真・恋姫†無双Withパワーアップキット (アイソー)
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神に送られて

もう5、6年前に書いたものです。覚えてている方はいらっしゃらないと思いますが作者の懐かしいという気持ちだけで書いています。

あの時は学生だった自分も今は社畜。
現実逃避のために、また書いています。


 少年は白い空間にいた。

 

 いや、漂っていたの方が正しいかもしれない。その空間には上も下もなく、時間の感覚もない。身体も動かず漂う事しかできない。

 

 だから少年は混乱していた。

 寝て覚めたらこんな場所にいたのである。いくら寝る前の事を思い出しても特に変な事は起こってはいなかった。

 

 誰だって混乱するだろう。

 ちなみに少年は見た目は15、6歳で黒い学ランを着ている。服装からして、一般的な学生のようだ。

 

 

『少年、聞こえるか?』

 

「…………」

 

 少年が漂い始めてからそれなりの時間が経つと、突然誰かの声が聞こえた。

 頭の中で直接響いているのか、空間に響いているのかわからないが、ともかく姿が見えない誰かの声が聞こえる。

 

 だが少年はそんな突然の声に驚くそぶりは見えない。それどころか碌な反応も示さない。

 

 

『ふむ。驚かぬか』

 

 声の主は、そんな少年の反応に満足そうだった。

 

『私は神だ』

 

 ――俺ってこんな夢を見るくらい厨二病を患っていたんだな……。

 

 とりあえず少年はこれを夢だと思うようにしていた。

 こんな変な夢を見る自分に呆れるぐらいの余裕も保っている。

 

 

『回りくどいのは嫌いだから単刀直入に言う。お前にはとある世界に行ってもらう。もちろんお前が昨日までいた世界とは別の所だ。以上。何か質問はあるか?』

 

「…………理由は?」

 

 ここで少年は初めて口を開く。ここが夢だと考えているからか、どこかぶっきらぼうな口調だ。

 

 

『私の暇つぶしだ』

 

「何故俺を選んだ?」

 

『アミダくじでお前が出た』

 

「…………」

 

 ――なんというか……神らしくないのが逆にリアルだな。

 

 神と名乗る者の適当さに、少年は思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

「どんな世界だ?」

 

『行けばわかる。それより質問が多いな。そろそろ切り上げろ』

 

 神はうんざり、といった感じの声をだす。

 自分から質問を聞いておいてからの身勝手さに、少年はより苦笑いを強める。

 

「次で最後だ。俺に拒否権は?」

 

『ない』

 

「ひどい神だな……」

 

 だが少年はそう言いながら口元がつり上がっていた。

 それは苦笑いではなく、完全に笑っていた。

 

 

『そう言うな。きっとお前はその世界が気に入る。それにプレゼントも用意した。目が覚めたらズボンのポケットを見ろ。その世界とプレゼントについての説明した紙がある』

 

「プレゼント……ね」

 

 この時少年はこれが夢がどうか疑問に感じていた。夢にしては、いろいろなものがリアルに感じれていたからだ。

 

 しかしこれが現実なら現実でもいいかもしれない、という考えも同時に生まれている。

 

 

『それではお前の健闘を祈る』

 

 その言葉と同時に、少年は黒い光に包まれた。

 

 

 黒い光が収まると、少年は白い空間から跡形も無く消えていた。



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賊に襲われて

 少年は森の中にいた。

 

 黒い学ランを着て立たずんでいる姿は、その場の青々とした森の景色から浮いている。

 木々の間から見える空はやけに澄んでいて、地面には草が生い茂っている。とても閑散としていて、時折鳥の鳴き声が聞こえる程度だ。

 

「あれは夢だったのか……それとも今が夢なのか……」

 

 少年は誰となく呟く。白い空間で黒い光に包まれたかと思えば、一瞬でこのような森の中にいた。少年には何が夢でどれが現実だったのか、判断がつかなくなっていた。

 

 とりあえず少年は辺りの景色を見渡すが、彼の記憶する限りではこのような森は見た事がなかった。それに静かで人の気配も感じられない。

 ここがもし彼の世界だとしても、かなり田舎の方にあたるだろう。

 

 

 ――流石にこんな手のこんだどっきり有るわけないよな。しかも一般人の俺に対して。

 

 普通こんな状況になれば慌てるだろうが、少年は妙に落ち着いていた。少年自身が妙に思う程に。

 

 

 ――そういえばプレゼントってやつの説明があるんだったな。あれが夢じゃないとしたらだが。

 

 少年は先程の会話を思い出し、学ランのポケットを探る。

 

 そこには一枚の紙が入っていた。

 

 

 

 

『こんにちは!! この紙にはこの世界の事と貴方へのプレゼントについて書いてあります。いきなり違う世界に飛ばされて心配でしょうが大丈夫!! この手紙さえ読めば(ry』

 

「……」

 

 余分な前置きが長かったので、少年は自分に必要な情報が書いてある所まで飛ばすことにした。

 

 

「……ここからだな」

 

 全体の三分の二まで行った所で必要な情報が書いてあった。ここからは箇条書で纏められている。

 

『・この世界は西暦180年の中国のパラレルワールドです。

 

・どう生きるかは貴方の自由です。

 

・貴方へのプレゼントは人間のステータスが見えるようになる事です。

 

・見えるのは統率力、武力、知力、政治力の基本ステータスと武器や軍隊の武装の適性、それから特技です。

 

・基本ステータスは最高が100、最低が1、人々の平均値は全て45です。

 

・但し、特定の人物は100を越えます。

 

・武器や軍隊の武装の適性は最高がS、最低がCです。

 

・なお見える適性は剣、槍、戟、弓、騎馬、兵器、水軍です。

 

・基本ステータスおよび適性は伸びしろがあるものは青色で、限界なものは赤色で表示されます。

 

・特技は基本的に一人一個です。

※これで見れるステータスとは別に熟練度や体調があります。このステータスの数値だけでの判断は止めましょう。

 

 さぁ、ここまで読んだ貴方はもう大丈夫!! とっても楽しい異世界ライフを楽し(ry』

 

 ここで少年は読むのを止めた。

 

 

 ――この手紙が正しいならここは後漢末期。黄巾の乱が起こる二年前か。ただ、パラレルワールドというのが気になるが……。

 

 少年は結構歴史好きで、三国志についてそれなりの知識があった。そのため年号からの判断も直ぐに出来ていた。

 

 

 ――とりあえずは自分のステータスを見てみるか。書いてはないが自分のだって見れるだろうし。…………どうやって見るんだ?

 

 ステータスの見方に少年は一瞬行き詰ったが、すぐにステータスが表示された。どうやら念じれば見れるような仕様になっていたようだ。

 

 少年の目の前にステータスが載った表が現れるが、透けていて表の向こう側も見えるようになっている。視界の妨げになる事はなさそうだ。

 

 

 

 

統:73 武:72 知:88 政:93

 

剣:B 槍:A 戟:C 弓:B 騎馬:C 兵器:S 水軍:A

 

特技:深謀(計略が強力になる)

 

 

 

 

 ――俺って、こんなに頭良かったか?

 

 これが少年の感じた第一印象だ。

 彼の学校の成績は中の上。決して人に誇れるものではなかった。

 

 しかし、このステータスを見ると知力の数値だけ見ると平均値の倍近くある。しかも知力だけでなく全てにおいて平均を大きく上回っていた。

 

 おまけに全てのステータスの色は緑色だ。赤と青の中間という事はまだ伸びるという事だ。

 

 ――神が何か弄ったのかもな。それならこんなに冷静なのも納得できるな。

 

 そう考え彼はステータスを閉じる。これも彼が念じれば閉じる事が出来た。

 

 

 ――まずは人のいる所に出よう。手紙が本当かどうかも確かめたいし、そうだとしたら言語も確認したい。

 

 もしここが古代の中国だとしたら日本語など使われているはずがない。

 しかし、パラレルワールドとも書いてあったので、例え日本語でも不思議はない。むしろわざわざ日本人の自分を送っている辺り、日本語の可能性の方が高いと彼は考えていた。

 

 

 ――そういえば服装が学ランだが大丈夫かだろうか? 学ランなんて有るわけないし、変な扱いを受ける可能性が高いよな。

 今彼に着替えはない。学ランがマズいのは承知していたが、裸で行く訳にもいかないので着るしかなかった。 

 ちなみに荷物にいたっては何もない。強いて言えば、プレゼントの内容が書いてあった手紙があるくらいだ。

 

 

「……とりあえず歩こう」

 

 そういう考えに至った少年は森を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ、兄ちゃん。珍しい服持ってんじゃねぇか。命が惜しけりゃ 身ぐるみ全部置いてきな!」

 

「でなけりゃ痛い目見るぜ!」

 

「み、見るんだな」

 

 少し歩くと、少年は武器を持った三人の男達に取り囲まれた。

 

 一人は槍を持った普通の男。もう一人の剣を持った男は異常に小さく、普通の男の半分程の身長しかない。最後の一人は逆に大男だ。手には斧をもちかなりパワーがありそうだった。

 

 

「……」

 

 そんな状態においても、少年の頭は冷静に働いている。

 それどころか余裕がある程だ。言語は伝わるんだなとか、こんな野党が出るなんてやっぱり後漢なんだな、と考えていた。

 

 

「さっさとしやがれ! 何を黙ってやがる!」

 

 ずっと黙っていたのに痺れを切らしたのか小さい男が声をあげる。耳障りな金切り声に少年は眉を少し顰めた。

 

「そう言ってやるなチビ。この張燕様に山で出くわしちまったんだ。 それくらいの畏縮は当たり前だ」

 

 普通の男が小さい男を宥める。どうやら彼が三人のリーダーのようだ。

 

 

(張燕……あの黒山賊の張燕か。たしかかなりの猛将で軍の機敏さから飛燕とか言われていたな。

 

 彼には張燕という人物の知識があった。

 歴史に名を残す人物がどのくらいの強さをが持っているのか気になり、彼のステータスを開く。

 

 

 

 

統:53 武:58 知:17 政:15

 

剣:C 槍:C 戟:C 弓:C 騎馬:C 兵器:S 水軍:A

 

 

 

 

「うそくさ……」

 

 少年は思わ心の声を漏らしてしまった。熟練度等があるとはいえ、このステータスは弱すぎる。

 後の二人のステータスも確認するが、小さい男が武力47で、大きいのが50しかない。数値の上ならば、少年の方が遥かに上だ。

 

 そんなステータスを見て、流石にこいつらは張燕の名前を語る偽物なのだろうと少年は推測する。

 

 

「な、こいつ馬鹿にしやがって! デク、やっちまえ! 相手は丸腰だ!」

 

 先程の少年の呟きが男に聞こえたらしく、リーダーの男がでかい男に命令をとばす。

 

「わ、わかったんだな」

 

 でかい男は斧を振り上げ突進してくる。だがそれはお世辞にも速いとはいえなかった。

 実際、少年はいとも簡単に大きな男の一撃をかわし、さらに足を引っ掛けた。

 

 

「わ、わわ」

 

 バランスを崩して、男の巨体は前のめりに倒れる。そして少年は倒れてがらあきになった首の後ろに、踵落としを入れる。人体の急所に重い一撃を入れられた男は、声すら上げられずに気を失った。

 

 そして少年は今の光景を見て呆然としている小さい男に一気に近づく。小さい男は一瞬の事で反応ができず、慌てて武器を構えた時には 既にに少年は目の前に来ていた。

 

 少年はそのまま渾身の力で男の顎を殴る。  顎を殴られ脳を揺らされた男はそのまま意識を手放した。

 

 

「どうした張燕? たった一人の丸腰相手に三人がかりでこのざまか?」

 

「クソ、なんだってんだ……」

 

 少年は挑発するように喋りかけるが男は槍を構えて動かない。流石に今までの流れから少年を警戒しているようだ。

 

 そんな男に対して、少年は腕をだらりとたらしてただ見つめる。一見隙だらけだが、男には明らかな誘いにしか見えない。男の頬から嫌な汗が垂れる。

 

 そのままの姿勢で二人とも動かない。沈黙が二人の間を支配していた。

 

 

 

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

「ん?」

 

「げ!?」

 

 その沈黙を破ったのは第三者だった。

 二人がいがみ合っている近くの木の上にいつの間にか女性が立っていて、大声を上げる。

 

 

 女性は頭に黒い手ぬぐいを巻き、手には細長い鉄の棍棒のような武器を持っている。 目はキリッとしたつり目で、服は胸元とへそが出ている露出の高いものだ。

 

 

 女性は二人の注目が集まると、枝から飛び降りてちょうど二人の中間地点に着地した。

 それと同時に男は後ずさる。さらに女性を見て顔を青ざめさせていた。

 

 

「悪いがこの勝負は預からせてもらう。そっちの兄ちゃんもそれでいいか?」

 

「……ああ、構わない」

 

 いきなりの乱入者に若干戸惑いながらも少年は答える。

 そんな少年に女性は微笑んだ。

 

「すまないな。……さてと」

 

「ヒッ……」

 

 一方で男への目つきは厳しく、かなりの殺気が込められていた。その殺気に押され、男はさらに後ずさる。

 

 

「びっくりしたぜ? 俺が山賊から足を洗ったてのにこの辺りじゃ まだ張燕が暴れてるって噂がしたんだからよ」

 

「……」

 

 睨まれている男は何も言わなかった。正確には、全身から感じる殺気のせいで何も喋れなかった。

 それほどまでに女性の殺気は凄まじく、男の顔は青を通りこして白色になっている。

 

「それで気になって来てみれば正体はお前だったんだな、牛角。 私の名に泥を塗ってくれたな、ん?」

 

「で、でも姐御……」

 

 男は殺気に怯えながらも必死に掠れた声を出す。

 

 

「問答無用! そんな腐った心でこの飛燕、張燕様の名を語るんじゃねぇよ!」

 

 しかしそれは女性――張燕の怒りを増長するだけにしかならなかった。

 怒号と共に張燕の鉄棍が男に向かって振り下ろされる。

 

「ヒギャッ!」

 

 男は反応する事すらで出来ずに、そのまま頭をかち割られた。

 

 

「「ヒィィィ!」」

 

 いつの間にか目を覚ましていた男の部下達は、その光景を見て我先にと逃げ始めた。

 

「フンッ! 覚悟も無しに俺の名を使うなってんだ」

 

 張燕はそれを追わずに見送る。彼女の足元には男の死体と血だまりが広がっていた。

 

 

 ――これが本物の張燕か強いな。しかし……女性か。

 

 少年の記憶していた張燕は男だった。だが自ら名乗っているし、あの強さを見せつけられた少年も疑いはしない。

 

 

 ここで少年の中で一つの仮説が生まれる。突拍子もない仮説だが この現状では充分にありえるものだった。

 しかし現状では確認する術もないので、とりあえず少年はこの仮説を置いておく事にする。

 

 

 そして確認の為に、張燕のステータスを開く。

 

 

 

 

統:82 武:81 知:53 政:48

 

剣:A 槍:B 戟:B 弓:C 騎馬:S 兵器:A 水軍:C

 

特技:長駆(騎馬の移動力上昇)

 

 

 

 

「強いな」

 

 知力はともかく武力では少年よりも高い。さらに統率力や武力はまだまだ伸びしろあるようだ。

 

 

「お前もなかなか強いと思うぜ? 素手で二人も倒したんだからよ」

 

「……やっぱりお前最初から見てたろ。俺が奴らに囲まれた辺りにはもう木の上にいたな?」

 

 少年は批判がましく目を細める。

 

「お、なんでわかったんだ?」

 

 張燕は悪いとも思わずに驚いた顔になる。彼女は限界まで気配を消して隠れていたため、気づかれるのは驚 いていた。

 

 

「あいつが自分の事を『張燕』って名乗ったのは一回だけ。しかも 俺が切り掛かられる前。つまり最初から見てないとあいつが『張燕』 って名乗ってるの分からないからな。  ついでに俺が二人を倒したのも知っていたし」

 

 少年は彼女の気配に気付いていたわけでなく、彼女の言動から推測していた。

 

「へぇー、お前頭いいんだな」

 

 張燕はさっきとは別の意味で感心していた。先程の立ち回りの動きから、少年の事を武に長ける者と考えていたため尚更だった。

 

 

「それより何か言う事があるんじゃないか?」

 

 少年はさらに目を細めた。

 

「それは悪かったって。でもお前なら平気だと思ったんだ。なかなかお前は強いと思ったからよ。そういえばお前名前なんて言うんだ?」

 

「……」

 

 ここで少年は黙り込んだ。

 勿論少年に名前がないわけではない。ただその名前は日本名だ。この時代の中国の名前とは様式が全く違う。

 

 

「……姓は彰、名は義、字は紅炎だ」

 

 とりあえず彼は偽名を使う事にした。咄嗟にありそうな名前を言ったため特に意味はない。

 

「彰義だな。もうわかっていると思うが俺は張燕だ。それでさっきの詫びと言っては何だが、街でご馳走させてくれないか?」

 

「それはありがたい。それにしても意外と律儀なんだな。さっきの感じだとあまり気にしてないような感じだったんだがな」

 

「サラっと毒吐いたな……まぁいいや。それから連れもいるんだが大丈夫か?」

 張燕は苦笑いを浮かべる。だが彼女はあまりそういう事は気にしない性格のようで、直ぐに普段の表情に戻った。

 

「大丈夫だ。それでその連れは何処にいるんだ?」

 

「森を出た所にいる。とりあえず森を出よう」

 

「了解した」

 

 二人は森の出口を目指し歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だな……」

 

 その森の出口の所に一人の女性がいた。 人一人乗ってもまだスペースが余る岩の上で自らの槍にもたれながら座っている。

 

 容姿は赤い目をしていて青い髪をしている。

 白を基調とした裾の長い服を着ていて、裾の先には金色の筋が入 っていた。頭には白い帽子をかぶり、もたれかかっている槍は女性 の身長くらい長く、先端は赤い。

 

 そんな女性が暇そうな顔をして空を仰いでいる。

 

 

「飛鳥め……いくらなんでも時間がかかりすぎではないか?」

 

 その女性は恨めしそうに自分が待っている友の真名を呟く。少し前に森に入ったきりなかなか戻ってこないので、待ちくたびれていた。

 何でも自分の元部下の事なので、自身でけじめをつけたいと言っていたので待つ事を了承したのだが、こんな事なら無理やりにでも付いて行くのだったと女性は後悔し始めていた。

 

 

 

 

「……少し練習でもするか」

 

 女性は岩の上で立ち上がると懐を探る。そして懐から一つの仮面を取り出した。

 形は蝶をもした仮面のようだが目の周りしか隠せないため仮面としての役割は果たせないだろう。

 

「フフフ……」

 

 そんな仮面を見て彼女は不適に笑う。

 そして素早く仮面を顔に付けた。

 

「美と正義の使者、華蝶仮面推参!!」

 

 そして高らかにポーズをとりながら宣言した。

 

 

 

 

 

「……あれがお前の連れか? もしそうなら飯の話、遠慮して いいか?」

 

「大丈夫だ。あいつは置いていくからな」

 

「それなら安心だな」

 

 ちょうどその時森から出て来た少年――彰義と張燕はかなり冷たい目をしていた。

 

 

 

 

 しかしこの光景を見た時、彼の中にあった仮説は確信に変わっていた。

 

 

 ――ここは恋姫無双の世界だ。



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食堂に入って

 彰義は街の中にいた。

 

 この時代の街は四方が城壁に囲まれているものが一般的で、彰義がいるこの街も城壁で囲まれている。街の中央の大通りを中心に細い道がいくつも伸び、大通りはかなり賑わっていて露店や行商の者も沢山いた。

 しかもこの街は并州の州勅である丁原がいるため治安もかなり良かった。

 

 

 そんな大通りにある食堂の一角に彰義はいた。

 

 人気のある食堂のようで、昼時という事もあって二十人程入れそうな店内は満席に近い。

 ウェイターらしき女性が一人忙しそうに店内を歩き回り、店の奥からはいい香りが漂っていた。

 

 彰義達は出入口に近い席をとっていて、彰義の向かい側には張燕が座り、その隣には青い髪の女性がいた。

 

 

「ふむ……では彰義殿は異界から来たと?」

 

 青い髪をした女性――趙雲が声を上げる。

 

 彰義は基本的に全てを話した。

 自分が他の世界から来た事。そこで学生であった事。気づいたらこの世界にいた事。

 

 ただ、神の事とここが自分のいた世界の過去に近いという事は話していない。どちらも自身がよく分かっておらず、いたずらに混乱させてしまうかもしれないからだ。

 

 

「多分な。気付いたらここにいたから正確にはわからないがな」

 

 彰義はそれだけ言うと、お茶をゆっくりとすする。

 そんな彼を趙雲は興味深そうに目を細めた。

 

 

「だから変わった服を着ているんだな。……手触りも不思議だな、おい」

 一方の張燕の方は、彼の言葉を鵜呑みにしたようだ。

 気になったのか、学ランに手を伸ばして感触を確かめている。

 

「……よく信じるな、こんな与太話。ちなみに俺から何か盗ろうにも、手持ちはこの服しかないぞ?」

 

 逆に彰義の方がこんな簡単に信じる張燕の事を疑っていた。

 そんな彼に、張燕はニッと笑う。

 

「嘘ついているかどうかなんて、簡単に分かるぜ。お前がまだ何か隠している事もな」

 

「……」

 

 これには流石に彰義も閉口した。

 ステータスを見て彼女はあまり頭が良くないと思っていたが、そんな事はないようだ。最低でも、人の機微を読む事にはかなり長けている。

 

 

「それで彰義殿はこれからどうするつもりなのだ? その話が本当ならば、帰るあても身寄りもないのであろう?」

 

 彰義が黙っていると、趙雲が茶をすすりながら話しかけた。

 そんな問いかけに、彼は顎に手を当てて少し考える。

 

「ひとまず仕事を見つける。帰る方法を探すにしても、ここに永住するにしても金がいるからな」

 

 とりあえずの方針をまとめた彰義は、溜息ついた。異世界に来て最初に考えるのが金策とは、何とも夢がない。

 

 またそう言っておきながら、自分が元の世界への未練が微塵もない事に気がついた。

 別に彼は親とも仲良く暮らし、学校での生活も不満がある訳ではなかった。ここまで元の世界を捨てられるのはおかしい。そして、張燕が賊を殺したのを目の当たりにしても何も感じなかったのも思い出した。

 

 

 ――これも神が何かしたのか?

 

 能力の高さもそうだったが、彼は自分に違和感を感じていた。まるで自分が自分でないような。

 

「仕事なら武官なんてどうだ? お前の強さなら雑兵じゃなくて、普通に仕官できると思うぜ。危険っちゃ危険だけど、金もいいしな」

 

 考えに耽っている彰義に、張燕は軽くそんな提案をした。

 しかしその提案に、彰義よりも趙雲の方が食いついた。

 

「ほう、それはそれは…………。彰義殿、出来ればこの後手合わせしてもらえますかな? こやつが褒めるのはなかなか珍しいですから」

 

 張燕はあまり人にお世辞を言うタイプではない。だからこそ趙雲はより彰義に興味を持った。

 目を細め、妖艶な笑顔で彼を見つめる。ただその笑顔の裏に、闘志が溢れかえっているのを彰義は肌で感じた。

 

 

「やめてくれ。流石にあんた程の武なんか持ってない。数合も撃ち合えず負けるのは目に見えている」

 

 彼は既に趙雲のステータスを見て実力差が分かっていた。

 

 

 

 

 

統:91 武:96 知:76 政:52

 

剣:A 槍:S 戟:B 弓:S 騎馬:S 兵器:C 水軍:B

 

特技:洞察(敵の計略を見破りやすい)

 

 

 

 

 

 こんなステータスでは挑む気も失せるというものだ。

 その上武力にはまだ伸びしろがあった。100を超えるのは間違いないだろう。

 

 

「しかし、強者と闘うのも武を磨くのには必要な事だと思うが……」

 

 しかし趙雲は引き下がらない。

 不満そうに口先を尖らし、ジッと彰義を見つめる。

 

「だとしても、確実に負けると分かっている戦いに挑むつもりはない」

 

 そう言っても趙雲は彰義をジッと見つめる。

 最初無視しようとしていたが、彰義は諦めたように溜息を吐いた。

 

「だとしても俺には今武器がない。それに俺は武官よりも文官が向いている。間違いなくな」

 

「え?」

 

「なんと……」

 

 彰義は自分のステータスからこう言ったが、ステータスが見えない二人は驚いていた。二人とも完全に武官だと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 ――それにしても恋姫無双か。

 

 彰義は趙雲の顔を見て改めて実感する。

 

 恋姫無双。三国志の有名武将が殆ど女性のゲームで、趙雲はそのゲームのキャラとして出ていた。

 彼自身はゲームをプレイした事はなかったが、友人が好きだったため、趙雲はたまたま知っていたのだった。しかし知っているキャラはあと数人しかいない。

 

 

 ――そうなると、重要なのは北郷一刀か。

 

 そして知っているのは主人公の本郷一刀の存在だ。

 ゲームでは北郷一刀が蜀、魏、呉のいずれかの勢力に所属し、大陸を統一するのが大筋となっている。

 

 

 当たり前といえばそれまでだが、主人公は死なない。

 

 そして何があろうと最終的には勝つ。

 

 そういう意味では北郷一刀と同じ勢力に加わる事が生き残る上では確率が高いと言える。

 

 

 しかしながら、彼は迷いがあった。

 そもそも北郷一刀がいると確定していないし、いたとしてもゲーム通りに事が進むとは限らない。

 

 ――それならば……。

 

 

 

 

「お待たせしましたー。炒飯二つに特注メンマ丼です」

 

 そんな事を考えていると注文していた料理が運ばれてきた。

 なおメンマ丼は趙雲が注文したもので、メニューに無いものを無理に作って貰っている。そのため少し値段が通常よりも割り増しだ。

 

「お、とりあえず飯にしようぜ。腹がへった」

 

「じゃあ遠慮なくいただくぞ」

 

「うむ。飛鳥の奢りで、お代を気にする必要もないゆえな」

 

「……星、お前は自分で払えよ。お前のは特に高いんだから」

 

 張燕が抗議の視線を送るが、趙雲はどこふく風だ。

 

 なお二人が今までとは違う名前で呼んでいるが、これは恋姫無双の設定の一つ、真名だ。真名はとても神聖なもので、本人の許しもなく呼んでしまえば切り捨てられても文句は言えない程である。

 逆にその真名を呼びあっているという事は二人はとても親しい仲だと言える。

 

 

 ――真名か……俺は日本名を使えばいいな。

 

 彼はそんな事を考えながら炒飯を食べようとレンゲを口に運ぶ。

 

 

「ん?」

 

 しかしなにか視線を感じ手を止める。

 

「………………」

 

 視線を感じ横を向くと、赤い髪をした女性がいた。

 触角のようなアホ毛があり、顔は無表情。露出した肩と腹からはタトゥーのようなものが伺える。

 

「………………」

 

 そして髪と同じような深紅の目は彰義の持っているレンゲを無言で見つめている。

 レンゲを右に動かせば彼女の目も右に動き、左に動かせば左に動く。おまけに口の端から少しだけ涎が垂れている。

 

 

 

「…………」 

 

 視線を無視しレンゲを口に運ぼうとすると女性に無言で腕を捕まれた。しかもその細腕の何処にこんな力が、というぐらい強い力で捕まれ振りほどけなかった。

 

 さらに女性の腹の虫がなり、無言の圧力をかけてくる。

 

 

 しかし彼とて腹は空いている。

 折れるわけにはいかなかった。

 

 

「……放してくれ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……食うか?」

 

 しかし結局彰義は折れてしまった。

 流石に女性に涙目で見られて、無視をする事は彼には出来なかった。

 

「…………いいの?」

 

 彼女に表情の変化はないが、何故か彰義には嬉しそうに見える。

 いや、嬉しそうにしていると彼は思いたかった。

 

 

「あれだけ要求しておいてよく言う……但し半分だけだ。俺も腹がへっている」

 

「…………」

 

 彼女は無言で頷き、レンゲを受け取ると同時に炒飯を食べていく。その勢いは凄まじく、半分どころか米粒一つ残らないんじゃないかと彰義が心配になる程だ。

 

 ただ頬を一杯にして食べ物を食べている姿は、小動物を連想させ見ていて彰義達三人は妙に和んでいた。

 

 

「意外と優しいんだな。一見冷たいのに」

 

「誰だってあんな見られ方されたら耐えられないだろ。一見冷たいのは余計だ」

 

 彰義は小さく溜息を吐く。

 どうにも彼はこの世界に来てから感情の振れ幅が小さく、顔にもあまり出ていなかった。そのせいか、どうにも冷たい印象になってしまっている。

 

 

「それより彰義殿。炒飯がもう殆ど――」

 

「……ご馳走様でした…………」

 

 趙雲の警告は、一歩遅かった。

 趙雲が言い終わる前に炒飯は全て彼女の腹の中に収まってしまった。皿の上には本当に米粒一つ残っていない。

 

 

「…………」

 それを見て、彰義は怒りを通り越して彼女の食欲に呆れを感じていた。彼女の口の周りについたご飯粒がなんとも憎めない感じを出している。

 

 

 

 

「…………名前……」

 

 そして固まっている一同などお構いなしに女性が喋り始める。流石に一単語言われただけでは意味がわからず、趙雲と張燕は首をひねっていた。

 

 

「……あぁ、俺の名前か。俺は姓は彰、名は義、字は紅炎だ。お前の名は?」

 

 彰義はなんとなく名前を聞きたがっているのかと思い、とりあえず自己紹介をした。

 

 

 

 

「…………恋は呂布……呂奉先……」

 

 それを聞いた瞬間に彰義は急いで呂布のステータスを開く。

 呂奉先といえば三国志の最強の武将だったからだ。

 

 

 

 

 

統:87 武:125 知:26 政:13

 

剣:S 槍:A 戟:S 弓:S 騎馬:S 兵器:C 水軍:C

 

特技:飛将(自軍の士気を上げ、敵軍の士気を下げる。指揮部隊の能力が上がる)

 

 

 

 

 

 ――本物だ。

 

 彼は完全に確信した。彼女があの呂布だと。

 武力はもう伸びる事はないようだが、既に限界値を越えており、間違いなく世界最強クラスだ。強さの程を簡単に言ってしまえば一般人と趙雲の差ぐらいが彰義と呂布の間に有るわけである。

 

 

「……お詫びがしたい…………」

 

 流石に少し負い目を感じているようで、呂布の声の感じは少し低かった。

 

 彼女としても、たかるような真似をする気はなかった。しかし席が一杯で待っている間、空腹の状態で目の前に炒飯を見つけてしまい、ついしてしまったのだ。

 

 そんな申し訳なさそうな彼女を見ると、彼はそんな武力があるとは到底思えなかった。

 

 

「ならなんか仕事ないか? 一文無しだから金がいるんだ」

 

 彼はこの際だと言ってみる。あんまり期待はしてなかったが。

 

 

「……それなら…………」

 

 だが、意外にも仕事があるようだ。

 

 

 

 

「…………賊討伐……」

 

 この何気ない一言から、彰紅炎の運命は大きく動き出した。

 



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討伐に行って

 彰義は城の中にいた。

 

 城は街のほぼ中央にあり、見た目は日本では城と言うよりも要塞といった方がイメージしやすいだろう。なお、この城は呂布の主であり并州州勅の丁原のものである。

 

 

 そんな城の廊下を彼は呂布に連れられ歩いていた。

 廊下の右手には中庭があり、所々柱があるが壁はなく、廊下から直ぐに中庭に出れるようだ。外につながっているため日の光が直接廊下に入っていて、時間帯が夕刻のためちょうど夕日が入りかなり眩しそうだ。

 中庭の奥には大きめの広場があり、兵士達が数百人程いた。おそらく兵士を訓練する調練場なのだろう。

 

 

「ふむ……流石は丁原殿の軍だな。兵士達にかなり規律がいきわたっているようだ」

 

「騎馬もいい動きしてるぜ。馬の産地だし、馬の質もいいな」

 

 彰義の両隣には趙雲と張燕が彼と同じように歩いていた。調練の様子を見て丁原軍の感想を言っている。

 二人は呂布が彰義に紹介した仕事に興味を持ち、同行していたのだった。

 

 

 ――仕事がないか聞いてみたら、まさかの賊討伐。乱世過ぎるだろう。

 

 食堂での呂布の一言に彰義は正直面食らっていた。

 何か力仕事か掃除でもあればと思っていたのだが、いきなりこんな荒事になるとは思ってもいなかった。

 

 最初は彼も断ろうとしたが、趙雲と張燕がやけに乗り気になってしまい断るに断れなくなってしまい、仕方なく引き受けていた。

 

 ――これも経験だと思い諦めるか……。戦場に兵士として出るのも大局を見据えるのに必要かもしれないし。

 

 彰義は、どこかの軍の参謀のような役回りに収まりたかった。

 乱世である以上平穏に暮らすのは難しいので、それならば自身のステータスを生かした方がいいと考えていた。

 

 

 当たり前だが彰義を含め趙雲も張燕も、みんな一兵士として戦場に出るものだと考えていた。戦の前にいきなりどこの誰だか分からない者に従えと言っても兵士が動揺するだけだ。

 だから呂布は特に明言はしていないが、三人はこれは募兵だと思っていた。

 

 

 

 

 しかし、ここで彼等に疑問が発生していた。普通兵士になったら調練場、もしくはだいたいその隣に在る兵舎に行くものである。

 だが先程からずっと右手に調練場が見えているというのに呂布には曲がる気配がない。

 

「…………こっち……」

 

 しかも階段を上ろうとしている。

 

 

「呂布、調練場には二階から行くのか?」

 

 流石に彰義はおかしく思い聞いた。

 

 

 

「…………調練場? …………」

 

 それを聞いた彼女は首を傾げた。

 彰義はまさか疑問形で返されるとは思わず一瞬硬直する。だが彼は元から目的地が違ったのだと直ぐに思い至った。

 

 

「……質問を変えよう。俺達は今何処に向かっているんだ?」

 

「……州勅の部屋…………」

 

「……は?」

 

「なんと……」

 

「……はい?」

 

 三人は呂布に驚かされてばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 王の間は彰義のイメージより狭く、学校の教室四個分くらいの広さだった。充分すぎる広さではあるが。

 だが装飾などはかなり凝っていて、厳格な雰囲気をかもしだしている。 壁の彫刻のようなものや、床にしいてある赤い絨毯等はかなり手のこんだ作りのようだ。

 部屋の中央には一段高くなっている場所があり、大きな椅子が置いてある。

 

 その椅子には一人の女性が座っていた。

 歳はそれなりにとっていそうだが美貌は全く衰えていない。特に長い金髪はサラっとしていて、女性なら誰もが羨みそうな程だ。衣服は部屋の雰囲気に似合わないような薄い着物のような服を着ていて、さらに簡単な鎧を身につけていた。

 

 彼女こそがこの城の主、丁原である。

 

 

 彼女のいる一段高い所の前には彰義達が立っていて、その少し後ろに呂布が立っていた。

 

「――つまり人手が足りないのを客将で補うために、呂布に街で強そうな奴、指揮経験のある奴を探させていたと言うわけですか……」

 

 彰義は丁原の話しを聞きため息をつく。

 丁原の話しをまとめると、呂布はもともと将に使えそうな奴を探していたらしく、それで連れて来られたのが彼らだったという事だ。つまり彼らは兵士ではなく将として誘われていたのだ。

 

 あまりの急展開に、彰義は心の中でため息をついていたが、趙雲達はガッツポーズをしていた。

 彼女達からすれば、一兵士よりも将の方が良かった。

 

 

「まぁ、そういう事になるわね。それにしても駄目よ、恋ちゃん。こういうのはしっかり説明しなきゃ」

 

 丁原は母が娘に注意するような口調で注意する。

 事実、丁原が親のいない呂布の母親がわりのような事をしていたのであった。

 

「…………」

 

 丁原の言葉に呂布は頷いたが、彰義にはかなりあやしいものに見えた。

 

 

 

 

「それにしても丁原殿程の方の軍が人手不足とは何か一大事でも?」

 

 趙雲自身は将として使ってもらえるのは嬉しかったが、一つ腑に落ちていない。丁原の軍は武だけを見れば質、量ともにかなり揃っている事を彼女は知っていたからだ。

 

「実は都の何進大将軍から都に呼び出しがかかったから、行く前にわかっている限りの賊を綺麗にしておこうって事になったのよ」

 

 つまり、この地の賊を片っ端から潰そうという事である。

 

「だけどわりと賊の根城って離れていてね、なかなか大変なのよね。ひとまず将を各地に派遣して対応しているのだけど、時間が限られているからあまりもたもたしてられないのよ。だから――」

 

「とりあえず手頃な客将を雇い間に合わせようと? そんな能力も分からないような得体のしれない奴に、兵が従うのですか?」

 

「うちの兵はそれぐらいでガタガタ言う連中じゃないわ。そもそも私が総大将だし。あと能力がわからなくても今回の討伐は掃討戦になるから余程の無能じゃない限り問題はないわ。でも――――」

 

 そこまで言って、丁原は一息つき三人の顔を見渡す。

 

「三人ともなかなか有能みたいね。武もみんな強いみたいだし、彰義君は知力もかなりあるみたいね」

 

 ――今の僅かな時間でそれがわかるのか。

 

 彰義は彼女に心底感心する。彼はステータスが見れるから強さや頭の良さはすぐ判るが普通はそうはいかない。

 

 

 ――そういう人を見抜く力が人の上に立つ者には必要なのかもな。

 

 そこで彼は彼女のステータスが気になった。州勅は一体どれほどの能力なのかが。

 

 

 

 

 

統:78 武:76 知:53 政:40

 

剣:B 槍:C 戟:C 弓:B 騎馬:A 兵器:C 水軍:C

 

特技:騎将(騎馬が強力になる)

 

 ステータス自体は異常に高いわけではない。

 武官、特に騎兵なら強いがそれなら、張燕の方が強い。

 

 ――つまり名君たるかどうかはステータスではわからないわけだな。

 

「じゃあ彰義君は軍師をやってもらえるかしら?」

 

 彰義は丁原に話しかけられ我に返る

 彼が考え事をしている間に話し合いが始まっていたようであった。

 

「あ、もしかして話し聞いてなかった?」

 

 丁原は彼の反応から聞いていない事がわかったようだ。

 しかし特に責める事もなく、薄く微笑んだ。

 

「……すみません。それで何の話しですか?」

 

「軍での立場を決めていたんだ。ちなみに俺は騎馬隊の指揮だぜ」

 

 張燕が騎馬隊の部分を誇らしげに答える。

 腰に手を当て、どこか満足げな表情だ。

 

「正確には私の副官としてだけどね。それから恋ちゃんと趙雲ちゃんは歩兵。それで彰義君は軍師でいいかなってなったんだけど、大丈夫かしら? 二人から頭脳労働の方が得意って聞いたんだけども」

 

「ええ、構いません」

 

 彰義は即答した。

 彼としても、その方が自分の力を生かせそうだと感じていた。

 

 

「これで全員決まったわね。じゃあ作戦の概要を説明するわ。えっと――」

 

 丁原は懐を探り、木簡を取り出す。

 全員の前で広げると、そこには賊の情報が書いてあった。

 

「根城の場所はここから東に向かった所にある廃村。当たり前だけど廃村だから賊以外に人はいないわ。数三百程。こちらは五百連れて行くから掃討戦ね」

 

 その情報に彰義は密かに胸を撫でおろした。

 数が勝っている上に、こちらは正規軍。初陣で危険な戦はしたくなかったが、この戦力差ならばある程度は安心できそうだ。

 

 

「それで出陣は明日の明朝。……これぐらいね。何か質問はあるかしら?」

 

 丁原が四人を見るが誰も手を挙げない。

 

「じゃあ今日はこれで解散! 明日の出陣に備えて今日はしっかり休んで。あ、部隊の方への顔見せだけは今日中にお願いね」

 

 こうして簡単な軍議は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、丁原軍は出陣した。

 

 特に問題はなく行軍していき、天気もずっと晴れ。絶好の行軍日和が続いた。

 

 

 

 

 しかし、三日目。

 

 賊の根城を目の前にして問題が発覚する。

 

 

「…………ごめんなさいね、もう一度言ってもらえる?」

 

 丁原達は攻撃前に斥候を出し、小高い丘で休息をとっていた。

 そして今斥候が戻り、話しを聞いているが、その情報は丁原は信じきれなかった。

 

 

「はっ! どうやら我々が并州中の賊を一掃しようとしている事を知った奴らが、一箇所に集まったようです」

 

「なんと賊達が……」

 

 趙雲は思わず声を出す。

 賊は基本各地で独立しているので、このように集まるケースは反乱でもない限り非常に珍しかった。

 

「それで数は?」

 

「目算では千はくだらないかと……。しかも騎馬も六百近く確認されました」

 

 斥候の話しを聞き、全員黙り込む。丁原は思わず目頭を押さえた。

 敵の数は千。単純に考えてもこちらの倍はいる。そのうえ騎馬が六百近くいるようだ。騎馬での戦いの長じている彼女だからこそ、戦場における騎馬の厄介さを誰よりも理解していた。

 こちらの騎馬は二百しかおらず、いくら精鋭といえど戦力差三倍ではいささかきつい。

 

 

 

 

「……」

 

 彰義は一人歩き始め、丘の見晴らしのよい所に行く。

 そこからは辺り一体を見渡す事ができた。遠目に賊の根城の廃村も確認できる。根城の周りには荒れ地が広がっていて、地面が所々でこぼこして平野が少ない。

 

 

 ――手前には森……右手には台地か。

 

 そして荒れ地の手前には小さな森があり、森を右手に台地のような場所があった。

 台地の上は意外に広いようで数百人くらいは軽く登れそうだ。

 

 

「…………突撃すれば?」

 

 その空気の中、呂布が口を開く。

 自軍の倍の敵に突撃など無策にも程があるが、彼女の言う通り突撃すれば間違いなく勝てるだろう。

 

「それも手だけど、それだと損害が大きく出るのよね……何か策を考えないと」

 

 丁原は小さく溜息をつく。

 彼女としてはこのような所で自身の精鋭をいたずらに減らしたくはなかった。そうなると策が必要なのだが、彼女の基本戦術は突撃。策を考えるのは非常に苦手だ。

 いつもなら策を考えてくれる将がいるのだが、今この場にはいない。

 

 

 

 

「それなら策を考えてくれる奴がいるじゃないか」

 

 張燕は彰義の方に視線を向け、他の者もつられて彼を見る。

 

 

 その彰義はまだ周りを眺めていた。彼の背中に視線が集中する。

 そんな彼の頭の中は凄い勢いで働き、策を考えだしていた。彼自身が気味悪く思える程に。

 

 

「おい、なんか策思いついたか?」

 

「……枯れ草を沢山集めてくれ」

 

 彰義の言葉に空気が一変した。

 

「何か策を思いついたの?」

 

 丁原も彼の言葉に驚いていた。優秀だとは感じていたが、こんな一瞬で策を考えつく程だとは思ってはいなかった。

 

 

「ええ」

 

 そこで彼は振り返り、皆に向けてこう言った。

 

「俺に策があります」

 

 

 後の世では、この戦が彰紅炎の初陣として伝えられ、彼の快進撃の第一歩と位置付けられた。



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初陣に出て

これで書き出めは全てになります。
これからは週一更新目指して頑張っていきます。なお投稿するのは日曜がメインになります。


 趙雲は荒れた土地にいた。

 

 地面は所々陥没しており、中には人が何人も入れるような場所もある。全体的に草木が少なく緑があまり見当たらない。

 そのような土地を彼女は馬に乗り一人駆けている。ただ夕日で出来た影が後ろにぴったりと着いて来ているだけだ。

 

 

 彼女の目的地は先程から視界に入っている廃村。そこは今賊達が根城として使っている場所だ。

 

 そこに彼女は単身突撃しようとしていた。

 

 

 廃村の入口には扉がないボロボロの門があり見張りと思われる腰に剣をさした男が二人ほどいた。

 二人とも怠そうに立っている。門を抜けたすぐの所に小屋らしきものがあり中から人の声が趙雲の耳に入る。どうやら中に何人か人がいるようだ。

 

「ん? おい、何だアンタは――」

 

「ハッ!」

 

「グギャ!」

 

 廃村の入口まで来た趙雲は話しかけてきた男の喉を、自らの槍でひとつきにした。一瞬の叫び声の後男はぴくりともしない。

 絶命したようだ。

 

 

「な、何だキサマ!」

 

 もう一人の見張りの男が仲間の死に動揺しながらも腰の剣を抜く。

 さらに男の悲鳴を聞きただ事ではないと感じた小屋の中の男達が十数人出てきた。全員手に剣や槍等を持っている。

 

「私は常山の趙子龍! 貴様ら悪しき賊共を征伐しにまいった! 覚悟いたせ!」

 趙雲は高らかに叫ぶ。その迫力に圧倒され大人数ながらも賊達はたじろぐ。

 

「ひ、怯むな! 相手は女一人だ!」

 

 何とか一人が声を出すと、賊達が彼女に武器を掲げ迫っていく。

 

 

「ハイハイハイ!」

 

 だが彼女は馬から降りる事すらせず賊を貫き、切り捨てていく。槍は確実に賊の急所を貫き、命を奪っていく。その槍さばきは美しく、例え戦場で出くわしても見とれてしまう程だ。もっとも、出くわした者にその余裕があればだが。

 

 

 彼女はその調子で切り伏せていき、実に二十人近くを討ち取った。

 しかし地に伏せる屍の数よりも新たに現れる賊の数が圧倒的に多い。そしてしだいに彼女に向かって行く者は少なくなっていく。考え無しに向かって殺せるほどの者ではないと全員が理解したからだ。

 

 

「よし、囲め! 囲んで袋だたきだ!」

 

 誰かがそう言うと賊達は彼女を円形に囲むように動き始める。

 

「そうはいかん!」

 

「グエッ!」

 

 後ろに回り込もうとした賊を切りながら、彼女は完全に囲まれる前に踵を返し後退する。

  趙雲は賊の囲いを抜けるとそのまま廃村を離れて行く。

 

 

 しかし仲間をこれだけやられて簡単に逃がすつもりはなかった。

 

「逃がすなぁ! 追うぞ!」

 

 三、四十人がその後をすぐに追いかけ始め、残った者は馬の準備を始める。流石に一人の為に千人全員を動かすつもりはないようだ。

 

 賊達が趙雲を追いかけ少し進むと、地面に横に大きなひびが入ったような場所に出た。

 彼女はひびを挟んで賊の反対側にいて、賊達の方を見ていた。

 

「今だ、斉射!」

 

 彼女がそう号令を出すとひびから兵士が百人程現れ、一斉に矢を放つ。

 

「ふ、伏兵だ! うわぁぁ!」

 

 いきなり射られた賊達は何十人かはそのまま倒れ込み、あとは慌てて足を止める。

 

「全員後退!」

 

 彼女は斉射の後無理に敵を追わずに再び後退する。兵士達は次々にひびから出て来て趙雲の後を追う。

 

「チキショウ! あの女、官軍の将だったんだ!」

 

「お、お頭に伝えてくる!」

 

 兵が彼女の指揮に従っていたのを見た廃村に残っていた賊達は嵌められた事に気がついた。

 

 

 そして賊の一人が廃村の中央に走って行き、事の顛末を伝えた。すると十分も経たないうちに廃村の入口にはかなりの数の人が集まった。騎兵が五百に、歩兵が二百。賊の全戦力ではないが七割程が集まっている。

 

 

 

 

「馬に乗ってる奴は俺と先行。歩兵は後から着いて来い。行くぞ!」

 

 賊の頭自ら馬に乗り先頭をきり、他の騎兵達がそれに続く。

 

 彼等が出発したとき趙雲達はかなり遠くまで離れていたがそこは騎兵と歩兵。みるみる内に差が詰まっていく。

 

 趙雲達が廃村からは確認出来ないくらい遠い台地の横を通り抜けた頃には差は数十メートルしかなかった。

 しかし、趙雲達が横を台地を抜けると台地の上で銅鑼がジャーン、と鳴った。そして銅鑼がなると同時に兵が出て来て旗を掲げる。

 夕日に照らされ上がったのは深紅の『呂』の旗。

 

 

「また伏兵だと!?」

 

 彼等は銅鑼と旗に気を取られ、行軍を止めてしまう。

 そしてその隙に兵士達が後ろから人一人分くらいある大きな玉を持ってくる。

 それは全て枯れ草で出来ており、百メートル近く横に並んでいた。

 

「…………今……」

 

 将である呂布の号令を聞き、兵達は玉に松明の火を付け台地の坂を転がす。

 そして転がっていく間に火が全体に回り、火の玉となった。

 

「うわぁぁ! 火だ!」

 

 これにより賊達は一気に混乱した。

 実際の所、この火の玉による被害はあまり大きくない。しかし賊達は火が迫ってくる事実に驚き慌てふためいている。

 

「うわっ、落ち着……あああ!」

 

 特に馬の慌て方は尋常ではなかった。

 火の玉が転がってくるのを見て人が乗っているのも忘れ暴れ出す馬達。馬同士でぶつかったり、馬から振り落とされる者もかなりいた。訓練された馬と騎兵ならば抑える事が出来ただろうが、ここにいる者は訓練などした事もない。しかも歩兵を置いて先行してきたため今この火計をくらっているのは全て騎兵。

 混乱はちょっとやそっとでは収まりそうになかった。

 

 

 

 

「…………三、二、一……斉射……」

 

 そこに追い打ちとばかりに呂布の部隊が斉射を仕掛ける。これにより賊達は完全に統制を失った。

 

「…………突撃……!」

 

「全員反転!! 我等も突撃だ!!!」

 

 更に呂布と趙雲の両部隊が突撃をする。

 もともと練度の差があるうえに、この状態ではいとも簡単に賊達は討たれていく。

 

「ハイハイハイィィィ!」

 

「…………フンッ……!」

 

「ヒィィ! 何だこいつら!」

 

 しかも趙雲と呂布の武は凄まじく、それを見た賊達は畏縮していく。呂布にいたっては彼女の戟の一降りで三、四人の命が一瞬で消えていた。彼女が十回も振ればもう死体の山が出来上がる。

 それを見た賊達の士気はどんどん下がっていき、逆に味方の士気は上がっていく。

 

 

 

 

「クソ! 一度退け!! 火の側から離れろ!」

 

 このままではまずいと思った賊の頭は退くように命じる。全体には伝わなかったものも、命令が届いた賊達は徐々に後退していく。

 

 

 まずは後方の歩兵と合流する事。そうして態勢を立て直す事が先決だと頭は考えていた。

 

 

 

 

 しかし頭の思い通りにはいかない。

 

「お、お頭ぁ! あれ見てください!」

 

「な、いつの間に!?」

 

 退くために後ろを見た彼等の目に映ったのは自軍の歩兵が全滅寸前の姿だった。

 賊の歩兵を駆逐しているのは騎馬に乗った黒い『丁』の旗を持った兵士達。

 

 

「彰義君の読み通りこちらに退いて来たわね。じゃあ挟撃しましょうか、張燕ちゃん」

 

「了解だぜ!」

 

 指揮はもちろん丁原と張燕がしていた。彼女達は火計が始まると同時に台地の反対側にある森から出て来て、騎兵に置いてかれた歩兵達に騎射と突撃を仕掛けていたのだった。

 

 

「行くぜお前ら! 突撃ィィ!」

 

 張燕の後に兵士達がもの凄いスピードで迫っていく。

 

「みんな、援護するわよ。騎射用意……放て!」

 

 そしてその後の丁原達が馬の上から矢を放ち張燕達の上を抜け賊に降り注ぐ。

 矢を受け隊列が乱れた所に張燕達が突っ込み、叩き潰していく。

 

「オラァ!」

 

 その中でも張燕の破壊力は別格で、次々と賊をなぎ倒していく。まれに武器で彼女の鉄棍を防ごうとする者もいたが、防いだ武器は叩き割られ、そのまま賊に直撃する。

 

 

「私達も突撃!!」

 更に丁原の部隊が突撃し、賊達は大損害をくらう。それと同時に呂布と趙雲達も再び突撃し賊を挟撃した。

 賊の頭は逃げるのに必死でなにも対策が打てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………残ったのはこれだけか……急いで根城に戻るぞ……」

 

 なんとか挟撃から逃れた賊の頭は数十人の部下を引き連れ廃村に向かっていた。

 しかし彼の声には生気がなく、顔も疲れきっている。それは周りの者にもいえ、士気は最低だった。日はもう殆ど沈んでいて辺りは戦いが始まった時よりも暗い。暗さが彼等の士気をより下げていたのかもしれない。

 

 

 だが、暗いと言っても充分弓矢で狙う事は出来た。

 

「三、二、一、斉射」

 

 賊達の頭上から矢が降り注ぎ、射ぬかれた賊の悲鳴が辺りに響く。

 賊の頭地面がへこんだ所や岩陰に兵士達は隠れていて、そこから矢を射っていた。

 

「……もう……勘弁してくれよ……」

 賊の頭は半泣きで鼻声になっている。度重なる伏兵で彼の心は折れていた。

 

 しかし、だからといって手を緩める程この部隊の将は甘くなかった。

 

 

「廃村の方に一人でも戻られると後が面倒だ。皆殺しにしろ」

 

 彰義の顔はいつもと変わらず無表情。声にも感情がこもっていない。

 

 地面のへこみから出て来た彼は手に槍を持ち、腰には剣をさしている。彼は自分の武器を持っていなかったため、一般兵に渡される物を使っていた。

 そして彼が出て来ると兵士達も次々と出て来る。数は約五十。少ないが、士気が最低に下がり、最早戦意もない賊達には充分――むしろ過剰だった。

 

 

「全員抜刀……かかれ」

 

 彼の号令と共に兵士達がときの声を上げながら賊達に突っ込んでいく。

 

「た、助けギャアア!」

 

「嫌だ! 死にたくない!」

 

「待ってくれ! 俺だって好きでこんな事を、アアアアアア!」

 

 それはもう戦いではない。虐殺の域に達していた。

 

 だが彰義は無表情で敵に槍を突き立てていく。

 雑談をしている時と同じに。食事をしている時と同じに。普段と変わらない表情で。

 

 

「クソガァァァァ!」

 

 せめて一矢報いようと賊の頭が彰義に突撃をする。矢に当たったらしく彼の左手はだらんとしていた。

 右腕だけで剣を振り上げて襲い掛かる。

 

 

「……自棄になったらもう終わりだ」

 

 しかし彰義はただ冷静に、冷徹にそれだけ呟いた。

 頭が振るう剣を簡単に避け、槍の柄の方で足を払う。そしてバランスが崩れた頭の眉間に槍を突き刺す。

 悲鳴すら上がらず賊の頭は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 その後は丁原軍は廃村に残った賊達に奇襲を仕掛けた。

 相手の不意をつき、戦力も賊達を上回っていたため戦いが終わるまでに一時間もかからなかった。終わる頃には辺りは真っ暗になっていた。

 

 

 真っ暗な中、兵士達は戦後の処理に追われ、松明を持ちせわしなく廃村の中を歩き回っている。

 

 しかし彰義は兵達に指示を出し終わって暇になったので、廃材の上に座り考え事をしていた。

 

 ――今回敵が上手い事策に嵌まってくれたし、廃村の方にも一人も帰さなかったから夜襲も完璧にできた。初陣にしては上出来だな。

 

 戦局はほぼ彰義の考え通りに動いた。こちらの被害も少なく、丁原も非常に喜んでいた。

 

 

 しかし、彼が辺りを見渡すと、そこには死体が大量に並べられていた。彼がいる場所は廃村の中央にある広場でそこには今回の戦死者が集められていた。

 

 殆どは賊のものだが、中には兵士のも混じっている。そしてその横には仲間の死を悼み涙を流す者や黙祷をしたりする者が何人もいた。

 

 

「……すまない」

 

 彼は小さく呟いき、空を見上げる。

 空は満天の星空でかなり美しく物だったが、彼は自然とため息をついた。

 

 

 

 

「お、ここにいたのか」

 

「……なんだ張燕か」

 

 彼はしばらく物思いにふけていたが、張燕に話し掛けられ中断する。

 

「なんだとはなんだよ、無愛想な奴だな」

 

「悪い、ちょっと考えごとしていてな。それでなにか用があったんじゃないか?」

 

 彼はそう言うと廃材から立ち上がり体を伸ばすと体がバキバキと鳴った。意外と長い時間座っていたため彼の体は固まっていたようだ。

 そんな彰義を、彼の顔を張燕は何やら意外そうな目で見ていた。

 

「あー……丁原さんがお前の事を捜してたぞ。なんでも話があるんだと」

 

「話か……まぁ大体想像はつくがな」

 

 彼はゆっくりと丁原のいる本陣に向かって行く。

 しかしそんな彼の進路を塞ぐように、張燕が彼の前に立った。

 

 

「? まだ何かあるのか?」

 

「……俺こういうの苦手だがらよ、上手く言葉に出来ないけどよ……」

 

 張燕は煩わしそうに頭をガシガシ掻いた。

 そして何ともバツが悪そうに、もどかしそうに口を開く。

 

「何というかよ、そこまで気負う事はないと思うぞ? 最低でも、お前の今回の行動で助かった命があるんだからよ」

 

 思わず、彰義は目を見開いた。自身の今の無表情さで、自分が悩んでいる事が気づかれるとは夢にも思っていなかった。

 だからこそ、彼女の言葉は非常に救いになった。

 

 

「……ありがとよ。じゃあ今度こそ行ってくる」

 

 彰義は張燕の横を通り、今度こそ本陣に向かっていった。

 そんなすれ違う瞬間に、彰義の顔を見た張燕はニヤリと笑う。

 

 

「なんだ、笑顔も出来るんじゃねぇか」

 

 彰義はこの世界に来てから初めて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彰義君、私に仕えてみない?」

 

「丁重にお断りさせて頂きます」

 

 本陣まで来た彰義は、丁原の言葉に即答して頭を下げる。

 本陣には彼等の他に趙雲、張燕、呂布がいたがその即答ぶりに二人は驚いていた。

 

「………………」

 

 ちなみに呂布は夕食のお粥のような物に夢中で聞いていない。

 なお、彼等がいる本陣は廃村から少し離れた所にあり陣幕で四方を囲んだ簡単な物だ。中には特に何もなく丁原が座っている椅子ぐらいしかない。

 

 そしてその椅子に座っている丁原は彼の言葉を予想していたのか、やっぱり、と言った感じで苦笑いを浮かべていた。

 

 

「よいのか? 彰義殿は金がいると言っておったと思ったが」

 

「それは今回ので充分だし、今はいろいろな場所を回りたいからな」

 

 彼は今回の戦を経て、ある目標を立てていた。その目標の達成の為にも、今は各地を回り様々な人に会っておきたかった。 

 

 

 

「それならしつこく引き止めないわ。でもせめて私の真名を受け取ってくれない? もちろん趙雲ちゃんと張燕ちゃんもね」

 

「…………恋のも……」

 

 丁原の言葉に食事中の呂布も乗っかる。

 

 

「……いいんですか?」

 

 彼はこの世界の生まれでは無いため真名の重要度はそこまで理解していなかったが、かなり大切な物だとはわかっていた。なのでまだ会って数日で、得体がしれず、士官を断った男に真名を渡す理由がわからなかった。

 

「もちろん。今回は貴方達がいたからこんな大勝が出来たのよ。そんな人達に真名を渡さないのは失礼に当たるわ」

 

「…………恋は……気に入ったから……」

 

「私も彰義殿に真名を受け取って貰いたいものだな」

 

「それなら全員で交換しねぇ? なんか一人ずつやるの面倒臭いし」

 

 趙雲も名乗り出たために張燕が案を出す。

 

 

「じゃあそうしましょうか。私は丁原。真名は舞よ」

 

「…………恋は……恋…………」

 

「私は姓は趙、名は雲、字は子龍。真名は星だ」

 

「俺は張燕。真名は飛鳥だぜ」

 

 

 次々と真名を言っていき、最後に彰義が残る。

 

「姓は彰、名は義、字は紅炎。真名は考輝(こうき)だ。よろしく頼む」

 

 彰義――考輝の初陣はこうして終わった。



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移動の中で

沢山の方が過去の投稿を覚えていて下さっていて、とても嬉しく、今度こそ完結させるという思いが強まりました。

遅筆ですが、更新頑張って参ります。


 考輝は舟の中にいた。

 

 

 舟はオールのような物を使って漕ぐ人力のものでなかなか大きい。百人くらいは軽く乗れるだろう。兵士達が十数人程で漕いでいるがかなりゆっくりと黄河を進んでいる。

 

 日は高く舟の真上で輝き、うっすらと見える川辺には小さく森が確認できた。

 

 舟の中央には屋根がついた空間があり、そこが大部分を占めている。ただ壁は後ろ半分しかなく、前半分は柱しかない屋形船といった感じだ。

 

 

 そしてその舟には丁原軍の全武将が乗っていた。最強の武を持つ呂布、神速と名高い張遼、陥陣営という異名の高順。見る物が見れば裸足で逃げ出す集団であろう。

 なお舟の進路は都である洛陽。都の何進大将軍に丁原軍は召集されたため、こうして黄河を昇っていたのだった。

 

 

 そのような場所に考輝はいた。なお、趙雲と飛鳥もいる。

 

 丁原軍ではない彼等が何故そこにいるのかと言うと、ただ単に送ってもらっているだけである。

 五日前に初陣を終えた彼は丁原の仕官の誘いを断った後、直ぐににも旅立とうとしていた。しかし、「どうせなら都まで一緒に来ない?」と、誘われ彼等は着いて来ていた。

 

 

 彼がこの話しを受けたのは今都には丁原以外の諸侯達も集まっていると聞いたからだ。

 名門の袁紹を始め、異民族討伐で名を上げる董卓、西涼の馬騰。かなりの大物が揃っている。

 

 そのような大物達の中でも考輝が一番会いたいのは陳留の曹操だ。今はまだ一介の県令にすぎないが、いずれは天下の一角を治める程にまで成長する。彼はそのような者の器を見ておきたかった。

 ――曹操はたしか恋姫無双にもちゃんとキャラとして出てたよな。容姿とかは余り覚えていないが……たしか百合だったか? ともかく女なのは確定だな。

 

 彼は本を読みながら曹操についての記憶を思い出していた。ちなみに今彼が読んでいる本は何故か日本語で書かれている。これもパラレルワールドの影響らしい。

 

 

 彼が今座っているのは舟の中央に置いてある細長い机の前のこれまた細長い椅子だ。そして机を挟んだ反対側には趙雲と丁原軍の張遼が座り酒を飲んでいた。

 張遼はサラシを巻いた上にマントを羽織るだけというかなり豪快な格好をしていて、酒のせいか少し顔が赤い。

 

 

「いや〜、アンタなかなかいける口やな」

 

「こんなの飲んだ内に入りはせぬよ。お主もそうであろう?」

 

「それもそうやな」

 

 そこで二人は顔を見合わして笑い合う。わりと気が合ったようだ。

 

 しかし、彼女達はたいして飲んでいないと言っているが周りにはかなりの数の徳利が散乱している。世間一般的には物凄い量だろう。

 

 

 

 

「って、何堂々と酒を飲んでいるんですか! 今、一応仕事中ですよ!」

 

 その二人の間にオールバックのピッチリとした服を着た男が割って入る。

 彼は張楊といい、丁原軍の事務仕事を統括している。もとい政務をまともに出来る将は彼ぐらいしかいない。

 

「相変わらず固いな〜。それにウチらの仕事は護衛。今襲撃なんかされとないやん」

 

「せめて緊張感を持って下さい!」

 

「そないな事言ってもな〜」

 

 張楊は張遼にいろいろと注意をするが彼女はのらりくらりとかわしていく。余り効果はなさそうだ。

 

「第一呂布ちんはどうなるんや? モリモリ肉まん食っとるで」

 

「…………?」

 

 話題が考輝の隣に座って大量の肉まんを食べていた呂布に移る。当の本人は悪い事という自覚はないようで首を傾げていた。

 

 

「あぁ……そんな首を傾げる恋様も素敵でございます…………」

 

 そして呂布の隣に座り、彼女の事を恍惚の表情で眺めているのは女性は高順。基本的に恋の副将をしている。髪は金髪のミドルで頬についている傷が目立っている。黒いジャケットみたいなものを着ており、下半身はピッチリしたズボンを履いていてかなり動きやすそうだ。

 

「……もう呂布殿には何を言っても無駄だと悟りましたから……」

 

 そう言って張楊は遠い目をする。彼は昔の恋に対しての様々な自分の努力を思い出していた。

 

 

 

「……大変そうだな。それから高順。お前鼻血出てるぞ」

 

 考輝が本から目を離し高順の方を見ると彼女は鼻血を出していて、ツーと、下に垂れていた。恍惚の表情をしながら。

 

「……これは失礼」

 

 高順は手で血をふき取り、普段のキリッとした表情に戻る。今の表情だけ見ると、大抵の人はクールな美人の印象を持つだろう。

 

 

「あ、恋様。口周りが……」

 

「ん……」

 

 しかし、また一瞬で呆けた顔に戻る。今呂布の口元を拭いている女性が、先程までクールな雰囲気を醸し出していたとは今の姿からは想像も出来ない。

 そんな豹変にも呂布は特に動じる事なく、大人しく口周りを拭かれていた。

 

 

 

 

「って、はぐらかされる所だった。張遼殿はいい加減飲酒を止めてください。今は仕事中です」

 

 最初の目的を思い出した張楊は再び張遼に注意をし始める。

 

「ホント固いな〜。せやけどちゃんと仕事しとる奴他におらへんで?」

 

「何を言っているんですか。あそこで舞様が仕ご――」

 

 張楊は振り返り舟の後ろにある机に目をやる。

 その大きめの机の上には木簡や竹簡が沢山置いてあった。

 

 

 そこにはそれらと格闘している丁原の姿が――――なく、彼女は机に倒れ込んでいた。

 

 

「って、舞様ァァ?!」

 

「速っ!」

 

 張楊はそれを見た瞬間物凄い速さで彼女の所まで駆けて行く。それは神速の張遼を唸らせる程であった。

 

 

「だ、大丈夫ですか!!」

 

「…ち、張楊……」

 

 彼が揺すると丁原は顔だけよろよろと上げる。彼女の目は軽く虚ろになっていた。

 

「私……武官なのよ? なんで……こんな仕事をしているの?」

 

「ちょ、なんか目が死にかけてますよ!? ……それは貴方が州勅まで頑張って出世したからですよ! 素晴らしい事なんです!」

 

「……じゃあ私州勅辞めるわ」

 

「って、何とんでも発言してるんですか!」

 

 

 

 

「……大丈夫なのか? あんな感じで」

 

 流石に他人事ではあると言っても、考輝はいろいろと心配になってきていた。

 この感じでまともに軍が運営できているのかは、素人の考輝から見ても不安だ。

 

 

「問題ないで。いつもあんな感じや」

 

「政務部屋での日常風景です。心配不要――恋さま、追加の肉まんが運ばれてきましたよ」

 

「………」

 

 考輝の心配も気にせず、張遼は酒を飲み、高順は呂布の世話をやき、呂布は幸せそうな顔で食べ物を食べている。完全に各々が好きな事をしていた。

 正直、何も知らない人物がこの状況を見れば、とても一つの州を統治している軍とは思わないだろう。

 

 

 しかし武力に関しては間違いなく天下最強の軍団である。

 考輝の見ている数値では、張遼は92。高順は88ある。一番弱い文官の張楊で70。これに丁原と呂布を加えて平均を出すと約90。一般人の平均値が45の世界でこれは異常なまでの高さだ。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……彰義殿は本当に仕官なさらないんですか? 文官が非常に足りていないので、今なら好待遇ですよ?」

 

 最終的に何とか丁原を仕事に復帰させた張楊は溜息まじりに考輝の隣に座る。その顔には疲労が色濃く出ていた。

 そして何度目か分からない考輝の勧誘をしていた。余程文官が欲しいのか、考輝の話を丁原から聞いてからは、条件を変えたりして何度も同じやり取りをしている。

 

 

「申し訳ないですが、考えを変える気はありません。私は若輩者ですし、今の世というものを見て回りたいのです」

 

 しかし入る気は無い考輝は毎回こう答えていた。

 彼としてもこの軍に入るという選択肢もあるのだが、正確な情勢も分からずに自分の身を置く勢力を決めるのは危険だと考えていた。

 

 

 ――それに、軍に入るのが全てじゃないしな。

 

 考輝の今の能力は軍人に向いている。能力だけでなく、歴史を知っている、未来の知識がある、そして何よりもこの世界が恋姫無双ベースだと気づいている。これらの事は相当なアドバンテージになるだろう。

 

  しかし、わざわざ危険な戦場に出向く事もないとも考えていた。乱世なので常に危険は付きまとうが、商人や農民という選択肢も見据えていた。

 

 

「それでは、世を見た後に、また一考の程お願いします。いつでも大歓迎ですから。それで彰義殿は都を見た後はどこに回られる予定で?」

 

 あまりしつこいのも逆効果だと思ったのか、張楊は薄く笑って話を変える。

 そして近くに侍従に声をかけると、二人分のお茶をお願いした。

 

 どうにもまずはコミュニケーションを取って、仲良くなる作戦にシフトしたように考輝は感じた。

 

「そうですね……実はまだ決めかねているんですよ。でも今都には有力者が集まってますし、まずは――」

 

 

「なぁ彰ギン」

 

 考輝の話を遮るような形で張遼が話し掛けて来た。酒が尽きたのかもう酒は飲んでいない。

 彰ギンという呼び方に面食らっていたが、とりあえず彼は突っ込まない事にした。

 

「……どうしました?」

 

「あー、ウチに敬語いらんで。むず痒くなる。――それでさっきから気になってたんやけど……あれ大丈夫なん?」

 

「ん?」

 

 張遼に指差されるがままに考輝と張楊が振り向くと、そこには舟の縁にぐったりと寄り掛かっている飛鳥がいた。頭と手が縁から飛び出しているのでまるで洗濯物が干されているようだ。

 

 

「随分と大人しいと思ったらあんな所にいたんだな」

 

「気付いてなかったんかい……」

 

 考輝の言葉に張遼は肩を竦める。

 

「舟は慣れないと酔いますからね。ちょっと薬がないか探してきます」

 

 張楊は苦笑いをしながら席を立った。

 

 

 そして彼と入れ替わりに趙雲がやって来た。

 

「舟に弱いとは言っておったが、まさかここまでとは……。今のこやつの姿を見て、これがあの張燕とは誰も思うまい。しかしこれなら乗る前の暴れっぷりも納得であるな」

 

 飛鳥は舟に乗る前、周りの人が引くぐらい抵抗していた。

 全速力で逃げ、得物を振り回して暴れ、趙雲と呂布と高順に取り押さえられた後は駄々っ子のようにジタバタと抵抗した。最終的に舟に投げ入れた後は途端に大人しくなっていたので、考輝も舟が出た後はあまり気にしていなかった。

 

 ここまで弱いのだったら、もう少し気にかけておくべきだったと考輝は軽く後悔した。

 飛鳥も飛鳥でこんな姿を人に見せたくなっかたので、誰にも助けを求めずにいたのも原因ではあるが。

 

 

「なんだよ。お前そんなに舟に弱かったのか?」

 

「……うっせぇ……今話し掛けてきてるんじゃねぇ……年中無表情野郎……」

 

「………」

 

 考輝は少し、ほんの少しだけイラっとした。

 特に年中無表情野郎、というのが何故か彼の心をかき回した。

 

 

「…………!」

 

 そんな考輝は何か思いついたのか彼女に近付いていく。ニヒルな笑みを浮かべこれからやる事は間違いなくロクな事ではないだろう。

 そして彼は彼女の直ぐ傍まで来ると足を舟の縁にかけ、舟を揺らし始めた。舟が大きいので彼が体重をかけても大きくは揺れないが、今の飛鳥には効果てき面であった。

 

「バッ! ……てめぇ……何……しやが……る……」

 

 飛鳥の顔がどんどん青くなっていき、声も徐々に弱くなっていく。

 碌な抵抗もできないのか、飛鳥は動く事もなくただ力なく考輝を睨みつける。

 

「ん? 辛いのか? すまんな、人の感情に疎くてな。年中無表情だから」

 

 しかし彼は止める気はない。むしろ更に強く揺らしていく。

 

 

「……陸地に…着いた…ら…おぼえ……てろ……」

 

 そんな騒ぎに呂布や高順達が集まって来た。

 なお恋は手に今だに肉まんを持っている。ただそれが最後らしく大層大事そうに持っていた。

 

「彰ギンも鬼畜やな……普通あんな弱っている奴に追い打ちなんかかけられへんで……」

 

「普段は冷静なのだがな。どうにも年中無表情と呼ばれたのよっぽど気にくわなかったようだな」

 

「…………顔が青い……」

 

「そろそろ限界のようですね」

 

「すみません、薬もう全て使い切ってしまったようで――何ですかこの状況?」

 

 張楊が戻って来た時には、飛鳥の周りには人だかりが出来ていた。

 

 

 

 

「ウッ! もう無理!」

 

 飛鳥は口を手で抑えながら急に立ち上がった。しかし足元もおぼつかなかったので、そのままフラフラと前のめりにバランスを崩してしまう。そうなると舟から落ちてしまうのは必然だ。

 

 

 飛鳥はそのまま川の中に落っこちてしまった。

 

 

 

 

 とっさに伸ばした手で、考輝の腕を掴みながら。

 

「なっ!? ――ブハッ!!」

 

 その結果、考輝も川の中に引きずり込まれた。

 

 

「……あ…………」

 

 ついでにその時考輝の腕が恋の腕に当たり、肉まんも一緒に落っこちてしまう。

 

 

 

 

「ちょ、……俺……泳げな……」

 

「てめ、ゲホッ……抱き着いてくんじゃ……俺まで沈むだろ……」

 

 飛鳥は泳げなかったらしく、必死に考輝にしがみついている。いくら考輝が泳げても、これでは沈むのは時間の問題だ。実際二人とも頭が水面から上がったり下がったりを繰り返し、徐々に下がっている時間が長くなっている。

 

 

「えーい。世話のやける!」

 

「…………」

 

 見兼ねた趙雲と呂布が縁に乗り出し川に飛び込もうとする。

 

「って、呂布ちんも行くんか?」

 

 張遼としては、呂布がこういう時に動くのは意外だった。

 

 

「……肉まん…………」

 

「目的違うんかい!」

 

「私もお供します。恋様の行くところ例え火の中、水の中、この高順あり」

 

 呂布が動いた事で、高順も飛び込む準備をする。

 

 

「「ブクブクブク………」」

 

 しかしそうこうしている間に二人は沈んでしまった。もう水面上からは姿が確認出来ない。

 

 

「クッ、待っていろ!!」

 

 最初に星が飛び込み、恋と高順がそれに続く。

 

 

 

 

「ブクブクブク……」

 

 しかし高順は飛び込むと同時に沈んでいった。どうやら泳げなかったようだ。

 

「高順ッチは一体何がしたかったんや!!」

 

 救助対象が一人増えただけであった。

 

 一方の趙雲と呂布は普通に泳げるようで水の中に潜っていく。

 だが、うまく助け出せないのかなかなか上がってこない。

 

「クッ、しゃあない。ウチも……」

 

「駄目よ。霞ちゃん」

 

 痺れを切らして張遼が飛び込もうとすると、いつの間にか近くに来ていた丁原に止められた。

 

「なんで止めるや、舞さん! まだ誰も上がって――」

 

「だからこそよ。下手に霞ちゃんが飛び込んでも状況が悪化するだけよ。霞ちゃん一人で何人も同時に助けられないでしょう?」

 

「ッ……」

 

 その時の丁原の目は先程までの死にかけた目ではなく、一軍を司る者の目になっていた。その迫力に押され、張遼は言い返す事が出来なかった。

 

 

「そんな心配する必要はないわよ。みんな強いしこのくらいで死ぬような子たちではないもの。そろそろ補給もしたいころだったし、近くの港に寄って五人を探しましょうか」

 

 丁原はそう言って微笑みかける。

 それは、先程とはまた違う顔だった。

 

「……せやな」

 

 張遼は納得し、川下の方に目をやる。

 

 ちょうど、少し暖かい風が吹き通った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁原軍の舟から少し下流に行った所の川辺に、小さい広場のような場所があった。

 地面には背の低い草が生い茂っていて、太陽の光を一杯に浴びている。広さ的にはそこら辺の宿屋の一室と対して変わらないぐらい。周りには森が広がり、森の中は少しうっすらとしている。

 

 

 

 

「……ひどい目にあった…………」

 

 その場所に彼等全員は流れ着いていた。

 考輝はそう呟くと木まで歩いて行き、もたれかかる。全身びしょ濡れになっていて、歩く度に水が滴り落ちていた。ちなみに、今彼が着ている服は彼がこの世界に来た時に着ていた学ランではなく、丁原から貰ったこの時代の服だ。

 

 

「全くだぜ……それもこれもお前が舟を揺らすのが悪いんだぞ」

 

 飛鳥は俯せで寝転がり、考輝に文句を言う。船酔いも割と回復したようで、普通に喋っていた。

 

「……元はと言えばお前が船酔いなんかするからだろうが。しかもあんなに悪化してまで人に助けを求めないとか、意地はりすぎだ」

 

「あ? 喧嘩売ってるのか?」

 

 彼女は考輝の言葉を聞いて起き上がろうとする。

 

「止めぬか。今はそれ所ではないだろう」

 

 しかし星が二人の間に割って入り、飛鳥は渋々と言った感じでまた寝転ぶ。

 

 

 そんな少し雰囲気が悪くなったところに、誰かの腹の音が響いた。

 三人が音のした方を見ると、呂布が膝を抱えて座っていた。

 

「……肉まん…………」

 

 余程肉まんの事がショックだったのだろうか、落ち込んでいるようだ。

 しかもさっきまであれほど食べていたというのに、もう腹を減らしているようだ。

 

「……恋様……私がいながら申し訳ありません。生憎私も今食べ物の持ち合わせが――って恋様下着が!」

 

 水に濡れて呂布の下着が透けていたらしく、それを見て高順は鼻血を出しながら倒れた。

 

 

 この状況であっても、丁原軍は平常運転のようだ。

 そんな様子に考輝達も毒気を抜かれ、争う気も失せていた。

 

 

 

 

「とりあえず服を乾かすか。俺は向こうでやってくる」

 

 そう言うと考輝は一人で森の中に入っていく。

 

「ん? あいつ何で森の中入ったんだ? ここでやればいいじゃねぇか」

 

「お主はアホか。服を乾かすのに服を着たままでは出来ないであろう」

 

「あ、そういう事か」

 

 飛鳥はそこまで言われて察した。

 男女比が1:4だと男の肩身は狭い。

 

 

 

 

 

 

 考輝は少し歩いて適当な場所を見つけると、まず上半身だけ脱いだ。

 そして焚火を起こすために木の枝を集め始める。火打石は一応買い揃えてもっていたので、枝さえあれば簡単に火を点ける事ができる。

 

 

 一抱え程の枝を集め、そろそろ充分だろうと彼は枝を一か所に集め、懐から火打石を出そうとした時、ふと彼は動きを止めた。

 

 考輝が目を細めると少し遠くに人影が確認できた。距離があるので誰かまでか分からず、何人かが走っているのが見えたくらいだ。

 

「キャーー!!!」

 

 そしてその方向から悲鳴が聞こえた。

 

「…………ハァ」

 

 考輝はため息を軽くついた後、悲鳴が聞こえた方に走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「賊か……」

 

 近付いて行くと詳細が確認でき、彼は舌打ちをする。

 武器を持ち、ボロボロの服を着た男達が数人で二人の少女を囲んでいた。どうやら男達は身なりからして賊のようだ。

 

 しかし一人の少女は双剣を持ち果敢に戦っている。剣の腕も素人という訳ではなくそれなりに扱えていて、何人かの賊は切り捨てられていた。

 だがもう一人の少女、もとい幼女は戦えないようで少女の後ろに隠れている。それを庇いながらのため、少女は満足に戦えずに顔をしかめている。このままでは二人共賊の餌食になるのは目に見えていた。

 

 

「………」

 

 考輝は走りながら石をいくつか拾う。彼は武器を今は持っておらず丸腰のため、石を使おうとしているようだ。

 

 

「……!」

 

 そして石を投げて当てられる距離にまで行くと無言で、全力で石を投げる。

 

「グアッ!!」

 

「な!?」

 

「……え?」

 

 石は見事に賊の一人の頭に当たる。そして打ち所が悪かったのかそのまま倒れて動かない。

 それを見た他の賊達は驚愕の声を上げ、少女も小さく声を漏らす。

 

 

 考輝はそんな賊達に残った石を全て投げていく。

 流石にもう考輝の存在がばれているので急所には当たらないが、体の各所に当り賊達は顔を歪める。

 

「ウラッ!」

 

 そして怯んだ所に殴り掛かって剣を奪い、そのまま何人かを切り捨てる。

 賊達は動揺したまま動かず、考輝を囲もうともしない。

 

 

「……まだやるか?」

 

「ク、クソ! 覚えてやがれ!」

 

 まだ賊は八人くらい残っていたが考輝が睨むとあっさりと退いていく。

 まともな統率がとれる者もいなかったようで、突然の乱入者にただただ慌てふためいていた。

 

 

 

「あの……」

 

「………」

 

 双剣を持った少女が話し掛けて来たので考輝は振り返る。

 少女はブロンドヘアーで眼鏡をかけていた。緑の目が印象的で、服がわりと凝っている。お洒落に気を使っているのだろう。

 

 

「助かったの。沙和一人では危ない所だったの」

 

「別に構わない。それよりお前はこの辺りの人間か?」

 

 考輝としては土地の情報が欲しかった。彼はまだ土地勘がないが、場所が分かれば趙雲や高順が聞けばこれからの行動の方針が立てられると考えたからだ。

 なおもう一人の幼女は眼鏡の少女の後ろに隠れている。

 

 

「そうなの。沙和は近くの村で義勇軍を率いているの」

 

「ほう……」

 

 彼は思わず声を漏らした。この幼ささで人を率いているというのに驚き、義勇軍の隊長とはどれほどのものか気になったからだ。

 そして彼が少女のステータスを見ようとした時後ろから声が聞こえる。

 

「おい! この辺りで悲鳴が聞こえたが大丈夫か! ――って考輝?」

 

 その声は彼にとってもう聞き慣れたものだった。

 

「飛鳥か。悲鳴の件ならちょうど今――――――は?」

 

 

 彼は喋りながら振り向いて途中で止まってしまった。振り向いた先の光景が信じられないものだからだ。

 

「? …………あ」

 

 飛鳥は最初彼が何故フリーズしたのか分からないようだったが途中で気付き、彼女もフリーズする。

 

 彼女もまた考輝と同じように上半身に何も身に付けていなかったのだ。

 胸元の二つの丘ももちろん隔てるものがなく露出されている。筋肉質ではなく意外とすらっとした身体つきをしていた。

 

 

 

 

「……こ……の…………」

 

 状況を理解してフリーズしていた飛鳥であったが、ワナワナと体を震わしながら自らの得物を振り上げる。

 ここで考輝は非常に嫌な予感がした。非常に嫌な予感で、正直生命の危機も感じていた。

 

 

「いや、待て。これは完全にお前が悪――」

 

「うっせぇ! このムッツリ無表情野郎がァァ!」

 

 考輝がなんとか弁明しようとするが飛鳥は聞く耳を持たない。

 丸腰の彼に対して本気でかかってくる。

 

 

「ッ、ちょっと待っ、ひとまず隠せ!」

 

 

 今彼女は自身の体全く隠さずに暴れている。そのため彼女の双丘も彼女が得物を振り回すと暴れていた。凶悪なまでに。

 しかし彼女はそれすら聞かずに暴れている。周りが完全に見えていないようだ。

 

 

 

 

「「…………」」

 

 この光景を少女達は唖然とした表情で見ていた。呆れ、というよりは状況についていけない戸惑い要素が強いが。

 

 

 

 

 そして考輝が避け続けるのにも限界がやってくる。

 むしろ彼の実力で本気の飛鳥の攻撃をここまで避けれたのは奇跡に近いだろう。

 

 

「くっ!」

 

 避けるのに必死になっていたため足元の確認が疎かになり、先程切り伏せた賊の一人に躓き、後ろ向きにこける。

 そのまま頭から地面に落ちていくがそこにはさっき賊に向かって投げた石があった。そして考輝は後頭部を石で強く打ち、気を失った。

 

 

 

「って、やべえ!? やっちまった! おい考輝、しっかりしろ!」

 

 流石に正気を取り戻した飛鳥が彼に馬乗りになり身体をゆさゆさと揺らす。

 しかし反応がない。良く見ると白目まで向いている。

 

 

「ま、本気でヤバイぞ、これ! お、おい、あんた! この辺りに医者はいないか?」

 

 流石にマズイとは思い、飛鳥は近くにいた少女に尋ねる。その声は焦りからかかなり早口になっていた。

 

「は、はいなの!それなら沙和達の村に――」

 

「ん?」

 

 途中で少女の言葉が止まり、飛鳥の後ろの一点を見つめる。

 

 それに釣られて玄鳥が後ろを振り向く。

 

 

 

 

「まさかお主達がそのような間柄だったとは……。しかしお主も水臭い。言ってくれれば我らも空気を読んで消えたというのに」

 

 そこにはニヤニヤした顔の趙雲と。

 

「…………邪魔だった? ……」

 

 何時もと変わらない様子の呂布と。

 

「しかし時間と場所は弁えるべきだ。ここには少女達もいる事だし教育上良くない」

 

 冷静な顔をしながらも、少し顔が頬が赤くなっている高順がいた。

 

 

 

 

 三人の言葉に飛鳥は今の自分の姿と状況と考輝の状況を冷静に考える。

 半裸の考輝に半裸の飛鳥が馬乗りなり体を揺すっている。おまけに恥ずかしい思いをした後なので、飛鳥の顔も真っ赤だ。

 

 

 ――これ、俺が襲ってるみたいじゃね?

 

 その考えに至った途端、飛鳥の全身から冷や汗が溢れ出始める。

 

「いや、ちょっ、これは誤解だ!」

 

「ほう、何が誤解なのだ?」

 

「いや、それは……」

 

 飛鳥は必死に弁解するが趙雲では相手が悪すぎる。

 何を言っても直ぐに返され、結局は弄られてしまうだろう。

 

「もう、誰か助けてくれーー!」

 

 虚空に向かって飛鳥は叫んだ。

 

 

 

 

 なお今回の事で宴会の度に飛鳥が皆から弄られるのはまた別の話しである。




本編には出ていない、張遼、高順、張楊のステータスです。


張遼

統:93 武:92 知:78 政:58
剣:B 槍:S 戟:S 弓:B 騎馬:S 兵器:B 水軍:C
特技:神速(部隊の機動力が上がり、相手の士気を下げる)


高順

統:85 武:88 知:55 政:46
剣:S 槍:A 戟:C 弓:A 騎馬:S 兵器:S 水軍:C
特技:攻城(城や拠点や陣への攻撃が強力になる)


張楊

統:72 武:70 知:74 政:75
剣:B 槍:C 戟:B 弓:A 騎馬:A 兵器:C 水軍:C
特技:防諜(密偵を発見しやすい。流言が収まりやすくなる)


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三羽烏に会って

考輝は夢の中にいた。

 

 彼がそれを夢だと自覚出来たのは明らかにこの世の光景ではなく、そして前に一度来た事があったからだ。

 

 

 白い空間。

 

 彼が恋姫無双の世界に送られる前に神と話した所と一緒の場所である。

 ただ、前と違うのは彼が漂っているのではなく、しっかりと二本の足で立っている事だ。地面が見えないため、傍から見れば浮いているように見える。

 そして服装は彼が舟に置いてきたはずの学ランだった。しかし彼は夢と自覚しているためか、たいして驚きはなかった。

 

 

 

 

『よう。お前の異世界での奮闘、楽しませてもらっているぜ』

 

「……神か」

 

 突然、考輝の頭の中に声が響く。以前彼に神と名乗った者が話かけた時と同じ現象だ。

 しかしこれも二回目なので、彼は驚かずに普通に言葉を返す。

 

 

『そうだ。それよりお前は楽しんでいるか? なかなか刺激的な世界だろう?』

 

「まずまずだな……。それよりも、お前俺の頭を弄ったな? 俺は人の死を見て何も反応しないような無感情な奴ではなかったし、頭も良くなかった。一体何をした?」

 

 彼は責めるよう口調で問い詰めるが、雰囲気からして本気で抗議している訳ではないようだ。というよりも、どこか諦めているような感じだ。

 

 

『確かにお前の魂――能力と価値観には少し手を加えた。そうでもしないと、あの世界でお前すぐにくたばっただろうからな。だからお前としては不服だろうが、感謝こそしても、責めるのはお門違いだ』

 

「…………」

 

 神と名乗る声は特に悪びれた様子はない。むしろ自身に感謝をしろとまで言う。

 しかし改造される前の自分では、最初に賊に会った時点で死ぬ事が簡単に予測出来たので、考輝も反論は出来なかった。

 

 

「……そう言われると何も言い返せないな。――しかし、そこまでしてなんでお前は俺をあの世界に送った? 何か目的があるのか?」

 

 反論が思いつかなかったので、とりあえず考輝は感じていた疑問を訪ねる。

 わざわざ一般の学生であった自身を乱世で生き残れるように改造するのは、いささか非効率なように考輝は感じていた。

 

 

 

 

『……ただの暇つぶしだ。前にも言ったろ。それに人一人の魂を弄るくらい、別に造作もない事だ』

 

 考輝は小さく溜息を吐いた。

 どうやら神という存在は、彼の思っている以上に身勝手で傲慢で万能のようだ。

 

 ――それにこの様子では、万が一に何か目的があったとしても俺に話す事はないだろうな。

 

 

 

「……それで何で俺をまたここに喚んだ?」

 

 これ以上この話をしても時間の無駄だと感じた考輝は話を変えた。

 

 

『少し褒美をやろうと思ってな』

「褒美?」

 

 その単語に反応して考輝の眉がピクリと動く。

 

『まぁ、初陣祝いってとこだ。ともかく洛陽に着いたら左慈って奴に会え。それでそいつから褒美を受け取れ』

 

「相変わらず投げやりだな……」

 

 彼は心底呆れた表情をする。

 洛陽は巨大な都市だ。そこから人を一人見つけるのに、どれ程の労力がかかるか分かったものではない。

 

『まぁなんとかなるだろ。ともかくまた行ってこい』

 

 その言葉と同時に考輝は黒い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何処だここ?」

 

 考輝が目を覚ますと、彼はベッドの上で寝ていた。

 左側には壁があり、残りの三方は天井から吊された白い布によって周りから隔たれている。時折人の影が布に映り、消えていった。

 

 ――始めて見る場所だな。それにしても、何で俺はベッドの上で寝ているんだ? 眼鏡の奴を助けたところまでは覚えているが……。

 

 

 記憶が曖昧としていた考輝は、一先ず起き上がってベッドから降りる。すると後頭部に鈍い痛みを感じたが、痛みの原因も思い出せないので、ベッドの周りの白い布を持ち上げて外に出た。

 

 

 

 考輝の寝ていたベッドは部屋の隅にあり、部屋の壁際には同じように白い布で囲まれたベッドが置いてあった。

 部屋の中央では、数人の人達が怪我人の手当てをしていた。怪我の程度としては軽い者が多いが、怪我人も手当てをする者も皆が皆生気が薄い目をしている。

 

 

 ――状況を見ればここは病院のようだが、それにしてはどうにも雰囲気が暗い。

 

 病院とういよりは、まるで処刑を待つ囚人の待機部屋のように思える程に、この部屋には絶望が渦巻いていた。

 

 

 

 

「あ、目が覚めたのですか?」

 

 考輝が部屋の雰囲気に違和感を感じていると、横から声をかけられる。

 そちらを振り向くと、銀髪で長い三つ編みをしている少女がいた。目がキリッとしているため、どこか真面目な印象を受ける。また全身に生々しい傷跡がついており、幼いながらも相当に鍛錬している事が伺える。

 

 

「……ああ。それでお前は?」

 

「申し遅れました。私は姓は楽、名は進、字は文謙と言います。若輩者ながら、この村の義勇軍の指揮をしている者です」

 

 少女――楽進は礼儀正しくきびきびと言う。

 

 楽進の名を聞いた彼は、彼女のステータスを開く。彼の知識では、楽進は魏の古参の武将であったと記憶していたからだ。

 

 

 

 

統:69 武:74 知:42 政:41

 

剣:B 槍:B 戟:C 弓:C 騎:C 兵器:B 水軍:C

 

特技:気術(気を扱える)

 

 

 能力の数値では、一般人に比べれば明らかに強いがそこまで高くはない。

 しかし、伸びしろが全能力で高い。特に武力はもしかしたら90近くまで行くのでは思える程だ。

 

 ――今はまだ未熟だが、未来の名将ってところか。気ってのは良く分からないが。

 

 

「あの……どうかなさいましたか? 怪我をした頭に違和感が?」

 

 楽進は少し心配そうな顔をしている。彼に反応が無いので心配になったのだろう。

 

 

「いや大丈夫だ。それで俺は姓は彰、名は義、字は紅炎だ。……そういえば眼鏡の奴も義勇軍を率いていると言っていたが」

 

 彼は先刻の眼鏡の少女との会話を思い出す。

 記憶は曖昧であったが、眼鏡をかけた少女が村の義勇軍を率いているという話は覚えていた。

 

「于禁の事ですか? 実はこの村の義勇軍は私と于禁ともう一人、李典という者の三人で率いているのです。

 それから先刻は彼女と村の子供を助けて頂き、有り難うございました」

 

 楽進は深々と頭を下げて礼を述べる。かなり低く頭を下げて、腰は90度近く曲がっていた。

 考輝はそんな光景を見て思わず苦笑してしまう。

 

「とりあえず頭を上げてくれないか? 流石に周りの視線が痛い」

 二人には周りの怪我人や手当てをしていた人達から視線が集まっていた。

 村の義勇軍を率いていて、村の中での実力者である彼女が頭を下げているため、周りは何事かと視線を送っている。

 

「あ、すいません……」

 

 彼女はその視線に気がつくと恥ずかしそうに頭を上げた。

 

 

 

 

「おぉ、彰義殿。目が覚めていたか」

 

「………………」

 

 ちょうど楽進が頭を上げた頃に趙雲と飛鳥が部屋に入って来て、二人に近付いていた。

 ただ飛鳥は頬を少し赤らめて、視線は宙を泳いでいる。

 

 

「まぁな。……それで何でそいつは変な様子なんだ?」

 

「それはもちろん先程の事を――お主、もしかして覚えておらんのか?」

 

 趙雲は目をぱちくりとさせ驚く。それは少し残念そうな表情にも見えた。

 

「全く覚えていない」

 

「…それは残念。もう少し飛鳥を弄れると思っ――」

 

 

 

 

「いいか、さっきは何もなかった! お前がこけただけだ! こけて頭を石にぶつけて気を失っただけだ」

 

 趙雲が言い終わらない内に飛鳥が考輝に駆け寄り早口で言う。さらに彼の肩を掴み、念を押すように前後に揺する。

 

「お、おう」

 

 それには有無を言わさない迫力があった。

 

 

 

 

「それはそうと楽進殿。先程から村老がお主を探しておるぞ?」

 

 趙雲がタイミングを見て言うと、楽進は何かを思い出したかのようにハッとする。

 

「あ! 話し合いの事をすっかり忘れていました! 教えて頂き有り難うございます。……それで皆様はどうしますか?」

 

「是非とも我々も参加させて貰おう。それて恋に高順殿も参加するつもりようであるぞ」

 

「心強いです。正規軍の方達の意見が欲しいですから」

 

 

 その二人の会話を聞き、飛鳥は考輝を揺らすのを止め、真剣な顔になる。

 考輝も何かを察したように目を細めた。

 

 

「……なんだ? 何か厄介事か?」

 

「かなり面倒な状況だぜ? どうにも世の中、どこも荒れてるな」

 

 飛鳥はどんな状況か既に知っているようで苦笑いを浮かべる。そして思わずといったように溜息を吐いた。

 

 

 

 

「詳しくは長老の部屋に向かいながら説明します。こちらへどうぞ」

 

 三人は楽進に連れられ、部屋から出て廊下に出た。

 

「まずこの村は場所は兗州の東郡のはずれにあります。普段はわりと治安は良いのですが、ここ最近南の陳留や北の冀州、少し距離がありますが西北の并州で大規模な賊の討伐があり残党がこの地に流れ着いています」

 

 廊下を歩きながら楽進が考輝に状況を説明をしていく。なお話しに出た并州は丁原、冀州は袁紹、陳留は曹操が治めている。

 

 彼等が歩いている廊下はかなり広く、その家の裕福さを醸し出ていた。廊下の右手には窓が等間隔に並び、日が少し西に傾いていたためもろに日光が入り込んでいる。

 

 

「それで賊の被害が拡大しているのか」

 

「はい。この数週間で近くの村が三つも潰されています。さっきの部屋にいた怪我人も、殆どがその村々から逃げて来た者達です」

 

 考輝はさっきの病院のような場所を思い出す。

 彼は布を吊しただけという簡易な造りの合点がいった。それは怪我人に急に流れ込んできたために、急遽造ったものだからだ。

 そしてあのような絶望的な雰囲気であった理由も。

 

「それで賊の数は?」

 

「根城に偵察に行った者と、逃げて来た者達の話しを聞く限りだと千五百人はいるようです」

 

「この村の戦力は?」

 

「潰された村、周囲で残っている五つの村から有志を募って編成した義勇軍は二百人。女子供や老人に無理矢理武器を持たせたとしても五百人に届くかどうか…………」

 

「…………」

 

 ――単純計算で敵はこちらの三倍。しかも義勇軍で正規軍ではない。勝率は限りなく……嫌、0だな。

 

 彼は心の中でため息をつく。奇跡でも起こらない限り、この戦況はひっくり返せないとまで彼は考えていた。

 

 

 ――普通ならここは逃げの一手しかないが、ここは軍ではなく村。食料の蓄えの問題はあるし、移動のスピードが軍とは違うから賊に追撃をくらい確率もある。下手に逃げる事も出来ない……か。

 

 

 彼がそうこう考えている間に、とある扉に四人はたどり着く。

 ちょうど廊下の突き当たりにあり、他の扉よりも一回り大きい。豪華な作りではないが、頑丈そうな木で出来ている。

 

 

「失礼します。遅れてすいません。少々話し込んでいました」

 

 楽進はその扉をノックもせずに開けた。

 会議室。端的に言えばそういった感じの細長い部屋だった。そして部屋の中央にある机を囲むように人々が座っている。

 

 中には呂布と高順もいて、考輝が助けた眼鏡の少女、于禁の姿も見える。そんな彼女は考輝の姿を見るとあっ、という感じで口を開けた。

 他にも何人か村の有力者であると思われる男性が数人いる。その内の一人は白髪に白い髭の年輩の老人がいた。机の中心に座っている事から、おそらく彼が村長だろう。

 

 

「うむ。それでは席についてくれ。御三方もどうぞ、空いている席へ」

 

 四人は村長に促され、席に座る。

 

「……さて、いきなり本題に入るがの、この村は今重大な選択を迫られておる」

 

 長老は四人が座ったのを確認した後、重苦しく話し始める。それにより場の空気もより重々しい変わっていく。

 

 

「皆も知っている通り、今この地には賊が大量に集まり、明日の安全の保障もない。そんな中で我々に出来る選択は、無謀な戦いを挑むか、住み慣れた土地を捨て乏しい食料で逃げる事だけじゃ」

 

 村の者達は皆一様に険しい顔をする。彼等にとって村は生まれ育った唯一の故郷だ。それを捨てるのにはかなり抵抗があるし、食料の蓄えも少ない。

 だからと言って賊に戦いを挑んだところで成すすべもなく蹴散らされてしまうのは全員が分かっていた。

 

 

「これはかなり辛い選択じゃが、我々は選ばねばならぬ。例えどちらも上手くいかないにしてもじゃ」

 

『………』

 

 しかし誰も意見を言わない。この空気の中では当然と言えば当然だろう。

 

 

「東郡の太守の軍は当てにならねぇのか?」

 

 その空気の中、飛鳥が口を開くが村の者達の表情は変わらない。それどころか更に顔を険しくする者もいた。

 

「ふん! そんなのが当てになるなら賊は最初から集まってこねぇよ!」

 

 村の者が忌ま忌ましげに言う。その顔は怒りで満ちていた。

 

「……東郡の太守は無能という話。民からは徹底的に搾り上げ私腹を肥やし、上の者には賄賂を贈って保身に走る。もし舞様の配下にいたら即刻首を跳ねられている」

 

「ったく、世の中腐ってるぜ。くそったれ太守が」

 

 飛鳥は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 そういった不正が嫌いなのか、飛鳥の顔は忌々し気に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

「…………良い考えがある」

 

 沈黙していた呂布が口を開く。表情とかは変わらないが。

 しかし、その場にいた全員は食い入るように彼女を見つめた。

 

 

「して、恋。その考えとは?」

 

「……攻めればいい…………」

 

『…………』

 

 瞬間、空気が凍りついた。

 

 

「しかし……呂布殿? 戦力差は三倍近くありますが…………」

 

 いち早くフリーズから回復した楽進が恐る恐る聞く。この様子だとただ単に策も無しに突撃とか言いそうだと彼女は感じたからだ。

 しかし、彼女の言葉はかなり予想外のものだった。

 

 

 

 

「……勝つための策は……考輝が考えてくれる…………」

 

「……は?」

 

 思わぬキラーパスに、考輝は思わず叫びそうになるのをぎりぎりで止め、心の中に留めた。

 思いもよらぬ一言に、考輝は否定する事すら出来ずに茫然としていた。

 

 

「確かに、この前の戦もこいつの策のおかげで倍近くいた敵に完勝できたしな。劣勢をひっくり返す策考えるの得意だろ」

 

 そして彼が固まっている間に飛鳥が呂布の援護射撃をする。すると村の者達が期待を込めた目で彼を見始めた。

 そのあまりに重い期待に彼はたじろいでしまう。

 

 

「彰義殿……何か策がおありで?」

 

 村長もまた、期待を込めた声色で彼に尋ねる。

 しかし彼も万能ではない。そのように期待されても不可能なものは不可能だ。

 

 

「……嫌、流石にこの差を覆すのは――」

 

「策を立てるにもその場所を見ねばなるまい? まずは賊の根城の地形を見れば彼なら策の一つも思いつくであろう」

 

 だというに、彼の言葉は星に遮られ、皆に届く事はなかった。

 

 

「おお、頼もしい! 誰か彰義殿を案内してやってくれぬか!」

 

「それなら沙和が案内するの!」

 

「ウチも着いてくで!」

 

 長老の言葉に于禁と紫色の髪をした、関西弁の少女が立候補する。

 関西弁の少女は、虎柄の水着のようなものにマントのような物を羽織り、首にはゴーグルをかけていた。

 

 

 

「…………」

 

 こんな状況になってしまえば彼は断る事は出来ず、村の者の期待を背負って賊の根城を見に行く事になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は徐々に傾き、もう夕方になっていた。

 そんな夕日が差し込む森を三人の人影が移動している。

 

 

「そういえばさっきは有り難うなの〜。迷子になった村の子供を見付けたと思ったら、あんな事になって危なかったの」

 

「……気にするな――于禁でいいのか?」

 

 考輝の声には元気が無い。于禁の言葉も手短に返す。

 正直な話、考輝はストレスで胃がキリキリと痛くなっているのを感じていた。

 

 

「そうなの〜。沙和は姓は于、名は禁、字は文則なの〜」

 

 彼女はそんな彼の様子を知ってか知らずか、かなり陽気に名を名乗る。

 

「ちなみにウチは李典や。それにしてもお兄さん凄いんやな〜。腕も立つ上に策まで考えられるなんて、尊敬するわ〜」

 

「沙和もなの〜」

 

 二人はキラキラとした目で彼を見る。

 

 

「……誇張されすぎだ。実際、根城を見ても策を思いつくかどうかは分からないぞ」

 

 しかしそれは彼の胃の痛みを強くするだけだった。

 

 

 

 

 ――それにしても于禁に李典か。こいつも楽進と一緒で魏の古参の武将だったな。

 

 彼は二人のステータスを開く。

 

統:74 武:64 知:60 政:47

 

剣:A 槍:B 戟:C 弓:C 騎馬:C 兵器:C 水軍:B

 

特技:規律(部隊が混乱しにくい)

 

 

 これが于禁のステータス。

 

 

 

統:68 武:67 知:70 政:64

 

剣:C 槍:A 戟:C 弓:B 騎馬:C 兵器:A 水軍:C

 

特技:発明(兵器等の制作期間が短くなる)

 

 

 こちらが李典のステータス。

 

 どちらも楽進と同じく伸びしろのあるステータスだ。なお于禁は統率、李典は知力の伸びしろが大きい。三人とも得意分野は別のようだ。

 

 

 

 

「そろそろだから、ここからは気をつけて行くの」

 

「せやな」

 

 二人のステータスを見ている内に、賊の根城に近づいていたようだ。三人はペースを落としてゆっくりと進んで行く。

 

 

 三人が十分程歩くと、森の中に一本の亀裂が現れた。亀裂はかなり長く、百メートルくらいはあるだろう。彼等がその亀裂を覗き込むと、そこには洞窟が広がっていた。

 

 

 洞窟にはそこを根城にしている千五百人程の賊達がごった返しになっているが、それでもまだ空間に若干の余裕がある。

 

 

「こうやって見ると、やっぱり凄い数なの……」

 

「何とも暑苦しそうな空間やで……」

 

 二人は賊の数をあらためて見て、先程とは打って変わって暗い表情をしている。

 

 

「…………」

 考輝も打って変わって思案顔になっている。

 だがその顔には先程までの絶望したような表情は無い。

 

 

 

 

「……この洞窟には出入口は何箇所あって、ここみたいな大きい空間はいくつある?」

 

「昔はここは谷だったらしくて、大きい空間はここだけなの」

 

「出入口は大きいのが一つに人一人がやっと通れるのが後いくつか――――って、お兄さん? 何処に行くんや?」

 

 考輝は李典が喋っている途中で踵を帰して歩き始めた。

 

 

 

 

「村に戻るぞ。急いで策の準備をしないとならない」

 

 それを聞いた二人は笑顔を浮かべて彼の後を追う。

 

「一体どんな策なの〜?」

 

「村で説明する」

 

「いけずやな〜。今説明したって減るもんやないやろ?」

 

「何回も説明するのは面倒だ」

 

 彼はそんな軽口を叩ける程にまで余裕が出ていた。

 

 

 

 

「……ただ、惨たらしい方法ではあるがな」

 

 これで村が救われると喜ぶ二人には、考輝の呟きは聞こえなかった。



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策を弄して

 賊達は洞窟の中にいた。

 

 そこは谷の上に屋根が出来ているような形状で、地上から見ると地下の位置にあたる。形は細長い形をしていて、横幅は車が三台も停まれば、ほぼ一杯になりそうだ。

 ただ、長さはわりとあるため総面積は広い。実際、千五百人程の賊達がいてもまだスペースに余裕がある。

 

 壁や地面は岩肌でごつごつしていて、壁の所々で縦に亀裂のような物がはしっている。それは地上と繋がっているため、賊達は主にそこから出入りをしていた。今はちょうど満月なので、亀裂から月の光が漏れている。しかしその亀裂はかなり細く、大人の男が横になって歩けばやっと通れるぐらいだ。

 

 

 

 

 東郡の辺境に最近逃げて来た賊達はそんな洞窟を隠れ家にしていた。出入りは不便だが、隠れるのにはもってこいな場所だ。事実、彼等はここを隠れ家にしてからまだ二週間たらずだが、まだ一度も官軍に見つかっていない。 東郡の太守がまともに捜していないという事一因にはあるが。

 

 

 そういった訳で、賊達は官軍とぶつかる事が無いためかなり上機嫌だ。

 元々いた地の官軍に敗れ、逃げて来た彼等にはかなり嬉しいだろう。今も各所で酒を飲み、陽気に騒いでいる。壁際にも沢山の盗品が並べられ、彼等の景気も良い事がわかる。

 だが逆に、それはここいら一帯の治安の悪さを示していた。

 

 

 天井の亀裂から月の光が降り注ぎ、陽気に騒ぐ賊達を照らしている。その姿はまるで祭でもやっているかのようだ。

 

 

 

 しかし彼等は知らない。

 

 

 数時間後の自らの運命を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁあ……」

 

 見張りの賊の男は眠そうに欠伸をした。

 時刻は夜明けの数十分前。かなり眠くなる時間だろう。辺りは徐々に明るくなっているが、まだ薄暗いと言った感じだ。

 

 見張りの男は目をこすりながら横穴の隣にある岩に座る。その横穴は洞窟の出入り口の中で一番大きく、正面玄関といった場所で、道路の二車線分くらいの横幅だ。

 穴に入ると若干の傾斜があり、洞窟の隅の辺りに繋がっている。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 見張りの男は目を細めながらゆっくりと立ち上がる。

 穴がある場所を囲む森の中で、何かの影が動いたように見えたからだ。

 

 しかも一つや二つでは無い。いくつもの影が森の中を動き回っていた。しかし薄暗いためそれが何なのかの判別が出来ない。

 仕方なく男が確認するために男が森に近く。

 

 

 

 

 

 

『ウォオオオオオオ!!!』

 

「ヒャッ!!」

 

 すると大きなときの声が上がった。

 そして男はその声に驚き情けない声を出しながら尻餅をつく。

 

 さらに声と同時に森の中で沢山の旗が上がる。明確な数は分からないが、かなりの大軍のように男には見えた。

 旗の文字は『曹』。それを見た男は南の陳留の太守が逃げて来た者を追って来たのだと悟った。

 

 

 そして男の顔が青ざめる。

 

 ――とうとう官軍に見つかった!

 

 彼は本気でそう思い、転げ落ちるように洞窟の中に駆け込む。

 そのまま斜面を下りきると彼は大声で叫んだ。

 

 

「た、大変だぁあ! 官軍が……官軍の連中が攻め込んで来たぞ! 凄い数の旗が周りを囲んでやがる!!」

 

 それを聞いて大半の者が飛び起きるが、寝ぼけてまともに動けない者も多く、昨夜呑んだ酒がまだ抜けていない者も多い。

 まさしく右へ左への大混乱になっていた。

 

 

「うろたえんじゃねぇ! 武器を持って向かえ打つぞ!」

 

 賊の中にもしっかりした者がいるようで、混乱を修めようと必死に声を上げるが全く聞き入れられない。

 ならば自分達だけでもと、武器を持って出入口に向かおうとするが、洞窟内はなんせ何百人もの人が混乱してごった返しになっている。そんな中で目的の方向に進める訳がない。

 

 

 

 

 

 

「考輝殿の読み通り完全に大混乱しておるな」

 

 賊達が慌てて何も対処が出来ない間に正面口から趙雲、飛鳥、呂布、高順が入って来た。

 しかし賊達はそれにすら気付かないようで今だに右往左往していた。

 

 

「……こんなんだとなんかやる気がなくなるな」

 

「正直、ここまでとは……。彰義殿は最近急に数が膨らんだ賊なら、全体を指揮する者がいない可能性もあるとは言っていたが、これは読みが当たったか」

 

 自分達にすら気付かない賊達を見て飛鳥はつまらなそうにため息を吐く。一方の高順は考輝の読みの的中具合に感嘆の息をもらした。

 二人ともあまりの賊の混乱具合に、戦中だというのに呆然とその様子を見てしまっていた。

 

 

「…………行く……」

 

 しかし呂布にはそんなの賊達の状態など関係ないかのように切り込んで行く。

 

「……フンッ……」

 

「ギ、ギャァアア!」

 

 そして一瞬で賊の死体が量産される。彼女が獲物――愛用の方天画戟は舟に置いてきてしまっていたのでただの剣を代用しているが、それでも彼女の武に一切の衰えはない。

 

 狭い洞窟の中で鮮血が舞い散り、周りの生きている賊達を血まみれにする。先程まで生きていた仲間の血を全身に浴びた賊達は、より冷静さを失っていく。

 

 

 

 

「――では我々も行くか」

 

 そんな呂布に続き、他の三人も切り込始めた。武力平均約97。混乱してまともな対応が取れない賊達に彼女達を止める術はない。

 なお呂布と同じく飛鳥も高順も代用の武器を使用しているが、趙雲はちゃっかり自身の槍を使っていた。どうやら舟から飛び込む時、ひっそりと持っていたらしい。 

 

 

 

 

 そうやって切り込まれている内に、若干賊達は冷静になり始めた。最低でも、寝ぼけている者はもういない。

 

 しかし、それでも賊達は切り捨てられていく。

 数の理は有っても、狭い洞窟内では取り囲む事が出来ないため、自らの理を活かせないでいた。そして彼女達はお互いに余り離れないようにしているので尚更である。

 

 

 そんな状態で切り進む内に彼女達の後ろと洞窟の入り口との間にスペースが出来た。足元は血まみれの骸の山でだが。

 

 そしてそのスペースがある程度出来るのを待っていたかのように入り口から兵士達が入り込む。その中には考輝と楽進の姿もあった。

 

「……楽進、火矢だ」

 

「はい! しっかり狙え……今だ、打て!」

 

 考輝が楽進に促すと、彼女はきびきびと号令を出す。

 そして弓を持った兵士達が火の点いた矢を放った。

 

 しかしその狙いは賊達ではなく、壁際に置いてある盗品だった。 置いてあった盗品は殆どが食料だったので各所で火が引火し始める。

 だがその火は余り大きい物でないので、人を焼いたり等はなさそうだ。落ち着いて消そうとすれば、叩いただけで消えそうなレベルである。

 

 

「火があがったぞ」

 

「まずい、洞窟の中だと焼け死ぬ」

 

「急いで逃げろ」

 

 そんな火だというのに、賊の至る所でこういった声が上がる。

 

 

「正面は駄目だ。官軍がいる」

 

「他の出口から逃げろ!」

 

 一人の賊が壁の亀裂から逃げだそうとする。

 そして一人が逃げ始めれば後はなし崩しだ。

 

 趙雲達がいる辺りの者達はともかく、後ろの方にいた者達は我先にと亀裂に押し入る。

 

 

 しかし亀裂は男一人がやっと通れるぐらいの広さしかない。

 

 

「オイ、退け! 俺が先だ!」

 

「うるせぇ! 俺の方が先にこの亀裂に辿り着いたんだ!」

 

「お前ら早くしろ! 火が迫ってくるだろ!」

 

 そんな場所に何十人、下手をすれば何百人もの男が一気に詰め寄っても、一度に通れる人数は限られている。

 結果として賊達は誰が先に逃げるかで争いを始めた。

 

 そして酷い所では殴り合いが始まり、無理に二人で通ろうとすれば詰まってしまう。そしてその後ろにいる者達は業を煮やして無理に押し込もうとしたり、自らも無理に通ろうとするがそれは詰まりを更に酷くするだけである。

 

 

 

 

「ば、馬鹿、押すな押すな! 前が詰まってる!」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」

 

 そして詰まりはどんどん酷くなり、最終的には亀裂は人が通行する事が不可能となった。しかしそれでも後ろが押す圧力は強くなっていく。

 それこそ人が死ぬレベルまで。

 

 

 最初の方に逃げ始めた者達は自分達の過ちに気付き始めたがもう遅い。

 前には狭い通路で人が詰まり、後ろからはどんどん人が詰め寄って来る。進退窮まった状態だ。

 

「や、止めてくれぇ! 潰れちまう!」

 

 そうやって叫ぶ者もいたが、戦場の怒声や騒音によって掻き消されてしまう。

 賊達は気付かぬ内に自らの手で仲間を殺していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい光景だ……」

 

 前線で指揮をしていた楽進は賊達の状態を見て思わず呟く。

 その顔は青く、村を脅かす賊達が自滅しているというのに嬉しそうには見えない。

 

 助かりたいと思うが故に前の者を押し込み殺し、いずれは自分も押し殺される。もし地獄というものがあったとすれば、きっとこのような光景なのだろうと楽進は感じた。

 

 

 ――真桜と沙和はこの場にいなくて良かったかもしれない。二人にはこの光景はキツイだろう。

 

 楽進は自分と共に義勇軍を指揮している二人の少女がこの場にいなかった事に胸を撫でおろした。

 

 なお二人はもしもの為に洞窟の外で待機していた。実はこの配置は楽進と同じように、二人にはキツいと考えた考輝なりの配慮であった。

 

 

 

 

 ――それにしても彰義殿とは一体何者なのだろうか? あれだけの指示でこの状況を的確に作り出す所、ただ者ではない。

 

 

 実は考輝が指示した事は三つしかない。

 

 

 大量の旗と非戦闘員まで使った鬨の声でこちらを大軍のように思わせる事。

 

 武力が高い者達で切り込み、スペースを作った後に兵士達が火矢で周りに燃え広がらない程度に火を起こす事。

 

 最後にあらかじめ賊に潜り込んでいた義勇軍の者に騒がせて、賊達に出口に逃げるように仕向ける事。

 

 この三つの事だけで考輝はこの惨状を作り出していた。

 

 

 ――下手をすれば、いや間違いなく彼はいずれは天下に名を轟かせる存在となる。そしてもしかすると、この乱世を……しかし賊相手とはいえ、こういった冷酷な策を平然と使うあたり――――)

 

「おい、楽進」

 

「ひ、ひゃい!!」

 

 ちょうど考輝の事を考えている時に後ろから声をかけられ彼女は声が裏返ってしまった。

 

 

「? とりあえず仕上げに移るぞ。詰まった連中は置いといて、まだ戦う気がある奴らに降伏を勧告する。それで降伏した奴らは外の李典達に回して一カ所に集めさせとけ。それとこちらから名乗る時は丁原軍の所属と言うようにしろ。その方が効果的だろうし、恋達もいるからまるっきし嘘というわけではないしな」

 

「わ、分かりました……」

 

 考輝は楽進の妙な反応に首を捻るが、深くは追及せず矢継ぎ早に指示を出す。

 そんな彼の様子に楽進は自分の考えに気付かれなかった事に内心で胸を撫で下ろし、賊達に振り返る。

 

 彼女は自身の鉄甲を強く握り直し、賊達に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘は昼前には終わりを告げた。

 

 賊は四百人程が討ち取られ、約二百人が投降した。

 百人くらいは上手く逃げたようであったが、考輝は特に追撃や捜索は行わなかった。

 

 

 そして残りは圧迫死、もしくは詰まって動けなくなった所に火を付けられ焼死した。

 

 詰まって動けない賊達に油をかけ、火を点けるのは考輝が一人だけで直接行った。

 命乞いや呪詛の言葉を放つ賊達を無視して、考輝は無表情のまま淡々と火を点けていった。

 

 

 

 

 その後村の者達や義勇軍は話し合い、賊は太守に引き渡し、盗品は潰された村の復興に使う事にした。

 なお盗品があった事は太守に話さない事にしている。言えば変なちょっかいをかけられる事は間違いないからだ。

 

 

 そして現在は盗品を洞窟から運び出す作業をしている。

 

「それにしてもこの賊達もよくもここまで溜め込んだものやで」

 

「そうなの。食料だけでも沙和達の村の三年分はあるの……」

 

 李典と于禁はどんどん運び出される盗品に唖然とする。

 中には数匹だが馬や牛等の家畜の姿もあった。

 

 

「まぁ千人を越す大所帯ならこれくらいはあってもおかしくないがな」

 

「あ、趙雲はんに張燕はん」

 

 唖然としている二人の後ろから趙雲と飛鳥が歩いて来た。

 

 

「確かに沙和達の村も大きいけど千人はいないの」

 

「そういえば他の皆はどうしたんや?」

 

「恋と高順殿は村長の所にあの馬を貰えないか相談しに行ってる。彼女らは丁原軍の主力ではあるし、一刻も早く合流した方が良いからな」

 

 車などがないこの時代で馬は貴重な移動手段だ。荷物も大量に運べるし、自分で歩く必要も無く、なにより速い。

 今回の働きを考えれば断られる事はまずないと趙雲は考えているが、一応の確認は大事な事だ。

 

 

「じゃあお兄さんは?」

 

「考輝殿の事か? 実は我々も彼がここにいると思って来たのでな」

 

「あれ〜おかしいの。さっきから凪――楽進ちゃんが会いに行ってから戻って来てないの」

 

 

 そこで李典が何かを思い付いたような顔をする。頭の上に電球のような物も見えた。

 

「まさか……凪がお兄さんに変な事をされてて……」

 

 そうは言ってはいるが本気で言っている訳ではなさそうだ。目が明らかにふざけている。

 

 

「あいつに限ってそれはないだろ。あの無表情っぷりじゃ、正直女体に興味があるかどうか分からないぜ」

 

「ふむ、実際に半裸姿を見せたお主が言うと説得力があるな」

 

「おまっ、まだそれ引っ張るのかよ!」

 

 考輝へのフォローを飛鳥が入れたが、趙雲がさらっと大きな爆弾を投入した。

 

 

「え、張燕はんとお兄さんってそういう仲なん?」

 

 この中で唯一事情を知らない李典が驚くが、すぐに面白そうだとニヤニヤし始めた。

 

「そうなの。沙和が初めて会った時、皆の前って事にも構わずに、張燕さんはおっぱいを丸出しで彰義さんに迫って――」

 

 そんな李典に、これまたニヤニヤした于禁が説明を始めるが、明らかに説明の仕方に悪意があった。

 するとすぐさま飛鳥が拳骨を于禁の頭に落とした。

 

「痛いの!」

 

「馬鹿! 誤解招くような言い方するな!」

 

 そんなやり取りを見ながら、趙雲は口元を上げる。

 その顔は次はどの様に弄ろうかと考えているようなものだった。

 

 

 先程までの戦いが嘘のように、その場は空気が和んでいた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処におられたのですね」

 

「……楽進?」

 

 考輝が振り返るとそこには楽進がいた。

 彼が今いるのは最初に李典達と賊の偵察に来た洞窟の真上の場所。

 

 そこにまさか人が来るとは思わなかった事と、探していたような口調から彼は怪訝な顔をする。

 

 

「……私の話しを聞いていただけないでしょうか?」

 

 その時の楽進の顔は、真面目な彼女が彼に見せてきた表情の中で一番真剣なものだった。



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覚悟を決めて

考輝は森の中にいた。

 

 時間帯はちょうど真昼頃のため、太陽が真上から木々を照らしている。木はかなり生い茂っていて日を遮り、そのため森は少々鬱蒼としていた。森の中で一部地面に細長い亀裂の入っている部分があり、かなりの長さに広がっている。

 

 その亀裂は先日まで賊が根城にしていた洞窟の天井に走っているもので、考輝が偵察に使った物と同じ物だ。そして亀裂からはうっすらと煙りが上がり、肉の焼ける嫌な臭いが漂って来る。

 

 この下にはもう生者はいないだろう。

 

 

 

 

 そんな亀裂を背に、考輝は立っていた。

 いつもと変わらない無表情で少しけだるそうだ。彼の視線の先には楽進が彼とは正反対に背良く立ち、かなり真剣な表情をしている。

 何とも不釣り合いな二人だが、考輝もまた楽進と同じように真剣に彼女に向き合っていた。

 

 

 ――話し……か。大方あの策の不満ってとこか? 一番効率が良かったとはいえ、余り褒められたものではないからな。

 

 考輝としても、自身の考えた策に思うところがない訳ではなかった。

 村の義勇軍という戦慣れしていない集団で自軍の三倍もの相手を破りしかも損害はほぼ零。戦果を見れば誰がどう見ても完勝だろう。

 

 

 しかし、その策は決して褒められたものでない。

 おそらく名誉や義を重んじるような武将がいれば、彼の策は反対されていただろう。

 

 そしてそれが分かっているからこそ、考輝は動けなくなった賊達を自身の手で焼き殺した。

 一番嫌な役目を他人に押し付けないために。

 

 

 

 

「……別に構わない」

 

 だからこそ、考輝は楽進に苦言を言われるのだろうと考えていた。

 

 

「有り難うございます。では……」

 

 楽進は礼を述べた後、一呼吸おく。

 まるで自分の考えをよりまとめる為のように。

 

 

 

 

「貴方は……どうして村を救ってくれたのですか?」

 

 真っ直ぐな眼差しで問われ、考輝の表情が少し動いた。と言ってもあかさまに分かるものではなく、頬が少し動いた程度だ。

 

 

「あなたには、今回戦う理由がなかった筈です。それなのに、何故あんな汚れ役まで引き受けたのですか?」

 

 村の義勇軍の者は自らの故郷を守る為に戦った。

 

 呂布や高順は官軍の将。民を守るのが仕事だ。

 

 趙雲や飛鳥は己の正義感に従って戦った。

 

 

 ――しかし、彰義殿は他所者で、何処かの軍に所属している訳でもない。……失礼だが正義感に溢れている訳でもなさそうだ。それなのに、この人はあの絶望的な状況の中で我々と同じように立ち向かった。

 

 

 彼女がこう考え始めたきっかけは考輝の考えた策だった。

 最初彼女はあの策に驚き、平然とやってのける彼に恐怖をした。そして彼の事を考えている時に気が付く。関係がない彼があの場にいる異様さに。

 

 五百の寡兵で三倍もの相手を相手にする。普通の人なら戦う事すらなく逃げるだろう。実際一人でこっそり逃げる事ぐらい簡単に出来た筈だ。

 

 

 しかし考輝は逃げなかった。

 そして戦って勝利した。

 

 守るべきためのものでも、名誉でも金でも使命でも正義でもなく、その場に残り戦った。

 

 楽進はその理由が知りたかった。

 

 

 

「…………」

 

 そんな楽進の問いに、考輝は即答出来なかった。

 

 

 ――何故、俺は戦ったんだ?

 

 金――ぼろぼろになった村では礼は期待できない。

 

 名誉――それならば、あのような策はとらない。

 

 正義感――自身を危険に晒してまで、人を助けようとするお人よしでは俺はない。神に頭を弄られた今では。

 

 

 考輝は自身が戦った理由を自問するが、答えはでない。

 ありそうな理由を考えては、すぐにそれを否定してしまう。考輝自身、助ける際に理由や理屈などは考えておらず、ただ体が動いてしまったとしか言えなかった。

 

 

 そして問答を続けた結果、最後に理由が一つだけ残った。

 

 

「ただ……見ていられなかったから……か?」

 

 消去法で出した答えなので、考輝の声には自信がない。

 

 

「……それは正義感とは違うのですか? 困っている者や弱い者を助けようとする心は正義感だとは思うのですが」

 

 てっきり何か考えがあるのだと思っていたので、楽進も考輝の自身のなさには困惑していた。

 それに考輝の答えもいまいち理解できなかった。まるで正義とは違うと区別を付けている気がして、ただ違和感を感じていた。

 

 

「それは違う。間違いなく違う」

 

 そんな問いに、考輝は先程までとうって変わって即答する。

 

「……俺は、人を助けたかった訳じゃない。俺が、人を死ぬのが見るのが嫌だった。特に無意味に、理不尽に人が殺されていくのが」

 

 喋る内に考えがまとまってきたのか、考輝の声は徐々に自身を持ち、饒舌になっていく。

 

 

「人のためではなく、自分のためだ。だからこれは正義感ではない。だから自軍の犠牲を効率良く少なく出来るように、いくら賊相手とはいえ、虐殺するような非道な策も考えられた。」

 

 考輝の表情は変わらない。

 しかし楽進には彼が味方にしても、敵にしても、人の死に心を痛めているような気がした。

 

 

「顔には出ないだけで、本当は優しい方なのですね」

 

「……さぁな」

 

 微笑みながら楽進にそんな事を言われ、考輝は素っ気なく返す。

 はぐらかすが、決して否定をしている訳ではない。それこそが不器用な彼の意思表示のようで楽進は笑みを深めた。

 

 考輝はそんな楽進に心の内を読まれているような気がして、バツが悪くなって口を開く。

 

「さっきも言ったが、俺のやっている事は自己満足に過ぎない。争いがあって、それを見たくなくて、俺は争いの被害を抑える方法を考えついた。きっと俺がいなくとも、あれだけの武人がいればどうにかなったのだろうが、ただ単に俺が動いた方が効率が――」

 

 そこで急に考輝は口を動かすのを止めてしまう。まるで何かに気づいたような表情で。

 

 

「…………」

 

 一方の楽進も、考輝が急に黙った事に対して何も言わず、ただ考輝という人物について自身の考えをまとめていた。

 

 ――最初、私は考輝殿はただ冷徹な人間なのだと思った。それこそ人の命をなんとも思っていないような。もしそうならば、ここで私が何としてもこの人を止めるべきだと思っていたが……彼はそのような悪漢ではなかった。

 

 むしろ考輝は命の大切さを理解し、とても大事にしているように楽進は感じた。

 だからこそ味方の命を守るために、非道な策でもとる。そして敵の死にすら心を痛める。

 

 

 ――そして不利な戦況でもひっくり返すような知も持っている。もしやこの人ならば……。

 

 楽進は思いを馳せる。

 この人ならば、自身の宿願を、長年の思いを叶えてくれるのではないかと。

 

 

 

 

「最後に……もう一ついいですか?」

 

「ああ……」

 

 そして楽進は沈黙を破る。彼女の顔は何か覚悟が決まったような顔をしていた。

 

 

「貴方は、この理不尽な乱世で一体何をなしますか?」

 

 この質問の答えで彼女の人生は変わる。

 そう感じとった考輝は慎重に言葉を選んでいく。それこそ単語の一つ一つまで気を配るように。

 

 

「……正直な話し、俺はこの乱世で何をしたいのか分からなかった」

 

 彼は嘘偽りなく話す。

 その表情は何時もと同じ無表情ではなく、心底真剣なものに変わっていた。

 

「最初は何処かに仕えようかと思った。なんなら、俺が戦いに関わる必要もないと考えていた。何故ならこの乱世はいずれ誰かの手によって終わる。だから俺がそこまででしゃばる必要は無いと思ったからだ」

 

 そこで彼は目をつぶる。

 浮かび上がって来るのは彼が殺した賊、戦いにより死んだ兵士の亡きがら、賊に村を潰された命からがら逃げて来た村人。

 

「でも、それじゃ駄目だと気が付いた。今、気が付いた。俺がそうやって人任せにしている間にも世界では理不尽な事が続いている」

 

 彼には能力があった。それが例え神に貰った偽りの物だとしても、この二回の戦でそれが通用する事は証明された。そしてその力は戦場に立てば、多くの味方の命を救う事が出来る。

 

 それなのに、その力を使わないのは、効率的ではない。

 

 

「だから俺は人の上に立ち、自分の手で乱世を終わらせる! そしてどんなに血を流そうとも、どれだけ冷徹だと言われようとも、どれほど敵に恨まれようとも! 俺が、この乱世を最も効率良く終わらせる! 最も短期間で、最も平和が長続きし、そして最も人が死なないやり方で!

 ――それが俺の乱世で行う事だ……」

 

 言い切った後、考輝は少々息をきらした。

 そして柄にも無い事をしたと内心苦笑いをする。

 

 

 しかし、その言葉は楽進の心に届いていた。

 彼女は考輝に臣下の礼をとり、平伏する。

 

「それだけの覚悟、感服いたしました。どうか私をその戦列にお加えください」

 

 彼女に迷いは無い。

 長年思ってきた天下大平をこの男は成し遂げると信じているから。

 

「……俺は姓は彰、名は義、字は紅炎。真名は考輝だ。楽文謙、お前を我が戦列に加える」

 

 考輝にもまた迷いは無い。

 この乱世を終わらせると誓ったのだから。

 

「有り難うございます! 改めまして、私は姓は楽、名は進、字は文謙。真名は凪と申します。我が持てる武を全て貴方様に捧げる所存です」

 

 楽進――凪は平伏しながら考輝に忠誠を誓い、真名を渡す。

 こうして彰紅炎に初めての部下が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「この乱世を、効率良く終わらせる……か」

 

 木の陰から二人の会話を聞いていた飛鳥は、考輝の言葉をもう一度繰り返す。

 

 考輝と楽進がなかなか戻らないので探してみれば、真剣に話し合う二人を見つけてしまい、とっさに隠れて悪いと思いながら聞き耳を立てていた。

 最初から最後まで二人の会話を聞き、最後の楽進の臣下の礼まで見た彼女は、ニヤリと口角を上げて笑った。

 

 

「顔に見合わず、大胆な事言うじゃねぇか」

 

 笑いながら、二人の側を離れる。

 彼女の向かう方向では、李典と于禁が考輝達を探し回って森の中を歩いていた。このまま探せばいずれ考輝達がいる場所にたどり着くだろう。

 

 しかし、今の二人を邪魔するというのは野暮というものだ。

 

「あの好奇心が強い二人を、どうやって納得させて村に帰すかぁ……」

 

 飛鳥は頭をガシガシと掻きながら、二人の元に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考輝と凪はその後無事に村に戻った。

 

 そして凪が村の者達に考輝についていく旨を話したのだが、ここで混乱が起きた。村の義勇軍を指揮していた者が急に出て行くとなれば混乱するのも当たり前だが、どちらかというと、アイドル的存在がいなくなってしまう事への嘆きが強いように考輝は感じた。

 

 

 さらにその混乱の中、森から戻って来た李典と于禁が事情を聞くと、二人までついて行くと言い出してしまい、とうとう収拾がつかなくなってしまう。

 

 彼等はなんとか場を収めるが、今度は村長が、「どうせなら他にもついて行く者を募ってみるかの」と、言い出し簡単な募兵が始まり再び村は大騒ぎになってしまう。

 後に、確かにありがたかったが、あのタイミングで言ったのは娘のような存在を一気に三人もとれらた村長の嫌がらせだった、と考輝は話す。

 

 

 そして集まった数はなんと約三百人。この村の義勇軍と対して変わらない数である。

 義勇軍の者でついて行く者達もいたが、一番は既に村を賊に潰されてこの村に逃げて来た者達が多かった。

 

 まさかそんな数が集まるとは思っていなかった考輝は唖然とする。その表情は常に無表情の彼がするとは思えないもので、趙雲と飛鳥はそれを見て爆笑していた。

 

 

 しかしそんな数が集まれば、食料や物資が問題となってくる。村の蓄えにも余裕がなく、もちろん考輝に充分な金があるわけでもない。

 

 だが彼等の目の前には賊が貯めに貯め込んでいた物資があった。このままだと官軍に没収され、どうせ無能な太守の私腹を肥やすのに使われるだけだと半分程を村から譲って貰り受ける。それでも彼等の軍が一年近く持つ量はあった。

 

 

 

 

 そしてその後村が無事だった事と、出立する者の門出を祝って大宴会が行われた。

 それは村を上げてのとても大きなもので、全員がこの世の苦しみを忘れて飲み食いをした。

 

 ただ、恋には食事制限が付けられたりしていたが。

 

 

 そして夜はふけ、出立する予定の朝になる。

 

「――それにしても良かったんですか? 義勇軍の将を全員連れて行って」

 

 出立する時になり、考輝は村長と話していた。

 彼女達三人は優秀だ。それゆえ彼女達が抜ける穴は大きい。このまま彼女達を連れて行って戦力不足の村が壊滅でもされたら彼にとって目覚めが悪い。

 

「心配なさるな。対策はある。――まぁワシにとっては娘が三人嫁入りするようなものじゃがの…………」

 

 そう言って彼女達を眺める長老の目は淋しげだ。おそらく長い間彼女達を見守ってきたのだろう。

 彼女達は村の者達と別れの挨拶をしている。

 中には涙ぐむ者もいて、必死に彼女達に村に残るように説得したりしていた。

 殆どが男だが。

 

 

「お〜い、考輝! 恋達がそろそろ行くってよ」

 

 そんな雰囲気の中、飛鳥が大声を上げて近付いてくる。

 

「分かった。すぐ行く」

 

 考輝は長老に軽く会釈をしてから飛鳥の後について行く。

 

 

 

 

「それにしても良かったのか?」

 

「? 何がだ?」

 

 呂布達の元へ向かう途中、前を歩く飛鳥に考輝は唐突に質問を投げかけた。

 

「俺の下に付いた事だよ。お前も仕える所を探していたのなら、こんな義勇軍ではなく、どっかの領主の下の方が良かったんじゃないか?」

 

 飛鳥も募兵の際に、考輝の軍に入ると明言していた。

 彼としても彼女が軍に入ってくれるのは心強いが、その理由がさっぱりと分からなかった。

 

 

「なんだ? 俺がお前の下にいちゃなんか不味いのか?」

 

 歩きながら首だけ考輝の方に向けた飛鳥は、口をとがらせて不満そうな表情をしていた。

 

「いや、なんならこちらから勧誘しようと思っていた程だ。しかし、今うちの――」

 

「それなら何だっていいじゃねぇか。これから期待しているぜ、主様よ!」

 

 考輝が何かを言う前に飛鳥はそれだけ言うと、彼女は考輝に近づいて肩をパンパンと叩いた。そしてまた前を歩いて行く。

 

 考輝もう言いたい事がない訳ではなかったが、もう呂布達が近くにいたので言うのは諦めた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあな恋。……まぁ二ヶ月もすればまた会えるがな」

 

「………………(コクっ)」

 

 考輝の別れの挨拶に恋は軽く頷く。

 彼女と高順は馬を買い、一足先に丁原軍と合流して洛陽に向かう事にしていた。彼女達は丁原軍の将。あまり軍を離れる訳にもいかず、早めに戻る事にしたのだった。

 

 なお飛鳥はもう挨拶を済ませたようで、横で趙雲と話している。

 

 

「高順も元気でな」

 

「……貴殿なら私を真名で呼んで構わない。是非とも紫優(しゆう)と呼んで欲しい」

 

 考輝が高順にも挨拶をすると彼女は名前を訂正した。

 まさかいきなり真名が言われるとは思わなかった考輝がフリーズしていると、高順が話を続ける。

 

「今回の策、確かに人によっては嫌がるだろうが、それでも多くの人を救っているし、貴殿は汚れ役も買って出た。それに私は敬意を示す。――それに恋様も貴殿に真名を渡しているしな」

 

 真名を渡した理由を説明してくれたが、おそらく最後の一つが一番大きな理由なのだろうと考輝は感じた。 

 

「……俺は考輝だ。じゃあな紫優」

 

「さらばだ。また会おう」

 

 彼は名前を訂正して、改めて挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それから星ともここでさよならだな」

 

「……本当に行っちゃうのか? 洛陽ぐらいまで一緒に行こうぜ」

 

 そして趙雲ともここで別れる事になった。

 彼女はどうせここに流れ付いたのならばと、ここから徐州の方に行く言い出した。徐州は都と反対側のため、必然的にここで別れる事になる。

 なお考輝は趙雲も勧誘したのだが、まだ世を見たいと断られていた。

 

 

「そう言うな。これが今生の別れでもあるまい。だからそんな顔をするな」

 

 悲しそうな顔の飛鳥とは違い、趙雲はいつも通りだ。旅を長くしていて、こういった別れも沢山経験しているのだろう。

 

 

「そうだぞ。人は別れた人の最後の顔を次会う時まで覚えているという。だからお前も笑っとけ」

 

 考輝自身これを何処で聞いたか覚えていなかったが、この言葉は妙に印象に残っていた。

 

「へー、そういうもんなのか。……って常時無表情のお前が言える事か?」

 

「なんだと、コラ」

 

 

「ふむ……それならば私も飛び切りのいい笑顔を…………(カッ!!」

 

 星は飛び切りのいい笑顔(?)を創る。

 その笑顔(?)の素晴らしさは考輝達を一歩引かせる程だった。

 

 

「……たしかにこれなら忘れたくても忘れなそうだな」

 

「もはや夢に出るぜ……」

 

 二人の顔はかなり引き攣っていたがこれならば彼女の事をそう簡単には忘れないだろう。

 

 

 

 

 こうして三人を見送った後、彼等もまた村の者達に見送られて洛陽に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彰紅炎による旗揚げ。

 

 大陸全体で見ればほんの些細な出来事であったが、これにより『彰義』という存在が歴史の表舞台に立つ事になる。

 

 そしてそれ以前の記録がない『彰義』という存在は後の世の歴史家を悩ませる事になるのだが、それはまだ誰もしらない。




お盆休み飲み会多すぎですね。
正直仕事の時より体への負担が多いという謎。

流石に肝臓が不安です。


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褒美を貰って

 漢帝国の皇帝、霊帝は洛陽の中にいた。

 

 しかし漢帝国の皇帝と言っても、今では政治の能力は全くと言っていい程無い。

 現在実際に政治を動かし、権力を握っているのは外戚(皇后の親戚)の何進であった。彼女は皇后の姉であり、たったそれだけで大将軍の地位まで上りつめ、権力を我が物顔にしていた。

 

 だが、外戚が権力を持つ事に張譲を始めとする宦官(皇帝の身の回りの世話をする者)は快く思っていない。

 

 朝廷内には非常に不穏な空気が漂い、何進ら外戚と張譲ら宦官の権力争いが水面下で行われていた。

 

 

 政治がそんな状態のため都である洛陽の治安は余り良くない。碁盤のように整備された大通りは今でも沢山の露店や客で賑わっているが、裏路地は酷いものだった。そこでは飢えと貧困が溢れ、死が蔓延している。盗賊まがいの連中も住み着いているため略奪も日常茶飯事だった。

 

 

 そして今の政治の状況を示すものがもう一つある。それは洛陽の郊外に駐屯している軍隊だ。

 都の近くに近衛兵以外の軍がいるのは基本的に戦時しかないが、今は戦時という訳ではない。

 

 ただ単に何進が宦官への威嚇や自身の警護のために呼んでいた。これもまた政治が腐っているから起こる事である。

 

 

 そんな何進に呼ばれた軍は大小合わせて十近くあり、一番大きいのは袁紹軍であった。軍旗にも『顔』『文』『荀』等の袁紹配下の猛将に智将が集まっている。

 

 後の軍はだいたい同じ大きさだが曹操や丁原、董卓や馬騰と言った名高い者達が多い。

 

 

 

 

 そんな軍勢の中で、一際小さい軍が一つあった。

 その軍は『張』『楽』『李』『于』といった無名の将達から成り、軍のトップである『彰』という旗にも丁原軍を除き、誰も覚えがなかった。

 

 

 その軍の一角の陣幕に無表情の男が座っている。

 彼は黒い学ランを羽織っていて、この時代には何とも不似合いだった。

 

 彼は姓は彰、名は義、字は紅炎で真名は考輝。彼こそがこの無名の義勇軍を率いている隊長である。

 

 

 そんな彼の目の前には彼とは正反対に楽しそうにニコニコと笑みを浮かべている金髪の女性が座っていた。

 彼女は名は丁原といい并州州勅――今は役職名が変わり州牧だが、ともかく并州のトップの女性である。

 

 そのような女性が何故無名の義勇軍の陣幕にいるのかというと、考輝や将の一人の張燕こと飛鳥と個人的な知り合いだからだ。

 

 

 

 

 一週間程前に考輝達は洛陽に到着したが、呂布達から彼が軍を率いてくるとあらかじめ聞いていた丁原はいろいろと準備をしていた。まず彼等がここに駐屯出来るように何進に働きかけ、物資や金銭等の援助もしている。実は彼等が今いる陣幕も丁原軍の古い物を譲って貰った物だ。

 

 最初は大将軍派の戦力を増やしておきたかったのだろうと考輝は考えていたが、今も優しく笑っている丁原の様子を見ているとどうもその意図は薄いように彼には見えた。

 どちらかと言えば、近所の世話焼きのおばさんのような印象だ。

 

 

「それにしても考輝君には本当に驚かされるわね。舟から落ちる程度では死なないとは思ってたけど、まさか義勇軍の隊長になって戻って来るなんて夢にも思わなかったわ」

 

 丁原は笑みを崩さずにに考輝に話しかける。そして陣幕の入り口から外を見ると、そこでは兵士達が調練をしていた。将の指示に従い陣形を整えている兵達の練度は高い。それはもう義勇軍の動きのレベルを越え、正規軍にも匹敵する程だ。

 

 

 

 

「糞虫共! さっさと亀みたいに遅い足を動かしてさっさと鶴翼の陣を作るの!」

 

 

『サーイエッサー!』

 

「声が小さいの! そんなやる気のない貧弱野郎共は家に帰ってセン〇リこいてろなの!」

 

『サーイエッサー!』

 

「沙和……一体何がお前をそこまで駆り立てる……」

 

 

 調練方法は普通ではないが。

 于禁こと沙和はその細身の何処から出ているのかという程の大声で兵士達を罵倒しながら指示を送っている。そして隣で一緒に調練している凪は、自分の親友の一人の豹変ぶりを嘆いていた。

 

 

「……なかなか変わった子達も見つけたみたいだしね」

 

 丁原はその光景を見て苦笑いを浮かべる。始めて見た時は彼女はもっと驚いていたがもうだいぶ慣れていた。

 

「俺もまさかこんな風になるなんて夢にも思いませんでしたよ……」

 

 考輝は軽くため息をつき、丁原と同じく調練風景を眺める。実は沙和にあの訓練方法を教えたのは考輝だ。しかし彼は冗談のつもりだったが、予想外に彼女が気にいってしまい、今にいたる。

 しかもかなり効率が良いのか兵の練度の上がり方は右肩上がりだ。そうなっては、今更直せとも言えない。

 

 

 余談だが、あの訓練方法を沙和がするようになった後彼女のステータスは統率力が五も上昇していた。

 

 また凪と李典こと真桜の能力もかなり伸びている。

 

 真桜は都の様々な本を読んで知識を深め、自らの槍をドリルのように改造をしていた。そして考輝が洒落のつもりで言った仕込み武器まで完成させた。

 

 凪は気をかなり扱えるようになっている。前々から扱えはしたようだが、今では戦闘に使える程にまで成長した。とうとう数日前には気弾で人を吹き飛ばしていた。

 

 そして二人も沙和のように能力が上昇していた。凪は武力、真桜は知力が5ずつ上がっている。どうやら三人の得意分野が上昇しているらしい。

 

 

 ――正直、俺の方が伸び悩んでいるな。どうにか打開策を考えておかないとな。

 

 考輝は調練風景を見ながら自身の能力を上げる方法を考えていた。

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 考輝と古万が二人でいろいろと話していると兵士が一人陣幕に入って来た。格好からして考輝の軍の兵士のようだ。

 

「隊長にお客様がいらして――す、すみません……」

 

 べつに考輝は怒っているわけではなく、ただ兵士の方を見ただけなのだが、伝えに来た兵士は一歩後退りながら謝罪した。どうにも彼の無表情のせいで睨まれているようみ感じたらしい。

 

 

 そんな姿を見て丁原は苦笑いをしながら席を立った。

 

「じゃあ私はそろそろおいとまさせてもらうわ。意外と長い時間話してたみたいだしね。――それからもう少し表情豊にした方がいいわよ。考輝君の無表情、なかなか迫力あるもの」

 

「……肝に命じておきます」

 

 そう言いながらも考輝は無表情だ。彼も表情筋を動かす努力はしているのだが、どうにも動かないでいた。

 

「それから募兵に関しては私から何進に言っておくわ。安心してね」

 

 丁原はそんな考輝にウィンクをしながら帰り支度をする。

 

 当たり前だが都で募兵は簡単には出来ない。皇帝のおひざ元なので朝廷の許可を貰わないといけないのだが、今の政治事情もありなかなか許可がおりない。

 

 しかし、考輝は黄巾の乱が起こる前にもっと戦力を集めておきたかったので、頭を悩ましていた。そこで彼は何でも頼むのは悪いと思いながらも丁原に相談した所、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。

 実は今日話していた事も大半は募兵に関してだったりする。

 

 

「本当に何から何まですいません。こんなに援助までしていただいて――」

 

「はい、そこまで」

 

 考輝が謝罪すると丁原が手を前に出して静止させる。

 顔には優しい微笑みを浮かべていた。

 

「別にいいのよ。貴方みたいな才能を持った人間を埋もれさせるのはもったいないもの。それじゃあ募兵頑張ってね」

 

「……有り難うございました」

 

 丁原は悠々と陣幕を出て行く。

 去り際に客が来た事を伝えに来た兵士にも、お勤めご苦労様、と声をかけていたのが考輝には印象的だった。

 

 

 

 

「……それで客ってのはどんな奴だ?」

 

 丁原が出て行くのを見届けた後、考輝は兵士に客が誰ではなく客の様子を聞く。

 なお彼に客の心当たりがなかった。まず彼はこの世界に来てから日が浅いため知人が多くない。唯一訪ねて来そうなのは丁原とその配下の将、呂布や張遼や高順くらいだ。

 

 しかし丁原は今の今まで話していたし、配下の誰かにしても来るなら彼女と一緒に来る。

 そう考えていくと彼に心当たりは全くなかった。

 

 

「左慈と名乗る目つきの鋭い男です。なんといいますか、妖術士のような格好をしていまして……追い返しましょうか?」

 

 兵士としてはそんな得体の知れない怪しい男を考輝に会わせたくはない。さらに左慈の上から目線で高圧的な態度も兵士に悪い印象を与えている。

 

 しかし、考輝はその左慈という名前に聞き覚えがあった。

 

『洛陽に着いたら左慈って奴を訪ねろ。それでそいつから褒美を受け取れ』

 

 以前村で見た夢での神との会話。

 洛陽に着いてから忙しかったため彼はすっかり忘れていたが、左慈という名前を聞いて思い出していた。

 

 

「いや、会おう。通してくれ」

 

「は、はい……」

 

 すっかり追い返すものだと考えていた兵士は少し動揺しながら返事をする。そして彼は客人を呼びに陣幕から出て行く。

 

 それから左慈という男が陣幕に来るのに五分もかからなかった。

 

 

「お前が彰紅炎か」

 

 陣幕に入って来るなり左慈は挨拶もせずにそう言った。もし考輝の軍の誰かがいればその無礼な態度から口論になるかもしれないが、今陣幕には考輝と彼以外誰もいない。

 なお左慈は白い装束を身に纏い、額と目の下に赤い化粧のようなものをしている。この時代ならそれだけで怪しいと言われ役人に突き出されても文句は言えないだろう。

 

 

「そうだ。それにしてもそっちから来るとは予想外だな」

 

 考輝は言うと同時に左慈のステータスを開く。

 初めて会った者のステータスを開くのはもはや癖になっていた。

 

 

 

 

統:110 武:110 知:90 政:90

 

剣:A 槍:A 戟:A 弓:A 騎馬:A 兵器:A 水軍:A

 

特技:管理人(外史において全てが優遇される。ただし直接干渉する事は基本的に出来ない)

 

 

 

 ――こんなステータスは初めて見たな。流石は神の使いってとこか。

 

 考輝はとりあえずそう納得する事にした。管理人や外史等気になる単語はいくつかあったがあえて触れはしない。

 

 

「ふん。俺も訪ねてやるつもりは無かったがお前があまりにも遅かったからな。ほら、受け取れ」

 

 左慈はぶっきらぼうに布に包まれた平たい丸い物を投げる。

 考輝はそれをキャッチして布をとると一枚の銅鏡が出てきた。

 

「……これは?」

 

 考輝はこの銅鏡の意図が分からなかった。

 確かに銅鏡はとても貴重な物だ。しかし神が渡す物にしてはおかしく感じた。

 

 

「詳しくは俺も知らん。取り扱い説明書があるそうだからそれを見ろ」

 

 考輝が投げられた布をあさると冊子が一冊出てきた。

 表紙には「パワーアップキットの使い方――君もこれでチートになろう!!」と書いてある。

 

 ――なんであいつが送ってくる物はこうも胡散臭いんだ?

 

 こちらの世界に来た時に考輝のポケットに入っていた紙もこのような感じだったので、逆に信憑性が増していた。

 

 

「質問はもう無いな。なら俺は帰らしてもらう」

 

 左慈は一言そう言うと考輝に背を向け陣幕の外に歩いて行く。

 

「わざわざすまなかった」

 

 考輝も興味なさげに声を発し、視線を冊子に落とした。

 

 

 

 

『〜はじめに〜 異世界に来れたのはいいけど、その世界は争いが多くて命の危険も多い。そんな事ってよくあるよね! でもこのパワーアップキットがあればもう安心。これさえあれば念願のチートになれてハーレムでウハウハな――――』

 

 前の手紙と同じで余計な内容が大半を占めていたので考輝は流し読みをしていく。

 

 結果として重要な事は後半の二割に書いてあった。

 

 

 この銅鏡の名前はパワーアップキットと言って、ステータスを上げるための道具。

 

 コマンドというものがあり、それを実行すると能力が上がる。

 

 コマンドには回数制限がある

 

 真名を知っていれば他人にも使えるって事になるな。

 

 パワーアップキットによるテータスの上昇は個人の限界値自体も伸ばすので、伸びしろが減る事はない。

 

 

 銅鏡は考輝が思った以上に有用なものだった。

 これなら弱点のフォローも出来るし、伸びしろを潰さないならば長所を伸ばすのにも使える。

 

 

 ――とりえず、一度使ってみるか。……副作用とかありそうで怖いが。

 

 彼は冊子の指示に従って銅鏡の後ろの真ん中にある珠を軽く押す。すると、カチッと音がして鏡の部分に文字が浮かび上がる。

 

 統+5(低)×5 武+5(低)×5 知+5(低)×5 政+5(低)×5

 

 剣適性C→B×5 槍適性C→B×5 戟適性C→B×5 弓適性C→B×5

 

――これがコマンドみたいだな。冊子によると×5は残り回数で、(低)ってのはステータスが70未満の奴に使えるコマンドか。……俺が使えるコマンド一つしかないか。

 

 彼の今のステータスは基本的に70を越えて(低)は使えず、適性においても戟適性C→Bが使えるだけだ。

 考輝はがっくりと肩を落とし、コマンドがこの状態から増えないか冊子を読み返してみる。

 

 

 

 

「……あった」

 

 意外にもそれは早く見つかった。

 

『・コマンドの増やし方

コマンドを増やすには神を楽しませるしかありません。いろいろと派手な事をしてみましょう』

 

 

「つまりあいつの気まぐれで俺にはどうしようも出来ないと……」

 

 考輝は思わずため息をついた。

 



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