミアハの会話に聞き耳を立てる。

「聞いたぞ、ミアハ! 品質が悪いポーションを売ったそうだな。見せてもらおうか!」

 

 そしてこちらを向くディアンケヒト。客がベルだと思っていなかったのか、驚いた表情になる。だがすぐにニヤリと笑うと、両手を大げさに広げてみせた。

「こぉれは、これは! ベル・クラネル! 我々の新しいスターだね! おい、ミアハ。まさかオラリオを救った救世主、我等がベル・クラネルに、まっさっかっ! 粗悪ポーションを売っていたのか!? んー、いかんなぁ、いかんぞぉ。ちょっと見せてもらおうか」

 ディアンケヒトはつかつかとベルに近寄る。ベルは、その動きをかわそうとするも、狭い店内では思うように動けない。ディアンケヒトは素早くベルの荷物からポーションを三本抜きとる。そして一本を一気に飲み干す。そして、空き瓶をミアハに突き出し叫ぶ。

「おい、ミアハ。これは何だぁ! 水で薄めてあるぞ。味は砂糖でごまかしているな。いかんなぁ、いかん。ギルド職員らもそう思うだろう?」

 確かめてみろとディアンケヒトは、残り2本のポーションを連れの男の一人に渡す。どうやらギルド職員らしき男は、リリルカがやったように品質を確かめる。

「確かに、ディアンケヒト様がおっしゃるように、品質が悪いですね」

 その言葉に我が意を得たりとばかりに、ニヤニヤとするディアンケヒト。ミアハのほうに視線を戻し話し始める。

「まあ、そのこともあるが、まずは俺がやってきた本題を進めよう。ミアハ、借金を払ってもらおうか」

 

 あせるミアハとナァーザ。ベルたちがポーションを買っているとはいえ、十分な稼ぎになっているわけではない。赤字にぎりぎりでなっていないという状況である。

「まってくれ、利子を払うのは、まだ四日は後のはずだろう」

 ミアハにとって情けない話であるが、手持ちが無いので、何時もの様に交渉して、待ってもらうしかない。だが、ディアンケヒトは、『何時も』とは違った。

「じゃあ、聞くが、今回は利子を返せたとして、その後どうする?。 今まで待っていたが、お前に眷族が増える様子も無い。店の売り上げが伸びる様子も無い。挙句の果てには粗悪なポーション類を、だまして売りつける始末」

 そして、ディアンケヒトは、腕を組み、目をつぶってやれやれと首を横に振ってみせる。

「なぁ、ミアハよ。正直言って、お前のところは、借金を返す方法が無いのだ。うちの所も、鬼や悪魔というわけではないが、方針を変えるのでな。今までは俺とお前の付き合いで、利子も、まあ、その、なんだ、小額で済ませてきた。だが、これ以上はもう、待ってやれん。代金の回収が必要なのだ。あきらめろ」

 こんな態度ではあるが、ディアンケヒトのいうとおり、小額の利子というのは本当であった。ベルたち相手の売上げだけで、利子のほとんどが払えることから分かるだろう。

「だっ、だが、そこをなんとか頼む。借金のかたに此処()をとられたら、行くところが無いんだ!」

 必死で頭を下げて頼み込むミアハとナァーザ。

 

 店舗があるが、借金もある状態。店舗が無いが、借金も無い状態。どちらが良いのか?

 勿論、前者の『店舗があるが、借金もある状態』である。店があれば施設があれば、ポーションを作成できるし、販売もできる。いつかは借金も返済できるかも知れない。それに新薬を作り出せば、売り上げ増も見込める。

 後者の場合は、ポーションの作成設備が無いので、何も出来ない。ポーションの販売以前に、作成自体が出来ないのである。それが分かっているミアハ達は必死で頼み込むのだった。

 

 

 ヘスティア・ファミリアは、こんな所にいて良いのかと、いたたまれない気持ちになる。友人が借金で困っているところは見たくなかった。特に、自分達が何の力になれない状態では。ゆっくり静かに素早く出口へと移動する。しかしディアンケヒトの連れの眷属とギルド職員がいて通れない。入り口の傍まで移動できたが、そこで四人でじっとしているしかなかった。

 

「では這いつくばって、俺の靴を舐めるんだ。そしたら、今回は待ってやろう」

 あんまりにもあんまりなディアンケヒトの言葉であった。ミアハ一人の問題だったら、そんな提案はすぐさま蹴ったであろう。だが、ナァーザという眷属がいる。ホームを失えば、住む所が無くなる。さらにミアハたちが薬を調合する作業場所が無くなる。店として販売する場所も無くなる。ミアハ・ファミリアの終焉を意味するのだ。ミアハに取れる選択肢は一つだけだった。

 しゃがみこみ、這いつくばろうとするミアハ。すかさず止めに入るナァーザ。

「まってください。私の事なら大丈夫です。ミアハ様にそんなことはさせられません」

 ぽろぽろと涙をこぼしながらナァーザが必死でミアハを止めようとする。

 そんな二人を見ていられずに目をそらすヘスティア・ファミリア。ギルド職員も同じ気持ちなのか、視線をそむけている。目が合ったので、目礼して、そっと出口から抜け出すヘスティア・ファミリアである。ギルド職員からの『俺も連れて行ってくれ』という視線は無視した。そして、ディアンケヒトが次の言葉を発する。

「まあ、冗談だ。そんなことされても、俺は嬉しくもなんとも無い」

 中腰のまま、戸惑うミアハ。露骨にほっとするギルド職員。

「じゃ、じゃあ」

「ああ、店とその中身は借金の方として、うちが貰う。さっさと出て行ってくれ。だが、まあ、俺も悪魔ではないからな。金は持っていって良いぞ。さあ、さっさと出て行ってくれ。ギルドは手続きを頼む」

 ディアンケヒトの言葉に固まるミアハとナァーザ。申し訳なさそうなギルド職員に促されて、ようやく動き始める二人。ナァーザはとめどなく涙を流し、小さな嗚咽を漏らしている。

「ナァーザすまない・・」

 ナァーザの肩を抱き寄せ、ミアハがつぶやく。ギルド職員は、借用書を二人に提示し、返済期限は当の昔に過ぎていること、返済不能であると判断したこと、ギルド立会いの元、この店舗は中身もすべて含めてディアンケヒト・ファミリアに所有権が移動すること、ミアハ・ファミリアの借金は無くなる事を宣言する。それに伴い、ミアハたちは退去する必要があることを付け加える。ギルド職員としても、人格者であるミアハに対してこんなことを言いたくは無いのだろう。申し訳なさそうな、こんな仕事はしたくないと言いたげな悲痛な表情になっていた。

 宣言を受け、ミアハとナァーザは、店舗から外に向かう。二人は店を出る前に一度振り返る。ミアハ・ファミリアのホーム。借金ができてから、何とかやりくりしながらもすごしてきた店舗である。それとの最後の挨拶。そして、振り返り、外にでるのだっ──

「ああ、そうそうミアハ、粗悪ポーションを売っていたので、俺はギルドに、そちらの処分を求めるつもりだ。営業の無期限停止が妥当かな。同じ薬剤ファミリアとして、そんな悪辣なことは見過ごせんからな」

 追い討ちをかけるディアンケヒトに、あわてて眷属が止めようとするが、まったく聞いていない。

「では元気でな」

 そういうとドアをぴしゃりと閉めてしまった。

 

 店内では、ディアンケヒトが腕を組み、目をつぶっている。そしてゆっくりと、きわめてゆっくりと深々と深呼吸をひとつした。かと思うと哄笑し始めた。

 以前からミアハに対しては意地悪だった。しかし嫌味を言うだけ言って小額の利子を受け取って返済を待っていたのに、今日はどうしたんだろうと、うろたえる眷属。

ディアンケヒトは笑いを止めると涙をぬぐう。何でも無いと言って眷族を安心させようとする。

「いやいや、なんというか、ミアハが俺にとって気になる存在、コンプレックスだったのだなと改めて分かったよ。いまはそれを取り除いてスッキリとして晴々として、とてつもなく、清々しい気持ちでいっぱいだ」

 そしてまた、ディアンケヒトは深呼吸をする。

「うむ! 俺にはわからんが、ランクアップした直後とは、こういう心持を言うのかも知れんな」

 そして、ディアンケヒトは黙り込むと、流れるようにいろいろなポージングをとってみせた。そして、それを止めると宣言した。

「よしよし、良いことを思いついたぞ。俺の今の気持ちを皆に知ってもらうために、ポーション類の価格を三割にしようじゃないか」

 主神の言葉に驚く眷属とギルド職員。

「三割引ですか! それは太っ腹ですね。冒険者も喜ぶと─」

「いや、違う」

 にこやかにポージングを再開してディアンケヒトが否定する。

「俺が! 俺がディアンケヒトッ! だっ!! 七割引で三割にするんだ。さらに! 俺の眷属をっ! 大募集だ!」

 眷属とギルド職員の、驚きの悲鳴が店内にこだました。




おかしい。作者はガネーシャ様、好きなんですけどね。なのにハリーは、ガネーシャ様を「ないわー」と思ってるのはなぜなんだろう・・。これはガネーシャ様が大活躍する話を何か考えねば・・

エイナが恩恵のロックの話をするのは、矛盾が出ますが、ご容赦ください

補足
参善という言葉は無い。はず


次回『ポーションは買わなくて良い』


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ポーションは買わなくて良い

 ミアハ・ファミリア店舗前。いや、現在はディアンケヒトに借金のかたに取られてしまったので、『元』ミアハ・ファミリア店舗前になる。そこではミアハたちと、心配して立ち去ることも出来ずに、たむろっていたヘスティアたちがいた。

 店内からはディアンケヒトの、謎の笑い声が聞こえてくる。それを聞いてさらに激しく泣くナァーザ。

 そんなナァーザを抱きしめて慰めるミアハ。どうしたら良いのか考え込んでいるヘスティアたち。

 そして、ナァーザの肩を抱いたミアハが、ヘスティアの方を向く。

「ヘスティア、すまないが頼みがある。ナァーザの面倒を見てもらえないだろうか」

 驚いて泣き止み、顔を上げてミアハを見つめるナァーザ。

「ナァーザ、すまん。すべては俺の不徳のせいだ。俺が不甲斐ないばかりにこんな目にあわせる。だがもうこれで終わりだ。ミアハ・ファミリアはここで解散だ。お前はヘスティアのところに改宗(コンバージョン)するんだ」

 かつては、薬剤系統としてディアンケヒトとトップを争うファミリアであった。そのミアハ・ファミリアの終焉。昔からサポーターとはいえ冒険者をしていたリリルカは、惜別の思いで話を聞く。

 だが、ベルはあきらめない。神様に向かって懇願する。

「何か道は無いんでしょうか? 解散しないですむ方法は?」

 そういわれても困るヘスティアである。だが、ハリーも懇願の視線をヘスティアに向ける。二人からの無言の期待と圧力に根負けして、ヘスティアは妥協策をとる。

「まあ、とりあえず、僕らのホームに来ないか・・。うん?・・、そう・・だよ、僕らのホームに来れば良いんだよ! いや、良いのか? まあ此処じゃ何だし、ホームに戻ろうじゃないか」

 

 

 歩き出す6人。その間にもヘスティアは目まぐるしく、その腹黒な脳細胞をフル回転させる。そして先ほど思いついたアイデアを、さまざまな面から検討する。何とかなるか不明な問題が一つだけある。だが、それ以外は特に問題もなさそうだ。

 そうしている間に6人は、廃教会の地下室まで戻る。そして、ミアハとナァーザにお茶を出すと、ヘスティア・ファミリアのメンバーは廃教会一階に戻り、ファミリアの臨時集会を開く。

 廃教会とはいえ、壊れた長椅子がまだ(・・)いくつか取り残されている。ゴブニュ・ファミリアとの改修の打ち合わせは終わっていた。しばらくすれば、この壊れた長椅子も撤去され、地上部分と共に綺麗に改装される予定であった。

 四人は思い思いに、無事な椅子を選んで座る。ベルの対面あたりにハリーが座る。ヘスティアは、ベルの右腕にしがみつくように座り、リリルカはベルの左腕にしがみつくように座る。

「じゃあ、集会を始めよう。ミアハ・ファミリアの事だが、僕としては友神であることだし、助けてやりたい。君達の考えはどうだろうか」

 ヘスティアが口火を切る。

 ベルとハリーは特に反対意見は無いどころか賛成である。冒険者を始めた時からポーション類でミアハにはお世話になっている。ダンジョン探索についても色々とナァーザからもアドバイスも受けている。

 先輩冒険者が居ないヘスティア・ファミリアにとっては大恩ある相手なのだ。反対するべき理由はどこにも無かった。

 

 それに疑念を出すのがリリルカだ。

「私としては、賛成する理由が無いのですが・・」

 そしてリリルカは話を続ける。

「ミアハ様たちには、ミアハ様達なりの事情があったと思いますが、粗悪なポーション類を売りつけられて、黙っているほど、リリはお人よしではないつもりです。ダンジョンでは、怪我の直りが悪いと命の危険に直結するんですよ。回復するつもりで、回復できなかったら死んでしまうのは我々なんですよ! ベル様たちは甘すぎます。下手をしたら死んでしまう事態になるのですよ!!」

 かなり怒っているリリルカである。モンスターパーティで、実際に死に掛けたリリルカの言葉には重みがあった。

「それに対しては、済まなく思う。申し訳なかった。私の管理不足だ。誤ってすむことではないが、どうか許してくれないだろうか」

 声をかけてきたのは、ミアハである。本来、ファミリアの集会にメンバー以外のものが口を出すべきではないのだが、それだけ、ミアハが済まなく思っているのだろう。リリルカもさすがに神から謝罪されると、内心はどうあれ、それ以上追求は出来なかった。

 そして、ナァーザも姿を現し、ベルたちに謝罪する。謝罪を受け、わだかまりが完全に解けたというわけではないが、どうしてそんなことをするようになったのか話題がそれに移っていった。

 

「そもそも何故、借金が出来たんだい。そこから話してくれると助かるな」

 ヘスティアが水を向けるとミアハが説明を始める。

 

 ミアハ・ファミリアが中堅ファミリアとして活動していた時期に、ナァーザたちのパーティがモンスターに襲われたこと。その際に重傷を負い右腕を食われてしまったこと、義手を購入したため借金を背負い、その借金のためにメンバーが脱退していったこと等々である。

「・・そして現在は利子も払えず、店舗も失ってしまったということだよ」

 そうして自嘲気味にミアハが乾いた笑い声を上げる。

「ダンジョンで稼ごうとは思わなかったのでしょうか?」

 リリルカの最もな質問である。それに答えて、モンスター恐怖症になってしまったのでダンジョンに入れないと言うナァーザ。

 

 リリルカからしてみると、怒りの対象でしかない。

 リリルカは幼いころに親を亡くしてからは、後ろ盾もない状態で、才能も無くサポーターとしてやっと生きていくだけの生活をしてきた。頼みの主神(ソーマ)も眷属にはまったく関心が無い。自力で泥をすするような思いで生きていくしかなかった。そんな自分に対してこのナァーザはどうであろうか。

 冒険者としての才能がある。主神(ミアハ)から高額な義手を、借金までして購入してもらえるほど大事にしてもらっている。それだけではない、義手の借金でファミリアは没落しているのに、自分はモンスターが怖くてダンジョンに入れないなど、甘ったれているとしか思えない。ぎりぎりと奥歯をかみ締めるのだった。

 

「・・それで我々をカモにして借金を返済しようとなさったわけですか・・」

 激怒した表情のリリルカを見てナァーザがひるむ。

「まあ、待ちたまえリリルカ君。怒るのは分かるが、僕の考えをまずは聞いてくれないかな」

 カモにされたことをリリルカが怒っていると考えたヘスティアが口を挟み、リリルカをなだめる。主神(ヘスティア)から言われてさすがにリリルカは、少し怒りを納めて大人しくなる。それを確認して、ヘスティアは腹黒な脳細胞の考えたアイデアを披露する。

「まず、この場所、廃教会の改装が終われば、僕達は地上部分に住む。地下部分は誰も住まないので、そこをミアハたちに提供すれば良いんじゃないかな。ただ、改装が済むまでの期間が問題になる。地下は今いる四人で一杯一杯だ。さすがにこれ以上は人数が増えるのは無理だ。そこで、ミアハたちには、改修が終わるまでの間は、手持ちの金で宿に泊まってもらう」

 たしかに、そのとおりではある。だが、リリルカが疑念を挟む。

「私としましては、それでもよいのです。だが先ほどのディアンケヒト様の言葉ではありませんが、それから如何するのでしょうか? ナァーザ様はモンスター恐怖症でダンジョンに入れない。そしてギルドから営業停止処分を受ければ、ミアハ様たちの収入は断たれてしまい、どちらにしろ将来は暗いのではないでしょうか?」

 だが、そのときには、ハリーもヘスティアの考えが読めていた。ヘスティアよりも先にハリーが口火を切った。

「営業停止ということは、『販売してはいけない』ということでは? だったら、販売しなければよいのでは?」

 そう、スネイプがルーピンに脱狼薬を作っていたことを思い出したのだ。あのときルーピンは別にお金などは払っていなかった。スネイプはなんと、ダンブルドアの指示があったであろうとはいえ、無償で脱狼薬を提供していたのだ。

 それに対して、訳が分からないという顔をするベルとリリルカ。だが、ヘスティアは一人、そのとおりと頷く。

「だから同盟かな。ええと、ベル君たちがポーション類の材料を調達して、それを使ってミアハたちにポーションを調合してもらう。その対価として、生活に必要な物を渡すんだ。いわばポーションとの物々交換だね。お金のやり取りが無いから、営業しているわけではない。つまりこの場合は、専属契約をした薬剤ファミリアということになるのかなぁ?」

 言っているヘスティアも含めて、全員が首をひねる。言われた事は理解できたが、それで押し通せるかどうか、うまく行くかどうかが分からなかった。

「そしてこの場合はだ。ミアハたちにはタダ働きに近いものになるが、それはベル君達が劣悪ポーションを買っていたことと、チャラにしてもらおう。それと品質については、ちゃんとしたものを作ってもらうようにお願いするよ」

「それはもちろんだ」

 ヘスティアの念押しにミアハが胸をたたく。物々交換なので実際にはタダ働きではないのだが、この条件ならとリリルカも納得した。

 

「まあ、ギルドから処分が出るかどうかも不明なままだ。どうせベル君は書類を出しに明日ギルドに行くんだろう? だったら、その時にアドバイザー君に相談して、この考えがうまく行くかどうか確認しようじゃあないか」

 そういうとヘスティアはベルの手から離れて立ち上がると、話はこれでお終いだとばかりに両手を叩いてみせる。

「さて、これからどうする? まだ時間はある。予定通りにリリルカ君の武具を買いに行くかい? ベル君達の防具も修理に出すといっていただろう?」

 ヘスティアの問い掛けに、まだ怒りが治まっていないリリルカが勢いよく答える。

「武具を買いに行きましょう!!」

 

 

********

 

 

 その後ベルたち三人は、ヘファイストスの店、もちろん駆け出し鍛冶師が出店している方へと、リリルカの装備を整えにでかけた。

 まずは予定通りに弓矢と槍、メイスである。まずは弓を見始めたのだが、問題が起こった。身長のために、大型の弓は使えず、小型の弓となった。さらに三人が困ったのが、矢の準備である。最近ベルとハリーが一回ダンジョンにもぐって戦うモンスターの数を考えると、戦闘終了後に回収することを見込んでも、かなりの量の矢が必要になるのである。それ()以外にも荷物があるこので、それだけ大量の矢を持ち運ぶのは現実的でなかった。

「うーん、これは、弓矢だけでっていうのはちょっと無理、かな・・」

 あごに手を当てて、考えるベル。その呟きにリリルカも答える。

「そうでございますね。今まではクロスボウを使う機会は緊急時だけでございましたからねぇ。矢はあまり必要ではありませんでしたし・・」

「となると槍かメイスかな」

 ハリーも二人と並んで考えながら呟く。

 そこでリリルカの身長に合う槍を選ぶことにした。

「じゃあ、これを」

 ベルが渡した鋼鉄製のがっしりとした槍をリリルカに渡す。槍を受け取り、それらしく構えて、突く、戻すを何回かやってみるリリルカ。

「うん、動きがぎこちないけど、慣れればよくなるはずだよ、うん」

 アイズとの戦闘訓練を経て、さらにはランクアップしたベルから見ると、リリルカの動きにはいろいろと問題はあった。それが分かる程度にベルも成長しているのである。そしてダンジョンにもぐり始めた最初の時は自分もそうだったと思い出し、自分を納得させるようにベルがつぶやく。

「そしてメイスっと」

 ハリーが野球のバットぐらいの大きさの棍棒を渡す。まあ、なんというか、背が低いリリルカと棍棒の取り合わせは、見た目がとてもアンバランスである。

 

「じゃあ、次は、鎧だね。軽い方がよいのかな」

 ハリーの言葉にベルが答える。

「じゃあ、軽量の皮鎧かなぁ・・」

 そうして三人で皮鎧を選ぶ。どうせならベル様と同じ軽量プロテクタータイプがよかったとは、リリルカの呟きである。

 

 次は、ベルとハリーの防具の修理である。ドラゴンから逃げるときに、ブレスの直撃は回避していた。しかし、ブレスで溶けたダンジョンの壁の飛沫や、欠片が三人に降り注いでいたのである。おかげで防具には細かい傷や穴が幾つも出来ていた。最初は、修理を頼んだのだ。だが、呼ばれて出てきた製作者の赤い髪の長身の男、ヴェルフ・クロッゾは、別の主張をした。曰く、9-10階層であれば、この防具でも大丈夫だが、さらに下の階層に進むのであれば、新調した方が絶対に良いと。そして、その男は驚くべき提案をしてきた。

「よかったら、俺と専属契約を結んでくれないか?」

 よく分かっていないハリーとベル。それに気づいてリリルカが説明を始める。

「ベル様、簡単に言うと、ベル様がドロップ品の中から武具の材料になりそうなものを優先でこちらの鍛冶師に渡し、その代償として武具を作成するというものです」

 そして、二人だけに聞こえるように声を落として言葉を続ける。

「ミアハ・ファミリアとの関係と同じですね。ただ、こちらは薬の代わりに武具、ファミリア同士ではなく個人同士、での話になります」

 リリルカの前半部分の説明にヴェルフ・クロッゾは頷き、さらに説明を付け加える。

「まあ、大体そのとおりなんだ。今回、専属契約を申し込んだのには理由があってな。一つはこの防具。これは俺が作った防具なんだ、こいつを気に入ってくれたのが嬉しくてな。しかもだ、その冒険者が、今、話題の英雄ベル・クラネルだ。こいつは専属契約を申し込むしかないだろう。今なら、無料で新しい防具作成を引き受けるぜ」

 にこにことしながら、ヴェルフは言う。

ヴェルフの言葉を聴いて、ハリーはしめしめと思う。目立ったのは、ベルだけで、自分は目立ってないようだと判断したのである。だが無情にもヴェルフは続ける。

「もちろん、そちらのハリー・ポッターの分もだ」

「う、名前知ってるんだ」

 思わずハリーの呟きが漏れる。

「そりゃ、もちろん当然さ。いまや、ドラゴン・スレイヤーは有名だしな。知らない方が無理ってもんだろう。それとちょっとばかし、相談があってな、何、難しいことじゃない。簡単なことさ」

 そういって、ヴェルフはベル、ハリー、リリルカの三人を真剣なまなざしで見つめる。

「俺をパーティに入れてくれないか」

 びっくりする三人。それに気づきあわててヴェルフは言葉を続ける。

「ああ、いや、突然な話だというのは分かってるから、しばらく考えてくれて構わない。新しい防具を準備する間はダンジョンに行かないだろう。その間に考えておいてくれ」

「ちなみに新しい防具ができるのはいつ?」

「なあに、三日もあれば十分だ」

 

 

 三人はここでいったん解散することにした。ベルはヴェルフから詳しい話を聞くことに。ハリーは新しい箒の材料を買いに。リリルカは自分の武具をホームまで持ち帰ることにした。

 

 

 さてリリルカは鎧を入れた袋を背中に背負う。その袋にベルが槍を邪魔にならないように上向きに結びつける。槍をぐいぐいと動かして、ずれ落ちないことを確認する。

「うん。これで良し、と。じゃあ、僕はヴェルフに事情を聞いてくるから」

「私たちとしては、団長のベル様の決定に従いますが、できれば、永続的なパーティ契約にしてくださいよ。一時的なパーティ仲間だと困りますからね」

 

 ハリーが故郷に戻ったら、ベルとリリルカの二人パーティになり、その人数で下層に向かうのは厳しい。ヴェルフがパーティメンバーになってくれるのは喜ばしいことなのだ。しかもヴェルフは信用できる(ヘファイストス)ファミリアの一員で信用でき、かつ主神同士も仲がよいという、これ以上の関係は望めない良好物件なのである。ヴェルフ個人の事情にもよるが、リリルカにとっては、逃がしてほしくない鴨葱である。

「わかってる、わかってるよ。大丈夫だって。で、ハリーは箒の材料を買いに行くの?」

 ベルは安心させるようにリリルカの肩をぽんぽんと叩き、ハリーに問いかける。

「うん、今度は、ダンジョンに持ち込む用と、大勢で乗れる用と、二本を作ろうと思うんだ」

それを聞いてベルは、以前ハリーに箒に乗せてほしいと頼んでいたことを思い出した。

「そういえば、この前乗せてもらった(ドラゴン退治の)時は景色を見る暇はなかったしなあ、今度はゆっくり乗せてね」

それを聞いたリリルカは顔を少し青ざめさせ、小さな悲鳴を上げる。

「私は遠慮しますからねっ! あんな怖い思いは、もうまっぴらですっ」

 もともとその気があったのだろうが、ドラゴン相手の曲芸飛行ですっかり高所恐怖症になってしまったリリルカである。ネビルを思い出したハリーは、無理に乗せるようなことはしないと優しく約束する。

 そして、リリルカはホームへと向かい、ハリーとベルはそれを見送った。リリルカが去っていくのを眺めながらハリーはつぶやく。

「なあ、ベル。リリルカって、あの体格で大量の荷物を持てるんだから、見かけによらず力持ちだよね。」

 ベルもリリルカを見送りながら答える。

「たぶん、昔、言っていたサポーター向けのスキルのおかげなんだろうね」

 リリルカが角を曲がるまでの間、二人で黙って見送り、ハリーも材木店に出発する。

 

 

********

 

 

 リリルカは角を曲がり、ベルとハリーが見えなくなると、すかさず小走りに走り出した。じつはこの後に出版社に行くつもりなのである。ドラゴン退治の日に『ドキドキ! ダンジョンラブ!!』が発売されて、すでに数日がたっている。どれぐらい売れているのか、作者としてはとても気になっていた。そしてようやくのことで自由にすごせる時間ができたのである。ホームに戻って荷物を降ろして出版社へとダッシュするのだ。そう気合を入れ直したリリルカの移動スピードは、荷物を背負っているとは思えないほどのものであった。

 

 ホームに着いた時には、ヘスティア達は既にいなくなっていた。おそらく主神(ヘスティア)はバイト、ミアハ達は宿探しであろう。鎧と槍を地下室に運び込み片付ける。そして書き溜めていた第三巻の原稿を隠し場所から取り出すと、すぐに外に出る。

オラリオ市内をだかだかと小走りで横断し、出版社までたどり着くと、受付で担当者を呼び出してもらう。

 

 打ち合わせブースで待っていると担当者がやってきた。

「お久しぶりですね。バジーレさん!」

 にこにこと喜びながら担当者が挨拶する。

「来社してくださってタイミングがよかったですわ、ちょうど連絡を取りたいと考えていたところなのです」

 そういうと担当者はリリルカの手を握ってぶんぶんと上下にふる。そして席に着くと早速、話し始めた。

 

 あの(・・)ドラゴン騒ぎがあったので、初日の売り上げは他の本と同様に壊滅的だったこと。

 発売タイミングが悪かったかと思われたが、いきなり爆発的に売れ始めたこと。

 主人公二人がドラゴンスレイヤーそっくりであることが原因と思われること。

 おかげで噂が噂を呼び、そんな嗜好が無い人にまで売れていること。

 のるしかない、このD(ドラゴン)騒動に!

 

「・・というわけで、急遽、明日第二巻が発売されます!」

 ・・やばい・・

 リリルカの脳裏をよぎったのは焦りと不安である。

 主人公の名前がペルとパリー? しかも額に稲妻型の傷がある? ベル様とハリー様ってばればれじゃないですか! 誰ですかこんな設定にしたのは!! リリですよっ!! あのときの(リリ)は何を考えてたんだぁぁぁぁぁ!

 心の中でのたうちながら、おそるおそる尋ねる

「・・あのぅ、それは大々的に発売するんでしょうか? それとも・・?」

 売るときの規模しだいでは、二人にばれないかもしれない。いや、ばれても、ここには偽名で来てるから、私だと判らないはずだけれど、ばれるとやばい気がする。だらだらと冷や汗を流すリリルカ。

「まあ、その(・・)ジャンルの中では大々的に売り出しますね」

 にっこり笑う担当者。

「それでですね、バジーレさん。第三巻では、ジャンルを問わず、大々的に! 全年齢対応で! 売り出したいと考えているのですが、どうでしょうか? ドラゴンスレイヤーを扱っている話はまだありませんし、話題を独占できます。発行巻数も桁が違ってくると思いますよ。どうですか?」

 にこにことしながら、強力にプッシュしてくる担当者。あれ、でも待ってほしいとリリルカは考える。第三巻だけ対応しても、その前の部分が対応してなかったら意味無いのでは? まさか─?

「あの、それって、全年齢対応って、第三巻だけですか?」

 にっこりと笑い無慈悲に断言する担当者。

「いーえー、第一巻と第二巻も全年齢対応verを書いてもらいますよ」

 無慈悲なリテイク。

「勇気、友情、勝利を、そこはかとなく押し出してくれると、受けがよいと思われますね」

 さらに追加注文。

 厳しい。これは、厳しい。

 リリルカはすかさず、戦略的撤退を開始する。咳払いをして、のどの調子を整えると説得を始める。

「全年齢対応、それは嬉しいお話です。しかし。しかしですよ、それでよろしいのでしょうか? 私はあまり詳しくは無いのですが、商売の方法としては、大勢に大量に販売する方法と、もうひとつは少数にレアなものを販売する方法と、二つあるとお伺いしたことがございます。私としましては、レアなものを販売する方が好みなのですが。そしてですね・・」

 ごにょごにょとリリルカにとっては戦略的撤退、しかし担当者、つまりは出版社にとっては販売拡大の話を進める。

 

 小説は小説としてリリルカが書き続ける。そして、ドラゴン騒動に便乗するために、劇場で『ドキドキ! ダンジョンラブ!! 二人はドラゴンスレイヤー!』を公演するのだ。舞台装置を作ったり、役者の練習などの準備で、しばらく時間が必要だが、それは仕方が無い。そして公演したものを全年齢対応verとして書下ろし、劇場で公演と同時に販売するのだ。これならばドラゴン騒動に便乗できるし、自分の名前が表に出ることは少ないだろう。また、ドラゴン騒動が終わった後は上演をやめればよいし、シリーズはシリーズとして続けることが出来るはずである。

 

「・・という方法です。こうすれば、レアな方のシリーズを終わらせること無く続けられます。全年齢対応verは、今回のドラゴン騒動に直接関係のある出来事のみに絞ったほうがよいのではないでしょうか? しばらくしてドラゴン騒動が終われば、人気も衰えるでしょうし。こちらの方が担当者(あなた)のご趣味にも合うのでは?」

 そうリリルカは、持ち込まれた原稿を読んだときの担当者の表情を忘れていなかった。絶対にそちら(・・・)のジャンルが大好きなタイプだと判断したのだ。ならば、そちら(・・・)続きが読みたいであろうから、担当自身は、こちらの提案に乗り気なはずだ。後は全体的に、こちらの提案方が利益が出ると思わせればよいのだ。そしてリリルカの読みは当たっていた。リリルカの提案を聞いた後、考え込んでいた担当者は、リリルカの提案に賛成したのであった。

 

 リリルカは、土壇場でよくもまあ、あんな方法を思いついたものだと、我ながら感心するのであった。

 





レアは反対から読むとアレ

次回『四人パーティ』


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四人パーティ

 さて、その夜である。夕飯後、ベル達はびっくりしたことに、ハリーが箒の作業をしなかった。どうしたのかと思ったらリリルカに話しかけた。

「リリルカ、ちょっと教えてほしいことがあるんだ。ああ、もちろん嫌だったら嫌で構わないんだ・・」

 出版社からもらった金額を思い出し、にやにやと内心笑っていたリリルカは、なんだろうと不思議に思う。

「リリルカのサポーター向けのスキルについて詳しく教えて欲しいんだ」

 そして、リリルカのジト目に気づき、あわてて、理由を説明する。以前のように○リコ○だとかと間違えられたら大変だと思ったのだ。ハリーも学習するのである。

「実を言うと、不思議なんだ。見ただけで、とても重いと分かるバックパックを平気で持ち運んでいるから。スキルについて詳しく知れば、戦闘方法についてもっと良い考えが出るかも知れないんだ」

 リリルカは考える。

「うーん。。。ハリー様、ちょっと気になる事がリリにもあるのですが、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 ハリーが頷くのを見てリリルカは問いかける。

「ドラゴンと戦ったときに、ハリー様は4個目と5個目の魔法を使っていたように思うのですが? たしか『インコリンゴ』と『インセンシブ』でしたか? どう考えてもおかしいのですが?」

 そういえばそうだったかとハリーは考える。あの時は夢中で全力で戦っていたので、使ってしまったかも知れない。

「まあ、リリルカ君。これに関しては、説明してもよいが、絶対にしゃべらないでくれたまえ」

 ヘスティアが会話に入ってきた。ヘスティアが構わないかと視線でハリーに問いかける。4個目と5個目の魔法に気づいていても、これまで黙っていたのでリリルカは信用できる。そう判断したハリーは了承のしるしに頷いた。

「リリルカ君。驚くだろうし、信用しないだろうが、これから言うことは本当だ。じつはハリー君はこの世界の人間ではない。他の世界から来た魔法使いなんだ。そしてハリー君の世界の魔法使いは、4個や5個どころではなく、大量に、それこそ何十個も魔法を使えるんだ。前回試してみた移動スキルも、実際には移動魔法なんだよ」

 リリルカはヘスティアをジト目で見つめる。それに気づいたハリーは浮遊呪文や、簡単な変身呪文を使って見せる。これで6個目、7個目の魔法となる。ここまで証拠を見せられたら信用せざるを得ないとリリルカも判断した。

「あれ、ではもしかしたら、箒も魔法なのですか?」

 リリルカの素朴な疑問である。それにたいして箒は魔法ではなく、ハリーの世界の魔法使いしか使えない、マジックアイテムのようなものだと説明する。

 

「なんと言うか、御伽噺のようなお話ですねぇ。分かりました。ハリー様のステイタスについて教えてもらったことですし、私もサポーター向けスキルについて説明しましょう」

 そうしてリリルカがスキルについて説明する。装備や荷物を持つときに、それらの重量に比例するだけの補正がリリルカの能力にかかる。すなわち、軽い荷物を持つときには、筋力等に軽い補正しか掛からないが、重い荷物を持つ時には、強力な補正が掛かり楽に持つことが出来るのである。

「ただ、持つことに関しては補正がかかるのですが、すばやく動いたりするのには補正がかからないのですよ」

 

 それを聞いたハリーは、持ち上げる動作が攻撃になる方法を考える。持ち上げるためには一旦しゃがむ、そして立ち上がる。

 

 つまり頭突きだ。

 強固で頑丈な兜で棘がついていたら大丈夫って、いやいや、これは自分もダメージを受けるし、そもそも動作が遅いから駄目だ。となると、持ち上げる動作。

 

 すなわち、アッパーカットだ。

 ボクシング用グローブに棘をつけたら大丈夫なはずだ。いや、これは、だめだ、荷物を持ち上げる動作にならない。普通に攻撃してるだけだ。

 そこでまたハリーは考え込むのだった。

 その間にベルがヴェルフのパーティ参加の事情、ランクアップして鍛冶の発展アビリティを発現させたいという事情を説明する。もちろん、ランクアップ後もパーティとして戦闘に参加するということだった。リリルカもヘスティアも特に異論はないようだった。

 神友の鍛冶神の眷属ならば信用できるぜと、安心するヘスティアである。

 その説明を聞いている間にハリーは、武器を一つ思いつく。そう自分とよく似た名前(ジェームス)というMI6のスパイが大活躍する番組。水陸両用車や、腕時計型の無線機、小型の火炎放射器などと一緒に小道具として出ていたものだ。あれならば、ここでも作れるはずだ。鍛冶師という(つて)ができたのだ。早速、ヴェルフに作ってもらおうと決心した。

 

 

 3日後、新しい防具が出来上がってきた。ハリーには体にぴったりと合った黒いズボンとハーフコート。軽く動きやすく、しなやか。どことなく、クディッチのユニホームを彷彿とさせる。

 ベルは曲面で構成された白銀色の軽量プロテクター。そのベルの姿を見て、格好いいと、はしゃぐヘスティアとリリルカ。それを脇から見てヴェルフは、大変だなとハリーの肩を叩くのだった。

 

 ヴェルフを加えた四人でダンジョンに入り、まずは、5階層で戦う。リリルカの戦闘訓練、ベルとハリーのランクアップ後の肩慣らし、ヴェルフも加えての戦闘フォーメーションの確認とやることが多いのである。戦闘に慣れてきたら、徐々に階層を下に移動していく。

 

 その方法で10日ちかく戦い、リリルカの向き不向きが分かった。そして現在は恩恵の更新も終わり、ヘスティアも交えて、ファミリアの集会というか、報告会のような雑談をしていた。

 まずは、ホームの改修状況。

 ドラゴン・スレイヤーのためだぜ!とゴブニュ・ファミリアが、がんばってくれたおかげで、外装自体は8割ほど終わった。内装はまだまだだが、住むことは出来るとのことだった。ミアハたちの路銀も心もとなくなってきていたので、ありがたい知らせだった。ミアハたちに連絡して、ヘスティア達は地上部分に引越し、地下にはミアハ達が引越すことになった。ヘスティアたちの引越しといっても、荷物があるのはヘスティアとベルだけである。ハリーは着の身着のままでオラリオに来たので、荷物が無い。わずかにある手荷物、ハグリッドから貰った鞄や折れた杖などは、これまでどおりに地下室に置くことにしている。なぜかというと、ハリーがミアハから、ポーションの作り方を習うことになったからである。そしてハリーは魔法界の薬の作り方をミアハに教えることになったからである。いわば情報交換である。

 

 それからリリルカの戦闘訓練。

 まずは弓矢。弓を武器としていたナァーザの指導のもと、練習を続けたおかげで、成果があがった。矢を大量に持ち込むのは荷物になるので、ここぞというときにしか使えないのが欠点だが、かなり上手くいった。

 だが、槍はだめだった。突くまでは良いのだが、力が弱いのとリリルカが軽いので、威力が無いのだ。時には、相手に槍があたった反動で、リリルカが自分で後にこけることなどもあった。それを見たヴェルフが『リリすけがもっと重ければ! 踏ん張れるのに!!』と叫んだら、『女の子に体重の話は厳禁です!!』とリリルカが激怒していた。

 そしてメイス。これが一番うまくいった。剣と違って刃が無いので、基本振り回して当てるだけ、というのがシンプルで、リリルカに合ったのだ。

「まあ、慣れてきたのもあると思いますが、このリリが、戦うことが出来るとは、思いませんでしたねぇ・・」

 しみじみと呟くリリルカである。

 

 そんなリリルカの前に、ハリーが赤と緑の紙で包んだ四角い箱を、よっこらしょっと置く。箱の重さに抗議するように、置かれたテーブルがミシミシギシギシと音を立てる。

「これはベルと僕からのプレゼントだよ」

 ベル(とハリー)からのプレゼントと聞き、大喜びでリリルカはがさがさと紙をはがし、中身を取り出す。中にあったのは、縦横高さ、それぞれが30cほどの箱型のカバンだった。角の部分には鉄板が打たれ補強されている。蓋の中央には、がっしりとした頑丈な取っ手がつけられている。そして変わっているのが、蓋の四辺である。それぞれ深さ3c、幅が12cほどの凹みがあり、そこに棒が渡され、取っ手として使える用になっているのだ。つまり、蓋の中央、4辺の中央と、合計で5箇所に取っ手があることになる。

そして、リリルカは蓋のロックをはずして開ける。中に縦横深さがそれぞれ20cほどの凹みがあり、そこにはクッキーや、マドレーヌなどお菓子が大量に入って居た。

「まあ、これは弁当箱(ランチボックス)なんだけれど、救急箱(ファーストエイドキット)としても使えると思うんだ。ポーションはビンが割れるから入れられないけどね」

 包帯とかを入れればいいんじゃないかなとベルが説明する。

「で、ここの蓋の部分の取っ手を持って振り回せば、十分、鈍器(メイス)として使えると思うんだ。これならサイズ的にも中身的にも荷物だから、持ち運びもしやすいし、良いんじゃないかと思うんだ」

「じゃあ、明日試してみましょう!!」

 喜ぶリリルカだったが、横で見ていたヘスティアは冷や汗を流しながら叫ぶ。

「ちょっとまったベル君! ハリー君! これは一体全体どれくらいの重さがあるんだ?」

 そうテーブルに乗せたときにミシミシといったのを聞いていたのだ。にっこり笑ってハリーはそれに答える

「女の子に重量の話は厳禁だそうですよ?」

 

 

********

 

 

 さて、連日のごとく、ベルたち4人は、ダンジョンにもぐる。そして今日からは12階層に行く予定である。ドラゴン騒動前には11階層に行っていたので、今日からは新しい階層である。本当であるならば、もっと早く行ってみたいところだったのであるが、新メンバーであるヴェルフの加入、リリルカの戦闘参加など、パーティとして調整が必要だったのだ。さらには、レベルがあがったベルとハリーの調整で、この時期にずれ込んだのである。もちろん『冒険者は冒険をしてはいけない』をモットーとするエイナの入れ知恵である。

 

 隊列は、先頭から順番に、ベル、ヴェルフ、リリルカ、ハリーである。

役割は、ヴェルフが前衛に立ち、リリルカが中衛、そしてハリーが後衛である。そしてベルは以前リリルカが提案していた遊撃をしていた。この隊列が実にうまく()()()()

ヴェルフが大刀で敵を引き受け、リリルカが弁当箱で戦闘を行えるようになったことも原因であるが、一番はベルである。武器を使っての接近戦、魔法を使って遠距離戦、メンバーの援護といったように、素早さを生かした神出鬼没な動きで、オールマイティな活躍するのである。

 

「ぬがぁぁぁ!」

 ヴェルフがハードアーマードの突進を大刀で受け止める。ギャリギャリと嫌な音を立てるが、ハリーが麻痺せよ(ステューピファイ)を打ち込み、そこでリリルカが弁当箱で全力で殴りつける。動かないモンスターならば、リリルカでも容易に殴りつけることが出来るのである。ベル二人分以上の重量を持つ弁当箱が激突、ダンジョンの壁と挟み込まれる様に潰されハードアーマードは絶命する。

「やるなリリすけ。やっぱり、硬い鎧を着こんだ様なモンスターはぶん殴るのが有効だな。大刀じゃあ、切りにくいしなぁ」

「リリすけではありません、ちゃんと名前を呼んでください。まったくこの大男は・・・」

 二人が話をしている間にも、ベルはシルバーバックに止めを刺していた。以前(怪物際の時)は、とても苦労した相手だ。だが今のベルはレベルが2になり、敵の動きがよく見えるようになっていたため、てこずるような相手ではない。

 隙を見て膝に一撃入れ、体制が崩れた瞬間に、バゼラードを回転するような動きで背中側へと振りかぶって、上段からたたきつけ、真っ二つにする。

 周囲を警戒していたハリーは、モンスターを一掃したことをベルにつげる。

「おつかれ、今のシルバーバックで、とりあえず最後だ」

「じゃあ、ちょっと、休憩しよう。リリ、弁当箱を」

 いわれて、リリルカは、弁当箱を下に降ろして蓋を開け、中に入っていた携帯食を各自に渡す。そして、飲み物用のビンを取り出し、割れていないかチェックする。

「ハリー様、割れていないようです。先ほども全力で殴ったんですけどねぇ・・」

 リリルカがチェックしているビンは、ハリーが加工した『割れないビン』である。

 最初は救急箱として使用するためポーションを金属製のビンに入れようとしたのだ。しかしミアハから『金属製だとポーションが劣化する』と止められたのだ。そこで思い出したのが、ハーマイオニーが作ったビンである。

 彼女がリータ・スキータを捕まえた後、『割れないビン』に閉じ込めていたのを思い出し、ハリーが普通のビンを『割れないビン』へと加工したのだ。今回、試して問題なければ、ポーションを入れて、弁当箱から救急箱にしようと計画しているのだ。

「へぇー、普通なら割れてるもんだけどねぇ・・」

とヴェルフが感心したようにビンを見つめる。

「あれで割れないなら、荒っぽい動きや、落としたりしても大丈夫だな。探索が便利になるのは間違いない。数はあるのかい?」

「いやまだ10本程度。作るのが手間がかかるんで、なかなか」

 最近のハリーはホームに戻ってもやることが多いのだ。まずは箒と割れないビンの作成。そしてオラリオ世界でのポーション作成方法をミアハから習っている。さらには、そのお礼代わりに、ミアハには、ハリーたちが習った魔法薬の作成方法を教えている。

 最初にミアハにおできを治療する薬の作成を教えたときには、懐かしさで笑ってしまったほどだ。

「うーん、数がそろえられるんなら、売れると思うぞ。深層に運ぶときには、割れないように持ち運ぶのが大変らしいからな」

 ヴェルフの提案に、時間が出来たらやってみると答えるハリー。

「そのときには、ハリー様、一本、1万2千ヴァリスぐらいで売りましょう!」

「え、それ、いくらなんでも高すぎない?!」

 リリルカの提案に驚くハリーである。

「いえいえ、高いことはありません。割れない以上は、洗えば何度も使い回しが出来るということです。長い間使えるんですから、それを考えると安いものだと思いますよ。ただし! 買うのは、深層まで遠征するような一部のファミリアに限られるでしょうけれども」

 それにヴェルフも頷く。

うちんところ(ヘファイストス・ファミリア)も結構深くもぐるから、欲しがるんじゃないかな・・。まあ、深いといってもロキ・ファミリアほどじゃないがな」

「欲しがるってどれくらいの数?」

ハリーの問い掛けに、顎に手を当て天井を見上げて唸るヴェルフ。

「んー、まあ、俺もレベル1だからなぁ、遠征に付いて行ったことが無いんだ。でも200本ぐらいはポーション類を運んでいたから、それの半分をこのビンに変えるとして・・」

「100本として120万ヴァリスですか・・・一つのファミリアだけでですよ」

 リリルカが計算して金額に驚く。

「ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア等にも売れるでしょうから、1千万ヴァリスはいくでしょうねぇ・・」

「でもそれって僕が千本ぐらい作るってことだよね?」

 大量にビンを作ることに眩暈がするハリーである。それにベルがフォローを入れる。

「ハリー、落ち着いて。作らないといけないって分けじゃないから。あくまでお金設けをする手段として、こういうのもあるっていうだけだから!」

 それを聞いて落ち着くハリー。

「じゃあ、どうしても必要になるまでは、この方法はとらないってことで・・」

 そしてハリー以外の三人が考えたのは同じことだった。

『それは必要になったら、千本以上の大量のビンを作るってことでは・・・』ということだった。

 

 

 そうやって話していると、通路の奥から、ガシャガシャと音が響いてきた。

 誰か冒険者がやって来るようだ。

 薄闇の中から現れたのは五人の冒険者、だが、そのうち一人の冒険者─小柄な女の子?─は大柄な男に背負われていた。五人はモンスターから逃げてきたようで、こちらを見ると叫んできた。

「助けてくれっ、白黒(しろくろ)のドラゴン・スレイヤーっ!!」

 

 それを聞いたヴェルフは、にやりと笑うと、ベルの横腹を肘でつついた。

「で、どうするよ? ドラゴン・スレイヤーさん?」

「からかわないでよ。怪我しているようだし、見過ごせないよ・・」

 ベルは苦笑して、答える。そして顔を引き締めると、大声で叫び返した。

「こちらヘスティア・ファミリア! 救援に入ります! ハリー、護れ(プロテゴ)で通路をふさいで追撃を止めて。その後は後方警戒を。リリは怪我人が居るから治療。終わったら報告を。ヴェルフ、僕と一緒に追撃を叩く!」

「「「了解」」」

 すかさず、ハリーが護れ(プロテゴ)で、追撃を分断。ベルとヴェルフが各個撃破にかかる。

 ベルは、逃げてきた冒険者パーティに声をかける。

「治療する時間を作らなければいけません。そちらのパーティで戦える人は、一緒に戦ってください!

「お、おう! もちろんだ。みんな迎撃するぞ!」

 リーダー格の大男が、指示を出す。

 リリルカは、その大男に声をかける。

「治療をするので、そちらの方を降ろしてください。あと、治療で服をずらすので、そちらの女性の方手伝ってもらえますか?」

 大男は、あわてて怪我人を急いで、しかし、やさしくおろす。

「私はミコトという、すまない、助かる」

 女性冒険者がリリルカを手伝いながら、名乗ってきた。

「私はリリルカ・アーデです。お礼なら、ベル様に言ってください。ベル様の決断ですので」

 女性冒険者ミコトはわかったというと、リリルカがポーションをかけやすいように、怪我人を支えた。

「チグサ、ポーションだ、飲むんだ」

 リリルカは、ホーションの半分を怪我にかけると、残り半分を、口から注ぎこんだ。幸い、かすかにだが意識はあるようで、自力で飲む干すことができた。見る見るうちに、出血が止まり、傷口の周囲の肉が盛り上がり、傷が修復されていく。

「これは高等(ハイ)ポーションか」

 ミコトが驚くが、リリルカはそれを否定する。

「いえ、通常のポーションですよ?」

「そうか、効果が高いもので、てっきりそうだと・・失礼した」

「ベル様! 治療終わりました!!」

 そのリリルカの報告で、ベルは次の指示を出す。

「ハリー、魔法での攻撃たのむ、リリルカは後ろ含めて周囲の警戒!」

 すかさず、ヘスティア・ワンドを構え直したハリーから攻撃呪文がほとばしる。

麻痺せよ(ステューピファイ)! 麻痺せよ(ステューピファイ)! 麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 赤い光線が次々にモンスターに激突し、打ち倒していく。実際には麻痺しただけで、死んだわけではない。だが、それを知らない冒険者たちは、『一撃でモンスターを打ち倒している』と驚愕にとらわれている。

 実情を知っているベルとヴェルフは、麻痺したモンスターは後で止めを刺すことにして、麻痺していないモンスターと戦っている。

 そうやって戦い、程無くモンスターを全滅させることができた。

 

 大男が、改めてベルに向かい合う。

「助かったぜ。俺たちはタケミカヅチ・ファミリアのものだ。俺は団長の桜花・カシマだ。さすがドラゴン・スレイヤー、腕が立つな。助けを求めて正解だったぜ」

 そしてにやりと笑う。

 怪物進呈(バス・パレード)に近い形での救援要請。それにもかかわらず、やすやすと対処してみせる実力。さらには負傷者の千草を治療する善良性(お人好し)。怪物進呈をやめて救援を求めることにしてよかったと、自分のとっさの判断が間違っていなかったことにほっとする桜花であった。

 もちろん怪物進呈をするつもりだったなどとは、おくびにも出さない。そんなことをいっても、場がこじれるだけであるからだ。

 

「怪我人も治療してくれて助かった。ポーションが切れたんで、俺たちはこれから地上に戻るが、そちらはどうする?」

 ベルが代表で答える

「僕たちは、まだこの階層の探索を続けますよ」

 それを聞いた桜花が頷く。

「わかった。また、改めて、主神と共に今夜にでも、そちらのホームに礼に行くぜ」

 そういうと、タケミカヅチ・ファミリアは去っていった。去り際、チグサとミコトがもう一度深々とお辞儀をして去っていった。

「なんていうか、あわただしい人たちでしたねぇ・・・」

「ポーションがないから、急いで帰ろうって感じだが、急いでもどうなるもんでもないと思うんだが・・・」

 リリルカの呟きに、ヴェルフが答えるように呟く。

「さて、それじゃ、僕たちも13階層目指して、先に進むよ。予定通りに、階段に着いたら、そこでいったん今日は引き返すからね!」

 そんな二人に渇を入れるようにベルがこれからの予定を宣言する。

「了解リーダー!」

 そういうと、四人は再度、陣形を組むと、先へと進むのだった。

 

 




補足
本文中にも書きましたが、桜花が怪物進呈(バスパレード)の予定から手のひら返しで、ベル達に助けを求めることにしたのは、白黒のドラゴンスレイヤー、つまりベルとハリーの事を知っていたからです。
ドラゴンと戦い、生き延びるだけの実力があること。つまり、モンスターに追撃されている状況を打破する実力がある。
街を救うためにドラゴンに戦いをしかけたこと。つまり、悪くいえば『甘ちゃん』、よく言えば、『お人よし』だから、こちらを助けるだろうと推測できること。
この二つのこと、実力と人柄から、ベルたちに助けを求めました。

アディオス! 黒ゴライアス!

次回「Drowning man will grasp at a straw.」


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Drowning man will grasp at a straw.


誤字報告いつも助かってます。ありがとうです



どこまでも青い空。そこに浮かぶ、のどかな形の白い雲。さんさんと降り注ぐ日差し。それを浴びて真っ白に輝く白い砂浜。エメラルドグリーンの水面は穏やかに風とともに浜辺へと打ち寄せている。その波音はやさしく、人を静かに眠りへと誘う様であった。

 

 どこまでも平和でのんびりとしたビーチである。

 

 ティオネ、ティオナが用事を済ませて、そんな浜辺へと戻ってきた。彼女らを出迎えたのは、海遊びに興じる仲間たち(ファミリア)ではなかった。

 陽光降り注ぐ砂浜に倒れ、青い顔をして、息もできずに苦しむ仲間たち。そして、そんな彼らを困ったような顔で見下ろしながら、どうしたらよいのかと思案しているアイズ・ヴァレンシュタイン。双子の友人でもあるアイズが困っているのは、珍しい事態であるが、それ以上に団員がほぼ全員倒れているという異常事態に、二人は、慌てて皆に駆け寄るのだった。

「おっ、二人とも、もどってきたんか! 早速で悪いんやけど、治療手伝ってや。みんな無茶して溺れたんや・・」

 治療をしていた彼らの主神ロキが水着姿のまま二人に指示を出す。

「わかった、まかせてって・・ドラスレ君! 君まで!?」

 ティオナがあわてて、抱え起こしたのは白髪赤眼のベル・クラネルである。

「いったい何があったのよ?・・」

 ティオネのもっともな質問に、ロキは困ったような顔をするのだった。

 

 

 事態を最初から説明するために、時間をさかのぼろう・・・

 

 

 タケミカヅチたちの訪問が終わった後、ヘスティア・ファミリアのメンバーがホームでゆっくりとしていた。そこにドアをノックする音が響く。

「誰でしょうね。今度こそ、入団希望者ですかね?」

 そんな事ををいいながらもリリルカがすばやく動き、ドアを開ける。

 そこにいたのは中肉中背、黒髪黒目、ハンサムとも醜男ともいえない普通の青年であった。

「はじめまして。こちら、ヘスティア・ファミリアのホームで間違いないでしょうか? 私、ロキ・ファミリア所属のラウル・ノールドと申します。われらが主神ロキより、神ヘスティアへ親書を預かっています。お目通りをお願いいたします」

 聞き覚えがある声に、ハリーが、立ち上がる。

「あ、ハリー君、こんばんはっす! お久しぶりっす! 何か大活躍してるそうじゃないですか。すごい評判で、何かこっちも鼻が高いっすよ!」

 とたんに元気よく話し始めるラウル。それを聞いて、目を白黒とさせるヘスティア。ロキや、団長のフィンとも違う性格のようで、ちょっと吃驚したのである。

「えーと、ラウル君? 僕がヘスティアだけれども、親書って本当かい? 今までアレ(ロキ)から、そんなもの貰ったことがないんだけれど!」

 ヘスティアも入り口まで移動しラウルを出迎える。

「あ、はじめまして、ヘスティア様。ロキ・ファミリア所属ラウル・ノールドです。よろしくです」

「主神ヘスティアだよ。まあ、そんなにかしこまらないでくれ。中に入って座って、座って」

 そういうと、ヘスティアはラウルをソファに座らせる。

 

 そして改めて四人は自己紹介をする。ハリーとラウルはお互いに顔見知りなので自己紹介はしていない。

「では親書です。どうぞ、お納めください」

 そういうとラウルは手紙をヘスティアに、恭しく渡す。いったい何事かとヘスティアは、封を破いて読み進める。読み進めるにしたがって眉間に皺がよる。そして二枚目を読む

「ぐぬぬぬぬ。ラウル君! 少し良いかな? ちょっと見てくれ、ここに書いてあることは、本当なのかい?」

 そして二枚目をラウルに渡す。ラウルは中身を確認する。そして折りたたむとヘスティアに返した。

「本当ですね」

 それを聞いて、再び、ぐぬぬぬと唸るヘスティア。

「神様どうしたんですか?」

 いつもとは違うそんなヘスティアの様子が心配になり、ベルが尋ねる。

「うむ、三人は、オラリオからちょっと行ったところにあるメレンて知ってるかい?」

 ヘスティアの問いかけにリリルカが答える。

「港町・・でしたよね。魔石加工製品をそこから輸出しているはずですが・・」

「うん、そのとおりだね。つまり、海岸だってことなんだ。そこに慰安旅行(海水浴)に行くから、同行しないかという誘いなんだよ・・」

 ベルたち三人はびっくりする。交流が()()()()無いファミリアからそんな誘いがあるとは思わなかったのだ。

「そうなんですよ、ハリー君! 参加してくれますよね!」

 唯一ロキ・ファミリアと接点があるとしたら、ハリー繋がりである。それは、全員がこの前のハリーの挑戦の時点で分かっていた。だが、主神(ロキ)が言い出したこととはいえ、眷属であるラウルが、ここまで熱心にハリー(とそのファミリア)を誘うのだろうか? 何か理由がありそうである。

「えっと、それ以前になぜ海水浴? なぜ僕たちがそこまで熱心に誘われるんだか・・説明をしてくれるよね?」

 ちょっと引いているハリーが聞くと、ラウルはうんうんと頷く。

「そうでしょう、疑問に思うっすよね? とはいうものの、ヘスティア・ファミリアを誘うのに反対している人はいないっす。というよりも、ほとんどの人が、是非! 是非! 来て欲しいと思ってるっす。

 ハリー君はロキ様のお気に入りだから来てほしいって言うのがあるっす。そして、ハリー君が来ると、ロキ様の関心がハリー君に集中するっす。つまり、女性陣へのセクハラがなくなるっす。これが女性陣が皆様に来てほしいと思っている理由っす。

 そして、ロキ様は、『ハリーはんが来ないなら、男性陣の参加禁止やぁぁぁぁ』っていってるっす。それをですねぇぇぇぇ! 『みんなーーー! 気になるあの子の水着姿が見たいかぁぁぁぁぁぁ!!』と言った後に宣言したっすよ! ロキ様って酷いと思わないっすか!? それで男性陣はハリー君を縛り上げてでも連行するつもりっす!」

 すがすがしい表情で宣言するラウル。

「いや、縛り上げるのは止めて」

 言ってはいけないロキ・ファミリアの内部事情に思わず反応するハリーであった。他の三人は、まさかトップ・ファミリアのそんな内情があるとは思わなかったので、呆れるというか吃驚するやらであった。

「とはいうものの、実際には、59階層到達、新記録を達成したけど、ダンジョンにもぐりっぱなし。たまには外で日光でも浴びて、のんびりリゾートしようというのが目的っす」

 いや、そっちは絶対に建前じゃないのか、そちらを先に言うべきではないのかと、疑わしい視線を向けるリリルカ。

 ベルは、『気になるあの子の水着姿』という言葉で、アイズの水着姿が見られるんじゃと脳内妄想をたくましくして、顔を赤くしていた。

 そしてヘスティアは、ベルのそんなふやけた顔を見てぐぬぬとうなっていた。ヘスティア自身としては、言語同断、すかさず断りたいところであるが、問題は手紙の二枚目の内容である。それには、この招待を簡単に切って捨てられない内容が書かれていた。それは─

 

『こっからはギルド指定の秘密情報や。ギルドが提示するまでは、眷属には教えるんやないで~。25階層あたりからダンジョンは水浸しのフロアが続く。泳げるようになっといたほうが良いで。少なくとも水場での戦闘が出来るようにしとったほうがええで? 海水浴と見せかけて、そこらへんの訓練もするから、眷族が大事なら参加したほうがええで~。59階層まで行ったラウルは事情を知ってるから、ラウルに確認してみいや~』

 そして、早速、ラウルに確認したところ、『これは本当ですね』と言われたのである。

 というわけで、招待をどうするか。ベルがアイズ・某と仲良くなるようなイベントには参加したくない。ましてや水着だなんてとんでもない!

 だが、水場での戦闘訓練は、やっておいた方が良いだろうというのは、ヘスティアにも分かる。いきなり、水場での戦闘をするのと、海水浴と見せかけた訓練を経た後で、戦闘をするのとでは、心構えなどが違うだろう。ベル君の安全を考えるのであれば、参加した方が良い。

 そして、子憎たらしいことには、まだ続きがあった。

『オラリオから上級冒険者が外に出るには、面倒な手続きが必要やで~。うちとまとめてやっとくから、気楽に参加せぇ~』

 オラリオからの戦力の流出を抑えるため、上級冒険者がオラリオ市外に出ることには制限がついている。このことはヘスティアも知っていた。つまり、ヘスティア・ファミリア単体での水場での戦闘訓練をメレンで実施するのは難しいのだと、そうヘスティアは考える。

 しばらく、葛藤したあと、ヘスティアはベル君の命をとった。

「・・うん、みんな都合がつくんであれば、参加しようじゃないか・・」

 

 この場に来てもいないロキの交渉戦術によって、いいように転がされたことを自覚するヘスティア。これがトップ・ファミリアを率いる主神の実力なのかと、屈辱のあまり倒れそうである。だが、気合をひそかにいれて、精神的に立ち上がる。ベル君はオラリオ1のファミリアの団長になるんだ。ならば、僕自身もトップ・ファミリアにふさわしくなってやろうじゃないか!

 そう己を鼓舞するヘスティアであった。

 だが、これには一部ロキのトリックがあった。ヘスティアは一般常識どおりに、『上級冒険者=レベル2以上』と解釈したのだが、ロキは『上級冒険者=第一級、第二級冒険者』という意味で書いたのである。追求されたら、『まちがえたんや~、ほらうちって、第一級第二級冒険者、多いやん! だから、ついなぁ・・』と開き直る予定であった。

 

「わかったっす! よかった、よかったっすよ。これでみんなに恨まれないですむっす」

 にこにことするラウル。考えてみると、ハリーが行かなかった場合は、主神(ロキ)、男性陣、女性陣と、少なからずがっかりする者たちがいるのである。じつは重要な交渉なのであった。

 それに、普通人ラウルとしても、知り合いであるハリーたちが、中層の水場での戦闘に慣れておくことは賛成であった。知り合いでなければまだしも、知り合いがダンジョン内で命を落とすというのは、他のファミリアの者であっても嫌なものなのだ。

「じゃあ、待ち合わせ場所ですけど・・・」

そしてラウルはもう一枚の紙を取り出して、四人に旅行の詳細を説明するのであった。そのラウルの姿は、まるでツアー・コンダクターのようであった・・

 

 

********

 

 

そして翌日。

 ヴェルフにはダンジョン探索は一時停止と伝える。その間、ヴェルフはせっかくなので、ドラゴン素材で武器を作成するということだった。ヘスティア・ファミリア用に取り分けていたドラゴン素材を一部渡していたから、それを加工するのであろう。

 

 メレンへと、ロキ・ファミリアとともに出発するハリー達。

 馬車でのんびりと揺られながらの移動である。

 オラリオから出るのは初めてのハリー。今までは市街とダンジョンにしかいなかったので、うきうきとして、周りを眺めるのだった。とはいうものの、木々が点在する草原の中の道という、ヨーロッパの片田舎と同じような、つまり、テレビで見るような片田舎の風景が続くのである。ベルベット通りと、ホグワーツしか知らないハリーはそれでも喜んでいた。

 そうやって景色を見ながら一時間ほど経つうちに、メレンに到着であった。

 

 宿に荷物をおくと、早速、水着に着替えて、海岸に出かける。まぶしい日差し、どこまでも青い海。広く白い砂浜、そこに静かに打ち寄せる穏やかな波。

 絶好の海水浴日和であった。

 

 

 そして、海岸に集まったメンバーは海水浴を楽しむ。気になる水着のあの子に声をかけたり、ダンジョンと違う雰囲気にお互いどきどきとしたり、リゾートを楽しんでいた。

「うーん、ほんま、ええのぅ」

 そんな眷属の様子を眺めロキは、にやにやしている。そんなロキは赤いチューブトップのセパレートタイプの水着で着飾っている。ちゃっかりと サングラスをかけて、そしてビーチチェアにのんびりと座っていた。

「あまずっぱい、青春の思い出っちゅーやつやなぁ・・・」

 にししししと笑い、ジュースを飲むロキ。

 そんなロキをあきれたように眺めるヘスティア。青と白の水着に白いパーカーを羽織ったヘスティア。胸部装甲がこれでもかといわんばかりに、存在を主張している。

「いや、なんていうか、君、よく眷属が集まったものだねぇ・・・」

「まっ、うちの溢れ出る魅力っちゅーやつやな!」

「その貧相なものでかい?」

「どちびにはわからん、大人の魅力っちゅーやつやな」

 軽く流すロキ。以前なら、頬のつねりあいになったところであるが、目の前の景色(あまずっぱい青春)を堪能するのに没頭して、ヘスティアごとき相手にしていられないという様子である。

 

 そんなリゾート気分真っ只中の主神たちとは違い、まじめな様子を漂わせているものが何人かいる。

 

 そのうちの二人、青い水着を着たティオネとティオナの二人は、準備体操を入念にしていた。体がほぐれたと確認して、今回の旅の『本命』の目的のために、すばやく静かに沖へと泳ぎだす。この旅の目的は、ロキが手紙を送り、ラウルがヘスティア・ファミリアに、説明したように次のとおりである。話す順番が逆ではあったのだが。

『建前』─ダンジョンにもぐってばかりなので、日光浴をしようぜ!

『本音』─ハリーはんと仲良くなるで。セクハラ無しでノンビリします。気になるあの子の水着姿を見たりするっす!

 であるが、最後に─

『本命』─怪人と闇派閥の調査。

 オラリオで暗躍する犯罪ファミリアの総称である闇派閥。一時は壊滅状態になっていたのだが、ここ最近になって、再び活発な動きを見せ始めた。

 そして怪人。ロキ・ファミリアが偶然にも出会った存在であるが、驚くべきことに、人間でありながら、モンスターとしての特性をもっているようなのだ。怪人はモンスターを操り、18階層のリヴィラの町を破壊、59階層へとロキ・ファミリアを誘い込むなど、不可解な行動をしている。

 24階層で戦闘になった時に、闇派閥と怪人は協力してこちらを攻撃してきた。おそらく同盟を組んでいるのであろう。

 そして彼らはオラリオを破壊するべく、モンスターをダンジョンから地上へと運んでいるのだ。

 だが、言うは安し行うは難しであり、ダンジョンから人に見られずにモンスターを運び出すことなどできない。そのため、隠されたダンジョンへの出入り口があるはずなのだ。

 ロキ・ファミリアはその出入り口を探すべく、ここメレンにやってきたのだ。

 

 さて一般的には、ダンジョンの入り口は、バベルの地下しかないとされている。それは正しいようで正しくない。正確な表現は、『使用できる出入り口はバベルの地下のみ』である。使用できない出入り口が他にもあるのだ。それが、ここメレンである。

 メレンのロログ湖の底には、ダンジョン中層へと通じる地下水路の入り口があるのだ。ただし、モンスターがあふれないように、十数年前に厳重に封印されている。

 封印が無事ならば、ここ以外にダンジョンへの入り口が有るということになり、別の場所を探す必要がある。

 封印が破壊されていれば、再度、封印することによって闇派閥の活動を抑えることができる。

 それでティオネとティオナは、その封印に異常が発生していないか、調査に向かったのである。

 

 そして、そんな二人とは別に、まじめな雰囲気を漂わせている集団。それがアイズを筆頭とする約二十人の集団であった。

「じゃあ、アイズさんに、泳ぎ方をならうっすよ~。せっかくきたんだから、泳げたほうが楽しいっすよ~」

 ほどよく気合が抜けた調子でラウルが人を集める。その気合が抜けた調子からは、24階層あたりで泳ぐ必要があるなどとは、とても分かるものではなかった。普通に『遊ぶための泳ぐ練習』という雰囲気だった。集められたのは、レベル1からレベル2のメンバー。その中には、ベルとリリルカも入っている。

「じゃあ、あとはアイズさん、お願いするっす。僕等は昼飯の準備にいくっすよ」

 そう言うと、ラウルは同期のアキらと材料の買出しに行ってしまった。

 

 残されたメンバーは、白のツーピースタイプの水着を着たアイズに注目する。これから水泳教習が始まるのである。

「では、まずは簡単に。水に慣れるために、あそこの岩場まで走って行ってみよう。みんなついてきて」

 沖に向かって50m程の場所にある岩場を指差して、アイズは宣言した。そして走り出す。もちろんみなもついていく。その中にはベルも入っている。アイズの水着姿を見たときには、顔を真っ赤にして、見つめていたが、となりのリリルカから、『鼻の下をのばしてみっともないですよ』と言われて、まじめな顔になるように頬を引き締め、頬の内側を噛んでいた。

(にやけちゃ駄目だ、にやけちゃ駄目だ、にやけちゃ駄目だ、にやけちゃ駄目だ)

 そんなベルとリリルカもそれぞれ水着を着ている。ベルは水色のトランクスタイプ、リリルカはワンピースタイプの緑の水着である。

 ロキ・ファミリアの集団の中に混ざって、二人も走り出す。そしてアイズは波打ち際まで行くと、そのまま、海の中に入っていった。だが、浅瀬なのか、アイズは水に沈んでいかない。安心した他のメンバーはそのまま付いていく。

 が、さらに数歩走ったところで、異常に気づく。アイズは沈んでいないが、自分たちは膝まで水に使っている。

 だがそんな疑問も、アイズの遅れないようにという声にかき消される。あわててダッシュするも、やはり自分達だけは沈んでいく。おかしいという思いと、遅れないように急ぐ気持ちとが綯交ぜになったまま、走り続け。ついには足が届かない場所まで進んでしまった。

「~~~~~(ぶくぶくぶくふぐ)」

「げほっ、たすっ! ちょっ」

 そのまま沈んでいく先頭集団。

 それを見て立ち止まる、第二集団たち。

 その間にも、アイズは目標の岩場まで走ってたどり着いていた。そしてこちらを振り返り、驚愕する。

「なんでついてこないの?」

 そして、相変わらず水面を走り、溺れている者達を、自ら引っ張り上げると、次々に波打ち際まで放り投げた。

 見守っていたメンバーが、あわてて、浜辺まで運び上げる。最後の一人を抱えて、アイズが走って戻ってきた。

「みな水面を走れないのか?」

 不思議そうに問いかけるアイズ。

「普通走れません」

 その答えにアイズは、驚愕したような顔になる。

「右足を水面に乗せて、右足が沈む前に左足を水面に乗せて右足を持ち上げる。そして左足が沈む前に右足を水面に乗せて、左足を持ち上げる。これを繰り返せば、水面を歩ける?」

 みなにやり方を教えるアイズ

「これがスイトン=ジツ。難しくはない。用は慣れだ」

 実際にスイトン=ジツで水面に立ちながら、まじめな顔でアイズがいうと、とてつもない説得力があった。そのアイズの足元からの細かな漣のような波紋が広がっている。足首だけの動きで、自分で言ったようなスイトン=ジツを実行しているのだ。

「仕方がない、まずは練習からいこう。気合が入るように、岩の近く(足が届かない所)まで私が連れて行く」

 

 そういうと、アイズは、メンバーのを二人両脇に抱えると、すばやく水面を走り、50m沖合いの岩場まで連れて行った。

「さっきの説明どおりにすれば、沈むことはない。まずは実践だ」

 そういうと、アイズは、二人を水面に立たせる。二人は必死で足踏みをするが、当然のごとく沈んでいく。

「「~~~~~~~(ごぼこぼごほ」」

 しばらく見守るアイズであるが、これは溺れたと判断すると、水中に両手を突っ込んで二人を持ち上げると、浜辺まで戻ってきた。

「じゃあ、次の二人」

 メンバーの顔が恐怖で引きつるが、アイズは容赦しなかった。

 こうして、全員が溺れたのであった。

 溺れてしまい、浜辺に倒れていているメンバーを眺めながら、アイズは何が悪かったのかと思案する。そこにティオネたちが戻ってきて冒頭の状況になるのであった。

 

 

********

 

 

 話を聞いたティオネたちは微妙な顔つきになる。

 アイズがやった指導方法は無茶振りも良い所であった。だが、自分たちもそれなりに、それ(無茶振り)が無しか有りかと問われたら『有り』だと感じたのである。

 双子が身に着けているスキル『潜水』も水中でのモンスター退治という無茶振りを実行していたら、いつの間にか覚えたというものである。だから、アイズの指導に対しては完全に否定できない自分たちがいるのを感じるのであった。

「とはいうものの、やっぱり、無茶だったわよ。せめてメンバーの半分が溺れた時点で、指導方法を変えてよかったんじゃないの?」

「むむう、しかし、私はこの方法ですぐに走れるようになったのだが・・」

 アイズが反論するも、自分でも指導方法が悪かったと思ったのか、元気がない。

 

「まあ、次は私が指導するから、それ見ててね」

 ティオナがアイズを慰め、そして、改めてメンバーに声をかける。

「じゃあ、次は私が教えるわねー。みんな浅瀬で二人一組になって。手をつないで。そして片方が体を伸ばして水に浮いてね。もう一人は沈まないように手をつないで、支えてやってねー」

 ティオナの指導の下、練習を始めるメンバーたち。ベルはリリルカとペアを組んでいる。

「ベル様、手を離しちゃだめですからね」

 ベルに支えてもらっているリリルカが必死に頼み込む。今は、バタ足に挑戦中である。そして、ベルは支える力をゆっくりと弱めていく。

「うわぁ、ベル様、はなさないでくださいっ!!」

「大丈夫、大丈夫、支えてるから!」

もう、力を要れずに、そっと手を添えているだけ状態であるが、ベルはそう言い聞かせる。

 

「で、放しても大丈夫だと思ったら、手を離してね~」

 ティオナの叫びに、ベルはも思わず手を放してしまった。

 リリルカは慌てるが、そのまま泳ぎ続けることができた。

「ベル様! 私泳げてますよっ!」

 

 そうして、交代して、今度はベルが泳ぐ練習をするのだが、運動神経が鍛えられているためか、これまたすぐに泳げるようになるのだった。

ティオナの教え方が上手いのかと、無表情で悩むアイズだった。

 

 

 ちなみにハリーは泳げるので、ビーチで見学である。

 

 




ちと、無理な展開でしたね・・・

補足
炎のゴブレットの三大魔法学校対抗試合の第二の課題。水中から水面まで戻ってきたときに、鰓昆布の効果が切れていました。しかし、小説版では、ハリーはその状態で、フラーの妹のガブリエルが岸まで泳ぐのを手伝っていました。
また死の秘法で、なぜか池の底に有ったグリフィンドールの剣を、泳いで取りに行っています。
それで、ハリーは泳げると判断しています。

メレンとオラリオの距離。
原作では3kmほど離れていますが、ここではもうちょっと離れた距離にしています。


次回
「Fry me to the SKY」


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Fry me to the SKY

ルード・バグマン「第二の課題は湖の底の・・」
ティオネ「見てきたけど、封印は無事だったわよ」
ルード・バグマン「・・・」


 もうすぐ昼時という時分になると、買出しに行っていたラウルたちが戻ってきた。

 

 てきぱきと道具を準備し、具材を切りそろえて串に通していく。大き目の石をあつめて即席の竈を作り、燃料に火をつけ炎を起こし、手際よく、串を焼いていく。

 ハリー、ロキ、竈の神(ヘスティア)の三人は、並んだ三つのデッキチェアに座って、準備(それ)を眺めていた。ヘスティアは、ラウルたちの手際の良さに、ほおと短い吐息を漏らす。

 それを見逃すロキではない。サングラスを額へとあげて、ニヤニヤと笑う。

「イシシシシ、うちの子供ら、手際ええやろ? なんで、こんなに手際いいか聞きたいやろ?」

 にやにやと笑いながらヘスティアに迫るロキ。

「ふん、竈の神である僕から見たら、まだまだ、言いたいことはあるがね。まあ、料理人ではないし、冒険者であることを考えると、まずまずの腕だといっておくよ・・」

 一応、今回の旅行のスポンサーであるロキたちの顔を立てるヘスティア。

 にやにやと笑いながら、ヘスティアに自慢を続ける。ロキ。

「そうかー、いやあ、ある意味竈の神(プロ)からのお墨つきっちゅーわけか。いやぁ、50階層の安全階層(セーフティポイント)で何度も野営しとるからのぅ~。手際のよさがそこはかとなく、出てしまうかも知れんのぅ~。いやぁ、手際のよさを見せ付けようとしとるわけじゃないんだけど、やっぱ、判るもんには、判ってしまうもんやのぅ~」

 にまにまとしながらも、ロキは自慢を続ける。うざい。

 

「で、どちびんところは、どこまでもぐってるんや?」

 急にまじめな顔つきになり、ロキが確認してくる。

「13階層の入り口に到達したところですかね・・」

 ハリーの返事に、ふむと頷くロキ。老婆心ながらアドバイスを贈る。

「まあ、リヴェリアあたりが話をしとるんかもしれんが、そのあたりから、難易度がはねあかるからな、きぃつけーや。今はディアンケヒトんところがポーションの安売りをしているのと、ドラゴン素材の武具が出回り始めたからか、調子にのっとる冒険者が出始めとる。ハリーはんたちはそんなふうになったらあかんで?」

 それに大丈夫だと答えるハリー。続けて尋ねる。

「ディアンケヒト・ファミリアが安売りしてますけど、他のファミリアは安売りしないんですよね?」

 ハリーの確認に、ロキが頷く。

「材料代その他で価格は決まるからのぅ、どうしてもあまり安売りは出来んはずなんや。ディアンケヒトんところも、何も言っとらんが、安売りは期間限定やろなぁ・・。もうしばらくしたら、価格は元にもどるやろけど、何か心配事でもあるんかい?」

 ハリーは言うかどうか迷ったが、ここに居るのはハリーが魔法界から来たことを知っている二人だけなので、試しに言うことにした。

「元の世界でのことなんですが」

 念のため小さな声で、そう前置きする。

「まずはライバル店に安売り攻勢を仕掛ける。お客は当然、安い店のほうに行くわけです。ライバル店ではお客がいなくなります。そして、ライバル店が潰れるまで、ずうぅぅぅっと安売りをするんです。そしてライバル店が居なくなったら、値段を前より上げるんです。お客さんは、他に買うところが無いので、高い値段で買うしかないんです。

 ディアンケヒト・ファミリアがやってるのが、どうもそんな雰囲気な気がして。まあ、考えすぎなんでしょうけどね」

 社長をしていたバーノン叔父さんが、食卓でブツブツと文句を言っていたことを聞きかじり、ハリーも人並みには、もしくは人よりちょっとだけ多く、経済の知識があった。具体的には、独占禁止法案とかカルテルとかである。

 

 そのハリーの説明を聞いて、ヘスティアは、『安売り攻勢をしたら、自分も赤字になるじゃないか』と分かっていないようだった。だが頭の切れる(トラブルメイカー)ロキは、これを商売の話とは考えずに、経済抗争(ファミリア間の抗争)と捉えた。抗争であれば、ドチビのいうような赤字は、必要経費として賄うことが出来る。逆に言うとそのデメリットを払ってまで抗争を始める準備が整ったということである。そして老獪なディアンケヒトが負ける戦いを始めるとは思えなかった。

「・・まあ、ハリーはん、今のことは、後でフィンに相談してみるさかい、はっきりするまでは内緒にしといてな。ちなみに、ハリーはんたちも、ディアンケヒトんところで買ってるんか?」

 そこで、ヘスティアとハリーは、ミアハ・ファミリアの顛末を説明する。聞いたロキは感心する。ロキはディオニュソス、ヘルメスと同盟を組んで、闇派閥と対抗しているが、ハリーたちも同盟を組んでいるとは思いもしなかったのだ。

「じゃあ、ポーションが、ハリーはんの言うとおりに値上がりしても大丈夫やな」

 とは言うものの、ますますディアンケヒトの狙いがわからなくなった。ディアンケヒトとミアハの関係については、ロキも噂で聞いたことがあった。だから、経済抗争をしかけるのであれば、ミアハが標的だと考えたのである。だがすでにミアハ・ファミリアはつぶれている。だとしたら、どこが標的なのか。フィンをはじめとした眷属に相談して情報収集をしようと心のメモ帳に書き記す。

 ひとまずポーションの話は終わりである。ハリーも気になっていたことを相談できてすっきりしたようである。

 

 そしてロキのアドバイスは続く。

「それから知っとるかもしれんが、18階層は安全階層(セーフティポイント)や。野営の仕方を覚えといて損はないで? 今は見て覚えとくことやな」

 ハリーはエイナの講習を思い出す。安全階層の18階層に到達するにはレベル2が必要とみなされていること。そこをベースポイントとして、上下の階層にアタックする方法があるが、もう少し実力が上がってからがよいこと等々・・・。

「まあ、ハリー君、いつかはやることだけれど、今は考えてもしょうがない。くやしいがロキの言うとおり『見る』ことも勉強のひとつだ。準備ができたみたいだし、食べようじゃないか」

 

 ちょうどそのとき、ラウルが叫ぶ

「準備ができたっすよ~、皆さん、あつまってくださーい」

 

 そしてみなが集まると、ロキの開始のスピーチが始まる。

「みんな遠征ごくろうさーん! ひさかたぶりの記録更新でめでたいこっちゃ! しかも被害者なしや! 主神のうちも鼻が高いで。

 とはいうもののや、ダンジョンに潜りっぱなしで疲れとるやろうから、今回は、骨休めで、ぱーっと食べて飲んでくれや!

 あと、うちのスペッシャルなコネで特別ゲストに、今話題になっとるドラゴン・スレイヤーも呼んだからな。みんなゆっくり骨休めしてくれやー、では、かんぱーい」

 みな一斉に杯を持ち上げ、乾杯する。それから飲めや食えやのバーベキューが始まる。

 

 ベル、ハリー、リリルカが、ロキ・ファミリアと上手く溶け込めるのかと心配するヘスティアである。だが、ロキ・ファミリアのメンバーもドラゴン・スレイヤーに興味津々だったので問題なく溶け込めていた。遠征でダンジョンにもぐっていたメンバーは空を飛ぶドラゴンと戦った話を聞きたがった。そして居残り組みは居残り組みで、攻撃はどうしていたのか、空中戦を見ているのは手に汗握る見ものだったなどと盛り上がるのだった。

 そして一人が禁断の質問をしてしまう。

「どうやって空を飛ぶの?」

 それにベルが特に考えることなく答える。

「ハリーが扱うマジックアイテムで」

 それを聞いていたフィンが会話に入ってきた。

「ふむ、よければ、僕も空を飛んでみたいのだが、可能だろうか?」

 全員に一気に緊張が走る。突然発生した無言のプレッシャーにベルはちょっと引きつり、ハリーを見やる。それにつれてプレッシャーもハリーへと動いていく。謎のプレッシャーに戸惑いながらもハリーは答える。

(マジックアイテム)は三人乗りなんで、僕以外に、あと二人乗せることはできますよ」

 フィンは喜ぶ。

「じゃあ僕と、もう一人乗せてもらえるかい?」

 ハリーがOKと頷くと同時に、メンバーが一斉に喋り始める。

「はいは~い、わたし、わたし~!、空を飛べるんなら、飛んでみたーい!」

「ティオナ、うるさい。団長の背後を守るのは、この私をおいて他にはいないでしょう。当然! 私が! 乗るわよ!」

「いやいや、魔法に関することであれば、私が乗るべきだろう! ポッターとは魔法談義をしていたが、聞くのと実際に体験するのとでは違うからな!」

「何いってるんすか、ハリー君と親しい僕が乗るべきっすよ! 今回だって、招待状を渡しに行ったのは僕っすからね!」

「まあまあ、みんなおちつくんや、ここは主神権限で、うちが乗ることにするで!」

 というような感じで喧々諤々の騒ぎが巻き起こった。加わっていないのは、すでに空を飛んだことがあるヘスティア・ファミリアのメンバー。そしてアイズ。ジョッキをあおっているガレス。クールを装っているベート・ローガくらいなものである。

 

 新しく作り終わった箒─アナクス─を構え、苦笑いしているハリーとフィン。そこにひげを蓄えた大男のガレスが近寄ってきた。

「さ、行くぞ」

 そういうと、箒に乗ろうと促す。

 ハリーは視線を、誰が箒に乗るかで騒いでいる集団に向ける。

()()、いいんですか?」

「かまわん、かまわん。どうせ、結論はでないんじゃ。だとしたら、早いもん勝ちじゃ」

 フィンは、ふふふっと小さくわらう。

「ガレスの言うとおりだな、ハリー君! 行こうじゃないか!」

 そして三人は箒にまたがると、上昇を始めた。

 

 3mほど上昇したところで、騒いでいた皆に気づかれた。

「何やってんだぁ、くそジジイィィィィ!」

「はぁっはっはっはっ、乗ったもん勝ちじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 大笑いするガレス。そして、箒は加速して、上空に舞い上がる。そこに飛び掛る、ロープ付きフック。見事にフィンの足に引っかかると、それをフィンが何事かと持ち上げる。すかさずそのロープに飛びつきぶら下ったのはアイズである。トカゲめいた動きでロープ上を走り、箒の少し手前でとまる。足を載せる輪を作り、ロープを手に巻いて安定した姿勢で体を固定する。

「やれやれ、アイズにも困ったものだね。ハリー君。四人でも大丈夫かい?」

「アイズー、私ものせなさーーーーい」

 ティオネの叫び声が届くが、ハリーはとりあえず聞こえなかったことにした。

「重さ的には大丈夫ですから、このままいきますね」

 

 そして一気に加速する。

 

 顔にぶつかる風の塊。箒が風を切り裂き甲高い風きり音が響く。体にかかる心地よい|加速度。空を飛ぶ喜びにハリーの心が満たされる。

「うわっははははは! 痛快じゃのう!」

 乗っていたガレスも同じ気持ちなのか歓声をあげている。

 雲の合間を縫う様に飛び、一気に300mほど上昇しただろうか。後ろに飛行機雲ならぬ箒雲ができている。眼下に広がるのは、港町メレン、少し離れた場所に迷宮都市(オラリオ)が見える。そして、オラリオとは反対側には青い海と、水平線。この高度だと、わずかに水平線が湾曲しているのがわかる。この世界も地球と同じように球体のようだ。そして青い海には漁をしているのか幾隻かの船が見える。

 

「ほぅ。いやぁ、すごいね。これは」

 フィンも関心したような声を出す。ガレスはごそごそと懐を探っていたが、目当てのものが見つかったようで、にんまりと笑顔になる。

「どれ、いっぱい飲むとするか。フィン、おぬしも飲むか?」

「・・こんな所まで、酒を持ってくるなんて何を考えてるんだい?」

 さすがのフィンも呆れているようだ。

「ハハハ、眺めが良い山の頂上で飲む酒は、とてつもなく美味いからな。ならば空を飛びながら飲むのも良いじゃろうと思っただけじゃ。ではさっそく」

 そういえと、ガレスは遠慮なく、グビリと酒をあおる。

「ふはーーー。眺めは良いし、酒は美味いしで、いうことないわい」

 ご機嫌のガレスである。

 

 仕方ないなぁドワーフは、と呟いて、フィンも諦める。そしてハリーと話し始める。

「すこし、沖のほうに向かってもらっても良いかな? それとスピードはどれくらい出るんだい?」

「そうですね、一般人が全力で走る速さの2から3倍ぐらいですかね」

 要請に従い、ハリーは進路を沖に変えてから、答える。時速60kmぐらいと考えているのだ。

「それで、疲れることはないのかい?」

「ないですねぇ。同じ姿勢でいるのに、草臥れることはありますけどね」

 そうやって話していると、一隻のガレオン船を発見する。なにやら、トラブルに巻き込まれたようで、帆が帆桁と共に甲板に落ちている。

「接近してもらえるかい?」

 無言でハリーは箒をそのガレオン船に向ける。

 

 舳先から艫まで40m以上、マストが四本タイプのガレオン船。遠方からやってきたのだろうが、運悪く、水棲モンスターに襲われたようだ。海中から伸びた、ぬめぬめとした白く太く長い触手が船体へと絡みつき、甲板をのたうっている。それだけではなくスロープにも巻きついた触手が帆桁を目茶目茶にしていた。

クラーケン(巨大イカ)か・・」

 正体がわかったのかフィンがつぶやく。

 クラーケン(巨大イカ)。簡単に言うと、そのものずばり、超大型の『イカっぽいもの』である。モンスターと間違われそうだが、実際には、モンスターではない。深海部分に生息している()()()()である。潮の流れに乗ってなのか、餌を探してなのか、稀に良くある事だが、こうして浅瀬の部分にまでやってくるのだ。体長は今襲い掛かっているガレオン船と同程度。そして足の長さと本数も、その巨体に見合ったものになっている。イカならば足は10本であるが、このクラーケン(イカっぽいもの)の足の数は太いものだけでも20本を優に超えている。そのため『イカっぽいもの』なのだ。その多くの足で餌を捕獲し、締め上げて、喰らい尽くすのである。そして今、大型船が餌食になろうとしていた。

 

 獲物を探して幾本もの触手が甲板をのたうつ。その触手を迎え撃とうと奮戦する乗組員。どうやら、乗組員は、全員アマゾネスのようで、それ以外の種族が一人も見えない。戦いなれた様子で、剣や槍を振り回し、触手を叩き切ろうと奮戦している。

切れろ(ミッシサ)!」

くたばれ(ラプンテ)!」

「ウラー!」

 鬨の声をあげて、大乱戦を繰り広げるアマゾネスと触手たち。触手の表面は、ぬめぬめとして刃が滑りやすく、ゴムめいた弾力性があるため、なかなか切りにくいようだ。そうやって戦っているうちに、触手の一本がアマゾネスの一人に巻きつき、持ち上げる。悲鳴を上げながらも、剣で触手を叩き続けるアマゾネス。

 そのまま、海中に引き込まれるかと思ったが、走りよった灰色の髪のアマゾネスが斧でその触手を切り飛ばした。無事、甲板に落ちる触手とアマゾネス。

斧を使え(シメカイ)!」

 そして、指示を出す灰色の髪のアマゾネス。それに従い、皆が順次、武器を斧へと取り替え始めた。

 その間にも、灰色の髪のアマゾネスは斧を振るい、触手を切り飛ばし続ける。5本、6本と切り落とすと、さしものクラーケンも、これは獲物ではないと悟ったのか、船から離れると、水中に沈み、沖に向かって逃げ始めた。

「ハリー君、あれ(クラーケン)を追ってもらえるかい? もう船を襲うことはないだろうが、確認をしておかないとね」

 フィンの指示に従い、ハリーは箒の向きを変えて、クラーケンの後を追う。ガレスも酒をしまい、まじめな顔で横から顔を出して、クラーケンの監視をはじめた

 

 クラーケンは触手を海中になびかせながら、ゆらゆらと、沖に向かって泳いでいく。

ハリーの箒のほうが速度があるので、クラーケンを刺激しない高度をたもって、クラーケンを中心にゆっくりと旋回する。アマゾネスたち、特に灰色の髪のアマゾネスから触手を切り飛ばされたのが痛かったのが、沖に300m程進んだところで、深海に向かってゆっくりと沈んでいき、姿が見えなくなった。

「まあ、あの傷では、しばらくは、海面には出てこないだろうね。浜辺に戻ろうか」

 フィンの判断がくだり、箒を浜辺に向け一気に加速する。

 途中アマゾネスたちの船の上を通過する。アマゾネスたちは、船の修理は後回しにして、まずは港に着くのを優先することにしたようだ。帆はすでに邪魔にならないように片付けられており、舷側から長いオールが突き出され、人海戦術で港に向かって漕いでいた。

「あの様子なら、船にも大してダメージはないようじゃのう」

 それを見たガレスが感想を呟く。ロープでぶら下がっているアイズは、戦闘集団アマゾネスを興味深げにいつまでも眺めていた。

 

 

 そして浜辺まであと50m程度というところまで近づいた時、アイズが、下のロープから声をかけてきた。

「フィン、ハリー、ガレス。私は、ここで降りる」

 まだ結構な高さで飛んでいるのにと驚くハリー。だが、ガレスが続いた。

「わしもここで降りるとするわい」

 そういうと、ガレスは、そのまま箒から飛び降りた。落下する途中で高飛び込みのような姿勢になり、盛大な水しぶきをあげて着水するガレス。

 一方アイズは呪文を詠唱する

「殺す モンスターは殺す すべて殺す」

 赤黒いオーラが立ち上り、アイズの体に収束し忍者装束になる。そのままアイズは、ロープを箒からはずし飛び降りた。同時にどこからか取り出した2m弱四方の布の角を片手で二個ずつ持ち、空を滑空し始めた。風がいい塩梅に、布を膨らませて、パラグライダーのようになっている。アイズは布をたくみに操り、波打ち際に沿って、バーベキューの場所から少し離れた場所へと向かっていく。

 そんな二人に苦笑するフィン。

「いきなり出発したから、大方、浜辺に戻った時のみんな(ティオネ)が怖いんだろうね」

 

 その後、浜辺に戻ったハリーは、しばらくの間、空を飛んでみたいロキ・ファミリアのメンバーを交代で遊覧飛行に連れて行くので、目が回るほどの忙しさだった。




自分で読み返してみて、文章力ないなぁ・・と実感しました。

補足
1.箒のアナクス
アナクス ポルテノーペ ジュリアスからとっています。
ヘスティアの命名です

2.アマゾネスの叫び声は適当です・・・

次回『And Then There She's Are None.』
文法無視は申し訳ない・・・


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And Then There She's Are None.

 翌日。今日は一日、メレンを観光して回るということで、自由行動である。

 と見せかけて、ロキ・ファミリアの主力は、闇派閥の調査である。それを知らされていないヘスティア・ファミリアは独自に水揚げを見に港へと行くことにした。

 

 既に朝の分の仕事を終えた漁船が、港に戻ってきて、水揚げをはじめている。魚を船から降ろす者、降ろした魚を市場に運ぶ者、次の出港に備えて準備をする者。働く者たちの威勢の良い掛け声があたりを満たしている。

 荷物を台車で運ぶ者たちの合間を縫い、邪魔にならないように気をつけながら、ベル達は散策する。四人とも、このような場所に来るのは、始めてて興味が尽きなかった。

 

「見てください、ベル様。鎧のような鱗ですね!」

 リリルカが示したのは、ドドバス。70cmほどの大きさの黒い魚である。鱗がいびつに発達し、鎧の様に強固なものになっているのが特徴だ。

「うわぁ・・、あれモンスター?・・でもモンスターは食べられないから、違うんだよね」

 ハリーの呟きを聞いた漁師の一人が答える。

「モンスターに齧られない様に、鱗が頑丈になっちまったんだな・・。まあ他の魚もいろいろと影響を受けてるしなぁ・・」

 元気に威勢よく、魚が入った木箱を船から降ろしながら漁師が続ける

「まあ、いろいろと変わった魚がいるから見て行ってくんな!」

 ベルはまじめな表情になる。

「陸上はバベルがダンジョンを塞いでいるから良いけど、海の方はどうなってるんでしたっけ」

「確か、リヴァイアサンのドロップアイテムで、出入り口を封印したから、海にはもうモンスターは増えないはずだよ。あとポセイドン・ファミリアが退治を続けているはずだ。封印していさえすれば、時間はとてつもなくかかるが、全滅させることも無理ではないはずだよ」

 ヘスティアが説明する。ダンジョンの外では、モンスターは普通の動物のように繁殖する。ただし、親は自分の魔石を分けて子供に与えるため、世代を重ねるごとに弱体化していく。ダンジョン内外で、モンスターの強さに差が出る原因がこれである。そしてまた、ダンジョン外部のモンスターと戦うだけでは、相手が弱いモンスターであるため、恩恵を大きく育てることが出来ない理由でもあるのだが。

「ちなみにポセイドンは、神界では、僕ん所とご近所さんだね」

 ついでに豆知識も披露するのであった。

 

 港の見物を終えて、メレン中心部に向けて歩いていると、通りの向こうから、喧騒が届いてきた。

顔を見合わせ、一斉に走り出す四人。ベルを先頭にしてヘスティアを中心に走ることしばし。騒動の中心が見える所に辿り着いた。だがすでに騒動は終わったようで、ロキ・ファミリアと、褐色の肌も露なアマゾネス集団が二つに分かれて、離れていくところだった。周囲の屋台の者たちも隠れていたのが、こわごわと顔をのぞかせ、商売を再開しようとしている。

「ちっ! 雑魚が! ごちゃごちゃ言い逃れしやがって・・っ!」

 怒っていることを隠しもせずに、悪態をつくのはベート・ローガ。狼人である。

「こんにちは」

 顔見知りであるハリーは挨拶をする。ベートは、ハリーの顔を見ると、苦虫を噛み潰したような表情になる。そして、ハリーの隣に立つベルにも気付く。

「けっ! テメーらかよ。俺らの邪魔してんじゃねーぞ! 雑魚は雑魚らしく引っ込んでろ!!」

そう言うとイライラした様子のまま立ち去った。

 

「何だろうね・・」

 ベートの剣幕にびっくりした様子でヘスティアがつぶやく。それにハリーが答える

「あー、実は初対面で失礼なことを言って怒らせてしまったので・・。たぶんまだ怒ってるんだと思います」

「何を言ったのハリー!」

 ぎょっとするベル。オラリオに名前をとどろかせているレベル5の冒険者に何を言って怒らせたのだろうかと戦々恐々である。とは言うものの、まだ公表されていないのでベルたちは知らないのだが、59階層への遠征を経てベートはレベル6にランクアップしている。

「いや、最初、犬人(シアンスロープ)ですか?って聞いたら、激怒したんだ」

 そのときの様子を思い出すハリー。確かあのときには、隣のテーブルに座っていたアマゾネスが、なぜか腹を抱えて笑っていた。

「で、狼人(ウェアウルフ)っていうんで、苦労したんですねって、つい呟いちゃったんだよ・・」

「苦労するってなんでまた?」

 ベルの追及は続く。

「僕の故郷では、人狼(werewolf)は、そのう、人狼に噛まれることによって、人狼になるんだ。そして性格が凶暴になることが多くて、満月を見ると人から狼に変身して理性を失うんだ。そして一晩中、暴れまわる。力も強いし、素早いしで、大人の魔法使いでも対抗するのは難しいんだよ。それで、たいていの魔法使いは、人狼を嫌ってる・・。ただ、普段はおとなしい性格の人狼もいる。僕の知り合いの人狼(リーマス・ルーピン)もその中の一人で、とても立派な人なんだ。だけど人狼だという理由だけで、皆に嫌われて働くことができずにとても苦労してるんだ・・。それでつい・・」

 こちらの世界とハリーの世界でのwerewolf(ウェアウルフ)の違いについて、驚愕し、絶句するベルとヘスティア。と同時に、ベート・ローガがハリーに対して激怒した理由を納得した二人であった。

 そんな風に話している間に、リリルカがロキ・ファミリアの一員、黒髪の猫人のアナキティ・オータムを捕まえて、騒動の顛末を聞き込んできた。

「何が起こったか聞いてきました。なんでも、カーリー・ファミリアのアマゾネスと、怒蛇(ヨルムガンド)とが喧嘩をしたようです」

あっさりとかいつまんで説明するリリルカ。

 

 

 カーリー・ファミリア。

オラリオにあるファミリアではなく、テルスキュラに存在するファミリアである。ラキアと同じく、主神を中心として、一つのファミリアが一つの国家を形成している。このファミリアには、究極の目的がある。

 それは『真の戦士』を生み出すこと。

 そのために、団員を鍛えに鍛える。その後、成長した団員達同士で殺し合いをさせる『儀式』を経て団員をランクアップさせるのである。ティオネ、ティオナはそんな戦いしかないファミリアを後にして、旅をしているうちに、オラリオに辿り着いたのだ。だが、そのカーリー・ファミリアが何の因果か、オラリオの玄関口であるメレンにまでやってきた。ティオネたちの気があらぶるのも仕方がないことであるのだ。もっともヘスティアたちはそのあたりの事情はまったく知らないのだが・・。

 

 

「うーむ、それは物騒な話じゃないか。ベル君、僕のことはしっかり守ってくれ給えよ」

 そういうとベルの腕にしがみつくヘスティアであった。それを黙って見ているリリルカではない。反対側の腕にしがみつく。

「私のことも守ってくださいませね、ベル様!」

 それをみて 噴出すハリー。

「ぶふふ、いやぁ、団長は大変だなあ、じゃあ、僕はちょっと偵察に行ってこようかな」

「ちょっ、おいてかないで・・・」

 こんな話をしながら、四人は、別の場所へと向かうのだった。

 

 

 そして午後。宿の部屋で寛いでいたハリー達。廊下からは、走り回る音が聞こえてくる。

「なんだかロキ・ファミリアの皆さんは、ばたばたしていますねぇ・・」

「そうだね。また、カーリー・ファミリアだっけ? そこと喧嘩してるんじゃないだろうね?」

 不安がる女性陣。ハリーは、ベルに二人をなだめるのを任せて、事情を調べるために誰かを捕まえることにした。運よく、ラウルを発見する。

「ああ、いや、なんでもないっすよ。ただ、うちのレフィーヤが迷子になったみたいで、総出で探すことになったっす」

 レフィーヤって誰だっけと、考え込むハリー。

「ええと、山吹色の髪を腰まで伸ばしたエルフの少女っす。魔法使いで杖を持ち歩いてるっす。歳は14っすね。ハリー君も会ったことがあるっすよ?」

 そういわれても覚えがないハリー。それにあわてたようで、ラウルが説明する。

「怪物祭のときに、レフィーヤに防御魔法かけてくれたっすよね? 本人から『超短文詠唱だった』って聞いてるっすよ?」

 そこまで言われてようやくハリーも思い出した。最後に強力な冷凍魔法を使ったエルフだとようやく理解したのだ。あの時は、ティオネがいたし、今思えば、アイズもいた。お互いに自己紹介をしなかったので、メンバーの名前は知らないままだったのだ。

 

「うん、なるほど思い出した。顔は覚えているから、探すのを手伝おうか?」

 ハリーの申し出に喜ぶラウル。

「いやぁ、ありがたいっすよ、ハリー君! メレンもなかなか広いから人手は多いほど、助かるっすよ! 見つけたら宿に戻って来て欲しいっす。見つからなくても五時には戻って来て欲しいっす!」

 ハリーは出かけることをベル達に伝える。

「よっし、ハリー君。せっかくだし、僕達もついていこうじゃないか。顔と名前が一致しないとはいえ、それだけ特徴があれば、町の人たちに聞き込みすればわかりそうなもんだ。人手は多いほうが良いだろう?」

 ヘスティアが乗り気のようだ。部屋で寛ぐのに飽きたんじゃないかと疑うハリーであるが、人手は多いほうが良いので、賛成する。

「じゃあ、僕は箒に乗って空から探しますから、ベルは神様達と一緒にいてね」

「むう、ナイスだ、ハリー君!」

 ハリーにその気はないのだが、ベルとデート出来るように気を利かせたと勘違いされるのであった。

 

 

 ハリーは箒に乗って空から。ベル、リリルカ、ヘスティアは三人で聞き込みをする。ロキ・ファミリアも聞き込みをしているようだが、まだ見つからないようだった。

 

 

そろそろ五時になろうかという時分、三人が、浜辺に続く道を歩いていると、猫人のアナキティことアキ、腰まで伸ばした黒髪をまとめ結いしたヒューマンの治療師リーネと出会う。

「やあやあ、まだ迷子君は見つかってないのかい?」

「まだですね。ヘスティア様にも探してもらってすいません。ゲストなのに・・」

 恐縮するアキを見て、ロキとは違って礼儀正しいなぁと感心しながら、ヘスティアは気にしないとなだめる。

「そうですよ、困ったときはお互い様ですよ」

ベルもとりなす。だが、アキの両耳はぺたりと垂れてしまっている。

「それと、探している間に、怒蛇(ティオネ)大切断(ティオナ)の二人を、どこかで見かけませんでしたか?」

アキの質問に、リリルカが答える。

「泳ぎ方を教えてくださった方ですよね? 今日は会っていませんね」

それを聞いて落胆するアキとリーネ。

「うーん、その二人もいないんで、探すように言われてるんですよね・・」

 

 アキたちがため息をついたときだった。食人花が草むらから現れ、襲い掛かる。とっさに反応できたのは、アキとベル。アキは剣を抜き打ちで、振り払い、一匹の食人花を撃ち落とす。ベルは、食人花の前に割り込み、ヘスティアとリリルカを背後にかばう。一瞬送れてリーネもスタッフを振り回し、二匹のモンスターを何とか受け止めるも、その衝撃でしりもちをついてしまう。一匹は、そのまま、リーネに齧り付こうとするも、救援に戻ってきたアキに蹴り飛ばされる。残った一匹はベルに飛び掛る。だが、ベルがリーネを助けようとして打ち出した魔法が()()直撃する。ダメージ自体はないものの、痺びれてしまい、一瞬だが、動きが止まる。そこにリリルカが、頭上に振り上げた救急箱を叩き落す。運よく命中する救急箱。

 救急箱の重さに動けなくなる食人花。ずるずると体を捻って救急箱から抜け出す。

 そこに同格(レベル4)であるアキが突進する。剣を振るい、花弁の下に剣を打ち込む。打たれた食人花は、身をくねらせて、五人から離れる。そこにベルの連続攻撃が襲い掛かる

「ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルト!!」

 レベル差が有るため本来であれば、有効なダメージを与えることはできないのであるが、ベルの魔法は炎の()である。かするだけでも、一瞬だが、痺れによって動きを強制停止させることが出来ていた。レベル2(ベル)後衛(リーネ)では、その隙を突くことは難しいが、モンスターと同格であるアキにとっては、絶好の隙である。剣を両手で構え、連続攻撃を繰り出す。急所を隠す花弁を少しずつ切り飛ばし、止めとばかりに、魔石部分に剣を叩き込む。経験者(ティオネ)との情報交換はしっかりとやっているのだ。

 だが、返ってくるのは、鋼鉄を叩いたかのような手ごたえ。剣を引き、二度、三度と同じ箇所に切込んで行くことによって、ようやく魔石を破壊する。灰に変わるモンスター。

 

「なんですか、これは?」

 リリルカの驚きにベルが答える。

「ハリーが言っていた、怪物祭のときの新種モンスターだ。花弁の下に魔石があるっていってた」

 情報交換はロキ・ファミリアだけではない。雑談のような形であるがヘスティア・ファミリアもやっているのだ。

 二匹の食人花は相変わらず、五人の周りをのたくっている。だが勝負はすでに付いた。アキは落ち着いて指示を出す。

「私が一匹を倒すから、その間、残り一匹を雷の魔法で牽制して、近づかせないようにして。魔法を撃ち続ければ、接近されたとしても当たるから。痺れて動きが止まったところをリーネが弾き飛ばす。できるわよね?」

 ベルの超短文詠唱を最大限生かした弾幕作戦である。心配な点があるとすれば、ベルの精神力が持つかどうか(マインドダウン)であるが、ベルは自信を持って、大丈夫だと断言した

 返事を聞いて、アキは合図を出すのと共に一匹に打ちかかろうとするが、状況が変わる。残りの一匹がもう一匹の体に巻きついたのだ。一瞬たたらを踏むアキ。いわば、巻きつかれた内側の食人花は、生きた鎧(食人花)を身にまとった形態なのだ。鎧側を攻撃したとしても、その間に接近されて、内側の食人花に攻撃される。アキの力では一撃で倒せないことを見越しての戦法である。

 

 だが所詮はモンスターの浅知恵。

「ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルト!!」

 ベルが連続で攻撃する。ベルとしては、鎧側の食人花が分離すれば良いと思っての攻撃だ。だが、炎の雷は電撃であり、たとえ鎧をまとっていても、もちろん、内側にも電撃が流れていく。。

 鎧をまとったことにより、動きが鈍り、ベルの超短文詠唱での連撃が容易に、すべて命中するようになる。

 思いもかけぬ展開、モンスターの馬鹿さ加減にあきれながらも、アキは、ベルの射線をさえぎらないように注意しながら、接近する。剣を頭上に振りかぶると、全力で振り下ろす。見事に花弁の下に食い組み、魔石を破壊する。そして、さらに連続で切りつけ、最後の一匹も灰にする。

 

「やれやれ。無事にすんでよかったよ」

 ヘスティアが安堵の声を出す。そして治療師であるリーネが怪我がないか確認する。幸いにも全員無傷であった。

 

 だが、その気の緩みは油断そのものであった。

 

「ボラー!!」

 雄たけびとともに、三人のアマゾネスが襲い掛かってきた。二人はアキに、一人がリーネに飛び掛る。

 気づいたベルが、電光石火、魔法を放つ。

「ファイアボルト!」

 だが、その攻撃は先ほどの食人花の戦いでアマゾネスに見られていた。

 アマゾネスは手にしていた剣を、ベルの方向に向かって投擲する。

 唸りを上げて、剣は飛び、地面に突き立ち、ファイアボルトを受け止める。

「へっ?」

 ベルがあっけにとられた声を上げる。それもそのはず、アマゾネスに突き進むはずのファイアボルトが(避雷針)にぶち当たると、刀身に絡まり伝い、地面へと流れ込んでいったのである。

「ボラー!!」

 うまくいったことににやりと笑いながら、アマゾネスは距離をつめる。

 リーネが再度スタッフを構え、近寄らせまいと、突きを放つ。だが、アマゾネスは、多少のダメージに絶える精神力と、思い切りの良さと、リーネよりは各上のステイタスによって、スタッフの間合いをつきぬけ、素手への間合いへと詰め寄った。両手での高速拳撃が左右から襲い掛かる。

 ベルが加勢しようと横に回りこむ。だが、アマゾネスもリーネを中心に回りこみ、さらには、連打でリーネを動かす。そして常に、リーネがベルとの間に位置するように動く。ベルとリーネに連携ができていないことを見抜いているのだ。あざ笑うかのように口角がつりあがるアマゾネス。

 リーネはスタッフを振りかざし、背後に下がり攻撃を裁こうとするが、強引な突進力、左右からの連打、さらにはベルとの連携の悪さをつかれ、徐々にダメージを受けていく。

 

 一方、アキは、二人のアマゾネスの攻撃にさらされていた。上から横から、タイミングをずらして、襲い掛かる連続攻撃、一人の剣をさばいて、反撃しようにも、すかさずもう一人の剣が死角から襲い掛かってくる。二人での一心同体の隙の無い攻撃。その攻撃の圧力に押され、後退するアキ。ベルとリーネから引き剥がされていくのをうっすらと感じながらも抗うすべがない。

 そして、横からの剣戟を捌いたときだった。前にいたアマゾネスの陰に隠れるようにしていた、もう一人がナイフをアキの足元に投げつけた。ぎりぎりで気づき、避けるアキ。だが、無理な動きをしたので、体のバランスが崩れる。そこをもう一人のアマゾネスが見逃さず、大上段から剣を打ち下ろす。アキは、両手で剣を振り上げ、何とか捌くも、それはフェイント。アマゾネスは剣を投げ捨て、空いた手で、アキの胸倉をつかみ、アキの懐へと入り込む。足を絡めて、突き飛ばすように、アキをひっくり返した。まるで極東に伝わるジュー=ジツのコソト=ガリだ。流れるような動きでマウントをとる。

 

 両手を握り締め、アキの顔面に連打を放とうとするも、それを邪魔しようと、小人族(リリルカ)がカバンで殴りつけようとしてくるのに気付く。アマゾネスから見たら非力な小人族だ。先ほど偵察していた食人花との戦いでも何もせずに、カバンで一撃入れるのが精一杯。おそらくは一般人並みの初心者(ルーキー)

 こんな弱弱しい攻撃は避けてもよいが、あえて無抵抗で受け止め、何のダメージをも与えられないことを見せ付けるのもよいかもしれない。攻撃が通じないことに絶望を感じ、仲間がいたぶられるのを止めることが出来ない無力な自分(小人族)を恥じ入ればよいのだ。残忍な愉悦を覚え、にんまりと唇が持ち上がる。

 カバンのことは無視して、猫人の顔面を殴ろうと手首を固定し、打ち出す。

 だが、体に衝撃が走ると同時に視界が傾いていく。脇腹に叩きつけられた小人族のカバンが原因だ。その非力なはずの攻撃は止まらずに、そのままアマゾネスの体ごと振りぬかれようとしている。

 ありえないことだった。

 だが、踏ん張ろうとしても、猫人にマウントからの殴打を浴びせようとしている状況。踏ん張りが利かずに突き飛ばされる。それだけではない。もう一人のアマゾネスにぶつかり、巻き込み、地面に転がる。

 

 リリルカが振るった、ベル・クラネル二人分の重さの救急箱は、その質量だけで、アマゾネスのバランスを崩し、突き飛ばしたのだ。

 

 マウントをとっていたアマゾネスが転げ落ちるや、すぐにアキは跳ね起きた。救急箱と共に転がっているアマゾネスに急いで接近し、隙だらけの頭に全力の蹴りを撃ち込む。これにはたまらず、撃たれたアマゾネスは意識を失う。これで一人。

 

 続けて、倒れたままのもう一人に突きを入れる。地面に転がっていては避けられないと思ったのだが、なんとその女は気を失ったマゾネスを盾にしてきた。二度三度と狙いを定めてこぶしを振るうアキ。だが、動きを読まれているのか、すべて(アマゾネス)で遮られる。盾になったアマゾネスの顔は血塗れで真っ赤になる。ならばと、二、三歩下がり、アキは叫ぶ。

「古代の炎、原始の揺らめく焔よ、請い願う!」

魔法の詠唱。

 

 呪文を完成させじと、(気絶体)を投げ捨て、アマゾネスは飛び起きる。すばやいステップでアキに肉薄し、全力の右ストレートを打ち出す。魔法詠唱と、戦闘行動を同時にする平行詠唱は、高等技術。この猫人には無理、回避は出来ない、無理に動けば魔法の制御が出来ずに魔力爆発を起こすと判断したのだ。

 

 もし、この場にリヴェリアがいたら、ウカツと怒られても仕方がない行動だった。

 何故なら、アキの詠唱はフェイント。もともとこれは詠唱っぽいセリフで魔法の詠唱文ではない。魔力の流れに注意していれば、簡単に見破れるハッタリであった。アキは詠唱をやめると、相手の右ストレートを左手で払う。同時に、腰を落として、右半身を前に出す半身になりながら、右肘を全力で突き出す。極東から伝わった格闘術だ。

「がはっ」

 鳩尾をえぐられ、苦鳴とともにアマゾネスは吹き飛ばれる。そして意識を刈り取られたのか、ピクリとも動かなくなった。

 

 ぜえぜえと息を切らしながら、アキは、リーネへと救援に向かう。

さすがにこの状況、1対3では分が悪いと見たのか、リーネから離れ、逃げ出すアマゾネス。追う気力がないため、そのままに逃がすことにするアキ。

 リーネも顔を打たれたのか、頬が赤くなっている。しかも、スタッフを持っていた両手は、打撲で、ぼこぼこに腫れ上がっていた。だが、全員命に別状は無い。

「リーネ、悪いんだけど、すぐに治療を!」

 とアキが指示したところで、救急箱をもったリリルカが近づいてきた。

「皆様、すぐに治療しますからね。ちょっとお待ちを」

 そういうと、リーネが治療呪文の詠唱を始める前に、救急箱からポーションを三本取り出し、アキ、ベル、リーネに渡す。

 アキは、『この子、さっき、このかばんで殴ってなかったっけ? なんで割れてないの?』と疑問に思うが、ありがたく、ポーションで傷を治療する。そしてリーネとベルもポーションを使っていることと、ヘスティアが無事なのを確認する。

 そして気を失っているアマゾネスを縛り上げ、ひとまず、彼らの戦闘は終了する。

 

 

 




 『本命』の闇派閥の調査の隠れ蓑に、ヘスティア・ファミリアをさり気無く利用するロキ達。さすがはトリックスター・・


補足
1.
原作で狼人に振られているルビはウェアウルフ。英語にするとwerewolf。
ハリー・ポッターの日本語の小説版では人狼。ただし英語版ではwerewolfのようです。

2.
題名『And Then There She's Are None.』は英語として間違っています。申し訳ない。

次回『Your opponent is me!』


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Your opponent is me!

すいません、長くなりました・・


「お前の相手は、私さぁぁぁぁ!!」

 同時刻。別の場所。

 ロキ・ファミリアに襲い掛かるアマゾネスを撃退しようとしていたアイズに、声がかけられる。声の主は、黒い皮鎧に全身を纏い、顔には黒塗りの仮面をつけた、アイズよりはやや背が高い細身の人物。声からはおそらくは女性。左手に楕円型のバックラー。右手にもった細身のレイピアをアイズにまっすぐに向けている。

「だれ?」

「まじめに言ってんのかあぁぁぁぁぁ!!!」

黒鎧は叫びながらも、突進し、アイズはそれを避ける。避けると同時にスリケンを放ち、仲間と戦うアマゾネスの二人を打ち倒す。

「よそ見するとは余裕だねぇぇぇ!」

 黒鎧が、ますますスピードを速めてレイピアを振るう。だが余裕で避けるアイズ。

 

 黒鎧は早い。早いが、アイズはもっと早い。もともと素手で戦うアイズは、怪物(モンスター)の間合いをつきぬけ、自分の間合いに持ち込む必要があるのだ。それにはスピードが最重要なのだ。アイズのスピードは、()()狼人ベートをわずかに上回るほどなのである。

 この黒鎧も早いが、アイズは余裕を持ってかわすことができた。だが。

加速(アクセル)ゥゥゥゥゥ!!!」

 黒鎧が叫ぶと同時に、全身から金の光を放つ粒子が流れ出す。とたんにスピードが上がる黒鎧。

 黒鎧の突然の速度変化に対処できず、アイズは左肩に浅い傷を受ける。

「ふむ・・」

 傷に手をやり、それほどたいした傷ではないことを確認するアイズ。詠唱によって黒鎧はスピードが加速しただけではなく、どうやら、力も上がったようだった。アイズの魔法と同じく、詠唱者自身へのエンチャント魔法だろうとアイズは判断した。

 

 実際には、黒鎧のスピードが加速し、パワーが上昇したのは、黒鎧の仲間が使用した、対象を一時的にランクアップさせるという超レア魔法『ウチデノコヅチ』のおかげである。この魔法で擬似ランクアップした時に、精神と身体に変調(ずれ)が発生する。これを同調させるための掛け声として『加速』と叫んでいるのだ。つまり、黒鎧の叫び声の『加速(アクセル)』は気持ちを切り替え、気合を入れるための『ただの雄たけび』なのである。

 

「はっはぁ! 余裕、ぶっこいてるからさぁ! 次はその首に、ぶっ刺してやるよ!!」

 吼える黒鎧。

 それを聞いて、アイズは、まっすぐに背筋を伸ばして立つ。そして両の手を胸の前で合わせる。

「ドーモ、襲撃者=サン。アイズ=ヴァレンシュタイン、デス」

 そしてぺこりとお辞儀する。アイズはこの黒鎧が、カラテの足しになるだけの敵だと認めたのだ。

「知ってらぁ、そんなことは!! 手前っ! 私を馬鹿にしてんのかいっ!!」

 なぜか激怒する黒鎧。

「ならば名を名乗るのだ。それもできんというのならば、名乗りもできん、ニュービーとして対処するが?」

 挨拶は大事。タケ(タケミナカタ)が書いた古文書にも、そう書いてある。

 アイズへの返礼は、レイピアでの刺突だった。

「手前の頭には藁束でも詰まってんのかいっ!!」

 激怒する黒鎧。

「どこまでも、コケにしやがって、そこが前から気にいらねぇっ!」

 

 そして再び、黒鎧とアイズが激突する。もちろんレイピアを真正面から受けたのでは、拳が切り裂かれてしまう。それを避けるために、刃の横腹を叩き、スリケンで受け、拳の間合いに持ち込むのだった。

「ふん、しぶといが、手前の手の内はよめてるんだ。対モンスターに特化している分、対人にはやや弱いとな!」

 アイズの攻撃スタイルは、距離が離れている場合はスリケン。近距離では徒手空拳のスピードタイプである。アイズを前から知っている口ぶりの黒鎧は、これに対抗するためにはどうしたらよいか、よく考えていた。防御を固めて、一撃で倒せる強力な戦斧をつかう? いや重い武具を身に着けては、アイズの圧倒的なスピードに付いていくことはできない。こちらの攻撃はかわされ、一方的になぶられるだけだ。したがって、スピードが出せる軽い武器で、相手の攻撃は避けられるように軽い防具にするべきだ。そして結果的にレイピアと皮鎧になったのだ。

 対アイズ特化装備。そのかいあって、黒鎧の攻撃は早いものだった。同じスピードタイプのベルがその場にいたとしても、残像しか見ることが出来ないような、いや残像さえ見えないスピードで連続で突きを繰り出す。

 

 攻防が一区切りつき、いったん距離をとる二人。とたんにアイズがスリケンをとりだし、連続で投げつける。

黒鎧はバックラーとレイピアでそらし、弾き飛ばしながらも叫ぶ。

「やりな!」

 そして、周囲の建物の影から、屋根の上から、アイズに向かって魔法が、いや、この合図から発動までの時間を考えると魔剣の魔法が放たれる。すかさず、上空に飛び上がり、炎を、氷を、風の刃を回避するアイズ。だが、そこに追撃がくる。フック付きロープを建物に投げ、それを引っ張ることで空中で移動する。しかし、遅い。一瞬のタイムラグの間にいくつかの魔法、超高周波の音波攻撃が直撃していた。

 アイズは転げるように地面に落ちると、がくりと膝を突く。

「はっ、はっ、はっ、はっ、さぁぁすがに、呪い(カース)を受けるのは初めてかい? 使い手を集めるのには苦労したよ。だが、その甲斐はあったねぇぇぇ」

 レイピアを肩に担ぐようにして、トントンと肩を叩き、余裕を見せる黒鎧。

「魔法を封じる呪い! ステイタスを低下させる呪い! スキルを押さえ込む呪い! 大盤振る舞いしたんだ。よく味わってくんな!」

 その黒鎧は、鎧の至る所から、金の粒子をあふれさせていることから、パワーアップはいまだ続いているのだろう。

「思えばレベル2のときからの因縁だが、ここで終わりのようだなぁ・・」

 黒鎧が感慨深げに呟く。

 それを聞いたアイズが顔を上げる。ようやく相手の正体に思い至ったのだ。

「ふむ、分かった。お前は、サミラか」

 サミラ。イシュタル・ファミリアの団長であるレベル5の冒険者。彼女は、地に膝を突くアイズの前に、ズシャリと地を鳴らして屋根から飛び降りてきた。

「よぉうやく分かったのかよっ! すぐ分かれよぉぉぉ! お前(アイズ)が、うちの団員を殺したときからの因縁だろ。いやはや、懐かしい思い出だよ」

蛙人(モンスター)だと思ったのだ。問答無用で襲い掛かってきたし?」

 冷静に答えるアイズ。

 

 かつてアイズが、レベル2に世界最速でランクアップすると、嫉妬と羨望と悪意の波にさらされた。一部のものは、はっきりと害意を持って近づいてきていた。

 サミラが話題にしたのは、そんな冒険者の一人、フリュネ・ジャミール。当時のアイズと同じくレベル2であったが、ランクアップ直前とみなされていたイシュタル・ファミリアの団員である。蛙のような見た目と、巨体から繰り出すパワー攻撃が特徴的な冒険者だった。

 その彼女がアイズの世界最速記録に嫉妬にし、ダンジョン中層で、襲撃をかけてきたのである。本来であれば、レベル2にランクアップ直後のアイズと、レベル3にランクアップ直前のフリュネであれば、間違いなく、アイズが負けているはずである。だが何故かアイズがフリュネを打倒できてしまったのである。

 眷属を殺害された主神イシュタルは荒れて大いに騒いだ。しかし、ギルドの調査で、フリュネが問答無用で襲撃を仕掛けてきたこと、『行動も見た目もモンスターとしか判断できなかった』というアイズの証言があったこと、男性冒険者からアイズへの圧倒的な支持があったこと、フリュネの普段の粗暴な行動に眉を潜めるものが多かったこと、これらのことを上手く裏から操り煽ったロキの手腕があり、アイズは無罪放免。逆にイシュタル側がペナルティを受けたのだった。

 その後、同じイシュタル・ファミリアのサミラが時々アイズにちょっかいを掛けてきていたが、アイズの成長スピードに付いてこられなくなっていたのだ。事実サミラは現在レベル5のはずであった。

 

 とは言うものの、現在、アイズには各種呪い(カース)が掛けられ、パワーダウン。

 一方、サミラは、団員のレベルアップ魔法によって実質レベル6になっているのだ。現状では拮抗、またはサミラが能力が上回っていると考えるべきであった。

 

「まあ今となっては、そんなことはどうでも良い。ここでお前は死ね」

 そして、膝を突くアイズにレイピアを突き出した。

 

 地を蹴り、すばやく回避し、立ち上がるアイズ。だが様子がおかしい。体から赤黒いオーラが滲み出している。姿勢も、直立するのではなく、猫背気味であり、顔にいつの間にか、目以外の部分を覆い隠す、黒い鋼の仮面がつけられていた。

「なかなかやるな。おてなみ拝見といこう」

「その仮面、どこから出した!」

 サミラが連続でレイピアを繰り出し、攻防が再開される。それは今までよりもさらに激しいものだった。

 

 

********

 

 

 過去の因縁は廻りに廻り、彼女達に追いついた。

 ティオネはかつての師匠アルガナと。港に泊まっていた大型船を奪い、妨害が入らないように沖合いで。

 ティオナも同じく師匠であるバーチェと主神カーリーが見守る前で。

 それそれが『儀式』をはじめていた。同ランク同士での戦い。これを経て勝者が『真の戦士』になるのだ。

 

 

********

 ハリーはレフィーヤ捜索を行っていたが結局は、発見できず、宿に戻ってきていた。

 

「やあ、ハリー君、手伝ってもらってすまないね」

 陣頭指揮を執っていたフィンが、ハリーをねぎらう。ハリーは空から見える範囲、それに、メレン周囲も飛び回ったが迷子(レフィーヤ)を発見できなかったことを報告する。ハリーは、まるでロキ・ファミリアの団員になったみたいだなと考えながら、フィンの反応を伺う。ハリーの予想とは違い、フィンは、落胆することはなかった。

「ハリー君に見つけられないということは、空から見えない場所にいるということだな。街中の屋内(そんな場所)に、レフィーヤが、いるとは考えられない。もし何か怪我をしたりなど、平和的な事情があって動けないのであれば、使いを出すなり何なり、どうにかして此方に連絡をとるだろう」

「誰かに浚われて、街中に監禁されているとしたら?」

 リヴェリアが指摘する。

「おそらく監禁されているだろうが、街中ではないだろうな。レフィーヤは後衛とはいえレベル3。そんな彼女をどうこうするには、恩恵(ファルナ)持ち、つまり冒険者でないと無理だ。そして此処メレンにいるファミリアはニョルズ・ファミリアのみ。そしてそのメンバーは殆どがレベル1。モンスター相手に戦うことが少ないから、上がったとしてもせいぜいレベル2。レフィーヤが対処できない相手ではないよ」

 弟子の実力を信用したまえと言いたげなフィン

「ということで、現在メレンに滞在していて、レフィーヤをどうこうできる実力の持ち主である冒険者。つまりカーリー・ファミリアが犯人の可能性が高い。その場合、余所者のアマゾネス(カーリー・ファミリア)に街中での監禁場所のあてなどは無いだろう。ラウル、メレン周囲で、人を隠したり、立てこもったり出来そうな場所はないかい? 洞窟でも、廃屋でも何でも良い」

 

 すばやくラウルが周辺地図を取り出し説明を始める。困ったことに結構な数の洞窟と廃墟がある。だが、そこに、猫人アキと治療師リーネが、ヘスティア・ファミリアと共に戻ってきた。捕虜のアマゾネスを二人連れている。

「でかした、アキ!」

 捕虜を尋問すれば、レフィーヤの行方がわかるだろう。アキが詳細をフィンに報告する間に、捕虜を治療する。そしてリヴェリアが尋問を始める。それ以外の者はアマゾネスの言葉がわからないので、会話が出来ないのだ。だが、言葉がわからずとも、様子は分かる。穏やかにリヴェリアが話しかけるも、反抗的なアマゾネスたち。尋問が上手くいっていないことは明らかだった。

 

 その様子を眺めているうちに、ハリーは尋問に最適な魔法を思い出し、ため息をつく。その魔法に良い思い出がないので、やりたくは無いが、捕虜になっている魔法使い(レフィーヤ)のことが心配だ。これだけ好戦的なアマゾネスの捕虜になっているとすれば、無事かどうかも分からない。一刻も早く助けたほうが良いだろう。そう判断して、ハリーはヘスティアにゴニョゴニョと相談する。

 幸運なことに、ここにいるメンバーは殆どが、ハリーが異世界出身だと知っている者だ。ヘスティアから許可を得て、ハリーはロキにも、自分が尋問を手伝うとこっそりと伝える。ロキもハリーの考えに思うことがあったのか小声で確認する。

「魔法を使うんか?」

 そのとおりとハリーは頷く。それをみたロキは、ラウルとアキに席をはずす様に指示を出す。

「さて、リヴェリア。ちょっと確認したいんやが、このアマゾネスは、共通語(コイネー)はわからんのかな? ちょっと聞いてみてくれるか?」

 リヴェリアの問いの答えは否定の言葉と嘲笑だった。そしてロキとヘスティアはにそれが真実だと分かる。

「ふむ、じゃあ、ハリーはんに尋問を手伝ってもらうで。みんな、()()は分かるな?」

 みな、頷く。そこでハリーは開心術の説明をする。

「僕が使うのは、開心術といって、相手の心を読む魔法です。熟練の開心術士は、書物を読み取るように、相手の心を読み取るんですが、僕では、わずかにイメージや感情を読み取るだけが精一杯です。だから、リヴェリアさんには、捕虜がどこに捕まっているのか、具体的にアマゾネスがイメージするように誘導してほしいんです」

「心を読む!! すさまじい魔法があるものだな・・」

 リヴェリアが絶句する。フィンは仲間のために、拷問での自白強要もやむなしかと悩んでいたので、かなりほっとしたようだ。

「僕の腕前では、視線を合わせていないと、上手くいかないですね。それとこれ(開心術)への対抗手段として、閉心術というものもあります」

 開心術とはいえないかもしれないが、魂の繋がりを通じてヴォルデモートの居場所を探ったこと。それと、スネイプとの特訓ともいえない閉心術の特訓を思い出しながらハリーは説明する。

 

 縛られて、床に直接すわっているアマゾネスと目の高さを同じにするため、ハリーは正面にしゃがみこむ。何事かと馬鹿にしたような視線を、ハリーに向けるアマゾネスたち。

「では、リヴェリアさん、お願いします」

 ハリーに促されて、リヴェリアは尋問を始める。そしてハリーは呪文を唱える。

心開け(レジリメンス)

 

 アマゾネスの心から情報が流れ込んでくる。

 嘲笑、不安。

 そして海上のイメージ。影のように揺らめく大型船の上で誰かが戦っている。そのうちの一人のイメージは鮮明だ。ハリーも覚えている、クラーケンの触手を斧で切り飛ばしたアマゾネスだ。それと戦っているのは・・誰だろうか、イメージが定まっていない。輪郭がぼやける。やせていたり、やや太めだったり、髪の長さが長髪だったり、短髪だったり。顔も影が落ちていてどんな顔なのかも分からない。

 傲慢、恐怖。

 そして、今までのイメージが流れ、もう一つのイメージが現れる。洞窟とおぼしき場所で、一組のアマゾネスが戦っている。一人は、先ほどのイメージと同じく、クラーケンの触手を切り飛ばしたアマゾネスだ。それと戦っている相手は、これまたイメージが定まっていない・・。

そして自分たちが負けることは無いという絶対的な自信。アマゾネスとしての誇り。自負心が流れ込んでくる。

 そしてイメージがまた流れてくる。

 洞窟の中に鎖でとらわれたエルフの少女。迷子になった魔法使い(レフィーヤ)だ。このイメージは鮮明だ。ハリーはさらに集中する。どうやら、出口の様子をリヴェリアが質問しているようだ。具体的な、周囲のイメージが浮かび上がる。入り口のそばに、うずくまった犬のような形の岩がある。

 ハリーは、集中をやめる。

「どうやら場所が分かりました。それと、アマゾネスが決闘っぽいものをしているイメージがあるんですが、何か心当たりはありますか?」

 リヴェリアがアマゾネスに何事か尋ねる。熱っぽいまなざしで答えるアマゾネスたち。腹立たしげに問い詰めるリヴェリア。

 

「なにやら、カーリー・ファミリア独特の『儀式』というものらしい。素手での決闘のようだな。これによって『真の戦士』を作り出すやらなんやら・・」

 要領を得ないアマゾネスとの問答から、何とか、回答らしきもの推測するリヴェリア。それを聞いてフィンが椅子から立ち上がる。

「この状況でそんなことを考えるということは、狙いは所在が分からないティオネたちかな? 場所の説明を頼むよ、ハリー君」

 捕らえたイメージの説明をするハリー。フィンは、ハリーの情報と地図から、大体の見当をつけたようだった。

「おそらくはこのあたりだろう。レフィーヤの救援には─」

「うむ、私が向かおう」

「じゃあ、ハリー君、箒に乗せてくれないだろうか? 海上の船のほうに僕を連れて行ってくれると助かるんだが。船のほうはこの時間、メレンの漁船は、一旦港に戻っているはずだ。沖合いに出ればすぐに見つかるだろう」

 まあ、乗りかかった船だとOKを出すヘスティアとベル。ハリーには否はない。

「ティオナの救援には、アイズに頼むことにして伝言を伝えることにしよう。他のものは、カーリー・ファミリアの撃退と鎮圧というところかな。彼らが仕掛けてきたことなんだ。遠慮することは無い。迎撃される覚悟があってのことだろうしね」

そうして、フィンは、再度ラウルを呼び、指示を伝える。そうして各自が、目的地の捜索のために出発した。

 

 

 ハリーは箒の後ろにフィンを乗せて海上に飛び出した。まずは大型船を探すため、高度を上げる。ここからは、レベル6の視力を持つフィンの仕事だ。きょろきょろと見回すフィン。ハリー自身も最近は視力が上がったような気がしているが、いまひとつ実感がない。程なくして、フィンは一方を指差す。

「この方向だね」

 ハリーは(アナクス)を駆り、そちらへと高度を維持したまま突進する。しばらく、飛び続けること、10分ほど。ハリーにも大型船が見えてきた。大量の焚き火が赤々と甲板を照らしている。その真ん中で、二人のアマゾネスが戦い、その周囲を大勢のアマゾネスがボクシングのリングよりもうちょっと距離を開けて取り囲んでいる。

「ハリー君、あそこの真上まで行ってくれ。そしたら、飛び降りる。合図するまで空で待機していてくれ」

 船の真上に到着して、降下するハリー。そして、フィンが飛び降りると、再上昇して、戦いの行方を見守ることにした。

 

 

 

 ティオネは戦っていた。港に泊まっていた大型船を奪い、邪魔が入らないように沖合いに移動し漂いながら、甲板で戦っているのだ。二人の周りには、戦いの行く末を見届けるために、多数のアマゾネスが、取り囲み、太鼓を叩き、鬨の声をあげて、一種の狂騒状態になっていた。

 二人のレベルは共にレベル6。体術の腕前は互角。だがティオネがランクアップしたのは、つい先日。アビリティを鍛えることについてはアルガナに一日の長があった。きわめてゆっくりとであったが、形成がティオネ不利へと傾いていく。だが、そのとき一筋の槍が鋼光と共に二人の間に打ち込まれ、甲板に突き立った。

 誰が槍を投げたのかと、飛んできた方向を見る二人。

 

 そこに立つのは、柔らかい金髪の少年。に見間違えるような人物。ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナである。甲板へ飛び降りるとフィンは、落ち着いた声でアルガナに話しかける。

「そこまでにしてくれないかな。大事な団員なのでね」

「だ、だんちょうぅぅぅ・・」

 フィンの顔を見たティオネの顔は緩む。一瞬前まで、殺し合いをしていたとは思えないほどに緩む。

「どうやってここに来た!?」

 ポートで追いかけてきたのかと、アルガナは大型船の周囲を見渡すが、そんな物は無いし、特に変わった様子も無い。泳いで来たにしてもどこにも濡れた様子はない。

「まあ、そんなことは問題じゃない。問題は、そう、その『儀式』?かな。それで僕らの仲間をいじめてくれたことだよ・・」

 それを聞いてティオネの顔が幾分か引き締まる。

「団長! 私が、私が『儀式』をします。そしてアルガナを殺します。決着をつけないと! でないと、こいつらはいつまででも、私ら(ファミリア)に因縁を吹っかけてきます。だからっ」

 だが、フィンはそれを聞いても落ち着いている。肩をすくめてやれやれと首を振ってみせる。

「ティオネ、僕たちは、守ってもらわないといけないほど、弱くはないよ。それに、だ」

 フィンは、アルガナに向けていた視線を切り、そして、ティオネをまっすく見つめる。

「大事な仲間を痛めつけられて、黙っていられると思うのかい?」

 フィンから『大事な』と言われてちょっと舞い上がるティオネ。顔が熱くなるのを感じる。フィンは再び、視線をアルガナに向ける。

「それの続きをしたいというのであれば、僕が続きを引き受けよう。ただし、僕が勝ったら、二度とうちの団員にちょっかいを出さないことを約束してほしい。約束を破った場合には、そちらの国をつぶしにいく」

 言っている内容は物騒なものにも関わらず、静かに話を続けるフィン。ここはいわば敵地の真っ只中。そんな中でも落ち着いた話しぶりのフィンに、ティオネは『かっこいい』とか呟いている。もうすでに『儀式』のことは頭にはないようだ。

 それを見て怒りすぎて無表情になるアルガナ。アルガナとしては、ここでティオネを殺し、ティオナを殺し、ティオナの決闘相手(バーチェ)も殺す。そして『真の戦士』になる事を渇望していたのだ。そんなアルガナにとっては、ティオネの態度、まるで恋に落ちた乙女の様な態度は神経を逆撫ですることでしかなかった。

 

「なんだ、そのざまは、ティオネ。儀式を途中でやめる気か?」

 怒りが一蹴して逆に冷静になってしまったアルガナが問い詰める。が、フィンがそれに答える。

「ふむ、だから僕がその『儀式』を引き継ぐと言っている。それとも、ただの小人族が怖いのかい?」

「ならば、お前をひねりつぶして、『儀式』を再開するとしよう このクソ小人族がぁぁぁ!」

 雄たけびを上げて、フィンに襲いかかるアルガナ。落ち着いてフィンは魔法を詠唱する。

「魔槍よ、血を捧し我が額を穿て」

 フィン・ディムナの短文詠唱呪文。理性を失う代わりに、それ以外の能力が強化される魔法。いわば凶乱化(バーサーク)である

「ヘル・フィネガス」

 とたんに理性は消し飛び、激情にとらわれるフィン。

 殴りかかってきたアルガナの拳を、左手で軽く受け止める。そして、それを引き寄せ、アルガナの体勢を崩す。そして、凶乱化状態の全力で振るわれる右腕。

 轟音を発し、アルガナの頬骨は砕かれ、身体は吹き飛び、船縁を破壊して撃ち飛ばされていく。海面にぶつかるも、あまりにもスピードがあるため着水できずにバウンドし、遥か彼方水平線にまで吹き飛ばされていく。

 

 まさに一撃。

 

 カーリー・ファミリアが誇る最強の戦士が一撃で葬られたのを見て、他のアマゾネスたちは夢でも見ているのかと沈黙する。

 フィンの攻撃の反動で、大型船が揺さぶられる中、フィンは、すでに魔法を解除し、いつもの落ち着きを見せる。そしてティオネを振り返り告げる。

「じゃあ、帰ろうか、ティオネ。戻ったら、行方を晦ましたりして、僕らを振り回してくれた事で、お説教だ」

「は、はいぃぃぃ」

自分と互角に戦っていたアルガナをあっさりと降すフィンに、惚れ直したのか、説教と言う言葉にも喜ぶティオネ。それを見て苦笑するフィンは、上空に向かって手を振り合図する。

 頭上から、(アナクス)に乗ったハリーが降下してきた。

「さぁ、それじゃあ、帰ろうか。みんなが心配している」

 ハリー、フィン、ティオネの順番で箒にまたがり、船から飛び立つ三人。静かに速度を高度を上げて、メレンへと向かう。

遊覧飛行(デート)ですね!」

 はしゃぐティオネ。いや違うんだけどなぁ・・と呟いたのは、ハリーだったか、フィンであったのか・・・

 

 

********

 

 

 そしてアイズとサミラの死闘も終わりが近づいていた。

 アイズのスピードに対抗するため、サミラは装備を揃え、状況を整え、挑んだ戦いであったが・・

「て、てめぇっ、スピードがあがってないかっ!」

 サミラが慌てふためく。

「答える義理は無い」

 相手を幻惑させるニンジャ独特の歩法。そこから繰り出されるアイズの手刀が、サミラの皮鎧をえぐる。すでに十数か所目だ。

 正面にレイピアを構え、サミラはアイズを睨み付ける。

 サミラの擬似ランクアップには時間制限がある。いつまでも、レベル6(擬似ランク)で行動できるわけではない。このままでは拙いと考えたサミラは、勝負に出ることにした。

 左肩に担ぐようにレイピアを構え、体を捻り右肩を突き出す。そしてそのまま突撃した。

 アイズの手元から、スリケン代わりの石飛礫が、サミラの仮面めがけて飛ぶ。サミラは、突進しつつも、体を右側に倒すことで、それを避ける。そして、その体を倒す勢いのまま、レイピアをサミラにとっては横一文字に全力で片手で振りぬく。

 その攻撃はアイズにとっては、上段からの唐竹割りの攻撃。冷静に見切り、体を半身にしつつ、右に半歩移動し回避する。

 だが、それもサミラにとっては織り込み済み。レイピアを地面に叩きつけて、サミラは体をほぼ倒した、しゃがんだ姿勢から、立ち上がる勢いをも利用して、真下から、左正拳をアイズの鳩尾に撃ち込む。だが、アイズは、その左腕にそっと自身の右手を添えて、横へとそらす。同時にアイズ自身も体を左へと回転させる。拳を振りぬき、立ち上がったサミラ。そのサミラと背中合わせになるアイズ。その瞬間、アイズが大地を全力で踏みしめる。その脚力に耐え切れず、陥没する地面。そして、その反動はアイズを伝わり、数十倍に増幅されて、背中からの体当たりとしてサミラへと叩き込まれる。

 

 暗黒カラテ=ワザ・ボディチェック。

 

 またの名を鉄山靠(てつざんこう)

 

 体重という大質量を乗せた攻撃である。衝撃がサミラを貫き、仮面が吹き飛ぶ。だが、サミラの左手は、アイズの右手によってつかまれていた。すなわち、体自体は吹き飛ばされることなく、衝撃がよりしっかりとサミラに伝わる。アイズが手を離すと、血を吐き、倒れるサミラ。だが、勝負を捨てていないのか、弱弱しく、もがきながらも立ち上がろうとする。だが左肩が動かない。アイズがつかんでいたため、衝撃が左肩に集中し、肩付近の骨がすべて粉砕されているのだ。さらには、体から放出されていた黄金の粒子が消えていく。

 擬似ランクアップの時間切れだ。

 

辞世の句(ハイク)を詠め!!」

 止めを刺すべく、手刀を構えたアイズが迫る。

 

 だが周囲から、ボールが投げ込まれる。直撃しそうなものをアイズは回避する。いくつかは、地面にあたり、炸裂して煙を吐き出す。アイズは、素早くバックステップで煙から離れる。

「目眩しか・・」

 この煙で視界が遮断されている間に、イシュタル・ファミリアがサミラを回収するのだろう。止めをさせなかったが、どうせ又サミラはちょっかいを掛けてくるだろう。カラテの足しになる相手との戦いであれば、それもまた良しであると、アイズは割り切って考えることにした。

 

「なんだこの、くせェ煙はよぉ」

 そこに顔をしかめながらベートがやってきた。

「イシュタル・ファミリアだ。団長のサミラがいた。撤退のための目くらましの煙だな」

鼻をつまみ、臭いを防ごうとするベート。

「とどめはさせなかったのか? うぅ、くせェ」

「いずれ、またの機会がある。まあ、なくとも私は構わない」

 アイズの返事に、ふんと鼻を鳴らすベート。

「フィンたちから、バカゾネス(ティオナ)の居場所が分かったから助けに行けとよ、俺はカーリー・ファミリアの掃討をしとく」

 ベートにとっては、助けに行くよりかは、戦っているほうがはるかにマシなのであろう。そういうと、アイズに地図を渡して、説明をする。それに頷くと、アイズは走り始める。

 

 

 程なく、アイズは、ティオナが『儀式』を行っている洞窟をあっさりと発見した。アイズに言わせれば、『状況判断したに過ぎない(耳を済ませて戦闘の音源を発見した)』と言うであろう。中に入ると、すでにティオナは『儀式』に勝利していた。だが、そこで力尽きたところを拘束されようとしていたところだった。まさに危機一髪であったが、アイズがカーリー・ファミリアを掃討しすべてに決着がついたのであった。

 

 

 こうしてカーリー・ファミリアとイシュタル・ファミリアの襲撃は終焉したのであった。

 




補足
1.サミラ
原作では、イシュタル・ファミリアの団長はフリュネ・ジャミールです。彼女は、こちらの話では、本文中のとおりに、レベル2になったアイズに返り討ちにあって死亡しています。そのためサミラがフリュネの代わりに活動しているうちにランクアップし、しかも団長になってしまいました

2.同調させるための掛け声として『加速』と叫ぶ
ヒーローが『変身っ』と叫ぶのと同じだと思ってくれれば良いです。

次回『Kali and Three Major Adventurers Quest』


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Kali and Three Major Adventurers Quest

ちょっと短めです・・


 宿にファミリアの主神たちが集合する。ロキ、ニョルズ、ヘスティア、カーリーの四柱である。

「さーてと、今回の件、事情を教えてもらおか。テルスキュラから、わざわざこんな所まで何しに来たんや?」

 カーリーは、そっぽを向く。

「秘密じゃ。そこらへんのことは、今回の騒ぎには関係ない。というか、こんな風になるとは思っておらなんじゃから、当初の目的は果たせそうにない」

「じゃあ、喋ってもかまへんやろ」

「いや、一応は義理があるのじゃ。だから喋らんのじゃ」

 説得を続けるロキであるが、カーリーの口は堅かった。ロキは溜息をつく。ロキ自身もフレイヤと色々と、しょうもないことで密約を結んでいたりするので、これ以上は追求しても無理だと判断したのだ。

 だがニョルズが助け舟を出した。

「イシュタルが色々と手引きをしていたみたいだから、それ関係じゃないか?」

 しかめっ面をするヘスティア。フレイヤといい、イシュタルといい、美の女神は厄介ごとを引き起こす元凶としか思えない。平和が一番なのになぁと考えるヘスティアである。

 一方ロキは、イシュタルの交友関係で、オラリオ外部の戦力が必要な事項を脳裏でリストアップするが、トップに来るのが、フレイヤとの確執である。トロイア戦争が起こった元凶といい、美の女神たちの争いは、至る所に飛び火する傾向がある。今回は、それがメレンであったが、イシュタルは、オラリオにも飛び火させる予定だったようだ。

 今回は()()()ロキ・ファミリアとかち合い、一部とはいえその戦力(カーリー・ファミリア)を消滅させることが出来た。これはフレイヤにとっては確実に吉報であろうが、ロキ自身や、オラリオにとってはどうなのか。そして、外部勢力を呼び寄せたということは、抗争が始まる時期も近いと考えられる。そこまでロキは考えて、首を振る。オラリオの事を考えるのは、ギルドの長(ウラノス)にまかせとけばえぇちゅう話や!と心の中で呟く。一番大事なのは、自分のファミリアである。

 

「じゃあ、目的はええけど。こちらからの要求や。そっちがいきなり、襲撃かけてきて、そして、叩き潰された。要求は呑んでもらうで。まずは、うちらには今後、一切手を出すな。それと眷属がどうしてもとお願いしてくるから、いうけどな。今後そちらの眷属で、嫌だというモンには『儀式』をさせるな」

 カーリーは、投げやりに了承する。

「あーもう、かまわんのじゃ。というか『儀式』どころじゃないわ。まったくもう・・」

 カーリーの謎の態度にロキ達は不審を抱くが、話を続ける。

「それから、あの食人花は何なんや? 知っとること全部話せや」

 食人花は怪人や闇派閥と密接に関わっているモンスターであることは判明している。それがメレンに現れたということは、闇派閥とメレンがつながっていることを示しており、そこらへんの事情をロキはニョルズから搾り取っている。だが、同じ情報であっても別ソースから入手できるのは色々と助かるのである。情報の確度とか、拡散具合等々・・。

 そして真面目な顔になるカーリー。

「いや、実はよくは知らんのじゃ。まあ、バーチェたち(灰髪のアマゾネス)の敵ではなかったようなので、興味もなかったしな・・」

 うん、なんか、眷属が眷属(バトルジャンキー)なら、主神も主神(バトルジャンキー)かよと叫びたいロキである。尋問が尋問になっていない。後でドチビの頬を抓り上げたる!! と心に決めるロキである。そして次の質問に移る。

「じゃあ、これからどうするつもりや? 当初の目的が果たせそうにないなら、テルスキュラに帰るんか?」

 腐ってもレベル6の団員が二人もいるファミリアである。一大勢力であることは間違いない。それがオラリオと目と鼻の先に居て、こんな騒ぎを起こしたのである。ギルドが神経質になることは容易に予想が出来るし、オラリオ内部のパワーバランスへの影響もある。確認は必要であった。

 

「うむ! こんな所まで遠出したのじゃ! 折角じゃからオラリオとダンジョンの見学をしていくのじゃ!」

 にっこりと清清しいまでの笑いを浮かべるカーリー。ロキは立ち上がってカーリーに指を突きつける。

「国へ帰れ、田舎者がぁぁ! ダンジョン、なめるんやないでぇぇ! 神がダンジョンに入るのは危険なんや!」

 田舎者という言葉にむかっとするカーリー。

「誰が田舎者じゃ! 人の子らの中には、18階層(アンダーリゾート)まで護衛つきで旅行する者も居ると聞くのじゃ。だったら、神も、ちょこーーーとばかり見学する(18階層観光)ぐらい別に良いじゃろう」

 18階層まで行くのは『ちょこっと』には入らへんでと思いながら、額に手を当て、深々とため息を吐くロキ。子供のような容姿のカーリーが駄々をこねると本当にもうただの子供にしか見えなかった。

 

「おい、ドチビ。お前さん、人類の三大冒険者依頼(クエスト)知っとるやろ?」

 一部を除いて容姿が子供のヘスティアに話を振るロキ。いきなりだったが、ヘスティアはすらすらと答えて見せる。

「ああ、知ってるとも絶壁君。かつてダンジョンから現れた、規格外の強さを誇るモンスターの討伐だね。討伐対象は、陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)黒竜(隻眼の竜)の、合計三体。

 そしてゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの合同で、陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)は退治できた。メレンのロログ湖底の封印は海の覇王のドロップアイテムを利用していると聞いているよ。だから、今では『三大』といいつつも、実質は『最後の一つ(ラストクエスト)』だね」

 さらにロキの質問は続く。

「ああ、そのとおりや。じゃあ、その規格外の強さの三体のモンスターが、如何してダンジョンに出現したかは答えられるか?」

 戸惑うヘスティア。ニョルズも不思議そうな顔でロキを見ている。

「どうしてって・・普通に出てきたんじゃないのかい?」

「だったら、今も、()()()ダンジョンにその3体が現れても妙じゃないんやないか?」

 その言葉遣いにピンとくるものがあるニョルズ。

「まさか特殊固体? この前のドラゴンと同じだというのか?」

 それに頷くロキ。

「ちょっと違うけど、特殊固体なのは確かやな。こっからは、秘匿情報やから絶対口外しちゃあかん。とくに眷属には絶対に知られんようにせえ。ええか、三大モンスターが出現した原因はな、うちら神々なんや」

 一旦言葉を切るロキ。驚愕に彩られた三人の顔を見て、続きを話す。

「昔な、ここの馬鹿(カーリー)のように、ちょっとぐらいええやろと考えて、ダンジョンに入ってもーた馬鹿な三柱がおってなぁ。ダンジョンは神々(うちら)を憎んどるっちゅうのになぁ。それで、大敵である神々を絶対にぶっ殺すということで、三大モンスターがダンジョンから生み出されたんや。そして、その三柱をぶっ殺(強制送還)した後、三大モンスターはダンジョン外に放出されたんや・・・」

 ごくりと喉を鳴らして、ニョルズが言葉を零す。

「じゃあ、もしカーリーがダンジョンに入ったら・・」

「三大モンスターに匹敵する新しいモンスターが生み出されるっていうのかい?」

 何が起こるか分かったヘスティアがギョッとして叫ぶ。

 

「・・入らん。入るのはやめじゃ。そんな恐ろしいところ絶対に入らん。じゃからいいじゃろう!」

 がたがたと震えながらカーリーが叫ぶ。そんな真っ青になったカーリーに、ロキが手のひらを上にして片手を突き出す。

「な、なんじゃ!? この手は?」

 戸惑うカーリーに、ロキがにまにまと笑みを見せる

「秘匿情報を、教えたんや。授業料もらおう思うてな。大負けに負けて1万ヴァリスや」

 ロキはヘスティアとニョルズの二柱には、支払いは後で構わないと言う。その言葉にロキとの付き合いが長いヘスティアは不信なものを感じて、眉をひそめる。

「くっ、1万ヴァリスは高いのじゃ! もっとまけるのじゃ」

 カーリーが値切るが、ロキはそれを封じる

「秘匿情報やぞ。それだけで情報料が高くなるんは当たり前や。さらには、ダンジョンに入ってたら、死んで強制送還やぞ。それ考えたら、安いもんやろ」

 こう言われたら、確かに安いものであろう。不満で唇を尖らせながらも、渋々とヴァリスを支払うカーリーである。

「じゃあ、金も貰ったし、田舎者は、出来るだけ早く帰るんやな」

 1万ヴァリスあるか勘定しながら、ロキがカーリーに宣言する。

「いやいや、待つのじゃ。ダンジョンは恐ろしいから入らんが、オラリオ観光は別に構わんじゃろう。バベルや、ガネーシャの巨大立像(ガネーシャ・ホーム)も見たいし、ヘファイストス鍛冶店も覗いてみたいのじゃ」

 顔色が元に戻ったカーリーが、またも駄々をこねるが、ロキがばっさりとそれを切り捨てる。

「いーや、駄目や。オラリオは、世界で最も熱い場所。生き馬の目を抜くような所や。お前さんのような田舎者は、騙されて身包み剥がされて、放り出されるのがオチや。そうなる前に帰ったほうがええで。うちは親切で言っとんるや」

 そして、勘定が終わり、ヴァリスをすべて、自分用の財布に入れるロキ。

「いやいや、ロキよ。わしも子供じゃないんじゃ。そんな騙されるような事はない。子供たちの嘘を見抜くことも出来るしな」

 先ほどの三大モンスター誕生秘話の衝撃から立ち直ったカーリーは、ニヤリと微笑んでみせる。

 

 それを見て、ロキは、両手を広げて持ち上げ、『やれやれ』と肩をすくめて、首を左右に振ってみせる。いつも『やれやれ』をしているニョルズから見ても、素晴らしい『やれやれ』だった。おそらくニョルズが見た『やれやれ』の中で五本の指に入るであろう素晴らしい出来栄えの『やれやれ』だった。

「いやいや、お前さん、今の三大モンスター誕生秘話に騙されたやん。あそこまで簡単に、ころっと騙されるんやったら、絶対オラリオでも碌な目にあわんわ。早く帰ったほうがいいで?」

 ぱちぱちと瞬きをするカーリー。ロキの言葉の意味が分かってないようだ。

「だ・か・ら。今うちが言った、三大モンスター誕生秘話。ぜぇ~んぶ。最初っから最後まで、真っ赤な嘘や。今、適当にでっちあげたんや。嘘って見抜けんかったやろ?」

「じゃあ、神々が原因じゃないってことかい?」

 ヘスティアが確認するも、ロキは、そんなもん知らんと切って捨てた。

 徐々に、ロキの言葉の意味が意識に浸透するカーリー。顔を真っ赤にして立ち上がる。

「だましたなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ヴァリスを返すのじゃ!! 何が秘匿情報なのじゃ!! この詐欺師がー!!」

 ロキにつかみかかるカーリー。両手をブンブンと振り回す。だがロキは落ち着いて、腕を伸ばすと、カーリーの額に手を当てて、遠ざける。それだけで、子供の体格のカーリーの腕では、ロキの体には届かなくなるのだった。体格の差である。ふんがーと唸りながらも尚も腕を振り回すカーリー。そんなカーリーを抑えながらロキは冷静であった。

「うむ。騙されやすいことがわかったんなら、1万ヴァリスは授業料として安いもんやろ。早いこと帰るんやな。これは、うちが有難ーく酒代にしとくで」

 そして真面目な顔で心配するなと頷くのであった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ついには叫び声をあげながらも頭を抱えてうずくまるカーリー。それを見て気の毒に思ったのか、ヘスティアが助け舟を出す。

「まあ、折角だし、メレン(港町)の観光とか、魚料理でも食べていけば良いんじゃないか? 英気を養うって事で、メレンでのんびりしていけば良いと思うよ?」

 そんな慰めを聞いてもカーリーは蹲ったままだった。

「観光はもう終わったのじゃ。メレンは広いが、観光ポイントは少ないのじゃ。魚は、メレンに来るまでの船旅で食べ飽きたのじゃ」

 オラリオに住んでいるヘスティアにとっては、メレンは楽しい観光地であるし、魚料理も興味を引かれるポイントであった。しかし、長い船旅をしてきたカーリーにとっては魅力にはならなかった。

 

 残った最後の一柱ニョルズには、慰める術がなかった。いや、一つだけ思いついた。

「じゃあ、ロキ・ファミリアから護衛を出して、カーリーだけが観光するのはどうだ? 眷属はメレンに留まることにして」

 ロキとカーリーの二人とも嫌な顔をする。

「なんでうちが護衛を出さんといけんのや?」

 ロキが文句を言う。言いだしっぺのニョルズが護衛を出せと言いたげだ。

「いやまあ、俺やヘスティアのところから出しても良いんだが、護衛として実力が足りん。それにロキは授業料もらってるからな。護衛代と思えばいいだろう。たしか副団長にエルフの王族がいただろう? 俺としては、その人物を推薦する。実力、人望ともに申し分ない護衛だろう」

 ここで団長のフィンを推薦した場合、女性冒険者たちがさりげなく付きまとい、大変だろうという配慮である。リヴェリアは王族であり、男女問わずエルフ族から敬意を払われているので、そのようなことは無いどころか、さりげなく護衛されるだろう。またレベル6なので、いざ荒事になっても実力で切り抜けることが出来る。

「まあ、たしかにリヴェリアママなら、カーリーを扱うのもお手の物やろうしな・・」

 ロキ・ファミリアの手に負えないメンバーの面倒を見ているリヴァリアの様子を思い浮かべながら、ロキは考え込む。それを期待に満ちた眼差しで見つめるカーリー。俎板の上の鯉状態である彼女にとっては、ロキの一存で、観光か、はたまた、テルスキュラへ直帰かの、分かれ目なのである。

「ドチビはどう思う? お前のところも襲撃されたやろ」

 カーリーは視線をヘスティアに向ける。

「ニョルズの提案が上手い落とし所だと思うよ。ただし、条件として、護衛を振り切ったり出来ないように、動きにくい服装で観光すること。観光場所は、さっき言っていた、バベルとヘファイストス鍛冶店、ガネーシャ・ホーム(アイ・アム・ガネーシャ)、ギルドぐらいに制限しといた方が良いんじゃないかな。あと、おやつは、じゃが丸君のみだ」

「まあ、それが妥当やろうな。そっちもそれでええな?」

 まあ、観光できないよりはましだし、武器屋で買い物が出来ないわけではないと、自分に言い聞かせて、首を縦に振るカーリーであった。

 

こうして、メレンでの、騒動、そして慰安旅行は終息した。

 




メレン編が終わりです。主人公ズがでてこなかった・・

補足
ガネーシャ・ホームはまだ再建が終わっていません

次回『Solicitation poster:I want You!』


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Solicitation poster:I want You!

 メレンへの旅行が終わり、オラリオに帰還したロキ、ヘスティア一行。再びダンジョンにもぐる冒険の日々が始まるのだった。

 そして嬉しい知らせがヘスティア一行を待ち受けていた。

 

 まず一つ目。

 ヴェルフ待望のランクアップ。そして発現した発展アビリティ『鍛冶』。ヴェルフいわく、これで もっと良い武具が作れるぜ!とのことだった。喜ぶベル、ハリー、リリルカ。レベル2のメンバー率が7割を超えたのだ。

 

 そして二つ目。

 ヘスティア・ホームの改修が完全に終了した。前回、荷物を運び込んだ時にも内部に入っていたが、今回、工事終了の引渡しということで、改修を請け負っていたゴブニュ・ファミリアから、建物内部の案内と説明を受けるメンバー。

 一階には、集会場にもなる食堂、厨房、小型の浴室、客室、資料室、倉庫など、ファミリアとしての機能を果たす部屋が配置されている。そして二階には、主神の部屋、団長の執務部屋、団員達の私室などが配置され、居住スペースになっている。ちなみに修繕されたステンドグラスは食堂の天井近くの壁に配置されている。

 現在は四人しか居ないが、これから人が増えていくに従い、二階に住むメンバーも増えていくだろう。心躍るヘスティアと、ベルであった。

 

 

********

 

 

 翌日、ギルド前の広場に集合するパーティ・メンバー。今日から13階層、四人にとって新規の階層に進出するため、アドバイザーに連絡をしておくのだ。

 すでに待ち受けていたヴェルフに近づくベル、ハリー、リリルカの三人。三人とも微妙な顔になっている。それに気づいて苦笑いを浮かべるヴェルフ。ギルド内部へと入り、エイナがいる窓口へと向かう。

「今日から13階層よね、ベル君」

 早速、エイナから、復習代わりのモンスターに関しての注意勧告が始まる。

「ヘルハウンド、アルミラージ、そしてミノタウロス。注意すべきはこの三種類ね。それぞれ特徴があるし、強力なモンスターよ。ミノタウロスは13階層には居ないとは思うけれど、以前のように5階層まで登ってくるようなことがあるから警戒は必要よ。ただイレギュラーが発生しないなら、ヘルハウンドが一番の難敵だから。準備は大丈夫よね?」

 OKだと答えるリーダーのベル。そして、先程からの疑問をエイナにぶつける。

「あのー、エイナさん。街中に張られている()()張り紙(ポスター)は何なんですか?」

 昨日メレンから戻ってきたときには、暗くなりかけていたので、よく分からなかったのだ。だが今日の朝日の中で見た張り紙は衝撃的だった。

 

 ベルもよく知っているディアンケヒトが、上半身裸になり隆々たる立派な筋肉をあらわにした絵で、左手を腰に当てて、右手の人差し指をこちらに向けて、というか突きつけている姿である。そして、その張り紙の下部には『I want YOU! 来たれディアンケヒト・ファミリアへ!』と二段に分けて書かれていた。ベルの質問を聞いて苦笑いするエイナ。

「まぁ、見ての通り、ファミリアの勧誘ポスターね。違法・・というわけではないから、取り締まるわけには行かないし、別段害は無いし・・。ポーションの割引セールをしていて、飛ぶ鳥を落とす勢いで商売をしているのよねぇ・・。ポーション作成の人手がたりないという噂ね。事実、薬剤系統のファミリアから改宗する冒険者も何人か居るみたいよ」

「とはいうものの、描かれているディアンケヒト様の視線が、すべてこちらを向いているようで、落ち着かないんですが・・、どうにか、ならないんでしょうか?」

 リリルカが訴える。これは例のあの現象、どの方向からポスターを見ても、描かれている顔と目が合ってしまうという現象である。そしてそのポスターが一枚二枚なら良いものの、場所によっては、10枚ほど並べて張られているのだ。先程の広場でも、色々な方向に立て看板があり、ポスターが10枚単位で張られていた。これで落ち着けというほうが無理であろう。

「それでエイナさん、勧誘ポスターは別に禁止じゃないんですか?」

「ええ、一応は禁止じゃないけれど、悪ふざけが好きな神に落書きとかの悪戯されることもあるから、使うときには注意してね。ベル君たちもやってみるの?」

 そう言われて、ベルが上半身裸になって、こちらを指差している所を想像するメンバー。ヴェルフが笑いをこぼす。

「まあ、やるなら、もっと筋肉をつけてからだな。でないと逆効果だ。ぶふっ。昔オヤジが持ってた絵に落書きしたことを思い出すぜ。顎髭、描いたら、えらい怒られたなぁ」

「いやいや、やらないからね。堅実に真面目に行くから。もしも、やるとしても、鎧を着込んだ絵にしてもらうから、その時にはヴェルフの腕の見せ所だよ」

 ベルの反論に、真面目になるヴェルフ。

「むむ、そう考えると、ベルが注目されるだけでなく、俺の作った武具も注目されるわけか。だとすると新しい武器も早めに完成させたほうがいいな。まあ、後四、五日で出来上がるぜ」

 雰囲気が真面目なものに戻ったのを見て、ベルが号令を出す。

「よし、じやあ、ダンジョンに向かって出発! エイナさん、行って来ます! それと、ポスターは僕達は作りませんからね!」

「あら、残念。作ったら、私、一枚欲しかったのに」

にっこり微笑み四人を送り出すエイナであった。

 

 

********

 

 

 ギルドからバベルへと移動し、地下へ、ダンジョンへと向かう。すでにフォーメションの調整は出来ているので、後はランクアップしたヴェルフの調整だけだ。ダンジョンの12階層へと移動しつつ、戦闘をこなし、調整をやっていく。そして13階層への階段に到達するパーティ。

 

「じゃあ、これから初めての階層だから、みんな油断しないように。ヴェルフの調整も含めて、しばらくは、僕とヴェルフの二人で前衛、リリは、真ん中で、ハリーが後衛。エイナさんからの情報によると連戦が続くから、最初はすぐに撤退できるように階段近くのルームで戦うからね」

 ベルが全員に注意する。

「では進もう」

 階段を降りて、13階層の探索を開始する。目指すは、階段近場のルーム。出入り口が一つのちょっとしたスペースがある部屋である。出入り口が一個で奇襲を受ける確率が下がるので人気の狩場である。もっと上層のルームは、こっそりと魔法の練習をするのにも適した場所で、別の意味で人気である。

「階段近くのルームは、すでに別パーティが居座ってますねぇ・・」

 探し回るうちに徐々に階段から離れていく。その間にも、モンスターとの戦闘は続く。オークやインプ、シルバーバックや、ウサギ型モンスターのアルミラージ。連戦が続く。

 

 とくに厄介な敵が、エイナが特に注意していたヘルハウンド。致命的な遠距離攻撃として、鉄をも溶融させる超高熱ブレスを吐き出すのだ。体に直接あたったら、燃えるのを通り越して炭になってしまう。盾で受けても一瞬ならばまだしも、受け続ければ溶融してしまう。厄介極まりない敵だった。このヘルハウンド対策として、サラマンダー・ウールの装備が必須となっている。このウール、耐火性能がきわめて優れており、ヘルハウンドのブレスを浴びても燃えることがなく、それどころか熱まで遮断するのだ。

 だがベルたちにとっては事情が若干ながら異なる。

 

護れ(プロテゴ)っ!」

 轟々たるブレスがハリーの魔法によって遮断される。もちろん、ベル達は念のためにサラマンダー・ウールのマントで体を防護している。

「す、すごいですね」

 リリルカが、ごくりと喉を鳴らしながらつぶやく。彼女の視線の先では、護れ(プロテゴ)に遮られたヘルハウンドの火炎ブレスが眩い光を放っている。

「燃え尽きろっ! 外法の業! ウィル・オー・ウィスプ!」

 腕を突き出したヴェルフが叫ぶ。とたんに前方のヘルハウンドが居る辺りで、爆発音が響き渡る。

「今のは?」

「俺の魔法だ。魔法攻撃にタイミングよく合わせることによって、魔力爆発を発生させることが出来る。平行詠唱の練習で失敗した時のように爆発が起こるん・・だけど・・」

 そこまで言ってヴェルフは気付く。

「このパーティのなかじゃ、俺の魔法が一番詠唱が長いのか・・。みんな平行詠唱するまでもないんだな・・」

 ベルも、ハリーも超短文詠唱魔法。それどころか、ハリーは無言呪文が使える。リリルカの魔法は戦闘用の魔法ではないので、平行詠唱の練習が基本的には必要ないし、そもそもヴェルフには存在を教えていない。

「まあ、対魔法使い用の魔法ってところだな」

 ハリーはそれを聞いて、無言呪文だと詠唱しないからタイミング合わせられないんじゃないかなと考える。どちらにしろ、ヴェルフと敵対することはないので、どうでも良いことではあるのだが・・

 

「じゃあ、ヴェルフ、もう一度、対魔法を。それでブレスが終わったら、ハリー、護れ(プロテゴ)解除。僕が突っ込むから、みんな続いて」

 ベルがてきぱきと指示をする。

「じゃあ、行くぞ。燃え尽きろっ! 外法の業! ウィル・オー・ウィスプ!」

 再度、爆発音が響く。ブレスの息継ぎ間際だったのか、ブレスが途切れる。すかさず護れ(プロテゴ)を解除して、合図を出すハリー。クラウチングスタートから、すばらしい勢いでダッシュするベル。左手にバゼラートを構え、右手を突き出す。

「ファィアボルトッ!!」

 ベルの腕から稲光が飛び出し、ガリガリと空気を削る音を出しながら、モンスターへと迫る。右側に居るヘルハウンドを直撃して、首から上を吹き飛ばす。そこまで駆け寄り、残った胴体を蹴飛ばして急制動し左を向くベル。これで真ん中に居るヘルハウンドが邪魔になって、左側に居たヘルハウンドは、ベルを攻撃できない。メレンでのアマゾネスの戦いでやられた、多人数相手の戦闘方法。自分がやられて嫌な戦法は、こちらが相手に使うと良い戦法になると思い、実践してみたベルである。

 バゼラードで切りつけ、さらに接近して、ポンパンチを叩き込む。そして、迂回して、こちらに噛み付こうとしてくる別のヘルハウンドの噛み付き攻撃を、地に伏せるようにして回避する。そして、そのまま前足をたたき斬る。

 そうしている間に、ハリーと、ヴェルフが接近しており、魔法と大刀で攻撃を始める。もちろん、リリルカも救急箱でヘルハウンドを突き飛ばしていく。

 

 程なくして、モンスターを全滅させることが出来たのであった。そして、ハリーがヴェルフに問いかける。

「なあ、ヴェルフ、さっきの魔法なんだけどさ。照準っていうか、狙うのはどうやってるの? さっきは、ブレスでヘルハウンドは見えなかったよね」

 ヴェルフは大刀を振って血払いをして答える。

「一応、照準というか、腕を突き出して、それで狙いを定めるんだ。一直線に魔法が飛んでいく感じかな」

「それ、へたしたら護れ(プロテゴ)のところで爆発してたんじゃ・・?」

 しばらく考えるヴェルフ。

「いや、相手の詠唱にあわせてタイミングよくだから、発動後だと爆発しない。ヘルハウンドで言うと、ブレスを吐き出す時で、護れ(プロテゴ)だと、ハリーが叫ぶ時にあわせてないと爆発しない。はずだ」

 これはつまり、完全防護状態からの、限定的ではあるが、攻撃が出来るということである。ベルのファイアボルトだと、護れ(プロテゴ)を解除する必要があるのだ。ヴェルフの説明を聞いてほっとするハリー。ベルとリリルカも不安がなくなり、ほっとしたようだった。ベルがまとめる。

「じゃあ、これからも対魔法はヘルハウンドに使っていくけど、ヴェルフ、次からは、戦闘前に何をするか、説明してね。今回はよかったけど、ブレスからの防御中に護れ(プロテゴ)が爆発してたら、とんでもないことになってたから」

 頭をかいて、すまん、すまんと謝るヴェルフであった。

 

 

 ようやく空いているルームを発見し、そこで落ち着いて、モンスターを狩り進める四人。ほどなくバックパックが魔石とドロップアイテムでいっぱいになったので帰還するのだった。

 

「じゃあ、荷物を置いて、あとで、酒場の焔蜂亭に集合な。場所は分かるか?」

 今日はヴェルフのランクアップ祝いで四人で飲み会なのだ。

「場所は私が分かりますから、大丈夫ですよ」

「よし、じゃあ、俺のほうが先についてるな、酒だけ注文しておくぜ。お勧めがあるんだ」

 

 そういうと一旦パーティは解散した。

 

 

********

 

 

 ベルたちは、ホームに戻ると荷物を置いて、体の汚れをシャワーで洗い流す。ヘスティアもバイトからすでに帰還している。

「ふふふーん、僕の夕飯は、1日限定10食の特製じゃが丸君弁当だぜ! まあ、僕はこれを食べてるから、気兼ねせずに君達はお祝いしてくるんだね。っと、久しぶりのダンジョンだったし、更新しとくかい?」

 顔を見合わせる三人。たしかに、待ち合わせには、まだ時間はある。

 

早速ベルから更新を始める。

「ふむふむっと。全体的に良く上がってるけれど、器用が特に上がり方が大きいね」

 

 そしてハリー。

「よいしょっと。うん、魔法力の上がり方がすごいね。うーん、アビリティの上がり方は、魔法使い的な感じで順調だね」

 

 最後のリリルカ。

「・・・落ち着いて聞いてくれたまえ。リリルカ君。ランクアップ可能だ」

 あまりの衝撃に固まっているリリルカ。それに言い聞かせるためにヘスティアは繰り返す。

「もう一度言おう。ランクアップ可能だ。つまり、レベル2になったんだ! おめでとう、リリルカ君!!」

「・・や・・」

 呟きにどうしたんだろうと、いぶかしむヘスティア。

「やったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 飛び起きて、叫ぶリリルカ。その弾みで、リリルカの背中に乗っていたヘスティアはベッドから転がり落ちる。そして、その大声に驚いたベルとハリーが扉をあわただしくノックする。

「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!? 神様!?」

 ぶつけた頭をさすりながらヘスティアが、何でもないわけじゃないけど、大丈夫だと叫び返す。

「リリルカ君、落ち着くんだ!」

 しばらく雄たけびを上げて、ようやく落ち着いたリリルカ。興奮のあまり、呼吸が荒くなっている。

「ほら、落ち着くんだ、一緒に深呼吸して、そら、ひっひっふっー」

 二人で深呼吸してようやく落ち着いたリリルカ。

 

「さてアビリティがDになって、それでランクアップ可能になっている。おそらくだが、メレンで、新種モンスターとアマゾネスと戦った事が大きい要因だと思う。それとだね。発展アビリティが発現可能だ」

 そして一瞬、言い淀むヘスティア。

「ええと、『切開』というものなんだが・・。聞いたことがないんだ・・。何か思い当たることはあるかい?」

 何故に僕の眷属たちは、そろいもそろって聞いたこともないレアアビリティが発現するんだろうか・・と悩みながら返答を待つ。それに幸運や魔力なら、分かりやすいけど、切開は、どんな効果があるんだろう。

「えーと、原因は分からないですねぇ・・」

 悩むヘスティア。このアビリティを発現させてしまってよいのだろうか。成長抑制スキル保持の疑いがあるリリルカである。他にもどんなマイナス要因のステイタスがあるのか、予断を許さない眷属なのだ。聞いたことがないアビリティは危険であった。

「うーん、発現させてしまうべきか・・どうしよう。しばらくランクアップを保留して考えてみるかい?」

 慎重なヘスティアに対して、リリルカは即断した。

「いえ、その『切開』を発現させてください。ランクアップします!」

 

こうしてリリルカは待望のランクアップを果たし、レベル2になった。

 




次回『Golden mead』


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Golden mead

 焔蜂亭。

 表通りではなく、裏通りに構えた居酒屋である。豊穣の女主人に比べるとやや手狭で、上品な店ではなく、どちらかといえば、大衆向けの雑然とした店である。黒い壁の店内には、10数脚のテーブルが置かれており、料理の煙のせいなのか、うっすらと煙っていた。雑多な雰囲気があるが、その分、逆に気楽な感じで落ち着きのある店内は、時間がらか冒険者らしき集団が、酒を飲んだり、飯を食ったりと騒いでいた。

 

「では二人のランクアップを祝って!」

「「「「乾杯!!」」」」

 ベルの音頭で四人は、小ぶりのジョッキをぶつけて、そのまま呷る。

「おいしいね、これ」

「そうだろう。ナカナカの人気商品なんだぜ」

ハリーの感想に嬉しそうに説明するヴェルフ。

「まあ、大男にしては良い物を知って居ますね、と言っておきましょうか」

 言っている内容とは違い、にこやかに微笑んでいるリリルカ。みなが飲んで褒めているのは、煮詰めたように濃い黄色になった濃厚な味わいの蜂蜜酒、いわば黄金の蜂蜜酒である。ヴェルフいわく、この店の看板商品とのことだ。

「しっかし、ほとんど同時にランクアップするとはなぁ。これで全員がレベル2。どこに出ても恥ずかしくない上級冒険者パーティというところだな」

 二杯目の蜂蜜酒を飲み干したベルが同意する。

「できれば、ファミリアに入団希望者が来て欲しいんだけどね。そしたら、パーティメンバーが増えるし、もっと下の階層までいけるようになるし・・」

 ベルの願いにリリルカが合いの手を入れる。

「ベル様たちがもっと名を上げれば、入団希望者がやってきますよ」

 

「なんだぁ、兎が名を上げたって自慢してるぜぇ」

 近くのテーブルから、声が上がる。四人が視線をそちらに向けると、小人族の若者がジョッキ片手ににやにやと笑っていた。

「まぁったく、兎は恥ずかしくないのかねぇ、一ヶ月でランクアップだなんて、嘘までついて有名になりたいとか、オイラだったら恥ずかしくって街を歩けねぇぜ!」

 ベルの世界最速記録をあてこすっているようだ。ヴェルフはジョッキを呷りながら、ベルに注意する。

「無視しろ、あんなもん。単なる妬みだ」

 だが、輝く太陽のエンブレムをつけた小人族とそのテーブルの仲間はさらに大声で喋る。

「それに知ってるかぁ!? あいつら、ロキ・ファミリアの腰巾着なんだぜ。強いやつらの後についていって、おこぼれに預かってんのさ。それで強くなろうだなんて、冒険者の誇りはどうなっちまったんだぁ」

 ゲラゲラと笑う小人族とその仲間達。ベルも、リリルカもヴェルフもそんな声を無視して蜂蜜酒を飲む。ハリーは、テーブルの下に手を降ろす。

「それに兎は、よそ者や半端者とつるんでパーティ作ってるんだ。出来損ないの鍛冶師に、駄目駄目なサポーター! ぽろぽろ箒で遊ぶ魔法使い」

 むっとして言い返すために立ち上がろうとするベルだが、リリルカがそれをとめる。ハリーはヴェルフに問いかける。

「冒険者って、みんなソロで行動してるってわけじゃないよね」

 戸惑いながらもヴェルフは答える。

「ああ、そりゃ、もちろん。大抵は、パーティ組んでるな」

「初心者というか、冒険者成り立てでも?」

 ちょっと記憶を探るヴェルフ。

「あー、最初は、確か先輩団員と一緒にダンジョン行ったなぁ・・」

「じゃあ、誰でも最初は強い人の腰巾着で付いていくわけだよね。だけど、ベルは最初も一人だったわけだから、腰巾着じゃないと思うんだけれどなぁ・・。隣の野次のことが本当なら、普通の冒険者はパーティを組む相手が居ないってことかなぁ?」

 それを聞いたヴェルフが涙目になる。

「すまん、ハリー、それを言われると俺もつらい・・」

 ヘファイストス・ファミリア内部でパーティを組む相手が居ないヴェルフの境遇を思い出して、謝罪するハリーである。

 

 その間にも、小人族の揶揄は続く。そして一息つけるためにながながと、ジョッキを呷る小人族。顎から酒が零れ落ちてシャツをぬらしている。そして、ジョッキをテーブルに勢いよく置く、─、つもりが、置きそこねて床に叩き落とす。派手な破壊音をたてるジョッキ。その音で店内の注目が集まる。

「そんな嘘つき野郎がドラゴン退治とか、何かインチキをしたに決まってらぁ!」

 そして、両手を頭の上に耳のようにかざして、ぴょこぴょこと動かす。

「こーんなふうに、ぴよぴよしたやつが、ドラゴンと戦えるわけないっての!」

 そういうとテーブルの上に飛び乗った。料理の皿や、酒の入ったジョッキがあたりに飛び散る。小人族の仲間にもそれが降り注ぎ、罵声が飛ぶ。しかし、当の小人族は気にした様子もないというより、気づいても居ないようだ。そしてテーブルの上で兎跳びを始める。

「ぴょんぴょん、こんな風に飛び跳ねるのが関の山だってーの!」

 そしてゲラゲラと笑う小人族。だが、飛び跳ねたせいで、まだ無事だったジョッキも皿も、散弾のように辺りに撒き散らされる。

「どうせ、逃げ回ってたら、たまたまドラゴンが勝手に死んだだけなんだよ! 兎は逃げ足が速いからな」

 そう言った途端、テーブルがひっくり返り、床に落っこちる小人族。そして、よたよたと椅子の上に這い上がると、座りなおす小人族。

 

 ヴェルフはベルたち、三人の肩をつかみ、四人でスクラムの形を組む。そして小声でささやく。

「さっきは無視しろといったが、あいつは、頭がやべー。戦略的撤退というやつで店を出る(逃げる)ぞ」

周囲の客も同じ結論に達したのか、勘定を始める客が続出し始めている。

 だが、しかし。ファミリア団長ベル・クラネルの判断は違った。彼は、周囲の客や、リリルカ、ヴェルフとは違いある情報を持ってた。それはハリーの幼少期の話、ダーズリー叔父がいった言葉。

『普通じゃないことが起こったときには、普通じゃない奴が原因なんだ』

 魔法使いであるハリーと、その周囲の奇妙な出来事との関連を示した言葉である。その言葉に従えば、この『小人族の奇行』はハリーが原因ということになる。ジト目でハリーを見つめていると、それに気がつき、苦笑いし、ウィンクしてくるハリー。ハリーは、無言呪文での錯乱呪文を小人族に掛けていたのである。

 原因はハリーだと分かり、やれやれとため息を付くベル。

 

 その間にも錯乱した小人族の奇行は続く。仲間が元に戻したテーブルの上に飛び乗ると、背中を下にして、両手両足を団子虫のように丸めて、独楽のように回転し始めたのだ。さらには回転を続けたまま、姿勢を変えて、足を天井に向けて伸ばして、肩で回転を始める。

 そこに、扉を開けて、長身のヒューマンが足早に入ってきた。そして、一瞬の躊躇いも見せずに、テーブルの上で回転している小人族に近づくと、そっと手を当てて、突き飛ばした。壁に叩きつけられて、ようやくおとなしくなる小人族。

「撫でただけだぞ。いったい全体何事だ?」

 暴力なんぞ振るっていないと言いたげな様子だ。

「いや、ヒュアキントス団長、そこの兎が、調子に乗ってましてね。有名になったから、入団希望者ががっぽがっほだとか自慢しまして。そんなのを自慢して恥ずかしくないのか、そうルアン(小人族)がたしなめたら、このざまでさぁ」

 小人族を抱えあげようとしていた冒険者が答える。それを手伝っていたもう一人が続ける。

「まったく、ダメ女神が主神やってるから、眷属までインチキ野郎なんだよ。しけた主神じゃ、やっぱり駄目ってこったな」

 気色ばみ立ち上がるベルとハリー。ああ、これは止められないと覚悟を決めるリリルカ。だが、ベルとハリーが何かする前に、二人の脇からジョッキが飛び出し、しけた女神と言っていた男の顔面に見事にぶち当たる。

「うちの主神を、ばかにするやつっぁーー、ゆるさん!」

 怒りのためか酔いの為か、髪と同じぐらいに顔を真っ赤にしているヴェルフ。そう叫ぶと、つかみかかっていった。もちろん、ハリーとベルも続く。大乱闘の始まりである。

 

 残ったリリルカはあきらめて、被害(とばっちり)が来ないようにテーブル下に潜り込んだ。テーブルの足にもたれかかり、周囲を伺うと、視線の先にちょうどヒュアキントスが居た。黒い長髪をすべてオールバックにして、後頭部になでつけ、つるりとした印象を与えるヒュアキントス。整った顔立ちであるが、その瞳は冷酷な光をたたえ、まるで、今から実験動物の解剖手術をするかのような気配を放射していた。彼は、乱闘をとめるでもなく、酷薄な笑みを唇に貼り付けていた。何を見て嗤っているのか、その視線をリリルカが追ってみると、その視線の先には、ベルが居た。何とはなしにゾクリとするものを感じたリリルカは、注意の声をあげようとした。

 だが、ヒュアキントスの動きのほうが早かった。流れるような静かな軽いステップで、殴り合いをしているベルに近づくと、軽く腕を振るう。それだけで、先ほどの小人族のように吹き飛ばされるベル。

「ふん、ドラゴンスレイヤーといきがっていても、こんなものか・・」

 薄い唇をゆがませ嗤うヒュアキントス。

 

 それを見たハリーは、ヒュアキントスに向かおうとするが─

「やっかましい! このクソ雑魚共! ゆっくり酒が飲めねェんなら、出て行きやがれっ!」

 すさまじい怒声が響いた。店の壁がビリビリと共鳴するほどの大声。自然と喧騒が収まり、声の出所へと視線が集中する。

 銀灰色の狼人、ベート・ローガ。つい先日レベル6へのランクアップがギルドから公表された男である。彼はジョッキを片手に椅子に座ってた。だが、座っているだけでも、ただならぬ迫力が感じられた。リリルカはごくりと喉を鳴らす。メレンで見たときにも不機嫌であったが、今なら分かる。あのときは、ちょっと、ほんのちょっぴりだけ虫の居所が悪かっただけだと。今は確実に機嫌を悪くしている。

「出ていかないってんなら、静かに酒を飲みやがれ」

 続けて発せられたベートの言葉に、ヒュアキントスは、周囲に宣言する。

「興がそがれた。みな、いくぞ」

 そして、ゆっくりと、威厳を失わないようにゆっくりと、歩いていった。太陽のエンブレムをつけた冒険者達が、ぞろぞろと続く。ほどなく、酒場は落ち着いた。

 ハリーとヴェルフも、ベルに肩を貸して、退散することにした。リリルカも後に続く。

 店を出て、歩いていると、痛みをこらえながらも、ベルが謝る。

「みんな、すまない。せっかくのランクアップお祝いだったのに・・」

 そうしてしょげるベル。だが、リリルカもヴェルフも気にするなと慰める。

「主神を馬鹿にされて黙っているような、そんな眷族になる気はないぜ」

「そうですよ。それにお祝いだったら、ホーム改築お祝いがあるから、また一緒にできますよ」

 それを聞いてちょっとだけ元気になるベル。

 四人はホームへと帰るのだった。

 

 ちなみにヴェルフは客室に泊まっていった。

 

 

********

 

 

 質素に見えるが落ち着いた優美な曲線で構成された家具が配置された部屋の中。読書用の明かりの元で、一人の若者が本を呼んでいた。緩やかにウェーブする金髪はまるで黄金の冠のように静かに輝いている。本のページを捲る音だけが時折響く室内。時間が過ぎるのを忘れて熱心に読みふける若者。

 そんな中、静かなしっかりとした足音が廊下から近づいてきた。ほどなくノックの音が室内に響き渡る。

「入りたまえ」

 本から視線をそらすことなく、金髪の若者がノックに応える。ドアを開けて入ってきたのは、黒い長髪を後ろに撫で付けた美男子。先ほど、焔蜂亭で乱闘をしていたヒュアキントスである。

「読書ですか、アポロン様」

 ヒュアキントスの問いかけにも、神アポロンは本から視線をはずさない。

「ああ。この本は良く書かれている。最新刊が発売されたばかりだが・・。おもしろい。ドラゴンスレイヤーを題材にしているのも興味深い。この作者は、前々から、彼らと知り合いなのかもしれん・・」

 最後の方は、自分自身へ向けた独り言になっていた。それに気づいたヒュアキントスは報告を始める。

「計画通り、ベル・クラネルに接触してきました」

「ふむ、よろしい。では次の段階に取りかかりなさい。宴を開くのだったな」

 アポロンの指示にヒュアキントスは、おとなしく頷き、そして、手配を進めるために、退出していった。

 その後もアポロンは読書を続け・・そして、読了した・・。彼は満足げに立ち上がると、窓辺へと移動する。

「もうすぐだ。もうすぐで、僕のものになるんだ!」

 そして彼は嬉しそうに月を見上げながら叫ぶのだった

「早く僕の元にくるんだ、僕の、僕のペルきゅん!」

 アポロンの手には、『ドキドキ! ダンジョンラブ!!』の最新刊が収まっていた。

 




補足
蜂蜜酒。
原作で色は『ルビーのよう』と形容されていますが、ここでは黄金の蜂蜜酒としています。

次回『Wangoballwime?』
かなり間隔が開きます。すみません


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Wangoballwime?

すいません、投稿が今後不定期になります


 そして翌朝。ベルたち四人は、受付嬢(エイナ)に、リリルカのランクアップ報告をしていた。

「おめでとうございます、アーデさん。本当によかったですね」

 リリルカの苦労をベルから少し聞いているエイナはちょっと涙ぐむ。

「今日はどうされるんです?」

「12階層で午前を過ごした後、13階層にすすみます。リリにはサポーターに専念してもらう予定ですね」

 ランクアップ後の調整が必要であるが、リリルカのメインは、サポーターである。ベルやハリーと違って、直接戦うことは少ないので、急いで調整する必要もなかった。

 同じ理由で、リリルカ用の救急箱Mk2の作成も急いでいなかった。ベル用の装備が出来たら、その後に作成するのだ。

 

 さて、エイナとの打ち合わせが終わり、出発しようと出口に振り向いた四人。そこに二人の美女を発見する。

 

 一人は、軽くウェーブがかかった黒髪を肩まで伸ばした、おっとりとした表情の二十台近いような女性。もう一人も同じ年頃の女性だが、こちらは、やや釣り目な瞳が勝気な印象を与えるショートカットの女性である。

 二人は、輝く太陽のエンブレムを肩に付けていた。

「昨日の人達・・の知り合い、ですかね・・」

 リリルカがつぶやく。昨日の焔蜂亭にいたのは男性ばかりだった。首をかしげているリリルカにはかまわずに、短髪の女性がベルに近づく。そして、封筒を取り出した。

「あなた、白兎のベル・クラネルよね。世間ではドラゴン・スレイヤーといわれてる?」

「くくく、ベルのやつもてるなぁ・・」

 にやにやと笑いながら、ヴェルフがリリルカをつつく。むっとするリリルカ。

「これ、主神から。うちのファミリア、アポロン・ファミリアで開催する神の宴への招待状よ。確かに渡しましたからね」

 そういうと、封筒をベルに押し付け、去っていった。黒髪の女性はベルに目礼して、あわてて追いかけていった。

「招待状ねぇ・・」

 今からダンジョンに行くのに破れやすいものを渡されても、困るだけである。仕方がないので、ハリーは、受付嬢(エイナ)に夕方まで預かってもらってはと提案し、エイナも快く了承したので、夕方、また取りに来ることになった。

 

 

********

 

 

「えーと、ニンフが月夜に踊りを舞う頃合、月桂樹の木陰に集うわれらは芳しき夜の香りをみなと分かち合いたく、妙なる調べと、心浮き立つ物を用意し、皆様のお越しを希う・・。なんでしょうかこれは? 黒歴史(ポエム)?」

「まあ、招待状だね。気取った言い方をしているが、何のこたぁない、アポロンの所が神の宴をするから、来てくださいねということだよ、リリルカ君。ふーむ、眷属を一人連れてくるようにとなっているぜ」

 リリルカから渡された封筒の中身、招待状をヘスティアが読みながら声をあげる。

 

 すでに夕方、魔石の換金も終えて、ホームに帰還している。ハリー達は夕食の準備中である。粉々呪文で、野菜を粉砕して微塵切り代わりにし、続けて、燃えよ(インセンディオ)で鍋を沸騰させる。調味料で味を調えて、野菜スープの出来上がり。魔法を使うと簡単である。

 ヘスティアは招待状を読み込み、注意すべき事項をつらつらと確認していく。

「えーと、なになに・・眷属は男女は問わず一人つれてくること。フォーマルな格好で来ること。ワルツも演奏されるとのこと。タッパーは持込不可。馬車で迎えを送る。えーと、迎えに来る時刻まで書いてあるねぇ・・」

 それを聞いていたハリー達は、まあ、団長ですし、お気に入りですし、付いていくのはベルだなと確信する。とは言うものの、ここで問題になるのは、ドレスコードである。

「二人はフォーマルな服なんて持ってましたっけ? もっていないなら、これを機会に一着そろえては?」

 ヘスティアは神なので、残念ながら成長することはない。つまり、身長はこれから先も変わらないから、買っても無駄になることはない。

 ベルはこれから成長するであろうから、サイズが合わなくなる。だが、宴に他のファミリアもくるということは、団長がそれなりにきちんとした格好をしていないと、対外的によろしくない。そう考えると、買っておいても無駄になることはないだろう。

「ふむ、そうだね。早速明日仕立てることにしよう」

 幸い、宴の日付は、三日ほど後。仕立ても十分間に合うはずであった。

 

 そしてもう一点の問題。

「ワルツが演奏されるってことは、これはダンスの必要があるぜ」

「踊ったことなんてないですよ・・」

 ヘスティアの呟きにベルが答える。田舎で育ったベルには踊る機会があるはずもない。至極当然の答えである。

「実は僕もなんだぜ・・」

 天界でも、宴は開かれていたが、ヘスティアはそこで食べるか、おしゃべりをするかのどちらかだったので、踊ったことは無いのだった。

「じゃあ、三日間で踊れるように特訓だ。幸い僕は経験があるし、二人に教えられますよ。そんな難しいもんじゃない、すぐに躍れるようになるさ」

 思わぬ所からの提案。ハリーがダンスができるとは思わなかった三人は驚く。

「なんとまあ、ハリー様は色んなことができるんですね」

 戦闘においては魔法を使い、ホームに戻るとミアハとポーション作成の情報交換、マジックアイテムの作成をし、料理もこなす。さらに、ダンスも踊れるときた。呆れるほどに多才だなぁと感心するリリルカ。

「学校で色々とね・・」

 苦笑いするハリー。

「じゃあ、さっそく始めよう。まずは立つ時の姿勢から・・。リリルカは曲代わりに手拍子を頼む」

 リリルカの見学の元、ベルとヘスティアの特訓が始まった。

「ベル! 照れずに、ぎゅっと抱き寄せて。視線は合わせるか、進行方向に向けて! 照れてないで動く動く」

 ぎゅっと抱きしめられて、ご満悦なヘスティア。それを見ていてムッとなるリリルカ。

「ハリー様、私も練習してみたいです!」

「じゃあ、ヘスティア様と交互に、ベルの相手をやってもらおうか」

 だがヘスティアが、反論する。

「いやいや、ハリー君、まずは宴に出る僕の上達が先じゃないのかい?!」

 もっともな言葉ではあるのだが。

「そのとおりなんですが、ヘスティア様とベル(ランク2)ではスタミナに差がありますからね。時々休憩入れないと。それにこういうのは、普通は男性側かリードすることになってるんで、ベルが先に上達したほうが、良いんですよ」

 ハリーの説明も、もっともなものである。

 こうして、宴の前日まで、ベル、ヘスティア、リリルカの練習は続けられることになった。

 

 そして翌日、ダンジョンに行く前に大急ぎで、採寸を無事に終え、服の調整を頼むベルとヘスティア。マダム・マルキンソンやオリバンダーとは違い、鼻の穴の間隔など、妙な場所は採寸しなかったのがハリーには残念だった。どう考えても、あの時は無関係な所まで採寸してたよなぁ、と一人ごちるハリーであった。

 

 

********

 

 

 神の宴、当日。

 探索とバイトを早めに切り上げ、出発準備に専念する。

 ベルは黒を基色とした、オーソドックスな礼服に。ヘスティアは、青色のドレスに紺色青紫色で豪華でそれでいて落ち着いた刺繍を施した、ふんわりとしたドレス。襟元、袖口にたっぷりとレースが縫いつけられて、可憐な少女といったいでたちだ。

「いつかは、私やハリー様も連れて行ってくださいね」

 苦笑いするヘスティア

「そうしたいところだけれど、神の宴は基本的に参加は神だけだからねぇ。眷属まで呼ぶとしたら別口になるかな」

 今回の宴の趣向が特別だと説明する。そしてベルにエスコートされて馬車に乗り込むヘスティア。なかなかにさまになっている。

 

 そうしてヘスティアとベルを見送った後、ハリーはリリルカに提案する。

「さて二人はパーティでおいしいものを食べるんだろうし、僕たちもヴェルフを誘っておいしいものでも食べに行かないかい?」

 無論、リリルカに反対する理由はない。早速出かけることにした。

 

 ヴェルフの工房により三人で豊穣の女主人に向かう途中、ハリーは気になるものを見つけた。客寄せをしているアコーディオン弾きである。

「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。今話題のドラゴンスレイヤーの人形劇、始まるよ~」

 ヴェルフをつつくハリー。

「何あれ?」

「おっ、ハリーはまだ見たことがないのかい? じゃあせっかくだから見ていこうぜ」

 ハリーたちの他にも何人かが集まり、アコーディオン弾きに誘導されて馬車の周りに集まる。馬車の側面がぱかりと上側に開き、内部が見えるようになった。内部はちょっとした立派な舞台になっていた。

「あるところに兎と呼ばれる少年がいました・・・」

 アコーディオン弾きの語りとともに、白髪赤眼の人形が舞台に現れる。今までの流れからいうと、どう考えてもベルである。その少年はオラリオへと向かい冒険者となる。そして仲間をあつめダンジョンに挑戦する。その仲間の一人は黒髪黒目で頬に雷型の傷がある魔法使い。どう考えてもハリーである。

 兎たちはめきめきと実力をつけていく。

 そんなある時、ダンジョンから地上にドラゴンが現れる。オラリオの冒険者たちは迎撃に向かうが、空を飛ぶドラゴンには手も足も出ない。だが黒髪の魔法使いが空を飛ぶアイテムを作り出し、二人はドラゴン退治に空に舞い上がる。二人はドラゴンと激しい空中戦を繰り広げるが、魔法使いがドラゴンの動きを止める魔法を使い、兎がドラゴンの首を一撃で切り落とし、退治に成功するのだった。

 人形同士の空中戦に、手に汗握って見守っていた観客たちは歓声を上げる。

「さあさあ、ドラゴンスレイヤーにちなんで作ったドラゴン・マフィンを如何かね。白と黒と二種類あるから買っていってくんな!」

 そんなアコーディオン弾きの声に、何人かの観客はマフィンを買っていくのだった。

「あー、とりあえず、それぞれ四つずつ買っていっていいかな?」

ハリーが一言いうと、ヴェルフがアドバイスを送る。

「あぁ、結構うまいからな、もっと買っても良いんじゃないの? 白はナッツ入りで、黒はブラックベリー入りだ」

「あっはい」

 

 

********

 

 

「かんぱーい」

 場所は豊穣の女主人にうつり、三人はリュー・リオンと共にエールを飲んでいる。

「しかし、人形劇になっているとは思わなかったよ。マフィンも買ってしまったし・・」

 ぼやくハリー。

「マフィンですか、差し入れありがとうございます。みんな喜ぶと思います」

 そういうと、リューは店の奥にマフィンが入った袋を持って行ってしまった。

「え、あれ、いつのまに差し入れになっちゃったの?」

 戸惑うハリーであるが、飲食店に食べ物を持ち込むほうが悪いといえば悪い。

「差し入れとは気が利くじゃないか、こいつは私のおごりだ。景気よくやんな!」

 四つのジョッキを威勢よくテーブルにたたきつけるように置くミアさん。こう言われてしまっては諦めるしかない。

 ちゃかりと戻ってきているリューとともに、再度乾杯をする四人。

「ポッターさん」

 珍しくもリューがハリーに話しかける。全員の視線が集まる。

「この街にドラゴンを実際に見たことがある人が何人いると思います?」

 リューの問いかけにハリーは考え込む。ハリーの人生においては、ハグリッドが卵から孵したドラゴンが一匹、三大魔法学校対抗試合の時に四匹、グリンゴッツ銀行地下で一匹と、全部で六匹のドラゴンを見たことがある。だが、これらはすべて特殊な事例である。魔法界には動物園などないし、一般的な魔法使いであれば、見ることもなく人生を終えてもおかしくないかもしれない。マグル達にはドラゴンは最も有名な()()()()()モンスターであり、見たことがある人は一人もいないはずである。ではここのオラリオでは?

 

 考え込むハリーにリューは説明する。

「この前のドラゴン騒動の前までは、一般市民も含めて、レベル4、レベル5の冒険者でも見たことがある人はほとんどいなかったのです。なぜならあのようなドラゴンが生息しているのはダンジョンでも深層階層。そこにたどり着くためには、個人の実力ではなく、ファミリアとしての実力が必要になるからです。そのようなファミリアは、ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアなどごく限られてますね。

 だから、ドラゴンを退治するといっても、一般市民にとっては、どこか実感が薄いのです。いわば対岸の火事、隣町から伝わる噂話と同じ。『直接に自分達が見ることはないだろう』と、そんな風に考えています」

 そしてジョッキから一口飲むリュー。

「だが、貴方達は違いました。現実に地上に現れたドラゴンを、市民達の、冒険者たちの、お祭り好きな神々の前で実際に倒して見せたのです。ダンジョンの奥深くにいるドラゴン退治は無関係じゃない、実際の現実の脅威なのだと実感しているところを、貴方達が救ったのです」

 キャットピープルが料理を運んできた。リューは礼を言って受け取ると、話を続ける。

 

「話は少し変わりますが、三大冒険者クエストはご存知でしょうか?」

 リューが問いかけるが、答えを待たずに話をつづけた。

「かつてダンジョンから地上に解き放たれた強大な三体のモンスターの討伐。陸の王者(ベヒーモス)海の覇王(リヴァイアサン)。そして黒竜(隻眼の竜)。これら三体のモンスターの討伐クエストのことです。このうち二体はゼウス、ヘラの二つのファミリアによって討伐されました。残りは黒竜(ドラゴン)だけなのです。しかし、黒竜の猛威はすさまじく、ゼウス、ヘラの両ファミリアは全滅しました。今現在も黒竜(ドラゴン)は退治できていないのです」

 皆がリューの話に聞き入っている。

「そして先ほどの話に戻りますが、ダンジョンから現れ、空を舞うドラゴンを撃退する若き冒険者。これが意味する事はお分かりですか?」

 戸惑うハリー。ヴェルフとリリルカも黙って聞いている。

「貴方達が成長すれば、砲竜(ドラゴン)だけでなく黒竜(ドラゴン)も倒せるようになるんじゃないかと、みな期待しているのです」

「えぇぇぇ・・」

 期待されても戸惑うハリーである。

「だから人形劇にして人気にあやかろうというわけです。もちろん、マフィンがおいしくないとだめですが。それに他にも人形劇ではなくて、ちゃんとした演劇にするという噂も聞いていますよ」

「あぁー、それは俺も聞いたことがある! 楽しみだよな」

 楽しそうなヴェルフの声を聴きながら、リリルカは一人冷や汗を流していた。

 

 

********

 

 

 豊穣の女主人での食事を終えて、ホームに帰還するハリーたち。二人が寛いでいると、ほどなくベルとヘスティアも帰ってきた。なぜか二人とも機嫌が悪い。

「まったくアポロンにも困ったもんだよ! この前の喧嘩を理由にして、僕らに戦争遊戯(ウォーゲーム)を吹っかけてきたんだぜ!」

「本当に言いがかりも酷いもんですよ。喧嘩の責任が全部こっちにあるっていうんだから、めちゃくちゃだ」

 ヘスティアとベルが愚痴をこぼす。

「何ですか戦争遊戯(ウォーゲーム)って?」

 よくわかっていないハリーにヘスティア達が三人がかりで説明する。簡単に言えば、賞品を賭けたファミリア同士の決闘。賞品や決闘方法は神会で決められるが、暗黙のルールの一つとして『見物する神々が楽しめること』というのがある。神々の娯楽としての側面も強いのだ。

「で、こっちが負けたらベル君を向こうのファミリアに引き抜くってんだ! 冗談じゃない、そんなもの受けられるわけないだろう! 断固拒否して帰ってきたよ」

 憤るヘスティア。ベルも相当怒っているようだ。

「無理やり戦争遊戯を始められたりとか、ゼウス・ファミリアのように潰されたりとかはないんですか?」

「それは無いね。アポロンの狙いはベル君の引き抜き(コンバージョン)だ。もし万一うちのファミリアが潰された場合には、ベル君はアポロンのところ以外に改宗(コンバージョン)するだろう。つまり、アポロンはベル君を手に入れることはできない。だからどんな手段でもいいから戦争遊戯に持ち込んで、改宗(コンバージョン)を賭けの対象にする必要があるわけだ。だから、こちらが申し出を断れば問題ない」

 だが、そのヘスティアの判断は間違っていた。

 

 

********

 

 

 翌朝。ヘスティアはアルバイトに、ベルたち三人はダンジョンにそれぞれ出発するため、ホーム玄関から外に出た。彼らを出迎えたのは、輝く太陽のエンブレムを付けた冒険者達。魔法が、魔剣の攻撃が、周囲から一斉にベルたち四人に一斉に降り注ぐ。

 ぎょっとして驚きのあまり固まるヘスティアをすかさずベルが抱えて回避する。ハリーはリリルカの襟首を捕まえると、ベルに続いて包囲攻撃から脱出する。

 四人は何とか無事であったが、ホームは攻撃を受けて崩壊する。その轟音に周囲の住民たちが何事かと道路に飛び出してきた。

「ああぁぁぁ、せっかくリフォームしたのに・・」

 嘆くヘスティアであるが、今はそれどころではない。アポロン団員たちが、追撃を仕掛けているのだ、ベル達四人は、必死で走る。

「逃げるのはいいけど、どこに向かえば!?」

 ハリーの問いかけにヘスティアが答える。

「癪だけど、バベルに行くんだ。ヘファイストスの所に逃げ込もう」

 こういう時に頼りになるのは、有力な友人。何度も世話になっているが、今回も助けてもらおうという考えである。

「ハリー様! 箒を使いましょう!」

 ハリーは背中に括り付けていた箒を外して、跨ろうとするが、待ち伏せをしていたアポロン団員が斧を叩きつけてきた。とっさにハリーは箒で防御するも、走るスピードが落ちてしまう。

「ベル、先に逃げろ!」

 その言葉に頷き、スピードを上げるベル。リリルカも遅れまいと必死で走り続ける。

 ハリーは箒で相手をぶん殴り突き飛ばす。だが、最初の攻撃で切れ目が入っていたのか、真っ二つに折れてしまった。これではもう空を飛ぶことはできない。残念に思いながらもハリーは箒を振り捨て、ベルたちに追いつくべく全力で走り続ける。

 

 そのころベルはヘスティアを抱えて全力で走ってた。まずはヘスティアの安全確保が優先なので、リリルカよりも先行しているのだ。だが、バベルに逃げ込むことが読まれていたのか、ヒュアキントスが襲い掛かる。初撃はかわすも体勢を崩し、盛大に路上を転がるベルとヘスティア。すかさずヒュアキントスの追撃が襲い掛かる。ベルはバゼラードとヘスティア・ナイフで応戦する。ヒュアキントスは巧みにフランベルジュを操り、ベルをヘスティアから引き離し孤立させる。そしてヘスティアへとこん棒で殴りかかる下っ端のアポロン団員。見事な連携である。

「怪我をさせる程度にしておけよ!」

 ヒュアキントスの注意が飛ぶ。神殺しという大罪を犯す気はないようであるが、こん棒で殴られてただで済むとは思えない。だが黙って殴られるような大人しいヘスティアではない。逆に自分から団員に向かって一歩踏み込むと、右拳を下っ端団員の鳩尾に叩き込んだ。

「ひべぶっ!!」

 悲鳴を上げながら十数M吹き飛ばされる下っ端。他の下っ端団員も思わぬ事態に動きが止まる。そこを見逃すヘスティアではない。すかさずラリアットを手近の下っ端の横腹に叩き込んで、これまた十数M吹っ飛ばす。

「馬鹿な! 武神でもないのに、なぜこんなことができる!?」

 驚愕するヒュアキントス。すかさずベルが攻撃の手を激しくするも、軽いバックステップで距離をとられてしまう。

 ヘスティアはどこからか取り出したローブを羽織り体を隠す。

「ある時にはファミリアの経理係、またある時には優秀なサポーター、またある時はヘスティア様の影武者! その正体は!!」

 ローブを恰好つけて脱ぎ去る。底にいるのは赤髪の小人族。

「ヘスティア・ファミリア・メンバー、リリルカ・アーデ! ふふふ、皆様、私の変装術に騙されましたね」

 実際にはリリルカの変身魔法(シンダー・エラ)でヘスティアになっていただけなのだが、それを言う必要はなかった。

「ならば、本物はどこにいったのだ!?」

「それを言う必要はない!!」

 ヒュアキントスに切りかかりながらベルが叫ぶ。

 だが、ヒュアキントスはそれに対して大剣(フランベルジュ)を全力で一閃させた。

 その一撃は、ガードのバゼラードを打ち砕き、ベルの右肩に深々と食い込んだ。そしてそのまま、ベルを振り払うとヒュアキントスは襲撃が失敗したのを悟った。

「ベル・クラネル、戦争遊戯を受けなければ、今後も同じことが繰り返される。そのことを覚えておけ。引き上げるぞ」

 去っていくアポロン・ファミリア。

 リリルカはベルに駆け寄ってホルスターからポーションを取り出すと、ベルの治療を始める。

「このままじゃ駄目だ、もっと強くならないと・・」

 悔しさに涙を流しながらベルはつぶやいた。

 

 

さて、時は少し遡る。走るハリーに声がかけられる。

「ハリー君、ハリー君、こっちだ、こっちに来てくれ!」

 聞き覚えのある声に、ハリーは立ち止まり、死角になった物陰に移動する。木箱の下にいたのはヘスティアであった。

「よかった、無事だったんですね」

「ああ、ベル君とリリルカ君が陽動で、アポロンたちの注意を引いているから、今のうちにこっそりとバベルに行こう」

 ハリーは頷くと、杖を取り出し、ヘスティアに目くらまし呪文をかける。

「なんだか水をかけられたような感触なんだが、なんだいこれは?」

 カメレオンのように周囲に溶け込むと言おうとして、この世界にカメレオンがいるかどうか迷うハリー。とりあえず適当に説明する。

「目くらまし呪文。周囲からはヘスティア様が見えなくなります。透明になったようなものですね。僕からも見えないんで、コートの端を掴んでいてください。途中の広場でヴェルフと合流して、ヘファイストス様と面会ができるようにしてもらいましょう」

 

 

 二人は目立たないように、急がず慌てず、広場につくと目論見通り、ヴェルフと合流しバベルへと辿り着いた。ちょうどそこにベルとリリルカもやってきた。期せずして合流できたことを喜ぶ三人。ハリーはベルとリリルカにニッコリ笑ってウインクをして、問題ないと知らせる。

 エレベーターに皆で乗り込み上へと向かう。周囲に人目がないのを確認して、ハリーはめくらまし呪文を解除する。

「おわっ! ヘスティア様? 一体いつの間に乗ってたんですか!?」

「うん、ぎりぎりで飛び乗ったんだ。気づいていなかったみたいだね」

 びびるヴェルフに何食わぬ顔をしているヘスティア。あわただしく、情報交換をする四人。

「くやしいが、これはもう戦争遊戯を受けざるを得ないようだ。十日だ。それだけ時間を稼ぐから、みんなは強くなってくれ。僕は神会でできるだけ有利な条件を引き出すようにする。ここでいったん解散だ」

「「「わかりました」」」

「大変な事態になっちまったな、おい・・」

アポロン・ファミリアは中堅のファミリア。それなりに人数も多い。ヘスティア・ファミリアはたった三人。人数差を考えるととても勝ち目があるとは思えない。

 

その間にもエレベーターは目的の階に到着した。ヘスティアは勝手知ったる通路を進むとヘファイストスの部屋の扉を開けて中に入る。

「ヘファイストス、すまないが、神会を開く手続きを頼む。戦争遊戯を受けざるを得ないようだ」




 うん、やっぱり、パーティは、同じファミリアで組むのがよいのですね。本文中には書いていませんが、礼服の採寸のために待ち合わせに遅れると、ヴェフルに連絡入れてます。連絡するのが手間です。急な用事が入った場合等、連絡がしにくいです。同じファミリアなら、朝起きたときにすぐ連絡できるんで楽なんですけどね。

 どうでもいい話ですが、ベルのじいちゃんの名前が何なのか気になってます。『わしの名前はゼウス! ゼウス・ファミリアの主神と同じ名前なんじゃあっ! うわぁっはっはっはっ!!』とか村人に名乗ってるとは思えないし・・。いや名乗ってるのか・・?


補足
1料理
ハリー。ダーズリー家でペチュニア叔母さんの手伝いをしていたので、料理ができます。『ハリー・ポッターと呪いの子』ではジニーとの結婚後はハリーが料理をしているという描写もあります。

ベル。じいちゃんと二人暮らしで家事を分担していただろうから、料理もできます。

ヘスティア。竈の神なので料理はできます。

リリルカ。両親からは、料理の練習の暇があれば金を稼いで来いと言われていたので、料理はできません。

2マグルでドラゴンを見たことがある人は一人もいないはずである
もしいたとしても忘却術をかけられているはず・・・


3オラリオ市民はドラゴンを見たことがない。
原作によると、ガネーシャ・ファミリアがインファント・ドラゴンをテイムしているようです。怪物祭でテイムを見せている可能性が高いのですが、ここでは除外しています。

ヘスティアが隠れていた箱を、段ボール箱から木箱に変更しました

次回『Der Kongreß tanzt』


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Der Kongreß tanzt

 ミアハ流格闘術連続技は左鉤突きから始まる

 

 裏拳、裏打ち、金的、肘打ち、手刀、下段回し蹴り、中段回し蹴り、下段足刀、踏み砕き、上段足刀

 

 連続攻撃がアポロンへと容赦なく叩き込まれる。

 見る間にぼろぼろになっていくアポロン。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! やめてくれミアハァァァ!!」

 慌てたのは、今回の神会の司会を任されたヘルメス。とはいうものの、盗賊の守護神であるヘルメスに暴力沙汰を止めるだけの実力はなかった。

「誰かっ! 誰か武神はっ!」

 そして視界に入るタケ達。

「タケミカヅチ! タケ(タケミナカタ)! 頼むからミアハを止めてくれぇぇぇ!!」

 必死に懇願するヘルメス。

「いや、そういわれてもなぁ、これはどう考えてもアポロンが悪いし、止める気にならないんだよなぁ・・」

 事情を知っているのか渋るタケミカヅチ。

「あの芸術のような連続攻撃を止めるのは冒涜というものだ。いや、すばらしい技の切れである。それにいつもは温厚なミアハの青い眼が、怒りで深紅になっている。あれは止まらんよ」

「王蟲じゃねぇぇぇぇ」

 止めるどころか褒めるタケ。こりゃだめだとあきらめたヘルメスは、誰か助けになりそうな神はいないかと見まわし、筋骨隆々たる神を見つける。

「ディアンケヒトォォォッ! ミアハと仲いいだろう、なんとかしてくれ」

「うむ、まかせろ、こんなこともあろうかと、ポーションの準備はできている!」

 駄目だこいつ、やっぱり武神でないとあてにならん。そう判断したヘルメスは武神を探してきょろきょろとする。そして、神界でご近所の武神を発見する。

「アテネ! 頼む、あれを止めてくれ、何でもするから!」

 黒に近い紫の髪を腰まで伸ばし東洋的な雰囲気を漂わせた武神アテネは、やれやれといった表情で立ち上がる。

「いいけど、手伝ってもらうわよ」

「「「何でもするって言ったしな!!!」」」

 周囲の野次馬神が煽る。それに冷や汗を流しながら、アテネなら後で言いくるめられると計算するヘルメス。

「わかった、何をすれば良い?」

「ちょっとそこに立ってくれれば良いわ」

 アテネの指示した場所に立つヘルメス。

「えいっ」

 そのヘルメスを突き飛ばすアテネ。武神のパワーに吹き飛ばされたヘルメスはアポロンに激突する。その衝撃でアポロンはディアンケヒトのところへ転がりこみ、ヘルメスはミアハの正面に立ち尽くすことになる。

 

 ミアハ流格闘術連続技は左鉤突きから始まる

 

 鉤突き、肘打ち、両手突き、手刀、貫手、右中段回し蹴り、左上段後ろ回し蹴り、左中段猿臂、右下段熊手、上段頭突き

 

 連続攻撃がヘルメスへと容赦なく叩き込まれる。見る間にぼろぼろになっていくヘルメス。だが、ミアハの深紅の眼の色が徐々に薄れていく。一分ほど連続攻撃が続いただろうか? ミアハの目は何時もの青色に戻っていた。

「おお、ヘルメス、どうしたのだ、私はアポロンを殴っていたつもりだったのだが?」

「うん、しょれをね・・とめようとしたんだ・・」

 ズタボロになったヘルメスが涙を浮かべて小さな声で呟く。ディアンケヒトが寄ってきて、ポーションを差し出す。

「まぁ、つかっとけ、サービスだ」

 ありがたく使わせてもらった。

 

 

********

 

 

「さて、ミアハ。いきなりの暴力行為は褒められたことじゃないな。どうしたんだ」

 ポーションで回復したヘルメスが、今回の戦争遊戯のルール決めの前にミアハを問い詰める。

「うむ、アポロン・ファミリアが我らがホームに襲撃をかけてきたのでな、その返礼というわけだ」

 先ほどの狂乱が嘘のように落ち着いた態度でミアハが答える。

「いや、ちょっと待ってくれ。それは誤解だ。私はそんなことはしていないぞ!」

 慌てるアポロン。

「いやいや、今日の朝、襲撃してきたじゃないか。周囲の住民に聞き込みをしたらわかったんだ。襲撃者はアポロン・ファミリアのエンブレムをつけていたとな。そのあと、お主の所の冒険者を問い詰めたら、正直に答えてくれたよ。主神アポロンの指示で襲撃したとな」

 それを聞いて自信を取り戻したのか、落ち着くアポロン。

「ふふふ、ミアハよ、それこそ嘘だな。私はそんな指示を出したことはない」

「ほほう、だが、ヘスティア・ファミリアへの襲撃指示は出しただろう?」

「まあ、そうだな」

 うっかり認めるアポロン。

「わがホームは、ヘスティア・ファミリアのホームの地下部分なのだよ。ヘスティアのホームへの攻撃は即ち、我がホームへの攻撃と同じ意味なのだ。今回地上部分は完全崩壊して、私は眷属共々、生き埋めになったからな。この償いはしてもらうぞ」

 眼を怒りのオーラで深紅にしながら、ミアハが宣言する。

 

 ミアハの宣言を聞いて冷や汗を流すアポロン。なぜならミアハは敵に回してはいけない神の一人だからである。

 一般的な神々は地上で個人の欲求を追い求める享楽的性格のものが多い。さらに美女好きロキや惚れっぽいフレイヤ、ガネーシャなど性格に一癖二癖あるものばかりだ。ヘスティアにしても鍛冶神(ヘファイストス)のすねかじりで生活し、叩き出されるような性格である。つまり人格者といわれる神はほとんどいないのである。

 その数少ない例外の一人がミアハである。『医は仁術』を地で行く性格と行動で、見習冒険者に無料ポーションを配ったり、オラリオの一般市民の怪我や病気を無料で治療したりしているのである。そのため最も人望篤い神と言ってよいのだ。そのミアハを敵に回すということは、オラリオ一般市民達、さらにはファミリアの派閥を超えて冒険者達の潜在的な反感も買うことになる。

「わかったよ、ミアハ、すまなかった。できるだけの償いはさせてもらおう」

 下手に出るアポロン。

「ふむ、ならば、どんなことをしてもらうか、考えさせてもらおう。ヘルメス、すまなかったな、神会を始めてくれ」

 

 そして始まるアポロンとヘスティアの決闘方法の話し合い。

 アポロンは人数を生かした大規模戦闘を推し、ヘスティアは人数を絞った小規模戦闘や代表戦を推してくる。二つのファミリアの人数差が激しいための言い争いであるが、お互い平行線を辿るばかりである。

「ふむ、ちょっと二人ともいいかな。これは戦争ではあるが、遊戯でもあるんだ。我々、他の神々も楽しめるようにはできないだろうか?」

「だけどね、ヘルメス、僕のファミリアは、あいにくと人数が少ないんだぜ。代表戦にしないと面白くならないと思うぜ」

 ここぞとばかりにヘスティアが言い募る。

「ああ、そうなんだが、先ほどから議論が平行線をたどっているからね。いっそのこと、君たち二人以外の我々で決めるっていうのはどうだい?」

 ヘルメスが妥協案を提示する。興味を持ったのかアポロンも先を話せと視線で促す。

「我々全員が一人一種類の決闘方法を紙に書く。それを袋に入れて、よく混ぜて一つだけ取り出すんだ。それが決闘方法さ」

 ヘルメスの提案に野次馬神が納得する。

「つまり、『僕が考えた最良の決闘方法』を提案しろってことだな。面白い。なかなか良いんじゃないか」

 早速ギルド職員が紙と筆記具、そして、袋を準備する。神々はああでもない、こうでもないとうんうんと唸りながら、決闘方法を考え、書き終わった神から順に袋に入れていく。

 

 そして数十分後。ようやく全員が袋に紙を入れ終わった。

「で、だれが一枚を取り出すんだい? 責任重大な役目だぜ?」

「私がやってもいいかしら? 先ほどヘルメスは何でもするって言っていたし、その何でもの代わりに引いてみたいわ」

「「「うん、言ってました!!」」」

 名乗りを上げたのは、先ほどの武神アテネ。美しい顔を期待に輝かせてヘルメスに問いかける。ヘルメスもまあ、いいかと考えてアテネに引かせる。袋に片手を入れてゴソゴソとかき回していたが、ようやく一枚を取り出す。しばらく表と裏を交互に見ていたが読み上げる。

「攻城戦。守備側がアポロン。攻撃側がヘスティア。戦闘期間は三日間。

 攻撃側の勝利条件。城主役の団長ヒュアキントスの撃破。または最上部に設置する旗の引き下ろし。ちゃんとロープ操作をして引き下ろすこと。旗を燃やしたりしてもいいが、燃やしただけでは、勝利とは認めない。

 防御側の勝利条件。三日間の間、城主役の団長ヒュアキントスの守護。それと旗を掲げていること(旗を降ろされないこと)。旗は燃やされてもいいが引き下ろされないこと」

 そしてアテネは首をかしげる。

「城ってあったかしら?」

 それにタケが答える。

「確か馬車で一日行ったところに廃棄された砦があったはずだ。そこをある程度手を入れてやれば城代わりに使えるだろう」

 ヘスティアも疑問を表す。

「旗を燃やしたりしてもいいが、ちゃんとロープ操作をするっていうのは?」

 これまたタケが答える。

「燃やすだけでもOKだと、バリスタで火矢を打ち込んでそれで終わりにできるからな。他にも空を飛んでいきなり旗を魔法で焼くこともできそうだしな。それだと一方的だろう?」

 アポロンも気になることを言う。

「攻撃側の勝利条件が二つあるのは何故なんだ?」

 これにもタケが答える。

「一般的に城の撃破は、城主を討ち取ることなんだが、アポロン側はレベル3のヒュアキントスを城主にするだろう。それだとレベル2のヘスティアの眷属だとレベルと人数を考慮すると討ち取ることはできん。ヘスティア側の勝率が0だな。

 もう一つ条件を作っておくことで、二人がヒュアキントスと戦い引き付けている間に、残りもう一人が旗を降ろしに行く等という頭脳戦が仕掛けられる。これなら人数差をカバーする作戦を考えられるかどうかも焦点になる。我々にとっても興味深い戦いになる」

 なるほどと周囲の神々も納得して頷く。

 最後にヘルメスが問いかける。

「これ・・考えたのはタケかい?」

 やはりタケが答える。

「クックックッ、何のことやらわかりませぬな・・」

 そしてヘスティアが声を上げる。

「よくできたルールだと思うが、人数差を考えるとこちらに厳しいのは事実だ。ハンデが欲しい!」

「いや駄目だ、人数に関しては、ファミリア経営をさぼっていたヘスティアに責任があるのだ、これ以上の譲歩はできん! 助っ人も認めん! 勝利条件が二つもあることが十分なハンデだ! せいぜい良い作戦を考えるのだな! はっはっはっ」

 タケの説明通りに、城主をヒュアキントスにして旗の守護を任せれば、勝利間違いなしと判断したアポロンは、余裕の笑いをこぼす。

 

 だがミアハが声を上げる。

「水を差すようで悪いが、良いかなアポロン? 先程の『できるだけの償い』を受け取りたいのだが?」

 ちょっと虚を突かれるアポロンとヘスティア。

「私のファミリアを助っ人としてヘスティア側に参加させたいのだが? 構わんだろう?」

 早速アポロンは計算する。ミアハの眷属は確か一人。しかもレベルは2だったはず。ならばこちらの勝利は揺るがない。襲撃の巻き添えにしたことの償いが、その程度で済むなら安いものだと結論づけるアポロン。

「まあ、いいだろう。だがこれ以上の譲歩は認めんぞ。人数はともかく、そちらは2ファミリア、こちらは1ファミリアなのだからな。常識的に考えてこちらが不利といってもよい状況だ。そしてこちらが勝てば、ベル・クラネルはわがファミリアに改宗(コンバージョン)してもらう。あり得ないが、負けたら、もし万が一にでも負けるようなことがあれば、そうだな、何でもしてやろうではないか。では神会はこれで終わりだな、ヘルメス?」

 個人的に何とかハンデをヘスティア側につけたいと考えていたヘルメスだが、ミアハの参入により、それをつぶされていた。

「・・ああ、これで終わりだな。では、砦の状況をギルドに調査してもらって、戦争遊戯の日を決定するということでよいかな。たぶん、十日後ぐらいかな?」

「「ああ、問題ない・・」」

 こうして神会は終了した。

 

 

「ちょっと良いかしら?」

 ミアハの協力が得られるの嬉しいが、更なるハンデは無しの状況に、暗い思いのまま帰ろうとするヘスティアに、声がかけられる。誰かと思えば、武神アテネだった。何かアドバイスでも貰えるのだろうかと期待するヘスティア。

「言っておくけれど、ヘスティア、今度の戦争遊戯(ウォーゲーム)、下手な戦い方をすると、周り中から格下だと馬鹿にされて、潰されるわよ。なめられたファミリアは悲惨よ? そんな風になりたくなかったら、真正面から、正々堂々と、全力で、アポロンを叩き潰しなさい。そしてヘスティアの所にちょっかいを出すのは割に合わないと周囲に知らしめなさい。さもないと、次は私が戦争遊戯を吹っかけるわよ。これは警告よ。わかったわね?」

 アドバイスでも警告でもなく、実態は脅迫であった。さらに暗い気持ちになり、トボトボと歩き去るヘスティアであった。

 

 それを見送るアテネのもとに友神が集まる。

「これでヘスティアがやる気を出してくれれば良いんだけれど・・・」

「私たちも、さりげなーく援護射撃はするのよね?」

「眷属に中にいる同志に指示して、嫌がらせはする予定よ」

「私の眷属にも同志がいるわね」

「じゃあ、交代で夜襲をかけましょうか」

 アテネが提案する。

「なるほど、アポロン・ファミリアを寝不足に追い込むと!」

「コンディションが悪い状態で戦争遊戯に挑むことになるのね」

「まあ、我らのアイドルに手を出すアポロンの自業自得ね」

「イエス、ペルパリ! ノータッチ!」

「アポロンには制裁を!!」

 そこには邪悪な笑みを浮かべた女神たちの集団がいた・・。

 

 

********

 

 

 さて、その頃ベルは強くなるための修行を受けていた。師匠はもちろんアイズ。そして追加でティオナ。黄昏の館に修行をつけてもらうことを頼みに行ったときに、門前払いされてしまったのだが、裏口から出ていた二人に幸運にも出会うことができたのだ。そして、こっそりと指導を受けられることになったのである。場所は前回と同じく城壁の上。そこで二人による厳しい修業が行われていた。オラリオトップの冒険者による特訓。ベルはメキメキと実力をつけていった。

 

 

 さてハリーであるが、箒を叩きおられてしまったので、新しく箒を作るべく材料を集めていた。だがしかし・・。

「んー、すまんね。あいにくと材料がないんだ。オラリオ復興と砦の修復で手持ち分は売り払っちまったしなぁ・・。それに手配しているんだが、買い占めている奴がいるらしくて、次の入荷がいつになるかわかんないんだよなぁ・・」

 肝心要の箒の柄にする木材が入手できなかった。じつをいうと、アポロン・ファミリアがハリーの飛行能力を警戒しており、襲撃で箒の破壊、そして材木を買い占めることで箒の作成を阻止をしているのだ。ハリーは困るが戦争遊戯には箒なしで挑むしかないだろう。

 

 

 そしてリリルカであるが、ナァーザと一緒にホーム跡地を掘り返していた。最初の襲撃時に手放してしまった救急箱や、その他武器類、薬品類、金銭類をできるだけ回収して戦争遊戯に備えるのだ。地上部分が崩壊してしまっているが、幸いにも、地下室部分は、入り口が埋まっているだけで、部屋の内部はダメージがなかった。当然ナァーザの武器である弓矢も無事であった。

「よし、救急箱の中のポーション類も無事です。蓋が外れたり割れたりとかはないですね。さすがハリー印の魔法薬瓶です。では一端バベルに戻ります」

 ヘスティア・ファミリアはホームがないため、バベルのヘファイストス・ホームの一室を借りているのだ。

 

 

********

 

 

「状況はよくないぜ」

 夜、全員が集まって会議をしていた。ヘスティアは神会で決まった戦争遊戯のルールと、アテネから言われたことを説明していた。

 ホームを破壊され資金も殆ど回収できていない。ハリーの箒は作成の目途が立たず、飛行能力を当てにすることができない。戦争遊戯の戦い方と結果次第では、なめられて周囲のファミリアに潰される可能性がある。

 唯一明るいことといえば、ベルが特訓を受けていることぐらいか。

「神様、逆に考えましょう」

 ベルがヘスティアを諭す。

「アテネ様の言う通り、正面から戦いましょう。団長のヒュアキントスを撃破すれば、だれも僕たちを馬鹿にすることはないはずです。僕は一対一であの人に勝ちたい!」

 ベルは燃えていた。二回の敗北。その雪辱を果たすことを考え燃えているのだ。

「確かにそうだが、ヒュアキントスは城の最上部にいるだろうから、まずそこまで行くのが難しいと思うぜ・・」

 考え込む四人。そこにノックの音がする。入ってきたのは、タケミカヅチ、桜花、ミコトの三人である。

「人手が足りんと思うのでな。一年の期限付きだが、手助けに来た。確か改宗しての手助けは禁止されていなかったよな?」

 ニカッと笑うタケミカヅチ。

「仲間の命を助けてくれた礼だ。ヤマト・ミコト。助っ人としてヘスティア・ファミリアに改宗する」

 それにヘスティアが確認する。

「いいのかい? 厳しい戦いになるぜ?」

「無論承知の上!」

 頼もしい返事である。

 

これで総勢五人。

 

そしてヘスティアへと声がかけられる。

「ヘスティア様、ヘスティア様」

 いきなり声を掛けられ驚くヘスティアたち。視線を向けると赤茶色の装束に身を包んだ男がいた。だが一瞬前まではそこには誰もいなかった。

「忍者?」

 ハリーが呟く。

「拙者、タケ・ファミリア団長の赤影と申す者。これを我が主神より預かっております。ヘスティア様にお渡しせよと・・」

 そして赤影はそれを渡すと空気に溶けるかのように姿を消していった。

「ふむ、忍者か・・。まあ、それは兎も角、タケから何を送ってきたんだ?」

 ある程度タケの事情についても知っているタケミカヅチが話を進める。ヘスティアがばさばさとタケからのプレゼントを広げる。

「ほう、これは・・。戦争遊戯の砦の地図だな。これがあれば内部に侵入しての作戦が立てやすいだろう。迷わずに済む」

 タケミカヅチが呟く。

「助かるタケ」

 この場にいないタケにヘスティアが感謝の言葉をつぶやく。

 

 そこへ扉を勢いよく開けてヴェルフが入ってくる。

「俺も改宗希望だ! 友が困っているのを見過ごすわけにはいかないからな!」

 驚くベルとハリー。二人は、ヴェルフの目標が鍛冶神ヘファイストスに認められるような武器を作ることだと知っているのだ。

「来てくれるのは嬉しいんだけれど、いいのかいヴェルフ?」

「なに構わんよ、どこのファミリアにいようと、満足がいく武器ができたら見せに行けばいいだけのことよ。それより、手土産と言ったら何だが、ベル用の新装備、ようやくできたぜ。それと三振りしかないが魔剣だ」

 そういうと、机の上に魔剣を置き、ベルには、鎧と剣を渡す。

「この(ドラキチ)はもらったドラゴンの爪を材料にしているからな、ちょっとやそっとじゃ折れたりしないぜ」

 長さ50c程のドラキチを抜いて、ほれぼれと眺めるベル。嬉しそうである。

 一方、ヘスティアたち三人は机の上の魔剣を見つめていた。その目はキラキラとしている。

「魔剣ですね・・」

「ああ!、魔剣だぜ!」

「そうか! 魔剣か!」

 そしてハリー、ヘスティア、リリルカは叫ぶ。

「「「これで勝てる!!!」」」




 原作では、イシュタルに対してフレイヤが直接攻撃(びんた)で強制送還していましたし、ミアハがアポロンを直接攻撃するのもありかなと・・。いや、本当にありなのか?
あとミアハ達はホームのご近所さんたちに掘り出してもらってます。

 ダンジョン内部では、冒険者たちはお互い不干渉ですが、この話の中では、救援依頼を出したりしています。それに応じるか見捨てるか囮にするかは、出されたほう次第ですが・・・。反感買ってると冷淡な対応される確率が上がるでしょうね

タケから横流しされた地図
ラキアの地図やメレンの地図に限らず、周辺都市や、周辺国家の主要都市、城や砦の地図も、タケはもちろん持ってます。いわばニンジャ・ファミリアの主神ですから情報収集は普段からしているのです。

次回『WarGame』


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WarGame

 バベルの30階、神会に使われる広間に神達が集合する。

「ウラヌス、神の力(アルカナム)の行使許可を頼む」

『──承諾した』

 ウラヌスの許可を得たヘルメスは、指をパチリと鳴らす。それと同時にオラリオ中に鏡が現れる。この鏡は神の力によって作り出されたもので、任意の場所を映し出し、その場所の音を聞くことができる。すなわち、これを利用すればオラリオに居ながら、戦争遊戯の様子を神々が見物できるのだ。

 だが見物するのは神々だけではない。オラリオ市民や冒険者にとっても戦争遊戯は娯楽なのだ。酒場に、四つ角に、ちょっとした広場に出現した神の鏡。皆は、ジョッキやつまみを片手に、それら神の鏡に映し出される戦争遊戯の実況に熱中する。そして映し出される魔法やスキルに興じ、賭けの行方に一喜一憂するのだ。

 

 

********

 

 

「さーて、もうまもなく正午から始まります戦争遊戯ですが、実況は、ガネーシャ・ファミリアは火炎爆炎火炎の二つ名でおなじみの私、イブリ・アチャー。解説は、これまたお馴染みの!」

「俺がガネーシャだ!」

「そして、武神としても名をはせている!」

「ドーモ、ミナ=サン、タケ、デス」

「タケ様でお送りいたします」

 流れるような口調で説明するイブリ。三人の言葉は神の鏡から流れ出て、見ている人たちにも良好に聞こえている。

「さて今回の戦争遊戯、ヘスティア+ミアハ連合vsアポロン・ファミリア。ファミリアの数で言えば、アポロン側が不利ですが、その実態は、ヘスティア・ファミリア五人、ミアハ・ファミリア一人の合計で六人です。たった六人で中堅ファミリア数十人と戦うわけですから、無謀というしかないと思うのですが、いかがでしょうかタケ様?」

「確かにそうではあるが、レベルというものも考慮に入れる必要がある。ヘスティア側の六人は全員がレベル2。少数精鋭ともいえる。それに対してアポロン側は人数は多いとは言っても、レベル1の者が大半を占めている。

 さらには、攻撃側は勝利条件の一つとして、戦わなくとも、旗を引きおろせばよいというものがある。単純に戦力の比較だけを考えればよいというものではない」

 イブリとタケが質問をしあうという形で、ヘスティア側が有利な点を整理して見せる。

 

「となると一見アポロン側が有利と見せかけて、互角の条件ということでしょうか? 確かに、賭けでも7対1とアポロン・ファミリアが優勢ですが、おとなしい倍率になっていますね?」

「状況次第ではあるのだが、守備側のアポロン・ファミリアが有利であることは間違いないな。

 レベル3は守備側のヒュアキントス一人であること。レベル1が多いとはいえレベル2もそれなりの人数がいること。砦にいるという地の利もあるしな」

「そう、砦にこもれるというのは、守備側としては、有利な点ですね。さらには、この砦、断崖絶壁の下に建てられており、背後からの奇襲は無理、さらに前面側は遮るものがない荒野ですから、これまた奇襲などは無理。かなり有利な状況ですね」

 今度はアポロン側が有利な点を整理して見せる。

「うむ、まあ、そうなのだが、ただ・・」

 そこで言いよどむタケ。

「ただなんでしょうか?」

「俺が! 俺がガネーシャだ!」

 出番がなく、あせるガネーシャが暴走する。

「いや、主神様、今いいところなんだから静かにしててくださいよぉぉ。後でコメント聞きますから」

 イブリが、己の主神をなだめている間にタケは話を進める。

「作戦次第では、それがどう転ぶか、わからない。アポロン側が不利になるか、ますます有利になるか・・」

「ウーム、何か情報を掴んでいるようですが、後で解説お願いしますね。ではどのような作戦を両陣営が立案し、実行するのか!? 期待していきたいと思います!! それでは最後にこの戦争遊戯の舞台となる砦について紹介したいと思います。もともとはこの砦は、盗賊、山賊対策のために建設されたということですが? 何かご存知でしょうか、タケ様?」

「その通り。有事の際には、すぐに駆け付けられるように騎馬部隊の拠点として作られている。通商路を広範囲にカバーできる場所にあること、断崖絶壁の下部分に建設して背後からの奇襲を防げるようにしていること、有事の際には、狼煙を上げてオラリオに連絡するという役目も果たしていた。本丸背後の崖部分が、ちょうど風を遮る煙突型になっていてな。今回、旗を立てるのは、その狼煙台の部分だ。20Mほどのスペースがある」

「たしかに背面の崖は、第一級、第二級冒険者でもない限りは、飛び降りて砦に奇襲をかけることはできそうにないですね」

「第二級冒険者ならば、ダンジョンに潜ったほうが稼ぎになるからな。建設当時は活躍したのだがな。だが、その後ラキアといろいろあるようになってからは、別の砦が活躍するようになったのだ。そしてこちらは砦としては引退したわけだ」

「なるほど、解説ありがとうございます。では、そろそろ始まります戦争遊戯、ヘスティア+ミアハ連合がまずはどの様な攻撃を行うか注目したいと思います」

 

 

********

 

 

 バベルの神会の場では、ヘスティア、ミアハ、アポロン、ヘルメスをはじめとした神々が、戦争遊戯がスタートするのを、今か今かと待ちわびていた。

「ヘスティアよ、ベル・クラネルとの別れは済ませてきたか? これが終われば、彼は我が眷属だ、ふふふふ、楽しみだな」

 アポロンのそんな揶揄にも動ずることなく、神の鏡を見つめるヘスティア。

 

 

********

 

 

 そして正午になり、戦争遊戯スタートの合図の鐘の音が戦場に、そして神の鏡を通じてオラリオ中に鳴り響く。

 

 

********

 

 

 砦から程よく離れた位置でベルは、仲間を振り返る。

 ハリー・ポッター。杖は右手のホルスターに収納し、今は剣を一振り握りしめている。

 リリルカ・アーデ。救急箱を右手に、矢筒を左手に、何本もの剣が入った籠を背中に背負っている。

 ヴェルフ・クロッゾ。いつもの大刀と着流しに、ライトアーマーをつけた格好である。

 ヤマト・ミコト。薄茶色の忍者装束に二本の短刀を腰に結わえている。

 そしてミアハ・ファミリアのナァーザ・エリスリス。自慢の強弓を携え、怒りに燃えている。

 ベルの引き抜きという嫌がらせのような戦争遊戯であるにも関わらず、ベルを助けてくれるというその気持ちにベルは感謝する。そしてその思いを込めて指示を出す。

「作戦通りに、砦の正面入り口に突撃です。リリルカを中心に、前面はハリーと僕、右側はヴェルフ、左側はナァーザさん、後ろはミコトさん。この陣形で進みます!」

 

 そして突撃が始まる。

 

 砦に向かって走る六人。それをみてあざ笑うヒュアキントス。

「奴ら、戦闘というものを知らんと見える。これだけの人数差では密集すればそれだけ攻撃の良い的になるというものよ! 魔法部隊と弓兵部隊は城壁上部に展開。弓の射程範囲に入ったら、魔法の一斉射撃後、弓矢での斉射を行え。第一部隊は、正面出口から出撃。遠距離攻撃でダメージを与えたところを強襲して、全員捕縛しろ。15分で終わらせるぞ!」

 睡眠不足の状態ではあったが、ヒュアキントスはてきぱきと部下に指示を出す。守備側の勝利条件に明示されていなかったが、攻撃側を捕縛して牢屋に放り込んでしまえば、それ以上悪あがきは出来ない。事実上のアポロン・ファミリアの勝利である。

 ほどなく城壁上部に部隊の展開が終わり、同時に、第一部隊が入り口正面に展開し、強襲準備が整う。

 

 そしてベルたちが、射程範囲へと侵入した。

 途端、一斉に放たれる魔法、そして魔剣による攻撃。さらには、唸りを上げてとびかかる石弓の矢。第一部隊もそれにあわせて突撃を開始する。

 

 だがハリーたちはすでに備えができていた。

 ハリーが叫ぶと同時に、右から左へと剣を薙ぎ払う。

 

「魔剣!! プロテゴ・マキシマァァァ!!!」

 

 薄い透明な膜がドーム状にハリーたちを覆うと同時に、砦からの魔法攻撃が、()()に激突する。そして、あろうことか、弾き飛ばされ、砦の城壁へと撥ね返っていった。その魔法は、石弓の矢を破壊し、城壁までも粉砕する。当然、城壁上部に展開していた者たちはたまったものではない、次々と魔法の餌食になっていく。

「慌てるな! 攻撃すべてを撥ね返すような強力な魔剣、すぐに壊れるに決まっている! 落ち着いて、攻撃を続けろ!」

 ヒュアキントスの指示が飛び、二度三度どころではない回数、魔剣や魔法による攻撃が実行される。だが、そのすべての攻撃が、跳ね返され、ついには、城壁上の部隊は全滅した。それどころではない。撥ね返した魔法は地上の第一部隊にもぶち当たり、壊滅させていたのである。

 

 

「こちら実況のイブリです! タケ様、あれはいったい何が起こっているんでしょうか!?」

「うむ、初めて見るが、おそらくは、攻撃する魔剣ではなく、防御魔法を打ち出す魔剣。防御している間に砦まで辿り着こうという計画なのだろう。ふむ、よく考えておるな」

 タケが解説する。

 

 

「いったん、正面入口を封鎖しろ! その間に第二部隊と第三部隊を入口内部の広場に集めろ! 集合したら、扉を開いて内部に引き込んで人数差ですりつぶせ! 第四部隊は、砦内部で待機だ」

 魔法での攻撃が徒労に終わってしまったが、動ずることなくヒュアキントスが次の指示を出す。あの惚れっぽいアポロンの元で団長をしているのは伊達ではない。主神のせいで不測の事態にぶち当たったことも一度や二度ではない。それらを切り抜けた自信に裏付けられた指示であった。

 団長の指示の元、外開きの巨大な観音開きの鋼の扉は閉められ、これまた巨大な鋼の閂が掛けられる。大型の破城槌でも持ってこなければ、破壊は不可能な扉だ。そして攻撃側はそんな巨大な物は持っていないことは一目瞭然。これで侵入を防ぎ、部隊が集合する時間を稼ぐのだ。

 

 だがハリーたちは、すでに備えができていた。

 ハリーは持っていた剣をリリルカの背中の籠に入れると、代わりにレイピアを取り出した。それを扉に突きつけると同時に、大音声に叫ぶ!

 

「魔剣!! アロホモーラァァァァァ!!!」

 

 見えない何かが撃ち出されたのか、巨大な扉と閂が震えだす。扉の周囲に居たアポロン団員は、不安に襲われ、動きを止めて閂を見つめる。常識的に考えて、この扉をどうにかできるとは思えない。だが、先程のこちらの攻撃も常識的に考えて()()()()()()()()()()()()()

 見つめているうちに、閂の振動はさらに激しくなり、終には、留め具を弾き飛ばし、空高く吹き飛んでいった。それだけではない。有り得ない事に扉自体も勢いよく外側に開き──勢いがよすぎて、蝶番を破壊して吹き飛び、きりきり舞いしながら、城壁を破壊しながら、どこぞに転がっていった。

 

 後に残されたのは静寂。そして、大きく開いた砦入口である。

 

「何で外側に向かって開くんだよぉぉぉ!!」

 我に返ったアポロン団員は悲鳴を上げるが、そのときには、第二、第三部隊が入口まで辿り着いていた。

「問題ない、入ってきたら、集団で、たこ殴りだ!」

 

 レイピアから持ち替えていた片刃剣を持ったハリーを先頭に、六人が門をくぐる。

 途端に突撃を掛けるレベル2のアポロン団員。

 

 だがハリーたちは、すでに備えができていた。

 ハリーは片刃剣を天に向かって掲げると同時に大音声に叫ぶ!

 

「魔剣!! タラントアレグラァァァァァ!!!」

 

 突進してきていたアポロン団員は、その突進の勢いを逆回しするかのようなスピードで後ずさ(ムーンウォークす)ると、他の団員と一糸乱れぬ動きで、踊りだす。

 

 そこに襲い掛かるのはベルの魔法。

「ファイアボルト・マキシマ!!」

 両手を突き出した状態から広範囲に放射される網目状のファイアボルト。踊り狂い、回避が出来ないアポロン団員達をまとめて撃ち倒していく。だが、彼らはまだ幸せだった。リリルカの左手側、そう、ナァーザの攻撃に比べれば・・。

 

「ザッケンナコラー!! ッスッゾー、コラー!!」

 彼女は声にならない奇声を張り上げながら、すさまじい素早さで、一度に三本の矢を番え次々と連射しているのだ。撃ち出された矢はすべて、命中している。幸いなのは、即死するような場所はさすがに避けている所か。だが体に矢が突き立っているのは見た目には、さすがにグロい。リリルカとヴェルフはちょっと引いていた。

 

 そしてミコトが五人から分かれ、一人だけ別方向に走り出した。

 タケから横流しされた砦の地図から、補給物資を運び込む倉庫の場所のあたりをつけていたのだ。そして忍者であるミコトがポーションの破壊に出かけたのである。せっかく打倒した相手が回復されては、人数差で負けてしまう。それを予防するための当然の作戦であった。

 

 

********

 

 

「タケ様、これは一体? なぜアポロン団員は踊っているんですか?」

「おそらくは、精神干渉型の魔法を打ち出す魔剣なのだろう。とはいえ使用者とその周囲には効果が出ないのだろうな。効果自体からすると、この魔剣だけでは役に立たないが、それを補助する攻撃者が別に居れば問題はない。あのように攻撃が当て放題となる・・。恐ろしい魔剣よ・・」

「そんな魔法あるんですかぁぁぁぁ!! とはいえ現在の所、魔剣を活用したヘスティア・サイドが有利に戦いを進めていますが、このまま押し切れるのでしょうか? アポロン側に賭けている私としては、非常に気になるんですが?」

「まあ、アポロン側はこれで全体の3/4の団員が壊滅したといってよいだろう。ヘスティア側が大きく優位になったといってよいな。この様子だとヒュアキントスを出し抜く作戦にも期待できそうだ」

「むむむ、賭けに負けるのは悔しいですが、盛り上がるのは大歓迎です! おおっとここで一人だけ別行動を開始しました。これは何かヘスティア側に作戦があると期待していいんでしょうか?」

「ふむ、こっそりと旗を降ろしに行くのか、それとも別の目的があるのか? 何処にいくのか鏡で見たいところではあるが、ヘスティア側の本部隊の動向に注目したいからなぁ・・」

「旗を降ろしに行ったのだとしたら、アポロン・ファミリア、いきなりピンチではありませんか?」

 だがまじめな顔をしたガネーシャが反論する。

「いや、イブリよ、それなら残った五人が陽動をするはずだ。実際には、五人は旗に向かって最短経路を進んでいるようだ。だったら、あえて別行動をする意味がない」

「おおっと、ガネーシャ様。久しぶりのまともな意見にビックリなんですが?」

「それより、イブリ。ヘスティア側は順調に進んでいるようだぞ」

 

 

********

 

 

 ガネーシャの指摘通り、ベル、ハリーたちは砦の中を、上へ上へと突き進む。砦内部の構造に関しては、リリルカがすでに頭に入れているので、迷う素振りすら見せない。途中で散発的に現れるアポロン団員は、ベルのファイアボルト、ハリーの麻痺せよ(ステューピファイ)で打ち倒されていく。

 レベル3はヒュアキントス一人。従ってそれ以外の団員は、ベル、ハリー達と同格か格下。個別に襲撃をかける場合は、十分対処可能なのである。つまり、ベルたちの進撃を止めることができないのである。ヒュアキントス本人が迎撃をすることにしていたら、また別の作戦をアポロンたちも事前に考えたであろう。だが、神会の時の、タケの言葉に思考誘導されていたアポロンたちは、それに気づいていなかった。

 

 そして、ついに、ヘスティア+ミアハ連合は旗を掲げた場所へと最接近した。本丸へと上り詰めたのである。だが、そこには旗は無い。本丸からその先、崖へ視線を向けると、そこに出っ張りのような、段のようなスペーが存在していた。その直径20M強のスペースの端っこに、旗を掲げたポールが建てられていた。そして、そのスペースへと渡る本丸からの細い架け橋があったのだろう。それは既に破壊されていた。今しがた破壊されたばかりなのか、橋の根元はブスブスと煙と音を立てている。崖のスペースと本丸の間にあるのは、飛び越えることができない深く広い狭間。

 

「よくぞやってきたベル・クラネル! 正直言って、此処まで辿り着くとは思わなかったぞ!」

 ポールの根元でヒュアキントスがベルに向かって叫ぶ。勝利を確信しているのか余裕綽々である。その彼の左右には、ダフネとカサンドラが控えている。その背後では、旗がばたついている。

「ヒュアキントス! 団長同士、一対一で決着をつけよう!」

 ヒュアキントスの余裕を無視して、ベルが勝負を持ち掛ける。

「はっはっはっはっ、格下のお前が一対一で私と戦うだと。いいだろう。お前がこちらまでこれたら、その勝負受けてやろう。だが、そもそも、其処から此処までどうやって来るつもりだ?」

 あざ笑うヒュアキントス。

 

 本丸から崖のスペースへとジャンプするには、かなりの距離がある。敏捷に優れたベルがジャンプしても届かない。助走するスペースがあれば、もしかしたら、届くかもしれないが、そのスペースも本丸には無い。

 こんな時こそ箒が必要であるが、(アナクス)は叩き折られ、新しい箒は材料を入手できずに作れていない。

 

 

********

 

 

「タケ様、この状況はいかがでしょうか?」

「うむ、もしかしたらと思っていたが、アポロン側の作戦勝ちだな。もともと旗の場所に行くための通路は一本のみ。それを破壊してしまえば、移動できないので、旗を降ろすのは不可能。地の利は強引に作り出すこともできる。土壇場で、それに気付いて実行するとはな。中堅ファミリア団長の実力は伊達ではないということか・・」

 感心するタケ。

 

 アポロンたちもこの状況は鏡で見ていた。そして、勝負は決まったとばかりにニヤニヤするアポロン。

「ヘスティアよ、勝負はついたな。時間がたてば、うちの団員の治療が終わり、本丸に押し寄せるだろう。多勢に無勢だ。諦めて降参するのだ」

 そして、戦争遊戯が始まって、初めてヘスティアが口を開く。

「いいや、まだだ! まだ終わっちゃいない! たかが通路がなくなった程度で、僕の眷属は止められないぜ!」

 

 

********

 

 

 そうやっている間に、ミコトが戻ってきた。無事にポーション破壊を終えたようだ。

 ハリーは、杖を右手のホルスターにしまっていた。それから、リリルカの背中の籠の中の剣をゴソゴソと漁って何かを探している。その間にベルは救急箱からポーション、マインドポーションを取り出し回復に努める。

 

 そして、ついにハリーが一本の剣を取り出す。その剣はブロードソード。細身のレイピアと同じ程度の長さの刀身を持つが、刃幅は広くなった剣だ。

「皆は、ここで追撃を食い止めていてくれ。あちらは僕とハリーとで片づける!」

「頼んだぜ、団長!」

 ベルの指示に四人が頷く。

 

 ハリーも頷くと、ブロードソードを、天に向かって掲げると同時に大音声に叫ぶ!

 

「魔剣!! エンゴージオォォォォォ!!!」

 

 途端、ハリーが掲げていた剣がまばゆい光を放ち、巨大化した。そしてゆっくりと傾き、本丸と狼煙台をつなぐ即席の橋となるのだった。

 




 前回ラストから推測できたと思いますが、こんな風になりました。地味にハリーが無双しています。次回はベルが活躍します。
 あと今回アロモホーラを使って思ったのですが、やはりアバン先生のアバカムの格好良さは最高ですね! 『扉を開ける魔法』の中で歴代一位の格好良い魅せ方だと思います。(異論は認めます)


補足
シュークリーム砦
断崖絶壁に寄り添う形で建設。原作で戦争遊戯の舞台となった砦とは違う砦なので、別の名前にしています。

「15分で終わらせるぞ!」
アポロン団員は寝不足なんで、早く終わらせて眠りたいんです。

次回『FINAL』


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FINAL

「魔剣!! エンゴージオォォォォォ!!!」

 

 途端、ハリーが掲げていた剣がまばゆい光を放ち、巨大化した。

 

 本丸の床に柄を下にして直立するのは巨大なブロードソード。そして()()は、ハリーに押されて、ゆっくりと崖に向かって倒れていく。そう、ヒュアキントスたちがいる狼煙台に向けて倒れていくのだ。

 刀身の長さは、本丸と崖の狭間を埋めるのに十分な長さ。そして刀身の幅は、人が一人歩くのに十分な幅がある。すなわち、巨大剣で出来た橋が出来上がるのだ。

 

 

 それを見て取ったヒュアキントスは、無理矢理に動揺を押し殺していた。巨大化する魔剣には意表を突かれた。だが、それだけだ。まだ橋になったわけではない。こちらに倒れてくる巨大剣を弾き飛ばせば、橋にならず、狭間に落ちていくはずだ。そう考えたヒュアキントスは、波打つ大剣(フランベルジュ)で巨大剣を弾き飛ばすべく、全力で巨大剣の落下地点に駆け寄った。

 だが、その彼の目論見はあっさりと崩れる。倒れてくる巨大剣の上から、電撃が放たれたのだ。

「ファイアボルト!」

 とっさに地面に転がり、攻撃を避ける。電撃の元を見ると、ベルが巨大剣の切っ先の上にいた。なんと倒れかかる巨大剣の上を走って既にここまできていたのだ。

 ベルは剣の上から崖のスペースに飛び移り、すかさず二刀─ドラキチとヘスティア・ナイフ─を構える。その背後で、轟音を立てて巨大剣が崖に衝突する。無事に橋が完成した。

 

「辿り着いたぞ、ヒュアキントス! 一対一で勝負だ!」

「ダフネ、カサンドラ、三人で潰すぞ!」

 ベルの叫びに、ヒュアキントスが答え、三人がかりで攻撃を始める。ベルは巨大剣の橋から離れるように回り込む。それにヒュアキントスが肉薄し、波打つ大剣(フランベルジュ)を軽々と振り回し、ベルを攻撃する。ダフネとカサンドラは、ヒュアキントスの背後から攻撃する隙を伺っている。三対一であるが、すぐにその状況は変化する。

麻痺せよ(ステューピファイ)! 麻痺せよ(ステューピファイ)! 麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 大量の赤い光線がダフネに襲い掛かり、地面へと叩き付ける。ハリーが巨大剣の橋を渡ってきたのだ。

 

 これで二対二。

 

 油断せずハリーは攻撃を続ける。麻痺せよ(ステューピファイ)を有言呪文で、武器よ去れ(エクスペリアームズ)を無言呪文で、それぞれ打ち出し、カサンドラに襲い掛かる。たまらず、カサンドラは、武器を落とし、ダフネと同じく麻痺して地面に倒れる。

 

 これで人数は逆転して一対二。

 

 ハリーは杖を右腕のホルスターにしまうと、ダフネとカサンドラを片手で一人ずつ持ち上げ、端っこに運ぶ。それをみてヒュアキントスはせせら笑う。

「人質にでもするつもりか?」

 ベルが答える。

「そんなことはしない。団長同士、一対一で勝負をつけよう。ハリーも手を出さない」

 それを聞いてヒュアキントスの唇が捲くれ上がり醜悪な笑い顔になる。

「この私を一人で倒せるなどと思い上がるとはな。なめられたものよ・・。その思い上がりに免じて少し遊んでやろう・・」

 

 ゆらりと立ち上がると無表情になるヒュアキントス。そして、残像が残るかのようなスピードでベルに切りかかる。ベルも負けずに、二刀で迎え撃つ。高速で切り結びながらヒュアキントスは平行詠唱を進める。

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ! 我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ! 放つ火輪の一投! 来たれ西方の風!」

 そして、フランベルジュを大きく薙ぎ、ベルとの距離を開ける。

「アロ・ゼフュロス!」

 ヒュアキントスの前に直径30Cほどの輝く円盤(アロ・ゼフュロス)が現れる。そしてそれはベルにとびかかった。ベルは横っ飛びに地面に転がり、それを何とか避けるが、隙を見逃さずにヒュアキントスが切りかかる。さらに転がり続けて距離を取り、立ち上がるベル。そしてヒュアキントスを睨みつけるが、その表情を見たとたんに、ゾクリとして再度横っ飛びに地面に転がった。

 地面を転がるベルの真上を、輝く円盤が背後から一直線に切り裂いた!

「ははははは、よくぞ避けた! たいていの場合は、これで終わりなのだがな! なかなか楽しませてくれる。だが私の大剣と、輝く円盤の同時攻撃、いつまで避けられるかな? 大言を吐いたんだ、あっさりと終わってくれるなよ」

 

 そして再び始まる一刀と二刀との闘い。だがそれだけではない、ベルの隙をついて背後から横から、輝く円盤がヒュアキントスとのコンビネーションで斬りかかってくるのだ。鍔迫り合いになるもヒュアキントスに突き飛ばされるベル。さすがに力負けしている。そして輝く円盤が襲い掛かる。だが、ベルは、ナイフを素早く納刀する!

「ファイアボルト!」

 激突する魔法と魔法。だが輝く円盤が炎の雷を切り裂き、ベルを直撃し爆発する。そこにヒュアキントスがフランベルジュを全力で叩き付ける。

 だがそれはドラキチによって辛くも受け止められた。

「ほう、私の全力を受け止めたか。頑丈な剣よ」

 感心するヒュアキントス。そこに油断があった。

「ファイアボルト! ファイアボルト!」

 ファイアボルトは炎の()。メレンでアマゾネスが剣を避雷針にして防御したように、金属を伝って流れる性質がある。では、両手での鍔迫り合いの今の状態でファイアボルトを使用したらどうなるか?

 

 ドラキチとフランベルジュを伝ってヒュアキントスに流れ込むのだ!

 

「GUWAAAAAAA!!!」

 両腕からブスブスと小さな煙を上げて後退るヒュアキントス。雷のせいで痺れたのか、両手がだらりと下がっている。隙だらけだ。それを見逃さず、ベルは全力で助走をつけ、飛び蹴りを見舞った! 狙い過たず、ヒュアキントスの胸のど真ん中に突き刺さる。その衝撃にはたまらず、ヒュアキントスの胸がプレストプレートごとガポリと陥没する。

 

 だがヒュアキントスは倒れない。ふらふらとよろめくが大剣を杖にして体を支える。ゴホゴホと咳き込み、息を整えているが、肺にダメージを負ったのか、咳き込んだ拍子に血を吐いている。

 ベル自身も息が切れている。先ほどのファイアボルトは大部分がヒュアキントスに流れ込んだが、幾分かはドラキチを伝って自分にも逆流していたのだ。おまけのその直前には輝く円盤が直撃している。

 お互い満身創痍の状態。

 

「いやいやベル・クラネルよ。ここまでやるとは思わなかったよ。遊びは此処までにして全力で叩き潰してあげよう。行くぞ!」

 

 そして再び二人は切り結ぶ。お互いダメージが大きいため、先ほどのようなスピードは既にない。だがかまわずヒュアキントスは平行詠唱を始める。

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ!」

 詠唱を阻止しようとベルは、必死に攻撃を続けるが、詠唱が止まらない。

「我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ! 放つ火輪の一投! 来たれ西方の風!」

 そして、バックステップで、ベルとの距離を開ける。

「アロ・ゼフュロス!」

 輝く円盤が現れる。だがヒュアキントスは再び詠唱を始める。

「我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ! 我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ!」

 その間もベルを攻撃する手は緩めない。輝く円盤とのコンビネーションで的確に追い込んでいく。

「放つ火輪の一投! 来たれ西方の風!」

 そして、輝く円盤で攻撃し、ベルを後退させる。

「アロ・ゼフュロス!」

 二つ目の輝く円盤が現れる。

「一つ教えてやろう・・。複数の魔法を同時に行使することを同時詠唱という。防御魔法で攻撃を防ぎつつ、治癒魔法で味方の治療をするというようにな。だが、私はこのように攻撃魔法で行使できる。効果は言うまでもないだろう。いわば一人で三方向から攻撃できるわけだ。さて私の全力にどれだけ耐えきれるかな」

 

 そして、ヒュアキントスの攻撃が始まる。剣と魔法による三方向からの攻撃。剣での攻撃は、剣で受け止められる。しかし輝く円盤は防御しても爆発する。避けるしかない。

 剣を防ぎ、地面に転がり、必死に動き回るベルだが、三方向からの攻撃をいつまで捌けるかわからず、このままでは負けると感じていた。そして徐々にヒュアキントスに傷を負わされながらも、一つの方法を思いつく。体をかがめると、ヒュアキントスの足元から背後にすり抜け、ダッシュで崖ギリギリまで移動する。

 そして振り返る。狙い通りに、二つの輝く円盤とヒュアキントスが一直線に並んでいる。これならば、三方向からの攻撃ではなく、一方向からの連続攻撃になる。

「行くぞ!」

 自分に気合を入れてベルはヒュアキントスめがけて一直線に突進する。すかさず、輝く円盤が迎撃にくるが、ベルはナイフを納刀すると、詠唱する。

「ファイアボルト・マキシマァァァ!」

 左手から、収束され極太になったファイヤボルトが撃ち出される。今度は切り裂かれることなく、それどころか、先ほどとは逆にファイアボルトが輝く円盤を貫いた。爆発する輝く円盤。

 

 だが、すでに二つ目の輝く円盤がベルに迫っていた。ベルはすかさず、右手のドラキチを叩きつける。爆発する輝く円盤。その衝撃で、ドラキチはベルの手から吹き飛ばされる。そこに襲い掛かるヒュアキントス! ここが勝負所と判断し、大上段からの全力での撃ち降ろしである。だがベルはすかさずヘスティア・ナイフを抜刀し、それを受け止めた。ギャリギャリと音を立てながら、受け止めて見せた。

「これに耐えるだと・・」

 驚愕するヒュアキントス。だが、それが油断だった。ベルの渾身の右ストレートがヒュアキントスの顔面に叩き込まれる。と同時にベルが絶叫する

「ファイアボルトォォォ!」

 拳と魔法の連続攻撃を受け、さすがのヒュアキントスも崩れ落ちる。ベルもへたり込みそうになるが、なんとか両手を膝について踏ん張ることに成功する。しばらくの間、ぜえぜえと呼吸する。そして背筋を伸ばし、ハリーにサムズアップを送る。

「やったな、ベル! それじゃあ、旗も降ろすよ」

 ハリーはポールに駆け寄ると、ロープを操作し旗を引き摺り下ろした。

 

 こうしてヘスティア+ミアハ連合は勝利条件を二つとも満たしたのだった。

 

 完全勝利である

 

 

********

 

 

「大将を撃ち破って、旗も降ろした──!!、ヘスティア+ミアハ連合の完全勝利だぁぁぁ──!!」

 実況のイブリが絶叫する。

 オラリオ市街では、賭けに負けて悔しがる者、逆張りにかけて大喜びする者、ベルたちの健闘にはしゃぐ者、とりあえず何でもいいから騒ぎたい者、悲喜こもごもの大騒ぎである。

 

「「「兎が一対一で倒しやがったぁぁぁぁ!!!」」」

 そして、まさかの決闘方式で盛り上がって、しかも格下のベルが勝ったことに、ハベル30階にいる野次馬神たちも大騒ぎである。アテネとその友神たちも喜んでいる。だが──

 

「馬鹿なっ! ヒュアキントスが負けるはずがない。俺のヒュアキントスが負けるなどあり得ないっ! そんな馬鹿なことがあってたまるかぁぁぁ!」

 椅子から立ち上がり、いきりたつアポロン。敗北を認めることができないでいた。ヘルメスが宥める。

「落ち着くんだアポロン。どう見ても大将のヒュアキントスは討ち取られている。それにもう一つの勝利条件、旗も引き摺り下ろされている。ちゃんとロープを操作してだ。どちらか片方を実行すれば、勝敗はつくんだ。それを両方とも実行されている。ヘスティア側の勝利は、動かしようもない事実なんだよ」

 そう宥められてようやく現実が理解でき始めたのか、アポロンがへたり込む。

「は、はは、は、こんな、ことが起こるとはな・・・」

 

「さて、アポロン!」

 そんなアポロンとは対照的に、元気よくヘスティアが、椅子からぴょんと立ち上がる。そしてアポロンに向かって指を突き付ける。

「負けたら何でもするって言ったよな!」

 賭けの清算の時間である。ヘルメスが賭けの条件をつぶやく。

「アポロン側が勝った場合には、ベル・クラネルがアポロン・ファミリアに改宗する。

 ヘスティア側が勝った場合には、アポロン側は何でもする、だったな・・」

「「「何でもするって言いました!!!」」」

 野次馬神たちが復唱する。それを聞いてアポロンは青褪め、言い訳を始める。

「・・何でもするっていうのは・・」

 だが、ヘスティアは容赦しない。

「まずは第一に、アポロン・ファミリアの全財産を没収!!」

「「「うひょう、容赦ねぇぇぇ。ようこそアポロン、貧乏ファミリアへ!」」」

 大喜びする野次馬神達。

「第二に! こんな風に強引に改宗を迫った団員が多いんじゃないのか? ファミリアを解散して、団員が希望するところに改宗させること。そして60年間はファミリア再結成の禁止。悪いけど、ガネーシャ、改宗の監督をお願いする」

「「「こ、怖えよ、ヘスティア・・ようこそアポロン、零細ファミリアへ・・いや、ファミリアじゃないのか・・」

 ヘスティアの剣幕にびびる野次馬神達。

「第三に! アポロンは今後は、常にペノアと共に行動して、彼女を手伝うこと! 僕からは以上だ!」

「「「ちょぉぉぉ、マジ!? マジ受けるんですけど(笑)!! がんばれアポローン!!」」」

 ゲラゲラと笑い出す野次馬神達。これには理由がある。

 ペノアとはダイダロス通りに棲みついている老女神で、司るものは貧困。ようするに貧乏神である。オラリオに住む神々は「うわぁ、ペノアだぁぁ、えんがちょーー」といって逃げ出すような神なのである。彼女は一般的なオラリオにいる神とは異なり、ファミリアは結成していない。だがオラリオ市民の中には、ペノアの信奉者がなぜか多く、奉納、献金が大量にされている。ペノアはそれをダイダロス通りに住む貧困層に配布するという、いわば富の再分配を行っているのだ。ある意味オラリオに必要な神ともいえる。そして、ペノアの手伝いをする以上は、アポロンが今後、泡銭を手に入れたとしても、取り上げられて、すぐさま再分配されるということである・・・

 真っ青になったアポロンがヘスティアに取り縋る。

「後生だ~、許してくれヘスティア。ほんの出来心だったんだ、御慈悲を、御慈悲を~!」

 ヘスティアは、泣いて取り縋るアポロンに、にっこりと微笑むと言い放った。

「ゆ゛・る゛・さ゛・ん゛!!」

 泣き崩れるアポロン。ヘスティアはミアハに振り返る。

「ミアハは何か要求があるかい?」

「まあ、彼も十分に反省するだろうし、特にないかな?」

 ヘスティアは頷いて了承する。

 

こうして戦争遊戯は終了した。

 




同時詠唱は適当な設定です。リヴェリアなら本文中の説明のように、防御魔法展開しつつ、回復魔法を行使していそうだなとも思います。
追記 原作では同時詠唱はできない設定とのことです。がこの作品では可能としますね。

「最初の輝く円盤! 二番目の輝く円盤! そして俺! 白い(髪の)奴にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!」


次回『After Festival...』


2019/1/30の活動報告に『Wangoballwime? ベル・バージョン』を載せていますので、興味がある方はご覧ください。読まなくても本筋にまったく影響はありません


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After Festival...

いろいろ詰め込みすぎました・・



 さて、それから数日が経過する間にもいろいろなことがあった。

 

 まずは、ステイタスの更新。各自がステイタスを大きく伸ばした中で、二人がランクアップを成し遂げた。

一人はベル・クラネル。単独でのレベル3(ヒュアキントス)撃破が偉業とみなされたのだろう。レベル3へとランクアップしていた。

「おめでとう、ベル君。しっかし、早いものだねぇ。この前ランクアップしたばかりだっていうのに・・」

 遠い眼をするヘスティア。だが喜ぶべきはランクアップだけではない。発展アビリティとスキルが発現していた。

 発展アビリティは耐異常。多くの冒険者が発現させている発展アビリティで、毒、麻痺などの状態異常に対する抵抗が高くなる。地味ながらも人気のアビリティである。

 そしてスキル【能動雷撃】。その効果は『アクティブ行動に対する一定チャージ可能』である。これはまた意味がよくわからないが、戦闘の中で検証していけば効果のほどもわかるだろう。

 

 そしてもう一人。ハリー・ポッター。

 戦争遊戯の実況では、四本の魔剣を使って、アポロンファミリアを壊滅に追い込んだように解説されていた。だが、事実は異なる。さすがのヴェルフにも、大量の魔剣を作成する時間も材料もなかったのだ。

 それでハリー達が考えたのは、『剣を持って魔法を使えば、勝手に周囲が魔剣だと間違えてくれるんじゃないか?』ということである。あとは簡単、リリルカが変身魔法で姿を変えて、剣を買い込む。そして戦争遊戯本番では、一本ずつ持ちかえ、それらしいセリフを叫びながら、ハリーが【杖無魔法】でその場に応じた魔法を使用する。

 計画はうまくいき、戦争遊戯を戦い抜けた。これが偉業とみなされたのだろう。ランクアップし、さらにはオラリオ式の新魔法【ファイアボルト】が発現していた。奇しくもベルと同じく超短文詠唱呪文。

 だが、それよりも大事なのが、ランクアップにより、魔法力が強化されて、姿くらましが上手くいくようになるかもしれないということだ。早速、帰還の準備に取り掛かるハリー。

 リリルカが、黄昏の館のロキに知らせに行く中、ヘスティアから、新規メンバーのヴェルフとミコト、そしてミアハ・ファミリアの二人に、改めてハリーの事情を説明をする。

 

 

「お伽噺にでてくる竜宮城のような話ですね・・」

 戦争遊戯前にも説明を受けていたが、改めて説明され、時間の流れに差があるかもしれないという話からミコトが呟く。

「異世界から来たっていうのは、この前も聞いたけれど、異世界と行き来する魔法もあるのかよ・・。まあ、ないとこっちには来れないわな・・」

 再度聞いた話の途方もなさに、ぼんやりと呟くヴェルフ。

「うむうむ、その通りだヴェルフ君。とはいえ、異世界間の移動、それには実は我々、神々が神界から下界に降りてくることも含まれているんだぜ」

 ヘスティアの説明に、なるほど確かに、と頷く一同。ナァーザが尋ねる。

「神々が使う方法はどういうものなんですか? それはポッターが使うのと同じなんですか?」

「我々が使う方法というのは、だっとやって、でぃやっとやっ・・」

神の力(アルカナム)を用いて、+hiurgをtyhbし、そのcothuryを+*>+で+<BHDするのだ。そして最後にgdts@rgwして下界へと到着する」

  早速ヘスティアが身振り手振りで説明しようとしたが、ミアハが何事かを説明する。だが半分ぐらいは意味が分からない。というか、なんと発音したのかも分からない。

「おいおい、ミアハ。神聖語を使って説明するのはちょっと・・」

 身振り手振りを中断されたヘスティアが苦情を言う。

「うむ、すまんすまん、つい・・な。神聖語を用いて、説明すると今のようになる。何故、神聖語かというと、今のところ共通語(コイネー)には、今言った神聖語に該当する概念と言葉がないため、説明ができないのだ。したがってどうしても説明しようとすれば、ヘスティアがやったように・・」

 ここでミアハの視線を受け、ヘスティアがにやっと笑った。

「だっとやって、でぃやっとやって、どーんとするんだ」

 今度こそ、最後まで、身振り手振りをやり終え、満足そうなヘスティア。そしてヘスティアが説明を続ける。

「ただまあ、レベル2になったときに、ハリー君が挑戦したのを見たんだけれど、違う方法みたいだね。実際に、ミアハも見れば分かるよ」

 そのヘスティアにミアハが確認する。

「ということは、私がハリーから習っている魔法薬も、その異世界で魔法使いが開発して、使用しているものなのだな?」

 ミアハの問いに頷くヘスティア。

「まだ教えていない魔法薬の作成方法のノートを作ったそうだから、それをミアハにプレゼントするって言ってたよ。こちらの世界で役立てて欲しいそうだ」

 

 そういっている間に、リリルカがロキと共に帰ってきた。

「よー、どちび、なんや、いつのまにか、ホームが立派になってもうたな・・。ああ、君ら、この前の戦争遊戯ではご苦労さん、鏡でみさせてもろうたで。みな、がんばっとったなぁ~」

 突然のトップ・ファミリアの主神の登場に驚く面々。それにヘスティアが、『ロキも事情を知っている』と説明する。

「しかし、ハリーはんもレベル3か・・。はやいなぁ・・」

 感慨深げにつぶやくロキ。確かに今までのランクアップ記録からすると、飛んでもない速さである。

「それにハリーはんの事情を知ってるもんが、増えてもうたなぁ・・」

 とはいうものの、戦争遊戯を乗り切るためであり、魔法界に帰るとすれば、事情の説明が必要であるから仕方がないであろう。ハリー自身も仲間に別れを言いたいということもあるし・・。そうしている間にハリーの準備ができた。前回と同じく、クィディッチ・ユニホームに似た戦闘服とマント。カバンにはポーションと小型の魔剣。そして右手に構えるはヘスティア・ワンド。皆に別れの挨拶をして、最後にベルに向かい合う。

「後のことは頼むよ」

「大丈夫だ、ハリー。そちらこそ、仲間を助けるんだ、がんばれ」

 激励の言葉をハリーにかけるベル。

「それでは、皆さん! 行きます!」

 その場で体を一回転させるハリー。体が瞬間的に臍の辺りに収縮し点となり、姿が消える。うまくいったかと思えたが、ロキ、ヘスティア、ミアハの三柱は、キリキリという音を聞いていた。その不快な音は甲高くなっていき、ついには限界を超える。

「巻き戻るでっ! 注意せぇっ!!」

 ロキとヘスティアは、ベルを盾にする。ナァーザは何事かとミアハをかばう。その瞬間巻き戻ったハリーが床に叩きつけられる。かなりの衝撃だったようで、うまく息ができないようだ。喘いでいるハリーを見つめロキが呟く。

「ハリーはんの体がここまで小さくなったのは初めてや。多分、あとちょっと、あとちょっとだけあれば、世界の間の壁を超えられるんやないかな。おそらくはレベル4になれば、移動できるんやないかと思うで・・」

 今までハリーの通常の姿くらましと姿現しを見、そして、ランクアップのたびにハリーの挑戦を見てきたロキの感想というか推測であった。

「じゃあ、ハリー君は、もうしばらくは僕らと一緒にいるわけだね」

 ハリーと居られて嬉しいような、ハリーの望みがかなわずに悲しいような複雑な気持ちでヘスティアが呟く。

 

 こうしてハリーはレベル4を目指すことになった。そして、ヘスティアはランクアップの偉業の説明はどうしようと、人知れず悩むのだった。

 

 

********

 

 

 続いて行われたのは、ホームの引っ越しである。旧アポロン・ホームに幾許かの改修を施し、ヘスティア・ホームへと改修した。とはいえ殆どが細かい改修であった。例えば、アポロンの部屋は使いたくないというヘスティアの要望で、別途、主神用の部屋が作られたりしたくらいであった。ちなみにアポロンの部屋は装飾品を片付けられて、客用寝室になってしまった。

 それからミコトがお風呂が欲しいと要望したが、さすがに中堅ファミリア、すでに大きな湯舟付きの浴場は設置されていたので、ご満悦なミコトであった。

 結局、ヴェルフの要望の工房が欲しいというのが最大の改修だった。とはいえ中庭に隣接して追加で建てるので、改修というよりは増設であり、引っ越し自体は問題なく終了した。

 

 そしてヘスティア、ミアハ、ヘファイストスの三柱で話し合いがもたれる。話題は、破壊された教会、旧ヘスティア・ホームの今後である。

「それでは、ミアハは、病院を開く方針で行くのかい?」

「ああ、ポーション販売を禁止されている状況では、薬屋はやっていけそうにないしな。地上部分に病院を立てようと思っている。病院ならば、ポーション類を直接販売するわけではない。ギルドに確認したが、問題ないとのことだ。ナァーザとも相談したが、これからは一般市民相手の商売ということになるな」

 そこで二柱は鍛冶神に視線を向ける。一応は鍛冶神が地主なのだ。

「まあ、いいんじゃないかしらね? ただ建設費用はどうするのよ?」

 鍛冶神にヘスティアが答える。

「ああ、それに関しては問題ないぜ。戦争遊戯でアポロンから財産をとりあげたから、それから出すことにするよ。ナァーザ君にも助けてもらったし、ミアハに渡す分としては、相応の分け前だと思うぜ」

「世話になるが助かる」

 

 こうして、ミアハ・ファミリアは新しい道を歩み始めることになる。ミアハは医者として病院に待機するだろうし、患者がいない時には、ハリーから渡された魔法薬ノートの研究をしたりもする。したがってふらふらと外を歩いてポーションの無料配布はもうしなくなる。

 受付でナァーザが目を光らせていれば、診療費もとりっぱぐれることはないし、問題なくやっていけそうである。

 

 やれやれと、ほっとする二柱であった。

 

 

********

 

 

 そんなある朝のことである。ホーム入り口に大量の冒険者が集まっているのにヘスティアが気付いた。

「これは一体全体、なんの騒ぎなんだい?」

 答えるのはリリルカ。

「おそらくは戦争遊戯をみて、入団を希望している冒険者様たちでは?」

 それを聞いて笑いを浮かべるヘスティア。

「来たぁ! ついに僕達の時代が来たぁぁ! あの絶壁にぃぃ! 一泡吹かせる時代の幕開けがぁぁ、ついに来たのだぁ──!」

 両手を掲げて、胸を張り、一人で悦にいるヘスティア。それをベルが宥める。

「あのー、神様、どんな人が入るかもまだ分からないんだし、そういうこと言うの止めましょうよ、ね?」

 

「そういえば、入団って希望者は全員? それとも、面接とか試験して選ぶの?」

 ハリーが確認する。ダンブルドア軍団を設立した時には、希望者を全員受け入れていた。そして裏切者が出たのだった。あの出来事からすると、面接その他は絶対に必要だろうと考えるハリー。

「うーん、まずは入団理由を聞きたいな。それから、特技も。あと冒険者じゃなくても、ファミリア運営の才能を持っている人がいれば採用したいと思う」

「うん? それはどういうことだい、ベル君?」

 冒険者じゃなくてもというベルの言葉に不思議がるヘスティア。

「ドラゴン騒動の後なんですけど、書類仕事その他で、死にそうな位に大変でしたから。慣れている人がいれば、もっと手際よく、いろいろ出来たんじゃないかと思って・・」

 実感のこもった言葉に納得する全員。特にリリルカは、旧ソーマ・ファミリア団長の悪辣ともいえる運営手腕を見ていただけに、納得がいくものだった。逆に、運営手段が優れている者に、このファミリアが乗っ取られるのではないかとも危惧するのであった。

「あと冒険者としての実力を見るんだったら、実技試験が確実ですが、これだけの人数を試験するとなると時間がかかりますね。到達階層、パーティ人数、パーティ内部での役割を聞いて、絞り込んだ方がいいんじゃないでしょうか」

 この中でパーティ戦闘経験がおそらく最も豊富なミコトが提案する。盾役と攻撃役とでは、実技内容が異なることを考慮しての提案だった。

「そうだね。それじゃあ、それらを紙に書いてもらって、面接しようか」

 ヘスティアが纏め、全員が面接準備に取り掛かる。

 

 ベル、ハリー、リリルカで机と椅子を運び込み、面接室の設立。その間にヴェルフとミコトが筆記具と紙を冒険者に配布し、特技その他を書くように説明を始めた。

「面接をするのは、僕とベル君はもちろんとして、あとはどうする?」

 リリルカが答える。

「ハリー様と私がいれば、魔法や特技について大体わかるんじゃないでしょうか? ミコト様たちには、入団希望者の方の整理と案内をしていただいたほうがよろしいかと」

 リリルカの提案にベルも頷く。のだが、ミコトの絹を裂くような悲鳴があたりに轟く。

「へ、ヘスティア様、こ、これは何ですかっ!」

 血相を変えたミコトが走り寄ってきて、ヘスティアに紙を突き付けている。

「アア、これは僕の個人的なモノだから、キニシナクテ良いよ」

 紙を見た瞬間に、ダラダラと冷や汗を流し始めるヘスティア。

「気にしなくて良いって、3億ヴァリスの借金ですよ! 気になりますよ! まともな金額じゃありません!」

 ザワリとどよめきが起こった。これはただ事ではないとベルとハリーもヘスティアに詰め寄る。紙をミコトから受け取り、内容を確かめるベル。

「ヘファイストス様に3億ヴァリスの借金・・」

 ガクリと肩が落ちるベル。これは一端、事情聴取が必要だと判断したハリーは、リリルカと共にヘスティアを奥へと連行した。だが、その背後で、桁違いの借金のことを耳にした入団希望者たちは、空気に溶け去るかのように消えていったのであった・・。一人残らず・・。

 

 

「・・というわけなんだよ・・」

 連行されたヘスティアは、眷属たちに借金の内容を説明していた。ナイフを作るのに2億、ワンドを作るのに1億。ワンドの製作費は割引してもらっているが、その条件の使い勝手の報告などはしていない。うん、これは反省してもらわないといけないということで、ベルとハリーから怒られるヘスティアであった。

「ヘファイストス様も、太っ腹なもんだよ・・」

 元主神にあきれるヴェルフ。

「こんな高価なナイフもらえないですよ。盗まれたりしたらどうしよう・・」

 高価な武器だと考えていたが、思っていたよりも桁が違う高価さにビビるベル。

「ああいや、まずは盗まれることはないと思うぜ。このナイフとワンドは、僕の眷属でないと使用できないんだぜ。そんな風にヘファイストスが作成しているから。他の神の眷属が使おうとしても、鈍らになるんだ」

「使い手を見極める武器!」

 説明に驚くヴェルフ。鍛冶神はまだまだ己の先を行っていると実感される説明であった。

「借金についてだが、さっきもいったけど、ファミリアとしての借金ではなく、僕個人の借金だから。ほら借用書(控)にも僕の名前しか書いてない。だから眷属である君たちは気にしなくて良い。幸いヘファイストスも、返済まで何年でも待つと言ってくれているしね」

 そう言われても、その借金の元になっている武器を使っているベルとハリーは気が気ではない。

「それにその武器は君たちの信頼に答えてくれているだろう。そうやって使ってくれるのが僕は一番、嬉しいんだぜ。そして目指すはオラリオ1のトップ・ファミリアだ!」

 

 考えてみれば、ヒュアキントスの攻撃。波打つ大剣(フランベルジュ)での攻撃を受け止めたとき、バゼラードは砕けていた。だがヘスティア・ナイフはがっちりと受けてめていたのだ。しかも刃毀れ一つなくである。ナイフであろうとも強力な武器を選択するのは、冒険者としては、当然のことであり、義務である。そう納得し、ベルは使わせてもらうと伝えるのだった。

 そしてハリー。現在、恩恵のおかげで、杖無しでも魔法を使うことはできている。だが杖があったほうが制御も効果もより高い効果を発揮する。魔法界に戻るためにはヘスティア・ワンドは必要なのである。だが魔法界に持ち帰ってしまうと、ベルとは違ってファミリア仲間に譲り渡すこともできなくなる。ダーズリー家で苦労し、ウィーズリー家との付き合いが深いハリーには、これだけ高価なものを貰って、そのままで済ますわけにはいかなかった。せめて借金を肩代わりしようという思いを胸に、使わせてもらうと伝えるのだった。

「「じゃあ、神様、これからもこの武器を使わせてもらいます」」

 

 

********

 

 

 その日の夕方、残念ながら、入団希望者は一人も残らなかったが、気を取り直したヘスティアが全員を集めた。何事かと思えば、ファミリアのエンブレム、そのアイデア図を作成したから見てくれというのだ。

「じゃじゃーん、見てくれ、これだぜ!」

 ヘスティアが自慢げにアイデア図が書かれた紙をみせる。そこに書かれているのは、ひっくり返ったUの字。そのUの字の中に、ギザギザが書かれているという、何とも言えないものだった。眷属全員から生暖かい視線を向けられるが、気にせず説明を始める主神。

「この部分は、竈の神たる僕自身、すなわち、竈を示すのさ」

 そう言いながらひっくり返ったUの字を示す。

「そしてこの部分は、設立時の団長と副団長を示す雷だね」

 ギザギザを示しながら説明する。おそらくはベルのファイアボルト、ハリーの額の稲妻型の傷のことであろう。納得のいく図案である。と同時にアイデア図が簡素なものになるのにも納得である。じつはヘスティアは箒を入れたかったのだが、箒の図案化は上手く出来なかったので諦めたのだ。

「いいんじゃないでしょうか」

 リリルカとミコトが賛成する。ベルとハリーも嬉しそうだ。ヴェルフは、筆記具を手に取ると清書を始める。

「俺も良いデザインだと思うぜ。じゃあ、ギルドで形を整えてもらうとして、ラフスケッチはこんなものでよいかな」

 そこにできたのは、炎を宿した竈と雷と直ぐに分かる図案。ヴェルフは絵が上手かったのだ。

「大男のわりには絵が上手ですね」

 ヴェルフの意外な特技に、感心するリリルカ。

「武具の作成の時にデザインの打ち合わせも、たまにあるからな。ラージシールドにファミリアや個人のエンブレムを入れたりとか・・。やってるとある程度の腕前になるんだよ」

 説明するヴェルフ。

「じゃあ、エンブレム・バッジの作成と、ホームに揚げる旗の作成を頼まないといけませんね」

 ミコトの言葉に、頷く全員であった。

 




スキルその他の検証(説明)は次話以降でやりますんで、お待ちを・・・

補足
鍛冶神が地主
 ヘスティアが廃教会地下に住みついた経緯が、鍛冶神に場所を斡旋されたという前提で書いています。でないと、すねかじりのヘスティアが、自力で部屋と家具を用意できるとも思えなかったもので・・。

魔法薬ノートの研究
 ハリーに時間がある時には、一緒に魔法薬を作成したりします。

次回『借金を返済しよう・・』三章が始まります。




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ランク3
借金を返済しよう・・


 夜、ベットの中でハリーは考える。

 ヘスティア・ワンドの作成代金の金策である。金策で思い出すのは、フレッジョ達の開店資金。彼らは資金として1000ガリオンがあればなんとかなった。今回、ハリーが挑むのは、それとは桁が違う。1億ヴァリスである。何軒の家が建つんだろうというレベルである。途方もなさすぎて、どこから手を付けようかと、諦めの気分になるハリー。

 

 気を取り直して、いろいろと考え始める。まず以前にも話題になった割れない魔法薬瓶。これは売れる。ただし消耗品ではないから、いつまでも売れるというわけではない。それに、1億ヴァリス稼ぐためには、8千本以上作らないといけない。そんなに作るのは大変だし、8千本も売れるとも思えない。他にも売るものが必要である。

 そこで参考になるのが、リヴェリアの言葉。

『移動魔法なのだぞ。いちいち、歩いて移動しなくてすむのだ。ダンジョン探索がどれだけ楽になるか。画期的なものなのだ』

 すなわちダンジョン探索が楽になる画期的な方法があれば、お金になるということである。

 

 さてダンジョン探索が楽になるとは何だろうか。移動が楽。荷物が少ない。休憩がゆっくりできる。御飯が美味しい。戦闘が楽。この辺りであろうか。

 というわけで順番に考えるハリー。

 

 まずは移動が楽になる方法。箒は結局、ベルには使えなかった。おそらく、他の人たちも使用は無理だろう。となると、つぎの候補は、ハグリッドも乗っていた空飛ぶバイク類になるのだが、元々はマグル製品であり、ハリーには作り方が全く分からないから無理。

 後はセストラルなど魔法生物に騎乗するぐらいだが、近所に魔法生物がいない。ガネーシャ・ファミリアがテイムしたモンスターに騎乗しているぐらいであろう。とはいえ、深層に向かうレベルの冒険者ならば、テイムモンスターに騎乗するよりも、自分で走ったりした方が早い、と思われる。

 つまり残念ながら移動を楽にする方法は無い。

 

 次は荷物を少なくする。これに関してはアイデアがある。ハーマイオニーが使っていた確かビーズバッグ。あれには検知不可能拡大呪文がかけられていて、大量の荷物が入れられるようになっていた。リリルカの救急箱に同じ加工をすれば、魔法薬瓶を大量に持ち運べるようになる。うん、これはいい考えだ。しかも一個当たりの値段をかなり高くしても、文句は出ないであろう。売るだけでなく自分たちでも使用できる。

 

 休憩がゆっくりできる方法。ダンジョンで休憩する方法は二つ。18階層などの安全階層で休憩する。または、ルームに入って壁を破壊する。どちらもモンスターが発生しない場所である。ううむとハリーは唸る。逃亡生活をしていた時に、マグル避けの呪文を使っていたので、応用でモンスター避けの呪文ができないかと考えていたのだ。だが考えてみると、通路を歩いているモンスターならば、モンスター避けの呪文が利くだろうが、壁から生まれてくるモンスターに対しては効果がないような気がする。だとするとモンスター誕生防止が必要だが、これは難しそうだ。普段やっているような壁を傷つけるのが、早くて簡単である。

 あとはクィディッチ・ワールドカップ観戦で、ウィーズリー家と使用した検知不可能拡大呪文のテントだろうか。これさえあれば、ダンジョンだろうと、船の上だろうと、崖っぷちの狭い場所であろうと、豪華ホテル並みのスペースは確保できる。隠れた場所にこっそりテントを張れば、見張りも少なくて済むはずだ。うん、これは良いんじゃないだろうか。テントの中で寝るだけでなく、先ほどの荷物を運び込むこともできる。テントだから畳んでしまえば、持ち運びも楽だ。うん、これは良い。

 

 気をよくしたハリーはさらに続きを考える。

 

 美味しいご飯が食べられる。これは魔法で何とかするのは無理。逃亡生活をしていた時には、碌な材料がなかったから、魔法を使っても美味しいご飯は作れなかった。逆に言うと、材料があれば美味しいご飯が作れるのは、魔法界でもこちらの世界でも同じような気がする。材料をなんとかする方法は、結局は荷物の話になるので、どうしようもない。

 だから、魔法界よりはマグル界の知識を利用した方がよいだろう。マグル達は、即席ヌードルというものを食べたりしていた。フリーズドライしたヌードルと具材が入ったカップがあり、それにお湯を入れて一定時間待つと美味しいヌードルになるというものだ。なんであれを逃亡生活に持っていかなかったんだろう。とはいえ食料の準備をしてなかったのは自分も同じなので、ハーマイオニーに文句を言う筋合いではないなと考えるハリー。

 あとは缶詰、瓶詰技術だろうか。とはいうものの、瓶詰はどこかで見た記憶が有るような気がする。缶詰は金属加工が大変そうだから、たぶん無理だろう。瓶詰に絞って考えた方がよさそうだ。割れない瓶をつかえばそこまで難しくなく出来るだろう。む、ということは、魔法薬用じゃなくて、食料用の割れない瓶が必要になるのか・・。

 

 最後は、戦闘が楽なダンジョン探索。

 そんなものはない

 階層を一つ降れば、敵は強くなるんだから、そうすれば戦闘はきつくなるのである。強力な武器があれば良いのだろうが、マグルの武器はこの世界では作る技術がない。魔剣を大量生産する方法も無い。魔法界での武器といったら、強力な杖となる。結局のところ、戦闘が楽になる方法はないのだ。

 

 

 明日になったら、皆に相談して見ることにしよう。そう考えをまとめると、ハリーはようやく眠りにつくのだった。

 

 

********

 

 

「というように、色々と考えてみたんだけれど、どうだろう?」

 此処は14階層のルームの一つ。現在休憩中なので、ハリーの商売というか金儲けの話を聞くパーティメンバー。

「僕も考えた方がいいね」

 ベルがそう言うが、ハリーが諭す。

「僕の場合は、元の世界に杖を持っていくから、ベルとは違う。ベルはこちらでファミリアを率いていくし、ナイフは、何十年か経って次の団長に渡しても良いんだし、お金は良いんじゃないか」

 ハリーの説得に納得するベル。その間に考えていたリリルカが意見を喋る。

「うーん、とりあえず、ピクルス類を入れた瓶詰はあります。あとモンスター避けの匂い袋があるので、それの効果をさらに長時間化できれば良いですね。ただ、どちらも大した儲けにはならないと思います」

 リリルカが頬に右手を当てて更に考え込む。

「カバンとテントは高く売れそうです。だけど犯罪に悪用されないように注意が必要です。テントなんか、盗賊山賊人攫い闇派閥、その他諸々の悪人のアジトにぴったりですよ。軍隊用にもあると便利でしょうね」

「あとカバンは密輸にも使えそうだな。となると、少数生産にして、信用が置ける相手にだけ売るってのが良いんじゃないか? 武器と一緒だ」

 ヴェルフが付け足す。

「私は乾燥ヌードルというのが食べてみたいです」

 ミコトは麺類に興味を惹かれたようだった。

「それは、僕たちが大量に作るのは無理だから、商売系ファミリアにアイデアを売って生産は任せよう。箒に乗れればよかったんだけどなぁ」

 空を飛ぶことに心惹かれるベルが残念がる。

「商売系といわれましてもベル様、心当たりがあるので?」

「この前の神の宴の時に、ヘルメス様に出会ったんだ。そこはどうだろう? 色んな事をしているって言ってたよ」

 ヘルメスの名前を聞いて微妙な顔になるリリルカ、ミコト、ヴェルフ。特にミコトは、ヘルメスのタケミカヅチに対する態度を知っている。おかげでオカメがヒョットコの真似をしているような、微妙な顔になってしまった。それを見たハリーはとりなすように喋る。

「まあ、まずは、実際に作れるかどうか試してみよう。作れないかもしれないし。出来てからギルドにも相談してみれば良いんじゃないかな」

「カバンも作るんですよね?」

 サポーターのリリルカはそこに興味があるようだ。

「うん、まずは救急箱から改良してみるよ」

 金儲けの話はひと段落ついたと判断したベルが立ち上がり、ドラキチを使ってルームの壁を改めて傷つけていく。

「じゃあ、お金の話は此処までにして、次は魔法とスキルの試し打ちを始めよう」

 いよいよファイアボルトと能動雷撃の試射が始まる。

 

 

 ファイアボルト。

 それがハリーに発現したと聞いた時には、リリルカは一人興奮し、彼女の妄想の中で勝手にキャラクターたちが動き出していた。

『一人一人は小さな火でも!』

『二人合わせれば、炎になる!』

『『合体魔法 フレアストーム!!』』

 というようなペルとパリーが活躍する光景が、リリルカの頭を駆け巡っているのだ。

 

 

 そんなウキウキしているリリルカはさて置き、ハリーは右手を開いたり閉じたりしている。マグル界で生活している間、ちょっとした漏電体験をしたことがあった。それとベルのファイアボルトを間近で見ていたので、ヒュアキントス戦のように自分に逆流しないかと、心配しているのだ。緊張を押し殺し、意を決して右手を壁に向ける。

「ファイアボルト!」

 右手から壁へと撃ち出される炎の雷。だがそれは手の平から30cぐらいの所で直進をやめた。勢いはそのまま左右に分かれて長さ2M弱の稲妻となり、片方は太く、もう片方はほっそりとしたシルエットになっていく。

 そして一瞬ののちに出来上がったのは一本の箒。ハリーの右手の先でふわふわと空中に浮かび、ぱちぱちと静電気を放電している。

 怪訝な顔になるパーティメンバー。期待を裏切られて崩れ落ちるリリルカ。

「いくらハリー様がホウキスキーだからって、箒を作る魔法なんてありなんですか?」

 

 だが、ハリーにはこれが何なのかシーカーの本能で分かっていた。これは只の箒ではない。クィディッチ・ワールドカップの選手が採用しているワールドクラスの箒! そしてホグワーツ三年生の時からハリーが愛用していた箒、ファイアボルトなのだ!!

 

 ハリーは右手を伸ばし、ファイアボルトをがっしりと掴み、すかさず飛び乗った。感電するんじゃないかという不安は既にどこかに吹き飛んでいた。そして、加速、上昇、下降、急旋回を軽く試してみる。

 

 素晴らしい。

 

 自作の箒とは加速、反応性、旋回スピード、すべてが違う。クッション呪文も完璧である。ルームの中では最高速度は出せないが、おそらくは、本来の箒と同じ速度は出るだろう。

 満足したハリーは、箒から飛び降りるのだった。箒は、空気中にパチパチという音を残して、放電され溶ける様に消え去っていった。

 

「うん! 良い魔法だよ。箒作成魔法、いや箒召喚魔法? 最高だね! まあ、すごい魔法だと思う。最高速度は後で外で測ってみよう!」

 顔を紅潮させて喜びながら捲くし立てるハリー。もともとハリーは数十の魔法を使えるし、本人が喜んでいるなら、新しい魔法が箒でもいいかと自分を納得させるベルたち。

「魔力はどれくらい使ってそう? マインドダウンの心配は? 飛んでいるときに箒がなくなったりしないよね?」

 言われてハリーはもう一度ファイアボルトを使用し、ルーム内をゆっくりと旋回してみる。だが、そのスピードはヴェルフ達からみるとかなりのスピードだった。

「比較のしようがないんだけれど。呼び出すときに魔力を使ってる。そのあとは、ちょっとずつ減っている感じがする。箒の姿の維持に使われてるのかな」

「だとすると長時間にわたって箒を出し続けるには、マインドポーションを飲む必要がありますね。でないとマインドダウンが起きると、箒が無くなって落っこちてしまいますよ」

「分かった、そうするよ」

 リリルカの指摘に大人しく頷くハリーであった。

 

「じゃあ、次は僕のスキルだね。どういうものか見当が付かないんだけれど」

「え、そうなの?」

 箒から飛び降りたハリーは、ベルの言葉に驚く。意外や意外、ハリーには見当がついているようだ。そんなハリーの横で、箒が放電し溶け去っていく。

「まさかハリー様は見当がついているので?」

「うん、ファイアボルト・マキシマのことだよね?」

 驚いて確認するリリルカに、あっさりと断言するハリー。だが、そう言われても皆は理解できていない。その様子を見たハリーは説明を続ける。

「今、僕も魔法を使って分かったけれど、ファイアボルトの詠唱だけで、本来は直ぐに魔法が発動するはずだよね。その後ろにマキシマってつけている分、発動スタートの時間がずれて、そのずれの時間分がチャージされて、威力が上がってると思うんだ」

 そういわれて、ベルたちは、この前の戦争遊戯を思い出す。砦の門をくぐった直後のベルの魔法は、攻撃範囲が広がっていた。ヒュアキントスの輝く光輪が相手の時、マキシマと付けていない時には負けていたが、マキシマとつけると極太の稲妻になって逆に相手を破壊した。

「ということは、マキシマの後にも、なにかスーパーとかウルトラとかミラクルと続ければ、威力が上がるということでしょうか?」

 今言ったリリルカの言葉が正しいとすれば、ファイアボルト・マキシマ・スーパー・ウルトラ・ミラクルと付ければ、かなり威力が上がりそうである。

「うん、上がると思うよ」

 ハリーも肯定する。

 

「でも、実際には付ける必要はないんじゃないかな。なんというか、そのう、感覚的なことで言いにくいんだけれど、『ファイアボルト』って、ただ口にした時と、魔法で撃ち出す時とで、ベルは頭の中で区別してるじゃない」

 だが分かりにくかったようだ。皆がまたもや首をひねっている。

「ええーと、例えばベルが皆に作戦を説明する時に『僕がファイアボルトを撃ったら、みんなで突撃』って言ったとしても、魔法は撃ち出されない。でもベルが攻撃の時に『ファイアボルト』って言ったら、魔法が撃ち出される。これってベルが頭の中で無意識の内に、撃つ撃たないのスイッチを切り替えているというか、区別をしているからだよね」

 今度は納得する面々。超短文詠唱呪文の使い手が身近にいないと分かりにくい説明であった。

 

 そしてハリーがこのことに気づいたのには、自分がファイアボルトを試したのも理由だが、もう一つ理由がある。一年生の魔法の授業、ハーマイオニーがロンに浮遊呪文を教えていたことを思い出したからだ。

『杖の動かし方はヒューン・ヒョイよ、そして呪文はウィンガーディアム・レヴィオーサよ。ウィンガビアム・レヴィオサーじゃないわ』

 この時、ハーマイオニーは杖を動かしながら説明をしていたが、練習用の羽根は動かなかった。つまり、魔法使いたちも無意識に、発動する、発動させないのスイッチを切り替えているといえる。だからこそ、ハリーはベルの魔法の使い方に気づいたのだ。

 

「だから頭の中というか、心の中というか、意志の中?で?ファイアボルトって攻撃スイッチを入れて、しばらく詠唱をしなかったら、その分チャージされると思うんだ。そして詠唱して撃ち出せば、チャージされた分、威力が上がったファイアボルトになると思う」

 いや、それって難しいんじゃないのか? そんな変なスイッチ、どうやって入れるのさと、全員が心の中で突っ込んだ。ベルはため息を漏らす。

「スイッチというか、なんというか、練習しないと駄目っていうのは、わかったよ・・なかなか難しそうだ・・」

 更にハリーがアドバイスをする。

「攻撃するつもりで、声に出さずに頭の中だけで『ファイアボルト』って唱えてみれば?」

 少なくともハリーが無言呪文を最初に成功させた時には、それでうまくいった。ベルの場合も、超短文詠唱呪文なので、上手くいくかもしれない。

「じゃあ、それでやってみるよ」

 魔法に関しては、魔法使いのハリーが専門なのでアドバイスに従うベル。無言のまま右手を壁に向ける。そしてその姿勢を保つことしばし・・。

「ファイアボルト!!」

 今までにない極太の雷が撃ち出され、ルームの壁を直撃、腹に響く爆発音が響き渡る。煙が晴れると、壁には深さ1M直径3Mほどのクレーターができていた。

「うわぁ・・ すごい威力だな」

 呆れるハリー達。だが、ベルの様子がおかしい。額から汗をダラダラと流している。

「大丈夫ですか、ベル様?」

 異常に気づいたリリルカが慌てて駆け寄る。呼吸も荒くなっているベルは地面へと座り込んだ。

「・・うん、大丈夫。ただ・・なんというか・・きつい」

 それを聞いたリリルカは救急箱から、素早く、ポーションとマインドポーションを取り出して、座り込んだベルに渡す。受け取ったベルは貪るように飲んでいく。

「単純に威力が上がるけれど、その分の精神力(マインド)や体力は消耗するってところじゃないのか」

 ベルが疲れているだけと判断し、安心したヴェルフが推測する。

「威力が上がるが、それ相応の代償があるってことだろう」

「魔法は詠唱文が長くなると、それ相応に威力と消耗度合いが上がります。『チャージ時間が長くなる』=『詠唱文が長くなる』となると、納得いく考えですね」

 ミコトも自分の魔法について考えながら意見を述べる。

「それとやってみて分かったけど、魔法とは違って、平行詠唱みたいなことは出来ないと思う」

 飲んで回復したベルも参加してきた。

「体を動かすと、今までチャージした分が消えそうな感じがした。もう少し、いろいろ試してみるよ」

 

 そうして、ベルはファイアボルトで、能動雷撃の確認を続けるのだった。

 

 そうして確認できたこと。

 ファイアボルトでのチャージは、かなり出来るようになった。心の中で詠唱する方法でスイッチを入れられる。

 チャージをしながらの移動は無理。チャージが消える感じがする。ただしチャージをストップしての移動は出来ないことはない。四回に一回は移動に成功する。

 その場から動かないのであれば、ファイアボルトのチャージは問題なくできるようになった。最大5分。威力はとんでもなく上がる。ただしベルの消耗もとんでもなく凄い。5分のチャージ一回でマインドダウンになり、ぶっ倒れた。

 結論。今まで通りマキシマとつけるのが使い勝手がよい。ただそれ以上の強化が必要な場合は、停止してのチャージが良い。

 それからファイアボルト以外の『アクティブ行動』へのチャージが、まだ上手く出来ない。スイッチの連想、つまりチャージスタートが上手く出来ないのだ。

「アクティブ行動って何でしょうね?」

 リリルカが問いかける。

「ジャンプや攻撃だと思うんだ。だけど、心の中でジャンプって呟いても上手く出来ない。別の方法を考えないと・・」

 

「ベル様、まずは一日目の成果としては十分ではないでしょうか。ポーション類もだいぶん消費しましたし・・」

 本日二回目のマインドダウンから回復したベルに、リリルカが提案する。

「魔法限定だけどチャージできるようになったし、今日は十分だと思うよ。僕も魔法を試せたし」

 箒魔法を使用するには、ダンジョンの外の方が都合がよいハリーも続ける。

「私も、魔法の検証の時は、何日もかけて検証しました。18階層遠征の練習もありますから、今日は、もうこれくらいで良いんじゃないでしょうか?」

 ミコトも続ける。

「そうだね。じゃあ、スキルの検証はこれくらいにして、探索を再開しようか」

 リリルカの膝枕から起き上がると、ベルも探索へと気持ちを切り抱えた。

 

 レベル3へのランクアップを報告した時に、エイナから提案された遠征の話。エイナの言い分としては、レベル3が二人もいるので16階層までの上層での活動は問題はないといえる。ただし、地上から16階層に往復すると、移動時間が大幅にかかる。だったら、いっそのこと18階層を拠点として、泊まりがけで遠征をした方がよい。そうすれば、16階層だけでなく、さらに下層の19階層も探索もできる。レベル3がいるファミリアのギルドへの徴税額は大きくなるので、そうした方が稼ぎが良くなり、楽になる。

 冒険してはいけないと、いつも口を酸っぱくしているエイナからの提案なので、ベルは驚いていた。しかし言われていることは道理に合うことなので、賛成したベル達である。

 その時にエイナからいくつか条件が出された。そのうちの一つが、14階層で戦闘をこなし、ランクアップ後とメンバー追加の調整をすることであった。今日ここに来たのは、スキルや魔法の検証もあるが、調整も目的なのであった。

 ベルたちは検証を停止し、モンスターとの戦闘を再開し調整を始めるのだった。

 




金儲けの話を書いていると、なんだか別の話になってしまったという違和感しかない・・。

補足
フレッジョ
フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの双子のことです。

逃亡生活
ハリポタ第七巻での、魔法省襲撃後のキャンプ生活のことです。

チャージ
 以前ヘスティアが考察していた『スキル未満のスキルの発現』も影響しています。それで戦争遊戯の時にも効果が少し現れています。

次回『18階層遠征』


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18階層遠征

ある意味、今回は日常回です・・




 ダンジョン14階層から帰還し、ギルド(エイナ)へと報告を終えるヘスティア・パーティ。

「お疲れ様、ベル君。調整は終了ということね。うーん、できればミノタウロスとの戦闘もして欲しかったんだけどなぁ。はぐれには遭遇できなかったか・・」

 本来ならばミノタウロスは15階層から出現する。道に迷ったとか、好奇心が強いとか、怖い冒険者に追われた等でもないかぎりは14階層までは来ないものだ。つまり、何か月か前に、5階層でミノタウロスに出会った事は、イレギュラー中のイレギュラーなのだ。

「18階層に行く途中で、ミノタウロスとの戦闘があるだろうけど、咆哮(ハウル)には注意してね。レベル的には大丈夫でしょうけど。あと野営の準備と演習はどんな具合?」

 エイナにリリルカが答える。

「準備は大体終わってます。残るは食料品の買い出しです」

 ベルも付け加える。

「野営の演習は明日からですね」

 テントの建て方、畳み方。竈の設置や、食事の準備。交代での寝ずの番等々。ダンジョンでのぶっつけ本番もありだが、ホームの中庭で演習してみたらとエイナから勧められていた。ナァーザや、リューさんも同じ意見だったので、演習することになったのだ。

 三泊四日の野営演習が終われば、エイナから20階層までのダンジョン講習を受ける。モンスター情報にマップ情報である。イレギュラー発生時の生存確率を上げるため、全員で参加である。

「じゃあ講習は五日後からね。準備をしておくわ」

「お手柔らかにお願いします」

 講習になると人が変わったように厳しくなるエイナ。だが、それは冒険者が安全に地上に帰還してほしいと願っているからこその厳しさである。それを分かっているのだが、厳しすぎるのはやっぱり辛いんだよなぁと、考えるハリー達である。

 

 

 報告と、魔石の換金を終えた皆は、ホームへと帰還するのだった。

 

 

 今日の賄当番は、ミコトと、料理の練習を始めたリリルカ。

 今までハリーがミコトと会話して分かったことは、極東というのは、マグル界でいう二ホン付近。クィディッチ・ワールドカップで負けると、箒を燃やすことで有名な、あの二ホンである。つまり今日は極東風の食事、すなわちワショクが食べられるのである。楽しみなハリーであった。

 

 そんなハリーは食事ができるのを待ちながら、救急箱マーク2の改造を始める。これはリリルカがランクアップしたので、重さをベル・クラネル三人分に増加した新型である。まずはこれに検知不可能拡大呪文をかけて、収納能力をアップさせるのである。遠征までには加工を終えて、予備の救急箱として、持っていく予定であった。つまり加工を急がないといけないのである。だが、ハリーは演習の夜の見張りの時に加工すればよいかと楽観していた。

 加工を続けていくハリー。そうやっている間に、夕食が出来上がり、全員集合するのだった。

 

 

********

 

 

 そして三泊四日の遠征演習が終わった。この四日間はホームとダンジョンの往復だけである。つまり四日分の食料、魔石などのドロップ類を持ち歩いていたのだ。そしてファミリア会議が開催される。

「持ち歩いていない俺が言うのもなんだが、ドロップ品を持ち歩くのが、思っていたよりも大変だな」

「サポーターの大変さが分かるとは大したものです」

 ヴェルフのボヤキをリリルカが褒める。今までは、地上に戻るとギルドで魔石を換金していた。しかし、この四日間は、ダンジョンに潜りっぱなしという仮定で行動した。そのため、ダンジョンで拾った魔石はホームに持ち帰り、翌日またダンジョンにそのまま持ち込んでいたのだ。日帰りであれば、魔石のダンジョンへの持ち込みなど、全くの無駄である。その無駄になった行為が気になるのかヴェルフがぼやいているのだ。

「18階層まで行く途中で拾ったものは、18階層で売りさばくのが良いんじゃないでしょうか。同じ持ち帰るなら、16から19階層で手に入るものの方が質が良いですよね」

 ミコトが提案する。

「18階層の相場は、売る時には地上価格の10分の1、買う時には逆に10倍以上というのが当たり前なんですねぇ。足元を見られた商売になって残念ですが、持ち帰ることが出来る量には限りがあるから、その方法をとらざるを得ないでしょう」

 このメンバーの中でただ一人、18階層に到達しているリリルカが賛同する。

「後は18階層から地上に戻る時もドロップアイテムが出ます。それを運ぶスペースを忘れないようにしないといけませんね」

 重さに関してはスキルのアシストがあるので大丈夫、と言わんばかりのリリルカである。

「それに関しては、救急箱マーク2ができたから大丈夫。バックパックに入れてるポーション類をこちら(救急箱マーク2)に移せば、場所は空けられるはずだ」

 というように気になることがどんどんと話題にあがっていく。

 

「あと万能ナイフがあると良いですね。予備武器としても使えますし、どうせですから人数分買っちゃいましょうよ」

 リリルカが提案している万能ナイフ。刃の長さは30c程、柄の長さも30c程というバランスの武器である。幅が広い刃の片側が普通の剣に、もう片側は荒い鋸になっている。穴掘り、解体、予備の武器と様々に活躍する多用途の武器である。

 ヘスティアも口を出す。

「火をつけるための火口箱は、全員それぞれが持ってた方がいいぜ。何が原因で使えなくなるか予想がつかないからね。・・ベル君は、ファイアボルトで火を起こせるんだっけか?・・」

 もちろんこれは、中層の水場エリアのことを考慮しての発言である。濡れてしまって火を起こせないでは話にならない。エイナからその情報が開示されていないので、ベルたちは、素直に頷くのみであった。

「直撃させると炭になるんで、余波で火が付くように練習してみます」

 それができるんだったら汎用性が高い魔法だなぁと感心するミコトたちであった。

 

 ちなみに今回の野営演習と遠征において、ハリーは野営時用の便利な魔法を使わないように、ヘスティアから指示されていた。つまり使ってよいのは、守護せよ(プロテゴ)麻痺せよ(ステューピファイ)避けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンプラ)である。ハリーの魔法はとても便利であるが、ハリーが魔法界に帰還した後に、残された皆が何も出来ませんでは話にならないからである。

 ハリーとしては魔法を使うまでもなく、マグル製品のライターや着火剤があればいいんじゃないかと考えて、商店街を探してみたのだ。だがそんなものは無かった。これまた何とかならないかと考えるハリーであった。

 

 そうして、気になった点を話し合い、会議が終わる。明日からは、エイナの講習が始まるのでみんな早く眠りにつくのだった。

 

 

********

 

 

 エイナの講習は午後3時ごろからスタートし、7時まで続いた。これが三日間。エイナが実施した確認テストにも合格した。こうして20階層までの情報を頭に叩き込んだメンバーは、遠征へと挑むのだった。

「いいベル君? 17階層の階層主(ゴライアス)は先週討伐されたと報告が入っているわ。あと一週間は現れないはずよ。でも18階層から戻ってくる時に、ゴライアスが出現しているかもしれないから、その時は・・」

「即時撤退ですね。わかっていますよ、エイナさん。そしてどこかのパーティが討伐するまでは19階層の探索に努めますよ」

 ベルがエイナの言葉を続ける。そしてそれに頷くパーティ・メンバーたち。

「じゃあ、明日からの遠征頑張ってね」

 にっこりとほほ笑みベルたちを見送るエイナだった。

 

 

********

 

 

 遠征へと出発し、ダンジョンをひたすら移動し続け、ついに15階層に到着した。ここからは初めての階層である。

「注意する新モンスターはミノタウロス。人の体に牛の頭。レベル2相当の強さで、こちらを強制停止させる咆哮が脅威」

 ハリーが講習を思い出して呟く。マグル界の神話に出てくるミノタウロスと外見は同じモンスターらしい。

「力、耐久が高い。身長2Mの筋肉質の体は鎧のように頑丈。戦う際には注意だったな。言ってる間に早速お出迎えだぜ」

 ヴェルフも呟く。

 

 噂をすれば影ではないが、ミノタウロスの群れが現れた。迎え撃つベルたち。陣形は、ベル、ヴェルフ、ミコトが前衛。ハリーとリリルカが後衛である。

 ミノタウロスの咆哮が戦闘の始まりを告げる。ハリーとリリルカは簡単に耐えられた。ベルとヴェルフも首をすくめるだけで耐えた。だが、ミコトの動きがおかしい。わずかにふらついている。そのミコトを狙ってミノタウロスが迫りくる。

切り裂け(セクタムセンプラ)麻痺せよ(ステューピファイ)

 ミノタウロスを切り裂き、そして赤い光線が迸り、一番近くのミノタウロスを打倒した。

「助かります!!」

 ふらつきから回復したミコトが叫ぶ。倒れたミノタウロスを乗り越え、殴りかかってくるミノタウロス達。ヴェルフとミコトが、剣を振り回して応戦する。その隙にベルがスピードを生かして、横から突撃しモンスターの群れを突き抜けざま、足の腱を切り刻んでいく。そしてドラキチを納刀し、右手をミノタウロスに向ける。

「──ファイアボルト・マキシマッ!」

 詠唱前にもチャージしたファイアボルトなのか、極太の炎の雷が撃ち出され、二体のどてっばらを貫き、三体目の腹に大穴を開けた。残されたミノタウロスも目に見えて怯む。その隙を見逃さずに、ヴェルフとミコトが残りを掃討するのだった。

 

 ちなみにハウルを受けたミコトが言うには『咆哮のあまりの大音量に耳が痛くなった。次回からは大丈夫』とのことだった。五感を鍛えている忍者ならではの、ふらつきだったようだ。

 

 

 そうしてモンスターとの戦闘を繰り返し、ついに17階層に辿り着く。ここで現れるモンスターは一種類のみ。

 階層主ゴライアス。

 身長7Mを超える巨人。その強さはレベル4相当。17階層近辺の他のモンスターの強さはレベル2相当である。これを考えると、突き抜けた破格の強さを誇る。

 今でこそオラリオにはレベル4以上の第一級、第二級冒険者が存在し、ゴライアス討伐もかなり容易になってきている。だが、ダンジョンができた初期の時代はどうだったのか。16階層までのモンスター相手に戦闘を続け、レベル4までランクアップを続けることは難しい。良くてレベル3、殆どがレベル2だったはずである。そのレベルで格上のゴライアスに挑み、撃破したのだ。苦労したに違いない。しかも約二週間後に再出現。帰るに帰れず、18階層で足止めになった人たちもいたであろう。

 

 そんな昔の事をことを考えつつ、16階層の階段から気配を探るが、静かなものである。情報通りゴライアスは前回の討伐後から、再出現していないようだ。

「居ないようだね」

 ほっとしながら、ルームを進むパーティ。ルームとは言うが、他の階層のルームとは規模が異なる。今まではせいぜいが20から30M四方の広さだった。だが、この17階層は、ルームの主、巨人ゴライアスが走り、跳び、存分に戦闘力を発揮できるように、一つの階層丸ごとが恐ろしく広大なルームになっているのだ。

 

その一角の巨大な壁の前を歩きながら、出口、18階層への階段を目指す。

「この壁が、嘆きの壁。ゴライアスが出現する壁か・・」

 ハリーはまじまじと壁を見つめる。ゴライアスの出現時期に、壁を壊して出現を邪魔し続けたら、どうなるんだろうと考えているのだ。多分、過去1000年の間にやってみた冒険者がいるだろう、地上に戻ったら調べてみようと心にメモする。それよりも18階層である。

 

 階段を下りて、18階層へと足を踏み入れる。視界を遮るものがない広大な空間。風がわずかにあるのか、地面に生えた草が風にたなびいている。あちらこちらには木々が生えている。それどころか、場所によっては密集して生い茂り、林や森といっていいほどだ。頭上を見上げてみれば、まぶしい青空である。ダンジョンをずっと下ってきたのでなければ、別の入り口から地上に戻ったのかと見間違う光景だった。

「青空かー、聞いてはいたけれど、不思議なものだね」

 ベルの感嘆の声に、リリルカが説明する。

「天井に水晶があって、時間と共に光り方が変わっているんです。夕方には暗くなっていって、終いには夜になりますよ。不思議なことですが、何でこんなことが起こるのかは、分かってないんですよ、ベル様」

 その説明を聞いたハリーが思い出すのは、ホグワーツ大広間の天井。その時々のホグワーツの空を映し出した天井だった。こちらの18階層での天井には天気がないのだが・・。

「まずは町に行ってドロップ品を売り払ってしまおう。リリ、道案内を頼む」

 ベルの指示のもと、皆で街に向かう。

 

 湿地帯に浮かぶ島の小高い場所。冒険者によって作られ、冒険者によって統治される、ギルドの手が届かない無法地帯。それがリヴィラの町。武器などの装備品や食料品を売っている店、酒場などが雑多に我が物顔に並んでいる。聞いた話によると、ぼったくり価格であるが宿屋もあるそうだ。そんな中見つけたドロップアイテムを扱う店で、荷物を売り払う。

「まあまあの値段でしたね・・」

 交渉はリリルカに任せ、他の者は舐められない様に、後ろで厳つい顔をして並んでいた。とはいえ、それが役に立ったとかどうかは疑わしい。店主自身もこちらに負けず劣らずというか、絶対に勝っているぐらいの、傷だらけの年季が入った迫力ある顔だったのだ。

 それに厳つい顔以前に、ベルがいれば十分なようだった。というのも、一番後ろで控えていたハリーの耳にいろいろな呟きが入って来ていたのだ──

『あの(ミコト)、美人じゃね』

『やめとけ、連れを見てみろ、白髪赤眼。あのヒュアキントスを倒した兎の仲間だ』

『ゲェッ、あの借金王かよ! やべぇ!』

 ・・かなり不本意な言われ方をしているが、絡まれたりするよりは良いだろうと判断して、黙っているハリーだった。

 

「じゃあ、町の外に移動。野営の場所を見つけよう。水場があるところ分かる?」

「大丈夫ですよ、何箇所かあります」

 用は済んだとばかりにリヴィラを後にするパーティであった。

 

 

********

 

 

 テントを立て終え、竈を設置し、野営の準備を終える一行。

初の遠征ということで、団長のベルが挨拶した後に、水で乾杯して食事が始まる。一般的な遠征食である。

 ちなみにハリーが考えた即席ヌードルは、試作品をミコトが食べて、あんまりにも残念な味に涙した。フリーズドライ製法が上手くいかなかったのだ。改良を続ければ何とかなるとは思うのだが、多大な研究時間と資金が必要だと判断され、やめることになった。アイデアだけは纏めているので、機会があれば、ヘルメス・ファミリアに相談してみることにファミリア会議で決定した。

 食べ終わった後に、片づけをして、見張りを残して眠りにつく。冒険者は眠れる時に眠るのも仕事。師匠(アイズ)の言葉を実践するベルである。

 

 

 翌、早朝。ハリーはなんとなく目が覚めてしまい、テントから外に出る。見張り役のヴェルフが、地面をがりがりと小枝でひっかいて落書きをしている。まあ、見張りは暇だからねぇ・・と自分が見張りの時を思い出して、苦笑するハリー。挨拶をして、焚火を挟んでヴェルフの正面に座る。

「寝なくて良いのかい? 朝まであともうちょい時間があると思うぜ」

「ああ、もう良いんだ。なんだか目がさえちゃってね。実はさ、昨日の野営で思いついたことがあるんだ。ベルが火口の代わりにファイアボルトで火をつける練習したじゃないか」

「ああ、結構、苦労してたな」

 話が見えないヴェルフ。

「あれを魔剣で代用できないかな。一瞬で強力な炎を撃ち出すんじゃなくて、弱くて小さな火をしばらく吹き出し続ける感じで。それも小型のナイフぐらいの大きさで」

 ハリーの提案に考え込むヴェルフ。

「やって、やれないことは、・・ないかな? 強力な魔剣ではなく、ごくごく弱い魔剣か・・。いや、魔剣にも分類されない弱さか。おもしろい。やってみよう」

 ニヤリと笑うヴェルフ。今まで魔剣を造ってくれと言われた場合、強力な魔剣をと言われていた。もちろん、無視して造らなかったが。

 ところがハリーの提案は、野営用の火をつける程度のとても弱い威力の魔剣。今までの依頼と全く逆である。たいていの鍛冶師が目指すのと逆の方向、弱い弱い魔剣である。なんとなく天邪鬼精神に火が付いたヴェルフは、地上に戻ったら早速作ってみることに決めたのであった。

 

 

********

 

 

 二日目は、16階層の探索。

 ライガーファング、ワーム、ミノタウロス、たまにヘルハウンドとの遭遇。午後半ばで早めに撤収し、ドロップ品を売却後、二回目の野営をする。疲れが溜まってきているのか、二回目の野営ということで慣れたのか、ぐっすりと眠るメンバーであった。

 

 

 三日目は19階層の探索。

 バグベアーなどの初見のモンスターとの戦闘。さらには、まさか出会うとは思わなかったガン・リベルラとの遭遇。しかもバグベアーとの戦闘中の背後からの奇襲攻撃。だがハリーが切り裂け(セクタムセンプラ)で空中のガン・リベルラを撃墜。地上でもがいている所を、リリルカが救急箱マーク2で、文字通り叩き潰して撃退した。

 その後の探索は、危ない場面に合うこともなく継続された。翌日の帰還の準備のため、昨日と同じく午後半ばで撤収し、不要なアイテムの売却を行った。演習を含めて、野営をするのは、六回目。さすがにテントの設営などには、熟れてきた面々である。初日よりはだいぶん手際よく設営を終わらせることができるようになった。

 

 

 四日目。地上に向けて出発。17階層でゴライアスが予定よりも早めに出現する事も無く、無事に地上へと帰還する。

 

 ドロップ品の売却は翌日にすることにし、ギルドに帰還の連絡を入れてホームへ向かう。入り口では、ヘスティアが待ち構えていた。

「いよぅ、おかえり。初の遠征お疲れ様! どうだったい? 18階層は? まぁ、荷物を降ろして今日は休むことだね」

 主神(ヘスティア)の顔を見てほっとする面々。安心して気が抜け、疲れていることを実感する五人。荷物を降ろし、風呂に入る。夕食は、なんと1日限定10食の、特製じゃが丸君弁当が人数分も用意されていた。

「疲れているだろうから、今日は作らなくても良いように、豪華弁当を準備しといたぜ!」

 確かに疲れている身で、さらにおさんどんをするのは億劫だ。皆はヘスティアの心遣いに礼を言って夕飯を食べ始めた。交わされる会話の内容は、もちろん遠征の事。18階層の見事な風景だとか、嘆きの壁がでっかい等々尽きることがなかった。それらすべてに、ヘスティアは目を輝かせ、話に聞き入るのだった。

 

 

こうして、ヘスティア・ファミリア初の遠征は終了した。

 




補足
リリルカ
最初の自己紹介の時に、19階層まで行ったことがあると、セールストークしています。

火口箱
マッチが在るかどうか不明だったので、火口箱としています。ライターは無かったと思いますが・・。

万能ナイフ
解体に使う、ゴミ入れ用の穴を掘るのに使う、柄の部分に棒を縛り付けて即席の槍にする等の使い方をするそうです。荷物を大量に持てないから、多用途に使用できる武器を、リリルカは提案しています。とはいえ武器としての性能は高くないです。メインの武器がなくなり、サブの武器も無くなり、予備の武器も無くなって困った時に使うような、本当の本当に予備ですね

ミコトがミノタウロスの咆哮でふらつく。
龍鳴閃というものがあり、五感を鍛えている忍者は、これを使われると耳が痛いそうです。なら、咆哮も大声なんだし耳が痛いよねと考え、1回目だけ、ちょっとふらついてもらいました。

ゴライアスの出現時期に、壁を壊して出現を邪魔し続ける
止めろ、ハリー。ジャガーノート=サンが天井から、挨拶してきたらどうするんだ。

弱い弱い火を吹き出す魔剣
剣の形をしたライターです。ちゃっかまんともいいます。

二日目、三日目、四日目。
モンスターとの戦闘を繰り返します。パーティメンバーが固定だと戦闘パターンが固定されてきて、同じような戦闘描写になってしまうんです。それでダイジェストで御送りしました。

次回。『作製。そして返済』


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作製。そして返済

「一回の遠征を長期化するか、短期の遠征を何度もするか」

 

 遠征から帰還した報告─全員無事帰還、到達階層更新等─をギルドへ済ませて、不要なドロップ品を売却。そうして始まったファミリア会議。リリルカが全員を見回して、説明を開始する。

 最初の遠征は、大成功といってよいだろう。

 まず、ファミリアとしての到達階層の更新。14階層から一気に19階層まで更新した。

 続いて19階層のドロップ品を売却したことによる経営の黒字化。ギルドへ徴税金を支払ってもおつりが出るものだった。とはいってもレベル3が二人もいるので、当然の結果であろう。

 そこで問題になるのが、冒頭のリリルカの発言、これからの探索をどうするのかである。資金的にも、アビリティを伸ばすためにも、できるだけ深い階層に挑むのが良いのだが・・。

 

「問題は食料品などの補給ですね。長期間遠征をするには補給が不可欠です。18階層で補給をしながら遠征を続けるには、物価の関係でまだ我らがファミリアには資金が足りません。となると地上から補給品を持ち込むために、サポーターを追加で雇う必要があります。もしくは、ハリー様どうぞ」

検知不可能拡大呪文をかけた(大量にものが入る)カバンを使う方法がある」

 ハリーが説明する。

「魔法をかけることによって、見かけ以上に大量に物が入るカバン。これを使えば、補給の問題はかなり解決するはずだ。少なくとも、現在の4倍ぐらいは運べるから、30階層程度までは、大丈夫になるんじゃないかな」

 それを聞いたヘスティアが驚きの声を上げる。

「しかし、そんなカバン、聞いたこともないぜ。買うと高いんじゃないのかい?」

 ニッコリ笑ってハリーが答える。

「大丈夫、問題ないです。何故なら、僕が今から造るからです。ただし、造るのに専念したいので、しばらくダンジョン探索は参加できないんだけれど・・」

 パーティの主力が一人抜ける。しかし、これは、将来的には有りうる事態である。

「大丈夫。前衛を、ヴェルフ、ミコトさんが。僕が中衛兼、後衛をすれば問題ないと思う」

 そう説明して、大丈夫だと保証するベル。それにヴェルフが付け加える。

「実は、俺もちょっと造りたい剣があるんでな。ハリーがカバンを造った後に、交代で武器造りに専念したいんだが、良いか?」

 それにベルが一瞬考えてから答える。

「その場合は、前衛を僕とミコトさんが、後衛をリリとハリーがするから大丈夫かな」

 ヘスティアが、ふむふむと考えて感想を言う。

「人数が増えてくると、パーティの組み合わせも色々と有るわけだね。状況によってメンバーが変わるのも、君たちにとっては良い経験になるんじゃないかな? 場合によっては他のファミリアと合同で探索、遠征をすることもあると思うぜ?」

 実際ロキ・ファミリアは、前回、ヘファイストス・ファミリアに依頼し、鍛冶師を組み入れて遠征に赴いている。他にも、ギルドからの強制依頼などで、別ファミリアと組むこともある。ヘスティアの言うことは実際にありうることなのだ。

 

 以上の事を踏まえて、まだ当分の間は、地上からの日帰りでの探索、それと18階層を拠点とした短期の遠征を繰り返す事に決定した。

 

 

********

 

 

 さて、その後ヘスティア・ファミリアでは、作成に専念するということでハリー、ヴェルフが交代でパーティを一時離脱。リリルカもステイタスを伸ばすために前衛に出て、ハリーがサポーターというか荷物持ちをするなど、色々とパーティ編成を変更してみた。そして、実感して分かったことは、パーティの中核はベルとリリルカの二人だということだった。

 ベルは二刀流で前衛として戦い、魔法で空中のモンスターも攻撃でき、速度を生かした中衛ができる。

 リリルカは、荷物持ち、地図を覚えての道案内、モンスターの解体ができる。この解体作業をリリルカ程手際よく出来るメンバーがいなかったのだ。ベルやハリー達が一体のモンスターから魔石を取り出している間に、リリルカは三体のモンスターの解体を終えているのだ。

 そして14階層で様々なパーティ編成の連携調整をしたあと、18階層遠征を実施。資金面でも、各自のステイタスも、大きく成長したのであった。そして、そろそろ16~19階層ではなく、19~21階層をメインの探索場所にする事を考え始めた。

 

 

 ハリー以外のメンバーが遠征に行っている間、そして、自身が遠征に参加している間も、ハリーはカバンを作成し続けた。その甲斐あって、七個のカバン─名前が長いのでマジックバックと命名した─を完成させたのだった。

 二つは、自分たちで使う。救急箱マーク2も加えると3個である。ちなみに、最初の救急箱は使われなくなった。今は、ベル(とハリー)からの最初のプレゼントということで、リリルカの自室で大事に保管されている。

 従って一個当たり2000万ヴァリスで売り払えば、全部で1億ヴァリス。借金返済に間に合うのだった。さて、次の問題は、何処に売りつけるかである。2000万ヴァリスを支払い可能で、かつ伝手があるところは・・。

 ロキ・ファミリア。

 ヘファイストス・ファミリア。

 ヘルメス・ファミリア。

 これだけであろうか。後は、もしかしたら払えるかもしれない、タケ・ファミリア。

 

 

 結論から言うと、完売できた。

 

 売り込みにロキ・ファミリアを訪れた時、リリルカが2400万ヴァリスを提示。予め知っていなかったら、ハリーは驚いた表情をし、その後の商談の流れをぶち壊していただろう。それに対して、団長のフィンは、高すぎるとして1600万ヴァリスを逆提案。

 リリルカが、大量に運べるだけでなくカバンに入れると重さを感じない等、値段が高い理由を述べ、ちょっとだけ下げた値段を提示。

 フィンも負けじと、カバンの入れ口のサイズが小さいので大きなドロップ品を入れられない等、値段を安くする理由を言って、ちょっとだけ上げた値段を逆提案。

 

 二人がそんな応酬を何度も繰り返すたびに、互いの金額が近づいていった。最終的に、リリルカの提案『この値段で二個買ってくださるなら、オマケとしてハリー印の魔法薬瓶50本をつけましょう』が話の流れを変えた。

 そしてハリー印の魔法薬瓶のアピールポイント、割れにくい事の説明。実験のためにリリルカが床に叩きつけてみせた。割れなかったので納得する面々。もっと数が欲しいというフィン。残念ながら入手が困難と渋ってみせるリリルカ。もし追加で作成出来たら、優先的にロキ・ファミリアにに売って欲しいとフィンが伝え、商談は終了する。

 こうして、一個当たり2100万ヴァリスで二個売れたのだった。

 

 黄昏の館を出て、ハリーはリリルカに尋ねる。

「割れにくいといったのは何故なんだい?」

「割れないと言ったら、防具代わりに使いそうでしたから」

「防具にするのは流石に無理だよ。盾の表側全部に瓶を並べて使うのはちょっと、ねえ?」

「いや、あの勇者なら、ひょっとしてひょっとしますですよ?・・」

 と呟くリリルカであった。

 

 

 

 ヘファイストス・ファミリアでも、団長に好評で、これがあれば試し切りに行く時に大量に持ち込めると、にこにこと笑いながらの商談であった。()を持ち込むつもりなのかは聞かなかった。

 

 

 ヘルメス・ファミリアでは、ヘルメスから、誰が作ったのか、作成方法はどうやっているのかと、かなり突っ込んで訊かれたが、すべて秘密ですと、はぐらかして答えた。とは言え、それで諦めるヘルメスではない。しつこく問い詰めるヘルメスに、リリルカの怒りが炸裂してしまった。アポロン・ファミリア開催の神の宴で、ベルとアイズが踊るきっかけづくりをしたと聞いていたのも、怒りの要因だったのかもしれない。

 リリルカ曰く、『商人の仕入れルートを探ろうとするのは、冒険者のステイタスを詮索するのと同じぐらい御法度です!!』

 そうして2500万ヴァリスに値上げした。

 ヘルメスがこのカバンの作成方法を知りたがったのには、少し理由がある。彼のファミリアの団長アスフィが神秘のアビリティを持ちで、様々なマジックアイテムを作成していた。そんな彼女ならマジックバックも作成できるのではと、ヘルメスは考えたのである。それで少しでも情報を得ようとしたのだ。だが失敗してしまった以上は、もう現物を買い込んで、参考にするしかない。渋々とその金額で購入したのだった。

 

 タケ・ファミリアでは戦争遊戯の際に砦の地図を貰ったので、提示額は2100万ヴァリスにしたところ、即決で買い取ってくれた。長期の旅行に助かるとのことだった。

 ハリーとしては、タケ・ファミリア団長達の格好が忍者であること、砦の内部地図を持っていたことから考えて、スパイ活動に使うのかなぁと考えていた。スパイ活動には関わらないことが一番と思ったので、何も詮索はしなかったが・・。商談が終わり、タケと雑談をするハリー。

「団員の皆さんは、普段から、いつも忍者の格好をしているんですか?」

「うむ。ニンジャの格好がいわば、我がファミリアの制服(ユニフォーム)だな」

 そしてニヤリと嗤うタケ。

「ニンジャという言葉を知っているから、特別に教えてやろう。逆に言うと、ニンジャという人目を惹く格好をやめれば、普通の服を着込んでしまえば、我らのメンバーだとわからん。つまり完璧な変装(カモフラージュ)になるのだ」

 あ、なんか藪蛇だったかなと思い、愛想笑いを浮かべるハリーだった。

 

 

こうして、ハリーは1億800万ヴァリスを用意できたのだった。

 

 

 ちなみに借金返済のためにハリーが考えていた、もう一つの方法。検知不可能拡大呪文をかけたテントの作成であるが、こちらは、作成に失敗していた。原理としては同じなのだが、どうしても上手くいかないのであった。原因として考えられるのが、元々の入り口サイズ。カバンとテントで違いすぎるからだろうと諦めたのだった。

 そしてハリー印の割れない魔法薬瓶も、200本ほど作成していた。50本はロキ・ファミリアにオマケとして引き渡すが、残りはミアハ・ファミリアに渡して、こちらに納品するポーション類に使う予定である。まじめな話、ハリーは頑張ったのだ。

 

 

********

 

 

 善は急げと、ハリーは鍛冶神(ヘファイストス)の所に返済に出かける。杖の報告に来たといえば、あっさりと主神の所まで案内された。

「じゃあ、さっそく、杖の使い心地を報告してもらおうかしらね?」

 とはいえ、事前に報告書を作成していたので、それを渡して説明するだけの簡単なお仕事である。スムーズに報告は終わった。

「・・やっぱり、重さが気になるようね・・でも、鋼なみの強度を確保するには圧縮は不可欠、片手剣より軽いのは確か。いや、強度はそこまで必要なければ、圧縮率を下げて軽くできる・・。この際もう重さは良いとして・・芯は二重構造にしてみる・・スタッフにして両手で扱うようにすれば・・槍、それに弓矢にも応用が・・」

 ぶつぶつと自分の世界に浸っている鍛冶神。ハリーは咳払いをして、鍛冶神を呼び戻す。

「それでですね、借金の事なんですけれど、1億ヴァリス用意できたのでお渡ししたいんです」

 そういうとハリーはマジックバッグの売り上げを机の上に置いて、鍛冶神に差し出した。

「いえ、これは受け取れないわね。借金は私とヘスティアとの個人的な問題よ。貴方から受け取る義理はないわね」

 ちょっと視線が冷たくなった鍛冶神。彼女は、ヘスティアがハリーに借金を肩代わりさせていると思ったのだ。

 

「はい、だから、返済ではなく、お渡しするんです。

 ナイフに関しては、これからもベルが、つまりファミリアメンバーが使っていくでしょう。いわばナイフはファミリアと一緒にいるわけです。

 でも杖は違います。実は僕はレベルが上がったら、故郷に帰る予定です。その時杖も一緒に持って帰るんです。いわば僕の我儘で、杖はファミリアと引き離されるわけです。それはさすがに申し訳ないと思うんで、杖の分のお金をお渡ししたいんです」

 ハリーが真摯な表情をしているのを見て、考えを改める鍛冶神。

「ヘスティアはそれを承知しているのね?」

「杖を持って帰るということは知っています。でもお金を今渡そうとしていることは知りません。それでお願いなんですが、借金はこれで返却したということは、黙っていて貰えないでしょうか。それで、ヘスティア様が今後働いて返却してくるお金は、積み立てていてください。そしてベルたちが困った時に、そのお金を渡してください。将来の保険ということです」

 それを聞いた鍛冶神は、呆れ返っていた。

「貴方、良くもまぁ、面倒なことを考えるものねぇ・・」

 武器生産のトップ・ファミリアの主神に、金を預かってくれという頼み事である。とはいえ、借金の3分の1は返却になる。そのことを知らないヘスティアは、今返却された分も返却するため、真面目に働き続けるだろう。自堕落生活を防止するには、良い材料になるのだ。そう考えて、深い溜息をついた。

「なんというか、ヘスティアには勿体無い眷属ねぇ。いいわよ、やってあげようじゃないの」

 ヘスティアに甘い鍛冶神は、ハリーの申し出を受けるのだった。こうして杖の分の返済は無事に終了。つまりヘスティアの借金は、本人が知らない間に、3億から2億に減額されたのだった。

 

 

********

 

 

 ヴェルフは剣の作成をしていた。野営の時にハリーと話していた。弱い弱い魔剣。

 柄も含めて25C弱のサイズ、剣というよりナイフである。打ち終わったばかりの魔剣を手にしたヴェルフは、それを木屑に向けて発動させる。刃の先端から弱弱しいオレンジ色の炎が噴き出す。それを受けた木屑は赤くなり炎を上げて燃え始めた。

「ほー、上手くいったなぁ・・」

 弱い魔剣であるため、直ぐに崩れ落ちる事はない。しばらく遠征で使い続けても大丈夫であろう。その魔剣を10本ほど作成した後、ヴェルフはつぶやいた。

「それじゃ、練習はこれくらいにして、次を造りますかね」

 そして、再び炉に向き直るヴェルフ。彼がその『次』を作り出すのには、もうしばらく時間が必要だった。

 




これで、ハリーの杖、ヘスティア・ワンドの分の借金は返済しました。ロキの予測が正しいとすれば、後はレベル4になったら、ハリーは心残り無く帰れるわけです。遠征を繰り返してステイタスも伸びているから、もうちょっとですね。

補足
アスフィ
ヘルメス・ファミリア団長。青髪で眼鏡をかけたクール・ビューティ。
空を飛べるようになる靴を作成、装備している。つまり現時点で、ハリー以外で空を飛べる唯一の人物。ただしこのアイテムの存在は秘匿され、ほとんどの人は知らない。
ハリーが作ったマジックアイテムも、そのうち再現してくれそうですね。

ニンジャという言葉
使ってしまったが、うぬの不覚よ! ハリーは要注意人物としてマークされました。
この言葉をオラリオで知っているのは、発展アビリティ忍者をもっているアイズとその主神周辺、タケミカヅチ・ファミリア、ミコト、ハリーぐらいですね。

積立
実際に積立が始まるのは、ナイフの2億分を返却してからになります。だいぶん先の話ですね。

ヴェルフの次
変わり種の魔剣です。原作に出てくるヴェルフの魔剣のような凄いモノではないです。


次回『戦争』


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戦争

時間経過が原作とかなり剥離していますが、ご容赦ください。



「良い眺めだ、来てもらってよかったよ、ポッター君」

 そう呼びかけるのは、フィン・ディムナ。彼は今、ハリーとティオネの三人で、新しい箒ダムセルフライ─魔力を消費しない箒もあったほうが良いということで、新規に作成─に乗りこみ、高空から戦場を偵察しているのだ。

「やはり上空からの方が、敵の布陣の様子が分かりやすい」

「そうですね、さすが団長です!」

 眼下の戦場で戦っているのは、ラキア軍とオラリオ連合軍である。

 

 ラキア。軍神アレスを頂点にする、国全体で一つのファミリア。オラリオの富を狙い、今までに何度も、万を超える軍勢で戦争を仕掛けてきている。ただ、悲しいかな、構成員の殆どがレベル1。居てもレベル2、極めて稀にレベル3が存在する程度なのだ。これはオラリオ外部では強力なモンスターが存在せず、ランクアップする要因が無い事が原因である。

 

 対してオラリオ連合軍。冒険者は、モンスター蔓延るダンジョンで戦闘に明け暮れている。そんな冒険者が所属する探索型ファミリアが、連合軍の中核を形成しているのだ。所属団員はやはりレベル1が多いというものの、レベル2、3はもちろん、第一級、第二級冒険者も参加している。それだけではない。ギルドの要請により、世界最高レベル7のオッタルも、今回はファミリアを率いて参加しているのだ。人数で劣っていても、レベルでは圧倒的に勝っている。

 

 そしてレベルの差は極めて大きな戦力差である。戦争遊戯(ウォーゲーム)でベル達が、レベル1のアポロン団員達を、あっさりと突破した事からも分かるだろう。この時代、単純比較するならば、量よりも質が重要なのである。

 

 従ってラキア軍が勝利するためには、レベル差を出し抜く巧妙な作戦が必要となる。とはいっても、ラキアトップのアレスが残念な性格なので、力押しの正面からの突破作戦ばかり採用しているのである。当然そんな単純な作戦であれば、レベルで優っているオラリオ連合軍は、負けることはない。更に、オラリオ連合軍はフィンが指揮を執っているのだ。

 

 そして、そんなフィンが駄目押しの策として、ギルドに要請したのが、ハリーの連合軍への参加。箒に乗って空中偵察を行えば、戦局をより優位に持っていけると考えたのだ。その為、ハリーを含むヘスティア・ファミリア全員が連合軍に参加していた。

 

 そしてフィンが空中偵察に出かけるのであれば、当然、ティオネもついてくる。そしてハリーの視力では無理だが、レベル6のフィンたちには、戦場全体が明瞭に見えているようだった。戦況を確認しつつ、フィンが独り言を呟いている。

「基本的な、重装歩兵を中心とした布陣。両翼も基本にのった教科書に載せたいようなお手本のようなものだ。だが、全局面でオラリオ側がラキア軍を食い止めて─」

 その瞬間、ブラッジャーが来るという直感に従い、ハリーは急旋回で回避行動をとる。そのそばを高速で飛び抜ける巨大な矢。

「バリスタによる対空射撃。ドラゴン・スレイヤーのことはラキアも確認済み。まあ、さすがに時間がたっているから、知られているか。とは言え発見されるのが早いな・・」

 そうしている間に、第二、そして第三の矢が飛来してくる。だが下からくると分かっていれば回避は容易。素早い箒捌きでことごとく回避するハリー。その間も偵察を続けていたフィンは、頃合いかと判断し、ハリーに帰還を促した。

 

 

********

 

 

「・・というわけで、戦況事態は問題ないと思ってて良いはずだ」

 フィンはロキにそう報告する。横で聞いていたタケが自分の眷属が調べた内容と、フィンの偵察内容をすり合わせ、確度が高い情報へとまとめ上げていく。そして戦場一帯の地図上にオラリオ連合軍とラキア軍の駒を置き、現在の戦況を示して見せる。

「なるほど。で、何が問題なんや?」

 此処は、オラリオ連合軍の一応本部。ロキ、ガネーシャ、フレイヤと各ファミリアのトップが集まってフィンの偵察報告を受けている。

「補給部隊の位置が、想定よりもだいぶん後ろだ。後ろ過ぎるといってよい。前線に補給物資を届けるには、あの距離は手間がかかりすぎる」

 ロキとガネーシャは興味深げに聴き入り、フレイヤは退屈なのか欠伸を可愛らしく噛み殺していたが、立ち上がった。

「私は、これで失礼するわね。オッタル、私の代わりに話を聞いていてね」

 そういって天幕から出ていった。止めても無駄だと分かっているので、止める者はいなかった。

 

「それからお前は何を推測している? すでに考えているのだろう?」

 世界最高峰のレベル7。あふれる存在感をそのままに、オッタルがフィンを急かす。

「一つ目。今の敵の前線部隊が、捨て駒なので補給する気が無い」

 過去のラキア迎撃戦にも参加しているガネーシャが反論する。

「アレスは脳筋だが、あれで眷属は大事にしている。眷属を見捨てるような作戦は取らんだろう」

 その言葉にロキはじめ他の神々もうんうんと頷く。

「だとしたら、二つ目。逆に前線部隊が補給を取りに来る。つまり、前線の位置を補給部隊近くまで下げる予定で布陣している」

「そっちの方が可能性としては有りそうだが、単細胞のアレスにそんな事を考える事が出来るか? 優秀な司令官が採用されたという情報も入手出来ておらんが・・?」

 タケがそれに異を唱えるが、一つ目よりは有りそうである。

 

 そしてオッタルもフィンに問いかける。

「前線をそこまで下げたとして、ラキア側は何か得があるのか? 地形的にも何も変化はなかったと思うが?」

 フィンはニッコリ笑うと、タケが作った戦況地図上の補給部隊が居る所を指し示す。

「ここが補給部隊が居る所だ。そして我々が居るのは、此処。そしてラキア軍との戦闘場所、つまり前線がこの辺り。ところが前線がこの補給部隊の近くまで移動すると、こうなる」

 何もない平野を、前線を表す連合軍とラキア軍の駒が移動し、軍補給部隊の近くで停止した。

「つまり、我々の背後が平野になってしまう。我々、冒険者は馬を使わないが、ラキア軍には騎馬隊がいる。騎馬にとっては、平野は走りやすい地形だ、その機動力を存分に生かせる」

「つまり、騎馬隊がうちらの背後に回りこんで奇襲か、包囲攻撃をするっちゅうことか?」

 納得したロキ。

 

「それと、我々の補給部隊も狙うだろう。だから僕たちとしては─」

 そう言うとフィンは更に駒を動かし、前線をラキア補給部隊の向こう(ラキア)側まで移動させた。

「─いっそのこと、更にラキア軍を押し込んで、敵の補給物資をさっさと奪い取ってしまおう。そうすればラキア軍は継戦能力は無くなるので、撤退せざるを得ない」

 フィンの勝利予告宣言に、勝ったも同然と喜ぶガネーシャ。だが、フィンと付き合いが長いロキとオッタルは厳しい顔のままだ。戦場も計画通りには進まないと知っているタケも無表情のままである。

「で、お前は何を心配しているのだ? 話せ」

「親指がね、疼くんだ。今までに無い程の疼きかたでね」

 

─フィンの親指が疼くのは、危険を知らせる為─

 

 有名な話である。そして過去にないほどの疼き方。

「だから不安要素を取り除くためにも、さっさと進軍して終わらせてしまおう」

 

 

********

 

 

「進軍速度を上げるのは良いとして、ラキア軍の情報が欲しい。部隊長、出来ればもっと上の階級の者を捕虜にしたい。出来るかい、アイズ?」

「造作もない。朝の内に捕まえておく」

 此処はロキ・ファミリアの天幕。幹部がロキを中心にして会議をしている。連合軍の会議で、進軍速度を上げて、速攻で戦争を終わらせる事になったが、実はフィンはまだ不安なのだ。それでラキア軍が何を計画しているか、捕虜をとって尋問することにしたのだ。そのため、最も身軽なアイズに指示が下った。もちろん、これはファミリア独断での行動だ。

「ヘスティア・ファミリアからポッター君に来てもらって、尋問に立ち会ってもらおう。ラウル、すまないけど、連絡お願いできるかい?」

「大丈夫っす、今から行って来るっすよ」

 ラウルが素早く天幕を出ると走り去った。

 

 そしてロキがニヤニヤしながら、、フィンに小声で問いかける。

「ハリーはん、偵察に尋問に大活躍やな~。おまけにマジックバッグや、魔法薬瓶の作成も出来るときとる。入団、承知しとけばよかった~と思っとるんちゃうか?」

 つい先日に購入したばかりのマジックバックと魔法薬瓶、今まで存在もしなかったアイテムである。リリルカは仕入れ先が別にあるような口ぶりだったが、ハリーが所属するファミリアが売り込みに来ていた。ハリーの事情を知らないならまだしも、知っていれば、真相はバレバレであった。

 苦笑しながらもフィンは、そんなことはないと、答える。

「ポッター君は冷静な性格だからね。別のファミリアであっても友好関係を築くことは難しい事じゃない。こちらが友好的に接すれば良いだけだからね。であれば、特に問題はないと思うよ」

 入団拒否の理由を、ハリーは冷静に受け止めていたことから、フィンはそう判断していた。だが、フィンが残念がるのを期待していたロキは、面白くなさそうな顔になるのだった。

「じゃあ、明日に備えて、各自解散して休息すること」

 不安が有るにしろ、冒険者は体が資本。眠れるときに眠っておくのも大事な仕事なのだ。

 

 

********

 

 

 そして翌朝。

「では行ってくる」

 そう言うとアイズは、ひょいと、敵部隊の上に文字通り跳び乗った。すぐさま敵兵の肩から肩へ、兜から兜へと走り、見る間に連隊長の所まで辿り着いた。見ていたティオナはぼやく。

「あんな器用な事、出来るのはアイズぐらいよねぇ・・。私だったら、全員吹っ飛ばしていく方法にするわ」

 そういっている間にも、アイズが連隊長の頭を蹴り飛ばして気絶させた。意識を失い、馬から崩れ落ちる連隊長を、アイズは素早く抱え上げて肩へと担ぐ。そして行きと同じように、敵部隊の上を走って帰ってきた。

「じゃあ、フィンの所に届けてくる」

 軽いジョギングから帰ってきたような軽い口調で軽く言うアイズ。連隊長を取り戻すべく、ラキア兵が必死で追撃をかけてくるが、それを待ち受けるのはティオナである

「じゃあ、私は、あの部隊、全滅させとくから、伝えといてねー」

 同じく、軽い口調で言うティオナ。そしてウルガを構えなおす。

「じゃあ、あんまり怪我させないようにするけど、まあ、そっちから攻めて来たんだから、ある程度の怪我は仕方がないと我慢してよねぇ~」

 そしてティオナをはじめとするロキ・ファミリアの蹂躙が始まった。

 

 

********

 

 

 ロキ・ファミリア天幕。連隊長を肩に担いだアイズが入ってきた。既に役者は揃っている。

「早いね」

 苦笑するフィン。午前のうちにと言ったが、まだ七時ぐらいだ

「チャメシ・インシデントだ、造作も無い」

 実際、アイズにとっては、ちょっと軽い運動をしたうちにも入らない。地面に連隊長を降ろすと、ロープで手早く縛りあげる。

「で、ポッター君、この真実薬を数滴、水に溶いて飲ませれば、どんな質問にも正直に答えるようになるわけだね? ちょっと効果を確かめたいんだけど」

 ハリーは肩をすくめた。

「ミアハ様から頂いた貴重な薬なので、慎重に大事に使うことをお勧めしますよ」

 ハリーが見守る中、ミアハが一人で作成した魔法薬なので、ミアハから貰ったというのは嘘ではない。出来上がったのは一瓶だけだったので、貴重なのも嘘ではない。

 ちなみにミアハは他にも色々と同時進行で魔法薬の作成に挑戦していた。具体的には、ポリジュース薬や、魅惑万能薬等々、六年修了時には作れるようになると、スラグホーンが言っていた魔法薬である。そう既に、ミアハの魔法薬に関しての腕前はそこまで進んでいるのだ。神の力を封印しているとはいえ、さすがミアハ、司る権能が医療(薬)というのは伊達ではなかった。

 

「では、ラウルに飲んでみてもらおうと思っていたが止めておこう」

 それを聞いてラウルはほっとする。誰だって黙っていたいような秘密がある。それに痛くも無い腹は探られたくないものだ。

 ハリーは、真実薬を数滴、ティーカップに垂らして掻き混ぜた。その間にアイズによって、連隊長は椅子に身動きできない様に縛り付けられる。ハリーは連隊長の口を開くと、その中にゆっくりと薬を注いでいく。一杯すべて飲み干すと、尋問が始まった。

 名前、所属、主神の名前、主神をどう思っているか、今回のラキア侵攻の目的は、計画を立てたのは誰か、どんな作戦を考えているのか、補給部隊がここまで後ろなのは何故か

 

 そして分かったのは、『いや、それは無茶だろ』と言いたいラキアの作戦であった。

 

 ~ラキアの補給部隊を囮にして、連合軍をおびき寄せる。

 ~補給物資を放置して、ラキア軍は退却する。

 ~オラリオ軍が、補給物資の接収のために進軍を停止する。

 ~その隙をついてラキア騎兵部隊が、オラリオ軍背面に回り包囲する。

 ~補給物資は、実は火薬も仕込んだ容易に燃える可燃物なので、火矢で爆破炎上させる。

 ~混乱している連合軍を周囲から一斉攻撃。

 ~大ダメージを与えたら、一端、撤収。

 ~その日の夜、夜襲をかけて混乱させる。

 

 ~一方、ラキアと手を組んでいるファミリアがオラリオで反乱を起こす。

 ~反乱ファミリア、ギルドを乗っ取りオラリオを支配する。

 ~オラリオという拠点がなければ、連合軍は補給できずに時間と共に壊滅する。

 ~そのあとは、ラキアがオラリオも支配する。

 

 つまり、ラキア全軍が陽動部隊。反乱ファミリアが活動を容易にするため、オラリオの主戦力をオラリオから引き離すための罠だったのである。

 

「ロキ? これは本当かい?」

 話された作戦を聞いて、尋ねるフィン。こんな穴だらけの作戦を実行しようとは、何考えてるんだろうと呆れ返ってしまった。穴だらけで、どこから間違いを指摘するべきか分からないぐらいだ。一緒に聞いていたロキも頭が痛いのか、眉間を揉んでいる。

「残念ながら、全部本当の事やな。っちゅうかなぁ、本当の事だと思っとるっつーやつやな」

 連合軍は、ロキ、フレイヤ、ガネーシャを中心に、戦闘ができるファミリアのほとんどで構成されている。つまり高い戦力を保持している。

 連合軍に参加せずオラリオに居るのは、人数が少ない中小零細ファミリア。当然所属している冒険者のレベルも低く、戦力として数えられない。

 つまり連合軍がオラリオに戻れば、反乱はあっさりと鎮圧できるのだ。補給うんぬんの話どころではない。それにいざとなったら、メレンで補給はできるのだ。

「アイズ、念のために、こいつと同格の捕虜を、もう一人捕まえてきてくれないか」

「分かった、しばし待て」

 フィンの指示を受けてアイズが再び出陣した。そこでロキがはたと顔を上げる。

「そういや、イシュタルん所は参加しとらんな」

 

 

そして二人目の捕虜が喋った作戦内容は一人目と同じであった。

 




ギルドを乗っ取る
「え、ウラヌス様の代わりに主神様が御祈祷を!?」

補足
ダムセルフライ
命名は例によってヘスティア。

ランクアップする要因が無い
 オラリオ外部の強力なモンスターと闘う方法として、黒龍にいきなり挑む。メレンから流出した水棲モンスターに水中戦を挑む。あとテルスキュラの様に眷属同士で闘わせる等があります。どの方法も大量の死人が出ます。

冒険者は馬を使わない
荷物を運ぶときは別ですが、レベルが高い冒険者は、馬に乗るより自分が走ったほうが早いらしいのです。原作において、誘拐されたヘスティアを追いかけるベルとアイズは、自力で走りました。

六年修了時には作れるようになるとスラグホーンが言っていた魔法薬
原作『秘密のプリンス』最初の魔法薬学の授業時の言葉。おそらくスラグホーンが言いたい事は
『六年修了時には(もし材料と作成方法を知っていれば)作れる(技術を習得している)ようになる』だと思います。でないと危険な薬が大量に出回る危険性がありますので。
この話ではわざと曲解して、『六年修了時には(材料と作成方法を授業で教えられて、)作れる(技術を習得している)ようになる』としています。

真実薬
飲んだ人に質問すると正直に答えてくれる魔法薬。要するに自白剤。もちろんオラリオにも自白剤は有る。
神に嘘は通じないが、黙秘は通じる。しかし、この薬を飲ませると黙秘もできない。


次回『蠢く混沌』



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救援隊、オラリオへ出発する

すいません、題名変えました



 午前半ばに再度会議が始まる。捕虜を尋問して得られた情報と、タケ・ファミリアの団員が持ち帰ったラキア軍補給地の調査結果の情報共有である。主神、団長が集まり、話し合うが、オラリオの問題は、後回しにして、先にラキアを片付けることになる。変更は補給地の扱いだけ。あとは予定通りに補給地の向こう側にまで進軍することになった。

 その後は誰がアレスと連絡を取った反乱ファミリアなのか、意見が飛び交った。『単にアレスをからかってみたらアレスが本気にした』、『高度に柔軟な情報戦であり、ラキアを混乱させるための臨機応変な計略』等、様々な意見がでた。最も人気があった意見が『ウラヌスがオラリオの神の全員強制送還を企んでおり、その先兵としてアレスがやってくる』である。逆に人気がなかったのは、『アレスに優秀な参謀がついて、連合軍内部を疑心暗鬼に落とし入れる謀略』であった。

 

 そして戦闘が始まり、現在、フィンたち連合軍は、ラキア軍を押しまくっている。奇妙なことだが両軍の思惑が一致したため、戦線は異常な速さで移動し、昼前にはラキア軍の補給地の直前まで連合軍が移動していた。

 

 そして補給地を前にしてガネーシャ団員イブリ・アチャー、そしてロキ・ファミリア団員のリヴェリア、エルフの少女レフィーヤが魔法の詠唱を終える。

 まずはイブリが火炎爆発魔法を空中に打ち上げ、派手に爆発させる。騎馬隊に予定外の行動をさせないために、補給地が爆発したと誤認させるためである。

 爆発が収まったのを確認して、リヴェリアとレフィーヤの二人、連続での広範囲の氷結魔法を発動させる。

「ウィン・フィンブルヴェトル!」

「ウィン・フィンブルヴェトル!」

 補給地に集められていた可燃物、爆発物は極低温の冷気に曝され一気に凍り付く。バキビキと音を立てて氷漬けになっていき、ちょっとやそっとの火矢が飛んできた程度では燃えることはできないようになっていく。事実、ラキア軍から爆破のために火矢が飛んできたが、爆発どころか、燃えることも無くそのまま火が消えていく。

 そして次の火矢が来る前に、ベート・ローガをはじめとした、速度に優れた獣人部隊が補給地を突破し、ラキア軍になだれ込む。当てが外れて混乱に陥るラキア軍。連合軍の中央部隊も凍り付いた補給地を寒さに震えながら足早に駆け抜け、ついにラキア軍の中央へとなだれ込む。その勢いのままラキア軍中央を突破すると、そのまま右翼側へと転進して襲い掛かる。

 

 

********

 

 

 ラキア騎馬隊は、イブリの火炎爆発魔法を、補給地が燃え上がったのと誤認し、連合軍の背面に展開しようと精力的に騎馬を走らせ始める。だが、先頭を走っていた騎馬が転倒する。後続もそれに巻き込まれ、次々と転倒していく。ようやく、速度を落とし慎重に進むようになったのはすでに10騎ほどが転倒した後。

「何事か!?」

 隊長らしき人物がゆっくりと慎重に馬を近寄らせる。

 そこにあったのはロープ。ご丁寧に目立たない色に染色され、馬の脚の高さに仕掛けられた足止め用のロープである。これに脚を取られ転倒したのだ。騎馬隊は知らぬことだが、このロープを仕掛けたのはタケ・ファミリア。騎馬隊の進行を食い止めるために、連合軍の左右に仕掛けているのだ。一回引っかかれば、あとは、また同じような足止めがないかと警戒しなくてはならず、進軍速度は、格段に落ちる。騎馬隊の長所を潰すやり方である。

 隊長は苦虫を噛み潰したような表情になるが、既に作戦は始まっている。何としても背面包囲をする必要があるのだ。そして速度が落ちるが、下馬してからの進軍を命じるのだった。

 

 

********

 

 

「オラリオからの使者や」

 右翼側を壊滅させたあと、一端、軍をまとめて休憩をして居たところで、またもや緊急の作戦会議が召集される。何事かと集まった主神と団長に告げられたのは、まさかのオラリオからの救援要請である。

 

「モンスターが現れて、大暴れしとるそうや。ギルドは占拠されてしもうたらしい。バベルを拠点にして、冒険者で討伐を計画しとるそうやが・・」

 ロキの言葉にその場の全員が使者に視線を向ける。使者は馬に乗らずに、朝から今まで走って戦場まで来たのだ。ラキア軍騎馬部隊による背面包囲が完成する前に、連合軍本体に追いつけたのは僥倖であった。

「はいっ! 本日未明、突如ローブの集団とモンスターが街中に現れました。冒険者で討伐隊を組んだのですが、全滅。その後モンスターはギルドに突入、占拠しています。私が出発する時点では新たな動きは有りませんでした。ただロイマンギルド長は事態を非常に重く見ており『バベルや工業地区に被害が出る前に、至急オラリオに戻って討伐を』と要請しています!」

 それを聞いて考え込むフィン。闇派閥のことが念頭にあるのだ。ガネーシャが確認をする。

「ローブの集団がテイマーで、モンスターを操っているということか? あとバベルはどうなっている? 送還された神は居ないか?」

「確証は有りませんが、状況からしてテイマーとテイム・モンスターだと思われます。バベルは無事、被害は有りません。送還された神も居ません。

 ローブ集団とモンスター集団は、何処から現れたのか不明ですが、最初に確認されたのは、ダイダロス通りです。その後はギルドを襲撃し立てこもっています。襲撃される前に、ギルド周辺の非戦闘員を避難させることに成功したので、住民も含め非戦闘員の被害は今のところ無しです。現在ギルド員とガネーシャ・ファミリアを中心に、周辺地域の住民の避難誘導をしているところです」

「モンスターはどんなタイプがいる?」

 フィンが尋ねる。

「確認できている分では、ミノタウロス、蜘蛛型、花の蛇型、あと鎧を着込んでいて不明なタイプがいます」

 花の蛇型という言葉で、フィンとロキは、闇派閥が動き始めたと判断した。そしてこのモンスターはレベル3以下では対処がしにくい。ファミリアの反乱ならば、放置しても一般人への被害の拡大は少ないだろうが、闇派閥が操るモンスターを放置したら、被害が広がるばかりである。早めに救援に戻る必要がある。

 

 もろちん、ラキア軍への対処も必要である。

「オラリオへの救援と、ここラキア軍への対処、両方を同時にする必要がある。それに対しては異論はないと思う」

 反対が出るかとフィンはぐるりと見まわすが、皆、フィンの言葉の続きを待っている。

「オラリオへの救援だけれど、花の蛇型モンスターに関しては、怪物祭の時に地上に現れた新型のモンスターで、レベル3以下では対処がしにくい。それとオラリオまで至急戻る必要がある。オラリオ救援部隊はレベル4以上から選抜したいと思うがどうだろうか?」

 馬で走るよりも、冒険者が自力で走ったほうが早い。そして走るスピードとスタミナが優先されるため、レベル3以下は此処に残すという意味である。

「ラキア軍だが、レベル4以上の者を何人か残していけば、あとはレベル3以下の冒険者で十分に対処できると思う・・・」

 フィンがまたぐるりと見まわすと、タケが質問してきた。

「レベル4以上というが、4以上でも幅がある。進軍速度はどうする? レベル4に合わせるか?」

 自然と皆の視線がフレイヤとオッタルに集中する。レベル7は、フレイヤ・ファミリアのオッタルのみ。そしてフレイヤが悠然と微笑みながら発言する。

「オッタル。あなたオラリオに先に行ってなさい。私はゆっくり帰るわ」

「分かりました」

 フレイヤ・ファミリアから救援部隊に入るのはオッタルのみ。つまり、あとの団員は、こちらに残ることになる。しかもフレイヤの護衛を優先するだろうから、ラキア軍への対処としては当てにできない。

「急いで戻った方が良いとはいえ、バラバラになっても面倒だ。レベル4に合わせて移動しよう。各ファミリアで救援部隊へのメンバーを選出して、集合して出発。これでどうだろう?」

 フィンの提案にタケが追加で提案をする。

「ラキア側をほったらかすわけにもいかんだろう。うちの団員に、もうちょっとラキア側を調べさせておこう。空中偵察もしておいてくれんか?」

 他には特に意見が出なかったので、偵察が決定した。そして各ファミリアは救援メンバーの選出に取り掛かる。とはいえ、レベル4以上という条件があるので、それほど難しいものではない。主神の護衛に誰を残すかを、各ファミリアで話し合うくらいである。

 

 

********

 

 

 再び、ハリー、フィン、ティオネが箒に乗って空中偵察へと飛び上がる。

「ハリー君、この箒は、人の二倍から三倍の速さで飛べるんだったかな?」

 すでに箒は、高度100Mぐらいにまで上がり、ラキア軍へ向けて空を全速で飛行中である。ハリーは咳払いをしながら考える。魔法の箒ファイアボルトのことを言うかどうか迷ったのだ。

「新しい箒なら、最大で10倍以上のスピードで飛び続けられますよ。乗り換えてみます?」

  フィンが了承したので、一度、着地してハリーが今まで乗っていた箒をマジックバックにしまい込む。そして片手をマジックバッグに突っ込んだままで魔法、ファイアボルトを使用する。それから作成された箒のファイアボルトを、マジックバックから取り出す。こうすれば、誰もファイアボルトが魔法で作られているとは分からないのである。さっそく乗り込む三人。

「しっかり捉まっててください!」

 そして魔法界最高峰と評価されている箒が、その実力をいかんなく発揮する。今までの箒とは比べ物にならない加速度、轟々とぶつかる向かい風は突風というよりも、もはや、空気の壁といった感じで全身を殴りつけてくる。

「これは、早いね!!」

 驚愕するフィン。自身が全力で走るのと遜色ないスピード、いや、もしかしたらそれ以上のスピードかもしれない。

「このスピードでどれくらいの時間飛んでいられるんだい? 丸一日大丈夫かい?」

 風で声が聞こえないのか、何度か怒鳴り続けてようやく会話が成り立つ。

ポーション(マインド・ポーション)飲みながらなら、多分、一日位は大丈夫ですよー」

 その返事を聞いたフィンは、オラリオ救援部隊のことで考え込む。さっきまでは、全員でまとまって移動することを考えていた。しかし、これだけのスピードで移動できるのであれば、何人かだけでも箒で移動するのも良いかもしれない。乗るとすれば、自分、アイズ、オッタルの三人であろう。そう結論付けてフィンは、空中からの偵察任務に戻る。

 

 先程までの連合軍の突撃により、ラキア軍で無事に残ったのは、左翼側の部隊と、連合軍の背面に回り込んだ騎馬部隊。そして左翼部隊は、怪我人の救出と治療にあたっているようで、すでに戦闘できる状態ではないようだ。

 騎馬部隊は、連合軍とオラリオの間の平原にあいかわらず展開している。だが、連合軍の背面を突くというのも、ラキア軍本体がいるなら意味があるが、単独では、ただの正面からのぶつかり合いになり意味をなさない。それらを確認していると、ティオネが声をかけてくる。

「団長、あれ何でしょうね・・」

 ティオネが指さすのは、ラキア本国がある方角。そちら側の地平線がかすかに煙っている。ハリーは箒をそちらに向けてスピードを上げる。しばらく飛び続けて煙っている正体が分かる。

「ラキア軍か・・まさか援軍があるとは思わなかった」

 フィン達が確認したのは、最初の軍を大幅に超える人数で構成された、ラキアの軍勢であった。

 先遣軍は大規模であり、さらに戦力は集中させてこそ、戦力だという言葉がある。そのため、援軍があるとは、誰も考えていなかったのである。相手の意表を突くのが戦闘の基本とは言え、まさかこんな方法で意表を突かれるとは思いもしなかった。だが慌てるような事態ではない。

「対ラキア軍に、人数を多めに残した方が良いかな?」

 フィンが独り言を呟く。そう人数を増やすだけで対処ができるのだ。それからハリーに戻るように指示を出すのだった。

 

 

********

 

 

 オラリオ救援部隊が集結する。レベル4以上で構成された、ガネーシャ・ファミリア、タケ・ファミリア等の、そうそうたるメンバーだ。ロキ・ファミリアからは、フィンを中心としたメンバーが参加する。ただし、リヴェリアと何人かはラキア軍に対処するため、ラキア迎撃側に残ることになる。

 そしてハリーとベルもレベル3ながら救援部隊に入っている。理由は簡単、フィンの計画通り、ファイアボルトで一足先にフィン、アイズ、オッタルを送り届けることになったのである。そして、ハリーへのマインドポーション補給と、主神(ヘスティア)の護衛不足が心配だということで、ベルも同行することになったのだ。従ってヘスティア・ファミリアは、ハリーとベルがオラリオの救援に、ヴェルフとリリルカがラキア軍との戦闘に分かれることになる。ミコトはオラリオでヘスティアの警護をするため最初から居残りである。

「お主たち、二人ならば、我らと一緒に動くのがよかろう」

 ヴェルフとリリルカに、そう声をかけてきたのは、タケである。主神同士が神友なので配慮してくれているのだろう。団長(ベル)も、タケの所なら安心と送り出す。タケのレベル3以下の眷属に挨拶をして合流する二人。

 

 救援隊がそろったところで、ハリーがマジックバックの中から取り出す振りをして、魔法ファイアボルトを発動させる。そしてフィンが説明をする。

「知っている者も多いとは思うが、改めて紹介しよう。こちらドラゴン・スレイヤーのハリー・ポッター君だ。皆も知っているように彼は空を高速で飛べる。今回三人だけ、彼と共に先に飛んで戻り、状況確認と、討伐を進めることにする。先行する三人は、僕、アイズ、オッタルだ。

 残りの者は、ガレスの指示に従って、オラリオまで移動をするように。救援隊がオラリオに着く迄には、状況を整理しギルドから指示が出せるように準備しておく」

「ちなみに、どれくらいのスピードで飛べるんだ?」

 ガネーシャ団員が目をキラキラとさせて尋ねる。

「僕が走るよりも早いぐらいかな」

 そうフィンが説明すると、どよめきが起こる。構わずフィンは説明を続ける。

「ラキア迎撃部隊だが、作戦会議で基本的な方針を決定するので、各ファミリア毎に、それに従ってくれ。それでは各自の健闘を祈る」

 

 そう言うと、箒のファイアボルトに、ハリー、ベル、フィンが跨る。ゆっくりと上昇する箒。地上から5Mほどの高さの所で、アイズがフック付きロープをフィンに投げる。受け取ったフィンは手早くロープを固定する。アイズとオッタルは、ロープを登ると、輪を作って足場にするとしっかりと体を固定した。

「それでは加速します!」

 そういうとハリーは箒を加速させる。下に二人がぶら下がっているので、落とさない様に加速は気持ち控えめだ。そして30秒ほどかけて最高速度に達すると、マインドポーションをちょっとずつ飲みながらオラリオに向かうのだった。

 




>こちらドラゴン・スレイヤーのハリー・ポッター君だ
二つ名が息してない・・。此処でハリーの二つ名は黒烏(ブラッククロウ)と言っても皆信じるに違いない・・


補足
イブリの火炎爆発魔法
原作では、イブリが魔法を使うシーンは出ていない。

ガネーシャ・ファミリア、タケ・ファミリア等
ロキとフレイヤの所を除くと、レベル4以上の冒険者が原作ではあまり名前が出ていない。そのため此処ではこの二つを例として挙げている。実際にはまだ出てないだけで、居ると思われる。
ヘルメス・ファミリアは団員がランクアップしてもギルドへの報告をしていない。つまりレベル詐称をしている。そのため、今回の戦争には参加していない。
イシュタル・ファミリアは、前回、ロキの呟きで説明したように、今回の戦争に参加してない。
タケ・ファミリアは、この話のオリジナルファミリアで、団長の赤影、青影、白影をはじめとしてレベル4の団員が五人ほど居る。としてください。


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蠢く混沌

今回の話は、前話+前々話の早朝、夜が明ける前の出来事です。少し時間をさかのぼっています。


時間は遡り、アイズが連隊長を捕虜にした日の早朝、まだ夜が開ける前の事──

 

 オラリオに、古代の奇匠ダイダロスが作り上げた一画がある。互いに寄り添いあいながらも、遠近感を無視するように建てられた町並み。一つの建物が、もう一つの大きな建物に突き刺さったかのようになった不思議な構成。更には、その上に別の建物が覆いかぶさるという複雑な構成。道にしても、上がると見せかけて下っていく坂道、行き止まりと見せかけて、ただ曲がっているだけの通路。はたまた建物の真ん中を取りぬける陸橋めいたもの。住民でさえ、知っている道から一歩でも踏み出せば迷うといわれている。製作者の妄執が作り上げたその一画ダイダロス通りは『もう一つの迷宮』と名付けられている。

 

 現在、戦争遊戯(ウォーゲーム)の賭けに負けたアポロンは、そんなダイダロス通りで生活している。昼間は貧乏神ペノアを手伝って、ダイダロス通りの、暮らしに困窮した人々や、資金繰りに困る孤児院への配給もどきを行い、夜はくたびれ果てて、ぐっすりと眠る生活。ファミリア解散前後でのあまりの生活の落差に、しばらくは泣いて暮らしたものである。だが、体が生活に慣れると、まぁこれはこれで良いかと、最近は納得している日々。住めば都とはよくいったものだと、内心で感心する日々である。

 

 そんなアポロンは、ざわざわとした気配を感じて目を覚ます。感覚的には、まだ夜明けまで間がある。じっとしたまま、耳を澄ます。誰かが閉め忘れたのか、風に吹かれて、窓の鎧戸が微かなキィキィという音を立てている。この音で目が覚めたのかと、気を緩めたアポロンは、視線を動かしてぎくりとする。鎧戸が開くたびに入り込んでくる光が、影法師を壁に作り込んでいるのだ。そしてその影はローブを被った人物、とがった頭の人影、剣や槍の影、耳まで避けた巨大な口、角が二本生えた巨大な頭、静かに羽ばたく巨大な翼へと、移り変わっていく。どの影法師も怪しくゆらゆらと蠢き、アポロンは息をするのも忘れて見入ってた。

 

 その間にも、風に吹かれて、鎧戸はキィキィと微かな音を立てている。

 

 夢を見ていると断ずるには、リアルな状況。アポロンは、身動きもできずに、影法師に吸い込まれるような気分に陥ってた。自覚せずに、ゆっくりと立ち上がると、壁に近づき、影法師に見入っていた。ふと視線を反対側に移し、ゆっくりと歩き窓に近づいていく。耳に入るのは、おのれの胸の鼓動。そして鎧戸が立てるキィキィという音。

 そして窓に辿り着いた。見たくないという思いとは逆に、手が勝手にゆっくりと伸びて鎧戸をゆっくりとゆっくりと押し開いていく。胸の鼓動は煩いほどだ。そっとそうっと窓に近づき、外を覗き込む。

 

 外を歩いているのは、松明を持った集団。黒っぽいフード付きローブを頭から被り、人相などは分からない。多くの人が静かに歩いている。そして居るのはヒト族(ヒューマノイド)だけではなかった。蜘蛛の体から人間の上半身が生えたような姿、人の肩まである巨大な猛禽類、体が石で出来たかのような竜型の物体。剣や槍を持っているモノや、何も持たずに歩いているものもいる。

 正体がわからないが、よからぬ存在であることだけは確実だ。だが、その不気味さから視線を外せない。アポロンは、眼を見開き、魂を吸い取られたかのように見入っていた。突然、後ろから口をふさがれ、窓から引き離される。

 驚きのあまり心臓が張り裂けるかと思い、パニックに陥ったアポロンは、必死でもがく。

「しぃっ! 静かにおし! 私だよ、ペノアだよ! 分かったら、二回頷くんだ!」

 確かにその声は、普段からアポロンをどやしつけているペノアのものだった。首が筋肉痛になりそうな勢いで、二回頷いてみせる。

「よし、じゃあ、手を離すけど、声を出すんじゃないよ。外のモンスターに気付かれちまう」

 そして手が離れてようやく自由になったアポロンは、深呼吸を繰り返す。

「──なんで─驚いて─死ぬかと・・」

 過呼吸になりかけているアポロンに構わず、ペノアは話を進める。

「静かに! 外のモンスターに気付かれたら事だ。良いかい、あんたは、これから裏道を通ってギルドに行きな。モンスターが街中に居ることを連絡するんだ」

 ぎょっとするアポロンに構わずペノアは話を続ける。

「言っとくけど、あんたは太陽神、ハルマゲドーンやら、ラグナロクーやら、ニッショクーやらで、古今東西の神話上、思いっきり死にまくってる神だ。とっとと逃げてギルドで保護してもらいな。分かったかい?」

 こくこくとアポロンが頷くと、ペノアは、良しと言ってドアに向かう。

「・・あんたは、どうするんだ・・」

 アポロンが掠れ声を出すと、ペノアは呆れたような表情と共に振り返った。

「私は住民をこっそり叩き起こして避難させるさ。古今東西、貧乏神は追い払われることはあっても、死ぬことはないのさ。貧乏神が死ぬ神話を知ってるかい? 知らないだろう? つまり貧乏神である私は、不死身ということになる。分かったら、さっさと行った行った。ギルドに早く知らせれば、その分、人が助かるってもんさ」

 そう言うとペノアはドアをくぐり姿を消す。先ほどの言葉通りに住民を避難させに行ったのだろう。アポロンも、ぶるりと身震いしてからマントを羽織ると、ヒュアキントスを起こして共にギルドに向かって出発するのだった。

 

 

********

 

 

「出迎えご苦労」

真っ黒いフード付きローブを身にまとった身長2M近い男は、一人の冒険者に声をかける。そう言いながらも内心のいらだちが漏れているのか、右手に持った1.8M程の(スタッフ)でダイダロス通りの地面をゴツゴツと叩いていた。

 冒険者は、それを見ておびえていた。彼の主神からは、『絶対に非礼なことをするな。したら死ぬ』と警告されていた。それでなくても、周囲にいるのは、黒いローブを身にまとった不気味な連中やら、モンスターだらけなのだ。一般冒険者である彼はすぐに逃げ出したくて、たまらなかったがそれも出来ない。死なぬためには、言いつけられた仕事、道案内をさっさと終わらせて逃げるしかない。

「お、おくれて申し訳ありません、早速ご案内します」

 そして案内しようとするが、隣にいた鎧を着込んだモンスターに遮られる。

「おーい、リドっち、こいつ信用できんの? のこのこ付いていって、罠の中に案内されるとか無いよね? 素直になるように、腕、一本、切り落とした方がよくない?」

 そのモンスターとのレベル差を感じ取り、抵抗もできずに斬られることを理解した男は脂汗を流しながら、がたがたと震え始める。が、スタッフを持った黒フードの男は、冷静に返した。

「いや、その必要はない。ディアンケヒトは信用できる。今更裏切りったりはせんだろう。それに此奴が嘘をついても、すぐに俺様には分かる。それとだ。俺様をリドと呼ぶなと、何度も何度も言ったはずだが?」

「すまんすまん、ただなぁ、ヴォ、ヴォ、ヴォル・・。俺の口だと言い難いんだよ。もうちょっと簡単にならないか?」

 ローブの男は、シュウシュウと溜息をついた。モンスターの体の構造と人間の構造を思い浮かべて比較し、発声しづらいと分かったのだろう

「まあ、発音しにくいというのであれば仕方がないか。何か考えておこう。そら、案内をしろ。行先は分かっているだろうな?」

 後半の言葉をかけられた冒険者は、慌てて、答える。

「はい、行先はギルドですね。こちらです」

 そうして動き出す集団。

 

 だが、その異形の集団が目立たないはずがなかった。すでに述べたようにアポロンに見つかっているし、他の者にも気づかれていた。慎重な者や、一般人は避難したり、ギルドへ連絡を入れようと立ち去っている。だが、腕に覚えのある冒険者達は、名を上げようと迎撃を始める。

「白兎のドラゴンに比べれば格が落ちるが、まあ、贅沢を言ってられねぇな! 一刀両断と言われる予定の俺様にかかれば!」

「アバダケダブラ」

 黒フードが突き出したスタッフから緑色の閃光が走り、冒険者の膝を直撃した。冒険者は一言も発することなく、力なく崩れ落ちる。そしてピクリとも動かない。黒フードの男は、舌打ちをする。今の魔法は胸を狙って撃ち出したのだが外れたのだ。

「こいつ、魔法を使うぞ! 気をつけろ」

 冒険者たちの叫びに応じる様に、黒フードは続けてスタッフを横に振り払って紫電を生み出すと、冒険者へと叩き付ける。それだけで、前に出ていたほとんどの者は地面に撃ち倒され、うめき声をあげる事もできずに痙攣している。そこへ、鎧を着たモンスターが前に進み出て、後ろの集団に突撃をかける。冒険者達は碌な抵抗もできず、鎧のモンスターに切り飛ばされていく。

 それだけではない、怪物祭の際に現れた植物型のモンスターも何匹かで、冒険者に食いついていた。冒険者の死体の四肢を噛み千切り、飲み込む様は見ていて楽しいものではなかった。

 

 気の毒なのは案内役をやることになっているディアンケヒトの眷属である。黒フードの横で、冒険者達がモンスターに蹂躙されているのを、間近に見せつけられているのだ。いわば、逆らうような下手な真似をしたら、自分もああなるとデモンストレーションをされている気分なのだ。

 つい今日の昼間までは逆だった。自分も含めた冒険者たちがモンスターを倒しまくっていたのである。それなのにたった数時間しか経っていないのに、立場が逆転しているのだ。幸いなのは、自分が昼間も今も、蹂躙する側だということだろうか。案内役の冒険者は自嘲気味にそのようなことを思い、主神ディアンケヒトは何を考えているのだろうと不思議に思うのだった。

 

 そうして案内役が現実逃避をしている間に、戦闘が一段落つき、あたりが静かになった。慌てて案内を再開する。

 その時、ギルドから警報が轟き始めた。モンスターが地上に出現、各ファミリアは各自モンスターを撃破せよという放送である。ギルド職員により、一般市民の避難誘導も始まる。

 だが、黒フードの男、同じくフードを被った集団と、モンスター達は気にせずに進み続ける。その後も散発的に現れる冒険者を排除しながら進むことしばし。ギルドまであともう少しというところで、冒険者が大型の盾を横一列に並べたバリケードに止められる。

「そこの冒険者!  テイマーか? テイム・モンスターを大人しくさせて、投降しろ! さもなければ殲滅する!」

 バリケードの上から顔を見せた冒険者がこちらに叫ぶ。おそらくガネーシャ・ファミリアの団員だろう。案内役がテイマーだと推測しているのだ。

 

「アステリオス、お前も腕慣らしで戦っておけ」

 黒フードの男に指示を出されて、身長2.5Mはあろうかというミノタウロスがのっそりと姿を現す。アステリオスと呼ばれたミノタウロスは、冒険者が作り上げたバリケードを虚ろな眼差しで見つめる。

「アステリオス!!」

 黒フードの叱責に、ようやく動き始めるミノタウロス。大人の胴体程の太さがあるような両足に力を込め、ダッシュする。それと同時に、背負っていた巨大な黒大剣を抜き放つと冒険者に叩きつける。技術もへったくれもない、ただの力任せの一撃。だがその一撃は、冒険者を盾ごと脳天から股間まで真っ二つにしていた。黒大剣の軌道を変えて、今度は横へと薙ぎ払う。やすやすと盾を切り裂き、その背後にいた冒険者も臍の辺りで上下に両断され、血反吐と臓物を吐き散らしながら地面に崩れ落ちた。

 盾がなんの役にも立っていない。それを認識した冒険者たちは、恐慌状態に陥る。我先に逃げ出す者、立ち止まって戦おうとする者、あまりの衝撃に我を忘れて動けない者、指示を大声で怒鳴る者。混乱に陥る。黒フードの男がすかさず、スタッフを瓦礫に突き付けると、瓦礫が燃え盛る火の玉に変わる。それがそのまま飛んでいき、冒険者の後方で爆発する。

 更なる混乱。ウォーシャドウもミノタウロスと並び、冒険者を排除していく。そして喧騒が収まると、残されたのは、冒険者だったモノ。破壊され、五体満足な死体など残っていない。道路のあちこちに体の破片が散らばっている。そしてあたりに漂う、火球によって焼かれた肉の臭い。だがモンスターも、それに従うローブの集団も気にせず、前進を再開した。

 

 そうしてようやくギルドへと到着する。ギルドの中はすでに避難が終わり、閑散として人の気配は全く無い。いや、一人居た。ギルドの制服を着た30代の男が、震えながらも受付で待ち構えている。ディアンケヒトの眷属は受付まで歩いていく。黒フードも散歩をしているかのようにのんびりと付いてきた。

「お前が次の案内か?」

「ああ、魔石倉庫まで案内する」

 黒フードは振り返ると配下のモンスターとローブの集団に、ギルドの男について、魔石倉庫に行くように指示を出す。

「ここまでは予定通りだな。まずまず順調で喜ばしい。つぎはバベルだ。分かっているな?」

 オラリオ中心に聳え立つ白亜の巨塔。市内のどこからでも見えるため、案内は不要のはず。だが黒フードにとって、案内役が怯えながらも勤めを果たしているのが面白かったようだ。嗜虐心を満足させるためなのか、意地でも案内させるつもりらしい。

 ディアンケヒトの眷属は諦めて、覚悟を決めて外に出た。その襟元を黒ローブがむんずと掴む。

「煩いから声は出すな」

 そう警告すると、空中に飛び上がった。眷属は驚き、叫び声をあげそうになって警告を思い出し、必死で黙りこんだ。十数Mの高さを風に吹かれながら、右に左に、上に下へと、ぐらぐらと揺れながらもバベルに向かって一直線に飛んでいる。

 数か月前、ドラゴンスレイヤーが空を飛ぶのを見たが、見ると飛ぶ(やる)のとでは大違い。はっきり言って怖いだけだ。だが初めて体験する恐怖も、バベルに到着し、地面に降り立つことで終わりを告げる。

 

「入り口はどこだ?」

 いらだちが籠った黒フードの口調に、案内役は震える膝に力を入れて、主神が待つ入口へと案内する。バベルの壁に沿ってしばらく歩く。ようやく主神に巡り合えた時には、ほっと力が抜ける。

「バベルへようこそ! 案内するぞ」

 サイドチェストのポーズを取り、筋骨隆々たる筋肉を惜しみなく披露して見せながら、ディアンケヒトが黒フードを迎える。

「待たせたな」

「なに構わんよ、すぐにヘファイストスの所に案内しよう。予定通り、モンスター対策で皆は忙しくしている。そうでない者は、モンスター退治にギルドへ向かっている。おかげで予想通り、バベルの警備は手薄になっている」

 黒フードは、体が外から見えない様に、フードを被り直し、さらにスタッフを持つ手が見えない様に、袖をかぶせる。

 そして二人で、堂々とバベルの中を歩いて行く。エレベーターに乗り込み、ヘファイストスが居る階まで昇っていく。

 見た目はディアンケヒトが、眷属の魔法使いと歩いているように見える。わずかにすれ違うギルド職員、ガネーシャ団員やヘファイストス団員がいるが、疑いを持つ者は誰もいなかった。そうしてヘファイストスの居室までたどり着く一行。

「こうまでたやすく侵入できるとは、警備体制に問題があるのではないか?」

 あまりに簡単に侵入が成功するので、侵入者である黒フードが苦言を呈するほどである。

「俺が信用されていると考えて欲しいな」

 そうディアンケヒトは肩をすくめる。

「ヘファイストス! ディアンケヒトだ。火急の要件がある。入るぞ!」

 一応ノックをして、ディアンケヒトはドアを開けて中にはいる。黒フードも後に続く。

 

 執務机を前にして、いつも場所に座ってた鍛冶神(ヘファイストス)は、ディアンケヒトが来たのを出迎える。人手が足りないのか、いつもは居る護衛の団員も居ない。鍛冶神一人である。

「こんな時に来るとは驚いたわ」

 ニヤリと笑うディアンケヒト。

「うむ、こんな時で悪いのだが、単刀直入に言おう。実は武器が欲しいのだ。魔法使い用の30C程の杖、スタッフやロッドではなくワンド(タイプ)が欲しいのだ」

 モンスターが地上に現れたこんな時に何を言っているのだろうかと、鍛冶神は非難をするように眉をひそめて見せる。それを見た黒ローブがディアンケヒトに並ぶ。

「欲しいのは俺様だ。このオンボロ(スタッフ)では、思うように魔法が使えん。最高品質のモノを出すのだ、俺様なりに礼をするぞ」

 そういってフードを脱いで見せる。そこに現れたのは、異形(モンスター)の顔。真っ白で、縦長の虹彩の瞳。顔中が赤い鱗に覆われており、鰐のように獰猛な口は耳まで避けている。その口の中はびっしりと牙が生えており、喋るたびに赤く細長い舌がシュルシュルと出入りをしている。フードにかけた手も鱗でびっしりと覆われていて、爪は短いながらも固く鋭い。

 

 リザードマン。ダンジョン中下層域に生息しているはずのモンスターである。それを見た鍛冶神の衝撃は大きかった。だが、その衝撃を押し殺し、素早く腰に佩いた短剣を抜いて、リザードマンに突き付ける。瞬間、短剣の切っ先から紫電が迸り、リザードマンへと襲い掛かる。

 魔剣。護衛がいないのも自衛できるからという自負があってこそ。その根拠がこの魔剣である。

 だが、黒フードの男─リザードマンはスタッフを横に払い、紫電を脇へとそらす。雷はリザードマンにもディアンケヒトにも、ましてや鍛冶神にも当たらず、空中へと静かに溶け去っていく。そしてリザードマンは、スタッフを鍛冶神に突き付ける。途端に鍛冶神の手元から魔剣が飛び出し、宙を飛んでリザードマンの手元へと収まった。

「なっ、これは、ディアンケヒトッ! あなた一体!」

 自信のあった一撃をそらされ、驚く鍛冶神。だが、そんな彼女にディアンケヒトは穏やかに声をかける。

「まあまあ落ち着け、ヘファイストス。数か月前に、こっちの御仁が困って、俺の所に来てからの付き合いなんだよ。なんでも魂と体の同調が上手くいってないとかでな。

 興味深い症状だから、実験的に秘薬を作って治療したんだ。で、まあ、色々と計画を持っているようなんで、協力することにしたんだよ。その一環として、この御仁が武器(ワンド)を欲しがっているんでな。都合してもらえないかと案内がてら来たわけだ」

 あっさりと説明するディアンケヒトだが、モンスターに協力するなど、人類に対する裏切りといってよい。鍛冶神としては到底許容できることではなかった。

「ディアンケヒト、あなたモンスターに協力しているの? 何を考えてるのよ!?」

 説得に時間がかかりそうだと判断したリザードマンは、ディアンケヒトに声をかける。

「俺様は武器を見てくるとしよう。ディアンケヒトよ、その間に説得をして置くのだ」

 そしてリザードマンはフードを被り、悠々と外へと出ていった。

 

 それを確認したディアンケヒトは、落ち着いた表情をかなぐり捨てると、必死の形相で鍛冶神を説得し始めた。

「ヘファイストス、言いたいことはあるだろうが、色々と説明するから、頼むから黙って聞け。

 まずあのリザードマン、名前はヴォルデモート。見ての通り、モンスターだ、しかも強力な魔法を使う。強さで言ったらおそらくはレベル6に匹敵する。もしかしたらそれ以上かもしれん。

 ソーマのことを覚えているか? ソーマを殺ったのはヴォルデモートだ。あいつは最初、治療のためにソーマの所で秘薬(ソーマ)を出すように言ったらしいが、神酒(ソーマ)を出されたので、怒り狂って拷問したらしい。それで奴さん(ソーマ)は強制送還されちまったんだ。俺も治療に協力していなかったら、拷問されて強制送還になっていただろう。

 そして、あいつは色々なモノを配下に従えている。それもモンスターだけじゃない、闇派閥や、訳の分からん連中も従えている。

 あと協力している神は俺だけじゃない。イシュタルの所は嬉々として協力しているぞ。最もフレイヤ憎しで何も考えてないのと同じだがな。

 つまりだ、ラキア迎撃に向かった、連中が戻ってきても、太刀打ちできんような戦力が揃っている。オラリオをヒト族(ヒューマノイド)が支配する時代が終わるのかもしれん。

 だから武器一本渡して、それで礼を受け取ったほうが利口だと思うぞ。協力して、せめて敵対されない様にしろ」

 闇派閥とイシュタル。堅気の一般冒険者なら、敵対したくない組織ナンバー1と2である。全力のギルドでも対抗できないだろうという組織だ。ゆらぐ鍛冶神の心。そこにダメ押しとばかりディアンケヒトが続ける。

「モンスターに協力するのは嫌かもしれんが見返りもある。俺の場合、俺の眷属には手を出さないとあいつは約束している。だから、俺は被害を抑えるために、無理なファミリア拡大を推し進めたんだ。団員が増えれば、その分、あいつが手を出さない人数が増えるからな。お前も、自分の眷属(ヘファイストス・ファミリア)に手を出さないことを条件に協力して、被害を抑えるんだ」

 

 鍛冶神が、質問を絞り出す。

「あなた以前から、このことを、モンスターが喋るだなんて知っていたの?」

「いや、知らなかった。あいつに会って初めて知った。そして、あいつ以外にも喋る奴は何体か居るらしい。喋る知能がある分、強力なモンスターだぞ。さてどうする? 協力しなければ、あいつは、お前を強制送還してから自力で武器を探すだけだ。だったら協力した方がいいぞ?」

 

 鍛冶神としては、選択肢があって無き様なものだ。ディアンケヒトの進める、被害を抑えるための協力しか選択肢がなかった。

 

「私が制作した(ワンド)が三本あるわ。それから一本選べばいいでしょう」

 鍛冶神は執務机の引き出しから三本のワンドを取り出す。これらは、数か月前にヘスティアから頼まれてワンドを作った時の習作である。圧縮、そして芯を通すという技術を、練習するためのモノである。ヘスティアに杖を渡した後、時間を見つけ三本、すべてを完成させていたのだ。

 三本とも神聖樹を圧縮したところまではヘスティア・ワンドと同じである。だが、芯の材料がエルフの髪や、アラクネの糸や髪というのが異なる。また、三本ともミスリルのコーティングを追加して、その表面に神聖文字を刻んでいる。ただし三本で、その刻み方が異なる。

 一本目。手元から杖先まで、三列まっすぐに刻まれたもの。120度間隔で配置されている。

 二本目。杖の円周に沿って輪のように刻まれたもの。手元の部分から杖の中央部分まで刻まれている。一見すると細身の小型トーテムポールのように、見えないこともない。

 三本目。手元から杖先まで、ゆるい螺旋を形成するように一列だけ刻まれたもの。

「これなら大きさ的な条件に合うでしょう? 被害を抑える様に交渉できるの?」

 鍛冶神は、不信の目でディアンケヒトを睨みつける。

「ああ、十分だろう。あいつを呼んでくる」

 

 そして戻ってきたヴォルデモート。一本一本手に取り、軽く振ってみる。くるくると回転する火花が現れたり、虹が現れたり、小さく爆発する煙がでた。そして満足したのか一本を選ぶ。選んだのは、杖の周囲を囲むように神聖文字が刻まれたもの。その芯はアラクネの髪。

「どれも素晴らしい出来栄え。これにしよう。この装飾が俺様に相応しい」

 杖の周囲を囲む、つまり、円を描いている神聖文字の言葉は始まりも無く終わりも無い。ヴォルデモートにとって、それは自身の永遠の存在性を象徴するようで気に入ったのだ。喜んでいるヴォルデモートに鍛冶神は要求を出す。

「杖の代償として、私の眷属には手を出さないと約束しなさい!」

 シュウシュウと吐息を出すヴォルデモート。爬虫類の目をギロリと動かし、鍛冶神を睨む。

「俺様は、恩知らずでは無い。恩には恩で報いる。お主の眷属には手を出さないことにしよう。では行くぞ、ディアンケヒト」

 

そしてディアンケヒト達は、鍛冶神の部屋から退出して、ギルドへと向かったのだった。

 




補足
ヒュアキントス
改宗していないので、一般人と同じ。事務仕事なんかして、アポロンの手伝いをしている。

リド・リドル
ヴォルデモートつまりリドルの魂が、リドっちに憑依したもの。ディアンケヒトの治療を受けて、リザードマンのリドっちの体をリドルが完全に支配することになった。

秘薬(ソーマ)
自称が『死の飛翔』な人なので、ソーマも秘薬だと勝手に思い込んだ。
更には、神ソーマが、眷属にも秘密で秘薬のソーマを作っていると思い込んでいた。

神ソーマを拷問
神ソーマはクルーシオで拷問。精神ダメージが大きすぎて、送還されてしまった。

ディアンケヒトの見返り
ポーション類の補充もしている。
ハリポタ原作六巻、ハグリッドとスラグホーンがアラゴグの死を偲んで酒盛りをしていた時、酒が足りなくなったので、ハリーが補充呪文で酒の量を増やしている。
これと同じことをディアンケヒト・ファミリアでやっている。つまり、販売して量が少なくなった各種ポーションを、毎晩ヴォルデモートが補充呪文で元の量まで増やしていたので、大量に安価に販売することができた。

次回『ギルド突入』


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ギルド突入

やや短めです


 日が昇り、ギルドからラキア連合軍へ使者を送り出した後、救援が来るまでの間。ギルドもただ手をこまねいていたわけではない。やらねばならぬことは色々とあった。

 まずは住民と神々の避難。謎のテイマー集団やテイム・モンスターの情報の整理と対策。

 モンスターがいるのは、ダイダロス通りとギルドの周辺。その地区から優先的に、住民を避難させる。それと同時にバリケードを作成し、テイマー集団やモンスターが、ギルド周辺から移動できない様に閉じ込める。どちらもギルド職員とガネーシャ・ファミリアが主導になり、あとはオラリオに残っているファミリアが、手伝いをする形で作業が進んでいく。

 ラキア軍襲来がなければ、各ファミリアの主戦力がオラリオに居るので、さっさとテイマー集団を討伐し、このようにギルドを占拠されることも無かったはずである。歯噛みしながら作業を続ける職員と冒険者だった。

 同時に神々とその護衛もバベルに集合し、臨時の神会が始まる。とは言っても、碌な情報がないので、会場で駄弁ったりするぐらいしかすることがない。

 イシュタルなど一部の神の姿が見えないが、眷属のレベルが高く、ちょっとやそっとでは、テイマー集団に負ける心配は不要であると判断したのだろう。さもなければ、目立つバベルに立てこもるよりは、他の場所で隠れていた方が良いと判断したのだろう。そういうわけで気にする者は誰も居なかった。

 

 

 そして正午が過ぎるが、テイマー集団は、幸いにもギルドに立て籠ったまま静かにしている。現状のままで静観していれば、これ以上の騒動は起きないのではと、ギルド職員たちが楽観的な考えになる。そんな時にオラリオ待望の救援が帰ってきた。

 とはいえ全員ではない。猛者オッタル、勇者フィン、拳姫アイズの三人だけである。驚いたことにドラゴン・スレイヤーが操る箒に乗って、先行して帰ってきたのだ。最強戦力の雄姿を見せつけるかのように、オラリオ上空を箒でぐるりと一周した後、バベルへと着陸する。そうそうたるメンバーの登場に、バベルに置かれたギルド仮本部は大いに沸いた。謎の集団の鎮圧は時間の問題と考え、落ち着き安心する人々。

 そんな中、ハリーとベルは、ヘスティアとミコトと合流し、互いの無事を喜ぶのだった。

 

 バベルにつくや否や、フィンは早速、ギルド仮本部に入り、まとめられた情報に目を通し、今オラリオ上空から偵察した情報とすり合わせ、整理に取り掛かる。同時に、ヘルメス・ファミリアの団長アスフィを呼び出した。しばらくして現れたアスフィにフィンが問いかける。

「爆発物の対処方法だが、安全な場所で(接近される前に)誘爆させる以外に良い方法は無いかい?」

 ダンジョン24階層での出来事から、アスフィが爆薬を使用することと、闇派閥のメンバーが自爆攻撃を仕掛けてくることは、お互い承知の上の事だった。眼鏡をくいっと上げると、アスフィは冷静に答える。

「無いですね。爆発物の主な材料となる火薬は、濡れると爆発しません。しかし、闇派閥が使っている爆発物の作成者もそれを承知の上で、対策として当然、防水処理をしているはずです。でないと水をかけるだけで自爆攻撃を防げますからね」

 まあ、そうだろうねと、それに頷くフィン。答えは予想していたようだ。

「攻撃は最大の防御と言うし、さっさと誘爆させるしかないね。もちろんヘルメス・ファミリアも闇派閥とモンスターの討伐に協力してくれるんだよね」

 アスフィ達の()()()、アイズ経由で把握しているフィンは確認する。『協力しないとレベル詐称の事をギルドに暴露する』という言葉の裏を、きっちり読んだアスフィは、黙って頷く。

 

 

 一方、フィンが情報を把握し、事態への対処方法を纏めている間に、他の二人、アイズとオッタルもサボっていた訳ではない。モンスターの駆逐に乗り出していた。

 二人を中心にして、ギルドに突入しようという意見も最初はあったのだ。しかし、ギルドに立てこもる集団に突撃をかけた場合、高レベル冒険者がたった二人では、取り逃がすモンスターが出るかもしれない。せめて第二級冒険者の数をそろえて包囲網を整えてから突入するべきだ。ギルド内部で大人しくしているのに、わざわざ藪蛇をつつくこともあるまい。これらの判断の元、救援部隊が戻り、人数がそろうまでギルド奪還は後回しになった。

 そのため、アイズとオッタルは、テイマーの制御下から逃れたのか、街路を彷徨う(ワンダリング)モンスターの駆除を先に始める。住民の避難や、ギルド封鎖のバリケード作成作業をするには、街路に居るモンスターが邪魔なのだ。

 そしてハリーはモンスターの所までアイズ達を空輸する係をしている。オッタル、アイズ二人ともステイタスは高いので、屋根の上を移動することは問題なくできる。だが、屋根から屋根への移動は面倒なのだと二人に主張されれば、やらざるを得ない。だが、箒に乗りこむ時に、オッタルの口角が、楽し気にわずかばかり上がっているのを、ハリーは見つけていた。それにアイズの『ふんふんふふふん』という鼻歌を確かに聞いた。要するに二人とも、箒での飛行を楽しんでいるのだ。もちろん、二人とも、そんなことは絶対に認めなかったが。

 そしてガネーシャ・ファミリアをはじめとする冒険者たちは、モンスターをギルド地区に封じ込めるための、バリケード作成を継続する。

 

 そうしてオッタルとアイズが、ワンダリング・モンスターを駆逐し終えた頃に、救援部隊の本体が到着した。喜びに沸く、ギルド職員、冒険者たち、そして残っている住民達。

 

 

 住民たちの避難は終わり

 メレンからの武器、食料などの補給物資の輸送も段取りが済み

 ギルド周辺の、モンスター封じ込めのバリケードも、ほぼ完成した

 そして、今、充分な戦力がオラリオに戻ってきた。

 

 ギルドのモンスターも討伐して、ようやく大混乱に終わりが来る。そう皆が安堵する

 

 

********

 

 

 ガレスの指揮の元、帰還したメンバーは、オラリオに戻ったばかりだが、補給をするとすぐにギルド突入準備を整える。さすが第一級、第二級冒険者。スタミナも高く、頼りになると周囲に思わせる。

 フィンは、早速突入部隊を発表する。基本的に各ファミリアごとにレベル4、または5の冒険者がリーダーとなり、レベル3以下の者がサポートとしてリーダーにつく形でパーティを編成。戦闘は1パーティで1モンスターを相手取り、手ごわい相手には2パーティで挑む。

 そして黒フードや、強化種と思われるミノタウロス等、情報にあった手ごわい相手はレベル6以上の者だけで構成したパーティが相手をする。

 そして全体を二つに分け、正面入り口と、裏口とに配置してそれぞれ突入する。ちなみにオッタルとガレスのコンビと、ガネーシャ・ファミリアのパーティが裏口からの突入である。

 

 モンスターも掃討されてすっかり人通りがない市街を、討伐隊は移動する。ギルド到着前にガレスたち裏口突入部隊は分離し、裏側へと回る。突入準備は整った。

 

 そしてフィンが突入指示を出す前に、大音響を立てて、ギルドが大爆発した。城壁に反響し、オラリオ市街に、木霊が轟く。バベルに匹敵する高さまで立ち上る巨大な火柱、周囲の建物やバリケードを藁くずの様に吹き倒す凄まじい強力な爆風。あまりの強風に体が軽い冒険者の何人かは、吹き飛ばされている。そうでない者も、何かにしがみ付いて突風に耐えるのに精いっぱいだ。

 そんな中、ラウルのサポーターとして参加していたベル達は、ハリーのプロテゴでどうにか耐えていた。しかし爆風と共に吹き付ける煙や粉塵で、周囲の様子が分からなくなっている。

「さすがっすよ、ハリー君! 展開が早いっすね!」

「何とか僕たちは無事だけど、他の人たちは」

「団長たちは大丈夫だろうけど・・」

 ハリーの心配に猫人(キャットピープル)のアナキティが同意する。プロテゴの中に入っているのは、たまたま隣り合っていたラウルとアナキティの2パーティだけなのである。

「全員一時退却! 煙が無い所まで下がれ!」

 フィンの声が全員に警戒を促す。だが、少しばかり遅かった。

 

 爆風と粉塵に紛れて、様々なモンスターがこちらに突撃していた。その中には報告になかった巨大なモンスターも何匹か含まれている。瓦礫を吹き飛ばし、煙をふりはらいながら出てきたのは、高さ3Mに達しそうな巨大な灰色の牡牛。だが只の巨大な牡牛ではなく、背中からその巨体に見合ったサイズの女性の上半身が生えている。牡牛と女性型部分を合わせると身長6M超ほどだろうか。その巨体に相応しい地響きを立てながら突進してくる。穢れた精霊(巨大モンスター)。闇派閥とイシュタルが、切り札として準備していたモンスターだ。

 

 穢れた精霊は、その一体だけではない。巨大な緑の化け物蟹も現れた。全高は2M程度で先程の牛よりも小さいが、逆に幅が6M程もある。そしてぐるぐると振り回している長さ2M幅が1Mは有る巨大な二つの鋏。人間どころかミノタウロスでも、楽々と真っ二つにできる巨大さだ。牡牛型と同様に背中に女性の上半身がついている。爆発で破壊された瓦礫を、わしゃわしゃと八本の足で踏みつけ、こちらに突進してくるその姿は、悪夢としか言いようがなかった。

 

 これら報告になかった初見の巨大モンスターの突撃に、煙で視界がふさがれた状態ということもあり、冒険者たちの隊列はぐしゃぐしゃにかき乱される。

 

 そして追撃のモンスターが現れる。

 花の蛇型モンスターや、報告に会った強化種と思しきモンスター達。鎧を着込んだモンスターが、ガーゴイルが、黒い大剣をもったミノタウロスが、槍を持ったアラクネが、瓦礫を乗り越え突撃してきたのだ。しかもそのうちの何体かは、巨大モンスター(穢れた精霊)の黒獅子や黄色い山羊の巨大な背中に乗って、地響きのような足音共に襲い掛かってくる。その突撃先は、フィン達レベル6の集団。

 爆発と第一陣のモンスターに動揺した他パーティのフォローをしようとしていたフィンのパーティ。穢れた精霊の突撃に気付き、迎撃に動き出すも、わずかに初動が遅れる。その間に巨大モンスターはティオナ達に激突し、吹き飛ばしていた。そしてミノタウロスが山羊型モンスターの背中からフィンに向かってとびかかる。

「私の団長にナニする気だぁっ!」

 ティオネがククリナイフを叩き付ける。だが、ミノタウロスは、その攻撃を黒大剣で弾き返し、突進の勢いに任せてフィンに肉薄する。体勢を崩しながらも槍の間合いを突破し、左腕で殴りかかるミノタウロス。勢いは有るが破れかぶれのその攻撃に、フィンは落ち着いて手を添えて、体を反転させつつ、背負い投げにもっていく。だが、その攻防の最中にミノタウロスとフィンの体が、一瞬のうちに吸い込まれるように縮んで点となり、姿を消す。

 

「す、姿くらまし!?」

 その光景を見たハリーは仰天とする。魔法界での移動方法である姿くらましと、全く同じ現象であった。ミノタウロスがそんなことができるとは思えないが、事実、フィン諸共に姿を消している。気が付くと、強化種と思しき武装したモンスター達は、すべて姿を消していた。残っているのは、穢れた精霊、花蛇などのモンスター集団である。

「え、ハリー君、今のが何なのか、分かるっすか? 団長どうなったんすか?」

 うろたえるラウル。呆然としながらもハリーは答える。

「移動魔法・・何処に行ったかは分からない・・」

 そこにベートの怒鳴り声が響く。

「あー、うっとうしい! 手前ら雑魚共は邪魔なんだよっ! 下がってろ!」

 だが、こんな風に言われて、大人しく黙って下がるようでは冒険者ではない。反発しモンスターと戦おうとするのだった。だが、落ち着いて考えれば、冒険者たちも思い出せたはずだ。モンスターの突撃があるまでは、フィンも同じく一時退却と指示していたことを。

 そして指揮官(フィン)不在のまま戦闘の場は無秩序に広がり、事態は混迷の度合いを深めるのだった。

 

 

******

 

 

「ふはははははは! やるな、あのモンスターども! 穢れた精霊を育てるのに、ギルドの魔石倉庫(魔石)を利用するだなんて、いやまったく! 皮肉が聞いているじゃないか! しかも全部で、一、二・・。全部で六体か! サミラ! アイシャ! 分かってるだろうね! 手筈通りにやるんだよ!」

「まかせてくださいよぉぉぉ!」

 イシュタルの言葉に威勢よく叫ぶサミラ。すでに団長サミラの指示のもと、イシュタルの眷属は、オッタル殲滅の手順を整えていた。今は、彼女たちは、ホーム(高層建築)のバルコニーから、ギルド本部、オラリオ全体を偵察し、その標的(オッタル)がどこにいるか調べているのだ。打倒フレイヤ・ファミリアに燃えるイシュタルにとっては、このオラリオの騒乱は、まさにうってつけの状況であった。そしてこの混乱を生み出した原因に感謝していた。もちろんイシュタルなりの感謝であり、最終的には、寝首をかくこと等を考えていたが。

「オッタルさえ潰せば、後は雑魚ばかりだ。ようやく、望みがかなうとなると、感慨深いものがあるねぇ・・」

 にやにやと笑みをこぼしながらイシュタルは悦に入るのだった。

 

 




補足
穢れた精霊
ソードオラトリオでの言及が微妙だが、この話では灰色の牡牛とその同種は穢れた精霊とする
イシュタルがらみ?なので、多分おそらく、牡牛はギルガメッシュがらみの話が元ネタと推測される。
元ネタ違いだけれど、数を増やすために黄道十二宮の生物から追加のモンスターを選抜。従って迷宮に居ない山羊、獅子などもベースになっている。


瞬間移動
魔法界には、一般的な瞬間移動方法は三つある。一つは姿くらまし。一つは煙突飛行ネットワーク。最後の一つはポートキー。ポートキーにするものは何でもよい。つまりモンスター(ミノタウロス)でもよい。そしてポートキーが発動する時に、ポートキーに(ミノタウロスが)触っていれば移動することができる。
炎のゴブレット:墓場からホグワーツ敷地内への帰還、不死鳥の騎士団:魔法省からホグワーツ校長室への移動、などの原作での様子を見ると、ポートキーは短時間で作成できるようだ。
 姿現しができないはずのホグワーツ敷地内クィディッチ競技場への移動ができるなど、セキュリティ全部無視できるっぽいヤバい移動性能を示す。こんなヤバい級アイテムの作成ノウハウは、機密情報扱いでよいはずなのだが・・ジェームズは何で作れるんだ?





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牡牛の巨大な仲間たち その一

誤字報告、いつも助かっています。ありがとう。




 フィンが姿を消した後、戦場は混乱し、各ファミリアや各パーティごとの個別戦闘にずるずると引きずり込まれ、戦場は無作為に拡大していた。特に混乱に拍車をかけたのは闇派閥である。闇派閥たちは、武器を持って攻撃するのは当然として、敵わぬ相手と見るや、しがみ付いての自爆をするのだ。ロキ、ヘルメス・ファミリアは、接近される前に魔剣で誘爆させるという対処をしていたが、討伐隊の全員が全員、魔剣を準備できたわけではない。

 フィンが居れば、戦線を維持しつつ、巨大モンスターに戦力を集中し順に各個撃破していく、ラウルたちロキ・ファミリアのサポート部隊が闇派閥の誘爆を受け持つ、などの対処ができただろう。だが、すでに此の場に居ない者のことを言っても仕方がない。今、戦場に居る者達でどうにかするしかないのだ。

 

 

 ベートとティオナもそんな状況であった。

「こんの、くそかてぇ!」

 狼人ベートが悪態をつく。彼の蹴りを受け止めた緑蟹の鋏はまったく何の損傷も受けていないのだ。それどころかベートは認めないが、蹴った彼自身の足が軽く痺れていた。鋏を振り回すのを避けて、持ち前のスピードを生かして蟹の背後に回りこむ。すると、八本ある蟹の足が踏みつけようと突き出てきたので、一端距離をとって回避する。そんな回避するしか選択肢がないベートを見て、蟹の背中にいる女体が嘲笑う。それに気づいたベートは我慢ならなかった。だがここで怒りに任せて突撃を繰り返しても何にもならない、無理やり心を落ち着けるベートだった。

 

 一方、ティオナもウルガで攻撃を仕掛けるが、これまた同じく鋏で防がれ、攻めあぐねていた。大重量武器ウルガで攻めれば、たいていのモンスターは切れるか潰れるかする。だが巨大蟹はその見た目通りのサイズで重量負けすることはなく、そして蟹特有の強靭な甲殻はウルガの刃を防ぐのだった。さらに当然ながら蟹には鋏が二つある。いわば二刀流。

 この化け物蟹の攻撃手段はそれだけではない。口から超高圧の水を吐くのだ。ただの水と侮ることなかれ。超高圧に加圧された水は、鍛え抜かれた刃の様に、鋼鉄を切り裂く事が出来るのだ。サポートについていたロキ・ファミリア団員の犬人(シアンスロープ)クルス・バッセルはその攻撃を胸に受け、戦線を離脱してしまっていた。

 そのため、ティオナは、二つの鋏と水刃と、三つの攻撃にさらされていた。鋏をはじき、水刃をウルガで防ぎ、真正面から切り結ぶティオナ。肝心のベートとの連携は期待できず、ティオナ一人で切り抜けるしかないこの状況。ティオナが選んだのは正面突破だった。いや、選択肢がそれしかなかったといえる。こちらの武器がウルガ一本しかない? ならば、高速で動かして二刀流や三刀流に匹敵させればいいんだ!という結論である。

 その吶喊を目にして、緑蟹は嗤う。ティオナの考えは正しい。かく乱するスピードに劣り、サポートの助力も無い状況、それしかティオナに取る道はない。問題はスタミナである。巨大モンスターと冒険者では、内蔵するスタミナが桁違いである。緑蟹は勝利の見えた高速戦闘にのめり込むのだった。

 

 

********

 

 

 黄色山羊の頭突きをククリナイフで横殴りにするティオネ。突撃の方向をそらされた山羊は、崩壊から免れた家屋に突進する。山羊の角は剣の様に鋭く、容易く壁を貫き、次いで、頭から壁にめり込み建物を崩壊させた。ばらばらと破片と瓦礫が降り注ぐが、気にせずぐるりと向きを変える。山羊の背中の女体がニタリと嗤い、ティオネに向かって爪でひっかくように左腕を横薙ぎにふるう。距離があるにも関わらず、嫌な気配がしたティオネは、とっさに地面へと倒れ込むように伏せた。

「ぎゃぁっ!!」

 ティオネの背後で叫んだのは、ヘルメス・ファミリア団員の犬人(シアンスロープ)ルルネ。ティオネがちらりと視線を向けると、ルルネの左腕が、二の腕の辺りからちぎれかけ、皮一枚でようやくつながっている状態だった。

「ファルガー、ルルネ、下がって治療をして。見えないけれど何かを投げつけているようですね」

 そう分析をしながら指示をしたのはヘルメス・ファミリア団長のアスフィ。しかしティオネにとっては、そんなことはどうでもよい。早くフィンを探しに行きたいのだ。だが、このモンスターが邪魔をする。となければやることは一つ。ティオネは切羽詰まった頭で結論する。

「このモンスター、ぶっ潰せば、探しに行けるってことかぁぁ!」

「あ、ちょっと、そんな無茶な・・」

 アスフィが止めるが、狂乱状態に陥っているティオネはすでに聞いていない。ククリナイフを両手に構えると、自分から山羊に向かって地を這うような低姿勢で突進する。その突進を嫌い、黄山羊は四つ足で跳躍する。黄山羊の下を走り抜けたティオネは、その突進の勢いのまま黄山羊が破壊した建物の柱を駆け上がる。そして自らも跳躍し、黄山羊よりも高くはね上がり、女体目掛けて襲い掛かる。だが、その彼女の眼前には、黄山羊の背中の女体が腕を振るう姿が映っていた。先程の見えない攻撃。空中にいるティオネには回避しようがなかった。

 

 

********

 

 

 ギルド裏口から突入しようとしていたオッタルとガレス、ガネーシャ部隊。彼らもまた爆風に曝されていた。吹き飛ばされるガネーシャ団員。ガレスとオッタルは、レベルと元からある重量(体重)に物を言わせて軽々と・・とは言えないが地面を踏みしめ堪えていた。

 爆風が弱まりかけた頃、カシャカシャと音を立てて接近するモノがある。煙と炎に紛れているが、オッタルとガレスの耳にはその音が聞こえていた。

「何か来るぞい。全員、構えろ!」

 裏口突入部隊の指揮官はガレス。叩き付けるような爆風で姿勢が崩れているガネーシャ団員達は、その指示に従い、何とか戦闘態勢を取ろうとする。そして煙の中からガレスへと飛び出すモノがある。爆風の勢いを載せたその一撃は、ガレスが構えた大楯にぶつかり、重い激突音をたてて跳ね返される。だが、それを受け止めた大楯は大きく凹んでいる。総アダマンタイト製とはいかないが、耐久性を重視し、分厚く重く造られた大楯を、容易く凹ませる一撃。警戒度を一気に跳ね上げるガレス。そんなガレスに連続して何かが襲い掛かる。それらをすべて大楯で捌くガレスだが、その攻撃の圧力でじりじりと後退させられていく。しかし、歴戦の勇士(ガレス)がただ黙って押し込まれているわけではない。

「ふん、単調な攻撃じゃわい!」

 叫ぶと同時に、大楯を使って、攻撃を横に払い相手の体制を崩す。その間にガレスが突撃をして、形成有利に持ち込む。そんなガレスの突撃であったが──

 GUGEN!

 名状しがたき金属音と火花が頭上で炸裂する。真上からのガレスへの攻撃を、オッタルが大剣で叩き返したのだ。そしてようやく爆風が収まり、煙と埃が収まっていき、ガレスたちの相手の姿が見えてくる。

 

 それは白い大蠍(穢れた精霊)。頭までの高さは1M弱程度だが、両方の鋏を備えた横幅は4Mを軽く超える。そして煙で所々煤けた全長は長く、特筆すべきは、ゆらゆらと揺れる尾までの長さだろう。そんな巨大蠍の背中に真っ白い女性の上半身がついている。今しがたオッタルが叩き返した攻撃は、尾についた毒針での攻撃。それを躱されたにもかかわらず、蠍の背中に取りついた女性は、ニヤニヤとした余裕の笑いを浮かべているのだった。

「図体がでかいと態度もでかいと見えるわい」

 モンスターの笑いを目にしたガレスが、ぶつくさと文句を言う。人工迷宮クノッソスで同種と思われる『天の牡牛』との遭遇経験があるガレスは、全く動揺しなかった。それどころか、ガネーシャ・パーティに視線を動かし、様子を確認する余裕さえあった。彼女らは既に立ち上がり戦闘態勢を整えていた。

「此奴の強さはレベル6以上じゃ。注意せい」

 そして続けてオッタルに指示を出す。

「オッタル、わしが攻撃を防ぐからその間に、鋏を切り落とせ! できるな!?」

「そうもいかん」

 オッタル(レベル7)の耳だけは、さらに接近する足音を聞きつけていた。

 白蠍の背後から現れたのは、高さ3Mほどの異形の存在(穢れた精霊)。頭が三つ。腕が六本。赤と青のまだら模様。あえて例えるならば、遠国から噂で伝わる阿修羅のようなモノ。あまりの異形に、さすがにガレスも呆れ返る。しかも阿修羅もどきはその巨体に見合った大剣と短剣を手に握りしめている。

「長生きしとるが、あんなモンスター初めてみるわい・・」

 そんな呟きを溢すガレスに向かって、オッタルがさらに呆れるようなことを言う。

「あの赤青の相手をする。白いのはそちらで相手をしておけ」

 

「・・これが全部終わったら、ドワーフの火酒ぐらい奢れよ・・」

 止めてもオッタルが聞く耳を持っていないと判断したガレスは、あきらめて大楯と重量型アックスを改めて構える。オッタルと阿修羅が離れるのを見ながら、ガネーシャ・パーティに声をかける。

「わしが正面から突っ込むから、おぬしらも隙をついて攻撃しろ。できれば背中の人間部分に攻撃するんじゃ。それが無理そうなら、片方の鋏に集中して切り落とす。できるな!?」

 ガネーシャ・パーティの中核をなすのは、二人のレベル5冒険者、団長ヴァルマとアマゾネスのイルタ・ファーナである。三人は白い蠍に向かって集中する。

「では行くぞ! 頭上からの攻撃に気をつけい!」

 そういうとガレスは大盾を前にして突っ込んだ。白蠍は、鋏を突き立ててガレスを止めようとするが止まらず、もう片方の鋏で盾を掴み、剥ぎ取ろうとする。そんな鋏に向かってガレスが斧を叩き込む。パワーだけならオッタルと互角。そう評される膂力から繰り出される一撃は、蠍の殻を突き破る。だが、追撃をすることなく、ガレスは後ろに飛びのいた。

 ガッ!と音を立てて、一瞬前までガレスが立っていた場所に、蠍の尾が突き立ち、瓦礫を砕く。

「二方向、へたしたら、三方向からの攻撃。ちと厄介じゃの」

 しかも、一緒に戦っているのは、別ファミリアの冒険者。上手い連携は期待できそうにない。

「まぁ、気にする必要はないか」

 息の合った上手い連携が期待できずとも、ヴァルマとファーナはレベル5。初見の相手とも、それなりには連携ができる腕前のはずである。でなければ、冒険者数最大手のガネーシャ・ファミリアの団長は、やっていけないはずである。

「わしの役目は、あ奴らが攻撃をしやすい様に、此奴の意識を引き付けることじゃな・・」

 そういうと、再び、ガレスは突進するのだった。

「そしてもちろん! 注意を引くだけじゃなくて、わしが倒してしまっても構わんのじゃよ!」

 ガレスは雄たけびを上げて、斧で大楯で撃ちかかる。

 大楯で鋏をはじき返し、もう片方の鋏は斧を立ての様に構えることで横に弾く。そして蠍の頭部分に接近して、

「どりぉりぉぉぉあぁぁ」

 大楯で、ぶん殴った。さすがの巨体も吹き飛ばされ、瓦礫の上に横倒しになる。

 

「あ、あれが、エルガレムの一撃・・」

 ガネーシャ団長ヴァルマが驚いている。

「驚く暇が有ったら攻撃せんかい!」

 ガレスの叱責に、慌てて動き始める二人。だが大蠍は、尻尾と鋏を使って器用に素早く起き上がる戦闘体勢をとる。あまりダメージになっていないようだ。戦いは長引きそうである。

 

 

********

 

 

「ふんっ!!」

 オッタルが、大剣を叩きつけ、阿修羅を弾き飛ばし、戦闘場所をガレスたちから強制的に引きはがす。オッタルには分かっていた。この阿修羅の強さは白蠍と比べても別格。先程の白蠍と同時に相手をしていたのでは、被害者が出る。フレイヤ・ファミリア団長である自身がついていながら、そんなことになれば、主神であるフレイヤ様の威光を傷つけることになりかねない。そう判断したオッタルは、一人で阿修羅と対峙することを選んだのである。

 

 だがそんな戦場に飛び入りが入る。

「オラァァァァァァ!!」

 黒い皮鎧とレイピアで装備した冒険者、イシュタル・ファミリア団長のサミラが、勢いよくオッタルに切りかかる。

「てめぇは、ここで死ぬんだよぉぉぉぉ」

 素早い攻撃のつもりなのだろうが、オッタルからすれば、未熟も良いところだ。パワー、スピード、タイミング。及第点をギリギリ付けられるのはタイミングのみか? 避けると同時に切って捨てようとするが、そこに阿修羅もどきが攻撃を仕掛けてくる。それに合わせてサミラは、退避する。オッタルは構わず、阿修羅もどきを殴りつけ、斬り飛ばそうとするが、悪いタイミングでサミラが再び切り込んで邪魔をしてくる。

 それから数合、打ち合う。サミラは、オッタルを阿修羅と挟み撃ちするように位置取りし、自身が阿修羅に攻撃されない様にしていた。さらには、一方的に阿修羅のフォローをしており、オッタルが阿修羅を攻撃しにくい様に、自らの攻防を組み立てているのだ。

「ふむ・・。引く気はないか?」

 オッタルとしては、ここでサミラが邪魔をしようとどうしようと関係ないのだが、一応確認してみる。返事はレイピアの斬撃だった。

 

 剣を交わしているサミラ自身にも、オッタルに敵わない事は分かっていた。自分(サミラ)はレベル5、相手(オッタル)はレベル7。戦闘経験も、その濃度も、ステイタスも、何もかもが差がありすぎる。気合や勢いだけで、どうにかなる差ではない。

 だが、今この戦いだけは、そんなことは関係なくなる。イシュタル・ファミリアの最高の切り札(エース・イン・ザ・ホール)を使えば戦況をひっくり返せる。それまで粘ればサミラの勝ちだ! そして今までの疑似ランクアップの経験からして、そろそろ詠唱が終わるタイミングのはず! そう考えてサミラは、オッタル、阿修羅、自分の立ち位置から、二手三手先を読み、どうすべきかを死力を振り絞って考えて戦うのだった。

 そしてそのサミラの苦労は報われる。全身から金の光を放つ粒子が流れ出す。超レア魔法『ウチデノコヅチ』による疑似ランクアップの証だ。

 

「UGAAAAAAA!!」

 阿修羅が吠える。疑似ランクアップした全能感からか、阿修羅の叫びには、心なしか喜びが感じられる。そして、今までとは比べ物にならないスピードで、阿修羅はオッタルに襲い掛かった。突然の速度変化にも対応し、防御して見せるオッタル。

「パワーが上がったか」

 そしてその冷静さも健在なまま。

「はっはぁっ! あとは頑張りなぁ!」

 阿修羅の疑似ランクアップを見届けたサミラは、もう用はないとばかりに撤退する。

 

 

 イシュタルの打倒フレイヤ計画は挫折が多かった。

 団長(サミラ)が疑似ランクアップしても、仮想オッタルのアイズにも勝てない。

 闇派閥に造らせた穢れた精霊(天の牡牛)も、ロキ・ファミリアに勝てない。

 ロキ・ファミリアに勝てないのにフレイヤの所に勝てるわけがない。

 

 そして切羽詰まったイシュタルは、とんでもないことを考えた。

 ならば穢れた精霊を疑似ランクアップさせようと。

 そこまで考えてイシュタルは気になった事がある。

 殺生石の欠片(ランクアップアイテム)を、穢れた精霊は使うことができるのか? だが、使うことができないということだった。ならば、直接、穢れた精霊へランクアップ魔法を行使するしかない。

 それ以前に、そもそも穢れた精霊はランクアップするのかという疑問もある。だが、ベースとして冒険者を用意することで、その問題を解決した。ベース部分がランクアップすることにより、全体がランクアップするだろうという推測である。だがあくまで推測でしかない。でもやるしない。

 そして準備を整え、イシュタルは好機を虎視眈々と狙い、最高の切り札(エース・イン・ザ・ホール)、汚れた精霊+ランクアップ魔法をきったのだ。狙いは当たり、阿修羅は疑似ランクアップしているようだ。その強化されたパワーでもってオッタルと互角に以上に渡り合っている。

 

 

********

 

 

「くくく、計画通りになっているじゃあないか。サミラもアイシャも、よくやってくれてるよ」

 そう呟くのは、ホームから見ているイシュタルである。

 アイシャは、混乱しているこの状況の中、ランクアップ魔法の使い手を無事に戦場迄同行させ、魔法を実行、また無事に退避させるといった監督役を。

 サミラは、呪文の詠唱の間に穢れた精霊が退治されない様に、オッタルの攻撃の邪魔をする阻害役を。

 それぞれ困難な役割である。だがどちらも無事にやり遂げて見せた。

 唯一の懸念は、モンスターがランクアップするかどうかであったが、計画通りに行ったようだ。後はオッタルが死ぬのを待つだけ。そしてオッタル以外のフレイヤの眷属は、疑似ランクアップしたサミラが片付ける。そしてフレイヤ自身は、イシュタルが引導を渡す。

 女王然としてふるまっているフレイヤの顔が絶望で歪む。それを考えるだけで、イシュタルは笑いがとまらなかった。

「さぁ、さっさと、オッタルをぶっ殺しちまいな!」

 




補足
天の牡牛と遭遇経験があるガレス
ソードオラトリオのロキ・ファミリアによる第一次クノッソス攻略作戦は、書いていないが、この話の世界でも実施している。結果は原作と同じく、損害を受け撤退。

阿修羅
黄道十二宮の双子座から。ベースは冒険者。

疑似ランクアップ魔法ウチデノコヅチ
ベースが冒険者だろうと、穢れた精霊になった時点でモンスターになるので、ランクアップ効果は無いと思われる。この話ではモンスターにも効果有りとしている。


殺生石の欠片
ランクアップ魔法の対象は一人。複数を同時にランクアップさせるため、原作では殺生石の作成が計画された。殺生石を割って欠片にすれば、その欠片の数の人数だけランクアップできる。
殺生石の欠片の具体的な使い方が分からない。飲み込む? 天にかかげる? 握りしめる? 臍の部分に当てて『変身』と叫ぶ?
テイマーがモンスターに指示して使わせることは不可能だと判断した。


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邂逅

 ギルド倉庫が破壊され、黒煙を上げている破片が散らばっている、そんな爆発の余韻も抜けないまま、戦いに明け暮れている冒険者、モンスター、闇派閥。

 穢れた精霊達は徐々に移動して戦闘領域を広げ、ギルド正面に残された者たちも戦い続ける。そうして混乱が広がるばかりと思われた戦場の中、時間が経過するにつれて、徐々に組織だった動きがごく一部ではあるが出始める。

 

 その起点は意外にも、超凡夫(ハイ・ノービス)と言われたラウル・ノールド。

 それにはいくつかの要因がある。まずは、元々彼はロキ・ファミリアで指揮を執ることが多々あり、指示を出す訓練をしていること。そしてロキ・ファミリアのメンバー、彼に指示を受けるのにも慣れていること。この二つが合わさったことが大きい。

 そして、ラウルと、アナキティの指揮する2パーティが隣り合って配置されていたこと。

 更には、ロキ・ファミリアは闇派閥との戦闘を何度か経験して、対処方法を確立していること。

 そしてラウルにとっての幸運。それは、ドラゴン・スレイヤーこと、我らがハリー・ポッターとベル・クラネルも彼の指揮下(パーティ)にいたことだ。初対面のパーティに入るよりは、知り合いの(パーティ)が、まだましだろうということで、こういう配置になっていた。そして二人とも速攻魔法の使い手、モンスターにしろ、闇派閥にしろ対処が極めて素早かった。

 ラウルの指示の元、闇派閥に対してはロキ・ファミリアの団員が魔剣で誘爆を誘って対処する。モンスターに対しては、ハリーのプロテゴ、ベルのファイアボルトで動きの制限をして、ラウルと猫人(アキ)が対処するという方法を愚直に繰り返していたのだ。

 

 その間にも、ラウルはメンバーへの叱咤激励を続ける。モンスターとの戦いは、メンバー皆冒険者であり、ダンジョンで慣れている。だが闇派閥メンバー相手の人間(ヒューマノイド)相手の殺し合いには、慣れていなかった。魔剣で誘爆させることで相手の自爆攻撃は防いでいたので、こちらの被害はかなり少ない。だが、爆発により、人体が破裂し、ちぎれ、血しぶきが舞い散り、細切れになって散らばる血まみれの人体の破片。そんなものが目の前に飛んでくるのだ。

 対モンスターではなく、対人間の戦い。その結果生じるショッキングな光景に、若い冒険者たちは、強い心理的衝撃を受けていた。ラウル自身もショックを受けていたが、リーダーだからとそれを無理矢理に抑え、メンバーの叱咤激励をしていたのだ。

 

 ラウルにとって意外なのは、ハリーがそれほど動揺していないことだった。もちろん動揺していることは白くなった顔色から分かるが、明らかに動揺の程度が小さかった。

 ハリーと最初に会った時のことを思い出す。ロキ・ファミリアの食堂で、主神ロキの客分として紹介された。そのままファミリアに加入するかと思っていたが、何故か新興ファミリアに加入。その後、自分が59階層への遠征から戻ってきたら、ドラゴン・スレイヤーとしてハリーは名を上げていた。おそらく、ここオラリオに来る前の時点で色々と事情があったのだろう。

そのため、主神(ロキ)の知り合いではあるが、別のファミリアに入団したのだろう。その以前の経験の中に、今のような惨事があったのかもしれない。

 ラウルは必死で指揮をとりながら、ぼんやりと心のどこかで考えるのだった。

 

 ともかく、ラウルとアキのパーティがやや手際よく、闘っているとどうなるか。

 周囲の冒険者が二人のパーティを頼りにするようになるのだ。具体的には、周囲の限られた範囲であるが、パーティ・リーダーがラウルの指示の真似をする。真似をすることは悪い事ではない。見習うべき良い点は、どんどん取り入れていく。そうでなければ、ランクを上げて第二級冒険者として、やっていくことはできないのだ。それによって冒険者たちが、ラウルの指揮下に入るように形になり、ある程度組織だった戦闘をするようになったのだ。

 

 そうして時間の事を忘れて、我武者羅に戦闘を続けていると、ぽっかりと空白が空いた。

 

 戦闘音は遠くから聞こえるものの、モンスターの襲撃も無くなり、闇派閥の姿も見えない。一時的かもしれないが、周囲の敵をすべて排除したのだ。そう判断したラウルは、補給を命じる。

「うちのパーティは周囲の警戒。アキのパーティは水分補給を。五分で済ませるっす。五分後に交代して、うちのパーティが補給っす」

 モンスターや闇派閥の血まみれの死体が散乱する中での補給だが、贅沢は言っていられない。出来る時に補給しないと、継戦能力が低下するのだ。ロキファミリアとは無関係の冒険者たちも、それを聞いて交代で補給に取り掛かる。そんな中、風が吹きつけてきた。

 

 最初は微かな微風であった。だが、しばらくするとはっきりとした風になる。細かな煤を吹き払い、冒険者たちにひんやりとした風が吹き付ける。爆風で加熱された地面がゆっくりと冷えていく

「な、なんすか、この風は」

 思わず、ラウルが、風が吹きつけてくる方向、元ギルドがあった場所を向く。そこにいるのは、黒いローブを着た身長2Mに近い男。右手に30C程の杖を持っている。その両脇に従うのは、モンスター達。黒大剣を持ったミノタウロス、鎧を着込んだモンスター。槍を構えたアラクネ。そしてガーゴイル等々。

「あれが、報告にあったテイマーっすか」

 怪人といわれるレヴィス(テイマー)とはまた違う存在。だが、その存在感にあてられ、ラウルは緊張のあまり脂汗を流しながら指示を出す。

「全員補給終わりっす。新手っす」

 黒ローブの男は、こちらの緊張を気にもしていない。まるで昼下がりの公園を散歩をしているかのような気楽な歩調で、ゆったりと距離を詰めてくる。

「ハリー・ポッター」

 小さな囁き声。だが何故か、その場にいる全員にはっきりと聞こえた。

黒ローブの男は、モンスターを引き連れ、さらに近づいてくる。10M程の所で足を止める。背筋を伸ばした姿勢から、また呟いた。

「ハリー・ポッター」

 

 ハリーは、前に出てラウルと並ぶ。杖を構えて突き付ける。

「僕がどうかしたのか?」

「ようやく会えたな、我が兄弟よ」

 そういうとフードを外す。現れたのは、赤いリザードマンの頭。モンスターが言葉を話すことに衝撃を受ける冒険者。だが、ハリーは、アラゴグなど人語を話すモンスターとの会合経験があった。それほど衝撃を受けず、話のポイントに反応する。

「僕にモンスターの兄弟は居ない。それ以前に僕は一人っ子だ」

 それを聞いてシュルシュルと、真っ赤な舌を出し入れしながら嗤うリザードマン。

「まあ、お前は俺様のことを知らんはずだ。だが俺様はよく知っているぞ、兄弟」

 そういうとリザードマンは、杖を軽く振って見せる。()()()()()()()が浮かび上がり、一人の名前を作り出す。ハリーもよく知っている名前だ。

 

TOM MARVOLO RIDDLE

 

 そしてアルファベットはふわふわと動き出す。順番をくるくると入れ替え、別の言葉になる。

 

I AM LORD VOLDEMORT

 

「そう、俺様はヴォルデモートだ」

 

「何故、()()を知っている!?」

 ()()とは、()()()()()()()を作り出して、入れ替えて見せたこと。ハリーは心臓を掴まれたような不気味な思いにとらわれる。

 

 ハリーの脳裏に2年生の時の記憶が鮮明に甦る。ホグワーツの地下深く、秘密の部屋でジニーが倒れているのを発見した時に現れたトム・リドル。

 その時リドルは、杖を使って空中に文字を作り出し、それを動かして自分の正体を明かしたのだ。その文字の色や大きさ、動かしたときの雰囲気。

 秘密の部屋で何が起こったか、リドルや日記の正体を説明することが重要と思ったのでそのことは皆に説明した。だが細かい部分、リドルが文字を作り出したという事やその色、形、大きさは、ダンブルドアを含め、誰にも言う機会がなかった。

 ハリーしか知らない事を、目の前にいるリザードマンはすべて再現して見せたのだ。

 リザードマンが自称するように、例え、ヴォルデモートだとしても、知っているはずがないのである。こちらに気付かれることなく開心術を使ったのかと、最大限の警戒心をもってハリーは杖を突きつける

 

「ああ、俺様がヴォルデモートであることは、認めるのだな、兄弟」

 

 奇妙な親しみが籠った馴れ馴れしい口調で、ヴォルデモートは続ける。

「お前が一歳の時から。そして、俺様本体に俺様たちが殺されるまで、ずっと一緒だったからな。当然知っている」

 

 そしてハリーに閃いた考え。ダンブルドアの分霊箱に関する説明。ハリー自身が分霊箱であること。分霊箱にはヴォルデモートの魂の欠片が入っていること。日記も同じ分霊箱であること。日記内部の魂の欠片は、自我を持っていたこと。

「お前は、僕に憑いていた、あいつ(トム・リドル)の魂か・・」

 ハリーの指摘に頷くヴォルデモート。

「その通りだ、兄弟。一歳の時からどんな人生を過ごしたか見て来たぞ。お互い、半純血、孤児同然で、ホグワーツ入学まではマグル育ち。似たような境遇で育ってきた。そのおかげで、本体とは違い、俺様はお前に親しみを感じている。

 兄弟と呼び、そして『一緒にこの世界を支配しないか?』そんな提案をするほどにな」

 リザードマンの顔のため、分かりにくいが、ヴォルデモートは笑っているようだった。

「いや、断る」

 シンプルなハリーの拒絶の言葉。

「ふむ? 残念だ」

 予想通りのハリーの返事だったのか、ヴォルデモートの感想もシンプルなものだった。と同時に杖を一振りし、ハリーを吹き飛ばすヴォルデモート。

「ならば、ホグワーツでの続きをしようじゃあないかっ、ハリィィ・ポッタァァァァァァアア!!」

 呪文よ終われ(フィニート・インカンターテム)で対抗し、地面へと飛び降りるハリー。

 

 二人の戦いが始まるかと思われた時に、赤黒いものが落ちてきた。何かと思えば、ニンジャ・装束を着たアイズ・ヴァレンシュタイン。地面に落ちるも一回転して立ち上がる。それを追うかのようにもう一人落ちてきた。ハリーは知る由もないが怪人(クリーチャー)レヴィス。

 そしてヴォルデモートの攻撃と同時に、脇に控えていたモンスター達も攻撃にかかる。迎撃するラウル。

 だが、そのモンスターとラウル達にスリケンが降り注ぐ。アイズが投げたスリケンを、レヴィスが弾き飛ばし、その跳弾ともいうべきスリケンが、モンスターと冒険者の区別なく、見境なく全員に降り注いでいるのだ。もちろん、ダメージを負うようなものではない。

「ちょ、アイズさん!」

 とはいえ、さすがに、ラウルも悲鳴を上げる。その瞬間アイズの狙いが変わる。レヴィスの後ろに居るモンスターに降り注ぐスリケン。ガーゴイルがその頑丈な体表ごと翼の半分が削られる。アラクネの両肩両肘に突き刺さり、腕の機能を破壊する。鎧を着込んだモンスターには、鎧の隙間にスリケンが突き立つ。ミノタウロスに投げたスリケンは、大剣で防御されたが、一本が左眼に突き立っていた。一瞬のうちにアイズはこれだけのことをやって見せたのである。

 

 だがヴォルデモートへ投げたスリケンは、蛇へと姿を変えると次には炎となり、逆にアイズに襲い掛かってた。

 ミノタウロスがいる方へと、すばやい動きで避けるアイズ。そのまま、体の輪郭がブレたかのような加速でミノタウロスの左の死角から接近し、黒大剣の間合いの内側へと入り込む。そのスピードのままミノタウロスの首へと手刀をふるう。その様子ははまるで居合抜きで、辻斬りをするかのようだ。

 だがミノタウロスも、とっさに反応し、アイズの手刀と自分の首の間に腕を入れるのに、ぎりぎりで成功する。しかしアイズの手刀がまるで鋭利な刃物であるかのように、ミノタウロスの左腕を肘の先から断ち切ってみせる。だがさすがに勢いは衰え、首を切り裂くことはできず、側頭部へ一撃を入れるだけに留まる。打倒されるミノタウロス。だがミノタウロスは左腕一本を犠牲に、頭部を割られるのを防いだのだ。

 だが、その動きを見逃すレヴィスではない。アイズの無防備な脇腹に蹴りを突き入れる。体がくの字になって吹き飛ぶアイズ。そこにヴォルデモートが、再び幾つもの炎の矢を作り、アイズに向かって撃ちこんだ。

 

 だが、ここにはアイズと同じロキ・ファミリアのメンバーが、ラウルとアキたちの2パーティが居るのだ。ラウルたちが盾を構えて、アイズの前に出て、炎から守ってみせる。

「あっつう! 熱いっすよ!」

 炎の矢に焼かれて、盾が一瞬のうちに高温になる。ヘルハウンドのブレスと同等、下手をしたらそれ以上の高熱のようだ。盾を溶かすような熱さに火傷を負い、慌てて盾を放り出すラウル達。

 それと同時に、アキのパーティメンバーが、魔剣でレヴィスとヴォルデモートの牽制をし、アイズへの接近を阻む。その間に、アキが素早くポーションをアイズに渡す。受け取ったアイズは素早く飲み干すと、地を這う程に身を低くすると、レヴィスへと突進する。

 魔剣の攻撃を回避しつつも、アイズへの警戒を忘れていないレヴィス。自らもアイズに突進し、拳を打ちつける。その衝撃でアイズは再び吹き飛ばされ、レヴィスもそれを追って、此の場から離れていった。

 

 左眼と左腕の痛みで、横たわったままで、しばらく動けなかったミノタウロス。ようやく痛みをこらえて体を起こすと、怒りの咆哮(ハウル)を上げる。その咆哮の威力はレベル4のラウルでさえ、一瞬ぎょっとするほどであった。それよりレベルが低い者は、たまったものではない。レベル2の冒険者達を強制停止(レストレイド)させていた。

 

 

********

 

 

 ミノタウロスが強制停止の咆哮(ハウル)をあげた時、ベルも強制停止をうけていた。

 ベルの意識には、新米冒険者の時にミノタウロスに追われたことを思い出していた。5階層で、ベルを追いまわした恐ろしいモンスター。逃げても逃げても引き離すことはできず、殺意を持ってどこまでも追いかけてきた暴虐のモンスター。咆哮と重い足音が、ベルの心を恐怖と絶望で押しつぶす。

 その後の冒険で塗りつぶしたはずのトラウマ。ファミリアの仲間と共に挑んだミノタウロス戦。撃破して乗り越えたと思っていた恐怖。そんな上っ面のかさぶたは木っ端みじんに吹き飛び、あの時の無力な虚脱感(パニック)が甦る。脚がゴムになったような感覚に陥り、力が抜け、崩れ落ちるベル。荒い呼吸を繰り返し、顔は血の気を失い真っ白になっている。

 

『─雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインとは釣りあわねぇ─』

 そんな言葉に反発したこともあった。だが現実は──。

 ダンジョンに飛び込んで無茶をやったと思っていた。でもあれは勝てるモンスターしか相手にしていなかった。

 ミノタウロスに勝てたのも、相手の強さが下になったから、勝てるようになっただけだ。

 目の前に居るような強いモンスターが相手だと、逃げ出すどころか恐怖で動けなくなる。僕を罵倒したあの言葉は真実だった。

 ──僕は雑魚だ──

 恐怖に塗りつぶされ、みじめな思いに押し潰され地面にへたり込んだ

 

 

 




補足
分霊箱の魂
ハリポタ原作では、日記だけが特別で、他の分霊箱内部の魂には自我は無い

次回『牡牛の巨大な仲間たち その二』


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牡牛の巨大な仲間たち その二

間が空いてしまって申し訳ない・・



 

 ドンッという衝撃音と共に、ティオネの身体が地面に叩き落される。瓦礫の上で、身をくねらせる様に回転させて受け身を取り、起き上がるティオネ。素早くククリナイフを構える。

 山羊女の見えない攻撃を回避できなかったと思ったのだが、空中でいきなり加速して地面に墜落したのだ。何が何やら分からないというのがティオネの心境だ。

 

「ティオネさん、山羊の両角は第一等級武装並みの切れ味です。それと背中の女体は、見えない斬撃を手で飛ばしてきます。注意してください」

 ティオネのすぐ横、斜め上の何も無い所から声が聞こえてくる。落下のショックで幻聴が聞こえるようになったかと、頭を振ってみるティオネ。

「ちなみに私はヘルメス・ファミリア団長のアスフィです。姿を消すアイテム(ハデス・ヘッド)を使っているので、姿は見えませんが傍に居ます」

「まぎらわしい、姿見せろよ!」

 つっこむティオネ。だが、冷静にアスフィが反論する。

「奇襲が出来るので、このまま行きます。でないと私では手も足も出ませんから」

 アスフィと話すことで、幾許かの冷静さを取り戻したティオネ。墜落の衝撃で記憶が混乱しているようで、はっきり思い出せないが、確かアスフィのレベルは4か3だったということを思い出す。そのレベルでも姿を消せるのであれば、相手に対する奇襲にもなるだろう。仕方ないと思考を切り替えるティオネ。

「私の方からは援護が出来ないわよ、大丈夫?」

「大丈夫です。そこは上手くやりますから」

 自信をもって返事をするアスフィ。そこへ黄山羊が飛び込んできた。自分の角の特性を分かっているようで、目の前で跳ねるように頭を動かし、角で斬りつけてくる。ティオネはククリナイフで受けると同時に、山羊女の攻撃を横っ飛びに躱して見せる。見えない攻撃がかすめたのか、黒髪の毛先がスッパリと切り落とされる。先程、ヘルメス団員の腕を切り落としかけていたし、相当切れ味は良いようだ。

 

 見えない攻撃は間合いがつかめず厄介だ。そう考えると、ティオネは山羊女を目掛けてとびかかる。山羊女が掴みかかってくるが、それをククリナイフで横へとそらす。が、山羊が高々と身体の前半分を振り上げ、後足だけで立ち上がる。その勢いでティオネは吹き飛ばされる。だが、その時、山羊女の後ろから山羊の臀部にかけてが爆発する。

「なんだ?」

「私が攻撃しているだけなのでお気になさらずに」

 驚くティオネの呟きに、またも空中からアスフィの声が聞こえる。アスフィがバーストオイルをつかって攻撃しているのだが、見えないのでティオネには分からない。ティオネは内心やりづらいと思うが、戦力が減るよりはましかと考え直す。

 

 そうぼやきつつも戦っている間に、昔、妹が話していたことを思い出す。どんな英雄譚だったか忘れたが、牡牛だったか山羊だったかをけしかけられて、角で襲い掛かってくるのをどうにかする話だった。

 今まさに自分がその状況。その英雄がどうやって切り抜けたか覚えていれば良かったのだが、ティオネはすっかり忘れていた。確か牛の角を掴んで背中へどうこう言っていたような。角を掴むといっても、この黄山羊の角は剣と同じで握ることもできないし、どうしろというんだ。やっぱり叩き折れというのかと、妹の能天気な(二パーとした)笑顔を思い出し、イラつくティオネ。

 

 その感情のままに、山羊の角をへし折ろうと、ククリナイフを全力でぶつける。

 ギリギリという不快な音を立てて鍔迫り合いをするが、角が折れることは無い。その上背中の山羊女からは見えない攻撃が飛んでくる。だが、もう何度目かになるか分からない見えない攻撃。何度か浅手の傷を受けたが、その甲斐あって、かなり間合いはつかめるようになっていた。

「おおっと、もう当たるわけないだろうっ!」

 

 かなり回避できるようになったとはいえ、山羊と山羊女の、この連携がいやらしい。いわば騎馬に乗った騎士が、突撃をかけてくるようなものだ。騎士の場合は落馬があるが、こっちの山羊女は一体化しているので落馬が無い。まさに人馬一体とはこのことだろう。

 いっそのこと、千切り取ってやろうかと考えるティオネ。そこまでやったらさすがにモンスターといえども生きていられないだろう。いや、山羊女の方は兎も角、山羊の方は無事なのか?

 とりとめもない物騒なことを考え始め、実は憤化招乱(パーサーク)状態になりかけているんじゃないかと、心のどこかで疑い始める。

 

 そうやって闘っている間にも、アスフィが攻撃しているのか、山羊女が時々爆発をしている。

「アスフィ、頭を狙えっ!」

 全生物に共通の急所、頭。頭をつぶされても生きている生物は、モンスターも含めあまり見たことが無かった。しかしこの黄山羊は階層主アンフィス・バエナ同様、頭が二つある。片方を潰されたくらいでは、死ぬことは無いだろう。

 そこでティオネの中にひらめくものがあった。妹が大双刃を最初に買う前の時だ。こんな武器が欲しいと妹が説明した時、ティオネはそんな武器有るわけがないと言ったのだ。そしたら、妹は簡単にこう続けた。

『無いなら一から作ってもらえば良いじゃない』

 そしてゴブニュの所でフルオーダーメイドでの作成になったのだ。高い買い物だった。

「うん、そうだ、掴むことができる角が無いなら、掴める角を作れば良いんだよなぁっ!」

 

 両方のククリナイフを逆手に持ち替え、アスフィに叫ぶ。

「私が突っ込むのに合わせて、上の頭を攻撃しろっ」

「5秒待ってください!」

「5秒だなっ!」

 秒読みを始めるティオネ。

 

 5。ティオネは相手の攻撃をさけながら、黄山羊の前足に切りつける。しかし黄山羊は後足だけで立ち上がって棹立ちになり躱される。

 

 4。黄山羊が棹立ちになりながらも、横から身体を乗り出した山羊女が、見えない攻撃をティオネに放つ。しかしティオネは右ステップで避ける。何度も受けた攻撃。既にティオネは、見えない攻撃の縦方向だけでなく、横方向の間合いもつかめてきたのだ。

 

 3。前足をティオネに振り下ろし、再び四つ足に姿勢に戻った黄山羊。続けて角の横払いで斬りつけてくるのを、ティオネはしゃがんで躱す。

 

 2。再度、ティオネ目掛けて飛んでくる見えない攻撃。しゃがんで動きづらいティオネは、瓦礫の上を転がって避けつつ、山羊頭の正面に移動する。

 

 1。地面を転がる姿勢から、流れるような動きで、クラウチングスタートの姿勢になるティオネ。両足に力を籠め、突撃の準備をする。

 

 0。アスフィが山羊女を攻撃するのと、ティオネが両足に込めたパワーを開放して突撃するのと、ほぼ同時であった。

 

 ティオネは右手のククリナイフを、山羊の二本の角の間に差し込んで、ガイド代わりにする。そして身体全体を砲弾にして突っ込む。

 山羊頭は、ティオネを払いのけようと頭を振り払うが、もう遅い。

 ティオネの右手のククリナイフが黄山羊の角をレールの様に滑り、ティオネを黄山羊の頭へと導く。

 左手のククリナイフを振りかぶり、全力で山羊頭に突き刺す。上手く右眼に刺さり、そのまま深々と刺さる。

「GUGYAAAAAA」

 黄山羊が悲鳴を上げる。ティオネは抜けなくなったククリナイフの柄を、角代わりに握りしめる。(そこ)を支点にして、突っ込んだ勢いのまま体を上側に回転。左手の武器を離し、身体の回転の勢いを殺さずに、右手に持ったククリナイフを女体の腹に全体重をかけて突きこんだ。

 ズブリという音と共にククリナイフが10Cほど突き刺さる。しかし黄山羊のサイズからすると浅い傷だ。

「くそったれがぁっ!」

 そのまま、横に倒れて、山羊の背中から、転がり落ちる。そんなティオネを山羊女の爪がかすめる。ティオネの右の二の腕が縦にすっぱりと切れ目が走り、鮮血が迸る。

 出血に構わず、ゴロゴロと転がり、黄山羊と距離をとる。再び爆発音が起こったことから、アスフィが援護をしていることを悟るティオネ。立ち上がる。右手は力が入らない。結構な深手のようだ。左手で武器を構え相手を見据える。

 

 そこには、山羊頭が胴体から、だらりとぶら下がっていた。右眼の部分には、ククリナイフが刀身半ばまで突き刺さ去り、真っ赤な血がダラダラと流れ落ち、地面で血だまりになる。

 山羊の身体を動かしていたのは、山羊頭だったようで、足取りはふらつき、ティオネが見ている間に、大地にうずくまってしまった。

「GYAAAAAAAA」

 山羊女が気合のこもった叫びをあげる。浅手とは言え腹を切られているのに、闘志は十分なようだ。その気合の叫びと共に、山羊の足が伸びていき、遂には立ち上ってみせた。

 だが気合は有れど、ダメージは大きい。伸びた脚はぶるぶると震え、歩くことさえままならないようだ。

 山羊女の頭で爆発が起きる。棒立ちになっている状態を見逃さずにアスフィが仕掛けたようだ。立ち上がろうとした集中力が切れ、崩れ落ち、再びうずくまる黄山羊。

「GYAAAAAAA!」

 山羊女は体が動かないことで悔し気な恨みの声を上げるが、もうティオネは聞いていなかった。アスフィの攻撃に気を取られている山羊女の背後に回り込むと、左手で構えたククリナイフを山羊女の首筋に撃ちこんだ。首を半ば断ち切ることしかできなかったが、それで十分だった。山羊女は、血を吐き、何度か痙攣した後に動かなくなった。

 

「やれやれ、倒せましたね、ティオネさん」

 脱いだ兜を片手に、ようやく姿を現したアスフィ。その彼女の胸ぐらをつかむと、ティオネは、グラグラと激しく揺さぶった。

「フィンがどこ行ったか知らない? 居場所がわかる魔道具ない? もし、あるならさっさと貸しなさいよっ!」

 別の難題に直面したアスフィは、どうやって切り抜けるか頭を悩ませるのだった・・。

 

 

********

 

 

 オッタルは阿修羅を観察する。

 

 この穢れた精霊、阿修羅は、オッタルよりも大きく身長三Mほどだ。横幅や手足の長さなどは、身長に見合った人間と同じバランスのサイズになっている。ただ、頭が三つ、腕が三対というのが異なっている。そして、体表面はざらざらとした赤と青の斑模様の皮膚に覆われ、疑似ランクアップの証、金色の粒子が溢れ出している。

 武器は大剣が一振りと短剣が一振りである。オッタルが知る由もないが、これらの武器はヴォルデモートが変身術で作り出したもので、切れ味はたいしたことは無い。しかし、ハリー印の魔法薬瓶と同じ加工がされており、穢れた精霊の筋力でも壊す事が出来ないほど、頑丈に造られている。阿修羅はその長さ2Mを超える大剣を一対の腕で力任せに振り回している。

 レベル6相当のモンスターに、更に疑似ランクアップ魔法をかけた状態の動きなのだ。手に持つ大剣の一薙ぎは風を生み、足の運びは大地に地響きを起こすほどの力強さ。スピードとパワーは、恐るべきものがあった。

 

 阿修羅が魔法詠唱を始める。しかも三つの頭が、それぞれ別の種類の魔法を詠唱している。

 そのうち一つが早口に詠唱を終えた。阿修羅の身体が真っ青にまばゆく輝く。あまりの光量に、陰になった部分が昼間にもかかわらず、真っ暗になって見えるほどだ。その光をまともに浴びれば目が眩み、一時的とはいえ何も見えなくなってしまうだろう。。

 さらに二つ目の頭が詠唱を完成した。武器を持っていない腕をオッタルに突き付けた。その拳からまばゆい熱線が一直線に迸る。太さ5Cほどの熱線は、オッタルをかすめると背後の建物に直撃する。あっさりと貫通し、その背後の建物も次々に貫通していき、その先のオラリオ外壁で爆発が起こる。恐るべき威力である。

 最後の三つ目の頭も詠唱を終了する。同時に、体中の筋肉がブワリと膨れ上がる。身体強化魔法だ。強化した筋力で、大剣を頭上に振りかぶり、オッタル目掛けて振り下ろした。

 単純な動作。だが早い。今までよりもさらにスピードが上がった打ち込みである。

 

 

 阿修羅と戦うオッタルは身長約2M。冒険者の中では十分に巨漢であるのだが、今回は相手が悪い。身長3M近い阿修羅に比べると、子供のサイズであった。

 オッタルの武器は、自身の身体のサイズに見合った、アダマンタイト製の大剣。身を守る防具は、カドモスの皮革から作り出された、柔軟かつ強靭な動きやすい皮鎧。

 

 身体のサイズは阿修羅の方が上である。強化魔法のおかげでパワーは互角。そんなモンスターを相手にして、オッタルは防御に徹した戦いを繰り広げていた。阿修羅の力任せの攻撃をいなしたオッタルが、次の攻撃を素早く避ける。かと思えば、オッタルが攻撃すると見せかけて、相手の攻撃の出だしをつぶす等、多彩な技で阿修羅を翻弄している。そうやってオッタルは数十合を打ち合っていた。

 

 今までオッタルは防御に専念し、阿修羅の行動パターンを観察し続けていた。そして出した結論が『このモンスターも、たいした戦闘経験が無い』である。

 戦闘能力は、ステイタスと戦闘技術から構成される。ダンジョンでは下層に進めば進むほど、ステイタスが強いモンスターが生息している。だが、モンスター同士で戦うことは基本的にないため、戦闘経験が無いのである。したがって戦闘技術を向上させることも無いのである。

 

 この点、冒険者は違う。冒険者は生きて地上に戻ることが必須である。生きて戻れば、それは経験となる。経験は恩恵として更新されステイタスは強化される。しかし、それだけではない。その経験を戦闘技術の向上につなげられるかどうかで、その冒険者が強くなるかどうかの分け目になるのだ。

 

 つまり、強くなるためには、ステイタスの強化は必須だが、同時に、ステイタスに現れない戦闘技術の向上も必須なのだ。一対一ならステイタスを強化して、ゴリ押しで何とかなる場合も多い。しかし、数多くのモンスターと同時に戦うことが多く、冒険者よりも格上が相手になる下層では、ステイタスのゴリ押しでは、生き抜くことはできない。そのために、高レベル冒険者は戦闘技術を磨くのだ。

 オッタルと同じフレイヤ・ファミリアの『ガリバー兄弟の連携は1ランク上の戦闘力を発揮する』というのが、戦闘技術の例として、理解しやすいであろう。もちろんこれは複数人の連携技術であり、個人としての技量の向上も大事である。

 ベル・クラネルに試練を与えるために、ミノタウロスを鍛え戦闘技術を仕込んだのもオッタルである。(ドラゴンに踏みつぶされてしまったが)

 オラリオ冒険者の頂点にたつオッタルも、戦闘技術の重要さはよく理解していた。

 

 そしてオッタルは今、阿修羅の戦闘技術はたいしたことが無いと結論付けたのである。ステイタス自体は、元から高い。そして金色の粒子を溢れさせる様になった(疑似ランクアップ魔法がかけられた)時、さらに筋力をアップさせる自己強化魔法を発動させた時、二段階のパワーアップを果たしている。いまや、身体能力(ステイタス)についてはオッタルに匹敵するといってよいだろう。腕が三対あり、大剣の間合い、短剣の間合い、そして無手の間合いと対応力も高い。更に、目くらましの効果がある発光魔法、建物を貫通する攻撃魔法。能力は多才である。

 そして自分の能力を考えたうえでの、連続攻撃を仕掛けてくる。閃光魔法による目くらましからの斬撃。剣と短剣でのコンビネーション攻撃からの熱線攻撃。多才な攻撃を組み合わせて攻撃している。有効な連続攻撃である。

 

 だが、しかし─

 詠唱が終わると、すかさず発動させる魔法。閃光魔法の直後に打ち込まれる斬撃。腕の動きで攻撃タイミングも攻撃箇所も、すべてわかってしまう熱線攻撃。

 攻撃がパターン化され、先読みしやすい。阿修羅の行動は最適なため、逆にオッタルにとっては相手の行動を読みやすい。

 

 すべてが未熟である。

 あえて先読みさせておいてタイミングをずらすなどの、戦闘の駆け引きが、阿修羅には無い。

 

 従って防御は難しくない。

 閃光魔法に対しては、詠唱終わりのタイミングで、オッタルは目をカバーし、閃光を防ぐ。そして直後に切り込んできた阿修羅の大剣に、自分の大剣を叩き付けて軌道をそらす。または詠唱終了タイミングで鍔迫り合いに持ち込み、魔法発動直後の打ち込みを未然に防止する。

 熱線攻撃に関しても、詠唱があるので、発動タイミングは丸わかりであり、その上、腕の動きでどこを狙っているかも容易に分かる。おかげで熱線を打ち込む方向を誘導して、回避することも容易な事であった。

「戦闘経験が無いのは他のモンスターと同じか・・」

 オッタルがミノタウロスを鍛えたように、イシュタル・ファミリアが阿修羅を鍛えていれば、話はまた違ったものになったかもしれない。

 だが、それはすべて仮定の話。現実問題として阿修羅とオッタルの戦いは、佳境を迎えている

 

 これ以上、阿修羅には引き出しは無いと判断したオッタルが、守勢から攻勢へと転じる。

 

 オッタルの大剣が速度を上げて襲い掛かり、阿修羅はたちまち劣勢に追い込まれる。防御に使った短剣は弾き飛ばされ、つぎの瞬間には、腕の一本が肘から切り落とされる。

「URAAAA!!」

 気合を入れて阿修羅は大剣を振り回す。だが、オッタルから見れば隙だらけの動きである。更にもう一本の腕が二の腕から切り落とされる。

「GUWAAAA!!」

 激痛に叫ぶ阿修羅が切られた腕を振り回す。だが、それは更に隙をさらすだけだった。オッタルが連続で大剣を振るい、赤青の斑の身体が切り刻まれていく。阿修羅の大剣を、オッタルが大剣で逆に打ち払い、懐にもぐりこんだオッタルが拳を叩きつける。たたらを踏んで後ずさる阿修羅。

 

 逆襲をしようと踏み込んでくる阿修羅の太ももを、オッタルがタイミングを合わせたカウンターの大剣の一振りで切り裂く。たまらず、転倒する阿修羅。地面に倒れた阿修羅の首筋を目掛けてオッタルは冷静に大剣を振りぬく。ごろごろと転がり回避する阿修羅だが、動きが遅かったのか、首の一つが首の皮一枚残してほとんど切り裂かれ、噴水のように血が噴き出している。

「GYA,GYA,GYA」

 何事かを喚く阿修羅。戦意はまだまだ十分なようだし、疑似ランクアップの印、金色の粒子はまだ体からあふれ出してはいる。

 

 だが今までの戦闘で蓄積されたダメージは大きい。脚は切られて立つことはできるが、力が入らない。腹も何か所か切られている。腕もすでに一対切り落とされている。頭の一つは首の皮一枚つながっているが、ほとんど切り落とされたといってよい状態だ。

 ここまで不利になれば、普通の動物ならば逃走という選択肢も考えるのだろうが、モンスターたる穢れた精霊は、そんなことは考えもしない。

 

 大剣を両手で構えると、オッタルに袈裟懸けに切りつけた。

 オッタルは唸りを上げて接近する阿修羅の大剣の横腹に、自分の大剣をぶつけて軌道をそらす。同時に、大剣と大剣の衝突した部分を支点にして自分の大剣をくるりと回転するように位置を変え、そのまま阿修羅に向かって突き出した。

 狙い過たず、先程までの戦闘で斬りついた阿修羅の傷口に、オッタルの大剣が突き刺さる。そのまま、アダマンタイトの大剣は、ブチブチという音を立てながら筋肉繊維を切り裂き、阿修羅の背骨を破壊し、背中まで貫通した。

 このダメージには、さすがの阿修羅も地響きを立てて、倒れ込んだ。オッタルは大剣を手放し、下敷きにならぬように回避する。そのまま先程、弾き飛ばした阿修羅の短剣─オッタルが持つと短剣というサイズではなかったが─を拾い上げると、阿修羅の頭を踏みつけ、残った首を二つとも跳ね飛ばした。

 

 こうしてイシュタルの思惑は潰れたのだった。

 

 





補足

オッタルの武装
アダマンタイトの大剣、カドモスの皮鎧。
ティオナの武器がアダマンタイト製。ならばオッタルの武器もアダマンタイト製で、おかしくないだろうと・・。。
49階層までオッタル一人で出かけて階層主を半殺しにしているし、50階層はセーフティエリア。
ならば51階層まで単独で出かけて、カドモス討伐している可能性も0ではないだろうと考えて、この装備にしている。
唯一のレベル7なのでそれ相応の装備をさせたかったので、適当に設定している

次回『牡牛の巨大な仲間たち その三』


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牡牛の巨大な仲間たち その三

展開がかなり強引だと反省している・・



 

「ドーモ、モンスター=サン、赤影デス!」

「ドーモ、モンスター=サン、青影デス!」

「ドーモ、モンスター=サン、白影デス!」

「ドーモ、モンスター=サン、灰影デス!」

「ドーモ、モンスター=サン、水影デス!」

 

 タケ・ファミリアの団員(ニンジャ)は、団長赤影に続いて黒獅子に対してアイサツをする。

 アイサツは大事。ファミリア規則にも、タケミナカタがそう書いてある。そのため、団員は初見のヒューマノイド型モンスターに対しては、挨拶をするのだ。今回の敵、黒獅子は背中に女性の上半身─獅子女─が載っている。そのため共通語(コイネー)でなくとも、何か返事が来るかと期待したのだが・・。

「GUAAAAAAAAA!!」

「アイサツもできん新モンスター(ニュービー)か」

 忌々し気に呟く赤影。そして構えを取り、戦闘が始まる。

 

 タケ・ファミリアが相手にしている黒獅子は巨大でありながらも、猫科特有の俊敏な動きで暴れまわる。前足の一撃は、家屋を吹き飛ばし、その牙は金属の門扉であろうと噛み砕く。さらには機敏に屋根の上へと跳躍し、立体的な動きでこちらを翻弄する。そして口から吐くのは、毒の(ブレス)。毒が落ちた地面はジュウジュウと音を立てて爛れている。それほど強力な毒なのだ。

 そんな格上の相手と戦っているのに、ニンジャたちは落ち着いていた。理由は簡単、此処はダンジョンではない。地の利はこちら冒険者側にある。そしてもう一つ。彼らは一人で戦っているわけではない。ファミリアとして戦っているのだ。戦闘に挑むときに留意すべき三つの事、天の理、地の利、人の和。そのうち二つが、こちらに有利となっているのだ。負ける気遣いは無かった。

 

「一撃与えたら、直ぐに距離をとれ!」

 タケ・ファミリア団長の赤影が指示を出す。

「ダメージを与える事にこだわるな! 回避を重視しろ!」

「イヤーー!」

 ニンジャたちがスリケンを投げる。強力な敵に対してはまずは遠距離戦。基本である。

 もちろん、頑丈な毛皮に包まれた格上の相手に対して、スリケンの効果は薄い。だが気にせずスリケンを投げるニンジャ達。

──10のスリケンでダメなら、1000のスリケンを投げるのだ──

 そのタケミナカタの教えを忠実に実行しているのだ。

 

「イヤーー!」

 総勢五人のニンジャによるスリケンの嵐。

 急所への攻撃は防御されているので、ダメージは殆ど無い。しかし、これだけの数のスリケンを受け、さすがに動きが鈍る黒獅子。それを狙い赤影が瓦礫を伝って連続跳びで接近する。

「イヤーー!」

 赤影が狙うは、黒獅子の背中の獅子女。ふるう拳速により空気が焦げるほどだ。いや、それは錯覚ではない。事実、拳の軌跡に沿って炎が噴き上がっている。赤影はカトン=ジツの使い手なのだ。黒獅子は素早く横ステップをして、それを躱す。だが遅い。拳が獅子女の左腕をかすめる。

 一気に炎を噴き上げる左腕。

「GuWAAAAAA!」

 苦痛の声を上げながら、何とかその炎を消そうと振り回す獅子女。だが消えない。思い余った獅子女は、なんと自分で毒の唾(ブレス)を左腕に吹きかけた。これには、さすがに炎が消え去る。

「自分の毒は自分には効かない。まあ当然だな」

 赤影が冷静に分析する。ニンジャたちも毒を使う場合は、必ず解毒剤を携帯する。仲間が、自分が、誤って毒を受けた場合のことを考慮しているのである。

 

 そうしながらも、少し開けた広場へと戦いの場が、じりじりと移動していく。立体的な機動が出来ず、黒獅子には不利な場所。

 そこに誘導されたと気付くや否や、何を考えたのか黒獅子と獅子女は、碌に狙いもつけずに、むやみやたらに(ブレス)を吐きだす。だがそんなものが当たるはずがない。素早い動きで回避するニンジャたち。灰影と水影は、平行詠唱に入り、それ以外のニンジャは、二人をカバーするように動き回る。

 だが、ニンジャの動きが徐々に単調になっていく。原因は(ブレス)。地面に落ちた毒の唾があたりの地面を覆い、まさに毒の水溜りだらけにしているのだ。すなわち移動するための足場がない。しかも、唾からは毒ガスが撒き上がり、周囲の空気を穢している。毒の空気による結界。追い込まれたのはニンジャの方だったのか。

 

 ニンジャの動きを制限したことに、ほくそ笑む獅子女。毒の水を跳ね上げながら、走り回り、ニンジャに攻撃を仕掛ける。ニンジャも負けずに反撃をする。

「イヤーー!」

 スリケンが、足刀が、手刀が、拳が、黒獅子に襲い掛かる。

 黒獅子も負けずに、殴り、噛み付き、ブレスを吐く。

 

 そんな激しい攻防の中、ついに灰影の詠唱が最後に近づく。狙う黒獅子の立ち位置は、広場の中央。ニンジャの見事な誘導である。

 

 そして灰影が九字を切り、魔法を発動させる!

 

 途端に広場が陥没し、まるで大型のアリジゴクがいるかのように、ずるずると直径20Mほどの地面が回転しながら沈んでいく。その様子はまるで透明なドリルが地面に穴をあけていくようだ。見る見るうちにエレベーターの様に沈んでいき、縁の部分は壁になっていく。

 

 大地へと干渉する(魔法)、ドトン=ジツ。灰影はドトン=ジツの使い手だったのだ!

 

 黒獅子は慌てて逃げようとするが、忍者たちの猛攻により、逆に回転の中心へと押し込まれる。

 その攻防の間にも陥没は進み、回転部分がエレベーターの様にどんどんと沈んでいき竪穴となっていく。そんな竪穴の中で戦いを続ける黒獅子とニンジャたち。

 

 そしてもう深さが20Mを越した頃だろうか。ようやく水影の詠唱も完結する。水影も同じく九字を切り、魔法を発動させる! 水影の正面、胸元辺りに四角形の魔法陣が浮き上がり、そこから直径1Mほどの水流が撃ち出される。水影の魔法はスイトン=ジツ。距離があるが、狙い過たず黒獅子に命中する。しかし、威力不足。黒獅子はずぶ濡れになるだけで、再び走り回り赤影たちへと襲い掛かる。だがしかし、青影、そして、白影は、既に穴の壁に取り付き、地表へと向かって垂直に駆け上がって避難している。

 

 黒獅子の前に残ったのは只一人、団長赤影だ。

「イィィィヤァァァーーー!」

 裂帛の気合と共に、赤影の拳が撃ちこまれる。赤影の切り札カトン=ジツだ! しかし、触れれば燃えると警戒している攻撃。黒獅子も、背中の獅子女も全力で避ける。そして獅子女は関節が壊れているのではと思わせる角度で体をひねり、気合で回避して見せた。空を切る赤影の拳。

 

 ウカツ! カトン=ジツは当たらなければ意味が無い!

 

 そして、攻撃した後の無防備な赤影の背中に、必殺の一撃を叩き込むべく、獅子女の拳が構えられる。限界以上にひねった体を元の姿勢に戻すべく、筋肉がこぶのように盛り上がる。その筋肉が生む爆発的なパワーを、赤影に叩き込もうと眼をぎらつかせる獅子女。

 だが、その瞬間、獅子女が火を噴き燃え上がる。カトン=ジツは当たっていないのに何故だ!

 モンスターには分からぬことだが、水影のスイトン=ジツで撃ちこまれたのは、水ではなく可燃性液体、その蒸気にカトン=ジツが引火したのだ! 先程とは異なり、瞬く間にその炎は、全身に周り、黒獅子は火だるまとなる。おお、それどころか、陥没した穴の内部がすべて炎を巻き上げ燃えている! その様はまるで火炎地獄がこの世に顕現したかのようだ!

「GUWAAAAAAAAA!」

 酸素が足りず、息をすれば炎が肺を焼き、炎を消そうとブレスを吐いても、消えず余計に燃え上がる。生きながら焼かれる苦痛に、黒獅子と獅子女は悲鳴を上げる。だが、それだけではない。赤影が、穴から脱出する際の置き土産として、女体の目にスリケンを叩き込んでいたのだ。

 

 見えず、焼かれて、破れかぶれに、黒獅子は穴から出ようと壁に飛び移り、駆け上がろうとする。だが、無情! 黒獅子が飛び移った壁はずるずると崩れ、駆け上がる足場とすることができない。足場をなくし、穴の底へと墜落した黒獅子は、再び業火に飲み込まれる。壁が当てにならぬなら、地上迄跳び上がろうと、全身をばねにして一気に跳び上がる。だが、それはフェイントも何もない単調な動き。地上で待ち構えていたニンジャたちに、穴の底へと蹴り落される。

 

 そして炎で焼かれる時間がたつにつれ、毛皮は燃え尽き、皮膚は爛れていく。諦めず何度も壁を駆け上がろうと、黒獅子はもがく。だが次第に、その動きは緩慢なものになっていく。そして、足を止め、崩れる様に横に倒れる黒獅子。獅子女も黒こげのまま、力なく倒れる。

 炎が体を焼くがもうすでに熱いと感じる気力もない。そして、眼から光がなくなり、熱で干からび、微かに炎を上げて燃え始める。動かなくなった体のあちこちから、小さな火が噴き出す。それらが集まり、赤黒い炎を上げて盛大に燃え始める。

 

 穢れた精霊、黒獅子の最後であった。

 

 

********

 

 

 緑蟹と戦うベート。緑蟹の甲殻は堅い。固すぎる。だがそれでも狙い所はある。双剣で緑蟹の脚を払い、気合と共に蹴り飛ばす。そうして緑蟹の脚の間に無理矢理隙間を作り上げて入り込むと、胴体を蹴り上げる。

「オラァッ」

 ばきっという炸裂音と共に、緑蟹の胴体を覆う甲殻に割れ目が入る。

 これに慌てたのが背中の蟹女。巨大な大双刃という、見た目分かりやすい脅威であるティオナの方を今までは警戒していた。だが受けるダメージは狼人の方が上。緑蟹の向きをぐるりと変えてベートを正面に捉えて、鋏でもって戦い始める。鋏で殴り、掴み、切り潰し、口からの水刃で切り裂こうとする。

 ベートはそれをかいくぐり、両手に構えた双刀で鋏を防ぐ。そして隙を見て彼専用武装ブーツ、フロスヴィルトでの一撃を浴びせようとするが、その隙を見せると緑蟹の口から水刃が飛んでくる。膠着状態に陥るベート。

 

 一方、ティオナは、緑蟹が向きを変えたために緑蟹の背後をとっていた。だが背中の蟹女がこちらを視界に収めて、ティオナの大双刃(ウルガ)の攻撃を避けるように蟹を移動させている。このままじゃ埒が明かないと考えたティオナは、一端、緑蟹から距離を取り、深呼吸を二つした。そして、蟹と戦う良い方法は無いだろうかと考える。

 そして気が付いた。さっきは手数が足りないと考えたが、それは間違い。足りないのは、鋏や八本脚の間合いを飛び越え、蟹の身体を直接、ぶん殴るためのリーチなのだ。

 それを考えると、もともとリーチが短いベートや、超重量武器とは言え間合いでは緑蟹に負けている大双刃では相性が悪い。槍を持っているフィンや、平行詠唱を用いて魔法で攻撃出来るリヴェリアなら、相性が良かっただろう。とはいえ、それに気づいたら、ティオナにとっては後は簡単だった。

「おーい、ベートー、当てない様に気を付けるけど、そっちも自分で気を付けてねー」

 一応、警告はしておくティオナ。

「ナニわけわかんねぇ事、言ってんだ、バカゾネス!!」

 ベートから罵倒とも返事とも取れないものが返ってきた時には、すでにティオネは踏み出していた。一歩目で加速し、二歩目で全速になる。そして三歩目で軽くジャンプ。そして、身体を弓なりに三日月の様に逸らせて投擲姿勢になる。そして全力で緑蟹の胴体向けて大双刃を投擲した。

 

 もちろん大双刃は、投擲武器ではない。重量がありすぎるため投擲するには不向きなのだ。とはいえ、まずまずの速さで飛んでいく。それを見ていた蟹女は回避しようとするが、ベートとも戦闘していることもあり、完全回避は無理と判断する。受け止めると、大双刃の重量とスピードで、ダメージを負うと判断した蟹女。蟹足を素早く上げると、大双刃に叩き付けて、叩き落してみせた。だが、大双刃は大重量武器。予想以上の大重量のため緑蟹のバランスが崩れ体勢が悪くなる。人間で例えれば、戦闘中にふいに躓き片膝をついたような状態になる。

 

 それをみて此処が勝負所だとベートは判断した。そう決断すると行動は早かった。月の下でしか使用できないスキル、月下咆哮を発動させる。ダンジョンでは使用できないが、ここは地上、人族の領域である。さらに幸いなことに、今日は昼間であっても月が浮かんでいる月齢だった。ぞわぞわとベートの狼毛が逆立ち、見た目を変えていく。それと同時に身体能力が向上していく全能感に包まれる。

 さらに腰の後ろに装備していた魔剣を引き抜き、自分の特殊武器であるブーツ、フロスヴィルトへ押し当てる。彼のフロスヴィルトは魔法を吸収し、放出する特性がある武器なのだ。魔剣から発動させた火炎魔法を吸収し、微かな炎を揺らめかせるフロスヴィルト。

 そしてベートは緑蟹にとびかかると、スキルで向上した膂力でもって全力で鋏を蹴り飛ばした。蹴りの威力だけでなく、魔剣の炎の威力も加わる。鋏の一つが蹴り砕かれ、真っ赤に焼けただれる。駄目押しとばかりに、もう一度ベートはその鋏を蹴りつける。熱で強度が落ちたのか鋏はもろくも崩れ去る。

 そしてベートは鋏を蹴った反動で緑蟹の背中に飛び上がり、蟹女に接近していた。

 蟹女も殴りつけてくるが、ベートはそれを双刃で受け流す。そしてスキルで向上した膂力でもってベートはフロスヴィルトを蟹女の横腹に全力で蹴り込んだ。蟹女の横腹はひしゃげ、炎を上げて燃え始める。それと同時にドンッという音と共に緑蟹の身体が斜めに跳ね上がる。

 

 ベートは、向上した身体能力のまま、器用に緑蟹の背中から飛び降りる。

 何事かとよく見れば、緑蟹の腹の下に入り込んだティオナが、大双刃を緑蟹の腹へと突きあげるように突き刺していた。

 確かに背中は甲殻が一体化しているが、腹側はそうではない。ベートが蹴りでもって割れ目を作っているのだ。その割れ目を見つけたティオナは、その怪力でもって全力で大双刃を突き刺したのだ。そして突き刺した大双刃を全力で無理矢理に動かし、甲殻を切り開こうとしていた。緑蟹の傷口からシャワーの様に鮮血が吹き出し血まみれになるティオナ。だが、ティオナは、そんなことは一切気にしない。

「どぅりゃぁぁぁ!」

 ティオナは雄たけびを上げて、一息に緑蟹の腹を切り裂いた。たまたま緑蟹の急所を切り裂いたようで、痙攣するように緑蟹の足がワシャワシャと蠢き、そして力が抜け地面に崩れ落ちた。

 

 そして蟹女の頭が、ちょうど蹴り飛ばしやすい位置に落ちてきた。その隙を見逃すベートではない。緑蟹の胴体が地面にぶつかるその瞬間、ベートは跳んだ。

 月下咆哮(スキル)による身体能力向上。フロスヴィルトによる魔法の威力。鍛え上げた格闘能力。これらが合わさり、最大の破壊力を発揮する。

 

 蟹女の頭は蹴り飛ばされ、熟した西瓜が弾け飛ぶように、消し飛んだ。

 

 そして緑蟹がゆらゆらと動くと、再び体を持ち上げた。いや、緑蟹が立ち上がったのではない。下敷きになっていたティオナが持ち上げたのだ。

「どっせいっ!!」

 気合と共に、血塗れのティオナは、頭上に持ち上げていた緑蟹の身体を放り出す。

「いやー、下敷きになるとは思わなかったわー」

 呑気なティオナの声に力が抜けるベートであった。

 

 

********

 

 

「おっと待ちな! そこから先は進入禁止だ。店を壊されちゃあ、たまんないからね」

 ドワーフでありながらも2M近い身長と、それに見合った堂々たる横幅の女店長は、威勢よくモンスターに宣言した。穢れた精霊である灰色の天の牡牛は、それを聞いてもあざ笑うばかり。元より共通語(コイネー)は意味をなさない。獲物を見つけた牡牛は並み脚から全力疾走に移り、突撃する。

 それを見た店長も、姿勢を低くし、唸り声をあげながら突撃した。

 GOWUMN

 鈍い激突音を響かせ、牡牛と店主は激突した。店長は、ドワーフの怪力と耐久性、そして知る人ぞ知るレベル6のステイタスに物を言わせて、牡牛をがっちりと受け止めた。だが勢いのままに、牡牛は、押して押して押しまくる。勢いに負けた店長は、足で地面に二つの溝を作りながら押されていく。だが、がっぷりと牡牛の角を掴み、自分の頭を牡牛の顎の下に押し当て、ぐいぐいと牡牛の頭を持ち上げる様な体勢にすると、牡牛は前足の踏ん張りがきかず、押す勢いが消えていく。ついには、停止してしまった。

 

 すかさず、店長は、両の手で牛の角をしっかりと握りなおす。角を使って右に左に頭ごと揺さぶり牡牛の体勢を崩しながら、待機していた店員達に指示を出す。

「生きが良いけど、食材と思ってガンガンぶった切りな! 遠慮はいらない、全力でやりな!!」

 店長に声をかけられて姿を現した店員は、猫人が二人、エルフが一人、ヒューマンが一人。

「生きが良いにもほどがあるだにゃー」

「みゃーは、兎のお尻のほうがいいんだにゃー」

「私はいつも切りすぎてしまう」

「さっさとかたづけるかねぇ」

 

 モンスターを相手にしているというのに、皆が皆、怯えの色のひとかけらも無い。持って出た得物を振りかざすと牡牛に襲い掛かった。

 店員たちは、牡牛の攻撃範囲を理解している。つまり、動きを押さえ込まれているから、真横からの攻撃に対して無防備なのだ。地を這うような姿勢で、牡牛の脚を斬りつけている。まずは相手の機動力を奪う。そうすればオッタルやロキ・ファミリアが一目置くといわれる店長も、戦闘に参加できる。戦力の有効活用のためにも、全員で執拗に脚を狙うのだった。

 

 牡牛は頭を自由にしようと必死で暴れだす。だが店長はがっちりと角をホールドして、それを使って牡牛の頭を左右にねじり、牡牛の体勢を的確に崩してくる。おかげで牡牛は、店長から抜け出すことはおろか、踏ん張ることさえできない。背中の女体は周囲の店員たちに殴りかかろうとするが、巨体が邪魔をして店員たちに腕が届かない。

 埒が明かないとみた牡牛は全身に気合を込める。その瞬間、灰色の身体が一瞬だが、青白くなり、ばりばりと音を立てて電撃を帯びる。さしもの店長もこれには耐えられなかった。電撃を受けて硬直した店長の体を、牡牛が頭を振って真上に放り上げる。それに目掛けて背中の女体が拳を叩きつける。

 

 吹き飛ばされ、店長の身体が脇の建物に轟音を立てて激突した。壁を突き破り、二階部分ががらがらと崩れ落ち、店長を生き埋めにする。

 だが、その時にはすでにエルフが女体の背後に飛び上がり、持っていた武器で滅多切りにしていた。反撃とばかりに身体をひねり、背後に向かって裏拳を撃ち込む女体。だが、すでにエルフは回避した後。そして

「これで、どうだっっ!!」

 もう何十度目になるのか分からない打撃がヒューマンから放たれる。その打撃はすべて牡牛の左後ろ足の膝関節、しかも正確に同じ場所へと叩き込まれていた。

 全体重をかけたその攻撃でついに、骨へと罅が入り体重を支えることが出来ずに姿勢が崩れ、とうとう牡牛は崩れ落ちた。

 

 そしてガラガラという音を立てて、店長が瓦礫を押しのけて立ち上がる。額の上が切れて出血しており、口は半笑いに開いており、恐ろしい形相になっている。左腕が折れているのかぶらぶらとしている。だが負傷など気にもせずに、店長は崩れ落ちた建物の柱を、ずるずると引きずり出す。そして頭上で振り回し始めた。極東に伝わるレアモンスター赤鬼が、こん棒を振り回しているかのようだ。倒れている牡牛に向かって投げつけるつもりらしい。

「店長、それはさすがに─」

 ヒューマンの店員が止めようとするが、時すでに遅し。店長は既に柱を投げつけていた。女体はとっさに腕をクロスさせてガードする。

 柱はガードに当たるが、さしたるダメージを与えずに、吹き飛んでいった。ニヤリとするモンスター。だが、今のは只の軽い投擲(ジャブ)にすぎない。店長は2M近い巨体でありながら、一瞬で間合いを詰め、牡牛の身体の上、女体の目の前に移動する。そして店長は体をひねり左半身を突き出す。同時に折れているにも関わらず、左腕を前方に振り上げて、女体のガードを上へと叩き上げる。そして、先ほどのお返しとばかりに、一気に体のひねりを開放して右ストレートを全速で撃ちこんだ。

「ぶっとべぇっ!!」

 狙い過たず、がら空きの女体の顔面へと吸い込まれる右拳。

 先程の店長が殴られた時の音が轟音であれば、今度の音は、爆音。衝撃で顔面が半壊する女体。そのまま後ろに牛の身体ごと真後ろに吹き飛んだ。

 牡牛の身体が建物に激突し、盛大な音共に壁を突き破る。建物がガラガラと崩れ落ち、牡牛を生き埋めにする。

 

「よし、とどめを刺すよ。だけど、手負いの獣が一番危ない。素早く慎重にいくよ」

 殴られたダメージが残っており、呼吸が荒い店長。だが、生き埋めにされたのをやり返して満足したらしく、晴れ晴れとした表情で、店員たちに指示をする。それと同じく、がらりとがらりと音を立てて、建物の残骸の中から牡牛が出てこようともがく音がする。店長と店員は慎重に残骸を取り囲む。がらがらと音が続き、ようやく牡牛が、もがき出てきた。女体の頭部は半分が消し飛んでおり、牡牛の背中に力なく倒れている。牡牛も後ろ脚が一本動かなくなっているため、バランスが取れず立つことが出来ずに、もがくのが精いっぱいのようだ。

「VUMOOOooo!」

 残された三本の足で必死にもがくも、その重量が邪魔をして立ち上がることができない。雄たけびを上げるも、力なく聞こえる。

 

 とどめを刺されるまで10分も必要としなかった。

 

 

********

 

 

 一方、ガレスは白蠍と戦っていた。巨大な二つの鋏があるのは、ベート、ティオナが闘った蟹と一緒。しかしそれだけではなく、この白蠍は尾についた巨大な毒針を用いて、頭上から襲い掛かってくる。

 ガレスは、バトルアックスで白蠍の鋏を殴りつけ、シールドで毒針を防いで、戦っていた。そしてもう何度目になるか分からない攻防の中、ガレスはバトルアックスを巧みに小刻みに振るい、蠍の左鋏に幾つもの傷をつけていた。

「ふんせっ!!」

 ガレスは頃合い良しと判断し、気合を込めた大振りで、傷つけた左鋏の傷部分に切り込み、鋏の下側部分を切り落とした。切り口からボタボタと血が流れ落ちる。ガネーシャ・ファミリアの団長ヴァルマとファーナが歓声をあげる。

 

「こんなもの、ちょっと傷をつけたにすぎん! 気を抜くなっ!」

 ガレスの厳しい声が二人に飛ぶ。事実、『鋏で掴む』という攻撃はしなくなったが、残された部分で『突く』という攻撃は、そのまま継続していてるのだ。無力化するには、鋏の付け根から切り落とす必要があるのだ。鋏が一個使い物にならなくなったので、無茶ができると考えたガレスは無理矢理に白蠍に肉薄しようとする。そんなガレスの頭上から、尾の毒針が素早い動きで襲い掛かる。

「ふんっ!!」

 だが、ガレスもその動きを読んでいた。白蠍に接近戦を挑もうとすると、そのたびに頭上から毒針で攻撃されるのである。タイミングも軌道もすでに十分に分かっていた。ガレスは尾の動きに合わせて、バトルアックスを素早く鋭く振るう。その一撃は完璧なカウンターとなり、毒針の根元に深い一撃を切り込んでいた。

「GUWAAAAAA!」

 これにはさすがに白蠍も悲鳴を上げる。

 

 そんな時、駆け付けた駆け付けた冒険者達が、ヴァルマに声をかける。

「団長! もって来やしたぜ!」

「よし、包囲して、順次、投げつけろ!」

 ヴァルマが指示をしているということは、ガネーシャ・ファミリアの団員であろう。何かマジック・アイテムでも持ってきたのかと期待するガレス。そこにヴァルマが近寄ってくる。

「ガレス殿。今からあのモンスターをロープで縛りあげて動きを止めます」

 驚くガレス。

「そんなこと出来るもんなのか?」

 ガレスが訝しむのも当然である。モンスターを縛り上げる等、普通の冒険者がやることではない。だが、ヴァルマたちは普通の冒険者ではなかった。

 怪物祭を主催している()()()()()()()()()()()()()の冒険者なのだ。

「怪物祭用のモンスター捕縛には、ロープが三本もあれば、縛り上げるのに十分なんですけどね。あのサイズ、あのパワーだと、手持ちのロープすべてを使っても、完全に止めることは難しいです。最悪、動きを阻害することしか出来ないでしょう」

 でもそれで充分ですよね、と言外に問いかけてくるヴァルマ。もちろんガレスにはそれで充分である。

 

 そうして二人が話している間にも、ガネーシャ団員がフック付きロープを、穢れた精霊に投げつけ始めた。彼らが使っているロープは特注で、強度を上げるためにミスリル鋼糸を編み込んである。そのため、強度も上昇したが、値段も飛躍的に上昇した超高額アイテムなのである。とはいえ、年に一度の怪物祭の為と、主神ガネーシャが準備させていたので、数は充分に揃えてあった。

 

「モンスターに引き摺られるなよ! 力勝負は絶対にするな!」

 団長のヴァルマが団員に指示を出す。その指示に団員たちは、きっちりと従っていた。

 白蠍の背中についた蠍女の腕に、クルクルと一本のロープが巻き付く。煩わしそうに、腕を振るいロープを振りほどこうとする蠍女。そしてほどけないとみるや、蠍女が一本のロープを力任せに引き摺り、ガネーシャ団員を近くに引き寄せようとする。

 しかし、そのたびにガネーシャ団員は、ロープを手繰りだし、ロープだけを引っ張らせている。団長ヴァルマの指示通り、決して力勝負をしない様にしているのだ。今まで何体ものモンスターを捕獲してきた経験が生きているのだ。

 

 そして蠍女がロープを千切り始めると、一本を千切る間に、二本三本のロープが巻き付いていく。こうしてロープは蠍女の両腕、胴体はもちろん、二の腕など蠍女が力を入れにくい場所にも巻き付いていく。さらにベースとなっている蠍の腕や足、尾にもロープが巻き付いていく。

 最初は蠍女もロープを引き千切ることができていたが、このように何本ものロープが巻き付いていると、話が変わってくる。そんなロープを蠍女が千切ろうとするたびに、ガネーシャ団員たちが別のロープを引っ張り、蠍女の身体の動きの邪魔をする。ついには蠍女の胴体に巻き付けたロープを、団員たちが多人数で引っ張り、蠍女の姿勢を崩しはじめた。

 その上、団長ヴァルマとファーナの二人が槍を使い、蠍女を牽制する。見事な連携であった。

 

 もちろんその間、ガレスも何もせずにじっと見ていたわけではない。ガネーシャ・ファミリアがやっていることをキチンと確認し、彼らの邪魔をしない様に注意しつつも、白蠍へ攻撃を仕掛けていた。

 そしてガレスは、ロキ・ファミリアでは、こうは上手く捕縛は出来んだろうなと考える。フック付きロープなど(アイズ以外は)持っていないし、モンスターの捕獲経験ももちろん無い。さすが冒険者数最大手で、怪物祭主催のファミリアよ、とガレスは感心する

 

 とは言え、こうやって、今日初めて連携をする他ファミリアと、共同で戦闘をしつつも、彼らの連携を邪魔しないように行動するのはなかなかに難しい。

 普段から未熟な若手の指導をやりつつ、若手の戦闘に合わせて、自分も戦闘するというに慣れているガレスならではの対応であった。

 

 そうしてバトルアックスを振るいながら、ガレスがモンスターの隙を伺っていると、白蠍が残った右鋏を持ち上げて、ロープを切ろうとしはじめた。すかさずガレスがバトルアックスを叩き込んで邪魔をする。

 その間に蠍の足の一本に巻き付けたロープを、ガネーシャ団員が盛大に引っ張る。そうしてバランスを崩し防御もろくにできない白蠍。そこへガレスが吶喊し、バトルアックスが全力で振るわれる。濡れ雑巾を引きちぎるような音と共に、白蠍の右腕が関節部分から叩き切られる。

「SYAAAAAAA!」

 耳障りな悲鳴を上げる白蠍。

右側ががら空きとなり、好機と見たガレスが、そのまま猛攻を仕掛ける。シールドで白蠍の足を振り払い、バトルアックスで蠍の胴体に切りつけた。だが、胴体を守っている強靭な甲殻に刃が阻まれる。なればとガレスは、今度はシールドを振るい叩きつけた。シールドの角の部分を、ハンマーヘッドに見立てて、何度も何度も蠍の胴体に叩きつける。その衝撃はすさまじく、白蠍がよろめき胴体が地面とこすれて横滑りするほどの衝撃だ。遂には、胴体を守る頑丈な甲殻が凹み、ひび割れ、欠片が剥がれ落ち始めた。

 

 その間、白蠍も無防備に殴られていたわけではない。傷ついたとはいえ、尾の毒針でガレスを攻撃しようとしていた。だが当然ながら、尾にもロープが結び付けられている。

「三番隊、ロープ引けぇぇ!」

 団長ヴァルマの指示に従い、三番隊が全力で尾に結びつけられたロープを引っ張る。振り下ろされた蠍の尾は、ロープに進行方向の真横へと引かれ、狙った目標(ガレス)からずれた場所へと突き刺さる。そのドサクサ紛れにヴァルマとファーナは槍を白蠍に突き立てる。

 おかげでガレスは、白蠍の胴体へとかなり自由に攻撃を続けていた。甲殻に充分な大きさの割れ目が入ったと判断するや、今度は小刻みにバトルアックスで切り裂き始める。割れ目に吸い込まれるように、打ち込まれ続けるバトルアックス。仕上げとばかりに力を込めた一撃で、白蠍の胴体を大きく切り裂いた。

「SYAAAAA!」

 あまりの苦痛に狂乱状態となり、悲鳴を上げて暴れだす白蠍と蠍女。巻き付けていたロープが何本もブチブチと千切られる。ヴァルマとファーナは距離をとり、ガネーシャ団員が再びロープを投げつける。

 

 だが、ガレスは此処が正念場と、白蠍のそばに踏みとどまり、バトルアックスを振る居続ける。ガレスは甲殻の割れ目へと攻撃を続け、ついに蠍の重要器官を破壊する。切断箇所から爆発するかのように血が噴き出した。びくりと白蠍の体が飛び跳ねる。そして白蠍はがたがたと痙攣をはじめ、いたるところから大出血を始めた。

そして身体と足を丸めると動かなくなった。

「GISYAAAAA!!!!!」

 蠍女が絶叫するが、ベースになっている白蠍が動かなくなってしまってはどうしようもない。しかも横腹から、大量に血が噴き出し続けている。

 ガレスとガネーシャ・ファミリアが見守るうちに動きが緩慢になってしまった。

「ふむ、ここはまあ、お主達がとどめを刺すがよかろう」

 さすがにくたびれたのかガレスが肩で息をしながら、指示を出す。

「よろしいので?」

 ヴァルマが尋ねるがガレスは肩をすくめる。

「ロープで縛りあげる等、がんばったのはお主等じゃろう。遠慮するこたぁない」

 ガレスの言葉に、了解したと頷き、ヴァルマが蠍女の目に槍を突きこんでとどめを刺した

 

 

 

********

 

 

 こうして穢れた精霊は全滅した

 

 

 





アイサツは大事。省略できないから、冒頭の様になる。


補足
灰影、水影
灰色+影、水色+影。

カトン=ジツ、スイトン=ジツ
原作には出てこない。

ドトン=ジツ
原作には出てこない。
モンスターを生み出すダンジョンは生きている。壁、天井、床も地面ではなくダンジョンであり、いわばダンジョンという生命体の一部である。そのため、この『地面に穴を作る魔法』は、ダンジョン内部で使用しても効果がない。つまり地上でのみ効果を発揮する魔法

月下咆哮
ベートのスキル。狼人だとほぼ確実に発現させるスキルらしい。月下では身体能力が向上するというもの。ダンジョン内部は月下ではないので、使用はできない
この話では満月でなくても、かつ昼間の月でも使用可能とした

店長
豊穣の女主人の店長はレベル6らしい

フック付きロープ
この話のアイズは常備している。『怪物祭』、『ファイアボルトと光の御柱』、『Fry me to the SKY』を参照の事

ガネーシャ・ファミリア
団長シャクティ・ヴァルマ。レベル5
イルタ・ファーナ。レベル5
この話では名前を出していないが、原作で名前が出ているモダーカなどが、白蠍との戦闘に参加している。ただしイブリは、ラキア軍迎撃のため、オラリオには戻っていない

次回『格上との闘い』


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格上との闘い

ヘスティア・ファミリア団員の話に戻ってきました。


 

 

 いつもの着流しの上に皮鎧と皮の籠手などで防御を固めたヴェルフは、好調にラキア兵士を叩き飛ばしていた。レベル2になった彼の膂力に、太刀打ちできるラキア兵士は居なかったのだ。近くで戦っているリリルカの様子を見る余裕さえあった。

 

 リリルカは、何時もの救急箱で戦わず、以前練習した槍を使って、ラキア兵を殴り飛ばしていた。リリルカもレベルが上がって力が強化されたことで、槍を上手く扱えるようになったのだ。正確に言うと、『右手一本で上手く槍を扱える力を手に入れたから』である。では左手は何をしているのか。救急箱マーク2を持っている。

 ヴェルフは以前、リリルカが槍を使った時のことを思い出す。あの時は、槍で突いたら、踏ん張りがきかずに、その反動で後ろにひっくり返っていたなぁと懐かしむ。リリすけがもっと重ければと叫んだけど、今じゃぁ救急箱持ってるだけで、俺よりも重いもんなぁ~とぼやくヴェルフ。

 

 事実そのおかげで、リリルカは踏ん張りも効くようになって、槍で突いたら相手が吹き飛ぶようになっていた。もしリリルカの槍の間合いをかいくぐって接近されても、救急箱をぶつければ、重量差で相手は吹き飛んでいく。

 リリルカは、レベルアップによって力を身に着けた。救急箱によって重さを手に入れた。そうであればスリをしたり、手際よくモンスターの解体をするなど、元々器用なリリルカである。槍を片手で扱い、一般兵士(レベル1)を叩きのめすのは、それほど難しい事ではなかった。リリすけも強くなったなぁ・・と感慨深さを感じるヴェルフであった。

 

 そんな、ヴェルフに、少し派手な飾りを鎧につけた男が、切りかかってくる。

「お主、似た顔を見たことがある。はっきり思い出せんが相手をしよう」

 それを聞いたヴェルフは、似た顔・・そういえば親父がラキアに居た、そちら関係かと冷や汗を流す。ばれて困るわけではないが、負けるわけにもいかない。大刀をふるい相手の攻撃を防ぐが、素早く的確な反撃を捌くのに精いっぱい。そのうえ相手の一撃一撃が重く、レベル2のヴェルフが力負けしそうになる。

「てめぇっ! この力の強さ! レベル2か!」

 ヴェルフは叫ぶが、その間にも相手の剣に肩当を切り飛ばされる。

「いかにも。『旋風剣』のバイヤーと言われている」

 バイヤーは余裕綽々でヴェルフに応えつつ、今度は、反対側の肩当を斬り飛ばした。さすがにこれはまずいとヴェルフは焦る。彼は一般ラキア兵士を叩き飛ばしていたが、それはレベル2というステイタスによるものが結構大きい。本来彼は『戦う鍛冶師』と自称しているように、戦うけれど、もともとの根っこの部分は鍛冶師である。レベルが同じ相手、しかも対人戦闘の軍人(プロ)と戦う場合は、剣術の部分で、かなり分が悪い。

 

「そらそらそらそら!」

 しかもバイヤーは二つ名通りに旋風のように剣をひらめかせて、高速で打ち込んでくる。ヴェルフは勝てないと判断する。そう判断したヴェルフの行動は素早かった。躊躇なく右腰に佩いた剣を左手で引っこ抜く。やや細身で長さ60Cほどの片刃剣。

「二刀流か? 付け焼刃では、使いこなせんぞ!」

 バイヤーがそう言う。

「まあ、そうだな。卑怯というかもしれんが、魔剣を使わせてもらおう」

 ヴェルフが言い返すが、バイヤーは嘲笑する。

「接近していたら、魔剣は使いにくいぞ。振り降ろされる前に剣で弾く、逸らす、避ける。対処の仕方はいくらでもある」

「そうなんだが、こいつは俺が作ったちょっと変わり種でな、まあ御託はいいとしていくぞ!」

 そして守勢ではなく攻勢に張り替え、二刀で斬りかかるヴェルフ。だが、慣れない二刀流なのか、バイヤーに余裕で避けられ、剣で防がれる。だが、それも、片刃剣を防ぐまでだった。

「なんだ、それは!?」

 苦痛の色がこぼれるバイヤー。片刃剣を自分の剣で受けた瞬間、腕に激痛が走ったのだ。

「変わり種の魔剣といったはずだぜ?」

 ニヤリと笑うヴェルフが持つ片刃剣は、パリパリと電撃を空に放っていた。

 

 以前造り上げた、火口代わりの弱い炎を噴き出すナイフ。いわば火口の魔剣。それを発展させて、通常サイズかつ電撃を放つ魔剣を、新しく作り上げたのだ。電撃は刀身に纏わりつき、触れたモノに対して、手痛い電撃として叩き込まれる。触れるだけで電撃が流れ込むのであるから、敵からすると厄介この上ない武器である。しかも一度に放出する魔力はごく少量。すなわち魔剣が崩れ去るまでの使用回数が、飛躍的に伸びているのだ。

 ヴェルフは再び、魔剣を使用して電撃を刀身にまとわせる。そこへバイヤーが切り込んできた。魔剣が相手では守勢に回るのは不利と判断したのだろう。矢継ぎ早に斬撃を打ち込みヴェルフを防戦一方に追い込む。その際も魔剣で防御されない様に、魔剣は回避し、素早く動き回る。

 ヴェルフよりも剣術に優れているバイヤーは、その攻防の間、魔剣の攻撃を受けることは無かった。だが、追い込まれている自覚はあるようだ。一息入れるために再度、距離をとった。

 

「なかなか厄介な武器だが使い手の剣術がいまいちのようだな。二刀流の訓練をしていないのが、ばればれである。それでは俺には勝てんよ」

 今の攻防の間にヴェルフの隙でも見つけたのだろうか。余裕の表情になっているバイヤー。

「今度は二刀流の訓練もしておくことっ」

 喋っている途中で、バイヤーは白目をむくと虚ろな表情になり、そのまま崩れ落ちた。そのバイヤーの背後に居たのはリリルカ。右手の槍で思い切りバイヤーの後頭部をぶっ叩いたようだ。

「何を遊んでいるんですか、大男は? 敵はまだまだ大勢いるんですから、一人に拘らずに、どんどん倒してもらわないと困りますよ」

「あっはい」

 リリルカはサポーター歴が長かった。したがって武人の心意気とか、騎士道精神とか、戦士の矜持とかいうものに対しては、冷淡な態度しか取れなかった。そんなものが私を助けてくれましたか? というわけだ。

 こうして二人は再度ラキア兵との戦いに戻った。

 

 

 しばらくすると、各ファミリア連合軍に退却の指示がでる。リリルカとヴェルフもそれに従い、小走りに退却する。先頭を走るのは神々の集団と、その周囲を護衛するフレイヤ・ファミリア。それに各ファミリアが続く。最後尾で殿を務めるのは、ロキ・ファミリア。

 連合軍が小走りに走り続けると、ラキア軍もそれを追ってくる。

 お互い走り続けるうちに連合軍、ラキア軍とも、横に広げていた戦列が一か所中央にまとまってくる。

 そしてさらに走るうちに、速力(レベル)の差で両軍とも隊列が前後に伸びていく。いわば横に長い戦列が、中央に集まった縦長に変形したのだ。この時になるとラキア軍の中に、追撃中止を進言する者が出てきたが、時すでに遅かった。

 予めリヴェリアと、レフィーヤの二人が詠唱をし、待ち構えていたポイントに到達したのだ。連合軍が、ロキ・ファミリアが誇る最大火力二人の脇を駆け抜けていく。そして最後に殿のロキ・ファミリアが二人の後ろに走り込んだ。

 これでリヴェリアと、レフィーヤの二人の前にはラキア軍しかいない。

 

 威力よりも、効果範囲を広くとることに重点を置くように調整した冷凍呪文が、二連続でラキア軍へと解き放たれた。

 

 本来であれば、怪物際の時の様に、ある程度の範囲であれば、敵を氷漬けにできるだけの威力がある。だが横一列の状態からするとだいぶん密集しているとはいえ、ラキア軍はまだまだ広範囲に広がっている。ラキア全軍を効果範囲に入れるほどにすると、どうしても威力が低下するのだ。それをカバーするのが二連撃である。

 この攻撃によって、ラキア軍はほぼ全軍が魔法の効果範囲に収まった。周辺温度が下がるどころか、装備している衣類の温度も下がり、体温が一気に低下し、低体温症となり動けなくなるラキア兵。それどころか、凍傷になる者までいる。こうなれば、戦闘どうこう言っている場合ではない。戦意を喪失して個々に投降をする者が相次ぎ、指揮官も降伏を申し出たのだった。

 ここにラキア軍の侵攻はついえたのだった。

 

 

********

 

 

 咆哮を終えたミノタウロスが突撃をかける。その先にいるのは、猫人のアキ。ミノタウロスは、残された右眼でアキを見据え、黒大剣を振りかぶる。その進路に無謀にも立ち塞がったのはラウル。突撃を邪魔しようと、ミノタウロスのスピードに合わせて、ほぼ完璧なタイミングで、横薙ぎに剣を振りぬいた。

 だが、ミノタウロスは、突進を一瞬止めて再度ダッシュすることで、ラウルの斬撃をやり過ごす。そして振り降ろした黒大剣の柄で、ラウルを横へと殴り飛ばす。ミノタウロスは、半ば振り下ろした黒大剣の切っ先を、素早くアキに向けると、突撃の勢いのまま全力で突き込んだ。

 もちろんアキとて、ただ大人しくやられる道理は無い。ラウルの必死の攻撃により、数瞬とはいえ貴重な時間を稼いだのだ。その時間を無駄にすることなく、猫人ならではの柔軟な動きで身をかわす。だが、予想以上にミノタウロスの攻撃が早い。ぎりぎりで黒大剣を避けられないと分かり、衝撃に身構えるアキ。だがしかし

護れ(プロテゴ)!!」

 超高速でハリーの防御魔法が上空から展開される。護れ(プロテゴ)はアキにぶつかると、盛大に突き飛ばし、瓦礫の山へと叩き込んだ。その勢いは、ハリーが六年生最初の『闇の魔術に対する防衛術』で、スネイプを護れ(プロテゴ)で吹き飛ばした時以上のものだっだ。おそらく上昇している基本アビリティ魔法力が関係しているのだろう。プロテゴで突き飛ばされ、手酷く瓦礫に叩きつけられたが、そのおかげで、黒大剣の軌道から逃れるアキ。

 

 黒大剣の一撃と、突進してきたミノタウロスの体当たりで護れ(プロテゴ)が粉砕されるが、ハリーの攻撃が始まる。

裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンプラ)!」

 上空から闇派閥やモンスター達に魔法が降り注ぐ。(ファイアボルト)に跨ったハリーが、上空から攻撃しているのだ。だが、ヴォルデモートが杖を優雅に上に向ける。

護れ(プロテゴ)

 余裕を見せるためか、わざわざ有言呪文を使ってみせるヴォルデモート。モンスター達の頭上に張られた護れ(プロテゴ)で、ハリーの攻撃はすべて防がれる。そしてもう一度ヴォルデモートは杖を動かし、護れ(プロテゴ)を終わらせると、勢いよく空へと舞い上がる。

 スネイプが飛んだのと同じ、空を飛ぶ技と悟るハリー。もともとあの技をスネイプに教えたのはヴォルデモートなのだ。

 

 だが今ハリーとヴォルデモートがいるのは空中、ハリーの最大の強みは飛ぶことなのである。『今世紀最年少シーカー』といわれたハリーの才能は伊達ではない。この一点においては、お辞儀でさえ太刀打ちできないのだ。それでも、対等になったわけではない。戦闘ではヴォルデモートがまだまだ格上。空中戦に引き込んだことで、その差を縮めただけに過ぎないのだ。

 

 ハリーは気持ちを引き締め、再び攻撃を仕掛ける。

裂けよ(ディフィンド)切り裂け(セクタムセンプラ)!」

 ヴォルデモートは、杖の一振りで、それを無効化する。さらに、空中に幾つもの短剣が現れ、宙を飛んでハリーに襲い掛かる。だが、所詮は空中でのこと。ハリーは箒で素早く上昇し、それを躱す。ヴォルデモートもハリーを追い、二人はぐんぐんと高空へと上昇していく。

 

 オラリオ市街を眼下に望み、ハリーの攻撃が始まる。

鳥よ(エイビス)

 ハリーの周囲に十数羽の茶色の鳥が現れる。

襲え(オパグノ)!」

 ハリーが杖でヴォルデモートを指し示すと、茶色の鳥が羽ばたき、勢いよくヴォルデモートに向かって、ミサイルの様に飛び掛かる。ヴォルデモートが防御のために杖を動かすより早く、ハリーは次の一手を進める。

爆発せよ(コンフリンゴ)!!」

 ハリーの呪文で、鳥たちが次々と大爆発を起こす。ヴォルデモートの至近距離での爆発。熱風と煙と衝撃が襲い掛かり、よろめくヴォルデモート。

武器よ去れ(エクスペリアームス)!!」

 ハリーが最も信頼する呪文が紅の光線となり、ヴォルデモートに突き進む。だが、直撃する瞬間に、ヴォルデモートの姿が掻き消える。姿くらましだ。

 何かが来る!

 その直感に従い、ハリーは全力で左に回り込みつつ、急降下し回避行動をとる。そのおかげでか、蛇の形をした黒い炎は、ハリーを飲み込むことなく、ハリーの頭上を通り過ぎた。だがそれは囮。

「アバダケダブラ」

 更に緑の閃光が、ヴォルデモートからハリーへと撃ち出される。だがハリーは箒から飛び降りて、それを回避する。落下するハリーの頭上で箒は放電し、消えていく。そして落下するハリーは手を伸ばし詠唱する。

「ファイアボルト!」

 途端にハリーの手の中に新しい箒が現れる。ハリーはそれに跨ると再び上昇する。

 こうしてハリーとヴォルデモートの空中戦はますます激しさを増していった。

 

 

********

 

 

 一方、地上では、闇派閥&モンスターと、冒険者の戦いが再開されていた。アイズがモンスターにダメージを与えていたので、大部分の冒険者たちは有利に戦闘を進めていた。しかし、ミノタウロスだけは格が違った。片目片腕を失い、戦闘力は半分以下になっているはずだが、そのパワーと恐るべき執念でもって、暴れまわっているのだ。

 これには、ラウル達、第二級冒険者達も攻めあぐねていた。何とか集団で取り囲み、相手取ろうとするが、ミノタウロスはそのパワーで、冒険者を打ち払い、囲みを破り、暴れまわるのだ。そして何故か執拗にアキを狙い続けている。

「狙われてるけど、アキ、なにかしたんすかっ?」

「何もしてないわよっ!」

 間に合わせの治療をして戦線復帰したラウルが悲鳴をあげる。だがそんなことを言われてもアキも悲鳴を返すしかない。

 

 ラウルもアキも知らないことであるが、このミノタウロスには前世の記憶がある。その記憶にあるのは、恐ろしい凶暴なドラゴンに追いかけられていたこと。必死で逃げていたが、猫人に魔法で突き飛ばされたこと。そのためドラゴンに踏みつぶされたこと。あの猫人が居なければ、死ぬことは無かったのに、という深い恨みが記憶にあるのだ。

 この恨みを忘れぬために、ミノタウロスは、猫人の魔法の閃光からアステリオスと名乗っているのだ。そして坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというわけではないのだが、猫人とドラゴンすべてに憎しみを持っており、今、目の前にいる猫人アキを執拗に狙うのである。いわばとばっちりである。

 

 そして、ついにミノタウロスの一撃がアキを捉える。吹き飛ばされ地面に叩きつけられるアキ。骨が折れたのか腕が変な方向に曲がっている。痛みで視界がチカチカと瞬く中、深呼吸をしながら何とか身を起こす。だが、そこで腕をとられ、再び痛みに声を上げる。だが、バシャバシャと何かをかける音がして、その痛みはたちまち消え去っていった。瞬いていた視界も元に戻っていく。

 ポーションを誰かが使ったのだと悟り、元に戻った視界で見ると、白髪赤眼、顔面を蒼白にしたベル・クラネルが、ポーションをかけていた。

 

 

********

 

 

 ──僕は雑魚だ──

 そんな昏い思いに憑りつかれ、視界も思考も真っ暗に曇るベル。そんなベルの前に、猫人が転がり込んできた。ベルに自覚は無いが、冒険者としての経験が、瞬間的に様々な情報を突き合わせる。

 アナキティ猫人メレン蛇花アマゾネス共闘ロキ・ファミリア重傷ポーションホルスター・・

 

 ベルの身体が勝手に動き、ホルスターからポーションを取り出そうとする。自分の体が自分のもので無いような、現実感を喪失した状態で、ベルは自身の体の動きを見守る。

 それは冒険者としての本能なのか、無意識なのか。怪我をしたら治療するという、何度も何度も繰り返し行ってきた行動を、なぞっているだけなのか。恐らく条件反射的に動いているのだろう。

 無意識の内にベル・クラネルの身体は、ポーションでアキを治療しようと動いていた。それでベルの意思は、ああそうかと自覚した。

 幼い頃にゴブリンに襲われた時、助けに現れた祖父の事。ミノタウロスに襲われた時に現れたアイズの事を思いだす。二人はベルにとってまさに英雄だった。そして英雄に憧れたことを思い出す。

 

──僕は雑魚だ──

──だけど、英雄の背中に追いつきたいと、英雄になりたいと思った、その思いは本物なんだ──

──だから、いつまでも、守られているわけには、いかないんだ──

 

 今だに感覚が無い脚に、力と気合を入れて、しっかりと立つ。ふわふわとする地面を踏みしめ、アキに近寄る。何処か他人事のような感じがする自分の腕を操り、ポーションの蓋を取りはずすと、アキにザバザバとかけた。

 ガチガチと音がするが、どこから聞こえるのかと思ったら、自分が震えて歯が鳴っている音だった。歯の根が合わない程、怖がって震えている。やっぱり自分は臆病者なんだなと、自嘲するベルである。

 だが、精神的重圧で暗く狭くなっていた視界は、少しずつ晴れていく。それに伴い、まだぎこちなさが残るものの、体も動かせるようになってきた。

 

「大丈夫ですか、アキさん?」

 そう問いかける程には、ベルは元に戻っていた。

「私は大丈夫だけど、あなた、顔色凄い悪いわよ? 怪我は?」

 ベルの顔色を見ていたアキは心配する。だが、それにベルは落ち着いて答える。

「大丈夫です。もう守られてばかりじゃありませんよ」

 そしてベルは、恐怖と緊張でこわばっている腕を無理矢理に動かし、ドラキチとヘスティア・ナイフを構える。

 

 そこに傷だらけのミノタウロスが、転がるように飛び込んできた。アイズに重傷を負わされ、ラウルとアキのパーティと戦い、体中が傷だらけになり、黒大剣も手から離れて今では無手になっている。まさにミノタウロスも、それと戦ったラウル達も、お互い満身創痍になっている。

 だが、その執念はいささかも衰えを見せず、ミノタウロスは血塗れの身体でアキを狙っていた。

「GAWAHAWA」

 ミノタウロスが右手を伸ばす。それをベルはナイフで横へと打ち払う。と同時に

「ファイアボルト・マキシマ!!」

 ベルの魔法が迎撃する。太い稲妻がミノタウロスの胸元を直撃し、勢いを止める。すかさず、ベルが間合いを詰めてドラキチで斬りかかる。ベルとミノタウロスの体格差から、ベルは接近戦を仕掛けるのが良いと判断したのだ。恐怖を飲み込み、二刀を使ってベルは戦いを挑んでいく。

 

「皆、ベル君が、頑張ってる間に回復っす! え? ポーションが切れてる!?」

 残念ながら、ポーション類は使った瓶も、使っていない瓶も、ミノタウロスの攻撃を受け、割れてしまっていた。ハリー印の(割れない)魔法瓶は、ファミリアトップ集団へ優先的に携帯させていたのが、裏目に出たといえよう。だがそもそも50本しかなかったのだから仕方がない。

「なら補給部隊から持ってくるっす。その間にアキのパーティは魔剣でベル君の援護、は接近戦してて無理だから、他のモンスターを攻撃っす! 僕とアキはベル君と一緒に戦うっす!」

 アキはポーションである程度は回復しているが、ラウルはボロボロのままである。だが、指揮官が根性を見せないと行けない状況と、ラウルは気力を振り絞ることにしたのだ。

 三人がかりでミノタウロスと戦闘を開始する。

 

 とは言え、ラウルはボロボロである。ミノタウロスに殴り飛ばされ、治療も間に合わせにしか受けていない。ぶっちゃけた話、指揮官だからという、責任感と精神力だけで動いているのだ。当然動きが悪い。そのため避けそこねたミノタウロスの裏拳が体をかすめ、盛大に吹き飛ばされ頭を瓦礫にぶつけて気絶してしまった。治療するにもポーションが無い現状、戦線に復帰することは無理だった。

 

 そしてアキ。先程のダメージは簡単に治療したものの、連戦が続いて体力が底をつきかけ限界に近かった。動きが悪い。なんとか戦えているが、このままでは二進も三進もいかなくなるだろう。

 

 そしてベル。

 戦闘開始直後から恐怖にとらわれて動けなかったのが逆に幸いし、体力気力すべて万全である。最初は身体がこわばっていたが、対峙したミノタウロスの迫力に、一瞬でそのこわばりも吹き飛んでいった。右手にドラキチ、左手にヘスティア・ナイフを持ち、二刀でもって接近戦を挑む。そして攻撃の合間に隙をついて魔法を使う。

「ファイアボルト・マキシマ!」

 チャージされたファイアボルトがミノタウロスを直撃し、動きを一瞬止める。そこにベルが二刀で切りつける。浅手ではあるが確実にダメージを与えていた。

 先程までのベルは、ファイアボルトを撃ちだす時に、腕を標的に向けて構えていた。だが、今のベルは、そんな構えを取らずに、ファイアボルトを撃ち出せるようになっていた。アキをポーションで治療した時に、何処か他人事のような感じがする自分の腕を操った経験から、仮想上のもう一本の(三本目の)腕を操り、それで構えて撃ち出しているのだ。すなわち、魔法を使う時の隙が極限にまで少なくなったのだ。

 顔に直撃させて目くらましとして使ったり、左腕の傷跡に直撃させたり、チャージした状態で直撃させて動きを止めたりと、自由自在に魔法(ファイアボルト)を使いこなしていた。

 

 師匠(アイズ)やティオナとの特訓、ヒュアキントスとの決闘を経て、鍛え上げられた戦闘技術を存分に生かし、ミノタウロスと、どうにか互角に戦うベル。時間がたてば、穢れた精霊を倒した第一級冒険者たちが戻ってくるはずと望みをつなぎ、格上の敵と戦い続ける。

 

 

 そうやって闘うベルたちの頭上で、爆発音が響く。

 そして悲鳴と共にハリーが箒と共に落ちてきた。

 地面に墜落するところだったが、ギリギリのところで制動が間に合い、減速に成功したが、かなりの勢いで衝突した。だが、衝撃のダメージが大きかったようだ。体中に裂傷が出来ており血だらけである。オマケにヴォルデモート(リザードマン)相手の激しい空中戦で、ハリーは箒の操作に多大な魔力を消耗し、マインドダウンになりかけている。上半身を起こすのがやっとのようだ。

 そして続いてリザードマンが落ちてきた。こちらは、脚を下にして落下してきて盛大な衝突音を立てて着地した。そして優雅な動きで杖を構える。

 

 そんな二人に周囲の視線が集中し、一時だが、戦いが停止する。ミノタウロスでさえ、モンスター達のボスが降りて(落ちて)きたので、ベルたちから距離をとってヴォルデモートのそばまで下がってしまった。

 

「手応えが無いな・・」

 シュルシュルという擦過音を出しながらヴォルデモートがハリーに喋る。

「俺様が合成したドラゴンを倒したのだから、魔法。武器。何か力を隠していると思ったのだが、そうでもないようだ・・力の出し惜しみをする性格(タイプ)ではないし・・。となると・・ふむ、見るべきところが何かあると思ったのは、俺様の考えすぎだったか」

 自分を納得させるための独り言のような口調で、ハリーに向かって話しかけるヴォルデモート。無意識の内に杖をゆらゆらと動かしている。

「俺様本体と何度も戦ったが、お前は生き延びた。異郷の地で、本来は分身体の一つの俺様が、このように決着をつけるとは、感慨深いものがあるな・・。興味深い関係であったが、これで終わりだ。さらばだ、ハリー・ポッター」

 

 だが、その時、ハリーたちの横から叫び声が上がる

「ハリィィィィィィ!! これを使えぇぇ!!」

 叫んだのは神ミアハ。ミアハは、ハリー目掛けて全力で何かを放り投げた。30M程離れた場所からハリー目掛けて、キラキラと青く輝く細長いものが飛んでいく。

 ハリーとベルには、それがハリー印の魔法薬瓶だとわかった。

 

 




補足
バイヤー
原作には出てこない。

今世紀最年少シーカー
ヴォルデモートがホグワーツに入学したのは1938年。ハリーが入学したのは1991年。つまりヴォルデモート在学時代も含めて、ハリーが今世紀最年少シーカー。すなわち飛ぶことについては、ハリーはヴォルデモートよりも才能が有ると言える

猫人に対する恨み
『格上のモンスター』を参照。この時、リリルカは変身魔法で猫人に変装している。


次回『約束された勝利の──』
リド・リドル「アクシオでインターセプト! うーん、美味い、もう一杯!」



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約束された勝利の──

 青く細長い魔法薬瓶が、キラキラと光を反射しながら飛んでいく。

 

 ミアハの叫びにより、ハリーはその魔法薬瓶を受け止めようと、手を伸ばす。だが、ハリーへ向かって宙を飛んでいた魔法薬瓶は、急にその進路を直角に変えて、ヴォルデモートへと飛んで行った。赤緋色の鱗に覆われた手を開き、呼び寄せ呪文で呼び寄せた魔法薬瓶を受け止めるヴォルデモート。杖で蓋を軽く叩くと、蓋が勝手に外れて、脇へと飛んで行った。光に色を透かして見、瓶の中身の臭いを嗅ぎ、さらにシュルシュルと舌を出し入れして、香りを味わうヴォルデモート。

「ふむ・・ポーションのようだな・・」

 ヴォルデモートは、一気にあおって飲み干した。

 

 その瞬間、隙が出来た。

 

 風を切る音と共に、一本の矢が飛来し、殴りつけるような重低音を発して、ハリーの足元に突き立った。あまりの勢いにぶるぶると震える矢だが、そこには一本の魔法薬瓶がしっかりと結び付けられていた。

「ハリー! その矢の薬を使え!! それが何か分かるはずだ!!」

 ミアハが叫ぶ。そして安全地帯へと走り去っていった。恩恵を持てない神の身としては、こんな戦闘が激しい場所に近寄るのは大変危険なのだ。

 

 だが、冒険者、モンスター、闇派閥が入り乱れる混戦の中、危険を冒して魔法薬を持ち込んでも、手強い魔法使いが相手では簡単に奪われると判断したのだ。それでミアハが囮になり、敵の魔法使い(ヴォルデモート)の注意を引き、わざとポーションを奪わせる。そして、それに注意を向けている間にできる隙に、ナァーザが強弓で魔法薬を遠距離から射ち込んだのだ。

 

 そしてハリーは、ナァーザが射ちこんだ矢に視線を走らせる。すぐさま紐を解き、矢に結びつけられている魔法薬瓶を手に収める。

 中身は金色の液体。ハリーが見つめる瓶の中で、楽し気にちゃぷちゃぷと勝手にはねている。一度飲んだことがあるハリーは、この魔法薬の正体をすぐに悟った。六年生の最初の魔法薬の授業で獲得した賞品(トロフィー)。ヴォルデモートとの劣勢の戦いを逆転する切り札となるはずの魔法薬。

 

 フェリックス・フェリシス

 

 ハリーは、慌てて蓋をはずし、グイっと一口あおる。飲んだ瞬間、意識の中の扉や窓が全開になり、暗闇に包まれていた意識が、照らされるように明るく冴えわたり、これからどうしたらよいのかが明確になる。

 

 なんだ簡単な事じゃないか。

 

 慌てず落ち着いて、しかし素早く瓶を口から離し、これ以上フェリックス・フェリシスを飲むのをやめる。

 そして、蓋を閉めると同時に、瓶をベルに向かって無造作に投げる。

「ベルゥゥゥゥッ! これを飲めぇぇぇぇ!!」

 そして、ハリーはヴォルデモートへ対して麻痺せよ(ステューピファイ)を撃ち出し牽制する。今度はさすがにヴォルデモートも、アクシオを使うことはできず、無事に魔法薬瓶はベルの手の中に納まった。信頼している仲間からの指示。そしてミアハが危険を承知で囮をしてまで持ってきた魔法薬である。一瞬も躊躇わずに、ベルはすかさず飲み干した。

 

 ハリー・ポッターの意識に対して、フェリックス・フェリシスが、暗闇を照らす明かりのように作用したとしたら、ベル・クラネルへの効果は、照明弾を炸裂させたようなものだった。それも数十発単位での炸裂。そして消えることなく輝き続け、遥か彼方まで照らし出すまばゆさだ。ハリーとは比較にならない高い効果を発揮させていた。

 その理由は、ベル・クラネルの発展アビリティ『幸運』。『幸運の液体』とも言われるフェリックス・フェリシスとの相性は抜群だった。ハリーや、スラグホーンなど、過去に飲んだ者たちが100%の幸運に恵まれるとしたら、ベル・クラネルの場合は『幸運』アビリティとの相乗効果で120%の幸運に恵まれると言えよう。そしてフェリックス・フェリシスが照らし出したおかげで、敵の魔法使い(ヴォルデモート)と、そして先程まで戦っていたミノタウロスをどうすればよいかが、はっきりと道筋として見えていた。

 

「ベル、一分間、相手を頼む!」

 ハリーの叫びにベルは迷いなく応える。

「まかせてハリー!」

 そしてハリーの前に進むベル。前衛ベル。後衛ハリー。最も基本的(オーソドックス)な陣形をとる。そしてハリーは杖を構えて、詠唱する。

「アクシオ!」

 

「皆、全力で二人を援護して!」

 アキにはすべての詳しい事情が分かっている訳ではない。だが、アキは直感で、ハリーとベルを中心に戦うのが良いと判断した。アキの指示に従い、ロキ・ファミリアは二人を中心とした陣形をとる。

 

「くだらん」

 ヴォルデモートはそう言うと、空になった魔法薬瓶を放り捨てる。

「アステリオス、蹂躙せよ」

 ヴォルデモートの前にミノタウロスが進み出て前衛となる。そしてミノタウロスが腰を落とし、ベルに向けてダッシュしてきた。

 だが、途端に姿勢を崩し、ダッシュの勢いのまま盛大に地面を転げまわる。

「・・何をやっている!?」

 呆れの色が混じる声でヴォルデモートが叱責する。ミノタウロスがこけた原因はハリー印の魔法薬瓶である。さきほどヴォルデモートが放り捨てた魔法薬瓶を、ミノタウロスが踏みつけてしまったのだ。本来であれば、衝撃で瓶が割れるはずだが、ハリー印の魔法薬瓶(割れない瓶)は、ミノタウロスが踏んだ程度では割れない。そのために脚が転がり、盛大にこけてしまったのだ。

 

 そして、そこにベルのファイアボルト・マキシマが命中する。アイズによって切り落とされた左腕の傷口を、見事に直撃した。たまらず激痛で転げまわるミノタウロス。

 そんなミノタウロスを援護しようと、激戦で傷だらけになった鎧を着込んだモンスターがベルに向かってくる。さらには、闇派閥までが接近して来て、ふたたび乱戦になる。

 

 ベルは、ハリーの邪魔をさせまいと、モンスターや、闇派閥を食い止め、殴り飛ばし、魔法(ファイアボルト)を撃ち出し奮闘する。そこにミノタウロスが雄たけびを上げながら迫りくる。

「GUGAAA!!」

 その強力な咆哮に、視線をミノタウロスに向けるベル。その途中、視界に入ったのは、地面に倒れ込んだアキの姿。そしてアキを介抱しようとするパーティメンバー。つまりベルは一人でミノタウロスの相手をしなくてはならないのだ。

 だが、フェリックス・フェリシスを飲んでいるベルには問題は無かった。今のベルは、自分の能力をどう使えばよいのか完全に理解していた。そして、ハリーの指示通りに一分間だけもたせればよいのだ。その短時間なら、ぎりぎりで気力体力が持つとフェリックス・フェリシスは示していた。

 

 

 そして視線をミノタウロスに固定する。一瞬だけ能動雷撃(チャージ)し、ベルは、独楽の様に回転し、回し蹴りでミノタウロスを攻撃する。ベルの足に、拳を叩きつけるミノタウロス。両者お互いに動きが一瞬止まる。だが、先手を取ったのは魔法が自在に使えるようになったベル。

「ファイアボルト!」

 チャージもしていない魔法では、目くらましにしかならない。眩しさのあまりミノタウロスは一瞬動きを止めるも、再びベルに殴りかかる。だが、その一瞬で、ベルは再び能動雷撃(チャージ)をしていた。そして能動雷撃(チャージ)を一旦停止すると、左のヘスティア・ナイフで、ミノタウロスの右腕の攻撃を受け流す。能動雷撃(チャージ)を再開しながら、ミノタウロスの懐に踏み込む。

 地面を踏みしめ、能動雷撃(チャージ)を開放し、全身のバネを使って右腕をミノタウロスの腹に打ち込んだ。その衝撃でベルの両足が地面へと沈みこむ。

 ポン・パンチ

 師匠(アイズ)直伝の技である。だが、今は正確にはパンチではなく、ドラキチでの刺突である。能動雷撃(チャージ)でのパワーと、ポン・パンチの全身のバネを聞かせた体術と、ドラゴンを材料にしたドラキチの頑強さ。これらが噛み合わさり、格上のはずのミノタウロスの腹部にドラキチの剣先が突き刺さる。これにはさすがのミノタウロスも応えたようだ。

「Guwaa・・」

 力なく声を漏らして、傷口から血を流しながら、よろよろと後退する。

 

 その隙にベルはくるりと回転して、ミノタウロスに背を向ける。そして、ベルの背後から自爆攻撃を仕掛けようと襲い掛かる闇派閥に向かい合う。不意打ちをするつもりが、ばれてしまった闇派閥は自爆攻撃でベルにとびかかる。そんな戦闘について素人の相手に、ベルのドラキチが打ち込まれる。刃がちょうど起動部分を粉砕して自爆を阻止する。そしてそのまま、腹部を切り裂き無力化する。闇派閥は、力を失いどさりと崩れ落ちる。その後ろから、新たな闇派閥が現れ、ジャンプして頭上からベルに襲い掛かる。だが、それに対して、ベルは回し蹴りを叩き込む。カウンターになり、起爆部分を破壊され空中へと蹴り上げられる闇派閥。

 その体に赤い光線(ステューピファイ)が命中した。ベルはそんなことは気にせずに、再びミノタウロスと向かい合う。

 

 

 闘うベルの援護を受け、ハリーは一心に魔法(アクシオ)に集中していた。そんなハリーの耳に、ヒュウヒュウという風を切る音が聞こえてきた。そちらを見ると待ち望んでいたカバンが宙に浮かび、こちらに向かってまっしぐらに飛んできていた。

 真っ先に反応したのはヴォルデモート。杖を持ち上げて妨害呪文を使う。だが、それをものともせずにカバンは飛び続け、ハリーの手の中に納まった。ハリーの誕生日に、ハグリッドがプレゼントしたカバン。ハリーは、素早くカバンを開けると、中から折れた杖を取り出した。

「何かと思えば、折れた杖か」

 わざわざアクシオを使ってまで取り寄せた物が折れた杖とわかり、あざけりを顔に浮かべるヴォルデモート。

「そんな物が何の役に─」

 そして何かに気付いたヴォルデモートは言葉を切り、素早く杖を構える。

「─!」

 威力よりも、発動速度を重視した無言呪文での麻痺せよ(ステューピファイ)の紅の閃光が、ハリー目掛けて迸る。だが、ベルの攻撃を受けた闇派閥が、その閃光の進路に蹴り出され、食い止められる。そして、死神が造った神造兵器(ニワトコの杖)と同じくヘファイストスが造った神造兵器(ヘスティア・ワンド)で、ハリーが折れた杖を軽く叩いた。

直れ(レパロ)

 黄金色の火花がヘスティア・ワンドの先から吹き出し、厳かなパチパチという音を立てる。そして折れた杖がぴったりと繋がり、傷口が繋がり、そして消えていく。火花が消えた後には、傷一つない杖が一本残されていた。それをハリーはすかさず右手で握りしめる。

 柊と不死鳥の尾羽の杖。

ハリーが最初に手に入れた杖。これがあればヴォルデモートを倒す事が出来ると確信していた。

 

「もう一度、勝負だ」

 ハリーは右手で柊と不死鳥の尾羽の杖を持ち、左手でヘスティア・ワンドを(たずさ)える。

 

 ヴォルデモートとの間に誰も入らない様に、ハリーは横へと小走りに移動する。

 ハリーを正面に見据えたまま、ヴォルデモートも横へと移動する。

 二人は横へと移動しながら、互いに接近していく。モンスターや闇派閥は頭領(ボス)の迫力に気おされて近寄る者はいない。

 アキ達冒険者は負傷を推してモンスターと戦い、ハリーの援護が出来ない状態。

 ベルも手負いのミノタウロス(アステリオス)と闘うので手いっぱいだ。だがベルもハリーと同じくフェリックス・フェリシスを飲んでいる状態。そのためベルは他の冒険者と異なり、ハリーの心配はしていなかった。この問題は、現状を一分間もたせれば、後はハリーに任せて大丈夫とフェリックス・フェリシスが示していた。だから安心していた。

 

 

 ハリーとヴォルデモートの一対一での戦い。

 柊と不死鳥の尾羽の杖が、右手の中でぶるぶると振るえるのをハリーは感じた。ヴォルデモートに対して、杖が激怒しているのだ。ビリビリと膨れ上がる緊張感を抑え、ハリーは杖をヴォルデモートに突き付ける。

 ヴォルデモートも、杖をハリーに突き付けて、憎しみのこもった眼差しでハリーを睨みつける。

 

 緊張が高まる中、二人の視線が絡まりあう。

 そして緊張は爆発した。

 

「アバダケダブラ!」

 ヴォルデモートが握りしめる杖から緑色の光線が─

 

「エクスペリアームス!」

ハリーの持つ杖から紅の閃光が─

─そして金色の炎も噴き出した

 

 金色の炎は見る間に巨大な不死鳥の姿を取り、アバダケダブラの緑の閃光に襲い掛かった。と見るや否や、それ(アバダケダブラ)を飲み込んだ。

 そして怒りの叫び声を一声上げると、そのままヴォルデモートに襲い掛かる

 

 アバダケダブラを避けるために地面に突っ伏したハリーは、驚愕してその光景を見ていた。フェリックス・フェリシスにより、黄金の炎が出現することは分かっていた。だが、その炎が不死鳥を(かたど)るとは、さすがに予想外だったのだ。

 

 黄金の炎の不死鳥は、ヴォルデモートに襲い掛かる。不死鳥は嘴でヴォルデモートを蹴爪で蹴り、(ついば)み、そして頭から丸飲みにした。

 まばゆい金色の光をあげながら燃え盛る不死鳥。その体内で囂々たる炎に包まれ、絶叫を上げるヴォルデモートは、たちまち全身から炎を噴き上げ、燃え上がる。逃れようともがくが、逃げ出すことはできず、たちまち表面は黒こげとなる。だが モンスター(リザードマン)の肉体は頑強で、それでも僅かに動いていた。だが、ついに気力つき、動かない黒炭となる。

 それでも、不死鳥の炎はますます燃え盛る。まぶしい輝きを放つ中、残っていた炭さえ、燃え上がり炎となり、燃え尽きた。

 

 そして不死鳥は一声、叫ぶと羽ばたき、空へと昇って行った。恐怖の眼差しでモンスターが、闇派閥が、冒険者が見守る中、不死鳥は上空で旋回した。再び叫び、そして吹きすさぶ風に溶けていくかのように、炎が消えていき、不死鳥は姿を消した。

 

 

 ヴォルデモート、すなわちリーダーが居なくなったことに気が付いて我に返ったのは、モンスターたるミノタウロスが最初だった。ベルに対して背を向けると、一心不乱に走り出した。まるで暗示が解けたような、憑物が落ちたかのような清々しい逃げっぷりだ。それを見て引き摺られるかのように他のモンスター達も逃げ出した。

 だが闇派閥のメンバーは戦闘を継続した。彼らにとっては、約束された来世があるので、今の命を惜しむ理由などなかったのである。そのため彼らには、逃げるという選択肢は無かった。

 

 冒険者たちも不死鳥に見惚れていたが、闇派閥の攻撃で我に返り慌てて応戦を始めていた。

 

 だが戦いの趨勢は決していた。モンスターがいてこそ、互角の戦いだったのだ。そのモンスターの半数以上が逃亡したのでは、闇派閥に勝つ見込みは無かった。

 しばらくの戦闘のあと、闇派閥は全滅した。

 

 

********

 

 

 ミノタウロスとの戦いにおいて、ベルは一撃一撃に能動雷撃(チャージ)を使っていた反動で、精神力と体力を使い果たしていた。さすがにへたりこみはしなかったが、これ以上の戦闘をする余裕も、ミノタウロスを追跡する余力も無かった。

 そんなベルの元にハリーが戻ってきた。右手に二本、左手に一本の杖を持っている。ベルに歩み寄りながら、ハリーは左手に持っているヘスティア・ワンドを、右腕のホルスターに収めた。そして片手で一本ずつに持ち替えた。

「ハリー、あの黄金色の炎は何だったんだい?」

 ベルは問いかける

「さあ? 分からない」

 ハリーは肩をすくめてみせた。そして続ける。

「ただ、以前にもあの魔法使い、ヴォルデモートに追われた時に()()()から黄金の炎が噴き出して攻撃をしたんだ。杖が勝手にね。今回も同じことが起こるだろうとフェリックス・フェリシスのおかげで分かったんだ。そしてヘスティア・ワンドで修理ができるのも分かったんだ。僕の力だけでは残念ながら勝てそうになかったからね」

「で、あのモンスターというか、魔法使い? は何だったの? ハリーに向かって兄弟とか言ってたけど?」

 そう訊かれて悩むハリー。

「長くなるから、後で話そう。まずはギルドを奪還する事の方が大事だ」

 もっと話を聞きたいベルであったが、ハリーの言うことももっともなので、そちらに集中することにした。

 

 

 だが騒動は、ほぼ終わっていた。前述したように穢れた精霊、モンスター、そして闇派閥は討伐された。何匹かのモンスターは逃亡したようだが、冒険者に追跡されている。モンスターを捕縛するにしろ、討伐するにしろ、地上の安全は確保されたも同然である。

 

 

こうしてギルド奪還は成功した。

 




補足
1.フェリックス・フェリシス
六年生最初の魔法薬学で、スラグホーンが『六年修了時には、此処に在る魔法薬を調合できるようになる』と示した魔法薬の見本の中に入っている・・・
調合に半年かかる。時間の経過には矛盾がありますがご容赦を
服用した際の効果は、原作を読む限りでは、
 本人が持っている知識を総動員させて、解決策を提示
  スラグホーンの説得という問題の解決策を提示したことから
 本人が持つ実力を100%発揮させる
  普段なら失敗することもある補充呪文が確実に成功したことから
以上二つと思われる。
逆に本人の100%の実力でも無理なことは無理のようだ。パリポタ原作の六巻ラストで、フェリックス・フェリシスを飲んだジニーたちが死喰い人と戦った時、重傷を受けることはなかった。しかし死喰い人を全員捕縛する等の実力以上の結末を迎えることはできなかった。

2.ミノタウロスがこける、自爆装置の起動部分を破壊する、リド・リドルの攻撃が闇派閥に命中
幸運に恵まれているが、これは、ベルのアビリティ『幸運』が全力で仕事しているからである。
『フェリックス・フェリシスという御者』が、『幸運アビリティという馬車馬』を全力で走らせているという例えをすると、分かりやすいかも知れない


3.ハグリッドから貰った鞄とその中身
『四人パーティ』を参照。アポロン・ファミリアから襲撃された時は、ミアハ達が居る地下室に保管されていたので無事。


4.黄金の炎
ハリポタ原作七巻、冒頭での七人のポッター作戦参照。ハリーの杖がヴォルデモートに対して攻撃をしている。



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そして・・その後・・

遅くなりました・・


 ギルドは奪還された。

 ヴォルデモートに爆破されたこともあり、建物は見事にボロボロになっていた。おまけに魔石倉庫に貯蔵されていた魔石は、モンスターに喰われ、一欠けらも残っていなかった。

 大損害である。

 ただし現金(ヴァリス)は運び出す時間が無かったのか、使う必要が無かったのかは不明だが、ほとんど手付かずで残っていた。現金さえあれば、ダンジョンから生還した冒険者から魔石を買い取ることができる。そうすれば魔石加工産業も停滞することなく動き続けることができる。

 ギルド、および産業界の関係者は安堵の息をつくのだった。

 

そして調査隊が二つ編成された。

一つは、闇派閥と戦闘から逃亡したモンスターの追跡部隊。

もう一つはダンジョン内部の状況を調査する部隊。

 

 

 追跡部隊は、ロキ・ファミリア主導で編成されるた。

 今回の騒動は、闇派閥がモンスターを引き連れて、ダイダロス通りから襲撃を仕掛けた事が発端である。このことは、アポロンをはじめとした幾人かの証人によって、明らかにされている。したがってダイダロス通りに闇派閥のアジト、もしくはそれに準じる物があることは間違いない。ダイダロス通りを虱潰しに調査する必要がある。

 だが、ダイダロス通りは『もう一つの迷宮』と言われる入り組んだ場所である。捜索は本来であれば、困難である。だが、逃走したモンスターがアジト迄の痕跡を残していれば、それを追跡してアジトに辿り着くことができる。

 そのためベート・ローガ主導でロキ・ファミリアのメンバーが追跡をしたのである。

 

「臭う、臭うぜ、モンスターの臭いがよぉ~!」

 進みながらベートは叫ぶ。レベル6になっているベートは、五感が強化されている。つまり獣人のもともと優れた嗅覚が、更に強化されているのだ。臭いを手掛かりにモンスターを追跡することは困難なことではなかった。

 ベートの隣を並走しながらアイズは呟く。

怪人(レヴィス)に追いつけるかもしれんな」

 それにベートが反応する。

「おめぇが、取り逃がすとは珍しい」

 肩をすくめてアイズは答える。

「ステイタスは、相手(レヴィス)()()()だった。ステイタス任せで全力で逃げられると、さすがに追いつけなかった」

 戦闘技術ではアイズが上、ステイタスではレヴィスが上だった。そのためアイズと怪人レヴィスとの戦闘は、互角であったのだ。だが力比べや、走力等の単純なステイタス勝負に持ち込まれるとアイズの分が悪い。穢れた精霊が全滅する等、状況不利と悟ったレヴィスの全力逃走に、アイズは追いつけなかったのだ。

 

「何、最深部に向かえばまた会える」

 さばさばとした表情でアイズは宣言する。カラテの足しになる相手との勝負である。心はやるものがあった。

 そしてもう一人のライバルもどきの、サミラを思い出す。サミラが所属するイシュタル・ファミリアは闇派閥とのつながりを疑われて、現在、ギルドの取り調べを受けている。どうなるのであろうか? だがその辺りはロキやフィンが上手くやるはずだと考え、アイズは追跡に意識を戻す。

 ちょうど目的地に着いたようだった。

「ここだな」

 上手く偽装されているが、ベートの嗅覚と、アイズのニンジャとしての観察眼は誤魔化せなかった。偽装をはぎ取り現れたのは、厳重に封印された出入口。開ける手段は()()無い。

 だが見張りを立てて監視すれば、これ以上の奇襲は防げる。まずは主神とギルドに報告が必要だった。

 

そしてもう一つの調査部隊。

 ダンジョンに異常が発生していないか、ダンジョンアタックしても問題が無さそうか確認するための調査団。これに関しては、地上の安全が確認されてからの出発となる。ガネーシャ・ファミリアの団長を中心としたメンバーが編成される予定であり、出発の準備が進められている途中である。

 

********

 

 

 さてアイズが一瞬だが気にしていたイシュタル・ファミリアなどの闇派閥に関連したファミリアの取り調べであるが・・

 

 まず闇派閥のメンバー。

 自爆攻撃をしていたのでほとんどは死亡していたが、何人かは自爆する前に無力化されたので捕縛されている。捕らえて時間がたつにも拘わらず、暴れたり叫んだりと精神が高ぶっているので、ミアハから提供された精神安定剤(安らぎの水薬)を処方し、話ができる程度に落ち着かせた。そして、これらのメンバーの尋問がギルドとガネーシャ・ファミリアによって進められている。犯罪者の取り締まりなどで尋問のノウハウはあるので、やや時間がかかるが、地上における関係者、アイズとベートが発見した出入口の開放手段などが分かるだろう。

 

 そして闇派閥とは言いづらく、関係者への影響が大きいファミリアの主神。イシュタルの取り調べも行われる。歓楽街の元締め。薬剤系統最大ファミリア。

 神の尋問が、ギルド代表者、ガネーシャ、フレイヤ、ロキ、ヘルメスの立会いの下で行われることになった。

 取り調べられるファミリアが影響力があり、重要(デリケート)な問題となっていた。神が相手であることも関係し、無下に扱うこともできず、バベルのある程度装いが整えられた一室で取り調べというよりは、話し合いに応じるという形で調査が進められることになったのであるが─。

 

「─では、イシュタル様はオラリオを破壊する意図は無かったと仰るわけですか?」

「ああ、その通りだ。闇派閥に資金援助したが、見返りにフレイヤとの抗争の戦力(穢れた精霊)を得るためだ。オラリオを破壊する意図は全くない」

「しかし闇派閥に資金援助すれば、治安が悪化し、オラリオの秩序が破壊されるとは考えなかったのですか?」

 ギルド代表者の質問をイシュタルは鼻でせせら笑った。

「そんなものどうでもいい。治安について考えるのはギルドやガネーシャの仕事だ。私には関係ない」

 そしてイシュタルは(まなじり)を釣り上げてフレイヤを睨みつけた。

「すました顔で! バベルの上からぁっ! 女王でございと居座り続けるフレイヤを! 天界へ送還できるんならっ! オラリオがどうなろうと知ったことかぁっ!」

 髪を振り乱して叫ぶイシュタル。呆れた表情でそれを見つめる列席した神々。当のフレイヤは涼しい顔で、

「あ~らあら、怖いわねぇ・・」と呟いている。

「それがお前さんの本音かい・・。いやまあ、フレイヤ憎しは分かっとったけど、そこまで思いつめとったとはなぁ・・」

 ロキも呆れて呟いた。呆れた原因は二つ。フレイヤに対する増悪と、聞かれるがままにイシュタルが本音を吐露しているからである。それには理由があり、ミアハ謹製の真実薬を紅茶に入れて、こっそりと飲まされているからである。その効能に呆れているのである。

 こうして事情聴取が終わった。細かいことについてはイシュタルの眷属にも確認する必要がある。とはいえ、どうなってもイシュタル・ファミリアの解体、は無理としても改革は必要だというのが、神々を含めた出席者の総意であった。

 

 

********

 

 

 続いてディアンケヒトとの話し合い(事情聴取)が始まる。

イシュタルとの事情聴取で出た話題なのだが、今回の騒動の首謀者である喋るモンスター、ヴォルデモートの地上での拠点はどこなのか? イシュタルがヴォルデモートと接触した時には、すでに地上に拠点があったらしい。そしてそれを準備したのがディアンケヒトだというのだ。

 にわかには信じがたいことだが、イシュタルに真実薬を飲ませて得られた情報なので、ディアンケヒトとの話し合いがセッティングされた。

 

 これまた真実薬を飲ませての話し合いになるのだが、相手は薬剤ファミリアの主神。紅茶に入れたぐらいでは、ばればれであると、ミアハから意見があった。

 それで、真実を話しているという保証が欲しいと交渉したところ、ディアンケヒトもいくつか条件を付けて、真実薬を飲んでの話し合いを了承した。ファミリアの実情や、眷属のステイタスなどについては質問事項に入れないこと。質問事項の監視役として、ライバルではあるが信頼はできるミアハも同席させること。ミアハが制止した場合、質問には答えなくて良いこと等である。

 

「─それで、闇派閥に協力する見返りに、眷属に手を出させないと約束させたわけですね?」

「ああ、その通りだ。だから全力でファミリアの拡大を推し進めた。うちの団員が増えれば、それだけ奴が手を出せない人数が増える。消極的な抵抗ではあるが、やらないよりはましだと思った」

「ギルドに通報して、対応を任せようとは思わなかったのですか?」

「無理だな」

 筋肉が盛り上がった肩をすくめてディアンケヒトが答える。

「奴は我々神々と同じく、嘘を見抜くことができる。しかも相手が神であってもだ。下手をしていたら、今頃俺も、ソーマと同様に天界に送還されていただろう」

 そして、ディアンケヒトは苦笑を浮かべる。

「この真実薬は、驚くべきものだな。奴相手だと、嘘でも真実でもないことは言えたが、この薬だと真実しか言えん。なかなか大した劇薬だよ」

 ミアハを称賛するディアンケヒト。

「では具体的に協力した事というのは?」

 ディアンケヒトの呟きをスルーして質問するギルド員。

「うむ、まあ、秘薬を使って奴の身体を全快させたこと、奴が地上に来た時の拠点を提供したこと、奴のローブやら何やらの装備を用意したことかな。まあ見返りに毎日ポーションを補充してもらったが・・」

 ギルド員は地上の拠点場所を書き留めると、部屋の外に待機していた者に渡し、すぐに調査に向かうように指示した。

「・・まあ、杖に関しては、こちら(スタッフ)(ワンド)の認識違いで、ごたごたしたが、最後はヘファイストスに協力してもらって無事に準備が済んだ・・」

 ディアンケヒトの思い出したような呟きに、ギルドメンバーが驚いた。

「ヘファイストス様も関係しているのですか!?」

「ん? ああ、俺がアドバイスして、あいつの団員に手を出さない様にっていう条件で武器を提供させたぞ」

 まさかヘファイストスが関係しているとは思っていなかったギルド員は、メモを作成すると部屋の外に待機していた者に渡して上層部に報告させた。

 

「ポーションの補充というのは?」

 ロキが質問する。それに対して腕を組んで唸り声をあげるディアンケヒト。

「それがなぁ、よく分からんのだが、奴は、ポーションが一部残っていれば、それを増量させることができるんだよ。下級だろうが上級だろうが特効薬だろうがな。だから毎日少量だけ残しておけば、奴がそれを器一杯迄、増やしてくれるんだ。品質はそのまんまでな。魔法かスキルなのか全く分からんが、やってのけていたのは事実だ・・」

「極めて稀有、かつ有能な能力だな」

 ガネーシャが感想を言う。

「ああ、そうだな。ヒトであれば、団員にしたかったところだ。だがモンスターだ。しかも知性があるからテイムも出来んだろう」

 そう言われるガネーシャ。仮面をかぶっているので表情までは分からないが、苦笑している雰囲気が漂ってくる。さすがのガネーシャも知性あるモンスターの存在を知ったばかりであろうし、テイムをやってみる機会があったとも思えなかった。それがこの場にいた者たちの総意であった。

 

 ガネーシャがすでに知性あるモンスター、異端児についての情報を、既に持っていること。そのうえで異端児をテイムするという考えが無かったことに対する苦笑だとは誰も思いもしなかった。

 

 その後はオラリオ外部に協力者が居るか等の確認が行われ、ディアンケヒトの事情聴取は終了した。

 

 

********

 

 

 そしてハリー・ポッター。

 

 

 敵の首謀者とみなされているヴォルデモートとの会話内容から、二人は昔から知り合いであることは明白であった。

 

 古くから、知性があり喋るモンスターが存在していたことをハリーは知っていて、かつ、それをギルドへ報告していなかったのである。これは極めて重大な問題だとギルドは考えていた。

 

 とは言え相手は、黒のドラゴンスレイヤー。真実薬を飲んでの事情聴取になるが、今までのオラリオに対しての貢献を考え、丁寧な対応をとることになった。

 ハリーは、真実薬を飲むことに、顔をしかめた。

 だがミアハから『事件に無関係なことについては、質問しない。またハリーが喋った内容については口外しない』と言われたこと。

 さらにロキが『まずは神々が話を聞くべきなんじゃないか。ガネーシャもいるし、ギルド員はその後でも良いんじゃないか』と発言したこと。モンスター討伐とラキア撃退に活躍したロキ・ファミリア主神の提言であり、ギルド員は断ることが出来ず、かなり渋々であったが、退室したこと。

 これらの事から、ハリーは真実薬を飲むことに同意した。

 

 

********

 

 

「俺がぁっ! 俺がっ、ガネーシャだぁぁっ!」

 サイドチェストのポーズで、胸筋の厚みと腕の太さを強調しながらガネーシャが叫ぶ。

「いちいちうるさいわ、あんさんは黙っとれっ!」

 ガネーシャのあまりの大声に、耳をふさいでロキが咎める。

「分かった、分かった。ではポージングをしながら話をしよう」

 そういうとガネーシャはフーン、フーン、フーンとポージングを取り始めた。

 それを見たハリーはディアンケヒトとの初遭遇の時を思い出していた。うん、ガネーシャ様がオリジナルで元祖なんだなと納得し、なんとなく緊張感や緊迫感が皆無になりリラックスしてしまったハリーであった。もちろんガネーシャは、それを狙ってポージングしていたのである。

 

フーン、フーン、フーン。

「ポッタァァァ!」

 ポージングを続けながらガネーシャが叫ぶ。

「喋るモンスターとはっ! 以前にもっ! 会ったことがっ! あるのかっ!」

「え、いいえ、無いですよ」

 ハリーがとっさに答える。

 事実ハリーはダンジョンにおいて、喋る美竜女モンスターと出会ったことは無い。真実である。同席していた神々にもそれが嘘ではないと分かる。もちろんガネーシャにも。

 

 だが─

「ふむ。嘘だな」

 ガネーシャは断定した。

「おいおい、ガネーシャ、何を言ってるんだ? 嘘を言ってないことぐらい分かるだろう?」

 ヘルメスが呆れた声を出すが、ガネーシャには断定できる根拠があった。

「モンスターが喋るところを見たら、普通は驚き慌てるものだ。ところがお主は、喋るモンスターに話しかけられても、冷静に対応していたというではないか。その冷静さはどこからきた? 以前にも喋るモンスターに出会ったことがあるのではないか? だから冷静に対応できた。そう考えざるを得んのだが? どうだ?」

 さすが、ガネーシャである。ウラヌスから知性あるモンスター、異端児について情報を得ているだけのことはある。異端児の情報を自分の眷属に教えた時の反応から、ハリーの冷静さが一般の冒険者から逸脱していることを見抜いていたのだ。

 

 ハリーの冷静さには、オラリオ界に来る前、数多くのヒト以外の生物と会話した経験が生きている。

 動物園の蛇

 グリンゴッツ銀行の小鬼

 禁じられた森のケンタウロス

 ハグリッドのペットだったアラゴグ

 屋敷しもべ妖精

 四年生時に第三の課題の迷路で出会ったスフィンクス

 

 またそれ以外にも水中人とダンブルドアが会話をするのを見ていたし、巨人との会話もできると知っている。

 ヒト以外の者にも知性があり、会話が可能であるという経験があったので、戦闘中にリザードマンから話しかけられても、落ち着いて対応できたのだ。

 

 だが、これらのことを、すっかり、度忘れしているので、『会ったことが無い』とハリー自身としては真実を言ったことになる。そして、ガネーシャだけが、それが事実とは異なることを見抜いたのだ

 

「まあ、喋るモンスターと出会ったと報告しても、与太話や幻覚として相手にされないだろうから、黙っているのはいいとして。会ったことは有るのだな?」

 

 そして考え込むハリー、記憶の引き出しをかき分け、ようやくアラゴグと会話をしたことを思い出した。

 

「故郷で会ったことがありますね。とても驚きました。でも、そのおかげで世の中(魔法界)は何が起こっても不思議はないと思うようになりましたよ」

「で、そのモンスターはどうなった?」

「寿命で死にました」

 ハリー自身を食べようと追い掛け回してきたネクロマンチュラのボスなので、特に悲しいという気分にならなかったことも思い出す。

「ふむ、そうか。それは残念だ。どうして喋れるようになったのか知っているか?」

「良くは知らないんですが、飼い主(ハグリット)が言葉を教えたんだと思います。鸚鵡のように知能が高いものなら言葉を理解できるようだし、そのモンスターもたまたま知能が高かったんでしょう」

 実際、アラゴグ以外では喋るネクロマンチュラは居なかったことからハリーはそう推測する。

 

「ふむ、なるほど、言葉を教え込む、か・・。うちのテイムモンスターにも教えてみるか。いや、こちらの指示には従うし、こちらの言葉は理解できていると考えるべきだな。しかし発声器官が発達していないから喋れないと考えるのが妥当なのか? 言葉を紡ぎだす能力も未発達と考えるべきだな・・うーむ、難しいな・・」

 ポージングを続けながら考え込み始めたガネーシャ。

「まあまあ、ガネーシャ。考えるのは後にしてくれ」

 ヘルメスが窘める。

 

「でポッター君。敵のヴォルデモートだったか、奴はどういう存在なのだい? モンスターなのに魔法を使うは、喋るは、訳が分からないんだが?」

 

 会話の主導をするのはガラじゃないんだけどなぁと思いながらも、ヘルメスが続ける。

「ヴォルデモートは元々は人間です。邪悪な魔法使いで、自分の魂を分割して他のモノに憑依させることができます。あのモンスターに憑依したんでしょう」

「えげつないスキルやな。それって自分をどんどん増殖させることができるってことやろ。乗っ取った体のステイタスも活用できるやろうし、厄介やな」

 ロキの呟きにヘルメスも疑念を漏らす。

「あれ、ということは、ヴォルデモートがもっと存在している?」

 それにハリーは首を振る。

「分割するにはある程度の準備が必要らしいし、これ以上は無いはずなので大丈夫です」

「ふーん、それが本当なら敵の親玉はあれで終わりということでええんやな。第二第三の親玉が現れたりはせんやろな」

 

 ヴォルデモートの分霊箱は七つ

 そのうち日記帳、ゴーントの指輪、スリザリンのロケット、ハップルパフのカップ、レイブンクローの髪飾り。これら五個は、オラリオ界に来る前に破壊した。

 

 ナギニ。魔法界に残されたままである。

 

 ハリー・ポッター/リザードマン。ハリーは意図せずしてオラリオ界にヴォルデモートの魂を持ち込んだ。

 だがそれもリザードマンと共に破壊した。すなわち、オラリオ界にヴォルデモートの魂は存在しない。

 

「もう現れることは無いですね」

 ハリーは断言する。

「だけど本体、分割される大元の本体が、いるんじゃないのかい」

 ヘルメスが指摘するが、そもそもの本体は魔法界にいるので、こちらにはやってこれない。だからオラリオ界にヴォルデモートが現れることは無いのだが、それをどう説明するべきか─

「ええと、そうですね。本体は僕の故郷に居るけど、これ以上魂の分割はしないと思います」

「何故、そう判断できるんだい?」

「もともと魂を分割していたのは、魔法的に自分を強化するためで、これ以上分割したら魔法的な加護が減るとヤツは考えているので、分割はしないでしょう。そして本体も故郷から出てこないです」

「ポッターッ! 何故そこまでヴォルデモートについて詳しいのだっ!」

ポージング中のガネーシャにハリーが答える。

「それはヴォルデモートは、僕の故郷で極悪人でした。大勢の人を殺し、僕の両親も奴に殺されました。敵をとるのがっ、僕のっ、宿願なんですっ! そのため敵を倒す方法を仲間と調べ上げたんです」

「フーム敵討ちか」

「それだけじゃありません、出来るだけ早く奴を止めないと、もっと多くの殺人が行われます」

 

「うーん、でもポッター君、倒せるのかい? いや、分身の一つを倒せるんだから大丈夫だな。ということは、オラリオに来たのは修行のため? これから故郷に戻るのかい?」

「はい十分、強くなったら故郷に戻る予定です」

「でも、それは難しいと思うよ。高レベル戦力のオラリオ外への流出は避けたいところだからねぇ」

 難色を示すヘルメス。とは言えこれは、ヘルメスのマッチポンプ。

 商業ファミリアとしての一面を持つヘルメス・ファミリアの護衛として、ギルドに指名依頼を出すことでポッターを故郷に返すという手助けをするためなのだ。

 そうすれば旅の間に親しくなり、マジックバックや、ヴォルデモートに関してもより詳細な情報を得られると考えているのだ。

 

 それに親の敵討ちである。神々にとって、極上のエンターテイメントであることは間違いない。それを身近で見学できるのだ。ヘルメスにとっては最上の愉しみである。

 

「まあ、それについてはなんとかなるやろ」

 ロキが口をはさむ。

「オラリオに対する潜在的な脅威やしな。絶対に許可が下りないというわけではないやろな。どう思うガネーシャ?」

 ポージングをやめてガネーシャが考え込む。その間にフレイヤが口をはさんだ。

「故郷に戻る場合、他のファミリア・メンバーは同行するのかしらね?」

「いえ、僕一人で戻ります」

「あらあら、そうなのね。ならレベルいくつだっけ? 一人ならば問題ないでしょうね」

 ベル・クラネルがオラリオにとどまることを知り、それ以上の興味が消えたフレイヤである。

 

 そしてガネーシャも言葉を紡ぐ

「許可は下りるだろうが一人というわけにもいかんだろう。敵討ちに成功して無事戻ってくれば良いが、そうでなかったら?」

「なら、うちのラウルを同行させよ。それならええやろ」

「ハイノービス・・、レベル4であったな・・。ならば問題あるまい」

 ロキの提案にガネーシャが頷く。

 

こうしてハリーの尋問は終わった。

 

 

********

 

 

 そして処罰が言い渡される。

 

 まずはイシュタル。

 ファミリアによる直接の破壊活動も問題だが、闇派閥への資金援助は見過ごしがたい。また今後も闇派閥の資金源になる恐れがある。

 

 やったことは、基本的には資金提供のみ(・・)なので天界への強制送還するまでのことではない。となると、罰金や、アポロンのように一定期間のファミリアの解体と結成不可、オラリオからの追放という選択肢が出てくる。

 ここで問題なのが罰金でファミリアの資金をすべて没収したとしても、歓楽街の元締めであるので、資産としての店舗は残り、資金自体の回復は比較的速やかにできる。では店舗を没収となるとギルドで経営できる類のものではないし、結局は類似のファミリアに売却することになる。そしてその類似ファミリアが、イシュタルの息のかかったファミリアである可能性が極めて高い。したがって罰金や資産没収は、懲罰という意味では効果が薄い。

 

 ファミリアの解体と結成不可であるが、これまた問題である。歓楽街の元締めを解体することになる。大混乱が発生するだろうことが容易く予想できるため、この方法もとることができない。

オラリオからの追放も同様である。

 

 また、どの場合であっても打倒フレイヤ活動をするだろう。その場合フレイヤ打倒の余波でオラリオが破壊されることは十分に予測できる。

 

 こうして思い余ったギルド上層部が出した結論は『罰金』と『イシュタル神の幽閉』である。幽閉とはいっても神に対しての幽閉なので牢屋ではなく、バベルの上層部の何室かをイシュタル幽閉用の部屋とし、そこにイシュタルを軟禁したのである。

 これによってイシュタルとその眷属の接触を制限し、ファミリアとしての活動は一応はできるようにしたのだ。

 

 もちろん、接触時にはギルドが立会い、会話内容のチェックや介入が行われる。。

 ステイタスの更新、新規加入者へ恩恵を刻む際にも立ち会うことになる。当然反発されたが、「では更新と新規メンバー獲得をやめればよろしい」と言われてしまい、この条件を飲むしかなかった。

 そしてギルド側としては新規加入を何十年かの計画でやんわりと減らして、徐々にイシュタルファミリアを中規模、そして、零細ファミリアへ、最後には解体する予定であった。

 いきなりの解体が問題であるのならば、長期間かけて解体すればよいとう目論見である。

 

 イシュタルの身の回りの世話─掃除や、食事の給仕等─はギルドからフレイヤ・ファミリアへと委託され、委託金が毎月支払われることになった。

 

 

********

 

 

 続いてディアンケヒト。

 眷属を守るための行動という言い分が認められる。ただし、ファミリアの財産の八割を没収。競合ファミリアの再建に資金があてられる。薬剤ファミリアからの改宗者は、一年後に元のファミリアに戻すように決定される。

 

 それと余談ではあるが、ポーションの価格に関して、ギルドが今後は口を出すようになった。

 割引攻勢をかけて薬剤ファミリアが潰れても、価格を高騰させて冒険者が購入できなくなっても、問題であるという建前である。

 

 

********

 

 

 鍛冶神(ヘファイストス)。主神が杖一本を提供しただけなので、ファミリアへのおとがめなし。鍛冶神はいくらかの個人資産を、罰金としてギルドへ納付。

 その後、鍛冶神は個人資産を、孤児院や学校など色々なところに寄付するようになった。

 

 

********

 

 

 そしてもう一つ特筆すべきことが、ミアハ・ファミリア。

 病院ファミリアが経営されることになったのだが、ハリーが教えた魔法薬の作成も実施している伊。これにギルドが着目。真実薬等のような劇薬が一般に流通すると困るので、結局、薬販売は禁止のまま。しかし魔法薬は有用なので、ギルド専属で作成するようになる。つまりギルド専属薬剤ファミリアという裏の面も持つことになった。

 

 

********

 

 

 そして我らがヘスティア・ファミリア。

「それじゃ、恩恵の更新をしよう」

 そうしてヘスティア・ファミリアメンバーが更新をする。

 リリルカ、ヴェルフはラキア軍との戦闘のおかげがステイタスがかなり上昇した。

 ミコトは、ヘスティアの護衛に専念して、戦闘はしなかったので、ステイタスは伸びなかった。

 

 ベル・クラネル。アステリオスという格上と互角に戦ったことで、ステイタスは大幅に伸び──

「やったぜ、ベル君! ランクアップだ!」

 新しいスキルは無かったが、速攻というアビリティを習得した。レベル4へのランクアップ。最速記録である。

 

 そしてハリー・ポッター。ヴォルデモートを打ち破ったことでステイタスは大幅に伸びランクアップを果たした

「よし、ハリー君ランクアップだ・・・」

 前回レベル3で姿くらましをした時の手応えから、今回レベル4であれば魔法界に帰還できるだろうと確信しているヘスティアである。

 

 さっそく関係者が集められて、別れの挨拶と話し合いが行われる。

 ハリーは黒のドラゴンスレイヤー、そしてこの前のヴォルデモート騒動から有名人となっている。そんなハリーがいきなり行方不明になっては不審に思うものが出るに違いない。アドバイザーのエイナは絶対に気にするであろう。

 それを回避するためにも、ハリーが消えるのに何らかの説明が必要であった。

 

 

********

 

 

「さてハリーはん。ちょっと今後の相談なんやが、ハリーはんは故郷に戻るんやろ。

 それにラウルを同行させるって言ってもーたんやけど、別の世界にラウルは行かれんやろ。それでどうしよう思うてな」

 

 場所はヘスティア・ホーム。メンバーはヘスティア・ファミリアの面々に加えて、ロキとミアハである。

 

 ロキのぼやきにヘスティアが同意する。

「ふむ、まあ、そこはハリー君の偽物を仕立てて、オラリオからラウル君と二人で出る。その後変装を解いてオラリオに戻る。

 じゃなかったら、強くなる修行中にダンジョンで死亡した、または行方不明になったと芝居を打つのが良いんだろう。だけど、どちらもなぁ・・」

 問題はギルドが確認のために事情徴収するだろうこと。その場合には、当然、神々が同席して真偽を判断するのだ。つまり、どうやっても芝居がばれるというわけだ。

 

「となると、申し訳ないですが、ラウル様には、同行するハリー様が本物だと信じ込ませることが必要なわけですね。

 そうすれば、ラウル様は『あっというまに故郷に帰られてしまった。多分箒で空飛んで』と証言しても大丈夫なはずです」

 ある意味、変装の名人ともいえるリリルカが確認する。

 リリルカのシンダー・エラでは、そっくりに変身できる。ただし体格が同程度という大前提条件がつくので、同じ小人族のフィン・ディムナならまだしも、体格が違うハリーには変身することはできない。

「もう一つ。変装をといたらオラリオにこっそり入り込める人物でないとあかん。外に出た記録がないのに、中に入ろうとするのは問題や」

 城壁を乗り越えての侵入は高レベル冒険者ならできそうである。だが低レベル冒険者ではほぼ無理だ・・。

 しかもハリーが異世界から来たという事情を知っている人間である必要がある。

 

 まとめると、変装の名人、オラリオに忍び込める、そしてハリーの事情をすでに知っている人物。極めて条件が厳しい。

 

 考え込む一同。そしてハリーが閃いた。

「ポリジュース薬。それを使えば絶対にばれることなく変装できる」

 そしてハリーは皆にポリジュース薬の説明をする。

「体格や性別関係なしに、外見は本人そのものになってしまうわけだね?」

 ヘスティアが確認する。

「そうです、相手の体格に合わせて、薬を飲んだ本人の体格も含めて変化します」

「なるほど、なるほど・・」

 考え込むヘスティアだった。

「なぁんかやばい薬やなぁ。そんなん闇派閥に渡ったらえらいこっちゃで。ハリーはん所の世界はよくまぁ、治安維持ができとるもんやな・・」

 呆れるロキである。

 考え込んでいたヘスティアが、顔を上げて質問する。

「で、その薬はもうミアハは作ったことがあるのかい?」

「ああ、すでに作ったことはある。保管してあるぞ」

 よしよしと頷くヘスティア。

「それならば、ハリー君。君は本来の元の世界の友人達が心配なんだろう。それに比べれば、こちらの事情については、どうとでもなることだ。気にすることは無い。後のことは、どーんと任せたまえよ」

 有る胸をドーンと叩いて見せるヘスティア。途端に不安になるロキであるが、言っていることは確かなので反対はしなかった。

 

 

「それじゃあ、ハリー君、髪を一束、貰っておくよ」

 そういってヘスティアが髪を一束切り落とし、ミアハに渡す。ミアハは慎重に髪を包むと懐に入れた。

 ハリーは準備を整えていた。クィディッチ・ユニホームに似た戦闘服とマント。カバンにはポーションと小型の魔剣。そして右手に構えるはヘスティア・ワンド。ヴォルデモートとの戦いでは、不死鳥の尾羽の杖が有効だったが、異世界への姿くらましでは単純に強力な神造武器のほうが良いと判断したのだ。

 

「それでは皆さん。お世話になりました」

 万感に思いを込めて一礼するハリー。ベルをはじめ、皆から激励の言葉が賭けられる。そしてハリーは体を起こすと、すかさず叫ぶ

「姿くらまし!」

 

 体が瞬間的に臍の辺りに収縮し、点となり、姿が消える。そして小気味よいキンッ! という音を立てて静けさがあたりに満ちた。

 

 姿くらましに成功したのだ。

 

 

その後、ハリーがダンジョンで活躍する姿を見た者はいなかった・・・

 

 

 




 さて、この作品、『ハリー・ポッターとオラリオのダンジョン』は、オラリオとその周辺でのハリーの活躍を描いたものです。
 姿くらましで、異世界移動に成功した以上は、このお話は此処にて終了となります。
(一応エピローグがあります)


補足

安らぎの水薬
ハリーから教えられてミアハが造った魔法薬。不安を鎮め、動揺を和らげる。

イシュタル幽閉
幽閉されて、フレイヤ・ファミリアの団員に日常の世話をされるだけです。某竈の女神はぐーたらして気楽に快適に過ごせますが、イシュタルだと話が違います。
フレイヤに魅了されている相手、すなわち自分の魅了が通用しない相手と毎日顔を突き合わせないといけません。美の女神としてのプライドを毎日叩き壊されるわけですので、十分な罰になるでしょう。

ラキアとの戦後処理
一般兵士はそのまま釈放。上層部の捕虜は身代金と引き換え(超ぼったくり)に釈放です。


後のことは、どーんと任せたまえよ。
その時のヘスティアの計画
1 ポリジュース薬(ハリー)を作る。
2 リリルカがそれを飲み、ハリー偽になる
3 ラウルとハリー偽でオラリオを出る。ラウルはハリー本人だと信じている
4 二日ほど移動した後、リリルカはポリジュース薬を飲むのを止める
5 ポリジュース薬の効果が切れたら、シンダーエラを使い、小人族(男)に変身する
6 オラリオに帰る
7 ホームに帰還して魔法を解除する
ハリー偽や小人族(男)の荷物はマジックパックに入れておく。
ただし、ロキが「うちの可愛い眷属を騙すのは心が千切られるような思いやなぁ、あぁ、つらいなぁ」といってごねたのでヘスティア・ファミリアからロキ・ファミリアへの貸し一つとなった。魔剣一本よこせといわれるかもなぁ・・




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エピローグ

すいません、めっちゃ蛇足ですが・・


 ──風が吹き、ハリーは意識を取り戻した。

 

 冷たい床に横たわっている。

 

 手を突き、上半身を起こす。

 何故か裸だ。

 戦闘服もマントも杖もなにもない─

 ゆっくりと周囲を警戒しながら立ち上がる。

 四方はすべて靄に覆われ、見通しが悪い。時折微かな風が吹いている

 

 不安を感じたハリーは、せめて服が欲しいと考える

 

 その瞬間服を着ていた

 

 呼吸をして気持ちを落ちかせる。

 

 此処は一体どこなのか。オラリオではないようだ。だが魔法界でもない。

 

 もしかしたら、魔法界とは違う異世界へ姿現ししてしまったのか?

 

 ハリーが視線を向けると靄が薄まり徐々に、視界が広がっていく。

 

 黒い背もたれのベンチがいくつか現れた。どこか見覚えがあるベンチだ。

 

 ダーズリー家の近くの公園のベンチ?

 

 いや、違う。公園のベンチならよく覚えている。そのベンチじゃない。

 

 どちらかと言えば、荷物が多くて草臥れた一家が座っていたような──

 

 そして視線を動かしていたハリーは発見した。発見してしまった。一つのベンチの下に、黒いモノが置かれていることを。

 

 ハリーはそのベンチに慎重に近づいていく。

 

 黒いモノの正体は分からない。ゆっくりと慎重に接近して、覗き込んでみた。

 

 モノが何かを意識が認識した瞬間、ハリーは飛びすさった。

 

 黒焦げになった赤ん坊。

 

 皺だらけであり、罅だらけであった。

 

 微かな風があたり、そしてその衝撃だけで赤ん坊の死体は崩壊を始めた。風が当たった所からボロボロと崩れ落ち、その破片でさえ、風に溶けていくかのように消えていく。

 

 ハリーが衝撃を受け何もできないでいるうちに、黒こげの赤ん坊は砂のように崩れ落ち、風に溶け消えてしまった・・。

 

 

「哀れな生き物じゃった」

 低いながらも人の注意をひきつけてやまない声が響く。

「だが、わしらには、どうすることもできんかった・・」

 聞き覚えがある声にハリーが驚き振り返る

 腰までもある長い白い顎髭をリボンをおしゃれに纏め、頭にはシックな帽子をかぶり、流れ星をデザインしたローブを小粋に着込んだアルバス・ダンブルドアがそこにいた。

「久しぶりじゃの、ハリー」

 人を引き付けてやまないキラキラとした眼差しで、にっこりと笑うダンブルドア。

「息災であったかとはきかんぞ。ここに居ることからして、大変な目にあったということは分かっておる」

 真面目な顔になるダンブルドア。

「あちらで少し話そうかの」

 くるりと背を向けると別のベンチに歩み寄るので、ハリーも続き、並んで座る。

「先生、訊きたいことがいくつもあるんです」

 思い出されるのは、分霊箱を探す困難な旅路、死の秘宝の事、ダンブルドアのことを何も知らない事、そしてオラリオ界の事。

「うむ、尋ねるがよい、ハリー。出来るだけのことは答えてしんぜようぞ」

 

 

 そして二人は、家族の事、死の秘宝の事、様々なことを話し合った。

 

 

 話している間にも靄は薄れていき此処がどこなのかはっきりしてきた。長く伸びたプラットフォーム。その上に点在する幾つものベンチ。

 

 

 そしてハリーは確認をする。分霊箱を破壊してきたハリーにはどうしても聞かねばならないことだった。

「先程、ベンチの下に黒こげの死体があったのですが、あれは?」

「君の予想通り、ヴォルデモートの魂、分霊箱であるハリーに憑いていた魂じゃな。今では消失してしまった」

 予想通りの答え。

「でも先生、僕はオラリオという世界に行っていたんです。そこで僕は、僕に憑いていた奴の魂の欠片を破壊しました。だから此処にあるはずはないのですが・・」

「ふむ、魂は君ではなく別の何かにとりついたのではないかね?」

「ええ、そうです」

 推測の鋭さに驚くハリー

「魂の欠片は単独では、長期間存在することは出来ん。すぐに何かに取りつかねばのう。おそらく、破壊された魂の欠片は、君の姿くらましにあわせて、放り出されたんじゃろう」

「放り出される? 誰にです?」

 茶目っ気たっぷりにウインクをしてダンブルドアが答える

「誰じゃろうなぁ。それに、放り出されたというのも、わしの妄想にすぎんよ」

そして目をキラキラとしながら続けた。

「大事なのは確実に破壊できたこと。そうじゃないかね?」

 

 

 靄は晴れていき、いつもは新学期を迎えてごった返しているプラットフォームが現れてくる。だが今は、列車も無く、ハリーとダンブルドアの二人きりだ・・。

 

 

「別の世界、先程言ったオラリオという場所に行っていたのですが、現実の事なんでしょうか。今となっては夢を見ていたような気持ちなんです」

 こめかみに人差し指と中指を当て、記憶を探るようにしてダンブルドアが話す。

「──昔のことだが、あるマグルが魔法使いと友人になった事がある。最初、そのマグルは魔法界の存在に関して半信半疑だった。だけと多種の魔法生物を見せられてこう言ったそうじゃ。

『これは、現実の事だな。僕の貧弱な頭では、こんな奇妙奇天烈な生物(魔法生物)を考え出すことは出来んよ。だから現実なんだ』

 非常に興味深い言葉だと思わんかね?」

 オラリオの出来事はすべてハリーが考え出せそうもなかったことだ。だとしたら

「別の世界は有るんでしょうか?」

 ハリーのその問いにダンブルドアは難しい顔をする。

「それはハリー、難しい質問じゃ。魔法的に別世界を作り上げることは、出来んことは無いと思われる。昔のマグルが妖精郷とか竜宮城とかいっていた世界のようにな。

 マグルの科学においては平行世界や多元宇宙論、すなわち、ずばり異世界そのものがあるのではないかという議論さえ行われておるんじゃ。だが今まで確認する方法が無かった」

 マグルの科学についても造詣が深い事を知って驚くが、さすがダンブルドアだと感心する。

「じゃから、君はおそらく、世界の間を移動した初めての人間ということになる」

 

 そしてちょっと困った笑いを浮かべるダンブルドア。

「まぁ、姿くらましは兎も角、姿現しは失敗したようじゃな」

 その言葉にがっかりするハリー。服が欲しいと思った瞬間に服が現れたことから、そうだと思っていたが、ダンブルドアから断言されるとやはりショックなハリーだった。

「となると僕は死んでいるんでしょうか」

「そうであるとも、そうでないともいえる。例えば、丸くて三角といえば何を連想するかね?」

 しばらく考えてみたがもハリーには思いつかなった。

「ええっと、もしかして扇形ですか?」

「ふむ、良い所をついて居るが、もっとよく言えば、円錐の影じゃな。横からだと三角、上からだと丸じゃ。このように両方の状態になっていることがある。今の君がそうじゃ」

 逆に混乱してきたハリー。

「ええっとつまり、僕は死んでいるけど生きている?」

「うむ、そうじゃ。だから、死んだわしとも話ができるのじゃ」

 穏やかな眼差しでダンブルドアはハリーを見つめた。

「そんなことがあり得るんでしょうか?」

「まあ、理論上は兎も角として、実際あり得ておるのではないかな」

 茶目っ気たっぷりにニコニコと笑いながらダンブルドアは断言した

「だとしたら僕は戻ることはできるんでしょうか?」

 ハリーの問いにダンブルドアは落ち着いて答える。

「戻ることもできるし、進むこともできる。君次第じゃ。この場所は君には何に見える?」

 ハリーは辺りを見回した。靄はかなりの範囲が晴れており、此処が何処だがハリーにも既にもう分かっていた。

「キングス・クロス駅、9と四分の三番プラットフォーム」

「ふむ、君にはそう見えるのかね。それならば、列車に乗って共に逝くことも出来るじゃろう。だがそうでないというのであれば、わしも手を貸そう」

 ハリーの答えは決まっていた。そしてハリーの気持ちに呼応するかのように靄があたりに立ち込めてきた。

「戻ります。皆が待ってるんです」

「よかろう! それでこそハリーじゃ」

 明るい靄がますます濃くなり、視界がおぼつかなくなってきた。まだ視界に入るのはベンチに座っているダンブルドアぐらいだ。ハリーは立ち上がった。

「先生! また会えますか?」

「いつの日にか! それまでは私の形代と話をしてくれ」

 ますます濃くなる靄の中、ダンブルドアの声が朗々と響いてきた。

 

──そしてハリーは旅立った──

 

 




この後は原作のハリーが意識を取り戻したところに続きます。後の流れはほぼハリポタ原作通りになります。

私の形代
ホグワーツ校長室にかけられているダンブルドアの肖像画の事

これにて終了です。
読んでいただきありがとうございました


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