異世界の人々は北極南極を知らない (峻天)
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001 予想しなかった旅立ち

 此処は麻帆良学園都市の世界樹前広場。散歩公園にあるような広場であるが、此処から北にそびえ立つ巨大な樹木「世界樹」を近くで眺める事ができるのが特徴である。その反対側には、女子中等部校舎やクラブ棟等の洋風な建物が建ち並んでいる。

 

 天気は暖かい快晴。風は丁度良くて気持ち良い。ピクニックに最高な環境だろう。しかしメガネ少年一人が立って待っているだけで、その周りには人がいない。何の予兆だろうか? 当然ながら、彼も不思議そうな顔をしている様子。

 

 立って誰かを待っているメガネ少年の名前は大江山ミコト。学年は男子中等部三年生(今年で15歳)で、ややスリムな体格に身長が175㎝と高い。髪は黒色で短く、女に近い顔をしていて落ち着いた雰囲気がある。服装は白いシャツに薄い青色パーカーで、黒いズボンにに白いスニーカー。まぁ普通で目立った所はない。

 

 暫くすると、建物のある南から広場に入って来る黒髪ポニーテール少女の姿があった。彼女は小走りでミコトの元へ近づいていく。

 

 黒髪ポニーテール少女の名前は大河内アキラ。学年は女子中等部三年生(今年で15歳)で、細身の体格で身長は175㎝と長身女性。髪型は膝上辺りまで長く伸ばした黒色ポニーテールで、前髪は眉毛が見えないパッツンで、横髪は胸まで長く下している。目はやや垂れ目だが、細めなので眼差しが鋭く感じる。顔立ちは可愛らしく凛々しくもある。雰囲気としては、ミコトと同じように落ち着いた感じだ。服装は首元に細いリボンが付いた青白いブラウスで、裾に白いラインが入った青いスカートで、黒いハイソックスに通学と別のローファー。因みに彼女のクラスメイト親友達が服コーディネートしたもので、本人が「ちょっとスカート短くないかなぁ」と恥ずかしかったそうだ。だが征服スカートの丈と同じである。

 

「ミコトー! おはよう」

 

「アキラ、おはよう。と言っても、もうすぐ昼だけどね」

 

 ミコトの近くまで来たアキラは、手を挙げて振りながら笑顔で挨拶をした。彼も笑顔で彼女に挨拶を返す。

 

「そうだね。じゃあ、こんにちは」

 

「うん。こんにちは」

 

 お互い苦笑いで、改めて挨拶する二人。確かに、広場の時計台は11時55分を指していてもうすぐ正午だ。

 

 ミコトとアキラの関係を紹介しておこう。一言で言えば「幼稚園からの幼馴染」である。驚いた事に二人の家は隣合いで、全寮制の中等部に進学するまでは良く一緒に通学していた。現在、今のように大体一週間に一回は会っている。だが平日でも買い物等で偶然、鉢合わせする事もある。携帯電話(スマホではないよ)を持っているので基本的に毎日二回以上メールでやり取りしている。因みに恋愛は何処まで進んでいるのかは不明。相思相愛らしいが。

 

「敷物はあるから、いつもの場所へ移動しようか」

 

「うん。あ、今日はドラえもんだね」

 

 ミコトは鞄からドラえもん絵柄の敷物を取り出して言った。アキラは頷いた後に敷物を見て、やっぱりだという顔をしている。どうやら予感はしていたようだ。ミコトはドラえもん(CV大山さん)が大好きで、毎週金曜日テレビを見ていたが今は、寮生活なので見る事が出来ない。家の両親に録画を頼んで、DVDを送って貰っている。自分でノートパソコンを持っているので、そのメディアプレーヤーでビデオ鑑賞をしている。

 

 二人は広場の芝生まで移動し、敷物を敷いて腰かけた。そしてアキラはご機嫌な様子で、鞄からお弁当箱を取り出す。続けて修学旅行のお土産も取り出す。彼女は先週の間、修学旅行で京都まで行ってきたのだ。一般人の知らない「裏」で凄い騒動があったらしいが、まぁ関係ない話だ。

 

「はい。金閣寺のアクリルスタンド。それと京都名物のおたべだよ。ルームメイトと仲良く食べてね」

 

「ありがとう。京都修学旅行はどうだった?」

 

 アキラは微笑んで、ミコトに京都お土産を二つ渡した。彼も微笑んでお土産を受け取った後、彼女に修学旅行の感想を訊ねる。

 

「うん。ヒヤヒヤする事が多かったけど、とても楽しかったよ」

 

 アキラはちょっと引き攣った笑顔で答える。彼女のクラスである女子中等部3-Aは、バカ騒ぎする程に元気があり過ぎて、鬼が付く厳しい生徒指導教員(新田先生)に見つからないようにする事が何度もあったらしい。その所為か、修学旅行が終わって直ぐに原稿用紙(400字ではなく600字)を10枚での作文を書く宿題をくらったそうだ。しかも提出日は明日の月曜日である。特に「裏」と関わった生徒は、書けない内容が多い。理不尽だ……。

 

「アキラ……大変だったね。来月にある僕のクラスの長崎修学旅行でも心配だな。こっちも元気過ぎるから」

 

 ミコトは苦笑いする。彼のクラスも5月に修学旅行がある。長崎の平和公園や佐世保のハウステンボス等を巡る予定だ。アキラのクラスのバカ騒ぎに対しても負けていない。だから心配なのだ。

 

――とまぁ、昼食前の会話は以上だ。

 

「そろそろ、食べようか。今日はサンドイッチだよ」

 

「うん。……綺麗で美味しそうだ」

 

 アキラはニコニコして、そう言いながらお弁当箱のフタを開けた。そのサンドイッチを見たミコトは楽しそうな様子である。彼女の手作り弁当を毎週食べられるから当然だ。この幸せは、まったく羨ましい事で。

 

「ふふっ、ありがと。料理の腕はルームメイトの ゆーな にまだ及ばないけどね」

 

 ミコトからの褒め言葉に謙遜するアキラ。ルームメイトの「ゆーな」のフルネームは明石裕奈で、彼女の親友の一人だ。料理の腕は上々らしい。因みに他の親友は和泉亜子と佐々木まき絵を合わせて三人いる。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 合掌して食事の挨拶をする二人。そして、楽しい昼食を過ごすのだった。この先「美味しいよ」で「ありがとう」なんてベタな展開は目に見えているので、語る事を省いておく。

 

 

==========

 

 場所は変わって、此処は学園長の邸宅。その中の和室書斎で、一人の老人が座椅子に座ってテーブル上の資料に目を通している。その資料には、いかにも御曹司って感じの男性の顔写真や彼らの個人情報等である。恐らくお見合い関係だろう。

 

 老人の名前は近衛近右衛門。職業は学園長で年齢は80を超えている。容姿は簡潔に言うと、白顎鬚が細長い ぬらりひょん 爺さんだ。身長はやや低く、服装は殆ど白い和服を着ている。そして、先述した「裏」の関係者である。

 

 説明が遅れたが「裏」は、一般人においてお伽噺とされる「魔法」を扱う者の事だ。しかも学園長は、関東魔法協会と呼ばれる組織の最高権力者である。

 

「フゥ……」

 

 学園長は資料をテーブルに置いて溜息をつく。その原因はいくつかある。一つ目、孫娘が「まだ早いわぁ~」とお見合いから逃げ出す事が多い。二つ目、孫娘が修学旅行で危険な目に遭い「裏」と関わってしまった……以上。因みに孫娘とは、近衛木乃香という子でアキラのクラスメイトである。

 

「ッ!?」

 

 学園長は突然、凄い形相の顔に変わって立ち上がった。その直ぐに北の襖を開けて廊下に出る。これは一体、何が起きた!?

 

「な、なんじゃ!? あの馬鹿でかい魔力は!? その上、儂にも分からん何かのチカラも感じるが……」

 

 廊下に出た学園長は窓越しで、北東にある世界樹を見て驚愕した。そして動揺しながら呟く。見ただけでは何も変わっていないが、世界樹は膨大な魔力と未知エネルギーを放っていた!

 

(これは何か起こるか、想像もつかん。急いで魔法先生達に連絡じゃ)

 

 自分の組織の者達に緊急連絡するべく、学園長は早足で和室書斎に戻るのだった。関東魔法協会が管理する世界樹は、人の手に余るものかもしれない。彼らにとって、まだ解明されていない謎が多いのだから。

 

 

==========

 

 場所を戻して世界樹前広場。

 

「満足です。ごちそうさま」

 

「お粗末様でした。はい、お茶」

 

「ありがとう。……ゴクゴク」

 

 アキラは微笑みながら、食後の挨拶したミコトに、水筒のお茶を差し出した。彼はお礼を言った後に、お茶を飲み干す。因みにお茶は麦茶である。

 

「それにしても……人がいないね。なんでだろう?」

 

「今更だなぁ。アキラ、僕も此処に来た時から思っていたんだけど、原因は分からないよ。先週は賑わっていたのに」

 

 今更っていうアキラの質問にミコトは苦笑して、自分にも分からないと答えた。後に周りを見回すと、世界樹の様子に気づく。

 

「なんだあれ? プラズマ?」

 

 世界樹の真上に白い光が集まっていた。あれは段々と膨張している。ミコトはプラズマだと思っているようだが、違う。魔力と未知エネルギーの集まりだ。

 

「あ、高畑先生」

 

「ッ!? あのデスメガネで有名な?」

 

 広場の南からこっちに向かって走ってくる先生を見つけたアキラは、無意識で声を上げた。ミコトは「高畑先生」の名を聞いて驚く。かなり距離があるので先生の表情がよく分からないが、慌てているようだ。

 

 次の瞬間、この場の視界が真っ白になる。世界樹真上にある光が、ミコトとアキラに突っ込んで来たのだ。誰にも反応出来ない光速でッ! それでも先生は怯まずに走る。

 

 数秒経過……光が収まると、其処には直径5メートルのクレーターが出来ていた。ミコトとアキラの姿はない。世界樹は暴走が嘘だったかのように、静まっている。

 

「クッ。間に合わなかった……」

 

 現場に辿り着いた先生は、息を切らす事なくクレーターを見て悔しい顔をする。彼の名前はタカミチ・T・高畑。英語担当の教師であり、アキラのクラスの副担任である。容姿は簡潔に言うと、メガネをかけた薄い金髪のおじさま。だが年齢は30歳と若い。身長はミコトより少し高く、服装は白いスーツ(紳士)を着ている。因みにミコトが言った「デスメガネ」とは、麻帆良学園都市内で「おイタ」が過ぎる不良生徒を次々と懲らしめた恐怖のメガネ先生として付いた二つ名の事だ。実際、ミコトのクラスにいる数人の不良がデスメガネの餌食となっている。あとミコトは不良ではないと言っておく。恐れられているから苦手意識があるだけだ。

 

「これは、まいったね……クッ」

 

 高畑先生はクレーターを見ながら、右手で頭を抱えて「どうしたものか」と呟く。消えた二人は生きているのか死んでいるのか分からないし、生きていたとしても手掛かりが無いので捜索は不可能。つまり、お手上げである。

 

(アキラ君……すまない、僕はどうする事も出来ない。生きていたら困難があっても、ボーイフレンドと一緒に頑張って欲しい。無事に帰れる事を信じているよ。いつまでもッ)

 

 高畑先生は空を見上げて、自分の愛する教え子の無事を心から祈るのだった。

 

――こうしてミコトとアキラの長い長い旅が始まったわけである。

 

 

==========

 

 此処は何処かの森の中にある小さい広場。天気は晴れ。中央に不自然な円形の芝生があり、この上にドラえもん絵柄敷物で横たわっている大江山ミコトと大河内アキラが居る。二人は気を失っているようだ。この辺りに鞄や弁当箱(空)や水筒や京都お土産等が散らかっている。

 

 暫くすると、アキラが目を覚ました。そして周りを見回したら「此処は何処?」と混乱する。気付いたら別の場所なのだ。誰でも混乱はする。

 

 続けてミコトも目を覚ますが、次の行動はやはりアキラと同じだった。とにかく、二人とも無事で何よりである。

 

「ねぇミコト。なんで私達は森の中に居るの?」

 

「それは僕も聞きたいよ……。とりあえず、此処を片付けよう。話はそれからだ」

 

「う、うん……」

 

 ああ混乱していても仕方ないと、ミコトは冷静になってアキラに応えた。彼女は不安のまま頷き、彼と一緒に散らかった物を片付ける。弁当箱と水筒はアキラの鞄に入れる。京都お土産二つと敷物はミコトの鞄に入れる。

 

 片付け終わった後、ミコトは鞄から携帯電話を取り出して画面を確認する。しかし圏外となっていて、連絡もインターネットも出来ない状態だった。

 

「圏外か……予感はしていたけど」

 

「そうだね……電波が届かない森の奥かな?」

 

 落胆する二人。訊ねるアキラに、ミコトは「そうだと言いんだけど」と答える。段々と不安が高まる一方だ。

 

 どうしようかと悩んでいる時、西の木々から三つの青い物体が飛び出して来た。二人は驚いて西の方に顔を向ける。

 

 その物体はスライムと呼ばれるモンスター。容姿は雫のような形をした弾力のある青いゼリーで、大きさは大体20センチはある。顔はマスコットキャラクターのように可愛らしい。邪気がなければ人を襲って来ない生き物だ。

 

「なんだあれ? 生き物?」

 

「か、可愛い……」

 

 スライム達は、こっち向いて様子を見ている。ミコトは珍獣を見るような目で、アキラは可愛い小動物を見るような目で、スライム達を見つめた。すかさず、彼は携帯電話でスライム達の写メを撮影する。珍しいから友達にでも見せるつもりだろう。

 

 見つめ合う数分後、興味を無くしたのかスライム達は東の木々へ去って行ってしまった。その後に、二匹の角ウサギが東から西へピョンピョンと広場を横切る。

 

 角ウサギは、いっかくうさぎと呼ぶモンスター。容姿は額に一本角が生えたユニコーンみたいなウサギで、普通のウサギより一回り大きい。邪気がなければ、生態は普通のウサギと変わらない。

 

「さっきのウサギ。角がついてなかった?」

 

「……ついてたね。成長犬と同じくらい大きかったし」

 

 いっかくうさぎを見た二人は、互いに顔を合わせた。そしてアキラから先に、乾いた声でコメントする。「これって夢?」と思うのであった。あとミコトは写メを撮っている。いつの間に!?

 

「……もしかしたら、此処は地球の何処かじゃなく、別世界かもしれない。これを見て」

 

「それ……大きな鳥にぶら下がった赤いワニさん?」

 

 ミコトは携帯電話の画面をアキラに見せた。すると彼女は目を見開く。その画面には、大きい鳥がワニ顔の獣人の肩を鷲掴みにして飛行している姿があった。空でかなり距離がある為、写メを拡大させている。しかしミコト、いつの間に撮った!?

 

――これで二人は、異世界に居るという事実を理解した。

 

「私達、帰れるの?」

 

「それは……」

 

 泣きそうな顔で訊くアキラに対してミコトは、答えられないまま黙る。彼も泣きたいが「男たる者、彼女の前で泣くな! 弱気になるな!」である。

 

「諦めなければなんとかなる。最悪、帰れないとしても、僕はアキラを一人にさせない! だから……ね」

 

「ミコト……うん。分かった。最後まで諦めないよ」

 

 ミコトは絶望に負けず微笑んで、アキラの手を握りながら励ました。それで希望を持った彼女は笑顔になって応える。ここは抱きしめたら良いのに、ただミコトは純情なのか恋愛がそこまで進んでないのか分からない。恐らく前者だろう。

 

「次はどうするか、だけど。人が居る場所を探そう。村とか」

 

「その方が良いね。日が暮れる前に見つかるといいけど……」

 

 ミコトは南にある細い道に指差ししながら言った。アキラは頷き、空を見ながら答える。日は高いので今は昼頃だろう。食料と水は京都お土産のおたべと水筒残りのお茶だけなので、遅くても明日までに村か町を見つけないといけないという訳だ。

 

 二人は森の小さい広場を出て、南へ続く細い道を進む。その道は凸凹なので歩きにくい。道幅は一人分なので、ミコトが前でアキラは後ろだ。

 

 100メートルくらい進むと、自動車一台分の幅がある道に出た。その道はまた森の中で、此処から西へ東へ続いている。分岐点のようなものだから二人は悩んでしまう。

 

「間違えると命取りだから慎重に行こう。僕は西の景色を確認するから、アキラは東の方を頼むよ」

 

「うん。分かった」

 

 西と東の遠景を刮目して見る二人。西は……特に変わったものは見られなかった。東は……東北東に白い煙が上がっているのが見えた。あそこに人が居るかもしれない。

 

「ミコト! あれ見て」

 

「何か見つけたの? ……あれは煙だよね」

 

 東北東の白い煙に指差ししながら言うアキラ。それを確認したミコトは、東へ進む事を決める。人が居たら良いなとドキドキする二人であった。あの煙、今は昼なので御飯を炊いているのだろうか?

 

 東へ続く道は一本道で、少し左へ曲がり、この先少し右へ曲がると、真っ直ぐで100メートル先に村の入り口が見えた。それで安堵の表情を浮かべる二人。

 

「人が居ても、もし言葉が分からなかったらどうしよう?」

 

「あぁ……その場合はアレだよ。身振りで伝えるやつ」

 

「成程。ジェスチャーだね」

 

 コミュニケーションの問題について、既に考えてあるとは流石だミコト。そうジェスチャーは英語とか話せない日本人が、外国人とやり取りする為の一番の手段だ。それでも大変なのだが……

 

 実に村を発見出来た幸運で更に安堵した二人は、早足で村の入り口へ向かうのだった。ゴール前でラストスパートを駆けるかのようだ。走ってないけど。

 

 

つづく

 




はい。ネギまSSって感じの第一話でした。

何処の村なのか、お分かりですね?


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002 予想しなかった出来事

 此処は森の中の村。その名前はネイル村。一部の若者達は城下町へ上京しているので人口は約100人。出入口は三つあり、北は木こりさんが良く通り、西は城下町へ行く時に通り、東は薬草等を採取する時や小川で洗濯する時に通る。中央に広場がある。北東と北西に木造の家々が建っており、南に畑が広がっていて馬小屋もある。全体は見た通りド田舎だが、静かで村人達は明るく生き生きして一生懸命に生活している。

 

 ただ、気になる所が二つある。一つ目は、南東にある黒い瓦屋根で和風な建物である。そこだけ二階建てで大きい。二つ目は、何処にも井戸が見当たらない。代わりに中央広場真ん中で傘のような屋根の円形給水場が建っている。

 

 給水場の東近くで、少女二人が会話をしている。一人目はミーナ。容姿は短めの金髪幼女で、年齢は7歳くらい。服装は黄色い服を着ている。二人目はマァム。容姿は背中まで伸びた桃色の長髪女性で、年齢は15歳くらい。服装はミーナと同じ黄色い服だが、ちょっと露出度が高い。ゴーグルとグローブとブーツを装備している所を見れば、森の険しい場所まで行く時もあるようだ。

 

「マァムお姉ちゃん。あの大きい家は変わってるよね。ドアが勝手に横へ開いたり、涼しい風が吹いていたり、夜は昼みたいに明るかったり……」

 

「そうね……。中の風呂場はアレと同じように水やお湯まで出るから今までの手間が無くて楽よ。更に、洗濯や絞りまでやってくれる魔法の箱とか、雨の時でも服を乾かしてくれる魔法の箱とか……」

 

 大きい和風の建物について言いたい事が山ほどある二人。勝手に開くドアは自動ドア。涼しい風はエアコン。昼みたいに明るいは電気のLED照明。洗濯関連で魔法の箱は全自動洗濯機と乾燥機。という事を知らないのだ。魔法ではなく科学である事も。因みにマァムの言ったアレとは給水場の事で、水道がある。それが建つ前は井戸だった。今なら子供達の転落事故の心配もない。

 

 会話から察するに、大きい和風な建物の中に村人共有の大浴場と無料コインランドリーみたいな洗濯場があるようだ。薪の用意と井戸何度往復の湯船水溜めで、かなり手間が掛かる家の風呂に入らず、その大浴場を利用する村人が増えている。二人の家族にも例外ではない。

 

「本当に凄いね……誰が建てたのかな?」

 

「……詳しくは分からないけれど、一週間前に訪れたお爺さんとお婆さんが建てたと、長老さまから聞いているわ」

 

 マァムは先日の事を思い出してミーナに答える。一週間前に訪れた老人二人は一体、何者なのかと不思議に思う二人だった。生活が快適になったから、不安も恐怖もない。

 

――とまぁ、二人の会話は以上だ。

 

「ミーナ。もうすぐ昼ご飯だから、広場の建物で手を洗って家に戻りましょうか」

 

「うんっ」

 

 マァムとミーナは広場の給水場で手を洗った後、ご機嫌な様子で自分の家に戻るのだった。恐らく此処は世界で一番、暮らし易い場所になっていると思う。

 

 

==========

 

 西の出入口で、大江山ミコトと大河内アキラが村に入って来た。彼等はドキドキと緊張しながら、村全体を眺める。道中の森でもそうだが、初めての場所だから緊張しても無理はない。

 

 暫くすると、杖をついた老人がミコトとアキラの所へ歩み寄って来る。その老人は村で一番の長老である。自分から皆から長老と呼んでいる為、本名は不明。容姿はハゲ頭で口髭と長い顎鬚がある仙人様みたいな感じだ。服装は上が白で下が茶色の服を着ていて、いつも杖をついている。かなりのおトシにも負けず、いつも元気な爺さん。

 

「おお……若者達よ、よく来たのぅ。儂は此処、ネイル村で一番の長老じゃ」

 

 長老はスマイルで、ミコトとアキラを温かくお出迎えした。日本語で話してきた予想外で驚く二人。これならコミュニケーションに問題ない。好都合だ。

 

「はて? 驚くような事言ったかのぅ」

 

「あ、いえ……すみません」

 

 驚かれると予想しなかった長老はキョトンとした。二人は直ぐに気を取り直して「失礼しました」と謝る。会話出来るという事に、またまた安堵するのであった。

 

「突然じゃが、話したい事があるのだ。儂の家まで着いてきてくれんかの」

 

「えぇ……はい。分かりました」

 

 二人は戸惑った後、長老に返事した。そして彼に着いていき、村中の北西にある長老の家へ向かう。お年寄りは歩くのが遅いので、思ったより時間が掛かったと言うまでもない。あと「見かけない人」とこっちに視線を向ける村人達は何人か居たが、敵意も不安もなく気になっているだけである。

 

 長老の家に入った後、長老に促されて二人は一礼してテーブルの椅子に腰を下ろした。次に彼は奥のタンスから白い封筒(A4サイズ)を取り出した後、テーブル向かいの椅子に腰を下ろす。家の中は電灯が一つも無いので薄暗い。でも目が慣れてきたら気にならない。

 

「先ずは確認じゃな。おぬしがミコトで、お嬢さんはアキラで間違いないかの?」

 

 長老は封筒から写真を二枚取り出して言った。その時、二人は目を丸くして驚愕する。またまた予想外である。

 

「僕の写真だ……」

「私の写真だ……」

 

「シャシン? そういえば……あの老人が言っておったな」

 

 その写真はミコトとアキラの顔写真だった。二人の呟きを聞いた長老は、上を向きながら先日の事を思い出す。彼が初めて写真を見た時は、本物に見える程までに出来過ぎた肖像画だと驚いたそうだ。つまり、この世界に写真という物はまだ存在しない。

 

「……長老さん。確かに私の名前はアキラです」

 

「僕も名前は間違いなく、ミコトです」

 

「おお、そうか。これであの老人夫妻の頼み事を果たせるわい」

 

 気を取り直した二人は、本人であると肯定した。すると長老は、無事に会えた事を心から喜び応える。

 

「えっ? 老人夫妻……ですか」

 

「その頼み事は何ですか?」

 

「うむ。一週間前に老人夫妻が、この村に訪れて来てな」

 

 アキラは首を傾げ、ミコトもその様子で質問した。長老は頷いて経緯を説明する。ネイル村に来た老人夫妻は、異世界から来たと言っていた。そして長老に頼み事をした。その後は村に施設を建てて、快適な生活を提供してくれた。全てが終わったら帰って行ったとの事だ。異世界なんて吹っ飛んだ話だが、不思議なものが多い施設を見たら信じたのである。

 

「あの大きい風呂はえぇぞ~! 夜でも昼のように明るいし、湯船に手すりと階段があるから出入りし易いし、お湯が雨のように降るやつは体を洗い易いわい! ふぉっふぉっ。それから――」

 

 凄く気に入ったからか、あの施設についてマシンガントークする長老。一時間経っても終わらない。ミコトとアキラは、苦笑いしながら聞いているだけだった。

 

「――おっと、興奮してしまいおった。すまんの……ごほん。次は、頼まれた事じゃが」

 

 ハッと気が付いた長老は謝って咳払いした後、頼まれた事について話す。それは、異世界に飛ばされてしまって、行き場のないミコトとアキラをネイル村に受け入れて欲しいとの事だ。して返事は「YES」と快く答えた。ウマのホネも知らない人を受け入れるなんて、普通は難しい。長老は良い人だからなのか、二人の写真を見て良い子と感じ取られたからなのか、どっちか分からないが。

 

「儂はミコトとアキラを歓迎するぞぃ。今日から村の一員じゃ。なぁに心配なさるな。皆は良い奴ばかりじゃからのぉ。ふぉっふぉっ」

 

「長老さん……ありがとうございます」

 

「……ありがとうございます。頂き物で恐縮ですが、感謝のしるしにこれをどうぞ。甘いお菓子です」

 

 長老の受け入れに対して感涙したアキラは、頭を下げて感謝の意を表した。ミコトも頭を下げた後、鞄から京都お土産のおたべを長老に手渡す。本来ならルームメイトと食べるはずだったが、今となっては出来なくなった。それに、お礼に渡せる物は、これしか持っていない。あげたアキラ本人は、理解しているので何も言わなかった。

 

「いや、気を遣わんでも……。あっ、そうじゃった。老人夫妻から預かった物があるぞぃ」

 

「あ……」

 

「……」

 

 長老は思い出して、封筒から預かり物を取り出した。それを見た二人は、血の気が引いて顔を青くする。預かり物はなんと、自分が持っているのと同じ携帯電話とIDカード学生証だった。って事はつまり老人夫妻の正体は、帰れる事も叶わず年老いていった未来の自分だという事になる。恐れていた事が現実となった故のショックだろう。因みに長老は、老人夫妻と二人の関係を孫かひ孫だと思っている。

 

「ふ、二人とも……大丈夫かの?」

 

「……いえ、私は大丈夫です」

 

「ただの貧血ですよ。ハハハ……」

 

 心配する長老に対して、二人は大丈夫と無理して答える。ミコトは誤魔化している訳で、別に貧血ではない。

 

「そ、そうか……あまり無理をせんようにな。二人の住む所は、あの建物の二階にあると聞いておるよ。玄関の鍵はしもん……じゃったか? 良く分からんが……」

 

 長老は無理するなと言った後、住む場所について伝えた。二人は頷く。指紋認証システムを知らない長老は老人(未来ミコト)から「指定した人物しか開かない魔法みたいなもの」と簡単な説明を受けたらしい。まほうのカギや鍵を開ける呪文が存在する世界だから、普通の鍵閉めはダメだと判断してこうなった。

 

――これで長老との話し合いは以上である。

 

「明日の朝集会でおぬし二人を紹介するから、遅れずに中央広場に来るんじゃぞ」

 

「はい。分かりました」

 

「了解です。その日にも宜しくお願いします」

 

 アキラとミコトは微笑んで、長老に今日のお礼を言う。そして長老の家を後にし、中央広場経由で南東にある新しい家へ向かうのだった。表向きで二人は平然としていても、やはり元気がない。

 

 

==========

 

「あっ、先生……」

 

「えっ?」

 

 村の北口から中央広場への道に出たミコトは、夕食用の薪束を持ったマァムに声をかけられる。彼女は村の北から薪を調達して家に戻る途中だ。そこで鉢合わせである。

 

「あっ、ごめんなさい。先生のメガネと似ていたから、貴方を見て声が出てしまったんです」

 

「そうでしたか。びっくりしましたけど」

 

 人違いで足を止めてしまった事を謝るマァムに対して、ミコトは微笑んで「気にしていません」と応えた。彼の隣に立つアキラは苦笑いして、様子を見ている。

 

「……貴方達は旅人さんですか?」

 

「いいえ。こちらに事情がありまして、今日から此処に住む事になりました」

 

「まだ慣れていない内に、ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、宜しくお願いします」

 

 此処では見かけない顔と思ったマァムは訊ねた。ミコトは顔を横に振って答え、アキラは丁寧にお辞儀する。マァムは実は、最近の噂を聞いて此処を訪れた旅人かなと思っていたりする。

 

「そうなんですか。私の名前はマァムと言います。分からない事があったら、気軽に声をかけて下さいね。と言っても、まだ15歳の子供ですけど」

 

「ありがとうございます。私の名前はアキラと言います。同じ年なんて奇遇ですね」

 

「うん。僕の名前はミコトと言います。年はアキラと同じ15歳です」

 

 マァムは微笑んで親切に自己紹介した。アキラとミコトも微笑んで応える。それで自分と同じ年と知ったマァムは心中で驚く。どうやら自分より背が10㎝以上高くて年上の大人だと思っていたようだ。長老との話し合いで苗字は出なかったから二人は自己紹介の際、名前しか言わなかった。

 

 同じ年だという事で今後から、敬語ではなく普段の喋り方で話す事になった。マァムは喜んで「友達になって欲しい」と言ったところ、二人は「勿論だよ」と笑顔で答えた。彼女がこんなに喜んでいるのは、生まれて今まで村の中に三年以内の年の差の人が居なかったからである。

 

――こんな訳で、異世界で初めて友達ができた。

 

「アキラとミコトは、何処の家に住む予定なの?」

 

「あの大きい建物の二階にあるって、長老さんから聞いた」

 

「……もしかして、建てた人のお孫さんかしら?」

 

「えっと……そんな所かな」

 

 アキラはマァムに自分の予定住所を教えた。彼女の次の質問に対して、本当の事を話すと色々ややこしいと考えたミコトは孫であると答える。確かに未来の自分と言っても、誰にも信じられる話ではない。だから嘘は仕方ない。

 

「あの建物は変わってるから、二階にも興味があるわ。今度、機会があったら誘ってね」

 

「うん。分かった。約束する」

 

 断る理由も無いとアキラは、笑顔で頷いて約束した。良い返事を貰えたマァムは、微笑んで「絶対よ」と応える。女の子同士の会話みたいで、ミコトは見ているだけだった。

 

 それから色々会話した後、二人はマァムと別れて目的地へ再び足を進めるのだった。別れる際に「また明日」と言ったが、夜にアキラが村人共有大浴場へ行けば、今日でまたマァムと会えるかもしれない。

 

 

==========

 

「未来の僕とアキラが建てた家……か」

 

「近くで見ると大きいね……」

 

 大きい建物の西近くに立つ二人は建物全体を眺めてコメントする。異世界に飛ばされて、もう見られないであろう日本の建物だ。なんとなく旅館っぽい感じ。その入口は、西側で真ん中から若干左にある。

 

「しかし……未来から来たという事は、タイムマシンを手に入れたんだろうか? まさか本当にあるなんて驚きだけど」

 

「うん。同感」

 

 タイムマシンはドラえもん等の作り話の中だけのはずだと、未だ信じられないミコト。それに同感するアキラ。彼女は知らないが、実はクラスメイトの中に未来から来た人が居たりする。

 

「考えていてもしょうがない。中に入ろうか」

 

「そうだね」

 

 ミコトはアキラを連れて建物の中に入る。入口の扉は長老の言っていた通り、自動ドアだった。

 

「休憩のロビーか……凄いな」

 

「うん。何人か村の人は、幸せそうにまったりしてるね。中はエアコンで涼しいし」

 

 建物の中は、広いロビーだった。立派な一人ソファー四つで囲んだ円形テーブルが、いくつかある。奥に飲料ペットボトルの自動販売機(1本1ゴールド)もある。極め付けに、天井までデカイ金のまねきねこが奥の真ん中に配置されてインパクトがデカイ。北の自動ドアを通ると、コインランドリーみたいな洗濯場である。南に左から順で青色と赤色ののれんがあり、その先は大浴場である。

 

 ロビーで何人か村の人がソファーで寛いでいるが、居眠りしている人も居る。天国のようで実にだらけてしまわないか、心配な所だ。自己責任であるが。

 

「そういえば、何処から電気が流れているんだろうね? 長老さんの口振りだと、この世界に発電所は無さそうだし」

 

「んー……何処かに建ててあるんじゃない? 原子力発電だったらヤバイけど」

 

 電気に関して疑問を浮かべるアキラ。今のところ、分からないとミコトは言う。そこまで危険だと思っているなら、原子力発電は無いだろう。未来で自分自身なのだから。

 

 二人は北東の階段を上って二階へ行くと、一つのドアが目の前にあった。その左の壁に指紋認証のリーダーがある。点灯ランプが赤になっていて、ドアロック状態だ。因みに階段の構造は北向きに上って左に折り返して、南向きに上るという造りとなっている。

 

「あの扉の向こうは、私達が住む所だよね」

 

「そうだね……今思ったけど、アキラと毎日一緒に居られるね。麻帆良に居た時は、大体一週間に一回しか会えなかったよ」

 

「あっ!? 確かに……。そういえば長老さんが老人夫妻と言ってたから、未来の私達は結婚してた気が……」

 

「ハハッ。結婚はまだ早いかな。まだ15歳だし、この世界について知らない事が沢山あるし」

 

 苦笑いするミコトと、顔を赤くするアキラ。帰れない代償は大きかったが、早くも一緒に居られるという事は、二人にとって嬉しい話だ。二人は純情らしいので、結婚までの順序及び計画はしっかりと守るだろう。まぁ、同居というフライングを除いては。

 

 ミコトはドキドキしながら、指紋認証リーダーに左手を当てた。すると点灯ランプが青に変わって、ドアロックが解除される。動作に問題が無かった事で安心する二人であった。

 

――こうして二人の新しい我が家に入った。

 

「やあ、おかえり」

 

「おかえりなさい」

 

「え!?」

「え!?」

 

 玄関。笑顔でお出迎えしてくれる二人の人物を見たミコトとアキラは、時間が止まったかのように驚愕する。何故ならその人物は、ドラえもんとドラミちゃんだったからである。またまた、また予想外であるッ!

 

 気を取り戻したミコトとアキラは「どうなってるの? これ」と戸惑いながら、靴を脱いで玄関を上がるのだった。二人っきりじゃなくて残念だったね。

 

 

つづく

 




はい。予想外な事が多い第二話でした。

次回は、あらすじにあった原因が明らかに!


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003 六つに分けられた世界

 大きい建物改めミコトハウス。その二階の構造について。北東は玄関。北西は物置とトイレと洗面所。その南は西端から東端までの廊下で、真ん中がT字路になって南端まで続く。南へ続く廊下の西は、北から順でリビング、ミコトの部屋、ドラえもんの部屋、学習室。その反対側の東で、北から順にキッチン+食堂、アキラの部屋、ドラミちゃんの部屋、どこでもドアがある部屋。部屋の広さは、全て八畳である。浴室と洗濯場は無いので、一階の村人共有を利用する。

 

 ミコトハウス二階のリビング。北方のソファーに大江山ミコトと大河内アキラが座って、南方のソファーにドラえもんとドラミちゃんが座っている。真ん中の四角いテーブルの上に、甘くて美味しい紅茶がある。東は廊下へのドアで、西は外が見える窓ガラスがある。この世界にテレビ放送が無い為、テレビは置いていない。床は水色の絨毯だ。

 

「……君はドラえもんでいいのかな? 22世紀から来たとか」

 

「うん。ぼくはドラえもんだよ。でもマンガやアニメのドラえもんと違うんだ」

 

 今でもまだ混乱しているミコトの質問に対して、ドラえもんは苦笑いしながら答える。彼とドラミちゃんは、未来のミコトによって造られたとの事。つまり原作の再現である。と言っても本物と異なる部分は、いくつかあるが。

 

「成程。なんの為に造られたの?」

 

「わたしとお兄ちゃんは、異世界に来たばかりで困っている貴方達をサポートする為に造られたの」

 

 ドラミちゃんは微笑んでアキラの質問に答える。サポート内容は、この世界についての説明と、戦闘に備える修行の手伝いと、家事からミコトハウスの運営等である。なんでドラえもんにしたのかというと、理由は簡単。ミコトがドラえもんアニメが大好きだからである。

 

 ミコトハウスの運営の内容は、消耗品の補充や清掃や村人に対しての使用説明等である。長老とマァムは実は、ドラえもんとドラミちゃんと会っているが、ミコトとアキラに話していない。まぁ、サプライズというやつだろう。

 

「えっと……戦闘に備える修行って、どういう事?」

 

「この世界の事情だよ。戦うのが怖い気持ちは分かるけど」

 

 穏やかじゃないと困惑するミコトの質問に対して、ドラえもんはシリアスな表情で答える。当然だが、争いを好まないアキラは引き攣った顔である。今まで平和に暮らしていた一般人が、行き成り命懸けの戦いに出るのだから、怖がっても仕方ない。

 

「村の東から南に 魔の森 が広がっていて……三日前、ライオンヘッドという大きいライオンモンスターが、東から村に入って来たの。それでマァムさんが退治したわ」

 

「えっ!? マァムが?」

 

「驚いたな……」

 

 ドラミちゃんの話を聞いたアキラとミコトは、今日友達になった人が強かった事にびっくりする。平和な時でも年に何回か、魔の森のモンスターが村に流れてくる事があるようだ。

 

「だからミコトとアキラは死なないように、強くならないとね。未来の自分が生きているからって、油断しちゃダメだよ。未来は変わる事があるんだ」

 

「うぅ……分かった。私……どこまで出来るか分からないけど、頑張ってみる」

 

「ぼ、僕も本気で頑張る。早く死んでしまってアキラを一人にしたくないからね」

 

 ドラえもんの警告を聞いたアキラは、渋々戦う事を決めた。まだ怖いと思いながらも、ミコトは覚悟を決める。二人にとって戦いが怖いのは、痛い事よりも相手の命を奪う事なのかもしれない。三日前のライオンヘッド騒動において、倒さないと村人の誰かが食い殺される。そう「殺らねば、殺られる」だ。

 

 そこで気になる事がある。もしもミコトが早く死んでしまったらドラえもん達はどうなるか、についてだ。その答えは「何も変化は無い」である。例え歴史が変わっても、その時代から別の未来が生まれる為、元の時代に影響は全く無い。先述と似た例えで今のミコトが将来、過去の自分を助けようとしないで放置しても問題ないが、彼は無責任嫌いの性格なので、絶対に助けるだろう。共に居るアキラも同じく。

 

――戦いの修行に関しては、後日という事で。

 

「あっ、そうだ。この世界の何処の国に居るのか、知りたい」

 

「うん。分かった」

 

 詳しい居場所を知りたいミコトに対して、ドラえもんは四次元ポケットから地図を取り出してテーブルの上に広げた。そして説明を始める。北にマルノーラと言う大陸。南西にラインリバーと言う大陸。南東にホルキアと言う大陸。そして中央にある一番大きい大陸はギルドメインと言う。その他に、南西にデルムリン島と、北西に死の大地と言う大きな島もある。そこでミコト達の居場所は、ラインリバー大陸西部でロモスと呼ばれる国の領内の一番東にあるネイル村だ。東部は魔の森で占められている。

 

「成程……あれ? 北極と南極が無いよ」

 

「あっ、本当だ……。これ、日本地図のように世界地図の一部だよね?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 地図を見ながら、おかしい所に気付くミコト。それでアキラも気付いて、ドラえもん達に訊ねた。ドラミちゃんが微笑んで答えた後、四次元ポケットから地球儀(地球ではないが)を取り出して置いて説明する。全体で竜に関する伝説が多い事から、惑星の名前は「竜星」と呼ばれる。地形で陸地は、大陸の集まり(大陸群)を六カ所と北極と南極であり、海は約75パーセント。六カ所の大陸群は、北半球にギルドメイン州とロトゼタシア州とレティシア州で、南半球にセントベレス州とロンダルキア州とエスタード州である。ミコト達の居る大陸群は、ギルドメイン州だ。その南西(赤道越え)はセントベレス州。地球で日本とブラジルのように、反対側はロンダルキア州。

 

 ギルドメイン州にある国はロモス、パプニカ、ベンガーナ、カールなど。

 

 ロトゼタシア州にある国はデルカダール、サマディー、ユグノアなど。

 

 レティシア州にある国はトロデーン、アスカンタ、サザンビークなど。

 

 セントベレス州にある国はラインハット、テルパドール、グランバニアなど。

 

 ロンダルキア州にある国はローレシア、サマルトリア、ムーンブルクなど。

 

 エスタード州にある国はグランエスタード、マーディラス、コスタールなど。

 

「成程……で、六カ所ある大陸の集まりを四角で囲んだ赤い線は何?」

 

「あれは、世界を分ける 分割結界 だよ」

 

 地球儀(竜星)に指差ししながら首を傾げるミコトに対して、ドラえもんは面白くもない表情で説明する。六カ所の大陸群は「分割結界」で閉じ込められている。例え船で南へ進んで外に出ようとしても、ループして反対側の北から入り戻されてしまう。その為、この世界の人々は流通している地図の外を知らない。勿論、長老もマァムも知らない。彼らの一般常識では、地図の端を「世界の壁」と呼んでいる。大気圏を抜けて宇宙に上がれば、簡単に結界の外に出られるが、人々にその技術はまだ無い。例外として、雲と海水は結界に影響しないようだ。

 

「でも、誰が何の為にこんな事をするんだろう?」

 

「それは、わたしにも良く分からないわ」

 

 アキラの疑問に対して、ドラミちゃんもドラえもんも顔を横に振る。恐らく未来のミコトでも、まだ判明していないと思われる。きっと何か重要な理由があるに違いないと判断して、結界に手を出さない事にした。それは触らぬ神に祟りなしである。

 

――世界地図についての話は以上だ。

 

「他に聞きたい事はあるかい」

 

「んー……この家の電気と水道は、何処から入ってるの?」

 

 ドラえもんはミコトの質問に答える。電気は、宇宙にある太陽光発電の大型人工衛星から光通信で送電されている。水道は中央広場給水場を含めて、地下水脈からポンプで水を汲み上げている。さらに浄水装置(上水・下水)と電気熱ボイラーも備えている。だから環境汚染の心配も無いし、生水で村の馬の体調を崩しにくい。

 

「アキラも聞きたい事はあるかしら」

 

「えぇっと……一階にある自動販売機のペットボトルは、何処から仕入れてるの? しかもこの紅茶は、麻帆良の人気カフェと同じ味だし」

 

 ミコトもだが、アキラは気になっていた。下の階の自動販売機にあるペットボトルは、マッチとかエネルゲンとかアクエリアスとかコーラとか元の世界にある物が揃っている。それは、この世界で売っている筈が無い。加えて、此処で飲んでいる紅茶でも麻帆良カフェ限定の品だ。因みに、その紅茶はアキラが毎回注文しているお気に入りである。

 

 ドラえもんはギルドメイン州の地図と地球儀(竜星)を片付けた後、四次元ポケットからノートパソコンを取り出してテーブルに置いた。それを見たミコトとアキラは首を傾げる。

 

「欲しい物は、このパソコンで注文するのさ」

 

 ミコトとアキラはまだ不思議そうな顔をしながら、ドラえもん達のソファーの後ろへ移動してパソコン画面を見た。ドラえもんはキーボードを打つ。デスクトップの「ショッピング」のアイコンをクリックした後は、ネット通販と同じ流れで注文する。

 

「やっぱり、どら焼きなのね……」

 

「い、いいじゃないか!」

 

 呆れたドラミちゃんに対して、ドラえもんはムキになった。それを見たミコトとアキラは苦笑する。本当にどら焼き好きだねぇ……。

 

 暫くすると、リビング東のドアが開いた。ダンボール箱を持った、オレンジ色の宅配スタッフ服を着たロボットが入ってくる。そしてダンボール箱を置いたら、立ち去っていく。行き成り現れて、行き成り帰るという感じだ。

 

「……あのロボット。何処から来たの?」

 

「あれは どこでもドア で、ミコトランドから来たんだよ。……モグモグ」

 

「もう。お兄ちゃんったら……」

 

 キョトンしたミコトの問いに答えた後、ダンボール箱からどら焼きを出して幸せそうに食べるドラえもん。ドラミちゃんはまた呆れながら、代わりに説明する。ミコトランドは、一年前に建造した人工島で、場所はギルドメイン州の外の南の赤道近くにある。さっき注文したどら焼きは、島の地下にある超大型製造機によって海水から物質変換で作られたとの事。食料は勿論、元の世界にある品物まで何でも作れる。お金は要らない。

 

 ミコトランドにある施設は配送センター、ホテル、修行場、研究所など。因みにドラえもんとドラミちゃんは、未来から来たのではなく、そこの研究所で生まれた。未来のミコトは一年間、この時代に滞在していたという訳だ。

 

 さっきのどこでもドアについてだが、仕様が本物と異なり、トランシーバーのように二台セットとなっている。宇宙にある人工衛星経由の通信なので、分割結界に影響されない。通信が届く範囲であれば、何処でも使える。

 

「とんでもないものを造ったなぁ……どうやって、そこまでの技術力を手に入れたんだろう……」

 

「それは、このパソコンで数十年間、学習して身に着いたと聞いてるよ。頑張ってね」

 

 未来の自分が凄かった事で、自信がなくなりそうなミコト。ドラえもんは苦笑しながら応える。ノートパソコンは通信で、ミコトランド地下にあるUーUSD(アルティメットウルトラスーパーデラックス)コンピューターのデータベースにアクセス出来る。そのデータ量は超膨大で、あらゆる科学技術、あらゆる魔法技術、竜星全体の地理や歴史、竜星全体の大百科、等々がある。但し未来は変わる事がある為、歴史において未来の情報は収録されていない。

 

 このデータは実は、未来のミコトから現代のミコトに引き継いで、将来は過去のミコトに引き継ぐ。つまりループする度に、データが蓄積していくという事だ。何十が何百回ループして、酷い無責任なミコトが現れないかぎり。

 

 ノートパソコンは四人分あり、ミコトとアキラの分は南西の学習室に置いてある。時間がある時に、二人で仲良く勉強しろって事だろう。通販も自由だ。

 

「この世界の一般常識を覚える事を優先してね。特に先ず覚えておきたい事があるわ」

 

 ミコトとアキラは向かいのソファーに戻った後、ドラミちゃんは大事な事を言う。始めに覚えておきたいのは、勇者アバンについて。このギルドメイン州は15年以上も前、ハドラーと言う魔族が魔王として、侵略戦争を始めた。そこで14年前、勇者アバンと戦士ロカと僧侶レイラと魔法使いマトリフという四人の英雄が、魔王ハドラーを倒して平和をもたらした。だから彼等に対する感謝や敬意を忘れてはいけない。異世界人とはいえ、知らないと非難されるので、始めに覚えておきたいという訳だ。

 

「怖いなぁ……魔王って、とても強いよね」

 

「アキラ。今は平和だけど、いつかまた魔王が現れるかもしれないよ。安心していないで、強くならないとね」

 

 ドラえもんはアキラに対して注意する。また魔王が出る可能性はゼロじゃない。もしも現れた場合、邪気でモンスター達が狂暴化して無差別に人を襲ってくる。例えばライオンヘッドは、通常ならライオンより強いだけだが、狂暴化すると戦闘力が上がって魔法も使ってくるようになる。魔王は勇者に任せるとしても、危険である事に変わりはないのだ。

 

――想像以上に危険な世界に来てしまったと思うミコトとアキラであった。

 

 時間も夕方になり、ミコト達は話し合いを終えて夕食の準備をするのだった。食材はカレーライスを作れる分を、ドラミちゃんが用意してある。因みにミコトハウスにガスは無い。代わりにIH機器がある。

 

 

==========

 

「あっ、マァム。こんばんは」

 

「あら、アキラ。奇遇ね、こんばんは」

 

 ミコトハウス一階南西の女湯脱衣所。此処でアキラはマァムと鉢合わせし、お互い夜の挨拶をする。二人は、これから入浴するところだ。他にお客さんも数人居る。ミコトは現在、言うまでもなく南東の男湯に居る。マァムに母親が一人いるが、用事があるので後で入浴されるそうだ。

 

 アキラとマァムは服を脱いでロッカーに入れた後、タオルを持って南の大浴場に入る。洗面器と石鹸等はそこにあるので、タオル一枚持参で良い。

 

 大浴場の構造について。部屋前半の東西両端に水道蛇口とシャワーが並んでおり、各所にボディソープとシャンプーとリンスが備えてある。真ん中に洗面器とパス椅子の棚がある。奥の部屋後半は全て広い湯船になっていて、南の壁にデカイ富士山の壁写真がある。全体のタイルの色は、男湯が薄いブルーで、女湯は薄いピンクである。

 

「マァム。此処に慣れた?」

 

「ええ。最初は使い方が分からなかったわ」

 

 体や髪を洗い終えた二人は、湯船に入った。そこで、ゆっくりしながら会話を始める。村人達を含め、初めて使うマァムはドラミちゃんから使い方を教えて貰っている。初対面の時はモンスターかと思っていたが、それは仕方ない。話が通じ合えば、人畜無害と理解できる。

 

「前から思っていたけど、あの大きい山は何なのかしら?」

 

「あれは、富士山だよ」

 

「フジサン?」

 

「うん。日本で一番高い山なんだ」

 

 富士山を見た事がないマァムに対して、アキラは微笑んで説明する。その際に高さ三千メートル以上と聞いた時は、驚いたと言うまでもない。ギルドメイン州に、あれほど高い山は無いのだから。

 

「えぇっと……ニホンって国なのかしら? 聞いた事もないし……もしかして、アキラの生まれ故郷だったりする?」

 

「うん。信じられないと思うけど、日本は異世界にある国なんだ。だからギルドメイン州の何処にも無いよ」

 

 故郷かなと思ったマァムは質問した。アキラは頷いて肯定した後、異世界と日本の事を話す。その話で自分だけでなく、ミコトについても伝える。友達ならば、お互い名前で呼び合い、もっと自分の事を打ち明けて仲を深めるものだ。

 

「成程。異世界の事は信じるわ。此処のような見た事もない物を沢山、見ればね」

 

 長老と同じく、そんな根拠で信じるマァム。会話は良い感じで二人は笑顔だ。まだ早いけど、親友と言っていいかもしれない。

 

「さっき、気になる事を言ったわね。ギルドメイン州って……大陸と呼ぶなら分かるけど、州と呼ぶのはどういう意味かしら?」

 

「えぇっと……此処で話すのはマズイかな。明日時間ある?」

 

「えっ……朝の集会の後は、一日空いてるわよ」

 

「じゃあ、朝の集会が終わったら、此処の二階に来て。ミコトと詳しく説明するから」

 

「ええ。分かったわ」

 

 此処で話すと騒ぎになる恐れがあると判断したアキラは、明日自分の家で説明すると言った。気になる様子のマァムは頷いて、明日の予定を決める。ミコトの知らない勝手な約束だが、アキラの判断は間違っていないと言っておく。しかし、男子を差し置いて話を進めるから女子は怖いな。

 

 その後も二人の会話は続き、体が熱くなってきたところで、湯船を上がるのだった。ドライヤーで髪を乾かす時にマァムは「早くて便利ね」と、アキラに好評を言った事も余談である。

 

 

==========

 

 此処はミコトの部屋。南東にクローゼット。南西に頭西向けベッド。北西に勉強机と椅子。北東にタンス二種。床の絨毯は薄い青色。クローゼットやタンスに着替えは揃っているが、インテリア飾りや置物はあまり無い。

 

 現在、水色のパジャマを着たストレートロングヘア―のアキラがベッドの上に座っていて、紺色のパジャマを着たミコトが勉強机の椅子に座っている。二人は向かい合って、就寝前の会話をしているようだ。

 

「明日、マァムに分割結界の事を話すのかい?」

 

「うん。勝手に決めてごめんね」

 

「いや、構わない。この世界で初めての友達だからね」

 

 勝手に話を進めた事で、謝るアキラ。許す許さないはなく、笑って気にしないミコト。あの事を知ったマァムはどんな反応をするのか、想像はつく二人であった。

 

「まぁ、二人で仲良くしている間は、大変な事があったけどね」

 

「大変な事?」

 

 アキラが大浴場に居た時の話だ。男子の入浴は女子より早く終わるので、ミコトが先に上がる訳だが、脱衣所からロビーに出た時、ハプニングがあった。それは自動販売機前で、11歳くらいの男の子が「ブーーーーッ!!」と盛大に吹いた騒ぎである。彼は色々チャレンジする勇気ある者で、炭酸飲料のコーラを知らずに一気飲みしたらしい。騒ぎの後は、ミコトが男の子に口直しのカルピスをあげた次に後片付けをした。

 

「コーラを一気飲み……」

 

 アキラは引き攣った顔である。この世界に炭酸飲料は存在しない。このような騒ぎが再発しないように、どうしようかと考えるミコトであった。

 

「とにかく、アキラ。今日は色々あったけど、お疲れ様。自分のベッドでゆっくり寝てね」

 

「うん。ミコトもお疲れ様、だよ。明日、お互い頑張ろうね。おやすみ」

 

「うん。おやすみ」

 

 二人はお互い笑顔で今日を労い、寝る挨拶をした。そしてアキラはベッドから立ち上がり、自分の部屋に戻る。ミコトは彼女を見送った後、電灯を消してベッドに寝入るのだった。

 

――こうして一日目は終了した。

 

 

つづく

 




はい。異世界の世界地図が、明らかになった第三話でした。

RPGゲームの世界は本当は、惑星の一部だったりしません? 北極と南極がないんだし……。

ダイの大冒険の世界全体が地球と同じ広さだったら、船でロモスからパプニカまで数ヶ月かかりますよ。それが、たったの数日だし。


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004 高速帆船ドラドーラ号

 二日目の朝、此処はネイル村の中央広場。雲は少し多いが、天気は晴れ。本日は朝の集会があるので、村人達が集まってきている。そんな中、大江山ミコトと大河内アキラとドラえもんとドラミちゃんの姿があった。ミコトとアキラの服装が、半袖長ズボンの登山ウェアとなっている。靴も山登り向け。村人に合わせたデザインになっていて、ミコトは緑色ウェアでアキラは茶色ウェアで二人とも黒色ズボン。上だけ色違いのペアルックだ。

 

「あっ、アキラとみんな。おはよう」

 

「あ、マァム。おはよう」

 

 北の道からマァムと黒髪ロングのおばさんがやってきて、アキラ達に元気良く挨拶した。アキラが代表してミコトも、元気良く挨拶を返す。お互い元気一杯で何よりだ。

 

「そちらのご婦人は、お母さんかな?」

 

「ええ、そうよ」

 

「母のレイラと言います。娘とも宜しくお願いしますね」

 

 マァムは笑顔で、ミコトの問いに肯定した。そしてレイラは微笑んで自己紹介する。自慢する訳でもないから、英雄であると自ら言わなかった。あの英雄と同じ名前だな、と思うミコトとアキラであった。

 

「マァムのお父さんは?」

 

「お父さんのロカは……八年前から行方不明なのよ」

 

 父親の姿がないと気付いたアキラは訊ねると、マァムは寂しい顔で答える。八年前の夜、カクカクと高速で飛び回る変な物体が北の森に下降した為、父親のロカは様子を見に行った。それっきりで、帰ってこないらしい。

 

(カクカクと飛び回る物体……まるでUFOだな。……まさか)

 

 マァムの話を聞いて、まさか宇宙人にさらわれてしまったのでは、と冗談ではない事を思ってしまうミコトであった。

 

「でも、きっと生きていると信じているわ。勇者のアバンさまと共に戦った人ですもの」

 

 悲しまずに、ただ夫の帰りを信じているレイラ。その話にアバンの名が出た事で、ミコトとアキラは目を見開く。友達のマァムの両親が、英雄だと理解したのだ。

 

「心が強いんだね。マァムのお母さん」

 

「僕も、そう思うよ。英雄に関係なく、尊敬出来る人だ」

 

 レイラの強さを感じて、いつまでも落ち込んではいられないと、改めて前向きになるアキラとミコト。二人は実は昨夜、ベッドの中で涙を流しながらうなされていたりする。

 

「皆の者よ。待たせたの」

 

 杖をつきながらゆっくりと、北の道からやってくる長老。彼の姿を確認した村人達は、元気良く「長老さま」と呼んだ。そして静かに、お言葉を待つ。新参のミコト達も周りに従う。これにより朝の集会の始まりである。

 

「……ウム。いつも通り、元気な顔で何よりじゃ。儂からの用件は三つあるぞぃ」

 

 長老は村人達の様子を見回した後、いい笑顔になり言葉を告げる。三つの用件は新しく入った人の紹介や、最近の出来事二件についてだ。

 

「先ずは、新しい仲間の紹介じゃな。……ミコト、アキラ。こっちに来なされ」

 

「はい。長老さま」

 

 長老に呼ばれたミコトは手を挙げ、代表して返事をした。そしてアキラを連れて、皆の前に出る。昨日は長老を「さん」付けで呼んでいたが、村人達の態度を見て「さま」付けで呼ぶ事になった。

 

「遠い国から、引っ越して来たミコトです。こう見えて15歳ですが、みなさんの力になれるように努力します。宜しくお願いします」

 

「彼と友達のアキラです。まだ慣れていない内に、ご迷惑をかけてしまわないように努力します。宜しくお願いします」

 

 二人は自己紹介して一礼すると、パチパチと村人達に拍手を送られる。礼儀正しくてしっかりした子だと、受け取れた大歓迎であった。なので二人は照れくさそうな様子だ。

 

「ふぉっふぉっ。二人とも良かったの。紹介ご苦労じゃった。戻って良いぞ」

 

 長老は安堵の笑みを浮かべて、労いの言葉を送った。二人は笑顔で返事して、村人達の集まりに戻る。そこでドラえもん達とマァム達も労う。これで一つ目の用件は終了。

 

「次は、四日前のライオンヘッド騒動についてじゃ」

 

 次の用件はライオンヘッド騒動の報告だ。ライオンヘッドが村に入ってきた時、長老とレイラとマァムと警備員二人が戦闘に出た。戦わない人達は、お城よりも頑丈で安全のミコトハウスに避難させた。戦闘が始まったら、長老がライオンヘッドにマヌーサをかけた。狂暴化していない状態は呪文耐性が低い為、あっさり効いた。次はレイラがスクルトで、皆の守備力を強化。そしてマァムと警備員二人が、ライオンヘッドと交戦。あとは長老がメラミでライオンヘッドに大ダメージを与え、マァムが会心の一撃でトドメを刺した。マヌーサが効いた事や強力なベギラマを使ってこなかった事で、負傷者なしの勝利である。平和な時期だから油断しないかぎり、当然の結果だ。

 

 当たり前だがミコトとアキラは、マヌーサやスクルトやメラミ等の呪文を知らない。密かにドラえもん達が意味を教えてくれたが、後日にノートパソコンで一般常識の勉強だ。

 

「これで最後の用件じゃ。……まぁ、良い知らせでも悪い知らせでもないがの」

 

 三つ目は、モンスター達のロモス王城襲撃について。二日前の夜、ロモス城でパーティーが開かれた。しかし突然、謎の少年が現れてモンスター達を呼び出し、襲いかかった。その目的は悪くなく、ただ仲間を取り戻しに来ただけである。聞けば勘違い冒険者四人組がデルムリン島から、とても珍しいモンスターのゴールデンメタルスライムを捕えて、ロモス王に献上したとか。先述の通り仲間を取り戻すだけなので、あの冒険者らを除いて皆にケガ人は出なかった。これは、ただのお騒がせである。

 

 この話を聞いた事により、モンスター達の王城襲撃の噂を聞いて、不安がっていた者達は安心して落ち着いた。だから長老として、住人達に伝えなければならなかった訳である。

 

「話は以上かの。皆の者、ご静聴ご苦労じゃった。これより朝の集会を終わる。持ち場に戻ってくれ」

 

 長老が朝の集会終了を告げると、村人達は解散してそれぞれの持ち場へ向かって行った。マァムは「一度家に戻る}と言ってレイラと帰っていく。広場に残ったミコト達は、マァムがまた此処に戻るのを待つ事になった。因みにミコト達の誘いで、マァムの昼食はミコトハウスで摂る事にした。

 

「デルムリン島の少年かぁ……」

 

「気になるの?」

 

「うん。凄い子だなーって。仲間を助ける為に、お城に突入するんだから」

 

「確かに……。凄い子だよね。勇者みたい」

 

 長老の話を思い出して、デルムリン島の少年について感心しながら会話するミコトとアキラ。あの少年の行動は、誰にもマネ出来るものじゃない。余程、勇気が無いと無理である。アキラの言う通り、正に勇者!

 

「じゃあ、昼からデルムリン島へ行こう。未来のミコトが造った船があるんだけど、試運転も兼ねて」

 

「心配しなくても大丈夫よ。モンスターが沢山住んでいるけれど、あの島だけ特別だから危険は無いわ」

 

 ドラえもんの一言で驚く二人。それで心配するが、ドラミちゃんが微笑んで「大丈夫」と答える。デルムリン島のモンスター達は、争いを好まないので安全だそうだ。そもそも危険だったら、あの少年は生きていない。

 

「でも、日帰り出来るの?」

 

「大丈夫。海の上にシーゲートと言う、超大型のどこでもドアがあるんだ。船もリニアの二倍速いよ」

 

「リニアの二倍って……」

 

 ドラえもんは苦笑いして、時間を心配するアキラに答える。時速1000㎞で進む船を想像して、顔が引き攣ってしまうミコトであった。当然アキラも。

 

「お待たせ。……あら、二人とも顔色悪いわよ」

 

「な、なんでもないよ。アハハ……」

 

 笑って誤魔化すアキラとミコトに対して、戻って来たマァムは首を傾げる。暫くして落ち着いてきたところで、ミコト達はマァムを連れてミコトハウス二階へ帰るのだった。

 

 

==========

 

「お邪魔します。……あら、此処も靴を脱ぐのね……」

 

 ミコトハウス二階の玄関。予想外な顔をして、ブーツを脱ぐのに時間が掛かるマァム。ブーツは面倒だから今度来る時は、脱ぎ易い靴にしようと思う彼女であった。

 

 余談だが、靴を履かないドラえもん達に疑問を感じたマァムに対して、常に三ミリ浮いているがら問題ないと説明。そしたら「何それ、ずるい」と言っていたそうな。

 

「これは何か、分かる?」

 

 此処はリビング。北のソファーにマァム。南のソファーに左からミコトとアキラ。東の厚クッションにドラえもん。西の厚クッションにドラミちゃん。ミコトはテーブル上の地図に指差ししながら、マァムに確認させる。

 

「世界地図ね。紙が白くて色があるから綺麗ねぇ」

 

「うん。でもこれはギルドメイン州の地図と言って、世界地図の一部なんだ」

 

 マァムは常識で当たり前の答えを出すが、アキラが一部訂正する。そこでミコトは、ドラえもんから地球儀(竜星)を受け取ってテーブルの上に置く。行き成り大きい物の登場で、びっくりするマァム。因みにマァム視点で、フルカラーの地図を見るのは初めてである。

 

「これは地球儀と言って、正確で本当の世界地図だよ」

 

「ええっ!? 私の世界って、太陽や月と同じだったのね……今まで平面だと思っていたわ」

 

 地球儀(竜星)を珍しそうに見ていたマァムは、ミコトの説明を聞いて、自分の世界が丸かった真実で、衝撃的に驚く。その後もミコトは地球儀(竜星)を回しつつ、北極と南極と六カ所の大陸群を説明していく。行った事あるかの勘違いしないように、昨日知ったばかりだと付け加えて。

 

「成程、理解したわ。それで気になるんだけど、四角の赤い線は何かしら?」

 

「この赤い線はマァムが今まで、知らなかった最大の理由だよ」

 

 こういう質問がくると予想していたアキラはシリアスな表情でマァムに、分割結界の説明をする。いったい誰が何の為にこんな事をしたのかは分からないのも話す。

 

「成程ね。世界中の人達が知ったら大騒ぎよ。……あの結界から出る方法はあるのかしら」

 

「僕もアキラも詳しくは分からないけど。一応、その手段はあるらしいよ。……ドラえもん、説明お願い」

 

「うん。分かった」

 

 世界について教えてくれたお母さんと先生も知らないだろうなぁと思うマァム。分割結界から出られるかと思ったところで、ミコトはドラえもんに詳しい説明を頼んだ。始めはミコトランドの事をマァムに話してから、あの手段について説明する。ミコトランドに六つのどこでもドアが設置されており、ミコトランド周辺の海に船専用のシーゲートが六基も建造されている。そこを潜れば、結界を越えて世界を渡れる。何故可能なのかのカラクリについては、宇宙や人工衛星や通信など、彼女に理解が追い付かない為、話していないが。

 

「成程。旅の扉みたいな物なのね」

 

「旅の扉?」

 

「ええ。見た事はないけど、離れた所まで一瞬で行けると、先生から聞いているわ」

 

 マァムはアキラに、旅の扉の事を話す。旅の扉は、二つセットで遠い所まで直ぐに行く事が出来る古代の魔法技術。どういう外見なのかは、まだ見た事がない。つまり特徴は、再現どこでもドアと同じである。聞いたミコトは興味がある様子。

 

「そういえば、マァムの先生はどんな方かな? 僕のと似たメガネをかけている事しか知らないけど」

 

「先生は人生で一番尊敬出来る方よ」

 

 先生の事が気になるミコトに対して、マァムは嬉しい笑顔で答えた。そして自分のペンダントに手を添えて、遠い目で語る。先生の名前は勇者のアバン。魔王を倒して平和になった世の中に彼は、ギルドメイン州を回って旅している。そこで弟子(教え子)を見つけたら、将来の為に魔法や武術や一般で知らない知識など、色々教え込んでいる。マァムは二番目の弟子で、母と同じ僧侶を目指しての修行を受けた。しかし僧侶の魔法はベホイミだけしか習得出来なかった。このままでは母のように人の役に立てられるのかと悩んだが、父親譲りの力があるのでハンマースピアの扱いも学んだ。母のように人を助け、父のように人を守る。それがアバンの考えたマァムの行動スタイルである。とは言え、近距離しか対応出来ない事から、魔弾銃という攻防の遠距離対応アイテムを頂いた。アバンの人間性はとても優しく、豊富な知識で悩みを解決してくれる。そういう事から尊敬出来る人だ。料理も上々らしい。

 

「卒業して別れる前に、お守りを頂いたの」

 

「成程。お風呂の時でも肌身離さず、大事に着けてたね」

 

 雫のような宝石のペンダントを見せながら話すマァム。アキラは昨日の事を思い出して納得する。ペンダントの名前は アバンのしるし と言うそうだ。アバンしか作れない上に卒業の証である為、それを着けている人はアバンの弟子だったと分かる目印だ。

 

「良い話を聞いたら、僕も会ってみたくなったなぁ」

 

「ミコト。アバンに会いたい気持ちは分かるけど、ギルドメイン州から彼を探し出すのは大変だよ」

 

 アバンに会いたい気持ちが膨らむミコトだが、ドラえもんは苦笑いして「今は難しい」と応える。確かにギルドメイン州は日本周りより若干広いので、手掛かり無しで探すのは難しい。

 

――これで世界やアバンについての話は以上だ。

 

「そろそろ、お昼ね。次の予定はあるの?」

 

「ドラえもんに聞いたところ、ミコトランドのホテルで昼食を摂った後、新しい船の試運転でデルムリン島まで行く予定だよ」

 

「ええっ!? デルムリン島へ? でも、夕方まで此処に戻れるのかしら?」

 

「時間は大丈夫よ。ギルドメイン州のシーゲートからデルムリン島まで、船で30分くらいかしら」

 

 もうすぐ昼になる頃、ミコトはマァムに次の予定を伝えた。デルムリン島に行くと聞いたマァムは驚いてアキラと同じように時間を心配するが、ドラミちゃんは「大丈夫」と答える。以前に船がリニアの二倍速いと聞いているミコトとアキラは、とても不安な様子であった。

 

 話が終わった皆はドラえもんに着いて行って、ミコトハウス二階南東部屋のどこでもドアを潜り、ミコトランドに足を踏み入れるのだった。

 

 

==========

 

 人工島ミコトランド。空高くから見れば、島の形は横正六角形となっている。北部に大きい山があり、その東と西に森が広がっている。中央部に噴水広場があり、北に五階建てのタワーホテル、北東にミニドラハウス、北西にスタッフロボハウス、東にどこでもドアの館、西に配送センター、南東に研究所、南西に工場、と言った建物が囲んでいる。広場から南へ進むと海岸砂浜が広がっている。海岸砂浜の東と西に灯台と船ドックがある。

 

 どこでもドアの館。真上から見れば横正八角形になっていて、青い屋根に純白の壁。

その内部には、北西と北と北東と南西と南と南東で六台のどこでもドアが設置されている。東に巨大な地球儀(竜星)のオブジェがあり、西は外に出る出入口となっている。白い床に青いライン八芒星(北・南西・東・北西・南・北東・西・南東・北)のデザインがあり、天井はプラネタリウムみたいになっている。

 

「綺麗な星空……凄いわね」

 

「プラネタリウムみたい……」

 

「結構、造り込んでるなぁ……」

 

 北のどこでもドアから入ってきた皆。館の幻想的な内装を見て、見惚れてしまうマァムとアキラとミコト。ドラえもん達はドヤ顔している感じだ。

 

「海ね……五年ぶりかしら」

 

「見ていると、泳ぎたくなるなぁ」

 

「でもアキラ。今は水着を持ってないよ」

 

 靴を履いて館から噴水広場に出た皆。南に見える広大な海を見たマァムは懐かしむ。その傍でアキラの水泳衝動を落ち着かせるミコト。マァムにとっての海は、アバン修行以来である。アキラは泳ぐ事が大好きなので、ミコトが必死で追い続けている程だ。実際、小学スイミングスクールの進級テストで、確実合格狙いに必死だったとか。能力的ならミコトは「文」で、アキラは「武」である。

 

 タワーホテル。五階建ての洋風なホテルで宿泊は、無料セルフサービス。なのでカウンターに人は居ない。二階から四階は、パスとトイレ付の二人部屋の宿泊室エリア。五階は展望レストラン。一階エントランスで南口は噴水広場、北口は修行場に通じている。

 

 ホテルの中にエレベーターがあるが、ミコト達は使わなかった。階段上りも修行の一つだろう。それを考えて、決めたのはミコトである。満場一致で反対なし。

 

「あら。それはニホンって国の、食事前の挨拶なのね。……い、いただきます」

 

 五階レストラン内の、南の海が一望出来る窓側テーブル。合掌して食事前の挨拶をするミコト達を見たマァムは、珍しい顔をした後で合掌して彼等と同じ挨拶をする。マァムの日常で食事前の挨拶は「アーメン」と神様に感謝のお祈りをしている。異世界でも地球のキリスト教と同じだ。

 

 ミコトとアキラとマァムは、シーフードサラダとカルボナーラとオニオンスープと言ったランチセット。ドラミちゃんはメロンパン。相変わらずドラえもんはどら焼き。だからミコトとアキラが「それ、おやつだよ」とツッコんでしまったが、彼に「いいの」と受け流される始末であった。

 

 皆は昼食を終えた後、ホテルを出て噴水広場を通って南の砂浜へ行った。そこから東へ進み、東の船ドックに入る。西にも船ドックがあるが、彼等の目的地ではない。

 

「あら、大きくて立派な船ね」

 

「い、意外だ……」

 

「あれ。どう見ても、旧時代の帆船だよね?」

 

「外見はね……あれが、ぼく達の船。高速帆船ドラドーラ号だよ」

 

「外見を帆船にしないと他の港に入る時、色々と面倒でしょ」

 

 ドックの中にある船を見たマァムは造った人を褒めるように応え、アキラは聞いたイメージと違った事で心中驚き、ミコトはアキラと同じ反応でドラえもんに訊ねた。ドラえもんは自信満々で答える。仮に船の外見を現代物にしたら、目立ったり怪しまれたりして、ドラミちゃんの言う通り、世界各地の港で入港を断られる場合がある訳でこうなった。

 

 高速帆船ドラドーラ号。全長32メートル。全幅8メートル。全高16メートル。最大船速600ノット。エンジンは重力制御システム。動力は太陽光発電の大型人工衛星から送電される電気。外見はマスト二本の中世木造帆船だが、主にネオハルコンとアルティメットカーボンナノチューブで組み立てられた船体である。内装は車両内のような衝撃吸収材。帆は空気の抵抗を全く受けない特殊な物で、デザインは日本国旗の「日の丸」とその下に毛筆書き「大和魂」が描かれている。船にエンジンがあるので、帆は唯の飾りである。甲板上の建物は一つだけで、それは船尾近くにある。大きさは高さ約2メートルの六畳部屋くらい。その中は、下り階段だけ。

 

 ネオハルコンとは、実はオリハルコン合金である。それはオリハルコンにヒヒイロカネとタングステンを合成した金属で、硬さと粘りを両立した強度は……なんと五倍! この世界の神々も予想しなかったバグの最強金属だ! 恐らく、タングステンという金属はこの世界に存在しない所為だろう。ミコトとアキラの世界に存在するタングステンは、ミコトランドの機械による物質変換で創れる。オリハルコンもヒヒイロカネも創れるが、ミコトとアキラの世界では神話の中で架空である。因みにヒヒイロカネは、ロトゼタシア州でしか採れない。

 

 アルティメットカーボンナノチューブとは、名の通り研究でその可能性を極めた物である。アルミニウムよりも軽く、オリハルコンと同等で硬く、ネオハルコンの次に粘り強い。ネオハルコンは重い上に魔力と電気を受け付けないが、こっちは逆である。つまり、簡単に千切れない電気回路を作れたり、非力な人のための最強防具を作れたり出来る。

 

「ぼくは船を操縦するから、皆は甲板で船旅を楽しんでね」

 

 皆は船の左がら乗った後、ドラえもんは船尾近くの建物の左サイドドアから中に入っていく。船の操縦席は船首甲板の下にあり、スクリーンを見ながら運転する仕組みになっている。

 

 皆は船首甲板で待っていると、船がゆっくり前進し始めた。そして南東向きの船ドックから、広大な海へ出る。マァムとドラミちゃんは楽しそうに前を見ているが、ミコトとアキラはドキドキしている様子だ。二人はリニアスピードを警戒しているのだろう。だから船首近くのマストの傍に立っている。

 

「風が涼しい……思ったより速く進むわね。この船は何の力で、動いているのかしら」

 

「ミコトハウスと同じで、太陽の力を利用しているわ」

 

「そうなの? 太陽は凄いのね……」

 

 ドラドーラ号は現在、ミコトランドの南東から北へ移動中。船速は30ノット。帆船に風の力で動いているとは思えない疑問を感じたマァムに対して、ドラミちゃんは太陽を指しながら説明する。ソーラー太陽発電について説明してもマァムには理解が難しいので、簡単に「太陽の力を利用」と説明である。

 

「あら。二人とも、どうしたの?」

 

「いつ、リニアの二倍に出ないか。心配で……」

 

「流石に行き成り、そんなスピードは出ないわ。危ないし」

 

「そ、そうだよね……うん」

 

 マァムは前を眺めている中、ドラミちゃんは後ろのミコトとアキラの様子に気付いた。それでミコトの一言に対して、苦笑いするドラミちゃん。そして落ち着くようになるアキラ。落ち着いた二人はマストから離れて前に移動する。

 

「あら、止まったわ」

 

 船の停止に気付くマァム。そう、ミコトランドの真北に着いたのだ。そしてドラドーラ号は、西向きから北向きに回頭する。

 

 暫くすると、前方の海面に大きな水柱が立った。そこから超巨大な白い扉がせり上がっていく。あれこそが、シーゲート登場の瞬間である。高さは180メートルで、横幅は90メートル。

 

(あ、あれがシーゲート……)

 

(な、なんて巨大な扉なの……)

 

(未来の僕が、あれを造り上げたなんて……信じられない)

 

 天まで届くかのようなシーゲートのド迫力に、アキラとマァムとミコトは絶句した。その間に、シーゲートの二枚扉が左右へゆっくりと開く。こうして扉の向こうに、ギルドメイン州南部の大海が目の前に映る。かなり遠くにうっすらと、見える大陸はベンガーナ王国だ。

 

――そしてドラドーラ号はシーゲートを潜り、ギルドメイン州南部の海域に出た。

 

 ドラドーラ号は、北向きから西向きに回頭する。それからシーゲートは扉が閉まり、海の中へ隠れるように沈んでいく。海の綺麗な風景に、シーゲートは邪魔なのだ。だから普段は、海の中に引っ込んでいる。

 

「あっ、ドラえもん。……船長の服を着るなんて本格的だね」

 

 船尾近くの建物の右サイドドアから出てこっちに来るドラえもんの服装を見て、ミコトは苦笑する。ついでにアキラ達も。ドラえもんの格好は、やや暗い赤色の中世船長服であった。まるで映画ドラえもんを、見ているかのような雰囲気だ。

 

「皆。これからデルムリン島まで、最大船速で航行するから中に入ろう」

 

 皆はドラえもんに着いて行って、船尾近くの建物の右サイドドアから中に入る。最大船速と聞いたミコトとアキラは、冷や汗を流していたが。

 

 ドラドーラ号操縦室。前に大きなワイドスクリーンと運転席があり、その後ろに観光バスのような座席が並んでいる。中は暗いが、スクリーンが明るいので映画館みたいだ。現在スクリーンに、海の水平線上にうっすらと、小粒のように小さいデルムリン島が映っている。

 

「座席に座ってシートベルトをしめてね」

 

 皆はドラえもんの指示に従って前の座席に座り、シートベルトをしめる。当然、初めてのマァムはシートベルトのしめ方が分からないので、隣席のアキラに教えてもらっている。皆の座席位置はスクリーンに向かって左からマァム、アキラ、通路、ミコト、ドラミちゃん。

 

「うん。準備はオッケーだね」

 

「ねぇ、アキラ。これから何が起こるの?」

 

「えぇっと……この船が、とんでもない速さで進む、かな」

 

「ええっ!?」

 

「マァム。喋らないで、じっとしてて。舌を嚙むよ」

 

 ドラえもんは皆の様子を確認した後、運転席に座った。マァムはアキラの答えで驚くが、ミコトは苦笑いしながら注意する。そしてミコトとアキラとマァムは、ジェットコースター発進を待つかのように息を呑む。

 

 暫くすると浮遊感が出て、海の波による船の揺れが無くなった。その直ぐに前から強烈な「G(ジー)」が襲い、皆の背中を座席に押さえつける。飛行機が離陸する時の急加速よりも、きつい。

 

 こうしてドラドーラ号は600ノット(およそ時速1111㎞)で、デルムリン島へ爆走するのだった。船内の皆は、G(ジー)に耐えながら……。

 

 

つづく

 




はい。船が登場する第四話でした。

次回はダイが登場します。


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005 勇者の大志を抱く少年

 デルムリン島。この島はギルドメイン州の一番南西にある。島の東部から南部までは、海岸砂浜が続いている。北東部は坂と岬があって、遠く離れたラインリバー大陸を一望出来る。北部から西部までは、第二の森が続いている。南西部は、島中央の山から流れる川が海に出ており、その川は島で貴重な淡水である。中央部に大きな山があり、その周りに第一の森が囲んであり、更に平原や草原がその森を囲んでいる。あと、島全体に大小の岩・岩山が、散らばるように存在している。……以上が島の大まかな構造だ。

 

 デルムリン島に、変わったモンスター達が、平和に暮らしている。何が変わっているのかと言うと、他の大陸のと違って争いを好まず、人間臭い感じがある。食べ物に関しては、大地の恵みがあって野菜や木の実が良く実り、魚も良く獲れる。だから共食いは絶対にしない。そう、全員家族も同然だ。

 

「やあぁっ!」

 

 中央の森の直ぐ南東。木の棒を剣のように振るい、カカシみたいな物にガンガン打ち込んでいる少年。彼の名前はダイと言う。容姿は黒髪のクセ毛ツンツン頭で、童顔でも勇気溢れるような顔立ち。そして左頬に傷跡がある。年齢は11歳くらいだが、身長が平均より少し低い。服装は薄い青色の布の服で、白い包帯を腕輪みたいに巻き、足はハダシである。

 

「ピィ! ピィ!」

 

「だあぁっ! ……あっ、ゴメちゃん」

 

 慌てている様子で、東の空からやって来た翼付きの金色スライム。カカシみたいな物を打ち続けていたダイは、彼の叫び声に気付いて東の方に顔を向ける。

 

「ピィ! ピピィ!」

 

「なになに……こっちの砂浜に来てほしいって? 分かった」

 

 翼付き金色スライム改めゴメちゃんは、ジェスチャーで「砂浜に来て欲しい」と伝えた。読み取れたダイは頷いて木の棒を右手に持ったまま、東の砂浜へ走って行く。彼を追うゴメちゃんも、かなり素早い。

 

「うわぁ、船がいつの間に!?」

 

「ピィー!?」

 

 砂浜から東の海を見て、船が100メートル近くにまで来ている事にダイは驚いた。だがゴメちゃんはダイ以上に驚く。その理由は、ダイを呼ぶ前に船を見た時はかなり遠く離れていたが、今は近くにまで来ていたからである。帆船にとって有り得ない事なのだ。

 

 あの船、ドラドーラ号はデルムリン島まであと2㎞の海域で、最大船速600ノットから急停止した。次は10㎝の浮遊状態が解けてゆっくり海面に着水した後、船速15ノットの通常航行で再び前進する。そこで、島の海岸まであと100メートル位まで進んだ所で、ダイ達が東の砂浜にやって来たという訳だ。

 

「おれは、じいちゃんを呼んでくる!」

 

「ピィ」

 

 慌てた様子のダイはゴメちゃんに伝えた後、全力疾走で長老の家に向かって行った。この場に残ったゴメちゃんは海上のドラドーラ号の様子見だ。ドラドーラ号は向きを反転するように回頭した後、北東の岬の海岸側にバックして停まる。そして船の乗り降りする所の左フェンスが傾くように可動して、岬右側までの架け橋となる。中々のハイテクだ。

 

「じいちゃん!」

 

 中央の森の直ぐ南で川の傍にある丸い石の家に走りながら入っていくダイ。その家は長老の家である。

 

「ッ!? ……ダイか。何があった?」

 

 家の中で木製の杖を布で磨いている年老いた鬼面道士は、ダイの呼び声でびっくりする。その鬼面道士の名前はブラスと言い、デルムリン島の長老である。また、ダイの育ての保護者でもある。年老いているので、肌の色が真っ赤ではなく人間に近い肌色までに薄くなった。身長はドラえもんと同じくらい。

 

 家具や調理器具やダイの服など、家の中にある物は海のモンスター達が拾ってきた物である。つまり、嵐で沈没してしまった船にあった物を、使わせていただいている訳だ。何故なら、モンスター達だけで作れる筈がない。

 

「大きい船が、島に来てるよ!」

 

「大きい船じゃと!? ……むぅ、先日に大変な事があったばかりというのに……」

 

 ダイから話を聞いて、ブツブツ言いながら頭を抱えるブラス。先日にあった大変な事とは、突然やって来た勘違い冒険者四人組が島のモンスター達に危害を加えた挙句、ゴメちゃんを捕獲して行った事件である。この次に大きい船と聞けば、きっと厄介事があるに違いないと、誰でも思うだろう。だから頭を抱えてしまうのも無理はない。

 

「……とにかく、船の所に行くぞ!」

 

 厄介事に対する覚悟を決めたブラスは磨き布をカゴに放り込んだ後、ダイを連れて家を出た。そして走って東の砂浜へ向かう。注意も抜かりなく、ダイに「用心せい」と伝えている。

 

「あれか……。岬に降りるつもりじゃな」

 

 東の砂浜に着いたブラスは、北東の岬近くに停まっているドラドーラ号を見て冷静に考え、船の人達が降りて来るであろう場所を理解する。

 

「じいちゃん。船の上に赤い丸がついてるよ」

 

「まるで太陽じゃな……。紋章か?」

 

 ドラドーラ号の帆の裏にもある「日の丸」を見た二人は、太陽のようだと感じながら会話した。その次はゴメちゃんと合流して、警戒しつつ北東の岬へ向かうのだった。

 

 

==========

 

 ドラドーラ号を停めてパーキングモードにした後、皆は左サイドドアから甲板に出た。そしてドラえもん、大江山ミコト、大河内アキラ、マァム、ドラミちゃんの順でデルムリン島の岬に降りる。因みにパーキングモードとは、船が流されないように重力制御で位置固定するものでイカリ代わりである。

 

「無事にデルムリン島に着いたから、記念写真を撮ろう」

 

「キネンシャシン?」

 

「それはね、今の思い出を絵にして残す物だよ」

 

 皆に向けて笑顔で話しながら、四次元ポケットから大きめのカメラと三脚を取り出すドラえもん。そこで首を傾げるマァムに対して、アキラは記念写真について分かり易く説明する。それでも分からないので「百聞は一見にしかず」で実際に撮ったほうが早い。因みにカメラは撮って直ぐに写真が出る機能なので本体は大きめである。無論、インスタントカメラより高性能だ。

 

 皆はデルムリン島中央の大きい山や森を背にして、時限自動撮影で写真を撮った。それでカメラから出てきた写真には、笑顔の四人とキョトンするマァムが写っている。更に! 写真の一番左に、後ろで離れた所のブラスとダイとゴメちゃんも写っていた。記念写真撮影を知らない二人と一匹は「何をしているんだ?」と怪訝な顔である。

 

「ねぇ、じいちゃん。いま光らなかった?」

 

「う、うむ。雷かと思ったぞ……」

 

「ピィ」

 

 知らなかったマァムも同じだが、カメラのストロボ―のフラッシュで驚くダイ達。正に不意打ちであった。

 

「あれ? 後ろに人が居る」

 

 設置したカメラの所へ行き、写真を確認したドラえもんは、呟いてダイ達の居る方に顔を向けた。ドラえもんの様子を見たミコト達もつられて、ダイ達の居る方に顔を向ける。そこで二組とも、お互い目が合う。

 

――暫しの沈黙。

 

「……初めまして。僕の名前は、ミコトと言います」

 

「これはご丁寧に……わしは鬼面道士のブラスと言います。此処デルムリン島の長ですじゃ」

 

 ミコトとブラスは代表として組の前に出て、お互い挨拶を交わす。デルムリン組は警戒している為、握手出来る雰囲気じゃなかった。訪れた相手側に武器を持っていないからと言って、魔法が使えるかも知れない為、安心は出来ないのだ。

 

「……そなた達は、何の目的で島を訪れたのですかな? ……もしや、お連れのタヌキを受け入れて欲しいとでも?」

 

「いえ。こちらは此処を折り返し地点にして、新しい船で試しに船旅をしています」

 

「そうでしたか……ご立派な船をお持ちですな」

 

 ミコトは自分達の目的や島に迷惑をかけない事を、ブラスに話した。話を聞きながらミコトの目を見た彼は、悪意が全く無いと感じて安堵する。そして話を信じる事にし、ドラドーラ号に対してお世辞を言う。

 

「……ぼくはネコなんだけどね」

 

「え、そうなの? 私はてっきりタヌキかと思ったわ」

 

 ブラスに「タヌキ」と言われたドラえもんは「やっぱり」と苦笑いした。そして認識を改めるマァム。本物のドラえもんだったら、激怒するところだ。多分、ネイル村の皆も「タヌキ」と思っているだろう。

 

 デルムリン組の警戒が解けた所でお互いの距離を縮めた後、ミコト組から先に自己紹介をする。当然、ドラえもんは抜かりなく「ぼくはネコです」と言っている。重要!

 

「おれは、ダイ!」

 

 一回ジャンプしてブンブンと元気良く木の棒を振り回しながら自己紹介するダイに対して、微笑ましい笑顔のミコト達とゴメちゃん。そして「少し落ち着かんか」と呆れるブラス。

 

「で、こっちがゴメちゃん。おれの友達さッ!」

 

「ピィ!」

 

 元気なダイに自己紹介されたゴメちゃんは彼の頭の上に乗って笑顔で「ピィ(宜しく)」とミコト達に応える。こういう仲の良いスキンシップを見れば、島のモンスターの中で一番の友達だろう。小動物好きのアキラは、羨ましそうであった。

 

「ブラスさん。ダイって子の両親はおられますか?」

 

「残念ながら、この島におられませんな」

 

 ブラスは遠い目をして東の海を眺めながら、ミコトの質問に答える。11年前に、赤ん坊のダイを乗せたゆりかごを乗せた小舟がデルムリン島に流れ着いたとの事だ。両親は息子を優先避難させて船の運命を共にした可能性が高いと、予想されている。あくまで予想なので、きっと生きていると信じたいのも本心である。

 

(赤ちゃんだけ小舟に……)

 

「生まれたばかりから大変だったのね……」

 

「うん……」

 

 赤ん坊一人の漂流という壮絶な話で絶句してしまうミコト。話を聞いて、悲しそうにダイを見るマァムとアキラ。漂流は大人でも過酷な環境なのだが、生き延びて後遺症もなく元気である。奇跡というか、並外れた生命力だ。

 

「おれ、不思議な夢を見る事があるけど、お父さんとお母さんなのかなぁ……」

 

 両親についての話を聞いたダイは、自分の頭に左手をあてながら呟く。ごくまれに見る夢だそうで、小屋の中で二人の人物が出てくるが、顔がぼやけていて良く分からないらしい。

 

 話をしている途中で突然、地面に大きな影が通り過ぎた。それで驚いた皆は、西から東へ通り過ぎた何かを見ようと空を見上げて東を向く。

 

「うわぁ……」

 

「なんだあれ!?」

 

「大きい鳥……?」

 

「あれは、もしかして……」

 

「おお……あれは、正しく伝説の神鳥」

 

 東の空を見たダイ、ミコト、アキラ、マァム、ブラスの順で呟く。デルムリン島を通り過ぎて東の彼方へ飛んで行く何かは、藤色で鷲のような大きい鳥であった。マァムとブラスは、心当たりがあるらしいが。

 

「伝説の神鳥、ですか?」

 

「うむ。まだ謎は多いが、天界から舞い降りて世界を見守っておられるそうじゃ」

 

 ブラスはミコトの復唱に応える。詳しい事は未だ不明。突然現れて、直ぐに空の彼方へ消えていく。そんな事から天界の神の使いだと推測されている。幸せの青い鳥みたいに、あれを見た者は幸せが訪れるという伝説もあるようだ。因みにブラスが神鳥を見たのは13年ぶりであり、マァムは初めてである。

 

――しかし、神鳥について少し詳しい者が此処に居る。

 

「あれはレティスと言って、レティシア州から飛び回っているわ」

 

 ブラスからの話が終わって次に、ドラミちゃんが補足する。神鳥レティス。現在はレティシア州に住んでいる。世界で唯一、分割結界を無視して全ての大陸群を行き来できる存在だ。先述の「突然現れて直ぐ消える」は、結界に入って向こうに結界を出る事から、そうなった現象である。だから天界から来たのではない。

 

「分割結界……? これはどう言う意味ですかな?」

 

「ブラスさん。それをお話するとショックを受けるかもしれません。それでも宜しいですか?」

 

「……わしは老い先短い身故。知りたい事は知りたいのです。お話していただけますかな」

 

「分かりました。……ドラえもん」

 

「はいよー」

 

 ミコトはブラスに世界の真実を説明する為、ドラえもんに地球儀(竜星)を出して貰う。行き成り大きい物の登場でブラスとダイとゴメちゃんも、朝のマァムと同じようにびっくりする。

 

「こ、これは……?」

 

「これは地球儀と言って、極めて正確な世界地図です」

 

「世界地図じゃと!? あんな丸いのが……う~む」

 

 ミコトから「世界地図」と聞いたブラスは、信じられない顔をして地球儀(竜星)を見つめながら考える。世界は平面ではなく球体であると、認識を改めようとしているのだろう。そんな中、ダイとゴメちゃんは興味津々で地球儀(竜星)を見つめている。

 

 先ずは地球儀(竜星)を回してギルドメイン州を見せつける。確認させたら次は地球儀(竜星)を回しつつ、北極と南極と他の大陸群を説明していく。それから四角の赤い線を指して、分割結界の説明をする。その途中で、ダイは目を回してしまった。どうやら勉強が苦手らしい。

 

「大体は分かりましたぞ。わしの知っている世界は狭かったんじゃな……」

 

「はい。おっしゃる通りです」

 

 未だショックを隠せないブラスを見て、ミコトは苦笑する。勿論、後ろの皆も。良く考えてみれば、長く生きていればいるほど、ショックは大きくなるのかもしれない。

 

「あんな難しい話、分からないよぉ。おれは剣なら、なんだって出来るのに!」

 

「はぁ……まったく。勉強も大事じゃと言うのに」

 

 木の棒を素振りしながら、剣のアピールをするダイ。そんな様子を見たブラスは、溜め息をついてしまう。島育ちのダイは、アウトドア派の体育会系であった。

 

「なぁなぁ、ミコト。剣も教えてよ! 強くなって勇者になりたいんだ!」

 

「えっと……ごめん。僕は一度も剣を振った事がないんだ。でも、これから剣術を覚えようと思ってる。勿論、勇者になりたい夢も応援するよ」

 

 何でも知っていると思ったのか、ダイは真剣な顔でミコトに頼み込んだ。始めに彼は困ったような顔で断り、次に自分の思いを伝える。ミコトは近いうち、アキラと一緒に修行を始める予定だ。

 

 ダイの勇者になりたい気持ちは、数年前にブラスから勇者の伝説を何度も聞いた内に、世界を救うなんてカッコイイと憧れるようになった。ただカッコイイからという純粋なもので、名声が欲しいのではない。

 

「ミコト。丁度良い機会だから、此処で少し練習したら?」

 

「んー……そうしようかな」

 

 ミコトは少し考えた後、ドラえもんの提案に賛成した。ダイを魔法使いにしたいと考えるブラスは渋っていたが、ダイは明るい顔になって皆は提案に反対なし。そして、ダイとブラスの家近くの平原へ移動するのだった。

 

 

==========

 

 デルムリン島中央の森の南の平原。東方はミコト。西方はダイ。ドラえもんから受け取った竹刀を右手に持った二人は、身構えて向かい合う。師匠なしの我流とはいえダイは有段者と感じられるに対して、ミコトは素人丸出しで相手を威圧する感じはない。

 

 平原の北にあるダイとブラスの家の近くで、皆はプラスチック製の折り畳み式のテーブルとイスに座り、ダイとミコトの組手を見守っている。ブラスが持って来てくれたリンゴがテーブルの上にあり、大地の恵みでとても美味しい。あとは、ゴメちゃんがアキラの左肩上に乗っている。ようやら、小動物好きの彼女に一番懐いたようだ。本人も、お互い嬉しそうな様子である。

 

「ダイ君。僕は防御する側になるから、始めは軽く、で頼むよ」

 

「うん。分かった」

 

 ミコトは攻撃する心の準備がまだ出来ていないので、最初は防御側に回る事にした。この組手で防具を着けていないのは恐らく、実戦に対する恐怖心から心を鍛えたい為だろう。ミスって痛くなっても、我慢出来るようにするってのもあるが。

 

「やあぁっ!」

 

 先ず、ダイは分かり易い上からの振り下ろしの縦斬りを放った。ミコトは竹刀を横にして攻撃を防ぐ。次は竹刀を縦にして、二撃目の横斬りを防ぐ。それから竹刀を斜めにして、三撃目の右上(ダイ視点)からの斜め斬りを防ぐ。

 

「次は限界まで来てストップと言うまで、段々と力を入れても構わないよ」

 

「分かった。無理しないでね」

 

 今度は段々と、ダイの攻撃が強くなっていく。それに比例して竹刀の打つ音も大きくなる。一撃目は右上からの斜め斬り。二撃目は右からの横斬り。三撃目は上からの縦斬り。分かり易い大振りの太刀筋なので、斬撃スピードが上がっても防ぐのは難しくない。

 

――この後も何回、ダイの攻撃は続いた。

 

「おれ、もう全力なんだけど……」

 

「えっ?」

 

 これ以上強くならないと、ダイの一言でミコトは目を見開く。何回も攻撃を防いだところ、一撃一撃の重さを感じなかった為、気付かなかったのである。

 

 ミコトは知らなかった。自分のステータス変化に。元々は、突出した学習能力と平均上位の運動能力であったが、麻帆良の世界樹のエネルギーを浴びた影響で、平均上位の学習能力と突出した運動能力を持つアキラのステータスと加算されたのだ。勿論、アキラの方も同じ状態となっている。もはや、突出した文武両道なり!

 

 泣ける話だが今まで、運動能力が平均レベルのミコトはアキラに追い付こうと努力し、学習能力が平均レベルのアキラはミコトに追い付こうと努力して平均上位となった訳だ。

 

「ダイ君はまだ子供だから力はこの程度で、成長したら余裕で僕を超えられるって事かな?」

 

「そっか。そう言われたら、早く大人になりたいな」

 

 剣の腕間は別として、力の差は年の差の所為だと、ミコトは苦笑して判断した。ダイは先日、ニセ勇者に力負けした事を思い出し、早く大人になりたいと悔しく思う。

 

 そして二人は組手を再開した。ダイは思い切って、ひたすら攻撃する。無自覚であるが、ミコトはアキラの力を加算した反射神経などの身体能力で、剣の素人をカバーしている。

 

「ミコトって、反射神経が良いのね。速いダイの攻撃を全て防いでいるし」

 

(あんなに速いダイ君の動きが良く見えるんだけど……なんでだろう?)

 

 二人とも、アバンの元で修行を積めば、きっと私よりも強くなれると見て思うマァム。無自覚だが、ミコトの力を加算した動体視力を持つアキラは、ダイの速い動きが見えて不思議に感じている。

 

「ダイの奴。魔法の修行も、あれぐらい頑張って欲しいものですなぁ」

 

「ブラスさん。ダイは魔法が苦手なんですか?」

 

「うむ。日々やっても、なかなか上達しないのです。それでヤル気を失くしてしまいましてな」

 

 愚痴を聞いたマァムはブラスに訊ねた。魔法を知らないアキラは口出ししない。ブラスは浮かない顔で南のダイを見ながら、悩み事を話す。ダイは呪文の契約に成功したが、メラを唱えると極小の火で、ヒャドを唱えると極小の氷だった。以降、毎日魔力切れになるまで頑張っても変化はなかったそうだ。それで本人は才能がないと思って、ヤル気を失くしてしまった。今は魔法の修行をしていない。その分は剣の練習に注いでいる。

 

「わしの教え方に問題があるんじゃろうか……」

 

「ブラスさん。これをあげますから、あとで読んで下さいね」

 

 ドラミちゃんは四次元ポケットから制御補助サークレットと魔法の教科書を取り出して、自信を失くしていくブラスに渡して説明する。制御補助サークレットを装備すれば、魔力制御がし易くなって上手く呪文を使えるようになる。自転車の補助輪みたいな物で、初心者はコツを掴めるまで装備した方が早い。魔法の教科書は、基礎や呪文の説明から呪文の契約方法まで載っている。情報量が多いので、辞典のようにページが分厚い。重い。防水仕様。

 

「それは有難いが、しかし……」

 

「遠慮しなくても良いですよ。同じ物が沢山ありますから。是非、活用して下さい」

 

 話の内容から貴重品に感じてしまったブラスは遠慮するが、ドラミちゃんは微笑んで「そうでもない」と応える。あのアイテム二つはミコトランドへの通販で買える為、個数は無限である。

 

「沢山お持ちとは……驚きましたな。お言葉に甘えて使わせて頂きますぞ」

 

 貴重品に見えて、そうでもないと聞いたブラスは、驚いた後でお礼を言って二つのアイテムを受け取る。これで悩みは解決し、ダイの魔法の修行は捗るだろう。

 

「モグモグ」

 

「ドラえもん。どら焼きが大好きなのは分かるけど、リンゴを食べようよ。折角、ブラスさんが持って来てくれたのに……」

 

「同感ね」

 

「お兄ちゃんったら……」

 

 テーブルの上にリンゴがあるのに、ドラえもんは自分のどら焼きを食べている。そんな彼に「空気読んで欲しい」と、少し怒るアキラ。マァムもドラミちゃんも呆れ顔だ。今でもアキラの左肩上にいるゴメちゃんは美味しそうな目で、どら焼きを見ている。

 

 余談だが、昼食から気になっていたマァムやブラスとゴメちゃんがどら焼きを試食したところ、こんなに甘くて美味しい物は初めてだと感想を頂いている。

 

 こんな感じで、二人の組手と皆の会話は、夕暮れ始めまで続くのだった。組手が終わった際、楽しかった事でダイに初めての男友達(ミコト)が出来た。

 

 

==========

 

 夕暮れ始めで帰る時間になり、皆はデルムリン島北東岬へ移動した。今はドラドーラ号の乗り降りする所の前に居る。帰りの挨拶をするところだ。

 

「もう帰っちゃうの?」

 

 別れの時で名残惜しそうに、寂しくなるダイ。ミコト達と出会って三時間くらいしか経っていないが、呼び捨てで友達と呼べるまで仲良くなっている。本人としては、一緒に過ごせる時間が足りなかったのだ。

 

「ダイ……これから月に一回、此処に来るつもりだよ。それに、一日泊まる事も考えてる」

 

「ほんと!? やったぁ!」

 

「良かったな。ダイ」

 

「ピィ」

 

 そんなダイに苦笑したミコトは「また来る」と応えた。するとダイは明るい顔になり、叫んで飛び跳ねる。ブラスもゴメちゃんも嬉しそうだ。先客は酷かったが、今回は楽しかった。ミコト達なら、いつでも大歓迎である。隠れて様子を見ていた島全体のモンスター達も、彼等を信用してくれるようだ。

 

 ブラスは左手に写真立てを、大事そうに持っている。その写真には、自分の家を背景にして良い笑顔のダイとブラスとゴメちゃんが写っている。ダイの組手が終わった後に、説明を受けた上で撮った物だ。いつか、ダイが島から旅立っても、写真が心の支えになってくれるだろう。

 

「ダイ。また此処に来たら、泳ぎ方を教えてあげるね」

 

「アキラ。ありがとう」

 

 優しく微笑むアキラに対して、少し恥ずかしがるダイ。彼は海のモンスターが居ないと泳げない。組手中にそれを聞いたミコトは、水泳部エースで泳ぎ上手のアキラに「教えてあげて欲しい」と頼んだのである。

 

「勇者の夢、頑張ってね。応援しているわ」

 

「マァムも、ありがとう」

 

 マァムも優しく微笑み、アバン先生と再会出来たら紹介しようと思案しながら、ダイを応援する。優しい女性に慣れていないから、やはり恥ずかしがるダイ。

 

「そろそろ、船に乗ろうか」

 

 ドラえもんの一言で、ミコト達はドラドーラ号に乗り込んだ。ドラえもんはそのまま、左サイドドアから中に入っていく。後は出発を待つのみ。

 

 暫くして自動的に、ドラドーラ号の乗り降りする所の左フェンスが閉じるように可動した。そして岬右側と船体の間が開き、ゆっくりと発進する。出発の時だ!

 

「ダイ! また来るよー!」

 

「バイバイ」

 

「またねー」

 

「さようならー」

 

「みんなー! また来てねー! きっとだよー!」

 

「ピィー! ピィー!」

 

「元気でなー! 気を付けるんじゃぞ!」

 

 船の甲板上でミコト、アキラ、マァム、ドラミちゃん。岬でダイ、ゴメちゃん、ブラス。それぞれが手を振りながら、別れの言葉を上げる。特にダイとゴメちゃんは、岬の行き止まりまで、船を追いながら……。

 

――こうしてミコト達は、デルムリン島を発った。

 

「今日は良い奴ばかりじゃったな」

 

「うん。短かったけど、とても楽しかったよ」

 

「ピィ」

 

 ミコト達の事を思い出して、今日は良い一日だったと感じる二人と一匹。ブラスは世界について衝撃的だったり、ダイに人間の友達が三人出来たり、家族写真という宝物を頂いたり、色々あった。

 

「ダイよ。明日は久し振りに魔法の修行じゃ」

 

「えー」

 

 ブラスは杖を翳して、魔法修行の再開を告げた。しかしダイは嫌な顔をする。そこで、彼の脳天に杖の一撃!

 

「ばかもーん! 勇者を目指すにしても、魔法も勉強も大事! 分かったな」

 

「だって……」

 

「なぁに、大丈夫じゃ! とても役に立つ物をドラミ殿から頂いておるからな」

 

 怒られ説教され、自分の頭を擦りながら文句を言おうとするダイ。そこでブラスは厳しい顔からニカッと笑顔に変わり、魔法修行再開の理由を話す。

 

「それなら出来る気がしてきた。よーし、頑張るぞー!」

 

「その意気や良し。……さて、家に戻るとするか」

 

 ヤル気を出したダイから良い返事が聞けて、満足したブラスは自分の家に戻って行った。そして杖磨きの再開……じゃなくて、魔法の教科書にハマるのだった。ダイは今日貰った竹刀で、カカシ?への打ち込み再開である。

 

 ブラスが魔法の教科書にハマった理由は、ドルマ系、メラガイアー、メダパーニャ、ベホマズン、マダンテなど、ギルドメイン州に無い呪文が多く載っていたからである。契約方法もあるので、自分も新たに習得出来る呪文はあるだろう。

 

 

つづく

 




はい。原作主人公が初登場する第五話でした。

レティスが出たおかげで、ダイ達も世界の真実を知る事になりましたね。


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006 マァムはダーマ神殿へ

 あれから翌日。今日も良い天気だ。午前、デルムリン島の南平原にダイとブラスが立っていて、これから魔法の修行である。ゴメちゃんは修行の邪魔にならないように、離れた所の岩の上に居て、彼等の様子を見守っている。

 

「ダイよ。このサークレットを頭に装備せい」

 

 先生らしい顔をしたブラスは、昨日にドラミちゃんから頂いた制御補助サークレットをダイに渡した。それを受け取った彼はドキドキしながら、頭に装備する。彼のドキドキ感は、今度こそ呪文が上手くいけるかどうかに対してだ。

 

「メラ!」

 

 ダイは早速、両手を前に翳して呪文のメラを唱えた。しかし、手から火は出なかった。それで彼は両手を見て「おかしいな」と思っていた所で、脳天に杖の一撃!

 

「ばかもーん! 話を最後まで聞かんか!」

 

「いてて……」

 

 頭を擦っているダイは、ブラスに怒られる。そしてゴメちゃんは呆れ顔。サークレットを装備すれば、直ぐに呪文が上手く使えると勘違いしたようだ。あと、極小の火が出る筈なのに出なかったのは、何も考えずに行き成り呪文を唱えて魔力が入っていない所為である。

 

「まったく……。気を取り直して、ダイ。目を閉じて心を静かにし、自分の体の中にある魔力を感じ取るのじゃ」

 

 ダイは文句を言わないでブラスに言われた通りに従い、立ったまま瞑想に入った。自分の体内に、ホカホカしたものとヒンヤリしたものを感じる。ホカホカしたものは血液が流れるみたいに体を回っており、ヒンヤリしたものは体全体のあちこちに静止している。

 

「えぇっと……じいちゃん。二つ感じたけど、魔力はどっちなの?」

 

「二つじゃと? ……そうか、言っていなかったな。もう一つは命の力の闘気じゃ」

 

 体内に二つのエネルギーがある事を知らなかったダイは訊ねた。ブラスは驚いて少し考え、全ての生物に闘気がある事を思い出して答える。これで制御補助サークレットは魔力だけでなく、闘気も対応していると判明した。昨日のドラミちゃんからの説明になかったのは、言い忘れたのかもしれない。

 

「闘気って、何が出来るの?」

 

「……すまん。わしは、命の力である事しか分かっていないのだ」

 

 ダイはワクワクした様子で、闘気について質問した。ブラスは色々考えたが、知っているのはこれしかないと答える。彼は魔法の専門であり、闘気の専門ではない。

 

「とにかく、ヒンヤリした感じが魔力じゃ。そこに意識を集中して、右手に集めてみよ」

 

 闘気に関してはさて置き、ブラスは話を戻して魔力を教えた後、右手を挙げて指しながら指示を出した。ダイは頷いて右手を前に翳し、意識を集中して魔力を右手に集める。

 

「魔力が集まってきたら、メラを使うと強く考えるのじゃ。今はまだ唱えてはいかんぞ」

 

 自分の魔力が右手に集まったと感じたダイは、指示通りにメラの念を込めた。すると、赤く燃え盛る火炎が右手を纏う。それで本人はびっくりしたが、集中力を切らさない。

 

「よし、今じゃ! メラを唱えてみよ」

 

「メラ!」

 

 ダイはブラスの合図で、メラを唱えた。次の瞬間、右手を纏っていた火の玉が放たれボールを投げたようなスピードで、平原と砂浜と海の上を真っ直ぐ飛んでいく。海の上に出て数メートルの所で、火の玉は段々と遅くなって止まったら消えた。

 

「出来たっ! やったぁ!」

 

 補助付きとはいえ初めて呪文が成功した事で、飛び跳ねながら大喜びするダイ。そんな彼を見たブラスとゴメちゃんは、苦笑して賞賛する。

 

 その後も、さっきのと同じ流れでヒャドやバギを試したところ、難なく成功した。そこで次はサークレット無しで、呪文に挑戦する。その結果は……。

 

「ダメだ……。全然、魔力を感じないよぉ……。闘気も」

 

「じゃろうな……。体が感覚を覚えるまでいつ掛かるか、分からん。それでも諦めずに、根気良く頑張るんじゃぞ」

 

 呪文を使う為に魔力を右手に集めようとするが、全く感じ取れなかった。それで肩を落とすダイ。やはりといった顔をしたブラスは「諦めるな」と励ます。制御補助サークレットは、装備者が感覚を覚えていくにつれて、自動的に補助率が下がっていく仕組みとなっている。なので、長時間使用していれば、もう補助されていないと気付かずに自力で出来ているという事になる。

 

「分かったよ。じいちゃん。頑張って、自力で呪文が使えるようになってみせるぞー!」

 

「うむっ。良い返事じゃ」

 

 こうしてモチベーションを持ったダイは、魔法の修行にも積極的になるのだった。その日から毎日、魔力切れになるまで修行をするだろう。それから、ブラスの「闘気の制御が出来るようになって置いても損は無い」という案から、その修行も兼ねて……。

 

 

==========

 

 場所は変わって此処は、エスタード州南部にある大陸。その中央少し西に、ダーマ神殿が建っている。その神殿は転職を行う場所で、素質が無い者でも職業に合った素質を与えてくれる。例えば、魔法を使いたいのに無念に素質が無かった人が、僧侶または魔法使いに転職して修行を積む事で、漸く魔法を使えるようになるという訳だ。修行の道のりは長いが、誰でも賢者や勇者になれる!

 

 ダーマ神殿の西近くの小屋。未来のミコトが建てたもので、小屋内にはミコトランドと繋がるどこでもドアが設置されている。当然、出入口のドアはロックされていて、関係者以外は開けられない。ロックの形式は指紋認証。

 

「あら、もう昼過ぎなのね……。私の村は朝なのに」

 

「これは時差と言って、此処は四時間先に進んでいるわ」

 

 小屋から出てきたマァムは、外の様子を見て驚いた。後に出てきたドラミちゃんは、時差について説明する。エスタード州はギルドメイン州より先に四時間進んでいるのだ。南半球にある為、太陽が北を通る。

 

 世界全体の時差について。ギルドメイン州と比べてみて、ロトゼタシア州は八時間遅い、セントベレス州は四時間遅い、エスタード州は四時間早い、レティシア州は八時間早い、ロンダルキア州は十二時間早い。

 

 何故、マァムがエスタード州まで来たのかと言うと、目的はダーマ神殿で「正式」の僧侶になる事である。その経緯は、昨日マァムが家に帰る前にドラミちゃんがダーマ神殿の事を話したところから始まった。そこで正式の僧侶になれば、今までベホイミしか習得出来なかった僧侶の呪文を多く習得可能になる。それを聞いて希望の光が見えたマァムは喜んで「案内して欲しい」と頼んだのだ。そういう事で今に至る。

 

 この世界の住人ではない大江山ミコトと大河内アキラは、ダーマ神殿に対応していない(転職不可)らしい。その為、此処に来ておらず、ミコトハウスで一般常識の勉強をしている。その内容は、地理や歴史や魔法や生物(モンスター)等。

 

「あれがダーマ神殿よね?」

 

「ええ」

 

 此処から東に見える森と神殿らしき建物を指したマァムの確認に対して、ドラミちゃんは頷いた。次はそこを目指して歩き出す。二年前に魔王が倒されて今は平和なので、モンスターは大人しい。南は山賊が出るので、行かなければ問題ない。

 

 徒歩20分でダーマ神殿に辿り着いた二人は、出入口から大聖堂へ真っ直ぐの広い廊下の左側にある行列の最後尾に並ぶ。神殿内を見たところ、奥の白いカーテンの向こうは大聖堂のようだ。此処に受付手続きは無く、現在の待ち順番は7番目である。

 

 ダーマ神殿の構造は地下有りの二階建てで、黄色い模様が彩られた白い柱と壁に、マリンブルー色タイルの床。一階では、中央北に大聖堂があり、北西は職業相談所、北東は教会、中央西と中央東は二階への階段、南西と南東は地下への階段がある。二階には、宿屋や酒場や道具屋等の施設がある。地下には書庫や倉庫があるが、名前を変えてくれる命名神マリナンの神官が居る。また、そこの南に固く厳重に封鎖されている扉の向こうには、神殿に相応しくない闘技場があるらしい。

 

「お若いの」

 

「えっ? 私ですか?」

 

 並んで待っている中、後ろ待ちの爺さんに声をかけられた。不意打ちのようなもので、マァムは少し驚いて彼の方に振り向く。隣のドラミちゃんも振り向く。

 

「待つのも退屈でのぅ。少し、話していかんかね?」

 

「話、ですか? 構いませんけど……」

 

「すまんのぅ。……お嬢さんは何になりたいのかね?」

 

「そうですね。……母と同じ僧侶です」

 

「僧侶とな? 人を助けたい気持ちは立派なもんじゃのぉ」

 

 断る理由もないので、少しの話に付き合うマァム。そんな中、僧侶になりたいという自分の思いを込めて、爺さんの質問に答えた。それで彼は微笑んで感心する。

 

「お爺さんは、どの職に転職されるんですか?」

 

「儂は……ぴちぴちギャルになりたいのじゃよ」

 

「えぇっと……」

 

 耳を疑うまでに信じられない答えを聞いたマァムは、どう応えたら良いのかと困ってしまう。しかも、6番目の青鎧青年男戦士と9番目の緑服中年男商人は「ボケているのか」と可哀想な視線だ。男がギャルになれるわけがないから当然の反応である。そもそも職業ではないし、ダーマ神殿は「転職」する場所であって「転生」ではない!

 

「お爺さん。モシャスを覚える為に、魔法使いになるんですね」

 

「うむ。年老いたから、一時でも若返ってみたいんじゃよ」

 

 ドラミちゃんに応えた爺さんは、魔法使いに転職するらしい。それを聞いたマァムも周りの人達も「成る程」と納得する。しかしモシャスを習得するのに、それなりの修行を積む必要がある。寿命を迎える前に間に合うか、怪しいところだ。因みにモシャスとは、変身する呪文の事である。変身対象の能力までコピー可能。

 

「ぴちぴちギャルになれたら、ぱふぱふ でもしようかのぉ」

 

 ハゲ爺さんの呟き(爆弾発言)を聞いた二人は引き攣った顔であった。更に、周りの男達は顔が真っ青である。やっぱり、ボケているのかもしれない。現に距離を開けられている。

 

――数十分待って、漸くマァムの番が来た。

 

「次の方、どうぞ」

 

「はい」

 

 前番の男戦士が白いカーテンから出て行った後、カーテンから顔を出した黒髪ストレートロングヘアー女性の秘書神官がマァムを呼んだ。そして彼女はドキドキしながら返事をして、ドラミちゃんと一緒にカーテンを潜る。念願の、母親と並ぶ僧侶になれる目前であるから、緊張しているのだ。

 

 ダーマ神殿の大聖堂。知っての通り、転職を行う場所である。北の泉と神像の前にある祭壇の上に、10歳未満の少女が立っている。彼女の名前はフェーズと呼ぶ。遥か過去のフォズ大神官以来の神童(先祖返り)なので、幼い身でありながら大神官を務めている。着任されて今年で二年目。容姿は黒髪おさげの小柄な少女で、服装は水色と白色の帽子と法衣を着ている。そして右手に賢者の杖。大人ぴたしっかり者で人望が高い。また、フォズ大神官だった前世の記憶があるらしい。

 

 一礼して大聖堂に入ったマァムは、フェーズ大神官を見て表情を抑えて心中驚く。偉い人のイメージならば威厳のある爺さんだと誰でも思うだろう。ところが、目の前は幼き少女。驚いてしまうのも無理はない。

 

「此処は転職を司るダーマの神殿。遠き地より遥々と、お越し頂きありがとうございます。先ずは、自分のお名前を名乗り上げて下さい」

 

「はい。私はマァムと言います。宜しくお願いします」

 

 フェーズ大神官は微笑んで足労を労い、氏名の掲示を求めた。それでマァムは「しっかりした子だ」と感心しながら、丁寧に対応する。転職を行う為には、名前が必要なのだ。ドラミちゃんはカーテンの近くで、儀式を見守っている。

 

「それでは、マァムさん。そなたは、どの職業をご希望ですか?」

 

「私は僧侶を希望します」

 

「僧侶に転職されるのですね。承りました。その気持ちを込めて、お祈りして下さい」

 

 マァムは緊張しながらも、目を閉じて「僧侶になって人を助けたい」と気持ちを込めて、お祈りを始めた。それを確認したフェーズ大神官は、踵を返して北の神像に振り向く。

 

「おお、この世全ての命を司る神よ! マァムに新たな人生を歩ませたまえ!」

 

 フェーズ大神官は両腕を広げ、マァムの転職を神様に告げた。そして賢者の杖を真ん中へ移動させるように両手で持ち構えて、祈りを捧げて深く一礼する。

 

――こうして無事に祈りが通じ、マァムは「正式」の僧侶として生きて行く事になった。

 

「マァムさん。生まれ変わったつもりで、修行にはげんで下さいね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 祈りを終えて再びマァムに振り向いたフェーズ大神官は、微笑んで「頑張って下さい」と話した。それでマァムは「幼いのに、凄いわね」と思いながら、微笑みを返してお礼を言う。これで儀式は完了だ。

 

「お気をつけて。そなたの歩む道に、神のご加護があらんことを」

 

 この先長い修行を応援するフェーズ大神官に見送られ、マァムとドラミちゃんは一礼してカーテンを潜り、大聖堂を後にする。儀式において「礼から始まって礼で終わる」は大切な事である。

 

(ロモス王国ネイル村、ですか……。聞いた事がありませんね……)

 

 大聖堂を出るカーテンを見つめながら、マァムの事が気になるフェーズ大神官。転職の祈り中に、神様のお告げでマァムの出身地も含まれており、自分の知らない国名が出た事で気になったのである。それで彼女に再会したら訊いてみようと思い、忘れないように頭の中に深く刻んだのだった。いつかそれを訊いた日、世界の真実を知る事になるのかもしれない。

 

 

==========

 

 ミコトハウス二階学習室。室内の北側に北向きの勉強机が三つ繋ぐように並んでおり、南東は南向きで取る本棚で、南西はホワイトボードが置かれている。床は青い絨毯。

 

 今は、西側の机に居るミコトと右隣の机に居るアキラが、各自ノートパソコンで一般常識の勉強をしている。あと、アキラの右隣の机に居るドラえもんは暇なので、居眠りしている。いびきが聞こえるが、二人は気にしていないようだ。

 

 もうすぐ昼になる頃、東のドアが開いてドラミちゃんとマァムが入室してきた。その音でドラえもんは目が覚め、ミコトとアキラは二人の方に顔を向ける。

 

「おかえりなさい。ダーマ神殿はどうだった?」

 

「ただいま。無事に本当の僧侶に転職出来たわよ。びっくりした事があったけどね」

 

 アキラ達は笑顔で、マァム達のダーマ神殿参拝を労った。マァムも笑顔で報告し、土産話をする。ダーマ神殿の雰囲気、そしてフェーズ大神官の事を話したら、驚くミコト達であった。そんな中、自分のクラスの担任のネギ先生の姿が、アキラの頭の中をよぎる。ネギ先生とは、10歳の子供でありながら先生を務めている凄い子だ。もしも彼が校長先生であったなら、フェーズ大神官に負けていないと思う。

 

「私ね……僧侶の修行を積んだら、武闘家に転職しようと思うの。パラディンになる為に」

 

 マァムは自分の目標を告げる。目的の転職を果たした後、神殿内を散策している時に神官達と話してパラディンと言う職業を知ったのだ。パラディンは、僧侶の力と武闘家の力を重ね持った職業。つまり賢者と同等ランクなのだ。人助け及び人を守る職業であるから、マァムのスタイルにとって理想的だと言える。

 

「そうなんだ……。修行、頑張ってね」

 

「ええ。……ところで、それは何かしら? 勉強するって聞いたけど、本が見当たらないし」

 

「これ? ノートパソコンだよ」

 

 マァムは微笑んでアキラの応援に応えた後、初めて見るノートパソコンを指して質問した。それでミコトが説明する。データベースにアクセスすると言っても理解が難しいだろうから、簡潔に「これ一つで、お城丸ごとの本が入っているような物」と聞いて驚くマァムであった。

 

「マァムも知りたい事があったら遠慮なく、わたしのパソコンを使ってね」

 

 ドラミちゃんは、四次元ポケットからノートパソコンをマァムに見せて言う。なんと、ノートパソコンを貸して貰えるようだ。当然、使い方が分からないマァムは戸惑っていたが、教えてあげれば問題ない。因みにデータベースの中に、ミコト達が知っている範囲で元の世界の情報も入っているので、マァムも知る事が出来る。

 

「アキラとミコトは、昼から本格的に修行を始めるのよね。何か目標はあるの?」

 

 話題を切り替えて、マァムは二人の修行について訊く。確かに何かを始めるには、目指す目標とかテーマとか必要だ。しかしミコトは剣術の他に関して、アキラはまだ決まっていなかったりする。

 

「三人とも、これを読んでね」

 

「えっ、私も?」

 

 悩んでいる中、ドラえもんは四次元ポケットからテキスト数枚を取り出して三人に配った。自分にも関係があると思わなかったマァムは、キョトンする。テキストの内容は、各自それぞれの修行目標が書かれていた。それを決めたのは未来のミコト達で、自分が経験した事を同じにしている。ミコトの修行目標は、剣術の練度向上と瞬動術習得の二つ。アキラの修行目標は、槍術の練度向上と瞬動術習得の二つ。マァムの修行目標は、自分の修行と並行して瞬動術の習得を目指す。ミコトとアキラに魔法修行が無いのは、この世界の住人ではない理由で、転職不可と同じく呪文習得も不可だからである。こればかりは仕方ない。

 

「えっと……。瞬動術って何?」

 

「うーん……。説明する前に、見本を見せた方が早いかな」

 

 瞬動術を初めて聞くミコトは訊ねた。アキラとマァムも同様である。ドラえもんは少し考えた後、自分のノートパソコンを四次元ポケットから出して机に置いて画面を開く。それで画面を覗き見るミコト達。

 

 動画ファイルを開けた画面には、ミコトランド砂浜に立つ白ネコの着ぐるみが映っていた。そのネコ人は構えた次に、残像が残る程の超高速で20メートル先の海上へ移動する。そこに着いて軌道を変え、20メートル先の上空へ移動する。その上空から海へ自由落下するが、地上へ滑空するように超高速の左右ジグザグ移動でスタート地点に戻る。ネコの着ぐるみで訝しんでいた三人は、そんな凄まじい動画を見て絶句してしまうのであった。因みに着ぐるみの中には、未来のミコトと未来のアキラのどちらか、入っている。

 

 見本の動画が終了した後、ドラえもんは説明を始める。瞬動術を使う為には先ず、闘気の制御が出来るようにする必要がある。次にやり方は、一歩踏み出す際に闘気を足の裏に集めて爆発させる。その衝撃を利用すれば、超高速移動出来る訳だ。そして瞬動術は「地上瞬動」と「虚空瞬動」で二種類ある。初級は単発の地上瞬動だが、急停止と方向転換が出来ない欠点がある。また、瞬動が終わる時に少し浮いた状態から着地するので、隙が出てしまう。中級は初級の弱点を克服する二段発動及び虚空瞬動であるが、空中の不安定でバランスがとり辛いので、思うように行くまでの練習はかなり大変。また、強い爆発力が必要で、闘気を多く消費する。上級は三段発動以上及び瞬動終了時の隙を無くす事。そこまで辿り着ければ、瞬動術マスターである。

 

「瞬動術が出来たら色々と、戦闘が有利になるよ。頑張ってね」

 

 先制攻撃が出来たり、素早く敵の背後に回れたり、味方のピンチで直ぐに加勢出来たり、とドラえもんが言うように有利である。だから修行内容に取り組んだのだ。それで納得し、本気(マジ)でヤル気になった三人であった。

 

 話がまとまった皆は、お開きにして昼食を摂るのだった。今日の昼食メニューは、マァムも一緒に作ったサンドイッチと野菜ジュースである。初めての共同作業だが、美味しく仕上がった。

 

 

つづく

 




はい。DQ7で人気のフォズ大神官の生まれ変わりの、ハーフオリキャラが登場する第六話でした。

ぴちぴちギャルになりたい爺さんキャラは、誰が考えたんでしょうね? 魔法使いのモシャスで願いは叶うと思うけど……。


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007 アキラ専用の武器防具

 此処はミコトランド修行場。ミコトランド北部の大きい山にカモフラージュした超巨大ドームで、緑色地面の直径は1㎞以上もある。外周は高さ5メートルの白いフェンスで、半球天井はディスプレイタイルになっていてデフォルトは太陽と青空。全体が空間シミュレーターになっていて、フィールドを森や砂漠や雪原や街並み等に変えられる。また、モンスター等の対戦相手のプログラム体を召喚出来る。

 

 修行場の南の出入口から、大江山ミコトと大河内アキラ、そしてハンマースピアを持ったマァムが入場する。二人の武器は後で準備するとの事だ。ドラえもんとドラミちゃんは、修行場の制御室に居るので、此処には居ない。

 

「此処って、山の中よね? 外と変わらないじゃない」

 

「そうだね……。私もびっくりだよ」

 

「ドラえもんから聞いたけど、森とか、砂漠とか、町とか、幻みたいなものを出せるらしいね」

 

『もしもーし……。皆、聞こえるかい』

 

 それぞれ思った事を話す三人。そこで外周のスピーカーから、ドラえもんの声が聞こえてきた。マァムは耳に手を当てながら周りを見回すが、アキラとミコトはスピーカーの方に顔を向ける。

 

「マァム。こっちだよ」

 

『先ずは、準備運動を済ませてね』

 

 アキラがマァムを呼んでスピーカーを教えたところで、ランニングとストレッチを済ませるようにとドラえもんから言われる。そしてマァムはハンマースピアを地面に置いた後、二人と準備運動を開始。始めのランニングは、南端から北端を一往復する。その合計距離は約3㎞。次は各自でストレッチを行う。マァムはアバンから教わった通りに、アキラは水泳部でやっていた通りに、ミコトは陸上部でやっていた通りに。伝えていなかったが、ミコトが文化部ではなく陸上部に入ったのは、運動部のアキラと運動能力の差が開かない為である。

 

 三人のストレッチが終わったところで、南の出入口からドラえもんとドラミちゃんが、スタジオカメラのような外見のロボット二台を連れて入場してくる。

 

「ドラえもん。あれは何?」

 

「説明は後でするよ。……はい、はがねのつるぎ。本物の剣だから気を付けてね」

 

 スタジオカメラ外見ロボットが気になるミコト達だが、ドラえもんは後回しにして、はがねのつるぎを収めた鞘を、四次元ポケットから出してミコトに渡した。本物の剣と聞いた彼は、少し冷や汗が出て息を呑む。此処が日本だったら、立派な銃刀法違反だから当然の反応だ。因みにはがねのつるぎは、ロトゼタシア州にあるソルティコの町の武器屋で購入した物である。未来のミコトの「命を奪う目的の物は作りたくない」というポリシーから、ミコトランド通販で武器全般(練習用を除く)は取り扱っていない。

 

「それと……。盾のアトムシールドだよ」

 

 もう一つ、輪郭U型のアトムシールドを受け取ったミコトはドラえもんの指示に従って、はがねのつるぎの鞘と一緒で背中に装備する。剣の刃渡りは約70㎝で、盾の大きさはミコトの上半身と同じくらい。皆に説明はないが、アトムシールドは未来のミコトの超技術で、原子一個にしたオリハルコンで出来ている。普通、物が割れたり砕けたりするのは、集まった無数の原子が衝撃で別れるからである。しかし原子一個だと二つに別れる概念が無い為、アトムシールドは「絶対」に壊れないのだ! そんなとんでもない性能だからこそ、コンピューター任せの24時間無休作業で原子を抜くのに数十年掛かる。よって生産は難しい。

 

「いい感じね」

 

「うん、似合ってる」

 

 剣と盾を背負ったミコトを見て微笑みながら、何もおかしくないと感じるマァムとアキラ。彼の着ている登山ウェアと違和感がないようだ。剣も盾も重たいが、前にステータスが上がった彼は重さを感じない。

 

「次はアキラの武器だけど……。これを見て」

 

「槍の絵? ……水神槍?」

 

 ドラミちゃんから一枚の紙を受け取ってその絵を見たアキラは、書かれた武器の名前を読んで首を傾げる。彼女の両端から覗き込んだマァムとミコトも同様だ。絵に描かれている槍の形状は、刃の両端にも刃がある三叉槍で、突きだけでなく斬りも可能。

 

「アキラ。右手を天に翳して、その絵の槍を強くイメージしながら、アデアット と唱えてみて。多分、出てくると思うわ」

 

「えっ、それはちょっと……」

 

 ドラミちゃんの指示に対して、戸惑うアキラ。何の根拠も無く、アニメの変身魔法少女みたいな事をやれと言われたのだ。普通、恥ずかしくて抵抗がある。そんなアクションして何も起こらなかったら、まるで自分がバカみたいだとイタく思うのだから……。

 

「……アデアット!」

 

 やっと恥の覚悟を決めたアキラは、右手を上に翳して「アデアット」と唱えた。すると彼女は青白い光に包まれる。突然なので、驚いてしまうマァムとミコト。因みに、アデアットとは「召喚」か「来たれ」と言う意味である。

 

 包まれた光が直ぐに収まると、登山ウェア姿ではなく青チャイナドレス姿で、右手に水神槍と言う三叉槍を持ち上げたままのアキラが立っていた。変わった服装の詳細について、髪型はポニーテールのまま、頭部にはブルーアイの金ティアラ、下着全体には首から下を全て覆う黒いボディスーツで青いハイレグと重ね、胴と腰の上着には黄色い帯がある半袖膝丈の青いチャイナドレス、両腕には肘下丈の青いロンググローブ、両足には膝下丈の青いロングブーツ、服の袖口・裾・嵌め口・履き口等の体を通す部分には黄色い色違いがあり、全体的にフィット感があって機動性が高い。また、防御力と魔法防御力も高く、斬撃に強い防刃仕様である。大雑把に言って、見た目は正義のヒロインっぽい。

 

「服も変わるなんて……。驚いたわね」

 

「うん、僕も……。でも、勇ましいね」

 

 アキラ自身も驚いて自分の服装を確認している中、似合っていてカッコ良いと感じるマァムとミコトであった。何でこんな事が出来るのか、訊ねてもドラえもん達は分からないらしい。

 

 この場の皆は知らないが、アキラの水神槍は「アーティファクト」と呼ばれる魔法のアイテムで、元の世界の裏に存在する魔法使いとパクティオー(従者の契約)する事で召喚出来るようになる物。その筈だが、アキラはパクティオー(従者の契約)していないのにアーティファクトを召喚出来ている。原因は一つ、麻帆良の世界樹の超魔力を浴びたから、このようになってしまった。ただしアーティファクトを召喚する潜在能力を持つ人は稀少なので、ミコトはアーティファクトが無い。驚く事にアキラのクラスメイト全員は、アーティファクト持ちである。

 

「その槍は自分の魔力で、水を意のままに操る力があるわ」

 

 ドラミちゃんは水神槍を指して、未来のアキラから聞いている事を伝える。呪文は習得出来ないが、アキラとミコトに魔力はある。水神槍は自分の魔力を消費して、水を意のままに操る事が出来る。魔力から作り出した水または辺りの水を利用して、水竜巻や水刃などで攻撃したり、水の壁や柱で防御したり出来る。その他にも、水を水蒸気か氷に変化させる事が可能で、その逆も出来る。等々……。まぁ、使えない呪文の代わりだと言って良い。

 

 先述の通り水を操るには、自分の魔力を水神槍に込める必要がある。しかし今のアキラでは、まだ魔力制御が出来ない。よって、要修行だ。

 

「これで武器が揃ったね。次はこれ、評価判定マシーンの説明をするよ」

 

 ドラえもんは三人の武器を確認した後、後ろのスタジオカメラ外見ロボット改め評価判定マシーン二台を指して説明する。それは名の通り、体の動きを評価する機械である。剣術や槍術を教えてくれる先生・師匠が居ない此処では、代わりに評価判定マシーンが頭部投影機で見本ホログラムを見せたり、問題点や改善点を教えたりしてくれる。我流から適当に始めて、そこから改善を重ねて重ねて、更なる上達を目指していくと言う訳だ。ミコトを評価する機械と、アキラを評価する機械で計二台。マァムはアバンから教わっているので、その分の機械は用意していない。

 

「ミコトとアキラの見本を映すから、良く見て覚えてね」

 

 ドラえもんは指示を出すと、二台の評価判定マシーンは脚部のタイヤを走らせて、東と西で皆を挟む位置に着いた。次は北に向けて投影機を起動すると、その先に半透明のミコトとアキラが映し出される。二人の装備状態は今のと同じ。

 

 見本ミコトの通常の構え方は、左足を前に踏み出して、左手の盾を前方に向け、右足と右手の剣は後方に、横に回避し易いように体を半身反らしている。攻撃の動作は基本が九つあり、上からの縦斬り、下からの縦斬り、右上からの斜め斬り、左下からの斜め斬り、右からの横斬り、左からの横斬り、右下からの斜め斬り、左上からの斜め斬り、そして突き刺し。見本であるから、素人とは思えない鮮やかな動きだ。

 

 見本アキラの通常の構え方は、左足を前に踏み出して半身を反らし、両手持ちで槍を前方に突き出している。攻撃後の戻りによって左右反転に切り替えるので、基本の構えは右構えと左構えで二つある。攻撃の基本は剣術と同じように九つあるが、右構えで右上・右・右下からの斬り三つは、槍を半回転させてから攻撃して左構えに切り替える。そこから左上・左・左下からの斬りを繰り出したら、再び右構えに戻ると言う事だ。槍を半回転させる場合は隙が出てしまうので、縦斬りから繋げると良いだろう。とまぁ、右構えと左構えを合わせて、槍の基本素振りは18種になる。

 

「見本は覚えたかい? 今から素振りを始めて良いよ」

 

 見本二人のホログラムが消えた後、ドラえもんは「素振り頑張れ」と言った。見本のレベルが高く感じて、ちょっと自信が無い様子のミコトとアキラは頷いて、周りから距離が開いた位置へ移動する。そして見本と同じ構えをとり、武器の素振りを開始。マァムは応援の笑みを送った後で、周りと距離が開いた位置へ移動して自分もハンマースピアの素振りを始めるのであった。

 

『バッド! 足腰ニ力ガ入ッテイナイ』

 

 ミコトは最初の右上からの一振りをすると、評価判定マシーンからダメ出しを喰らう。アキラの方も同様だ。これは素人だから仕方ない。素人ならば腕だけ力を入れているが、このままではステータスが高くても大したダメージにはならない。評価判定マシーンの指摘通り「足腰も入れた正しいフォーム」なら、一撃の威力は別格となる。そう言う事で、評価判定マシーンからダメ出しされた一振りは、素振り回数にカウントしない。最初はゆっくりで良いから一回一回、正しいフォームで反復して身体に馴染ませるのだ。

 

――二人は一振り一回ごとに集中して素振りをこなす。

 

「ふぅ……。これで九つ目の100回は終わった……」

 

「ふぅ……。これで最後の右50回と左50回は終わり、かな」

 

「二人とも、お疲れ。この調子なら一ヶ月くらいで、ライオンヘッド相手でも戦えるわよ」

 

 武器の素振りのメニューを一通り終えて、武器を下げて一息つくミコトとアキラ。腕や足腰に筋肉痛はあるが、運動部にいた二人なら我慢出来て早く回復するだろう。マァム達は微笑んで、二人を労う。マァムの方は筋肉痛が無さそうだ。

 

「次は武器を持ったまま、蹴りの素振りだよ」

 

 タオルで汗を拭いて少し休憩したらドラえもんは、次にやる事を告げる。攻撃の手段が多い方が良いと言う事から、剣術や槍術の中に蹴りも取り組んでいる。特に槍は至近距離に対して不利なので、それをカバーする蹴りは欠かせない。

 

 評価判定マシーンからの見本ホログラムによると蹴りの基本は、上段蹴り、中段蹴り、下段蹴り、前蹴り上げ、膝蹴り、突き蹴りで六つを左右で計12種。前蹴り上げについては、威力を上げる為のトーキック(爪先で突く蹴り)である。中級以上になれば、回し蹴りや踵落としやサマーソルト等の大技も繰り出す。

 

 見本ホログラムが消えたらドラえもん達に「頑張れ」と言われ、三人は距離を開けた位置に着く。そして蹴りの素振りを開始。しかし、蹴りの間は片足で立つので、バランスを取るのが難しい。アバンの元で格闘技の一部の修行をした事があるマァムは大丈夫なようだが、ミコトとアキラは蹴りの度にふらついて上手くいかない。だから凹む程、評価判定マシーンのダメ出し連発である。

 

――二人は持っている武器の重さを利用してバランスを保ちながら、頑張って正しいフォームで蹴りの素振りをこなす。

 

「思ったより難しいな……蹴りは」

 

「うん、そうだね」

 

「それは仕方ないわ。始めは私もそうだったし」

 

「お疲れ様。これで前半は終了よ」

 

 蹴りの素振りを終えて休憩している中、疲れた顔で感想を言うミコトに同感するアキラ。マァムは苦笑して、そんな二人を労う。修行の前半が終わったので、ドラミちゃんが持ってきてくれたスポーツドリンクで水分を補給する三人であった。

 

「次は瞬動術の修行だけど……。これを装備してね」

 

「あら、これ。昨日ブラスさんに渡した物と同じじゃない」

 

 ドラえもんは制御補助サークレットをマァムとミコトに、制御補助の腕輪をアキラに渡して、その装備品の説明をする。初めての人でも魔力と闘気を簡単に制御出来るようになるから、毎日使い込む事で身体が感覚を覚えていき、いつか自力で制御が出来るようになる。マァムの方は魔力を制御出来るが、改めて修行する事で精度が上がるだろう。因みにアキラの分が腕輪になっているのは、髪型とティアラ装備の都合でサークレットを着けられないからである。

 

 この日から三人は日課として、毎晩寝る前に瞑想して闘気と魔力の制御の修行を行う事になる。ミコトの場合は今のところ、魔力の使い道は無い……が、将来アキラと共に「咸卦法」と言う究極技を習得する為に、制御出来るようにしておくべき事だ。なお、咸卦法の詳細については後程。

 

「心を落ち着かせて、自分の体内を意識してみて」

 

 制御補助アイテムを装備した三人はドラミちゃんの指示を聞いた後、深呼吸してリラックスして目を閉じて雑念を捨てて体内に意識を向ける。

 

「……成る程」

 

「感じる二つが、闘気と魔力……」

 

「体内を回っているホカホカした感じが闘気なのね」

 

 体内から闘気と魔力を感じ取る事が出来て、理解する三人。命の力であると聞いた事があるので、血液が流れるように回っているものが闘気であると察している。だから初めてのミコトとアキラでも、二つのどっちが闘気なのかは直ぐに分かった。

 

「ミコト。瞬動の出し方は覚えているかい?」

 

「えっと、闘気を足の裏に集めて、一歩踏み出す時に爆発させる、だよね」

 

「うん。でも始めは少しで良いんだ。まだ未熟の内に、集め過ぎると危ないよ」

 

 ドラえもんからの確認と注意。それで三人は頷き、闘気の集め過ぎに気を付ける。集める闘気が多ければ知っての通り、比例して速く遠く瞬動する。しかし未熟だと、地面を這うような低い角度での瞬動は難しい。初心者の瞬動の平均角度は、頑張って低くしても約30度。つまり20メートル移動してしまえば、移動後の位置の高さは10メートルになり、落下してケガをしてしまうのだ。だから練習する時は、1~2メートル瞬動が望ましい。それでも移動後の位置の高さは約1メートルになるが、落下しても大丈夫だろう。

 

 初級マスターの目標は、10メートル瞬動して到達点の高さが約10㎝である事。そして中級マスターの目標は、瞬動術を二連続で発動、且つ虚空瞬動で意のままに方向転換が出来る事。それから上級マスターの目標は、瞬動術を三連続で発動、且つ瞬動術終了時の隙を無くす事。更なる高みを目指すなら、瞬動術を四連続以上発動出来るようにしたいところである。

 

「始めは僕が試してみるよ」

 

「ええ、分かったわ」

 

「無理しないでね」

 

 始めはミコトがチャレンジ。マァムは微笑んで、アキラは心配そうで見守る。ドラえもん達は万が一に備えてタケコプターを頭に着けている。それは着ける事で、空を自由に飛べるようになる秘密道具だ。

 

 ミコトは剣と盾を背中に背負ったまま、皆の北の位置で西向きに着いた。そして、走るような構えで瞬動を発動する。彼は残像が残る超高速で、2メートル移動。上がる角度はやはり30度だった。到達点に着いたら放物線後半のように落下し、転ぶ事なく上手く着地する。初めてにしては上出来だ。

 

「びっくりしたけど、どうかな?」

 

「転ばなかったから、良い感じだと思う」

 

「そうね。でも実戦だったら、唯の的じゃないかしら」

 

「まぁ、初級だからね」

 

「ええ、上級マスターまで上達すれば大丈夫よ」

 

『バッド! 踏ミ込ムタイミングガ遅イ』

 

 ミコトの瞬動に対して、アキラは胸を撫で下ろして褒め、マァムも褒めて次に問題点を言い、ドラえもんは仕方ないと応え、ドラミちゃんは前向きな事を言う。そして、お厳しい評価判定マシーンからのダメ出し! それでも本人は悪い点を受け入れ、次の挑戦で心掛ける。

 

「あら、ドラミちゃん。頭に着けている物は何かしら?」

 

「これはタケコプターと言って、呪文のトベルーラと同じように空を飛べるわ」

 

「そういえば、あったね……忘れてた」

 

「うん、僕も。……空を飛んでみたいな」

 

「それは後で。今は修行中だよ」

 

 ドラミちゃんは低く空を飛んでみせて、マァムに説明した。それを見たアキラとミコトは、ドラえもん原作を思い出す。自分も空を飛んでみたいと思うが、ドラえもんに後回しされるのであった。

 

――これから一時間、三人は何度も瞬動の練習を続ける。

 

「すぅ~、はぁ~。闘気は体力を使うな……」

 

「すぅ~、はぁ~。本当だね」

 

「すぅ~、はぁ~。私もよ」

 

 深呼吸して息を整える三人。ミコトが瞬動で思った事に、アキラとマァムも同感する。闘気を多用するとスタミナを早く消費してしまう上に、お腹が空きやすい。それでも突出した体力の三人(マァムは父親譲り)は、良く一時間も続けられたものだ。

 

「次はフットワークだよ」

 

 三人は落ち着いてきたところで、ドラえもんは次の修行を説明する。フットワークは回避力の向上を図るもの。その内容は、各自で武器の基本構えで立ち、号令に従って八方ステップや向き方向転換を行う。修行時間は30分。号令は「前・後・左・右・前左・前右・後左・後右・左転・右転・反転」だが、ステップと向き方向転換を同時にするという号令が来る事もある。例えば「前と反転」とか「左と右転」とか。何度もやっていく内に、動きが素早くなるコツが掴めるだろう。

 

 説明が終わった後、三人は武器を持って距離を開けた位置に着き、南を向いて武器を構えた。ドラえもん達はタケコプターで低く飛び上がり、四次元ポケットから大き目のメガホンを取り出して三人の様子を確認した後……。

 

「では、号令を出すよ。……前!」

 

――三人はドラえもん達の号令を聞いてフットワークをこなす。

 

「おっと、時間だね。お疲れ様」

 

 終了のアラームが鳴ったら、ドラえもん達は笑顔で三人を労った。それで彼等は武器を下ろして一息ついた後で、ドラえもん達の元へ集合する。初回である事から簡単でゆっくりの号令なので、三人に疲れた様子はない。

 

「次は最後の模擬戦だよ」

 

「えっ? 戦うの?」

 

「実際に戦ってみた方が上達は早いって、先生が言っていたわ」

 

「確かに、そんな感じがするね」

 

 思っていなかった事をドラえもんから聞いて、目を見開くアキラ。昨日にダイと組手をして何となく効果があると感じたミコトは、マァムの一言に頷く。

 

 模擬戦について。それは修行場のシミュレーターによる、実物プログラム体の敵(モンスター等)と戦う事である。戦闘時間は30分。但し、前半15分間は敵が無敵状態なので、全ての攻撃が効かない。何故なら、防御と回避の練度を上げる為だ。非殺傷設定なので攻撃を受けてもケガをしないが、痛みは本物と同じで戦闘が終わっても残る。また、気絶してしまう事だってある。なので、回復アイテムを用意すると良い。本来なら生物系の敵を斬ると血が出るが、初回はキツイという事で今回は血が出ない設定となっている。血が出る場合、返り血を浴びて血まみれの状態は戦闘終了まで続く。また言うが、初回にソレはキツイだろう。

 

「ぼくとドラミは制御室に居るから、模擬戦頑張ってね」

 

「皆、ご武運を」

 

 そう告げた後、ドラえもんとドラミちゃんは二台の評価判定マシーンを連れて、この場から南へ去って行く。彼等は制御室でシミュレーターの操作を行うのだ。

 

「どんな敵が出てくるのかしら?」

 

「私、ドキドキしてきたよ……」

 

「本当に痛いらしいから、敵の攻撃に当たらないように気を付けないとね」

 

 南の出入口の前で北を向き、武器を持って警戒する三人。その時、修行場全体は薄暗くなった。今まで天井の青空が、全て雷雲一面に変わったのである。そして鳴り響く雷鳴と、広がる修行場フィールドのあちこちに落ちる白い雷。

 

「だ、大丈夫なの!? これ」

 

「唯の演出だから、危険は無いと思う……多分」

 

「ちょっとオーバーじゃないかな……」

 

『お兄ちゃん! ボリュームを下げて!』

 

『わ、悪い。うっかり上げ過ぎた』

 

 臨場感があるのだが、あんな激しい雷を見聞きして顔を青くするマァム。演出だと分かっていても、冷や汗を流すミコトとアキラ。スピーカーのマイクのスイッチが入ったままだからか、慌てているドラえもん達の声が聞こえてきた。まだ雷は鳴っているものの、激しい落雷が止む。

 

『驚かせてごめん。今から対戦相手を出すよ』

 

 ドラえもんの謝る声が流れて暫くして、30メートル離れた北の地面に白い六芒星の円陣が出現した。そこから、槍を持ったイノシシ獣人が二匹、一本の片手剣を持ったコウモリ翼の鳥人悪魔が一匹、現れた後に六芒星の円陣は消える。プログラム体である為か、モンスター達の表情が固い。

 

「ガーゴイルとオーク二匹ね」

 

 モンスター達を見て、少し拍子抜けして名前を言うマァム。オークについては魔の森で、何度も遭遇した事がある。ガーゴイルについてはアバンから教えて貰っていて、今まで会った事はない。なお、ドラえもんは三人の武器を考えて、それ等のモンスターを選出している。

 

「僕は剣を持っている奴と相手するから、アキラとマァムは槍を持っている方を頼むよ」

 

「うん、分かった」

 

「ええ、ガーゴイルは素早いから気を付けてね」

 

 同じ武器で相手した方が良いと判断したミコトは、オーク達をアキラとマァムに任せて、ガーゴイルをターゲッティングした。モンスター達からも、こちらに合わせて標的を定める。雷鳴が響く中、三人と三匹は武器を構えて対峙していて一歩も動かない。スピーカーでカウントダウンが始まり、合図を待つのみだ。

 

『3……2……1……戦闘開始!』

 

 スピーカーを通してドラえもんが合図を出すと、三人と三匹は走り出した。何故かガーゴイルは飛んでいない。そして予定通り、ミコトはガーゴイルと、アキラはオークBと、マァムはオークAと交戦する。今から15分経つまで攻撃が通らないので、三人は防戦に集中している。皆は余裕そうだが、しかし……。

 

 制御室にいるドラえもん達は、大きいスクリーンに映っている戦場の様子を観た後、備え付けのパソコンでモンスターのステータス調整を行う。ドラえもんはガーゴイルを、ドラミちゃんはオーク(二匹共通)を、である。

 

 調整するモンスターのステータスについて。設定の項目は七つ。一つ目「ちから」が高くなると、筋力に依存した攻撃が重くなる。二つ目「みのまもり」が高くなると、身が固くなる。三つ目「すばやさ」が高くなると、反応と動きが速くなる。四つ目「まりょく」が高くなると、呪文の威力と効果が上がる。五つ目「攻戦レベル」が高くなると、攻撃の技量が上がって、攻撃頻度は多くなって、隙が少なくなる。六つ目「防戦レベル」が高くなると、防御と回避の技量が上がって、カウンター攻撃もしてくるようになる。七つ目「呪文・特技のオン・オフ」は、オフにする事で呪文と特技を使ってこなくなる。

 

 ガーゴイルの呪文と特技について。ギルドメイン州とロンダルキア州のガーゴイルは「マホトーン」を得意とするが、セントベレス州のガーゴイルでは「ラリホー」を得意として「マホトーン」は覚えていない。レティシア州のガーゴイルは呪文を覚えていないが、特技の「しんくう斬り」や「急降下突進」を繰り出す。でもミコトランド修行場のガーゴイルは上記の呪文と特技を全て使える。なお、今はオフに設定されているので、使ってこない。

 

 オークの呪文と特技について。ギルドメイン州とロンダルキア州のオークは呪文も特技も無い。セントベレス州のオークはレベルが高いと「ルカナン」を覚えている。レティシア州とロトゼタシア州のオークは特技の「さみだれ突き」を繰り出す。ミコトランド修行場のオークは「ルカナン」と「さみだれ突き」の組み合わせが凶悪。でも今はオフなので、初回でキツくないだろう。

 

 マァムはともかく、攻撃が未熟なミコトとアキラに考慮して「みのまもり」と「防戦レベル」は上げない。三人に余裕がなくなる程度まで「ちから」と「すばやさ」と「攻戦レベル」を上げていく。あと「まりょく」と「呪文・特技のオン・オフ」はまたの機会に、である。

 

「……うっ!?」

 

 ガーゴイルの攻撃が段々と速く重くなっていき、盾で防いでいるミコトは、ついに焦りの表情を表した。一方でオークの大振り攻撃を、槍の柄で防いでいるアキラとマァムも必死になる。今のモンスター達の「ちから」は、突出している三人と互角。防御力が高い服を纏っているアキラを除いて、まともに攻撃を喰らったら、シャレにならないのだ。

 

『15分経ったわ! 直ぐに決着をつけて!』

 

「たあぁっ!」

 

「やあぁっ!」

 

「はあぁっ!」

 

 ドラミちゃんが「後半突入」を告げると、防戦一方だった三人は気合いが入った反撃に転じた。その一撃でガーゴイルは唐竹割りで真っ二つになり、オークBは胴体が横真っ二つになり、オークAは頭が吹き飛んだ。戦闘不能となったモンスター達は血を出す事なく、そのまま地面を転がる。なんと一撃で倒してしまった事実で呆然する三人であった。

 

『はい。戦闘終了』

 

 ドラえもんが終わりを告げると、モンスター達の死体は薄くなっていくように消えて、天井は雷雲一面から青空に戻る。これはまるで魔物を退治して、平和になったかのようだ。

 

「僕、さっきまで必死だったのに……」

 

「一撃で倒してしまうなんて……」

 

「オークって……。あんなに打たれ弱かったかしら……」

 

 前半に反して後半はあっさりと勝ってしまった事に対して、釈然としない三人であるが、後で此処に戻って来たドラえもん達に修行の労いの次に説明される。一撃で倒せたのは、モンスター達の「みのまもり」が低く設定されていた事と、三人の「ちから」が並外れであった事と、必死ながらナイスな正しいフォームで攻撃した事である。また、防御と回避のレベルも低く設定されていたので、簡単に攻撃がヒットしたのである。とにかく、初回だからそれで良いとの事だ。明日も同じモンスターと模擬戦をするが、今回のように一撃では終わらない。その上、斬って出血有り。ミコトとアキラは渋っていたが、将来の為に嫌でも慣れるしかない。

 

「僕って、こんなに力があったかなぁ……。アキラと腕相撲で勝った事が無いけど」

 

「あら、彼女と力比べなんて初耳ね」

 

「私は望んでないし、現実の皮肉と言うか何と言うか……」

 

 剣と盾を背中に戻したミコトは、自分の手の平を見ながら不思議に思った。彼の余計な一言を聞いたマァムはアキラを見ながら驚き、当の本人は才能も能力も選べない現実に対して諦めている。だが二人の力の差は元の世界での話。いつか腕相撲をしてみれば、今は同等になっていると初めて知るだろう。もっとも、理由を教えてくれる者は何処にも居ない。

 

――これで、今日の修行は終わりである。

 

 翼を持たない人間は「空を飛びたい」という夢がある。この世界には、その望みが叶う「トベルーラ」があるが、使える者は少ない。ダーマ神殿で魔法使いや賢者や勇者に転職する事で、誰でも習得可能になる。とは言え、修行を積む必要があって直ぐには使えない。また、契約方法もギルドメイン州しか伝わっていない。だがミコトランドに、誰でも直ぐに空を飛べるようになる夢のアイテムがある!

 

「はい。タケコプター」

 

「これを頭に装備すれば、空を飛べるのね……」

 

「うん。ワクワクするな~」

 

「えっ、私の分は無いの?」

 

「そんな事はないけれど……。アキラは水神槍の力を使えば、空を飛べるわ」

 

 ドラえもんからタケコプターを受け取ったマァムとミコトは、ワクワクして目を輝かせた。タケコプターを貰えなくて疑問を抱くアキラに対して、ドラミちゃんは笑顔で彼女の水神槍を指しながら、タケコプター不要の理由を話す。水神槍の力で、精製または大気中の水蒸気を自分の体に纏わせて、浮遊の操作をする事で空を飛び回れる。まだ自分で魔力制御が出来ない現時点では、制御補助の腕輪頼りで水神槍に魔力を込められる。なお、飛行で魔力の消費は「トベルーラ」と同じ。

 

 タケコプターのスペックについて。最高速度は時速180㎞まで、空を移動出来る。人工衛星から送電されているので、バッテリーが切れる事はない。フレームの材質がアルティメットカーボンナノチューブなので、簡単に壊れない。そう言う事で性能は、本物を上回る。

 

 タケコプターの使い方について。装備方法は頭に着けるだけで良い。後は空を飛びたいと念を込める事で、内蔵されたコンピューターが脳波をキャッチし、自動的に稼働する。地面に着地したら、自動的にプロペラ回転が止まる。外し方は着地状態で、付け根本体にあるボタンを、5秒間押し続ける事で外せる。

 

「取り敢えず、外に出ようか」

 

 試して自由に空を飛び回るにしても、修行場の中だと天井にぶつかる恐れがあると判断したドラえもんは、南の出入口へ移動して皆を呼ぶ。そして修行場を出るのだった。

 

 

==========

 

 修行場を出た皆は真っ直ぐ南を進み、タワーホテル一階エントランスを南に通り抜けて外に出る。今を時計で表せば17時過ぎなので、外はもう綺麗な夕焼けだ。東には、ちょっと早く昇った月が見える。

 

「思い通りに動くから簡単ね」

 

「うん。僕も」

 

「少し手間が掛かるけど、飛んだら後は簡単かな」

 

 飛び上がって1メートルの低空飛行で、噴水広場を一周するタケコプター装備のマァムとミコト、水神槍を右手に持つアキラ。初めての体験で、三人は楽しそうだ。ドラえもん達は噴水の前で、ニッコリと見守っている。因みにミコトの剣と盾は背中にそのままで、マァムのハンマースピアは噴水の前に置いてある。

 

――10分間程、三人は空中散歩を楽しむのであった。

 

「アキラ。武装解除したい時は、その気持ちを込めて、アベアットと唱えてみて」

 

「うん。……アベアット!」

 

 ドラミちゃんから解除方法を聞いたアキラは頷いて、水神槍を持った右手を上げて解除の言葉を唱えた。すると青白い光に包まれ、直ぐに収まると彼女の服装が登山ウェアに戻っている。勿論、アーティファクトの水神槍は無くなっている。装備中の、制御補助の腕輪はそのまま。言葉の「アベアット」の意味は「去れ」だ。

 

「便利ねぇ……。羨ましいわ」

 

「そうだね……。アキラだけずるいや」

 

 制御補助サークレットとタケコプターを外しながらアキラを見て、羨ましがるマァムとミコト。先述の通りミコトは、元々アーティファクトが無いからアキラと同じ境遇でも、その召喚は出来ない。不公平だろうが、こればかりは仕方ない。でも代わりに、未来のミコトが未来のアキラと協力して製作した、アトムシールド等の彼専用アイテムがある。

 

 その後はマァムがハンマースピアを回収し、やる事が全て終わった皆は東の館にあるどこでもドアを潜って、ネイル村に戻るのだった。そして修行の疲れを癒す為に、夕食前の入浴である。

 

 

つづく

 




はい。修行中心の第七話でした。

アキラのアーティファクトは原作と違って人魚になりませんが、水に関係する点は同じです。まぁ、わりと万能でチートかもしれませんが……。ご了承下さい。


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008 デルムリン島で出来事

 大江山ミコトと大河内アキラが、異世界に飛ばされて三ヶ月経った。二人の日常は、午前にミコトハウス一階の共有施設の清掃とノートパソコン座学、午後にマァムを加えて修行、就寝前に闘気と魔力の制御訓練、という一日スケジュールで過ごしていた。この先も続くだろう。魔王でも現れない限りは……。

 

 三ヶ月間で、二人の進展について。先ず一般常識では、ギルドメイン州地上の地理と歴史、呪文の名称と効果、デルムリン島やラインリバー大陸生息モンスター全ての名前と特徴、それぞれ覚えた。また、知っておかないといけない馬の扱い方も学んだ。次に蹴りを含む剣術または槍術では、基本は順調に進んで今は中級に移っている。それから瞬動術は、一ヶ月半で初級をマスターし、今は虚空瞬動の練習中。二連続発動は可能だ。それからフットワークは、コツを掴めたようで動きが良くなった。最後に闘気と魔力の制御は、制御補助の補助率50%まで進んだ。その他、筋力向上の為に修行と入浴と就寝以外は、両手首と両足首と腰で計五つの重りを着けて日常を過ごしている。現在は10㎏×5。

 

 次はマァムの進展について。先ず僧侶の呪文は、バギマやスクルト等の中級呪文まで殆ど習得した。次に蹴りやハンマースピアの扱い、フットワークも更に上達した。それから瞬動術は、あの二人と同じレベルで今は虚空瞬動の練習中。最後に闘気の制御は、制御補助の補助率30%まで進んだ。魔力の方は補助なしでも十分。その他、筋力向上に関しては二人と一緒である。

 

 それからダイの進展について。呪文はレベル不足なのか、中級まで進んでいない。闘気と魔力の制御は制御補助の補助率50%まで進んでいる。そして三ヶ月の間、ミコト達の島再訪二回で色々教わった。一つ目、剣術は「正しいフォーム」で修行を一からやり直した結果、一撃の強さが倍になった。それでカカシ?を壊してしまい、今は素振りである。二つ目、ミコトに勧められて自分も瞬動術の修行を始めた。驚いた事に、次の再訪までに初級をマスターしてしまった。それで今は虚空瞬動の練習である。このまま、ミコト達を追い抜いてしまいそうだ。三つ目、回避力向上のフットワークはミコト達よりも早く上達。本人は楽しいらしい。四つ目、アキラ先生の水泳は正しい姿勢とバタ足や息継ぎの仕方を教わり、一般的なクロールを覚えた。他の泳ぎ方については今度である。五つ目、ドラえもんからタケコプターを貰って使い方を覚えたので、暇な時はゴメちゃんとキメラ等の飛行モンスターと空中散歩を楽しんでいる。六つ目、初めて甘口カレーライスを食べて大好物になった。島に無い材料は勿論、カレー粉はミコトランドしか入手出来ない為、ミコト達が来た時の楽しみの一つとしている。

 

――思い返せば、四人の成長速度がおかしい。

 

 

==========

 

 四回目のデルムリン島旅行。一昨日までは雨だったが、今日の天気は晴れ。時刻は10時頃、ミコト達がドラドーラ号でデルムリン島東近くに着いた先に、一隻の大きな船が停泊していた。その船の外見は、木造だが頑丈な船体、国の象徴だと思われる紋章が描かれた大きい帆二つ、両サイドフェンスに並んだ黒い大砲、そして船首には口を開けた竜頭の像が着いている。大きさはドラドーラ号と比べて、少し大きい。かなり立派であるから、王族等の身分が高い者達が乗っているに違いない。

 

「あの紋章は確か……。パプニカ王国だね」

 

 ドラドーラ号操縦室。運転席に座っている中世船長服ドラえもんは、スクリーンに映っている船を見て呟いた。後ろの座席の一番前横一列に座っている四人は頷く。ミコトとアキラはノートパソコン座学で、マァムはアバンの授業で、パプニカの事を知っている。

 

「旅行の日と重なるなんて奇遇だな……。それにしても、デルムリン島に何の用だろう?」

 

「考えられる事は、一つあるわ」

 

 奇遇だと苦笑した次に訝しむミコトに対して、右隣席のドラミちゃんが応える。パプニカ王国の要人がデルムリン島に用があるとしたら、考えられる事が一つ。それは賢者になられる王家の、洗礼の儀式である。三人はそこまで知らなかった。

 

「洗礼の儀式は50年前から、行わなくなったらしいけど……」

 

 何故、今になって洗礼の儀式を行うのか、気になるドラミちゃん。儀式を行わなくなった原因は、デルムリン島にモンスター達が棲みついて、王族にとって危険だと判断されたからである。

 

「身分が高い人が島に居るんだね。私、緊張してきたなぁ」

 

「そうね。下手して失礼したら、面倒な事になるし」

 

「一般常識で王族や貴族への接し方を学んでおくべきだった……」

 

 ミコトの席の左の通路の左の座席に座っているアキラは、偉い人を想像して緊張し始めた。マァムは気を引き締め、ミコトは勉強していなかった事を悔いる。別に敬語で良いと思うが、緊張して深く考えてしまうのであった。

 

「取り敢えず、着船するから降りる準備をして」

 

 それを聞いた四人は、シートベルトを外し、降りる支度をするのだった。なお、旅行は楽しく過ごしたい為、三人は筋トレの重りを着けていない。

 

 

==========

 

 デルムリン島中央の森の南東の平原。そこにはブラスと、黒と紺のローブを着た老人と、黒いとんがり頭巾を被った白いローブの男性槍兵士七人が立っていた。彼等八人はパプニカ王国の人間である。島の者はブラスだけで、ダイとゴメちゃんの姿はない。この場の皆は、東の海に見えるドラドーラ号を見ている。いつの間に来たと感じて、パプニカ王国組は驚いているようだ。

 

「あれは……」

 

「テムジン殿。此処と親しい友人達の船です」

 

 上はハゲていて後髪は長めの黒紺ローブ老人テムジンは呟くと、ブラスは嬉しそうな様子でミコト達の事を話す。その嬉しい気持ちの中に、来訪のタイミングが良いのか悪いのか、複雑な心境だったりする。

 

「ふむ、友人の船か。……帆船のわりには、良く進みますなぁ」

 

「そう思われますか。あの船は太陽の力を借りて動いていると聞いております」

 

 今の風は強くない。なのに良く進む帆船を訝しむテムジンに対して、苦笑したブラスはドラドーラ号について話す。ソーラーシステムについて理解が難しいから、マァムと同じでブラスに「太陽の力」と簡単に説明してある。

 

「ほう……」

 

 太陽の力で動く船は聞いた事も見た事もないと、興味深そうにドラドーラ号を見捉えるテムジン。先進国のベンガーナ王国でも、風を動力としない船を研究開発中だと、語ったりもする。願わくばパプニカ王国にも、あのような船が欲しいとか……。

 

 彼等が見ている中、ドラドーラ号はバックせずにそのまま、いつもの岬に着船した。次に右サイドドアから出てきたミコト達は、右フェンスの乗り降り口を通って岬に降り、緊張している様子でこっちにやって来る。テムジン達は、彼等の団体の中のドラえもんとドラミちゃんを珍しそうに見ているようだ。

 

「ブラスさん。お久し振りです」

 

「うむ。お前達も元気そうで、何よりじゃ」

 

 一ヶ月振りの再会で、喜び合うミコト達とブラス。南東に立っているテムジン達は「成る程、親しいな」と感じている。実にその通りで、ブラスは彼等に対して、いつもの口調で話している。

 

「そちらの方々は、パプニカ王国から来られたんですね。洗礼の儀式で間違いありませんか?」

 

「おお、良く知っておるな。その通りじゃ」

 

「ブラス老の友人達よ。お初にお目にかかる。わしはテムジン。我が国パプニカ王国で司教を務めております」

 

 ミコトはテムジン達を確認して訊ねると、感心して肯定するブラス。そしてテムジンはミコト達に向けて跪いて恭しく頭を下げ、後ろの兵士達も同様に頭を下げる。

 

――ミコト達は戸惑ったが、丁寧に自己紹介を果たす。

 

 その後、ブラスから事情を聞く。ミコト達が来る一時間前に、パプニカ王国の聖なる船が島に訪れた。その船から小舟でテムジン達が、レオナと呼ばれるパプニカ王女を連れて島に降り立った。自己紹介の後はダイが案内人となり、レオナと護衛兵士二人を連れて、中央の森の北から入って進む先にある中央の山の北側にある洞窟へ向かった。その洞窟の中は大穴になっていて、螺旋道を下って行く先に儀式の場所があるそうだ。ただし、溶岩が道を塞いでいる。

 

「ダイとお姫様は大丈夫かな……」

 

「なぁに、心配は要らん。ダイにとって、この島は庭のようなものじゃからな」

 

「洞窟の溶岩など、賢者のバロンが伝授した氷の呪文があれば、問題なかろう」

 

 ダイ達を心配するアキラに対して、ミコト達は同意して頷き、ブラスは笑顔で「大丈夫」と応え、テムジンは言葉を付け加える。レオナは将来賢者になられる方、バロンは賢者の先輩であり、呪文を教えているとの事。

 

「……そういえば、バロン殿は?」

 

「レオナ姫の事が気掛かりでしてな、様子を見に行かれましたぞ」

 

「そうでしたか。賢者の鑑ですな」

 

 周りを見回して、いつの間にかバロンがこの場に居ない事に気が付いたブラスは訊ねると、テムジンは中央の森を見ながら答えた。それで納得し、バロンを感心する。

 

「お姫様は、良い国民に恵まれているんだね」

 

「うん、そうだね。ノートパソコンの画像で、パプニカ王国は美しかったし」

 

「うん、お城はシンデレラ城のようで、とても綺麗だったね」

 

「……?」

 

 アキラとミコトの談笑を見て、聞いた事がない単語が会話に出て、首を傾げるテムジン。画像で見たパプニカの王宮は純白で、千葉県への家族旅行で行った事があるテーマパークのシンデレラ城に近いらしい。まぁ、異世界の話だから、テムジンは知らないのは当たり前である。

 

 こんな感じで皆はダイ達の帰りを待っている中、慌てた様子のゴメちゃんが中央の森の上空からやって来た。気付いた皆は見上げて、彼に視線を集める。何か大変な事が起きたようだ。

 

「ピィー! ピピー! ピー!」

 

「なんじゃとぉ! 魔のサソリの毒に姫が!?」

 

「魔のサソリ!? どうして、あんな危険なモンスターが!?」

 

 ゴメちゃんの緊急連絡を受けたブラスは、盛大に驚きの声を上げた。それを聞いたマァムは信じられない顔をして、魔のサソリに対する疑問を感じる。勿論、ミコト達も。

 

 魔のサソリとは、平和な世の中でも好戦的で、ライオンヘッドに勝る狂暴なサソリモンスター。並の毒消し草が効かない猛毒を持つので、とても危険。だから俗に言う殺人サソリ。リンガイア王国南の砂漠に生息するが、魔の森にも出る事がある。マァムは会った事も戦った事もないが、父親のロカが退治した事があるようだ。ミコトとアキラはノートパソコンで、どれ程危険なのかを知っている。なお、魔のサソリはデルムリン島に生息していない。だから疑問を感じた訳だ。

 

「テムジン殿、今すぐ救出に向かいましょう!」

 

 事情を詳しく聞きたいが、今は一刻を争う。慌てたブラス達は、急いで現場へ向かう事にした。……が、テムジン背後に居た七人の兵士達に包囲され、槍の刃先を向けられる。いつでも出られるような、迅速の行動であった。

 

「えっ? なんで!?」

 

「テムジン殿ッ! これは何のマネじゃ!?」

 

 目を疑い、今の状況が理解出来ないアキラ達。ブラスの怒鳴るような問いに対して、テムジンは意地悪い笑みを浮かべていた。さっきまで人の良さそうな雰囲気が消えている。

 

「ファハハハハ! 残念ながら、行かせる訳にはいかんのじゃよ。姫を助けると、せっかくの計画が水の泡になるからな」

 

 テムジンは高笑いして、救出に行かせない理由を話す。レオナを助けると困る計画とは、自分がパプニカ王国の実権(政権)を持つ事である。今のパプニカ国王の子はレオナしかいない為、必然的に彼女が次期王位継承者となる訳だ。だから計画の第一段階は、50年前から行われていない洗礼の儀式を強行し、それを利用してレオナを抹殺する事。最終的には、何かの手段で国王を暗殺する事で計画が完了する。そんな野心家の話を聞いて、ブラス達は言葉を失うのであった。

 

「お前達、最初からそのつもりで……」

 

「いや、船に残った者は知らん。わしの直属は、この七人の部下よ。……姫の護衛二人も、バロンもな」

 

 テムジンはブラスに応えると、ミコト達は血の気が引いてしまう。かなりマズイ状況なのだ。島に降り立ったメンバーの中に、レオナの味方が一人もいなかった事実に!

 

「悪いが、皆は此処で死んでもらう。友人も運がなかったな」

 

 テムジンとしては、事件の証人になる皆を生かしてはおけないようだ。ブラス達は彼を睨みつけている中、ドラえもんは四次元ポケットから手榴弾を取り出して、力一杯で南東の砂浜へ投げた。その手榴弾は山なりでテムジンの頭上を越えて、砂浜に落ちて転がる。敵味方皆は気付いていない。

 

 五秒後、その砂浜でイオナズン級の大爆発が起きた。もの凄い爆発音で敵味方皆は、驚いて爆発地点を見た。その隙にドラえもんとドラミちゃんは、四次元ポケットからタケコプター数個を取り出す。見事な迅速だ。

 

「皆! 早く空へ逃げるんだ!」

 

「それでダイ達の所へ急ぎましょう!」

 

 ドラえもんとドラミちゃんは素早く、タケコプターをブラス達の頭に装着させた。彼等はまだ驚いているが、無意識で空へ飛び上がる。ゴメちゃんは慌てて空へ追う。因みにブラスは、前のミコト達再訪時にタケコプターを使った経験がある。説教から逃げるダイを追って、島上空で鬼ごっこを繰り広げる日があった事も……。

 

 逃げる事を選択した理由は、周りを包囲されていて不利である事、不意打ちとも言える展開で戦闘準備が出来ていない事、戦うよりもダイとレオナの救出が先決である。

 

「……はっ!? しまった! あやつら全員、トベルーラを使えたというのか!? ……ぐぬぬ、おのれ」

 

 動揺しながら爆発地点を見ていたテムジンは、正気を取り戻して再びブラス達に方向反転すると、唖然しながら北の中央の森の上空を見上げている兵士達だけで彼等は居なかった。自分もつられて上空を見上げると、ダイ達が居るであろう方へ遠ざかって行くブラス達を見つけて驚き、追撃困難で地団駄を踏むのだった。タケコプターを知らない為、トベルーラだと思っている。

 

 因みにドラえもんが使った手榴弾の名前は、こけおどし手投げ弾。これが爆発すると、光と音だけ発生する。爆風の衝撃が無いので、被爆した者にダメージは無い。これを知らない相手なら、脅して威嚇に使える。

 

 

==========

 

「神に仕える身でありながら、己の欲望で主君の生命を奪おうとは……」

 

「ピィッ!」

 

 上空を移動中、先頭のブラスは怒り爆発しそうな様子で呟いた。彼の横近くに飛ぶゴメちゃんも、お怒り。後ろを飛ぶミコト達は、何も喋らない。空気が重く、特にミコトとアキラはテムジンに対するショックを受けている。

 

 そんな雰囲気を維持したまま、中央の山の上を越えた。前方の下に見える中央の森の道の途中で、魔のサソリの死体と地面に開いた穴を発見する。しかし、ダイとレオナの姿はない。

 

「まさか……。ダイーーッ!!」

 

「ピーーッ!!」

 

 血の気が引いたブラスとゴメちゃんは、悲痛の叫びを上げながら飛行速度を上げ、穴の方へ急降下した。ミコト達も同様で、後を追う。そして穴の中へ……。

 

「レミーラ!」

 

 穴の中は暗くて見えない為、ブラスは呪文を唱えて杖の先端を光らせた。続いてドラえもんとドラミちゃんは四次元ポケットからキャンプLEDランタンを取り出してスイッチを入れる。それらの光は松明より明るい。こうして穴の中の空洞の地面に到着。

 

「山の中だけでなく、森の地下にもこんな空洞があったとはな……。ダイーー!! レオナ姫--!!」

 

「ダイーー!! お姫様ーー!! 居るなら返事してーー!!」

 

 島の地下にこんな場所があったとブラスは心中で驚き、次は大声でダイ達を呼んだ。ミコト達も反対の通路に向けて大声で呼ぶ。

 

――こうして何度も、呼び続けた。

 

「じいちゃーん!!」

 

「おお! こっちか!」

 

「ピィ!」

 

「生きてて、良かった……」

 

 北の通路からダイの大声返事が聞こえてきて、ブラスとゴメちゃんとアキラ達は安堵した。そして彼等の元へ歩く。中はジメジメしており、地面は凸凹な上に滑りやすい為、走るのは危ない。

 

 数十メートル進むと、金髪おさげ少女をおんぶしているダイが、前方の暗闇から現れた。彼はケガ一つもないが、額宝玉サークレットと白い賢者の衣を装備した13歳金髪おさげ少女改めレオナは、毒に侵されている所為で重い風邪のように高熱で息苦しそうに眠っている。彼女の右腕にある切り傷は腫れ上がって痛々しい。

 

「助かったぁ……。早くキアリーで治してよ! レオナが大変なんだ!」

 

「うむ。……マァム、手伝ってくれ」

 

「ええ! 急ぎましょう」

 

 無事を喜び合うのは後回し。余裕のない顔で助けを求めるダイに応えて、ブラスとマァムは頷いた後で解毒治療に取り掛かった。先ずはドラミちゃんが四次元ポケットから取り出したクッション敷物にレオナを仰向けで乗せる。次は彼女の横にブラスとマァムが挟む位置に着いて手を翳し、二人がけでキアリーを唱える。因みにブラスは、その時にレミーラを解除している。

 

 ダイとゴメちゃんとアキラ達は静かに見守る中、レオナの顔色が見る見るうちに良くなっていく。そして無事に解毒が完了する。後は腫れが引っ込んだ傷口を、ホイミで回復。お姫様の九死に一生であった。

 

――こうしてレオナは意識を取り戻して、起き上がる。

 

「助かったわ。ありがとう」

 

 レオナは微笑んでブラスとマァムにお礼を言う。元気になったお姫様はカリスマ性、可憐と気品があって強気な印象があると、ミコトとアキラは改めて感じた。

 

「ダイもね。メソメソしないで良く頑張ったわ。えらいえらい」

 

「えへへ……」

 

 レオナはウィンクして、こんな時でも諦めずに頑張ったダイを褒める。本人は照れ臭そうだ。まぁ、助かった事で皆は喜び合うのであった。

 

「遅れたけど、貴方達。初めて見るカオね。私はレオナ。パプニカの王女で賢者よ」

 

 レオナはマァムとアキラ達に向けて、笑顔で自己紹介した。こちらも笑顔で、自己紹介を返す。彼女は身分の差を気にしないようで、直ぐに友達となり、公の場でないプライベートなら名前呼び捨てで呼ぶ事になる。因みにドラえもん達に対して、やはりタヌキと思われたようで「ネコ」と伝えている。

 

 自己紹介が終わったところで、お互いの事情を話し合う。ダイとレオナの方の事情について。始めは護衛二人と一緒に儀式の場への洞窟へ行く途中で、魔のサソリと遭遇。次はそのモンスターと戦闘が始まり、レオナは護衛に突き飛ばされて魔のサソリの攻撃を受けてしまい、毒に侵される。これは突然の反逆であった為、ダイは対処出来なかった。それから護衛二人は何処かに去ってしまう中、ダイは瞬動で魔のサソリの背中に乗り、出発前にレオナから貰ったパプニカのナイフで心臓を貫いて倒した。その後にバロンが現れ、レオナの解毒を頼んだが、拒否されて自分の目的を語られる。魔のサソリを魔法の筒に入れて持ち込んだ犯人はバロンだった。そしてバロンから、イオラの呪文を受けて運悪く地面が崩れて、地下の空洞に落ちてしまった。それで出口を探す途中、ブラス達の呼び声が聞こえてきて、今に至る訳だ。

 

「司教が黒幕だったのね……。早く止めないと大変な事になるわ」

 

「そうね。レオナを殺そうとした人だもの」

 

「そうだね。あの人なら、独裁者になりかねない」

 

「どくさいしゃ?」

 

「ダイ。簡単に言うと、とても悪い王様だよ。例えば……逆らったら殺す、とか」

 

「いぃっ!? あのじいさん、魔王になるのか!?」

 

「いや、それに近いものじゃがな。……わしも姫に協力するぞ」

 

「ピィッ!」

 

 今まで父王からも信頼されていたテムジンに対するショックを受けたが、彼の野望を阻止する事を決意するレオナ。そしてマァムとミコトも同意。自分も同意しているアキラから、独裁者の意味を教えて貰ったダイは、驚いた後でレオナに協力する事を決めた。それからブラスとゴメちゃん、ドラえもんとドラミちゃんも賛成して満場一致となる。

 

「ねぇ、ドラえもん。とうめいマントある?」

 

「あるけど、何に使うの?」

 

 ミコトは思いついた作戦を皆に話す。目的は穏便にテムジンを逮捕する事。先ずは、おばけキノコ達にとうめいマントを被せて姿を見えなくする。次に彼等を敵陣に突入させ、あまい息で奇襲をかけ、敵全員を眠らせる。それが成功したら、後は皆で敵全員を拘束するだけである。

 

「卑怯だ! そんなの、勇者じゃないよ!」

 

「ダイ……。相手は、僕達と同じ人間だからね。たとえ敵でも、ケガはさせたくないんだ」

 

 大声で作戦に猛反対するダイに対して、ミコトは苦笑しながら宥めて説得する。此方に人間と真剣で斬り合う覚悟が、まだ出来ていない事。負けると人生が終わるかもしれないという、後戻り出来ない事から本気で来る相手を、無傷で倒すのは難しい。それで此方も殺す気でやらないと、死傷者が出てしまう可能性が高い。だから、戦わずに穏便に終わらせたいのだ。

 

「分かった。まじめに考えてたんだね。怒ってごめん」

 

 ダイが納得して謝って、他に異論者も無く、作戦が決まった。次はドラミちゃんがクッション敷物を片付けた後、皆は天井に穴がある場所へ移動する。

 

「さっきから思っていたけど、貴方達の頭にある変な物は何なの?」

 

「レオナ。あれを装備すると空を飛べるんだ。名前は……何だっけ?」

 

「タケコプターだよ」

 

 ミコト達を見て訝しむレオナに対して、ダイは楽しそうな様子で説明するが、対象の名前を忘れた。そこでドラえもんが苦笑して教える。すかさず四次元ポケットから、ダイとレオナの分を取り出しながら……。

 

「誰でも空を飛べるのね? 凄い」

 

「おれ。家に忘れなかったら、こんな苦労はしなかったなぁ……」

 

 レオナは期待感に溢れながら、ダイは笑って後悔しながら、タケコプターを受け取る。ダイも自分のタケコプターを持っているが、家に忘れてしまった。だから、直ぐにこの空洞を出られなかったのである。

 

――こうして皆はタケコプターで、空洞から脱出する。

 

「今思ったんだけど、この穴は深かったよね」

 

 穴から外に出て地面に着地してタケコプターを外したところで、アキラは不思議に思った。それはダイとレオナが、穴の深くまで落ちたのに、よくケガをしなかった事である。

 

「あの時は確か……ダイが光って、私を抱えてフワッと浮いたわ」

 

「えっ、そうなのか?」

 

 レオナは右手人差し指を頭にあてて思い出して、落ちてケガしなかった理由を皆に話した。ダイは覚えていないようで、驚きの顔を見せる。不明な点はあるが、彼の潜在能力であると判断して、皆は納得するのであった。

 

「魔のサソリ……近くで見ると大きいな」

 

「うん。固くて強かったよ」

 

 ゴメちゃんがおばけキノコを呼びに行った中、穴の近くで、背中に傷穴があって地に伏せている、体長およそ三メートルもある魔のサソリの死体を見て呟くミコトに応えて、ダイはパプニカのナイフを後ろ腰の鞘から抜き出して、彼に見せながら話す。そのナイフは、良い切れ味があるようだ。

 

「!? い、今の……目が開かなかった?」

 

「え!? …………何もないじゃない」

 

「お、脅かさないでよね」

 

 一瞬だけ、魔のサソリが動いたところを見てしまったアキラは、驚いて声を上げた。それでマァムは魔のサソリの状態を注目するが、本当に死んでいて何の動きもない。毒のトラウマがあるようで、レオナは声が震えている。ダイとミコトは談笑していて、気付いていない。結局、アキラは「気のせい」だと杞憂に終わるのであった。

 

「この穴、塞いだほうが良いね」

 

「そうね。そのままにしておくと危険だし」

 

「しかし、穴が大きいから、難しいと思うんじゃが……」

 

 穴を開けたままにしておくと、島のモンスター達が転落してしまう危険性がある。それで話し合うドラえもんとドラミちゃんとブラス。穴は直径五メートル以上はあるので、塞ぐのは難しそうだ。

 

「簡単な方法があるよ。皆に手伝ってもらうけど」

 

 ドラえもんは四次元ポケットからスケールふろしき(唐草模様)を取り出した。次は、辺りに転がっている大きさ約30㎝の手頃な丸い岩を拾って、スケールふろしきで包む。そんな行動で怪訝な顔をするブラス。

 

「ビッグライト」

 

「おお!? 大きくなった!?」

 

 ドラミちゃんはビッグライト(懐中電灯)を四次元ポケットから取り出して、岩を包んだスケールふろしきに光を照射した。これにより対象の物が、見る見るうちに巨大化していく。勿論、ブラスはびっくりである。

 

 ビッグライトまたはスモールライトの仕様について。本物と違い、そのまま対象物に光を照射しても、大きさは変わらない。そこでスケールふろしきが必要となる。対象物にそれを包んでから、光を照射する事で大きさを変えられる。但し、生き物に対しては効果がない。また、本物と違ってタイムリミットがなく、大きさは永久に続く。

 

 大きさ六メートル近くまで大きくなったらビッグライトを止めて、次にドラえもんはタケコプターで頂上まで上がって、スケールふろしきの結びを解いて広げた。その中から、巨大化した岩が姿を現す。そしてドラミちゃんに呼ばれた、魔のサソリ近くの皆はその岩を見て驚愕するのであった。

 

「うわぁ……いつの間に!?」

 

「あんなに大きい岩……何処から?」

 

「……ドラえもんが何かしたのね」

 

「ねぇミコト。あれって……もしかして」

 

「うん。ビッグライトを使ったんだろうね。多分」

 

 ダイは大きい岩を見上げ、レオナは不思議に思い、マァムはドラえもん達の仕業だと気付き、アキラとミコトは何したか予想出来た。そしてブラスから、理由を聞いて理解する。

 

「さあ、皆。力を合わせて、岩を穴に入れよう」

 

 大きい岩の下に立つドラえもんは、皆を呼び集めた。そして全員力を合わせてその岩を押し、転がして穴に入れる。力が突出したミコトとアキラとマァムの三人だけでも転がせるが、テンションの流れのノリだろう。

 

 転がされて穴に入った岩は大きい音をたてて、半分程地面に埋まる。その周りに多少の隙間があるが、これで転落の心配がなくなった。それでも気になるのなら、後で粘土等で詰めれば良い。

 

「これで一安心じゃな」

 

「ピー!」

 

 問題が一つ解決して、島の長老としての肩の荷が下りた。それで上機嫌になるブラス。そこでタイミング良く、おばけキノコ三匹を連れたゴメちゃんが森の木々から出て来る。

 

 おばけキノコは、名の通りキノコ型の植物系モンスター。身長はブラスより低め。手足が生えた茶色いキノコ体で、うらめしそうな目つきで、常に大きな舌を出している。得意な技は「あまい息」で、敵を眠らせる。また、邪気で狂暴化した場合は、毒を持つようになる。

 

「おばけキノコ達よ、急に呼び出してすまんな」

 

 ブラスは申し訳なさそうな顔で、おばけキノコ達に事情を説明した。それからドラえもんと二人で、作戦の説明をする。勿論、とうめいマントの使い方も。

 

 説明を聞いたおばけキノコ達は頷いて、お安い御用だと快く引き受けてくれた。そして、とうめいマントを受け取って被り、姿を見えなくする。これでテムジン達に気付かれないだろう。

 

「時間制限がない分、姿を消す呪文のレムオルより優れておるな」

 

 改まったように、ブラスは呟く。呪文のレムオルの場合は、30秒も経たないうちに早く効果が切れてしまう。それに対して、人工衛星から送電されてエネルギー無限も同然のとうめいマントは、壊れない限り効果は永続する。

 

 その後は各自で、魔法の筒を持たせて準備完了。そして、おばけキノコ達を誘導しつつ、徒歩で森の道から北の平原に出て島の南東へ向かうのだった。作戦が上手くいく事を信じながら……。

 

――皆が気付いていないところで、魔のサソリに異変があった。

 

 

つづく

 




はい。ダイ大のメインヒロインが初登場する第八話でした。

次回は連戦の予感……。


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009 転生モンスター現れる

 デルムリン島南東に居るテムジン達は、ドラドーラ号を占領していた。といっても、サイドドアにロックが掛かっているので甲板上だけである。ドアを破壊しようとしたが、アルミニウムよりも軽くてオリハルコンと同等で強いアルティメットカーボンナノチューブで出来ている為、兵士の皆はお手上げだった。傷が付くとしても、塗装のニスが剥がれるだけ。また、ドアの丸い窓ガラスは新幹線の強化ガラスよりもかなり強い。ガラスは割れやすいという常識を遥かに超えた物を目の当たりにして、誰もが驚愕した事だろう。

 

 何故、テムジン達がそんな行動に至ったのかというと、空を飛ぶ事が出来る大江山ミコト達に対処する為である。テムジンの兵士達は空を飛べないし、バロンを除いて対空の手段が無い。しかも、肝心のバロンが此処に居ない。たとえ相手に空からの攻撃があっても、流れ弾で自分の船を壊してしまう恐れを利用し、何とか地上戦にさせるという考えから至った訳だ。実は、聖なる船の大砲を使う手もあったが、対人相手という的が小さ過ぎる為、アテにならないのだ。そもそも、テムジンの部下でない者達に疑われる。

 

 ドラドーラ号の船首甲板に居るテムジンと兵士九人は突然、全員倒れて眠ってしまった。その原因は、おばけキノコ達の技のあまい息によるものである。これで、姿を消す秘密道具のとうめいマントによる奇襲は成功だ。任務を果たしたおばけキノコ達は、甲板に転がった兵士達の槍を全て回収した後で船を降り、岬近くの平原の岩陰に居るミコト達の元へ報告しに戻って行く。

 

「ご苦労じゃったな。……よし、行くぞ!」

 

 とうめいマントを外して姿を現した、回収した槍持ちのおばけキノコ達を確認したブラスは、彼等を労った後でダイ、レオナ、ゴメちゃん、マァム、ミコト、大河内アキラ、ドラえもん、ドラミちゃんに号令を出した。そして岬へ駆け足で、ドラドーラ号へ向かう。日々修行している者は速く走れるが、速度を全員に合わせている。あと、ミコト達はドラドーラ号占領に対して、予想の範囲内であったので動揺していない。因みにレオナが初めてその船を見た時のコメントは「帆の赤い丸が目立つ」であった。

 

 岬からドラドーラ号に乗り込んだ皆は右に曲がって船首の方へ行き、寝ているテムジンを除いて寝ている九人の兵士達を「イルイル」で次々と魔法の筒に入れていく。そして最後に残った彼を、縄のロープぐるぐる巻きで縛るのであった。その理由は、レオナ本人が首謀者に話したい事が山ほどあるからだ。

 

 魔法の筒の仕様について。魔族の天才魔法技術者が開発した物で「イルイル」と「デルパ」のキーワードで生物を入れたり出したり出来る。大気中の魔力素を吸収してエネルギーとしており、耐用期間(寿命)は約50年。中に入れた生物はアストロン状態になる為、お腹が空く事も年を取る事もない。また、気絶状態や睡眠状態も維持される。つまり、入れられた兵士達は目が覚めたらパプニカ王国の牢獄の中という訳だ。因みに、今回使用した魔法の筒は、ミコトランド生産品である。

 

――縛られたテムジンは、マァムの呪文ザメハで起こされる。

 

「なっ!? れ、レオナ姫!?」

 

 船首フェンスに背中を預けた体勢で、目を覚まして眼前にレオナが居た事で驚き、後に自分の状況を理解して混乱するテムジン。レオナは腰に手を当てて彼を睨むように見下ろし、彼女の左右に居る皆も悪党を見るような眼差しである。敵のバロンは居なかったので、警戒も忘れない。

 

「クッ、やはり生きておったか……」

 

「私は訳の分からないまま、死ぬのは嫌よ。頼もしい人達のお陰で、此処まで来れたわ」

 

 悔しむテムジンに対して、レオナは凛とした表情で、この場に居ない兵士達についてや此処までの経緯を話す。その際におばけキノコ達が、とうめいマントを被ったり外したりして、消えたり現れたりするところを見せたら、テムジンは驚いたと言うまでもない。

 

「空を飛ぶだけでなく、姿を消す手段も持っておったとはな……卑怯者め」

 

「うっ」

 

「ごめんなさい」

 

「此方は、人間同士で戦いたくないんですよ」

 

「ええ。せっかく平和なのに、そんな事なんてとんでもないわ」

 

「そう言う事よ。観念しなさい」

 

「テムジン殿……。聖職者として心を入れ替える気はないのか?」

 

 悪態をつくテムジンに対して、ダイは痛いところをつかれ、アキラは深く頭を下げて謝り、ミコトは申し訳なさそうな顔で理由を話し、マァムはそれに同感し、レオナは降伏を求め、ブラスは憐れみの表情で「真っ当に生きろ」と言う。

 

「……わしは、まだ終わっておらんぞ」

 

「なんじゃと? どういう――」

 

 捕まってしまったにも関わらず、テムジンは諦めていない。寧ろ余裕の彼を見て、ブラスは「どういう意味だ」と訝しんで言い終わる前に、ドラドーラ号から南南西70メートル離れた聖なる船の中央甲板で爆発が起きた! その大きい爆発音でテムジン以外の者達は驚き、聖なる船に向いて視線を集中する。

 

「あ……ああっ!?」

 

 二本あった帆のマストが全て吹き飛ばされて海に落ち、黒煙を上げている聖なる船。予想もしなかった惨事でミコト達は言葉を失い、レオナは左フェンスまで走って身を乗り出して悲痛の叫びを上げた。あの船に残ったメンバーの事が心配なのは当然だが、幼少の頃よりお世話になっていて家族みたいな侍女の事が一番心配である。女の子一人では何か不便な事があるだろうから、彼女が儀式の旅に同行した訳だ。父親のパプニカ王からも頼まれている。

 

 暫くして黒煙が晴れると、そこには薄い青と濃い青の二色ボディの二本腕四足歩行ロボットが現れた。そのロボットは、丸い頭部にモノアイと言う赤い目一つだけ付いていて、右手にサーベルとも言う曲刀(刃渡り約200㎝)を持ち、左腕肘下にアームクロスボウ(ビッグボウガン)を装着し、背中に矢筒を背負っている。全高は約360㎝(足を高く伸ばした場合)とトラックのように大きい。

 

「なんだあれ!? 何処かで見た何かに似てるけど……」

 

「あ、あれは……まさかっ!?」

 

「ハハハハッ! でかしたぞバロン!」

 

「なんだって!?」

 

 あのロボットを見て、ミコトは何かを思い出そうとし、ブラスは強張った表情に染まった。そこで、口角を吊り上げていたテムジンは笑い出して叫び、彼の口からバロンの名前が出た事にダイは反応する。以前にミコトが見た何かとは恐らく、テレビアニメのガンダムのザクだろう。

 

「キラーマシンだ……いや、キラーマシーンだったかな」

 

「パプニカ防衛戦の後に、鹵獲していたのね……」

 

「その通り! 魔王が勇者を殺す為に投入した殺人機械らしいが、勇者に倒された後にわしが回収して改造したのだ! 勇者も苦戦したその威力を人間の意志で振るえるように、な」

 

 ドラえもんとドラミちゃんに応えて、テムジンは自分が縛られている事を忘れて勝ち誇ったように熱弁する。ドラミちゃんが口にした「パプニカ防衛戦」とは、14年前に起こった最終決戦の前の戦いである。魔王の居城である地底魔城はホルキア大陸にあってパプニカ王国と近い為、勇者一行が最終決戦の前にその国で宿をとって万全の準備をしていた訳で、その夜に魔王軍が襲撃して来て戦闘が発生してしまった。敵の軍勢は数百匹のモンスターで、強敵のドラゴンが居なかった代わりにキラーマシーン一体が参戦。交戦前に敵からの説明があったようで、名前が知れ渡った。圧倒的な戦闘力を持っていたので、勇者一行は苦しい戦いとなった。それでも知恵と勇気とチームワークで何とか勝利し、パプニカを守る事が出来た。そして、戦いを見ていたテムジンが目を付けたのである。なお、改造の件についてはパプニカ王に内緒であった。

 

 因みにキラーマシンは、エスタード州を除く全ての大陸群にも存在する。だがギルドメイン州では一体しかなく、名前はキラーマシーンとなっていて、大きさは従来の二倍になっていて、より戦闘力が高い。

 

「今のバロンは、地上最強ぞ! これで終わりだっ!」

 

「むぅ……」

 

 形勢逆転だとテムジンは嘲笑い、ブラスはキラーマシーンを見ながら「どうしたものか」と苦悩する。ミコト達もドラえもん達から詳しく聞いて理解し、ブラスと同様になる。

 

――何分経っても、キラーマシーンは船の上から動かなかった。

 

「……バロン? 何もたもたしておる! 早くレオナ姫と邪魔者を殺せ!」

 

「もしかして、船から降りられないんじゃ……? あれ、泳げないのかな?」

 

「……」

 

 未だ動きを見せないキラーマシーンに対して、テムジンは首を傾げた後に大声で怒鳴ったが、アキラの言葉で黙り込んでしまう。島まで約30メートル。船から降りると海に沈んで左胸の通気口から海水が入って溺れてしまうと、今になって気付いたバロン本人は何か方法を考えているようだ。

 

「ちっ。無駄に魔力を使いたくなかったが、仕方あるまい」

 

 仕方なく、バロンは頭部ハッチを開けてキラーマシーンから降りた。その次は海面に向けてヒャダルコを唱え、船から島の砂浜まで氷の足場を作り始める。キラーマシーンを動かすのに魔力が必要なので、無駄に使いたくないのだ。だから不機嫌な様子。

 

 賢者バロン。年齢は20代前半の男性で容姿は、肩まで伸びた空色の長髪でレオナと同じ賢者のサークレットを着け、顔は無愛想でクールな感じ。身長はミコトより少し低い。服装は白い道衣に薄い青のローブで羽織っているが今は、ズボンだけの上半身半裸となっている。その理由は、キラーマシーンに魔力を流し込む為のケーブルを肌に着けるからである。

 

「ハァ……。なんという事だ。船を砂浜まで停めておくべきであったか……」

 

 作業中のバロンを見て脱力し、後悔して嘆くテムジン。恐らく、聖なる船を島から離れた所で停めたのは、自分の部下でもない者達にレオナ暗殺計画を悟られない為だと思われる。

 

「ピィーーッ!!」

 

 偶々、周りの様子を見たゴメちゃんが、西北西の方の平原に向けて大声で叫んだ。それでテムジンを含む皆は、南南西のキラーマシーンとバロンの方から西北西の方へと顔を向ける。

 

「なっ!?」

 

「なんじゃとぉっ!?」

 

「な、なんでだよ!?」

 

「う、嘘……でしょ!?」

 

「あれ……生き返ったというの!?」

 

「気のせいじゃなかったんだ……」

 

「く、黒い魔のサソリ!?」

 

「あれって……まさか」

 

「転生モンスター……? 此処はロトゼタシア州じゃないのに」

 

 西北西の平原で、こっちに向かってゆっくりと進んでいる、甲殻が赤ではなく漆黒に染まった魔のサソリを見たテムジン、ブラス、ダイ、レオナ、マァム、アキラ、ミコト、ドラえもん、ドラミちゃん、それぞれ驚きの声を上げた。南南東に居るバロンも、あれを見て驚愕している。そんな中、彼の背後にあるキラーマシーンが、勝手に動き出す。

 

 キラーマシーンは扉が強く閉まるような大きい音をたてて、ひとりでに頭部ハッチが閉まった。そしてボディの色が、青から赤に染まっていき、モノアイは上下左右に動いた後でマァムを見捉え、赤い光が強く輝く。パプニカ防衛戦の時に自分が倒された勇者一行の中のロカやレイラと、見なしているようだ。その機械に宿った魂からの復讐心だろうか。

 

「……!? なんだと!?」

 

 遠くの黒魔のサソリを見ていたバロンは、バタンとした音を聞いて後ろに振り返ると、キラーマシーンの異変でまた驚愕して信じられない顔になった。その間に突然、赤キラーマシーンは上半身の部分を高速水平左回転させ、左腕の裏拳でバロンを跳ね飛ばした! 飛ばされた彼は悲鳴を上げる事なく、船と島の間の海に落ちて水柱が上がる。そして気絶して海面に浮き上がり、波で砂浜の方へ流されていく。哀れ……。

 

 赤キラーマシーンの次の行動は、標的のマァムが乗っているドラドーラ号を沈めるべく、アームクロスボウを差し向けて矢……ではなく、光の矢を三発放った。彼女達全員は黒魔のサソリに釘付けで、あっちに気付いていない。そして三本の光の矢が全てドラドーラ号の船体左に命中し、その船は衝撃で揺れる。

 

「ぬおっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 波からとは違う揺れでブラス達老人陣、ミコト達男性陣、アキラ達女性陣は短い悲鳴を上げた。それで黒魔のサソリから聖なる船の方に視線を戻すと、また驚いてしまう。いつの間にか赤く染まったキラーマシーンと、気絶して海の上を流れているバロン。これは何があったのか、皆は混乱している様子。

 

 赤キラーマシーンからの攻撃が当たったドラドーラ号だが、塗装のニスが剥がれただけで船体に損傷無し。ネオハルコンと言う最強の金属で出来ているから、当然の結果だ。とはいえ、塗装の塗り直しが大変だが……。

 

「あれとあれはどういう事だ!? 何かしたのか!?」

 

「知らん! わしは知らん!」

 

「最悪だ……。転生モンスターが二体も現れるなんて……」

 

「魔のサソリの方は分からないけど、あれはタイプGね」

 

 ブラスは杖であの二体を順に指しながら、自分に心当たりがないテムジンに強く睨みつけて問い詰めている一方で、ドラえもんとドラミちゃんは深刻な顔をして転生モンスターについて話す。モンスターは倒されて死んでも、一度だけ甦って体の色または模様が変わってパワーアップする事があるらしい。だが発生率は非常に低い。また、そんな現象はロトゼタシア州だけであるとの事。その筈なのに、イレギュラーが起きて驚いている。タイプGは以前に確認されてデータベースに情報があるが、魔のサソリの方は初めて見る未確認(アンノウン)で名前が無い。前述の通り発生率が非常に低いのに、今回は二体も現れた。神の悪戯か奇跡レベルの、悪夢な偶然だと言える。あと、自分を倒した者達に恨みがあって、晴らさんとしつこく追ってくるケースが多いので要注意。

 

 この場の皆(特にミコト陣営)は知らなかった。あんなイレギュラー発生の原因は実は、未来のミコト達の手によってロトゼタシア州と繋がりが出来た事にある。これにより以後、この世界全ての各地で転生モンスターが極稀に出現するようになってしまった。まさか自分達の所為で、この世界の人々に迷惑をかける事になるとは、人生最後まで知る由もない。なお神鳥レティスは、そういう理由でロトゼタシア州だけ関わらないようにしている。

 

「ロトゼタシア州? 聞いた事が無いんだけど、何処なの?」

 

「レオナ、もうそんな時間が無いよ。その説明は後でするから、今はあの二体を何とかしないと」

 

 ロトゼタシア州の事が気になったレオナ(話を聞いたテムジンも)だが、早く混乱から立ち直ったミコトは説明よりモンスター退治が先だと応えた。それでテムジン以外の皆は頷いて賛成し、急いで戦闘の準備をする。現在、黒魔のサソリはゆっくり接近中で、赤キラーマシーン改めタイプGはバロンが作った氷の足場を通って砂浜へ移動中。無駄だと判断した為か、ドラドーラ号に射撃は止めたようだ。また、標的のマァムを狙い撃ちしないのは恐らく、距離があって躱されやすいからと思われる。

 

「アデアット!」

 

 アキラはドラミちゃんから受け取った制御補助の腕輪を左手首に嵌めた次に、アーティファクトの水神槍を召喚し、同時に防護服の青チャイナドレスを展開する。あれから三ヶ月経ってもう慣れたようで、恥ずかしがる抵抗もない。

 

「服が変わりおった!?」

 

「こ、これは……?」

 

「うわぁ、カッコイイ」

 

「ピィ」

 

「武闘家……なのね」

 

 アキラの様子を見たテムジンとブラスは目を見開き、ダイは勇者を見るみたいに目を輝かせ、ゴメちゃんは褒めるように笑み、レオナは驚きながらも以前に読んだ事がある本を思い出す。チャイナドレスは中国の民族衣装・礼服・パーティー衣装なのだが、この世界では武闘家の服の一種らしい。そういえば、アキラのアーティファクトをダイ達に見せるのは今日が初めてであった。

 

 その間にマァムとミコトはドラえもん達から受け取った装備品を素早く装備する。手装備はハンマースピアとはがねのつるぎ&アトムシールドで別だが、制御補助サークレットとネオハルコン胸当てとネオハルコン手甲(ガントレットではなく、ブレスレットタイプ)は同じ。その装備品は現在、修行の模擬戦で使用している。実戦では今日が初めて。

 

 ネオハルコン胸当てとネオハルコン手甲について。材質を全てネオハルコンにすると余計に重くなる為、構造は外から順にネオハルコン・アルティメットカーボンナノチューブ・クッションで三層となっている。また、アトムシールドやドラドーラ号船体と同じく、表面は塗装で隠している。理由は言うまでもなくレアメタルなので、知られると色々面倒だからである。今のところ、ネオハルコンを知っているのはミコト陣営とマァムのみ。因みにマァムのは赤色で、ミコトのは緑色。

 

「なぁなぁ、ミコトもできるのか?」

 

「いや、僕は出来ないよ。……これでよし」

 

 ミコトはダイに手際よく、青色塗装のネオハルコン胸当てとネオハルコン手甲を装備させている時に、アキラと同じ事が出来るのかと、期待して訊いてきたが、顔を横に振った。それで残念そうにしていた間に装備完了。因みにダイは始めから、制御補助サークレットを着けている。あと本人は、自分のスタイルに盾が要らないらしい。武器に関しては、パプニカのナイフがある。

 

 魔法主体のレオナとブラスに魔力増幅腕輪を装備させ、後衛を守る立ち位置に回るドラえもんとドラミちゃんはヒラリマントを携えて戦闘準備完了。魔力増幅腕輪は呪文の効果を上げるアクセサリー。例えば、メラミがメラゾーマになる。と説明したら引き攣った顔になっていたが、まぁ攻撃呪文だけではない。敵の手に渡らないように、と注意もしてある。

 

 ヒラリマントは、向かってくる物理や魔法や闘気等のチカラのベクトルを反射または弾く秘密道具。外見は闘牛士が用いる赤い布である。人工衛星から送電されているというエネルギー源以外は、本物と変わらない。

 

「よーし。悪いモンスターをやっつけて、島の平和を守るぞー!」

 

 勇者のように張り切るダイ。勿論、戦闘に参加する皆は応えて気合いを入れる。ミコトとアキラにとって初めての実戦であるが、限界ギリギリ難易度の模擬戦を三ヶ月してきたなら、油断しなければ大丈夫だろう。

 

 そして、ゴメちゃんとおばけキノコ達にテムジンの見張りを任せ、皆はドラドーラ号から岬に降りて、直ぐの平原で転生モンスター二体の戦場突入を待ち構えるのだった。誰一人も死なないと信じて……。

 

「勝てるのか……? あやつらは」

 

 かつてパプニカ防衛戦での勇者達と比べて、強そうに見えないと感じているテムジンであった。魔のサソリはともかく、相手はあの頃よりパワーアップしたキラーマシーンらしいのだから。

 

 

==========

 

「ガァアアアッ!」

 

 北西の方、戦場の近くまで来た黒魔のサソリは行き成り八本足を速め、雄叫びを上げながら両ハサミを広げて憎きダイに襲い掛かった。そのハサミが左右から迫り、ダイはジャンプして躱す。また、隣にいたミコトもジャンプして躱す。転生前より攻撃が速くなっているが、反応出来ない程ではない。

 

「くっ、前より硬いっ」

 

「はぁっ!」

 

 そのまま、黒魔のサソリの背中に乗る二人。ダイは両手でナイフを突き下ろして、前のように心臓を貫こうとしたが、竜の鱗並みに硬くなった甲殻に防がれた。そこで反撃の尾攻撃が彼に迫り、ミコトが割り込んで剣で攻撃を切り払う。恐らく、毒も強くなっているから何としても受けてはいけない。

 

「メラミ!」

 

「グギャアアッ!」

 

 攻撃に失敗した二人は、素早く黒魔のサソリの横に飛び降りたところで、ブラスが杖を翳してメラミを唱えた。魔力増幅腕輪によりメラゾーマとなった火球が黒魔のサソリの顔面に直撃し、苦悶の叫びを上げる。そのモンスターは背中に意識を向けていた為、魔法攻撃に反応出来なかった。

 

 一方で南南西の方、戦場の近くまで来たタイプGも行き成り四足を速めて、声を出す事なくサーベルを振り上げてマァムに襲い掛かった。上から攻撃が迫り、マァムは背を低くしてサイドステップで左に躱す。サーベルを振り下ろしたタイプGは物凄いスピードで元の体勢に戻り、直ぐに左アームクロスボウでアキラに向けて光の矢を撃った。その射程内で後ろにレオナが居る為、アキラは槍で光の矢を切り払う。これでもかと攻撃が終わらないタイプGは、再びマァムにサーベルを振り下ろした。但し一撃目より速くて強い。それでマァムはヒャリとしながらも、また左サイドステップで躱す。そのサーベルは地面に深く食い込み、三撃目の攻撃を終えたタイプGは、なんと暫く動かなかった。そのモンスターは三人居るかのように、一気に三回攻撃が可能であるが、その後の硬直時間が少し長い。よって最後の三撃目は、強攻撃もしくは大技となる。

 

「おお、一度に三回も攻撃出来るというのか」

 

 ドラドーラ号船首甲板上からタイプGの動作を見ていたテムジンは、想像以上の性能に驚いて賞賛する。キラーマシーンだった頃は、一度に二回攻撃だった。しかし今は別格となったので、そんな反応をするのも無理はない。なお、彼の背後に居るおばけキノコ達は踊って、ダイ達の応援をしている。

 

(くっ、このモンスター。なんで私ばかり狙うのかしら?)

 

 タイプGの次の行動は、四足の向きを変えないまま上半身を右90度水平回転して、マァムに集中三回サーベル攻撃だった。日々、フットワークの修行をしているお陰で速い斬撃を難なく躱したが、何故自分ばかり狙うのかと疑問を浮かべるマァム。そのモンスターは、憎きロカやレイラと見なしている。喋らないから、教えてくれる筈もない。

 

「ヒャダイン!」

 

「やぁっ!」

「はぁっ!」

 

 攻撃を終えて硬直したタイプGに向けて両手を翳し、ヒャダインを唱えるレオナ。魔力増幅腕輪によってマヒャドとなった強烈な冷気がボディに着弾して、大気中の水分からの氷が包んだ。その直ぐにアキラとマァムが息を合わせて同時に、瞬動でタイプGのボディに急接近し、持っている武器を思いっきり振り抜く。これにより、包まれた氷が砕け散って西へ五メートル飛ばされ転がるタイプG。機械なので苦痛はない。

 

「い、今のは……!? 女でありながら、力も勇者と戦士に負けていないではないか」

 

 残像が残る程の高速移動、そして打ち飛ばしを見て前より驚愕するテムジン。かつてパプニカ防衛戦において、アバンとロカがタイミングを合わせて大きいキラーマシーンを打ち飛ばした事がある。瞬動を含まないとして、今のはその再現なのだ。レオナの方でも、二人に対して想像以上の戦闘力に驚いている。瞬動に関しては、前の魔のサソリ戦でダイが使用したのを見た事があるが。

 

 場を戻して黒魔のサソリ戦では、武器攻撃にしろ魔法攻撃にしろ顔面が弱点らしいが、そのモンスターは強化メラミを受けて以来、ハサミガードが固くなってしまった。今は尾攻撃が多い。特に体を回しての尻尾薙ぎ払いが強力。

 

「くっ、どうやって倒すんだ?」

 

「表面全体が硬いとなると、裏の下からしかないと思う。ひっくり返せば……そうだ!」

 

 甲殻が硬くて武器が通らない上に、メラミでもイオラでも大したダメージがない、こっちがジリ貧の現状。ダイは攻撃を避けながら、困った顔をする。彼より頻度が低いが、自分に来る攻撃を躱しているミコトは冷静に考え、何か良い方法を思い付く。

 

「ブラスさん! サソリの片足の下にイオラを撃てますか?」

 

「足の下に? ……あっ、そうかっ!」

 

 今でも尚、黒魔のサソリはダイに集中している中、ブラスの所へ走って提案するミコト。それを聞いたブラスは、直ぐに彼の考えを理解した。詳しく聞いていないのに、流石である。そしてブラスとドラえもんは走って、そのモンスターの左横へ移動。

 

「……! イオラ!」

 

「ガァッ!?」

 

 黒魔のサソリがダイとミコトに右回転尻尾薙ぎ払いを繰り出した瞬間、ブラスはその左足の下にイオラを撃ち込んだ。魔力増幅腕輪によってイオナズンとなった爆風、てこの原理、右へ行った尻尾の遠心力によって体がひっくり返ってしまう。

 

「今だ!」

 

「おう!」

 

 バックステップで尻尾薙ぎ払いを回避した二人。黒魔のサソリがひっくり返ってチャンスが来たと、みたミコトは大声で合図を出した。ダイは返事してミコトと共に瞬動の高速移動でそのモンスターの腹の上に乗る。

 

 そして二人は同時に、両手で武器を持って、全力で突き下ろした。腹は甲殻に覆われていない為、難なく心臓を貫く事に成功し、漸く黒魔のサソリは絶命する。それで力尽きるところを確認した二人は、もう生き返って欲しくないと思いつつ、突き刺した武器を引っこ抜くのであった。

 

――こうして、黒魔のサソリとの決着がついた。

 

 また場を移してタイプG戦。さっき打ち飛ばされたタイプGは、ネジが飛んだようで一時的にボディから煙(排気ガス?)を噴出した後からは、三回攻撃後の硬直はなくなってしまった。下半身の四足の動きが速くなり、攻撃以外の全てが回避重視となっている。斬撃以外は距離を取るというヒット&アウェイも多い。かなり早足で前後左右不規則にちょこまか動いていて狙いをつけにくい為、ダメージを与えるのが難しい現状だ。それこそが、勇者達が苦戦した要因の一つである。だから観戦している(縛られているが)テムジンは、やはりという顔の様子。

 

「ダメだ……。後ろにも目が付いてるのか?」

 

 行動に変化があっても尚、上半身をマァムに向け続けているタイプG。アキラは瞬動で背後に回り込んでボディに槍で突き刺すが、左サイドステップで回避される。彼女の言う通り、後ろにも死角が無いようだ。

 

 タイプGは動き回りながら、レオナとドラミちゃんを巻き込むようにマァムへ、光の矢を乱射した。マァムは避けたり切り払ったりして、ドラミちゃんはレオナを守るようにヒラリマントで弾いてやり過ごす。後にレオナはヒャダインで反撃しても回避される。

 

「またダメね……」

 

「ええ、速過ぎるわ」

 

「アキラ。その槍の力で何とかならないかしら」

 

「上手くいくか分からないけど、やってみる」

 

 溜息をつくレオナとドラミちゃん。西から近付いたアキラはマァムに応えて頷き、水神槍の先端を南のタイプGに向けて、水を操る力を解放した。すると突然、タイプGの近くに極太の水柱が何もない空から落ちて地面に水が広がり一気に、一辺50メートルの透明ガラス水槽みたいな浅いプールとなる。

 

「氷になれ!」

 

 足元にプールが出来ても、行動に変化を見せないタイプG。アキラは命令すると、一秒も経たずにプールの水全てが氷になった。これで四足が氷に埋まってしまい、タイプGは移動出来なくなる。こんな広範囲から、限りなく回避不能であった。因みに氷になったのは、水の状態変化で液体から固体に変えたのであって、冷やして凍らせたのではない。

 

 レオナや船上のテムジンは水神槍の力を初めて見て驚いている中、厄介な相手だと判断したタイプGは標的をアキラに変えて光の矢を乱射した。狙われた彼女は、マァムがやったのと同じように回避と切り払いでやり過ごす。その間にマァムは氷のプールの上を走り、瞬動でタイプGに急接近。

 

「はぁっ!」

 

 射撃中であるタイプGの間合いに入ったマァムは思いっきり、ハンマースピアを振り下ろした。会心の一撃! これにより、左腕のアームクロスボウを破壊する。タイプGの反撃で、サーベルをマァムに振り下ろそうとする。

 

「……? 止まった?」

 

 サーベルを振り上げたタイプGは突然、停止してモノアイの赤い光が消え、上げていた右腕が力なく下りた。反撃に備えて身構えていたマァムは、タイプGの異変を見て目を見開く。彼女も含め、アキラとレオナとドラミちゃんは困惑するのであった。

 

「何が起こった……?」

 

 その様子を見ていたテムジンは訝しんで、いったい何が原因なのかと考えた。さっきアキラが何かしたのか、アームクロスボウが壊れた所為なのか、どちらでもなさそうである。

 

 アキラ達は滑り転ばないように注意しながら、氷のプールの上を歩いてタイプGとマァムの元へ移動した。タイプGが再び動き出すかもしれないので、氷のプールはそのままで警戒も怠らない。そしてタイプGの頭部ハッチを開けて、停止した原因をドラミちゃんに調べてもらう事に。その中には、魔力を通すケーブルで絡んだ木箱一ダースのガラス空き瓶があった。

 

「これ、魔法の聖水の瓶よね。カラッポだけど」

 

「確か……魔力を回復する為の消費アイテムだよね」

 

「ええ。……もしかして」

 

「多分、それで合っていると思うわ」

 

 魔法の聖水の空き瓶を一本手に取って言うレオナ。マァムは頷いてアキラの確認に応えた後、原因について推測した事をドラミちゃんに話した。魔法の聖水一ダースは、キラーマシーンを動かす魔力を補給する為に、バロンが用意した物。タイプGは魔法の聖水から魔力を吸い取ってエネルギーにして動き、それが枯渇して魔力切れを起こして停止したと言う訳である。

 

「そう言う事か……。勇者達と戦った時のように魔力コアを使えば、止まる事なかったであろうな」

 

 原因を探るレオナ達を見たテムジンは、遠い目をして呟く。キラーマシーンは元々、魔王が作った魔力コアで動いていた。勇者達が魔力コアを破壊した事で、そのモンスターに勝利した訳だ。因みに魔力コアは、魔族の高度な魔法技術で作られる物で、テムジンら人間の技術レベルではまだ困難である。また、地上で入手出来ない素材が使われている点もあるが。

 

――こうして、タイプGとの戦いは終わった。

 

 二体の転生モンスターとの戦いが終わった皆は、タイプGから北30メートルの場所に集合した。なお、テムジンは、さっさと起きて何とかせんのかと思いながら、ドラドーラ号から南の海岸でまだ気絶しているバロンを見ている。

 

「あははっ、大きいタンコブ」

 

「レオナぁ、笑う事ないじゃないか」

 

「ダイ。大丈夫? ……ごめんね」

 

 後頭部に大きなタンコブがあるのを見たレオナに笑われて、涙目で文句を言うダイ。アキラは謝り、ほか皆は苦笑している。集合してアキラが氷のプールを消す前は、そのプールの上に乗ったダイが滑って後ろに転んでしまい、後頭部を強打したのである。彼はスケートリンクのような平らな氷の上に乗った事がないから仕方ない。レオナの方も初めてだが、事前に注意を受けているので大丈夫だった。マァムはミコトランド修行場のシミュレーターによる滑る床で経験済み。ミコトとアキラは元の世界で、学校の行事やデートでスケートした事がある。

 

「いたっ!?」

 

「治してあげるから、我慢しなさい」

 

「レオナ。少し優しく当てようよ」

 

 タンコブに気遣いなく手を当てられて痛がるダイを見て、アキラは苦笑いしてレオナに指摘した。この姫様は男にキツイかもしれない。そして、レオナは「はいはい」とアキラに応えた後でホイミを唱え、ダイのタンコブを引っ込ませる。ケガの治療が終わったら、皆は報告と反省会みたいな話し合いとなった。

 

(動かなくなったキラーマシーンを壊さず、離れるとは……愚かな奴らだ)

 

 気絶……いや、その振りをしていたバロンはレオナ達を見て馬鹿だと思いつつ、身を起こして素早くタイプGの元へ駆け出した。そして中に乗り込んで頭部ハッチを閉め、ケーブルを肌に着けて再起動させる。機内にある補給用の魔法の聖水が全て無くなってしまったが、ポケットにストックが二本ある。但し、テムジン秘蔵の賢者の聖水だ。それは魔法の聖水の高級品で回復量は二倍!

 

「ハハハハッ! いいぞバロン!」

 

「ピィー!」

 

 バロンの行動を見て、自分にまだ希望があるテムジンは大歓喜。彼の背後に居たゴメちゃんは、ダイ達に向けて大変だと叫んだ。それらの声を聴いたダイ達は、こっち向いて次にタイプGの方に向いて驚く。

 

「しまった! 彼の事を忘れていた」

 

 モノアイの赤い光は前より弱いが、動きを取り戻したタイプG。それを見ながら、口を大きく開けて唖然するブラス。皆も同様で後悔した。バロンを忘れていた事と、勝利の喜び故の油断である。

 

「バロン! 先に黒髪の女を殺せ! また足を止められては、お手上げだからな」

 

 テムジンは大声でバロンに指示を出す。今のタイプGはアームクロスボウが壊れている為、遠距離攻撃が出来ない。仮にレオナのヒャダインで氷漬けにされても高い馬力で破れるが、アキラからの氷プールは分厚いので脱出不可能。よってテムジンの判断は正しい。標的にされた彼女は、表情を強張らせる。

 

「アキラも、おれが守る!」

 

「ダイ……えっ!?」

 

 タイプG・バロンに向かって前に出たダイは、パプニカのナイフを抜いて構えて言い放った。セリフを取られたと思ったミコト。感涙したアキラは声を掛けようとしたところで、彼の様子に目を見開いた。そう、ダイの体が光り輝いたのである。金色に近い神秘的な光、特に額の部分は更に光が強いが、制御補助サークレットで隠れて何があるかは見えない。

 

「あれは、あの時の……」

 

「っ!? な、なんだそれは!?」

 

 ミコト達は驚いている中、レオナはダイと穴に落ちた時を思い出した。指示があってタイプGを前進させたバロンだが、ダイからのプレッシャーで動揺して四足を止める。遠くのテムジンにもプレッシャーがあたっているようで、怯えて声が出ない様子。

 

「クッ、小僧ッ! 貴様から先に殺してやる!」

 

 バロンは気迫でプレッシャーを振り払い、大声とともにタイプGを動かした。その機体は右腕を前に突き出して右手首関節を回転させ、サーベルがプロペラ回転のようになる。そしてダイに突撃。安全フタのない巨大な扇風機が正面から突っ込んでくるようで、凄い迫力だ。あれに巻き込まれたら、ミンチは免れない。その為、皆は顔を青くするが、ダイは一ミリでも表情を変えない。

 

「この切れるような風の感じは……!? みんな伏せろっ!」

 

 ダイを中心に渦巻く、切れるような強い気流。先に気付いたブラスは皆に叫んで、素早く身を低くした。聞いた彼等も、反射的に身を伏せる。ダイの事だから皆を巻き込ませないと思うが、念の為である。

 

「バギクロース!」

 

 ダイはナイフを両手で持って腰を右に捻らせ、思いっきり呪文名を叫びながら左斜め上に斬り上げると、前方に大きな竜巻が発生した。その竜巻はゆっくりと、タイプG・バロンに向かっていく。

 

「っ、おおおおおっ!?」

 

 回転サーベルとバギクロスが衝突。これによる耳に響く騒音と機内の激しい振動に、掛け声を上げて耐えているバロン。そんな中、ダイは瞬動からの虚空瞬動でバギクロス竜巻を左で回り、タイプG・バロンの右へ高速移動する。彼は虚空瞬動がまだ未熟な筈だが、見事だと言える程までに正確であった。

 

「だぁっ!」

 

「なんだと!? 腕が!?」

 

 ダイはまた両手持ちでナイフを振り下ろして、タイプG・バロンの右腕肘上を叩き折った。回転サーベルの遠心力による腕の負荷やバギクロスの威力もあって、右腕が耐えられなかったのである。それで驚愕するバロン。その間にダイは、虚空瞬動二回でバギクロス竜巻を回って元の場所に戻る。往復で合計四回の瞬動術、もはや上級の域だ。元の場所に戻った彼だが、なんと魔力を左手に集めている。あれでも終わりではないらしい。

 

「ライデイン!」

 

「ぐああああああああっ!?」

 

 ダイは振り返り、バギクロスが止んだところで、左手を天へ翳して呪文を唱えた。すると雲少ない天空に雷鳴と放電現象が発生し、そこから雷がタイプG・バロンに落ちる。それで感電による、神経が焼けるような激痛で悲鳴を上げるバロン。あらゆる攻撃から中を守るボディだが、電撃だけは防げなかった。

 

 やがてバロンはまた気絶し、タイプGはモノアイの赤い光が消えてボディが下がって動かなくなった。全てが終わったダイに、輝く光が消えて元の状態に戻る。……以上の凄まじい光景で、テムジンも含む皆は唖然としていて言葉も出ない。

 

――こうして、タイプGを操るバロンとの戦いは終わった。

 

「……あれ? みんな、どうしたの?」

 

「どうしたって……ダイの戦いが凄すぎて、驚いているんだけど」

 

「えぇっ!? 本当かい」

 

「その様子だと、覚えてないみたいね」

 

 こちら皆の様子を見て不思議そうな顔をするダイに対して、アキラが理由を話した。それで返ってくる彼の反応を見て、レオナはやはりと思っていた通りで苦笑いする。ダイ曰く、守ると強く意識したら、何かが吹っ切れた感じがあったとの事だ。まだコントロール出来ない内は恐らく、そう意識していても強敵と当らないかぎり、あんなチカラは出ないだろう。

 

「あっ、話は後で! 急いでバロンさんを降ろさないと、手遅れになりそうな気がする」

 

 気が付いたミコトは行き成り叫んで、タイプGの元へ走って行った。それでビックリした皆は、マァムが先頭で走って後を追う。彼の予想が正しければ、タイプGが気絶バロンの魔力あるいは生命力を吸い取り、再び動き出す。そうなってしまえば最悪、生体コアとなったバロンを殺さないと止められなくなる。良くても、ミイラ化で後の祭り。

 

 タイプGの頭部ハッチは拒否していたようで、ミコトとアキラとマァムが力を合わせて、無理矢理こじ開ける羽目に。やっと開けられたのにまた閉じられると困ると思った三人は、タイミングを合わせて思いっきり蹴り上げた。怒濤の会心! これにより後ろの可動部破壊で取れてしまい、タイプG頭部は後ろ回転しながら、ホームラン級の放物線を描いて南の砂浜へ飛ばされる。そんな豪快さに、目を丸くしてしまうダイとレオナとブラス。ドラえもんとドラミちゃんは引き攣った顔だ。

 

「き、キラーマシーンが……」

 

 自慢の改造キラーマシーン(タイプG)が頭部を失った惨めな姿になった事で、テムジンは心が折れて崩れ落ちるように両膝をついた。これが野望を打ち砕かれた瞬間である。背後のゴメちゃんとおばけキノコ達は、ダイ達と同じ反応なので彼を見ていない。

 

「なんだこのケーブル」

 

「いくら外しても解いても、絡んでくるよ」

 

「くっ、このっ、しつこい」

 

 ダイ達は見守って、ミコトとアキラとマァムはバロンを降ろす為の作業をしているのだが、タイプGに魔力を通すケーブル12本が触手みたいに動いていて、外しても解いてもしつこく絡んでくるので手をやいている。乗っているバロンだけでなく、三人にも絡んでくる有様で鬱陶しい。なお、ケーブルは機体に残った微少のバロンの魔力で動いている。そういう現象は今回が初めてではない。前にキラーマシーンが転生の際、魔法の聖水一ダース入りの木箱に絡んだのだ。全く以ってホラーみたいである。

 

 奮闘の末、右側のアキラと左側のマァムが蛇の首を掴む形でケーブルを六本ずつ押さえている間に、ミコトがバロンの両腋を掴んで引っ張り出す事で救出に成功。それを確認した彼女二人は、掴んだケーブルを強く投げたと同時に素早くタイプGから離脱した。届かないものの、複数のケーブルは新たな魔力を求めて皆の方に向かい伸ばし続けている。追おうにも、魔力不足で四足は動かない。

 

「気持ち悪いわね」

 

「うん。おれも」

 

「このまま放っておいて魔力が無くなれば、止まるじゃろうて」

 

 追うように動くケーブルが不気味で、自分を抱えながら一歩ひいて言うレオナ。触りたくも捕まりたくもないと同意するダイ。だがブラスは落ち着いて、二人を安心させる。怖いのなら、見ない方が良いだろう。

 

 この時点でバロンの処遇は、先ず風邪をひかないように下着シャツと白いTシャツ(背中にドラえもん、のび太、しずか、スネ夫、ジャイアンのアニメプリント絵あり)を着せて、ロープを巻いて拘束した。そしてテムジンの隣に置く事になる。彼は首謀者の片腕という立場であるから、部下兵士達のように魔法の筒に入れない。

 

 色々とゆっくり話し合うのは昼食の時に、という事で次は前に爆発があった聖なる船の様子を見に行くと決まった。おばけキノコ達は森の中に帰り、ダイとブラスとゴメちゃんとドラえもんは、自分の家の近くでテムジンとバロンの見張り。レオナとミコト達四人はタケコプター(アキラ除く)を使い、聖なる船へ向かうのだった。別に危険はないと思うが、念の為に武装はそのままである。

 

 

つづく

 




はい。戦い中心の第九話でした。

次回、洗礼の儀式を行いますが、面倒事が発生!

ネオハルコンの詳細は、第四話後半にあります。


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010 レオナ姫の色々な体験

 タケコプターや水神槍の力で空を飛んで、海上の聖なる船に乗り込んだレオナとマァムと大江山ミコトと大河内アキラとドラミちゃん。この船の状態について、船体の船首と船尾と側面と船底に損傷はないが、帆のマスト二本全て折れていて甲板中央に大穴が開いている。爆発があった割には、幸い大きな火事にならなかったようだ。外に船員達が居ないところを見ると、全員船の中らしい。

 

「マリアーン! 船長さーん!」

 

 心配しながらも大穴から中に入り、タケコプターを外すレオナ達。そしてレオナは大声で、船員達を呼び掛けた。ミコト達は彼女を見守りながら、無事を祈っている。此処は、さっきキラーマシーンを収めた格納庫のようで部屋が広い。前方と後方でドアが二つ。中に置いてある物は少ないが、アレを隠す為だと思われる大きな白い布が目立つ。

 

 部屋の前方と後方の壁の向こうで騒ぎの音が聞こえ、暫くすると両方のドアが開いた。前方ドアから、濃い青色の中世船長服を着た銀髪初老男性(船長)と料理人の白い服を着た茶髪中年男性(コック)と軽装備の鎧を着た強そうな筋肉男性六人(水夫兼兵士)が出て来る。後方ドアから、白いエプロンのある長袖ロングスカート紺色メイド服を着たロングストレートぱっつん黒髪20代後半女性(侍女のマリアン)ともう二人の水兵が出て来る。以上、11名がテムジン部下でない者達である。その全員は、レオナを確認するなり直ぐに跪くのであった。配置はレオナ視点で左からマリアン、船長、コック、その三人の後ろに水兵八人。

 

「お帰りなさいませ。姫様」

 

「ええ。みんな、無事でよかったわ」

 

 船長が代表して、レオナの帰還を喜び申し上げた。船メンバー全員の無事を確認したレオナは、安堵の表情を浮かべて応える。ケガひとつも無い彼等は、洗礼儀式の旅の責任者で命令権があるテムジンの命令で、格納庫から離れた部屋で待機していたそうで、爆発に巻き込まれなくて済んだらしい。外に出ないようにと言われて疑問はあったが、その理由は聞かなかった。因みに侍女のマリアンが無事だった事で、レオナが涙を流しそうであったのは内緒。

 

「姫様。その者達は、どういう関係ですかな?」

 

「島で出会った友達よ。良い人だから心配は要らないわ」

 

 ミコト達に目配して質問した船長に対して、レオナは微笑んで彼等を紹介した。それでミコト達は自分の名前が出た事に合わせてスマイルでお辞儀する。彼女の言った通りだと見て感じ取れた船長達は、笑みを返して警戒心を消すのであった。なお、紹介の際にはダイ達の事も伝えている。

 

――次はテムジン達について説明した。

 

「そ、そんな。司教様が……」

 

「驚きましたな。司教様が反逆を謀っておったとは……」

 

「ふーむ……。それで外出禁止の命令があったのかもしれん」

 

 レオナから事情を聞いて、マリアンと船長と水兵達はショックを受け、コックも同様で外出禁止の理由を理解して呟いた。テムジンはパプニカ王からも信頼されていた人物なのだから、これは仕方ない。そんな彼等を見て俯き、何とも言えないミコト達。その後はテムジンの部下達を入れた魔法の筒九本を束ね入れた段ボール箱(ミコトランド製品)を、彼等に預ける事になる。その箱の上面に赤色油性マジックで「お取扱い注意」の手書きあり。殺すのと同じになるので、一本でも紛失は厳禁なのだ。

 

「船長さん。この船は直りそう?」

 

「今直ぐ、速やかに調べて参ります」

 

 この船について訊ねるレオナに応えて一礼した船長は船の点検の為に、副船長でもあるコックと八人の水兵達を連れて前方ドアを潜って出て行った。テムジンがもう反逆者と分かった事で命令権が無くなったので、外に出ても問題ない。残ったマリアンは跪き姿勢から立ち上がり、レオナの傍に着く。彼女の身長は169㎝ほど。

 

「皆様。司教様の陰謀からレオナ姫をお守りして頂き、ありがとうございます」

 

「紹介するわ。専属のマリアンよ」

 

 メイドとしての通常立ちポーズになったマリアンは、ミコト達に向けて深々と頭を下げて謝礼した。次にレオナは微笑んで自慢げに、彼女の事と関係を紹介する。それで家族みたいに大切な人だと感じて、微笑むミコト達。

 

「メイドさんかぁ……。初めて見たわ」

 

「僕も。去年の学園祭で見た事があるけど、本物は初めてかな」

 

「そうだね。私はクラスメイトの家で見た事があるよ」

 

 メイドについて会話するマァムとミコトとアキラ。マァムは村で暮らしているので、当然ながら王城や貴族の屋敷等に居るメイドを見た事はない。まぁ城下町に行けば、買い出しのメイドを見掛ける可能性はある。ミコトの場合は、麻帆良学園の学園祭で見たメイドのコスプレイヤーだ。アキラは、クラスメイトのお嬢様 雪広あやか からのクリスマスパーティー招待で参加した際に、会場でメイドを見た事はある。更に執事の事も。

 

「レオナ姫は、また島に戻られるのですね」

 

「ええ。目的の洗礼儀式を果たすためにね」

 

 次の予定について話し合うマリアンとレオナ。島に戻ったらダイ達と一緒に昼食。それから改めて洗礼儀式の場所へ向かい、目的を果たす。島で一泊して翌日に帰国の予定だが、この船は直せるかどうかは分からない。現状では船長からの報告次第だ。

 

 そんな感じで皆は一時間近く話し合っていると、浮かない顔をした船長が戻って来た。コックと水兵達は今でも作業中であり、天井の大穴からでも甲板を走り回る彼等が見える。

 

「姫様。申し上げにくいのですが……」

 

 レオナ達は船長からの報告を聞く。折れてしまった帆のマストは、修復資材が足りない上に、船ドック等の設備がある場所に入渠させないと直すのは困難であるとの事。それから、この船はひとまずイカリを上げて海の流れを利用して島の砂浜まで移動させてある。そして、砂浜へ流された帆とマストは回収済み。島に戻る場合は、船首で下したハシゴを使うと良い。

 

「此方にキメラの翼が二個ありますので、侍女と共に国へお戻りになられてはどうでしょう?」

 

「こんなの、情けな過ぎて嫌よ」

 

 せめて先に帰そうと船長は案を出すが、レオナは難色を示して拒否した。彼女の負けず嫌い?に対して、苦笑いするマリアンとミコト達。確かに皆を置いて、おめおめと先に帰るのは情けない。レオナ本人としては、皆で旅立って皆で帰りたいのだ。

 

 船長の言ったキメラの翼とは、使う事で出発地点の町へ瞬間移動(正しくは光速移動)出来る不思議なアイテム。効果範囲は一個につき、一人まで。似た効果の呪文ルーラとは違い、目的地を選べない。移動場所のマーキングは、主に教会等で神にお祈りする事などして決定されるようだ。品薄である為、価格は高価で時価(日によって変動)である。ホロと言える程レア度が高いのだが、ミコトランドで無限に生産可能で、もし商人達が知ったら大騒ぎである。また、高価であるから偽物が出てもおかしくはなく、鑑定士に頼んでおくと安心だ。

 

「し、しかしですな……。うーむ」

 

「船長さん。わたしに良い考えがあります」

 

 島の北近くにあるラインリバー大陸のソフィアの港町に助けて頂く案はあるが、帰国が予定よりもかなり遅れてパプニカ王に心配をかけてしまうと、思い悩む船長に対してドラミちゃんは助け舟を出した。先にドラドーラ号の事を話しておき、提案内容を説明する。その案は、ドラドーラ号がこの聖なる船をトラクタービーム(光のチェーン)で牽引し、パプニカ王国へ送り届ける事である。自分の船にそんな救助の機能があった事について、ミコト達三人は初耳であった。

 

「太陽の力で動く船……聞いた事がないわね」

 

「そうですね。帰りはなんとかなりそうで良かったです」

 

「はっはっは、とても便利な船をお持ちですな」

 

 聞いて驚くも、帰りについては期待できると思ったレオナとマリアン。航海で常に風向きを意識しないといけない帆船の苦労を一番よく知っている船長は、我が国にもあのような船が欲しいと、大笑いして羨む。ミコト達三人は、ノートパソコンの画像ではなく生でパプニカ王国を見られるのが楽しみの様子だ。

 

(帰りは遅くなりそうね。後でお母さんに連絡しないと)

 

 レオナ達をパプニカ王国に送ってから帰ると決まったので、マァムは母のレイラに連絡しようと考えた。その連絡方法は、ミコト陣営が二人に渡した携帯電話である。ミコトの世界で使われている物と比べて、操作が非常に簡単に作られているので、携帯電話の画面からの説明で覚えれば、この世界の人でも電話やメールや写真撮影等が出来る。人工衛星からの送電なので充電不要。また、人工衛星経由なのでこの世界の分割結界を越えて通信可能だ。

 

 今後の予定についての話がまとまったところで、皆は格納庫の前方ドアを潜って、廊下の奥の階段を上がって、外の甲板に出て、船首甲板へ移動した。因みに後方ドアの先は主に、船旅でレオナが使う部屋がある。また、廊下の奥にもう一つの上がる階段がある。

 

「レオナ姫、皆様。どうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 

「洗礼儀式を果たす道中で、ご武運を」

 

「ありがとう。行ってくるわ」

 

 また無事の帰還を信じて、微笑んで見送るマリアンと船長。心配をかけない為にも、レオナ達は元気良い笑顔で応えた後、ハシゴで船から砂浜に降りた。そしてダイ達の居る所へ向かうのだった。テムジンとバロンを引き渡す為に水兵二人も連れて。

 

 

==========

 

 此処はダイの家の近く。水兵二人がテムジンとバロンを連れて聖なる船に戻って行った後、アキラはアーティファクトを解除して普段着に戻り、ドラえもんが出した大きい敷物を敷いて、ドラミちゃんが大きめのお弁当の三重箱と麦茶2リットル入りのペットボトル二本と人数分の小皿・箸・おしぼり・コップを出して、敷物の上に座った皆はピクニック気分で昼食だ。島旅行毎回より人数が一人多いが、お弁当は多めに作ってあるから問題ない。

 

「……? ねぇ、スプーンとフォークはないの?」

 

「レオナ。これを使って食べるんだ。名前は……何だっけ?」

 

「お箸だよ」

 

 細長いケースを開けて中の箸を見て首を傾げるレオナに対して、ダイが箸で挟む持ち方をしながら応えるが、名前を忘れた。それでアキラが苦笑して教える。ここからレオナは初めて日本の食文化を体験するのだ。なお、マァムとダイとブラスは三ヶ月の間で箸の使い方を覚えている。

 

「……成る程。でも、難しそうね」

 

「大丈夫よ。すぐに慣れるわ」

 

「うむ。コツさえ掴めれば、上手くいく筈じゃ」

 

「ピィ!」

 

 現在、共有の箸を器用に使って三重箱から小皿へ食べ物を配膳しているアキラとミコト。その様子を見て使い方を理解し、自分にも出来るかなと心配するレオナに対して、マァムとブラスとゴメちゃんは笑顔で自信をつけさせる。まぁ、無理はせずにゆっくりすれば良い。お行儀については、皿を口につけない事と変わらない。

 

「初めて見る食べ物があるけど、美味しそうね。誰が作ったの?」

 

「アキラとミコトが、早起きして作ってくれたわ」

 

 前に置かれた皿の食べ物を見てどんな味がするか、ドキドキするレオナの質問にマァムが上機嫌で答えた。技量はアキラに及ばないが、寮生活だったミコトも料理は出来る。お弁当の中身は、昆布かカツオのオニギリ、タマゴの厚手焼き、かまぼこ、肉団子、タコ型ウインナー、プチトマト、ポテトサラダ、キュウリつけもの、大学イモなど。

 

(仲良くお弁当を作ったのね……アキラとミコトの関係はどこまで進んでいるのかしら)

 

 二人の恋愛について、関心を持つレオナ。彼女は日常、城内の私室で恋物語の本を好んで読んでいるので、ああなった。皆は気付いていないが、マァムは二人の仲を羨ましがっているか、心がモヤついている。もしかすると、ミコトに気があるのかもしれない。友達関係でも三ヶ月間、仲良くやっていればそれでおかしくはないだろう。思春期であり、年齢が同じである事も影響は大きい。

 

「配り終わったし、食べようか。みんな手を合わせて」

 

 ミコトが合図を出して、皆は合掌して「いただきます」と食事前の挨拶をした。初めてのレオナだが、皆の真似をする感じで挨拶をした。皆より遅れてしまったのは仕方ない。でも、最初だけで次からは大丈夫だろう。見てもらう方が早いと考えて、挨拶の説明はしなかった。

 

(食事の挨拶が違う。……まだ知らない事が山ほどあるのね)

 

 いつもの日常はお城に居るのが多くて、外の事をあまり知らないレオナは痛感して、もっと勉強しようと思うのであった。彼女は未成年でありながら、王位継承者としての自覚がある。将来が楽しみだ。しかし、今回についての勉強をしようにも異世界の文化だから、それについての書物は存在しないのだが。

 

 そして箸を手に持った皆は、昼食を美味しく召し上がった。島旅行毎回の事ながら、皆の笑顔を見てアキラは嬉しそうである。そういう作り甲斐のある気持ちから、料理の腕は上達して今は、彼女の女子寮ルームメイトを超えたかもしれない。

 

「また落ちたわ」

 

「レオナ。がんばれー」

 

「頑張って」

 

「箸を横にして挟むと、滑り落ちにくくなる筈だよ」

 

「挟む力も少し抜いて大丈夫」

 

 レオナは箸でタコ型ウインナーを挟んで口へ運ぼうとするが、左手で持った皿に落とした。それでダイとマァムは応援し、アキラとミコトはアドバイスする。以前、初めて箸を使うマァムとダイとブラスの時も同じアドバイスだった。

 

――こんな感じで、皆は楽しく昼食を食べた。

 

 そして「ごちそうさまでした」と食事後の挨拶。食事中に説明を聞いたレオナは皆に遅れる事なく挨拶が出来た。だからドヤ顔であった。今度こそ出来たと彼女の負けず嫌いは分かりやすい。

 

(美味しさは、マリアンのお弁当と並ぶわね)

 

 パプニカ王国で、偶にはお城の近くの良い場所へピクニックに行った時での、マリアンお手製弁当と比べて美味しさは互角だと評価するレオナ。人と人を比べるのは失礼なので、口に出さない。食べ物と別として、初めての飲み物の麦茶は喉渇きに良く効くと好評だ。だから皆より多く飲んだのである。

 

 昼食を片付けた(敷物はそのまま)後は一時間くらいの休憩。その時間を使って、レオナが気になっていた事について応える話し合いとなった。それはロトゼタシア州についてであるが、その前にこの世界について説明する必要がある。始めにドラえもんがフルカラーのギルドメイン州の地図を、四次元ポケットから出して皆囲いの中心に広げる。

 

「先ずは確認。これは何の地図か、分かる?」

 

「色が付いてるわね。……世界地図よ」

 

 レオナは地図右下にあるホルキア大陸を見つめてから、時計周りで全体を見回してミコトに答えた。何故、ホルキア大陸を見つめたのかと言うと、自分の国がある大陸で親しみがあるからである。だから誰でも世界地図を見れば、始めは自分の居る場所を見る事が多いだろう。

 

「でもこれ、世界の一部だってさ」

 

「えっ? どういう事?」

 

 ミコトは訂正を言おうとするが、ダイがセリフを取って口をはさんだ。それでレオナは首を傾げている間にミコトはダイに文句言わず、ドラえもんに地球儀(竜星)を出して貰う。

 

「地図の玉?」

 

「レオナ。これが本当の世界地図だよ」

 

「えぇっ!? 世界って丸かったの!?」

 

「事実よ。此処も太陽と月と一緒なの」

 

「丸いけど、とても広すぎるから平面に見えるんだ」

 

 ミコトは地図の上に置かれた地球儀(竜星)を回して、北半球にあるギルドメイン州を見せつけながら説明すると、さっき珍しそうに見ていたレオナは驚愕した。今まで勉強で教わった事と正しいかどうか、混乱する彼女に対してマァムとアキラが補足する。

 

 次はミコトが地球儀(竜星)を回しつつ、レオナにロトゼタシア州や他四つの大陸群や北極南極について順に説明していく。以前にブラスが頑張って復習させたおかげで、ダイは理解出来ている。なかなか大変だったらしいが。

 

「今まで知らない国が沢山あるのね。でも、なんで私達の地図はこれだけの範囲しかないのかしら?」

 

「レオナ姫よ。四角で囲んだ赤い線が見えるじゃろう。あれが原因なのだ」

 

 ちょっと深刻な顔になったブラスはレオナの疑問に応えて、地球儀(竜星)にあるギルドメイン州を囲む赤い線を、杖で指しながら分割結界について話した。それで彼女は船長の言葉を思い出す。地図の端まで行くと天気に関係なく突然、凄い霧に覆われて危険なのだと。そう、あの霧は分割結界の壁である。航海で一般的に遭難するとされているが、彼等の地図の反対側に出てしまうから別の場所に錯覚するだろう。

 

「外の人達と交流出来ないなんて意地悪ね。あの結界を抜ける方法はあるの?」

 

「間違いなく大騒ぎになるから、今のところは人々に公開しないけど、方法はあるよ」

 

 眉間にシワを寄せて、気に入らない顔をするレオナ。そんな彼女の質問に、ミコトは苦笑してシーゲートの事を話す。そこまで話すとややこしくて長くなるので、自分(未来)が造ったとは言わない。吉(発展)が出るか凶(戦争)が出るかはさておき、世界中の人々を交流させたいと思うミコトは将来、数十年後にどこでもドアと同じゲート集合の旅行ステーションを建設しようかと考えているようだ。まぁ、戦争が起きてしまったら施設の閉鎖だろう。

 

 レオナが「機会があったらシーゲートを見せてね」と言って、これで世界についての話は終了。きっかけ又は時が来るまでは、家族・家臣・国民に秘密である。その後はミコト達の住所について等の話をした。

 

 休憩が終わったら、いよいよ洗礼儀式へ出発である。但し、決まりがあるみたいで当事者を含めての同行メンバーは四人まで。という訳で案内役のダイ、当事者のレオナ、後はクジで決めてマァムとアキラ。ミコトはクジが外れて落胆したのは言うまでもない。ダイも残念そうだ。あと、人間ではないゴメちゃんが同行しても問題ないだろう。

 

「皆、アキラ。気を付けてね」

 

 再び武装したダイ達四人一匹は、留守番のミコト達に見送られて、洗礼儀式の場へ出発するのだった。何のトラブルも起こらない事を祈って……。

 

 

==========

 

 ダイの家近くを発って、島中央の森の沿いを回って、北から入る森林道をもう一度通って南へ進み、洗礼儀式の場へ通じる洞窟入り口に到着したダイ達。パーティーの基本並び順はダイが先頭で、レオナが二番目で、マァムが三番目で、アキラが四番目。アキラが一番背が高いので、最後列である。

 

「ダイ。これが入り口なの?」

 

「そうだよ」

 

「ピィ」

 

「賢者と似合わない気がする」

 

「そうね。これはどう見ても……」

 

 レオナは引き攣った顔で、入り口を指しながらダイに確かめた。それで彼とゴメちゃんは何ともない顔で肯定するが、アキラとマァムもレオナと同じ気持ちである。何故、彼女達が難色を出したのかと言うと、大きく口を開けた悪魔の顔みたいな入り口だからだ。人間の誰だって警戒はする。

 

 取り敢えず、ダイ達は洞窟の中へ。その内部の構造は、直径約20メートルの深い大穴で時計周り螺旋状の下り道がある。松明が無いと暗い。また、モンスターのドラキーがコウモリみたいに徘徊している。昼間はこんな感じだ。それでダイとアキラが腰掛けのキャンプLEDランタンを光らせて、一行は左の壁に左手を当て続けて下り道を進んで行く。中央の穴空中に居るドラキー達は、彼等の行く先を見守っているだけ。

 

「行き止まりのようね。……ダイ?」

 

「ちゃんと道はあるよ。見てて」

 

 螺旋の道を九周して、漸く大穴の底に到着。しかし、彼女達が見回しても行き止まりだった。ダイは笑ってレオナ達に応えた後、螺旋道終点がある東と反対で西の大岩に近付く。

 

「……ひらけゴマ!」

 

 ダイは大岩に向かって両腕を大きく広げ、呪文を唱えた。すると、大岩が淡い光を放ってゴゴゴと大きな音をたてながら右へスライドし、隠された道が現れる。それを見て、驚くレオナ達。だがアキラは、大岩が動いた事に驚いたのではなく、自分の世界にあるアラビアンナイト絵本「アリババと40人の盗賊」の有名シーンが、異世界に来てまさかの実物を見た事に対してである。これはミコトに良い土産話だ。

 

「へへーん。驚いた?」

 

「ふふふ、良い不意打ちだったわよ」

 

「いひゃ、ひゃ」

 

 生意気そうにドヤ顔するダイに対して、レオナはイイエガオで彼の両ほっぺを軽く抓って引っ張る。後に続いてマァムからも。こんな目に遭うから、負けず嫌いな子に向かって威張らない方が良い。良い度胸だ。なお、アキラはアラビアンナイト土産話を考えていて、仕返しはしない。ダイの自業自得だから、ゴメちゃんは助けないようだ。

 

 皆(ダイは両頬を擦りながら)は再び足を進めて先へ。隠された道は少し下り坂で、直径150メートルの円の弧の大きさで左へ曲がり続けており、先に進むにつれて気温が上昇していく。また、硫黄の匂いも強くなっていく。

 

「暑くなってきたわね。……この匂いは何なのかしら?」

 

「そうね。この匂いは初めてだわ」

 

「そういえばさぁ、アキラ。その服は暑くない?」

 

「大丈夫だよ」

 

 先に進んで、ついに外の真夏の気温を上回ったところで、レオナはハンカチで顔面の汗を拭きながら呟いた。それに同意して頷くマァム。ダイはアキラの戦闘服を見て、さっきから気になっていた事を言う。確かに首から下全ての肌を覆うボディスーツで、更にチャイナドレスとセミロンググローブとロングブーツだから暑そうな格好だ。だが、水神槍の加護があって耐熱・耐寒の働きがあるから、此処の暑さでも問題ない。

 

「あっ、明かりが見えてきたわ」

 

 このまま進んで、暗かった前方に明かりが見えてきた。それでレオナ達は喜ぶが、あの明かりは焔色である。太陽の光ではない。紛れもなくマグマの光だ。ダイ達は早足で、あの明るい所へ。

 

 長い曲がり道の終わりで右へ直角に曲がって進むと、直径約200メートルのドームみたいな広い空間に出た。其処の中心にマグマが広がっていて、周りの壁沿いに足場がある。生まれて初めて本物のマグマ(溶岩)を見たレオナ達(来た事があるダイとゴメちゃんは除く)は冷や汗を流して息を呑むのであった。もしも落ちたら白骨化して一巻の終わりとなる。

 

 この場の構造について。中央は言うまでもなくマグマ。北は外へ繋がる出入口とダイ達。西は足場の行き止まりと赤い宝箱ひとつ。東はマグマに沈んだ足場。南西は魔界へ繋がる出入口と高台。南東は洗礼儀式の場へ繋がる出入口と足場の終わり。ただ、南西だけは遠く隔離していて、しかも高台に鋭い牙のようなフェンスがある為、空を飛ばないと行けない。

 

「あそこに宝箱があるわ。行ってみましょ」

 

「レオナ! 罠かもしれないわよ」

 

「罠はないよ。開けられないだけなんだ」

 

「鍵がかかってるんだね」

 

 右(西)の赤い宝箱へ向かおうとしたレオナを、慌てて呼び止めるマァム。彼女は用心深い。前に行った事があるダイの一言で、アキラは宝箱にロックがかかっていると分かった。鍵がかかっているなら仕方ないと、レオナは宝箱の中身が気になると思いながら諦める。今度、魔法の鍵か最後の鍵を持って、また此処に来る日はあるのだろうか。

 

「ピィ! ピィ!」

 

「とにかく、目的地は左だよ」

 

「ねぇ、ダイ。あっちは?」

 

「えっと……マカイと繋がっているって、じいちゃんが言ってた」

 

「マカイ……魔王の世界なのね」

 

「そうだね。外の出入口を見たら納得、かな」

 

 南東を指して正しい道を教えるゴメちゃんとダイ。目的地ではない南西の出入口が気になったレオナは、其処に指差してダイに訊ねた。それで彼の答えを聞いたマァムは引き締まった表情で南西を見つめ、アキラは外の出入口の造形を思い出して納得する。そんなやり取りの後、皆は東の途切れた道へ。

 

「ヒャダイン!」

 

 レオナは氷の呪文を唱えて、進む先の溶岩に冷気を放った。着弾したら溶岩は冷却され、大量の湯気をたてて紅蓮の光が消失して固体化して黒い足場となる。彼女の装備した魔力増幅腕輪による呪文強化なので、あっという間だった。しかも凍り付いて魔力が染み付いて、短くても一日は足場が溶岩に戻らない。

 

「よし! これで進めるぞ!」

 

「ダイ! また滑って転ばないようにね」

 

「またタンコブができても、治してあげないわよ」

 

 凍った溶岩へ走って突っ込もうとするダイに対して、呼び止めて注意するマァムとレオナ。それで苦笑するしかないアキラとゴメちゃん。そして皆は、滑らないように注意して、凍った溶岩を渡って南東の出入口へ。

 

 皆は南東の出入口前に辿り着いて一応、この大空洞全体の様子を見回したのだが、この足場から北北西30メートル離れたマグマの上面に発生した渦らしきものを目撃してしまった。それで訝しむ間に、赤くて大きい物体がゆっくり浮上する。その物体は、溶岩原人であった。

 

 溶岩原人とは、セントベレス州やエスタード州に生息するモンスターのドロヌーバの系統にあたる。外見は、人がベッドのシーツを被ったような形で、表面は赤くドロドロして、顔はハニワのようで不気味。体長は約五メートルで、キラーマシーンより大きい。実はこのモンスター、元は魔界に居たが、どこぞの不法者が此処の南西からマグマに放り込まれた。それから一年以上も眠り続け、さっきレオナのヒャダインの魔力を感知して目を覚ましたようである。ロクでもない不法投棄から始まった厄介事だ。

 

「溶岩のおばけ!?」

 

「ダイの友達……じゃなさそうね」

 

「うーん、あのモンスターは知らないなぁ」

 

「私もよ。……戦う事になったら、勝てるといいけど」

 

 驚いた様子のダイを見て、デルムリン島の友達モンスターとは全く関係ないと面倒くさそうに理解するレオナ。今でもノートパソコンでモンスターの勉強をしているが、あれはまだ知らない為、レベルについて心配するアキラとマァム。

 

「ピィー! ピィー!」

 

「来るぞっ! みんな!」

 

 東の方を見ていた溶岩原人はキョロキョロして、こっちを見るなり移動を始めてゆっくり近付いてきた。血肉を食らい、更に力を得る為に。それで戦意を感じたゴメちゃんは叫び、ダイ達はレオナを守る三人前衛という陣形になって臨戦体勢に入る。今日は戦闘が多い日だ。これで最後にしたいのも本音。

 

 水で溶岩を冷やして固めて溶岩原人の動きを止めようと思ったアキラは、水神槍の力を解放して相手の頭上に極太の水柱を落とした。しかし、思わぬ事態が発生する。

 

「うわあーっ!?」

「きゃあっ!?」

「きゃあっ!?」

「きゃあっ!?」

「ピィーッ!?」

 

 アキラの水柱を受けた溶岩原人は白い湯煙に包まれ、直ぐに大爆発して弾け飛んだ! その衝撃波で、ダイ達は後ろの南東出入口に飛ばされる。戦闘突入前に、溶岩原人を倒してしまった。

 

 何故、水をかけただけで爆発したのかと言うと、水蒸気爆発である。水蒸気の体積は、なんと水の約1700倍! 水柱を受けた溶岩原人の体内に大量の水が入ってしまい、非常に高温のマグマボディによって一気に気化して、爆発的な水蒸気で体が破裂した訳だ。

 

 さっき東で、レオナが氷の呪文で溶岩を冷却しても水蒸気爆発が起きなかったのは、魔力の冷気をぶつけた訳で水(氷)をぶつけたのではない。いや、水(氷)がぶつかっても、呪文の冷気が水蒸気爆発を防いでくれる。

 

「いてて……。なんで爆発したんだ? 水をかけただけだよな」

 

「うぅ……。私も聞きたいわよ」

 

「……ごめん。私も分からない」

 

「……溶岩に水をかけたら爆発するって、分かったんだし、気をつけましょう」

 

「ピィ」

 

 爆発で飛ばされて転んだ痛みを我慢して、身を起こして立ち上がる皆。水蒸気爆発を知らないダイは不思議に思った。レオナもアキラも。初めて経験したからマァムは今後の注意を呼び掛け、ゴメちゃんも同意して頷く。このパーティーを立て直したところで、下手したら取り返しのつかない事態になるところだったと思ったアキラが皆に謝罪。それで笑って許し、南東出入口の奥へ。因みにダイとゴメちゃんは、大空洞から先は行った事がない。

 

「なんだこれ?」

 

「本で見た事があるわ。これは旅の扉ね」

 

「こんな所で、本物を見れるなんて」

 

「そうだね。向こうはどうなってるのかなぁ」

 

 曲がりくねったS字の暗い道を抜けて、奥の空洞に到着。此処は渦巻いた光があって明るい。光の渦は旅の扉であり、ダイは珍しそうに見て、レオナ達は実物を見れて感激した。そして皆は、未知の体験にドキドキしながら、旅の扉に入る。視界が全て真っ白になって、別の場所へ移動。

 

 移動した先は移動前の空洞と似ているが、南の方に外への出口があり、更に南近くには石造りの祠が建っているのが此処からでも見える。直ぐに外に出られるので、予想外に驚くダイ達であった。前の場所と違って近くにマグマは無いので涼しいが、外に出ると真夏の暑さだ。

 

「デルムリン島なのかしら? 此処」

 

「おれ、知らないよ」

 

「ピィ」

 

 洞窟の外に出た皆は、周りを見回した。此処は高さ20メートルくらいの崖に囲まれていて、洞窟と祠がある以外は草も木も何もない。人々は此処の存在を知らず、狭くて寂しい感じだ。レオナはダイに訊いても、知らないらしい。顔を横に振ったゴメちゃんも同じく。以前に、タケコプターまたはキメラ(友達モンスター)で空中散歩した際に島全体を見下ろしてきたが、此処を見た記憶はないとの事だ。そんな中、アキラはマァムと一緒に携帯電話のナビマップで位置を調べている。あのナビマップは人工衛星によるものだ。因みにアキラの携帯電話は、自分の世界のド■モ製ではなく、ミコトランド独自の製品である。ミコトのも同様。

 

「此処はロモス王国の西にある山の中らしいわ」

 

「えっ、そんな所に?」

 

「どうして分かるの?」

 

「これを使って、私達の居場所を調べたんだ」

 

 自分の居場所が判明したマァムはダイ達を呼んで、今いる場所を教えた。いつの間にか遠くまで移動した事実で、びっくりするダイ。訝しむレオナに対して、アキラは自分の携帯電話を指して説明する。ナビマップについては勿論、いつでもどこでも携帯電話を持っている人と話が出来る事についても。

 

「手紙みたいなものが直ぐに届くとか、パプニカに帰って城の中に居ても、皆と話が出来るのね? 私も欲しくなったなぁ」

 

「おれも使いたいけど、字の勉強をしないとダメだってさ」

 

 とても便利な携帯電話の魅力を感じて、私も欲しくなったレオナ。携帯電話を十分に扱えるためには、字を読めないといけない。だから、文字の読み書きが不十分なダイは携帯電話を貰っていない。メールをするにも、字が読めないと始まらないのだ。ダイは剣の修行ばかりで勉強が遅いから、来年の夏(一年後)に携帯電話を渡す予定。因みにブラスは機械が苦手らしいので、携帯電話を持っていない。レオナにも携帯電話を渡す件については、洗礼儀式が終わった後にミコト陣営が検討。

 

 話はこの辺にして、皆は南近くの祠へ。その中は洗礼儀式の場であるが、結界(見えない壁)に拒まれてレオナしか通れなかった。どうやらパプニカ王族及び才の賢者しか、中に踏み入れる事を許されないらしい。もしかすると、決まりである人間メンバー四人以下でないと、資格者でも入れてもらえないかもしれない。始めからの出直しは、御免被りたいところだ。

 

「あっ、ごめんなさい。私しか入れないって、忘れていたわ。悪いけど、此処で待ってて」

 

 旅立つ前に洗礼儀式の説明を聞いた内容を思い出し、この結界について謝るレオナ。それでダイ達は頷いて、祠の中に入って行く彼女を見送る。知らない地でレオナを一人にするのは心配だが、辺りに邪悪な気配はないから大丈夫だろう。

 

 祠の外で待っている間は退屈なので、アキラがミコトに無事到着のメールを送った後、皆で武器の素振りをする。こんな暑い時に、よくやるものだ。

 

――レオナが戻ってくるまで、二時間以上経過した。

 

「えっ、もう夕方なの?」

 

「レオナ、おつかれ。……長かったね」

 

 青空の色が藤色に染まり始めてきた頃、レオナが祠から出てきた。彼女は外の様子に目を見開き、ダイ達は待ちくたびれている。洗礼儀式で祈りを捧げて詠唱文を上げたら、意識が精神世界まで飛ばされて天族(精霊)と会ったらしい。その最中は、時間感覚が分からなかったそうである。儀式を終えた事によるステータス変化は、魔力アップ(数値で表せば約50)だ。

 

 目的を果たした皆は、また洞窟を通ってミコト達の元へ帰るのだった。夏の夕方は長いから、急がなくても大丈夫だ。レオナは脱出呪文リレミトを使えるが、今回の洞窟は通過タイプである為、意味はない。たとえ洞窟内で使っても、祠のところに戻ってしまうのだから。……これも試練だろう。

 

 

==========

 

「この匂いは……カレーだ!」

 

「かれーだ? また聞いた事がないわね」

 

「ふふ、今日の夕食はカレーライスだよ」

 

「きっと気に入るわよ。ダイの大好物だもの」

 

「ピィ!」

 

 まもなくダイの家まで戻ると、流れてきたカレーの香ばしい匂い。それでダイは大喜びして猛ダッシュ。レオナは涎が出そうになるも、今日は初めてが多いなと、しみじみ思った。アキラとマァムは微笑んで、カレーライスについて話す。ミコト達はカレーライスを作って、ダイ達の帰りを待っているようだ。

 

「あっ、皆。おかえり」

 

「やあ、おかえり」

 

 ダイの家近くに作ったブロックかまどで、はんごう三個を炊いているミコトとドラえもんはダイ達を見て、労う笑顔でお出迎えした。なお、ブラスはドラミちゃんと一緒に、家のかまどでカレー入り鍋を炊いている。

 

「お疲れ様。もうすぐカレーライスが出来上がるから、そこのテーブルで待ってて」

 

 ミコトは家の前にあるテーブル・イスを指して、ダイ達に言った。彼等は笑顔で頷いて武装解除して、そこのイスに腰を下ろす。テーブル上にあるスプーンを見てホッとするレオナであった。アキラは手伝いたがっていたが、お気持ちだけ。因みにテーブル・イスは、ドラえもんとドラミちゃんが用意した物。本当に四次元ポケットは便利だ。

 

 夕食の配膳はミコト達。勿論、ブラスとドラミちゃんからも笑顔で労いの言葉を送った。それが終わったら席に着き、皆は食事前挨拶してカレーライスを口に運ぶ。夕食メニューは甘口野菜カレーとみかんゼリーだ。飲み物は麦茶。

 

「美味しい……。ダイがあんなに喜ぶ気持ちが分かるわ」

 

 レオナは満面の笑顔でカレーライスの感想を言った。甘口は辛口よりも、初めての人の口に合いやすい。ダイは幸せそうに食べているが、ほっぺが膨らむくらい口に詰め過ぎである。お厳しいブラスは眉間にシワを寄せているものの、大目に見ているようだ。まぁ、月に一回の楽しみだからしょうがない。

 

 皆はデザートのみかんゼリーを食べ終えて、ごちそうさまと挨拶。そして消臭スプレーで口の中(特に、口がデカいブラスとドラえもん)の強いカレー匂いを消した後は、ダイ達の短い冒険の話となった。アキラから「ひらけゴマ」の話を聞いた時は、ミコトが驚いたのは言うまでもない。それで不思議そうな顔をしたダイ達に、機会があったら絵本「アリババと40人の盗賊」を見せると対応。次は溶岩モンスターに水をかけたら爆発したという話。

 

「あれは多分、水蒸気爆発だと思う」

 

「水蒸気爆発?」

 

 肝を冷やしたミコトは、考えられる原因をダイ達に話した。それでマァムの質問に応えて説明する。水蒸気の大きさが水の約1700倍だと聞いて、皆は驚愕するも、納得するのであった。知識不足だと痛感し、水についてもっと勉強しようと決めたアキラ。

 

 いつか、ミコトがレオナに蒸気機関の事を話せば近い未来、パプニカ王国は革命的に大きく変わるだろう。先進国のベンガーナ王国を出し抜いて。但し、火力は石油・石炭ではなくメラの魔法石を使う。これなら二酸化炭素が殆ど出ないので、温暖化のリスクは低い。魔力素(マナ)枯渇の心配があるかも。

 

 あとは旅の扉や洗礼儀式の話をして、冒険話は終了。空はもう夜の帳が下りた。暗くなったので、キャンプLEDランタンのスイッチをON。ドラドーラ号のキッチンで洗う為に、食器の数々はカゴへ片付ける。翌日の朝食で使うから、テーブル・イスはそのままだ。片付けが終わったら、ドラえもんは花火セットを出す。島のモンスター達が騒ぎになるから、打ち上げ花火は無い。

 

「色が沢山付いて派手ね」

 

「レオナ。あれは花火だよ。火の色が色々あって楽しいんだ」

 

 珍しそうに花火セットを見るレオナ。それでダイは、先月にやった花火を思い出して話す。マァムは夏の間、偶にミーナやネイル村子供達と一緒に、ミコト陣営から貰った花火を遊ぶ事がある。勿論、使用後ゴミの回収もミコト陣営がしている。

 

「成る程。火に色があって綺麗ね。何度やっても飽きないかも」

 

 レオナが花火スティックを右手に持ち、ミコトがトーチでその先端に点火。それで鮮やかな緑色の火のシャワーが放出された。終わったら違う色の花火スティックで楽しむ。次の三本目、四本目と続ける。初めて体験する彼女は思わずの笑顔であった。

 

――花火セットが全て無くなるまで続いた。

 

「終わってしまうと、こんなに寂しいものなのね」

 

 火が消えた最後の花火スティックを見つめて、虚無感を感じるレオナ。それで共感の苦笑を浮かべる皆。花火大会が終わった時は、いつもそんな感じだ。演出も音もド派手な打ち上げ花火なら、今回の比ではない。

 

 花火を片付けた後、ダイとブラスとゴメちゃんに「おやすみ」とお互い言って解散。少し話をして、レオナとアキラとマァムは聖なる船へ、ミコトとドラえもんとドラミちゃんはドラドーラ号へ戻るのだった。レオナはドラドーラ号に泊るので、着替えを取りに行った訳で、アキラとマァムは案内役だ。理由は恐らく……。

 

 

==========

 

「船の中は涼しいのね。昼みたいに明るいし、雰囲気も」

 

「お邪魔します。……驚きましたね」

 

 アキラとマァムに案内されて、右サイドドアを潜ってドラドーラ号の中に入ったレオナとマリアンは、エアコンの風に当てられながら船内を見て驚いた。内装は外の木造な外見に反して、新幹線客室のような白い空間だから当然である。あと何故マリアンもお越しになっているのかと言うと、此処の客室は二人部屋だからだ。そんな部屋で一人はさみしいだろう。……他に一つの理由もあるが。

 

 この部屋の中央にある階段(船前方向き)を下りて、船内の真ん中廊下を進み、右で階段から三番目のドアを潜って客室R2へ。そこがレオナとマリアンが寝る事になる部屋だ。因みに客室R1はアキラとマァムが寝る部屋で、客室L1はドラえもんとドラミちゃんが寝る部屋で、ミコトは船長室で寝る。船長はドラえもんだが、ミコトが陣営のトップなのだ。

 

 ドラドーラ号の船内(甲板下)構造について。真ん中廊下(幅二メートル)の一番前(階段から奥)は運転室。前方から、左一番目は客室L1、右一番目は客室R1、左二番目は客室L2、右二番目は客室R2、左三番目は船長室、右三番目は物置部屋、左四番目は食堂・キッチンの連結部屋。右四番目は船後方に伸びる幅半分狭い廊下で、左壁中央のドア先は洗面所兼脱衣所・浴室、奥右のドア先はトイレ(位置は階段の後ろにあたる)と予備洗面所。各客室と船長室と物置部屋と食堂とキッチンの広さは六畳部屋(船前方後方向きの方が幅は広い)だ。

 

「へぇ、此処も明るくて良い部屋ね」

 

「そうですね」

 

 ロウソク明かりで暗く暑い部屋(聖なる船内)に対し、此処は明るく涼しい快適な部屋。それでレオナとマリアンは感激した。羨ましくもある。初めてのミコト世界現代ライフの体験だ。

 

 客室の構造について。ドアを潜って左端と右端にベッド(廊下側に頭を向ける)があり、奥真ん中には水色のカーテンで閉められた窓(新幹線のと似た形)と机・椅子がある。また、荷物はベッド下の引き出しに入れる。忘れ物注意だ。因みに全ての窓はマジックミラーみたいなもので、外からは窓が見えない。近い内レオナ達は、その違和感に気付くだろう。

 

「レオナ。お風呂の準備が出来たよ」

 

「アキラ、ありがとう。助かるわ」

 

「お世話になります」

 

 暫くしていると、二人分のタオル・パスタオル畳みを持ったアキラが部屋に入ってきた。レオナとマリアンは笑顔でお礼を言う。そして連れられて、脱衣所・浴室へ。そう、それこそがドラドーラ号に来た一番の理由である。聖なる船に浴室は無いので、樽の水を使って濡らしたタオルで体を拭くだけだ。しかし、流石に髪の毛までは難しいが。

 

 脱衣所・浴室に着いたら二人はアキラから、此処の使い方の説明を受ける。その際に、水とお湯が出るところを見て驚いたであろう。説明内容は、水道・シャワーについて、ボディソープ・シャンプー・リンスについて、髪を乾かすドライヤーについて等。

 

 脱衣所の構造について。部屋の形は船前方後方へ細長く、狭い幅は約170㎝。廊下ドアを潜って左端は大きい鏡と洗面の流し台と椅子二つと電源コード差込口二つ。その反対側右端は壁の右に浴室へのスライドドア。廊下ドアと正面の壁の中央は窓(ぼかし)があって、その右に三段ロッカーがある。浴室近くの床に大きいパスマットあり。浴室の構造については簡潔に言って、脱衣所から入って左は鏡とシャワー、右は湯船。部屋の広さは四畳半。因みに水道水は船尾内の機関部で精製される。逆に下水もそこで分解される。

 

「後でまた分からない事があったら、いつでも呼んでね。では、ごゆっくり」

 

 ホテルのスタッフみたいに笑顔で一礼して、この部屋を出ていくアキラ。そして二人はワクワクした感じで入浴タイムに入った。本来は身分の差で、こんな裸の付き合いはないのだが、マリアンはレオナにとって特別である。周りの者達からも認めている。お湯のシャワーを浴びるのは、自分のお城の中では味わえない体験だ。湯船の方は、そこより狭いが。まぁ、お城と船を比べる事自体が間違いだろう。

 

「本当に早く髪を乾かせて、便利ですね」

 

 入浴を終えてパスタオルで体を拭いて服を着て、今はマリアンがドライヤーを使いながら、椅子に座っているレオナに髪のお手入れをしている。かなり効果的で、二人とも感嘆してしまうのであった。レオナが終わったら交代でマリアンの番。何度も言うが、特別で身分は気にしない。後で丁度良くドラミちゃんが麦茶を持ってきて、二人は美味しく喉を潤す。最後に歯磨きして終わり。そして部屋を出て、船内各所のミコト達と話したい事を話した後で客室R2へ戻る。

 

「今日は初めての事ばかりで、とても楽しい一日だったわ。良い友達も沢山増えたし」

 

「ふふ、きっと忘れられない日になりますね」

 

 レオナは右ベッドの上に、マリアンは椅子に腰を下ろして、今日の事を振り返る。今まで信頼していたテムジンに対するショックを覆い返すくらい良い事が沢山あった故に、レオナは生き生きした笑顔だ。マリアンの言う通り、良い思い出になるだろう。

 

 楽しく会話をしている内に眠たくなってきたら、お開きにして「おやすみなさい(ませ)」とお互い挨拶をして、寝るのだった。この部屋の消灯はマリアンである。以前の説明で知った壁のスイッチをポチッとな。

 

 因みにだが、キッチンで夕食の食器洗いはミコトがやった。しかも、アキラ達がドラドーラ号に戻ってくる前に終わらせた為、世話好きの彼女は残念そうな顔をしたのも余談である。本当に仕事が早い幼馴染だ。

 

 

つづく

 




はい。レオナが色々体験した第十話でした。

マリアンはオリキャラですが、ゲーム「テイルズオブデスティニー」のマリアンと名前・容姿・性格が同じ、ゲスト的なものです。理由はネットでキャラクター画像が存在してイメージさせやすいからです。


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011 パプニカで危険物発見

 レオナがデルムリン島に来て次の日。今日も良い天気で、また暑くなりそうだ。大江山ミコトと大河内アキラとマァムは早起きして、ドラドーラ号のキッチンで朝食を作って、昨日の昼食で使った弁当の三重箱に詰めている。何故なら、食べる場所は船内食堂ではなく、昨日の夕食と同じでダイの家前だからだ。朝食内容は、昆布またはカツオのオニギリ、タマゴの厚手焼き、チーズ入りちくわ、焼いたサケの切り身、ニンジンのグラッセ、ロールキャベツ、ほうれん草の和え物。そして定番の味噌汁。どれもミコトとアキラの世界にある物ばかりで、マァムはアキラに作り方を教わった。練度も日々に上がっている。

 

「この匂い。また知らない食べ物を作っているわね」

 

「私も初めてですね。どんな朝食を頂けるのでしょうか」

 

 起床したレオナとマリアンは脱衣所の鏡で身嗜みを整えて、客室R2に戻る途中の廊下で、食堂・キッチンから流れてくる味噌汁の匂いを受けた。二人にとって初めての匂いであるが、朝に元気が湧くほど美味しそうな匂いで朝食が楽しみになる。昨日の寝る前の話で、マリアンはカレーライスを食べてみたかったそうだ。そして再び足を進めて客室R2に戻り、後で部屋に来たドラミちゃんから「停船の向きを変えた」との話を聞いて窓から見える大海を眺めたり、談笑したりして朝食までの時間を過ごす。なお、ドラドーラ号の停船向きを反転させた理由は、レオナ達の居る客室から海が見えるようにする為の配慮である。そうしないと、甲板の下である此処の窓では岬の側面が目の前にあって景色が窮屈なのだ。ミコト陣営は、客人へのサービスも抜かりない。

 

「レオナ、マリアンさん。待たせたね。準備が出来たよ」

 

 それから15分経ってレオナ達は、ミコト達に呼ばれて廊下で合流。改めて「おはよう」と朝の挨拶をし、そしてドラえもんとドラミちゃんが先導して、皆はドラドーラ号を出てダイの家前へ向かう。因みにミコトは麦茶二リットル入りのペットボトル二本とと人数分の食器を入れたカゴを持ち、ミトンを嵌めたアキラは味噌汁を入れた鍋(大きめ)を持ち、マァムは朝食を詰めた三重箱を包んだ白いふろしき(ミッフィー&メラニーの絵柄)を持つ。ミコトの方の荷物が一番重い。男ならば、女のより重い荷物を持つべし!

 

(あの元気一杯な子が、ダイなんですね)

 

 ダイの家が見える所まで進むと、そこの家の近くでダイが元気良くパプニカのナイフで素振りをしていた。昨日貰ったばかりの武器に早く慣れろという事だろう。そんな彼を微笑ましく見ながら、距離を縮めていくミコト達。初めてダイを見たマリアンも、レオナの言った通りだと感じて自然に微笑んでしまう。

 

「ピィ!」

 

「あっ、レオナ、みんな。おはよう! ……そのお姉さんは誰?」

 

 近くまで進むと、昨日の夕食で使ったテーブルの上に居たゴメちゃんは笑顔で飛び立ち、ダイは気付いて素振りを中断し、ミコト達に向けて左手を振りながら挨拶した。それから、レオナの傍に居るマリアンを見て、綺麗な人だなと思いながら訊ねてくる。

 

「ふふっ、おはよう。彼女は私の専属のマリアンよ」

 

「初めまして、勇者ダイ。昨日はレオナ姫を助けて頂き、ありがとうございました」

 

 応えて笑顔でダイに朝の挨拶をするミコト達。次にレオナは自分の侍女を紹介した。続けてマリアンは、昨日初めてミコト達と会った時と同じように、深々とお辞儀をする。また勇者(前はテムジン達から)と言われて、ダイは照れ臭そうだ。その間にミコトとアキラとマァムはテーブルで朝食の配膳を始める。更にドラミちゃんは、マリアンの分の椅子を四次元ポケットから取り出す。レオナと話が終わったダイは家の中に入って、杖磨き中のブラスを呼ぶ。

 

「みんな、おはよう。今日も良い顔で何よりじゃ。……そちらの方は、レオナ姫に仕える者ですかな?」

 

「はい。長老様、その通りでございます」

 

 ミコト達から朝の挨拶を受けたブラスは笑顔で応え、今でもレオナの傍に立っているマリアンを見て、考えられる事を訊ねた。違いなく合っているので、素晴らしい洞察力だ。昨日の戦いでミコトの考えを読めた時といい、流石は長老。マリアンは応えて上の者と接するのと同じ姿勢で、昨日のお礼と自己紹介をする。初対面だが、以前にレオナから彼の事も聞いていてご存知だ。これでお礼を言うべき事は、全て果たせたのである。

 

「みんなー! お待たせ。ささ、席に座って」

 

 数分経って配膳が終わったら、アキラがダイ達を呼んだ。彼等は食事を楽しみにして椅子に腰を下ろし、それを確認したミコトとアキラとマァムも椅子に腰を下ろす。そして、いただきます。初めてのマリアンだが、早朝にレオナから聞いているので、遅れずに食事前挨拶が出来た。

 

 美味しく食べて談笑したり、マリアンは手先が器用で直ぐに箸を上手く扱えたり、飲み物を除いて食器に口をつけてはいけないという食事の常識からレオナとマリアンは味噌汁のお碗に対して戸惑ったり、料理が得意なマリアンがミコト陣営の料理レシピを知りたいと言ったり、そんな食事時間であった。そして、ごちそうさま。

 

「ダイ。これからの事だけど……パプニカ王国の人達を送るから、いつもより早く島を出発する」

 

「えーーっ!!」

 

 朝食の後は何をしようかとテンションが高いダイだが、言いにくかったミコトの突然の話で大きな声を上げてしまった。そんな彼に、此処から東遠くの海岸にある聖なる船を指して状態の説明をする。見ての通り帆がないから、このままでは国に帰れない事。そこで風動力ではないドラドーラ号が聖なる船を引っ張って、パプニカ王国まで連れて行く事。元々は今日の朝が、レオナ達の出発予定である。ミコト達の島旅行で、いつもの帰り時間は二日目の夕方前。レオナ達もそれに合わせると予定以上に、聖なる船に居る人達を待たせてしまうのだ。

 

「ごめんね。次来たら、この埋め合わせするから」

 

「うん、分かった」

 

 アキラは申し訳なさそうにお願いすると、ダイは駄々をこねる事なくレオナが無事に帰れる事を祈る心中で顔を縦に振る。彼女の言う埋め合わせとは、滞在時間を延ばすとか、美味しい物を作るとか、何か面白い事を用意するとか、色々ある。

 

「それと、ダイ。宿題を渡すから、字の勉強も頑張ってね」

 

「えー」

 

 抜かりなく、漢字ドリル一冊をダイに渡すミコト。嫌そうな顔をして漢字ドリルを受け取る彼を見て、苦笑するレオナ達。将来の為、携帯電話を使う為、必要な事だ。この前、ブラスに漢字辞典と国語辞典を渡してあるので、勉強の際に教わると良いだろう。宿題と言っても、提出はしなくて良い。やるかやらないかは、本人の自由である。

 

 その後、皆の話したい事が一通り終わったら、ミコト陣営とマァムが食器とテーブル・イスを片付ける。地面に付いたテーブル・イスの跡を、消しておくのも忘れない。ダイ達とレオナ達は、彼等の様子を見たり、お喋りしたりして待つ。

 

「帰る前に記念写真を撮ろう」

 

 そう言ってドラえもんは、カメラと三脚を取り出した。これはレオナにとっての記念写真だ。初めてであるから、ミコト達が見本を見せて説明する。そして全員は位置に着いて、カメラのオート撮影で写真を一枚!

 

 カメラから出てきた写真には、中央の森を背景にし、前列で左からドラえもん、ブラス、ダイ、ゴメちゃんを抱えるレオナ、ドラミちゃん。後列で左からミコト、アキラ、マリアン、マァム。勿論、一人一人が笑顔で写っている。

 

「ふふっ、お父様とお母様に見せるのが楽しみ」

 

「思い出を形にして残せるなんて、驚きましたね」

 

 ドラえもんから受け取った写真を見て、つい笑顔になるレオナとマリアン。お城に帰った後、初めて写真を見るパプニカ王と王妃はきっと驚くだろう。写真があると自分と出会った人物について説明しやすい。画像があれば、聞くだけよりも細かくイメージ出来るのだから。

 

 もうすぐ島を出発するので、皆は岬へ向かう途中で聖なる船に立ち寄った。そこでミコトとドラミちゃんとレオナは船に上がり、船尾甲板で海を眺めている船長に会う。関係者のマリアンが船に上がらずに他の皆と待っているのは、レオナと共にドラドーラ号に乗って帰るつもりだ。航海中でミコト達と話したいという理由はあるが、ドラドーラ号の快適さに味を占めたらしい。

 

「そうですか。……姫様と侍女を宜しく頼みましたぞ」

 

「はい。承りました」

 

 レオナから話を聞いた船長は暫し考え、反対する事なく信用してミコトに二人の命を預けた。それで彼は深く頭を下げて引き受け、パプニカ王国到着まで責任を持つ。航海中で万が一、二人の身に危険が及んでも全力で守ると。

 

 次はドラミちゃんが船長にトランシーバーを渡して、使い方や船の牽引での指示について説明する。実際に試してドラミちゃんのトランシーバーに繋いで話したところ、船長は「おお!」と感嘆して連絡に便利だと感じたのであった。航海中でドラミちゃんが指示を出し、受けた船長が乗組員達に伝達するという流れとなる。これで船長と話が終わったミコト達三人は聖なる船から砂浜に降り、皆と岬の方へ向かう。

 

「元気でね、ダイ。立派な勇者になって、また会える日を楽しみにしているわよ」

 

「うん、頑張るよ。レオナも立派な賢者になってね」

 

 岬の右側でドラドーラ号に乗り降りする場所の前にて、両組ともお互い別れの挨拶をした。最後にダイとレオナは名残惜しい気持ちを振り払い、自分の目標に向けてお互い頑張ろうと笑顔で握手する。誰からどう見ても、あの二人は恋人同士かと思われる雰囲気であった。だから見守って応援するギャラリー。しかしマリアンに至っては数年で、そろそろ婚期がヤバイのではなかろうか。

 

 最後の挨拶が済んだレオナはミコト達と共に、ドラドーラ号に乗った。そしてドラえもんとドラミちゃんは運転室へ行き、五人は甲板左側で出発を待つ。暫くして乗り降りする所の可動フェンスが閉まり、ドラドーラ号はゆっくりの横移動で岬を離れて行き、そのまま聖なる船の東へ。その間に、手を振りながら「またね」と叫ぶ両組。

 

 聖なる船の東まで横移動したドラドーラ号は、動きが止まって船尾(背面)のハッチが開いた。その円形のレンズからトラクタービームという光のチェーンが発射され、聖なる船の船尾に着弾。そしてゆっくりと、船と船の間の距離50メートルから、距離5メートルまで引き寄せられていく。この瞬間はミコト達も、ダイ達も、聖なる船の人達も、見て驚くのであった。

 

 ドラドーラ号の後ろまで引き寄せられた聖なる船は、今でも受け続いているトラクタービームによって船首をドラドーラ号に向けるように180度回頭された。そしてドラドーラ号は聖なる船を牽引して、東の大海へ発進するのだった。目指すはパプニカ王国。航海距離は約2400㎞。到着予定日は翌日の朝。聖なる船が耐えられない為、最大船速600ノットで航行しない。

 

 

==========

 

 現在、ドラドーラ号は55ノット(およそ時速102㎞)で、ラインリバー大陸の南の海を航行中。連結しているからまるで、海の上を走る特急列車のようだ。船二隻とも10㎝くらい海の上に浮いているので、船内に揺れはない。禁止しないが、安全の為になるべく甲板に出ないようにと聖なる船の人達に指示を出してある。勿論ミコト達も全員、船内に居る。

 

 午前は自由に自分の時間を過ごして、昼食を終えて今、ミコトは船長室でノートパソコンを使って色々学習中。ドラえもんも船長室に居るが、昼食の前に船の運行をオートにして午後は何もやる事がないので居眠り中。女性陣五人はリビング代わりの食堂におり、アキラとマァムとドラミちゃんは窓側の椅子に座って、レオナとマリアンは廊下ドア側の椅子に座って、テーブルの上に数個の携帯電話があり、携帯電話についての話をしている。因みに此処の椅子数は八人分。

 

「うん。メールはこれで良いよ」

 

「簡単なのね。文字を入れるのに、ちょっと大変だけど」

 

 メールについての説明の後、試しにレオナとマリアンは受け取ったばかりの携帯電話を説明通りに操作してアキラにメールした。それで問題なく届き、アキラは笑顔で応えて返信する。それで着信振動した携帯電話を操作して、返信メールを確認したレオナは自信あふれる顔で感想を言い、マリアンは同感して頷く。ミコトランド製は操作しやすいように作られているが、たとえド■モ製なら二人は使い方を理解するのに大変であろう。この世界の人間社会で電話は無い為、携帯電話で電話するとしたら、携帯電話を知らない人達からは、独り言を言っているように見えて変に誤解されてしまう。だから連絡はメール中心で、着信の知らせも音ではなくバイブレーション(振動)だ。まぁ、マナーモードである。

 

 次は、気に入った風景を撮影していつでも見られる写メについての説明。この世界に肖像権は無いが、勝手に人の顔を撮るのは良くないという注意も含めて。それから、自分の現在位置を知ったり携帯電話を持っている人の現在位置を知ったり出来るナビマップについての説明。人工衛星のX線透過で建物内・洞窟内の構造を読み取ってミコトランド内のコンピューターが解析して自動的に内部地図を生成するというカラクリの説明は難しいからしないが、パプニカ王宮の中の地図も出ると話したら流石に二人も驚いたと言うまでもない。けれどマリアンは、日常で偶にレオナと離れる事があっても、携帯電話があれば専属としての仕事がしやすいと大喜びである。王宮の何処に居ようと、迅速でレオナの呼び出しに応えられるのだから。

 

 携帯電話の説明が終わったら、のんびりと女の子同士で談笑。その内に夕方になってドラドーラ号がラインリバー大陸の南東海域に入る頃、ここ食堂の窓で北北東離れた海域にドクロマークの帆船が映った。偶々、レオナは窓を見た時にドクロ船を目撃して声を上げてしまい、四人も首を傾げて窓に顔を向ける。

 

「海賊の船よね? あれ」

 

 レオナは本で読んだ事があるのを思い出して確かめると、四人は顔を縦に振った。ドクロ船改め海賊船はこっちに向かって来ているにもかかわらず、皆に慌てる様子はない。何故なら、この船は高速で進んでいる為、風動力の海賊船は追い付ける筈がないからである。帆船でパプニカ王国からデルムリン島までは七日間掛かるに対して、ドラドーラ号なら一日間(本当は約二時間)だと、以前に聞いたのでレオナとマリアンは乗っている船の速さについて知っている。ほか、聖なる船の人達も。

 

 ラインリバー大陸東部(魔の森の向こう)でロモス王国も知らない所に盗人の町や海賊のアジトがあるらしく、この海域は運が悪いと海賊が出没する。その為、ロモス王国ソフィア港とベンガーナ王国の港またはパプニカ王国の港を結ぶ定期便にとっては厄介な海域だ。毎月デルムリン島へ行くミコト達もこの海域を通るが、ジェット機並みの速度で進むから気にする事はない。でも……。

 

――突然、海賊船の東の海面から何かが飛び出した!

 

「ガァアアアアアアアアッ!!」

 

 頭に大きい一本角があって鼻の上にまた大きい一本角で更にマンモスみたいに上へ曲がった巨大な二本牙が目立ち、海賊船よりも巨大な赤い(ややピンク)竜の怪獣が鋭い目で凄まじい雄叫びを上げて海賊船に……いや、ぶつかる直前の海面に顔から突っ込んだ。後も、東洋の竜(この世界で言うサラマンダー)のような長い胴体がアーチを描き続け、漸く尾ヒレが出て顔が突っ込んだ海面へ消える。もし当たったら、木っ端微塵だ。よって、怪獣に恐怖した海賊達は船の針路をラインリバー大陸東部へ変更して撤退。そんな一部始終を見ていた四人(ドラミちゃんを除く)は、驚いて言葉も失うのであった。

 

「……あ、あのモンスター。遠くから見ても、大きかったわよね」

 

「そうですね……。海賊さんの船よりも」

 

「ぶつからなくて良かったけれど、恐ろしいわ……」

 

(どこかで見た事があるような……。うーん)

 

 遠くからでも感じた怪獣のド迫力さに、震えた声で皆に言うレオナ。彼女と同様に恐怖のまま、頷くマリアンとマァム。比べて魔王の方がマシだと思える程である。アキラも震えているが、何か思い出そうとしているあたり、あの怪獣に見覚えがあるらしいい。

 

「みんな、落ち着いて。あれはリバイアサンと言って、海の平和を守っているわ」

 

 怖がっている四人を見てドラミちゃんは、リバイアサンと言う怪獣について説明して、敵ではない事も話して落ち着かせる。此処では説明しない逆に、船長室ではドラえもんがミコトに、リバイアサンは未来のミコト陣営が作った超大型ロボットであると説明している。ミコトとアキラが初等部四年生に進学する前の三月に公開した映画「ドラえもん のび太の南海大冒険」で登場したリバイアサンの再現だそうだ。海の治安を守るのが目的で、ああいうド迫力にしないと海賊は引き下がらないだろう。別に悪者を殺す気はなく、ただ脅かすだけであり、反抗してきたら船を沈まない程度に破壊して海底からトラクタービームで近くの陸地へ連れて行く仕様。密かに船難波のSOS対応も。各州に一体ずつで、計六体も大海の中を徘徊している。人間社会で騒ぎはあるだろうが、海賊に襲われて輸送に大打撃を受けるよりはマシだ。

 

『ドラミ殿。聞いて立ちすくむ程の恐ろしい声がしたのだが、そちらは……姫様は大丈夫かね?』

 

 リバイアサンにインパクトが強過ぎて四人は頭の中から離れない中、ドラミちゃんのトランシーバーが鳴って通信を繋げると、聖なる船の船長がレオナを心配して訊ねてきた。船内防音仕様のドラドーラ号と異なり、聖なる船の方はリバイアサンの雄叫びが丸聞こえになっていて、乗組員達は恐怖したらしい。窓が無い甲板下船内なので、外の様子も分からない。そんな不安感が漂う中で、船長はドラドーラ号の中の様子が気になったのだ。それでドラミちゃんは、レオナとマリアンは大丈夫である事を伝えて、さっき四人に話した内容と同じリバイアサンの説明もする。

 

『ふーむ……分かった。危険がない事については、乗組員の皆に伝えておこう。それでは失礼した』

 

 説明を聞いた船長は安堵して、半信半疑ながら味方だと分かったリバイアサンの事を頭の中に刻んで通信を切った。近い未来、全世界で新たにリバイアサンの伝説が生まれるだろう。今までなかった出現の原因は謎のままである。転生モンスターに関しても同じ事(ロトゼタシア州を除く)だ。

 

 数分後、廊下ドアが開いてドラえもんが入って来て、夕食の食材を入れたダンボール箱を持ったミコトが入って来た。島旅行二日目の昼食以降の食材は用意していない為、此処で持っている食材はミコトがノートパソコンでミコトランドに注文して、船長室にある電子レンジ外見の転移装置で送られてきた物である。注文品をダンボール箱にまとめて、その箱を魔法の筒に入れた状態での転送なので、転移装置は大きくない。狭い船の中だから当然だ。

 

「うん。僕もリバイアサンを見て驚いた。敵じゃないって、ドラえもんから聞いたよ」

 

 リバイアサンの話題が続いている彼女達に応えて、未来の自分が滅茶苦茶オーバーなモノを作ったなんて心の中で呆れながらミコトは話す。アキラは真実を後で知る事になるだろう。ややこしい話である以上、マァムには内緒だ。

 

「あっ、食材だ。夕食は決めたの?」

 

「今は夏だから、冷麺を作ろうかと」

 

「冷麺? 食べた事がないから楽しみね」

 

「私もです。作り方も是非」

 

「また知らない食べ物……」

 

 ミコトが持っているダンボール箱の中を覗き込んだアキラは、料理テンションを上げて彼に夕食メニューを訊いた。それでミコトの答えを聞いたマァムとマリアンは、冷麺とは何なのかと興味を持つ。しかし今日の朝食も昼食も初めて食べる物ばかりで、いいかげん馴染のある料理が食べたいと、レオナは遠い目であった。

 

 夕食はミコトとアキラが作る冷たくて美味しい冷麺。箸で麺類を食べるのは初めてである。食事の後は片付けた後に、皆でトランプゲーム。この世界のトランプゲームはポーカーとブラックジャックの二つだけでどちらもギャンブルであるが、此処ではミコトとアキラの世界で定番のババ抜きや七並べや神経衰弱をする。こんな意外な遊び方により、ギャンブルを好まないレオナとマリアンはトランプのイメージが変わったのであった。ゲームが終わったら、紅茶とカステラを味わいながら談笑。まったりと、レオナとマリアンとお話が出来るのは、これで最後である。

 

 後は入浴と就寝で、ドラドーラ号がベンガーナ王国の南の海域を通る夜を過ごすのだった。ベンガーナ王国の東隣にアルキード王国があったが、11年前に謎の大爆発で消滅してしまった。その後は吸収されて今はベンガーナ王国の領地だ。だからアルキード王国の南の海域という名前はない。

 

 

==========

 

 翌日の朝。今は晴れているが、昼から雨が降りそうだ。ミコト達は朝食の後に、片付けや降りる準備を済ませて、今は食堂に居て窓からホルキア大陸を眺めている。其処はパプニカ王国の遥か西で、森が広がっていて海沿いに海岸がない。

 

「あっ、塔だ」

 

「高いわね」

 

「ふふっ、あれは大礼拝堂よ」

 

「塔の礼拝堂なんて、珍しいね」

 

「高くする事で、神様がおられる天界と近い方が、私達の祈りが通じやすいんです」

 

 窓の景色で、ホルキア大陸が見えてから長かった森が漸く終わり、平原と海岸が暫く続くと見えてきた天高い塔。此処まで来るとパプニカ王国は目前だ。そこでレオナは無事に帰国できた安堵を感じつつ、自慢するように生き生きしてアキラとマァムに応えた。聞いて珍しく思うミコトに応えて、マリアンは微笑んで理由を説明する。高いと天に近いって、分かりやすい。

 

 パプニカ王国の港の南まで進んだドラドーラ号はゆっくりと減速し、止まると超低空浮遊が解けて海面に着水する。後ろで牽引されている聖なる船も同じく。着水した事によって、船内が波で揺れる。食堂での窓には、離れてパプニカ王国の全体が映っている。王国の一番前は港で木造・石造りの船ドックや倉庫等が建ち並び、至る所に山積みの荷物があり、船着き場に数隻の帆船が停泊している。港から北の階段または坂の先に大きな城下町があり、更に北はシンデレラ城みたいな美しいお城が建っている。西の森の北に並ぶ草木一つも無い荒れた山とは違い、王国の北と北東と東に並ぶ山は緑豊かで美しい。西の森の北が荒れているのは恐らく、その辺りに魔王の居城だった場所がある影響だと思われる。

 

「白が多くて綺麗な国ね」

 

「うん。住んでみたいなぁ、と思ってしまうよ」

 

「同感。あの司教さんが国を手に入れようなんて、納得だ」

 

 王国全体で木造の建物の殆どは白い塗装なので、眺めて美しく感じるマァム。やっぱり画像と本物は違うと思いつつ、同感だと頷くアキラとミコト。自分の生まれ故郷を褒められて、レオナとマリアンは嬉しそうだ。この後、ドラえもんは「甲板に出ても良い」と言い残して食堂を出て運転室へ向かう。これからは帆船より少し速い速度で船を進めるから、甲板に出ても大丈夫との事だ。

 

「わたしは船長さんに連絡するから、みんなは先に行ってて」

 

 そう言ってドラミちゃんはトランシーバーを取り出して、聖なる船の船長と通信を繋げた。彼女は後で運転室へ向かうが、ミコト達五人は頷いて食堂を出て階段を上って先の部屋のテーブルに荷物を仮置きして左サイドドアから甲板に出る。その間、ドラドーラ号は大きく左カーブしてパプニカ王国の港へ。

 

「んんー、やっぱり外は良いな」

 

「まったくだ。一日中船の中に居るのは窮屈だったからな」

 

「おっ、本当にパプニカ王国だ!」

 

「しかし、わずか一日で帰れるとは……」

 

「ああ、俺もびっくりだ。島までは七日掛かったってのによ」

 

「無事に帰れたのはいいが、昨日の恐ろしいうなり声は何だったんだ?」

 

「船長から聞いた話では、リバイアサンと言う巨大な竜の魔物らしいぜ」

 

「敵じゃないって言ってたが、本当かねぇ」

 

 ミコト達は船首甲板で涼しい風にあてられながら王国を眺めていると、後ろの聖なる船から八人の水兵達の歓声が聞こえてきた。両腕を上に伸ばして欠伸する二人。左の船フェンスから王国を眺めながら、会話する三人。昨日のリバイアサンについて色々考える三人。それぞれである。船長はというと、トランシーバーを携えて聖なる船の船首で立って待機。その隣に副船長たるコック。因みにこの世界では月火水木金土日の一週間がないので、七日間と言う。

 

「……? 大灯台の頂上から光がお城の方に?」

 

「もしかしたら、見張りの方が此方レオナ姫を確認されて、国王陛下に報告する為にルーラを使われたと思います」

 

「成る程」

 

 港の東にある大灯台の頂上に居る人達は望遠鏡を使って、ドラドーラ号に居るレオナを発見すると慌てて隊内の魔法使いがルーラで王宮に戻るところ。それを見て首を傾げるアキラに応えて、マリアンは考えられる事を話した。聞いて、仕事が早いと感心するミコト。ルーラとは一度行った事がある場所へ光の速さで移動出来る呪文である。非常に便利だが、使い手は稀少だ。しかし、エスタード州にあるダーマ神殿で転職すれば、誰でも習得可能。

 

 それから30分経過。港の近くまで進んだら、トランシーバーを用いて聖なる船の船長の案内に従って被牽引の聖なる船を、港の西端にある専用ドック(壁に王家の紋章がある)に押し入れてトラクタービームを解除した後、ドラドーラ号はドックと東隣の船着き場にバック停船して右の可動フェンスを下ろす。

 

 それまでの流れの間、港に居る人達はというと、こちらの船二隻を見るなり歩行や仕事などの自分の日常行動を止めてざわつく。その中で聖なる船を良く知っている者は驚愕の顔である。今の聖なる船は帆とマストが全て無くなっているのだから当たり前だ。もはや事件で、城下町の方から兵士達や野次馬達が港に殺到する有様。それでどうしようかと、溜息をつくレオナとマリアン。予想はしていたが、冷や汗が流れてしまうミコトとアキラとマァムであった。聖なる船の船長も、頭を抱えて胃を痛めている事だろう。

 

 自分の荷物を回収してドラえもん達と合流したミコト達は、ドラドーラ号の甲板右側で待機。暫くして、ドックの出入口から出てきて右(出入口を見る視点では左)に曲がり、こっちに走ってきた聖なる船の船長に誘導されてドックの出入口前へ移動。そこには、魔法の筒九本入りダンボール箱を持ったコックと水兵八人と、ロープで縛られている紺色フードの二人(テムジンとバロンで、民達に顔を見せない為)が立っている。そして、周辺に誰一人も通さない壁となっている百人近くの兵士達。円弧状の包囲の外側にざわつく野次馬達。まるで立てこもり事件のようだ。

 

 この状態で数分経つと、北にある城下町から坂を下りる立派な白馬馬車が見えてきた。本当に、この国は白が多い。その馬車はこっちに向かってきて、包囲の兵士達が道を開けて内側に入る。馬車の外の席で白馬を動かしていた、古ぼけた軽装備鎧(ピンク?)を着た短い白髪口髭の初老男性と、賢者の衣装(ミニスカ)を着た黒髪セミロングの若い女性(口紅を付けていて美人)は、馬車を止めて直ぐに降りて近付いてきてレオナに向かって跪いて、丁寧に迎える言葉と洗礼儀式の労いの言葉を告げる。二人は安堵の表情であるが、予定より六日早い帰還や見張り番からの聖なる船破損の報告で、どういう事かと訝しむ心境だ。当然、王宮で待っているパプニカ王も。

 

「ふふっ、ただいま。バダック、エイミ」

 

 初老男性(57歳)の名前はバダック。若い女性(17歳)の名前はエイミ。レオナは無事だと示す元気良い笑顔で、二人に応えた。それから二人とマリアンは互いに目で頷く。二人もマリアンと同じで姫様のお付きであるから、察しがつくのなら言葉でなくても意思を伝える事が可能らしい。仕事上で連携はとれていると思う。

 

「陛下がお持ちですぞ」

 

「さあ、馬車にお乗り下さい」

 

「分かったわ。……でも少し待って」

 

 笑みを返したバダックとエイミは立ち上がって馬車の方へ行き、左サイドドアを開けてレオナに乗車を促した。でも彼女は寂しそうに少しの時間を頂いた後に踵を返し、お別れを言う為にミコト達の元へ近付く。思ったよりタイミングが早くて名残惜しいからか、歩く足が遅い。

 

「みんな、ありがとう。初めての体験ばかりで、今回の旅はとても楽しかったわ」

 

「それは良かった。お姫様としての立場は、責任感や不自由なところがあって大変そうだけど、頑張ってね」

 

「話したい事や悩んでいる事があったら、気軽にメールしてね」

 

「無理はしないでね。アキラの言う通り、助け合いましょう」

 

 レオナは寂しい気持ちを振り払って、笑顔でお礼を言ってミコトとアキラとマァムとドラえもんとドラミちゃんの順に握手をした。その際に携帯電話の事を思い出したら、心の中にある寂しさが激減するのであった。次は「お世話になりました」とマリアンも同様にミコト達と握手。そしてダイの時と同様に、再会を楽しみにする笑顔でお互い手を振って別れの言葉を言う。挨拶が終わったレオナとマリアン(侍女らしく彼女の後ろに着く)は、また踵を返して馬車の方へ。別れの挨拶を見ていたバダックとエイミは、レオナに新しい友達が出来ていた事で、お付きの者として嬉しそうだ。正直なところ、異性のミコトを見て何か思う事はあったが、恋愛って感じがしなかった事で安心?している。

 

 レオナが馬車の中に乗ると、エイミがドアを閉めた。次は互いに頷き合うお付きの三人。そしてエイミとマリアンは馬車の外の席に腰を下ろして、手綱で白馬に指示して発進させた。馬車は右カーブして北方で兵士達の包囲を抜けて城下町への坂へ向かい、上って王宮へ帰っていく。それを見送るバダック。どうやら彼はパプニカ王からの命令があって、この場に用事があるらしい。

 

「さて……」

 

 バダックは気持ちを切り替えて威厳がある感じになり、包囲の兵士達や野次馬達に向かって、この件の詳しい事は後で国から知らせると伝えて皆を自分の持ち場に戻らせた。お姫様のお付きである立場から、兵士としての地位は高いようだ。周辺の騒ぎは収まったので、安堵するミコト達と聖なる船メンバー達。この場が静まったら、バダックはドックの出入口前へ歩く。

 

「若者達よ。レオナ姫が世話になった。わしはパプニカの兵士でバダックと申す」

 

 先ずはミコト達に向かって、お礼と自己紹介をするバダック。さっきの威厳の感じはなく、穏やかである。ミコト達も畏まった様子で自己紹介を返した。次は全員に事情聴取を行うが、その前に聖なる船の状態を見て貰う事になる。よって皆はドックの中へ。

 

「……ひどい有様じゃな。報告は本当だったか」

 

 真ん中の甲板に大穴が開いて帆とマストが無い聖なる船を見て、嘆くように呟くバダック。それで皆に加害者を見るような目で見られて、そっぽを向くバロン。実にその通りで、彼が聖なる船を壊した張本人だ。

 

「しかし、よく帰れたな。島まで遠いじゃろうに」

 

「はっはっは、帰りは彼等の船に引っ張って頂いた」

 

 帆が無い状態でどうやって遠い島から帰ってきたのかと不思議に思うバダックに応えて、聖なる船の船長は苦笑して、帰還方法について話した。ドラドーラ号は速かったから、わずか一日で帰れた事も話す。ミコト達は口出ししない。

 

「成る程。どうりで、予定より六日早かったんじゃな。……あんな凄い船を作った人に会ってみたいわい。かっかっかっ」

 

 聞いたバダックは納得し、ドラドーラ号のデタラメ性能で愉快に笑う。彼は「パプニカの発明家」と自称するそうで、技術系に興味があるらしい。それで「誰が作ったのか?」とミコトに訊いてきたが、お爺さん(年老いた未来の自分)と答えている。嘘は言っていない。天才だと言ってきても、苦笑して流すだけである。

 

「そういえば、テムジン殿は?」

 

 船の話はさておき、事情聴取で洗礼儀式の旅の責任者と話がしたいと思ったバダックは、キョロキョロしてテムジンを探す。ドック前に来てから今まで彼の姿はない事が、後になって気が付くのであった。

 

「……わしは此処におる」

 

「なっ!? これはいったい?」

 

「バダック殿。落ち着いて聞いてほしい」

 

 二人の水兵がテムジンとバロンに被せたフードを外して顔を見せると、バダックは驚愕して目を疑った。自分もパプニカ王からも信頼出来る人が、このように逮捕されているのだから無理はないだろう。そんな彼を見て、聖なる船の船長は遺憾である様子で、事情を説明する。テムジンとバロンがレオナを暗殺しようとした事、その上でパプニカ王国を乗っ取ろうと謀った事、バロンがキラーマシーンを使って聖なる船を壊した事、デルムリン島の者達とミコト達が二人の野望を阻止した事。最後に、コックが持っている箱を指して、テムジンの部下達全員を魔法の筒に入れてあると話す。

 

「うーむ……。テムジン殿、バロン殿。反逆を謀ったのは、本当かね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「ふん。否定はしない」

 

 未だ信じられないバダックは確かめると、テムジンとバロンは潔く白状した。ただ、テムジンは人が変わったかのように、元気がない弱気になっている。全てが失敗に終わって、正に人生を諦めた感じだ。バロンはプライドが高いから、シラを切るような見苦しいマネはしない。それで事実だと分かったバダックは、パプニカ王に報告し辛いと、右手で頭を抱えながら溜息をつく。それから、改めてミコト達にお礼を言うのであった。此処に居ないダイへの、お礼はいつか会えた時にするつもりだ。

 

「さて、王宮に戻るとするか。……の前に、護送する二人にフードを被せておいてくれ」

 

「はっ! 了解であります!」

 

 事情聴取が終わった後、バダックは水兵達と五人で、テムジンとバロンとテムジン部下九人(魔法の筒に入れたまま)を王宮へ護送して行き、コックと水兵達四人は旅の後片付けの為に、聖なる船の中へ行った。そして、聖なる船の船長はミコト達に「三日間、世話になった」と最後のお礼を言った後、ドラミちゃんにトランシーバーを返却する。

 

「私は船に戻るが、君達はこれからどうするのかね?」

 

「そうですね。……折角だから、観光しようかと思っています」

 

 ミコトは次の予定を考えて、聖なる船の船長の質問に答える。昼まで一時間以上はあるし、折角パプニカ王国に来たのに、直ぐ帰るのは勿体ない。それにドラドーラ号の速さなら、たとえ夕方までは大丈夫だ。

 

「そうか。君達の船は私が預かっておこう。本来なら、港の管理者に停泊の料金と税金を払わないといかんからな」

 

「船長さん。そこまでのご配慮、ありがとうございます」

 

 ドックを含む港の西端辺りの地主は王国であり、火元責任者は聖なる船の船長。自分の権限で一日中、ドラドーラ号を停めてある船着き場を貸してくれるようだ。よって、800G(ゴールド)の料金・税金を払わなくても良い。それでアキラが頭を下げてお礼を言うと、彼は笑って「世話になった謝礼だ。気にするな」と応えて、聖なる船の中に入って行く。

 

「ミコト。観光するって言っていたけど、お金は持っているの?」

 

「お金は持ってないよ」

 

「私も」

 

「はぁ……。私も持って来ていないわよ」

 

 マァムの質問で顔を横に振ったミコトとアキラは、この世界のお金を持っていない。パプニカ王国に行くなんて急展開は、予想しなかったマァムもお金を持って来ていない為、溜息をついてしまう。お金が無いと城下町で昼食は食べられないし、有料の神殿には拝観出来ないし、レイラへのお土産も買えない。勿体ないと思うくらい、つまらない観光になる訳だ。

 

「大丈夫。お金ならあるよ」

 

 ドラえもんは笑顔で、四次元ポケットからゴールド袋(5675G入り)を取り出して見せた。そのお金は未来のミコト陣営が残したもの一部と、ミコトハウスロビーにある自動販売機の収入だ。仕入れ先のミコトランドは無料なので、支出は一切ない。それで三人は安堵し、ミコト達五人はドックを出て港から坂を上って城下町へ向かうのだった。

 

 

==========

 

 パプニカ王国の城下町。中央に大きな広場があり、北の大通りの先は貴族達の居住区で一番奥は王宮があり、東の大通りの先は平民達の居住区で東門を越えた一番奥は広大な農場があり、西の大通りの先は工業区で一番奥は外の平原に出る西門があり、南の大通り全体がアーケード(アーチ屋根は無い)になっていて多くの店(安全の為、武器屋は含まない)や宿屋等が挟んでいて一番先は港である。前述の通り、どの建物も白ばかりだ。また、城下町の南西に多くの神殿や兵士の宿舎がある。一番人通りが多いのは広場と南大通りであるが、夜の工業区北部はゴーストタウン並で、秘密の多い施設もある所為で治安も悪い。そんな場所は、特に女子供は近付く事なかれ。

 

 午前は神殿巡り(大礼拝堂の塔以外)して、正午辺りは美味しいパスタ料理や海鮮料理で評判が良い店で昼食を食べて、午後現在は南大通りで各店の外に並べられている品物の数々を眺めながら歩いているミコト達。広い道の真ん中に荷馬車等が良く通り、両端には多くの歩行者で賑わっている。買う意思が無いのに、店内に入るのはマナー違反だ。冷やかしお断りについては、現代日本と比べて厳しいらしい。店内に入ってしまったら、せめて何か一個は買うべし。買わない商品に触れるのもダメ! 服に関して試着の際は、店員に申し出する必要がある。話は変わるが、彼等に美少女二人とロボット二人がいる為、こっちを見てしまう人が多い。特に彼女がいない男達は嫉妬の目で、ミコトを見ている。そんな妬ましい殺気を受けているミコトは、以前に麻帆良で運動部仲良し四人組(アキラ、明石裕奈、和泉亜子、佐々木まき絵)と一緒の休日買い物で慣れているので、何ともない。

 

「良い服が沢山あって、見ているだけでも楽しいわね」

 

「うん。質が良さそうな化粧品や、綺麗なアクセサリーもあるし」

 

「そういえば……。パプニカ王国で生産される布等の衣類は非常に品質が良いって、パソコンのデータにあったよ」

 

 女性に人気がある物ばかりで、テンションが高いマァムとアキラ。そんな中、ミコトは以前にノートパソコンで、パプニカ王国について勉強をした事を思い出して言う。東の農場で化粧品と布の原料を生産し、北の鉱山で宝石やパプニカメタル(アルミニウムのように軽く、鉄より丈夫で、磨けば美しく輝く)を採掘し、城下町北西部の工業区で化粧品や衣類やアクセサリー等を製造している。魔法の力を施した一部の製品は、軽く一万Gを越える程、かなり高価。それらを各国へ輸出もしており、経済大国のベンガーナ王国から収入が大きいようだ。逆に輸入については、調味料や肉類食材や家具類や国に無い生活用品等。

 

 衣服はまたの機会にして、記念にミコトはイエロースカーフ、アキラはブルーリボン、マァムはレッドリボン、レイラへのお土産に香水、以上四つの品物をそれぞれのお店で購入した後で中央広場へ向かう。購入した品物に、何の特殊効果はないし、高級品でもない。この世界は科学文明レベルが低く、紙を大量に生産出来ないので、此処にお買い上げの品を入れる紙袋は無かった。購入証拠の為のレシートも無い。なお、アキラとマァムのリボンは、色違いで御揃いのデザインだから友情の証みたいである。

 

 四方向の大通りが交差する中央広場。此処も人通りは多いが、朝と夕方の通勤ラッシュだと更に混み合う。王国に電気も水道も無いので、噴水なんてものは見当たらない。北西に武器屋と防具屋があり、北東に酒場やギルドや掲示板があり、南側は空きになっていて行商人が露店を開く事がある。ギルドとは冒険者達が集う場所で、依頼(クエスト)を受注したり、情報交換したり、旅の出会いを求めたり、色々ある。建物は広く、酒場も含まれる。店主はルイーダと言う、気が強い女将さん。店内で喧嘩するごろつき達でさえ、黙らせるという逸話あり。しかし現時点では、ミコト達と縁のない場所だ。トラブルが多いから、興味だけで入らない方が良い。

 

「どう? 似合うかしら?」

 

「うん。良い感じで、雰囲気も変わったよ。……アキラのリボンは久し振りだね」

 

「やっぱりゴムバンドではなくて、リボンにしようかな」

 

 中央広場南西にて、マァムはゴーグルを外してレッドリボンを着けて髪型をポニーテールにイメチェンした。そしてアキラの方も、ポニーテールに纏めたゴムバンドをブルーリボンに変えた。それでミコトに褒められて、ドラえもんとドラミちゃんに共感されて、二人は頬を紅く染める。本当に可愛いと思っているが、彼女達の気持ちを考えてストレートに言わない。ミコトはポニーテール好みらしいから、マァムも以後はその髪型で生活する事になる。アキラも以後はリボンだ。リボンについての話が終わったら皆は、直ぐ近くの白塗り木製ベンチで休憩。

 

「あの建物から出てきた男の人。凄い兜を被ってるね」

 

「大きい金槌が付いた兜なんて、変わってるなぁ」

 

「重くて、首が痛くないのかしら」

 

「そうだね。レスラーに向いていると思うよ」

 

「ええ。見る限り、あの人もレスラーだと思うわ」

 

 ベンチから北に離れた北西の武器屋から出てきた大柄な中年男性。店主に勧められて、ロシア人っぽい彼は「どたまかなづち」を装備している。あれを見てダサイと思いながら、珍しい顔をするアキラとミコト。少し引き攣った顔をしたマァムのコメントに、頷くドラえもんとドラミちゃん。彼女の言う通り、お連れの人がゴメスと呼んだ、あの男はレスラーで首の芯が強いから大丈夫だろう。しかし、あの兜は目立つので、周りの人達から変な目で見られている状態だ。彼等は南大通りへ行った後、再びミコト達はのんびりと広場全体を眺める。

 

「モグモグ……あっ!?」

 

「お兄ちゃん? どうしたの? ……うそ!?」

 

 ドラえもんはどら焼きを食べながら、ベンチから東に離れた南東の空き場所にある露店を眺めていたが、アラビア風のターバン行商人が売り物追加で道具袋から黒い玉を取り出した瞬間、驚愕して時間が止まったかのように硬直してしまった。それによって地面に落としてしまう食べかけのどら焼き。そんな彼を見て首を傾げたドラミちゃんも、そっちを見て驚愕して目を疑う。そんな二人の様子を見たミコトとアキラとマァムは「何事?」と状況が分からないまま困惑するのであった。

 

「く、黒の核晶……」

 

「くろのこあ?」

 

「説明はあとで! 急いで買い取って回収しないと!」

 

 ドラえもんは震えた声で、黒い玉の名前を呟いた。初めて聞いたミコト達三人は説明を求めるが、余裕が無いドラミちゃんは話を一蹴して、回収して処理するのが先だと言う。そして全員は立ち上がって、早歩きであの行商人の元へ。お金が足りなくて買い取れなかったらどうするんだろうと、ミコトは思いながら。

 

 露店の敷物の上には現在、やくそう、どくけしそう、まんげつそう、せいすい、せいなるナイフ、おなべのフタ、はかいのつるぎ(一個限り)、やいばのよろい(一個限り)、魔王の玉(一個限り)、以上九種の品物が並べられている。目的の黒の核晶は魔王の玉の事で、行商人が名付けたものである。本当の名前は分からないし、どんな効果があるのかも知らない。因みに、はかいのつるぎとやいばのよろいを見たミコト達は引き攣った顔をしていた。厳つい悪魔ドクロとか刃だらけとか、見た目は怖いから当然である。

 

「いらっしゃいませ! 当店に何をお求めかね?」

 

「……その黒い玉をください」

 

 いつもの営業スマイルで接客する行商人に応えて、ミコトはドラえもんに言われた通りに黒の核晶を指して注文する。それを近くで見れば、六枚花びらのツボミみたいなデザインで、サイズはソフトボールと同じくらい。今までの修行で培った本能から、訳の分からない亜寒・寒気を感じる。

 

「魔王の玉かね。五万ゴールドになるが、買うかい?」

 

「ご、五万ゴールド!?」

 

「高い……」

 

「行商さん。どうして、その名前に魔王があるんですか?」

 

 黒の核晶を手に取った行商人は「この人達も買うのを諦めるだろうな」と思いながら、ミコト達に黒の核晶の値段を掲示した。あまりにも高過ぎて目を見開くミコトとアキラ。そう簡単にはいかないと、溜息をつくドラえもんとドラミちゃん。二人と同様に驚くも、名前に魔王がある事について疑問を抱くマァムに応えて、行商人は買い取った日の事を思い出して話す。数年前、パプニカ王国から北西山脈にある地底魔城に潜った冒険者が買い取って欲しいと言われて買い取った事。一番奥の隠し部屋の宝箱の中の小さい宝箱の中の更に小さい宝箱の中から見つけたと聞いて、魔王の遺品であると判断した事。どういった効果があるかは不明だが、宝箱を三つ使ってまで厳重に保管されていたから、きっと凄い物に違いないと「商人の勘」が働いて高価にした事。しかしいつまで経っても、買ってくれる人が現れず、各国を旅して買い取ってくれる人を探しているのが現状だとか。コレの他に、はかいのつるぎとやいばのよろいも同様らしい。

 

「――っと、話が長くなってしまったね。……本当に買ってくれるのかい?」

 

「買います! 金貨50枚で良いですか?」

 

「ッ、金貨か……これはありがたい。正直、ゴールドだと重いですからな」

 

 大金を持っていた予想外で心中驚いた行商人は、ドラえもんからベンガーナ金貨50枚入りの布袋を受け取った。そして布袋を開けて本物か否か、枚数は合っているかを確認する。その間にミコト達三人は、こっちの財産はどれくらいあるんだろうかと、思うのであった。底が見えない感じだ。

 

「待たせたね。毎度あり」

 

 良い取引だと喜んだ行商人は、黒の核晶をミコトに手渡す。商人として、商品が売れれば良いので、お客さんが何に使われるのかについて疑問を持つ事も追求する事もしない。何があっても、責任は負わない。まぁ、クレームは受け付けないって事だ。

 

「四次元ポケットに入れてしまえば、一応は安心だね」

 

「えっ、それは危ない物なの?」

 

「ええ。詳しい事は、ドラドーラ号に戻ってから話すわ」

 

(危ない、か……。さっき触って感じたけど、とんでもない魔力だったなぁ)

 

 広場内南西のベンチに戻り、ミコトから受け取った黒の核晶を魔法の筒(物品用)に入れて、四次元ポケットに入れて安堵するドラえもん。そこでアキラは訊ねるが、ドラミちゃんは「後で」と言う。人が多い場所では、話せない内容らしい。危ない物らしいと聞いたミコトは、さっき黒の核晶に触れて感じた事から、否定できないと思うのであった。

 

「あっ、雨が降ってきたわ」

 

「……もう帰ろうか。もうすぐ夕方だし」

 

 昼からくもりだった天気だが、ついに雨が降り始めた。それでマァムは呟く中、広場全体では、濡れるのが嫌な人達は慌てて家に帰るか近くの建物の中に入っていく。いつの間にか、南東の露店は無くなっている。雨を気にしない人達は、何も変わった様子はない。そしてミコトが「帰ろうか」と言い出して、皆は「賛成」と頷いて、ドラえもんとドラミちゃんが出した傘をさしてドラドーラ号へ戻るのだった。因みに傘は三本で、ミコト以外は相合傘である。マァムに悪いから、ミコトとアキラの相合傘はしなかった。

 

 

==========

 

 港に戻ったミコト達は、西端のドックに立ち寄って聖なる船の船長にお礼と別れの挨拶を済ませた。そしてドラドーラ号に乗り込み、運転室へ行って出港し、パプニカ王国を出る。パプニカ近海を過ぎたら最大船速で、シーゲートのあるベンガーナ王国南方海域沖へ。今は大雨で風も強いから波は高いが、宙に浮いているこの船なら危険は無い。

 

 此処は運転室。最大船速まで急加速によるG(ジー)が収まったところで、ドラえもんは船の運転をオートに切り替えた後で運転席を後方へ回し、一番前列の座席に座っているミコト達四人と向かい合った。目的場所まで一時間以上あるので、ミコト達三人が気になっていた黒の核晶についての話に入る。

 

「……一言で言えば、地図が変わるレベルで大陸を吹き飛ばす超爆弾なんだ」

 

「もし爆発したら、パプニカ王国ところかホルキア大陸が地図から消えていたわ」

 

 大げさに怯える演技を見せたドラえもんとドラミちゃんからの衝撃的な話で、絶句してしまうミコト達三人。こっちはミコトランドのデータベースで黒の核晶の存在を知っているが、本来は魔界しか伝わっていない為、この地上に住む人々は存在を知らない。あの行商人が数年も、知らずに持ち歩いていたのである。知らないとは恐ろしいものだ。もし知ってしまえば、発狂するかショック死するであろう。まさかあんな危険物が自分の国にあったなんて、レオナに言えない話だ。知らぬが仏。なお、黒の核晶のメカニズムや製造方法については、暇があったらノートパソコンに参照の事。

 

「地底魔城で見つけたと聞いたけど、思った以上に魔王は狂っているわよ。きっと」

 

「確かに、正気じゃない話だ」

 

「うん。あんな爆弾が使われる前に、勇者のアバンさんが倒して良かった」

 

 マァムとミコトとアキラは、魔王に対する印象が悪くなってしまった。ドラえもんとドラミちゃんからも同じく。だがこれは、誤解である。黒の核晶について実は、魔王が作った物ではない。彼が魔界から地上へ上がる前に、知り合いのマッドな魔族から頂いた物(無理矢理)で、扱いに困っていた。地上侵略が目的なのに、あれを使っては本末転倒だから元々使う気はなく、厳重な宝箱に封印して隠したという訳だが、どこぞの冒険者が盗掘したのである。

 

「ところで、あの処分はどうするの? そのまま、ネイル村に持って帰るわけにはいかないし」

 

「そうね。爆発しないようにしてあると言われても、近くにあるだけで居心地悪いわ」

 

「もちろん。ミコトランドの地下深くにある危険物保管庫に入れておくよ」

 

 このまま黒の核晶をネイル村に持って帰るのは勘弁したいと考えるミコトとマァムに応えて、ドラえもんは苦笑いして対処について話す。危険物保管庫は、この世界で非常に危険な物を見つけたら回収して、管理下に置く為の場所だ。ミコトランドの地下深くにあるのだが、闇の世界という裏ワールドにある。あの世界は、モノクロで色が無い。

 

「……本当に恐ろしいわね。魔族って」

 

「いや、人間も一緒だよ。僕が前に居た世界では、パプニカ王国くらいの規模まで吹き飛ばす原子爆弾を作れるから」

 

「うん。この世界で今は無理でも、文明が発展して発明される可能性があるよ」

 

「まぁ、原料のウランやプルトニウムは存在するって、データベースにあったしねぇ」

 

 黒の核晶の一件で、魔族に対する認識を改めるマァム。しかし、人間も侮れないと言うミコトとアキラ。そこで、さらりと怖い事を言うドラえもんであった。現に、この世界の鉱山で採掘している人が放射性物質に被爆して倒れる謎の事故が、過去に何度も起こっている。当然、この場合は採掘場所を閉鎖して、新たな場所を探すという訳だが。あれは毒ガスだと判断している。

 

「そういえば、11年前にアルキード王国が大爆発で消えたと歴史にあったけど、あれと関係があるのかな」

 

「いえ、その可能性は低いと思うわ」

 

 こないだ、ノートパソコンで学んだ歴史内にあるアルキード王国消滅について、もしかしたら黒の核晶の所為だろうかと思ったアキラに応えて、ドラミちゃんは顔を横に振る。あれが原因だとしたら、テラン王国やベンガーナ王国も巻き込んでギルドメイン大陸南部が消失していただろう。ところが現実では、アルキード王国の王宮と城下町がクレーターと化しただけ。そういう事で原因は、未だ不明だ。

 

 そんな感じでミコト達は色々話している内に、ドラドーラ号はシーゲートを潜ってミコトランド南東ドックに到着。次に船から降りたミコト達はドックを出て、黒の核晶を危険物保管庫に置く為に研究所へ行くドラえもんやドラミちゃんと別れて、先にどこでもドアの館経由でネイル村へ帰るのだった。今回の島旅行は命の危機もあって大変だったが、友達も増えて楽しかったと思い返しながら、傘をさして館までの外を歩いて。

 

 

つづく

 




はい。パプニカ王国で、びっくりな第11話でした。

ハドラーの名誉の為に言っておきますが、決してアタマオカシイではありません。また、知り合いのマッドな魔族は、大魔王様の事でもありません。

マァムのポニーテールは、魔甲拳の鎧化(アムド)状態のと同じです。この第11話以降は、その髪型となります。


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012 緊急連絡で王子の救出

 レオナ暗殺未遂事件から九ヶ月経過。その間に積み重ねた修行で、ダイとマァム(ポニテ)と大江山ミコトと大河内アキラは強くなり、瞬動術をマスターし、制御補助なしで闘気・魔力を制御出来るようになった。日常生活で変わった事があるといえば、毎晩レオナと携帯電話メールで一日の出来事等の世間話をしたり、ビニールハウスによる畑仕事を始めて村に貢献したりしている。魔の森のモンスターの村侵入が二回あって、退治したりもした。いつまで気にしていてもしょうがないので、黒の核晶の事はすっかり忘れている。各国で大きな事件も無く、今でもギルドメイン州は平和だ。最後に、パプニカ王国でテムジンとバロンはどうなったのかについてだが、裁判が終わって二人は自由が限られた奴隷として国に貢献している。過酷な扱いはしない。死後はどうなるのかについて曖昧(天国と地獄は本当にあるのかは不明である事)であるから、生きている間に罪を償うべきであって、処刑はしないとの事だ。

 

 そして今日の夜。嬉しい知らせと言うか大事な話があって、マァムがミコトハウス二階に来ていた。よって現在、ミコト達五人はリビングで紅茶でも飲みながら談笑している。その嬉しい知らせとは、今晩にレオナからのメールを読んだ事から始まった。因みに皆は入浴済み。

 

「ふふ、驚いたわ。先生がパプニカ王国に来ていたなんて」

 

「今日、国王陛下との謁見で、レオナがダイや私達の事を話したらしいね」

 

「次のデルムリン島旅行で、アバンさんに会えるから楽しみだな」

 

 嬉しい知らせの内容は、漸く勇者アバンが見つかった事であった。彼等(教え子が一人いるらしい)は明日にロモス王国ソフィア港行きの船定期便でパプニカ王国を発って、到着先の港から小舟をレンタルしてデルムリン島へ渡る予定で、ダイと出会うのは約九日後になる。何事もなく予定通りであれば、12日後の島旅行でミコト達がアバンとご対面となるので、とても楽しみの様子だ。

 

「あのね……先生にも、この世界の本当の事を教えてあげても良いかしら?」

 

 提案してミコト陣営にお願いするマァム。時が来るまでは、何もきっかけがない限り、世界の真実について秘匿としているが、ギルドメイン州を救ってくれたアバンにも知って欲しいのだとか。また、自分の様々な知識を広めて役に立てたいと本人が言っていた理由もある。それでミコト陣営は、誰一人も反対しなかった。

 

「今、アバンさんは男の子一人と旅をしているって、メールにあったけど、どんな人だろうね?」

 

 当日に出会って友達になれるかもしれない少年の事が気になるミコト。それで苦笑しながら頷く四人。残念ながら、アバンの教え子はお偉いさん苦手で謁見に出ていない為、レオナはアバンから聞いた事しか知らない。聞いて知った範囲では、自分と年が近い男の子である事だけだ。

 

「そういえば、アバンさんのところでマァムの先輩がいるって、前に言ってたよね」

 

「ええ。名前は確か……ヒュンケルと言う銀髪のお兄さんって、聞いているわ」

 

 アバンの教え子という今の話題で、以前のマァムからの話を思い出すアキラ。それで先輩についてもう一度話して、いつか会ってみたいと思うマァム。彼の名前はヒュンケル。今年で21歳になる。15年前の魔王討伐後から一年間、アバンから剣術を学んだ先輩で、卒業後は一人旅で今でも剣の修行を続けていると聞いている。当然、経験の差でダイやミコトよりも強い。

 

 こんな感じで、そろそろ寝ようかなと思う時間まで、アバンに関する話は続いた。その後は玄関へ移動して、ミコトとアキラ(ドラえもん達はリビングの片付け)が、帰宅するマァムを見送る。それから洗面所へ行って、二人仲良く歯磨き。この世界に歯医者さんは存在しないので、歯石掃除はミコトランド内のメディカルルームで行っている。そのほか、年一回の人間ドックも。健康が一番だから、メンテナンスは重要だ。

 

「アキラ。明日で、この世界に飛ばされて一年になるね」

 

「もう一年かぁ……。あっという間だね」

 

 歯磨き・うがいを終えて、洗面所の直ぐ近くの西窓から、キラキラ星降る夜空を眺めて、自分の両親やクラスメイト友達の事を思い出しながら遠い目をするミコトとアキラ。夜空に広がる無数の星の何処かに、かつて自分が暮らしていた地球の太陽系があるかもしれない。中等部三年生から一年経てば、今のクラスメイト達は卒業して高等部だ。こっちは取り残された気分である。もしも異世界へ飛ばされなかったら、二人とも共学高等部(男子校・女子校で別か共学校のどちら)を志望して進学する進路コースの筈だった。

 

 気が済むまで夜空を眺め続けた後、二人は互いに「おやすみ」と言って自分の部屋に戻って、パジャマに着替えてベッドに寝入るのだった。

 

 

==========

 

 七日後。その日の夕方始め(時計で表すと15時頃)に緊急事態が起きた。ミコト達三人は日常通りに昼から、ミコトランド修行場で修行をして休憩している時に、ドラえもんとドラミちゃんが「大変だ!」と叫びながら駆けつけて来たのである。

 

「そんなに慌てて、何があったの? まさか、モンスターが村に入って来たとか」

 

「いや、身内や村の事じゃないんだけど……ラインハット王国の王子が誘拐された」

 

 此処で緊急と言えば、魔の森のモンスターの村侵入だと思ったミコト達だが、ドラえもんは顔を横に振って事情を話す。さっきまで、ドラえもん達は作業ロボットと一緒で、セントベレス州ラインハット王国北はずれにあるどこでもドア小屋のメンテナンス作業を行っていたところ、王国を出た人達……山賊と見られる数人の男達が、王子だと思われる子供を担いで、東遠くの遺跡らしき建物へ向かって行ったのを目撃したとの事。ラインハット王国の事情については此方と無関係だが、偶然で一大事なところを見てしまった以上、人道的に放っておけないのだ。

 

「王子様を助けに行きましょう!」

 

「そうだね。急ごう!」

 

 地面に置いたハンマースピアを拾い上げ、強く握りしめて気を引き締めた表情で言うマァム。それでアキラとミコトも、武器を拾い上げて頷いた。三人とも凛としていて、勇ましい。目的地で救出の際に人間同士で戦う可能性が高いが、修行を積み重ねたおかげで、九ヶ月前と比べて覚悟も勇気もある。

 

 ドラえもん達も賛成してそうと決まれば、今日の修行を中止し、走って修行場を出るミコト達五人。タワーホテルのエントランスを通り抜け、外に出てどこでもドアの館へ向かい、中に入ってセントベレス州と通じる南西どこでもドアを潜り、その先の小屋から外に出る。因みにミコト達三人が、セントベレス州に足を踏み入れるのは初めてであった。しかし携帯電話のナビマップを使う事で、迷子になる心配はないだろう。

 

 小屋の外。天気はミコトランドと同じで晴れ。この小屋は低い山の上にあり、南遠くにラインハット王国の王宮と城下町(王宮の直ぐ西)が建ってあり、南東遠くに高い山脈があり、東遠くに目的地である遺跡があり、かなり南西遠くに広い川や川を挟む二つの小さい建物がある。周辺は殆ど平原で、小さな森や岩山がいくつかある。更に丸いサボテンや竜の子供や少し大きいスライムに乗った小人等の、モンスター達が徘徊している。

 

「あら、此処は昼前なのね」

 

「時差か……。これはまた新しい体験だ」

 

「うん。北に太陽があるのは、初めて見た」

 

 セントベレス州の時間は、ギルドメイン州より四時間遅い。それで、以前にダーマ神殿へ行った時と逆だと感じるマァム。前に居た世界でも海外旅行に行った事はなく、初めて時差を見たミコトとアキラは、生活のリズムがおかしくなりそうだと思った。これは所謂「時差ボケ」である。

 

「あっ! 変なネコを連れた子供が遺跡の中に入って行った」

 

「しかも一人だけ」

 

「なんだって!?」

 

 紫色のターバンとマントを身に着けた六歳くらいの子供やチーター模様のネコが、東遠くの遺跡に入って行くところを、双眼鏡で見たドラえもんとドラミちゃんは驚いて声を上げた。それを聞いて驚愕し、無謀だと思ったミコト達。普通に考えて、小さな子供が大人数人に敵う筈がない。下手したら殺されるか、奴隷として売られるかもしれないのだ。勇気と無謀は違う。よって時間が無いと思ったミコト達五人は、走って東遠くの遺跡へ。

 

「あっ! 不気味なモンスターが入口に出てきた」

 

「確かに不気味ね。両手が蛇になっているなんて」

 

「強そう……。中に入って行った子供は大丈夫かな」

 

 前方の地面の中から出てきたセミとモグラの合成モンスターを何度も避けて進み、漸く遺跡の近くまで来たミコト達。しかし、古ぼけた茶色の石造り遺跡の出入口から、両手が蛇になっている覆面マスクとマントの人型モンスターが三体出てきた。名前はダークシャーマンとへびておとこ二体。不気味にくねらせる蛇両手の彼等を見たミコトとマァムは「呪われそう」だと顔を引き攣らせ、アキラも同感してあの子供の事を心配する。確かに子供一人では、勝てそうにない。取り敢えず、ドラえもんとドラミちゃんはミコトランドのデータベースにアクセスして、ミコト達三人にモンスターの特徴を説明する。注意すべき事は、上級催眠呪文ラリホーマと極大閃熱呪文ベギラゴンの二つだ。ベギラゴンの威力は修行場のシミュレーターで見た事はある。

 

「貴様らは何しに来た? 誰一人も此処を通すな、とゲマ様から命令を受けている。お引き取り願おうか」

 

「誘拐された王子様の安全を確認するまで、このまま帰らないよ」

 

 ゲマと呼ばれる上司の命令で、出入口を立ち塞ぐ三体横一列の真ん中のダークシャーマンが、ミコト達に訊ねて威嚇した。だがミコト達は怯まず、武器を構えて答える。彼等を倒さないと中に入れないのである。帰りの事を考えると、放置しないで退治してしまったほうが安全だ。

 

「そうか。返答はどっちにしろ、逃がす気はないのだがな。……我ら光の教団の邪魔をする者は許さぬ。此処で死ぬがいい!」

 

 ダークシャーマンは叫ぶと、へびておとこが二体同時にミコト達へ襲い掛かった。その直ぐにダークシャーマンは両腕に炎を纏わせてベギラゴンを唱え始めようとするが、ミコトが瞬動で間合いに入って斬りつけて仰け反らせて阻止。表情が見えない覆面の中で驚いた事だろう。左のへびておとこはマァムへと、右のへびておとこはアキラへと対峙する。敵を倒す手段を持たないドラえもんとドラミちゃんは後ろへ下がって応援だ。もしもこっちに突っ込んできた時に備えて、ひらりマントを出している。

 

 早く仕留めて食べようとする敵三体とも蛇の腕で、人間の急所である喉首を狙って嚙みつこうとするが、ミコト達三人は持っている武器で攻撃を弾いた。修行場のシミュレーターで高レベルのモンスターと模擬戦をしてきた三人なら、反応出来ない速さでもない。急所攻撃に失敗して苛立ったからか、両腕の蛇手ラッシュによる激しい猛攻。だが武器(ミコトは盾がある)で防がれたり、回避されたりして、一撃も入らない。

 

「がぁあああああっ!?」

 

 猛攻の中、隙を見つけたミコトの反撃で、ダークシャーマンの右腕を斬り落とした。それで彼は苦悶の悲鳴を上げ、斬られた右腕蛇は地面を飛び跳ねる。その様子を見ていたドラえもんは、最後の足掻きで嚙みついてきたら危ないと判断して、四次元ポケットから瞬間接着銃を素早く取り出して撃ち、今でも飛び跳ね続けている右腕蛇を地面に貼り付ける。片腕を失った事で、ベギラゴンを撃たれる心配はなくなった。

 

「グギャアッ!?」

 

 蛇手ラッシュ攻撃を捌いていたマァムはバックステップで距離を取り、正式僧侶修行で習得した中級真空呪文バギマを唱えて、へびておとこを切り刻んだ。その次は、右腰ホルダーにある魔弾銃を素早く抜いて射撃。以前にネイル村長老が魔法薬莢に込めた中級火炎呪文メラミが命中して、へびておとこは炎に包まれた火ダルマとなって断末魔の叫びを上げる。呪文を使った後に魔弾銃を使えば、このように呪文を連続で放つのが可能だ。

 

 蛇手ラッシュ攻撃しているもう一体のへびておとこは足元がお留守(前ばかり見ていて、足元にも意識を向けていない)のようで、アキラの足払いですっ転んでしまった。それで起き上がろうとするが、彼女の水神槍の力による間欠泉(噴火みたいに地面から吹き上がる水柱)で上空へ吹き飛ばされる。そしてアキラが水神槍を大きく振り上げて、放った三日月状水刃による追い撃ちで一刀両断。空中で左右真っ二つになったへびておとこは地上に落ち、安全の為にドラえもんとドラミちゃんが瞬間接着銃で、左右の腕蛇を地面に貼り付ける。

 

「くっ……。撤退してゲマ様に報告だ」

 

 自分の仲間がやられて一人になり、片腕も失って戦況は不利だと判断したダークシャーマンは、悔しい思いをしながら遺跡の中へ逃走した。強敵な邪魔者が現れたと、上司に伝える為に。そんな彼を見たミコト達は、直ぐに追わないで一息をつく。こっちは全員無傷で、今回の戦績は完勝であった。ダークシャーマンのベギラゴンを阻止した結果だろう。

 

「もしかしたら、王子様を誘拐した犯人は人間に化けたモンスターかも」

 

「さっきのモンスターは言葉を話せていたから、その可能性はあるわね」

 

「どちらにしても、誘拐犯は人質を取る事が多いよね。その時はどうしよう」

 

「……そうだ! 前にロトゼタシア州で手に入れたアレが役に立つかも」

 

 遺跡の中に居る誘拐犯について考えるミコトとマァム。そこでアキラは以前にテレビで良く見かけた事から、誘拐事件において最悪の展開について話した。それで皆は対処方法に悩む中、ドラえもんは何かを思い出して四次元ポケットから黄色い玉を取り出して、人質対処作戦を説明する。黄色い玉はイエローオーブと言って、未来のミコト陣営がロトゼタシア州どこでもドア小屋建設時に襲ってきた盗賊達からの戦利品らしい。そして、人質を取られても大丈夫だと分かったら、ドラえもんとドラミちゃんはとうめいマントで隠れて、用心して遺跡の中へ。

 

「ぬわーーーーっっ!!」

 

 ミコト達は遺跡の中に入ろうとしたその時、出入口の中から断末魔の叫びや地面が響く位の大きな衝突音と共に強烈な熱風が吹いた。それで驚いて反射的に両腕で熱風を防いだ彼等は、中で何があったかを確かめるべく早足で遺跡の中に突入する。王子や紫の子供は無事なのか、不安であった。

 

 遺跡の中に入って、真っ直ぐの坂通路を下っていくと、広い部屋に出た。この部屋の床や壁や天井も、外側と同じ茶色い石造り。両端で二つの水路があり、部屋出入口は前方と後方で二つのみ。天井は高いので、体育館のように広い。明かりは、天井近くで高い所四方のタテシマ模様の隙間から入る太陽の光で少し明るい。

 

 此処で繰り広げられている様子を目の当たりにして、ミコト達は驚いてしまう。部屋の中央に立って、こっちを向いている紫ローブの魔族が死神の大鎌を持って、あの紫の子供を人質にしているところ。紫ローブの魔族の足元で、救助対象の王子がチーター模様のネコと一緒に倒れているところ。部屋の奥出入口と紫ローブの魔族の間のフィールドで、左の馬獣人と右の牛獣人が挟み撃ちで、立ったまま抵抗しない黒髪口髭中年男性を殴り続けているところ。ミコト達と紫ローブの魔族の間のフィールドで、ダークシャーマンが真っ黒コゲとなって仰向けで息絶えているところ。と驚くべき点が多かった。これが初めての魔族遭遇である。

 

 人間側。白い布の服で紫ターバンと紫マントを身に着けた黒髪の男六歳児の名前は、リュカと言う。白と青い王子服を着た緑髪の男六歳児の名前はヘンリーと言う。赤タテガミでチーター模様のネコはキラーパンサーの子供で、プックルと言う名前が付けられている。白いタンクトップと白いズボンで皮の腰巻や剣の鞘(背負い)を身に着け、逞しい筋肉がつき、尋常でないカリスマを感じさせ、黒髪でツンツンとおさげ、口の上に立派な髭の30代前半男性の名前の名前は、パパスと言う。

 

 魔族側。雄々しい赤タテガミで、立派な筋肉で大きい肩の白馬獣人の名前は、ジャミと言う。軽装備鎧を着た、頭一本角で大きい犬歯牙二本のピンク色牛獣人の名前は、ゴンズと言う。紫色を地にして橙色のラインや模様が付いているローブ(フード付き)を身に着けた青色肌魔族男性の名前は、ゲマと言う。

 

「ほっほっほっほ。役立たずの報告にあった者達ですか」

 

 不気味な笑みを浮かべているゲマは、ミコト達を見て目を細め、ダークシャーマンの焼死体をゴミ扱いにして言った。その口振りで、敵前逃亡だからという理由だけで部下を殺したと悟ってしまったミコト達は、心の中で「悪魔だ」と思ってしまうのであった。話し声が聞こえたジャミとゴンズはパパスへの殴打を止めて、ミコト達の方に顔を向ける。ゲマが人質を取っている為、いくら助けが来ようと余裕な様子だ。あんな嘲笑いが腹立たしい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 二人からの殴打が止み、全身打撲の痛みを我慢して、倒れないように必死で足腰に力を入れて立ち状態を保ち、人質に取られている息子のリュカやこっちと同じで王子を助けに来たであろうミコト達を見ているパパス。殴られる度に歯を食いしばる気力を消費した為、息を切らしている。予想外で助けが来たから彼は嬉しく思ったが、かなりの不安もある。それは、人質に取られている息子の命が、自分だけでなくミコト達の行動次第でもあるからなのだ。

 

「貴方達の目的はラインハットの王子でしょう。どうぞご自由に。……この子の魂は永遠に地獄をさまよう事になり、後ろの父親に恨まれるでしょうね」

 

「……ッ!?」

 

「くっ、なんて奴なの」

 

 救助の報酬を求める金の亡者の冒険者なら平気で余所の者を見捨てるであろう事を、ゲマは口角を吊り上げて促した。それで更に不安感が増したパパスは、彼の背後を睨みつけながら怒りが増していく。子を想う親の気持ちを嘲笑うなんて許せないと、マァム達もゲマを睨みつける。ミコト達がまともな人間であると分かったら、パパスはホッとし、ゲマはつまらなさそうだ。

 

「ゴールドアストロン!」

 

 ゲマの近くで、見えない何かがイエローオーブの発動ワードを唱えると、リュカが光り出して黄金像になった! その現象を見たゲマとジャミとゴンズとパパスは「何が起こった!?」と驚いてしまう。今がチャンスとなり、ミコトは瞬動でゲマに急接近してリュカを奪い取って救出し、アキラは瞬動で高速移動してヘンリーを抱いて、マァムは瞬動で高速移動してプックルを抱いて、後に三人全員は再び瞬動で高速移動してパパスの元へ。

 

「げはっ!?」

「グハッ!?」

 

 移動先の安全を確保する為に、瞬動後直ぐにアキラはジャミを、マァムもゴンズを、回し蹴りを繰り出した。彼女達に蹴り飛ばされた二人は、ゲマの両隣を通り過ぎて地面を転がる。これにより、さっきフィールド上で混ざっていた敵と味方の陣形がハッキリと二つに分けられた。

 

「り、リュカ……」

 

「金色だけれど、アストロンと同じで、お子さんは大丈夫です。……ベホマ!」

 

「! ……ありがとう。助かった」

 

 リュカとヘンリーを優しく地面に置き、素早く武器を構えて前衛に立ち、パパス達を守るミコトとアキラ。プックルにも優しく地面に置いたマァムは、パパスに近付いて落ち着かせた後に、正式僧侶修行で習得した上級回復呪文ベホマで全身の打撲傷を癒した。黄金像になったリュカを見て気を取り乱しそうになるパパスだが、話を聞いて「アストロン」のワードが聞こえたのを思い出し、息子の身の安全で安堵して両目を潤し、お礼を言う。ミコト達が来るまで彼自身は、本当にもうダメだと思っていたのだ。

 

「ほっほっほっほ。まさか一瞬で人質を取り戻されるとは、予想外でしたよ」

 

「この女ぁ。よくもやってくれたな!」

 

「オノレ……殺ス!」

 

 驚きから気を取り戻して、向きをパパスのいる方へ反転したゲマは普段の不気味な笑みの表情だが、殺気を放つ程のお怒りであった。彼の後ろで転倒していたジャミとゴンズは、起き上がってゲマの両隣に移動して、こっちを睨んでくる。ゴンズに至っては背中に背負っていた斧剣とスパイクシールドを手に持って。

 

「私からのお礼を受け取りなさい。……メラゾーマ!」

 

 人質作戦の邪魔をした報復で、ゲマは左手をミコトに向けて上級火炎呪文メラゾーマを唱え、直径三メートル近くの火球を放った。一般人では反応出来ない程、弾速が速い。それに対してミコトは、アトムシールドを前に構えて呪文防御のスキルを使い、若干の火傷で済むように耐えきる。後ろにパパス達がいる為、回避しない。因みに呪文防御とは、制御出来るようになった自分の魔力を体に纏わせて呪文ダメージを減らす防御技能である。修行場のシミュレーターで何度も練習をしてきた成果だ。

 

「ミコト……。大丈夫?」

 

「っ、なんとか。……痛いけど」

 

「ほう。少し力を入れたのですが……。意外とやりますね」

 

「大した奴だ。役に立たねぇヘビは、一発で死んだってのに」

 

 修行成果を信じても、やはり心配するアキラに応えて、多少焦げたミコトは痛みを我慢して「大丈夫」だと言った。一発でダークシャーマンを葬ったメラゾーマに耐えた事で、ゲマとジャミは意外と称賛する。あれについて正直言えば、魔法を受け付けないネオハルコンの胸当て・手甲の恩恵もあるが。後ろにいるパパスは、頼もしいと微笑むのであった。

 

「ゲマはわしに任せてくれ。個人的に用があるのでな」

 

 マァムのベホマで回復したパパスは、さっき息子が人質に取られて仕方なく地面に置いた自分の剣を拾い上げ、ミコトとアキラの前に出て息子達の事を託し、武器を構えてゲマと対峙した。数年前から因縁があるようで、息子の事と同等に重要な用事があるらしい。さっき息子を人質にした怒りはあるが、敵だから当たり前な事で仕返しする気もない。ミコトとアキラは察して頷き、マァムはミコトに近付いてベホイミで火傷を癒す。

 

「パパス王は私がお相手しましょう。他の者は頼みましたよ」

 

 ゲマは一歩前に踏み出して、右手に持つ死神の大鎌を巧みに回転させた後に構え、パパス以外の人達をジャミとゴンズに任せた。応えて二人は「了解」と頷く。パパス「王」と聞こえたミコト達は驚くも、感じられる高いカリスマから納得するのであった。

 

 パパスとゲマの両者は地面を蹴って接近し、互いに武器を振るい、カキンと大きい金属音を出してぶつかり合った。左遠回りして迫ってくるゴンズはミコトが交戦し、右遠回りして迫ってくるジャミはアキラが交戦し、マァムはリュカ達を守るように立ち塞いでいる。とうめいマントで姿が見えないが、彼女の両隣にドラえもんとドラミちゃんもいる。

 

「六年前に、お前が連れて行ったマーサは何処にいる?」

 

「貴方の王妃は今、魔界のエビルマウンテンでお祈りですよ。会う事も叶わないでしょうね。ほっほっほ」

 

「くっ、恐れていた通りか」

 

(本当に、意地悪な魔族ね)

 

 何度も鍔迫り合いする中での会話。パパスにとって重要な事は、六年前にゲマが連れ去っていった最愛の妻マーサの行方について。なんと、ゲマは親切に具体的な居場所を教えてくれた。人間の間で、魔界・天界は伝説扱いで行き方も不明である為、わざと居場所を知らせておいて悔しい思いをさせる故の嫌味である。あの日からパパスはセントベレス州を旅してきても、未だ魔界に関する良い情報は見つかっていないのが現状で、思った通りの彼の表情を愉しむゲマを睨みつけるマァムであった。

 

「ヤルナ。オ前」

 

(強い。守りも固いな)

 

 お互い剣と盾のセット装備で斬り合い。実力は互角であり、双方とも剣を盾で防ぐ戦い方の繰り返しで、一撃も入っていない。さっきマァムの回し蹴りが入ったのは、瞬動による不意打ちでの結果だ。一対一の勝負で強気なゴンズは楽しそうで、ミコトは諦めずに頑張っている。

 

「へっ、呪文も吹雪も耐えるとはな。やるじゃねぇか。女」

 

(何かに守られていて、身が固い……。しかも自然回復するし)

 

 一方、この戦闘も勝負が決まらない。アキラは余裕でジャミのヒヅメパンチを回避し、メラミ呪文攻撃や吹雪ブレス攻撃を防御でやり過ごした。アーティファクトの戦闘服の加護もあって、呪文や吹雪からのダメージは超激減。しかし相手のジャミも、特殊なバリアを張っていて全てのダメージが激減し、自己再生回復も早い。つまり、お互いの守りが強過ぎて決着がつかないのだ。それでもアキラはミコトと同様、諦めずに頑張っている。

 

「おとうさん! まけないでー!」

 

「つよいんだな。おまえのちちおや」

 

 イエローオーブの効果が切れて元に戻ったリュカ。そして気絶から回復したヘンリーとプックル。彼等は今、マァムの後ろから観戦してパパスを応援している。きっと自分の父親が勝つと信じているが、さっき自分が完全敗北した相手だから心配でもあった。でも、マァムが笑顔で励ます。

 

「しかし、おまえもオレとおなじだったんだな」

 

「そうね。私もびっくりよ」

 

「ぼくはしらないよ。あとでおとうさんにきいてみる」

 

 パパスとゲマの戦闘中会話を聞いて、パパスが王様だった事からリュカが王子だった事実に驚いているヘンリーとマァム。リュカ本人も今まで知らなかったようで、この戦いが終わったらパパスに訊いて確かめようと思っている。病気で死んだかと思っていたお母さんについても。

 

「むむっ、……そろそろ時間のようです。ここはお預けとしましょうか」

 

「何だと!?」

 

 ぶつかり合いから距離を取って、互いに隙を伺って睨み合う二人。そこでゲマは残念そうに大鎌を下げ、戦闘中断を告げた。突然の事で目を見開くパパス。警戒は続けて武器を下ろさない。ゲマは幹部であってスケジュールが詰まっており、本来なら午前はヘンリーを引き取って光の教団本部に送る予定だった。しかし邪魔が入って午前の任務が長引いてしまった訳である。

 

「邪魔者を始末しておきたいのは山々ですが、私は多忙の身。貴方達と違って暇はありません。……引き上げますよ」

 

「ちっ、もう終わりか」

 

「ハッ、命拾イシタナ」

 

 持っている大鎌を消し、相変わらずの不気味な笑みで、ミコト達とパパス達を勝手に暇人扱いする失礼な事を言って、部下二人を呼び戻すゲマ。それでジャミとゴンズは物足りない顔をして、ミコト達を見ながらゲマの元へ移動する。戦闘は終わりなので、ミコトとアキラは追わない。パパスは、失礼な事を言われて眉間にシワを寄せている。……マァムも。

 

「ほっほっほ。ラインハット王妃を始末しない限り、今回の件は繰り返すでしょうね。……それでは、ごきげんよう」

 

 ゲマは重要な事を言い残して、自分達の周りに闇の渦を発生させ、光の教団本部へ転移していった。今回、ヘンリーの誘拐はラインハット王妃の仕業だ。彼女は再婚した第二の王妃で、実の息子が一人いるが、自分と血の繋がりがないヘンリーが邪魔らしい。ゲマの言った通り、元凶を何とかしないと、また同じ事が起きる。人質を取られても、ミコト達の介入で事なきを得たが、次回は都合良くいかないだろう。そういう訳でパパスは剣を背中の鞘に納めて、浮かない顔で考え込むのであった。ラインハット王国の事情を知らないミコト達は、黒幕が王妃だと驚くばかりで何も言えない。

 

「……っ!? あ……ぐっ」

 

「おとうさん!? どうしたの!?」

 

「お、おい。だいじょうぶか!?」

 

「パパスさん!?」

 

 ゲマ一味が去って数分間は沈黙が続くと、突然パパスは右手で胸を押さえて苦しみ始めて片膝を地面についた。血圧が下がったからか、顔色が青い。その異変でリュカ達とミコト達は、驚いて彼に駆け寄る。因みにミコト達がパパスの名前を知っているのは、さっきゲマ戦で会話を聞いたからだ。

 

「拙い! 心タンポナーデだ! 急いでミコトランドに連れ帰って治療しないと命にかかわるぞ!」

 

「マァム! 早くパパスさんの心臓にベホマをかけて!」

 

「ドラミちゃん? わ、分かったわ」

 

 人の心臓には、心嚢と言う袋みたいなものに覆われているのはご存じだろうか。胸部への強打による衝撃で心臓に傷が付いて出血し、心嚢に血液が溜まっていき、一杯になると以降も出血するにつれて心臓への圧力が強くなっていき、心臓の働きを阻害して機能停止に至り、死んでしまう。その恐ろしい症状が心タンポナーデだ。パパスの異変を見たドラえもんは、自分の体に搭載されたアイカメラで彼の体内をスキャンし、心タンポナーデが判明した途端に血相を変え、とうめいマントを急に外して叫んだ。同じ方法で知ったドラミちゃんも、慌ててとうめいマントを外して応急処置の指示を出し、困惑しているマァムは従ってパパスの胸に手を当ててベホマをかける。それは心臓の傷を治す事で、出血につれての圧力上昇を止めて症状の進行を防ぐ応急処置だ。急に出てきたドラえもん達を見たリュカ達は驚いているが、それどころではない。ミコトとアキラは心タンポナーデを初めて聞いて首を傾げるが、説明も後。

 

「おとうさんは、しんじゃうの? いやだよぉ」

 

「おい。おちつけって。あいつら、なおしてくれるらしいぞ。たぶん」

 

「お父さんは必ず助かるから、ね」

 

「リュカ……。心配……するな……。わしは……大丈……夫だ」

 

 ドラえもんは四次元ポケットから救急担架を出して地面に広げ、ミコトとアキラがパパス(背中の鞘を外して)を救急担架の上に寝かせているところ。心配して泣き出すリュカを落ち着かせるヘンリーとマァム。パパス本人からも、苦しみに耐えて「大丈夫だ。マーサを取り戻すまでは、簡単に死ねない」と言う。

 

「特別製のキメラの翼で小屋まで飛ぶから、急ごう」

 

 ドラミちゃんは皆の武器を預かって四次元ポケットに入れ、ミコトが前でアキラが後ろで、パパスを寝かせた救急担架を持ち上げ、ドラえもんが先導して全員は遺跡から外に出る。そして特別製のキメラの翼を投げて、全員まとめてどこでもドア小屋へ光速飛行で瞬間移動し、小屋経由でミコトランドへ戻るのだった。パパス達にとって未知の場所へ。

 

 パパスの心タンポナーデの原因について。ザコと違って筋力が高いジャミとゴンズからの殴打によるものである。回復呪文による心臓の回復は外傷回復の後(RPGゲーム的に言えば、HP満タン時)となる為、マァムの一回目のベホマでも心臓の傷は回復しなかった。もしもあの時にベホマを二回かけていれば、心タンポナーデにならなかったであろう。知らなかった不注意は仕方ない。

 

 

==========

 

 ミコトランドタワーホテル一階のメディカルルームに運び込まれたパパスは局部麻酔の注射をうたれて、医者ロボットと医療マシーンによって治療を受けた。チューブを通して心嚢に溜まった血液を取り除くだけなので、そんなに時間はかからない。……が、治療後はコンディション調整ビームを浴びながら一時間安静(点滴も)となる。それが終わるまでの時間に、ミコト達とリュカ達はメディカルルーム近くのロビーでお互い自己紹介した後でドラえもん達から、心タンポナーデについて説明中。まだ幼いリュカとヘンリーに理解が難しいのは否めない。プックルは退屈で寝てしまった。

 

「成る程。勉強になったよ」

 

「……」

 

「マァム……。知らなかったから仕方ないよ。今回は間に合ったし、次からは気を付けよう」

 

「アキラ……そうね。これから、もし誰かが胸を強く打ってしまったら、念入りに回復呪文をかける事にするわ」

 

 説明を聞いたミコトは人間についてもっと勉強しようと考え、アキラ(アーティファクト解除)は落ち込んでいるマァムを励ました。彼女が落ち込んでいるのは、パパスにかける一回目のベホマで慢心ミスが原因。励まされて元気になったマァムは、心タンポナーデに対する厳しい注意を心掛ける。これでまた僧侶の熟練度の一つが上がった。心タンポナーデの説明の次は、パパスがグランバニア王国の王様だったとミコトランドのデータベースにあったと説明であった。

 

「リュカ。終わったぞ」

 

「あっ、おとうさん!」

 

 すべて治療が完了し、メディカルルームを出て、此処ロビーに来るパパス。すっかり顔色が良くなって、元気な笑顔だ。それで大喜びしてソファーから降りて、彼の元へ駆け寄るリュカ。声で目が覚めたプックルも追う。そんな親子を見て安堵して「良かったな」と笑顔になるヘンリーとミコト達。

 

「おかげで体の調子が良くなった。ありがとう」

 

「いえ、元気になられて何よりです」

 

 パパスは真剣な表情になり、ミコト達に向けてお礼を言った。勿論、ゲマ戦でリュカ達を助けたお礼も改めて。ミコト達は「王様」だと思い込んで畏まった態度で応え、遅くなってしまった自己紹介をする。パパス本人は「事情があって王位を弟に譲ったから、今は王様ではない」と笑っているが、その事情とはゲマ戦での会話から、妻マーサの事だと察したミコト達であった。

 

「リュカのお母さんは魔界に居るのよね……。行く方法を調べてあげられないかしら」

 

「迎えに行こうと思えば、いつでも行けるよ。細かい場所の手掛かりはゲマが言ってくれたしね」

 

 この世界の情報が何でもミコトランドのデータベースにある事を知っているマァムは、パパスに協力できないかとドラえもんにお願いしてみた。同意見だと頷くミコトとアキラ。なんと、ドラえもんはアッサリと答える。しかも苦笑で。自分にとって非常に都合が良い話だから、パパスは耳を疑ってしまう。それもそうだ。魔界へ行く方法は雲を掴むようなものなのに、直ぐにでも行けるなんて信じられないのだから。

 

「その話……。本当なのか?」

 

「はい。魔界は別世界ではなく、地下深くにある事を知っていますので」

 

(うーむ。この人達の顔を見るところ、妄言ではなさそうだ)

 

 信じられずに「真(まこと)」かと確かめたら、ドラミちゃんが笑顔で答えたので、デタラメではないとパパスは話を信じる事にする。この建物内の雰囲気、さっき自分を治療した未知の技術を感じて期待感はあった。ミコト達に対して「何者だ」と不思議に思うところはあるが、大恩人だから追求はしない。

 

「パパスさん。その前にヘンリー王子を帰してあげて、国王陛下を安心させましょう」

 

「そうだな。……しかし、お城の閉門時間まで間に合うかどうか」

 

 話を聞いたパパスのお願いに応えてマーサを迎えに行く事が決定し、ミコトはセントベレス州の魔界へ行く前にヘンリーを帰してラインハット王国を落ち着かせるのが先決だと言った。パパスは同意見だが、外は夜の帳が下りる寸前の夕方になっている窓の方を見て困った顔をする。ラインハット王国は定時を過ぎると、お城を囲む深く幅広い堀を渡る跳ね橋が閉じてしまう為、お城の中に入れなくなるのだ。閉門時間まで間に合わなかった場合、延期して翌日となる。だが……。

 

「パパスさん。此処はもうすぐ夜になりますけど、時差でラインハット王国は、まだ昼過ぎです」

 

「昼過ぎ? 時差?」

 

「ラインハット領に移動してから、説明した方が早いかな」

 

「そうね」

 

 時差を知らないパパスは、時間帯についてアキラから聞いても、首を傾げるしかなかった。その様子を見たミコトは苦笑して「場所を変えよう」と言い出し、マァムも頷いて同感する。そういう事で、ラインハット領へ行く為にタワーホテルを出てどこでもドアの館へ向かう。その途中で薄暗い外に出た時にパパス達は「建物の中は昼みたいに明るいな」とLED照明器具に対して、今更思うのであった。そのほか、ホテルの自動ドアで驚いたり。

 

「む、あの大きい球体は……?」

 

 どこでもドアの館。初めて通った時は救急だったので暇はなかったが、今は館内を見回しているパパス達。リュカとヘンリーとプックルは子供らしく館内を走り回っている中、パパスは一番東にある地球(竜星)の巨大オブジェが気になって近付きながら呟いた。その時、ドラえもんはオブジェ下のボタンを押して、表面の白い雲の部分を消して地球儀モードにする。それから操作して地球儀(竜星)をコマ回転させ、セントベレス州の部分を正面へ。

 

「世界地図のようだな。……平面ではないのか? 知らない大陸も多くあったが……」

 

「世界は丸いんです。それなのに平面に感じるのは、大地や海がかなり広いからですね」

 

 パパスは地球儀(竜星)にあるセントベレス州内の右下の大陸と右上の大陸の中央近くを順に見つめてから、全体を眺めて世界地図だと分かったが、自分の一般常識である筈の平面ではない事について訊ねた。それでミコトが説明する。この世界も、太陽や月と一緒である事を例えて理解させ、次は北極南極や六つの大陸群の紹介説明。後は此処ミコトランドについて。

 

「成る程。……しかし、おかしな話だ。今まで旅して何処でも見かける地図は、これだけの範囲でしかないのか」

 

「そうですね。……四角で囲んだ赤い線を注目して下さい」

 

 今まで旅してきて、お城の中、町内の酒場や宿屋等、定期船の中、何処でもあった地図は全て自分の常識通りだった。魔界について調べて、伝説としてはよくあったが、常識地図の外についての情報は一片も無い。もし、大きい組織の光の教団が知っていたなら、たとえ噂でも情報が漏れていた筈だ。だがその様子も無い。それで理由を知りたいパパスに応えてミコトは「よくある質問」に頷いて、地球儀(竜星)上でセントベレス州を囲む赤い線に指差して、分割結界について説明する。分割結界を施した理由は不明である事や、こっちに「旅の扉」と同じ物があって分割結界を越えられる事も伝えておく。

 

「世界を創った神々のお考えだとするならば、仕方あるまい」

 

「パパスさん。此処に関わったからお話ししましたけど、この件は今のところ御内密にお願いします」

 

「そうだな。世界中で間違いなく騒ぎになる話だ。心の中に留めて置くとしよう」

 

 地球儀(竜星)を眺めながら、自分なりに考えて、分割結界に対しての追求をしない事にするパパス。今のようにきっかけがあったか、時が来るまでは、秘密だと考えているミコトに応えてパパスは頷き、ここで世界についての話は終了。そして全員は南西のどこでもドアを潜り、小屋からラインハット領に出る。

 

「……確かに、此処はまだ昼過ぎだな」

 

「はい。これが時差です」

 

 パパスは日がまだ高い空を見上げて、アキラの言った通りだと納得し、今日中に国王陛下への報告が間に合うと安心した。アキラは微笑んで、時差について改めて説明をする。ミコトの考え通り、見て貰った方が理解は早かった。そしてドラミちゃんは、預かった武器と道具袋を四次元ポケットから出してパパスに返却する。

 

「ヘンリー王子を送ってあげても、今後は大丈夫かしら」

 

「……王妃様を何とかしないと、問題は解決しないって、ゲマが言ってたな」

 

「その事だが、ヘンリー王子が危険な目に遭う心配はないだろう。捕まえる為の証拠もある」

 

「あっ!? それは!?」

 

 剣の鞘を背負ったパパスは、ラインハット王妃の事が気掛かりであるマァムとミコトに応えて、道具袋から依頼の手紙とラインハットのカギを取り出して、遺憾の表情を浮かべて話した。その二つは誘拐犯達から取り上げた物。ヘンリーは驚いて、あの時に誘拐犯達がお城の裏口から侵入してきたのか、納得してしまう。それだけの証拠品があれば、黒幕の王妃も言い逃れはできまい。という訳で、一件落着はできそうだと安堵するミコト達。国内が混乱する恐れがあり、如何にして防ぐか、それも王の務めだ。

 

 別にラインハット王からの褒美を望んでいないので、ミコト達はパパス達と同行しない。皆で話し合って、マーサを迎えに行く日は明日と決まって待ち合わせ時間と場所は、明日の朝(時計は無いが、午前九時頃)に此処小屋前となった。顔に出ていないが、パパスは六年間長く夢見た最愛の妻と再会する日が目の前まで来た事で、胸が高鳴っている。お父さんから詳しい話を聞くのは今日寝る前にするとして、お母さんに会えると分かったリュカは走り回りたくなる程の大喜びであった。

 

「ミコト殿、仲間の皆。今日は色々と世話になった。また明日も宜しく頼む」

 

「またねー! お兄さん、お姉さん」

 

「ニャァッ!」

 

「きがむいたら、おしろにこいよー! オレのこぶんたち」

 

 パパス達は笑顔で、ミコト達にお礼と別れの言葉を言った。パパスとリュカは「また明日」で、ヘンリーは冗談で子分呼ばわり。ミコト達は苦笑いしてヘンリーに「親分」と応えた後、パパス達に挨拶を返す。ドラえもんとドラミちゃんは「アレ」の準備で忙しくなると思いながら。

 

「それでは、ラインハットに戻るとしよう」

 

 南遠くに見えるラインハット王国へ向かって、平原上のモンスター共々を退けながら進んで行くパパス達。年齢に合わず強いリュカとヘンリーに驚きつつ、ミコト達は彼等を見送るのだった。子供二人は成長すれば、ゲマに勝てるかもしれない。

 

 

つづく

 




はい。そろそろダイの大冒険が始まると思いきゃ、突然のイベントが起きた第12話でした。

DQ5の原作と違って、此処ではパパスの上半身にシャツを着せています。


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