道を求める私と (双卓)
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第一話 帰還

 

 

 

三門市は常時異世界からの侵略者近界民(ネイバー)からの攻撃にさらされている。しかし三門市に住む人々は怯えることなく平和に過ごしていた。それは何故か。

界境防衛機関“ボーダー”と呼ばれる一団が三門市の真ん中に基地を建設し、その周辺に近界民の攻撃が集中するようにしたからだ。

そのためボーダー基地周辺は警戒区域とされ、一般人の侵入は禁止されている。

 

その場所に今、一人の女が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トリオン兵の反応がない謎の(ゲート)ってか。まさかまた人型近界民じゃねぇだろうな」

 

「軽口を叩く暇があるならもっと急げ陽介」

 

「へいへい」

 

警戒区域内を駆け抜ける二つの影はボーダーの中でもA級隊員に属す三輪秀次と米屋陽介だ。

二人はレーダーに示されるある場所に向かっていた。

先ほど陽介が言った通りレーダーに示されているのはトリオン兵の反応がなかった門が開いた場所だ。トリオン兵の反応がなかったといっても何の反応もなかった訳ではない。ボーダー基地のレーダーに対するジャミングでもあるのか正体は分からないが、()()が通った反応はあったのだ。

何の反応もなかったのならそこまで焦る必要はないのだが、その正体不明のものがもし侵略者なら、という事を懸念して急がざるを得なくなったのだ。

 

「もう少しだ。戦闘の準備はしておけよ」

 

「分かってるって」

 

目的地まで残り約100メートルというところで陽介は自慢の槍を構えながら走る。三輪は拳銃型のトリガーの引き金に指を掛ける。

 

 

「何だアレは……?」

 

「黒い玉か?」

 

レーダーの示す場所にあったもの。“それ”は一言で言えば黒い玉だった。それ以上の説明を求められてもそれだけしか答えることは出来ない。“それ”は黒い玉としか形容出来ない見た目のものだった。強いて言うならば人を覆い隠せるほどの大きさがあるという事ぐらいだ。

 

「とりあえず蓮さんに報告を━━━」

 

三輪がそこまで言ったところで目の前の黒い玉に変化が起きた。

黒い玉が急激に縮み始めた。そして風船が割れるように一瞬で拳大にまで縮んだ黒い玉の中から一人の女性が現れた。

 

「人!?」

 

「あら、私の歓迎かな?何も言わずに来たのに感心感心」

 

陽介の驚愕の声をスルーしてその女は綺麗な黒髪をなびかせながら喋る。

そこからの三輪の動きは速かった。何も躊躇うことなく目の前の謎の女に向かって引き金を引いたのだ。

 

「いきなり“これ”なんて、いい度胸じゃない?」

 

しかし、三輪の放った弾丸は目の前の女には当たっていなかった。

いつの間に女は手に黒い棒を持っていた。これで弾丸を弾いたのだろうか。そう考えた時、三輪の眼前に先ほどのものと同じような拳大の黒い玉が迫っていた。

黒い玉は何の抵抗もなく三輪の顔面を貫通した。

 

『戦闘体活動限界緊急脱出(ベイルアウト)

 

無慈悲な宣告と共に三輪の身体は一条の光となってボーダー基地に向かって飛んでいった。

 

「マジか……」

 

「キミもいきなり攻撃してくる感じ?出来れば話がしたいんだけど」

 

「は、話?」

 

「そうそう、お話」

 

ニコッとした笑顔を向けて女は陽介に話しかける。陽介はどうしたら良いのか測りかねている様子だ。

 

女が黒い棒を手放すと、黒い棒はひとりでに変形し、拳大の黒い玉に変化した。そしてその黒い玉は女の背後の空中で停止した。よく見れば同じような黒い玉が合わせて九つほど円を描くように浮いている。

 

「城戸さんっているでしょ」

 

「城戸司令のこと知ってるんすか?」

 

「勿論。私の上司みたいなもんだから。あ、私は小桜奏。よろしく」

 

三輪は勿論、陽介も奏の事を人型近界民だと思っていただけに、緊張が解かれて陽介は槍を下ろした。

 

「さっきはすんません。てっきり人型近界民かと思って」

 

「まぁ、私も何も言ってないのに歓迎されるなんておかしいと思ったのよ。でも悪いと思ってるならボーダーの基地を案内してちょうだい」

 

「了解っす」

 

奏はボーダー基地内部の構造を知らない。何故なら彼女が最後にこの地を踏んだのは大規模侵攻が収まった時だったから。

故に彼女を知る人物は少ない。彼女を知っているのは旧ボーダーと呼ばれる今のボーダーが形になる前の集団にいた人間ぐらいだろう。

 

最高司令である城戸や本部長の忍田とは定期的に連絡を取り合ってはいたが、やはり話に聞くのと実際に見てみるのでは大分違う。

奏は初めて見る光景に密かに心踊らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーダー最高司令の城戸は掌で顔を覆っていた。

理由は簡単。A級隊員である三輪が正体不明の攻撃を受けて緊急脱出したという噂と同じくA級隊員の米屋が見知らぬ美人を本部に連れ込んだという噂があっという間に蔓延したからだ。

両者の噂は言わずもがな現在城戸の前に立っている女、奏が元である。

 

「奏くん、帰るなら一言何か言ってくれ。キミが何も言わずに戻ってくるから三輪隊が勘違いする事になる」

 

「へぇ、さっきの子たち三輪隊っていうんだ」

 

他のボーダー隊員が見ると顔が真っ青になるぐらいの華麗なスルーである。

だが城戸は怒らない。共に過ごしていた日々を顧みても定期的な連絡を顧みてもこの女が人の話を聞かないのは分かっていた事だ。なので額に青筋を浮かべる程度で済ませる。

 

「まあまあ、そう怒らないで」

 

「怒っていない」

 

「こっわーい」

 

「フッ」

 

「何よ」

 

「いい年して何を言っているんだ、と思っただけだ」

 

「はぁ!?まだピッチピチの二十代ですが!」

 

「フッ……」

 

などとコントのような会話を繰り広げられる相手は城戸にとって奏だけだったりする。

気を取り直して奏は城戸の正面にある椅子に腰を下ろした。

 

「改めてキミの帰りを歓迎しよう。よくぞ無事で帰ってきてくれた」

 

「堅苦しいのはあんまり好きじゃないけど……小桜奏ただいま帰りました」

 

「久し振りに一杯どうだ?」

 

城戸が飲みに誘うのは上層部の人間ぐらいだ。それに誘うというところからどれ程信頼があるのかが窺える。

隊員たちを誘わないのは未成年が多いからという理由もあるのだが。

 

「いきなりそれとは、さすが城戸さん。でもまだ昼間だよ?ま、それは置いといて。もうそろそろ何か起こるんじゃないの?」

 

「……分かってて帰ってきたのか?」

 

「いやいや、まさか。ただの()

 

奏は昔から勘が良かった。いや、()()()()。約四年前の大規模侵攻もその“勘”で日時を突き止める事が出来た。旅立つ前にそれがサイドエフェクトだと分かったのはいい思い出だ。

因みに“未来視”を持つ迅悠一と合わせれば効果倍増である。

 

「確かに、近々第二次大規模侵攻がくると予想されている。キミの勘もそれを告げているならばほぼ間違いないだろう。迅によれば前回の大規模侵攻とは規模が違う可能性があるそうだ。よって、戦力はいくらあっても困らない。キミのことも頼りにしている」

 

「そのために帰ってきたようなもんだし、任せて」

 

「私とばかり話していてもつまらないだろう。忍田くんや林藤にでも挨拶してきたらどうだ?」

 

「うん。そうするわ」

 

それだけ言い残して奏は城戸の部屋を立ち去った。

密かにつまらないという部分を否定してくれるのを待っていた城戸が少しだけ寂しい気持ちになったのは内緒である。

 

 

 







・小桜奏
第一次大規模侵攻が終結した日の夜に近界へ旅立った。
持っているトリガーは黒トリガーであり、今は亡き親友の形見である。
勘が良いという“超感覚”のサイドエフェクトを持っている。



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第二話 やんちゃ師弟

 

 

 

城戸の部屋を出た奏は意気揚々と歩き始めた。奏にとってボーダー基地は未知の城のようなもの。本人は探検をしているような気分だった。

だったのだが……

 

「ここさっきも通ったような気がする……て言うか何でどこもかしこも同じような造りなのよ」

 

絶賛迷子になっている真っ最中だった。

ボーダー基地は本当に同じような造りの部分が多いので仕方がない事ではある。だが、意気揚々と出てきて場所が分からないというのは何ともマヌケな話なので城戸の部屋には戻らなかった。いや、戻れないと言った方が正しいのかもしれない。

 

「もう少し歩いてみよ……」

 

アテはないが、一先ず歩く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず同じ場所の無限ループから抜け出したはいいが、結局忍田や林藤がいる場所は分からないままなので自販機の横のベンチで休む事にした。

 

「はぁ……忍田さん、林藤さん、どこにいるのよ」

 

缶ジュースを買おうにも今は手持ちのお金がなかった。二重の意味でため息が漏れた。

 

「あれ、お姉さん見馴れない人じゃん。もしかして新人?」

 

「えーと」

 

顔を上げた奏の前にいたのは目が格子状で顎に髭を生やした男だった。

 

「もしかして太刀川、くん?」

 

「どっかで会ったっけ?」

 

「話に聞いてたの。主に忍田さんからね。私、近界(ネイバーフット)にいたから」

 

忍田との通信で隊員のことを聞くと八割は太刀川についての事を聞かされたものだ。やれ弟子が出来ただのやれ一本取られただの。そのたびに奏は「師匠バカかよ!」と心の中でツッコんでいた。

 

「マジか。じゃあちょっと手合わせしてくれよ」

 

「手合わせって、私今これしかないけど」

 

奏はそう言って服で隠れていた黒いペンダントを太刀川に見せた。

 

「これってまさか(ブラック)トリガー?」

 

「そうよ」

 

「いいねぇ、俄然やる気が出るぜ。よし、そうと決まったら早く行くぞ」

 

太刀川は早々と歩き始めた。着いてこいという意味だろう。

因みに奏は手合わせをするとは一言も言っていないのだが。

「あいつはすぐにレポートをサボる」とか「あいつはランク戦ばかりしている」などと忍田から聞いて想像していた人物像とピッタリだったため、奏はクスッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『十本勝負でいい?』

 

「うん、いいよ」

 

奏はこの設備の進化に驚いていた。仮想訓練室は旧ボーダーの基地━━現在の玉狛支部━━にもあったのだが、一つ一つに個室などなかったし、そもそも緊急脱出というものがなかった。勿論それを模擬戦に取り入れるという事もなかった。

 

タッチパネルに触れると奏の身体は仮想空間へと転送された。

 

周囲の風景が市街地に変わったのを確認すると奏は背後に九つの黒い玉を出現させ、そのうちの一つを棒状に変化させて手で掴んだ。

 

「確か太刀川くんって忍田さんの話では隊員の中で一番強い順位にいるとかだったはず。でもまぁ、黒トリガー使って負ける訳にはいかないわね」

 

奏は黒い玉をもう一本の黒い棒に変化させ、空いていてる手で掴んだ。所謂二刀流というやつだ。

 

そう言っている間に太刀川も転送を終えたようで奏の目には全身黒いコートの男が映る。

 

「弧月二刀流、ね。桐絵ちゃんを思い出すわ」

 

太刀川は二本の刀型のトリガー弧月を抜き、二本同時に振り下ろす。

奏は何も臆することなく片手の黒い棒で受け太刀をした。

すると、太刀川の弧月は黒い棒に触れた箇所からポッキリと折れてしまった。

 

「なに!?」

 

「触れちゃ、ダメなのよねぇ。私の求道玉(ぐどうだま)は」

 

求道玉。それは奏が持っている黒トリガーの名でもあり、この黒い玉・黒い棒の名でもある。

黒トリガーというのは生きた人間が自身のトリオンを全て注ぐことで作られたノーマルトリガーとは別格のトリガーである。そのため黒トリガーには膨大なトリオンが内蔵されており、武器などはより強力なものとなる。

 

九つの求道玉にはその膨大なトリオンが必要最低限を除いて全て使われている。そのため求道玉は替えはきかないが一つ一つが膨大なエネルギーを持ち、触れたものを消滅させる漆黒のエネルギーの塊となっているのだ。

因みに奏自身のトリオン体は触れても消滅しない。

 

「来ないならこっちから行くわよ」

 

奏は黒い棒を振りかぶる。

太刀川はついいつもの癖で弧月で受けようとした。そして太刀川の弧月は柄だけになった。

 

「くっ……」

 

太刀川は柄だけになった弧月を投げ捨て、新しく弧月を生成した。

太刀川は一旦距離を取り、弧月一本で居合の構えをとった。

 

「旋空弧月!」

 

太刀川の弧月が光を帯び、振ると同時に刀身が伸びた。

トリオンを消費することで瞬間的に間合いを拡張するオプショントリガー“旋空”だ。

 

「おっと」

 

奏の背後に浮いている求道玉が瞬時に拡がり、盾となった。

太刀川の旋空を用いた攻撃は勿論届かない。

 

「そんな事も出来るとはね……こっちのトリガーも面白い進化してるわ」

 

盾は黒い玉に戻り、奏の正面で浮いている。

 

「これならどうかな」

 

奏の正面で浮いている求道玉が突然太刀川に向かって飛んだ。太刀川は慌てて跳んでかわす。

 

すると轟音が響き、求道玉が触れた箇所から放射状に更地ができた。住宅街の建物が全て吹き飛んだのだ。

 

 

「マジか。無茶苦茶過ぎるだろ……黒トリガー……」

 

 

呆ける太刀川には容赦なく第二の求道玉が放たれる。

 

再び太刀川が跳んでかわすと、今度は奏自身が太刀川の目の前まで迫っていた。

 

「飛んでくる方に気を取られすぎね」

 

その声を聞いた時には太刀川の視界は反転していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠距離からの攻撃であったり、近距離からの攻撃であったり、やられた原因は様々であるがモニターには綺麗に○と×が一列ずつ並んでいた。

10対0で奏の完全勝利である。

 

「あーあ、負けた負けた」

 

「でも最後のは中々鋭い一撃だったわ」

 

「掠りもしなかったけどな。ん?何の騒ぎだ?」

 

個人戦ブースを出るとそこには人だかりができていた。

A級一位の太刀川が完膚なきまでにやられていて、更にその相手が見覚えのない謎の女なのだから仕方がないのかもしれないが。

 

突然モーセの奇跡よろしく人だかりの中に道ができた。

その道を歩いてきたのは太刀川にとっても奏にとってもよく知った人物だった。

 

「あ、忍田さん。久し振り」

 

「久し振り、じゃないだろ。ちょっと来なさい」

 

忍田は奏の耳を引っ張りながらたった今通ってきた道━━モーセの滝━━を引き返そうとする。

 

「待ってよ忍田さん。ほら、乙女の耳を引っ張るとかダメだと思うんだよね」

 

「乙女……?」

 

「どこに?みたいな反応止めて!?」

 

「いいから来なさい」

 

奏は抵抗虚しく忍田に連れ去られてしまった。別にいやらしい事をしようとかそういう訳ではない。

だが、後日忍田が無理矢理謎の女を引っ張っていったという噂が立つのは最早避けられないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰って来たならせめて何か一言言ってくれ」

 

「言おうとしたけど忍田さんがいる場所分からなかったから仕方ないでしょ。まぁ、太刀川くんに模擬戦に誘われて暇も潰せたし、忍田さんも見つけられたし、結果オーライよ」

 

「はぁ……変わってないな。無事に帰って来てくれて良かったが、模擬戦で黒トリガーは原則使用禁止だ」

 

「太刀川くんはそんな事言ってなかったけど。っていうかむしろやる気が出るぜ、とか言ってたわよ」

 

それを聞いた忍田は顔を掌で覆った。

このポーズは流行っているのだろうか。

 

「慶には後で……」

 

「そう言えば我が愛しの悠一くんは?」

 

「……」

 

本部長である忍田を前にしても華麗なスルー、そして華麗な話題変換である。

 

「……愛しの?迅なら玉狛、旧ボーダーの基地にいると思うが」

 

「そっかそっか。じゃあ後で会いに行こうかな」

 

忍田の懐かしむ会話は早々に打ち切られてしまった。

 

一応言っておくとこの奏と迅は恋人という訳でもないし、大人の関係という訳でもない。“愛しの”というのは奏が勝手に言っているだけである。

ただし、本人が嫌がっているかといえばそうではなかったりする。

 

 

 

 







・小桜奏(追加情報)
現在二十五歳であり、東さんや沢村さんと同い年。
太刀川や米屋ほどではないが若干バトルジャンキーのきらいがあり、戦闘中に変なスイッチが入ることがある。


・求道玉(ぐどうだま)
奏が所持している黒トリガー。
NARUTOの求道玉とおおよそ同じものであり、当初は触れたら消滅という能力だけの予定だったが、NARUTOのキャラブック“陣の書”の「その気になれば森一つ消し去るほどのエネルギーを秘めている」という文章より市街地を吹き飛ばせるような爆発的能力も追加された。
有効距離は奏を中心として70メートルから80メートルであり、何らかの理由でそれ以上離れるとコントロールを失ってその場に停止する。
飛ばして攻撃する場合は直線的なものがほとんどでゆっくりならハウンドのような動きも出来るが、スピードが遅くて避けられ易い上に集中力がいるためあまり使わない。
形は任意のものに変えることができ、足場としても使うことが出来る。



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第三話 玉狛支部

 

 

かつては旧ボーダーの基地であった場所玉狛支部。

趣味は暗躍で実力派エリートを自称している迅悠一は先ほどから立ったり座ったりを繰り返していた。

 

「迅、さっきからどうしたのよ。そんなソワソワして」

 

「べ、べつに?ソワソワなんてしてないけど」

 

「いくらあたしだからって騙されないわよ。今日のアンタはちょっと様子が変だわ」

 

ソファーで頬杖をついた小南が呆れたように言った。普段騙されてばかりの彼女だが、迅の苦し紛れの嘘には騙されなかったらしい。

当の迅が何故ソワソワしているかというと、自身のサイドエフェクト“未来視”である未来を見たからである。

 

「ほら、あたしに言ってみなさい。どうせまた何か未来見えたんでしょ」

 

小南はそう言いながらポテチの袋に手を突っ込む。

寝転がりながら頬杖をついてポテチをつまむ様はとても相談に乗るような人間の姿には見えない。

 

「いや~、ぐうたらオヤジみたいな姿の小南に相談する事はないかなぁ」

 

「はぁ!?ぐうたらオヤジって何よ!」

 

「今の見た目そのまんまじゃん」

 

「ムキー!折角あたしが相談に乗るって言ってるのに!」

 

怒りだす小南を置いて迅は玄関の方向に目線を移す。

 

「何?誰か来るの?」

 

「見てたら分かる」

 

迅がそう言って数十秒後。

玉狛支部の玄関の扉が勢いよく開かれた。

 

「たっだいまー!」

 

この声の主こそ迅が待っていた人物だ。

小南にもこの声には聞き覚えがあったらしく、「嘘……」と漏らしている。

 

「もしかして奏さん!?」

 

「ひっさしぶりね!愛しの悠一くん!」

 

小南を放って奏は真っ先に迅に飛び付く。控え目な双丘が迅に押し付けられるのもお構い無しである。

 

「いや~、悠一くんも桐絵ちゃんも大きくなったわねぇ」

 

しかし奏のものは大きくなっていない。何が、とは言わないが。

 

「ちょ!?奏さんヤバいって!」

 

「ん~?何がヤバいのかな?」

 

普段女子のお尻をすぐに触ろうとする癖にこの状況で迅の顔は真っ赤だ。

 

「む、胸が……」

 

「二人とも私のこと覚えてくれてて嬉しいわ」

 

相変わらずの華麗なスルーっぷりである。

奏は迅を離すと次は小南に迅と同じように抱き付いた。

 

「ボブも可愛かったけどロングでも似合ってて可愛いわ~」

 

小南に抱き付いたまま、まるで小動物を愛でるように頭を撫でる。

これにはさすがの小南も顔を赤らめざるを得ない。

 

「う、うん。ありがと」

 

「あ、林藤さんどこにいるか知ってる?」

 

今度は華麗な話題変換である。

だが、これも二人の中では懐かしいものとして処理されるので怒られたりすることはない。

 

「ボスなら多分上にいるわよ」

 

「そう?ありがとー!愛してるわ二人とも!」

 

奏は笑顔で手を振りながら階段を駆け上っていった。

二人が残された空間には嵐が過ぎ去った後のような静けさだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林藤がいると思われる部屋の前で奏は立ち止まった。理由は感動の再会に思わず涙が零れたから━━━ではなく、何かお土産持って来れば良かったと後悔していたからである。

忍田と林藤は一歳しか年の差はない。しかし奏にとって忍田は何かと子供っぽいお兄さんで林藤は話しやすい気さくなオッサンであった。本人に言ったら多分泣くが。

そんな訳で何となく林藤にはお土産を持って来た方が良い気がしたのだ。とはいえ、ないものは仕方がないので奏はノックをせずに扉を開けた。

 

「久し振り、林藤さん」

 

「お、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」

 

「待ちくたびれたって、来るの分かってたの?」

 

「聞いてたよ。忍田からな」

 

「なんだ。びっくりサプライズ作戦は失敗かぁ」

 

あはは、と笑顔を見せる奏。現在のボーダー上層部で奏と関わりが深いのは城戸、忍田、林藤の三人だが、それぞれ奏との接し方は若干ではあるが違いがある。

気さくなオッサンなだけあって三人の中で一番話しやすいと感じているのは林藤である。

 

「まぁ、座れよ。聞きたい事は沢山あるが、とりあえずあっちの世界での武勇伝でも聞かせてもらえるか?」

 

「武勇伝?ありすぎて話長くなるわよ?」

 

「短かったら逆に困るってもんだ。四年も会ってなかったんだからな。一晩中でも二晩中でも聞いてやるよ」

 

そう言いながら林藤はいつの間にか淹れたコーヒーを奏に手渡した。

こういう大人の気遣い的なものが出来るというのも好感が持てる理由の一つでもある。

 

「うーん、何から話そうかな。そうだ、旅の途中で立ち寄った国でね、王様を決めるっていうトリガー使いバトルトーナメントを開催しててね」

 

「それに参加したってか?」

 

「そうそう。面白そうだったから参加したんだけど、なんと決勝まで進んじゃって」

 

「王様になっちまったのか?」

 

「なってたらここにいないわ。決勝ではちょっと手加減して……」

 

奏は嬉々として自身の武勇伝を語り始めた。

様々な国の話、出会った人々の話、戦いの話。その日、話題が尽きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

今日は休日だったため朝から玉狛支部を訪れた三雲修、空閑遊真、雨取千佳の三人は珍しく林藤に迎え入れられた。

大抵この三人を迎え入れるのは玉狛支部所属のお子様陽太郎か、メガネ大好き宇佐美栞だ。

 

「よ、三人とも」

 

「林藤支部長が出迎えてくれるなんて珍しいですね」

 

「おいおい、俺も出迎えぐらいするぞ?まぁ、今日は紹介したいやつがいるんでな。とりあえず上がってくれ」

 

流されるままに連れられた三人はそのまま階段を上った。

そして林藤はある部屋の前で立ち止まる。その部屋の扉には『かなでちゃん❤️』と書かれていた。

 

「こんな部屋が……」

 

修が思わず漏らす。玉狛支部は使われていない部屋も多いので一つ一つの部屋は把握していなかったのだろう。

 

「かなでちゃん?って誰?」

 

「旧ボーダーに所属してた仲間だ。昨日向こうの世界から帰ってきた」

 

「向こうの世界から……!」

 

遊真の質問に林藤が答え、千佳が驚く。

千佳は向こうの世界に行った兄を連れ戻すというのが目標なので反応してしまったのかもしれない。

 

突然林藤が何の遠慮もなく扉を開けた。

 

「え、ノックとかしなくて良いんですか」

 

「あー、そんなのいらんいらん。こいつもノックとかしたことないし」

 

名前から考えると恐らく女性。その部屋に無遠慮に立ち入っても良いのか、と修は思ったがもう後の祭り。林藤は既に足を踏み入れていた。

 

「あちゃー、まだ寝てたか」

 

林藤に続いて部屋の中を覗くと三人には見覚えのない女性が寝ていた。それも腹を丸出しで。

千佳と少々常識に欠ける遊真は除くとしても修は思春期の男の子である。思わず目を逸らしてしまった。

 

「奏ちゃーん、朝ですよー」

 

林藤の朝のコールでも目を覚ます様子はない。

何が仕方ないのかは分からないが、林藤は「仕方ないな」と言って頬を人差し指でプニプニし始めた。

およそ十秒ほどプニプニしたところで林藤の指は吸い込まれた。奏の口に。

 

「うわっ、汚っ」

 

「……汚いのは乙女の寝込みを襲う林藤さんの心でしょ」

 

「乙女……?」

 

「ちょっと!皆の中で私の扱い酷い!」

 

「乙女扱いしてほしいんならもっと乙女らしく振る舞うこったな。そんな腹丸出しじゃあ襲ってくれって言ってるようなもんだぞ?」

 

奏が言い返せないのをいいことに今度は奏の腹をプニプニと触りだす林藤。

言っている事は正しいかもしれないが、第三者が見ればセクハラと間違えられてもおかしくない。

 

「って、お前。俺たちが来る前から起きてたな」

 

「フッ……あっちではこれぐらい出来ないと生き残れないのよ」

 

「てことは起きてたのに腹を丸出しにしてたって訳か」

 

「え、いや、それは、暑かったし?」

 

「お前……そのシャツ一枚だけなんだから見えても知らねぇぞ」

 

「見え……?はっ!……林藤さんの変態」

 

奏は急いでシャツを下ろし、自分を抱くような格好で林藤から離れた。

 

「おいおい、なんでそうなるんだよ」

 

 

一見奏と林藤の二人だけの空間のように感じるが、この部屋にはしっかりと修、遊真、千佳がいる。

後から何となく気まずくなる事をまだ知らない奏と林藤であった。

 

 

 

 



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第四話 平和と会議

 

 

「あー、コホン。改めまして私は小桜奏。小桜って呼びにくいから気軽に奏ちゃんって呼んでね」

 

「ど、どうも。三雲修です」

 

咳払いをしたかと思えば次にはトーストを食べ始める奏。 

 

「おれ空閑遊真。よろしくカナデちゃん」

 

「わー、白いしちっちゃ!十歳くらい?」

 

奏はトーストの粉がついたままの手で遊真の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 

「小さいけど十五歳だよ」

 

遊真は頭を払いながら答えた。

 

「十五歳!?成長期がまだなのかな?」

 

「あ、それは僕の方から説明します」

 

あまり説明するのが得意ではない遊真に代わって修が話し始めた。

遊真の身体が生身ではないことや自分たちがチームを組む予定だということ、そして遊真の過去について。

奏自身の四年間の経験と似通った部分もあったのか、奏と遊真はすぐに意気投合した。

 

「遊真くんも黒トリガー使いなんだ。向こうでも黒トリガー使いはいたけどあんまり戦うことはなかったからいつか戦ってみたいな」

 

「へぇ、カナデちゃんも黒トリガー持ってるんだ。それならぜひともお願いしたい」

 

「なら今からやる?ここ仮想訓練室あったでしょ」

 

「いいねぇ」

 

「やめろバカ」

 

危ない会話が繰り広げられている間にいつの間にか現れた林藤が奏に拳骨を落とした。ゴツンと軽快な音が響き、奏の頭には大きなたんこぶができた。

 

「痛ったーい!」

 

「お前、乙女っていうより危なっかしい子供だろ」

 

「失礼な!?これでも立派な大人です!」

 

「どうだかな」

 

奏は頭をさすりながら抗議するが、林藤は余裕の表情で聞き流す。これぞ大人の余裕というやつだろう。

 

「ま、戦いたいならこれでも使って訓練してやれよ」

 

林藤が奏に何かを投げ渡した。

 

「ん?これは……私のトリガー?」

 

「四年前のそのままだ。俺がとっといてやったんだから感謝しろよ?」

 

林藤が渡したものは四年前奏がこちら側の世界に置いて行ったトリガーだった。

そのトリガーは四年前のものにも関わらず新品同様の輝きを放っていた。林藤が人知れず手入れをしていたのだろう。

 

「懐かしいなぁ、勘が鈍ってなければいいけど」

 

「お前に限ってそれはないだろ」

 

「うん、多分大丈夫。トリガー・オン」

 

生身からトリオン体に置き換わり、着ていた服もだらしないTシャツから旧ボーダー時代の黒い隊服へ変化した。

腰には最初のアタッカー用トリガーである“弧月”が提げられている。

 

「あ、そうだ!あのなんだっけ……旋空弧月?ってやつやってみたい」

 

「そういうのは俺あんまり得意じゃないから後で宇佐美にでも頼んでくれ」

 

「宇佐美?」

 

「お前はまだ会ってないんだったか。小南とかレイジの隊のオペレーターをやってるメガネっ娘なんだが」

 

「へぇー、そんな子もいるんだ。ここって可愛い子ばっかりなのね。なかなかやるじゃん玉狛支部」

 

「へへ、そうだろそうだろ」

 

奏と林藤がオヤジトーク?を繰り広げている間、修たち三人は放置されていた。

漸く話が終わると、奏は遊真の方に向き直った。

 

「黒トリガー同士の勝負はまた今度にして今回はノーマルトリガーで勝負してみる?」

 

「おれはどっちでもいいよ」

 

「よし、じゃあ早速仮想訓練室にレッツゴー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強いね、カナデちゃん」

 

「そりゃ、向こうでも傭兵で生活出来るぐらいの実力は持ってるからね」

 

模擬戦の結果は8対2で奏の勝ちだった。

最初の二戦ではついいつもの癖で求道玉を手にしようとしたり、求道玉を飛ばそうとしてその隙を突かれてしまった。

その後の八戦はそんなミスはしなかったので全て奏が勝った。

 

「それはそうと奏、お前これからどうするんだ?」

 

「久し振りに日本食食べたい」

 

「そうじゃなくてな、ボーダーのことだ。一応今の状態だとお前はボーダーに所属してない一般人ってことになる」

 

「あ、そうだ、林藤さんの奢りでお寿司食べに……」

 

突然林藤の手が奏の顔に伸びた。

そしてそのまま口元を鷲掴みにした。今回の華麗なスルーは許されなかったらしい。

 

「今大事な話だから。な?」

 

「ひゃ、ひゃい、ひゅいまへん」

 

「まぁ、普通に入るならC級からになるな。黒トリガー使うならS級って手もあるがな」

 

「ひゃら、えひゅきゅう」

 

「S級な、じゃあ俺から城戸さんに話しといてやるか」

 

ここでやっと林藤は手を離した。

話を横で聞いていた遊真は不思議なものを見たような目で林藤を見る。

 

「どうした?遊真」

 

「黒トリガーなのにそんな簡単に話が進むんだ、と思って」

 

「あー、こいつの黒トリガーはな、「私以外の人間が起動出来る気がしない」だそうだ。実際に旧ボーダーの人間で起動出来たのはこいつだけだったし、こいつの勘はほとんど外れないからほぼこいつ専用みたいなものなんだよ。だから城戸さんにもある程度が利く」

 

「なんなら試してみる?遊真くんが起動出来るかどうか」

 

生身に戻った奏が黒いペンダントを遊真に手渡した。遊真はペンダントを握って静かに「トリガー・オン」と呟くが、遊真の身体に変化はなかった。起動失敗だ。

 

「うーむ、うんともすんとも言わない」

 

「はははっ、やっぱ起動出来ねぇか」

 

「じゃあ気を取り直してお寿司屋さんへ出発」

 

「おれもお寿司とやらをぜひ食べてみたい」

 

「よし、一緒に食べに行こう。勿論林藤さんの奢りで」

 

「お前ら仲良しかよ」

 

奏の華麗な話題変換についていった遊真を見て林藤はため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

「なーんで私まで呼び出されてるのよ」

 

「城戸さんが呼んでるんだから仕方ねぇだろ。まぁ、他の幹部との顔合わせにはいい機会だ」

 

第二次大規模侵攻対策会議というものに何故か奏も呼ばれていた。

 

「悠一くんは?」

 

「迅さんなら修くんと遊真くんを連れていくって言ってました」

 

奏に答えたのは宇佐美だ。この前会ったばかりだが、宇佐美とはトリガーの話や改造トリオン兵の話ですぐに仲良くなった。

 

「ありがとう栞ちゃん。今の私の心のオアシスは栞ちゃんだけだよ」

 

「いやいや、それほどでも」

 

奏がオヤジと化しているのはこの際おいておくが、奏は堅苦しいものが苦手なのでこの会議も乗り気ではなかった。なので同じようなことばかり言っていた。

今回でこの流れも三回目である。

 

話している間に奏、林藤、宇佐美の三人は会議室の前に到着した。

 

「会議ってすぐに始まる訳じゃないでしょ?始まるまでこの辺りぶらぶらしてていい?」

 

「駄目だ」

 

「なんでよ?」

 

「お前迷うだろ」

 

「くっ……言い返せない」

 

林藤、宇佐美に続いて奏は項垂れて入室した。

部屋の中は薄暗くなっており、中にいる面々は物々しい雰囲気を放っていた。奏が一番苦手とするムードである。

 

「ど、どうもー」

 

「む?誰じゃ」

 

最初に反応したのは開発室の室長である鬼怒田であった。

奏はジーっと鬼怒田を見つめた後、「あっ!」と言ってポンっと手を打った。

 

「たぬきのポン吉!」

 

偶然前日に陽太郎からその名前と特徴を聞いていたのだ。

 

「誰がポン吉じゃ!」

 

「ブフッ……おっと、失礼失礼」

 

思わず吹き出した林藤は鬼怒田から睨まれるのを気にせず咳払いをして席につく。

宇佐美もどこかに行ってしまったので奏だけが取り残されてしまった。

 

「大丈夫なんですか?彼女。聞けば四年も向こうにいたという話じゃありませんか。寝返って向こうのスパイになってるなんてことは……」

 

そう言ったのは広報担当の根付だ。

確かに知り合いでもない人間が四年ぶりに帰ってきたとなれば向こうに染まっている事を疑っても仕方がないのかもしれない。

それを聞いた奏は「フフフ」と不気味に笑い始めた。

 

「よくぞ見破った。そう……私こそが脳筋国家“ダンガーシノーダ”のスパ━━━痛ったーい!?」

 

頭を押さえて振り向くとそこには拳から煙を上げた忍田がいた。

 

「気にしないで下さい。こいつはふざけているだけです」

 

「しかし……今スパイだと言いかけたんじゃ……」

 

「“脳筋”も“ダンガーシノーダ”もこいつが昔私につけたあだ名です」

 

拳を握り、頭に青筋を浮かべながら忍田は言った。

 

「そ、そうでしたか」

 

根付はどこからか取り出したハンカチで汗を拭き、「ふぅ」と安堵の表情を浮かべた。

市民からの信頼が大切なボーダーにスパイが紛れ込むなどあってはならないことだ。広報担当としてそこは譲れなかったのだろう。

 

「奏くん。紛らわしい真似は止めたまえ」

 

「てへぺろ」

 

「いい年して恥ずかしくないのか?」

 

「ちょっとふざけただけでしょ!真面目に返されるとさすがに恥ずかしいわ!」

 

この奏と城戸の会話を聞いて戸惑っている者がいた。奏がこの世界に帰ってきて始めに遭遇した人間三輪だ。

その時三輪はすぐに緊急脱出させられたので奏の姿をしっかりと見るのは初めてである。

 

「あ、キミは確か……三輪隊だっけ。この前はごめんね」

 

「い、いえ。自分も軽率な行動をしました」

 

「じゃあこれで仲直り。ね?」

 

奏は三輪のそばまで駆け寄って手を差し出した。

三輪も促されるままに手を差し出し、握手をした。

 

暫くして悠一と修、遊真、ついでに陽太郎が到着したところで会議は始められた。

 

会議中、何度か三輪は虚空を見つめていた。

真面目な三輪が会議中によそ見をしていた理由は分からない。

しかし三輪はここに来る前遊真と話し、姉の話を持ち出されていた。

もしかすると綺麗な黒髪と明るい性格から自身の姉を連想してしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 






・“脳筋”、“ダンガーシノーダ”
奏の前では特に何もやらかしていないのに林藤が忍田のやらかしエピソードを話したことでつけられた不名誉なあだ名。
特に意味はない。



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第五話 戦争前の一時

 

 

遊真のお目付け役だという自立型トリオン兵レプリカの説明もあり、第二次大規模侵攻対策会議は滞りなく進んだ。

現在こちら側の世界に近付いている国は広大で豊かな海を持つ水の世界“海洋国家リーベリー”、特殊なトリオン兵に騎乗して戦う“騎兵国家レオフォリア”、厳しい気候と地形が敵を阻む“雪原の大国キオン”、そして近界最大級の軍事国家“神の国アフトクラトル”の四つ。

その中でも“キオン”と“アフトクラトル”が攻めてくる可能性が高いそうだ。

 

奏としてはその二国が攻めてくるのはまずい。

何故かといえば、四年の間にその二国相手に色々やってしまったことがあるからである。

 

 

「以上で会議を終了する」

 

城戸の宣言で会議が終わろうとしていた。が、奏が手を上げたことでそれは中断される。

 

「なんだね?奏くん」

 

「大規模侵攻が起きた時、私は私の()に従って動くけどいいね?」

 

「……許可しよう。それでは今度こそ会議を終了する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わった後、奏はさも当然のように玉狛支部に上がり込んだ。

既に奏はボーダーのS級隊員として登録されている。しかし、城戸指令派と忍田本部長派、そして玉狛支部派の三つに別れる派閥には何れも属していない。なので本部に行こうが玉狛支部に行こうが自由なのだ。

 

「ねぇ、林藤さん、本部じゃ黒トリガー禁止らしいからここで遊真くんの黒トリガーとやらせてくれない?」

 

「なんで遊真の黒トリガー限定なんだよ。うちの玉狛第一とやってみたらどうだ?トリガーの関係でランク戦には参加してないが最強の部隊なんて呼ばれてるからな」

 

「ふむふむ、それも良いかもね。ボーダー最強の部隊の実力を見せてもらうわ」

 

 

そして約一時間後。

漸く玉狛第一のメンバーが揃った。

 

「じゃ、確認ね。フィールドは市街地、私は全員緊急脱出させたら勝ちで玉狛第一は私を倒したら勝ち。時間は無制限で負けた方が勝った方にパフェを奢る」

 

奏の確認に小南、レイジ、烏丸は頷いた。

パフェ云々の話は奏が勝手に追加したものであるが、本人曰く緊張感を出すためとのことなので文句は出なかった。

 

 

仮想訓練室に入って一分、宇佐美の合図で開始することになったので、それぞれが思い思いの配置につく。

 

『模擬戦スタート!』

 

宇佐美の声に合わせて奏は背後に浮かぶ九つの黒い玉のうち一つを棒状に変化させてパシッと掴んだ。

 

「まずは挨拶」

 

残り八つのうち一つを小南たちの方向へ飛ばした。

 

 

拳大の求道玉が弾丸に劣らぬ速度で迫ってくる。それを認識したレイジは叫ぶ。

 

「離れろ!」

 

直後、轟音と共に市街地の一部が消し飛んだ。

しかし爆発は放射状に拡がったため、その場から横に跳んだ三人は無傷で済んだ。

 

「これが黒トリガーの威力ですか……天羽のようなパワータイプですかね」

 

「いや、真に注意すべきなのは爆発の威力ではなくあの黒い玉や黒い棒そのものだ。アレは触れたものを消滅させる。エスクードでも防ぐことは出来ない」

 

たった今街を更地にした黒い玉が奏の方へ戻っていく。

すかさずレイジが手に持ったガトリング砲の引き金を引いた。一瞬で何十発もの弾丸が放たれる。

しかし、その弾丸の嵐は平らな盾へと変化した求道玉にすべて受け止められた。

 

「おまけに防御に使えば何者も貫くことの出来ない無敵の盾になる」

 

「そんなのどうやって倒すんですか?」

 

烏丸は頭に浮かんだ当然の疑問を口に出した。すると、レイジの口からスラスラと言葉が出てくる。

 

「攻撃は避けるしかないがあの防御は弱点がない訳じゃない。盾を作って防御する場合、あの黒い玉を移動、変形させる必要があるから普通のシールドを出すよりもほんの少しだが時間がかかる。だから意識外から奇襲するか……」

 

「盾が間に合わないスピードで攻撃すればいいのよ」

 

説明を聞いた烏丸はその原理には納得したが、頭に一つのクエスチョンマークを浮かべた。

 

「なんで二人ともそんなに詳しいんですか?」

 

奏はつい最近まで近界にいたのだ。烏丸からすればそんな人のトリガーについてずっとこちら側の世界にいた小南やレイジが詳しいのは不自然なことだった。

それを聞いた二人は同時にため息を漏らしながら言った。

 

「「昔アレの訓練に無理矢理付き合わされたからよ(だ)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイジと烏丸が正面から弾幕を張り、奏は正面に黒く平らな盾を作って防ぐ。

正面の視界が遮られている中、小南は一人飛び出して上から大斧で奏を狙う。

 

「なるほど、二人が撹乱で桐絵ちゃんが切り込み役って訳ね」

 

フラりと身体を捻って大斧を避けた奏はまだ余裕がありそうだ。

小南は大斧双月を二つの片手斧に分解し、手数を増やす。だが、それでも奏は攻撃をすべて避ける。

 

小南が一瞬バランスを崩した。奏はそれを見逃さず手に持った黒い棒を振り下ろす。

この黒い棒に触れればアウト。にも関わらず小南の表情は曇るどころか笑みをこぼしていた。

 

「ん?」

 

もう一つの影が飛び出し、奏に向かう。それもかなりのスピードで、だ。

奏が咄嗟に黒い棒を構えると丁度そこに何かが激突した。

 

「危ない危ない」

 

弧月の先が宙に舞う。

 

「くっ……読まれてたのか」

 

飛び出して来たのはアサルトライフルを弧月に持ち変えた烏丸だった。

 

「ショボくれてないでさっさと合わせなさい!」

 

「っ!はい!」

 

小南が再び奏に攻撃を仕掛け、それに合わせて烏丸も先が欠けた弧月を降るう。

 

普通に考えれば片手斧型の双月二刀流の小南と刀型の弧月一刀流の烏丸では手数に違いが生まれるのは必然であるが、何故か二人の間に手数の違いはなかった。

その理由は烏丸が現在進行形で使用しているトリガーにある。

烏丸が使用しているトリガーの名は“ガイスト”

あえてトリオン体のバランスを崩し、武器や脚部にトリオンを流し込むことによって威力や機動力を大幅に増強するトリガーである。

この“ガイスト”の効果で烏丸は小南の手数の多さについてきているのだ。

 

奏は一片の迷いもないステップで小南、烏丸の連携連続攻撃を避け続ける。だが、奏も避けるだけでは勝てないので反撃に出た。

奏は黒い棒で小南の片腕を切り落とした。

小南の片腕の肘から先と片方の双月が投げ出される。

 

烏丸が投げ出された片方の双月を掴んだ。そしてそれを奏に投げつけた。

奏は身体を反らして避ける。すると遠くから放たれた弾丸が奏の頬を掠めた。

 

「銃撃が止んでると思ったらそういう事か……あっぶないなァ」

 

次の瞬間、奏がニヤリと笑った気がした。

危険を感じ取ったのか小南と烏丸は跳び退いて距離を取った。

 

「メテオラ!」

 

奏の頭上から小南の放ったメテオラが襲いかかる。

奏は弾幕から身を守ったように頭上に盾を作り、被弾を防ぐ。

が、今度はただのアステロイドの弾丸ではなく、メテオラの弾丸だ。その弾丸は盾に当たって消滅する前に爆発した。

 

「爆発する弾丸……いいねェ」

 

メテオラの爆発の余波で出てきた煙は煙幕の役割も果たして周囲の視界が悪くなる。

 

「テンション上がるわ」

 

奏はバッと勢いよく腕を広げた。 

そしてその手で何かを掴んだ。

 

「「な!?」」

 

掴んだのは視界不良の中、奇襲を仕掛けるように挟み撃ちをしようとそれぞれの得物を振るった小南と烏丸の腕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ついつい熱くなっちゃったわ」

 

「ついつい熱くなっちゃった、じゃねぇだろ。お前危なくなったら変なスイッチ入るサイドエフェクトでも持ってるんじゃねぇか?」

 

「そんなサイドエフェクトないわよ」

 

先ほどの模擬戦のことは奏も少しやり過ぎたと思っている。わざわざ腕を掴んで逃げられないようにしてから首を落とす必要はなかったし、ついでにレイジに向かっても九つ全ての求道玉を差し向ける必要もなかったのだ。

 

「向こうでは危険な戦いと楽しい戦いは同時には成立しないからね。まぁ、それ以前に変なスイッチが入るぐらいあの子たちは強かった。それだけのことよ」

 

「それ本人たちの前で言ってやれよ」

 

「言ったわ。かなり強かったってね。桐絵ちゃんには嫌味でしょって言われたけど、強かったのは本当。向こうでも私に傷をつけられる人間なんて限られてるんだから」

 

「お前にそこまで言わせるなんてあいつらも相当だな」

 

そこまで言って林藤は煙草を吸い始めた。

ここは屋上なので煙草を吸っても一応問題ないのだが、奏はあまり煙草が好きではない。林藤はそれを知っているはずなのに止めようとしないので奏はジーっと睨みを効かせる。しかし林藤は「スマンスマン」と言っただけで止めなかった。

仕方がないので奏は林藤に背を向けて座り直した。そしてため息とともに口を開いた。

 

「……明後日」

 

「何がだ?」

 

「明後日、来る」

 

「大規模侵攻がか?」

 

「うん」

 

奏のサイドエフェクトは迅のサイドエフェクトのように明確なビジョンが見える訳ではない。いつ、どこでという情報は迅よりも正確に感じ取ることが出来る。

 

「それ城戸さんには言ったのか?」

 

「会議が終わってから言ったわ。隊員たちに言うかどうかは私の判断で決めることじゃないから」

 

「そうか」

 

決戦の時は近い。

 

 

 

 





カバー裏風キャラクター紹介


・自称デキるお姉さん かなで

犬猿の仲である実力派エリートと近界民絶対殺すマンから気を引いてしまう罪作りな女。年下に対してはすぐにお姉さん風を吹かせようとするが、城戸や林藤、忍田などの仲の良い年上に対しては子供っぽさが隠しきれていない。会議で初めて沢村さんに会った時、思い切り年下と間違えられた。これでも沢村さん、東さんと同い年。

 

 

・スイッチオン カナデ

安全、ピンチ、楽しいの三つの条件が揃った時に現れる隠された本性。口調が少し変わり、口元に弧を描くので軽くホラー。太刀川や米屋のようなヒャッハー系バトルジャンキーに変身するが、常時ではないので太刀川や米屋よりも幾分かマシ。本人曰く、野生の勘が働くので普段よりもサイドエフェクトが強化されている……ような気がするらしい。仮想訓練室万歳。


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第五・五話 旅の途中

 

 

 

現在から数ヶ月前。

近界を漂う惑星国家“ディース”に奏が立ち寄った時のこと。

 

「なーんか暗い雰囲気ねぇ」

 

全身をローブで覆った奏が呟いた。

空は雲に覆われて薄暗く、時々爆発のような音も聞こえてくる。

 

見渡せばレンガ造りの建物が多く、中世ヨーロッパを連想させる。

 

「まずは食料を何とかしないと……」

 

奏は一先ず見える中で一番大きな建物を目指すことにした。

 

 

暫く歩いたが、不思議なことに人とすれ違うどころか人を見かけることすらなかった。

建物の窓と思われる部分は木の板のようなもので塞がれていた。空き家という可能性もあるが、中に人が隠れているのかもしれない。

 

周囲を見渡しながら奏は歩き続ける。すると、角から曲がってきた何者かにぶつかった。

 

「あいたた……」

 

「ご、ごめんなさい!だ、大丈夫……?」

 

不安そうに見上げているのは恐らく十歳前後の金髪の少女だった。

整った顔立ちであと数年すればかなりの美人になるだろうと予想出来る。だが、着ている服は所々黒ずんでいたり、煤のようなものが付いていたりととても上等なものとは言えなかった。

 

「大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」

 

奏は安心させるように言ったのだが、少女は俯いてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「実は……」

 

俯きながら少女は話し始めた。

 

「このままじゃおじいちゃんが死んじゃうの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんのぅ、旅の人。うちは貧乏なんでな、それぐらいしか出せるものがないんじゃ」

 

そう言って奏にスープを差し出したのは初老の男性。先ほど奏にぶつかった少女の祖父である。

 

「とんでもない、充分ですよ。ありがとうございます」

 

奏は手を合わせて「いただきます」と言うと早速スープを飲み始めた。

近界では国によって食の文化は大分違うが、この国では肉がよく食べられているのか日本でいうコンソメのような味がしてなかなか美味だった。

 

「それであの、ノルンちゃんから聞いたんですが……」

 

ノルンとは奏にぶつかり、今はふて寝している少女の名前である。

ため息をつきながらノルンの祖父は口を開いた。

 

「実は二日前からこの国への大規模な侵攻が始まってのぅ。最初はなんとか持ちこたえていたんじゃが、ついに兵士が足りなくなって儂にも戦えという通告が来たんじゃよ」

 

「なるほど、それで……」

 

話を聞きながら奏は戦時中の日本みたいだな、と思っていた。日本の場合は兵士になることが名誉とされていたが、どうもこの国では違うようだ。といっても当時の日本国民は洗脳されていたようなものなのでこの国の反応が普通なのだが。

そして大規模な侵攻ともなれば命を落とす可能性も高い。「おじいちゃんが死んじゃう」と言っていたのはそういう事だろう。

 

「ノルンちゃんの両親も兵士に?」

 

「あの子の両親は先の戦争で命を落とした」

 

「す、すみません」

 

「いやいや、構わんよ。今あの子にとっては儂が親のようなものじゃからな。さっきもあの大きな建物、セントラルというんじゃが、あそこに乗り込もうとしたんじゃろう」

 

セントラルというのは話の流れから察するに兵士の管理などをしている砦といったところだろう。恐らくこの国の重要な施設であることは想像に難くない。そんな場所に乗り込むなど無謀の一言だ。奏にぶつかったのは不幸中の幸いだろう。

 

「確かに儂が戦争へ赴けばあの子は独りになってしまう。じゃが、召集に応じなければ食料の配給を受けられなくなってしまう。それでは儂らは二人とも飢え死にじゃ」

 

奏は何も言えなかった。それほどの覚悟があるのに止めることは出来ないし、自分がたった今飲んだスープは飢え死にするかもしれない中で作ったものだったのだ。

 

「旅の人、名前を聞かせてくれんかのぅ」

 

「奏、小桜奏です」

 

「そうかカナデさんか……この侵攻は恐らくあと一日もしないうちに終わる。もしこの国が負けたらあの子ノルンを旅に連れて行ってはくれんか。もし足手まといだと言うのならどこかの国の孤児院にでも置いていけば良い」

 

奏はすぐには答えられなかった。

旅に連れて行くこと自体は構わない。色んな国を回って定期的に日本の仲間へ連絡をすれば、あとは特に目的がある訳ではない。仲良くなれる国があれば仲良くなろう、という程度だ。

奏が答えられないのはそれが理由ではない。

今ノルンはふて寝から本格的な熟睡に変わっていてこの話を聞いていない。つまり起きた時に事後報告のように今の話の内容を聞かされるのだ。

どのような反応をするかは想像に難くない。

 

「もう行かなければならん時間じゃ。カナデさん。見ず知らずの儂がこのような事を言って本当にすまない。じゃが、頼れるのはカナデさん、アンタしかいないんじゃ」

 

ノルンの祖父は立ち上がり、ゆっくりと歩いて家の扉に手をかけた。

 

「あの子を、ノルンを頼みます」

 

そう言い残してノルンの祖父は家を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……、あれ……おじいちゃんは……!?」

 

ノルンの綺麗な金髪が揺れる。

ついにその時が来てしまった。

 

「キミのおじいちゃんはね……戦いに行ったよ」

 

「そ、そんな!…………どうして、どうして止めてくれなかったんですか!」

 

そう言ってノルンは涙を流す。奏は胸を締め付けられる思いだった。

ポロポロととめどなく流れる涙を見て奏はノルンを抱き締めるしかなかった。

 

「ごめんね……」

 

「うぅ………」

 

もう永遠に会えないような別れ方だったが、なにも絶対にこの国が負けると決まった訳ではない。この国が勝てばまた一緒に生活することも不可能ではない。奏がノルンにそう言おうとした時、

 

「黒トリガーだ!!敵の中に黒トリガーがいる!!」

 

誰かが叫ぶ声が聞こえた。

奏は最後の希望が潰えたような錯覚に陥った。

敵がなかなか攻めきれないことにしびれを切らしたのだろうか。敵が黒トリガーを持ち出してきた理由は分からないが、老人をも兵士として使おうとしているこの国に黒トリガーに対抗出来る戦力がある訳がない。

もうこの国の敗北は決まったようなものだ。

 

「黒トリガー……?そんな……いやぁ!私も行く!!」

 

幼いながらも黒トリガーの恐ろしさを知っているのか奏の制止を振り切って駆け出そうとするノルン。

ノルンの祖父の意志を尊重するならばここで無理にでもノルンを違う国に連れて行かなければならない。だが、奏には出来なかった。

 

「ノルンちゃん。今私たちには二つの選択肢があるの。二人でどこか違う国に逃げるか……」

 

ノルンは止まろうとしない。

奏は服の下にある黒いペンダントを取り出した。

 

「敵を…………叩き潰すか」

 

ノルンの足がピタッと止まった。

 

「ホントは私自身の危険もあるし見知らぬ人間が突然戦闘に参加しても混乱するだけだと思うから避けたかったけど、こうなったらそんな事言ってられないもんね」

 

「あ、相手は黒トリガーで、それで、お姉さんが行っても……」

 

「大丈夫。私も黒トリガーだから」

 

「えっ……」

 

「さあ、ノルンちゃん。私を戦場まで案内してちょうだい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノルンに案内された奏は戦場に着くと暴れていた黒トリガー使いを瞬殺した。

しかし喜びも束の間、信じられないことに二人目、三人目の黒トリガー使いが現れた。誰もが絶望する中、奏は一人立ち向かい見事撃破することに成功した。

黒トリガー使いが三人も敗れたことで敵は撤退の構えになり、残りのトリオン兵を片付けることで敵の侵攻は終結した。

 

 

「コザクラ・カナデさん、我が国“ディース”が“アフトクラトル”の侵攻に打ち勝つことが出来たのは貴女のお陰です。国民を代表して礼をさせて下さい」

 

奏はセントラルの中でも偉い人間だけが入れるような豪華な装飾が施された部屋で料理を頂いていた。

その奏の前で頭を下げているのはこの国の代表のようだが、意外にも奏と同じくらいの年の青年だった。

 

「私は自分のために戦っただけなので礼なんていりませんよ」

 

「いえ、それでは我々の気が収まりません」

 

その代表は真面目な青年で、奏が何か礼を貰わなければ気がすまないようだ。だが、奏はこうして料理を振る舞ってもらえるだけで充分だし、礼なんてする暇があるなら街の復興でもして欲しいと思っていた。

 

「それじゃあ、私を仲間だと認めて下さい。それで敬語もなし。私たちは今から対等な立場なんだから」

 

奏は一旦食事を止め、手を差し出した。

 

「分かりまし……いや、分かった。コザクラ・カナデ、キミは我々の仲間だ」

 

代表の青年も同じように手を差し出し、奏の手を握った。

熱い握手が交わされ、損得の計算による同盟ではない本当の仲間の国が増えた。

 

 

 







・惑星国家ディース
本作のオリジナル国家。
本来は貧しい国ではなかったが、他の国からの攻撃に対抗するために武器を量産し、結果的に貧しい国となってしまった。
市民も全て本作オリジナルの人間である。今後再び登場するかはまだ未定。



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第六話 開戦

 

 

 

奏が第二次大規模侵攻を予言した日。

ボーダー本部基地の屋上に二人はいた。

 

「ねぇ、悠一くん。最悪の未来ってどうなってる?もしかして私が拐われる未来とか見える?」

 

「ものすごく確率が低い未来だけど、見えるよ。それに……」

 

「それに?」

 

「最悪の未来では奏さんが死んで更にメガネくんも死ぬ」

 

「……そっか。ならもし私か修くんのどちらかを選ばれなければならなくなったら悠一くんは迷わず修くんを助けなさい。私は絶対に死なないから」

 

奏は警戒区域の市街地を眺めながら屋上の落下防止の柵に腰を下ろした。そこから上空へと視線を移した後、首だけ捻って迅の方へ振り返った。

 

「なーに暗い顔してるのよ」

 

「正直、そんな状況になったら迷わずメガネくんを助けに行く自信ない」

 

「心配してくれてるの?」

 

そこで迅は黙ってしまった。

少し意地悪だったかな、と奏は思った。

昔から迅が好意を向けてきていたのは少なからず分かっていたし、この数日間でもそれを確認出来た。

好意を向ける人間を心配するのは当然だ。しかし、奏は強い。迅の見立てでは迅自身よりも、だ。

心配だという気持ちとそう思うのは失礼かもしれないという思いに板挟みにされているのかもしれない。

 

「ありがとね、悠一くん。でも大丈夫。この大規模侵攻で攻めてくるのは多分アフトクラトル。何ヵ月か前に私アフトクラトルの黒トリガー使い三人倒してるからさ。だから心配しなくて大丈夫。私のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

「あ、それ……」

 

「悠一くんの決め台詞でしょ?林藤さんから聞いたわ。それに遊真くんをボーダーに入れるために最上さんの黒トリガー手放したとも聞いた。きっといっぱい悩んだでしょう。こんな事で悩まなくていいのよ。むしろ言ってくれれば私の方が助けに行くわ」

 

『門発生!門発生!大規模な門の発生が確認されました!警戒区域付近の皆様は至急避難してください!繰り返します……』

 

警戒区域内に黒い穴が何十個も現れた。

奏は黒トリガーを起動し、九つの求道玉のうち一つを平らにして足場を作った。

 

「私よりも悠一くんの方が苦労することも悩むことも多いと思うわ。未来をより良いものにしなければならないっていう重圧とかもあると思う。それは私の力じゃどうにも出来ないけど、手伝うことは出来る。私のことは一つの駒として使って。私は悠一くんのことを信じてるから」

 

「勘に従って動くんじゃなかったの?」

 

「私の勘がそうした方が良いって言ってるのよ。だからもし何かあっても自分の勘に従って動いた私のせい。キミは何も悪くないんだから一人で背負い込まなくても良いのよ。一人で苦しくなったらいつでもお姉さんに相談しなさい」

 

そう言って奏は足場を移動させてどこかへ飛び去った。

 

「……ありがとう」

 

迅の声は人知れず空へ吸い込まれた。

普段は子供っぽい行動ばかりするくせにたまに相応のお姉さんオーラを出す時がある。

いつもなら反応に困るところだが、今はただ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーお、いっぱいいるわねぇ。城戸さん、ここら辺更地にしてもいい?」

 

『他の隊員もいる。極力止めてくれ』

 

「ふーん、りょーかい」

 

奏は足場を黒い玉に戻し、敵のトリオン兵の集団の真ん中に降り立った。

 

「て言うか敵さん張り切りすぎでしょ」

 

バムスターやモールモッドなどの大量のトリオン兵が奏の眼前に迫る。

奏は一つを残して残りの八つの求道玉を八方向に飛ばした。その一つ一つがトリオン兵の弱点である目を貫き、更に後ろに待機している別のトリオン兵のボディにも穴を開ける。

求道玉は飛ばした後、奏の元に戻ってくる際もトリオン兵を貫き続ける。この一往復だけでもかなりのトリオン兵を撃破した。

このままだとここ一帯のトリオン兵を全滅させるのも時間の問題だろう。

 

 

「この辺はこんなもので良いわね」

 

粗方トリオン兵を殲滅し終えた奏は再び求道玉を足場として移動し始めた。

空中から見渡すと、所々煙が上がっている場所があるので既に他の隊員も戦闘を始めているのだろう。

 

「ん?あれは……緊急脱出の光ね」

 

比較的奏から近い場所から緊急脱出の光が飛んだ。まだ大規模侵攻は始まったばかりだ。少し嫌な予感を感じた奏はその場所に向かって弾丸に劣らぬ速度で飛び出した。

 

黒トリガーにはボーダーのトリガーのような装備を組み換える機能やオプショントリガーというものは存在しない。それ故、遊真の黒トリガーのように()()するものでない限り黒トリガーは元来持つ能力しか使うことは出来ない。

奏の持つ黒トリガーも九つの求道玉を操るという能力しか使うことは出来ない。が、求道玉を操れるということはかなりの応用が効く。今の奏が飛び出したのもその応用だ。

足場の求道玉を高速で動かすことにより、同時に奏も高速で動くことが出来るという訳だ。

 

そこから奏が最初に目にしたのは全長2、3メートルほどで二足歩行のトリオン兵だった。

奏はこのトリオン兵を過去に見たことがある。

 

「ラービット……」

 

このトリオン兵ラービットはアフトクラトルが開発していたものである。その戦闘力は他のトリオン兵に比べて極めて高く、その運用目的はトリガー使いを捕らえることである。

数ヶ月前に奏が立ち寄った国ディースでも奏が助っ人に入ってから敵のアフトクラトルが差し向けてきた。登場が遅かったのでまだ人々も持ちこたえることが出来ていたが、最初から登場していたら奏が立ち寄った時にはもう侵略が完了していたのではないかと思えるほどの戦闘能力である。

 

奏は高速移動の中、足場兼フライボードである平らにしてある求道玉を拳大の黒い玉に戻し、背後に戻した。そして慣性に従って目の前のラービットに突っ込み、挨拶代わりのドロップキックを食らわせた。ラービットはコンクリートの壁にめり込んだ。

 

「貴女は……小桜さん」

 

「そういうキミは東くんね。言いにくいから奏で良いわよ」

 

実は奏と東は初対面ではない。前日に城戸が奏を紹介するということで各部隊の隊長を集め、奏は自己紹介をさせられたのだ。

 

「それじゃあ奏さん、あの新型を知ってるか?」

 

「ええ、知ってるわよ。あれの名前はラービット。トリガー使いを捕らえるために作られた最強のトリオン兵、と説明されたわ」

 

「説明された?」

 

「向こうの世界で仲良くなった国への侵略でも使われててね、敵が得意気に話してくれたわ。見るからにアホっぽい人だったけど」

 

そう言いながら奏はいつものように求道玉の一つを棒状に変化させて掴んだ。そしてそのまま槍投げの要領でコンクリートの壁から抜け出したラービットの弱点である口の中にある目に向けて投げた。

ラービットは特に堅い腕で防ごうとするが、そんなものは関係ないと言わんばかりにその棒は腕を貫通し、口の中に突き刺さった。しかし、ラービットはそのまま動こうとする。

直後、ラービットの内側から黒い針がウニのように突き破った。

求道玉は奏の意志で動かす事も留める事も出来るし、好きな形に変形出来る。なのでこのような攻撃も出来るのだ。

 

「東くん、忍田さんに報告お願い。多分太刀川くんとかレイジくんたちなら問題ないけど人によってはチームで挑んでも危ないかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、ラービットが簡単にやられたぞ」

 

「あれは……!」

 

「む?どうしたのだ?兄……いや、隊長」

 

ここは敵の作戦室。一人の老人を除いて残りの五人は頭に角が生えており、ただの人間ではない。大規模侵攻対策会議でレプリカが言っていた所謂改造人間だ。

隊長と呼ばれた男は先ほどのラービットをいとも簡単に倒した女、奏の姿を神妙な面持ちで見つめる。

 

「数ヶ月前、他の当主の遠征部隊の黒トリガー使い三人が一人の女に敗れた。奴らは馬鹿だが戦闘面だけで言えば決して弱い訳ではなかったにも関わらず、だ。聞き出した話ではその女の使うトリガーの特徴は防御不可で変幻自在の九つの黒い玉」

 

「この女がそうなのか?」

 

「いや、そうと決まった訳ではない。だが、もしそうなら……」

 

隊長と呼ばれた男の目が怪しく光った。

 

 

 



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第七話 作戦

 

 

 

奏がトリオン兵を殲滅している間、忍田にラービットのことを報告していた東はある違和感を抱いていた。

 

「おかしい……」

 

「何が?」

 

トリオン兵を片付けていた奏が東の独り言のような呟きを受け取り、聞き返した。

 

「敵の数が少なすぎる。いや、撤退しているのか」

 

「言われてみれば、確かにそうかも」

 

奏はトリオン兵の弱点である目に求道玉の棒を突き刺した。するとそのトリオン兵を最後にこの場は沈黙に包まれた。

 

「他の場所でも同じという訳ではなさそうだな」

 

耳を澄ませば爆発音や銃声などが聞こえてくる。遠くでは戦闘が続けられている証拠だ。

 

「私はもっと敵がいる所に移動するけど東くんも来る?」

 

「いや、俺は忍田さんの指示通りB級の隊員たちと合流する」

 

「そっか、じゃあ気を付けて」

 

奏は求道玉で足場を作り、飛び乗った。

足場を高速移動させ、すぐに東からは見えなくなった。

 

「嵐のような人だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「装甲の耐久度は!」

 

「あと一発まではなんとかもたせる!」

 

ボーダー本部作戦室内。

奏が東と別れたすぐ後、二体の爆撃用トリオン兵イルガーがボーダー本部の外壁へと特攻を仕掛けた。

二体のうち一体は外壁に取り付けられた砲台で撃墜したが、もう一体は外壁を爆撃した。

まだ内部にまで被害が出ている訳ではないが、上層部は慌ただしくなる。

 

第二波では三体のイルガーがボーダー本部へと突っ込んで来る。

 

「砲撃を集中!一体だけでいい。確実に撃墜しろ!」

 

忍田の指示により、トリオンでできた弾丸の集中砲火で一体のイルガーが墜落した。残りは二体だ。

 

「忍田本部長!二発は保証せんぞ!」

 

焦った鬼怒田が声を荒げるが、忍田の返答は落ち着いたものだった。

 

「問題ない。残りは一体だ」

 

その直後、片方のイルガーが十字に切り裂かれた。

モニターに映るのは弧月を鞘へと収める太刀川の姿。自爆モードで装甲がかなり堅いイルガーを簡単に両断するのは流石の一言である。

 

「後続は!」

 

「今のところありません」

 

「よし、今のうちに外壁を修復。次を警戒しろ。慶、お前の相手は新型だ。斬れるだけ斬って来い」

 

『了解了解』

 

一先ず助かったということで作戦室に安堵の声が漏れる。

 

『もしもし本部?なんかイルガーが突っ込んでたけど大丈夫だった?』

 

安心も束の間、今度は別の人物から通信が繋がった。言わずもがな、奏である。

 

「ああ、少し通信が乱れたがこちらは大丈夫だ」

 

『よかったよかった。……あ、遊真くんと修くん』

 

忍田が無事を報告すると、奏の関心は近くにいた遊真や修に移ったようだ。が、まだ通信は繋がったままだ。

 

『なになに、トリオン兵の間に合ってないC級の援護に向かう?なるほど千佳ちゃんがいるのね』

 

通信が繋がったままだということに気付いていないのか、作戦室に筒抜けのまま奏は話し続ける。

 

『じゃあ私も行くわ。なんだか嫌な予感がするし』

 

城戸はいつの間にか顔を掌で覆っていた。

 

「奏くん……」

 

『城戸さん?どうしたの?』

 

「通信が繋がったままだ。会話がこちらに筒抜けだぞ」

 

『あ、しまった』

 

「それと空閑隊員が援護に向かうのは許可出来ない。空閑隊員が黒トリガーで戦えば茶野隊が敵性近界民と誤認したように市民や他の隊員たちに混乱をもたらす可能性がある」

 

実は先ほどラービットを相手に黒トリガーを起動した遊真が茶野隊の二人に敵の近界民と間違えられて撃たれてしまったのだ。その弾丸は防ぎ、後から来た嵐山の説明でなんとか事なきを得たが、大人数が混乱すればいかに嵐山のような市民から人気がある者でも収めるのは難しい。

 

『じゃあ私が代わりに行くわ』

 

「元々行くつもりだったのだろう?」

 

『よく分かってるね、城戸さん。という訳で遊真くんは嵐山くんたちとトリオン兵の排除を頼むわ。私は修くんと千佳ちゃんを助けに行ってくるから』

 

「奏くん……まだ繋がったままだぞ」

 

『え、あ……わざとよ、わざと!これで良いわよね!遊真くんは嵐山くんたちに合流、私は修くんとC級の援護』

 

「ああ、気を付けたまえ」

 

『りょーかい』

 

今度こそ通信は切断され、奏の声が作戦室に流れることはなくなった。

 

「いいんですか?警戒区域の外に彼女を向かわせても。彼女は黒トリガー、新型に対抗出来る貴重な戦力ですが……」

 

黙っていた根付が口を開いた。

確かに奏は一瞬でラービットを撃破出来るし、貴重な戦力である。だが、城戸の意見は根付とは違った。

 

「彼女の嫌な予感は普通の人間のそれとは訳が違う。ああ言ったからには何かしら良くない事が起こるのだろう。なに、彼女に任せておけば大抵の事は心配ない」

 

城戸は最後に「どうせ何か指示したところで勝手に動く」と付け加えてモニターへと視線を戻した。

根付は城戸の苦労を感じ取った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本部との通信を切った奏は遊真の姿をジーっと見つめていた。

 

「どしたの?カナデちゃん」

 

「それが遊真くんの黒トリガーを使った姿なんだなぁ、と思って」

 

「そうだよ。これが親父の黒トリガー……」

 

「今度勝負しようね。じゃ、修くん、行こっか」

 

遊真が話しているのに華麗にスルーし、奏は遊真に背を向けた。そして修を片腕で担ぎ上げる。

 

「え、あの、奏さん!?お、降ろして下さい!」

 

「ダメよ。修くんは求道玉に触れられないんだから」

 

残念ながら修の要求は却下され、奏は修を担いだまま求道玉を変形させた足場に飛び乗った。

そしてそのまま移動を始めた。

 

「大丈夫。すぐ着くから」

 

「は、速いぃ!?」

 

想像以上の速度に修は絶叫するが、奏は移動のスピードを落とさなかった。

道中他の隊員はいなかったので修のみっともない声が聞かれなかった事がせめてもの幸いだった。奏にはバッチリ聞かれていたが。

 

トリオン兵の群れは既に警戒区域のラインを突破していた。C級隊員の避難誘導がスムーズに行われたのか警戒区域付近に人影はなかった。

警戒区域を抜けても進み続けると奏は煙が上がっているのを見つけた。

 

「あの辺ね。着いたわよ、修くん」

 

「あ、ちょ……」

 

奏は高速移動中に修の身体を手離した。

当然修の身体は重力に従って地面に向かい、慣性も働いているので斜めに落下していく。ただし、今は道路に沿うように飛んでいたので民家を傷付ける事はなかった。

 

修を離したことで身軽になった奏は今にも市民を襲おうとしているバムスターのボディを求道玉の棒で一刀両断した。

 

「住民の避難、早く」

 

「は、はい!」

 

近くにいたC級隊員が逃げ遅れていた市民を連れていく。それを見送ったところで漸く修が追い付いてきた。

 

「ひ、酷いですよ奏さん」

 

「ごめんね。修くんが体を張って私の剣になりたかったとは気づけなかったわ」

 

「……いえ、助かりました」

 

奏に物理的に振り回される自分を想像して修は冷や汗を流しながら引き下がった。

普通なら冗談で言っているのだと笑えるが、奏相手では笑えない。本気でやりそうでならないのだ。

 

「修くんと奏さん!」

 

「メガネ先輩!」

 

そんな二人に駆け寄ってきたのはC級の白い隊服に身を包んだ千佳と奏の知らない猫を頭に乗せた少女だった。

 

「千佳、夏目さん」

 

「……今のボーダーって男臭い集団かと思ってたけど結構可愛い娘もいるわねぇ。さっきの嵐山くんのところにも可愛い娘いたし」

 

修にしか聞こえない声で呟き続ける奏に修は再び冷や汗を流す事になった。いきなりそんな事を言われてもどう反応すれば良いのか計りかねていたのだ。

 

「メガネ先輩、このお姉さん誰っすか?」

 

「ああ、この人は……」

 

「私は小桜奏。気軽に奏って呼んでね」

 

「B級の人っすか?」

 

「私はS級よ」

 

「S級って、マジっすか!?あ、あたしは夏目出穂っす」

 

「よろしく出穂ちゃん。本部所属なの?玉狛来る?」

 

いきなり夏目を玉狛に勧誘し始める奏。今は大規模侵攻を受けている真っ最中である。

 

「か、考えとくっす」

 

因みに奏は我が家のように扱っているが玉狛支部所属という訳ではない。ついでに言うと玉狛支部に異動するには支部長の林藤の承諾が必要なので奏の一存で決めることは出来ない。

 

「ヤバい……この娘超タイプ」

 

「え……?」

 

「可愛すぎるわ。頭に猫っていうのも良い」

 

またもや修が反応に困っていると先ほど奏が真っ二つにしたバムスターから鈍い音が聞こえた。

 

バキリ……バキバキ。

 

()()はバムスターの装甲を押し退けるようにゆっくりと現れた。分厚い腕を持つ二足歩行のトリオン兵ラービットである。

 

「新型!?」

 

修は驚きの声をあげる。

既に正隊員がラービットに捕獲され、キューブにされてしまったという報告がされている。更に忍田はラービットの対策でB級隊員は合流しろと指令を出したのだ。

そうでなくても修単体では勝ち目はない。

 

「あっちにもラービット、こっちにもラービット。ラービットには結構トリオン使うって話なのにどうしてこうも現れるのかしらねぇ」

 

奏は手に持った黒い棒を槍投げの要領で新しく現れたラービットに投げつけた。

ラービットは頑丈な腕をクロスさせてガードしようとするが、黒い棒はラービットの両腕を貫通して口の部分に吸い込まれた。そして内側から黒いトゲがウニのように無数に生え、弱点部分をズタズタにした。

どこかで見たような光景である。といってもラービットも所詮プログラムによって動く無機物でしかない。同じ動きをするのも仕方がないのだろう。

 

「新型を……一瞬で!?」

 

『確かに先ほどまでは妙だと思っていた。遊真が倒したラービットを解析してみたところあの一体に相当な量のトリオンが使われていた。ボーダーには緊急脱出があるため被害をゼロにするのも不可能ではないにも関わらずだ。普通に考えて割に合わない。が、C()()を狙うならば話は別だ』

 

レプリカの子機であるちびレプリカが敵の狙いの核心をついたところで門が現れ、更に三体のラービットが門の中から現れた。

 

「なるほどね。緊急脱出がないっていうC級隊員なら逃げられる事はない、か。なかなか賢い作戦ね。でも……」

 

『カナデがここにいるのは計算外だったようだな』

 

「ええ。ラービットが何体来ようと私の敵じゃないわ」

 

奏は得意気に宣言した。

確かにラービットでは奏に敵わないだろう。

だが、だからこそ、これが敵の作戦だとはレプリカはもちろん、奏も知る由もなかった。

 

 

 

 

 



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第八話 戦士

 

 

 敵側の作戦室。

 モニターにはラービットを三体同時に撃破する奏の姿が映っていた。

 

「よし、“巣”からは充分遠ざかったな」

 

 先ほど隊長と呼ばれていた男が呟いた。

 

「似た性能のものはあっても全く同じ性能の黒トリガーが存在する確率は極めて低い。もはやこの女が例の“撃滅の魔女”で間違いないだろう。エネドラ、ヒュース、ランバネインは予定通り門で送り込む。玄界(ミデン)の兵を蹴散らしてラービットの仕事を援護しろ。ヴィザ、お前はあの女をやれ。この際雛鳥は後回しでもいい」

 

「撃滅の魔女?」

 

 淡々と指令を下す男に赤鬼を連想させる青年が聞き返した。

 

「先ほど言った当主が名付けたものだ。魔女の如く敵を撃ち殲滅する。馬鹿のくせになかなか的を得ていると思ったのでな。便宜上そう呼んでいる」

 

「なるほど、撃滅の魔女か。是非とも手合わせしてみたいものだ」

 

「止めておけ。恐らくお前では敵わない。それにランバネイン、お前の相手は玄界の兵だぞ」

 

「自分の任務は心得ているさ、隊長。ヴィザ翁を送るのはその魔女は危険だから先に潰すためって事だな?」

 

「ああ。あの女のトリガーは国宝級。放っておけば後々プランに支障が出るからな。だが…………可能なら奪い取ってもいい。あの女ごとな」

 

 通常、敵の黒トリガーを奪うことを遠征の目的にはしない。

 黒トリガーは確かに手に入れることが出来れば膨大な戦力を得ることになる。だが、“虎穴に入らずんば虎子を得ず”ということわざがあるように膨大な戦力を得ようとすれば膨大な戦力の相手をしなければならないということになる。

 それに加えて黒トリガーでは起動出来る人間と起動出来ない人間が分かれる。最悪の場合、苦労して奪い取っても使える人間がいないという状況にもなり得る。

 

 しかし、“撃滅の魔女”と呼ばれた女が持つ黒トリガーにはそのリスクを背負ってでも奪い取る価値があった。

 自分たちはこの遠征を最終目的としているのではない。先に見据えるのは当主同士の争いだ。

 ならばその当主のうちの一人の選りすぐりの黒トリガー数人を含んだ遠征部隊を一人で打ち破った戦力は大いに役に立つ。

 もしも適合者がいなければ洗脳でもすれば良いのだ。そのために適合者の女ごと奪うのだから。

 

 幸い、今ここには国宝の使い手がいる。それも不可能ではないだろう。

 

「まずは様子見だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、出穂ちゃんって千佳ちゃんと同い年で同じ中学校に通ってるんだ」

 

 

「へぇー、同じ日に同じ狙撃手志望で入隊したんだ」

 

 

「それでそれで……初日に千佳ちゃんが本部の壁をぶっ壊した!?」

 

 奏と夏目はすっかり意気投合したようで戦いの最中にも関わらず談笑していた。

 ここは警戒区域の外でトリオン兵は奏がほとんど片付けてしまったので気が緩むのも仕方ないのかもしれない。

 

「今度私も狙撃手の訓練行ってみようかな。遠くから狙うのも楽しそうだし」

 

「的の真ん中に当てられたら楽しいっすよ」

 

「そう言えば千佳ちゃんってレイジくんに教わってるのよね?」

 

「あ、はい」

 

「じゃあレイジくんに話聞くっていうのも良いかもね」

 

 いつの間にか奏と夏目の二人は狙撃手の話をしており、いよいよ修はついて行けなくなった。

 そんな修に千佳は顔を近付けた。

 

「この二人って初対面だよね?」

 

「……そのはずだ」

 

 二人のコミュニケーション能力の高さに驚いていると、突然千佳が首を180度回転させて振り返った。

 振り返った先には何もない。

 だが、

 

「来る……!」

 

 その千佳の声と共に門が出現した。

 

「いやはや……女子供を拐うのはいささか気が重い」

 

「あらら……こりゃ、ちょっとまずいかも」

 

 新しく開いた門から現れたのはラービットではなく杖を携えた一人の老人だった。一見すると人の良さそうなおじいさんだが、奏の()がただ者ではないと告げていた。

 

「後回しでも良いとはいえ、雛鳥を傷付けるのはよろしくない。雛鳥が少し離れるまではあまり全力は出せませんな」

 

 直後、老人ヴィザが奏に向かって飛び出した。

 それも老人からは考えられない速度、ボーダーのオプショントリガー“グラスホッパー”を踏んだ時の加速を上回るのではないかというスピードだった。

 

「ッ!」

 

 奏は自身の()に従って求道玉の棒を身体の側面に構えると、そこに一瞬何かが触れたような感覚が走った。

 いつの間にかヴィザは奏の眼前に迫っており、また次の瞬間には元の位置に戻っていた。

 

「なるほど、防御不可で変幻自在の黒い玉ですか。確かにこの“星の杖(オルガノン)”の刃が斬り裂くどころか逆に削られるだけはある」

 

 ヴィザは杖に仕込まれた剣を眺めながら奏に聞こえるように呟いた。

 奏と位置からはどの程度削られたかは分からないが、折れてはいない。

 つまり、求道玉に触れた瞬間に剣を引いたということになる。目視するのも難しいほどのスピードで振るった剣を対象物に当たってから引くことなど可能なのだろうか。理論上は可能だ。奏もやろうと準備してからなら可能だろう。

 だが、この老人は当たってから考えて引いたのだ。もはや不可能と言っていい。

 更には先ほどの高速移動。相手のトリガーの能力がその剣だけのはずがない。恐らくまだ能力を隠している。

 

『星の杖だと……!星の杖はユーゴの遺した記録によればアフトクラトルの国宝の一つだ』

 

「国宝、ねぇ……厄介なのが来たもんだわ」

 

 国宝というからには黒トリガー、それもただの黒トリガーではなく何かしら強力な能力があるであろうことは想像に難くない。

 

「修くん!早くC級を連れて逃げて!」

 

「は、はい!」

 

 修もただ事ではないことを感じ取ったのか、すぐさまC級に指示を出して走り出した。

 再び奏がヴィザの方に視線を戻すとヴィザは一歩たりとも動いていなかった。

 

「追いかけなくても良いのかしら?」

 

「ええ。雛鳥は後回しにして貴女を倒せと隊長殿から承っていますから」

 

「モテモテは困るわね」

 

「まったくですな」

 

 渾身のジョークも簡単に流され、奏はいよいよ冷や汗を流す。

 黒トリガーも言ってしまえばただの武器だ。ノーマルトリガーとも同じように使う人間によって強くも弱くもなる。

 黒トリガーそのものの能力を先に見せられたなら対策も考えられたかもしれない。だが、ヴィザが見せたのはトリガーの能力関係なしの純粋な技術だ。

 技術がない人間にはどんなに強力な能力を持つ黒トリガーを与えても弱いままだ。しかしそれは逆に言えば技術がある人間ならば例えガラクタ武器を使っても強いということでもある。

 

「もうこの辺りの人間は避難したようですな。これで私が少々派手にやってもうっかり雛鳥を傷付けるおそれはないでしょう。さて……そろそろ私も本気でお相手しよう」

 

 次の瞬間、周囲数十メートルの建物が瓦礫と化した。

 

 周囲の建物がバラバラになって崩れる。

 もはや人が住んだ形跡は見つけられない。

 

「あ~あ。ここまだ人が住んでたところなのにやってくれるわね」

 

「それは申し訳ない。だが、貴女ほどの相手には全力でかからなければこちらが危ない」

 

 奏が後ろに跳び、ヴィザと距離を取った。

 直後、奏がいた場所が不可視の何かに切り裂かれた。

 お返しと言わんばかりに奏は求道玉の一つを飛ばす。だが、相手へのダメージを期待してのことではない。この程度で倒せるならば苦労しないのだ。あくまで牽制の目的である。

 求道玉の能力はある程度割れているらしく、ヴィザは迎撃ではなく回避を選んだ。向かってくる求道玉をふらりと躱し、折り返して奏の方へと帰る軌道も避けた。

 

(透明なブレードなのか、それとも速すぎて見えないだけなのか……)

 

 どちらにせよ、相手の攻撃を目で捉えられないのには変わらない。今は“勘”だけを頼りに避けている状態だ。

 奏の勘は常人の曖昧なものではない。ほとんど外れることのないサイドエフェクトである。

 奏自身それを信用しているし、訓練の模擬戦で目を閉じて戦えと言われてもある程度は戦える自信もある。

 だが、正直言ってこの状況は好ましくなかった。

 

「おじいさんのトリガー、星の杖だっけ?アフトクラトルの国宝をこんなとこに持ってきて良いのかしら?」

 

「心配なさらずとも、上官殿の許しは得ていますよ」

 

 奏としては国宝を持ち出す許可を出せる上官というのが気になったが、今はそれどころではない。

 

 遠距離攻撃用の求道玉を一つから二つ、二つから三つへと増やしてみるが、ヴィザは軽々と躱す。敵の攻撃のように見えない訳でもなく、直線的な攻撃のため避けやすいため只でさえ回避しやすい攻撃だ。それに加えて相手はかなりの強者である。このままでは恐らく遠距離攻撃での撃破は期待出来ないだろう。

 目に見えないほどの速度や不規則な動きが出来れば話は別であるが、今は出来ない。 

 ならば、攻撃手段を変えるしかない。奏は二つの求道玉を棒状に変形させ、左右の手で一本ずつ掴んだ。

 

「ほう……次は近接戦闘が望みですかな?」

 

 正直な話、遠距離では無理だが近距離なら勝てるかと言われても軽々しく頷く事は出来ない。相手の剣の腕は先ほど見せられたばかりだ。

 

「こっちの方が得意だから」

 

 だからと言って退く事は出来ない。

 敵の狙いはほぼ間違いなくC級隊員だ。そしてそのC級隊員が集まる場所に現れた凄腕の老爺。どう考えても獲物確保の補助、もしくはそれを邪魔する奏の排除が目的だろう。

 退く事はもちろん、敗北する事も許されない。最低でもC級隊員が逃げるまでの時間を稼がなければならない。どこまで、と言えばボーダー本部基地までだが、数分前のように基地が攻撃されないとも限らないので時間さえ稼げれば安心かと聞かれるとそうでもない。

 

「私も剣には多少の心得があります。喜んでお相手しましょう」

 

 多少の心得どころではなく達人級だという事は言われなくても分かってる。これで多少なら今まで戦ってきた人間のほとんどが剣の心得など無かったも同然だ。実際に死にかけた事もあった。全く笑えない話だった。

 

 

 

 



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第九話 人型近界民

 

時は少し遡る。

奏たちの前に老人の人型近界民が現れた頃。

 

「チッ、たったの二人だけかよ。ハズレだな」

 

「ひ、人型近界民!?」

 

最年長の東率いるB級合同部隊が担当していた地域に門が開いた。そこから出てきたのはいつものようなトリオン兵ではなく、人間。つまりは人型近界民だ。しかもただの人型ではない。角付き、加えて言えば黒い角付きだ。

 

(黒い角……黒トリガーか!)

 

『下がれ太一。相手は黒トリガーだ』

 

部隊の隊長である東は突然の展開だからこそ冷静に最も近くにいた狙撃手の別役太一に内部通信を飛ばした。

 

『この間合いはまずい。距離を取るぞ』

 

東も別役と同じく狙撃手である。本来は何十、何百メートルも離れた場所から相手と対峙するのが戦法から見ても安全面から見ても正解である。このブレードで斬り合ったり弾を撃ち合ったりする間合いは適切ではない。

 

故に距離を取ろうとした直後、何発かの銃声が響いた。

 

「茶野隊か! 逃げろ! 奴は――」

 

音源を探ればそこにいたのはB級部隊茶野隊の二人。先制攻撃だと言わんばかりに自信を持って引き金を引いていた。

これがただのトリオン兵だったならきれいに攻撃が決まってダメージを与える事が出来ていただろう。だが、忘れてはいけない。相手は敵国に攻め入る精鋭の遠征部隊であり、黒トリガー使いでもあるのだ。この程度でやられるなどあり得ない。

 

「チョロチョロしやがって」

 

そんな声を聞いて敵に目線を戻すと、敵のトリオン体は驚きの変化を遂げていた。

まず、被弾したはずの場所からトリオンが漏れていない。それだけに留まらず被弾した場所は不自然に歪み、まるでプールの中に飛び込んだような波が発生していた。

 

「雑魚トリガーが」

 

そして次の瞬間、茶野隊の二人が立っている地面から黒いブレードが生えた。

 

「なっ!?」

 

「バカな!?」

 

呆気なくトリオン体を貫かれ、活動限界を迎えて緊急脱出した。二条の光がボーダー本部基地へと伸びた。

 

『本部、本部。こちら東。緊急事態が発生した。黒トリガー使いがB級合同の担当地域に現れた。今分かっているだけでも弾を無効化する能力と風刃に似た遠距離斬撃がある。このままではここが全滅する可能性がある。至急応援を寄越してくれ』

 

一瞬で手に負えないと判断した東は本部へと通信を入れた。その最中にも距離を取るのを忘れない。

見たところ本気で追いかけようとしている素振りはない。離脱するならこの隙をつかない手はない。

 

『こちら本部。了解した。現在別の場所でも黒トリガー使いが確認されている。そちらは奏が対応している。そこには玉狛第一を向かわせた。彼らが到着するまで持ちこたえてくれ』

 

『了解』

 

「逃げるしか能がねぇのか。しょーもねぇ奴らだなぁ、オイ」

 

本気で追いかける気はないが、そう易々と逃がしてくれる相手でもないらしい。黒トリガー使いはじわじわと距離を詰めてくる。

 

「おうおう、もっと逃げ回ってみろ」

 

東よりも距離が近い別役の足下から黒いブレードが生える。

 

「ぎゃあぁぁ!? あ、東さん!」

 

その数秒後、一筋の光が本部基地へと伸びて行った。

 

(あの攻撃範囲……玉狛第一だけでいけるか……)

 

「へっ、雑魚ばっかじゃねーか」

 

直後、黒トリガー使いの体は真っ二つになり、追い討ちを掛けるように弾丸が降り注いだ。

 

「玉狛第一、現着した」

 

煙の中からは大斧を携えた小南が、東の隣にガトリング砲を構えたレイジとアサルトライフルを構えた烏丸が。玉狛支部が誇る最強部隊、玉狛第一が到着した。

 

「やったんじゃないですか?」

 

「いや、情報によると相手は黒トリガーだ。油断するなよ」

 

「お前たち、思ったより早かったな」

 

並みの相手ならば瞬殺したであろう攻撃を放ったレイジと烏丸に対しての東の感想はそれであった。先ほど本部に報告したばかりなのにもう到着したのだ。予想よりも大分早い。

 

「元々こっちに向かってたんですよ。それで黒トリガー使いが現れたっていうんで、飛ばして来たわけです」

 

「そうか。助かった。だが、木崎の言う通り油断はするな。奴は何らかの方法で弾丸を無力化する術を持っている」

 

「それは厄介ですね。弾丸が無効とすると、いつもの俺とレイジさんで暴れる小南先輩を援護する作戦が使えない」

 

「弾が効かないならブレードで斬ればいいじゃない、って言おうとしたけどそうもいかないみたいね」

 

小南のその言葉に一同は煙が上がる方向に視線を移した。すると、煙が晴れた所にはぐにゃぐにゃと体を液体のように変化させた黒トリガー使いが平然と立っていた。

 

「奇襲作戦ご苦労さん。でも残念だったな。効かねーんだよ」

 

ぱっくりと裂けながら液状化した体で何事も無かったかのようにそう言い放つ黒トリガー使い。

 

「弾丸もブレードも効かないって、反則でしょ」

 

「体を液状化する黒トリガーか。なら、あの黒いブレードもその応用だろうな」

 

「いよいよどうすりゃいいんだって話になってきましたね。こっちの攻撃が通じないなんて。同じ黒トリガーならまだ風刃の方がかわいいですよ」

 

そう話す玉狛第一の三人の足下からブレードが伸びる。が、三人は後ろに飛ぶ事で躱した。

 

「ま、こいつと奏さんなら奏さんの方が恐ろしいけどね」

 

「そうですね。確かにこっちは怖くないですね」

 

「それには同意だ。あの人相手なら俺たちは今ここに立っていなかったかもな」

 

実際に何も考えていないわけではないが、地面から攻撃してくると分かっている事と風刃の遠隔斬撃に比べても幾分か遅い事から三人は避ける事が出来た。

避けた先に罠があったわけでもない。単純な攻撃だったのだ。例えばここで相手が奏なら、飛び退いた先に針山が待ち構えていてもおかしくはない。

三人の奏に対する評価に嘘はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、退いてくれない?」

 

「それは出来ませんな」

 

所変わって別の戦場。

奏は攻めきる事も出来ず、逃げる事も出来ない状況に苦しんでいた。相手の剣の腕が相当上手な為、無防備に突っ込めば即アウト。距離を取ろうにも不可視の刃が迫ってくる。かといって逃げるのは論外だ。推測の通りなら敵の目的は緊急脱出機能を持たないC級隊員。もしも奏が逃げればこの翁はC級隊員の元へ向かうだろう。一介の訓練生に対処出来るレベルではない。一瞬で蹂躙されて終わりだ。

 

そうして動きを止めた瞬間、絶死の刃が迫る。奏は求道玉を持って防御した。

求道玉に触れたものは消滅するといっても、触れた感覚はしっかりと存在する。つまり消滅覚悟ならば軌道を逸らしたりするのも不可能ではない。

奏は刃との衝突の衝撃で吹き飛んだ。

 

「くっ……」

 

「この刃が防がれたのは貴女が二人目です」

 

「……嬉しくないわよ」

 

反撃とばかりに奏は地面から求道玉を変形させたブレードを生やした。その総数は4。地中から密かに敵の足下へと移動させていたのだ。

だが、やはりというべきか、効果は無かった。相手も慣れてきたのか、当たり前のように避けられる。

 

「攻撃から多彩さが失われてきましたな。そろそろネタ切れですかな?」

 

そうは言うが、そもそも求道玉の攻撃手段は遊真の黒トリガーと違って飛ばすか振り回すかのどちらかしかない。攻撃の多彩さを求められても困るというものだ。

 

「貴方には言われたくないわ」

 

「耳が痛い話です」

 

敵の回転刃にはかなりのトリオンが練り込まれているらしく、求道玉と触れても消滅するまでほんの一瞬タイムラグが生じる。この一瞬が厄介なのだ。求道玉で作った中身が空洞のキューブに閉じ籠るなどして防御に全降りすれば簡単に防げるが、それに徹していては意味がない。その隙にC級の元に向かわれて終わりだ。

奏の今の目標は最高で敵の撃破、最低でもC級が基地に逃げ込むまでの時間稼ぎ。だが、いずれは倒さなければならない敵だ。ならば早く倒すに越した事はない。

 

「ほう、雰囲気が変わりました」

 

「お見通しってわけ?」

 

「ええ」

 

「その余裕、すぐに崩してあげるわ」

 

奏は求道玉を二つ、30センチほどの長さの棒に変形させ、それぞれ両手に握った。先ほどまでのものに比べると大分短い。

そして、直後に残りの求道玉のうち一つを地面にぶつけて土煙を発生させた。威力はかなり抑えてあるが、これで十分だ。

 

全身を覆ってしまうほどの煙が広がった。すると、その煙を切り裂くように目にも止まらぬ速度で奏の体が飛び出した。向かう先は余裕の表情で迎え撃つヴィザ。刹那の時間で到達するほどの速度だ。並みの相手ならば反応すら出来ないかもしれない。だが、この相手は歴戦の戦士。

 

「防御を捨てた特攻。確かに場を切り抜けるには良い手だ。だが――」

 

不可視の刃が展開し、奏を切り裂かんと迫る。

 

「――まだ甘い」

 

奏の体は空中にある。しかも進行方向は固定されている。そこで躱す手段など存在しない。

更に刃は第二、第三と次を用意されている。先ほどまでは防御して吹き飛んだりしたため、追撃が難しかったが、今度は話が別だ。防がれるなど承知の上で一撃目を放ち、体勢を崩す。そうすればもう後は切り裂くだけだ。求道玉は盾のように展開させるにはほんの少し時間がかかる。体勢を崩してから盾を展開するよりも予め刃を用意しているヴィザの方が圧倒的に速い。

 

もはや詰み。少なくとも端から見ればそうだった。だが、

 

「甘いのは――」

 

奏は諦めていない。それどころか顔には闘志が溢れていた。

 

直後に白刃が奏を襲う。その瞬間、奏の体の軌道が不自然にずれた。その影響で刃は奏のすぐ側を通り過ぎた。

 

「そっちよ!!」

 

第二、第三の刃もスピードを緩める事なくスレスレで回避し、ヴィザの元へ到達する。

 

(獲った!!)

 

そのままの速度で短棒を振るう。相手が手に持っている杖のような形のブレードは未だ下を向いたままだ。奏の方が速い。

 

奏はその瞬間、勝利を確信した。

だからこそ、ヴィザの浮かべる不敵な笑みは見逃していた。

 

 



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