護りたいもの (影風)
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【第1話】プロローグ

実質初投稿()
よろしくお願いします。


20xx年

_ある男子中学生がISを動かした_

 

 そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、各国に衝撃を与えた。

 

 IS_正式名称はインフィニット・ストラトス。既存の兵器をはるかに上回る性能を持つこの兵器の登場とともにこの世界は一変してしまった。

なぜならこの兵器にはなぜか女性にしか扱えないという致命的な欠点があったからだ。

 

 この事実は不完全ながらも男女平等の実現に向けて努力していた社会を完全なる女尊男卑の社会へと変えてしまったのだ。

それこそ歴史の中で女性が受けていた差別に対する意趣返しのように・・・

 

 しかし急激に社会が変化したといっても各国の首脳や軍の中枢のような保守的な地位は未だに男性が握っていることも事実であり、この男子生徒の登場は男性の復権を目指す彼らにとっては僥倖であり、またその争いに巻き込まれ利用されていくことも想像に難くなかった。

 

______

 

 しかしまあ、俺にとっては男がISを動かそうがサルがISを動かそうが関係ないわけで、普段と変わらぬ日常を送っていた。

 

「ねえダイチ、見てください。この方が世界で唯一の男性IS操縦者の方ですって!」

 

 テレビを見ていた少女がこちらを振り返りながら興奮気味に声を上げる。

 

 彼女の名は六角雪菜(ろっかくせつな)。名は体を表すという言葉通り雪のように白く透き通った肌を持ち、腰のあたりまでまっすぐ伸びた黒髪やすっきりとした目鼻立ち、くっきりとした二重の大きな瞳は年齢に見合わず可愛いというよりはむしろ奇麗という形容詞が似合う。容姿だけでは茶道や華道、日本舞踊などにも精通しており今や絶滅危惧種となりつつあるまさに『大和撫子』と呼ぶにふさわしいお方であり、俺がお仕えしている六角家の一人娘である。

 

「まあ、世界は広いですからね。探してみれば案外見つかるんじゃないですか」

 

 俺はお茶を淹れる手を止めずに答える。

 

 テレビからは日本政府がこれまで行ってこなかった男性に対するISの適正検査の実施を検討しているといったニュースが聞こえてきた。

 

 全く一体どこからそんな金が出てくるのだろうか、半ば呆れながらも少しずつ二人分の湯飲みにお茶を注いでいく。

 

「雪菜様、お茶請けは羊羹かおまんじゅうかどっちがいいですか?」

 

「羊羹が食べたいです」

 

「承知しました」

 

 戸棚に隠してあった秘蔵の羊羹から二人分を切り分け、お茶と一緒にお盆にのせて持っていく。

 

「美味しい!流石ダイチですね」

 

 お茶を一口含んだ雪菜様の顔がパッとほころぶ。

 

「いえいえ、別に大したことじゃないですよ」

 

「謙遜しなくてもいいのに。本当に美味しいんですから。私は世界一だと思っていますよ」

 

「それではお褒めにあずかり光栄です」

 

「そうです、あなたはもっと自分に自信を持つべきです」

 

 俺の冗談に対し満足そうに彼女はウンウンと頷く。

 

 このようにどういうわけか雪菜様は俺の部屋によくお茶を飲みに来る。この部屋は六角家の正面にあるアパートの一室で六畳一間と決して広くはないのだが何故か彼女は気に入っているらしい。

 

 することと言えば二人でお茶を飲んだり、テレビを見たり、他愛のない話をしたり・・・要は大したことはしていないのだが俺はこの時間が結構好きだ。

 

 こうしていつものように二人でどうでもいい話をしていると彼女は突然思い出したようにこう言った。

 

「今度の日曜日に国際IS展に一緒に行きませんか?」

 

 国際IS展?_確か各国の最新鋭ISの実物大のレプリカが見られることで話題になっていたあれか。

 

「雪菜様、IS好きですもんね」

 

 女性にしか扱えないということもありISに関して詳しい女性も多くいるがその中でもどうやら雪菜様はかなり熱心な方であるらしい。

 

「それもありますけど・・・」

 

 そこで彼女は口ごもる。

 

「?」

 

「それに・・・最近はダイチと二人でお出かけする機会がなかったものですから・・・。あの・・・ダメ、でしょうか?」

 

 少し頬を赤らめながら彼女は遠慮がちに尋ねてくる。それも上目遣いで。

いくら何でもそれは反則だ。彼女にそんなことをされて断ることが出来る男などいないだろう。

 

「いやっ、別に構いませんよ」

 

 俺は照れているのがばれないように少し顔を逸らしながら答える。

現実問題として六角家の執事兼雪菜様の護衛を務める身としてはどこか人の多い所へ出かけるときは基本的についていかなければならないといった事情もある。

・・・まあ一緒に出掛けたかったというのは俺の本心でもあるが。

 

「ありがとうございます!楽しみにしておきますね!」

 

 そういう彼女はかなりご機嫌な様子だ。そんな彼女を見ていると自然とこちらもうれしい気分になってくる。

 

 

 

 この外出が人生を大きく変化させることになるなんてこの時の俺はまだ知る由もなかった。

 

 

 

_____

 

 

 IS展は日曜ということもありかなりごった返していた。ISが女性にしか扱えないこともあってか客の大半が女性でありかなり居心地が悪い。

 

「ダイチ、見てください!イギリスの第三世代型ISの青い雫(ブルーティアーズ)ですよ!この機体の特徴は何といっても・・・あっ!あっちにはドイツの第三世代型ISの・・・」

 

 雪菜様は入ってからずっとこんな調子で子供のように目を輝かせながら説明してくれる。が、一般的に男性はISについて学ぶ必要がないためその知識はゼロに等しい。教育の現場にまで女尊男卑の影響が表れているのだ。

 

 もちろん俺もその例外ではないため、さっきからの雪菜様の説明の半分も頭に入ってこなかった。

 

「ダイチ、こっちにはレプリカじゃなくて実物のISが展示されていますよ!」

 

 興奮気味の雪菜様に連れられ、別のコーナーに移動する。

 

 そこには黒っぽい無骨な感じのISが展示されていた。

 

 名前は打鉄。説明文によれば量産型のISで飛びぬけた性能こそないものの誰にでも扱いやすい汎用性が特徴らしい。

 

「ねえダイチ、聞いていますか?」

 

 上の空で聞いていたのが態度に表れてしまっていたのだろうか、彼女は少し拗ねたように訊いてくる。

 

「いや、聞いてますよ。確かイギリスの専用機がどうのこうの・・・」

 

 適当になんとかごまかして切り抜けよう。この発想がいけなかった。

 

「ちゃんと聞いていないじゃないですか!もういいです。しばらく一人で回ります!」

 

 しまったと思った時にはもう遅く、雪菜様は怒ってどこかに行ってしまわれた。置いて行かれた俺は彼女を追いかけることはしない。なぜならこうなってしまった彼女には話しかけても無駄だということが経験上分かっているからだ。

 

 雪菜様の怒りが収まるのを待つため暫くそこら辺をぶらつくこと10分、『お昼ご飯をご馳走してくれるなら許してあげます』というメールが届いた。

 

 今回はすぐに解決しそうだ、と心の中でひとまず安心する。以前機嫌を損ねた時には3日間一切口をきいて下さらなかったことがあった。あれは流石に堪えた。

 

(後でちゃんと謝ろう。そして午後からはしっかりと話を聞くことにしよう)

 

 そんなことを考えながら俺は『分かりました』と短くメールを返信して彼女と合流すべく歩き出す。財布の中身、大丈夫かな・・・

 

 

_____

 

 その時だった。ドンッ、という低い爆発音が数回聞こえ、それとほぼ同時にガラスの割れる甲高い音が響き渡る。次の瞬間、会場内はパニックになった。誰もが我先にと出口に向けて走り出す。

 

(一体何が起こっているんだ・・・とにかく雪菜様の所に急がないと!)

 

 俺は人の流れに逆らい雪菜様の方へ必死で向かう。雪菜様は確か今は量産型ISの展示ブースにいたはずだ。

 

 人ごみをかき分け、何とか目的地へとたどり着く。

 

 しかし俺がそこで目にしたものは一体の黄色と黒のカラーリングが不気味なISとそれを取り囲む警備員たち・・・

 

 そしてその足元で倒れている一人の少女だった。

 

_プチンッ

 

「ああああああああああっ!!!!」

 

 俺の中で何かが切れた。気が付くと俺は声にならない声をあげながら俺は黒いISに殴りかかっていた。

 

 生身の人間がISに勝てるわけがない。流石にそのことは俺にもわかっていた。でもそうせざるを得なかった。

 

 ISに対する怒りや憎しみはもちろんあったが、それ以上に雪菜様を守れなかった自分に対する怒りが俺を突き動かしていた。

 

 だが、次の瞬間には壁際に俺の体は吹き飛ばされていた。武器を使われたわけでもなんでもなく、ただうるさいハエを追い払う時のように、ただ振り払われただけ。ISにとって生身の人間とは敵と認識するほどのものですらなかったのだ。

 

_ズキッ

 

 立ち上がろうとすると右足に強い痛みが走る。恐らく骨にヒビが入っているのだろう。頭からは血も流れている。

 

 (俺に力があれば・・・なんでもいい。力が欲しい!)

 

 俺は半ば無意識に展示されていた量産型IS、打鉄(うちがね)に手を触れた。

 

 恐らく平常時の俺ならISを起動させようなんて馬鹿なことはしなかっただろう。だがこの時の俺にはそれを考える思考能力も判断力も残っていなかった。

 

_キンッ

 

 金属音が頭の中に響く。そして次の瞬間膨大な情報が頭の中に流れ込んできた。突然の出来事に思わず倒れこみそうになるのを何とか踏みとどまる。すると気づかぬうちに俺の右手には剣が握られていた。

 

(これなら・・・これならいける!)

 

 そう思った俺はISにまっすぐ向かっていく。

 

 そして、そこで意識が途切れた。

 

_____

 

 次に目覚めたのはベッドの上だった。さっきまでの惨状は夢だったのではないかという考えが脳裏を掠めるが、全身の痛みがそれを否定する。

 

(一体雪菜様はどうなったんだ?)

 

 俺はそのことで頭が一杯だった。ベッドから起き上がろうとするがうまく体が動かない。そんな俺の様子を見て医者が慌てて止める。

 

「君、まだ動いたらダメだよ!」

 

 制止を振り切り無理やり上半身を起こした俺は医者に食らいつかんばかりに問い詰める。

 

「雪菜様は!ISに襲われた少女はどうなりましたか!?」

 

「ああ、彼女か・・・」

 

 不意に医者の表情が曇る。

 

 俺は最悪の事態を想定したが医者はすぐにこう続ける。

 

「勘違いしないで欲しい。彼女は死んでいないよ」

 

 その言葉に俺はひとまず安堵するが、医者はこうも続けた。

 

「死んではいない、ただそれだけだがね・・・」

 

 俺は医者の言っている意味が理解できなかった。

 

「それって・・・どういう意味ですか?」

 

 そう訊いた俺の声は震えていた。

 

「自分で呼吸をしていて、心臓も自分で動かしている。ただそれだけの状態。いわゆる植物状態というやつだ」

 

 医者の言葉に俺の頭は真っ白になる。が、すぐに一つの思いが湧き出てきた。

 

 俺のせいだ。俺のせいで雪菜様は・・・

 

「俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ俺のせいだ」

 

「君、落ち着きなさい!」

 

 医者が怒鳴る。

 

「俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺の・・・」

 

 見かねた医者に鎮痛剤を打たれ、俺の意識は遠ざかっていった。

 

_____

 

 それから二か月間、治療とカウンセリングを重ね精神的にも落ち着いたということで退院することとなった。

 

 そして今日、カウンセリングの先生が同伴するという条件で雪菜様のお見舞いに行くことが許可された。

 

 俺はノックをして病室に入る。

 

 ベッドの上で雪菜様は眠っていた。その姿は事件前とほとんど変わらず何も知らなければ本当にただ眠っているだけに見える。それが逆に俺の心を苦しめた。

 

「ダイチ、君はもう大丈夫なのかい?」

 

 ベッドのわきに座っていた旦那様に声をかけられる。その顔には疲労の色が色濃く表れていた。

 

「俺はもう大丈夫です」

 

「そうか、それならよかった」

 

 そういって無理に笑おうとするがどうにも笑顔がぎこちない。

 

「あの、俺が近くについていなかったばかりに・・・本当に申し訳ありませんでした」

 

 俺は旦那様に対して深く頭を下げる。

 

 謝って許されることではない。そんなことはわかりきっていたがそれでもとにかく今の俺には謝ることしかできなかった。

 

「頭を上げてくれ。今回のことはどうしようもないことだったんだ。それにいくら君でもIS相手ではどうしようもなかっただろう」

 

「ですが、身代わりになるくらいは・・・」

 

_バチンッ

 

 突然俺の右頬に痛みが走る。あまりに唐突さに旦那様に叩かれたのだという事実に気づくのに数秒かかった。

 

「君は・・・君は一体何を言っているのか分かっているのかい?」

 

 旦那様の声は怒りで震えていた。目には強い怒気が籠っている。十年間六角家に仕えてきて初めて旦那様が怒っているのを見た瞬間だった。

 

「私は君を使用人として見たことはないよ。私はきみをずっと家族の一員として扱ってきたつもりだ。もちろん雪菜だってそうだろう。君が身代わりになるようなことを雪菜が望んでいたと思うのかい?」

 

 強い語調で一気に捲し立てると俺の体を抱きしめて言った。

 

「だから、自分が身代わりになればよかったなんて馬鹿な考えはしないでほしい。もっと自分を大切にしてくれ・・・」

 

「はい・・・」

 

 旦那様は泣いていて俺はそう答えるので精いっぱいだった。

 

 自分が使用人としては高待遇なのには気づいていたがまさかそこまで思って下さっていたなんて考えたことがなかった・・・

 

 感謝とともに戸惑いがあり俺は言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

 しばらくの沈黙、それを破ったのはノックの音だった。

 

 少し慌てた様子で旦那様は涙をぬぐい、いつものように落ち着いた声でどうぞ、と答えた。

 

 失礼します、そう言って入ってきたのは黒いスーツに身を包んだやたら目つきの鋭い女性であった。そして俺に対してこう言った。

 

「キミが上代大地(かみしろだいち)君か?」

 

「失礼ですが貴女は?」

 

「ああ。挨拶が遅れて申し訳ありません。私はIS学園で教員を務めている織斑千冬(おりむらちふゆ)という者です」

 

「IS学園?そんなところが一体ダイチに何の用があるんですか?」

 

 旦那様が疑問を口にする。

 

「上代君はこの間のIS襲撃事件の際に男性でありながらISを動かしました。政府はこれを知って上代君を世界で二人目のIS男性操縦者としてIS学園に入学させることを決定したのです」

 

「まさか・・・」

 

 旦那様は信じられないといった顔で俺を見る。その反応も当然だろう。俺がISを動かしたことを知っているのはあの場にいた人間だけなのだから。

 

「それは拒否することは出来るんですか?」

 

 俺は織斑さんに尋ねる。ISは雪菜様を傷つけた兵器、正直言って二度と目にしたくなかった。

 

「拒否することも出来なくはないが拒否して一体どうするつもりだ?」

 

「俺は雪菜様の側に・・・」

 

 俺の言葉は織斑さんに遮られる。

 

「側にいてどうなる?君が側にいれば雪菜さんは治るのか?」

 

「そっ、それは・・・」

 

 彼女の言うことは正論で反論することが出来ず言葉に詰まる。そして畳みかけるように続ける。

 

「それに君は世界でたった二人しかいない男性IS操縦者のうちの一人だ。君自身が狙われることも多くなるだろう。相手の中にはISを使って君を襲ってくる者もいるはずだ。そんな時君はISを使えなければどうやって自分の身を守るつもりだ?雪菜さんが目覚めた時自分の身も守れない人間がどうやって大切な人を守るつもりだ?」

 

「・・・」

 

「君にはその守るための力があるんだ。それでものIS学園への入学を拒否するというのならそれでもいい。意志のないものに無理強いはさせられないからな」

 

 それまで静観していた旦那様が口を開く。

 

「お話はよく分かりました。しかし貴女はあんな悲惨な事件を経験した人間をISに乗せようというの言うのですか?」

 

「選択権は彼にあります」

 

「事前に拒否するという選択肢を消しておいて何を・・・」

 

 反論を続けようとする旦那様の言葉を遮って俺は言う。

 

「旦那様。ありがとうございます。でも、もういいんです。俺は決めました」

 

 そして旦那様を真っ直ぐに見て自分の決意を告げる。

 

「俺はIS学園に行きます。今回のようなことがまた起こった時に大切なものを、家族を守るために!」

 

 俺の言葉に旦那様は悲しそうな表情を浮かべる。

 

「そうか、君が決めたことなら私は反対しない。だが一つだけ約束してくれ」

 

 そう言って俺の手を強く握りしめる。

 

「絶対に死なないでほしい。何度も言う。君は家族だ。これ以上家族が傷つくのは見たくないんだ」

 

「はい・・・お約束します」

 

 旦那様の思いに思わず泣きそうになるのを何とかこらえて俺は答えた。

 

 こうして俺のIS学園入学が決まった。

 

 

 

 その先に更なる試練が待ち受けているとも知らずに・・・

 

 

_____

 

 高層ビルの最上階の一室に帰還した女はいかにも物足りないといった様子で愚痴を漏らす。

 

「全く手ごたえのない任務だったぜ。暴れたりねえな」

 

 不満を漏らす彼女をなだめすかすように美しい金髪の女性が話しかける。

 

「そんなこと言わないの、オータム。あなたの任務はきちんと意味があるものなのだから」

 

「なぁ、そろそろ目的を教えてくれてもいいだろ、スコール」

 

「うーん、そうねえ・・・」

 

 スコールと呼ばれた女性は質問に対して少し考えた後、不敵な笑みを浮かべてこう答えた。

 

「世界の変革、かしら」 

 




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【第2話】女の園

短いですがとりあえず


「はぁ・・・」

 

 IS学園登校初日、俺は早速頭を抱えていた。

 

 IS学園には基本的に女性しかいない。そのことは頭では分かっていたが実際に体験してみると想像以上に大変なものだった。

 

 まず、周りから浴びせられる好奇の視線。

 

 執事兼護衛といった職業柄俺は目立つことが苦手だ。特に護衛の場合、目立つと護衛対象を余計な危険に晒しかねない。

 

 だから職業病といったところか、普段から極力気配を消して過ごしていたのだがここではそれも通用しそうにない。

 

 同じ居心地の悪さはこの学園で俺以外の唯一の男子、織斑一夏も感じているようだ。ちなみに席は名前の順のため、俺の席は織斑の後ろである。

 

 彼には何の恨みもないが願わくば目立ちまくって俺に対する物もふくめて注目を一手に引き受けてもらいたいものだ。

 

 そんなことを考えていると、織斑が振り返って話しかけてくる。

 

「ちょっといいか?」

 

「何か用か?」

 

「いや、別に用ってほどでもないんだけどこの学校で男子って俺とお前だけだから挨拶しておこうと思って。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ」

 

 そう言って手を差し出してくる。

 

「ああ分かった。俺は上代大地。よろしく頼む」

 

 差し出された手を握ると周りから歓声が上がる。この学園一体どうなってんだ・・・

 

「おう、よろしくなダイチ。それにしても上代かぁ・・・珍しい苗字だな」

 

「お前が言うな、一夏。これまで色々な人間に会ってきたがお前以外に織斑なんて苗字の奴には一人しかあったことがないぞ」

 

「俺以外に会ったことあるのか?」

 

「ああ、ついこの間な」

 

「へー、俺も家族以外では聞いたことがないから会ってみたいぜ」

 

 そう暢気に言う一夏。こいつは悪いやつではないのだろうが底抜けの阿呆なのか。そんなことを考えていると予鈴が鳴り、同時に教師が入ってきた。

 

 圧倒的な存在感を放つその女性は今まさに話題に上がっていた人物だった。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ないやつは出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳まで鍛えぬくことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 次の瞬間教室中に女子生徒の黄色い歓声が上がる。

 

「キャーーーー!本物の千冬様よ!!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

 おい、おかしいだろ!?言ってることは横暴以外の何物でもないぞ?

 

 まあでもその言葉が不思議と説得力を持っているのも事実。これもひとえに彼女のもつカリスマゆえか。

 

「はぁ・・・毎年毎年よくもまあこんな馬鹿が集まるものだ」

 

 ため息をつきながら織斑先生はこめかみを押さえる。

 

 驚きの声を上げたものがもう一人。

 

「えっ、千冬姉!?」

 

 次の瞬間スパーンといういい音が教室中に響く。彼女の手には出席簿が握られていた。

 

「学校では織斑先生と呼べ」

 

 一夏は叩かれた頭を押さえて悶えていた。俺は心の中で合掌する。

 

 織斑、という苗字を聞いた時点で分かってはいたがやはりあの二人姉弟だったようだ。

 

 水を打ったように静まり返った教室は、一夏が織斑先生の弟だと分かったことで再び喧騒に包まれる。いいぞ、もっとやれ。一夏が目立つのには賛成だ。

 

「ほう、このクラスには叩かれたい馬鹿が大勢いるようだな?」

 

 呆れたような織斑先生の呟きに再び一瞬にして教室内は静まり返る。流石に今度は誰一人話し出す者はいなかった。

 

「よし。ではこれから入学式が行われる体育館に移動する。廊下に番号順で整列しろ」

 

 その言葉にみんなゾロゾロと無言で動き始める。瞬く間に廊下には軍隊の見紛うほどに整った列が出来上がった。

 

 鬼教官だけは怒らせてはいけない。これだけは絶対に気を付けなければ・・・

 

_スパーン!

 

「おい、上代。今失礼なことを考えただろう?」

 

 頭に経験したことのない痛みが走る。その出席簿、絶対材質が紙じゃないだろ。ていうかなんで考えていることが分かるんだよ。

 

_スパーン!

 

 無慈悲な二発目の攻撃が俺を襲う。

 

「いやっ、今のはおかしいでしょう!?」

 

「すぐに返事をしないからだ」

 

「理不尽だ・・・」

 

_スパーン!

 

 とどめの三発目が来た。

 

「はぁ・・・まさか返事の仕方から教えなくてはいかんとは」

 

「大変申し訳ありませんでした。以後気を付けます」

 

「うむ、それでいい」

 

 こうして俺は入学式が始まる前に文字通り満身創痍になったのであった。

 

_____

 

 世界中から生徒が集まるIS学園だから何か特別なことがあるのかと期待したが、これと言って変わったことのない普通の入学式であった。

 

 学園長のありがたい()お話がさっきから三十分以上続いている。はっきり言ってかなり退屈だ。隣の一夏に至っては舟をこぎ始めている。一応つついて起こそうとしたのだが全く反応がない。ただの屍のようだ。

 

 そうやって暇をつぶしているうちに拍手が巻き起こる。どうやら学園長の話が終わったようだ。

 

「_ありがとうございました。では続きまして更識楯無生徒会長より新入生への挨拶を頂きます」

 

 紹介を受け立ち上がった水色の髪の少女はゆっくりと壇上に上がっていく。ここからだとはっきりとは見えないがそれでもかなり整った顔立ちだということが分かる。

 

 その少女がよく通る声で話し始める。

 

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんは超難関と言われるIS学園の入試を突破して今ここにいます。世間からはいわゆるエリートと呼ばれる存在です。さぞ希望と自信に満ち溢れていることでしょう」

 

 少女はそこでいったん話を切る。一年生がざわつき始める。それも当然だ。彼女の言葉の節々には明らかに棘がある。このざわつきは主にそれに対する物だろう。

 

 そんな一年生の反応に満足しさらに挑発するような笑みを浮かべて挨拶を再開する。

 

「ですがそんな何の役にも立たないものは早めに捨てることをお勧めします。確かに皆さんは世間一般にとっては特別な存在であるかもしれませんが、この学園内においては至って平凡な一生徒に過ぎません。天才でもない、ただの凡人です。この学園では何よりも実力が重視されます。実力さえあれば自ずと将来が開けてくる、そんな場所です。ただしそのような道に進めるのはごく一部の生徒だけです。多くの人は夢に破れることになるでしょう」

 

 すっかり一年生のざわつきは収まっていた。入学早々厳しい現実を突き付けられたのだから仕方がない。

 

 そんな一年生の様子を見て彼女は真面目な表情になりこう続ける。

 

「ですが、同時にこの学園は努力をすれば必ず報われる場所でもあります。先ほども言ったように皆さんは天才ではありません。つまりスタートラインは全員同じなのです。大事なのは皆さんがどれだけ努力するかということなのです。どれだけ苦しくても歩みを止めないで下さい。その努力は絶対にあなたを裏切りません」

 

 ふう、と息を吐き今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべこう言い放つ。

 

「以上で私の挨拶は終わりですが、今の挨拶に異論反論がある人はいつでも生徒会室に来てください。生徒会長であるこの私、更識楯無がいつでもお相手します♪」

 

 そう言って彼女が広げた扇子には『学園最強』の四文字が書かれていた。




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【第3話】宣戦布告

今回もそんなに長くないですがどうぞ


_宣戦布告

 

 まさにそう形容するのがふさわしい挨拶だった。だが、不思議と嫌な気はしなかった。

 

 並大抵の人間なら自分がそこまで出来ないということを知っているから普通はあそこまでのことは言えないものだ。

 

 だが彼女は臆面もなく言い放った。それはきっと彼女の実力に裏打ちされた自信があるからだろう。実際、クラスメートが話しているのを聞いたところこの学園の生徒会長は最強の称号も兼ねているらしい。

 

 俺は初めて本物の実力者というものを目の当たりにし素直に心の底から敬意を抱き感心した。

 

_____

 

 入学式が終わり、授業が始まった。雪菜様の家庭教師も兼任していた関係上数学や英語などの普通の科目では何の問題もなかったのだが、ISとなると話は別だった。

 

 俺の入学が決定したのがちょうど一か月前。必読、と表紙に書かれた広辞苑みたいな参考書を渡されたのもその時である。

 

 一応全て読破し、詰め込めるだけ詰め込んできたのだが早い人間だと小学校の低学年から学び始めるくらい時間がかかる学問だけのことはあり、ついていくのがやっとの状態だった。

 

 誰かに教えてもらわないと本格的にまずいかもしれない。

 

 とりあえず一夏に訊いてみるか、なんて考えていると頼みの綱(仮)が頭を叩かれていた。どうやら奴は参考書を古い電話帳と間違って捨ててしまったらしい。

 

 ・・・うん、なんとなく分かっていた。そんな奴に一瞬でも頼ろうとした俺が馬鹿だった。

 

_____

 

 昼休みになり一夏と飯でも食うかと思っていると、ポニーテールの少女にどこかに連れ去られてしまった。

 

 仕方がないので一人で食堂に向かうことにした。

 

 食堂はかなり混雑していた。気配を消していたつもりだったが、やはりこの空間で一人だけ男というのは目立ちすぎる。さっきから痛いほど周りの視線を集めていた。

 

 味噌サバ定食を注文し、適当に空いている席に座る。かなり混んでいるにも関わず俺の周りの空席に誰も座ろうとしないのが逆に非常に居心地が悪い。ここはさっさと食って教室に戻るのが賢明だな。そう考えていると不意に声をかけられる。

 

「隣いいかな?」

 

 そう言いながら座ってきたのは更識さんだった。

 

「いいも何も返事する前に座ってるじゃないですか・・・」

 

「細かいことは気にしないの。男の子でしょ?」

 

「これは俺の性格なので性別は関係ありません。で、わざわざ天下の生徒会長様が何をしに来たんですか?」

 

 昼飯を妨害された腹いせにわざと嫌味っぽく言うが、彼女はそんなことはどこ吹く風といった様子で答える。

 

「あらっ、私のことを覚えていてくれているなんて光栄ね」

 

「いや、普通忘れませんよ。あんな挨拶されたら忘れるほうが難しいでしょ」

 

「あんな挨拶、ね・・・」

 

 俺の何気ない返事に更識さんの表情が曇る。が、それも一瞬のことで次の瞬間には元の人当たりのいい笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ君はそんな挨拶を聞いてどう思った?」

 

「それは挨拶に対しての感想ですか?それとも更識さん個人に対する?」

 

「へー、私についての感想もくれるんだ?私はただ挨拶の感想を聞きたかっただけなんだけどなー」

 

 更識さんは意地の悪い笑みを浮かべている。完璧にヤブヘビだったらな・・・

 

「じゃあ挨拶のほうだk「折角だし両方聞こうかしら。むしろ私についての感想の方が気になるなー」

 

 どうやらこれは答えなければ逃げられないやつのようだ。まあいいか。別に隠すようなことでもないし。

 

「俺は更識さんのことは白鳥みたいな人だなって思いました」

 

「白鳥?」

 

 俺の返答が予想外だったのか更識さんはきょとんとしている。

 

「今まで猫に例えられたことは多かったけど白鳥ははじめてね・・・」

 

 そして彼女はにこやかに訊いてくる。

 

「それってひょっとして私が陰で努力していることを水面下で必死に足を動かしている白鳥に例えているってことかしら?」

 

「それもありますけどもう一つは見た目と違って実は好戦的なところですかね」

 

「私が好戦的?心外ねー」

 

 そういう彼女は笑顔を崩さないものの目は笑っていなかった。

 

「すみません、ちょっと言い方が悪かったですね。訂正します。自分に匹敵するような相手を求めているって感じですかね」

 

「なんでそう思ったのかな?」

 

 

「あの挨拶ですよ。最初は新入生に発破をかけるためにわざとあんな挨拶をしたのだと思っていました。でも考えてみれば新入生に危機感を持たせるだけなら挑発はする必要はなかったはずです。じゃあなぜそうしたのか?」

 

 そこで俺はいったん言葉を切って水を飲む。喋るのが苦手なわけではないのだが、目の前から感じるプレッシャーで喉がカラカラになっていた。いつしか彼女の顔からは笑みが消えていた。

 

「あなたは誰も相手にならない現状に退屈していて、ああ言って新入生に自分に対する敵意を持たせることでそんなつまらない現状を打開してくれる人間が出てくることを期待した。俺はそう思います。あの挨拶はいわば新入生に対する宣戦布告だったんじゃないですか?」

 

 俺の言葉に耳を傾けていた更識さんは表情を緩め感心したように言う。

 

「初対面でここまで見抜く人は初めてよ。流石は六角家の執事ね」

 

「どうしてそれを?」

 

 俺は自分が執事だなんて一言も言っていない。どうして更識は知っているんだ?

 

「六角家の当主とは仕事上の付き合いがあるの」

 

 さらっとそういうがそれでもなお疑問は残る。旦那様の仕事の手伝いをしていたりもしたが取引相手の中に更識といった名前は記憶になかったからだ。

 

 そんな俺を気にも留めず彼女は続ける。

 

「まあ、それは良いとして君の考察には一つだけ訂正したい部分があるわ」

 

「どこですか?」

 

「白鳥ってね、君が言うようなイメージを持たれがちだけどそれは間違いなの。実際は羽の間に空気を含ませて浮袋にしているから実際はそれほど努力しているわけじゃない。だから私は白鳥じゃないわ。どっちかっていうと猫って言われる方が方が好きかな」

 

「それは知りませんでした。申し訳ありません」

 

 ってかこの人物知りだな。ソースは大事。

 

「うん、素直でよろしい。ってもうこんな時間か。私はそろそろ戻るわ。じゃあ、また後でね」

 

 そう言って更識さんは去っていった。あの人、いつの間に昼食を食べたんだ?

 

 そんなことを考えながら俺も残りの味噌サバを食べ・・・られなかった。さっきまであったはずのサバが忽然と姿を消していたのだ。

 

「猫は猫でも泥棒猫じゃねーか・・・」

 

 俺はひとり呟きながら食器を返却する。しばらくこの恨みは忘れない。

 

_____

 

 午後の授業ではクラス代表について決めることとなった。自薦、他薦は問わないらしい。

 

 クラス代表とはいわば学級委員みたいなものだが、ここはIS操縦者を養成する世界で唯一の学園。他の学校と違うのはクラス対抗戦などで代表としてISによる戦闘を行わなければならないのだ。

 

 もちろんそんなものはなから俺はやる気がないのでひたすら気配を殺して代表が決まるのを待っていた。

 

 状況は一夏が推薦を受けて、クラスの中でもそれに同調する意見が出始めていた。いいぞ、その調子だ。

 

 すると一夏が突然とんでもない発言をしてきた。

 

「俺はダイチを推薦する」

 

「はっ、何言ってんだこいつ?」

 

 思わず心の声が漏れる。

 

__スパーン

 

 次の瞬間小気味のいい音とともに俺の頭に無慈悲な出席簿による一撃が加えられていた。

 

「自薦他薦は問わんといっただろうが。推薦されたらさっさと立て」

 

 俺は頭を押さえながら立ち上がる。マズイことにクラスの一部からは俺を推す声も出始めていた。

 

 俺がこの馬鹿にどうすれば代表を押し付けられるかを全力で考えていると教室の後ろの方から声が上がった。

 

「そのような選出、納得いきませんわ!」

 

 声の主はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットだった。

 

「だいたい男子生徒がクラス代表なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか?」

 

 オルコットの典型的な男性蔑視発言に一夏がかみつく。おいおい、このご時世これくらいの発言なんてよくあることだろ。適当に流しておけばいいものを・・・

 

 そんなことを考えながら俺は二人のやり取りを静観する。途中で織斑先生の方をちらっと見たがこちらも静観を決め込んでいるようだ。いやっ、あんたは止めろよ

 

「なあダイチ、お前も何か言ってやれ!」

 

 そういうのはお前の担当だろうが・・・

まあ俺もいい加減うんざりしていたのでそろそろ話の決着をつけるために話し始める。

 

「なぁ一夏、お前はクラス代表をやりたいのか?」

 

「えっ、俺?」

 

 一夏は驚いていた。まあ流れ的に俺がオルコットに話しかけるものだと思っていただろうし仕方ないか。

 

「俺は別に・・・」

 

「じゃあ決まりだな。オルコット、お前がクラス代表だ」

 

「はっ、何をおっしゃっているの?」

 

 オルコットはあっけに取られているようだ。

 

「いや、お前クラス代表がやりたいんだろ?俺も織斑もやる気がないんだからやる気があるやつがやるのは当たり前だ」

 

 オルコットはようやく言っている意味が分かったようで蔑みの目で俺を見てきた。

 

「はあ、男性なんて碌な人がいないと思っていましたが日本の男性は別格のようですわね。そんなに勝負するのが嫌なのですか?」

 

「いわせておけば・・・」

 

「ああ、嫌だな」

 

 一夏の反論を遮って俺は言うと驚いた表情で俺を顔を見てきた。そんな信じられないものを見るみたいな顔するなよ。流石にちょっと傷つくぞ。

 

「争いは同じ次元の人間同士でしか起こらないんだ。性別だけで相手を平然と馬鹿にするような奴は相手にするだけ時間の無駄だ」

 

「残念ながら私には専用機がありましてよ。あなたは専用機持ちということがどういうことか分かっていらして?」

 

 オルコットは馬鹿にするように尋ねてくる。

 

「ああ、専用機という浮袋にかまけて水面下で努力することをおざなりにする見た目だけは立派な白鳥のような連中だろ?」

 

 俺が嫌味たっぷりに答えるとそれまでの空気は一変し場は一触即発の状態になる。

 

「そこまでおっしゃるならいいでしょう!決闘ですわ!まさかここまで来て逃げるなどとはおっしゃいませんわよね?」

 

「俺はいいぜ!ダイチ。お前ももちろんいいよな?」

 

 降りかかる火の粉は払わねばなるまい。

 

「ああ、やってやるよ」

 

「よし、決まったようだな。三名ともいったん座れ」

 

 事態を静観していた織斑先生がようやく面倒くさそうに口を開く。もうちょっと早く介入してくれてもよかったんじゃありませんかね・・・

 

「一週間後に模擬戦を行い、その勝者をクラス代表とする。異論反論は一切認めん。以上だ」

 

 そう言って通常授業が再開する。こうして俺はクラス代表決定戦に出ることになってしまった。

 

_____

 

「何やってんだよ、俺・・・」

 

 寮の廊下を歩きながら思わず溢す。なんであんな目立つことをしてしまったのか自分でもわからない。だが激しく後悔していた。

 

 とりあえず自分の部屋に戻って落ち着こう。俺はそう決意し真っ直ぐ部屋に向かう。

 

 地図を参考に部屋の前にたどり着いたのは良いがなんだか嫌な予感がする。中から人の気配がするのだ。ちなみに一夏が同室でないことは確認済みだ。

 

 予感が外れてくれることを祈りつつドアを開けると案の定先客がいた。それもとんでもない姿で。

 

「ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

 

 そこにいたのは一見裸エプロンに見える水着を着た更識さんだった。

 

 俺は無意識にドアを閉めていた。うん、きっと今のは幻覚に違いない。疲れているせいで見えるはずがないものが見えてしまったんだ。

 

 気を取り直して俺はもう一度ドアを開ける。

 

「わたしにします?わたしにします?それともわ・た・し?」

 

 俺は再びドアを閉じ、ため息交じりにつぶやく。

 

「俺の平穏は一体どこにあるんだ・・・」

 




誤字修正させて頂きました。


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【第4話】自己紹介

この長さなら前のとまとめて投稿した方が良かった気がする・・・


「いきなり酷いじゃない!」

 

 部屋に戻るなり更識さんが俺を非難する。

 

「あんな格好をしてる更識さんが悪いんですよ」

 

「何よ折角サービスしてあげようと思っただけなのに!まさか織斑先生を呼んでくるなんて・・・」

 

 彼女の顔には疲労の色が浮かんでいた。無理もない、彼女はたった今まで鬼教官こと織斑千冬に絞られていたのだから。

 

「それに不審者ってどういうことよ!?君と私の仲じゃない!」

 

「更識さんと俺は味噌サバを奪った加害者と奪われた被害者の関係でしかないですよ」

 

「ヒドいっ。これから一つ屋根の下で暮らす間柄だっていうのに・・・」

 

 およよ、と分かりやすいウソ泣きをしながら言ってくる。

 

「わざわざ誤解を招く言い方をしないでください。ってかやっぱり更識さんがルームメイトなんですね・・・」

 

 だいたい予想はついていたがやはりそうか。

 

「そんな嫌そうな顔しないでよ。流石に傷つくなぁー。こんなきれいなお姉さんと一緒に暮らせるってのにそれはないんじゃないかな」

 

 どうやら彼女は誤解しているようなので慌てて訂正する。

 

「ああ、すみません。更識さんと暮らすのが決して嫌ってわけじゃなくて申し訳なくて」

 

「申し訳ない?」

 

 彼女は不思議そうな顔をしている。

 

「ええ。更識さんががルームメイトになったのは織斑と違ってなんの後ろ盾も持たない俺の護衛を要請されたからでしょう?」

 

 そこで更識さんの合点がいったように言う。

 

「ああなんだ、そんなこと気にしてたの?」

 

「確かに学園側から君の護衛を依頼されたけど私は別に学園側からの要請がなくてもルームメイトになっていたと思うわよ」

 

「どうしてですか?」

 

 俺の質問に彼女は誰をも魅了するような悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。

 

 

 

 

 

 

「だって何だか面白そうじゃない♪」

 

 

 

 

 

 俺は唖然としていた。

 

_面白そう?

 

 そんな単純な理由で?

 

 俺には彼女が全く理解できなかった。

 

 だが今まで申し訳なく思っていたのがなんとなく馬鹿らしくなって思わず笑いだしてしまった。

 

 そんな俺を見て彼女は満足げに何度も頷く。

 

「そうそう、もっと気楽にいかないとね」

 

「えっ?」

 

「上代君、ずっと難しい顔をしていたから。でもずっと気を張って頑張ってたらどこかで破綻するってことよ」

 

「そう・・・ですね」

 

 そう言われて初めて自分があの日からずっと気を張っていたことに気づいた。それと同時に緊張の糸が切れたのかどっと疲れが押し寄せてきて視界が揺れた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 ふらついた俺を彼女が支えてくれる。

 

「ええ、多分大丈夫です。でもちょっと椅子に座らせてもらいますね」

 

 そう断ってから椅子に座る。そんな俺を見ながら彼女は言う。

 

「体調管理も実力のうちよ。一週間後にはクラス代表決定戦もあるんでしょ?こんな状態じゃ戦えないわよ」

 

 確かにその通りだ。こんな調子じゃ戦闘どころか授業さえ危うい・・・

 

「ってなんで代表決定戦のこと知ってるんですか?」

 

 なんだかすごく嫌な予感がする。

 

「もう結構有名な話よー。『イギリスの代表候補生に喧嘩を売った馬鹿な男子生徒がいる』ってね」

 

 数時間前の俺を殴ってやりたいと心の底から思った。何を思ってあの時あんな目立つことをしたんだ俺・・・

 

「その話ってなかったことに・・・」

 

「出来ないしする訳ないじゃない、こんな面白そうなこと♪」

 

「・・・」

 

 分かっていましたよ、ハイ。

 

「で、勝算はあるの?」

 

「IS無しでの戦闘なら勝てると思いますけど・・・」

 

 彼女は呆れ顔で大きなため息をつく。

 

「つまり現状の勝率はほぼゼロ。よくそんなので喧嘩売ったわねー」

 

「うっ・・・」

 

 指摘が正論すぎて返す言葉がない。

 

「まあでも安心しなさいな。私がISの指導をしてあげるから♪」

 

「いいんですか?」

 

 学園最強に指導してもらえるなんて願ってもない機会だ。でもどういう風の吹き回しだろうか、と少し引っかかったが・・・

 

「いいのいいの。だってこのままじゃ・・・」

 

 

 

「「面白くないから」」

 

 

 俺は更識さんの言葉に重ねて言う。彼女の性格からしてこの理由しかないだろうと思った。

 

 ニヤリとした俺をみて彼女は可笑しそうに笑った。

 

「フフッ、分かってるじゃない」

 

 そう言って満足そうに彼女が広げた扇子には『ご名答』と書かれていた。

 

_____

 

 その後、もう夜も遅いということで更識さんに手伝ってもらい持ってきた荷物の整理をして今日は休むことにした。荷物と言っても最低限の衣類と執事服、あとは急須と茶葉、愛用の湯飲みだけだったので荷解きはすぐに終わった。

 

 風呂に入ろうとしたのだが事前に織斑先生から男子は大浴場が使えないので部屋のシャワーを使えと言われていたのを思い出す。まあわざわざ二人だけのために大浴場を使うわけにもいかないしな。ちなみに今日はもう大浴場の使用時間が過ぎているので彼女も部屋のシャワーを使うらしい。

 

 なんだか申し訳ないので年功序列ということで更識さんに先に入ってもらうことにした。その際、一緒に入る?なんて訊いてきたがもちろん丁重にお断りした。そんなことをしようものなら俺は二度と六角家の敷居を跨げない。

 

 俺もシャワーを浴び終えそろそろ寝るかと思っていると彼女が突然何かを思い出したように言う。

 

「危ない、忘れるところだった!」

 

「何をですか?」

 

「自己紹介よ、自己紹介。まだしてないでしょ?」

 

「そういえばそうでしたね」

 

 俺は入学式で更識さんの名前を知ったし、更識さんも事前に俺の情報を知っているようだったからすっかり忘れていた。

 

「改めて私は更識楯無よ。よろしくねっ♪」

 

 思わず見惚れてしまうような魅力的な笑み。その笑顔を見るとこの人とならどんなことも乗り越えられそうな気がする、そんな予感がした。

 

「上代大地です。これからよろしくお願いします」

 

 そう言って差し出されていた彼女の右手をしっかりと握った。

 

 こうして長い長い波乱のIS学園生活の初日が終了した。

 




次はもうちょっと長いのを投稿したい出来るよう頑張ります


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【第5話】時間は大切

テスト期間にこんなことをやっている場合ではない(真顔)
ちょっと遅れましたが出来るだけ22時には更新しようと思います。


 翌朝、まだ日が昇りきっていないうちに俺は目を覚ました。時刻は午前5時、当然隣の更識さんはまだ眠っている。

 

 俺は彼女を起こさないように気を付けてジャージに着替えランニングをするために外に出る。4月とあってまだ外は肌寒かったが、走ってるうちに体が温まってくるから問題ないだろう。

 

 IS学園の探索と明日からのランニングコースの選定も兼ねているのでいつもよりゆっくり走る。パッと見ただけでも花壇や街路樹がそこら辺の公園なんかよりもずっと手入れが行き届いていて改めてこの学園の凄さを実感する。流石税金で運営されてるだけあるぜ。

 

 色々眺めながら校内をぐるっと一周して戻ってくる。予想以上の広さに驚いたが最近運動不足気味だったのでちょうどいい運動になってよかった。腕時計を確認すると時刻は午前6時。ゆっくり走ったとはいえ校内一周に1時間近くかかるとかどこの夢の国だよ・・・

 

 部屋に戻ってシャワーを浴び終えるとさっきまで寝ていた更識さんがお茶を飲みながらまったりしていた。

 

「あっ、おかえりなさーい。お茶でもいかが?」

 

「ありがとうございます・・・ってそれ俺のじゃないですか?」

 

 テーブルの上にある急須や湯飲みには見覚えがあった。

 

「うーん、緑茶はいいわね~」

 

 俺の質問には答えずお茶をすすりながら笑いかけてきた。

 

「そのちょっといい笑顔で誤魔化そうとしないでください。で、どの茶葉使ったんですか?」

 

「棚の中の右から2番目の缶に入ってるの」

 

「これ水出し用じゃないですか。ゲッ、しかも玉露・・・」

 

「あら、水出し用だったの?ちょっと渋みが強いと思ったのよ」

 

 嘘つけ、30秒前まで緑茶はいいわね~、なんていってたじゃねえか。なんて思ったが口には出さなかった。俺はため息をつきながら急須と湯飲みを回収する。

 

「ああ、回収するなんてヒドい!そんなに怒らないでよ」

 

「淹れ直しますよ」

 

「へっ?」

 

「ちゃんとしたお茶を淹れ直しますからちょっと待っててください」

 

「あっ、うん・・・ありがとう」

 

 俺の言葉が予想外だったのか更識さんはあっけに取られている。

 

 そんな彼女を尻目にキッチンでお湯を沸かし始める。雪菜様に『お茶くみ大臣』とまで言わしめた実力をお見せしようじゃないか。ってかよく考えるとお茶くみ大臣って褒められてないよな・・

 

「ダイチくん、私玉露がいいなー」

 

 部屋の方からはのんきな声が聞こえてくる。すごい変わり身の早さだな。

 

「普通の玉露はまだ開封していないんでダメです。とりあえず煎茶で我慢してください」

 

「開けたらいいじゃない」

 

「ダメですよ、お茶は基本的に開けたら出来るだけ早く飲んでしまわなくちゃいけないものですから。それにどこかの誰かさんが勝手に開けちゃった分もありますし・・・」

 

「ケチッ」

 

「ケチで結構です。これは特別な時に飲むものですから」

 

「私との出会いは特別じゃないってこと?お姉さん悲しいっ」

 

 およよ、と分かりやすいウソ泣きをする更識さん。

 

「出会いの価値は事後的に決まるものでしょ。相手と深い関係になって初めて出会いに価値が生まれるんだと俺は思います」

 

「じゃあ君にとって特別な時って?」

 

「別れの時ですかね。それも大切な人との」

 

 そんなやり取りをしつつ急須からお茶を注いでいく。少量ずつ交互に淹れていくのがポイントだ。こうすることで同じ濃さのお茶を淹れることが出来るのだ。

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 

 俺は更識さんの前にマグカップを置く。マグカップに緑茶、というのもおかしな組み合わせだとは思うがあいにく俺は自分の分の湯飲みしか持ってきていないのでそこは我慢してもらうことにしよう。

 

「淹れ方ひとつでこんなに変わるものなのね、さっきと香りが全然違う!」

 

 感心したように言い、そして小さくいただきます、と言ってマグカップに口を付けた。

 

「美味しい!」

 

 彼女の顔に満面の笑みが浮かぶ。よかった、どうやらお気に召したようだ。

 

「それならよかったです」

 

 そう言って俺もお茶に口をつける。甘みもあるしちょうどいい感じに渋みも出ている。上々の出来だ。

 

 こうしてお茶を飲みながら更識さんとISのことや趣味のこと、お茶のこと、そして()()()()()のことなど様々なことを話した。

 

 学園側から護衛を頼まれた、と聞いた時点で大体予想がついていたがやはり彼女は暗部の人間だった。ただその中でも更識家というのは『暗部に対する暗部』という特殊な立ち位置らしい。少し前までは同様の役割を持つ家系が更識家とは別にもう一つあったらしいが当時の当主が突然「今後一切暗部とは関わらない」と廃業を宣言したため今ではその役割を一身に担っているらしい。

 

 彼女はその更識家の17代目の当主で、楯無という名前も更識家の当主が代々襲名する名前とのこと。まあそりゃ普通女の子につける名前じゃないよな。

 

「ご馳走様。流石は『お茶くみ大臣』ね。本当に美味しかったわ」

 

 お茶を飲み終え彼女が笑顔で言う。

 

 思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになったが何とか耐える。しかしそのせいで激しくむせた。

 

「ちょっと大丈夫!?」

 

「更識さんが変なこと言うからですよ・・・それ、誰に聞いたんですか?」

 

 まあ、そんな名前で呼んできたのは今まで一人しかいないのだが・・・

 

「雪菜ちゃんよ」

 

「やっぱりそうですか・・・ていうか雪菜様とお知り合いだったんですね」

 

「ええ、昔()()親同士が一緒に仕事をする機会があってね。その時に雪菜ちゃんが遊びに来たのがきっかけで仲良くなったの。最近でも時々会ってたんだけどその度に君に対する愚痴を聞かされて大変だったんだからねー」

 

 俺は思わず苦笑する。愚痴の内容は知らない方がよさそうだ。ってか俺、愚痴られてたのか。軽くショックだ・・・

 

 まあそれは良いとして更識さんの言葉に引っかかる部分があった。

 

_____裏の人間が表の人間と偶然一緒に仕事をする機会なんてあるのか?

 

 俺の頭の中には二つの可能性が浮かんでいた。一つは更識さんの言葉通り偶然一緒になっただけ。そしてもう一つは・・・

 

「あれっ、もうこんな時間!?早く準備しなくちゃ!!」

 

 更識さんの驚いた声で俺の思考は中断させられる。つられて俺も時計を見ると針は八時を指していた。授業は八時半からだから遅刻こそしないが朝食を食べるにはかなりギリギリの時間だ。俺も慌てて準備を始める。

 

「もうっ、ダイチ君のせいなんだからねっ!」

 

 更識さんは鞄に教科書やらなんやらを詰め込みながら俺に非難の声を浴びせてくる。

 

「いや、これは俺のせいじゃないでしょ」

 

「君がお茶を持ってきたのがいけないのよ!」

 

「理不尽だ・・・」

 

 そんなやり取りをしつつも何とか二人とも準備を終わらせ部屋を出る。時刻は八時十分。もう朝食をとるのは諦めた方がよさそうだ。そう判断した俺は校舎の方に歩き始めたのだが・・・

 

「何してるの、食堂に行くわよ?」

 

「俺は今日は朝食はいいんで」

 

「良くないわよ。朝はしっかり食べないと。ISを学ぶ上では体も資本よ」

 

 そう言って更識さんは俺を食堂の方に引きずっていく。

 

「いや、本当に遅刻しますからっ!!」

 

「男の子でしょ、腹をくくりなさい」

 

 俺の必死の懇願も更識さんにあっけなく一蹴される。

 

 俺がここまで抵抗するのは理由がある。今日の一限は鬼教官こと織斑先生の授業なのだ。入学二日目で変死体になる勇気は俺にはない。

 

 だが、そうこうするうちに食堂についてしまった。もうここまで来たら仕方がない。俺も腹を括るしかないのか・・・

 

_________

 

 朝食を猛スピードで詰め込んだ俺は教室まで猛ダッシュ。チャイムが鳴り終わる寸前に何とか教室に滑り込むことが出来た。教室中の視線が集まっているがそんなこと気にしていられない。幸いなことに織斑先生はまだ来ていないようだ。

 

「はぁ、はぁ・・・ぎりぎりセーフ」

 

 そう言いながら席に向かおうとした俺の頭にスパーンと出席簿が振り下ろされる。

 

「アウトだ、馬鹿者」

 

 突然の激痛に頭を押さえ振り返ると、そこには黒いスーツに身を包んだ織斑先生が立っていた。

 

「上代、入学二日目にして遅刻とはいい度胸じゃないか。体力も有り余っているようだし外周3周でもしてくるといいだろう」

 

「いや、それは・・・」

 

「ほう、3周では足りないか?」

 

「いえ、謹んでやらせて頂きます!」

 

「ではこの授業が終わるまでに戻ってこい。行け」

 

 こうして俺は入学二日目にして一人マラソンをすることになったのだった。明らかに自分の限界を超えるペースで完走し完全にグロッキーになった俺が昼食を食えなかったのは言うまでもない。

 

 これからは時計をしっかり確認しよう・・・そう心に決めた15の春だった。




感想等ありましたらお待ちしています。
8/3誤字訂正しました
2022/3/28誤字、表記修正しました(新たに読んで下さっている方いて頂いて嬉しいです!ありがとうございます)


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【第6話】実力テスト

明日でようやくテストが終わる・・・
なかなか長いのが書けないですがどうぞ


 放課後になり、俺は武道場に向かっていた。本来なら一刻も早くISの訓練を始めたいところではあるが、書類申請に予想以上に時間がかかってしまい今日は訓練機が借りられなかった。そこで俺の実力を測るという意味合いを込めて組み手をすることになったのだ。

 

 白い胴着に着替え武道場に到着した。辺りを見渡してみるが柔道部と思われる生徒が数人いるだけでまだ更識さんの姿はない。とりあえず俺は邪魔にならないように隅っこの方に移動する。

 

 しばらくして後ろから誰かが気配を消して近づいて来ているのに気が付いた。俺の数少ないIS学園の知り合いの中でそんなことをしてくる人間は一人しかいない。俺は振り返りながらその人物に声をかける。

 

「かくれんぼですか、更識さん?」

 

「ありゃ、ばれちゃったか。せっかく後ろから『だーれだ』ってやろうと思ってたのになんで気づいちゃうのよ」

 

 不服そうに言う更識さんに対し俺はため息を吐きながら答える。

 

普通(・・)の人はあんなに気配消して近づいてきませんからね。普通(・・)の人は」

 

「あら、お褒め頂き光栄ね♪」

 

「どうやったら今のが誉め言葉に聞こえるんですか・・・」

 

 もちろんさっきのは嫌味のつもりで言ったのだが。

 

「だって普通じゃないってことは英語で言うとextraordinary、つまり並外れて凄いってことでしょ?」

 

「はいはい、もうそれでいいです」

 

 彼女に嫌味を言ったところで馬の耳に念仏、一夏の耳にISの授業。つまり時間の無駄である。さっさと本題に入ろう。

 

「時間ももったいないんでそろそろ始めましょう」

 

「全く、最近の若い子はせっかちね。もっとおねーさんと甘い会話を楽しもうとかいう気持ちはないのかしら?」

 

 さっきまでの会話の一体どこに甘い要素があったのか、ぜひ教えてほしい。それにあなたとは年齢は一つしか変わらないから若いも何もないでしょ。

 

「で、ルールはどうします?」

 

 色々突っ込みどころはあったもののとりあえずスルーして俺は尋ねる。

 

「もうっ、つれないわね。じゃあとりあえずルールはどんな手を使ってでも私を一度でも床に倒せたら君の勝ちでいいわよ。逆に君が続行不可能になったら私の勝ちってことで」

 

「じゃあそれでいきましょう」

 

 俺はそう言って更識さんから距離を取る。

 

「フフッ、やっぱり君は面白いね♪こう言うと普通(・・)の人なら『それでいいんですか?』とか言ってくるのに」

 

 意趣返しのつもりか普通を強調しながら心底楽しそう彼女はそう言う。

 

「そこまで自惚れてはいませんよ。仕事柄、相手の雰囲気とか見たら大体の実力くらいは分かるんで」

 

「で、それくらいのハンデがあった方がいいと判断したわけね?」

 

「そういうことです。勝てない相手に正攻法で挑むのはただの無謀ですから」

 

 正直このハンデがあっても勝負になるかは怪しい。今まで戦ってきた中でもそれほど彼女の実力はずば抜けていた。これが仕事中なら戦うことを諦めて離脱に専念するレベルだ。

 

「じゃあ、始めましょうか。全力で来ていいわよ」

 

 そう言うと更識さんの雰囲気が変わった。全身から静かに殺気を放っている。

 

(分かってはいたが隙が何処にもないな・・・)

 

 互いににらみ合いが続く。が、先に動いたのは俺の方だった。

 

 静から動へ。一気に更識さんとの距離を詰め鳩尾を狙って拳を放つ。が、逆にその勢いを利用されて俺は投げられていた。強烈な圧がかかり肺の空気が全て吐き出される。

 

「がはっ!!」

 

「うーん、速さは合格点だけど動きがちょっと直線的すぎるかな。普通の相手だったら今のでも十分通用すると思うけど私相手じゃ実力不足ね。どうする?まだやる?」

 

「もう一回お願いします」

 

 俺はふらつきながら立ち上がり答える。このままじゃ引き下がれない。

 

「了解。諦めない男の子って素敵よ♪」

 

「何言ってるんですか、まだ一回しかやってないじゃないですか」

 

 元の立ち位置に戻り試合を再開する。

 

 今回は俺から攻めることはしない。恐らく俺の攻撃は彼女に一切通じないということがさっきので分かったからだ。俺はゆっくりと目を閉じる。

 

 心を落ち着かせ、周囲の気の流れと一体になることに意識を集中する。

 

「ふーん、なるほどね。じゃあ、こっちからいかせてもらおうかしら」

 

 雰囲気が変わったことを察知した更識さんが攻撃を仕掛けてくる。

 

 比喩ではなく一瞬にして俺との距離を詰め、正確に首筋を狙った手刀を放ってくる。俺はそれを何とかギリギリのところで躱した。当たっていたら確実に落ちていただろう。

 

「今の一撃が避けられちゃうのか、結構本気だったんだけどなー」

 

 そう言いながらも攻撃の手を休めることなく凄まじい連撃を放ってくる。

 

 俺はその攻撃を紙一重で躱していく。それと同時に攻撃後に出来るほんの僅かな隙をついて弱いながらも反撃を加えていく。

 

 互いに有効打がないまま三十分が経過する。疲労のためか先ほどからほんの少し更識さんの攻撃が鈍ってきているが、それはこちらにとっても同じ事。俺も集中力が切れ始め、体も思うように言うことを聞かなくなってきていた。

 

(次の一撃で決めなきゃな・・・)

 

 そう思った俺は一層集中力を高め隙を窺う。

 

 疲れているとは言え、やはり更識さんはそう簡単に隙は見せない。その一方で俺は徐々に焦り始めていた。このままだとジリ貧だ。

 

 俺の集中力が限界に達しようとしたその時、更識さんが鳩尾に突きを繰り出してきた。しかしその攻撃に序盤ほどの鋭さはない。俺は気力を振り絞り彼女の腕をつかみ、その勢いを利用して投げる。

 

 

 

 ダンッ、という音が武道場に響いた。

 

 

 

 一瞬の沈黙の後、いつの間にか集まっていたギャラリーが沸き立つ。無理もない、学園最強の生徒会長が・・・

 

「ってなんでだよ・・・」

 

 何故か床に伸びているのは更識さんではなく俺の方だった。

 

「流石風月さんの秘蔵っ子ね。ここまで追い詰められたのは久しぶりよー」

 

 更識さんが俺に笑いかける。手にしている扇子には『大健闘』と書いていた。いつも通りの余裕こそあるものの肩で息をしているのを見るあたり本心からの言葉なのだろう。

 

 ちなみに風月というのは俺の旦那様の名前だ。

 

「でも、防御に比べて攻撃がちょっとお粗末すぎないかしら?『明鏡止水』の力、そんなものじゃないでしょ?」

 

「どうしてそのことを!?」

 

 『明鏡止水』とは六角家発祥の体術で、基本的に六角家の後継者にしか教えられない秘伝の技だ。それをどうして彼女は知っているんだ?

 

「昔、雪菜ちゃんと遊んだ時ちょっとだけ教えてくれたわよ?」

 

 更識さんはしれっと答える。

 

「雪菜様・・・何やってるんですか」

 

 まあ俺も旦那様からじゃなくて雪菜様から教わったからあまり人のことは言えないのだが。

 

 旦那様は俺にも教えようとしてくれたのだが何故か雪菜様がそれを拒否し、その結果旦那様が雪菜様に教えたことを今度は雪菜様が俺に教えるという何だかよく分からないことになったのだ。

 

「まあそれはいいとしてどうしてそれを攻撃の時に使わなかったの?」

 

「いや、そもそもあれは攻撃の時に使えるようなものじゃないですし・・・」

 

 『明鏡止水』は周囲の気の流れと一体化してそれを乱す相手の動きを予測し攻撃を避ける体術であり、どちらかと言えば護身術的な色合いが強い。そもそも攻撃用ではないのだから利用するも何もない。

 

「うーんその様子だと風月さんは攻撃用の型を教えてないみたいね。どうしてかしら・・・」

 

 更識さんは一瞬思案顔になった。が、すぐに切り替えて言う。

 

「まあいっか、今重要なのはそこじゃないしね。じゃあさっそく課題も見つかったことだし早速トレーニングを始めていきましょうか」

 

「ちょっと待ってください、攻撃用の型ってどういうことですか!?」

 

 俺は彼女に尋ねる。そんなもの初耳だ。

 

「文字通りの意味じゃないの?」

 

 彼女は小首をかしげて答える。

 

「なんで疑問形なんですか?」

 

「だって私もそういうのがあるっていうのを聞いたことがあるだけで詳しいことは知らないのよ」

 

 どうやら更識さんは嘘を言っているわけではないらしい。こうなったら自分で聞いてみるほうがいいだろう。

 

「ひとまず疑問は解消したかしら?」

 

「ええまあ・・・今度旦那様にお会いした時に直接訊いてみることにします」

 

「うん、私もそれがいいと思うわ。じゃあ今度こそトレーニングを始めましょうか。ビシビシいかせてもらうわよ~」

 

「ハハハ、お手柔らかにお願いします・・・」

 

 満面の笑みを浮かべる更識さんとは対照的にひきつった笑みを浮かべてそう言った。

 

 多少の疑問は残るもののこうしてIS学園生活の二日目が過ぎていった。




感想などお待ちしております。


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【第7話】特訓開始

切りどころが分からず長くなってしまった・・・
下書きが切れたのでちょっと遅くなるかもしれませんが出来る限り早く更新していきたいと思います。


「ダイ・・・」

 

 ぼんやりとした意識の中、遠くから声が聞こえる。懐かしい、優しい声だ。

 

「ダイチ、大丈・・か?」

 

 名前を呼ばれて次第に意識がはっきりしてくる。目の前の風景には見覚えがあった。どうやらここは俺が以前暮らしていたアパートのようだ。寮の部屋でないことに違和感を覚えつつも声のする方に振り向くと次の瞬間俺は言葉を失っていた。

 

 

「さっきからぼうっとしていますけど、もしかして風邪ですか?」

 

 

 そう言って心配そうに俺の顔を覗き込んでくる少女。

 

 俺が驚いているのは彼女のことを忘れていたからではない。

 

 むしろ一瞬たりとも彼女のことは忘れたことなどなかった。

 

 

____その大きな瞳や流れるような黒髪、右目の下の泣きぼくろも

 

____普段はおとなしいのに大事な時には絶対に自分を曲げない芯の強さも

 

____親から捨てられ絶望していた俺を家族として迎え入れて生きる意味を与えてくれたことも

 

____そして、あの日から目を覚ますことがなくなったことも・・・

 

 

 一つも漏らすことなく全部覚えているからこそ目の前の光景が信じられなかった。

 

 どうして?いったいどうして?

 

 

 

 

「どうして雪菜様がここに?」

 

 

 

 

 やっと絞りだした声は酷く掠れていた。口の中が緊張でパサパサになっている。

 

「どうして、ってどういうことですか?」

 

 目の前の少女はきょとんとした様子で尋ねてくる。

 

「ISに襲撃されて植物状態になったはずでは・・・」

 

 混乱の中俺は必死に言葉を紡いでいく。

 

「ああ、そのことですか」

 

 合点がいった、というような様子の少女。そして満面の笑みでこう続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろんそうですよ、あなたのせいでね」

 

 

 

 

 

 

 

 言葉と表情のギャップのせいで俺は彼女が一瞬何を言ったのか理解できなかった。

 

「俺のせい・・・?」

 

「ええ、そうです。あなたが助けに来てくれなかったからですよ」

 

「ねえ、どうしてあの時助けに来てくれなかったんですか?」

 

 少女はそう言いながら俺に迫ってくる。俺は思わず後ずさりをしようとするが金縛りにあったかのように体が動かない。

 

「ねえダイチ、答えてくださいよ。ねえ?」

 

「俺は・・・俺は・・・!」

 

 その次の瞬間俺の意識は暗い闇の中に落ちていった。

 

__________

 

 暗闇の中で跳ね起きると、全身がぐっしょりと汗で濡れていた。枕もとの時計を見ると時刻は午前4時。普段なら二度寝をする時間だが今はとてもそんな気になれない。俺は軽くシャワーを浴びてから外に出た。

 

 

 気分転換にランニングをするも、どうしても頭の中から先ほどの映像が離れず、自然と歩みが遅くなる。やがて歩くことさえ億劫になり俺は池のほとりに腰を下ろした。

 

「やはり雪菜様は俺のことを恨んでいるのだろうか?」

 

 湖面を見つめ誰に答えを求める訳でもなく呟く。

 

 あの事故の直後にはあんな夢を毎日のように見ていたのだが、カウンセリングを受けてからは次第に見る回数が減っていき最近は殆ど見ることがなかった。だからこそ久々に見た衝撃も大きかったのだが。

 

____ガラスの割れる音。鳴り響くサイレン。逃げ惑う人々の悲鳴と怒号。何かが焼けこげるような臭い。黒いIS。そして倒れている少女の姿。

 

 目を閉じると事故のことがどれも昨日のことのように鮮明に浮かび上がってきた。

 

(あの時俺がいれば。いや、いたとしてもどうにかなっていたのだろうか・・・?そもそも俺は役に立っていたのか?)

 

 切り替えなければいけないことは分かっていつつも思考はどんどん深みにはまっていく。

 

 そんな時不意に背後の茂みが音を立てて揺れ、それによって俺の意識は現実へと引き戻された。

 

 自分でも知らないうちに呼吸が乱れていたことに気づき大きく深呼吸をする。

 

 よしっ、もう大丈夫だ。

 

 一息ついたところで物音がした茂みを覗き込むとそこには着ぐるみを着た少女が横たわっていた。

 

(ただ寝てるだけ・・・なのか?それなら放っておいても問題ないのだが、もし倒れているのだとしたら助けないとまずいよな・・・)

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 色々考えてみたもののとりあえず声をかけて揺すってみるともぞもぞと動き出した。どうやらただ眠っていただけのようだ。

 

「あれー、どうしてかみしーがここにいるのー?」

 

 目の前の少女は寝ぼけ眼をこすりながら訊いてくる。っていうか、ひょっとしてかみしーって俺のことなのか?

 

「それはこっちが聞きたい。どうして外なんかで寝てたんだ?」

 

 4月とはいえ朝夕はまだまだ冷え込む。好き好んでそんな中で寝る人間はいないだろう。

 

「眠れなかったから星を見に来てたんだ~」

 

「それでそのまま眠ってしまったと?」

 

「そうみたいだね~。うーん、まだ眠い・・・zzz」

 

「っておい、寝るな」

 

 最初は寝ぼけているだけなのかと思っていたがこの少女、どうやらかなり天然らしい。とにかく見つけてしまった以上ここに放置するわけにもいかないのでどうにか寮まで連れて帰らなければ。

 

「おーい、起きろ」

 

 そう言いながら頬を軽くペシペシと叩いてみるが「かんちゃ~ん、痛いよ~」と寝言を言っただけで全く起きるそぶりを見せない。さて、いよいよ困った。

 

 ここで俺が取れる手段は二つある。どちらも出来れば使いたくないが。

 

 まず一つ目は俺が背負って帰る。

 

 そしてもう一つは救援のために更識さんを呼んでくる。

 

 前者には他者に見られてあらぬ誤解を招きかねないという危険性が、後者には更識さんに貸しを作るうえに後から散々イジられる危険性がある。

 

 1分ほど悩んだ末に俺が選んだのは後者だった。前者は流石にリスクが大きすぎる。こうして俺は少女に背を向けて歩き始めたのだが・・・

 

「かんちゃ~ん、置いてかないで~」

 

と言いながら背中に覆いかぶさってきた。とっさのことに驚きながらも引きはがそうと試みるがすでに再び眠りに落ちているようで動く気配は全くなかった。

 

「結局こうなるのか・・・」

 

 俺はため息を吐きつつ諦めて少女をおんぶして寮の方に歩き始めた。

 

__________

 

 幸運なことに誰にも見つからず寮まで戻ってくることが出来た。ひとまず安心するとともにそこで俺は重大なことに気づく。

 

「この子の部屋は何号室だろ・・・」

 

「ああ、本音の部屋なら1142室よ」

 

「ありがとうございます」

 

 これで部屋も分かったし一件落ちゃ・・・うん?おかしいよな?

 

「トレーニングに行ってるんだと思って様子を見に来たら女の子に手を出してるなんてさすがのおねーさんも予想できなかったな~」

 

「ゲッ、更識さん!?」

 

 振り返るとそこには案の定満面の笑みを浮かべた更識さんが立っていた。手にした扇子には『油断大敵』の文字。いや、これは油断とかそういう問題じゃないだろ・・・よりによってこの人に見つかるとは。

 

「どこから見てたんですか?」

 

「うーん、君が本音を揺すって起こすあたり?」

 

「最初からじゃないですか。ってか見てたなら手伝ってくださいよ」

 

「いやー、君がどうするか気になったしね。本音に手を出すんじゃないかってちょっと期待したんだけどな~」

 

「出すわけないでしょ!!」

 

 このアマいきなりなんてこと言いやがる。そんなことしたら速攻で警察送りになるわ。

 

「ヘタレ」

 

「ヘタレじゃなくて紳士なだけです!!」

 

 こんなやり取りをしているうちに1142室にたどり着いた俺たちはルームメイトの子に背中の少女を託し、部屋を後にした。

 

 あとルームメイトの子が軽いパニック状態になっていたのは正直少し申し訳ないと思った。まあ早朝に叩き起こされてドアを開けたら男子生徒と生徒会長がいたんだから仕方ないか。恨むならルームメイトを恨んでくれ。

 

__________

 

「ねえ、ダイチ君。生徒会に入らない?」

 

 部屋に戻るなり更識さんが切り出してくる。彼女にしては珍しく真面目な口調だ。

 

「いきなりどうしたんですか?」

 

「別にいきなりって訳じゃないわよ。代表決定戦までもう一週間を切ってるわけだしどうしたら君が勝てるか私なりに色々考えてみたの。一番の問題点はISの起動時間の圧倒的不足。君のスペックを考慮しても普通の訓練機じゃ他の生徒との兼ね合いで使える時間は限られてくるから恐らく間に合わない。だから生徒会専用の訓練機を使って訓練するわ」

 

「なるほど、それを使えるようにするために生徒会に籍を置くってことですね」

 

 俺の返答に我が意を得たりといった様子で更識さんは続ける。

 

「理解が早くて助かるわ。もちろん強制ってわけじゃないし、もし入らなくても出来る限りのサポートはするわ。でも悪い話じゃないでしょ?」

 

 

「もちろんです。ぜひ入らせてもらいます」

 

 俺は二つ返事で了承する。悪いどころか思ってもみない話だ。それに単純に更識さんがそこまで俺のことを考えてくれていたという事実が嬉しい。

 

「ほんと!?じゃあちょっと待ってね!」

 

 そう言って彼女は鞄の中から書類を取り出す。

 

「じゃあ、これにサインしてもらえるかしら?」

 

「分かりました」

 

 渡された書類にざっと目を通しサインをしていく。書類はそれほど多くなかったためすぐに終わり、それを更識さんに渡してチェックしてもらう。

 

「うん・・・どこにもミスはないわね。よしっ、これで君も今日から生徒会の一員よ!」

 

「なんだか実感が湧きませんね」

 

「まあまだ書類上だけだしね。しばらくはISの訓練に専念してもらうけど代表決定戦が終わったら生徒会の仕事もしてもらうからね」

 

「分かりました」

 

 一通りの仕事を終えた安堵感からか更識さんは大きなため息を吐く。

 

「はぁ~、それにしてもよかった。正直断られるんじゃないかって思ってたのよ」

 

「どうしてですか?」

 

「だって君は目立つことが嫌いでしょ?」

 

「ええ、確かに嫌いですけど生徒会の中でも書記や会計なら別に目立たないですしね」

 

 生徒会の中で表に出る役職と言えば生徒会長と副会長くらいだ。そんな役職を一年にやらせるはずがない。

 

「えっ、ダイチ君は副会長だけど?」

 

「は?」

 

「書類にも普通に書いてあったから気づいてると思ってたんだけど。ほらここ」

 

 そう言って更識さんはさっき俺がサインした書類のうちの一枚を指さす。その書類の役職欄には確かに副会長と書かれていた。ちゃんと目を通したつもりだったが副会長はないだろうという先入観からか見落としていたのだろう。

 

「更識さん・・・」

 

「言っておくけど会計も書記も空いてないからね」

 

 更識さんはにべもなく言い放つ。

 

「じゃあ、雑務でも」

 

「ダーメ、折角の男子生徒なんだしこれを利用しない手はないでしょ?」

 

「それなら織斑の方が適任ですよ。あいつ人気がありますし」

 

 一夏はイケメンでなおかつあの織斑千冬の弟なのだ。俺も顔立ちは悪くない方だが天は二物を与えるという無慈悲な典型例の前にはかなうはずがない。まあ目立ちたくない俺はそれに助けられているわけなんだが。

 

「安心しなさい、生徒会長である私が認めてるんだからすぐに人気が出てくるわ♪」

 

「俺に全く安心する要素がないんですがそれは・・・」

 

「まあとにかくこれはもう決まったことだから諦めなさい。じゃあ私はこの書類を織斑先生に提出してくるわね~」

 

 そういって上機嫌に部屋を出ていく更識さんを止めることが出来なかった。

 

「やるしかないのか・・・」

 

 俺は朝から憂鬱になりつつ重い足取りで教室に向かった。

 

_________

 

 放課後、携帯の電源を入れると更識さんからメールが来ていた。

 

 内容を確認すると急な仕事が入ったせいで更識さん本人は来られなくなったが代わりの人を用意してくれ、その人が特訓してくれるとのこと。

 

 俺はそのメールに了解です、と簡単に返信だけしてアリーナに向かった。

 

 アリーナに到着し暫く歩き回っているとカートに乗せたISを背に立っている人を見つけた。髪を三つ編みにしたいかにもお堅い、といった感じの女性だ。リボンの色から三年生であることはわかる。恐らく更識さんが言っていたのはあの人のことだろう。

 

「あのすみません、ひょっとして生徒会の・・・」

 

「ええ、初めまして。布仏虚と申します」

 

「こちらこそ初めまして。上代大地です。あの」

 

「どうかしましたか?」

 

「ひょっとしてどこかでお会いしたことありましたかね?」

 

 何となく彼女の姿に既視感があったので尋ねる。

 

「いえ、ここでお会いするのは初めてですが妹が上代さんと同じクラスなのでそのせいではないでしょうか?」

 

「妹さんがいらっしゃるんですか?」

 

 俺は昨日のクラスの自己紹介の記憶から布仏と名乗った少女のことを引っ張り出そうとするがイマイチぴんと来ない。

 

「ええ、そう言えば今朝妹がお世話になったようで。妹に代わってお礼を申し上げます」

 

「今朝?・・・ってああ!あの着ぐるみの!」

 

 ようやくつながった。ってかあの子同じクラスだったのか・・・

 

「ええ、あの子ったら昔からそうなんですよ。目を離すとすぐどこかに行っちゃって」

 

「心中お察しします・・・」

 

 確かにあの妹を持つと苦労することは容易に想像できる。

 

「また後日あの子からもお礼を言わせますのであの子の話はこれくらいにして訓練を始めましょうか」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 虚さんと二人でカートから訓練機_ラファールを下ろす。そして軽くストレッチをして体をほぐしてからいよいよISに乗り込む。

 

「ではまずは起動して頂けますか?」

 

「分かりました」

 

 鎧をまとうイメージで意識を集中する。次の瞬間、体が光に包まれISが展開された。ここまでは問題ないのだ、ここまでは。

 

「展開はスムーズですし問題ないようですね。では次は歩いてもらえますか?」

 

「うっ・・・はい」

 

 俺の脳裏には入学試験の時のトラウマが蘇る。他の生徒が山田先生と戦っていたにも関わらず、何故か俺はあろうことか織斑先生と戦わされた。そして足がもつれて盛大に転んだところを完膚なきまでに叩きのめされたのだ・・・正直死ぬかと思った。

 

「上代さん、大丈夫ですか?」

 

 俺の様子を不審に思ったのか虚さんが声をかけてくる。

 

「あっ、はい。すみません」

 

 いつまでもこうしていても仕方ないな。ええい、もうどうにでもなれ!

 

 そうして俺は一歩前に踏み出す。

 

 ・・・あれ?行けた?

 

 未だに自分でも半信半疑なのでさらに一歩、もう一歩と踏み出す。

 

 うん・・・普通に歩けてるな。

 

「歩行も問題ないようですね。では次は早速ですが飛行訓練に入っていきましょうか」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 こんな調子で基本動作を練習していき最初のうちは失敗ばかりだったが日が傾くころには丁寧かつ分かりやすい指導のおかげでなんとか一通りはマスターしていた。本当に教え方が上手いな、この人。

 

「では今日はここまでにしましょうか。ISから降りて頂けますか?」

 

「分かりました」

 

 俺はISを解除し、ラファールから降りる。

 

「これは格納庫に戻してきたらいいですかね?」

 

 答えは後ろから返ってきた。

 

「その必要はないわ」

 

「お嬢様、お疲れ様です」

 

「更識さん、お疲れ様です。お仕事は終わったんですか?」

 

「ええ、ばっちりよ!学園側と交渉してその訓練機はしばらく君の専用機として使わせてもらえることになったから待機状態して持ち歩いてもらっていいわよ」

 

「本当ですか!?」

 

 素人が専用機を持てるなんてISの知識に疎い俺でもただ事ではないということは分かる。

 

「ええ、おねーさんの交渉力の賜物よ♪感謝してくれてもいいのよ?」

 

 冗談めかして言うが、きっと様々な障害があったはずなのにたった半日で許可を取ってきたのは間違いなく彼女の卓越した力あってのことだろう。

 

 俺は更識さんの手を勢いよく握りお礼を言う。

 

「ありがとうございます!」

 

「へっ!?うん・・・」

 

 俺の反応が予想外だったのか面を食らっているがすぐに調子を取り戻す。

 

「まあ私がこれだけ頑張ったんだんだから君にもこれからしっかり頑張ってもらうわよ?」

 

「出来るだけ期待にこたえられるように頑張ります」

 

「よろしい♪じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

 

 こうして俺たちは後片付けを済ませてアリーナを後にした。

 

_____

 

 夕食後部屋に戻って二人でお茶を飲みながら気になっていた疑問を口にする。

 

「そう言えば更識さん、これって何か特別な機体なんですか?」

 

 俺は指輪になっている待機状態のISを眺めながら尋ねる。

 

 打鉄とラファール、機体が違うとはいえ過去二回の操縦で全く動くことが出来なかった俺がいくら虚さんの指導が上手かったとはいえいきなり基本動作をほぼ完璧に出来るようになったのはどう考えてもおかしい。

 

「あっ、気づいた?実はそのラファールには操縦補助プログラムが組み込まれているのよ」

 

「操縦補助プログラム?」

 

「そう。ISはいくら生身に近い感覚で動かすことが出来ると言っても実際は体の一回りも二回りも大きなものを動かす訳だから当然感覚にズレが生じるの。このズレが初心者が躓く大きな原因となっているからそのズレを電気信号を変換することでほぼ無くしてくれるのがこのプログラムよ。まあ、変換する分若干反応速度が落ちちゃうんだけどね」

 

「ひょっとしてそれも更識さんが作ったんですか?」

 

 何でもこなせそうな更識さんならあり得ないことではない。そう思ったのだが彼女は首を横に振る。

 

「違う違う、原理は聞くだけだと意外と簡単そうに聞こえるかもしれないけど実際にプログラミングするとなったら全く別物だから私じゃとても無理よ」

 

「では誰が?」

 

「その機体の前の持ち主よ」

 

「前の?これは訓練機じゃないんですか?」

 

「その機体はもともと並み居る専用機持ちを訓練機で倒しIS学園史上唯一の整備課出身で生徒会長になった人が学園側からその才能を認められて専用機として貸し与えられた機体なのよ」 

 

 更識さんはさらっと言ってのけるがとんでもないことだ。汎用性を重視される量産機はやはり一点物の専用機と比べると性能は一回り、項目によっては二回りも劣る。しかも訓練機ともなれば大幅な改造をする訳にもいかないはず。そんな機体で専用機持ちに勝つなんてはっきり言って異常だ。

 

「・・・そんな人が使っていた機体を俺なんかが使っていいんでしょうか?」

 

 実力もISに関する知識もない俺に使う資格があるとは到底思えない。

 

「勿論よ。折角の訓練機なのに今まで誰も使ってこなかったんだけどそんなの勿体ないじゃない」

 

 やっぱり今までの生徒会は遠慮して使ってこなかったのか。まあ前任者が偉大過ぎるからそれも当然と言えば当然だな。

 

「ひょっとして俺が使えば後の代も使いやすくなるとか考えてません?」

 

「・・・そんなことないわよ?」

 

「そんな目を泳がせながら言っても全く説得力がありませんけど」

 

「・・・まあとにかく君は訓練が出来る、生徒会側としても使いやすくなるといいことずくめじゃない。でしょ?」

 

 更識さんは強引に話を切り上げようとする。でも彼女の言っていることももっともだしまあいいか。

 

「そうですね、まあ俺としても使うのを断る理由がないですし。出来るだけ前任者に恥じないように頑張ります」

 

「そうそう、その意気よ。明日からは私がみっちり鍛えてあげるから覚悟しておいてね♪」

 

 そう言って彼女は不敵に笑う。俺はしっかり彼女を見据え答える。

 

「望むところです」

 

 オルコットに負けたくないというのも勿論あるが何より自分にために更識さんをはじめ多くの人がわざわざ動いてくれているのだ。無様な姿を見せるわけにはいかない。

 

「いい顔してるわね~。おねーさん思わず惚れちゃいそう」

 

「はいはい、ありがとうございます。マグカップ洗うので流しにだけ持って行っておいてもらえますか?」

 

「こんな綺麗なおねーさんが惚れちゃいそうって言ってるのに反応薄くない!?」

 

「自分で言わないでください。実際綺麗ですけど」

 

「まあ冗談はさておき君には期待してるから頑張ってね?」

 

 今日一番の笑顔で言う更識さん。本当にずるいな。こういう所が人たらしたる所以か。

 

「全力で頑張ります」

 

 俺の返事に納得したように彼女はうなずく。

 

「よろしい♪でも無理は禁物。今日は初めてISの訓練をして疲れてるでしょうし早めに休みましょうか」

 

 そういって広げた扇子には『体調管理』の文字が。こちらの体調もしっかり見極めている辺り流石と言わざるを得ない。

 

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

 

 ベッドに入ると眠気は速攻で襲ってきた。どうやら体は想像以上に疲れていたらしい。

 

 明日からも頑張ろう。そう決意すると同時に俺の意識は遠のいていった。




次回はクラス代表決定戦です


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【第8話】VS一夏

遅くなってすみません。
クラス代表決定戦です。


 二機のISが空中で睨み合っている。

 

 一機は眩しいほど純白の機体、織斑一夏が操縦する『白式』。

 

 そしてもう一機は鮮やかな青色の機体、セシリア・オルコットが操縦する『ブルー・ティアーズ』。

 

 既に試合は始まっているにも関わらずどちらも攻撃を仕掛けないという異様な状況。そんな中オルコットが口を開く。

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

「チャンスって?」

 

 一夏が聞き返す。

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというなら、許してあげないこともなくってよ」

 

「そういうのはチャンスとは言わないな」

 

「そう?残念ですわ。それなら__お別れですわね!」

 

 そう言い終わるや否やオルコットが射撃を開始、とうとう戦いの火蓋が切って落とされた。

 

_______

 

 俺たち生徒会組は控え室で試合を観戦していた。 

 

ちなみに試合順はくじで決まり

 

第1試合が 一夏対オルコット、

 

第2試合が 俺対一夏、

 

第3試合が 俺対オルコット、

 

といった風になっている。

 

 試合はこれまでのところ大方の予想通りオルコットの優勢で進んでいる。

 

「こりゃダメね。ISの反応に操縦者がついていけていないわ」

 

 モニターを見ながら更識さんが呟く。というかオルコットのデータの分析をしていたはずなのにいつの間に隣に来たんだろうか?

 

「まあ、これが3回目の起動らしいですしその割には動けてる方じゃないですか?」

 

 1回目、2回目が入学試験での起動だったことを考えると実戦では初めての起動ということになる。初めての起動の時は歩くことすらままならなかった自分のことを考えると驚異的ですらある。

 

「そうなの?それなら頑張ってる方ね。流石織斑先生の弟といったところかしら」

 

「それよりもうオルコットのデータの収集はいいんですか?」

 

「ええ、事前に解析したデータと特に大きな違いはなさそうだしそれに邪魔しちゃ悪いからこっちに来たの」

 

 そう言って更識さんは虚さんの方をちらりと見る。

 

 虚さんはモニターを見ながらもの凄いスピードでキーボードを叩きデータを入力していく。ディスプレイ上はびっしりとデータで埋め尽くされている。

 

 そんなやりとりの最中、モニター内では二機のミサイルが一夏に直撃していた。

 

「まあ、よく持った方ね」

 

 ふぅ、と息を吐き更識さんが立ち上がる。

 

「さて、そろそろ私たちも準備しなきゃ…」

 

 控え室を出ようとした更識さんを虚さんが呼び止める。

 

「お嬢様、まだです‼︎」

 

 彼女の言った通りモニターの中ではにわかに大きな変化が起こっていた。

______

 

 まだ微かに漂っていた煙が弾けるように吹き飛ばされ、そこから真の姿となった純白の機体が現れた。

 

「これは…?」

 

 何が起きたのかまだ理解出来ていない様子の一夏に対しオルコットは驚きの声を上げる。

 

「ま、まさか…一次移行(ファースト・シフト)⁉︎あ、あなた今まで初期設定だけの機体で戦っていたっていうの⁉︎」

 

 オルコットの言葉で自分の機体に何が起きたのか理解した一夏。

 

 そして機体と同様に彼の右手にあった近接ブレードも反りのある太刀のような姿に変化おり、鎬の溝からは光が溢れていた。

 

「俺も、俺の家族を守る」

 

「は?あなた何を言って」

 

 オルコットの疑問に答えることなく一夏は続ける。

 

「とりあえずは、千冬姉の名を守るさ!」

 

「だからさっきから何の話を…ああもう、面倒ですわ!」

 

 痺れを切らしたオルコットは再装填を済ませたピットを二機一夏に差し向ける。

 

 しかし本来の姿となった白式の前に一刀両断され、それと同時に一夏はオルコットの元に突撃する。

 

 彼の持つ武器、雪片弐型の刀身が光を帯び、今にもその一撃がオルコットの元に届こうとする。

 

 誰もが一夏の勝利を確信したその瞬間、決着を告げるブザーが鳴り響いた。

 

___勝者、セシリア・オルコット

______

 

 アリーナに出ると大きな歓声に迎えられた。こういった場に慣れていないせいで緊張してきたしそれ以上に目立つ場所にいるため酷く居心地が悪い。俺は軽くアップをしながら一夏が早く来てくれることを祈った。

 

 五分後、ようやく一夏が登場した。 

 

「悪い、待ったか?」

 

「まあ、それなりに」

 

「悪い、整備が長引いてさ」

 

「そこまで気にしてないからいいさ。ところでお前、連戦だけど大丈夫なのか?」

 

「ああ、問題ない。心配してくれてありがとな」

 

 一夏は笑って答えるが俺は心の中で舌打ちをする。こちらも2連戦の初戦なので出来れば一夏戦は力を温存したかったのだがどうやらそうもいかないようだ。

 

「それを聞いて安心した」

 

 そう言いながら俺はショートブレード《ブレッド・スライサー》を呼び出す。

 

「お前は銃器を使わないのか?」

 

 それを見て一夏が意外そうな表情を浮かべている。てっきり俺が銃器を使ってくるものだと思っていたようだ。

 

「ああ、初心者に射撃は難しいからな」

 

「そうか、まあ俺からするとありがたいぜ。いい試合にしような」

 

「ああ、だが勝つのは俺だ」

 

 一夏にそう宣戦布告をすると同時に試合開始のブザーが鳴った。

 

_____

 

 真耶と千冬は管制室で試合を見守っていた。モニターには攻める手を緩めない一夏とそれを何とか凌いでいるダイチといった対照的な両者の姿が映し出されていた。

 

 序盤は両者様子見といったような形で膠着状態だったがダイチが攻めてこないと見るや一気に一夏は攻勢に回った。

 

「織斑君が押してますね。これなら勝てるかもしれませんね‼︎」

 

 試合を見ながら真耶が明るい表情で千冬に話しかける。だがモニターを見つめる千冬の表情は真耶とは対照的に厳しいものだった。

 

「上代の奴、手を抜いているな。時々わざと攻撃に掠っている」

 

「はい?」

 

「上代の動きをよく見てみろ。攻撃を全て最小限の動きで躱している。あれは相当な実力がないと出来ん動きだ。そんなことが出来る相手が本気を出せばあいつの攻撃が当たるわけないだろう」

 

「ですがそれならどうしてわざわざそんなことを?」

 

「全て躱すのではなく致命傷にならない程度に攻撃を受けあと一押しで勝てるといった印象を一夏に与える事で『零落白夜』を発動させ続けることが目的だろう、ほら見てみろ」

 

 モニターの中ではにわかに試合が動き始めていた。

______

 

 時間は約30分前、織斑の試合の終了直後に遡る。試合の結果受けて俺たちは作戦を練っていた。

 

「虚ちゃん、織斑君の機体の分析はどう?」

 

「少々お待ちを。もう間も無く終わりますので……」

 

 虚さんは顔を上げずに答え、その間もひたすらキーボードを叩いている。

 

「終わりました。映像から分かる範囲ですので幾らかの誤差はあるかもしれませんが大体このようなものかと思われます」

 

 そう言って虚さんは俺たちにディスプレイを差し出す。

 

「凄い機体ね…」

 

 隣でディスプレイを見ている更識さんが感嘆の声を上げる。

 

「全体的に高い水準にありますがその中でも特に速さと攻撃力が桁違いですね」

 

 ディスプレイ上には大量の数字が映し出されているが俺には何がなんだかさっぱりわからない。

 

「すいません、出来れば説明して頂けるとありがたいんですが…」

 

「ああ、ごめん」

 

 そう言って更識さんはディスプレイを指差しながら説明してくれた。

 

 更識さんの説明をざっくりまとめると全体的に高スペックで速度は全ISトップクラス。武装は近接戦闘用の武装《雪片弍型》だけであるが、ワンオフ・アビリティーである『零落白夜』を使用出来るため攻撃力も非常に高い。欠点としては燃費が悪いところや、射撃装備を持たないといったところである。

 

 特に『零落白夜』はバリアを無効化して強制的に絶対防御を発動させる攻撃なのでまともに喰らえば即落ちとのこと。何だよそのチート…

 

 相手の機体の特徴が揃ったのでそこから対策を考えていく。

 

「私は射撃戦がいいと思うな」

 

 まず本音が意見を出した。

 

「私もそれがいいと思います」

 

 本音の意見に虚さんも賛成する。普通に考えればその戦法がベストであることは間違いない。だがしかし…

 

「今回はあえて近接戦で勝負しようと思います」

 

 俺がそう言うと本音も虚さんも驚いた表情を浮かべた。しかし更識さんは意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「何か考えがあるのね?」

 

「はい。俺も一夏との試合に勝つだけでいいなら射撃戦を選びます。しかし今回はオルコットとの試合も控えています。決して一夏を侮っている訳じゃありませんが一夏とオルコット、どちらが手強い相手か考えるとやはりオルコットだと思います。だからオルコット戦の勝率を少しでも上げるためにも出来るだけ一夏戦ではこちら手の内を見せたくないんです」

 

「ですがその場合織斑君との試合に勝てるのですか?」

 

 虚さんから質問が飛ぶ。

 

「絶対勝てる、とは言いませんが勝つための策はあります」

 

「策とは?」

 

「白式のもう一つの弱点、燃費の悪さを突きます。序盤は回避に専念し相手のエネルギーが尽きてきた終盤に勝負を仕掛けます」

 

「ですが、回避に専念するといっても…」

 

 言外に無理だということを漂わせる虚さんの発言を更識さんが遮る。

 

「そこで『明鏡止水』の出番って訳ね?」

 

「はい」

 

 俺は更識さんの方を向き大きく頷く。

 

「虚ちゃん安心して。私の攻撃をかわせるくらいなんだから一夏君くらい余裕よ」

 

「ですが…」

 

 虚さんは何か言いたげだったが言葉を飲み込んでじっと俺を見る。

 

「いえ、私も上代さんを信じます。必ず勝って下さい」

 

「お任せ下さい!」

 

 ここまで期待されてはそれに応えない訳にはいかない。厳しい戦いになることは間違いないが絶対に勝ってみせる。

______

 

 一夏は焦り始めていた。直撃こそさせられていないが時々攻撃が掠っているのでダイチのシールドエネルギーは既に100を切っていた。

 

 しかしそれと同時に『零落白夜』を発動させ続けているせいで一夏のシールドエネルギーも100を切っていたのだ。

 

(くそっ、あと一撃当てれば俺の勝ちなのに…)

 

 焦りはミスを生む。つい大振りとなった一撃をかわされ致命的な隙が生まれてしまう。慌てて態勢を立て直すがダイチの姿は見当たらない。

 

(消えた⁉︎)

 

 そう思った刹那、背後から鋭い斬撃が襲ってくる。とっさに雪片弐型でそれを受け止めるがその攻撃は先ほどまでとは明らかに異なっており押し負けてしまう。

 

 ひとまず態勢を立て直すべく後方に急加速しようとする。が、試合開始直後から全力で動いていた白式にもはやエネルギーは残されていなかった。

 

「すまんな。俺の勝ちだ」

 

 最早満足に回避も出来ない一夏に対しダイチは攻める手を休めない。序盤とは完全に形勢が逆転し、やがて試合終了のブザーが鳴る。

 

 

__勝者、上代大地




次でクラス代表決定戦は終わります


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【第9話】VSセシリア

遅くなりましたがセシリア戦です。


 整備を終え、アリーナに出るとオルコットは既にそこで待っていた。

 

「悪い、整備が長引いた」

 

「別に構いませんわ、万全の状態のあなたを倒さなければ意味がありませんもの」

 

「おいおい、買いかぶりすぎだ。こっちは初心者でしかも量産機なんだ、少しくらい手加減してくれてもいいんだぜ?」

 

「ライオンはウサギを狩るのにも全力を尽くしますのよ?」

 

「俺はウサギですか…」

 

 一瞬自分のウサギ姿を想像する。が、気持ち悪いのですぐやめた。

 

「負けませんわよ」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 数秒の静寂。そして試合開始の鐘が鳴った。

 

 その直後、予想通りレーザーが飛んで来た。俺はそれをかわしつつアサルトライフル《ヴェント》を呼び出し反撃をする。

 

「キャッ!」

 

 俺が反撃してきたのが予想外だったらしく攻撃は直撃、オルコットの体勢が崩れた。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 俺は《ヴェント》を捨て、続いて呼び出したスタングレネード投げ付けた。ISには操縦者保護機能があるため本来の用途での効果にはあまり期待できない。しかしその閃光はオルコットが体勢を立て直すのを遅らせるには十分だった。

 

「もらった‼︎」

 

 《ブレッドスライサー》を呼び出しつつ急加速、そのままの勢いでオルコットを斬りつける。

 

「くっ…」

 

 数発攻撃を加えたところで体勢を立て直したオルコットが後方に急加速したため距離を取られてしまった。

 

 しかし装甲の無い部分を狙ったおかげで随分シールドエネルギーは削れたようだ。

 

「なかなかやりますわね」

 

「そりゃどうも」

 

「ところであなた、銃器は扱えないのではなかったのじゃないですか?」

 

 オルコットが咎めるような口調で聞いてくる。それに対し俺は笑みを浮かべ挑発するような口調で答える。

 

「難しいとは言ったが扱えないとは言ってないはずだが?」

 

 この一週間で必死に練習した結果装備呼び出し(コール)と照準をほぼ同時とは言わないが十分実戦で通用するレベルになった。

 

 オルコットは忌々しそうな表情を浮かべたがそれも一瞬、次の瞬間には笑みが戻る。

 

「まあ、いいですわ。どういうわけか知りませんが自分からライフルを捨てたのは好都合。ここからは本気で行かせてもらいますわ」

 

そう言って4基のピットを展開させた。

 

(さて、ここからが正念場だ)

 

 目を閉じ、精神を集中して『明鏡止水』を発動する。ピットのエネルギーが切れるのが先か、俺の集中力が切れるのが先か、さあ我慢比べの始まりだ。

 

_______

 

 あれから数十分、シールドエネルギーは半分ほど削られてしまったがダメージ覚悟の特攻でレーザーピットを3機破壊した。

 

 残るピットはレーザーが1機、ミサイルが2機の計3機か…完全にピットを破壊してしまうとレーザーライフル一本になってしまうのでそれは都合が悪い。仕掛けるならここだな。

 

「行け‼︎」

 

 先ほどと同じように俺はオルコットに向かってグレネードを投げつける。

 

「そんな子供騙し、二度も同じ手にはかかりませんわ‼︎」

 

 しかしオルコットに怯む様子はなく射撃を続ける。それを見て俺は思わず口元を歪めた。

 

「バーカ、何度も同じ手を使うかよ」

 

 その瞬間、オルコットの近くでグレネードが爆ぜ爆風が起こる。

 

「きゃぁ‼︎」

 

 体勢を崩したオルコット。勝負をかけるならここしかない!

 

「うおぉぉぉぉ‼︎」

 

「なっ⁉︎」

 

 俺はオルコットとの距離を一気に詰めた。この一週間の更識さんとの特訓で射撃と並び必死に練習して身につけた技能、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。

 

 相手が予想していないからこそ成り立つ一回きりの奇襲。

 

 だからこそその効果は絶大なものとなる。

 

「きゃっ‼︎」

 

 加速の勢いそのままに俺はオルコットを切りつける。

 

 二発、三発と休むことなく攻撃を加え続け、オルコットのシールドエネルギーはみるみるうちに減っていく。

 

(これは勝った‼︎)

 

 相手は代表候補生。気を緩めてはいけないことは頭では分かっているのだがやはり感情は抑えきれない。そう言った油断が戦場では命取りになるにも関わらず…

 

「インターセプター‼︎」

 

 オルコットはショートブレードをコールして展開する。

 

「しまっ…」

 

 とっさのことに反応出来ずブレードが弾き飛ばされてしまい、俺は敵前で丸腰になった。

 

「形勢逆転ですわ。これで終わりです‼︎」

 

 オルコットがレーザーライフルを構える。どう考えても回避は間に合わない。それならいっそ…

 

「間に合えっ‼︎」

 

「なっ⁉︎」

 

 俺は発射直前の銃口を自らの機体で塞ぐ。その直後にオルコットが引き金を引いた。行き場を失ったエネルギーは出口を求め俺の機体を破壊するのみならず自らをも破壊してゆき大きな爆発を引き起こす。

 

「ぐはぁっ‼︎」

「きゃぁ‼︎」

 

 その爆風で二人とも吹き飛ばされる。

 

「痛ってぇ…」

 

 俺はアリーナの端まで飛ばされていた。装甲はボロボロになっているものにかろうじてシールドエネルギーは残っている。まだ戦える、そう自分を鼓舞して俺はふらふらと立ち上がりオルコットを探すが爆煙のせいで居場所が分からない。

 

 下手に動くのもまずい。煙が晴れるのを待とう、そう思った矢先、爆煙の中からミサイルが飛んできた。俺はそれをなんとかかわし、改めて煙の方向を見るとそこにはセシリア・オルコットがいた。

 

 オルコットのISは装甲はボロボロになっていてレーザーピットも全て使用不可。しかしシールドエネルギーも僅かになっているもののミサイルピットは未だ健在。それに対して俺は手元に武器はない。

 

「ゲームセットだな」

 

 俺はそう呟く。

 

「流石に降参ですか?」

 

 そう言うオルコットの顔には笑みが浮かんでいた。既に勝ちを確信している、そのような表情だ。両方同じようなエネルギー残量で方や遠距離戦闘用の武装あり、方や武装なしという状況だ、そう思うのも無理はない。

 

 しかし人はそうした時にこそ隙が生まれ、その隙が戦場では命取りになるのだ。

 

「そんな訳ないだろ。勝つのは俺だ」

 

「あなた、何を仰って…」

 

 そこでオルコットはハッと目を見開くがもう遅い。

 

 オルコットの声は途中で途切れ、その直後ヴェントの銃声が響く。

 

 そして試合終了のブザーが鳴った。

 

 

__勝者 上代大地

 

_____

 

「痛てててっ」

 

「男の子なんだから我慢しなさい」

 

 試合後、俺は医務室で更識さんの手当てを受けていた。診断の結果は軽い打撲と数カ所の擦過傷だけだった。

 

 それにしてもあれほどの強い衝撃を受けたにも関わらず骨折などもなくこんな軽傷で済んで、改めてISの凄さを感じる。

 

「まったく無茶するわね。見ているこっちがひやひやしたわよ」

 

 更識さんは擦り傷に包帯を巻きつつ言う。その口調はどこか不機嫌そうだ。

 

「すいません。でもあの状況で勝つためにはああするしかなかったんです」

 

「そうかしら?あなたの方がシールドエネルギーがだいぶ多く残っていたしヴェントがあったなら大丈夫だったと思うけど?」

 

「いや、無理です。俺の射撃の腕じゃ油断している相手に当てることくらいしか出来ませんからオルコットと射撃戦になったら絶対勝てませんよ。だからブレッドスライサーを失った時点で勝つためにはどうにかしてヴェント一撃分までシールドエネルギーを削る必要があったんです」

 

 普通ISに複数の同じ武器を搭載することはない。量子変換して収納出来るので複数あったところで一度に使えるのは一つなので容量の無駄にしかならないからだ。その思い込みを利用して奇襲出来ないか、と言った考えで二本目のヴェントを搭載していたのだが今回はそれが功を奏した。

 

「それにしてもあんな無茶をしなくてもよかったのに。一歩間違えば大怪我よ?」

 

「今回の勝負は絶対に勝ちたかった戦いでしたから」

 

「あっそっか、あんな大見得を切った以上負けられないものね〜」

 

 更識さんはニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「まあそれもありますけど、一番は更識さんのためですかね」

 

「へっ?」

 

 間の抜けた声を出す更識さん。夕日が差し込んでいるせいかその顔は赤く見える。

 

「生徒会副会長として相手が代表候補生とはいえ一般生徒に負けては格好がつきませんし、何より俺が負けたら更識さんがこれまで積み上げてきたものまで壊してしまうような気がして」

 

「あっ、なんだそういうことね…」

 

 なんだか更識さんの元気が急になくなった。一体どうしたんだろうか。

 

「あの、更識さん?」

 

「楯無」

 

「はい?」

 

 更識さんの言葉が理解出来ず俺は聞き返す。

 

「私のことは楯無って呼びなさい。乙女の純情を弄んだ罰よ‼︎」

 

「一体何のことです?」

 

「この唐変木…」

 

 その後むくれながらも更し…じゃなかった楯無さんは手際よく包帯などを巻いてくれてあっという間に手当ては終わった。

 

「はい、お終い」

 

「ありがとうございます…楯無さん」

 

 何だか名前で呼ぶのは照れ臭い。

 

「まあいいわ。許してあげる」

 

 何だかよく分からないけど助かった。そう安堵していると彼女はポツリと呟く。

 

「でも…あんな無理はもうしないでね」

 

「えっ?」

 

「君が誰かのことを思っているように君のことを思っている人間もいるんだから」

 

「…善処します」

 

 俺がそう答えると楯無さんはいつもの様な調子に戻って言う。

 

「こーら、そこは分かりましたって言うところでしょ」

 

「楯無さんの言うことももちろん理解できます。しかし俺は執事です。自分の大切なもののために死ねるなら本望です」

 

 10年前、本来なら尽きるはずだった命だ。今更失うことなど惜しくはない。

 

「はぁ…何を言っても無駄そうね。無理をするなとは言わないわ。でも次からはきちんと助けを求めること。いいわね?」

 

「でも巻き込むわけには…」

 

 楯無さんはため息をつきながら俺の言葉を遮る。

 

「君の護衛を任されてるんだから今更よ。それに護衛対象に予想外の動きをされたら困るのは君も知ってるでしょ?」

 

「うっ…確かに。今後はちゃんと相談するようにします」

 

「よろしい♪」

 

 俺に返事に彼女は満足そうに笑う。その笑顔を見ていると俺もこの人なら信頼していいと思えてくるようになって来ていた。

 

 突然保健室のドアがノックされた。

 

「上代居るか?」

 

「あっ、はい」

 

 保健室に入ってきたのは織斑先生だった。

 

「どうかしたんですか?」

 

「クラス代表について話がある。単刀直入に言うが織斑に代表を譲ってやってもらえないか?」

 

「理由をお聞かせ頂いてもいいでしょうか?」

 

 楯無さんが尋ねる。

 

「実戦経験の少ない織斑に経験を積ませる場を多く与えるためだ」

 

「ですが経験を積まなくてはいけないという点では上代君も同じだと思うのですが…」

 

「ああ、そうだな。一教師としてはこのようなことを頼むのは間違っているのは分かっている」

 

 そこで一度言葉を切り俺をまっすぐ見据えてくる。

 

「だが一夏のたった一人の家族としてあいつには経験を積んでもらいたいんだ。身内びいきと言われても仕方ないかもしれないがどうか頼む」

 

 そう言って俺に頭を下げる織斑先生。

 

「どうする?ダイチくん」

 

「俺は別に構いませんが一つ条件があります」

 

「何だ。言ってみろ」

 

「今訓練機を貸してもらっていますがその期限を俺の専用機が到着するまでに伸ばしてもらえませんか?」

 

「それでいいのか?」

 

「ええ、とりあえず訓練機さえあればどうにでもなりそうですから」

 

 訓練機があれば模擬戦は出来るし実戦経験を積むことは難しくないはずだ。

 

「分かった。ではそのように手配しておく」

 

「ありがとうございます。それでしたら俺としては織斑に代表を譲ることに異論はありません」

 

「すまんな。助かる」

 

 まあ元々やる気もなかったクラス代表だし全く問題ない。

 

 それにしても意外だった。鬼教官のイメージしかなかったがこの人も弟のことを思う姉なんだと思うと何だか少し安心する。

 

「何か録でも無いことを考えていないか?」

 

「いえ、滅相もございません」

 

 やっぱりなんで分かるんだよ、この人。

 

「一発いきたい所だが怪我人に手をあげる訳にはいかないし今日は遠慮しておいてやる。私はそろそろ行くがお前たちも用事を済ませたらさっさと戻れよ」

 

 さっきまで頭を下げてお願いをしていた人間は何処へやら。そう言って足早に保健室から出て行ってしまった。

 

「凄い変わり身の早さですね…」

 

「照れ隠しよ、察してあげなさい」

 

「そんなものには到底見えなかったんですが」

 

「大人には色々あるのよ。さて手当も済んだことだし私たちも帰りましょうか。疲れたでしょ?」

 

「ええ、流石に…」

 

 ISにはパワーアシストがあるのだがやはり慣れない動きなので肉体的にも疲れるしそれ以上に精神的にどっと疲れた。

 

「じゃあ部屋に戻ったらおねーさんが特別にマッサージをしてあげる♪」

 

「じゃあお願いしていいですか?」

 

「ありゃ、珍しく素直ね。これは思った以上に重症なのかも…」

 

 神妙そうな顔で呟く彼女に俺はツッコミを入れる。

 

「勝手に人を重症扱いしないで下さい」

 

「フフッ、冗談よ。よーしおねーさんにどーんと任せておきなさい」

 

「何か不安になってきた…」

 

「安心して。今日は何もしないから、今日は」

 

「不穏な限定やめて下さい」

 

「細かいことは気にしない。さあ帰りましょ」

 

 一抹の不安を抱えながら寮の部屋に戻りシャワーを浴びたあとマッサージをしてもらったのだが、心配とは裏腹にこれが驚くほど気持ちがよく疲れていたこともあって開始5分で寝落ちしてしまった。

 

 こうして激戦の1日がようやく終わりを迎えた。

 

___________

 

 翌日のホームルームでクラス代表が発表された。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 山田先生は嬉々として喋り、クラス中の女子も大いに盛り上がっている。そんな中、納得していない様子の人物が一人。

 

「先生、俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

 

 その人物とは晴れてクラス代表となった織斑一夏その人だ。

 

「それは私と上代さんが代表を辞退したからですわ」

 

 自信満々にそう答えたのはオルコットだった。立ち上がり腰に手を当てるポーズはなかなか様になっている。

 

「なんでだよ⁉︎」

 

「今回の対戦で確かに貴方は敗北しました。しかしイギリスの代表候補生であるこのわたくしをあと一歩まで追い詰めるなどポテンシャルが高いことも事実。 そこでわたくしたちは貴方により多くの実戦を積んでいただくべく今回はクラス代表をお譲りすることにしたのです。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧ですから」

 

「まあそんなところだ」

 

 俺が説明するまでもなくオルコットが説明してくれたので手間が省けて助かる。

 

「ダイチ、経験っていう面ではお前も積まなくちゃいけないんじゃないのか?」

 

「俺にはちゃんとコーチがついてるから大丈夫だ」

 

「コーチ?」

 

 一夏は不思議そうに訊いてくる。

 

「ああ、飛び切り優秀だけどちょっとだけ面倒臭いコーチがな」

 

「いいな、俺もコーチが欲しいぜ」

 

 何気なく呟いた一言にオルコットと篠ノ之が反応する。

 

「あの…一夏さんがよろしければイギリス代表であるこの私が…」

 

「あいにくだが、一夏の教官は足りてる。私が直接頼まれたからな」

 

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

 

「ら、ランクは関係ない!頼まれたのは私だ。一夏がどうしてもと懇願するからだ!」

 

 おいおい、そんな風に騒いでいると…

 

「座れ、馬鹿ども」

 

 案の定織斑先生の雷が落ちる。さすが鬼教官、容赦が無い。

 

 パシィィンという小気味のいい音とは裏腹に激痛が頭に走る。目の前では一夏も同じように頭を抑えている。

 

「流石におかしいでしょ⁉︎」

 

「失礼なことを考えているからだ」

 

 理不尽だ…と思ったが追撃が怖いので口にはしないでおく。

 

 なんだか納得できないこともありつつもこうしてなんとか無事にクラス代表決定戦は幕を下ろしたのであった。

 




継続して書くのって本当に難しい…


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【第10話】生徒会のお仕事

出ない名作よりも出る駄作ってことでクオリティが雑ではありますが投稿再開させて頂きます。ガバ設定があったり矛盾があったりしたらご指摘お待ちしています


「この書類の確認をお願いします」

 

 クラス代表決定戦から数日、打撲がまだ治らない俺は生徒会にて楯無さんの書類仕事を手伝っていた。

 

「これもお願いします。あと、その書類の2行目誤字があるので修正するのでこっちに下さい」

 

「あっ、ありがとう。じゃなくて‼︎」

 

 楯無さんは机をバンと叩いて立ち上がる。

 

「何この黙々と仕事をやっていく雰囲気は。もっと緩くダラダラ仕事をやるのが生徒会でしょう⁉︎」

 

 何だか熱弁を振るっているが、内容が内容なので楯無さんのカリスマを持っても流石に響かない。

 

「だそうですが虚さんどうなんでしょうか?」

 

「いえ、この姿が正しい姿だと思いますよ」

 

「あぁ〜、もう休憩よ!休憩!」

 

「やった〜。おやつの時間だぁ〜」

 

 虚さんが俺の側に周り、旗色が悪くなったのを察したのか休憩を提案し本音がそれに賛同する。おい、本音お前は殆ど何もやっていなかったじゃねえか。

 

「2人がああなっては動かすのは無理ですよ。上代さんも少し休憩なさって下さい」

 

「いえいえばいいそんな。手伝いますよ」

 

「いいのよダイチ君。それに生徒会室のキッチンは虚ちゃんの城なんだから出入り禁止よ」

 

「ですが何もせずにいるわけには…」

 

「いえ、本当にお気になさらず休憩なさっていて下さい」

 

「では、甘えさせて頂きます」

 

 確かに自分が仕切っている空間に他の人が手伝って逆に効率が悪くなることもよくあることだ。俺は素直に自分の席に戻った。

 

 数分後生徒会室には紅茶のいい香りが広がってきた。

 

「粗茶ですが。どうぞ」

 

 そう言って虚さんは俺の前にティーカップを置く。華美な装飾のないが落ち着いた気品を感じさせる一品であった。俺は頂きます、といいひと口口に含み。華やかな香りが花に抜けていく。これまで飲んだどんな紅茶よりも冗談抜きで美味しかった。

 

「虚さんめちゃくちゃ美味しいです!」

 

「そりゃそうよ。虚ちゃんの紅茶は世界一なんだから」

 

 そう言って楯無さんはフフンと胸を張る。

 

「どうして楯無さんが威張るんですか」

 

「だって自分の家族が褒められたら嬉しいのは当たり前じゃない。雪菜ちゃんもよくダイチ君のお茶は世界一って褒めてましたよ」

 

「そんなものなんですかね」

 

 俺は照れ隠しにそう返す。雪菜様が俺のことをそんなふうに思っていてくれたのは素直に嬉しかった。

 

 こうして午後のティータイムを過ごしていると、生徒会室のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼するぞ…ってまたサボってるのか」

 

 そう言って入ってきたのは織斑先生であった。

 

「サボりじゃなくて休憩です」

 

「お前達いつも休憩してるじゃないか。そんな暇な生徒会に仕事をやろう。山田先生」

 

「はいぃぃ…」

 

 大量の資料を持たされた山田先生が後ろから部屋に入ってくる。あまりにも不憫なので俺は資料を運ぶのを手伝う。

 

「半分お持ちしますよ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 それにしてもこんな資料を1人で運ばせるなんて織斑先生は鬼に違いない。

 

「上代、いま何か不敬なことを考えなかったか?」

 

「いえ、めっそうもございません」

 

 織斑先生といい楯無さんといいIS学園の人たちはエスパーか何かなのか。

 

 一連の書類を机の上に運び終える。

 

「で、この書類は何の書類なんですが?」

 

「転入生に関する書類だ」

 

「転入生?」

 

 ただでさえ入学時のハードルが高いIS学園。そこに転入するとなるとかなりの厳しい条件、具体的にいえば国家からの推薦が必要だったはずだ。

 

「代表候補生となると、1年生のISの授業なんて受けず専用機の調整を優先する人も少なくないんですよ」

 

「なるほど」

 

「それにしてもこんな早い時期の転入手続きってことは、俺を含む男性操縦者への接触ってことですかね?」

 

 資料を読みながら状況を確認する。中国の代表候補生、凰鈴音。写真からは強気な姿勢が伝わってくる。父親が日本人でハーフらしく、中学2年までは日本で生まれ育っていたらしい。

 

「どうやらそれだけじゃないらしいわよ」

 

 資料をめくっていた楯無さんは資料の備考欄を指差す。

 

『男性操縦者、織斑一夏との面識があり』

 

「つまり一夏に会いにきたってことか?」

 

____

 

 待ち合わせ時間から10分が過ぎ、俺は学園前で待ちぼうけを食らっていた。確かにこの場所で、時間も間違っていないはず。更に待つこと五分後、クシャクシャの紙を手にした少女が現れた。

 

「凰鈴音さんですね」

 

 男の声で一瞬一夏と間違えたのだろうか。表情が明るくなったものの不機嫌そうな表情に戻る。俺で悪かったな。

 

「そうだけどあんたは?」

 

 いきなりあんた呼ばわりされて、カチンときたがそこは営業スマイルでやり過ぎす。

 

「申し遅れました。私は学園側から凰さんの案内を申し使わされました上代大地と申します」

 

 言外に頼まれなければやっていないということを匂わせつつ答える。

 

「ではさっそく案内させて頂きます。まずは転入手続きということで事務受付に行きましょうか」

 

「分かったわ。でもその前に、気持ち悪い仮面みたいな笑顔外したら?」

 

「ほぅ…驚いたな」

 

 旦那様の付き添いや雪菜様のボディーガードなので、外向けの仮面を被ることには慣れていたつもりだったが一発で見破ってきた。流石は代表候補生と言ったところか

 

「それに呼びにくいでしょ。鈴でいいわよ。あと敬語禁止」

 

「ああ、分かったこっちも通常通りやらせてもらう」

 

 そう言って俺はいつものスピードで事務所に向かって歩き始まる。

 

「ちょっとあんた態度変わりすぎじゃない⁉︎もうちょっと間ってもんががあるでしょ‼︎」

 

「初対面でいきなりあんた呼ばわりしてくる人間に持ち合わせる礼儀はあいにく持ち合わせていないんでね」

 

「あんたいちいち腹立つわね。あっ、あと一個聞いときたいことがあるんだけど…」

 

「織斑一夏なら俺と同じ一年一組でクラス代表だぞ。ちなみに鈴が所属する予定は一年二組だ」

 

「なっ、別に私はそんなこと気にしてないんだけど???」

 

 言葉では否定しつつ明らかな動揺を隠せない鈴。

 

「ほら、話をすればちょうどいいタイミングで一夏の登場だ」

 

 ぱっと見織斑だけが見えていたのだが、どうやら篠ノ之も一緒だったらしい。前言撤回。最悪のタイミングじゃねーか…

 

 2人はこちらに気づかず去っていくが、背後の鈴の機嫌が急激に悪くなっていくのを感じる。

 

「あの、鈴さん…?」

 

「何かしら?」

 

 恐る恐る背後を振り返るが、鈴は笑顔こそ浮かべているものの目が笑っていなかった。

 

「とっとと案内してくれるんでしょ。続きよろしく」

 

 鈴の圧力に屈し俺は歩き始める

 

「ああ、そう言えば1-2のクラス代表の子って決まっているんだっけ?」

 

「ああ決まっているがお前ひょっとして…?」

 

「ええ、もちろん。話し合って交代してもらうのよ」

 

 俺は交代を言い渡される女子生徒の生徒の気持ちと、それに関わる仕事を想像し頭を抱えた。

 

____

 

「というわけで織斑くんクラス代表決定おめでとう〜‼︎」

 

 パンパンとクラッカーが鳴らされ確実飲み物やお菓子をつまみながら盛りがあっている。

 

 なんと意外なことにこのパーティーの言い出しっぺは本音で、俺は裏方として目立たなくて済むならと協力した感じだ。

 

 無事にパーティーも盛り上がり始め、俺は無事に壁の花と化している。俺のステルス能力を持ってすればこれくらい造作もない。縁もたけなわといったところで片付けに戻ってくれば文句はないだろう。

 

 そう思い外の空気を吸いに行こうとした時、バッと現れた女生徒に行く手を拒まれる。

 

「どうも新聞部です!独占インタビューにきました。ちなみにこれは名刺ね。あと本音これ約束のデザート食券5枚分」

 

「やったー、デザート食べ放題だぁ〜。何から行こうかなぁ」

 

「あっ、本音裏切ったな⁉︎」

 

「えへへ〜、かみしーごめんね〜」

 

 本音は口では謝りつつも少しも悪びれる様子もなくフラフラとどこかへ消えてしまった。

 

 そう言えば本音にしては手際の良い下準備。今になれば新聞部が準備していたと思うと全て合点がいくが後の祭りだった。

 

「そういうのは事務所通してもらっていいですか?」

 

「大丈夫。たっちゃんからは『脱がす以外ならなんでもOK!』って許可もらってるから!」

 

 たっちゃんと聞いて一瞬『?』となるが、俺の上司でそんなことを言うのは1人しかいなかった。

 

 改めて渡された名刺を見る。名前は黛薫子さん。学年は2年だそうだ。仕事柄名刺を見ることは時々あったが、今は高校生でも持っているものなのかと感心する

 

「気になる男子生徒その1である上代大地君に独占インタビュー!まずは専用機持ちを汎用機で2人も倒した今の気持ちを率直にどうぞ!」

 

「まずあの戦いは更識生徒会長を始め、裏方のサポート役の皆様、あと俺自身は初心者で油断を誘ったということが大きな勝因だと思います。反省すべき点は反省しつつ、ちゃんと鍛錬を積んでいかないなと改めて実感しました」

 

「完璧な受け答えね…改善する余地がない」

 

 若干引き気味に答える黛さん。さらっと改善とかヤバいこと聞いた気がするが聞き間違いだろう、多分。六角家の執事として最低限の知識と教養は身につけられている。このくらい朝飯前だ。

 

「じゃあ、俺はこんな感じで。後の2人もつっかえてるでしょうし。ではここで」

 

 俺は黛さんの横をすり抜けようとするが、がっしりその腕を掴まれてしまう

 

「専用機持ちに、男子生徒2人。こんな絵になる写真取らないわけにはいかないでしょ?」

 

「はあ、やっぱりそうなりますよね…」

 

 流石にもう逃げられないか。諦めて黛さんの後ろに続く。

 

 俺は織斑とオルコットのインタビューが終わるのを待ち、そしていよいよ写真撮影に入る。

 

構図としてはオルコットを中心に左に俺、右に一夏という配置になった俺の手の上にオルコットの手はおかれ、さらにその上に一夏の手が置かれる。

 

 緊張しているのだろうか。さっきからオルコットの手汗が凄いことになっているがそこは大人である。スルーするのが安定である

 

 黛さんのよく分からない掛け声の下、いよいよ3人での写真撮影…のはずが1-1の他の生徒も乱入。

 

 IS持ちwith男子生徒の構図がクラス写真となったが、まあこれはこれでいいだろう。オルコットは不満そうだが何より黛さんがOKしてるし。

 

 縁もたけなわといったところで俺は片付けを始める。最初は乗り気じゃなかったが、案外楽しいものでやってみてよかったと心から思った。

 

__________

 

 今日も楯無さんとの特訓が終わり着替えを済ませて更衣室から出ると意外な人物に出くわした。

 

「よお、鈴。お前も訓練か?」

 

「いや、私はちょっとね」

 

 そういう鈴の手にはタオルとスポーツドリンクが握られていた。

 

「なるほど、一夏への差し入れか」

 

「なっ⁉︎別にそんなんじゃないわよ‼︎」

 

 俺の指摘は図星だったようで鈴は真っ赤になって否定する。

 

「ライバルは多いと思うが頑張れよ」

 

「だから違うって言ってるでしょ‼︎」

 

「はいはい。ファイト!」

 

 プンプン怒る鈴を尻目に俺は手をフリながら部屋に戻る。恋する乙女の挑戦が上手くいくことを祈りながら今日のISの演習の復習を脳内でし始めた。

 

_________

 

 翌日の昼休み、俺がいつも通り食堂の端っこで一人食事をしていると、テーブルにダンッと乱暴にラーメンが置かれた。顔を上げるとそこには怒った様子の鈴の姿があった。昨日の恋する乙女モードはどこにいった?

 

「相席していいわよね?」

 

「聞く前にもう座ってるじゃねえか」

 

「全く、細かいことにうるさいわね」

 

 そう言いながら割り箸を割って鈴はラーメンを食べ始めた。

 

 しばらくお互い黙々と食事をする。

 

「で、俺に何の用だ?」

 

 大体の予想はついているが一応聞いてみる。

 

「忘れてたのよ…」

 

「は?」

 

「一夏が私との約束を忘れてたのよ‼︎」

 

 興奮気味に立ち上がる鈴を俺は抑える。

 

「落ち着けって。周りの奴が見てるぞ」

 

 実際かなり大きな声だったのでかなりの注目を集めていた。

 

「あっ…」

 

 バツが悪そうに鈴は席に着く。しばらくして食堂内に活気が戻ったところで俺は鈴に尋ねる。

 

「その約束っていうのは何なんだ?」

 

 すると急に鈴は俯いて顔を赤らめる。

 

「えっと…言わなきゃダメ?」

 

「俺としてはどうせ惚気話しか出てこないだろうから別に聞きたくもないんだが」

 

 そう言って席を立とうとすると鈴は慌てて止めてくる。

 

「待って、言うから‼︎」

 

 そう言って昨日あった出来事のあらましを聞かされる。予想通り一夏が唐変木を発動させただけの話だった。

 

「そりゃお前が悪い。相手は付き合ってくれ、って言われたら勝手に買い物に付き合うって解釈しそうな男だぞ?そんな奴にそんな遠回しな言い方で伝わるわけないだろ」

 

 ちなみに俺も雪菜様に味噌汁のくだりを言われたことがあるがその時は意味が分からず、朝はパンだから味噌汁は要らないって答えて雪菜様にめちゃくちゃ怒られた。

 

「それはそうなんだけど…」

 

 シュン、と肩を落とす鈴。…こう言っちゃ失礼だが表情がコロコロ変わって小動物みたいで可愛いな。

 

「で、俺は何をすればいいんだ?」

 

「手伝ってくれるの?」

 

 鈴の顔がパッと明るくなる。

 

「手伝わないとどうせ話が進まないやつだろ」

 

 RPGとかでよくある『はい』を選ばないと、会話が無限にループするアレだ。

 

「ほんといちいち突っかかって来て腹立つわね。まあいいわ。あんた一夏に勝ったんでしょ?」

 

「ギリギリだったけどな」

 

「一夏の対策方を教えて欲しいのよ」

 

「なんだそんなことか。お前のISに射撃型の武装はあるか?」

 

「基本は近接型だけど一応中距離対応武装があるわ」

 

「じゃあお前が負ける訳がない。初心者の俺でも倒せる近接型武装しかない相手に代表候補生のお前が負ける訳がないだろ?」

 

「はぁ…そのくらい私でも分かってるわよ。実際に戦った人間としてもっと他に何か注意する所とかないわけ?」

 

 呆れ顔で聞いてくるがないものは答えようがない…いや一応あったか

 

「奴は経験はまだまだ浅いが戦闘センスは目を見張るものがあるな。戦闘の中でどんどん成長していくタイプだ。流石はあの織斑千冬の弟というだけある。時には定石から逸脱した予想外の手をうってくるかもしれないが、乱されずに落ち着いて対処すれば問題ないってとこか。ん、どうした?」

 

 ポカンとした表情で俺を見つめる鈴。

 

「いやー、あんたあんまり人を褒めたりしなさそうな感じがしてたから意外だなって思って…」

 

「失礼な奴だな。俺だっていい所は素直に褒めるさ」

 

「なるほどね。そういえば今更だけどクラス代表戦で敵となるクラスに塩を送ってもいいの?」

 

「ああ、俺は特にデザートフリーパスもどうでもいいし、それに何より一夏にはオルコットと篠ノ之の2人がかりで特訓してるんだ。1人くらいお前の味方がいてもいいだろ」

 

 生徒会の資料で鈴の過去の経歴を調べたが2年前に両親の不和で中国に帰国。人口が多いためライバルも多い中国でそこから専用機持ちの代表候補生になったのは本人の才能もあるが相当な努力をしたことだろう。

 

 努力をすれば報われる、なんて世の中甘くはないが努力をしてきた人間の力になりたいと思うのは自然なことだろう。

 

「あんた、意外に良いやつね」

 

「意外は余計だ。俺は基本的に良いやつだ」

 

「はいはい。でも参考になったサンキュ!」

 

 俺の軽口を軽く流してすっかり元気になった鈴はラーメンをずるずるとかき込んで去っていった。少しは機嫌の回復に役立てたようで何よりだ。

 

 それほど興味のなかったクラス代表戦だが少し楽しみになってきたな。

 

__________

 

 生徒会としての裏方の仕事や合間を見ての楯無さんの特訓を受けているとあっという間に時は流れクラス代表対抗戦当日。いつものように身支度をすませる。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 

「そうですね」

 

 二人で部屋を出ようとしたその時、サイレン音のようなものが鳴り響く。

 

「なんの音?」

 

 自体が飲み込めない楯無さんを尻目に俺はカバンを引っ掻き回す。それは俺の緊急時にしか使わない携帯の着信音だった。

 

「楯無さんすいません‼︎先に行っててください」

 

 俺はそう言って携帯を取り出す。ディスプレイに表示されていたのは旦那様の側近であり六角家の使用人頭でもある一条真琴(いちじょうまこと)|の名前だった。冷静になれ、そう自分に言い聞かせ通話ボタンを押した。

 

「上代です」

 

『ダイチか、繋がってよかった』

 

 その声には疲労の色が伺える。普段は感情を表に出すことほとんどない彼としては異常なことだ。

 

「一体どうしたんですか?」

 

 俺が聞くと、一条さんは一瞬黙った。

 

『いいか、落ち着いてよく聞け』

 

 一条さんは一呼吸おく。

 

『風月様が刺された』




書いては消し書いては消し送り返して投稿めちゃくちゃ遅くなってしまいました ‍♂️
終わりは決めてプロットも練っているのでアラが目立つかもしれませんが定期的に(週1回を目標に)投稿しておきたいと思いますので初めての方も続きを待っていて下さった方も楽しんで頂けると嬉しいです


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【第11話】六角家

六角家の背景事情説明回で原作キャラが出てこないですが読んで頂けると嬉しいです!


 俺は着の身着のままで学校を飛び出し旦那様が運ばれた病院に向かっていた。

 

 一条さんから電話で聞いた病院の住所、それをマップで検索し最短所要時間で病院に駆け込む。

 

 一階の受付で旦那様の部屋の番号を教えてもらいその部屋に向かう。

 

 エレベーターに乗っている間も心臓の鼓動はうるさいほど鳴り続けていた。

 

 そして旦那様が入院するフロアに到着。早く会いたいと思いつつもやはり怖さも溢れてくる。心を落ち着け病室のドアをノックする。

 

 どうぞ、という声が返ってくる。旦那様の声だ。更に胸の鼓動が高鳴るのを抑えてドアを開ける。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 旦那様はベッドの上に上体を起こし出迎えてくれた。雪菜様のことがあったので最悪の事態を想定していたがそこまでではないようなのでひとまず安心しホッと一息をつく。

 

「起きていらして大丈夫なのですか?」

 

「ああ、ちょっと暴漢と揉み合いになったときに足を刺されただけだから心配いらないよ」

 

 そう言って旦那様は笑うがその表情は痛みを堪えていることは明らかであり思わず唇を噛む。

 

「旦那様を襲った犯人は暗部の頃の部下の方ですか?」

 

「…それは一体誰から聞いたんだい?」

 

 その声は今までに聞いたことがないほど冷たいもので思わず怯みそうになりながらも何とか答える。

 

「更識楯無さんです」

 

 その名前を聞いて表情が険しくなるがそれも一瞬、次の瞬間には元の穏やかな表情に戻り呟く。

 

「更識のお嬢さんか…全く彼女には困ったものだ」

 

 その声からは先ほどのような冷たさはないものの感情の読み取れない、どこか無機質なものだった。

 

「それでどこまで知っているんだい?」

 

「六角家が更識家と同じく特殊な暗部だったことと少し前に廃業したことくらいです」

 

「そうか…」

 

 そう言ったきり旦那様は黙り込んでしまった。が、やがて何かを決心したように俺の方を向いた。

 

「今から話すのはただの独り言だ。いいね?」

 

「分かりました」

 

「さてどこから話したものか…」

 

 そう言いながらも旦那様は六角家について話し始めた。

 

_________

 

 私が六角家の当主の座を継いだのは確か今から20年くらい前だったかな。

 

 自慢するわけじゃないが、私は子供の頃から六角家始まって以来の天才として一族から将来を嘱望されていて実際その期待に応えて百戦錬磨、百戦百勝。失敗知らずで20を過ぎた頃には家業を継いでいた。

 

 怖い物なしの状態だったがある日、私は偽の情報を元に誘き出される形になった敵地侵入任務で失敗しひどい手傷を負った。

 

 その任務は極めて秘匿性の高い任務だったから六角家でも限られた人間にしか知らせていなかったうえ情報秘匿のため通信手段を持っていなかったから助けを呼ぶことも出来なかった。

 

 追っ手から何とか逃れ山中の一軒の古い廃屋に隠れていた。もう動けるだけの体力もなく死を覚悟していた。

 

 そうしているうちに入り口の戸が開けられた。万事休す、私は静かに目を閉じた。

 

 だがいつまでたっても襲ってくる様子がない。そこで私が目を開けると目の前には長い黒髪の女性が怯えた様子でこちらを覗き込んでいた。

 

 どうやら廃屋だと思い込んでいた建物は彼女の住居だったらしい。

 

「失礼…すぐに出ていく」

 

 関係のない表の人間を巻き込むわけにはいかない。そう思って鉛のように重い体に無理矢理鞭打って動こうとするが血を失い過ぎていたこともあり二、三歩歩いたところで私は気を失ってしまった。

 

 次に目を覚ました時には知らない目の前は知らない天井だった。

 

「気がつきましたか?」

 

 先ほどの女性が私の顔を心配そうに覗き込む。どうやら傷の手当てをして、付きっきりで看病していてくれたらしい。

 

「どうして私を助けた?」

 

 面識もない明らかに厄介な事情を抱えている怪しい人間。わざわざリスクを背負ってそんな人間を匿って看病する理由が私には分からなかった。

 

「目の前に困っている人がいてそれを助けるのに理由がいるのですか?」

 

 彼女は至極当然のように答える。彼女の純真さは生まれてから権謀術数が飛び交う世界で生きてきた私にとってはとても美しく、好ましいものに映った。

 

「…もう少し休ませて貰ってもいいだろうか?」

 

「ええ。狭い我が家でよければ」

 

 そういう彼女の笑顔は屈託のないこの上なく美しいものだった。

 

_____

 

 そこからしばらく彼女の家にて身体を治させてもらう中で私は彼女のその純真さに心を奪われ、また同じように彼女も私に好意を寄せてくれた。そして私は彼女と結婚することを望んだ。

 

 彼女には身寄りがなかったから反対されることはなかったが、うちの家からは反対された。「表の人間に裏の仕事を受け入れられるはずがない」と。

 

 だが彼女は強かった。裏の仕事を知りつつもそれを過度に恐れることはなく、かと言って侮ることもない正しく物事の本質を捉えられる強い女性だった。

 

 最初は結婚に反対していたうちの家の人間も彼女の人柄に触れ態度を軟化させ、やがて結婚の許しを得て結婚することになった。

 

 護るべきもの、帰る場所が出来た。その事実が私に与えた影響は大きいものだった。

 

 今まで自分の命なんて任務の中でいつか散るものだとどこか諦めており、そのお陰で積み重ねてきた功績の数々であったが、自分がいなくなった後に残されるもののことを考えると少しずつ自分の命が惜しくなってきた。

 

 そして私と妻との間に子供が出来た。人は親になって一人前という言葉があるが、あの言葉の意味をあれほど痛感させられる日はなかった。

 

 妻と生まれたばかりの雪菜。彼女達を置いて死ぬのが怖くなった。それに雪菜のあどけない笑顔を見るとこの子の手を汚させることはどうしても私には耐えられなかった。

 

 自分の命はどうなってもいいがこの2人はどうしてもどうしても護りたい。

 

 そこで私はこの仕事を廃業することを決意した。

 

 身勝手な話だろう?今まで人の命を何とも思わず奪ってきたのに怖くなったから辞めたいなんて。

 

 当然そんなことを周りが許すはずがない。六角家内部からはもちろん他の暗部、特に更識家からの反対は凄いものだった。

 

 更識家も同じ時期に子供、今の楯無さんだね、が生まれていて状況としてはうちと同じだったが、更識家は家族を大切にしつつも日本を護るという一族の掟をなによりも重視する判断が出来る集団だった。

 

 長く続いてきたということはそれだけ必要性がある役職であり、特に暗部に対する暗部なんて役目は替えが効かない役割だったから事態はすんなり決まらずただ時間が流れていっていた。

 

 妻にもかなり負担をかけていた。ただでさえ表の世界から暗部に入ってきた人間だ。さまざまな文化の違いに何とか対応するだけでなく、混乱するうちの家を収めるのに尽力してくれていた。傍目から見ても消耗しているのは明らかだったが、そんな状況を知りつつ私は各家に説得に行ったり任務で出かけたりと私自身も立て込んでいて中々妻と顔を合わせることも出来ていなかった。

 

 そんな時だったよ、更識家の長女が誘拐されるという事件が起こったのは。

 

 だが当時の更識家は敵対する暗部との抗争が激化していてとても救出作戦に人手を割ける状況じゃなかった。

 

 そこで楯無は私を頼ってきたんだ。どうか娘を助けて欲しい、とね。

 

 この話を受けた時は不謹慎だが私は神が与えてくれた好機だと思ったよ。そこで私は楯無に対して二つ条件を出した。

 

 まず一つ目はうちの廃業を認めること。そしてもう一つはうちの廃業によって職を失う者で裏の仕事を続けたいと希望する者を受け入れること。

 

 楯無はしばらく考え込んだが渋々首を縦に振った。

 

 暗部最大勢力である更識家がうちの廃業を認めれば自ずと他の家も従わざるをえない。家族との平穏な日常が手に入る。妻にも雪菜にももう苦しい思いをさせずに済む。

 

 その一心で更識家長女の救出作戦を実施。作戦自体はそれほど難しいものではなかったため比較的短時間で終わり、楯無に娘を無事に引き渡し再度条件の確認をし、その日正式に六角家の廃業が決定された。

 

 もうこれ以上妻や娘に辛い思いをさせずに済む。どこか晴々とした安堵感を胸に私は家に帰った。

 

 だが、家に帰ると誰も出迎えてくれなかった。嫌な胸騒ぎを抑えながら妻の部屋に行くとそこには冷たくなった彼女とひたすら泣いている雪菜がいた。

 

 雪菜には散々責められたよ。どうしてお母さんを見捨てたんだ、と。

 

 その雪菜の言葉によって私は初めて気が付かされた。私は家族のためと言いつつ実際に妻が身体を崩し、雪菜が寂しい思いをしていることに気づいていなかったのだ。

 

 私はそのことに対して何も言い返すことが出来なかった。

 

______

 

 妻が亡くなってから半年経った日のことだった。その日もいつものように塞ぎ込んだ雪菜を連れて散歩をしていたんだがその途中でにわか雨にあったんだ。私たちは慌てて近くの公園の木陰に逃げ込んだ。

 

 雨は全く止む様子が無くてどうしようか困っていた時、雨に濡れるのも気にせず雪菜は遊具の下に歩き始めた。

 

 雪菜を追いかけ彼女の見つめる視線の先を見ると青白い顔をした少年が横たわっていた。

 

「お父様、彼を連れて帰ってもいいでしょうか?」

 

「だが、ただの迷子かもしれないし…」

 

 私の言葉を雪菜は遮る。

 

「それは違います。彼は3日前からこの公園内にウロウロしていて衣服も変わっていません。それに腕や足には痣も見えますし可哀想ですが親から捨てられたと見るのが妥当でしょう」

 

 ただの可哀想と言った一時的な哀れみの感情ではなく、冷静な観察に基づく客観的な意見だった。

 

「だが…」

 

「それに目の前に困っている人がいて助けるのに理由が必要があるんですか?」

 

 いつかの妻と全く同じことを言う雪菜。この子はしっかりと妻の優しさを受け継いで生きているのだ。

 

「分かった。とりあえず衰弱しているようだからまず病院に連れて行ってうちで様子を見ることにしよう」

 

「お父様ありがとうございます‼︎」

 

 そう言って久し振りに私を見上げる雪菜の笑顔は亡くなった妻にそっくりなものだった。

 

______

 

「さて、これが私が君を拾うまでの経緯だ」

 

「旦那様…色々話しにくいこともあったかと思いますがお話しして下さってありがとうございます」

 

「いやいや、ただ独り言を話していただけだからね」

 

 そう言って笑う旦那様の笑顔には後悔や悔しさ、自身の無力さと言ったさまざまなものが合わさっていた。

 

「私は家族を守りたかった…ただそれだけだったんだ」

 

「旦那様…」

 

 奥様を失われ、雪菜様が植物状態になってしまっている現状の旦那様の心情はきっと想像を絶するものだろう。

 

「俺は死にません。旦那様が俺のことを家族と言ってくださりましたので。それに俺にはISが使えますしこれ以上六角家の人々を、家族を傷つけさせはしません。護って見せます。だから少し休んでください」

 

「そうか、そうか…ありがとう…」

 

 そう言って終始笑顔を崩さなかった旦那様目から涙が溢れる。涙が止まるまで俺は旦那様の傍らで座っていた。

 

 数分後旦那様の涙が止まり頃合いもいい頃なので俺は別れの挨拶を告げる。

 

「では、俺はそろそろ帰ります」

 

「おや、もう帰るのかい?」

 

 少し残念そうな顔をする旦那様。

 

「実は学校に無許可で抜け出して来ているんです」

 

「そうだったのかい?まさかダイチそんな不良少年だったとは…それなら仕方ないね」

 

 そう言って悪戯気味に言う旦那様はいつもすっかりの調子に戻っていた。

 

「だが一つお願いがある」

 

「なんでしょうか」

 

「その前に雪菜に会って行ってやって欲しい」

 

______

 

 病室の様子は花瓶の花が変わっていることを除いては以前来た時と全く変わっていなかった。

 

 心のざわつきを抑えながらベッドの横の椅子に腰掛ける。

 

「お久ぶりです、雪菜様」

 

 もちろん返事をするはずもなく眠り続ける少女。俺はそんな彼女に向かって話し続ける。

 

「雪菜様。俺、実はISを動かせるようになったんですよ?それからあの日IS展に展示されていたブルー・ティアーズとも実際に戦ったりしましたし俺の周りはビックリするくらい変わってしまいました」

 

 軽く彼女の手を握る。以前より少し細くなられただろうか、その手からは温もりが感じられ俺に生を感じさせてくれる。そのことが逆に俺を苦しめる。

 

「ですが…ですが雪菜様、貴女だけはあの日のまま変わりませんね…」

 

 ISによる襲撃によって負った軽い外傷はすっかり治りきり傍目にはただ眠っているだけに過ぎない。

 

 俺は雪菜様の手を強く握り決意を述べる。

 

「雪菜様、今度こそは必ず護ります。それにあの日のお昼ご飯の約束もまだ果たせていないですし早く起きてくださいね」

 

 そう言って俺は彼女の顔をもう一度見て新たな決意を胸にし病室を出た。

 

_______

 

 雪菜様の病室を出ると厳しい顔をした一条さんが待っていた。

 

「ダイチ、少し話しておきたいことがある」

 

「今回の襲撃事件のことですよね?」

 

「分かっているなら話は早い。少し場所を変えよう」

 

 そう言って人気のない中庭まで連れて来られた。

 

「まず六角家について風月様からどこまで聞いた?」

 

「特殊な暗部だったことくらいです」

 

「そうか、では軽く補足説明しておこう。うちの組織は六角家の下に一条、二見、三神、四ツ谷、五辻の五家が仕えるという形の連合体だった。そして六角家が暗部の仕事から手を引く時にこの5家の意見は真っ二つに割れた。一条と四ツ谷は表の世界での仕事を、残りの二見、三神、そして五辻は裏の仕事を続ける事を望んだ。このうち二見と三神は風月様が口添えされたお陰で更識の下で今も働いている」

 

「五辻はどうなったんですか?」

 

「五辻も当初は更識の下で働いていたのだが馴染めなくて離脱。その後は姿を消していたのだがどうやら近年六角家に対して恨みを持つ者を集めて六角家に所縁のある人間を次々に襲っているらしい」

 

「それなら雪菜様を襲ったあいつも⁉︎」

 

「いや、五辻に女はいないからそれはない。だが雪菜様への襲撃と入院中の雪菜様に警護の人員を回した分警護の薄くなった風月様への襲撃。とても偶然とは思えない。むしろ雪菜様への襲撃は風月様の襲撃のための準備だったと考える方が自然だ。五辻が何者かと組んでいると考えるのが妥当だろうな」

 

「なるほど…」

 

 正直暗部と自分が関わりを持つことになる日が来るなんて思っていなかったため素直に全てを理解出来ているとは言い難いが、雪菜様の襲撃も旦那様の襲撃も実際に起きたことであり受け入れるしかない。

 

「ダイチ、君も五辻の手の者や、もしかしたら雪菜様を襲撃したISを使う連中に狙われるかもしれない。その点十分に気をつけてくれ」

 

「分かりました。心に留めて置きます。一条さんもどうかお気をつけて…」

 

「子供に心配されるほど落ちぶれてはいないさ。では私は風月様の元に戻る。くれぐれも気を付けて帰るように」

 

 俺を子供扱いして一条さんは去っていってしまう。やっぱり使用人頭から見てまだまだ俺は信頼されていないのか。そう思いながら帰ろうとすると背中から声がかけられる。

 

「君に死なれては風月様や雪菜様はもちろん私も困る。君にはもうIS(それ)があるんだから護るための力は私なんかより遥かに上だ。頼りにしてる。だから死ぬなよ」

 

「一条さん…」

 

「さて今度こそ私は戻る。君も早く学校に戻りたまえ」

 

 そう言って早足で一条さんは去っていく。

 

 一条さんが俺を認めてくれたのは素直に嬉しく思う。しかしそれは俺自身の力ではなく、ISの力だ。ただそれでも護れる力には変わりない。俺に出来ることは来たるべき日に備えてISの訓練を積むだけだ。

 

 俺は決意を新たに学校に戻った。

 

______

 

 東京都内の高層ビルの一室。殺風景な部屋の中で机ごしに男女が向かい合っていた。

 

 一方は美しいブロンドで大人の余裕が溢れる女性、もう一方は壮年でいかにも気難しいと言った雰囲気の男性で2人の間には緊張した空気が張り詰めていた。

 

「もう少し部屋に物を置いたらどうかしら?」

 

「必要ない。我々はただ六角風月に復讐をするだけの存在。己の身以外に必要ない」

 

「余裕がないと任務も失敗しちゃうわよ、五辻さん?」

 

「問題ない。貴様らの要望通り日本への偽装の入国書類、国内の拠点の提供、それに動きやすい環境を作っておいた」

 

 そう言って男は日本の暗部の現状に関しての報告書の束を女に投げ渡す。

 

 女は注意深く報告書に目を通しつつ男の仕事ぶりを評価する。

 

「更識楯無は男性操縦者の警護で動けず、更識家自体も貴方達の対処で手一杯。さらに不確定要素であった六角風月も無力化…予想以上の働きだわ。合格よ」

 

「元々復讐の機会を伺っていた所だから利害の一致だ。これで貴様らは日本において動きやすくなった。報酬として例のものをもらおうか」

 

「いいわよ。はい、これが頼まれていたISよ」

 

 女性は待機形態になっているISを投げ渡す。

 

「これがIS…」

 

「分かっていると思うけどそれは女性にしか使えないわよ。ひょっとして貴方が3人目の男性操縦者(イレギュラー)だったりするのかしら?」

 

「まさか、私には使えんよ。ただ我々(・・)の計画にはこれが必要なのだ」

 

 そう言って用の済んだ男は立ち上がり次の瞬間にはその姿は部屋からなくなっていた。

 

「仕事が終わった途端ドロン。男ってこれだから困っちゃうわね」

 

 女は肩をすくめやれやれとため息をつく。ただIS開発国にして各国のISが集まるIS学園のある日本にこうした拠点を得られた意味は大きい。そうした点でも日本の暗部である五辻家と繋がりを持てたのは幸運であった。

 

「さあ、楽しいパーティーを始めましょうか」

 

 女は上機嫌に呟いた。




思ったより長くて詰まっていた部分も無理やり描き切った感じになったので少し雑な面もありますがもし良ければ感想頂けると嬉しいです!


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【第12話】陰謀と3人目の男子

想定外に長くなって遅刻しましたが最新話です!


 話がある、と言って織斑先生に呼び出されたのは襲撃事件から三日後の放課後だった。いよいよ来たかと思いつつ職員室に行くとここでは話しにくい、とのことで職員室の奥にある特別指導室に通された。

 

 

 正直俺は緊張していた。特別指導室というのは、窓がなく防音もしっかりしているため生徒たちの間では、拷問部屋だ、とか取調室だ、とか言われていて恐れられていた。実際あまたの問題を起こしてここで「特別指導」を受けた問題児の生徒は次の日からは見違えるように真面目な生徒に変わったという。そんなところに連れて行かれたのだ。身に覚えあるとはいえ、いやあるからこそ緊張しないはずがない。

 

「織斑先生、その…話と言うのはこの前の無断外出の件でしょうか?」

 

 特別指導室に入り俺は恐る恐る尋ねる。

 

「いや、それは事情が事情なだけに今回は不問とすることにした。今日はお前のこれからの処遇についての話だ。立ち話もなんだし座ってくれ」

 

 とりあえず応接セットの椅子に座る。処遇、という思ってもみない言葉に俺は戸惑っていた。

 

「処遇って学園内のですか?」

 

「いや、お前の所属する国と専用機についてだ」

 

「所属?日本じゃないんですか?」

 

 さらに予想外の展開だ。俺は日本人だから当然日本所属になるものだと思っていた。基本的に国家の代表操縦者はその国の国民から選出される。まあ、楯無さんのように自由国籍でも持っていれば話は別だが、俺はもちろんそんなものは持っていない。

 

「普通の場合はそうなるな。ただしお前の場合は世界でただ二人しかいない男性操縦者だ。前々からその二人を日本が独占することに対して、各国から不満の声が上がっていたんだ。そんな折に今回のIS襲撃事件が起こった。お前の身の安全を確保するために対応の遅い日本政府に代わって専用機を与えると言う口実で国際IS委員会において協議が行われる事になったんだ」

 

 IS襲撃事件_俺が風月様の病院に行っている間に起きた謎のISによって一夏と鈴が襲われた事件だ。

 

 ただ理由がいくら何でも強引過ぎるだろう。ISは昨日注文して今日出来上がるような簡単な代物ではないことは各国も分かっているはずだ。

 

「学園側としての対策については説明したんですか?」

 

 俺は専用機こそ持ってはいないが専用機が出来るまでの繋ぎとして生徒会用の訓練機が常時貸し出されている。その上楯無さんが護衛についてくれているので安全は十分確保されていると言っていいだろう。

 

「もちろんしたさ。それでほとんどの国は納得してくれたが一部の国、なかでもアメリカが猛反発した結果今回の流れとなったんだ」

 

「アメリカ、ですか?」

 

「ああ。アメリカはISの出現以降その威信が大きく揺らいでそれを取り戻そうと必死なんだ」

 

「そこで俺を自国の代表にしようって訳ですか…」

 

 なるほど話は分かった。アメリカにとっては今まで忠犬のような存在だった日本が突然自分達に変わって世界の中心となったのだ、そりゃ面白くないだろう。そこで世界で二人しかいない男性操者の片割れを自国の代表にすることで日本と同等な存在であることを世界にアピールするのが目的ってことか。

 

「それって断ることは出来ないんですか?」

 

 一応ダメ元で訊いてみた。

 

「それは無理だろうな。もう各方面で準備が進みつつある。もし断ればお前が研究所送りにされるだけではなく最悪の場合は六角家の人達にも危害が及ぶ可能性がある」

 

「ッ…やり口が汚いですね」

 

 六角家がいくら元暗部であれど国家という圧倒的な暴力装置の前には何も出来ないであろう。それに俺は旦那様や雪菜様を巻き込むのはゴメンだった。

 

「あと今回の協議に参加するための前提として一定以上のIS開発力、詳しく言えばアメリカと同等かそれ以上の開発能力を有している必要がある。これに当てはまるのは今の所日本、イギリス、フランス、イタリア、ドイツの5カ国だけだ」

 

「フランスは少しアメリカとは距離を置いていますが他は見事にアメリカに近しい国ばかりですね。既に根回しは済んでる感じですか?」

 

「ああ、恐らくな。フランスも肝心のISの開発面の遅れがあるから候補には含めるものの実際はアメリカの友好国の中から選ぶ出来レースになることは間違いないだろう」

 

「…」

 

 思いもよらない自分の身に降りかかる圧倒的な国家間の陰謀。俺1人の力ではどうにもならないことは流石に分かっていた。

 

「すまんな…」

 

「えっ?」

 

 織斑先生から溢れた思いもよらない言葉に俺は驚きを隠せない。

 

「今回の会議は率直に言えば織斑の身代わりとしてお前を他国に売り渡すものだ。文句の一つも言いたくなるだろう」

 

「やはりそうなんですね…」

 

 元世界最強の織斑千冬の弟で日本製のISを持っている織斑一夏と、何処の馬の骨とも分からないただの一般高校生。日本政府としてどちらかを優先して護るなら選択は火を見るより明らかであった。俺は選ばれなかったのだ。

 

「私はこの学園の全てを守ると決めていて勿論それには上代、お前も含まれている。国の力に対抗出来るには同じ国だけというのは原則だが私は私なりに可能な限り動いては見る。が、期待はするな。ん、どうした?」

 

「いや織斑先生がそこまで生徒のことを考えていて下さったのが失礼ですが意外でして…」

 

 ここで口を滑らせてしまったと思い、出席簿アタックが飛んで来ると身構えたが頭を軽くぽんぽんと二度ほど叩かれただけだった。

 

「これでも教師の端くれなんだ。教え子のことくらいちゃんと考えるさ。会議は2週間後だからとりあえずそれまでに考えておいてくれ」

 

 そう言って織斑先生は部屋を出て行ってしまった。さて一体どうしたものか。また一つ悩みの種が増えてしまった。

 

____

 

「所属国家を選ぶ…か」

 

 織斑先生からの午前中の話の後、授業中や部屋に戻ってベッドで横になって考えて見たがうまくいい考えが出てこない。

 

「若者よ、難しい顔してどうした〜?恋煩いか〜?」

 

「もっと高尚な悩みですよ」

 

「恋よりも高尚な悩みなんて贅沢な子ね。若者は若者らしく恋煩いしてればいいのよ」

 

「…」

 

「で、何悩んでるの?私で良ければ相談に乗るわよ」

 

 そう言えば楯無さんはロシア代表だったか。こう言うのは経験者に聞いてみるのが一番か。

 

「楯無さんってどうしてロシア代表になったんですか?」

 

「私はピロシキが食べたくて」

 

「…」

 

「ごめんごめん、そんな怖い顔しないでよ。なんでかって言われたらそれが一番メリットが大きかったからかな」

 

「メリット?」

 

「うん。うちの家系は特殊な暗部って言うのは前に話したわよね?」

 

「はい、国内外からの暗部に対する暗部ですよね」

 

「そう。うちの家系に伝わる今の私の『楯無』って名前も比類なき堅固な守りの鎧の名前であると同時に、例え楯が無くても守り切るという決意を込めた名前だと名を受け継ぐ時に父に聞いたわ。だから私はアメリカにある程度距離の距離を保っている国家に所属することで、いざという時に自分を犠牲にする事で自分の家族、祖国、全てを守れると考えてロシア国籍を選んだの」

 

 そう語る楯無さんの顔は真剣そのもので決意の硬さが伝わってきた。

 

「日本の暗部の当主なのに外国籍を持っていることをずっと疑問に思っていたんですがそういうことだったんですね」

 

「ガラにもなくちょっと重い感じになっちゃったけど、要は自分にとって何が一番大切かを考えてみること。アドバイスとしてはこんな感じだけどお役に立ったかな?」

 

「とても参考になりました。本当にありがとうございます!」

 

 俺は深々頭を下げる。普段は飄々として周りには悟らせないけどやはりそこは日本を守る暗部の当主。相当な苦労をしていることを改めて実感し改めて畏敬の念を持つ。

 

「あともう一つ、ダイチ君にアドバイスをするとしたら今出されている選択肢から選ぶんじゃなくて自分から選択肢を作るっていう手もあるってことも覚えておいて」

 

「選択肢を作る…ですか」

 

「そう、貴方は世界で2人しかいない貴重な男性操縦者。その価値を活かすも殺すも貴方次第よ」

 

 織斑先生から国家所属の件を聞いて以来六大国の中、そしてその中でも特にアメリカに決まるものだと心のどこかで思ってた俺にはない思いもよらない視点。やはりこの人は本当に凄い人なんだなぁとまた実感する。

 

「ありがとうございます。やっぱり1人じゃどうにもならないことも相談するって大事ですね。とても参考になりました」

 

「おねーさんに惚れちゃったなら素直に言っていいのよ?」

 

「ちょっとカッコいいなって思ってたのに今の一言で台無しですね」

 

「酷い!せっかく進路相談に乗ってあげたのにそれはあんまりじゃない⁉︎」

 

 楯無さんはいつもの飄々としたモードに戻っていたけど、それは俺を気遣ってのものであるのは明らかだったし、ありがたくこちらも調子を合わせていつものように減らず口を叩いていた。

 

________

 

 翌日の放課後、俺たち生徒会にまた大きな仕事が回ってきていた。

 

「楯無さん、これって…」

 

「どうやら私の手元にある書類だけが間違っているわけじゃないようね」

 

 楯無さんも同じところに引っかかっていたようだ。

 

 転校生のうちの一人、フランス代表候補生であるシャルル・デュノア。名前から分かるように書類には男性と書かれていたのだ。

 

 添付されていた写真にはブロンドの髪の中性的に整った顔立ちの人物が写っていた。この写真からでは女性か男性かの区別はつき辛い。

 

「ダイチ君はどう思う?」

 

 意見を求められた俺は率直な感想を述べる。

 

「恐らく女性だと思います」

 

「その根拠は?」

 

「織斑、俺に続いて三人目が発見されたなんてニュース聞いていません。プライドの高いフランスのことですから自国から三人目が見つかればすぐさま公表するでしょう」

 

「ねえねえ、どうしてわざわざそんなことするの?」

 

「俺と一夏に接触しやすくするためだろ。まあメインは第4世代相当のISを持っている一夏だろうけど」

 

 やはり異性よりは同性の方が何だかんだ一緒に行動することが多くなる。まあそのせいで目立つ羽目になってるんだがな。

 

「デュノア社は第3世代機の開発が上手くいってなくてこのままだとISの開発許可が剥奪されるらしいし、その線が濃厚ね。あとはデュノア社の広告塔ってところかしら」

 

「でしょうね。どうやら同じクラスになるようなんでそれとなく探ってみますよ。それと…もう一人も曲者っぽいですね」

 

 手元の書類によるともう一人の転校生の名はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生で、なおかつドイツ軍IS部隊の隊長を務める現役軍人だそうだ。軍人というだけでも十分面倒くさそうなのにその上備考欄には協調性に問題あり、と書かれていた。

 

「軍人なのに協調性がないって大丈夫なんでしょうか…」

 

 虚さんがボソッと呟く。どう考えてもツッコむところはそこじゃないと思うんだが…やはり本音の姉というだけあってどこかズレているような気がする。

 

「さあ、でも実力があれば大丈夫なんじゃないですか。○命係なんて協調性0でおまけに逮捕者まで出してますけど存続してますし」

 

「あれは軍じゃなくて警察でしょ」

 

 楯無さんがため息をつきながらツッコむ。ていうか楯無さんもドラマとか見るのか、意外だな。

 

「こいつも同じクラスか…。うちのクラス専用機持ち流石に多すぎません?」

 

 専用機持ちなんて一学年に2、3人ってとこが平均なのに何でうちのクラスだけで既に4人目なんだ?

 

「それは承知の上で多分2人とも織斑先生の監視下に置いておきたいってことじゃない?」

 

「そんなものなんですかね。山田先生が大変そうですが…」

 

 頭を抱えている姿が容易に想像できて同情する。

 

「とりあえず2人の監視は任せたわよダイチ君、あと本音」

 

「了解です」

 

「オマケ扱いとかお嬢様酷い〜」

 

 本音が文句を漏らしているがまあ俺としても正直戦力に加えてはいない。だがたまに予想外の方向から情報を持ってきてくれるので少しだけ期待しておこう。

 

 

_________

 

 

 翌日事前の連絡通り2人の転校生が我がクラスにやってきてクラス中が湧き上がったのも束の間、その2人の姿を見るなり水を打ったように静まり返る。

 

「お、男…?」

 

 誰かがそう呟いた。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を…」

 

 人懐っこそうな笑顔、礼儀正しい立ち振る舞いと中性的な顔立ち。まさに物語から出てきた貴公子であるかのようなデュノアの挨拶に教室中が沸きかえる。

 

「男子!三人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「美形!熱血系の織斑君ともクール系の上代君とも違う守ってあげたくなる系の!」

 

「三角関係キターーー‼︎」

 

 どうしていつもこう最後に不穏なものが混ざるのか…俺が思わず頭を抱えていると織斑先生の一喝によって騒ぎが沈静化される。

 

「皆さん、お静かに。まだ自己紹介が終わっていませんから〜」

 

 山田先生の言う通りシャルルの隣にはもう一人、圧倒的な存在感を放つ少女がいた。輝くような銀髪。左目の眼帯。赤く温度のない冷たい目。その雰囲気から『軍人』であることは明らかだった。

 

「…」

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

 

 腕を組み周りの生徒を見下し黙り込んでいる転入生に対し織斑先生が促すと

 

「はい、教官」

 

と織斑先生の方を向き佇まいを直して敬礼をする。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 そしてこちらを向き直ると

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 簡潔極まりない挨拶を済ませると再び沈黙する。思っていた以上に協調性がなくて思わず苦笑いするとボーデヴィッヒと目が合う。

 

 黙ってこちらに向かってくると一言。

 

「貴様が織斑一夏か?」

 

「いや、俺はマイナーな方。織斑は前のこいつだ」

 

「そうか」

 

 バシン!と平手打ちの乾いた音が教室に響く。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど認めるものか」

 

「いきなり何しやがる!」

 

「ふん…」

 

 ボーデヴィッヒは一夏に強烈な一撃を加えた後、俺には要はないと言った様子でスタスタと前に戻っていく。

 

 2人の転校生、3人目の男子生徒、軍人、いきなりの平手打ち。クラスを混乱させるには十分で異様な空気が教室内に満ちる。

 

「では、ホームルームを終わる!各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 そんな空気を引き締めるように織斑先生がパンパンと手を叩いて指示を出す。

 

「おい織斑、上代。同じ男子なんだ。デュノアの面倒を見てやれ」

 

 まあ、そうなるよな。デュノアがこちらに近寄ってくる。

 

「君が織斑君で、君が上代君?初めまして。僕は_」

 

「挨拶は後だ。とにかく更衣室に移動するぞ。行くぞ!」

 

 一夏は挨拶を遮りデュノアの手を取って走り始める。俺もそれに続く。

 

 状況が読み込めていないデュノアに俺は状況を説明する。

 

「俺たち男子生徒は空いている更衣室を使わないといけないから遠い更衣室に行く必要があるんだ。だから女子生徒より急いで動く必要がある。それに…っ、⁉︎思ったより早くきたな」

 

「えっ、何が⁉︎」

 

「あっ、転校生発見!」

 

「しかも織斑君と上代君と一緒!」

 

 ホームルームが終わり各クラスからの情報収集の斥候が出てき始めていた。織斑やデュノアが遅れてもいいが俺は鬼の織斑先生の特別指導を受けるのはゴメンだった。

 

 ただ1人で抜け駆けても連帯責任を喰らうのは明らかなので、俺と一夏はデュノアの盾になるように女生徒たちの隙間を縫っていく。

 

「金髪の王子様!」

 

「アメジストの瞳も素敵!」

 

「織シャル?上シャル?」

 

「そこは織上でしょ‼︎」

 

 どうしてこうもこうも不穏なものが一部混ざるんだ…

 

「織斑君と上代君すごい人気だね。いつもこんな感じなの?」

 

「いや、いつもはこんなことはない。今日はデュノアがいるからだろう」

 

「…?」

 

 キョトンと首を傾げる。こいつまさか自分が男であるって設定忘れているのか?

 

「今のところISを動かせる男子って俺たち3人(・・)だけだろ?」

 

「あーっ‼︎うん、そうだね‼︎」

 

 3人を強調するとやっと設定を思い出したのか合点が言った様子だ。こいつ、隠す気あるのか…?

 

「しかしまあ男子が増えてくれて嬉しいよなダイチ‼︎」

 

「ああ、2人でも十分すぎるほど注目を集めてたからターゲットが分散するのは大歓迎だ」

 

「アハハ…2人とも大変なんだね」

 

「シャルルもそうじゃないのか?フランスだと男子操縦者でもそんなに浮かなかったのか?」

 

「あーっ‼︎そう、僕も大変だったから心強いよ‼︎」

 

 …こいつ、もしやわざとやっているのか?あまりに甘い演技力に実はうっかりさんの本物の男の子説に賭けたくなってきたぞ?

 

「やっぱどこの国でもそうだよな。とりあえず俺は織斑一夏!一夏って呼んでくれ!」

 

「俺は上代大地だ。俺も名前で大丈夫だ」

 

「うん、よろしく一夏、ダイチ!僕のこともシャルルでいいよ」

 

「分かったシャルル」

 

 そうこう言ってるうちに俺たちは第二アリーナ更衣室に到着する。

 

(さて、重要な着替えだな)

 

 俺は自分の着替えを始めつつもシャルルを横目に入れるが、、、

 

「ワァッッ!二人ともいきなり何し出すの⁉︎」

 

 俺たちの着替えの様子を見るや否や赤面して素っ頓狂な声を上げる。

 

「何って着替えだろ?」

 

「着替えはそうだけどそんないきなり…」

 

 まるで可憐な乙女のような反応をしているが今は少し間が悪い。

 

「シャルル、頼む急いでくれ。俺たちは向こう向いてるから」

 

「えっ、ダイチ何でだよ?」

 

「一夏いいから向こう向いとけ!特別指導食いたいのか?」

 

「それは困る」

 

 そう言って一夏は大人しく着替え始める。

 

 そう、ここでグダグダやってると俺たちはもろとも鬼教官、もとい織斑先生の特別指導を受ける羽目になる。我々は運命共同体なのだ。

 

「…ありがとう」

 

 小声でそう呟いたシャルルの着替える音がする。確認したいが今は時間がない。

 

 数分後、3人とも無事着替え終わりアリーナに向かう。道中デュノア社に関する話題が出たが、少し表情が曇った。

 

(実家と上手くいってなくてわざとバレようとしてるのか…?)

 

 そんなことを考えながら無事アリーナに到着する。何とか間に合った。そう安堵しているとパシーンと久しぶりに鋭い痛みが脳天に走る。

 

「何でですか⁉︎」

 

「人のことを鬼呼ばわりするからだ」

 

 IS学園の強い人は心が読める。すっかり忘れていた。

 

_______

 

 

 昼休みになり学食に向かおうとしていると一夏がシャルルを連れてやって来た。

 

「おーい、ダイチ。シャルルと一緒に昼飯を食うんだけどお前もどうだ?」

 

「そうだな、せっかくだしご一緒させてもらおうかな」

 

「いつもは断るのに珍しいな」

 

 意外そうな顔をする一夏。

 

「まあ今日はパン買ってきてるしたまにはな。それにシャルルとも話してみたいしな」

 

 俺は意味ありげな笑みを浮かべながらそう言うとシャルルはギョッとした表情になった。どうやら向こうも俺が疑っていることには気づいているらしい。

 

 まあそんなことにこの唐変木が気づくわけもなく

 

「よし、じゃあ行こうぜ」

 

 そう言って何事もなかったかのように歩き始めた一夏を慌てて俺とシャルルは追いかけた。

 

________

 

「一夏、これは一体どういうことだ?」

 

 屋上に行くとそこには不機嫌な様子の篠ノ之と鈴とオルコットが待っていた。

 

「天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ?」

 

「そうではなくてだな…」

 

 状況を鑑みるに篠ノ之は二人きりで食事をすることを期待していたんだろうが、この唐変木がそんなことを考えているわけがない。俺は心の中で篠ノ之に合掌する。

 

「せっかくの昼飯だし、大勢で食ったほうが美味いだろ?それにシャルルは転校してきたばかりで右も左もわからないだろうし」

 

「うぬぬ…それはそうだが」

 

 なんとも納得がいかないと言った様子の篠ノ之。手元には自分の分とは別のお弁当。頑張って作ったんだろうな…本当にこの唐変木は、、、

 

「アハハ…なんかゴメンね、篠ノ之さん?」

 

「いや、デュノアは悪くない。すまないこちらの事情だ。それと私のことは箒と呼んでくれていい」

 

「ありがとう。僕のこともシャルルって呼んで。それせ確か2人は鳳鈴音さんとセシリア・オルコットさんだよね」

 

「そうですわ!私のことはセシリアと呼んでくださいな」

 

「私は鈴でいいわよ」

 

「ありがとう二人とも。よろしく」

 

 そう言って爽やかな笑みを浮かべるシャルル。こういう風にちゃんと演技してれば中性的な男に見えなくもない。

 

「そういえば篠ノ之とオルコットとはこうして話すの初めてだな。改めて俺も自己紹介しておくと上代大地だ。名前呼びでも大丈夫だ。よろしく頼む」

 

「ああよろしく。私も同じく名前で大丈夫だ」

 

「その…色々ありましたが改めましてよろしく頼みますわ。私のことも名前で呼んでくださいな」

 

「ああ、箒。セシリアよろしく頼む」

 

「何でダイチは2人と初対面なの?一緒にご飯食べてるんじゃないの?」

 

 キョトンとした顔で聞いてくるシャルル。中々付かれたくないポイントを的確に狙ってくるな?

 

「一夏といると目立つから俺は別行動してるんだ。それは今日だけでも分かっただろ?」

 

 まあそれに箒やセシリア、鈴と言った恋する乙女たちの戦場を邪魔するほど野暮な人間ではない。

 

「でもあんたも大概目立ってるわよ?」

 

「は?嘘だろ?」

 

 慎ましやかに学食の隅っこで食べていて、ステルス性能を完璧に発揮しているんだが?

 

「だってあんたの周りいつも空いてるから学食入ったらすぐどこにいるか分かるわよ」

 

「そういうことだったのか…」

 

 俺が空いてる所に座るのではなく、俺が座るから空くのか。俺はモーセか何かか?

 

「ダイチと鈴って案外仲がいいんだな?ダイチのほほんさん以外とあまり喋ってるとこ見ないから意外だったぞ」

 

「誰のせいだと思ってるのよ⁉︎」

 

「この唐変木め…」

 

 本当に鈴の言う通りである。鈴が一夏のあまりの唐変木っぷりに相談に来て、そこから何だかんだちょくちょく話す仲になったのだ。

 

 まあ、数少ない生徒会メンバー以外で喋れる相手なのでありがたくはある。

 

「そんなことより一夏、あんたの分よ」

 

 そう言って鈴は一夏にタッパーを放る。

 

「おぉ、酢豚だ」

 

「そう。今朝作ったのよ。あんた前に食べたいって言ってたでしょ?」

 

 なんでもないように繕っているがやはり少し照れが入ってるが、どうやら一夏は酢豚のことで頭がいっぱいのようだ。鈴、ドンマイ!

 

「コホンコホン、一夏さん。私も今朝たまたま偶然何の因果か目が早くに覚めまして、こう言うものを作ってきましたの。よければおひとつどうぞ!」

 

 そう言ってバスケットを開く。中には綺麗なサンドイッチが入っていた。が、一夏をはじめ周りの反応があまり良くない。

 

「お、おう。後でもらうよ…」

 

 そう言って一夏は酢豚を食べ始める。

 

「そうですか…ダイチさんもよろしければお一つどうぞ」

 

 そう言って差し出されたバスケットには綺麗なサンドイッチが並んでいた。

 

「じゃあ、ありがたく頂くよ」

 

 俺はサンドイッチを一切れ取る。一夏と鈴が慌てているような気がするが一体どうしたんだろうか。そんなことを考えながらサンドイッチを口に運ぶとその理由が分かった。

 

 甘い。とにかくサンドイッチが甘いのだ。見た目は普通のBLTサンドなのだが尋常じゃないレベルで甘い。その甘さとトマトの酸味がまた絶望的に合わない。

 

「中々個性的な味だな。セシリア、レシピはちゃんと見て作ったか?」

 

「いえ…ですが本と同じように出来ていますし問題ないのでは?」

 

「セシリア、お前一夏が基本を蔑ろにして我流の操縦で無茶なことをしてたらどうする?」

 

「そんなの基本動作から教え直すに決まっていますわ!IS操縦において基本が疎かにしていては、より発展した戦闘技術を習得することは出来ませんし、基本をマスターした上で独自に戦術を編み出すのが重要ですわ!」

 

「そう、その通りだ。そしてそれはお前の料理にも同じことが言える。お前の味付けは個性的で悪くない。ただ基礎を抑えていないから土台が揺らいで、折角の自己流のアレンジが台無しになっている状況だ。まずはレシピ通りに作って見てそこから自分なりのアレンジを加えて行くのがいいんじゃないか?」

 

 俺の言葉にセシリアは少し考え込むが、自分でも思い当たる節があったようで少し反省した様子で告げる。

 

「確かに大切なことを忘れていたかもしれません。気付かせて頂きありがとうございます。今度は一夏さんに美味しいと言ってもらえるようなサンドイッチを作りますわ!」

 

「そうだその息だ。お前ならまず間違いなく出来る」

 

 そう言ってセシリアを励ます俺に鈴が感心したように小声で言ってくる。

 

「セシリアを傷つけずに改善点はちゃんと伝えるなんてあんたやるわね…」

 

「まあ下手に誤魔化すのは俺にとってもセシリアにとっても良いことないし、それに何であれ相手を騙すっていうのは良心の呵責に苛まれるものだしな。なあ…シャルル?」

 

「えっ⁉︎」

 

 俺の問いかけに露骨に反応するシャルル。もうこれ演技でやってるなら俺には見抜けない。確定だろ…

 

 その後も何だかんだあったがつつがなく昼飯の時間は過ぎて行った。

 

 そう言えば一夏とシャルルの部屋は同じになるらしい。しばらく泳がせて様子を見るか。

 

________

 

 シャルルが転校してきて5日が経ち、放課後に一夏とシャルルがISの実習をしたらしい。

 

 何だかんだで観察を続けていたが、相変わらずISの実習の時の着替えでは一緒に着替えようとはしないし、男であるのを忘れているかのような取ってつけた取り繕いは多いしでまあほぼ確実に女性であろうことは明らかだった。

 

 ただ人を騙そうとする人間にはそれなりの悪意を感じるものだが、シャルルに関してはそう言ったものは喋っている限りでは見受けられず、それが逆に判断を難しくしていた。要は騙す気が無さそうで、いい奴すぎるのだ。

 

 だが実は俺の知らない所で既に一夏のデータが抜かれているのかもしれない。ISの実習もしたとのことだし一夏に聞いてみるか。

 

 そう思い実習後の一夏を捕まえて話を聞く。

 

「どうしたんだ?ダイチ改まって」

 

「いや、シャルルと男二人の生活が羨ましいからどんな感じかって聞きたくてな」

 

「めちゃくちゃ楽しいぞ!やっぱり男同士だと気を遣わなくていいし!」

 

 お前はもう少し気を遣えと思いつつも話を聞いていく。

 

 色々なことを聞きながら聞きたいことはきちんと聞けた_着替えるところは見せないしシャワーも毎回シャルルが後に使っているらしい。

 

 そして、最後に一番大切なことを聞く。

 

「一夏、白式誰かに弄られたりはしてないか?」

 

「何言ってんだよダイチ、心配性だなぁ〜。何もおかしいところはないぞ」

 

「…そうか」

 

「ああ!そういやダイチ、シャルルがなんか俺を避けてる気がするんだが何か心当たりないか?」

 

「いや、俺にはないがひょっとしたら何か慣れないことで言いにくいことがあるのかもしれないし俺の方でも気にしておく」

 

「おう、サンキューな」

 

 そう言って一夏は去って行った。

 

 状況証拠は真っ黒。だけど心象は白。うーんどうしたものか…

 

________

 

 放課後の生徒会室。俺はこの1週間の観察結果を楯無さんに報告していた。

 

「で、例の転校生はどうだった?」

 

「ほぼ確実女性ですね。体つきもとても男には見えませんでしたし、ここ数日真夏のような暑さにも関わらず、ハイネックでのどを隠してました。これは女装する時に男性がのどぼとけを隠す時に使われる手法ですが、逆に女性が男装する時にのどぼとけがないことを隠す時にも使える手法です」

 

「かみしー、男装に詳しいんだね〜」

 

 本音が感心した声を上げる。いや、だから食いつくポイントがおかしいだろ。

 

「まあ知り合いがちょっとやってたんでな…」

 

 その知り合いとはもちろん雪菜様のことである。ちなみに俺は女装をさせられた、なんてことは口が裂けても言えない。

 

「なるほど。じゃあ予想通りデュノア君はデュノアさんって訳ね?」

 

「ええ、間違いないと思います」

 

「ところで私たちが気付くくらいなんですから織斑先生もとっくに気付いているはずです。それなのにどうして織斑先生は動かないんでしょう?」

 

 虚さんの疑問に楯無さんが答える。

 

「多分証拠が揃っていないんでしょうね。今動いてもデュノアさんを捕まえることは出来ても尻尾切りになってその黒幕には手を出せない。こういうのは一網打尽にしないと第二第三の事件が起こっちゃうからね」

 

「黒幕ってデュノア社?」

 

「いや、いくらISを作っている企業とはいえ一企業の力でここまでは出来ない。きっと政府のお偉方の中に黒幕がいるはずだ」

 

「デュッチーにお願いして会わせてもらうとか?」

 

「それこそ知らぬ存ぜぬで尻尾を切られて終わりだろう」

 

 黒幕は早々手が出せないから黒幕なのである。どうにか交渉材料がないとおいそれと引っ張り出せないだろう。

 

「正直今回のフランスの件はデュノアさんには申し訳ないけど、学園の秩序を守る生徒会長の立場としては看過出来るものじゃなくて、ちゃんと対処しておかないとなし崩し的に他の国も同じ手で来かねないから、言い方は悪いけど見せしめ的に厳しく対処するしか無いのよね」

 

 そういう楯無さんからは生徒会長として、そして普段は見せない暗部の当主としての冷酷な一面が滲み出ていた。

 

「デュノアに関しての身辺調査は終わってるんですか?」

 

「ええ、更識家(うち)のヨーロッパ情報網からの報告で、デュノアさんに関しては生い立ちから交友関係、趣味嗜好まで全て(・・)調査済みよ。でもフランス政府のどこと繋がってるのかが中々掴めてなくて攻めあぐねているところ」

 

 たった1週間でそこまで調べ上げるとは流石暗部。それと同時に俺の裏付けはあくまで補強材料であることに気付き、背筋が寒くなる思いがした。

 

 気まずい沈黙が生徒会室を包み込む。その重い雰囲気を変えるように本音が口を開く。

 

「そう言えばかみしーどこの国家所属にするか決めたの?」

 

「あぁ、完全に忘れてた…このまま何もしないとアメリカ所属になるって感じだ」

 

「アメリカか〜、自由の国だね〜。あれ自由の国ってフランスだっけ?」

 

「どっちも自由の国だけど、かたや秘密外交、かたやスパイだの色々がんじがらめで泣きたくなる」

 

 フランスもアメリカと距離置いてた気概はどこに行ったのか。フランスにはアメリカに食ってかかるくらいでいて欲しいものなんだが…

 

 そこで俺の脳内に電流が走る。別にシャルルのことを思ってではない。自分の取るべき最善の手、それを思いついただけだ。

 

「楯無さん、デュノアに関して俺に預けてもらえませんか?」

 

 

________

 

(絶対にバレてるよ…)

 

 シャルル・デュノアことシャルロット・デュノアは危機感を感じていた。白式のデータを盗むため男としてIS学園に転入し、同室となった織斑一夏や他の女生徒達には疑いを持たれずに潜入することが出来た。だが一人、もう一人の男性操縦者である上代大地は初めから明らかに疑いの目を向けてきていた。

 

 

 結局未だに織斑一夏からは白式のデータは奪えていないし、大浴場が開放されるらしいから流石に一緒に入らないというわけにはいかず、それまでに仕事(・・)を済ませないといけない

 

(頑張れ、僕…!)

 

 そう言っていつものようにコルセットをつけ、ジャージを着てシャルル・デュノアに切り替える。

 

 シャワー室から出てふとドアの方を見ると下の方に何か紙が差し込まれていることに気づく。

 

 疑問に思って拾い上げてみるとそこに丁寧な字でこう書かれていた。

 

貴女(・・)の今後の処遇でお話ししたいことがあります。今日の20時に1122号室まで来て下さい』




楯無さんは優しいお姉さんだけど仕事人のイメージ


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【第13話】選択と決意

 前回遅れた分今回電撃的に投稿です!
 前話と合わせてプロット段階では1万字で収まる予定だったってマジ⁉︎若干長くなっていますが良ければ読んで頂けると嬉しいです!


「こんなので本当に来ますかね?」

 

 時計は既に19時55分を指していた。おそらく来るだろうと思っているのだがなんだか不安になってきた。

 

 だがそんな俺とは対照的に楯無さんは余裕綽々といった様子だ。

 

「うーん、もっと書き方を工夫した方が良かったかもね。例えば…『お前が女だということは知っている。そのことをバラされたくなければ部屋に来い』、みたいな?」

 

「思いっきり鬼畜じゃないですか」

 

「ああ、シャルロットちゃん可哀想に。鬼畜なダイチ君に口止め料として乱暴されるのね、エロ同人みたいに」

 

「するわけないでしょ‼︎」

 

 何言ってんだ、このアマは。とりあえず楯無さんに軽くチョップを喰らわせているとコンコンと部屋の扉がノックされた。

 

「じゃあ、私はシャワーでも浴びて来とくから2人で頑張ってね♪六角家の執事のお手並み拝見ね」

 

 そう言って楯無さんは着替えを持って浴室に消えて行った。

 

 さて楯無さんにもらったチャンス無駄にするわけにはいかない。気合い入れていかないとな。

 

______

 

「へぇ…デュノアさんの処遇をダイチ君が決めるってこと?」

 

 楯無さんは笑顔こそ浮かべているもののその目は笑っておらずこちらを値踏みするような冷たさを含んでいた。思わず俺は怯みそうになるが答える。

 

「ええ、さっきの楯無さんのお話では学園内の秩序の安定と今後同様の事件が起こらないようにすることが目的って感じでしたよね?」

 

「まあね。その2つが達成出来るなら私としては特に文句はないわ」

 

「では楯無さんが持ってるデュノアに関する情報をくれませんか。そこから先の切り札は俺が持ってます」

 

「ふーん、別にいいけれどわざわざダイチ君がやるメリットはなに?」

 

「学園側としてのメリットは正直それほどないです。ですが俺にも、そして楯無さんにもメリットがあります」

 

「私に?」

 

 意外そうな声を上げる楯無さん。予想外の返答だったのか少し雰囲気が緩む。

 

「はい。楯無さんの守るべき学園内の秩序にはデュノアも含まれているはずですし、学園外から全てを守る生徒会長としてはそうあるべきです。この治外法権のIS学園を統べる長たるあなたは誰よりも気高い理想と共にあるべきであり、それに矛盾する行動をすれば楯無さんの正義に疑問を持つ人も出てくる可能性があります。だからこそそういうことは俺にやらせて下さい。俺にも楯無さんが守ろうとしているものを守らせて下さい」

 

 俺の言葉を正面から受け止める楯無さん。理想論なのは分かっている。だが俺の思いが届いてくれ…

 

 楯無さんは俺の言葉を聞き終わり少し俯き熟考をするように目を瞑る。

 

 沈黙が生徒会室を包み込む。が、決意を決めたように顔をあげこちらを見つめ直す。

 

「ダイチ君の考えはよく分かったわ。少し時間を上げるし、ダイチ君のお手伝いもしてあげる。でもどうにもならないと私が判断した場合は私は私のやり方でデュノアさんを止めるわ。それでいいわね?」

 

「はい!ありがとうございます」

 

「私の期待を裏切ったらどうなるか分かってるわよね♪」

 

「うっ、善処します…」

 

 そうして俺は楯無さんからシャルルの情報をもらう。ここからは俺の勝負の舞台だ。失敗するわけにはいかない。

 

_____

 

 俺がドアを開けるとそこには緊張した様子のシャルルが立っていた。

 

「えっと…こんばんは」

 

「突然呼び出してすまない。とりあえず中に入ってもらえるか?」

 

「あっ、うん」

 

 そう言ってシャルルを部屋に入れる。

 

「その辺に座ってくれ」

 

「ありがとう」

 

「何か飲むか?と言っても緑茶しかないんだけどそれでいいか?」

 

「あっ、それで大丈夫だよ」

 

 そう言ってシャルルは椅子に腰をかける。その雰囲気は明らかに怯えていた。

 

 俺はシャルルにお茶を差し出す。

 

「あっ、美味しい…」

 

「どういたしまして、緑茶には慣れたか?」

 

「部屋でも一夏が淹れてくれるしこれもこれで美味しいなって思うよ」

 

「それならよかった」

 

 そう言って少し空気が緩むも沈黙が部屋を包み込む。場も温まったし本題にいくか。

 

「さて、今日は何の用件か分かるか?」

 

「僕の処遇について…だよね?」

 

「ああ、何か俺たちに隠していることはないか?」

 

「…」

 

 シャルルは黙り込む。やはり自白というのは厳しいか。

 

「悪いがお前の家族関係を調べさせてもらった。お前は非嫡出子、いわゆる愛人の子だな?」

 

「どうしてそれを⁉︎」

 

「情報の出所は明かせないがその反応を見る限り合っているようだな」

 

 シャルルはそこで気づく。出自を知っているということは勿論自分の性別に関しても当然調べがついているのだろう。チェックメイトである。観念したようにシャルルは話し始める。

 

「…僕は愛人の子として生まれ、2年前に母が亡くなってデュノア本家に引き取られたんだ。そこでIS適性が高いことが分かってテストパイロットをすることになったんだ」

 

「…」

 

「もうダイチは知ってるかもしれないけどうちの会社、経営状況が良くないんだ。そこでデュノア社の広告塔として、そして第3世代である一夏の白式のデータ窃取及び2人目の男子生徒である上代大地の身柄確保のために男装してスパイとして送りこまれたんだよ」

 

「でも、お前は一夏から白式からデータの情報を盗もうとした形跡は今の所なく、それどころか一夏を避けているという。それはなぜだ?」

 

「…」

 

「積極的に隠す気はなく、正体が発覚してもまあそれで仕方ない。どちらかと言えば消極的な協力によってデュノア社への復讐をしようとしたんじゃないのか?」

 

「…ダイチは本当に何でもお見通しなんだね」

 

 そう言って笑うシャルルの笑顔はどこか空虚で痛々しかった。

 

「でも、ダイチにはバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社はまあ…潰れるか他の企業の傘下に入るかどのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

 

「…本当にそれでいいのか?」

 

「えっ?」

 

「IS学園の転入には厳しい条件、特に国家の推薦が必要となる。つまりフランス政府が自国の、ましてや代表候補生にする人間のことを調べていないはずがない。恐らく補助金のカットをちらつかせてデュノア社に今回の計画を立てさせたのだろう。この件の黒幕はデュノア社じゃなくてフランス政府なんだ。勿論それを黙認したお前の実家も許されることじゃない。でもデュノア社も被害者であることをわかってほしい」

 

「でも、それを知った所で今更僕にはどうにも出来ないし…」

 

「そんなことはない。フランス政府を告発すればいい」

 

 俺の言葉にシャルルは笑って首を横に振る。

 

「それこそ無理だよ。ダイチもさっき言ってたじゃないか。フランス政府はデュノア社の一存でやったこととしてデュノア社ごと僕を切り捨てるよ。そして僕は代表候補生を降ろされて牢屋行きで口封じかな」

 

 どこか諦観を含んだ声。大きな力の前に人生を翻弄されて来た彼女はもう自分の居場所を見失っているのだ。

 

「お前一人の発言だとそうなるだろうな。だが俺がその件に関して証言をするとなるとどうだ?」

 

「えっ?」

 

「ただの一代表候補生の発言となればそれこそもみ消されかねないが、良心の呵責に耐えかね男性操縦者である俺に真実を打ち明けた。そう俺が証言すれば一気に世論はお前に味方し、フランス政府もおいそれとちょっかいを出せなくなるだろう」

 

「でも…」

 

「それにここはIS学園。あらゆる国家・組織・団体に所属しない。ですよね、楯無さん?」

 

「ええ。どんなことがあろうとこの私がいる限り決して手出しはさせない。身の安全は保障するわ」

 

 『鉄壁』と書かれた扇子とシャツだけを纏い現れた楯無さん。シャワーを浴び終わって濡れた髪が艶めかしく、正に水も滴るいい女性と言った感じだ。

 

「あなたは⁉︎」

 

「初めまして、シャルロットちゃん♪私は更識楯無。生徒会長をやってるわ」

 

「タテナシ・サラシキ…あっ、もしかしてロシア代表の⁉︎」

 

 目の前にいる人物の正体に気付き驚きの表情を浮かべる。楯無さんやっぱり有名人なんだな。

 

「そういうこともやってるわね〜。とにかくIS学園内にいる限り私が守ってあげるから安心しなさいな。だからあなたはここに居なさい」

 

 そう言って楯無さんはシャルルの頭を優しく撫でる。

 

「僕がここに居ていいんですか?」

 

 シャルルは楯無さんを見上げる。

 

「勿論よ。あなたも私の守るべき学園の生徒でしょ。安心しなさいな。1人で今までよく頑張って来たわね」

 

「あっ、ありがとう…ありがとうございます…」

 

 緊張の糸が切れたのかシャルルは大粒の涙を流す。楯無さんがハンカチを取り出しシャルルに渡す。

 

「ダイチ君女の子泣かせるとかおねーさん感心しないんだけどなぁ?」

 

「なっ、シャルル泣かせたの楯無さんじゃないですか」

 

「酷い、ねえシャルロットちゃん?ダイチ君のこの態度良くないわね?」

 

「アハハハ、そうですね。確かにダイチはもうちょっと女心を理解すべきですね」

 

「なっ…まあいいが、なあシャルルそこで一つ俺の依頼も聞いてくれないか?」

 

「依頼?」

 

「ああ、ある人に会わせて欲しいんだ」

 

______

 

 シャルルを部屋に返したあと俺たちはお茶を淹れ直し楯無さんと一息吐く。

 

「とりあえずなんとかなったわね」

 

「ええ、勝負はこれからですがひとまず第一ラウンドはクリアって感じですね」

 

「そういやダイチ君やたらシャルロットちゃんに肩入れするじゃない。ひょっとして好きなの?」

 

 楯無さんの軽口に俺は適当に返す。

 

「違いますよ。あいつ俺と同じ目をしてたんです」

 

「目?」

 

「そうです。両親に捨てられてこの世の全てに絶望したような目を。だからこそ捨て置けなかったんです。ん、どうしたんですか?」

 

 俺の話を聞きながらニヤニヤとした笑みを浮かべる楯無さん。

 

「いや、ダイチ君やっぱりいい人だなって思って」

 

「俺はいいやつなんかじゃないですよ。今回のシャルルの件もフランスの政府から裏取引情報を引き出すのが目的ですしシャルルの件はあくまでついでです」

 

「でもシャルロットちゃんを切り捨てフランスと直接交渉をするって道もあったはずよ。でも君はついでといいつつ、救える人間は全てを救っちゃう。君のいいところよ」

 

「買い被りすぎですよ。俺は俺に出来ることをしているだけです」

 

「もう可愛くないんだから。まあでもそこがダイチ君のいいところでもあるんだけど…」

 

 そしてそれまでのふざけた口調から一転真剣な声色になる。

 

「それにしてもダイチ君ありがとう。わたしの大事な物を守ってくれて」

 

「当然じゃないですか。生徒会長様を支えるのが副会長の仕事です」

 

「それでも私1人じゃきっとシャルロットちゃんを排除する方向で動いていたと思うの。本当にありがとう」

 

「楯無さんちょっと向こう向いててくれますか?」

 

「えっ?」

 

「いいから」

 

 そう言って楯無さんは俺に背中を向ける。俺はその肩にそっと手を触れる。

 

「ヒャッ」

 

「変な声出さないで下さい。あっ、やっぱり肩かなり凝ってますね。この1週間かなり仕事詰めてましたからね」

 

「ダイチ君一体何を…?」

 

「見ての通りマッサージですよ。楯無さんこそずっと気を張っているんですからちょっとは休んでください。頼りないかもしれませんけど俺は一応生徒会副会長ですから」

 

「いえ、そんなことないわ。ダイチ君は良くやってくれていて…」

 

 そう言いながら楯無さんは寝落ちしてしまう。よほど疲れていたのだろう。俺は彼女を起こさないようにそっとベッドに移す。生徒会長、ロシア代表、暗部当主。本当に16歳の少女の小さな背中には重すぎるものを背負いすぎているのだ。少しでも俺が力になれるならお安いものだ。

 

 とりあえずシャルルはこちらに取り込んだ。あとは俺がそのカードをうまく使っていくだけだ。

 

______

 

 都内の高級ホテルの一室。そこでシャルル・デュノアはある人を待っていた。

 

 約束の時間ぴったりにドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

 ガチャリとドアを開け壮年の紳士が部屋に入ってくる。冷静を装っているが期待と焦りが隠し切れていなかった。

 

「デュノア君、白式のデータが手に入ったと言うのは本当か⁉︎」

 

「はい…この5Dメモリクリスタル内に」

 

 そう言ってシャルルはガラスディスクを取り出す。ISのデータは膨大なものとなるので通常の記憶媒体では保存しきれないからこう言ったものを使う必要がある。

 

「おぉ、良くやった!さあ、それを早く渡しなさい」

 

 男は興奮を隠し切れないと言った様子で息巻く。

 

「はい…」

 

 シャルルは手の中にあるガラスディスクを渡そうとする。がその手を止め、思い留まる。

 

「これを渡したら僕は本当に解放されるんですか?」

 

「ああ、当然さ。君はもう男装してIS学園に侵入する必要はなく、デュノア社にも以前通りの予算を提供することを約束しよう」

 

「足がつかない下っ端を寄越すかと思って心配していたんですが、やはり白式のデータほどの重要なものなると自ら出向いてくれましたか」

 

「…‼︎何者だ⁉︎」

 

 別室に隠れていた俺はおもむろに姿を表す。

 

「初めまして、上代大地と申します」

 

 笑顔で手を差し出すが、男は明らかに警戒した面持ちで隣のシャルルに尋ねる。

 

「デュノア、どうして2人目がここにいる?」

 

「その…」

 

「私がデュノアさんに頼んだんですよ。あなたと話をするためにね」

 

「話?一体何の話だ?私はデュノアのお友達紹介に付き合っている時間はないんだが…」

 

 苛立ちの中にも想定外の展開に焦りがあるのを感じ取る。

 

「それにしても中々面白い話をされてましたね。デュノアさんが男装だったり白式のデータを盗んだりと…」

 

「一体何のことか分からないが?」

 

「そうですか。シャルル、失礼」

 

 そう言って俺はシャルルのポケットに入れていたICレコーダーを取り出し再生ボタンを押す。

 

『ああ、当然さ。君はもう男装してIS学園に侵入する必要はなく、デュノア社にも以前通りの予算を提供することを約束しよう』

 

「これは何でしょうか?」

 

 その音声を聞くや否や男の顔は真っ赤になり声を荒らげる。

 

「デュノア!貴様裏切ったな⁉︎こんなことをしてデュノア社がどうなるか分かっているのか⁉︎」

 

「そっ、それは…」

 

 男の怒声にシャルルはビクッと身体を震わせる。

 

「どうなるか分かっていないのはあなた方の方です」

 

「そっちこそ録音くらいで何を調子に乗っている?男装もスパイ行為もデュノア社とそのテストパイロットによる独断。そんな録音いくらでも捏造出来るしマスコミに持ち込んだ所で小娘の証言一つくらいで世論が動くとでも思っているのか?」

 

 こいつやっぱりデュノア社もろとも切り捨てるつもりか。腐り切ってやがる。

 

「デュノアさん1人の発言ではそうかもしれません。ですが男性操縦者である俺の証言も加わればどうでしょうか?」

 

「は?」

 

「『デュノア社及びフランス政府からの圧力で泣く泣く男装をさせられ、スパイ行為を働くように強要させられるも良心の呵責からデュノアさんから真実を打ち明けられた』。こう俺が発言するだけでデュノアさんは一躍スパイから悲劇のヒロインとなります。世にも珍しい男子IS操縦者並びに見目麗しい悲劇のヒロインコンビと陰謀論と一蹴するフランス政府、世間は一体どちらを信じるでしょうかね?」

 

「なっ…」

 

「自由を標榜するフランスという国が女性を男性に仕立て上げスパイ行為をさせた。女尊男卑の昨今ですからこれほど美味しいマスコミのネタはないでしょうし、フランスという国の威信が揺らぎかねないスキャンダルだと思いますがどうしますか?」

 

 男はしばらく言葉に詰まるがふぅ、と息を吐きこちらを見つめる。

 

「…そちらの要求は何だ?」

 

「私の所属に関してアメリカから持ちかけられている裏取引を公表して下さい」

 

「何をバカなことを‼︎そんなこと出来る訳ないだろう⁉︎」

 

 男は顔を真っ赤にして怒鳴ってくるが今話の主導権を握っているのは俺だ。

 

「では、このことを公表するしかないですね」

 

「そんなことをすれば我が国は…」

 

「考えてみて下さい。木を隠すなら森の中。不祥事を隠そうとするならより大きな不祥事を起こしてしまえばいいのです」

 

「どういうことだ…?」

 

「幸いデュノアさんのことはIS学園内では広まっていますが、まだニュース等にはなっていません。そこで『アメリカが男性操縦者を独占しようとした』といったよりインパクトのあるニュースを提供し、そのことで世間が持ちきりの隙に、こっそりデュノアさんに関しては手違いがあったと発表すればいい」

 

「だがしかし、その場合アメリカから受けられる予定となっていた技術提供の話が…」

 

 予想はしていたがやはりか。IS大国としてのメンツの保証と実利をちらつかせる。非常にうまいやり方だ。

 

「ではストーリーを変えこうしましょう。フランスは技術力の無さという足元を見られ、アメリカが技術提供をする代わりにフランスは男性操縦者である私の確保の協力及び白式のデータを盗んで共有する。これがアメリカから持ちかけられた条件だとすれば、フランスもデュノアさんもアメリカと言う強者から脅迫された被害者と目に映ることでしょう。あの超大国の唯一の弱点は世論です。デュノアさんの美しい容姿も含め悲劇の少女として世論を味方に出来る可能性があります」

 

「だがそんなことをしてもやがてすぐに反論が来て真実が明らかに…」

 

「今回のアメリカの外交で1番割を食ってるのは俺です。1番の被害者である俺があなた方と共同で全世界に向けて情報を発信すればそれが“真実”となります。子供や被害者といった弱者は嘘をつかないとの思い込みが世の中にはありますからね」

 

「むっ…」

 

「それに全てが嘘という訳ではないですし、何よりアメリカが嘘と証明しようにも裏外交を公表することは出来ないでしょう。この取引そちらにとっても悪いものではないと思うのですがどうしますか?」

 

 提案という体をとっているがこれは最早脅迫であった。男は少しの間考えこむが、やがて降参したように首をすくめため息をつき手を差し出す。

 

「…本国と調整しよう」

 

「ありがとうございます。共犯(なかよく)しましょう」

 

 俺は差し出された手をしっかりと握った。

 

________

 

 

 翌日の夕方、日本において衝撃のニュースが発表されていた。電撃的な記者会見。これも勿論アメリカの対応を遅らせるためのものだった。

 

 急遽告知したにも関わらず日本の記者以外にも他国の記者の姿も散見され、改めて男性操縦者というものの注目度を再認識する。

 

「皆さんは3人目の男性操縦者の存在はご存知でしょうか?」

 

 俺の言葉に会場がざわつく。当然だ、3人目など存在しないのだから。

 

「一部の方はご存知かもしれませんが、私の隣にいるシャルル・デュノアさんが先日3人目の男性操縦者としてIS学園に転入してきました」

 

 隣のシャルルに注目が一斉に集まる。がシャルルは男装をしておらず、女性なのは明らかである。

 

「ただご覧の通り彼の正体は女性であり、結果として彼女は男装していたと言うわけです」

 

「どうして男装をしていたのですか?」

 

「それが今回皆さまにお集まり頂いた1番の理由です。デュノアさんは私及び織斑一夏のISデータを取得するために男装していたのです」

 

「それはつまりスパイ行為を働いていたということですか?」

 

「率直に言えばそういうことです。ただしデュノアさんにはどうしてもやむを得ない事情がありそのような行為を及ばざるを得なくなったのです。私は良心の呵責に耐えかねたデュノアさんから自分は女性であるとの告白を受け、また同時にアメリカ合衆国からフランス政府に持ちかけられている私の所属に関する裏取引の話も打ち明けてくれました」

 

「裏取引と言うのはなんなんですか?」

 

 さらに騒つく記者陣から質問が飛ぶ。その質問にフランス側の代表が答える。

 

「我々のISに関する技術力に関しては他国に比べ遅れをとっているという現状があります。その点に関してアメリカから技術提供を受ける代わりに、男性操縦者のアメリカ所属のサポート及び白式のデータ取得のために苦渋の決断ではありますがデュノアさんの性別を偽り送り出すことになってしまったのです」

 

「男性操縦者のアメリカ所属というのは上代さんに関してですか?」

 

「ええ、その通りです。アメリカは上代さんの所属を自国の所属にするために友好国に圧力をかけていた。そういうことになります」

 

 ただでさえヒートアップしていた会場の熱気がさらに高まる。

 

「ただ不本意なデュノアさんの侵入工作や本人の声を聞き、やはりこんなことは“自由の国”である我が共和国として、そして何より自由を国是とする我が一共和国民が犠牲になるような作戦をこれ以上続けることは出来ないない。正々堂々と技術開発を進めていくことこそが我が国の“正義”だと改めて確信したということが今回の記者発表に至った経緯です」

 

 フランス代表の発言により会場は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。このタヌキめ、シャルルを切り捨てる気満々だったくせによくもそんな綺麗事を口に出来るものだ。まあお陰でいい感じに場も温まったし俺はここで追い討ちの一手を打つか。

 

「私は世界でただ2人しかいない男性IS操縦者であり、もう1人の男性操縦者である織斑一夏さんの日本の所属が決定しているため、私自身は日本の所属でなくなる覚悟はISを動かした日から出来ておりました」

 

 そこで一度言葉を切り、会場を見回し注目を集める。

 

「ですがやはり生まれ育った国を離れて生活するのは辛く、私の一生に関わる問題でもあります。それならばせめて自分の所属する国は自分で選びたい。我が儘であることは十分承知しています。ですが私は男性操縦者である前に1人の人間であり、無理は承知の上でフランス政府にご協力をお願いした所、今回共同の会見を快く開いて下さったという流れになります」

 

 よくもまあこんな嘘をペラペラと喋れるものだ。我ながら呆れながらも感心する

 

「技術提供を受けられないという悪影響がどれほどのものであるかは正直一個人としては理解しきれているとは思いません。ですがそういったリスクを背負いつつもアメリカとの関係よりも1人の自国民を、そして私のような他国民の私のためにこのような会見を開いて下さったフランス政府には深く感謝と敬意を示します。本当にありがとうございます」

 

「今後もフランス政府としては…」

 

 記者会見は予定の時間を大きく超過し、1時間後にはネットを中心に世界中の話題の中心となっていた。

 

 ようやく記者会見が終わり舞台袖に引っ込む時シャルルが俺の袖を掴み上目遣いで告げる。

 

「あのダイチ、本当にありがとう…」

 

「俺はただ俺の利益のために動いただけだ。きにするな」

 

 そういって俺はシャルルの手を離し軽く答える。主に今回のメインは自分の所属国家のフリーハンドを得るためだしシャルルに関しては都合が良かっただけだ。

 

 舞台袖で待っていた楯無さんが呆れ半分と言った様子で出迎えてくれる。

 

「お疲れ様。それにしてもよくもまああんな嘘を堂々とペラペラと喋れるわね。政治家とかに向いてるんじゃないの?」

 

「吐くなら大きな嘘のほうがバレにくいんですよ。知りませんでした?」

 

 ため息をつく楯無さんに俺は冗談めかして返す。

 

「それに楯無さんが言ったんじゃないですか。『選択肢は自分で作るものだ』って」

 

「誰もここまでやれとは言ってないわよ…」

 

 楯無さんは頭を抱える。

 

「まあでもこれでちゃんと世界も動くでしょうね。しばらくは楽しんで見守りましょう」

 

「まるで悪魔ね…」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 そういって俺は自分の人生を決める重要な1日は幕を閉じていった。

________

 

 俺の記者会見から数日イギリスやイタリアと言った他のIS大国からも同様な記者会見が行われアメリカの劣勢は明らかになった。そこで急遽6大国限定であったIS特別委員会はISを自国で開発している全ての国が参加する平等な選考をすることになった。

 

 そして数日後都内の高層ビルの一室でIS特別委員会が行われることになった。

 

「大丈夫、ダイチ君?」

 

「ええ、何とか…」

 

 こういう場は旦那様の付き添いで来たことは何度かあるのだが今回は自分が主役ということを意識すると緊張せずには居られなかった。

 

「あんなこと平気でしといて変なとこで肝が小さいんだから…まあ、気楽にいきましょう。お水いる?」

 

「もらってもいいですか?」

 

「はいどうぞ」

 

 楯無さんから水を受け取りペットボトルに残っていた半分ほどを一気に飲み干す。

 

「ちょっと落ち着きました」

 

「そりゃそうでしょ。おねーさんとの間接キスの感想はどう?」

 

「そういうこと気にするのは中学生までですよ」

 

「おっ、いつもの調子が戻ってきたわね」

 

 そう言って楯無さんは笑う。ほんとどんな状況でも人の気持ちに機敏で気が効く人だ。やっぱりすごい人なんだなと改めて実感する。

 

「私は各国のプレゼン中は別室での待機になるから今のうちに一つアドバイスを。ISの性能もそうだけど君にとって1番いい選択をしっかりしてきなさい。あと楽しんでくること!」

 

 そう言って背中をパンと叩かれる。

 

「ありがとうございます。しっかりと自分で決めてきます!」

 

 そう言って俺の運命を決めるIS臨時委員会が幕を開けたのであった。

 

____

 

「_我々の説明は以上です。貴方が当国を選んでくれることを祈っておりますよ」

 

「ありがとうございました。検討させて頂きます」

 

「では、また会えることを祈って」

 

 そう言って背広姿の男が部屋を出て行く。

 

「つっ、疲れた…」

 

 何か国目かの説明を聞き終わり俺はグッタリと机に突っ伏す。元はと言えば六大国の縛りを無くした自業自得なのだが、IS開発を行なっていて今すぐ提供可能なISがある国家という括りに絞っても何らかの専用機や国家に所属した時の待遇などプレゼンをしてくるものだからその時間も膨大なものになっていた。

 

 これまでの国で特に印象に残っているものとしてはやはりイタリアやイギリスといった六大国のもので、アメリカとの談合が無くなったからかISの性能といい待遇面といいかなり好ましいものであった。

 

(正直待遇はどこの国も似たり寄ったりだしISの性能で選ぶしかないかな…)

 

 そんな風に考えていると短い休憩時間もあっと言う間に終わり次の国のプレゼンの時間になる。

 

 コンコンとドアがノックされ、部屋に入ってきたのは若い女性であった。年は20才前後だろうか。スラリとした長身に碧眼の瞳、美しい金色の髪。モデルをしていると言われても納得してしまいそうなほど整った顔立ちである。

 

 思わず見惚れていると女性が手を差し出してきた。

 

「初めまして、上代大地さん。お会いできて光栄です」

 

「初めまして、って日本語⁉︎」

 

 あまりにも流暢な日本語に俺は思わず呟く。他国は大体通訳がいたのにそう言えばこの国は目の前の女性以外いないことに今更気付く。

 

「ええ、私もあなたと同じくIS学園で3年間過ごしていたからね」

 

 そう言って彼女は少し砕けた口調で笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

 そして彼女の視線が俺の左手で止まる。

 

「あっ、その子(・・・)ちゃんと使ってくれてるのね!私の後に使う人が居ないって聞いていたからちょっと寂しかったのよ」

 

 彼女はまるで我が子を慈しむように言うが俺は話について行けず思わず聞き返す。

 

「その子?」

 

「ええ。その待機形態、生徒会の訓練機でしょ?」

 

 そこでようやく俺の中で話が繋がった。

 

「ではあなたはもしかして…」

 

「名乗るのが遅くなってごめんなさい。私はナタリア・コストナー。あなたの訓練機の前の持ち主で、今はスイスのIS開発会社『ギザン社』で主任設計者をしていて今日はスイス代表として、ISや待遇面等の説明を担当させて頂きます。よろしくお願いします」

 

 やはりそうか。この人が楯無さんから聞いていた整備課で唯一の生徒会長だった人か。

 

「楯無さんからお噂はかねがね。上代大地と申します。えっと…コストナーさんよろしくお願いします」

 

「ナタリアって気軽に呼んでもらえると嬉しいわ。気を遣わないでたっちゃん_いえ楯無さんと接するみたいにしてくれたら大丈夫よ」

 

「楯無さんに接するようにってこれまた中々難しい注文ですね…」

 

「あら?たっちゃんと上手くいってないの?」

 

「いえ、仲良くして頂いてるんですけど楯無さんどこか捉えどころなくないですか?」

 

「そう?さっきサプライズで挨拶に行ったら驚きのあまり扇子落としてたわよ。相変わらず反応可愛いくて面白くない?」

 

 そう言って笑うナタリアさん。ひょっとして楯無さんの裏をかくとかひょっとしてこの人とんでもない人なのでは…?

 

「まあ、余談はここまでにして本題に入らせてもらうわね」

 

 ナタリアさんは資料を俺に渡し説明を始める。

 

 スイス代表候補としての待遇面の条件は日本とスイスとの往復チケットや専属整備チームの設置など基本的に他国と同様のものだった。そして何より大事なISに関してのデータの説明が始まる。

 

「君が代表になった時に支給されるISは第二世代最後発となる近距離戦闘用IS守護者(ガーディアン)よ。次のページ見てくれるかしら。他の国が提供予定と思われるISの想定スペックとガーディアンとのスペックを各項目ごとに比較したグラフよ」

 

 そう言って俺はグラフを見る。速度はイタリア製テンペスタII型。長距離戦闘はイギリスのティアーズ型。爆発力ではアメリカ。そして総合力ではドイツのレーゲン型がそれぞれ高い水準を誇っておりガーディアンの性能はどれも悪くないものの正直器用貧乏といった印象が否めなかった。

 

 だがただ一つの項目に置いてガーディアンは他国のISを寄せ付けない圧倒的な性能を持っていた。防御力である。

 

「そこそこの性能を持つ防御特化の機体ということですか?」

 

「ええ、ISは基本的にエネルギーシールドに防御を任せて装甲は可能な限り少なくして火力を高めたり機動性を高めたりするんだけど、このISは全く逆。今時のISには珍しいフルスキンのISよ」

 

「どうしてそんなISを?」

 

 正直ナタリアさんがいうようにISの防御はシールドエネルギーに任せてやられる前にやる。そう言った攻撃型のISが主流なのだ。

 

「ダイチ君はスイスに関してどれくらい知っているかしら?」

 

「ヨーロッパの中心にある山がちな地形の永世中立国ってことくらいですかね」

 

「それだけ知っていてくれたら十分よ。うちの国は永世中立国。つまり有事の際にはドイツ、イタリア、フランスといったIS大国に囲まれていてそれらが敵国になる可能性があるの。そこでうちの国は防御特化のISで敵の進行を食い止めつつ、攻撃特化のISで敵の拠点を落とす。それが防衛の基本戦略になっているわ。つまりあなたに託すのはこの国の国防の根幹をなすものよ」

 

「どうして外国人である俺にそんな重要な役目を…?」

 

「この機体があなたに合っていると思ったから」

 

「俺に合っている?」

 

 意外な言葉に俺は思わず聞き返す。

 

「ええ、失礼だけどあなたがISに乗ることになった経緯や理由を調べさせてもらったわ。『大切な人を守るため』、それがあなたがISに乗る一番の理由。その目的にはクセはあるけど最適な機体だと私は思ってるわ」

 

「確かにそうですが…」

 

「それに君は必然的にうちを選んでくれることになると信じてるしね」

 

「一体どういうことでしょうか?」

 

 意図が読み取れず質問する。

 

「例のあの記者会見見させてもらったわ。あのインタビューをしておいてアメリカ所属になるわけにはいかないだろうし他の六大国の所属になるのも角が立つ。かと言ってロシアや中国といったアメリカと距離を置いていて何より日本の隣国である国に所属することになれば将来母国である日本と戦う可能性がある」

 

 確かにナタリアさんのいう通りだ。日本ではない国家に所属するということは将来母国である日本とことを構える可能性があるということなのだ。

 

「でもその点うちの国は過去二度の大戦でも中立を貫いてきた永世中立国。日本から攻撃されない限り敵対することはないし、地理的に見ても実利的に見ても日本がスイスと敵対する可能性は他国と比べ合って限りなく低い。永世中立国であるうちに所属するのが外交的にも1番収まりがいいしそれだけでも十分うちの国を選ぶ理由になるとは思わない?」

 

「確かにそうですね」

 

 国家所属を選ぶと言いつつも俺に抜けていた俯瞰的な視点からのアドバイス。俺は素直に感心する。

 

「それとこれは本当に申し訳ないんだけどあなたの大切な人、六角雪菜さんのことも失礼なのは承知の上で調べさせてもらったわ」

 

「‼︎」

 

 まさかここで雪菜様の名前が出てくるとは思わず不意をつかれる。

 

「スイスでは他国と比べて植物状態に対する研究や治療が他国よりも進んでいて世界中から治療を求めて多くの人が集まってきていて順番待ちしている状態よ。汚い手を使っているのは百も承知だけどうちの代表候補になってくれた場合優先して治療することを約束するわ」

 

「…」

 

 俺は想定外の提案に言葉が詰まる。俺がスイスに所属する事で雪菜様の病状が良くなってくれるならばそれに越したことはない。ただスイスの所属になるということは、ほとんど日本に戻ることも出来ないだろうし雪菜様が回復されたとしても一緒にはいられない。

 

 だが俺に本当に大切なものは何だ?俺が1番守りたいのは雪菜様の笑顔ではないのか。それをもう一度見られるのなら悪魔にだって魂を売る覚悟は出来ている。なら迷う必要はないのではないか。

 

「もう少し待遇面や、ISのスペックに関して教えて教えてもらえませんか?」

 

 悩み抜いた末の結論。俺はナタリアさんに尋ねる。

 

「ええもちろん!まずは専用機についてだけど…」

 

 そう言ってナタリアさんは嬉々として話し始める。予定の時間を少しオーバーしてしまったが非常に実りのある提案で、あと10カ国のプレゼンが残っていたがその殆どが無意味であることは明らかであった。

 

 そして運命の瞬間。所属国家を決める投票箱に自分の所属したい国家名を書き投票する。

 

 開票結果を見た3人のIS委員会のお偉いさん方は驚きと確認を込めて俺に最後の意思確認をする。

 

「この記入で間違いはないんだね」

 

「はい。間違いありません」

 

 俺が投票した用紙には『Swiss Confederation』の文字がしっかりと書き込ませていた。

 

 こうして俺はスイスへの所属が決定した。

 

 




 楯無さんは凄い人。でも同じタイプには相性が悪いイメージ。スイスが医療技術発展しているのも本作独自の設定なので悪しからず。
 次はちょっと遅れそうなので目処が立ったら活動報告に投稿予定書いておきます!
(追記)読み返して気付いたのですがこれシャルが一夏ルートに行かなくない…?どうにか頑張っていきます


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【第14話】ギザン社

 切りどころが分からなかったので少し長くなってしまいましたがよければお読み頂けると嬉しいです!



 使用人として六角家に仕え始めてから3年目、ぼくはお嬢様に呼び出されていた。

 

 何処か物憂げで、しかしいつになく真剣な表情を浮かべるお嬢様にぼくは問いかける。

 

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

 

 お嬢様は改まった態度でぼくに切り出す。

 

「ダイチ、あなたにお願いがあります」

 

「何でしょうか?」

 

 一瞬の逡巡、だがお嬢様は心を決めた様に切り出す。

 

「六角家ではなく私に仕えてくれませんか」

 

「えっと…それはどういう意味でしょうか?」

 

 発言の真意を図りかね俺は尋ねる。

 

「六角家の娘だからではない、私という1人の人間に仕えて欲しいということです」

 

「それは今とどう違うのですか?」

 

「もし私が六角家を出るような事になっても私についてきて欲しいのです」

 

「六角家を出られるのですか?」

 

「もしもの話です。その時はあなたの人生を私に下さい」

 

 突然の提案をうまく飲み込めずにいるとお嬢様は続ける。

 

「充分にお給料も払うことも出来ないと思います。ですがその代わりに…私の人生をダイチに上げます」

 

「…つまりぼくの人生とお嬢様の人生を交換するってことですか?」

 

「やはりダイチは物分かりが早くていいですね。そういうことです」

 

 ニッコリと微笑むお嬢様に対しぼくは反論する。

 

「その提案にはお嬢様にメリットがありません。ぼくの命は3年前果てていたはずの命、既にお嬢様のものです」

 

 ぼくは3年前お嬢様に拾ってもらわなければそのままのたれ死んでいた。その時点でもう既にこの身はお嬢様に捧げている。

 

「もう変なとこ強情なんですから。じゃあこうしましょう。私のストッパーになって下さい」

 

「ストッパー?」

 

「そうです。私は私の道を行きます。ですが私があなたの思う私でなくなった時、間違った道を進んだ時にはあなたの手で止めて下さい。これは命令です。良き執事は暴走した主人を止めるのも仕事の一つですから」

 

「…正直お嬢様が道を踏み外すとは思えませんが、分かりました」

 

 ぼくの答えに納得したのかお嬢様は破顔し笑顔を浮かべる。

 

「分かってくれたならよしです!あとこれからは私のことは名前で呼ぶこと!」

 

「使用人の立場でそれは流石に…」

 

「忘れましたか?今から貴方は私の執事兼ストッパーです。ストッパーなら呼び方なんて気を使う必要はないでしょう?」

 

「それとこれとは話が…」

 

 ぼくの反論を遮りお嬢様は言う。

 

「とりあえず呼んでみましょう!リピートアフターミー雪菜」

 

「雪菜…様」

 

 とんでもない罪悪感と少しの心がこそばゆい感じがする。名前を呼ばれたお嬢様は少し不満も含みつつも笑顔を浮かべる。

 

「うーん、60点ってとこですかね。とりあえず今日はこのくらいにしておいてあげます!」

 

 ご機嫌なお嬢様…もとい雪菜様を見つつ少し胸に温かいものが広がっていた。

 

______

 

「お客様、到着しました」

 

 俺は客室乗務員さんに起こされる。

 

「あっ、すいません。ありがとうございます!」

 

 俺は慌てて手荷物を纏め、客室乗務員さんの挨拶を背中から受けながら飛行機を降りる。

 

 12時間のフライトを終え、固まった身体を伸ばしながら搭乗口から降りると爽やかな空気が出迎えてくれる。出発前日本では既に梅雨明けも宣言され、既にうだるような暑さになっていたためそれと比べると湿気がなく、また温度も低くかなり過ごしやすい。

 

 IS特別委員会から4日後、何故か俺はスイスに来ていたのだ。

 

 何故かという部分に関しては理由という部分は分かる。俺がスイス所属になったからだ。

 

 だがその渡航時期に関しては最速でも1週間は時間をもらえるだろうと考えており、タッグマッチトーナメントが終わったあたりの渡航かと思っていたので、所属決定から4日というまさかの超スピード渡航にはめちゃくちゃバタバタした。

 

 まずは単純に荷物の準備。旅慣れていないことはないのだが海外は初めてと言うこともあり楯無さんに色々教えてもらった。流石ロシア代表というだけあって本国との行き来なども慣れておりそのアドバイスは非常に役に立った。

 

 あとは所属変更にかかる諸々の手続き書類の作成。これがとにかく時間がかかった。日本政府に提出するもの、スイス政府に提出するものがあるし、何よりスイス政府の書類はドイツ語、もしくはフランス語で書かれていたのだ。サンキューDee◯ L。こいつがいなかったらスイス政府に提出する書類を書けず俺は日本から旅立つことが出来なかった。

 

 書類の手続きと手周りの荷物を纏めて昨日のお昼の便で日本を飛び立った。初めて乗るビジネスクラスにテンションが上がってすっかり忘れていたのだが、こう言った場合には本国と日本とのチャーター機が出るんじゃなかったのか?

 

 ちなみにナタリアさん初め、スイス関係者はIS委員会終わってすぐにチャーター機で帰ったらしい。

 

 それに乗せてくれたらよかったのではって気がしなくもないが、俺がプレゼンを聞くまでスイスなんて選択肢にも入っていなかったように、スイス側もまさか自分の国が選ばれると思っていなかったのが本音だろう。

 

 だがいざ迎えるとなると相応の対応をしないといけないわけでその結果がこのバタつき具合である。

 

 俺はタクシーに乗り込み待ち合わせ場所に向かう。

 

 車窓から街並みを眺めるとまずは車が本当に右側通行していてびっくりした。他にもっと街並みとか自然とかあるだろとは思われるかもしれないが、自分に身近な文化の違いこそより違いを感じるものである。

 

 あと気候からか空の青は日本より青く見えたが、緑は正直そこまで違いがわからない。あと街並みはテレビや本で見たことがあるようなアンティークな雰囲気を漂わせており、異国に来たことを実感させられた。

 

 タクシーを降り、待ち合わせ場所に着いた。予定の5分前と言ったところだろうか。まあ問題あるまい。

 

 軽く時差ボケする頭を振りつつギザン社の人間が来るのを待つ。今はサマータイムなので日本との時差は7時間であり現在スイス時間では15時なのであるが俺の体内時計ではそろそろ眠くなってくることだ。

 

 そう言えば楯無さんに出発前にスイスで困ってどうしようも無くなったら開けなさいって渡されてた包みあったな。どうしようもないことはないが暇だし開けるか。

 

 茶色い紙袋を破いて開く。入っていたのはは青緑色の帯、クリーム色の表紙、スイスのものと思われる山の絵が描かれた本。

 

 そう、みんなお馴染みガイドブック地◯の歩き方だった。

 

 …本当に今開けておいてよかった。IS襲撃時とかに開けてこれ出てきたらブチ切れて敵に投げつけるまである。

 

 仕方ないし暇なので地◯の歩き方スイス編の日常会話のドイツ語の部分を練習して待つが、早30分が経ち約束の時間を過ぎたが一向にそれらしき人物が見当たらない。

 

 更に10分待ってみたがどうにも姿が見えず流石に不安になってきたのでナタリアさんにメッセージを送ると、担当者がそっちに向かってるはずだからもう少し待っていてほしいとのこと。

 

 仕方がないのでとりあえず暇つぶしに本を読んでいると近くの路地からひょろっとした若者が飛び出してきた。

 

 年は俺より少し上くらいだろうか、そんなことを考えながら見ていると青年と目があう。

 

(あっ、これ面倒なことに巻き込まれるんじゃね?)

 

 そう思った時には時すでに遅く若者はドイツ語で助けを求めながら近寄ってきていた。彼の後ろからはチンピラのような三人組が追いかけてきている。

 

 流石に今更見捨てるわけにもいかないので若者に英語で事情を聞いたが、彼は困ったような表情を浮かべただけ。どうやら英語が分からないらしい。

 

 さて困った、スイス所属に決まったのは3日前。公用語は基本ドイツ語。俺のドイツ語知識はさっき読んでた地◯の歩き方の「これはいくらですか?」「バスはどこから乗れますか?」くらいしかない。これでどうしろと?そんなことを考えている間にもチンピラが迫ってきている。

 

「仕方ないか…」

 

 あまり気が進まないながらも覚悟を決め、若者にジェスチャーで逃げるように指示をした後俺はチンピラどもの前に立ち塞がった。

 

「お前、俺たちとやろうってのか?」

 

 リーダー格らしき男が酷く訛りのあるドイツ語で喚く。どうやらかなりご立腹のようだ。…今のリスニング出来ただけでもめちゃくちゃ褒めて欲しい。

 

 ドイツ語を話せれば説得するなり別の方法があるのだが、話せないものは仕方がない。ここは返り討ちにするのが一番手っ取り早いと考えた俺は敢えて身振り手振りで相手を挑発する。

 

 すると狙い通り男は大声で怒鳴りながら襲いかかってきた。怒っているのこともありその動きは直接的で非常に読みやすい。俺は攻撃を躱すと同時にがら空きになった腹部に軽くカウンターを入れると男はその場に崩れ落ちた。

 

 手加減したおかげかリーダー格の男はフラつきながらも立ち上がってきたが、もはや向かってくる気はないようで捨てゼリフを残し子分と共に逃げていった。

 

 一件落着だな、と安堵していると後ろから「ありがとう」という流暢な日本語が聞こえてきた。驚いて振り返るとそこにはさっき助けた若者がいた。

 

「ところで君がカミシロダイチくん?」

 

 やけにフランクに聞いてきたので少し戸惑いながらも俺は答える。

 

「はい、そうですがあなたは…ってうわっ‼︎」

 

 彼はいきなり俺の手を引いて走り出した。

 

「ああ、よかったー‼︎見つけられなかったらどうしようかと思ったよ。さあ、早く来て。急がないとナタリアさんに叱られちゃうよ」

 

 そう捲し立てられながら俺は無理矢理車の助手席に押し込められた。

 

「シートベルトしっかり付けてね、飛ばしていくから」

 

「ちょっと待て…ってうおぉ⁉︎」

 

 事情を聴く間もなく次の瞬間には車は猛スピードで走り出した。

 

______

 

 車で走ること1時間半、郊外の山の中腹に目的の建物はあった。

 

「ヨハン、ダイチ君、お疲れ様」

 

「お疲れ様です、ナタリアさん!バッチリ連れてきましたよ」

 

「バッチリって言ってる割に隣のダイチ君がグッタリしているのは何故かしら?」

 

「えっと…何ででしょうね?あはは…」

 

 愛想笑いをするヨハンに対しナタリアさんは呆れた顔でため息を吐く。

 

「全くあなたは…ダイチ君大丈夫かしら?」

 

「すいません、もうちょっとだけ時間を下さい…」

 

 そう言って俺はシートを倒し目を閉じる。

 

 高速はおろか一般道に出てもヘアピンカーブでも全く速度を落とす様子がなく本当に死ぬかと思った…

 

 5分ほどしてようやく落ち着いてきた俺は車を降りる。

 

「すいません、遅くなりました」

 

「本当にごめんなさいね。ヨハン、あなたも謝りなさい」

 

「ごめんね…」

 

「まあ次からは気を付けてくるとありがたいです。ところで自己紹介がまだでしたね。上代大地と言います。気軽に名前で呼んでもらえると嬉しいです」

 

「ありがとうダイチ!僕はヨハン・クライスト。ヨハンって呼んで!18歳で今はISの武器の設計開発や機体の新技術に関して研究してるよ」

 

「その年でもう開発を…⁉︎」

 

 ナタリアさんの時も思ったがISに関わる人材は若者が多い気がする。

 

「そりゃ新しい技術だもの。もちろん昔からの技術で役に立つものもあるけどISはほぼ全てが新しい技術。だからこそ経験値に差なんてなくてみんな横一線の開発スタートだったから結構どこの国も若手が中心になって開発しているところが多いわ」

 

「なるほど…」

 

「それにそもそもこの技術の生みの親、篠ノ之束博士自身が学生時代に発表したものだったからね」

 

「そうなんですか⁉︎」

 

 箒の姉がISを開発したというのは知っていた。でもまさかそんな若い頃だとは思わなかった。

 

「あの…ここでISを作ってるんですか?」

 

「そう。そしてここが私たちの職場、『アンリ・ギザン』社よ」

 

 アンリ・ギザン。確か第二次世界大戦でのスイスが誇る英雄だったか。国を守るISを開発する企業にはピッタリだ。

 

 外見は山肌に沿って作られている目の前の建物は三階建てでそこそこ大きいもののとてもISを作っているようには見えない。

 

「いいから入って見て」

 

「分かりました」

 

 そう言って玄関を抜けると外見よりも遥かに広々としたロビーがあった。

 

「山をくり抜いて作ってあるんですね!」

 

「ご明察。山の中に施設を作ることで空襲からも耐えられるようになっているの」

 

「なるほど…お国柄ってやつですね」

 

 ISを作るのには大規模な設備が必要なIS開発のスペースを確保しつつ敵襲にも強くなる。平野部の少ないスイスにとっては一石二鳥といったところか。

 

「まずは君のISを開発している所に案内するわ。割と入り組んでるからちゃんとついてきてね」

 

「分かりました」

 

 そう言ってナタリアさん、ヨハンに続いてロビーを抜けて通路を進んでいく。確かに通路は幾つも枝分かれしておりエレベーターや階段を使って上ったり下ったり…それはまるで蟻の巣のようであった。

 

「さあ、ここよ」

 

 そう言ってナタリアさんはカードキーを使い部屋を開ける。かなり広い開けた空間。その部屋の奥には漆黒のISがケーブルに繋がれて静かに存在していた。

 

「あれが…」

 

「そう、あれがあなたのIS。守護者(ガーディアン)よ。もっともまだ調整中なんだけどね」

 

 そう言って我々は部屋の奥に進んでいく。

 

「キーファ、いるんでしょ?」

 

「何だ騒々しい。こっちは急に開発スケジュールを前倒しにされて忙しいんだ。ガキの遊びならよそでやんな」

 

 ISの存在感に気を取られて気が付かなかったが、ISの陰に隠れるような位置に繋がれたパソコンを操作している人物がこちらに一瞥を向ける。

 

「紹介するわ。彼はキーファ・クライスト。ISの最終的な調整を担当してくれているの」

 

 見た目は頑固そうな壮年で仕事人と言ったような雰囲気を漂わせていた。

 

「そしてこっちは上代大地君。知っていると思うけどスイス代表候補になってくれた男性IS操縦者よ」

 

「初めまして、上代大地と申します。よろしくお願いします」

 

 そう言って俺はキーファさんに手を差し出すがその手は無視される。

 

「フンッ、こんなチャイニーズの小僧わざわざ代表生徒に迎えるとは政府も落ちたものだ」

 

 分かってはいたがあまり歓迎されてはいないようだ。だが言われっぱなしなのは癪に触る。

 

「傭兵が主要産業のお国柄でその言い方はないじゃないんですか」

 

「なんだと貴様⁉︎ 」

 

「二人ともストップ!!!!」

 

 一触即発の空気にナタリアさんが割って入る。

 

「仲良くしろとは言わないわ。でもダイチ君は代表候補生、キーファはそのISの設計者なんだから最低限のコミュニケーションは取りなさい。それがISに関わるものとしての義務よ」

 

「すみません…」

 

「フン…」

 

 俺は素直に謝るが、キーファさんは再びキーボードに向かい直す。

 

 室内には何とも言えない空気が充満する。そこでヨハンが口を開く。

 

「そうだ!ダイチ僕の開発室に来ない」

 

「開発室?」

 

「うん!色々実験的な武装やシステムを自由に開発させてもらっているんだ」

 

 その意見にナタリアさんも同意する。

 

「それがいいわね!中々面白いものが見れると思うわよ。あとキーファもここ数日働き詰めで疲れてるだろうし少し休んで」

 

「フン。勝手にしろ」

 

 そう言ってキーファさんは席を外し仮眠室に向かっていった。

 

「ごめんね…おじいちゃんも悪気があるわけじゃないんだけど」

 

「いや、正直他国の人間がいきなりやってきて自国の代表候補生になるなんて納得出来ない人間がいるのも当然だし覚悟もしていたことだ。それよりヨハン、君の研究室見せてくれ!」

 

 俺は柄にもない空元気で重い空気を払拭する。

 

「そうね!行きましょうか!」

 

「よし、今回は色々自信作があるし楽しみにしててね!」

 

 そう言って俺はIS整備室をあとにしヨハンの研究室に向かった。

 

______

 

「これは何というか…賑やかなだな」

 

「ヨハン、ちょっとは片づけなさいといつも言っているのに…」

 

 そう言ってナタリアさんは頭を抱える。足の踏み場もないほどさまざまな道具が散乱した室内。どうやらいつもの光景らしい。

 

 中にはどう見てもISと関係ないものも見受けられた。その山の中にはどこかで見たものも多かった

 

「ヨハン、これは?」

 

 どこかで見覚えのある白鞘の日本刀を持ち上げ尋ねる。

 

「あぁ!それは斬◯剣!ちなみに高周波ブレードだからこんにゃくも切れるよ!」

 

「やはりか…じゃあこれは?」

 

「それは如◯棒。ISエネルギーを使って伸張させられる優れもの!」

 

「ヨハン、分かってはいたがお前ひょっとしてオタクか?」

 

「当然!アニメで見たものを実現させられる、これほどアニメファン冥利に尽きるものはないよ!」

 

 キラキラ目を輝かせながら力説するヨハン。でも分からなくはない。浪漫は万国共通なのだ。

 

「でも聞く限り見た目以外はちゃんとしてそうなのに何で採用されないんだ?」

 

「あー、それね。斬◯剣は原作を越えようとしてコンニャクを切れるようにしたら鉄が切れなくなったり如◯棒はエネルギー効率が最悪で使い物にならなかったのよね」

 

 目の付け所は悪くないんだけどね、とナタリアさんが捕捉する。

 

「でも例えばガーディアンに搭載される予定の瞬間移動(テレポート)はヨハンの開発したどこでも◯アが元になっているわ」

 

「そんなシステム乗っているんですか⁉︎」

 

 瞬間移動。誰もが夢見るも実現しなかった技術。まさか自分が乗る機体に搭載されているなんて思いもしなかった。

 

 ヨハン、命名センスが壊滅的なだけでこいつめちゃくちゃ凄いやつじゃないのか。少しだけ尊敬し直した。

 

 その時ほのぼのとした空気を打ち破るようにサイレンが突然鳴り響き、続いてアナウンスが流れる

 

「緊急事態発生、緊急事態発生。研究所内に所属不明のISが侵入、ポイントBにて守備隊と交戦中。戦闘要員は直ちにISを展開し現場に急行せよ。繰り返す。緊急事態発生…」

 

「ナタリアさん、これって…」

 

「亡国機業の仕業でしょうね。敵の狙いはおそらく…『守護者(ガーディアン)』」

 

「それならキーファさんのところに行かないと‼︎」

 

 彼は今一人で機体の最終調整を行っているのだ。そんなところを狙われたらひとたまりもないだろう。俺はラファールを展開しようとしたがナタリアさんに止められた。

 

「落ち着きなさい。敵の狙いはあくまでもISよ」

 

「だからこそ‼︎」

 

「だから冷静に考えなさい。誰も装備していないISなら奪うのは簡単だけど君が装備してパーソナライズ及びフィッティングまで済ませれば奪われる可能性が低くなるわ。だからダイチ君、君は整備室に急ぎなさい。私が時間を稼ぐから」

 

「時間を稼ぐと言ってもISが…」

 

「君の左手にあるでしょ。私の専用機(・・・・)が」

 

 そう言って俺はようやく思い出す。このISは訓練機であると同時に整備科で唯一汎用機で生徒会長を経験したナタリアさんの専用機(・・・)でもあることを。

 

 俺は左手の待機形態のISをナタリアさんに渡す。

 

「…絶対に助けに戻りますから」

 

「私の方は構わず君のするべきことをしなさい。IS学園においての生徒会長が何を意味するか、君はもう知ってるでしょ?」

 

「学園最強?」

 

「その通り。大船に乗った気でこっちは任せて」

 

 そう言って笑うナタリアさんは楯無さんと重なって見えた。カリスマというのはこう言った人のことを言うのだろうだろうか、その言葉に不思議と安心感が生まれる。

 

「死なないでくださいね!」

 

 そう言って俺は整備室に駆け出した。

 

____

 

「なーんてカッコつけちゃったけど2年近くろくに実戦経験ないのよねぇ…」

 

 ダイチ君を見送り私はため息をつく。IS学園卒業後スイス政府から代表操縦者としての要請はあったが、私はそれを断りギザン社に入社しISの開発に関わっていた。そのため試作機のテストパイロットなどはすることはあってもIS同士の戦闘、ましてや命懸けの戦いなどと無縁の生活をしていたのだ。

 

「でも折角うちの国を選んでくれた可愛い後輩にカッコ悪いとこ見せるわけにはいかないしやるしかないわね!」

 

 気合いを入れ直し私は彼から預かったISの各種パラメータを確認する。

 

「何このピーキーな設定⁉︎私が入れといた操縦者補助プログラムも外されてるし!一体どんなトレーニングしてるのよ」

 

 遊びの極度に少ない、少しミスすれば戦闘はおろか操縦も難しい機体。扱いやすいはずのラファールをここまでにするとか一体どんな訓練をしているのか。トレーニング相手の顔を見てみたいものだ。そう思いながら卒業時念のためプリセットとして仕込んでおいた設定を読み込み各種ステータスを調整する。

 

 これで気難しい機体から一転、私専用の愛機に早変わりだ。そして私はISを起動する。

 

「まさか再びこの子を使うことになるとはね…」

 

 各種動作系統を確認し微調整をする。OK、問題ない。そう言えば武装の確認をしていなかった。設定を呼び出し確認する。が、またしても予想外の内容に思わず声が漏れる。

 

「は?何で銃が一本だけなの?それに物理シールドもエネルギーシールドも取り外されて容量ガバガバだし私の設定しておいた初心者オススメセットどこにいったのよ!!!」

 

 ラファールの魅力はその後付装備の多さである。卒業時に遠近両用の攻守に隙のない武器セットにしておいたはずなのに、この機体にはライフル一本、ショートブレード一本というまさに最低限の装備しかしていないのであった。

 

 私はそれこそ容量いっぱいに武器を積んでいたのでこんな設定で訓練している人間を一度叩いてやらないと気が済まない。

 

「まだ十分な実戦データ取れてないけど仕方ないわね…」

 

 そう言って現在開発中の武装をインストールする。違う機体に装備する予定の武装だが大容量ゆえラファールの拡張領域いっぱいを使う。試作品でもライフル一本、ショートブレード一本で戦うよりはよっぽどマシだ。

 

 ギザン社のセキュリティシステムとリンクを繋ぎ侵入者の位置を確認し、瞬時に作戦を組み上げ指令を下す。

 

『こちら、コストナー。ポイントDにて敵機を撃退します。ポイントB守備隊は可能な限りの足止めをしつつ撤退、ポイントC守備隊は隔壁を下げ持久体制!全ての設備の使用の責任は私が取るので到着まで1分半何とか時間を何とか稼いで下さい‼︎』

 

『こちらポイントB守備隊、厳しいですが了解!可能な限り早くお願いします!』

 

『こちらポイントC守備隊、了解‼︎主任が到着まで死ぬ気で守り抜きます!』

 

『全員死なないでね!特別ボーナスもらえなくなるわよ‼︎』

 

『『イエッサー!!!』』

 

 

_____

 

「ハハハハ、チョロい!チョロすぎるぜ!」

 

 そう言って黄色と黒といったいかにも危険そうなカラーリングのIS、アラクネはギザン社のセキュリティ防壁を次々に突破していく。

 

 抵抗も散発的なもので大した足止めにはならなかった。そしてISは曲がりくねった通路を抜け大きく開けた空間に出る。

 

 そこには一機のラファールがいるだけだった。

 

「おいおい、フランス製の量産機しか警備のISがいないとは随分ザルじゃねえか」

 

「残念ながらこれは借り物だから頭の痛いことにうちの会社には警備用のISはないわ」

 

「ハハハ、なんだそりゃ⁉︎量産機に急造のパイロットとかお笑いだな。そのISももらってやるぜ!」

 

 そう言ってアラクネは一気に距離を詰める。ナタリアもライフルによる迎撃をを行うがアラクネは器用にPICを操作し速度を落とさず接近し装甲脚を胸に突き立てる。が、

 

「…消えた⁉︎」

 

「量産機なのも急造のパイロットなのも否定しない。だけど誰も専用機ではないとは言っていないし、その専属の操縦者でなかったとは言っていないわよ!」

 

 そう言ってナタリアは背後からショートブレードで薙ぎ払う。

 

「あら、中々の機動ね」

 

「何なんだよ、テメェはよ⁉︎」

 

「ナタリア・コストナー。しがないスイスの一技術者よ。覚えておいてもらう必要はないけど」

 

「ぶっ殺してやる‼︎」

 

 そう言ってアラクネは装甲脚を銃撃モードに、腕を近接戦闘モードにし襲い掛かる。

 

 ナタリアは細やかなPICの操作と片手のショートブレードで器用に凶刃をいなし、銃弾の雨を回避する。

 

「ブランクあるのにいきなりこれはキツイわね」

 

 身体に染み付いたIS操作で回避していくが何しろ彼女の得意分野は中〜遠距離戦闘。得意の間合いに持って行こうにも武装がライフル一本しかないのだからそれも厳しい。

 

 仕方ない、あれを使うしかないか。

 

 そう言ってナタリアは試作武装「ソニックソード」を展開する。

 

「そんなショートブレードでどうにかなると思ってんのか?」

 

ただのショートブレード(・・・・・・・・・・・・)ならね」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべる。

 

「何か分からないが死ね!!!」

 

 そう言ってアラクネは近接モードでナタリアに接近するが先ほどより余裕を持って受け取る。

 

 次の瞬間剣を振った軌跡の上にソニックブームが発生しアラクネの装甲に着弾、するとそこには強烈な竜巻が発生し装甲を削っていく。

 

「⁉︎」

 

「どうかしら?鉄すら切り裂く真空の刃の味は?」

 

「調子乗るんじゃねえ!」

 

 そう言ってアラクネはエネルギーで作られた糸をナタリアに投げつける。

 

「これは厄介そうね…でも当たらなければどうってことはない‼︎」

 

 そう言ってナタリアは衝撃波で蜘蛛の糸を裁断。同時に機動力を活かしてアラクネの背後に回り込んでいた。

 

「これで終わりよ!」

 

 そう言ってナタリアはソニックソードを振る。が、エネルギー切れであり衝撃波発生せずただの斬撃となる。

 

「くっ…」

 

「ちぃぃ‼︎」

 

 アラクネもその隙を見逃さすナタリアから距離を取る。そこにスコールから通信が入る。

 

『相手が悪いわ。撤退しなさい』

 

『いや、しかし…』

 

『いい、あなたを失うわけにはいかないの。』

 

『分かった…』

 

 そう言ってアラクネは撤退を開始する。ISの武装的にも深追いは出来ない。

 

「ソニックソード。ちょっとエネルギー効率が悪すぎるわね。もうちょっと改善の予知ありね…」

 

 ため息を吐きながらナタリアはISを解除する。

 

「何とか先輩の威厳は見せられたかしら。ダイチ君無事だといいんだけど…」

 

 別の場所で戦闘をしているであろう後輩の心配をしつつ、新武装の改善点を考えていたナタリアあった。

 

____

 

 警報や怒号が飛び交う中を少女は事前に手に入れていた見取り図をもとに歩く。ギザン社の作業服を着て鼻歌混じりに歩く姿はまるでピクニックか何かに来ているようで戦場にいるとは思えない。

 

「君!危ないから避難しなさい」

 

「うーん、どうしましょうかね」

 

「何を言ってるんだ‼︎ISが…」

 

 次の瞬間少女は男性を気絶させていた。

 

「オータムがここに来るとこの人巻き込まれちゃいますよね…ちょっと失敬」

 

 そう言って男性のポケットを物色する。

 

「おー、ありました。これでよしっと」

 

 少女は盗んだカードキーを使い近くの部屋を開けると男性をそこに寝かせた。

 

「野蛮なことはオータムに任せて私は私の仕事をしましょうか」

 

 オータムの正面からの襲撃はいわば囮。本命は隠密行動による最新ISの窃取だった。

 

「次を右、その次を左と…」

 

 入り組んだ通路を少女は間違えないように進んでいく。が、通路のはずの場所にはコンクリート製の隔壁が降りていた。

 

「これはちょっと困りましたね…」

 

 軽く拳で叩いてみたり押してみるがビクともしない。ひとまず普通の方法で突破するのが不可能なのは明らかだった。

 

 隠密任務という性質上あまり目立ちたくなかったが仕方ない。

 

 次の瞬間少女はISを展開し、目の前の壁がバラバラに砕け散る。

 

「さて、ISのお迎えに行きましょうか」

 

_____

 

 整備室のドアを開け駆け込み叫ぶ。

 

「キーファさん、大丈夫ですか⁉︎」

 

「静かにしろ。もう間も無く終わる」

 

 そう言ってこちらを一瞥もせず作業を続ける。そして数分後ISは光を発し今までは単なる武装だったものに命が宿る。

 

「時間がないから初期化(フォーマット)及び最適化(フィッティング)は実戦でやれ!」

 

「分かりました!」

 

 俺はガーディアンに乗り込む。背中を預けるように座り込むと受け止められるような感覚と共に俺の身体に合わせて装甲が閉じる。

 

 かしゅ、かしゅと空気が抜ける音がしてまるで自分の身体であるようなISとの一体感に包み込まれる。

 

(これが専用機…!)

 

 今までも訓練器(ラファール)でISを操縦していたが、フィッティングとパーソナライズは切ってあったので、どうしても自分の身体より大きなものを動かすという違和感があり、どこか乗っている(・・・・・)という感覚があったがガーディアンにはそれがない。本当に自分の感覚が鋭くなったかのような錯覚に陥る。

 

 各動作系は良好。ハイパーセンサーによる視界も問題なし。武装も問題なく展開出来る。順調である。

 

「…問題なさそうだな?」

 

「はい!ありがとうございます」

 

「癪に触るが今のワシには何も出来ん…任せたぞ」

 

 そう言ってキーファさんは非常シェルターに退避する。

 

 それと同時に部屋のドアが開く音がした。

 

「その機体を頂きに来ました」

 

 ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか?機械音混じりの声が響く。

 

 相対しているISの情報が瞬時に頭の中に流れ込んでくる。

 

 機体名称_白銀(しろがね)。日本製の第2世代IS。

 

 打鉄と同じく武者鎧のような形態をしているが黒を基調とした打鉄とは対照的な眩しいほどの白。

 

 装備している武器は対物ライフル_氷雨。口径は…

 

「っ⁉︎」

 

 突如始まる銃撃を紙一重で回避する。そりゃゆっくり情報を仕入れさせてくれる訳がないか‼︎

 

(射撃装備は…これか)

 

 俺は二丁のパラライザーを呼び出す。ハンドガン型の武装を使うのは初めてだが仕方ない。

 

「喰らえ‼︎」

 

 俺が引き金を引くとたちまちエネルギー弾の雨が白銀に降り注ぐ。火薬武器と違い反動がなく弾速が速い。

 

「ッ‼︎」

 

 白銀は回避に転じるが間に合わず直撃する。

 

(ヴェントよりも速い‼︎よし、いけるぞ!)

 

 俺は休む事なく射撃を続ける。が、問題はすぐに起こった。

 

(弾切れ⁉︎流石に早すぎるだろ⁉︎)

 

 思わず動揺する俺に対し白銀は隙を見逃してくれるはずがなかった。

 

「こちらの番です‼︎」

 

 そう言って激しい銃撃を俺に浴びせてくる。回避を推奨するアラームは鳴り響き咄嗟に回避しようとするが間に合わない。

 

 全弾命中。ラファールなら中破はしていたであろう攻撃。だがガーディアンは未だ全く戦闘に支障がない。

 

(化け物じみてるな。でもこれならいける!)

 

 俺はショートブレード《ファントム》をコールし装甲を信じ銃撃の雨に飛び込む。相手の武器は遠距離武器。懐に潜り込めば…

 

「接近戦なら勝てる、とか思っちゃいました?」

 

「⁉︎」

 

 そう言って白銀はショートブレードに持ち替え俺の攻撃を受け止める。

 

 数度の撃ち合いの後白銀はライフルに切り替え距離を取る。ショートブレードの射程外に逃げられるがこっちの中距離武器はエネルギー切れ。つまりこちらはショートブレードの間合いでしか戦うことが出来ないのでダメージ覚悟で接近するしかないが、銃撃をしつつ常に位置を変える相手に対して近づくことが出来ず回避するので精一杯であった。

 

「思ったよりやりますね。ですがそろそろ遊びの時間は終わりにしてその機体を頂きましょうか」

 

 そう言って白銀は俺に急接近を接近し胸の辺りに4足足がついた謎の装置を取り付けようとする。

 

 取り敢えずあれを食らったらヤバいと本能がそう告げており、咄嗟に後ろに飛んでかわす。

 

「なかなかやりますね」

 

 そう言って白銀は二の矢三の矢を打ってくるが俺は何とか辛うじてかわす。俺は一度体勢を立て直すために後ろに大きく距離を取る。

 

 俺は落ち着いて現状を分析する。思えば専用機となるISをもらったことで少し舞い上がり自分の戦闘スタイルを見失っていた。そこが敗因である。

 

 こんな時こそ根本である戦闘スタイルに戻すべきだ。

 

 楯無さんとのいつもの訓練を思い出し『明鏡止水』を発動させる。相手が隙を見せるまで回避、そして見せた隙を叩く。それが俺の戦闘スタイルだ。無理に攻めて行く必要はない。

 

 それにこれはISを守るための戦い。時間さえ稼げれば十分なのだ。

 

「降参ですか?」

 

「ちげーよ。こっからが勝負開始だ」

 

「ではお手並み拝見といきましょうか」

 

 そう言って白銀は銃撃を再開する。うるさいほどのアラート音が鳴り響く。俺は気の流れを乱す銃弾の濁流から致命傷になりそうな物を優先して回避していく。時間稼ぎさえすればナタリアさんが駆けつけてくれるだろう。

 

 そうして何とか白銀の攻撃を凌いでいると突然メッセージウィンドウ表示される。

 

_フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください。

 

 「確認」を押すと膨大なデータが脳内に流れ込んできて俺のISを再形成する。

 

 再形成されたISはより俺の身体にフィットし、また機械的で角張っていた無駄な装甲が削れ、その分ただでさえ分厚かった装甲が強化されているようだ

 

_女神の祝福(ブレッシング・オブ・ガデス)発動可能です。使用しますか?

 

 何だかよく分からないが取り敢えず発動して損はないだろう。俺は使用のボタンを押す。

 

一次移行(ファーストシフト)…‼︎完了してしまいましたか!」

 

 苛立った様子で白銀は銃弾の雨を降らせてくる。

 

 つい先程まで鳴り響いていたISの警告音が一切聞こえない。

 

(これは、そういうことなのか?)

 

 俺はISを信じその場で銃撃を受け止める。先程までとは違い甲高い音と共に銃弾が装甲に弾き返される。

 

「なっ⁉︎」

 

「やはりか」

 

 そうISは警告音を鳴らなかったのではなく鳴らす必要がなかったのだ。装甲で弾き返せる脅威だと判断したのだ

 

 銃撃を受け続けること数度、白銀は遠距離からの攻撃を諦めたのかショートブレードに持ち換え接近戦を挑んでくる。

 

 早く、重い一撃。ただ相手の力を上手く受け流すのが明鏡止水の真骨頂。流水のように相手の斬撃を受け流していく。

 

 かなり重い剣撃、だが何とか耐えればどうにかなるはず。俺はそう信じて攻撃をいなし続ける。

 

「お前達何者だ⁉︎」

 

「…男性?」

 

 俺の問いかけにバイザーに隠れていて顔は見えないが、声に少し動揺の色が浮かぶ。

 

 剣を振るう手は止めない所か先ほどより苛烈さを増していたが剣技はどこか精細を欠いていた。

 

「ああ、俺は男だ。世界に2人しかいない男性操縦者の1人だ!!!」

 

 畳み掛けるように告げると不意に敵の動きが止まった。

 

「その声、そしてその動き…まさか…」

 

 その声や態度からは動揺の色が大きくなっていた。

 

 その時白銀のプライベートチャネルに通信が入る。

 

『ミスト、オータムが持ちそうにないわ。撤退よ』

 

『…分かりました』

 

 白銀は俺から距離を取り武装を収納する。

 

 何やらやり取りがあったようだがどうやら今日はここでこれ以上やり合う気はないらしい。

 

「今日は撤退します。またどこかでお会いしましょう。上代大地さん」

 

 そう言って白銀を煙幕が包み込む。

 

「待て、クッ…‼︎」

 

 追撃しようとハイパーセンサーで追うが煙幕の中全力で逃げる白銀に追いつくことは不可能であった。

 

 戦闘内容としては終始相手に攻められっぱなしだったし正直勝った気はしない。だがISを守り抜くという目標を達成出来た安堵感や疲れからかISは解除され俺は床にヘタりこんだ。

______

 

 戦闘後に俺は念のため医務室で手当を受けていた。そこにナタリアさんはお見舞いに来る。

 

「まずは戦闘お疲れ様‼︎」

 

「ありがとうございます」

 

 ナタリアさんも戦闘を行っていたはずなのに余裕綽々と言った感じで、経験値、実力の差を感じる。

 

「実際にガーディアンを使ってもらって大体分かったと思うけど改めて詳細を説明しておくわね」

 

「お願いします」

 

「まず何よりの特徴としてはその防御力。事前の説明でもしたけど第3世代を含めても圧倒的に高くて現状追随を許さないものになってるわ」

 

「それは使ってても実感しました。ところでファーストシフトが終わった後に出てきた女神の祝福(ブレッシング・オブ・ガデス)ってなんですか?」

 

「それはISの装甲で無効化出来ると判断した攻撃に対して、シールドエネルギーの供給を切ることで無駄なエネルギーの消費を防ぐものよ。エネルギー攻撃に対しては効果が薄いんだけど実弾兵器に関しては理論上は灰色の鱗殻(グレー・スケイル)クラスじゃないと装甲を貫通出来ないから安心して」

 

「めちゃくちゃですね…つまり物理面においてはほぼ無敵ってことですか?」

 

 灰色の鱗殻(グレー・スケイル)って確かパイルバンカーみたいなあれだろ?前にモンドグロッソの動画で見たことがあるが一撃必殺って感じだったぞ?

 

「簡単にいうとそういうことね。でもこれ実戦以外の時、例えばIS学園内の試合の時とかは切っておいてね」

 

「えっ、何でですか?」

 

「基本的にISの試合はシールドエネルギーが0になったら試合終了。だけどさっきも言ったように女神の祝福はシールドエネルギーの供給を切っちゃうものだから見た目上はシールドエネルギーが0になっちゃうの。つまり発動した段階で負けってことになるわ」

 

「どうしてそんな仕様を、って思いましたけどいうまでもないですよね」

 

 スイスを取り巻くIS大国の情勢。ISは競技用の道具ではない。れっきとした兵器なのだということを実感させられる。実際の戦争中にシールドエネルギーが枯渇した状況など想像したくもないが実際にあり得ることである。そのためシールドエネルギーを節約するこの仕様は納得ができる。

 

「ただ装甲もかなり厚いから女神の祝福を使わなくても絶対防御を発動させる機会が少なくなるからその分生存性は増すわ」

 

「なるほど…」

 

「次に武装なんだけどショートブレードのファントムと二丁のハンドガンのパラライザーが標準装備なんだけど…」

 

「パラライザーは威力が低過ぎますし何より弾が少な過ぎませんか?あとショートブレードも至って普通というか…」

 

「それはそうよ。本来それは対テロ部隊で採用されてる対人用の武装で対IS戦なんて想定されてないもの」

 

「は?」

 

「これはほんと開発側の事情なんだけど色々トラブルがあって専用の武装を開発できなかったから流用した感じなの…」

 

 少し申し訳なさそうにいうナタリアさんに対し俺は告げる。

 

「いや、戦い方次第でどうにかそこはカバーしていきますので気にしないでください!」

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう…」

 

 そしてナタリアさんは最後の説明を始める。

 

「そしてこの機体に取り付けられた最大の特徴、それが瞬間移動(テレポート)機能よ!」

 

「ヨハンが作ったシステムが元ってさっき聞きましたが、それならデメリット無しに使える訳ないですよね?」

 

「まあそれはね。まず第一に移動距離に応じてシールドエネルギーを消費するわ」

 

「なるほど、なかなか使い所が難しいですね。でもそれなら短期決戦で瞬間移動でヒットエンドアウェイを繰り返すみたいな戦術も…」

 

 俺の言葉はナタリアさんに遮られる。

 

「そういう訳にはいかないわ。瞬間移動には体に大きな負担がかかるの。大体移動距離を全力疾走した分の負担が一瞬でかかると思っていいわ。それこそISの武装の有効射程圏外まで一気に移動するとか文字通りの自殺行為よ」

 

「なるほど…」

 

 予想以上の使い勝手の悪さに思わず閉口してしまう。そんな俺を見てナタリアさんは申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんなさい、やっぱりなかなかピーキーな機体よね?」

 

「ええ。ですがナタリアさんはIS特別委員会の時に言ってくれたじゃないですか。『俺にあった機体だって』。その思いは俺も同じです」

 

「ダイチ君…ありがとう」

 

「いえいえ。こちらこそよろしくお願いします」

 

 そこで思い出したようにナタリアさんは俺に訓練器を返しながら文句を言い始める。

 

「そう言えばこのラファールの武装どういうこと⁉︎私は色々バランスよく装備しておいたはずなんだけど?」

 

「ああ、それは…」

 

 俺は訓練開始時の楯無さんとの特訓初めのやり取りを思い出す。

 

_____

 

「ナタリアさんの設定何か色々ゴチャゴチャしてるのよね…銃なんて一本で十分だしブレードも1本あれば戦えるでしょ!ダイチ君明鏡止水あるからシールドもいらないか!ヨシ!」

 

 そう言って次々武装をアンインストールしていく楯無さん。

 

「ラファール後付け装備の多さが強みなのにそれ捨てていいんですか?」

 

「いいのいいの。ダイチ君は色んな状況に臨機応変に対応するっていうよりはまずは基本的な射撃武器と近接武器の扱いを覚えるべきだしね」

 

「なるほど…」

 

_____

 

「大体こんな感じですね」

 

「やっぱりたっちゃんが主犯か…一発きついのお見舞いしないといけないわね」

 

「あはははは…お手柔らかに」

 

 日本にいるであろう楯無に合掌する。トラブルは色々あったものの何とか無事にISを手に入れられたし、心強い味方も出来た。

 

 ドタバタしていたがひっそりとスイス代表候補生としてデビューを果たしたのだった。

 

______

 

 高層ビル群の中の一つ、その最上階に存在するアジトにミストは帰還していた。

 

「只今戻りました」

 

「ミスト、テメーがモタモタしているせいで作戦が失敗したじゃねーか‼︎」

 

「元はと言えばあなたが時間を稼げなかったのが悪いんでしょう?作戦予定時間は1時間、あなたが稼いだ時間はせいぜい30分と言ったところです」

 

「ブッ殺す!!!」

 

 オータムはミストの首元を掴み壁に押し付ける。だがミストは顔色ひとつ変えずに答える。

 

「別に殺せるなら殺してくれていい…」

 

「あぁ?じゃあお望み通り殺してやるよ‼︎」

 

 オータムの右手に力が篭りミストを持ち上げ首が締まる。が、次の瞬間ミストは膝をオータムの鳩尾に入れる。

 

「ガハッ‼︎」

 

 ミストは拘束が緩んだ隙に距離を取る。

 

「人の話を最後まで聞かないからです。以前なら別に殺せるなら殺してくれてもよかったんですが、事情が変わったのであなたみたいな端役に殺されるわけにはいかなくなったんですよ」

 

「あぁ⁉︎」

 

 端役呼ばわりされオータムは怒りを露わにするが、そこに仲裁が入る。

 

「オータムもミストもそこまでにしておきなさい」

 

「スコール…」

 

 自分の上司であり、また恋人でもあるスコールの言葉にオータムは動きを止める。

 

「オータム、疲れたでしょう。お風呂に入ってきなさい。その間に私はミストと話があるから」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 スコールに促され従順な犬のようにオータムは席を外す。

 

「で、ミスト。事情が変わったと言ってたけどまさかうちを裏切る気じゃないでしょうね?」

 

「まさか。ISの整備もしてもらえて各国自由に飛び回れる。こんな環境捨てるわけないじゃないですか」

 

「そう、それなら安心したわ。これは私も使いたくないもの」

 

 そう言いつつオータムはいつの間にか取り出していた注射針をしまう。

 

「病院ごっこはオータム(こいびと)とでもやっといてください。私は疲れたので寝ます」

 

 そう言ってミストは自分の部屋に戻りベッドの上に横になる。

 

「IS、女尊男卑、男性操縦者…」

 

 ミストの頭の中でグルグルと考えが巡る。が、今日は上手くまとまりそうもない。

 

「また会いましょう。上代大地」

 

 そう言ってミストは眠りに落ちていった。




書ける時に書く。これが1番だなぁと思う今日この頃です。
専用機の元ネタとしてはファイアーエムブレム蒼炎の軌跡、暁の女神の漆黒の騎士のイメージです。
またお気に入り等して頂いている皆様本当にありがとうございます‼︎
次はプロットもあまり書けていないので少し時間が開くかもしれませんがどうかお待ち頂けると幸いです!


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【14.5話】秘密のお茶会

少し間が空いてしまいましたが短めの箸休め回です!
時系列としてはダイチがスイスに行っている間のお話しとなります


 

 ある夜のこと私、更識楯無は退屈していた。いつもの部屋と同じはずなのに何だか広く感じる。

 

 そう、この部屋の同居人である上代大地がスイスにISを受け取りに行っていて不在なのだ。1年の頃は薫子ちゃんと同じ部屋だったし2年になってからは彼と一緒だった。

 

 つまり久しぶりの1人の時間を持て余していたのだ。

 

「これじゃなんか私が寂しがってるみたいじゃない‼︎」

 

 決してそんなことはない。からかいがいがあって面白い男の子がいなくなっただけ。とりあえず緑茶でも淹れようか。

 

 そこで思わず苦笑する。小さい頃から虚ちゃんが紅茶を淹れてくれていたので、知らず知らずのうちに私も紅茶派になっていた。そのはずなのに、どうやら彼の緑茶を3ヶ月ほぼ毎日飲んでいるうちに改宗させられていたらしい。

 

「ダイチ君、ちょっと拝借〜」

 

 そう言って彼がいつも使ってる急須と湯呑みを借りる。緑茶を淹れたことは殆どないのだが、彼が淹れてる様子はいつも眺めているしそれなりに上手く出来る自信はあった。

 

「…美味しいけど何か違う」

 

 キチンと上手に淹れられたのだが、やはり彼が淹れてくれたお茶の方が美味しく感じる。そこで私の中の闘争心に火がつく。

 

「ダイチ君をあっと言わせるお茶淹れてみせる!」

 

 そう言って美味しく淹れるコツなどをネットで調べながら試行錯誤をする。三杯目を飲み終わったところで流石に飲み過ぎたため少し休憩し器を眺める。

 

 黒地にススキと月が描かれたシンプルなデザインの湯飲み。着飾らない彼のイメージにはピッタリであった。

 

 そう言えばいつもより口当たりがいい気がした。私もいつまでもマグカップじゃなくて湯飲みを買いに行こう。それならダイチ君とお揃いの湯飲みにするのもいいかも…

 

「ってないない‼︎」

 

 大きく私は頭を振って雑念(・・)を取り払う。気を抜いてはいけないと自分を叱咤する。私は彼の護衛で彼は私の護衛対象、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 その時部屋のドアがノックされる。ナイスタイミング。こんな時間に来るということは虚ちゃんかしら。そう思いドアを開けると立っていたのは意外な人物だった。

 

_____

 

「すみません、今時間大丈夫ですか?」

 

「ええ、ちょうどお茶していたところなの。シャルロットちゃんも飲む?」

 

「あっ、ではお願いします」

 

「了解!おねーさんがとっておきのお茶を入れてあげるから」

 

 そして私は今日4杯目となるお茶をマグカップに淹れてシャルロットちゃんに持っていく。

 

「粗茶ですが」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って少しフーフーと冷まして一口口に含む。

 

「美味しいです!」

 

「そりゃ私が淹れたんだから当然よ」

 

 そう言いながら私も一口飲む。一杯目に比べると数段美味しい。けどやっぱり何かが違う。何が足りないのだろうか、そう頭の隅で考えつつ目の前の相手に対応する。

 

「で、何か困ったことあった?」

 

「あ、いや更識さんに改めてお礼を言いたくて」

 

「楯無でいいわよ。それにしてもダイチ君じゃなくて私にお礼?」

 

「では楯無さんで。ダイチにももちろん感謝してますが楯無さんにここにいていいって言ってもらえたのが何より嬉しかったんです」

 

「何だそんなこと。私は生徒会長。それなら生徒であるシャルロットちゃんのことを守るのは当然でしょ」

 

「でも本当にありがとうございます。あの言葉に本当に救われました」

 

 そう言って深々頭を下げるシャルロットちゃん。その姿を見ていると私が美味しい所をを持って行けるようにしてくれたダイチ君の好意を無に帰す行為だとは分かっているが伝えずにはいられなかった。

 

「…頭を上げて頂戴シャルロットちゃん。実はあれもダイチ君の発案だったの」

 

「え、どういうことですか?」

 

「私は当初生徒会長として、今回の一件はフランス政府及び貴女を排除する方向で動いていたわ。実際そのために貴女の周辺情報やフランス政府の情報を調べていたの」

 

「…」

 

 シャルロットちゃんの表情に緊張が浮かぶ。

 

「だけどそこでダイチ君がフランス政府の計画すらを利用する計画を思いついて私にストップをかけたの。世論頼りの不確実な計画、普段の私なら一蹴していたでしょうね。でも私は何故か彼の言葉を信じてみたくなって善人(・・)な生徒会長を演じたってわけ」

 

「そう、なんですね」

 

「ごめんね、やっぱり失望させちゃったかな」

 

「いえ、少し驚きましたけど楯無さんの立場としては当然の判断だと思います」

 

 そう言う彼女の表情は思いの外穏やかなものだった。

 

「それに本当に僕のことを排除しようとしていたのならもっと早くに出来たんじゃないですか?今こうやってお話しさせて頂いて改めて確信しましたがやはり楯無さんもダイチが動いて何かしてくれるのを期待していたんじゃないでしょうか?」

 

 思いもよらない意見をぶつけられて考える。決め手がないと言いつつも確かに排除を先延ばしにしていたのは私でどこかで彼に期待していたのかもしれない。だがそれを素直に認めるのは少し気に入らず茶化して答える。

 

「おねーさんはしたたかだからあんまり簡単に信頼すると痛い目見るわよ?」

 

「…アハハハハ」

 

「何がおかしいのよ?」

 

「いやすみません。ただそう言って悪びれるところダイチにそっくりだなって思って」

 

「っ…」

 

 確かに自分でも今の誤魔化し方は彼に似ていたような気がし、てバツが悪くなり言葉を選びかねる。

 

「それにしても何で僕を庇ってくれたんでしょうか?」

 

「自分と同じ目をしていたからって言ってたわよ」

 

「同じ目?」

 

「ええ。ダイチ君は幼い頃両親に捨てられたの。だから居場所がないシャルロットちゃんの気持ちがわかったんだと思う」

 

「‼︎」

 

 その言葉に彼女は目を見開き、しばし考えた後ゆっくりと口を開く。

 

「…もしよかったら、ダイチのこと教えてもらえませんか?」

 

「もちろんよ。恋する乙女の後押しをするのも年長者の役目だしね♪」

 

「えっ、いや別にそう言うわけじゃ‼︎」

 

 さっきの意趣返しではないが少しからかってみる。慌てて否定するシャルロットちゃん。その慌て方は肯定しているも同意だった。だが予想外の反撃が飛んでくる。

 

「それに楯無さんはどうなんですか?ダイチとずっと過ごしているんですし楯無さんこそ…」

 

「やめて」

 

 決定的な言葉が出るのを無意識に遮る。発した自分でも驚くほど冷たい声だった。

 

「あっ…すみません‼︎」

 

 シャルロットちゃんは怯えた表情で頭を下げる。どうしようもなく騒つく心を落ち着けながら弁明する。

 

「いや違うの!私はどっちかというと頼り甲斐にある人が好みだしそう言う感じではないってことね‼︎」

 

 無茶苦茶だ。自分の口から思ってもいない言葉が溢れ出る。

 

「あ!なるほど…楯無さん大人びてますもんね」

 

「そうそう。私より強い人くらいがいいから後輩であるダイチ君はちょっとね〜」

 

「それはちょっと厳しすぎないですか」

 

 そう言って苦笑いするシャルロットちゃん。改めて彼女を見据え、私は質問する。

 

「で、シャルロットちゃんはどうしてダイチ君のことを知りたいの?」

 

「好き、なのかは正直まだ分からないんです。今までこんな気持ちになったことがなかったので…」

 

 俯きつつも懸命に言葉を紡いでいくシャルロットちゃん。

 

「でも居場所がなく人生を諦めていたぼくを太陽の下に連れ出して生きる道を示してくれた。だから少なくとも感謝とは別の感情を抱いていますしその気持ちが何なのか、それを知るためにもダイチのことをもっと知りたいんです…」

 

「ただの興味本位じゃないのね」

 

「はい、しっかり1人の人間としてダイチのことを知りたいんです」

 

「そう、じゃあどこから話そうかしら…」

 

 シャルロットちゃんは同級生に恋をする女の子。恋する乙女は無敵なのだ。1人の先輩としてその背を押すことくらいは許されるだろう。

 

 私は彼の話を始める。時折シャルロットちゃんから聞くダイチ君像も私に見せない面もあり、なかなか新鮮で有意義な時間だった

 

_____

 

 シャルロットちゃんが帰ったあと私はベットに倒れ込む。

 

「…雪菜ちゃん怒るだろうなぁ」

 

 私の幼馴染で、誰にでも礼儀正しい可憐な女の子。ただちょっと自分の執事が大好き過ぎるのが玉に瑕だ。私が女の子にダイチ君を紹介しただなんて知ったらうちに乗り込んで来て抗議してくるだろう。

 

 そう、本当に大切にされていた。だからこそ雪菜ちゃんを通して彼の話を聞いたことはあったが実際に会ったことはなかったのだ。惚気る割に彼女は決して私にさえ彼を紹介しようとしなかった。

 

 どうしてそんなことをするのか当時はわからなかったが、今日シャルロットちゃんにダイチ君の話をする時に少し彼女の気持ちがわかった。付き合いの浅い私ですらこうなってしまっているのだから共に育ってきた雪菜ちゃんは言わずもがなである。

 

 そこでスッと自分の立場を再確認する。

 

 私とダイチ君は先輩、後輩。生徒会長と副会長。護衛とその護衛対象。そして何より親友の好きな人である。それを知っている私が彼に踏み込むことはあり得ない。

 

 だが少しだけ、彼がいる前ではしっかりとするから今だけは許してほしい。

 

「お休み。ダイチ君…」

 

 私は隣のベッドに潜り込み眠りについた。




UA9000越えしててめちゃくちゃ嬉しかったです!
いつも読んでくださっている皆様ありがとうございます!
これからも頑張っていきます!


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【第15話】誇りと期待

何言ってるか分からないと思うんですが買い物回予定だったのに気が付いたらガッツリ戦闘回になってました。どうして…


 スイスから帰国後、日本に着いたのは夕方過ぎになっていた。そのため直接寮の部屋に荷物を置きに戻る。

 

 ドアを開けると楯無さんのものと思われるシャツなどが脱ぎ散らかされており苦笑いすると共に少し安心感に包まれる。

 

 俺のベッドの上を見るとそこには置き手紙…と言っていいかも分からないプリントの裏に殴り書きが残されていた。

 

 また何かのイタズラか。そう思いながら文面を見た俺の背中に冷たいものが走る。

 

『生徒会室。助けて』

 

 気が付くと俺は部屋を飛び出して生徒会室へ真っ直ぐ走っていた。

 

(一体何があった…⁉︎)

 

 焦燥感を隠し切れず廊下を疾走する。すれ違う生徒が何事かと言った様子でこちらを振り返るがそんな視線も気にしている余裕がなかった。

 

「楯無さん!!!」

 

「ダイチ君…おかえり…」

 

「上代さんお疲れ様です…」

 

「かみし〜助けて〜」

 

 俺は勢いよくドアを開けるとそこには書類の山に埋もれて疲れ切った楯無さんと虚さん、そしてなんと驚くことに仕事をしている本音の姿があった。

 

 普段は仕事を増やすからという理由でのほほんとしてるマスコット役のあの本音すら働いている。それだけ事態が逼迫していることだ。

 

「一体何があったんですか⁉︎」

 

「シャルロットちゃんの再転入手続き、一夏君、ダイチ君の専用機の登録、ラウラちゃんのISのVTシステムの暴走、タッグマッチトーナメントの未開催分の振替日程の調整…とにかく色々あったの!」

 

「要は通常業務でも結構仕事捌いて下さってるダイチさんが抜けたタイミングでアクシデントが多発して、カツカツになってる状態ですね」

 

 冷静に補足してくれた虚さんのお陰で事情は大体わかった。

 

「でも聞く限りですと先生方の仕事の結構混じってる気がしましたけど?」

 

「先生方も無人機の襲来があったりシャルロットちゃんの件に関する外部からの対応に追われてて、回り切らないからこっちに回ってきてるのよ」

 

 無人機の件は内緒だからね、と言いつつ楯無さんは自分の席に座りキーボードを叩きながら答える。

 

「なるほど。とりあえず俺はこれを片付ければ良いですかね?」

 

 俺はとりあえず自分の席に座り机の上に山積みになっている書類を捲りながら質問する。どうやらタッグマッチトーナメントを実施出来た2年、3年生のデータ整理等のようだった。

 

「そうね。それと中止になってる分の一年生の1回戦の分の日程調整等もお願いするわ」

 

「了解です」

 

 俺は備品のノートパソコンを開きデータ入力等を始める。3年生はアメリカ代表候補のケイシー先輩のペアが、2年生は当然というべきか楯無さんのペアが優勝していた。

 

 1年生はというとAブロック1回戦1組目という本当に初めのタイミングで事件が起こったらしく殆ど開催出来ていなかった。

 

 アリーナの使用可能時間表と各クラスごとに必修となっている授業等との組み合わせ等を見合わせながら試合を入れていく。

 

 大体のペアを入れ終わった時にふと気になる名前を見つける。イギリス代表候補生セシリア・オルコットと中国代表候補生の鳳鈴音のペアだった。

 

 確かラウラとの戦闘でISを損傷していて参加を見送っていたはずだが幸か不幸か修理が間に合ったので出ることになったのか。

 

 それにしてもこの2人と当たるペアには同情する。戦闘経験の豊富さに加え専用機持ちまで持っている2人は1年では最強と言っても良いだろう。

 

 そんなことを考えながら残ったペアを見て俺は目を疑う。

 

「楯無さん、俺の名前がトーナメント表にあるんですが?」

 

「データ収集が主目的なんだからそりゃ出られる1年は当然でなきゃね?」

 

「え、俺誰とも組んでないんですけど?」

 

 確かペアが出来なければ抽選になるとか書いてた気がするが、その時期記者会見やらIS特別委員会やらで俺はそもそもエントリーすらされていなかったのだから相手もいない。

 

 実際うちの学年は総数が奇数のため溢れる生徒が出るのは当然ではあるが、まさか2人の相手を1人でやらされるのか?

 

「パートナーに関しては心配しないで。攻めに守りに連携タイマン、どれを取っても一流よ」

 

「そんな奴うちの学年にいましたっけ?」

 

 強いて思い浮かぶのはシャルロットだがもう彼女は一夏とコンビを組んでラウラ、箒ペアと戦っている。

 

「それは当日までのお楽しみって事でとりあえずダイチ君は今の仕事に集中してちょうだい」

 

 心なしか楯無さんが少し楽しげに言う。

 

「はぁ…了解です」

 

 何だか嫌な予感がするがまあ楯無さんがそういうなら何とかなるか。そう思いながら書類の山との格闘を再開した。

 

______

 

 そしてパートナーを知らされないままタッグマッチトーナメントエキシビジョンマッチの日を迎えた俺は頭を抱えていた。

 

「ISには珍しいフルスキンに装甲全振り…中々面白そうな機体じゃない」

 

 楯無さんは俺のISを見て感想を言う。

 

「ありがとうございます。で、一つ質問いいですか?」

 

「なに?おねーさんのスリーサイズ?いやん、ダイチ君エッチなんだから♪」

 

「何で楯無さんが横にいるんですか?」

 

 俺の隣には専用機霧の淑女(ミステリアス・レイディ)を完全展開した楯無さんがいた。

 

「だってもう一年で出てない子いないんだもん。余ってたダイチ君が可哀想だなって思っておねーさんが一肌脱いだってわけよ。サポートはしっかりするから任せてね」

 

 攻めに守りに連携タイマン、確かにどれをとっても一流だろう。何しろ学園最強なんだから。

 

「1年同士の試合に2年の、しかも国家代表のあなたが出ちゃダメでしょ。各国政府関係者も観戦するんですし」

 

 セシリアと鈴も専用機持ちで代表候補生であり実力は折り紙つきだ。だが、楯無さんは代表候補ではなく代表。その実力は同じ専用機持ちとはいえ隔絶した差があるだろう。

 

「その点は大丈夫。逆に今回私以外がダイチ君のパートナーになって万が一でも勝っちゃったらそれこそイギリス中国のメンツが丸潰れよ。その点国家代表に負けたのなら仕方ないって言い訳が立つし丁度いいのよ」

 

「…それって裏を返せば俺達は絶対勝たないといけないってことじゃないですか?」

 

「ご明察!でも生徒会長が学園最強であるなら副会長には最強とはいかなくてもそれ相応の活躍してもらわないとね?」

 

 そう言って笑う楯無さんだが、その笑みには期待を裏切ることは許さないと言う無言の圧力があった。

 

 セシリアは一度戦って勝っている相手とはいえ相手の油断があったマグレ勝ちのようなもの。奇襲は2度は成功しない。4人の中で俺は格下だが果たしてどこまでやれるのか。そうした不安で身体が固まってくる。

 

 フルスキンなので顔は見えていないはずなのだが、楯無さんは俺のそんな緊張を見透かしたように声をかけてくる。

 

「ダイチ君、安心して。確かにISに関わってきた時間はセシリアちゃんや鈴ちゃんよりは短いけど貴方はもうスイスと言う国家から認められてその代表を任されている存在なのよ。自信を持てとは言わない。でも代表候補生として胸を張って試合を楽しみなさい。多少のミスはおねーさんがカバーしてあげるから」

 

 その言葉で俺はハッと気付かされる。もう俺の戦闘は俺だけの戦いではない。正直自分の操縦技術にはまだまだ不安が多い。だが俺を信じてサポートしてくれる人達がいるのだ。それならせめてその人達に恥じない戦いをするだけだ。

 

「フフッ、良い顔になったわね」

 

「楯無さん俺の顔見えてるんですか?」

 

「いいえ、でも顔を見なくても分かるわ。この数ヶ月誰よりも近くで見てきた私の愛弟子だもの」

 

 楯無さんに予想外の言葉をかけられて言葉に詰まる。

 

「…そろそろいきましょうか」

 

「あっ、ひょっとして照れてる?ダイチ君照れてるんだ〜」

 

「照れてません!とっとと行きますよ!」

 

 からかわれたお陰で少し肩の力が抜けた気がする。素でやってるのか狙ってやっているのかは分からないが改めて彼女の気配り上手には感嘆する。何にせよ俺は俺に出来ることをするだけだ。そう気を引き締め直して俺はアリーナへ飛び出した。

______

 

 俺たちがアリーナに出ると観客席からワッと歓声が上がる。4人全員が専用機持ち、そしてその中に生徒会長と男子生徒も含まれているとなると盛り上がらない訳がなかった。楯無さんは手慣れた様子で観客席に手を振ったりファンサービスをしている。

 

 所定の位置にはセシリア、鈴ペアが先に到着して待機していた。

 

 オープンチャネルでセシリアと鈴が話しかけてくる。

 

「ダイチさん、以前は不覚を取りましたが今日は雪辱を晴らさせてもらいますわ!」

 

「ダイチ、あんたとは一度やってみたかったから絶好の機会ね。手加減はしないわよ」

 

 早速の宣戦布告に俺はしっかりと返す。

 

「ああ、良い試合にしよう。俺も全力でいかせてもらう」

 

「私は蚊帳の外かしら。おねーさん悲しい」

 

 オヨヨと分かりやすい嘘泣きをする楯無さん。

 

「正直生徒会長と戦うことになるとは思っていませんでしたがやるからには全力でいかせてもらいます!」

 

「生徒会長は学園最強らしいけどその噂が本当か確かめてあげる!」

 

「あらあら、怖い。あくまで主役は私じゃなくてダイチ君だからそこの所よろしくね」

 

 そう言って楯無さんがオープンチャネルからプライベートチャネルに切り替え俺に話しかけてくる。

 

「で、おそらくは先にダイチ君を沈めて1対2の状況を作るのを狙ってくるんだと思うけどこっちはどうする?」

 

「ならそれをさせないまでです。一対一に持ち込みましょう。俺は近接型の鈴の相手をします。セシリアの相手はお任せしてもいいですか?」

 

「了解♪」

 

 試合開始のブザーがなると同時にランス片手にセシリア相手に突っ込んでいく楯無さん。唐突な接近に焦ったのかピットを操作しつつ後方に距離を取り、俺と鈴はその場に取り残される形となる。

 

「あんたの相手は私ってわけね」

 

「そういうことだ!」

 

 俺はファントムをコールし鈴に切り掛かるも上手くいなされる。

 

 鈴の肩のアーマーが開き中心の球体が光る。次の瞬間俺は見えない衝撃に殴り飛ばされる。

 

「まだまだ!」

 

 そう言って鈴の肩の砲身は連続で光を放ちそれに合わせ青龍刀で切り込んでくる。見えない砲弾と過激な剣撃のコンビネーション。俺はそれを凌ぐので精一杯であった。流石は代表候補生。その実力は伊達ではない。

 

 俺はひとまず後方にスラスターを吹かせて距離を取り体勢を立て直す。

 

 楯無さんの方を見るとセシリア相手に優位に戦っているようなのでどうやらどちらを心配する必要はないようだ。

 

 今の位置なら衝撃砲の流れ弾が楯無さんに当たることもない。なら俺は俺の戦い方をするだけだ。俺は目を閉じて『明鏡止水』を発動させる。

 

 中国製第3世代型兵器『衝撃砲』。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰として生じる衝撃自体を砲弾化して打ち出す不可視にして無制限の砲身射角をもつ砲台であった。

 

 だが衝撃砲自体の射線は直線的であり、砲身がどちらを向いているかさえ分かれば回避は容易である。また砲身を作成して砲弾を打ち出すのには若干のタイムラグがあった。

 

 つまり空間を圧縮する上で生まれる気の乱れを掴むことが出来る明鏡止水は衝撃砲相手には絶好の相性であった。

 

 俺は次々に打ち出される衝撃砲の砲弾をスラスターをふかし、時には身体を捩らせて見えない砲弾をかわし再度鈴に接近する。

 

「っ…‼︎中々やるわね!」

 

 鈴は接近する俺の攻撃を青龍刀で受け止めしばらく剣の打ち合いが続く。

 

 埒が開かないと見たのか鈴は再度肩のアーマーを開く。

 

 このタイミングを待っていた。俺はパラライザーをコールしアーマー内の中心の球体に向けて打ち出す。

 

 お粗末な攻撃力と引き換えに麻痺させる効果を持ったエネルギーの銃弾。それがエネルギーを圧縮している不安定な箇所へ撃ち込まれるとどうなるか。

 

 結果としては一方向に向かうはずだったエネルギーの塊はさらに安定を乱しそのエネルギーは全方位に拡散、つまり爆発する。

 

「きゃあ!!!!」

 

「くっ!」

 

 鈴も俺も爆風に巻き込まれ吹き飛ばされる。鈴は至近距離で爆風を受けアーマーが破損し、かなり深いダメージを負ったようだが、こちらは全てを捨てて防御に振り切った機体。少し肩の装甲が飛んだもののまだまだ戦闘可能な状態を維持していた。

 

(恐ろしく硬い機体だな…)

 

 改めて自分のISの頑丈さに驚かされる。結局セシリア戦と同じような戦略をとってしまったが、今回はその場で思いつきのヤケクソではなく自分の機体性能と武装、相手のISの性質を考えた上でキチンと計画の上の攻撃であったから成長だろう。

 

「アンタ何その機体化け物なの⁉︎」

 

「化け物とは失礼な。装甲全振りの機体なだけさ」

 

「ッ!その能面叩き割ってあげる!」

 

 鈴は下降する勢いを合わせ双天牙月による兜割りを繰り出す。

 

(こちらのシールドエネルギーは残量十分で恐らくもうこの一撃で決めに来ていて衝撃砲による攻撃はない。これなら…!)

 

_______

 

 爆発に巻き込まれながらも辛うじてエネルギーが残っていた鈴は状況を整理する。

 

 こちらは装甲大破でシールドエネルギーは僅か。セシリアの方も見てみるがレーザービットを全て打ち落とされもう長くは持たないようであった。

 

 一方目下のISは同じように爆発に巻き込まれたはずなのにまだまだ余裕といった様子でそこに立っていた。

 

 龍砲はどういう理屈か分からないが最初の一発以外はまともに当たっていないしおそらく軌道は読まれている。相手がいくら守備型のISとはいえ残りのエネルギーを考えると打ち合いをするのは分が悪い。

 

 ならやることは一つ。

 

(一撃で決める!!!)

 

 装天牙月を連結し、直降下する。

 

 重力に加え瞬時加速(イグニッション・ブースト)による圧倒的な加速から繰り出される斬撃。いくら装甲が厚かろうとブチ抜ける。

 

 だが装甲を叩き割るはずの双天牙月は空を切り勢い余って体勢を崩す。

 

「消えた⁉︎」

 

 次の瞬間ハイパーセンサーにより背後にISを視認するも万事休す。

 

 背中にショートブレードによる一撃を受け地上に叩きつけられた衝撃によりシールドエネルギー残量は0を示していた。

 

_____

 

(相変わらず無茶な戦いするんだから…)

 

 セシリアと相対しつつもダイチと鈴の戦いを横目に見ていた楯無はため息をつく。

 

 さっきから衝撃砲やら爆発やらが起こっていたがどうやら勝負はついたらしい。

 

(それにしても最後見間違えじゃなければ消えたわよね?あれが噂に聞いていた瞬間移動(テレポート)?)

 

「よそ見してる暇はありませんわよ!」

 

 レーザービットを全て落とされたセシリアはそれでも諦めることなくミサイルビットとレーザーライフルで楯無を狙う。

 

 テレポートのことは気にはなるものの詳細は後で本人に聞くことにして、まずは目の前の相手を片付けるとしよう。

 

 そう考えた楯無は蒼流旋のガトリングで残されていたミサイルビットを狙撃(・・)する。

 

 ビットを破壊されたセシリアは大きく目を見開く。当然だ。ガトリングは多数の弾をばら撒き面で制圧する武装であり、ライフル等の狙撃銃とは精度が大きく異なる。それを成し遂げたのだから楯無の銃撃戦の技術は推して測るべきものだった。

 

 勝てるとは思ってはいなかった。ただ想定以上に隔絶した差を見せつけら絶望するが、それでも降参することは彼女のプライドが許さなかった。

 

(長距離で当たらないのなら接近するまで‼︎)

 

 ライフルの長所はその長射程による相手のアウトレンジからの攻撃。レーザーライフルでの突撃はそのアドバンテージを捨てに行くもの。だがそうすることしかセシリアにはもはや手が残されていなかった。

 

「勢いは大切だし嫌いじゃない。でも勢いだけじゃわたしには勝てないわ!」

 

 突撃してくるセシリアに対しそれを待つのではなく迎え撃つかのように真っ向から向かっていく楯無。

 

 高速のレーザーに両者の加速が加わり異次元の速さの銃撃と化すが、それらを掻い潜りセシリアの懐に潜り込む。

 

「なっ⁉︎」

 

「チェックメイト‼︎」

 

 止めの一撃にランスで薙ぎ払う。もはやブルーティアーズにエネルギーは残っておらずフラフラと地上に墜落し装甲が解除される。

 

 セシリアの得意とする長射程戦闘ですら持ち味を発揮させず、悪あがきさえ正面から受け止めて圧倒する。まさに横綱相撲であり生徒会長の貫禄を見せつける勝利であった。




戦闘シーン書くのどうしても苦手だけど書かないと上手くならないので頑張って書いてます。
次こそは平穏な買い物回を!!!


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【第16話】準備は大切

とうとう10,000UA超えてめちゃくちゃ嬉しいです!
いつも読んでくださっている皆さん本当にありがとうございます!



 セシリア、鈴コンビとの対決から1週間、ようやく生徒会の仕事も落ち着き一息ついていたところで思わぬ人物が俺の元に訪れていた。

 

「こんにちは、ダイチ君。いきなりで悪いんだけどちょっと荷物運びのお手伝いお願い出来ないかしら?」

 

「えっ、ナタリアさん⁉︎どうしてここに⁉︎」

 

 振り返るとそこにはキャリーケースやその他諸々の荷物を持ったナタリアさんがいた。

 

「どうしてってスイスの代表候補生に専属の整備チームが付くってプレゼンの時にも言ったじゃない。それで私が来たの」

 

「なるほど…ってナタリアさんお一人ですか?」

 

 俺はてっきりヨハンやキーファさんも来るものだと思っていたのだが…その問いにナタリアさんはバツが悪そうに答える。

 

「あー、うん…他の国家に最低限の条件で負けないように専属の整備チームを付けると言ったけどいざとなるとその、うちも大きな会社じゃないからね…」

 

「あっ、だいたいの事情お察ししました。とりあえず荷物もらいますね」

 

 見るからに重そうなジュラルミンケースを持つ。

 

 政府とギザン社の板挟みになっているナタリアさん。現場と営業のズレ、国家プロジェクトでも起こるものなんだな。スイスではそう言ったものはないものかと思っていたがどうやら万国共通の問題らしい。

 

「でも、安心して。1人だからと言って不便をかけるようなことはしないから」

 

「実力に関しては全く心配していませんがナタリアさんへの負担が大きくなりすぎるんじゃ…」

 

「その点に関しては安心して。ねっ、たっちゃん?」

 

「ナタリアさん人遣い荒いんですから…」

 

 その問いかけにひょっこりナタリアさんの残りの荷物を持って後ろから現れる楯無さん。

 

「またまた〜、そんなこと言いながら手伝ってくれるのがたっちゃんの良いところじゃない」

 

 そう言って肘でツンツンするナタリアさん。

 

「まあダイチ君のコーチしてますしナタリアさんの頼みとあれば断れないですけど…」

 

「そう言えばお二人面識あったんですね」

 

「そりゃ先代の生徒会長だからね。慣れない生徒会運営するたっちゃんのお仕事色々手伝ったわよ〜」

 

「ナタリアさんその話は‼︎」

 

 珍しく慌てる楯無さん。それにしてもあの楯無さんをこうも手玉に取るとはナタリアさん只者ではないな。

 

「っていうわけでダイチ君のサポートは私が全面を持ってバックアップさせてもらうから安心してね」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「あ、あれは薫子かな?おーい薫子ちゃーん」

 

 荷物を放っぽいてちょうど通りかかった黛先輩に手を振るナタリアさん。黛先輩は驚いた様子でこちらに駆け寄ってくる。

 

「ナタリア先輩⁉︎どうしてここに⁉︎」

 

「今日からダイチ君の専用整備チームとしてこっちに赴任することになったの。でもちょっとだけ人手不足だから手が空いてる時だけでいいからもしよかったら手伝ってくれない?」

 

 手を合わせて上目遣いでお願いと言ったポーズをするナタリアさん。あざといがそれすら魅力的に映るのはナタリアさんの持つ裏表のない人柄ゆえだろう。

 

「ナタリア先輩のお願いとあればもちろん!」

 

「やったー!ありがとう薫子ちゃん!!!」

 

 そう言って黛先輩に抱きつくナタリアさん。黛先輩は驚きつつもまんざらでもなさそうに笑顔を浮かべる。

 

 これがこの世の楽園か。そう思いながら眺めていると足を踏まれる。

 

「痛っ!」

 

「ああいうのがいいんだ?」

 

 そう言って楯無さんにジト目で睨まれる。

 

「誤解です!誤解!」

 

「どうだか。ナタリアさんそろそろ行きますよ。薫子ちゃんも手伝って」

 

「りょーかい」

 

 不機嫌な様子の楯無さんを先頭に寮に向かって歩き始める。ナタリアさんはさっきの百合百合モードはどこへやらケロッと荷物を運び始める。

 

 色々あったが思いもよらぬ心強い増援を得て心が躍る俺であった。

 

_____

 

 着任から3日、ひとまず荷解きが終わりナタリアさんが落ち着いたということで白銀や鈴と戦った時に感じた根本的な問題に関して相談する。

 

「ナタリアさん、この機体なんですけどもうちょっと武装を追加できたりしませんか?今の武器構成だとどうしても攻撃力で息切れするところが多くて…」

 

「あー、やっぱりそこ気になるわよね。その問題なんだけどバススロットほとんど埋まってて後付けできるとしたらナイフ2本くらいなのよね…」

 

「ナイフ2本つけたところで焼け石に水って感じはしますね…そういやコンソールも色々いじってたんですけどスラスターにエネルギー割きすぎじゃないですか?特に攻撃に重きを置くわけじゃないのでスピードももうちょっと落としてパラライザー辺りエネルギーを割けたらいいんですけど…」

 

「あー、それね…企画当初のコンセプトとしてはテレポート移動を前提とした重装甲、重武装のISとして開発していたんだけど、8割方組み上がったところでテレポートの例の欠点が明らかになって実戦では使えず通常のスラスターでは重くてまともに動かないことも明らかになったの」

 

「でも今動いてますよね?それも装甲の割には結構速度もありますし」

 

 最初動かしてもっと重い機体なのかと思ったのだがラファールと同程度には軽快に動けて驚いた覚えがある。

 

「そこは急遽武装を削って既存の高速機動用のパッケージを組み込んで何とか今の形になってるの。だから1番エネルギー効率を良くしても今より出力は削れないしパッケージの容量も大きくて武装が簡単なものしか載せられないって状況ね」

 

「なるほど、そういう事だったんですね」

 

 通常のエンジンで動かないのならエンジンをデカくすればいい。ガーディアンに求められているのは何より防御力なのだから攻撃力は削ってもいい。非常に合理的な判断だ。

 

「今出力を抑えた専用のパッケージを作ってるし、そっちの開発が終わったら武器に容量も割けて専用の武装も装備出来るようになるからちょっと時間を頂戴ね…不便をかけてごめんなさい」

 

「いえいえ、気にしないでください‼︎」

 

 俺が突然所属国家として選んだのだから急遽開発スケジュールが大きく前倒しせざるを得なかったのだろう。それでも最低限戦える機体に仕上げてくれた感謝こそあれ責めることなどできるはずはない。

 

「ほんとごめんなさいね…あっそういえば武装といえばヨハンから伝言預かってきてるわ」

 

「伝言?」

 

「ええ、パラライザーのマガジンをファントムの柄に差し込むとパラライザーのエネルギーを使って擬似的なビームサーベルに出来るらしいわ。試してもらってもいいかしら?」

 

「おお、そんな機能があるとは‼︎」

 

 そう言って俺はパラライザーとファントムをコールする。ファントムの柄をよく見ると確かにマガジンが刺さりそうな穴が空いていた。

 

 俺は早速そこにマガジンを差し込む。するとブーンという音がしてエネルギーが刀身を包み込み一回り大きくなった。

 

「おぉ!!!」

 

 これはエネルギーと物理両面の特性を持つ心強い武装になるのではなかろうか?

 

 試しに標的に向かってファントムを振ると真っ二つに分断された。

 

「おぉ!凄い!!!」

 

 思った以上の火力に思わずテンションが上がる。

 

 だがそこはヨハン開発の武装。案の定というか期待を裏切らない。30秒ほどたったタイミングでシュゥ…という音がして元の物理ブレードに戻った。

 

「…多分以上よ」

 

 気まずそうなナタリアさんとは対照的に俺は感動していた。

 

「いえいえ、全然大丈夫です!ヨハンに喜んでたって伝えておいて下さい!」

 

 考えてみれば一夏の零落白夜だってエネルギーを使用する制限時間付きの武装だし少し時間は短いが使うべきタイミングさえ間違えなければ強力な武器になるだろう。

 

 少し使い勝手に癖があるものの頭痛の種となっていた攻撃力に関しては少し光明が見え俺は晴れ晴れした気持ちであった。

 

 改めて自分は多くの人に支えられていることを実感し、より頑張らないとなと気合いを入れ直した。

 

______

 

 翌週に臨海学校を控えた日曜日の朝。俺はしおりを元に荷造りをしていたのだが…

 

「えっと…だいたいこんなものかな」

 

「ダイチ君、そういや水着入れた?」

 

 ベッドに寝転びながら荷造りを眺めていた楯無さんが尋ねてくる。

 

「いえ…持ってきていませんしそもそも希望者のみって書いてありますから必要ないかと」

 

「はぁ⁉︎」

 

 勢いよくベッドから起き上がり信じられないものを見るような目で楯無は言う。

 

「そんなの建前に決まってるじゃない‼︎第一自由時間どうするつもりなのよ?」

 

「ガーディアンの調整でもしていようかと…」

 

 何か言いたげな様子だったが諦めたのか大きなため息を吐く。

 

「今から買いに行くわよ」

 

「はい?」

 

「さっさと準備しなさい」

 

 楯無さんはベッドから起き上がってよそ行きの準備をし始める。

 

「あの…訓練は?」

 

 俺の一言に楯無さんはこめかみに青筋を立てながら答えた。

 

「今日の私は手加減できそうにないんだけどそれでもいいならやるわよ?」

 

「すみません。買い物に行かせて頂きます」

 

「最初から素直にそうしなさい」

 

 そう言って俺は楯無さんに連れられて駅前のショッピングモールに行くことになった。

 

____

 

「おぉ、結構何でもあるんですね!」

 

「あれ?ここ来るの初めて?」

 

「はい。あんまり外出しないものなので」

 

 休日は大体自主練をしているか旦那様へのお見舞いに行っているので乗り換えの拠点として使うことはあったものの直接目的地としてきたことはなかったのだ。

 

「じゃあ今日はダイチ君の水着買いがてら案内してあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、はい」

 

 そう言って楯無さんは手を差し出す。

 

「案内費…ですか?」

 

「違うわよ!人が多くてはぐれないように手!」

 

「あっ、なるほど。では失礼します」

 

 そう言って楯無さんの手を握る。その手は思っていたより柔らかく、そして心なしか熱かった。

 

「じゃあまずはとっとと水着見ちゃいましょう!」

 

 そう言って楯無さんに連れられて男性水着売り場にやってきた。

 

 女性用の水着は沢山あるものの男性水着に正直違いが分からない。俺は適当に何点か見繕いつつ一番無難な紺色の水着を選んでいた。

 

 そういや楯無さんの姿が見当たらない。どこに行ったのか探していると女性水着売り場から声をかけてきた。

 

「ねえ、ダイチ君はどっちがいいと思う?」

 

 楯無さんは白の清楚なワンピース型の水着と黒の大人の水着の二種類を提示してくる。

 

 それぞれの水着を纏った楯無さんを脳内でイメージする。

 

(正直どっちもめちゃくちゃ似合うと思うな。楯無さんの快活さを活かしたワンピース、その大人の魅力を活かした黒の水着。どちらも捨て難い」

 

「へっ?あっ、ありがとう…」

 

 楯無さんは真っ赤になってバツが悪そうである。そこで俺は自分の妄想が漏れていたことの気づき釈明する。

 

「あっ、すいません‼︎忘れて下さい‼︎」

 

「その…ダイチ君は改めてどっちが好き?」

 

 非常に難しい問題だが悩み抜いた末答える。

 

「大人な楯無さんに似合う黒の水着が個人的には見たいです…」

 

 俺はバツが悪くなり少し小声になりつつも答える。

 

「ヨシ!ダイチ君がそう言うなら仕方ないわね〜じゃあ買ってくるから」

 

 そう言ってご機嫌な様子でレジで会計をする楯無さん。どうやら俺の回答がお気に召したらしい。

 

「海、行こうね?」

 

「えっ?」

 

「約束だからね?」

 

 楯無さんは俺をまっすぐ見つめる。そう言えば2年生は臨海学校がない。つまり楯無さんは水着を買う必要がなかったのだ。つまりその水着を使う機会は自分から作るしかないのだ。

 

「夏休み、予定空けておきます」

 

「うん!約束!楽しみにしてる!」

 

 こうして主目的は達成した俺たちは目的もなくショッピングモール中を探索することになった。

 

「ちょっと喉乾いたわね。どこかで休憩しようかしら」

 

「ええ、そうですね。って言っても今お昼時で結構どこも混雑してますね…」

 

「じゃあわざわざお店入らなくてもそこのベンチでお茶しましょ。私場所を取っておくからダイチ君買ってきてもらってもいい?」

 

「了解です」

 

 そうして俺は近くの自販機を探して彷徨く。

 

「えっと…楯無さんは紅茶だったよな」

 

 自販機で自分と楯無さんの分の飲み物を買い終え戻ろうとすると、何処からか騒がしい声が聞こえてくる。

 

「ねぇ、君可愛いね。俺らと一緒に遊ばない?」

 

「一緒に楽しいことしようぜ」

 

「はっ、離して…」

 

 マンガなんかでよく使われそうなテンプレ通りの絡み文句に思わずそちらの方に顔を向けると、案の定頭の悪そうな二人組が気の弱そうな少女に絡んでいた。

 

 このまま立ち去ろうか、そう考えた時に不意に少女と目が合う。その目は酷く怯えていて助けを求めているようだった。

 

 ヨハンを助けておいてこの子を助けない理由はないか…仕方ない

 

「そこまでにしといたらどうだ?」

 

 俺は少女と二人組みとの間に割って入る。

 

「なんだ、テメーは?」

 

「俺はこの子に用があんだよ」

 

 男達は俺に突っかかってくる。が、普段ISで訓練している身からすれば遅すぎる。

 

 一瞬で1人を組み伏せる。

 

「イタタタタタ!!!」

 

「まだやるか?」

 

 俺はもう1人の男に対して視線を向けて問いかける。どうやら戦闘の意志はないようだ

 

「おっ、覚えてやがれ…‼︎」

 

 そう言って本当にどこかで聞いたことのあるような捨て台詞を吐きながら逃げていき、組み伏せていた男も俺が拘束を止めると慌ててその後に続いて逃げていった。

 

「一件落着か」

 

「あの…ありがとう」

 

 服の汚れを払っていると先程絡まれていた少女がオドオドと話しかけてくる。

 

「いや、お礼を言われるようなことじゃないさ。それより怪我はないか?」

 

「うん、少しビックリしただけで大丈夫…」

 

 そう言うが少女の顔は曇ったままだった。本当なら落ち着くまで一緒にいてあげたいがあいにく楯無さんを待たせている状況。あまり長居も出来ないな。

 

「そこにベンチがある。良かったらこれ飲んで休んでくれ」

 

 俺はさっき買った紅茶を少女に差し出す。

 

「えっ…でももらうわけには…」

 

「いいから。疲れてる時は甘いものが効くらしいし!」

 

 半ば強引に少女に紅茶の缶を握らせて駆け出す。

 

「あっ、あの…ありがとう‼︎」

 

 背後から聞こえてくる精一杯の大声に俺は振り返ることなく右手を上げて答える。何か忘れてる気がするが気のせいか。まあ取り敢えず楯無さんの所に戻ろう。

 

_______

 

「で、その美少女に私の分の飲み物をあげちゃったって訳ね?」

 

「おっしゃる通りでございます」

 

 俺を待っていたのはご機嫌斜めな楯無さんだった。そういや楯無さんの飲み物買いに行ってたんじゃないか。

 

「あの、良かったら俺のどうぞ…」

 

 そう言って俺は自分で買っていた緑茶を恐る恐る差し出す。だが楯無さんは受け取らない。

 

「フフッ、冗談よ。むしろそんな状況で女の子見捨てたのならそれこそ怒るけどよくやったじゃない」

 

「そう言っていただけるとありがたいです」

 

 俺は恐縮して頭を下げる。

 

「あっ、でもやっぱり一口だけちょうだい」

 

「全然いいですよ」

 

 俺から受け取った缶のお茶を少し飲んでこちらに返してくる。そして俺もそれを飲んだのを確認してイタズラっぽく言う。

 

「おねーさんとの間接キスはどう?」

 

「っ‼︎ゲホゲホ‼︎」

 

 俺はお茶が気道に入り咽せる。してやったりと言った様子で楯無さんが俺にハンカチを渡してくる。

 

「あらあら大丈夫?」

 

「楯無さんが変なこと言うからですよ!」

 

「あれ?そういうのは気にするのは中学生までってこの前言ってなかったっけ?」

 

「あれは状況が状況だったからですよ‼︎」

 

 IS委員会の直前ならそんなこと気にしていられないが今は違う。

 

「へー、状況が違ったらドキドキするんだ?」

 

「それは…」

 

 俺が言い淀むと楯無さんは満足したようにニコニコする。そして俺の手からお茶の缶を奪い取ると一気に飲み干してしまった。

 

「休憩終わり!そろそろ行きましょ」

 

 そう言って楯無さんは立ち上がる。その頬は少し赤くなっていたような気がするが気のせいか。

 

 そう言って俺たちは買い物を再開した。

 

_____

 

 服屋や雑貨屋、カフェなど一通り案内してもらった後どうしても楯無さんが寄りたいと言うお店があるそうでそこに向かう。

 

「ここですか?楯無さんが来たかったお店って」

 

 楯無さんに連れてこられたのは意外なことに和食器の売り場だった。

 

「そうそう、えーっと…あったわ‼︎」

 

 そう言って売り場の中程まで行ったところにお目当てのものはあった。

 

「湯呑みですか?」

 

「そうよ、いつまでも私だけマグカップっていうのもね。ダイチくんはどれがいい?」

 

「俺もですか?」

 

「せっかくだしお揃いのやつを買いたいじゃない」

 

「まあせっかくですしね…」

 

 そう言って俺は並んでいる湯呑みを眺める。シンプルで和風なものや、断熱構造により温度を保てる機能的なもの、モダンで華やかなデザインのものなど様々なものがあった。

 

 その中で俺は一組の湯呑みに目を止める。

 

「楯無さん、これなんかどうですか?」

 

 俺は九谷焼の湯呑みを勧める。和風ではあるものの可愛らしい猫があしらわれた地味すぎないものであった。

 

 楯無さんは俺が勧めた湯飲みを手に取って手触りや重さ、飲み口の厚みなどを確認する。

 

「うん!いいセンスね。これにしましょう」

 

 そう言って楯無さんは会計カウンターに持って行く。

 

「俺も出しますよ」

 

 さっき何気なく進めたが結構いいお値段が値段がするものだった。

 

「いいのいいの。私が欲しかったものだしそれにこう見えて国家代表なんだから任せなさい」

 

「そういうわけには…」

 

 財布を出そうとした俺の手をピシッと扇子が止める。

 

「じゃあ美味しいお茶を淹れて頂戴。それでおあいこってことで」

 

 どうやらここは出させてもらえないようだ。それなら

 

「任せて下さい。とっておきのお茶をご馳走します」

 

「フフッ、楽しみにしてるわ」

 

_____

 

 そうして買い物を終えた時点で夕方になっていたのでちょっと早めに外で夕食を済ませ、俺たちが帰宅したのはすっかり夜になっていた。

 

 このまま寝てしまってもいい。が、楯無さんがシャワーを浴びている間に俺にはやることが残っていた。

 

「ダイチ君シャワーお先…っていい匂い」

 

「ええ、新しいお茶の缶を開けました。丁度がお湯が沸いたので髪乾かしてきて一休みにしましょう」

 

「分かった!急いで準備してくる」

 

 そう言ってドタバタとシャワー室に戻っていく楯無さん。待つこと少し、いつものパーフェクト楯無さんが現れた。容姿にも気を使っていてやっぱりこの人は凄いなと改めて実感させられる。

 

 そして今日2人で買ってきた湯呑みにお茶を注いでいく。部屋に緑茶特有の青く爽やかな香りが立ち込める。

 

「では頂きます」

 

「頂きます」

 

 そう言って楯無さんが一口含み、目を見開く。

 

「美味しい!!!」

 

 そう言って楯無さんは満面の笑みを浮かべる。

 

「それならよかったです」

 

 俺はその反応を確認し自分でも一口飲む。

 

「美味い…!」

 

 自画自賛になってしまうが思わず漏らしてしまう。

 

「何て言うかマグカップのお茶も美味しかったんだけど口当たりとかも格段に良くなってる!」

 

「それに香りの広がり方が格段に良くなってますね。器でこんなに変わるものだとは思っていませんでした!」

 

 2人でお茶に関して盛り上がる。確かに器の良し悪しが味に影響を与えることは間違いないだろう。

 

 それよりも何よりも気の置けない人と同じものに対して感動を共有出来る。そのことに勝る喜びはなかった。

 

 こうしてこの後楯無さんと俺のお茶会が増えたのは言うまでもなかった。

 

 




次からは臨海学校編スタート予定です!
頑張っていきます!


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【第17話】嵐の前の静けさ

だいぶ間が空いてしまいましたが久しぶりの投稿です!


 心地よい微睡みの中、誰かが俺の肩を揺すっている。

 

「…みしぃ、ねえかみし〜」

 

 そんな変な呼び方をして来る奴は俺の知り合いの中でも一人しかいない。

 

「本音、眠いんだから寝かせろ」

 

「でも海だよ〜、凄いよ〜」

 

「どうせ後で嫌という程見るんだからほっとけ」

 

「えぇ~」

 

 不満を漏らす本音を無視して再び寝る体勢に入る。昨日臨海学校に行っている間出来ない分の仕事をまとめてやった疲れからか意識はすぐに遠のいていった。

 

________

 

 しばらくの睡眠の後バスは目的地に到着し、一年生がぞろぞろと下りてきて旅館の前に整列する。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

「よろしくお願いします!」

 

 織斑先生の言葉の後、全員で挨拶する。この旅館には毎年お世話になってるらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生は元気があってよろしいですね」

 

 歳は三十ほどに見えるがすごく落ち着いた雰囲気を醸し出しており、百戦錬磨といった感じの大人の女性だ。

 

「あら、そちらの方々が噂の・・・?」

 

 俺たちの方を見た女将さんが織斑先生のそう尋ねる。

 

「ええ、まあ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それにいい男の子たちじゃありませんか。お二方ともしっかりしてそうな印象を受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶しろ、この馬鹿者たち」

 

 俺と一夏はグイっと頭を押さえつけられる。完全に巻き添えじゃねえか。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「上代大地です。よろしくお願い致します」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清州景子です」

 

 そう言って女将さんは再び丁寧なお辞儀をする。その美しい所作に思わず見とれてしまいそうになる。

 

「不出来の弟と生徒でご迷惑をお掛けします」

 

「あらあら、織斑先生ったら、このお二人には随分厳しいんですね」

 

「いつもこいつらには手を焼かされていますので」

 

 そんなことはないと思ったものの、世界でただ二人の男性操縦者だし見えてるとこだけじゃなくて見えないところでも多分迷惑掛けてるんだろうなと思い口をつぐむ。

 

「それじゃあ皆さん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらの方をご利用なさってくださいな。場所が分からなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」

 

 女子一同ははーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。とりあえず俺も荷物を置いてくるか。

 

「ねえねえ、おりむーとかみしーは部屋どこ〜?一覧に書いてなかった〜。遊びに行くから教えて〜」

 

 その言葉に周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのが分かった。あまりの必死さに俺は思わず苦笑いする。

 

「いや、俺も知らない。けど多分ダイチと同じ部屋になるんじゃねえの?」

 

 まあそれが妥当なところだろう。まさか女子と寝泊まりするわけにもいかないしな。あと一部の女子がおりかみキターーー‼︎なんて騒いでいたような気がするがきっと気のせいに違いない、うん。

 

「わー、それだと別々に行く必要がないからいいね〜。部屋分かったら教えてね〜」

 

 それだとわざわざ一覧に載せなかった意味がないだろ。心の中でそうツッコんでいると織斑先生に呼ばれた。

 

「織斑、上代、お前達の部屋はこっちだ。ついて来い」

 

 そう言ってさっさと歩き出した織斑先生を俺たちは慌てて追いかける。

 

「えーっと、織斑先生。俺たちの部屋はどこになるんでしょうか?」

 

「黙ってついて来い」

 

 遠慮がちに訊ねた一夏は速攻で封殺された。大部屋の前を幾つも通り過ぎそこから少し離れた小さな個室の前で織斑先生は足を止めた。

 

「織斑はここ。上代は隣だ」

 

「え?ここって…」

 

 一夏が言葉に詰まるのも無理はない。ドアに張られた紙には教員室、と書かれていたのだ。

 

「最初はお前達二人が同室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな…」

 

 一度大きなため息をついて織斑先生は続ける。織斑先生、その苦労凄く分かります。俺も巻き込まれるのはゴメンだ。

 

「結果、お前は私と同室になったわけだ。これならおいそれと女子も近づかないだろう。ちなみに上代、お前は個室だ」

 

「山田先生と同室ではないのですか?」

 

 それは願っても無いことなのだが意外だった。俺の部屋のドアにも教員室の張り紙がしてあったからてっきりそう思っていた。

 

「いくら教師と生徒といえど男女を同じ部屋に寝かせるのはな。いや、お前がそのようなことをするとは思っていない。むしろ山田先生の方が、な…」

 

 織斑先生は言いづらそうに言葉を濁す。

 

「あぁ…何となく分かりました」

 

 山田先生は悪い人では決してないのだが思い込みの激しい一面がある。それをいちいち静めなければいけない労力を考えると、個室にしてくれた織斑先生には頭が下がる思いだ。

 

「では説明はこれくらいだ。二人とも、羽目を外しすぎるなよ」

 

「「はい」」

 

 二人で勢いよく返事をすると織斑先生はどこかへ行ってしまった。

 

 

 ひとまず荷物を置くべく部屋に入る。するとそこは和室で窓からは一面の大海原を見渡すことが出来た。元は二人部屋ということもあって一人で使うのがもったいないほどの広さだ。部屋にはトイレだけでなくお風呂もついているしもう大浴場行かなくていいなこれ。

 

 確か今日は一日自由行動だったはずだ。ということは

 

「じゃあ早速・・・!」

 

 荷物を置いた俺は畳の上で思いっきりゴロゴロする。もともと住んでたアパートが和室だったがIS学園の寮は普通に洋室なので長らく畳に飢えていたのだ。久しぶりの畳の香りを思う存分堪能する。誰の目もなくダラダラ出来るの最高すぎるだろ。何が悲しくて海なんて行かなくてはいけないのか。しばらくダラダラしたらISの調整をすることにしよう、うん。

 

 そんなことを考えているとメールの受信音が鳴った。開いてみると差出人は楯無さんだった。

 

『旅館にそろそろ着いたころかしら。たった一度の臨海学校なんだから部屋でゴロゴロしようなんて考えず目いっぱい楽しんでくること!』

 

 今の自分の状況を的確に言い当てられて思わず苦笑する。やっぱりあの人エスパーか何かなのか。

…まあそう言われてしまっては仕方ない。少しくらいは海に行くことにするか。

 

______

 

 水着などが入った袋を片手に更衣室へと向かう。途中で謎のニンジンのようなものが庭に刺さっていたがどう見ても面倒ごとの匂いがしたのでスルーした。こんなとこまで来てトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

 

 更衣室に到着すると一夏が既に着替えを済ませ今まさに出ていこうとしているところだった。

 

「おっ、ダイチ。どうせならいっしょに行こうぜ」

 

 それだけは絶対にゴメンだ。いくら俺が地味だとは言え流石に一夏が隣にいれば否が応でも目立ってしまう。

 

「いや、先に行っておいてくれ。同性とはいえ着替えているところを見られるのはあまり好きじゃないからな」

 

「そうか、じゃあお先に。また後でな」

 

 そう言って一夏は更衣室から出ていく。その直後数名の女子の歓声が聞こえてくる。改めて一緒に行かなくて正解だと心から思った。

 

 とりあえず俺も水着に着替え、女子が少なくなった時間を見計らって外に出るとその途端灼熱の太陽が肌を焦がし始める。

 

「暑い…」

 

 どうしてみんなあんなにはしゃげるんだろうか?更衣室から出て5分も経っていないが早くも俺は人気のない日陰を求めてうろうろし始める。

 

 五分ほどあたりを探索してようやく崖の下の丁度いい感じ場所を見つけた俺は腰を下ろす。

 

 

 最後に海に来たのはいつだっただろうか。潮の匂いが染み込んだ生ぬるい風を受けながらそんなことをぼーっと考える。

 

 あれは確か一昨年の夏、雪菜様に叩き起こされて半強制的に海に連れて行かれたのが最後か。成り行きでなぜかビーチバレー大会に飛び入り参加することになり、寝不足の腹いせに決勝で優勝候補のセミプロペアを完膚なきまでに叩き潰したせいで周囲にドン引きされたのは今でもはっきりと覚えている。

 

 自分もあの頃は元気だったなぁ、と年甲斐もなく感慨にふけりながらみんなの様子を眺めていると突然声をかけられた。

 

「…こんなところで何してるの」

 

 顔を上げるとそこには水色の髪の少女が立っていた。

 

「見て分かんだろ。休憩中だよ、休憩中」

 

「一度もみんなのところに行ってないのに?」

 

「そういうお前はどうなんだ。更識簪さん?」

 

「‼︎」

 

 俺が自分の名前を知っていたことに少女は警戒感を露わにする。

 

「安心しろ、別にお前の姉に何か言われた訳じゃない。俺が知っているのはお前の名前と姉妹の仲がうまくいっていないことくらいだ」

 

「…そう」

 

 そう言って更識は俺の横に腰を下ろす。

 

「…その、この前はありがとう」

 

「ああ、あのくらい気にするな。あの場面に遭遇すりゃ誰だってああするさ」

 

「そんなことない」

 

「いや、あるぜ。不良に絡まれている美少女を助けるっていうのは男なら誰しもが憧れるシチュエーションだからな」

 

 まあ大概の場合かっこよさ半分、下心半分といった感じなんだけどな、と心の中で付け足す。

 

「美少女…」

 

「ん、何か言ったか」

 

 急に更識は顔を真っ赤にして俯いてしまった。いったいどうしたのだろう。

 

「おーい、更識〜。大丈夫か?」

 

 何度か呼びかけてみるものの返事がない。ただの更識簪のようだ。

 

 どうしようもなく俺が途方に暮れていると目の前に救世主が現れた。

 

「かみし〜…とかんちゃん?」

 

 これほど本音が頼もしく見えたことはこれまでになくおそらくこの先もないだろう。

 

「本音、丁度いいところに来た‼︎更識の様子が何かおかしいんだ」

 

「かんちゃんが?ちょっと見てみるね〜」

 

 本音は更識に声をかけたり目の前で手を振ったりするがやはり反応はない。が、やがて焦ったくなったのか

 

「えーい」

 

 そう言って更識の脳天にチョップをかました。おい、割と容赦なくいっただろ⁉︎凄い音がなったぞ。

 

「痛い…」

 

「ほら〜、元に戻ったよ〜」

 

 いや、戻すにしてももっと別のやり方があるだろ。古いテレビじゃないんだから。まあでも更識が元に戻ったからよしとするか。

 

「助かった。ところで俺に何か用か?」

 

「あ〜、そうそう。かみしーも一緒にビーチバレーしようって誘いに来たんだ〜」

 

「ビーチバレー?」

 

「そうそう。おりむー達がやっててかみしーも連れてこいって言ってたんだ〜」

 

「見つけられなかったって言っておいてくれ」

 

 何が悲しくてこんなクソ暑い中運動しなくてはならないのか。

 

「そういうと思ってたお嬢様から伝言を預かってきてるよ〜」

 

「伝言?」

 

 何だか嫌な予感がする…

 

「えっと…確か『戸棚の奥に隠してある秘蔵の羊羹が惜しければちゃんとクラスメートと交流しなさい』だってさ〜」

 

「はぁ⁉︎あれ一本1万円するんだぞ⁉︎」

 

 俺が必死に通い詰めてようやく買った幻の一品を人質にするとか流石に卑怯だ。

 

「ちなみに毎日お嬢様に報告することになってるから頑張ってね〜」

 

「よし今すぐ行くぞ。案内しろ、本音」

 

 背に腹は変えられない。俺は即座に立ち上がる。

 

「りょーかーい」

 

 そう言って本音は歩き始める。

 

「更識、お前も一緒に来ないか?」

 

 俺は更識に尋ねるが彼女は首を横に振る。

 

「私はいい…もう少しここにいる」

 

「そうか、じゃあまたな」

 

「また」

 

 そう言って軽く手を振る更識。俺はその手に右手を上げて答えその場を後にした。

 

_____

 

 本音に連れられてコートまで来るとそこには大勢の生徒が集まっていた。そのうちの一人が俺を見つけ大声を上げる。

 

「あ、上代君。来てくれたんだ‼︎」

 

「えっ、嘘‼︎水着変じゃないよね⁉︎」

 

「織斑君もそうだけど上代君も体鍛えてるんだ‼︎カッコイイ」

 

 何だかわらわらと人が集まってきて俺は思わず戸惑ってしまう。

 

「おーい、ダイチ‼︎こっちだ」

 

「分かった、今行く」

 

 一夏の助け舟もあり、人をかき分けコートの中に入って行く。

 

「遅かったな」

 

「悪い、ちょっと立ちくらみがしたから休んでたんだ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「ありがとうもう治ったから心配いらない。で、一つ聞きたかったんだがコートにあるクレーターは何だ?」

 

「何ってそりゃ…相手を見ろよ」

 

 そう言って一夏は相対するコートに視線を移す。そこにいたのは世界最強だった。

 

「すべて理解した。で、俺たちの作戦はどうする?」

 

「『命だいじに』、で。死ぬなよダイチ」

 

「ああ一夏。お前こそな」

 

 こうして俺たちは死地へと赴いたのだった

 

______

 

 長いようで短かった臨海学校初日も大半が終わり今は夕食の時間である。

 

 昼食でも出たが夕食でも何と刺身が出てきた。流石税金で運営されているIS学園、そこらの学校には出来ないことを平然とやってのける。そこにシビれる憧れ…はしないな。

 

 そんな馬鹿なことを考えながら一人食事をしていると料理を持ったシャルロットがやってくる。

 

「ダイチ、合席してもいいかな?」

 

「別にいいぞ」

 

「ありがとう」

 

 そう言って空いていた席に座り始める。

 

「足でも痺れたか?」

 

 そう言って俺は座敷の方に目をやる。IS学園の生徒は世界中から集まっているため多国籍・多宗教なのだ。そのためそれに配慮して正座が出来ない生徒のためにテーブル席も用意されている。

 

 ちなみに俺がテーブル席に座っているのは正座が出来ないからではなく単にこちらの方が空いているというだけの理由だ。

 

「違う違う。ダイチと話したかったんだよ」

 

「俺と?そういうのは一夏の担当だが?」

 

「人にはさんざん唐変木と言ってるくせに…」

 

「何か言ったか?」

 

「いや何でもないよ」

 

 そう言って2人で雑談しながら食事をする。

 

「そういやシャルロットはもちろんフランス語話せるよな?」

 

「まあそりゃ母国語だしね」

 

「うちの国大体はドイツ語で通じるんだが一部地域の共通語がフランスなんだ。それでもしよかったら暇な時間でいいからフランス語教えてくれないか?」

 

「あぁ、スイス多言語国家だもんね。勿論いいよ!」

 

「ありがとう。助かる」

 

 言語を身につけるのにはやはりその国のネイティブと話すのが1番だ。心強い味方を得た俺は一つ抱えていた課題が解決し胸が軽くなった。

 

___________

 

「で、何でシャルロットはうちの部屋にいるんだ?」

 

 食事後、何故かうちの部屋にいる目の前の人物に問いかける。

 

「ダイチが暇な時間に教えて欲しいって言ったでしょ?」

 

「だが仮にも年頃の男女が密室にいるというのは良くないというか…」

 

「楯無さんとは毎日一緒に寝てるのに?」

 

「待て!その言い方には語弊がある‼︎」

 

「ごめんごめん、ちょっとからかい過ぎた。ちゃんと教えるから機嫌直してよ」

 

「…分かりやすいように教えてくれると助かる」

 

「教えるのは得意だから任せてよ」

 

 こうしてシャルロットによる臨時のフランス語講座が始まった。

 

____

 

「今日は取り敢えずこんなとこかな」

 

 そう言ってシャルロットは持参したタブレットの電源を落とす。

 

「ありがとう。やっぱり自分で勉強するよりも圧倒的に分かりやすかった。助かる」

 

「いやいや、ダイチの飲み込みが早かったからだよ」

 

 シャルロットは謙遜しているがお世辞抜きに聞いていて分かりやすかった。ISでの器用な戦い方を見ていても感じたことだが相手に合わせるのが圧倒的に上手く、キチンとこちらの理解度に合わせて講義をしてくれていた。

 

「それにしてもISの分野においてメジャーな言語になってるのは日本語と英語なんだからそんなに頑張って勉強する必要ないんじゃない?」

 

「いや、そこはスイスの代表として自分で選んで、そして迎え入れてもらったんだからその国の言葉を学ぶのは義務だ。まあでもフランス語だけじゃなくてあとイタリア語とロマンシュ語も学ぶ必要があるんで先は長いけどな」

 

 言語は国家を構成する要素の大きな一つの要素だ。男性操縦者とはいえポッと出の外国人が国家代表になることを面白く思わない人間もいることだろう。その反発を抑えるためと言うわけではないが国家を代表する以上その国の言葉を学ぶのは当然だ。

 

「ダイチはやっぱり凄いね…」

 

 シャルロットはしみじみと呟く。

 

「いや、まだ気持ちに中身が伴っていない。口だけならなんとでも言えるし大したことはないさ」

 

「人が褒めてるのにそうやって悪びれるのダイチの良くないとこだよ」

 

「いや、悪びれてるとかじゃなくてまだまだ未熟なのは事実だし…」

 

 俺の言葉にシャルロットはため息をつき、やれやれと言った様子で首を振る。

 

「ダイチがそう言う言動をするのは仕方ないか…」

 

 そう言って少し考え込んだ後こちらを改めて向き直ってシャルロットは切り出す。

 

「もし良かったら君を隣で支えさせてくれないかな?」

 

「申し出は嬉しいが、その言い方だと誤解を招くから気をつけた方がいいぞ」

 

「誤解じゃないよ。ダイチが今想像している意味であってる」

 

 こちらをまっすぐ見つめるシャルロット。その視線に思わず目を背ける。

 

「何で俺なんだ?」

 

「Entre deux coeurs qui s’aiment, nul besoin de paroles」

 

「え?何て言ったんだ?」

 

「フフッ、ダイチがもっとフランス語に詳しくなったら分かるよ」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うシャルロットは小悪魔じみた魅力があった。

 

「答えは今はいらない。でもとにかく僕はダイチを支えさせてもらうよ。これは僕のわがままだから気にしないで」

 

「そこまでされる義理がない。男装事件のことなら気にしないでいいと言ったはずだ」

 

「だから、だよ。君は助けているつもりはなくても無意識に僕も含め多くの人間を助けるような行動を取ってるんだ。だからこそいつか潰れちゃうんじゃないかって心配になるんだ」

 

「…百歩譲ってそれが事実だとしてもそれは俺が貰う分が多すぎる」

 

 俺の苦し紛れの言動にシャルロットは苦笑いする。

 

「本当に素直じゃないなぁ…じゃあせめて僕のことシャルって呼んでよ。それで貸し借りは無しってことでさ」

 

 あまり納得はいかないがこれ以上の押し問答をしたところでシャルロットは納得しないだろう。ならここが落とし所か。

 

「改めてよろしく頼む…シャル」

 

 俺の言葉にシャルはパッと顔を綻ばせる。

 

「うん!よろしくね。ダイチ」

 

 眩しい笑顔に思わず見惚れそうになり、俺は慌てて顔を逸らした。




次も頑張って書きますので気長にお待ち頂けると嬉しいです!


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【第18話】嵐来たる

思ったより早く投稿できました


 夏合宿2日目、自由時間だった昨日とは打って変わり今日は1日各種装備の試験運用とデータ取りが行われる。

 

 1年の夏合宿とはいえ学内のアリーナでは取ることが出来ない広大な戦闘空域での戦闘データの取得や新装備のテストのための重要な機会となっている。

 

 生徒たちがそれぞれの訓練機を運び始める中思わぬ乱入者が登場する。

 

 不思議の国のアリスが着ているようなワンピースに特徴的なウサミミ。整ってはいるもののどこか気だるげな表情。服装といい雰囲気といい全てが異質な人物は、篠ノ之箒の姉にして、IS開発の生みの親である篠ノ之束だった。

 

(この人がISを作った張本人…)

 

 この人が直接手を下した訳ではないと理解しつつもISによって大切な人を傷つけられてた人間としては、どうしても複雑な感情を抱かずにはいられない。

 

 とはいえ、そんな俺のことを向こうは気にも止めず上機嫌で妹である箒の専用機、紅椿(あかつばき)のセッティングと説明を進めていく。

 

 途中でセシリアが自分のISの調整をお願いしたがにべもなく断られていた辺り自分が興味のないことには本当に関わらない人間らしい。

 

 そうこうしているうちに紅椿のセッティングが終わり、性能テストが開始される。

 

 その性能はあの篠ノ之束お手製の最新機というだけあって圧倒的なスピード、オールレンジ対応武器、抜群の機動力等圧巻そのものだった。

 

 皆がその化け物に目を奪われている中、突然慌てて山田先生が織斑先生の元に飛び込んでくる。

 

 どうやら何か緊急事態が起こったらしい。間も無く一般生徒達は今日の訓練の中止と宿での待機の指示を受ける。そして俺たち専用機持ちは別の任務を受ける。

 

「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、上代、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!__それと篠ノ之も来い」

 

「はい!」

 

 そうして俺たち専用機持ち全員と教師全員は旅館1番奥に臨時で設立された作戦室に招集された。

 

_____

 

「では現状を説明する」

 

 そう言って織斑先生が説明を始める。アメリカ・イスラエル共同開発の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとのこと。

 

 そしてここから2キロ先の空域を約50分後に通過する。そのISを教師陣と専用機持ちで対処することになったらしい。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

 まず発言したのはセシリアであった。

 

「分かった。ただしこれらは2国間の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。情報が漏洩した場合には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

 その返事を聞いた織斑先生がデータを開示する。

 

 楯無さんや虚さんからISのスペックデータの見方等も教わっていたので多少は理解出来るようになっていた。

 

 一夏と箒を除いて専用機持ちが各々意見を口にする。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型…私のISと同じくオールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかもスペック上では私の甲龍を上回ってるから、向こうのほうが有利…」

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しいって感じはするよ。そういやダイチのISならどう?」

 

「スペックを見る限り恐らく実弾武器ではなくエネルギー武器だろうから、他のISよりは流石に耐えられると思うが俺も厳しいことに変わりはないな。数発防ぐ盾くらいにはなれると思うが」

 

「このデータでは格闘性能が未知数だ。持ってるスキルも分からん。偵察は行えないのですか?」

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

 

「一回きりのチャンス…と言うことは一撃必殺の攻撃力で討ち取るしかないな」

 

 そう言って俺は一夏を見る。俺だけではなく全員が一夏を見ていた。

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ただ問題は_」

 

「一夏をどうやってそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全て攻撃に回さないといけないだろうから移動をどうするか」

 

「しかも、目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

 次々と進んでいく作戦準備に肝心の一夏はついて行けていないようで困惑気味に声を上げる。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか?」

 

「「「「「当然」」」」」

 

 今回の作戦には一撃必殺の技が求められる。特に未知のスペックが多い相手となれば尚更確実に仕留められる一夏の零落白夜が重要になってくる。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら無理強いはしない」

 

 織斑先生の言葉に一夏の目の色が変わる。

 

「やります。俺がやって見せます」

 

 その言葉に織斑先生の表情が緩んだように見えるがそれも一瞬、すぐに厳しい表情に戻る。

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

「それなら私のブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」

 

 パッケージは武器だけでなく目的用途に合わせた追加アーマーや増設スラスターなどを含めた装備一式のことを指し、セシリアが現在送られてきているものはまさに高速戦闘に特化したものだった。

 

 セシリアの機体で決定か、そう思っているとまたもや乱入者が現れる。

 

「待った待った!その作戦断然紅椿の出番なんだよ〜!」

 

 そう言って乱入してきたのは篠ノ之束であった。山田先生に何度か追い出されそうになるがそれをかわしつつ、メインディスプレイを乗っ取り説明を始める。

 

 説明を要約すると紅椿には展開装甲という技術が使われており、装備の換装を必要とせずにあらゆる状況に対応出来る万能機ということであった。

 

 その説明の中にあった第4世代という言葉に皆が絶望に近い衝撃を受ける。なぜなら各国が現在多額の資金、膨大な時間、優秀な人材を注ぎ込んでようやく初期型が完成しつつあるのが第3世代IS。

 

 その努力を嘲笑うかのように一気に抜き去りそれらが全て過去のものになることがこの瞬間に確定してしまったのだ。

 

 改めて目の前にいる篠ノ之束という人間の天才性とそれを誇るわけでもなくただ当然のことのようにやってのける異常性を認識する。

 

(台風のような人だ…)

 

 ひたすらに苛烈でそして周りに与える影響など一切考えず、かといって彼女自身はマイペースそのもの。存在そのものが災害と言っても過言ではなかった。

 

「それにしてもアレだね〜。海で暴走っていうと、10年前の白騎士事件を思い出すね〜」

 

 ニコニコと話し出す篠ノ之束と不意を突かれたような顔をする織斑先生。

 

 『白騎士事件』。それはこの世界の形を決定的に変えてしまったこの世界に生きている人間なら知らない人間はいない事件だ。

 

 日本に攻撃可能な各国のミサイル2341基が全てハッキングされ制御を失い、発射された。その絶体絶命の事態に急遽現れた一機のISが迎撃しその全てを無力化。その後もISを捕獲もしくは撃破しようと各国から差し向けられた最新鋭の戦闘機や、巡洋艦、果ては正規空母や監視衛星すら撃破もしくは無力化してしまったのだ。

 

『ISを倒せるのはISだけである』

 

 その言葉を十分過ぎる結果で示し、結果として世界中がこぞってIS研究に取り組むことになったのだ。その副次作用として世界はその日から急速に女尊男卑へと形を変えていった。

 

 テレビ越しでしか見ていなかった10年前には正直何が起こっているのか分からなかったが、今ならはっきり分かる。

 

 白騎士事件はISの力を世界中に示すために篠ノ之束によって引き起こされ、世界初のIS操縦者織斑千冬によって最悪の事態を免れるというマッチポンプだったのだ。

 

 改めて目の前にいる天災科学者に戦慄を覚える。

 

 そうこうしているうちに作戦の大枠は決まり、一夏箒ペアで目標ISの追跡及び撃墜。その他のメンバーは予備戦力として待機しておくことになった。

 

 予備戦力として待機を命じられた俺は他のメンバーのように高速戦闘の経験がなく特にレクチャー出来ることもないので裏方の荷運び等を行なっていた。

 

 そこで不意にISの調整を終えたと思われる箒とすれ違う。が、どこか足取りも軽くこちらに気づくこともなく去っていってしまった。

 

 先ほどから感じていたことだがどうにも箒の様子がおかしい。緊張もあると思うが端的に言えば浮かれているのだ。確かに専用機持ちになって喜ぶなというのは無茶な話だが、こんな状態で任務に挑ませるのは危険だ。とりあえず声をかけようとした俺の背中に恐ろしく冷たい声がかけられる。

 

「邪魔するなよ、虫けらが」

 

 振り向くとそこには先ほどまで紅椿の調整をしていたはずの篠ノ之束が立っていた。隠そうともしない明確な敵意を受け流し、俺は冷静に言葉を返す。

 

「あんたの妹、このままだと失敗するぞ」

 

「何言ってんのお前、紅椿がある以上失敗なんてするわけないじゃん」

 

「どれだけ機体が完璧であろうと操縦するのは人間だからミスは起こりうる。それにこれは訓練じゃなくて実戦なんだ、下手をすれば妹が死ぬんだぞ‼︎」

 

「そんなことにはならないって言ってんのが分かんないの?ほんとお前頭悪いな」

 

 言葉に熱が入る俺とは対照的に冷め切ってそう言う篠ノ之束。俺はその態度に違和感を覚えた。

 

 俺は篠ノ之束に関して出会って間もないが天才だが決して自惚れるような人物ではないという印象を持っていた。自信過剰とも取れる彼女の発言は全てその卓越した能力に裏打ちされたものであり、決して憶測などではない。

 

 なら今回も紅椿以外にも何か策を講じているのではないか、そう考えた時ふと先ほど聞いたの白騎士事件の内容が脳裏に浮かぶ。

 

__白騎士事件はISの力を世に知らしめるため篠ノ之束によって引き起こされた事件。

 

そう考えるのであれば妹の記念すべき初実戦を華々しいものにするために事件を起こしても不思議ではないのではないか?

 

「まさか…」

 

 そのことを尋ねようとした時、織斑先生に声をかけられる。

 

「上代、ちょっといいか」

 

「あっはい、なんでしょう?」

 

「ここでは少し話しにくいから場所を変える。ついて来い」

 

「分かりました」

 

 そうして誰もいない別室に移動する。

 

「お前には織斑と篠ノ之のバックアップをやってもらう」

 

「俺が、ですか?」

 

 正直意外な話だった。箒を除けば俺はこの中では専用機を持ったのが一番遅いし、実戦経験で言えばラウラ、サポートで言えばシャルの方が俺よりも格段に上だからだ。だがその疑問は次の織斑先生の言葉で解消される。

 

「ああ、あいつらではいざという時に非情になりきれないだろうからな」

 

 織斑先生が言わんとしていることはすぐに分かった。

 

「…つまり最悪の場合はどちらかを見捨ててより助かる見込みのある方を救出するということですね」

 

「そうだ。これはお前にしか任せられないことだ」

 

「…分かりました。ではこちらも準備がありますので失礼します」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 そう言って俺は織斑先生の前から立ち去る。

 

 それにしてもまさかここまで織斑先生に見る目がないとは思わなかった。俺がISに乗っているのは大切な人たちを守るためだというのに。

 

(絶対に二人とも見捨てたりはしない)

 

 決意を固めて俺はガーディアンの調整の確認に入った。

 




次も無理せず頑張って投稿します!


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