ガンダム 鉄血のレコンギスタ (K-15)
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鉄血編
第一話 鉄と光と


 宇宙移民と宇宙戦争の歴史となった宇宙世紀が終わって幾分の月日が流れた。

 新たな時代であるリギルド・センチュリーを向かえて一〇一四年。人類は未だに争いを続けている。

 キャピタル・テリトリーの候補生であるベルリ・ゼナムは、アメリア軍が秘密裏に動かしている海賊船メガファウナのモビルスーツデッキの中で不満を口にしていた。

 

「マニュアルに書かれてる事がいつでもできる訳ないでしょ。それに技術屋目線でしか物事を見てないから、パイロットの事をわかってないんです」

 

「でもパーフェクトバックパックなんて名前なんだから――」

 

「名前だけで信用できますか」

 

 メカニックであるハッパはベルリの機体であるGセルフの新型バックパックの調整作業に忙しい。ヘルメスの薔薇の設計図を元にして開発された4つのバックパックの性能を兼ね備えたパーフェクトバックパック。

 それも技術力の高いビーナス・グロゥブで開発されたとなれば、Gセルフの性能をより高いレベルで引き出す事ができる。

 マニュアルを片手に持つベルリは赤いパイロットスーツを装着すると開放されたハッチからコクピットに乗り込んだ。

 

「ハッパさん、出せますね?」

 

「珍しい、テストか?」

 

「今まで試運転もして来なかったのがおかしいんです。僕は前線で戦わなくっちゃならないから、バックパックの性能を確認します。ハッパさんは退いて下さい」

 

「シールドも新しいのを用意した。忘れるなよ」

 

 操縦桿を握るベルリはハッチを閉じ、マニピュレーターを伸ばして言われた通りにシールドを左腕にマウントさせた。右手にはビームライフルを握り、Gセルフはカタパルトに歩を進める。

 

「ポテンシャルは宇宙用バックパックよりも良いらしいけど……」

 

『ベルリ、艦から離れすぎるなよ!』

 

「わかってますって、ハッパさん。Gセルフ、出ますよ!」

 

 メインスラスターを蝶の羽のように広げて、最新鋭バックパックを背負ったGセルフはメガファウナなら飛び立つ。

 従来の機体とは一線を画するGセルフ、メインスラスターの青白い炎とフォトンリングが機体を瞬時に加速させる。

 

「これが新型バックパックの性能かぁ……キャピタルアーミーとドレット軍、それにジット団も新型を用意してるんだから、僕がなんとかしなくっちゃ」

 

 ペダルを踏み込むベルリは機体を加速、漂うデブリを避けながら機動性と運動性を確かめながら操作する。不本意とは言え、状況に流されたとは言え、ベルリは幾度も死線をくぐり抜けて来た経験からパイロットとしての能力も飛躍的に上昇していた。

 頭と体を使って瞬く間に操作を覚えていく。

 

「リフレクターモードにアサルトモード、フォトントルピード? コピペシールドは使えそうだ!」

 

 持ち込んだマニュアルを片手に持ちながら、ベルリは機体の慣らし運転を続けていく。すると、どこからか眩い光が見えた。

 

「何だ、彗星? いや、違う。彗星はもっとこう――」

 

 光に視線を向けるベルリはそれを凝視する。その光は虹色のカーテンのように、それでいてどこか悲しげだった。まるで宇宙に落ちた涙のよう。

 

///

 

 艷やかなブロンドヘア、二重まぶたから覗かせる瞳は美しく、まだ10代ながらもその立ち振舞いからは気品が溢れる。富裕層出身である彼女の赤いドレスに使われている生地1つ取っても1級品で、彼女の美しさを際立てていた。

 少女の名はクーデリア・藍那・バーンスタイン。

 火星独立運動の一環として、彼女は自らの意思で火星に向かって旅立っていた。慣性飛行に入る輸送船の中でシートベルトを外す彼女は、窓の外に映る広大な景色を眺めている。

 

「もう少しで火星郊外ですね。これが火の星、外から見るのは初めてです」

 

「お嬢様、お飲み物はいかがですか?」

 

「あぁ、フミタン。今は大丈夫。それよりもアレを見て。彗星かしら? 綺麗な光」

 

「彗星……ですか?」

 

 侍女であるフミタン・アドモスは眼鏡の位置を右手で直すと、クーデリアの傍に寄り添い窓の外を見てみる。

 眼鏡のレンズを通して見える景色には青く光る地球、無数に輝く星々。そして虹にように輝く不思議な光。

 

「何の光でしょう? 少なくとも彗星ではないと思われます」

 

「でも、とても綺麗……」

 

 虹の光に見惚れるクーデリアは瞳を輝かせながらそれを見続けた。けれども虹の光とは別方向から近づく光に彼女は気が付かない。

 メインスラスターから噴射される青白い光。全身が緑色のモビルスーツ、グレイズの部隊は右手にライフルを握りながらシャトルに接近していた。

 

「あのシャトルにターゲットが乗っているんだろ?」

 

「証拠隠滅はコンラッド支部長に任せれば良い。簡単な任務だ、すぐに終わらせる」

 

「了解」

 

 グレイズは握るライフルの銃口をシャトルに向けてトリガーを引こうとするが、パイロットは操縦桿から手を離しコンソールパネルを叩く。

 頭部の装甲が展開し内部の球体センサーが周囲を索敵する。

 

「どうした?」

 

「それが……データにないモビルスーツが観測されたと」

 

「モビルスーツ? エイハブウェーブは出てないぞ」

 

「でも確かに……」

 

 パイロットが機体の頭部を向ける先、カメラが映し出す映像には間違いなくモビルスーツが見えた。真っ白な装甲、発光する各部、羽のようなバックパック。

 誰も見た事のないモビルスーツ。

 

「どうしますか? 攻撃しますか?」

 

「我々の任務はあくまでシャトルだ。それに相手はまだ動いてない。別働隊に任せる」

 

 指揮官の指示に従いグレイズはクーデリアの乗るシャトルに狙いを定める。

 

///

 

 ベルリ・ゼナムはようやく目を覚ました。いつの間に眠ってしまっていたのか本人にもわからないが、覚醒する意識の中で体は自然に動く。ノーマルスーツの空気と水の玉をチェック。次は機体の生命維持装置。

 全てに異常はない。次に機体本体の各部チェック、コンソールパネルを流れるように叩くベルリはオールグリーンになったのを確認した。

 

「寝不足……だなんて事はない筈だけど。気が抜けてたのか? メガファウナの位置はどこだ?」

 

 レーダーを見ても、目視で周囲を見ても、発進したメガファウナの位置が掴めない。それでも冷静に状況を把握しようとするベルリは地球と月の位置を確認し、自らが何処に居るのかを調べた。

 

「どう言う事!? 火星だって!? メガファウナはどうしてキャッチしてないんだ! ガランデンはどうなってるの?」

 

 操縦桿を握り締めるベルリはペダルを踏み込みGセルフを操る。新型バックパックから青白い炎を噴射して加速するGセルフは周囲を索敵しながら進むと、登録されていないシャトルとモビルスーツの反応を見付けた。

 

「データにない機体。でもジット団のモビルスーツとも違う。何だ、撃とうって言うの?」

 

 深緑色のモビルスーツは握るライフルの銃口をシャトルに向けているのがわかる。

 ベルリはアメリアの海賊部隊として活動を続けているが所属はキャピタルガード。宇宙で不徳を働こうとする者を見過ごす訳にはいかないし、民間シャトルを救護する仕事だってできてしまった。キャピタルガードとしての責務を真っ当しようと、ベルリはシャトルを守るべくGセルフを急がせた。

 

「武装もしてない民間シャトルを襲うだなんて、やめなさいよ!」

 

「隊長、白い機体が動き出しました!」

 

「本当にエイハブウェーブは確認できていない……手足だけを破壊して捕獲しろ。あの機体は解析する必要がるな。狙撃は俺がやる」

 

「撃たせない!」

 

 パーフェクトバックパックを背負ったGセルフのポテンシャルは高い。瞬く間に接近すると狙撃を目論む隊長機に向かってビームライフルの銃口を向けた。

 引かれるトリガー、轟くビーム音。狙いは正確に機体の腕部を捕えていたが、水を弾く油のように緑色の装甲はビームを弾く。

 この光景に両パイロットは驚きを隠せない。

 

「直撃したのにビームを弾く!?」

 

「何だあの光は!? まさか新兵器とでも言うのか! 作戦変更、シャトルは後回しだ!」

 

 隊長機は振り返りライフルの銃口をGセルフに向けた。連続して発射される弾丸を悠々と回避するベルリだが、その前時代的な武器にまたも驚く。

 

「実弾兵器だって? こんな前時代的な武器、キャピタルアーミーもトワサンガも使わないぞ」

 

「アイツ、早い!」

 

「装甲にビームが効かない、だったら!」

 

 口で言いながらもベルリはもう一度だけトリガーを引いた。トワサンガ製の高性能ビームライフルから発射されるビームは並のモビルスーツの装甲なら一撃で破壊するだけの威力を持つが、胸部装甲に直撃した筈がまたも弾かれてしまう。

 ビームライフルを腰部へマウントさせ首元からビームサーベルを引き抜く。一気に加速して距離を詰めるGセルフは針のように細いビームサーベルで横一閃すると、敵機が握るライフルとマニピュレーターを一瞬で切断した。

 

「装甲のないフレームなら斬れる」

 

「ナノラミネートアーマーを避けて攻撃だとッ!? パイロットはどうなっている?」

 

「隊長、援護します」

 

 もう一機のグレイズがライフルでGセルフを撃つが、発射された弾丸は装甲に届くよりも前に消えてしまう。

 Gセルフのシールドから発生するコピペシールド、一見透明なビームシールドが機体を離れて周囲を囲う事で弾丸を消滅させたのだ。

 

「コピペシールド、使えるな」

 

「弾が消えたぞ? 何なんだアイツは!」

 

 接近するGセルフは更にビームサーベルで袈裟斬り。装甲は切断できないが、ビームを弾かれながらも腕を振り下ろす。右腕と胴体とを繋ぐ関節部が斬られ、ライフルを握る右腕が宙に浮く。

 

「遅い!」

 

「たかが一機に二機が損傷しただと!? クッ、シャトルの撃破もできずに!」

 

 残る左腕のマニピュレーターにバトルアックスに握らせる隊長機はすかさず横一閃するが、Gセルフの新型シールドにいとも容易く防がれてしまう。

 

「盾などと、洒落臭い!」

 

「正気なのかァァァッ!」

 

 シールドを正面に構えてフォトンバッテリーの余剰エネルギー、フォトンシールドを飛ばすベルリ。光るシールドからエネルギーが発射されてグレイズの左腕は飲み込まれた。

 装甲は破壊できないがマニピュレーターとフレーム、握っていた斧が一瞬の内に破壊されて爆発が姿勢を崩す。

 何もできないまま隊長機は両腕を失い、部下の機体に支えられながらパイロットは敵の戦闘力に脅威する。

 

「何の光だ!?」

 

「隊長、ご無事で?」

 

「あの機体は危険だ、本体と合流するしかない。離脱するぞ」

 

「了解、撤退します」

 

 メインスラスターで加速するグレイズは現宙域から離れて行く。深追いをしないベルリは攻撃の意思がないのを確認し、シャトルに向かってゆっくりと機体を接近させた。シールドの先端をちょんとボディーに触れさせて、接触回線で通信を繋げる。

 

「損傷はしていませんね? 飛行できますか?」

 

「こちらは無事だ、負傷者もいない。それよりもどこのどいつだ、さっきのモビルスーツは?」

 

「データにはない機体です。それに装備から考えても旧型の可能性が」

 

「そうか……どうせ物資を狙った海賊だろう。我々はクリュセに着陸する。まだ他にも障害があるかもしれない。できれば同行してくれると助かる」

 

「それはもちろん。僕だってキャピタルガードですから」

 

「キャピタル? まぁ良い、よろしく頼む」

 

 互いに会話が噛み合わないままシャトルは火星着陸の為に進路を取る。それの護衛に当たるベルリは少し離れて周囲を警戒するが、以後モビルスーツの奇襲や攻撃は襲って来なかった。

 そして少しずつ大きくなる火の星、目の前に広がる未知の惑星にベルリは息を呑む。

 

「トワサンガにビィーナス・グロゥブ、そんでもって次は火星かぁ。地球を出てからこんな事になるなんて思わなかった」

 

「白い機体のパイロット、聞こえているな?」

 

「はい、聞こえます」

 

「これより着陸姿勢に入る。ハッチを開放するから中に入れ」

 

「了解です」

 

 開放されるシャトルのハッチに機体を滑り込ませるベルリだが、操縦桿を動かしながら不自然な事に気が付く。

 

(あれ? 接触回線は繋がってなかった筈なのに。ミノフスキー粒子が薄くなってるのか?)

 

 シャトルに収まったGセルフ、コクピットのベルリはフルフェイスのヘルメットを被りバイザーを下ろす。

 パイロットが言った通りシャトルはそのまま着陸態勢へと入り、重力に引かれて急降下して行く。ぶつかる空気に揺れる艦内。コクピットから出なければシャトル内のシートに座るよりも安全だ。

 ベルリはそのまま地上に着陸するのを待つ。

 

(兎に角、キャピタルタワーに通信を。ノレドと姉さんも気になるけど、キャピタルアーミーの動きを確認しないと)

 

 艦底から車輪を出すシャトルはアスファルトが敷かれた滑走路に無事着陸した。

 体に伝わる振動と変わる景色に、ベルリもハッチを開放させて外に出る。

 ベルリはデッキからエアロックを解除してシャトル内に入ろうとするが、壁に備え付けられたパネルに触れた瞬間に指の動きが止まってしまう。

 

「これ、ユニバーサルスタンダードじゃない。宇宙で使う道具なのに……」

 

 疑問に思いながらも今までの経験と知識でパネルを操作してエアロックを解除できてしまう。その場で起きる状況の変化に対応できてしまったせいで、ベルリがこの疑問の真意に気が付くのは随分と先になる。

 内部に足を踏み入れたベルリ、空気が充満しているのを確認してヘルメットを脱ぎ右腕に抱えながら進んで行く。

 すると現れたのは、赤いドレスを着るブロンドの少女。

 

「アナタは……」

 

「救援活動、本当にありがとうございます。アナタが居なければわたくしはクリュセの地に足を付ける事ができなかったでしょう」

 

(綺麗な人……でも何だ、この違和感)

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインと申します。よろしくお願い致します」

 

 少女は名を名乗り右手を差し出す。ベルリも礼儀を欠く訳にはいかないと右手を伸ばし、パイロットスーツ越しに手を握り合う。

 

「ベルリ・ゼナムです。よろしく」

 

「ベルリさんですね。依頼してたCGSの人が迎えに来てくれるなんて」

 

「CGSですって? 僕はキャピタルガードで、CGSなんて聞いた事ありませんよ」

 

「どう言う事ですか? CGSの方でない。キャピタルガード……」

 

 無意識に、自然と離れるクーデリアの手。同時にベルリの頭の中の疑問もより大きくなる。気まずい空気が場に流れるが、侍女のフミタンが駆け付けた。

 

「お嬢様、時間が」

 

「そうでした。ベルリさん、わたくし達は失礼させて頂きます。これからクリュセ自治区の視察がありますので。キャピタルガードと言う企業は存じ上げませんが、後日改めてご挨拶させて頂きます。今回の件、本当にありがとうございます。フミタン」

 

「はい、お嬢様。お車の用意は既に」

 

 無表情な侍女を引き連れて、クーデリアはベルリから背を向けてシャトルを出ようと歩きだす。その時ベルリは咄嗟に声を出す。

 

「あの! 僕も一緒に行っても良いですか?」

 

///

 

 火星、アーブラウ領クリュセ独立自治区の郊外。この場所にクーデリアが地球までの護衛任務を依頼した企業、クリュセ・ガード・セキュリティがある。

 その社長であるマルバ・アーケイは社長室の椅子の上でふんぞり返りながら、参番組の部隊長であるオルガ・イツカを呼び付けていた。

 

「クリュセ独立自治区の代表の愛娘であるクーデリア・藍那・バーンスタインを地球まで運ぶ。その護衛をお前に任せる。オルガ、参番組をどう使っても良い。何があっても依頼主を地球まで送り届けろ。何があっても、だ」

 

「クーデリア・藍那・バーンスタイン?」

 

「火星独立運動の一役を買う女だ。今回の地球行きもそれに関係しているらしい。まぁ、銭さえ入ればこっちは何でも良いがな」

 

「そんなデカイ仕事を俺達にやらせるんですか?」

 

「お嬢様からの直々のご指名だ。俺だってお前なんざにこの仕事を任せるつもりはなかったよ。形はどうあれやる事はいつもと変わらん。あと数日すれば到着する。ヘマするんじゃねぇぞ」

 

 任務を受けたオルガは早速準備に取り掛かる。モビルワーカーとパイロットの選定。白兵戦を想定した武装と弾薬。地球までは順調に行けたとしても長旅になる。人数分の食料や物資が必要になり、残り数日で全てを整えなくてはならない。

 けれどもそんな事はいつもの事。無理難題を押し付けてキックバックだけは懐に収める社長のやり方。今更反発するつもりもないし、ここで働く限りはこうしていくしかない。

 装備の準備がようやく終わる頃には、任務を受けて2日が経過していた。

 ようやく準備を終わらせたオルガは屋上にまで来ると両腕を大きく伸ばし息を吸い込むと全身の筋肉を解す。見上げる火星の空は淡いブルーだ。

 肺から空気を吐き出すと、聞こえて来る足音に意識を向ける。気がつくと隣には幼い頃からの相棒でもある三日月・オーガスが立っていた。

 

「こんな所に居たんだ、オルガ」

 

「あぁ、ミカか? ようやく準備が終わってよ。今度の仕事は長丁場になる」

 

「ふ~ん、何の仕事なの」

 

「何でも、クリュセから来るお嬢様を地球まで送り届けるらしい。結構な金が入るんだろうな。マルバの奴、参番組を自由に使っても良いだとさ。でも頑張った所で俺達の待遇が良くなる訳でもないが、道中で何があるかもわからないからな。地球に行くともなればギャラルホルンも目を張り巡らせてる。手ぇ抜いて死ぬのは御免だ」

 

「それで? そのクーデリアって奴、今日来るの?」

 

「今日どころか、あと数分もしない内にここに来る。まぁ、やる事は変わらねぇ。いつも通り頼むぜ、ミカ」

 

「うん……オルガの為なら何でもやるよ」

 

「って、言ってたら来たみたいだな。あのシャトルだ」

 

 オルガが指差す先、上空から白いシャトルが降下して来る。左右の翼で風を切りながら進むシャトルは胴体から着陸する為の車輪を展開し、そのままCGSの敷地内に向かって降りて行く。

 三日月はその様子をじっと見つめながら、深緑の厚手のコートの右ポケットに手を突っ込み火星ヤシの実を一粒掴み口へ運ぶ。

 

「クーデリアか……」

 

///

 

「いやぁ~、この度はわたくし共のクリュセ・ガード・セキュリティにご依頼頂きまして誠にありがとうございます」

 

 社長であるマルバは両手をすり合わせペコペコと頭を下げながら目の前の少女に媚びを売る。肥満体のその体に纏うスーツも卸したての新品だ。Yシャツにはまだノリが残っており少し動くだけでもパリパリと小さな音が鳴る。

 普段の客なら何日も洗濯していないヨレヨレのシャツを着て、それどころかわざわざ出迎えもしない。

 傍からみても情けない大人をしているのはマルバ自身もわかっているが、そうするだけの価値がある仕事、大金が転がり込む。

 

「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません。本来なら二週間前に連絡しなければならない筈ですのに、このような急なスケジュールになってしまって」

 

「いえいえ、そんな! 火星独立運動のお役に立てるとなれば、わたくしも喜んでお手伝いさせて頂きます。はい! ところで~」

 

 マルバの前に立つのはクーデリアだけではない。侍女であるフミタンと、そして赤いパイロットスーツを着た少年。

 向ける視線の先に気がつくクーデリアは事情を説明する。

 

「すみません、紹介がまだでしたね。彼女はフミタン・アドモス。私の……いえ、正確にはバーンスタイン家に使える侍女ですね。そして私の身の回りのお手伝いもして頂いています。そして彼は――」

 

 パイロットスーツを装着した少年は周囲をキョロキョロと見渡してはどこか落ち着きがない。けれども自分に向けられる視線に気が付くと、満面の笑みで名を名乗った。

 

「はい、ベルリ・ゼナムと申します! 所属はキャピタル・ガードです。クーデリアさんのシャトルが誰かに襲撃されそうだったので、治安維持の為にもと駆け付けた次第であります!」

 

「はぁ、ベルリ・ゼナム。キャピタル・ガード……ねぇ。それでその……襲撃と言うのは本当ですか? クーデリアさん」

 

「どうやらそのようです。ですがベルリさんの話では海賊のようだったと」

 

「そうですか。それならもう心配する必要はありませんね。でしたらこれからの予定に付いて説明させて頂きます。シャトルなど必要な物はこちらで準備させて頂きました。クーデリアさんは今日一日ここで滞在の後、明日から地球に向かって出発します」

 

「わかりました。地球に到着するまでの事はそちらにおまかせします」

 

「はい。それまでの護衛を担当するのはわたくし共の組員から精鋭を揃えた参番組です。今、呼び出します」

 

 言うとマルバはポケットから通信機を取り出し口元に添える。小さな声で短く何かを言うと、社長室の扉が開かれてオルバを筆頭に参番組のメンバーが入って来た。

 一列に並ぶ彼らは両腕を後ろに組み足を開いて直立する。

 

「参番組、オルガ・イツカ他四名到着しました」

 

「クーデリアさん。こいつらが護衛を担当しますオルガ・イツカと参番組です」

 

「そうですか。初めまして、クーデリア・藍那・バーンスタインです」

 

 自らの名を名乗るクーデリアに対して、呼ばれて来た参番組のメンバーはまともに返事も返せない。リーダーであるオルガはぶっきらぼうに、はい、とだけ返事を返した。

 その隣に立つビスケット・グリフォンもしどろもどろになるだけ。ユージン・セブンスタークも顔を赤面させながらえ~と、と返事を返すので精一杯。

 三日月はクーデリアに対して眉一つ動かさない。そのあまりの態度に社長であるマルバは悪態を付く。

 

「テメェら! この方は大事なお客さんなんだぞ、挨拶ぐらいまともにしやがれ!」

 

「いえ、マルバさん。そのように怒らないで下さい」

 

「し、しかしですね……」

 

 優しく語りかけるクーデリアはマルバをなだめ、自分よりも身長が低い三日月の前に立つと真っ直ぐ目を見つめる。

 

「私はクーデリア・藍那・バーンスタインです。アナタのお名前は?」

 

「俺? 三日月……三日月・オーガス……です」

 

「三日月ですか。この施設を案内して頂けますか?」

 

「はぁ?」

 

 提案するクーデリアにマルバは焦るようにして額に汗を滲ませて彼女に呼び掛ける。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。こいつらはですね――」

 

「フミタン、後の話はアナタに任せます。では行きましょう」

 

 マルバの声を遮りフミタンに一任する彼女は三日月にその華奢な右手を差し出す。白いシルクの手袋に包まれた右手、三日月はチラリと視線を向けただけで何もしようとはしない。

 

「じゃあこっち。付いて来て」

 

「あ……あの……ちょっと!」

 

 踵を返す三日月は早々に社長室から出て行くと、クーデリアも急いでその後に続く。彼女が居なくなってしまった事で動揺するマルバだが、仕事を任されたフミタンが眼鏡のレンズ越しに鋭い視線を向ける。

 

「では後の事は私が引き継ぎます。地球に行くまでの詳しい説明を」

 

「え!? で、ですが……」

 

「私では何か問題がありますか? お嬢様には私からきちんと報告しますので」

 

「そうかもしれませんが……」

 

 フミタンに圧倒されるマルバ。ここで残されたのはベルリだ。ベルリはここ、クリュセ・ガード・セキュリティに直接の用事がある訳ではない。ただクーデリアに付いて来ただけ。

 ならばどう動くのが適切か。彼は自然と頭で考えて行動に移す。

 

「あの……アナタが参番組のリーダーですよね?」

 

 ベルリはオルガの元まで歩み寄るとそう口にした。部屋の中へ一番に入って来たのもそうだし、社長に呼び掛けられて返事を返したのもオルガだ。故にベルリはそのように判断した。

 

「一応、そうなります」

 

「だったら通信施設の場所を教えてくれませんか? 外と連絡が取りたくて」

 

「え? あるにはあるけどよ……おいビスケット、お前が教えてやれ」

 

 ずんぐりと体の丸いビスケットはオルガにそう言われるとベルリを案内すべく前に出た。

 

「では僕が案内します。道に迷わないように付いて来て下さい」

 

「わかりました」

 

 クーデリアは三日月と、ベルリはビスケットと、そして社長であるマルバはフミタンに捕まってしまっている。

 残されたオルガもここに居てもしょうがないとユージンと共に部屋を出た。




 ベルリです! 火星に来ても理解も追い付かないまま、僕はまた戦闘に巻き込まれて行く。相手が銃口を向けるのだから、僕もGセルフに乗って出撃した。
 そして地下から現れたのは悪魔と呼ばれたモビルスーツ……
 次回、鉄血のレコンギスタ――蘇る悪魔――
 見なければ何もわからない!


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第二話 蘇る悪魔

通路の蛍光灯は所々消えてしまっている。長年使っている壁や床は取れない汚れが染み付いており、とても衛生的とは呼べない。そんな中でベルリはビスケットに先導されながら歩いている。

 

「へぇ、ほぉ~」

 

「あの……ベルリさん……でしたっけ? ここがそんなに珍しいですか?」

 

「そりゃあもう! トワサンガとビーナスグロゥブは行きましたけれど、火星には初めて降りましたから」

 

「トワサンガとびー……何と言いました?」

 

「状況に流されたってのもありますけど、自分の目で見なくちゃ何もわからないですから。あぁッ! あの窓から外の景色が見れますよね!」

 

 遊園地に遊びに来た子どものように好奇心旺盛なベルリを見てビスケットはわからないようにため息を吐く。

 

(あのお嬢さんと良い、この人も随分と金持ちのお坊ちゃんだなぁ。ここへも旅行気分で来たのか? 親は大企業の社長か何かか……でないとギャラルホルンの防衛線を普通通してなんてくれないぞ)

 

「地面は赤いのに、空は淡い色をしている。体感重力が地球とあまり変わらないのはテラフォーミングの時に特別な事をしたのか、施設自体に何かあるのかな? あの、ビスケットさん!」

 

「はい、今度は何ですか?」

 

「火星は月の次に地球から近い惑星ですけど、物資はザンクトポルトから受け取っているのですか? 地球から伸びるキャピタル・タワーは火星に物資を送っていませんから。あ、もしかしてトワサンガ……はないか。ビーナス・グロゥブのように資源採掘用の小惑星があるのかな?」

 

「あ……あの……すみません。話に付いていけなくて。僕、学がないもので……」

 

 ビスケットの少し俯いた表情を見てベルリも申し訳なさを感じてしまう。どんな物事も素早く吸収しようとする彼の好奇心が仇となってしまった。

 

「すみません。僕も少しはしゃぎ過ぎました」

 

「いえ、そんな……通信室はこっちです」

 

 再び歩き出す二人はようやく目的の通信室にまで来た。壁のパネルを操作するビスケットはロックを解除させるとベルリを中に招き入れる。

 

「ここが通信室になります。でも設備は古いですし、騙し騙し使ってる物もありますから」

 

「ありがとうございます」

 

 部屋に入るベルリはコンソールパネルを指で触る。そして同時に違和感が更に増した。

 

(あれ? この通信機もユニバーサルじゃない。幾ら古いと言っても……もしかしてクラシックな機械なのか?)

 

「どうかしましたか?」

 

「えぇっ……と、コレがこうだから……こうして……」

 

 ベルリの様子を覗き込むビスケット。コンソールパネルを探り探り操作するベルリを見ながら、どこに通信を繋げるのかが気になった。

 けれども打ち込まれる相手の識別コードは知らないものばかり。

 

「あれぇ、おかしいな? 少なくともザンクトポルトには繋がると思ったのに。どこかで操作を間違えたか?」

 

「まぁ古い機械ですから」

 

「繋がらないとなるとまた別の場所を探すか……自力で帰艦する方法も考えないと」

 

「僕には良くわかりませんが、まだ使いますか?」

 

 数秒だけ考えるベルリは頷くとコンソールパネルの傍から離れた。長時間ここに居た所で状況は変化しない。いくつもある選択肢を試してみるしかないと考えるベルリは次の行動に移る。

 

「いえ、ここはもう大丈夫です。他の場所も教えて頂けます?」

 

「良いですよ。ちょうど良いから三日月達とも合流しましょう」

 

 通信室を出る二人は三日月とクーデリアと落ち合うべく通路を進みながら、同時にビスケットは施設内の説明もしていく。

 さっきの件もあったのでベルリは必要以上の事を聞きはしない。

 暫らく歩きながら施設の全体像を把握していると先に行っていた三日月とクーデリアの姿が見え、ベルリは大声を出しながら駆け付ける。

 

「で、一番奥まで行った所が動力室。ここは自前のエイハブ――」

 

「おーい! クーデリアさぁん! 三日月さんも!」

 

「あんたは……」

 

「良かったぁ、合流できて。時間が掛かったからもう別の場所に行ってるかと思った」

 

「こっちももうすぐ終わる所だよ。向こうの奥が動力室」

 

「動力室? それってエンジンですか? フォトンバッテリーじゃないんだ……」

 

「ウチにはエイハブリアクターがあるから、電気はそれでどうにかしてる。そのフォトンバッテリーってのは知らないな」

 

「フォトンバッテリーを知らない?」

 

「俺、頭良くないから」

 

「ごめんなさい。見下した訳ではありません。へぇ、エイハブリアクター……火星にはそんな設備があるのですね」

 

「火星って言うか、俺達がここに来た時から置いてあった。社長がどっかから掘り出したみたいだってオヤッサンが言ってたな」

 

「見る事ってできますか?」

 

「本当はダメなんだけどな。見付かったらオヤッサンに怒鳴られるし」

 

「あ……無理にとは……」

 

「そう? だったらもう終わりだし飯食いに行こ。この人達も一緒のでも良いよね、ビスケット?」

 

 聞かれてビスケットは両腕を組んで少し悩む。三日月は理解していないが、クーデリアは本来ならもっと丁寧に接しなければならない相手。

 CGSに依頼した客であるのもそうだが、火星の自治都市クリュセの代表首相であるノーマン・バーンスタインの娘でもある。

 故に彼女の待遇は慎重を重ねる必要があった。

 

「えぇっと……クーデリアさん。食事はまた別の物をこちらで用意させて頂きます。後で部屋に運ばせて貰いますので」

 

「お気遣いは感謝致します。ですが三日月と同行させて貰っても良いでしょうか? 私は自分の目で見て感じ取りたいのです。この火星の、子ども達の姿を」

 

 彼女にそう言われては反対する事も難しい。ビスケットはどうしたものかと頭を悩ませるが、三日月は素知らぬ顔でこの場から立ち去ろうとする。

 でもクーデリアは歩を進める三日月を呼び止めた。

 

「待って下さい、三日月」

 

「うん? なに?」

 

「握手をしましょう! 握手はコミュニケーションを取る事に置いて大切な物です。私とした事が疎かにしていました」

 

 白いシルクの手袋を右手から取ると、少女のきめ細やかな素肌が露出する。細い指に綺麗に整えられた爪。肌からはほんのりとボディーソープの香りが漂う。

 でも三日月はまた、自らの手を差し出そうとはしなかった。

 

「あ~……」

 

「先程もそうでしたが何故ですか? 私は、貴方達と対等な立場になりたいと思い――」

 

「手が汚れてるんだけど」

 

 クーデリアの言葉を遮り、三日月が見せた手はオイルで黒く汚れていた。それはクーデリアから漂う甘い匂いをかき消すように、鉄とオイルの鼻を突く臭いが上書きする。

 それを見て彼女は右手を差し出すのを躊躇してしまった。

 

「それと対等な立場になりたいって……つまり俺とアンタは違うって事ですよね?」

 

「ッ!?」

 

「じゃあ俺は行きますから。部屋はビスケットが案内してくれるの? 俺知らないからさ」

 

「そうだね。三日月は先に晩御飯食べて来て。後の事は僕がやっておくから」

 

「ん、お願い……」

 

 言うと三日月は今度こそこの場から立ち去ってしまう。小さな背中が見えなくなるのはあっという間で、クーデリアは彼の言葉を言い返す事ができない。

 俯く視線は床のシミを見つめる。

 そんな彼女に声を掛けるのはベルリだ。

 

「大丈夫ですよ、クーデリアさん。わからない事が多いのは普通の事です」

 

「ベルリさん……」

 

「僕は今まで地球に宇宙、月と金星まで行って来ました。でも行く先々で状況も考え方も違うし、その旅に困惑してばかりでした。この火星だってそうです。まだまだわからない事ばっかり。だから自分の目で確かめましょう」

 

「自分の目で確かめる……はい。その為に私はここまで来たのです」

 

「そうです。見なければ何もわかりませんから」

 

 この時のベルリとクーデリアは火星の惨状を全く理解できていない。そしてベルリは自らの身に起きた現象を理解できるのはいつになるのか。

 

///

 

 火星標準時間二十四時二十分、もう少しで日付が変わる。CGSの広い敷地を夜間に警備するのもここで使われている少年達だ。小さな体には不釣り合いのライフルを構えて、眠気を我慢しながら立っている。

 

「ん……う~ん……イテッ!」

 

 被るヘルメットを後ろから誰かに叩かれた。一時的に眠気が失くなり、振り向いた先に居たのは別の班の少年。

 

「おい、ちゃんとやれ。もうすぐ交代だ」

 

「うん、わか――」

 

 言葉の途中で少年は線が切れた人形のように地面へ倒れた。その頭部からはドス黒い液体が流れ出るが、明かりのない夜では良く見れない。

 倒れ込む少年にもう一人の少年が意識を向けるよりも早く、銃弾が頭部を貫く。長距離狙撃が警備に当たる少年達の頭部を正確に撃ち抜いた。

 遠くの崖からスナイパーライフルを構えるのは黒い戦闘服を身に纏ったギャラルホルンの兵士。

 

「ターゲット沈黙。次の目標に移る」

 

 通信機で報告する兵士は身をかがめて場所を移動するが、CGSの敷地から警告を知らせる閃光弾が数発打ち上がる。

 それを見るのはCGSの団員だけでなく、襲撃作戦の指揮を任されたギャラルホルン火星支部所属の二尉であるオーリス・ステンジャもだ。

 彼はモビルスーツのコクピットの中で作戦が失敗した事に悪態を付く。

 

「ガキを仕留めるだけでヘマしやがって! これが終わったらスナイパーは営巣にぶち込んでやる! 全隊、作戦変更。モビルワーカー隊、攻撃開始!」

 

「待て、オーリス。ここは慎重になるべきだ」

 

「いいえ、クランク二尉。この場は私が指揮を任されています。それに相手の戦力も把握しています。先制攻撃でこのまま押し切る!」

 

 オーリスの指揮に対して異を唱えたのはクランク・ゼント二尉。元はオーリスの教官でもあった男だが、オーリスはその彼の言葉を無視して襲撃作戦を強行した。

 大量のミサイルと砲弾がCGSの施設内に降り注ぎ、爆撃と炎が上がり建造物を破壊していく。

 だがCGSの少年達の動きも早かった。動ける人間はすぐさま武器を手に取り、待機させてあるモビルワーカーに弾薬を装填させる。

 絶え間なく続く爆撃のような攻撃は激しい衝撃と爆音を地下まで響き渡らせた。

 用意された部屋のベッドで眠っていたクーデリアも何事かと瞬時に目を覚ます。

 

「な、なに!? この音は?」

 

「お嬢様はここから動かないで下さい」

 

「フミタン? ねぇ、何があったの?」

 

「私がすぐに確認して来ます。危険ですのでこの部屋からは出ないように」

 

「そ、それはわかりましたけれど……」

 

 気が付くとフミタンはいつもの青いスーツを身に纏い部屋から出ようとすると、一際大きな衝撃と爆音が響き部屋を揺らした。

 体を支えるべく壁に手を付くフミタン。すると彼女が扉を開けるよりも早くに何者かが外から開放した。そこに居たのは赤いパイロットスーツを装着するベルリ・ゼナム。

 

「二人共、ケガはありませんね?」

 

「ベルリさん!? はい、私達は大丈夫です」

 

「良かった。なら早く移動しましょう。ここに居ては危険です」

 

「一体何が起きているのですか? 私には何がなんだか……」

 

「僕にだってわかりません。でもここが攻撃されていて、比較的安全な地下に逃げるのが先決だと判断しただけです。この部屋は構造的にも上の階だから危険です」

 

 ベルリに言われてベッドから出るクーデリアはフミタンと一緒に急いで部屋から出た。先導するベルリは二人と共に地下へと向かう。

 揺れ続ける通路で壁に手を添えながら歩く二人はベルリの背中を見失わないように前へ進むので精一杯。

 

「ぐぅっ!? 揺れが酷くなってる。ベルリさん、アナタはこのような事に慣れているのですか?」

 

「これでも養成学校できちんと訓練は受けました。それにビスケットさんに案内して貰ったお陰でここの構造は把握できてます。そこの突き当りを左に曲がりますよ」

 

「は、はい……」

 

 舌を噛まないように返事をするのが限界だった。ベルリに言われた通り突き当りを左に曲がるクーデリアとフミタン。曲がった先ではビスケットが肩で息をしながら立っていた。

 

「ベルリさん!? クーデリアさんとフミタンさんも」

 

 三人がここに居る事に驚くビスケット、でもベルリはそんな事よりも現状把握を優先させる。

 

「外で何が起こっているんです?」

 

「ギャラルホルンが襲撃を仕掛けてる。たぶん狙いはクーデリアさんだ。でないとこんなタイミングでこんな所を襲う説明が付かない」

 

「わかりました。まずはもっと地下まで移動しましょう」

 

「そうですね。それに動力室では反撃の準備を進めています。それさえ何とかなればこの状況を切り抜けられる」

 

 四人は目的を共有すると急いで地下に向かって進み始める。依然として外の状況はわからないままだが揺れは激しくなる一方なので想像に容易い。

 数時間前にも歩いた通路を辿りながら到着した先では巨大なシェルターが開放されたいた。その奥ではわずかばかりの少年と整備班長であるナディ・雪之丞・カッサパが怒号を上げている。

 

「急げ、急げよ! 時間がねぇぞ!」

 

 屈強で図太い胴体と両腕、その肌は黒く焼けている。しかし彼の両足は無骨な鉄で作られた義足だ。一歩歩くだけで床のコンクリートと反響する。

 雪之丞はビスケット達が動力室にまでやって来た事に気が付くと、一旦作業を他の者に任せて現場を離れた。鈍重な足音を響かせながら、彼はビスケットの元にまでやって来る。

 

「嬢ちゃん達を無事に連れて来れたんだな。外はどうだ?」

 

「オルガからまだ連絡がありません。どちらにしても急ぐしかないです」

 

「それはわかってるけどよ……」

 

 ビスケットが話を進める中でクーデリアとベルリは別の物に目を奪われていた。見上げる先にあるのは見た事のないモビルスーツ。

 ハンガーとすら呼べない場所で両膝を床に付けて保持されている。

 フレームは殆どむき出し、わずかばかりの白い装甲。そして特徴的なのは威圧感さえ感じる顔。鋭いツインアイは相手を睨んでいるようだ。

 息を呑むクーデリア、そしてベルリ。

 

「これは……モビルスーツですか?」

 

「もしかしてですけど……G系のようにも見えますね」

 

「G系……ですか?」

 

(ヘルメスの薔薇の設計図で開発されたモビルスーツなのか? だとしたらタブー破りだぞ? ビーナス・グロゥブもそうだったけど、こうもタブー破りが横行してるなんて)

 

「あれ? 揺れが収まりましたか?」

 

 地下にまで響いていた爆音と振動が途端に失くなった。それを合図にしたようにビスケットの通信機が鳴り響く。急いで通信機を取るビスケットはそこから聞こえて来るオルガの声に歓喜した。

 

『こっちの作戦通りに事が運んだ。社長と一軍の奴ら、裏から一目散に逃げやがった。でもそのお陰でお前の考えた陽動がバッチリ決まったぜ。打ち上がった閃光弾に引き寄せられて二手に別れた』

 

「やっぱり狙いはクーデリアさんか。だとしたらここから逃げる人間を見逃せないからね。それで相手は?」

 

『ギャラルホルンだ。今この場を凌げたとしても厄介な事には変わりねぇ』

 

「そうだね。オルガ、こっちはもう少し時間が掛かりそうなんだ。でも敵が減ったのなら――」

 

『ヤバイぜ、ビスケット。そうもいかなくなった』

 

 安堵したビスケットの言葉を遮るオルガ。敷地への爆撃は減ったが、出撃したモビルワーカー隊の数が見る見る内に減っていく。現れたのは人形の巨大兵器――モビルスーツ――

 

『ギャラルホルンの奴ら、モビルスーツを駆り出しやがった』

 

「モビルスーツ!?」

 

『あぁ、こっちは何とか踏ん張らせる。チッ、ミカのモビルワーカーの弾が切れたか。ビスケット、そのままそっちに合流させる。オヤッサンに急がせてくれ。頼んだぞ!』

 

 言うとオルガの通信は途切れ、ベルリはビスケットの最後の言葉が気になった。

 

「敵のモビルスーツも出撃したのですか?」

 

「え……えぇ、そうみたいですね。だからコイツの起動を急がないと」

 

「それでは間に合わないかもしれません。Gセルフを使います」

 

「Gセルフ?」

 

「クーデリアさんと一緒に来たシャトルに収納されているんです。上に行きます」

 

「上って……待って下さい! 地上は――」

 

 ビスケットが止める暇もなく、ベルリは地下動力室から立ち去ってしまう。シャトルは着陸してからCGSの格納庫に移動させられた事までは覚えている。もっとも砲撃と銃弾が飛び交う中で格納庫にまで辿り着けるのかが問題になるが。

 Gセルフに搭乗すべく通路を進むベルリだが、階が上がり地上に近づくにつれて床や壁の損傷も激しくなっている。度々揺れる爆撃で、コンクリートの欠片が頭に当たった。

 

「イテッ! メットは……外では戦いが続いてる。僕の知らない所で、火星でも戦闘が起こってるなんて」

 

 バックパックのヘルメットを被ると再び歩を進める。地球も、月も、金星も、行く先々で人々は様々な形で争っていた。どこまで遠くへ行こうともおとぎ話のような理想郷などない。

 そしてここ、新天地である火星でも争いが巻き起こっている事にベルリは現実を突き付けられる。

 通路を歩き続けるベルリは地上に這い出ると、戦場の光景を目の当たりにした。

 

「こんな……」

 

 戦っているのも倒れているのも自分と同じか、年下の少年ばかり。キズを負い、血を流し、命を投げ打ってでも戦う少年達。

 その先でモビルワーカーに乗って戦う相手は、全高が18メートルあるモビルスーツ。装甲の色が深緑のモビルスーツは、以前ベルリがクーデリアの乗るシャトルを守る為に戦った相手と同型だ。

 

「またあの機体!? と言う事はクーデリアさんが狙われている。急ぐぞ!」

 

 走るベルリはGセルフの待つ格納庫を目指す。その通り道、嫌な臭いが鼻孔を付く。鉄が焼ける。肉が、油が、血が、負傷した少年達から流れ落ちる命。

 右手をヘルメットに伸ばすベルリはバイザーを降ろすとその臭いを遮断させた。

 

「こんな一方的なの……ただの虐殺だ!」

 

「ベルリさん、危険です!」

 

 大声で呼ばれる名前。一度立ち止まり振り向くと、モビルワーカーに乗るビスケットが居た。

 

「ビスケットさん!? どうして?」

 

「まだ生きてるエレベーターから追って来ました。それよりもここは危険なんです。地下のモビルスーツももう少しで動きます。それまで――」

 

「僕はGセルフに与えられた役目を果たします! そのモビルワーカーで連れて行って下さい!」

 

 言うとベルリはビスケットの言葉も聞かずモビルワーカーによじ登る。ビスケットもそれを止める事はできず、諦めてアクセルを吹かす。

 

「あぁもう! どうなっても知りませんからね! しっかり掴まって下さいよ!」

 

「お願いします!」

 

 スキール音を鳴らしながら加速するモビルワーカーはヒビだらけのコンクリートを突き進む。フェンスで区切られていた区間も既に破壊されており、道と呼べる物は失くなっている。戦い、負傷する仲間を尻目に一目散に向かう格納庫も爆撃で壁や天井が破壊されていた。

 

「確かあそこだった筈だ」

 

「シェルターを開ける暇はありません。ミサイルで壊します!」

 

 返事も聞かずトリガーを引くとモビルワーカーの右脇に設置されたミサイルポッドからミサイルが一発撃ち出される。

 燃料を燃やして一気に加速するミサイルは一直線にシェルターへと突き進み、そして巨大な爆発を生む。

 入り口を作ったビスケットはモビルワーカーを減速させる事なく格納庫に飛び込んだ。本来なら明かりを付けなければ真っ暗だが、天井と壁が崩れているのとミサイルの炎でよく見える。

 シャトルは横転してボディーも傷だらけ。それでも中身は無事だ。

 

「ありがとうございます、後は僕一人でやりますから。ビスケットさんは退避して下さい!」

 

「あのシャトルの中……Gセルフってモビルスーツなんですか?」

 

「そうです! Gセルフは僕でしか動かせません!」

 

「確かに阿頼耶識もなしでモビルスーツを動かすなんて僕にはできませんね……頼みましたよ!」

 

 状況を理解したビスケットはモビルワーカーで急いで格納庫から離れて行った。残されたベルリも横転したシャトルを見上げて気合いを入れる。

 

「これは少し手こずりそうだ」

 

///

 

「よぉし、コクピットの調整は終わったぞ。三日月」

 

 整備班長の雪之丞はモビルスーツのコクピット部分にモビルワーカーのコクピットをごっそりそのまま移植させた。工具を片手に這い出る雪之丞を前に、上半身に何も着ていない三日月は疑問を口にする。

 

「こんなのでモビルスーツ動かせるの?」

 

「厄祭戦時代のモビルスーツは基本は阿頼耶識のシステムを組み込んでる。コイツもそうだろ」

 

「そうなんだ。なら俺でも動かせる。早くやろう」

 

 開放されたコクピットハッチから乗り込もうとする三日月。けれどもそれをクーデリアは呼び止めた。

 

「待って下さい! 阿頼耶識システム……どこかで聞いた事があります。成長期の子どもにしか定着しない、特殊なナノマシンを使用する危険で人道に反したシステムでは?」

 

「だから?」

 

「え……ですから……」

 

「今アンタとそんな事を話してる暇はないんだ。良いよ、オヤッサン。繋げて」

 

 彼女をの言葉を無視する三日月。目の前から死が迫る戦いに置いて彼女は言葉は無意味なのだろう。雪之丞は三日月の脊椎部分から飛び出しているインプラント機器、ピアスにガジェットを装着させるとコクピットから伸びるケーブルを接続させようとした。

 

「三日月、モビルスーツの情報量はモビルワーカーなんかと比較にならねぇ。情報量に脳が耐えられなかったら、脳だけじゃなく体がどうなるかわからねぇ。それでも良いな?」

 

「良いよ。どうせ頭なんてたいして使ってないし」

 

「お前なぁ、そう言う事を言ってるんじゃ……まぁ、お前が良いって言うなら何も言わねえよ。繋げるぞ」

 

 ガジェットに近づくケーブル。接続を間近にしてクーデリアはもう一度叫んだ。

 

「待ってッ!」

 

「ぐッ!?」

 

 モビルスーツの情報が阿頼耶識システムを通して三日月に送り込まれる。事前に言われたようにモビルワーカーとは桁違いの情報量に体が痙攣を起こし鼻血も流れ出る。

 呼吸もままならず、意識さえも飛びそうになるが、三日月はモビルスーツのシステムと適合した。

 

「三日月、大丈夫なのか? おい、三日月!」

 

「かはぁッ!? ……うん、大丈夫。行くよ」

 

「行けるんだな? よぉし、ハンガー動かせ! テメェラは離れろ!」

 

 怒号を上げる雪之丞はモビルスーツのコクピットから離れ、他の整備士もそれを聞き身の安全を確保すべく遠くへと離れた。けれどもクーデリアだけは違う。歩を進めるとコクピットに乗り込もうとした三日月の左手を掴む。

 

「戦いに行くのですか? 死ぬのが怖いとは思わないのですか?」

 

「死ぬ覚悟ならできてる」

 

「覚悟って!? アナタは――」

 

「俺が行かなきゃみんなが死ぬ。そんな事は絶対にさせない。あのさ、邪魔なんだけど」

 

 クーデリアはこれ以上何も言えない。言わせて貰えない。彼女が見下ろす男は少年ではない、戦士だ。死の恐怖さえも克服した戦士。

 三日月は仲間を助ける為に戦地へと赴く。邪魔をする敵は誰であろうと倒す。彼女がここで三日月を足止めすると言う事は、それだけ被害が増えると言う事。

 そんな事を彼は許しはしないし、そんな彼を止める覚悟を彼女は持ち合わせていない。

 力なく手放す左手。クーデリアは何も言わずに三日月から、モビルスーツから離れていく。それを見た三日月も、何も言わずにコクピットへ乗り込んだ。

 シートも操縦桿も使い慣れたモビルワーカーと同じ物ですぐ手足に馴染む。そしてコンソールパネルを触る事なくハッチを閉鎖させると、パイロットの意思が阿頼耶識システムを通して機体に伝達される。自動的に網膜センサーが起動し、頭部ツインアイが見ている風景と同じ物が三日月にも見える。

 

「凄いな……ん、何だコレ?」

 

 コンソールパネルに文字が表示される。三日月には読む事ができないが、阿頼耶識を通して一文だけ理解できた。

 

「ガン……だむフレーム……バルバ……トス……そうか、バルバトスか」

 

『ケーブルカット! エレベーターも動かせる。行くぞ、三日月!』

 

「わかったよ、オヤッサン。行くぞ、バルバトス!」




 始めまして、ビスケット・グリフォンと申します。こういうのは慣れてないので上手くできるかわかりませんが……
 本格的になるギャラルホルンとの戦闘。オルガ、このままで本当に大丈夫なの? モビルスーツを相手に戦うことができない僕は……
 次回、鉄血のレコンギスタ――ベルリと三日月――
 良かったらまた見て下さい


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第三話 ベルリと三日月

 現場の指揮を任されたオーリス・ステンジャは焦っていた。予定していた襲撃作戦は大幅な狂いが生じ、投入したモビルワーカー部隊にも予想以上の損害が出てしまっている。

 そして最終目標であるクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄に時間が掛かりすぎていた。

 

「こんな民間企業を制圧するなど容易な物を! こんな事で躓く訳にはいかんのだ!」

 

「オーリス、落ち着け。ここは一度体勢を――」

 

「この作戦の指揮権は私にあるッ! モビルワーカー第二部隊、東側から移動する奴らを絶対に逃がすなよ! 私は正面から乗り込む。モビルスーツの戦闘力があれば、もう手も足も出まい!」

 

「待つんだ。こちらの目的は目標の確保だ。無意味に――」

 

「だったらあの女の確保はアナタに任せますよ。アイン、聞こえているな! お前も女の確保に動け!」

 

 頭に血が上るオーリスはクランクの言葉に耳を貸さない。今回が初陣のアイン・ダールトンもそんな彼に何も言う事ができず、命令に頷く事しかできない。

 オーリスが搭乗するモビルスーツ、グレイズはライフルを片手にCGSのモビルワーカー隊に突っ込む。

 

「こんな奴ら、虫けら同然だ!」

 

 向けられる銃口にモビルワーカーは逃げ回る事しかできない。モビルスーツとの戦力差は歴然としており、パイロットである少年達は生き延びるので必死だ。

 

「どうすんだよ!? モビルスーツまで出して来るなんてよ!」

 

「とにかく逃げないと」

 

「逃げるってどこにだ――」

 

 モビルワーカーの一機が銃弾に撃ち抜かれて爆発した。数秒前まで言葉を発していた少年は重たい鉄板に潰され灼熱の炎に身を焼かれる。

 一機、また一機。ものの数秒で次々に破壊されていく。オーリスの言う通り虫けら同然。これは虐殺だ。

 その様子をクランクは内側からこみ上げる怒りを押さえ付け、固唾を呑んで見ていた。

 

「クランク二尉、オーリス隊長を止めなくても良いのですか?」

 

「構わん! クッ、我々の行動が遅すぎた。そうでなければこうも味方に犠牲が出る事もなかったと言うのに」

 

「クランク二尉……うん、何だ?」

 

 アインはグレイズのセンサーユニットを展開すると望遠カメラでCGSの施設を見た。爆撃でボロボロになったコンクリートの建物から見た事のない何かが出てくる。

 

「エイハブウェーブには反応ナシ。何なんだ、アレは?」

 

『レイハントン・コード、承認しました』

 

「エレクトリックシステム、フィックス! Gセルフで出ます!」

 

 フォトンリングを発生させて、光る巨人は飛び上がった。ベルリの乗るGセルフはビームライフルを片手に東に逃げる部隊の救助に向かう。

 

「モビルスーツも居るけれど、まずはあっち!」

 

 メインスラスターから青白い炎を噴射させて加速するGセルフは敵のモビルワーカー部隊に向かってビームライフルの銃口を向ける。

 

「ライフルを向けているんです。逃げて下さいよ!」

 

 トリガーを引くベルリ。発射されるビームが轟き一直線に突き進むが、相手は攻撃を避けようともしない。ビームはモビルワーカーに直撃し、更に地上へと突き抜け同時に複数体のモビルワーカーを巻き込んだ。

 地表が吹き飛び赤い土が舞い上がる。たったの一撃で、部隊の三割もが戦闘不能に陥った。

 

「あの白い奴はなんだ!? 今の攻撃は?」

 

「二番から十五番まで応答がありません。どうしますか? 迎撃を」

 

「モビルスーツだ……モビルスーツが居るなんて報告にないぞ。どうなっている?」

 

 混乱するモビルワーカー部隊。けれどもベルリはその様子を見て息を呑んだ。

 

「回避行動を取らないなんて……それにビームライフルは強力過ぎる……モビルスーツは?」

 

 次の行動に移るベルリは施設に接近するモビルスーツに向かってGセルフを飛ばす。上空を自在に飛ぶGセルフにオーリスは機体の操縦を止め目を離せなくなる。

 

「何なんだアレは? エイハブウェーブに反応はない。モビルスーツだと言うのか?」

 

「これ以上はさせません!」

 

「自立飛行などと……それに見た事のない武器。何なのだ……何だと言うのだッ!」

 

 叫ぶオーリスはライフルをGセルフに向けるが、トリガーを引くよりも早く再びビーム音が轟く。ライフルは破壊され、マニピュレーターごと吹き飛ぶ。

 

「ぐぅッ!? 片腕がやられたくらいでなッ!」

 

「まだ来ようって言うの!? だったら!」

 

 グレイズは残った左手でバトルアックスを掴み取り、大地を蹴って走り出す。射程距離にまで近づくと左腕を振り上げ攻撃を仕掛けようとした。

 だがGセルフの動きは早い。

 

「高トルクパンチで!」

 

 Gセルフの右腕が緑色に変化する。強力な右ストレートがグレイズの胸部装甲を捉え、更に左腕も緑色に変化しグレイズを連続して殴る。

 右で、左で、四発五発と殴り続け、最後に両手を握り締めて頭上に振り上げ頭部目掛けて振り下ろす。

 強力なパンチの衝撃でパイロットは何もできず、機体は後方に吹き飛ばされた。

 

「ぐぅぅッ!? コイツは……」

 

「これで帰れる筈でしょ! 熱源、地下から!?」

 

 背中から仰向けに倒れるグレイズにベルリはこれ以上追撃はしない。けれどもGセルフとは違う新たな熱源がこの場所に向かっている。

 それは地下から、三百年以上の眠りから蘇った悪魔の名を持つモビルスーツ。

 

「行くぞ、バルバトス!」

 

 エレベーターの最上階を突き抜け地表を破壊して現れた白いモビルスーツ。そのマニピュレーターには巨大な鉄の塊、メイスが握られており、倒れるグレイズのコクピット部分に目掛けて振り下ろす。

 脱出する事もままならないオーリスはコクピットの中で目を見開き悲鳴を上げた。

 

「モビルスーツが……もう一機だと!? ひ、ひぃぃっぃ――」

 

 鈍重な鉄の音が響く。深緑色の装甲は無残にも潰されて、中のパイロットも重たい鉄にプレスされ体を粉々にされてしまった。

 グレイズが完全に動かなくなったのを確認した白いモビルスーツのパイロット、三日月は右手で操縦桿を引くとメイスを持ち上げる。

 

「ふぅ、まずは一機。後ろの奴は敵なのか?」

 

「あの機体は地下に置いてあったG系!? パイロットは?」

 

「ギャラルホルンに攻撃してたみたいだし、後回しにしても良いか。それよりも……」

 

 三日月はマニピュレーターでメイスを握り直し、メインスラスターを全開にすると、前方に見えるもう二機のグレイズ目掛けて飛び出した。

 この状況を見ていたクランクは、現場指揮官であるオーリスが戦死した事で指揮系統が移ったと判断し、残る兵士に指示を飛ばす。

 

「指揮官であるオーリスニ尉が戦死した。ここから先は俺

が指揮を執る。モビルワーカー隊は脱出ポイントへ急げ。アイン、我々も離脱するぞ」

 

「そんな!? オーリス隊長が……」

 

「情報にはない未確認のモビルスーツが二機、味方にも想定以上の損害が出ている。ここは撤退だ」

 

「くっ! 了解……」

 

 背を向けて撤退しようとするグレイズだが、三日月はそんな事を許しはしない。メイスを片手で握るとパワー任せに投げ付けた。

 

「逃がすかッ!」

 

「アイン、急げッ!」

 

 クランクは操縦桿を動かしバトルアックスを握らせて、迫るメイスを切り上げた。上空に高く打ち上がるメイス。それを見てアインも右足でペダルを踏みこんでメインスラスターを吹かせる。

 

「クランク二尉!」

 

「行くんだ、この白い奴の相手は俺が何とかする! もう一機の動きにも注意しろ!」

 

 クランクを置いて逃げるアインはレーダーでGセルフの動きも見るが、オーリスの機体を倒してからは積極的に動こうとはしない。

 撤退するギャラルホルンの部隊を追撃するような事はせず、クランクと三日月との戦いを見守っているようだ。

 

「情報にはなかったのもそうだが、あの二機は何なんだ? 特にあの自立飛行する機体、やはりエイハブウェーブが確認できない。どうなっている?」

 

 撤退するアインを背にして、クランクは三日月と対峙する。打ち上がるメイスに向かって地面を蹴ると同時にスラスターでジャンプするバルバトスは、柄を掴み取り降下と共に再びメイスを叩き付ける。

 グレイズは寸前の所で一旦後方に下がり攻撃を避けると、メイスが地面とぶつかった衝撃で砕け散った岩石と土砂が噴水のように浮き上がった。

 着地するバルバトス。そのまま両腕で振り払うがバトルアックスとぶつかり合い鍔迫り合いになってしまう。

 

「グレイズに匹敵するこのパワー! フレームもむき出しのそんな機体のどこにそんな性能が!」

 

「さぁね……でもアンタらを殺すには充分だ」

 

「その声は!? この白い奴のパイロットは子どもだと言うのか?」

 

「そうだよ。アンタらが殺しまくったのも……これからアンタを殺すのも……」

 

 両手で握る操縦桿を力強く握る三日月。それに答えるようにバルバトスも更にパワーを上げる。鍔迫り合いの状況から、徐々にグレイズを押し込んでいく。

 

「ぐぅッ!? まさか……パワー負けをしている?」

 

「はぁぁぁッ!」

 

 そのままメイスで弾き返すバルバトス。一瞬ではあるが地面から足が離れるグレイズの姿勢制御をおこなうクランク。匠に操縦桿とペダルを操作してすぐに体勢を整えるが、再び前を見た時には、既にバルバトスはメイスを振り上げていた。

 

「このスピード……この反応速度は……」

 

「これで二機!」

 

「やられるかッ!」

 

 三日月は確実にグレイズの頭部を捉えていたが、モビルスーツでの戦闘ではクランクに一日の長がある。

 スラスターでわずかながらに機体の位置をずらす。そして振り下ろされたメイスはグレイズの右肩にぶち当たった。衝撃と鉄と鉄がぶつかり合う鈍重な音が響き、グレイズの右肩はごっそり持って行かれてしまう。

 

「ぐぅッ!? コイツと相手をするのは危険だ」

 

 残された腕のマニピュレーターで腰部のライフルを掴むと、バルバトスを狙うのではなく地面に向かってトリガーを引いた。

 ダメージを与えるのではなく、煙幕を発生させて少しでも逃げやすい状況を作り出す。けれども三日月は敵を逃がすなんて事はさせない。自分達の障害、邪魔になる相手は誰であろうとも叩き潰す。

 

「逃がすか……」

 

 煙幕の中へ逃げるグレイズに向かって地面を蹴るバルバトス。だが突如として機体の動きは止まってしまう。

 

「何だ? ぐぅッ!?」

 

「トラクタービームです。外部音声で聞こえてますね? 敵は撤退を始めてるんです。これ以上戦う必要はないんですよ」

 

 Gセルフのバックパックに装備されている遠隔操作武器であるトラックフィンから重力を操作するビームが放たれバルバトスを金縛りにあったかのように動かなくさせる。

 

「その声……ベルリか?」

 

「三日月さん!?」

 

 驚くベルリはトラクタービームの発射を止めるとバルバトスを自由にさせる。けれどもその頃になるとギャラルホルンの部隊は遥か後方へと撤退しており、グレイズも今から追い付ける距離ではなくなっていた。

 拘束を解かれたバルバトスと三日月はギャラルホルンが逃げる先を見つめながらも、目の前のGセルフを睨み付ける。

 

「こいつのせいで……」

 

「もう動ける筈です。手伝いましょうか?」

 

「邪魔なんだよ、お前ッ!」

 

 操縦桿を力強く握り締める三日月の意思に反応してバルバトスが動き出す。両腕を使い振り下ろすメイスはGセルフを襲う。

 

「な!? シールド!」

 

 ベルリの声に反応してGセルフが自動防衛機能が働き、左腕のシールドを構えフォトンシールドを展開するGセルフに、三日月も本能的に何かを感じ取る。

 

(何の光? 見た事がない武器だけどなんかヤバそうだな。だったら……)

 

 寸前の所でメイスの標的をシールドから切り替える三日月は、軌道を反らし鉄塊を地面に叩きつけた。衝撃に土砂が舞い上がりGセルフの視界を一時的に奪う。

 

「あそこから軌道を変えるだなんて!?」

 

「要するに触らなければ良いんだろ?」

 

「正面じゃない、右か!」

 

 重力に引かれて落ちる土砂を目眩ましにしてGセルフの右側から攻めるバルバトス。その右手にはメイスが握られており、地面を蹴ると同時にメインスラスターで加速し攻撃が届く距離まで一気に詰め寄る。

 

「これなら届く」

 

「ライフルは使えない。だったら!」

 

 ビームライフルを投げ捨てるGセルフはそのまま右腕でメイスを殴り付ける。Iフィールド駆動も合わさる事で強力なパンチに変わるGセルフの高トルクモード。

 右腕の装甲の色が緑色に変わりマニピュレーターとメイスとがぶつかり合う。パワーとパワーが激突し両機がはじけ飛ぶ。

 

「ぐッ!? 相打ち!」

 

「あのモビルスーツ、色が変わった。緑色だと硬いな」

 

 はじけ飛ぶGセルフはバックパックのメインスラスターで姿勢制御し地面に着地。バルバトスもメインスラスターを吹かし姿勢制御を試みるが、突如として出力が出なくなった。一時は浮力で浮き上がろうとした機体はそのまま背中から地面に落ちる。

 三日月が阿頼耶識で意識を伝えても操縦桿を動かしてもメインスラスターは稼動しない。

 

「推進剤が切れたのか? でも機体はまだ動くな」

 

「僕達が戦う必要なんてないんですよ!」

 

「お前のせいで敵に逃げられたんだ。殺せる時に殺さないとまたあいつらが来るかもしれないだろ。俺達の邪魔をするなら誰だろうと叩き潰す!」

 

「だからって!」

 

 起き上がるバルバトスはGセルフ目掛けて走り出す。振り下ろされるメイス。操縦桿を匠に動かすベルリは半身を反らしてこれを避け、マニピュレーターを首元に伸ばす。ビームサーベルのグリップが排出され手元から針のように細いビームが伸びる。

 

「また見た事のない武器か?」

 

「ビームサーベルを使います! 武器さえ使えなくすれば動けない!」

 

「くッ! 避けられない!」

 

 Gセルフはビームサーベルでバルバトスを斬り上げる。が、白い装甲はビームを完全に弾き飛ばす。

 

「なんだ? ぐぅッ!」

 

 機体その物にダメージはない。だが唯一の武器であるメイスの持ち手が分断され鉄塊が地面に落ちる。そしてGセルフのバックパックから発射されるトラクタービームが再びバルバトスの動きを押さえ込んだ。

 

「僕はもう戦うつもりはありません。それよりも今はやる事がある筈です」

 

「まだだ……」

 

 どれだけ操縦桿を動かしても反応しないバルバトス。それでも三日月は渾身の力を込めて操縦桿を握り締める。

 闘争本能が、生存本能が、自分や仲間を守る為の使命が、そしてオルガの言葉が彼を突き動かす。

 

「俺はオルガに言われたんだ……邪魔する奴は何があっても叩き潰せって。だから……だから……ぐぅッ!?」

 

 鼻から大量の血が流れ出て意識が遠退く。背中のシートに体重を預けると三日月は限界を迎え、バルバトスは搭乗者が動けなくなった事で完全に機能を停止させる。

 外から機体の様子を見たベルリもトラクタービームを停止させ、落としたビームライフルを回収して一息つく。

 

「取り敢えず戦闘は終わったと思いたいけれど……アレは?」

 

 振り向いた先に居たのは逃げたと思っていたグレイズ。けれども残る左腕のマニピュレーターには白旗が握られていた。

 

「私はギャラルホルン火星支部実働部隊所属のクランク・ゼントだ。そちらの代表と話がしたい」

 

///

 

 束の間ではあるがギャラルホルンとの戦闘は終わった。ダメージを負ったCGSの施設内では負傷者の救護とガレキ掃除が進められている。

 バルバトスも回収され急ピッチで整備作業が進められていた。

 そんな中で戻って来たのはいの一番で逃げ出した一番組のメンバー。死に物狂いで戦ったオルガ率いる参番組からすれば許せる物ではなく、一番組の隊長であるハエダ・グンネルら構成員全員が拘束された。

 オルガはベルリに協力を仰ぎビームライフルの銃口を向けさせれば、一番組の構成員を震え上がらせるのは容易い。そしてベルリは今、部屋に閉じ込められていた。

 

「何でこうなってるんだぁ?」

 

「すみません、こちらも手一杯の状況で」

 

 申し訳なさそうに謝るのは扉の向こう側に立つビスケットだ。

 ベルリは自由に移動できないでいるが、体は動かせる事で危機感をあまり持っていない。

 

「それでもどうしてこうなるんです?」

 

「今はギャラルホルンの隊長と一番組との対応、救護にガレキ掃除と忙しいんです。その上アナタの調査までできませんよ」

 

「調査? 僕の? 運行長官のウィルミット・ゼナムに繋げて下さい!」

 

「だからそんな余裕はないんですよ。僕は今から資材管理をしないといけないし、この部屋で大人しくしていて下さい」

 

 言うとビスケットは扉の前から居なくなってしまい、ロックの掛けられた部屋に一人残されるベルリは何もできないでいた。

 一方で一番組の構成員はもっと酷い状況下に置かれており、両腕を後ろに回し親指を結束バンドで拘束されていた。両足首には手錠が掛けられ、かび臭く埃の舞う物置部屋に隊長であるハエダ・グンネルを始めとした構成員がイモムシのように寝転んでいる。

 そんな彼らの前に立つのは銃を右手に、左手にはバインダーを持つ三日月。

 

「えぇっと、デクスター・キュラスター? 出て良いよ」

 

「出て良いって……」

 

「俺文字読めないからさ、これに書いてある事良くわかんないんだけど。オルガからの伝言でアンタはこれからも働いて欲しいんだって」

 

 バインダーに貼り付けられている指示書を読めない三日月は事前に言われていた事を暗記しているだけ。眼鏡を掛ける細身の中年男であるデクスターはモゾモゾと体を動かしながら三日月と話をする。

 

「その紙、何と書いてあるのですか?」

 

「あぁ、今手錠とバンド外すよ。後で自分で読んで」

 

 言うと三日月はバインダーを無造作に床へ置き、銃も厚手のコートのポケットに入れるとデクスターの拘束を解く。けれどもそれを一番組隊長であるハエダは黙って見過ごさない。

 

「どういうつもりだ! おい、三日月ッ! こんな事をして只で済むと思ってるのか!」

 

「うるさいなぁ、と。これで動けるでしょ?」

 

「無視してんじゃねぇ! てめぇ、このクソガキがァァァ!」

 

 自由の身になるデクスターは立ち上がると眼鏡の位置を直し手首をマッサージする。そして床に置いてあるバインダーを手に取ると書いてある内容を読む。

 

「えぇと……これは……」

 

「何が書いてある?」

 

「これよりCGSはオルガ・イツカが運営する。今この瞬間より彼の指示の元で働くか、ここから出て行くか」

 

 デクスターが読み上げる文章にハエダは額に青筋を立てて激怒した。

 

「ふざけんのもここまでだ、三日月! さっさとバンドを外せェェェ! さもねぇとてめえらクソガキは皆殺し――」

 

 甲高い音が響き渡りマズルフラッシュが薄暗い部屋を照らす。怒号を撒き散らしていたハエダの額には穴が開き、中からドス黒い液体が流れていた。

 銃を右手に持つ三日月は既にトリガーを引いている。

 

「はぁ? 何それ? あ、殺しちゃダメなんだっけ? ねぇ、その紙にはなんて書いてある?」

 

「え……えぇっと……最後にこう書いてあります。抵抗する者は容赦しない、と」

 

「そう、なら良いか」

 

 事もなくハエダを殺す三日月に身動きの取れない構成員達は震え上がる。だがそうでない人間も居る。その一人であるササイ・ヤンカスと数名は他の人間の影に隠れながら拘束を何とか解いていた。

 

「取れたぜ。行けるぞ、ササイ」

 

「あぁんのクソガキ共が、普通に殺すだけじゃ気が収まらねぇ」

 

「タイミングを合わせて……行くぜ!」

 

 ササイ達は四人掛かりで飛び出すと銃を握る三日月に襲い掛かる。が、仕事ばかりでなく訓練すらも怠けて来た彼らに三日月を押さえ込める道理はない。

 小さな体に触れる事さえできず、物置部屋から何発もの銃声が響く。倒れ込む四人の体から流れる血は一面を赤に染める。

 

「で、後何人死にたい? 弾ならまだまだあるよ」

 

 三日月の脅しに残る人間は黙って頷くしかできない。

 CGSを乗っ取ったオルガはクーデリアらと共にギャラルホルンから来た兵士と面会していた。クランク・ゼントと名乗った男は抵抗もせず社長室まで足を運ぶ。

 この部屋の主だった男は既に見つからない場所にまで逃げていた。そのソファーのど真ん中に座るオルガは目の前の男を睨む。

 

「で、アンタの目的は?」

 

「私が言える立場にない事は理解している。だが言わせて貰えるのなら、ギャラルホルンの腐敗は末端にまで蔓延している。我が上官、コーラル・コンラッドもそうだ。その命令に従い、まだ少年である君達の仲間を殺してしまった。だが我々の部隊にも被害は出ている。このまま戻れば、コーラルは更に戦力を投入して君達を確実に抹殺、そして目的であるクーデリア・藍那・バーンスタインも」

 

「確かに、さっき以上の戦力で攻め込まれればミカのモビルスーツでも限界がある。でもその為にアンタは戻って来たんだろ?」

 

「そうだ。君達のような少年が戦いで命を落とす事はない。上官は私が何とか食い止めよう。だが手ぶらではそれも厳しい。故にクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を渡して欲しい」

 

 クランクの提案にオルガは鋭い視線を突き付ける。そしてそれは彼女も同じ、オルガの座るソファーの後ろに立つクーデリアはその言葉を聞いて覚悟を決めた。

 

「わたくしがギャラルホルンに降れば、この人達の命は保証されるのですね?」

 

「おい、アンタ……」

 

「わたくし一人で多くの人が助かるのなら……ですが只で軍門に下るつもりはありません。この人の上官にも何とか交渉はしてみます」

 

 事もなく言うクーデリアだがオルガはそれに頷かない。

 

「悪いがそれはナシだ。アンタの所にクーデリアは行かせない。アンタの提案にも乗らない。俺達には俺達の目指す物がある」

 

「本気で言っているのか? 勝算はあるのか? コーラル司令官も今頃焦っているだろう。戦力を整えて攻め込んで来る事も充分考えられる。そうなった時、君達はどう切り抜けるつもりだ?」

 

「わかってるさ、そんな事は。その為の準備だって進めてるんだ」

 

「準備?」

 

 だが突如として会話は遮断されてしまう。外部からの攻撃によりCGSの施設が激しく揺れる。咄嗟に肘掛けで体を支えるクランク。オルガは通信機を取り出すとユージンに繋げだ。

 

「何が起こった? 敵か?」

 

『やべぇぜ、オルガ。ギャラルホルンの奴らもう来やがった。しかもモビルスーツの数がさっきよりも多い! どうすんだよ!』

 

「ミカに出てもらうしかない。二本角のモビルスーツはどうなってる?」

 

『オヤッサンに見て貰ってるけど望みがねぇぜ。三日月の機体だけでも苦労してるらしいのに、あんなのまで手に負えねぇって。二時間経っても全く進んでないらしい』

 

「こうなったら……」

 

 横目でクランクを見るオルガは揺れの続く社長室で彼に詰め寄る。

 

「おい、アンタ言ったよな? 俺達が死ぬ必要なねぇって」

 

「あぁ、言ったとも。俺のモビルスーツを使わせろ。コーラル司令官を何としても説得してみせる」

 

「コクピットに爆弾を仕掛ける事くらいはさせて貰うからな。モビルスーツはデッキに置いてある」

 

「感謝するぞ。我が名に誓って、これ以上君達のような少年を死なせる事はさせない」

 

 言うとクランクは自らのモビルスーツの元へと向かい、オルガもクーデリアとフミタンに逃げるように促す。

 

「また戦闘になる。その間はまた地下に隠れてくれ。あそこが一番強固で安全だ」

 

「わ、わかりましたが、本当に大丈夫なのですか?」

 

「ミカに出て貰う。それとアンタの付き人にもだ」

 

 クーデリアは一瞬だけ隣のフミタンに視線を向け、オルガの言っている意味を理解した。

 

「ベルリ・ゼナム……」

 

「兎に角、ここから移動しろ。俺はアイツの所へ行く」




 よぉ、整備を任されてる雪之丞ってモンだ。っても俺はモビルワーカー専門なんだが、厄祭戦時のモビルスーツも見ろだなんて無茶言いやがるよ。
 資材も金もねぇってのにどうしたモンかな……
 次回、鉄血のレコンギスタ――奇襲、ギャラルホルン!――
 ガキには刺激が強いから見ない方が良いんじゃないか?


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第四話 奇襲、ギャラルホルン!

 指示に従う二人は地下へと向かい、オルガはベルリを隔離してある部屋に急いだ。その間にもギャラルホルンのモビルスーツを相手に賢明に攻撃を仕掛けている地上部隊の振動と爆音が響いて来る。

 正確な数はまだ把握できていないが前回よりも多いとなると四機は居る筈だ。それをモビルワーカー隊と三日月のモビルスーツだけで退けるのは難しい。けれども今はもう一機、戦いに使える強力なモビルスーツがある。

 その機体に乗れる人物は只一人。

 部屋にまで来たオルガは壁のパネルを触りロックを解除し彼と面会した。

 

「出て良いぞ、ベルリ・ゼナム」

 

「またギャラルホルンとか言うのが来たんですね?」

 

「それもある。だがお前の乗ってた機体、Gセルフか? 他の奴に乗せてみたがどうにもならない。あの機体はどうなってる?」

 

「Gセルフは僕にしか動かせません。誰でも使えるユニバーサルな機体とは違うんです」

 

「ユニバーサル? まぁ、そんな事はもうどうでも良い。お前、クーデリアの付き人なんだよな?」

 

「付き人? 厳密には違いますけれど……」

 

「信じて良いんだな? さっきの戦闘では一応こっちの味方をしてくれた。もう一度だけあの機体で戦ってくれるか? このままだとみんなお陀仏だ。ミカ一人だと無理かもしれねぇ」

 

「僕だってここで死ぬつもりはありません。Gセルフで出ます!」

 

 ベルリの意思を確認するとオルガは頷き隔離部屋から出る。ベルリもその後に続き、Gセルフを待機させてあるデッキへと急ぐ。

 そうしている間に三日月のバルバトスは出撃の準備が整っていた。コクピットで雪之丞に阿頼耶識のケーブルを接続して貰うと、簡単な状況説明を受ける。

 

「またギャラルホルンからモビルスーツが来たらしい」

 

「数は?」

 

「確認できただけで四機だ。メイスは直しておいたぞ。武器はアレしかないんだ。少しは慎重に使えよ」

 

「わかったよ」

 

 言うと雪之丞はコクピットから離れ機体のハッチが閉鎖された。エイハブリアクターが起動し全身に電力が供給されるとバルバトスは搭乗者である三日月と繋がり目覚める。

 網膜センサー、手足の感覚を確かめながら操縦桿を握り締め壁に立て掛けてあるメイスを手に取りエレベーターへと進む。

 機体を乗せるエレベーターが動き出すと地上に向かって上昇して行く。そしてその先に待つのは戦場。

 

「バルバトス……行くぞッ!」

 

 地上に出ると同時に地面を蹴るバルバトスはメインスラスターから青白い炎を噴射して飛び上がる。眼前に広がる赤い大地。そこに見えるのはギャラルホルンの緑のモビルスーツ、グレイズが報告通り四機居た。

 けれども前回の戦闘とは違いモビルワーカーの姿は確認できない。

 

「それでも四対一か。まずは目の前の奴から仕留める!」

 

 モビルワーカーが居ない事で戦い方も考えやすい。モビルワーカーの戦闘力はモビルスーツに遠く及ばないが、その小回りの良さと携帯火器で内部制圧が可能だ。そして今のCGSに数機でもモビルワーカーが入り込めば防衛手段は殆ど残っていない。

 燃料も弾薬も人も損傷が激しすぎる。立て続けの戦闘に少年達では対処できない。

 その点、モビルスーツなら対応はできる。その全長から内部までは入り込めないし、古い建造物ではあるが地下部分は頑丈に作られている。

 三日月はグレイズの一機に狙いを定めると上空から襲い掛かった。

 

「さっさと落とす!」

 

「舐めているのか? たかが一機で!」

 

 機体の重量と重力さえも合わせて振り下ろされるメイスにグレイズのパイロットは左手にバトルアックスを握らせながらも回避行動を取る。

 衝撃に舞い上がる土煙。着地するバルバトスは瞬時に体勢を整えると再びメイスで叩き付けた。グレイズはバトルアックスでこれを受け止めようとするが、メイスの重量とバルバトス自身の圧倒的パワーによりマニピュレーターから弾け飛ぶ。

 

「クッ!? 白い奴め!」

 

「この距離なら届く」

 

 グレイズはライフルの銃口を向けてトリガーを引く。激しいマズルフラッシュに続き連続して弾丸が発射される。だがバルバトスの動きも早い。白い装甲は弾丸を弾きながら、横薙ぎにされたメイスはグレイズの脇腹をひしゃげさせる。倒れ込む機体。

 コクピットに近い部分を鉄塊で歪ませた事で搭乗者もダメージを負う。血を流すギャラルホルンのパイロットは必死に操縦桿を握り締めるが、機体が再び立ち上がる事はなかった。

 鉄が潰れる鈍重な音が響く。重量とパワー、只それだけでぐちゃぐちゃに破壊されるコクピット。

 

「残りは三機。でも三方向か、どうする……」

 

 バルバトスの正面に一機、残りは左右に展開してまっすぐに向かって来る。三日月だけではどうやっても一機しか相手にできない。

 

「ん、後ろから? 白旗の奴か」

 

 片腕を失ったクランクのグレイズが出撃した。けれども目的は戦う事ではない。CGSの沈黙とクーデリア・藍那・バーンスタインを捉えようとするコーラルを説得し、これ以上の死人を出さないようにする為。

 コクピットシートに座るクランクはエイハブ反応でコーラルの機体を識別し、コンソールパネルを叩くと通信を繋げた。

 

「コーラル司令、これはどう言う事ですか?」

 

「今更おめおめ戻って来るとは……もはや時間はない! このままでは私は破滅だ。邪魔をするな!」

 

「司令!」

 

「マクギリスら監査官が火星支部に向かっているのだ! 私自らの手で証拠を隠滅しなければ……」

 

 ライフルの銃口を向けるコーラルは施設目掛けてトリガーを引く。舞い上がる土煙に増えるガレキ。コーラルの有様を見てクランクは悟る。

 

(ダメか、状況が見えていない。しかし監査官が来るか。マクギリス・ファリド、彼に掛かれば司令が裏で行った取引など簡単にさらけ出すだろう。自分の保身ともなれば必死になるか!)

 

 クランクは武器もなしにコーラルのグレイズに接近を試みる。やはり目的は変わらない、コーラルを止めるべく前に出た。

 倒す必要はない。強引にでも後退させる事さえできれば、他のパイロットには自分の権限でこの場を退却させ戦闘を終わらせられる。これ以上死者を増やさずに済む。

 そして監査官が火星支部にまで来れば彼の悪行は白昼にさらされる。その事でクランク、引いては他の兵達もペナルティが課せられるだろうが、人名に比べれば安い物。

 トリガーを引き続けるコーラルのグレイズにクランクの機体は組み付いた。

 

「司令、止めて下さい! こんな事を続ければ――」

 

「えぇい、邪魔をするのか! クーデリアさえ捕まえれば!」

 

 コーラルに言葉は届かない。自身の目的を妨げるクランクでさえ殺す勢いだ。銃口をクランク機の胸部へと向けるが、マニピュレーターが銃身を掴み上げると上空に弾丸が発射される。

 

「司令、アナタは!」

 

「邪魔をするなと言った!」

 

 戦闘態勢に入る二機。だが一直線にこちらに向かって来る機影が一つ。三日月のバルバトスだ。

 

「二機が固まってくれてる。バルバトスの使い方も段々わかって来た」

 

「白い奴!? オルノとトフガがやられたのか? チィッ、グレイズをこうも簡単に二機失うか」

 

 向かって来るバルバトスにコーラルは標的を切り替える。ライフルを向けてトリガーを引くが、バルバトスはメインスラスターで加速しながらも必要最小限の動きで攻撃を避けていく。

 距離を詰める動きにも無駄がない。機体の性能も合わさり瞬く間に接近戦ができる距離まで近づく。振り上げるメイスを叩き付けるバルバトスに組み合った二機は散開した。

 急いで回線を繋げるクランクは三日月に呼び掛ける。

 

「止めるんだ少年、ここは俺が引き受ける」

 

「でも向こうはそうじゃないみたい」

 

「それでもだな!」

 

 クランクの考えなど知った事ではないとコーラルはライフルの銃口を向けるし、三日月は戦闘態勢を解かない。

 発射される弾丸に姿勢を低くして避けるバルバトス。同時にメイスの柄を長く持ち直すと素早く振り上げる。鉄塊の先端がライフルを弾き飛ばす。

 操縦桿を動かすコーラルは腰部からバトルアックスを引き抜きバルバトス目掛けて袈裟斬り。だが火花と重音が響くとバトルアックスはメイスとぶつかり合い鍔迫り合いになる。

 

「このスピード……いや、反応速度か。どうなっている?」

 

「まだ一機残ってるんだ。お前に時間は掛けられない」

 

「笑わせるな! 貴様のような子どもに何ができる!」

 

「アンタを殺すくらいはできる!」

 

 バルバトスのパワーはグレイズを押し返す。そして相手の姿勢を崩す為に股関節部分に蹴りを入れる。衝撃に揺れるグレイズのコクピット、機体も背面から倒れ込む。

 殺気を漲らせる三日月の鋭い視線はコーラルを殺さんとメイスを叩き付ける。が、左腕のシールドに防がれてしまう。

 それでもバルバトスの攻撃は一撃でシールドを破壊していく。

 

「しぶとい! でも次は逃げられないだろ」

 

「このままでは!?」

 

「チッ、また後ろからか」

 

 トドメを刺そうと操縦桿を握り締める両手の力を強める三日月だったが、後方から弾丸が飛来する。視線を向けた先に居るのはアインが搭乗するグレイズがこちらに向けって来ていた。

 

「コーラル司令! クランク二尉! 援護します!」

 

「残りも来たか。これならみんな大丈夫、あとは俺が!」

 

 強襲を仕掛けて来たモビルスーツが一同にバルバトスを狙い集まって来る。これでCGSの施設を襲われる心配はなくなった。でも不利な状況には変わりない。

 整備も不完全なバルバトスで二機を相手にしなければならないが、三日月にも加勢が現れる。

 赤い大地に光が走り轟音が轟く。

 アインの眼前の大地から土煙が上がり進行を止めさせる。

 

「な、なんだ? 二本角か!」

 

「もう攻撃なんてさせません! ここの人達も死ぬな!」

 

 Gセルフはビームライフルを構え、フォトンリングを発生させて飛行する。他のモビルスーツと違い地形を気にせずに移動できるのもあるが、Gセルフの機動力は他の機体と比べて高い。

 瞬く間にアイン機に接近するとビームライフルのトリガーを引く。

 

「この光!? だが当たらなければ!」

 

「武装を破壊すれば!」

 

 ビーム攻撃を避けるアインは上空のGセルフに銃口を向けてトリガーを引く。アインはGセルフと始めての戦闘、相手の動きを見ながら戦うが未知なる機体の性能に舌を巻いた。

 

「早い!? 何なんだコイツは! 何なんだ!」

 

「行ける!」

 

「来るのか!? クッ!」

 

 弾丸を容易く避けるGセルフはビームライフルを続けて撃ち続ける。高出力のビームが連続してグレイズに襲い掛かり脚部に直撃した。が、ナノラミネートアーマーがビームを弾く。

 

「関節に狙い撃ちは無理か」

 

「装甲が受け切ったのか? 見た目が派手なだけで!」

 

「厄介な敵だけど付け入る隙はあるんだ。ビームサーベルで!」

 

「違う武器? だが!」

 

 今までの戦法通りビームサーベルでの接近戦に切り替えるベルリ。メインスラスターから青白い炎を噴射し加速、待ち構えるアイン機の横を一瞬ですり抜けて行く。

 するとグレイズが握っていたライフルが切断されていた。爆発する前に手放すグレイズ、その緑色の装甲の一部分は真っ赤に爛れている。

 

「コイツ違うぞ、普通の機体と!? エイハブ反応がないだけじゃない、グレイズともどのフレームとも違う!」

 

「敵の装甲はどんな性能をしているんだ? トラックフィン!」

 

「何としても情報を掴む必要がある。可能ならば鹵獲を――」

 

 振り返るアインだが戦闘と関係ない事を頭の片隅に置いたのが勝負を決めた。バックパックから射出されたトラックフィンから発射されるトラクタービームがグレイズの動きを縛る。

 

「しまった!? こんな所でぇ!」

 

 必死に操縦桿を動かすがグレイズがトラクタービームを抜け出す事はない。けれどもアインは死ななかった。ベルリは再びビームライフルを握ると動かないグレイズの両腕の付け根を撃ち抜く。

 ナノラミネートアーマーに守られていない関節部は一撃で破壊される。

 

「これなら帰れる筈だ。向こうの状況はどうなってるの?」

 

「手加減をしているつもりか? クッ、だが……」

 

 トラックフィンを回収するベルリは三日月のバルバトスの状況を見る。それはアインも同じで、司令官であるコーラルが戦闘を繰り広げていたが決着の時は近い。

 メイスを振り上げるバルバトス、目下のグレイズのコクピット目掛けて叩き付けようとするもクランク機の左腕がこれを防いだ。

 

「コーラル司令は離脱を! ここは俺が――」

 

「逃げている時間などないのだ! 白い奴はここで叩く!」

 

「司令! 止めるんだ少年!」

 

 未だに説得を続けるクランクだが二人共戦う姿勢を崩そうとはしない。そうしている間にもコーラルはバトルアックスをクランク機の脇から突き出す。

 敵の攻撃に対して瞬時に反応する三日月はメイスを受け止めるグレイズを押し倒した。

 そしてどうすれば相手を殺す事ができるのか。考えるよりも早く反射的に、阿頼耶識を通してバルバトスが動く。

 

「邪魔だ!」

 

「ッ!?」

 

 メイスを逆手に持ち切っ先を胸部に突き立てる。そして内蔵されているパイルバンカーを射出した。装甲を突き抜けパイロットを殺す一寸の釘はクランク機を突き抜けコーラル機にもダメージを与える。

 胸部装甲を貫いているがパイロットはギリギリの所で生きていた。

 

「ば、バケモノめ!」

 

「まだ奥の奴が生きてるのか? 今度は逃さない」

 

 盾になったクランク機の頭部をマニピュレーターで掴み上げて無造作に投げ捨てると本命であるコーラル機を視野に収める。

 もはやコーラルには逃げる力さえ残っておらず、彼が最後に目にしたのは殺意の芽生えた悪魔の顔。コーラルのグレイズもメイスで叩き付けられると、パイロットはひしゃげた鉄に圧縮されて絶命した。

 

「これで……」

 

「クランク二尉……クランク二尉ィィィ!」

 

 彼が死ぬ瞬間を見たアインは叫ぶ事しかできない。もはやグレイズに戦闘能力はなく、恩師の仇を取ろうものなら自分も死ぬのは目に見えている。

 そんな選択肢は選べない。そんな事を彼は望まないだろうから。

 

「うあ゛あ゛あ゛ぁぁぁッ!」

 

 ペダルを踏み込むアインは現領域から離脱する。ベルリはそれを攻撃しようとしないし、三日月もこの時は追い駆けない。

 

「ここから追い付けるか微妙だな」

 

『いや、追い駆けなくて良い。ミカ』

 

「オルガ?」

 

『敵の反応は取り敢えず消えたんだ。戦う以外にもやる事は一杯ある』

 

「わかった。すぐに戻るよ」

 

 戦闘態勢を解く三日月のバルバトスはメイスを肩に担ぎ歩いて施設へ戻って行く。

 けれどもベルリにはこの赤い大地に戻るべき場所は存在しない。コクピットの中から淡い空を見上げるベルリは肺に溜まった空気を吐き出した。

 

///

 

 監査局に所属する特務三佐であるマクギリス・ファリドはコーラル・コンラッドが権限を持つ火星支部に到着していた。彼の部下達はコンピューターのデータや書類を整理、内容を閲覧していく。

 その中で白と青の制服をきっちりと着込むマクギリスは自身の金色の髪の毛を人差し指でクルクルと触りながら、もう片方の手でタブレット端末を握る。

 

「六時間前にグレイズ四機が出撃。内容は火星圏内の暴動の鎮圧。司令官自らがモビルスーツに乗って出撃とは随分と仕事熱心なようですね」

 

 長身に甘いマスクは女性なら思わず見とれてしまう程に。その口から出る言葉も優しく落ち着いており気品を感じさせるが、彼の目の前に立つ下士官は顔を強張らせ背中に冷たい汗を流す。

 

「は、はい。恐縮であります」

 

「データの整理もそう時間は掛からない。監査が終わればすぐにここから立ち去るよ。コーラル司令官もすぐに戻るのだろう?」

 

「その予定です……」

 

「そう緊張しなくても良い。ここからはもう一人でできる。君は自分の仕事に戻ってくれ」

 

「はっ! 失礼します」

 

 敬礼する下士官はそう言われてマクギリスの元から離れ持ち場に戻って行く。離れて行く彼と入れ替わるようにして、マクギリスの補佐官であるガエリオ・ボードウィンが現れた。

 

「顔に似合わずえげつない事をするな。足が震えていたぞ」

 

「ガエリオか?」

 

「しかし火星の、しかもこんな田舎にコーラルは何しに行ったんだ?」

 

 ガエリオ・ボードウィン特務三佐、幼き頃からマクギリスと行動を共にする親友でもある。薄紫色の髪の毛の彼も身長が高く、マクギリスとはまた違う整った容姿をしている。

 子どもの時から一緒に居る彼だからこそ、マクギリスに対してフランクに話し掛ける事ができた。

 

「調査結果が報告されるのを待っていれば良い。だが今までのデータを見るにコーラル司令官はどこからか違法な資金を入手している」

 

「俺達が来る前にその証拠を隠滅しに行ったって事か。で、どうする?」

 

「今から向かった所で時間の無駄だ。それよりも先手を取る。コーラル司令はクリュセ・ガード・セキュリティに用があったみたいだ。けれどもほんの数時間前にこの社名は抹消され、同時に新しい企業が立ち上げられている」

 

「消したかったのは名前だけか、それとも……」

 

「船籍番号NOA-〇〇九三が出港予定に入っている。この船は元々クリュセ・ガード・セキュリティの物だ」

 

「船の時間なんていつの間に調べたんだ? でも、気になるなぁ」

 

「私はここで仕事を続ける必要がある。ガエリオ、行けるか?」

 

「謹んでお引き受けしよう。シュヴァルベで出る」

 

 ガエリオは自らの機体に搭乗すべくモビルスーツデッキに向かう。背を向けてエアロックを解除した扉から出て行くガエリオの背中を見届けたマクギリスは手に持ったタブレットを操作する。

 画面に表示されるのはCGSの領地でおこなわれた戦闘データ。僅かながらに送られたデータの中にはデータベースに登録のないモビルスーツが二機。マクギリスはそれをまじまじと見つめる。

 

(この二本角のモビルスーツ……にわかには信じがたいな。ビーム兵器、それもモビルスーツのマニピュレーターで持ち運びできるサイズ。更にエイハブ反応が感知されていない。警戒する必要はある。が、それよりも……)

 

 画面を指でタッチすると白いモビルスーツの画像が映し出される。その機体は三百年の眠りから蘇った悪魔。

 

(見間違える筈もない、これはガンダムフレームだ。リアクターを二基搭載している機体だ。整備がきちんとされていなくともグレイズを簡単に倒すだけのパワーはあるか。そして厄祭戦当時と変わっていなければ阿頼耶識システムも組み込まれている。ふふふ……楽しみだよ)

 

///

 

 二度の戦闘によりボロボロになったCGS。オルガ指揮の元で復旧作業を進める少年達だが、一日二日で終わる筈もなく、作業は困難を極める。それでも動けば腹は減るので、無尽蔵に働き続ける事はできない。

 火星時間十二時五分、オルガはひび割れたコンクリートの上で仁王立ちし、拡声器を手に持つと声を張り上げた。

 

「あ~、あ~、みんな作業を中断してくれ。今から一時間の休憩だ。飯は充分に用意してある。食うもん食って次の作業の活力にしてくれ。それからもう一つ、これが重要だ。今この瞬間から、CGSは捨てる」

 

 オルガのセリフを聞いて周囲がざわめく。

 少年達はこの場所で強制的に労働を強いられて来た。その労働は過酷な物で奴隷以下の扱い。給与は安く、毎日がキツイ肉体仕事。休暇などもなく、地面を這い蹲り弾丸の雨の中を進まなくてはならない時もある。

 それでも外界からの情報を手に入れられない少年達はこの環境が基準になってしまっており、逃げようとする感情さえも握り潰されていた。

 だから不安にもなる。オルガだけでやっていけるのか、自分達だけでやっていけるのか。

 

「社長のマルバももう居ない。俺達の事を散々こき使った一番組の奴らも殆ど出て行った。だから自分の意思で選べ。ここから出て行くか、それとも俺に付いて来るか。そして残ってくれるなら、俺に付いて来てくれるのなら、全力でお前らを引っ張って行く。それが俺にできる只一つの事だ」

 

 オルガの言葉を聞いてまだ十代の少年達は口々にざわつき、これからの進路を悩む。

 

「でも今すぐに決める必要はない。飯を食ってる間にでも考えておいてくれ。残る奴にはこれからちゃんと給料を払うし、出て行く奴にも退職金はきっちり出す。だから自分の意思で決めてくれ。自分の人生だ」

 

 言い終わるとオルガはこの場を去って行き、少年達は始めて自分の人生と言う感覚が芽生えつつあった。

 一方、三日月は食堂で一足早く食事を取っている。人工肉で作られたハムを頬張る三日月を傍で見守るのは彼と同じくらいの年齢の少女、アトラ・ミクスタ。

 エプロンを付け三角巾を被る彼女は幼いながらも三日月と同様に逞しい。

 

「三日月、今日のご飯は美味しい?」

 

「うん、アトラが作る飯は旨いよ」

 

「良かったぁ。それにしても今日は人が全然居ないね。やっぱりこの前の……」

 

「それもあるけれど辞めてった奴もいるし。残った奴も何人かは仕事に行ったし」

 

「仕事って?」

 

「クーデリアを地球に届ける準備だって。俺もバルバトスに乗らないといけないから、準備ができたら一緒に行くよ」

 

「行くって……もしかして地球に!?」

 

「そうだけど……」

 

 驚く彼女に平然と答える三日月は最後の一口を飲み込んだ。

 

「ごちそうさま。じゃあ俺は仕事に戻るよ」

 

「え゛ぇ!? ちょっと待って! うん……わかった! 私も一緒に行く!」

 

「一緒に? 俺は良いけれどオルガにも聞かないと。あと、店の女将さんにも言った方が良いよ」

 

「そ、そうだよね! なら私、今すぐ店に戻ってそれからまた来るから!」

 

「え? ちょっと――」

 

 慌てて半ばパニック状態のアトラは三日月の言葉も聞かずに走り出し食堂から飛び出して行く。扉を開けると誰かの体にぶつかってしまったが、気にもせずに走り出す。

 

「すみません! 私急いでいるので~~!」

 

「通信機使えば良いのに……」

 

 三日月の言葉はアトラに届かない。けれどもその言葉は別の人間には届いた。三日月と同じく昼食を取りに来たベルリ・ゼナムだ。

 

「あんな女の子居たかな?」

 

「ベルリか。仕事は終わったの?」

 

「はい、三日月さんのモビルスーツと僕のGセルフの積み込みも終わりましたから。あとは港まで行ってまた艦に運び込むだけです」

 

「そう。アトラ間に合うかな?」

 

 ベルリは三日月しか居ない食堂で歩を進め、キョロキョロと周囲を見渡しながら厨房に足を踏み入れる。コンロの上に置かれている大鍋の蓋を持ち上げると三日月を見た。

 

「これはポトフかな? 今日のお昼はコレを食べて良いのですか?」

 

「そうだよ。アトラは出て行ったけど勝手に食べても大丈夫だよ」

 

「そうですか。なら!」

 

 ベルリは皿の上に自分の分の料理を盛っていく。スープからは香辛料の香りが漂い食欲をそそる。体を使った後の温かい食事は疲れた心まで温めてくれるし、体力を回復させる以上の物が得られた。

 トレーの上には色とりどりに盛り付けられた料理を運ぶベルリは三日月の座る真正面に行く。

 

「三日月さんはもう食べたのですか?」

 

「うん。だから仕事に戻るよ」

 

 立ち上がる三日月はこの場を後にしようとするが、ふと立ち止まるとベルリに振り返った。

 

「そう言えば、ベルリも一緒に来るんだよね? 何で?」

 

「何で、と言われても……僕にもやるべき事がありますから。その為にはずっと火星に居る訳にはいかない。ジット団やキャピタルアーミーの動きも気になるけれど、メガファウナに合流して姉さんの手伝いもしないと」

 

「良くわかんないけど、クーデリアと同じで地球に用があるんだな」

 

「はい、そうです。だからそれまでの間はお手伝いさせて貰います」

 

「そうなんだ……ずっと思ってたんだけど、何であんな戦い方をするんだ?」

 

「あんな戦い方? 確かに僕達はモビルスーツに乗って戦っています。でも戦いが終わった後にはそれぞれの生活があるんです。戦う力さえ奪えば戦闘は終わります」

 

「でもそれだと敵はまた俺達を襲って来る。殺せる時に殺した方が良いだろ」

 

 ベルリと三日月との見解の違い。これは物事を長期的に見るか短期的に見るかの違いだ。三日月の言うように敵を殺せはその時の脅威は払拭できる。

 けれども相手は世界を統括するギャラルホルン。そんじょそこらの組織とは規模が違う。人も機械も少し減らした程度ではすぐに補充される。

 一方でベルリは戦いが終わった後の事も考えていた。

 

「少しでも早く戦闘を終わらせられれば味方への被害だって減らせます。それに人をそれだけ死なせてしまったら元に戻すのにだって時間が掛かってしまうでしょ」

 

「相手の事も考えてるって事? でも今の俺達にそこまでの余裕はないよ」

 

「だからコレは僕がやります。その為のGセルフです」

 

 納得がいかない様子の三日月だがベルリは自信満々に答える。

 

「いつもこんな戦いばかりやってるのか?」

 

「でも相手の武器だけを破壊するのも簡単じゃありません。けれどもできる事はしたいんです」

 

「俺はそんな面倒な事、嫌だな」

 

「かもしれません」 

 

 それを聞くと三日月は食堂から離れていった。一人になるベルリはスプーンを片手にポトフのじゃがいもを口に運ぶ。

 

「うん! 今日のも美味しいなぁ!」




 ガエリオだ。セブンスターズの俺に掛かれば不穏分子の殲滅など取るに足らん。さっさと終わらせて、休暇でも申請するかな。マクギリス、お前はどうする?
 次回、鉄血のレコンギスタ――赤いモビルスーツ――
 俺の操縦技術、その目で見ていろ!


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第五話 赤いモビルスーツ

 満身創痍のCGS、それでもオルガが運営できているのは前社長であるマルバが置いていった資産のお陰だ。会社の運営資金とは別に抱え込んでいた金や宝石。逃げるのに必死だったマルバはそれらを全て置いていった為、収入がなくても数ヶ月は運営できる。

 けれどもどんなにやりくりしても数ヶ月が限度。資金が底を突く前に新たな収入源を確保する必要がある。

 その為の第一歩がクーデリアを地球まで送り届ける事。彼女から請け負った仕事を完遂すれば、それだけで社名が世間に広がる。同時に他企業とのパイプも繋げやすくなるだろう。

 火星の重力は地球よりも弱いが、それでも振り切り宇宙に上がる為にはマスドライバが必要になる。けれどもCGSにマスドライバは存在しない。故に宇宙へ上がる為の港に行く準備を進めている所だ。

 だがオルガ達の計画はギャラルホルンのマクギリスに見破られていた。彼らが準備を進めている間にも、マクギリス率いる部下達は包囲網を展開させている。

 そうして準備が終わったのは火星時間の十九時を過ぎた頃。

 コンテナに入れられたモビルスーツ、バルバトスとGセルフを大型トラックで港まで運ぶメンバーは用意した強襲装甲艦、 ウィル・オー・ザ・ウィスプに積み込みを開始する。

 現場を指揮する雪之丞は少年達に声を張り上げながら作業を進めていた。

 

「宇宙は火星の重力圏とは違うんだ。ワイヤーできっちり固定しとけよ! 一つも忘れんじゃねぇぞ!」

 

「はい! わかってます!」

 

「にしてもこの艦も久しぶりに見たな。何年ぶりだ? マルバの奴、まだ持ってたんだな」

 

「オヤッサン、この艦の名前って何って言うの?」

 

「あぁ? 確か…… ウィル・オー・ザ・ウィスプ……だったか?」

 

「何それ? 何って意味?」

 

「そんな事は良いから手を止めるなよ。まだ積み込み品の確認だって残ってるんだ。良し、ここのワイヤーもできてるな」

 

 雪之丞が言うように、マルバが所有していた頃は ウィル・オー・ザ・ウィスプと言う名前で呼ばれていた。けれども今は違う。CGSも、この強襲装甲艦も、全てはオルガの手の中だ。

 全ての準備が完了し、ブリッジの艦長シートに座るオルガは肘掛けに備え付けてある受話器を手に取ると艦内放送で全員に声を届ける。

 

「みんな聞いてくれ。今から俺達の新しい門出が始まる。だからCGSなんてカビ臭い看板は金輪際使わねえ。良いか、今から俺達は鉄華団だ。決して散らない鉄の華。そんでこの艦、 ウィル・オー・ザ・ウィスプなんて縁起でもねぇ名前もナシだ。この艦はイサリビって呼んでくれ。俺達は今から火星を出て地球に向かう。でも前の襲撃でギャラルホルンにも目をつけられている。道中は過酷かもしれねぇ。けれども俺を信じて付いて来てくれ! そうすれば俺達は必ず地球までたどり着ける! そして金が入ればみんなを楽させてやれる。だからこの仕事は絶対に失敗できない。自分達の為に、みんなの為に、絶対に地球まで行くぞ!」

 

 オルガの啖呵を聞いて各フロアに居るメンバーは右腕を大きく上げて雄叫びを上げる。本当は威勢ややる気だけで切り抜けられる程簡単な現実ではない。それでも威勢もやる気もないよりはマシだ。

 部屋のベッドに腰掛けるクーデリアはいよいよ火星の地を離れる事に決意を新たにする。

 

「予定通りに地球へ行く事ができれば、火星の自治権を獲得できれば、ここの人達の生活を安定させる事ができる。このような境遇を失くす事ができる。だから私は……」

 

「お嬢様、出発まで残り三十分を切りました。シートベルトのある席に移動しましょう」

 

「わかりました。ねぇ、フミタン。私はまだまだ甘いのでしょうか? 恵まれない子ども達を助けたいと口では言いながら、彼らに危険な事をさせてしまっている」

 

「それを決めるのは私ではありません」

 

「ですが……そうですね。私が決める事ですね」

 

 立ち上がるクーデリアはフミタンと共に部屋を出る。彼女の戦いの場は地球だ。

 

(私の為にここの人達が死んでしまった。この現実は受け止めなくてはなりません。もう立ち止まる訳にはいかないから)

 

 強襲装甲艦イサリビはマスドライバに押されて遂に発進する。火星の重力を振り切るだけの加速がGとなり搭乗員に掛かって来る。

 それでも火星の低軌道にまで到達するのにさほど時間は掛からない。重力を振り切れば艦内は無重力になり、船員達はシートベルトを外して仕事に取り掛かる。

 でも幼い子ども達は始めての無重力を体験して興奮していた。

 

「すっげぇ、体が浮いてる!」

 

「逆立ち楽勝!」

 

「俺宇宙始めて来たぁ!」

 

 年少組は遊んでいてもまだ問題ないが年長組はそうはいかない。艦の航行の為に役割を与えられた組員はその仕事を全うする必要がある。

 艦長シートに座るオルガへビスケットは問い掛けた。

 

「無事に宇宙までは来れたね。けれども航路はどうするの?」

 

「問題ねぇ。事前にオルクス商会に話は通してある。ギャラルホルンに見つからない航路は確保してある」

 

「そう、なら良いんだけど」

 

 大きな胸を撫で下ろすビスケットだが、突如とし通信を担当していたユージンが声を荒げる。

 

「全然大丈夫じゃねぇぜ、オルガ。進路上にギャラルホルンの艦が1隻、モビルスーツも展開してる」

 

「何? チッ、あの野郎。俺達の事を売ったな」

 

「どうすんだよ!? 始まったばっかりなのにこんなんじゃ!」

 

「まだ終わった訳じゃねぇ! この距離なら相手の艦は追い付いて来れない。チャド、最大船速で振り切れ!」

 

 操舵士のチャド・チャダーンは操縦桿を両手で握り締め艦を加速させようとするが、先回りして展開するギャラルホルンの動きは早い。

 既に四機のグレイズが武器を構えてイサリビを方位、更に紫色の専用機が大型ランスを機首に突き付けて来る。

 

『動くな。こちらはギャラルホルン所属、ガエリオ・ボードウィン特務三佐だ。お前達にはクリュセ地区での暴動に付いて容疑が掛かっている。抵抗すれば機首にランスをぶつける!』

 

 正面の紫色のグレイズから送られて来る通信にチャドは躊躇せざるを得ない。イサリビは押すも引くもできない状況だ。

 

「どうするんだ、オルガ? ブリッジを潰されたらひとたまりも……」

 

「決まってる。こうなったらもう戦うしかねぇ」

 

「戦うったって……これじゃあ俺達、マジでギャラルホルンに目付けられるぞ?」

 

「どの道選択肢はねぇんだ。現にギャラルホルンは目の前に居る。それに投降なんてしてみろ。俺達だけじゃなくクーデリアのお嬢さんもどうなるかわかんねぇぞ。もう止まる訳にはいかないんだ。だったら増援が来る前にやるしかねぇ! デッキのミカにバルバトスで出るように伝えろ! イサリビを囲むモビルスーツの相手だ!」

 

 言われてビスケットは通信機の前のシートに座りパネルを叩き出撃準備を進めるデッキへ回線を繋げる。

 

「でもオルガ、ベルリさんはどうするの? 戦力は少しでも多い方が良いんじゃ?」

 

「アイツには別の仕事をして貰う」

 

「別の仕事?」

 

「エイハブ反応を感知できない機体だからこそできる仕事だ」

 

 ブリッジからモビルスーツデッキへ出撃命令が伝えられる。全身を包む茶色いパイロットスーツに着替えた三日月は慣れた様子で地面を蹴ると無重力空間の中を泳ぐ。整備されたバルバトスのコクピット部にまで来ると、タブレット端末を片手に雪之丞が待っていた。

 

「整備はバッチリだ。頼むぞ、三日月」

 

「うん、任せて」

 

「モビルスーツの数は五機だ」

 

「どれだけ居ても全部叩き潰すんだ。数はあんまり関係ないよ」

 

「良し、バルバトスも出すぞ! Gセルフは後だ!」

 

 コクピットのシートに座る三日月は阿頼耶識システムを接続、機体と自分とを繋げバルバトスを動かす。ハッチを閉鎖させると雪之丞も機体から離れていき、機体はエレベーターに運ばれてカタパルトに固定される。

 

「宇宙か、久しぶりだな」

 

『三日月、発進させるよ』

 

「ビスケット……わかった」

 

 イサリビがハッチを開放したのを確認するガエリオは装備する大型ランスのトリガーに指を掛けた。

 

「抵抗したな。勧告はしたぞ!」

 

 けれどもトリガーを引くよりも早くビーム音が轟く。ガエリオのグレイズは胸部装甲に直撃を受けた。けれどもナノラミネートアーマーはこれを弾き飛ばすが、イザリビはその間に方向転換しグレイズから逃げていく。

 大型ランスを撃ち込むタイミングは完全に失われた。

 

「な、なんの光だ? どこから来た?」

 

 追撃は来ない。けれども驚いてばかりいられる状況でもなく、急発進したバルバトスは背中に背負った滑腔砲を右腕に抱えるとグレイズの一機に向けてトリガーを引く。

宇宙空間での使用を前提として作られている滑腔砲は命中精度を多少犠牲にし、ナノラミネートアーマーを一撃で破壊できるだけの威力を持った大型ライフル。

 狙いを定める三日月は躊躇なくトリガーを引いた。大口径の弾丸が一直線にグレイズへ迫ると胸部装甲を貫き、頭部と左腕が衝撃でちぎれ飛ぶ。

 

「こんな感覚か。まずはひとつ」

 

「モビルスーツだと!? マクギリスからそんな情報は聞いてないぞ」

 

「まずは正面のアイツを叩く」

 

「抵抗するか。白い奴の相手は俺がやる。他は赤い艦を押さえ込め!」

 

 ガエリオはイサリビからバルバトスにターゲットを切り替えると大型ランスに設置されたライフルの銃口を向ける。

 発射される無数の弾をメインスラスターで機体を加速させながら回避するバルバトス。ガエリオはその動きに思わず舌を巻いた。

 

「何だあの動きは? 無重力を自在に動いてる? 回避パターン!」

 

「他の雑魚とは違うな」

 

 コンピューターにインプットされている何万ものモビルスーツの回避パターンに照らし合わせ攻撃を続けるガエリオだが、三日月のバルバトスはいとも容易く攻撃を避け続ける。

 阿頼耶識システムでパイロットと繋がっているバルバトスの反応槽度は通常よりも早い。通常ならパイロットが反応し手足を動かさなければ機体は動いてくれないが、阿頼耶識システムを繋げていればその分のタイムロスが失くなる。

 更には複雑なプログラムや操縦技術を必要とせずともパイロットの意思に合わせて機体はスラスター制御、AMBAC制御で宇宙空間を文字通り自由自在に動ける為、ガエリオはストレスが募るばかり。

 

「クソッ、ちょこまかと動き回る! 何なんだコイツは!」

 

「避けるのは簡単だけど、当てるのは難しいな。近づくしかないか」

 

 滑腔砲を何発が撃ってもガエリオのグレイズにはかすりもしない。それを見て三日月は背面に滑腔砲を戻すと、同時に武器をメイスに持ち替えた。

 メインスラスターで青白い炎を噴射し弾丸を避けながら接近すると、鈍重なメイスを思い切り振り下ろす。

 

「当たるか!」

 

 腰部からバトルアックスを手に取るガエリオは素早く操縦桿を動かすとバルバトスの攻撃を受け止める。

 そして右腕の大型ランスを突き出し胸部装甲を狙うが、やはり相手の動きの方が早い。三日月は咄嗟に突き出された右腕を蹴り上げ軌道を反らした。が、ランスの切っ先はバルバトスの左肩の装甲を破壊していく。

 

「浅かった、装甲だけか」

 

「壊したらオヤッサンにどやされる。さっさと決めるか」

 

「これ以上思い通りになどさせるものかよ!」

 

 メイスを振り下ろし、横一閃。鉄と鉄とがぶつかり合い火花が散る。匠な操縦技術で攻撃を受け流すガエリオはすかさずランスを突き出したがこれもまた避けられた。

 両手に武器を持ち攻防一体の動きをして来るグレイズに、三日月はメイスを下から振り上げバトルアックスを弾き飛ばす。

 

「これなら……」

 

「この程度で!」

 

 グレイズの左腕に装備されたアンカーが射出される。それはバルバトスの右腕に食らい付くと、ガエリオは右足でペダルを全開に踏み込み機体を加速させた。

 

「たかが一機に俺がこうも苦戦させられるとはな。コーラルの部下は何をやっている! 破壊できなくても艦を押さえ込むくらいできるだろ!」

 

「捕まえられた。でも!」

 

 動きを捉えられないバルバトスを拘束しようとするガエリオだが三日月がそれを許さない。メイスを一旦手放し、繋がれたアンカーのワイヤー部分をマニピュレーターで掴むとパワー任せに引き寄せる。

 

「このパワーは!? 引き寄せられる!?」

 

「イサリビは耐えてるけど、ベルリはまだ来ない。だったら!」

 

 イサリビのブリッジではオルガが指揮を取り対空砲火でモビルスーツを寄せ付けない。最大船速でモビルスーツを振り切る事も可能だが、そうなるとバルバトスの回収が困難になる。

 リモコンで対空砲の操作をしているユージンはこの状況にオルガへ叫んだ。

 

「こんな事で本当に大丈夫なのかよ! 敵の方が数は多いんだぞ!」

 

「俺の思惑通りに進んでいるなら、もう少しで状況は変わる!」

 

「だからそれが――」

 

 文句を垂れるユージンだが、そこにブリッジの扉が開放された。見るとそこに居たのはクーデリアとフミタンの二人。

 ビスケットはそれを見ると慌てて二人を制止させる。

 

「何をしているんですか!? ここは危険なので部屋に戻って下さい!」

 

「ですが私はこの状況を自分の目で見たいのです。三日月はモビルスーツで出撃しているのですか?」

 

「本当に危ないんですから! もしもの事があったら――」

 

 レーダーが新たなエイハブウェーブを感知する。スクリーンに表示されるモビルスーツの反応に、この場に居る人間は息を呑んだ。

 そんな中でユージンは睨み付けるようにしてオルガに問う。

 

「これがお前の言ってた思惑か?」

 

「いいや、違う。ビスケット、識別は?」

 

「これは……ヴァルキュリアフレーム? グレイズとは違う」

 

 全身を覆う深紅の装甲、頭部後方から伸びる二本のアンテナ、両腕に装備された専用シールドとそれに内蔵されるブレード。

 突如として現れたモビルスーツはメインスラスターを全開にして加速するとギャラルホルンのグレイズに接近する。

 

「な、何だコイツは?」

 

『フフ……』

 

 両腕のブレードを展開、相手が躊躇している間にマニピュレーターに握るライフルを弾き飛ばす。そして続けざまにコクピットへ鋭い切っ先を突き立てた。

 正確無比な突きは装甲と装甲の隙間を貫きパイロットを絶命させる。

 そこでようやく、ギャラルホルンのパイロットは目の前の機体が敵であると認識した。

 

「イクトがやられた。ガエリオ三佐と戦う白い奴も気になるが、赤い奴にも注意しろ」

 

「ですが艦の包囲が……」

 

「こちらの艦も近づいているんだ。奴らを取り逃がす訳にはいかん!」

 

 イサリビにも警戒を向けながら深紅の機体の相手もしなくてはならないグレイズ部隊。けれども相手は後退する事もなく再び詰め寄る。

 青白い炎を噴射しながら接近してくる相手に三機はライフルの銃口を向けた。

 雨のように降り注ぐ弾丸。深紅の機体はその装甲にかすめる事もなくその中を潜り抜けて行く。

 

「なんて機動力と運動性能だ。こちらの性能が負けている」

 

「き、来ます!」

 

 始めて遭遇するモビルスーツの性能に舌を巻くが、相手は射撃武器を一切装備していない。両腕のブレードが届く距離にまで接近されなければ勝てないまでも負ける事もないと考えていたが、パイロット達の想像を上回る程の機体性能、そしてパイロットの技術。

 攻撃を避け続け、グレイズを凌駕する機動力で一気に接近戦へ持ち込む。ブレードを展開する深紅に機体にバトルアックスで応戦するグレイズ。

 

『悪いが時間がないのでね』

 

 二本のブレードを連続して振るう。袈裟斬り、横一線、斬り上げてからコクピットを突く。硬いナノラミネートアーマーへ確実にダメージを与えパイロットを仕留める無駄のない洗礼された動き。

 機体が戦闘不能になったのを確認するとすぐさま次の敵に目標を切り替え、機体を加速させ接近戦を仕掛ける。

 

「この機体にグレイズでは歯が立たない。ボードウィン特務三佐、こちらは――」

 

『遅いよ』

 

 二機目のグレイズにも鋭い切っ先が突き立てられあっという間に残りは一機。逃げる隙など与える筈もなく、背を向けてメインスラスターを吹かすグレイズに一瞬で近づく。

 右腕を振り下ろしメインスラスターを破壊、そのまま続けて背面から攻撃を叩き込む。両腕を関節から、頭部も斬り落とし、何もできなくなったグレイズを右脚部で蹴り飛ばした。

 

『これでひとまず邪魔な機体は排除できた。後は……』

 

 頭部のメインカメラが光る先、そこには接近戦を繰り広げる三日月のバルバトスとガエリオのグレイズ。次の獲物を見つけたのか、深紅の機体は二機の元へ飛ぶ。

 

『ガンダム……その性能、確かめさせて貰う』

 

「なんだ……」

 

「味方がやられた!? こいつらの増援か!」

 

 ガエリオはライフルでバルバトスに牽制すると距離を離し深紅の機体と対峙する。加速して右手のランスを突き出すグレイズ。ライフルのトリガーを引きながら相手の動きを見る。

 深紅の機体は先程同様に高い運動性能で弾を回避。相手の技量を素早く見極めるガエリオは射撃では倒せないと瞬時に判断しそのまま加速しランスの切っ先をぶつける。

 だが寸前でブレードを構えるとこれを簡単に往なされた。

 

「こいつの性能はなんだ? どいつもこいつも違法にモビルスーツを使いやがって!」

 

 現在新たに生産されているモビルスーツはギャラルホルンのグレイズ系統のみ。他は全て厄祭戦時に開発されたモビルスーツをレストアされた物。

 それが目の前に二機も現れ、しかもグレイズよりも性能が高いとなれば嫌味も出る。

 再びランスを突き出すがこれもシールドに防がれ、深紅の機体は左腕のブレードで斬り上げた。鋭い斬撃は装甲ごとグレイズの左腕を斬り落とす。

 

「フレームを装甲ごと!? チィ!」

 

 味方は全滅し、機体も損傷した。状況不利と見たガエリオは撤退すべくメインスラスターを全開にする。イザリビを確保する事もできずに苦渋を決断を強いられたが、逃げる先では更に過酷な状況が押し寄せていた。

 帰艦する筈の艦が攻撃を受けている。その機体は全身から光を放ち、光る武器を使っていた。

 

「アサルトモード!」

 

 ベルリの声を認識して機体のカラーリングが赤く変化する。バックパックが駆動し両脇から出ると高出力のビームを二本発射した。威力だけでなく貫通力も高いビームはギャラルホルンのハーフビーク級戦艦の主砲に直撃した。

 だがアサルトモードから発射された高い貫通力のビームでも、ナノラミネートの塗布を剥がすだけに留まってしまう。それでも装甲の表面は真っ赤に焼けただれている。

 

「アサルトでも通らない。だったら!」

 

 操縦桿のボタンを押し込み頭部バルカンを連射させる。焼けただれた装甲を無数の弾丸は容易に貫き、爆炎が発生し主砲が破壊される。

 

「これなら撃沈はしない筈だ」

 

「また新しい機体かァァァッ!」

 

「まだ来る!」

 

 トリガーを引きライフルから弾丸を連射するガエリオのグレイズに身構えるベルリ。

 両手の操縦桿を巧みに操作しビームライフルの銃口を向けると、敵の武装だけを撃ち抜いた。

 爆発する大型ランスを手放すガエリオはギリギリと歯を食いしばりながら、現れたGセルフを睨む。

 

「たかが不穏分子の制圧で……滅茶苦茶だ! これ以上損害を出させるな! 撤退だ!」

 

 損傷した艦とまだ後方で待機する艦に通達するガエリオはメインスラスターを全開にして逃げに徹する。

 ベルリは逃げる先には艦隊が待ち受けているとあり深追いはせず、目視とレーダーで周囲を確認すると三日月が深紅の未確認機体と戦闘をしていた。

 

「艦隊は離脱を始めているんだぞ? って事はまた別の勢力? それとも……」

 

 加速するGセルフは接近戦を繰り広げる二機の元へと向かう。

 バルバトスに乗る三日月は目の前の敵の戦闘力に驚いていた。

 

「コイツ、違うぞ。今までの奴と」

 

『グレイズと一緒にされては困るな』

 

「邪魔だッ!」

 

 振り下ろすメイスは両腕のブレードで受け止められる。けれどもそれは避けれなかったと言うよりワザと受けたように見えた。

 

『このパワー、さすがガンダムフレーム。ツイン・リアクターシステムは伊達ではないか』

 

「お前、何言ってるんだ!」

 

『何も知らずにその機体を操縦していたのか? ならば阿頼耶識システムの真の性能も知らないと見える』

 

「ごちゃごちゃと……」

 

『フフッ、阿頼耶識システムはガンダムフレームを動かす為に開発されたシステムだ』

 

 両腕を引くと同時にスラスター制御で距離を取る。すかさずブレードで袈裟斬りするが、寸前の所でバルバトスもメイスで防ぐ。

 

『素晴らしい反応速度だ。だがガンダムの性能をすべて引き出せているとは言えないな』

 

「お前、俺の敵なんだろ? どうしてコイツの事をわざわざ教えるんだ?」

 

『私は君達の敵ではないよ。と言っても信用できないだろうね。それともう一つの質問、わざわざ君にガンダムフレームの事を教える理由。それは君に活躍して欲しいからさ。悪魔と呼ばれたガンダム。君はそれを駆り、世界に名を轟かすんだ!』

 

 深紅の機体はブレードを振る。斬る、斬る、薙ぎ払う。

 大振りな攻撃した繰り出せないメイスを持つバルバトスは防戦一方。

 

『だからガンダムフレームの性能は引き出して貰わなければ困るのだよ。阿頼耶識システムはパイロットと機体を同調させる為だけではない。その秘められた性能を開花させねば世界は変わらん!』

 

「訳わかんないアンタの言う事なんて聞くつもりはない。俺達の邪魔をするなら、お前は敵だッ!」

 

『フフ……』

 

 メイスで薙ぎ払うバルバトスは敵機に詰め寄り再び振り下ろすが、スラスター制御とAMBACで簡単に避けられる。それでも三日月は加速して次は切っ先のパイルバンカーを突き刺そうとするも相手に動きは読まれていた。

 バルバトスとそのパイロットの戦闘能力を確かめる為に敢えて接近戦を仕掛けてきたがもうその必要もない。

 深紅の機体はメインスラスターで加速してバルバトスのメイスから繰り出される突きを避け、この領域から離脱を始める。

 

「逃がすか!」

 

『今日の所はここまでだ。君との勝負は預ける。そして!』

 

「三日月さん、深追いは危険です!」

 

 ビーム音が轟き深紅の機体に飛来する。

 援護に駆け付けたGセルフは首元からビームサーベルも引き抜き更に加速した。敵機に対して横一閃すると、ブレードの片方を切断する。

 

『二本角、エイハブ反応が探知されないのは本当か。それにこれは紛れもなくビーム兵器。それも想定よりも遥かに強力と来るか』

 

「アナタは何なんです! ギャラルホルンとか言う組織とは違うモビルスーツか?」

 

『これだけ情報が掴めれば充分だ。新しい組織の名前は鉄華団と言ったな? また会おう』

 

 背を向ける謎の機体、ベルリはビームライフルの銃口を向け警戒はするがトリガーは引かない。レーダーを見て完全に敵影が引いたのを確認すると、シールドの先をバルバトスの白い装甲に軽く触れさせる。

 

「まだ警戒は必要ですけれど、一度イサリビに戻りましょう」

 

「あぁ……そうだな」




 操舵をやってるユージンだ。なぁ、こんな調子で本当に地球まで行けんのかよ? それにどうせならもっと最新型の! カッチョイイ艦に乗ってみてぇよ! この仕事が終わったらもっと良い艦に変えようぜ!
 次回、鉄血のレコンギスタ――新たなる障害――
 げぇ!? これ以上面倒は見たくねぇぜ。


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タービンズ編
第六話 新たなる障害


 艦隊ごと撤退して来たガエリオは火星支部へと帰艦した。頭に血が上る彼はパイロットスーツから着替える事も後回しにして向かうのは司令部で待つマクギリスの元。

 強い足取りで通路を進み、エアロックを解除して司令部に入るとストレスを発散させる。

 

「何なんだあの機体は! 俺が知らない機体が三機も現れてグレイズを四機を失った! こんな失態は始めてだ!」

 

「煮え湯を飲まされたようだな」

 

「マクギリス、データは取れている。すぐに調べてくれ」

 

「もう終わっているよ。本当ならガエリオが出撃する前に見せたかったが、コーラルの隠蔽工作がなければ間に合っていた」

 

「別にお前を責めたりはしない。だがこの雪辱は果たさなくてはならない!」

 

「そうか。ならまずはこの機体だ」

 

 言うとパネルを操作するマクギリス。スクリーンには戦闘時に撮影された深紅の機体が映し出される。

 

「ヴァルキュリアフレーム、厄祭戦末期に開発されたモビルスーツ。その数は少なく僅か十機にも満たない。グレイズの元になった機体でもある」

 

「厄祭戦末期だと? そんな古い機体、どこから……」

 

「さぁな、こちらでも所有者を調べてみる。資料によれば軽量化によりエネルギー効率を重視した機体らしい。あの運動性能もそこから来ている」

 

「そんな骨董品に俺のグレイズが遅れを取るか……」

 

「そう怒るな。興味深いのは次の機体だ」

 

 言ってパネルを触るマクギリス。映し出されるのはビームライフルを構えるGセルフの姿。

 

「この機体が使う武器がわかるか、ガエリオ?」

 

「珍妙な兵器だ。ハーフビーク級の主砲も破壊された。何なんだこれは?」

 

「ビーム兵器さ。ナノラミネートアーマーの技術が普及してからは完全に廃れたと思っていたが、今の時代にこんな機体を開発するとはな」

 

「厄祭戦時の機体にビーム兵器を使う機体。博物館行きのモビルスーツに負けたと言う事か」

 

「フフ、この二本角を博物館に飾る訳にはいかないな」

 

「どう言う事だ?」

 

 パネルを操作するマクギリスはスクリーンの画像を切り替える。次に映し出された画像を見てガエリオの疑問は更に深まる。

 

「エイハブ反応が探知されていない? 機体の整備ミスか? だが他の艦でも探知できる筈だ。エイハブウェーブを遮断する装置でも付いているのか? だがそんな物を付けた所で何の意味が……」

 

「それも有り得るだろうが私は別の可能性を視野している。この機体の動力源はエイハブリアクターではない」

 

「おい、冗談は止せマクギリス。それこそ有り得ない。リアクターもなしにモビルスーツを動かすだけのエネルギーをどうやって確保する? それにそんな物が開発されたら世界中に注目される。ギャラルホルンがキャッチしない筈がない」

 

「だが現実に遭遇してしまっている。まぁ、確かに可能性でしかない。エイハブリアクターを搭載していないモビルスーツなど」

 

「そうに決まっている! そんな機体が開発されている訳がない!」

 

 ガエリオの言う通り、エイハブリアクターを搭載せずにモビルスーツを動かす技術は現時点で世界のどこにも見付かっていない。他の人間も同じような考えに至るだろう。

 けれどもマクギリスは指で自身の髪の毛をいじりながら、Gセルフが握るビームライフルと一度だけ使用されたアサルトモードの攻撃力に着目していた。

 

(確かにな。この機体がエイハブリアクターとは違う全く新しい技術で動いている確証はまだない。だがナノラミネートアーマーを撃ち抜くだけの威力。リアクター搭載機だとしても厄介な相手には変わりない)

 

 そして最後に映し出されるのは三百年の眠りから蘇った悪魔――

 

///

 

 イサリビはギャラルホルンの追撃を押し退けたがそんな物は一時的な物でしかない。ギャラルホルンの目から逃れる為の航路ももはや使えず、鉄華団の指揮を執るオルガとビスケット、そして依頼主であるクーデリアとフミタンはブリッジに来ていた。

 モニターに表示される座標を見ながらビスケットは問う。

 

「で、どうするの? オルクス商会が宛にできない以上、また別の案内役を探さないと」

 

「あの……案内役はどうしても必要なのですか?」

 

 クーデリアは火星圏での活動しか今までにして来なかった事もあるが、人生で火星よりも外に出た事がない。自治都市クリュセの首相であるノーマン・バーンスタインの一人娘という事もあり箱入りに育てられた彼女。

 けれどもそのせいで世間の実態を知らない事が彼女の原動力にもなった。そうして始めた活動により知る事となる火星圏の実態。そしてそれは実を結び、火星独立運動にまで広がる。

 貧しい火星圏の人々を救う為に彼女は地球にまで足を運ぶ事を決意した。その為に今ここに居る。

 だが現実は彼女の想像よりも過酷で厳しい。地球圏はギャラルホルンが統治しており、それだけに及ばず支配の手は宇宙にまで伸びている。

 道も何もない宇宙でさえ許可もなく飛ぶ事は許されない。火星から地球までの最短ルートはギャラルホルンの目が光っており、そうではないルートでもギャラルホルンを欺くのは難しい。

 

「このまま進めばすぐにまたギャラルホルンの艦隊が襲って来るでしょうね。さっきの戦闘と合わせて僕達はギャラルホルンと三回も敵対してしまっている。それだけでも相手からすれば理由は充分です」

 

「安全に地球まで行く為には案内役は絶対に必要だ。けどギャラルホルンとここまでこじれた以上、普通の案内役は俺達に見向きもしてくれないだろ。自分の身が大事だからな」

 

「オルガ……」

 

「絶望するにはまだ早いぞ、ビスケット。まだテイワズが居る」

 

「そんな……無理だよ、テイワズだなんて!」

 

 木星圏を中心に小惑星帯の開発、運送を担う企業複合体。

 テイワズの手は広く、工業や金融と様々な部門に展開しており宇宙でその名を知らない者は少ない。その過程で自衛戦力の拡充も進んでいき、ギャラルホルンの目には触れない際どい所ではあるがマフィアとしての実態も持つ。

 そんな相手に対してまだ団体として何の成果も上げていない鉄華団が、世間を何も知らない少年達が対等に交渉などさせて貰える筈もない。

 だがビスケットの不安を他所にオルガは方針を曲げようとはしなかった。

 

「でも他に方法があるのか? このままギャラルホルンとドンパチやりながら地球までなんて到底無理だ。それならまだテイワズと交渉する方が可能性がある」

 

「そうかもしれないけれど……」

 

「決まりだ。遠回りになるが俺達は木星圏に向かう。その間に交渉手段については考えておく。まぁ、それでも無理なら正面からぶつかるまでだ」

 

 その様子を操舵士を担当するユージンは横目で見ながら悪態をつく。

 

(ぜってぇ無理だ。それに推進剤の補給だってあるんだぞ。木星圏まで行ってまた地球。上手く行ってもどれだけ時間が掛かるんだ? そんな余裕があんのかよ?)

 

 ユージンの心配も尤もだがこれ以上の解決策も見付からない。イサリビは木星圏に向かって進路を変える。

 

///

 

 モビルスーツデッキではGセルフとバルバトスだけでなく新たなモビルスーツが組み上がっていた。今までの戦闘で倒したグレイズのパーツを寄せ集めた物だ。パーツだけでも金になるが、モビルスーツの方が値はぐんと上がる。

 そうして組み上げられたのは二機のグレイズ。そのコクピットに乗っているのはベルリ・ゼナムと昭宏・アルトランド。

 暫くするとハッチが開放され肩で息をする昭宏が出て来た。

 

「もう一回! ベルリ、もう一回だ!」

 

「えぇ!? もう二時間もですよ?」

 

 グレイズにはバルバトスと違い阿頼耶識システムは搭載されていないし、搭載しようにも必要なパーツがない。

 これから先、戦闘が激化する事も考えグレイズのパイロットになると昭宏が志願した。その為の練習にベルリが付き合っていた所。

 だがGセルフではシミュレーターが同調せず、仕方なくもう一機のグレイズに乗ったベルリ。

 

(見辛いモニターにも慣れて来たし、機体の癖もわかってきた。でも……)

 

「ベルリ、次は勝つからな!」

 

「こんな続けて練習しても効率が悪いだけですよ? 取り敢えず休憩して……あ、三日月さん! アトラさんも!」

 

「お、おい!? ったく、俺も休憩するか」

 

 ベルリはふと視線を向けた先に二人を見付けるとグレイズから降りて行ってしまう。諦めた昭宏もベルリに続くと、三日月とアトラはカバンを抱えて昼食を配っていた。

 

「ベルリ……昭宏も居るんだ。飯、食べるだろ?」

 

「はい、頂きます!」

 

「ほら、昭宏も」

 

「あぁ、助かる。三日月、後でシミュレーター付き合ってくれ」

 

「良いけど……ベルリに勝てたのか?」

 

「いいや、まだだ。同じグレイズなんだけどな」

 

「そう……俺のバルバトスはあの緑の奴よりも強いよ?」

 

「……そこはグレイズじゃないのか?」

 

 タッパーに入れられた昼食を渡す三日月とアトラは他の者にも渡す為にモビルスーツデッキの奥へと進んで行く。けれども突如として艦内に警告音が鳴り響く。

 それを耳にした瞬間、三日月達の目付きが変わる。ベルリはパイロットスーツを装着する為に走って行き、三日月も昼食の入ったカバンをアトラに預けた。

 

「これって警報だよね? 何があったの?」

 

「わからないけどまた戦闘になるかも。俺もパイロットスーツに着替えて来る。危ないからアトラは部屋に戻って」

 

「わ、わかった!」

 

 ブリッジでも同じように緊張が走っていた。レーダーに反映されるエイハブウェーブは一隻の艦艇。それはイサリビの真後ろを取り一直線に加速しており、更には通信まで繋げて来た。

 カメラで確認するとベージュカラーの艦がイサリビに迫って来ている。左右へと張り出した巨大な艦首装甲はまるでハンマーヘッドと呼ばれるサメのよう。そして事実そうである。

 イサリビと同じ強襲装甲艦、その名をハンマーヘッド。

 そしてモニターに映し出されるのはヨレヨレのYシャツを来たかつてのCGSの社長。

 

『こんのクソガキ共がッ! 俺の艦を返せ!』

 

「マルバだと!? アイツがどうして?」

 

 シートに座っているオルガもそうだがビスケットとユージンも久しぶりにマルバを見た事で驚きを隠せない。

 

「社長だって!? 逃げ出したと思ってたのに」

 

「事実そうだろ。俺達を囮にしていの一番に逃げ出した腰抜け野郎が!」

 

『俺が拾ってやった恩も忘れて好き勝手やりやがって! 聞こえてんだろ! さっさと艦を返しやがれ! そうでなきゃお前らなんざ――』

 

『待て待て待て、これじゃ話が進まねぇよ』

 

 激怒するマルバを押し退けて別の人物がモニターに映る。白いスーツとハット、黒髪の長髪は肩よりも長いが発せられる声は渋く、顎から伸びる髭からも男だとわかる。オルガ達の鉄華団の男とは違い年季の入った大人の男。

 

『後は俺にやらせて貰うぜ、オッサン』

 

『あ、すみません……』

 

『さてと、俺は名瀬・タービン。タービンズって組織の代表を勤めさせて貰ってる。テイワズの運送部門を担当してるって言えばもっとわかりやすいか?』

 

「俺は鉄華団の団長、オルガ・イツガ。で、そのアンタが俺達に何の用だ?」

 

 オルガは舐められないように、下に見られないようにと鋭い視線をモニター越しに飛ばす。けれどもその程度の事で名瀬が怯む事などない。

 

『マルバとは前に仕事で付き合いがあってな。火星で久しぶりに再会したらズタボロの雑巾みたいになっててよ。聞けばギャラルホルンと一悶着あったって言うじゃねぇか。あんまりにも見ていられなくてよ、俺らの所ならギャラルホルンから匿うくらいならできるからよ』

 

 今は向こうの話を一方的に聞くしかできない。ビスケットは名瀬と言う男が自分達よりも格上だと言う事を充分に理解していた。ここで下手な事をすればギャラルホルンだけでなくテイワズにまで狙われる事になる。

 故に相手の動きを慎重に見ていた。

 

(ここで僕達に攻撃を仕掛ける利点があるとすれば、僅かばかりの資金とこの艦だけだ。でも相手はバルバトスとGセルフの事を知らない。これは最後の切り札だけど、オルガはどうする……)

 

『で、手助けする代わりにCGSの資産諸々は全部ウチで預かるって話になったんですぐに調べたんだが、どうだい? CGSは書類上は廃業、全ての資産は鉄華団とやらに移譲されてるじゃねぇか』

 

「俺らは――」

 

『待て待てまだ話の途中だ。今はこっちが話す番だ。わかるな? 大人が喋ってる時に口を挟むんじゃない』

 

「ッ!?」

 

『わかれば良い。ギャラルホルンとお前らの戦いは見させて貰った。ガキにしては大したもんだ。お前らの資産を丸々こっちに渡してくれるなら悪いようにはしねぇ。ウチの傘下でもっと真っ当な仕事を用意してやる。でもそっちも大所帯だからな。全員一緒って訳にはいかねぇがな。さぁ、どう――』

 

「アンタの要求は飲めない」

 

 名瀬が言い終わる前にオルガは口を開いた。

誰に何と言われようと、これから先の事を他人に決められる事だけは容認できない。それではCGS時代と何も変わらないし、オルガの信念を曲げる事になる。それは付いて来てくれた仲間を裏切る事だ。

 

「俺達はやるべき仕事があるんだ。それを途中で投げ出す訳にはいかねぇ」

 

『ほぅ、強気に出たな』

 

 モニター越しではあるが両者の鋭い視線が交わる。するとブリッジのエアロックが解除されて二人が入って来た。クーデリアとフミタンだ。

 

「あの……先程の音は警告音ですよね? また何かあったのですか?」

 

「クーデリアさん!? ここは危険だと前にも!」

 

 思わずビスケットは大きな声で言ってしまう。そしてそれは名瀬の元にまで届く。クーデリアの名前を聞いた名瀬の表情は苦しい物へと変化した。

 

『この嬢ちゃんが噂のクーデリア・藍那・バーンスタインか……アンタの件は複雑でな。これはオヤジにも話を通さないと決められねぇ』

 

「あの……私は地球にまで行かなくてはなりません。ですから――」

 

『悪いが事はそう単純じゃねぇんだよ。ったく、どうした物か』

 

 頭を抱える名瀬、それを見たビスケットは一歩足を進めると思い切って交渉に乗り出した。

 

「あの、一つだけ良いですか!」

 

『あん? 何だ?』

 

「ビスケット・グリフォンと言います。都合の良い話なのは承知してます。ですが、今この場で鉄華団とタービンズとで取引する事はできませんか? さっきのクーデリアさんの言葉を聞いたと思います。俺達はクーデリアさんを地球まで送り届けたいんです。この仕事を成功させるにはギャラルホルンの目を避けて、地球までの航路を確保できる水先案内人が要ります。タービンズは輸送部門を担当してると言ってましたね? その航路を使わせて貰えませんか? 勿論通行料はお支払します」

 

『ダメだな、話にならん』

 

「どうしてですか!? でしたら――」

 

 尚も交渉を続けようとするビスケットをオルガは制止させる。

 

「さっきも言っただろ、ビスケット。コイツの要求は飲まねぇし、コイツを頼りにするのもナシだ。俺達は俺達の道を行く」

 

『ほぅ、いっちょ前の口を叩くな。だが生意気の代償は高く付くぞ。その意味がわかってるんだろうな?』

 

「さっき言った通りだ。俺達の邪魔をするなら誰だろうと叩き潰す。それとな……マルバ! テメェにもきっちり落とし前は付けて貰う。死んで行った仲間達の分、払って貰うぞ!」

 

 オルガは言い終わると名瀬との通信を切った。同時にビスケットはオルガへ視線を向けると口を挟む。

 

「どうするつもりなのさ! 相手の方が確実に上手なのに! それに交渉だって、こっちが妥協すればまだ方法はあったのに」

 

「そうだとしても曲げられない物がある。わかってくれ、ビスケット」

 

そう言われればビスケットも何も言えなくなる。

 スクリーンに映るテイワズの強襲装甲艦からはモビルスーツが発進し、後ろを取られた状態のイサリビもブリッジを格納すると機首を反転させながらも速度は落とさない。

 

「相手の艦とモビルスーツが来るぞ! ミカとベルリを出せ! それと昭宏にも準備だけはさせておけ。迎撃準備、構えろ!」

 

 オルガの怒号が響き渡り乗組員達も一斉に動き出す。何もできないクーデリアは本来なら安全な居住ブロックにまで避難しなければならないが、足は一歩も動いていない。目まぐるしく変わる戦場、それが映し出されるスクリーンを力強く見つめる。

 

「フミタン、私は鉄華団の戦いを見守る義務があります。アナタだけでも避難を」

 

「お嬢様……そうはいきません。それこそ私の立場が失くなります」

 

「でもそれだと……」

 

「ですからお嬢様が生き残る可能性が少しでも上がるように、私もできる事をしてみます。オルガ団長、通信オペレーターを引き受けても宜しいでしょうか? 幾らか精通している自身はあるのですが?」

 

 話を聞いたオルガはすぐに決断する。通信装置の前に座っていたチャド・チャダーンにオペレーターを変わるように命じた。

 

「助かる。チャドは監視に回ってくれ。この戦いに勝てばタービンズに、テイワズに俺達の実力を示すきっかけになる。テメェら気合入れろよッ!」

 

 オルガの啖呵が合図になったかのようにタービンズの艦の主砲が発射される。

 戦いの火蓋が切られた。

 

///

 

モビルスーツデッキではバルバトスとGセルフが出撃の準備を進めていた。パイロットスーツを装着した三日月はバルバトスのコクピットシートに滑り込むと、背もたれ部分にある阿頼耶識システムを自身に接続させる。

 三日月はシステムを通してバルバトスの状態を把握した。

 

「機体のあちこちにガタが出てる。リアクター出力も完璧じゃないみたい」

 

『悪いな、三日月。時間もパーツも足りなくてよ』

 

「大丈夫だよ、オヤッサン。でも武器はあるんでしょ?」

 

『あぁ、弾は満タンにしてある』

 

「なら行けるよ。今日も俺が先に出るの?」

 

『ベルリの機体はエイハブウェーブを探知されない。お前が囮になってる隙に敵艦に取り付く。できるな?』

 

「モビルスーツの相手をすれば良いんでしょ? バルバトスを出して」

 

 イザリビのハッチが開放されバルバトスもカタパルトに固定される。巨大なメイスと滑腔砲を背負うバルバトスが戦場に飛ぶ。

 メインスラスターを全開にして敵のモビルスーツに向かって突き進む。

 一方、ベルリのGセルフも準備が整い発進は秒読み。けれどもバルバトスや他の機体と違いバックパックを装備しているのでカタパルトに設置できない。故に出口から発進する。

 

「三日月さんがモビルスーツを相手してる間に敵艦の足を止める……やってみるしかない!」

 

『バルバトスが出撃しました。そちらもお願いします』

 

「フミタンさん!? どうして?」

 

『Gセルフ、発進どうぞ』

 

「そう言う事なら! Gセルフ、出ますよ!」




 昭宏・アルトランドだ。ようやく俺もモビルスーツで戦える。これ以上、三日月だけにやらせねぇ! ただモビルワーカーとは勝手が違うな……ベルリ、ちょっと特訓に付き合ってくれ
 次回、鉄血のレコンギスタ――オルガの覚悟――
 ベルリの奴、どこ行った? 誰か見なかったか?


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第七話 オルガの覚悟

 イサリビから出撃するGセルフは背中のバックパックを翼のように左右に広げ、メインスラスターとフォトンリングを発生させて加速する。バルバトスは正面から、Gセルフは迂回してタービンズに攻める作戦。

 けれどもタービンズは輸送を専門としてはいるが修羅場を潜り抜けた数は計り知れない。モビルスーツの運用も鉄華団よりも熟練しているのは確実。

 

「速度の早い機体が居る。でも今は敵艦に取り付くのを優先させる! 三日月さん、頼みます!」

 

 ペダルを踏み込むベルリはメインスラスターの出力を上げてビームライフルを構えるとタービンズの強襲装甲艦を視認する。

 

「むき出しの砲身を狙えば!」

 

 ビームライフルのトリガーを連続して引くと高出力のビームが発射される。巨大な主砲はナノラミネートが塗布されておりビームを弾くが、小型の対空砲は一撃で破壊できる。

 それを確認したベルリは敵の戦闘力を削ぐ為にまずは対空砲を集中して破壊しに行く。

 

「これなら! 後はスラスターを……まだ出て来る!」

 

 だが敵艦からは新たなモビルスーツが出撃して来る。ギャラルホルンのグレイズとは違う、テイワズが独自に開発したモビルスーツ、百錬。

 マッシブなフォルムは場所を選ばず機敏に動き高い戦闘力を誇る。

 パイロットであるアジー・グルミンの機体は蒼く、アミダ・アルカの機体は朱い。

 

「姐さん、やっぱりエイハブウェーブは探知できません。レーダーの故障って訳じゃありませんね。そんな機体を持ってるなんて。それにあの光る武器……」

 

「先制攻撃を受けたのは癪に障るけど、わかっちまえばこっちのものさ。やる事はいつもと変わらない。アタシが先行して仕掛ける。バックアップを頼むよ!」

 

「はい!」

 

「来るか!」

 

 朱い百錬はライフルのトリガーを引きながらGセルフとの距離を詰める。回避するベルリだが、逃げる先に正確に銃口を向け攻撃の手は緩めない。

 

「相手は手練てる。時間は掛けられないって言うのに」

 

「その武器の性能は見させて貰った。当たらなければ! アジー、グレネードを使うよ!」

 

 マニピュレーターに腰部のグレネードを握らせると素早く投げる。同時にライフルのトリガーを引き投げたグレネードに弾を当てると本来よりも早く起爆させ爆炎がGセルフの前に広がった。

 

「挟み込む!」

 

 左手に片刃のブレードを握らせ左右からGセルフに詰め寄る。その間もライフルでの砲撃は止まない。けれどもこの程度の目眩ましにやられるベルリでもなかった。

 

「何だって言うんだッ! コピペ・シールド!」

 

 シールドから透明なフォトン・エネルギーの障壁が幾つも発生すると左右から飛んで来る弾丸からGセルフを守る。

 通常の弾丸がどれだけ束になった所でフォトン・エネルギーを突き抜けるのは不可能。そしてベルリは視線を蒼い百錬に向けるとペダルを踏み込んだ。

 加速するGセルフ、それに対面するアジーは冷静に牽制射撃をしながら左手の片刃ブレードで接近戦に備える。

 

「あのシールド、普通のシールドじゃない。小賢しい!」

 

「無駄です! そんな機体で!」

 

 発射する弾丸はシールドに吸い込まれるようにして消えていく。そして蒼い百錬は片刃ブレードで袈裟斬り。だがベルリは素早く機体に逆噴射を掛けるとこの攻撃を回避。そして瞬時にバックパックのスラスターの向きを変えて右脚部を高トルクモードに切り替えた。

 振り下ろされている左腕を蹴り上げるとマニピュレータから片刃ブレードが飛んで行く。そして更に詰め寄るとビームライフルの銃口を右肩と胴体の繋ぎ目に密着させた。

 引かれるトリガー、ビーム音が轟くと百錬の右腕が一撃でちぎれ飛ぶ。

 

「これで戦闘力は奪いましたよ!」

 

「私がこんな一瞬で!? 機体の性能か?」

 

「帰って下さい!」

 

 百錬の胸部を足場にするようにして蹴ると機体を反転し加速。もう一機の朱い百錬に向かって飛ぶ。

 実力者であるアジーを瞬く間に倒すGセルフとそのパイロットの技量を見てアミダはペロリと唇を舐めた。

 

「アジー、艦に戻りな!」

 

「すみません、姐さん」

 

「あの娘があんな簡単にやられるなんて。それにパイロットは殺さず武器だけを狙うそのやり方、気に入らないね!」

 

「このモビルスーツを何とかすれば敵艦に取り付けるんだ。それにギャラルホルンとか言う組織にだって狙われてる。手加減はできませんよ!」

 

「アタシに敵うと思うな!」

 

 アジーの蒼い百錬は指示を受けてタービンズの艦に戻って行く。

 一方、アミダの射撃は緩急を付けてGセルフを狙う。それも狙いは正確で白い装甲に襲い掛かるがコピペ・シールドはまだ展開されている。

 

「チィッ、鬱陶しい武器を使う!」

 

「確かに強いけれど一本調子じゃ!」

 

「これなら!」

 

 腰部に残っている残り二個のグレネードの安全装置を解除して前方に投げ飛ばす。目視で確認したベルリはビームライフルをマウントさせると首元からビームサーベルを抜き横一閃。

 針のように細くとも高出力のビームサーベルが機体の全長よりも長く伸びると一瞬でグレネードを切断。爆炎が再び視界を覆う。

 

「仕留めるよ!」

 

「そんな戦い方じゃアナタは死にます!」

 

 迂回して朱い百錬が再び攻めて来る。ライフルのトリガーを引きながら片刃ブレードを振り下ろす。反応するベルリもビームサーベルで斬り上げるが切っ先はモビルスーツの装甲しか捕えられない。

 

「外した、でも!」

 

「遅いよ!」

 

 百錬の振るう刃が確実にGセルフの胸部装甲を捕えた。瞬間、全身の装甲が深い緑色に変化する。

 

「何だッ? ぐぅッ!?」

 

 振り払うシールドが百錬の頭部に叩き付けられる。Gセルフはそのまま握っているビームサーベルのグリップをコクピット部分に密着させた。

 

「ナノラミネートアーマーでも長時間のビーム攻撃には耐えられない!」

 

「賢しい子どもだね!」

 

「え……その声!」

 

 装甲を通して聞こえて来たのはベルリが良く知っている声。そしてベルリは思わず操縦桿を引くとビームサーベルの攻撃も止まった。

 だがアミダはその隙を逃さない。

 

「正気かい?」

 

「どうして母さんがモビルスーツになんて乗ってるんです!」

 

「母離れもしてない坊やが戦場に出て来るか!」

 

 片刃ブレードの切っ先がGセルフの腹部に突き立てられる。今度は高トルクモードに切り替える暇もなく衝撃が襲う。だがフォトン装甲にダメージはない。

 

「クッ……あんな単純な罠に引っ掛かるなんて!」

 

「なんて装甲だい!? キズも付いてない」

 

「トリッキー!」

 

 Gセルフの全身が一瞬光ると余剰フォトンエネルギーが発射される。全身を型取ったような光の幕は一直線に百錬に向かう。

 警戒するアミダは近づいて来る光を片刃ブレードで振り下ろした。が、光に触れた瞬間に機体の電気系統に異常が出る。

 

「また賢しいマネを! 坊主がッ!」

 

「今なら行ける、足を止める!」

 

 全身が痺れたかのように朱い百錬の動きが止まってしまう。アミダを突破するGセルフはタービンズの艦に接近するが、目の前に現れるのは片腕を失ったアジーの蒼い百錬。残された左手には新たなライフルが握られている。

 

「ウチらの艦はやらせないよ!」

 

「まだ……出て来る!」

 

「新型だからって!」

 

「しつこい!」

 

 ライフルのトリガーを引くアジー、ベルリは操縦桿を巧みに動かしGセルフを操る。バックパックから伸びる青白い炎は糸を縫うように攻撃をかい潜ると百錬に詰め寄った。

 両手にビームサーベルを握らせるベルリはGセルフの両腕で振り払う。高出力のビーム刃はライフルとマニピュレーター、頭部と胴体とを繋げる首を切断し、そのまま蒼い百錬を足場にして防衛網を抜けて行く。

 

「私が同じ奴に二度も負ける!? 名瀬、姐さん、ごめん……」

 

「これならもう追って来ない。敵の砲撃!」

 

 タービンズの艦から対空砲火が飛んで来る。けれどもそれではモビルスーツの動きを止める事はできない。ブリッジでも艦長を兼任している名瀬が声を飛ばしていた。

 

「あの二本角を近付けるんじゃない! アジーの機体は回収させろ! ラフタもどうなってる?」

 

「もう一機の白い機体と交戦中。呼び戻しますか?」

 

「どの道、間に合わない。アミダが頼みの綱か。おい、マルバ。あの二本角は何だ? あの機体の戦闘力はギャラルホルンとの戦闘で見てる。が、あんだけ見た事もない武器を使われたんじゃアミダとアジーでも辛いか。それにまだ底が知れない。マルバ、あの機体は何なんだ?」

 

 シートに座る名瀬は隣で震えながら立つ彼に向かって問い掛ける。けれどもマルバにも知る由もない。

 

「お、俺だって知りませんよ! あの機体はクーデリアがウチに来た時に一緒に付いて来ただけで。知ってるのはもう一機の方だけです!」

 

「あっちはラフタでどうにかなってる。それよりも……残りの主砲は全部正面の敵艦に向けろ! 面舵三十、ミサイルとナパーム弾もありったけぶち込め!」

 

「了解です」

 

 名瀬の指揮に従い艦が動く。全火力を持ってイサリビを撃沈すべく動き出した。

 このままGセルフに取り付かれれば敗北は免れない。そうなる前に敵の頭を潰そうと考え、加速するハンマーヘッドは一直線にイサリビへ向かう。

 全てのスラスターを駆使して加速するハンマーヘッドの動きにベルリも舌を巻く。

 

「敵艦の動きが早い!? 追い付けるの?」

 

「行かせないって言ってんだよッ!」

 

「アサルト!」

 

 全身が赤色に変化するGセルフはバックパックを両脇から突き出すと貫通力も高い高出力ビームを発射した。けれどもそれを防ごうとアミダの百錬が尚も立ち塞がる。

 右腕を一杯に伸ばしながら、発射体勢に入るGセルフの前に行こうとするが、それよりも早くにトリガーは引かれてしまう。

 発射される二本のビーム。でもアミダは辛うじてその内の一本に届いた。

 

「な、何の光だ!?」

 

 ビームがナノラミネートが塗布された朱い装甲に直撃した。その特性からビームは腕の装甲から弾かれてしまうが、アサルトモードのビームはビームバリアであるIフィールドでさえ貫けるようにできている。弾かれるのはその数秒だけ。

 ビームの熱量と貫通力が百錬の右腕を吹き飛ばす。

 

「私が……止められなかったって言うの?」

 

 もう一本のビームは遮られる事なくタービンズのハンマーヘッドのスラスター部分に直撃した。巨大な爆発が起こると艦はバランスを崩し航行不能となってしまう。

 艦内では乗組員が必死に消火活動に当っていた。

 

「十番から二十番までシェルターで格納。消化班はノーマルスーツの着用を」

 

「まだ対空砲の消化も終わってない!」

 

「動ける人間は負傷者を担ぎ出せ!」

 

 動いている人は全て女性だ。この艦には名瀬を除き女性しか乗員していない。彼女達は自分の仕事を真っ当しようと各々が必死に動いている。

 その様子はブリッジの名瀬にも届いており、彼は右手でアゴ髭を触ると瞬時に決断した。

 

「リアクターの出力を下げろ。このままの航行は無理だ。それと向こうに回線を繋げ」

 

「な、名瀬さん!? 諦めるって言うんですか?」

 

「アミダの機体も損傷してる。すぐに回収させろよ」

 

「名瀬さん!」

 

「終わりだ。今回はあいつら、と言うよりあの機体が規格外だった。もう反撃する手は持ち合わせてねぇよ」

 

「し、しかし……」

 

「何だ? まだ戦えって言うのか? 言っとくがそうなるとお前も死ぬぞ? わかってるんだろうな?」

 

「そ、そんな……わかりました」

 

 がくりと膝から崩れ落ちるマルバ。それを見て名瀬はアミダとラフタにも回線を繋げさせる。

 

「終わりだ、アミダ。今すぐ戻れ!」

 

『アンタ……良いのかい?』

 

「俺が話を付ける。その二本角とそれ以上やりあえば死ぬぞ。そんな事はさせねぇ」

 

『わかったよ。帰艦する』

 

 鉄華団とタービンズとの戦闘は終わった。動きの止まったハンマーヘッドと緩やかに戦線から離脱する百錬の動きを見てベルリもそれを悟る。

 

「離れて行く。諦めたのか……」

 

『Gセルフのベルリ・ゼナム、聞こえますね?』

 

「フミタンさん?」

 

『そちらもイサリビに帰艦を。これよりタービンズとは一時休戦です』

 

「了解しました。戻ります」

 

 指示に従い帰艦するベルリ。Gセルフはエネルギーを消耗しただけでさしたるダメージを受けていないが、三日月のバルバトスはそうもいってなかった。

 元々が急場凌ぎに動かした機体なのもあるが整備も万全ではない状態で立て続けに戦闘をおこない各部装甲が剥がされている。フレームの消耗も激しい。

 モビルスーツデッキに格納されたGセルフとバルバトス。コクピットから出て来た両パイロットはデッキで鉢合わせると互いの機体に目を向けた。

 

「三日月さん、ご無事で何よりです」

 

「俺の事なんて良いよ。今回は何もできなかった。この戦闘に勝てたのはベルリのお陰だ」

 

「そんな……」

 

「何もできなかった。オルガの為にもっと強くならないと。そうじゃなきゃ俺はここに居る意味がない」

 

「意味?」

 

「俺は飯食ってくる。また時間ができたら昭宏の練習に付き合ってやってくれ」

 

「わかりました」

 

 言うと三日月はモビルスーツデッキから出ていってしまう。三日月は役に立てなかった事にストレスを募らせるが、一方でベルリも地球に近づくにつれて心の中の不安が大きくなっていた。

 

///

 

 鉄華団とタービンズとの戦いは鉄華団の勝利に終わった。けれどもバルバトスは度重なる戦闘で全身の装甲はボロボロ。イサリビも主砲やナパーム弾の攻撃を受けてナノラミネートアーマーも消耗してしまっている。

 イサリビとハンマーヘッドは並列にゆっくりと、ギャラルホルンの目に触れない安全な航路を進んでいた。

 そしてベルリはバックパックも何も装備していないGセルフに搭乗しマニピュレーターで装甲板を掴むと、アサルトモードのビームにより穴の空いた箇所に持って行く。

 そのすぐ傍ではノーマルスーツを装備したタービンズの整備班が動いている。

 

「確かに攻撃したのは僕ですけれど……」

 

『二本角、ちゃんと誘導に従ってよね! それ、早く持って来る!』

 

「わかりましたよ。危ないから少し離れて下さい」

 

 動ける乗組員は艦の修復作業で賢明に動く中、オルガとビスケット、クーデリアは交渉の為にハンマーヘッドに招かれていた。

 応接室に通された三人、そこに居るのはタービンズの頭である名瀬・タービンとCGSの社長だったマルバ・アーケイ。

 

「よぉ、来たな。まぁ座ってくれ。今、アミダに茶を用意させてるからよ」

 

「いえ、そんな……俺達は一応交渉に来たので……」

 

「そうだけどよ。殺し合いをした相手と茶は飲めねぇってか?」

 

「そんな事は!? では、頂きます」

 

「舐められねぇように気を張るのは必要だが、だからって何でも突っぱねるなよ? 今回は許してやるが俺じゃなかったらこの時点で交渉は決裂する場合だってある」

 

「肝に銘じます」

 

 言われてオルガとクーデリアは広いソファーに腰を下ろし、体格の大きいビスケットはその後ろに立つ。。けれどもやはり気は抜けない。鋭い眼光は目の前の名瀬、そしてマルバを睨んだ。向けられる眼差し、今までにしてきた行いを振り返りマルバは思わずたじろぐ。

 

「うぐっ!? お、オルガ……生きていたとはな」

 

「白々しいぜ、死んでてくれた方が嬉しかった筈なのによ」

 

「そんな事は……俺は今までお前達を養ってやってたんだぞ? 仕事を与え武器の使い方を教えてやった。その恩を――」

 

「へぇ、まだ減らず口を叩くのか? 俺は忘れちゃいねぇぜ、今までお前にやられた事を。お前のせいで死んでいった仲間の事を。その怨念、この場で返して貰おうか?」

 

 懐に手を伸ばすオルガ。その動作を見てマルバの肥え太った全身から脂汗が吹き出し震える体で逃げ出そうとした。けれども名瀬の一声がそれを止める。

 

「やめとけ、こんな所で銃なんて使うんじゃねぇ。折角の絨毯やソファーが血で汚れる。どうしてもって言うなら止めねぇが、きっちり弁償して貰うからな。言っとくがこの部屋に置いてある家具は値打ち物ばかりだぞ。払えんのか?」

 

「ッ! わかりました」

 

 手を引くオルガ。もう一度だけマルバを見ると口から泡を拭いて白目を向いていた。名瀬はその事を全く気にせずに交渉を初めた。

 

「お前達の覚悟は見させて貰った。まずは聞かせてくれ。お前達の最終目標を」

 

「俺達の仕事はクーデリアを地球まで送り届ける事。その為にはギャラルホルンに見付からない安全な航路と案内役がどうしても必要なんです。その案内役を引き受けては貰えませんか? それともう一つ、俺達鉄華団をテイワズの傘下に入れて貰えないでしょうか?」

 

 最後の言葉を聞いた瞬間、名瀬の目付きが鋭くなる。

 

「俺達はギャラルホルンに目を付けられてます。でもテイワズの力があればそれも払拭できる」

 

「俺達を後ろ盾にしたいって訳か。なぁ、俺達の傘下に入る事の意味をちゃんと理解してるんだろうな? オルガ・イツカ」

 

 その鋭い視線を声を耳にしただけでビスケットは体が固まってしまう。怒り、殺意、恐怖、名瀬はたった一言発しただけでそれを感じさせるだけの気迫がある。

 だがオルガはそれに臆さない。ここで引いてしまえば全てが無駄になってしまう。鉄華団の為にもそんな事はできない。

 

「わかっています。マフィアに属するって事です。それくらいの覚悟ならもう決めてます」

 

「やっぱりお前わかってねぇよ」

 

「は? それは――」

 

 オルガが問い掛けようとした時、応接室の扉が開かれた。視線を向けるとトレーにティーポットとカップを乗せて運んで来た女性が立っている。

 タイトなジーンズ、胸元がざっくり開かれた赤いシャツから見える褐色な肌からは色気が漂ってくるが、大きく消えない傷痕が痛々しい。

 ウェーブの掛かったブラウンヘアをゴムで一本にして真っ赤なリップを塗る彼女はアミダ・アルカ。

 

「話は進んでる? 紅茶ができたよ」

 

「サンキュー、アミダ。それじゃ一杯頂くとするか。お前らも飲むよな?」

 

 同じ事を聞かれオルガは思わず目を見開くが、間違いのないようにゆっくりと口を開く。

 

「い、頂きます」

 

「そう。それじゃちょっと待ってて。全員分用意するから」

 

 ティーポットからカップに注がれる温かい紅茶は香しい。しかしこの紅茶の良さがわかるのはクーデリアだけだ。用意されたカップはテーブルの前に置かれ香りを楽しむクーデリア。

 オルガはちらりと紅色の液体を見ると本題に戻る。

 

「わかってないとはどう言う事ですか?」

 

「そのままの意味だよ。お前はマフィアに入る事の意味をまるでわかってねぇ。まだまだガキのお前が来るような所じゃねぇんだよ」

 

「でもそれじゃ――」

 

「だがもう一つの方は考えてやっても良い。地球までの水先案内人、引き受けてやる。でも当然だが安くねぇぞ。金はどれだけ用意できる?」

 

 テイワズの傘下に入れない事に納得がいってないオルガだが名瀬は話を強引に進めていく。金額を提示するように言われ、ビスケットは持っていたタブレットを指で操作してから名瀬の前に差し出す。

 

「こちらが僕達が今用意できる全額です」

 

「どれどれぇ……安いな」

 

「そんな!? 相場から考えても充分な金額はあります!」

 

「案内料はな。こっちの艦はお前らが用意した二本角のモビルスーツのせいで損害を受けてる。その分もきっちり耳を揃えて払って貰わないとな」

 

「それはそちらにだって非があります! 交渉にも応じて貰えず、艦隊戦とモビルスーツの攻撃を先に仕掛けたのもそちらです! 戦わなければ死んでいた!」

 

「だとよ、アミダ。どう思う?」

 

 横目で隣の彼女に伺う名瀬の様子はどこか楽しげにも見える。それがわかっているアミダはカップの紅茶を一口飲むと口を開く。

 

「少しからかい過ぎだよ。可哀想に」

 

「はは、そうかい。おい、真ん丸いの」

 

「ビスケット・グリフォンと申します」

 

「水先案内人、この金で引き受けてやるよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「あぁ、嘘は付かねぇよ。でもお前言ったな、この金は用意できる全額だって。そんなんじゃ組の運営もギリギリだろ? だからさ、こっちからも何人か人を送る。お前達が金を踏み倒さないようにな」

 

「そんなことはしません」

 

「そのつもりがなくても組が潰れたら払えないだろ? 道中でモビルスーツのパーツやら何やらを集めて売れば金になる。一人は闇ルート販売の仲介、もう二人は直接金目の物を集めて貰う。言っとくがお前らへの分前はないからな」

 

「わかりました。ではその旨でお願いします」

 

「交渉成立だな」

 

 名瀬は渡されたままのタブレットを操作するとテイワズのコンピューターからデータを読み込む。パネルに表示されるのはいつの間に作られたのか、先程の交渉の末に決まった内容が文章に置き換えられている。

 指でスライドすると名前を書く欄が。

 

「ならここに一筆書いて貰う。これは契約だ。途中で辞めるだなんて許されねぇ。書いて貰うぞ、鉄華団団長」

 

「許されないのはそちらも同じですよ」

 

「わかってるよ」

 

 渡されたタブレットに指で自らの名前を書くオルガ。この瞬間、鉄華団とタービンズは正式に契約が結ばれた。

 同時に水先案内人は引き受けてくれたがテイワズの傘下に入れない事が決定してしまう。

 

「良し、それじゃ今後とも宜しくな。鉄華団団長」

 

「こちらこそ、宜しく――」

 

 互いに手を伸ばし握手をしようとした時、突如として船体が揺れる。

 

「何の揺れだ!? アミダ、モビルスーツデッキに行って出撃の準備。俺はブリッジに戻る」

 

「わかった。頼んだよ」

 

「お前らはここから動くな。今から艦に戻るのは無理だ。状況がわかるまでは下手に動くなよ」

 

 言うと名瀬とアミダは応接室から出て行ってしまう。残された三人は名瀬に言われた通りこの場に留まるしかできない。




 テイワズ運送部門の名瀬・タービンズだ。お前らに一つ、タメになることを教えてやる。
 品を売りたい相手を誰にするのかをまず決める。それが起業をする時にまず最初に考えることだ。
 次回、鉄血のレコンギスタ――激闘、宇宙マフィア!――
 続きが聞きたいなら次も見な。


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第八話 激闘、宇宙マフィア!

 外では並列する二隻の艦に向かって砲撃が降り注いでいた。それをたった一機でどうにか守ろうとするのはベルリのGセルフだ。

 

「ミノフスキー粒子は散布されてないけれど発見が遅れた。戦艦がこんな距離にまで来てるなんて。イサリビ、聞こえますね?」

 

『こちらイサリビ。敵艦の数は一隻。ですがモビルスーツも展開しています』

 

「今からだとバックパックを装備してる時間がない。ビームサーベルだけで何とかしてみせます!」

 

 巧みに操縦桿を動かすベルリは右手にビームサーベルを握るGセルフを動かす。機体の全長よりも伸びる切っ先は迫るミサイルを一振りで斬り落としていく。

 暗闇に広がる火球。速度は早いが視認できるミサイルは破壊できるが砲撃はそうはいかない。その全てを防ぎきれる筈もなく、Gセルフの脇をすり抜けていく砲撃はイサリビとハンマーヘッドに直撃する。

 

「くっ!? こうも連戦続きだと……モビルスーツも来る! え、何なの!?」

 

 敵艦から現れるのは、また見た事のないモビルスーツ。ずんぐりとしたフォルムは装甲が分厚い事を視覚的に伝えてくる。関節までも装甲で囲う重装甲はそれだけで機体重量が重くなるが、宇宙のみでの活動を前提としているので見た目程動きは悪くない。

 その為に脚部は歩行脚ではなく可動ブースターが設置されている。深緑の装甲をした機体名称はマン・ロディ。

 ギャラルホルンともテイワズとも違う改良されたモビルスーツ。

 マン・ロディは装備するサブマシンガンを構えて三機編成でGセルフに迫る。

 

「カメじゃあるまいし! ビームサーベルなら!」

 

 リアスカートから推進力を得るGセルフは敵機に接近するとビームサーベルで横一閃。が、マン・ロディも装甲はナノラミネートアーマーで構成されておりビームを通さない。それに関節まで装甲で覆われている為に部分的に破壊する事もできなかった。

 

「この機体もビームを弾く!?」

 

『何だ今のは!? でもダメージはない。やれるぞ!』

 

「であああッ!」

 

 鉈の峰部分にハンマーを備えた格闘兵装、ハンマーチョッパーを手に取るマン・ロディは大きく振り下ろすが、Gセルフも左手を突き出す。

 マニピュレーターにはグローブのように余剰フォトンエネルギーが。

 ハンマーチョッパーの刃にぶつけるマニピュレーターはキズが付かない所か相手の武器を弾き飛ばす。

 

『こいつ、近づいて来るのか!?』

 

「隙ができた!」

 

『まだ負けた訳じゃない。囲い込め!』

 

 残る二機のマン・ロディは左右からサブマシンガンのトリガーを引きながらGセルフに迫る。視線を動かし危険を察知すると、右脚部で相手の胸部装甲を踏み付けて後退。更に首元からもう一本のビームサーベルを抜き両マニピュレーターを高速回転させた。

 残像が見える程に早いビームサーベルは即席のビームシールドに変わる。

 通常の弾丸ではビームサーベルのシールドを突き抜ける事はできない。

 

「フレームが見えないようにできてる。どう戦う? まだもう一機居る?」

 

 ベルリの前に現れた機体はマン・ロディに似ているが細部が違う。そのボディーは一回り大きく更に強固に見える。そしてマニピュレーターに握るのは巨大な鉄の塊。

 

「ハンマーだって!?」

 

『潰れろやァァァッ!』

 

「潰れない!」

 

 ビームシールドを解くと左右に横一閃。ビームサーベルの切っ先は近づいて来る敵影に接触するが、やはりダメージは通らない。

 ペダルを踏み込むベルリは相手の射程距離に入らないように後退すると、さっきまで居た場所に巨大なハンマーが振るわれる。

 瞬時にトリガーを引き頭部バルカンを放つベルリ。轟音が鳴り響き角の間に設置された砲門から弾丸が発射される。

 弾は直撃するが分厚い装甲を前に弾かれてしまう。

 

「ハンマーなんてェェェッ!」

 

『自分から近づいてくるなんて正気か?』

 

 巨大なハンマーはナノラミネートアーマーであろうと一撃で破壊できるだけの威力を持つ。そんな相手に自ら射程距離範囲内に入り込むのは自殺行為とも言える。けれどもベルリはやってのけた。

 懐に滑り込むと敵機がハンマーを振り下ろすよりも早く殴り掛かる。

 マニピュレーターが深緑の装甲にぶち当たり火花が飛ぶ。

 

「カメになんてやられてる場合じゃないんだ!」

 

『こ、こいつ!?』

 

「ビームが効かなくたって、動かなくさせる事はできる!」

 

 操縦桿を引いては押して、引いては押して。Gセルフのマニピュレーターがその度に相手の頭部を殴り付ける。

 何度目かのパンチの後、右脚部で腹部を蹴りつけるとGセルフは距離を離した。

 

『舐めてんじゃねぇぞッ! お前らも援護しろ!』

 

「狙われている……」

 

 離れて行くGセルフに四機編成で攻めに来るマン・ロディと新型機。だがベルリの元にも増援がやって来る。

 滑空砲の大口径の砲身が正確にマン・ロディを撃ち抜く。

 

「三日月さん!」

 

「ごめん、少し遅れた。敵は? 多いな……」

 

「相手は何なんです?」

 

「海賊だろ? 弾もないって言うのに。まぁ、これを狙ってたんだろうけど」

 

///

 

 ハンマーヘッドのブリッジでは名瀬が鋭い視線を向けている。睨みだけで相手を殺す程に怒気を孕む凄まじさ。

 それをモニター越しに受けるのは火星圏で活動をする宇宙海賊ブルワーズの頭領であるブルック・カバヤン。

 脂ぎった皮膚、肥え太った体に弛んだ皮のせいで顎が見えず顔と胴体が一体化している。その表情はニキビやデキモノもあり醜い。

 

「ほぉ、大きく出たな。本気で俺達に喧嘩を売るつもりか?」

 

『へへ、本気も本気だ。ケツがテイワズだからってデカイ面するのもここまでだ。俺達だってここいらじゃそれなりに名を広げてる。宇宙はギャラルホルンとお前らテイワズだけの物じゃねぇんだぜ。タービンズの大将さんよぉ? ここいらでお前らを潰す』

 

「潰すと来たか。漁夫の利を狙う三下が良い気になるなよ? 後で吠え面掻いて命乞いしたって許してやんねぇからな……」

 

『こっちのセリフだ』

 

 通信が終わるとモニターの映像も消える。けれども名瀬の怒りは収まってない。

 

「チッ、意気がったは良いが不味い状況だな。まったく……モビルスーツは順次発進させろよ。すぐに敵が来るぞ!」

 

 名瀬の声を合図にしたかのようにブルワーズの強襲装甲艦から砲撃が飛来し、モビルスーツの続々と出て来る。

 ハンマーヘッドからもアミダとアジーの百錬、ラフタの百里、イザリビからは三日月のバルバトスと昭宏のグレイズが出た。けれども前回の戦闘から充分に時間があった訳ではない。

 汎用性の高い百錬は間に合ったが、ワンオフ機であるバルバトスはツギハギだらけ。今までに回収したモビルスーツの装甲を無理やり肩や腕に使っている。

 右手にはメイス、左手には滑空砲、そして背中には新しい武器を背負いメインスラスターから青白い炎を噴射して加速しGセルフに合流した。

 その様子を注意深く見るのはブルワーズのエース、クダル・カデル。彼の搭乗するモビルスーツ、ガンダムグシオンは巨大なハンマーの柄を両手で握り一旦距離を離す。

 

「チィッ、一機やられたか。この二本角のせいで作戦が狂ったじゃないのよ! でも……」

 

 筋骨たくましい体格。しかしその顔はメイクやピアスに彩られており口から覗かせるのは爬虫類の舌のように別れたスプリット・タン。

 強烈な外見を持つクダルはペロリと唇をひと舐めする。モニターに表示されるのはバルバトスのエイハブウェーブとその識別反応。

 

「グシオンと同じガンダムフレームと出会えるなんて! おい、テメェラ! あの白い奴だけは生け捕りにしろ! 他の奴は邪魔になる、さっさと潰しなさい!」

 

 操縦桿を握り締めペダルを踏み込むクダル。グシオンはハンマーを構えるとGセルフは後回しにしてバルバトスを狙いに行く。

 それは三日月からも見えており、弾数の少ない滑空砲で応戦する。

 

「あのデカイのは俺がやる。ベルリと昭宏はイサリビを守って」

 

「了解。昭宏さん、無茶はしないで下さいね」

 

「わかってる。これでもシミュレーターでお前らと特訓したんだ。無様な姿は見せえねぇ!」

 

 モビルスーツの相手を任せるベルリと昭宏は後退して艦の防衛に当たる。二機が離れるのを横目で見る三日月は滑空砲のトリガーを引く。

 グシオンは避けようともせずに一直線に突き進み砲弾の直撃を受けるが、分厚い装甲はキズも付かずに弾き飛ばす。

 

「見た目通り硬いな」

 

「ガキ共! 気合い入れて突っ込め!」

 

 クダルの号令に従い複数マン・ロディがバルバトスに攻撃を仕掛ける。装備するサブマシンガンの銃口からマズルフラッシュと共に雨のように弾が飛ぶ。

 三日月は反射的に回避し滑空砲の砲弾を敵機に当てる。

 

「まずはひとつ」

 

「早い、それにあの動き!? あの白い奴、俺達と同じ阿頼耶識だ!」

 

「ふたつ……」

 

 また一機、滑空砲の撃ち抜かれる。だがそれを最後に弾は完全に失くなってしまいトリガーを引いても反応しない。

 投げ捨て両手でメイスに持ち替えると接近戦に持ち込む。

 

「う、うあ゛あ゛あ゛ァァァッ!」

 

「よっつ……あれ、違ったか?」

 

 メイスの重たい一撃がコクピット部分を潰す。完全な状態ではないがマン・ロディと比べバルバトスの方がまだ性能が高い。それにパイロットの技量も合わさり彼らでは到底太刀打ちできない。

 攻撃力も運動性能も三日月のバルバトスの方が強い。

 

「数が多い。あの大きいのも来るか」

 

「クソの役も立たないガキ共が! あの白い奴を捕らえればがっぽり金が入る! テメェラが壊したモビルスーツを修理してもお釣りが来る程のね!」

 

「ハンマーなんかで戦えるのか? 取り敢えず艦には近付けさせない」

 

 互いに自身の武器で大きく振り被る。鉄塊と鉄塊が火花を上げて激突し、衝撃にフレームまでも軋む。グシオンはバルバトスと同じガンダムフレーム。その心臓部にはエイハブリアクターを二基搭載しておりパワーは折り紙付き。その両者が正面からぶつかり合えば、残るは武器の性能が勝敗を分ける。

 バルバトスのメイスはマニピュレーターからはじけ飛び、阿頼耶識システムを通して三日月にも機体の状態が伝わって来た。

 

「ぐぅッ!? 手が痺れた。やっぱりハンマーを何とかしないとな」

 

「流石はガンダムフレームだよ。並の奴なら機体ごと潰せる物を」

 

「残った武器は……」

 

 背部にマニピュレーターを伸ばしマウントされた武器を手に取るバルバトス。それは湾曲した細身の剣、太刀とも呼ばれる武器。

 三日月は操縦桿を握り締め機体に意思を伝達させると素早く振り下ろした。が、刃は硬い装甲に阻まれてしまう。

 

「軽いな。でも威力がない。使いにくいな、コレ」

 

「何だい、その棒きれは? そんな物で!」

 

 グシオンのハンマーがバルバトスを襲う。迫る鉄の塊に反応する三日月、阿頼耶識システムがパイロットの意思を機体に伝達させスラスター制御とAMBACで寸前の所で攻撃を避ける。

 ハンマーによる一撃の威力は凄まじいが連続しての攻撃はできない。その隙を突き三日月は空いた左手で相手の頭部を殴り付ける。鉄と鉄とがぶつかり合い火花が飛ぶがこの程度ではダメージにならない。

 更に続けて脚部で股関節を蹴り上げ、次に踵で腹部を蹴り飛ばす。この攻撃を利用して一旦距離を離すバルバトス。

 一方のグシオンはそれでもダメージは通っていないが激しい衝撃がパイロットを襲う。

 

「ぐぅッ!? 舐めてんじゃないわよ! その程度でどうにかできると思ってるの!」

 

「取り敢えずはできた」

 

 バルバトスが向かう先にあるのは手放したメイス。再びメイスを手に取るバルバトスは太刀をグシオンに目掛けて投げる。

 クダルは咄嗟に両手で握るハンマーの柄で太刀を防ごうとしたが、鋭い切っ先はそれを貫いた。

 

「これは!?」

 

「隙ができた!」

 

 一気に詰め寄るとメイスの先端をハンマーにぶつけ、そのまま内蔵されたパイルバンカーを発射する。一撃で鉄塊は砕け使い物にならなくなった。

 

「これなら潰せる!」

 

「誰が潰されるだってぇ? 死ねやぁッ!」

 

 グシオンの胴体に四門装備された四〇〇ミリ口径火砲が轟音と共に火を噴く。ハンマーと同様に強烈な威力を誇る火砲はナノラミネートアーマーを剥離させる程に強い。

 三日月はバルバトスの右腕を伸ばすと倒したマン・ロディの装甲を引っ掴み前方に放り投げる。

 巨大な砲弾はそのマン・ロディに直撃すると四脚をバラバラにしてしまう。が、それでも強力な衝撃と炎がバルバトスに迫る。

 

「ぐぅッ!? 火力も強い。装甲も硬いなら……」

 

「クソッタレ! 死ぬ程役に立たないだけじゃなく死んでも役に立たないか! 他の奴らはどうした? これだけ損害が出たんだ。何としてもガンダムフレームは頂くよ!」

 

 クダルはペダルを踏み込みメインスラスターで機体を加速させる。一旦はバルバトスから離れ、向かう先は他の機体が集結しつつあるイザリビの元。

 

「だったらあの艦を何としても制圧するよ! それと二本角とグレイズ、そのどちらかを捕まえれば動けないでしょ?」

 

「アイツ! オルガ、抜かれた。ベルリ、昭宏、そっちにパワーのある奴が行く」

 

 グシオンも見た目にそぐわぬ機動力を見せる。だが重量ばかりは誤魔化せない。他の機体と比べて重いグシオンでは推進剤の燃費も悪く戦闘継続時間も短くなってしまう。それでも活動限界時間にはまだ余力がある。

 三日月も投げた太刀を回収してすぐさまその後を追う。背部のメインスラスターから青白い炎を噴射して加速するバルバトス。

 その最中、三日月は奇妙な物を目にした。倒した筈のマン・ロディが微かにではあるが動いている。

 

「何だ、アレ……」

 

 コクピットを潰され、手足を斬られ、それでも微かにではあるが動いている。動こうとしていた。けれども長くはない。数秒もすると宇宙に漂うマン・ロディは完全に動きが止まった。

 ちらりと最後の灯火を見る三日月は気にせずペダルを踏み込む。

 

///

 

 イザリビとハンマーヘッドの窮地はまだ終わらない。ブルワーズは援護の艦を二隻用意しておりそれらのせいで敵の戦力は増えるばかり。

 敵の主力であるマン・ロディが次々に現れイザリビに襲い来る。艦隊に主砲はハンマーヘッドに向けられ回避運動に精一杯。

 百錬と百里は流れを断ち切ろうと敵艦の懐に取り付くべく前線に、Gセルフとグレイズは艦の防衛に当たっている。

 ベルリは巧みな操縦技術でビームサーベルで相手の攻撃を防ぎ、昭宏がライフルで敵機を狙う。

 

「右からも来る! 昭宏さん!」

 

「わかってる!」

 

 額に汗を滲ませながら昭宏は操縦桿を動かしトリガーを引く。始めてのモビルスーツによる実戦、幾らシミュレーターをやったからといって感覚は違う。求められる条件はシミュレーターよりも数段キツイ。

 後方のイサリビを守りながら敵の攻撃も避けてこちらの攻撃は当てる。ベルリの援護があるとは言え簡単ではない。

 迫るマン・ロディに弾を放つが相手は簡単に避けて来る。

 

「チィッ、プログラムされてる回避パターンと違う。これは三日月と同じ阿頼耶識か」

 

「あのグレイズ、戦闘慣れしてないぞ! 奴を落とせば突破口が――」

 

 右脚部が突如として切断される。相手に接近を許していなければ砲撃を受けた訳でもない。股関節部の付け根が熱で赤く爛れている。

 パイロットの少年が視線を向けた先には二本のビームサーベルを握るGセルフ。サーベルグリップを重ね合わせる事で更にビームの出力を上げて距離のある相手に攻撃を当てた。

 

「今です、撃って下さい!」

 

「うおおおォォォッ!」

 

 片脚が失くなった事でバランスが崩れる。通常の操縦系統ならコンピューターのプログラムが機体の姿勢を戻そうと補正してくれるが、阿頼耶識システムだとそうはいかない。機体の右脚は失くなったがパイロットの右足は残っている。故に両足がある物として考える為に機体は無重力空間で上手く動けない。

 昭宏はその相手にライフルを撃ちまくる。マン・ロディの強固な装甲でも耐え切れず弾丸は装甲を破壊してコクピットを潰す。

 

「やれたな? ベルリ、助かった」

 

「まだまだ来ますよ! あの機体は!?」

 

 マン・ロディの小隊を引き連れたグシオンは再びGセルフの元へと来る。視認するベルリは更に気を引き締めた。

 

「昭宏さんは離れて下さい! あの機体の相手は僕がやります!」

 

「そんな事できるのかよ?」

 

「やってみせます!」

 

 スラスターを吹かすGセルフは昭宏のグレイズを置いて前に出る。クデルは隣のマン・ロディから無理やりサブマシンガンを取ると弾を連射して寄せ付けない。

 

「二本角が前に来るか。ガキ共はグレイズに攻めろ。俺は二本角を足止めする! その武器を寄越しな!」

 

 ハンマーチョッパーを取るグシオンは再びGセルフと対峙する。残りのマン・ロディは言われたように昭宏のグレイズに向かって行った。

 操縦桿を力強く握り締めクデルは右腕を前に出す。

 

「鬱陶しい奴だよ、碌な武器もないくせに!」

 

「僕はこんな所でやられる訳にはいかないんです! それにこれ以上、鉄華団の人達を傷付けさせません!」

 

「洒落臭い! 死ねよやァァァッ!」

 

 トリガーを引くクダル、胴体の四〇〇ミリ口径火砲が火を拭いた。マン・ロディを一撃で破壊した火砲だが、Gセルフは二本のビームサーベルを高速回転させて簡易ビームシールドを形成するとコレを完全に防ぐ。

 高い威力を持つ火砲だが、それだけに装填できる弾数は少なく限りがある。

 

「また当たらなかったって言うの!? クソ、どいつもこいつも!」

 

「いっちゃえぇぇッ!」

 

 針のように細いビームサーベルが更に伸びる。両腕を振り下ろすGセルフ、片方は深緑の胴体を斬り、もう片方が握るサブマシンガンを切断した。

 瞬時に手放すグシオン、ビームのエネルギーが残る弾薬に誘爆し小さな火球が生まれる。

 

「この俺をこうまで苛つかせたのはお前らが始めてだ。フラストレーションが溜まりまくりだよ! ガキ共を痛め付けるくらいじゃ到底発散できないくらいにね!」

 

 言いながらグレイズに向かわせたマン・ロディの様子を伺う。イサリビの対空砲火の直撃に合い破壊されてしまった機体も居るが、その内の一機がグレイズに取り付いた。

 

「はぁッ! 気合いのあるガキも居るじゃないか! あとは人質にでもすれば!」

 

 グシオンはGセルフを無視して更に奥へと侵入して行く。ベルリはそうはさせまいと機体を動かすが、まだマン・ロディの数は残っている。パイロットの少年達は捨て身でGセルフに飛び掛かって来た。

 

「どうしてこんな事を!? クッ!」

 

「まだだァァァッ!」

 

「お前を抑えないと俺達が!」

 

 ハンマーチョッパーを振り上げながら接近するマン・ロディにGセルフはすかさず詰め寄ると頭部目掛けてパンチを繰り出す。

 衝撃に機体は後方へ吹き飛ばされ、接近するもう一機もサブマシンガンのトリガーを引きながらGセルフに挑む。ベルリは回避行動を取りながら相手との距離を詰め、構えるサブマシンガンを掴み上げ頭部のメインカメラにバルカンを放つ。

 

「う、うわァァァ!?」

 

「これで帰れるでしょ! 昭宏さんは?」

 

「こいつ、手加減してるつもりか? 俺はなぁッ!」

 

 強力なバルカンは確かにマン・ロディの頭部を破壊、メインカメラを使い物にできなくさせた。けれどもパイロットの闘志は失くならない。補助カメラを駆使して、満足に前が見えない状態でも戦おうとする。

 ベルリはそんな彼らの戦い方に恐怖した。

 

「そんな!? どうして……出て来る!」

 

「うお゛お゛お゛ォォォッ!」

 

 尚も振り上げるハンマーチョッパー。ベルリはビームサーベルの切っ先をコクピットに向けようとするが、攻撃を仕掛けるよりも早く後方から別の機体が来た。

 頭部を踏み付け、メイスの先端を首元に突き立てながら更にパイルバンカーを打ち込む。内部フレームごとコクピットは押し潰されパイロットも絶命した。

 

「ベルリ、アイツは?」

 

「イサリビの方向、昭宏さんが居ます」

 

「あのデカイのを落とせば少しは楽になるだろ。少し待ってて、ここは任せるから」

 

「わかりました」

 

 三日月のバルバトスはパイルバンカーを引き抜きメイスに戻すと、破壊した機体を足場にしてジャンプした。向かう先はグシオンの居る場所。

 昭宏のグレイズはライフルからバトルアックスに持ち替えて迫るマン・ロディに挑む。果敢にバトルアックスを振るうが敵機は優れた反応速度で攻撃を避け切る。

 

「どうして避けられる? これが阿頼耶識の性能か」

 

「脇がガラ空きだ!」

 

「やられるかよォォォッ!」

 

 ハンマーチョッパーで袈裟斬りするも、昭宏のグレイズは寸前の所で相手の腕をマニピュレーターを掴む。同時に空いた腕も押さえ付け頭突きするように相手の頭部に自らの機体の頭部をぶつけた。

 

「阿頼耶識だろうとコレなら関係ないだろ? ここから先には絶対に進ませねぇ!」

 

「何だ、こいつ!?」

 

「俺の背中にはあいつらが居るんだ。意地だろうと何だろうと、やられる訳にはいかねぇんだ!」

 

「馬鹿か? 動けないのはお前も同じだろ? お前も死ぬぞ」

 

「死なねぇ! スペースデブリだ何だと言われても関係ねぇ! 俺は生き抜いてやる!」

 

 昭宏はペダルを踏み込み相手の股関節に膝を叩き込む。何度も何度も何度も、火花が飛び衝撃がコクピットにまで伝わる。ナノラミネートアーマーが変形しフレームにまでダメージが届く。だがそれはグレイズも同じ。

 それをわかっていても昭宏は攻撃を止めはしない。

 

「うおおおォォォッ!」

 

「どうする? それにこのままじゃ推進剤が!?」

 

『そこを動くんじゃないよ!』

 

「え……」

 

 敵パイロットが後方に意識を向けた先に居たのはハンマーチョッパーを握るグシオン。右腕を大きく振りかぶり、グレイズの頭部目掛けてフルパワーで叩き付けようとした。

 瞬間、マン・ロディのパイロットである少年の脳裏に走馬灯が走る。思い出すのは懐かしい幼少期の思い出。父と兄と一緒に過ごした家族の温かさ。

 

「兄ちゃん? 何で……」

 

「何だと? おい、お前――」

 

 昭宏の声が届くよりも早く、グシオンの猛攻が迫る。反射的に操縦桿を動かしてしまう昭宏は捕まえるマン・ロディを盾にしてハンマーチョッパーの攻撃を防ぐ。強力な一撃はズングリとした頭部をかち割り刃はコクピットブロックにまで到達している。

 目の前で動かなくなったモビルスーツの姿に何かを感じる昭宏。

 

「何だったんだ、コイツは? チッ! アイツは……」

 

「クソッタレがァァァッ! 味方の時は何の役にも立たない癖にこう言う時は邪魔をして! もう追い付かれたか?」

 

 コクピットの中で激昂するクダル。操縦桿を引いてハンマーチョッパーを引き抜き死に体となったモビルスーツを捨てると振り返りバルバトスに敵意を向けた。

 瞬間、フルパワーで投擲されたメイスが迫る。咄嗟にマニピュレーターに握るハンマーチョッパーで薙ぎ払う。

 が、メイスは弾き飛ばされても内蔵されたパイルバンカーが発射された。クダルの操縦技術でもここまで防ぐ事はできず、重たい一撃が胸部装甲に直撃する。

 

「ぐゥゥゥッ! 装甲が剥がされた!? 来るのか――」

 

「これなら殺せる……」

 

 衝撃を受けながらも意識を向けた時にはもう遅い。バルバトスは既に目前に迫っており、両手に握られた太刀の切っ先は剥がされた胸部装甲に突き立てられた。

 分厚い装甲さえ失くなれば攻撃は容易に通る。鉄の刃はグシオンの胴体を貫きパイロットであるクダル・カデルを殺した。

 

「ふぅ……面倒な奴は倒した。昭宏、何ともない?」

 

「あ……あぁ、こっちは大丈夫だ」

 

「そう。ベルリ、一度イザリビに戻って。バックパックって奴を背負った方が強いんだろ? その間は俺が保たせる」

 

「わかりました!」

 

 言われてベルリのGセルフは戦線を離脱。

 ブルワーズのエースであるクダル・カデルとガンダムグシオンが敗れた事でこの戦況もガラリと変わる。もはや量産機であるマン・ロディと少年兵では鉄華団のバルバトスとテイワズの三人を止める事はできない。

 機体の数も着実に数を減らしていき、強襲装甲艦のブリッジのシートでブルック・カバヤンは脂汗を滲ませる。

 

「グシオンのエイハブ反応が消えた!? 他の機体はどうなっているんだ? こっちの戦力の方が上回っているんだぞ!」

 

「艦長、二本角がこちらに接近して来ます」

 

「二本角だと? だってアイツは――」

 

 シートから前に乗り出すブルックはスクリーンに目をやる。するとさっきまでとは違いパーフェクトバックパックを背負うGセルフが戦場の中を駆け抜けていた。

 高い機動力と運動性能は防衛網を掻い潜り、ビームライフルの射程距離にまで接近すると対空砲に狙いを定めトリガーを引く。

 ビーム音が轟き光が走る。ナノラミネートが施されていない対空砲は一撃で破壊されてしまう。

 

「な、何の揺れだ!?」

 

『もうこれ以上戦う必要はないでしょ! 抵抗するのならライフルのトリガーを引きますよ?』

 

「子どもの声!? パイロットなのか?」

 

『聞こえてるでしょ。抵抗しないで下さい』

 

「わッ! わかった、戦闘は中断する。モビルスーツは後退させろ!」

 

 ブルックの指示に従い通信兵が全部隊に通達する。これにより戦いは集結した。

 鉄華団の構成員達はその事に安堵するが、昭宏だけはグレイズのコクピットの中で言い様のない不安に苛まれてていた。




 アミダ・アルカだよ。アンタ達、女の扱いをまるでわかってないね。まず聞き上手になりな。ホストでも何でも、モテる男は話を聞くのが上手いもんさ。アタシみたいな良い女を捕まえるには、それだけじゃ足りないけどね。
 次回、鉄血のレコンギスタ――休む間もなく――
 良い夢を見なよ……


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コロニー編
第九話 休む間もなく


 戦闘は集結し、イサリビとハンマーヘッドのメカニックは早急に修理に当たった。残る人員は破壊したマン・ロディの回収作業。使える部品は高値で売る事ができるので鉄華団に取ってもありがたい。

 ハンマーヘッドのブリッジでは艦長である名瀬とオルガが居た。そして彼らの目の前に座るのは両手を拘束されたブルック・カバヤン。

 

「俺は言ったよな、ブルック? 俺達に喧嘩を売った代償……どうなるかわかるよな?」

 

「こ……殺すつもりか? この俺を? 言っておくが俺が死んだとわかれば部下達が黙ってねぇぞ。すぐにここまで駆け付ける。もうお前達にモビルスーツ戦をやれるだけの戦力どころか物資もねぇ筈だ」

 

「まだ殺さねぇよ。まぁ、あくまでもまだってだけだが。俺達の業界の始末の付け方は知ってる筈だ。その時が来るまでは震えて眠れ。それまでは血の一滴まで俺達に差し出して貰う。お前らの艦もモビルスーツも、弾薬と燃料も全部だ」

 

「う゛ぐッ!? 名瀬……てめぇは……」

 

「テメェの顔を見るのも今日が最後だ。連れて行け……」

 

 最後に掛ける言葉はズッシリと重くブルックの心にへばり付く。名瀬の指示を受けて拘束された彼を引き連れて行く鉄華団のメンバー。

 静かになったブリッジで名瀬はシートに背を預けるとそばに居るオルガに向かって口を開く。

 

「オルガ、契約通り地球までの水先案内人は俺達が引き受ける。でもな、これまでの戦闘でお前らもそうだがこっちもズタボロだ。そこでだ、修理と補給を兼ねてドルトコロニーに寄る。地球までの通り道だし問題ないだろ?」

 

「はい、それは……ですがドルトコロニーにまで手を伸ばしてるのですか?」

 

「タービンズの表向きの業種は運送業だからな。それにテイワズを舐めてもらっちゃ困る。オルガ、連絡はこっちでする。ドルトに着くまでに必要な物資を他の奴らに運ばせて、俺達が到着したらすぐに作業に入れるようにさせれば時間も無駄にならない。安心しろ、お前らの分も用意するよ。当然、金は貰うがな」

 

「わかりました。でしたらその旨でこっちも準備します」

 

///

 

「ドルトコロニー? それってスペースコロニーですか?」

 

 食堂で昼食を取るベルリに次の作戦行動が伝えられる。伝達役は昭宏で、同じく昼食を取る三日月とクーデリア、フミタンもその事を聞く。

 

「コロニーって名前が付いてるんだからそうだろ? でもテイワズのハンマーヘッドもウチのイサリビも損傷してるからな。到着するまでに暫らく時間が掛かる」

 

「その間はできる事をするしかありませんね。昭宏さんの新しい機体はどうなりました?」

 

「あぁ、グシオンか。装甲を外して阿頼耶識が設置できるか試してる所だ。オヤッサンが言うにはバルバトスと同じガンダムフレームだからできる筈だってよ」

 

「へぇ……そう言う物なのですね」

 

 スプーンを口元に運ぶベルリ。同じテーブルで話を聞いていたクーデリアは口を開けると昭宏に提案する。

 

「あの! ドルトコロニーでしたら商業区画もありますよね?」

 

「あるんじゃないのか? だから俺に聞くなよ。他の奴らだって火星から出たこともない奴が多いんだ。これからブリッジに行く。オルガに聞いてみないとな」

 

「お願いします。時間がある内に地球へ降りた時の為の準備をしたいのです」

 

 頷く昭宏は食堂から出て行き、ベルリもスプーンに乗った最後の一口を頬張った。

 

「ごちそうさまでした! なら僕もGセルフに行ってきます。地球に接近できればナットを通じてキャピタルに連絡が取れます」

 

 言うとベルリも空になった食器を戻し食堂から出て行った。この時、クーデリアは耳慣れない単語を疑問に思ったが口にはせず、それはベルリにとって幸か不幸か。

 そして彼女の傍に立つフミタンはそんな事を気にしていられる程、心に余裕がなかった。

 

(ドルトコロニーの商業区……ドルト第二……クーデリアを伴い入港せよ。計画は予定通りに行う、か)

 

///

 

 ドルトコロニー群へ到着するイザリビとハンマーヘッド。ブリッジで通信を繋げるオルガはスクリーンに映る名瀬と今後の調整を話し合っていた。

 

「なるほど。まぁこっちは急いでる訳じゃないし、お前がそうしたいならそうしろ。俺達はテイワズの支部があるドルト6へ向かう。用事が終わったらこっちへ入港しろ」

 

「ありがとうございます。時間を取らせてしまって」

 

「気にするな。それよりも今のドルトコロニーはピリ付いてる。余計なことはするなよ? 面倒見てやると言ったが巻き込まれるのは御免だぞ」

 

「こっちでも少し調べました。ドルトカンパニーへの労働デモですか?」

 

「それもあるが何かあればギャラルホルンがすっ飛んで来るぞ。ここはもう地球圏だ。あいつらの戦力も火星圏の時とは比較にならない。くれぐれも穏便にな」

 

 名瀬からの通信が切れるとオルガも口から息を吐き艦長シートに腰を降ろした。

 

「そう言う訳だ。ユージン、イサリビの操縦は頼んだぞ。慎重にな」

 

「わかったよ。でもコロニーか……少しなら時間はあるんだろ? お嬢さんと一緒に俺達もここいらで羽を伸ばそうぜ! 旨い食い物や酒でも飲んでよ!」

 

「ダメだ。必要な人間以外は艦の外には出るんじゃない」

 

「何でだよ! 良いじゃねぇか少しくらい! ここまでギャラルホルンやテイワズの奴らと戦ってきて疲れてんだよ! 俺だけじゃねぇ! 他の奴らだってみんな――」

 

「だからだよ」

 

 ユージンの言葉を無慈悲に切り捨てるオルガ。彼の表情からも疲れが伺えるがその提案を頷く事はない。

 

「聞いただろ? 今のドルトコロニーはデモで厳重になってる。何かあればまたギャラルホルンと戦うことになるぞ。それに名瀬さんも言ってた。ここはもうあいつらの管轄だ。それもコロニーの中。向こうが圧倒的に有利だ」

 

「わ、わかったよ……チッ……」

 

「降りるのはクーデリアのお嬢さんともう一人。護衛にミカとビスケットを付ける。それ以外の奴は絶対に艦から降りるなよ。これは団長命令だ」

 

 オルガに言われれば鉄華団のメンバーはそれに従う。ユージンも一応の納得はしたがその舌打ちはオルガにまで届いている。

 他の団員の気持ちも痛い程わかっているがここはまだ油断の許される場所ではない。

 

「でも酒と食い物買うくらいの金ならある。ビスケットに頼んでおくよ」

 

「オルガ! 本当か!?」

 

 その一言に艦内の空気が揺れる。鉄華団のイサリビはドルトコロニー3の港を見付けるとゆっくり入港して行く。

 

///

 

 火星時間AM〇九時〇三分

 武器商人であるノブリス・ゴルドンは食べ終わった朝食の口直しにバニラ味のアイスクリームを食べていた。

 貧困層の多い火星圏ではあるが彼だけは別格。豪邸の中で毎日何不自由なく生活するノブリス。恰幅の良い体は来ているスーツを押し広げ、特徴的な大きい福耳が咀嚼する度に揺れる。

 

「あぁ、やはり最後はコレに限るな。オイ」

 

「はい、何でしょう?」

 

 入り口に立つ秘書を呼びつけるゴルドン。迅速に駆け付ける秘書は椅子に座る彼の隣に立ち、細い目でそれを見る彼はアイスクリームを運ぶスプーンの動きは止めないままに話し出す。

 

「クーデリアは予定通りドルトコロニーに着いたか?」

 

「はい、ですがドルトの第三区画に入港したようです。監視役からも確認を取っています。それに伴い実働部隊の配備も変更してありますので、あとはタイミングを伺うだけです」

 

「そうか、手筈通りにな」

 

「承知しております」

 

「ここで彼女が死ねば我が社に莫大な金が入る。ふふふ、火星の女神は志半ばで力尽きる」

 

 ドルトコロニー第三区画。

 港に入港するイサリビの中でアトラは溜まりに溜まった洗濯物と対峙していた。一緒に居るのは機体の点検が終わったベルリ。

 

「今の内に全部洗っておかないと! 洗剤も残り少ないから全部使い切っちゃいましょ!」

 

「使い切っちゃったら洗えないですよ?」

 

「ビスケットさんにお願いしました。食べ物だけじゃなくて洗剤や服も買って欲しいって。ちゃんとメモも渡しましたから!」

 

「それなら!」

 

 汗と垢に汚れた衣類を洗濯機の中に放り込むベルリ。フタを閉じスイッチを押すと静かなモーター音を上げて機械は動き出す。

 アトラは四台目の洗濯機のスイッチを押すと大きく息を吐いた。

 

「ふぅ……干す場所も準備しないと。でも良いなぁ、クーデリアさん。私も買い物に行きたかった」

 

「団長さんの命令だからしょうがないです。今の僕たちにできることをしましょう」

 

「でもなぁ……」

 

「もうすぐ地球なんですから、ナットから入港すれば降りれますよ。母さんはどうしてるんだろ?」

 

「なっと? お母さんが居るんですか?」

 

「母は運行長官で――」

 

 疑問を口にするアトラだが、二人の会話を遮るようにモーターとは別の音が聞こえて来る。飛び散る水滴が頬を濡らす。

 

「うわぁッ!? 洗濯機が!?」

 

「水漏れ!? 止めないと!」

 

 隙間から吹き出す水を両手で押さえ込みなんとか止めようとするベルリと、その後ろで慌てる事しかできないアトラ。次第に大量の泡まででてくる始末。

 

「わわ、私! 雪之丞さんに頼んで工具箱持って来ます!」

 

「えぇ!? それじゃなくてそのまま――」

 

 ベルリの言葉も聞かずに走って行ってしまうアトラ。暫らくの間、ベルリは水に濡れ泡まみれになるしかない。

 一方でドルト3に降りた四人は目的の為に動いていた。

 ドルトコロニー3の商業区。様々なビルや建造物が建ち並ぶこの街では彼女らと同じように買い物に来た一般市民で賑わっている。その一部である衣服店でクーデリアとフミタンはカゴを片手にタオルなどの生活用品をかき集めていた。

 三日月とビスケットはその様子を入り口から遠目で眺めながら警戒に当たっている。ふと、三日月は厚手のコートの袖を鼻に近付け臭いを嗅ぐ。

 

「俺達ってそんなに臭いのかな?」

 

「アハハ……そうみたい。慣れちゃってて僕もわからなくなってる」

 

「ふ~ん、別に風呂入らなくても死なないから。飯だけは食える時に食うけど」

 

「それ、アトラやクーデリアさんの前では言わない方が良いよ」

 

 山盛りになったカゴを店員に渡すクーデリアとフミタン。買う物もない三日月とビスケットはまだ見ているだけだ。

 

「オルガに頼まれたのは良いの?」

 

「あぁ、それね。艦から降りてすぐに宅配で頼んだんだ。コロニーの港は使用頻度が多いからわざわざ人が降りなくても食べ物とかの必需品はオンラインで注文できるんだ。重たい荷物を持たなくても良いからね。降りてすぐに頼まれた物は全部注文したよ」

 

「じゃあ後は待つだけか……」

 

「そうだね……ドルトコロニーか……兄さんに会えるかな……」

 

「うん? このコロニーに居るの?」

 

「でもドルトコロニーは1番から6番まであるからね。毎月仕送りしてくれてるけど、お金だけでどこの会社から送られてるのかもわからない。無理だろうね……会うなんて……」

 

「そっか、難しいんだ」

 

 ポケットから火星ヤシの実を一粒口へ運ぶ三日月。

 そうしていると用事を終えたクーデリア達が二人の元へ戻って来た。

 

「お待たせしました。買った物は艦に送って貰えるように手配致しましたので」

 

「そう? なら早く帰ろ。空気がピリ付いてる」

 

「空気……ですか? わかる、フミタン?」

 

「ッ……」

 

 フミタンの眼鏡の奥にある瞳は何を見ているのか。何も知らないクーデリアか、この状況を敏感に感じ取っている三日月か、今に至るまでの自分自身か、彼女も迷っている。

 

「どうしたの、フミタン?」

 

「いえ……彼は労働デモの緊張状態のことを言っているのでは? 一部報道では暴動にも成りかねないと」

 

「確かにそうですね。火星圏もそうですが、一方的に搾取される側の人にも手を差し伸べなくてはなりません。ですが今の私にはそうするだけの力も時間もありません。悔しいですが……」

 

(この人の瞳はあの時から変わらない。六年前のあの時から何も。全てが輝いて見える透き通るような瞳。その瞳が濁ってしまえば、私はこんなことをしなくても済んだのに)

 

「ごめんなさい、三日月。会合の為のスーツを一着用意しなくてはなりません。もう少しだけお願いできますか?」

 

「俺は良いけど……急いだ方が良い」

 

 三日月が横目で見る先では旗などを用意して集まる人々の姿が見えた。その中には銃を持っている人間も居る。

 キッカケがあればいつ爆発してもおかしくはない状況。

 

「わかっています、お手間は取らせません。スーツを扱うお店はここから西へ進んだ所にあります。付いて来て頂けますか?」

 

「それが俺達の仕事だから。行こう、ビスケット」

 

 クーデリア一行はこの場から歩き始める。一歩遅れて歩き出すフミタンは右手を懐に伸ばすと誰にも気づかれないように携帯端末を操作した。

 

///

 

 ギャラルホルンの艦隊が編成を組みドルトコロニーへと迫っていた。ハーフビーク級宇宙戦艦に搭乗するガエリオは自らの機体の最終調整に入っていた。

 

「わざわざ家の蔵から引っ張り出して来たんだ。これならガンダムフレームとやらに遅れを取ることもない」

 

 コクピットの中で端末に映し出される説明書を片手にコンソールパネルを叩き作業を進めるガエリオ。そこに現れるのは友人であるマクギリス。

 

「どうしたんだ、こんな機体を?」

 

「グレイズのリアクター出力ではどうやってもパワー負けする。だが同じガンダムフレームのツインリアクターならば」

 

「そうか……キミの操縦技術ならやれる筈だ」

 

「当たり前だろ。俺にここまでの苦労を掛ける相手だ。クソ! ブースターの制御系が上手く繋がらない。アイン、そっちはどうなっている?」

 

 ガエリオは無線で機体の背面で調整するアインに声を飛ばす。数秒でモニターに『SOUND ONLY』と表示され返事が返って来る。

 

「なにぶん古い機体ですので。換装した装甲との互換性が良くないです。やはり専門の技師に任せるのが適切かと」

 

「それはわかるが信用のできん奴に私の機体を触られたくはない。この機体はボードウィン家に保管されていた物だ」

 

「次のパターンで試してみます」

 

「やってくれ」

 

 通信が切れるとアインは作業を再開し、ガエリオも調整作業を続ける。その様子を見るマクギリスは口元を釣り上げた。

 

「私は次の仕事がある。鉄華団……あの白い機体に次なら勝てるさ。このガンダムキマリスなら」

 

「あぁ、当然だ。チッ、このパターンでもダメか」

 

 紫色の装甲を纏うガンダムキマリス。厄祭戦の遺産。

 モビルスーツデッキから離れるマクギリスが興味を持つのはガンダムキマリスでもガエリオでもなく、鉄華団が所有するガンダムバルバトスとそのパイロット。

 

(阿頼耶識システムをオミットしたキマリスでは彼に勝てんよ。ガンダムフレームはツインリアクターによるハイパワーだけが持ち味の機体ではない。が、そんなことをアイツが知る余地もないか。ギャラルホルンでも知っているのは私くらいだろう。彼に付いては心配する必要はない。それよりも二本角が厄介だ……)

 

 マクギリスの胸の内を知る者は誰も居ない。

 そして彼が離れたのと同時期にドルトコロニー内の様子も変わった。艦内でも警報が鳴り響き戦闘態勢に以降する。

 

「今度は何だ? アイン、一時中断だ。ブリッジに行く」

 

「わかりました」

 

「付いて来い」

 

 片手に持つ端末をコクピットに置き機体から出るガエリオと作業を中断し合流するアイン。二人は慌ただしく動き始めるクルーの動きとは逆行しながら通路を進みブリッジへと向かった。

 

「敵の襲撃でしょうか?」

 

「ありえんな。もしあるとすれば余程の馬鹿だ。想像するにコロニーの鎮圧作戦が開始したのだろ。万が一の為にこちらにも招集が掛かったか」

 

「ドルトコロニーの暴動は只のガス抜きだと伺いました」

 

「ここいらの管轄はカルタだからな。不安に感じる人間も居るってことだ」

 

「カルタ……カルタ・イシュー……地球外縁軌道統制統合艦隊司令官のことでありますか?」

 

「それ以外に誰が居る? アイツも辛い立場だな」

 

 話していれば二人はエレベーターへ乗り込みアインがボタンを押すと扉が閉じ、静かにモーターが駆動する。

 アインは横目でガエリオの様子を伺いながら言葉を続けた。

 

「カルタ司令官は……その……」

 

「本人だって自覚してるさ。言葉には出すなよ?」

 

「了解です」

 

「労働者組合のデモだったか? それの鎮圧程度でさえも一抹の不安を周囲は感じている。俺は幼い頃からの幼馴染だからな、手くらい差し伸べてやるさ」

 

 エレベーターの扉が開く。

 ブリッジに乗り込む二人が見るモニターにはコロニー内の映像が映し出されていた。

 

「キャプテン、状況はどうなっている?」

 

「コロニー内のデモ隊が暴動を初めました」

 

「それとこの艦と何の関係が?」

 

「マクギリス特務三佐からの伝令で鉄華団が所有するイサリビの場所が判明しました。ドルトコロニー2の港に居ます」

 

「マクギリスめ、気を回してくれたか。それにしてもアイツラ、どうやって雲隠れしてここまで来たかは知らんが、今度こそ仕留めてやる。通信兵、地球外縁軌道のカルタに繋げ」

 

 命令を受け取る兵士はパネルを素早く数回叩く。ブリッジの巨大モニターに回線の状況が反映され、数秒の内に相手側の映像が映し出される。

 

「ガエリオ? 久しぶりじゃない。で、何の用?」

 

「どうしても仕留めたい奴がいる。手伝ってくれるか?」

 

「貴方がそんなことを言うなんて珍しいこともあるのね。良いわ」

 

 モニターに映るのはまだ若い女性。白塗りの化粧に目元と唇には赤い紅を付けている。彼女がガエリオとマクギリスの幼馴染であり地球外縁軌道統制統合艦隊の司令を任されているカルタ・イシュー一佐。

 

「持っているだけのデータはそちらにも送る。今はドルトコロニー2に停泊している艦をこちらで炙り出し攻め込む。逃げた先でお前の艦隊が待ち構え、こっちの部隊が挟み込む。それでも無理なら部隊を二分して逃げる先に先回りさせる。三段構えだ」

 

「わかったわ。艦とモビルスーツはすぐに用意するから」

 

「頼む。俺の機体はまだ調整に時間が掛かる」

 

「地球外縁軌道統制統合艦隊の練度を見せてあげる。全艦微速前進! モビルスーツの準備を!」




 お嬢様の侍女を務めさせて頂いてます、フミタン・アドモスです。
 バーンスタイン家に来てから、もう何年経ったのでしょう。小さく幼かったお嬢様も立派に成長致しました。それでも変わらない物もあります。
 野菜の好き嫌いはいけませんよ、お嬢様。
 次回、鉄血のレコンギスタ――クーデリアの決断――
 宜しければ見て下さい。


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第十話 クーデリアの決断

 コロニー内で発生した暴動は酷い物だった。デモ隊は各々が銃やライフルを手にしているが、鎮圧に動くギャラルホルンは充分な武器とモビルワーカーまで使用してくる。楯突く者には警告もなしに容赦なく撃ち殺す。

 賑やかだった街は一変して地獄絵図に早変わりし、アスファルトは血で染まり男達の死体が転がっている。

 イザリビのブリッジでこの様子を見ていたオルガは気が気ではない。

 

「チャド! ミカ達と連絡は取れねぇのか?」

 

「ダメだ、ギャラルホルンが通信制限してる。こっちからは動けねぇし、どうするオルガ?」

 

「クッ! このまま指を咥えて待つしかねぇのか? こっちから何人かコロニーの中に行くか。少しでも早く見付けられれば――」

 

『中は暴動になってるんでしょ? そんな中に飛び込むなんて自殺行為ですよ!?』

 

 ブリッジに通信が繋がる。モニターには赤いパイロットスーツを着用するベルリの姿が。

 

「だったらどうする? 悪いが部外者のお前にとやかく言われる筋合いはねぇ。仲間が危険に晒されてるんだ。俺一人でも――」

 

『その為に準備をしてるんですよ。コアファイターで出ます!』

 

「コアファイター?」

 

『雪之丞さん! バックパックの保持、頼みます』

 

 格納庫では巨大アンカーでバックパックを取り外したGセルフの姿が。そのGセルフの背中からは脱出装置としての機能もある小型戦闘機、コアファイターが逆噴射して出て来た。

 

「ベルリ・ゼナムはコアファイターで出ます! ハッチを開放して下さい!」

 

 コロニー内の暴動は激しさを増していた。駐車された車やトラックからは炎が上がり、ライフルを装備したギャラルホルンの兵士達がそこかしこを走り回っている。複数のモビルワーカーが砲身を向けながら街を進み、抵抗する者は容赦なく鎮圧。そんな中を三日月達は見つからないようにビルの影に隠れながら港へ進んでいた。

 

「このままだとちょっと面倒だな」

 

「これは……酷い……まるで戦争のような……」

 

 見たくもない、記憶に刻みたくもない光景なのにクーデリアは見開いた目を反らす事ができない。震える体で現状を眺めている事しかできないが、彼女の傍でフミタンは冷ややかな瞳をメガネの奥から向けていた。

 

(やはり貴方は何もわかっていない。いえ、わかっていないのは私も同じ。ここまで来ておきながら迷いが生じている。実行部隊はもうすぐそこにまで来ていると言うのに……)

 

「裏から進むしかないか……ビスケット、道わかる?」

 

「流石に最短ルートは無理だけど、港には何とか。流れ弾でも飛んで来たら危ないよ。早くイサリビに」

 

「わかった」

 

(ここで発振器を潰さなければこの子達も巻き込まれるかもしれない。理由をでっち上げ離れた場所に隠れなければ私諸共殺されるでしょう。あの男はそういう人間です。お金の為にこの二人も見捨てるか……それもと……)

 

 フミタンが向ける視線に気が付く三日月は振り返り二人の視線が交差する。

 

「どうしたの?」

 

「いえ……何も……」

 

「そう、なら急ごう。少し走る」

 

 三日月を先頭に各々が険しい表情をしながら路地裏を進んで行く。このまま進んで行けばクーデリアは予定されたポイントを過ぎてしまう。無論、そのくらいの事で諦める相手ではないが、穏便に事を済ませる相手でもない。

 自分の身の安全よりも、わずかばかりに芽生えた良心がフミタンの決断を邪魔して来る。

 

(私は……私は……迷いを捨てられないのならば、いっそのこと……)

 

 生唾を飲み込んだフミタンはクーデリアの手首を取ると先導する三日月から離れ路地裏を出た。突然のことにビスケットは止める暇もなく、クーデリアも釣られて進むしかできない。

 

「フミタン!? ちょっと……そっちは……フミタン?」

 

「ちょっと!? 二人共どこに!」

 

 連れて行くフミタンは何も答えない。メガネの奥にある瞳は何を見ているのか。

 進んだ先の開けた道路に出れば、視界に映るのは地獄絵図。息を呑み立ち止まるクーデリアとフミタン。

 

「そんなッ!? このようなことが……」

 

「お嬢様、ここでお別れです」

 

「え……何を――」

 

(私も一緒に行きますので――)

 

 ゆっくりとまぶたを閉じる。額にはどこからか向けられた赤外線レーザーが当てられていた。トリガーが引かれれば、頭部を撃ち抜かれるのは一瞬。鳴り止まぬ周囲の轟音の中、ノブリスの派遣した実働部隊が引き金を引いた。

 

「こんな所で何をやってるんです!」

 

「ッ――」

 

 思わず息を呑み目を見開いた。

 二人の眼の前には青い小型の戦闘機らしき物体が。そしてコクピットに座るのはノーマルスーツを着用したベルリ。

 

「流れ弾でも飛んで来たら死んじゃうかもしれないんですよ! 早くコアファイターに!」

 

「ベルリさん! フミタン、あれに乗りましょう!」

 

 今度は逆にクーデリアがフミタンの手首を握ると急いでコアファイターの元にまで走った。二人を狙うノブリスの実行部隊は再度照準を向けるが、赤外線レーザーはコアファイターのボディーに阻まれる。

 

「クッ!? あの小型機は何だ? 協力者に連絡は?」

 

「ダメだ、繋がらん。予定変更、ターゲットへのアプローチを変える。動くぞ」

 

「了解」

 

 ビルの一室から移動する黒い影。その間にクーデリアとフミタンはコアファイターに乗り込み、ベルリはハッチを閉鎖し機体を浮き上がらせる。

 

「動きますから掴まってて下さいよ」

 

「でも、三日月とビスケットさんは?」

 

「二人なら大丈夫です。コアファイターの進路を見れば、港口まで来てくれる筈です」

 

「ですが――」

 

「暴動の規模が思ったよりも大きい。それでもギャラルホルンに抑え込まれるのは時間の問題か……」

 

 空を飛ぶコアファイターに気が付く兵士はライフルの銃口を向けトリガーを引くが、小型とは言えコアファイターの装甲には傷すら付かない。メインスラスターから青白い炎を噴射すると加速して行き、銃弾は一瞬の内に届かなくなり遥か先へと飛んで行く。

 その様子を眺めていた三日月とビスケットも急いでこの場を後にした。

 

「ベルリか……」

 

「あんな小型機をどこから?」

 

「どうでも良いよ。それよりさっさとイサリビに戻ろう。バルバトスが必要になるかも」

 

「確かにね」

 

///

 

 ドルトコロニー内での情報はノブリスにも届いている。フミタンに連絡が付かず裏切られた事も。それによりクーデリアの暗殺に失敗した事も。

 重たい肉をシートに預けながら受話器を置くノブリスは溶けかけのアイスクリームを頬張ると顎肉が揺れる。

 

「たかが小娘一人始末できんとわ。ふん、情けない」

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインは鉄華団と共に地球へと向っているようです」

 

「そんなことはわかっている。予定通りにな。折角の利益がパァだ」

 

「どうなさいますか? 地球圏ともなれば我々でも――」

 

「だからそんなことはわかっている」

 

 言葉を遮るノブリスの口調はいつもと変わらずかったるいくらいに遅い。それでも計画の失敗は彼の心にストレスを募らせる。

 

「どうしたものかなぁ……これでは資金援助に回した金も戻ってこんし、邪魔なハエははたき落としたい。ふむ……待つか」

 

「待つ……ですか?」

 

 傍に立つ秘書はオウム返しするとノブリスは最後の一口を飲み込んだ。

 

「待てば海路の日和あり。あんな小娘一人が……いや、例えできたとしても一年二年で全ての世界が変わる訳があるまい。時間はまだある。その時が来るのをもう少し待つとするか」

 

「わかりました。部隊は引き上げさせます」

 

 頭を垂れると秘書は背筋を伸ばしキビキビと歩き部屋から出て行く。残るノブリスは天井を見上げながらボソリと呟いた。

 

「まぁ、この先を生き残れるかどうかは知らんがな。鉄華団……華々しく散ってくれれば少しは腹の虫も収まるか」

 

///

 

 ドルトコロニーから出港するイサリビ。カメラが映し出す外の映像にオルガ達は息を呑む。

 

「こりゃ……ヒデェな」

 

「一方的だぜ、勝ち目なんてまるでねぇ。さっさとこんなヤバイ所からは逃げるぞ!」

 

 ユージンは操縦桿を左へ一杯倒すとイザリビが反転し加速する。その後ろでは無数のモビルスーツの残骸が漂っていた。血が上り爆発したデモ隊が奪ったモビルスーツで襲撃を掛け、それを鎮圧するギャラルホルンの大部隊。

 訓練された兵士と一般人では比べ物にならない。更に言えば奪えた機体などたかが知れている。物量の前にも劣るデモ隊では戦う前から勝負は見えていた。

 一切の容赦なく相手を潰すギャラルホルン。

 イサリビは巻き込まれないようにと一目散に逃げるしかなく、クーデリアはその様子をモニター越しに眺めるだけ。

 

「これが私が変えるべき現実……こんな虐殺紛いをギャラルホルンは平気で!」

 

「だからって無茶は言うなよ、お嬢さん。兎に角、今は名瀬さんと合流するのが先だ」

 

「見ているしかできないなんて……」

 

「悪いが今は諦めて貰うしかねぇ。あの残骸の一つになりたくなかったらな。ハンマーヘッドと連絡は取れたか?」

 

 下唇を噛むクーデリアは自身の力の無さを痛感するしかない。そんな彼女を見るフミタンは意識を反らしながらもオルガの指示には従う。

 

「繋がりました。映像を回します」

 

 言うとモニターに名瀬の顔が映し出される。オルガは気を引き締めてから口を開く。

 

「名瀬さん、今そっちに向ってます」

 

『あぁ、レーダーで確認した。ギリギリだったな。こっちのコロニーまで来れるな? 飛び火は勘弁だぞ』

 

「わかってます。頼んだぞ、ユージン」

 

「そんなこと言ってもよ……敵に言ってくれよ、敵に!」

 

 全速力で進むイサリビの背後ではギャラルホルンによる統制と言う名の虐殺が今もまだ続いている。

 見ている事しかできないクーデリア。そんな彼女の元へフミタンは立ち寄ると何も言わないまま手を取りブリッジから出て行く。

 

「フミタン?」

 

 クーデリアに返事を返す事もなく、一切振り返らず通路を歩き続けて行く。自然と手を掴む力が強くなりクーデリアの表情が歪む。

 

「フ、フミタン? ねぇ、どうしたの? 今日はどこか変よ?」

 

「お嬢様、こちらへ」

 

 手を引くフミタンは割り当てられた自室に入り込むと素早く扉をロックした。密室に閉じ込められるクーデリアは一抹の不安を感じながらも、眼の前に立つフミタンに視線を向ける。

 

「フミタン……」

 

「お嬢様、貴方に話さなければならないことがあります。私の秘密を……胸の内を……」

 

「秘密ですか? わかりました、聞かせて下さい」

 

 クーデリアの返事は早かった。彼女の瞳は力強く、そして真っ直ぐだ。だからフミタンも決断を渋る事はない。

 今まで侍女として付き添ったクーデリアに全てを打ち明ける。

 

「私はノブリス・ゴルドンにより送られたスパイです。貴方の父上であるノーマン・バーンスタインを監視することでノブリスは仕事をしやすくしていました。私の役目はそれだけでした。その報酬としてわずかばかりの資金を貰えればそれで良かった。けれども状況が変わります。それは――」

 

「私ですね。火星独立運動に参加した私が目立ち過ぎた。彼のことです。お父様ではなく私を利用した方が自社の儲けになると判断したのでしょう」

 

「そうです。私は隠れて近況を報告し、そしてドルトコロニーではノブリスの手の者がお嬢様を狙っていました」

 

「それであのような不可解なことを」

 

「私は迷ってしまいました。指定されたポイントまで誘導するだけの簡単な仕事。それを……私は貴方と一緒に居る時間が長過ぎました。そうでもなければ、昔の自分なら迷うことはなかったでしょう」

 

「フミタン……」

 

 一歩前に踏み出すクーデリアは視線は真っ直ぐ向けたまま彼女の両手を包む。そんな彼女の口から出る言葉は力強く、だからこそフミタンは目を逸らしてしまう。

 

「貴方の決断が正しかったのかどうか、今はまだわかりません。ですが貴方の決断が正しくあるように、私達はこれからを頑張らなくてはなりません。私を選んでくれたことが正しくあるように私も努力します。だからフミタン、今日のことを決して忘れないで」

 

「お嬢様……ありがとうございます……」

 

 固くまぶたを閉じるフミタンは涙を溢れさせる。クーデリアは柔らかい笑みを浮かべて彼女の手をしっかりと握り続けた。

 

(ですがノブリス・ゴルドン。これ以上貴方の思い通りに動く程、私は愚かではありませんよ)

 

///

 

 ガエリオは自身が搭乗する艦のモニターでイサリビがコロニーから離れて行くのを眺めていた。その隣でアインは様子を伺いながら声を掛ける。

 

「宜しいのですか特務三佐? 今出撃すれば追い付けます」

 

「良いんだ、出撃はするな。この一帯はアリアンロッド艦隊が指揮している。裏で根回しして横断させて貰ってるんだ。ここで出撃すれば俺達もコロニーの鎮圧に駆り出されるぞ。いや、虐殺だな。今見ているこの光景こそがギャラルホルンの腐った部分だ。組織が巨大になればこう言うのも出てくるか」

 

「ギャラルホルンの腐敗……」

 

「たかがデモ隊にここまでする必要はないだろ。不穏分子を叩くのはドルトコロニー帯を抜けた先だ。それまでは休んでおけ。俺は先行して地球に降りる、作戦通りにな」

 

「了解です!」

 

 完成したガンダム・キマリストルーパーで雪辱を果たさんとするガエリオ。そしてアインも上官だったクランクの仇を討たんと爪が食い込むまで拳を握り締める。今か今かと勝負の日が来るのを待つ。

 一方でオルガ達の鉄華団も戦力を整えつつあった。鹵獲したガンダムフレーム、ガンダム・グシオンを改修した機体。昭宏に合わせてセッティングされた機体の名は――ガンダム・グシオンリベイク――

 全身の装甲を全て取り替え軽量コンパクトな物に。稼働時間が増えると共に宇宙でも重力下でも運用できる機体に仕上げてある。

 コクピットで阿頼耶識システムの調整を終わらせる昭宏は機体を見上げた。

 

「元の機体とはまるで別物だな。こんなことができるのか、ガンダムフレームって奴は」

 

「前のが元の姿って訳ではないけどね。マニュアルは読んだ?」

 

 傍にやって来たのはタービンズのラフタ・フランクランド。茶髪のツインテールを浮かせながら、ピンク色のチューブトップとホットパンツで柔肌を露出し、昭宏と共にグシオンリベイクを見上げた。

 

「いや、阿頼耶識があればそう言う面倒なのは必要ねぇんだと。自分の体を動かすみたいに感覚で操作できる」

 

「何それ、ズルくない? じゃあコレは要らないか。良し、勝負よ昭宏!」

 

「え……勝負?」

 

「シミュレーターで相手してあげんよ。アタシの機体も丁度換装が終わったしね」

 

「面白れぇ、やってやるよ!」

 

 グシオンに乗り込む昭宏と自身の機体の元へ走るラフタ。ハンマーヘッドのデッキでは急ピッチで地球降下の為の作業が進められている。

 それはイサリビも同様で、バルバトスも損傷した装甲を新しい物へ取り替えていた。

 三日月は雪之丞から新武装の説明を受けている。

 

「中々に癖の強い奴だがお前ならいけるだろ? バルバトスのコンピューターと阿頼耶識があれば」

 

「ふ~ん、これは一発しか使えないんだ」

 

「外すなよ。数だって少ねぇんだ」

 

「わかったよ。このデカイのは?」

 

「あぁ、そいつは大型のレールガンだな。威力は充分だが見ての通りだ。取り回しは注意しろよ」

 

 ブリッジでは操舵を担当するユージンが口を尖らせながらハンマーヘッドと並列するようにイザリビを動かしている。

 

「またオルガの野郎、勝手に決めやがって! 俺達はこのまま火星に帰れだと!?」

 

「こんな所で残っててもしょうがないだろ?」

 

「でもよ! 地球へ降りるメンツだって一人で決めてよ!」

 

「モビルスーツで戦える奴が行くしかねぇだろ? 降りれば完全に敵の腹の中だ。俺達は大人しくタービンズに火星まで連れてって貰うだけだ」

 

「ケッ!」

 

 通信を担当するチャド・チャダーンは計器類を見ながらユージンをなだめる。

 そうしている間にもオルガ達の地球降下メンバーは、名瀬によりドルトコロニーで手配された大型のシャトルに乗り込み準備を進めていた。

 ブリッジにはオルガだけでなく、テイワズから派遣されたメリビット・ステープルトンも搭乗している。

 パリっとした黒のスーツ、ショートヘアのブロンド。小さな耳からはエメラルドのピアスが。彼女はタブレット端末を叩き終えるとオルガに向き直る。

 

「では、これからの会計管理は私が。タービンズへの送金もありますので、見た目以上に資金は少ないことをお忘れなく」

 

「わかってます。この仕事が終わればまとまった金が手に入る。そうすれば名瀬さんに金を払っても充分に余る」

 

「まぁ、仕事が成功すればの話ですけれど」

 

「絶対に成功させる……家族を……鉄華団を食わせていかなきゃならないんだ。この仕事だけは絶対に!」

 

「意気込みは評価しますが――」

 

 メリビットの言葉を遮るようにイサリビから通信が繋がる。コンソールパネルを叩くオルガはモニターに映るフミタンの顔を見た。

 

「どうした?」

 

『後方よりギャラルホルンの艦隊とモビルスーツが接近中です』

 

「チッ! ドルトコロニーに居た艦隊の一部か……数はそこまで多くない。ミカと昭宏、ベルリも出せ! シャトルには指一本触れさせるな!」

 

『わかりました。準備ができ次第、順次発進させます』

 

///

 

 ギャラルホルン、ハーフビーク級宇宙戦艦のモビルスーツデッキで待機するアインはコクピットの中でその時が来るのをじっと待つ。

 

「クランク二尉……あの白い奴は自分が必ず!」

 

『全艦、艦砲射撃を開始。モビルスーツは十秒後に順次発進せよ』

 

「了解……」

 

 返事をすると同時に艦隊による砲撃が始まった。主砲から発射される大口径の砲弾にイサリビとハンマーヘッドは右へ左へ回避行動を取る。

 しかし、背後から迫る攻撃をそういつまでも避け切れるものではない。直撃を受けるハンマーヘッドの船体が激しく揺れる。ナノラミネートアーマーはそれでも砲撃を耐え切った。

 ブリッジの艦長はシャトルを背負うイサリビに機首を向けさせる。

 

「あの赤い方も狙え。的は大きい、落とせる筈だ」

 

 艦長の指示に従い部下が動き、主砲の砲身がイサリビを狙う。巨大な砲弾が立て続けに撃ち込まれる。

 しかし、充分な砲撃を行ったにも関わらず一切のダメージがイサリビに通っていない。ナノラミネートアーマーの強度だけとは到底考えられない。

 イサリビの甲板にはシールドを構えるGセルフが居た。

 

「あれだけの艦隊なのにビームを撃って来ないだなんて」

 

「ベルリ、本当に一人でイサリビとシャトルを守り切れんのか?」

 

「コピペ・シールドの性能は折り紙付きです。三日月さんと二人で接近する機体を!」

 

「おう! 任せとけ!」

 

 改修したグシオンで出撃する昭宏。右のマニピュレーターにはロングレンジライフル、左手には分厚いシールドを構えながらメインスラスターで加速して行く。

 それに続き三日月のバルバトスも滑腔砲を抱え前に出る。

 

「その機体、使えるの昭宏?」

 

「お前だってやれるんだ。俺ができねぇ理由はねぇだろ?」

 

「そう? なら手伝わなくても良いね。俺はこっちに行くから」

 

「お、おい!?」

 

 言うとバルバトスは右舷に進んで行き、残された昭宏は左舷に向かう。

 

「そこまでは言ってねぇよ、ッたく!」

 

 ロングレンジライフルのトリガーを引き向って来るグレイズに銃弾を放つ。が、回避行動を取るグレイズはダメージを受けないままグシオンに照準を向けて来る。

 昭宏は急いで操縦桿とペダルを踏み込みメインスラスターの加速で回避した。

 

「くっ!? 機体の性能は良いかもしれねぇけどよ、相手の方が上手か! 二機目も来る!?」

 

「挟み込んで仕留める。相手の動きは悪い」

 

 二機のグレイズが左右からグシオンに攻め入る。

 額に汗を滲ませる昭宏は操縦桿を懸命に動かしロングレンジライフルのトリガーを引き続けるが、ギャラルホルンの兵士は容易に回避するとグシオンを射程距離に収めた。一機はライフルで、もう一機はバトルアックスに持ち替え詰め寄って来る。

 

「このパイロット、怯えてやがる」

 

「不穏分子はなぁ! 我々に抹殺される定めにある!」

 

「ぐぅッ!?」

 

 詰め寄るグレイズに左手のシールドを構える。振り下ろされるバトルアックスに、昭宏は歯を噛み締めた。

 

「沈めぇぇぇ!」

 

 しかし、分厚い鉄の刃はシールドを傷つける事すらできない。そしてその瞬間、昭宏はようやく気が付いた。

 

「そうか……普通に操縦桿で操作してたから動きにくいんだ。今は阿頼耶識で繋がってる。だったらなぁ!」

 

 まだ慣れないモビルスーツの実践ではあるが、阿頼耶識による操作は昭宏の反応に答えてくれる。

 左腕をそのまま振り払い、分厚く硬いシールドがバトルアックスを弾き飛ばしグレイズの頭部をひしゃげさせた。ツインリアクターの圧倒的パワーにグレイズは姿勢制御が追い付かず後方に流されてしまう。

 

「ウォン、動け! コイツ、抵抗するか!」

 

「わかっちまえばこっちのもんだ。行くぜグシオン、気合い入れろやッ!」

 

 ロングレンジライフルを背部サブアームに保持させ、シールド裏からショートアックスを取り出す。更に柄を伸ばす事で巨大なハルバードに変形。

 相手は近づけまいとライフルのトリガーを引くが、敵を睨み付ける昭宏はグシオンを加速させ一気に詰め寄った。左手のシールドは弾を受け付けない。

 

「どんな装甲をしている!?」

 

「ぶっ潰れろぉぉぉッ!」

 

 大きく振り下ろされるハルバード。

 グレイズのパイロットは咄嗟に左腕を構えるが、昭宏はそのまま振り下ろした。瞬間、装甲は破砕され腕のフレームごとグチャグチャにしてしまう。肩の関節部もダメージを負い正常に動かない。

 だが残る腕で至近距離から尚も銃撃を浴びせるグレイズ。そのまま脚部スラスターから青白い炎を噴射し距離を取ろうとするが、昭宏はそれを許さない。

 

「逃がすかぁぁぁ!」

 

「うあああァァァ――」

 

 鉄が激突する鈍重な音。

 振り払われるハルバードの刃は正確にコクピット部分に突き刺さった。ナノラミネートが塗布された装甲も一撃で破壊され、中のパイロットは絶命している。

 

「やれる……阿頼耶識とコイツがあればギャラルホルンを倒せる!」

 

 三日月にもベルリにも手伝って貰う事なく敵機を倒した昭宏は自信を漲らせる。それだけグシオンの性能は高かった。

 そのグシオンを遠目から眺める真紅の機体が一機。

 

「フッ……知らぬ間に新たなガンダムフレームを手に入れたか。鉄華団、君達は本当に――」




 アイン・ダルトン三尉であります。ボードウィン特務三佐が立案したこの作戦、必ず成功させます。そして不穏分子の白い機体……アイツだけは必ず自分の手で!
 次回、鉄血のレコンギスタ――赤いモビルスーツ再び――
 クランク二尉、見ていて下さい。


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第十一話 赤いモビルスーツ再び

 サブアームに握らせたロングレンジライフルのトリガーを引きながら、グシオンはハルバードの刃が届く距離にまで接近する。目の前に捉えたグレイズに目掛けて右手のハルバードを振り下ろす。

 

「うおおおッ!」

 

 ツインリアクターによるハイパワーから繰り出される攻撃は頭部を一撃で破壊する。更にダメ押しでコクピットに銃口を向けると銃弾を撃ち込む。装甲は破壊され、搭乗していたパイロットはすり潰される。力を失い漂うグレイズはどこかへ流れていく。

 

「はぁ、はぁ、これで三機目! 三日月は?」

 

 レーダーで確認する昭宏は離れて戦っているバルバトスの様子を見た。タービンズの計らいにより修理、改修されたバルバトス。両腕と肩を新規の丸みを帯びた装甲に付け替えられ、不安定だったリアクターの出力も向上し今まで以上に戦えるようになった。

 滑腔砲を右腕に抱えトリガーを引く。銃口から発射される大口径の弾丸にグレイズの装甲が一撃で吹き飛ぶ。

 衝撃に姿勢が崩れた瞬間を狙い、左手にメイスを握り急接近。敵機はガードする暇もなく、コクピット部分に鉄塊が叩き込まれた。

 昭宏は遠目からその様子を眺めていると思わず言葉が溢れる。

 

「スゲェな、あいつ……俺も負けてられねぇ! 新しいエイハブ反応、上からか!」

 

「フフッ」

 

メインスラスターの青白い炎を線のように残しながら接近してくる機体が一機。真紅の装甲、両腕に装備したブレード、グレイズとは一線を越える機動力と運動性能。

 昭宏はトリガーを引くが、真紅のモビルスーツは縦横無尽に動き一発たりとも当たらぬままブレードの届く距離にまで接近する。

 

「コイツは!?」

 

「鉄華団の新たな力、確かめさせて貰うよ」

 

「うおおッ!」

 

 ハルバードを力任せに振り下ろす。が、二本のブレードを頭上でクロスさせ簡単に防がれてしまう。一瞬の隙、グシオンの腹部に蹴りを撃ち込まれ両機の距離が離れる。

 昭宏は衝撃に歯を食いしばり操縦桿を固く握りしめ、それでも何とか姿勢を正すと前を見た。

 

「ぐぅッ!? 強い……」

 

「私とこのグリムゲルデを並のグレイズと一緒にされては困るな」

 

「やられるかよ!」

 

 サブアームのロングレンジライフルを敵に向けトリガーを引く。が、弾が数発発射された瞬間に詰め寄られブレードで銃身を切断されてしまう。

 

「くッ!」

 

 使えなくなった武器を投げ捨てハルバードで振り払うも、グリムゲルデは軽快に動くとヒットアンドアアウェイを繰り返す。

 何度ハルバードを振るえど、どのように攻撃しても、真紅の装甲に傷が付く事はない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、どうなってやがる!」

 

「ツインリアクターの出力とその機体の特性は見させて貰った。当たらなければどうにでもなる」

 

「舐めてんじゃねぇぞ!」

 

「悪いが今のキミでは相手にならないよ。それでも強くなって貰わねばならない。私の野望の為に」

 

 振り下ろされる刃を半身を反らすだけで避けるグリムゲルデ。そのまま展開したブレードで斬り上げ胸部装甲にダメージが通る。

 昭宏が体勢を直す暇を与えず背後に回り込み蹴り飛ばし息つく暇も与えない。

 揺れるコクピットの中で歯を食いしばる昭宏に敵は攻撃を繰り出し続ける。斬られ、蹴られ、殴られ、グシオンの装甲はボロボロになってしまう。

 

「クソッ! こんな所で終わんのかよ、俺は? 何だ?」

 

『負ける筈がねぇ……俺の力はこんなモンじゃねぇ……行くぜみんな! アイツラを……あの忌々しい--共を--』

 

 不思議な物が見えた、聞こえた、感じた。けれどもそれが何なのか昭宏には理解できないし呆然とするしかない。ただわかるのは右を見れば、左を向けばグシオンと同じガンダムフレームが複数。そして目の前には見た事もない巨大な影が。

 

「これは……くッ! 死ねるかよぉぉぉッ!」

 

 メインスラスターで加速しながらブレードを突き出して来るグリムゲルデに気合いだけで立ち向かう昭宏。

 両手でハルバードの柄を握らせ力の限り振り下ろす。それでも、寸前の所で回避されるとまたも背後に回り込まれる。

 

「ダメなのかよ……」

 

「安心したまえ、殺しはしない。それよりも本命が来たか」

 

「昭宏は下がって」

 

 大口径の弾丸がグリムゲルデに飛来する。各部のスラスターとAMBACで姿勢制御し最小限の動きで容易く避けた。見上げた先から来るのは三日月のバルバトス。

 

「三日月!? 悪い、倒せなかった」

 

「良いよ。あの赤い奴、前にも戦ったけど結構強かった。俺が何とかするから、昭宏はイサリビに戻って」

 

「すまねぇ……死ぬなよ」

 

 後退するグシオン。そして再び対峙するバルバトスとグリムゲルデ。三日月は滑腔砲の銃口を向けトリガーを引く。

 

「フフフッ、久しいな少年」

 

「お前、やっぱり俺達の敵だ!」

 

  高い機動力と運動性により弾は避けられる。三日月は続けてトリガーを引き続けるがやはり装甲にかすりもしない。

 

「どうせもう数は少ないんだ。直接潰す」

 

「ほぅ、思い切りが良いな。戦場で生き残るには必要な物だ」

 

 滑腔砲を捨てるバルバトスはメイスで接近戦を仕掛ける。対するグリムゲルデも両腕のブレードで待ち構えるが、それを邪魔する三機のモビルスーツ。

 三機編成でライフルの砲撃を浴びせながら近付いてくるのはアインの搭乗するグレイズ。

 

「見付けたぞ、白い奴! クランク二尉の仇!」

 

「他にも邪魔な奴が来たか」

 

 回避行動を取るバルバトス。グリムゲルデも砲撃を避けながらメインカメラでグレイズを捉える。

 

「チッ、目障りな。艦隊の動きが早いな」

 

 パイロットはコンソールパネルを操作しレーダーで周囲の状況を確認する。すると口元を釣り上げた。

 

「進んだ先では地球外縁軌道統制統合艦、見当たらないガエリオの機体。フフッ、中々良い作戦だ。聞こえるか少年? 今だけは手伝おう」

 

「はぁ?」

 

「仕切り直しは邪魔が消えてからだ」

 

 向かって来るグレイズにブレードを構える。そのまま加速するグリムゲルデは右舷から攻め込む。放たれる弾丸を回避、ブレードで素早く往なす。刃が届く距離にまで近づけば、後は独壇場だ。

 

「は、早い!?」

 

「何をしようと構わないが、私の邪魔だけは困る。ご退場願おう」

 

 ブレードを斬り上げライフルを切断。後退しながらライフルを投げ捨てバトルアックスに持ち替えるが、グリムゲルデは相手に攻撃する暇さえ与えない。

 鋭い刃と機体の柔軟性を合わせて振り落とされるブレードは装甲ごとグレイズの右腕を斬り落とした。

 

「コイツ、どんな性能をしている!?」

 

「消えて貰う!」

 

 右腕を振り払い首元を斬り頭部が胴体から離れる。メインカメラが機能しなくなりパイロットの反応が遅れてしまう。瞬間、左腕のブレードの切っ先がコクピットを貫き背部にまで到達した。

 動かなくなったグレイズを脚部で蹴り飛ばしブレードから引き抜く。

 

「他愛もない。残りの二機はどうなっている?」

 

 振り向けば少し離れた領域でバルバトスがメイスを振り回し敵機と応戦している。

 大きく振り下ろされるバトルアックスが白い装甲に触れる寸前でマニピュレーターで腕を掴む。

 

「止めただと!? どんなパワーをしている!」

 

「はぁッ!」

 

 バルバトスは相手の股関節部分に全力で右膝を叩き込む。激しい衝撃にフレームが歪むと同時にコクピットが激しく揺れる。機体はそのまま後方へ流されようとするが、マニピュレーターで腕を掴んだままのバルバトス。

 腕のフレームが悲鳴を上げながら強引に引き戻される機体。

 三日月は操縦桿を引きマニピュレーターを手放し、両手でメイスの柄を掴むと一回転して振り払った。腹部の装甲が叩き割られ、グレイズは為す術もなく闇の中へ飛ばされて行く。

 

「残りは……」

 

「白い奴! クランク二尉の仇!」

 

 アインが搭乗するグレイズがバトルアックスを片手に攻めて来た。反応する三日月はメイスでこれを受け止める。

 

「どうしてクランク二尉を殺した!」

 

「何言ってんだ、お前?」

 

「クランク二尉は貴様らに手を差し伸べようとした! 助けようとした! それを冷たく暗い鉄の部屋で圧し殺した! お前のような無慈悲で--」

 

「あぁ、うるさい!」

 

 押し返すバルバトス。機体性能の面から見ても戦力差は歴然だ。

 

「ぐぅッ!? お前だけは俺の手で倒す! クランク二尉の無念は晴らしてみせる!」

 

「いつまでもゴチャゴチャと」

 

 苛立ちを募らせる三日月は敵に目掛けてメイスを振り下ろす。操縦桿を素早く操作するアインは何とか攻撃を避けると右足でペダルを踏み込み機体を加速させる。狙うのは武器を握るマニピュレーター。

 バトルアックスを振り降りし刃をぶつけると、バルバトスの手から唯一の武器であるメイスが手放される。

 それでも機体にダメージは通っていない。

 

「これなら! 白い奴、お前は--」

 

「邪魔……」

 

 冷静に操縦桿を押し込む三日月はバルバトスの左手でグレイズの頭部を殴り付ける。揺れるコクピットでアインは歯を食いしばった。

 三日月はそのまま殴るのを止めない。次はフルパワーで右手を振るう。頭部を殴り、右脚部で脇腹を蹴る。

 

「ぐぅッ!? 姿勢制御、この程度で!」

 

 向き直るグレイズ、しかしバルバトスの動きは阿頼耶識システムと合わさりアインよりも早い。更にマニピュレーターを頭部に叩き付けメインカメラがスパークする。そして腕を引っ掴むと漂う隕石目掛けて投げ飛ばした。

 アインはペダルを踏み込みメインスラスターを全開にするが、間に合わずに背部から巨大な岩にぶつかってしまう。

 

「お前……楽しんでいるだろ? こうやってクランク二尉も殺したのか? なぶり殺し、自身の快楽の為に!」

 

「はぁ? 何言ってんの?」

 

「貴様のような人間に……いいや、人間以下だ! 血も涙もない悪魔--」

 

 どれだけ叫ぼうともアインの言葉が三日月に届く事はない。メイスを拾うバルバトスは加速すると鉄塊の先端を胴体に突き刺した。有り余るパワーで背面の隕石にヒビが入る。

 

「お前の話なんか聞いてる暇ないんだ。俺は--」

 

 そして三日月も見る。阿頼耶識システムを通じて、未知の物を感じ取った。

 

『グレモリーはこれ以上戦えない。後は俺がやる』

 

「これは……」

 

『討ち取ったぁぁぁッ!』

 

 三日月は初めて見る光景。少なくとも火星ではない。空はなく、周囲には無数の残骸が横たわる。

 目の前に立つのは巨大な影、それと戦うのは自身が搭乗する機体と同じ。

 

「バルバトス?」

 

「邪魔者は居なくなった。再開といこうじゃないか、鉄華団の少年」

 

 瞬きをする三日月は操縦桿を握り直し振り向いた。ブレードを構えるグリムゲルデが加速して接近して来る。

 

「あの赤い奴……」

 

 メイスを握るバルバトスも加速し敵機へ向かう。そして振り下ろす右腕、先制攻撃を仕掛ける。

 一方のグリムゲルデも左腕のブレードで受け流すと瞬時に背後へ回り込むと同時にもう片方の腕で横一線。

 

「ッ!」

 

 反応する三日月はメイスで攻撃を受け止めた。メインスラスターで加速し更に接近を試みる三日月はアインと戦った時と同様に肉弾戦を仕掛けようとする。が、相手は動きを読んでいる。

 

「確かにその武器でグリムゲルデを捉えることは難しいだろう。運動性能に特化した機体だからね。だが素直にやられる訳にはいかないな」

 

「追い付けないのか?」

 

「さぁ、私をもっと楽しませろ!」

 

 後退する事で肉弾戦の距離から離れるグリムゲルデ。ブレードを構え再び詰め寄ろうとするが、遠方から小型機が接近して来た。

 二機の小型機はグリムゲルデに狙いを定めると重力を制御するトラクタービームを発射する。

 

「これは……」

 

 身を捩るようにしてトラクタービームを避けるグリムゲルデ。だが逃げようとも小型機はどこまでも追い掛け攻撃を続けてくる。

 そして長距離から正確なビーム射撃が飛来した。

 強力なビームは左脚部をかすめるが、ナノラミネートの装甲にダメージはない。

 

「二本角か? このようなトリッキーなことまでできるとは。面白い」

 

 ビーム音を轟かせながら第二射が向って来る。

 三日月はその様子を見ながら攻撃を仕掛けるタイミングを伺っていたが、イサリビから通信が繋がる。モニターにはオペレーターのフミタンの顔が小さく映し出された。

 

『バルバトス、一度帰艦を』

 

「戻るの?」

 

『敵の作戦に引っ掛かりました。イサリビの前方にもギャラルホルンの艦隊が。機体の補給を済ませ次第、強行突破を試みます。団長より指示です』

 

「そう、オルガの命令なんだ。わかった」

 

『帰艦するまでGセルフの援護は続けますので』

 

「別に要らないけど」

 

 言うと三日月はグリムゲルデに背を向け、ペダルを踏み込みメインスラスターから青白い炎を噴射してこの領域から離れて行く。

 離れて行くバルバトスに相手はこれ以上の追跡はせず、正確な狙撃を避けながらもコクピットの中では口元を釣り上げていた。

 

「今日はここまでだな。収獲は少なかったがな。いや……」

 

 メインカメラが捉えるのは戦闘不能になり力なく漂うアインのグレイズ。グリムゲルデはブレードで鋭い一閃を繰り出し両脚部を切断。両腕を振り下ろすと両肩の根本から斬る。

 マニピュレーターでひしゃげた頭部を掴むと同様にこの場から去って行く。

 一方、イサリビの甲板からビームライフルによる狙撃を行っていたベルリは口から大きく息を吐きシートに体を預けた。

 

「三日月さんは離脱できた。トラックフィンを戻さないと。でも前方にはまだギャラルホルンの艦隊が居るんだから」

 

『Gセルフのベルリ・ゼナム、聞こえますね? 先行してモビルスーツ隊の相手をお願いします。グシオンの補給もすぐに終わります』

 

「わかりました。Gセルフ、出ますよ」

 

 甲板を蹴るGセルフはバックパックを左右に広げフォトンリングを発生させると瞬時に飛び立った。

 何事もないように通信でフミタンに返事をしたベルリではあったが、彼はいよいよ直面する事になる。薄々おかしい事には気が付いていた。けれどもそれを見ないように、知らないように、短い時間ではあるが鉄華団と行動を共にする事で気を反らしていたが、行く先で確実なる物を見る事になる。

 待ち構えるギャラルホルンの艦隊、その奥では青い惑星、青く光る水の星が。しかしそれだけ。

 どこをどう見ても地球があるだけだ。

 逆噴射で機体にブレーキを掛け立ち止まるGセルフ。コクピットの中で地球を見るベルリは呆然とするしかできなかった。

 

「あ……あぁぁ……こんなことを受け入れろって言うの!? だって僕はキャピタルガードなんですよ? それを……」

 

 操縦桿を手放し呆然を眺める事しかできないベルリ。しかし動きを止めたGセルフに敵は容赦なく襲い掛かって来る。メインスラスターで加速するグレイズの部隊がライフルの銃口を向けながら接近して来るが、グシオンの昭宏からの通信が寸前の所でベルリの意識を呼び戻す。

 

「何やってんだベルリ、動け!」

 

「ッ!? 狙われていた!」

 

 瞬時にビームライフルの銃口を向けトリガーを引くGセルフは再び動き始める。発射されるビームは正確にグレイズの右膝、装甲で覆われていない関節部を撃ち抜くと爆発して動けなくなった。

 

「ナノラミネートの相手にも慣れて来てるだなんてぇぇぇ!」

 

 頭部バルカンを撃ちながら加速するGセルフ。正面のグレイズの頭部に連射される弾丸が直撃するとメインカメラを破壊、パイロットが対応するよりも早くに首元からビームサーベルを引き抜き肉薄した。

 右腕を振り上げれば針のように細いビームが敵機の右腕を根本から一瞬で切断する。

 

「これで帰って下さい! 次も来る!」

 

「ベルリ、補給は終わった。グシオンで援護を--」

 

「昭宏さんはシャトルの護衛でしょ! ここを突破したら周回軌道に突入するんだから……モビルスーツは僕が何とかして見せます!」

 

「でもよ!? ハンマーヘッドからも援護の機体?」

 

「先行して艦隊も抑えます! 昭宏さんは、三日月さんと一緒に降下体勢に入って下さい」

 

「待て、ベルリ!」

 

 昭宏の叫びも虚しく、ベルリは単独でイサリビから離れて先行して行く。Gセルフの加速にグシオンで追い付く事はできず、援護にと合流したタービンズのモビルスーツもその様子を見ているしかできない。

 

「あの二本角、本気かい?」

 

「昭宏、何行かせてんのよ!」

 

 タービンズのモビルスーツパイロットであるアジーとラフタは機体のマニピュレーターをグシオンに触れさせると愚痴を溢す。

 しどろもどろになる昭宏は話題を反らすだけで精一杯だ。

 

「だ、だって……ってかその機体、タービンズの新型か?」

 

「違う違う、装甲を入れ替えただけ。漏洩って呼んで。アンタらだけじゃ不安だからさ、私らも付いて行ってあげるの。勿論、お代は貰うけどね。本当はダーリンと一緒に居たいけど、外貨導入だって」

 

「アタシとラフタはモビルスーツ戦に慣れてる。そのガンダムフレームがどれだけの性能かは知らないけど、物にできる前に死んだら意味がないだろ? それに名瀬は鉄華団と契約を結んだんだ。地球に降りるまではキッチリ面倒見るよ」

 

 深い紺色の装甲。マッシブな外見はそのままに、重力下での戦闘もできるようにセッティングが施されている。

 二人はレーダーで状況を確認し、ベルリが向って行った先を見据えた。

 

「さて、どうするラフタ? 艦隊の数は六、モビルスーツはどれだけ居るかな? 普通に考えたらアタシらだけじゃ無理だよ」

 

「二本角も充分普通じゃないけどね。行くしかないでしょ。回収したらさっさと逃げて降下シークエンスに入る」

 

「だね。昭宏、グシオンは後方で援護。地球の重力に引かれたら助けてあげられないよ」

 

「わ、わかった」

 

ベルリの救援に向かおうとする三機だが、後方から一機のモビルスーツが高速で通り過ぎて行く。白い装甲を纏うそれは三日月のバルバトス。

 

「昭宏達はイサリビに戻って。ベルリは俺が連れて行く」

 

「お前まで!? それにバルバトスは補給してねぇだろ?」

 

「何とかなるよ。危なくなっったら逃げるくらいできる。頼んだよ」

 

「お、おい!」

 

 言う事も聞かず三日月もまた先行して行ってしまう。

 

///

 

 地球周回軌道近くで艦隊を配備して待ち構えるのはカルタ・イシューが指揮を取る地球外縁軌道統制統合艦隊。

 カルタはハーフビーク級宇宙戦艦のブリッジでシートに背を預けながら戦況を見ていた。

 

「単独で動くあの機体……ガエリオから送られたデータにあった機体」

 

「どうやらビーム兵器を使用するモビルスーツのようです。ですが資料によれば、ビーム兵器はナノラミネートアーマーの普及と性能向上により三〇〇年以上前に衰退したと記載されてます」

 

「その衰退した機体にどうして六機もやられてるの?」

 

「それは……」

 

 彼女の傍に立つ部下は返答する事ができず視線を反らしてしまう。たった一機のモビルスーツに翻弄されている事に苛立ちを覚えるカルタはシートから立ち上がり、右手を掲げると檄を飛ばす。

 

「残りのモビルスーツを順次出撃させなさい。我ら地球外縁軌道統制統合艦隊の名に掛けて、あの二本角のモビルスーツは何としても破壊する!」

 

「しかしカルタ様、敵戦艦はどのように?」

 

「艦隊による飽和攻撃。数も戦力もこちらの方が多いのよ? それにもし逃げられたとしても行く先は地球。ガエリオの作戦に乗るのは癪だけど、私も地球に降ります。これ以上、羽蟲同然の輩にウロウロされるのは目障りなのよ」

 

「了解です」

 

 戦艦の主砲が砲身の向きを変えると前進するイサリビを狙う。

 

「全艦、砲撃開始!」

 

 大口径の砲弾が無数に飛来する。いくらGセルフでも艦隊の砲撃からイサリビを守り切る事はできない。

 それでもベルリは操縦桿を匠に動かすと、バックパックから青白い炎を噴射しながら進み続ける。

 ソレに対してグレイズのモビルスーツ部隊もライフルやミサイルによる砲撃を撃ち込むが、左腕のシールドから展開されるコピペシールドを前に一切の攻撃が通らない。

 確実に近付いて来るGセルフの存在にカルタは額に汗を滲ませる。

 

「モビルスーツ隊は何をやってるの? 早くあの二本角を仕留めなさい!」

 

「グレイズ、三機が戦闘不能。帰艦します」

 

「ぐぅッ!? だったら母艦を、あの赤い艦に攻撃を集中なさい! 艦が失くなればこれ以上は攻めて来ない!」

 

「やってますが捉えられません」

 

「何をやってるの!」

 

「新たなエイハブ反応、報告にあったガンダムフレームです。二本角の援護に来たようです」

 

「そんなことはわかってる! 兎に角……潰しなさい。潰せ、潰せ潰せ潰せぇぇぇッ!」

 

 癇癪を起こすカルタの言葉は指揮と呼べる物ではなく、ブリッジでは部下が懸命に対応するしかなかった。

 三日月のバルバトスは回避を優先しながら縦横無尽に動き回りながらベルリのGセルフに接近する。カメラで捉えた時にはグレイズを一機行動不能にしていた。

 

「トラクタービーム! こっちに引き寄せられる!」

 

「機体の制御が効かない!? 俺の知らない武装なのか?」

 

 動けない機体にライフルの銃口を向ければ素早く二連射。右肘と左脚部を撃ち抜けばグレイズはダルマのようにまともに動けない。

 三日月はその戦い方に違和感を覚えるも、接近すると装甲を接触させた。

 

「ベルリ、こっからどうする? モビルスーツはなんとかできるけど、艦は面倒だ」

 

「わかってます。ナノラミネートアーマーはビームを寄せ付けないけど、ブリッジを制圧すれば--」

 

「イラついてるのか?」

 

「イラつきを感じてる? 僕が!? ッ……そうかも知れません」

 

 ヘルメットを脱ぐベルリは大きく息を吸い込む。三日月に言われて少しだけ冷静になるとコンソールパネルを叩きパーフェクトパックの武装を選択する。この状況を必要最小限の労力で切り抜ける為に。

 

「三日月さん、フォトンサーチャーを使います」

 

「良くわかんないけど頼むよ」

 

「本来の用途とは違うけれど、目眩ましにはなります。イサリビ、聞こえますか?」

 

 後方のイサリビに通信を繋げるベルリ。応答するフミタンはいつものように冷静沈着だ。

 

『こちらイサリビ。Gセルフ、単独で先行しすぎです』

 

「すみません。でもこの位置からならフォトンサーチャーが使えます。一八〇秒だけ敵の視界を遮ります。その間に突破して下さい」

 

『一八〇秒ですね? 了解しました。ユージンさん、お願いします』

 

 通信が切れるとイサリビとハンマーヘッドは加速し、それを確認してベルリもGセルフの両腕を掲げた。

 

「いきますよ? フォトンサーチャー!」

 

 バックパックから真っ黒な砂のようなセンサー粒子を放出するGセルフ。粒子は瞬く間に広がり、敵艦隊の前方を闇で覆い尽くす。

 

「行きましょう三日月さん。イサリビに合流してそのまま大気圏に降下です」

 

「わかった。地球か……」

 

 振り返る三日月は火星の方角を見るが、爆撃と星々の輝きが見えるだけで火星はもう影も形も見えない。




 私の名前はカルタ・イシュー。地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官よ。
 ガエリオが何を手こずってるのかは知らないけれど、あの鉄華団とか言う羽蟲は私が必ず潰してみせる。決戦の舞台は地球よ!
 次回、鉄血のレコンギスタ--鉄華団地球へ--
 私の華麗なる戦いを見てなさい!
 


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地球編
第十二話 鉄華団地球へ


 センサー粒子を放出し空間から光を奪うフォトンサーチャーは宇宙を更に漆黒で上書きする。ブリッジで指揮を取るカルタは視認できなくなったイサリビとモビルスーツに驚いていた。

 

「何なのよアレは!」

 

「現在解析中です。敵機を視認できないので砲撃ができません」

 

「わかってることを言うんじゃない! とにかく手当たり次第に撃ちなさい!」

 

「味方のモビルスーツも居ます。退避させてからでないと」

 

「ぐぅッ!? ッ……う゛ぅぅ……」

 

 苦虫を噛み潰すカルタ。せめてもの鬱憤晴らしに肘置きを叩き付ける。

 艦隊の砲撃が止まり戦場に静けさが戻った。レーダーでエイハブウェーブを探知する事はできるが依然としてカメラによる視認はできない。

 怒気を孕んだカルタの様子にブリッジ内の空気もピリつき、彼女の部下達は額に汗を滲ませながら懸命に相手の動きを探る。

 そしてその時が来た。

 

「敵影を確認! 左舷上方と下方からです」

 

「主砲を発射しなさい!」

 

「どちらに照準を--」

 

「とにかく撃ちなさい! 撃沈、撃沈、げきちぃぃぃ~ん!」

 

 癇癪を起こすカルタに反論できる者は居らず、的確な指示もないままに艦隊は再び砲撃を始める。けれども統制の取れていない飽和攻撃は効力が下がってしまい、強襲装甲艦であるイサリビとハンマーヘッドは悠々と中を潜り抜けて行く。

 最大船速で突き進む二隻はカルタの艦隊を抜け、前門の砲身からの攻撃が届かない位置にまで進んだ。

 ブリッジの艦長シートに座る名瀬は口元を釣り上げ通信を繋げるイサリビに指示を送る。

 

「なかななやるじゃねぇか。後は逃げるだけだ。振り切られずにしっかり付いて来いよ」

 

『わかりました。頼むぞユージン!』

 

『任しとけって! 俺達は火星に帰るぞ!』

 

 離脱するハンマーヘッドとイサリビ。一方のオルガ達は大気圏突入用に用意したシャトルに乗り込み地球へ向かって進路を取っていた。

 ノーマルスーツを着用するオルガとビスケットはブリッジで操縦桿を握り一目散にこの場から去ろうとする。

 

「良し、行けるぞ! あのデカイ戦艦なら旋回するのにもある程度時間が掛かる。その間に降下だ」

 

「三日月とベルリの機体も回収したよ」

 

「万事順調って訳か。この仕事もいよいよ大詰めだな」

 

「地球……随分遠くまで来ちゃったね。火星にはいつ帰れるかな……」

 

「今はそのことは後回しだ。この仕事をきっちりやり切らねぇと火星に帰った所で意味がねぇ。何が何でもやり遂げる。進むしかねぇんだ」

 

「オルガ……」

 

 地球への降下体勢に入るシャトルの耐熱タイルに空気の層がぶつかりボディーが揺れる。スラスターの加速を止め、姿勢制御に務めると引力に引かれて墜ちて行く。空気の断熱圧縮が黒い耐熱タイルを赤く染める。

 モビルスーツデッキでは阿頼耶識を接続したままコクピットで待機する三日月。体に掛かる地球の重力を肌で感じながら、ついさっきまでの戦闘の事を思い出していた。

 

「これが地球か……凄いな……そう言えばアレ、何だったんだ? 嫌な感覚だった。それに相手はモビルスーツじゃなかったし、他に居たのはガンダムフレームって奴か。バルバトス、こいつと同じ……」

 

 三日月は何かを感じ始めていた。短い時間ではあるが阿頼耶識システムを通じてバルバトスを操縦し戦って来た事で、言葉にはできない感覚が三日月の戦闘能力を更に引き上げてくれている。

 だがそれが何なのかを理解するにはまだまだ足りない。

 考えてもわからないと判断する三日月はコンソールパネルを触り通信回線を繋げた。相手はバルバトスの隣で横たわるGセルフに搭乗するベルリ・ゼナム。

 

「ベルリ、ちょっと聞きたいんだけど。お前、頭良いだろ?」

 

『三日月さん? 何です?』

 

「バルバトスに乗るようになってからずっと気になってたんだ。阿頼耶識ってどういう意味なんだ?」

 

『阿頼耶識ですか? 阿頼耶識システム……確か機動兵器を動かす際に使用する有機デバイスですよね。阿頼耶識はインドの仏教用語だったと思うのですが……」

 

「インド? ぶっきょう? また知らない言葉か」

 

『三日月さんは地球に降りるのは初めてですか? インドは--』

 

 コンソールパネルを操作しモニターに世界地図を広げるベルリは言葉を詰まらせてしまう。否が応でも現実を認識しなければない。

 目の前の地球にはキャピタルテリトリィもキャピタルタワーもなければザンクトポルトもある筈がない。

 下唇を噛みながらフラストレーションを募らせていた。

 

(本当ならゴンドワンの勢力下だけど、そもそもキャピタルもないのにアメリアもゴンドワンも残ってるの? それにギャラルホルンやナノラミネートアーマーなんて物を装備したモビルスーツが居るなんて!)

 

「細かい話は言わなくて良い。知ってるのか? 阿頼耶識のことを」

 

『すみません。詳しいことまでは……」

 

「そう……わかった。後でまたクーデリアにも聞いてみる」

 

 通信を切る三日月。

 ベルリは答えのでない問題に頭を悩ませながらコンソールパネルを叩き付ける事しかできない。

 地球へ降下して行くシャトル。カルタはブリッジのモニターでその様子を怒り心頭で眺めていた。

 

「あの……カルタ様?」

 

「えぇい、忌々しい! 私のモビルスーツを用意なさい!」

 

「どうなさるつもりですか!?」

 

「わからないの? 地球へ降りるのよ!」

 

「ですが作戦は--」

 

「黙りなさい! こんな辱めを受けておきながらオメオメと見過ごせと? それに奴らの降下地点、どうせガエリオはすぐに動けない。私達が先行して叩く。親衛隊は私と一緒に来なさい!」

 

 部下の言葉も聞かずにカルタはブリッジから去ってしまう。

 

///

 

 グレイズのパイロットであるアイン・ダルトンはバルバトスとの戦闘の末に瀕死の重傷を負った。大量の出血、左腕と左足は切断され右足も壊死してしまっている。内蔵もズタボロ、とても生きていられる状態ではないが彼はまだ生きていた。

 生命維持装置を体に埋め込まれ体中からケーブルが伸びている状態。

 

「安心しろ。君はまだ生きている。アイン・ダルトン」

 

(声……誰の声だ……でも、聞いたことがある気が……」

 

「最新の医療機器と生命維持装置で生きながらえている現状ではあるがね。声を出したくても出せないだろう? でも私は君の思っていることがわかるんだ。今の君は脊髄にナノマシンが埋め込まれマシンと同期している。心拍数、血圧は元より脳に流れる電気信号まで感知している。だから君が頭で考えたこともモニターされているよ」

 

(訳がわからない……どうなってるんだ? 体の感覚がない……目も見れない……)

 

「怖がることはない。阿頼耶識システムと言う物を知っているかい? 三〇〇年前の厄祭戦時に使用されたパイロットの神経とモビルスーツのシステムを繋げるインターフェイス。操縦桿で操作せずとも反射的に機体を動かせるようになる」

 

(思い出した……わかったぞ! この声は--)

 

 瞬間、アインの意識信号は途切れた。その様子を見守る男の口元は不敵な笑みを浮かべている。

 

「残念だが不安要素は排除させてもらう。今、君と話したのは生体パーツとしてちゃんと動くかテストしたまでだ。問題はないようだね。ここで要らぬことを考え脳に障害でも起きれば計画が破綻する。既に機体の準備も整っている」

 

 アインの体と同化している生命維持装置。そして伸びるケーブルは周囲の機械部品に繋がっている。

 ここは医療室などではない。大きく作られたモビルスーツのコクピット。そこに彼の体は埋め込まれている。

 

「では始めるとしよう。アイン・ダルトン、君の生はこの瞬間に終わる。そして新しく生まれ変わるんだ。戦闘用モビルスーツ……グレイズ・アインとして……」

 

 アインの記憶が消えていく、書き換えられていく。

 彼は生きながらにしてこの世から消えた。

 

///

 

 減速するシャトルは地球へと降下した。窓から見える景色には火星とは違う、青い空が広がり白い雲が浮かぶ。

 シートベルトを外すアトラは瞳に映る初めての地球に心躍らせていた。

 

「すごいすごい! 水がずぅ~と先まで広がってる! クーデリアさん!」

 

「あれは海と言う物です。地球の七割は海で、火星とは違い地続きではありません。だから水の星とも呼ばれてます」

 

「へぇ~!」

 

「まぁ、私も書物で読んだだけですが」

 

 少し恥ずかしげに言うクーデリアだが、アトラは気にもせず窓の外を眺めている。

 するとブリッジに繋がる扉が開き、団長のオルガが小走りにクーデリアの元へ近寄って来た。

 

「オイ、アンタに話があるって通信が来てるぞ」

 

「私にですか? 一体誰が……」

 

「蒔苗東護ノ介って爺さんだ。無我夢中で地球に降りたばっかりでまだ座標も正確に把握できてねぇってのに」

 

「蒔苗東護ノ介!? それは本当ですか!」

 

「あ、あぁ!?」

 

 それを聞いてクーデリアはオルガを押しのけるようにしてブリッジまで走る。オルガは目を丸くしながら飛んで行ったクーデリアの後ろ姿眺め、淡々とシートベルトを外したフミタンが呆然とするオルガの腋を通って行った。

 クーデリアはエアロックの扉を解除してブリッジに入り、モニターへかじり付く。

 

「あの! 貴方は蒔苗東護ノ介さんですか!? 私は火星での――」

 

『ほほほっ、そう慌てるでない』

 

 モニターには『SOUND ONLY』の文字。それでも聞こえてくる声は歳を重ねた老齢の男性の落ち着いた声だ。

 クーデリアは言われた通りに一度深呼吸して心を落ち着かせてから、もう一度口を開ける。

 

「失礼しました。私はクーデリア・藍那・バーンスタインと申します。火星の独立運動を支持する者です。貴方はアーブラウ代表の蒔苗東護ノ介さんで間違いありませんか?」

 

『そうじゃ。ワシがアーブラウ代表、蒔苗東護ノ介じゃ。ま、今や元ではあるがな』

 

「え? どう言う意味です?」

 

『お嬢さんが火星から地球に降りて来るまでの間にいろいろとあってな。お嬢さんとそれに付きそう鉄華団とか言う組織への贈収賄疑惑を掛けられてな』

 

「そんな!? すみません! 私のせいでこのような――」

 

『いやいや、お嬢さんが気にするようなことではない。力及ばんだワシのせいじゃ』

 

「ですが……いえ、それよりもどうしてこのシャトルと私のことを? どこから情報を入手したのですか?」

 

『ギャラルホルンがお前さんらを追っているのは随分と前からわかっておった。こちらにも相応の情報収集はできるからの』

 

「それでですか」

 

『本題じゃが、ワシは今や逃亡の身での。できれば助けてはくれんかの?』

 

「私達がですか?」

 

『そうじゃ。この状況では信用できる人間は少ない。無論、報酬は筈もう』

 

 クーデリアは息を大きく吸い込み一度冷静になる。通信越しの声だけで相手を本物の蒔苗東護ノ介と判断して良いのか。例えそうだったとしてもまだ若い自分が彼と対等に交渉できるだけの技量を持っているのか。交渉できたとして何をどう進めていくのか、問題は山積み。

 生唾をゴクリと飲み込む。するとブリッジにまでやって来たフミタンが彼女の肩に手を添える。

 

「フミタン……」

 

「私は何があろうとお嬢様の意思を尊重します。お嬢様がやりたいことを進めて下さい。ここでの決定権を握るのは貴方だけです」

 

 力強く頷くクーデリアは通信モニターに再び視線を向け怖じける事なく返事を返した。

 

「わかりました。代表、必ず貴方を助け出します」

 

『ホッホッホ、良い返事じゃ。ならば今から座標を送る。そこまで来てくれ』

 

「ですが待って下さい。ご存知のように私達もギャラルホルンに追われる身。あまり悠長にしている時間は――」

 

『そう慌てんでも良い。ここまで来ればギャラルホルンは手出しできんくなる』

 

「え……それはどう言う?」

 

『兎に角、今から送る座標地点に来るんじゃ』

 

 蒔苗東護ノ介からの通信が切れる。数秒後、モニターに座標が送られて来た。パネルを触るクーデリアはその位置を確認し、強い意思の元に振り返りブリッジから歩いて行く。

 通路に戻る彼女はオルガへ詰め寄り、鋭い視線を彼に向けた。

 

「鉄華団団長、オルガ・イツカさん。これからについてご相談……いえ、商談があります」

 

「商談だと?」

 

「はい、あなた方への依頼は私を地球まで送り届けること。その仕事はこの時点で完了したと言って良いでしょう」

 

「そうだな。報酬はキッチリ払って貰う」

 

「その報酬を更に二倍支払います。ですからもう少し、私の仕事を引き受けて下さい!」

 

「何だと?」

 

「これまでの危険な道のりは充分に承知してます。ですがここで終わる訳にはいかないのです。その為に、鉄華団は私と共に来て下さい。蒔苗東護ノ介代表が待つ場所へ!」

 

 自身よりも背の高いオルガに向かって怖じける事なく、鋭い視線で訴えるクーデリア。

 一瞬たじろぐオルガではあったが、彼も団長として他の組員を任されている身。決断には覚悟以上の物が問われる。

 

「確かに報酬は魅力的だけどなぁ、地球は完全にギャラルホルンの勢力圏なんだぞ? こうしてる間にもアイツラが攻めて来るかもしれねぇ。行く先で待ち構えてるかもしれねぇ」

 

「示されている座標地点に向かえば大丈夫です」

 

「その保証はどこにある?」

 

「オセアニア連邦です。ここだけはギャラルホルンでも手出しできません。蒔苗代表はそこで待っています」

 

「信用できんのかよ? その蒔苗って奴は?」

 

「それはまだわかりません。ですが私のことは信頼して下さい! 私が必ず交渉を成功させてみせます!」

 

 クーデリアの決意に圧倒されるオルガ。背負っているのは彼だけではない。彼女も火星の自治権独立の為に、火星に住む人々の願いと思いを背負っている。

 故に引き下がれない。ここではまだ止まれない。

 

「わかった、アンタを信頼する」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ、短い期間だが一緒に行動した仲間みたいなもんだからな。それに依頼主でもある。報酬は二倍、キッチリ払って貰うからな?」

 

「それは勿論。では、シャトルの進路変更をお願いします。距離はそこまで離れていません。蒔苗代表が待つオセアニアの地へ」

 

///

 

 ノーマルスーツを着用するカルタは口元を釣り上げながら自らの部下に語り掛ける。

 

「あの不穏分子め……手出しできないと粋がってるのかしら? 手出しはできなくとも情報収集には抜かりないと言うのに。ガエリオはどうした?」

 

「予定よりも一五分遅れています。少し前に伝令が届きました」

 

「そう……なら私達だけであの不穏分子を排除できると言うもの。行き先はわかったわ。奴らを待ち構えるわよ」

 

 軌道上より降下して来たカルタ率いるモビルスーツ部隊。だが鉄華団のシャトルが向かった先とは大きく離れている。

 オセアニア連邦。オセアニア地域を中心として周辺国家を統合して形成された国家形態。ここでだけはギャラルホルンも一切の介入を許されていない。故に遠く離れた地点に降下するしかなかった。

 しかし自由に身動きできないのは鉄華団も同じ。移動ルートも限られている為、待ち構えるのは容易だ。

 

「モビルスーツ隊は私に続け。久方ぶりの重力下での戦闘、客員気を引き締めよ!」

 

「はッ!」

 

 コクピットの通信で全員に伝えるカルタはペダルを軽く踏みグレイズの移動を始める。向かう先はカナダ。

 

///

 

 着陸するシャトルはすぐに作業を進めていた。資材や弾薬を降ろし列車のコンテナに積み込む。

 雪之丞が怒号を飛ばしながら少年達を動かし、タービンズの所属であるラフタとアジーは自機を重力下での戦闘に合わせてセッティング。メリビットは端末を操作し資金の計算を。

 三日月と昭宏はオルガの指示で休憩を取り、ベルリはGセルフのコクピットの中で籠もっていた。

 そしてクーデリアは広い列車に用意された客室に通され、ある人物と対面する。それこそが通信で語り掛けて来た相手、アーブラウの元代表である蒔苗東護ノ介。

 

「して、お嬢さん。何がお望みかな? この老いぼれではできることなどたかが知れておるがの」

 

「そのようなことはありません。蒔苗代表」

 

 スーツ姿に着替えたクーデリアは目の前の人物へ怖じける事なく話し掛ける。

 蒔苗東護ノ介、アーブラウの元代表。老齢の彼は白髪で口元に白い髭を蓄え、年齢に不相応な大きい体に黒い和服と袴を纏っている。

 彼はテーブルを挟んだクーデリアの向かい側に座り、髭を触りながら微笑む。

 

「お嬢さんのような若い娘に言われるのは御世辞とわかっていても悪い気はせんな」

 

「蒔苗代表。私は火星からここまでやっとの思いで来ました。それも鉄華団の皆さんの犠牲を払いながら」

 

「ほぅ……死者の想いを背負ってお嬢さんは何が望みだ?」

 

「私は火星に住む人々の自治権独立。その為の第一歩としてハーフメタルの貿易自由化を成し遂げます」

 

「強気に出たのぉ。しかし必要な物じゃ。御主の覚悟は伝わった。ならば行動あるのみ」

 

「援助をして頂けるのですか?」

 

「それができるかどうかは御主と鉄華団次第じゃ。アーブラウの中心都市エドモントンで行われる代表議会」

 

 言うと蒔苗は立ち上がり部屋の扉に手を掛ける。視線だけクーデリアに向けながら、最後の言葉を投げ掛けた。

 

「残された時間は一週間。議会に間に合えば御主の願望、ワシが何とかしてみせよう」

 

「わかりました。必ず代表を期限内に送り届けます」

 

「あぁ、それとな。今のワシは元代表じゃ」

 

 杖を着いて部屋から出て行く蒔苗。扉が閉じられ、静かになった部屋の中で残るクーデリアはホッと胸を撫で下ろす。

 

「ですが安心している余裕はありません。残された時間も多くはない。ユーラシア連邦を抜ければギャラルホルンがまた来るかもしれない。急がなくては」

 

 クーデリアは鉄華団と共に進み始める。皆が望む未来を掴み取る為に。




 会計士を務めていますメリビット・ステープルトンです。
 地球へようやく降りたと言うのに、私達と鉄華団はまた戦闘に巻き込まれてしまいます。
 それも相手は地球外縁軌道統制統合艦隊。ずっと宇宙で生活していたあの子達が地球で戦えるの?
 次回、鉄血のレコンギスタ――シベリアの地――
 コラ! 子供はこんなの見てはいけません!


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第十三話 シベリアの地

 列車が進み始めて二日が経過した。地球に降りて来たばかりの時に見えた海はもう見えなくなり、降雪地帯のシベリアにまで来ると周囲は雪景色一辺倒。

 揺れる食堂の中でオルガとビスケットは遅めの昼食を食べている所。

 

「ねぇ……オルガ……」

 

「あん? どうしたビスケット? 暗い顔してよ」

 

「うん……」

 

 スプーンをテーブルに置くビスケットはうつむきながらうなずく。なかなか口を開こうとしない彼にオルガも飲んでいたスープの器をテーブルに戻し、姿勢を傾けビスケットの表情を伺う。

 チラチラと視線を向けるビスケットは様子を見ながら重たい口を開いた。

 

「この仕事が終わったら火星に帰れるんだよね?」

 

「何だ、その話か。前にも話したじゃねぇか。報酬を貰わねぇと地球まで来た意味がねぇ」

 

「だったらもう良いんじゃないかな? クーデリアさんから受けた最初の依頼は地球まで送り届けること。それはもう終わったんだから、わざわざこんな危ない所に居なくても」

 

「でもお前だって聞いただろ。お嬢さんと一緒に蒔苗ってジジイをアーブラウまで送り届ければ報酬は二倍だ。こっから火星に帰るだけでも今の俺達にはギャラルホルンに狙われるリスクがある。だったら上がりのデカイ方が良い。そうだろ?」

 

 言われてビスケットはテーブルの下で爪が皮に食い込むくらい力強く拳を握る。静まり返る食堂の中で生唾を飲む音が聞こえた。

 

「帰ろう……」

 

「あ? 何でだよ?」

 

「元の報酬だけ貰って火星に帰ろう。タービンズにも払わなくちゃいけないお金があるからそう多くはないけれど、もうTGSだった頃とは違うんだ。もっと危なくない、堅実な仕事を火星でやろう」

 

「今はまだ駄目だ。このまま火星に戻っても鉄華団は弱小だ。鉄華団の名前をもっとでっかくしてからじゃねぇと、ちょっとは使えるガキ程度にしか思われない。そうなりゃ前と同じで良いように使われるだけだ。その為にはクーデリアのお嬢さんの仕事を飲むのは絶交のチャンスだ。お嬢さんの名前と一緒に俺達鉄華団の名前も広がる。そしていつかのし上がる。テイワズからも、蒔苗ってジジイからも――」

 

「もう良いッ!」

 

 突如立ち上がるビスケットは勢いで椅子をひっくり返し、声を張り上げオルガの言葉を遮った。突然の事にオルガは息を呑む。

 

「もう良いじゃないか。もう誰も死なず、傷付かず、安全な仕事をしていれば。みんなのことももっと考えてよ」

 

「俺が何も考えてねぇって言うのか?」

 

「そうじゃない。でもわざわざ危険な道に行く必要なんて――」

 

 感情を爆発させるビスケットだが突如として列車にブレーキが掛かり体が揺れる。テーブルで何とか体を支える二人。すると全車両にマイクでフミタンの声が響く。

 

『敵襲です。団長、至急先頭車両まで』

 

「ギャラルホルンか!? ビスケット、話は後だ。今はアイツラをどうにかすることだけを考えろ。こんな所で止まれねぇ……進むんだ!」

 

「オルガ……」

 

 言うとオルガは食堂から飛び出して行った。ビスケットも一旦はうつむき床を見るが、急いでその場から動き出す。

 通路を走るオルガ。先頭車両にまで到着し扉を開ける。そこで待つのは通信機を握るフミタンと双眼鏡で窓の外を見るメリビット。

 

「敵だな? 数は?」

 

「確認できるだけで正面に五機。どうするつもりです団長? ラフタさんやアジーさんにも出撃して貰いますか?」

 

「タービンズからのお目付け役のアンタからしたら二人を出した方が金になるってか」

 

「それだけではありません。増援が来る可能性だって充分にあるんです」

 

「わかってるよ。モビルスーツは全機発進させる。兎に角、目の前の奴らをどうにかしねぇと進めねぇ」

 

 頷くメリビットはフミタンに手を差し出し通信機を受け取り、貨物車両でモビルスーツと一緒に待機しているラフタとアジーに指示を送る。

 減速しながらもゆっくりと進み続ける車両の正面から見えるグレイズの姿が時間と共に近づく。

 片目を閉じ、舌打ちするオルガ。

 

「こんな所で……」

 

 行く手を阻まれた以上は戦うしかない。火星とは違う地球の重力下での戦闘に一抹の不安を感じるオルガであったが、相手は何故かまだ攻めてこなかった。それどころか列車のレールを破壊する事もしない。

 疑問を抱いていると中央に立つグレイズのコクピットハッチが開放され中からパイロットが出てきた。

 パイロットスーツを装備し肩まで伸びる白髪が凍て付く風で揺れる。カルタはコクピットの通信機を外部音声に切り替え列車に乗るオルガ達に目掛けて呼び掛け、オルガもそれを鋭い視線で睨みながら聞く。

 

『私は地球外縁軌道統制統合艦隊司令のカルタ・イシュー。火星の不穏分子……本来なら問答無用で排除する所だけど一度だけチャンスを上げる。鉄華団とか言ったわね? 代表者が降伏に応じると言うのなら我々はこの場から手を引こう。さぁ、どうする? あまり気長にも待てないわ、十分で返事がなければ全力を持って排除する』

 

「チッ! また面倒臭い女だな。けど列車の線路上に待ち構えられたんじゃ止まるしか――」」

 

『進むんだ、オルガ』

 

「この声は……ミカ!?」

 

 線路の先で待ち構えるカルタと四人の親衛隊。列車の貨物車両で立ち上がる三日月のバルバトスはタービンズから支給された新兵器の対艦ランスメイスをマニピュレーターで握り、立ちふさがるグレイズの一機に狙いを定めた。

 ターゲットは指揮官であるカルタのグレイズ。

 

「こんな奴のせいでオルガの邪魔はさせない」

 

 モビルスーツの全長ほどの長さを持つ対艦ランスメイス。それを片手で振り上げツインリアクターのハイパワーでぶん投げる。

 瞬時に最高速に到達する対艦ランスメイスは空気の壁を突き抜け切っ先がコクピット目掛けて迫った。

 突然の行動にカルタは目を丸くして息を飲むしかできない。

 

「なッ!? なに――」

 

「カルタ様! にげ――」

 

 隣に立っていた親衛隊のグレイズが盾となりカルタの前に出る。鋭い切っ先はコクピットに直撃し、内蔵された火薬が爆発しパイルバンカーとして射出された。

 パイロット諸共に装甲は容易に貫かれグレイズは背中から倒れる。

 

「あと四機……」

 

 三日月は対艦ランスメイスをもう一本握りメインスラスターを全開にして飛び出した。三日月が狙うは一点、指揮官であるカルタのみ。一直線に突き進むバルバトスはグレイズを射程圏内に収めると切っ先を突き出す。

 呆気に取られるカルタは動きが遅く、コクピットのシートに座れどもハッチも閉じれていない。

 

「こ……こんなことがあってたまりますか……アタシはイシュー家の跡取りなのよ。このような屈辱――」

 

「カルタ様、退避を! はや――」

 

 横から割って入る別のグレイズが両腕を盾にしてバルバトスの攻撃を防ぐ。切っ先は装甲を貫きフレームにまで到達する。が、トリガーを引く三日月はパイルバンカーを発射した。強烈な爆薬の衝撃で左腕が吹き飛び、バンカーが再びパイロットと一緒にコクピットを破壊する。

 一瞬に間に二機のグレイズが撃破されカルタ機の左右に横たわり動かなくなった。

 

「ア、アタシの可愛い部下が……ゆるさない……絶対に許すものか!」

 

「あぁ、そう。邪魔……」

 

 背部からメイスを取るバルバトスはフルパワーで振り下ろす。

 殺意しかない無慈悲な攻撃にカルタはハッチを閉鎖しメインスラスターから炎を噴射し後方へ回避。

 叩き付けられた鉄塊、地面を砕き雪の塊を大量に撒き散らす。

 

「チッ……外した」

 

「お前達、防御の陣を取れ! 相手は一機よ。不穏分子に、ましてや不意打ちを仕掛けるような相手に手加減は無用。全力で排除なさい!」

 

 両刃の西洋剣のフォルムをしたバトルブレードを構える三機のグレイズはバルバトスを待ち構える。メイスを担ぎ接近して来るバルバトス。しかし来たのはそれだけではない。

 貨物列車から続々と出撃するモビルスーツ。ラフタの漏洩はバズーカを装備して左側のグレイズを一撃で吹き飛ばし、昭弘のグシオンは両腕に滑空砲を構え右側のグレイズ目がけて撃ちまくる。

 銃口から発射される大口径の弾丸が腕や頭部を撃ち抜いていく。その様子を見てラフタは活気ずく。

 

「やるじゃん昭弘!」

 

「いや、このグシオンと阿頼耶識のおかげだ。初めての地球だってのに……すげぇな」

 

「ん……やっぱ阿頼耶識ってずっこい!」

 

「ずるいって言ってもよ……」

 

 残るはカルタのグレイズのみ。バルバトスが肉薄してメイスを振り回している為に援護はできないが、それでも力の差は歴然としており決着が付こうとしていた。

 グレイズはバトルブレードで袈裟切りするが、バルバトスはメイスを大きく横へ薙ぎ払うとマニピュレーターごと相手の武器を明後日の方向へ飛ばす。

 

「ぐぅッ!? 大切にしている部下を四人もやられ、相手に傷一つ付けられずにこのアタシが負けるだなんて……そんなことはあってはならない!」

 

「うるさい奴だな」

 

「戦いの作法も知らぬ不穏分子にアタシは負けない!」

 

 もう片方の手で腰部にマウントさせてあるバトルアックスを握ろうとするが、三日月がそれを許す筈もなくメイスの先端で胸部装甲を突く。分厚い装甲がへこみ、慣性で後ろに流されるグレイズ。

 カルタは懸命にペダルでスラスターを駆使し姿勢制御を試みる。

 

「アタシはこんな所で終わる人間じゃない! イシュー家としての誇り! そしてマクギリスの――」

 

 真っ白な雪の地面に足跡を残しながらどうにか止まるグレイズ。しかし目の前にはメイスを振り下ろすバルバトス。左肩に鉄塊がぶつかり、更に左膝の関節を脚部で蹴られダメ押しに頭部を突かれる。

 連続してコクピットに衝撃が襲い歯を食いしばる事しかできぬカルタ。グレイズはそのまま背中から仰向けに倒れ込んでしまう。

 

「これで終わりだ……」

 

「たす……けて……マクギリス……嫌よ……いやぁぁぁあぁぁぁッ!」

 

 瞳から涙を流し悲鳴を上げるカルタは操縦桿から両手を離して前方を防ぐ。

 一切の容赦がない三日月は倒れたまま動かないグレイズのコクピット目掛けてフルパワーでメイスを振り下ろす。

 が、甲高い金属音が響くと攻撃は途中で止められてしまう。

 目の前に居るには見た事のないモビルスーツ。

 

「コイツは?」

 

「ようやくこの前の借りを返す時が来た! カルタ、生きているな?」

 

 現れたのは白と紫を基調とした鎧騎士を思わせるモビルスーツ。四本の脚部、大型リアスカートとフロント脚部によるホバークラフトが地上での機動性を飛躍的に上昇させている。

 左腕にシールド、右手には大型ランスを握り三日月のバルバトスと対峙するのはガエリオ。

 

「ガエリオ!? な、何をしに来たのよぉ!」

 

「声が震えているぞ。下がってろカルタ、コイツの相手をするのは俺の役目だ」

 

 大型ランスでメイスを押し返す。雪上に立つガエリオの機体はフロント脚部を折り畳み二足歩行に変形し切っ先をバルバトスに向ける。

 その間にカルタのグレイズはこの場をガエリオに任せて後退して行く。

 

「久しぶりだな、今回は以前のようにはいかんぞ。ガンダムフレームなのは貴様だけではない。家の蔵から引っ張り出して来たこの機体、ガンダムキマリストルーパーでな!」

 

「どんな機体でも関係ない。オルガの邪魔になるなら倒すだけだ」

 

「不穏分子共め、ここで駆逐してやる!」

 

 キマリストルーパーが現れるのと同時に三日月達の前方からは続々と敵の増援がやって来る。無数のグレイズの大部隊。どれだけ三日月が強くとも大部隊を相手にはどうにもできないし、ガエリオも後続部隊へ手出しさせるつもりはない。

 

「昭宏、他の奴は任せて良い? コイツは俺がやる」

 

「ガンダムフレームとツインリアクターのパワー、今度は貴様が味わえ!」

 

「行くぞ、バルバトス!」

 

 互いに握る武器を振り下ろしぶつけ合う。甲高い金属音が響き渡り火花が飛び散る。並のモビルスーツならばバルバトスの攻撃にねじ伏せられるが、相手も同じガンダムフレーム。

 ガエリオのキマリスは大型ランスを自在に操りながらバルバトスを攻め立てる。斬り付け、振り払い、突き刺す。

 

「どうした? 所詮はその程度の実力か? ならば雪辱を果たさせて貰う!」

 

「くッ! 鬱陶しい奴!」

 

 メイスで攻撃を防ぎながらもキマリスの手数が多い。切っ先が左肩の装甲に当たり一撃で破壊してしまう。幸いにもフレームにダメージは通っていない。が、ガエリオの猛攻は止まる事はない。

 

「カルタに屈辱を味合わせた仇もある! 不穏分子はここで滅ぼす!」

 

「こんな所で終わる訳にはいかない……俺達は前に進むんだ!」

 

 地面を蹴り飛び上がるキマリス、メインスラスターの加速と重力も合わせて大型ランスをバルバトスの頭上から振り下ろす。

 一方のバルバトスもメイスをフルパワーで振り上げ、迫る大型ランスにぶつけた。

 強烈な衝撃に空気が震え、バルバトスが踏ん張る両脚部の地面にはヒビ割れが走る。

 

「はぁぁぁッ!」

 

「こいつ!? ぐぅッ!」

 

 三日月はメインスラスターを全開にして飛び上がり大型ランスを退け、キマリスに肉薄し股関節部に膝を叩き込む。大きく揺れるキマリスのコクピット。

 バルバトスは続けて空いたマニピュレーターで頭部を殴り付けるとキマリスが姿勢を崩し、更に胸部装甲を蹴り飛ばした。

 歯を食いしばるガエリオ、機体はそのまま背部から地面に叩き付けられるがスラスター制御で瞬時に立て直す。

 

「同じガンダムフレームなんだぞ? この俺が押されている? そんなことがある筈ないだろ!」

 

「バルバトス、お前の力を見せろ……」

 

 目の前の敵に冷酷な殺意を向ける三日月。けれども三日月が見るのはそれだけではない。阿頼耶識システムを通して見る三〇〇年前のバルバトスの記憶。

 

///

 

「もう動ける機体も限られて来た。どうする? アグニカだけに頼りっぱなしって訳にはいかねぇぞ」

 

「わかってる。だがお前にあるのか? 悪魔に魂を売る覚悟が?」

 

 二人の男は薄暗い格納庫の中でモビルスーツを見上げていた。そこに立つのは二機のガンダムフレーム。

 白い装甲を身に纏うのはガンダムバルバトス。隣に立つ白と紫を基調とした機体はガンダムキマリス。

 

「正直なことを言うと怖くて手が震える。だからアグニカのことは凄いって尊敬できる。モビルアーマーの侵攻は激しくなってるから、このままアグニカに頼ってるだけじゃ負けるってのはわかってる。でもよ……」

 

「俺はやるよ」

 

「やるって……」

 

「バルバトスのリミッターを解除させる。コイツに俺の魂をやる」

 

「本気……なのか!?」

 

「このままじゃ負ける。そんなんじゃ今までに死んでいった奴らはどうなる? 他の仲間や家族も守らなきゃならない。だったらやるしかねぇだろ」

 

 話していると遠くの方から爆発の音が聞こえて来た。咄嗟に振り向く二人。

 

「行くぞクレイグ。モビルアーマーを倒し尽くすまで戦いは終わらない。その為だったら俺は何だってやってやる」

 

「アラン……わかった。俺もやるよ、このキマリスで」

 

///

 

 バルバトスの動きが早くなる。最初こそ一方的に攻めていたガエリオだったが、今や油断を許さぬ状況だ。

 振り下ろされるメイスをバックステップで避けるが、次の時には大型ランスとメイスとで鍔迫り合いになる。

 

「何だコイツのスピードは!? いや、反応速度か?」

 

「わかる……こいつの使い方が……」

 

「性能は互角の筈だ! 俺の力はこんな物ではない!」

 

 バルバトスを押し返すキマリスはバク宙しリアスカートに格納されたナパームを発射する。装甲に接触すると同時に巨大な爆発が起こり炎がバルバトスの全身を飲み込む。

 だがこの程度で倒せる相手ではない。着地するキマリスは大型ランスの側面に内蔵された機銃を向けトリガーを引く。無数の弾丸が燃え盛る炎の中に飲み込まれていくが、まるで手応えがない。

 そうしている間にバルバトスが加速して炎の中から飛び出して来た。

 

「どうして勝てない! 沈めよッ!」

 

「今なら殺しきれる……」

 

 再びフロント脚部を展開しホバーで加速するキマリスは大型ランスを突き出し、バルバトスもこれを正面から迎え撃ちメイスの先端を突き出した。

 ぶつかり合う両者の武器。だがメイスからはパイルバンカーが打ち出され大型ランスを破壊していく。

 ガエリオは使えなくなった武器を投げ捨て、バルバトスに背を向けると一度この場から離脱した。

 

「アイツの動き……どうなっている? 俺一人では勝てないのか……」

 

「逃がすかッ!」

 

『待て、ミカ!』

 

 追い掛けようとする三日月だがオルガから通信が繋がり足を止める。

 

『敵の数が多い。一人で前に出過ぎるな。それにここを切り抜ける作戦ならある。一度戻って昭宏達と足並みを揃えろ』

 

「うん、わかった」

 

 メイスを担いでバルバトスも離脱する。鉄華団とギャラルホルンとの戦いはまだ始まったばかり。

 

///

 

 オルガは通信機を片手に指示を飛ばす。このままギャラルホルンとの戦闘が長引けば勝ち目が薄くなってしまう。

 しかし敵の数は膨大だ。確認できるだけで二十機相当。

 

「アイツラ……本気で俺達を潰す気だな。ベルリ、聞こえてるな?」

 

『はい、Gセルフで出ますよ?』

 

「頼んだぞ。空を飛べるお前の機体なら行ける筈だ」

 

 オルガの指示に従いベルリもGセルフで出撃する。バックパックから青白い炎を噴射して空に飛び立つGセルフは列車の傍で防衛を続ける昭宏やラフタの頭上を悠々と飛び越えて行く。

 

「ベルリが出たのか!? これで少しは楽になる」

 

「昭宏は阿頼耶識があるし、ベルリは空を飛ぶなんて! やっぱずっこい~!」

 

 フォトンリングを発生させて更に加速するGセルフ。ベルリは上空からビームライフルの銃口を向け狙いを定める。

 

「悪いけど! 今はやり方を選べる程、僕も冷静ではいられないから!」

 

 トリガーを引き高出力のビームを発射。一直線に進むビームはモビルスーツが装備する武器だけを破壊し爆発の炎が上がる。

 連続してトリガーを引くベルリ。続けて発射されるビームが上空から迫りグレイズ部隊は回避行動に移る。

 

「空からも敵が!?」

 

「各機散開! 第五から第七部隊は上空の機体を狙え」

 

 動き出したグレイズ。そうなればGセルフの性能とベルリの技術を持ってしても撃破は難しい。ビームは装甲に直撃し、ナノラミネートアーマーが弾き飛ばしたビームが分散して雪上に当たる。大量の雪煙と水蒸気で瞬く間に視界が効かなくなってしまう。

 

「しまった!? 見えないと撃てないじゃないか! え……何なの?」

 

 Gセルフの更に上空、宇宙から降りて来る真紅の機体。両腕にブレードを装備するその機体はヴァルキュリアフレームのグリムゲルデ。

 

「久方ぶりだな、二本角の機体」

 

「あの機体は!?」

 

「君には大人しくして貰う。この場を安々と抜けられては私の計画が狂うのでね」

 

 加速するグリムゲルデ。ベルリは振り返りビームライフルの銃口を向けたが、トリガーを引くよりも早くにグリムゲルデが組み付いて来た。

 

「ぐぅッ! このぉ!」

 

 頭部からバルカンを放つが数発当たるだけでダメージにはならない。グリムゲルデはGセルフを押さえ付けたまま加速して地上に向かって急降下した。

 ベルリは懸命にペダルを踏み込みバックパックから青白い炎とフォトンリングを発生させて押し返そうとするが、地上からの攻撃がGセルフを襲う。フォトン装甲は実弾兵器の直撃で傷が付くような性能をしていないが、それでも激しい衝撃がコクピットに伝わる。

 食いしばりながらも操縦桿で機体を匠に操作するベルリ。

 

「間に合わない! 高トルクモード!」

 

寸前の所にまで地面が迫る中、ベルリの音声に反応してGセルフの全身の装甲が深緑色に変化する。グリムゲルデもGセルフから離れるとメインスラスターで浮上し難なく着地。

 ようやく動けるようになるGセルフはフォトンリングを発生させて一瞬だけ浮力を得るが間に合わず、背中から地面に落下してしまう。

 コクピットが激しく揺れるがそれでも操縦桿を動かすベルリは素早くGセルフを起き上がらせる。

 

「機体はなんともないようだけど……見逃してはくれないか」

 

 ベルリの眼前には両腕のブレードを展開するグリムゲルデ。鉄華団やベルリの思惑通りに事はなかなか進まない。




 団長のオルガだ。ここまで来たんだ、仕事は何があってもやり遂げる。そうすりゃ鉄華団の名前はデカくなる。こっから先、みんなを食わせていくことができるんだ。
 だから引かねぇ……前にだけ進むんだ! 行こうぜビスケット、俺達の手で掴み取るんだ!
 次回、鉄血のレコンギスタ――死線――
 見ようぜ、俺達の未来を!


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第十四話 死線

 グリムゲルデと対峙するベルリのGセルフ。高トルクモードを展開した事により全身の装甲が深緑色だったが、それも元の白色へ戻っていく。

 ビームライフルを腰部へマウントさせ、相手との間合いを取る。

 

「逃げるだけなら簡単だけどそうもいかない。この人を相手にライフルは効果がない……ビームサーベルだけでやれるの?」

 

「二本角のモビルスーツ……ビーム兵器を搭載したその機体の実力、確かめさせて貰う」

 

 二機が同時に動く。Gセルフは両脚部のスラスターを吹かしホバリングしながら、グリムゲルデはメインスラスターから青白い炎を噴射して接近する。

 首元にマニピュレーターを伸ばしビームサーベルを引き抜くGセルフはそのまま横一閃。針のように細いビームの刃がグリムゲルデの真紅の装甲に触れる。が、装甲のナノラミネートのせいでダメージはない。

 グリムゲルデも左腕のブレードの切っ先でGセルフの胸部を突こうとした。しかし、コピペシールドを展開したシールドにより激しい閃光を上げながら防がれてしまう。

 

「そのシールドもただの鉄の板と言う訳ではないらしいな」

 

「やっぱり機体の運動性能が違う。もう一度、高トルクモードで!」

 

 素早くブレードを引くグリムゲルデ。コピペシールドに直接触れたがブレードには損傷は見当たらない。

 Gセルフはベルリの音声認識で再び高トルクモードを展開し全身が深緑に変化する。同時に機体の性質も変化し、ビームサーベルのグリップを戻し右腕を振り被った。

 

「ほぅ……」

 

 操縦桿を匠に動かすグリムゲルデのパイロット。瞬時に地面を蹴り後退するがGセルフの動きは早く、マニピュレーターの直撃を受ける所を二本のブレードで受け流す。そしてすかさずブレードによる連続斬り。

 縦から横から下から斜めから、息もつかせぬ斬撃。だが高トルクモードを展開するフォトン装甲は更に強固で、グリムゲルデの刃を通さない。

 肉薄するグリムゲルデをどうにかしようと再びコピペシールドを使うベルリ。シールドから発生するフォトン装甲が前方を囲うように展開し、真紅の装甲に接触し激しい火花を飛ばす。

 

「素晴らしい! ビーム兵器をここまで使いこなすか! この性能……パイロットの技量も合わさった物だがモビルアーマーよりも強いかもしれん」

 

「Gセルフは! トラクタービーム!」

 

 地面を蹴り後退するグリムゲルデだが、バックパックから発射される重力子ビームに機体が言う事を効かなくなる。が、両腕のブレードを突き出しメインスラスターを全開にした。

 トラクタービームの引き寄せる力と合わさり急接近するグリムゲルデ。ベルリは思わず息を呑む。

 

「なにぃいいッ!?」

 

 ナノラミネートが塗布されたブレードはビームを寄せ付けないが、コピペシールドを貫けるだけの威力はない。

 それにフォトン装甲へ直撃できたとしてもダメージは微々たるもの。故に相手はピンポイントでGセルフの関節部を狙う。

 二本の切っ先が両腕の付け根を突き刺さんとした瞬間、Gセルフの全身からまばゆいビームの閃光が走る。

 光に直撃するグリムゲルデは後方に押し返された。

 

「使いたくなかったけど……全方位レーザーなら!」

 

「そのような装備まで持っているとは……従来のモビルスーツからは考えられない性能だ。感動さえ覚えるよ!」

 

「フレームに当たってるのに!? あれもナノラミネート?」

 

「君との勝負の為に金に糸目は付けないでおいた。これで本気を出せるだろ?」

 

 Gセルフの全身から発射されたレーザーに雪煙が拡散し、グリムゲルデの真紅の装甲が白い闇の中へ消えていく。

 警戒心を強めるベルリは操縦桿を握り直す。

 

「ビームが効かないからって……アナタはここで止めます!」

 

「この私をもっと楽しませろ! 高揚させてみろ!」

 

「遊ぶんじゃない!」

 

 白い闇の中から飛び出すグリムゲルデに瞬時に反応するベルリ。首元からビームサーベルを引き抜き横一線。

 グリムゲルデの装備するブレードとぶつかり合い激しい閃光を上げながらも、ナノラミネートがサーベルのビームを弾く。

 しかし、軍配はベルリに上がった。振り下ろされるブレードは真っ赤に焼けただれ真ん中から切断されている。

 切っ先がGセルフの装甲に触れる事はなく空を斬り、その現象にパイロットは目を見開く。

 

「コイツ、一体何を!? そうか、さっきの光のせいか」

 

「もう片方の武器を奪えば!」

 

「しかしまだ引く訳にはいかんな。二本角、倒すまではいかなくとも性能を把握する必要はある。私の計画を実行し完遂する為にもな!」

 

「降参しなさいよ!」

 

 左腕のブレードを突き出すグリムゲルデは切っ先をGセルフの胸部に直撃させる。一方のGセルフも左腕を突き出し、シールドの先端を相手にぶつけた。

 衝撃がコクピットにまで伝わり後ずさる両機。だが二人の動きは早い。

 ベルリは操縦桿を動かしマニピュレーターにビームライフルを握らせ素早く銃口を向ける。

 

「今ならビームが届く!」

 

「あの光……ナノラミネートを溶解させたとは言えライフルなど使わせんよ」

 

 トリガーを引くと同時にブレードの刃が銃口を振り払う。発射されたビームは明後日の方向へ飛んで行き雪煙を上げる。

 だがベルリはそのままグリムゲルデに攻めて行く。

 

「トラックフィン!」

 

「させんよッ!」

 

 バックパックから遠隔端末を飛ばすベルリはそのままペダルを踏み込んだ。右脚部が深緑色に変化し眼前の敵機を蹴り飛ばす。姿勢を崩す敵にトラックフィンのトラクタービームが向けられるが、相手のパイロットも匠に操縦桿を操作して瞬時に機体を立ち直らせる。細身の機体でヒラリと攻撃を回避していく。

 

「逃さない!」

 

「そうだ、その機体の性能を全て出し切ってみせろ! それでこそ、私もとことん本気になれる!」

 

 ビームライフルを向け連続してトリガーを引く。無数のビームがグリムゲルデに迫るが、それも全て避けられてしまう。

 再び接近を試みる敵機に、ベルリはバックパックからフォトンリングを発生させてGセルフを飛ばす。そして上空から再びビームライフルを向けた。

 

「武装だけを破壊するなんてできそうにない……手加減できる相手でもない……」

 

「空からの攻撃か……しかし!」

 

 メインスラスターから青白い炎を噴射させて地面を蹴るグリムゲルデ。軽量コンパクトな機体と推進力とが合わさり数秒ではあるが飛べる。そのまま接近し右腕のブレードを振り上げた。

 

「飛んだだけで有利を取ったつもりか?」

 

「どこまでも付いて来る。アナタは何なんです? 別のモビルスーツの反応……来るって言うの? 鉄華団のみんなが危ない!」

 

 迫る刃を避け頭部バルカンを放つ。強固なナノラミネートをフレームにも塗布したグリムゲルデには直撃させても牽制程度の効果しかないが目眩ましくらいにはなる。

 メインスラスターを吹かしながら後退する敵機は右腕のブレードを盾代わりに使う。ベルリはその瞬間を見逃さない。

 ペダルを踏み込み一気に詰め寄るとビームライフルの銃口をブレードに密着させた。

 引かれるトリガー、高出力のビームは残るブレードを真ん中から真っ赤に焼け爛れさせる。

 

「これなら!」

 

「小癪な真似を……」

 

 ブレードを蹴り上げるGセルフは強度の低下したブレードをへし折る。唯一の武器を全て失ったグリムゲルデ。

 しかし、敵は逃げる素振りすら見せない。加速してGセルフに組み付き地上へと引きずり降ろす。

 

「ここまでやる相手なの!?」

 

「舐めてもらっては困るな。それに……時間だ……」

 

 

 もつれ合う二機が雪上へ落下する。衝撃に雪煙が舞い上がり、それでもGセルフは拘束を振り解き地上からジャンプした。

 

「武器がなくても攻めて来るだなんて……倒すしかなくなる! 捨て身の相手は怖いぞ……」

 

「ようやく来たか。その力を見せろ、グレイズ・アイン!」

 

 見上げた先には一筋の赤い光。断熱圧縮の高熱を耐え抜き、地球へと降りて来た一機のモビルスーツ。

 グレイズと比べて一回りも大きな全長、真っ黒な装甲。異色を放つ機体が鉄華団の前に立ち塞がる。

 

///

 

 バルバトスに敗北し後退したガエリオとカルタ。補給部隊に合流し、消耗した武器や装甲を簡易的にではあるが修理している。

 コクピットから降り、雪の大地を踏みしめる二人はテントの中へと入る。ガエリオは表情を歪めながら歩く彼女を椅子の上に座らせて、自らは片膝を着く。

 

「痛むのか?」

 

「このくらい……平気よ。補給が終わればすぐに出るわ」

 

「無理をするな。何年一緒に居たと思ってるんだ? すぐにわかる」

 

「子供の頃の話でしょう!? 今のアナタは特務三佐で、アタシが地球外縁――」

 

「長いから言わなくて良い。脇腹か? ちょっと見せろ」

 

 手を伸ばすガエリオは許可も取らずにカルタの制服をめくりあげた。素肌に冷たい空気が触れるが、カルタは顔を赤らめてその手を振り解こうとする。

 しかしガエリオはそれを許さなかった。

 

「な!? 何をしてるのよアナタは! それに! これくらいのケガで――」

 

「これぐらいなものか。肌が青くなっている……最悪、折れているかもな。無理をしてまで戦うような相手ではない。所詮は不穏分子に過ぎない。後のことは俺がやる」

 

「その不穏分子に過ぎない連中に負けたのはどこの誰かしら?」

 

「うるさい。初陣だったと言い訳するつもりはないが敵の性能が予想以上だった。だが次は負けん。まだキマリスもほんの少し乗っただけだ。性能をフルに発揮すれば倒せない相手ではない」

 

「ふふ……頼もしいことを言ってくれちゃって。昔はアタシがアナタを引っ張っていたのに」

 

「それこそ子供の頃の話だろう? それとな、引っ張るじゃない。引っ張り回すだ。これは譲れん。お前のせいで服は汚れるはケガはするは、帰れば父上に叱られるはで散々な目にあったのは忘れんぞ」

 

「それはアナタに意気地がなかったからでしょう? 川渡りだってもっと気合い入れて飛べば落ちはしなかったわ」

 

「おま!? まだそんなことを覚えてるのか! それだったらお前だってカエルに驚いて腰を抜かしていた!」

 

「十才にもなってお漏らししてた!」

 

「野菜嫌い!」

 

「チェスでマクギリスに五連敗した!」

 

「デザートのチーズケーキを取ったろ!」

 

 昔にさかのぼって互いに悪口をぶつけ合う。けれどもこんな事を言い合える相手がどれだけ居るだろう。

 物心付いた頃から一緒に居るこの二人だけ。二人だけの空間。

 カルタはムキになって言い合うガエリオに折れてあげ、クスリと笑みを浮かべる。

 

「何だよ?」

 

「いいえ、でもアナタがそうしてくれたようにアタシもアナタを守ってきたつもりよ? まぁこれも子供の頃の話だけれど」

 

「フン! ここで大人しくしていろ。すぐに鎮圧させてやる」

 

 テントから出て行くガエリオを眺めるカルタは乱れた制服を正す。雪景色の中へ消えていく彼の背中を見てポツリとつぶやく。

 

「こうして歳を積み重ねても変わらない物もあるのね。私は変わっていないつもりよ、マクギリス。アナタは?」

 

 テントを出るガエリオは自らの機体、ガンダムキマリストルーパーへ再び搭乗しコンソールパネルを叩く。ハッチを閉鎖し、レーダーと通信で戦況を確認した。

 

「補給は終わった。不穏分子の動きはどうなっている?」

 

『ボードウィン特務三佐、それが……』

 

「何をしている? 状況を簡潔に伝えろ!」

 

『上空より未確認機体が降下、鉄華団と交戦しています』

 

「未確認だとぉ? エイハブ反応はどうなっている!」

 

『グレイズと同じ物ですが、確認した限り外見は全くの別物です』

 

「ギャラルホルンが開発した機体ではないのか? もう良い! とにかく出るぞ!」

 

 バルバトスにGセルフ、グリムゲルデと知らない機体が続々と現れる事に苛立ちながらもガエリオは操縦桿を握り締めペダルを踏み込む。ツインアイを光らせキマリストルーパーが動く。

 

///

 

 全身を纏う黒く厳つい装甲。四本の爪で立つ脚部。グレイズより一回り以上も大きな全長。マニピュレーターには巨大なガトリング砲を握り、頭部から覗かせる赤いモノアイが不気味さを醸し出す。

 突如現れた謎のモビルスーツに鉄華団の面々は戦々恐々とする。

 ゴクリと生唾を飲み込む明宏は滑腔砲の照準を向けながらもトリガーを引けないでいた。

 

「なんだ……アイツは……ギャラルホルンなのか?」

 

 たじろぐ明宏とは違い、戦い慣れしているタービンズのラフタとアジーはペダルを踏み込み漏洩を加速させた。

 左右から挟み込みライフルの照準を向けてトリガーを引く。

 

「こう言う時は先制攻撃は基本ってね!」

 

「いつも通りに行くよ。ラフタは頭、私は足を狙う。動き出す前に仕留める!」

 

 ライフルによる一斉射撃。無数の弾丸が巨大な黒い装甲のモビルスーツに直撃するがそのボディーには傷も付かない。

 二機による攻撃を受け続けてようやく頭部を傾けると足を一歩踏み出す。

 

「コイツ、どうなってんの!? アジー、グレネード!」

 

「近づくのは不味いね。とにかく遠距離から射撃戦を続けるよ!」

 

 腰部にマウントしてあるグレネードを投げるラフタとアジー。動きの遅い黒いモビルスーツは避ける事もできずに巨大な爆発の炎に包まれた。

 普通ならば機体が大破するだけのダメージ。炎と黒煙に塗れる機体。

 しかし、赤いモノアイが不気味に光りガトリング砲の銃口をアジーの漏洩へ向けた。

 

「動き出した! ラフタ、散開して後退!」

 

 銃口から強烈なマズルフラッシュが絶え間なく吹き出し続ける。大口径の弾丸が容赦なく漏洩に襲い掛かり、回避行動を取るアジーだが正確な射撃が逃してはくれない。

 一撃で装甲が吹き飛び、左腕が引きちぎれ背中から倒れ込む。

 

「ぐあぁあ゛あああッ!」

 

「アジー! このデカブツ! こっちを見ろ!」

 

 ライフルのトリガーを引きながらもう片方の手でグレネードを投げる。

 爆発の直撃を受ける敵機だがこれだけの攻撃を与えても怯む様子さえ見えない。そのままガトリング砲の銃口を今度はラフタ機へと向ける。

 回避行動を取り何とか攻撃を避けるラフタだが、相手からの一方的な攻撃に顔を歪ませる。

 

「まるで効いてない。どうする……」

 

「ラフタ! 俺が前に出る!」

 

 言うよりも行動に移る方が早い。明宏のグシオンが両腕に滑腔砲を抱えたままメインスラスターを吹かして敵機に接近する。

 がむしゃらにトリガーを引きまくり大口径の弾丸を相手に浴びせた。しかし、ラフタは叫ぶ。

 

「明宏、アンタには無理よ! 下がって、来ちゃダメ!」

 

「やられる前にやれば良いんだろうが!」

 

「だからそれが! ぐぅッ!? 足がやられた、不味い!」

 

「うおぉおおおッ!」

 

 無数の弾丸を受けても振り向きすらしないグレイズ・アイン。轟音を上げながら発射するガトリング砲はラフタ機の右脚部をものの数発で破壊した。

 崩れ落ちる漏洩、だが明宏の動きも早い。滑腔砲を投げ捨てシールドからハルバードを取り出しフルパワーで振り降ろす。

 

「やらせねぇッ!」

 

 砲身に刃が突き刺さりグリップがマニピュレーターから引き剥がされる。

 

「どうだ! こっから先はどつきあいのタイマンだ」

 

「ダメ、明宏! その機体、普通じゃない!」

 

「普通だろうと何だろうとやるしかねぇんだ! お前らは下がって列車を守ってくれ。コイツは俺が!」

 

 ラフタの助言も聞かずに明宏はハルバードでグレイズ・アインと対峙する。止められないと悟るラフタは損傷したアジー機を担ぎ列車へと後退。だが同時にガエリオの部隊も行動を再開した。

 

「チッ……ギャラルホルンの野郎……」

 

『ジャ……ラザ……』

 

 背部から二本の大型アックスを手に取るグレイズ・アイン。しかし標的は目の前のグシオンではなく背後から迫るグレイズ部隊。地面と蹴ると同時にメインスラスターから青白い炎を噴射して飛び上がる黒い機体は俊敏な動きで襲い掛かる。

 

「こ、コイツ!? 味方じゃ--」

 

 振り降ろす巨大な刃はナノラミネートアーマーを容易く破壊しコクピットのパイロットを絶命させた。

 それを見てギャラルホルンのパイロット達は標的を黒いグレイズに変える。

 

「撃て、撃つんだ! 一斉に攻撃すれば--」

 

 だが黒のグレイズは見た目にそぐわぬ柔軟でしなやか、そして俊敏な動きで向かって来る無数の弾丸を回避し次の標的に迫る。

 スラスターで加速し詰め寄られるだけで、ギャラルホルンのパイロットはその巨体に威圧された。振り降ろす大型アックスにライフルごとマニピュレーターを破壊され、脚部で胸部を蹴りつければつま先がドリル状に変形し装甲に風穴を開ける。

 激しい火花を上げドリルは内部構造までズタズタにしパイロット諸共破壊した。

 明宏はその残虐性に息を呑む。

 

「何だアイツ……本当に人間が動かしてんのか? いや、俺らと同じ阿頼耶識だな」

 

 バケモノと呼ぶに相応しいグレイズ・アイン。赤いモノアイを不気味に輝かせ、大型アックスを両手に持ちながら俊敏に動く。

 その巨体から出るパワーは見た目以上で、軽々と振り回す大型アックスでギャラルホルンのグレイズを次々と破壊して行く。叩き付け、振り払い、踏み付ける。

 続々と増えていく鉄塊、だが明宏はとても安心できないでいた。

 

「このままだと一人で全部倒しちまうんじゃないか? へへ……そんなバケモンを相手にしなくちゃならねぇのか。オルガ、敵の数は減ってるんだ。先に行け! 残った奴は俺と三日月でぶっ倒す!」

 

『明宏……わかった! 死ぬんじゃねぇぞ!』

 

「当たり前だ、誰に物言ってやがる! 進め、オルガ!」

 

 

 明宏の声を受け止まっていた列車を進めるべくマスコンのノッチを上げる。電力がモーターに供給されレールの上の車輪がゆっくり動く。

 だが時を同じくして四脚形態のキマリストルーパーが雪上を高速でホバーリングしながら迫って来た。

 

「不穏分子を逃がす物かよ! ここまで追い込んでおいて……あの黒い機体は何だ!?」

 

『特務三佐! う゛あぁあああッ--』

 

「チィ! こうもデータにない機体が立て続けでは……あの紅い機体は!」

 

 また一機、グレイズ・アインに為す術もなく破壊されてしまう。けれども部下の死を気に掛ける余裕などなく、目の前には以前に宇宙で戦った真紅の機体が立ち塞がった。

 両腕のブレードを失ったグリムゲルデだが、マニピュレーターには破壊されたグレイズが装備していたバトルブレードを一本握る。

 

「黒いモビルスーツも倒す。不穏分子も排除する。それでも、貴様に負けた屈辱を晴らすのが先だ! 斬られた左腕の借りは返させて貰う!」

 

「この私に勝てるとでも?」

 

「舐めるなぁああッ!」

 

 大型ランスを片手に全速力で突っ込むガエリオのキマリス。内蔵された機関銃を放ちながらグリムゲルデに詰め寄ろうとする。が、相手は悠々と攻撃を避けていき鋭い切っ先の一撃も空を突く。

 モビルスーツ形態に変形し設置する脚部でブレーキを掛ける。そのままメインスラスターを全開にして地面を蹴ると今度はグリムゲルデの頭上から大型ランスを振り下ろした。

 

「どれだけやろうと無駄だよ。お前の動きは手に取るようにわかる」

 

「はあああッ!」

 

 半身を反らすだけでキマリスの攻撃を回避する。着地するガエリオは間髪入れず操縦桿を動かし大型ランスによる連続突きを繰り出す。

 だがそれもグリムゲルデのパイロットはタップを踏むようにして避けながら、握るバトルブレードを振り上げキマリスのマニピュレーターから大型ランスを奪う。

 

「なッ!?」

 

「だから言っただろう? 手に取るようにわかると」

 

 明後日の方向に飛んで行く大型ランス。ガエリオは目で追いながらもマニピュレーターを左腕に伸ばし、シールド裏にあるサーベルを取り出した。

 

「この俺が! 同じ相手にそう何度も負ける訳がないだろ!」

 

「いいや、今回も私の勝ちだ」

 

 刃が交わり火花が散る。何度も互いの剣を振り合いぶつけ合う両者だが、額に汗を滲ませて操縦桿を握るガエリオの方が押されていた。相手の動きの方がわずかに早い。

 振られる刃は空気すら切断する程に鋭かった。

 袈裟斬り、振り上げて胸部装甲を突き刺し横一線。紫色の装甲に傷がつく。

 

「その太刀筋!? お前は……お前は……」

 

「既に語る舌など持たん。ガエリオ、ここで死ね」

 

「お前はあああッ!」

 

 キマリスの攻撃が激しさを増す。握るサーベルを懸命に操るが、そのどれもが簡単にいなされる。

 振り払うグリムゲルデのブレードがキマリスの右手を破壊しサーベルが地面に突き刺さった。息を呑むガエリオだが相手は一切の容赦がない。

 間髪入れず切っ先を突き立て次は左腕の関節を切断した。

 

「くッ!? ランスさえあれば……」

 

「やらせるとでも? ガエリオ……お前は……ここで……終わりだッ!」

 

 素早く袈裟斬りするグリムゲルデ。振られた刃はキマリスの胸部装甲に再び直撃し装甲を斬り裂く。その開いた隙間から見えるコクピット内部からはパイロットスーツを装着するガエリオの姿が見える。

 

「このまま何もできないで死ぬのか、俺は? 負けるのか?」

 

「フン……」

 

 加速するグリムゲルデの切っ先がコクピットに迫る。避ける隙などない。死を覚悟するガエリオ。

 だが、突如現れたグレイズがガエリオのキマリスを突き飛ばし壁となった。

 

「な、何だ!?」

 

「子供の頃の約束、覚えてないの? 守ってあげるって言ったでしょ--」

 

 切っ先がコクピットを貫く。悲鳴も何も聞こえない。

 静まり返る空気の中でガエリオが最後に聞いた声は誰の者なのか。

 

「そのグレイズは……パイロットは--」

 

 けれどもそれも一瞬、倒れ込むキマリスのコクピットにもグリムゲルデの切っ先は突き立てられた。残るのは沈黙のみ。




 名前? 三日月・オーガス……
 もう少しでこの戦いも終わるんだろ? オルガの邪魔をする奴は全部倒す。そうすれば鉄華団のみんなも生きて帰れる。俺は今までと同じ、オルガに付いて行くだけだ。
 オルガ、次は何をすれば良い?
 次回、鉄血のレコンギスタ--バルバトスとの契約--
 俺は見たいんだ……オルガが目指すその先を……


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第十五話 バルバトスとの契約

 黒いグレイズに一人で対峙する明宏のグシオン。しかし、戦闘能力の差は歴然としていた。相手の大型アックスに左腕のシールドは破壊され、ハルバードの刃をぶつけるも圧倒的なパワーに押し返されてしまう。

 

「ぐぅッ!? デカイ図体は伊達じゃねぇってか? でもなぁッ!」

 

 それでも負けじと足を踏ん張りハルバードを振り降ろす。ツインリアクターのハイパワーで反撃を試みるが、グレイズ・アインは寸前の所で半身を反らし刃を避ける。ハルバードを空振りするグシオンの隙を狙い、両手の大型アックスを叩き付けた。

 二本のアックスはグシオンの装甲を一撃で破壊し、右腕のフレームが歪む程のダメージが通る。

 

「同じ阿頼耶識だろ!? この速さは何だ?」

 

『ギ……ベ……』

 

「死ねるかよおぉおお!」

 

 グレイズ・アインの脚部がドリル状に変形しグシオンの胸部目掛けて蹴る。咄嗟にまだ動く左腕で防御するもドリルは容赦なく装甲を破壊。蹴り飛ばされるグシオンは背中から倒れ込んでしまう。

 揺れるコクピットの中で歯を食いしばり操縦桿を握り締める明宏。目を見開きペダルを踏み込もうとするが、眼前には大型アックスを大きく振り上げる敵の影。逃げるだけの時間はもうない。

 

「ッ!?」

 

「間に合えぇぇぇッ!」

 

 フォトン装甲が刃を防ぎ激しい閃光が走る。空を飛んで来たGセルフのコピペシールドがグシオンを守った。

 

「ベルリか!?」

 

「いっちゃえぇぇぇッ!」

 

 右脚部を深緑色に変化させて敵を蹴りつけるGセルフ。が、地面を蹴るグレイズは後退しGセルフの攻撃は届かない。

 

「え!? 避けたの?」

 

『グオオォオオオッ!』

 

「明宏さんは離脱して下さい! ビームライフルで!」

 

 関節部に狙いを定めてトリガーを引くベルリ。高出力のビームがグレイズに直撃するがナノラミネートに弾かれる。ダメージを受けていないグレイズは握る二本の大型アックスをGセルフ目掛けて投げ飛ばしメインスラスターから青白い炎を噴射した。

 

「このくらい!」

 

 コピペシールドを展開し向かって来る大型アックスを振り払う。その瞬間、巨大な機影がベルリを襲い掛かった。

 

「なにぃぃぃ!?」

 

『お前は……お前は……』

 

 Gセルフに組み付くグレイズはそのまま地面に引きずり降ろす。二機の衝撃に雪煙が上がり見えなくなるも、高トルクモードを発動させるGセルフはグレイズを投げ飛ばした。

 しかし、スラスター制御すらせずに地面に着地する。

 

「あの動き……まるで人間みたいだ」

 

「気を付けろ、アイツも俺達と同じ阿頼耶識だ」

 

「阿頼耶識と言ってもただのシステムなんだ。戦いようはある筈だ!」

 

「来るぞ!」

 

 大型アックスを回収するグレイズ・アインはスラスターでホバリングしながら再びGセルフに迫る。操縦桿を握り締めるベルリは敵に鋭い視線を向けた。

 そこに、急速に接近するエイハブ反応が一つ。加速と合わせてメイスの先端で突く。が、マニピュレーターが簡単に受け止めてしまう。

 

「三日月さん!」

 

「悪い、他の奴のせいで遅れた。明宏はオルガの所に戻って。攻撃を受けたんだろ? 離れすぎると追い付けなくなる」

 

「くッ! 二人してよ……まぁ、ムカつくけど今は従ってやるよ。死ぬんじゃねぇぞ、三日月! ベルリも!」

 

 メインスラスターを噴射し地面を蹴るグシオン。三日月はこの領域から離れて行くのを目で追いながらも、操縦桿を押し込む右腕の力を上げる。

 バルバトスのツインリアクターであってもグレイズにパワーに歯が立たない。トリガーを引く三日月はメイスに内蔵されたパイルバンカーを発射した。

 が、頭部目掛けて一直線に飛ぶバンカーを首を傾けるだけで避けられてしまう。そのままグレイズも右腕に装備したパイルバンカーを打ち込み、向けられたメイスを破壊した。

 

「凄いな、アイツ。反応速度って奴か……俺もピアスを三つ付けたのに追い付けない」

 

「僕も仕掛けます! 時間差で攻撃すればパイロットも疲れます。そこを狙えば」

 

「そう言うもんか……俺、他人に合わせるとか苦手だからベルリに任せる」

 

「わかりました。行きますよ!」

 

 ビームライフルを向けるベルリはトリガーを引く。高出力のビームをグレイズ・アインは身を捩りならが避ける中、背部の太刀を手に攻める三日月。

 振り降ろす刃は大型アックスに止められてしまう。けれども別方向からGセルフのビームも飛来する。

 

「足を崩せば!」

 

『お前らは……クランク二尉の……仇!』

 

 ナノラミネートでビームを受け止めるグレイズはモノアイを不気味に輝かせ、もう片方の腕の大型アックスでバルバトスを斬り上げる。咄嗟に太刀で防御する三日月だが、衝撃に機体は後方に流されてしまう。足でブレーキを掛けるが、その一瞬の隙を逃す筈もなくグレイズが攻めて来る。

 

『思い出したぞ! 貴様はクランク二尉を殺したモビルスーツ!』

 

「やっぱりこの武器は使いにくいな。他があれば……」

 

『貴様のような不穏分子のせいで彼が死ぬ必要などなかった! 彼は純真で--』

 

「うるさいなぁ……そんな奴のこと知らないし、お前を殺せば関係ないだろ」

 

『死んでしまぇええぇええぇぇぇッ!』

 

 両腕を振り被るグレイズ。けれどもそこにGセルフの右ストレートが飛んで来た。深緑色に変化する腕が敵の頭部を確実にとらえる。

 

「高トルクパンチでも倒れない!?」

 

『貴様も邪魔だ、二本角!』

 

「当たれない!」

 

 フルパワーで腕を振り下ろし刃を向ける。

 ベルリはGセルフの全身を発行させフォトンエネルギーを放出するとスラスターを使わずに加速して背後に回り込む。両手で首元のビームサーベルを取り出し、重ね合わせてサーベルを伸ばす。

 二倍になるビームサーベルの出力。黒い装甲に直撃し真っ赤に焼け爛れさせるが、フレームもナノラミネートが塗布されているせいで致命傷には至らない。

 

『小賢しいッ!』

 

 振り返り二本の刃で袈裟斬り。

 両マニピュレーターを高速回転させビームサーベルのバリアを作りこれを防ぐGセルフ。バリアがガリガリとナノラミネートが塗布された大型アックスを激しい火花を上げて削っていく。

 

「三日月さん、今です!」

 

「これなら!」

 

 太刀を構えメインスラスターで加速。鋭い切っ先でGセルフが斬り付けた箇所目掛けて突き立てる。

 刀身は装甲を貫く。

 

「やったか? 動きは止まった」

 

「ふぅ……他にモビルスーツの反応もない。列車に戻りましょう。三日月さんの機体は補給もしてないんですから」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ペダルを踏み込み青白い炎を噴射させる二機は飛び上がりこの場から去って行く。最後に横目でちらりとグレイズ・アインの姿を見る三日月。黒い機体は仁王立ちしたままモノアイから光りを失う。

 

///

 

 列車に帰還するバルバトスとGセルフ。コンテナの中に収容されるとハッチを開放しコクピットから出る。

 ベルリはヘルメットを脱ぐとバックパックにマウントさせ鉄の床に足を付けた。そこに整備を担当する雪之丞がやって来る。

 

「おう、ベルリ。お前も無事だな?」

 

「はい、他の人は?」

 

「タービンズから来た二人が軽いケガしてるよ。女の子なのに良くやるよ」

 

「そうですか、みんな無事なんですね。良かった」

 

「まぁ、道のりはまだ長いんだ。何があるかわかんねぇからな。お前の機体、本当に整備は後回しで良いのか?」

 

「はい、バッテリーはまだ持ちます」

 

「俺はモビルスーツのことは専門じゃねぇが、お前の機体……Gセルフっつったか? エイハブリアクターで動くグレイズとかと全く違うみたいだな」

 

「ッ!? そうですね……すみません。詳しいことは話せないんです」

 

「そうだろうな、お前にも事情がある。こうしてギャラルホルンの相手をしてくれるだけでも有り難いよ」

 

 視線を反らすベルリに雪之丞は気にせず答える。すると列車が激しく揺れた。

 自分の体重を支えられず倒れそうになる雪之丞を支えるベルリ。

 

「うお゛おぉおおッ!? わ、悪るい」

 

「大丈夫ですよ。じゃあ僕は部屋に戻ります」

 

「あぁ、暇な奴に後で飯持って行かせるからよ。ゆっくり体を休めてくれや」

 

 言われて通路を歩いて行くベルリ。その表情は誰にも見せる事はない。進んで行く先で鉄華団の団員と何度かすれ違う事もあったが愛想笑いするだけで、割り当てられた部屋まで来ると扉を開けた。

 扉を施錠し、カーテンが閉じられ薄暗い部屋の中でパイロットスーツのファスナーを下ろす。普段着に着替える事もなく、備え付けられたベッドに体を預けた。

 

「はぁ……キャピタルタワーもザンクトポルトもないだなんて。姉さんとメガファウナはどうなってるんだ? 僕がこうしてる間にもガランデンとジット団も動いてる。いいや、違う。そうじゃなくて……」

 

 頭をかきむしり自分に起こった事態を真正面からとらえようとするも恐怖心が過ぎる。現実では有り得ない事が起きており、ベルリでもどうして良いのかわからず頭が混乱してしまう。

 誰に相談する事もできず、不安だけが心を支配していった。そこに部屋の呼び鈴が鳴り響く。

 扉に背を向け無視しようとするが、二回目の呼び鈴の音を聞いてベッドから立ち上がる。

 

「はい! 今から開けますから!」

 

 施錠を解除し扉を開けるベルリ。光りが差し込む先に居るのはカートの上に食事を乗せて運んで来たアトラと彼女に付き添う三日月。

 

「アトラさん?」

 

「あぁ、良かった。居ないと思いましたよ。雪之丞さんに言われてお食事を持って来ました」

 

「ありがとうございます。もう持って来てくれるなんて」

 

「パイロットの人はちゃんと栄養を取らないといけませんから。今日のおかずはサカナって言うんですよ。ベルリさんは知ってますか?」

 

「サカナ……」

 

 カートの上に乗せられたトレーの器には香辛料がまぶされた切り身が香ばしく焼かれている。

 三日月はサカナの切り身を見るとコートのポケットに手を突っ込み火星ヤシの実を一粒取り出す。

 

「無理して食わなくても良いよ。これ食えば?」

 

「あぁ……いや、大丈夫ですよ。魚は好きなので」

 

「お前、コレ食えるの?」

 

 眉を傾ける三日月の言い草を聞いてアトラは声を荒げて怒り出す。

 

「失礼ね! ちゃんとアジーさんに切り方を教えてもらって一生懸命作ったんだから! 食べもしないで文句言って!」

 

「あんな気持ち悪いの食わなくて良い」

 

「ん゛~~~ッ! もう良い、三日月にはもうご飯作ってあげない! さぁ、ベルリさん。トレーはまた片付けに来ますから」

 

 怒ったアトラは魚の乗ったトレーをベルリに手渡してカートを押して奥へと進んで行ってしまう。三日月は彼女の様子を横目で眺めるだけ。むしろ不安に感じていたのはベルリの方だ。

 

「後でちゃんと謝らないとダメですよ?」

 

「わかってる。前も風呂入れって怒られたから」

 

「あはは……」

 

「それよりさ、さっき戦った黒い機体……どう思う?」

 

「どうって……」

 

 手に持った火星ヤシの実を口に運ぶ三日月。

 

「なんかさ、今までに戦った相手とは違う感覚だった」

 

「確かにあの紅い機体と同じでフレームにもビームが通らなかった。それに明宏さんも言ってましたけれど、あの機体のパイロットも三日月さんと同じ阿頼耶識を使ってるって。あの動きはそれから来てる……」

 

「何だろうな、気持ち悪いんだ。上手く言えないけど」

 

「気持ち悪い……」

 

「まぁ良いや。わかんないこと考えててもしょうがないし。俺はクーデリアの所に用があるから」

 

 言うと三日月もベルリの前から離れて行く。残されたベルリ手に持つトレーの焼き魚へ視線を落とした。香辛料の香りが鼻をつく。

 

「確かに、わからないことに悩んでてもしょうがない……か。良し、まずはご飯を食べる!」

 

 部屋に戻りテーブルにトレーを置く。カーテンを開け外の光りで室内を明るくし、空腹を食事で満たす。

 

「絶望的な状況でもお腹は減るんだ。いざと言う時に動けないようじゃ……それに海には魚が泳いでる。全く僕の知らない地球って訳でもない」

 

 フォークを片手に湯気の上がる白身魚の身を口へ運ぶ。口いっぱいに広がる油と鼻を通る香辛料の香りにベルリは感動した。

 

「んッ! これ美味しい!」

 

 進んで行く三日月は言ったようにクーデリアに用があった。自身の機体、バルバトスのコクピットに搭載されている阿頼耶識システム。その『阿頼耶識』と言う言葉の由来。

 通路を歩く先、運転室に向かっている途中で彼女と鉢合う。

 

「三日月!? 良かった……ケガなどはないようですね。タービンズの二人は軽傷とは言えケガをしていたので、戻って来るまで私心配で……」

 

「さっきは何とか勝てたけど、次にまた戦うなら厳しいかもしれない」

 

「すみません、謝ってどうにかなるような物ではないのは重々承知しています。わたくしが強引に推し進めたせいで鉄華団の人達を危険な目に合わせてしまって」

 

「別に……オルガの命令なら俺は何だってやるよ。それよりさ、聞きたいことがあるんだ」

 

「はい、わたくしにわかることでしたら何なりと」

 

「阿頼耶識の意味を知りたいんだ。ベルリに聞いてもわかんなくてさ」

 

「阿頼耶識? 確か……地球圏にある宗教の用語だったと記憶しますが」

 

「ベルリも似たようなこと言ってた。でもそれ以上は知らないって。何でか自分でもわからないけど気になるんだ」

 

「そうですね……」

 

 顎に手を添えるクーデリアは少しの時間だけ考える。が、彼女も宗教に精通してはいないので三日月が求める答えはわからない。

 それでも答えを導き出す方法はある。持っていた端末を指先で操作すると答えはすぐに出た。

 

「でましたよ。阿頼耶識……仏教の教えでは、人間の心は八つあると言われてます。その八つある心の一つが阿頼耶識。過去と今、未来に向かって流れるわたくし達の生命」

 

「どう言うこと?」

 

「阿頼耶識は簡単に言うと記憶装置のようなものです。良いこと、悪いこと、あらゆる体験や学んだことなどを記憶し、それは過去と今と未来を繋げ体に宿る」

 

「それが俺にもあるのか……」

 

「三日月だけでなく、心を持つ人間全てが阿頼耶識を持っています。阿頼耶識システムはこの言葉から持ってきていますが、本来の意味から考えると違う物になっていますね」

 

「ふ~ん、そう……わかったよ。ありがとう、クーデリア」

 

「いえ、これぐらいならいつでも仰って下さい。あと一日でアーブラウのエドモントンに到着します。三日月、険しい道のりでしたが本当にありがとうございました」

 

 頭を垂れるクーデリア。しかし三日月の視線は少し険しい。

 

「まだだよ。まだ終わった訳じゃない。アンタを目的地まで運ぶ、それをやり遂げるまで俺達の仕事は終わらない。それでようやく俺達は火星に帰れる。オルガが目指す先に近づける」

 

 線路上を進む列車の音はまだ続く。

 

///

 

 月が沈みまた太陽が登る。それでも凍て付く空気は素肌にチクチクと刺さるようだ。

 止まる列車から降り、双眼鏡で前方を確認するオルガはもう少しの所にまで迫ったエドモントンを見る。街並みは砂粒のように微かに見えるだけ。

 

「この距離ならまだ俺達のことに気が付いてない。ベルリ、そっちの準備はどうだ?」

 

『Gセルフはいつでも行けますよ。でも本当に僕だけで行けるのか?』

 

「エイハブ反応を察知されないお前の機体しかできねぇ仕事だ。向こうだって対応が遅れれば脆くなる。そうすりゃお前の機体だけで行ける筈だ」

 

『僕を煽ててるのか相手を見下してるのかわかりません』

 

「良いから出るぞ。二人を乗せたモビルワーカーは俺が操縦する。蒔苗のジジィが出る会議まで余裕はねぇんだ。ビスケット、留守の間は頼んだぜ」

 

 隣を見れば口から白い息を吐きながらビスケットも立っていた。彼の向ける瞳はどこか虚ろだ。

 

「この仕事が終われば本当に火星に帰れるんだよね?」

 

「またその話か? 当たり前だろ、これで俺達鉄華団の初仕事は終わる。でも終わりじゃねぇ、始まりなんだ。これを起点に俺達は前に進むんだ。マルバの野郎に飼い殺されてた時とは違う。金も自由も、何だって手に入れる」

 

「オルガ……僕はこの仕事が終わって火星に帰れば鉄華団を抜ける」

 

「え……」

 

 突然の事に目を見開き固まってしまうオルガ。けれどもビスケットは意を決して言葉を発した。オルガと同様にもう後戻りはできない。

 

「こんないつ死ぬかもしれない仕事を続けるなんて僕にはできない。火星に居る妹達を学校に行かせたいんだ。もし死んでしまったらそれもできなくなってしまう。だから僕はもっと堅実な仕事を選ぶ。鉄華団にはもう居られない」

 

「ビスケット……お前……」

 

「CGSの時からずっとオルガとは一緒だった。ここまで僕やみんなを引っ張って来てくれたことには感謝してる。でもオルガが目指す先と僕が目指す先は違う」

 

 ビスケットの言葉は重かった。それを無下にする事などオルガにはできない。言ってたように長い付き合いの中でオルガが提案した事に反発されるのはこれが初めて。故にビスケットの心情も痛い程に伝わる。

 鉄華団を抜ける意思はもう固まっており今更覆す事はできない。

 

「わかった。この仕事が最後だ」

 

「オルガ……」

 

「火星に戻ったらお前は鉄華団を抜けろ。みんなには俺からも説明する。それに今の農園を続けても妹を学校に行かせるだけの金は足りねぇだろ? 新しい仕事を見つけるまでの退職金くらいは用意するさ」

 

「ありがとう……ごめん……」

 

 頭の帽子を深々とかぶるビスケット。オルガも空を見上げるだけ。どちらが正しく、どちらが間違っている訳ではない。決断した以上は二人とも引く事はできず、行く先の結果はそれぞれの力でどうにかするしかない。

 静寂とした空気が場を支配する中で、操縦室のフミタンの声が通信機から流れる。

 

『団長、モビルスーツのエイハブ反応を探知。七時の方角』

 

「モビルスーツだって!? そんなのどこにも居ねぇぞ?」

 

 報告された方角を見てもモビルスーツなど影も形もない。双眼鏡を覗き更に先を見るもやはり姿は見当たらなかった。

 

『距離が近づいて来てます。残り六〇〇……五〇〇……』

 

「どこだ……どこに居る?」

 

 右を見れど左を見れど雪景色が広がるだけ。そうしてる間にもフミタンのカウントする距離がどんどん迫って来る。それを聞いたベルリのGセルフからも外部音声で声が響く。

 

『団長さんもビスケットさんも列車に戻って下さい。モビルスーツが相手なら僕がやります』

 

「いや、お前にはお嬢さんを送り届ける仕事がある。ミカ! バルバトスで出られるか?」

 

 オルガにそう言われて背中をシートに預けながらも周囲を見渡すベルリ。Gセルフの視界からもやはりモビルスーツの姿は見えない。フミタンのカウントが進む。

 

『三〇〇……二〇〇……』

 

 背中に冷たい汗が流れる。姿の見えない敵が確実にそこまで来ているのに何も対処できない。

 瞬間、地面が揺れる。白い雪面にヒビが入り、巨大なモビルスーツが姿を表した。それは三日月達が倒したと思っていた黒いグレイズ。

 グレイズ・アインは全身から水を滴らせながら、肩部コンテナユニットに搭載された機銃を列車に向ける。

 

『感じる、感じるぞ! 白い奴はここに居る。死んでしまえぇえええッ!』

 

 叫び声を上げると同時に機銃が火を噴く。それを見たベルリは瞬時に操縦桿を押し倒し左腕のシールドからコピペシールドを展開し列車全体を守る。

 

「河か湖が凍ってただなんて!? コピペシールド、間に合うか?」

 

 が、突然の事にフォトンシールドは全ては防ぎきれず、ビスケットは咄嗟に隣に立つオルガを突き飛ばし身を挺して庇う。

 

「オルガ、逃げてッ!」

 

「なっ!?」

 

 銃弾が列車のボディーを貫通する。雪の上に倒れるオルガは頭を抑えながら立ち上がると息を呑んだ。雪の上には赤い血が広がる。

 

「おい……ウソだろ……」

 

 力無く歩を進める先ではさっきまで話をしていたビスケットの体が横たわっていた。彼の瞳からはもう精気が感じられない。

 

「ビスケット……おい、ビスケット! お前はこんな所で死んで良い男じゃねぇだろッ! こんな、こんな呆気ない死に方なんてよッ! 何とか言えよ、オイ! ビスケットッ!」

 

『オルガは先に行って』

 

 コンテナから飛び出す三日月のバルバトスは太刀を片手にグレイズ・アインに詰め寄る。加速に合わせて切っ先を胸部にぶつけ相手を押し倒した。

 

「ミカ……でもよ、ビスケットが死んだんだぞ? 俺は……」

 

『ここまで来て止まっちゃダメだ。ビスケットだってそう言うと思う。コイツは俺が絶対に殺す……だからオルガはクーデリアと一緒に先に行くんだ』

 

「ミカ……くッ! ベルリ、黒い奴はミカに任せて俺達はエドモントンに行くぞ! モビルワーカーを頼む!」

 

 通信機越しにそう言うとオルガは用意されたモビルワーカーに走った。広いとは言えないコクピットの中で正装したクーデリアと蒔苗が待っており、Gセルフのベルリにもう一度指示を飛ばす。

 

「ベルリ、機体を出せ! アイツに追い付かれると面倒だ。とにかく急ぐぞ」

 

『わかりました。舌を噛まないで下さいよ』

 

 バックパックを翼のように広げ、フォトンリングを発生させて空を飛ぶGセルフ。瞬時に加速する機体は見る見る内に列車から離れて行く。

 

「三日月さんなら大丈夫と思いたいけれど、まずは三人を安全に目的地まで届けるのが先」

 

 心配するのはベルリだけではない。モビルワーカーの中でもクーデリアは一人で戦う三日月の事を思っていた。

 

「さっきのはあの時の黒いモビルスーツですよね? 三日月一人で大丈夫なのですか?」

 

「ミカならやれる。そうやって今までだってやって来たんだ。アイツなら絶対に負けねぇ。ビスケットの仇を取ってくれる」

 

「ビスケットさんが!? そんな……」

 

「悲しんでる暇なんてねぇんだろ? 後悔するのは全部終わった後だ」

 

「団長さん……」

 

 空を進んで行くGセルフ。一方で三日月のバルバトスもグレイズ・アインと対峙していた。太刀による一突きで背部から倒れ込むグレイズ・アイン。立ち上がろうとする巨体の頭部をマニピュレーターで押さえ付け、メインスラスターの出力を全開にする。

 頭部を地面に擦り付けるようにして氷を砕きながら列車から離れて行った。

 

「オルガの邪魔はさせない。みんなを殺させやしない」

 

『白い機体! お前がクランク二尉を殺したんだッ!』

 

「そんな奴のことなんてどうだって良い。今はお前を殺すだけだ!」

 

『死ねえぇえええッ!』

 

 腕を伸ばすグレイズ・アインもバルバトスの頭部をマニピュレーターで鷲掴みにして力任せにぶん投げた。

 空中でスラスターを駆使して姿勢制御。ゆっくりと地面に降りながらバルバトスは背部から大型レールガンを取り出し、銃口を敵に向けると躊躇なくトリガーを引く。

 電磁誘導により発射される強力な弾丸。起き上がるグレイズ・アインは肩部コンテナユニットの機銃が無数の弾丸を浴びせるも、大型レールガンから発射された弾丸は止まる事なく黒い装甲に直撃した。

 再び雪上に倒れるグレイズ・アイン。三日月は続けてトリガーを引き弾丸を撃ち込む。

 連続して向かって来る攻撃に脚部をドリルに変形させ蹴り上げる。

 

『こんな物で私を倒せるなどと思うな!』

 

「チッ、しぶとい」

 

 カポエラのように脚で蹴り払い、迫る弾丸を全て弾き飛ばす。そして地面を蹴りバルバトスに一気に詰め寄る。

 脚を蹴り上げドリルでコクピットをえぐろうとする相手にバルバトスは太刀で攻撃を受け止めた。しかし太刀にそこまでの防御力はない。簡単に腕が弾かれ、それでも身を捩り攻撃を何とか避ける三日月。

 ドリルの先端が右肩の装甲に食い込み、激しい火花を散らして白い装甲を削っていくとそのまま肩の装甲を持っていってしまう。

 

「負けた訳じゃない。この距離なら届く!」

 

 脚を一歩踏み込み太刀を振り降ろす。鉄の剣は確実に相手の装甲をとらえるが、普通のモビルスーツよりも強化された装甲にはキズすら付かない。それでも三日月は攻撃のチャンスを逃すまいと更に太刀を振るう。

 振り上げて、振り下ろして、太刀を上下に往復させ連続して攻撃をぶつける。コクピットを横薙ぎし、フルパワーで太刀を振り下ろした。

 

『弱い!』

 

 だが、寸前の所でマニピュレーターに掴まれると太刀の動きは止まってしまう。懸命に操縦桿を前に押し倒すが、太刀はピクリとも動かない。

 

『弱い弱い弱い弱い弱い! これが貴様の実力か? ならば次の一撃で殺してやる!』

 

「やっぱりこの武器じゃダメか……」

 

『あははははッ! 清廉潔白なクランク二尉を殺した悪魔め! 地獄に落ちろ!』

 

 マニピュレーターを高速回転させ、これもドリルのように使うグレイズ・アインは強力な一撃をバルバトスの胸部装甲に撃ち込む。

 激しい火花、削られた破片が飛び散り装甲が歪み、一方的に殴られたバルバトスは後方に吹き飛ばされ背中から倒れてしまう。

 

「ぐぅぅッ!?」

 

『チィ、コクピットのパイロットまでは届かなかったか。まぁ良い、簡単には死なせん。血反吐を吐き、苦しみながら死ね!』

 

「まだ死ねない……俺はオルガが目指す先を見るんだ。だから死ぬのはお前だ」

 

『この子供がぁぁぁッ!』

 

「ぐぅッ!?」

 

 またバルバトスの頭部を鷲掴みにして地面に押し付けメインスラスターを全開にする。加速しながら機体を地面に押し付け、激しい衝撃がパイロットに伝わる。

 両手で操縦桿を握り締め歯を食いしばり耐える三日月。進んでいる方角は会議の開かれるエドモントン。

 押し返す事もできないまま、二機は着実に近づいて行く。

 

「ベルリはもう着いたのか? まぁ、アイツの手伝いは要らないけどな」

 

『二本角のパイロットか? アイツも殺さなくてはならない! そうでなくてはクランク二尉の無念を晴らすことなど--』

 

「うるせぇな……お前は殺すから関係ないよ」

 

『小僧があぁあああッ!』

 

 怒り狂うグレイズ・アインはバルバトスをフルパワーでぶん投げる。体に伝わる衝撃とGに姿勢制御もできず、何百メートルも進んだ先に地面に激突しながら減速しようやく止まった。

 

「ペッ! 口の中切った、鉄の味がする。オイ、まだ動くよな?」

 

 口に溜まった血を無造作に吐き出し、操縦桿を握り直すとバルバトスを立ち上がらせる。その背後にはエドモントンの市街地がもう目と鼻の先だ。

 そして前方からはグレイズ・アイン。ターゲットであるバルバトスを倒すまではどこまでも追い掛けて来る。

 どれだけ太刀を振るっても通用しない。機体もボロボロ。

 危機的状況に追い込まれるが三日月の闘志は消えていない。それどころかより殺意をみなぎらせ鋭い視線でグレイズ・アインを睨む。

 それに答えてか、脊髄からケーブルで繋がる三日月とバルバトス。阿頼耶識システムを通して大量の情報が流れて来る。

 

「これは……」

 

『バルバトスに蓄積された戦闘データだ。リミッターを解除すれば、こんな相手は一瞬で倒せるようになる』

 

「リミッター? そう、だったら外して」

 

『迷いがないな? 悪魔との契約は望む物を与える代わりに代償を必要とする。代償を払ってでもお前は力が必要なんだな?』

 

「あぁ、お前の出せる力を寄越せ!」

 

『わかった。三日月・オーガス、お前に俺の力をやる……』

 

 瞬間、全身の血が沸騰するかのような感覚が三日月を襲う。鼓動が早くなり、手足が痙攣し、どうにか息を吸い込むのでやっと。

 

「がはぁッ!? ぐぅ……ハァ……ハァ……もっとだ……もっと寄越せ! アラン、お前の力を全部出せ!」

 

 鼻血が止めどなく溢れ、右目からも血が流れてくる。リミッターを解除したバルバトスの情報量に脳や体が耐え切れず悲鳴を上げる。それでも三日月は力を求める。

 阿頼耶識システムを通してバルバトスを立ち上がらせ、目の前の敵に殺意を向けた。

 ツインリアクターの出力が通常時よりも高くなり甲高い音を唸らせ、ツインアイは三日月と同じように真っ赤に変わる。

 機体全体から伝わる禍々しい雰囲気はまさに現代に蘇った悪魔。




 クーデリア・藍那・バーンスタインと申します。
 わたくしは火星に住む人々の生活が良くなるようにと地球までの旅を続けてきました。
 しかし、道中での海賊やギャラルホルンとの戦いにより、鉄華団の人達の血が流れていきました。矛盾したおこないであることは充分にわかっています。
 ですがこの先にわたくしが願った未来が、三日月達の未来が待っています。だから一緒に行きましょう。今度こそ、アナタの手を取ります。
 次回、鉄血のレコンギスタ--未来への道--
 みんなで一緒に見て下さい。


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第十六話 未来への道

 リミッターの解除されたバルバトス。ツインリアクターの出力も向上し、真っ赤に光るツインアイでグレイズ・アインを睨み付ける。

 

『うあ゛あ゛あぁあああッ! 死ねよッ! やあああァァァ!』

 

「うるせぇ……なぁッ!」

 

 マニピュレーターをドリルのように回転させてバルバトスに詰め寄るグレイズ・アイン。だが、三日月の反応の方が早い。構える太刀で横一線。鋭い刃が黒い装甲に触れ、回転するマニピュレーターが明後日の方向に飛んで行く。

 手首からフレームが綺麗に切断されており、今までとは考えられない攻撃力を見せる。

 

「そうか……叩き付けるんじゃなくて、引いて斬るんだな」

 

『コイツ!? さっきまでと動きが--』

 

 間髪入れず両腕を振り上げ袈裟斬り。黒い装甲と装甲ごと、刃は右腕を切断した。

 

「面倒だからさぁ……もう喋るな。次で殺す……」

 

『お前は……本当に悪魔なのか? 悪魔だと? うあ゛あ゛ぁあああ!』

 

 叫びながら地面を蹴りジャンプ。メインスラスターから青白い炎を噴射して加速しながら、落下と同時に脚部のドリルで蹴りつける。

 精神を集中させる三日月。高速回転するドリルの切っ先が装甲に触れようとした瞬間、太刀で相手の攻撃をいなす。

 

『避けたのか!? この攻撃を?』

 

 着地すると同時にドリルに変形していた右足が壊れる。すぐに振り返り再び太刀を構えるバルバトスだが、戦意を喪失したグレイズ・アインは戦おうともせず一目散に逃げて行く。

 エドモントンの高度に発達した街の中を巨大なモビルスーツが駆け抜ける。

 

『だ、ダメだ! どうにかして逃げなくては!』

 

「逃がす訳ねえだろ……」

 

 背を向けるグレイズ・アインを追い掛けてバルバトスも走る。

 

///

 

 悠々と空を飛ぶGセルフ、ベルリはコクピットの中で危なげなく議事堂を視界に収める。 

 

「アレが議事堂、でもこれだけ接近しても警報も何もないだなんて……」

 

『その為のお前の機体だろう? エイハブウェーブが探知されないんだからな。レーダーに映らない、それに空から飛んで来るんだ。何も知らない奴からしたら頭がこんがらがるだろうよ』

 

「そう言う物かもしれませんけど……着陸します。少し揺れますよ?」

 

 街の中央に立てられた広い議事堂。黒いスーツに身を包み周辺を警護しているSP達が上空からやって来たGセルフの存在に慌てふためく。懐から銃を取り出す者、通信で指示を仰ぐ者、しかし全てが手遅れだ。

 

「どうしてモビルスーツがこんな所に!? 防衛部隊はどうなっている?」

 

「それよりもエイハブウェーブの干渉だ! 電力やライフラインの確保を!」

 

 地上に着地し片膝を付くGセルフは腕をゆっくりと動かし持っていたモビルワーカーを降ろす。スプリングが衝撃を吸収しながら車体を揺らしタイヤが地面に接地した。そしてハッチが開放され中から鋭い視線を向けるオルガが出て来る。

 当然、警護のSP達は抜いた銃口を一斉に向けるがオルガは眉一つ動かさない。

 

「随分な歓迎の仕方だな?」

 

「動くな! 声も出すな! 中を確認する。反抗すれば命はない!」

 

 SPの一人が歩を進めモビルワーカーの中に入ろうとするが、それよいも早くにもう二人の人物が現れる。黒いスーツに身を包むクーデリアと杖を付く蒔苗東護ノ介。

 彼を見た瞬間、銃を構えていたSPは素早く銃口を下げた。

 

「蒔苗代表!? どうしてこのような所から?」

 

「儂がどこから来るのかは問題ではない。それよりも今この場に居ると言うことが今後の結果を左右する。では、行くとするかの。お嬢さんや」

 

「はい……今を変え未来に繋げる為にわたくしは地球に来ました」

 

 頷く蒔苗は杖を着きながら歩き出し、クーデリアもその隣を歩き議事堂の中へ入って行く。二人の進行を妨げる者など誰も居らず、地面に根が生えたようにSP達はピクリとも動けない。

 施設の中に足を踏み入れ、その背中が遠ざかって行く事でようやく緊張感から開放される。とは言え、やれる事など限られているが。

 

「まずは状況の確認を、先生に連絡は付くか?」

 

「お前は動くな、おかしな動きをすれば警告ナシで射殺する」

 

 以前として銃を突き付けられるオルガはGセルフを見上げて不敵な笑みを浮かべる。

 

「別に何もしねぇよ。でもお前らの眼の前に居るモビルスーツのことを忘れて貰っちゃ困るな。議会が終わるまではテメェらもおかしな真似はすんじゃねぇぞ?」

 

「不法に占拠した貴様に言われることではない」

 

「こうでもしないと入れねぇからよ。おい、ベルリ! ライフルは使うなよ!」

 

『わかってますよ。そんな一方的な……』

 

 ベルリは言いながらコンソールパネルを叩き周囲の状況を把握する。Gセルフではエイハブウェーブを感知する事はできないが、簡単な熱源や光をサーチする事でモビルスーツと戦闘の探知くらいなら可能だ。

 

「おいどうした?」

 

『黒いモビルスーツが近づいてる?』

 

「黒いモビルスーツ? ミカはどうなってるんだ!」

 

 声を荒げるオルガだが銃を突き付けるSPがトリガーに指を掛ける。けれどもGセルフのビームライフルの銃身が男の頭を軽く叩いた。

 

「い゛ッ!?」

 

『こんな場所で銃撃戦をするつもりですか! そんなことより避難誘導はどうなってるんです? 街中で戦闘だなんて』

 

「わ、わかっている。本部、こちら……本部、聞こえないのか? エイハブウェーブの干渉か!」

 

 SPは繋がらなくなった通信に悪態を付く。その間にも二機のモビルスーツが戦う鈍重な音がここまで響いてくる。

 操縦桿を握り直すベルリは外部音声でオルガに呼び掛けた。

 

『どうします? 三日月さんの援護に--』

 

「いや、必要ねぇ。ミカなら絶対に負けない。今までだってそうだったんだ。アイツならあんなモビルスーツくらいぶっ倒す」

 

『だからって!?』

 

「俺達がここを動くのはお嬢さんの仕事が全部終わった時だ。それまでは誰にも邪魔させる訳にはいかねぇんだ」

 

 

 口にしたら最後、オルガは前言を撤回するつもりはない。グレイズ・アインが着実に近づいて来る中、ギャラルホルンの防衛部隊が動き出す。それでもモビルスーツはエイハブウェーブによる干渉を広げない為にも出撃できない。ライフルなどを装備した歩兵部隊とモビルワーカー隊が迎撃に向かうしかなかった。

 

///

 

 蒔苗と共に議事堂へ足を踏み入れたクーデリア。扉を開けて進んだ先では開けた空間に無数の椅子と議員達が占めており、突然現れた二人に驚きを隠せない。

 ざわめきと雑音が入り交じる中で年配の女性議員がヒールの音を鳴らしながらクーデリアの前に立ち塞がった。

 アンリ・フリュウ、アーブラウ次期代表が一番濃厚な人物。シックな紫色のスーツを着込む彼女は激しい剣幕でクーデリアに詰め寄る。

 

「何なのですかアナタは! もう少しで採決が始まるのですよ! それを--」

 

「わたくしはクーデリア・藍那・バーンスタインと申します」

 

「クーデリア? 小娘が来て良い場所ではない!」

 

「いいえ! わたくしはこの為に地球まで来ました! 蒔苗氏のご行為を受け、鉄華団の皆さんの協力のお陰で今のわたくしはここに立っています」

 

 目の前の相手に一歩の引かないクーデリア。けれども相手のアンリも議員としての年期がある。まだ少女と呼べる年齢のクーデリアから来る圧くらいでは引かない。

 

「蒔苗代表……いえ、元代表。これはどう言うことです? それにアナタは贈収賄疑惑が掛けられていることをお忘れ?」

 

「まだそこまではボケておらんよ。疑惑を払拭する証拠ならある。まぁ、それは今やるべきことではない。採決を始める前に少しだけ彼女に時間をくれんか?」

 

「そんな小娘の為に議会を遅らせるのですか?」

 

「責任は儂が取る」

 

「今のアナタは責任を取れる立場にありません」

 

 どちらも一歩も引かず互いに言葉のぶつけ合いをするアンリと蒔苗。鋭い視線を向けながらも蒔苗はクーデリアを促すように背中を押した。

 

「ほれ、壇上はあそこじゃ。そこで思いの丈を口にするが良い」

 

「ですが……」

 

「言ったじゃろう。責任は儂が取る。それにアンリ、お主も言い逃れせんと説明して貰う義務がある。ギャラルホルンとの癒着の件に付いて」

 

「はん! 何をバカなことを。ギャラルホルンとの癒着ですって? ありえません」

 

「今の言葉、夢々悪れるでないぞ」

 

 表情一つ変えずに言ってのけたアンリは口を閉ざして議会から去って行く。蒔苗が議場に現れた瞬間、完全に場の空気を支配してしまった。残された議員の中で彼女を呼び止められる者などいない。

 早歩きで一人通路に出る彼女、数秒遅れて秘書とSPが後から付いて来る。薄暗い通路の中で横並びになる秘書に向かって押し殺した声で言う。

 

「後で防衛部隊の責任者を呼び出しなさい」

 

「はぁ……」

 

「評議会に掛けてクビにしてやるわ」

 

 溢れ出る怒気に何も言わず頷く秘書。

 アンリが退席した後でも議会は進行しており、そしてクーデリアは緊張しながらも壇上に上がりマイクのスイッチを入れて、力強く正面を向きながら言葉を発した。

 その様子は世界に向けて発信される。

 

「みなさん、初めまして。わたくしはクーデリア・藍那・バーンスタインと申します。前代表の蒔苗氏との交渉の為に火星よりやって来ました。その蒔苗氏に時間を頂き、今、この場に立たせて貰っています。火星からこのエドモントンに来るまでの道すがら、幾度となくギャラルホルンの妨害を受けました。そして、今まさにわたくしの仲間達がギャラルホルンの妨害と戦っています」

 

 クーデリアの演説を聞いて一部の議員が息を呑む。聞き取られないように隣り合う議員の耳元で小さく声を出す。

 

「良いのですか? このまま演説を続けさせて?」

 

「表立って止めに行ける者など居るものか。それにしてもギャラルホルンの評価のにキズが付く。が、後のことはセブンスターズに任せるしかない」

 

「不用意には動けないですね。わかりました……」

 

 クーデリアが表立って行動しなかったように、裏で暗躍する者が当然居る。

 それでも今はこれまでの旅路で経験した思いの丈をぶつけるので精一杯。

 

「わたくしは歪んだ火星圏の体勢をどうにかしようと考え地球まで来ました。その中で火星だけでない、世界に広がる大きな歪みの存在を知りました。そして歪みを正そうと訪れたこのエドモントンでもまた、その歪みに飲み込まれようとしている。この場に居る皆様は力を持っています。歪みを正す力を。ですからどうか、その力を蒔苗氏に少しでも良いので分けて下さい。その選択こそが、希望となる未来を作り出す筈です!」

 

///

 

 街中にまで後退するグレイズ・アイン。アレだけの戦闘力を誇っていた機体が、今や一目散に逃げるだけ。

 振り返ればすぐ後ろには覚醒した三日月のバルバトスが。

 

『機動力で振り切れない! ならば!』

 

 左のマニピュレーターを高速回転、ドリルのようなパンチでバルバトスを殴りつける。が、三日月は太刀を構えて払うと簡単に往なす。

 そして刃を振り下ろし、装甲の隙間にあるフレームを通すと左腕も関節部から切断された。

 

『この動き!? この反応速度!? お前は人間か?』

 

「うるさいって言っただろ?」

 

『バケモノめ、死んでしまえぇえええッ!』

 

「だから……」

 

 グレイズ・アインに残るのは両脚部だけ。足をドリルに変形させようとするがバルバトスの方が動きが早い。踵で脚部を蹴り一瞬姿勢を崩す。

 瞬間、胸部装甲へ縦横無尽に刃を振るう。太刀の動きが見えない、残像が残る程に早い。振り下ろし、斬り払い、斬り上げて横一閃。

 ナノラミネートが施された装甲が完全に破壊されハッチが閉じられたコクピットがむき出しになる。

 

『お前は……お前はな--』

 

「死ぬのはそっちだって言っただろ?」

 

 鋭い切っ先でコクピットが突かれる。その一撃で生体コンピューターが破壊され、グレイズ・アインは力を失う。バルバトスが太刀を引き、自重を支える事もできずに地面に倒れ込む。

 完全に動きが停止したのを確認してから、太刀を背部にマウントさせる。

 

「終わったな? あちこちにガタが来てる、オヤッサン怒鳴るかな? まぁいいや、オルガの所に戻ろ……」

 

 長かった旅路が終わろうとしていた。数時間後、クーデリアの演説の効果もあり蒔苗は今期の代表に選ばれ、彼女が目指す火星の自治権独立に向かって確実に前進した。ハーフメタルの貿易自由化が成立すれば火星自体に多くの資源が流れる。後は末端にまで資金が行き渡るように制度を改正していくのが今後の彼女の仕事。

 クーデリアはフミタンと共に地球へ残り、オルガ達鉄華団は準備が整い次第早々に火星へと戻る。

 列車に戻るオルガと三日月。

 三日月はオルガの背中に抱えられて甲板にまで来るに鉄の板の上に腰を下ろし夜空を見上げた。

 

「地球の空って綺麗なんだ……」

 

「そうか? そうだな……」

 

「ビスケットも死んだ、他にも一杯死んだ……ねぇオルガ、ここが俺達が目指した場所?」

 

「あぁ……でもまだだ、ここも俺達が進む道の一つってだけだ。まだ止まれねぇ……もっともっとデカくなる」

 

「そう……オルガが行くなら俺も行く」

 

「でもお前、体が……」

 

 バルバトスのリミッターを解除した事で脳に掛かる負担が増加し、パイロットである三日月の体にも影響が出てしまった。右目が効かなくなり右腕も一切動かない。右の聴覚も悪くなり右足も引きずっている状態。そんな状況でも三日月は気にする素振りを見せない。

 

「阿頼耶識を繋げれば元に戻るから。ちょっと面倒だけど」

 

「お前なぁ」

 

「アレが三日月?」

 

 動く左腕を伸ばし空を指す。その先にあるのは鮮やかに光る衛星。澄んだ空気のお陰で影ができる程に明るい。

 

「そうだ。良く知ってるな」

 

「クーデリアと最後に分かれる前に教えて貰った。俺と同じ名前……ねぇ、三日月には何があるの?」

 

「月に? 別に何もねぇだろ? 人だって住んでなかった筈だ。珍しいこと聞くな?」

 

「何だろ? ちょっと気になるんだ」

 

 瞳に映る三日月、彼らが見上げる先に何があるのかをまだ知らない。

 鉄華団が火星に戻るのと時を同じくして、ベルリもまた行動に移っていた。Gセルフと共に地球に残るベルリは旅立つ前にクーデリアと会う。

 用意された部屋のソファーに向かい合わせに座る二人。

 

「それで、ご用件と言うのは?」

 

「はい、ちょっと突拍子もない話ですけれどクーデリアさんになら話せると思って」

 

「突拍子もない?」

 

「そうです。すぐには信じられないかもしれませんけれどそれは僕も同じなんです。わからないことも一杯ありますけど、順番に説明する必要があります。まずは--」

 

///

 

 マクギリス・ファリドは紺を基調とした制服に身を包み長い通路を進んでいる。目的はギャラルホルンの中核、最高決定機関であるセブンスターズから召集の通達が来た為。

 その会議場に訪れたマクギリスは用意されたテーブルの中央に腰を下ろす。見れば他の当主達は既に揃っている。

 

「ようやく来たか。新司令のマクギリス・ファリド」

 

「すみません、家の事情で少し遅れてしまいました」

 

「無理もない。エドモントンの一件でどこも大騒ぎだ。君の父上も失脚してしまった」

 

 名前の通り、七人の当主により意思決定されるセブンスターズの議会。けれども一つだけ席が空いている。

 ファリド家、ボードウィン家、イシュー家、エリオン家、クジャン家、バクラザン家、ファルク家。

 その中でイシュー家の人間だけが来ていない。

 

「それで新司令、事の顛末をどう付ける? 蒔苗氏が代表戦に通ったことでギャラルホルンの癒着があらわとなった。各地で統制が取れていない」

 

「気にすべきことは山程あるがまずはエドモントンの一件をどうするかが先決ではないか? 登録にないモビルスーツが市街地に侵入したことでインフラの整備に時間が掛かった。それに何人か死人も出ている」

 

「遺族には賠償金を払えば黙るでしょう。インフラ整備はこちらからも人員を回す。今は少しでもギャラルホルンの信用を回復させなくては」

 

 口々に意見が出る中で、テーブルに肘を付き両手を組むマクギリスは口を開く。

 

「エドモントンの件は一部の過激派が引き起こした事件、と言うのはどうでしょう? 組織からも疎まれ、チームワークが取れない人物。ちょうど今ならこの場に居ない。皆様からの票が集まればすぐにでも」

 

「だが良いのか? 代わりの人間はどうする?」

 

「それも私にお任せを。その間の地球外縁軌道統制統合艦隊の指揮は私が引き継ぎますので。元はと言えば火星での不正な資金流出を摘発した私の責任でもある。そのせいで火星支部は弱体化し、海賊などがひしめき合う無法地帯と化してしまった。正義と信じて行った行動がこのような結果になるとは……」

 

 その中でエリオン家の当主であるラスタル・エリオンが席を立ち、鋭い視線をマクギリスに向けた。

 

「ではその方針で進めていこう。私はマクギリス司令の提案に賛成する」

 

「ありがとうございます……」

 

 交わり合う二人の視線。今はまだ灯火にもなっていない二人の闘志。けれども互いに相手の腹を探り、いつか牙を剥こうとしている。




 これにて前半は終了です。すぐに後半も書き始めますのでご意見、ご感想をいただけると嬉しいです。
 後半からはアニメのストーリーとは大幅に変えていくつもりですので、また楽しく読んでいただければ幸いです。


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革命編
第十七話 新たな光り


 クーデリアが地球に降りてから数ヶ月が経過しようとしていた。地球と火星の情勢も少しずつ、でも確実に変わり始めている。一連の事件によりギャラルホルンの統率力も弱まり、マグギリス率いる地球外縁軌道統制統合艦隊が火星圏を監督するようになったが、以前よりも海賊などの活動が目立つようになった。

 鉄華団は火星に戻った後、クーデリアの仕事を完遂した事が実を結び着実に名を広めている。広い敷地で農場を営みながら、頻発する海賊からの護衛の仕事を請け負っていた。

 悪魔と呼ばれた機体に搭乗する三日月・オーガスは今も宇宙の片隅で戦っている――

 

「明宏、そっちは任せるよ。俺が前に出る」

 

「あぁ、任された! 行け、三日月!」

 

 ペダルを踏み込む三日月はバルバトスのメインスラスターを全開にして宇宙空間を突き進む。エドモントンでの戦いで損傷したバルバトスを改修した機体。

 脚部はハイヒール状にされ地上での動きも重視した設計。サイドスカートには元々はなかったブースターを装備し機動力を向上させ、肩には鉄華団の赤い華のマークを模った装甲が装備されている。腕部には二〇〇ミリの小型砲が両腕にマウントされ、マニピュレーターの先端にも鋭く尖った白い装甲を被せる事でクローのようにして攻撃できるように変えられいた。

 そしてそのマニピュレーターが握るのは機体の半身程はありそうなバスターソード状のメイス。バルバトスと三日月に合わせて作られた武器、ソードメイス。

 現代の技術で甦った悪魔の名はバルバトス・ルプス。

 

「行くぞ……」

 

『白い奴が……悪魔が来る!?』

 

 相手は宇宙海賊の『夜明けの地平線団』。汎用モビルスーツのガルム・ロディに乗るパイロットは急速に迫る悪魔に体が震える。

 その一瞬が命取り。通り抜けざまにソードメイスを一閃しコクピット部分を一撃で叩き潰す。味方が倒されるのを見て周辺の味方部隊もバルバトスに注意を向ける。が、後方からの砲撃がそれを許さない。

 明宏のグシオンが構えた四本のロングレンジライフルの射撃が敵を正確に捉える。

 

「ここは俺が任されたんだ、意地でも行かせるかよ!」

 

 ライフルを構える明宏のグシオンも同じく改修されている。グレイズ・アインとの戦闘で損傷した装甲を修理するだけでなく、外装や装備を大幅に変更した。

 以前とは違い角ばった装甲、ツインリアクターのエネルギー伝達を向上させるだけでなく防御力もアップ。シールドはシザーシールドに変更しリアスカートにマウントされている。

 両マニピュレーターと背部から展開する二本のサブアームでロングレンジライフルを構え、頭部のギミックを閉鎖しモノアイを展開する事で長距離の相手でも精密な射撃が可能。そして阿頼耶識システムと合わさる事で直感的な動きで瞬時に狙いの修正もできる。

 ロングレンジライフルの砲撃が一機、また一機と敵機を撃ち落とす。

 

「うおおおォォォッ!」

 

 操縦桿のトリガーを引きまくる明宏。連動してグシオンも握るロングレンジライフルから弾丸を絶え間なく発射する。グシオンの射程圏内に入るモビルスーツは無差別に砲撃の餌食。強力な弾丸が一撃でナノラミネートの装甲を砕く。

 力無く浮くモビルスーツの残骸。

 

「弾が失くなるまで撃ちまくる!」

 

「どうなってんだ、コイツ!? 散開して左右から挟み込め!」

 

「このグシオンならやれる! 新しくなったグシオンリベイクフルシティ……テメェらなんかに負ける気がしねぇんだよォォォッ!」

 

 命令に従い正面のロングレンジライフルの射程外から二機のガルム・ロディで挟み込む。ライフルの銃口を向けトリガーを引きながら接近。

 左右から飛来する弾丸にペダルを踏む明宏。メインスラスターで回避行動を取りながらまずは右に視線を向ける。強固な装甲で相手の弾丸を数発受けながら四本のロングレンジライフルのトリガーを一気に引く。

 激しいマズルフラッシュと同時に弾丸が発射されガルム・ロディに直撃する。

 

「そ、そんな!?」

 

「後ろからも来る!」

 

 グシオンの砲撃を受け四脚がちぎれ飛ぶガルム・ロディ。目の前の敵が戦闘不能になったのを見た明宏は振り返ると右腕を掲げた。そこには既に片刃のブレードを振り上げるもう一機の敵。

 フルパワーで振り下ろされるブレードをライフルの銃身で受け止めた。

 

「もう少しの所をッ!」

 

「どうせ弾は少なかったんだ。うらぁッ!」

 

 攻撃を受け使えなくなった武器を捨てマニピュレーターで相手の胸部を殴り付ける。激しい衝撃がコクピット内のパイロットを襲う。

 

「ぐぅぅッ!?」

 

「これで終わりだ!」

 

 もう片方のライフルも投げ捨てリアスカートの大型シールドにマニピュレーターを伸ばす。グシオンリベイクの頃から装備していた大型シールド。だが、フルシティへの改修と共に大型シザーシールドに変更された。

 ニッパーのように巨大な武器へとシールドが変形する。巨大な刃が敵機の胴体を挟み込み、両腕の力を入れると装甲をへこませ、フレームをへし折りながら左右の刃が中央に向かう。

 

「う゛ッ!? だ、脱出ポットも動かな――」

 

 バチンと刃が閉じる。機体は胴体から分断され上半身と下半身に分かれた。同時に中のパイロットも潰され、残る上半身は力無く無重力の空間を漂っていく。

 

「モビルスーツを真っ二つにしやがった。新しいグシオンはやっぱり凄え……でも、使ってる間はどうしても動きが止まっちまう」

 

 操縦桿のトリガーを引きサブアームに握らせたロングレンジライフルから弾丸を飛ばす。前方から新たに向かって来たガルム・ロディの頭部が吹き飛ぶ。

 生まれ変わったグシオンリベイクフルシティと明宏の技量が合わさり海賊のモビルスーツ部隊など目ではない。

 そうしている間にも三日月のバルバトスも敵艦のすぐ目の前まで接近していた。

 

「オルガには殺すなって言われてるけど……」

 

 言いながらトリガーを引き、両腕の二〇〇ミリ小型砲を連続して発射し敵強襲艦の機銃の一つを撃ち落とす。

 残る機銃がすぐさまバルバトスに銃口を向け無数に弾を発射するが、ペダルを踏む三日月は機体を縦横無尽に動かし砲撃を容易く避けていく。

 

「また機体が出て来た。さっきまでのとは違う奴」

 

 ハッチから出撃するのは三機のモビルスーツ。逆関節の脚部は細身でボディー全体で見ても軽量だ。

 しかし頭部はブロックのように角ばっておりコクピットにもなっている為、装甲が分厚く作られている。防御力の低い機体であるユーゴー。三機の中心の機体に搭乗するのは三日月達が戦う海賊の頭、サンドバル・ロイター自らが戦場に出た。

 

「使えるヒューマンデブリは全て出せ! だがな、白い奴を叩くには邪魔だ!」

 

 指示の飛ばすサンドバル。その間に左右のユーゴーがバルバトスに向かって動き出す。ライフルの銃口を向けトリガーを引く。

 

「アレが鉄華団の悪魔だなんて呼ばれてるモビルスーツか?」

 

「所詮は虚仮威しだろ? 俺らのコンビネーションに敵う物かよ」

 

 弾丸を飛ばしながら接近する両機。三日月のバルバトスも回避行動を取りながら両腕の小型砲で応戦した。阿頼耶識で繋がっているバルバトスの反応速度は早く敵の攻撃など寄せ付けないが、ユーゴーの機動力と運動性能も高く射撃戦ではどちらにも軍配が上がらない。

 相手の動きを目で追いながら三日月は操縦桿を動かす。

 

「アイツらは早くて面倒だな。ちょっと腹も減ってきたし……さっさと終わらせるか」

 

 鋭い視線を向ける三日月。バルバトスは背部のソードメイスを掴み、リミッターを解除したツインリアクターが唸りを上げツインアイが赤く光る。

 同時に後方のイサリビから通信も届く。モニターに映し出されるのは艦長シートに腰を下ろし深緑のジャンパーを着るオルガの姿。

 

『ミカ、エイハブ反応を探知した。その中央の機体がサンドバル・ロイターの機体で間違いねぇ。ソイツだけは生け捕りにするんだ』

 

「わかった。他の奴はやっても良いんだよね?」

 

『あぁ、全力でぶっ潰せ! 頭を捕まえればこの仕事も終わりだ』

 

「行くぞ……バルバトス!」

 

 ペダルを踏み込みメインスラスターを全開にして悪魔が本領を発揮する。縦横無尽に動き回り敵機の弾丸を避けながら、瞬時にユーゴーの一機に肉薄した。

 

「早い!? このスピードは?」

 

「はァァァッ!」

 

 ソードメイスで袈裟斬り、敵機の右腕に刃を叩き付ける。衝撃にマニピュレーターからは握っていたライフルが離れ、更には右肩関節フレームにまでダメージが及ぶ。

 しかし体制を整える暇さえ与えず、ソードメイスによる連続攻撃がユーゴーを襲う。振り払い切っ先が左腕のマニピュレーターを吹き飛ばす。

 

「コイツ違うぞ、普通の機体と! スピードもパワーも!?」

 

「お前は消えろよ」

 

 バルバトスは両腕を振り上げ鉄塊を股関節にぶつける。両脚部までも正常に動かなくなり、衝撃に機体が打ち上がった。スラスターを吹かしバルバトスも上昇するとソードメイスを頭上にまで振り上げフルパワーで頭部に叩き付ける。

 轟音と共に角ばった硬い装甲が一撃でひしゃげ、ダメ押しに左手のクローでモノアイを突き刺す。敵機が完全に動かなくなったのを確認すると蹴り飛ばし、もう一機に狙いを定め再びペダルを踏む。

 目で追うのもやっとな程に早すぎるバルバトスのスピード。そんな相手に致命傷を与えるなど至難の業。ひたすらトリガーを引き続けるが弾が当たる事もなく、肉薄するバルバトスは再びソードメイスを振り降ろす。

 

「う゛、うあああぁぁぁッ!?」

 

「邪魔だ……」

 

 袈裟斬り、斬り上げてまた袈裟斬り。装甲の薄い胴体はそれだけでフレームも粉砕され戦闘継続は不可能。振り払いマニピュレーターのライフルを弾き飛ばし、切っ先で頭部のモノアイを突いた。

 刀身が突き刺さり、これも脚を使って蹴り飛ばし引き抜く三日月。一瞬の内に二機を倒すと本命である最後の一機に赤く光るツインアイを向ける。

 

「殺さずに捕まえないとダメなのか。面倒だな」

 

「あの二人がやられただと? 三分も保たずにか!?」

 

「残ってるアンタを倒せば終わりだ」

 

「舐めるなよ! この程度の修羅場など何度も潜り抜けて来たわ! 死ぬのは貴様だ、鉄華団の悪魔め!」

 

 火星圏で活動する海賊、『夜明けの地平線団』の頭であるサンドバル・ロイターは無骨な手でヘルメットのバイザーを上げ操縦桿を握り直すと力一杯ペダルを踏み込んだ。

 サンドバル用にカスタムされたユーゴーは背部から接近格闘用のショーテルを両手に持たせ、サイドスカートのアンカークローを射出。

 高速で飛ばされるアンカーだが、三日月はちらりと視線を向けるだけでこれを避けワイヤーをマニピュレーターで掴み取る。そして無造作に引っ張り上げた。

 

「馬鹿な!?」

 

「すぐに終わるよ」

 

「舐めるなと言った!」

 

 自らが発射したアンカーに引っ張られ肉薄するユーゴーとバルバトス。敵目掛けてソードメイスを振り降ろす三日月だが、サンドバルの反応も早い。両手でショーテルを構え攻撃を受けようとする。が、リミッターを解除したバルバトスに正面から対等に戦えるモビルスーツなどいるのだろうか。

 

「もう良いよ……行くぞ……」

 

「なんだぁ!?」

 

「沈めよ……」

 

 パワーの差が違い過ぎる。振り降ろすソードメイスをショーテルで受け流そうとするもマニピュレーターから離れてしまう。すかさず斬り上げるバルバトス。

 だがサンドバルも幾度も修羅場を経験した男。スラスターから青白い炎を噴射し後退するとバルバトスの一撃を避ける。そのまま左手のショーテルで袈裟斬り、横一線。

 それでも攻撃は虚しく空を斬る。

 

「い、居ない!? 動きが見えない?」

 

「潰れろ!」

 

「終われるものかよッ!」

 

 振り返ればそこにはソードメイスを構えるバルバトス。残るショーテルを両手で掴み、迫る刃をフルパワーで振り払う。鋼と鋼が衝突し激しい火花を上げた。

 衝撃に一瞬姿勢が崩れるが、三日月はそんなコンマ一秒にも満たない隙であろうと逃さない。

 武器を左手に持ち換え、右マニピュレーターで思い切り頭部を殴った。

 

「ぐおおおォォォ!?」

 

「これなら……」

 

 衝撃に流される機体をメインスラスターで減速させる。けれども見上げた先ではまた、ツインアイを禍々しく輝かせるバルバトスがそこに居る。

 ソードメイスは防御するユーゴーのショーテルを押し返し右腕を根本からへし折る。間髪入れず左手のクローを突き立てる。右へ左へ高速で腕を振り払い、鋭いクローが装甲を引き裂いていく。スラスターで一回転し遠心力も加えて最後に胴体を蹴りつけ、激しいGに姿勢制御も取れないサンドバル。流されて行くユーゴーは強襲艦の甲板に激突しようやく動きが止まる。

 歯茎から血を滲ませながら食いしばるサンドバル。まだ闘志は失っておらず、モニターに映るバルバトス目掛けてトリガーを引いた。

 側頭部に四門備えられたロケットランチャーから弾頭が発射されるが、バク宙して回避するバルバトスはそのまま甲板上のユーゴーを踏みつける。

 

「こ、殺すか?」

 

「アンタはオルガに殺すなって言われてる。でもそのモビルスーツは壊すよ」

 

 ソードメイスを背部にマウントさせマニピュレーターを伸ばし角ばった頭部を掴む。そして力任せに左へ捻る。

 フレームが悲鳴を上げ、唸りを上げながら時計回りに回転していく。

 

「うお゛ぉおお!? く、空気が漏れる!? バイザーを! 酸素が漏れる!?」

 

「ふぅ……これなら良いか? オルガ、終わったよ」

 

 ねじ切られた首、ユーゴーは頭部と胴体とが引き離されていた。サンドバルが捕まった事で戦闘も終わり、バルバトスのツインリアクターも出力を下げツインアイからも禍々しい光りが消える。

 

///

 

 ――火星時間〇九二五――

 クリュセ郊外にある鉄華団の基地では新たに入団した組員達がトレーニングに励んでいる。雑草の一つも生えていない赤い大地の上をただひたすらに走っていた。

 その中の一人、バサバサした栗色の髪の毛を揺らしながら気だるく態度で走り込むのはハッシュ・ミディ。

 

「オイ、俺達いつまでこんなことしてりゃ良いんだ? もう一ヶ月以上も仕事らしい仕事をしてねぇぞ?」

 

「しょうがないよ。実働部隊は宇宙に出てるし、他の団員も農園仕事かモビルスーツの訓練ばっかりだ」

 

 ハッシュに答えるのは隣で走る大柄の男、デイン・ウハイ。

 

「だからそれが納得できねぇんだよ。確かに俺らは新米だけどよ、あんな子供でもモビルスーツに乗ってんだぞ?」

 

「それでも重機の代わりみたいなことをしてるけどね」

 

「毎日毎日ただ走ってるだけに比べたらマシだろ」

 

デインの言う通り、名瀬のタービンズを経由して新しき調達したモビルスーツ『獅電』はマニピュレーターを使ってコンテナや資材を運んでいるだけ。

 コクピットで操縦するライド・マッス。オレンジ色の髪の毛でまだ声変わりもしていない少年。

 

「何で俺まで雑用なんだよ~? 折角モビルスーツがあるんだから三日月さんや明宏さんみたいに戦わなきゃ意味ねぇし」

 

『ライド、聞こえてるぞッ!』

 

「げぇッ!? ヤバッ!」

 

 急いでコンソールパネルを叩くが遅い。モニターには青筋を立てるノルバ・シノが怒鳴り声を上げる。

 

『そうやって抜けてる所がある内は実戦になんて出せる訳ねぇだろッ! まだ文句垂れるなら自分の手で運ばせるぞ、良いのかッ!』

 

「は、はいッ! すんません!」

 

 ライドが怒鳴られながらモビルスーツを動かしている事など露知らず、ハッシュとデインは走り込みを続けていると肩で息をしながらグロッキーになる同期と横並びになる。

 

「周回遅れだぞ、大丈夫かよ?」

 

「ぜぇ……ぜぇ……しょうがねぇだろ。体力が……ねぇんだよ……」

 

「そんなので良く入団したな?」

 

「うるせぇ……俺の勝手だろ……」

 

 ハッシュに反抗するのは同期のザック・ロウ。黒髪のリーゼントを揺らしながら少ない体力と気力で何とか歩を進めている。立ち止まらないのは最後の意地だ。

 

「さっきの話……聞こえてたぞ。ハッシュ、お前じゃまだモビルスーツのパイロットは……ハァ……無理だよ」

 

「何でお前にそんなこと言われねぇといけねぇんだ!」

 

「鉄華団の悪魔……知らねぇのか? 鉄華団にはバケモンみたいに……それこそ悪魔なんじゃないかって……ハァ……言われてる白いモビルスーツが居るんだ。バルバトスとグシオン……鉄華団最強の二機だ。ハァ、戦力も不足してないみたいだし……」

 

「その二機が居る間は素人なんて要らないってか? クソ……このまま走り込みしてたんじゃ何の為に入団したのかわかんねぇじゃねぇか。せめてあの透明のモビルスーツが使えたら……」

 

「透明のモビルスーツ?」

 

「地下の格納庫に行った時に見た。最初はガラスか何かの作り物かと思ったけどよ。あるんだよ、地下に透明なモビルスーツが。でもダメだった、こっそり乗ってやろうと試したけどハッチも開かねぇ」

 

「ソレ……やっぱ彫刻か何かじゃね?」

 

「本当にモビルスーツだよ!」

 

///

 

 その頃、ベルリもまた火星に居た。

 クーデリアの地球での活動が終わった後、共に火星の地まで戻って来た。クーデリアは名声を博した事で今までよりも活動がしやすくなり、自身の名で起業し活動の場を広めている。

 ベルリはクーデリアの会社に身を置き、今はバックパックを背負い赤い大事を踏みしめていた。

 

「よっと! これだけ歩いてもまだ半分も行ってないのかぁ。火星の山は大きい!」

 

 タルシス地域の北西に位置するのは標高が二六〇〇メートル以上あるオリンポス山。山頂の大きな凹み地であるカルデラは日本の富士山が埋まってしまう程。

 ベルリはクーデリアの元を離れ、今はひたすらに山を登っていた。元居た地球への戻り方は以前としてわからないままだが、それに落胆する事なく地に足を付け今の環境を行きている。

 

「僕は! この火星と新しい世界を見るぞぉぉぉッ!」

 

 大声を上げ肺に新しい空気を入れるベルリは赤い大地を歩いて行く。




 ベルリです!
 着実に変わりつつある火星の情勢の中で、僕は山を登って居た。そんな中でクーデリアさんは鉄華団の元へ仕事の訪問をする。けれどもそこに訪れるのは彼女だけではなかった。
 金色のマスクを付ける男の正体は、僕達にも関わりのある男……
 次回、鉄血のレコンギスタ――モンターク、現る!――
 次の話も見て下さい!


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第十八話 モンターク、現る!

 一台の車が鉄華団の基地の敷地へ入って来た。アスファルトの上で停止する車の運転席から出て来るのは見知った顔。青いスーツを身に纏い、メガネを掛ける姿はより知的な雰囲気を出す。

 フミタン・アドモスは落ち着いた佇まいで後部座席のドアを開ける。

 

「お嬢様、到着しました」

 

「ありがとう、フミタン。ここに来るのも随分久しぶりのように感じる」

 

「行動は共にしましたが、到着してすぐに火星を発ちましたから」

 

「そうね。他にも車があるけれど、わたくし達以外にも人が来ているのでしょうか?」

 

「アポイントは取ってあります。時間にも遅れはありません。気にする必要はないかと」

 

 中から現れるのはスーツを着たクーデリア・藍那・バーンスタイン。地球から戻り数ヶ月が経過し、初めてここに訪れた時の事に懐かしさすら感じている。

 ふと視線を向けた先には同じように黒い車が止めてあり来客が居るのがわかった。しかしフミタンは早々に歩き出し、クーデリアも視線を切ると彼女の背中に続いて歩いて行く。

 ギャラルホルンの襲撃で壊滅状態にあった基地だが今は完全に修復されている。アスファルトも綺麗に補修され、建て直された建造物のコンクリートの壁にはまだシミ一つ付いていない。

 そのまま中へと入って行く二人。エアロックが解除された先で立っていたのはふわふわした栗色の髪の毛を揺らすアトラの姿。

 

「お久しぶりです、クーデリアさん! フミタンさん!」

 

「アトラさん! こちらこそお久しぶりです」

 

 満面の笑みを浮かべるアトラに歩み寄るクーデリアも笑みを浮かべながら小さな手を取る。

 

「すみません、新しいく始めた起業が忙しく連絡も取れなくて」

 

「いいえ、クーデリアさんのお仕事は理解してます。クーデリアさんのお陰でみんな喜んでますよ。少しずつですけど生活が良くなってるって」

 

「ですがまだまだ始まったばかりです。火星全体で考えれば微々たるもの。もっと頑張らないと」

 

「私は! 絶対にクーデリアさんの味方ですから!」

 

「ありがとうございます、アトラさん……」

 

 優しく答えるクーデリア。隣でメガネの位置を直すフミタンの動作を見て緊張感を戻すアトラは背筋を伸ばし先導して二人を案内する。

 

「それじゃあ応接室まで案内しますね!」

 

「えぇ、お願いします。ですが外に車が止まってるのを見かけましたが?」

 

「少し前に急に……すぐに終わるとは言ってたのですけど。モンターク商会の社長って言ってました」

 

「モンターク商会……聞いたことがありませんね」

 

 通路を進んでいれば数分で応接室まで到着した。扉の前では深緑色のジャンパーのポケットから火星ヤシの実を取り出して摘む三日月の姿。

 クーデリアが声を掛けるよりも早くに気配を察知して視線だけを向ける。

 

「三日月! お久しぶりです」

 

「クーデリア? また火星に来たんだ」

 

「はい、これからまたお世話になりますのでご挨拶を。それと団長さんとも商談がありまして」

 

「へぇ、そうなんだ。でも今はオルガに入れるなって言われてるから」

 

 見れば右腕は未だに包帯で支えられている状態。松葉杖を使ってはいないが右足も引きずっている。視力と聴力も回復していない。けれども不自由な様子一つ見せないのは三日月の強さだ。

 

「アトラさんが仰ったモンターク商会の社長ですか?」

 

「俺はちょっと見ただけだから良く知らないけど、マスクを付けた変な奴だよ」

 

 扉の向こうではソファーに腰を降ろす団長のオルガ。左のまぶたを閉じ、開いた右目で鋭い視線を向ける先には、金色の仮面を付ける長髪の男が座っている。

 不敵な笑みを浮かべるこの男はオルガの睨みを意に介さない。

 

「それで……暫く時間が経ったが私の依頼は引き受けてくれるのかな? 鉄華団団長のオルガ・イツカ?」

 

「解せねぇな、何の為に地球まで送ってくのかがやっぱり納得できねぇ。それもギャラルホルンの本部だ。アンタだけじゃない、俺達だって命懸けだ。そん時は上手くいってもその後が問題だ。地球本部に仕掛けたとなればギャラルホルンに完全に目を付けられる。生きて火星に帰れるかも怪しい。そこまでのリスクを犯す理由は?」

 

「理由は君達には関係ないよ。まぁ、企業秘密と言うことで聞かないで貰えると助かる」

 

「言わなかったか? 死ぬかもしれねぇ仕事を引き受けるかどうかなんだ。それくらい言っても良いんじゃないか?」

 

「そのようなことを気にする人間だったか。だが、悪いが理由は言えない」

 

 オルガは仮面の男に睨みを効かせたままだ。

 

「素性もわからねぇ、依頼の理由も言えない。そんな奴と仕事しろってのか?」

 

「報酬は充分過ぎるくらい用意する。それではダメかな?」

 

「幾ら金を積まれてもな……死んじまったら意味がねぇ」

 

「確かにそうだ。だったら一つだけ情報を伝えよう。近々、ギャラルホルン内部でクーデターが起きる」

 

「クーデターだと?」

 

「そうだ。その混乱に乗じて本部に乗り込む。クーデターが起きている時なら君達の仕事もしやすい筈だ」

 

「どうしてそんなことを知ってる? クーデター……アンタはその首謀と繋がりがあるってことだな?」

 

「これ以上は言えないな。さっきも言ったが企業秘密と言う奴だ」

 

 モンタークの疑惑が晴れることはなかった。それでもオルガに提示された報酬金額は無視するにはあまりにも大きかった。テーブルの上に置かれたタブレット端末には小さな国の国家予算並の金額が表示されている。

 名前も聞いた事のないこの起業のどこにそれだけの資産があるのかも謎だ。

 どれだけ考えても答えはわからない。それにこれ以上モンタークと言う人物に付いて探れば契約が破綻になる可能性もある。信じられるのは目の前の金額だけ。

 

「わかった……アンタの話に乗る」

 

「ありがとう、オルガ・イツカ。決行は十二日後だ。それまでに準備はできるか? 必要な物があればこちらからも支援する」

 

「待ってくれ。俺らの仕事はアンタ個人をギャラルホルンの地球本部に送り届ける。それだけなんだな?」

 

「そうだ。ただそれだけの仕事だ。簡単だろ?」

 

「アンタの素性はわからねぇが俺達はギャラルホルンのクーデターなんかに加担するつもりはない。内部の混乱は利用させて貰うがそれだけだ」

 

「あぁ、構わない」

 

「行くのは必要最小限の団員だけだ」

 

「鉄華団には悪魔と呼ばれる程に強いモビルスーツとパイロットが居るのだろ? その機体とパイロットが居れば充分さ」

 

 眉間にシワを寄せるオルガ。テーブルの端末を手に取り立ち上がると応接室の扉の前まで歩きノブに手を伸ばす。

 

「話は終わりだ。連絡はまたこっちからする」

 

「ではよろしく頼むよ。オルガ・イツカ」

 

 開けられた扉から出て行くモンタークは最後まで不敵な笑みを浮かべて読めない男だ。出て行く先に居るのは警備を担当していた三日月とアトラ、クーデリア。

 ちらりと三日月に視線を向けるモンタークはそのまま通路を歩いて去って行く。

 

「悪い、ちょっと長引いてよ」

 

「いいえ、少し前に来た所ですので。あの方がモンターク商会の?」

 

「そうだ、アンタらが来る前に来てよ。仕事の依頼だ。それよりも折角約束したのに待たせちまって本当にすまねぇ」

 

「そんな!? 謝らないで下さい。気にしていませんので。それよりも支援の件に付いてお話を」

 

「そうだったな。二人共、中に入ってくれ。ミカ、また警備を頼む」

 

「うん、わかったよ」

 

 応接室に入って行くクーデリアとフミタン、そしてオルガ。外に残るミカはポケットから火星ヤシの実を取り出し口に運びながら、モンタークが去って行った先を見つめる。

 初めて合う男だったが、向けられた視線から何かを感じられた。

 

///

 

 --月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド--

 セブンスターズの一人、ラスタル・エリオンの率いる宇宙艦隊。地球へ不穏分子が侵入するのを防ぐと言う重要な任務を担っており、配属されているモビルスーツも優遇され最新型が配備されている。パイロットの練度も他の部隊以上に高く、ギャラルホルンの実働部隊の中で最も強い。

 艦艇のモビルスーツデッキでパイロットのジュリエッタ・ジュリスは暇を持て余していた。

 

「配備された新型の調整も終わった。海賊団の活動もなければ、シミュレーターをこれ以上やる意味もない。いつでも動けるように体調も万全……ハァ……」

 

 細身だが筋肉の着いた体に緑色のギャラルホルンの制服を着ている為に着痩せして見える彼女の体。左胸にはアリアンロッド艦隊のエンブレム。栗色のショートの髪の毛を指先でいじりながら無重力のデッキの中で体を浮かせている。

 虚ろな目で視線を向ける先にはまだ実戦に投入されていない自らの機体と全身のフレームがむき出しの機体がハンガーに固定されていた。

 

「戦いがなければパイロットは暇なのですよね……かと言って別の部隊や部署に配属なんて考えたくもないけれど。それにしてもあの男は何をしているのか……」

 

 フレームだけの機体のコクピット部分には人が乗り込んで居る。システムの構築、作動チェック。コンソールパネルを叩き毎日それを繰り返しているだけ。

 数週間前、彼女の艦艇にこの機体と共に配属された男。

 

「あ……出て来た」

 

 ジュリエッタは体をよじり天井を蹴ると機体のコクピット部分にゆっくり浮きながら進んでいく。ハンガーの手すりに手を伸ばし姿勢を戻し足場に着地し、コクピットから出て来た男の前に立つ。

 

「今日はいつもより早いのですね、ヴィダール」

 

 鍛えられた体、彼女よりも頭一つ以上高い身長。けれどもソレ以上に、顔を覆うフルフェイスのマスク。

 装飾も何もない灰色のマスク、唯一両目の位置にセンサーが仕込まれておりマスクをした状態でも充分に視界を確保している。

 

「どうした? 何かあったか?」

 

「いいえ、何もありません。貴方が毎日毎日籠もっているこの機体に少し興味があるだけです」

 

 聞こえてくる声も変声機で加工されている。顔も、声も、名前も、何一つとして素性のしれない相手。

 

「この機体は俺以外の人間には操縦できない」

 

「でしょうね。こんな装甲一つ着いていない機体、頼まれても乗りたくありません」

 

「フフ、そうだな」

 

「この機体、名称は登録されているのですか?」

 

「機体の名称はヴィダールだ」

 

「自分と同じ名前ですか? 悪趣味な……」

 

「システムの調整にも目処が立っている。それさえ終わればすぐに装甲を換装させるよ」

 

「それだけ時間を掛けているのですから機体性能は良いのでしょうね?」

 

「当然だ。さて……」

 

 ジュリエッタから視線を背けハンガーの床を蹴るヴィダール。遠ざかって行く背中にジュリエッタは最後に呼び掛けた。

 

「どこへ行くのです?」

 

「少し寝る……」

 

「あぁ……」

 

 彼女はそれ以上は問い詰める事も追い掛ける事もなく、モビルスーツデッキから出て行くヴィダールの姿を眺めるだけ。フルフェイスマスクのせいで表情も感情も見えない相手の人間らしい行動を初めて見て、ジュリエッタは少しだけ安心した。

 

///

 

 トレーニングを終えたハッシュは鉄華団の基地へ戻って来た明宏の元へ訪れていた。理由は勿論、モビルスーツのパイロットになる為。

 このまま言われた通りにトレーニングを続けているだけではいつになったらモビルスーツに乗れるようになるかわからない。自室前で明宏が戻って来るのを待ち構えていたハッシュはその事について提案した。

 

「お願いです! 俺にモビルスーツの操縦を教えて下さい!」

 

「そうは言ってもなぁ……団長に許可は取ったのか?」

 

「いいえ……でもこのままじゃいつになるかわからないんですよ? 俺はモビルスーツに乗りたくて、戦いたくて鉄華団に入ったんです。お願いします、明宏さん! 俺にモビルスーツを乗らせて下さい!」

 

「んん……」

 

 頭を垂れるハッシュに対し明宏は両腕を組んで考える。始まった当初と比べれば鉄華団の経営は軌道に乗ってはいるが、モビルスーツは海賊から鹵獲した物かテイワズにちゃんと資金を払って買わせて貰った機体しかない。

 余る程の数を用意などできていないし、鹵獲した機体でも維持費などで資金は減り続ける。そんな高価な物を入ったばかりの新人に任せるのは難しい。

 それでも明宏は頭を下げて頼みに来た後輩の気持ちを無下にできる男でもなかった。

 

「わかった……」

 

「え……本当ですか!?」

 

「あぁ、ただしお前に機体を任せる訳じゃない。シミュレーターを使うだけだ。それなら他の団員もそこまで目くじらを立てねぇだろう。今からやるか?」

 

「はい、お願いします!」

 

 先導する明宏の背中を意気揚々と付いて行くハッシュ。向かう先はモビルスーツの格納庫。様々な機体がハンガーに固定されている中、目に痛い機体が視界に入る。

 配合されたナノラミネートの塗料の入ったスプレーを片手に、シノが機体の装甲をピンク色に塗装していた。

 

「何やってんだお前?」

 

「見てわかんねぇか? 色を変えてんだよ。派手でカッコイイだろ?」

 

「そうかもしれねぇけどよ、派手ってことは狙われやすいぞ」

 

「んなもん、俺の腕でなんとでもしてやるよ。生まれ変わったコイツの名前は流星号だ! オヤッサンに頼んで識別登録もそれでしてもらったからよ」

 

「流星号?」

 

 全身の装甲がピンク色の機体が流星とはとても思えない。渋い表情を向ける明宏だがシノは全く気にする様子はなかった。

 

「フラウロス? なんて元の名前はカッコ悪いからよ」

 

「そうかぁ? まぁ好きにしろ。行くぞハッシュ」

 

 進んで行く明宏に続くハッシュ。防塵マスクを付けるシノは機体の塗装を続けた。

 マン・ロディが固定されたハンガーの元にまで来る二人。機体を見上げるハッシュは自らが搭乗する機体に胸踊らせる。

 

「ようやく乗れる……モビルスーツに!」

 

「シミュレーターの使い方はわかるな? 俺も隣のマン・ロディに乗る。起動させたらすぐに始めるぞ」

 

「はい! 良し、やるぞ俺!」

 

 両手を握り締めるハッシュは初めてモビルスーツのコクピットに乗り込んだ。不慣れな手付きでコンソールパネルを探りながら叩く。ハッチを閉鎖し、エイハブリアクターをアイドリング状態で動かしながらシミュレーターを起動させる。

 

「これがモビルスーツなんだ……俺はこの為に……」

 

 ハッシュも鉄華団の団員と同じように孤児である。火星の片田舎で育った彼は出稼ぎの為に鉄華団に入団した経緯があった。けれども彼がモビルスーツのパイロットに執着するのはそれだけではない。

 

「阿頼耶識の手術は受けてねぇけどやってやる! 俺がアイツの分まで!」

 

 操縦桿を握り締め明宏とのシミュレーションを開始した。

 

///

 

「ハァ……ハァ……はぁ……」

 

「液体ばっか飲んでも体力戻らねぇぞ?」

 

 食堂のテーブルの上に突っ伏すハッシュは肩で息をしながら、時折水分を口にするのでやっと。同期のザックは心配そうに隣に座りながら自らの夕食を食べている。

 

「暫くは……食える気がしねぇ……」

 

「で、明宏さんとの特訓はどうだったんだ? モビルスーツには乗れたんだろ?」

 

「シミュレーターだけどよ……ぶっ続けで五時間だなんて……体力続かねぇよ。ハァ……ハァ……気合いで動かせってよぉ……」

 

「お前そんなの最初からわかっとけよ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 パンを頬張るザックの隣でハッシュは動かないまま。

 火星時間二〇時〇五分、モンタークに依頼された仕事をこなすべく、着々と準備は進んでいた。火星を飛び立つ為のシャトルの準備は港に任せてある。乗せこむ機体はバルバトスのみ。

 基地の甲板から夜の空をぼんやり眺める三日月の隣でオルガはこれからの事を悩んでいた。

 

「また地球に行くことになるなんてな」

 

「今度の仕事は前より楽なんでしょ?」

 

「そうかもしれねぇけどよ、ヤバイ臭いがプンプンする。あのモンタークって野郎、何考えてんのかさっぱりわからねぇ。でも約束通り金は振り込まれたしよ、死なねぇように気合い入れるしかねぇ」

 

「そう……オルガがやれって言うなら俺はやるよ。バルバトスも前より強くなったし」

 

 ちらりと三日月を見れば嫌でも目に入る。動かなくなった右半身。

 エドモントンで機体のリミッターを解除した代償に三日月の体は障害を持ってしまう。ただし阿頼耶識でバルバトスと繋がっている間だけは体の感覚が元に戻る。

 普通に考えれば強くなる代償としては大き過ぎるが三日月はさして気にした様子はない。

 

「強くなったってもよ……お前、体は大丈夫なのかよ? あれからリミッターも平気で解除してるってオヤッサンから聞いたぞ」

 

「使えるから使ってるだけなんだけど。止めた方が良い?」

 

「いや、ミカが良いなら自由にすれば良いけどよ……」

 

「まぁでも……リミッターを解除しなくても倒せる相手ばっかりだから、オルガが言うなら次からは使わないようにする」

 

「そのリミッター、明宏のグシオンでも解除できるのか?」

 

「どうだろ? 詳しいことまではわからないな」

 

「ミカでもわからないか。オヤッサンにも調べて貰ったけどバルバトスやグシオン、ガンダムフレームにはわからないことが多いみだいだ。整備する分には何ともねぇみたいだがな」

 

「やらないで済むならやらない方が良いと思うよ」

 

「そうだな、体にどんな症状が出るかわからねぇ。ミカの体も何とか元に回復すれば良いんだけどな」

 

 三日月は全てを語らなかった。阿頼耶識でバルバトスと繋がり、エドモントンでグレイズ・アインと戦った時の事を。

 その時に感じたアランと言う男の事を。

 オルガの言う通り、ガンダムフレームと阿頼耶識システムには未知の部分が多い。わかっているのはシステムを繋げる事で反応速度を上げると言う単純な物ではないと言う事だけ。

 

(リミッターを解除した時に聞こえた声。でもあれからは感じないんだよなぁ……お前は誰なんだ、アラン?)

 

 モンタークを地球まで送り届ける依頼はもうすぐに始まる。




 チワッス! 新米のザック・ロウです!
 何か団長と三日月さんはまたどっかに行くみたいですけど、入ったばっかの俺は毎日のローテーションを続けるだけ。
 あ~あぁ、ハッシュじゃねぇけど筋トレばっかは飽きるぜ。でも疲れた後に食うアトラさんの飯は格別に旨い! 早く俺も後輩とかできねぇかなぁ~。
 次回、鉄血のレコンギスタ--崩壊の兆し--
 見たくなくても見ちゃうのは怖いもの見たさなのか?
 


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第十九話 崩壊の兆し

『我々が遂に立ち上がる時が来た、同士達よ! 三百年前、厄祭戦が終結した時に地球圏を統合、平和維持の為に機能した組織であるギャラルホルン。だがエイハブリアクターの独占、セブンスターズによる長年の運営管理は組織の腐敗を萬栄させた。今こそ、この欺瞞に満ちた世界を変える時が来た! 革命の時だッ!』

 

 会社の社長室に接地されたモニターで放送を見るクーデリアとフミタン。突如として地球圏、並びに火星圏全域に放送されたこの映像。神妙な面持ちで二人はモニターを見つめる。

 

『平和と秩序の番人として、ギャラルホルンの腐敗は断じて許される物ではない。つい先日もアーブラウとの癒着、市街地でのモビルスーツの運用が明るみに出た。このような--』

 

 放送の途中にも関わらずイスから立ち上がるクーデリア。ちらりと視線をフミタンに向ければ、彼女は察して有線回線で繋がった受話器を手に取る。

 

「鉄華団に連絡を。それからベルリ・ゼナムも呼び戻しますか?」

 

「そうして下さい。また激しい戦闘になるかもしれません。有事に備えてわたくし達も動きましょう」

 

「わかりました」

 

 ギャラルホルンが内部で動きつつある中でクーデリアも独自に動きを開始する。そしてそれは鉄華団も同じ。

 港から発信した白いシャトルの中で団長のオルガ・イツカもこの放送を見ていた。

 

「本当におっ始めやがった。アンタの言う通りになったな、モンタークの会長さんよ?」

 

「私は嘘などつかないよ」

 

 ブリッジの隣に座るのは鉄華団に仕事の依頼をしたモンターク商会の仮面の男。以前と同じようにフルフェイスの金色の仮面を付けており表情は全く伺えない。

 

「この演説のお陰でアリアンロッド艦隊も我々に興味は示さないだろう。地球に降りさえすれば私も少しは手を貸せる」

 

「それはシャトルに初めから積んであったコンテナのことか?」

 

「中身は時が来るまで秘密にさせてもらう。使わなくても済むことを祈るよ」

 

「爆弾とかじゃねぇだろうな? 用済みになれば俺達を消し飛ばすつもりか?」

 

「高額な依頼料を払ったんだ。そんなことをしても意味がないだろ? 帰りのことは気にせず、安全に目的地まで運転してくれ」

 

「確かに金は受け取った。でもアンタのことを完全に信用した訳じゃねぇ。妙な真似しやがったらいつだって仕事を放棄するからな? 忘れんじゃねぇぞ」

 

「フフフ……大丈夫さ」

 

 警戒心をあらわにしながらもオルガはシャトルの軌道を変える。青く光る星が少しずつ大きくなって来ていた。

 モンタークの言うようにギャラルホルンの防衛部隊が待ち構えていたりする事はない。それでも警戒して進行ルートは事前に調査して防衛ラインに入らないよう安全なルートを選んでいる。

 

(でも確かに、このまま地球に降下できれば仕事の半分は終わる。前にやった時と比べれば楽過ぎる。けど俺の勘が安心するなって騒いでる。このキナ臭い男のこともな)

 

 そしてオルガの予感は的中した。後方から高速艦がオルガ達の乗るシャトルに向かって来ている。

 

「何か来やがったぞ!? ギャラルホルンか?」

 

「白い機体なら行けるだろう?」

 

「わかってる! いいか、俺らに指図はするな! ミカ、バルバトスを出せるか?」

 

 怒鳴るオルガをほくそ笑むモンターク。オルガはコンソールパネルを叩き通信を繋げるとバルバトスに搭乗する三日月に繋げた。

 モニターには阿頼耶識のケーブルを繋ぎながらコクピットのシートに座る三日月。

 

『行けるよ。敵が来たの?』

 

「まだわからねぇ。でも相手の高速艦の識別はギャラルホルンだ。モビルスーツが出て来たらミカもバルバトスで出てくれ」

 

『わかった……』

 

 できれば敵対しない事を祈るオルガだったが、接近するギャラルホルンの艦はハッチを開放しモビルスーツの発進準備を勧めている。

 

「チッ……やっぱ無理か。シャトルのハッチを開ける。頼んだぞ、ミカ!」

 

 言われて操縦桿を握る三日月。敵を倒すべく闘争本能を掻き立てる。

 

「それじゃあ行くか……バルバトス、出すよ」

 

 一方のギャラルホルンの高速艦からも二機のモビルスーツが発進する。一機はグレイズの後継機である汎用モビルスーツのレギンレイズ。

 緑色の装甲、モノアイはグレイズの時とは違い窓のように変更されていた。見た目はグレイズの時と大きな変更点はないが、エイハブリアクターの出力も上がり、機動力や運動性能も上昇している。

 アリアンロッド艦隊にのみ先行して配属されたばかりの新型だ。それに搭乗するのはパイロットスーツを装着するジュリエッタ。

 

「シャトルを捕捉しました。ですが本当にこんなことをしている余裕があるのですか?」

 

「クーデターの鎮圧には他の部隊も出動している。我々二人が居ないくらいなら問題ない」

 

「そうかもしれませんが印象と言う物が……ラスタル様に許可は貰ったとは言え……」

 

 ジュリエッタに答えるのはマスクを付ける謎の男、ヴィダール。彼も自身のモビルスーツに乗り込み出撃した。

 それはデータにない機体。青の装甲、しかし所々のフレームはむき出しの状態。サイドスカート部には大型バインダーを装備し、頭部のツインアイからは不気味な赤い光が漏れる。

 パイロットと同じ名称を持つ機体、ヴィダール。

 

「良いんだ。俺の目的を遂行する為にもこの機体を仕上げる必要がある」

 

「アナタの目的?」

 

「あのシャトルは調べが付いている。奴らも因縁浅からぬ相手だ。相手をするにはちょうど良い。先行する、遅れるなよ?」

 

「誰が遅れるですって!」

 

 ペダルを踏み込むヴィダールはメインスラスターを全開にし青白い炎を噴射して加速する。それに続きジュリエッタのレギンレイズも進む。しかし最新型であるレギンレイズよりもヴィダールの機体の方が機動力が高い。

 メインスラスターの出力を上げるが二機の距離は遠ざかっていく。その性能の高さにジュリエッタは舌を巻く。

 

「早い……追い付けないなんて。ヴィダール、あの機体は何?」

 

 ヴィダールが接近する先にあるシャトルからもハッチが開放され、三日月のバルバトスが出撃した。

 

「やはりな。フォルムは変わっているがあの時の奴か……」

 

 マニピュレーターを大型バインダーに伸ばし針のように細く長いサーベルを手に取る。一直線に進んで行くヴィダールに、バルバトスの三日月もソードメイスを片手に戦闘態勢に入った。

 

「データ採取に付き合って貰う。鉄華団の白い悪魔」

 

「あれ? 知ってる奴? でも――」

 

 バルバトスもメインスラスターで加速し、ソードメイスを大きく振りかぶりヴィダール目掛けて袈裟斬りした。

 

「殺す……」

 

 だが刃は空を斬る。バルバトスの攻撃に反応するヴィダールは寸前で避けると右脚で蹴り上げた。つま先からは蹴撃用ブレードが展開され胴体に迫る。が、三日月も瞬時に反応しソードメイスでこれを受けた。

 衝撃にバルバトスの腕のフレームが軋む。

 

「今までの奴と違う」

 

「そうとも。同じにされては困る」

 

 ブレードを収納し踵でソードメイスを蹴るヴィダールは反動を利用して一旦距離を取る。メインスラスターから青白い炎を噴射して縦横無尽に動く青い機体。バルバトスは両腕の二〇〇ミリ砲を展開し、敵に目掛けて撃ちまくる。

 

「チッ……すばしっこいな」

 

「行くぞ。見掛け倒しではない所を見せてみろ」

 

 砲撃の中を潜り抜けながらヴィダールが再びバルバトスに迫った。マニピュレーターに握ったサーベル、バーストサーベルの鋭い切っ先を突き立てる。

 鋼と鋼がぶつかり火花が飛ぶ。反応する三日月はソードメイスで相手の攻撃を受け流した。

 

「まだまだ、この程度では終わらん!」

 

 旋回するヴィダールは最接近を掛けバーストサーベルを突き刺さんとする。しかし三日月の反応も早い。リミッターを解除していなくともヴィダールの攻撃に付いて来る。二回、三回とバーストサーベルで続けて攻撃してくるヴィダールにソードメイスを匠に扱い受け流す。

 鋼と鋼がぶつかり合い激しい火花を飛ばしながら、隙きを狙い腕の小型砲で敵を狙う。操縦桿のトリガーを引きヴィダールに放つが、相手は身をよじるようにして全ての弾を避けていく。

 

「早いし出力もバルバトスと同じくらいある。どうする?」

 

「装甲の薄さを狙われることくらい承知の上だ。一発たりとも当たりはしない!」

 

 バーストサーベルをバインダーに戻すとフロントスカートから二丁のハンドガンを取り出す。小型ながらミサイルを撃ち落としたり牽制に使うには充分な威力を持っている。

 二つの銃口を向けるヴィダールはバルバトスに狙いを定め集中砲火を掛けた。激しいマズルフラッシュと共に弾丸がバルバトスを襲う。

 

「もっとお前の本気を見せてみろ。そうでなくては慣らし運転にもならん」

 

「クッ! 鬱陶しいんだよ、お前!」

 

 弾が数発、白い装甲に直撃するがナノラミネートアーマーに深いダメージは通っていない。ペダルを踏み込む三日月はメインスラスターで機体を加速させ、ヴィダール目掛けて一気に詰め寄る。

 その間も途切れる事なく両手でハンドガンのトリガーを連射するヴィダールは虎視眈々とチャンスが来るのを待つ。

 

「しびれを切らしたな? この一撃で勝負だ、白い悪魔!」

 

「はあぁぁぁッ!」

 

 ハンドガンをスカートに戻し右手でバーストサーベルを引き抜くヴィダール。数秒もすればソードメイスを構えるバルバトスが目前にまで迫って来た。

 操縦桿を押し倒しペダルを踏み込むヴィダール。左の大型バインダーからグリップの接続されていないバーストサーベルを高速で射出した。

 

「こう言う使い方もできる! 獲ったぞ!」

 

「やるぞ、バルバトス……」

 

 射出したバーストサーベルは攻撃と同時に目眩ましの効果もある。一瞬、視線が反れた隙きに加速して鋭い切っ先を相手のコクピット部に突き立てん。

 が、バルバトスはそれに反応すると瞬間移動するかのようにしてヴィダールの背後に回り込んだ。ツインアイは赤黒く光っている。

 

「潰れろ!」

 

「潰れはしない。そうでなくては貴様と戦う意味もない。システム・タイプEを起動させる」

 

 パイロットの声を認識して機体のシステムが起動した。ヴィダールの機体のツインアイも赤黒く光り、瞬時に振り返りソードメイスの刃が装甲に届くよりも早くにバーストサーベルを突き出した。

 切っ先が刃と衝突し激しい爆発が起こる。

 

「くぅッ!? さっきの動き……」

 

「起動には成功した。ならば――」

 

 爆発の炎の中から飛び出すヴィダールは脚部のブレードを展開し蹴り上げる。

 刃が胸部の装甲をかすめ火花を散らすがギリギリの所で避けるバルバトス。ソードメイスを振り下ろす隙きはないとみた三日月は右手のマニピュレーターの鋭いクローで相手の頭部を突く。

 だが、ヴィダールはリミッターを解除したバルバトスの動きに付いて来る。

 

「お前の動きが見える! 悪魔と恐れられる貴様に俺が! 俺達の力が勝っている!」

 

「反応速度が追い付けない?」

 

 フロントスカートからハンドガンを抜く。頭部を横に傾けクローの突きを避けると銃口を伸びる腕に密着させた。トリガーを引き、激しいマズルフラッシュと共にゼロ距離から弾丸が撃ち込まれ腕が弾かれる。

 更にブレードを展開した脚でソードメイスを蹴り飛ばし、バルバトスの両手から武器を奪う。両腕の小型砲を構えるが、数発直撃を受けた所でナノラミネートアーマーは耐えきれる。 

 

「貰ったッ!」

 

「ッ!――」

 

 大型バインダーからバーストサーベルを引き抜き瞬速でコクピットに突き立てる。が――

 

「掴んだだと!?」

 

「おい、バルバトス……この程度なのか?」

 

 空いたマニピュレーターでバーストサーベルを掴むバルバトス。三日月の意思に答え、ツインリアクターの出力も更に上昇していく。

 

「こんな奴……さっさと終わらせるぞ」

 

 バーストサーベルが真ん中からへし折られる。グリップから電気信号が送られていないお陰で爆発する事なく、折ったサーベルを振り上げた。

 赤黒く光るバルバトスのツインアイにヴィダールは圧倒される。

 

「悪魔の力……これが……ぐぅッ!?」

 

 回避行動が間に合わず肩の青い装甲に切っ先が突き刺さる。肉薄するバルバトスを蹴り飛ばし、攻撃を受けた装甲を引き剥がして離れるヴィダール。反撃に移ろうと操縦桿を握り直すが、コンソールパネルに異常を示し赤く光る。

 

「チッ! 慣らし運転止まりか。ジュリエッタ、聞こえるな? 一時撤退する」

 

「逃がすか!」

 

 バインダーから残りのバーストサーベルを放出しハンドガンで撃ち抜く。

 一本の爆発が二本三本と誘爆し巨大な炎に膨れ上がる。その爆発に紛れて離脱するヴィダールに両腕を突き出し小型砲を連射する三日月。けれどもスラスター制御で縦横無尽に動くヴィダールは容易く弾を避けていく。

 ジュリエッタのレギンレイズはようやく追い付いたにも関わらず、バルバトスをモニター越しに見るだけに留まる。

 

「どうして後退する必要があるのです? 相手は一機で増援もないのですよ? 私が牽制してアナタの機体で攻め込めば――」

 

「いいや、システムに異常が出た。艦に戻ってチェックする必要がある」

 

「その為に毎日籠もっていたのではないのですか? ヴィダール、敵が来ます!」

 

 離脱するヴィダールだが三日月が見逃す筈もなく、バルバトスが高速で迫る。

 ジュリエッタは装備するライフルでバルバトスを照準に収めトリガーを引く。だがバルバトスは一瞬で照準の外へ動きレギンレイズヘ一気に詰め寄る。

 

「これは!?」

 

「遅いよ。弱い奴を相手してる暇ないんだ」

 

「馬鹿にして!」

 

 トリガーを引き続けるがバルバトスの装甲には一発たりとも命中しない。接近する三日月はクルリとバク宙しレギンレイズのライフルを蹴り飛ばす。そして姿勢を元に戻しソードメイスをフルパワーで振り下ろした。

 回避行動を取るジュリエッタだが、重たい刃が右のマニピュレーターを持っていく。

 

「反応速度!? パワーでも負けている?」

 

「アイツが来る」

 

 視線を反らせば背後から最後のバーストサーベルを構えるヴィダールが加速して接近して来た。ソードメイスを逆手に持ち振り返ると同時に敵の攻撃を受け流す。切っ先と刃が擦れあい再び激しい火花が飛ぶ。

 けれどもヴィダールはこれ以上は追撃せず、バーストサーベルを切り離すと同時に爆発させた。炎に包まれるバルバトスの装甲。

 スラスターから青白い炎を噴射し上昇する事で脱出し前方を見るが、既にヴィダールとレギンレイズの姿は豆粒のように小さくなっていた。

 

「逃げられた」

 

『ミカ、シャトルから離れすぎるな。敵は離れて行ったんだ。無理に追う必要はねぇ。もうすぐ地球にも降下するんだ、一度戻れ』

 

「わかったよ、オルガ」

 

 オルガの通信を聞き素直に従う三日月。バルバトスのツインアイは元の輝きに戻り、ソードメイスを肩に担いで現領域から離脱する。

 先に離脱したヴィダールとジュリエッタも自らの母艦に向かっていた。

 

「で、これからどうするのです? ヴィダール」

 

「そっちの機体の損傷は浅いな?」

 

「え、えぇ。マニピュレーターが破壊されただけですので。修理はすぐに終わりますが」

 

「そうか。なら大気圏突入の準備も一緒に進めるんだ」

 

「大気圏? 降りるのですか?」

 

「俺もシステムの調整が終わればすぐに行く。気が付いたか? 白い悪魔以外にもエイハブウェーブの反応があったことに。思いも寄らない収穫だ」

 

 それぞれの思いが交差する中、三日月達の乗るシャトルは地球へと向かって行く。

 

///

 

 設置したテントの前に木材が置かれている。ベルリは夜に備えて準備を進めており、バックパックからは今日の夜食を取り出しどれを食べるかを悩む。

 

「昨日はウサギを食べれたのに、標高が上がるとそうもいかないな。ヒモを引っ張っり三秒で食べれる……チキン味……」

 

 カップのインスタントに印刷された文字を読みながら、空から聞こえる風とは違う音に気が付く。激しいエンジン音と空気を切り裂くプロペラの音が次第に近づいて来る。

 

「え……こんな場所に何なの?」

 

 夕日の逆光の中から迫る影は確実に、岩肌ばかりの山にポツンと居るベルリの元へ来ていた。プロペラから発生する風圧が砂を巻き上げ目に入ろうとするのを腕で防ぐ。

 

「ゔっ! このマークって……」

 

 肉眼で見える距離まで来たヘリの扉には赤い華のマークがペイントされている。低空で浮いたまま縄ばしごを降ろし、中から一人の女性が出て来た。ブーツの踵で地面を踏み締める彼女はクイッと眼鏡の位置を正しベルリの前に立つ。

 

「休暇は終わりです、ベルリ・ゼナム」

 

「フミタンさん!? どうして?」

 

「それよりも早く中へ。少し厄介なことになりつつあります」

 

「は、はい!」

 

 急かされるベルリはインスタントのカップを戻しバックパックを背負い、彼女と共に縄ばしごを登りヘリコプターの中へ。扉を閉じ外の風を遮断してからシートに座る。向かい合って座るのは、今や企業の社長となったクーデリアだ。

 

「突然すみません。端末から位置を探して迎えに来ました」

 

「僕を迎えに来るって何かあったのですよね? Gセルフが必要なのですか?」

 

「その可能性もあります。各地の自警団やギャラルホルンも動いてますが被害の規模がどうなるか予測が付きません」

 

「一体何があったのです? まるで戦争みたいな」

 

「戦争の方がまだ良いかもしれません」

 

「え……」

 

 表情に影が掛かるクーデリア。重たくなる空気の中でもエンジン音は響き続ける。

 

「ベルリさんにはわからないかもしれません。この世界ではかつて、厄祭戦と呼ばれた大きな戦争……いいえ、もはや戦争と呼べる物ではなかったようです。厄祭戦により地球の文明は衰退し、月が荒廃する程の傷跡が残った大きな戦い。それが再び起ころうとしています」

 

 真剣な眼差しを向ける彼女にベルリも息を呑む。

 P.D.三二三年、時代は再び変革の時を迎えようとしていた。




 よぉ! ノルバ・シノだ! みんなからはシノって呼ばれてる。
 ようやく俺のモビルスーツが届いた。しかも三日月や明宏と同じガンダムフレームって奴だ! これでアイツラに頼りっぱなしにならずに済むぜ。
 でも真っ白な装甲って俺のセンスに合わねぇな。もっとド派手に塗り替えねぇと。
 次回、鉄血のレコンギスタ――天使と悪魔と――
 俺の活躍、しっかり見とけよ!


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第二十話 天使と悪魔と

 ――火星時間PM一七時五〇分――

 

 ベルリがクーデリアと共にヘリコプターで移動する一時間前。

 シャトルで地球へと向かうオルガと三日月、モンタークは迫る地球の青い景色を前にしても後方から追って来るギャラルホルンの艦艇に注意を向けていた。

 操縦桿を握るオルガは背中に冷や汗を流しながら、シャトルの降下体勢に入る。

 

「まさかとは思うが降りてる所を攻撃なんてしねぇだろうな? ミカ、降りればまたすぐに戦闘になる」

 

「うん、わかってる。見えないけどアイツの嫌な感覚はピリピリ伝わって来る」

 

「気合い入れて突っ込む! 後ろは頼んだ!」

 

 啖呵を切るオルガだが大気圏突入の為にシャトルを減速させて重力に引かれて落ちて行く。傾斜角度はコンピューターに任せ、空気の断熱圧縮が底面を真っ赤にした。激しい揺れに体を強張らせながら操縦桿を固く握り締める。

 

「ぐうぅぅぅッ!? この感覚……また地球に来たって実感するぜ。奴らは?」

 

 カメラが取る後方の景色。モニターに表示される映像には大気圏突入用に改良されたシールドをサーフボードのように使い二機のモビルスーツが降下していた。三日月と戦ったヴィダールの青い機体とジュリエッタのレギンレイズ。

 

「完全に降下するまで追い付かれることはねぇだろうが……」

 

「私が出よう」

 

 振り向けばシートに座るモンタークが口を開いていた。フルプレートのマスクから覗く瞳は笑っているようにも見えるが正確な意図は読み取れない。

 

「出るって……持って来たコンテナの中身はモビルスーツなのか!?」

 

「彼でも二対一では辛いだろう。私が片方を相手している間にもう片方を倒してくれ。そうすれば安全に目的地に着ける」

 

「そうかもしれねぇけどよ……クッ!」

 

 パネルを叩くオルガは通信でバルバトスのコクピットに座っている三日月に繋げる。

 

「ミカ! もうすぐ出撃だ。モンタークの社長もモビルスーツで出るらしい」

 

「別に一人でも大丈夫だけど、まぁ良いか。オルガはどうするの?」

 

「二人を降ろしたら俺は一旦ここを離れる。社長が目的地に取り付いたのを確認したらお前を迎えに行く。それまでは死なねぇように援護してやってくれ」

 

「わかった。それじゃあ出るよ」

 

 シャトルが完全に大気圏を越え地球の制空権内に入った。格納庫のシェルターか開放され、装備を整えたバルバトスがメインスラスターを吹かし出撃した。背部には太刀とソードメイスを、両手には大型レールガンを握り、スラスターで姿勢制御しながら振り返る。

 数秒遅れてモンタークのモビルスーツも出撃した。しかし、その機体を見た瞬間にオルガと三日月は目を見開く。

 

「あの赤い機体は!?」

 

「お前……前に戦った奴だ」

 

 スリムで軽量なフレーム、真紅の装甲、特徴的な両腕のブレード。見間違える筈もない。その機体は以前に数回交戦した機体と同じだ。

 ヴァルキュリアフレームのグリムゲルデ。コクピットに座るモンタークは悪びれもせずに通信で声を流す。

 

「今まで黙っていたことは謝るよ」

 

「そういう問題じゃねぇッ! お前の目的は何だ! あん時は攻撃して来た癖に今度は俺達を頼るってのはどういうことだ!」

 

「そう怒らないでくれ。今は君達の味方だ」

 

「信用できると思ってんのか!」

 

「だったら契約は破棄せざるを得ないな。ここまでの苦労は全て水の泡だ。それでも良いのか? 目的地はもう目と鼻の先だ。仕事が終われば君達は大金を得られる。それにこんな所で契約を破棄した所で眼の前の相手は許してはくれないよ」

 

「またそうやって口先で翻弄するつもりか?」

 

「今はクーデターで防御網が薄くなっているだけでここはもう地球だ。ギャラルホルンの勢力圏内であることを忘れてないかい? ここで私を切り捨て資金も物資も援助もなく火星まで戻れるのなら切り捨てれば良いさ」

 

「グッ!? 足元見やがって! クソ……クソォォォッ!」

 

 足元の鉄板を力任せに蹴りつける。鉄板の音が響き蹴りの一撃で凹んでしまった。怒りで頭に血が上るオルガではあるが大きく息を吸い込み幾ばくの冷静さを取り戻す。

 再びパネルを操作しバルバトスに通信を繋げ三日月に指示を送る。

 

「ミカ、信用はできねぇ奴だがここは一緒に戦ってくれ。目の前の機体だけでも何とかしねぇよこっちが不味い」

 

「俺はオルガの命令を聞くだけだよ。降りて来る奴を倒せば良いんだよね?」

 

 言われて照準を合わせる三日月はトリガーを引いた。上から降りてくる二つのシールドからは機体の姿は見えない。けれども関係ないと発射された大口径の弾丸は一直線に突き進む。

 シールドの一つは回避行動を取り、もう一つは避けようともせず最短ルートで進んで来る。

 

「来るの? だったら……」

 

 直撃する弾丸はシールドにダメージを与えた。三日月は連続してトリガーを引き続けてシールドに弾を当てる。

 轟音が響き、更に弾丸を発射すると相手のシールドは限界を迎え砕けた。

 そこから現れるのは青い装甲を纏うヴィダールの機体。

 

「白い悪魔の相手はジュリエッタに任せる。俺の相手は赤い機体だ」

 

「ちょっと勝手に!」

 

「奴だけは逃す訳にはいかん」

 

 メインスラスターから青白い炎を噴射し加速するヴィダールは向かって来るレールガンの弾丸を回避して一気に駆け抜ける。大型バインダーからバーストサーベルを引き抜き、バルバトスの横を通り過ぎグリムゲルデに肉薄する。

 けれども三日月がそれを許す筈もなく、大型レールガンを投げ捨てソードメイスを握り背後からヴィダールに攻めようとした。が、ソードメイスにアンカーが巻き付きバルバトスの動きを制限する。

 

「少し不本意ではありますが、アナタの相手は私です」

 

「邪魔するなよ。潰すよ?」

 

「潰れるものですか!」

 

 リアクターの出力を上げてアンカーを引っ張り上げる。レギンレイズが装備している二本の棍棒のような武器、ツインパイルでバルバトスを殴り付ける。

 三日月は自由に使える左腕で相手の攻撃を防御した。鋼と鋼とがぶつかり合う鈍重な音が響く。しかし攻撃は終わらない。小型で小回りが利くツインパイルでジュリエッタは連続して次々と殴りまくる。

 しかしバルバトスは姿勢を崩す事もなく攻撃を受け切る。

 

「何て頑丈なの!? これがガンダムフレーム……パワーや性能を比べたら負ける。先手必勝でこのまま――」

 

「邪魔する奴は潰すって――」

 

 何度目かのツインパイルが左腕に当たると同時にレギンレイズの腹部が蹴り飛ばされる。

 

「なッ!?」

 

 重力に引かれて落ちて行く機体。それでも釣り糸のように伸びるアンカーに三日月はマニピュレーターのクローで引き裂く。

 自由になった右腕とソードメイスを構え、落ちて行くレギンレイズを捉えメインスラスターで加速。

 

「言っただろ……」

 

「潰れないと言いました!」

 

 振り下ろされる刃。

 だがジュリエッタは両肩の装甲をパージし機体を軽くしメインスラスターの加速で上昇した。

 

「後ろを取った! これなら――」

 

「はぁぁッ!」

 

 バルバトスは振り返ると同時にソードメイスを振り払う。ツインパイルを構えていたレギンレイズの左腕がこともなく吹き飛ばされた。

 

「反応速度が!?」

 

「雑魚は消えろよ!」

 

「認める必要があるようですね。これは機体性能の差ではない。それでも!」

 

 残る左腕でツインパイルを振り降ろし、アンカーを射出し今度は胴体を拘束する。クローで切断しようとする三日月だが、ジュリエッタの動きも早く両腕ともぐるぐる巻きにし完全に動きを封じた。

 

「捕らえました! このまま海に沈め!」

 

「コイツッ!?」

 

 二機はもつれ合いながら重力に引かれて落ちて行く。

 一方、ヴィダールはグリムゲルデと対峙していた。バーストサーベルでヒットアンドアウェイを繰り返すヴィダール。けれどもグリムゲルデは両腕のブレードで匠に攻撃を往なす。

 コクピットの中でヴィダールはほくそ笑む。

 

「操縦技術も同じ……パイロットはやはりお前か、マクギリス」

 

「フフ……気が付いていたか」

 

「あの時からもしかしたらと思っていた。けれどもお前に殺されたあの瞬間、迷いは完全に消えた。でも遅かった……そのせいでカルタは死ななければならなかった。あの時の怒りが……悲しみが……俺を地獄から蘇らせた」

 

「死んだ人間は蘇りはしない。ガエリオ、お前が生きているのは私の油断と奇跡的な運に過ぎない。ここで私達の関係を終わらせよう」

 

 モンタークはフルプレートのマスクを取った。ようやく現れた素顔はギャラルホルンの准将に昇格し、セブンスターズの一員であるマクギリス・ファリド。

 その表情からは何の感情も読み取れない。

 

「ガエリオ、私は何としても我が野望を成就させる。その為ならば誰であろうと利用するし、邪魔をすると言うのなら躊躇なく排除する。お前も例外ではない」

 

「マクギリス! カルタはお前に恋い焦がれていたんだぞ? そのお前が! どうして!」

 

「もはや語る舌は持たん。立ち塞がるのなら……」

 

「お前はッ! 目覚めろアイン! 奴を止める!」

 

 コンソールパネルを叩き機体に内蔵されたシステムを起動させるヴィダール。ツインアイが赤黒く輝き、機体の運動性能と反応速度が飛躍的に上昇する。

 加速して接近するヴィダールはバーストサーベルを突き出し、ブレードを収納する右腕のシールドに切っ先を突き立てた。

 瞬時にトリガーを引きバーストサーベルを爆発させる。炎に包まれる二機の機体。爆発の中から退避するグリムゲルデだが、シールドは破壊されブレードにも亀裂が入ってしまう。

 

「その機体……ガンダムフレームのキマリスを改修した物か? そして反応速度……阿頼耶識システムを繋げている?」

 

「これは俺だけの力ではない! 俺とアイン、二人の力だ! マクギリス、お前にはわかるまい!」

 

「そうか、彼も辛うじてまだ生きていいたか。だが禁忌の力を使っているのはお前も同じ。あの男をシステムに組み込み阿頼耶識システムを使うなどと」

 

「俺もアインも一度死んだ。マクギリス、お前と止められるのならば!」

 

 ヴィダールもフルプレートのマスクを脱ぎ捨てる。現れる顔には重症を負った時の大きな傷跡が残っており、更に怒りの形相で歪んでいた。

 マクギリスを逃すまいとメインスラスターで加速し、バーストサーベルの切っ先を突き立てる。

 グリムゲルデはブレードの刃で激しい火花を上げながら攻撃を受け流す。

 

「わからないさ。ガエリオ、お前もそうだ。私の心の中で燃える静かな青い炎……あの時からずっと私はこの時が来るのを待ち焦がれていた! 故に――」

 

 肉薄する相手にブレードを斬り上げ、刃が青い胸部装甲をかすめ傷を付ける。だがシステムを起動したガエリオのヴィダールの動きは早い。つま先からブレードを展開し、シールドの失くなった左腕を蹴る。

 Gセルフのビーム兵器対策としてフレームにもナノラミネートを塗布したグリムゲルデ。それでも元々の防御力を犠牲にして機動力と運動性能を高めるべく設計された機体。一度の蹴りで左腕が耐え切れずに歪む。

 

「ぐぅッ!? 今はお前の相手をしている暇はない」

 

「逃さないと言っただろ、マクギリスゥゥゥッ!」

 

 ブレードを振り払い地上に向かって一気に加速するグリムゲルデ。叫ぶガエリオもペダルを踏み込みメインスラスターから青白い炎を噴射させる。

 グレイズなどの並の機体を遥かに凌駕するガンダムフレームの性能。距離を離したのは最初だけで、瞬時に最接近しバーストサーベルを突き刺すと次は右脚を破壊した。

 バランスの崩れる機体だが、マクギリスは構わずペダルを踏み込んだまま加速させ続ける。そして見えてくるのは海上に建設されたドーム状の巨大な建物。グリムゲルデはそのまま屋上部分に激突し、コンクリートの壁を打ち破って中へと入った。

 逃げた先を見て、ガエリオは一時だけ機体の動きを止めてその建物を凝視する。

 

「これは……アグニカの魂が眠るとされている祭壇……だがこんな所に逃げ込んでもだな!」

 

 ペダルを踏み込むガエリオはグリムゲルデが開けた穴目掛けて進んで行く。そして屋根を通り抜けると、そこには二機のモビルスーツが見えた。一機はマクギリスが搭乗している損傷したグリムゲルデた横たわる。

 そしてもう一機体。全身の白い装甲、背部に設置される翼のようなスラスターウイング。サイドスカートの両側には金色のソードが一本づつ。頭部の二本のアンテナの奥には赤いツインアイが。

 

「ガンダム……フレーム……どうしてこんな場所に……」

 

「それこそがこの場所にアグニカの魂が宿ると言われている所以さ」

 

「マクギリス! くッ!」

 

 横たわるグリムゲルデのコクピット部分にバーストサーベルの鋭い切っ先を突き立てた。が、パイロットは既に降りている。

 マクギリスはその場に立ち尽くす白い機体のコクピットにまでやって来ていた。

 

「ガエリオ、お前にも見せてやる。私が懇願した未来を……アグニカ・カイエルはここに復活する!」

 

 制服を脱ぎ捨てるマクギリス。背中には三日月らが付けているピアスがあった。それはつまり阿頼耶識システムを繋げる為の手術を受けたと言う事。

 機体のカメラで見るガエリオは目を見開き驚愕した。

 

「俺がアインの脳髄をシステムに組み込んだのと同じように、お前も阿頼耶識システムを使おうと言うのか?」

 

「いいや、違う……これは本物の阿頼耶識システムだ。アイン・ダルトンを使ったのはこの為のデータ採取に過ぎない」

 

「データ採取だと? お前は……アインの命さえも!」

 

 コクピットのシートに座りピアスとケーブルを繋げる。操縦桿を握り静かに目を閉じ、深呼吸を繰り返す。

 脈打つ鼓動だけが聞こえる。

 一回……二回……三回……

 

「ッ!?」

 

 目を見開くマクギリス。全身が痙攣し、呼吸が荒くなる。同時に白いガンダムフレームのツインアイが赤く輝き、ツインリアクターが起動してエネルギーを作り出す。

 

「動き出したのか?」

 

「フフッ……フフフ……」

 

「マクギリス……」

 

「誰だ? 俺はアグニカ……アグニカ・カイエル」

 

「何だと……どう言うことだ? ふざけているのか!」

 

「識別コードは……お前の機体、外見は変わっているがキマリスか。だが乗っているのはクレイグじゃない。まぁ良い、俺が寝ている間に随分と状況は変わっているようだ」

 

 面持ちが、雰囲気が、マクギリスだった時と比べて何もかもが違う。自らをアグニカ・カイエルと名乗る男。

 

「本当にアグニカ・カイエルなのか? 奴の体に人格が乗り移った?」

 

「久しぶりの感覚だ……俺はまだ生きている……行くぞ、バエル……」

 

 腰部から金色の剣を抜く白い機体。相手が動くのを見て瞬時に反応するガエリオはヴィダールのバーストサーベルで突きを繰り出す。

 鋼と鋼が擦れ火花が散る。白い機体の方が反応も動きも早く抜いた剣で攻撃を受け流した。

 

「遅い、クレイグが乗っていればこんな動きではなかった」

 

「遅いだと?」

 

「お前に見せてやる。バエルの……いや、俺の力を!」

 

 ヴィダールを押し返しもう片方のマニピュレーターで二本目の剣を抜く。背部の大型スラスターウイングを翼のように広げ、地面を蹴り加速し両腕をX字に振り抜く。

 

「なッ!?」

 

 たった一度の攻撃でヴィダールの両手が切断され、青い胸部装甲にも傷が入る。アインのシステムを起動させ反応速度が上がっているにも関わらず、ガエリオは手も足も出なかった。

 

「これがあの機体の……バエルの力なのか? クッ! 離脱するしかない」

 

 メインスラスターから青白い炎を噴射して飛ぶヴィダールは天井に空いた穴から逃げて行く。

 遠ざかる機影を静かに見るアグニカは追撃しようとはせず、コンソールパネルを叩き通信回線を繋げた。

 

「今ここに! バエルと共にアグニカ・カイエルは蘇った! 厄祭戦が終わって三〇〇年……俺の魂はバエルの中に封印された。その間に人類の文明は随分と反映したみたいだが、同時に人の数は増えすぎた。お前達も目を覚ませ、天使達よ。再び狩りを始めよう、人間狩りをな……聞け、人類よ! 厄祭戦は再び……始まる!」

 

///

 

 ――火星時間一九時二〇分――

 

 全世界に向けて放送されたアグニカ・カイエルの放送。それを受けて鉄華団のモビルスーツ隊も警戒態勢を取り、シノもロールアウトされたばかりの自らの機体に乗り込む。

 

「オイオイ、まさかあの男が言ってたことを真に受けるのか? 厄祭戦ってとっくの昔に終わったんだろ?」

 

「俺も本気で信じてねぇ。でも地球に行ったオルガと三日月が心配だ。用心しておくに越したことはねぇ」

 

 グシオンに乗り込む明宏も機体の調整に入る。

 新米のハッシュはモビルスーツで物資の運搬を行っており、何個目かのコンテナを地面に置くとコクピットの中で息を吐いた。

 

「ようやく乗せてもらえても結局雑用かよ……はぁ……腹減った。さっさと終わらせて――」

 

 地面が弾む、空気が揺れる。激しい音と共にどこからか大きな土煙が上がった。咄嗟にその方向を見るハッシュ。震源は数キロ先で、煙の中からでも巨大な機影が見えた。

 

「何なんだ……アレ……」

 

 二本の足、腕はなく胴体に巨大な翼。頭部にはクチバシのような物がありさながら鳥のよう。

 クチバシを開くと中からは大口径の砲門が。リアクターの出力を上昇させエネルギーを回すと、日が沈んだ夜の闇の中で一つの光りが灯る。

 

「モビルスーツ……じゃないし、一度本部に連絡を――」

 

 ハッシュがコンソールパネルに手を伸ばした瞬間、閃光が轟く。大容量のエネルギーは空気を焼き払いハッシュの獅電目掛けて一直線に突き進む。

 警戒心の薄れている彼に咄嗟の動きができる筈もなく、目の前に迫る巨大な輝きに呆然とするしかない。

 

「え……」

 

 獅電がエネルギーの中に飲み込まれようとしたその時、一機のモビルスーツが立ち塞がった。背中を向ける機体は光りの羽を展開し、全身の装甲を薄い青に変化させてエネルギーを受け止める。

 けれども青い機体がエネルギーに飲み込まれる事はない。エネルギーを粒子のようにして弾き飛ばし、また自らのエネルギーとして吸収した。

 ハッシュは目の前で起きた現象に理解が追い付かない。

 

「今の光りは何だ? それよりもその機体、地下に置いてあったヤツか? 何だって言うんだ?」

 

「リフレクターモードは作動している。機体に損傷はありませんね?」

 

「パイロットなのか?」

 

「離れていて下さい。あのモビルアーマーの相手は僕がします! バッテリーはまだ切れない」

 

 リフレクターモードを展開するGセルフ、ベルリはペダルを踏み込み機体を上昇させると突如現れたモビルアーマーと対峙する。




 アトラです。折角タービンズの人達からお魚を貰ったのにみんな全然食べてくれないんです。料理の仕方を教えて貰って美味しくできてるのに!
 明宏さんは見た目が怖いって言ってたけど、モビルスーツとかで戦う方がよっぽど怖いと思うけど……
 次回、鉄血のレコンギスタ――破滅へのカウントダウン――
 見ててね、今度はもっと美味しいお魚料理を作ってみんなに食べて貰うから!


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厄祭戦編
第二十一話 破滅へのカウントダウン


 投稿が遅れて申し訳ありません。
 どんなに遅くても月イチで投稿できるように心がけていたのですが先月はできませんでした。
 少しでも楽しみにしていただいてる方の為にも今月から頑張ります!


 背部からの攻撃を受け止めたGセルフ。それは紛れもなくビーム兵器。ここに来てからモビルスーツが携帯する武器も艦艇の主砲も全てが実弾だったにも関わらず、突如現れたモビルアーマーが口からビームを発射した事にベルリは驚く。

 

「あのモビルアーマー、ビームを撃った!?」

 

「な、何なんだよあのデカイの?」

 

「とにかく危険ですから退避して下さい!」

 

 バックパックから青白い炎を噴射し地上から飛び上がるGセルフ。上空から巨大な機影目掛けてビームライフルの銃口を向けトリガーを引いた。

 一直線に進むビームは土煙に塗れるモビルアーマーに直撃するが、この機体も他の例に漏れず装甲はナノラミネートアーマー。白い装甲に直撃するもダメージを受けた様子は伺えない。

 

「あの鳥みたいな機体もビームは通らないのか?」

 

 もう二度、三度とトリガーを引いてみるが、全身がナノラミネートの装甲に包まれているモビルアーマー。強力なGセルフのビーム攻撃を物ともせず、口を大きく開き上空にビームを放つ。

 

『キャアァアアアッ!』

 

「っ!?」

 

 モビルアーマーのビームは空気さえも焼き払う。高出力のエネルギーが発生する様はまるで雄叫びを上げるかのように、敵と認識したGセルフに攻撃を仕掛けてくる。

 ペダルを踏み込み回避行動を取るベルリ。だが発射されるビームはホースから出る水のようにGセルフを追い続ける。

 

「コピペシールド、行けるよね!」

 

 左腕のシールドからフォトン装甲シールドを複数枚展開し向かって来るビームを防ぐ。同時に加速しモビルアーマーの懐に飛び込む。狙うのは胴体の装甲の隙間からわずかの覗かせるフレーム。が、ベルリは銃口を向ける事すらできなかった。

 

「え……」

 

 ほんの一瞬、意識を向けた先からは高速で接近する小型で鋭利な物体。咄嗟に操縦桿を押し込みシールドで防ぐが、あまりの衝撃にマニピュレーターから手放してしまう。

 それはモビルアーマーの背部にワイヤーで連結されたブレードだ。

 

「尻尾だってぇ!? 動物じゃあるまいし!」

 

 左手を首元に運ぶとビームサーベルを引き抜き、再び襲い掛かるワイヤーブレードに注意を向ける。一発だけビームライフルのトリガーを引いてみるが、ブレードも全てナノラミネートアーマーで形成されておりダメージは通らない。

 接近するワイヤーブレードに針のように細いビームサーベルをあてがい激しい閃光が生まれる。

 

「くッ! どうするベルリ……ジャンプ、リフレクターモード!」

 

 地面を蹴り飛び上がるGセルフ。全身の装甲を青く変化させ背部から翼のようにフォトン装甲を展開させると同時にモビルアーマーの強力なビームが飛来した。

 背部からビームを受けるGセルフ。直撃するビームは粒子となりGセルフのエネルギーとして吸収されていく。機体にダメージは通っていないが、それでもベルリは防戦一方の戦いを強いられる。

 

「動物が相手なら普通の戦い方じゃダメなんだ。スピードも反応速度も今までの相手と違うぞ」

 

『キシャアアァアッ!』

 

「やってみるしかない!」

 

 シールドもない状態でベルリはペダルを踏み込み機体を加速させた。全身の装甲を深緑色に変え、口から発射されるビームをくぐり抜け懐に飛び込む。

 モビルアーマーの腹部に目掛け、両腕で高トルクパンチを叩き込んだ。

 

「いっちゃえぇぇぇッ!」

 

 ハイパワーによる衝撃が巨体を浮き上がらせる。だがそれだけで全身がナノラミネートアーマーのモビルアーマーは倒せない。ワイヤーブレードが素早くGセルフの右脚部に絡み付く。

 

「なっにぃ!?」

 

『ギギィィィッ!』

 

「本当に動物だって言うの? 野うさぎを捕まえるのとは違う。この尻尾が!」

 

 引きずられ土煙を上げて地面に擦り付けられる機体。

 モビルアーマーは自らの脚元にまで引き寄せて強靭な鉤爪が地面をえぐる。操縦桿を匠に動かしGセルフを操るベルリは地団駄を踏む鳥の脚を辛うじて避けるがそういつまでも集中力も続かない。

 地震が発生したかのように、絶え間なく鉤爪の攻撃が襲い掛かる。絡み付くワイヤーのせいで身動きも満足に取れない。

 

 

「右からも来る! トリッキー!」

 

 バックパックからトラクタービームを発射し目前に迫る脚を停止させるが、視線を向ければもう片方の脚がGセルフを蹴り飛ばした。

 

「ぐぅぅッ!?」

 

 衝撃に歯を食いしばる。高トルクモードで高まった防御力のお蔭で致命的なダメージはないが姿勢制御もままならない。

 そこにジャンプするモビルアーマーが鋭い鉤爪の切っ先でコクピットを貫こうとする。両腕を伸ばしマニピュレーターで受け止めるGセルフ。

 だがモビルアーマーの重量、更にはエイハブリアクターから発生するハイパワーにGセルフと言えども耐え切れない。ジリジリと切っ先が迫って来る。

 

「これじゃ押すも引くもできない! 何とかして逃げないと」

 

『ベルリ、そのまま押さえてろよ!』

 

「登録されてない機体?」

 

 Gセルフの後方、鉄華団の基地から現れたのは全身の装甲がピンク色の機体。シノのガンダム・フラウロスの姿がそこにあった。

 背部に二基搭載されているレールガン、頭部にはシノ自身が塗装した白いアイペイント。

 ツインアイで巨大なモビルアーマーをしっかり捕らえるシノは阿頼耶識システムを通してフラウロスに搭載された特殊機構を動かす。

 腕部のガントレットを展開し下半身を一八〇度回転させ四脚姿勢に変形するとレールガンの砲身に設置されているレーダーも合わせて狙いを定める。

 

「これが俺の流星号にしかできない特別性だ! ギャラクシーキャノン、発射ッ!」

 

 エイハブリアクターから生み出される電力は並の機体を凌駕する。トリガーを押し込むと同時に高弾速の弾丸が轟音と共に発射された。音よりも早く、空気を突き破る二発の弾丸は一直線に突き進みモビルアーマーに直撃した。

 通常の弾丸ならナノラミネートアーマーが耐え切るが、フラウロスから発射された弾丸はそれを突き破る。

 

『ググゥ……ア゛ア゛ぁぁぁッ!?』

 

 直撃の衝撃にモビルアーマーの体が後退する。胴体を二発の弾丸が突き破り、最後の断末魔の叫びを上げると力なく倒れ込んだ。モビルアーマーの拘束から逃れるベルリのGセルフはシノの機体の威力に目を丸くする。

 

「どうだ! これが俺の流星号の力だ!」

 

「す……凄い……助かりました、シノさん」

 

「気にすんな。それよりこいつは何なんだ? あの放送で言ってた厄祭戦と関係があるのかぁ?」

 

「わかりません。でも今は準備を進めましょう。地球に言った団長や三日月さんのことも気になります」

 

「そうだな、わかんねぇこと考えてもしょうがねえ。おい、ハッシュ生きてるか?」

 

 元のモビルスーツ形態に戻るフラウロスは逃げ遅れたハッシュの機体の元へと向かい、ベルリは戦闘により弾かれたシールドの回収に向かった。ペダルを踏みバックパックから青白い炎を噴射してジャンプするGセルフ。

 落ちているシールドの傍に着地しマニピュレーターを伸ばすと左腕にマウントさせる。

 その時、ふと何かが視界に入った。

 

「何だ? モビルワーカー……じゃないぞ?」

 

 サイズはモビルワーカーと同等、黒いボディーに真っ赤なモノアイ。両腕にはドリルが設置されており、その黒い機体は地中から三機、四機と次々に現れる。

 向かう先はフラウロスの一撃により倒したモビルアーマー。無数に集まる小型機はモビルアーマーの損傷箇所を修復していく。

 

「何だって言うんだ!? 自動修復してるの? アサルト!」

 

 修復される前に破損箇所に強力なビームを撃ち込み完全に破壊しようと試みるベルリ。Gセルフはパイロットの声を認識し装甲を赤い色に変えバックパックを両脇に抱えると即座にビームを撃った。

 だが小型の黒い機体は何重にも重なり合い壁となり、モビルアーマーへのダメージを防ぐ。

 

「あの小さいのもナノラミネートアーマー……シノさん、次の装填を急いで!」

 

「えぇ、何だって?」

 

「モビルアーマーはまだ動いてるんですよ! また来る!」

 

 再び立ち上がるモビルアーマーは口からビームを吐く。コピペシールドを展開するGセルフは地面を蹴り飛び上がるとビームライフルで小型機を狙う。

 装甲にはベルリが口にしたようにナノラミネートアーマーが使われているが小型故に全身ではない。モノアイや可動部などの隙間は強力なビーム攻撃を防ぐ事はできず、直撃を受けると内側から爆発するようにして破壊される。

 それでも巣穴から湧き出るアリのように数が多い。ビームライフルを二発三発と連続して撃ってもなかなか数は減らない。

 

「くッ!? どうすれば……」

 

「待てよベルリ! ギャラクシーキャノンの弾は二発しかねぇんだよ、一度基地に戻って--」

 

 返事を返すシノはフラウロスを基地に戻そうと踵を返しペダルを踏もうとしたその時、近づいて来るモビルアーマーを機体のシステムが感知しパイロットに動悸が走る。

 

「ぐッ!? 何なんだよ……こりゃ……」

 

 頭の中で見た事のない映像が鮮明にフラッシュバックする。それはモビルアーマーとガンダムフラウロスとの戦いの記憶。

 シノがリペイントする前の白いフラウロスが無数のモビルアーマーと戦う記憶が流れ込んで来る。

 

「あのデカブツと戦ってるのか? 俺の流星号だけじゃない、他にもモビルスーツが居る……ガンダムフレームってヤツか……」

 

「シノ! 何やってんだ、動けぇぇぇッ!」

 

 ハッと息を呑むシノは意識を取り戻しモニターに映る戦況を確認する。叫ぶ明宏のグシオンがシザーシールドを両手で構え突進して行く。

 

「すぐに弾を補充するからよ! それまでは死ぬんじゃねぇぞ明宏!」

 

「誰が死ぬかよ! ベルリ、待ってろ。すぐに--」

 

 ペダルを踏み込み更に加速しようとする明宏。が、モビルアーマーが目前に迫った瞬間に力が抜けてしまう。同時に機体の出力も下がり微弱なスラスターでどうにか片膝を付き地面に着地する。

 ツインリアクターの出力は上がらず操縦桿を動かしてもペダルを踏み込んでも歩くような速させしか動けない。

 

「ぐぅッ!? どうなってやがる? 機体には何の問題もねぇはず……」

 

「明宏さん! 小さいのが向かってます!」

 

 モビルアーマーの尻尾に振り回されるGセルフから通信が届く。明宏が前を見れば無数の小型機が群れを成して迫って来ていた。

 

「理由はわかんねぇがこのままじゃ逃げるのも難しそうだな。でもよ! こんな所で死ねるかよぉぉぉ!」

 

 シザーシールドを地面に降ろし両腕部の格納されたロケットランチャーを展開、操縦桿のトリガーをとにかく引きまくる。一発の威力はさほど高くはないが、モビルワーカー並の小型機を破壊するには充分だ。

 それでも数が多すぎる。二体、三体と破壊してもまるっきり減らず、土煙を上げながら向かって来る軍勢にこのままでは飲み込まれてしまう。

 ほぼ全ての部品を改修された機体ではあるが、全身を絶え間なく攻撃されれば瞬く間にスクラップとなるだろう。

 

「うお゛おおおォォォッ!」

 

 雄叫びを上げながらトリガーを引き弾を発射し続けるが群れの速度は依然として変わらない。そうこうしている間にロケットランチャーの弾が失くなってしまいカチカチとトリガーの音だけが虚しく鳴る。

 

「おい、グシオン! 何やってんだよこんな所で! ベルリを助けて、あのデカブツをぶっ倒す前に、こんな情けねぇ終わりはゴメンだ! もっと気合い入れろ! 俺は--」

 

 阿頼耶識を通してまた記憶が流れ込む。目の前の敵との戦いの記憶。どうすれば相手を倒せるのか、その為に結ぶ悪魔との契約。

 厄祭戦時に作られ悪魔とも呼ばれたガンダムフレーム。その意味を明宏は知る。

 

「三百年前からコイツはアイツラと戦ってたのか……アイツを倒す為に作られた機体……」

 

 流れ込んで来る記憶の中で二機のモビルスーツが戦っていた。一機は三日月が乗るバルバトス。今のと比べれば外観が変わっているが鋭いツインアイと二本のアンテナは間違いなくバルバトスの物。

 もう一機は両手にブレードを握り単騎でモビルアーマーと対峙していた。世界に向けて放送されたアグニカ・カイエルと名乗る男が搭乗するガンダムバエルと同じ。

 バルバトスはバエルの援護をするように小型機を優先的に破壊する。それでも全ては無理だ。小型機はバエルにより負傷したモビルアーマーの傷を修復していく。

 

(さっきベルリが言ってたのはこれか。あのちっこいのがシノが撃った弾の傷を直したんだな。だったらまずはコイツラだ、そうじゃねぇとアイツは倒しきれねぇ! おい、グシオン……お前の力を寄越せ! アイツをぶっ倒す力を俺に寄越せ!)

 

 明宏の意思に答え、機体のリミッターが解除される。ツインアイが赤く輝き、ツインリアクターの出力も正常に戻り、更に今まで以上のパワーを作り出す。

 立ち上がるグシオンはシザーシールドを持ち上げ力の限りフルスイングした。

 

「うお゛ぉぉぉおォォォッ!」

 

 その一振りが目の前の軍勢を轟音と共に吹き飛ばす。鉄塊をぶつけられ破壊された機体、吹き飛ばされ壁に激突した機体、裏返しになり巻き起こる土煙に塗れる機体。

 秘められた力を開放したグシオンを止める者は居ない。

 

「ぶった切ってやる、その尻尾!」

 

 地面を蹴りメインスラスターを全開にするグシオンはモビルアーマーへと突っ込む。だが相手も当然、明宏のグシオンが接近して来る事に気が付いている。

 大きく口を開け、強力なビームを発射した。

 

『ギィガァァァッ』

 

「喰らうかよ! 待ってろベルリ!」

 

 エネルギーの濁流をすり抜け、背中に取り付くグシオンはシザーシールドでモビルアーマーのワイヤーブレードの付け根を刃で挟み込む。

 だが小型機の一機が両腕のドリルを回転させながらグシオンを止めるべく飛びついて来る。

 

「まだ……来るのかッ!?」

 

「破壊できなくても……」

 

 ビームライフルの音が轟く。ワイヤーブレードに絡まったまま地面や壁に叩き付けられていたGセルフがトリガーを引いた。正確な射撃は迫る小型機へビームを直撃させ押し返した。

 その操縦技術の高さに明宏は舌を巻く。

 

「あの体勢で良くやるよ。でもこれで終わりだ!」

 

 ツインリアクターの出力を上げてシザーシールドに力を込める。ゆっくりと、でも確実に、巨大な刃はモビルアーマーの尻尾とも呼べるワイヤーブレードを根本から切断した。同時に拘束されていたGセルフも自由になる。

 絡まったワイヤーを蹴り飛ばすとバックパックから青白い炎を噴射して飛び上がった。

 

「何とかなった? 助かりました、明宏さん」

 

「まだ終わってねぇぞ。シノ、次の弾はいつなんだ?」

 

『終わってるよ。もう一発ぶちかましてやる!』

 

 フラウロスのシノから通信が繋がる。弾を装填したフラウロスが変形して二門の砲身をモビルアーマーに向けていた。

 明宏は砲撃の邪魔をさせまいとシザーシールドの刃を今度は後頭部に向け、力任せに上方へ向ける。地団駄を踏み暴れるモビルアーマー。

 

『グガァァァッ! ギァァァスッ!』

 

「野郎……くたばれってんだ! 撃て、シノォォォ!」

 

「唸れ! ギャラクシーキャノン、発射ァァァッ!」

 

 二発の鋭い弾丸が空気を突き破りながら一直線に突き進んで来る。一発は暴れるモビルアーマーの胴体に直撃し、もう一発は左脚に直撃した。強固なナノラミネートアーマーは一撃で打ち砕かれ、内部のフレームがあらわになると共にダメージも与える。けれども倒し切るまで油断はできない。

 

「修復される前に!」

 

 前方に回り込むGセルフはビームライフルの銃口を向けトリガーを引いた。発射されるビームは内部のフレームへと直撃し、内側から巨大な爆発が起こる。モビルアーマーはまるで苦しむかのように雄叫びを上げた。

 

『グオ゛ぉぉオ゛ォォォッ』

 

 もう一度トリガーを引き次は左脚を狙い撃つ。フレームを破壊されたモビルアーマーは自重を支えきれずを崩れ落ちるが、それでももがき動く。

 口を大きく開けGセルフ目掛けてビームを発射しようとするが、明宏のグシオンがそれを許さない。刃で首元を挟み込みツインリアクターのパワーを全開にする。

 

「首を引きちぎってやれば流石に動けねぇだろ!」

 

『ぐぐ……ォォォオ゛ッ!?』

 

「これで……終わりだッ!」

 

 刃と刃がピタリと密着し、モビルアーマーの首がナノラミネートアーマーとフレームごと切断された。ぼとりと頭部が地面に落ち、モビルアーマーは完全に機能を停止した。

 

「はぁ……はぁっ……終わったな?」

 

「でも小さいのも何とかしておかないとどうなるかわかりませんね。Gセルフなら飛べるので周囲を見てきます」

 

「あぁ、頼む……にしても、こんな奴が一体どこから来たんだ? 地球への準備も途中だってのによ」

 

 シザーシールドを腰部にマウントさせ、モビルアーマーを見下ろす。炎の中で燃える巨大な残骸。

 暫くするとシノから通信が繋がって来た。

 

『お、オイ! やべぇぞ、明宏! あのデカブツが--』

 

「デカブツならぶっ倒した所だろ?」

 

『下じゃねぇ、上を見ろ!』

 

 言われて上空を見上げれば、巨大な翼を広げるモビルアーマーの姿が。それも一機だけではない。六機、七機、もっと居る。

 三機がかりでやっとの思いで破壊したモビルアーマーが空から降臨した。その衝撃に明宏は思わず息を呑むしかできない。

 

 

 

///

 

 

 

 縺れながら落下するバルバトスとレギンレイズ。少しでも落下のダメージを減らそうとメインスラスターを全開にする三日月。一方のジュリエッタもペダルを踏み込みメインスラスターを全開にしてバルバトスを重力の底に落とし込もうとする。

 

「白い悪魔め! このまま何もできないまま沈みなさい!」

 

「ぐぅぅぅッ! 下からも来る? さっきの奴か……」

 

「ヴィダール? 援護を頼めますね」

 

 三日月が振り向く先には両腕を損傷したヴィダールの姿が。地上から飛び上がるヴィダールは脚部のハンターエッジを展開し落下するバルバトスに迫る。

 が、蹴り上げるブレードはバルバトスの装甲にダメージを与える事なくワイヤーのみを切断した。

 

「な、何をしているのです!? ヴィダール!」

 

「撤退だ! ここはもういい、撤退するんだ!」

 

「撤退ですって? 何の為にここまで来たのです!」

 

「説明は後だ! 早くしろ!」

 

 ジュリエッタは表情を歪ませながらも損傷したヴィダールを機体を見るとバルバトスに背を向けた。

 撤退して行く二機を落ちながら眺める三日月。けれども深追いをしようとはせず、海上に建設されたドーム状の建物の屋上に着地した。

 

「逃げたのか? ん……なに?」

 

「その姿……バルバトスか? キマリスといい、俺の知っている姿と随分変わってしまったな」

 

 気配を感じ振り向く先。

 ドームの中から現れたのは二本のブレードを手にし両翼を広げる白き悪魔--ガンダム・バエル--

 

「誰だ、お前……」

 

「そうか、そうだな。パイロットがアランである訳がないな。まぁ良い、肩慣らしくらいにはなるか」

 

 金色のブレードの切っ先を向けるバエル。ビリビリと伝わる闘争心、敵意、明確な殺意。

 三日月も右手のソードメイスを構え、目の前の相手に鋭い視線を向け戦闘態勢に入る。

 

「アンタが誰かは知らないけど、邪魔するなら殺すよ?」

 

「アハハハハ! 俺を誰か知らないか。長く眠りすぎたな……だったら教えてやる、お前に! この世界に! アグニカ・カイエルの名を! 俺の力を!」

 

 アグニカのバエルも戦闘態勢に入る。睨み合う互いの視線がぶつかり合い、モビルスーツを通してでも静けさが感じられた。

 緊張感が走る、心臓の鼓動がはっきり聞こえる。

 生唾をごくりと飲み込んだ次の瞬間、バルバトスとバエルが動く。




 新米のハッシュ・ミディです。
 厄祭戦とかモビルアーマーとか、訳わかんねぇことばっかりでモビルスーツの操縦の練習もロクにできやしねぇ。
 でも明宏さんに教えて貰うのは前ので懲りたし、かと言ってベルリさんに教えて貰うのもなぁ……
 次回、鉄血のレコンギスタ--厄祭戦--
 げぇ、ベルリさん!? もうマニュアルは見たくないっすよぉ!


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第二十二話 厄祭戦

 ソードメイスを構えるバルバトス、それを待ち構えるバエル。コクピットの中でアグニカは冷静に、それどころか達観した様子で相手を見下す。

 

「来い……」

 

「ッ!」

 

 目を見開く三日月は一気に詰め寄った。地面を蹴るバルバトス、右手に握るソードメイスをフルパワーで袈裟斬り。巨大な鉄塊がバエルに迫る。が、金色の刃がソードメイスの一撃を流れるように受け流し、もう片方の手でバルバトスの胸部を殴り付けた。

 衝撃に後退するバルバトス、ヒールとつま先の爪で天井のコンクリートを削りブレーキを掛ける。

 

「コイツ……」

 

「どうした? 邪魔をするなら殺すんじゃなかったのか?」

 

「行くぞ……バルバトス!」

 

 闘志を燃やし、目の前の相手に臆する事なく攻め込む三日月。ペダルを踏み込みメインスラスターを全開、加速して距離を詰めるともう一度ソードメイスを振り下ろす。

 しかしバエルの動き、反応速度は三日月を凌駕している。半身を反らすだけでバルバトスの攻撃を避けた。

 間髪入れず三日月は腕を振り払い横一閃。だがこれも数歩後退するだけで避けてしまう。踏み込むバルバトスは鋭い突きを繰り出すが、バエルは左手で剣を引き抜くと同時に下から斬り上げ、かち合うソードメイスごとバルバトスは打ち上げられてしまう。

 

「くッ!? 反応速度が追い付けない?」

 

「当然だ。俺を誰だと思っている? 俺は厄祭戦を勝ち抜いた男。そしてこのバエルは--」

 

 サイドスカートで姿勢制御しながら、両腕の小型砲を向けるバルバトス。三日月は両目で照準を合わせると同時に操縦桿のトリガーを引く。連続して発射される砲弾。

 バエルはその場から動く事なく、両手のブレードを匠に使い刃を振るうと向かって来る砲弾を全て斬り捨てる。

 斬り捨てられる砲弾は明後日の方向へと飛んで行き、最後の一発を右手のブレードで横一閃した。

 

「悪魔の頂点に立つ機体だ!」

 

 背部スラスターウイングに内蔵されている小型レールガンの銃身を向けるバエル。すかさず発射される弾丸は一直線にバルバトスへ突き進み、左肩の赤いアーマーを持って行く。

 

「ぐぅっ!? ごめん、オルガ……なるべく使わないって言ったけど使うよ。こいつの力を……」

 

 スラスターで姿勢制御しながら着地するバルバトス。コクピットの中で意識を切り替える三日月、彼の意思に答え、バルバトスのツインアイが赤く不気味に輝く。

 ツインリアクターの出力が飛躍的に上昇し、少しでも機体を軽くしようと決定打にならない小型砲をマニピュレーターで強引に引き剥がす。

 腕の接続部からはナットや壊れたパーツがパラパラと落ちる。

 もう一度、ソードメイスを握るバルバトスは地面を蹴るをバエルの元へ一気に詰め寄った。

 

「殺す!」

 

「フフッ、今のお前では無理だ」

 

 振り下ろされる刃と刃がぶつかり合う。

 バエルは相手の攻撃を二本のブレードで難なく受け流していく。三日月はソードメイスの重量とツインリアクターのハイパワーで力任せに攻撃を繰り返す。

 袈裟斬り、斬り上げてもう一度袈裟斬り、横一閃し突きを繰り出す。が、バエルは最後の一撃を避けるとブレードを掲げる。

 

「ツインリアクターのパワーは俺が一番良く知っている。その使い方もな! こんな一辺倒な戦い方で俺に勝とうなどと!」

 

「ッ!?」

 

 振り下ろされるブレード、鋭い刃は空を裂きバルバトスの腕の関節を狙うが、瞬時に反応する三日月も相手の攻撃を回避するとバエルの背後に回り込んだ。

 

「言っただろ、殺すって? 俺はこんなところで止まれないんだ」

 

「ほぅ……」

 

「フンッ!」

 

 鋼と鋼がぶつかり合い甲高い音が響き渡る。激しい火花が飛び散り、バエルのブレードによりバルバトスの攻撃が弾かれた。反撃の体制に入るのはバエルの方が早い。

 二本のブレードによる連続攻撃。絶え間なく繰り出される斬撃にリミッターを解除した三日月でも防戦一方となる。

 

「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか! だったら見せてやる、バエルの力の片鱗をなッ!」

 

 バルバトスと同様にバエルのツインアイも赤黒く輝く。リアクターの出力が上昇し、更に強力になったバエルの突きが放たれる。

 ソードメイスの剣身で攻撃を受けるバルバトス。だが鋭い切っ先は鉄塊に突き立てられるとその場からバルバトスを吹き飛ばした。

 

「ぐあ゛ぁぁぁッ!」

 

 そして同時に、構えていたソードメイスが耐え切れずにへし折られる。

 吹き飛ばされる機体、マニピュレーターのクローを屋上に突き刺してブレーキを掛けた。立ち上がるバルバトスだが、三日月は決して逃げない。

 

「はぁ……はぁ……スピードもパワーもアイツの方が上なのか?」

 

「ガンダムフレームはモビルアーマーを倒す為に作られた機体。単騎でヤツを倒すには、人間を超える反応速度とパワーがいる。だが覚悟なき者にそれはできない。その為の阿頼耶識システム、その為の機体のリミッター」

 

「覚悟だと……」

 

「そうだ。俺は天使を倒す為に悪魔の機体に覚悟を示した。そうして手に入れたバエルの力。厄祭戦の時、俺と同じく覚悟を示したのはたったの四人だけ。お前もその一人だった、アラン……」

 

「俺はアランなんかじゃない。それに覚悟なら俺にもある」

 

「ならば示してみろ、貴様の覚悟を。バルバトスに眠る全ての力を引き出して見せろ」

 

「俺はあの時に決めたんだ……オルガに付いて行く。オルガが目指す所に一緒に行く。だから!」

 

 背部から太刀を手に取るバルバトス。メインスラスターを全開にして地面を蹴る。

 瞬間移動するかのようなスピードで迫るバルバトスを前に、バエルのコクピットに座るアグニカはまだほくそ笑んでいた。

 鋭い刃による空を斬り裂く袈裟斬り。バエルも地面を蹴り、握るブレードで一閃し激しい火花が飛ぶ。

 互いに相手の攻撃を往なし通り過ぎると瞬時に振り返り次の刃を振るう。

 再び火花が飛び、太刀と二本のブレードが交わると鍔迫り合いになる。普通の相手なら一方的にねじ伏せられるが目の前の相手は同じガンダムフレーム。

 ツインリアクターのパワーを持ってしても押し切る事はできず、殺気をみなぎらせる赤いツインアイの視線が交わる。

 

「殺す……」

 

「さっきも聞いたな、そのセリフ。そう言って俺を殺せた者などいない。厄祭戦のあの時から」

 

「ごちゃごちゃうるさいんだよ」

 

「厄祭戦が終わった直後、どうなったか知っているか? ガンダムフレームのリミッターを解除した機体は驚異になると問答無用で拘束された。パイロット諸共な。俺もそうだ、天使との最後の戦いを終え消耗していたせいで最後は負けた。ようやく厄祭戦を終結させたと言うのにモビルスーツのコクピットの中で死ぬまで閉じ込められた」

 

「だから……何だって言うんだ!」

 

 操縦桿を押し込みバエルを押し返す三日月。歩を出し踏み込み太刀を振り下ろす。

 が、姿勢を低くし斬撃を避けるバエルは通り抜けざまにブレードを振るうとバルバトスの左腕をフレームごと切断した。

 振り返りもう一撃繰り出す三日月。しかしバエルとアグニカの反応速度は超えられない。

 振り下ろした太刀の刃が白い装甲に触れるよりも早く、金色のブレードがバルバトスの右腕も斬り落とす。

 バエルに一撃さえも与えられないまま、両腕を失ったバルバトスは力なく地面に膝を付く。

 

「終われない……こんなことじゃまだ……」

 

「昔のお前の方が強かったぞ、アラン。終わりだ……お前も、この世界も、俺の意思で再び始まった厄祭戦でもう一度やり直す。増えすぎた人工を減らし世界を住みやすくする。それこそが厄祭戦」

 

「ッ!」

 

 立ち上がるバルバトスは攻撃手段を失っても尚、果敢にバエルに挑む。けれども勝てる道理などある筈もなく、迫るバルバトスにブレードを振り下ろし胸部を斬り裂く。青い装甲と内部パーツが飛び散り姿勢が崩される。

 そこへ追い打ちに蹴りを入れるとバルバトスは後方へ飛ばされ、バエルの立つ屋根から落ちて行き姿を消した。

 

「これで邪魔者は消えた。だが復活した天使はまだまだ少ない。戻る必要がある、あの場所に……」

 

 背部のスラスターウイングを広げるバエルは飛び立つ。

 

///

 

 鉄華団のメンバーはイサリビに搭乗するとすぐに火星の地から飛び立った。

 再び降臨した天使、モビルアーマーを前に自警団や海賊では相手にならない。火星の大地は文字通り火の星となり、ブリッジで艦を操縦するユージンはその様子を見ているしかできない。

 

「おいおいおい、何なんだよアレは? 明宏達がやっとの思いで倒したってのにまだゾロゾロやって来やがった。オルガと三日月がどうなってるのかもわからねぇのに……ギャラルホルンは動いてねぇのか?」

 

 レーダーを確認しコンソールパネルを叩くのはクーデリアの侍女であるフミタン。冷静にメガネの奥の視線を動かしながら現状を淡々と伝える。

 

「アリアンロッドの艦隊が数隻、こちらに向かっています。ですがモビルアーマーを食い止めるには心許ない数です」

 

「俺達だって基地から逃げ出した所だぞ? 燃料や弾薬だって充分にねぇってのに」

 

「火星は……」

 

 モニターに映る火星の大地に広がる炎はとどまるところを知らない。現れた複数のモビルアーマーが人間を殺し尽くすまで。

 同じくブリッジに入っているクーデリアもその光景を目の当たりにしており、自身の無力さに爪が食い込む程に手を握り締めるしかできない。

 

「振りかざされる暴力を前に何もできないなんて……自分だけが逃げ出して……助けることもできないで……」

 

「お嬢様……ですが今は逃げるしかありません。少しでも多くの人を助ける為にも、あの機体の情報を集め対策を立てなくては。ベルリ・ゼナムと鉄華団のモビルスーツ三機がかりでようやく倒せた相手です。無策で戦えば次は負けるかもしれません」

 

「そうかもしれませんが……あの鳥のような機体は何なのですか? マクギリス・ファリドは自らをアグニカ・カイエルと名乗り厄祭戦を始めると宣言していましたが、やはりそれと関係があるのでしょうか?」

 

「厄祭戦は三百年も前に終わった戦争です。通常のデータベースだと詳細までは……」

 

「アレはモビルアーマーだ……」

 

 ブリッジのエアロックが開かれ振り返った先に居たのはフラウロスのパイロットであるシノ。そして彼に肩を担がれる明宏。

 けれども明宏の状態は著しく、険しい表情でモニターに目を向ける。

 シートから立ち上がるユージンは彼の元へ近づく。

 

「おい、明宏!? そんなので大丈夫なのかよ? どっか怪我でもしたなら--」

 

「俺のことなら心配するな。それよりも大事なことがあるだろ? 俺達が戦ったモビルアーマー、ハシュマルだ」

 

「ハシュマルだと?」

 

「普通のモビルスーツじゃアイツに勝てないことくらいはユージンも見ててわかっただろ」

 

「だからそれをどうしようって--」

 

「他の部隊は小型機のプルーマの相手をしろ。本体は俺とシノ、ベルリでやる」

 

「あの黒いヤツか……でも三人だけでやれんのかよ?」

 

「大丈夫だ、いける。それよりユージン、イサリビはどこに行くか決まってんのか?」

 

「いや、まだだけどよ……地球に行ったオルガと三日月のこともある。何とかして連絡取らねぇと。通信は送ってっけど繋がらないんだ」

 

「だったら……俺達は月へ行くぞ」

 

 それを聞いてユージンは素っ頓狂な声を上げた。

 

「はぁあぁァァっ!? 何で!? どうしてだよ意味がわかんねぇ!」

 

「俺は……グシオンのリミッターを外した」

 

「リミッター? まさかお前、三日月と一緒で--」

 

「俺の体のことはどうでもいい!」

 

 怒鳴る明宏に圧倒されるユージン。心配ではあるがこれ以上の言及はできない。場が静かになると明宏は再び口を開く。

 

「リミッターを外した時、俺は見た。三百年前の厄祭戦を」

 

「厄祭戦……」

 

「きれぎれだけどな。三百年前の最後の戦い、アイツらの基地は月にある。アグニカ・カイエルのバエルが最後の一機を倒して厄祭戦は終わった」

 

「でもどうしてアイツはまた月に行こうとしてるんだ? 月に何かあるのか?」

 

「だろうな、そこまでは見れなかった。とにかく、急いで月に向かうぞ。地球からの方が距離が近いんだ。燃料や弾薬も必要だが、のろくさ補充してたら間に合わなくなる」

 

「わかったよ。オルガにはこのまま通信を送り続ける。同時にイサリビの進路も月へ向ける。地球にも近づくんだから、もしかしたら合流できるかもな。シノ、明宏を医務室に連れてけ。副団長命令だ」

 

「わかったよ、副団長。行くぞ、明宏」

 

 シノに肩を担がれブリッジから出て行く明宏。それを見てユージンも艦長シートに戻り、阿頼耶識のケーブルを脊椎のピースに装着させた。

 

「とにかく最短ルートで行くしかねぇな。フミタンさんはレーダーと監視でギャラルホルンを、チャドも気合い入れろ!」

 

 ユージンに繋がれた阿頼耶識からの情報伝達によりメインノズルから青白い炎を噴射して加速するイサリビは旋回して月へ向かうルートに乗る。

 揺れる艦内で、医務室に向かうシノと明宏は誰にも聞こえないよう小さな声で話をしていた。

 

「言わなくてよかったのか? 目が見えねぇんだろ?」

 

「余計な心配掛けられっかよ」

 

 肩を担がれているのは腕や足を怪我したからではない。今の明宏は両目から光を完全に失っていた。視覚からの情報が全く入ってこない。

 

「でも三日月も言ってただろ? グシオンに乗って阿頼耶識を繋いでる間は元に戻るんだ。ちょっと不便になっただけだ」

 

「ちょっとじゃねぇよ、お前……」

 

「俺が決めたんだ、シノは気にするな。他のみんなにも黙っててくれ。この戦いが終わるまでは」

 

「チッ……わかったよ」

 

///

 

 月外縁軌道統合艦隊アリアンロッドに属するのはイオク・クジャン。セブンスターズの一角であるクジャン家の若き当主である。

 褐色の肌に黒いドレッドヘア、きっちりと制服を身に着け、自信満々にブリッジで腕を組み仁王立ちしていた。

 艦艇の指揮を任されている彼はモニターに映るイサリビに鋭い視線を向けている。

 

「あの艦……エイハブ反応はキャッチできるか?」

 

「火星の不穏分子の艦です。鉄華団のイサリビ」

 

「こちらに近づいて来る以上、撃墜するしかない!」

 

「し、しかし……火星からの救援要請は?」

 

「我々の本来の役目は地球と月の周回軌道上に侵入する族の排除である! なぁに、少し遅れるだけさ。それに鉄華団は曰く付きだ。奴らを捉えたとあればラスタル様もお喜びになる。私の機体も用意しろ。奴らはレギンレイズで直接叩く!」

 

 踵を返しブリッジから出て行くクジャン。有無を言わさぬ彼の行動に下士官は命令に従うしかなく、モビルスーツ部隊の出撃準備を始める。

 パイロットスーツを装着しモビルスーツデッキに向かうクジャン。彼の部下であるモビルスーツパイロットは何とかして引き留めようとするが、彼は聞く耳を持たない。

 

「イオク様、戦闘は我々にお任せ下さい。アナタにもしものことがあれば--」

 

「レギンレイズは配備されたばかりの新型だ。それに私の腕があれば火星の不穏分子など恐るるに足らん」

 

「しかし……」

 

「モビルスーツ隊は順次発進、正面から迎え撃つぞ!」

 

「あ……」

 

 説得も虚しく、イオクは自らの機体であるレギンレイズの元にまで歩いて来るとハンガーに乗ってしまう。下士官が見上げる先にあるのはジュリエッタが搭乗する機体と同じ。けれども装甲の色は黒く、マニピュレーターは長距離レールガンを握っている。

 ここまで来てしまっては止められない。諦めたパイロット達も自らの機体へと急ぐ。

 

「イオク・クジャン、レギンレイズで出撃する!」

 

///

 

ギャラルホルンの艦艇の動きはイサリビのユージンも当然把握していた。モニターとレーダーに表示される無数のエイハブ反応。フミタンの報告を聞いてユージンは悪態をつく。

 

「このルートはギャラルホルンの防衛圏だからな。こんな時でも見逃してくれねぇか。にしても何て数だ」

 

「モビルスーツだけでも十二機です。副団長、どうしますか?」

 

「戦力を温存したいって時に……しょうがねぇ、明宏と--」

 

『僕が先行して追い返します』

 

 通信で割って入るのは赤いパイロットスーツを装備するベルリだ。Gセルフのコクピットに座る彼は通信を繋げながらちらりらと手に持ったマニュアルに目を通す。

 

「相手が何機いるのかわかってんのか? お前とその機体でも無理だ」

 

「銃や砲弾を使うよりも、フォトンエネルギーを使うGセルフの方が持久戦ができます。無理かもしれませんけど、できるかぎりやってみます。それに遅れても機体の推進剤はまだありますから、月のラグランジュポイントに到着するまでに追い付きます」

 

「チッ……無茶はするんじゃねぇぞ! ハッチを開放させる」

 

 イサリビの後方出口が開放され外の景色を見るベルリ。ヘルメットのバイザーを降ろし両手で操縦桿を握る。

 モニターには通信を担当するフミタンが映し出された。

 

『ハッチ開放、Gセルフ発進どうぞ』

 

「Gセルフ、出ますよ!」

 

 出撃するベルリ。宇宙空間に出る機体は背部のバックパックから青白い炎を噴射して方向転換し、正面にギャラルホルンの艦艇とモビルスーツ部隊をとらえるとペダルを踏み込む。

 フォトンリングを発生させるGセルフはイザリビから飛び立つ。

 

「できる自信はないけれど、足止めくらいなら」

 

 単騎で出撃するGセルフ。特徴的な頭部のアンテナと光り輝く白い装甲に指揮を取るイオクも気が付く。

 

「敵もモビルスーツを出してきたな。一機だけか?」

 

「はい、報告にあったビーム兵器を使用する機体のようです。他のガンダムフレームのエイハブ反応は確認できません」

 

「一機だけとは……このイオク・クジャンを見下していると見た! 全機、一斉射撃!」

 

 イオクの掛け声と共に、モビルスーツ部隊とGセルフとの戦闘が始まる。




 現クジャン家の当主、イオク・クジャンだ。
 マクギリス・ファリドがおかしな計画を進めているが、ラスタル様のアリアンロッド艦隊とこの私がいる限り、勝手なことなどさせはせん!
 厄祭戦など始まりはしないし、逆賊であるマクギリスは必ず捕らえ極刑だ! だがその前に火星の不穏分子を相手にしなくては……
 次回、鉄血のレコンギスタ--王の誕生--
 この私の活躍、しかと見ておけ!


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第二十三話 王の誕生

 ギャラルホルンのモビルスーツ部隊を捉えるベルリ。モニターに表示されるのは十二機のモビルスーツは装備する銃口をGセルフに向けると一斉にトリガーを引いた。激しいマズルフラッシュと共に無数の弾丸が迫る。

 

「これだけのモビルスーツを出してくる!? シールド!」

 

 コピペシールドを展開し弾丸を防ぎながら進むGセルフ。コピペシールドの性能は頻繁に使用した事もあり黒いレギンレイズに搭乗し指揮を取るイオクの耳にも届いている。

 

「あのような小細工など恐るるに足らん! 各機は編隊を組んだまま撃ち続けろ」

 

「ですがイオク様、決定打を与えられなければ--」

 

「それは私の役目だ。ラスタル様も見ている……この戦いで火星の不穏分子の象徴である鉄華団は消えて貰う!」

 

 気合いだけは人一倍あるイオクだがまともな作戦一つとしてない。それでも部下は彼の指示に従いGセルフに照準を合わせトリガーを引き続ける。

 けれども弾丸は全てコピペシールドに打ち消されてしまうし、そうでなくとも高い機動力と運動性能を前に弾は避けられていく。

 操縦桿を匠に動かすベルリは回避行動を取りながらビームライフルを向ける。

 

「一機だけ色の違う機体? 指揮官機なのか?」

 

「二本角のモビルスーツも消えて貰う!」

 

「指揮官機がいなくなれば!」

 

 ベルリとイオクは互いにトリガーを引き、ビームライフルと長距離レールガンの銃口から弾が発射される。

 長距離レールガンの弾丸は通常兵器と比べ強力だが、Gセルフが発射したビームに直撃すると跡形もなく消えた。

 ビームはそのまま一直線に突き進み、イオクのレギンレイズの黒い装甲に直撃するがこれもナノラミネートアーマーに弾かれる。

 

「これがビーム兵器の威力!? ダメージがないぞ?」

 

「イオク様、後退して下さい!」

 

 周囲のグレイズが前に出て盾となりながら装備するライフルでGセルフに攻撃を仕掛ける。回避行動に移るベルリは再びビームライフルを向けてトリガーを連続して引くが、装甲のない関節部だけを狙うのは至難の業。

 当たりはすれどビームはナノラミネートアーマーに防がれてしまう。それどころか敵機は前へ前へ距離を詰めてくる。

 

「ナノラミネートアーマーならビーム兵器に耐性があるのはわかっている! 怖じけるな、前に出てイオク様を守るんだ!」

 

「動き方が普通じゃないぞ!? 死ぬつもりなのか!」

 

 必死にイオクを守ろうと動く部下達は決死の思いでGセルフに攻撃を仕掛けようとする。その事に恐怖を覚えるベルリだったが、一方のイオクは全く気がついておらずペダルを踏み込みレギンレイズのメインスラスターの出力を上げた。

 

「二本角を仕留めるのは私の役目だ! たかが一機……時間差で砲撃、援護もだ!」

 

「イオク様、しかし……」

 

「あのパイロットは逃げ回っているだけだ! 押し切るぞ!」

 

 誰よりも前に出て長距離レールガンを向けるとトリガーを引き続ける。回避し一旦後退するベルリだが、イオクの部隊はそれでも追いかけて来た。

 背を向けて砲撃を避けながらも、コクピットの中でコンソールパネルを叩く。

 

「敵を足止めできればいいんだから……フォトントルピード、出力は少し押さえて使ってみる!」

 

 パーフェクトパックに備わる新しい武器を使用するベルリ。バックパックからは無数の光の球体が放出され、背後から迫るイオクの部隊に迫る。

 

「何だ、光の玉? ビームではない?」

 

「データにはありません。我々が知らない新兵器?」

 

「このような子供騙しで!」

 

 握る長距離レールガンで目前の光の玉を振り払うイオク。そして逃げるGセルフに銃口を向けようとするが、その時にはもう砲身がどこかへ消えていた。

 

「ぶ、武器が!? どうなっている……何なのだ?」

 

「あ、あ゛ぁあああッ!? 消えた、消えたぞ! 動くな、触れるんじゃない!」

 

「損害拡大、両脚部と左肩が消えて戦闘継続できません!」

 

「ネイト機から応答がありません。コクピット部分が空洞に!」

 

 初めて見る兵器とその威力を前に恐怖するイオク。共に出撃した部下のグレイズの半数以上が行動不能となり、光の玉は後ろへ通り過ぎていく。

 けれどもフォトントルピードの威力に震えるのは彼だけでない。使用したベルリも、強力過ぎる威力に背中に冷たい汗が流れる。

 

「こんなのって……こんなのおかしいですよ……」

 

「一瞬で八機も倒したというのか……よくも……よくもやってくれたな二本角めッ!」

 

「近づいて来るのかァァァ!?」

 

 加速するレギンレイズは壊れた長距離レールガンを投げ捨て、腕を伸ばしGセルフに組み付こうとする。ビームライフルを手放し首元からグリップを取り振り上げた。

 針のように細いビームサーベルがレギンレイズのフレームを切断し左肩が宙に浮く。が、それでもイオクは止まらずGセルフに組み付いた。

 

「部下の仇は取らねばならない! そうでなくては……」

 

「取りつかれた、後ろからも!?」

 

 後方から、右から、下から、Gセルフは瞬く間にボディーに腕、脚と拘束され身動きが取れなくなる。

 

「イオク様は離脱して下さい! この機体は危険です!」

 

「部下を殺され、お前達まで見捨てて逃げられる訳がなかろう!」

 

「しかし!?」

 

「光の玉は通り過ぎた。これだけ密着していればさっきのは使っても意味がない。コクピットを狙えッ!」

 

 イオクは叫ぶがレギンレイズは正面から組み付いているせいで外からは狙えない。それに残ったモビルスーツもGセルフを押さえ込んでいるせいでマニピュレーターが使えない状況。

 コクピットの中でベルリは脱出しようと操縦桿を動かす。

 

「こんな原始的なやり方で! バックパックのノズルの向きが変わらない。高トルクモードは?」

 

 腕と脚の装甲が深緑色に変化し、パワーで強引に振り払う。脚を蹴り、腕を振りグレイズは引き剥がされてしまうがすぐにまた組み付き動きを封じる。

 

「だったら……トラックフィンで!」

 

 バックパックから小型の遠隔操作端末が発射しイオクのレギンレイズにトラクタービームを当てる。重力制御で機体を引っ張るが、金縛りのように硬直したマニピュレーターが装甲を掴んで離さない。

 

「貴様は逃してなるものか! クジャン家の名に掛けて、貴様は必ず私の手で!」

 

「死に物狂いの相手は怖い!? くっ……」

 

 ベルリが足掻いている間にも機体は流されていき、ギャラルホルンの艦艇に接近してしまう。

 

「イサリビとも離れてる……これ以上はバッテリーを消耗するだけだ」

 

 ヘルメットを脱ぐベルリ。大きく息を吐き肺に新しい空気を入れてシートに体重を預ける。

 Gセルフが拘束される様子はイサリビのブリッジでも確認しており、ブリッジではクーデリアがモニターを見つめて呆然としていた。

 

「ベルリさん……ベルリさん、返事をして下さい! ベルリさん!」

 

「エイハブウェーブの干渉を受けています。お嬢様、残念ですが彼の救出は諦めるしかありません」

 

「こんなことって……こんなことになって……私は……」

 

「進路変更できるだけの燃料の余裕、物資の余裕も今はありません。地球への進路を取りながらオルガ団長と合流、そして月へと向かう。それができなければモビルアーマーと呼ばれるマシーンが世界を破壊してしまいます」

 

「わかっています。大義の為に誰かが犠牲になる……わたくしがやってきたこと……」

 

 うつ向きながらスカートの裾を力一杯掴むクーデリア。その様子をチラリと見るフミタンは手を動かしながらも彼女をなだめた。

 

「今は彼を信じましょう。それにあの機体、Gセルフは普通とは違うのでしょう?」

 

「え、えぇ……ユニバーサルな機械ではないと」

 

「ギャラルホルンにもあの機体のことが気になっている人間がいるかもしれません。そうなればあの機体は破壊されない。少しの間は生きながらえる」

 

「ベルリさん……三日月も……」

 

///

 

 体が重い、指一本すら動かせず沼の中へ沈むように眠り続けた。でも時々、声が聞こえる。自分を呼ぶ声が。

 

(誰の声? まぁいいや、眠いんだ……)

 

「--ミ--ーン--」

 

 沼の中で光はない。沈み続ける冷たい闇の中、ゆっくりとまぶたを閉じる。が、時折聞こえる声は止まらない。

 

「--オ--コ--イ--」

 

(ずっと続く声……うるさいな……もう寝たいんだ。充分だろ、あれだけ戦ったんだ。……うん?)

 

「--ミ--ズ--」

 

(あれ? 何と戦ったんだっけ? 何で戦ったんだっけ? 覚えてたはずなのに……忘れたのか?)

 

 閉じていたまぶたを開け周囲を見渡す。真っ暗な沼はいつのまにかどこまでも広がる蒼に変わっていた。

 

(水……違う、地球で見た海ってヤツだ。あ……)

 

 潮の流れに飲み込まれ、何もできないまま体がどこかへと進んで行く。でも苦しくはない、体の血の流れが足のつま先まで敏感に感じ取れる。内側から体温が高まっていくのがわかった。

 

(でもこれが海なのか?)

 

「--コ--イ--」

 

(呼んでるのか、俺を? でも俺は行かなくちゃ……オルガの所に……オルガ?)

 

 瞳に光が差し込む。彼を呼ぶ声がもっとはっきり聞こえる。それだけで力が元に戻る、みなぎってくるのがわかった。

 心に思い浮かべるのは幼い頃からずっと隣にいるあの男の事。自分に生きる意味を教えてくれたあの男。

 

「--コイ--モドッ--」

 

(うん……聞こえる、オルガの声が)

 

「--ミカ--モド--コ--」

 

「わかった、すぐ行く……」

 

 両腕を動かそうとするもピクリとも動かない。でも両足はまだ動く。海の中を泳ぐ彼は少しずつ、だが確実に海面に向かって浮上する。

 

///

 

「っはぁあぁッ!? はぁ……はぁ……」

 

「ミカ!? ミカ! 生きてるな、おい!」

 

「オルガ……」

 

 意識が覚醒した三日月は白いシーツが敷かれた医務室のベッドの上だった。視線の先にはオルガが見下ろしており、更に周囲を見渡せば口元には呼吸器が繋がれ、腕にはチューブが三本も繋げられている。

 三日月の意識が戻るのを確認するのはもう一人の女性。タービンズのアミダ・アルカ。

 

「おや、気がついたみたいだね」

 

「アンタは?」

 

「って、覚えてないか……タービンズの名瀬の女さ。施設に送る時間もなかったから今はアタシらの艦だよ」

 

「俺は……ごめん、オルガ。アイツに勝てなかった」

 

 起き上がる事もできない状態で視線だけを向ける三日月。ベッドのすぐ隣の椅子に腰を下ろすオルガは三日月の右手を掴み優しく答える。

 

「気にすんな。お前が生きてただけで充分だ。体は大丈夫か?」

 

「右腕と右目が見えないのは前と同じだけど……左腕の感覚もない」

 

「っ!?……そうか……」

 

「でもバルバトスに乗れば動くようになるし……そうだ、バルバトスはどうなってるの?」

 

 苦虫を噛み潰すオルガに対して全く気にしていない三日月。

 

「バルバトスは修理してる真っ最中だ。名瀬さんに頼んで急いでもらってるがもう暫く掛かる」

 

「そうなんだ……」

 

「何かあったか?」

 

「バルバトスのリミッターを外しても全く歯が立たなかった、あの白い奴に……」

 

「でも次に戦う時は一人じゃねぇ。火星のユージンや明宏達とも合流して今度こそあの野郎をぶっ潰す! そうすりゃ--」

 

「無理だよ」

 

「ナニ?」

 

「ちょっと数が増えるくらいじゃダメだ。もっと……もっと強くならないと……打つよ、ピアスをもう一本」

 

「ミカ、自分で何言ってるかわかってんのか!? バルバトスのリミッターのせいでお前の体はもうボロボロなんだぞ? そのうえピアスをもう一本打ち込むなんてよ……失敗したら死んじまうんだぞッ!」

 

「死なないよ。うまくいかなくても体が動かなくなるだけだ。バルバトスは動かせる」

 

「そんなの死んでるのと同じだって言ってんだよ! ピアスを打ち込むのだけは絶対にやらせねぇ。団長命令だ!」

 

「でも強くならないとアイツに勝てない。そうじゃないとオルガの--」

 

「無理だよ」

 

 三日月の言葉を遮るのはアミダ。量が減った点滴袋の入れ替えると両腕を組んでベッドの三日月を見下ろしながら言う。

 

「阿頼耶識を施工する為の機材なんてここにはないし、テイワズ全体で見てもそんなことはさせてない。マフィアとは言え仁義は守る。マクマードのオヤジさんは阿頼耶識なんて許さない。だから麻薬とかそう言った類いの物には目を光らせてたよ。アタシらでは手術できない。どこぞの海賊ならまだ阿頼耶識を使ってるだろうけど、そいつらもアンタ達鉄華団が潰していったからね。それと……アンタが寝込んでる間に地球も火星もてんやわんやでね。阿頼耶識の手術ができる場所やできる人間を探す暇なんてないよ」

 

「そう……わかった」

 

 三日月はまぶたを閉じると再び眠りに入る。オルガは三日月がピアスを打ち込む事を諦めた事に安堵した。

 けれども他の打開策がある訳ではない。三日月の言うようにバエルに乗るアグニカの戦闘力は非常に高く、策もなしに戦いを挑めばまた負けるのは目に見えている。

 頭を抱えるオルガだが、部屋の扉が開く音が聞こえ顔を向けた。そこには白いスーツを着る名瀬が立っている。

 

「どうした? 酷い顔してんぞ」

 

「名瀬さん……」

 

「バルバトスのことでちょっと話がある。直接見てもらった方がいい。一緒にモビルスーツデッキまで来てくれ」

 

「はい、わかりました」

 

「アミダ、悪い……そのボウスのことは暫く頼む」

 

「あいよ、病人の看病くらい訳無いさ」

 

 言うと名瀬は医務室から立ち去り、彼に続いてオルガが出て行く。出た通路で先行して歩く名瀬。

 ここは三日月とアグニカた戦った地点から数十キロ離れた無人島。偶然にも地球まで荷物を運送していた名瀬に見つけられ今に至る。

 三日月は治療を受け、破壊されたバルバトスは急ピッチで修理作業に入っていた。

 

「あの、名瀬さん?」

 

「歩きながら説明するが、あの機体の修理、どんなに早くても五日は掛かる」

 

「そうですか……すいません、無理言って」

 

「気にするな。こんなの気にしてられないくらいの状況になってるんだ。それで破壊された腕、新しく作ってる真っ最中なんだが、ガンダムフレームとの適合性がイマイチみたいだ。直るには直るが剛性が前よりも悪い」

 

「前よりも弱くなるってことですか?」

 

「攻撃面では前よりも尖った性能に仕上げる。でも前と比べてコンマ何秒か反応が遅くなったり、阿頼耶識を繋げてまたドンパチやるんだろ? きちんと整備しててもガタは出てくる」

 

「三百年前のモビルスーツを完全に修理するのは無理ですか」

 

「だな、外側の装甲や武装ならなんとでもなるが骨組みとなると。それに今やモビルスーツの開発をしてるのはギャラルホルンだけだ。俺達はアイツらの機体を奪って改造するだけだ。新しい機体を開発してるが、全部元々はギャラルホルンの機体か大昔に作られた機体のフレームを使ってる。まぁ、俺も技術者じゃねぇからな、それ以上のことは知らねぇ」

 

 そうして通路を歩いていると二人はモビルスーツデッキに到着した。目の前に広がるのはハンガーに固定されるバルバトス。バエルにより切断された両腕はなく、全身の装甲も外されていた。

 フレームだけになったバルバトスを見上げるオルガ。

 

「今は何をしてるんです?」

 

「さぁな」

 

「さぁって……」

 

「言ったろ、専門じゃないってな。俺の専門は金勘定だ。どんな時であろうと貰うもんはきっちり貰う。機体の修理、改修に掛かる金は払え」

 

「そりゃそうかもしれませんけど……今、火星は滅茶苦茶になってるんでしょ? 鉄華団の仲間とも連絡が取れねぇんだ。せめてアイツらがどうなってるか--」

 

「関係ない。金が払えねぇなら今すぐに作業は中断だ。後は生きてるかどうかもわからない仲間を待つなりなんなり勝手にしろ」

 

「っ!?……くぅッ……」

 

 奥歯を噛みしめるオルガ、時間の猶予はない。ここで答えを渋って時間を伸ばせばその瞬間に相手は契約を打ち切るだろう。決断しなければならない。

 

「わかりました、金はきっちり払います」

 

「よぉし、これは契約だ。口約束だろうとなんだろうとな。担保でお前が乗ってたシャトルはこっちで預からせてもらう。それでも足りない金は今は待ってやる」

 

「ありがとうございます」

 

「忘れんじゃねぇぞ。俺は宇宙一のマフィアに属してる組員だ。絶対に金は払ってもらう。何があってもだ」

 

「は、はい……」

 

 名瀬の凄みに圧倒されるオルガ。了承の言葉を聞いた名瀬は威圧感を消し、口元を釣り上げる。

 

「あぁ、でも一つだけ機体のことでわかってることがある。新しい名前はバルバトスルプスレクスだ」

 

「バルバトスルプスレクス? 長くないですか?」

 

「あっはは! そうだな、俺もそう思う。でもちゃんと意味はある。ルプスは狼、レクスは王様って意味だ」

 

「狼の王……」

 

 新しく改修されているバルバトスの作業は昼夜を通して行われた。

 

///

 

 アリアンロッド艦隊の司令官でもありセブンスターズの一角であるラスタル・エリオンはスキップジャック級戦艦のブリッジで両腕を組みながらモニターに表示されるモビルアーマーの様子を見ていた。

 

「火星に現れたモビルアーマーは四機だけか?」

 

「はい、自警団などが動いていますが全く対処できていません」

 

「そうだろうな。三百年前の厄祭戦の遺物が今になって蘇ったのは、マクギリスがバエルを奪ったことと関係があるのだろう」

 

「地球へも接近して来るのでしょうか?」

 

「だとしたら我々の出番だ。敵対勢力の地球圏侵攻を阻止、それが月外縁軌道統合艦隊の仕事だからな」

 

「ですがモビルスーツで対処できるかどうか……」

 

「こちらも過去の遺物を使う必要が出てくる……」

 

「は……?」

 

 モビルアーマーのビームは火星の施設を破壊し人々を一瞬で焼き尽くす。雄叫びを上げ巨大な脚で赤い大地を踏み荒らし、接近するモビルスーツは鋭いワイヤーブレードの尻尾で薙ぎ払われる。

 眉間に深いシワを寄せながら眺めるラスタル。そこに地球から帰還したヴィダールがブリッジに現れた。

 

「来たか、機体の調子はどうだ?」

 

「システムとの調整はうまくいった。だが奴に勝てるかどうかはわからなくなった。自らをアグニカ・カイエルと名乗ったマクギリス……俺はアイツに手も足も出なかった……」

 

「ほぅ、諦めるか?」

 

「まさか、キマリスの偽装を外している。新しく生まれ変わったキマリスヴィダールならば奴に遅れは取らん」

 

「期待しているぞ、ガエリオ。 いや、今はヴィダールか」

 

「ガエリオ・ボードウィンは死んだ。俺はただ復讐の炎に身を任せる亡霊」

 

「亡霊と戦うのは亡霊が相応しいか。それよりももう一つの方はどう見る?」

 

「捕獲した二本角のことか?」

 

 イオク・クジャンにより捕獲されたGセルフ。今も彼の艦艇で拘束している状況だが、パイロットであるベルリは未だにコクピットの中に隠れたまま。

 機体のデータ採取の為にも整備士が何とかコクピットを開けようとしているが全く進展がない。

 

「これまでの戦闘データは私も目にした。あの機体も三百年前の遺物だと思うか?」

 

「ビーム兵器は確かに廃れた技術だ。だが、あの機体からはエイハブウェーブを探知できなかった」

 

「探知できない? 隠密行動を取らせるにしても、ビーム兵器を搭載している理由がますます理解できん」

 

「考えても始まらない。捕獲しているのならもはや驚異でも何でもない。目の前の状況に対処するのが先だ。マクギリスはどこに?」

 

「ギャラルホルンの駐屯基地を襲撃、その後はシャトルを奪い宇宙に出た。このままの進路なら我々の艦隊と正面からぶつかる」

 

「そうか……機体の調整を急がせる」

 

 言うとヴィダールはすぐにブリッジを後にした。ちらりと視線を動かすラスタルは腕を組んだまま、モニターに次々表示される情報を見ていた。

 

「マクギリス……アグニカ・カイエルになって世界の王にでもなるつもりか? 」




 ジュリエッタ・ジュリスです。
 自らをアグニカと名乗るマクギリス・ファリドに封印の解かれたバエル。火星に現れたモビルアーマーと呼ばれる存在。色々な状況が重なりすぎて忙しいと言うのにラスタル様はどうしてヴィダールを信用しているのですか?
 顔も見せないような正体不明の奴ですよ?
 次回、鉄血のレコンギスタ--ヴィダールの戦い--
 バッテリーフルチャージ! ……ところで何のバッテリーですか?


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