最低で最高の (優しい傭兵)
しおりを挟む

プロローグ

ちょっとした息抜きで書き始めました。


 

 

 

『今までのは……嘘だったっていうの!?』

『私は…貴方を信じていたのに!!』

『もういいわ…お願い…』

『私の前から消えて!!今すぐに!!』

 

彼女の言葉が俺の心に突き刺さる。魂からの言葉だったからかその棘は心に深く深く突き刺さった。

 

どこで道を間違えたんだろうな。俺はただ彼女を守りたかっただけだったんだけど、まさか結末がこんなことになるとは思わなかったわ。

 

そして次の瞬間、彼女の平手打ちが俺の左頬に炸裂した。

 

痛い…。いままで男同士の喧嘩なんて沢山してきたから殴られたりの痛みなんて慣れているものだと思っていた。

 

だが、この一撃は今までの攻撃の中でダントツトップの痛さだった。

物理的な痛みもあるけど、心の方がすごく痛かった。ズキズキして苦しくなって…訳が分からなくなるほどだ。

 

 

確かに俺がやった方法は最低だ。周りを裏切り、彼女を裏切り、そして自分自身を裏切った。

 

 

 

けど、これは俺が自分でやった結果なんだ。後悔は無い。悔いは…無いとは思う。

 

 

けどさ、俺は耐えることができなかったんだ。目の前で苦しむ彼女を見捨てるほど自分が腐ってるとは思っていなかった。

だからやった。

 

 

俺は馬鹿だからさ。これぐらいのやり方しか分らなかったんだ。馬鹿って本当怖いよな。

 

 

 

『で?君はいつまでこうしておくん?』

『…というと?』

『ウチらは確かに真実を知っている。けど、貴方を今の状況から助けることはできないかな』

『だろうな』

『あれが正しいのか。それとも間違っているのか、答えはわからんね』

『けど、どうであれあいつは救われたけど、やり方が最低。偽善者にでもなったつもり?悪者さん』

「悪者ね…』

 

 

俺に語り掛けてくる2人の少女。紫の髪を持つ彼女と黒色の髪を持つ少女。

 

 

 

『これからどうするつもりなの?』

『………』

『信頼、信用、すべてが消えた状態で』

『君は立ち上がれるん?』

『さあな』

 

 

 

ここから先はどうなるんだろうな…。

 

 

『もう…あの頃には戻りたくないの?』

『もう…あの頃の2人には戻れんの?』

 

逃げてばかりいた俺は、動けなかった。

どれが正解?不正解?信じるものは?自分の心は?彼女の心は?

 

 

 

『俺は…どうしたら…』

 

 

その頃の俺は、窓から見える空を見上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは『音ノ木坂学院』と呼ばれる高校。この物語のステージである。

 

周りにある桜が満開まで咲き誇り、高校での物語をスタートさせる雰囲気にピッタリだった。

 

 

俺はその学院の3年生で大学進学を前に控えている人間だ。

 

 

 

そんな男が最高のスタートを切れると思うか?否、無いね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを見ているということは、貴方は俺の『とある』物語を見ているっていう事だろうな。

見て後悔しても知らないからな?最初なんて『なんだこりゃ』って口から零れるのが目に見えてわかるぜ。俺も過去を振り返ってこの前、無意識に壁に頭をめり込ませる(?)ほどだったんだからなぁ~。

 

 

おっと、自己紹介が遅れたな。

 

 

俺の名前は『九条和平』って言うんだ。まあこれから俺はよく出てくるから自然に名前は覚えると思うぞ?

 

 

 

 

 

ん?前書きが長いって?まあまあ落ち着きたまえ若者よ。事を急がしちゃいけんぜよ。

 

 

 

さて、じゃあ貴方が見るこの物語について教えよう。

結論から言ってしまえばこの物語の最後は『ハッピーエンド』だ。今のうちにどんなハッピーエンドかは予想しておいてくれ。

 

俺が語るこの物語、登場人物は3人ほどだ。しかも超絶美人のな。名前は『絢瀬絵里』『東條希』『矢澤にこ』っていうんだ。知っている者も少なくないだろうな。

 

 

この物語では中にいた『絢瀬絵里』っていう金髪蒼眼ポンコツ美少女がメインヒロインってことになっているんだ。なんてったって俺の彼女だからな。

 

 

けど、ここからがミソなんだ。

 

 

 

 

俺は今に至るまでこの絢瀬絵里とは絶縁…、まあ絶交していたんだよなこれが。その理由も物語の中で分かるから今は気にしないでくれ。

 

今から俺が語るのはその時の物語だ。簡潔的に言うと、なぜそのような事になったのか、そして最後にはどうやって彼女になったのかって話をしようと思っているんだ。

 

いや、彼女になったというか…『彼女』との寄りを戻したって言った方がいいかな。絶交の関係から相思相愛の関係に。天と地がひっくり返っても無理な気がするんだよな。現にやった俺が言うのもあれだけど。

 

 

 

 

貴方は愛する者のためにならどんな奴にだってなれる覚悟はあるか?

 

 

 

いきなり聞いて悪いな。これがこのストーリーの鍵なんだよ。

 

 

 

俺はさ、絵里が大好きなんだよ。小さな頃からずっと一緒にいて、小学生、中学生、高校生と上がっていったんだ。たまに思うんだよ。『あぁ~、やっぱり俺この人大好きだわって』。それほど俺は絵里が好きなんだよ。

 

 

 

 

そんな彼女が悲しくなったり、辛くなったりしている姿を見ると俺の心も痛くなるんだ。俺が苦しむより彼女が苦しむ方が俺にとっちゃそっちの方が辛いんだよ。

 

 

 

 

 

だからかな。俺は彼女の為に『悪者』になるって覚悟したのは。

 

 

名前に『平和』って文字が入っているのに『悪者』って皮肉なもんだな。

 

 

 

 

 

 

「和平!」

 

 

 

 

 

 

おっと、前置きが長いかな。彼女からのご指名だ。

 

 

 

 

 

ここで俺が語るより貴方がこの物語を見ていった方が早いかな?こんな中途半端な終わらし方をして悪いな。

 

 

 

 

 

 

 

これは最低な行動をとって最低の道を歩き続けて、自分にとっての光である『彼女』の為に我武者羅になりながら『悪者』として走り続けた男の物語。

 

過度な期待はするな。なんだそれってなったり、くだらねえって思う事はあるだろう。俺も頑張って使えない語彙力を発揮しながら語るつもりだから応援してくれたら助かる。

 

 

 

おっと、そろそろ時間だな。

 

 

では『最低な悪者』の物語を始めようか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1人

現在時刻、午前7時。

 

 

 

 

「んん……」

 

 

窓から差し込んでくる光によって目が覚めた俺。目覚ましを掛けた意味がなかったな。

 

 

「そうか……俺も3年生になったんだったな…」

 

寝ぼけた状態で目覚まし時計に書かれてある日付と、壁に掛けられてある制服を見て再認識した。こう考えると早めに起きたのは正解かもしれないな。

 

 

「飯食って準備するか」

 

 

 

布団から体を出し、上に向かって体を伸ばす。すると体の節々からゴキゴキッといい音が鳴る。確かこれってなっちゃいけない音なんだっけ?知らないけど。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様」

 

 

一人でリビングにて取る朝食。まあ長いことやっていると慣れたもんだな。どれくらい?3年くらいたってるんじゃねえかな。

 

「3年か…」

 

 

そうか。3年というと『あの頃』からも3年たっているのか。いやはや時間がたつのは早いな。けどそれを考えると心がいつも苦しくなる。いくら時が過ぎて行ってもあの頃の罪は消えることは無い。

鮮明に思い出してくる。手についた血、醜い自分、悲しむ彼女、戻ることのない時間。

 

 

「はぁ……」

 

 

ダメだ。こうなると気が滅入ってしまう。これからが最後の高校生活だろ。こんなスタートでどうする。

 

 

 

「学校行くか」

 

 

シンクに皿を置き、地べたに置いてあった鞄を肩にかけ玄関を開ける。

 

「行ってきます」

 

 

 

誰も居るはずのない場所(・・・・・・・・・・・)に言葉を飛ばし俺は玄関をゆっくり閉めた。

 

 

 

 

***

 

 

 

俺が通っている学校は元々女子高だった『音ノ木坂学院』という国立の高校。元々女子高って言うのは俺が1年生の時に共学になったからである。生徒数をどうにか稼ぐためにとった手段ってことだろうな。

ちなみに俺は部活にも入っていない。別にスポーツが嫌いって訳でもないが、特にやりたいスポーツがないってだけだ。いや、『やれない』の間違いかもな。

 

 

ピロンッ

 

 

「ん?」

 

ポケットに入れてある携帯が震えたので手にもって画面を覗いてみる。

 

 

 

『今日から3年生か。何かあったら連絡しろよ。今晩飯でもおごってやる』

 

 

 

「………親かっての」

 

『ありがとう』

と、返信をしてポケットに携帯を入れた。あの人はいつもこうだよな。どこまでも俺のことを心配してくれて、どこまでも大切にしてくれる。こんな人中々いないぜ?

こんな『悪者』心配してなんになるってんだよおっさん…。

 

おっと、こんなこと考えてたらぶん殴られそうだ。

 

 

 

 

 

少し歩いて階段を昇ればそこには立派な校舎があった。そう、ここが俺の学び舎。俺の数少ない俺でも入れる場所みたいな感じだな。

 

 

 

 

――おい、あいつ来たぞ――

――やっぱり来るよな。気持ち悪い――

――なんであんな人がこの学校にいるのよ――

――先生たちも何考えてるの?――

 

 

 

「あ?」

 

いつも通りだ。軽く威嚇すれば陰口を叩いていた奴らはその場から退散する。ったく、逃げるなら言わなければいいのによ。

ま、こんなことになったのも俺が悪いんだけどさ。自覚ないけど。

 

 

 

「よくあるよな。友達はたくさん作りなさいって。意外と一人でも生きていけるぜ?小学校の頃の校長先生さんよ」

 

 

見てわかる通り、俺には友達がいない。別に居て欲しいわけでもないし、居なくちゃいけない理由もない。1人の方が色々と気が楽だからな。あ、友達らしき奴らはいるけどな。2人ほどだけど。

 

 

 

「さてさて、俺のクラスはどこかな~」

 

学校の昇降口にある掲示板には今年のクラスの一覧が張られてある。人が一杯…ごみのようだ。

だが、そんなところ俺にとっちゃどうってことない。俺が歩を進めると掲示板の前にいた連中は俺に道を譲るかのように離れていく。おう、苦しゅうないぜ。できるならその睨んでくる目をどうにかしてくれ。

 

 

 

ピロンッ

 

また連絡。画面を除くとそこには2つのメッセージが。

 

 

『一緒のクラスやね!よろしく!(^^)!』

『一緒のクラスよ。感謝しなさい(/・ω・)/』

 

うぜぇ…。特にこの(/・ω・)/が腹立つ。

 

『おう』

と軽く返す。

 

 

「あいつらと同じクラスかぁ…いいような悪いような」

 

一応自分でも確認。出来ることなら『あいつ』とは一緒にならないでほしいかな。

 

 

 

 

 

 

だが、その願いは叶わず…。どうやら神様は相当俺のことを気に入っているみたいだ。いやがらせかってぐらい俺の都合通りに事は進んでくれない。くそったれが・・。

 

 

 

 

3年Ⅲ組。

 

絢瀬絵里

九条和平

 

 

 

やれやれ…。先生も最低だな。なぜあいつと俺の間に他の名前のやつをいれなかったんだ。『あ』行と『か』行だぞ。『い』だの『お』だのそこから始まる名前のやつはもっといるだろうに。いじめか?いじめだな。うん、決定。

 

 

 

 

今年は最低で最悪な一年になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

書かれてあるクラスに足を踏み入れると、全員俺の方に目を向けすぐに逸らしだす。あからさまだなお前ら。見るならもっとわかりにくくしろよな。

 

黒板に書かれてある通りの座席に腰を下ろす。おっ。嬉しいことに窓際の一番後ろだ。この席好きなんだよな~。

 

今の時間は8時50分。3年生になって初のSHRは9時から。少しだけ時間あるからネット小説でも見ておくか。ラノベも好きだけどこういった創作物語は大好きだ。今日は何読もうかな。

 

 

 

『絢瀬さんおはよう!』

『絢瀬さんおはようございます!』

「えぇ、おはよう」

 

ん?

 

 

目だけ視線を動かすと、教室の扉の前でちょっとした塊ができていた。その中心に立っていたのは…。

 

 

『絢瀬絵里』

この学校の生徒会会長にして、スタイル抜群容姿端麗運動神経抜群最強無敵。この学院の人気者。

 

 

 

そして…俺が裏切って捨てた少女。

何時からだろう、あいつが俺と顔を合わせなくなったのは。何時からだろう、あいつが喋らなくなったのは。何時からだろう、あいつが俺に笑顔を見せなくなったのは(・・・・・・・・・・・・・・)

当然って言えば当然だよな。俺はこの少女に一体何をした?傷つけた?苦しめた?泣かせた?そんなチャチなもんじゃない。彼女からしたら俺は苦しめたいほど憎んでいる人間。最悪のどん底に陥れた最低な男。そんな奴に笑顔どころか顔を合わせることすら無い。

『愛する人間からされた屈辱は消えることは無い。』

悪いな絢瀬絵里。俺はあの時、『あのやり方しか知らなかったんだ』

 

 

 

名前順番で言うと俺の前の出席番号になるから必然的に俺の前の席に座ることになる。こちら側に歩を進めてくると自然に俺と顔が合う。

 

 

「よっ。よろしくな」

「…………」

 

予想通り、彼女は俺に声をかけることなく席に座る。悪いな後ろが俺で。俺も出来ることなら離れて座っていたいんだがそう上手くいかなくてな。

 

 

 

 

ピロリンッ

 

 

 

『予想通りやね』

『当たり前だ。早く席替えにならねえかな』

『無いね』

『だよな』

 

 

 

 

なんだか小説読む気も失せてきたからクラスの担任が来るまでボーッとしておくか。

 

 

『これ以上あの時のことや彼女の事を考えると吐きそうだからな』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

新学期なんか単純だ。クラスの担任が挨拶して来て軽くクラス全員の自己紹介。そして最後に長々とくだらない校長の話を聞く朝会に参加しなければならない。楽しさの欠片もないから退屈になる。

俺が自己紹介の順番になると誰も俺の話を聞こうとしない。聞きたくもないんだろうな。だから『九条和平です。よろしく』とさわやか男子を演じて軽く自己紹介したよ。全くともって意味なんか無いんだな。

クラス全員+クラスの担任ですら耳傾けないんだぜ?おい、いいのかよ先生。生徒の味方をするのが先生の仕事だろ?俺にも助け船出してくれませんかね?無いな。うん…。

 

俺は全校朝会は出たりしない。出たら周りから俺の悪口陰口の罵詈雑言を聞く羽目になるからな。だから出なくていい行事やそういったものはサボるに限る。さすがの教師もこんな大勢の人間の中から俺だけピンポイントに探し出すのは無理だろうからな。

 

 

俺のサボり場所は音ノ木坂の屋上。広々とした空間で気持ちい風を体いっぱいに感じられるから俺は好きだな。

 

 

「はぁ…しんど」

「お疲れのようやね?」

「あ?」

 

声を掛けられた方に体を向ければ、そこには長い髪を二つに纏め、紫色の髪を靡かせて近づいてくる人間がいた。彼女は音ノ木坂学院の副会長にして俺の理解者の1人でもある『東條希』。特徴はこの学院随一のメロンを装備しているのが特徴だ。どこがとはいわん。察してくれ。

 

 

「おい良いのかよ副会長がここにいて」

「ちょっとお手洗いに行くってエリチに言ってるから大丈夫やで」

「嘘がお上手で」

「君には負けるよ」

「いってろ」

 

柵に寄りかかっている俺の横に並んで腰を下ろす彼女。彼女もここが気持ちいのか全身を伸ばしてストレッチをする。

 

「ん~~!」

「お疲れのようだな」

「生徒会副会長とはいえ、書類整理とかいろいろしとるんよ?」

「ご苦労さんなことで」

「誰かさんの機嫌も直したらなあかんしな」

「……ノーコメントで」

 

このタヌキめ…。

 

 

 

 

 

 

 

「それで?」

「ん?」

「これからどうするん?」

「どうするもこうするもねえよ。いつも通り、俺は1人だ」

「仲直りはしないん?」

「それ本気で言ってるのか?できるならしたいがもう手遅れなんだよ。あの3年前からずっとな」

「救われへんね…九条君」

「どっちにしろ覚悟はしていたんだ。愛する者のためなら俺はどんな悪にだってなってやる」

「偽善者って思われるよ?」

「勝手にしろ。それでもかまわない」

「ほかの人らは知らないのに、事実を、真実を、過去を。何にも知らないくせにどうして九条君がこんな目に「東條」っ…」

「それ以上言うな。過ぎたことを嘆いてもどうにもならない。あるのはこの現実だけだ。あの時だってどうすることもできなかったんだ。俺も、絵里も、そして『俺の両親』でさえもな。烏合の衆になって陰口しか言えない奴らに知ってほしいとも思わない」

「でもっ…それでも…」

 

 

お前は優しいな。高校からお前と友達になって2年ほどの付き合いなのにずっと俺の事考えてくれてさ。

 

 

そうだ。俺がどうしてこんな目になっているのかを知っているのは片手で数えるほどしかいない。学校の奴らも、教師も、そして…絵里も知らない。3年前にあったあの事件(・・)がすべての始まりだった。どこで選択肢を間違えたか、どこで道を間違えたのかも分からない。あの過去を思い出すと蘇るのは苦いってものじゃない。心がぐちゃぐちゃになりそうで、頭がガンガンして、気持ち悪い。恐らく普通の人間なら耐えられない重みだろう。こうやって正気を保っている俺の方がおかしいぐらいだ。正気の沙汰じゃないほど狂っている。

 

 

 

 

 

 

 

そうだな。ここいらで俺の物語を読んでいる貴方に語ろうか。こうやって何度も出している3年前での出来事とは何なのか。悪者とは、狂っているとは、絵里と一体どんな事があったのか。

 

 

 

そして。

 

 

 

 

俺がどうしてこんな人間になったのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

物語を少しだけ遡ろうかな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去”前半”

二つに分けました。


過去での出来事、今から3年くらい前かな。俺がまだ中学3年生になったかなってくらい頃の話だ。この時の俺は至って普通の男子中学生だった。学力も普通、運動は人並みにできるほど。強いて周りの学生と違うものと言えば少しだけ体つきが良くて発育が良かったことかな。俺の中学校での平均身長は163だったんだが、俺は少し頭飛び出したぐらいの170前後ぐらいだったところ。肩幅が大きかったから必然的に大きく見えるかな。

 

まあ、今から話す事にこれはそこまで関係はしない。

 

 

 

この頃の俺と絵里の関係…といえば、『恋人』だったってところかな。あいつと俺は小学生の頃からの幼馴染でいつも一緒だった。

そして中学生になったら?色々とませてくる年齢だ。恋だの恋愛だのと盛ってくる時代。その時代の中俺たちは周りにバレない様に付き合っていた。そんな時にバレてみろ?どいつもこいつも恋バナだ妬みだリア充がー!ってなるに違いない。

 

 

幸せだったかって?そりゃ当たり前だろ。ずっと一緒だった女の子と恋人同士になったんだぜ?最高にハイッてやつだになってたわ。

けど、まさか絵里が俺の事を好きだとは思わなかった。あいつにはもっと俺なんかよりお似合いの男子なんか腐るほどいるのに俺を選んでくれた。正直半泣きだった。

それからは周りにバレない様にイチャイチャしたよ。帰りに一緒にアイス食って休みの日は使えるだけの小遣いでデートしたり一緒に飯食ったりとな。楽しかった。

 

 

 

 

 

それからだ。付き合って3ヶ月ほど経ったときだ。

 

 

『俺の日常は崩壊した』

 

 

 

 

貴方は愛する者のためにならどんな奴にだってなれる覚悟はあるか?

 

 

これを貴方は覚えているだろうか。今回もこの『鍵』が関係してくる。

それからは不幸の連続だ。消え、いじめられ、蔑まれといった負のスパイラルの連続だ。耐えれない、消えたい、死にたい、常にそれを思う日常だ。どこの、誰も、俺の味方はいなかった。いや、いなくなったの、間違いだ。

 

さて、ここから本格的に説明しようか。

 

 

 

 

 

まず、きっかけから話をしよう。

 

 

 

この結末になったきっかけは…。

 

 

 

 

『俺の両親が殺されたことからだ』

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

『現在、〇〇にて無差別連続殺人犯が逃亡しています。近辺の方は十分お気を付けください』

 

その日はそんなニュースを見て始まった。いつもと変わらない日常だ。起きて、朝飯食って、おふくろと親父に行ってきますを言って家を出た。今日は親父は仕事で休みだから家で久々の夫婦団欒を満喫するらしい。やれやれ、ラブラブ夫婦め。

 

 

そこからも変わらない。学校に行くまでに絵里と一緒に学校に行って、授業を受けて、弁当食って、友達と笑って、家に帰った。

その日の絵里は妹の亜里沙ちゃんと晩御飯の買い物をすると行って先に家に帰ったのを覚えてる。

俺も何を想っていたのか鼻歌歌いながら帰ってたんだよ。周りからしたら少し気持ち悪いな。

 

 

 

家について「ただいま」って言って家に入ったところで違和感に気づいた。何か日頃では絶対嗅がない独特な匂いが鼻に刺してきた。

親父の名前もおふくろの名前も読んでも返事がないからおかしいなとは思ったんだ。バカみたいに早くなってる心拍数を深呼吸しながら無理やり抑えて居間の扉を勢いよく開いた。

 

 

 

その先には地獄絵図だった。

 

 

一面に広がる赤い血。言い換えるなら赤い海。

蹲ったまま動かなくなった親父。

俺に背を向けて横になったまま倒れているおふくろ。

無造作に割られている窓ガラス。

めちゃくちゃに荒らされたリビング。

 

 

 

 

そして、窓から逃げようとしている全身真っ黒の服を着た……男がいた。

深く帽子を被っているから顔がよく見えなかった。全身真っ黒で、体のそこ等中についている返り血。

 

俺を見つめた後、血相を変えてそいつは俺の前から姿を消した。

 

 

なんだろうな。まったくともってそいつを見た瞬間、動けなかった。

何とかして動かなかった体を動かしても歩くのが限界だった。

なんとか両親に近づいて2人とも体を起こした。

2人とも胸に深く包丁が突き刺さり、どくどくと血が溢れている。そして2人の顔は虚ろな顔つきだったのを微かに覚えている。

生気を失った目、少し冷たくなっている体、何度声をかけても返事がないシンとした空気。

 

頭が真っ白になったまま、2人に突き刺さっている包丁を引き抜いた。

 

 

「親父…おふくろ…?」

 

なんだこれは?どういうことだ?血?包丁?あの男は?どうして動かないんだ?一体…なんなんだ?

 

 

 

 

 

「おい……なんでなんだよぉ…」

 

 

 

目から零れている涙が止まらない。どうしてこんな事にならなければならないんだ?

 

 

 

 

 

 

「君」

「……」

「これは…何かな?」

「……親父…おふくろ…」

 

後ろから声を掛けられて振り向くと、警察の男たちが数名。多分、今の俺の状況から俺が両親を『殺した』と判断したんだろうな。

 

 

「これはお前が?」

「あ……うぁ…」

「…だめだなこりゃ」

「どうします?部長」

「こいつじゃない。こいつは俺がやるからその両親を手厚く対応してやってくれ」

「了解」

 

 

 

そこから先は覚えていない。

 

その後、俺の目に映ったのは警察の人たちが両親の体を黒の死体袋に入れる光景と鏡に映った俺の死んでいるかのような顔つきだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

両親の死から立ち直れていない俺は、学校にもいかず、飯も喉を通さず、無気力な時間を過ごしていた。考えてしまうのは、頭に浮かんでくる両親の死に顔を見た瞬間に吐き気が止まらなくなりトイレに駆け込む日々。だが腹に何も入れてないから出てくるのは苦い胃液だけ。

 

 

「くそっ…」

 

 

便器に吐いた後、リビングのソファに横になる。なんて自堕落な生活だ。だけどこんな事しか今は考えられない。

”どんな事も今はどうでもいい”となっている。

 

 

 

ピロリンッ

 

 

絵里『和平?最近学校にも来てないけどどうしたの?大丈夫?』

 

 

流石絵里は優しいな。恐らく彼女は俺がこんな状態だったとしても心配してくれるんだろうな。

 

 

 

『大丈夫だ。風邪だよ風邪』

 

 

 

 

風邪だったらどんだけ楽だろうな本当に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ他のやつらに詮索されないために少しでも学校には出るか…。

 

 

 

 

 

 

 

この時、俺はわかっていなかった。

 

 

この時に進む道が間違っていたことに(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

不幸なんて何度も来ると予想したことはあるだろうか。否、『もうこんな事起こってほしくない』と考えるといったような負のスパイラルを無理矢理にでも止めようと考えるだろう。だが、これは自分や、または他人が故意や偶然に起こせるような事ではない。言ってしまえば『偶然』といった現象なのかもしれない。

俺が何が言いたいって?

 

 

 

『ここまで不幸が続くと思うか?』

 

 

 

久しぶりに学校に来て教室のドアを開けた。

 

俺の瞳に映ったのは、吐き気がするようなゴミのような光景だった。

 

 

 

絵里の周りを大勢の人間が取り囲み、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせている姿。俺と絵里の机には『死ね』『ゴミ』『人殺し』『キモイ』『消えろ』などの単語が醜い字で書き殴られている光景。

 

別に俺の事を言うなら構わないが、俺は別のことにムカついているんだよ。

 

 

『な~んで絵里がこんな目にあっているのかな~?』ってな。

 

 

しかもよく見たら絵里の制服にはところどころ誇りまみれ。顔にはちょっとした痣。微かに濡れている髪。

 

 

 

そして最後には。

 

 

「なんであんな人殺し庇うんだよ気持ち悪ぃな!」

「和平の事をそんな風にいうのはやめて!何もしらないくせに!」

「知りたくもねえから言ってるんだよ!」

「九条なんてどうせ碌な人間じゃないんだからこのままみじめにしてやればいいのよ!」

「貴方達に和平が何をしたって言うのよ!」

「うるせえ!」

「きゃっ!」

 

 

絵里を壁際に向かってドンッと突き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

それが俺の着火剤になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁ!?」

「おいおいこの程度でへたばんな…よっ!」

「がふっ!!」

 

 

そして時間は過ぎて放課後。絵里を突き飛ばした奴を呼び出して絶賛お話し中。今こいつの顔面は鼻血と涙と吐瀉物でべたべただ。

 

 

「な…なんなんだよぉ…この人殺しがぁ」

「それはこっちのセリフだボケ。絵里に何してくれてんだよ」

「そんなの…どうでぎゃぁあ!?」

「どうやら本当に腕の一本折ってほしいようだな?やってほしければそう言え」

「ああああああ!痛い痛い痛い痛い!!?やめてくれ痛い痛い!!!」

「なら俺の質問に全部答えろ」

 

胸倉を掴んで壁に叩きつけた。

 

 

 

 

1つ、なんでこんなことになったか。2つ、どうして俺が人殺しってなっているか。3つ、どうして俺がなるべき立場が絵里になって、半分リンチになっているのか。4つ、どいつ共がこのことにした張本人か。

 

 

こいつは半泣きになりながら喋ってくれた。

 

 

まず、こんなことになった魂胆は絵里だった。それは2つ目の理由と関係があった。俺の両親が死んだ事の情報、又は噂が学校に流れていたそうだ。しかも中学生なんか噂が大好きなグループだ。噂が流れれば『あれだこれだ』と話が進み都合の良い情報になる。その結果がこれだ。俺だって好き好んで両親をぶっ殺すわけがない。どこからか情報が入りこんな状況になったのだろう。

それで噂になっているのを目の当たりにした絵里は。

 

 

『和平はそんなことしない!』

 

 

そうなるとどうだ?次はそいつに標的が向く。中学生なんて碌な奴らなんかいやしない。数で集まって一つをつぶすしか能がない。自分が正しい自分はこう思っているから合っていると都合の良い解釈を喋る。

お前らがなんの真実を知っている?見たのか?聞いたのか?俺からこの両親の死を。

 

 

ふざけんじゃねえ。反吐が出る。

 

 

碌に分かろうとしない奴が何を一丁前に正義の味方ずらをしている。俺からしたら全員クズだ。気持ちが悪い。

 

 

 

 

その結果が絵里のリンチだ。人殺しをした俺の味方をしているからこいつも人殺しだと決めつけ数の暴力に終着したのだろう。絵里は何も悪くないのに。

 

 

 

 

 

これが3つ目までの答えだ。

そして4つ目。これを言いふらした奴らは数名。全員の名前を聞き出した俺は完膚なきまでに叩きのめした。中に女がいたのは予想外だから言葉で叩き潰してやった。

 

 

 

まあ勿論先生にチクる奴は出てくるから俺は先生に呼び出しを食らう。

この時は俺が悪かったですと話しを進めてすぐに終わらせた。長いこと話しても俺に得なんて一切ないからな。

 

 

頭お花畑な奴らだ。敵が一人だからやれるところまで全力でやってくる。てめえらが俺と同じ立場になったら堪えられるのかねえ?無理だろどう考えても。

 

 

 

 

 

「和平。心配しないで、私は大丈夫だから」

「私はずっと和平の味方だから」

「和平の事信じてるから」

 

 

こんな目にあいながらも絵里は俺の友達でいてくれる。最高の友達、最高の彼女。こんな女の子は絶対いない。

 

 

 

 

なんでだろうな。

 

こんな事まで言われたのに。

 

 

『俺は彼女を裏切ったのか』

 

 

まあ過去を悔いても遅い。なっちまったものはしょうがない。

 

 

 

 

”こうするしか、絵里がこれから傷つくことなく、助けられる道がないと思ったからだ。”

 

 

 

 

 

さて、問題だ。

貴方は自分にとって大切な友がこんな目にあっていたならどうする?助ける?見捨てる?別にどれが合っているとかではない。ただ貴方の答えを聞きたいだけだ。

 

 

俺はそうだな。標的を俺に向けさせるかな。そしたら少なくとも絵里は標的にされない。苦しむのも痛いのも俺だけ。俺だけ傷ついて彼女が救われるなら安いものだろ。

 

けどこれだけじゃだめだ。絵里は優しいからな。俺がどうやっても絵里は付いてきてくれる。こんな奴放っておけばいいのにな。

 

 

 

じゃあどうする?

答えは一つ。

 

 

 

 

 

『俺に目を向けさせるために、彼女を裏切り、彼女から遠い人間になればいいんだ』

 

 

 

どうやって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最低で最悪な事をして…俺が完ぺきな悪者になればいいって訳だ』

 

 

 

 

全員の目の前でな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シリアスは続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去”後半”

「和平。心配しないで、私は大丈夫だから」

「私はずっと和平の味方だから」

「和平の事信じてるから」

 

 

絵里が俺の為に言ってくれた言葉。今でも心の中で生きている。

それを裏切る行為がどれだけ愚かでどれだけくそったれの事だろうか。人でなし?違うな。俺こそ完全なクズ野郎だ。

 

 

まあやるからにはとことんクズ野郎を貫き通してやろうじゃねえか。

 

 

やべ自分でそう言うとクソだせぇ…。

 

 

 

さて、前に言った通り絵里を助けるには全員の標的を俺に向けさせる必要がある。中学生の話題なんか新しい物になるたびにそっちの方に移動するもんだ。話題として「最近のドラマでさぁ~」となっていたとしても学校に新しい先生が来たら一時的だがそっちに話が移っていく。簡単だ。

 

 

一時的なら意味がなくないかと思うが違う。

テレビやアニメとかそういった『今のブーム』っていうものってどれぐらい尺を保つ?まあ本当に言葉通り一時的だ。次へ次へとかわっていくはずだ。

 

これはインパクトの問題だと俺は思う。

例えば『学校に隕石が落ちてきた』とかだったらどうだ?インパクト通り越して歴史になるぞ。うんこれはダメだ。

 

とまあ、こんな感じに周りのやつらの頭の中に印象付けるぐらいのインパクトが必要な訳だ。

けど種類による。

 

 

俺の目的は『俺に目を向けさせるために、彼女を裏切り、彼女から遠い人間になればいいんだ』だ。

 

 

 

 

そうなると彼女を苦しめるほどの裏切りにはどうしたらいいか。

 

 

 

 

 

 

 

全員がいる目の前で絵里の目の前で裏切ってやればいいわけだ。

 

 

 

さて、下準備にかかるか。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

この日は新しい噂が学校中に流れていた。

 

『九条和平は絢瀬絵里を巻き添えにするつもり』

『自分の罪悪感から逃れるために絢瀬絵里を犠牲にしている』

『絢瀬絵里は九条和平に脅されて味方をしている』

 

といった絵里が可哀想な状況となっている情報が流れている。勿論これを流したのは俺だ。手段は簡単。前にシメてやった奴を再度呼び出して練った作戦。あいつ俺に呼び出し喰らった時の顔最高レベルに死んでいたな。大丈夫だってとって喰いやしないんだからさ。

 

 

流石にその日だけで状況が変わることは無い。周りのやつらが絵里への対応は少しだけ変化した程度。だがこれでいい。この噂によって絵里の印象がほんの少しだけ変わればいい。

 

 

 

 

「もう少しだ…もう少し」

 

 

 

まだだ。まだ。タイミングが大事だ。今のままでは大したインパクトになりはしない。

 

 

 

少しだけ怖い。この作戦が上手くこのまま進んだとしよう。その時は俺の精神は…心は無事なのだろうか。いや、こんな事をしている時点で正気なんか保っていないだろう。正気じゃない。狂っている。すでに狂っているからこんなバカげたことができるんだ。こうしようとしたのは誰だ?お前が自分で決めた事だろ。

 

 

「こんなところで怖気づいてんじゃねえよ馬鹿野郎が」

 

 

 

 

狂っているなら狂っているなりにやりとげて見せろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間ほど。

俺が自ら流した噂にも変化があった。

 

『絢瀬絵里は九条和平に無理やり付き合っている少女』

『九条和平は絢瀬絵里にしがみ付いて助けを乞うている』

『自分だけいじめられる対象になるなら彼女である絢瀬絵里も道連れにしてやると考えている』

 

色々と勘違いや己の考えが絡み合った捏造が噂となって這いずり回っている。ここまでは予想はしていなかったがまあ良い。そろそろ頃合いだ。

 

 

さあこれを読んでいる貴方。この俺の最低で最悪な悪者になるところを見ていてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和平!」

「ん?」

ある日の放課後。まだクラスのほとんどがいる中で絵里は俺に大声で問いかけてきた。

「あの噂についてなんにも思わないわけ!?この人たちにいじめられるのが目に見えてわかっているのに!!」

「……」

いじめている本人がいる中で吠える絵里。全員が俺たちの方へ視線を向ける。

「そうだな…俺は両親を殺したりなんかしてない事がきっかけでこんな事になっちまったな」

「だったら!」

こんな事になっているのになんでそんな平気なツラをしていられるんだと言いたそうだな絵里。そんな悲しい顔するなよ。

 

 

 

 

 

「けどさ、絵里を巻き添えにしようとしてたのは本当だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

俺の言葉はどうやら核爆弾より効果があるみたいだな。立った一文言葉として発するだけで全員静かになるんだぜ?こりゃひでぇ。

 

 

 

「ここにいる奴らにも聞いてやるよ。確かに誰も俺が両親を殺してないって言葉を信じる奴は一人もいない。それはなぜか?真実を知っていないからそういう事ができるんだ。それをお前らは『自分のやっていることが正しい』と言わんばかりに俺を潰そうとしている。だけどさ?もしお前らが俺と一緒の状況になったら耐えていられるか?誰かに助けを乞うとは思わないか?」

俺の言葉を聞いたクラスの連中はヒソヒソと喋りだす。

『え?どういうこと…?』

「何言ってるんだこいつ…』

といった感じだろどうせ。

「絵里は良い奴だよな?俺がもういいって言っても俺の事助けてくれるんだ。こんな女の子いないぞ?」

落ち着け俺。感情的になるな。昨日夜に静かに予行演習したはずだろ?冷静に…クールにだ。

「だからだ。俺を助けてくれるならとことんそうしてもらおうってな。親が死んだんだ。正気を保っていられるかお前ら。助けてほしいよな?同情してほしいよな?共感してほしいよなぁ?」

俺の問いに顔を暗くする奴らが増えてきた。絵里なんて顔面蒼白だ。

「絵里は俺の彼女だ。彼女が彼氏に味方するのは当然だろ?いじめられてるときはそりゃ辛いわ。心がぐちゃぐちゃになって可笑しくなりそうだ。笑えるくらいになぁ!」

よぉーしよぉーしいいぞ。このままだこのまま。

 

 

「和平…どういう…」

「ん?そのまんまだ。絵里には俺と一緒に道連れになってほしいんだ。俺の彼女だろ?俺に味方は普通だろ?」

「そ…そうかもしれないけど…さっきの言い方だと…」

 

 

 

 

 

「利用するっていいたいのか?その通りだ。絵里を俺は利用したんだよ」

「っ!?」

「道連れ?だっけ?噂では。まああってるな。どうせここで俺がいじめないでって言っても信じる奴はいないだろ?むしろ勢いが増すだけだ。いったところで意味がない。なら考えを変えたんだ。一人だと辛すぎるからなぁ…絵里にも一緒に落ちるところまで落ちてもらおうと思ってな」

「なっ!?」

 

『え?じゃあ噂って…』

『まじかよ九条グロすぎるだろ』

『最低…クズだ』

 

 

あー…心痛いな。ははっ…もうすぐ心も壊れそうだ。

 

 

 

 

「絵里と付き合ってたのも点数みたいなもんだ。小学校からの付き合いで絵里はどんどん綺麗になるだろ?狙わない男なんかいないって。だったら俺のものにすれば完ぺきだろ?」

違う。と俺の心は否定している。絵里をそんな目で見たことは一度もない。

 

 

「しかも絵里は優しいから、すぐに俺の味方になってくれると思ったよ」

違う。絵里は誰にでも優しいやつだ。

 

 

「絵里は扱いやすいから最高だ」

違う。絵里にはこんな目にあってほしくないんだ。絵里が傷ついていいことではないんだ。

 

 

「絵里が一緒にいてくれるから俺はまだ正気でいられる。絵里は俺の仲間だ」

違う。絵里を巻き添えにしたくない。傷つくのは俺一人でいいはずなのに…。

 

 

「絵里なら俺についてきてくれるよな?」

違う!絵里は俺から離れるべきなんだ。じゃないと俺のような最悪な存在になってしまう。お前はここにいちゃいけない。俺から離れるべきなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

絵里の瞳から涙がこぼれた。

 

 

 

「じゃあ…私と仲良くしたのも…」

「お前が一番都合がいいと思ってな」

「私と付き合ったのも…」

「点数稼ぎみたいなもんだ」

「私に大丈夫だと言ってくれたのも…」

「そうしないと絵里は俺に付いてきてくれないだろ?」

 

 

違う…違う違う違う!!俺は…こんな事は一切!!!

 

 

 

 

「私を好きだと言ってくれたのも……」

「最初は好きだったけど今は全然。都合のいいただの女だ」

 

 

 

 

 

この時に歯車はイカれちまったんだろうな。

 

 

 

「今までのは……嘘だったっていうの!?」

「嘘も何もねえよ。お前が信じたんだろ?」

「私は…貴方を信じていたのに!!」

「お前が勝手に俺を信じただけだ」

 

 

ここで「はい冗談でしたー!」って言えばどれだけ楽だろうか。自ら悪者になるってここまで苦しくて辛いものなんだたっとはな。

自らした事を肯定し彼女の言葉を否定し、自分の周りにあったものをすべてを叩き潰した。

彼女の信頼、想い、愛情。そして自分の今までの思い出、これからの彼女と居られる未来を消し去った。悲しいとか辛いとか言っていられない。これからはこの『最低で最悪な悪者』を演じ続けるのだ。誰も助けてくれない、誰も頼れない、誰も信じることを許されない存在に。

 

 

 

 

そして絵里はその重くなっている口をゆっくりと開いた。

 

 

「もういいわ…お願い…」

 

涙でボロボロになっている顔で俺を睨みつける。しかもその目は今までの俺を見る目じゃない。憎み、軽蔑し、敵視し、拒絶する目だ。

 

 

 

「私の前から消えて!!今すぐに!!」

 

 

 

彼女の言葉が俺の心に突き刺さる。魂からの言葉だったからかその棘は心に深く深く突き刺さる。

どこで道を間違えたんだろうな。俺はただ彼女を守りたかっただけだったんだけど、まさか結末がこんなことになるとは思わなかった。

 

 

 

 

パァンッ!

 

 

そして次の瞬間、彼女の平手打ちが俺の左頬に炸裂した。

 

痛い…。いままで男同士の喧嘩なんて沢山してきたから殴られたりの痛みなんて慣れているものだと思っていた。

 

だが、この一撃は今までの攻撃の中でダントツトップの痛さだった。

物理的な痛みもあるけど、心の方がすごく痛かった。ズキズキして苦しくなって…訳が分からなくなるほどだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで俺は色んなものを失い、ある役目を担うことになった。

 

これからは『最低で最悪な悪者』としての役目を全うしよう。

これはケジメでもあるんだ。何かを守るためなら何かを失う覚悟はできていたんだ。

絵里を守るために今までの『俺』という存在を自ら消し去った。

これからは全員の嫌われ者の『九条和平』として歩んでいこう。これは自分で行った愚行の償いだ。誰にも助けを求めてはいけない。誰にも頼ってはいけない。お前がしたことを全て背負わなければならないんだ。己のした事をなくすことはできない。ずっとそれを胸に秘めてこの新しい道を突き進むんだ。

 

 

 

 

 

「泣かないって…決めたのにな」

 

 

 

ベットの上で横になり、目元に手を当てながらボソリと呟く。

目から涙がこぼれシーツにしたたり落ちる。

 

泣くんじゃねえ。てめえが決めた道だろ。決めたなら突き進め…。

 

 

 

 

 

そして、俺は今までにないくらい涙を流した。新しい自分になるために…。

 

 

 

 

 

 

 

これが事の顛末だ。

 

これで『最低で最悪な悪者』の完成だ。




書いていてすごい胸が痛いのはなぜだろう…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪者のある日

高校3年生になって早3ヶ月。時期的には梅雨だな。

 

 

そこは、人目に付かない学校の校舎裏。

 

 

「おらっ!」

「ぐふっ…!」

「お前が学校に来るだけでも罪って分かるかな?分からねえかクズだから」

「矢澤さんや東條さんに話しかけてもらえるからっていい気になるなよオラァ!」

 

殴打によって聞こえてくる鈍い音。そこでは4人の男子グループが九条和平に対して暴行を行っている姿だった。

 

 

――けっ…一応成績ではお前の方が低いんだけどな。屁理屈だなこれは――

 

 

「何笑ってんだよてめえ!」

「いっ!?」

 

――ってえええええ!?この野郎太ももの横蹴りやがった!?クソいてえじゃねえか!――

 

 

「ラーストっ!!」

「ぶっ!?」

 

太ももを膝で蹴られて、地面に膝をついている俺の顔面に向かって蹴りが放たれる。蹴りは俺の顔面に直撃し鼻血が凄い勢いで出てくる。

流石に効いた…。そのまま地面に仰向けの状態で倒れる。

 

 

 

「今日はこれくらいにしといてやる。あんまり学校では調子のるんじゃねえぞ」

「ははっ、鼻血で顔面ぐちゃぐちゃじゃねえかキモっ!ww」

「ちゃーんと家でママに手当してもらえよギャハハハッ!」

 

 

 

それを言い残し男たちは校舎の中に消えていった。

 

 

 

「ちっ……」

 

 

別に喧嘩が苦手って訳ではない。更に言うと得意な方だ。あの時から喧嘩なんてバカみたいにしていたんだからな。

けどここであいつらにやり返したら教師にチクられて俺が怒られる。仕掛けたのはあいつらだと言ってもどうせ教師は信じない。嘘ついていると思われてもっと信じられなくなる。どうやら俺は教師にも嫌われているようだな。

理不尽だよな色々。俺何にもしていないのにここまでするか普通?よかったな俺が優しい奴で。優しい奴じゃなかったらすぐに追いかけて歯の一本や二本折ってるぞ。あ、やべ全然鼻血とまらね…。

 

 

 

「全面的に信用されてないからやり返したら進学無くなるかもしれないしな」

 

 

もう一度言おう。理不尽だぜ本当に。

 

 

 

 

 

 

 

「またボコボコにされてるわね。いつも通り」

「ん?」

 

 

視線を移すと救急箱を持っている小柄な女の子、矢澤にこがいた。

 

 

「よっ、衛生兵」

「誰が衛生兵よ。傷に塩塗るわよ」

「やめてください死んでしまいます」

「ったく…」

 

 

手際よく俺を治療してくれる矢澤。傷口にガーゼを当てて包帯を巻いてくれて、絆創膏を丁寧に張ってくれる。

 

「いつも思うけど、なんでやり返さないのよ。男のくせに」

「分かってんだろ…理由ぐらい」

「そうだけど、悔しくないの?」

「悔しいっちゃ悔しいが、そこまで怒ったりは無いな」

「理不尽よね。ほんと」

「お?今日は意外に優しいな。やっぱりあの子たちがアイドル研究部に入ってくれたのが嬉しかったのかあたたたたたたた!!?バカバカ力入れすぎだ!!」

「うるさい!傷口にピンセット突っ込むわよ!」

「拷問か!?」

「はい終了」

「がふぅ!?」

 

バシンッと俺の背中を叩く矢澤。ツンデレか?ツンデレってやつだなこれが。

 

この頃、矢澤はμ'sと呼ばれるアイドルグループが自分の『アイドル研究部』に入ったのが嬉しいのか、最近笑顔が増えた。後輩が増えたからか、はたまた同じ夢を追いかける仲間が増えたからか。なんにしても、矢澤にとって良い事なのは確かだ。

 

 

「まぁ…苦労もあるけどね」

「あー…絵里か」

 

μ'sはスクールアイドルの祭典、『ラブライブ』に参加するために生徒会とガチンコ勝負の真っ最中。生徒を集める為の行為なのはお互い一緒だが、決まりだの可能性だのといった御託揃いですれ違いが生じている。生徒会では理事長に反対され右往左往しながら四苦八苦している。μ'sは生徒会、正確には絵里の壁がキツすぎて中々相手にしてもらえない。絵里のことだから『認められないわ!』とか言ってんだろうな。

 

 

「けど私たちは諦めないわ。絶対に」

「まあせいぜい頑張れ。俺は知ったこっちゃないが」

「ふん、アンタは私たちの事をさりげなく応援してればいいのよ」

「さりげなくか」

「ほら、ちゃんと顔とかの血、流しなさいよ。そろそろ授業なんだから」

「おう、俺は遅れていくからさっさと行けよ。勘違いされるぞ」

「じゃ、またね」

 

そう言い残して彼女は去っていった。どうせ今更急いだところで遅刻なのは確実だから少しゆっくりしながら行こう。

 

 

 

「絵里…か」

 

まあ分かりきっているが絵里とは会話をするどころか目すら合わせない。当然と言えば当然だ、かれこれ3年間くらいだからな。いや、たまに偶然目が合うときはあるよ?その時はあっちがすごい勢いで顔をそらす。通常の3倍のスピードで。どんだけ嫌いなんだよ。

好きなのは今でも変わらない。一途なんだろうな俺…。いや、多分とらえ方次第ではストーカー扱いだ。大丈夫…そこまでのことはしていない。けどそれも叶わぬ願い。奇跡でも起こらない限り、天地がひっくり返っても無い。

今でもあいつに何かあったら手助けはするつもり、けど間接的にだ。直接的に協力なんてしてみろ。そんなことしたらマジでどうなるかわからん。

 

 

あの時に決めただろ…。悪者になるって…。だからこんなリンチ程度でやられてんじゃねえよ和平さんよぉ…。

 

 

 

 

 

あいつのためならどんな痛みだって耐えてやる…。おふくろ、丈夫な体に産んでくれてありがとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すんませーん遅れました」

 

 

お調子者スタイルで行こう。教室に入ると当たり前かのごとくクラスの連中が俺を見る。だがすぐさま顔をそらすのがほとんど。けどクラスの中で俺を見つめる視線が複数。東條と矢澤。そしてさっきまで俺をリンチしていた男ども。あれだけボコボコにしたつもりがケロッと回復して帰ってきてるんだからな。めっちゃ顔青いし。

絵里は…まあ見てないわな。

 

 

 

 

「……教科書49ページだ」

「ラジャーっす」

 

先生なんて見もしないからな!俺が遅刻するのなんかいつものことだから。

 

 

俺の定位置、一番後ろの窓際の席。クラス決めの時からずっとこの場所から動いてない。席替えで移動したことなんて一度もない。俺からしたらラッキーなんだけどな。

 

 

「ふぅ……」

 

 

横目で少し離れた場所にいる絵里を見つめる。俺なんて見向きもせず真面目に授業を受けているその姿はまさしく生徒の鑑。さすがは生徒会長様だ。テストなんて毎回1位だしな。俺?一応20位以内だぞ?

けどこんな点数をとっても教師は俺に気を掛けたりしない。むしろカンニングをしているんじゃないかってぐらい疑いを掛けられる。まあその時はもう一度テストして証明するんだけどな。どんなひっかけ問題が出てもなんのその。舐めんじゃねえよ。

 

 

 

ブブッ・・・。

 

 

 

(ん?)

 

 

教師にバレない様にスマホを開く。画面には。

 

東條

『また?』

『おう』

『大変やね』

『優秀な衛生兵がいるから問題なし』

『体の傷は消えても心の傷は消えへんよ』

『慣れてるし、俺は狂ってるから心なんてないと思うぞ』

『悪者さんは残酷で最低やもんな』

『よくお分かりで』

『けど…優しすぎる』

『・・・・・・気のせいだ』

『かもやね・・・。無理せんときよ』

『お』

 

 

 

 

無理もくそもない。自分で決めた道を進んだ結果がこうなっただけだ。確かにあの頃、両親が死んで、いじめられ、絵里と最低な別れをしたときはこうなるとは思わなかったさ。まあ、絵里をあんな風に裏切ったら恨みを買うやつは増えるし、両親を殺したっていう未遂を立てられ馬鹿にされたりは高校に入ってからもあるのはわかっていたし、今更どうこうしようとも考えていない。流れに身を任せるしかねえのかもしれない。

 

 

 

 

「九条これ答えてみろ」

「1<x<3っすね」

「・・・・・・正解だ。余所見はするんじゃないぞ」

「はいはーい」

 

悪いがちゃんと話は聞いてんだよ。グルで俺を辱めるつもりかもしれないがそう簡単にさせてたまるかよ。成績は良い方が俺にとっちゃかなりなメリットになるからな。

 

 

 

「ちっ…」

「つまんない…」

「きっしょいな…」

 

 

 

 

 

「あん?」

 

 

 

 

シーン・・・・・・――。

 

 

 

 

陰口叩く奴らにはこれに限る。陰口叩くくらいなら面と向かって行ってこい。碌に喋れん奴がこそこそすんのはダサすぎるぞお前ら。

 

 

 

「九条うるさい」

「俺ですか」

 

 

 

クスクス……。

 

 

 

 

(はぁ…あほくさ…)

 

 

嫌われ者はどこまで行っても嫌われ者なんだよな~…。

 

 

 

 

 

(これ以上何かをするとまた怒られそうだから真面目に受けるか)

 

 

そこから俺は教科書、ノートを開き、しっかり黒板を見て授業を受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

俺を見てくる視線に気づかぬまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「九条君、これ運ぶの手伝ってくれへん?」

「嫌だ」

「お願い!一生のお願い!」

「こんなところで一生のお願い使うなよ勿体ない」

「じゃあ使わないけどお願い!」

「………どこまでだよ」

「やった!やっさしい~!」

「タヌキめ」

 

 

帰ろうとした瞬間に東條に資料室に連行されている現在。腕はやめろ腕は。ちょっと前にリンチされて痛いんだから。いててててて!!?

 

 

「どこまでだよ」

「秘密~♪」

「あほか。捨てるぞコレ」

「嘘嘘。すぐにつくから」

「…や~れやれだぜ」

 

 

広辞苑3倍くらいある資料の山を担ぎ、東條と一緒に廊下を歩くこの姿。勿論、すれ違う奴らはそれを良しとは思わない。

 

 

 

「うわ…殺人者」

「なんで東條さんと一緒に歩いてるんだよ…」

「早く帰ろ・・・血生臭い匂いがついちゃうから」

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

「なんか・・・ごめんな。人通りの少ないところを通ったつもりやってんけど…」

「気にするな。何時ものことだ」

「怒らへんねんな」

「怒ってなんになる?同情されるわけでもなく、心配されるわけでもなく、悲しんだりするわけでもないのに?何にもわからない奴らに知ってほしくもない。こんな幼稚な嫌がらせをしてくる奴らの程度が知れるぜ。程度の低い奴らと張り合うだけで時間と体力の無駄だ。あいつらの土俵でやり合うつもりは微塵もない。張り合うって事はあいつらと同じレベルだって主張してるようなもんだ」

「プライド?」

「プライド・・・かもな」

 

 

真正面から殴りにかかる奴らの方がまだマシだ。陰でグチグチいう事しかできず、碌に体も張れない。男だけど陰口言って喧嘩ができない奴、女だからと弱音を吐いて真向から言ってこない奴。気分が悪くなる…。陰口叩いてのけ者にしたいなら勝手にそうしろ。

 

 

俺はもう誰も信じない(・・・・・・・・・・)

 

 

「ふふっ」

「何が可笑しいんだよ」

「べ~つに」

「………?」

 

 

 

 

「あ、東條!ちょっといいか?」

 

 

 

 

そんな話をしながら歩いていると、急に先生に呼び止められた。

 

 

 

 

 

「はい?」

「山田先生が呼んでたぞ。急用らしい」

「え、・・・ウチですか?」

「おう、すぐに頼む」

「わかりました。ごめん九条君。これ頼むわ」

「はいはい」

 

東條の持っていた資料を俺の持っていた資料に上乗せする。

 

 

 

「ちなみにこれはどこまで?」

「生徒会室やから」

「へいへ………ん?」

「じゃ、いってきま~す!」

 

 

 

 

 

まって?あいつ今なんて言った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒・・・・・・会室?」

 

 

 

 

尋常じゃないくらい冷や汗が出た。

 

 

 

 

 

 

 




(`・ω・´).+゚.。oO(これからの展開を妄想中)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救われることは無い

「ったく・・・マジかよ…」

 

 

なんだって俺がこんなもの・・・しかも生徒会室までもっていかなければならないんだ。それに東條も東條だ。なぜ行き先が生徒会室だといわなかったんだ。どうせあいつのことだ。俺と絵里との寄りを戻すきっかけにでもなってほしいと思ってしてくれたのだろう。ひどい事を言ってしまうが余計なお世話だ。余計な気を使わせてしまった俺の落ち度だ。

 

 

「ちっ…くそったれが」

 

 

つくづく嫌になる。こんな自分が。

 

 

 

「どうすんだよこれ・・・今から運ぶ気にもなれねえぞ」

 

だけどここでやーめたって言うのも希の頼みを断る形になるから無下にもできない。結局俺は絵里のいる生徒会室に持っていかなければならないのだろう。

 

 

 

「そうだ。すぐに置いて消えればいいだけじゃねえか。サルでもわかる」

 

 

 

行くとしますか。生徒会室へ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 

生徒会室の扉の前に到着すると自然とため息が出てしまう。今までの中でダントツに緊張してるんですけど。何?俺は今から面接でもするの?会社への面接タイムか?嫌だよそんなの。今から顔を合わせてしまう面接官の顔なんて5秒も見つめられねえわ。

 

落ち着け・・・落ち着け。別に緊張する必要はない。すぐにトンズラしてしまえば万事OK。

 

 

いざ、闘いの場へ!1人で何やってんだろ恥ずかしい。

 

 

 

 

コンコンッ

 

 

「………」

 

コンコンッ

 

 

「………」

 

コンコンッ

 

 

「………」

 

コンコンッ

 

 

「居ないのかな………」

 

 

それはそれで好都合だ。さっさと終わらせてしまおう。

 

 

「失礼しま~す」

 

片手で資料を持ち、もう片方の手で生徒会室へのドアノブをひねり中に入る。

先に顔を覗かせると予想以上の光景が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・んんぅ・・・・・・すぅ……」

 

 

 

 

机の上で両腕を交差させ、そこを枕にして寝ている音ノ木坂の生徒会長、絢瀬絵里がいた。寝ているその近くには大量の書類。内容を見る限り今度の学園祭での提示案。後は各部活動での書類と学校存続のための書類。なるほど…こいつもこいつで大変なんだろうな。考えつくのは、μ'sとのガチンコ勝負と、理事長にダメ出し喰らってるんだろうな…これを見る限り。

 

 

 

「大変だね~…どうも」

「んん……にゅぅ・・・・・・」

 

 

 

久々にこいつの寝顔を見た気がする。綺麗な金髪に、長い睫毛。整った顔に抜群のスタイル。変わっていない。あの頃から何も・・・。いや、変わっているところはまた一段と大人の女性に近づいた。今でも思う、やっぱりこの人は俺の近くにいるよりもっと素晴らしい男性の近くにいるべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく・・・・・・一人で無理するなって昔にも言ったけどな…。悪者の話は聞かねえのは当たり前か」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今だけはこれくらいは許していただこう。

右手を伸ばし、絵里の頭を優しく撫でた。変わらない金髪の触り心地・・・。俺は絵里の髪が大好きだった。長く・・・光輝くこの金髪がとても大好きだ。

 

 

「んん……ふふっ・・・・・・」

「にやにやしやがって・・・頼むから起きるんじゃねぇぞ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしいな…。昔はこれが普通だったな。もうあの頃には戻れないのはわかってるはずなのに。

それならこれが最後だよ神様・・・。せめてこれだけするのを許してください・・・。

 

 

どうせもう俺達が分かり合う事は…一生ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!・・・何を考えてんだ俺は…。さっさとここから消えるとしよう」

 

 

資料を机の上にそっと置き、絵里に背を向ける。

 

 

 

「じゃあな絵里」

 

 

 

 

ドアノブに手を掛け俺はその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんぅ・・・・・・今のは……誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリチ~ただいま~」

「あら、希お帰り」

「ごめんなこんな遅くなってしもうて。山田先生と話してたんよ」

「いいわよそれくらい。あと、希に聞きたいことがあるのだけれど」

「なぁん?」

「さっきの事なのだけれど、誰か生徒会室に入ってきていなかったかしら?」

「え?どうして?」

「いや、可笑しい話なのかもしれないのだけれど、ちょっとさっきまで寝ちゃってて、寝ぼけている状態で起きたときに生徒会室の扉が閉まった音が鳴ったのよ」

「ふむふむ」

「それがついさっきの事なのだけれど、希知らないかしら?」

「ん~、気のせいとちゃう?ウチもついさっき来たばかりやし・・・」

「そ…そうよね…。ごめんなさい、忘れて頂戴」

「ま、エリチも疲れてるってことやね。今日はこれくらいにしたら?」

「そうね…お言葉に甘えるわ」

「じゃっ!久々にクレープ食べに行こ!甘さ大切!」

「いい案ね。そうしましょう」

「全は急げぇ!」

 

 

 

 

気のせい・・・なのかしら。なんだか、変な心残りがある。確信はない。証拠もない。

けど、どうしてだろうか。ほんの少しの間しか寝てないけど凄く安心した気がする(・・・・・・・・・・)

例えるなら…両親に頭を撫でられたような…そんな気がしてならない。

 

 

 

 

まさか…?いや、そんな訳がない。今更過ぎる。もうなんの関係もない。私は許さない。あの人を、今も、これからも…。

 

 

 

「エリチ、顔怖いよ…?」

「あ・・・ごめんなさい。ちょっと考え事していたわ」

「もう、このおバカちゃんめ」

「きゃうっ」

 

 

希のチョップが私の頭にヒット。

 

 

 

「今は学校関係のことは考えたらあかんよ。禁止!」

「わ、わかってるわよ」

「そういうことやからクレープはエリチのおごりで!」

「えー!?なんでなのよぉ!」

「えへへっ!」

 

 

 

 

もう、そうね。今は学校の事もあの人の事も考えるのはやめましょう。

 

 

 

 

 

「行きましょうか」

「いこいこ!」

 

 

 

 

 

九条和平のことなんか・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

絵里のいる生徒会室を出た後に理事長室に向かった。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

何時ぶりだ。絵里に触れたのは。まあ勝手に俺が触っただけなんだが。

後一年、後一年だけ堪えればいいんだ。そうしたら俺はここから、東京から消えればそれですべて楽になる。俺さえ消えればあいつもこんなクズ野郎を覚えなくて済む。

 

 

最後に、絵里に触れれてよかったのかもな…。

 

 

 

 

コンコンッ

 

 

「はい」

「邪魔するぜ理事長」

「あら、和平君」

「例の件の事なんだが」

 

 

理事長室に入ると目の前にいたのはこの音ノ木坂学院の理事長こと、南理事長。風の噂で聞いたが現2年生の南ことり?だったかな。その母親らしい。そして、俺のおふくろの親友。あの悲劇からここに入学できたのはこの人のおかげでもある。感謝しても足りないかもな。

 

 

「進学のことかしら?」

「ああ。この音ノ木坂からでも遠くの大学には行けるのか?」

「いけるわよ。関西でも四国でも」

「その場合、願書とかも取り寄せてもらえるか?」

「大丈夫よ。そこは私がなんとかしてあげるから」

「悪い。迷惑ばかりかけてる。この学校の廃校の件も大半は俺が原因なのに」

 

 

 

そうだ。音ノ木坂は廃校の危機に迫ってきている。だから絵里は生徒会として生徒を増やす算段をつけようとしており、μ'sもそれを機に生まれ、生徒を集めるべく努力し続け、今絶大な人気を誇り始めている。そして文化祭が決まると同時に1週間前に生徒会との戦いが勃発。生徒会、絵里はμ'sを認めなかった。ダンスにキレがない。素人、遊びに見える、生徒が集まる可能性がないと。そして絵里たち生徒会でも文化祭を十分に使った生徒を集めようとする案を理事長に提出しているがそれも認めてもらえずとなんとも難儀なこととなっている。

μ'sは認めて私は認めてもらえないと、絵里からしたら筋の通っていない事となっている。だったらこちらも勝手にやらせていただきますとなっている現状。

 

 

これはどちらもこの学校が好きだから起こったことだろう。絵里は祖母の代から続いているこの学校を生徒会長として守る義務があると考えている。μ'sもμ'sで自分たちにできることをするために今戦っているのだろう。

 

 

だがそれは違う。

 

 

別これは学校自体の問題だ。育っていく生徒になんの罪もない。深く考えすぎているのかもな絵里は。

 

 

 

 

 

 

「そんなことは無いわ」

「は?」

「年々生徒数は減ってきていたのよ。今年去年の話じゃないのよ。貴方が入学する前から・・・そんな話なのよ」

「…………」

「大丈夫よ。貴方が責任を持たなくても」

「だが、雰囲気は悪くしているはずだ。少なくとも・・・」

 

俺が存在するだけで・・・この学校は。

 

 

 

「和平君」

「あ?」

「君のせいじゃない。それだけは言えるわ」

「……けっ」

「ふふっ、母親そっくりね。そういうひねくれてるところとか」

「ほっとけ。娘の事が大好きな親バカがよ。知ってるんだからな。娘のスクールアイドル活動をひっそり見てるの」

「あら?娘を応援しない親なんているのかしら?これが普通よ」

「ペンライト馬鹿みたいに振り回してるのが普通とは思えねえ」

「親ってものわね。子供がどんな姿だろうとずっと愛してるものなのよ」

「生徒に普通言うかよそんな事・・・」

「貴方・・・だからね」

「やれやれ・・・。んじゃ、要件はすんだから帰るわ」

「そう、気を付けてね」

 

 

背を向け、理事長室の扉のドアノブを掴んだその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、和平君」

「あん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方・・・・・・工具は扱える?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日たっての夜、俺は音ノ木坂の人工芝校庭に来ていた。

 

 

 

ツナギと工具を揃えて。

 

 

「やれやれだぜ…あのおばさんめ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ簡単に言うと。

 

 

 

 

絵里がμ'sに参加。それと同時に東條も参加。なんでそうなったかは知ったこっちゃないから聞くな。

μ'sの名前の由来のごとく、9人が揃い、完全なるグループに昇華した。そして文化祭の時にμ'sのライブを開催。人工芝でできた音ノ木坂の校庭にてステージを設置。

とは言っても生徒が作った即席のステージだからちょっと心配。一応工事現場での経験を持っている俺が明日のライブの前の最終チェックをしてほしいのが今回のおばさんからの依頼。

この時間帯の理由は、俺が堂々とステージの近くにいると生徒を不安にさせるし、またまた余計な噂が流れるので誰も居ない夜を選んだ。校門を閉める事務の先生には話を通してもらっているからでいる限り早めに済ませよう。

 

 

 

「……ったく、ほんとバカやってるよな」

 

矛盾過ぎる。自ら絵里から離れたくせに、また自ら近づく。否定しているはずなのにまだ心のどこかで求めている。遠くにいてほしいはずなのに、この前のように近くで触れたいと思ってしまう。関係を持ちたくないのに、このような形でも関係を持っていたい。

 

ぐちゃぐちゃだ。これも狂っている証拠なのかもしれない。情緒不安定にもほどがある。

離れなきゃいけないのに…どうして俺はこうも簡単にも絵里に向かって歩を進めようとしている。俺はいったい何がしたいんだ?結局あの時の決意はどこにいったんだ。決めたのに・・・決めたのによ…。

 

 

「一人で居たいと思っても……寂しいと感じているのか俺は……」

 

 

 

なんだよそれ・・・。

 

 

 

「ふざけんじゃ・・・ねえよっ!」

 

 

 

みっともねえ格好さらすんじゃねえよ俺。決めたことくらいしっかりしやがれ。

右の拳を握り自分の顔面を殴る。

 

 

 

 

 

「はぁ……あほらしい…」

 

 

 

 

とっとと済ませて帰ろう。どうせ明日の文化祭はクラスの屋台や委員会とかそういうのにも参加しねえから、すぐに帰って朝までゲームしてやる。

 

腰にひっかけている工具腰袋からレンチ類を取り出し、ステージのフレーム部分を確認した。

 

「やっぱり・・・全然しまってねえじゃねえか。もっと力入れろってんだよ。うわっ。ここなんかネジ入ってねえじゃねえか」

 

人が乗るんだぞここに。しかも9人。重いとかそういうのじゃねえぞ?こんな事考えるだけで罪に問われるぞ。あ?それは無い?やかましい。

 

 

「えっと・・・これは10ミリのアダプターか」

 

足場のフレームにある六角ネジを固く締め直し、次のネジを発見して締め直しを繰り返す。更に入っていないネジ部分を付けなおした。なーんでこういうところを疎かにするかねアホどもめ。地面を固めねえとこけるだろそれと一緒だぞ。

 

 

「ふっ・・・!ふっ・・・っしゃできた。これでちょっとやそっとじゃとれねえぞ」

 

 

後はステージのフロア部分の確認かな。

 

 

 

 

「ん~……ここらへんは無いかな?後は明日の奴らに任せよう」

 

レンチ類を工具袋に入れ、軽く深呼吸をする。

 

 

 

「さて……帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな形じゃないと力になれないのは色々と面倒だが仕方がない。俺は俺なりのやり方でこの先を進んでいくしかない。こんなところ他のやつに見られたりしたら元も子もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

アホしてないでさっさと済ませて退散しましょうかね。

 

 

 

 

 

 

この時点で遅かったのだろうな。

 

 

 

 

 

 

こんな事になると少しは考えるべきだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

「九条和平」

 

 

俺の後ろから声が飛んできた。とても低く・・・ドスの聞いた声だった。

 

 

 

そこには、制服姿に身を包んだ生徒会長・・・絢瀬絵里が立っていた。手には、学校に忘れ物をしたのだろうか、手提げ袋を持っていた。

 

 

 

 

(だからよぉ・・・神様・・・・・・どうしてこういう事してくれるのかなぁ…っ!)

 

 

 

 

 

 

 

悪運が良いのか俺は?不運を通り越してミラクルだぞこれはよ。こんな運あったらジャックポッド狙えるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているのかしら?」

「………少なくとも、悪い事ではない…と思うぜ?」

「信用できないわ」

「だろうな」

「あの頃から貴方を信じたことは無い。今もこれからも」

「知っている」

「またここでも…私を苦しめたいのね。貴方は」

「あぁ…そうかもな。そりゃお前には悪いことしたな」

 

 

落ち着け俺。皮肉に接するんだ。取るに足らない相手だと思わせるんだ。

 

 

 

「変わらないのね貴方は。本当に…つくづく…気持ちが悪いわ」

「おぉ、良い事言ってくれるじゃねえか。俺にとっちゃ誉め言葉だ。もっと言ってくれて構わねえぜ」

 

 

パァンッ!

 

 

ビンタが左頬に炸裂。乾いた音が響き渡った。

 

 

 

 

「私はあなたを軽蔑する!あの頃から変わらない!私を苦しめてそんなに楽しい!?自分のポイント稼ぎの為に私を利用し、良いように捨てて!私の事を一切信じてくれなかった!やっと私も楽になれた…ハズのなのに…。なんで…今度は私の居場所まで奪う気なの!?もう私を苦しめないでよ!!」

 

 

 

 

心の叫び…なのだろう。涙を流し俺の胸倉を掴んで言葉を飛ばしてきた。胸が痛い。心がズキズキする。今まで耐えることができたのに俺の体はこんな時に限って弱くなってくる。

 

 

 

ここで謝ったら…一体どうなるのだろうか。元の関係に戻るのか?許してくれるのか?

 

 

はっ、何を甘い事を言っていやがる。

 

 

んな訳ねえだろ。

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ…」

「・・・・・・・・・」

「もう二度と…私たちの夢の邪魔をしないで……」

「はっ…夢なんてくだらねえ。そんな事で学校が救えたら苦労はしないんだ。ちっとは考えろ」

「なっ!?」

「スクールアイドルが廃校を救う?廃校を救うって夢がある?バカバカしい…。そんな事で救えるなら今の大人たちは苦労してねえんだよ!!」

「っ…」

「碌に学校経営すらわかってねえお前がそんな事できるわけねえだろ。そう単純じゃねえくらいその頭を使ってもっとよく考えてみろ」

 

 

はぁ…と心の中でため息をついた。これが俺の求めていた絵里を大切にしていたものの本性なのだろうか。また俺は彼女を傷つけてしまった。これこそあの頃から変わらない。彼女から離れるためには彼女を傷つけるしかないのだ。

 

 

 

 

「っ……私は貴方を許さない。絶対に……」

 

 

 

 

 

 

絵里は俺にその言葉を吐き捨てそのまま夜の闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……本当に嫌な役だぜ。傷つけることでしか助ける事を知らないなんてよ」

 

 

あのまま過ごしていたら今頃どうなっていたのだろうか。誰にも分らない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう俺は仲の良かったあの頃には戻れない。この薄汚い心と安心できる居場所がない限り…」

 

 

 

 

 

 

これでいいんだ。これで…。これが俺への償いなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

流れ出そうな涙をこらえ、俺は逃げるように学校から走り去った。




凄い滅茶苦茶な気がしますが…気のせいだろうな(・ω・)?
ということでお待たせいたしました。これからも彼の雄姿を見てあげてください。


彼の救われる未来はあるのだろうか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雨の中で輝いて

これを作っているとき、岡本真夜さんのTOMORROWを聞きながら書いてました。
凄く好きな曲です。多分知っている思いますが、聞いたことない人は聞いてみてください。


『ありがとうございました!!』

 

 

 

μ's9人…初めて全員揃って歌い、踊りきった『僕らのLIVE君とのLIFE』

これは女神たちが初めて奏でた始まりの歌。ここからが、彼女たちの物語の始まりであった。

 

文化祭で行ったライブは大成功。リーダーの高坂穂乃果を筆頭に、南ことり、園田海未、星空凛、小泉花陽、西木野真姫、矢澤にこ、東條希、絢瀬絵里。各々はライブを見に来たファンの人達を魅了した。

初めのころと比べれば、誰もが見間違える程のインパクトがあった。

 

3人から6人、7人、そして9人。

 

 

最初は大した力は持っていなかった。だが女神の力は日に日にその力を強めた。

このライブは、その片鱗に過ぎない。

 

 

 

のちに彼女たちは、スクールアイドルのトップに立つ存在となるのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

アイドル研究部の部室で、私と希は外に映る夕焼けを見上げていた。

 

 

「エリチ!ライブ楽しかったな!」

「そうね。あんなに楽しく歌って踊れたのは久しぶりだわ」

「あんなに忌み嫌ってたのにな~」

「そ、それは言わないでよ!」

「ま、終わりよければすべてよし?やな」

「えぇ…そうね」

「お?泣いちゃう?」

「泣かないわよ!!」

「にひひ~」

 

確かに私は忌み嫌っていた。けど、彼女たちはそんな私に手を差し伸べてくれた。これは私なりのケジメだ。彼女たちと共にどんな壁すら乗り越えよう。

 

そして私は強くなるんだ。『あの人』なんかに負けないために。

 

 

 

 

 

「九条…和平…」

「ん?エリチどないしたん?」

「あ、いえ、なんでもないわ」

「そろそろ帰る?さすがに疲れたしな」

「そうね。帰りましょうか」

 

 

そう言った瞬間、扉がすごい勢いで開かれた。

 

 

「アイドル研究部さん!!」

 

 

 

 

「うぇ!?」

「どないしたん?」

 

扉を勢いよく開いた彼女…たしか文化祭の実行員の子だっような…。

 

 

 

 

「ほかの皆さんは?!」

「もう帰ったわ。後は私と希だけよ」

「あぁ~…おそかったかぁ…」

「どないしたん?そんな急いで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…ごめんなさい!!」

 

 

 

 

 

 

今度は勢いよく頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に皆さんに怪我がなくてよかった~。本当にごめんなさい!」

「もういいのよ。終わった後だし」

「それにしてもそんな事あってんな」

 

彼女に連れてこられた場所は文化祭実行委員会全員が集まる多目的室。そこでも文化祭実行委員の皆に頭を下げられた。勿論私と希は呆然でポカーン状態。

なんとか頭を上げてもらって事情を聴くことにした。

 

頭を下げた理由。それは私たちμ'sがライブをした足場、ステージの事だった。

ステージの主軸になるフレームの建付けに手を抜いていた事だった。そこが緩んでしまえば全部のフレームが外れてしまうかもしれない可能性があったのだ。

 

 

そこで私は聞いた。

 

 

「それはいつ気づいたの?」

 

 

 

私は見た。あの、九条和平がステージの近くにいた事を。ご丁寧に工具とツナギをそろえて。そして彼の頬をはたいた。

私は彼のした事を許せなかった。あの時からずっと、今もこれからも。

まさかそのフレームをいじったのはもしかしたら彼なのかもしれない。もしそうなら黙って見過ごせるほど私は優しくない。私はまだしも、あの頃の戒めか知らないが私の仲間を巻き込むような事をしていたのなら退学覚悟で突撃するつもりだ。

 

 

 

 

「今日のライブが始まった直後です。フレームの繋ぎ合わせを行った係の子が気づいたんです。けどライブも始まったので崩れないか心配で心配で…」

「それは…ちゃんと付けたの?」

「はい…つけたはずだったんです…けど忘れていて…」

「それってもしかしたら……」

 

 

忘れていたのではなくて…九条和平のせいなのでは…。と言おうとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、ライブが終わった後、確認したら不思議な事があったんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不思議?」

「それってどういうことなん?」

「実は、先ほども言った通りネジ類を付けたはずだったんですが、係の子は付けるのをすっかり忘れていたんです。だからライブが終わった後に確認したら、ネジがしっかりと繋ぎ合わさっていたんです」

「え…?」

「それって…付けていた事を忘れていたとかじゃなかったん?」

「私たちもそれを考えたんです。けど明らかに違うことが分かりました」

「違うところ?」

「六角ネジのソケットの形が明らかに違っていたんです。別の色をしていました」

「それって、誰かが付けた可能性があるってことなん?」

「そういう事です。μ'sの皆さんに心当たりは無いですか?」

 

 

ある訳が無い。まず私たちはそっちの方の知識を持ち合わせていない。それにそのステージに欠陥があることも知らない。

一体…誰が…。

 

 

 

 

「まさか……」

「絢瀬さん?」

「エリチ…?」

「あ、いえ…なんでもないわ…」

「と、ということで…私たちのミスで、危ないところだったのを深くお詫びします…」

「大丈夫。誰も怪我なんてしていないから」

「ありがとうな。ウチらの心配してくれて」

 

 

 

 

付けていなかったはずの場所にネジが付いていた?しかも昨日の今日の話だ。そんな都合のいい話があるわけ……。

 

 

 

 

 

「まさかね……そんな事絶対あり得ない。あっても…信じない」

 

 

 

 

 

 

私の心の中で、彼への認識を再確認した。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど…そういうことか」

 

 

 

 

希のポツリと呟いた言葉を耳にせぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとうね』

「別に……、誰も怪我をしていないならそれで良い」

『素直じゃないんやね』

「元々理事長に言われた依頼だったんだ。お前に礼を言われる筋合いはない」

『これはエリチ関係やから手伝ったことなん?』

「………どうだろうな。俺も判らねえ」

『けど、エリチは逆に捉えたかもしれへんよ。余計なお世話だって』

「どうでもいい。もうあの時から俺達はお互いを見限ってんだ。今更考えを改めるタマじゃねえよ」

『素直じゃないof意地っ張りやね』

「あん?」

『なんでもありまへんよ~』

「…………こいつ」

 

 

 

でも、心のどこかではよかったと思う自分がいた。代償はそれなりにでかかったが…。

あのビンタがいい証拠だ。絵里はそうそう人に手をあげたりしない。逆に言うと、手を挙げる人物は自分にとってどうでもいいと思っている人間か、はたまた自分が思う最も大嫌いな人間かのどちらかだろう。あいつの中ではまた俺の認知度はワーストにて君臨し続けるだろうよ。

 

その俺という大嫌いな人間でも、やれば怪我をせずに彼女たちを救えたなら御の字だ。

 

 

 

 

 

 

「東條」

『ん~?』

「次のライブはいつだ?」

『今のうちに決まってるのはオープンキャンパスの時かな。リーダー曰く生徒がいるところでもっとライブをしよう!って話になってるから』

「了解。また前日に失礼させてもらうぞ」

『ご自由に。次は色々とぬかりないように』

「おう、あ、あと…」

『ん?』

 

 

 

 

 

 

 

「………絵里を頼む」

 

 

 

 

 

 

 

『ふふっ…。任された!』

「………それだけだ。じゃあな」

『はいはい。またね』

 

 

それだけを言い残し俺は携帯の電話を切り、学校の屋上で横になった。

 

 

 

絵里がスクールアイドルを初めて行ったライブは成功。恐らくこれは学校の廃校が撤回されるまで続くはずだ。その頃までにμ'sが存在しているかはわからない。だからせめてそれまでだ。良い区切りのところまでは手助けをしよう。

 

 

 

「どうせ俺とあいつが一緒に…一緒ではないな。近くに居れるのも今年だけ。その間に大学の内定をもらってしまえすれば良いんだ。内定をもらっちまえばもう自由登校だからな」

 

スマホのカレンダーでオープンキャンパスの日付を確認する。

なるほど、約2週間ぐらいか。

 

 

 

 

 

「そろそろ季節の変わり目だから何もないといいけどな…」

 

 

 

 

 

あそこにもいかないといけないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【オープンキャンパス前日】

 

 

 

『今回もステージの確認よろしく。アルバイト代はちゃんと出すから』

 

と、送られてきたメール。いやこれアルバイトだったのかよ。時給900もいかねえぞコレ…。

またまたやってまいりました。ステージの事前確認作業(係の尻拭いともいう)。しかもめんどくさい事に雨降ってる状況。時刻は10時。かなりの土砂降り。

 

 

「あのおばさん無茶させるよな…。まあやるって言ったの俺だけどさ」

 

 

 

オープンキャンパスでのμ'sのステージはいつも練習しているらしい屋上。足を運んでみてみたらそこには立派にできているステージ。今はブルーシートがかぶさっているがそこには巨大なスクリーンを設置。なるほど、あそこに何か写すわけな。かなり手の込んだ事していらっしゃる。

 

「まぁ、現に生徒が着々と集まってきてるから学校側もそっちに助力してくれてるんだろうな」

 

 

俺にとっちゃ都合のいい話だ。いつも俺の事をリンチしてくる奴らも今じゃ歴としたファンになってる。俺の相手よりこっちの方が面白いと踏んだのだろう。いい判断だ。

どうせやり返そうとしても俺の責任になるんだから溜まったもんじゃない。

 

 

 

「このイライラごと雨が流してくれれば手っ取り早いんだけどな」

 

 

ぶつぶつ言うのもこれくらいにして俺は作業に取り掛かった。

特に前と変わらない。固く閉まっていないネジ部分を締め直し、足りない部分が無いかを確認。それの繰り返しだ。

だが、今回はそこまで手の込んだ事はしなかった。どこも確認してもしっかりと締められているから手を加えるところもない。ネジの刺し忘れもなし。なんだよ、俺がいる意味ねえじゃねえか。

 

雨で濡れる髪を掻き上げる。あー寒ぃ…家帰ってコンポタでも飲むか。

後はステージのフロアにかけられてあるブルーシートを掛けなおして終了。また風で飛んでいかない様にしっかりと。

 

 

「…っよし」

 

 

今回の任務は終了。流石にあの時みたいに絵里がいない事が不幸中の幸い。こんな時まで見られたらひとたまりもない。それはストーカーだぞストーカー。ん?それはお前?それは口にしたらダメなんだよ。

校門を潜って帰路に付く。どうせ今さら傘を差しても変わらないからこのまま濡れて帰る。

 

 

「はぁ……っべぇっくしょん!!うぅぅ…急いで帰るか、まじで病気になる」

 

 

軽く走り出す。滑らないようにしないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

 

 

 

 

 

 

進んでいると、俺の前にフードを被った女の子が走ってた。なんだ?この子は傘でも忘れたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな呑気な事を言っていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……うっ…!」

 

 

 

その女の子はその場で膝をついた。

 

 

「っ!?おい!!」

 

すぐに女の子の近くに走った。

 

 

「おいあんた!大丈夫か!?」

「へ…?わ、私……」

「ぃっ!?」

 

フードを被っている女の子の顔を覗き込む。その顔を見た瞬間、俺の口から今まで発したことのない声が出た。

彼女を知っている。確か名前は高坂穂乃果。2年生にしてμ'sのリーダーの子だ。いや、だがなんでこんなところに?

 

「はぁっ……はぁっ……」

「おいおい……」

 

紅潮している頬。肩で大きく息をしている体。微かに震えている膝。察するにランニングのオーバーワークと思われる。そしてこの雨の中、流石にこのままずっといるのは危なすぎる。

俺が九条和平だとバレない様に少しだけ声色を変えて問いかける。

 

 

「あんた、動けるか?!」

「す、すみません……ちょっと疲れちゃって…」

「家どこだ…?おく…」

 

送っていくと言いかけた瞬間に口を閉じた。さすがにこれは余計なお世話か?

 

いや、流石にここで黙るのも悪い…。

 

 

 

「送っていく。家はどこだ…?」

「あ…大丈夫……です…動けま……す」

「そんな体調のやつが動けるかよ」

「ご、ご迷惑を……おかけいたしまし…た…」

 

どっちかと言うと俺の方が迷惑をかけているんだけどな。音ノ木坂の害虫みたいなのに…。

 

「失礼……」

「んっ……」

「やっぱり…」

 

額に触れると熱い。かなり無理をさせて動いたようだな。約、37…いや38度あるか無いかか。

 

 

「もうあんたは休め。動くなよ」

「は……はい…」

「それと」

 

作業着の上着を脱ぎ彼女の体にかぶせる。雨で濡れているが多少は暖かいはずだ。

かぶせた後に彼女をお姫様抱っこし、その場から走り出す。軽い、そして柔らかい…てぇ!やめろ俺!犯罪者になるぞ!

 

 

急いでこの子の家に行かないと!!

 

 

「家はどこだ?」

「家は……穂むらっていうお饅頭屋さんです……」

「がってん」

 

できる限り彼女に衝撃を与えない様に走る。ったく、無理するんじゃねえよ。

 

 

 

「私……負けたくないんです…」

「あ?」

「みんなで…μ'sの皆で…学校を救うって……だから…こんなところで負けたくないんです…」

「………」

 

 

 

 

 

 

「学校を………失い……たくないんです…」

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……もう喋るな」

 

 

 

 

これが彼女の……いや、彼女たちの覚悟の姿か。決して負けず、屈せず、落ち込まず、廃校という名の暴挙と戦っている。生半可のものじゃない。これは絵里に言った言葉を撤回しなければならないな。

 

 

 

「お前らだったら……学校を救える光になれる」

 

 

 

俺は人を信じることはしない。だが、彼女たちの覚悟は信じれる。それくらい、俺みたいなクズでも分かる。今は小さな光だが、いつか、太陽のように輝く光になる。そんな気がする…。

 

 

「太陽のように輝き続け、歌う女神たち…。SUNNY DAY SONGなのかもな」

 

 

 

 

 

だからだ。

 

 

 

 

 

俺は、早くここから消えるべきなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラッ

 

 

「あら、もうお店は閉まって……穂乃果!?」

「はぁっ……はぁっ……」

「貴方は…九条和平君?」

「…そうです。娘さんが膝をついていたので……」

「そう……」

 

店の番台で経っていた女性。母親か。そして今の反応だと俺の事は知ってるみたいだな。

 

 

「娘さんに酷い事をしていないと言っても信じてもらえないでしょうけど、俺は彼女に何もしていません……、決して」

「分かったわ……ちょっと雪穂!!来て!」

「なにお母さん……ってお姉ちゃん?!」

「今すぐお風呂入れてあげて。体が冷えてるから」

「わ、分かった……そこの人って…」

「いいから早く!」

「っ…うん」

 

二階の部屋から来た妹らしき子が高坂穂乃果を連れて奥の部屋に消えていった。

 

「………九条…君」

「……では、自分はこれにて…」

「ま…まって!」

 

高坂穂乃果を運ぶときに落ちた作業着を広い俺は店を出ようとするが呼び止められる。

 

 

 

「…………」

「………そ、その…」

「…学校に報告するなら好きにしてください。信じるか信じないかは貴方次第です。知ってるでしょう、俺の事を」

「えぇ…」

「このまま言わないのも吉、言っても吉です。俺だけが凶になるだけです。お母さん、あなたに任せます」

「………あの噂通りの子には見えないわね」

「さぁ……どうでしょうかね……では」

 

 

 

今度こそ出ようとした瞬間。

 

 

 

 

「和平君」

「っ…?」

 

肩を掴まれて振り向くと、そこには俺より背が高い男性が立っていた。恐らく高坂穂乃果の親父さんだろう。俺の肩を掴むその手は大きく、力強く、家族を守る大黒柱としての力を体現しているかのようだ。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。娘を助けてくれて」

「礼を言われることはしていません。では」

 

 

 

俺はゆっくりと穂むらから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の言う通り、優しく強い子だな……和人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親父の名前を呟く声が聞こえた気がした。




本編なら穂乃果は雨の日のトレーニングの翌日に風邪をひくはずですが、今回はここで倒れかけてもらいました。ちょっとは…主人公のかっこいいところを書きたくて…。


涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く花のように 見るものすべてにおびえないで 明日は来るよ 君の為に


まるでこの物語の主人公を言っているようだ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼の者は何を想う

最初に登場人物は絵里、希、にこと言っていたな。




あれは嘘だ。


夏休みに入る最後の授業日。

 

 

「今日のペナルティは中庭の掃き掃除な」

「日々日々やる仕事キツく無いですか?」

「遅れてくるお前が悪いんだろうが」

「それなりにテストで点数取ってるから素行が悪いって訳ではないんですけどね」

「だからちゃんと悪くない成績与えてるだろうが。口答えする前にとっとと動け」

「へいへい…」

 

教師共は俺の顔面の怪我や痣なんて見てもなんとも思っていない。こいつらの中では俺に関わると碌な事が無い、それか単に喋りたくないか、又は単に嫌いか。ほぼ前者だろうな。

今回の喧嘩、いやリンチだな。リンチの原因は前の文化祭でのステージの件だ。フレームを付けなおしたっていう話が、俺がフレーム自体に余計な事をしたっていう訳も分からない話に変わっていた。文化祭実行委員の奴らか、それともそいつらに頼まれたクソどもか。

流石にぶちキレそうだったよこれは。俺は実行委員の尻ぬぐいをしたようなモンなのに無かった事にしてるんだぜ?怒りで頭が飛びそうだわ。

 

内心こう思っていても意味はなく、やり返すこともできず人間サンドバック状態。それで怪我や痣で済む俺の体ってどうなってるの?前の雨の中での作業だってどう考えても風邪ひく案件だぞ?バカは風邪を引かないって言うけど、バカ云々の話じゃねえだろ。チートだわチート。

 

 

こんな事頭の中で考えてる時点でバカだわ。

冷静になろう。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

掃除用具入れから熊手を出してそこ等に落ちてる落ち葉をかき集める。この学校無駄に広いんだよな中庭。どうせ使ってるの事務室のおばちゃんだろうが。いらねえなら作るんじゃねえ。

 

 

「ボランティアかよクソが」

 

 

そろそろ俺に運が回ってきてもいいと思うんだけどな~。頼むよ仏様よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーーーーー!!見つけたーーーーー!!」

「は?」

 

 

後ろからでかい声が聞こえてきたので振り返るとそこには…。

 

 

 

 

「見つけましたよ作業着の人!!」

「いや名前ひでえな」

 

 

 

 

高坂穂乃果だった。

 

 

 

 

 

 

中庭にあるベンチに座る俺達。ってかこの子近くないか?近いぞお嬢さん。

 

 

「本当にあの時はありがとうございました!貴方のお陰で大事に至りませんでした」

「いや、別にいいんだけどよ」

 

ってかよくあれが俺だってわかったな。

 

 

「お父さんが教えてくれたんです」

「親父さんが?」

「ちゃんとお礼を言いなさいって!」

「ほう…」

 

 

ってかちょっと待て。

 

 

 

「いや、それはいいんだけれど…いいのかよ」

「何がですか?」

「俺と一緒にいてよ」

「だめなんですか?」

「ダメ…てわけでは無いが……いやダメだな」

「えぇ!?」

「知らねえ訳じゃねえよな。俺の事」

「九条和平さんですよね?」

「いやそういう事じゃなくて」

 

 

ただのお馬鹿さんだった……。

 

 

 

 

「俺がどういう人間なのかがってことだ」

「そ…それは……知っています」

「ならここから今すぐ消えろ。碌な事にはならねえぞ」

 

キツく感じるのは許してくれ。こうでもしないとまた学校内で余計な噂が生まれるからな。

 

 

 

 

「九条先輩」

「あ?」

「私には、貴方が悪い人には見えません」

「は?」

「学校の噂とか評判だとか、周りの言葉で埋まっているようなもの、私は信じません」

「それはお前の傲慢だ。所詮はお前のそれも外見を見ての判断だ。お前がそう思っていてもいきなりお前を襲う男かも知れねえんだぞ」

「それでもです。先輩の目を見れば分かります。先輩はそんな人間じゃない」

「だからそれは…」

 

 

 

 

「絶対に違います!!」

 

 

 

 

「っ!」

「先輩がもしそういう人間だったとしても、騙せるものも騙せれません!」

「たかが会って一日二日のお前が俺の何を知ってるってんだよ」

「何も知りません。けど…その人柄はわかります」

「自分の事は自分がよく知っている。噂の通り俺は害虫みたいな男だ。どんな理想像を描こうが現実は非常だ」

「そんな…」

「あん?」

 

 

 

 

「そんな悪い人が……私を助けてくれますか?(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

高坂穂乃果の言葉が心に突き刺さった。

 

 

 

「確かにこれは私の勝手な思い込みかもしれません。けど、これだけは言えます。先輩は、人を苦しめたり、人を傷つけたり、人を貶めるような人間じゃないことぐらい、その目を見ればわかります」

「…………」

 

 

この子は…何を言っているのだろうか。所詮はこの言葉も戯言だ。私は怪しくありませんよって証明したいが為に褒めちぎっているようにしか見えない。

見えないのだが…。

 

 

どうしてこんなにも心に突き刺さるのだろうか。

 

 

 

 

「これを機に…教えてくれませんか?なぜ先輩がこうなったのか」

「お前に言う筋合いはないと思うが?」

「言わないと絵里ちゃんに言っちゃいますよ?九条先輩にあんなことやこんな事されたって」

「ぐっ…」

 

こいつ…ぬかりねえ。

 

 

 

「条件がある」

「はい?」

「俺は人を信じない。お前が言わないという保証もない。だからお前のSNSのアカウント情報や個人情報を貰う。汚いって思うかもしれないがこれぐらいしないと逃げれないと思ってな。俺は自分の汚点を話すんだ。こんな生き方になった根底を話すには対等だと思うが?」

 

そんな無茶苦茶な話ある訳がない。俺の黒歴史を話す代わりに個人情報等をくれって話だぞ?人間を信じなくなったらここまで性根が腐るもんなんだな。

だけどこういえば流石にどんな大物でもビビって退くだろう。

 

 

「ふふっ」

「はぁ?何笑ってんだよ」

「優しいですね。九条先輩」

「いやどこがだよ」

「そういう事いって私を噂の種にならない様に、自分に関わらせないようにしてるところがですよ」

「そんなつもりはないが……」

「それに」

「ん?」

 

 

 

「そんな流出させるような人じゃないのは、私を救ってくれた事実(・・)が知っているので!」

 

かなりの大物だ彼女は。

 

 

無邪気な笑顔を浮かばせた彼女は、俺にとってまぶしすぎた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

俺は話をした。親の事は伏せ、「最低で最悪」な人間になった顛末を。絵里との関係を。俺がクソ野郎だっていう話を。

こんな詳しく話をしたのは何時ぶりだろうか。ところどころは女子高生には辛くなるシーン(場面)もあるから伏せて話したが、高坂穂乃果は真摯に話を聞いてくれた。

 

 

 

 

「………というわけだ」

「……そうですか」

「くだらねえだろ?好きな女の子を守る為に自分を犠牲にしたっていう益体もない話だ」

「思っていた事よりも、予想以上です」

「偽善だって言いたいんだろ?全くともってその通りだ。守るだの助けるだの言葉にしてしまえば簡単だ。けどよ、それで自分が苦しんでしまえば世話ねえよ。笑っちまうだろ?」

「…………」

「所詮は、こんな人間だったていう事だ。絵里を助けてこれで終わったと思ったよ。俺が傷ついてあいつが傷つかなくなってくれれば御の字だって考えてた。けど…そんな虫が良すぎる話は無いってもんだ。何かを壊した奴は、何かを壊される覚悟がある奴だけだ。綺麗に丸く収まるのなんかどだい無理なことなんだよ」

「けど、それで絵里ちゃんが助かったなら…」

「良い…。俺もそう思ってる。けど深く深く考えると気持ち悪いったらありゃしねえ。よく考えて言ってみると、ヒロイン救って俺頑張ったよ感出してるヒーローだぜ?かまってちゃんかってんだよ。物好き通り越して筋金入りのトンチかよ」

 

 

 

言っていると訳が分からなくなる。結局俺は何がしたかったんだ?絵里を助けたかった?守りたかった?傷つけたくなかった?その動機すら覚えてすらいない。

人助けって言うなら話は別だ。褒め称えてやりたいぐらいだ。けどよ、俺のやったことは人助けと言えるか?

人助けは人を助けて何ぼのワードだ。俺がしたのは傷つけて絵里の居るべき居場所を守っただけの破落戸だ。これは人助けと言えない。自己満足すればそれでいいと思っている思い違いをしてるクソッタレだ。

 

 

 

 

 

「俺は…自分を殺したいくらい自分の事が大嫌いだ」

 

 

 

 

 

人は信じない。けど中でも素晴らしい人は沢山居る。けど俺は自分という人間が嫌いだ。中途半端。なり損ない。欠陥人間。クズ過ぎる人間に要素の三要素を占めている。

 

 

 

 

最低で最悪で中途半端。列記とした『悪』にもなれねえ。

 

 

あの『悪党』が言えるように俺の悪はチープすぎるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

「ということだ。聞く話でもなかっただろ?」

「……………んで…」

「あん?」

 

 

 

 

 

 

「なんで……貴方は助けを求めなかったんですか!?」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

ベンチから立ち上がって、潤んだ瞳で俺を見つめる高坂穂乃果。

 

 

「そんな目にあって、そんな辛くなって、どうして誰にも助けを求めなかったんですか!?絵里ちゃんを助けた方法は確かに最低です!けど!だからこそ今の絵里ちゃんが居るんです!先輩が助けてくれなかったら今頃絵里ちゃんは壊れていたはずです!そこまでした貴方は救ってもらう義務はあるはずです!」

「高坂穂乃果…」

「どうして、そんな事を普通に淡々とできるんですか…。どうしてそこまで…」

 

 

 

ここにもいたか。ただ助けただけなのに。ここまで俺の事に関して感情移入してくれる人が。

 

これだから俺は、人を嫌いになれない。

 

 

 

 

 

「愛ゆえに…だ」

「…へ?」

「絵里が好きだからだ。あいつは俺にとって光であり、太陽でもある。あいつと一緒に過ごしていく度にその感情は大きくなっていった。あぁ、俺はこいつが好きで仕方がないんだな、こいつがいないと俺はダメなんだなって、一人で腐るほど考えてた。そんな彼女が、俺が原因で苦しんでいるところなんか、俺は見たくない。人間誰だって自分が可愛い。けど俺は自分を嫌いになってもいい。苦しめたっていい。絵里のためならどんな受難だろうと堪えてやる。心の中でずっと思ってた。こいつは俺と一緒にいてはいけない女性なんだって」

「一緒に…」

「俺なんかの為に傷つく必要はねえ。俺が居たらいけねえなら、俺から消えてやる。そう決めたんだ」

「………辛すぎ…ないですか?」

「辛いなんて言えない。俺は今までの自分を消したんだ。もう俺はあの頃の俺じゃ…ないんだよ」

 

 

 

彼女の為なら俺は何者にだってなってやる。そこで望むのはただ一つ。俺がここから消えるまで彼女が幸せになってほしい事だけだ。

 

 

読者は思っただろう。中二病みたいとか偽善者だとかクソみたいだとか。

 

 

 

これが俺の悪道なんだよ。文句あるか。

 

 

 

 

 

 

流石にこんな話は高坂穂乃果にはキツすぎたと思った。予想通り彼女は青い顔して何も言わない。俺に気を使っているのか、それとも言葉が出ないのか。どちらだっていい。これを機に彼女も俺との関わりを消すべきだ。

 

 

 

 

 

 

「……人でなしです」

「そうだ」

「…最低です」

「おう」

「…偽善者です…」

「ああ」

「……もっと、自分を大事にしてください。もし私が絵里ちゃんの立場だと、嬉しくなんかありません」

「だからいいんだ。そのおかげで絵里は俺とのありとあらゆる関係を切ってくれたんだ。願ったり叶ったりだ」

「嘘で偽善で最低で…。人の考えることとは思えません」

「幻滅したか?俺はもっと清い人間だと思ったか?残念、俺はワルモノだ」

 

 

最後に、というところか。彼女は俺をキッと睨みつけてくる。

 

 

 

 

「貴方が救われないと…絵里ちゃんも救われません。貴方を動かしているのは、有り余る優しさです…どうか大事にしてください。絵里ちゃんを救うことが、貴方が傷ついていい理由にはなりません」

 

 

 

「壊れてる人間には、その要望は届かねえ。後、もうアカウント情報もいらねえ、個人情報もいらねえ。君が言いふらすような人間ではない事はよく分かったからな」

「先輩…」

「高坂穂乃果。もう君は俺と関わるな。絶対に。俺に近づく奴は不幸になるのはもう実験済みなんだ」

「救われ…ないですね」

「救われたいと思ってない。俺は一生泥の中で生きるんだ」

 

 

 

そうだ。これが俺に合っている生き方なんだ。

 

 

「………では、失礼します。話してくれてありがとうございます」

「あぁ。さよならだ」

 

 

 

高坂穂乃果が校舎に戻るのを見送った俺は、ベンチにまた深く腰を下ろした。

 

「はぁ…」

 

ガラにもない事をした。これも俺の汚点なのかもしれない。信じていないとか言いながら彼女を信じ切っている。

どこまで行っても俺は中途半端だ。どうやったら完璧な悪になれるのだろう。

 

 

 

「俺のやり方は…合っているのだろうか」

 

 

今更疑問に思ってしまった。俺のこの汚い愚行は、間違っていないと言えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「教えてくれ……絵里」

 

 

太陽に向かって俺は手を伸ばした。




恐らくここがこの物語の中盤になると思われます。
そろそろ最終局面に入りたいと思います。


これから、最低で最悪な彼は『自分を消しにかかる』であろう。





このままシリアスを突き通すんだぁああああ!!!←作者はこれを書いている時、俺は人間をやめるぞ!JOJOォォォオ!状態で書いてます。



作者=吸血鬼

です。


感想・評価…お待ちしております、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

惹かれ合う?

さてさて…物語を大きく動かしますか。


『というわけで、学期末にあるスキーの修学旅行での班は各自で決めておくように。決まったら俺にちゃんと報告しろよ~』

 

「はぁ……」

 

今日もお決まりの雑用掃除。最後のHRで言われた言葉を頭の中で考えながら手を動かす。今日は屋上だぞ?あの先生は俺にどうさせたいんだ?自分がやろうとしている事をさせてるのかただ俺をいじめてたいのか。これはどっちもだな。まあ授業もないからこれをさっさと終わらせれば家にある布団に飛び込める。待ってろよお布団さん!

 

 

はぁ…やる気でねえ…。

 

 

しかもだ。

 

 

『九条。ズル休みとかするんじゃねえぞ。もしズル休みしたらお前は留年だからな』

 

職権乱用もいいところだ。ズル休みをするのを見抜かれていたのは別にいいんだけどそれをダシにして要請参加させるのはどうなんだ?修学旅行って学ぶための旅行だろ?スキーってなんだよ。スキーで学べるのは滑り方と転び方だけだぞ。ここからどう学びにつながるのか教えてくれ。

行く意味が分からない。楽しい思い出?集団行動を身に着けるため?社会で役に立つかそれ。そこまでしたいなら自衛隊でも行ってろボケ。

どうせ一緒になってくれる奴も居ねえのによ。入れてもらう条件なんか土下座とか言われるんだろうな。班に入るために俺はプライド捨てなきゃいけねえのか?バッカみてえ。

 

 

「どうしたものかね」

「お困りのようだね少年」

「何の事だ巫女タヌキ」

「あれれ~?そんな事ウチに言うてええの?大変さが増すよ?」

「うわ意地悪な女。そんなことして楽しいか?」

「嘘嘘冗談冗談。いい情報を入れようと思って」

「情報?」

「班」

「あん?」

「メンバーはウチとにこっちとエリチでいい?」

「は?まさかお前」

「ビンゴ」

「バカ野郎。そんな事してタダで済むと思うのか」

「仕方ないやん。これが最善策やねんから。それとも?プライド捨てて他の班になる?」

「絶対嫌」

「エリチの許可も取ってるからOK!」

「え?どうやって?」

「別にいいやんエリチ。どうせウチらも班員余ってるし。それに九条君に全部押し付ければ凄く楽できるで?一緒に寝るわけでもなく一緒に滑る訳でもないねんから」

「それでやったのか?」

「最後のトドメに裏技を使った」

「裏技?」

「九条君がいれば詰め寄ってくる男の魔除けになるで?っと」

「完全に俺はクズ扱いじゃねえか」

「けど、君のメリットの方が大きい」

「そう…だが…」

「せめてさ、最後の思い出作ろうや」

「思い出……ね」

「どうせ、ウチらの前から消えるんやろ?卒業したら」

「それが最も最善だ。これ以上絵里を苦しめる訳にはいかない。今回の旅行で苦しめる種になりそうだが」

「そこは大丈夫。常に君は一人になれるようにはするから」

「ほう…」

「けど、記念写真だけ撮らせてな?エリチはウチが説得するから」

「……はぁ。好きにしろよ」

「よっし!作戦成功!」

「これ作戦なのか?」

 

絵里と同じ班…思い出ね。

何時ぶりだろうな。こんなのは。

 

「ウチの願いは、ウチら四人で笑いながら過ごす旅行を考えてんけどな。そうはいかんな」

「無理な話だ」

「やね。知ってる」

 

こいつは、どうして俺にここまでしてくれる。俺は害虫だ。お邪魔虫だ。ここまで接していれば傷つくのはお前なのに。

 

 

 

 

 

「なぜここまでする?」

「ん?」

「ここまで俺に気を掛けて、お前になんの得がある?」

 

そうだ。こいつは幾度となく俺に手助けをしてくれた。最初こいつと会ったきっかけなんかこいつが俺の事を面白い奴だって言って慣れ慣れしくしてきたからだ。たったそれだけの関係だ。たったそれだけなのに、どうしてだ。

 

 

 

 

 

 

 

「エリチのためや」

「絵里の?」

「占いが出たんよ。こうすれば良いって。その時は君の出番がやってくる」

「占いなんか信じれるものか。未来が見えていてもそれが正確とは限らない」

「けど、それが起こる可能性はある。可能性が無いって誰が決めたん?」

「う……」

「信用してええんやで?ウチの占いはよく当たるから」

「何を根拠に」

「論より証拠。学期末になったわかる。その時は来るよ。必ず…ね?」

 

東條は俺にそれだけを言い残して屋上を後にした。

 

 

何が出番だ。そんな虚言を俺が信じるとおもうのか?それが起これば今までの俺はこんな俺にはなっていない。君に良い事が起こるだの幸せになるだのチャンスの予感だのと占いでは色々とテレビでは言っていたが何ひとつ叶っていない。それを今更信じろだと?

 

 

 

 

「くっだらねえ」

 

 

 

 

持っていた箒を放り投げた。

 

 

 

 

***

 

 

 

PM17;00 ショッピングモール

 

「はぁ……本当に希ったら」

上手い事口車に乗せられた気がする。ここで私が何かを言ったら『あれ?エリチは一度言ったこと取り消すの~?』とか言ってくるのであろう。流石にそれは私のプライドが傷つく。賢い可愛いエリーチカである私にとってはちょっとしたことで負けるわけにはいかない。なので今回は色々と飲み込むしかないのである。

「九条…和平」

三年前に私が大好きだった人。そして大嫌いになった人。今思い返しても腹が立ってくる。

彼は私に何をしてきた?いじめてきたりや懲らしめたりとかそんなチャチなもんじゃない。今までは演技で私はいいオモチャにしてたのだ。信頼していた人間だからこそ、裏切られた時の反動は大きい。私は彼が発した一言で信頼などの概念が消えた、生まれたのは恨みという負の感情。怨念かもしれない。

思い出すだけで吐きそうにる。

けど、今ではそうはならなくなった。

確かに今まで通り、視界に入るだけで不快に感じているのだが、今はそこまでだ。

それもあの日の夜だ。あの日の夜に九条和平と面と向かって話た事がきっかけだ。彼は本当に私を貶める為に3年前にあんな態度や行動をとったのだろうかと。

フレームが独りでに治るわけでもないのは当たり前だ。ならあの時の彼が直したと考えれば合点がいく。 十中八九だが彼が直したのは確実だろう。けどそこまでして彼になんのメリットがある?今でも学校中の人たちに嫌われている彼がそんな事をしたらどうなるのかなんて本人が一番知っているはずなのに…。

私たちへの手助け?以前、穂乃果が彼に救われたって言っていたけど、私は信じられない。どうせまた苦しめる根端を考えているに決まっている。信じない、信じたくない…。けど。

『絵里ちゃんは、先輩に助けられてるんだよ?』

あの言葉がずっと胸に引っかかる。

意味が分からない。私を助ける?九条和平の両親が死んだ事で起こったいじめから助けようとしたのに彼はそれを拒絶し、自ら今の道へ足を踏み入れたのに?かまってほしいの?それとも偽善者を演じているのか?

もし前者後者どちらでも構わない。そのどちらだとしても私は関係ない。苦しむなら一人で苦しんでほしい。

こうやって考えているのに……3年前の気持ちが抜けない。【和平】を…どうにかしてあげたいと。

「もうっ!なんなのよ一体!!」

髪をくしゃりと握る。頭の中がぐちゃぐちゃしててどうにかなってしまいそうだ。

「くっ…しっかりしなさいよ絢瀬絵里!」

両頬を手で叩いて考えている苦悩を吹き飛ばそうとする。

こうでもしないとやっていられない。

「もう少ししたらラブライブ選抜の決勝戦なのに…。こんなところで余計なこと考えちゃダメなのよ」

大きなステージで演じるのだ。こんな時に余計なことを考えてライブに支障をきたすわけにはいかない。今更あの男の事を考えて何になる。もうすでに手遅れなのに。

「私たちは勝ち続ける…。私たちを信じてくれる人たちの為に…仲間の為に」

穂乃果、ことり、海未、凛、花陽、真姫、にこ、希。かけがえのない仲間と共に勝つんだ。絶対に。

そして証明するんだ。あの男に。

「私は…もう弱いときの私じゃない。ずっと護られてばかりの人間になんか戻らない」

拳を握り大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。

 

 

 

「嫌いよ………大嫌いよ。和平なんか」

 

そのまま修学旅行用の荷物を揃えるために買い物を続けた。

 

今でも、心の中で気持ち悪く、よくわからないものが渦巻いてたまま。

 

 

 

 

 

***

 

ショッピングモール

 

「家に揃ってるって思ったら以外と何もなかった…」

学期末と行ってもまだ一ヶ月はあるのだが用意をするのに早いに越したことはない。どうせ今の学校は行っても行かなくても変わらない。俺が行く用事なんかμ’sの手助けを影からするかいつものペナルティをする程度。空いてる時間は自分の時間で潰していこう。

余ってる洋画も見たいしクリアしてないゲームもしたいし。

(あ、でも大学の寮の申請しとかないとな。)

 

言い忘れていた。俺はもうすでに大学には合格済み。残りは入学費を納金すれば実質半分学生半分フリーター。

いやー、今までどんなことでも動じる事無かったけど面接官の人超怖かった。ゴリラだよゴリラ。しかも多分あの反応俺の事知ってそうだし。出来れば大学では静かに過ごしたいんだけどな…。友達は居なくていいからさ。

 

 

「絵里はどの大学行くんだろうな」

 

まーた絵里の事考えちまった。ほんと俺も懲りないよな。あんだけ言われてあんだけ叩かれたのに絵里への好きって気持ちは変わらない。

まあ、今の時期は好都合だ。もう絵里と顔合わせるのは修学旅行と卒業式くらいだ。あいつも清々するだろうな。ははっ、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

けど、スキーはちょっと楽しみになってきた。何だかんだやった事無かったしな。1人で動けるから色んなところ滑ってやる。林間コースとかも楽しみだ。

 

「ガキかよまったく」

 

 

 

余計なことを考えるのはやめて買い物をさっさとすませよう。

さて、何が必要だっけな…歯ブラシ、バスタオル、フェイスタオル、洗顔ソープ、髭剃り、後は…。

 

 

 

「さて、あと買うものは…バスタオルとフェイスタオルと歯ブラシとシュシュと…」

 

あと何だったかしら……。

 

「あ!」

 

 

 

「「手袋」」

 

 

ん…?

あれ…?

 

 

「「は?」」

 

買っていこうとした手袋を取ろうとした手の小指に別の人の手の小指が触れ合った。

 

 

「「え?」」

 

お互いが顔を合わせる。俺は顔を引きつらせ、前の人間は顔を青くする。

 

 

 

 

「絵里…?」

「和平…?」

 

 

 

 

お互い、会いたくない人間とばったり会ってしまった。

 

 

 

(ふざけんなぁぁぁあ!!)

(何でなのよーーーー!!)

 

 

 

 

 

波乱は続く。




原作なら修学旅行などないですが…許してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼の本性

今年初投稿です。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

この一年が、皆さまにとって素晴らしい一年になりますように。


 

「……………」

「……………」

 

 

どうにかなってしまいたいと心の底で思ったのはこれが初めてかもしれない。ありのまま今起こったことを話すぜと言わんばかりにどうにかなってしまってる気がする。

考えてもみろ。予想できるか?こんな店で絵里と遭遇するなんて。更に同じ商品を買おうとしてるんだぜ?偶然通り越して奇跡だ。

 

 

このまま固まってても埒が明かない。さっさと買ってトンズラしよう。

 

 

「よっと」

「ちょっと、それ私が買おうとしていたのだけれど」

「知るかよ。俺が先だ」

「私が先に触れていたわね」

「俺の方が先に見つけてたな」

「私の方が先にこの店に来ていたわ」

「俺の方が先にここにいたな」

「レディーファーストって知っているかしら?」

「早い者勝ちって知ってるか?」

 

 

「「……………」」

 

 

 

(この女…どこまで頑固なんだよ)

(この男…どこまで強情なのよ)

 

 

「「俺(私)が先だ(よ)!」」

「ぐ……」

「くっ……」

「「お前(貴方)が後だ(よ)!!」

「ぬぐぐぐ…」

「うぅぅぅ…」

「あ、あのお客様…こちらの手袋在庫がございますが……」

「「ありがとうございます!!」」

「な、仲がよろしいカップルですね…」

「「カップルじゃない!!」」

「も、申し訳ありませんっ!」

 

 

 

 

店員に迷惑を掛けてしまった。

 

 

 

***

 

 

 

「なんなんだ全く…」

 

あぁイライラする。いくらなんでも大人げないかもしれないが俺にだって譲れない部分はある。けどあいつの頑固さも全然変わってない。ちょっとは譲るってことを知らないのか…。

 

「はぁ…気晴らしに漫画でも買うか」

 

エスカレーターで上の階の向かって本屋に足を踏み入れると。

 

「あっ…」

「は?」

 

漫画コーナーにて絵里と遭遇。

 

 

 

 

 

「くそっ…どうなってんだ」

 

抹茶ラテを購入しようとス〇バに行くと。

 

 

「はぁ!?」

「はっ!?」

 

入口でばったり絵里と遭遇。

 

 

 

 

 

「くそがっ!!」

 

 

トイレを済ませて出ようとすると。

 

 

「………」

「………」

 

 

出口でばったり☆

 

 

 

 

 

 

「なんなんだよお前はさっきから!俺への嫌がらせか知らねえが鬱陶しいんだよ!!」

「それはこっちのセリフよ!まだ私へのちょっかいなのか知らないけどいい加減にしなさいよ!!」

「いい加減にするのはてめえだ!行く先々で先回りしやがって!」

「貴方こそ私の後をつけてるんじゃないの!?行きたいところ好きなように回れなかったのよ!!」

「はっ!ガキみたいな思考だな!もうちょっと賢く動くことはできなかったのかよ!」

「貴方こそ子供みたいに付いてきて!しかも抹茶ラテだの漫画だの、まだまだ少年の心ってやつが抜けてないんじゃないの!?」

「お前こそキャラメルかチョコレートか知らねえが甘いものばっかりでよ!もうちょっとマシなものを飲む気はなかったのかよ!」

「疲れには甘いものがいいのよ!貴方みたいな脳みそ筋肉にはわからないわよ!」

「変なプライド持ってるパツ金女と一緒にしてほしくないな!」

「文句あるかしら!?」

「それはてめえだろうが!!」

 

ガルルルとお互い唸りながら睨みつけるその姿はどう見ても子供の喧嘩にしか見えない。

お互いどこに行こうが遭遇してしまいそうなので、遭遇する前に自分の言いたいことをぶちまける為、ショッピングモールの外で言葉のキャッチボール(建前)を繰り返す。

 

周りからすればバカップルの喧嘩にしか見えたり見えなかったり。

 

 

 

「はぁ…せっかくの買い物が台無しだ」

「それはこっちのセリフよ。ゆっくり見たいと思っていたのに…」

「俺の大事な時間がこんな奴によって消えたのか」

「私の大切な時間がこんな男のせいで消えたなんて」

「あ?」

「はぁ?」

 

 

(ったく……本当にこいつは………あん?)

 

 

泣き声…?

耳に入ってきた情報を頼りにきょろきょろしていると。

 

 

「あ…」

 

 

いた。

 

 

 

「大体、貴方は学校でもそうよ。いつも授業はサボるし問題しか起こさないし、先生からよく怒られるし、もう少し節度ある生活を心がけようとする気はないのかしら。まあ、もう手遅れでしょうけど。けど、その生活で私や他の人に迷惑をかけるなんてもってのほかよ。もう卒業するんだから気をしっかり……ってあれ?」

 

 

顔を上げると、そこに当の本人は居なかった。

 

 

「え、どこ……あっ…」

 

 

ショッピングモールの近くにあるベンチの近くでしゃがみこんでいた。

 

「人の話を無視してるんじゃないわよ!!」

 

これは文句を言っても良いだろう。そう意気込み彼に近づく。

 

 

「ちょっと人の話を……って、え?」

 

 

 

「どうだ?もう大丈夫だろ?」

「う…うん…ありがとう…おにいちゃん」

「おう。気にすんな」

 

(あ……)

 

 

彼のすぐ傍に、幼稚園生ほどの女の子が膝を擦りむいており、その傷口に彼はポケットティッシュで綺麗に拭き取って絆創膏を張ってくれている。私との討論の間に彼はこちらを優先したのか。

 

 

(和平……)

 

「あ?なんだお前。ついてくんなよ」

「別に貴方には関係ないでしょ」

「へいへい…」

「おにいちゃんとおねえちゃんはなかよしだね」

「「全然?」」

「こえぴったり」

「「はぁ……」」

「所で嬢ちゃん。お母さんかお父さんは?」

「一緒じゃないの?」

「うっ……うぅぅぅ………」

「あー…わ、悪い。一人だって状態で気づけばよかったな。ごめんな。」

「見たらわかるでしょ馬鹿ね」

「ちょっと黙っとけ」

「ふんっ」

「じゃあ、どこで逸れたかわかるか?」

「ううん……わからない」

「そっか。よく一人で頑張ったな」

 

頭を優しくなでると少し落ち着いたのか少女の顔に笑顔が戻る。

 

 

 

「じゃあにいちゃんと一緒に探すか」

「え?」

「お母さんおれと探そうぜ。手伝ってやるよこの金髪ねえちゃんと」

「え?」

「い、いいの…?」

「おう。任せろ」

「ちょっと待ちなさいよ。私は別に……」

「いいじゃねえかここまで来たなら付き合え」

「は、はぁ……」

「ありがとう。おにいちゃん、おねえちゃん…。わたし…はるっていうの」

「俺は和平だ」

「私は絵里よ」

 

 

***

 

 

 

 

迷子の子供の親を探すのはそうそう難しい話じゃない。見覚えのある店を回って、無い店は後回し、見覚えのある店の中で捜索した後、いなかったら別の店に行く。この流れを一通りしたら流石に見つかるだろう。最悪無理だったら迷子センターにいけばいいんじゃないかな。すぐにそこに行けば早いだろうが何しろこのショッピングモールでかいのなんの。迷子センターに行くより多分探した方が早い。幼稚園児の歩ける距離なんてたかが知れてる。迷子になった場所はそう遠くないはず。多分…。

 

 

因みに幼稚園児は俺に肩車状態。なんだかこれが好きなんだと。

 

 

「居ないわね」

「すぐ見つかれば苦労はしねえからな」

「はるちゃん。どう?」

「んーん…いない」

「ま、千里の道も一歩よりって言うしな。気長に行くか」

「気長だと日が暮れそうね」

「そうだな」

 

この店で三件目。もしかしたら行き違いなのかもしれないな。

 

 

「音ノ木坂一不良の男が迷子のお世話」

「なんだよ文句あるのか」

「さあ、どうかしらね」

「言いふらしたいなら好きにしろ。どうせ誰も気にしない」

「デマになるから?」

「誰も信じないから」

「よっぽど人間が大嫌いなようね」

「嫌われてるからな」

「人間が嫌いなのに、迷子は助けるの?」

「いけないことか?」

「いけなくはないけど、貴方にメリットはあるのかしら」

 

 

 

 

「メリットどうこうで人を助けちゃいけないのか?」

 

 

 

 

「っ…」

「別に恩義や見返りが欲しいわけでもない。ボランティアでもない。もしかしたら余計なお世話だって言ってくる奴もいるかもしれない。いらぬ心配だって逆ギレする人間もいるかもしれない。けどさ、しないよりやった方が良いって俺は思う」

「それはどうして?」

「助けられる人間が目の前にいるのに、それを見て見ぬふりして見過ごすほど、俺は冷たい人間にはなりたくねえ」

(それって……)

「さっき言った通り、余計なお世話だっていう人間もいる。けど、それを聞いて次に似たような人間を見つけたとき、その人が本当に助けを求めている人だったらどうする?」

「あ……」

「間違っていても、しないより百倍マシだ」

「……考えているのね」

「人一倍、人間に詳しい自信はある」

(だから………かしらね)

「なんだよ。聞いてきたくせにだんまりかよ」

「なんでもないわよ」

「なんだそりゃ…」

 

 

 

「あ!おかあさん!」

「はる!!」

 

 

視線を声のした方に移すと、そこには額に汗を浮かばせている女性がこっちに向かって走ってきていた。

 

 

「ほら、いきな」

「こけちゃだめよ」

「うん!ありがとう!」

 

 

幼稚園児を肩から降ろして母親の方へ催促する。

幼稚園児が傍に来ると母親は優しく娘を抱きしめた。

 

 

「もう、心配したじゃない……よかった」

「うん…やさしいおにいちゃんとおねえちゃんがいっしょにいてくれたから」

「そう、それはお礼を……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母親が俺の顔を見た瞬間、表情が激変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……」

 

 

娘の手を握ってこちらに近づいて一言。

 

 

 

 

「娘をありがとうございます。おねえさん(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「え?」

「娘を連れてきてくれた上に、膝の絆創膏まで」

「あ、いやそれは……」

「ありがとうございました。これにて失礼いたします」

「ち、違いますこれは…」

 

 

 

そう言い残すと、母親は【絵里】だけに頭を下げてその場を後にした。

 

 

 

「ばいばーい!かずひらおにいちゃん!えりおねえちゃん!」

「こらっ!おねえさんだけでいいのよ!」

「え…だって…」

「早くいくわよ」

「あっ…おかあさんいたいよぉ!」

 

 

 

「…………」

(……和平…)

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、俺も帰るとしますか。買うものは買ったし」

 

身支度を整えて帰ろうとする。

その時。

 

「待ちなさい」

「んだよ」

「何にも思わないわけ?」

「はぁ?」

「さっきの、どう見てもワザと貴方を避けていたのよ!どうとも思わないわけ!?」

「思った方がいいのか?」

「当り前よ!!あんなの……信じられないわよ!!」

 

 

別に今となって始まったことじゃない。あの母親は俺が九条和平だってことを知ってしたことだろう。【人殺し】である俺の手が自分の愛娘の手を握って、挙句の果てには肩車してるんだ。気持ち悪いと思うのは普通だ。

今更どうとも思わない。現にあれが初めてではないのだから。指でなんて足りない。

 

 

 

 

 

褒めて欲しいとも思わない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「っ……」

「けど一つ思ったのはあの母親,自分の娘に当たるなよとは思ったわ。どっちかと言うと娘をちゃんと見てない監督不行き届きが原因だろうが」

「それが…貴方なのね」

「何言ってんだよ今更」

「何も……変わってない…」ボソッ

「あ?なんつった?」

「知らないわよ。じゃあさよなら」

「言いたいことだけ言って帰んのかよ。はぁ……あばよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

私があの立場だったらどう思っているのだろうか。虚しくなったり悲しくなったりするのだろうか。

彼は…今の和平はそんな事どうも思っていない。いや、思う感情すらないのかもしれない。

嫌われ蔑まれ、挙句の果てにはお礼すら言ってもらえない。

 

悲しくないわけ…ない…。

 

 

自分の存在をここまで否定されて、和平は何も思わないのか……。

 

 

 

 

 

 

 

「変わってない…」

 

人を助ける事も、昔から変わらない。和平は誰でも助ける優しい男の子だ。

 

 

 

 

 

 

「和平……」

 

 

 

 

私に対する接し方をするのが、優しく人を助けるのが…。

 

 

 

どちらが本当の彼なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「貴方は……どっちなの」

 

 

 

絵里にその答えはわからなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真っ白い雪

この回をスキーまでに挟ませていただきます。
その方が良いかと思いまして。


「今日はラブライブ最終予選。絶対に勝つわよ!」

『おー!!』

 

空は暗く、降り落ちてくる雪は一瞬にしてあたり一面を白銀の世界へと変えた。建物も道路も、人間が通り、目に入るもの全てが真っ白に染められていた。

勿論それは音ノ木坂学院も同じこと。降り積もる雪は学校全体を白く染め上げられている。

その学院に集まる9人の女神たちμ's。今日はラブライブへの最終予選当日。この闘いで勝ち残れば等々ラブライブへと足を踏み入れることができる。

 

今まで頑張ってきた事は無駄ではなかった。決して後悔をしないために、彼女たちは自分の心に活を入れる。

 

 

同時に、気合を入れるためのカツサンドを頬張りながら…。

 

 

 

「じゃあ、私たちは先に会場にいってるわね」

「穂乃果とことりと海未は生徒会の挨拶が終わってからの集合ね」

「雪が降ってるからちょっと予定より遅く始まるのがめんどうやね」

「来るとき気を付けてね」

「特に穂乃果。コケちゃだめよ」

「も~!真姫ちゃん酷いよ~!私そんなにドジじゃないよ!」

『え?』

「みんなで私の事見ないで!?」

「冗談よ」

「でも本当にコケそうだから心配だニャ」

『それは同感』

「うわ~ん!皆がいじめるよ~!」

 

そこらを走り回っている時点でお察し。

 

 

 

「…………」

「エリチ?」

「あっ…な、なにかしら?」

「なにかしらはウチのセリフや。どないしたん?」

「いや。天気がね…」

「天気?」

「今は雪も落ち着いてるから大丈夫だと思うけど……なんだか嫌な予感がして」

「エリー落ち着きなさいよ。一応予報では晴れるって言ってたわよ」

「んー……ロシアで育ったから、雪は侮ってはいけないって思ってて…」

「心配性な絵里ね」

「オカンやね」

「ママか何かしら」

「お母さんだね」

「私まだ18歳なんだけど!?」

『母性が…』

「うそでしょ!?」

 

 

けど本当に晴れるのか心配なのは変わりない。空の様子がおかしい。さっきよりも黒さが増しているように見える。そして木の揺れようから見て北風も強くなっている。これが本当に晴れになったりするのが逆におかしく感じてくる。

 

 

 

 

「……嫌な予感がするわね」

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…………」

 

音ノ木坂の屋上にて。持っているコーヒーを飲んで一息つくと白い息が口から出てくる。今日の気温は1度を下回っているだろうと思えるほど冷え込んでいる。熱燗のコーヒーを飲んでもなかなか体が温まらない。

だが、体に新しくできた痣や怪我にはある意味良いのかもしれない。天然のコールドスプレーのようだ。今吹いてくれている風は少し心地いい。

 

今日も今日とでまたリンチだ。以前絵里と一緒にショッピングモールにいたことがモロにバレてしまって2、3人んだったのが今度は倍の6人で襲ってきやがった。数が多ければいいてもんじゃねえんだぞ。俺の体は亀の甲羅でもなんでもねえんだから。

 

 

「いって…」

 

制服の袖を巻くってみると所々赤く腫れあがっている。切り傷も増えてるし、よく見ると青く腫れてるところもある。暴力は無限、体力は有限。言葉を交わす間も無く拳を振り上げるのは弱い証拠だ。拳でしかどうにかできないといった汚い野郎の行動なんだよな。でも、こんな事考えても意味はない。

どうせ俺の言葉を信じるのは誰も居ない。どんなに親しくなっても信じる奴はいないし、俺もそいつが俺の言葉を信じてくれる奴って信じられない。『人殺し』のレッテルを張られてる間はずっとだ。

このまま俺の周りが変わらなかったら大人になっても苦労しそうだ。さっさと時が経てば俺は万々歳だよ。俺の事を知らない所に行って、下手なりに生きていくのが俺の望みなんだから。

 

 

「はぁ……」

 

 

くだらない事を考えても何も変わらない。所詮は妄想の戯言だ。今はクソ野郎なりに生きてやろうじゃないか。

 

 

 

「和平君」

「あ?」

「ここにいたのね」

「なんだよ理事長。こんなところまで来て」

「今日の事を聞きたくてね」

「はい?」

「知っての通り今日はラブライブの最終予選なのよ?あなたは見に行かないの?」

「行くかよンなところ。俺が行ったらどうなるかわかってるのかよ。馬鹿馬鹿しい」

「なら、せめてこれだけ受け取って」

「ん?」

 

渡されたのはどこにでもあるタブレット。そこには『放送までしばらくお待ちください』と出ている。

 

「なんだこりゃ」

「最終予選だからテレビ局も動いてるのよ。しかも動画サイトで生放送。これなら君も見れるでしょ?どこにいても」

「……あんたお人好しって言われねえか?」

「さあ?優しいってよく言われるは。誰かさんのお母さんにも」

「ちっ……そうかよ」

「それを渡したかったの。それじゃあね」

 

理事長はそれだけを言い残して背を向ける。そして屋上の扉のドアノブを握った瞬間、顔の反面だけ俺に向けて口を開いた。

 

 

 

「最後…かもね」

「あ?」

「もしかしたら、あの子達の戦いはここで幕を閉じるかもしれない。ラブライブの本選に行くことなく、ここで負けるかもしれない」

「何が言いたい」

「無理強いはしない。けど、最後になるかもしれない今回だけでもあの子達の、いいえ…絢瀬絵里さんの雄姿をその目で見たらどう?」

「このタブレットでも見れると思うが?」

「いわば保険ね。貴方が【どうしても】見れなかった時の保険」

「どうしても……だと」

「陰からでも、どこからでもいい。姿を現せることなく見ることは可能なはずよ」

「俺がそんな事するとでも思ってんのかよ」

「思ってないわ。けど、そうしない訳でもないでしょ。未来は誰にも分らないんだから」

「っ………」

「傷つけることでしか人を救えない君にも、少しは良い事があってもいいと思うわよ」

 

 

 

 

 

 

 

【楽しんできなさい】

 

 

 

そう言い残して、理事長は校舎の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が見るのを見通しての言い方じゃねえかどう考えても」

 

タブレットを強く握りしめる。

 

 

 

 

 

「………気分次第だ」

 

 

 

残りのコーヒーを飲もうと缶を傾けようとした時、一瞬にして雪の降る量と風の強さが変わった。雪の大きさが大粒になり、北から吹いてくる風の勢いが増した。空は黒くなり、視界に見えるありとあらゆる物が真っ白になってゆく。

 

 

 

 

「………ビンゴかよ畜生」

 

 

コーヒーを飲み干してスチール缶を力の限り握りつぶした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『大丈夫なん穂乃果ちゃん達!?こっちも凄い雪なんやけど』

「い、今のところは…、けど雪が…」

『交通の便が悪くなりそうやね…』

 

生徒会の挨拶を済ました穂乃果達2年生組。外に顔を出してみるとそこはとてつもない大雪と嵐だった。校舎の出入り口付近から雪が降り積もり足を踏み入れると埋まってしまいそうになっていた。更に風が強すぎるお陰で視界が悪い。右を見ても、左を見ても。

 

 

白。白。白―――――。

 

 

 

挨拶を終わらせ、すぐさま最終予選の会場へと赴かなきゃいけないのに、天候により遮られている。

 

 

『まだ時間があるとは言っても、気をつけなよ!』

「うん。今お父さんが車を回せるか試してくれてるから…様子を見るね…」

『うん…。怪我だけはせんといて…』

「ありがとう希ちゃん。また後で」

 

スマホの受話器マークに触れ電話を切る。

 

 

「穂乃果」

「海未ちゃん…」

「雪……弱くなりませんね…」

「でも、大丈夫だよ!きっと、雪は病んでくれるはずだから!」

「えぇ、私もそう願っています。願っては…いるのですが…」

 

願いは届かないのかもしれない。奇跡は起こらないかもしれない。けど、私たちはこんな所で立ち止まっているわけにはいかない。皆が待ってくれている。私たちの事を。戦いが待っている。ラブライブへと進む道を手にするために。学校を救うのだ。

 

 

この学校が―――大好きだから。

 

 

 

「穂乃果ちゃん…」

「ことりちゃん…」

「私も…一つしかない考えが出なかったよ。道は…一つしかないって」

「私も……すべきことは一つしかないって、考えたよ」

「穂乃果…ことり…」

「海未ちゃんも?」

「私も、です。こんなところで突っ立ているのはいけないと思います。こんなところで負けるわけにはいきません!」

 

3人同士、頷き合い、意思を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行こう。歩いて!!」

「うん!」

「えぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

マフラーを首に巻き付け、厚手の軍手を身に着ける。制服の上にダウンコートを着込み準備完了。

そして念には念をでニット帽を目のあたりまで深くかぶる。こうして居れば完璧な怪しい人だ。これなら誰も俺には気づかないはずだ。逆に気づこうとしないだろう。だって傍から見たら怪しい不審者だぜ?

 

 

おいそこのねえちゃん俺と一緒にお茶しないか?(涙)

 

 

やめよう気持ち悪い。吐きそうだ。調子に乗るのもいい加減にしようか俺。

 

 

 

 

ゴミみたいな事してないでやるべきことをしに行こうかしらね。

外に出ると、そこには俺と一緒の考えをしていたのか、自称μ'sお助け隊と呼ばれる『神モブ』の3トリオがいらっしゃってた。なんだっけ?ヒフミ?だっけ…?まあいいや。

 

 

「みんなー!こっちも手伝ってー!」

「穂乃果達が来る前にはある程度終わらせるよー!」

「けど無理はしないで!皆でやればすぐに終わらせれれるよ」

 

神モブの3人組の他にも、音ノ木坂の学生ほぼ全員が校舎の外に集合していた。皆そろってその手には雪掻き用のスコップやシャベルを所持。

答は簡単。ここにいる全員、高坂穂乃果達を無事に会場まで送り届けようと集まった優しい心の持ち主たちだ。高坂穂乃果達が無事にたどり着くように、進む道すべての道の雪を掻き分けて、道を切り開いている。

μ'sはたった1年未満でここまで大きな存在となった。決して敬うほどの存在でもなく、決して疎まれる存在でもなかった。

『助けてあげたい』『力になってあげたい』といった自ずと湧きあがらせるほどの絶大な力を持ち、かけがえのない友達を持っているからこそ、今の現象が生まれたのだ。

 

 

これがすべて彼女たちの持っている絶巧な力だ。俺から見たらとても眩しいくらいだ。

 

 

 

羨ましいと少しだけ思った。俺も彼女たちのような頼られたり、必要とされるような人間になってみたいものだ。

 

 

そんな事、一生かかっても来ねえけどな。

 

 

 

 

 

さてと…やるとしますか。

 

 

 

 

「あ、貴方も手伝ってくれる!?助かるよー!」

「気にするな」

 

 

 

恰好が恰好なのでバレないものだな。

 

 

 

 

「因みに聞くけど、貴方は何でμ'sの為に手伝ってくれるの?」

「そうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪が大っ嫌いだからかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

お掃除開始。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪の女神と偽善の悪者

寒い…おしるこ飲みたい…。


 

「……さっむ」

 

ショベルを雪に突き刺して大きく息を吐いた。

 

 

 

俺は雪がそこまで好きではない。てか嫌いだ。別に雪が俺に何かしてきたとかそうではないが、俺は雪が嫌いだ。理由は、俺の両親が死んだのも冬の時期で更に雪の降っている季節だった。白の世界、両親の横たわる体、赤くリビングを染める鮮血、歪んでいた自分の顔。赤色に白色がマッチしすぎていて頭に深く刻み込まれている。今の精神状態だとどうってことは無いが、現在に至るまでの3年間、冬の時期になると情緒が不安定になったりする。急に涙が流れてきたり、あの時から溜まっていた何かが爆発して物に当たったりする。正しく奇行だな。

成長するにつれて俺は体も心も強くなっていると勘違いをしていたのかもしれない。人の心なんてとても脆いものだ。きっかけやスイッチが違えどすぐにぶっ壊れてガラガラと崩れ去る。無様な程にな。心を強くとかポジティブにとか、俺にしちゃ気休めに過ぎない。自分だってどうしたらいいのかわからなくなる。この胸の痛みはどうやったら消えるのか。この自分の中で蠢いているものはどうしたら潰せるのか。言葉にしたいがそれすらできなくなるくらいのナニか(・・・)。あの時の俺はどうしたらいいのか考える余地もなかった。

だけど、この時期になってどうもなってないのは俺の心がある意味で成長したのか、将又修復できない所まで壊れているかのどちらかだ。後者に一票。

両親の死は勿論だが、ほかにも理由がある。

 

あれはいつ頃だったけな…。

確か中学1年生でのスキー実習だったかな。よく覚えてないけど、絵里がスキー実習中に行方不明になっちまったんだよな。俺とくだらない喧嘩しちまって。

探すのも一苦労したぜ。猛吹雪の中体力の限界が来るまで走り回って、見つけたと思ったら怪我してるし。そんでもって喧嘩したことでグダグダと文句は言うし。

けど、絵里が大変な目に遭ってなくて本当に良かった。骨とか折れてたら罪悪感半端じゃなかっただろうし。喧嘩したのも後々考えたら馬鹿馬鹿しかったし。

 

 

冬の季節は碌な事がねえんだよ。

 

 

 

 

スキー実習ねぇ…。まーたあんな雪国行くのかよ。

あ、でもスキーは嫌いじゃねえ。自分の体で物凄いスピード出しながら滑れるから。滑ってる間は嫌なこと全部忘れられるし楽しいし。

 

 

 

 

雪が目に入らなければいいってことだが流石にそれは虫が良すぎるか。

 

 

 

 

 

「ううっ…」

 

風がキツくなってきた。手足は寒さで震えて身震いが止まらない。少しでも体を動かして温めないと凍えて死んじまいそうだ。

ショベルを再び手に持ち雪掻きを始める。掻き込んでも掻き込んでも雪で覆いつくされた道路はその姿を見せてはくれない。

 

恥ずかしがり屋か?恥ずかしがり屋なのか?

気持ち悪いなごめんなさい。

 

 

いや、こういう時こそ無心だ。いつ終わるかなとかそういう事考えるからだ。無心無心…。

絵里風邪ひいてねえかな…(無心終了)

クソが。俺のパワー見くびるんじゃねえ。

 

 

 

 

「がんばってー!!」

「そのまま真っ直ぐだよー!」

「穂乃果ー!ことりー!海未ー!」

 

 

 

あん?

 

 

 

視線の先、音ノ木坂学院に入っていくためにある階段付近。そこから声援が聞こえる。吹雪のせいで視程には中々はいらないが、少しずつ時間が経つにつれて目が慣れてきた。その際にいたのは、分厚いコートを身にまとい、女性には少し向かないほど大きな長靴を装着して、音ノ木坂の学生たちの声援を聞きながら全力で走ってくる女の子たちが居た。

右から南ことり、高坂穂乃果、園田海未。傘を差しながら、肩で大きく呼吸をしながら、そしてとても輝くほどの笑顔で。

ここにいたら俺は邪魔だ。道路の端っこにより3人の進む道の邪魔をしないように。悪いな。そこまで雪の整理できなかった。

バレないように背を向けてちょっとずつ雪掻きを再開する。

 

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「そこの人!ありがとうございます!」

 

園田海未、南ことりの言葉を背中で受け止めて見送る。

そして…。

 

 

「あ……」

 

 

高坂穂乃果だけ、進めていた歩を一瞬だけ止めて、言葉を放つ。

 

 

「ありがとうございます……。九条先輩(・・・・)

 

 

背しか向けていないのにどうして俺だと分かったかは今は問うまい。

女の勘ってやつだろうな。

 

 

 

 

 

「………すべきことを、果たしてこい」

「……っはい!」

 

 

 

 

「穂乃果!止まってはいけませんよ!」

「穂乃果ちゃん!早く!」

「うん!今行くよ!」

 

 

 

 

再び彼女たちは走り出した。

その背中を眺める俺の目には、雪すら解かすほどの暖かい光が彼女たちから出ているのが目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「……………さてと」

 

 

ショベルを元にあった場所に突き刺した。

 

 

 

お掃除完了。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

雪が徐々に納まってき、暗くなった町には幾百ものライトで町中を照らしていた。空から降り落ちてくる白い雪をライトが照らしつけると輝く光の粒に見える。

そんな町中を照らしつけるライトが一際強く照らしつける場所があった。

白色に染まっているステージを照らしつけるスポットライト。数多の色で光り続けるイルミネーション。

そして、そのステージに佇む9人の女神たち。その身にはまた雪に似合う各々違う装飾が施されている白い衣装。この一夜、たった一夜しか存在しない存在かもしれない。敢えて言えばその佇む姿は『雪の女神たち』だ。

 

 

ステージの前には大量の人で溢れかえっているファンの人たち。その中には彼女たちの親御さん達らしき姿も見える。自分の愛娘を見るのは南母だけではなかったか。

 

 

俺はそんな人混みの中には入れない。なるべく遠く、誰もそんなところでは見ないだろうといえるくらい離れた距離から俺はステージを見つめた。

 

ここでいい…。俺はここから見るので満足している。

 

 

 

『μ's;Snow halation』

 

 

 

 

雪の降り落ちてくると感じさせるイントロ。彼女たちは雪の中で踊り続ける女神たち。彼女たちの前では降り落ちてくる雪すら支配していた。

あの場所は彼女たちの世界。そこから目を離すことなんてあるはずがない。ファンの全員手に持つペンライトを大きく振る。

 

 

 

「綺麗だな」

 

 

一人一人の動きを見る中、俺の目に入ったのは絢瀬絵里の姿。

綺麗な金髪をポニーテールに纏め、彼女のチャームポイントと言える蒼い瞳はダイヤモンドのように輝いている。μ'sを否定し続けてきた本人は、その一員となり、目の前にいるステージで華麗に踊り続けている。舞っているかのように、飛び続け、廻り続け、観客を魅了するその姿はとても眩しい。

 

 

 

 

なんなんだろうなこの歌詞は。別にどう思って聞いてるわけではないが、俺の穢れた心に突き刺さる。

 

 

悔しい。と思うのはおかしいのか?絵里が好きだというこの感情を伝えきれないのは。

いや、悔しい以前に、そうさせたのは俺自身だ。

 

俺を救おうとしてきた彼女の勇気を俺は拒絶した。

 

影からでも、彼女の力になれればいいと思っていた。

 

だけど、困った時、俺は彼女の困ったときに力になれなかった。むしろ、余計な壁になったかもしれない。

 

彼女の優しい目を、もっと近くで見たかったと後悔すらしている。

 

 

 

 

 

俺が傷ついたことで、絵里は救われた。それが正しいと思った。いや、正しいと思い込んでいた(・・・・・・・・・・・)のかもしれない。自分が傷ついて助けたと思い込んだヒーローを気取っていたのだ。都合のいい解釈をして、俺は頑張ったんだって、自分で自分を褒めていた。

 

 

薄々と勘づいてはいた。こんな事で誰が感謝をしたのだろうと。

絵里は俺を助けてくれようとした。手を差し伸べてきた。けどその手を俺は掴むことなく、払いのけたのだ。

 

 

1人1人…1人1人1人1人1人1人1人1人…。

 

 

 

どんなことも、何をするときも、俺は1人だった。

罪の代償?違う、俺が俺に課した罰だ。

 

 

 

 

 

「………はっ。今更あの頃に戻りたいって思うとはな」

 

 

割り切っていた。無視していた。その感情に。

あの頃に戻って謝りたい。あの頃に戻って絵里に抱きしめて欲しい。あの頃に戻って俺の言葉を聞いてほしい。

後悔後に立たず…。

 

情けねえ…。自分でした事にケジメをつけずに、自分がしたことを無視して、罪の意識から遠ざけるようと甘えを施していたのだ。

 

 

 

 

何が男だ。何が悲劇のヒーローだ。何が絵里の味方だ。何が影からの協力者だ。

 

 

 

 

 

ただ俺が都合がいいと考えていた幻想だ。

 

 

俺の正体はクソったれの悪だ。しかも悪を貫けられないクズの悪だ。1人でできない。何もできていないじゃねえか。

 

 

 

「………クソ野郎が」

 

 

 

 

辺りがオレンジ色に染めあがった。彼女たちの心の中に秘められている【大好き】だと想う気持ちがダイレクトに心に直撃した。

 

 

 

 

 

 

そうだ。おれは絵里が大好きだ。絵里の笑顔が好きだ。絵里の仕草が大好きだ。絵里の輝く姿が大好きだ。

 

 

 

何度も思うが、この気持ちを伝えられることは一生ない。

絵里と俺とのつながりには何十層にも聳え立った壁があるんだ。これを壊すことは俺にはできない。これを壊すときは、俺が俺の中にある弱さを絵里に見られた時だ。

見せるわけにはいかない。見せたら、今までしたことが無駄になる。

 

 

 

「………親父…おふくろ」

 

 

 

俺がしたことは正しいのかなんて、分かりっこない。けど、誰かに、誰かに言われたいと思った。

 

 

 

 

 

俺のした事は無駄じゃない(・・・・・・・・・・・・)と。

 

 

 

 

「誰か、教えてくれ」

 

 

口かでた言葉は誰にも聞かれることなく、虚無の空間に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「九条君」

「?」

 

 

声のした方を見ると、高坂穂乃果の父親が経っていた。

 

 

 

「なんでこちらに?」

「君がいたからだ」

「そうですか」

「近くで見なくて…いいのか?」

「いいんです。俺はここで」

「ならば、俺も少しだけここにいよう」

「はい」

 

隣に並んで、一緒に俺とステージを見つめる高坂穂乃果の父親。

 

そして、口を開いた。

 

 

 

「和人」

「っ!」

「君の父親は、俺の親友だった。競い合い、信頼しあい、ぶつかり合い、一緒に成長した男だった」

「……親父は…もういません」

「あぁ。だが、あいつの心は俺の中で生き続けている。決して忘れることはない」

「………」

 

 

 

「あいつはいつも君の事をほめていた。自慢の息子だ。男らしい息子だ。大事な息子だと言っていた」

 

 

 

 

 

「……は?」

「君は決して弱い人間じゃない。そして強い人間でもない。出来ることは少ないが、我武者羅になって走る君の姿は、あいつにそっくりだ」

「親父…と」

「君は和人によく似ている。顔つきとかも似ているが、なにより、その炎のように燃える心は、和人によく似ている。決して、それを無駄にしてはいけない」

「っ!?」

 

高坂穂乃果の父親と目を合わせると、父親の力強い目に圧倒された。

 

 

 

 

「和人からもらったその体は、その心は、あいつと一緒だ。あいつも、誰かの為に一生懸命になれる強い人間だ。今の君も、誰かの為に自分を犠牲にしているのだろう。それは自分が信じた道だとしても。誰からも認められない道だとしても、決して無駄ではない。今の君がいるから、今華々しく輝いている人がいるんだ。違うか?」

 

 

この人は…。

 

 

 

「それが分かるのには時間も、心の余裕もないと思う。君もまだ成長している最中だ。その意味もおのずと分かるときが来るだろう」

 

 

親父に似ている……。

 

 

 

 

 

「それを受け止めるのは君自身だ。大丈夫だ、あの馬鹿野郎(強い男)の息子なのだからな」

 

 

 

 

高坂穂乃果の父親は俺の頭にポンッと手を置いた後、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のしたことは……間違いじゃない…のだろうか」

 

 

 

あの人に言われても、そうだと思うのは無理だ。何が正しいのかも、何が間違っているのかも、俺には結局よく分からないのだから。

 

 

ステージを見つめると、演技はすでに終わり、観客の方へと笑顔を向ける彼女の姿があった。

 

 

だけど俺は、再確認することができたかもしれない。

 

 

 

「絵里……」

 

 

 

 

 

そのまま輝く君で居て欲しい。

 

 

それを守るためなら俺は、どんなに醜くても、どんなに汚くても。

 

 

 

 

 

 

【最低で最悪】の悪者を演じ続けよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀色の世界(前編)

イメージオープニングテーマ

『サヨナラ I Love You feat.jyA-Me』

彼らの時間が動き出す


「…………」

多分これは夢の中だろう。よく小説、アニメとかで聞いたり見たりした何も世界だ。右も左も上も下もどこもかしこも、俺が一切見たことのない世界だ。早く目が覚めろよ現実の俺。

とうとう俺は異世界転生でもするのか?何に生まれ変わるんだよ。スライムか?ゴブリンハンターか?それとも喋る無機物か?無機物とか死にたくなってくるな。心臓とかなさそうだけど。

『どうだ?ここにきた気分は?』

「いきなりなんだ」

『夢の中だからな』

「なんでもありか」

『勿論だ』

「なんだ?俺は死ぬのかよ夢の中で」

『そうだな。私はお前の中にいるお前なのだが、私はお前の事を殺したいくらい嫌いだ』

「ほう。確かに俺は自分の事は嫌いだが、ここまで思われてるとはな」

『そうだろう?お前をずっと見てきたが、まさか自分がここまで愚かだとは思わなかった』

「愚かだと?」

『そうだろう?お前も気が付いてるはずだろう。絵里の事を』

「絵里だと」

『お前は絵里から離れたつもりだろうし、絵里もお前と離れたつもりだろうが、そんなことは全くない。お前の心は今も絵里を想い続けているだろうし忘れようと思っても何もできてないじゃないか』

「なんだと…」

『絵里は絵里でこの前の接し方でお前を見る目が変わってきている。いや、変わってきているじゃない。変わっていたのを元に戻そうとしているようだ』

「それは究極的には変わるんじゃないのか?」

『かもな。まあいい』

(……図星か)

『殺すぞ』

「こっわこいつこっわ」

『お前だぞ、私は』

確かに、絵里の心に変化があるような気はする。あの俺への対応を見れば、だ。俺をはたいた時と、たまたま出会ったあの時と、比べたら誰だ?と思うな。

恐らく、いや、確実にだが、絵里はなんで俺がこうなったか気づいているはずだ。東條、矢澤、後は…俺のオヤジ(・・・)に事情は聴いているはずだ。恐らくだが。

けど、それがそうだとしても、あいつが変わっても俺は変わらない。

『今までしたことが無駄になる…か?』

「っ」

『今まで通り、悲劇のヒロインのように、傷ついたヒーローのように、演じ続けてきた今までの自分をすべて綺麗に無駄にすることになる。それが怖い。それが恐ろしい。だろう?』

「たとえお前が俺でも、知ったような口聞くな」

『知っているんだよ。だから言えるんだ。今まで楽しかったか?演じ続けた自分を称賛するのを』

「うるせえぶん殴るぞ」

『カッコいいと思ったか?褒めて欲しかったか?絵里の為に何かをできたと自己犠牲できたのが最高に素晴らしいと思ったか?』

「黙れよ」

『自己満足に過ぎなくても、満悦したのなら良いだろう?』

「黙れ……」

『これが元に戻ったら最悪だろうな?お前の望んでいたものが……水の泡に…』

「黙れェ!!」

今まで封印していたんじゃないのかって程の大きな声が口から飛び出した。我慢の限界だった。例え相手が俺だとしてもこれ以上言われたらおかしくなりそうだ。お前が俺だとしても…今まで何も言わなかった『俺』が、俺の今までを否定しようとしないでくれ。

「はぁっ…はぁっ…」

『はっ。お前も愉快で哀れな男だ。こんな事してもなんにもならないというのに』

「何かならない事ならやっちゃいけないのかよ」

『絵里はそれを望んでいなかった。絵里はそうなってほしくなかった。絵里はあのままを望んでいた。絵里は……お前がこうなるのを、嬉しく思ったことは一度もない」

そうだろう。確かに絵里はそんな事を願っていなかった。だが、それと俺の行動は別だ。あいつがそれを想っても俺はそうしたいと思ったんだ。

そうしなければいけない気がしたんだ。

『絵里の為に偽るのをやめたらどうなんだ?』

「そんなことしたら、あの時の俺に顔向けできねえだろうが」

『そんなもの関係ない。過去は過去だ。今思っている絵里への気持ちを曝け出したらどうなんだ?』

「断る。もしそんな事をしても、絵里が変わるわけがない。軽蔑されるにきまってる」

『それはどうだろうな。ふふっ』

「何が可笑しい」

『いいや。やっぱりお前をこうやって見守るのも飽きないなと思ってな』

「はぁ?」

『最後に言っておこう』

 

 

 

 

 

『人に対する好きという気持ちは……どんな感情や覚悟をも勝るものだという事をな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい待て!どういうことだ!!」

 

意味深なことを最後に告げた中身の俺は、そのまま俺の意識の中から消えていき、俺の足元からその世界は崩壊していった。

 

 

 

 

 

「………条…九条っ!」

「ん……おあ?」

「何寝てるのよ。もう北海道に着くわよ」

「北海道…?」

「とうとう頭も使いものにならなくなったのかしら?そのままだと腐って死ぬわよ」

「んだとコラ」

「はいはいっ。二人とも喧嘩したあかんよ。エリチはそれ以上喧嘩売るようなことしたら揉みしだくで」

「何を!?」

「ナニやね」

 

 

夢の中から意識が戻った俺は右へ左へと視線を泳がした。そこは飛行機の中で、外を見ると雲の上を飛んでいた。

窓側から俺、絵里、東條という順番で座っている。

よくこんな鉄の塊が空を浮いているもんだ。人間ってやろうと思えばマグマの中でも飛び込めるんじゃね?バカですねはい。

 

 

 

 

「スキーか…」

「なに?嫌なの?」

「いいや」

「じゃあ何で呟いたのよ」

「そうだなぁ…」

 

 

 

 

窓から再び空を眺める。

 

 

 

 

 

「ただただ好きなだけだよ」

 

 

 

中身の俺の言葉が蠢いていた。

 

***

 

 

 

 

 

高く、そして長く連なっている銀色の世界を見つめると自分の存在が小さく感じられる。

寒く、だが空で煌めく太陽の光と身に着けているスキーウェアのお陰で凍傷などになることは無いだろう。

 

そして、雪は嫌いなのにも関わらず、俺はこの銀色の世界がとても好きだ。雪が嫌いとか言って矛盾があるのではないかと首を傾げるかもしれないがそこは目を伏せてくれ。アレだ。雪は嫌いだがこの雪の世界は好きだ。自分で言ってて意味が分からなくなってきた。

 

その銀色の世界の道をスノーボードを足に装着して滑り降りる。

 

姿勢は低く、腰を下ろして膝を曲げてスノーボードと同じ向きに体をひねる。道路のようなターンがターンの内側に体の正面を向けスノーボードを傾けて滑り下りる。右へ左へと足と腰を動かし、できる限りスノーボードを垂直に傾けると、より一層スピードが増していく。

 

 

「ははっ」

 

 

無意識に笑みがこぼれる。自分の足で走って出るスピードなんてたかが過ぎてる。車やバイクに搭載されているエンジンを使用すれば人間の生身では出せないスピードなんて軽く出せる。

だが、スキーやスノーボードはその類のものを使わずにかなりのスピードを出せる。それがとても楽しい。

 

心から楽しく思ったのはいつ以来だろう。胸が躍る。

 

 

 

 

「なんだよあいつ…調子のりやがって」

「どうせマグレだマグレ」

「腹立つな」

 

 

クラスの連中の小言が聞こえるが気にしない。今は心底機嫌がいいんだ。そんなくだらない言葉なんて右から左へ聞き流す。

 

 

 

「上手やね」

「ほぼ感覚なんだが」

「それがすごいんやけどね」

「こう…なんて言うんだ?体をグイッとする感じ」

「語彙力…」

「やかましい」

「まあ言いたいことはわかるんやけどな。不器用なりに」

「ちっ」

「あと、君より凄いのが…」

「言うな聞きたくねえ」

 

 

 

 

遠くから滑り降りてくるのはロシア生まれのクォーターである絢瀬絵里が、スキー板を足に装着し俺以上のスピードを出しながら、俺と東條の目の前に向かって駆け下りてきた。近くまで来ると両足を合わせてスキー板の横側でブレーキを掛ける。更に言うとブレーキを掛けたと同時に俺に向かって雪原の雪を被せてくる。

 

 

 

「お待たせ希」

「お帰りエリチ。さすがやね」

「まだ本調子じゃないのが難点ね。もう少し体を動かしたいわ」

「ならもう少し上にいこっか。結構際どいコースもあるやろうし」

「そうね」

 

 

 

 

 

 

 

(人に雪かけておいて何も言わないとはいい度胸だなこの女…)

 

 

 

 

 

 

因みに言うと矢澤にこは数分後雪だるまとなって発見された。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

スキー場のリフトに乗って雪原の頂上を目指す際に、私は思った。

 

懐かしいと、悲しい記憶。

中学生時代に私はこれと同じようなシチュエーションにて、彼、九条和平とまだ恋仲だった時に喧嘩をしてしまい、吹雪の強かった夜の雪原で迷子になったことがあった。

思い出したらとても怖い。私は夜、又は暗闇が嫌いだ。あの空間に居ると私という存在が黒という空間に解けてしまいそうで。何か怖いものが近くに来ていそうで。暗闇は私に想像してはいけない物を無理矢理創想像させようとしてくる気がする。それがとても怖い。

この雪原を見ると、あの頃の映像が頭に浮かび上がってくる。

喧嘩なんて些細なことだった。ただただ彼にちょっとした注意発言、まあお小言程度の言葉が原因だった。それが原因で大ゲンカ。今更思うと馬鹿馬鹿しい。中学生だから当たり前だと言えば当たり前だが、子供過ぎたのかもしれない。そんな彼との思い出も、今の関係だとしても懐かしく思えてくる。またもう一度、あの時の彼と楽しくスキーをしたいと考えながら。私は…この時を利用し、彼に真実を問おうを思っている。

今まで彼を見てきた。裏でこそこそと何かをしてきたこと。影で傷ついていること、私たちの活動に影ながら手伝ってくれていることを。理事長の口から直々にきいた言葉だ。嘘も偽りはないはずだ。本当に彼は、最後に決別したあの時、私が嫌いだとか、利用したとか、そういった理由で本当に私と絶縁したのか。今の彼を見ると、今更ながら信じられなくなってきている。なぜ今思いついたのか、遅すぎるのではないかとか色々と遅すぎたのだと思う。これは私の心の弱さが原因だ。笑ってほしい。悩んだ。悔やんだ。模索した。試行錯誤したといった四面楚歌状態だった。この時こそ、今しかないと思った。あの頃の記憶も彼の中では蘇っているはずだ。そんな今だからこそ聞くべきなのではないかと思った。この話をすると、希もにこも了承してくれた。私の好きにしたらいいと。悔いの残らない様にと言われた。

大丈夫だ。あの二人からの言葉が私に力を与えてくれる。迷うな。突き進むんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、先にいくで」

「後から来なさいよ」

「にこっちが一番遅れてそうやね」

「ぬぁんでよぉ!」

 

 

そんな相槌を打ちながら二人は雪原の坂を下って行った。

ここに居るのは私と彼だけ。絶好のシチュエーション。ここなら誰にも邪魔されない。

 

 

 

 

 

 

 

進むんだ。この一歩を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………和平っ」

 

 

 

 

 

以前愛していた彼の名前を呼ぶと、目の前に立っていた和平は、ゆっくりこちらを振り向いた。

 

 

 

 

 

「……………話が、したい…」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀色の世界(中編)

シリアス……来ますッ!!


「~♪」

 

九条和平の自宅から少し離れた場所にて経営されているラーメン屋。チェーン店でなく自己で経営されているその店は、地元の人間からとても愛されている。

 

『あーすげえ美味かったぁ!』

『また今度来たい!』

『もうこのラーメンが無いと生きていけない…』

 

こんな感じである。

 

そこの店主は、外見はとても大柄な肉体を持つ男性、そしてとても笑顔が素敵。若い女性からも超人気。初めてその店に訪れた女性の5割はその男性の笑顔にときめくほど。

店主の奥さんはそのモテっぷりはなんのその。いくらモテても店主から愛しているのはお前だけだと面と向かって言われているので浮気をすることは絶対ないと自負してるので大人の余裕を醸し出している。浮気なんてしたら多分その店主は殺されるだろう。奥さんの手によって。

 

 

 

そんな店が一体なんなんだというと。

 

 

 

 

 

 

その店主は九条和平の父親、九条和人の弟なのである。名前は『九条和也』。

 

 

 

 

九条和平の現保護者である。

 

 

 

 

 

その店に絢瀬絵里は訪れた。

 

 

 

 

 

 

「こんばんわ」

「いらっしゃ~……やあ絵里ちゃん」

「お久しぶりですおじさん」

「やめろおじさんは。まだ37だ」

「その歳はおじさんです」

「あちゃ~。悲しいねえ」

 

悲しいと言っておきながらその顔は凄いってくらいニコニコしてる。これも愛されるこの店の要素の一つなのだろう。

 

 

 

「いつもの塩ラーメン?」

「はい。それともう一つ注文いいですか?」

「お?珍しい。唐揚げ丼?キムチ丼?それとも店長特性餃子?」

 

 

カウンターに座った絵里は、肩に掛けていたカバンを隣の椅子に置いて一息ついてから言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

「九条和平についてです」

「……………ラーメンの前にお茶でも入れようか?」

「ロシアンティーで」

「それは無い」

 

 

 

 

 

 

「決心がついたのか」

「ずっと悩んでました。あれが本心なのかとか、何が間違いで何が真実なのかとか…」

「俺もあいつがした事は分からなくもない。あの兄貴の息子なんだから」

「最初、いいえ…ここ最近まで、ずっと疑ってました。けど、この頃彼の行動を見ていると、どちらが合っているのかすらわからなくなって」

「んで真実を知っている人間たちに聞いて回っていると」

「もし、もしそれが本当の事だったら私は彼にとんでもない事をしてしまったかもしれません。それをまた考えると……苦しくて」

「君の気持ちもわからなくはない。どれが真実だと分からなくても、その時の感情の方がどんな思考よりも勝ってしまってるからな」

「教えてください。あの時の真実すべてを。私はもう…逃げたくありません」

「………今日はもう店仕舞いだ」

 

 

表にある看板をひっくり返した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

これはこのスキー実習に行く当日の前日の話だ。

 

 

「………貴方のあの時の事を聞きたくて」

「あん?」

「覚えているはずよね。私と別れたあの日を」

「こんな時に限って言わなきゃいけないことじゃねえだろ。俺の気分を害したいのかよ」

「貴方は私を利用してると、好きじゃないと、巻き添えにしてると言った。その時私の心はとても苦しくて、悲しくなった。私が心の底から信じていた人から裏切られる気持ちなんてわからないでしょうね」

「それがどうした?まさか今ここでそれを蒸し返して追い打ちをかけようとでも思ったのか?趣味悪いな」

「っ…。それからというもの、貴方はクラスからも、地元の人たちからも忌み嫌割れる人間になっていた。あの時はいい気味だと、ほくそ笑んでいたわ」

「そうか。そりゃ嬉しい事だな」

「その時から私へのいじめもなくなり、普通の日常に戻っていったわ」

「だからなんなんだ。回りくどい」

 

 

 

そうね回りくどいわね。なら言わせてもらうわ。私の胸に秘められた想いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部……私を守ってくれた事だったんでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

喉を伝って呼吸していたのを忘れるくらいの衝撃だった。

吸った空気を吐き出そうとした瞬間だった。忘れるというか、喉の途中で呼吸が止まった。今こいつは何をいった?

 

守る?

誰を?

絵里を?

誰が?

俺が?

いつ?

あの時?

親が死んだあの時?

絵里と別れたあの時?

 

 

 

 

「和也さんから聞いたわ。全てを」

「あの…人は…」

なにを余計なこと言ってんだよ…。

「貴方のご両親が亡くなった理由も。それが原因で貴方が誤解されて人殺しだと言われたことも。それを聞いた私が貴方の味方をしたと同時に嫌われ始めたのをきっかけで私を苦しめたのも。貴方が周りの人間から苦しめられる理由も。日頃から怪我をしているのも。なんであの夜に貴方がステージにいたのも。なんで穂乃果を助けたのも。全部、全部分かった。貴方の行動の理由が!!」

 

 

こいつは…何を?

 

 

「あの人たちが死んだことで、その場にいた貴方が両親を殺した張本人だという事が誤解されて、それが学校の噂になって、そして私がいじめられた時に私と別れた理由。それは自分が標的に向くようにワザと演じたため!私を巻き込まれている混沌の中から救い出すため!貴方毎度怪我をしているのはあの時の件がきっかけで、長い間いじめられていること!ライブのステージにいたのはステージの不備を直していたため!穂乃果を助けたのも貴方自身の優しさから来た行為!」

 

 

 

言って…やがる…。

 

 

 

「私は、貴方をずっと見てきた。中学の頃からずっと!私を守るために自分を犠牲にして傷ついてきたことも知ってる。私は貴方が嫌い…だった。私の気持ちを弄んで、良いようにした後いらないと言って捨てて、モノのように扱った貴方を!けど、違った。全部、貴方が優しいからだった。自分が傷つけばいいと、誰も傷つかないと思ってしてくれた…。あの小さな女の子を助けたとき、私の心は揺らいだ。どれが本当の貴方なのかって。色々な人から聞いて、貴方を見て、確信することができた。全部……全部、私の為に演じ続けてくれたって!」

 

 

 

なにかガ…コワれる…。

 

 

 

「今まで、気づいてあげれなくて…本当にごめんなさい…。私は、そこまでしてもらう資格なんて無いのに…。なんで…そこまでしてくれたのよ…」

 

 

絵里の目から少しずつ涙がこぼれた。

 

 

「私は…そんな事頼んでいないのに……うっ…どうじでぇ…」

 

 

そんな事、簡単だ。

 

 

お前が大事だから。

 

お前が好きだから。

 

 

 

雪の上に涙が滴る。

 

 

 

 

 

「………俺は」

 

絵里に手を伸ばそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニゲルノカ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

俺の伸ばそうとした手に黒い何かが掴んできた。

 

 

 

 

今までの努力を無駄にするのか?

違う。無駄じゃない。やっと絵里にも信じてもらえたんだ。

人は信じないんじゃないのか?

違う。信じてくれる人を俺は信じるだけだ。

最低で最悪の悪者になるんじゃなかったのか?

違う。俺は完全な悪者になれなかったんだよ。

こんな簡単に絵里を信じていいのか?

違う。信じるのかじゃない。信じたいんだ。

あんなに拒絶されて、あんなに嫌われていたのに、そんな簡単に認められるのか?

それは…。

違うだろ?お前は変わったはずだ。なにもかも。全てを拒絶しろ。全てを否定しろ。全てを背けろ。全てを捨てろ。そうやって自分を造ってきたはずだ。

やめろ。

長い、長い間自分を造ってきた。そんな事、こんな事ですべてを消すことができるのか。

やめろ…。

絵里が好き?違うだろ。絵里は俺のものだと言いたいんだろ?

違う。

絵里は自分のもので都合のいいようにできればいいんだろ?

違う。

褒めて欲しいんだろ?頑張ったなって言ってほしいんだろ?カッコいいといわれたいんだろ?

違う…。

独占欲だろ?自己満足だろ?プライドだろ?全てを肯定するための。

違う!!

両親を亡くした頃にお前はとっくに壊れたんだよ。

違う!!

今さらもっと壊れても何もならない。今更救いを貰ってなんになる?いけるとこまで行けよ。

違う俺は!そんな事を望んでない!

壊れろよ。全てを歪めろ。今更遅いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

それ以上俺の心を壊すんじゃない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は絵里が好きナワケナイン大事で心の底からキラッテル訳が無いンダから!

 

 

 

 

 

 

 

 

エリガタイセツナラスベキコトガアルヨナ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかよ」

「和平」

「今までのを知ったのか」

「本当にごめんなさい…私が……私のせいで…」

「そうだな……。俺も言いたいことがあるんだ」

「ぐすっ……なに…?」

 

 

絵里が俺に手を伸ばしながら近寄ってくる。

俺はその手を…。

 

 

 

 

 

 

 

『掴まなかった。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

「確かに両親が死んで、俺が嫌われた。それをお前が庇ってくれた。確かにそれは事実だ。だが、全てが絵里の為(・・・・・・・)じゃない」

「っ…」

「何を期待したのかは知らない。俺が元に戻るとか浅い考えだったのかもしれない。もう遅いんだよ。俺がお前を拒絶したようにお前も俺を否定した。知ってるか?花瓶と一緒だよこれは。壊れたものはすぐには元には戻せないんだよ」

「け、けどここからやり直せば…」

「そうしたら大丈夫だって?違う。俺が直ることは無い」

「和……平」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな。俺はもう…あの時の俺じゃあないんだよ」

 

 

 

 

 

 

俺は馬鹿で愚かだ。今、その時しか浮かばない言葉しか相手に渡すことができない。そして後々後悔するのだ。なんで俺は、こんな言い方しかできないんだ。

 

 

 

あぁ、そうだ。俺が壊れてるからだ。

 

 

 

そうだ。無理もないな。だって壊れてるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「………か」

「あ?」

「ばかっ…和平の馬鹿っ……もう、貴方なんか知らない…もう好きにしたらいいのよ!!!」

「そうか。そりゃ好都合だ」

 

 

絵里は俺の横を通り過ぎて、雪山を滑り降りていった。

 

 

 

 

 

誰一人いなくなったその場所で俺は足に着けていたスノーボードを投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

「クソったれが!」

 

 

自分の顔面を殴りつける。

何度も…何度も。

 

 

 

 

 

「なんで俺は…こんなやり方しかできねえんだ!!」

 

 

 

元に戻りたい!絵里とやり直したい!けど本能がじゃまをする!!元に戻ったら!すべてが壊れてしまうんじゃないかって怖がっている!!何が好きだ!何が大切だ!何も俺にはできねえんじゃねえか!!絵里を守る!?絵里を救う!違うだろ!!絵里にかっこつけてただけだろうが!!

 

 

 

 

 

「一番の馬鹿野郎は俺なんだよ!!」

 

 

 

 

 

拳を雪に叩きつけても…何も変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18:00

 

 

 

 

 

 

その後の事はよく覚えていない。滑り降りたことは覚えているが、気づいたら自分の泊まる部屋で横になっていた。

天井を見上げればあそこでの出来事を反芻した。それを思い出すと目から涙が止まらなかった。あの時に戻りたい。俺のナニカが邪魔しなければとか、やり直したいとか、未練しか残っていない。

俺は何がしたいんだ、本当に。無気力だ。無様だ。もっとすべきことがあるんじゃないのかよ。俺の為に泣いてくれている女の子がいたのに。なんでだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「もう…どうでもよくなってきた………ん?」

 

耳を澄ますと部屋の外から男どもと女どもの騒がしい声が聞こえてきた。

 

 

 

「なんだ?」

 

部屋の扉を少しだけ開けて廊下を覗き込む。

 

 

 

「ーーーた?」

「ーーーにはーーのとこじゃーーー」

「先生ーーーー方がーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだようるせえな」

 

そんな事言ってると、枕元に置いているスマホが震えた。

 

 

 

 

 

 

 

『東條希』

 

 

 

 

 

「…………なんだよ」

「九条君!今どこ!?」

「あ?部屋だけど……なんなんだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリチがホテルに帰ってきてないんよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 

何度呟いた言葉か覚えていないか、口から間抜けな声が出たと同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な汗が背中を伝っていったのが分かった。




次回………和平をかっこよくします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀色の世界(後編)

イメージオープニングテーマ

『君の神様になりたい カンザキイオリ feat. 初音ミク』


寒い。

ここはどこ?

外が暗い。

雪がやまない。

足が痛い。

震えが止まらない。

目がかすむ。

誰か。

助けて。

 

 

 

誰か―――タスケテ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

俺はどこまで大馬鹿野郎になれば気が済むんだ。

今回はなんだ?俺があそこで全てを受け入れて、全てを丸くしてしまえばこうならずにすんだのに。

勇気を出して言いだしてくれた絵里の想いを踏みにじり、自分の願望や本能を突き通して、あまつさえ最後の最後に彼女を深く傷つけてしまった。

 

 

 

歪む前の俺がコレ見たらすぐさま俺の事をぶん殴りそうだ。

 

 

矢澤にロビーに来てほしいと言われたので寒くない様に上着を着込む。

 

 

 

今は緊急自体のお陰で廊下には生徒も誰も居ない。その変わりに先生がちゃんと部屋に居るかの確認をして廻ってるからロビーには誰もいないはずだ。

俺の部屋は鞄や服で俺がちゃんと寝ているかのようにカモフラージュしてあるから大丈夫だ。

 

エレベーターを降りて、ロビーのスタッフにバレない様にこそこそと動き、入口にたどり着くとそこで誰かがもめていた。

 

 

 

「落ち着きなさいよ希!」

「離してにこっち!私は行かなきゃいけないの!!」

「こんな吹雪の中どうするのよ!私たちじゃ流石に何もできないわよ!」

 

 

 

矢澤とスキーウェアを身にまとっている東條がもめていた。見るからに東條がいなくなった絵里を探しに行こうとしているんだろう。流石にお前じゃあぶねえぞ。

 

 

 

「おいっ」

「九条…」

「っ…九条君」

「ここでもめるな。こっちにこい」

 

二人の手を引いて物陰に隠れた。

ロビーに誰もいない事を確認し二人に振り返ろうとしたとき、東條に胸倉を掴まれた。

 

 

 

 

「なんで!なんでエリチの事を放っておいたんよ!」

「んだよいきなり…」

「君が目を離さなかったらこんな事にはならなかったのに!」

「希落ち着きなさい!」

「君のせいや!君がしっかりしていれば…」

 

ドンドンと俺の胸を拳で殴りつけてくる。その拳はとても重くとても痛い。

二人に話した。お前らがいなくなった後に絵里と話した内容すべてを。東條は涙がボロボロと零れ落ち、矢澤はうっすらと瞳に涙を貯めていた。

 

 

 

「私…どうしたらええんよぉ……エリチが…待ってるのに」

「希…」

「………」

 

 

 

こんな時どんな言葉をかけてあげればよいのだろうか。大丈夫だよと励ましたらいいのか、すまないと謝罪の言葉を掛けたらいいのか。

どれが正しいのかどれが間違っているのだろうか。俺があそこで話をしたのが間違いだったのか、あそこで俺が認めればよかったのか、いやそれよりも絵里に接触しなければよかったのか。

 

 

 

 

俺はどうしたらいいんだ。

 

 

 

 

 

いいや、分かっているはずだ。俺がすべきことぐらい。

 

 

 

 

けど、一歩が踏み出せない。

 

 

 

 

 

 

「九条君…」

「……」

「なんで君は人を守ったりできるのに、こんな時に何もできないの!?」

「っ…」

「ちょっと希っ!?」

「エリチを救った!自分を犠牲にした!そこまでできるのになんで今はなにもできないの!?」

「それは…」

「力があるんでしょ!?男なんでしょ!!」

「やめなさい希!そんな事言ったって何にも!」

「やめてにこっち!ここは言わないと気が済まない!」

「…のぞ・・・み」

 

 

 

そうだ。俺は絵里の為にどんなことでもしてきた。のちに何かが絡まろうとお構いなしに。

けど、こんな時に限って俺は動くことができない。目の前で泣く女の子の涙すら止めれない。

 

 

情けない。

 

 

 

 

 

「エリチの事…もっと考えてよ!人のために何かを捨てることができるのにどうしてエリチの想いを受け取ることができないの!?もう二人ともお互いを傷つけて追い詰めたのにまだ足りないの!?君はエリチを助けたら全てが終わると思ってる!エリチは君を認めたら今までの罪悪感から解放してあげられると思った!どん底に突き落としたのにも関わらずいまだに君の事を想ってくれているのに!」

「っ……」

「君の行動の意味を!考えを!彼女はずっと悩んでた!君は意味がなくあんなことしないって分かってた!だから君に話を持ち掛けた!なのに…なのに」

 

 

俺の胸倉をまた強く握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里が俺の事をそう思っていたのは考えもしなかった。だって、ずっともう終わったと思ってた。これからずっと嫌われ続けると思ってた。なのにどうして俺の為にそこまでする必要がある。意味が分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「また…エリチを助けてあげてよ!!ここで何もなかったら二度と戻れない!人の為に何かをできるって分かっているのに!なんでたった一人の女の子を救うことができないの!」

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 

心が痛い。熱い。

 

 

 

 

 

 

「助けてあげてよ…ウチのお願い…聞いてよ。私の願いを叶えてよ!」

「お願い九条。私からもお願い。……絵里を助けて。私の望みを叶えてっ!」

「東條…矢澤…」

 

 

 

そうだよ。いつものことだ。今まで何百回もあった。涙を流す子を見たくない。誰かの為に今までしたきたんだ。今回も一緒だ。

俺ができるのなんか、自分を犠牲にして、誰かを救う事しかできないことじゃねえのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………あぁ」

 

 

 

 

部屋に戻り。脱ぎ捨ててあったスキーウェアを身にまとい、ニット帽、ゴーグル、手袋を身に着けホテルのロビーに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

最低で最悪の悪者は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

ここはどこだろう。木が多すぎて建物すら見えない。

迂闊だった。いくら心へのダメージが大きいからって注意力が散漫過ぎた。その結果がこれだ。足首を挫いてしまってどこかに転がり落ちてしまった。

幸いにまだ視界は大丈夫だ。気が遠くなったりは何もない。

 

 

 

「どうして…なんだろうなぁ」

 

和平を助けてあげたいと思ったのが悪いのか。神様はなんで彼の事を許してくれないのだろう。今までの彼を見てきた。酷く独善的で独裁的で、昔の面影すら皆無だった。

確かに最初、いや今までは彼が大嫌いで顔すら見たくなかった。

和平が嫌いなのに、彼の事を考えずにはいられなかった。大好きだった彼がどうしてああなったのかを知りたいと思った。今の彼の正体を知りたかった。けどそれは叶わない夢だった。やっぱり彼はもうあの時の彼じゃなかった。壊れていたのだ。

私のせいだ。私のせいであんな醜い姿になってしまったと、今更ながら後悔してしまった。遅かった。遅すぎた。どうにかしたいと遮二無二だった。だから彼と面と向かって話をした。その考えが傲慢だったのかもね…。

 

 

「和平…かずひら…」

 

 

 

彼はカッコいい。誰にでも優しく、誰よりも男らしく、誰よりも心が強く、そしてとても紳士的で。女性からしたら優良物件である。

 

 

そんな彼だからこそ、私を救うときあんなやり方しかできなかったのかもね。

 

全てを丸く収めて、誰も傷つけることなく、綺麗な状況を作るには、アレしかできなかったのだ。自分が傷つけば、自分が苦しめば、『自分』さえと想い続けてる。

 

自分を犠牲にするのはもう筋金入りの偽善者だ。実に馬鹿馬鹿しい。けどそんなところが憎めない。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

そうだ。あの時、中学生の時もこれと似たことがあった。

あの時は和平と私が喧嘩して私が意地を張ってしまって足を踏み外してしまって、迷子になったんだっけ。今と何も変わらない。

 

 

 

「ぅぅ……」

 

 

吹雪が強くなってきた。いくらスキーウェアを着ていたとしても流石に堪える。できる限り物陰に隠れたいが足を挫いているから動きたくても動けない。

幻聴だとは思うが、暗い夜の中吹雪く風の音が誰かの笑い声に聞こえる。暗いところはいつまでたっても慣れないし、とても怖い。

 

 

 

「怖いょ……」

 

 

 

心細い。

怖い。

帰りたい。

 

 

 

「誰か……助けて……助けてよぉ…」

 

 

寒い。

暗い。

雪がやまない。

足が痛い。

震えが止まらない。

目がかすむ。

誰か。

助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果…。

ことり…。

海未…。

真姫…。

凛…。

花陽…。

希…。

にこ…。

亜里沙…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和平…。

 

 

 

 

 

 

「助けて…和平」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってんだお前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時もだ。

 

 

ボロボロになって、息を切らして、必死になって私を探してくれた男の子がいた。

 

 

 

 

『ったく!心配させやがって!』

『勝手にどっかに行くなよな!』

『心配したじゃねえか!』

『だ…だってぇ…』

『よかったよ。大きな怪我がなくて』

 

 

 

 

 

 

 

 

愚痴を漏らしながらだが、決してめんどぐさがらず、決して私を見捨てたりしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

その人は最低だ。

その人は最悪だ。

その人は傲慢だ。

その人は怠惰だ。

その人は馬鹿だ。

 

 

 

 

そしてその人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて私の大好きな人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和……平」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

本当に疲れた。まさかホテルからあんなに離れてるとは思わなかった。リフトは止まってるから自分の足で歩かなきゃいけないし、雪が激しいから前は見え無しい。どうしてこう見つかったか不思議なくらいだ。

 

いや、確かに直観だったよ。けど、昔にこれと似たことがあったから、その時と一緒で森に居るんじゃないかと思ったらビンゴだった。

見た感じ大きな怪我はなさそうだが、足を抑えてるってことはひねったようだな。

 

 

 

 

「な、なんで貴方がここにいるのよ…」

「あ?いちゃ悪いかよ」

「悪いわよ!他の人が探しに来てくれてるはずなのにどうしてあなたがここにいるのよ!」

「……てめえには関係ねえ」

「嘘つかないで!」

 

こんな時でもうるさいようでなによりだ。

 

 

 

「足見せろ」

「えっ…」

「ひねってるだろ。症状を確認する」

「ちょ、ちょっと!?」

 

絵里の足を掴んで無理矢理素足を曝け出す。そこには足首が少し青く腫れあがっていた。骨は折れていなくても捻挫は確実だ。恐らくコースからはみ出して足を踏み外したんだろう。

 

 

「捻挫は確実だ。歩けるか?」

「そっ!そんなのできる……いっつ!?」

「何時まで経ってもてめえは意地っ張りだな」

「貴方だけには言われたくないわよ!」

 

でもこのままでは結局はダメだ。こいつにはラブライブが控えてあるんだ。早く医者に診せて治療をしてもらった方が良い。

 

 

(雪は弱まらず、風が強い。視界は最悪。絶対絶命ってやつか)

 

 

このままおろおろしても埒が明かない。こうなったら……。

 

 

 

「よっと」

「あ、貴方なによ…」

「あ?見てわかるだろ。おんぶだよ」

「誰もそんなの頼んでないわよ!」

「じゃあこのままここにいるか?こんな天気じゃ電波も届かねえからホテルにも通じない。これより風が強くなったらもうどうにもならない。今のうちにここから帰るんだよ」

「そんな無茶な!足だって今もズキズキして痛いし…少し揺らしただけでも…」

「だが、時間の問題だ。このままお前が此処にいたら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里が涙を流しながら俺に向かって叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方に助けてほしくない!あなたに頼りたくない!そんな浅はかな考えがあったから貴方は私を見捨てたんじゃない!!」

「は…?」

「あの時も!今も!私は助けて欲しいって頼んでいない!なのに貴方は自分で突っ走って!自分だけ傷ついて!誰にも頼ろうとしなかった!」

「っ………」

「私は貴方のなに!?お荷物なの!?私は貴方に頼ってほしかった!私も貴方を助けてあげたかった!なのに…なのに!!貴方は自分が傷つけばそれですむと勘違いしている!誰も貴方に傷ついてほしいとか貴方に苦しんでほしいとか思っていない!。矛盾の塊じゃない!」

「絵里…」

「どうしたら……いいのよ…。貴方を救うにはどうしたらいいのよぉ……。貴方に分かる!?好きだった気持ちを踏みにじりられて、裏切られたこの気持ちが!!」

「………」

「貴方はなに!?貴方はなんなの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなの決まってる。

あの頃から一杯悩んだ。一杯考えた。なんでこんな事しているのか。なんで絵里に対してここまで非情になれるのか。

 

 

 

そんなのハナから決まってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絵里。俺はお前が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…」

「お前は俺にとって太陽だ。光だ。お前が大切で仕方ないんだ。あの時も、俺の事でお前が傷つくところを見たくなかったんだ。なら、絵里が傷つかない様に、誰にも嫌われないようにするには、俺が嫌われればいいって思ったんだ」

「………えぐっ……ぐすっ…」

 

絵里の腕を掴んで此方に引き寄せた。

 

 

 

 

 

「俺は最低で最悪だ。だからこそ今の俺がある。俺はお前の為ならなんだってできる。俺が苦しむことで助けることができることがあるならば俺はいくらでも苦しんでやる」

 

 

 

 

絵里を背中に背負い、ホテルに向かって歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

「悪かった。あんなやり方でしかお前を救う事ができなかったんだ。親父やおふくろが死んだことで、俺の中で何かが事切れたんだ。精神的にも不安定だったんだ。」

 

 

絵里は俺の首に腕を回してギュッと抱き着いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったで済むとは思わない。だから、これからも俺を嫌い続けてくれ。俺を憎み続けてくれ。俺はお前を捨てたことに対しての償いが済んでないんだ。俺には、お前を好きになる資格なんて無い」

「かず……ひらっ…」

「だからさ、ずっと笑っていてくれよ(・・・・・・・・・・・)。その為なら俺はなんだってできるんだから」

 

 

絵里が俺の耳元に顔を近づけて呟いた。

 

 

 

 

「何よ…。全部私の為って…そんなの貴方の自己満足じゃない」

「……あぁ」

「私は…貴方の苦しむ姿を見たくなかった」

「……あぁ」

「あの頃…枯れるくらい泣いた…。貴方に裏切られたって…」

「あぁ」

「なのに貴方は涼しい顔で日常を過ごしていた…」

「あぁ」

「狂ってるって思った……。おかしいんじゃないかって思った…」

「あぁ」

「それなのに…今更になって私のためだなんて……虫が良すぎるのよ…」

「あぁ」

 

 

絵里の涙が止まらなかった。

 

 

 

「えっぐ……わだじは…ざみじがっだ……」

「あぁ」

「3ねんがん……あなだをにぐみづづげだ……」

「あぁ」

「げど……ごごろのそこ…ぐすっ…から憎むことなんて…でぎながっだ…」

「あぁ…」

「あなだがやざじいがら…」

「あぁ…」

「あなだが……つよいがら……」

「あぁ…」

「どうじだらいいのが……わがらなかっだ…」

「あぁ……」

「いっばい悩んだ……いっばい泣いだ…。げど……どれだげ考えても…わがらなかっだ…」

「あぁ…」

「あなだを……だずげだがった…」

「あぁ…」

「あなだを……救いだがっだ…」

「あぁ…」

「あなだの事……冷たい人間だって…思っていたのに……」

「あぁ……」

 

 

 

 

 

抱きつく力が強くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで…なんで……こんなに暖かいのよぉぉお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里は泣き続けた。辺りで吹雪く風なんかよりも強く、悲しく。俺の耳に届いた。

その絵里の涙は俺にとっては、ありがたく且つとても辛いものだった。どこまでいっても俺は結局は彼女を泣かすことしかできない。こんな愚かで見にくい俺が彼女を大事にする資格なんて無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の涙は、俺の中で止まっていた歯車(時間)を優しく溶かしてくれた。




そして時は動き出す


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺が許せるその日まで

ただいま


『えー…3年生は最後の高校生活です。次なるステージに進むために今ある時間を大切にしてください。これにて始業式を終わります』

 

 

1月某日。

 

 

 

高校生活最後の3学期を迎えたこの日、俺は始業式をいつもの如くサボり屋上に来ていた。

 

「はぁ……」

 

 

あのスキー実習を終えた3年生は冬休みに突入し、帰省する者も居れば、極寒の中炬燵の中で身動きできない地獄(快楽)を味わっている者など、各々の生活を満喫しているなか、俺は自分の家でボーッとしていた。

 

 

これには理由がある。

 

 

そうです。絵里とのことです。

 

 

そうですよ告白しましたよ。あれからひと言も絵里と喋ってないよ。連絡先も消してるから来ることも送ることもねえよ。

あの後ちゃんと東條達にバトンタッチして、ホテルに送り届けたよ。いや流石に疲れた。できる限り揺らさない様に負荷を掛けない様に最善の注意を払いながら!

 

 

 

けどなぁ…。

 

それからというもの、絵里を顔を合わせても声を掛けられることもなく、逆もまた然り。まああんな事があったから、特に絵里が顔を合わせても顔を真っ赤にしてしまうので、俺は何もしない様にいつもの如く、無視をし続けることにしている。

 

 

 

「どちらかと言うと俺の方が恥ずかしいのだが」

 

 

色々ありましたよと言って好きですよとカミングアウトしてるんだ。俺の方が大ダメージだわ。

本当に余計な事言った。あの気持ちは心の奥深くに閉じ込めていたのにあの時の俺は何をしてるんだよ。あの時間に戻ってぶん殴るぞ。

 

 

「はぁ……」

 

何回目のため息か覚えていないが、もうこれっきりにしておこう。クソ野郎な俺だけども幸せが本当に消えそうだ。

 

 

 

 

「戻るか…」

 

 

天然水のペットボトルを握りつぶして教室に戻ることにした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「九条君」

「あん?」

「ちょっといい?」

 

中庭の庭掃除(ペナルティ)をしているときに、凄いニコニコしてる東條に声を掛けられた。なんだよその顔…。思いっきり何か考えてるだろ。

 

 

「まずお礼。あの時はありがとう」

「……俺は何もしてないんだが…」

「謙遜せんといて。ウチは凄く感謝してるんやから」

「あぁそう…」

「嬉しくない?」

「さあな」

「ひねくれてんな。後、あの時怒鳴ってごめんなさい…」

「気にするな。大親友がそんな目に遭っていたら誰だってそうなる」

「そうかもしれんけど、ウチ、胸倉も掴んだし…」

「喧嘩してたらよくつかまれる。気にするな」

「………怒ったし」

「似てるな」

「言わんといて!」

「だから気にするな。どっちかというと俺は頼ってくれたのが嬉しい」

「そっ…か」

 

あらびっくり。ニコニコ顔からりんごのような真っ赤な顔に早変わり。

いや、トマトだな。μ'sのあの赤い子みたいだ。

 

 

「で?俺に用があるんだろ」

「あ…うん。また荷物運びやねんけど」

「書類か」

「そうそう」

「……またか」

「ごめんな!ウチ今日外せへん用事があるんよ!」

「俺仕事してたのに…」

「お願い!一生のお願い!」

「どんだけだよ。別に構わないけど、どこにだ?生徒会室か?」

「そう。で、でも!今回は少ないから!そんなに重くないよ!」

「全然気にしてないんだが」

「ほんとごめんな!またお礼するから!」

「別にいらん。書類どこだ」

「えっと、書類は……」

 

 

 

あれ?

なーんかデジャヴを感じる。

 

***

 

 

 

 

確かに今回は書類は少ないが、なぜ東條は生徒会への書類を運んでるんだろう…。確か生徒会って新規で高坂穂乃果達が生徒会に入ってるような。あれか。OGとして手伝ってくれてるのかな。

 

 

「ご苦労なこって」

 

 

生徒会室に付いたので、片手でノック…。

いや待て。確か東條が生徒会室には誰も居ないって言ってたな。別にノックいらねえじゃん。

 

 

 

「失礼しまーす」

「えっ」

「え?」

 

 

誰も居ないと思って扉を開けると、なぜかそこにはずっと俺の悩みの種である張本人、絢瀬絵里さんがいらっしゃるではありませんか。

 

 

あ、まさか。東條の奴、あんなに必死だったのはこの為か!

 

 

「あのタヌキがぁ……」

脳裏でニヤニヤしてるのが目に浮かぶぜちくしょう。

 

 

 

「あっ…えっと…」

「あ……」

 

絵里がどうしたらいいのかキョロキョロしながらモジモジしてる。そうだよな…俺がここにいたら色んな意味で迷惑だな。

 

 

「あー…東條に頼まれた書類を届けに来たんだ」

「そ、そう…」

 

意識させず、意識せず。いつものようにだ。

書類を机の上に置き踵を返した。

 

 

「じゃあな」

 

扉に手を掛けたとき。

 

 

「ま、まって!」

「は?」

 

絵里に静止させられる。

 

 

「えっと…その…」

「…………」

「うぅ………」

「………」

 

モニョモニョしていた口から出た言葉は…。

 

 

 

「お、お茶……飲んでいかない?」

「あ?あー……、いただこう…かな?」

 

 

 

お茶貰うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうぞ」

「どうも」

 

なんで生徒会室に湯呑があるのかは今は問うまい。おそらく触れてはいけない所なのだろう。絵里から頂いたお茶を一飲みし、ふぅと一息つく。

 

 

「…………」

「…………」

 

静か。すんごい静かなんだが。絵里なんか俺の方見て固まってるんですけど。

 

 

「…なんだよ」

「…な、なんでもないわよ」

 

嘘つけオイ。あんなに見てて何にもない訳ねえだろ。

 

 

 

「ねえ、和平」

「ん…?」

「あの時の言葉なんだけど…」

「あの時?」

「そ、その…す、好きって言ってくれたこと…」

「あ”っ…」

 

やべえすげえ声出た。

 

 

 

「あ、いや…あれは俺の…その、その場の勢いとかなんとか…」

「そ、その場の勢いなのあれ…」

「あっ!いや、その…」

「嘘…なの?」

「違う…あれは本心…なんだ」

「そう…そっか」

「おう…」

「私…その、貴方の事…」

 

椅子に座って手を合わせてもじもじさせている絵里。けど、今の俺にその先の言葉を聞いていい資格はない。

 

「絵里」

「ふぇ!?な、なに?」

「その先の言葉は言わないでくれ。どっちかの言葉だろうけど言わないでくれ」

「和平…?」

「分かっているはずだ。あの時お前を俺は助けたけど、それで今までの事をすべてチャラにできるとは思っていない」

「でも、もうこれ以上自分を傷つける必要はないはずよ!貴方はそれ以上の罰を受けてるのに」

「違うんだ絵里。これはすべて俺の自己的な我儘なんだ。許さない許してほしいじゃないんだ」

「じゃあなんで…」

 

俺に許される資格はない。これはケジメだ。これはツケだ。これは償いだ。言葉や少しの行動で帳消しになんてできない。

 

だから。

 

 

 

「絵里にはこれからの俺を見て欲しい。俺がお前の横に立てる男になれているか」

「見定めるって事?」

「そうだ。今までお前にしたことは取り返しがつかない。今ここでごめんなさい言って許して貰えるとも思っていないし、お前が俺を許してくれても俺は納得ができない」

「本当に…貴方の我儘なのね」

「あぁ、俺は心も考える事もクズだからな。またお前に俺の我儘を聞いてもらうことになる」

「それは、どれくらいの期間?」

「そうだな。俺が、自分で自分を許せた時だ。だから、いつになるかはわからない」

「そう……馬鹿なんだから…」

「悪い」

 

机の上に置いていた俺の右手を絵里が両手で握ってくれた。

 

 

 

「分かった…確かに私もすぐに大丈夫とはさすがに言えないわ。私もそこまで優しい人間ではないもの…」

「それが普通だ」

「だから待ってる。貴方が…自分を許せる時まで」

「本当に悪い…」

「これ以上謝らないで。怒るわよ」

「………ありがとう…」

「えぇ」

 

絵里の両手を今度は俺の両手で包み込む。

 

 

 

「ところで和平」

「ん?」

「どっちの言葉も聞きたくないって言ってたけど、この時点で答えは分かっているわよね?あの雪の中で私もつり橋効果でこうなったのかもしれないけれど…」

「……………ぇ?」

「だって最初に私が嫌いって言ったら、この話は無かった事になるんじゃ……。貴方が嫌いだったら待つ理由もないわけだし…」

 

 

 

えっと……ということは…。

 

 

 

「っ!」

「あ、和平が赤くなった」

「せっかくの雰囲気壊すんじゃねえよ…」

「ご、ごめんなさい…気になってしまって…」

「~~~~~~っ…俺はもう帰る!」

「あ、そ、そう……」

「くそっ…変な気分だ畜生がっ…」

「えへへ…」

(可愛いなこの野郎!)

 

 

 

「じゃあな…」

「えぇ……また…ね」

 

手をフリフリして見送ってくれる絵里。俺は顔が熱くなりすぎて頭がショートしたのか、生徒会室の扉を力いっぱい閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…絵里の奴…」

 

あんなこと言っていたけど、俺の心は変わらない。俺は今の俺を許せない。俺は自分を好きになれない。俺が、まともで、真っ当な人間になるまで、絵里には必要以外近づかない。

 

 

 

そうすれば……絵里との関係を気にせず離れられる(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 

 

 

 

 

俺が……ここを卒業するまで。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリリッ

 

 

 

 

「あん?」

 

ポケットに入っているスマホを取り出して、画面を見る。

 

 

「っ……」

 

着信ボタンをタッチする。

 

 

「もしもし…」

「よう九条。元気か?」

「なんだよ部長さん」

「おい、俺は部長じゃねえもう刑事だ」

「はいはい…それでなんの用だよ」

「やっと、というべきか。お前に伝えることができたんだ」

「伝える事?」

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日18時頃、お前の両親の仇…無差別連続殺人犯を逮捕した。今は俺の署の預かりになっている。面会をすることは可能だが……どうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体のそこからマグマのような熱い怒りが込み上げてきた。あと数秒すれば噴火するレベルまで達している時点で俺はその怒りに蓋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かった……面会はいつだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この怒りが爆発したとき、俺はどうなるのだろうか。

 




えーっ、長い間お待たせいたしました。就職活動も終了したのでここに帰ってくることができました。
だれだ8月とか言っていたのは(自分です)

ちょっと本調子に戻るまで時間がかかると思いますが、ご了承ください。


さて、物語を進めましょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3年前の因縁

「待っていたぞ」

「よう刑事さん。久しぶり」

「元気…だったか?」

「分かりきってること聞くなよ。予想通りだよ」

「そうか…すまない、お前の力になれなくて」

「いいんだよ。たまに俺に飯ご馳走してくれてるだろ。感謝はしている」

「優しすぎるって言われないかお前」

「無いね」

「即答かよ」

 

でも、この人には本当に感謝している。俺が精神的に病んでいる時ずっと声をかけてくれたんだ。一人の警察としてではなく、一人の大人として。この人に作ってもらった料理は涙が出てくるほど美味かった。もう一人の親父と言っても過言ではない。

 

 

「こっちだ」

 

刑事さんに案内されたのは、よくドラマや映画でみる面会用の部屋。椅子がガラス越しに向かい合っている部屋だ。

俺は椅子に座り腕を組んで大きく息を吸って吐いた。

 

恐らく刑事さんは気づいている。俺がいまどれだけの怒りを抑えているのか。その証拠に刑事さんは俺のすぐそばで立ってくれている。俺が怒りで暴れない様に。

 

この3年間、怒りは抑えることはできたが、あいつへの恨みが消えたことは無かった。俺がこの状況になった根源でもあり、元凶だ。周りの人に恨まれるは別としてだが。

 

馬鹿野郎、落ち着け。別に喧嘩を売りに来たわけじゃないだろ。ただの面会だ。ただの…な。

 

 

 

「落ち着け九条」

「落ち着いてるさ…この通り」

「…それは自分の腕を見てから言え」

「ちっ」

 

組んでいる腕に手が食い込むほどに握っている。無意識にでも力が出ているのだろう。

 

 

 

 

「来たぞ」

「っ」

 

 

向かい側の扉が開かれ、警官数名が部屋に入り刑事さんに敬礼する。その後、白い服を着た痩せこけた男が入ってきた。

 

そうだこの男だ。俺からすべてを奪った男だ。背丈は今の俺より小さい。頬がこけていて、体はあの時よりも細くなっている。

だが、それだけだった。目にはまだ精気がみなぎっており、俺と目が合うと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

背筋に嫌な汗が流れた。鳥肌が立った。こいつはこんな時でも気味が悪い。

椅子に腰を落としたらすぐに口を開いた。

 

 

 

「よぉ」

「っ!」

「久しぶりだな坊主。お前のお陰でこのざまだ」

「そう…かよ。そりゃめでたいな」

「いやしかし、これでもよく持った方だぜ。なんてたって3年間も逃げたんだからな」

「その3年間俺がどんな状況に落ちたかもしらずにな」

「当たり前だろ?いちいち殺した奴のガキなんか知ったこっちゃねえ」

 

腕を掴んでいる手に更に力がこもった。

 

 

「よう刑事さん。これから俺はどうなるんだろうな」

「知らねえな。俺の上司に聞け」

「おうコワ。俺を捕まえたときもあんた同じ顔してるぜ」

「………」

 

刑事さん…。

 

 

「一つ聞かせろ」

「あん?」

「なぜ俺の親を殺した」

 

これは俺も悩んだ。こんな事聞いたって現状は何も変わらない。両親は帰ってこない。けど、真実が知りたかった。どうして両親が死ななければいけなかったのか。

 

 

 

 

 

 

だが、次に待っていた言葉は俺の予想を遥に上回った。

 

 

 

 

 

 

「ん~…忘れた」

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

「だから忘れたって。そんな殺した人間のことなんて覚えてねんだからよ」

「なん…だと」

「あ、一つだけ覚えてる。たしか…えっとぉ…」

 

 

 

忘れただと…?こいつは殺した人間のことなんて何も考えずに?忘れるくらいどうでもいい理由で殺したのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーそうだそうだ思い出した。お前の両親殺した時は、最高にスカっとしたのは覚えてるぜ」

 

 

 

 

 

バッキィィンッ!!

 

 

 

 

瞬間、俺は椅子から荒々しく立ち上がり、目の前にあるガラスを思いっきりぶん殴った。

相当固いガラスなのだろうけど、俺の拳を入れた場所から大きなひび割れが現れた。

 

 

「九条!!」

「てめえ!ざっけんじゃねえよぉ!!」

「落ち着け九条!落ち着くんだ!」

 

刑事さんは俺を羽交い絞めにし、力いっぱい押さえつけてきた。

 

 

「こわいこわい、今のガキは」

「おいもう面会は終わりだ!連れてけ!」

「は、はいっ!」

「離せよおっさん!あいつぶっ潰してやる!!」

「馬鹿野郎!そんな事しても何にもならねえだろ!」

 

 

俺が押さえつけられている間に、あいつは複数の警官に肩を掴まれて連れていかれた。

 

 

 

「おいお前!待てゴラァッ!」

「じゃあな坊主。またな(・・・)

 

 

 

それにて、面会はお開きになった。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ふーっ…ふーっ…」

「よう、落ち着いたか」

「あぁ……少しだけな」

「ったく、暴れやがって」

「暴れるなってのが無理な話だ」

「まあな」

 

あの後俺は、警察署の近くにある大公園に連れていかれベンチに座らされた。俺が荒く呼吸を続けている間に刑事さんがコーヒーを買ってくれたのでそれを一口飲む。

 

 

「刑事さん、あの後あいつはどうなる?」

「あいつはこれから本庁に連行される。その後は裁判なりなんなりだな」

「死刑…か」

「恐らくな。殺した人間の数が数だ。むごい死にざまになるだろう」

「そうか。万々歳だ」

「……なぁ和平」

「あ?」

 

初めて刑事さんに名前で呼ばれた。

 

 

「怒りはあるだろう。恨みもあるだろう。憎しみも悲しみも…。お前は今までに色々なものを貯めこんできた。もう楽になっていいんだよ」

「なんだよいきなり」

「好きな子の為に必死になっているのも知っている」

「…はぁっ!?」

「わざと自己満足の悪者を演じる必要もない。もうお前は解放されていいと思う」

「お、おいおっさん」

 

刑事さんはその場に立ち、数歩前に歩いた。

 

 

 

「お前はまだ高校生だ。人生これからの人間だ、それをこんなことで棒に振るんじゃねえ。青春を恋愛を、学校生活をこれからでいい。桜花してもいいんじゃないのか?お前はもう十分傷ついた。もういいだろ」

「だ、だけどそれをしたら…」

「今までの事が無駄だって?そんな事はない。今までしたことの結果が今のお前を造っているんだ。経験って言ったら可笑しいが、無駄ではない…はずだ」

「…………」

「泣いたっていい。甘えたっていい。これからを大事にするんだ」

「俺は……」

「ゆっくりでいい。元気になってさえくれれば。俺の夢は元気になったお前と一緒に笑いながら酒を飲むことなんだからよ」

「ふはっ…なんだそれ…」

「じゃあな…。俺はもう行く。帰り気をつけてな」

 

 

 

手に持っているコーヒーを一気飲みし、刑事さんはその場を後にした。

 

 

 

 

 

「いいたいことばっかり言いやがって」

 

 

確かに楽になりたいと思っていないと言ったら嘘になる。俺だって元の生活に戻りたいと思ってはいるが無理かなと思っているのが本音だ。自己満足に自惚れて、自分に酔っていた男だ。

 

1人で居ることにも慣れた。苦しいけど悲しくなんてない。

 

 

「人生を…ね」

 

 

けど俺は絵里と約束した。俺が俺を許せるまで、見定めてもらえるまで。じゃないと俺も納得がいかない。

 

 

大学も決まっているんだ。それから俺は自分の罪を償う為に努力するしかないんだ。

 

 

 

 

 

「………もし願いが叶うなら」

 

 

 

全てをチャラにして、絵里の横に立ちたい。

 

 

 

「あの時みたいに」

 

昔の事を思い出すと、目尻が熱くなる。腕で目をこすりベンチから立ち上がる。

 

 

「おいおい、色々納まったからって日和すぎだろ。涙なんか流そうとしやがって」

 

俺に涙なんて似合わないし流してはいけない

もうこれ以上絵里とは関われない。もう少しで卒業だ。我慢しろ。

 

 

「絵里にはまた嘘つきとか言われそうだな」

 

見定めてもらうなんて言ったが、そんなつもりは無い。俺の目標は絵里の前から消えることだから。

変わらないし変えない。絵里が俺を好きだったままでいてくれていても。

 

 

 

「……帰るか」

 

 

コーヒーの缶をゴミ箱に放り投げ俺は家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何気ない日々は過ぎていき…。

 

 

 

 

面会から3週間ほどが経過した。

 

音ノ木坂の3年生の卒業試験なども終了し、後は自由登校の時期に入った。まだ部活動をしている者、大学に向けて学校にて勉強する者、家で娯楽を楽しむ者などと、己の時間を謳歌していた。

絵里達はラブライブ最終ステージに進み、後は仕上げの段階に入っているらしい。矢澤が披露するステージの順番にて大トリを確保したとかでμ'sの面々の士気はうなぎのぼり。調整を重ねて本番に臨む。

かくいう俺は特に何も。刑事さんから特に連絡もなく、理事長からも依頼の連絡もない。そうなるとやることは大学に向けての準備くらい。

絵里達を見ないのかって?見たくても行かねえよストーカーじゃあるまいし。けど東條から追々近況報告がくるから早く見に来いと言わんばかりに催促してくるんだよ。巫女殿は等々俺に絵里を見せようとしてくる催眠術師にジョブチェンジしようとしているんだよ怖えよ。くわばらくわばら…。

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ最終ステージの前日の夜、東條から電話が来た。

 

 

『来るんやろ?ラブライブ最終決戦』

「いやなんだよそのアニメで出てきそうな最後の戦いみたいな」

『まあ、ウチらからしたら似たようなもんやろ。最後って部分は』

「ま、まあな」

『それで?さすがに来るよね?』

「行くよ。最後だしな」

『優勝、優勝しないを別としてなんやけど、それを最後に君はどうするん?』

「…どうとは?」

『エリチとは、会わないん・・・だっけ?』

「あぁ」

『仲直りしたのに?』

「絵里にも言ったが俺の我儘なんだ。今の俺は絵里の横に立つのは相応しくないんだよ」

『プライド?それとも自己満足?』

「二つだよ。それにもう会うことはない…と思う」

『二度と?』

「かもな」

『ふぅーん…』

「あれ?意外とあっさりと受け入れたな」

『君だったらそう言うと思ったから』

「えっこわ」

『せっかくエリチの気持ちが楽になったのにまた悲しますんだなって思うのもある』

「……まあ…うん」

『まあ気持ちが揺らぐことがこの先あるかもね』

「へ?」

『現に、今までの君はエリチと接触することすら拒んでたのに現にこうなってるんやもん』

「確かに」

『人生何があるかわからないよ?』

「それは俺も思う」

 

 

 

3年になっての4月なんか心のそこから絵里の事を毛嫌いするかのように離れてたのに、今じゃ昔みたいに戻ろうとしてるんだもんな。何が起こるかわからねえよ。

 

 

「けど、今はそう思ってるだけだ」

『世話が焼けるなほんまに』

「うっせ」

『さて、ウチも寝よかな。……あ、せや』

「ん?」

『確かエリチの連絡先無かったやんね?』

「うん」

『いる?』

「いらねえ」

『そっか。じゃあ、エリチが君に言った言伝を伝えるね』

「はい?」

 

 

 

 

 

 

『明日……待ってるから』

 

 

 

 

 

「…………」

『やって』

「ふぅん…」

『じゃ、寝るね。これからの君も見させてもらうね』

「見るんじゃねえ」

『ふふっ。じゃあ、おやすみ』

「おやすみ…」

 

 

通話を切り、ソファに深く座り込んだ。

 

 

否が応でも、これが最後だ。これで俺にとっての終止符を打つ。

 

 

後悔はある。昔に戻って何度やり直そうと思ったかなんて覚えてない。

 

 

 

 

 

 

 

もう、終わりにするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ最終ステージ初日。

 

 

 

 

「がんばってねお姉ちゃん!私も夜に会場に行くから!」

「ありがとう亜里沙。お弁当も朝早くに作ってくれて」

「いいのいいの!カツ一杯食べて頑張ってほしいから!」

「中身はカツなのね。なるほど」

「行くまでで怪我しちゃだめだよ。気を付けて!」

「えぇ。ありがとう。行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」

 

 

 

 

最愛の妹が作ってくれた弁当を鞄に入れてゆっくりと歩を進める。

今日はラブライブ最終ステージ。全国の猛者たちが集まる戦の場。私はこのステージで今までのものをすべてぶつける。楽しかったこと、辛い事、苦しかったこと、すべてをぶつけて私は、私たちは頂点に行く。

 

そして、和平と…やり直したい。きっと彼はステージを見に来てくれる。これを終わらして…私はあの時からの彼との時間を取り戻す。

 

 

 

 

「ふぅ…んっ!」

 

パァンッと頬を両手で叩き気合を入れる。

 

 

 

 

「よし!行きましょうかね」

 

 

 

会場に向けて歩を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから誰かの腕が伸びてきて、口元にハンカチらしきものを当てられた。

 

 

 

 

 

 

「んっ!?んーーー!んーーー!!」

「へっへっ…落ち着けよお嬢ちゃん。あのガキを呼び込む餌にするだけだからよぉ…」

「んんんっ!!?んんんんっ!!!………んんっ……」

「ヒヒッ…」

 

 

 

 

私はそのままそこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピリリリリッ

 

 

 

「んんっ……ぁあ?」

 

 

スマホから流れる音楽によって目が覚めた俺は、寝ぼけた目を擦りながら画面を見た。

 

 

「誰だ……刑事さん?」

『和平!今どこだ!!』

「はぁ?家だけど……」

『よし!お前は絶対にそこから動くなよ!何がなんでもだ!』

「いきなり電話をかけてきてうるせんだよなんだよおい…」

『ついさっき俺の部下から連絡があった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連続殺人犯の…垣田幸三が刑務所に輸送中に脱走した!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

『いいか!?何かあったらすぐに連絡しろ!』

 

 

それだけ言い残して刑事さんとの電話が切れた。

 

 

 

 

 

 

 

は?嘘だろ…なんであいつが?いや今はそんな事考えてる場合じゃない。とりあえず戸締りをして…。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリッ

 

 

と、また電話が鳴った。今度の電話は東條からだった。

 

 

 

 

 

「と、東條か。どうした?」

『九条君エリチ知らない?集合時間になっても来なくて…』

「絵里が?電話したのか?」

『ううん。電話にも出てくれへんの』

「あいつも遅刻することくらいあるだろ…」

『今からエリチの家に迎えに行こうかって考えてるんやけど…』

「まあ、もう一度電話してから……で………」

 

 

 

 

 

待てよ。あいつの脱走、絵里の遅刻…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『九条くん…』

「東條絶対そこから動くな!他の奴らも動かすな!!」

『え!?急になんで!?』

「俺が絵里をそっちに届けるから!絶対に!」

『そ、それはええんやけど急になんで…』

「切るからな!」

『ちょっと九条く…』

 

 

 

希の返答を聞きもせず俺は通話を切った。

 

 

 

 

「くそが!!なんで今日に限って!!」

 

今は冬だ。集めの服を着込んで俺は家を飛び出した。

 

 

 

 

 

ピリリリリッ

 

 

 

 

「ちっ!またかよ今度はだ…れだ…」

 

 

 

画面には非通知と表示されている。

 

 

 

 

「……」

 

考えもせず通話ボタンを押した。

 

 

「もしもし…」

 

 

 

 

 

 

 

『よう元気か坊主?ちょっとお話したくてなぁ…』

 

 

 

耳から聞こえてくるのはあの聞きたくもないクソ野郎の声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇遇だな。俺もだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歯車にヒビが入る音がした。




急展開。お許しを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。