二曲目の英雄 (不思議稲荷)
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プロローグ ある音楽家の終幕

──布教開始


 何処からか判らないが、ここ数年で聞き慣れた騒々しい救急車のサイレンが聞こえる。

 先細る老い先を必死に繋いで書き上げたばかりの■■の()()を網膜に焼き付けようと目を細めるが、『彼』には分かっていた。自分の命がもはやこれまでだということを。

 

「嗚呼、遂に今生に別れを告げる時が来たのか……」

「大丈夫ですか! ■■■■■■■さん!」

 

 願わくば、もう一度■■と呼べるその勇姿を拝したかった。叶うわけもない切なる願いを胸に、救急隊員の呼びかけに応えることもせず『彼』はその瞼を永遠に落とした─────

 

 

 

 

 

 ──はずだった。

 目を開けてみればそこは救急隊員の駆けつけている見慣れた自室ではなく、古めかしい木製の本棚に囲まれた書斎。更には慌ただしいストレッチャーではなく、落ち着くリズムで揺れるロッキングチェアに腰掛けていた。

 そして何よりも目を引くのが目の前でティーカップを傾ける二足歩行のネコ。

 世にも奇妙な光景に現象だが、『彼』にとって初めてでは無かった。

 

「……確かチェシャと名乗っていたか」

「うん、合ってるよー。憶えててくれてありがとー」

 

 知ってはいるが今ここに居る道理は無いはずだ。何故ここにいる? そしてどうして私はここにいる?

 そう言おうとしたのかもしれないが、疑問に圧迫された老人の口が動くよりも先に、ティーカップを置いたネコの口が動いた。

 

「突然だけどー、君にとって〈Infinite dendrogram〉(あのゲーム)はどうだったー?」

 

 異常なまでのリアリティと人の遊び心をくすぐるオンリーワンの独自性で一世を風靡したVRゲームの金字塔とも呼ばれる〈Infinite dendrogram〉。紅茶を嗜む洒落たネコの正体はゲームを運営する管理AIの一体だ。かつて老人も一つのアバターを用い、そのゲームをプレイしていた。

 

「……私自身あまりゲームをプレイしたことは無かったが、少なくとも私にとって素晴らしい物だったと記憶している」

「それは何よりー。運営としても喜ばしい感想だねー。で、これからが本題だけど、君の望みは叶ったー?」

「…………………勿論だとも」

()()()?」

 

 疑問の形を取りながらも、どこか確信を持ったその強い問いかけに『彼』は口を噤む。

 

「“あの子”も確かに君の望みに沿った■■の理想像かもしれないけどー」

 

 美しい毛並みの人間味溢れるネコ、チェシャの真正面から刺すような縦に切れたその瞳。その瞳が、彼に嘘をつく事を許さない。

 

「君はそれで本当に満足ー?」

 

 どこか刺のある問に応えるために、やがて開かれた口から零れたのは老人に相応しい微かな、掠れるような声。

 

「…な……ろう」

「んー? 聞こえないなー」

「そんな訳が無かろう!」

 

 既に死に絶えた体の筈なのにも関わらず、口から泡を飛ばしてむしろ生前よりも激情を(あら)わにする。

 

「彼は、レイ・スターリングは確かに私の夢描いた『英雄』だ! だから、だからこそ私は彼の背中を垣間見た程度で英雄の全てを理解した等と(のたま)える厚顔無恥ではないぞ!!」

「そう言うと思ったよ」

 

 まるで『彼』ならそう答えてくれるに違いないと予想していたのか、猫の顔で器用に笑ったチェシャが何気なく柔らかそうな肉球を振ると、不意に傍らに豪奢な木製の扉が現れる。派手な音も煙のエフェクトもなく、最初からずっとありましたと言わんばかりに重厚な木の扉。けばけばしい装飾こそ一切ないが、それでも隠しきれない高級感を漂わせる。

 

「今回は特例ー。【無限空間(レドキング)】と【無限時間(ラビット)】の協力が得られるなんて中々無いんだからー」

「君にはこの扉をくぐる資格があるはずだよー? オットー・エンゼルバーグ、否【奏楽王(キング・オブ・オルケストラ)】ベルドルベル」

「新世界とあなただけの可能性(オンリーワン)を提供するなんて言い切っちゃったからねー。アフターサービスくらいに考えてほしいなー」

「君の才能を、そのまま散らすのは惜しい」

「何より君は()()()()()()()()()()

「“僕ら”は何度だって君を歓迎する」

 

 いつの間にか何体にも増えたチェシャが取り囲み、筋が繋がっているようでその実は混乱させるようにバラバラに好き勝手話す。怒りで一度は忘れていられた死の衝撃に立ち返ってしまった彼に、それでも平静を保てというのは難しい話だろう。

 

「待ち給え! こんな所業が高々一介のゲームの管理AIに出来る筈がない! 御主達は一体?!」

「うーんとねー、ヒ☆ミ☆ツ。それじゃ、御元気でー」

「話はまだ──」

 

 狼狽える彼に配慮する気などサラサラないチェシャが華麗なウィンクを決めた直後、開け放たれた扉に落下するように否応なく彼の体は断末魔の叫びごと吸い込まれていく。

 

「期待してるよ。ヒーロー」

 

 ベルドルベルを飲み込んだ扉が閉められ、静寂を生む書斎で一匹、チェシャがぽそりと呟いた。

 

 

 

 

 これは無限の系統樹の最果てに、存在するかもしれない可能性の物語。これより語られるは誰にも、そう、人智を超越した演算器でさえも予測できない枝葉のストーリー。

 

 二曲目の英雄は、今始まった。

 

 




この程度しか書けない文才が恨めしい……
読んでて足りないと思うもんなぁ。
だけど他に布教の民がいないんだもの。仕方ない


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第一声 英雄の胎動

アニメ化したから書かなきゃいけない(義務)
まあ今年は受験なんで、更新は頑張りますけどいつになるかはさっぱりです。
受かったら安定させるつもりですがね。


「───天山さん!おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

 

 うっすらと、(もや)が晴れるように視界が開ける。真っ先に目に映るのは若い女性、服装から察するに看護婦か? それにしても、天井が高すぎて縮尺が合わないな。

 

ぃあ(いや)ぁあいぉうあいうぁ(私の方が縮んでいるのか)

 

 道理で呂律も回らぬ。確認に手の甲を眩しいライトに透かして仰ぎ見れば、古い新聞紙のような(ひな)びた死人のそれではなく、生命力に溢れた若々しい肌色があった。

 

「赤ちゃんって思ったよりも泣かないのね。初めてだから判らないけど、これが普通なのかしら?」

「……そうかもしれないな」

 

 疑いたくなるような自分の体の変貌から目を離し、聞き慣れない声の元に首を回した先には頬に手を当て柔らかく微笑む母親(じょせい)と厳めしく顔筋を強張らせた父親(だんせい)の姿。

 ああ、あれは憤怒や憎悪よりも恐怖や警戒の眼だ。どちらにせよ、産まれて数分の者に持つ感情じゃない。有りがちな「女の子の方が良かった」なんて簡単な話では無さそうだが。

 まあこの際、()()()()()は些事だ。

 

「こんにちは、私の愛しい子。あなたの名前は奏指。天山 奏指よ。よろしくね」

 

 私がもう一度産まれた、という方が余程大事だ。

 まったく、管理AI(チェシャ)共よ。この私に『運命』を感じさせるとは、中々粋なことをしてくれるじゃないか。

 

 かつては作曲家オットー・ヘンゼルバーグにして、【奏楽王(キング・オブ・オルケストラ)】ベルドルベルを名乗ったこの私だが、どうやら次は『天山 奏指』という名前を賜ったらしい。

 

 神の気紛れで創られたような常軌を逸する話だが、信じるか信じないかはさておいて。折角だ。いつか胡蝶の夢に消えようと、せめて次こそは私の夢を叶えよう。

 

 

 願わくば、物語のような英雄に出逢えるように──

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 あれから一体どれほどの時が経っただろうか。

 気が付けば人類らしい二足歩行を始め、流暢なコミュニケーションも可能になっていた。

 ああ、そうだ。私の新たな保護者を紹介しよう。

 

 天山 輝笛(きてき)。私の母親だ。世界的にも著名なクラリネット奏者らしく、時々海外のオーケストラにも参加している。前世から引き継いだ私の耳もそれなりには肥えていると自負するが、かつての世界の奏者と比べても遜色ない腕前だ。『個性』のお陰で野外コンサートも──。

 

 言い忘れていたな。どうやら私が連れて来られたこの世界にも〈Infinite Dendrogram(あのゲーム)〉のような千差万別、文字通りオンリーワンな能力が備わるらしく、それを『個性』と呼ぶ……というのを生後三日目でテレビから学んだ。人間離れした怪力や炎を操る者もいたが、〈超級〉クラスはいないようだった。もっとも隕石を殴り飛ばし、山脈を埋葬し、海一面を爆破するようなバケモノ連中にありふれられても困るがね。

 

 話が逸れたな。母の個性は『風の便り』。1km以内の人間に音を届けられるそうだ。その恩恵で、野外ライブは毎回埋め尽くすような立ち見が現れるらしい。狭苦しいコンサートホールが当たり前だった過去の私からすれば、まったく羨ましい話だ。家庭内では内通電話の扱いだがな。人格面でも穏やかで、尊敬できる慈母の鑑と言える女性だ。産まれてこの方、母が本気で怒ったのを私は見たことが無い。

 

 翻って私の父親、天山 声次(せいじ)は厳格な人間だ。母親とは対照的に、笑った所を見たことが無い。何故この二人が結ばれたのかと何度不思議に思ったことか。もちろん、ただ厳しいだけではなく私の世話をしたりと愛情が微塵も無い訳ではないのだろうが、毎度私に向ける視線は鋭いものばかりだった。

 未だその意図を推し量ることはできないが、こちらも音楽家として大成しているのは間違いない。彼が歌い上げる歌は声量や技巧もさることながら、観客の様子を十全に理解した曲をチョイスしている。失恋した聴衆には慰めの歌を。歓喜に舞い上がる聴衆には喜びの歌を。思うに彼は、人の心を読むことに長けているのではないだろう。

 

 そして二人から産まれたのが私、奏指である。とはいえこの体は未成熟。数え年で4つやそこらではなかったか? 今はまだ(さなぎ)の期間。情報の少ないこの世界について学ばなくてはならぬ。個性について知っていたのも学習の賜物だ。

 そしてテレビの中や最近通い始めた幼稚園で、個性を仕事道具として活動する人々の話を聞いた。エネルギー革命のように便利な超常を得たのだから、当然のことだろう。だが、彼らの呼称は私にとって非常に興味深いものだった。

 

 『ヒーロー』。世間では職業を示すらしい、私が求めてやまないその称号を彼らは欲しいままにしていた。

 

 けれど彼らの姿を見た瞬間、果てしなく後悔した。聞かなければよかった、見なければよかった、知らなければよかった。そう、思ってしまった。

 私が期待を込めて開いた箱の中にあった姿は、間違いなく勇姿だった。

 

 勇姿、()()()()()

 憤怒も、悲壮も、愁嘆も、挫折も、苦悩も、何一つとして足りていなかった。勇姿ただ一つしか足りなかった。

 勿論、見えないところには隠されているのかもしれないが覗えなければ意味が無い。テレビから世間に流れるのは、正義(ヒーロー)(ヴィラン)を予定調和のように華麗に倒す光景のみ。映画のワンシーンが如く、どうしようもないくらいに完成されてしまっていた。

 

 私が描きたかった物語は、こんな物じゃないッ!!もっと壮絶な人の生きる意味を、一連の歌劇でもって表現する。それが私の理想にして生涯(ぜんせ)を賭けた夢。

 

 だからこの時から私は決心した。

 

 『他人が当てにならないなら、私自身が英雄(ヒーロー)になればいい』と。

 

 私が理想の体現者となる。考えてしまえば限りなく最適解に近いに違いなかった。老いぼれた矮躯は前世に置いてきた。無限の可能性に溢れた若齢のこの身なら理想の境地に、あの日垣間見た真の英雄(レイ・スターリング)の背中に追いつけるやもしれぬ。

 発想が湧いたとき、その可能性に全身が震えた。

 

 ならばどうすれば私はヒーローになれるのか。4歳児の持つネットワークをフルに活用して必死に探した。

 結論は、簡単にして必然。元の世界とそう変わらず、脳に皺を刻み込むような勉学に励み、体を鍛え、最後は運命に頼る。それが全て。

 真逆、再び学び舎を訪ねることになろうとは誰が予想しただろうか。私が誰よりも驚愕しているよ。

 

 なにも焦ることはない。死に急かされていた老体と異なり、時間の余裕はたっぷりとある。だから今は、子供らしい毎日を謳歌させてほしい。

 私は確かにヒーローになりたいが、別に親子の触れ合いや人間性を捨ててまではなりたくないのでな。

 ほら、噂をすれば母親が迎えにきた。どうやら幼稚園までのバスが来たらしい。大器が晩成するまでの雌伏の時くらい、楽しまなければ損だと思う。

 

 

 バスの中から届く子供の容赦ない笑い声が、止まっていた鼓膜にひどく響いた。

 




妄想の中でのエンドが結構アレ……


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第二声 新たな譜面

日曜日なら時間を捻り出せェェ!





 ──おい誰だ新型機の排熱機関担当した奴ッ!頭のネジ飛んでるのか?構造に無理がありすぎんだろ!すぐぶっ壊れるぞ!

 

 ──ベルドルベルさん!『グランマーシャル』のオープニング用のサウンドトラックってどこですか?!見当たらないんですけど?!ああ、またアニメ部から怒られるぅぅ……。

 

 ──オーナー!オーナーの造ったモンスターについてポケ○ンファンからのクレームが殺到してます!

 ──ハハッ、知らないねえ。あくまで創作の範囲だから、別に法的には大丈夫だからねぇ?

 

 ──あ″あ″ぁー今日で三徹目ェェ……。

 ──勝った。俺五徹ゥ。

 ──……それは勝ちなのか?

 

 

 ロマンを感じる人型ロボットから怒髪衝天の勢いで降りてくるテストパイロット、辺りのデスクをひっくり返して慌てる女性、飄々とした白衣の上司に紅白で塗られたボールを持って詰め寄る男性、ぐったりと生気無くゾンビのように横たわる仲間たち。

 走馬灯のように光景が駆け巡る。……最後だけやたら長かった気もするが気のせいだろう。

 

 ふと、体が浮上したように感じると視界が横一文字に切り開かれる。真っ直ぐに差し込む白光に従って私は、重い瞼をこじ開けた。

 

「夢………か」

 

 カーテンから漏れ出る光で薄暗い部屋。まだ醒めきらない頭を振ると、そこでは数十人の子供が満足そうに寝ていた。今は幼稚園恒例の昼寝の時間。どうやら私だけ早く起きてしまったらしいな。

 

 それにしても、懐かしい景色だった。

 〈叡智の三角〉。私が〈Infinite Dendrogram〉において所属していた組織(クラン)。当初は人型ロボットを創りたいという趣味人の集まりだったのが、最終的には兵器メーカーとしての功績を買われて、国有数のトップクランになってしまったがな。私のような音楽家に漫画家、整備士、ミリタリーオタク、エンジニア、etc。人型ロボットというロマンに惹かれて集まった趣味人によって各々が好き勝手に創作する。本当に楽しい時間だった。彼らは向こうでも変わりなく過ごしているだろうか。私が死んだのがフリーになった後で幸運だった。彼らを無為に哀しませたくはないからな。

 

「……うん?」

 

 目が慣れてきたのか部屋の隅の闇に隠れたおもちゃ箱(ブラックボックス)の中に、とある物を見つけた。

 子供向けアニメのようなロボットでゴテゴテに装飾を施された電子キーボード。何の変哲も無い、市販品。

 けれど、それを認めると不思議に体が動いていた。薄っぺらい布団をはね除けて腕が伸びる。懐かしい夢を見たからだろうか。無性に弾きたいと思えた。まだ周りの学友は寝ているが、静かに少し弾くくらいなら構わないだろう。

 

「さて………」

 

 プラスチックの軽い鍵盤に指を這わせる。何を弾くかはもう、決まっていた。

 〈魔神機甲グランマーシャル〉のオープニング。かつての仲間達で協力して作り上げた創作群の一つ、中にはアニメーション化もあり、その時の音響部門担当として私も携わっていた。自慢ではないが、今までに書いた譜面は全て(そら)んじられるので楽譜は無くとも問題ない。

 

「聴かすべき聴衆も不在だが、これは自己満足故の演奏だからな」

 

 誰に聞かせるわけでもなく呟く。思えば一人きりの演奏など久方ぶりだな。いつも周りにはクランメンバー然り、わざわざ足を運んでくれた観客然り、誰かがいた。やめよう、寂しくなるような物思いは無駄でしかない。

 

 気分を切り替えて、視線を目前の白と黒の二色に集中する。最初はゆっくりと。しかしエンジンを駆けるように徐々に鍵盤を叩く速度を上げる。ああ、しまった。この小さな指では盤上を満足に動けないな。失念していた。全体的にテンポを遅くしてバランスを取ろう。

 いい、いいぞ。指が止まらない、魂が歓んでいる。機械のパワフルな迫力と、人間の情熱的なリズムが絡み合う。しかしこれは端役の曲だ。魅力を残しつつ、本命の映像を引き立たせる。アニメーションが進むにつれ、呼応して主張も強くする。言葉は要らない、音の波長だけで十分だ。一度鍵盤を叩くたびに昔の思い出と映像が蘇る。

 

 気が付けば、脳裏に描いた譜面は既に終わっていた。

 演奏の終了と共に照明が戻り……、うん?

 

「すごいね!」

「うん、すごいね!」

 

 パチパチと寝ていたはずの友人達から盛大な拍手が送られた。起こしてしまったなら、悪いことをした。まあ本人たちに不満は無いようなのでセーフとしよう。

 

「……ありがとう」

「天山君、どうして君はそんなにうまく曲を弾けるのかな?」

 

 いつから聴いていたのか、園の保育士までもがいた。それにしても、この問いにはなんと答えたものか。真逆「前世の記憶があるからです」とは言えまい。私が返答に窮していると、幼い友人が助け船を出してくれた。

 

「てんざんの個性なんじゃない?」

「……かもしれない」

「そっかー。確かにお母さんも音楽向きの個性だしね」

 

 『個性』という万能論でとりあえずは納得して貰えたが、困ったな。この場は乗り越えても、いつか来る未来が不味い。何しろ先の演奏は100%純然たる技術。超常の力には一切頼っていない。だから私が希な無個性ではなく、本物の『個性』を発現してしまったとき、どう言い訳したものか。

 まあ今から過去に戻って別の分岐を選ぶこともできまい。諦めて未来の私に任せよう。それに、『個性(いのう)』で無くとも個性(さいのう)ではある。まったくの嘘でもないからいいだろう。

 

「人の為になるいい個性ね」

 

 それでも、素直に喜んでくれる大人に僅かながら胸が痛む。他人は騙せても己は騙せぬ、か。

 

「さてと、みんな気分良く起きられたところで、午後のお遊戯を始めましょうか!」

「「「はーい」」」

 

 にこやかに先導する保育士の後を追い掛けて、ドタバタと大名行列のように園児が外に出て行く。最後に名残惜しくロボットの装飾をなぞり、ずっと抱えていた電子キーボードを元の場所に返そうと入り口とは逆方向へ向かった私の背後に、誰かの気配を感じた。

 

「また今度聴かせてね」

 

 肩越しに聞こえた声に振り返ると、スキップするように走る少女の小さな背中だけが目に映った。控えめなアンコールが、荒んだ心に染みた。

 




まだ個性は出さないよ。次かな


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第三声 『個性』

「ねえてんざん、ピアノきかせてー」

「勿論だとも。リクエストはあるかね?」

「まえにてんざんがひいてたやつ」

「選択肢が多すぎて絞れんな……」

「きのうの」

「ああ、承知した」

 

 私が個性を誤認されてから早数日。今までが嘘だったかのように懐かれてしまった。今までは中身が中身なだけに中々付き合いに苦労していたというのに、一曲披露しただけでこれか。まあ苦労していたのは私だけであって、あちらは苦手意識も無かったそうだが。

 

「本当に天山君の個性は良いよね」

「おれのこせいは?」

 

 私だけ特例で弾く事を許された備え付けのグランドピアノの蓋を開ける隣でリクエストした少年と、またもやいつの間にかいた保育士がこんな会話をしていた。

 椅子のせいでいつもより高い目線から見下せば、猛禽類を思わせる鋭い爪と嘴をカチカチと鳴らす少年が。

 元の世界を基準にすればおぞましいホラーだが、この世界にはありふれている。異形型の個性という奴だな。初めは驚いたが、さすがにもう慣れてしまったよ。

 

「素敵だとは思うけど、君のは危ないから扱いには注意してね?」

「あぶなくないぞー?」

「君の意志は関係ないの。誰かに利用されたり、利用せざるを得ない状況に置かれるかもしれないでしょ?君は正直者だし、現に異形型がヴィランになる例は結構あるんだから」

 

 使わなければわからない発動型や変形型と違って、異形型はもろに個性の影響が表出する。ヴィランの率が他と比べて微妙に高く感じられるのは、本人の意図しない文字通りの異形がコンプレックスになりかねないからではないだろうか。

 

「『現実(リアル)で性格診断するなら脳みそ開けなくちゃ』、か……」

「え?」

「いや、なんでもない」

 

 随分といかれた(マッド)事を言った自覚はある。仕方ないだろう、発言者が悪辣な【大教授】(マッドサイエンティスト)なのだからな。

 各々が持つ固有能力のジャンルによる性格の差異。かつてのクランオーナー、【大教授(ギガ・プロフェッサー)】Mr.フランクリンが暇潰しで研究していた。〈Infinite Dendrogram〉における最大の目玉、プレイヤーのパーソナルを参考に発現する能力(エンブリオ)。真の千差万別とはいえある程度はそのTYPE(けいたい)にも括りがある。

 武器として装備できるTYPE:アームズ。

 護衛として召喚されるTYPE:ガードナー。

 搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ。

 居住できる建物型のTYPE:キャッスル。

 展開する結界型のTYPE:テリトリー。

 

 まあ細かい派生や複合も含めればもっと増えるが、基本形はこの程度だ。

 さて、先程私は『プレイヤーのパーソナルを参考に発現するのがエンブリオ』だと述べたが、逆を言えば『エンブリオからパーソナルを推測できるのではないか』。そう考えたのが我らがクランオーナー。私が聞いた限りの診断では当たらずとも遠からず、と言った感じか。

 

 ここまでステージが進めば、この世界にエンブリオは存在せずとも極めて似たような物があることに思い当たるだろう?

 

 『個性』だ。

 

 発動型、異形型、変形型、複合型。更に細分化すれば拘束系、増強系と。どこかエンブリオに共通性を覚える。しかも誰が呼び始めたか、呼び名が『個性』だ。大いにパーソナルと関係しそうじゃあないか。例外的な無個性というのにも何らかの特徴がありそうだがね。

 

「いつか研究してみるのも面白そうだな……」

 

 取り繕うように、これ以上の言及より前に鍵盤を叩きはじめる。演奏を中断するほど空気の読めない人間、もしくは読まない人間はここにいるまい。 

 ちなみにオーナーは平然と割り込んでテロ計画の相談をしてきたな。あの時は怒りを通り越して心底呆れた。

 

 脳の中では旧い記憶を眺めつつも、実際の体は懸命に動かす。あっという間に曲の一番が終わり、拍手にまみれたアンコールによって二番も追加演奏が決定。いや容赦がないな。

 どれだけ慣れていようと疲れるものは疲れる。二番も終え、指がつり始めた辺りで高い椅子から降りた。まだ通して全力で何曲もやるには筋肉が足りていないな。幼年の体で無理をしているのだから当然か。

 

 それからしばらくは普通の遊戯だった。小学校等とは異なり、決まり切ったカリキュラムも存在しない自由な時間。私にとっては重要な情報収集の時間でもある。大抵は聞き相手に回っているだけだがな。

 

「──さいきんはヴィランもふえてぶっそうだってママがいってた」

「ヒーローもいるしだいじょうぶだろ」

「おとなってしんぶんみながらそれいうよな」

「おれは四コママンガがすきだな」

「あ、いとこのはっちゃんがオールマイトからサインもらえたって」

「「「いーなー」」」

 

 ……フリーダム過ぎやしないか、子供の会話。話のバイパスも理解できない上、たまに戻るランダム性。正直話に付いていくのが厳しい。

 和気あいあい(?)と談笑していると、申し訳なさげな表情の保育士が私たちを呼んだ。

 

「ごめんねー。今日は送りのバスの運転手さんがケガしちゃって来れないから、おうちの人に迎えに来て貰うけど大丈夫?」

 

 なんと。昨日はあれだけ元気そうだったのにな。不慮の事故というならば仕方あるまい。早めに現場復帰してもらうことを願うばかりだ。

 大方迎えに来るのは母親だろう──

 

 ──などと考えていたら、父親だった。

 毎回私を理不尽にも睨みつけてくる父親だ。当然私の中での好感度は母親よりも低い。なのに。

 

「あっ、声次さん! どうもお久しぶりです、握手してください!」

 

 この保育士はファンらしく、好感度がカンストしている。しかもこの時すら父親が笑わないのも腹立たしい。どうやら相手からの好意の有無に関わらず、あの態度で固定らしい。

 

「そう言えばお子さん、個性が発現したんですよ」

「……ほう」

 

 声次の黒目がぐるりと私を向く。今まではバス送迎で保育士と親との接触がなかったために知られていなかったのに、引き合わせたのは失敗だった……。二年以内に個性が発現しなければ保育士からは逃げ切れたが、家族となればそうはいかない。厄介になるのがわかっていたから話さなかったのだが、保育士め。

 

「詳しく、聞かせてもらいましょうか」

「はい! あれは数日前のことですね──」

 

 ペラペラとよく喋る保育士を上目遣いに睨む。そんな私を時々声次が咎めるように睨む。三竦みっぽいが、無神経な保育士のせいで成立していない。ここまで鈍感だとわざとではないかと疑いたくなるな。

 

「なるほど、早く帰って妻にも教えてやらなくてはなりませんね。それでは」

「さようならぁ!」

 

 真夏の扇風機が控え目に思える勢いで手を振り回す保育士を置いて、私たちは帰路につく。声次は紺の車の助手席に私が乗ったのを確認すると、自分も運転席に座った。

 車体が小刻みに揺れ、走り出す。

 数分経っても二人とも口を開かない。気まずい空気が流れずにひたすら溜まっていく。

 

「なんで話さなかった」

「話さなかった訳じゃない」

「音楽向きの個性なんだろ? 素晴らしいじゃないか」

 

 字面だけなら祝福しているが、その声には隠せない憎憎しさがあった。鋭い視線すら向けられないのは、運転中というだけでもないだろう。

 

「私の個性なんて……いや、子供にぐちぐちと漏らしてもしょうがないな。何より格好が悪すぎる」

 

 不自然に口澱んだのはスルーしてやろう。きっと人には誰しも触れられたくないものがある。

 

「だが、お前の個性については母さんと私にしっかりと話してもらおうか」

 

 やがて車が家のガレージに入る。バタンと荒々しく閉められたドアとは対照的に私は、反対側のドアから恐る恐る足を地面につける。経験上、不条理な暴力等はないと理解しているがそれでも人の怒りにはそわそわとする恐怖を感じるものだ。

 声次が家の扉を開錠しようとすると既に開いていたようで、不審に感じて扉を細く開いた刹那。

 

 

 ─────────逃げて

 

 

 一陣の『風の便り』が、囁いた。

 




ごめんなさい、個性はまた次で

あー結末はどこに持ってこうかなあ……。シナリオ的にはワンフォーオールまでが最適だけど、テンション保つかなあ……というわけで感想ください&デンドロ読んでください。なお優先順位は感想より先にデンドロ(ウェブ版)


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第四声 獣のパレード

ヒーローってモンは遅れて来るのが定番………
なんて場合じゃない。只今新作到着しましたァ!

それにしても前回から評価が来るわ、感想は来るわでありがたい限りですホント。バーにオレンジ色まで付いちゃってまあ

感謝を込めて今回はちょっと長め




 ───────逃げて

 

 

 その声が届いた瞬間、私と声次は駆けだした。靴を脱ぐ間も惜しい。土足で家に踏み入って探し回れば、リビングに母親()()はいた。

 

 一言で形容するなら『美女と野獣』。しかし残念ながらリアルにあんなロマンチックなストーリーは成立せず、自然の摂理に素直だった。

 

 すなわち。

 

 

 襲われていた。

 

「ブルッフフゥゥゥ……! やっぱりこの『赤』だ! 作り物とは違って最ッ高にキマるぞォォォォ!!」

 

 黒々とした剛毛に筋肉で異常なほど肥大化した上半身。捻れ尖った血塗れの双角が天を衝く、二足歩行の牛。どうしようもない怪物(ミノタウロス)が居座っていた。そしてその足下には。

 

「輝笛!」

 

 ドクドクと命を垂れ流す母親の姿。

 痛々しすぎるその様に、二人とも絶句する。

 

「お前はッ、なんで輝笛をッ!」

「ここの(アマ)は美人だと()()()()んでなァ。だったらその『赤』を拝まなくちゃいけないだろォォ? そっちの子供も結構キレイな面じゃないか。大層イイ『赤』なんだろォォ?!」

 

 ずかずかと、他人の家にも関わらず踏み荒らすヴィランが迫ってきてその巨腕を振り上げても、精巧な3D映画でも鑑賞しているように特に何も感じなかった。ただひたすらに、母親のインパクトに呆然としていた。

 過去にフランクリン主催のテロの片棒を担ぎ、ゲーム上とはいえ数多の人間を屠った私が唖然とするほどに、肉親の凄惨な姿は衝撃的だった。

 

 そう、私は動かなかった。

 

「危ない!」

 

 だから代わりに私を庇った父親が殴られた。

 

「父、さん?」

 

 返事は、ない。

 壁が(ひび)割れるほどに全身を激しく打ちつけられ、明らかに何本かの骨はあり得ない方向に曲がって折れている。胸が上下しているので生きてはいるのだろうが、医学の素人の私にも一目で分かる重傷だ。

 なんで。なんでこんな理不尽な暴力に合わなくちゃいけない?! 私も、両親も、ありきたりに幸せに暮らしていただけなのに。

 

「ブルゥゥ? ムサ苦しい男の、汚い『赤』には興味ねえんだよォォ!」

 

 元凶は決まっている。コイツだ。コイツは許さない、許すわけにはいかない。だけど今の私には何も………。

 

 

 

 

 

 「可能性を、寄こせ」

 

 

 脳の奥から、ナニカが沸々と熱く湧き上がる。

 

 

 「俺に、ハッピーエンドの可能性を、この子を救える可能性を、寄こせ」

 

 

 嗚呼。これは、感銘の記憶。

 オーナーから面白半分で見せられた動画のワンシーン。無力な少年(えいゆう)が全霊を賭して少女の救いを願う、渾身の叫び。

 

 何故忘れていたのだろう。なにも救える力があるから英雄なのではない。救いたいと思えるかどうかだ。独力で助ける必要はない。泣き喚いても、醜く足掻いても、最後に助けられればそれで勝利だ。

 けれど自分の肉親すら助けようとしないならば、私に英雄を名乗る資格などない!!

 

 戦う力がない? ほざくなよ痴れ者が。何もせずに傍観者(オーディエンス)になるな、私は主役(ヒーロー)にならなくてはならないのだから。

 

 それに、力ならあるじゃないか。まだ呑気に手の中で昏々と眠り続ける『個性(とっておき)』が。

 

「頼む」

 

 喉が張り裂けんばかりの祈りで(こいねが)う。

 頬を伝う一滴がきっと救いをもたらすと信じて。

 

「とっとと目を覚まして、(わたし)に1%でも可能性を寄こしやがれえええええええッッ!!」

 

 懇願に呼応するように、突如右手の甲に眩い光が宿される。

 

 光の後に刻まれたのは硬い蹄と鋭い爪、獰猛な牙に力強い双翼を併せ持つ、不可解で未知なる異形の紋様。

 しかして未知とは既知の新たなる組み合わせである。どんなに斬新な曲だろうと解体すれば五線譜や四分音符、休符などの集合体だ。

 

 つまり。

 例え異形だとしても、ネタを見れば笑える話かもしれない。幽霊(ゴースト)の正体を枯れたススキと間違えるようにな。世界にはそんなお伽話だってあっただろう? 一度は誰しも聞いた事があるはずだ。

 

「おはよう、いや久しぶりと言うべきかね?」

 

 さあ大望は成り、絶望の霧は晴れた。待望の(とき)だ。ファンファーレを鳴らせ。盛大に迎えよう。

 

「遅いぞ、【ブレーメン】ッッ!」

 

 虚空から機械仕掛けの驢馬(ケンタウロス)(ケットシー)(コボルト)(ハーピィ)が各々の手に楽器を携え踊り出る。

 

 【四獣奏 ブレーメン】。私から生まれた、私の愛すべき相棒。その体躯が頼もしく見えるのは単純に私が縮んだだけだからだろうか。

 

「ブルゥゥゥン? そんなオモチャでどうするんだァ?もしかして『音楽は世界を救う』なんて腑抜けた事言わないよなァ?」

「世界は救えずとも、貴様を斃すくらいならできるさ」

「ナマ言ってんじゃねえぞガキがァ!!」

 

 私は生前、彼ら(ブレーメン)が大嫌いだった。

 音楽家になるという夢を諦め、投げ出し、『家』という安寧の地に妥協した惰弱な奴らだと嘲った。所詮は獣だと軽蔑した。

 

 だが今は違う。今なら理解できる。彼らは夢を捨てたわけでも、挫折したわけでもなかった。

 

「『家』を、家族を守りたいと別の夢を選んだのだな」

 

 だからどうか私にも守らせてくれ。

 私の夢を、叶えてくれ。

 

「オラ死ねエェェ!!」

 

 黒山の如き巨体で狭い室内を走られたらすぐに接近される。想像通り瞬きの間に距離を詰められ、岩のような拳が握られる。1秒あれば当たるだろう。

 

 なので1秒の間に対処する。

 

「《ハートビートパルパライゼーション》」

 

 コボルトが持ち込んだパーカッションを滑らかに連打する。流れるは『くるみ割り人形』。汚れた怪物を倒さんとする(わたし)玩具(ブレーメン)に気高き勇気を。

 

「ぬオォォォォオ?! 俺の手がァ?!」

 

 私に達するはるか手前で、殺意を込めて突き出した拳は泥団子のような脆さで粉砕される。

 《ハートビートパルパライゼーション》。

 ブレーメンが一体、コボルトの能力。パーカッションから放たれた音波の届く範囲内を、衝撃波によって(ことごと)く塵へと還す破格の攻勢防御結界。

 

『言っただろう? 貴様を斃せると』

「ブロォオオオオオオッッ!!」

 

 ブレーメンを指揮する手は止めずに声、ではなく声のように聞こえる音楽を奏でさせる。

 紛れもない挑発。あの存在に着想が至らなければ良いのだが。

 

「ナメ腐りやがってガキが……ブルゥゥン? イイ所に使えそうなモンがあるじゃねえか」

 

 彼が目聡く見つけたのは、足元に伏している私の母親。巻き込むわけにもいかない私としては、肉壁に構えられては打つ手がない。だから挑発してまで耳目を私に惹きつけたかったのだがな。

 コボルトに砕かれた右手とは逆の、厚い筋肉で覆われた左手で母の首根を掴もうとする。

 

 

 ああ、()()()

 

 

『“ストリングス”』

「……ォァアアアアアアアッッ!!」

 

 本当に残念だ。私も外道ではない。これ以上の無意味な流血は避けたかったというのに。

 ケンタウロスが弦楽器(バイオリン)を奏でると同時、肘と手首の中間から腕が切り飛ばされる。コボルトの衝撃波に対して、ケンタウロスが担当するのは超音波メス。それは音速で飛翔する斬撃。避けたければ超音速機動か、自分の存在を世界から抹消してみせろ。

 

 そしてなにより彼にとって残念だったのは、私が既に一度同じ失態を経験していたことだ。

 炎に燃えるカルチェラタン伯爵領。悪魔の軍勢と対峙したあの時に、守るべき人質を利用されるという苦汁は飲み干していたのだよ。

 

「こんのクソガキァ……」

『選べよ牛畜生。大人しく自分から囲いに入るか、首輪を付けて私に連れて行かれるかを』

「絶対に殺す殺す殺すゥゥ! ヴオオオオオッッ!」

 

 異形型だけあって再生能力も高いのか、止血された両手の切断面を地につけ、不格好なクラウチングスタートの姿勢をとる。広背筋を始めとした全身が更に膨張する。おそらく牛の癖に猪突猛進と角で突き殺す算段なのだろう。

 

『ようやく(こうべ)を垂れたか。いいだろう。もはや人の言葉も解さなくなった害獣に聴かせるにはいささか惜しいが、私の最巧を聴かせてやる』

「VUMOOOOOOOOOOO!!」

『《獣震楽団(ブレーメン)》──』

 

 必殺スキルと呼ばれたゲームシステム的アシストもなく、ただ名前を呼んだだけなのに私の意図を察してブレーメンは動き出す。メカニカルな配線を組み換え、他の3体が管楽器(フルート)(くわ)えるケットシーに接続する。

 存分に堪能しろ。これが私の指揮する至上の調べだ。

 

『──“ホーン”ッ!!』

 

 ケットシーの能力は催眠音楽。しばらくの間聴かせ続けることで、徐々に洗脳していくというもの。

 だが、他の3体と接続したことで出力を大幅に上げたホーンはその域に留まらない。

 相手が自ら世を絶つ事を厭わないほどの、まさしく絶世の旋律。私が“音楽として”最も完成していると判断したホーン。まあ、かつては慇懃無礼な記者に聞き逃されてしまったこともあるがな。

 

 そんな神域に達しているといっても過言ではない旋律を、精神の昂ぶった相手に聴かせればどうなるか。

 

「……rooo…ォォォ…ォォ……」

 

 答えは、醜悪な肉塊が墜ちた音だった。

 

 




戦闘描写が音速で終わる恐怖()
TUEEEEやってるように見えるけど、作者が過度なTUEEEEは嫌いなので欠点はちゃんと用意してます。というかヒロアカに俺TUEEEEE多すぎる……。ネタに振ってる奴は好きだけど。もっとストーリー的な深さが個人的に好みなんだよなあ……。
神様ミスで大量殺人しすぎじゃない?

(=?ω?=)<あくまで作者の所感なのであしからず
(=?ω?=)<感性は人それぞれだからねー

と、まあこの話は置いといて。
私は感想くれ評価くれは煩く言いません。代わりに

デ ン ド ロ を 読 ん で く れ

それじゃあまた次回で


〈こぼれ話〉
最初はヴィランじゃなくて脳無使う予定だったけど、「時系列的におかしくね?」ってなったので没に。
じゃあなんでミノタウロスって聞かれたらダンまち見ちゃったからとしか……


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第五声 血縁

頑張って書き貯めしている最中なので更新遅くなって申し訳にゃぁぁぁぁああああああ!?(当時日刊12位)
あっ、道理で評価とお気に入り人数が爆増したのね
まあ一日で消滅してましたけど
何あの最大瞬間風速ハリケーン……

ただ、一瞬でもこの作品があんなブロードウェイを歩けたのも、(ひとえ)に皆様のお蔭です。作者から心よりの感謝を。そしてベルドルベル氏に賛美を。
アニメ化の続報はよ




「終わったか」

 

 その一声でブレーメンも楽器を下ろす。眼前に脅威は無く、恍惚とした顔でピクピクと痙攣するビーフが処理を待って横たわるのみ。

 それを再確認すると、雨後のダムが崩壊するようにドッと疲れが全身を駆け巡る。腕などもう挙げるのもままならない。ゲームでもなんでもないリアルな命の遣り取りの中で演奏するなど、正気の沙汰ではないな。まだ数万の観衆に囲まれてソロコンサートする方が緊張しないくらいだ。

 

『もしもし事故ですか事件ですか』

「事件だ。怪我人二人、重傷だ。早く救急車を寄越してくれ。住所は──」

 

 昂ぶったテンションと疲労のせいで小刻みに震える声で警察に通報する。ヴィランを斃したからといって、そこで終わってはまだ足りない。私が確実に救ってこそのハッピーエンドだ。あくまでヴィランと闘うのは過程に過ぎん。戦わずに満足し得る結末があるのなら、そちらを選ぶのもまた英断。英雄とは戦闘狂(バーサーカー)を指すものではないのだよ。

 

「もう少し、もう少しだけ保ってくれ……」

 

 ブレーメンに支えられて覚束ない足取りながら両親の安否を確かめに(おもむ)く。よかった、死んでは居ない。未だ危険な状態にあるのは変わらないが、希望を繋げられた安心感がわずかに気を緩める。

 

「奏指か?」

「……ッ、そうだよ」

「それはなんだ?」

 

 壁にもたれ掛かる父親の瞼が不意に開き、意識が回復する。そして力無くブレーメンを顎でしゃくった。嘘を吐いたその日のうちに嘘が露呈するとはな……。御天道様にはこんなちっぽけな悪事ではなく、もっと世に蔓延(はびこ)る大罪を暴露してほしかった。

 真に無垢な幼子なら下手な隠し立てはしないだろうが、私はそうはいかない。さて、どうしたものか。

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

「は?」

「ああ、そう言えばまだ奏指には教えていなかったな。私の個性を」

 

 顔には出さないようにしていたのに、秘めていた心中を脈絡もなく看破され焦る。

 

「私の個性は『読心』。とは言え正確な中身までは読めないし、精々が喜怒哀楽を理解できるくらいだ。ハハッ、実に下らない個性だろ?」

 

 声次は己を卑下するように痛みに顔を顰めながら空笑いをするが、私は合点がいった。前に言っただろう?

 

 ──彼が歌い上げる歌は声量や技巧もさることながら、()()()()()()()()()()()()()曲をチョイスしている

 

 心が直接分かるのだから、間違える訳があるまい。だから彼は私の個性に嫉妬したのか。自分よりも音楽に愛されたとでも感じたのだろう。しかし残念だが私には慰められない、むしろ傷口に塩を塗る。妬む相手から(おもんばか)られたところで腹立つだけだ。

 

「で、お前はまた何を考えている? 昔からお前はずっとそうだった。誰にも語らず、誰にも悟られず、生まれた時から何かを考えていた。判るか? あの日病院でお前を見た時の恐怖が。生まれたての赤子、しかも自分と愛妻の間にできた子供が無邪気に泣きも笑いもせず、ずっと思考に耽っているんだ。私だって伊達に何十年も生きてない。お前が異常だなんてすぐに分かった。『あの子は本当に私の子か』と何回病院に問い合わせたか。この世の全てを疑ったよ。病院もグルで、どこぞの凶悪なヴィランの計画とでも言われた方がまだ納得できた。外部の研究室にDNA鑑定も依頼したが、結果は100%自分の子供だった。なあ、教えてくれ。お前は一体なんなんだ? お前は今何を考えているんだ?」

 

 非日常的なショックで日頃の枷が外れたのか、口から本音が溢れ出てくる。その顔は悲痛に歪んでいた。

 ずっと今まで苦しんでいたのだろう。自分の息子が逸脱したイレギュラーであり、それを愛する母には何も言えず不信を胸中に押し隠し、肝心の息子は何も打ち明けない。そんな奴が家庭の団欒に紛れ込んでいるんだ、睨みたくもなる。

 

「…………今から言うことは嘘一つない真実だ」

 

 もう、限界だな。これ以上肉親の情と疑惑の間で苦しむ父親は見ていられない。

 

「聞いてくれるか?」

 

 生まれてから装い続けた仮面を引き剥がす。とても幼年には思えない口調に声次が面食らっているが、前世を含めれば私の方が年長なので許してほしい。

 

「……ああ」

「私は────」

 

 それから私は全てを語った。記憶にある前世のこと、私に現れた『個性』のこと、〈Infinite Dendrogram〉のこと。声次はその間黙りこくって瞑目しながら静聴していた。

 数分間の私の告白が終わってもまだなお声次は目も口も開かない。車内の時よりも質の悪い沈黙が降りる。

 

「…………それで」

 

 永遠にも感じられる寸毫の後、声次によってじめじめに湿った口火が(ようや)く切られた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「正気を疑ったりはしないのか?! こんな常識外れな話を真に受けるのか?!」

「父親の説教くらいは真面目に聞いておけ。私は心が読めるんだぞ? 真偽くらいは判定できるし、お前が本気でそんな妄想を信じるほど馬鹿な奴に育てあげた訳でも無い。不思議な話だとは感じても嘘とは思わないさ。ああ、私は別に変な宗教とかに入信していたりするわけでもないからな? 実の息子がやっと打ち明けてくれたんだ、信じない親がどこにいる」

「それにしたって………」

「もしもお前が抱える前世とやらのせいで私たちを親だと思えないなら別に気にするな。私たちはお前を縛ろうともしないし、一方通行の愛情で構わない。ただ一言助言するとすれば、私たちの子供に産まれたという(えにし)は、そうあっさりと切れるものではないぞ?」

 

 瀕死の重体の筈なのに、その瞳は生半可ではない覚悟に満ちる。しかし覚悟の中にも一抹の温もりが、私の為に用意されていた。

 心の底から、(おや)息子(わたし)の事を想うのだな。ああ、不味い。温もりのせいで目尻から水滴が結露する。

 

「泣くな泣くな。お前はこれからどうしたい?」

「私は………ヒーローになりたい」

「そうか。痛ッ、情けないな……」

 

 私の涙を手で拭おうとするも、折れている痛みに耐えかねてあえなく逆の掌を笑いながら私の頬に添える。

 今生の中で、やっと初めて素直な笑みを見られた。

 

「お前は、自由だ。望むままに自分の夢を果たせ。こんな頼りない私たちでも、出来る限りの応援はしてやる。だから目指せ。理想のヒーローを」

「…………父さん」

「ハハッ、初めて親として認められた気がするよ」

 

 そう言って父は、長い(まばた)きをする。

 何秒経っても動きはない。

 

「父さ」

 

 頬に添えられていた手が、ずり落ちる。触れても先までの温かい血潮は無く、無機物のように冷たかった。

 

「……あ、ああ、あああああああああッッ!!」

 

 嘘だ。嘘だと言ってくれ。もう一度笑ってくれ、話してくれ、歌ってくれ、愛してくれ!!

 このままでは三文芝居のようなお涙頂戴の武勇伝で終わってしまう。何のために私は奮迅したのか? 救うためだろう! こんな所で終幕なんて認めんぞ!

 心臓マッサージ? 子供の腕力では足りない。

 誰か大人を連れてくる? 駄目だ手遅れになる。

 何か、何かないのか。あと少しと言うのに!

 

 振り返れば心なしか不安げなブレーメンの音楽隊。コボルトの尻尾なんて丸まって……コボルト?

 

 心臓の鼓動(ハートビートパルパライゼーション)。途方もなく馬鹿げたアイデアだ。けれど考え得る中で最も可能性の高い選択肢でもある。

 

「危篤の体に余計なダメージを与えず心臓のみに衝撃を与える。そんな神業ができるのか……?」

 

 いけないな、思考がネガティブに偏っている。

 事象はシンプルだ。やるかやらないか。そしてやらないならば待つのは確定で肉親の死だ。気紛れな乱数の挟まる余地なんてどこにもない。だったらやるしかないだろう。

 自分を信じろ。【神】には届かずとも【王】に至るその技巧。ここで(ふる)わずしていつ揮う。

 

「絶対に【奏楽王(わたし)】が、天山奏指(わたし)こそが救ってみせる」

 

 ああ、可能性は何時だって───

 




次回は番外編的な小話を挟んで、それから入学試験ですねはい。悪いですが小中学校はカットで。いや書いてたらそれだけで1年かかるので。

前書きでも書きましたが、今の作者は受験期を予約更新で乗り切ろうと、必死で書き貯めに躍起しております。更新の遅れはご容赦ください。
今も二、三話分の貯蓄はあるので、遅れることはあってもエタることはありません。そこはご安心を。

というかこの作品エタったら同じベルドルベルファンに顔向けできない……

(=?ω?=)<次回お楽しみにー



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小休止1 ねこはいます

本日アニメジャパン行って来ました!
ステージには行けてないけどな!
まあクリアファイル貰えたから許す。
で、衝動で書き溜めを吐き出す稲荷()
なお前回より書き溜めの数は変動していない模様

今回ベルドルベルはお休みです




 ある日ある時ある場所で。

 猫の額、という程狭くもないが住人のキャリアを考慮すれば不相応に手狭な、よく言えば最小限に整理された部屋に二人の男がいた。

 

「それで? 僕に何か言うことはないのかな?」

「うーん、特には無いかなー」

「……僕としては空惚けるのもいい加減にして欲しいのだけれど」

 

 二人の男の内、言葉遣いは丁重でもイライラした様子の縮れ髪の男が、今しがた配達されたばかりの朝刊をもう一人の男に投げ渡す。

 新聞を受け止めた男は瀟洒な猫足のソファに深々と腰掛け一面を流し読み、呑気な声で朗読し始める。

 

「えーっと、何々ー? 『著名な音楽家として知られる天山夫妻の自宅にヴィランが押し入る』。うわーありふれたバッドニュースだねー。掃いて捨てるほどあるよー。これがどうかしたー?」

「非常に問題だよ。事件そのものではなく結末がね」

「待ってねー、今読むからー。『夫妻は重傷、しかし死亡者はおらず押し入ったヴィランも二人の実子の貢献により逮捕』。へー。不幸中の幸い、悲劇の中の英雄譚。こんな貴重なハッピーエンドを(そね)むなんて、君も器が小さいなー?」

 

 ニヤニヤと意地悪げに唇を曲げ、遂には新聞を放り出しソファの上で寝転んだ男に対して、縮れ髪の方から苛立ちの気配が漏れ出る。ギシリとソファの背もたれに腰を預け、堕落しきった男を射るような視線で見下す。

 

「別に彼を嫉んでいる訳ではないさ。僕が恨んでいるのはキミだよ」

 

 ご丁寧にも記事に彩りを飾る幼い子供(ヒーロー)の顔写真を指差し、そのままスライドして次は神経を逆撫でするにやけ顔を指差した。

 

「えー、僕ー?」

「そうだ。まったく、何が()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。おかげで大切な駒を失ってしまったじゃないか」

「大切な駒って言ったってー、精々ギザギザした十円玉と同じ程度、替えの効かない一生モノの記念コインなんて扱いじゃないだろう? っとー」

 

 足を振り子にしてソファから跳ね起き、相方の話など聞く価値が無いとばかりについてもいない寝癖を入念に()かす。まるで人の煮えたぎる怒りなど斟酌もしない、猫のような自分勝手。

 

「そもそも『テスト』の意味知ってるー? 不確定要素を埋める為に実験してるんだからー、予想外なのは必定じゃないかー。まさか猫も杓子も掌の上ー、なんて傲慢な考えはしてないよねー?」

「たとえ十円玉だとしても、キミに遣い潰されるのは猫に小判という物ではないかな?」

「おー、うまい事言うねー」

 

 微妙に笑いのツボに嵌まったのか、猫背を丸めてクツクツと喉を鳴らす。とことんまで人を弄する態度を改めさせようと、正面に回った縮れ髪の男はいまだに揺れる肩を掴んで詰め寄った。小心者なら漏れ出る怒気に失禁もあり得る脅迫だ。

 

「いいかい? 今僕は疑っている。いくらなんでもヴィランが個性を発現したばかりの幼稚園児に斃されるのはできすぎだ」

「それくらい脆弱だったってことでしょー。えー、それとも僕が脚本を書いてるとでもー?」

「可能性はあると思っているよ」

「冗談キツイよー。傍からでも今回のプランが穴だらけなのは分かるよ? 肉体強度にはまだ伸びしろがあるしー、精神面も半端ー。あれなら完膚無きまでに自我を取り去った殺戮兵器の方が有能だよねー。それに、()()()()()()()()()()()

 

 鼻先にまで寄られて圧迫されても顔色一つ変えず、さらりとおぞましい発言を眠そうに呈する男。それを聞いて少しは信頼を取り戻したのか、疑わしい目はそのままに縮れ髪が離れていく。

 

「………一応は信じてあげよう」

「なんで一応なのかなー? 心配されなくても『アレ』の開発も手伝ってるのにー」

 

 クイッと親指を向けたのは壁。否、壁に嵌め込まれた水槽に収容されたヴィランたち。彼らこそが複数ある内の拠点の一つであるこの部屋を手狭にしている原因。だが、いくら探せど水槽の内に生存の雰囲気は見つからない。ホルマリン漬けのようにされた彼らは、腕が胴よりも太かったり爬虫類の翼を背負ったり、また嫌悪感を抱く触手を生やしたりと……発現した個性は統一されていないが、例外なく彼らの個性は異常に発達していた。もしも彼らが生き残れていたなら、世間を震撼させる暴威を振るったに違いないと自然に思わせるほどに。

 

「彼らが壊れちゃったのはリソースの供給過剰、身の丈に合わない力を注いだ報いってトコかなー? いずれはその道の専門家はスカウトしたいよねー。まあ兎にも角にも」

「おっと」

 

 座っていた男は立ち上がり、読み終えた新聞を持ち主の胸に押し返すと部屋のドアノブに手を載せる。

 

「君は(たる)んだ世界をひっくり返したい。()()は停滞した世界を廻したい。少なくとも今はとりあえずは目的地へのベクトルが一致しているんだ。完璧な味方ではないにせよビジネスパートナーとしては、もうちょっと信頼してくれてもいいんじゃない?」

 

 振り向いたその面には相も変わらぬ憎たらしい笑顔。

 

「それとも、不安ならここで僕を殺して曖昧な後顧の憂いを消しとくー?」

 

 しかし眼だけは獣のように爛々と裂けていた。

 『目は口ほどに物を言う』とはよく言うが、『ほど』ではなく眼の方が口よりも語るケースもザラにある。そう、殺意の行き交う一触即発の現状も含めて。

 

「………いや、それは止めておこう。今の僕の手札ではキミを殺しきれないからね」

「できたならやってたのかー。おー怖ー」

 

 ケラケラと人を茶化しながら騒ぎ、纏った殺意を嘘のように霧散させる。殺伐とした雰囲気を入れ換えるようにガチャリとドアノブを押し下げて、新鮮な汚れたての空気を室内に招き入れた。

 

「じゃあまた今度ー。バイバイ、()()

「さようなら、()()()()()()()()()

 

 ぶにゃあ、と。

 どこから這入りこんだのか、よく肥えた猫が返事を返すように鳴いていた。

 




(=?ω?=)<一体誰なんだこいつら!!
(=?ω?=)<なおマーダー・キャットの名付けに際してワイプシを頭からイレイサーしました
(=?ω?=)<あ、作者の遊び心に気づいた人いるー?

新学期始まるからちょっとスパン空くかも

デンドロのPV出たから見ようね!
それではまた次回


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第六声 試験

気がつけば二カ月……はえー……はいなんで今日投稿されたか分かる人挙手!
デンドロイベがあったから──はい正解!
こっからは受験期入るので二カ月に一度の定期更新カタパルトを設置しておきましたのでそれでご容赦下さい。なお無事に受験が終われば書き足す可能性が非常に高いです、つまりは……すいません
ともかく更新再開です




「嗚呼、長かった」

 

 荘重な建造物を仰ぎ、感嘆と密かな興奮を()()ぜにした溜め息を吐き出す。気が付けば早数年、この世界に生を授かったのが遠い昔のようだった。それでもつい昨日のことのように思い出せてしまうのだから、もしやここの時も三倍速で流れているのではあるまいな? そんな戯れ言を一笑に付して、今この場所に立つまでにどんなに苦労したことか顧みる。

 例の事件の直後など上へ下への大騒ぎだった。狙われた父母の注目度が元々高い上、どこが素っ破抜いたのか私の写真まで流出。連日マスコミ各社のバーゲンセールだ。半月も過ぎれば話題性も薄れて随分大人しくなったがね。

 逆にその後は何も無く、実に平凡の極みで大いに助かった。正しく禍福は(あざな)える縄の如し。ならば次は波乱が起こるのか否か。

 

「ここがスタートラインだ。鶏鳴で通してくれるくらいの関門なら助かるのだが」

 

 此方には雄鶏(ブレーメン)もいることだしな。

 既に試練への対策は済ませてある。大丈夫だとは思いつつも、やはり不安の種は肺腑にしっかりと根を張る。仕方ないだろう。今から挑むのは倍率300倍の超有名マンモス校、雄英高校なのだから。

 

 

 □■□■□■□■□■□■□■

 

 

『今日は俺のライブにようこそ!!エヴィバディセイヘイ!!』

 

 高校の入試は筆記と実技の二段階評価。先に筆記を終えた受験者は皆巨大な講堂に集められた。

 そこに来て、着席するやいきなりこれだ。当然誰も返答するまい。というより返せる精神状態ではないだろう。緊張を解したかった? ハハハ、さっさと終わらせてくれた方がありがたいというのが受験生一同の共通認識だ。ノリの良いリスナーを期待していた解説役には悪いがね。心中はお察ししよう。私も若輩の頃にはよく経験したものだ……今の私も若輩か。

 

『こいつはシヴィー!! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をプレゼンするぜ!! アーユーレディ?!』

 

 氷点下を下回る聴衆にもめげない強靱なメンタルでプレゼンしてもらったところによれば、実技試験は架空敵として用意された1ポイントから3ポイントまでのロボットを破壊し、その合計によって判断するらしい。

 他にも妨害目的で用意された敵もいるらしいが、まあ捨て置いてよいだろう。

 

『最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄()()()()()()()()()()は言った! 「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と。“Plus (プルス) Ultra(ウルトラ)”!! それでは皆、良い受難を』

 

 ナポレオン・ボナパルトとは、()()ナポレオンか? 小学校に入学した辺りから奇異には思っていたが、可能性は無限。そう言うこともあると勝手に納得したが、やはり不思議な物は不思議だ。首を傾げるのは私くらいなものだがな。

 説明は以上で終了し、ぞろぞろと受験者が指定された区域に散っていく。中にはか弱そうな女生徒等もいるがよくよく考えればこの試験、私のような指揮者や後方支援型には不利じゃないか? いくら戦闘能力が求められる職業とはいえ、それ以外を(おろそ)かにするのはいかがなものか。しかしそれがルールと言われれば反逆できないのが悲しいかな、受けさせて貰う側の身分だ。推薦なら違うのかもしれないが、隣の芝を想像で青くしてもしょうがない。

 

 さて人の流れに従って試験の開始地点には到着したわけだが、合図があるまでこのラインを越えてはいかんのか。逆に言えば、越えなければ何をしてもいいな?

 

「クラヴィール」

 

 キーボードを首から提げたハーピィが重力の楔を振り切って飛び立つ。生憎と試験では役に立たないパートだが、無能でもない。(あらかじ)めの戦場把握。試験に予習・対策は必須だろう?

 

『サンジホウコウハチタイ、シチジホウコウジュウイチタイ、クジホウコウキュウタイ、カクニンシマシタ』

「ご苦労」

 

 しばらく上空をたっぷり旋回したハーピィは、降下すると器用にも鍵盤を叩いて報告を行う。これで粗方の目処は付き、情報の無い状況で始めるよりはアドバンテージを得られた。そういえば試験の開始時間を教えられていないが、いつまで待たせら──

 

『ハイスタートォ!!』

 

 ──れなかったな。

 

『どうしたどうしたァ! 賽は投げられてんぞ!?』

 

 煽るマイクが会場中に響き渡る。悪意を感じるこの開幕、対応が冷たかった腹いせか? いやまさかな。仮にもトップ校の教師だ。人格に問題があるようならば採用はされないだろう。

 

「我々も行くとするか」

『ブッコロス!』

 

 訂正、試験目的とは言えロボットに『ブッコロス』を連呼させるのは少し危ないかもしれない。開始早々、事前にハーピィが指定した物陰から物騒なロボットが現れる。明らかに銃座らしきものを搭載しているが、まさか6発に1発実弾が出るロシアンルーレット方式は採用してないよな? 全部ゴム弾だよな? 油断したところをズドンなんてお断りだ。実はただでさえこの試験、私と(すこぶ)る相性が悪いというのに。いや支援職のそのまた支援職なのだから、それは説明されたときから知っている。だが、何しろブレーメンは本来人間に聴かせるべき個性。故に対人戦闘では強くとも今回のような対物相手で通用するのは4パート中2パートしかない。

 

 まあ、

 

「“ストリングス”」

 

 だからどうしたという話に帰結するが。

 弦楽器の音に、ロボットの上下が切り切り舞う。

 

 そもそも私を誰だと思っている?

 私はロボットクリエイトの最先端、元〈叡知の三角〉所属の戦闘員。【マジンギア(ロボット)】の試運転に付き合わされた回数は両の指では足りない。それだけ回数を重ねれば嫌でも壊し方は覚えよう。ましてや【マジンギア】ほど高性能でもなければ腕の良い【操縦士】が搭乗しているわけでもない。それに、私相手に負けが込んできた事で自棄になったのか、「音より光の方が速いだろォ!!」とか叫んで光学兵器満載にしてくる性格の悪い【技師】や【操縦士】もいないしな。なお後で聴取をしたところ、アイデアを提供した教唆犯はオーナーだった。

 

「……改めて考えると、クラン脱退の際に置き土産をする義理は無かったかもしれん」

 

 オーナーへの恨みとオーナー以外のメンバーへの感謝の間で揺れ動きながらも、タクトを振る腕は止めない。おっと危ない、物陰から急に飛び出すな。誤射されても文句は受け付けんぞ。

 

 攻撃の手を止めてやったのに舌打ちするような愛想の悪い他の受験者は気にせず、単純作業に従事しよう。次々とポップするロボットがパーカッションの振動結界に踏み込めば崩れ去り、振動結界には立ち入らずともより射程の長いストリングスの超音波メスに切り刻まれる。数は20を越えてから数えるのをやめた。

 

「しかしこうも単純作業が続くと飽きがくる。バリエーションを増やすか、せめて聴衆でもいればまだやる気も起ころうに……」

 

 残念ながら、私は退屈なルーティンを際限なく繰り返せるほど強靭な精神を持ち合わせていないのでな。その点においてクランの作業員たちは尊敬に値する。私だったら精神が崩壊するだろうさ。

 などと懐かしい同僚(しゃちく)の生き様を懐古していると。

 

 ガゴンッッッッ

 

 今までの戦闘音とは明らかに異質な、もっと巨大な物の駆動音が轟く。ああ、かれこれ数分間も人知れず演奏を続けた寂しい私のリクエストに報いたつもりか、急遽遠くの巨大な0ポイント敵(じゃまもの)がスタンディングオベーションで応えてくれたのか。まったく、ありがたい話だな。

 



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第七声 Boy meets hero

まだだッ、まだここで倒れる訳にはいかんのだッッ!
ちょっとお休みのシーズンが来たのでお久しぶりの更新です。あ、引くくらい更新間隔が長いので罪滅ぼしにオススメ紹介させてもらっていいですか?

「なろう」で連載中の略称シャンフロって作品が個人的推奨です。VRMMO覇権争い(個人調べ)に参入してます。設定厨には堪らない。最近作者さんがTwitter始めて新情報(ゲロ)ボロボロ出すのとか最高でしたね





 さながら本物そっくりのビルが建ち並ぶ街並みをガリガリと削り、瓦礫を撒き散らしながら迫り来る巨大なロボット。そのサイズは他の仮想敵が雑魚に霞むほど。天を衝く威容は、弱い心音ならそっと止めそうだ。

 

「ほう」

 

 まだこんな隠し球を潜めていたのか。だが、(ヴィラン)と呼ぶには『悪意』が足りない。そうだな……『このサイズなら試験の終了間際なんかじゃなくて、それこそ開始直後の入り口付近に配置すれば倒さざるをえなくなるし、倒された後も妨害に有効利用できるのにねぇ。一体だけってのも生易しすぎて涙が出る』……脳内でオーナーの耳打ちを幻聴するとは、我ながら随分と余裕があるな。

 

「確かに強大。しかしオーナーのパンデモニウムや【破壊王】の戦艦に較べれば、余程温和(おとな)しいのもまた事実。ならば抗いようはある」

 

 凶悪なモンスター軍団を製造する竜頭の要塞工場や、その軍団を纏めて“破壊”してのける弩級戦艦と比較するのは酷だが、〈超級〉連中と相見える機会が幾度となくあったせいか危機管理のハードルが跳ね上がっているらしくてな。正直これを見ても「このくらいなら」と楽観視する私がいる。

 しかし依然脅威であることに変わりはない。純粋な質量もそうだが、コンクリートのビルと衝突してなお歪みない装甲を張りぼてとは見做(みな)さないだろう。

 

「逃げつつポイントを稼げ!」

「あれがお邪魔虫?! 勝てる訳ないだろ!」

「あんなの相手するだけ無駄だ!」

 

 私が肩で風を切って赴く前方から、蜘蛛の子を散らすように危険を察知した受験者が0ポイント敵から逃亡し、人波として流れていく。

 

「……ぅう、足が……」

 

 偶然削ぎ落とされた瓦礫に足を挟まれて、身動きできない女生徒を置き去りにしたままでな。

 これは試験。効率的に合格を狙うなら、ライバルも蹴落とせる一石二鳥の最適解だ。その判断を下せる彼らはさぞ優秀に違いない。

 

「………………………()()()()()

 

 ああ、そうだとも。どう論じたってこれは試験だ。敵前逃亡して、他者を見捨てたところで人も死なないと誰だって考える。現実主義者(リアリスト)100人いれば100人とも肯定してくれるかもな。

 

 

 

 だがな。

 

 

 

 101人目の空想主義者(ロマンチスト)たる私が完膚なきまでに貴様らの正論を拒絶しよう。私が追い求めた英雄(レイ・スターリング)は、現実じゃない(ゲームだ)からと、乞われた救いから目を逸らして逃げ出した事は無かったぞ?

 彼らが踏みにじったのは助けを求める彼女の手か、私の期待か、それともはたまた両方か。頭の中で生まれ、胸の奥に(わだかま)るどす黒い澱みを思わず吐き出す。

 

「逃げろ? 勝てる訳無い? 無駄? ハッ、上等だ。あらゆる絶望をひっくり返して人々に希望を魅せるのが英雄だろうが。みすみす成り上がる好機(チャンス)を捨ててどうする腰抜け共」

 

 crescend(だんだん大きく)crescend(だんだん大きく)crescend(だんだん大きく)

 

 激情に駆られる私と連なって、ブレーメンが発狂したような『怒りの日(ディエス・イレ)』をより苛烈に奏で、振動結界はより拡がり、超音波メスはより鋭く空気を裂く。

 名付けるなら“音災”とでも命名しようか。自慢のオーケストラは一流の自負がある。

 しかしパーカッションでは面で制圧する都合上、女生徒にも(あた)りかねない。ならばストリングスで両断すればいいな。私を台風の目に、音速で荒れ狂う鎌鼬と衝撃波を伴って進軍しようとした、その時。

 

 此方に接近する反応をソナーが捉えた。滑らかな生物的な動きからして仮想敵ではない。となれば他の受験者に違いない。如何に仕事がパーカッションとストリングスに多く割り振られるとはいえ、残りを腐らせておくのも勿体なかった為、ホーンとクラヴィールは音響探査に充てていたのが功を奏したな。

 

「《ハートビートパルパライゼーション》解除」

 

 今の《ハートビートパルパライゼーション》は対ロボット用の出力、もし人が巻き込まれれば大怪我だ。電脳世界ならばありふれたフレンドリーファイヤーで済むが、ここはリアル。三日間のログイン制限ではい終わり、とはならない。運が悪ければ一生残る傷になる。覇道に怪我人を横たえるわけにもいかないからな。だからこそ、わざわざ振動結界の倍近い範囲を常にエコーロケーションの要領で精査している。

 

「うわああああああああ!」

 

 善性の予防策に引っ掛かった誰かの為に振動結界を解除すれば、私のすぐ隣を緑髪の少年が我武者羅に疾走する。その足取りは不格好で、雄叫びも情けない。憐憫の情こそ抱けど憧憬には値しない。数々の戦場で眺めた猛者と見比べた上での妥当な評価。

 なのに何故、私の口角は見えない指に押し上げられているのだろうか?

 

「……成る程。私は嬉しいのか。まだ一握りでも(どうるい)がいてくれて」

 

 たとえ今が不甲斐なくたっていい。私だって未だ理想の境地には辿り着いていない。だから同類だ。英雄として憧憬はせずとも、叶うならば同じ目標へ切磋琢磨する仲にはなりたい。不甲斐ない奴らを見た直後だけに感動は一入(ひとしお)だ。

 

 緑髪の少年は異常な脚力で0ポイント敵を目指して跳躍し、その比較的小柄な体躯は瞬く間に敵の頭に到達する。倒せるか倒せないかは知らん。だが、別にそのくらい些細な事。後始末くらいは私がやってやる。立ち向かった事実だけが最重要項目だ。

 

「おめでとう少年。貴様は蛮勇という形で英雄への第一歩を踏み出した。ならば私はそれを歓迎しよう」

「SMAAAAASH!!!」

 

 籠められたエネルギーにバチバチと火花散る右腕。繰り出されたのは武芸を嗜んでいるとは到底思えない乱雑な拳。それでも立ち塞がる敵を殴るには、十分だった。

 鋼鉄の体と地面を揺らして、コンマ数秒前まで無双していた0ポイント敵が頭から倒れる。

 

「……お見事。良い物を見せて貰った」

 

 嗚呼、臓腑に溜まったモヤが僅かに解消された気分だ。単純なプラスではなく、腹立たしいマイナスを食らった後のプラスは格別だな。

 肝心の彼はというと……どうやら跳んだはいいが、降りる手段が無いらしい。高木に登って怯える仔猫か。動かずにいれば無事なあれとは異なり、放置すれば大事故を招くが、まあどうにかするのは私の役ではない。

 瓦礫に潰されていた少女が瓦礫の上に乗る。するとどういう理屈か鉄塊が空気でも詰めたようにふわりふわりと絶賛落下中の少年の下まで浮かび、少女が恩人を迎えに行くまでの足となる。

 ここまで見届ければ大丈夫だろう。

 

「それで? 今は彼の武功は称える余韻の時間だ。横槍を入れるのはあまりに不粋という物ではないかね?」

 

 余韻を愉しむ事を知らないガシャガシャと騒がしい聴衆、否、群れてきたポイント敵を振り返る。しかし『悪意』が足りないとは言ったがまさか礼節すら足りないとは。

 

『標的発見ブッコロス!』

「単純な機械は融通が利かなくて困る。もう少し高度なCPU(あたま)を積んだらどうかね? 私も彼にあてられたせいか、威力の調整ができぬかもしれん。構うまいな?」

 

 ちょうど良い。これを彼に捧げる凱歌としよう。

 

「《獣震楽団(ブレーメン)》─」

 

 鉄屑の分際でこの曲を聴ける歓喜に、その堅苦しい身を震わせろ。

 

「───“パーカッション”」

 

 振られた指揮棒に従って、コボルトが一際力強く小太鼓を(たた)く。結界のように拡散せず収束して放たれた爆音は砂煙を上げ、巻き込んだ粉塵によって可視化されたそれはまるで砲塔。撃ち抜かれた聖歌(カノン)砲撃(カノン)は居並ぶ架空敵を前から平等に塵へと還す。

 

「それでは少年。また君と会える事を願っているよ」

『終了ォォーーー!!』

 

 最後に、片手を襤褸切(ぼろき)れにして息も絶え絶えな、無事とは口が裂けても言えない緑髪の少年を横目で確認。重傷であれど重体ではなく、命に別状もないようだから恐らく安心だろう。もしここで彼の英雄譚を失伝しようものなら失望するぞ? わらわらと人も戻ってきたので受験会場に踵を返して立ち去る。

 

 これで落ちていたらどうしたものか……。

 やはり不安の種は綺麗な花を咲かせるから嫌いだ。

 

 




本ッ当に今さらなんですが、この作品はIfであることをご了承下さい。最後考えてたらちょっと……
次回の更新は新刊発売の10月1日です。しかし冬アニメだった場合は分かりません


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第八声 結果発表

冬アニメ確、定……?(びったんびったん)
ああ、それから(むくり)
アニメ化してもネタバレはご注意をば。民度は高く、敷居は低く。

予告通り本日更新です。11/1はすまない、無理
今回は珍しく日常回……ん、熱いバトルが欲しい? グローリアを読んでグローリア(ダイマ)
栄光の選別者ってサブタイがもう格好いい……サブタイいります?




 高校入試から数日。中学生活が残りわずかな事に気づき始め、名残惜しくなる頃。

 

 ──奏指宛てに手紙よ

 

 学校から帰り、ドアを開けると待っていたかのように母からの声が届く。

 この母は本当に個性を使い熟している。もっとも本人曰く、使い慣れ過ぎて大声は張れなくなっているらしい。いくら音を広域に飛ばせても、クラリネットの音を出す時点で結構な肺活量は必要だと私は思うのだが、問うてもいつも通りの笑顔で流された。

 何しろ私もそうだが、吹奏楽部は準運動部扱いだ。生まれ変わったとしても好きな事は変わらないし、野球だの何だのと新しい事に手を染める気にもならなかったから望んだ事なのだが、あの苦行を味わったからこそ断言できる。絶対に現役の母が衰えているはずもない。まあ実際に口に出せば折檻されそうなので父と共に黙っている。家庭内ピラミッドに精神年齢はあまり作用しないらしい。

 

 靴を脱いでリビングまで登る。毎回ここを通るときミノタウロスの幻影がちらつくのはどうにかならないものか。我が家にアリアドネはいないんだ、克服できたトラウマだからまだマシだが一般なら後遺症が酷いぞ。

 もちろん現実には廊下を抜けて、一家の仕事上関係者が集まってもゆとりがあるくらいには広々と設計されたリビングに出れば、怪我など負っていない母親がいた。その姿を見て、じめじめと湿っぽくなった掌を服の裾で拭く。

 母の手には小さな封筒。送り主は雄英高校。ああ、合否通知か。

 

「合否通知にしてはやけに小さいな」

「触った感じ、中身は紙じゃないわね」

 

 紙じゃない? 確かに渡されるとサイズに合わない重さと硬質な感触がある。

 

「まあ開けてみれば分かるか」

 

 ペリペリと封を切れば、何やら円形の機械が送付されている。おいまさか新手のテロとかじゃないよな?

 

『Helloリスナー! 雄英からお待ちかねの合否発表だぜYeah!!』

「おっと」

 

 前触れもなく怪しげな機械から、入試で解説役を務めていた金髪鶏冠(とさか)のDJ崩れが投影される。急に大声を出すな。もしくは説明書くらい添付しろ。危うく爆弾かと窓の外まで放り投げる所だったぞ……仮にもヒーローの養成所にテロリストはいないか。

 

「あら、プレゼントマイクじゃない」

「知っているのか?」

「ええ。お父さんと一緒に彼のラジオ番組に何度か呼ばれたもの」

 

 そういえば何年か前に共演しているのをラジオで聴いたことがある。親がどこどこに出た~とか把握していたらきりが無い。私の家は基本的にビジネスとプライベートでは()ける主義だ。

 

『ヘイヘイヘイ心の準備はいいか?! 受験番号61485、天山奏指。お前は………』

 

 ゴクリと固唾を飲む。1秒でも早く五月蠅くなってほしいと願う日が来るなんてな。心拍が八拍子よりも速く刻まれる。

 

CONGRATULATIONS(コングラチュレーションス)!! 合格だ!!!』

 

 中途半端に膨らんだ風船が(しぼ)むように、浅く息が安堵に漏れる。自覚のない内にも緊張していたようだ。心まで若造に戻っているのかもな。

 

『本当は来年度から教師になったオールマイトが顔見せも兼ねて通知役をやるはずだったんだがな。なんか急用とかで俺が代理だ! 不満か?! 不満だろうな!』

「オールマイト……No,1のヒーローか」

 

 来年度から雄英で教師に就任するのか。スポーツでもそうだが、選手として優れていてもコーチとして優れているかは不明。テレビの取材でも『努力して今の地位に登り詰めた』等と語っていたが、残念。努力できるのも才能だ。しかしどんな教育を施すか興味深い。

 

『まあオールマイトの話は新学期がスタートすりゃ嫌でも聞くだろうから置いといて、だ。点数の内訳発表! 筆記試験が……7割越え!? お前インテリか!?』

 

 他者より自我の目覚めた時期が早い上、国語数学英語理科社会のすべてが前世と然程変わりないのだがら当然だろう。それでも7割程度しか取れないのだから倍率300倍は伊達じゃない。

 

『実技試験は敵ポイントが53P。敵ポイントだけでもそこそこだが、ここに救助(レスキュー)Pってのを加算する! 初耳って顔してるんじゃないか? そりゃあそうだ言ってないからな!』

 

 映像のプレゼントマイクが横にずれれば、背後に点数の表示されたボード。ああ、ちゃんと私の点数も書いてある。救助Pが31Pか。おそらくあの0ポイント敵が実験台。困難に直面したとき英雄的選択をできるかどうかを見極めるための、な。そこでしっかり行動できた奴にはボーナスだ。杜撰な設定だと思っていたが、あれで中々考えてはいたらしい。まだ粗い穴は見つかるがね。

 

『他の受験者に抜かれちまったが、お前は助けようとした! それに最後のありゃなんだ!? 最ッ高に痺れたぜ!!』

「近所迷惑にならないよな……」

「演技してるわけじゃなくていつもこれなのよ……防音室に移動する?」

「いや、すぐに終わるはずだから大丈夫だ」

 

 無駄に機械が高性能なのか、鼓膜を(つんざ)くような興奮したシャウトを垂れ流す。さては編集していないな? 私が編集者ならもっと合格者の鼓膜を重んじる。

 あまりの騒音に親子揃って耳を塞ぐ。プレゼントマイク本人と面識のある母は申し訳なさそうに防音室を勧めるが、一般家庭に防音室なんてないだろう。どこに防音室がある前提で合否通知を送る高校があるんだ。

 

『カモンリスナー! ここがお前のヒーローアカデミアだ!!』

 

 全身全霊を込めて喉が張り裂けんばかりに叫んでいるが、「ラストもハイテンション」と私たちの予想は一致、備え付けの耳栓を装着済みだったために快適な音量で聞くことができた。耳栓して普通に聞こえるとかどんな声量を……いやいい、別に聴きたくもない。とりあえず対抗策を用意できなかった同級生諸君には弔辞を送ろう。

 

「何はともあれ無事に合格か……」

「おめでとう奏指。ああ、お父さんは最初から受かると思っていたらしいけど」

「父さんが?」

「じゃなかったら先回りして入学祝いなんて買わないでしょう?」

 

 がさごそと母が棚から持ってきたのは洒落た包装の細長い箱。子供の入学祝いにしてもベルベット地の箱は奮発しすぎだろう。俗に言う親馬鹿だ。何を入れているのか、先ほどとは別の意味で戦々恐々としながら蓋を開ける。

 

「これは」

 

 中身は、鈍い銀色に輝く指揮棒(タクト)

 

「軽くて丈夫で使いやすい。あの人も伝手を頼りまくったらしいわ。最初なんて大変だったんだから。まず提示された選択肢にワインの銘柄とかあったのよ?」

 

 贈答品にワインは定番といっては定番だが、子供に渡すか? 精神年齢的にはセーフ、しかし肝心の肉体年齢がアウト。よくそこからタクトまで落ち着いたな。

 試しに振ってみたが、驚くほど手に馴染む。偶然にも前世の愛用とほぼ同じ規格らしい。

 

「不思議な素材だな」

 

 カーボンほど(しな)らなければ、木材の質感でもない。素材がわからない。まあ使い易いからいいが、気にはなる。

 

「さあ? 知り合いのヒーローから『武器にしたらどうだー』とかアドバイスを受けて、色々注文は出したらしいけど」

「子供の入学祝いに武器を贈るか……?」

「いいじゃない。ヒーロー科だし」

 

 確かに、タクトで血を流した指揮者は結構な数いる。指揮が過激になって自分で額を刺したやら折れて刺さったやらの逸話があるくらい、攻撃力の高い仕事道具であるのは否めないが、開き直って武器にするのは何か違うだろう。メジャーリーガーが釘バットをフルスイングしていたら誰だって(おのの)く。おや、その割には先端が丸まっているな。武器としての運用は諦めたのか。

 『安全面には配慮しました』とささやかなアピールをする丸まった切っ先を指で撫でる。これではそう簡単に肌は貫けまい。

 

「心配しなくても、流石に危ないから刺せるような構造にはなってないわよ。もし刺さったらナイフを振り回してるようなものでしょ?」

 

 しみじみと切っ先を眺める私に、快活に笑いながら母がそう言うが、それもそうだよな。

 

「ピストルなら耐えるくらい頑丈だけど」

 

 刺突武器としてではなく殴打武器として運用するんじゃない。意外にタクトは折れる事が多いから頑丈なのはありがたいが、頑丈すぎるのもどうかと思うぞ。もはや特殊警棒じゃないか。

 クスクスと笑う母にはもう溜め息しか出ない。ちょうど良い笑いのタネなのだろう。どうせ途中で可笑しいとは察しながらも止めなかった口だ。

 

「そんなに呆れないで。迷走してても、あの人なりに頭絞って考えた結果だから」

「考えた結果だろうから嘆いているんだが?」

「奏指ってお父さんにはずけずけ言うわね……」

「そうか?」

 

 しみじみと父が可哀想と言うが、特大の秘密を打ち明けたからな。もう恐いものなんてない。むしろ心は此方の方が年老いている分、下手に気を遣うのも悪かろう。

 ちなみに私の秘密について、父は母には告げないことにしたらしい。いや、告げることもないくらいしょうもない話だと本当に思っているのかもしれないが。

 どちらにせよ、良親をもった私は幸せだよ。悲劇から産まれた英雄の選択肢は諦めるとしよう。

 




やっぱり日常回は慣れないねぇ……ラブコメとか書いてる人の脳内回線率直に凄い。人間心理のスペシャリストよ
え、この作品のヒロイン? 精神年齢:故人ですが?(書けない)

実はこの時点で年内1回、年明け1回の予約投稿が完了しています。と、言うのもこれから出てこれる日が尋常じゃなく減りますので
予約2回が終わった後? 事によっては事による
既読勢は感想書くなら今にして
未読勢は感想要らないから本編読んでくだされ


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第九声 嵐の前の

メリークリスマス!!(収監)(予約投稿)





「じゃあ後で迎えに来るから、ガイダンスが終わったら校門で待っていてくれ」

「ありがとう」

 

 入学式当日。父親の車に揺られて雄英へ。助手席に座っていた私が降りると、後部座席からはブレーメンが器用に追いかけてくる。紋章の中に収納することも考えたが、常日頃のコミュニケーションをとっておかねばいつ何時齟齬が生まれるか分からないからな。

 普段の登校は電車の予定だが、今日は入学式。父が同伴での登校ということで車を出してもらった。残念ながら母はいつもよりワングレード上の依頼が入ってしまったらしくて来れないがな。本人はどうにかして依頼をキャンセルしようとしていたが、それは私が食い止めた。さすがに某国大使の歓迎会のオファーを土壇場でキャンセルは不味い。具体的に言うと、各チャンネルの昼のワイドショーの内容が数日固定されるくらいには不味い。テレビで悪目立ちするのは昔の事件だけで十分だ。

 

 入試の時には竜の顎のような威圧感を感じたこの巨大な校門も、入学した今となっては誇らしさの象徴だ。

 

「しかし改めて眺めると巨大だな」

 

 学校の敷地面積は一体どれだけあるんだ? 校舎だけでも相当なのに、入試の時のような関連施設はまだあるのだろう。雄英区に改名してもいい規模ではないか?

 田舎から上京したてのように、キョロキョロと校内案内図片手に入口を探す。

 

「ああ、あったあった……本当にこれだけの広さが必要なのか?」

 

 校門を抜けてもすぐ登校できないのはどうなのか。異形系の個性もそれなりの率がいるから設備が巨大になるのは分かる、分かるが疲れる。これもまた基礎トレーニングの一環とか言ってくれるなよ?

 ようやく辿り着いた教室の扉もやはり巨大で。開けるのに苦労しそうだ、などと考えて引き戸に手を掛ければ意外な軽さに設計者の優しさを感じる。「使用者の事考えられる設計者は神」とは〈叡智の三角(ふるす)〉のパイロットの談。「アイツら内部慣性力とか計算しないで出力上げんの本当やめろ……」と死んだ眼でクレームを入れられても私は知らん。というかそのパイロットも設計団の一員だったので自業自得だろう。

 

「おお、君は!」

「えっと、誰?」

 

 スライドしたドアによって曝け出された、これまた規格外のサイズを誇る教室でまず目に入ったのが緑髪の少年。よかったな。君の右腕の犠牲は無駄ではなかったようだ。

 数少ない同類の存在に年甲斐もなく周りが見えなくなり、少年に引かれてしまう。惹かれたのは私の側なのにな。

 

「いや済まない。憶えていなくて当然か。私は天山、宜しく頼むよ」

「僕は緑谷 出久、あっ、デクって呼んでください!」

 

 差し出された手を握る。ふむ、微妙に皮が強張っている。結構結構、鍛錬を怠る軟弱者に英雄は務まらん。

 それにしてもデクか。もしも木偶の坊と掛けているなら、卑下しすぎだ。単純な愛称ならばいいが……。

 

「俺は飯田 天哉だ。よろしく、天山君」

 

 私の不穏な懸念をそっちのけに、緑谷の隣にいた奴も友好を求めて手を差し伸べてくる。安心しろ、貴様も憶えているぞ?

 

「ああ、()()()()()()()

 

 開いた手は空を掴み、軽く俯きながらも悔しそうに下唇を噛む表情が窺える。場は冷や水を掛けたように静まり返るが、そこまで後悔するなら最初から立ち向かっておけ。後悔が先に立つことなど滅多にないぞ。

 

「……確かに俺は試験の本質を見抜けなかった。だがしかし、あの時はあれが俺のできることを見極めた上での解答だった! もし俺が立ち向かってもあの敵には勝てなかった」

 

 ほうほう。だから自分に責められる謂われはないと。まあ私はもとより責めてなどおらぬよ。慢心して被害を拡大させる馬鹿よりも、実力を把握してくれる賢い馬鹿の方が好ましい。それが被害を被るだけの庇護すべき民衆ならな。

 

「貴様に一つ教えてやろう」

「何だ」

「己の限界を見極めて留まっている内は、到底英雄には届かんよ」

 

 plus ultra、この高校の校訓だ。ここにいるようなヒーロー志望の若人には特別効く侮蔑だろうが、敢えて言わせてもらおう。きっとこういう輩を井の中の蛙と呼ぶのだろうな。まったく、貴様が井の中の蛙と言うのなら、せめて足掻いてみせろ。進化して成長して克己して適応して、大海という苦境で生き残って初めて一人前。穢れ無き清水の安穏を是とするならば、貴様は一生を賭しても英雄に至る資格など勝ち取れないだろうさ。

 きっとこの話は彼に限った話ではない。むしろ緑谷のような方が少数派、ほとほと悲しくなってくる。厭世家の気持ちをこんな形でなど理解したくはないのにな。

 

「君はッ、君はあの試験で限界を超えたのか?!」

「私の限界はあんな所にも無ければ、私自身が届いてもいない。所詮試験は越えられる為のハードルだったというわけだな。喜べよ、貴様も無事超えれただろう?」

 

 そうカッカするな。語気が荒いぞ。

 私が望む頂にはかの背中。霞むほどに遙か遠くだが、見えてはいる。ならば辿り着くまで駆けてやるのみ。あの程度の試練に立ち止まる余裕などない。

 

「ハッ、ザマァねぇな!」

 

 机に足を掛け、尊大にふんぞり返る悪人面の彼と面識は無いはずだが猛烈な既視感に襲われる。横からいきなり入ってきて、一体誰だ? 記憶の引き出しをひっくり返す………ああ、閣下(笑)か。きっと彼も強大な能力を()()()()()()()()()()のだろう。その力に酔いしれて他を見下す様はまさしく【魔将軍】の餓鬼にそっくりだ。ゆっくりと絡まれないように視線をそらし、この手の人間は相手にしないに限る。

 

「それにしても雰囲気を悪くしてしまったようだな。詫びとして一曲披露しよう。リクエストは?」

 

 私がにこやかに外面を取り繕えど、人っ子一人として口を開かない。だろうな。ここで能天気を振りまけば、後の学校生活はそれを貫かざるをえない。チャレンジャー精神が欠如している象徴でもあるがね。しかし意図せずして、プレゼントマイクの気分を味わってしまったが苦々しいものだよ。

 

「無しか……。まあいい。よほど性急に生きる者でなければ聴いていけ。損はさせんよ」

 

 落ちかけた肩を引き上げて、懐からタクトを取り出す。さあ自己紹介だ。慣れた手つきでブレーメンが楽器を構え、やがて流れる軽やかな音色が耳朶を打つ。

 

「あれ、どっかで聞いたかも……」

「やっぱり? 名前知らないけどな」

「……ああ。これ、ヴィヴァルディですわ」

 

 ヴィヴァルディ作『Le quattro stagioni』、日本語にすれば『四季』か。その第一曲の『春』。入学式なんて日にはもってこいの穏やかな曲だ。有名だから一度は耳にしたこともあろう。

 少し経てば、そこそこ広い教室は再び静寂に飲まれる。あー、わざわざ清聴してもらっていた所悪いが、慌ただしい式典前に10分も長々と演奏する訳にはいかないのでな。適当な小節線で切り上げる。ブレーメン共々下げた頭には静聴の感謝と、満足に終われない謝罪を添えて。

 

「如何かね?」

 

 空漠とした余韻の後は万雷の喝采。いつになってもこの快感は素晴らしい。相手は歓び、私も喜ぶ。一種の共存共栄だ。にしても「才能マン」や「ロックじゃん」とはこれいかに? 首を傾げてしまうが、語感からして罵倒ではないのだろう。

 たった数分の調整された波長だけで疎外感も消える。人心とは摩訶不思議な物だよ。バベルの塔の崩壊も、今は意味を成さなそうだ。私のリクエストに遠慮していたのがー転、次はあれ、その次はこれと一挙に姦しくなる。

 今さら需要過多になったところで時間も無いだろうに。そう暗にチラリと扉に視線を投げれば、寝袋に包まれた不精者と目が合う。懐かしいな、三徹ほどした者の常識的末路だ。全身に手入れが為されていない。いや、それ以前にあの不審者は誰だ?

 

「演奏会をするなら余所へ行け。ここはヒーロー科だ、音楽学校じゃない」

 

 衆人環視の中で、そう言った不精者はのろのろと寝袋から這いだし教壇に立……うん? 

 

「娯楽を否定はしないが合理的な範囲でやれ。担任の相沢 消太だ、よろしく。それじゃあさっさと体操着に着替えてグラウンドに出ろ」

 

 これまた厄介そうな人間だ。高校生活を平凡に、退屈に過ごすことだけは無さそうで何よりと思うべきかね。

 



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第十声 疑念

明けましておめでとうございます!!
(未だ収監)(これも予約投稿)





「今から君たちには個性把握テストを行ってもらう」

「「「個性把握テストォ?!」」」

 

 あの後学校支給のジャージを配布された私たちは、言われるがままにグラウンドへと連れ出された。そこで担任から唐突にテストの宣言だ、戸惑うかパニックを起こすか抗議するかは各々お好みで。

 

「ガイダンスは?! 入学式は?!」

「プロのヒーロー目指すなら、そんな悠長な行事に出てる余裕はない」

 

 見覚えのある女生徒の抗議に、予定外の行動を悪びれもせずに宣う不精な担任。言うに事欠いて悠長な行事とは……。一応彼も規則に縛られる教師兼ヒーローのはずなのだがな。

 要約すると、中学以前の体力テストに個性を解禁するだけ。それ以外は変更点なし。趣旨は理解できるが、今でなければ駄目か?

 

「実技試験の成績トップは爆豪だったな。中学のソフトボール投げは何mだった?」

「……67m」

 

 ぼさぼさに生い茂る頭髪の隙間から、眠そうな眼が反骨精神を剥き出しにした閣下モドキの少年を捉える。

 

「じゃあ個性使ってやってみろ。円から出なけりゃ何をやってもいい」

「んじゃ、まあ」

 

 唾でも吐きそうなくらい乗り気ではない顔ながらもソフトボールを受け取る爆豪。ああ見えて従順なのか、いや権力に逆らう気概もない利口な餓鬼か。

 予め白線でくっきりと描かれた美しい円の、後ろ半分に立って思い切り踏み込んで振りかぶる。

 

「死ねェ!!」

 

 爆音では隠せないほど荒々しく、到底品性が感じられない鬨の声を上げて投げられたボールは、放物線ではなく直線で遙か彼方に飛翔する。まさしくその様は弾丸。

 相澤教諭の手元から電子音が鳴り、晒されたのは『705.2m』とデジタル表示する小型の電子板。そんなに飛んだのか、人間カタパルトだな。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を作る合理的手段」

 

 合理的、合理的か……。言動から察するに、必要最低限すら削ぎ落とす過剰ミニマリストといった人種か? もしくは『合理的』を免罪符にした怠惰なスパルタ教師か。どちらも尊師として仰ぎたいかは疑問が残るものだ。

 

「なんだこれ! すげー面白そう!」

「個性思いっ切り使えるのか、流石ヒーロー科!」

 

 そんな私の不安を余所に、目を見張るような記録に浮き足立つ生徒たち。それを冷たく観察していた相澤教諭の口が、薄い三日月に歪む。

 

「面白そう……か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 

 ああ、その笑い方は止めてくれ。散々オーナーの顔で同じ物を見た。あれは他人をオモチャ代わりに掌中で転がして弄ぶときの笑いだ。「それ」の最後なんて知ったことではない。“最弱最悪”と同じだぞ? 断言してもいい。絶対()()()()()()()()

 

「いいだろう、トータル成績最下位の者は見込み無しとし、除籍処分としよう」

 

 おそらく、世界樹の根にせっせと水やりをしている運命の女神も笑いを浮かべているのだろう。それが憐れみの乾いたものか愉悦に綻んだものかは関係なく、悪い予想は見事に中ってしまった。突然の不条理な試練に、立ち向かう生徒たちは次は別の意味で落ち着きを失う。

 

「最下位は除籍って、今日は入学初日ですよ!? いや、初日じゃなくたって理不尽過ぎる!」

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。ようこそ、これがヒーロー科だ」

 

 教え子の悲痛な叫びに耳も貸さず、淡々と処する様は機械のようだ。決められたルールにも従わない所を見るに、機械としても暴走してるがね。式典に出席しているであろう校長(エンジニア)を早く呼べ。

 そんなか細い願いもむなしく、我らが担任(どくさいしゃ)の指示で、クラスの皆はテストを始めようとスタート地点へ急ぐ。しかしその中で私だけは去る人波に逆らい、理不尽の権化に漕ぎ着ける。なに、少し気になる事があっただけだ。

 

「質問よろしいか」

「……抗議なら受け付けないぞ」

 

 面倒臭い奴を見る目。多分私に限らず、何に対してもこんな体を崩さないのだろう。

 

「抗議などとんでもない。ところで一つお聞きしたいのだが、()()()()()()()()()()?」

「何故そんなことを尋ねる」

 

 無関心のパラメータが若干関心に傾いた。合わない、というより合わせていなかった気怠げな焦点が私にかち合う。

 

「私にしてみれば、火力至高のあの試験はナンセンス極まりない。それとも、ヒーローとは腕力で全てが解決するほど甘い業務なのかね?」

 

 例えば、雄英に勤務しているミッドナイトやプレゼントマイク。彼らはあの試験を受けて、合格できると思うか? 私はできない方に賭ける。両者共に対人では強くとも、無機物には弱い。私と少し似たようなタイプだな。他にも、リカバリーガールのような治療系だってそうだ。一応はレスキューポイントなる暗黙の救済措置があったらしいが、倒せる一ポイントを無視して利益のない他人を助ける聖人君子がどれほどいる? ましてやそれが今後一生を左右する場だ。絶滅一歩手前の天然記念物クラスだろう。まあ、だからこそその一握には英雄の資格があるのだがな。とはいえ大半は腕力でのし上がった連中だ。否定したいなら、プロの皆様方には即刻歩合制を廃止してボランティアに励んでもらおうか。

 

 そもそも、あんな単一性のテストで推し量るのが間違いだ。もし“魔法最強”なら市街地ごと土葬するなりして根こそぎポイントを独り占め。1位通過確定だが、彼が唯一絶対の強者かと問われれば首を縦には振れない。他にも“物理最強”や“技巧最強”、数多の怪物による大混戦だ。要するに方向性の違いが必ず生まれる。

 

「……そうだな。お前の言い分には一理あるし、俺も合理的ではないと思っていた」

「ならばなぜ」

 

 こめかみに青筋を錯覚してしまいそうな、ガリガリと頭皮を削る合理主義者相手に食い下がる。ははは、血も涙もない外道かと思いきや、不快そうな顔をする程度には頭に上る血があるらしい。

 

「成績最下位を見込み無しとして除籍など、非合理な事をおっしゃられるのか。私にはとんと理解できない」

 

 彼がやっているのは、一度(ふるい)をかけたその上から同じ網目の篩に通しているようなものだ。別の選別ならまだしも、求められるのはまたも純粋な身体能力。おいおいいつからここは増強系の専門校になった? それに、端からプロのお眼鏡に適うだけの能力があるなら此処には来ない。奇妙な点は大量にある。

 

 見込み無しで除籍? 常識人の言語で頼む。あの入試の賛同者で、大艦巨砲主義万歳な教師なら納得せずとも理解はできようが、彼は違う。根っからの合理主義者だ。

 

「それとも、その程度の非合理を押し退けるナニカがあるのだろうか? 是非教えていただきたい」

「……いい加減黙れ、天山。除籍にするぞ」

「構いますまい。私の最終的な願いは雄英に入る事では無いので」

 

 おお、怖い怖い。素面で懇願する私に苛ついたトーンで露骨に脅迫してくる。しかし護るべき物がある者は強いが、何も護らずに済む者もまた強いぞ? 生徒の如何は先生の自由。だがそれは閉鎖した学園内のみの話だ。抜け出した鳥籠など、()()()鳥からすれば置物に過ぎんよ。

 

「チッ」

「おーい、次はお前だぞー」

 

 懲りない私に疲れた舌打ちが、他の生徒からの遠い呼び声に埋もれる。ああ、テストは五十音順で行われるのか。しかし何とも間の悪いことだ。

 

「さっさと行ってこい。集団行動を妨げるのは合理的じゃない」

 

 これ幸いとばかりに小蝿を払うような仕草で、不気味に微笑んで追い払われる。惜しいな、もう少しで問い詰められたものを。かといって皆に迷惑をかけるのも本意ではない。しぶしぶ五十メートル走のスタートラインに立つ。

 

「相澤先生と何話してたんだ?」

「……ホンの軽い世間話だ」

 

 私を呼んだ生徒が興味津々に寄ってくるが、柳に風と受け流す。それよりも今はテストだ。やるとなれば手は抜けん。並んだ生徒がスタートダッシュを成功させようと地に手足をつける中、私は一人座して号砲を待つ。

 

「馬車馬の如く、とは言わないが頼むぞ」

『ki』

 

 バイオリンを抱えたケンタウロスの硬質な背を撫でれば、承る合図に一度弦が擦られる。《騎乗》のスキルは無いが、振り落とされなければそれでいい。ロデオでもあるまいし、五十メートル程度耐えてやろう。

 微力ながらに創意工夫を凝らした賢い戦いってものを見せてやる。

 




さて、ここから先は本当に申し訳ないのですが、全く予定が読めません。一応次(と最終回)はあるのですが、リアルの展望がつかない以上、一度ここで長期休暇を頂きます。
どうか待っていて下さい、必ず戻ってきます。

それでは


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