仮初の縁付 (mofu mikuro)
しおりを挟む

仮初の縁付

柔らかな陽射しが差し込む鎮守府の執務室。気だるげにデスクワークをこなす提督の隣で、秘書を務める響が椅子に腰掛けて膨大な量の書類をテキパキと仕分けしている。

 

「これは…こっち。」

 

艦娘からの要請、大本営からの電文、戦闘詳報…多岐に渡る書類を次から次へと種類ごとに積み上げていく。その挙動に合わせて、斜めに被った略帽のつばが右に左に動く。

不意に窓から微風が吹き込み、彼女の僅かに青みがかった白髪とカーテンをフワリと揺らした。

 

「あっ…。」

 

まだ手を付けていない書類の山から、数枚の書類がスッと飛ぶ。慌てて響が立ち上がり、その後を追った。

 

「分ける前ので良かった。」

 

書類を拾い上げて微笑んだ彼女は一枚の文面に目を通すと、僅かに首を傾げた。

 

「ケッコンカッコカリ制度…?」

 

書かれていた見慣れない言葉を口にすると、提督が思い出したように言った。

 

「あー、なんかそんなのを前の会議で言ってたなぁ。」

 

「何なんだい?」

 

「確か夫婦のような関係性を与えることによって艦娘のモチベーションを掻き立てるとか何とか…だったかな?」

 

「ふーん。」

 

興味なさげな態度を見せた響だったが、その内心は期待に染め上げられた。そんな彼女をよそに提督は持論を口にする。

 

「まぁ本当に結婚するんじゃないんだから、そんなに一生懸命にならないと思うけどなぁ。第一、いかに仮初の縁付とは言え、誰も俺なんかと結ばれたくないだろうしな。」

 

響がチラリと提督を見る。

 

「じゃあ司令官はこの制度を利用しないのかい?」

「まぁ、ね。とりあえず皆の様子見かな。当分保留って事で。」

 

「そっか…。」

 

残念そうに呟くと、提督はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「何だ、俺とケッコンするか?」

 

突然の発言に響は目を丸くした。一瞬の内にウエディングドレスに身を包んだ自分と、その脇に立つ提督の姿が脳裏に作り出され、頬が桜色に染まる。

 

「えっ、そ、それは…っ!」

 

「冗談だよ冗談!」

 

腹を抱えて笑う提督を横目に見ながら、響は小さく呟いた。

 

「…いじわる。」

 

「何?」

 

「何でもない。」

 

早口で言い放った彼女はぷいとそっぽを向くと、やや遅れて小さく付け足した。

 

「…でも、司令官と並んで世界で一番幸せとか言ってみたいな。」

 

チラリと提督を見る。彼は響へ真っ直ぐ向けた目をぱちくりさせていた。

 

「お前…。」

 

彼が何かを言いかけたその時、誰かが廊下を駆ける騒々しい音が近付いてきた。誰だと思ったのも束の間、執務室の扉が勢い良く開け放たれ、音の主が部屋に飛び込んで来た。

 

「しれーかんっ!ただいまー!!」

 

提督の前で急停止して底抜けに明るい声を上げたのは雷。単艦での沿岸哨戒任務を無事に終えて帰投したのだ。

 

「異常無しよ!…響、何それ?」

 

響が手にしている書類に、雷の視線が注がれる。

 

「事務仕事をしていてね。」

 

適当にはぐらかそうとした響だったが、それがかえって雷の興味を増幅させた。

 

「見せてよ!」

 

響の手からあっという間に書類が抜き取られる。

 

「あっ、ちょっと!」

 

「なになに…ケッコンカッコカリ…?」

 

雷が文面に黙々と目を通す。そしてその概要を把握するや否や、雷は提督に飛びついた。

 

「じゃあ私、司令官のお嫁さんになるわ!」

 

「はいぃ?」

 

度肝を抜かれたのは提督だ。あまりに唐突な発言と展開。からかっているのかと考えた彼だったが、雷の眼差しは彼女が本気である事を何よりも物語っていた。

 

「駄目?」

 

困惑する提督へ追撃を放つ雷。慌てて響が言った。

 

「司令官はしばらく保留にすると決めたんだ。それに一方的に詰め寄るのは迷惑だよ。…ね、司令官?」

 

意見を求められて言葉を詰まらせる提督。

 

「えっ、いやまぁその…要請があるならケッコンしても…。」

 

「やったぁ!」

 

舞い上がる雷を抑えつつ、付け足す。

 

「でも、一応みんなにその気があるかどうか調査してからだな。」

 

「えぇ?そんなぁ…。」

 

あからさまにむくれて抗議する雷。憧れの提督と仮初だとしても結ばれる機会を、彼女は絶対に逃したくなかった。

しかし提督を憧れの目で見るのは彼女だけでは無い。鎮守府に所属する艦娘たちの中には少なからずそういった者が存在する。この執務室の中にも。

 

「雷。とりあえず落ち着こう。司令官を困らせちゃ駄目だ。」

 

冷静に正論を述べる響。だがその瞳は冷静というには些か冷た過ぎる、言うなれば冷酷さを湛えていた。彼女もまた密かに恋心をその胸に抱いていたのである。秘書の地位には単に適材適所で置かれただけであろうが、その特性上鎮守府の誰よりも長い時間を提督と共に過ごしていた。そこに降って湧いたケッコンカッコカリ制度は正しく天からの贈り物。彼を独占し、より長く傍に居る為には、この制度を利用する他無かった。本来ならばまず秘書たる響と提督のみが知りうる情報。二人だけの間で(強引にでも)話を進めてしまえば全ては彼女の望む通りになる…筈だった。

 

「早い者勝ちよ!そういう事にしましょ!ねっ、司令官!」

 

尚も提督に詰め寄る雷を前に響は小さく歯軋りした。それでも湧き上がる苛立ちを隠しつつ、もう一度諌める。

 

「司令官の話を聞いていなかったのかい?まずは皆に聞いてからだ。チャンスは平等にあるべきだよ。」

 

「自分は興味が無いからそんな呑気な事が言えるのよ。私からすれば死活問題に等しいわ。」

 

「興味が無いなんて言うな!」

 

思わず響が声を荒らげる。

 

「私だってずっと司令官の傍に居たいんだ!」

 

「お前…!」

 

提督が目の前に居るのも忘れてブチ撒けた本音。彼女はとうとう吹っ切れた。

 

「君が来なければ誰にも邪魔されずに私が司令官とケッコンできたのに!」

 

雷と響が互いに睨み合う。

 

「待て、お前らちょっと待て!」

 

提督が慌てて間に入った。

 

「まずは皆から意見を聞く。これは決定事項であり命令だ。」

 

至上の優先度を持つ命令という発言に、二人は押し黙った。

 

「それでも他に誰も名乗りを上げなければ、本当に君達二人の問題になる。まずはそれまで待つんだ。…分かったな?」

 

「…命令なら仕方ないわ。」

 

「…了解した。」

 

二人は渋々と言った具合で頷いた。

 

 

 

 

 

翌日にケッコンカッコカリ制度が告知されて同時に一週間の募集期間が始まったが、結局誰一人として名乗りを上げる者は居なかった。提督は「やはりそんな物好きは居ないよな」と自らの持論が証明されたと笑ったが、裏で雷と響が艦娘たちに圧力を加え、時に武力をもちらつかせていた事を彼は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

満月も高く昇った深夜。鎮守府の端にひっそりと佇む倉庫の中で、響は小さく溜息をついた。ここにあった備品の数々は最近建てられた新しい倉庫へと運ばれてしまい、今はただ巨大な空間が広がるばかりだ。何となく体重を前へ移動させると粗末な板張りの床がギギッと音を立てる。

不意に足音と、自分が立てた訳では無い床鳴りが響いた。見れば窓で四角く型どられた月明かりの下へ雷が姿を現した。

 

「人を呼び出しておいて自分は遅れてくるとは…呆れたね。」

 

響が言うと、雷も負けじと言い返す。

 

「そもそも来ないか、逆にどこかで待ち伏せでもしてるんじゃないかと思ったけれど、案外素直なのね。」

 

「それこそ君がやりそうな事じゃないか。」

 

「睦月型の部屋に手榴弾を投げ込んで、立候補したら次はピンを抜いて投げ込むとか言って脅した人に言われたくないわ。」

 

「ほぉ。金剛さんの背中にナイフを突きつけて脅した人がよく言えるね。」

 

「よく知ってるじゃない。お互い様ね。」

 

双方の視線がぶつかり合う。

 

「で、何で呼び出したんだい?」

 

仕切り直す響。

 

「身を引いて欲しくて。出来れば平和的に解決したいじゃない?」

 

そう言いながら雷はスカートのポケットに手を伸ばし、何かを掴んだ。僅かに引き出されたそれが白い月明かりをギラリと照り返す。

 

「分かって貰えるかしら?」

 

にこやかに笑う雷。しかしそこには友愛の情など微塵も無い。

 

「奇遇だね。実は私も同じ話をしようと思っていてね。」

 

今度は響がポケットを探り、幾条もの切れ込みが入った円筒型の金属塊を掴み出した。やや出っ張った円筒上面にはピンが簪のように差し込まれている。

 

「頼むよ。」

 

雷はそれを一瞥するなり吹き出した。

 

「ふふっ…あんた、爆発騒ぎは派手過ぎないかしら?」

 

「来るなり刃物をちらつかせるのも大概だと思うよ。…というより、陸戦訓練を受けたことがあるのかい?」

 

「そんなのなんか受けてなくてもあんたぐらい一捻りよ。そう言うそっちはどうなのよ?」

 

響が僅かに口角を上げる。

 

「教範は読んだよ。」

 

「大して変わらないじゃない。…さぁ、無駄話は終わりよ。」

 

いよいよ雷はナイフを取り出して構えた。その暴力的なまでの刃の輝きに、一瞬響が手を目の前にかざす。それが合図となった。

床を蹴破る勢いで雷が駆け出した。彼女の開き切った瞳孔に初動の遅れた響が映る。瞬く間に彼我の距離は縮まり、迅雷の如く突きが繰り出された。

 

「ぐっ!」

 

響は間一髪で無理矢理身体を捻って躱すと、横に跳ねて距離をとろうとした。その動きにピッタリと雷の視線が追従し、数瞬遅れて薙ぎ払いが響を襲う。刃が宙を切る嫌な音と共に、彼女のセーラー服の裾が裂かれた。

 

「チッ!」

 

惜しくも逃した事を確認した雷は舌打ちをしてナイフを構え直した。

 

一方の響は自らが劣勢である事を認めざるを得なくなっていた。手榴弾は当然ながら一度しか使えないし、自分を巻き込む可能性すらあるのだ。

思考に気を取られて動きが鈍る。気が付けば再び目前まで狂気じみた笑みが迫っていた。

 

「それっ!」

 

楽しんでさえいるかのような声と共に凶刃が振るわれる。響は思い切り右へと跳んだ。何かが髪に触れる。振り返れば切り落とされた髪の一房が宙を舞っていた。

 

(何か武器になる物は…!)

 

全力で駆けながら忙しなく視線を彷徨わせていると、手頃な鉄パイプが隅に転がっているのを見つけた。進路を急変更し、一目散に鉄パイプへと駆ける。

 

「よしっ!」

 

鉄パイプを拾い上げて振り返る。雷がナイフを構えてジリジリと距離を詰めてきていた。武器を手にした代わりに角に追い詰められた形だ。

 

「逃げられないわよ。観念しなさい。」

 

雷が高慢な口調で言う。

 

「大人しく斬られてくれないかしら?」

 

負けじと響が雷を睨む。

 

「リーチは私の方が長い。今の内に言いたい事を言っておくんだね。その頭をかち割るから。」

 

「投げればリーチは関係無いわ。私の照準能力を見くびらないでよね。」

 

「そう言って、どうせ輪投げすらもマトモに入れられないんでしょ?」

 

「ほざけぇ!」

 

叫んだ雷がナイフを手にした右手を振りかぶる。その挙動を瞬時に把握するなり、響は彼女へ向かって猛然と駆け出した。その間に雷の右手は前方へと勢いよく突き出され、凶刃が空中へ放たれる。刹那、響は足を突き出して腰を沈めた。スライディングである。

 

「なっ…!」

 

予想外の行動に雷が狼狽する。胸を狙って放たれたナイフは略帽を裂いて、それを響の頭からもぎ取った。形勢逆転。

 

「くらえっ!」

 

フルスイングされた鉄パイプが雷のニーハイソックスに包まれた細い足に襲い掛かる。確かな手応え。

 

「―ッ!!」

 

悲鳴を上げて雷が倒れ込んだ。右足の脛に関節が増えている。

 

「勝負あったね。」

 

響はクスリと嗤い、荒い息を吐く雷に跨った。

 

「宣言通り頭をかち割るから。…あぁ、最期に言い残したい事があれば聞いてあげるよ。」

 

この瞬間、彼女は油断していた。冷静に考えてみれば一本しかない得物を簡単に投げてしまう訳が無い。それを投げたとなれば即ち…予備がある。

雷が痛みに身を捩ると見せかけ、スカートのポケットへと手を伸ばした。

 

「まだまだぁ!」

 

響が気付いた時にはもう遅い。

 

「ひぐっ!」

 

鋭利な刃が響の左ふくらはぎに突き立てられた。思わずよろけたのを見逃さず、雷は体当たりをかます。

 

「いっ!」

 

ドサリと倒れる響。その上に雷がのしかかった。

 

「足を折るなんてどうしてくれるのよ?これは相応の報いを受けてから死んでもらうしかないわね。」

 

握り締めたナイフを響の腹部へと振り下ろし、滅茶苦茶に動かして皮下を抉る。

 

「やめっ…!」

 

荒い呼吸に同調して腹部が激しく上下し、トロトロと血が流れ出す。切り口を中心に響のセーラー服は深紅に彩られ、尚もその範囲は広がり続けていく。その様子に雷は顔を輝かせた。

 

「折角だから切腹みたいにしてあげるわ!」

 

乱暴にナイフを引き抜いた。空中に舞い上がった赤い雫が雷のセーラー服にも紅い模様を描きあげる。悶絶する響を眺めて暫し愉悦に浸り、それから再び刃を振り下ろした。

 

「あがっ…!」

 

目を剥く響の悲鳴など意に介さず、脇腹に深々と食い込んだナイフをノコギリのように上下させて切り口を広げていく。白っぽい膜に包まれた内臓が、鞘から飛び出す枝豆のように顔を出した。

この間、響は意識を保つ事に全力を注ぎながらも打開策を模索していた。痛みが円滑な思考を妨げ、しかしいやに冷静になる。

 

(今ナイフを奪うのは無理だ。かくなる上は…!)

 

思い切り腕に力を込め、ポケットから手榴弾を掴み出した。そして口でピンを咥え、引き抜く。

 

「自爆!?」

 

雷の背筋に冷たいものが走り、突き立てたナイフもそのままに咄嗟に離れようした。しかし折られた足の痛みに耐えかねて、つんのめるように倒れ込む。それでも這って逃げようと試みる彼女だったが、自らが重大な勘違いをしている事に全く気付いていなかった。手榴弾はピンを抜くだけでなく、信管を叩かなければ時限装置が起動しない仕組みになっている。陸戦訓練の教範すら見ていない彼女はそれを知らない。

そうしている間に響は手榴弾のピンを戻し、自らの腹部に刃を埋めるナイフを引き抜きにかかった。

 

「ぐううぅぅぅぅ…!」

 

歯を食いしばり、獣のような唸りを上げながらズルズルとナイフを引っ張る。そしてようやく抜けたそれを片手に、もう片手に鉄パイプを持ってフラフラと立ち上がった。

 

「ひっ…来ないで!」

 

雷が震え声で叫ぶ。しかし一切の武器を失った今、それは威嚇にすらならなかった。

 

「さよなら。」

 

振り抜かれた鉄パイプが彼女の頭部を捉える。意識は瞬時に消え去った。

 

響は俯せに倒れて動かない雷をしげしげと観察した。意識は飛んだようだが、未だに息はある。止めをさそうかと鉄パイプを振り上げた彼女だったが、自身の腹部を見て思いとどまった。

 

「ぐっ…これじゃ、助からないな。」

 

ぽっこりとはみ出た内臓を無理矢理押し戻そうと試みるが、血の絡んだヌルヌルとする表面のせいで上手くいかない。

 

「もういいや。それなら、邪魔できないようにするだけさ。」

 

鉄パイプを手放すと腹部を庇うようにゆっくりと座り込み、雷の足首へと目を向けた。山嶺を思わせるアキレス腱がハッキリと分かる。そこにナイフをあてがい、深々と切り裂いた。

 

バチッ!

 

破裂音がしてアキレス腱が切断された。更にもう片足にも刃を入れる。

 

バチッ!

 

「ひぎっ!」

 

雷が意識を取り戻した。あまりの激痛によって最初の悲鳴から声を出せないようで、釣り上げられた魚のように必死に口をパクつかせている。

 

「やぁ。君にはこれからずっと苦しんでもらうよ。私は司令官の所に行くから。」

 

雷は必死に首を振った。涙が飛ぶ。響はその様子を嘲笑った。

 

「どうせ君は何も出来やしない。じゃあね。」

 

ゆっくりと立ち上がって背を向ける。そして一度も振り返る事無く、腹を抑えながらフラフラと倉庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

提督は深夜になっても執務室でデスクワークを続けていた。暫く書類を溜め込んでいたツケであるが、眠気に耐えかねて何度も書き損じた為でもある。

そんな具合に何度目か分からない居眠りに入りかけたその時、執務室のドアがノックされた。

 

「どーぞ。」

 

目を擦りながら言うと、そろそろとドアが開いた。

 

「司令官…すまないね。」

 

響が入ってきた。しかし彼女の腹部は深紅に染められており、呼吸は乱れに乱れ、素人目にも只事でないのは明らかである。提督の眠気は一瞬にして吹き飛んだ。

 

「お、おい!どうした?何があった!?」

 

「ちょっと、ヘマをしてね…。」

 

響は弱々しく笑いながらフラフラと提督の元へ辿り着くと、その膝の上へ倒れ込んだ。白い軍服が彼女の血に濡れる。

 

「しっかりしろ!今すぐ軍医を呼んでやるからな!」

 

血相を変えて電話に手を伸ばす。するとその手を響が掴んだ。

 

「いらない…もう、他には誰も要らない。」

 

「何言ってんだお前、死んじまうぞ!」

 

「身体なんて関係無い、司令官と私だけの世界に行くんだ…。」

 

響は譫言のようにボソボソと呟くと、ポケットから手榴弾を取り出した。提督の顔が凍り付く。

 

「待て、何をするつもりだ…?」

 

響は彼の問を無視して言った。

 

「私は司令官を心の底から、誰よりも愛してる。だから、ケッコンして欲しい。」

 

「いきなり何を言い出すんだ!それより早く手当てを…!」

 

手榴弾を口許に寄せ、ピンを咥える。提督の肌が粟立った。

 

「分かった、分かったから!ケッコンするから!だから落ち着け!」

 

彼の言葉に響はハッとして、次に心が溶ける感覚を味わった。目尻には涙が浮かび、筆舌に尽くし難い幸福感が溢れる。

 

「…ありがとう。」

 

彼女はそう言うと最期の力を振り絞って手榴弾のピンを引き抜き、床にぶつけて時限信管を作動させた。そして残り数秒の命を目一杯に使って、自らの心中を打ち明けた。

 

「司令官。私は今、世界で一番幸せだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音に気付いた艦娘らによって事件は発覚し、翌日には憲兵隊による調査が開始された。響と提督は手榴弾の爆発と破片でズタズタに引き裂かれた無残な姿となっていたが、辛うじて原型を留めていた響の顔は幸せそうに微笑んでいたという。

 

執務室から伸びる血痕を辿った結果、重傷を負った雷が発見された。彼女は収容されて治療を受けたが、車椅子での生活を強いられる事となった。更には事情聴取に来た憲兵から響と提督の顛末を聞くや拳銃を奪取しての自殺を試みて阻止され、その後も幾度も自殺未遂を繰り返し、遂には軍病院の隔離病棟に半ば幽閉されるに至った。

 

 

 

白一色の病室にノック音が響き、部屋の主の返事を待たずして扉が開けられた。もっとも、待ったところで反応など無いのだが。

 

「お姉ちゃん、お見舞いに来たのです。」

 

やって来たのは電だった。売店で買ってきたゼリーと紙製のスプーンを手にしている。対して当の雷はベッドの上でぼんやりと虚空を見詰めたまま、振り向きすらしない。

 

「差し入れなのです。もうスプーンで首を刺そうとかしちゃ駄目なのです!」

 

テーブルにゼリーとスプーンを置く。それでも雷は無反応のままだ。

 

「まだ、辛いのですか?」

 

「…。」

 

「そろそろ元に戻って欲しいのです。」

 

「…。」

 

「暁お姉ちゃんも心配しているのです。」

 

「…。」

 

「また前みたいに皆で…。」

 

「…こ?」

 

「えっ?」

 

「司令官、どこ…?」

 

微動だにせず、雷が小さく呟く。

電の啜り泣く声が、いつまでも病室に響き続けた。




最後までお読み頂きありがとうございました。

ヤンデレな響たそに心中を迫られたい系男子です。

どんな些細な事でも構いません。ご意見ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。