ヒトデナシ (影絵師)
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プロローグ

 

 あれから何時間経ったんだろう……

 目が覚めてから最初に思ったのがこれだ。完全に意識が戻っていない頭を押さえようと左手を当てた。

 切断されたはずの手が元通りになっていた。それだけでなく体全体から痛みが消えたことに驚く私だが、それよりさらに驚くことがあった。

 

「なに……これ……」

 

 それは私の手であることはわかる。先程自分で動かしていた感覚がまだ残っているのが証拠だ。それでも自分の手とは信じられなかった。張りのある人間の肌ではなく、滑らかな光沢を放つ殻。それらを繋げる関節にあたる部分は、子供の頃に遊んだ人形と同じ球体の関節だ。

 形は人間と変わらない。だが昆虫か、人形か、そのどちらを掛け合わせたとしか言えない無機質な手が、驚愕する私に合わせるかのように震えている。

 手だけじゃない。腕、肘、肩も同じだ。反対側の腕もだ。

 自分の一部でありながら異形の両手を見つめるしかできない私。その時、“奴”が言っていた言葉を思い出す。

 

 

――

 

「目覚めた時の自分の姿を見て、どう思うんでしょうね?」

 

――

 

 

 私を瀕死に追いやり、体に何かを流し込んでいた“奴”は口の端を上げながら倒れ伏せていた私の近くに鏡を置いたことも思い出した。

 その鏡をすぐに見ることは出来なかった。奴が言ったことの意味……私のこの手……予想ができていた。だから見たくない。予想が合ってほしくない。だから鏡を見ないようにした。

 それでも……予想が外れること、鏡が壊れていた、そう期待して鏡の方を向いた。

 そして後悔した。

 鏡の中には人の形をした何かが映っている。

 黒目と白目の境目がなく、ただ全体が薄緑色に染まった目。額に逆三角形の配置で出来ている痣……いや、単眼。私と同じ金色の前髪に混ざって生えている二本の長い触覚。頬を無機質に裂けて変化した、驚愕で塞がらない口。それらで構成されている仮面のような顔をこちらに向けている。

 その顔から下も昆虫と人形を掛け合わせた――別の言い方をするなら薄く細い鎧――のような異形の身体をしている。細かく説明すれば腰回りはスカートのように殻と薄い羽に覆われている。

 鏡の中にいる虫じみた人外をただただ見つめる私。人外も私を見つめている。

 首を横に振る。人外も首を横に振った。今度は激しく振る。人外も激しく振った、同じタイミング、同じ向きで。

 あの人外と私の関係はわかっていた。でも受け入れられない。あんな怪物が私だなんて……

 

「違う……あの化物は……私じゃない……」

 

 私の口から漏れる言葉に合わせて口を動かす人外。それを見た瞬間、抑えきれない怒りが込み上がった。

 

「私の真似をするなぁッ!!」

 

 気付けば駆け出し、人外がいる鏡に向かっていく。一色の目の端を上げ、裂けた口から食いしばる牙を見せる人外の顔を見て、頭に血が上っていく。腕が届く範囲まで狭まった地点で私は片腕を上げ、鏡にいる目の前の人外を殴りつけた。

 鏡が砕かれていく音が耳に入っていくまま、深呼吸する。地面を見つめていた私は顔を上げる。そして、その時の光景に何も感じられなかった。

 殴るための手のひらから、いつの間にかノコギリ状の刃が伸びていて、鏡を貫いていた。刃を中心に広がるヒビで見えづらかったが、人外も全く同じことをしていた。

 ……そこでやっと認めることになった、人外と私が同じであることを。

 私の一部である刃を鏡から引き抜かず、そのまま割れた鏡に寄りかかった。しばらくの間、私の頭に「動く」という発想は浮かばなかった。

 受け入れてもまだ、時間が必要だ。羽化する虫のように。



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プロローグ2

 空は灰色の雲に覆われ、雨が降り続く中、1人の女が地面に倒れていた。

 仰向けの状態のその女は若く、まだ20歳を過ぎていないように見える。そんな彼女の黒い長髪は土に汚れており、口からは血が流れ出ている。開いた目から光が消えていく。

 身につけている装甲付きのコートはボロボロで赤く染まっており、すぐそばには血に塗れた刀が落ちていることが、この女は剣士で戦闘で敗れたばかりだと教えてくれる。

 瀕死の彼女にナニカが近づく。人を簡単に超える大きさの狼だ。全身に傷だらけで、女剣士が戦った相手だとわかる。足を引きずる様子はなく、女剣士のそばまで来た狼。

 それまで動かなかったはずの女剣士の腕が少しだけ動き、近くに落ちている刀に伸ばす。しかし、狼に前足で踏まれて刀を掴むことが出来なかった。虚ろな目で狼を見上げ、口をパクパクと動かすが声は上げられなかった。

 狼は気に留めず、口を開く。鋭く大きい牙がずらりと並んでいる。その顎で動かない女剣士の首を挟み、そして……

 

 折れる音が雨音に混じって響いた。

 

 黒髪の女剣士は首を折られて絶命した。首元に歯形ができ、そこから大量の血が流れ出る。狼はしばらく彼女の遺体を見下ろしたあと、その場を離れていった。

 残されたのは無残な死体と、持っていた刀だけだ。

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 女剣士と狼の戦いから時間が経ち、それでも雨は未だ降り注ぐ。

 雨に打たれ続けていた女剣士の死体。狼に首を折られて一生を終えてしまった。

 

 人間としての一生を。

 

 両手に力を込め、上半身を懸命に起こす。近くに落ちている自分の刀を掴み、地面に刺して支えとして使い、体中の痛みを堪えながら立ち上がる。刀を杖代わりに体を支えながら深呼吸したその時、足元の水たまりに映る自分と目があった。

 

 そこにいたのは自分だ。人間ではない自分だ。

 

 口と鼻が前に突き出ているマズル、鼻を境目に上が灰色で下が白色の毛、黒く長い髪から生えている鋭い三角耳、まるで狼の頭を被っているようだ。

 気がつけば刀を掴んでいる両手も毛に覆われており、指の先端から鋭い鉤爪が生えている。後ろを向いて見下ろせば、腰から毛に覆われた尾が伸びている。

 女剣士は自分が人間から狼の獣人になっていることに理解した。

 ……別に驚きはしない。この世界の怪物の多くは元人間であり、怪物に殺された人間は怪物として蘇る。刀の修行中に学んできたことだ。怪物になっても自我を失わないよう精神の修行もしており、そのおかげで今も自分を保っていられる。

 狼のヒトデナシとして蘇った女剣士がやるべきことは唯一つ。

 

 

 あの狼を狩り、雪辱を果たす。



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令嬢→レーシェン

 薄暗い森の中を必死に駆ける若い女がいた。

 美しい茶髪を持つ彼女は目元に涙を浮かべた顔を何度も背後に向けながら走り続ける。来ているドレスは枝などに引っかかって所々破れかけており、髪や顔、ドレスが土に塗れていた。

 どこかの貴族だと思われる令嬢は好きでこの森にいたわけではない。自分の家族が所有していた領地に住み込んでいる農民の一部が突然怪物になり、あっという間に人間の数が減ってしまった。領主一家は領地を捨て、馬車で避難しようとしたが、元人間の怪物たちに襲撃された。横転した馬車から投げ出された令嬢は家族の安否を確認せず、痛みを耐えながら付近の森に逃げ込んだ。

 それで怪物から逃げられるはずはなく、背後から迫る怪物たちの追跡を振り切ろうとした。息苦しく、全身の痛みが残る、それでも怪物に捕まったあとの事を考えればまだマシだ。

 いきなり、彼女の体は宙を舞った。

 その状況に理解できない令嬢だったが、直後に地面に叩きつけられた。何とか立ち上がり、走ってきた方向を見ると、地面から木の根が盛り上がっていて、それに引っかかったようだ。

 その根をパキっと踏み潰す怪物の脚。それを見た令嬢は体を震わせて見上げる。

 筋肉質の体と牛の顔を持つミノタウロス、肥満体型の豚の頭のピッグマン、全身が毛に覆われている人狼、それらの三体が血まみれの得物を持って、令嬢を見つめていた。

 

 鬼ごっこはおしまいだ。

 

 そう言ってるかのように恐ろしく笑っている怪物たちは一歩ずつ令嬢に迫る。追い詰められる令嬢は恐怖に染まった声を上げながら、後ろに下がり、手が石に触れてはそれを掴んで投げつける。

 怪物たちは余裕で避け、わざと武器を掲げては令嬢を怖がらせる。

 下がり続ける令嬢の背に何かが当たる。振り向くと、一本の木が立っていた。

 絶体絶命。

 令嬢の頭の中にそう浮かんだ。前を振り向けば、牛、豚、狼の怪物たちがすぐそこに……

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 森の中に一人の令嬢が横たわっていた。生きているが悲惨な状態だ。

 怪物になった人間は殺し、同胞だった人を食す、犯すことをためらわない。これは怪物になったことで人間時に抑えられた欲望が解放されるからである。怪物に変えられても理性を保つ例外は存在するが。

 三体の怪物に犯された令嬢は体を震わせるが、起き上がろうとしなかった。自分の初めてを怪物に奪われたこと、陵辱の衝撃で精神はボロボロだ。このままでは、別の怪物にマワされるか、殺されるだろう。

 そんな彼女に鞄を携えた人影が近づく。

 一見繊細な鎧と仮面を身につけた女性だが、虫と人形を組み合わせたようなヒトデナシだ。薄緑に染まった複眼を横たわる令嬢に向け、その場にしゃがむ。

 

「大丈夫……?」

 

 ヒトデナシは声をかけるが、令嬢は返事をしない。何度も体を揺すり、肩を軽く叩いても無反応。彼女の状態を察したヒトデナシは目を閉じ、首を横に振る。

 立ち上がって去ろうとした時だった。

 

「ま……って……」

 

 かすかな声に振り向くと、令嬢がこちらに手を伸ばしていた。両目に涙を浮かべて。なんとか口を開け、声を出す。

 

「おわ……らせ……て……このまま……は……いや……」

 

 それを聞いたヒトデナシは、彼女が苦しみから解放されたがっていると考える。腕に畳まれている鎌で首を斬り裂き、楽にすることはできる。

 だが、怪物に殺された人間は怪物として蘇る。それがクソッタレな世界の仕組み。それに、私を蟷螂のヒトデナシに変えた“アイツ”と同じことはしたくない。

 ……何もこの体で殺す必要はない。

 鞄を開け、何かを取り出す。鮮やかすぎる色の果実だ。一時的の仲間である太刀使いの狼のヒトデナシによれば、これは即死する程の猛毒だ。怪物と戦う際に鎌に擦りつけろと、太刀使いの狼に渡されたものだ。

 猛毒の果実を腕から出した鎌で切り、欠片を令嬢の口に入れる。口に入れられたものを何とか咀嚼し、飲み込む令嬢。

 目を見開き、力なく首を傾けた。それから令嬢の体は動かなかった。

 蟷螂は今度こそ立ち上がり、その場に令嬢の遺体を残して立ち去った。人して死んでいくよう祈りながら。

 

 

 この時、蟷螂は太刀使いの狼の説明の一部を忘れていた。

 例の果実はとある怪物の一部であることを。つまり、その怪物に毒殺されたことになる……

 

 

 残された令嬢の遺体が大きく震え始める。激痛に叫び声を上げ、死から蘇った彼女の体に異変が起こる。

 両腕を木の枝に似た何かが突き破り、巨大な腕となる。両足も同様に枝が突き出し、獣の脚と同じ形になった。頭の左右二箇所から同じ枝が生え、その一部が顔を覆うように広がる。腰から尾のように根が生えた。

 激痛が収まり、しばらくしてからその場を立つ。

 変わり果てた自分の両腕をジロジロと見つめる。住んでいた館に置かれている木で作られた怪物の彫刻に似ている。何でも切り裂けそうだ。

 足を見下ろし、片方ずつ上げて見る。これで踏みつけたら何でも砕けそう。

 ふと、仮面のような何かをつけていることに気づき、外してみようとした。しかし、固定されており、無理に剥がしてはいけない感じがする。

 

 私も怪物になったんだろうか? どんな怪物に?

 

 あのクズトリオから逃げている時、池のそばを走ったことを思い出し、自分の姿を確かめるために、そこに向かうことにした。着れそうにない破れたドレスを拾って。

 

 人間だった頃、お父様とお母様は私に教えた。怪物は人の成れの果てであること、怪物になるのは愚かな人間だから、自分たちのように選ばれた者は怪物にならず人として死んでいけると。

 でも実際は違った。確かに怪物は人の成れの果てである。しかし、私のような貴族の一員がこのように化け物になっている。両親はきっと私が選ばれた者ではないと言うだろうが、それはないと思う。そもそも、私を実の娘だとわかるのか。

 

 そう考えているうちに池についた。改めて見ると、意外と広がった。

 近づき、水面に映るものを見つめた。

 そこには龍か鹿の頭蓋骨を思わせる木の仮面をつけたヒトデナシがいた。枝で出来た角に花が咲いており、顔の下半分は露出していて、笑ったり舌を出したりして自分だと確認した。

 胸と腰も映されているのに気づいたヒトデナシは、拾ったドレスを破って出来た布切れで覆い隠す。

 ……貴族とは思えない格好だと彼女も思った。見た目だけでなく、中身も「貴族とは思えません」と執事にも言われたことを思い出し、一人で笑う。

 そして笑うのをやめた。視界の端に牛、豚、狼が見えたから――

 

 

 令嬢だった木の鹿のヒトデナシはゆっくりと歩いている。その背後には不自然に生えたばかりの木に貫かれている牛、豚、狼の怪物の死体があった。



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女弓兵

 燃え上がる街に多くの人間の悲鳴が響き渡る。

 いつもなら、商店が並ぶ大通りを家族、友人、もしくはそれぞれ一人といった通行人でいっぱいだった。

 今は火の手が上がる商店、散らばり逃げる人間たち、そしてそれを追う複数の怪物。道路には怪物に殺された人々が転がっていた。中には怪物に変異している死体もあり、それは新たな人間への脅威になる。

 人々が逃げる方向には駆けつけたばかりの数台の馬車が止まり、中から鎧を身に着けた騎士、兵士、弓兵が次々と降りてきた。

 

「くそっ、なんてことだ」

 

 その中で目立つ鎧を身に着けている――隊長だと思われる騎士がそう漏らす。惨劇が起こっている街は、頑丈な壁に囲まれており、訪れる者を一人ひとり確認する、怪物に殺された死体は焼却するなどの十分な警戒もしていた。だが、こうして化け物が紛れ込み、人間を殺しては数を増やし続けている。どこか見落としてしまった結果がこれだ。

 民間人を自分らの後方へ避難させる騎士たち。まだ逃げ遅れた者はいるが、全員逃してからでは怪物共の攻撃を許してしまう。

 ……すまない。

 見捨てることに隊長は小さく声に出して謝り、数十人の弓兵に指示する。

 

「射手! 構えろ」

 

 弓兵たちは騎士や兵士の前に配置し、弓を構える。

 隊長の指示で放つ矢の先には、騎士たちに気づき、殺気を放ちながら迫ってくる怪物たちがいる。

 犬、猫、鼠……人間の身近にいる動物を無理やり人の形にした怪物。人間でもなく、動物でもない、そのどちらの恐ろしい性質をかけ合わせた怪物が、包丁や斧といった日常で使う刃物を持って騎士たちに迫る。

 ある程度引き寄せたところで隊長は手を振り下ろし指示する。

 

「放て!」

 

 放たれた矢に突き刺さった怪物たちは倒れ込んだ。矢を避けた怪物、刺さったが致命傷ではない怪物たちは駆け続ける。騎士たちの目の前まで来ていた。

 次の矢を放つには間に合わない。隊長が次の指示を出そうとした。

 

 しかし、声を上げられなかった。一体の怪物が投げた斧が隊長の胸元に食い込んだ。裂かれた胸部から血を吹き出し、倒れる隊長。

 

 それを目にした近くの騎士や兵士、弓兵が驚くが、その直後に怪物たちの攻撃にさらされた。

 包丁、斧、草刈り用の鎌、熊手といった人間の道具で殺す。鋭い爪や牙といった獣の部位で殺す。隊長を失い、混乱しながらも抵抗する騎士たちを次々と殺した。兵士や弓兵も同じように殺した。

 血が飛び散る中、フードをかぶった一人の弓兵がその場から逃げ出した。

 恐怖でいっぱいだった。怪物に殺されること、そしてその怪物になってしまうことに。

 そんな者が逃げられるはずがない。一体の怪物がその者に気づき、四足で追いかける。飛びかかって押し倒し、フードの中身を見る。

 女だ。明るいクリーム色の短髪をした成人ではない女が恐怖に歪んだ顔を向けている。涙が浮かぶその目には、毛に覆われた尖った顔、小さな耳の鼠の顔が映っている。

 女の口から悲鳴に近い声が出た。

 

「お願いです! 殺さないで!」

 

 叫びながら両足を激しく動かし、鼠の怪物に両腕を叩きつける。

 もちろん、大声と抵抗が鼠の怪物に通用するわけがない。鼠は口を開き、女の喉元を齧る。歯が喉に食い込み、一気に引っ張る。

 喉を噛み千切られ、血を流した弓兵の女は動かなくなった。

 

――――

 

 目を覚ました女弓兵は気を失う前の記憶を思い出し、すぐに喉元に手を当てる。

 塞がっている……だけど、この毛の感覚は何?

 謎の感覚を撫でて調べている時、訓練していた時に学んでいたことが頭に浮かぶ。

 

 怪物に殺された人間は怪物に蘇る。

 

 血の気が引く。上半身を起こした女弓兵は喉に当てていた手を、恐る恐る顔の前に移す。

 腕から手首までに明るい毛皮が覆われており、手も人間と比べて細い。もう片方も同じだ。

 今度は下半身に視線を移す。ズボンの裾から出ている両足は獣と全く同じ。おそらく腰から生えている無毛の尾が股下から伸びていた。

 完全に全身を見たわけではないが、その時点でもう理解していた。頭も鼠と同じだろう、尖ったマズルに、髪から出ている小さな耳。

 呆然とした女弓兵はゆっくり立ち上がり、周囲を見渡す。仲間である騎士や兵士、弓兵の死体がいたるところに転がっている。怪物の死体もあるが、人間の死体よりも少ない。

 女弓兵は仲間の死体に声をかけた。

 

「みんな、起きてよ。私を、一人にしないでよ」

 

 返事をしない仲間。それでも女弓兵は歩きながら仲間に声をかけるのをやめない。

 

「私は鼠の姿をしてるかもしれないけど、人間だったんだよ。チューチューも言ってないでしょ。私が人間だからだよ。お願い、目を冷まして」

 

 自分が人間であることの証明、生き残りの仲間を求めて、鼠のヒトデナシは滅ぼされた街を彷徨う。 

 



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豚になった見習いコックが、状況説明するようです

 人間は神に見放されただろうか。

 そんなクサイことを思いながら、僕はまな板に乗せられた肉を切った。トントンと包丁を動かしながら、肉を細切れにする。隣のコンロで猪頭のお父さんが鍋を煮込んでいる。

 僕の名前はバビ。お父さんが経営している屋台で働いてる料理人兼接客係だ。怪物の種類としては豚人間、つまりピッグマンだ。あの特徴の鼻と、丸っぽい体さ。

 

――――

 

 人間だった頃は大通りにあった料理店で働いていた。豪華な店で平民だけでなく貴族もよく来ていた。身分の差にうるさい客もいたけど、お父さんに無言で睨まれてから来なかったこともあった。平民と貴族に美味しい料理を出す無口な父を手伝いながら、僕もお父さんみたいになろうと修行した。

 そんな幸せ暮らしがある日、あっという間に終わってしまった。

 朝早く、いつもの開店の準備をしてた時になんとなく窓を見た。いつもなら様々な通行人が歩いていたはずだ。

 しかし、街の中に現れるとは思いもしなかった怪物たちが人々を襲い、殺す。そして怪物に変わっていく殺された人たち。

 僕の悲鳴を聞いたお父さんが厨房からやってきて、外の状況を知った直後に扉や窓をテーブルや椅子で塞いていく。衝撃な光景を見て頭が停止していた僕もお父さんに怒鳴られ、慌ててバリケードを作るのを手伝った。何もしなければ殺される。生きたい僕はせっせと作業するだけだった。

 作業がある程度進んだ時、僕はもう一度、窓の外を見た。

 人が死んでいた。大通りに血溜まりが出来ていて、あちこちに死体が転がっていた。中には怪物になりかけているのもあった。

 誰かが走って逃げていた。鎧とフードを着ている女らしい人は、大きな鼠に追いつかれて倒れ、噛みつかれて死んだ。僕は再び悲鳴を上げそうになり、口を手で塞いだ。

 女の人を殺した怪物がこっちを見た。そして、僕らが隠れている店に駆け出した。

 そのことをお父さんに知らせると、僕に「厨房に隠れろ」と言った。料理に使う包丁を持ってたお父さんが何をするか、理解した僕はすぐに拒否した。敵うはずがない、兵士の人も殺されたんだ。お父さんも隠れた方がいいと頼んだ。

 するとお父さんは僕の頬を殴った。痛みを堪えながらお父さんの顔を見ると、悲しそうな表情をしていた。

 

「倅が先に死ぬなど、絶対に許さん」

 

 その言葉を聞いた僕は、お父さんの思いを無駄にしないよう厨房に向かった。大量の食器を戸棚から全部出し、空になった棚に入って戸を閉めた。

 そして、耳を手で塞ぎ、息を潜めた。

 

……

…………

……………………

 

 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

 耳に当てていた手を離した僕は暗く狭い空間で思った。

 もしかして助かった? あの怪物たちが僕たちに気づかなかった?

 そんな希望を感じつつ、戸を開こうとはしなかった。まだ不安と恐怖が残っていたからだ。それでもお父さんが生きてるか知りたかった。

 その時、隠れている戸棚の戸を外からノックする音が聞こえた。

 僕は反射的に戸を開き、棚から飛び出したことを今でも後悔している。

 すぐ隣に怪物がいた。あの女の人を殺した鼠だ。そいつは厨房で使っている包丁を僕に振り下ろし――

 

 それからのことは覚えていない。覚えていたら僕はきっとおかしくなってた。

 体を揺さぶられ、気がついた僕の視界には猪の怪物が僕を見下ろしていた。

 僕は驚いたけど、怖くはなかった。厳しいけど、理不尽が嫌いなお父さんそのものだとわかった。だって、そういう目をしてたから。

 そして、僕は豚の怪物になってた。絶望で泣きそうだった僕をお父さんは叱った。

 

「泣くのは……生きてこの場から逃げ出すんだ」

 

――――

 

 そして今に至る。

 細切れの肉を炒めた料理と、お父さんが煮込んでいた鍋のスープをお盆に乗せて、それをお客様が待つテーブル席に持っていく。

 

「うん! いい匂い! お腹ペコペコなの!」

「本当にこれを食べられる?」

 

 僕はテーブルに料理を置きながら心配を口にした。

 僕が見てきた怪物の中で一番人間らしさを残しているお客様はクレーエ。人間の頃は路上孤児で、いつも僕らの店に来ては料理をただ食いしてた。まあ、残飯処理に使ったり新作料理の味見をしてもらったけど。

 街に怪物が発生した時は梯子を盗んで屋根に逃げ、梯子を必死に引っ張り上げて怪物たちが登れないようにした。悔しそうに見上げる怪物を見て、クレーエは自分を賢いと思っていた。

 空を飛んでいたハーピーと呼ばれる上半身が人間、腕が翼、足が鳥の脚の怪物たちに襲われ、空中で腕と足を食いちぎられ、大通りの上空で放り投げられ、落下死するまでは。

 今のクレーエは目が一種の鳥のように黒一色であり、黒い翼と太腿に生える羽毛、鋭い脚といった、彼女を殺した怪物と同じ姿だ。男っぽく見えるほどの短い黒髪と盛り上がってない胸は変わらずだ。

 

「別にいいじゃん……人だったあたしもこういう感じだったでしょ?」

 

 フォークとスプーンを使えず、顔をテーブルに近づけて、動物のように食べる。人の時は少なくとも手づかみで食べていた。

 怪物――僕やお父さん、クレーエみたいに理性や人間性があるのを除いて――みたいな食べ方に、僕は嫌悪感を感じてやめさせた。テーブルに置いてあるフォークを手にして言う。

 

「やめろよ。僕がやってあげるよ」

「何よもう、わかった、あーんするよ……今更人間らしく求めたって」

 

 クレーエの最後の言葉に僕は何も言わず、彼女の口に料理を運んでいく。

 

――――

 

 あの時、怪物になった僕とお父さん。人間を殺したり、食べようとは思わなかった。むしろ助けたいと思っていた。これが理性とか自我って感じかな? でも、自分より他人を救う余裕はなかった。

 店の裏口から出て、安全な場所を探してた時に怪物と遭遇した。最初は気にされないかと思っていたけど、そいつは襲いかかっていた。まるで僕らが怪物になり切れていない人間だとわかっているかのように。意外と力のある豚と猪の怪物になってたから返り討ちにしたけど。

 それから怪物に見つからないように隠れながら進み、襲われたら戦う、多少うまくいったけど、大勢の怪物に追われた時に転んだのは絶体絶命かと思った。

 だけど、不思議なことが起こった。僕らを追っていた怪物たちが突然怯えて、背中を向けて逃げ出した。助かったは助かったけど、新たな悪い予感がした。

 僕らが行く先に、あの恐ろしい怪物ですら怯えるような存在がいるかもしれない。それでも僕らは進んだ。

 そこは教会前の広場だ。たまに宗教絡みの祭りや儀式が行われていて、その場にあった「何か」もそれに使われているかと思った。

 赤い水晶の根本で燃えている篝火だ。まるで篝火の炎が鉱石化したようなそれは、僕とお父さんを安心させてくれた。その周囲に血溜まりや死体が全く無く、あの篝火が怪物を寄せ付けないように思える。

 

――――

 

 教会前の広場に落ち着いた僕らは屋台を始めた。調理器具や食器は広場近くの無人になった家から借り、家具を分解して屋台の素材にした。始めたきっかけは……人間らしさを失わないようにするためかな?

 最初は僕ら二人だけだったが、月日が経つにつれて理性を失わずに済んだ怪物たちが避難してきた。

 篝火の近くに座り込むネガティブ思考の鼠の人外、空を飛んでいる時に広場を見つけたハーピーのクレーエ、他所からやってきたクールな狼の女剣士、篝火に向かって祈っているカマキリの人外など、様々な怪物が過ごすようになってきた。

 

 ……こういう状況だけど、まだまだわからないことだらけだ。

 守りが硬いはずの街になぜ怪物が現れたのか?

 水晶の篝火はどういう物なのか?

 他の場所はどうなっているだろうか?

 まあ、考えても仕方ないか。僕は豚になっても、お客様への料理を作って出すだけさ。

 

 



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格闘シスター

今回は獣人でも虫でもなく、異形です。B.O.W.やネクロモーフみたいなものです。


 

 薄暗い石作の通路に数名の足音が響く。壁や床、天井のいたるところに血の跡が付着していた。

 

「早く、こっちへ!」

 

 鎧を装備した女が走りながら声を上げる。背後を振り向く彼女の視線の先には、戦闘するシスターの標準装備である甲冑修道服を身に着けた女が荒い息をしながら走っている。その後ろには何体かの死体が追いかけていた。

 死体がシスターの体を掴み寄せ、彼女の首の横を噛みちぎる。命を尽き、倒れ込んだシスターに死体共が顔を近づける。

 

「くっ、よくもっ!」

「騎士様、ここは私にお任せを!」

 

 立ち止まった女騎士の近くを走っていた銀髪のシスター――ニコルが言った。格闘用に篭手を頑丈にした甲冑修道服を身に着けている彼女に、女騎士は首を振って剣を構える。

 

「いや。彼女の亡骸を好きにはさせん」

「……わかりました。行きましょう!」

 

 互いに頷いたニコルと女騎士は来た道を戻る。食事を始めようとしていた動く死体たちが、彼女たちの接近に気づき襲いかかった。

 女騎士が死体の腕を斬り飛ばし、ニコルが胴体を殴り飛ばす。息を合わせた連携で、動く死体らを倒した二人は、首を噛み切られたシスターのそばにしゃがむ。血が流れ出る彼女の目に光がない。

 女騎士は助けられなかったことを悔やみ、ニコルは悲しそうな表情をする。頭を下げたまま女騎士が訪ねた。

 

「私たちだけか?」

「……きっと、この迷宮のどこかで生き残っているはずです」

「そう願いたいな……だが、ここで足を止めるわけにはいかない」

「そのとおりです」

 

 シスターはそう言い、女騎士は立ち上がり二人とも迷宮の奥へ向かう。 

 感染、呪い、天罰、邪悪な魔法……様々な要因により人ではなくなる異常現象が国に広まる中、とある街の地下深くに眠る迷宮の奥に元凶が存在することが判明した。

 騎士団、冒険者、傭兵、教会の一員で構成した調査団が遺跡に潜り込み、その元凶を調査した後に破壊、可能であれば持ち帰る任務を受けていた。これを成功すれば人間が怪物になってしまうこと、怪物に襲われる心配をしなくてすむ。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。迷宮を徘徊する未知の異形は動物を人の形にした獣人などと違い、死体が変異した姿をしたモノであり、地上の人外への対処方法が通用しなかった。調査団が奥に進むにつれ、異形に殺された者の死体が異形と化していく。

 現在、迷宮の奥まで来ている生きた団員は女騎士とニコルだけである。それでも彼女らは望みを捨てていない。国中の人間が平和に過ごせるために、駆ける足を早める。

 彼女らの目の前に一回り大きい扉が見えた。偵察部隊の生き残りが死に際に「扉の向こうに求めていたものがある」と言い残したことを思い出す。女騎士とシスターが希望を感じた。

 その時、女騎士が声を上げて倒れる。異常に気づいたシスターが振り向くと、うつ伏せの女騎士の背中に数本の棘が刺さっていた。そして自分たちが来た道を歩く人影があった。それは甲冑修道服を着ていた。

 

「私を置いていかないでください……お二人とも」

 

 先程、死体に殺されたはずのシスターだ。噛まれた首元の内部が露出し、裂けた口から牙を見せ、両手の指先が鋭く硬化している。目から赤い涙を流す彼女は人として死んだが、動く屍と化していた。

 死んだ調査団員の死体は処理しなければならない。ニコルはそう叩き込まれていたが、親しい者の死体を処理する勇気はなかった。ニコルは己の弱さを後悔し、シスターを醜い生から解放しようと身構えた。

 

「安らかに……眠ってください」

 

 そう言った直後、ニコルはシスターに向かう。拳を何度も突き出すが、シスターはそれを全て躱していく。蹴り上げるが躱され、回し蹴りをするが躱された。戦闘能力が高い調査団員を元にした異形は強敵だ。

 回避していたシスターがニコルの喉を掴んだ。掴まれたニコルは抵抗するが、逃げられずシスターの手で口を強引にこじ開けられる。彼女の頭を引き寄せたシスターが口を閉じ、頬を膨らませていく。頬を裂けて出来た口から異臭を放つ液体が漏れているのを見たニコルが最悪の予感を感じ、自分の口を閉じようと暴れるが無駄だった。

 開かれたシスターの口から濃い色の液がニコルの顔に降りかかり、彼女の口に侵入し喉元を通っていく。

 吐き終えたシスターに解放されたニコルは、体内からの強烈な痛みと吐き気にその場に両手をついて倒れる。ニコルの口から先程の液体と血が吐き出されて広がっていく。体に力が入らず体を床につけ、修道服が液体に汚れる。

 そんな自分の姿をシスターが見下ろして笑っている。ニコルは体の内部が変わっていく不気味な感覚を感じながら死んでいった。

 

――――

 

 甲冑修道服を着た銀髪のシスターが迷宮を歩いていた。

 牙が見える裂けた口から舌を垂らし、黒く変色した目から赤い涙が溢れる。鋭く歪に変形した両手が血に濡れている。調査団員の一人であるニコルは異形の一つになっていた。

 

 地上に……帰りたい……

 

 

 

 



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猫の召使い

 

 一人の老人が手に持った色のついた筆をキャンバスに近づける。同じ方向、同じ動作を繰り返したあと、片手のパレットに乗っている絵具を筆につけて再びキャンバスに描く。絵を描きながら時々こちらを見ている老人――主人を、あたしは向かい合う形で椅子に座って見つめていた。

 壁や床に絵画が置かれている部屋の中で、あたしは今、主人が書く絵のモデルに務めている。

 主人があたしを描くのはこれが初めてじゃない。数ヶ月前にあたしの絵を描き終えたことがある。でも主人は満足せず、次の日にあたしを描き始め、やがて完成した。そしてまた、あたし描き始める。

 この主人は毎日、あたしの絵を次々と描き続けている。

 はっきり言ってモデルのあたしは動いてはいけないが、じっとしているのも疲れる。家事とは違う労働でもある。

 逆に主人は飽きずに描いている。別に画家だから、絵を描くのが好きだからという理由ではない。あたしの他に題材にしたモノもあったが、主人がもっとも長く絵の題材にしていたのがあたしだ。

 

……あたしが「変化し続けるから」だって

 

「うむ……ご苦労さん」

 

 筆を止めた主人の言葉に、あたしは肩の力を抜く。首と肩を回すあたしに主人がキャンバスを向けた。

 

「どうだ、キャリコ? うまく描けているだろう」

 

 そう尋ねる主人に、キャンバスに描かれているモノを見ながら頷いた。

 

「はい。丁寧に描かれています、ご主人様」

 

 感想を言い、改めて完成したばかりの絵画を見る。

 猫と人をかけ合わせたモノの上半身が描かれている。髪から伸びている三角耳と、ヒゲが生えた丸っこいマズル。細長い瞳孔の目元を境目に上が黒と茶、首元までの下が白の毛が猫だと教える。そして、毛と同じ三色の髪で出来た三編みと、人間と同じ体をしているのが人だと教える。 

 猫を人の形にしたこれが、今のあたしの姿である。

 

「それはよかった。さて、もう時間だし、夕飯の準備でもしよう。今夜は私が作るよ」

「いいえ。今日もあたしが作ります、ご主人様」

 

 アトリエから立ち去る主人を追うあたし。ふと、置かれている一つの絵画に描かれている少女と目があった。

 三角耳がない、瞳孔が丸い、毛がない、髪が黒一色、そんな普通の人間の少女……これは初めて主人があたしをモデルにした絵である。

 この子がかつてのあたしだった。

 

――――

 

 異臭が漂う中、あたしは薄暗い部屋を見渡す。壁際に何人かの男女がボロボロの服と首輪を身につけられて座らされている。あたしもその一人で、空腹感に立ち上がれそうになかった。

 あたしたちはどういう存在なのかは教えられていた。人よりも劣った存在だと。だから危険な仕事、汚い仕事、キツい仕事をやらされたり、体を何かに使われたり、そうしたことで命を失うのがあたしたちの運命。今はこうしてどんな人に拾われ、どう使われ、どう捨てられていくかを待っているだけ。

 

「おい」

 

 あたしの前に布で顔を隠した大男がやってきた。どうやら人に拾われるようだ。

 

「立ち上がれ、ついてきな」

 

 命令に従うまま、立ち上がって出口に向かう大男についていく。他の者からの哀れ、妬みの視線を感じながら歩く。立ち止まったって、強引に引きつられるだけだ。

 

「お前は最悪な奴に選ばれたな」

 

 大男があたしにそう言った。

 

「お前を飼うジジイはイカれたとの噂だ。この国を騒がしている獣化病やら異形病の元凶だと疑われてるらしいが……人以下のお前には関係ないか」

 

 そう笑いながら大男は扉を開ける。開かれる隙間から漏れる久しぶりの光に、あたしは目を眩んだ。そして、元通りになっていくあたしの視界に一人の老人がこっちを見ていた。

 長く白い髪を後ろに結び、シャツとベスト、ズボンを身に着けた直立の老人。この人があたしの主人、そう理解した。

 

――――

 

 主人が獣化病に関わっていたのは真実だった。

 医療街から離れた林の中にある家にあたしを連れてきた主人は、3つの条件を出してきた。

 

・自分が生活する分の家事は自分でする。

・一日に数時間は絵のモデルになること。

 

 それを聞いた時、あたしは驚きを隠せなかった。あまりにも奴隷の自分に優遇過ぎたからだ。奴隷を飼う者の世話をするのが当たり前なのに……

 しかし、3つ目の条件で優遇な条件に納得した。

 

・人でなくなることを覚悟すること。

 

 あたしはその条件を受け入れた。奴隷がどう拾われ、どう使われ、どう捨てられようが、主人の勝手だ。

 主人が差し出した謎の飲み物を飲み干し、多少の違和感を感じたが特に体の変化はなく、その後あたしをモデルにした絵を主人が描き始めた。

 

 一枚目はまだ人間。

 

 二枚目は髪が三色に変色し始めた。

 

 三枚目は髪から三角耳が覗き出し、口当たりが前に伸びていく。

 

 四枚目は全身に毛が覆われた。

 

 こうして猫のヒトデナシとなったあたし。人としては不幸かもしれない。

 でも、奴隷としては幸せだ。



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本当のヒトデナシ

 

 医療街。最先端医療技術の研究開発拠点、研究機関・病院などが集積することからそう呼ばれている。

 「この街に来たらどんな病気、怪我でもきれいに治る」と言われるほど医療技術に優れたこの街には、王族から平民など関係なく国中から患者が訪れては治療を受け、安楽死を頼んだ者を除いては健康的に帰っていった。

 しかし、医療街でも治せない難病が突然発生した。人を怪物に変えるそれは「獣化病」「異形病」と呼ばれていたが、そもそも病であるかも分からなかった。

 それでも、訪れた患者を治療することを目的とする医療街の者は諦めず、獣化病の治療方法を探り続けてきた。同時に怪物から街を守るために防壁を建て、傭兵や王族から派遣された兵団に守らせていた。

 

 ……しかし

 獣化病に魅入られた一人の狂人によって、街は怪物で溢れ出した。

 

――――

 

 〜〜♪ 

 

 私は口笛を吹きながら廊下を歩いていた。

 窓に映るうなじまでの金髪、医療街で働く者が着る白いローブ、丸眼鏡をかけた私の耳に大勢の悲鳴が入っていく。口笛を止めずに廊下の窓から夕暮れの街を見下ろすと、必死に走って逃げている人間共を怪物たちが追う光景が広がっていた。どうして人間以上の存在になれるのに、拒むわけ?

 一人の人間が転び、怪物に追いつかれたのを見つけて観察する。伸し掛かられて抵抗する人間に怪物がトドメを刺し、他の人間を追跡し始めた。残された人間の死体に血溜まりが広がる中、痙攣しながら怪物に変化する死体から目を離せない。私は片手を窓に当てながら、もう片方の手で胸の鼓動を抑える。

 幼虫が成虫に羽化する。生き物が全く違う姿になる瞬間はいつ見ても飽きない。それが人間のような虫とは違う存在だとなおさら。

 

 ……だからこのショーを始めたわけ♪

 

 研究用に保管されていた怪物の体液を持ち出し、街の下水道に流し込んだ。下水道には路上にすら居させてくれない人間共がたくさんいる。彼らが先に人間以上の存在になる権利がある。そうして元人間の怪物が地上に現れ、今はこうして人間を怪物に変えていく。

 宗教、技術、文化、そして医療を持つ動物である人間が、異質な姿に変えられるのを見ていると……口の端が下がらなくなる。

 突然、腹部に強烈な痛みと、何かに貫かれた感覚を感じた。口から血が吐き出す中、窓ガラスに目を向ける。

 腹を尖った何かに突き破られた私の後ろに、人の形をした人間ではない何かが映っていた。そこでどういう状況なのかを理解した。

 

 ああ……そっか……私も、獲物……だよね……

 …………ははは

 遅いじゃん……♪

 

 窓ガラスの中の私は笑っていた。これから自分の身に起こることを想像して……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

 気がついてから最初に思ったのはそれだ。頭を手で抑えながらなんとか立ち上がり、自分の下半身を見つめた。裾口が広い白のズボンを履いているように見えるが、真っ白な湿り気のある足そのものだ。

 人間の足じゃない! 私は胸を躍らせ、近くに更衣室があるのを見つけて駆け込み、そこにあった姿見の前に立つ。鏡には軟体動物を人の形にした人外が映っていた。

 顔つきは人間の時と変わらないが全体的に白くヌメっており、頬に赤いラインが浮かび上がっている。髪も肌と同じように白く変色し、額からは二対の先が細い柔らかな触覚が伸びていた。

 広い袖口がついた腕、広い裾口がついた足、平たく長い尾、胸と腰は膜で覆われ、白く赤いラインがある粘りついた身体をしている。

 私が口を開けば、怪物も開く。私がウインクをすれば、怪物もウインクする。

 私が目を細めれば、怪物も目を細める。私が口の端を上げれば、怪物も口の端を上げる。

 私は鏡の中にいる怪物と鏡面で手を合わせ、こう挨拶した。

 

「こんにちは……新しい私♪」

  

 



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悪魔と化しても姫を取り戻す女騎士

 人間の時代は終わりを迎えようとしている。

 女騎士が忠誠を誓った王の言葉だった。

 呪い、災い、病、悪しき魔法……それらによって怪物に変えられた人間たちが王都にも現れた。兵団や騎士団の多くは元凶を倒しに遠征に出ており、残りの者と民間のギルドの者が民を守るために戦った。しかし、人間以上の能力を持ち、殺した人間を怪物に変える性質により、人間たちは無残に敗北した。

 その場で戦っていた女騎士は王と姫を守るよう命令されて王城に駆け込んだが、城の中も兵士と怪物の死体が転がっていることで「手遅れかもしれない……」と思ってしまう。幸い、生き残りの怪物はいないが、死んだ者が怪物として蘇るかもしれない。女騎士は廊下を走り、王の間へ向かう。

 王の間には姫とその側で倒れている王がいた。周りには多くの死体が散らばっている。

 すぐさま駆け寄った女騎士は二人の安否を確かめた。

 

「私は大丈夫です……お父様が……」

 

 そう答える姫はドレスが少し破れているだけで無事だ。しかし、彼女の父親である王の方は意識はあるが、大量の血を流していた。女騎士が手当しようとするが、王は首を弱く振った。

 

「私は手遅れだ……じきに怪物となり……お前たちを襲うだろう……そうなる前に……」

 

 その言葉に女騎士は理解した。死体が怪物にならない方法を彼女を含む騎士団は教え込まれている。人間として多くの仲間を死なせたのは少なくない。

 それでも、自分の手で王を殺すことは躊躇ってしまう。姫も泣きながら拒否する。

 

「嫌です! お父様と分かれるなんて……私は……」

「人間の時代は……終わりを迎えようとしている……それでも、お前たちは生きろ……たとえ身が異形となろうとも……心は保ち続け……」

「お父様……」

「娘を……頼む……」

 

 女騎士にそう告げた王は目を閉じ、それから動かなくなった。姫が何度も揺さぶり、声をかけ続けたが、やがて泣き出してしまう。女騎士はしばらく項垂れていたが、泣き止まない姫を王の亡骸から優しく離し、王を人として死なせた。

 

「さようなら……お父様」

 

 主を失った王城から立ち去ろうとする女騎士と姫。だが、そんな二人の行く手を阻む者が現れた。

 廊下を走る女騎士と姫の前に、背を超える長さの剣を持つ男が現れた。人とは思えない血まみれの男に女騎士は剣と盾を構え、姫を背後で守る。

 

「さて、騎士様。そのお姫様をおじさんに渡せば、騎士様も安全な場所へ案内するぜ」

「貴様は何者だ……人なのか?」

「その皮をかぶった奴、かな? ま、強引に攫うがな!」

 

 そう言った直後、男は駆け寄った。

 剣と剣が弾く戦いを姫は女騎士が勝つことを信じて見守るが、女騎士を防御を崩されてしまい、その隙に腹を鎧ごと貫かれてしまう。

 剣と盾を手放し、男の剣を引き抜かれた腹を抱えながら倒れる。父を失い、瀕死の親しい者を目にした姫が彼女に駆け寄るが、男に捕まった。

 

「離しなさい! 人でありながらもっ!」

「ギャーギャー言ってなさいな。それじゃあ騎士様、姫様を魔王に会わせに行くからな。また戦おうぜ」

 

 抵抗する姫を担ぎ上げて去っていく男の背に片腕を向ける女騎士は死んてしまった。

 

 

――――

 

 

 王の廊下に転がる女騎士の死体。これも世界の仕組みによって怪物として蘇ろうとしている。

 床に鋭く尖った手をつき立ち上がる女騎士。鎧に隠されていない肌は生気を感じない青白に変色し、尖った耳、無機質に裂けた口、銀髪から生えた二対の歪な角を持つ悪魔と化した女騎士は自分のである異形の手を見つめ、その手で剣と盾を拾い、どこかへ向かった。

 

 王の最後の命令

 姫を取り戻すために



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蛇の母娘

 無数の札に覆われた石造りの扉の前で一人の少女が待っていた。10代前半の幼い彼女は持っている懐中時計を見つめ、もうすぐあれから48時間後になるのを確認していた。

 少女が待っているのは封印された扉の向こうで異形病と戦っている母親と、彼女に付き添っている父親だ。

 

 

 

 母が異形病にかかっているとわかったのは一昨日の夕飯の時だった。食事中の母の口から人間とは思えない鋭い犬歯が見えているのに娘が気づいた。娘と父は驚いたが、母の方がかなり驚いていた。無理もない。今まで奇跡的に人外が襲われずに済んだ家族なのに、いつの間にか変わっていたのだ。今は初期段階だが、進行していくにつれてモラルを失い、家族を襲ってしまうだろう。

 家族殺しを望まない母は医療街から派遣された医師に頼むが、完全に治療できないと告げられる。それでも母は治る可能性があるなら治療を受け、手遅れなら死を望むと言った。彼女の覚悟を感じた医師は母を含む家族に説明する。

 家族が住む家の近くに小さな遺跡があり、その扉を封印して中で48時間治療する。治療に成功すれば外に出る、失敗すれば医師自身を犠牲にして異形化した母を封印する。

 聞いた娘は当然首を横に振った。

 

「お母さんが死ぬのは嫌だ……お母さんと離れ離れになるのは嫌だよ……」

 

 父と母は彼女を優しく抱きしめる。

 

「大丈夫よ。お母さんはきっと良くなってあなたと一緒にいるわ」

「もちろんだ。お父さんがお母さんのそばにいるよ」

 

 その言葉に娘も決心した。

 夜中、例の遺跡の前に娘が立っている。開いている扉に医師と共に入っていく両親はこちらを笑顔で見ていった。恐怖と希望を感じた気がした。扉を閉めていき、札で封印する医師の助手たち。作業を終えた彼らは娘に慰めの言葉をかけて去っていった。

 それから約二日間、母がやってくれた家事を娘はなんとかする。食器洗い、選択、掃除等……一見楽な作業と思っていたが、体力と頭を使わないといけない家事の大変さに困惑する。

 

「お母さんが治ったら、今度は私がやるよ」

 

 休憩中に約束することを決める娘。 

 

 

 

 母と父が遺跡に入ってからもうすぐ48時間になる。

 封印の扉の前で娘は手作りのお菓子を持ちながら元気な母が出てくるのを待っていた。家には食事の準備もしてある。2日ぶりの家族と一緒の御飯を楽しむつもりだ。

 一瞬、扉が動いた気がした。医師から「成功すれば中から開ける」と聞いた娘は異形化した母が封印されるバッドエンドがなくなったことに喜んだ。確実にお菓子を食べてもらえるし、ご飯も一緒に食べれる。喜びのスキップを我慢して、母が出てくるのを待った。

 開かれていく扉を見て更に喜ぼうとした。

 しかし、甘い異常な臭いが鼻につき、喜べなくなった。代わりに恐怖が湧き、後退る。遺跡の中から母の姿が現れる。

 母の姿……? 髪の毛、破れている服、顔つきはお母さんと似てる……むしろ同じだ。

 だけど、あれが母とは思いたくない。ジグザグに避けた口、獣のような目、青い鱗に覆われた体……そして、足のない長い尻尾で出来ている蛇の下半身。怪物になってしまったお母さんが血まみれでこっちを見ている、笑顔で。

 すぐに逃げたかった。だけど、足が動かない。恐怖? それとも母を放っておけない?

 

「待ってたのねぇ」

 

 お母さんの声。怒ってないのに何故か怒った時より怖い。動けない娘に蛇の異形――ラミアに変化してしまった母がゆっくりと近づく。その姿に思わず尻込みしてしまい、泣いてしまう。

 

「お母さん……治れなかったの……? お父さんとお医者さんは……?」

「こんな素晴らしい身体からちっぽけな人間に戻るなんてありえないわ。あの二人はすぐに死んだわ、パパは大好きだから食べたけど、医者の方は成りかけの途中であっさりよ」

「こ……ころしたの……お父さんを……?」

 

 娘が恐る恐る聞くと、蛇の下半身が彼女を囲み、巻き付く。パニックになった彼女は助けを呼んだ。

 

「た、助けて! 死にたくない! お願い、誰か――」

 

 身体の中から折れる音が聞こえ、娘は親に殺された。

 

 

 

「さあ、起きなさい」 

 

 優しい母の声に娘は目覚めた。いつもの天井が見える。あれは夢だったの? 少し安心しながら上半身を起こした。

 そして、異形の母に殺されたのは現実だと思い知らされた。とぐろを巻いてる母の姿、そして母が持っている鏡に映っている娘自身の姿。人間の頃の面影はあるが、鱗に覆われ下半身が蛇のラミアになっていた。

 

「おはよう、新しい娘♪」

 

 母の言葉を聞き、涙を流す。鏡の中にいる娘も泣いているが、避けた口の端が上がっていた。



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蟲姫様のお話

……R-18(IF)に登場したキャラの健全(?)な話を書くって複雑だな。


 これは、異形病と獣化病、それらによって変えられた元人間の怪物がおとぎ話の中にしかいなかった時代の話である。

 

 

 

「それでは……来月分の報酬はこれ程でよろしいでしょうか?」

「……駄目です、安すぎます」

 

 応接間のテーブルを挟んで座り合い、交渉している二人。一人は豪華な家具などが並べられている部屋に似合わない庶民的な男、もう一人は身なりの良さそうな糸目の女性だ。その側には年老いた執事が立っていた。

 

 館の主である女性は、蜂蜜と花が名産品であるこの地域の領主であり、彼女が与えた土地で働く養蜂家や花畑の持ち主から農産品を税として受け取り、それらを他の地域や首都などに売るのが主な仕事だ。無論、この他にも設備や防衛の支持など様々な仕事はあるが、ざっくり説明するとしたら“農民からもらった農作物を売る仕事”だ。

 

 女領主は農民や労働者に出す報酬の交渉を農民の代表者としているところだ。

 

「しかし、先月と今月と比べてみますと、来月分のも変わりはないと思いますが」

「確かにおっしゃる通りです。しかし、最近我々の家庭も苦しくなってきており、このままで食べていけれません。どうか、報酬を増やしてください」

 

 頭を下げる代表者に女領主はしばらく見つめる。すると、老執事が「お言葉ですが……」と彼女に囁き、聞いていた女領主は代表者に首を横に振った。

 

「申し訳ございませんが、来月分の報酬はこれで決まりです」

「し、しかし……我々の暮らしが……」

「それに関しては私が必ず解決します。今日はどうか、お引取りください」

 

 食い下がろうとする代表者だが、女領主の考えが変わらないと察し、不満を浮かべて館から去っていく。

 応接間に残された女領主と老執事。女領主が執事に尋ねた。

 

「先程のは確かですか?」

「はい。調査の結果、あの方を含む農民達の暮らしは豊かとは言えませぬが、報酬を変えずとも数ヶ月は餓死の心配はございません。各家庭にも大きな問題は見られません」

「では……彼は嘘をついて報酬を値上げしようと?」

「お辛いでしょうが、そうとしか言えません。近年は領主より農民が重要視される傾向があるため、今の報酬では不満でしょう」

 

 そう聞いて女領主は頭を悩ませる。

 はっきり言って、彼女は人の上に立つのが好きではなかった。自分が言ったことに全ての人々が聞いてくれるわけでもなく、だからといって脅しで従わせるのは論外だ。自分のことは自分でやるべきだと考えるそんな彼女が領主になれたのは、亡き夫の地位を引き継いだからだ。今まで様々な困難があったが、信頼できる執事や使用人、愛する二人の子供たちがいたからうまくやれた。

 これからも助け合ってやれるだろうと思っていた。

 

 

 

 交渉を終えてから数日後。首都での新たな取引先と話し合うため、館に寂しがり屋の子供たちと使用人を残して老執事と共に外出した。

 首都での仕事のついでに子供達へのお土産を買おうと考えた。一つは娘が好きそうな新しいお人形、もう一つは息子が喜びそうな虫の標本。娘と息子にプレゼントする度、喜んで大事にしてくれる。今回も喜んでくれると嬉しいわ。

 ふと耳に噂話が入る。「空を超えた高い場所にある石が、どこかの地に落ちた。その中から見たことのない世界が広がっていく」と。今度の子供達へのお話に使えそうだ。

 

  

 

 

 

「お、奥様……! 農民共が館に火をつけやがったんです! まだ中にはお坊ちゃまとお嬢さんが……! あいつら、金を独り占めにした天罰だと言いやがって!」

 

 首都から帰った女領主を待っていたのは、帰る家だった焼け焦げた館と怪我をした使用人だった。子供達は……火が収まった館の中で黒くなって動かなかったの見つかった。

 女領主達が首都に向かった直後、領主の下であることに不満を爆発させた農民達が館に放火した。「天罰だ」「俺たちを見下した罰だ、神は許してくれる!」とほざく暴徒と化した農民を止めようとして返り討ちにされた使用人の言葉にただ聞いているだけの女領主。

 使用人を手当するために老執事が病院に連れていき、その場に残って焼け尽くされた館、二人の小さな焼死体を放心で見ていた女領主は突然叫びだした。

 

「返して! 私の子供たちを返して! お金を多く持ってただけで!? 幸せな暮らしをしただけで!? こんなのことが出来る人間共……そいつらに都合よく利用される神なんて必要ない!」

 

 

 

「可愛そうに……」

 

 知らぬ声に振り向くと、ピングのフードを深く被った女が近づいている。その姿は普通の人のように服を着ているのではなく、生々しい肉体の一部のように見える。 “それ”は言葉を続ける。

 

「だったら人間をやめる? 神なんかに利用したりされたりせず、醜い人間を簡単に殺せる力を得られるよ」

 

 その言葉に何もかも失った女領主は無意識に頷いた。次の瞬間、フードの女から伸びた肉々しい触手に腹を貫かれた女領主は口から血を吐き出して命を散った。彼女を殺したフードの女は軽そうに謝る。

 

「痛かった? ごめんなさいね、この星の生物の扱いはなれてなくって。でも、新しいあなたに変えてあげるから許してね」

 

 言葉通り、死んだ女領主の体を無数に分裂した触手で変異させていく。

 見開いた目の上に切れ込みを作り、新たな一対の目を発生させる。苦痛に歪んだ口の両端を無機質に裂かせていき、牙を生やす。頭の両側に複眼を植え込み、髪に混じる形で一対の触角を伸ばす。

 服を破られて露わになった身体も紫色の外骨格に覆われていき、関節部分が白い毛に覆われた、胸元が盛り上がった球体関節人形のような鎧の体と化する。背中から二対の鋭い脚、腰からは外骨格に覆われた先端が尖った尾を生やしていく。

 複数の虫を合わせた人外に成り果てた女領主が体を起こし、自分の姿を見つめる。己の身体に驚きも嫌悪感を見せない彼女に肉々しい女が声を掛ける。

 

「おはよう、新しい命♪ 私に従わなくてもいいから、自分らしく生きてね、蟲姫様」

 

 そう言って肉の膜で出来た羽を生やし、飛び去っていった。その場に残された女領主――蟲姫は裂けた口の端をゆっくりと上げ、どこかに歩き去る。かつての家と家族を残して。

 

 

 

 数日後、女領主と交渉していた農民の代表者が変死体で見つかった。異様に頑丈な蜘蛛の糸に体を縛られ、全身に蜜を塗られた彼に無数の虫が集っていた。

 

 それから数十年後に大発生する人間の異形化、人外化。その原因の一つが蟲姫と呼ばれる怪物だ。



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令嬢が木の鹿になってから……

今回は失敗かな?

ざっくり内容
・レーシェン(木の鹿)の生態
・魔女→きのこ


 

 獣化病と異形病が大流行している今、奇跡的に出来た高く頑丈な防壁に守られた街以外の安全な場所は存在しない。

 多くの農民を従えていた領主が所有していたこの土地も今、人間だった異形が徘徊する危険な場所になっていた。富豪の象徴である館は人外に荒らされてしまい、誰も住んでいない。

 領主の娘が変わり果てた姿で帰ってくるまでは……

 

 

 

 薄暗い森の中で、人間のより一回り大きい足跡を残して歩き続ける人影がある。しかし、それは人間の部位は残されているが、人間とは呼べない姿だった。

 長い茶髪をした女の顔の上を覆う鹿の頭蓋骨、その両目は真っ暗な空洞をしている。それから一対生えている木の枝で出来た角に何輪の花が咲いている。胸と腰をドレスの布で巻かれている身体の至るところに樹皮が装甲のように生えており、四肢は鋭い木の爪に覆われている。木の根のような尾が腰から伸びていた。

 令嬢だったこの異形――レーシェンは自分の死に繋がっている怪物トリオを殺したあと、ゆっくりとどこかへ向かっている。森を彷徨い続けるのも心地よかったが、彼女は人間の時の家が頭に浮かび、そこへ帰ろうとしている。それほど家族と過ごすのが幸せだった。

 森を抜け、人外から逃げる時に乗っていた横転してる馬車を通り過ぎ、ようやく長く住んでいた館が見えてきた。

 酷かった。綺麗な外壁は血とヒビ割れでボロボロ、玄関前は死体と血溜まりで汚されていた。今の状態で通り抜けられない玄関ではなく、新しく出来た壁の穴から入ってみれば、館の中も悲惨としか言えなかった。血と死体はもちろん、ソファーやテーブル等の家具も散らかされていた。

 使用人の死体はあったが、家族のは無かった。そのことに安堵することなく、掃除すら出来ないこの身体でやれることはこれ以上荒らされないよう居座り続けるだけだ。

 

――――

 

 館に令嬢が帰ってから数ヶ月が経った。

 レーシェンの性質によるのか、廃墟同然だった館は森か大樹と見間違えるほど異様な数の木々に覆い尽くされていた。人々が使っていた農場も跡形もなく異様な植物が生えており、使用人の代わりに主のレーシェンを守っている。

 この異変の原因であるレーシェンはただただ動かない。尾を地面に刺しては養分を吸収し、日光浴をして過ごしている。動くとしたらテリトリーを侵す者に気づき、撃退に向かうくらいだ。

 

 今回の侵入者は手強かった。二十歳を過ぎない少女だったが、人と違って魔法を使いこなせる魔女は炎を放って令嬢を苦戦させた。一時は全身が火達磨にされるが、それで油断した魔女を地面からの根で拘束してやった。体を生やした木で密封して消火したあと、木に拘束されている魔女に近づく。

 「さっさと放しなさい!」「木が燃え尽きないなんてありえないわ!」とほざいていた彼女をじっと見つめていたが、何故か「必ず逃げて、ここらを火の海に変えてやる!」と言われた瞬間の記憶はなかった。覚えているのは何かを手で叩いた感触と、歪んだ体を震わせていた魔女の死体があったことだけ。自分の場所を脅されたとはいえ、外見だけでなく脳内も人間とは思えなかった。

 魔女の死体を花畑に置き、無数の木の根で覆って墓にした。せめて異形に変わらぬよう願ったが、それでも魔女は死にきれなかった。

 

 しばらくして令嬢が墓参りに来た時、覆っていた木の根から腕が飛び出していた。割れ目をこじ開け、中から人の形をした何かが現れた。

 袖と三角帽子を身に着けているように見えるが、それらは身体の部位である。皮膚の色が薄緑に変色しており、キノコの異形に魔女は変えられたようだ。

 令嬢に気づくと怯えた様子を見せる魔女だが、逃げようとはしなかった。人間としての生き方に戻れないのを察したのだろうか。

 

 令嬢だった木の鹿にキノコの魔女が家族になりました。

 

 

 



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無人島にあった何かの日記

 辺り一面が海しかない舞台、異形の水生生物……そういうゲームを遊んだわけでこれができました。

ざっくり説明
・安全な大陸へ避難中に怪物に襲われて船から海に落ち、無人島に流れ着いてしまった貴族の女性。
・小舟で脱出しようとしたけど、失敗して再び無人島へ。
・やがて魚に変異していく……




 

 獣化病、異形病が根絶されている大陸に向かう船が鳥の異形らに襲われてしまった。その船に乗っていた私は海に投げ出され、気がついたら何らかの島に流れ着いていた。変わらないはずの日常生活と大切な人を奪った異形共への呪いの言葉を吐きまくるものの、私の家である館に帰るか、行くはずの大陸に向かうには生きてこの島から脱出しなければならない。

 手元にあるのは今書いている防水ノートと、私が漂着していた浜辺に落ちていたナイフしかなく、主にこれで生きるしかなさそうだ。着ていたドレスや飾りはこの島では意味がない

 

 

 

 1日目

 

 家で読んでいた冒険小説に登場するイカダを一日で作れるはずがないと考えた私は食料と飲水、寝所を探した。寝所は浜辺からある程度離れた場所で見つかり、その近くに口に出来る果実と飲める川があった。運があってよかった。

 

 

 

 2日目

 

 食べ物や水が困らなくなった私は浜辺で一日中イカダを組み立ててみた。しかし、小説のようにはうまくいかず、何度も崩れてしまった。それでも私は貴族の遊びより自然で遊ぶのが好きなお姉さんに会うために諦めないように頑張ったが、日が落ちる直前にまた崩れてしまい、翌日に最初から組み立てることになってしまった。

 朝から姿を見せない誰かの視線に晒されていることに恐怖を感じ、今夜は眠れそうにない。

 

 

 

 3日目

 

 イカダを組み立てに浜辺へ向かう寝不足の私を待っていたのは、いつの間にか完成したイカダだった。素人の私では不可能な完璧な小舟同然にそれに驚きながらも、無人島から脱出出来る可能性に喜んだ。運良くこの島に異形はいなかったが、ずっとここに住んでいるわけにはいかない。これで謎の視線から逃げられる。翌朝、食料や飲水を準備して島から逃げ出そう。

 

 

 

 4日目

 

 なんで せっかく小舟で島から脱出できたのに 海の底に影が見え こちらに近づいた直後の記憶がない また同じ島の浜辺に流れついた またここにいないと駄目なの?

 いやだ、また何かに見られている。

 

 

 

 5日目

 

 今日はしばらく川水や海水に浸かっていた。陸にいても大丈夫だが、何故か水中にいる方が心地いい。水を吸って邪魔になる服は全部脱ぎ捨てた。どうせここには私と例の視線の持ち主しかいないだろう。その謎の存在も私の前に現れないのが気になるが。小舟を作ってくれたお礼をしたいのに。

 

 

 

 6日目

 

 両足が一本に一体化していた。足先がヒレに変化していた。その下半身が細かい鱗に覆われていた。一見、おとぎ話の人魚のような姿になっているが、人ではなくなってしまった。人として死のうとナイフで喉を突こうとするが、強烈な恐怖と耐えられない不快感に襲われ、死ねなかった。

 もう人魚として生きよう。

 

 

 

 7日目

 

 今度は脇腹に3対の切れ込みが現れ、水中ではそのエラで息をしているような感覚がする。よく見えないが、背中に背ビレが生えてきているのがわかる。両腕も変化していて、まるでヒレに指が生えた感じになっている。細かい鱗が首元まで迫ってきた。

 この姿で生魚を直接食べたことに気づき、それなりの可愛さがある人魚というより半魚人みたいな自分に驚くより笑うしかなかった。これでも地上に行き来出来るが、今夜は水中の洞窟で眠れそうだ。

 

 

 

 8日目

 

 例の視線の正体がやっと判明した。普通の人間である漁師だった。この漁師は随分前にこの無人島に漂着しており、この島からの脱出を諦めていた。私が初めて漂着した時は警戒して姿を見せずに見張り、小舟を作ってくれたのは「さっさと出ていけ」の意味だったらしい。

 そして、再びこの島に私が流れ着いた時はもう既に死んでいたらしく、その辺りから異形化が進み始めたらしい。そう話していた漁師に「何故殺してくれなかったの?」と問い詰めると、「人間より異形の方がマシ。何なら全員化け物になっちまってもいい」と返されてしまい、私は怒るところが呆れそうになった。

 そんな彼が渡してきた鏡で今の自分の顔を理解した。

 

 丸みを帯びたシャチかサメのような頭になっていて、人間時と変わらない長髪から角のような尖った一対のヒレが見える。耳も変形していてヒレになっていた。

 

 

 

 これまでのノートに書かれていた姿の魚類の異形になってしまった私は、漁師と共にこの島で過ごすか、海に出て家や大陸に向かうかは、まだ決めかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   



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女冒険者は罠に嵌まり、スライムに変えられる。

 今回は(も?)短いです。



 

 異形病、獣化病が大流行している今、全ての人間は2つに分かれた。

 一つは絆、友情を信じて助け合う人間達。

 もう一つは自分達以外の人間から略奪し、生き残ろうとする人間達。

 

 このどちらかで生き残りやすかったのが、後者だ。 

 

 

 

「くっ、きりがないッ!」

 

 薄暗い洞窟の中、片手の松明を振るう女冒険者はそう吐いた。目の前には大量の動く粘液――スライムが立ち塞がり、中には人の形をしているのがある。

 彼女がいるのは異形がいないとされている避難先の洞窟であり、女冒険者も物資を求めて訪れていた。しかし、既に異形に襲われていて、殺された人間が変化した怪物の巣に変わっていたのだ。

 物資を諦めた女冒険者は松明を武器に洞窟の脱出を試みたが、スライム達に先回りされてしまっていた。それでも生きることを諦めずに松明を構えて突進した。

 しかし、足を固定されてしまい止まってしまう。見下ろすと、踏んている水溜まりから出ている紐状のスライムが女冒険者の足に巻き付いていた。スライムが水溜りに擬態していたのだ。

 

「は、放してッ!」

 

 女冒険者は大声を上げながら逃げ出そうとするが、拘束を解けられなかった。その隙を突かれてしまい、一体のスライムが彼女に突進してきた。その衝撃で松明を手放し、倒れ込んだ女冒険者の全身はスライムの溜まりに浸ってしまった。こうなってしまえば、手遅れだ。

 女冒険者の顔にスライムの一部が伸びて覆った。鼻と口を塞がれ息苦しさの余りに暴れ出そうとするも、四肢がスライムに埋まって動けられない。女冒険者の身体がスライムに覆われていき、完全に飲み込まれてしまった。

 スライムの外からくっきりと女体の形が分かる女冒険者は少し動いていたが、溶かされているのか徐々に形が崩れていく。同時に彼女が装備していた鎧、衣類、下着が次々とスライムの外に排出されていく。潔白のショーツが出た時は女冒険者の体は完全に溶け切っていた。

 残されたのは装備品と彼女を飲み込んだスライムの水溜りのみだ。

 

 確かに女冒険者は死んでしまった、“人”としての女冒険者は……

 

 突然、スライムの溜まりから腕が飛び出した。スライムのように粘液で出来ていて、人の形だが崩れかけている。もう片方の腕も飛び出して近くの地面を掴み、なんとか這いずって水溜まりから全身を脱出させる。

 顔と上半身には女冒険者の特徴が残されていた。しかし、下半身は保てずに液状になっており、両腕もヒレの形になっていた。

 

 女冒険者はスライムに変えられてしまった。



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九尾に守られることを引き換えに、狐の巫女になる女性。

PIxivでのリクエスト「女性が狐の巫女になる」です。

ざっくり内容
・九尾に自分を守ってくれるようお願いする女性
・九尾「じゃあ我の巫女になれや」
・女性→狐の巫女




 

「人間よ、我に何のようじゃ……」

 

 自分を見下す程の大きさの九つの尾を持つ化け狐――九尾を見上げる女性――蒼狐。今まで見た元人間の異形と同じ恐ろしさはあるが、この九尾からは何故か殺意を感じられない。

 蒼狐は恐怖で体が震える中、口を開いてなんとか言った。

 

「わ、私を……助けてください……」

「貴様を我が助ける……何故じゃ?」

 

 そう問う九尾に蒼狐はこう続けた。

 

「死にたくないからです……怪物に殺され、怪物として蘇りたくないんです……」

「ならばいい方法を教えてやろう……高所の崖から飛び降りろ。さすれば、貴様は怪物にはならずに済むぞ」

 

 九尾の残酷な答えに驚愕する蒼狐。それを見て言葉を続けていく九尾。

 

「我を何だと思っておる? 異形に成り下がった人間とは違うぞ。我に願いを叶えてほしければ、それなりの代償を望むぞ」

 

 九尾に願いを叶えてもらう方法を蒼狐は知っている。しかし、それは簡単に決断できるようなモノじゃない。人間としての人生を捨てるようなモノだ。

 しかし、九尾に頼らないとなるとどうすればいい? 傭兵に護衛してもらうための金はない。高い防壁の街には入れさせてくれない。恐ろしい異形が彷徨く環境で生き抜く自信は全くない……

 覚悟を決めたのか、人間として生きるのを諦めたのかは知らないが、蒼狐は両膝をつき、頭を地面につけた。そして、九尾に懇願した。

 

「お願いです……あなたのモノになります、だから私を……守ってください」

 

 その言葉に口の端を上げた九尾は願いを受け入れた。

 

「いいだろう。では……早速、我のモノに変えてやろう」

 

 九尾の周囲にいくつかの火の玉が浮かび、蒼狐を囲むように移動した。自分を囲んでいる火の玉を見て驚いて立ち上がる蒼狐だが、火の玉が回転し始める。しばらくすると、彼女の体に変異が起きた。

 頭と手に毛皮が生えていく。頭の上に一対の長い三角耳が出来ていく。口元が前に引き伸ばされ、鋭いマズルを形成する。

 火の玉が消えた頃には狐の顔と手を持つ女の姿があった。視界に映る自分の両手とマズルを驚きの表情で見る蒼狐だが、そう変化させた九尾も不思議そうに見ていた。本来なら全身が狐に変わってもおかしくないはず……

 九尾は少し考え、蒼狐にこう命じた。

 

「ふうむ……服が邪魔じゃな。ほれ、一枚ずつ脱ぎ捨てい」

「えっ!? は、はい……」

 

 自分の裸体を得体の知れない怪物に見られるのは嫌だが、生き残る為に渋々と九尾の命令を受け入れた蒼狐。狐の前足に変えられた黒い両手でシャツのボタンを外していく。未だ変えられていない人間の豊満な胸と引き締まった腹が晒されるが、シャツを地面に脱ぎ捨てた瞬間に内側は白、外側は茶色の毛皮に覆われた。

 ズボンを手で掴み、体を前屈みにして脱ぎ下ろす。人間のままだった下半身も毛に覆われていき、ズボンを脱いだ直後に足先も黒い毛で覆った。

 腰から先端が白い広がった毛の尾が生えた。

 今の蒼狐の姿は、人の形をした下着姿の狐に変わっており、胸と又を手で隠している。彼女の脱衣を一部始終見ていた九尾は満足そうに頷いた。

 

「ククク……我を興奮させてくれるわい。さあ、後は我が用意する巫女装束を纏うが良い」

「あ、ありがとうございます。早くしてくれると有り難いですけどっ」

 

 蒼狐が顔を赤くして急かす中、九尾は自分の周囲にいくつかの火の玉を発生させ、彼女に放つ。一瞬死を覚悟したが直撃せず、蒼狐の周囲を再び何周か回っていく中、下着姿の彼女の体に光が張り付いていた。その光は彼女の服装に変化していく。

 光と火の玉が消えた頃には、蒼狐は巫女装束を纏っていた。下半身は赤い袴で後ろから尾が出ており、上半身は白衣、狐の頭には頭飾りが身に付けられている。

 

「これでお主も我に仕える巫女となった。我の言葉には絶対に聞いてもらうが、我もお主のことを必ず守ってやろう」

「……ありがとうございます! この御恩は絶対に忘れず、あなたに仕え奉ります!」

 

 

 

 襲いかかる元人間の異形を殺し、他の人間から物資を奪い、いつ来るか分からない死に怯える人間。

 人間であることを捨てる代わりに強力な存在に守られ続け、その恩を返すために巫女として暮らす人外。

 

 どちらが幸せなのは、人それぞれだ。

 




 ……これのR-18設定を書いてたとき、リクエストの人から「健全で頼む!」と来ました(データはまだある)。


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鳥の異形に変えられた男が、人間狩りの楽しさを覚える。

Pixivでのリクエスト「ガルーダと呼ばれる鳥人に襲われた男性が命乞いをすると同種化して仲間になるか死ぬか言われ同種化を選択してガルーダとなる。今までにない翼はすぐに動かせず数日の間はヒナの様に育てられ、飛べるようになると狩りに連れていかれ元仲間の人間を捕まえて殺す様言われ躊躇しながらも殺してしまうが罪悪感が現れずむしろ楽しいという感情が現れてしまい自我を保ちながら心はガルーダへと変わっていく男性の話」

ざっくり内容
・上記のまま
・今回は難しかったです。


 

「さあて、どうしてやろうかねぇ……」

 

 岩山のどこかで、人の形をした鷲――鳥人の雌が足の鉤爪で人間の男を踏んでいた。背中の翼を伸ばし、手に持った人間の生肉を嘴で食いちぎっては男を怖がらせた。

 

 ガルーダ――とある異国の神話に登場する鷲であり、それとの共通点があった鷲の鳥人の通称でもある。両手が翼のハーピーとは異なり、羽毛に覆われた人間の背に翼を生やした体をしている。

 

 ガルーダに踏まれて身動きを取れない男は、防壁で閉ざされた街で高く売れる物を探しに岩山へ訪れた者であり、「何でもいいから高く売って、楽に生きよう」と考えていた彼は異形に殺されるかもしれない恐怖で震えていた。

 元人間の異形とは話が通じないことを理解しているが、迫る死を拒絶したい男はこう言った。

 

「た、頼む……死にたくない……」

「死にたくない? それをアタシが聞き入れるとでも?」

「あ、あなたの言うことを……何でも聞きます……」

 

 生肉である人間の腕を食べているガルーダは男の言葉を聞き、しばらく考えてこう提案した。

 

「そうねぇ……アタシに楽に殺され、アタシと同じ怪物になってもらおうかね……」

「そ、そんな……俺は死にたく――」

「それとも……あんたの指を手足全部、一本一本引きちぎり……腹を切り裂いてモツを抜き出し……目ン玉をゆっくりと引っ張り抜いてから殺そうか?」

 

 ガルーダが提案した恐ろしい選択肢に男は恐怖と驚愕した。怪物に殺されて怪物になるか、死ぬ前に拷問されるか……

 涙と鼻水を垂らしながら男は答えた。

 

「怪物になります……だから、楽に――」

 

 全て言い切る前に背中に鉤爪が刺さり、男は絶命した。殺した張本人のガルーダは彼の遺体を両足の鉤爪で掴み、どこかへ運びに飛びだった。

 

 

 

 岩山の洞窟の中、羽毛と無数の骨が散らかっている地面に男の遺体があった。離れた場所でガルーダがそれを見続けていた。

 突然、遺体が激しく震え始め、死んだはずの男が悲鳴を上げた。

 全身の皮に無数の羽根が生えだし、腰から長い尾羽が伸びた。

 四肢の先端が鱗に覆われ、指先が鉤爪に変化した。

 唇が硬い嘴に変化し、背中から翼が生えた。

 遺体の痙攣が収まり、悲鳴が小さくなった瞬間、蘇生した男はガルーダに変化してしまった。自分の鉤爪の両手に驚いている男に、雌ガルーダが笑顔を浮かべてゆっくりと近寄る。

 

「なかなかの体つきをしてるじゃないか。あんた、その翼で空を飛べるかい?」

「む、無理です……こんな身体で空を飛んだことなんて……」

「誰だって最初は『無理だー』とほざくよ。動物っていうのはね、本能で学んでいくようなもんだ。しばらくあんたはここでアタシの狩りを待ってるがいいさ」

 

 雌ガルーダはそう言い、洞窟の出入り口に向かった。それを見届け、しばらくしてから「今のうちに逃げ出せるかも」と考えた男――ガルーダは雌ガルーダがすぐ戻ってこないことを祈りながら、出入り口へ走った。そして外の光景を見てすぐに立ち止まった。

 自分がいる洞窟の出入り口は崖に存在しており、一歩外に踏み出せば真っ逆さまだ。あまりの高所に恐怖を感じたガルーダは逃げ出すことを諦めるしかなかった。

 

 

 

 男がガルーダに変化してから3日経った日のことだった。

 

「ほら、お食べ」

 

 洞窟で留守番していたガルーダの前に、狩りから帰った雌ガルーダが生肉を放り投げた。人間の腕や足といった原形を留めている生肉を片手で掴み、嘴に運ぶガルーダ。雌ガルーダはそれを見て、おかしそうに笑う。

 

「あんた、変わったねえ。最初は肉を見ただけでゲーゲーと吐き出した癖に。まあ、寝床が汚されるよりはマシだけどねえ」

「俺は……生きるために食っているんだ。お前とは違う」

「『自分は肉を食うが、家畜を屠殺する奴とは違う』と言いたいのかい? ふん、明日からはあんたの飯を取りに行かんよ。今のあんたなら飛べるだろうし、自分で狩りをしな」

 

 そう睨みながら人肉を食べ始める雌ガルーダ。人間だったガルーダはそれを見て、頭の中で自分と雌ガルーダは全く異なると思い込む。

 俺は被害者だ。鳥の化け物に脅され、怪物として蘇られた人間なんだ。こんな美味い肉なんか……

 

 ……今俺は、人間の肉を、“美味い”と思ったのか?

 

 

 

 翌日、二羽のガルーダが岩山の上空を飛んでいた。飛び慣れている雌ガルーダと違い、初めて飛んだガルーダは左右交互に傾き続けていた。それでも落下せずに飛んでいる彼に雌ガルーダが褒めた。

 

「上手く飛べているじゃないか。そうそう、そうやって翼を動かして――」

「分かったから早く狩場へ案内してくれ」

「そう急かすんじゃないよ。人間に見つかったらどうするんだい」

 

 俺は好きで人間を殺すんじゃない。生きるためだけにこれから初めて殺すんだ。こいつみたいに楽しそうに殺すのは絶対にしない……

 頭の中で何度も考えるガルーダ。前を飛び進んでいた雌ガルーダが空中で止まり、自分もその場で羽ばたき続けた。

 

「ほら、あの人間共だよ」

 

 そう教える雌ガルーダの視線を追う。

 それは知っている顔の人間達だった。ガルーダが人間だった頃、怪物に滅ぼされた村や街に忍び込んでは貴重品を集めて高く売る仕事での仲間だ。

 

 長い付き合いの連中が俺の獲物……

 

 襲おうと急降下せず、その場を飛び続けるガルーダ。それを見ていた雌ガルーダが不機嫌そうに急かした。

 

「さあ、あいつらがあんたの初めての獲物だよ! さっさとお行き!」

 

 それでも行動を起こさないガルーダに残酷な言葉を吐いた。

 

「なんなら……今からあんたを引き裂いてやろうか? 指を全部一本一本と――」

 

 怪物になるか、拷問死するか……最悪な選択肢を迫られた人間時の記憶が頭に浮かんだガルーダは、気がつけば人間の仲間達にめがけて猛スピードで急降下していた。

 こちらに気づいた仲間達が悲鳴を上げて逃げようとしているが、彼らとガルーダの間が狭まるばかりだ。地面すれすれで飛んでいるガルーダの腕が仲間に届く距離になったところで……

 

 

 その時の記憶は思い出せない。

 

 気がついた時は、真っ赤に染まった両手の鉤爪で人肉を掴み、嘴に運んでいたところだ。足元には仲間だと思われる人骨が転がっていた。嘴に運んだ生肉には、仲間の歪んた顔が含まれていたのが覚えている。

 人間だった頃の仲間を食ったこと、口内に広がる血肉の味、罪悪感は……

 

 生まれなかった。

 

 むしろ、楽しかった。無意味に逃げたあいつらを追い詰める時、命乞いをする奴らの肉を食いちぎった時……最高だ。怪物として人間を狩り続けるのは楽しくて楽しくてやめられない。

 選択肢を迫られた時、俺は正しい方を選べたことを誇りに思う。人間なんかと比べ物にならない素晴らしい存在になれたのだ。

 

 

 

 確かに怪物は恐ろしい存在だ。しかし、時には人間や、人間の知能を保てた怪物の方が恐ろしくなる。

 



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バジリスクを愛する男が、狼と蛇の異形に変えられる

Pixivでのリクエスト「バジリスクとなった彼女と慣れ始めたある日にお互いの食糧調達に別れたあと彼氏が黒い狼ヘルハウンドに襲われ致命傷を受ける。
 殺される瞬間に彼女が現れて助けに入るが、出血が酷く虫の息だった彼氏がヘルハウンドとして生きたくはないから彼女にトドメをさしてほしいと頼み、彼女は涙を流しながら彼氏を殺し異形化するまで包み込み続ける。
 彼氏の異形化が始まると下半身は彼女と同じ蛇だが、上半身はヘルハウンドの影響か狼になっていた。しかし彼氏も彼女の事を思う気持ちが強かったのか暴れる異形とはならず『姿はちょっと違うけどこれからも君を愛しているよ』と下半身を巻き会わせながらキスするラブストーリー」

ざっくり内容
・上記のまま
・本来は健全版ではありませんが、「狼の上半身、蛇の下半身」の異形は……人外好きの私でも苦手でした。なので健全版にしております。

https://syosetu.org/novel/187469/23.html←これの続きです(R-18です)


 鳥と蛇の異形――バジリスクに変化した恋人を、男が受け入れてから数ヶ月過ぎた。

 異形化した人間は例え自我を保てたとしても、村や街等の残された人間社会には居られなくなる。男はバジリスクと共に住んでいた村から離れ、人気のない廃村に移り住んでいた。ここは人間の姿が全く無く、それを餌にする人外や異形の姿もない安全な場所だ。ここなら男とバジリスクが穏やかに過ごせるだろうと思っていた。

 

 ある日、男とバジリスクがそれぞれの食糧調達しに別れ、廃村付近の森を探索した。人間である男は兎も角、異形化した恋人であるバジリスクは同じ異形の肉を食べられるようになった。バジリスクが異形を食べて腹を満たせられれば、数少ない人間用の食料を男に食べさせることが出来る。

 バジリスクと別れ、食料品を探していた男は横転している馬車を見つけた。周囲を警戒しながら馬車に近づき、載せられていた荷物を確認する。中身は数週間保つ保存食がいくつか入っており、お目当てを見つけた男は急いで鞄に移し入れていく。

 保存食を鞄に入れていく中、何かの唸り声と足音が聞こえ、手を止めた。

 ゆっくり振り返ってみると、燃えるような赤い目に黒い体の大きな狼――ヘルハウンドがこちらを睨んでいた。保存食を見つけた嬉しさのあまり、警戒を怠ってしまった自分を呪いながら男は刺激しないように立ち上がり、慎重に離れようとする。

 しかし、狙いを定められた獲物は見逃されるわけがなく、ヘルハウンドが一気に駆け出した。男が逃げ出そうとするも、あっさりと追いつかれてしまい、肩を深く噛まれてしまった。

 突然、別れていたバジリスクが唸り声を上げて姿を現し、愛する男を噛み付いているヘルハウンドに飛びかかる。蛇と鳥の異形であり、自分の三倍もある大きさのバジリスクに男を放して逃げ出した。

 

 

 だが、それで男が助かったわけではない。ヘルハウンドに噛まれた部位から大量の血が流れ出てしまっている。

 

 

 重傷を負って地面に横たわっている男を見つめながら、バジリスクは必死に考えた。

 

 近くの村に運んで、医者に診てもらう? 私を警戒するか、武器を持って攻撃してくるかもしれないけど、もしかしたら診てもらえるかも……

 

 ハッピーエンドのおとぎ話の展開を期待しながらも、不安で動けないバジリスク。そんな彼女に、ヘルハウンドに襲われてからしばらく何も言わなかった血まみれの男が苦しそうに、それでも優しく話しかけた。

 

「なあ……た、頼みがあるんだ……」

 

 彼の言葉にバジリスクは耳を傾ける。

 

「お、俺は……あの犬っころなんかになりたくない……どうせ死ぬなら……君が殺してくれ……」

「……っ! 嫌よ、あなたはきっと助かるの! それを諦めないで!」

「頼むよ……俺は、君と同じ存在に……なりたい……」

 

 瀕死でありながら真剣な顔の彼に、バジリスクは涙を流しながらも頼みを引き受けた。

 鋭い嘴の先を男の胸に当てる。弱くなっていく心臓の鼓動を感じながら、笑顔になって目を閉じていく彼を泣きながら見ていた。

 

 そして、嘴で貫き、彼を殺した……

 

 運良く痛みを伴わなかったのか、穏やかな死に顔の男を、バジリスクは両手の翼で優しく包み、下半身の尾で優しく巻き、冷たくなっていく男の遺体が温かく変わっていくのを待ち続けた。

 その姿はまるで、卵を孵化させようと抱える親蛇か親鳥かに見えた……

 

 

 

 ……数時間後。

 男の体に変化が現れた瞬間、バジリスクの心が張り裂けそうだった。激しく震える遺体、苦痛による悲鳴が嫌でも感じ取ってしまう。それでもバジリスクは抱き続けて、男の変異が終わるのを待つ。

 

 男の腰が割かれ、そこから鱗に覆われた長い尾が生えて下半身となる。

 上半身の皮が毛皮に変わっていく。

 両手の指先から鋭い爪が生えた。その両腕がバジリスクを強く抱きしめ返した。

 頭に三角耳を生やし、口元にマズルが形成されていく。

 

 悲鳴と共に変化が止んでいき、それに気づいたバジリスクはもう一度男を見てみた。

 バジリスクと同じように、人間時の面影が全く無かった。蛇そのものである長い尾の下半身、上半身は狼そのものだった。ヘルハウンドとバジリスクに殺された結果が、狼と蛇をかけ合わせた異形に変化したのだ。

 バジリスクから一旦離れ、自分の体を見下ろした男――狼蛇は、少し驚いた表情になる。

 

「……見たことも聞いたこともない怪物だね、少し色物過ぎるというか……」

「でも、中身は変わってないわ、あなた……」

「ああ、今でも君のことが大好きなんだよ」

 

 狼蛇の下半身がバジリスクの下半身に巻き付き、お互いに絡み合っていく。その状態で狼蛇が上半身をバジリスクに近づけ、優しく接吻した。

 異なる特徴が多すぎる存在と関わり続けるのは難しい。しかし、少なくても共通点に目を向け続ければ共存できるだろう。



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プロローグ(リメイク)

 プロローグであるカマキリ娘のリメイク……というよりなる前のを書き出しただけです(最後らへんは使いまわしです)。

ざっくり内容
・女性(悪役)→蟲姫(様々な虫の化け物)
・主人公→カマキリ娘



 

「マティス? どこにいるの、マティス?」

 

 自分の名を呼ぶ伯母の声に、三角巾を被った金髪の少女――マティスが目を開いた。顔の前にある自身の組んでいる手を解き、跪いていた足を立たせる。

 自分がいる教会の奥で祈っていたマティスはカラフルなステンドグラスを一瞥したあと、教会の扉口へ向かう。外に出ると自分を呼んでいた伯母が扉の近くに立っており、マティスに話しかけた。

 

「やっぱりここでお祈りしてたのね。今回は神様にどんな願いをしたの?」

「ええっと……いつものお願いだよ。『これから凄い変化を起こしてほしいです』って、最近暇で……」

「おやおや、近頃の若い娘は刺激をお求めのようで。馬鹿な祈りをする前に畑で作物を刈って来なさい」

「はーい……」

 

 不満そうに返しながらも作物を刈るための鎌を取りに自宅の倉庫に向かった。倉庫の扉を開けようとマティスがドアノブに手をかけた時だった。

 

「すみません、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

 丁寧な敬語にマティスは振り返ると、一瞬驚いた。

 美しいドレスを着ている糸目の女性が立っていた。その姿は誰もか綺麗だと思うだろうが、場所が貴族同士のパーティーや宮殿ならともかく、林の中にある小さく素朴な村だと場違いとしか思えない。

 自分に話しかける見知らぬ女性の美しさと、この場に似合わない雰囲気にマティスは呆然としたが、尋ねられたことに気づき、慌てて返事をした。

 

「は、はい! 何でしょうか?」

「この村の村長にお会いしたいのですが、その方はどこに居られますか?」

「あっ、村長さんはあの屋敷にいます」

 

 先程祈っていた教会と同じくらいの大きさの屋敷をマティスは指差した。女性は閉じたように見える目で屋敷を見つめたあと、マティスに感謝した。

 

「本当にありがとうございます。親切なあなたに、後でお礼をしましょう」

「い、いえ、私は当たり前のことをやっただけなので……」

「そう仰らずに。そうだわ、あなたの格好を素晴らしくしましょうか。それではまた」

 

 女性はそう言ってマティスに教えられた村長の屋敷に向かう。その後ろ姿を眺めていたマティスは自分の目的を思い出し、倉庫の中へ入っていく。

 刈るための手鎌を探している間、先程の女性を考えるマティス。

 

 貴族みたいな人がこの村の村長にどんな用があるのかな? 村を援助してくれるんだったら嬉しいけど、そんなことをしてあの人にどんなメリットがあるわけ? ……あの人が「格好を素晴らしくする」って言ってたけど、私なんかに綺麗なドレスを送ってくれるの?

 

 女性の目的を疑問に思いながらも、お礼のことを期待しているマティス。彼女はようやくお目当ての手鎌を見つけ、手に取った瞬間だった。

 悲鳴が聞こえた。

 突然のそれに体が硬直した。空耳かと思ったが、次々と悲鳴が聞こえてくる。どれもか聞き覚えのある村人の声だ。

 恐怖心が込み上げてくる中、倉庫の外を確認しようと扉の隙間から恐る恐る覗いてみた。

 

 村の中心に、先程のドレスの女性が立っており、手には血がついた剣を持っている。その足元には血まみれの村人達が転がっており、マティスの伯母も血溜まりに倒れていた。

 

 あの女が殺したんだ。自分に低い物腰で接していた女性が村人を殺した光景に、驚愕と恐怖、そして怒りを感じた。こちらに背中を向けている女性と、今自分が握っている手鎌を交互に見たあと、決心する。

 ゆっくりと扉を開けて、足音を立てないように倉庫を出た。女性はマティスに振り向く様子がない。力強く手鎌を握りしめ、気づかれないように接近する。

 そして、自分の腕が届く距離まで近づいたマティスは手鎌を振り上げ、女性に振り下ろした。

 

 女性は剣を持っていたのではない、手から刃を生やしていたのだ。そして、その刃は手鎌を持っていたマティスの腕を斬り離した。

 

 一瞬、手鎌が女性に当たらなかったことに疑問を思ったが、宙を舞って地面に落ちた手鎌と片腕を見て、自分の腕が斬り飛ばされたことを理解した。

 その光景と激痛に思わず悲鳴を上げながら切断された腕を片手で握りしめるが、断面から血が流れ出ていく。無意識に止血しようと腕を握り締めながら、マティスは得体の知れない女性から後ずさる。

 手の平から生々しい刃を生やしている女性はマティスを見下しながらゆっくりと近寄る。

 

「あらあら……あなただったんですか」

 

 落ち着いた様子でマティスにそう言いながら、閉じていた目、その上に隠されていた目を開く女性。その4つの目は虫の複眼のように黒一色だった。

 

 人とは思えない顔にマティスがなんとか立ち上がって逃げようとする。女性の変化はまだ終わらない。

 

 口の両端が無機質に裂けていき、牙を見せる。

 二対の髪飾り、いや、複眼が存在する髪に混じって生えてくる一対の触角。

 血に濡れた鎌が飛び出している腕が、球体関節人形のように変化していく。

 身体も紫色の外骨格に覆われていき、関節部分が白い毛に覆われた、胸元が盛り上がった鎧の体と化する。

 背中から二対の鋭い脚、腰からは外骨格に覆われた先端が尖った尾が生えていく。

 

 人の形をした虫に変化した女性を、怯えた様子で見ていたマティスは切断された腕を握りながら逃げ出した。彼女の頭の中は恐怖と混乱でいっぱいだ。

 

 人に化ける虫? そんなのがこの世にいるの? 殺される、早く逃げないと……

 

 突然、背中を強く押された感覚を感じ、直後に何かが流れ込んでくる不快感と激痛を感じた。意識が遠のく中、虫の女の声が聞こえた。

 

「目覚めた時の自分の姿を見て、どう思うんでしょうね?」

 

 

 

 

 あれから何時間経ったんだろう……

 目が覚めてから最初に思ったのがこれだ。完全に意識が戻っていない頭を押さえようと左手を当てた。

 切断されたはずの手が元通りになっていた。それだけでなく体全体から痛みが消えたことに驚く私だが、それよりさらに驚くことがあった。

 

「なに……これ……」

 

 それは私の手であることはわかる。先程自分で動かしていた感覚がまだ残っているのが証拠だ。それでも自分の手とは信じられなかった。張りのある人間の肌ではなく、滑らかな光沢を放つ殻。それらを繋げる関節にあたる部分は、子供の頃に遊んだ人形と同じ球体の関節だ。

 形は人間と変わらない。だが昆虫か、人形か、そのどちらを掛け合わせたとしか言えない無機質な手が、驚愕する私に合わせるかのように震えている。

 手だけじゃない。腕、肘、肩も同じだ。反対側の腕もだ。

 自分の一部でありながら異形の両手を見つめるしかできない私。その時、“奴”が言っていた言葉を思い出す。

 

 

――

 

「目覚めた時の自分の姿を見て、どう思うんでしょうね?」

 

――

 

 

 私を瀕死に追いやり、体に何かを流し込んでいた“奴”は口の端を上げながら倒れ伏せていた私の近くに鏡を置いたことも思い出した。

 その鏡をすぐに見ることは出来なかった。奴が言ったことの意味……私のこの手……予想ができていた。だから見たくない。予想が合ってほしくない。だから鏡を見ないようにした。

 それでも……予想が外れること、鏡が壊れていた、そう期待して鏡の方を向いた。

 そして後悔した。

 鏡の中には人の形をした何かが映っている。

 黒目と白目の境目がなく、ただ全体が薄緑色に染まった目。額に逆三角形の配置で出来ている痣……いや、単眼。私と同じ金色の前髪に混ざって生えている二本の長い触覚。頬を無機質に裂けて変化した、驚愕で塞がらない口。それらで構成されている仮面のような顔をこちらに向けている。

 その顔から下も昆虫と人形を掛け合わせた――別の言い方をするなら薄く細い鎧――のような異形の身体をしている。細かく説明すれば腰回りはスカートのように殻と薄い羽に覆われている。

 鏡の中にいる虫じみた人外をただただ見つめる私。人外も私を見つめている。

 首を横に振る。人外も首を横に振った。今度は激しく振る。人外も激しく振った、同じタイミング、同じ向きで。

 あの人外と私の関係はわかっていた。でも受け入れられない。あんな怪物が私だなんて……

 

「違う……あの化物は……私じゃない……」

 

 私の口から漏れる言葉に合わせて口を動かす人外。それを見た瞬間、抑えきれない怒りが込み上がった。

 

「私の真似をするなぁッ!!」

 

 気付けば駆け出し、人外がいる鏡に向かっていく。一色の目の端を上げ、裂けた口から食いしばる牙を見せる人外の顔を見て、頭に血が上っていく。腕が届く範囲まで狭まった地点で私は片腕を上げ、鏡にいる目の前の人外を殴りつけた。

 鏡が砕かれていく音が耳に入っていくまま、深呼吸する。地面を見つめていた私は顔を上げる。そして、その時の光景に何も感じられなかった。

 殴るための手のひらから、いつの間にかノコギリ状の刃が伸びていて、鏡を貫いていた。刃を中心に広がるヒビで見えづらかったが、人外も全く同じことをしていた。

 ……そこでやっと認めることになった、人外と私が同じであることを。

 私の一部である刃を鏡から引き抜かず、そのまま割れた鏡に寄りかかった。しばらくの間、私の頭に「動く」という発想は浮かばなかった。

 受け入れてもまだ、時間が必要だ。羽化する虫のように。

 

 



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狼として人食にハマった幼馴染に誘われた私

Pixivでのリクエストです。

ざっくり内容
・女主人公の前に四足狼♀になった幼馴染(女)が現れる。
・幼馴染が女主人公を殺して、二足狼♀に変える
・幼馴染「人肉はいいよー、とっても美味しいよー」
・女主人公「人間のお肉サイッコー! もっと食べたい!」
・二人が住んでいた町へ狩りに出かける。


 

 キッチンで調理し終えた私は、お盆に料理を載せて食卓に向かった。

 お昼の献立は味気のない雑穀のお粥、小さい野菜のサラダしかない。以前は肉も普通に食べられたが、異形・獣化病による元人間の怪物が彷徨くようになったため、野外へ狩りに行くことも出来ず、食料品を売る商人も町に来れない。

 良く言えば質素、悪く言えば貧乏くさい食べ物に匙を伸ばす私。すくったお粥を口に運び、何度も噛みしめるも味がしない。それでも生きるために私は無言で食べ続けた。

 

“もう! こんなんじゃ、お腹いっぱいにならないよ!”

 

 そう聞こえた気がして、ふと向かい側の席に目を向けた。私と同じ料理があるその席には、誰も座っていなかった。この席には私の理解者でもあり、無音の食事を賑やかにしてくれる幼馴染の女の子が座っているはずだった。

 

 彼女はよく食べる子であり、不機嫌なことがあっても満足する程食べ続ければ機嫌が直るほど食べ物大好きだった。しかし、異形病が大流行したことで、普段の食材が入って来なくなってしまい、質素になった食事に幼馴染は満足できなくなってしまった。

 それでも我慢してくれたが、ある日、「町の外で食べ物を探す」と言って出ていってしまった。私を含んだ多くの人達は心配していたが、「文句を言いまくるアマが消えて、いい口減らしになった」と貶す人間もいた。私はその言葉に怒りを感じながらも、取り消させるほどの勇気と実力がなかった。

 幼馴染が町を出てから数日が経っても帰ってこないあまり、「事故にあってしまったのか」「それとも醜い異形に変えられてしまったのか」というこみ上げてくる不安を必死に払いながら、彼女の無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 その夜、町に近い農家から僅かな雑穀と野菜を買った私は、急いで帰路を走った。騎士団の残党に守られている町の近くとはいえ、暗いところにいるのは危険だ。町の門にたどり着けば安全だ。

 雑穀と野菜が入った袋を左手に持ち、松明で辺りを照らしながら速歩きしていた。その時、目の前から何かの咀嚼音が聞こえ、私は立ち止まった。だが、運悪く咀嚼音を発している何かを照らせる程の距離まで縮まっていた。

 狼のような四足歩行の獣が倒れている何かに顔を近づけていた。人間だ。骨や内臓が露出しているが、間違いなく人間の死体だ。その死体を食べていた狼が明かりに気づき、ゆっくりと顔を私の方に向いた。

 その狼は何故か、長い髪が生えていた。単なる狼とは思えない異形に私の体が震えていた。

 

 殺される

 

 そう頭に浮かび、逃げ出そうとした。しかし、いつの間にか飛びかかった狼に肩を押さえつけられ、地面に押し倒されてしまった。その狼は私に何度も吠えたような気がしたが、食い殺されるかもしれない私の頭は恐怖で覆い尽くされていた。

 

「い、いやあっ! 食べないでっ! 殺さないでぇぇっ!」

 狼はまだ私に吠えていた。

「誰か! 誰か助けてぇぇぇ!」

 狼は苛立った様子で私を見下ろしていた。

「お願い、助け――」

 

 その先の言葉を私は発せられなかった。喉元が狼の牙に貫かれてしまい、一気に食いちぎられてしまったからだ。喉を裂かれた激痛、呼吸管から空気が漏れる息苦しさ、口から吐いた血の味、そんな感覚を感じながら私は死んでいった。

 でも、この世界の理不尽な仕組みで私は変えられていく…… 

 

 肉体が再生されていき、食いちぎられた喉が塞がれていく。直後に毛皮が生えて全身に広がっていった。

 獲物を狩れる爪が生えた手。

 地面を強く駆け出せる獣の脚。

 腰から毛に覆われた尾が生えてくる。

 頭も骨格ごと変化していき、口吻と三角耳が特徴の狼の頭になった。

 

 痛みを伴う変化を終え、口に残った血を吐き出した私は体を起こした。そして、狼に殺される記憶が蘇り、恐る恐る自分の手を見つめた。松明の火は消えていたが、狼女に変化したことで夜目が利くようになり、獣のように変化した両手を見れてしまった。

 その時の私はこう呟くしか出来なかった。

 

「嘘……」

「ほんと♪」

 

 幼馴染の声を久しぶり聞き、周囲を見渡した。長髪を生やした四足の狼が私の視界に入った。即座に地面を蹴って、自分を殺した存在から距離を取った私は無意識に威嚇した。

 

「もう、せっかくの再会なんだから」

 

 目の前の狼が幼馴染の声を発していた。……「異形になっている」という不安が的中してしまったようだ。

 

「そんな……無事でいればと祈ったのに……」

「あたしもそんなネガティブな感じだったよ。食べ物を探しに行ったら狼の怪物に殺され、人間じゃなくなったしね。でもね……」

 

 四足で私に近寄る幼馴染は笑みを浮かべた。

 

「人間に助けを求めようとしたらね、そいつから美味しそうな匂いがしたんだもん。でね、その人間を殺して肉を食べてみたら、ほんっとうに美味しかったんだよ!」

 

 笑顔で言い放った言葉に私は不気味に思った。幼馴染が狼の異形に変えられ、人間を食い殺して美味しいと言い放つなんて……

 

「あなたにも美味しいのを食べさせたくって誘ってみたけど、あたしの言葉を理解できなかったからイライラしたんだ。そしたら『同じ存在になればわかるかもしれない』って思いついて、あなたを殺して狼に変えたわけ♪」

「……そのために私を殺して怪物に蘇らせたわけなの?」

 

 この狼は確かに幼馴染の声で話している。でも、その幼馴染が人間を食い殺すだけでなく、人食に誘うためだけに私を殺した? 

 幼馴染とは思えない狼から後ずさる私。すると、彼女は何かを咥えてこっちに投げてきた。

 

 それは彼女が食べていた人間の腕……オイシソウ、イイニオイ、タベタイ……

 

 抑えきれず、人肉を掴んで口吻に近づける。牙で噛み千切り、奥歯で咀嚼する。生肉なのに焼いた肉みたいな味が舌に広がる。口内にある肉を飲み込んでは、また人間の腕を噛み付く。

 私は何も考えず食べ続けた。幼馴染が私に声をかけた。

 

「これでわかった? お腹いっぱいにならない雑穀や野菜を食べる必要なんかない。牛や豚なんかよりウスノロな人間を食えば幸せ。そして……」

 

 彼女の視線の先を追う私。そこにある“なにか”を見て、私は思わず笑みを浮かべた。

 

 

 

「あの町にはたっくさんいるってこと。人間の殺し方は先輩のあたしが教えてあげるわ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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石化された女冒険者がメデューサに変えられる

pixivでのリクエスト「メドゥーサを倒すも石化してしまい数日後に自身がメドゥーサとして生まれ変わり街でメドゥーサ討伐を出迎えてきた人々を石化にらみで石化させる話」

ざっくり内容
・上記のまま

 ネタが思いつかない時はこうしてリクエスト募集するのもいいですね。


「はあぁぁぁ!」

 

 洞窟に響き渡る雄叫びを上げながら女冒険者が長剣を横に振るう。蛇のような髪を持つ頭が、長い尾である下半身の体から斬り刎ねられ、水溜まりがある岩の地面に転がっていく。

 

 この怪物――メデューサは髪が複数の蛇で出来ており、下腹部から下が蛇の尻尾になっている。異形化した人間は獣と同じ爪や牙、高い身体能力があり、それだけでも元同胞である人間の驚異だ。とある異形らはそれに加えて何らかの“異能”を行使出来るようになる、火吹き、硬化、瞬間移動等。メデューサも己の瞳を見た者を石に変える異能を持ち、彼女らの縄張りには犠牲者である砕かれた石像が見かける。研究者はメデューサの瞳に反射した光が何らかのエネルギーを込められたという説を発表していたが、詳しいことは未だ不明である。

 

 首を切断されて動かなくなったメデューサを、息を切らしながら見つめる女冒険者。彼女は街でメデューサ討伐の依頼を受け、街の近くにあるここの洞窟でメデューサに勝負を仕掛けた。

 瞳を見て石化されないように目をそらしながら戦ったが、鋭い爪、下半身の長い尾の攻撃でダメージを受けてしまっている。地面を蹴って砂を飛ばし、メデューサが目を閉じた隙に斬り刎ねるのが遅かったら、洞窟に飾られている石像の一つにされていたかもしれない。

 

「これで……街も安全に……」

 

 強敵との戦いに深呼吸しながらそう呟く女冒険者。後は討伐した証拠としてメデューサの首を持ち帰るだけだ。地面に転がっている蛇頭を見つけ、目隠し用の布を取り出す。神話の中のメデューサは生首にされても石化能力は残り、英雄に怪物狩りの道具として使われてきた。首を刎ねたといってそのままにするのは危険だ。

 女冒険者はメデューサの目元を布で覆おうとする。鱗が生えている蛇のような顔を動かし、横から見た瞬間だった。

 

 虚ろだったメデューサの目がこちらに向いた。死に対する恐怖と、己を死に追い込んだ人間への憎悪が籠もっている縦長の瞳孔、女冒険者は見てしまった。

 

 驚いた彼女は咄嗟に懐からナイフを取り出し、すぐさまメデューサの生首に突き刺した。自分に向ける負の感情が消えない。短い刃を抜いて二度刺した。まだ消えない。

 

「……ッ!! 死ね! 死ねッ!」

 

 メデューサの視線で石化される前に殺し切らないといけない。死んでこいつらみたいに化け物になるなんて嫌だ。女冒険者は焦りと恐怖に駆られ、ナイフを突き刺すのを止められない。無数の蛇が斬り放されて地面に落ち、顔も酷いことになっていた。

 やがて、メデューサの顔に思いっきりナイフを刺したところで女冒険者の手が止まった。しかし、彼女自身がその手を見て怯え始めた。

 

「い、いや……」

 

 ナイフを握っていた女冒険者の手が、灰色に、無機質に、硬く、動かなくなっていた。殺したはずのメデューサの異能が効き始めてきた。

 石化が手から腕に伝わっていき、変化に耐えられないのかヒビが出来て、欠片が地面に落ちていく。それが自分の身体で起こっている光景を目にした女冒険者は、もう片方の動かせる手でナイフを掴み、自分の首を切ろうとした。

 しかし、死ねなかった。首元も石化が進んでおり、ナイフの刃が欠ける結果になった。人として死なせてくれないことに絶望する女冒険者。

 自決するための指が、助けを求める口が、ここから逃げ出す足が、体の至るところが石に変わっていく……その様子を、地面に転がる生首のメデューサは笑みを浮かべて死んだ。

 

 数日後、洞窟には女冒険者の石像が残されていた。何も知らぬ者が見れば、「まるで人が石になったかのように再現されている」と感想を述べるだろう。

 突然、石像が震えた。同時に石の塵が落ち、あらゆる部位に大きな亀裂が生じる。腹部が左右に割れ、鱗に覆われた蛇の胴体が現れた。

 それはまるで、蛹が羽化するか、または卵が孵化するかのように……

 

 

 

「おーいみんなー! メデューサを退治に行ったあの子が帰ってきたぞー!」

 

 近くの洞窟にいるメデューサを討伐しに行ってから帰ってこない女冒険者を、街の人々が心配してきた時だった。女冒険者の帰還を目にした一人が皆に知らせてきた。

 騎士団が崩壊している今、自らを守れぬ民達はギルドを頼っており、この街では特に女冒険者に助けられてきた。怪物から守ってもらう代わりに、彼女を精一杯世話するのがこの街でのルールだ。

 街の出入り口から入ってきた女冒険者を出迎える人々。いつも明るい彼女が何故か冷たく感じるのが気になるが、今は彼女を休ませるのが先だ。

 

「お帰り! 怪我はないか? よく無事で!」

「怪物を倒せたお祝いに宴をしましょう! 今夜はあんたが好きな料理を作るわ!」

 

 好意の言葉をかける街の民達だが、女冒険者は何も返さない。疑問に感じた一人が彼女に尋ねる。

 

「どうした? 怪物との戦いで怪我でもしたのか?」

 

 心配しながら女冒険者と顔を合わせる。その時、恐ろしいものを目にした。

 彼女の両目には縦長の瞳孔があった。まるで蛇のような目だ。

 異常に気づいた人々が驚愕と恐怖の声を漏らし、女冒険者から離れる。彼女は口の端を上げた直後、自分の身体を石化させる。

 

 全身の石の表皮から鱗が突き破って生えてくる。

 顔を覆う石が割れ、蛇に近い顔が現れる。髪の毛が無数の蛇と化してうねっている。

 背中側の腰を突き破って生えた鱗の長い尾。その際に人間の下半身が切り離された。

 かつての姿への擬態を解いた女冒険者の姿は、彼女が討伐したメデューサと同じモノだった。

 

 その後はあっという間だった。メデューサと化した女冒険者は躊躇いなく街の住民を石像に変えていった。誰もか苦痛と絶望の表情を浮かべている。街はメデューサ一匹の巣になり、人間が変えられた石像は彼女の卵のようなモノだ。

 数日後には石の表皮が割れ、中から新たなメデューサが出てくるだろう。

 

 

 

 

 



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悪人な叔父と異形の姪

 渋いおっさんと少女……Good
 人外と人間……Good
 悪人な渋いおっさんと異形の娘(?)……今回の内容です。


 とある街道で流血沙汰が起こっていた。

 

「お、お願いだ……どうか見逃してくれ……」

「見逃してくれ? そうやって命乞いしてきた同胞を殺してきただろ」

 

 腰が抜けて後ずさりしながら懇願する悪党を、薪割りに使う手斧を持った無精髭の軽い男が見下していた。

 無精髭の男の足元には人間の死体が何人が転がっており、彼が手にしている血まみれの手斧で殺されていた。殺害者である男は、持っている手斧を指で回転しながら悪党に近づく。

 

「あんたらの噂は聞いてんだ。人間だった化け物から逃げてきた人を襲って、略奪を働いてるってさ。そんな奴らが許されると思ってんのか?」

「い、生きるために必要なことだ! お前だって、こんなご時世にまともな生き方が出来るわけないだろ!」

「まともな生き方ねぇ……」

 

 男がそう呟いた直後に悪党に近寄る、手斧を強く握り締めながら。

 それを見た悪党が必死に命乞いを続ける。

 

「お、俺が死んで化け物になったらどうする!? お前なんかを殺しに行くぞ!」

「その心配はないさ。何故ならあんたは……」

 

 化

 け

 物

 の

 胃

 袋

 に

 入

 る

 の

 さ

 

 

 

「今回は大漁だったな。物資も十分手に入れたし、あの子の“食料”もたっくさんだ」

 

 手斧を腰のホルスターに収め、パンパンに詰まった袋が固定されている背負子を背負いながら歩く男。彼が背負う袋の底が赤黒く染みていた。

 彼は今、薄暗い林の中を歩いていた。木陰から単なる動物とは思えない視線を向けられているが、何故か襲われる様子がない男はのんきに鼻歌しながら歩き続けていた。

 しばらくすると、男の視界に小さな家が映った。我が家を見つけた男は足を速めて帰宅していく。

 玄関までたどり着くと、そのドアノブに手をかけて扉を開けた。

 

「ただいま!」

「あ、おかえり。今日は何を見つけた?」

 

 男の挨拶に、家の中にいた少女が挨拶を返し、裸足で駆け寄る。

 そばまで寄った彼女の頭を優しく撫でた男は、背負っていた背負子を床に置いた。

 

「ああ。今回は色々と見つけたぞ、まずは君が食べれる肉と――」

 

 男の言葉を聞き、彼が背負っていた赤黒い染みがある袋を目にした少女は苦笑いを浮かべる。彼女は男に謝った。

 

「ごめんなさい……私のせいで、おじさんが人殺しになって……」

「俺は人の姿をした“害獣”を狩っているだけだ。こんな世界でも真面目に生きようとしてる者達を狙うクズ共がムカつくから殺してんだ」

「でも……人を殺したら駄目って、お父さんが……」

 

 人殺しを躊躇わない男と違って、人を殺すことを否定する少女。

 

 そんな彼女の姿は、異形そのものだった。

 黒い長髪、褐色の顔は人間の頃と変わらない。褐色の右腕と右足も普通の人間と同じだ。

 しかし、彼女の左腕は大きく違った。子供の右腕と比べて左腕は大人と同じ大きさであり、褐色の肌ではなく水色の鱗か甲殻に覆われているような歪な形をしていた。

 

 

 

 男が姪である少女と一緒に過ごすようになったのは半年前である。

 兄貴の家族が住んでいる街が異形に襲われた事を聞いた男は、彼らを助けるためにすぐさまその街に向かった。

 しかし、燃え上がる街へ向かう道で兄の家族達と望まぬ形で再会した。

 兄と、その妻は全身に傷を負っており、道の真ん中で死んでいた。彼らの娘である少女がそばで泣き続けていた。それを見た男は涙は流さなかったものの、深い喪失感を覚えた。

 しばらくその場に立ち尽くしていたが、異形に襲われる前に少女を自分が暮らしている村の家に連れてきた。兄夫婦の死体はボロボロで異形になるとは思わなかったが、せめて二人の墓を建てたかった。

 両親を失った姪を立ち直らせる、当初はそういった目標で同居生活をするはずだった。

 

 

 二人で暮らし始めてから数週間経った頃の事だ。

 少女が男に痒みを訴え、自分の左手の甲を見せた。そこには水色の鱗のような何かが刺さっていた。

 男は少女を連れて村の医者に向かった。そこで男はある事実を突きつけられた。

 

 医者の診断によると、少女の手の甲に鱗が刺さったわけじゃない。褐色の肌を突き破って水色の鱗が生えたのだ。

 それは少女が異形化しているという意味だ。

 男は「この子は殺されていなかった」と説明するも、医者から「死んだ者が異形化するのは常識だが、中には生前の姿をしばらく保ち続ける例外が存在する」と返されてしまった。

 

 つまり、死んだ両親である兄夫婦のそばで泣いている所を男が見つけた時、少女はもう死んでいたということだ。

 

 医者は「この子を人間と見なしているのであれば、怪物としての命を絶たせた方がいい」と告げ、男に判断を任せた。

 

 その夜、男と少女は村から出ていった。そこから離れた林の中にあった廃家に住み着き、二人だけの同居生活を再開したのだ。

 男は姪を人として死なせず、姪の異形化を治そうとせず、ただ共に暮らし続けるだけだった。

 普通の食べ物を拒食するようになった姪のために、悪党を狩って人肉を集め……

 異形化が進んだ姪を守るために、他の異形や狩人を殺し続け……

 

 それを繰り返しているうちに、同居生活を始めてから一年間経った。

 

 

 

「どうしておじさんは……こんな私を生かし続けるの?」

 

 林の中の家の近くで、自分に背を向けながら煙草を吸っている男に少女は……少女だったモノは尋ねた。

 

 彼女の異形化が左腕に留まらず、全身に進行していた。

 子供だった右腕は左腕と同じように水色の外骨格に覆われて歪な形に変化していた。

 女体の華奢な鎧を身に着けているように見えるが、甲殻で出来ている身体そのもの。

 動物を模したような無機質な脚。腰から伸びている鋭い尾。

 人間時と変わらぬ黒髪、一対の角が生えている目のない仮面の顔。

 どう呼べばいいか分からない存在に、姪である少女は変わり果てていた。

 

「そうだな……」

 

 異形化した姪に尋ねられた男は煙草を一服し、振り向かずに答えてみた。

 

「俺は異形の姿が大好きな悪人だからかな」

 

 そう返した男の背中を、異形の姪は見ているだけだった。



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ヒトデナシ【メインキャラ紹介】

 ヒトデナシシリーズが全年齢の物語として連載していた場合のキャラ紹介です。
 ……と言ってもリクエストで絡ませる時の参考程度にしか使えませんが。
 最初は私個人が気に入っているキャラです。

 内容
・カマキリ娘
・狼剣士
・蝶少年


 

名前:マティス

性別:女

年齢:19歳

人間時:村娘

異形姿:人型のカマキリ

外見:短めの緑がかった金髪。無機質な仮面の顔と、華奢な鎧の身体(球体関節人形に近い)

一人称:私

二人称:あなた、あんた

好き:祈り

嫌い:自分を含む異形、蟲姫

 

 ヒトデナシシリーズの一応の主人公。

 人間だった頃は明るい性格だったが、虫の異形の長――蟲姫によって蟷螂の異形に変えられた後は復讐心に駆られることになる。

 襲われている人間を見殺しには出来ないが、神を盲信しすぎる(神様がなんとかしてくれると思っている)、自分以外の友好的な異形に疑いを向ける等、性格に問題がある。

 戦闘時は、前腕に折りたたまれている鎌を展開し、カウンターをメインにした戦い方をするが、戦いとは無縁の村娘だったので強くはない。

 

【他人との関係】

・ヴァネッサ

 自分が籠もっていた無人の村に訪れ、旅に出るきっかけを作った蝶少年。

 心配でついてくる彼(他の異形)と一緒にいたくなかったが、「蝶が蟷螂に勝てるわけない」と考えて同行を許している。しかし、傭兵として働いていたヴァネッサを強いと思い知らされる。

 仕事柄サバイバル生活が得意なヴァネッサに助けられることもあるが、素直に感謝を表せられない。

 

・狼奈

 強力な異形に苦戦していた時に助けてくれた狼のヒトデナシ。

 最初は自分とヴァネッサを狩ろうとしていたが、「斬る価値がない」とみなしてくれた(?)ため殺されずに済み、用心棒として同行させている。

 自分より腕が良いため、戦闘中に助けられることが多い。狼奈のことを「異形を斬ることしか興味がない冷たい奴」と思っているが、逆に彼女からも「常に神頼みしている愚者」とよく思われていない。

 

(メタ解説)

 某生物災害の二次創作小説に出す予定だったオリ主の一人をモデルにしている。箇条書きで説明すると「元村娘、寄生虫を悪用するカルト教団によってカマキリの生物兵器に改造された、『泣けるぜ』が口癖の原作主人公と協力する復讐鬼」。

 彼女をヒトデナシシリーズの主人公にした理由は「メスケモだとR-18の話を書きそうだったから、それを防ぐために虫娘にした」……結局書きましたけど。

 

 

 

名前:狼奈

性別:女

年齢:21歳

人間時:ギルド所属の剣士

異形姿:狼獣人

外見:背中までの黒髪、極東の鎧(当世具足)を模したコート

一人称:私

二人称:お前、貴様

好き:おにぎり、温泉

嫌い:小物、弱者

 

 極東からの移民の末裔である狼剣士。

 人間でありながら単独で異形を斬り殺せる人間離れの実力者だったが、狼の怪物に初めて敗北してしまい、殺された後に狼の異形として蘇る。

 自分を殺した狼の怪物にリベンジするために、修行として多くの異形を狩りながら探している。他人から冷たい印象を持たれているが、彼女が幼い頃に移民の末裔であることで迫害を受け、他人を信用しなくなったから。

 武器は太刀であり、常に駆けながら敵の攻撃を避けて斬る戦いを得意とする。

 

【他人との関係】

・マティス

 彼女とヴァネッサが強い異形に苦戦している所を助けたことで知り合う。

 最初は彼女らも斬り殺そうとはしたが、「悪意がなく、戦う力がない。斬る価値のない存在」とみなして攻撃をやめる。用心棒として彼女らに雇われる形で同行している。

 戦いに慣れていないマティスを厳しく言いながらも助け、戦闘技術を教えてあげている。

 

・ヴァネッサ

 彼とマティスが強い異形に苦戦していた所を助けた時点で知ったが、ヴァネッサの方はギルドでの狼奈の噂のこと(単独で数体の怪物を狩った等)を知っていた。

 狼奈を用心棒として雇おうと提案したのはヴァネッサであり(マティスは嫌がっていた)、倒した敵から漁った金品や物資の大半を報酬として受け取っている。

 他者とのコミュニケーションはヴァネッサに任せている(自分は棘のある言い方をしてしまう、マティスは敵意を抑えようとしない)。

 

 

 

名前:ヴァネッサ

性別:男

年齢:17歳

人間時:ギルド所属の傭兵

異形姿:人型の蝶

外見:短く先端が黄色、青、赤の三色に染まった黒髪。無機質な仮面の顔と、鮮やかな蝶の羽で出来た動きやすいドレスの身体(球体関節人形)

一人称:僕

二人称:君、あなた

好き:クリームを挟んだサンドイッチ、果物

嫌い:女性扱い

 

 一見女性に見える中性的な外見だが、れっきとした男である蝶の異形。

 人間の時はギルドで傭兵の仕事だけでなく、なんでも屋に近いことをやっていた。泊まっていた街を襲撃してきた蟲姫の手で蝶の異形に変えられるが、女装しているような身体になってしまう。

 元々女みたいな名前にコンプレックスを持っているが、異形化の姿が女性っぽくなってしまったので、よく女と間違われてしまう。

 人間時から使っていた剣を武器にしており、自分の鱗粉をまぶすことで毒等を与えられるようになる。

 

【他人との関係】

・マティス

 彼女が籠もっていた村に訪れたことで、彼女の旅が始まるきっかけとなった。

 疑いと敵意を向けられるも、彼女が心配で同行する。

 村娘だったマティスにギルドで学んだ知識を教えている。

 

・狼奈

 ギルドにいた頃、「単独で無数の怪物を狩る太刀使い」の噂を聞いており、自分達を助けた狼の異形を狼奈だと気づく。

 用心棒として雇う形で彼女を仲間にしようとし、漁った金品や物資の大半を報酬とする条件で同行するようになる。

 今は自分やマティスのことを雇い主としか見てないが……

 



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【番外編】おお 冒険者よ! 怪物になるとは なさけない…。

pixivでの「“○ラゴン○エスト”みたいなリスポーンが当たり前の世界で、死んでしまった冒険者がモンスターになる話」
剣士→竜人
女魔法使い→鳥人
格闘家→獣人

 正直、今回はクオリティが低いと思います。


 

 ここは、人の死体が変質した様々な姿の異形――ヒトデナシに支配された世界……

 ではなく、一般的な剣と魔法の世界だ。この世界ではとある概念が存在していた。

 

 それは“人が死んでも蘇生する”ということだ。

 

 正確にはこの世界にいる全ての人間ではなく、ギルドに登録されている冒険者達がどのような死因でも、無傷の状態でギルド本部に復活――リスポーン出来るというわけだ。

 なぜ死んだはずの人間が復活出来るかについては未だ解明されてないが、このようなおとぎ話が存在する。

 

“昔々、人々を困らせる魔物をやっつけるギルドができたばかりの頃、ギルドの一員である冒険者がとある洞窟で見つけたお宝を持って帰り、ギルド本部に置きました。

 すると冒険者達がモンスターに殺されたり事故などで亡くなったのに、元気な状態のその人達がギルド本部に復活しました。

 どうやら、一人の冒険者がギルドに持ってきたお宝に“復活するお祈り”が込められていたようです。

 ギルドの偉い人達はそのお宝を管理し、強いモンスターに何度も蘇る冒険者達を送りつけてやっつけ、貴重な知識を持つ賢者を死なせないようにする等、この今も人類の発達に使われています”

 

 ……もしも

 もしも、人間が命を尽きたとしても再び蘇られる奇跡に、異世界の“なにか”が関与してしまったら……?

 

 

 

 自分に見合わないクエストを引き受けてしまい、戦死してリスポーンする冒険者が少なくない中、何度も生還してきた冒険者パーティーがいた。

 

 動きやすい鎧を身に着け、剣で敵を切り裂くリーダー。

 多種多様の魔法を放つ女魔法使い。

 どんなに硬い岩を容易く砕く格闘家。

 

 ギルドで最も強いというわけではないが、彼らを知らない冒険者はほとんどいない。

 

 ある時、ギルド本部で引き受けるクエストを選んでいた所を受付嬢に呼ばれ、リーダーは彼女の話を聞いた。女魔法使いと格闘家も聞き手に加わった。

 

「ソロ行動しているアサシンさんは知りませんか? あなた達のパーティーに加わっていた方ですが……」

 

 受付嬢の言葉にパーティーの皆は心当たりがある。

 

 音を発さない身軽な鎧を身に着け、ナイフ一つで害獣の群れを殲滅させた事があるアサシンの男だ。

 パーティーにいた頃は何度も死んではリスポーンを繰り返していたが、パーティーから抜ける寸前は「いつリスポーンしたか忘れちまった」と軽口を言えるほど強くなっていた。

 ちなみにパーティーを抜けた理由は「肉には塩をかけるか、ソースをかけるか」という議論でリーダーと喧嘩し、塩派のアサシンが自ら抜けたのだ。

 

 そんな過去を思い出しながらも、受付嬢の質問に女魔法使いは首を振った。

 

「いいえ。あの男とは何度も手を組んだけど、最近会ってないわ」

「そうだな。あいつとは数週間前に同じクエストで出会ったくらいだぜ」

 

 格闘家も女魔法使いの言葉に頷く。二人の様子を見た受付嬢が考えている様子を見せ、リーダーが声をかける。

 

「あいつに何かあったのか?」

「実は……アサシンさんがクエスト中に亡くなったのです」

 

 受付嬢の言葉にパーティーの皆は衝撃を受けた。

 「アサシンが死んでしまったので、もう二度と会えない」という意味ではなく、「実力のあるアサシンがクエスト中に死んだ=失敗した」という意味で驚いているのだ。

 

「……なにかの冗談だろ? あいつ、ナイフだけで騎士と戦えるんだぜ?」

「ギルドでも彼の失敗に驚きを隠せていません。それに……登録されているはずの彼がリスポーンされていないのです」

 

 受付嬢の最後の言葉にパーティーは驚いた。

 この世界ではギルドに登録されている冒険者は例えどのような死に方でも、ギルド本部に復活――リスポーンする。クエストを失敗したアサシンをからかいながらも慰めに面会しようと考えていたリーダーも、動揺しながら質問した。

 

「リ、リスポーンされてないって……だったらどうして死んだって分かるんだ? まだあいつが生きてるってこともあるだろ」

「冒険者の皆さんには知らせていないのですが、死んだ冒険者がリスポーンされる前に“命が断った”という信号がギルド本部に送られてくるのです。アサシンさんが死んだという信号が来たので、看病の準備をして待っていたのですが……現在もリスポーンされていません」

 

 暗い表情の受付嬢の説明に女魔法使いと格闘家は言葉を失った。

 何度も復活してきた冒険者が死んだっきり。このような現象に二人は衝撃を受けていた。

 リーダーも動揺を隠せていないが、アサシンの捜索を自分から引き受けた。

 

「あいつが死んだのはどこなんだ? 俺達が調べに行ってみる」

 

――

 

 アサシンが死んだと思われるフィールドに向かうパーティー。その周辺に生息しているモンスターは弱くはないが、アサシンを殺せるほどではなかった。何故彼が死んだかをリーダーが疑問に思っている時だった。

 一匹のモンスターがパーティーの前に現れた。

 おとぎ話に出てくるエルフやオークなどの亜人を思わせる人の形をした虫だ。そのようなモンスターは実在するはずがないと女魔法使いが驚いていた。

 虫の異形が両腕の爪を擦り合わせて威嚇しているのを目にし、冒険者パーティーは戦闘態勢に入る。格闘家が地面を蹴って虫の異形に迫り、女魔法使いが呪文を唱えようとする。リーダーも動こうとした瞬間だった。

 虫の異形が格闘家の拳を避けると、胴体を一気に切り裂いた。そして女魔法使いに接近し、呪文を唱える彼女の首を一気に裂いた。

 あらゆるモンスターに連勝してきた格闘家と女魔法使いが殺され、残されたのはリーダー一人となった。

 

――

 

「落ち着け、俺……相手は虫なんだ」

 

 容易く殺されてしまった女魔法使いと格闘家の死体が視界に入り込むが、それでも人型の虫から視線を離してはいけない。素早い動きで二人を殺した虫はリーダーを黒い複眼で睨んだきり動かない。なぜ続けて自分を殺さない? じっと立ち止まりながら疑問を感じていたリーダーは、ある知識を思い出す。

 

 狩りが得意なカマキリとトンボはどんなに素早く動く虫を簡単に捕まえられる。しかし、逆に微動だにしない虫には一切反応できず逃してしまうことがある。

 

 女魔法使いと格闘家がやられたのは派手な動きをしてしまったからか? 拳と足で敵を打ち砕く格闘家は当然、女魔法使いは攻撃魔法を唱える際の仕草に目をつけられたのか?

 仮説を頭の中で組み立てるリーダーだが、人型の虫が一歩近づいているのに気づいた。とっさに剣を真正面に向けて構えるも、人型の虫は瞬時に迫ることはなく、ただ一歩一歩近寄るだけだった。

 下手に動かなければ反応される事はない。その仮説が正しいと確信すると同時に、人型の虫は自分を見失っている事に気づく。リーダーが立っている場所に周囲を見渡しながら近づいている。

 やがてリーダーの前まで移動してきても、虫の異形は彼に気づく様子がない。リーダーは察知されないよう剣先を虫の異形の鳩尾に向ける。

 そして一気に突いた。胸部を貫かれて虫の異形が腕を振り回して反応するも、リーダーは剣を捻って更にダメージを与えた。

 大きく体を震わせた直後、パタリと倒れる虫の異形。リーダーは警戒を緩めず、剣先で虫の頭部を突っついたが、先程のような反応を見せず四肢を痙攣させているだけだ。

 

「……皆の仇は取れたぜ」

 

 全ての息を吐き出すように言葉を上げるリーダー。その時、新たな疑問が頭に浮かんだ。

 

 なぜ隠密行動が得意はずのアサシンが、こいつに殺されたんだ?

 

 次の瞬間、倒れたはずの虫の異形がリーダーに飛びかかった。

 左右に開閉する顎が肩に噛みつき、両腕の爪が胴体に突き刺さる。力いっぱい虫を蹴り飛ばすも、牙と爪に食い込まれた肩と胴体が裂かれてしまい大量の血液が噴き出る。それでもリーダーは剣を固く握り、啖呵を切る。

 

「これで俺を殺せると思ったか、虫野郎ッ! 俺たちは何度も死んできたんだッ!!」

 

 ギルドに登録されたばかりの頃は簡単な罠に引っかかって死に、弱い敵に油断してしまい死に、酷い時は食中毒で死んだ事もあった。死んではリスポーンを繰り返していくうちに、死への恐怖が薄れていった。

 死に対する恐怖を無くしてはいけないが、ある意味不死身である冒険者が死に恐れるのは本末転倒だ。

 

「ぶっころ――」

 

 その言葉を言い切る直前に、まっすぐ迫ってきた虫に喉を爪で貫かれた。刺された状態で地面から持ち上げられたリーダーは未だ握っている剣で虫の頭頂部を叩き切ろうとするが、手の力が抜けて剣を手放してしまう。

 力なく両腕両足を垂らしているリーダーの死体を見上げる虫の異形。自分が切り裂いた女魔法使いと格闘家の死体にも視線を移し、しばらくしてから首を傾げた。まるで“この人間達に見覚えがある”と言わんばかりに。

 

「よく出来ましたわぁ。今度はこのワタクシにお任せくださいねぇ」

 

 女性の声に振り向く虫の異形。そこには背中から翼が生え、頭上に光る輪を浮かべる、宙から降りる天使の姿があった。

 三対も生えている翼は腐りかけており、頭上の輪も神経のようなナニカを束ねている感じだった。

 

 

 

 ギルド本部ではなく、薄暗い洞窟の中。

 仰向けで気を失っていたリーダーは両目を開き、上半身を起こす。すぐさま虫の異形に貫かれた首元に手を当てるが、裂傷は全く無かった。戦死してリスポーンする際に受けた傷とダメージは治されるが、殺される寸前の記憶に苦しむ事が多い。

 

「あの虫野郎……攻撃の動きがアサシンに似た気がする。とにかく、ギルドの連中に知らせを――」

 

 傷口を確かめるために当てた手を見た瞬間、リーダーは言葉を止めてしまう。

 

 首元に当てていた手が鱗に覆われていて、指先には鋭い爪が生えている。片方の手も、両腕も同じだ。

 視界の下辺りに自分の鼻が見えるが、何故かいつもより長い気がする。

 尻の上辺りに重い何かがついている気がして、振り向くと長い尾が生えていた。

 

「な、なんなんだよ……この手は、この体は……?」

「人として死んだから怪物になったのですよぉ。何度も蘇る生物はもはや化け物として生きるべきですわぁ」

 

 突然の女性の声に竜の異形と化したリーダーは振り向く。

 そこにはシスター服を着た天使が中に浮いていた。しかし、教会に飾られている絵のような神聖らしさはなく、背中から生えている三対の翼が所々腐って骨が露出しており、頭上に浮かんでいる天使の輪も“神経のようなナニカを円状に束ねている”ように見えた。

 そんな生々しい天使モドキを見ていたリーダーは、彼女と自身の身体に嫌悪感を見せなかった。そして虫の異形の正体に気づいた。

 

「……そうだな。するとあの虫野郎はアサシンだな? あいつ、躊躇わずに俺たちを殺しやがって」

 

 殺されたにも関わらず愚痴を吐くだけで済むリーダー。リスポーンが当たり前の人間の時からか、異形に変えられた瞬間からかは分からないが、彼の中の死への恐ろしさが麻痺していた。

 背後からの気配に気づいたリーダーが振り向くと、そこには三角帽子を被った鳥の異形と、道着を着た獣の異形が立っていた。その二人が誰なのかはリーダーは瞬時に理解した。彼は驚くことなく対面に喜んだ。

 

「お前達か! いい身体してるじゃねえか」

「そうね。この身体は軽くて素早く躱せるし、空にも飛べるわ」

「強く大地を蹴れる脚と、獲物を狩れる腕力を持つこの身体と比べると、人間なんぞ弱っちく感じるぜ」

 

 虫の異形に殺されたはずの女魔法使いと格闘家が、それぞれ羽毛に覆われた鳥の異形と毛皮に覆われた獣の異形に変えられていた。人型ドラゴンとなったリーダーと同じように人間ではなくなった事に嘆く様子がなかった。

 そんな彼らに肉々しい天使が口角を上げる。

 

「何度も何度も生き返る人は人間ですかねぇ……? 死を恐れなくなったからには、人間性が失われる事を恐れてもらいましょ~」

 

 人間の姿ではなくなった冒険者パーティーの周囲を、天使は何周も飛びながらそう言った。

 ……正直な所、死んでも復活できることにはスリルが無く飽きてきた。これから死んで化け物になっちまうんだったら楽しめそうだ。他の冒険者共にも教えてやるか。

 何度も死ねる人間として怪物狩りすることに飽きていた冒険者パーティーは、怪物として人間を殺して同胞を増やすことにした。

 武器を携えて人間の街に向かう彼らを見送った歪な天使は笑顔でこう呟いた、脳内に“異形の少女”を思い浮かべながら。

 

「これで始祖様に褒めてもらえるぅ~♪」

 

 

 

 ギルド本部では、力尽きた冒険者がリスポーンされない現象に悩まされていた。まだ生きている有能な魔術師を集め、原因を解明させようとしていた時だった。

 確認された事のない人型の魔物たちがギルド本部が存在する街に襲撃してきた。その魔物たちの戦い方はリスポーンされていない冒険者のとよく似ていたが、疑問に思う暇もなく次々と殺されていく。

 

「こ、こんなことになるなんて……」

 

 ギルド本部のカウンターで受付嬢が全身を震わせながら声を漏らした。

 彼女の視界には情報が全く無い人型のドラゴンが数人の冒険者達を返り討ちしていた。その戦い方はどこか見覚えがあった。

 そんなドラゴンは受付嬢に目をつけて迫っていく、血塗られた剣を片手で握りしめながら。

 

「……これが、あの世へ行かずに何度もリスポーンしてきた私達への天罰でしょうか」

 

 諦めの言葉を吐く受付嬢に人型ドラゴンが剣を振り下ろす。殺された彼女がどのような異形に変えられるかはまだ誰も分からない。

 

 

 数時間後、ギルド本部が存在する街は人型の魔物――ヒトデナシの街に変えられ、そこから世界中にヒトデナシが拡がることになるのだった。




○レギュラー(になるかもしれない)今回登場のヒトデナシ

名称:変異天使
性別:雌雄同体(竿を生やすことも生やさないことも可能)
人間時:修道女
外見:修道服とベールを纏っている。
一人称:ワタシ
二人称:キサマ、アナタ
好き:異形の娘
嫌い:異形の娘に敵対するもの

 異形の姿
頭:比較的人間のまま。背中までの金髪、三白眼、波線の口が特徴。頭上には神経をリング状に束ねた「天使の輪」が浮かんでおり、目や耳で捉えられないモノを感知できる。
背中:三対の翼が生えているが、至るところが腐り落ちていて骨まで露出している。これでも飛べる。


 異形の娘の手で直接変えられた異形の中で、唯一異形の娘を「始祖」と妄信する狂信者。異形の娘と長く接しているので生きている人間を様々な異形に変えている。しかし、本来は天国を連想する異形に変えることを得意とする。
 宗教のいざこざで処刑される寸前に、異形の娘に気まぐれで助けられる。大昔の人間の妄想かもしれない“神”よりも、実際に自分を助けてくれた異形の娘を妄信するようになる。異形の娘を抱く事も抱かれる事を期待している。
 本来は人間要素が全く無い姿を希望していたが、異形の娘の提案で天使モドキのヒトデナシに変える。


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歌が得意な褐色少女が、アルビノの人魚モドキに生まれ変わる。

あらすじ
「奴隷だけど歌が得意な褐色少女が音楽家のパートナーに選ばれたが、それに嫉妬した令嬢に処刑されかけたところを異形の娘に助けられ、真っ白い人魚のような人外に変えられる」

今回はAIのべりすと君(https://ai-novel.com/index.php)に手伝ってもらいました。


 黒髪と褐色の肌を持つ少女の故郷は、海に浮かぶ島々に存在する漁村だ。貧しい村ではあるけれど、それなりに平和に暮らしていた。

 それでも、遠い国から来た白い肌の人間に労力として連れ去られてしまうことは日常的だった。

 少女が生まれた前からそうだったのだ。疑問を持たず、疑問を持ってたとしてもどうすることも出来なかった。

 

 少女は歌が好きだ。祖母から教えてもらった昔からの歌を歌えば、家族はもちろん近所の人達も穏やかな顔で聞いてくれる。しかし、白い肌の人達にうるさそうに手で追い払われて、誰にも気づかれないように悲しむことが多かった。

 ある日のこと。いつものように海辺にある家から出て、村の広場に向かう。そこでは、聞いたことのない楽器の音色が鳴り響いていた。褐色の少女は、その音に惹かれるようにして近づき、演奏者を見上げる。そこには、変わった髪型で裕福な格好をした男――音楽家がいた。彼は褐色の少女に気づくと、知らない楽器――ピアノを弾く手を止めて微笑んだ。

 

「こんにちは」

 

 褐色の少女は驚いて一歩後ずさったが、すぐに頭を下げた。

 

「こ、ここ、こんにちは……」

 

 褐色の少女が挨拶を返すと、白い肌の男達は驚いた顔をしたが、音楽家は気にせず彼女に話しかけてきた。

 

「君のことは知ってるよ、歌が上手いんだってね。私の演奏に合わせて歌ってくれないかい?」

 

 突然の提案に戸惑う褐色の少女だったが、男は有無を言わさずピアノの前に立たせてしまった。

 褐色の少女は仕方なく歌い始める。下手に逃げ出すと何されるか分からないからだ。

 すると、周りの村人達が興味深そうな視線を向けてきた。

 褐色の少女は恥ずかしくなり俯いてしまいそうになるが、白い肌の者達の表情を見て、もっと聴きたいのだと思い、一生懸命歌った。

 白 い肌の者達は褐色の少女が歌いだしてからというもの、目を閉じて静かに聴いている。それはまるで祈りを捧げているかのようだった。

 やがて、演奏が終わると同時に褐色の少女の歌声が止み、拍手が沸き起こった。褐色の少女が慌ててお辞儀をする中、音楽家が頭を優しく撫でてきた。

 

「ありがとう。君のおかげでいい演奏になったよ。決めた! 君を私のパートナーにしよう!」

 

 突然の音楽家の言葉に、褐色の少女を含むその場にいた者は驚きの反応を見せた。音楽家は褐色の少女の手を取ると、興奮気味に喋りだす。

 彼曰く、自分は世界を旅する音楽家であり、これから世界を巡って様々な音楽を広めに行くのだが、一緒に来てくれる人を探していたとのこと。

 最初は困惑していた褐色の少女だが、今まで感じたことがないほどの喜びを感じていることに気づいてしまう。

 結局、褐色の少女は音楽家と一緒に行くことを決めた。音楽家は嬉しそうな笑みを浮かべると、褐色の少女に彼女の家まで案内してもらった。

 少女が連れ去ることを阻止しようと彼女の家族や近所の人達が音楽家の前に立ちはだかる。

 が、音楽家は力で振るう事なく、頭を下げて褐色少女を連れて行く許可を求めた。奴隷として扱われているような自分達に白人が頭を下げてくるとは、これまで一度もなかった。それ故に、彼らは戸惑い、最終的に褐色の少女を連れて行くことを許可した。

 音楽家と褐色少女は船に乗り、村から離れていった。少女の家族たちに見送られながら。

 

―――

 

 船内では白人の音楽家と褐色少女の歌手という組み合わせが話題になっていた。

 褐色少女は彼の所有物であること(音楽家は否定していたが)、少女の歌声が確かな事実に他の乗客や船乗り達は文句を言うことはなかった。一人の女性を除いて……

 その女性はとある貴族の令嬢であり、音楽界では有名な人物だ。歌手として出演した演奏会は必ず成功すると言われてきた彼女は、音楽家に「自分と組まない?」と誘おうとしていた。

 しかし、音楽家には褐色肌の少女が歌手としてついている。貴族である自分と組まず、奴隷である少女を歌手として選んでいることに令嬢は不快だった。

 

 

 そこで、自分達の船室で歌う褐色少女に合わせて音楽家が演奏している最中に、こっそりと彼の元を訪れた。

 

「ねえ、私と組んでくれない?  私なら、そんな子よりずっと上手く歌えるわ」

 

 その様子を見た褐色少女は悲しそうな表情をするが、仕方ないと受け止めていた。いくら歌が上手くても、演奏会に奴隷を出演させる人なんていない。むしろ、普通はそんな人を雇わないだろう。そう思っていた。

 しかし、音楽家は違ったようだ。

 

「素晴らしい歌声を持つこの子ではなく、貴族のお嬢様で妥協しろというのかね」

「だ、妥協……!?」

 

 音楽家の言葉に令嬢は驚きと怒りを顔に出した。褐色の少女も驚いていた。いくら歌が上手くても、黒っぽい肌の自分より貴族のお嬢様を選ぶと思っていたからだ。

 音楽家は言葉を続ける。

 

「私は私の音楽に相応しい声を探しにあの島まで行った、その声の持ち主はこの子なんだ。確かにこの子は肌が黒い。しかし、私は肌の色等どうでもいい。音楽というのは音色と歌声を評価するものであって、肌で価値が決まるわけじゃない」

「で、ですが……そいつは奴隷ですわ!」

「……確かに我々が意味なく奴隷と扱っている部族の娘だ。が、彼女の歌を聞いた瞬間、奴隷ではなく私の音楽を歌ってくれる歌手として選ぶことにしたんだ」

「ど、奴隷を歌手にするなんて――」

 

 食い下がろうとする令嬢に向かって、音楽家は強い口調で言った。

 

「それとも何かね? 君が彼女に勝るのは、貴族という立場と白い肌だからかい?」

「なっ……!!」

 

 音楽家の男の問いに、令嬢は顔を真っ赤にして黙り込んだ。そして、悔しそうな表情を浮かべてその場から走り去った。

 その様子を見て、少女はぽかんとしていた。まさか自分の声を本当に褒めてくれる人が居るとは思わなかったのだ。

 そんな事実に感動しながらも、褐色の少女は音楽家に感謝した。

 

「あの……私なんかを庇ってくれてありがとうございます」

「自分を“なんか”と呼ぶんじゃない。君を誇りに思えるのは、君自身だ」

 

 音楽家の言葉に少女は嬉しく思いながらも、恐る恐る尋ねてみた。

 

「……私を優しくしてくれるのは、あなたの音楽に合わせて歌えるからですか? もしも歌えなかったら、私なんかどうでも良かったんですか?」

「いや、それは違うよ。たとえどんな見た目だろうと、君は素晴らしい声を持っている。私が求める条件を満たしているんだ」

 

 ここまで自分を肯定してくれる音楽家に、褐色の少女は驚きで何も言えなかった。わかるのは明るい気分でいられることだけだ。

 

「それにしても『もしも君の歌が私の音楽に相応しくなかったら』、か……考えたことなかったな。だが、そんな下らんことを考えてる暇があったら、歌の練習でもしようじゃないか」

 

 そう言って、音楽家の男は次の曲の準備を始める。少女も暗い気持ちを振り払い、彼が演奏するピアノに合わせて歌声を上げるのだった。

 

―――

 

 甲板で船乗り達に歌を披露し、称賛をもらった褐色の少女は明るい気持ちで自分の部屋に戻った時だった。

 机の上に美味しそうなケーキが置かれており、一緒にある紙には「お食べ。未来の歌姫様」と書かれていた。音楽家が用意してくれたものだと少女は思い、ひと口食べてみた。甘くて美味しい……

 その直後、喉に強烈な痛みが走った。まるで焼けるような感覚だった。あまりの痛さに床に転げまわったあと、少女は気を失ってしまった。

 

 目が覚めたのは、音楽家が必死に呼びかける声が聞こえたからだ。

 

「良かった……君の部屋に置いてあったケーキだが、あれは私が置いたのではない。しかも刺激物が多めに含まれていたようだ」

「え……」

「誰かが君の部屋に忍び込んで置いていったんだろう……本当に申し訳ないことした。まあ、あんなことをするような奴は誰なのかすぐにわかったよ」

 

 音楽家の言葉を聞いて、褐色の少女は嫌な予感を覚えた。

 誰がこんなことをしたのか、何となく察してしまったからだ。あの令嬢に嫌われているのは仕方ないけど、まさか毒殺してくるなんて……

 険しい顔になった音楽家は部屋を出る前に褐色の少女に言った。

 

「君の歌声を奪おうとした者を問い詰めてくる。君はここで休んでいなさい、喉が痛んでいるかもしれないから」

 

 それを聞いた少女は必死に彼を引き止めようとした。もう二度と会えない気がしたからだ。だけど、喉の激痛のせいで喋れなかった。

 引き止めることも出来ず、音楽家はそのまま船室から出ていってしまった。

 

 

 

 ……それから数時間後、なかなか戻ってこない音楽家を心配していた時だった。部屋の扉が開かれ、そこから現れたのは……船員達を引き連れた令嬢だ。船員達の手には鎖が握られて、ジャラジャラと音を立てていた。

 彼女はベッドに寝ていた褐色の少女を指差し、怒りの形相で怒鳴りつけた。

 

「素晴らしい演奏が出来る彼を殺したのは……こいつよ!」

 

 少女は思わず耳を疑った。

 この船にいる『素晴らしい演奏が出来る男』は奴隷である自分に優しくしてくれた音楽家しかいない。でも、その人が殺された? なんで?

 

「この子が彼の音楽を台無しにしたのよ! 罰として海に放り投げなさい!」

 

 令嬢の命令に、船員達は怒り狂って褐色の少女を押さえつけようとする。

 少女は悲鳴を上げながら逃げようとするも、数の暴力によって押さえつけられてしまい、鎖を巻きつけて身動きを取れなくされた。

 

 褐色の少女は察した。

 毒入りケーキを差し出した事を音楽家に問い詰められた令嬢が彼を殺し、その濡れ衣を自分に着せてきたことを。

 訴えようにも、喉がやられて声が出せない。出せたとしても奴隷の声を聞いてくれる人はこの船にいるの?

 

 少女は涙目で助けを求めたが、誰も聞いてくれず、そのまま海に投げ捨てられてしまった。海面に叩きつけられる前に見た光景は、こちらを嘲笑う令嬢だった。

 

 褐色の身体に巻き付いている鎖の重りで海中に沈んでいく中、褐色の少女は肌の違いで優劣を決める人間を呪った。

 自由を、歌声を、大好きな音楽家さんを奪い、そして、自分を殺そうとした白い肌の人達を心の底から憎んだ。

 褐色の少女は負の感情を抱いたまま、海の藻屑となって消えていくはずだった。

 

 そんな彼女にナニカが近づいてくる。魚でもなく、鮫でもない。風変わりな格好の子供が海底を歩いて、沈んだ少女に近づいていた。

 

―――

 

 月明かりが照らす小島で、全身が海水に濡れた褐色の少女が目を覚ました。自分に巻き付いていたはずの鎖が無くなっており、体を起こそうとするが、沈められていたせいか体に力が入らない。

 そばに誰かがいることに気づき、どうにか顔を向けた。

 動物の皮を裏返したような肉々しいフード付きのコート。そのフードから出ている青と赤の二色のおさげ。そんな風変わりな衣装を纏った女の子が少女を見下ろしていた。

 

「大丈夫?」

 

 そう問いかける少女を見て、褐色の少女は思い出す。

 自分はあの船から令嬢達の手で海に投げ落とされ、溺れ死んだはずなのに、どうして助かったのだろう。もしかして、目の前に立っている少女が助けてくれたのだろうか。

 褐色の少女から周囲の海に視線を移した少女は見渡しながら呟いた。

 

「体中を鎖で巻きつけられた挙げ句、海の底に沈められたんだね。可愛そうに」

「魚さん、カニさん、クラゲさんは様々な色をしてるのに仲良しだね。肌の色で奴隷にされたり支配したりする人間とは大違い」

「人間をやめてみる? 肌の色にケチをつける者を容易く消せるよ」

 

 真っ暗な海上を見渡した後、自分を見下ろしてきた謎の少女に、褐色の少女は驚愕する。

 何故か自分の境遇を知っていて同情しているのかと思ったら、人殺しの提案までしてきたのだ。しかも、淡々とした口調なので冗談ではなく本気で言っているのだとわかる。

 もしも音楽家が生きていてこの場にいたら、謎の娘の誘いに褐色の少女が乗るのを阻止しただろう。

 しかし、音楽家はこの世にいない。自分の歌に嫉妬した令嬢の手で処刑されかけた褐色の娘は、謎の娘――異形の少女に頷いた。

 

「本当に? 後悔しない?」

 

 再度頷く。その返答に異形の少女は口角を上げ、片手を胸の前で掲げた。その袖口から細長い管が何本も伸びてくる。

 

「わかった……それじゃあ、人間の殻から出ようね♪」

 

 褐色の少女の歌声が出せなくなった喉に手を当てると、細い管が皮膚を突き破って入ってきて、彼女の体内を弄っていく。 激痛に悶える褐色の少女だったが、身体を変えられる不快感と、感じてはいけない快感に同時に襲われる。

 黒かった髪が真っ白になっていき、瞳は血の如く赤くなる。

 身体は色だけでなく、形までも変化していく。

 

 褐色の肌を白い鱗が突き破り、全身を覆い尽くす。脇腹に何対かの切れ目――鰓が形成された。

 下半身が崩れ溶けていき、その中から巨大な尾ビレが現れ、背中にはイソギンチャクのような花状の触手が生え伸びた。

 両腕は甲殻に覆われたヒレに変化していくが、数本の指が残されていた。その先端には尖った爪が伸びており、ヒレの縁も人体を切断出来そうな切れ味だ。

 人間の歯がボロボロと口から抜け落ち、鮫の鋭い歯が代わりに生え揃う。耳があった場所にはヒレのような聴覚器官が生えてきた。

 褐色の少女の面影が残るのは目元だけになり、それ以外は完全に白い人魚……というより人間の要素が少ない魚の異形になってしまった。

 

 変異が終わった頃、彼女の体内から管を引き抜いた異形の少女が手を離すと、褐色の少女だったアルビノの人魚は荒い息を吐きながら自分の体を見た。両手だったヒレを目にしても、彼女は驚く様子を見せない。それどころが赤い目を細め、サメのような口の端を上げて笑みを浮かべるのだった。

 思わず声を出して笑うアルビノの人魚。しかし口から出たのは楽器のような音色の鳴き声だ。それを気にすることなく、アルビノの人魚は歌い始める。

 それは音楽家が褒めてくれたかつての美しい歌声ではない。喉に楽器を組み込まれたかのような演奏が周囲に鳴り響く。アルビノの人魚は嬉しくなってその場で尾びれを大きく振った。

 人間をやめてしまったにも関わらず、嬉しそうな様子を見せるアルビノ人魚に異形の少女は手を振って別れを告げた。

 

「素晴らしい歌をありがとう。いや、演奏だっけ? まあ、その姿で好きなように歌ってもいいよ」

 

 彼女は空間に“口”を発生させるとその中に入り込み、その口が閉じていって姿を消していった。

 残されたアルビノ人魚はまた楽しげに歌うと、そのまま海の中に飛び込んで消えていくのであった。

 

―――

 

 港の近くの海岸に大破した船が漂流した。船の中は酷く荒らされており、ボロボロなドレスを着た令嬢が発見された。令嬢は泡を吹いており、とても正気とは思えない状態だった。

 令嬢の証言によると、海に棲む白い怪物の歌を聞いた瞬間、船乗り達が自ら入水自殺をし、魚のような歪な生き物に変えられた。そして、令嬢自身も海に引き摺り込まれそうになったが、奇跡的に助かったのだという。彼女の言い方だと『自分はあえて生かされた』らしいが……

 後日、海に関する噂が広まった。

 あの海域では時折、奇妙な歌声が聞こえることがあるそうだ。その歌声を聞くと、人は狂ってしまい、理性を失ってしまい、最後は海の生物にされてしまう。そんな噂だ。

 

 それから長い年月が経ち、白い怪物の正体は、地上を蔓延る元人間の異形――ヒトデナシの一つと明らかになるのだった。




名称:人魚の歌姫
性別:女
人間時:10代前半の褐色少女
異形姿:様々な海洋生物をかけ合わせたような白い人魚モドキ
好き:歌うこと
嫌い:肌が白い人間
 
 元々は褐色の少女だったが、彼女の歌声に感心した音楽家に歌手として誘われる。しかし、自分を選ばなかったことに逆恨みした令嬢に音楽家が殺され、自分も濡れ衣を着せられて処刑される。異形の少女に助けられ、人魚モドキとして生きていくことになる。
  口から出る楽器のような音色で歌を歌う。その歌声はとても美しく、聴く者の心を魅了する。ただし、その歌声には人を狂気に陥れ、異形に変える作用がある。声は発せられないが、ヒトデナシ同士なら意思疎通できる。


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殺されて土に埋められた村娘が、アルラウネとして蘇る

pixivでのリクエスト「殺されて土に埋められた結果アルラウネ系とかの植物系の異形になり蘇る」


 とある森を駆ける少女がいた。彼女の名は、スミレ。明るく活発な少女であり、村には友達も多くいた。

 

 そんな彼女が、今は一人だった。住んでいた村がヒトデナシ――人だった化け物についさっき襲われてしまったからだ。

 慣れない狩猟用のクロスボウを手にし、他の村人達と共に応戦しようとしたが、次々と殺しては同胞に変えていくヒトデナシを前に立ち向かう気力を失っていた。

 スミレは「近くの村に助けを求める」という口実で住んでいた村から逃げ出した。

 

 彼女は今、一人で森の中を走り続けていた。

 ここまで獣のヒトデナシに一体ずつ襲われていたが、どうにかクロスボウで倒してきた。

 しかし、それも限界が近かった。

 

(このままじゃ……)

 

 息切れを起こし、体力の限界を迎えていた。それでも立ち止まらずに走り続けた。もしも立ち止まってヒトデナシに捕まってしまえば、死ぬより残酷な末路が待っていると理解しているからだ。

 

 その時だった。

 

 目の前の木々の間から突然、黒い影が出現した。スミレは驚いて急ブレーキをかける。転びそうになるが、どうにか踏ん張り、恐る恐る黒い影を見上げた。

 その正体は、巨大な鹿だった。いや、普通の生き物ですらなかった。

 人間の女体を覆う樹皮の装甲、手足の枝か根を思わせる形の頑丈な爪、頭の上半身を覆う木で出来た鹿の頭蓋骨。

 

 レーシェンと呼ばれるヒトデナシだ。

 

 彼女はスミレの姿を確認すると、ゆっくりと近づいてきた。スミレはクロスボウを構えるが、恐怖心から手が震えてしまう。

 どうにか勇気を振り絞り、木で出来ている鹿の頭蓋骨に狙いを定め、引き金を引いた。張られていた弦が矢を飛ばし、頭蓋骨を被っている頭に直進する。これまで遭遇してきたヒトデナシはこうして殺してきた。今回も通用するとスミレは思い込んでいた。

 

「えっ」

 

 だが、勢いよく放たれた矢は鹿の頭蓋骨に刺さりもせず弾かれた。宙を舞いながら地面に落ちていく矢を呆然と見つめるスミレだが、迫り始めたレーシェンに気づき慌てて次の矢を装填していく。

 弦を引き直し、すぐさまクロスボウを構えようとした。しかし、もう手遅れだった。

 

 目の前まで迫っていたレーシェンは大木そのものである腕を振り上げ、スミレに向かって叩きつけてきたのだ。慌てて身を屈めて回避しようと試みたが間に合わず、彼女の小さな体は軽々と吹き飛ばされてしまう。何度も地面の上を転がり、木の幹に背中を打ち付けようやく止まった。

 口の中に広がる血の味を感じ、全身に強い痛みが生じてしまい上手く立ち上がれなくなっていた。初めての重い一撃に悲鳴を上げてしまう。

 

「うぐぅ……あぁ……」

 

 レーシェンの攻撃はまだ終わらない。

 

「や、やめ……て……」

 

 倒れたまま動かなくなったスミレに目掛けて再び振り上げた腕を叩きつけた。鈍い音と共に大地が大きく揺れ動き、土煙が立ち込め始める。衝撃によって巻き起こった風圧により木々が激しくざわめき出した。

 

 叩きつけた腕を上げると、動く様子がもうないスミレの体があった。口から大量の血液が漏れ出ており、両目からも涙混じりに出血している。圧死した証拠だ。

 彼女がここまで生きられたのは、運良くクロスボウ程度で倒せるヒトデナシと遭遇してきたからだ。レーシェンのようなクロスボウ程度で殺せられないヒトデナシは山程いる。それこそ斧や剣、攻城兵器でも傷つけることが出来ないほど強力な個体もいる。そんな相手ならばどうすることも出来ずに死ぬだろう、今のスミレのように。

 

 レーシェンは死んでいる彼女に近付き、首を掴んで持ち上げた。目から光が失っており、口はだらんと開けていた。

 そして、もう片方の手で己の角に生えている実を取り、スミレの空いている口に近づける。喉奥まで押し込むと手放し、地面に落ちたスミレの遺体を土で覆い被せていく。

 死体を埋め終わったレーシェンは口角を上げ、その場から去っていった。残されたのは盛り上がった土と、墓標代わりの砕けたクロスボウだった。

 

 

 

 数時間後……

 

  太陽が完全に沈みきり、夜の闇が支配する森の中では虫の音しか聞こえてこなかった。月明かりすら差し込まない暗闇に包まれている森の中で土の山があった。レーシェンに殺されたスミレが埋まっている場所だ。

 レーシェンがスミレを埋めたのは墓のつもりではない。殺した獲物に自分の種を植え付け、地面に埋めることで同胞を増やしているのだ。

 やがて、体内にある種がスミレの頭から芽を出し、体中に根を伸ばし、彼女の身体を変化させていく。

 

 肌の色が緑に変色していく。

 頭から生えた芽が蕾に変わり、そして色鮮やかに開花した。胸元にも一回り大きな赤い花が現れる。

 背中、腕に根か蔓のような管が張り巡らした。

 腕先からは枝のようなものが伸び始め、指は鋭い爪が形成されていく。

 そして下半身が崩れていき、その下から花と根が生えてきた。それはまるでスミレの下半身が花に飲み込まれているようだった。

 

 朝日が登る頃に変化が終わり、土から這い出てきたのは、人ではなく植物――アルラウネとなったスミレの姿であった。

 まだ意識があるのか、彼女は虚ろな目をしたまま立ち上がり周囲を見渡す。自分が何をされたのか理解していない様子だったが、次第に何が起きたのか思い出し始めた。自分は木の鹿に殺されたはずだと。

 スミレは自分の両手を顔の前まで持っていき、確認するように眺める。その光景を見た途端、驚きの声を上げた。

 

「え? なに、これ……」

 

 彼女の両腕が緑色に変わっており、その両腕に植物の蔓が絡みついていたのだ。しかもそれは肘から手首にかけてびっしりと生えており、まるで拘束具のようでもあった。

 ふと下半身を見下ろした瞬間、思わず悲鳴を上げてしまう。

 

「いっ!? いやあああ!!」

 

 自分の身体の半分が巨大な花に喰われているような光景だったからだ。必死に逃れようと蔓に巻き付かれた両腕を振るうが、下半身の痛みがない事、いや、巨大な花そのものが自分の下半身だと気づいた。

 両腕の動きを止め、ただ見下ろすスミレ。レーシェンに殺されたはずの自分が生きていること、そして今の化け物のような自分の姿に、彼女は自分自身の状態を察してしまった。

 

「……私、化け物になったの?」

 

 そう呟いた直後、背後に気配を感じ取ったスミレ。慌てて振り返ると、昨日スミレを殺した木の鹿の頭蓋骨をかぶった女――レーシェンが木陰から出てきた。

 彼女の姿を目にして、スミレの顔色は真っ青に染まっていく。殺されると思った彼女だが、レーシェンは何もせず、ただスミレに近づいていくだけ。逃げようにも根に変化した足が動かない。

 ゆっくりと近づくレーシェンに対して、スミレは震えながら後ずさりをする。しかし、すぐに背中に木がぶつかってしまった。もう逃げることも出来ず、レーシェンに見つめられ、こう言われた。

 

「アルラウネ……」

 

 初めて聞く言葉だった。それが今の自分の生物名? スミレは恐怖と不安が入り混じった表情を浮かべるも、何故か受け入れられる。

 それは身体だけでなく、精神も人間ではなくなったからだ。ヒトデナシとして生まれ変わったのだ。

 レーシェンはアルラウネとなったスミレの頬に触れ、優しく撫で始めた。スミレも思わず笑みを返すのだった。

 

 

 

 森の中を集団で歩く人間達がいた。

 ヒトデナシに襲われた村から運良く逃げ出せた村人達だ。彼らは森の奥深くにある集落を目指していた。そこで助けを求めるためだ。

 しかし、彼らの行く手を阻む者が現れた。同時に何人かの村人達はそのモノに見覚えがあった。

 

 森に擬態しているかのような緑色の肌、身体中から生えている花と蔓、そして下半身の巨大な花。

 それに対し、人間の女体そのものである上半身、笑みを浮かべる女性の顔は……はぐれてしまった明るい村娘に酷似していた。

 

「スミレ……?」

 

 村人の一人がそう呟いた直後だった。

 スミレに似た何か――アルラウネは、踊るかのように身体を揺らした。彼女から生えているいくつかの花から粉末が飛び散り、村人達の方へ飛んでいく。

 飛んでくる粉を見ていた村人達だが、慌てて吸わないように口を塞ぎ始めた。

 

 しかし、その行為は無意味だった。何故なら…… 口や鼻を押さえても意味もなく、粉末――花粉が肌を伝って体内に入り込むからだ。

 次の瞬間、異変が起きる。身体のあちこちから芽が出始め、皮膚を突き破るように蔓が飛び出してきた。

 それを見て驚く暇すら与えられなかった。蔓が身体中に絡みつき、身体の自由を奪われていく。そして、蔓は瞬く間に全身へと伸びていった。

 

 あっという間に体内から生えてきた蔓によって拘束されてしまった村人は、苦しそうな声を上げ続ける。蔓から逃れようとするが、その力は強くて振り解けない。

 彼らは人間として死に、様々な植物を模したヒトデナシとして蘇らせられるだろう。

 その過程を楽しそうに見るアルラウネ――スミレのように……

 




・スミレ
 単なるモブキャラ。うちの子「木の鹿」に殺され、アルラウネとして蘇った子。
 今後登場させる予定はない(リクエスト等ない限り)


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(番外編)怪異によって人頭狼に変えられた女子大学生が、最終的に狼に変えられる

pixivでのリクエスト「首下が狼に変えられ、最終的に人間ではなく狼になることを選択する女子大生」


 ねえ知ってる?

 

 人気がないところを一人で歩いている時にさ

 

 水溜まりが血みたいに赤く染まったり

 

 地面が肉を踏んてるみたいに柔らかくなったり

 

 心臓の鼓動が全身に伝わってくるほど聞こえてきたら

 

 すぐに逃げた方がいいよ

 

 そうしないと“イギョウ様”の手で動物に変えられちゃうんだって

 

 それも 動物みたいなバケモノにね

 

 

 

 大学で友達から聞いたその噂話を思い出したのは、目の前の光景を目にした瞬間だった。

 止んだばかりの雨で出来ていた水溜まりが赤く変色していて、自分が立っているアスファルトの歩道が何故か立ちにくいほど軟化していて、そして全身が感じ取れるほど大き過ぎる心臓の鼓動が聞こえる中、大学から帰る途中の私の前に一人の少女が立っていた。

 見たことないデザインのフード付きコート、子供にしては派手すぎる青と赤の二つ結び、そんな特徴がある少女が周囲の異常現象に怯えることなく私を見上げると、笑みを浮かべた。それは可愛らしいと思うより、得体の知れない不気味さを感じた。

 

 この子がイギョウ様だと、私はすぐに悟った。

 

 噂話を初めて聞いた時は「空想上の存在」だと笑っていたが、目の前にいる少女の形をしたナニカから私は逃げ出した。持っていた傘を手放し、踵を返して走る私。もしも捕まってしまったら動物のようなバケモノに変えられてしまう。

 だが、柔らかい足場を踏み抜いてしまったことで私はバランスを崩してうつ伏せに倒れてしまった。どうにか身体を起こして足先を見る。無機質なはずの歩道が形を変え、まるで生物のように私の足先を取り込んでいるのが見えてしまった。そんな光景に恐怖に駆られた私は悲鳴を上げてしまう。

 

「いやあぁぁっ!? だ、だれか! だれかたすけてぇぇぇ!!」

「うるさいなあ。すぐに始めるから黙っててよ」

 

 そう呆れながら返事をするのはイギョウ様だ。私に追いついてきた彼女は歩道に取り込まれている私の足先を掴んだ。その直後、イギョウ様の手首から数本の管が飛び出し、私の足首に次々と刺してきた。

 あまりの激痛に声を上げられなかった私だが、次の瞬間に襲いかかる強烈な不快感にうめき声を漏らしてしまう。

 

 イギョウ様に掴まれている足先の踵と爪先の間が長くなっていき、足裏に肉の塊――肉球が形成されていく。

 脛と太腿にも違和感が生まれ、筋肉が太く短くなっていく感覚に襲われる。

 骨盤の形も変えていき、腰回りには毛皮のようなものが出来上がっていく。お尻の部分からは尾骨が飛び出し、長い尻尾が形成されていく。

 胴体が短くなっていくと共に、両腕の付け根が前に移動していき肩幅が狭くなる。

 腕は毛深くなり、肘関節の位置が変化し、両手の指が短くなって肉球が出来た。

 

 私に残された人間の部位は頭のみとなり、自分が人間ではなくなっていくことに気づいた私は、人間性を失いたくなく必死に懇願を上げた。

 

「あ、あたま……頭だけは残してください!」

「へえ、頭だけでも残してほしいんだ。いーよ」

 

 そう言ってイギョウ様は私の足、いや、後ろ足を手放した。

 二足で立てなくなった私は四つん這いの姿勢となり、自分の手足、いや、四足を見た。そこには獣の足先があり、どう見ても人間とは思えないものだった。そんな身体に変えたイギョウ様の姿を探すが、いつの間にかいなくなっている。

 体内にいるような肉々しかったあの空間も、今は普段どおりに戻っていた。ただ一つだけ違う点があるとすれば、狼の身体を持つ私がいることだけだ。

 

「これから、どうすれば……」

 

 私は途方に暮れた。こんな姿では家に帰れないし、家族や友人に連絡することも出来ない。それにお腹が空いてきた。人間の頃の姿ならコンビニで食べ物を買えるが、人頭狼の姿だと騒がれるのが想像できる。

 

 何か食べたい……。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 近くの茂みから物音が聞こえた。私は警戒しながら注視すると、そこから鹿が出てきた。もちろん、普通の鹿だ。

 こんなところに鹿がいるなんて珍しいと思いつつ、私は無意識のうちに走り出した。四本脚で走ることに慣れていないはずなのに不思議と速く走れた。あっという間に近づいた私は勢いのまま飛びかかった。

 首筋に噛み付いた私はそのまま引き裂くように顎に力を入れようとしたが、人の顎では噛み切れなかった。仕方ないので前足の爪で首元を裂いた。ブチッとした感触の後、大量の血が流れ出す。その生暖かい液体を口内に感じた私は、夢中で飲み込んだ。すると全身に力が湧いてき、気分が良くなってきた。

 もっと飲もうと再び牙を突き立てようとしたその時、私は気づいてしまった。

 

 私の精神が人間ではなくなっていくことに……

 

「ひぃ!」

 

 思わず私は悲鳴を上げて噛んでいた首を離した。

 しかし、人間としていたい理性よりも、ニクを求めている本能が勝ってしまい、私は再び鹿の死体に口を近づける。そして、爪で細かく切り取った肉を食べた。

 家で食べるような美味しい肉と違って、口中に広がる血と獣の匂いに吐き気がする。だが、今の私の身体にとっては最高のご馳走であり、その味を忘れないように何度も咀しゃくして胃袋に落とし込むと、尻尾を激しく振っているのが分かる。

 

 ……もしかして人頭と狼の体の違いによる苦しみを味わわせるために、イギョウ様はわざと中途半端に変えたの?

 

「うぅっ……ぐすっ」

 

 イギョウ様の意図を察した私は、涙目になりながらも食事を続けるしかなかった。

 

 

 

 私の身体が狼へと変わってから、数日が経った。

 

 温かいベッドではなく茂みで寝ていた私は、登る太陽の光に目を覚ました。起き上がった私は周囲を見渡すも、周囲には何もない。あるとすれば私が食べてきた動物達の骨くらいだ。

 いや、正確にはまだ人間としての意識を保っている。だが、この姿のままでは家に帰ることも出来ず、警察に保護してもらうことも出来ない。

 私は途方に暮れながら、その場に座り込んでしまう。

 

「おなかへったなぁ」

 

 昨日の夕方は獲物を捕らえることが出来なかったため、朝早くからお腹が空きすぎて頭がおかしくなりそうだ。

 今なら何でも食べられそうな気がするが、さすがに動物の死骸を食べるのはまずいだろう。

 

 でも、何か食べたいなあ。

 

 そう思った時だ、どこかから聞こえてくる足音に気づいた。

 慌てて顔を上げると、そこには一人の女性がいた。恐らく山に迷い込んだんだろう。

 

 オ イ シ ソ ウ 

 

 私は気づいた、自分の身体が女の人を襲おうとしていることに。

 駄目。人間を食べるなんて……! 必死に理性で抑えようとするが、私の身体は既に狩りの準備を終えている。

 

「に、逃げて!」

「え?」

 

 私は必死に叫んだが、遅かった。

 私は女の人を捕まえてしまった。前足の爪で切り裂き、人間の歯で噛み切ろうとする自分の行為が止められない。私に出来ることはただ泣きながら謝るしかなかった。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「人間の、頭……?」

 

 私に襲われている女の人が放ったその言葉、何故か前足を止めて冷静に聞いていた。一瞬、私は「人の頭を持つ狼に変えられた被害者」だと分かってくれると期待した。

 しかし、それは儚い希望だとすぐに分かった。

 

「きゃああああっ! ばけものぉ!!」

 

 唯一人間の証である私の頭部を見て、女の人は悲鳴を上げた。その反応は当然のことなのだ。私だって逆の立場だったら同じことをしていたに違いない。

 

 それでも自分が怪物だと思い知らされるのは辛かった。

 

 私はその場を逃げ出した、食べようとしていた女性を置いて。

 

 

 

 どれぐらい走っただろうか。気づけば私は山奥にいた。木陰に隠れるように座ると、私は自分の身体を見た。狼の身体となった私の体毛はこれまで食べてきた獲物の血が酸化して真っ黒に染まっている。もはや、人間だった頃の自分の面影は頭だけだ。

 こんな中途半端な身体に変えられるんだったら、完全に獣になれば良かった。

 

 ふと、周囲の異変に気づいた。自分のではない心臓の鼓動が聞こえてくるのだ。足元も不自然に柔らかくなっており、血の匂いが嗅ぎ取れる。

 確か、首から下がイギョウ様の手で狼に変えられた時も同じ現象が起きたはずだ。となれば……

 

「じゃじゃーん。イギョウさまのとうじょうだよー」

 

 聞こえてきた声に振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。内臓を連想させるフード付きコート、静脈と動脈を模したような青と赤の二つ結び、そんな特徴がある少女の姿をした存在――イギョウ様だ。

 

「どう、首下が狼になった気分は?  なかなか悪くないでしょ?」

 

 楽しそうに笑う彼女の姿を見ているしか出来ない私は、無言のまま俯いた。そんな私に彼女は言った。

 

「これからもそのままがいい? 何なら人間に戻してあげよっか?」

 

 以前の私ならその提案に迷わず「人間に戻して」と答えていただろう。

 しかし、私の身体だけでなく頭の中も狼として変わりつつある今では、人間に戻りたいと思えなかった。そして先程の女性が言い放った言葉が忘れられなかった。

 

「狼に……してください」

 

 涙を流しながらも笑みを浮かべた私は、額を地面につけて懇願した。

 私の返答に口角を上げたイギョウ様は撫でるように私の頭に触れた。次の瞬間、数本の管が私の頭部を突き刺した。

 激痛が走るが、私は悲鳴を上げなかった。

 

 これで、いいんだ……

 

 薄れゆく意識の中で、残された頭が変えられていくのが分かる。

 

 口元と鼻が前に引き伸ばされ、マズルが形成されていく。

 頭の両側にあった耳が頭頂部に移動していき、尖った形に変わっていく。

 身体のように頭全体が毛に覆い尽くされた時点で変異が収まった。

 

 完全に狼になった私はゆっくりと顔を上げてイギョウ様を見ようとした。しかし、彼女の姿はもうない。どうやら人の身体を弄り尽くして、飽きたら去っていくようだ。

 

 これで良かったんだ、これで

 もう、化け物と呼ばれなくていいんだ……

 

 




 イギョウ様=ゼノノア(異形の少女)。現代寄りの世界ではイギョウ様と呼ばれている設定


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父親に人生を台無しにされた司書が、紙人形の異形に生まれ変わる

2024年の初投稿が2月が終わりそうな頃……しかも皆が期待していないと思う全年齢で……
でもR-18じゃない執筆も良いものですね。どうせ次回にはエチチされるから、初登場の場面はエロ抜きで書きました。


 

 どれだけ自分の子を理不尽な目にあわせても、“生みの親”という免罪符を考えた奴の顔が見たい。いや、どうせその善人気取りな顔を見たら後悔する。

 

 私の“父”と名乗る男は、薄汚い紙切れのような男だ。

 物心がつく前から私は何度も泣かされており、成長してからもそいつの暴力と暴言が止まることがなかった。

 美味しくない料理を少し床にこぼしただけで殴られ、少し音を立てただけでも殴られ、時には何もしていなくても「気に食わない」という理由で殴られたこともあった。自分で何度も直している私の服の下には、痣だらけの皮膚が隠れている。

 私にはお母さんがいない。空の酒瓶が散らかっている家には、その男と私しか住んでいない。きっと、男のせいで死んでしまったか、もしくは逃げたかもしれない。幼かった私を置いて……

 

 私が住んでいる村には既に父の悪評が広まっているが、父の報復を恐れているのか、誰もか咎めるようなことはしてくれず、“父の所有物”とされている私を助ける人も誰一人いない。酒を買いに行かされた時も、私を腫れ物のように声をかけず、ただジロジロと見ていた。酷い時は同い年のクソ共に目をつけられ、絡まれることもあった。

 その時は私も必死に殴り返し、酒を買って家に帰ったら「血塗れで汚い」と父に殴られた。

 

 

 

 そんな日々が続いていたある日、酒を買い出し中の私に一人のお爺さんが話しかけてきた。

 

「どうしてまだ子供なのに、酒を買ってるのかい?」

 

 聞いてきたそのお爺さんに「買わないと、家の人に殴られるから」といつものように返すと、お爺さんは驚くと同時に悲しそうな目をした。その目に私は期待しなかった。私に同情してくれる村人は何人かはいたけど、父の拳から救い出そうとはしてくれなかった。このお爺さんもその一人だと思っていた。

 すると、お爺さんは私の手を掴み、「ついてきなさい」と言ってきた。予想外の行動に振り払おうとしたが、父の手と違って柔らかく温かった。

 そのままお爺さんと一緒に歩いていると、村の中で大きい館に着いた。その玄関をお爺さんが開けた瞬間、私は驚きを隠せなかった。

 目に飛び込んだのは本棚。一応、家にも本棚ぐらいはあるが、それに比べて大きく高く、しかも大量に並んでいた。まるで本棚を壁とした迷路のようだった。

 空いた口が塞がらない私に、お爺さんは名乗った。

 

「私はこの図書館の館長でね、手伝いをしてくれる者を探していたんだ」

 

 つまり、私はそれに選ばれた。そう理解したけど、納得は出来なかった。そもそも私以外の人もたくさんいるはずだ。

 

「正直に言うと、君のような子供があんな家で腐っていく未来を想像すると、あんまりいい気分じゃないからね」

 

 そんな疑問にお爺さんはそう答えた。

 その後、私はお爺さんの元で図書館の手伝いをするようになった。父には手切れ金を渡したらあっさりと認めたと、お爺さんは複雑そうに言っていた。

 兎も角、正直嬉しかった。父の酒を買うことをしなくていいし、理不尽な暴力を受けることもなくて済むからだ。

 

 図書館の手伝いで本を棚にしまう仕事や、本の整理などで忙しいが、そのぐらいの苦労は別に構わなかった。

 特に遠くの街に馬車で行って、図書館に置く本を集める仕事が楽しかった。普段は見られない景色、食べ物、そして新たな本が私の好奇心を刺激した。

 あのまま父がいる家にいたら、お爺さんの言う通り私は何も知らずに腐っていたかもしれない。 

 

 

 

 図書館に住み込んでから三年ぐらい経ったある日。

 一人で街に行って図書館に置く本を集め終え、帰った私を待っていたのは、変わり果てた図書館だった。大きかった図書館は無くなっており、代わりにあるのは燃え尽きた炭と灰の山。

 

 焼け残った壁の一部と本棚を呆然と見ていた私は、咄嗟に駆け寄った。留守番をしているお爺さんはまだ図書館にいるはずだ。

 姿が見えないお爺さんの名を叫びながら、瓦礫や炭と化している本棚の下を探った。未だ高熱を帯びている焼け跡に手が触れて火傷しても、その行為を止めなかった。

 長い間、お爺さんを探し続けたが、見つからなかった。けど遺体も見つからなかったことから、お爺さんは無事に逃げることが出来たと期待した時だった。

 

 空の酒瓶が転がっているのが見えた。

 父が私にいつも買わせた、愛飲しているものだ。

 

 

 

「『俺の娘を返せ。それが出来ねえならもっと金を出せ』と、あのジジイに言ってやったのによぉ。そしたら『お前のような男にあの子を渡せん』と生意気言いやがったから、金になりそうな本を少し頂いて火をつけてやったぜ。ま、あんな価値のねえ老いぼれと紙切れが燃えても損する奴はいねえよ」

 

 帰りたくない家に行き、ヘラヘラと笑う男から聞き出した直後の記憶はなかった。

 気がついた時は、集めた本の中でも分厚く重い本を手にしたまま、仰向けの父に跨っていた。見たくない父の顔は潰れて赤い血を噴いており、私が握っている本を汚していた。

 違う。私が汚したんだ。お爺さんから「後世に残すべき内容が記されている本を決して粗末にしてはならん」と教えてくれたのに。大事な本を凶器に使うなんて……

 

 

 結局こいつの娘なんだ、私は。

 

――――

 

「ふーん」

 

 これまで何かあったかを話していた私に、風変わりな格好の少女が興味なさそうな相槌を打った。

 動物の皮を裏返して縫ったようなフード付きコートを着ており、左右が青と赤の二色の二つ結びをしている謎の少女は、父を分厚い本で撲殺して図書館があった場所に佇んでいた私のもとに突然現れ、「こんな所でどうして黄昏れてるの?」と聞いてきたのだ。

 ……知らない子供に血生臭い話をしてた私もどうかと思うが、彼女の聞く態度に少し不満だった。

 

「あんたねぇ……そっちが聞きたいってしつこく言うから話したのに、その態度は何なのよ?」

「なにさ。同情してほしかった? それとも本で人殺しをしちゃったお姉ちゃんを恐れてほしかったの? ねえどっち?」

「……それ以上何も言わずにどっか行きなさい。痛い思いをしたくないなら」

 

 少女の無神経な言葉に怒りが込み上げてくる中、どうにか耐えながら追い払おうとする。だけど、震える私を気にすることなく、少女は近づいてくる。

 

「ゼノノアさんのお望みの人がせっかく見つけたのに、どっか行くわけないじゃない。ゼノノアさんは本に詳しいお姉ちゃんを求めてきたんだよ」

 

 少女――ゼノノアの言葉に、思わず顔を向けた。

 これまで都会での大きな図書館に誘われたことは少なくなかったけど、ゼノノアのような子供に誘われたことはない。そもそも図書館を所有しているようには見えない。

 私は驚きながらも黙っていると、ゼノノアは言葉を続けた。

 

「ゼノノアさんはね、今すぐに図書館を作ろうと思ってるの。自慢になるけど、これでもゼノノアさんは結構物知りだよ。でもね、分からないことがあったり、すぐに思い浮かばないことがあったらね、その図書館を使うつもりなの。それでね、その図書館……の館長に選ばれたのが、お姉ちゃんなんだよ」

 

 私が……図書館の館長……?

 お爺さんから「いつかは私の代わりに、君が新たな館長になって欲しい」と言われていたし、私自身もそれが夢だった。自称父のせいで叶わなくなったけど。

 ゼノノアの言葉に対して、戸惑いと疑いがないわけではない。それでも自分の図書館を持てることに嬉しく思いながらも、血で本を穢した私にはその資格がないことを自覚していた。そのことをゼノノアに伝えた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。さっきまでの話、聞いてた? 私は図書館で働く資格なんて……」

「図書館でじゃなくて、図書館として働くんだよ。それに資格なんかどうでもいいし、ゼノノアさんはお姉ちゃんに任せたいんだよ」

「“図書館として”って……どういう――」

 

 そこから先は言えなかった。私の首が何かに貫かれたからだ。長く細く、蠢いているそれは、ゼノノアの手首から伸びていた。袖口で隠れていた彼女の手は、肉と骨が剥き出しになっていた。

 

「こーゆーこと♪」

 

 私の貫かれた首から噴いた血で汚れた顔に歪んだ笑みを浮かべるゼノノア。

 こいつの行動とニヤケ面を目にし、放火した父を問い詰めた時と同じ感覚に襲われた。私の中でナニカが切れるような感覚に。

 焼け落ちた柱の一部である角材を手に取り、ゼノノアの頭に振り下ろす。手応えはあった。

 しかし、ゼノノアの笑みは消えなかった。それどころか、ますます口角を上げていた。

 

「ゼノノアさんの手で作り変えられる瞬間の人間って、ビックリしたり、泣き喚いたり、何の反応を見せない時もあるけど、お姉ちゃんみたいな反撃をしてくるのは珍しいよ。でも、ゼノノアさんには効かないよーだ♪」

 

 嘲笑ってくるゼノノアのムカつく顔を潰すべく、角材を握る拳を掲げようとした。だが、その腕先の感覚がない事に気づき、目を向けた。

 私の片腕の皮膚が、まるで貼り付いていた紙のように一枚一枚剥がれ落ちていくのが見えた。露わになった骨格も薄っぺらい紙と化した。

 腕だけでなく、体中の表面が紙のように剥がれていき、私の足元にその山が出来ていく。

 両腕が消失し、脚が紙と化して崩れ落ちる私が出来ることは、目の前にいるクソガキを睨むだけだった。

 

――――

 

 居場所である図書館を燃やされ、実行した父親を撲殺した司書はこの世から消え、残ったのは司書だった無数の紙切れ。

 彼女を人間としてやめさせた張本人であるゼノノアは身体を揺らしながら、紙切れの山と絨毯を楽しそうに眺めていた。

 すると、無数の紙が虫のように蠢き出し、一つに集まっていく。それらは繋ぎ合って一枚の紙となり、何度も折られて人の形になっていく。

 

 紙を少ない回数で折ったような四肢。足首から下の部位は存在せず、鋭い角で爪先立ちをしている。それに対して手は比較的に再現されているが、異様に平たく鋭い形をしている。

 胴体は立体的で胸やくびれ、腰回りといった司書の女体を模しているが、極東の折り紙を思わせる異質なものになっている。

 司書の髪型は一枚の紙を折って再現されており、顔に当たる部分には目や鼻、口は存在していない。

 

 平たい部位はあるが、立体的の生きた紙人形として生まれ変わった司書をゼノノアは嬉しそうに笑った。

 

「じゃじゃーん。図書館に相応しい本のヒトデナシに、お姉ちゃんは生まれ変わりました。……紙のヒトデナシの方がいいかな?」

 

 悩んでいるゼノノアに、司書だった神人形は薄っぺらい脚でゆっくりと近づく。その様子を眺めていたゼノノアだが、咄嗟に後ろに跳ぶ。

 彼女が立っていた位置に紙人形が腕を払った。その腕は薄く長い紙になっており、縁が剣のように鋭くなっている。死ぬわけではないが、回避しなければゼノノアは切断されていたのだろう。

 

「……お姉ちゃんって司書の癖に喧嘩っ早いんだね。ま、これから人間として生きられないお姉ちゃんが図書館としてどうするか、観させてもらうね、ライブラリーちゃん♪」

 

 そう言い残し、空間に“口”を開けて飛び込むゼノノア。

 彼女を呑み込んだ口が消え、ただ一人、この場に残された神人形――ライブラリーは、図書館があった焼け跡を見渡していた。

 

 ……図書館としてどうするかですって?

 いいじゃない。臨んだ形じゃないけど、私の図書館を手に入れられた。

 その大切な居場所を、もう誰にも好き勝手にさせないわ。




名前:ライブラリー
性別:女性
人間時:眼鏡をかけた司書
一人称:私
二人称:あんた、あなた
好き:読書、本の収集、折り紙
嫌い:自分の根城である“図書館”を荒らされること、煙草、酒、親子の絆

 ゼノノアの手で作られた紙人形のヒトデナシであり、蟲姫やガーデナーと同格の頂点者。しかし、ゼノノアとは距離を取っており、積極的に人間狩りをしていない(そのため、天使モドキから“離反者”とみなされている)。とはいえ、見ていて不快な悪人や自分の邪魔をする者には容赦しない。
 紙そのもので出来ている身体だが、並の金属より頑丈であり、鎧を切断、あるいは包んで潰すと攻撃は可能。自分の一部である紙切れを飛ばすことで、遠距離の敵にも対応。触れた相手の身体を紙にして破る、折る、捻るといった攻撃も可能。
 生死問わず相手に直接触れて情報(記憶、知識など)を、文章や絵として自身の身体に書き写す能力を持ち、それを本にして図書館に保管している。ただし、ライブラリーが“価値はない”とみなした本は図書館ではない場所に捨てられ、人間がそれを拾ってヒトデナシ狩りに活用している。



※今年中に出そうと思う登場人外
・銀とガラスで出来た人形。ゼノノアとは敵対しており、人間が平和に暮らせている街を管理している。
・全身に銃や大砲が内蔵されている女軍人。ゼノノアとは“友人”として接している。
・身体の至るところに業火を吹く口が生えているドラゴン娘(ケモナー向けではない、すまんな)。異形の竜として作られた。 


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