月兎大亡命 (上パラ後輩)
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退屈な生活に刺激を求めて

最初からもう訳わかんないです


 月は決して地球に背を向けることはない。その性質を利用して月の裏側に文明を気づいた者たちがいた。彼等は月人と呼ばれ、高度で発達した技術を持っている。だがそれだけではなく月にはもう一種族存在する。それらは玉兎といい、その名の通りの兎の耳を生やした者達を指す。だが玉兎達は大半、性格に難があったりする。

 

「返しなさーい!!」

 

「こんな貴重な銃返せと言われたら返したくなくなっちゃうよ」

 

 赤い髪と白い耳を揺らしながら少女は追手から逃げる。その手には短機関銃が握られており、いつでも発砲できるようにトリガーに指をかけていた。少女は木々の生い茂る獣道を抜け、街道に出る。人通りが多い街道なら追手を撒くことが容易になる。人々の合間を縫いながらちょこちょこ後方へと視線を移す。誰も追いかけていないことを確認した少女は一息ついて、すぐそばの建物に入った。

 

「また月の使者から武器を盗んだの? 緋燕(ひえん)は懲りないなぁ」

 

 銃を抱えた緋燕の元に同じ玉兎の仲間の彗青(すいせい)が苦笑いをしている。

 

「今回のはヤバイよ、ファイアレートが馬鹿みたいに高いから敵なんて一瞬でボロ雑巾にできるし反動はゼロ!」

 

 そういって手に持った銃を友に掲げて見せる。緋燕は重度の武器コレクターで、自分の気にいった武器を見るとすぐに手にしたくなるそうだ。それ故に過去に何度も窃盗を繰り返している。だが彼女は盗む相手を寛容な者や玉兎だけ絞っており、これと言ったお仕置きを受けていない。

 

「これでまたコレクションが増える」

 

 緋燕は込み上げる笑いを抑えるながら銃を自分の部屋に持って行き、壁に掛ける。壁一面に掛けられた武器の量は彼女の武器マニアっぷりを物語っており、ルームメイトの彗青も初めて見た時は驚いて腰が抜けた程だ。

 

「そういえばあんた結構髪伸びてきてない?」

 

 いつの間にか部屋に入っていた彗青にそう言われ緋燕は髪を触って「本当だ」と呟く。それは彼女の右目を隠して視界を悪くしている。

 

「初めて会った時はさっぱりしてて良かったのに」

 

「結べばいいでしょ」

 

 緋燕は机の引き出しから黒色のヘアゴムを取り出し、長い髪を後頭部より少し上で結んだ。

 

「ポニーテールね、いいじゃん」

 

 そう言いながら緋燕の髪を少し整える彗青。だが長い前髪が気になり、合点のいかないような顔をする。

 

「前見える?」

 

 そう聞くと「全然生活に支障はないけど」と緋燕は前髪を弄りながら答える。

 

「そんな私じゃないんだから」

 

 彗青は『視界を操る程度の能力』を持っている。彼女の目は他人の視界すらも映すことができ、その上好きなように操ることができるのだ。ゆえに視界の大切さを一番理解しているつもりであるのだ。

 

「それに兵士にとって目は命そのもの、銃だって狙えないじゃない」

 

 二人は玉兎で編成される部隊の兵士……だが戦う機会がほとんどなく実戦経験は皆無に等しい。訓練こそ行っているもののやる気があるのは一部の者だけで大半が怠けているのが現状だ。

 

「最新式は狙わなくても当たるよ」

 

「もう知らないからね」

 

 彗青は呆れた表情をして部屋を後にする。その後、緋燕は窓から外を眺めた。

 

「地上か……」

 

 正直、彼女は月での生活に飽き飽きしていた。毎日繰り返す訓練は退屈で、趣味の武器コレクションも大体目処がついてきたのだ。刺激の無い日常から抜け出し、新しい生活を送りたいと緋燕は思っている。

 

 以前に月から逃げ出した人がいるのを耳にしたことはあった。だが連れ戻された者もいるという噂を緋燕は聞いた事があり、中々逃げ出す決心がつかない。あれだけのことをしておいて逃げ出すなんてしたら、連れ戻された時に何をされるか想像もつかない。だから今は憧れを抱く程度にとどめておくのだ。




オリキャラしか出てないぞ! 大丈夫か?


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旧友との邂逅?

視点が鈴仙に移ります。


 幻想郷の夜は静かで心地よい。季節によって様々な夜があり、飽き性な彼女を実に楽しませた。

「鈴仙、そろそろ寝なさい。明日は早朝から山菜採りでしょう?」

 

 長い薄紫色の髪を揺らす鈴仙に誰かが呼びかける。それに対して「わかりました」と鈴仙は答える。自室に戻り、布団にもぐろうとすると微かな呼び声が聞こえた。それは同じ玉兎だけが聞き取れる特殊な声で他の人には聞こえもしない。

 

「清……鈴……から……てね」

 

 声は非常に弱く、聞き取りにくかった。またそれは一個人に向けて発信しているものではなく、どうやら玉兎全体に向けているものであることが分かった。しかし地上の兎になった鈴仙からすればそんなことを理解したことで何の意味もないと思い、すぐに眠りにつく。それが重大な交信であったことも知らずに。

 

「鈴仙に伝えなくていいの? 玉兎のこと」

 

 雲鬢を持つ少女が机に向かって作業をしている女性に話しかける。

 

「多分あの子も薄々感づいているでしょう。明日には身をもって体感するはずよ」

 

 女性は作業を止め、少女の方へと視線を移す。

 

「身をもってか……」

 

 少女、蓬莱山輝夜は空に浮ぶ白い星を窓から見上げる。散りばめられた光の中で一番大きく、輝くそれとはもう一切縁がないと思っていた。しかし今回の問題でまた関わりを持ちそうな気がしてならなかった輝夜は視線を落としこう呟いた。

 

 月の民が動き始めた。

 

***

 

 目を開くと痛いほどに眩しい朝陽が赤い瞳に差し込んでくる。鈴仙は起き上がり、ある程度の身支度を済ませようとすると襖が開き兎の耳を頭に携えた少女が入ってくる。

 

「鈴仙、早く支度をしな。私は山菜採りなんかで一日をむだにしたくないからね」

 

 部屋に入ってきたのは鈴仙とは違う、純粋な地上の兎である因幡てゐだ。

 

「あぁ、ごめん」

 

 鈴仙は早急に支度を済ませて、てゐと共に永遠亭を出た。外は肌寒く、空は厚い雲で覆われていた。空を飛ぶ際、高度が高いとどれだけ防寒具を身に着けても寒くなるので低空飛行を心掛けなくてはならない。そのため、建物が沢山ある人里を迂回しなければならない。そのせいで山までは少し時間がかかる。

 

「とって来るものはこれに全部書かれているから」

 

 てゐはそう言って折りたたまれた紙を手渡す。鈴仙は紙を開いて内容を確認する。採集する植物の外観や特徴、生息地などが細かく記載されており、師匠様らしいと思った。

 

「それにしても鈴仙が寝坊なんて珍しいね」

 

 不意にてゐが訊いてくる。彼女の言う通り、鈴仙は生活リズムを常に崩すことがない。元々兵士であったためか身のまわりのことはきっちりとしているのだ。

 

「昨日少しだけ夜更かししちゃったからかも」

 

「夜更かしとはまたアンタらしくもない。明日は豪雨かもね」

 

 他愛のない会話をしながら二人が山へと向かっていると「おい待て!!」と少女の怒鳴り声が後ろから聞こえる。驚いて二人が振り返ると箒に乗った金髪の少女、霧雨魔理沙が鈴仙めがけて突っ込みに来ている。

 

「え? 何?」

 

 魔理沙は鈴仙の胸ぐらを掴んではまた怒鳴り散らした。

 

「昨日のあれはどういうつもりだ!」

 

 鈴仙は状況が理解できずに呆然としている。勿論彼女は昨日、魔理沙とは会っていない。

 

「私の庭を燃やしておいて忘れたとは言わせないぜ」

 

 そう言う彼女の目つきはいつもとは違い鋭かった。

 

「人違いよ、私はそんなことしてない! ねぇ、てゐ? 私は昨日ずっと永遠亭に……」

 

 すかさずてゐに助けを求めようと彼女のいる方向を見るとそこにいるはずのウサギは忽然と消えていた。

 

「証人はいないようだな。ついてきてもらう」

 

「本当に私じゃないのに~」

 

 鈴仙は泣く泣く魔理沙の後をついていった。その後、数時間の尋問を耐え抜いて『真犯人を明後日までに捕まえる』という条件を飲みやっとの思いで解放された。

 

「弱ったなー。私と同じ長さの髪、同じブレザーを着た兎なんて幻想郷にいるはずないんだけどなー」

 

 月の兎は鈴仙以外にもいるがいかんせんブレザーは着ていない。仮に持っていたとしても髪や背丈などが違い、犯人候補からは外れてしまう。だが万が一のこともあり、彼女らにも聞いてみることにした。

 

 一人目は浅葱色のイーグルラヴィこと清蘭。元々地上調査要員であったがある時から地上に住み始めた。今は団子屋を経営している。

 

「私が魔理沙の庭を燃やす? それに何のメリットがあるのかしら」

 

 彼女の言う通りメリットはなにも無かった。あの時の復讐だったらもっといい手段があるはずだ。それに彼女がこの様な陰湿なことをする趣味はないことを鈴仙は知っていた。また清蘭には決定的なアリバイがあった。魔理沙が言うに、事は戌酉刻、午後五時から七時あたりだったそうだ。その時はまだ店にいたようで、色んな客に聞いてみたところ確かにその時間帯はまだ店番をしていたと言っていた。

 

二人目は橘色のイーグルラヴィこと鈴瑚だ。彼女も清蘭のように地上に残り、団子を売っている。

 

「そんな面倒くさいことする暇なんて私にはないね」

 

 鈴瑚はけっこう頭が切れる。まず幻想郷で生きていくのにわざわざ敵を増やすことなどしないと鈴仙は考えており、その予想は的確に当たったといえよう。鈴瑚も清蘭同様、例の時刻はまだ店を開いており客がアリバイを証明できる。

 

 他にも事件現場付近の兎の目撃情報を集めようとしたが、そもそも魔法の森には余り人がいないため有力な情報は得られなかった。結局、頼まれていた山菜採りもできずに夜が更けてしまった。鈴仙は俯きながらとぼとぼと帰路を辿る。一歩一歩進むたび足取りは重くなっていく。

 

「てゐが集めているといいんだけど……」

 

 叶うかもわからない願望を呟いていると急に誰かにぶつかった。それと同時に「ぎゃっ!?」という素っ頓狂な声が発せられた。前を向くと赤い髪から兎の耳を飛び出させた少女が尻餅をついていた。鈴仙はその少女に見覚えがあった。

 

「あなたは盗人色の緋燕!」

 

「私ってそんな名前で呼ばれてたの? 珊瑚珠色のファルコンラヴィだよ!」

 

 二人は広い竹林の片隅で同時に驚愕していた。鈴仙は玉兎が幻想郷にいることに、緋燕は変な名前で呼ばれていることに。

 

「何でここにいるの? まさか地上の武器が欲しいから降りてきたんじゃないの?」

 

「それも少しはあるよ。でも私はつまらない生活はもう飽きたからね。魅力的な地上の方が楽しそうじゃん?」

 

 緋燕は立ち上がって仁王立ちをし、どや顔で答える。彼女が全く成長していないということを鈴仙は察した。

 

「それよりも私を鈴仙の所に匿ってくれない? 行くところがなくてさ~困ってるんだよね」

 

 緋燕は鈴仙にすり寄って肩を叩いたり、マッサージをしたり媚を売る行為をし始める。時々「ご加減どうですか?」などと本職の人のような台詞を言う。それに対し鈴仙は鬱陶しがるが、以外にもこれが気持ちよくて手慣れていることを実感した。

 

「あなたみたいな盗人をお師匠様、XX様は匿ってはくれないと思うけど。前に来た娘も追い返されてるし……」

 

そうきっぱりと断ると緋燕はマッサージする手を止め、枯れた植物のようにしわしわと崩れて「そんなぁ~」と弱弱しい声で倒れる。鈴仙はマッサージの余韻に浸っているとふと地面に伸びた緋燕の服装を確認する。彼女は玉兎兵が着るブレザーを纏っていることに気が付き、質問を投げかけた。

 

「あなたの他に誰か来た?」

 

 すると緋燕は起き上がり「まぁね」と素っ気なく答える。間違いなく緋燕は魔理沙に庭を焼いた張本人を知っている。彼女は無罪証明の大きな鍵になることを確信した。

 

「他の玉兎がいる所に案内したら匿って貰うように頼んでもいいけど?」

 

「マジですか先輩!?」




貯めてたのを投稿しました


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エグザイル

サブタイトルのエグザイルって歌って踊る方じゃないですよ


 灯り一つとない竹林で二羽の兎が言葉を交わしている。赤い方はもう一方の薄紫の方の手を握り「おぉ、神様」などとひどく感謝している様だった。

 

「それで、どこにいるの?」

 

「わからない。けど通信すれば出てくれるでしょ」

 

 緋燕の適当な返しに鈴仙は不安を感じられずにはいられなかった。何せ何人もの人がこの兎に騙されているのだ、安易に信用するのは悪手だ。鈴仙自身、詐欺師の兎の知り合いに何度も騙されている。狐よりも兎につままれているのだ。

 

「本当に連れていってくれるのね?」

 

 念を押すように言葉に強弱をつけると「も、勿論よ。任せておきなさい!」と胸を叩いた。だが緋燕の顔は不気味なほど晴れ晴れしていた。それには何か裏があるのか、この時の鈴仙は知りもしなかった。

 

「じゃあ始めますか」

 

 緋燕はそう言うと自分の白い耳を持ち上げ始めた。鈴仙に「そんなことする必要ないでしょ」と突っ込まれるが言葉が届いていないのか無視をされる。それから数十秒、緋燕は「復唱する」と報告した。彼女は何か聞き取ったのだろう。だが鈴仙には何も聞こえなかった。玉兎の通信は不特定多数に送る広範囲送信と個人に送るものが存在するからだ。

 

「追われている、助けて。この女の人撃ってくる……」

 

その言葉を聞いた時、鈴仙はやっと疑いの目から逃れられると思い、肩の重石が消えて軽くなった。彼女の読みだと撃ってくる女の人というのは魔理沙で、追われているのは鈴仙に似た他の玉兎だろう。

 

「何があったのか聞ける?」

 

 緋燕は目を瞑ってまた通信し始めたが返答が返ってこなくなったのかおもむろに持ち上げていた耳をおろし、鈴仙に向かって首を横に振った。

 

「駄目みたい、結構危険な目に遭っているっぽい」

 

鈴仙は今日中にふかふかの布団に帰れないことを確信してため息をついた。その際にふと気になっていたことを思い出したので聞いてみた。

 

「そういえば昨日通信してきたのって……」

 

「あー? 多分イーグルラヴィの娘だと思う、地上に現地部隊の仲間がいるとかいないとか」

 

気になった鈴仙が「さっき通信したのはその娘なの?」と問うと「違うよ」と緋燕は即答する。

 

「それで何人で来たの? 詳しく教えて」

 

 鈴仙の中で不安の種が発芽し、地上に顔を出そうとしていた。あの日が再来しようとしている、奴らが動くかもしれない。それらに心は支配されそうで今にも膝が笑いそうなのだ。

 

「5人よ、その中に私の友達が一人いたけど詳しくは知らない。初対面だったし」

 

 そんなことはいざ知らず、緋燕は淡々と質問に答える。実際に彼女にも危機が迫る可能性があるというのに。鈴仙はそう思い、知らぬ間に流れていた冷や汗をぬぐった。

 

「結構大人数で来たのね……」

 

「最初は人数が多いから不安だったけど、何か正式な許可で地上に降りられてさ。鈴仙が来た時もそういうのは出てたの?」

 

 鈴仙は驚くべきことを耳にした。彼女が幻想郷に来るときはなんとか監視の目をかいくぐってやっとのことで逃げられたのに対し、正式な許可で地上に降りたと言われればこの大きな耳も流石に疑ってしまう。

 

「正式な許可って?」

 

そう聞かれると緋燕は「私もよくわからない」と首を捻る。これから先のことを考えると顔が青ざめる鈴仙。積もる不安はプレッシャーになり、全身を石の如くこわばらせる。そんな彼女の様子を察した緋燕は気に病む。

 

「鈴仙もう今日は休んだら? なんか気分悪そうだし……」

 

 鈴仙は「大丈夫よ」と無理に笑顔を作る。何が彼女の精神を蝕むのか緋燕には想像もつかず、自分の発言で鈴仙を不快にしてしまったと思うと胸が痛くて仕方なかった。

 

「さぁ行きましょう。聞きたいことは山ほどあるから」

 

 二人は月明かり照らす竹林を後にし、仲間の元へ向かう。今夜は名月なのに鈴仙の顔は翳り、曇っていた。

 



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はたらくイーグルラヴィ

 イーグルラヴィという特殊部隊があるなら他にも色んな部隊があったら面白そう!と思って色々妄想した結果がこの『月兎大亡命』なんです


 地上というものは楽しいものばかりの楽園だと柚葉色のイーグルラヴィ、秋翠(しゅうすい)は思っていが、現実は全く違うものだった。毎日毎日、生きるために働かなくてはならない。そうしなければ死ぬのみという厳しい世界。怠け者の彼女にとっては辛いものだった。だが時の流れを感じられない月の都よりはマシだと考えていた。

 

 人里の隅っこで経営している二つの団子屋。その傍の長椅子に秋翠は横になって寝息を立てていた。

 

「ちょっと何してるの!」

 

 頭に兎の耳がある浅葱色の髪の少女、清蘭に扇子で頭を叩かれる秋翠。重い瞼を開けて長椅子から起き上がると香ばしい匂いが鼻を通り、食欲を掻き立てる。

 

「本当に寝てばっかだなぁ秋翠は」

 

 すぐそばにいる橘色の髪の少女、鈴瑚が笑いながら喋る。彼女にも兎の耳がある。

 

 秋翠は「ちょっとした休憩だよ、休憩」とのろのろとした動きで掛け布団の代わりにしていたブレザーをはおりながら言う。ほとんどの玉兎がネクタイをちゃんとつけてブレザーのボタンもちゃんとしめているのに対して彼女はネクタイをつけず、ボタンも全てつけてない。

 

「ホントにそんなんだから“サボり”ってみんなから言われるんだよ」

 

 秋翠はイーグルラヴィでは特殊工作員という役職だが、現地部隊ではないため出動することが皆無に等しい。また訓練にも必ずと言っていいほど来ないためサボりと呼ばれているのだ。

 

「まぁここではサボれないからね。というわけで客引きよろしく」

 

 鈴瑚はぼんやりと夢と現を彷徨っているている少女に向かってウィンクを飛ばした。

 

「じゃあ行って来る」

 

 秋翠は“仕事”をするためまだ慣れない地上人の里へ行く。ぼさぼさの髪を揺らし、里を行き交う人々に「団子は要らないか? 安くて美味しいよ」と声をかけてまわる。一見すると退屈そうな仕事に見えるが、彼女はこれを有意義だと思えた。時間を浪費して過ごす故郷なんかとは比べ物にならないほど生活に充実感を持つことができたからだ。

 

 気づけば時間は過ぎ、空が赤く染まっていた。盛況の人里も閑散として夢の跡だけが残る。

 

「今日も負けたー」

 

 清蘭は長椅子に倒れ込んで空を見上げた。鈴瑚は「まだまだだね」と鼻を鳴らしながら言う。彼女達は団子の売り上げを競い合っているが殆ど鈴瑚の一人勝ちで、勝負になっていないところがある。それを打破するためにハンデで清蘭は兎の手を借りているのだ。

 

「清蘭はもっと味付けを良くした方がいい」

 

 秋翠が月のような色の団子をかじる。それにつられた鈴瑚も、もぐもぐと口を動かす少女の手から団子を一つ手に取ってパクリと口に放り込む。そして何かを納得したのか頷きながらごくりとそれを喉へ通す。

 

「結構気を使ってるつもりではいるんだけど」

 

 清蘭は起き上がって秋翠へ自分はなすべきことはなしたと言わんばかりの視線を向ける。

 

「鈴瑚のやつ食べたことないの?」

 

 そう訊くと清蘭は「自分の力で勝ちたいから食べたことない」と答えた。

 

「清蘭、餅つきはうまいんだからもっと……」

 

 ドカンという激しい爆音が秋翠の言葉を遮った。それはすぐ近くで聞こえ、モクモクと立つ煙に何かが焼ける匂いも続いてやって来た。

 

「な、何?」

 

 清蘭が頭を抱えて防御体勢を取る中、秋翠は次第に成長する煙を珍しそうに見ていた。そんな中、鈴瑚は「また誰か暴れてるんでしょ」と肩をすくめて軽く流す。立ち並ぶ家屋の中からは沢山の不安を募らす声が飛び交っていた。

 

「こんなことが頻ぱんにあるの?」

 

「里の近くではそんなにないよ。ただそれ以外の場所では結構見るね」

 

「地上人はみんな血気盛んだから落ち着かないよ」

 

 三人はそろそろ撤退しようと支度を始めるが何者かの叫び声で手が止ってしまった。

 

「誰か助けてぇ~」

 

 竜胆色の髪の少女が白い兎の耳を揺らしながら、こちらに向かって走ってきていた。彼女の服装は玉兎兵が着用するブレザーを纏っていた。秋翠はその少女に見覚えがあった。

 

「あー!! 憔悴(しょうすい)! 助けて!」

 

 走ってくる少女は彗青だった。しかも秋翠の名前を間違えて覚えている。

 

「いや、秋翠です」

 

 名前を間違えられて訂正するが彗青にそんなことを気にしている暇などなかった。彼女から少し後ろに箒に乗っている白黒を基調とした服装の少女が物凄い形相で追いかけているのだ。

 

清蘭は「なんかヤバそう……」と言った後にそそくさと荷物をまとめて飛び去っていく。対して鈴瑚はどっしりと構えており、これからのいく先を眺めていようとしている。細かい状況を知らない秋翠はとにかく仲間を救うため、能力を使う。

 

「悪いけど魔女にはノロマでいてもらう」

 

 そう呟いた瞬間、白黒の移動速度が途端に遅くなり、彗青に逃げる時間を与える。息を切らしながら秋翠に近寄って礼を言う彗青。すると白黒が「何をする!」とのろのろと腕を振り上げて怒鳴り散らした。

 

「何があったの?」

 

 秋翠がいつも通りの眠そうな瞳で見つめる。そんな緊張感の無い彼女とは違い彗青は汗を

 

「話は後! 逃げよう!」

 

 秋翠は彗青にブレザーの袖を握られ、引っ張られる形でその場を後にする。引っ張る力が強いのか腕に痛みが迸(ほとばし)った。だがそれをいちいち声に出して表現する時間など秋翠には与えられなかった。

 

「あいつらは何なんだ?」

 

 能力という足枷が外れて元の移動速度に戻った魔理沙はすぐそばにいた鈴瑚に問いかけた。彼女は一睡もしていないのか目が少し虚ろだった。だが気迫は衰える様子を見せず、鈴瑚を気圧させた。

 

「月の都から離反した兎さ。魔理沙は秋翠の能力で移動速度だけを遅くさせられたんだよ」

 

 鈴瑚は秋翠や彗青について全てを話しはしなかった。どっちに非があるか彼女は知らないが仲間をある程度守るのは当然だと思っていたからだ。

 

「手こずらせやがるぜ」

 

 魔理沙は舌を鳴らしてすぐさま秋翠達が逃げた方向へ飛んで行った。その先は博麗神社へと続く道であった。

 

「ということはあれが鈴仙に濡れ衣を着せた奴か……」

 

 鈴瑚は空に登った白い衛星を眺めた。あそこで何があったのか考えながら彼女は青蘭の作った団子を口に放り込んだ。

 




 ここ一か月、くしゃみがひどくてストックしていたティッシュが一瞬で消えてしまいました……この季節に花粉症っておかしいのですか?
 余談ですが緋燕の二つ名の『珊瑚珠色のファルコンラヴィ』のファルコンはアポロ15号の月着陸船の名前から取っています


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決裂の会談 上

遅筆です


 魔理沙は悪党を懲らしめるべく箒(ほうき)にまたがって切り開かれた道を飛ぶ。攻撃しては避けられを一晩中続けていた彼女はさっさと兎を狩って暖かい布団に入りたいと思っていた。

 

「博麗神社の方向へ逃げたな。あそこなら“アイツ”が手伝ってくれそうで好都合だぜ」

 

 意外と距離を取られており、半分見失った状態だったがそのまま道を飛び続ける。すると目の前に鈴仙に似た服装の人物が現れた。その時、魔理沙はどこかの妖怪兎だと思っていた。

 

 通り過ぎる際にちらりとその兎の顔を見ようとする。そうほんの一瞬だけのはずがそれと互いに目が合ってしまったのだ。その瞳はまるで子供が籠の虫を観察するかのように見つめていた。

 

 兎を通り過ぎた後に魔理沙は二の腕に不思議な感覚を覚え、腕を確認しようとするが強烈な眠気に襲われて箒から落ちて地面に突っ伏してしまう。

 

「まだ彼女に知られるときではない。お前はまだ動かなくていい」

 

 魔理沙の視界は段々と暗くなっていき最終的に真っ暗になり、同時に意識も闇に溶けた。

 

***

 

 二日前、知り合った仲間を助けて月でも地上でも逃亡者になった秋翠。追いかけてきていた白黒の少女はもう見えない。自分の腕を引っ張って走る彗青は何をしてあの少女をあそこまで怒らせたのか気になり、訊いてみた。

 

「あの人に何をしたの?」

 

「あー、元はデブリではぐれた時なんだけど……」

 

 彼女らは幻想郷に来る前にスペースデブリに遭遇し、その際に散り散りになった。他の玉兎達は軌道修正に成功したのだが、彗青だけ上手くいかず予定コースから少し外れてしまった。

 

 辛うじて幻想郷にたどり着いたものの落下地点はバラの上で彼女は針山地獄にもがき苦しんだのだ。

 

「それで怒ってそのバラを燃やしたの」

 

 秋翠は「そうなんだ……」と素っ気ない返答をする。スペースデブリのせいだから仕方ないとも言えるが、ちゃんと着地する場所を考えない彼女の自業自得とも言える。

 

「それでこれからどうするの?」

 

 彗青はそう言われあたりを見まわした。長い石段が一番に目に入る。頂上には赤い鳥居が建っている。その他には風に吹かれて心地良い音を立てる木々しかない。

 

「この階段の上に行こう。何かあるかもしれない」

 

 彗青は鳥居を指差して石段を登り始めた。その軽快な足取りを見て秋翠は心配でならなかった。彼女はこのままあの少女から逃げ続ける生活を送るのだろうか。

 

「あれ緋燕じゃない?」

 

 彗青が指さす方向へ視線を移すとそこには空を飛んでいる人の様な黒い影。それには兎の耳のようなシルエットが確認できた。秋翠が目を凝らして黒い影を見つめる。するとそれは一つだけではないことに気づいた。

 

「誰かと一緒にいる? 」

 

 秋翠がそう言うので彗青は「ちょっと見てくる」と言い残し影へと向かって飛ぶ。秋翠は引き留める間もなく石段に置いて行かれた。

 

「後先考えずに行動するなぁ……」

 

 秋翠は独り言を呟いて竜胆色の玉兎を待つ。疲れて石段に座って今までのことを思い返す。あの時、彗青を助けずに無視をしていればこんな面倒ごとに付き合わずに済んだのではないか。そう思い、自分も後先考えていないではないかとため息をこぼした。

 

「ごめん、待たせちゃって」

 

 秋翠が物思いにふけっているうちに彗青が兎を二人引き連れて戻ってきた。一人は飛燕だとわかったがもう一人が誰だかわからなかった。

 

 さらさらな薄紫色の長い髪。全てを吸い込み、狂わせそうな深紅の瞳。彼女も玉兎兵のブレザーを着ていた。

 

 彗青が「鈴仙、この子が私を助けてくれた秋翠だよ」と秋翠の肩を軽く叩いて紹介する。鈴仙が紹介された玉兎の方を見た瞬間、爽やかな表情が一変する。それに気づいた秋翠は慌てて乱れた服装を直す。そして気を取り直し、勢い良くビシッと敬礼をして一声。

 

「初めまして、元イーグルラヴィ所属の秋翠と申します」

 

 いくら地上の玉兎とは言え万が一“例の部隊”の所属であったら何を言われるかわからない。そう秋翠は思い、軍隊式の挨拶をしたのだ。

 

「別にそんな堅苦しい挨拶なんてしなくていいのよ。ここは月の都じゃないんだし」

 

 鈴仙が笑みを浮かべる。その瞬間、秋翠はもう自分は軍人ではなく、ただの地上の民になっていたことを思い出した。

 

「それで鈴仙さんはなぜここに?」

 

「そうだ! 彗青、あなた庭のバラを燃やしたでしょ?」

 

 その言葉が放たれた瞬間、彗青は目を見開き、体をビクリと動かした。飛燕は後ろで顔を覆っていた。彗青は「ワタシ、シラナイワ」と鈴仙から視線を外し、片言で喋る。彼女の額からは汗が湧水のようにじわじわと流れていた。

 

「そういえば白黒の服を着た変な奴に追いかけられてたよね?」

 

 秋翠が決め手の一言を放つと彗青は彼女の口を塞ぐがもう遅い。鈴仙はその言葉を脳に、行動を目に刻み込んでいた。

 

「やっぱりあなたが犯人だったのね! 被害者の所に連行するわ!」

 

 鈴仙が声のトーンを上げて言い、真犯人の腕を掴もうとするが手のひらは何も掴んでいない。彗青は距離を取って「わ、私は行かないから! どうせ行ったって許してくれなさそうだし!」と大声で話す。

 

 彗青は完全に頭に血が昇っており、隠されていた攻撃的な言動が目立つようになる。その変わりようは普段からは考えられないほどである。緋燕もそのことはよく理解していたが、まさか彼女がここで激昂してしまうだろうとは思いもしなかった。

 

「緋燕、アレ貸して!」

 

 彗青が唐突に何かを求めた。緋燕は「アレって何?」と言い、首を傾げた。すると彗青は「ほら、ボロ雑巾にできるやつ」と身振り手振りで伝える。

 

「あぁ、LMP1のことね」

 

 緋燕はどこからか白色のコンパクトな短機関銃を取り出し、彗青に投げて渡そうとしていた。

 

「それを捨てなさい!」

 

 鈴仙は手を銃の形にして武器を持つ少女へと向けていた。緋燕は武器を足元に落とし、両手を上げて降伏のサインを示す。

 

「ちょっと緋燕……もう!」

 

 そう言った後に走って武器を取りに行こうとするが弾がそれをさせまいと足元付近に飛んでくる。彗青は歯ぎしりをし、悔しそうに銃を見つめる。気になったのか秋翠が「なにそれ?」と銃を指差して訊く。すると緋燕は目を宝石のように輝かせた。

 

「LMP1、こいつの最大の特徴は特殊なレーザーと高い連射……」

 

「そんなことは後。それよりも彗青、あなたは自分のしたことを償わなくてはいけない」

 

 場違いな語りを始めた緋燕の言葉を鈴仙が遮りながら、彗青にゆっくりと歩み寄る。途中途中、緋燕の方へ視線を向けたりしてほんの些細(ささい)な動きにも警戒する。鈴仙との距離が縮もうとするたび彗青は顔を引きつらせ、石段を登って後ずさりする。

 

 あと1メートルというところで鈴仙が緋燕の方を見たとき、その足元に落とされた白塗りの武器が無いことに気づく。勿論その所持者は手の平を見せ、頭の上に上げている。鈴仙があたりを見まわして「銃は?」と訊いた瞬間、甲高い音が鳴り辺り一帯の鳥が飛び立つ。

 

「ごめん鈴仙」

 

 鈴仙は目を見開き、声がした方へと体を向けた。

 




戦闘の前触れ……嫌な予感がしますね。


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決裂の会談 下

 その声は確かに鈴仙の背後から聞こえた。彼女は衝撃のあまり、言葉が喉でつっかえてしまった。石段に残った真っ黒な焼け跡がLMP1の威力を物語る。そのグリップを握るその少女のまなざしはどこまでも透き通っており、決意に満ち溢れていた。

 

「秋翠、どうして?」

 

 緋燕が啞然(あぜん)とした顔で近づこうとすると秋翠は撃つぞと言わんばかりにトリガーに指をかけ、プレッシャーを与える。それを見て、鈴仙は緋燕を手で制した。

 

「理由なんてどうでもいいでしょ? 私はただ彗青を助けたかっただけ」

 

 秋翠がそう言う間、銃はプルプルと小刻みに震えていた。顔も俯いており、暗い影が落ちている。実戦経験も無ければ訓練も少ししか受けていない彼女が他人に銃口を向けるのは初めてなのだ。その様子を見かねた緋燕が「もうやめようよ!」と今にも泣きそうな目で彗青に訴えかける。すると彗青は少し目線を逸らし、困ったような顔をする。

 

「もう月にいた頃の変なプライドは捨てなさい! いつまで経っても成長出来ないと地獄に落とされるわよ」

 

 怒鳴る鈴仙に気圧され、彗青の足は小鹿のように震えていた。すると秋翠が「そんなキツイ言い方!」と銃口を空へ向けて威嚇射撃をし、その後また鈴仙へそれ向ける。

 

「もういいから秋翠、私が悪かったんだ」

 

 落ち着きを取り戻していた彗青は自らを庇うため武器を取った兎へ静止するよう呼び掛ける。だがそれは「良くない」という言葉で即座にはねのけられた。

 

「そもそもなんで鈴仙は彗青を突き出そうとしてるの?善意? それとも雇われてるの?」

 

「後者に近いわね。私が真っ先に疑いをかけられたからこうして探していたのよ」

 

 そう説明するが秋翠は納得していない様子だった。二人の睨み合いが暫く続いた。日が完全に沈み、辺りに闇が落ちていく。

 

「あまり人の敷地で物騒なことしないでくれる? 変な噂が立つと参拝客が減るんだから」

 

 そんな静寂を破る一つの声が石段を降りてきて、玉兎達はその方向へと視線を向ける。暗くて顔は見えづらいが派手な赤色の巫女服を着ている少女だということは確かに分かった。

 

「霊夢!」

 

 反射的に鈴仙は石段を下りる少女の名を発した。ここに住まう巫女服の少女は霊夢しかいない。飄々とした彼女は辺りの様子を見ながら一段ずつ石段を下りる。しかしある所で急に歩みが止まる。

 

「あぁー!! 石段が黒ずんでる!」

 

 目を見開いて大声で叫ぶ霊夢はかがみこんでどこからか取り出した雑巾で焼け跡を拭く。しかし拭けば拭くほど汚れは広がる。その様子を見ていた玉兎一同の考えは同じだった。この人の逆鱗に触れてしまったと。

 

「あ、あんたらね……」

 

 霊夢は全身を震わせてその憤怒を見える形で表す。だが鈴仙達には霊夢の体を通して出るじりじりとした熱い炎が見えていた。それは四羽の兎を今にも飲み込もうとしている。

 

「まずいわね……」

 

 そう鈴仙の言葉を号令に緋燕、秋翠、彗青は一斉に後ずさりをし始めた。

 

「全員兎鍋にしてくれるわ!!」

 

 霊夢がそう叫んだ後、服の袖から銀に光る一尺ぐらいの針を取り出した。封魔針と呼ばれる彼女の強力な飛び道具の一つだ。それを近くにいた彗青めがけて一直線に投げた。

 

 針は彗青の髪を数本切り裂き、石段にぶつかってカランコロンと転がる。その様子を見て緋燕は「逃げろぉ!」と叫びながら背を向けて飛ぶ。同時に秋翠と彗青も逃げようとする。

 

「ちょっとあなた達!」

 

 鈴仙が三人を呼び止めようとするが彼女らは聞く耳を持たない。

 

「逃がすものか!」

 

 霊夢は逃げ遅れた彗青の首根っこを掴んで引き寄せる。それに気づいた秋翠は「彗青!」と叫んで振り返り、巫女へ銃を向けた。すると霊夢は捕まえた兎を盾にして撃てないようにする。

 

「人質を取るなんて……」

 

「人の家で騒いだり、汚したりで謝りもしないのもどうかと思うわけど?」

 

 彗青を盾にしたまま霊夢は徐々に秋翠へ距離を詰める。盾にされている少女は「秋翠早く撃って! ほら!」と射撃するよう催促するが秋翠は戸惑っており、ただその場で銃を向けて静止しているだけだ。

 

「目塞いで息止めて!」

 

 彗青は言われた通り息を止めて目を塞いだ。その瞬間、三人の辺りに真っ白な煙が発生する。緋燕の催涙弾が空中で炸裂したのだ。彼女の言われた通りにした者以外は腰を折ってゴホゴホと咳き込んでいる。霊夢の盾役だった彗青は煙幕から脱出して後の二人を待つ。

 

「ここから逃げるよ」

 

 そう言った緋燕の肩には秋翠が担がれていた。かくして三羽の玉兎はかの博麗の巫女から逃れることに成功した。

 

 その後、霊夢は神社に戻って取り残された鈴仙に話を聞くことにした。

 

「あんたは逃げないのね」

 

「その必要がないもの。話せば分かる人間だから」

 

 そう言いながら鈴仙は水を汲んだ桶を持ってくる。それで霊夢は顔を洗ったりうがいをしたりした。

 

「賢明ね。さすが地上に慣れた兎は違うわね」

 

 霊夢はそう言いながらも少し咳き込んでいた。彼女は顔を拭くために神社の居住スペースへ入っていく。鈴仙もその後を追い、その間に今までの状況を説明した。

 

「ふーん。ややこしいことになってるのね」

 

 二人は小さな木製の円卓を挟んで会話をする。

 

「もう大変よ、昨日は一睡もしてないんだから」

 

 鈴仙は卓上で頬杖をつきながら「まぁ私くらいならこの程度問題ないけどね」と言う。

 

「手際よくしないと今日も眠れないかもしれないわよ」

 

「今日こそは絶対に暖かい布団へ帰ってやるわ。」

 

 霊夢と鈴仙の珍しいコンビは立ち上がり、博麗神社を後にする。

 

***

 

 博麗神社から少し離れた森の中、何とか逃げ切った玉兎達は飽きず言い合いをしていた。

 

「本当に面倒なことをしてくれたね。どうしてくれるの?」

 

 溜まっていた疲れを癒すために緋燕は傍の木にもたれかかる。そして腕を組んで深いため息をついた。

 

「緋燕はあの地獄を経験していないからそんなことが言えるんだし」

 

 彗青は緋燕に顔を近づけて話すが彼女はそっぽを向いて目を見ようとしない。

 

「そもそもなんで真っ先に話してくれなかったの? 私じゃ頼りにならない?」

 

「盗人が何を言う!」

 

 いきり立った彗青はふてくされる兎の胸倉を掴み無理矢理こちらを向かせようとする。だが予想外にも緋燕が無抵抗だったことと、彗青の引き寄せる勢いが強いことが原因で二人は互いに頭をぶつけあってしまった。

 

「痛ッ!」

 

 二人は同時に赤くなったでこを手でおさえて互いに睨み合う。

 

「やったな……」

 

 そう言う緋燕の目は少し潤んでいた。勢いでぶつかった彼女の方が与えられた痛みが多かったのだろう。

 

「そっちこそなんで無抵抗なの……」

 

 彗青は今にも嚙(か)みついてくる犬のように白い歯をぎらつかせていた。催涙ガスの効果を落とすため川へ行っていた秋翠が戻ると二人の間で火花が閃(ひらめ)いていた。すぐさま状況を察した彼女はその中に割って入り一声。

 

「今喧嘩したところで意味ない! これからどうするか考えることにエネルギーを使って!」

 

 その一言で二人の心は消し止められる間際の炎のように静まり返っていく。びしょびしょの顔の兎を見て彗青は「目や喉はもう大丈夫?」と訊く。

 

 秋翠はブレザーの袖で顔を拭きながら「うん。全部洗い流したから」と答える。

 

「ごめんね秋翠」

 

 催涙弾を放った緋燕は責任を感じ、秋翠を気に掛ける。

 

「ホント大丈夫だから。それよりも早く……」

 

 秋翠がそう言いかけた時に「見つけたわよ」と真後ろから凛とした少女の声が聞こえた。三人が同時に振り返るとそこには鈴仙と霊夢の二人が立っていた。

 



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決闘!博麗の巫女

戦闘シーンを書くのはこれが初めてです。おかしなところが沢山あるかもしれませんけど読んでいただけると幸いです。


 ジメジメとした森は不気味なほど閑散としていた。虫の音も草木のざわめきの音も聞こえず、五人の耳に入るのはドクンドクンと脈動する自分の心音だけだ。

 

「それで、早く何をするの?」

 

 静寂の中、霊夢が最初に口を開いた。鈴仙も「ここではあまり敵を作らない方がいいわ」と続く。だが目の前の玉兎トリオはうんともすんとも言わない。

 

「じゃあこうしましょう。私の条件を満たせばあなた達全員の罪を軽くしてあげる。庭を燃やした何とかって子に余りきつく当たらないように魔理沙に言っておくわ」

 

 唐突に交渉を持ち掛ける敵に緋燕達は顔を見合わせる。彗青はこのチャンスを逃すまいと「条件は何?」と一歩前に出た。そのとっさの行動を他の二人は止めようとはしない。彼女らも罪が軽くなるならそれはそれで良いと考えているからだ。

 

「条件は一つ、私とスペルカードルールで戦うこと」

 

 淡々と条件を説明する霊夢に対して彗青はきょとんと立ち尽くしていた。月の兎である彼女らすればスペルカードルールは未知の存在。彗青の「そのスなんとかルールで戦えばいいのね」という発言に黙ってうなずく霊夢。

 

「詳細は知らないでしょ? 説明するわ」

 

 鈴仙が三人に大まかなスペルカードルールの内容を説明する。それを理解した玉兎達は誰が戦うかを話し合っていた。

 

「飛び道具が使える私が一番適任。だから私が……」

 

 緋燕が黒色のフレームで覆われたレーザーライフルを生成して霊夢へ真っ直ぐ向かおうとするが秋翠に肩を掴まれ阻まれる。

 

「元は私が石段を撃ったのが原因。緋燕が戦う必要はない」

 

「私がケジメをつける。二人は下がってて」

 

 彗青が二人の前に立ち、壁となった。すると緋燕は「ちょっとちょっと」と肩の手を振り払って目の前の兎の横に立つ。

 

「ダメだよ、だって彗青は……」

 

「いいの、いつまでもこのままじゃいけないから」

 

 そう言って彗青は緋燕に向かってにこりと笑う。すると緋燕は真剣な眼差しの親友に短機関銃を渡した。

 

「お守りだよ」

 

「ありがとう」

 

 彗青は“お守り”をスカートのゴムに挟んで真っ直ぐ前を見据えて歩き出した。

 

「別に三人がかりでかかってきても構わないのよ」

 

 霊夢は挑発するかのようにお札をひらひらと振る。彼女には絶対的な自信がある事を鈴仙は知っていた。幻想郷でも実力者である霊夢に勝つには彼女の攻撃をある程度把握しておかなくては勝利を勝ち取ることは出来ない。

 

「今に見ていな、必ず地に墜としてやる!」

 

 彗青はブレザーを脱ぎ捨て、ブラウスの袖をまくった。緋燕が無造作に落ちたブレザーを拾う際に手にしていた武器を彗青に渡す。

 

「ありがとう、それじゃ行ってくるね」

 

 彗青は曇る顔の緋燕に笑顔を向けて紅白の巫女に対峙する。辺りは静まり完全な無音の空間が出来上がる。雲から覗く月明かりが森に降り注ぎスポットライトのように相対する二人を照らした。

 

「そんなに緊張する必要はないわ。所詮これは遊び、気楽にやればいいのよ」

 

「簡単に言ってくれる……」

 

 彗青は汗で濡れる両手で武器をしっかり持ち、安全装置を解除した。

 

「私は二枚使うわ。あなたは?」

 

「一枚で充分よ、名前は『銃撃』だけだから」

 

「ふーん……それなら私から行くわよ!」

 

 霊夢は勢いよく地を蹴り空へ舞う。その際に風が吹き荒れ彼女の力の強さを示す。

 

「地上人にはこんな力を持った奴が山ほどいるの!?」

 

 緋燕が風を手で遮りながら鈴仙に訊くと「霊夢が強すぎるだけよ」と返される。月の民の一般的な認識では地上は監獄のようなものだ。そんな場所にこれほどの力を持つ者たちが蔓延(はびこ)っていると思うと認識が大きく変わりそうなのだ。

 

「地上人も侮れないね」

 

 彗青も空を飛び霊夢を追いかける。だがこの遅れを霊夢は狙っており、森から上空へ飛び出した敵へ先制攻撃を仕掛ける。

 

「霊符『夢想封印』」

 

 それは霊夢の十八番であり、彼女を象徴する技と言ってもいい。様々な色の光球が彗青目掛けて飛んでくる。それらはまるで個々に意思があるかのようだ。

 

「何のこれしき!」

 

 思わず瞼を閉じてしまうほどの光に彗青は飲み込まれる。その瞬間大きな爆発が起こり、辺り一面を真昼の様な明るさで包んだ。

 

「彗青!!!」

 

 緋燕が親友の名を叫び、風が収まったのを確認すると急いで爆心地へと向うがそこには何もない。跡形もなく消えてしまったのか、それともどこかに落下しているのか。

 

「そんな……」

 

 落胆する緋燕に霊夢が声をかける。

 

「下よ。直撃する前に爆破させたからその風で下に落ちたわ」

 

 その言葉を信じてすぐさま下へと降りる緋燕。霊夢の言う通り地面に伸びている少女が見つかった。

 

「彗青! ねぇ起きて!」

 

 緋燕はぐったりとしている彗青に必死に呼びかける。それが答えたのか彼女はうめき声を上げながら瞼を開く。見るからに目立った外傷は無いようだ。

 

「あれ、緋燕……」

 

「彗青大丈夫なの?」

 

 そう訊くと彗青は立ち上がって腰などをひねったり肩を回したりしてどこか痛まないか確認する。

 

「あぁ……別に何ともない」

 

 彗青がそう言うと緋燕は「よかった!」と泣きながら目の前の少女に抱きつく。彗青は自分の胸に埋もれる少女の赤い髪を撫でる。ここまで緋燕が心配してくれたことを嬉しく思った。すると近くから咳払いが聞こえた。音の方向を見ると霊夢が気難しそうな顔で「まだ戦う?」と彗青に問う。

 

「ええ、まだ私の番がまだだからね」

 

 そう言って霊夢に笑みを飛ばす。それに対して彼女もニヤリと歯を見せて笑った。

 

「そう来なくっちゃ、それでこそ幻想郷! 退屈しなくて済むわ」

 

 霊夢は上空へ舞い上がり、彗青のスペルカードを待ち受ける。その時の彼女は実に生き生きとしていた。鈴仙もこんな姿は初めて見てとても驚いていた。

 

「緋燕、武器お願い!」

 

「任せなさい!」

 

 彗青は緋燕から武骨なバルカン砲とレーザーライフルを受け取って空へ上がる。辺りが暗く互いの姿は非常に見えづらい。月と星の明かりを頼りに敵を探り弾幕を放つ。

 

「喰らいな! 20ミリバルカンの弾幕を!」

 

 彗青は体系に不似合いな巨大バルカンの銃口を巫女へ向けて射撃スイッチを押しこむ。その瞬間、リング状に並べられたいくつもの銃身が回転し曳光弾(えいこうだん)をばら撒いた。軽量で制止力が高いこの砲の通称は『片手バルカン』だ。

 

 霊夢は目で弾道を確認しそれらを華麗にかわす。彗青が無茶苦茶に弾を撃っているうちにやがて弾薬ベルトが尽き、銃身だけが回り続ける。

 

「もう弾切れ!?」

 

 バルカンを放り投げ、もう片方の手に握るレーザーライフルの引き金を絞った。銃口からは一筋の光線が重低音を響かせながら夜の闇を切り裂く。その時霊夢は放り棄てられたバルカン砲に一瞬だけ気を取られていた。そのせいで迫るレーザーの対応が遅れる。

 

「嘘!」

 

 霊夢はレーザーをすんでの所で回避するが服の袖の一部が焼け落ちる。彗青は即座に次弾を手動で装填し、狙いを定める。

 

「次は当てる!」

 

 そう言葉にはするが彗青は射撃に自信がなく、普通に撃って当てることができるか疑問に思っていた。相手も初見で高速のレーザーを回避する化け物であることもあって正攻法では適わないことぐらい彼女にはわかっていた。策を練っているうちに彗青はスカートに挟んだ“お守り”を思い出す。

 

「これだ!」

 

 彗青は向かってくる霊夢にレーザーライフルで迎撃する。しかし霊夢はその銃撃をへでもないかのように軽々と避ける。彼女の速度はまるで落ちず距離は徐々に迫ってくる。

 

 霊夢の姿がはっきり認識出来る距離までになると彗青はレーザーライフルを思い切り月の方へ投げる。

 

「武器を捨てた?」

 

 彗青は武器に気を取られている霊夢の視界外へ迅速に移動しLMP1を構える。一度霊夢が捨てた武器に注意を向けることを彗青は目にしていた。それを利用して相手の死角へ移り攻撃するという一か八かの作戦を立てたのだ。そして今、その成功を収めるため彗青は勝利の引き金を引く。

 

(もらった!)

 

 無数の光弾が耳をつんざくような音を立てて霊夢へと襲い掛かる。だが博麗の巫女の名は伊達ではない。彼女が二度も同じ策にかかるはずもなく弾幕は容易に避けられる。

 

「悪くないけどまだまだね。秘儀『背水之陣』」

 

 霊夢が二度目のスペルカード宣言をする。すると彗青の真後ろで控えていた陰陽玉が隙間の無い、まるで川の様に終わりのない光弾を放った。それと同時に霊夢が弾幕を張る。

 

「これで終わりよ」

 

 彗青は後ろへ逃げることができないため弾を避け続けるが疲労がついに限界を超え体が悲鳴を上げる。

 

「まだ終わらないっ!」

 

 必死の抵抗の末、彗青の体力は無くなり気を失って地へと真っ逆さまに落ちていく。それを霊夢は受け止めて他の玉兎の元へ運ぶ。

 

「ちょっとやり過ぎたかしら」

 

***

 

「彗青!」

 

 霊夢に抱きかかえられる彗青のもとへ走る緋燕と秋翠そして後から鈴仙もついてくる。

 

「大丈夫、寝てるだけよ」

 

 霊夢の腕の中で寝息を立てる彗青の姿を見て三人の玉兎は安堵する。緋燕は緊張がほぐれたのかぺたりと地面に座り込んだ。秋翠もほっと息を吐いた。

 

「この三人は明日魔理沙の家へ連れていくから私が預かるわ」

 

 緋燕、秋翠の二人は軽く頷き、神社へと歩く霊夢の後を追った。

 

「私もやっと帰れるのね」

 

 鈴仙が大きなため息をつくと「鈴仙、ありがとね」と霊夢が後ろ姿を見せながらお礼を言と鈴仙は「こちらこそ」と返しその場を立ち去った。こうして鈴仙の長い長い一日は幕を閉じた。

 




うどんげ、やっと帰還ですね。まだ鈴仙には帰れる所があるんだ。こんなにうれしい事はない。


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賢者からの依頼

 夜が降り、すっかりあたりは闇に支配されてしまった。迷いの竹林の奥深くに建つ永遠亭ではいつまで経っても帰って来ない鈴仙を待つ永琳が正面の入り口に立っていた。

 

「イナバはまだ帰って来ないの?」

 

 輝夜が首を左右に動かして鈴仙らしい人影がないか探す。山菜採りを頼んでから鈴仙の姿を丸一日見ていない。

 

「一人で帰ってきたてゐの言う通りならば、魔理沙に捕まって何かされていると考えるのが普通ね」

 

「もしあの良からぬ兎に接触していたら……」

 

「あの子は強いわ。実戦経験のない月の兎に劣ることはまずありえない」

 

 輝夜は「そうだね」と頷く。曇りがちな彼女の顔も次第に晴れ晴れしてきたが、対称に永琳の顔は険しいままだった。

 

「けれども気を抜いてはいけないわ。もしかしたらただの偵察部隊でこちらの様子を伺っているのかもしれない」

 

 玉兎の兵隊と一口に言っても様々な役割を持つ部隊が存在する。基本的な戦闘を行う部隊に限らず、情報処理を専門とした部隊、大型兵器を扱う部隊、地上を調査する偵察部隊など等々。またそれらを指揮する玉兎達で編成される部隊も存在する。

 

「何にしても情報が足りないわ。ウドンゲの帰りを待つことしかできないわね」

 

 永琳は踵を返して戻ろうとするとどこからかガサリと不自然な草の動きを耳にする。

 

「誰?」

 

 永琳が音の方向へ視線を向けるとそこには疲労困憊(ひろうこんぱい)した弟子がよろよろと歩いていた。

 

「師匠~ただいま戻りました~」

 

 今にも倒れそうな鈴仙を見て永琳はすぐさま駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

 鈴仙の体を支えながら永琳は永遠亭へ入る。その時にはもう鈴仙の視界は暗く、意識は飛んでいた。次に彼女が目にしたのは自分の部屋の天井だった。体にはずっと待ち望んでいたふかふかの布団がかかっている。眼球をぐるりと回してあたりを見まわすと障子の隙間から覗く光が目を焼き付ける。

 

「おはようウドンゲ」

 

 襖が開くと永琳が現れる。その手に湯呑があり白い湯気が上へ上と昇っていた。

 

「あ、おはようございます師匠」

 

 鈴仙は起き上がって湯呑を受け取る。熱くなくぬるくない丁度いい温度のお茶を飲むと全身がぽかぽかとする。

 

「一昨日から何があったの?」

 

 鈴仙は一息ついてから事の顛末を話す。永琳は黙ってそれを聞いていた。

 

「……というわけなのです」

 

「それはとんだ災難だったわね」

 

 同情する永琳に「もうアイツったら……」と鈴仙が愚痴をこぼす。すると永琳が思い出したかのようにある事を尋ねる。

 

「そういえば降りてきた兎から何か聞いた? 月の様子、亡命の理由等々」

 

「いえ、特に。私も最初は月の差し金かと疑いましたが誰もそんな雰囲気の子ではなかったです」

 

 問いかけに即答する鈴仙、永琳は目を細めて更に質問を投げかける。普段から温厚で優し気な彼女がこのようになるのは珍しい。鈴仙もそれを察している。

 

「“例の部隊”に所属している玉兎は居なかった?」

 

「……多分居ないと思います。皆お粗末な戦闘が目立っていましたし」

 

 例の部隊、それは選りすぐりの玉兎だけで構成された兵士と諜報員を兼ね備える部隊。どんな任務もこなし、どんな敵とも戦う。上層部の思うがままに行動する最強の手駒。その姿を知る者はごくわずかだ。

 

「彼女らは雰囲気や行動では見分けることはできないわ。そこで急で悪いのだけどその玉兎達の情報を探ってきてくれないかしら」

 

「すみません、私まだ疲れが取れてないのか体が上手く動かせなくて……」

 

「ふふふ、丸一日眠っていてもまだ疲れが取れないなら特殊な強心剤でも打たないといけないわね」

 

 永琳が不気味なほど清々とした笑みを向けると鈴仙の身体中が一瞬にして氷河期に入る。彼女は永琳がどんな薬を自分に投与するのか気が気でなかった。強心剤と称しておぞましい物を打つかもしれないという妄想に囚われてしまった鈴仙は「いえ結構です。動かしてみると意外と問題無いようです」とすぐさま前言を撤回し、冷えた体にお茶を流し込み温める。

 

 とは言えこれらは鈴仙の中で作られた永琳のイメージでしかない。自分に逆らおうとする玉兎をデブリで亡くなったことにしようとしたり、何かと即断で殺そうとしたりするからかもしれない。

 

「別に今すぐ行けというわけではないわ。今日中ならいつでもいいのよ」

 

 そう言い残して永琳は部屋を後にした。一人残された鈴仙は湯呑の底を眺めてため息をこぼす。

 

「最近忙しいなぁ……」

 

 布団から出ると鈴仙は着替えを済ませて食事を摂りに行く。

 

***

 

 幻想郷は意外と狭い。鈴仙がそれに気づいたのは永夜異変の後だった。空から見渡しても分からないが一日中この世界を巡るとその小ささが実感できる。

 

 鈴仙は玉兎トリオから話を聞くために魔理沙の家へ向かった。するとすぐに何か作業をしている彗青達が目についた。緋燕と彗青は何か喋りながら熱心に庭に種を植えていた。

 

「あ! 間隔が狭いよ。もっと距離離して!」

 

「緋燕は逆に離れすぎてるじゃん。あんたも人のこと言えないね」

 

 二人が互いの埋めた種を掘り出して各々の間隔で埋め直す。秋翠はまだ残った植物にじょうろで水をやっている。すると近づいてくる鈴仙に真っ先に気づく。

 

「あ、鈴仙おはよう」

 

「おはよう。仕事はどう?」

 

「昔の職場よりよっぽどいいね。なんか退屈しないから」

 

 そう言って秋翠は種まきをする彗青と緋燕へ視線を移した。するとそれに気づいた二人が鈴仙たちの方へ駆け寄ってきた。

 

「鈴仙、一昨日はごめんね。私のせいで一日中連れまわして」

 

 緋燕が頭を下げるが鈴仙は「いいのよ、自分で決めたことだし」と言うが目の前の兎が頭を上げようとしない。余程気にかけていたことが伺える。

 

「私も後先考えず行動したせいで色んな人に迷惑をかけちゃったし……」

 

 続いて彗青も頭を下げるので秋翠も「私も」と他の二人と同じ態勢になる。鈴仙は周りの玉兎全員に頭を下げられ少し困ったような顔をする。

 

「もうみんな顔を上げて。私は気にしてないから」

 

 三人は同時に顔を上げて鈴仙の顔を見る。鈴仙は三人全員が同じ表情、姿をしているのがおかしくなり少し噴き出してしまう。なぜ笑ってしまったのかは鈴仙にもよく分からなかった。

 

「何がおかしいの!」

 

 以外にも食いついたのは秋翠で眉を吊り上げて鈴仙に詰め寄る。彗青と緋燕は互いの顔を見合わせて何故目の前の人が笑ったのかを考える。

 

「だって……みんな同じような顔と姿だからなんかおかしくて」

 

 理由を説明している間も鈴仙はお腹を抑えてこみ上げる笑いをこらえてようと必死だった。秋翠はうなりながら未だに互いの顔を見合わせている二人の手を引っ張り「鈴仙なんてほっといて作業続けよう!」と声のトーンを上げて言う。

 

「何だ何だ、何かと面白い事でもあったのか」

 

 鈴仙が大きく魔理沙が外へ出て確かめに来た。最初に彼女の目についたのは全身をくすぐられたのか涙を流しながら笑い転げる少女だった。

 

「何やってんだ?」

 

 魔理沙がきょとんとしている彗青に訊くが両手を上げて肩をすくめるばかりである。その後笑い疲れた鈴仙を家に上げて魔理沙は要件を尋ねた。もちろん玉兎三人組もいる。

 

「そうそう、今後幻想郷で暮らすなら同じ玉兎としてあなた達のことを少しは知っておいた方がいいかなと思って……」

 

「そうだな。お互いを知ることはいいことだぜ。それに月の奴らはどいつもこいつもおっかないからな」

 

 魔理沙が冗談を交えながら笑うと周りもつられる。ただ鈴仙はその冗談が本当にならないから心配だった。

 

***

 

 未の刻、霊夢は鈴奈庵から借りた本を手に神社への帰路を辿っていた。この頃彼女は謎の売れっ子作家、アガサクリスQの推理小説に夢中だ。それを読むことが今の霊夢の一番の楽しみなのだ。今日も上機嫌で道を歩いていると突如目の前に派手な装飾の“スキマ”が現れる。

 

「ちょっと紫!」

 

 霊夢はそのスキマを出現させた妖怪の名を呼ぶ。するとそこから金色のロングヘアーを携えた少女、八雲紫がびっくり箱の人形のように出てくる。

 

「もう脅かさないでよ」

 

「あらごめんなさい。貴方ならすぐ気づくと思って」

 

 紫は少し笑いながらスキマから体を完全に外に出し、地面へと足を付けた。

 

「まぁいいわ。それで何の用?」

 

「霊夢と昨日一緒に居た兎、十分に監視をつけておきなさい。部外者は信用ならないわ」

 

 霊夢はあの三人の顔を思い出す。とても紫から監視を付けられるほどの危険人物には見えない言動。賢者からの依頼を『めんどくさい』の一言で断ろうかと思ったが幻想郷で暴れまわったこともまた思い出す。

 

「ふーん……わかったわ。監視の目を強化しておくわ」

 

「ふふ、それでこそ幻想郷一の巫女」

 

 そう言うと霊夢は「まぁその程度のことお茶の子さいさいよ」と返す。

 

「頼むわよ」

 

 紫はそう言い残してスキマの中へと消えていった。



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4人目のフュジティヴ

 霧雨魔法店から博麗神社へ場所を移した鈴仙達は縁側に座っていた。あそこでは如何せん数多くの道具が足の踏み場を占拠しており、とてもくつろいで話ができるような場所ではない。霊夢が人里へ行っている間の留守番という条件付きで神社に妖怪兎たちが蔓延っていることを許可したのだ。それにジメジメとした魔法の森よりも空気の澄んだ麓の神社の方が居心地は良い。

 

「私のことねぇ……」

 

 彗青は鈴仙に自分のことを聞かれ話す内容に詰まっている。誇れる経歴や性格も持ち合わせていない自分に何を話せというのか。どうこうしているうちに緋燕が全員の前に立って自己紹介を始めた。

 

「じゃあ改めて自己紹介、私は緋燕。好きなものは武器で嫌いなものは退屈な物全て」

 

 胸を張り仁王立ちする緋燕に鈴仙は質問を投げかける。彼女は緋燕とは面識があったが、よく盗みを働くこと以外の細かいことは知らない。

 

「あなたの能力は?」

 

「武器を作る能力。一度触れた武器だったら何でも作れるよ」

 

 緋燕は軽機関銃をその場で作って見せた。地上に存在しない素材で作られたそれは太陽光でブラックスピネルのように光る。

 

「良い弾幕を張れるなら使ってみる価値がありそうだな」

 

 魔理沙は緋燕の持つ銃を物珍しそうに眺め、拳でコツンと小突いたりして色々調べている。

 

「武器だけを作っても弾が作れないと意味なくない?」

 

 秋翠が能力の不完全な点を指摘すると彗青も「確かに。すぐに弾切れを起こすし」と同調する。鈴仙も頷くと緋燕はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。緋燕はおもむろに銃を空に向けトリガーに指をかける。そして思い切り指を引くと銃口から雨のように光弾が発射された。同時に発砲音が辺りを反響しながら跳ね回る。縁側に座っていた鈴仙達は咄嗟に耳を塞いだ。

 

「弾は自動装填されるんだよ」

 

 音が止み、光線も消えたところで緋燕は軽機関銃をその場から消滅させた。

 

「分かり易い説明ありがとな」

 

「でも撃つ必要はないでしょ?」

 

 鈴仙と魔理沙が眉間にしわを寄せながら言うと緋燕は「百聞は一見に如かずだよ」と得意げに返す。腹の虫がおさまらないといった顔の鈴仙の横で微笑む彗青。それを見て気になった秋翠が「どうしたの?」と訊く。

 

「元気だから嬉しいと思っただけ。昔はこんなに陽気じゃなかったから」

 

 すぐ隣の鈴仙が「そうなの?」と反応する。

 

「昔は色々と忙しかったからな~。始末書の……じゃなくて始末書をいっぱい書かされたからねぇ」

 

 緋燕は瞼を閉じて腕を組み、過去を懐かしむように話す。すると秋翠が「何をしたらそんな何回も始末書を書かされるの?」と率直な質問を投げかける。

 

「私が所属してたファルコンラヴィは物資の管理とかが主な仕事なの。だけど私はそれらをくすねたりドジ踏んで壊したりしたから」

 

 緋燕は右斜め上へ視線を逸らして恥ずかしそうに頭をかく。鈴仙はやれやれといった表情をする。

 

 すると彗青が踏ん切りをつけたのか勢いよく立ち上がって皆の視線を集めた。自分を理解してもらうには何の飾り気の無い、ありのままを話すしかないと思い口を開く。そうしている間に神社の主が帰って来た。その腕には一冊の本が抱えられている。

 

「お、帰ってきたぞ」

 

 魔理沙が待っていたかのように口に出して言うと巫女が気づいてこちらへと顔を向けた。

 

「なんだまだ居たの?」

 

 霊夢が神社に何か変化がないか首を動かして辺りを見る。特に変化はなく、誰も暴れていないことを確認したところで縁側へ向かう。そこで彼女は紫からの依頼を思い出した。あの3人の玉兎が監視しなくてはいけない程に重要な存在であることを思うと少し身構えてしまうのだ。

 

「まだお茶を飲んでないぜ」という対して「ここはお茶屋じゃないのよ。」と呆れたような声で返す霊夢。こういう他愛のない会話が霊夢の緊張を少し軽くしてくれる。魔理沙も彼女のほんの些細な変化に感づいて、気を使っているのかもしれない。

 

「そういえば5人で来たって言ったわよね? 後の二人の行方とかって分からないの?」

 

 鈴仙が思い出したかのように聞く。緋燕から聞いた話では5人で地上に降りたということだがまだその内の3人にしか会っていない。霊夢は5人も地上に降りた玉兎がいることを初めて聞き、心の中で驚いた。

 

「名前も知らないし容姿とかもうろ覚えだしなー」

 

「確か黒いのと青いのが居た気が……」

 

 緋燕と彗青が薄い記憶を遡っているが顔などの情報が出てこない。つい数日前に見た顔は圧倒的な情報の濃霧に埋もれて消えてしまっている。

 

「一人だけなら知ってる」

 

 懸命に頭の中を探っている二人を差し置いて秋翠はいとも容易く問題の解決へと導く発言をした。それに食いついた鈴仙はすぐさま「それはどこ?」と問いかける。

 

「森の入り口の道具屋に通っているって」

 

魔理沙はすかさず「香霖堂だな」と場所を特定する。

 

「そこにいるのね四人目の脱月者が……」

 

 鈴仙達は例の玉兎に会うため香霖堂へ向かうことにした。

 

***

 

 ―――香霖堂。店主の森近霖之助は厄介な妖怪に頭を悩ませていた。最近毎日やって来る妖怪兎が執拗に彼の非売品を欲しがるのだ。

 

「ほんとにほんとに駄目ですか?」

 

「君もしつこいな。何度も言うがこれは売り物ではないんだ。いくら出されても……」

 

「せ、せめて見るだけ触るだけ……」

 

 彼女こそが鈴仙が探している玉兎の一人、名前は鋭。彼女は物を解体することに喜びを感じている不思議な兎で構造が複雑な物ほど喜びの値は増すのだという。

 

「どうせこれも解体するつもりなんだろう! 元にも戻せないのに!」

 

 ツルツルとした画面の板を鋭から必死に守る霖之助。近くには何かの部品とみられる銀色の棒やばねが散乱しているが他にも商品などが無造作に置いてあるためそこまで気にはならない。

 

「次は大丈夫です! 今度は分解の順序を覚えるんで!」

 

 その時、店のドアが開き二人の少女が入ってくる。霖之助は鉄の板を魔の手から必死に守っているが「いらっしゃい」という挨拶を忘れない。目の前の光景が入店する少女達の歩みを止める。その状況の理解ができず困惑しているからだ。

 

「何やってるんですか?」

 

 一人目の少女、鈴仙が霖之助に問いかける。その後ろに立っていた秋翠も何事かと顔を覗かせた。

 

「やっぱりいた」

 

 その小さな一言で鈴仙は店主と争っているこの兎の少女が四人目だと悟った。だが鈴仙は目の前の玉兎が本当に脱月者なのかと少し疑問を抱いた。彼女は人の波長を読み取れるために、性格などが大まかにわかるのだ。鈴仙が鋭の波長を読んだとき感じたのが『異様なほど安定』だ。

 

(地上に降りてからは大体波長は不安定になるのだけど……適応力が高いのかしら?)

 

 鈴仙が首をかしげて思考を巡らせていると秋翠に名前を呼ばれながら肩を叩かれてそれは断たれる。

 

「あ、彼女があなたの言ってたの?」

 

「そう、鋭っていうんだけど。どこか緋燕と似てるところがあるんだよね」

 

 鋭と飛燕、二人は何かに対して非常に強い情熱がある点が似ていると秋翠は評価している。そのことから鈴仙は“はずれ”だと思っていた。癖の強そうな彼女が何か情報を握っているようには思えず、月の刺客というのもいないものだと鈴仙は考えており内心安心しきっていた。

 

「あのーお取込み中悪いのだけど……」

 

 争う二人の間に鈴仙が割って入ろうとする。すると霖之助はうんざりしたような低い声で「こいつ君の仲間だろ。どうにかしてくれ」と言い放つ。彼はこの二羽が進んで自分を助けに来たわけではないことを承知しつつも助けを乞う。

 

「もちろんそのつもりでここに来たのだけれど」

 

 そう言われようやく厄介者から解放されると思い体が軽くなるのを感じた霖之助。そんな彼に他の兎の仲間と言われた鋭は鈴仙の顔をまじまじと見つめた。彼女の黒い瞳に穴が空くほど凝視され、鈴仙は顔を赤くして視線を逸らした。自分をなんとかしに来たはずなのにこのざまでは笑えない。

 

(なにこの頼りなさそうな兎は)

 

 そんなことを思いながら鈴仙へ視線を送り続ける。この空間に位置する者たちはその様子をじっと黙視していたが、口をつぐんでいた秋翠が「なにしてるの」と静寂を破った。「私に用があるのですよね?」と鋭が続くと鈴仙はハッとする。

 

「そうよ、ここに来た理由を聞かしてほしいのよ」

 

 そう訊くと鋭は眉をひそめた。ついさっきとは全く別人の様な眼差しは彼女があの三人とはまた違った曲者であることを証明する。だが玉兎は大抵性格に難があったりするもので、当然の反応なのかもしれない。

 

「……なぜそれを?」

 

「ただ単に気になっただけよ」

 

「怪しいですね。いつぞやにXX様に匿ってもらった玉兎がいるって噂を聞きましたけど。もしかしてあなた例の部隊の所属だったりします?」

 

 鋭は次第に煽り口調になっていき鈴仙の頭に血がじりじりと昇っていく。それと同時に体が噴火直前の火山の如く震え始めた。だが鋭は喋るのをやめない。

 

「図星なんですね」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた鈴仙が怒りの元凶の胸倉をつかもうと手を伸ばすが秋翠に阻まれる。

 

「鈴仙はオリオンの兎じゃない!」

 

 普段ぼそぼそ喋る彼女がここまで声を張り上げるのは珍しい。それゆえ鋭も気迫に気圧され、喉まで出ていた声を押し込めた。

 

「ごめんなさい、あなたにも事情があるのに……」

 

 鈴仙が申し訳なさそうにするが「い、いえ! そんな滅相もない。私は……」と鋭が否定する。鋭は首を垂れてぼそぼそと何か話していたがとても聞き取れるような声量ではなかった。地上に降りて間もないころに仲間から疑われて不安定だと思った秋翠はまた後日会うこと約束し鈴仙と共に店を後にした。

 

「さて……」

 

 静まり返った香霖堂で一人呟く声が聞こえ店主は青くなる。助っ人は店で口論をしてさっさと帰ってしまい、何の解決もしてくれなかった。

 

「誰も僕に救いの手を差し伸べてくれないのか!」

 

 そう叫んだ矢先、好奇心の獣は真っ白な歯を見せて手中の宝に飛びついてきた。

 



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ニュームーンエンカウント

 いままで空を飛んでいるときだけ寒さを感じていたが、最近は地上にいても肌寒いと思うくらいになってきた鈴仙。幻想郷の住人も長袖を着こんだり、厚着したりしていた。香霖堂での一件の後、鋭と会って話したが永琳が望むであろう情報は得られず、五人目の居場所もわからずじまいで数日が経った。飛燕を永遠亭に匿う約束も当の本人が忘れていてなかったことになり、新しい住人が増えることはなかった。

 

 空を浮く月は日が経つにつれてかけていき、今は限りなく細い三日月で新月と言ってもよい程だった。この現象は月の都では見ることは出来なかった。

 

「私は地上の月になれるのかな……?」

 

 今でこそ自分を客観的に見ることが当たり前だが“あの頃”はそうではなかった。いつまで経っても臆病で自分勝手、それ故に幻想郷の閻魔様に地獄行きを宣言されてしまうほどだった。

 

「貴方は十分に働いているわ」

 

 永遠亭の庭で空を見上げて呟く鈴仙に誰かが答える。近づく気配こそ感じ取ってはいたが気にはしていなかった。振り返るとそこには絶世の美女と比喩される整った顔と雲鬢を持つ少女の姿があった。意外な人物が現れたことに鈴仙は恐縮し縮こまる。

 

「永琳がイナバの話をよくするの。それを聞く限りあなたはよくやっていると思うわ」

 

 輝夜はその時の情景を思い浮かべるかのように瞼を閉じる。そのすがすがしい表情からして永琳に悪いことを聞かされているようには見えない。

 

「そうですかね?」

 

「自分でもまだ十分でないと思うのならもっと頑張ればいいのよ。イナバ、あなたは確実に成長している。自信を持って」

 

 そう言って宙に飛び上がる輝夜。まだ教えを請いたいと言わんばかりに目で追う鈴仙。月の姫に太鼓判を押されてもまだ自信が持てない……というよりも自分を謙遜しているのだ。

 

「どこか行かれるのですか?」

 

「ちょっと宿敵(アイツ)に逢いにね」

 

 鈴仙はその一言で彼女の行き先を察する。互いに切磋琢磨(?)ができる存在がいることはうれしいことだと昔の鈴仙には理解できないが今はわかる。そのような思考ができるだけでも鈴仙は自分が成長しているのだと自覚する。月を赤い瞳に映し「明日は新月か……」と呟いた。

 

***

 

 朝早くから霧雨魔法店の庭で独り土に向かって水をあげている彗青は強烈な睡魔に襲われていた。虚ろな瞳は今にも閉じそうで足取りもおぼつかない。少し休もうと店の壁に持たれて水色の天を見上げる。白い衛星を見て、自

分はあそこから逃げたことを思い出す。そのまま眠ってしまおうと彼女が瞼を閉じようとした瞬間に巨大な翼を広げた人型が視界を横切った。

 

「ぎゃあぁぁぁ! バケモノ!!」

 

 彗青は飛び上がって必要以上に驚いた。つい先ほどまで眠気に支配されていた脳は怪鳥に襲われて消し飛んだ。そしてこのことを魔理沙に伝えるため扉を勢い良く開け、ドタバタと店内に入っていく。

 

「魔理沙さん! バケモノがっ、怪鳥が現れっ……来てください!」

 

「うるさいなぁ、見間違いだろ」

 

 静かに本を読んでいた魔理沙はうんざりとした声色で本にしおりを挟んだ。朝早くからいい迷惑だと魔理沙は思いながらも彗青に手を引かれながら凍える外へ出た。

 

「白い翼の怪鳥がいたんですよ!」

 

 彗青はバケモノのいた場所を指さすがいるはずもなく、魔理沙はさっさと扉を閉めて逃げる暖気を閉じ込める。彗青は「さっきまでは飛んでたんですよ」と余程信じてもらいたいのかもう一度戸を開けようとドアノブに手を伸ばすが魔理沙の体で遮られた。

 

「そういう妖怪は幻想郷にはいくらでもいるから日常茶飯事だと思っといた方がいいぜ」

 

 魔理沙は素っ気なく事を片付けて読書を再開するため、ノソノソと椅子へ戻った。彗青はそう言われ、幻想郷はそういう所なのかと納得して水やりに戻る。その時、彼女は件の怪鳥が落としもの思われる羽毛が庭に落ちているのを見つけて、手に取る。その白い羽根にはごくわずかの赤い液体が付着していた。彗青は興味本位で羽根を顔に近づけると鉄の様な匂いが鼻を通る。

 

「血?」

 

 怪我をしていたのか返り血が飛んでいたのか知る由もないが気味が悪いので彗青はすぐ無造作に投げ捨てた。羽毛はひらひらとゆっくり左右に振れながら地面に向かうがその前に塵と化し、風に吹かれて遠くへ運ばれていった。

 

***

 

 博麗の巫女は柄にもないことにこそこそと例の玉兎トリオをストーキングしていたが、同時に三人の監視は非常に骨が折れるものであったことをやり始めてから理解した。それはもう何日経ったかわからなくなるほどに彼女は疲れ果てていた。それ故に魔理沙にそれらを手伝ってもらっており、また監視対象と同じ種族の鈴仙の協力を得るために神社に招いていた。

 

「遅いわね……どこで油を売っているんだか」

 

 霊夢は賽銭箱の前で腕を組み、仁王立ちをして狂気の赤眼を待っていた。少しすると小さな足音と共に兎の耳が見えて徐々に頭、体と順番に姿が見えてきた。

 

「やっと来たわね」

 

「ごめん、ちょっとね」

 

 霊夢が話すために近寄ると鈴仙の左肩に僅かに形を残した白い鳥の羽根のようなものが乗っているのを見つけるが気にせず話を進める。

 

「用事って何?」

 

「例の三匹の兎だけど出来れば一週間くらい様子を見るのを手伝ってくれないかしら? お偉方がうるさいし、私と魔理沙だけじゃ骨が折れるのよ」

 

 鈴仙はこうなるだろうと内心予想していた。大人数で地上に降り、人里付近で暴れ、終いには魔法の森で大規模な戦闘と来たら賢者は黙ってはいない。普通なら自業自得で放っておくところだが、同じ逃亡者の気持ちがわかる鈴仙は彼女らのことを理解してもらうために霊夢の依頼を受けることにした。

 

「まぁそうなるよね……わかった、できる限りでやってみるわ」

 

 思いのほか簡単に協力してくれたと思った霊夢は早速行動を起こそうとふわりと宙に浮く。

 

「今から行くの?」

 

 鈴仙が見上げながら訊くと「居場所がわからないもの」とまた素っ気なく返される。今まで霊夢が何をしていたのか気になった鈴仙だが面倒なので聞かなかった。

 

そうして霊夢は鈴仙が持つ玉兎の特殊能力を使って三匹の居場所を特定してその場所へと向かった。

 

「あ、いたいた」

 

 人里の雑踏に紛れて近づいてくる鈴仙に気づいた彗青が手を振ると後頭部を見せていた三人が振り返り顔を見せる。肝心の監視の依頼人は少し遠くから通行人に紛れて四人の様子を見ている。そうしている理由に彼女は『月の獣だらけで気が狂いそうだから』と冗談かのように笑いながら言っていた。

 

「調子はどう?」

 

 鈴仙がテンプレートな台詞を三人に投げかける。別に深い意味は無く、ただ社交辞令としてその言葉を使うのが当たり前だからだ。

 

「そりゃあもう。退屈しなくていいよ」

 

 緋燕は手のひらに乗せた団子を転がしながら答えると一つ口に放り込んで咀嚼(そしゃく)する。横に居た彗青も緋燕の手から団子を奪った後に頷いて同調する。こうなると話題は月の都での愚痴がメインとなるのだがそれを知っている秋翠は話を切り替えようと話題を移した。

 

「そういえば鈴仙は最初に地上に降りた時はどうだったの?」

 

「とにかく驚きと苦労の連続。あまりにも環境が違い過ぎてカルチャーショック的なものを起こしかけたわ」

 

 鈴仙はそう言うが他の三人は同じ種族でもそのような様子ではなかった。彼女らは心持ちが鈴仙と違う。単に逃げ場として地上を訪れた鈴仙に対して彼女らは地上に憧れを覚えたから来たのだ。鈴仙もこのことには気づいていた。

 

「そうそう、地上に来て分かったこととかいっぱいあるよね。月が日によって違う形に見えるとか」

 

 幻想郷に来て数々の発見があった。月の満ち欠けもその一つで、元々月に住んでいた彼女らもそこが地上からどう見えているのか多少は気になっているのだろう。鈴仙もそうであったように。

 

「今夜はシンゲツ? だったけね……黒い月じゃ見映えしないなー」

 

 彗青は片言でうろ覚えの月の名を口にする。当たり前のことだが月は太陽光を反射して光っているため、月面ではそこが光っていると感じることは難しい。だから逃げた彼女らでも月が美しいという地上人の考えが分からなくもなかった。

 

「黒いんじゃなくて光が当たっていないから見えないだけだよ」

 

 緋燕はそのことがあたかも当たり前かのように真顔で答える。普段から表情豊かな彼女のことだから珍しいと横に居た鈴仙は思う。

 

「私なりの表現よ。てゆうか緋燕はそんなことどこで知ったの?」

 

 緋燕は最初に何か言おうとしていたが「いや、文献で読んでね……」と言葉を濁したが彼女のことだろうと誰も気にはしなかった。

 

***

 

 

 夜が更けて霊夢の監視の手伝いも終わった帰り際に鈴仙は川の傍に座り込んで昨日のようにふと空を見上げた。この星を閉ざす紺色の天上に散りばめられた、小さな点はどれも遠い過去の記憶で今それらがどうなっているのかは知る由もない。月の都でも幻想郷でも何度も同じような星空を見た。ただ違うのは一番大きい星だった。生命のいない青い水平線に浮かぶ瑠璃色の球体は『監獄』と呼ばれていた。罪を犯した者が落とされる穢れ多き星。今でも彼女は夜に水辺を訪れると無意識にそれを探してしまうのだ。すぐそこにあることも忘れて。今日もそうだった、水に映るはずのない星を探して。

 

「満月……ですって?」

 

 新月の今夜に在るはずのない満月が水に反射していた。驚いて視線を上へと向けるも見事な満月がそこに存在しており、信じられない光景に鈴仙は思考で体の動きが止ってしまった。幻覚かそれとも昨日の輝夜とのやり取りは夢だったのか。不可視の満月だとでも言うのかと鈴仙は困惑した。

 

「ここにいたか」

 

 頭上から声がしたので見るとそこには鈴仙と同じブレザー、兎の耳の少女が満月をバックに腕を組んで浮いていた。その時鈴仙は五人目の逃亡者がいることを思い出した。

 

「あなたまさか逃げてきた……」

 

「逃げてきた? 違うな、私は馬鹿ども四人衆をここに連れて来た案内人だ」

 

 鈴仙は緋燕の言っていた正式な許可と謎の五人目の正体を今知った。だがただの案内人がなぜ今まで亡命者を装い幻想郷に残っているのだろうか、という疑問が鈴仙の頭をよぎった。

 

「実は“あの人”に用があって残っていたのだが」

 

 玉兎は夜空と同じ色の髪をなびかせて地上に降りてきた。玉兎がもつ赤い瞳が闇夜に妖しく輝く。少し幼く見える容姿に比例しない口調はギャップを感じさせる。

 

「まず名前を名乗ってくれないとあの人には会わせないわよ」

 

 玉兎同士、月の民同士で“あの人”と名前を伏せても大体伝わる。謀反した後でも慕う人がなお多く、月の都の王ですらも絶対的な信頼を置く人物は一人しかいない。

 

「あぁ、自分は獄猫(ごくびょう)だ。八意様に手紙を届けに来た」

 

 そう言って彼女はブレザーの内ポケットから真っ白な封書を取り出した。それには宛名も何も書かれていない真っ白な状態だった。怪しく思った鈴仙は「誰からの?」と問うと「自分も知らない」と即答する。獄猫曰く、月の都で前髪が顔の殆どを隠すほど長い玉兎に地上に行くならこれを永琳に渡せと封書を押しつけられたそうだ。

 

「何ですぐに渡さなかったの?」

 

「恥ずかしながらどこにいらっしゃるのかわからなくてな……君に渡してもらおうと考えたのだ」

 

 獄猫ははにかみながら答えると鈴仙の回答も待たずに封書を差し出した。鈴仙は「え~」と低く唸る。渡すのが面倒だからではなく、押しつけられたことを人に押しつけるのかと心の中で困惑していたからだ。そこで彼女はこの不届き物に地上の厳しさを教えると同時に、永琳が直接月の話を聞けるようにするため永遠亭に連れていくことを考えた。

 

「じゃあ一緒に行きましょ、お礼がもらえるかもしれないわ」

 

「い、いえ。見返りなど求めていないので」

 

 獄猫は怪訝な表情をしてぎこちない動きでその場を立ち去ろうと踵を返すも鈴仙に手首をつかまれて阻止される。意外にもその力が強く振り解くことができない。鈴仙は明らかに怪しいこの玉兎を逃がす気はないようだ。

 

「何をする!?」

 

「監獄は甘くないわよ」

 

 獄猫はさっさと月へ帰るつもりだったが自分の至らなさ故に地上に長居してしまいこのような状況に陥ったことを後悔した。彼女は鈴仙にズルズルと引きずられて、永遠亭に連れ去られてしまった。

 

***

 

「……それが件の手紙と兎ね」

 

 永琳は鈴仙から差し出された封書を受け取ると中身を取り出す。封書から現れたのは少し小さい長方形の紙切れだった。鈴仙が見ている面は裏側らしく何も書かれておらず、師匠のみている面に何か書かれているのだろうと彼女は思った。永琳が手紙から目を外すとすかさず鈴仙が手紙に何が記されていたのか訊く。

 

「特に何も書いてないわね」

 

 そう言って表側を見せると内容を確認せんと鈴仙がにじり寄ってくる。紙には『木刈木凍乃泳泳ャ力”久兀、阿奈多二八畿加”伊八久和江奈伊』と意味不明な文字の羅列が書かれていた。

 

「何か意味があるのでは無いでしょうか?」

 

 当たり前のようなことを永琳に言うと傍で正座をしていた獄猫が「あたりまえだろ」と口を出す彼女は恐縮して体が小刻みに震えていた。そんな姿を見て獄猫の気持ちを汲んだ鈴仙がお茶を手渡した。

 

「とにかくこれは返すわ。届けてくれてありがとう」

 

 永琳は紙を封書に戻して獄猫のブレザーのポケットに無理矢理差し込んだ。その時に胸元のひびの入った半月型のブローチに目が付いた永琳は「上弦の月……スパイダーラヴィの所属?」と訊いてきた。獄猫は自身の胸元を確認し、少しの間沈黙してから答える。

 

「……はい、今のところは」

 

 彼女はそれ以上そのことについては何も話さなかった。気まずい雰囲気が場に漂い、ただただ時間だけが過ぎていった。永琳もまずいことをしてしまったと少し反省している。

 

「そういえばさっき外に居た時満月が見えましたよ」

 

 鈴仙が突拍子もなく話題を切り替えて場の空気を和ませようとする。永琳も「今日は新月のはず、幻覚の症状がみられるわね、ちょっと眼球を……」と冗談を交えながらその意図を組む。もうさっきのことは忘れようと思った獄猫も暗い顔を上げ、その波に乗る。

 

「それは自分が能力で見せたもので、鈴仙の記憶にある月を取り出して視覚化した虚像だ。」

 

「能力? あの満月はあなたの仕業なの?」

 

「そうだ。焦っている姿は見ていて面白かったぞ」

 

 獄猫は外見相応の笑顔を見せる。永琳もさぞ滑稽だったのだろうとその様子を想像して微笑んでいる。馬鹿にされた当の本人は顔を赤くして押し黙っている。なんで助け船など出してしまったのだろうと後悔した鈴仙は「私はこれで失礼します」と吐き捨てるように言い部屋を後にしようとする。

 

「彼女を玄関まで送ってあげなさい」

 

 その場から逃げようとすることを永琳は許さないようだ。今まで散々逃げてきた鈴仙に逃げ癖を直してほしいという願いがあるのか、はたまたただ単にちょうど外に出ようとしていたからなのかは永琳のみぞ知る。

 

「わ、わかりました」

 

鈴仙は永遠亭の入り口まで獄猫を案内し、帰りは竹林の上を飛んで行くように伝える。迷いの竹林ではまず徒歩で帰ることは不可能に近い。

 

「アナログコンパスが狂うということは磁気が乱れているのだが、そんな所に住んでいて不健康にならないのか?」

 

 科学技術の進んだ月に住む兎に不似合いな銀色のコンパスを色んな場所に近づけながら話す獄猫。その度に針は北ではない方角へ赤い印を指す。

 

「別に今まで何ともなかったけど」

 

 鈴仙は思い当たる節がないか記憶を探るがその様なことは見つからなかった。それに波長を操れる彼女なら電磁波をどうにかできるので問題ないはずである。

 

「地上は面白そうなところだが月の方がいい。野蛮な奴もいないからな」

 

 獄猫がニヤニヤしながら無駄な一言を付け加えると、それが癇(かん)に障った鈴仙は腕を振り上げて追いかけるそぶりを見せる。

 

「それじゃあさっさとお暇する。もう会うことはないだろうがな」

 

 追いかけてこない鈴仙から逃げるように獄猫は空へ飛び上がって竹林から去っていった。辺りに静寂が戻ると鈴仙は踵を返して永遠亭へ戻る。その際にまた騙されていないか確認するために空を見上げたがそこには小さな白い点しかなかった。

 

「どうでしたか彼女は?」

 

 自分ではどこにでもいる同類にしか見えなかったが師匠はどのような印象を受けたのかと気になった鈴仙は永琳の所へ戻って獄猫について尋ねてみた。それにまだ手紙の内容を理解していない。

 

「オリオンの顔や素性は全て把握しているけど彼女は違うかもしれないわね。それに手紙が全てを語っていたから十分よ」

 

「それなのですが私には内容が理解致しかねるのですが……」

 

「あら、ウドンゲがあれをそのまま読んでいるとは思わなかったわ」

 

 永琳はクスッと馬鹿にするように笑うと鈴仙は「冗談言わないでくださいよ」と口を尖らせる。

 

「子供じみた暗号遊びよ。半分は目で見て、後は少しの知識ね」

 

 永琳はいつも答えを教えようとはしない。

 



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亡命者達の軌跡

これはキャラクター紹介みたいな感じの回です。


これは月から逃げた玉兎達の物語である。彼女らは自由を求めて宇宙(そら)から地上へ降り立った。地球の重力は彼女らを月の重力から解放した。

 

***

 

 幻想郷にも凍える冬が訪れた。月面とはまた違った寒さがこの星にはあるのだと私、鈴仙・優曇華院・イナバは気づかされた。師走と呼ばれるだけあってかこれから忙しくなりそうだ。

 

 幻想郷にも私と同じ玉兎が随分と増えてちょっとにぎやかになった。みんな曲者ぞろいだけど悪い子ではない……はず。最初に会ったのは玉兎兵の間でも有名な珊瑚珠色のファルコンラヴィ、緋燕。

 

彼女は武器に目がなくよくそれらを自分の部屋に飾ってコレクションしているらしく、珍しい武器や初めて見るものを盗んだりして得ている。だから盗人なんてあだ名がついている。それでもずる賢い緋燕は盗む相手を選んでおり、きついお咎めは受けていないよう。故に盗みが悪化していくのでしょうね。でもいざという時は身を挺して仲間を救う勇気ある行動に出られる人なんだよね。あの時撃たれた催涙弾はきついって霊夢が言っていたわ。珊瑚珠色のって言っているのに髪は鮮やかな赤色なのよね、不思議ね。

 

そう言えば緋燕と会ったときは魔理沙にあらぬ疑いを受けて疲れ果てていたんだ。そう彗青に濡れ衣を着せられてね。

 

 竜胆色のイントレピッドラヴィ、彗青は地上降下の時に着地場所に魔理沙の庭の薔薇を選んでしまった。それ故に痛みで我を忘れた彗青はその薔薇を庭ごと焼き払ってしまったの。もちろん魔理沙が気づかないわけもなくその様子を目撃した彼女は後ろ姿から私が燃やしたって勘違いをした。それがことの始まり。そのおかげで色々苦労をしてしまった。でも彗青は自分の犯した罪は自分でけじめをつけるため霊夢との一騎打ちに挑む。初見で霊夢からかすりを取る戦いっぷりには私も驚かされた。きっと日々の訓練が役に立ったのでしょうね。緋燕とは特に仲がいいようでいつも一緒にいる。

 

 彗青と初めて会った時にさりげなく一緒にいたボサ髪の子は柚葉色のイーグルラヴィ、秋翠。なんか私のことを勘違いしていたらしくてトロトロしてそうな身のこなしに反したきれいな敬礼を見せてくれた。私が以前遭遇した清蘭や鈴瑚と同じ部隊だからちょっと警戒していたけどそれは正解であったかもしれない。私が彗青を追い詰めると背後から銃を突き付けてきて撃たれるんじゃないかとすごくひやひやした。その後あの行動はかわいそうな彗青を見ていられなかったからしたそうだ。彼女にも彼女なりの正義があるのだと気づかされた。秋翠のものの速度を操る能力は紅魔館のメイド長に似たようなものを感じたわ。

 

 その騒動の後に私は師匠から月から降下した玉兎の調査を頼まれた。師匠曰く、大勢での降下は何か裏があるとのこと。正直私も少し怖かった。前みたいに月から使者が迎えに来るんじゃないかと思ったら膝が笑ってしまう。でもそんなことで怯えていては昔の臆病者のままだ。私は恐怖に立ち向かうことにした。

 

 そんな中、秋翠の知り合いなのか分からないけど四人目の居場所がつかめた。その玉兎は魔法の森の入り口に佇む道具屋『香霖堂』に入り浸っているらしかった。

 

 濡羽色のスパイダーラヴィ、鋭は道具の解体に目がなかった。その様子はまるで緋燕のようだった。似た者同士で仲良くできそうね。彼女は香霖堂店主をかなり困らせていたところを私と秋翠で発見した。だが未熟な私、先走っちゃって質問攻め。鋭はものすごく不快だったでしょうね。それ故に睨まれたり口論になったりで場の空気は険悪に。そこは秋翠、間に入って場を沈めてくれた。それには本当に助けられ感謝してもしきれない。あれからよく緋燕と一緒にいる姿を目にする。やっぱり気が合うのね。

 

 その数日後に私は何の突拍子もなく霊夢に呼び出される。実は彼女も賢者から監視の命を受けていたのだ。すでに同じような仕事を引き受けていた私はそれを手伝うことにした。

 

その後ひょっこり現れたのが獄猫だ。彼女は師匠への手紙を届けに来たのと同時に他の四人の安全な降下の案内人であるらしい。苦労して地上に来た私は何なのかしら。しかも獄猫は私に在るはずのない満月を見せて私をからかったのよ。それに腹が立った私は獄猫が例の部隊、オリオンラヴィの所属でないか調べるために永遠亭へ連れて行った。でも肝心の手紙の内容はわからないし、みんなに馬鹿にされるしでもう散々。もう会うことはないって言っていたからいいけどね。何故かはわからないけど彼女の名前は何かの因縁を感じる……気のせいかしら。

 

 結局地上に降りてきた五人の玉兎は何の害のない存在だった。これから彼女らは徐々に幻想郷になじんでいくのだろう。忙しかった日々も過ぎ去りそうだったけど、不穏な風がすでに吹いていることに私はまだ気づかない。それはいずれ幻想郷中を吹き荒れる嵐へと進化する。

 



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新しい故郷

 五人の玉兎が地上に降りてから一か月が経った。よく人里に赴く鈴仙は秋翠や鋭には時々会うがあとの三人は中々目にしない。恐らく獄猫は帰ったのかもしれないが緋燕と彗青は何処で何をしているのか鈴仙にはわからなかった。

 

 鈴仙は自室で暗号の紙の複製とにらめっこをしていた。だた紙を睨んでも答えは浮かびはしないので鈴奈庵で古い暗号についての本も借り、参考にしてみたがどれも該当するものはなかった。

 

「何の知識が必要なんだろう」

 

 永琳が完全に映してくれたものなのだがよく見ると、句読点で句切られた前半部分の漢字のバランスが所々おかしいことに気づく。さんずいがやたら強調されていたり、部首が小さかったりと通常では有り得ない間違いをしていたのだ。鈴仙が実物を見た時はこんな状態ではなかったことは覚えている。師匠がこんなあからさまなミスをするわけないと一度目を閉じて深呼吸をする。そして次に目を開けた時は整った普通の字が目の前にあると信じて瞼(まぶた)を開くが何も変わっていない。

 

 そのうち疲れて畳の上にばたりと横たわり天井を見つめた。そこに何かあるという訳ではないが見つめていれば答えが突然頭に入ってくるような気がしたのだ。

 

「何してるのさ」

 

 声がした方向へ顔を向けるとてゐが乱雑に置かれた本をパラパラとめくっていた。

 

「暗号? あんたそんな趣味あったの?」

 

 てゐは本を閉じて目を丸くして鈴仙の方へ向いた。まるであんたには似合わないといった顔だった。

 

「好きでやってるわけじゃないの。月の暗号は難しいのよ」

 

 そう言って暗号の紙をひらひらと見せるとそれをてゐは手に取って見る。やはり地上の文献ではあてにならないなと思いわざわざ本を借りたことを後悔する鈴仙。

 

「これまた面白い暗号だね。字のバランスが崩してあるのも親切な作りだよ」

 

「わかるの!?」

 

 鈴仙はがばっと起き上がるとてゐが「これなんてあからさまじゃないか」と暗号の前半部分『木』に指をさしたのを鈴仙が覗き込む。

 

「木に“はね”なんてあるわけないことぐらいわからんのかい」

 

 よく見ると『木』はあるはずのない“はね”によって『オ』にも見えなくもない。

 

「じゃあこれはカタカナで、後ろは……?」

 

「これも古いカタカナだね」

 

 思いがけない救世主によって鈴仙は暗号の解読に成功するとすぐさま永琳の元へ急ぐ。残されたてゐは何を急いでいるのかわからず呆然としていた。

 

***

 

 幻想郷に雪が降っていた。それは上空で昇華して出来上がった氷晶が集まって、重力で落下したものだ。天候の変化がない月の都では当然見られない。人里の門外で偶然会った秋翠、鋭の二人は空からゆっくりと降るものを眺めていた。

 

「星が落ちている?」

 

 雪を知らない鋭は白い雪の欠片が空に浮かぶ白い星が落ちてくるように見えたのだろう。それらが秋翠の手の平に落ちて溶けるのを見せると「星じゃない」と教えた。

 

「地球とは面白いところですね。空が明るかったり色んな生き物がいたり……なんだか元気になります」

 

 鋭は腕を広げて身体をくるくると回転させる。遠心力でスカートと長い黒髪がふわりと舞い上がり、同時に彼女の少し細い足があらわになる。こんなに太陽のような生き生きとした鋭は道具屋にいた時ぶりだ。

 

 

「気になったのですが秋翠さんは退屈だから地上に来たのですよね?」

 

 くるくると回転しながら問うと秋翠は「まあ三割くらいはそうかな」とそっけなく答える。

 

「退屈なのは三割だけですか?」

 

 鋭は回るのを止めて秋翠の方へ体を向けるときょとんとした表情で秋翠を見つめる。

 

「軍とかそういう堅苦しいのが嫌だったのが大半かな」

 

 そう言うと「隊を抜けてしまえばよかったじゃないですか」と返される。鋭とて同じ軍人であったため知識はある。だから軍人をやめることが簡単なことを知っていての発言だ。

 

「月の社会制度は気に入らないし、何よりあそこにいると生きている実感が全く沸いてこない。毎日毎日同じ景色や同じことで時間を繰り返しているんじゃないかって思うくらい」

 

「確かにその気持ちはすごくわかるわ……何の変革もなく、ただただ時間を刻み、生も死もない都じゃ息苦しいものね」

 

 今までずっと敬語だった鋭の口調は変わり、砕けたものになっていた。語勢もただの玉兎と言うよりも月人に近い。気づけば互いの距離は体がくっつくほど近くなっている。それに気が付いた秋翠は肩に乗った雪を払うようにして自然に距離を置いた。ふと彼女の顔を見るとさっき見せた生気のある表情であったがそれが逆に不気味さを感じさせる。

 

「鋭……?」

 

「あっ、すみません。つい熱くなってしまいました」

 

 戸惑う秋翠に気づいた鋭が我に返ったのか頭を下げて謝罪する。一瞬、秋翠は二重人格だろうか、とも思ったが記憶が残っているようなのでその可能性は低いと見た。そうして香霖堂でのことを秋翠は思い出す。あの時のように感情の波が激しく、情緒不安定な裏側が出てしまったのだろうと考え、鋭の不埒(ふらち)な行いは忘れることにした。

 

「大丈夫……」

 

 鋭は言い終わる前にそそくさと走り去ってしまった。独り残された秋翠は慣れているはずの寒さに震える。悪寒か気候か、彼女にはわからなかった。

 

「こんな所で何してるの?」

 

 突然頭上から声がして驚いた秋翠はぱっとその方向へ顔を向けた。その時に頭に乗っていた溶け切っていない雪が振り落とされる。

 

「なんだ鈴仙か……」

 

 気が張っていた秋翠は波が静まるような気分になり、門の壁にもたれ込む。カチンときたのか鈴仙は「なんだとは何よ」と眉を吊り上げながら言う。その手には本が生まれたての赤ん坊のように抱えられていた。

 

「なんか変なこと企んでるんじゃない? 最近緋燕達も見ないようだし」

 

 疑いの視線が秋翠を突き刺す。それが彼女の安心感を煙のように消し、余計なプレッシャーを与える。別にやましいことなど何もないはずなのに、体が勝手に反応してしまうのだ。

 

「そんなことしたって叩きのめされるだけだってわかってるからしない」

 

 いつもの淡泊な口調であったが秋翠の顔から何か隠していると鈴仙は睨んだ。それもそのはず、普段のポーカーフェイスが外れてしまい、感情がもろに出てしまっているのだ。それに鈴仙ならば能力で感情の波を読み取れるから隠し事は難しい。

 

「寒いから帰る……」

 

 突拍子もなく秋翠は走り出し、鈴仙が止める間もなくその場を去る。

 

「もう一度調査の必要がありそうね……」

 

***

 

 また逃げてしまった。あの時からこの癖は封印しようと心に誓ってきたのに。秋翠は白銀の森の中、息を切らしながら疾走していた。

 

 次第にどれくらい走ったかわからなくなり、前へ進む気力がなくなっていく。空気を取り込むため立ち止まって空へと顔を向けると吐き出す白い息と空の色が同化する。

 

「変われるはずっ……ここなら変われると思ったのに!」

 

秋翠は天に向かって吠える。その後自己嫌悪の渦に飲まれて膝から崩れ落ちる。あたりを見まわすとそこには木、草、雪、紅白の少女……。秋翠はその少女と目が合った。

 

「うわぁっ!!」

 

 秋翠は幽霊にでもあったかのように驚き、思い切り尻餅をつく。霊夢は何度も経験した反応に呆れた表情をする。

 

「何よそんなに私が怖い?」

 

 霊夢は何度も異変を解決し、その度に妖怪を退治してきた。その実績ゆえに過度に恐れられることがたまにあるのだ。だが秋翠はそんなことで驚いているのではない。

 

「と、突然現れないで!」

 

 スカートの雪を払いながら立ち上がる秋翠を目で追いながら霊夢は「現れたのはそっちでしょう」と言い返す。そうなると霊夢は秋翠の叫びを傍観していたわけだ。

 

「寒いでしょう。お茶でも出してあげるから来なさい」

 

 珍しく霊夢が人外相手に優しくする。普段ならあり得ないことだが、彼女の機嫌がいい時はあり得るのかもしれない。秋翠は冷えた身体を温めるため巫女の言葉に甘えることにした。

 

 博麗神社は白い雪にかぶさってしまいそこが社ではないかのように見えた。その室内で秋翠は湯気の昇るお茶を啜って一呼吸つくと口を開く。

 

「なんであんな所にいたの?」

 

「私が人里への道にいるのがそんなにおかしい?」

 

 霊夢は質問に対してぞんざいに答える。彼女曰く、参拝客が雪で来られなくならないか人里から神社までの道を見ていたそうだ。今後まだ降り続けることもあるかもしれないのだが念のためと言う奴だろう。

 

「意外と気遣いができる人なんだ」

 

 秋翠はそう言うが霊夢自身は自分のためにやっていることなので褒められるようなことでもないと伝える。

 

「そう言えばさっきのは何なの?」

 

 その言葉に秋翠は胸を刺され、思わず跳ね上がりそうになる。いずれ訊かれるだろうと覚悟はしていたがここで急に持ち出されると心臓に悪い。

 

「さて何のことやら……」

 

「白を切っても私はこの耳ではっきり聞いたわよ、『変われるはず』とかなんとか」

 

 秋翠は一度激しい鼓動を鎮めようと喉にお茶を流し込み、息を吐く。どうせ地上人に話しても理解はしてくれないだろうとは思いながらも話すことにした。

 

「月に居た頃からいままでずっと逃げ癖が治らないんだ」

 

 彼女はいつも嫌なことから逃げてきた。失敗が怖いから、周囲の辺りが怖いから。大半が逃げて何とかなっていたからそれがもう常套(じょうとう)手段(しゅだん)となっていたのだ。運がいいと言い換えれば聞こえはいいかもしれない。だがそうやって自己正当化の繰り返しが秋翠を生ける人形にしたのだ。

 

「……逃げ癖ねぇ。逃げるのは悪いことだとは思わないけど」

 

 霊夢はそう言うが秋翠はそうは思っていないのだ。最初、自分はその程度の存在だと低い自己評価で満足していたが、次第に“生きる意味”を見失い始めた。

 

月の都ではいくら嫌なことから逃げようが生きられないわけではないため、楽に暮らすことが出来るのだ。それを知ってしまった秋翠はじりじりと楽な方向へ引き込まれ、苦労なく暮らした。その生活が彼女から感情を削り取っていったのだ。

 

 そこで地上ならば月の都とは大違いなので何か変われるのではないかと思った秋翠はこの亡命を決起したのだ。

 

「好きなように生きればいいと思うわ、人生一回きりだし」

 

「でもそんなのは……」

 

 そんなのは使命を全うしている人に与えられる権利だと言いたかったが言葉が喉でつっかえる。今の自分にはそんなことすらも言う資格がないと心のどこかで思っていたからだろう。

 

 気づけばお茶は冷めてしまっていた。他の玉兎達はみんな地上に来てから変わっているのだろうか。そう思うと自分は置いてきぼりにされてしまうんじゃないかと怖くなる。

 

「幻想郷は全てを受け入れる。どんなあなただろうとね」

 

 霊夢は立ち上がって雨戸を開けると眩い光が差し込んできた。外は日が照り付けており、幻想郷にかぶさる雪をとかそうとしていた。

 

「気長に待つのもいいんじゃない? そのお茶だって時間が経たないと冷めないわよ」

 

 秋翠は手元のお茶を一気に喉に流し込んだ。生ぬるさと沈殿した茶葉が相まってそれはほろ苦く感じた。

 

「今日はありがとう」

 

「私は何もしてないけど……まあ感謝するくらいなら博麗神社にお参りするよう宣伝しなさいよね」

 

 秋翠は神社を後にしたその夜、月の羽衣を処分した。幻想郷を新たな故郷とするため。もう月には帰らないと決心したのだ。

 



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Impression

 土煙が舞い、光線が躍る。深い山の真上で二人の玉兎がスペルカードルールで戦っていた。だがそれはごっこ遊びにすぎないものであった。

 

「重砲『月面戦車主砲:ビームメガキャノン』」

 

 緋燕がスペルカード宣言をし、戦車の砲の部分だけを作り出して対峙する彗青へと向けた。長砲身なだけあって結構な重量なのだが緋燕はそれを軽々と持ち上げている。

 

「私を殺す気!?」

 

 勿論、彗青はこの戦車砲の威力は知っている。直径50メートルクラス程度の隕石なら消し飛ばすことが出来ることができる、対人兵器にしては有り余る火力だ。

 

 彗青も抵抗して自身の能力を発動させ、緋燕の視界を狭める。そうなれば狙いはつけられない。

 

「ああぁ! 何も見えない」

 

 流石に緋燕もでたらめに戦車砲を撃つということはしなかった。そこで武器を片手バルカン砲に変えて辺りに乱射するが、当たるわけがない。たまにバルカンごと腕を振って暴れるのが傍から見ている彗青からすれば滑稽で仕方がなく、思わず吹き出してしまう。

 

「あ! 今笑ったでしょ!」

 

 吹き出したことに気づいた緋燕は音の方向へバルカンを掃射するがいとも容易く避けられる。

 

彗青は決着をつけるために八方向に飛ぶ光弾を放って緋燕に命中させる。被弾した緋燕は「ぎゃっ!」と痛みに短くうなる。

 

「当たった! 私の勝ち!」

 

 勝利を叫んだ彗青は能力を解除して緋燕に日の光を返す。緋燕は両目を擦ってちゃんと見えているか確認した。そして彗青を見つけるなり「彗青の能力はせこいよー」

とムッとした表情で言う。

 

「対戦車兵器を人に使うやつがあるか!」

 

 彗青もあの時の恐怖を思い出しながら軽く身震いし、緋燕の頭に軽いゲンコツをくらわせた。

 

「あんなの撃つわけないよ。脅して本気を引き出そうとしたんだってば」

 

 緋燕は頭を両手でおさえながら格上のライバルのようなセリフを言うが、その時の姿はどう見ても二流の脇役である。

 

「私はずっと本気だったんだけども!」

 

 彗青は腕を組んでふてくされる。緋燕の言葉はまるであんたは弱いと言っているようなものだったのだ。ここ数週間、彼女らは幻想郷のに慣れるため“弾幕ごっこ”の模擬戦を行っていた。最初は射撃経験の多い緋燕に分が上がっていたが、回数を重ねるたびに彗青も勝率が上がっていき、自信がついてきたところでこの始末だっだのだ。

 

「まあ緋燕は負けたんだから私が本気だったってことは証明されたね」

 

 彗青は自信満々ににんまりと笑い腕を組む。緋燕は納得がいかないといった表情で「それならもう一回やろうよ」と再戦を提案した。

 

「いいよ、今日はたっぷりと勝利の余韻に浸らしてもらうよ」

 

 緋燕はレーザーライフルとベルト給弾式のマシンガンを装備して戦い(あそび)の準備をする。どちらも殺傷能力を無くすように低威力に調整してある。対する彗青は非武装である。戦えないわけではないが、ライフルやマシンガンは弾速が速いため有利である。

 

「銃とか要らない?」

 

「ハンデなんか必要ないね」

 

 彗青は挑発するように返すが緋燕は「そう……」と乾燥した表情で言うと片手でライフルを構えて引き金に指をかけた。それに並行して彗青はスペルカード宣言をする。

 

「死眼『ブラインドアイズ』!」

 

 彗青は黒い球体型の弾を周囲にばら撒いた。それは何かに当たると炸裂して子弾を放出する仕組みになっている。この機能は子弾にもあるため、次第に辺りは黒い弾幕で覆われるといった魂胆のものだ。

 

「これは初めて見たなぁ」

 

 緋燕は黒い球を左右上下に避けながら弾幕に隠れた彗青を探す。彗青の思惑通り、辺りは黒に覆われて何も見えず、まさに盲目という名にふさわしかった。どうこうしているうちにそれが弾幕なのか辺りの闇なのかの判別も不可能になり、緋燕はどうしていいのかわからず心を焼くような焦燥感に襲われる。

 

「光だ!」

 

 緋燕はとっさに思いついた対策を実践しようとマシンガンを捨て、拳銃を生成すると進行方向へ向かって発砲した。するとそこに眩い光が発生し、緋燕の周囲を照らした。彼女は照明弾を使ってこの危機を突破しようとしたのだ。

 

「これで範囲外に出れば!」

 

 弾幕の間を縫うようにして回避する緋燕の姿は自在に方向転換を行うトンボの様だった。明かりが消える前に外へ出ると外の光が心地よく感じた緋燕は大きく息を吸って深呼吸をした。だがそんなものに浸っている暇など上げまいと彗青は黒い球体群の中から飛び出してエネルギー弾を連射した。

 

「そんなのは当たらないよ!」

 

 緋燕は赤い髪を揺らしながら右へ大きく移動して弾を避ける。そのまま互いの距離を置いて持っていた銃のスコープを覗いて叫ぶ。

 

「次は私の番だよ! 光戦『最低出力レーザーライフル』」

 

 宣言と同時に銃口から黄色を帯びた光線が対象めがけて勢いよく飛ぶ。非常に速い攻撃に避けられまいと緋燕はニヤニヤするが光線は空を切って地上の枯れ木に命中した。

 

「あれ?」

 

 筒状のライフルの目で彗青を探そうとすると以外にもすぐに見つかる。巧妙にもスコープの視認範囲外にでていたのだ。緋燕はこのたった一回のミスで全てを悟る。

 

(私の片方の眼を乗っ取ったね)

 

 彗青の『視界を操る程度の能力』は有効範囲内の他人の視界を見ることも出来る。だから緋燕の見ていた映像から自分を狙っていることが分かり回避がかなったのだ。しかし彗青の能力も万能ではなく、視界を乗っ取る際は自分の片方の目を使って見なくてはいけないため、自分の視界も半分は使えなくなるのだ。緋燕は彗青とは長年の友だったのでそのことについても知っているため対策を取った。

 

(彗青は片目で私の目を見ているはず……ならばどちらかの目を瞑ってしまえばどうと言うことはない)

 

 片目を瞑ってライフルで牽制射撃を行うが彗青はどれも気に留めていない様子だった。緋燕はまさかと思い彗青の二の腕ギリギリを掠らない場所へ撃つが彼女は一寸たりとも動かない。レーザーの熱でブレザーの二の腕部分が赤く焼けた。

 

「わざと外してるのが見えている! 乗っ取る眼を交互に変えるとは……本気だね!」

 

 緋燕はイチかバチかの作戦を考えつく。それは両目を瞑って自らの行動を察知されないようにするというものだが、余りにも無謀過ぎて行動に移すに抵抗があった。

 

 対する彗青はスペルカード宣言を行おうか迷っていた。このまま緋燕を弄んでもいいが、それでは本気だと思われない。

 

「決着をつけるか! 『幻朧月眼(ルナティックフェイクアイズ)』」

 

 彗青は自身を中心にリング状に銃弾型の弾幕が張られた。だがそれらは全て彗青に視界を操られた者にしか見えない虚像だ。

 

「速い! これはスペルカード?」

 

 緋燕はあるはずのない弾幕を避ける。その瞬間第二波の弾が飛んでくる。それらはいくつも連なっており、まるで閉じ込めるかのように空中にとどまった。緋燕はまんまと彗青の檻に閉じ込められて逃げ場が少なくなる。

 

「これじゃあ避けられない!」

 

 彼女の“作戦”も閉所になればなるほど成功率は下がる。緋燕が武器を変えようかと迷っているうちにまた高速の弾が周囲にはじけ飛ぶ。今度は本物でちゃんと横切った時にヒュンと風を切る音がする。弾は確実に緋燕を狙っていた。

 

「でたらめにばら撒くしかないか……」

 

 緋燕は銃自体が二つ合体した改良型の片手バルカンを二丁作り出して、いくつもの銃口をターゲットへと向けた。そして目を閉じて左右の人差し指を絞ると、ガガガガガガという音を合図に合計四門の凶悪な弾幕が彗青を襲う。その間にも緋燕は適当に左右上下に動いて弾幕を避けるそぶりを見せる。

 

「ええい! 攻撃に集中できない!」

 

 どこに流れてくるかわからない弾とどこへ移動するかわからない敵。狙いをつけて攻撃しようにも適当な方向への一斉射撃がそれを阻む。よって彗青も弾幕がお粗末になってくる。

 

「目には目を歯には歯をだ!!」

 

 彗青は回避と攻撃を並行して行う。目視で高速な弾の射撃を避けるのは次第に彗青の体力を削るが、回避も攻撃もでたらめな緋燕よりはマシだと彼女は思った。しかし緋燕の射撃は一方に止む気配がない。

 

「なんで当たらないの? 緋燕は適当に避けているはずなのに!」

 

 どれだけ弾幕をばら撒いても被弾しない緋燕に気味が悪いと思った彗青。視界に頼らずに攻撃を回避する術でもあるのかと疑うほどにことごとく避けられているのだ。被弾する覚悟を決めた彗青は精神を研ぎ澄まして光の雨の中、宙にとどまってターゲットへと狙いをつけた。

 

「当たれ!」

 

 人差し指から放った一線は真っ直ぐ緋燕へと進み、見事肩部に命中した。

 

 「やっぱダメかぁー……」

 

 目を開いて緋燕は急速に地面へと落ちっていった。

 

「緋燕!?」

 

 落下する緋燕を彗青は急いで追う。人間ではないので死にはしないがただのケガでは済まないだろう。そのうち土煙が上がるのが見えた。彗青は何故こんなことをしたのか尋くつもりでいたが、そんなことしている暇はないと思った。

 

 緋燕が落下した場所には彼女が仰向けに大の字になっていた。表情はまるで死んでいるかと思うほどの無表情。

 

「緋燕、大丈夫……って大丈夫なわけないか」

 

 駆け寄った彗青は邪魔なバルカンを外して緋燕を身軽にさせる。

 

「意識はあるよ。疲れただけ」

 

 いきなり喋る緋燕に「心配したんだから!」と彗青は抱きしめる。

 

「こんな戦いは久しぶりだったから……やっぱり彗青は強いね」

 

 こうして長い戦いは幕を閉じた。

 

***

 

 朝の支度が割かし終わった鈴仙は聞き覚えのある話し声を耳にする。その声色からして何か言いあっているようだった。こんな朝にガヤガヤと迷惑な連中だなぁと独り言を呟きながらも内心では少し気になっていた。

 

「誰だろう……患者?」

 

 鈴仙は玄関へ向かうと同時に引き戸か軽く叩かれた。戸を開けると頭に兎の耳がある少女が二人立っていた。鈴仙はすぐさま「なんでここに?」と問う。そこに居たのは両腕の二の腕から手首にかけてミイラになって関節が曲げられない緋燕とそれを介抱する彗青だった。

 

「緋燕が無理しちゃってさ」

 

「何度も言ったけどこれくらい問題ないから」

 

 緋燕は踵を返して戻ろうとするが常に彗青に襟首をつかまれ、阻まれている。鈴仙は全てを納得し、二人を永遠亭に上げた。永琳に診せる前に鈴仙はどんな症状かを訊く。部屋へ向かう最中に緋燕が汗をかいているのを見て「あの人はそんなに怖い人じゃないから」と落ち着かせようとするが緋燕は「そんなんじゃない」と汗を拭いながら言う。

 

「師匠様、患者です。不完全骨折の疑いがあります」

 

「どうぞ入って」

 

 永琳の優し気な返事の後に扉を開けて三人が入ってくると永琳は一番に緋燕に視線を向けた。

 

「彼女が患者?」

 

鈴仙は「はい」と短く答えと緋燕を椅子に座らせた。永琳が包帯を取り、痛い場所がないか触って調べるが緋燕はうんともすんとも言わなければ表情も淡々としている。

 

「どこも痛くはない?」

 

「はい、どこも」

 

永琳は「何をしてこうなったの?」とケガの原因を訊くと「ちょっと地面に落ちて」と緋燕は答えた。

 

「どこから落ちたとかわかる?」

 

「背中です」

 

 永琳と話しているときの緋燕はいつもより静かな声で話す。月の賢者を前に恐縮しているのだろうと鈴仙は思っていた。

 

「背中もどこも痛くはない?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

「緋燕が敬語使ってるとかおかしい」

 

 彗青がこみ上げる笑いをこらえていると緋燕が立ち上がって「何が面白んだよ!」と笑いながら診断中にもかかわらず胸倉をつかみにかかる。

 

「ちょっとまだ診断中よ!」

 

 鈴仙がじゃれ合う二人の間に入ろうとするが永琳がそれを止める。彼女は「これくらい元気に動けるなら大丈夫でしょう」と微笑ましい二人を見て言った。

 

 その後、患者らが帰る際に永琳が思い出したかのように「そういえばあなた達は例の手紙の兎かしら?」と訊いた。

 

「例の手紙?」

 

 彗青が頭に疑問符を浮かべながら首をかしげている最中に緋燕は「私たちではないです」と答える。

 

「そう、ならいいわ」

 

 彗青一人、何が起こっているのか分かっていない様子でいたがそれは誰も気にはしなかった。

 

「手紙って何? 私たちは関係ないの?」

 

 帰り際に彗青が立ち止まって問いただすと緋燕は「触らぬ神には祟りなし。面倒ごとには関わらないのがいいんだよ」とバッタが飛ぶような軽い口調で言う。それに対して彗青は「そうなんだ……」と俯いてまた歩き始めた。

 

「あれ? さっきので元気使い果たした?」

 

 飛燕が顔を覗き込みながら言うので彗青は視線を下から前に移して「いや……あの」と言葉を曖昧にして話す。

 

「何? はっきり言ってくれる?」

 

 飛燕が耳を近づけてくるが、近すぎて赤い髪が顔にぶつかるが気にせずに話す。

 

「いや、そう言えば初めて会ったときはこんなん元気じゃなかったなーって思いだして」

 

「あー、うん。確かに昔は全然だったかもね」

 

 飛燕は笑いながらもなぜ急にそんなことを思い出したのだろうと疑問に思っていた。過去の自分の話はあまりしたくないのが彼女の本心だったからこれ以上は何かを話そうとはしない。

 

「飛燕は今、楽しい?」

 

 彗青の潤った瞳で見つめられ緋燕は戸惑う。こんな愁眉な表情をされたことがないので頭がオーバーヒートし、顔も赤くなる。

 

「楽しいって……そうだけど。え? 私を心配してくれてるの?」

 

 彗青は緋燕が昔のような無気力兎になってしまわないか心配しているのだ。だが緋燕からすれば月の都にとどまっていた方がそうなりやすいと感じていた。

 

「大丈夫だよ。そんなに私が信じられない?」

 

 跪く彗青を緋燕は抱きしめた。ゆっくりとした鼓動が彗青の体に伝わる。

 

「だって緋燕はたまにボーっとしてることがあるじゃん。その時の目、すごく虚ろだもん」

 

 緋燕の胸に顔をうずめながらくぐもった声で彗青は言う。緋燕は胸に抱かれる友の竜胆色の髪をなでた。

 

「大丈夫、そんな昔の私の印象なんて……」

 

***

 

 秋翠が清蘭達の手伝いのため、人里に向かっている道中に突然、鋭が姿を現してその両肩を掴んできた。その出来事に驚く間もなく秋翠は硬直する。

 

「秋翠さん、話があるの。いいですか一度しか言いませんよ。例の……オリオンの玉兎が地上に来ているのがわかったの!」

 

 何を話すと思いきやそんなことかと秋翠は入れていた力を抜いた。だが口調が砕けたりしているので鋭からすれば死活問題なのかもしれない。

 

「それだけ? 忙しいから私……」

 

 秋翠が鋭を振り払って進もうとすると目の前を黄色の光線が横切る。その熱さから出力は高めに設定されていることも秋翠は瞬時に理解する。

 

「狙撃されている! もしかして狙われてるの!?」

 

 秋翠が鋭に問いかけるが、彼女は何も答えずに秋翠の手を引いて走り出した。

 

「また手を引っ張られて逃げるのかぁ!」



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兎の黒い影

 地上の夜は賑やかで心地よい。生命を育む大地、親のように優しく見守る空。風に吹かれて揺れる草木は耳に良い音色を響かせた。こんな些細で当たり前なことに感動することも生きる意味になりうると刃物のような鋭い瞳でこの世界全てを映す。艶やかな長い髪を揺らす彼女に誰かが呼びかける。それは玉兎だけが聞き取れる特殊な声で他人には聞こえない。また特定の一個人に向けたものであるため耳打ちに等しい。

 

「名残惜しい……」

 

 彼女はゆっくりと瞼を閉じ、背中に携えた四枚の血に塗れた翼をはためかせ、空へ飛びあがった。同時に強い風が巻き起こり、白い羽が辺りに舞い踊る。

 

***

 

 太陽が一番高い位置にある頃、永遠亭で永琳はとある急患を診ていた。急患というのは白狼天狗で哨戒中に突然体調が悪くなり、休憩時間を使って診療に来たのだという。一通りの診断が終わり、簡単な薬を処方して帰ってもらった後、永琳は鈴仙を部屋に呼んだ。

 

「一見するとただの風の諸症状だけどおかしいと思わない?」

 

「はい。頭痛、咳、その他もろもろと症状がやけに多すぎます。人間ならまだしも病気に強い妖怪がここまでとは」

 

 鈴仙は永琳の意見に同意する。伊達に何年も月の最高医の手伝いをしていない彼女も段々と勘が鋭くなってきたのだろう。

 

「ウイルスを調べないとわからないわね」

 

 永琳は机に向かって顕微鏡を覗き始めると「何かわかったら呼ぶわ」と言って黙り込んだ。

 

 廊下を歩く鈴仙は嫌な予感でいっぱいだった。手紙の内容のせいで不吉な想像がよぎってしまう彼女は“杞憂だ”と頭の中で自分に言い聞かせた。まさかあの五人の中にオリオンラヴィという精鋭がいるかもしれない、誰かが噓をついているかもしれないということ。

 

数分後、鈴仙は呼び出されて永琳の元へ駆け、調査の結果を聞いた。

 

「すごいわよ。一つのウイルスから様々な症状が重複して起こるように精密に遺伝子改造が施されているの」

 

「まさかあの手紙の……」

 

 鈴仙が初めて暗号の内容を理解した時、随分と慌てていたが永琳からすればどうでもいい事だった。

 

「私は昔似たようなものを月で見たことがある。だから解析も早く進んだの」

 

鈴仙は「月で、ですか」と繰り返す。

 

「月で見たのはあれよりも恐ろしいものだったわ。ありとあらゆる遺伝子、原子崩壊を引き起こす感染力の強いウイルスよ。私が最初に発見していなければまずいことになっていたわ」

 

「そんなものが……」

 

 鈴仙は戦慄した。自分の知らない間に恐ろしいものが存在していたという事実に。だが同時に安心もしていた。永琳さえいれば問題の解決は容易であるという確信があったからだ。しかし彼女の心のどこかで”このままでいいのか、こんなことでいいのか”という気持ちが残り、息をしていた。そのことを鈴仙も自覚はしていた。

 

「このウイルスも遺伝子に作用するように作られている。こんなことが出来るのは月の都でも限られてくる」

 

「ということは月の関係者が関わっているということですよね?」

 

「そうと断定はできないけど、その可能性は高いわね」

 

「やっぱりオリオンラヴィですよ。師匠だけに危害を加えないで他は例外と言うことですよ」

 

 鈴仙は最後に「おそらく」と小声で追加する。彼女は不穏分子であるオリオンの玉兎もどうにかしてほしいという気持ちがあったが、現状で誰がオリオンであるかわかっていないから語勢を強めることをやめたのだ。

 

 ウイルスは永琳が処分するという方向で話が決まり、鈴仙が部屋から出ようとした瞬間、稲妻が落ちるような音が聞こえた。音がある程度大きく、明瞭に聞こえたため、発生源は遠くない。

 

「聞こえました?」

 

「妖怪が暴れているのかもしれない」

 

 鈴仙は「様子を見てきます」と言い残しでドタドタと廊下を走る。一度自分の部屋に寄ってブレザーをささっと羽織って、ボタンを閉めて整える。鈴仙が玄関で靴を履いて外に飛び出すと、また同じ音が聞こえた。今度はかなり大きく聞こえ、白い煙が上がるのも見えた。

 

「どんどん近づいている……」

 

 音がした方向へ鈴仙は竹林の上空すれすれを飛んで、周囲の波長を読み取る。彼女は一つの意乱れた波長ともう一つ安定したものを感じ取る。その場所へ急行するとそこには見知った二つの姿が竹林を走っていた。

 

「秋翠! 鋭! 何をしてるの!?」

 

 大声で呼びかけるが反応がなく、聞こえていないようだ。彼女らの進む方向からして永遠亭に向かっていることに鈴仙は気づき、竹藪(たけやぶ)の中に降りて呼びかける。この前のことと言い、鈴仙からすれば秋翠の行動は怪しかった。

 

「ちょっとふざけるのもいい加減にしてよ!」

 

 ようやく声が届いたのか、息を切らし、両腕をふる鋭と秋翠が鈴仙の方を向いた。

 

「ふざけていたらもっと楽しそうに走っていますよ!」

 

「私に限っては何で走っているのかもわからないんだけど」

 

 秋翠がそう言った瞬間に光線と共にバリバリと何かを引き裂くような轟音が彼女を横切った。光線は鋭の顔面を貫き、頭部を丸ごと焼き払った。その後、首を失った胴体は少し走った後にどしゃりと地に崩れた。鈴仙と秋翠は足を止める。

 

「え……?」

 

 余りにも突然の出来事に二人は言葉を失った。さっきまで確かに動いていたそれは今やただの肉の塊と化してしまった。秋翠はおもむろに骸(むくろ)へと歩みを進めて目の前に来るとそれを眺める。

 

「……これは……どういうこと?」

 

 鈴仙は開きっぱなしだった口を無理矢理に動かして言葉を出した。だがそれは秋翠には届かない。鈴仙は呆然と立ち尽くす秋翠を揺さぶってもう一度「どういうことなの!」と語勢を強めて訊く。

 

「鋭が……殺された。さっきまで……さっきまで!」

 

 秋翠は気が動転しているのか鈴仙の問いかけには全くの反応を示さず、どれだけ揺さぶっても効果がない。鈴仙もうつ伏せの鋭へと視線を向けた。首は炭化(たんか)して黒く変色しており、鼻をつく焦げた匂いはさながら焼き魚のものとほぼ同じだった。これが鈴仙の最も恐れていた“死”であった。月から逃げたのもこれが理由だったのだ。

 

鋭が沈黙して何者かの狙撃はぱったりと止んだ。安全を確認した鈴仙は人形の様な秋翠と共に永遠亭へと向かった。

 

***

 

「とりあえずは安静にしておくことね。ちょっとしたら起きるからその時に話でも聞くといいでしょう」

 

 永琳が布団に横たわり静かに呼吸する秋翠を見ながら鈴仙に言う。ろくに話が通じない程ショックを受けていた秋翠は気を失ってしまって今に至る。鈴仙も同じように気絶してしまいたいほどだったがそれを彼女はこらえた。

 

「音の正体は何だったの?」

 

 永琳が尋ねてくるが上の空の鈴仙のは聞こえていなかったのか無反応だったので、頬を優しく叩いてもう一度訊いた。

 

「あ、すみません。ビーム兵器の射撃音です。彼女らは狙撃されていてそれで……」

 

鈴仙が口ごもるので「それで?」と永琳が最後に聞こえた言葉を繰り返す。こみ上げる恐怖、悲しみを噛み殺し鈴仙は口を開いた。

 

「亡命した玉兎が頭を撃ち抜かれて死亡しました……」

 

 永琳も鈴仙が死に怯えていることくらい知っているのでこれ以上深く聞こうとせず、話を切り上げた。

 

「後はよろしくね」

 

 永琳はそう言い残して部屋を出る。扉をトンと閉める音を最後に辺りは静寂に飲まれていき、この空間だけが切り取られたかのような感覚に鈴仙は落ちる。

 

 不意に鈴仙は月の都に居た頃を思い出す。とある日、月に地上人が攻め込んで来るという情報が入り、玉兎の間ではその話題でもちきりだった。中でも鈴仙の所属する月の使者が最前線で防衛任務が出るかもしれないという噂が彼女を心底恐怖させた。いくら地上人とは言え、ある程度の技術は持っている。交戦したら死ぬかもしれない。今まで自信があるようにふるまってきたがそれは恐怖の裏返しでもあった。

 

 このままでは確実に戦いの嵐に巻き込まれる、そう思った鈴仙は月を離反することを決めた。最初はみんなで逃げようかと思っていた鈴仙だが大人数では月人にバレて、戻されてしまい、最悪の場合には裁きが落ちるかもしれない。かと言っても誰か一人選ぶこともできない彼女は独り、勝手に逃げてしまった。

 

「戦いの嵐……でも私たちは関係ないはず」

 

 そう関係ない。鈴仙は思わず言葉にするとすぐ傍から「関係なくない」とか細い声がした。

 

「秋翠……気が付いたの」

 

「仲間が殺されて関係無い訳ない。鈴仙は彼女が友達じゃないって言うの?」

 

 秋翠は状態を起こし、鈴仙の両肩を震える手で掴んだ。その震えは怒りと出てこない力を振り絞るために起きたものだった。

 

「……」

 

 秋翠の言葉に鈴仙は何も言うことは出来なかった。結局自分は臆病者で成長できない兎なのだと決めつけ殻にこもる……そんなことはもうしない。鈴仙は心の恐怖を取り払い、今自分にできることを考えた。

 

「鋭はオリオンラヴィの玉兎が来ているって言ってた。多分それが原因で……」

 

 そのとき鈴仙は獄猫が持って来た手紙の内容を思い出した。オリオンノシシャガクル、アナタニハキガイハクワエナイという永琳へのメッセージ。それは永琳にしか適用されていない。つまり秋翠の言う通り、存在を知られたことが原因で鋭が殺されたならば、じきに傍にいた者を黙らせにくるであろう。

 

「私は敵討ちに行く」

 

 秋翠はよろよろと立ち上がって部屋を出ようとするが鈴仙が立ちはだかりそれを止める。

 

「相手はオリオンラヴィ、一人じゃ勝てない。それに容姿だってわからないから無謀よ」

 

「勝てなくてもいい、無謀でもいい、一撃喰らわせるので十分!」

 

 あんなあっけない別れをし、何もしてやれなかった、そのことに秋翠は面目がたたないのだ。押し切って進もうとする秋翠は胸ぐらを鈴仙に掴まれて大きく怒鳴られる。

 

「私たちは仲間でしょ!」

 

 秋翠はその魂の叫びで正気に戻った。今まで死に急いでいた自分が信じられないほどに彼女は冷静になり、畳にぺたりと座り込んで深呼吸をした。

 

「落ち着いた?」

 

「うん……」

 

 二人はオリオンの兎に立ち向かうため、最初に武器を集めることにした。そのためある人物を呼んだ。その人物はあの現場付近にいたようですぐに永遠亭へ辿り着き、玄関にやってきた。

 

「また会ったね鈴仙。10分ぶりかな」

 

 と緋燕が白い歯を見せる。きっとこれからのことが楽しみなのだろう、いつもより目が輝いていた。

 

「秋翠も久しぶり」

 

 その横にいた彗青が秋翠を見つけるなり明るく声をかけると小さく手を振る。

 

「相変わらず眠そうだね。ちゃんと寝てる?」

 

「別に眠くないし、寝てるから」

 

「挨拶もそのくらいにしといて。私達には時間がないの」

 

 鈴仙が二人の間に入り、会話を止める。だがこんな緊迫するような状況でも笑って再開を喜べるだけの気力はあった。

 

 鈴仙は二人を永遠亭に上げ、自室に案内すると早速話を切り出した。

 

「呼んだ理由は一つ、武器が欲しいの。できるだけ多くの」

 

「お安い御用! 対人、対戦車、対空、対神……欲しいなら対星(デス・スター)まで幅広く用意できるよ!」

 

 途端にたたき売りの商人のように饒舌になる緋燕。その腕には生成したいくつもの無骨な銃器が、どれも大切そうに抱えられている。

 

「出来ればあんまり高威力のじゃなくて制圧用のものがいいかな」

 

「制圧なら素粒子バズーカとかで脅すのが速いんじゃない?」

 

 緋燕はいかつい丸太のようなバズーカ砲を担いだ。これは豊姫が持つ扇子の起こす“素粒子レベルで浄化する風”を放つ専用弾頭を高速発射する代物だ。だがこの無駄な発射システム故に製造コストが高く、また危険なためにお蔵入りになってしまったのだ。

 

「そんな恐ろしいものも扱いたくない……」

 

 秋翠が悪寒に震えながら言う。発射に失敗すれば最小単位と化して消えてしまうのだからゾッとするのだろう。緋燕が自然に彗青に銃口を向けると「ちょっとやめてよ」とバズーカを手で払いのけられる。

 

 数分の談判の末に使う武器が決まり、それらを装備して部屋を出る。

 

「ずっと思ってたけどこんなにも何に使うの?」

 

 玄関で彗青がローファーを履きながら訊いてくる。レーザーライフル、熱切断刀(ヒートカッター)、グレネードランチャーに小型電磁フィールド発生器などを腰に下げたりすれば疑問に覚えないはずもない。鈴仙は視線がまごつく秋翠にチラッと目配せを送り、口を開いた。

 

「妖怪退治のボランティアみたいなのよ。さっき爆音を起こした妖怪の退治を命じられてね……」

 

 と言うと緋燕がいきなり口出ししてきた。

 

「私の目……いや耳は騙せないよ。さっきの爆音は明らかにビーム兵器の音だった」

 

 それは長らくそのようなものを扱っている彼女だからこそ言えるセリフだった。だから誰も反論することができない。

 

「何か隠してるでしょ?」

 

 鈴仙は話すことをためらい、口を開こうとしなかった。オリオンラヴィについて喋り、聞いた時点でその者も排除対象となるかもしれないのだ。秋翠も同様に沈黙し、俯いている。それにまだその玉兎の情報すら掴めていない。故に緋燕や彗青が鋭を殺した張本人だともいえてしまう。

 

「どうしたの? 二人ともおかしいよ、いきなり武器が欲しいだとか……」

 

 緋燕は不安に顔を曇らせた。同時に自分は今までの行動は信用を奪うものだと気づき、懺悔の念に駆られた。

 

「何か話せないようなことなの?」

 

 鈴仙は彗青の質問に対して頷くことしかできない。

 

「それが私にどんなものを与えようと構わない。だから話して、仲間でしょ?」

 

 微笑みかける彗青の言葉に鈴仙は心を打たれた。ついさっき自分が秋翠に言ったことがそのまま返ってきた。緋燕も「そうだよ、困った時はお互い様ってね」と同感し、明るい笑顔を見せた。

 

「本当にいいの? これから何が起こるかわからないんだよ」

 

 秋翠が念を押すように訊くと「いつだって何が起こるかわからないのが人生でしょ?」と彗青が得意げにウインクを飛ばした。

 

「オリオンラヴィ……は知っているわよね。その片割れが幻想郷に来ていて、それで……」

 

 鈴仙は一番重要なフレーズを喉に引っ掛けてしまい、声に出せずにいた。本当は伝えない方がいいと思ってしまう自分がどこかにいて、それを無意識に防いでいる。

 

「鋭がそいつに殺された」

 

 見かねた秋翠が代弁する。すると彗青は顔を真っ青にして「嘘でしょ……!」と膝から崩れ落ちた。対して緋燕は何も言わなかった、がその心は糸で何重にも締め付けられるような痛みに苦しんでいた。

 

「それだけじゃないの、そのオリオンの玉兎が存在を知られたがために私たちの命を狙っているかもしれない」

 

「だから武器が欲しかった」

 

 と秋翠が付けたしをするとうなだれる緋燕と彗青に近寄って、かがんで話しかける。

 

「悲しみたいのは山々……でも私たちには今が安全だという保障がない」

 

「だけど狙われてるなんてことも……」

 

 彗青が震える手で秋翠の肩を掴んで言う。思っていたよりも事態が深刻で今になって恐怖を感じているのだろうと秋翠は読み取る。

 

「鋭は私にオリオンラヴィに関する何かを伝えようとしてビーム砲で頭を焼かれた。自信をもっては言い切れないけどそれが原因の可能性は高いと思う」

 

 彗青を温めるようにして抱いた緋燕は「今は秋翠を信じよう」と言う。

 

「どの道、私は鋭の仇を討ちたいと思っているから戦いは避けられないかもしれない。でも話し合いで分かり合えるなら、できればそうしたい」

 

「元から巻き込むつもりなんてなかったから戦えなんていわないわ。だから安全な永遠亭で二人は待ってて」

 

 わざわざあんな手紙を寄こすくらいだから流石に永遠亭に直接攻撃はしないと鈴仙はにらんでいた。

 

(こんなことで師匠に迷惑かけられない。これは私たちの戦いなんだ。いつまでも頼ってばかりじゃいけない!)

 

「そうさせてもらうよ。戦いは苦手だからね」

 

 緋燕が自分よりも大きい彗青を、お姫様を抱き上げるように軽々と持ち上げる。

 

「ちょ、ちょっと。恥ずかしんだけど!」

 

 緋燕の腕の中でジタバタする彗青を落とさないようにバランスを取りながら彼女らは永遠亭に消えていった。

 

「これからどうする?」

 

「相手は不意打ちがお得意なそうよ。ならばこっちが罠で不意打ちをかけてしまえばいいのよ」

 

 早速二人は準備に取り掛かろうとすると何者かが接近してくるのを感じ取る。それは非常に激しい波長だった。大抵このような波長の持ち主は臨戦状態か緊迫した状態である。

 

「もう来たの!?」

 

 鈴仙が伸びる竹で隠された空を見上げた。秋翠も「何!?」と同じ方向へ目をやる。

 

 “それ”は鷹が獲物を捕る様な速さで竹やぶを突っ切って彼女らの前に降り立った。その瞬間に鈴仙はレーザーライフルの銃口を対象へ向ける。だが大地に降り立ったのは玉兎であったがすぐに、白い両手を頭の所まで上げた。

 

「撃つな!」

 

 鈴仙はその声が記憶にあった。また特徴的な紺色の髪と小さな体が記憶からその名前を引っ張り出した。

 

「獄猫!? あなた帰ったんじゃ……」

 

 今頃、月でのんびりしているのではないかと思っていた玉兎が現れて鈴仙は驚きを隠せなかった。

 

「話がある」

 

 獄猫は頭を振って前髪を払ってその少し幼げな顔を見せた。顔では心情が読めないが、鈴仙が波長を読めばすぐにそれが分かった。

 

(焦りと……恐怖?)

 

 竹林は北風でざわめき、空は灰色の雲で覆われて淀んでいた。

 



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オリオンの兎

 「手短に話したい」

 

 獄猫は辺りをキョロキョロと確認していた。まるで狩人に怯える兎の様に。鈴仙が「どうしたの?」と言い気に掛ける。だが彼女の頭は余りにも突然の出来事によって混乱していた。

 

「勘違いしないでほしいが難しいかもしれない。その時は殺してくれて構わない。だが話はちゃんと最後まで聞いてほしい」

 

 獄猫の強い意志が垣間見える眼差しに、二人は固唾を飲み込んだ。

 

「最初に行っておこう、鋭と呼ばれた玉兎を殺したのは私だ……」

 

 獄猫がまだ話している最中に秋翠がその胸ぐらを強くつかんで「あんたがやったの!?」と怒鳴りつけた。獄猫は抵抗する素振りを全く見せない。

 

「秋翠、落ち着いて」

 

 鈴仙が二人の間に入って制止する。彼女もそのことについて怒りは感じていたが、ただならぬ獄猫の雰囲気に危惧の念を募らせていたのだ。初対面で鈴仙をからかう様な陽気さはそこにはない。

 

「正確に言えば鋭のほうは殺したが、もう一人のほうは殺してない」

 

 獄猫は襟袖を整えながら一言一句に気をつけながらゆっくりと話す。

 

「どういうこと?」

 

鈴仙が訊くと「その前に彼女のことについて話したい」と獄猫が言うとまた髪を揺らしながら辺りを確認した。

 

「彼女は鋭という名前ではない。本当の名前は“李餡”という」

 

 鈴仙はその名に聞き覚えがないか記憶の海を探るがどこから関係するものも浮かんでこない。秋翠は仲間にずっと噓をつかれたことにショックを覚えた。あの時見せた笑顔や言葉は全て嘘なのかと、悲しみに大地に手をついた。だが獄猫はそんなことはお構いなしで話を続けた。

 

「彼女は“失敗作”である私を廃棄前に助けてくれた」

 

 声のトーンが一段と低くなった。目は死体のように暗く、心は荒み切って空箱になってしまったかのようだった。

 

「失敗作……廃棄?」

 

 話を聞く二人は二つの単語に違和感を覚えた。人を失敗作だの廃棄だのとは普通は言わない。

 

「そう、私は人工的に作られた玉兎……強化戦闘玉兎だ」

 

 強化戦闘玉兎は月人に比べ、全てにおいて能力の低い玉兎をある程度それに近づけるために作られたものだった。人工的な遺伝子操作によって生まれたこの玉兎達は高い能力が必要とされていた。そのため失敗作と呼ばれる能力の低い者たちは“廃棄”と称して宇宙に捨てられるのだ。

 

「宇宙に放り棄てられた時、李餡は偶然私を見つけて助けてくれた」

 

***

 

 獄猫は身も心も凍る宇宙を漂い、絶望的な孤独と死を味わった。彼女が目にした一帯に輝く星は残酷にも美しかった。それらはまるで彼女の死を華やかにせんと一生懸命に強く光った。その中に一つ不似合いな黒い影があった。それは獄猫の命を刈り取りに来た死神にも見えたが、救いの手を差し伸べられた時にその印象は消え去った。

 

「あなた、ここで何をしているの?」

 

 簡易的な宇宙服を身につけた李餡は背中を丸めている獄猫に近寄って話しかけた。

 

「た……すけて」

 

 虫の息の獄猫はかすれた声で助けを求める。李餡はすぐに自分の宇宙服を脱ぎ、獄猫に着せた。強烈な宇宙線なども気にせずに彼女を助けたのだ。獄猫の意識はそこで途絶えた。目を覚ますとそこは月の都だった。特徴的な家屋の装飾や雰囲気がそこだと獄猫に証明した。

 

「大丈夫? 痛いところとかない?」

 

 李餡は血の付いた手袋を箱に入れながら訊いてきた。そのせいか鼻がまがるような血生ぐさい臭いが漂う。

 

「いえ、どこも……」

 

 獄猫はベッドから起き上がって体を動かしてみた。さっきの苦しみや痛みは噓のように消えていた。

 

「よかった~、手術とか余り経験なかったから心配だったのよ」

 

 李餡は手を合わせて黒いツインテールを揺らしながらニッコリと笑った。獄猫は玉兎なのに医者なのかっと疑問に思い質問してみた。

 

「医者なんですか?」

 

「うーん、まぁ半分くらいかな? 趣味みたいなものよ」

 

 李餡は首をかしげながら答えた。

 

「あなた名前は?」

 

 獄猫は質問に戸惑った。その時、彼女には名前がなかったのだ。他の月人からも番号で呼ばれていたのだ。そのため、無言の空間が数秒続いた。

 

「名前がないのね」

 

 李餡は的確に状況を把握した。その時の彼女の顔は同情よりも怒りに染まっているように見えた。

 

「なら私が名前を付けてあげる、あなたは……」

 

 李餡はテーブルの脇にある椅子に腰掛けて暫く考えるしぐさをした。

 

「獄猫よ」

 

 突然、獄猫へ向いて言う。

 

「獄……猫?」

 

「宇宙という地獄の中で猫のように丸くなっていたから。嫌ならほかの名前を考えるけど」

 

 獄猫は猫を見たことがなかったために半分、名前の意味を理解しかねた。だが命を救ってくれた上に、名前までくれるのは贅沢だと思った彼女は名前が気に入ったことを伝えた。

 

 その後、二人は同じ屋根の下暮らすこととなった。衣食住全てを提供し、何をしても許してくれる李餡に獄猫は次第に依存していった。李餡も薄々そのことに気づいていたが、獄猫の苦しみを考えれば妥当だろうとそのままにしていた。だがある時、李餡はその依存を断ち切るような話を持ちかけた。

 

「ねぇ、獄猫」

 

 都の人通りの少ない道を静かに二人で歩いているときに李餡は突然喋りだした。獄猫は「何?」と愛想よく答える。

 

「あなたって仮のオリオンラヴィに所属してたでしょ?」

 

 李餡は鋭い刃物のような冷淡な目で訊くと獄猫は立ち止まる。最初は〈何のこと?〉という顔で白を切っていたが、李餡の黒い瞳には勝てなかった。

 

「そうだけど、それがどうしたの?」

 

 獄猫は終始、口元を震わせていた。李餡に失望されたかもしれない、あの時のように信じていた人に捨てられてしまうかもしれない。そういう恐怖に襲われていた。

 

「私は最初から全部知っていたの。獄猫が強化戦闘玉兎だってことも」

 

「別に隠すつもりは……」

 

 次第に獄猫は熱い涙をこぼしながら、その場に崩れてしまう。李餡は目線を同じ高さにするため、その場に膝まづいた。その時の顔は今までのどんな時よりも暖かく、綺麗だったのを獄猫は覚えている。

 

「わかってる。だから私も隠すつもりはなかったの」

 

 李餡はおもむろに獄猫を抱きしめて小さく耳元で囁いた。

 

「私はオリオンラヴィだ」

 

 その瞬間、獄猫は何とも言えない複雑な気持ちに、目を見開く。その優しい囁きとは正反対に言葉は弾丸のように心をえぐる。李餡は赤い顔の獄猫から手を放し、立ち上がった。

 

「オリオンラヴィに戻るつもりはない? 勿論、あんな思いはさせないようにする」

 

 さっきまでの暖かい笑顔は冷めきって、無表情になっていた。眉一つ動かさないその顔は鉄仮面というに相応しい。

 

「あなたは私に依存してる。そんなのはいけないのよ、わかるでしょ?」

 

 獄猫を見下ろす李餡の姿はもう以前の彼女ではなかった。そこに居たのは一人の心優しい玉兎ではなく、心を殺した戦士だった。

 

「ある任務を完遂すれば、あなたはオリオンラヴィに戻り、自立できるはずよ」

 

「そしたら李餡は私の前から居なくなるの?」

 

「あなたの成果次第よ」

 

***

 

 獄猫が話し込んでいるうちに空からゆっくりと白い粒が降ってきた。

 

「その任務って何?」

 

 鈴仙が訊くが獄猫は答えず、話を続けた。

 

「だけど任務を続けるうちに私は任務に疑問を覚えた。そこで彼女を問い詰めた」

 

 急な突風が吹き始めた。それは明らかに自然のものではなかった。秋翠はそれを不思議に思い、あたりを見まわすと、黒い影が竹林を高速移動しているのを見つける。少しの間、それを目で追いかけていると影が次第に大きくなり、白色に変わっているのに気づいていた。

 

「それで……」

 

獄猫が話しているのにも関わらず秋翠は「危ない!」と叫んで地面に滑り込んだ。近づいてきた黒い影は白い鳥の羽を携えた何かだった。

 

「うわっ!」

 

 鳥のような何かが巻き起こした強烈な風に鈴仙は怯む。全員の安全確認をしようとあたりを見まわすと、獄猫がいないことに気づいた。

 

「獄猫!?」

 

 鈴仙が叫ぶとまた、強い風が起こる。それと同時に翼をもった“それ”は獄猫を抱えて地上に降りてきた。

 

「あなたは……!」

 

「やぁ、鈴仙。何分ぶりかな?」

 

 翼を持ったその玉兎は髪を揺らし不気味に微笑んだ。

 

***

 

 永遠亭で鈴仙達の帰りを待っている緋燕と彗青。彼女らの間に交わされる言葉は一つもなかった。このような状況で何をして待っていればいいのか二人とも分からなかったからだ。長い沈黙の中、彗青が口を開いた。

 

「緋燕……ちょっと様子を見にいかない?」

 

 彗青はその表情から心配でしょうがないとうい心持ちが見えていた。緋燕も顔には出してはいなかったが気持ちは同じだった。

 

「確かにそうだよね……」

 

 緋燕は俯きながら考え事していた。このま彗青と行くべきか、一人で行くべきか。勿論、彼女が選ぶのは後者だった。親友を危険な目に遭わせることなどあってはならないという気持ちが強かった。

 

「私が様子を見て来るから彗青は待ってて、絶対にここから動いたら駄目だからね!」

 

 緋燕はそう言い残すと、勢いよく立ち上がって永遠亭を飛び出した。彗青には緋燕は何か妙に急いでいるように見えて危なっかしく見えた。

 

「絶対に何か隠している」

 

 彗青は竜胆色の髪を後ろで結いながら立ち上がる。

 



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浮かぶ真実

今回から次回予告をあとがきに入れようと思います


 彼女の姿は二つ名“異類異形のゼノモーフ”に相応しいものだった。兎か鳥かわからず、その上玉兎が身につけている白いブラウスが赤く染まっておりグロテスク極まりない。

 

「あなたがオリオンラヴィの玉兎ね」

 

 鈴仙の問いかけに異形は笑みを崩さずに答える。

 

「その通り、私が李餡よ。鋭と呼んでくれてもかまわないけど、他人として割り切った方がスッキリすると思うわ」

 

 李餡は鋭のときと違って、長い黒髪をツインテールに結んでいる。目つきも人間程度なら睨み殺せるのではないかと思わせるほど凶悪だった。しかし奇妙なことに彼女は他の玉兎のように目が赤くなく、黒いのだ。

 

「あなたはいままで私たちを騙していた、それはなぜ?」

 

 秋翠が不意に問いかけた。

 

「それについては私もちょっとは申し訳ないと思ってるわ。だってたった数日でこんなにも仲良くしてくれるんだもの。アンタたちもっと人を疑うことを覚えなさい」

 

 秋翠は「こいつ!」とレーザーライフルを構えようとするが鈴仙が手で銃身を下に向けさせて抑える。鈴仙は〈挑発に乗るな〉とアイコンタクトで伝えた。

 

「あなたの目的は何なの?」

 

 淡々とした声で問いかける鈴仙に李餡も同じ様に「証拠の抹消」とだけ答える。

 

「その証拠って何?」

 

 李餡は翼を閉じ、獄猫を地面に寝かすと「私の正体と行動」とボソッと呟く。

 

「だから私達を殺すのね」

 

「そうなるわね……でもあなた達が私の手伝いをしてくれるのならそれを行う必要は無くなる」

 

 そう言いながら李餡は獄猫のブレザーのポケットからボールペンのようなものを取り出して自分の胸ポケットにしまう。

 

「手伝い?」

 

 鈴仙が目を細めながら訊くと李餡は背中の翼に手をかけて、それを勢いよくもぎ取った。同時に大量の血が噴き出して大地を濡らした。秋翠はその余りに凄惨な様子に思わず口元をふさいだ。李餡は出血しているのにも関わらず不敵に白い歯を見せている。

 

「私の真の目的は月の都への復讐よ。あなた達がそれを手伝う気があるのだったら戦わなくて済むけど」

 

 李餡はおもむろに秋翠に近づいて血に汚れた手を小刻みに震える肩に置いた。その瞬間に秋翠は小さく悲鳴をあげる。鉄の様な匂いは鼻を通り、不快感を刺激する。またオリオンラヴィという李餡の肩書に恐怖して秋翠は声が出せずにいた。背中から血を流す玉兎はその様子を見て小さく笑う。

 

「月を捨てたあなた達ならすんなりと手伝うと思ってたんだけど……」

 

「復讐なんて……」

 

 やっとの思いで口を開いた秋翠だったが急に李餡に顔を近づけられて怖気づき、言葉が止まる。彼女の持つ気迫や雰囲気といったものは玉兎のものではなかった。

 

「あなただって首を消された私のために復讐しようとしてたじゃない?」

 

 秋翠は“違う”と声に出して言うことが出来なかった。

 

「何故月に復讐なんてしようとするの?」

 

「何故ってわからないの?」

 

 李餡は鈴仙の質問に対して鼻で笑い、反問する。すると彼女は両腕を大きく広げた。

 

「月じゃ玉兎は自由に生きられてもそれは本当の意味での自由? 何者にも縛られずに自分勝手に生きることが自由だと思わない?」

 

 玉兎たちに不似合いな尖った歯を見せる李餡。

 

「人の自由は人それぞれだと私は思うわ」

 

「そう、ならアンタ達は月に残った仲間はあれで自由だというのね」

 

 そう言うと李餡は目を見開いて、真っ直ぐ鈴仙の目を直視した。見つめ合う二人の瞳はどちらも真紅に光っていた。

 

「私は……」

 

 鈴仙は金縛りに襲われて体が石のように動かなくなった。同時に彼女の瞳には懐かしい景色が映っていた。それは月の使者の仲間たちが月人に酷い仕打ちを受けている様子だった。自分が置いてきた仲間、裏切った仲間。鈴仙は罪悪感に膝をついてうずくまる。

 

「あなたは罪を意識しないといけない」

 

 李餡の眼は更に赤く星のように輝いた。その瞬間、また鈴仙は嫌な景色を見せられる。吐き気を催すような自己嫌悪に彼女は気絶寸前だった。

 

「鈴仙に何をしたの?」

 

 ずっと蛇に睨まれた蛙のように硬直していた秋翠が訊く。

 

「彼女には過去の景色を見せている。あなたにも見せてあげようか?」

 

 李餡の眼が紅く光ると、二人の間を光線が横切り、焼き後で境界線を引いた。その視線の先にはレーザーライフルを構えた緋燕が滞空していた。

 

「また一匹増えたようね」

 

「これ以上はやらせない」

 

 引き金に指をかけていつでも打てるように準備をする。だがビームで頭をまるごと焼かれても生きているような怪物には有効な脅しにはならない。

 

「アンタは敵にしたくはないんだけど」

 

 しかし意外と脅しが効いているのか李餡の言葉は少し弱腰になっている。またずっと笑っていたのに緋燕と対峙し始めた時から表情は曇り、しまいには真顔になっていた。

 

「ならばもうやめなさい!」

 

 緋燕も李餡と話しているときは口調が砕けたものではなく、鈴仙よりのしっかりしたものになっている。

 

「はいわかりました……というわけにもいかない」

 

 互いににらみ合い時間だけが過ぎていく。最初に動こうとしたのは李餡だった。自ら千切った翼の方向へほんの少し後ずさりをする。秋翠が気づいて緋燕に伝えようとしたときには遅く、李餡は地面を蹴って翼へと真っ直ぐ飛ぶ。彼女の視線の先には翼に隠された武器。手を伸ばし、掴もうとするが何者かの突撃によってそれは妨げられた。

 

「このぉー!」

 

 鈴仙の全力の突進に李餡は吹き飛んで、翼から離れた。その際にボールペンが音を立てて地面に落ちる。

 

「鈴仙!? 大丈夫なの?」

 

 鈴仙の変わりように驚いた秋翠が駆け寄ってきた。緋燕も銃を下ろして地面に降り、鈴仙の元へ走る。

 

「平気よ、ずっと演技してたから」

 

 と得意げな顔で言った。

 

「どうやら話し合いをするつもりが無いようね」

 

 鈴仙のエルボーがねじ込まれた脇腹を抑え、咳き込みながら立ち上がる李餡の眼は怒りに燃えていた。だが口角は上がっており、鋭い歯が見え隠れしていた。

 

「獄猫の能力を使って私を従わせようとする奴の言うセリフじゃないわ」

 

「何が起こっているの?」

 

 走り寄ってくる彗青が鈴仙に訊いた。緋燕は「なんで来たの!?」と軽く怒鳴ると「私だって戦えるわ!」と握った拳を見せながら彗青は言い返す。

 

「多勢に無勢ね……なら計画はすぐに実行しなければッ!」

 

 李餡はポケットに手を突っ込むがあるはずのものがそこにはなく青ざめる。

 

「なんだこれ?」

 

 彗青が地面に落ちたボールペンをそっと拾い上げて物珍しそうに見る。気づいた李餡が「それを私に渡せ!」と叫んで駈け出そうとする。だが鈴仙がボールペンを彗青の手から奪ってそれを前に突き出した。そうすると李餡の足は止まり、またにらみ合いの状況に戻る。

 

「これ以上前に進むなら破壊するわよ!」

 

 鈴仙の脅しに完全に屈服した李餡は歯を食いしばったり舌打ちをしたりもせず、ただその場で立ち尽くすだけであった。

 

「拘束して」

 

 鈴仙が周りにいた秋翠達に指示を出すと彼女らは一斉に李餡へと走る。膝をつかせ、両腕を後ろで縛り身動きが取れないようにする。李餡の腕を縛るフェムトファイバーの組紐はどんな怪力でも引きちぎれはしない。だが万が一に備えて、緋燕と秋翠が銃を向ける。

 

「全てを話してもらうわよ」

 

 鈴仙が銃殺刑間際の罪人のような李餡の前に立った。体勢を整えるために少し動いた李餡を警戒した緋燕は銃口をうなじに押し当てて脅す。

 

「石が当たって足が痛いの」

 

「どうでもいい」

 

 二人のやり取りは必要最低限だった。また緋燕も普段からは想像もできないような冷淡な面構えで彗青を不安にさせた。

 

「これは何? 月への復讐に関係するの?」

 

 鈴仙がボールペンを眺めながら訊くと李餡は口ごもることもなく素直に話した。

 

「それはスイッチよ。獄猫に幻想郷中に仕掛けさせた装置のね」

 

 李餡が言葉を濁して曖昧にするので鈴仙は「装置って何?」とまた質問を投げかける。

 

「ウイルスを撒く、小さなカプセルよ。脆いし偽装してるから間違って踏んづけたら危ないわね」

 

 李餡がヘラヘラと笑いながら言うので鈴仙がその胸ぐらを勢いよく掴んで「どこに仕掛けた」と古い熱血刑事のような気迫で言う。だが李餡は全く動じていない。鈴仙には“ウイルス”に心当たりがあった。昼中に永琳が調査していた遺伝子改造を施された危険なもの。

 

「私は知らないわ。あの子にでも聞いたら?」

 

 そう言って仰向けの獄猫を見た。鈴仙が起こそうと揺さぶったりするが反応が無い。息はしているので死んでいるわけではないようだ。

 

「月への復讐ってどういうこと」

 

 相変わらず冷たい声色で接する緋燕が突然訊いた。

 

「月の都では玉兎は実に不遇だわ。私は幼い頃からずっと逃げ出したかったけど駄目だった。あなたならわかるでしょ……」

 

 李餡は鈴仙の方へ視線を送る。

 

***

 

 生まれた時から“戦闘強化玉兎”に自由は無かった。望んでもないのに生まれ、道具として扱われた。自由な時間なんて大きくなるまで一秒たりとも与えられず、周りのみんなは洗脳されて任務以外の話などしてくれなかった。それでも私は正気を保っていられた。唯一の肉親である姉がいたから『私は家族がいるから幸せだ』と思い、今まで耐えてこられた。だが限界は近かった。

 

 月からの逃亡を企てた私は何人かの仲間を連れて結界のすぐそこまで来た。

 

「もう少しで結界よ」

 

 先頭を走る私は後続の玉兎に伝えると彼女らは嬉々とした声で互いに話し始めた。

 

「やっと抜け出せるよ」

「地上って楽しいのかな?」

「降りたら何しよう」

 

 心を躍らせる玉兎達の声と共に前へ前へと足を動かすが、あと一歩のところでトラブルが起きた。

 

「おい、お前ら!」

 

 鋭い男の声が聞こえると皆、一斉に走りを止めてその方向へ身体を向けた。ヒートカッターを腰に携えた月の監視員だ。

 

「ここで何をやっている! お前らの様なものが来ていい場所ではないぞ」

 

 私達は言い逃れることなど出来なかった。そのため踵を返して逃げるのが最適の選択だったの。しかし月人の前では私達玉兎は無力だった。まるで赤子の手をひねるかのようにたった一人で次々と私達を捕まえた。最後まで抵抗した私は肩と足をカッターで焼かれ、挙句の果てに手首を丸ごと切り落とされた。他の玉兎は諦めて抵抗すらしてなかったわ。

 

 この一件で私の月人への憎しみは更に加速した。怒りに頭を支配され、狂気に染まる。必ず、奴らを討ち玉兎に自由をもたらすために私は協力者を募った。結果、二人だけ現れたが十分だった。

 

 月の賢者であり守護者、八意永琳様を封じるために幻想郷でパンデミックを起こす忙殺計画を立て、月人を一斉攻撃するために特殊エネルギーによるファンネル掃射計画も立てた。後は時期を待つだけ。

 

 そしてその時は訪れた。獄猫に手紙とウイルスカプセルをもたせ、やるべきことを伝えた。私は変装をし、オリオンラヴィの権限で亡命希望者と共に地上に降りた。

 

***

 

「悲しい過去があるからって同情なんてしてほしくない。それじゃあ私がみじめみたいじゃない」

 

 李餡は石が痛いのか足をもぞもぞと動かすと緋燕はトンと銃口を当てた。

 

「寧ろ喜ぶべきことよ、計画が成功すれば私達は月人から完全に開放される」

 

 そう言って笑うと白い息が出て、消える。彼女の言葉に自嘲は混じっておらず堂々としていた。空から小さな白い粒がいくつも降りてくる。

 

「復讐のためなら幻想郷の人々が苦しんでも構わないと?」

 

 緋燕が訊くと李餡は鼻を鳴らし、やれやれといった表情をする。

 

「犠牲は常に伴うものなの。それに死にはしないわ」

 

「苦しみを受けたなら人の苦しみを理解できるはずよ。理解できるからこそ玉兎達を救おうとしているのでしょう?」

 

 諭すような鈴仙の口調に李餡は「他人の苦しみなんてわかるわけないじゃない」とふてくされたような顔で返す。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 鈴仙は李餡の頬を勢いよく叩くと鋭い音が響く。五秒くらい、辺りはしんと静まり返った。

 

「ふふふっ……あはははははははっ!!! 甘いよねぇ鈴仙は!」

 

 突然、狂ったかのように大きな声で笑う。余りにも面白いのかその目からは涙がこぼれていた。

 

「何がそんなにおかしいの?」

 

 鈴仙がそう言った次の瞬間、手に握っていたスイッチを目覚めた獄猫に奪われたのだ。

 

「獄猫、そのスイッチを押せ!」

 

 獄猫は命令に従い、スイッチに親指を乗せる。だが一向に指を押し込もうとしない。鈴仙が走ってスイッチを取り返そうと急ぐ。それを見て、しびれを切らした李餡は袖から隠していたヒートカッターを取り出し、展開したと同時に組紐を切断して腕を自由にする。

 

「まずい!」

 

 彗青がそう叫ぶ頃には緋燕がレーザーライフルの引き金を引いていたが、すんでのところで躱(かわ)される。スイッチに指をかけたまま立ち尽くす獄猫の手から鈴仙は強引にそれを奪い取る。だが後から来た李餡が「渡しなさい」と鈴仙の首筋にカッターを突き付けて言う。

 

 鈴仙は言う通りにしてスイッチを渡す、がそれは李餡の手に渡ると共にレーザーに焼かれた。撃ったのは秋翠だ。

 

「……」

 

 李餡は黒ずんだ手首を黙って見ていた。

 

「何故……押さなかったの?」

 

 李餡は小さく呟くと獄猫は彼女の目を見て「李餡は間違っている……」と同じく小さく答える。

 

 李餡は「残念だよ」と言うとヒートカッターを獄猫の胸に突き刺す。貫通した光刃はそこにある限り獄猫の体を焼き続ける。

 

「どう……して」

 

 彼女には痛みよりも李餡に刺された衝撃の方が強く、苦悶の表情を浮かべることすらしていなかった。

 

「言うまでもないでしょ」

 

 そう言い放つとカッターを閉じ、袖にしまうと崩れ落ちる獄猫の身体を鋭い目で眺める。香霖堂で鈴仙に見せた眼差しだ。鈴仙が拳を固めて駆け出そうとすると、獄猫が余力を尽くして這いつくばって李餡の足にすがりつく。

 

「私は李餡の期待に応えるために……色んな隠ぺい工作をしたんだよ……人を眠らせたり、記憶を見せて騙したり」

 

「期待に応えたければスイッチを押せばよかったのよ」

 

 李餡は無慈悲に足を振り払う。なおもすがりつこうと地を這う獄猫。彼女にとって李餡は命の恩人であり、育ての親の様なものなのだ。

 

「そう言えば鈴仙は面白い能力を持っていたわよね?」

 

 獄猫には目もくれず、李餡は鈴仙に質問を投げかける。そう言っている間に彼女の手は一瞬で再生した。

 

「それが何だって言うの?」

 

 獄猫に駆け寄りながら鈴仙が答えると李餡は「確認よ」と呟く。それと並行して李餡は地面を蹴り、急速に鈴仙との距離を詰める。手刀が自身に向けられたと鈴仙が気づいたころにはもう遅く、避ける間もなく爪から指の第二関節までが肩の肉に突き刺さった。

 

「くっ……」

 

 今まで体感したことのない鈍い痛みに鈴仙は歯を食いしばる。ブレザーが赤い染みを作る。

 

「これ以上は好きにさせない!!」

 

 そう叫んだ秋翠がヒートカッターを展開して李餡に切りかかる。

 

「血(いでんし)は貰ったわ」

 

 李餡が指を引き抜くと、鈴仙はその場で肩を押さえながら膝をつく。対する李餡の指は健在のようだ。接近した秋翠は光刃を振り上げて、鈴仙に当たらないように切っ先で対象を両断しようと試みる。しかし寸前で手首を掴まれて防がれる。

 

「援護する!」

 

 緋燕がスコープを覗き、精密射撃を行うが何故か当たらない。走る光線のいくつかは鈴仙と秋翠を少し掠めるようなものもあった。

 

「危ない! 鈴仙達に当たったらどうするの!」

 

 彗青が注意すると「レーザーが屈曲しているんだって!」と緋燕は返す。そのやり取りを聞いていた李餡は高笑いしながら緋燕達に近寄ってきた。

 

「鈴仙の能力は素晴らしいわ。ルナティックウェーブを自由発信できるんだもの」

 

「何? 鈴仙の能力は狂気を操る能力じゃ……」

 

 秋翠が鈴仙に肩を貸しながら訊くと、そのことを嘲笑うかのように鼻を鳴らす李餡が答える。

 

「彼女の能力は波長を操ることよ。その際にルナティックウェーブを使って操作を行っているの」

 

 緋燕が「ルナティックウェーブ?」と初めて聞く単語を繰り返す。李餡曰く、ルナティックウェーブは月の狂気の正体であり、玉兎の体の中にも存在するという。また月のビーム、レーザー兵器などもルナティックウェーブで制御されていたり、玉兎の通信にもこれを介していたりと用途は多岐に渡る。

 

「ルナティックウェーブを自由に放出するだけでもすごいのだけど発信するだけでは意味がない。だけど私の頭に埋め込んだウェーブコントローラーなら……」

 

 そう言うと秋翠の持っているヒートカッターの光刃がぐにゃぐにゃと様々な方向に曲がる。秋翠は驚いて思わずカッターから手を放した。

 

「コントローラーを使えば発信したルナティックウェーブを増幅し、周囲のルナティックウェーブを使用した兵器に影響を及ぼすことが出来るの」

 

 李餡が自身のこめかみを人差し指でコツンと叩いた。

 

「つまり月の武器は使えないってことね……」

 

 痛みに耐えながら秋翠の力を借りて立ち上がる鈴仙が言う。その手には鮮やかな赤色が滲んでいた。李餡は白い歯を輝かせてヒートカッターを手にした。

 

「この世の全ての遺伝子を扱える私に敵うかしら?」




次回予告

戦いとは常に代償を伴うもの。
狂気の波にのまれた者は白い翼を広げ、悲しみと痛みを振りまきながら空へ羽ばたく。
かけがえのない今を守るため。こんこんと降る雪の中、玉兎は熱く激しく刃をふるう!

次回 月兎大亡命『沈む命』


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沈む命

 李餡は背中から血飛沫をまき散らしながら四枚の白い翼を生やした。それは以前のものよりも一回り大きい。

 

「さぁ、パーティーの始まりよ」

 

 そう言うとヒートカッターのスイッチを押し込んで光刃を展開する。秋翠も身構えてカッターを起動しながら「鈴仙はその子を連れて永遠亭に!」と叫ぶ。

 

「そうよ! 逃げなさい、こいつらを殺したら一緒に楽しく追いかけっこをしましょう! れいせんっ!」

 

 李餡は血濡れの翼を使い飛び上がると、ヒートカッターを構える敵へと切りかかる。秋翠が攻撃を刃で受け止めるとバリバリと音を立ててカッターが更に眩しく光る。次第に力で押し負け秋翠は後ろへ吹き飛ばされた。

 

「雑魚めっ!!」

 

李餡は初撃と同じように飛び上がって袈裟斬りを放つが、緋燕が射撃体勢に入るのを確認すると翼を使って飛び上がり、攻撃を中断する。

 

「武器は置いていくわ」

 

 鈴仙はヒートカッターだけを手元に残し、持っていた装備を全て置いて獄猫の元へ急ぐ。だいぶ弱った獄猫は動くことは無く、地面に突っ伏していた。鈴仙は「まだ死ぬには早いわ」と肩の痛みに耐えつつ物言わぬ獄猫を背負って永遠亭の方向へ向かう。怖いから逃げるのではない、今できる最善が怪我人を連れて逃げることだと、自分に言い聞かせた。

 

「借りるよ!」

 

 彗青は鈴仙が置いていった装備一式を手に取り、戦いに加担する。

 

「三対一でも私は余裕よ!」

 

 李餡は手に持っていたヒートカッターを彗青めがけて投げると、真っ直ぐ彗青の頭めがけて飛ぶ。彼女は反応が遅れ何もできずにいる。

 

「シールドでっ!!」

 

 すかさず彗青の前に出た緋燕が電磁フィールド発生器(シールド)でカッターを跳ね飛ばす。跳んだ棒は回転し、光の円を描きながら竹林の中に消えていった。

 

「みんな、今が潮時だよ!」

 

 ヒートカッターを失った李餡に残されたのは翼だけで、脅威となる武装がない。緋燕はレーザーライフルの照準を翼のキメラに合わせ、引き金を絞る。しかし銃口から流れた光の筋は不規則に曲がり、最後にはブーメランと化した。光線は緋燕の顔の横を通り、消え去る。

 

「私に武器がなくてもあなた達のそれはいつでも操作出来ることを忘れたの?」

 

 緋燕は唖然として武器を落とした。レーザーもルナティックウェーブによって軌道を制御している。従ってルナティックウェーブを自由自在にコントロール出来る李餡には月の兵器は全くの無意味なのだ。

 

「ルナティックウェーブ……一体何なの」

 

「だったらこれで!」

 

 彗青はグレネードランチャーを構えて撃つ。だが弾の速度が遅く放物線を描くこの擲弾銃を命中させることは難しい。当然の如く射撃は回避される。

 

「レーザーライフルを使わないと勝てないわよ」

 

 李餡は自分でもいだ翼がある場所へ着地すると一度取り損ねた二丁の銃を彼女はようやく手にした。彼女はそれらをこれ見よがしに両手に構える。レーザーライフルより一回り大きい得物は見る者を圧巻し、先端の巨大な砲口はそれだけで戦意喪失させるくらいだ。

 

「バスターメガキャノンだって!?」

 

 緋燕が李餡の持つ二つの銃を見るなり目を見開いて驚愕する。彗青が「何それ?」と問いかけると緋燕はいつも通りの反応で武器の解説を始める。

 

「携行できるビーム兵器の中で一番広範囲に攻撃できるやつだよ。それが二つもだなんて……」

 

「よくご存じで……と言っても知ってるのが当たり前よね」

 

「それでなすすべもない私達を一方的に焼き払うと」

 

 秋翠が素っ気なく言うと李餡はクスッと笑うとバスターメガキャノンのグリップ付近の出力メーターを最低値にする。

 

「その気になったら抵抗する癖に」

 

 銃をプラプラと振って余裕そうな素振りを見せる李餡。一息つくと彼女は鋭い眼差しで三人を貫く。 

 

「来なさい、三人まとめて仕留めてあげる」

 

 そう言うと翼を振り上げて空へと羽ばたく。強烈な風が土煙を巻き起こし、三人は怯む。空に上がった李餡は二丁のバスターメガキャノンを真下へ向けて撃つ。滝のようにビームが流れ、三人はそれを回避しながら散った。この一回の射撃で永遠亭の敷地一つ分の竹林が焼け野原と化す。

 

「言うほど広くないわね」

 

 彗青が背後の竹林のクレーターを見ながら呟く。そうしている間に李餡に正面を取られてしまう。

 

「どこを見ているの? 私はここよ!」

 

 キャノンの砲口が自身に向いていると気づいた彗青はすぐさま電磁シールドを展開して防御体制に入る。二つの黒い穴から眩い光が走った。そこから放たれたエネルギーは先ほどのものより高出力でシールドではカバーしきれておらず、跳ね飛ばされたビームが竹林を燃やす。

 

「出力がダンチなんだよ!」

 

 その叫び声を合図に李餡は引き金を更に強く引く。ビームはより太くなり、勢いを増す。

 

「防ぎきれない!」

 

 彗青のシールドが破られる寸前、李餡の背後から秋翠がヒートカッターを勢いよく振る。気づいて李餡は射撃を止め、避けようとするが間に合わずキャノンを両断される。切り口から電気が走り、銃は爆発寸前だった。

 

「何だと!」

 

 銃を捨てて丸腰になった李餡は急降下をし、竹林に消える。二人の間に緋燕が加わり「みんなで固まらないとやられるよ」と戒めるように言う。それに秋翠と彗青は首を縦に振って了解の合図とした。三人は急いで敵の後を追う。

 

***

 

 遠くから聞こえる凄まじいビームの音、少女の怒鳴り声。その音は自分を逃がして戦ってくれている仲間の唯一の生存証明。それらが聞こえる限りはまだ彼女らが負けていないとわかるので鈴仙は正気でいられた。

 

 いつもならすぐ止まるはずの血は今だ流れており、一歩一歩と歩くたびに鈴仙の意識を朦朧とさせる。その上獄猫を背負っているから体力の低下も著しい。

 

(このままじゃ、永遠亭まで持たない……)

 

 自分だけ逃げたままなのはもう嫌だ。その気持ちが鈴仙の体を動かした。

 

「もう……いい」

 

 目を覚ました獄猫が鈴仙の背から無理矢理降りようとする。お陰で鈴仙はバランスを崩して獄猫共々、地面に倒れてしまう。その際に二人は小さくうめいた。鈴仙は失血によって立ち上がる気力が失われていた。獄猫はそんな彼女を放っておき、おぼつかない足取りで踵を返して歩き始めた。

 

「待って……獄……びょう……」

 

 赤い瞳に背を向けて立ち去る兎を移して鈴仙は手を伸ばす。次第に視界は暗くなり、鈴の音が微かに耳に入る。甘い音(ね)が意識を徐々に奪っていき、闇に溶けた。次に目が覚めた時、鈴仙は永遠亭の自室で仰向けになっていた。

 

「目が覚めた?」

 

 どこからか聞こえた永琳の声に鈴仙は「はい……」と短く答える。その二秒後、鈴仙は獄猫のことを思い出して掛け布団を跳ね除けながら勢いよく起き上がる。激しく動いたが肩に痛みは無かった。永琳が完全に治してくれたのだろうと鈴仙は考えた。

 

「戦場へ行くのね」

 

 永琳が血濡れの穴あきブレザーをたたみながら訊く。

 

「みんなが待っているので」

 

 鈴仙はうなずきながら答えた。布団から出て予備のブレザーを羽織る。

 

「行ってきます」

 

 鈴仙はそう言い残して永遠亭を飛び出した。

 

***

 

 白い粒が降る灰色の空で四人の玉兎がもつれ合っている。高度が高く、天候が天候なため下の様子はほとんど見えない。

 

「あははははは! この程度かい?」

 

 李餡は羽毛をばら撒きながら弾幕を張る彗青に接近し、その腹部に横蹴りをお見舞いする。厳しい訓練で痛みには多少慣れていたつもりでも李餡の勢いのついた蹴りは格が違った。彗青は後ろに吹き飛ばされて咳き込む。

 

「よくもやったな!!」

 

 緋燕は実弾兵器の片手バルカンを李餡目掛けて撃つが華麗に躱(かわ)される。そこに秋翠が背後からヒートカッターで李餡の首を狙うが翼の羽ばたきで起こる風で妨げられる。

 

「もっと本気を出しなさいよ、これは命のやり取りなのよ」

 

 そう言って振り向きざまに翼で背後にいた秋翠を殴打すると何かが折れるような音が響いた。

 

「うぐっ……」

 

 秋翠は小さく呻き、そのままゆっくりと大地へ落ちていく。彗青が落下する玉兎の名を叫んで助けに行こうとするのを李餡は逃さない。即座にヒートカッター取り出して刃を展開すると、それに回転をかけながら彗青の手前に向かって投げる。刃はそこに獲物が来ることを知っていたかの如く、彗青へ真っ直ぐ飛ぶ。

 

「危ない!!」

 

 緋燕が危険を察知し、すぐさま彗青へ向かう。そして縦になるようにして前に出るとヒートカッターの軌道を変えるためバルカンを掃射する。放たれたいくつかの弾丸が柄の部分に命中し、角度が変わる。軌道が逸れたか思った次の瞬間、光刃は蛇の様にうねり、緋燕の持つバルカンを切り裂く。真っ二つにわかれた銃は爆発し、所持者の腕を木っ端微塵にする。

 

「くっ……」

 

 激しい痛みに緋燕は叫ぶことも出来なかった。その上破片が足を擦り、胴へ突き刺さるため痛覚は至る所へ跳ね回る。李餡は苦しむ緋燕を見てクスクスと小さく笑いながらヒートカッターを回収する。

 

「緋燕!!」

 

 彗青は止まって、緋燕へと振り向く。彼女はどちらへ行こうか迷い、その場でうろたえる。

 

「早く秋翠の所へ行け!」

 

 今までにない激しい、雷を落とすような口調で緋燕は怒鳴る。彗青はたじろぎながらも落ちる秋翠を追い、降下した。その様子を後目で確認すると緋燕はボタボタと赤い滝が流れる右肩を抑える。

 

「もう死ぬ気?」

 

 李餡が踏みつぶした瀕死の蟻(あり)でも眺めるような残酷な目つきで言う。すると緋燕は相手の方へ向いて二っと笑い「そのつもりはない」と残された左手で銃を作り出す。

 

「あっそう」

 

 独特な銃声が鳴り響き、秋翠を介抱する彗青は空を見上げた。親友が独り自分達のために戦っていると思うと胸が苦しくなり、居ても立っても居られなくなる。どうしようもない状況にむずむずしていると秋翠が目を覚ます。

 

「秋翠、大丈夫……なわけないか。すごい音したもんね」

 

「大丈夫、これが割れただけだから」

 

 そう言ってブレザーを脱いでみせるとそこには潰されてへこんだ短機関銃があった。彗青はひどくホッとする。秋翠は起き上がりながら「緋燕は?」と訊くと彗青はハッとして空を見上げた。この瞬間も彼女はまだ一人で怪物と対峙している。その様子から状況を悟った秋翠は「早く行かないと」と天を仰ぐ兎の手を握る。

 

「これが欲しいのでしょ?」

 

 突然、空から声が聞こえる。それと同時に二人の前に緋燕がゴミを捨てるように投げ込まれた。右腕が無く、ヘアゴムも外れており髪が下ろされていた。彗青は叫ぶ間もなくぐったりと横たわる緋燕へと走り寄る。

 

「ねぇ、起きてよ緋燕!」

 

 彗青が呼びかけながら体を揺さぶるが緋燕は全く反応を示さない。その体はひどく冷たかった。

 

「全く面白みのない奴だよこいつは。だから殺した」

 

 李餡が腕を組みながら降りてきた。その表情はまるで鉄仮面でも被ったかのようだった。

 

「そんな……」

 

「噓だと言ってよ緋燕! 死んじゃいや!」

 

 冷たい体にすがりついて泣き叫ぶ彗青、地面に手をついて落胆する秋翠。襲い掛かる絶望という名の弾丸は二人の心に風穴を開けた。

 

「こうなりたくなければ私に素直に従うことね」

 

「どうしてよ……」

 

 彗青がボソッと呟く。李餡は聞き取れなかったため「何だって?」と垂れ下がっていた兎の白い耳を上に上げる。

 

「どうして!」

 

 その瞬間、緋燕が腰に下げていた拳銃を抜き、憎き敵へと乱射する。李餡は回避行動をせずにその場で立ち尽くす。涙で前がよく見えない彗青の射撃は粗末なものであったが何発かは命中していた。

 

 弾が切れても彗青は引き金を引き続けた。カチッカチッと言う音が辺りに響く。生きる的の李餡は体の至る所から血を流していたが痛くも痒(かゆ)くもないといった様子だった。

 

「気は済んだかしら」

 

 彗青はまた泣いた。今度はどうにもならない現実にすすり泣いていた。対して秋翠は悲しみより怒りの方が強かった。おもむろに立ち上がり握りこぶしを固める。

 

「何が“気は済んだ”だ! そんなので許されると思っているのか!」

 

 凄まじい気迫で李餡を睨みつけると秋翠は武器も持たずに殴りかかる。強く握った拳は目標へと突き進み鉄仮面の左の頬にめり込む。右を向いた李餡は視線だけを秋翠に向けた。

 

「無計画に突っ込んでも何も変えられないわ。そんなのだから自分を変えられないのよ」

 

 そう言って不敵に微笑むと自らへと伸びる秋翠の細腕を払いのけ、ヒートカッターを取り出すとそれを振りながら光刃を展開する。秋翠は李餡のカッターを振る速度を操り攻撃を避ける。

 

「変えられないのはお前の方だ! いつまでも復讐ばかりで!」

 

 李餡は自分の動く速度が遅いことに気づいても動揺せずに刃を振り続ける。だが如何(いかん)せん彼女の斬撃はかすりもしない。

 

「これは復讐ではない、救済だ。素直にそれを受け入れる気になったなら死んだアイツも助けてやろう」

 

「そんなウソを誰が信じるか!」

 

 秋翠もスカートのポケットに隠していたヒートカッターで応戦をする。

 

「ほら、そうやって避けてばかりで刃を交えようとしない。逃げてんだよあなたは!」

 

 いくら動きが遅くても形は一流のものだ。油断はできないため秋翠は一つ一つ慎重に躱(かわ)していた。対する李餡は先程までの余裕は無くなり、まるで自分だけ水中にいるような感覚にもどかしさを覚えていた。

 

「もう私は逃げない。自分を捨てて仲間を守るのも生きる意味になるってわかったから!」

 

 秋翠はヒートカッターで李餡の体に幾つもの傷をつける。その度に肉の焼ける音が響く。いいようにされてついに怒りの沸点に達した李餡は手加減で封印していたウェーブコントローラーを使うことを決心する。

 

「ならばその命散らして、仲間の血肉となれば?」

 

 そう言うと突きの構えを取り、秋翠の頭めがけてヒートカッターを前に押し出す。

 

「刺し違えてでも!」

 

 秋翠は体を落として突きを避け、李餡と同じ技で止めを刺そうとしたその時だった。相対する二人が持つカッターの刃はどちらも“くの字”に曲がって切っ先が秋翠の体を突き抜けていた。

 

「すごい、すごいよォ!!! ウェーブコントローラー無敵なり!!」

 

 そう叫んだのを合図に光刃は縫い針が布を縫うかの如くに秋翠の体を這いまわる。彼女は瞬く間に蜂の巣となった。刃が縮むと秋翠は地面に突っ伏して動かなくなる。それは余りにも急で静かだったため彗青が気づいたころには魂のない空っぽの肉体になっていた。

 

「そんな……秋翠まで私を置いてくの?」

 

「さっさと私に従っていればよかったの。あなたも死にたくなければ大人しくしていなさい」

 

 彗青は体を震わせると天に向かって大きく叫んだ。李餡はついにとち狂ったか、と気にせずに踵を返すと目の前にヒートカッターを構える獄猫が立っていた。多少は驚いたが最後のチャンスを与えるために近寄ると視界いっぱいに光が差し込んだ。その瞬間、ヒートカッターが自らを貫こうとしていると気づいたが遅く、頭にぽっかり大穴があけられる。

 

「ふ、ざ、け、る、な……」

 

 李餡は辛うじて残った口でそう言うとばたりと膝をついた状態で静止する。叫び疲れた彗青がその状況を見て、理解するのには少し時間がかかった。

 

「コイツはあなたの恩人じゃないの?」

 

「私の知っている李餡は翼も生えていなければ、こんなひどいことはしない。それよりもコイツはこの程度では死なない」

 

 獄猫は石像のように微動だにしない李餡を見て言った。顔からは煙が伸びており、口だけの顔は異形の異星人を彷彿とさせる。

 

「みじん切りにでもする?」

 

 彗青が訊くと獄猫は「そうしよう」と頷きながら答える。焼けた頭とともにウェーブコントローラーも蒸発しているため、その驚異的なアイテムは使えない。よってヒートカッターやビーム兵器も安心して使える。

 

「やるぞ……」

 

 そう言うと獄猫はヒートカッターを振り上げる。彗青も横で刃を振ろうとしていた。だが肝心の獄猫には迷いがあった。李餡を見るたび昔の優しい笑顔が脳裏に浮かぶため、その手を振り下ろすことが出来ないのだ。どうこうしているうちに切断面から再生が始まってしまった。危機を覚えた彗青はヒートカッターを両手で強く握る。

 

「やらないなら私がやる!」

 

 獄猫は頭を振り、頭に浮かぶ煩悩を振り払い「私にやらせて!」と叫んでカッターで李餡を両断しようとする。だがすんでの所で刃は止まる。李餡に腕を掴まれて、阻まれていたからだ。余りにも強く握られ、獄猫は痛みでヒートカッターを手放す。

 

「早く李餡を殺せ!」

 

 彗青が刃を振ろうとすると顔のない李餡は盾を作るために無理矢理獄猫の手を引っ張り、彗青の前に立たせる。

 

「で、できない!」

 

 彗青はヒートカッターを野球のバッターのように持ったままうろたえていた。

 

「助けてやった恩を何度もあだで返すとは、悪い子め」

 

 その声はまるで悪魔にでも取りつかれたかのような低い声で二人をゾクリとさせる。李餡の頭部は急速に再生されており、すでに頭蓋骨が形成されて筋肉を直している最中だった。普段ならその気色悪い様に戻していたかもしれない彗青達だったがそんな暇がないほど焦っていた。

 

「私なんてどうなっていい、早く!!」

 

「ええい、もうどうにでも……」

 

 彗青が腕を振ったその時、獄猫の肩からおぞましい何かが顔を覗かせる。それは不気味に笑っていた。玉兎とは思えないくらい強いプレッシャーを周囲に放ち、見る者を石のようにしてしまうメデューサだった。

 

「再生は完了したわ。あんたにもう用はない」

 

 李餡は掴んでいた獄猫の右腕を怪力に任せてねじ切った。血を流し苦痛の叫びをあげる獄猫を乱雑に投げ捨てると白い翼を大きく広げて飛び上がる。

 

「みじめに死んだ仲間の仇を撃ちたければ来なさい」

 

 彗青は分かりやすい挑発に乗って李餡を追い上空へと飛ぶ。まるで来ることをわかっていたかのように李餡は相手を待ち構えていた。

 

「あんただけは絶対に許さない!」

 

 今までにない、もの凄い眼力を李餡に送るが彼女はものともせず「許してほしいとも思ってないわ」と笑みを浮かべながら言う。彗青はカッとなりつい飛びかかりそうになったが抑えた。自分を守るために命を張った仲間の死を無駄にしてはいけないと心に誓っていたからだ。

 

「私を殺すんじゃないのかい?」

 

「あんたを殺してもみんなは戻って来ないよ……だけど、それなりの裁きは受けてもらう!」

 

「あなたじゃ私は裁けない」

 

「ええ、そうね。私“一人”だったらね」

 

 李餡が眉をひそめると突然視界が暗転し、動揺を見せる。その瞬間に何者かに両手と左右の翼をヒートカッターで切り取られる。暗黒の中、李餡は相手にいいようにされて叫び、激昂する。

 

「誰だ!! 彗青か!?」

 

「もう容赦はしないわよ!」

 

 その声を聞いて李餡ははっとしてその者の名を呼んだ。

 

「れいせぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」

 

 その咆哮にも似た叫びと共に李餡は翼以外の、消えた体の部位を一瞬で再生させる。鈴仙はヒートカッターの出力を最大にして太い光刃を形成させると盲目の李餡に切りかかる。だが刃は空を切った。

 

「避けた? 今は見えないはず!」

 

「目が無くても私には生物の多様な遺伝子がある。音や音波で周囲の様子はわかるんだよ」

 

 李餡がそう言いながら彗青に接近して、カッターを振りかざして裂こうとする。突然のことに対応できず、彗青は目をつむるがいつまで経っても自信に刃が通らない。

 

「世話が焼けるんだから……」

 

 心が落ち着くような懐かしい声がして彗青は瞳を開く。そこには李餡のカッターをシールドで受け止める緋燕の姿があった。死んだはずの親友がいることに彗青の心の中は驚きと喜びがせめぎ合い言葉が出なかった。

 

「緋燕……生きて……」

 

「一筋縄ではいかないか」

 

 李餡は一旦距離を置いた後に竹林の中へと姿を消した。それと入れ替わるようにして鈴仙が二人の前に現れる。

 

「また逃げられた!」

 

 彗青が拳を握り、唇を噛んだ。鈴仙が緋燕を見るなり「永遠亭に行って」と催促するが片腕の玉兎は首を横に振る。

 

「このくらい大丈夫だよ。それと秋翠と獄猫(あのこ)は通りがかりの兎に任せたから」

 

「秋翠にも何かあったの?」

 

「後で話すよ。それよりも今は……」

 

 三人は眼下に広がる迷いの竹林を見る。雪が降り積もり一面、白銀に染まっていた。その裏で怪しい人影が二つ、彼女らを傍観していた。

 

「彼女らなら大丈夫ね。任務は終了よ」

 

 傘を指している少女、八雲紫がそう言って移動用のスキマを作り出すと「え? もういいの?」ともう一人の少女、博麗霊夢があっけにとられた表情をする。これからが正念場だというのに帰ってしまう紫の行動がよくわからなかったのだ。

 

「ああ見えて敵は再生によって大量のエネルギーを消費している。いずれ力尽きるわ」

 

 霊夢は「ふーん」と相槌を打つと思いだしたかのように紫に質問を投げかける。

 

「そういえばアンタ一人でも監視くらいならできたでしょ。なんでよ?」

 

「これも修行の一環ですわ」

 

 紫は小さく笑うとスキマの中に姿を消してしまった。霊夢も同じようにして笑うと神社の方向へ飛び去って行く。

 




次回予告

憎しみが争いを呼ぶのなら、愛は平和を呼ぶのだろうか?
宇宙から降りてきた戦いは元の場所へ還さねばならない。そのために少女たちは悲しみを拭い、立ち上がる。

次回 月兎大亡命 最終話『宇宙へ還る』


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