ありふれた職業で世界最強(いふっ) ~魔王様の幼馴染~ (アリアンロッド=アバター)
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プロローグ 南雲ハジメの朝

なんとなく書きてぇなって思ったから書く。頑張ってハジメさんを幸せにします。


 それは、なつかしい思い出の記憶。

 まだ小学生になりたてくらいの幼い少女と、同い年くらいの男の子が向かい合って立っている。男の子はちょっと困ったように笑いながら、少女に声をかける。

 

「え、えっと……。初めまして、南雲ハジメです」

「南雲ハジメ……うん、じゃあ、ハジメって呼んでもいいかい?」

 

 少女は少年の名前を聞くと、距離感とかそういったものをどこかに放り出して、フレンドリーに問いかけた。そんな少女に、少年――ハジメはちょっと引いた感じで答える。

 

「い、いきなり呼び捨て? まぁ、いいけど……」

「本当かい? じゃあ決まりだね。これからよろしく、ハジメ!」

「うん、よろしく……って、僕は自己紹介したのに、君はしてくれないの?」

 

 名前を聞くだけ聞いて、自分は名乗る様子の無い少女にハジメは不満げな視線を向けた。少女はそんなハジメの視線を受けても微塵も動じていない。

 

「おっと、そうだったね。すまない、すっかり忘れていたよ」

「えっ、忘れてたの!?」

「あはは、まぁ、そういうこともたまにはあるってことだね」

 

 自由奔放にふるまう少女へ、少年は呆れたような笑みを見せた。

 

「え~、何それ……」

「まぁ、細かいことは良いじゃないか! それより、自己紹介だよ!」

「……ああ、うん。そうだね」

 

 なんとなく少女のことが分かった少年が、乾いた笑みを浮かべた。――――この子、人の話を聞かない子なんだな、と。

 そんな少年の様子には気づかずに、少女は満面の笑みを見せた。

 

「わたしはミオ。東風ミオ! よろしくだよ、ハジメ!」

 

 

 ――――これが、後に神殺しの魔王となる南雲ハジメと東風ミオの出会い。

 

 そしてそれは、物語の幕開けでもあった。

 

 

 

 

 # # # # #

 

 

 

 

 月曜日、それは一週間の中で最も憂鬱な始まりの日。きっと多くの人がこれから始まる地獄にため息を吐き、昨日までの天国を惜しむだろう。

 ベッドに寝転がり、今しがたまで大音量をかき鳴らしていた目覚まし時計を手にした高校生くらいの青年―――南雲ハジメは、そんなことを考えながらのそりと体を起こし、ふわぁ……とあくびを一つ。昨日も遅くまでゲームやらなんやらをやっていたハジメは、今日も今日とで寝不足だった。

 ハジメが寝ぼけたままベッドから立ち上がろうとしたその時、バンッ! と大きな音を立ててハジメの部屋の扉が開かれた。

 

「うわッ!?」

 

 その音に驚いて、ハジメはベッドから転げ落ちてしまう。背中から床に落ちて、バンッと思いっきりそこを打ち付けてしまった。痛みに悶え、「~~~~~ッ!」と声にならない声を上げるハジメ。

 

「ハジメ―! 起きろー! ………って、ハジメ? いったいぜったい、そんなところで何をしてるんだい?」

「いたた……。ミ、ミオがいきなり入ってくるから、驚いて落ちたんだよ! …………って、おわッ!?」

 

 痛みに閉じていた目を開けたとたん、ハジメの視界に飛び込んできたのは……スカートの中にある、飾りっ気のない純白の三角形。そっと添えられた赤いリボンがワンポイント。やはり清楚な白こそが至高……と、そこまで考えたところでハジメの思考は現実に引き戻され、慌てて見てしまったそれから視線を逸らした。

 

「ぬ? どうかしたのかい、ハジメ?」

「な、何でもないよ! なんでも!」

「本当かい? ずいぶんと慌ててるようだけど……ぶつけたところが痛むのかい?」

「だ、大丈夫だよ! こんなのへっちゃらさ!」

「それならいいけど……。ちなみに、今日のわたしの下着の色は?」

「え、白だけど……あ゛」

 

 なんたる失言。というか、下着を見たことはバレバレだったようだ。ハジメは「まずい」という顔いなり、すぐに起き上がり……その場に、土下座した。

 

「も、申し訳ありませんでした!」

 

 五体投地で謝るハジメを、下着を見られた張本人―――ミオはじーっと見つめ、「うん」とうなずきを一つ。

 

「うん、許して遣わす」

「ははー、ありがたき幸せ」

 

 芝居がかったやり取りで許しを貰ったハジメは、土下座の体勢から起き上がり、目の前の人物へ視線を向けた。

 東風ミオ。艶やかな黒髪をツーサイドアップという髪型にした、ちょっと普通ではお目にかかれないレベルの美少女だ。つり目がちな瞳、悪戯っぽい笑みを浮かべた蠱惑的な唇。肌はシミや日焼けとは無縁の白さを誇る。体型は小柄で肉付きも薄いが、貧相という感じは皆無。まさしくスレンダー美少女というヤツだ。

 ハジメは思う。何も大きく豊かなことだけが女性の魅力ではない。慎ましい体型にはまた違った魅力がある、と。

 そして、ミオはハジメの幼馴染でもある。美少女で幼馴染でこうして朝に起こしに来てくれる。なんたるテンプレ。ハジメは爆発した方がいい。

 小学校に上がってすぐ位に家の隣に引っ越してきたのがミオだったのだ。そんな二人は、出会ってすぐに仲良くなり、その付き合いは高校生になった今も続いている。小、中、高と同じ学校に通い、長い時間を一緒に過ごしてきた二人の間柄は、もはや家族同然と言っても過言ではない。

 幼馴染とは言え、十人とすれ違えば十人全員が振り返るであろうミオと、十人並みという言葉がよく似合うハジメの二人がここまで仲が良いのには、ある理由があった。

 

「にしてもハジメ、随分と眠そうだね。昨日も遅くまで『デーモンスピリット』やってたの?」

「そうだけど……あれ? ミオはやってないの? 最近はずっと徹夜しっぱなしのはずだよね? それにしては元気すぎるような……」

「ふっ、甘いねハジメ。このわたしが新作のゲームをやらずに夜を過ごすとでも? きっちり朝までノンストップだったぜ!」

「なるほど、その妙はハイテンションは徹夜明けのテンションってことね」

 

 ビシッ、と親指を立てるミオに、ハジメは「ははは……」と乾いた笑みをこぼした。

 ハジメもミオも、共通の趣味を持っている。漫画やラノベ、アニメにゲームなど、俗にいうオタク趣味というヤツだ。そもそも、二人が出会ってすぐに仲良くなれたのも、このオタク趣味のおかげだったりする。

 父親がゲームクリエイターで母親が少女漫画家。そんな二人に育てられたハジメは、それはもうどっぷりとオタクの世界にのめりこんでいた。ミオと出会うころにはすでに、ゲームや漫画をこよなく愛する今のハジメが出来上がっていたくらいである。

 そして、幼少期は両親共に忙しく、家でひとり過ごすことが多かったミオも、自然とそっちの世界に足を踏み入れることに。といっても、ミオの場合は親の持っていた少しの漫画と、夕方にやっているアニメを見るくらいで、ハジメほどどっぷりと沼に浸かっていたわけではない。ミオが完全なオタクと化したのは、ハジメと出会ってから。ハジメと仲良くするうちに、様々なサブカルチャー作品に触れ、その魅力に引きずり込まれていったのだ。そして、気が付けば女版のハジメのような存在が出来上がっていたのである。

 

「まぁ、それは置いといて。ハジメ、そろそろ起きないと遅刻するよ?」

「え? って、もうこんな時間!? ヤバい……というか、こんな時間になったのって、半分くらいミオのせいじゃ……」

「えー? にゃんのことかにゃー? わたし、わかんにゃーい」

 

 そう、猫語でふざけるミオに、ハジメがイラッとした視線を向け、すぐにいつものことだとため息を吐いた。この幼馴染様はハジメをからかうのが何よりも好きなのである。

 

「ハジメ。わたしは下で待ってるから。はやく着替えてくるんだよ? あ、着替え手伝ってあげようか?」

「結構です!」

 

 パジャマのボタンに伸ばされた手をぺしっとして、「これ以上は怒るからね?」という視線をミオに送る。視線を受けたミオは、すぐに「ごめんごめん。じゃ、急ぐんだよ?」と言い残して、開け放った扉を閉めながら部屋を出ていった。

 ミオの背中を見送ったハジメは即座にパジャマを脱ぎ捨て、壁に掛けてあった制服に着替え始めた。着替えながら、幼馴染の相変わらずな自由奔放さに、もう一度ため息を吐く。

 

「まったくミオは……」

 

 そうは言っているものの、ハジメの表情に負の感情は無く、「しょうがないなぁ」みたいな笑みが浮かんでいるだけ。

 ミオがハジメをからかって、ハジメはそれに憮然としたり怒ったりする。そんなやり取りは、もう数えきれないほど行われてきたことだ。日常の一部と言ってもいい。煩わしさを感じないわけではないが、もしミオがからかうことをやめれば、寂しさを感じてしまうだろう。こればかりは一生変わらないんだろうなぁ、と着替え終わったハジメは苦笑いを浮かべた。

 

「……………それにしても、白かぁ……って、何を考えてるんだ僕は!? こんなこと、ミオに聞かれでもしたら……ハッ!」

 

 視線を感じるっ! ハジメは慌てて扉の方を振り返った!

 閉まっていたはずの扉。それがわずかに開いている。その隙間から除く瞳は、間違いなく彼の幼馴染のもので……。

 次の瞬間、ドタドタッと廊下をかける音と、ダダダッと階段を降る音。そして、「菫さ~ん! ハジメがですねー!」というミオの声がハジメの耳に届いた。ちなみに、菫さんとはハジメの母親である南雲菫のことである。

 

「ちょっ! ミオォオオオオオオ! やめてくれぇえええええええええッ!!」

 

 ハジメも急いで部屋から出て、ミオが向かったであろう自宅のリビングを目指すが、時すでに遅し。

 バンッ! とリビングへと続く扉を開けたハジメを出迎えたのは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた母親と、満面の笑みでビシッとサムズアップするミオ。

 

「むふふー、ハジメのスケベー。今日のオカズには困らないわねー?」

「母さん!? 待って! それは誤解で……」

「んー? 誤解も何も、ハジメがわたしのパンツを見たのは事実だよ?」

「ミオォオオオオオオ! これ以上火に油を注ぐのはやめろォオオオオオオ!!」

 

 全力で息子をからかい始めた母親と、幼馴染を追いつめることに余念がないミオに、ついにハジメが吼えた。しかし、ハジメ渾身の怒号を受けても、二人はちっとも応えていない。それどころか、仲良く抱き合って、実にわざとらしく「きゃー、こわーい」などといい始める始末。母親にも幼馴染にも敵わないハジメは、ガックリと膝をついてうなだれるのだった。

 南雲家は今日も平和である。

 

 

 




オリ主ってタグ付けたけど、主人公は相変わらずハジメさんだよな。


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ハジメとミオ、学校ではこんな感じ

二話目です。
感想とかお気に入りとか、ありがとう!


「ほらハジメ。急がないと遅れるよ?」

「誰のせいだと思って……!」

 

 ハジメとミオは学校への道を自転車で走っていた。ハジメがペダルをこぎ、ミオがその後ろに立ち乗りしているという、お巡りさんに見つかったら一発アウトな登校方法である。朝にいろいろとやっていたせいで、遅刻ぎりぎりの時間になってしまったので、このスタイルになっている。原因の一人であるミオだが、自分で自転車を漕ぐこともなく、ハジメの怒りのツッコミにも変わらぬ笑みを返すばかりだ。実にいい性格をしている。

 ハジメとミオが通う学校は、二人の家から歩いて十五分ほどの場所にある。二人とも高校を決める時に「家に近いから」と決めたからである。それはともかく、自転車なら数分でつくので、遅刻は心配しなくてもよさそうだ。

 

「ミオ、そろそろ学校だから、自転車から降りて。先生に見つかるとヤバい」

「分かったー」

 

 学校に近づいたところで自転車から降りた二人。ハジメはそのまま自転車を引き、ミオはその隣を歩く。二人の距離感は拳一つもなく、時折腕やら肘やらが触れ合っている。はたから見れば、一緒に登校する恋人同士に見えるかもしれない。

 

「それにしても、朝のハジメは可愛かったなー。下着見て真っ赤になってるのバレバレなのに、必死に誤魔化そうとして」

「その話、まだ引っ張るの……? というか、ミオには恥じらいとかそういうものは無いの?」

「え、あるにきまってるでしょ?」

「あってその態度なのかぁ……はぁ」

 

 朝から何度吐いたか分からないため息を吐くハジメに、ミオはけたけたと笑って見せる。その楽しそうな笑みをみると、どうしてか大抵のことは許せるよう思えてしまうのだ。「僕はつくづくミオに甘いよなぁ」と内心で苦笑するハジメ。

 そんなハジメの視線に気づいたミオが「何?」と小首をかしげるのに「何でもないよ」と返したあたりで、二人は学校に到着した。校舎に取り付けられた時計で時間を確認すると、HRが始まるまでまだ十分くらいあった。

 二人並んで昇降口まで歩き、二人並んで下駄箱で靴から上履きに履き替え、二人並んで教室に向かう。その間にも、二人の間では楽し気に会話が飛び交っている。とはいえ、内容はいつもの通り、一般人ではなかなか理解しがたいものなのだが。

 

「へぇ、ミオはあそこのボスで詰まったから徹夜したんだ」

「あはは、もう何回死んだか分かんないくらい死んだよー。結局倒せなかったし」

「ちなみにそのボス、僕はもう倒してます」

「なッ! 先を越されただとぅ!?」

「あっはっは、ミオがゲームで僕に勝とうなんて、百年早いよ!」

「ぐぬぬ~、き、今日中に絶対クリアしてやる! そうと決まれば学校なんてバックレて……」

「こらこらっ! そんなことしたら灯さんに滅茶苦茶怒られるよ? またゲーム機が塵芥と化してもいいの?」

「それは困る!? わたしめっちゃ困るよ!」

「だったら、ゲームは帰ってからにすること。いいね?」

「……はーい、ハジメの言う通りにします」

 

 がっくりとうなだれたミオに、これで今朝の仕返しができたかな? と笑みを浮かべるハジメ。ちなみに、灯さんというのはミオの母親の名前である。ミオがゲームに嵌り過ぎて、他のことを疎かにし過ぎた際に、ミオからゲーム機を取り上げ、素手で粉微塵になるまで砕いたという過去を持っている。

 ハジメの背中には、すれ違う男子生徒たちからの視線がぐっさぐっさと突き刺さっていた。それは、ミオと一緒にいることから生じる嫉妬の視線だ。とはいえ、ミオと仲良くなってからこの手の視線を受ける機会などごまんとあり、ハジメはその全てを意識外に追いやってスルーするスキルを身に着けている。今更それを気にすることなどせず、ミオとの会話を楽しんでいた。

 そうしていると時間は結構ギリギリになっていた。二人は所属するクラスの教室にたどり着くと、がらりと扉を開ける。

 教室に足を踏み入れたハジメとミオ。そんな二人を向かえたのは、睨みやら舌打ちやらだった。その大半はハジメに注がれているが、ミオにも一定数が向けられている。

 それらをさっくりと無視した二人は、自らの席に向かう。だが、タダではいかせないとばかりにちょっかいをかけてくる者たちがいた。

 

「よぉ! キモオタ、また徹夜でゲームかよ。どうせエロゲ―でもやってんだろ?」

「うわっ、キモチワルッ! 徹夜でエロゲ―とかまさにキモオタじゃね?」

「やっぱ南雲はキモイわ~」

 

 口々にハジメを貶す言葉を吐き、何が面白いのかげらげら大笑いする男子生徒たち。その筆頭でありハジメを最初に声をかけたのが檜山大介といい、毎日毎日飽きずにハジメにちょっかいをかけている。檜山の周りにはほかにも斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人がいて、彼らに檜山を入れた四人がよくハジメを馬鹿にするメンバーだ。

 ハジメは檜山たちが馬鹿にするように、確かにオタクである。だが、それはサブカルチャーをこよなく愛しているというだけであって、ハジメ自身は普通の男子高校生だ。服装がだらしないわけでも、徹夜が原因でよく居眠りをするとは言え、成績が悪いわけでもない。容姿だってイケメンとは言えなくとも、不細工な要素はどこにも見られない。

 確かに、オタクというだけで必要以上に蔑視されることもある。だが、檜山たちがハジメを目の敵にするのには、別の原因があった。一つは分かりやすいだろう。幼馴染であるミオの存在だ。ハジメのようなオタク野郎にミオのような美少女の幼馴染がいて、それもとても親しい様子で接していることが、彼らは気に入らないらしい。

 そして、もう一つの原因は……。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 弾むような可愛らしい声が、席に着いたハジメの耳に届く。ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべた女子生徒が一人、ハジメの元に歩み寄って来た。彼女はこのクラスでハジメに対して友好的な態度を取る数少ない人物であり、ハジメ虐めのもう一つの原因だった。

 彼女の名前は、白崎香織。サラサラの黒髪は腰まで伸び、制服に包まれる肢体は豊かな曲線を描いている。優しげな大きな瞳は少したれ目気味。スッと鼻梁の通った小さな鼻。桜色に艶めく小ぶりな唇。それらが完璧なバランスで配置されている。その美貌から学校の二大女神と呼ばれ、同級生どころか学校中の男子生徒から人気を集めている。人気の理由はその整った容姿だけではない。いつも微笑みを絶やさず、持ち前の面倒見の良さと責任感の強さで誰からも信頼されている。そして、頼られても嫌な顔一つせず、真摯に向き合ってくれるのだから、人気の高さも納得である。

 そんな香織だが、なぜかハジメのことをとても気にかけているのだ。まじめな性格の香織が、不真面目なハジメを気にかけて更生させようとしているともとれるし、大半の生徒はそう思っている。それゆえに、クラスの女子生徒などは香織に注意されても何一つ直そうとしないハジメのことを疎んでいるのだ。

 しかし、ハジメの隣にいる彼と同じくらい不真面目なミオには、ハジメほど熱心に注意しないことから、香織の内心がうかがい知れる。とはいえ、そのことを察しているのはミオをはじめとして一人か二人くらいだ。

 香織の視線を真っ向から受けたハジメは、ちょっと慌てたように挨拶を返す。

 

「あ、ああ。おはよう、白崎さ――――」

「おはよー、白ちゃん。今日もキラキラしてるね。無駄に」

 

 だが、その挨拶は阻まれてしまった。ハジメの横で机に突っ伏しているミオの、毒入りのセリフで。

 香織は笑顔のまま、ミオの方を向いた。ミオは突っ伏した体勢のまま、眼球だけを動かして香織を見る。

 

「おはよう、ミオ。そのだらしない姿、相変わらずだね? もうちょっとシャキッとしたら?」

「白ちゃん、余計なお世話って言葉、知ってる?」

 

 バチィッ!! 二人の間で視線がぶつかり、大きな火花を散らした。香織は笑顔のまま、ミオはそっけない表情で、視線を打ち合う二人。近くにいるハジメがミオと香織の放つ威圧感にブルリと体を震わせた。

 このように、ミオと香織は仲が悪い。何が原因かは分かり切っているので言う必要はないと思うが、一応明言しておこう。二人に挟まれて震えているオタク野郎だ。

 この際ぶっちゃけるが、ミオはハジメに好意を抱いている。もちろんライクではなくラブのほうの、だ。初恋の相手にして、運命の相手であると信じて疑わない。ハジメ以外の男を男だと認識していないし、もし……万が一、億が一、ハジメに嫌われ拒否られたら、一生独身を貫いてやろうと決めているくらいだ。いまだにハジメとミオとの関係がただの幼馴染に収まっているのは……家族同然ということで近づきすぎた距離感と、いつも肝心なところでヘタレるミオのせいだったりする。

 そんなミオの前に現れた強力な宿敵(ライバル)。それこそが香織だった。ハジメとの接点など何もないはずなのに、ハジメへ無自覚な恋心を向ける超絶美少女の存在に、ミオは戦慄した。

 それは、香織も同じだった。たった一度だけの邂逅。けれど、香織はその日からずっとハジメのことが気になっていた。その純粋さゆえにその気持ちの正体に本人は気づいてないが、それは間違いなく恋と呼ばれる感情だ。そして、高校生になった香織は、同じ学校にハジメがいることに気が付いて、とても喜んだ。喜んだ直後、ハジメと親しげな様子のミオの存在に気付き、その胸中には、本人には自覚できない複雑な感情が生まれた。その感情の名を『嫉妬』という。

 そんな感じで、ミオと香織は入学当初からこうしてハジメを挟んでの剣呑なやり取りを、頻繁に勃発させていたのだった。

 

「白ちゃんさぁ、実は暇だったりする? 毎朝毎朝こうやってわたしたちのところに来るけど、他にやることないの?」

「そ、そんなことないよ。私はただ、二人のためを思って……」

「あ、そうそうハジメ。さっき聞きそびれちゃったけど、結局あのボスってどうやって倒せばいいの?」

「聞いてよ、ミオ!」 

 

 自分から聞いておいて、答えを最後まで聞かないという鬼畜な所業に香織が食って掛かるが、ミオは素知らぬ顔でハジメに笑いかける。本能的に互いを敵だと認識している二人だが、こうしたやり取りだけ見ると仲が良く見えるから不思議だ。喧嘩するほどなんとやら、というヤツであろう。

 そんな風に、香織がミオに突っかかり、ミオがそれを無視してハジメに話しかけ、ハジメはそんな二人の様子に困ったような笑みを浮かべるということを繰り広げていると、三人の男女が近寄って来た。

 

「南雲君、東風さん、おはよう。なんというか……いつも通りね」

「香織はまた二人の世話を焼いているのか? 全く、香織は本当に優しいな」

「フンッ、やる気のねぇヤツらにゃ、なに言っても無駄だと思うけどなぁ」

 

 三人の中で一人だけきちんと朝の挨拶をし、香織とミオの様子を見てハジメへと同情的な視線と苦笑を贈った女子生徒の名前は八重樫雫。香織の親友であり、香織と並んで学校の二大女神に数えられる美少女だ。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の瞳は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。女子にしては高めの百七十二センチの身長と、スラリと引き締まった身体、そしてその身に纏う凛とした雰囲気は侍を思わせる。彼女の実家は八重樫流という剣術の道場であり、雫自身、非凡な剣術の才能を持っており、小学校の頃から負けなしという猛者である。そのカッコよくて綺麗な容姿と、彼女自身の気質である面倒見の良さから、異性は勿論のこと同性からの人気もすさまじい。後輩先輩関係なく雫のことを『お姉様』と呼ぶものが出てくるレベルである。

 二人目の些かクサいセリフを吐いた男子生徒は天之河光輝。どこの主人公だとツッコミたくなるキラキラした名前の彼は、容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能の完璧超人である。さらさらの茶髪に優し気な目元、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった身体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、雫と同じく全国クラスの猛者だ。雫とは幼馴染であり、彼女の親友である香織ともよく一緒にいる。女子からの人気が高いことは言うまでもなく、雫と香織の存在に気後れして近づけない女子が多い中でも、月に二、三回は告白されるというのだから、筋金入りのモテ野郎だった。「爆発しろぉ~!」と男子生徒たちの怨嗟の声がどこからか聞こえてきそうである。

 最後のどこか投げやりなセリフの彼は、坂上龍太郎。光輝の親友である、短く刈り上げた短髪に鋭くも陽気さを感じさせる瞳を持つ。百九十センチの長身に、鍛え上げられた肉体は熊の如し。その見た目にたがわず、細かいことは気にしない脳筋タイプである。

 龍太郎は努力とか根性とか熱血とか「もっと熱くなれよぉ!」といったことが大好きなので、やる気という言葉が己の辞書に載っているのか怪しいハジメやミオのことが気に入らないらしい。今も二人を一瞥した後は、フンッと顔を逸らしてそっぽを向いている。

 そんないつも通りの三人に、ハジメはははは……と乾いた笑みを浮かべながら、挨拶を返した。そんなハジメに周りから殺意のこもった視線が突き刺さる。「何かってに八重樫さんに話しかけてんだこのオタク野郎! スっぞオラァ!」という意味の視線だ。雫も香織と同じくらい人気がある。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。二人のことは……まぁ、こうなっちゃったら僕にはどうしようもできないかな?」

「そんなんだから白ちゃんは……って、八重ちゃん? いつの間に」

「いつの間にって……ついさっきちゃんと挨拶したじゃない。聞いてなかったの?」

「あはは……。ごめんね、気付かなかった。おはようだよ、八重ちゃん、坂上くん」

 

 香織との言い争い(もう少しで取っ組み合いになりそうだった)をしていたミオは、雫たちが話しかけてきたことに気が付かなかったようだ。雫からのジト目を受けて、罰の悪そうな顔で謝罪し、『雫と龍太郎』にだけ、挨拶を返した。さらりと無視された光輝の目元がピクリと引き攣る。

 

「ふ、二人ともまた香織に迷惑をかけてるのか。いい加減、治したらどうだい? 香織のやさしさに甘えてばかりなのはどうかと思うよ。香織も二人にばかり構っていられないんだ」

 

 ちょっとどもりながらも、光輝はハジメとミオに忠告する。光輝からしたら、ハジメとミオは香織から何度注意されても、まったく治そうとしない不真面目な生徒だ。正義感の強い彼からしたら到底許せない存在なのだろう。

 しかし、ハジメもミオもどれだけ言われようと今の生活をやめる気は無かった。二人が共有する座右の銘は『趣味の合間に人生を』。彼らは趣味中心の人生を送ることに何のためらいもない。さらに、二人ともハジメの両親の仕事をよく手伝っており、その腕前は即戦力扱いを受けているほど。将来設計はばっちりであった。

 二人からしたら、自分たちは自分たちなりに人生を真面目に生きており、誰になん言われようと、生活スタイルを変える必要性が見いだせないのだ。

 

「「………………」」

 

 というわけで、必殺聞こえなかったフリを発動。ハジメとミオは水が高いところから低いところへ流れるがごとく自然に、光輝から視線を逸らした。そして、

 

「――――あ、ミオ。そういえば今日の一限目ってなんだったっけ?」

「んーと、確か……あれ、なんだったっけ? 白ちゃん、分かる?」

「もう、二人ともしっかりしなきゃ。一限は現国だよ」

「ああ、そうだったね。ありがとう、白崎さん」

「白ちゃん、大儀であるぞ」

「なんでミオはそんなに偉そうなのかな? かな?」

 

 極々自然に、別の話に移行した。香織も巻き込んで、まるで光輝の発言など元からなかったと言わんばかりである。香織がハジメたちに絡んで、それを見た光輝がハジメたちを注意する。そんな流れにいい加減嫌気がさしてきた二人のとった行動は、まさかの『スルー』。元よりハジメに無駄にきつく当たる光輝のことを嫌っているミオは勿論、最近ではハジメもそれに便乗するようになっていた。話しているうちにミオは雫と龍太郎を巻き込んで、気が付けば光輝だけが話の環から外れていた。光輝が何とかして話に入ろうと声をかけ……る直前にミオのインターセプト。ミオはハジメを悪く言う相手を許さない。結局、光輝はそのあとHR開始のチャイムがなるまで、ミオの妨害を受け続けるのだった。

 

 




雫ちゃん、好きだわ。このままいくと香織よりも先にヒロインに……いや、ないか。


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異世界召喚

いまだにこのサイトのポイントやらなんやらのシステムが分からない。
それはそれとして、オリキャラってミオちゃん以外にも出していいものかね? 例えば……光輝の正ヒロインとか? うわぁ、何それ誰得だよ。


 HRが終わり、授業が始まる。ハジメとミオはというと、二人仲良く机に突っ伏して眠っている。あまりに堂々とした居眠りに、教室に入って来た現国の教師が注意をしようとするが、寝ているのがいつもの二人だと気づくと、あきれたようにため息を吐くだけで早々に授業を開始した。

 そんな二人に、香織は微笑み、光輝はむっとした視線を向け、雫は苦笑する。そして、そのほかの生徒たちは苛立ちと軽蔑の視線をぐっさぐさと送った。もっとも、張本人たちはそれらに一切気付かず、とても安らかに眠っているのだが。

 そうしているうちに時間は過ぎ、あっという間に昼休みに突入した。ハジメは四限終了のチャイムで、実にタイミングよく目覚め、いまだに寝こけているミオの肩をゆすぶった。

 

「ミオ、もう昼休みだよ。ほら、起きて昼ご飯にしよう?」

「ん~……ふわぁ……んぅ……おはよぅ、ハジメぇ……」

 

 寝ぼけまなこをこすりながら起き上がったミオに苦笑しながら、ハジメは鞄から弁当箱を取り出した。ミオも半分無意識の状態で鞄をあさり、ハジメのと同じ弁当箱を取りだす。この弁当はミオの母親である灯が作ったものである。ほっとくと昼ご飯を十秒でチャージできるゼリー飲料で済ませようとするハジメたちを見かねて、毎日作ってくれているのだ。パカリと弁当箱のふたを開ければ、色とりどりのおかずがところ狭しと詰まっている。料理が趣味な灯の弁当はいつも手が込んでおり、味も一級品。ハジメは嬉しく思いつつも、毎日こんな風に手の込んだものを作ってくれる灯に、申し訳なく思っていた。

 

「灯さんの作ったお弁当、今日も美味しそうだね」

「お母さんは凝り性だからねぇ。いただきます」

「いただきますっと」

 

 食前の挨拶をすませれば、後は美味しく食べるだけ。ハジメもミオも、灯の弁当に舌鼓を打ち、「うまい!」と感想を言い合った。

 そんな二人のもとに、弁当箱を持参した女神が君臨する。ミオの視線がスゥと細められ、ハジメの肩がビクっとはねた。

 

「南雲君、私も一緒に食べていいかな?」

 

 笑顔でそんなことを言う香織。ざわりと教室内にざわめきが広がった。特に男子たちがハジメに向ける視線がヤバい。どのくらいヤバいかというと、いきなり殺気立った男子たちに、教室に残っていた四限目の社会科教師である畑山愛子先生(二十五歳)が、「ひゃうっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げるくらいにヤバかった。

 クラス中の男子の殺意の眼差しを一身に受けたハジメの脳が警鐘を鳴らす。これ以上香織と親しくしているところを見せたら、マジで殺される! と。

 

「えっと、白崎さん。僕なんかと食べるより、天之河君たちと一緒の方が……」

 

 脳内で鳴り響く警鐘に従って、やんわりとした断りの言葉を告げるハジメ。そんなハジメに、今度は女子生徒たちから「何キモオタのくせに白崎さんの申し出を断ってるの? 死ぬの?」という視線が突き刺さる! もうどうすりゃいいんだよ! と内心で吠えるハジメ。しかし、ここでハジメが香織を受け入れれば、ハジメはこの昼休みを針の筵状態で過ごすことになり、放課後には間違いなく体育館裏に連行だ。それに加え、隣の幼馴染の機嫌が悪くなるのは確定事項。それらを思えば、ハジメに香織の申し出を受け入れるという選択肢は無いのだが……。

 

「南雲君。私と一緒にお弁当食べるの……嫌、かな?」

 

 悲しそうに瞳をうるうるさせ、上目遣い気味でハジメを見やる香織。そんな表情でそんなこと言われたら、ハジメが取れる選択肢など一つしか残らないわけで……。

 

「……い、嫌じゃないよ! 全然! うん、僕も白崎さんと一緒にお弁当食べたいなぁ!」

「本当? 南雲君、ありがとう!」

 

 ヤケクソ気味に言うハジメに、香織は先ほどの悲しそうな表情は何だったのかと問いたくなるほど嬉しそうな笑顔を見せ、近くの机から誰も使っていない椅子を持ってきて、ハジメの机を挟んだ対面に座った。女神の前で、オタク野郎はどこまでも無力だった。

 しかし、ここで女神香織に対抗できるだけの力を持つ存在が、ハジメを守るべく立ち上がった。

 

「うわぁ、何この人、めっちゃ図々しい。それに腹黒だよ。これじゃあ、白崎さんじゃなくて黒崎さんだよ」

「……どういう意味かな、ミオ?」

 

 「マジでドン引きです!」という表情で香織を見て、大げさに体を震わせて見せるミオ。香織の顔ににっこりとした笑みが張り付けられる。ただし、目は笑っていない。

 

「どういう意味かなんて、説明しなくても分かるんじゃないかにゃー? 腹黒黒崎ちゃん?」

「私は、白崎だよ! それに、腹黒なんかじゃないもん!」

「……無自覚って恐ろしいね。黒ちゃん、可哀想」

「ミ~オ~!」

 

 そして始まるキャットファイト。朝の焼き増しのようにハジメを挟んでいがみ合っているのかじゃれているのか判断の付きにくい言い争いをするミオと香織。

 ハジメは思う。なんかもう、この二人のやり取りは、見て楽しむくらいが己の精神衛生上良いんじゃないか、と。

 遠い目をするハジメ。言い争いを続けるミオと香織。そこに「香織が虐められてる! 何とかしなくては!」と無駄に正義感を滾らせた光輝が乱入し、ミオとハジメにスルーされ、そんな彼をいさめるために雫がため息を吐きながら近づき、龍太郎がなんとなくついてくる。結局、ハジメとミオの席に学校で有名な四人が集まってしまい、他の生徒たちからの視線の圧力は強まるばかりだ。

 そんな、いつも通りのありふれた光景は、次の瞬間には崩れ去ってしまう。

 ハジメたちの足元……教室の床に、いきなり光の線が浮かび上がり、複雑な幾何学模様を描き始めた。唐突過ぎる異常事態に、教室中の誰もが硬直し、驚愕の表情を浮かべた。その幾何学模様を見て、ハジメはこう思っただろう。――――まるで、漫画やゲームに出てくる魔法陣のようだ、と。

 魔法陣は光り輝き、教室中を閃光で埋め尽くそうとする。その時になってやっと動き出した生徒たちが、我先に逃げ出そうとする。愛子先生が「早く! 教室の外に出てください!」と叫ぶが、時すでに遅し。

 その場にいた全員の視界が白に埋め尽くされた。

 そこから、どのくらいの時間が経ったのか。数秒か数分後に閃光が晴れると、教室にいたはずの生徒たちは全員消え去っていた。残されたのは、彼らの所持品や食べ掛けのお弁当など。それはまるで、かの有名はメアリー・セレスト号事件のようで……。

 この事件は、白昼の集団失踪事件として世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 # # # # #

 

 

 

 

 

 閃光に視界を焼かれ、目を閉じていたハジメは、視力が回復するのを待ってから、目を開いた。隣には、目に掌を当てながら「目が、目が~」とうめいているミオの姿があった。お前はどこの大佐だ、とツッコミたくなるのをぐっと我慢して、辺りを見渡す。

 そこは、先程までいた教室ではなかった。ハジメの目にまず飛び込んできたのは、巨大な壁画。そこには、後光を背負う中性的な顔立ちをした長い金髪の人物が、自然に囲まれているという絵が描かれていた。美術品には詳しくないハジメでも、素晴らしいと思えるような一品だが、金髪の人物を眺めていると発生源の分からない嫌な予感に襲われ、すぐさま目を逸らした。

 そのまま周囲を見てみると、どうやらハジメたちは大きな広間にいるらしい。大理石のような、美しい光沢を放つ素材で造られた建築物のようで、美しい彫刻の彫られた柱が立ち並んでいた。天井はドーム状で、大聖堂という言葉が自然と浮かんでくるような場所だった。

 ハジメたちは、その部屋の奥。台座のようなところにいる。あの時教室内にいた全員がこの場にいるようで、ハジメの近くには香織たちがへたり込んでいた。

 とりあえずハジメは、いまだに大佐の真似をしているミオの頭をぺしっとした。異常事態にも変わらない姿を見せるミオの精神力には素直に賞賛を贈るが、今はそれどころではない。

 

「ミオ、今はふざけてる場合じゃないよ」

「むぅ、わたしの渾身のボケにツッコまないどころか、頭をはたくとは何事…………って、何事!?」

 

 やっと、自分たちの置かれた状況に気が付いたミオが、辺りを見渡してぎょっとした表情を浮かべた。

 

「え、ナニコレ。夢? いきなりドリーム?」

「うん、落ち着いて。夢でも何でもないから…………たぶん」

「わたしたち、さっきまで教室にいたはずだよね……? って、白ちゃんたちは!?」

 

 ミオが慌てたように視線をうごめかせ、近くでへたり込んでいるものの、無事な様子の香織や雫を見て、「良かった……」と胸をなでおろした。いつもが言い争ってばかりだが、こういう時は真っ先に香織の心配をするあたり、ミオの心情が透けて見える。最も、本人に言ったところで顔を真っ赤にして否定されるだけだろうが。光輝? 視界にすら入っていませんが何か?

 

「白ちゃん、八重ちゃん、大丈夫? どこにもおかしなところとか無い?」

「う、うん。ミオは……大丈夫そうだね。ネタに走る余裕もあるみたいだし」

「その芸人根性はどこから来るのかと聞きたいところだけど……、今は、そんなことをしている場合ではないようね。ここは、一体……」

「わたしも分かんない。分かんないけど……ハジメ、この状況、何か見覚えない?」

 

 ミオの言葉に、ハジメは今起きた出来事を思い返していく。

 

「……教室にいきなり現れた魔法陣。光に飲み込まれたと思ったら、さっきとはまるで違う場所にいた……うん、この状況は、アレだね」

「ハジメが中学のころ書いてた小説の冒頭だね」

「ちょっと待って。どうしてミオがアレのことを知ってるの!? 誰にも見せたことないのに……」

「菫さんが見せてくれました。確かタイトルは、『覇刃天剣の……」

「ストップ。マジでストップ。許してくださいお願いします! なんでもしますからっ!」

 

 ハジメさんのブラックヒストリーが今まさに明かされようとした瞬間、ミオに縋りつくようにしてそれを阻止するハジメ。その最後のセリフに「「え、今なんでもするって言った?」」と声が重なる。誰の声かを言う必要はないだろう。またもやキャットファイトが始まるかと思われたその時、「二人とも、状況を考えて行動しましょうね?」という雫の言葉とやけににっこりした笑顔。「はぃ……」と消え入りそうな返事をした。

 そんな、この異常事態にあってもいつも通りなやり取りを見て、ハジメは自分の中に生まれていた少なくない動揺が消えていくのを感じていた。こういった状況で一番恐ろしいのは、パニックに陥って何も分からないままに事態が進んでいってしまうこと。冷静さを失ってしまえば、何か取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。

 ハジメは、ミオに笑顔で「ありがとう」とお礼を言った。何のことかよく分かっていないミオが「どういたしまして?」と首を傾げた。

 ハジメはその時になって、この場に自分たち以外の人物がいることに気が付いた。

 生徒たち以外の、最初からこの場にいたであろう者たち。全員が、白地に金糸で刺繍が施されたお揃いの法衣に身を包み、台座に乗っている者たちに向かって跪き、胸の前で手を組み何か熱心に祈っている。

 その中から一歩踏み出たのは、集団の中でもっとも煌びやかな衣装に身を纏い、三十センチくらいの高さがある烏帽子のようなモノをかぶった七十歳くらいの老人だった。もっとも、老人というには弱々しさが皆無で、鋭い眼光や纏う雰囲気は覇気と言っても過言ではないモノ。

 そんな彼は、手にした錫杖を鳴らしながらハジメたちの前に立つと、落ち着いた声音で話しかけてきた。

 

「ようこそトータスへ。勇者様、そして御同胞の皆さま。歓迎いたしますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 イシュタルと名乗った老人は、そう言って好々爺然とした微笑みを浮かべた。

 ミオは、イシュタルのセリフを聞いて、ハジメの耳に口を寄せた。

 

「ねぇ、ハジメ。これってやっぱり……」

「……うん、多分ね。現実だとしたらこれは……」

「「異世界召喚」」

 

 ハジメとミオの声が重なった。どうやら自分たちは、異世界に来てしまったようだ、と。その場で確信とまではいかなくとも、それにほど近い結論を出す。

 

「ど、どうしよう。ハジメ……」

「今はとにかく、あのイシュタルって人が状況を説明してくれるのを待つしかない……かな」

「そうだね……。それにしても、お弁当食べてる途中で召喚するとか、空気読めない人たちだね。KYは嫌われるよ」

「……多分、今一番空気読めない(KY)なのって、ミオじゃないかなぁ」

 

 本当にぶれないミオに、ついに感心よりも呆れが優るハジメだった。




ミオのキャラが書いててめっちゃ楽しい。けど、天職とか何にするかはまだ考え中である。


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言いたいことは言う、それがわたしの流儀

更新じゃ! 


 イシュタルと名乗った老人に案内され、生徒たちは召喚の間から、長いテーブルの置かれた食堂のような部屋に移動していた。入口から一番遠い場所にイシュタルが腰掛け、その近くから愛子先生、光輝、雫、龍太郎……と、スクールカーストをそのまま表したかのような席順で座っていく。

 だが、それを完全に無視する猛者もいる。勿論ミオとハジメだ。もっとも、香織と一緒にいた二人が、香織が奥の方の席に座るのにつられて近くに座っただけなのだが。こんな時でも檜山のハジメアンチは止まらないようで、香織とミオに挟まれるようにして座るハジメへ憎しみのこもった視線を送っている。

 そんな視線など、ミオのからかいやらなんやらをスルーし続けてきたハジメにとって痛痒を感じるようなものでもなくなんでもなく、そのスルースキルをいかんなく発揮していた。 

 ハジメが檜山の視線を黙殺していると、部屋にメイド服の女性が入ってきて、生徒たちに紅茶と思わしき飲み物を配っていく。メイドさん、しかも美女美少女のオンパレード。ここでガン見しなきゃ男が廃るぜ! とでも言いたげに男子生徒たちの視線がメイドさんにくぎ付けになる。そして、そんな男子生徒たちの様子を見ていた女子生徒たちの視線の冷たさは、台所に出没するアレを見る目と大差ない。

 当然のように、ハジメもメイドさんに視線を奪われた者の一人だったが、隣から何やら名状しがたい気配が吹き上がるのを感じてすぐに視線を前方に固定した。ちらりと気配がした方を見てみると、香織がにっこりと笑っているだけだった。その笑顔を見ていると、何故だか怖気が走り、背中に冷や汗が流れていく。ハジメは速攻で視線を再度前方に固定した。

 一方、ミオはというと……。

 

「わぁ、すごい! マジのメイドさんだ! ねぇねぇ、貴女、名前は何て言うの? あっ、お茶ありがとうね!」

「え? あ、はい。どういたしまして……?」

 

 コイツ、ホントにぶれねぇな。見ていた全員がそう思ったという。自分に紅茶を淹れてくれた白髪紫眼のメイドさんに、目を輝かせたミオは、状況とか空気とかそういうものを全部ぶち壊しにしてメイドさんに話しかけた。話しかけられたメイドさんも、相手は神によって召喚されたいわゆる『神の使徒』。それに、邪な感情に起因する行動ならすげなくあしらえるものの、目の前の少女が向けてくるのは少しばかりの興味と、混じりっけなしの好意。それゆえに、メイドさんは戸惑いながらも返事をしてしまう。

 瞬間、ミオの瞳に、キランと光が宿った。 

 

「うっわ、スゲェ。見た目だけじゃなくて声も可愛い! わたしはミオって言うんだ。よろしくね?」

「ミオ様、ですか? えっと、私はアッシュと申します」

「へぇ、アッシュって名前なんだ。いいね、貴女にピッタリな綺麗な名前だね」

「あ、ありがとうございます。あの、ミオ様? その、教祖様が……」

「え? ああ、あんな空気読めないクソ老人とかどうでもいいから、それよりも今はアッシュちゃんだよ! ねぇねぇ、もっとお話ししない? わたし、この世界のこととかなんにも知らないから、いろいろと教えて欲しいな? 手取り足取ふぎゃッ!?」

 

 調子にのってメイドさん――――アッシュにナンパまがいのことをしていたミオは、頭上に降り注いだ衝撃でそれを強制的に中断させられた。「いったぁ~」と頭を押さえながら振り返ると、そこには拳を握ったまま表情を消している幼馴染の姿があった。

 さっと、ミオの顔から血の気が引いた。

 

「ミオ」

「ア、ハイ」

「静かに……ね?」

「イエス、サー!」

 

 ハジメ幼馴染折檻モード。ミオの行動が流石に目に余るラインに達した時に、それを止めるためのハジメ第二形態である。いつもは草食系男子の証のような苦笑が浮かぶ顔から一切の表情が消え去り、声も一段階低くなる。切れているわけではないが、いつもは柔らかい雰囲気を放っているハジメがこういうことをすると、かなり怖い。ギャップ恐れというヤツである。

 ハジメの視線にピシッと姿勢を正したミオ。変わり身に速い幼馴染にため息を吐くと、目を白黒させて戸惑っているアッシュにペコリと頭を下げた。

 

「すみません、うちの馬鹿が……。ちゃんと言い聞かせておきますので」

「い、いえ。お気になさらないでください」

 

 ハジメの謝罪にそう優しく返すと、アッシュはすぐさま退散していった。いい加減イシュタルの視線が怖かったのだ。ミオがアッシュに絡まれ始めたあたりから視線は険しくなり、「空気読めないクソ老人」のあたりでやべぇ感じの目つきになっていた。その視線は依然としてミオに注がれているが、本人はハジメの怒りを買わないようにする方に必死で、イシュタルの視線なんぞ意識の端にすら引っかかっていなかった。

 

「……では、皆様方はさぞ混乱していることでしょう。事情を一から説明する故、まずは私の話を最後まで聞いて下され」

 

 そういってイシュタルが話し始めたのは、どこまでもテンプレで、笑ってしまうほファンタジーで、何も言えなくなるほど自分勝手なモノだった。

 異世界トータスには大きく分けて人族、亜人族、魔人族が存在している。人間族が大陸の北側を、魔人族が南側を。亜人族は東側にある巨大な樹海にひっそりと住んでいる。

 このうち、人間族と魔人族は何百年と争いを続けている。魔人族は数で人間族に劣るものの、一人一人の質は高い。人間族はそれに数で何とか拮抗している状態なのだ。そんな状態は、数十年と続いており、その間に大規模な戦争などは起きていなかった。

 その拮抗が、最近になって崩れ始めてきた。魔人族が魔物を操り始めたのである。魔物とは通常の野生動物が魔力を取り込んで変異した存在……と、されている。だが、詳しいことはよく分かっておらず、ただ人間族だろうと魔人族だろうと見境なく襲い掛かる凶暴性、それに加え『固有魔法』という特殊な力を持っていることで知られている。

 魔物を操るという行為は、一部の魔法を使うことで一~二体を操るのが限度だった。しかし、魔人族たちは一人で何十匹もの魔物を操れるようになったという。それはどういうことを示しているのか。

 そう、『人数』という人間族の強みの消失である。そしてそれは、人間族の危機でもあった。

 

「皆さまを召喚したのは『エヒト様』です。エヒト様は人間族の守護神にして、聖教教会の崇める唯一神。そして、この世界を創造した至高の神であります。エヒト様は悟ったのでしょう。このままでは人間族が滅びてしまうことを。それを回避するために、皆様方をお遣わしになった。皆さまが暮らしていた世界はこの世界よりも上位の世界。そこから来た皆さまは、この世界のものよりも優れた力を持っているのです」

 

 「まぁ、これは神託からの受け売りなのですが」といって言葉を切ったイシュタルは、表情を崩して叫ぶように言った。

 

「そう! 皆さまはエヒト様に選ばれし『神の使徒』なのです! 皆さまにはその力を発揮し、エヒト様の御意思の元、魔人族を打倒し人間族を救っていただきたい」

 

 どこか恍惚とした表情で叫ぶイシュタル。神託を受けた時のことでも思い出しているのだろう。イシュタルの話によれば、人間族の実に九割が聖教教会に入信しており、神託を受けることができた者は例外なく高位に付くことができるらしい。

 『神の意志』などといったものを心の底から信じこみ、それを絶対だと思い窺わない。イシュタルの様子からそのことを瞬時に察したハジメは、嫌な予感が止まらなくなる。

 ハジメがそう不安を感じていると、突然ガタンッと大きく音を立て、立ち上がる人物が一人。

 

「な、何を言っているんですか! それは生徒たちに戦争をさせるってことじゃないですか! そんなこと、先生である私が許しません! ええ、絶対に許しません友とも! 早く私たちを元の世界に帰してください! あなたたちがしていることは誘拐……ただの犯罪です!」

 

 猛然と抗議を始めたのは、ぷりぷり怒る愛子先生。くりくりしたおめめをキッとして、ボブカットを髪がぴょんぴょんはねさせる。怒っているのだろうが、哀しきかな童顔低身長。迫力が圧倒的に足りていなかった。むしろ小動物的な可愛さから庇護欲を誘っている始末である。

 何よりも生徒のことを考えている生徒思いの良い先生で、いつでも一生懸命。なのにいつもどこか空回ってしまう姿は、生徒たちからも人気だった。そんな彼女の夢は、威厳あふれる先生になって生徒に尊敬されることらしい。

 「愛ちゃん先生」と生徒たちから呼ばれては、「先生をちゃん付けとは何事ですか!」と怒っている姿が学校ではよく目撃されていた。……彼女の夢が本当に叶うのか。それは神のみぞ知るというヤツだ。

 今回も、理不尽な召喚理由に怒り、こうしてウガーッとなっているわけだが、生徒たちは「ああ、また愛ちゃん先生が頑張ってるなぁ」とほんわかしていた。

 そんなほんわかした空気も、イシュタルの次の一言で一瞬で冷やされてしまう。

 

「お気持ちは察しますが……。現状、私どもに皆さまを返す手段はございまさん。よって、帰還は不可能なのです」

 

 その言葉に、痛いほどの静寂が生まれた。誰もが、その言葉を耳にしつつも、受け入れがたいその内容に脳が理解を拒んでいるのだ。

 

「なっ……! ふ、不可能って……どういうことですか! 呼べるなら帰せるでしょう!?」

 

 愛子先生がイシュタルに食って掛かる。

 

「先ほども申した通り、皆さまを召喚したのはエヒト様であり、私たちではございません。異世界からの召喚という御業は、エヒト様ほどのお力が無くては不可能。私たちではとてもとても。皆さまが元の世界に戻れるかも、エヒト様次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生がペタンと椅子に力なく座り込んだ。徐々に、生徒たちの間にも絶望が蔓延していく。

 

「か、帰れないってどういうことだよ!」

「ふざけないで! 私たちを帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇぞ! 絶対に嫌だからな!」

「どうして、どうして、どうして……」

「そうだそうだー! ふざけんなよこのクソろうじ……って、はい、ごめんなさい。すぐに辞めるから許してハジメ!?」

 

 パニックに陥る生徒たち。どさくさに紛れてイシュタルを罵倒しようとしたミオはすぐさまハジメに鎮圧されていた。

 いつも通り過ぎるミオのおかげで冷静を失っていないハジメは、この状況が考えていた最悪のパターンでなかったことに取り合えず安堵した。いくつもの異世界系ラノベを読んできたハジメが考えていた最悪のパターンは、召喚されてすぐに奴隷のような扱いを受けること。それが無いだけマシだが……それでも、状況はあまりよくない。

 騒ぐ生徒たちを見ているイシュタルの瞳には、侮蔑の色が潜んでいるように見える。大方、「エヒト様に選ばれておきながら、何故そのことを喜べないのか」とでも思っているのだろう。

 そんな中、動き出すものが一人。バンッと机を叩き立ち上がったのは、見るからに正義感を滾らせた光輝だった。光輝はパニックに陥っている生徒たちを見渡すと、力強く宣言した。

 

「みんな! そうやってイシュタルさんに当たっても意味がない。彼だって、やりたくてやったわけじゃないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。俺は、それを見過ごすことなんてできない。放っておくなんて出来ない! それに、世界を救うために呼ばれたなら、それを達成したら帰してくれるかもしれない。……どうですか、イシュタルさん」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「それに、俺たちには大きな力があるんですよね? さっきから妙に力が漲っているように感じます」

「ええ、そうでしょう。皆さまはこの世界の者と比べると、数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょう」

「うん、それなら大丈夫。俺は戦う。戦って、この世界を救うんだ。そして、皆のことも絶対に帰してみせる。俺が、世界も皆も救ってみせる!」

 

 その宣言は、光輝らしい正義感にあふれていた。イシュタルの話だけを聞き、それを信じ切っている。自分たちは、彼らが言っていることが真実なのかを判断できないというのに……。

 そのことに危機感を覚えたハジメだったが、光輝の言葉は絶望していた生徒たちの心にはまさに救いだった。そのカリスマは生徒たちに活気と冷静さを戻した。生徒たちの光輝を見る目には希望が宿っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。でも、お前ひとりでなんかやらせねぇぞ? ……俺も、戦うぜ!」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないのよね。………しょうがない、私も戦うわ」

「雫……」

「えっと、皆が戦うなら、私も……」

「香織……」

 

 いつものメンバーが、光輝のいうことに賛同する。後はもう芋づる式に、生徒たちがどんどんと同意を示していく。愛子先生が「駄目ですよ~!」と必死に呼び掛けているが、一度始まってしまった流れは、そう簡単には止まらない。

 そう、『簡単には』、だ。

 

「――――は? 何言ってんのコイツら。馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 がやがやとしていた空間に放り込まれた、やけに通る声。そこには「信じられない」という感情がこれでもかと込められていた。発言主―――ミオは、机に頬杖をつきながら、心底馬鹿にした視線をクラスメイト達に送った。

 その視線に込められた妙な威圧感に、生徒たちのざわめきが押さえられる。そんな幼馴染の様子に、ハジメはそっとため息を吐いた。

 こうなったミオはもう、止まらない。

 

「白ちゃんに八重ちゃんも何言ってのさ。この世界のために戦うとか本気で言ってるの?」

「……どういうことかしら、東風さん」

「どういうことなの、ミオ?」

「本当に分かんないの? だって、あのクソ老人はわたしたちにこう言ってるんだよ? 『私たちのための兵器になって敵を殺しまくれ』ってさ」

「…………そ、それは!」

「…………ッ!?」

 

 ミオの言葉に、会話の相手である雫と香織以外も目を見開く。光輝のカリスマで一時の間見ていた夢から覚めるように、否応なしに現実に引き戻されたのだ。ハジメは、ミオがそう言った瞬間に、イシュタルの表情がわずかに歪んだのを見逃さなかった。

 

「今、君たちは、魔物だか魔人族だか知らないけど、『命を殺す』ことを決めたんだね。こんなに簡単にあっさりと、そこのキラキラ馬鹿の口車に乗って深く考えもせずに。わたしはそんな残酷は連中と同じ教室で授業を受けてたんだね。ああ、怖い。怖すぎて震えが止まらなくなるよ」

「それは違います。魔人族の討伐はエヒト様によって定められた人間族のしめ……」

「はいはい、黙ってろよクソ老人。あんたの意見は聞いてないから」

 

 イシュタルが何か言おうとしたのを視線と言葉で黙らせたミオは、押し黙ってしまった生徒たちに、最後の言葉を放つ。

 

「こんな考えなしの馬鹿共と戦うなんて、わたしは絶対に御免だね。そう思うよね、ハジメ?」

「うん、そうだね…………あ゛」

 

 ミオからのまさかのキラーパス。ミオが止まらないことが明白であり、もう何を言っても遅いと別のことを考えていたハジメは、ロクに聞いていなかった言葉に肯定を返してしまった。

 すぐに自分の発言がどういうものか気づいたハジメが慌てたように声を上げるが、時すでに遅し。

 クラスメイトたちの鋭い視線が、ハジメとミオを同時に貫いた。

 

「何? 言いたいことがあるならさっさともがががッ」

「ミオ、ちょっと黙ろうか!?」

 

 さらに煽りを重ねようとしたミオを、ハジメは全力で止めるのだった。




ミオちゃんは、言いたいことはずばずばという性格です。ゆえに敵が多い。
けど、いつも通りの自分を保てるからこそ、この中で誰よりも冷静に物事を判断できる。誰だって、戦争の道具になれって言われて、それを快く承諾してる連中を見たら、怖く感じるよねって話。


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初日夜の語らい

中々話が進まんなぁ……。


 結局、生徒たちの意見は変わらず、全員で戦争に参加することになってしまった。ミオがハジメに止められているうちに、光輝が「大丈夫、俺たちなら必ずできる!」などといって生徒たちをたきつけたからだ。なんかもう、ミオの光輝を見る視線がヤバい。侮蔑と軽蔑、路傍の石どころか汚物を見るようなものになっていた。

 ミオは、いち早くイシュタルの話の危険性に気付いていたのだ。テンプレな展開であるからこそ、それにどっぷりと浸かっていたミオやハジメには、この先のことがある程度予測出来ていた。

 戦争ということは、否応なしに敵と戦うことになる。ここで言う戦いとは、試合や競技ではない。血で血を洗うような、本当の殺し合いのこと。しかも、相手は国を造り人と同じように神を信仰しているという。それはもう、人を相手にするのと何も変わらない。

 魔物が相手ならば、まだ害獣駆除と割り切ることができたかもしれない。だが、魔人族と戦い、それを殺すということは、『人殺し』に他ならない。

 

「ハジメ。分かってるよね? 今からわたしたちがさせられるのは……」

「……うん。殺人……だよね。魔人族って言われてるけど、姿形、考え方も人間族とあまり変わらないんじゃないかな?」

「だろうね。相手にも信仰してる神がいるみたいなこと言ってたし。はぁ、あの馬鹿共はそれが分かってるのかねぇ?」

「きっと、分かってないと思うよ。分かってたら、あんなに簡単に承諾できるはずがない」

「まぁ、大半は訳も分からないうちに、あのキラキラ馬鹿に影響されちゃっただけだと思うけどね。全く、影響力のある馬鹿ってホント厄介だよ」

「そうだね。……ところで、ミオ?」

「んー? どうしたの?」

 

 珍しく真面目な顔で話していた幼馴染に、ハジメはいつツッコもうか悩んでいたことをついにぶちまけた。

 

「どうしてミオが、僕の部屋にいるのかな?」

「はえ?」

 

 ハジメの質問に、訳が分からないよ? という顔をするミオ。頭痛が痛い、とハジメは頭を抱えた。

 戦争に参加することが決定した後、ハジメたちは聖教教会の本山である【神山】の麓にある【ハイリヒ王国】の王城へと移動した。移動方法は、魔法で動くリフトのようなモノ。標高八千メートルを超える【神山】から見る景色は壮大の一言に尽きた。

 そして、到着した生徒たちを待っていたのは、ハイリヒ王国の国王であるエリヒド・S・B・ハイリヒに、王妃であるルルリアナ。第一王子であるランデル。そして、王女であるリリアーナ。王族が勢ぞろいだった。その時に、エリヒドがイシュタルを立って出迎えたことから、この国を動かしているのが『神』であることをハジメは察していた。

 その後は、大臣や騎士たちの挨拶があったり、晩餐会でランデル王子が香織にしきりに話しかけ、そのことをミオにからかわれてキャットファイト(いつもの)が勃発したり、香織の近くにいたハジメがランデル王子ににらまれたり……。

 その後、王宮の一人一室用意された部屋で休むことになったのだが……何故か、ミオはハジメの部屋にいる。

 

「ミオだって、ちゃんと部屋が用意されてるはずでしょ? どうして僕の部屋にいるんだよ」

「う~ん、ここにハジメがいるから?」

「そんなどこぞの登山家のようなセリフが聞きたいわけじゃありません。というか、部屋に戻れ!」

「ヤダ~、ハジメと一緒にいる~」

 

 そういって、椅子に座っていたミオがベッドに腰掛けていたハジメに抱き着いてくる。なんだか、行動がいつもより子供っぽい。そのことにハジメが不思議そうな顔をしていると、ミオの肩が震えていることに気が付いた。ハジメはハッとし、ミオの気持ちに気が付けなかったことを歯噛みする。

 いつも通りだと思っていた。そんな彼女がいたからこそ、混乱せずにいられた。元の世界に戻れないのかという絶望や、戦争に参加することに対する恐怖。そして、離れ離れになってしまった家族のこと。考えれば考えるほどに、暗く重苦しい感情が心に積み重なっていく中で、それでも折れずにいられたのは、ミオがいたからだ。

 けれど、自分が感じていたその思いを、ミオが感じていないだなんてどうして思った? ミオだって、自由奔放で人の話を聞かなくて傍若無人なところを除けは普通の女の子なのだ。そのことを失念していた自分に、ハジメは自分で自分を殴り付けたくなるほどの怒りを感じた。

 

「……ミオ。大丈夫?」

「……うん。こうやって、ハジメがそばにいてくれれば、わたしは大丈夫だよ」

 

 ハジメがミオの頭をそっと撫でると、ミオはハジメを抱きしめる力をさらに強くした。

 

「ちょっと痛いよ。ミオ」

「我慢して」

「……はいはい」

 

 昔はよくこうやって、ミオのことを慰めてたっけ。と、ハジメは懐かしさに笑みを浮かべた。

 その時、コンコンとハジメの部屋にノックの音が響き渡る。

 

「南雲君、いるかしら?」

「南雲君、ちょっといいかな?」

 

 扉の向こうから聞こえてきたのは、雫の声だった。それだけでなく、香織の声も聞こえてくる。一瞬、頭の中が真っ白になるハジメ。

 

「(ど、どうして二人が……って、この状態を見られるのはまずい!?)」

 

 時刻は夜。燭台の明かりしかないくらい部屋の中。寝台の上で抱き合う若い男女。言い訳のしようがないスリーアウトである。

 

「ミ、ミオちょっと離れて……!」

「やー!」

「やー、じゃねぇよ! このままじゃマジで……うわっ!」

 

 この場を雫と香織に見られるのはまずいと判断したハジメは、ミオに離れるように言うが、ミオは駄々をこねるように拒否し、さらに激しく抱き着いてくる。そして、ミオの押し込む力に負けて、ハジメは背中からベッドに倒れこんでしまう。

 

「……ねぇ、南雲君? 今、東風さんの声がしたような気がするのだけど……」

「南雲君? 扉、開けてもいいよね? ね?」

 

 どうしてだろう。扉越しの香織の声がとてつもなく恐ろしいモノに感じる。けれど、ミオがハジメを離す様子ははなく、どうしようもないままに扉が開かれた。

 そして……そこからはお察しである。

 

「お邪魔しま……って! な、なななななな何をやってるの、二人とも!」

「……ふ、ふふふふ」

「い、いや、これはミオが……」

「んぅ、ハジメ……。そこ、くすぐったい……」

「南雲君!? どこを!? 東風さんのどこを触っているの!?」

「ふふふふふふふふ……」

「へ、変なところは触ってない! 触ってないよね、ミオ!?」

「ハジメの手、腰に乗っかってるよ?」

「……ッ! ……ッ!? と、とにかくすぐに離れなさい二人ともぉ! 不純異性交遊なんてダメよ! 駄目なんだからね!?」

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「す、すぐにやめます! だから八重樫さん! 隣でさっきから『ふ』しか言わなくなってる白崎さんを何とかしてください! つーかいい加減離れろこのド阿保がッ!!」

「きゃふんっ。いったぁ~」

 

 珍しく声を荒上げたハジメが、力づくでミオを投げ飛ばす。ころり、とハジメの隣に転がったミオは、恨みがましい視線をハジメに向けるが、すでにハジメはお仕置きモード。表情は無になり、ペキパキと指を鳴らしている。

 

「――――何か、いうことは?」

「調子にのってごめんなさい!」

 

 手のひら返しは一瞬。ミオはベッドの上でハジメに土下座した。いつもは滅多なことでは怒らないハジメだが、幼馴染のことになると話は別なのである。

 ミオがおとなしくなったのを確認したハジメは、ほっと一息つくと、さてどうやってこの状況を弁明するかと考え……ガシッ、と後ろから肩を掴まれた。同時に感じる、背筋が凍るような気配!

 

「……南雲くん」

「は、はひッ」

 

 聞こえてきた声は、いつも通り可憐な香織の声だった。しかし、それを聞いたハジメは、首筋に刀を当てられる感触を覚えた。もちろん幻覚だが、ハジメの顔色が一気に青白くなる。

 

「南雲くん、ここでミオと何をしてたのかな? かな? もう夜遅い時間だよ? こんな時間に、男女が寝室で二人っきりなのは、私、駄目だと思うんだ」

「お、おっしゃる通りです」

「そうだね。それが分かってるなら南雲くん。南雲くんは…………ドウシテコンナコトヲシタノカナ?」

「ひ、ひぃいいいッ!?」

「香織ッ! 落ち着いて!? 今の貴女、女の子としてしてはいけない顔をしているわよ!?」

 

 背後からそっと囁かれた片言気味のセリフに、ハジメは悲鳴を上げてしまった。自分の親友の様子がマジでやべぇと判断した雫が止めに入るが、香織は「ふふふふ……」と不気味に笑い続けていた。

 結局、全員が落ち着くまで、ニ十分ほどかかるのだった。

 

「……えっと、それで、八重樫さんと白崎さんは、僕に何か用だったのかな?」

「……少し、話があったの。本当は東風さんも一緒に話したかったのだけど、メイドさんに聞いたら部屋にいないというから、しょうがなく南雲くんの部屋に来たんだけど……まさか、一緒にいるとはね」

「うん。というか、ミオは自分の部屋にまだ一回も行ってないんじゃない?」

「まあねぇ、パーティーの後、すぐにハジメの部屋に来たから」

「ミオ、それはちょっとはしたないんじゃない?」

「そこは、ほら。幼馴染の特権ってやつ? 白ちゃんにはない」

「……喧嘩売ってるのかな? かな?」

「はい、そこ! 流れる様に喧嘩しない! 今は大事な話があるんだから!」

 

 「あ?」「ん?」と笑顔でにらみ合うという器用なことをする二人に、雫がストップをかける。そして、はぁ、とため息を吐くと、表情を引き締め真剣な声音で言った。

 

「南雲くん、東風さん。二人は、この世界の人たちを救うことに、反対なの?」

 

 雫がそう言うと、ミオは「反対だね」と即答し、ハジメは言葉にはしなかったものの、肯定を示す沈黙を返した。

 

「……どうしてか、聞いてもいいかしら?」

「どうして? 面白いことを聞くね八重ちゃん。見ず知らずの他人のために命がけで戦えといわれて、ハイそうですかなんて言えるわけがない」

 

 それが当然のことだと、ミオは言う。

 

「いきなり日常を奪われて、元の世界には戻れないと言われて、それでもそんなやつらのために戦う? それを馬鹿といわずしてなんというのさ。そうだね……わたしは、王城である程度情報を集めたりなんなりしたら、ここを出て帰る方法を探そうと思ってるよ」

「え、ミオそんなこと考えてたの?」

「そうだよ。ここに来たのはそのことをハジメに伝えるためだし。というか、ハジメだって同じようなこと考えてたでしょう?」

「それは……まぁ、そうだけど」

 

 だったらその話を先にしようよ……と思ったが、そんなことを言っても意味は無いと黙ることにしたハジメ。

 雫は、二人の言葉を受けて何かを考え込んでいた。

 

「ミオ、それはちょっと……。ほら、この世界の人たちも困ってるみたいだし……」

「白ちゃん。困ってるからといって、誰かを誘拐して、その誰かに人殺しを強要してもいいって思ってる?」

「そ、それは……」

「まぁ、白ちゃんは優しいからそう思うんだろうね。その優しさは良いことだと思うけど……わたしに、それは理解できないんだ。だから、白ちゃんがこの世界の人たちを救うと決めたとしても、それを分かっては上げられないよ」

「……そう、なんだ」

「白ちゃんも、よく考えたほうがいいよ。じゃないと、きっと後悔することになるから、さ」

「ミオ……」

 

 ミオの言葉には、香織を心配する気持ちが籠っていた。香織もそれを感じ取ったのか、ミオへと柔らかな笑みを贈っている。

 そうしていると、考え込んでいた雫が顔を上げた。

 

「……東風さん。貴女は、クラスメイトのことをどう思ってるの?」

「え? いつもハジメを貶してるやつらは死ねばいいと思ってるけど、それ以外はどうでもいいかな。忠告も結局無意味だったみたいだし」

「忠告……そうね。あれは間違いなく私たちが考えなくちゃいけないことだった。光輝のいうことにつられて戦うとは言ったけど……。私は、東風さんが言ってたことなんて、まるで考えもしなかった。フフ、それじゃあ、東風さんにどうでもいいって言われてもしょうがないわね」

 

 そう、自傷気味に笑う雫。けれど、ミオはきょとんとして、雫に言った。

 

「何言ってんの八重ちゃん。わたし、八重ちゃんをどうでもいいなんて思ってないよ。八重ちゃんは大事な友達だもん」

「東風さん……ふふ、ありがとう。私にとっても、東風さんは大事な友達よ」

 

 そう言って笑う雫。その笑みはとても可憐なモノだった。彼女をお姉様と慕う女性たちが見たら、その可憐さに心を撃ち抜かれ鼻から幸福を噴出していただろう。

 

「ど、どうしよう南雲くん! 雫ちゃんがミオに寝取られる!?」

「うん、一旦落ち着こうか、白崎さん」




ミオはハジメに敵意を持つ相手には容赦しませんが、ハジメに友好的な相手には普通に友好的です。香織は……まぁ、喧嘩友達てきな。


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ステータスプレート

 召喚された翌日には、訓練と座学が始まった。

 生徒たちはまず訓練場に集められ、そこで銀色のプレートが配られた。大きさは十二×七センチほど。配られたプレートを不思議そうに見る生徒たちに、騎士団長であるメルド・ロギンスから直々に説明がなされた。

 騎士団長が訓練につきっきりになってもいいのかとハジメは思ったが、『神の使徒』である生徒たちに半端なものを付けるわけにはいかないという判断だろう、ということで納得した。隣で、「騎士団長って案外暇なのかな?」と言った幼馴染には愛の鉄拳を叩き込んでおいた。この世界に来てから、ミオをはたく頻度が上がったなぁと思うハジメである。

 メルド団長本人も、「むしろ面倒な仕事(書類仕事)を副団長に押し付ける口実ができて助かった!」と豪快に笑っていたので大丈夫なのだろう。もっとも、副団長は全く持って大丈夫ではないだろう。今ごろ騎士団の執務室で書類と格闘しながら団長への恨み言をブツブツ呟いているに違いない。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 『神の使徒』に前にして、非常に気楽で砕けた話し方をするメルド団長。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になるのに、固っ苦しい話し方なんてできるか!」と、新米の騎士にすら言うらしい。

 召喚されてからというもの、やけに丁寧に扱われ過ぎて居心地の悪さが半端じゃなかったハジメは、そんなメルド団長の態度にほっとしていた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「はいはーい! メルドだんちょー、アーティファクトって何ですか?」

 

 飛び出してきたファンタジー用語に思いっきり食いついたミオが、手を上げながらそう聞いた。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

「なるほど、つまり……よく分かんないけど、すげぇアイテムってことですね」

「おう! そういうこった!」

「いや、それでいいのかよ」

 

 ミオのあまりにざっくりとした認識と、それを良しとしたメルド団長に、ハジメが思わずツッコミを入れる。ツッコまれたミオはケラケラと、メルド団長はハッハッハ! と豪快に笑いそれを受け流した。

 説明を受けた生徒たちはなるほどとうなずき、配られた針で指先をちょんとして滲ませた血を、ステータスプレートにこすりつける。ハジメとミオも、同じように血をこすりつけて表を見る。

 すると……。

 

===============================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

天職:錬成師

 

筋力:10

 

体力:10

 

耐性:10

 

敏捷:10

 

魔力:10

 

魔耐:10

 

技能:錬成・集中・言語理解

 

===============================

 

===============================

 

東風ミオ 16歳 女 レベル:1

 

天職:人形師

 

筋力:10

 

体力:10

 

耐性:10

 

敏捷:10

 

魔力:20

 

魔耐:15

 

技能:操糸術・人形製作・集中・言語理解

 

===============================

 

 まるでゲームのステータスのようなそれを眺めるハジメとミオ。他の生徒たちもへぇ~という感じで自分のステータスを確認している。

 

「ハジメのステータス、なんかデフォルトキャラみたいだよね」

「ほっとけ。というか、ミオも魔力以外はあんまり変わらないだろ?」

 

 そんなことを話していると、メルド団長からステータスに関しての説明があった。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に“レベル”があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後で、お前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

 

「次に“天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 ハジメは『錬成師』、ミオは『人形師』と言うのが天職なのだろう。ハジメは『錬成』と『集中』に才能があり、ミオは『操糸術』と『人形製作』、そして『集中』に才能があるらしい。

 まるでゲームのキャラにでもなったような感覚に、オタクな二人がテンションを上げないはずもなく、ニヤニヤとした笑みでステータスプレートを見つめていた。

 だが、メルド団長の次の言葉で二人のニヤニヤ笑いは、瞬時に真顔になる。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 この世界のステータスの平均はレベル1で10くらいらしい。ハジメとミオは自分のステータスをもう一度確認する。……どっからどう見ても平均値。ミオの魔力がかろうじてという感じだった。

 

「おかしいね、一応わたしたちはチートな存在じゃなかったのかな。あのクソ老人、そんなこと言ってなかったっけ?」

「言ってたはず……けど、これどう見ても平均値だよね……」

「うん……まぁ、どうでもいいか。戦う気のないわたしたちにとって、妙な力は邪魔にしかならないよ。力があるんだから戦えなんて言われるかもしれないし。それに、戦う力がない分、情報収集とかに使う時間がとれるかもしれない」

「ふむ……それもそうか」

 

 ショックを受けたのは一瞬、すぐに「まぁ、大丈夫か」と結論付ける。相変わらずのメンタルの強さだった。ミオなど、すぐさま香織の方に飛んでいき、「白ちゃーん、見てこれ、わたしめっちゃ雑魚いよ!」と報告しているくらいである。

 その後、生徒たちはメルド団長に自分のステータスを見せ、誰もが強力なステータスを持っていることを喜ばれていた。特に光輝などステータスオール100、技能数も多いと呆れるほどのチートっぷりだった。

 そして、メルド団長がハジメとミオのところにやってくる。二人は同時にステータスプレートをメルド団長に渡した。これまで見てきた全員が『神の使徒』にふさわしい力を持っていたことにほくほく顔だったメルド団長は、二人のステータスプレートを見て、「ん?」という顔になり、ぶんぶんと振ってみたり裏返してみたり。さらには金属製のプレートなのに光に透かそうとしてみたりといろいろしたが、やがて現実を受け入れたらしく、凄く微妙な表情で二人にステータスプレートを返した。

 

「ああ、なんだ。錬成師ってのは、所謂鍛冶師だな。鍛冶の時に役立つらしいぞ? それと、人形師……スマン、これについてはまるで分からん。聞いたこともない天職だな」

「あはは、ごめんなさい。ご期待に沿えなかったみたいで」

 

 言葉に詰まるメルド団長に、ハジメが苦笑しながらそう言う。ミオは「知られていない天職……! もしかしてレアもの!?」と喜んでいた。

 

「い、いや。そんなことないぞ? 熟練の錬成師が作った武器はアーティファクトに負けないモノもあるし、アーティファクトの整理だってできるぞ? それから……」

 

 なんとかハジメをフォローしようとするメルド団長だが、ハジメは「気にしてませんよ」と言う。こうしてフォローをしてくれるだけで、メルド団長の人の好さは十分に伝わって来た。

 

「(ねぇハジメ、この人は信用してもいいかもね)」

「(そうだね。僕もそう思う)」

 

 小声で言葉を交わした二人は、メルド団長に向かって「ありがとうございます」と笑いかけるのだった。

 

「オイオイ、南雲ォ! お前、鍛冶師とかマジかよ! そんなんでどう戦うんだよ!」

「ギャハハ! マジでウケる! 南雲が作った武器とかぜってぇ使いたくねぇ!」

「天職が雑魚いってことは、ステータスの方は期待してもいいんだよ……って、オイ! 無視してんじゃねぇ!」

 

 案の定、檜山たちが絡んでくるが、めんどくさいのでスルー。というか、ミオに引っ張られて香織や雫のいる場所に連れていかれたので、これ以上ハジメに絡むこともできず、檜山たちは悔し気に歯噛みした。

 

「白ちゃん、八重ちゃん、どうだった?」

「あ、ミオ。私は治療師っていう天職だったよ」

「私は剣士ね。まぁ、打倒といえば打倒かしら?」

「あー、八重ちゃんって確か家が道場なんだっけ? それにしても、白ちゃんがヒーラーねぇ」

「む、何かな?」

「……ま、似合ってるんじゃない?」

「え? あ、ありがと……」

 

 何かしらからかいの言葉をかけようとしたのだろうが、香織の癒し系な雰囲気と容姿が治療師という天職にあまりにも似合っていたため、ミオの口から出たのは存外に素直な言葉だった。またからかわれるのかと身構えていた香織も、想像外のミオからの賛辞に、面食らい、恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らした。

 

「……ねぇ、南雲君。この二人って、実は仲が良かったりするのかしら?」

「あはは……。まぁ、本人たちに言っても否定されるだろうけどね……」

「そうね。ところで、さっき聞こえたんだけど、南雲君の天職って非戦闘職なのよね?」

「そうだね。それに加え、ステータスもオール10。まぁ、自分に何かの才能があるなんて思ってなかったし、言われてしまえば、その通りかなって思うよ」

「……あまり、気にしてないようね。心配して損したじゃない」

「え、心配してくれたの? 八重樫さんが? 僕を?」

 

 信じられないものを見た! とでも言いたげに目を見開き、雫のことをまじまじと見るハジメ。その視線を受けた雫は、どこか不機嫌そうに唇を尖らせた。

 

「何? 南雲君は私がクラスメイトの心配をしないような冷たい人間だとでも言いたいかしら?」

「い、いえ! 心配してくれたありがとうございます!」

「うん、よろしい」

 

 はたから見れば、不真面目なハジメが委員長である雫の怒られていると見えるこの光景。だが、近くでそれを見ていたミオと香織は、二人の間に漂う気の置けない雰囲気を感じ取り、さっと顔を見合わせた。

 

「……なんかさ、この二人って仲良くない? わたしの気のせい?」

「雫ちゃん……もしかして、一番の強敵って……」

「うわー、白ちゃんなら兎も角、八重ちゃんはなー。強敵が過ぎるというか……」

「私なら兎も角ってどういうことかな?」

「ともあれ、八重ちゃんはまだ友達レベルだから、気を抜かないようにしなきゃね」

「無視しないでよ!」

 

 ちょっと仲良くしたかと思ったらこれである。またも喧嘩し始めたミオと香織に、ハジメと雫はそろってため息を吐くのだった。



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『無能』と『不明』

 ハジメたちが異世界トータスに召喚されてから、二週間が経過した。

 この二週間何をしていたのかといえば、ひたすらに訓練と座学を繰り返していた。朝起きてご飯を食べたら座学の時間。それが終わったら休憩を挟んで昼の訓練。その後、昼食を挟んでまた訓練と、中々にハードなスケジュールを送っている。

 もっとも、戦闘能力の無いハジメとミオは、身体づくりを中心に、後は比較的簡単なナイフの扱いを学ぶくらいで、他の戦闘職の生徒たちに比べればだいぶ緩い訓練をしていた。これは、訓練初日に二人からメルド団長に言って頼んだもので、その時の説得の言葉がこうだ。

 

「メルド団長。僕たちには戦う力がありません。ですが、このまま何もできないのは嫌なので、知識面を鍛えようと思うんです。魔物の生態や、土地に関しての情報とか、絶対に必要になると思うんですよ。なので、訓練は最低限のモノにしてもらえませんか? 其の空いた時間を座学に当てたいんです」

「あと、自分の技能を磨く訓練をしたいな。ハジメだったら鉱石とかを使うだろうし、国お抱えの錬成師の人とかに教えてもらえばいいと思うんだ。あと、わたしのって情報が全く無い天職でしょ? だから、手探りで何ができるのかを見つけていかないといけない。そのために時間を使いたいんだ」

 

 ハジメとミオの真摯な訴え(笑)に、メルド団長は感涙したらしい。

 

「偉いぞお前たち! 戦う力が無いことを嘆くことなく、自分のできることを見つけようとするその姿勢、素晴らしい! よぉし、待ってろよ。すぐに上に掛け合ってお前らの要望を通してやる!」

 

 と、滅茶苦茶張り切っていた。しかも、その張り切りようのまま、次の日にはハジメが国の練成師から錬成を教わることになり、ミオは取り合えず技能『人形製作』に必要そうなモノを取り揃えてくれた。訓練の方も、軽い体力づくりとナイフ術の訓練だけになり、訓練時間は他の生徒の半分もないくらいまで減らしていた。ちなみに、ハジメたちと同じく非戦闘職であり、国の食料事情を一変してしまうかもしれないほどの力を持つ『作農師』の天職をえた愛子先生も、ハジメたちと同じメニューで訓練をしている。

 さらに、二人は二日目からの空いた時間を使って、座学の時間に教わることを全て予習し、まとめたものを教師役の人に渡すことで、座学の時間すら免除になった。

 この時に役に立ったのが、二人が共通して持つ技能『集中』である。

 これは、物事を行う時に一定ラインまで集中が高まると、やっていることだけに没頭するようになるという技能である。没頭しているときは、記憶力や作業効率、習得速度なども上昇するようで、座学の内容をまとめる時だけでなく、錬成師の修行や人形作りにも重宝していた。

 

「(ふむふむ、東の樹海に住む亜人族には、獣の耳を持つ者や、耳が長く長寿な者がいる……と。これってケモ耳とエルフだよね? テンプレキター、後でミオにも教えよっと。次は……ほうほう、海人族? もしかしてマーメイドかな? 男のロマンだよなぁ……)」

 

 と、男の性全開の思考を働かしているハジメは、王城の近くにある図書館に来ていた。王都にある図書館ということで、書物の数はかなりのモノである。

 今読んでいるのは大陸に住まう種族についての本。人間族と敵対している魔人族について調べようとしているのだが、『邪悪で狡猾』とか『神敵である』といった曖昧な情報しかなかったので、こうして別種族のことに移行したというわけである。

 

「(それにしても、人間族は亜人族を蔑んで迫害しているんだよね。じゃあ、樹海までいかないと亜人族を見ることはできないってことか。もしくは……奴隷? ……いかん。そのワードには心惹かれるものがあるけど、流石にアウトだな)」

 

 ハジメも年頃の男の子。美少女でケモ耳やエルフの奴隷に興味が無いといったら嘘になる。だが、そんなことを外部に漏らそうものなら、ミオに散々からかわれ、香織が恐ろしいオーラを出し、雫に冷たい目で見られることが確定する。精神的に瀕死になりそうなので、このことは絶対に口にしないようにしよう、と心に決めたハジメだった。

 そうしているうちに、訓練の時間が近づいてくる。ハジメは読んでいた本を片付け、すっかり顔なじみになってしまった司書に挨拶をした後、図書館を出た。

 

「さてと、ミオを迎えに行かないと……」

 

 そうつぶやいたハジメが向かった先は、聖教教会が行っている慈善事業の一つである孤児院だった。その建物の広い庭には人だかりだできており、その中心にいるのがミオだった。孤児院の子供たちに囲まれたミオの足元では、人の形を模したぬいぐるみがまるで生きているかのように動いていた。

 

「――――大いなる敵を前にして、二人は手を取り合い、こう唱えました。……『バ〇ス』。それは、天空の城に滅びをもたらす呪文です。二人の重なり合った手から閃光があふれ出し、大いなる敵の目を焼きました。大いなる敵は『目が、目がぁ~』と両目を抑えながら……」

 

 なんか、とても聞き覚えのあるお話だった。足元で動いているぬいぐるみにも、見覚えがある。三分間なら待ってくれる王様気取りの大佐と、それに向かい合う空から降って来た女の子と彼女を受け止めた少年。それは間違いなく、毎年夏になると、必ずと言っていいほど放送される某国民的アニメであった。

 ハジメが図書館で調べものや勉強をしている間、ミオは人形師の訓練として、こうして孤児院の子供たちに人形劇を見せているのだ。ミオの技能である『操糸術』は、魔力を流した糸を操ることができ、その糸を人形につなぐことで人形を操作することもできる。操っているぬいぐるみは『人形製作』で作ったものだ。

 ハジメは、「なぜにジ〇リ!?」とツッコみたいのを全力で抑えながら、ミオが話し終わるのを待った。やがて、「めでたしめでたし」というミオの声と共に、子供たちが歓声を上げながら拍手をする。

 そんな子供たちに、ミオは手のひらを胸に当て、もう片方の手は水平に伸ばし、一礼。足元のぬいぐるみも同じ動きをする。子供たちの歓声と拍手はさらに大きくなった。

 

「ミオお姉ちゃん! すごーーいっ!」

「今日もお話面白かったよー!」

「ねぇねぇ、もっとお話ししてよー!」

「にゃはは、ごめんねー皆。お姉ちゃんはもう行かなくちゃいけないんだよ。ほら、お迎えもきたし」

 

 子供たちに群がられているミオが、遠目に覗いていたハジメの方を指さす。すると、子供たちはハジメを見て、「むぅ」と頬を膨らました。苦笑しつつもハジメが手を振るが、子供たちはそっぽを向いた。お話とお人形のお姉ちゃんであるミオを、いつも連れて行ってしまうハジメのことを、子供たちはあまりよく思っていないようだ。

 そんな子供たちの態度に、肩を落としながらも近づいていくハジメに、ミオは困ったように笑いかけた。

 

「もう、時間?」

「残念ながらね。というか、ミオ。なぜにラ〇ュタ……?」

「え、名作でしょ?」

「名作だけれども……まぁいいや。これ以上は本当に遅れちゃうから、行くよ」

「うん。じゃあ、皆! また明日ねー!」

「「「「ミオお姉ちゃん、また来てねー!」」」」

「うん、約束だよ」

「「「「ハジメお兄ちゃんは来なくてもいいよー」」」」

「ひどくない!?」

 

 ガックリと肩を落として悲しそうにため息を吐くハジメに、ミオと子供たちは顔を見合わせて笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 # # # # #

 

 

 

 

「じゃあ、さっさとメニューをこなしちゃおうか」

「そだね。今日は新しい人形を作りたいし、『操糸術』の方も練習したいしさ」

 

 時間をずらしているので未だに誰もいない訓練場の隅の方で、ハジメとミオは訓練を始める。内容は、走り込みと筋トレに加え、ナイフの型をなぞり、その後は二人で模擬戦のようなことをする。

 地味な訓練とはいえ、これが以後自分たちの命を救うかもしれないと考えると、真面目にやる気にもなる。二人とも『集中』を発動させるまでに集中力を高め、黙々と訓練メニューをこなしていく。才能が無い分を『集中』による習得速度上昇で補っているといった感じだ。

 

「ハッ! ヤっ!」

「そりゃッ! とうっ!」

 

 互いに刃渡りニ十センチほどのブレードナイフを構え、それなりに本気で戦う二人。その動きはまだまだ未熟だが、様にはなっていた。

 最後は、互いが互いの首筋にナイフの切っ先を突き付けたことで終了となった。

 

「ふぅ、お疲れ様」

「お疲れー。なんか、結構様になってきたねー」

「まぁね。それじゃあ、恒例のステータスチェックと行きますか」

「行きましょう!」

 

 ナイフを鞘にしまった二人は、懐から取り出したステータスプレートを起動させる。そこには、こう表示されていた。

 

===============================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:3

 

天職:錬成師

 

筋力:16

 

体力:16

 

耐性:16

 

敏捷:16

 

魔力:20

 

魔耐:20

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成]・集中[+記憶力上昇]・言語理解

 

===============================

 

===============================

 

東風ミオ 16歳 女 レベル:3

 

天職:人形師

 

筋力:15

 

体力:15

 

耐性:15

 

敏捷:15

 

魔力:40

 

魔耐:25

 

技能:操糸術・人形製作[+作業効率上昇]・集中[+記憶力上昇]・言語理解

 

===============================

 

 ハジメもミオも、相変わらずステータスは低いが、後天的な技能である派生技能をいくつか習得していた。

 ハジメは『錬成』で[+鉱物系鑑定]と[+精密錬成]を習得している。[+鉱物系鑑定]は国の錬成師たちから散々鉱物に関する情報を教えられ、実際に見て触って戯れて匂いを嗅いで……そんなことをしているうちに覚えていた。[+精密錬成]は、ミオにせがまれて金属製の糸を作る時の入手したものだ。細く、それでいて頑丈な糸を作るという作業は、恐ろしいほどに緻密で、駆け出しのハジメには困難極まりないものだった。それでも、幼馴染の頼みということで、徹夜で練習を重ねた結果、[+精密錬成]の習得と共に金属糸は完成したのだった。

 ミオは、『人形製作』でぬいぐるみやらフィギュアなどを作りまくったおかげか[+作業効率上昇]を習得している。

 そして、大活躍の『集中』先生は、パッシブで記憶力がよくなる[+記憶力上昇]が派生している。全てにおいて活用できる汎用性の高い技能に、ハジメもミオもにっこりである。

 ステータスの確認が終わったハジメとミオは、訓練場に植えられている木の陰で休憩することに。だが、ここでハジメが忘れ物に気づく。

 

「あっ、しまった。飲み物持ってくるの忘れちゃった。ごめん、取りに言ってもいいかな?」

「いいよー、待ってるから。行っておいでー」

 

 そういって訓練場から出ていくハジメを見送ったミオは、木陰に腰掛けながら手首に巻き付けた糸をにょろにょろと動かす。だいぶスムーズに動くようになったなー、なんてことを考えていると、ハジメと入れ替わるように生徒たちが訓練場に入って来た。どうやら、これから訓練を始めるらしい。

 

「……ちっ、なんでいるんだよ、『不明』のヤツ」

「ってことは、『無能』もどっかにいんのか? 最悪だ……」

「早く帰ってくれないかしら……」

 

 生徒たちは、木陰で休んでいるミオの姿を見つけると、そろって嫌そうな顔をした。もともと気に入らないことが多かったミオが、自分たちのことを考えなしの馬鹿だと断じ、人殺しだのと言われたことで好感度は最低まで落ち込んだらしい。さらに、ミオとハジメだけ別の訓練を受けていたり、座学を免除されたりすることも、二人に対する不快感につながっている。

 彼らが口にした『不明』と『無能』とは、ミオとハジメのことだ。何がしたいのか、何を考えているのか理解出来ず、天職もよく分からないモノであるミオが『不明』。非戦闘職なので戦う力が無く、足手まといであるハジメが『無能』である。誰が言い出したのかは分からないが、その蔑称はあっという間に生徒たちへと広がっていった。

 とはいえ、ミオにとってクラスメイトとはひたすらに『どうでもいい他人』でしかない。雫や香織が例外であり、それ以外は等しく無関心なのである。

 ミオは訓練場に生徒たちが入って来たのをちらりと一瞥しただけで、それ以降は視線すら向けない。手元の糸に集中してるのだ。相手が自分のことを嫌っているのは分かっている。ならば、無理して付き合う必要なんてない。互いに不可侵が一番だろう、と言うのがミオの持論である。そんなミオのスタンスに薄々気づいているのか、ほとんどの生徒たちは嫌そうな視線を向けるだけで、何かしらのアクションを起こそうとはしない。

 そう、『ほとんど』、だ。このクラスには、周りのことなど目もくれず、自分の中にある価値観が絶対だと思っている正義の勇者(笑)がいる。

 

「東風さん、君は訓練をしないのかい? それに南雲はどこに行ったんだ? 二人とも弱いんだからもっとまじめに訓練をした方がいいと思うよ。聞いた話によると、空いた時間はどこかに出かけたり趣味に没頭していたりするそうじゃないか。俺だったら、皆に追いつくために空いた時間も訓練に当てるよ」

「…………」

「……聞いてるのか? 俺は、君や南雲のことを思って言ってるんだぞ?」

「…………」

 

 無言。完璧な無視。光輝という存在そのものをスルーしているかのようである。

 そんなミオの態度に、むっとした表情を浮かべた光輝が、さらに言葉を言いつのろうとすると、いきなりミオがガバリと顔を上げた。やっと話を聞く気になったのか、と光輝は思ったが……。

 

「あっ、白ちゃんに八重ちゃん!」

 

 立ち上がったミオは、光輝に一瞥すらくれずに彼の横をすり抜け、香織と雫の方に向かっていった。

 

「な……ッ! 東風さん、話はまだ終わってないぞ!」

「白ちゃ~ん、訓練で疲れたから、回復魔法かけてくれない?」

「う、うん。それは別にいいけど……。あの、ミオ? 光輝くんが……」

「ホントに? 白ちゃん、ありがとー!」

「はぁ……。東風さんは相変わらずね。そんなに光輝が嫌いなのかしら?」

 

 徹底的に無視され続ける幼馴染を哀れに思ったのか、雫がミオにそう問いかける。そんな雫に、ミオはきょとんとした表情を浮かべると、それを一転、輝かんばかりの笑顔に変えた。

 

「勿論だよ!」

 

 無駄な感情など何一つない、純粋すぎる拒絶。三人の方に向かいかけていた光輝の足が、止まる。

 

「というかさ、二人はどうしてアレとの付き合いを続けてるの? 疲れるし、嫌じゃない?」

「そ、そんなことないよ」

「……というか東風さん。よくもまぁ、本人とその幼馴染の前でそこまでずけずけと言えるわね。逆に感心するわ」

「わーい、八重ちゃんに褒められたー」

「ミオ……皮肉だよ、それ」

 

 仲良さげに話す三人を、立ち止まった光輝は所在なく見つめていた。

 ミオの言葉には、悪意が含まれていない。ただ、純粋な事実として光輝を嫌悪し、無視しているのだ。関わりたくないから関わらない。言葉を交わすのが嫌だから反応をしない。嫌いだから、嫌いと聞かれれば何のためらいもなく肯定する。そもそも、存在を認めているかどうかも怪しかった。

 光輝は、その正義感から、ミオの考えを間違っていると思っている。そして、間違いは正さないといけないとも考えていた。しかし、彼の言葉はその一切がミオには届かない。結果、どうしようもなく立ち尽くす勇者が残るだけだった。

 

「それでねー、今日はラ〇ュタをやったんだけ…………ハジメッ!?」

 

 香織たちに、今日の出来事を話していたミオが、突然ハジメの名前を叫ぶ。

 

「ミオ? 南雲くんがどうかしたの?」

「……幼馴染の直感が告げている。ハジメが危ないっ!」

「何その直感……って、東風さん!? どこに行くの!?」

 

 何か電波的なモノを受信したのか、ミオは訓練場の外へと走りだした。

 

「……雫ちゃん、私、ミオを追いかけてくる!」

 

 そして、香織もそれに続いた。

 

「え、え? ……ああもうっ、何なのよ一体!」

 

 そうすれば、必然的に雫もついていくことになる。

 

「……ッ」

 

 そんな三人を見た光輝も、その背を追って走り出す。そんな彼の内心がどうなっているかは、本人すら分かっていなかった。



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檜山たち、死す(精神的に)

「おっ、無能君じゃ~ん?」

「マジで? ホントだ。おーい、む・の・う・くーん! 何してんのぉー?」

「もうすぐ訓練の時間だけど……ああ、悪い悪い、お前が訓練とか、するだけ無駄だよな。なんせ、無能何だしぃ?」

 

 飲み物を取りに戻ったハジメが訓練場の裏手に差し掛かると、そんな声が投げかけられる。げらげらと下品な笑いと共に放たれる、聞くに堪えない醜悪な言葉に数々。顔を見ずとも分かる。檜山たちだ。彼らはハジメの天職が非戦闘職であり、ステータスが低く、おまけに魔法の適正もない『無能』だと判明してから、前に増してハジメに絡んでくるようになった。

 またか、と内心でため息を吐いたハジメは、そのまま聞こえないふりをしてスルー。いじめとは、相手が反応するから面白いのだ。まるで無反応の相手をいじめても、何の楽しみもない。こうしていれば、その内檜山たちも飽きて何も言わなくなるだろうと、無視を決め込む。ミオを待たせている現状、こんな奴らのために使う時間などないのだ。

 そうして、無言で立ち去ろうとしたハジメは、背中に感じた衝撃に弾き飛ばされ、地面を転がった。とっさに受け身をとったのでそこまで痛くはない。だが、服は砂埃で汚れてしまった。

 

「(いつつ……。あいつら、今魔法使ったよな? 燃えたりしてないようだし、風の魔法か……。というか、訓練以外で攻撃魔法を使うのは危ないって、メルド団長に言われたの忘れたのか?)」

「ギャハハハッ! 無能くんったらぶっざまー!」

「あの程度の魔法でぶっ飛ぶとか弱すぎだろぉ!」

 

 倒れたハジメに、檜山たちの嘲笑が投げかけられた。だが、それらは一切合切、ハジメの耳には届いていない。

 起き上がりつつ、檜山たちの行動に呆れを隠せないハジメ。僕なんかに構うより、別にもっとやることがあるだろうと思ったが、そんなことを言ってもどうせ意味は無いのは目に見えている。

 このまま何も言わずに立ち去ろう、と考えたハジメ。だが、少しばかり遅すぎた。

 

「オラッ!」

「あぐッ!?」

 

 近づいてきた檜山が、ハジメの腹に蹴りを入れる。容赦のない一撃に、ハジメはまたもやゴロゴロと地面を転がる。ステータスの差もあり、かなり痛かった。蹴られたところを抑えながら、ハジメはよろよろと立ち上がる。

 

「オイ、無能。お前なに無視しちゃってんの? ア? なめてんのかよカスが」

「…………」

 

 檜山がハジメに近づき、その胸倉をつかみ上げ恫喝するが、ハジメは何も言わず、冷めた目で檜山をじっと見つめるばかり。

 

「……てめぇ、何だその目は!」

「ぐっ……」

 

 ハジメの眼差しが気に入らなかったのか、檜山が拳でハジメの頬を打った。呻き声を上げるが、それでも視線を檜山から外そうとはしなかった。

 その視線に、檜山は思わずたじろいでしまう。そんな檜山の様子を見たハジメは、瞳の温度をさらに下げ、凍えるような声でつぶやく。

 

「……手、放してくれる? 君たちに構ってる暇は、僕にはないんだよ」

「……ッ! 調子乗ってんじゃねぇぞカスがッ! 死ねよ!」

「…………」

 

 もはや、伝えることは伝えたとでも言いたげに、再び無言になるハジメに、ついに檜山が切れた。ハジメを投げ飛ばすと、「無能のくせに……てめぇの立場を教えてやるよ」といいながらハジメに暴行を加え始めた。げらげら笑いながら、檜山以外の三人もそれに続く。

 拳が、蹴りが、剣の鞘が、魔法が。うずくまるハジメへと容赦なく降り注ぐ。普通の男子高校生が突然力を手に入れたら、それに溺れるのは分かる。だが、その矛先になるのはたまったもんじゃないと、ハジメは内心でため息を吐いた。

 

「(体は痛い……痛いけど、こいつらバカだなぁって思う気持ちの方が強いな。つーか、ホントに馬鹿だよね、こいつら)」

 

 ハジメは、何故檜山たちが自分を目の敵にしているのか知っている。香織がハジメと仲良くしていることが気に入らないのだ。香織に惚れている檜山たちの、嫉妬からくる行動。それは、ハジメからしたら愚かさの極みとしか言いようのないものだ。

 

「(僕に当たるんじゃなくて、どうにかして白崎さんと仲良くなることだけを考えてりゃいいのに……。まぁ、それができないからこういうことしてるんだろうなぁ……。なんか、哀れ)」

 

 ミオの影響か、こういう輩に対して「どうでもいい」と淡白な対応のできるハジメだが、流石にイライラしてきたのか、ブラックなハジメさんが心の中でひょっこり顔を出した。まだ暴行は続いているが、ハジメにとっては痛くて煩わしいだけ。ミオを待たせていることの方が気になっていた。

 そんなとき、ハジメは檜山たちの暴行の音に混じって、たったったったっ、という誰かが走っている音を耳にした。そして、その音が近づいてきていることに気が付いた。

 檜山たちはそれに気づいていないようだった。ハジメが、音のする方に目だけを動かして視線を向けると、そこには表情を消し、こちらに駆けてくるミオの姿が……。

 

「(……あ、なんか嫌な予感が)」

 

 そう思ったときには、すでに遅かった。ミオは檜山たちよりも数歩手前で跳躍すると、空中で足をピンと伸ばし、そのまま突っ込んできた。

 

「ハジメから離れろ! このゴミどもぉおおおおおおおおおおおッ!!」

「ぐあッ!?」

「「「おわッ!」」」

 

 ミオの渾身のドロップキックが見事に檜山の後頭部に突き刺さり、そのまま他の三人もまとめて吹き飛ばした。

 

「ハジメ! 大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫……かな?」

「OK、安心して、お医者さんは連れてきてあるから。白ちゃん!」

「うん、ミオ! 南雲くん、今治すから!」

 

 ミオの後を突いてきた香織が、治療魔法でハジメの怪我を治す。二人に支えられて、ハジメはよろよろと立ち上がった。身体にはそれなりにダメ―ジを喰らっていたらしい。

 そんなハジメを見て、ミオの目が据わる。転がった檜山たちを見る視線は、もはや殺人鬼のそれである。

 ミオはハジメが一人で立てるまで回復したのは確認すると、香織の登場に目を白黒させている檜山たちに近づき……鞘からナイフを抜き去った。

 

「で? お前ら、どうやって死にたい?」

 

 ド直球の死刑宣告。あまりにサラリと吐かれたそれに、檜山たちは一瞬何を言われたか分からないという顔をする。だが、意味が理解できると、陽光を受けて煌めくナイフに、顔を引き攣らせた。ミオの言葉に冗談は一切含まれていない。ここで檜山たちが素直に死に方を言えば、何のためらいもなくそれを実行しただろう。

 

「か、勘違いしないで欲しいんだけど、俺たちは南雲の特訓に付き合っていただけで……」

「ふぅん、それが辞世の句でいいんだ。分かったよ」

 

 苦しい言い訳をする檜山を、バッサリ斬り捨て、ミオがナイフを振り上げる。その切っ先は、檜山の顔面を寸分違いなく狙い定めていた。檜山の顔が蒼白に染まる。

 

「まッ……!」

「待たないよ、死ね……!」

 

 制止を呼び掛ける檜山に、今まさにナイフが振り下ろされ……ることは無かった。ナイフを握りしめたミオの腕を、後ろから抱き着くようにしてハジメが止めたのだ。

 

「ミオ、それはダメだよ」

「ハジメ……?」

「僕のために怒ってくれてありがとう。けど、そこまでする必要はない。僕はそんなやつらにされたことなんて毛ほども気にしてないから。それに、ミオの手がそれの血で汚れるのは嫌かな」

 

 ゆっくりと耳元でささやかれる、ハジメの優しい声。ミオは、振り上げていたナイフをゆっくりと下ろすと、くるりとハジメの方を振り返り、その胸にぼすっと飛び込んだ。

 

「……わかった。ハジメがそういうなら、やめる。それより、もう痛いところない?」

「うん。白崎さんが治してくれたから」

「そっか……。白ちゃん、ありがとね」

「ううん、私は治療師だから。怪我を治すは、私の仕事だよ。それより……ミオは、いつまで南雲くんにくっついてるのかな? かな?」

「んー、ハジメが嫌って言うまで? ハジメ、こうするの、嫌?」

 

 上目遣いで、小首をかしげながら放たれたその言葉は、いつもと違ってどこかしおらしい態度と相まって、かなりの破壊力を伴ってハジメを襲った。

 ハジメ君の精神に大ダメージ! いつもの五割増しで幼馴染が可愛く見える状態異常のおまけつきだ!

 

「えっと……嫌じゃ、ないです」

「ふふっ、なんで敬語なの? 変なハジメ―」

 

 いつも以上にミオにかなわなくなっているハジメに、ミオを拒絶などできるはずもなかった。香織さんの笑顔が途端に怖くなる! 目の錯覚か、何やら香織の背後の空間が揺らめいて見えたハジメは、サッと視線を逸らした。

 

「…………えっと、これは、どういう状況なのかしら?」

 

 ハジメと彼に抱き着くミオ。そんな二人に「ふふふふふ」と笑顔を向ける香織。完全に忘れ去られている檜山たち。

 そんな、ぱっと見では何も分からない状況に、後から追いついた雫は、首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 # # # # #

 

 

 

「――――ていう、感じかな?」

「ふぅん、そういうことだったのね」

 

 ミオからある程度の説明を受けた雫が、スッ……と細めた瞳で檜山たちを射抜く。その視線を受けた檜山はビクッと肩をこわばらせると、なおも見苦しく言い訳をしようとする。

 

「だ、だから! 俺らは南雲の特訓に付き合ってただけなんだよ! 無能な南雲をちょっとでも強くしてやろうと……」

「特訓、ねぇ? それにしては、随分一方的じゃないかしら?」

「そ、それは……南雲が予想以上に雑魚かったからっ」

 

 檜山が何かを言うたびに、雫の視線はどんどん冷たくなっていく。それでも、檜山は「自分は悪くない」と、「全部ハジメが悪いんだ」と言いつのる。雫が聞きたいのは、ハジメに対する謝罪の言葉。しかし、いつまでたっても檜山からその言葉は出ない。

 そのあたりで香織と雫を追いかけてきた光輝が合流するが、状況の説明を受けようにも、雫は檜山を問い詰めており、香織はハジメにくっついているミオといつも通りのやり取りをしている。やって来た光輝には、視線すら向けられない。結果、話に入ることができずにその場に立ち尽くすことになった。

 

「それにしてもさぁ、あの檜山? だったっけ。アレも馬鹿だよねぇ。どこぞの勇者と同レベルで馬鹿だよねぇ」

「ミオ、そこで光輝くんを馬鹿にする必要、あった?」

「いやぁ、似たようなものでしょ? 考えなしのところとか、自分は絶対悪くないと思ってるところとか、それを理解できないところとかさ。檜山は暴力、勇者(笑)は言葉と思想ってところが違うだけでさ。ところで白ちゃん。白ちゃんは檜山共がどうしてハジメを目の敵にしてるか知ってる?」

「え? えっと……南雲くんがオタクだから?」

「まぁ、それも少なからずあるかもだけど、それだけじゃないんだよねぇ」

 

 ミオがニタリとした笑みを浮かべた。その笑みを見たハジメは悟る。この幼馴染、またロクでもないことするつもりだ、と。

 そして、ミオの言葉に一番反応したのは、檜山だった。檜山たちがハジメを嫌っているのは、香織とハジメが仲が良いから。そのことを香織に伝えられるということは……。

 「ヤメロッ!」と叫び、ミオの口をふさごうとする檜山。だが、彼の意に反して、彼の体はピクリとも動かなかった。

 

「なッ!? なんで、体が……!?」

「う、動かねぇ!? どうなってんだよ!」

 

 檜山だけでなく、近藤たちも動けなくなっているようだ。焦っている彼らは気づいていないが、彼らの体にはとても細い糸が巻き付き、拘束していたのだ。犯人は勿論のようにミオである。『操糸術』を使って極細の糸を彼らへと伸ばし、関節などに巻き付けることで拘束しているのだ。『我流糸術・隠縛糸』と名付けられたこの技は、ミオがメルドたち騎士から関節技を学び、それを糸で再現するというもの。

 動けない檜山たちがミオに叫ぶが、ミオは止まらない。浮かべる笑みは向けられている香織の頬が引き攣るほどに邪悪なモノだった。

 

「アレらはねぇ……白ちゃんが好きなんだよ。もちろん、ライクじゃなくてラブの方で。だから、あれらはハジメを嫌ってるの。自分の好きな子が、他の男と仲良くしてるもんだから、嫉妬したってワケ」

「へ…………? え、ええぇえええええええええええっ!?」

「あはは、白ちゃん驚きすぎだよー。何もおかしな話じゃないでしょ? 白ちゃん、すっごいモテるし」

「そ、そんなことないよ、ミオ! わ、私がモテるなんて、そんな……」

「白ちゃんがそういうこと言うと、すっげぇ嫌味っぽい。まぁ、それはそれとして……白ちゃん、今の聞いて、どう思った?」

 

 ミオがそう聞くと、香織は「どうって言われても……」と困ったような表情を浮かべる。

 だが、檜山たちにはそれで十分だった。香織の態度は、檜山たちのことは恋愛的に眼中にないことを、何よりも明確に示していた。

 何も言えなくなり、押し黙る檜山たちは、ミオが自分たちを見ていることに気づいた。ミオは彼らの視線が自分に集まったことを確認すると…………「ハッ」と飛び切りの侮蔑を籠めた嘲笑を浮かべた。

 

「てめッ……!」

「あれ? いいのかなぁ。これ以上、白ちゃんの前で無様を晒して……さ?」

「……ッ! チクショウッ!」

 

 ミオの一言に何も言えなくなった檜山たちは、いつの間にか動くようになっていた身体を反転させ、その場から駆け出し……否、逃げだした。

 そんな彼らの背中は……なんというか、悲しみに溢れて見えた。

 

「……自業自得とはいえ……これは酷いわね」

「あはは……」

 

 去って行く檜山たちに、流石に同情を禁じ得ないハジメと雫だった。

 



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勇者(笑)

ちと短めです。


「確かに檜山君たちがやったことは、許されることじゃないわ。けど……東風さん。貴女も、アレはやりすぎよ。下手したらあの四人、部屋に引きこもって出てこなくなるわよ?」

「……はい」

「それに……流石にないと思いたいけど、報復に会う可能性も考えられる。そういうことを、しっかりと考えてから行動すること」

「……はい、おっしゃる通りです」

「ちゃんと、分かったかしら?」

「……はい、すみませんでした」

 

 ミオは、雫から説教を受けていた。気持ちは分かるけどやりすぎだと、もっと考えて行動しなさいという雫に、何の反論もできないミオ。粛々と雫の言葉を受け入れていた。聞く姿勢もしっかりと正座である。

 

「……なんというか、八重樫さんって……」

「あはは……お母さんっぽい?」

「う、うん。そんな感じはするかなぁ……って」

「……南雲君? 聞こえているのだけど? というか香織! あなたも変なことを言わない!」

「「は、はいッ!?」」

 

 オカン扱いされた雫が、こそこそと話すハジメと香織をキッと睨んだ。その迫力に思わず二人は直立不動になった。オカンには誰も逆らえない!

 

「あぅ……ハジメぇ……。八重ちゃんめっちゃ怖かったよぅ……」

「まぁ……ミオのことを思っていってくれてるんだし、ちゃんと反省しなきゃね」

「うん、それはまぁ、分かってるよ。けど、説教中の八重ちゃんって、妙な威圧感があるんだよね……」

「ああ、うん。横から見てたけど、それはなんか分かる」

 

 こってり絞られたミオが、ハジメにもたれかかる。ぐでーっとしているところを見ると、相当堪えたらしい。傍若無人、自由奔放を地でいくミオにここまでダメージを与えた雫に、ハジメは密かに戦慄した。

 

「でも、南雲くんが無事でよかったよ」

「そうね……って、いけない。もう訓練が始まってる時間じゃない。はやく戻らないと」

 

 訓練に戻らなくては……というところで、余計なことを言いだす者が一人。

 

「待ってくれ。東風さんと南雲には話があるんだ」

 

 もちろん、勇者(笑)である。途端に嫌そうな顔をするミオ。だが、光輝はそれに構わず話始める。その瞳には相変わらずの正義感が迸っていた。

 

「二人とも、協調性が無さすぎるんだ。皆と同じ行動をとらないし、勝手なことばかりしている。訓練だって、皆は真面目にやっているのに、二人はすぐにやめてどこかに行ってしまう。皆も迷惑に思ってる。これじゃ、この世界を救えないじゃないか。二人とも、もっと真面目にやってくれ。さっきの檜山たちだって、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろう?」

 

 どう解釈すればそうなるのか。それを聞いたハジメは、真剣に光輝の頭が心配になった。確かに、言っていることは間違いではない。ただそれは、物事のうわべだけを見て判断し、光輝の基準に合わせた正しさであり、ハジメやミオからしたら「何言ってんだこいつ」と正気を疑うレベルで頓珍漢なことだった。

 ハジメとミオが訓練に参加する時間が短いのは、他にやることがあるから。他のクラスメイトと違う行動をとるのだって、戦闘職と非戦闘職が同じことをやって成長できるはずがないからだ。

 光輝は、二人の「訓練に積極的じゃない」、「協調性のある行動をとらない」という部分だけを見て、ハジメとミオを間違っていると断じているのだ。光輝の視点から見ればそうなるのかもしれないが……それにしても、最後に言ったことは、真剣に意味が分からない。どうして不真面目さを直すためにリンチをする必要があるのか。

 光輝の思考回路は、自分の正義感が大前提にあるため、それ以外を認められない……いや、認めようとしないのだ。そして、光輝の正義感には行きすぎた性善説が含まれており、人はそう簡単に悪いことをしないと考えている。だから、檜山たちの行動も、原因はハジメにあるのではないかと考えたわけだ。

 

「…………は?」

 

 そんなことを言われて、ミオが怒らないはずがなかった。ミオから思わずゾっとしてしまいそうなほどの殺気が放たれた。その手はそっとナイフの鞘に向かっている。

 ミオは知っている。この世界来る前から、ハジメはハジメの人生を真面目に生きていることを。万人からの理解が得られる生き方では無いのかもしれない。それでも、ハジメはそれに真剣だったのだ。それは、こっちの世界に来てからも一緒で、自分にできることを探して、それを一生懸命頑張っていた。光輝の言葉は、その努力すべてを否定するものでしかない。

 これがあるから、ミオは光輝のことを唾棄のごとく嫌っているのだ。ハジメのことなど何も知らないのに、ハジメを陥れる彼のことを。

 気に入らないなら視界に入れなければいいのだ。気にするから嫌悪感が生まれ、それをどうにかしようなどと考えるのだ。

 ミオが光輝をずっと無視していたのはそのためだ。ハジメの何が気に食わないのか、ミオには(・・・・)まるで分からないが、ずっとハジメに一方的な『正しさ』を押し付けようとする光輝を、少しでも気にしてしまえば……。

 

 ――――殺してしまいそうだったから。

 

 ミオから溢れ出した殺気は、その場にいた全員の背筋を凍らせるほどに冷たく、無性に腕を掻き毟りたくなるほどに不気味だった。これと比べてしまえば、檜山たちに向けていたものなど児戯に等しい。

 

「……どこまで……わたしを怒らせれば……! ハジメを……バカにすれば……ッ! 天之河ぁ……ッ!」

「お、落ち着いて、ミオ! 僕は全く気にしてないからっ! 大丈夫だからっ!」

「……放して、ハジメ。そいつ殺せない」

「こんな時までネタに走るな!」

 

 真面目に起こっているのか、実は余裕があるのか分からないミオを、必死に止めるハジメ。そこに、ため息を吐く雫が着て、二人に謝罪する。

 

「光輝……はぁ。ごめんなさい、東風さん。光輝だって、悪気はないのよ」

「八重ちゃん、それ一番たちが悪いやつだから。それに、悪気が無かろうと、あいつが言ったことは許されることじゃない」

「……それもそうね。今のは流石に言いがかりだわ。光輝、ちゃんと南雲君と東風さんに謝りなさい」

 

 光輝の言動になれている雫から見ても、先ほどに光輝の発言は「無い」ものだったらしく、二人への謝罪を求めた。だが、光輝はそれに納得できなかったらしい。

 

「なっ……、どうして俺が謝らないといけないんだ! 間違ってるのはその二人の方じゃないか!」

「……あー、うん。本当にごめんなさい」

「八重ちゃんが謝ることは無いよ。そうだよね、ハジメ」

「うん、八重樫さんは、気にしないでいいから」

「そう……ありがとう、二人とも」

 

 これはもうどうしようもねぇわ、と思ったのか、ミオも殺気を出すのをやめた。雫は物分かりの悪い幼馴染に『頭痛が痛い』という状態であり、そんな雫にミオとハジメは優しい言葉をかけた。オカンの胃痛がマッハでヤバい。

 そんな三人を見て、光輝は歯噛みする。自分は正しいことを言っているはずなのに、自分の言っていることは間違っていないのに。そんな思いが胸中に渦巻くが、光輝はそれを伝えることができなかった。幼馴染である雫さえも、光輝のことを間違っていると断じたのだ。それは、光輝の中で名状しがたき感情へと変わっていき、心の奥底に溜まっていく。その感情の正体が何なのか、本人すら気づかぬままに……。

 

「ま、勇者(笑)のいうことに反応するのも馬鹿らしいし、そろそろいこっか、ハジメ」

「またそうやって煽る……。はいはい、この後は『操糸術』の訓練だったっけ?」

「そだよ。ハジメは?」

「うーん、特にやることがあるわけじゃないけど……。いつも通り、『錬成』の訓練かな?」

「おっけー、じゃあハジメの部屋でやろっと」

「どうしてそうなるの……? まぁいいけどさ……」

「はい決定。というわけで、白ちゃんと八重ちゃん、またねー」

 

 そう言って去って行くミオとハジメ。すでに二人の眼中に光輝の姿はない。そんな二人にまたもや声をかけようとした光輝だったが、突然隣から噴き出た威圧感に、その身を竦ませてしまう。

 とっさにそちらを見た光輝。だが、そこにはいつもと変わらぬ笑みを浮かべる香織がいるだけだった。

 

「光輝くん? どうしたのかな?」

「あ……いや、何でもない。気のせいだったみたいだ」

「そうなの? じゃあ、私たちも訓練に戻ろっか。南雲くんたちも頑張ってるみたいだし、私たちも頑張らなきゃ。いこう、雫ちゃん」

「そうね、今日も頑張りましょう」

 

 香織と雫は、肩を並べて訓練場の方に向かった。出遅れた光輝が、少しその場で立ちすくむ。

 ハジメとミオ、香織と雫。別々の方向に去って行く二人組が一つ。その中央で立ちすくむ光輝は……なぜか、途方もない孤独を感じたのだった。




うちのハジメ君は、原作のハジメ君に比べ、悪意に対して抵抗することにためらいがありません。幼いころからミオと一緒に育った影響というわけです。


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The two fall into an abyss① 月明かりの中、誓いは交わされた

遅くなりつつも更新です。


 ハジメが檜山からリンチを受け、ミオがブチギレた日の終わりに、メルド団長からとある通達があった。

 それは、三日後に『オルクス大迷宮』へと実戦訓練に赴くというものだった。

 『オルクス大迷宮』は、全百層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つに数えられ、下の階層に行けば行くほど強力な魔物が出現する。だが、その性質を利用して新兵や傭兵の実力を測るのにつかわれたり、採れる魔石が良質なモノだったりと、かなり人気のある迷宮である。ちなみに、魔石とは魔物の体内にある魔物を魔物たらしめている物体のことだ。

 通達を聞いたハジメとミオは、即座にメルド団長に直談判した。「どうぞ僕(わたし)たちは置いていってください」と。そもそも同じく非戦闘職である愛子先生は迷宮での実戦訓練には参加しないらしく、ならば自分たちも不参加でいいじゃないかというわけだ。非戦闘職でステータスも低く、戦闘には向いていないハジメとミオ。自分たちがそれに参加しても周りに邪魔になるだけで、自分たちの訓練にもならないなどと訴えを重ねたが、メルド団長はついぞ首を縦に振らなかった。なんでも、上層部から生徒たちは全員訓練に参加するように、と言われているようで、どうしようもなかったようだ。

 「安心しろ! お前らのことは、俺が絶対に守ってやるからな!」とメルド団長は男臭く笑って言った。同じようなセリフを光輝がよく言っているが、安心感が段違いだなぁ……と二人は思った。

 その後は、迷宮に行くならやれることは全部やっておくぜ! のノリで調べものや各技能の訓練に励んだ。ミオは、孤児院へ数日間、お話を休まなくてはいけないことを伝えると、子供たちに泣かれた。「いかないで」の大合唱に、ハジメと二人でがんばってその場を収めたが、ものすごく大変だった。泣く子供は魔物なんかよりもよっぽど恐ろしいとハジメもミオも痛感した。

 そして、あっという間に三日が経ち、ハジメたちは『オルクス大迷宮』を利用する冒険者や傭兵がよく利用する宿場町『ホルアド』に向けて出発した。移動は馬車で、メルド団長率いる騎士数人が引率役であった。

 馬車での移動中のハジメとミオはと言うと……。

 

「ハジメ、『オルクス大迷宮』に出現する魔物の名前、全部覚えてきた?」

「勿論。出現階層までばっちり。それよりミオ、トラップの方は? 戦闘をあまり考えていない僕たちにとって、怖いのはトラップの方だと思うよ」

「そうだね。定番中の定番、転移トラップもあるみたいだし……。最悪、『いしのなかにいる』状態に……」

「流石にそんな即死トラップがあるとは思いたくないけど……気を付けておこう」

 

 迷宮について調べてきたことを情報共有したり……。

 

「ミオ、戦闘での立ち回りは……」

「極力前に出ずに、戦いもしなけりゃしない方がいいと思う。戦いの実績がいるなら、適当な魔物を騎士さんたちに弱らせてもらって、それを倒せばいいんじゃない?」

「じゃあ、そういうことで。もし、不意打ちとかで万全の状態の魔物との戦闘になったら、とにかくいのちだいじにで。とはいえ、表層の魔物なら、僕とミオ、二対一なら問題なさそうだけどね」

「油断は禁物だよ、ハジメ」

 

 戦闘時の動きを確認しあったり……。

 

「それにしても、馬車の中ってやることないねー」

「確かに、やることやっちゃうと暇だね」

「というわけで、わたしは寝ます。ハジメ、膝かりるねー」

「え、あっ、ちょ!」

「お休みなさーい。んっ……すやぁ」

「寝るの早くない!?」

 

 昼寝にかこつけていちゃついたりしながら、道中を進んでいった。

 数時間後、ホルアドに到着したハジメたちは、王国直営の宿屋に泊まった。迷宮探索は明日からである。最初はニ十層あたりの比較的安全な階層で訓練を行うらしい。まずは実戦の空気に慣れろ、ということだろう。

 ハジメとミオは相部屋だった。男女で同じ部屋なのは問題があるのでは……と、思われたが、誰も何も言わなかったのでなし崩しである。若干一名、香織が二人を目の笑っていない笑顔で見つめ、雫に引っ張って行かれていったが、決定は覆らなかった。

 

「おー、普通の部屋だぁ。王宮の部屋は豪華すぎて落ち着かないんだよね」

「そうだね……。というか、ミオはこの状況に何か言うことない?」

「んー……ハジメと同じ部屋で寝るのかぁ……。あっ、夜中にごそごそって物音がしても、ちゃんと気づかないフリするから、安心して!」

「何も安心できない! そうじゃなくて、男と同室とか嫌じゃないかってことなんだけど……」

「……ああ、そんなこと」

「そんなことって……重要じゃないかなぁ、こういうのって」

「そんなことだよ、ハジメの心配事は。わたし、ハジメと同じ部屋でも、全然嫌じゃないよ?」

 

 そんなことを、無邪気な笑みを浮かべながら言うミオ。ハジメの頬がさっと赤くなった。

 

「そっ、それならいいんだけど……」

「あれ? ハジメ、ほっぺが赤いよ? もしかして、照れてる?」

「て、照れてない! 照れてないから!」

「あはっ、必死になってるハジメ、可愛い!」

 

 照れるハジメに、ミオは勢いをつけて飛びついた。そのままベッドに二人して倒れこむ。背中からベッドに倒れたハジメの胸元に、ミオは頭を乗せている。

 ハジメはすぐに、ミオの言動が幼くなっていることに気が付いた。それは、ミオが不安がっている証拠である。

 

「……ミオ、やっぱり怖い?」

「……うん。いっぱい準備したし、やれるだけの訓練もした。でも……戦うのは、怖いよ」

「じゃあ、今からでもメルド団長にお願いしてみる? ミオだけでも明日の訓練に参加しなくてもいいように……」

「それはダメ!」

 

 ミオは、力強くハジメの言葉を遮る。ガバリと顔を上げ、潤んだ瞳でハジメを見つめる。

 

「戦うのは怖い……怖いよ……。けど……わたしの知らないところで、ハジメがいなくなっちゃう方が、もっと怖い。ハジメが戦うなら……私も、一緒に戦う」

「……うん、分かったよ」

 

 こうやって、ミオの弱っている姿を見られるのは、幼馴染の特権かな? と、少々場違いなことを考えながら、ハジメはミオの体を抱きしめた。

 

「ミオ。多分、明日が本当の始まりだ。僕たちが、元の世界に戻るための戦いが、これから始まるんだよ」

「……そうだね。絶対に、二人で帰ろうね」

 

 それは、誓いだった。互いが互いを支えあい、互いのために戦い、互いを守る。そして、二人で必ず願いを叶えるのだという誓い。

 これから、何があろうとも、この誓いを胸に全てを乗り越えていこう。二人は、言葉にせずともそう通じ合った。

 小さな部屋の中で、小窓から差し込む月明かりが、寝台で抱き合う二人を照らし出す。

 ハジメはミオの不安を取り除くように、その頭を優し気な手つきで撫で、ミオはハジメの胸の中で安心しきった笑みを浮かべている。二人の間にある距離はゼロ。それは、二人の心の距離をそのまま表しているかのようだった。

 ハジメの手を気持ちよさそうに受け入れていたミオは、ゆっくりと顔を上げ、ハジメと目を合わせる。

 その潤み、熱を帯びた眼差しを向けられたハジメは、ドキッ、と心音を跳ね上げた。視線が、ミオから離れなくなる。

 距離が、近い。ミオの瞳の輝きも、震える睫毛も、染まった頬も、熱い吐息を漏らす唇も。ハジメはその全てを確認することができた。

 

「ハジメぇ……」

 

 ミオが、蕩けるような声でハジメの名を呼んだ。

 

「……何、ミオ」

 

 ハジメも、どこか余裕のない声音で答える。

 ミオの顔が、徐々にハジメの顔に接近していく。二人の間にあった、最後の隙間が無くなろうとしていた。

 十センチ離れていたのが、五センチに。五センチ離れていたのが、三センチに。三センチ離れていたのが、一センチに。

 そして、ついに二人の距離がゼロに……。

 

 コンコン。

 

 ――――なる直前に、ノックの音が響き渡った。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっといいかな?」

 

 どうやら、ノックの主は香織だったらしい。ノックの音で我に返ったハジメは、勢いよく顔を逸らし、頬を真っ赤に染め上げた。

 

「(~~~~~ッ! まって、今、僕は何をしようとした!? 今、今、ミオと……!? ぁあああああああああああああああ!?)」

 

 内心の羞恥に悶え、ゴロゴロと転がりたいのを必死に耐えるハジメ。

 一方ハジメとの逢瀬を邪魔されたミオは、ゆらりとした動きでベッドから降りると、扉に近づき、それを勢いよく開いた。

 

「ふぇ!? ……み、ミオ!?」

 

 唐突に開かれた扉に香織が驚く中、ミオはにっこりと満面の笑みを顔にはりつけ、香織に言い放った。

 

「ごめんね、白ちゃん。今、取込み中なんだ。用事だったら、二時間後にしてくれる?」

 

 ものすごくアレな時間設定である。

 二時間、と聞いて最初は何のことか分からない様子だった香織も、徐々にその意味を理解したのか、ボフンッ、と茹で蛸のように真っ赤になった。

 

「み、ミオ!? に、二時間って……何をしてたの!? 何をするつもりなのかなぁ!!」

「あっれー? 白ちゃん、わたしは二時間って言っただけだよ? 何をするなんて一言も言ってないんだけどぉ……? 何を想像しちゃったのかにゃー?」

「……ッ! み、ミ~オ~!」

「わー! むっつり白ちゃんが怒ったー!」

「わ、私、むっつりじゃないもん! ミオの馬鹿ぁ!」

「あーもう! ミオも白崎さんも! 今、夜だから! みんな起きるから!!」

 

 真っ赤になって怒る香織に、それを煽るミオ。

 そのどんちゃん騒ぎは、宿の外まで聞こえていたらしい。




あー、香織のイベントがぁ……。まぁいっかぁ……。


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The two fall into an abyss② 無能と不明の戦い

 ミオと香織のキャットファイトは、額に青筋を浮かべた雫が二人の頭に容赦ない拳を叩き込んだことで終息した。周りの迷惑を顧みず喧嘩する輩に慈悲はないのだ。

 そして翌日。生徒たちは『オルクス大迷宮』に足を踏み入れた。迷宮の中は、縦横五メートルほどの通路がうすぼんやりと光っており、照明器具を使わなくても視界に困らない程度には明るい。壁に緑光石という光を放つ鉱石が埋まっているらしい。ハジメの『鉱物系鑑定』でもそれは確認できた。

 メルド団長に連れられた生徒たちは、迷宮に入って少し経ったところで、広場のような場所に到着した。全員が足を踏み入れた瞬間、その部屋の壁という壁から灰色の毛皮を持つナニカが姿を見せる。

 それは、二足歩行をするネズミだった。とはいえ、某夢の国の支配者たるネズミさんのような可愛らしさは皆無であり、無駄に発達した筋肉と殺意に濁った瞳は吐き気を催すほどであった。

 

「あれは……ラットマンだね。この迷宮屈指の雑魚魔物。RPGで言ったらスライムかゴブリンみたいな感じ」

「爪で引っ掻く攻撃と、突進からの噛り付きが主な攻撃手段。接近されなければ攻撃を喰らうこともないので、魔法などの遠距離攻撃で倒しましょう。……だったね」

「うん……あ、後衛組の魔法で全滅した。というか、あれはオーバーキルじゃない? 素材が取れないんだけど」

「あはは、初戦闘でやり過ぎたって感じじゃないかなぁ……」

「まさしく、汚物は消毒だー! って感じだったね」

 

 記念すべき初エンカウント魔物であるラットマンは、見た目の気持ち悪さが原因か、後衛組の炎魔法をくらって消し炭になっていた。真っ黒こげになって倒れるラットマン。確かに素材は取れそうもない。

 明らかに威力過多の魔法を放った後衛組は、そのことをメルド団長に怒られている。その間に新たに現れたラットマンは、光輝たち前衛組に倒されていた。

 ハジメとミオは、その光景を一番後ろから見ていた。完全に傍観者気どりである。とはいえ、周りへの警戒を怠ることは無く、何が起きてもすぐに対処できるようにしていた。

 

「くっ、一匹抜けたか!」

 

 そんな声が前方から聞こえてくる。どうやら、前衛組が相手にしていたラットマンのうち、一匹が後方に流れてしまったようだ。能力値は高くとも、まだ戦闘になれていないからこそ起こったミスである。

 すぐさま騎士の一人がラットマンを倒そうと剣を抜きかけたが、ミオがそれを制止した。

 

「ごめん、騎士さん。わたしとハジメにやらせてもらえる? 一回くらいは戦っておこうと思ってね」

「構わないが……大丈夫なのか?」

「無理はしませんよ。けど、危なくなったら、その時はお願いしますね」

「ああ、分かった。頑張れよ!」

 

 騎士からの激励を受けたハジメとミオは、腰のナイフを抜き去り、油断なく構えた。

 

「キィイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

 金切り声を上げ、二人に襲い掛かってくるラットマン。爪を振り上げ、ドタドタと突っ込んでくるのを見たハジメは、ミオにアイコンタクトで合図を送ると、その場にしゃがみこんで地面に手を付いた。

 

「『錬成』!」

 

 そして発動するのは、ハジメの唯一の武器である『錬成』。ハジメの魔力が流し込まれた地面が蠢き、隆起した。ラットマンを突き刺したり吹き飛ばしたりするような勢いはないが、ラットマンの行動を阻害することはできる。

 ハジメは魔力消費量も考えて、ラットマンの足元に三十センチほどの出っ張りを創り上げた。その錬成速度は、明らかに今までよりも速い。それは、ハジメが迷宮に行くまでの三日間で目覚めさせた派生技能[+高速錬成]の効果である。

 ラットマンは、その出っ張りを何でもないようにジャンプで飛び越えた。軽々と飛び越えられた出っ張りは、足止めとして何の役割も果たせていないように思える。

 しかし、ハジメも考えなしに出っ張りを作ったわけではない。ラットマンが地面に着地するよりもはやくに、二度目の『錬成』を発動する。

 傍目には、何も変化が無いように見える。しかし、ハジメの牙はラットマンの着地の瞬間に襲い掛かる。

 

「キィイイ!?」

 

 ラットマンが地面に着地したその時、ラットマンの足元の地面が崩れ、深さ一メートルほどの穴が姿を見せた。ハジメは『錬成』でラットマンの着地地点に落とし穴を作ったのである。

 穴に落ちたラットマンが何とか脱出しようとジタバタもがくが、それよりも先にミオが動き出した。

 

「『我流糸術・隠縛糸』」

 

 ミオの魔力が長された金属糸が蠢き、ラットマンへと延びていく。穴の中でもがくラットマンに絡みついた糸がその体を拘束する。

 

「ハジメ! これでもう、アイツは動けない!」

「分かった、止めを刺すよ」

 

 ミオがハジメに声をかけ、ハジメは動く。手にしたナイフを逆手に持ち、ラットマンの首筋に突き立てた。

 

「キエェエエエエッ!!?」

 

 噴き出る血。生臭い匂いが充満する。ハジメはラットマンの断末魔を聞きながら、ナイフ越しの感触に顔をしかめた。

 肉を突き刺す感触。それは、この手で命を奪う感触でもある。決して気持ちの良いものではないが、この世界を生き抜くためには避けて通ることはできないモノ。

 ラットマンの首筋に突き刺さったナイフを抜き去ったハジメは、その場で大きく深呼吸をした。腹の底からこみあげてくるモノを無理やり押さえつける。

 

「ハジメ、お疲れ様。大丈夫?」

「……うん、もう大丈夫。やっぱり、こうして命を奪うのは、どうにも慣れないね」

「それでいいんじゃないかな? 慣れなくても、やりたくないって思っても、ハジメはやめることはしないんでしょう?」

「……それは、そうだね」

「なら、それでいいんだよ。それに、命を奪うのを忌避するのは当たり前のことだよ。こうして敵対してくる魔物だろうと、殺したことに嫌な思いをしている。それって、大事なことなんじゃないかって、わたしは思うよ」

「ミオ……ありがとう」

 

 ミオの言葉に、ハジメは心が軽くなったのを感じた。命を奪ったことに対しての気持ち悪さや忌避感は残っていても、それを気にすることなく、されど忘れることもない。この世界を生き抜き、元の世界へ帰ることを目的としているハジメにとって、理想的な精神状態になることができた。

 その後も、ハジメとミオは時折後ろに抜けてくる魔物や、騎士たちが一匹残してくれた魔物相手に戦闘訓練を行った。二人とも、相手の動きを封じてから確実に仕留めるという戦い方をしているおかげか、怪我は一切ない。

 ハジメは『錬成』を、ミオは『操糸術』を多用しているおかげか、魔力のステータスの伸びがよく、レベルも三つ上がっていた。

 そんな二人を、騎士たちは感心したように見ていた。非戦闘職でありながら、己の技能を最大限に戦闘に生かし、危なげない戦い方をしている二人は、「この二人に戦闘は無理だろう」という騎士たちの予想をいい意味で裏切る結果となった。

 

「ミオ、お願い!」

「よぅし、そりゃッ!」

 

 ハジメが『錬成』で動けなくした犬のような魔物を、ミオがナイフで斬り裂いた。迷宮に入ってからすでに三時間ほどが経っており、ハジメとミオの戦闘回数も二桁に突入していた。

 

「ふぅ、よしっ! 今回も完璧だったね、ハジメ!」

「うん、想定してたよりも魔物が弱かったのもあるけど……。僕たちが、想像以上に戦えてる」

「まぁ、二対一が前提で、安全策に安全策を重ねてるだけだけどねー。魔物がこれ以上強くなったら、わたしたちじゃ厳しいかな?」

「そうだね。あ、そうだ。ミオ、魔力は大丈夫? そろそろ厳しいんじゃない?」

「んー、そうだね。回復薬飲んどこー」

 

 回復も忘れずに。どこまでも安全志向の二人である。

 

「南雲くん、ミオ。大丈夫? どこも怪我してないかな?」

 

 そんな二人の元に、香織が近づいてきた。後ろには雫も付いてきている。どうやらハジメたちが戦闘をしている最中に、休憩時間に入ったようで、生徒たちは思い思い休んでいた。周囲の警戒は騎士たちがやってくれているようである。

 

「うん、大丈夫だよ、白崎さん。僕もミオも、傷一つないから」

「ふっふん、白ちゃん如きに心配されるわたしじゃないぜい? ま、でも。心配してくれてありがとね、白ちゃん」

 

 ミオの不意打ち気味の素直な反応と無邪気な笑みに、香織はうぐっ、とかすかに頬を赤くしてうろたえる。

 

「ど、どういたしまして……。うぅ、ミオが素直だと、なんか調子狂う……」

「白ちゃん酷ーい。わたしはいつでも素直だよ! 主に自分の欲望に!」

「そこは慎み深くなった方がいいと思うよ、ミオ」

「アイデンティティが崩壊するから、無理! それより、白ちゃんはもっと欲望を表に出さないと、ますますむっつりに……」

「ミ~オ~! だから、私はむっつりじゃないって言ってるでしょ!」

「いやぁ、白ちゃんはむっつりだと思うんだけどなぁ。だって、よくハジメのごにょごにょなところを想像して悶えたりしてるでしょ?」

「そ、そんなことたまにしかしてないもん!」

「……語るに落ちるとはこのことか。白ちゃんの変態」

「へっ……! なんてこと言うの、ミオ!」

 

 もはや、わざとやってるんじゃないかというくらいスムーズに喧嘩に移行する二人に、ハジメと雫はそろってため息を吐いた。こんな時に何をしているんだと怒るべきか。こんな状況でも変わらぬ態度を貫けることを褒めるべきか。真剣に悩みそうになる。

 

「全く、香織は……東風さんが絡むとすぐにこうなんだから」

「あはは……ミオがすみません」

「いいのよ。香織もなんだかんだで楽しそうだし。それよりも南雲君、君、凄いじゃない」

「はい? 凄いって……何が?」

 

 雫の突然の賛辞に、「?」と首を傾げるハジメ。分かってない様子のハジメに、雫は苦笑を浮かべた。

 

「何がって……ちゃんと戦えてることよ。貴方も東風さんも非戦闘職でしょう? それに、クラスの皆との関係もあまりよくないから、フォローも貰えない。本当に訓練に参加しても大丈夫なのかって思ってたの。でも、貴方たちは、自分に出来ることで、しっかりと戦えてる。私たちの中には、チートを貰っていても戦いを怖がって、戦わない人もいるっていうのにね。だから、南雲君と東風さんのこと、凄いって思ったの。ふふっ、本当に貴方たちって、心配のし甲斐が無いわね」

 

 雫から送られたのは、混じりっ気のない賞賛だった。柔らかな微笑みと共に送られたそれに、あまり褒められるということになれていないハジメは、どう反応していいのか分からない。

 

「……僕はそんな風に言ってもらえるほど、凄いことをしてるわけじゃないよ。ただ、自分のできることを、我武者羅にやってるだけ。魔物をばっさばっさと倒したり、誰かを守れるような力があったりはしない。八重樫さんたちの方が、よっぽど凄いよ」

「そうかしら? こう言っては何だけど……私たちには、チートという力がある。その力があるからこそ、南雲君が言うようなことができる。逆に言えば、チートが無い状態では、魔物を倒したり、誰かを守ったりなんてできるとは思えないわ。……それが出来てる南雲君と東風さんは、本当に強いのね」

「強い……か。そんな風に言われるなんて、思っても見なかったな。でも、ありがとう。こうして、僕たちのことを認めてくれる人がいる。それだけで、すごく嬉しいよ」

 

 そう言うと、ハジメは小さく微笑んだ。その笑みは、真正面で見ていた雫が、思わず目を奪われてしまうほどに優し気で、それでいてハッとしてしまうほどに力強いものだった。

 

「それに、さ」

 

 そんな雫の変化には気づかず、ハジメは言葉を続ける。

 

「八重樫さんと白崎さんは、僕のこともミオのことも心配してくれるでしょ? それも、こうやって頑張れてる理由だと思うんだ」

「……そうなんだ。貴方たち二人を心配することは、無駄だと思ってたけど、そういうわけでもないみたいね」

「無駄だなんて思ったことは一度もないよ。いつも心配してくれてありがとう、八重樫さん」

「ええ、どういたしまして。……っと、そろそろ休憩も終わりね。私は戻るけど……南雲君、気を付けてね? 君に何かあると、香織が悲しむから」

「う、うん……分かった。気を付けるよ」

「ならよろしい。まぁ、貴方たちに何かある時は、ちゃんと私が守って見せるわ。だから、安心してちょうだい」

 

 そういって、雫はいまだに言い争いを続けていた香織を連れて、生徒たちが集まっている方へ帰って行った。その足取りはどこか軽やかで、手を引かれる香織が不思議そうに首を傾げている。

 その背中を見送ったハジメは、ふと視線を感じて、思わず身構えた。それは、ドロリとした粘着質で不快感を感じる視線だった。視線を巡らすも、どこから向けられたものかは分からず、その視線は途切れてしまった。

 

「何だったんだ……? ……ッ!」

 

 またもや視線を感じたハジメ。今度はどこから向けられているのかすぐに分かった。かなり近い場所……というか、ハジメの隣から放たれたものだ。

 

「……ミオ? どうしてそんなに不機嫌そうなの?」

「べっつにぃー? なーんか八重ちゃんと仲良さげだなーって思っただけだにゃー」

 

 そういうも、ふんっと頬を膨らませてそっぽを向いている姿は、どこからどう見ても不機嫌である。

 

「むぐぐ……。白ちゃんもそうだけど、八重ちゃんは強い……とっても強力だよ……!」

「あはは……な、何の話かなぁ……?」

「ふんっ!」

「痛いッ!」

 

 ミオの嫉妬キックを脛に喰らったハジメは、思わずその場にしゃがみこんで悶絶するのだった。




雫ルート、順調に進行中。


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The two fall into an abyss③ 迂闊さが招く最悪なる災厄

 そんなこんなで、現在迷宮の第二十階層。現在『オルクス大迷宮』は四十七層まで攻略されている。一つの階層が数キロ四方はあるこの迷宮は、一階層分をマッピングするのにもかなりの時間がかかる。とはいえニ十階層はすでに攻略が終わっている階層であり、トラップやらの心配もない。ここにある大広間まで行き、そして帰ってくるのが今回の訓練の目的である。

 チート能力を持ち、日々の訓練も真面目にこなしている召喚組だが、初めて触れる実戦の空気と、迷宮内という慣れない環境に、全員が疲れた表情を浮かべていた。

 

「はー、もうニ十層かー。なんかあっという間だったねー」

「ハァハァ……いや、何でミオはそんなに元気なの? 結構疲れてるはずだよね?」

「いやまぁ、そこはアレだよ。ハジメがそばにいてくれるからだよ」

「……やっぱり疲れてるんだね、ミオ」

「あれ? その反応は心外何だけど!?」

 

 まぁ、この二人はいつも通りである。疲れた表情を覗かせているが、ここまで怪我らしい怪我は皆無。決して無理はせず、自分にできる全力を出して、今の自分たちにとって最高の結果を打ち出して見せた。

 そんな二人を、他の生徒たちは鬱陶しそうに……要するに、いつも通りの視線を向けていた。疲れを覚え、口数も少なくなってる中、じゃれついているハジメたちの姿が鬱陶しいモノに思えたのだろう。

 ただ、同行していた騎士たちは、ハジメとミオの想像以上の戦いっぷりに素直に感心した視線を向けており、そこは迷宮に入る前とは違っていた。

 

「よーしお前ら! この辺りから背景に擬態する魔物が現れる。よくよく観察しないと、不意打ちを喰らうことになるから注意しろよ!」

「だってさ、ハジメ。擬態する魔物って、きっとアレだよね」

「うん、メルド団長が言ったのはロックマウントで間違いないと思うよ。岩に擬態しているそうだけど……」

「見分け方はしっかりと確立されてるから、奇襲の心配はあんまりしなくていいかな? …………っと。ハジメ、さっそくだよ!」

 

 そう言ってミオが指さした先は、一件するとただの岩場であるが、目を凝らしてみると微妙に周りの岩との違いが見える。どれほど硬い岩壁でも、細かいひび割れや傷が必ず存在する。しかし、その岩場の岩には、それが存在しなかった。

 

「ロックマウント。擬態能力と岩の表皮を持つゴリラ似の魔物。実は鉱物を食べることで傷ついた身体を修復する再生能力を持っている」

「再生能力のおかげで傷を負っても綺麗さっぱり治すことが出来るけど……今回は、それが仇になったね! メルド団長! わたしが指さしてる先の岩場にロックマウントがいるよー!」

 

 ミオの言葉に、「何?」と件の岩場を見るメルド団長。そして、持ち前の経験からそれがロックマウントが擬態した姿であることに気が付くと、驚きに目を見開いた。

 

「おおっ! 本当だ! 良く気づくことが出来たな、お前ら!」

「へっへーん! 予習は完璧だもんね、ハジメ!」

「あはは……まぁ、僕たちに出来るのはそのくらいですから」

「謙遜何ぞするな! 戦う力がないからと言って腐ることなく、自分にできることをしっかりと見据え、それを実行する。誰にだってできることじゃない。貴族連中はお前らのことを、役立たずだの神の使徒の面汚しだの言っているが、俺はそうは思わん。お前らだって、立派な仲間だ」

 

 ニカッ、と男臭い笑みを浮かべ、ハジメとミオに語り掛けるメルド団長。彼のストレートな誉め言葉に、ハジメもミオも照れたように頬を掻いた。

 

「……チッ」

 

 そんな二人に、苛立たし気な視線を向ける者がいる。

 

「何調子にのってんだよ……無能と不明の癖に……生意気なんだよクソが……」

 

 暗い表情に低い声で、ハジメとミオへの悪意を吐き出しているのは、先日ミオの手によって淡い恋心(笑)を散らされてしまった檜山であった。

 あの出来事の後、檜山とその取り巻きたちはハジメやミオに絡むことはなくなっていた。その代わり、訓練をサボったり不真面目に受けたりと、苛立ちを別のことにぶつける様になっていた。

 そんなことをしていれば勿論のように、周りからいい目で見られるはずがなく、冷たい視線にさらされ続けてきた。そうして檜山たちはさらにストレスが溜まり、それが行動に出て……と、不のサイクルに陥っていた。

 そんな檜山たちがハジメたちを睨む視線は、それだけで人が殺せそうなほどに物騒だった。

 

「チッ……今に見てろよ……お前らみたいなクソよりも、俺の方が優れてるってことを証明してやる……」

 

 檜山がそんなことを考えていると、何やら轟音が聞こえてきた。緩慢な動きでそちらに視線をやる檜山。そこでは、光輝がアレな感じの攻撃手段を使ってきたロックマウントを、怒りに任せて大技で仕留めているところだった。

 

「よくも香織たちを……許さないっ! 万象羽ばたき、天へと至れ、『天翔閃』!」

「あっ、こらっ、馬鹿者ッ!」

 

 メルド団長が止めるも、お構いなしに聖剣を振るい、光の斬撃を放つ光輝。勇者の名にふさわしいその一撃は、ロックマウントの体を飲み込み、そのまま背後の壁までもを粉砕した。

 そこまでしてやっと止まった一撃。それを見送った光輝は、「ふぅ~」と一息ついてから、キラッキラなイケメンスマイルを浮かべながら振り返った。そして、「これでもう大丈夫だよ!」とでも言おうと口を開きかけ……ゴチンッ! と振り下ろされたメルド団長の愛のこもった拳骨で、それを中断させられた。

 

「へぶっ!?」

「このバカ者がっ! こんなところでそんな大技を使うんじゃない! 崩落でもしたらどうするんだ。ほらみろ、壁が崩れかけてるだろう」

 

 メルド団長が指さした先、光輝の『天翔閃』がぶち当たった迷宮の壁は大きくえぐれ、パラパラと小石が落ちてきていた。

 それを見て、メルド団長の言いたいことを理解したのか、ガックリと肩を落とす光輝。それを見ていた龍太郎や香織は苦笑いを浮かべ、雫は呆れたようにため息を吐いた。ちなみに、ミオとハジメは偶然見つけた珍しい鉱石に夢中になっていたので、見てすらいない。

 

「あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 と、突然香織がそんなことを言った。その言葉につられ、周りにいた者たちは香織が見ている方へと視線を向ける。

 光輝の『天翔閃』によって崩れた壁の中から、キラキラと輝く鉱石が顔を覗かせていた。蒼白く輝き、花か雪の結晶のように広がる水晶体は、年頃の女の子である香織達の視線を奪うには十分なほどに美しかった。

 

「ほぉ……アレはグランツ鉱石だな。大きさもなかなかのものだ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、特に特殊な効果を持っているわけではないが、その見た目の美しさから重宝されている、いわば宝石のようなものだ。グランツ鉱石で作られたアクセサリーは貴族の女性の間では一種のステータスとされているほど。今回、香織が発見したグランツ鉱石は、色彩や透明度もよく、大きさも中の上ほど。持ち帰って売却すれば、平民が一年間生活できる程度の値段になるはずだ。

 また、その美しさから求婚の際の贈り物によく使われている。

 

「素敵……」

 

 メルド団長の説明を聞いた香織は、頬に手を当ててうっとりとした様子で呟いた。そして、誰にも気づかれないようにちらりと視線をハジメに向ける。最も、すぐそばにいた雫ともう一人にはバレてしまっていたのだが……。

 

「……だったら、俺らで回収しようぜ?」

 

 そう言うや否や、檜山がグランツ鉱石がある場所までひょいひょいと昇っていく。その勝手な行動にメルド団長が注意の言葉を掛けるが、檜山ははいはいと適当に聞き流し、グランツ鉱石に手を掛けた。

 

 ――――瞬間、その場に巨大な魔力反応が現れる。

 

 騎士の一人がトラップを感知する魔道具、フェアスコープを覗き込みながら、悲鳴のような声を上げた。

 

「団長ォ! トラップ反応ですッ!」

「なにィ!? お前ら、すぐにこの場を離れ……!」

 

 しかし、メルド団長の言葉は、一歩遅かった。

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、彼らの足元に魔法陣が展開され、強い輝きを放った。

 グランツ鉱石へ不用意に手を触れた者に対するトラップである。迷宮内で無防備に置かれたお宝を触るとどうなるのかなど、分かり切った結末があるだけだ。

 欲深いモノを陥れるトラップ。美味い話には何かの裏があるのが当然であり、それは異世界の迷宮でも例外ではなかった。

 目の前の『成果』という餌に飛びついた檜山は、それによって最悪の事態を引き起こしてしまったのだ。

 魔法陣が光り輝き、その場の全員の視界を奪う。そして次の瞬間、彼らを謎の浮遊感が襲った。

 そして、彼らを包む空気が一変する。次いで、ドスンと地面に放り出されるように墜落した。

 

「あいたた……な、何が起きたの……?」

「いきなり魔法陣が展開して……ッ!? もしかして、トラップに引っかかった!?」

 

 尻の痛みに耐えながら起き上がったハジメとミオは、あたりに視線を巡らせる。

 クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

「……ハジメ、ここがどこだか、分かる?」

「巨大な橋がある階層なんて、そうあるもんじゃない。だから、ここは……」

 

 辺りの景色を確認したハジメとミオは、険しい表情でそう呟いた。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。その中で、事態の深刻さを理解しているハジメとミオの行動は迅速だった。混乱する生徒達の間をすり抜け、一目散に階段へ向かう。

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 ――まさか……ベヒモス……なのか……

 

 そのつぶやきを耳にしたハジメとミオは、今日初めて恐怖の感情をその顔に浮かべた。



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