Afterglow 〜夕日に焦がれし恋心〜 (山本イツキ)
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第1ステージ 夕日に集いし親友たち
第1曲 双子の苦悩と いつも通りの朝


初めまして! 山本イツキです!!
色んな小説読んできて、自分も小説を書いてみたいと思い投稿しました!
しばらくはバンドリのAfterglowの話を書いていきます!
温かい目で見てください


 蘭と(あおい)。二卵性双生児で生まれたボクたち姉弟に付けられた名だ。

 

 蘭は「美しい淑女」「優雅」 という花言葉から。 葵は「素直」「誠実」 という花言葉から取られた名前だ。

 

 名前通り、蘭は優雅で可憐な女の子に。ボクは自分で言うのもなんだが、素直で真面目な男の子にすくすくと成長していった。

 

 そして現在。

 小学生の時からの付き合いである、ボクと蘭を除く4人の親友と共に最近共学になった、中高一貫の学校に入学し無事に中学校を卒業。4月から高校生になる。

 それまでの間、春休みを家で満喫していた。

 

 ジリリリと目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。時刻は朝の6時。我が美竹家の朝は、休日だろうが春休みだろうが関係ない。

 

 堅物である父さんはボクたちを立派な大人にしようと、熱心に教育してくれる優しい人である。ただ、熱心になりすぎてボクたち姉弟と衝突することも珍しくない。

 温厚で控えめな性格の母さんは、ボクたちがすることに対して特に口出しはしない。影でボクたちを見守る優しい人だ。

 

 性格で言ったら、蘭は父さんに。ボクは母さんに似ていると言われる。 顔は共にお母さん似だ。

 

 目覚まし時計の音が鳴り出すと同時に起床し、顔を洗ってから居間に向かう。

 そこには、先程紹介した堅物の父さん。そして、キッチンで朝ごはんを作っている温厚な母さんの姿があった。

 居間に入るや否や、父さんがボクが起きてきたことに気づき、声をかける

 

 「おぉ、葵おはよう。春休みにも関わらず、ちゃんと早起きしているんだな、偉いぞ」

 

 「おはよう、お父さん。そりゃあ約束は守るよ。それに、もうすぐで高校生だから自覚を持たないとね」

 

 「全く、頼もしい限りだな」

 

 そんな他愛ない話を父としてると、ちょうど朝ごはんを作り終えた母が出てきた。

 

 「葵おはよう。 出来立てだから早くお食べ…あら?蘭はまだ起きてないの??」

 

 「おはよう、お母さん。 蘭はまだ寝てると思うよ。 目覚まし鳴りっぱなしだったし」

 

 うちの家は壁が他と違い薄いのか、隣の部屋の音や声がよく聞こえてくる。 隣の部屋の住人である蘭も例外ではない。

 

 「ねぇ葵、ちょっと蘭を起こしてあげてくれない? 最近あの子、夜更かししてるみたいだから心配だわ…」

 

 「わかった、すぐに起こしてくるよ。今頃、日差しが眩しいとか言って布団被ってる状態だから」

 

 「手のかかる娘だな、全く。手段は選ばなくてもいい、すぐに起こしてきなさい」

 

 「りょーかいしました、お父さん」

 

 父に敬礼した後、2階にある蘭の部屋を目指す。

 …この家は本当に広い。部屋の数が尋常じゃないぐらい多い。町の中でも3本の指に入るんじゃないかな?

 

 そんなくだらないことを考えてるうちに蘭の部屋の前へと辿り着く。

 目覚ましの音は鳴り止んでいるが、肝心の本人が起きてきた形跡はないように思える。

 なぜそんなことが分かるかって? それは15年間培ってきた弟の勘ってやつかな。

 コンコンとドアを2回ノックし

 

 「蘭、起きてる?朝ごはんできたよ〜」

 

 …返事が聞こえない。 今頃、布団を被って2度寝を楽しんでいるところだろう。

 そんなことはさせない。 そっちがその気ならこちらも強行手段を取らせてもらうよ。

 なぜなら、あのお父様から直々に命令を下したのだから

 

 この後、蘭に何かされるのは確実だけど寝起きの蘭の姿は普段見せないだけあってなんだか可愛いく見える。

 ーー前にそのことを言ったら、顔を真っ赤にして平手打ちを食らった。あれは痛かったなぁ…。

 

 少しの勇気と好奇心を抱き、作戦を開始する。

 まず、蘭がいるであろう布団をヒッペ返す。次にカーテンを全開にし、日の出したばかりの日光を浴びせる。最後に窓を開けて外の空気を取り込む。 3月といえど、まだまだ春の序の口。 朝はとにかく寒い。

 

 「……んんっ!」

 

 ようやく、寝起きのお姫様()が反応を見せたが少々怒り気味である。

 

 「早く起きないと朝ごはん冷めちゃうよ?」

 

 「……後もう少し」

 

 「今すぐ起きないと、蘭の寝起きの写真をみんなにばら撒いちゃうよ?」

 

 「…そんなことしたらどうなるか分かってるよね?」

 

 どうなるかって? そんなの堪ったものじゃない。蘭はすると言ったら必ず実行する。こういう所は本当に、父さんに似ている。

 かと言ってここで引き下がるわけにはいかない。ここはあえて強気でいく。

 

 「お互いどうなるだろね」

 

 「……葵のそういうとこ、母さんにホント似てる」

 

 「分かったら双子の弟の言うこと聞いて、さっさとご飯食べに行く!」

 

 「分かったから一々騒がない。布団荒らしたんだから片付けといてね。 先に行ってる」

 

 「……分かったよ、たしかにボクが悪かったね」

 

 「うん。それでも…起こしてくれてありがと。次はあたしが起こしてあげるね」

 

 そう言い残し、蘭は居間へと向かう。

 なぜあの顔で彼氏の1人もできないのか……あの性格のせいだろうな、間違いなく。

 ベッドメイキングを早々に終わらせ、ボクも蘭に続き朝食を食べに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ど素人が書く小説だから、見にくかったと思いますが笑
よかったらコメントください! なるべく定期的に投稿し続けていきます!


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第2曲 君の身体を 優しく抱いて

どうも! 山本イツキです!
バンドリも、ペルソナコラボがついに終わってしまいましたね…。
40連したのにモカすら当たらない!!

この気持ちをバネに次のイベントは頑張っていきます!

小説としては、美竹家の仲の良さが伺える内容となっています!

それじゃあ、本編スタートです!


 小走りで居間に向かってる途中、蘭と父さんが揉めている声が聞こえてきた。

野生の防衛本能かな? とっさにドア越しに隠れて様子を伺う。

 

 「蘭、春休みだからって怠けすぎなんじゃないか?」

 

 「あたしの勝手だからほっといて」

 

 「お前はもう少し美竹家の自覚というものをだな…」

 

 「あたしはそんなもの継ぐ気は無い。葵がいるんだし、それで十分でしょ?」

 

 「お前はもう少し利口になった方がいい。葵を見習って、将来のことを見据えてもっと考えて行動しろ」

 

 「……あたしはあたし、葵は葵。父さんにあたしの将来決められる権利なんてない」

 

 「権利? 私はお前たちの親だから、権利があって当然だろ。大した趣味も持たず、中学でも部活動に入らずお前は何をしていた?」

 

 「……聞いて呆れた。何度も言うけどあたしは、美竹家を継ぐ気は無い。今はやりたいことはないけど…高校で見つけるつもりだから」

 

 「……これ以上話し合っても無駄なようだな。早く朝ごはんを頂こうか。冷めてしまっては作ってもらった母さんに申し訳ない」

 

 そう言い、父さんは予め用意された朝食を食べ始める。蘭も渋々ながら箸を進めている。

 そう言えば、さっきまで居間にいたはずの母さんの姿が見当たらない。

 

 (朝から濃い内容の話し合いだな。中学生の子供に将来がどうとか言うものなのかな?)

 

 「そうだね、まだ貴方達には少し早すぎるのかもしれないね」

 

 「だよなぁ、まだまだボク達は中学生だしこれからもっと……ん?」

 

 ボクの心の声に誰かが反応した? その声がする方に振り向くと、微笑みを浮かべた母さんの姿があった。

 

 「お母さん!? そんなところで見てないで、話に介入しなくていの?」

 

 「それは葵が言えたことかしら? 私は貴方達の将来に対して口出しする必要はないわ。お父さんがしっかりしてるからね」

 

 右手人差し指を立て、決めポーズを取っているつもりなのだろうか。要は父さんにボク達の教育を投げ出してるように聞こえる。

 母さんも一言二言、父さんに言ってやってもいいんだと思うけどな。

 

 「私がお父さんに言っても、考えを変えないと思うわよ?」

 

 「だよなぁ……ってお母さん。息子の心を的確に読まないでくださいよ……」

 

 「私だって貴方達の親なんだよ? 考えてることぐらい分かるわよ、顔で」

 

 満面の笑み母さんは答えるが、正直怖くて仕方がない。この人には嘘は通じないと言うことだ。

 

 「……そこでコソコソしてる2人も早く席に着きなさい。せっかくの朝ごはんが冷めてしまう」

 

 「は〜い、ただいまぁ」

 

 (父さんもまた、勘がすごく強いんだよなぁ)

 

 「お前達を15年間見てきたんだ。 考えてることぐらい勘だけじゃなくても分かる」

 

 「なんでお父さんもボクの心の声を的確に読むの!?」

 

 さっきまで険悪だった空気が一気に和やかになった。

 差し詰め蘭も、ほんの少し笑みを浮かべていた。

 

 朝ごはんを食べ終えた後、部屋に戻り着替えと歯磨きを済ませた。現時刻は土曜日の午前7時半。某ニュース番組では、め◯ましじゃんけんと占いが始まる頃だろう。自分の部屋にあるテレビをつけて確認する。

 

 「ジャンケンはあいこで、牡羊座は7位…なんて微妙な結果」

 

 余談だが、母さんは2月15日生まれの水瓶座。父さんは1月16日の山羊座である。蘭はボクと同じ日に生まれたから、4月10日の牡羊座である。

 

 学校がない日に早起きをしても、正直やることが見つからない。今頃、父さんは家の中の道場で竹刀を素振りしてるだろうし、母さんは朝食の後片付けをしている。

 春休みに入ってやりたい事は全部やったし、この時間に起きてる友達なんて…

 

 そんなことを考えてると、突如部屋のドアがガチャリと開く

 

 「葵、少し相談があるんだけど……?」

 

 そこにはショートパンツに、少し大きめのTシャツを着た蘭の姿があった。

 「蘭がボクに相談って珍しいね。どうしたの?」

 

 「少し部屋の模様替えをしたいと思ってさ。暇だったら手伝って欲しい」

 

 「……暇じゃないって言ったら嘘になるね。いいよ、手伝ってあげる」

 

 「葵ならそう言うと思ってた。 お礼はまた今度するね。それじゃあ、早速行こ。」

 

 そう言い、ボク達は隣にある蘭の部屋を目指す。

 ーー女の子らしさに少し欠ける部屋だが、ちゃんと整理整頓されており何より蘭の好みが伺える。

 

 黒を中心としたベーシックなインテリアスタイル。棚には様々なCDに、少量のぬいぐるみに少女漫画……

 

 「あんまり人の部屋ジロジロ見ないで。 別に大したもの置いてないでしょ?」

 

 「いや、何よりびっくりなのは君◯届けが全巻そろ……」

 

 ボクの言葉を遮るかのように、耳まで真っ赤にした蘭がみぞおちを少しきつめに殴ってきた。……とにかく痛い、女の子と呼ぶべき生き物なのかな?

 

 「あんまり言うと恥ずかしいからやめて」

 

 「……言ってる事とやってる事と今の表情が全く噛み合ってないよ」

 

 「変なこと言わないで早く手伝って」

 

 ボクをこんな目に合わせたのはどこの誰ですか、全く。

 それにしても、模様替えをするにしてはスペースはかなりあるし問題点なんてないように思える。

 それを察知したのか、蘭は元の顔に戻り答える。

 

 「ベッドの位置を変えたいの、できれば窓側に。朝、太陽の光をいっぱい浴びたら気持ちよく起きれるのかなって思って」

 

 「陽の光を浴びる前に布団をかぶって光を遮断するんじゃないの?」

 

 「うるさい……。とりあえず1週間試して、ダメだったらまた元に戻す。じゃあ手伝って」

 

 蘭の望むようにベッドを窓側に寄せ、机や棚の位置も少し工夫した。

 まぁベッドの位置が劇的に変わっただけで、その他はBeforeもAfterも大して変わらないけど……。作業自体は1時間もかからずに終わらすことができた。

 

 「葵のおかげで早く済んだ。ありがと」

 

 「蘭が過ごしやすくなったならそれで十分だよ。ボクは部屋にいるからまた何かあったら呼ん……」

 

 またしても、ボクの言葉を遮るかのように後ろから抱きついてきた。

 

 「もう少しここにいて……」

 

 「父さんと何かあったの? 良かったら相談乗るよ」

 

 「……うん、助かる」

 

 「それじゃあ、朝に何があったのか詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

 

 そこからは、蘭が主催する『父さんを愚痴ろうの会』が開かれた。丸い机や座布団を他の部屋から持ってきて、本格的に話し込む為の準備を進める。

 

 ーー主に蘭しか愚痴を言わなかったけど……。それでもスッキリしたのかいつの間にか、机にうつ伏せになってスヤスヤと眠っていた。

 

 蘭の部屋に入ってから既に2時間。 もうすぐ10時になり友達と遊ぶ約束などをしたいものだが……。

 

 (そ〜っと部屋を出て行くとしようかな)

 

 そう決断した矢先、蘭が急に起きて後ろからボクに抱きついてきた。なんなんだろ、この家族は。ボクのオーラや気やら察知できるのかな?

 

 「……行っちゃダメ」

 

 「そうは言ってもボクにも予定が……」

 

 「今日、いつものメンバーと昼からカラオケ行くんだけど……。その…葵も来てくれたら嬉しい……」

 

 いつものメンバーとは、小学校から仲が良い親友たちのことだろう。

 予定とは言ったが、まだ誰かと遊びに行くと決まっているわけじゃない。 断る理由も見つからない。

 

 「わかった。せっかく蘭が誘ってくれたんだし、行かせてもらうことにするよ」

 

 「……ありがと。みんなには連絡しとく」

 

 こうして、ボクの昼からの予定が決まった。カラオケなんて久しぶりだし、歌えるのかどうかすごく不安になって来た……。それじゃあ、荷支度でもはじめるとするか。

 

 「その前に、もう少しこのままで寝させて」

 

 「……えっ??」

 

 そう言い残し、蘭は再び眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

蘭も意外と甘えるところがある!……と信じています笑笑

次回からAfterglowのメンバー全員が出ます!

お楽しみに〜


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第3曲 いつも通りの 穏やかな街並み

どうも! 山本イツキです!

今回の新ガチャもしっかり爆死しました〜笑笑
ガチャ神様はいつ降臨されるのかな……笑

本編はついにメンバー全員登場です!

それでは、お楽しみください!


……蘭の部屋に入って何時間が経過したのかな?

 

あれからと言うもの、眠り姫()の寝顔を見ると吸い込まれるかのようにボクも眠りについてしまった。

 

現在の時刻は午後の12時半。蘭にカラオケに誘われて、確か昼頃に集合だったような……午後って何時からだっけ?

 

プルル、プルル……

突如、ズボンの右ポケットに入ってる携帯に着信が入る。

恐らくだが、いつものメンバーの誰かだろうな。

携帯を見ると、案の定そのメンバーからだった。発信源は上原 ひまりとなっている。

 

「もしもし、ひまりちゃん?」

 

「あっ! やっと電話に出たぁ〜!! 蘭って今何してる?? 何回も電話しても出ないんだもん〜!!」

 

「あぁ、蘭なら今ここでぐっすりだけど……」

 

「えっ!? 蘭って今寝てるの!?!?」

 

「起こしてあげた方がいいよね?」

 

「そうだなぁ〜、無理矢理起こすのも可哀想だしなぁ〜……あ、そういえば葵くんもカラオケ来れるんだよね?」

 

「迷惑じゃなかったら行かせてもらおうかな。せっかく誘ってくれたんだからね」

 

「うん!! 来てくれて嬉しいよ!! こっちは全員揃ってるから、なるべく早く来てね!あと、巴が『無理矢理でも起こせ!』って言ってたよ! 待ってるね!!」

 

「わかった! 直ぐに準備して…」

 

「今すぐ行くから待ってて、ひまり」

 

ボクが返事をする前に寝起き姫()がボクの電話を切った。タイミングがいいのか悪いのか、むくりと起きて背伸びをしている。

メールや着信履歴を見ると……いつものメンバーによる電話やらメールの数が半端じゃないぐらい多い。

 

ーーその半分以上が、ひまりちゃんなわけだけど。返信はせず、直接会って伝えることにした。

 

そう考える間に蘭は、眠い目をこすり出掛けるための支度を始める。

 

「……着替えるから部屋出てくれない?」

 

「そうだね、ボクもすぐに支度するよ。終わったら声かけてね!」

 

そう言い残し、ボクも自室に戻る。

双子の姉弟だろうと、一線は超えちゃいけない。それはお互いに分かっている。

……さっきまで抱きついて来たり、ボクの肩のに頭を乗せて寝るのを、したり許してる姉弟が何を言っているのか、とても不思議に思える気がする。

 

自分自身、ファッションとか流行りとかに結構敏感な方だと思う。

服屋の店頭にあるマネキンが着てるのを、自分流にアレンジしたり、注目のアイテムが出たらすぐにチェックする。

 

……本来、こういう事は女の子である蘭がするべきなんだけどなぁ。

蘭自体、ファッションとかにはあまり興味がくインスピレーションで選んだ服を着る。

ーーそれでも、服を選ぶセンスは悪くないのが蘭の凄いところ。

 

10分もかからずに準備をすませ、蘭と共に家を飛び出す。

 

……しかし、大きな問題点が一つある。それは、家からカラオケ屋までの距離が、歩いて20分程かかることだ。

 

(半分以上、蘭のせいだけど) みんなを待たせるわけにはいかない。何か早く着く手段はないのかな……?

 

「葵ってさ、自転車持ってるよね?」

 

「持ってるけど……まさか、2人乗りしようとか言わないよね?」

 

「そんな危なっかしいことするわけないじゃん。……良かったら貸してよ」

 

「蘭が自転車乗るとして、ボクは走ってカラオケ屋に行けと……?」

 

「うん、サッカー部を引退して半年経つけど……いい運動になると思うよ、多分。荷物も持ってあげるし」

 

「そんな無茶苦茶なぁ……」

 

「……朝のお礼も兼ねて、カラオケのご飯代全額出してあげるよ。お昼食べれなかったのあたしのせいでもあるし」

 

「本当に!? じゃあ貸してあげてもいいよ! 何頼もっかなぁ〜 」

 

「葵のそういう素直で優しいとこ、あたしは好きだよっ(ボソッ)」

 

「ん? 何か言った??」

 

「何でもない。早くひまりたちのところ行くよ」

 

「あ! ちょっと待ってよ蘭〜!!」

 

ボクの声なんて構わず蘭はコンクリートの道を自転車で駆けて行く。

 

ーー家を出て5分程が経過。

ジョギングというより、ほぼランニングの状態で一定のペースを保ち続けている。

 

今日も、いつもと変わらない街の風景。カラオケ屋は駅の近くにあるけど、それまでの道のりは大きい神社がある以外めぼしいものは何もない。

それでもボクは、この素朴な街並みが好き。心が自然と安らいでいくように感じるからかな。

 

ーー時折、蘭はこちらを振り向いて様子を伺うが一向にスピードを緩めようとはしない。

 

「葵〜、だんだんペース乱れてきてるよ〜。大丈夫〜??」

 

「はぁ…はぁ……ニヤニヤしながら言うことではないと思うけど……?」

 

怒った時以外あまり表情を変えない鉄仮面()が、ここぞとばかりに楽しそうに笑っている。

楽しみ方が残酷ではあるが、蘭が楽しいならまぁ良しとしよう……因みにだが、 ボクはMではない。蘭だから許せるだけだ。これだけはちゃんと伝えておこうと思う。

 

道のりもだんだんと下り坂になっていく。

ここを乗り越えたらカラオケ屋はもうすぐだが、そろそろ足も体力も限界が来ていた。

 

「スピード上げるよ! 葵!!」

 

「蘭〜! ちゃんとブレーキ握って! ゆっくり下って!!」

 

「大丈夫〜! 今最高に気持ちいいから!」

 

「そういう問題じゃな〜い!!」

 

蘭はボクを置き去りにし、一目散にカラオケ屋に向かっていく。

 

ーー最後の力を振り絞り、約15分で到着。

すでに蘭は他のみんなと合流しており、自転車も近くの駐輪場に止めているんだとか。

 

「葵くん遅い〜!! 蘭はあんなに早く着いたのに〜!!」

 

「はぁ…はぁ……それは間違いなく、自転車のおかげだと思うよ……ひまりちゃん」

 

"不発の大号令" 上原ひまり

先ほど電話をかけてくれた女の子。見た目から性格までとにかく明るい。

薄いピンクの長髪で、みんなのムードメーカー。流行りにも敏感で、ボクと話がよく合う。甘いものが好きで、コンビニスイーツ巡りの最中にバッタリ会うこともしばしば。

 

「あーくん〜、男の子なのにだらしないぞ〜。蘭はこんなにピンピンしてるのに〜」

 

「……何回も言うけど、ボクの自転車のおかげだよ……モカちゃん」

 

"ゴーマイウェイ" 青葉モカ

のんびり屋で何事にもマイペース。でも、やる気になったことは全力で尽くす。その姿、まさに鬼人の如し。

銀髪のショートヘアでフード付きの服を好む。蘭が、家族以外で一番の信頼している人物でもあり、近所のパン屋のパンが大好物。ひまりちゃんへのいじり方が半端じゃない。

 

「全く、葵は世話がやけるなぁ」

 

「世話をやかすなら蘭にしてよ……巴ちゃん」

 

"豚骨しょうゆ姉御肌" 宇田川 巴

長身で面倒見がいい男口調で姉気質の持ち主。実際に一歳下の妹がいて、非常に仲がいい様子。

曲がった事が大嫌いで、彼女が他人の悪口を言ってるところを誰も見たことがないスーパーいい人。ラーメンが一番の好物。

 

「葵君大丈夫!? ランニングしたみたいに息切らしてるけど…」

「……ズバリその通りだよ……つぐみちゃん」

 

"大いなる普通" 羽沢 つぐみ

茶髪のショートヘアで、この街の喫茶店の一人娘。

見た感じは普通に見えるが、ものすごい努力家。普通という言葉は彼女に似合わないと感じさせる頑張りっぷりである。

そして、いつものメンバーで唯一の常識人でもある。喫茶店の娘だが、コーヒーは砂糖とミルクを入れないと飲めない。

 

「そういえばずっと疑問だったんだけど……豚骨しょうゆ姉御肌って何!? 豚骨しょうゆと姉御肌って何も関係ないじゃん!?!?」

 

「えぇ〜、モカちゃんは気に入ってるよ〜。ゴーマイウェイ〜」

 

「私の不発の大号令って何のこと!?!?」

 

「間違いなく、えいえいおーだよね。……あたしは何もないんだね」

 

※当時の蘭は黒のショートヘア 。赤メッシュになるのはまた後の話。

 

「ここは弟であるボクが付けてあげるよ」

 

「葵に頼んでも、まともな回答来ないからいい」

 

「じゃあモカちゃんが〜……」

 

「モカはもっと無い」

 

「"反骨のポーカーフェイス" なんてどうだ?蘭にピッタリだと思うんだけど……?」

 

「巴が"反骨"なんて難しい言葉を使うなんて……!!」

 

「ひまり、今あたしに失礼なこと言ったよね?」

 

「でも、蘭にピッタリだと思うよ。ボクはそれに一票!」

 

「何勝手に決めてるの!? そんな恥ずかしいの絶対嫌!!」

 

「蘭〜、ポーカーフェイスが台無しだよ〜」

 

「モカ……うるさい!」

 

「そんなに顔赤くしなくてもいいじゃ〜ん。じゃあ、今度はあーくんのも考えてあげようかなぁ〜」

 

「ボクは遠慮しとくよ……女の子だけの特権ということにしといて!」

 

「大いなる普通……」

 

「じゃあ、気を取り直して歌いまくるか!」

 

「そ〜しよ〜。モカちゃん、本気出すよ〜」

 

「もう予約の時間過ぎちゃってるから早く〜!!」

 

「つぐみちゃん? 早く行くよ!!」

 

「大いなる普通って……」

 

こうして、ボク達6人はカラオケ屋に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか??

モカの "ゴーマイウェイ" はピッタリでしたね笑笑

一つ質問ですが、行の始めを1マス空けるのってどうやったらいいですか? 教えてください〜!!


次回はメンバー全員が歌いまくります!
それではまた明日〜


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第4曲 全身で感じる みんなの声

どうもっ! 山本イツキです!!

投稿遅れてすいません! 理由は、保存するの忘れてて、修正したところが全部元どおりになっちゃってました笑笑

それと、昨日ボクの質問に答えてくださった方々ありがとうございました! 少しは見やすくなったと思います!!

本編としては、みんなでカラオケで歌いまくっています! みんなの歌の上手さはいかに……!?


 ボクと蘭の遅刻に加えメンバーとの会話もあり、予約時間を10分程オーバーしてしまった。

 しかし、店員さんの粋な計らいにより予約した部屋に入ることができた。ひまりちゃんに至っては、店員さんに泣きながらお礼言ってたな……。

 

 この街のカラオケ屋は少し特殊で、店が決めた目標点に達すると全額返金される。

 ただ、上2桁と小数点3桁を完璧に揃えないといけないので非常に難しい。今までに達成した人はそう多くない。

 

 ……今日の目標点数は89.237。

 ひまりちゃんが予め、フリータイムの予約をしてくれたので歌い続ければいずれ出るだろう。

 

 無料で食べられるポップコーンにジュースを添えて今、開会の歌が鳴り響くーー。

 

 

 トップバッターはひまりちゃん。

 J-POPを中心とした、ムードメーカーらしい盛り上がる曲を得意とする。

 

 ひまりちゃんの一曲目は、きゃりーぱみゅぱみゅの『ファッションモンスター』

 きゃりーぱみゅぱみゅの曲の中で、有名な曲の一つだ。元気に表現力満点で歌いきる。

 

 「聴いてるこっちも、すごく楽しい気分になったよ! ひまりちゃん!!」

 

 「そ、そうかなぁ/// ありがと!! 葵くん!!」

 

 歌だけじゃなく、ダンスも完璧で何とも微笑ましいスタートとなった。

 

 続いては巴ちゃん。

 パワフルな歌声をフルに生かし、男性シンガーの歌を得意とする。

 

 巴ちゃんの一曲目は、MONGOL800の『小さな恋のうた』

 誰もが一度は耳にしたことがある名曲。巴ちゃんの歌声に、ついつい見とれてしまう。

 

 「すごい力強い曲だったよ! 巴ちゃん!!」

 

 「そうかぁ? ありがとな! 葵!!」

 

 「凄かったよ巴! 私が男の子だったら絶対惚れるよ!! うん! 間違いない!!」

 

 「モカちゃんもだよ〜」

 

 「あ、あぁ……ありがと」

 

 (人生でこれを言われるの、何回目だろ……)

 

 

 「わ、私だって……!!」

 

 次に、つぐみちゃんが名乗り上げる。

 繊細な歌声で、聴く人を和ませてくれる。実は、大のアニソン好き。

 

 つぐみちゃんの一曲目は、学園生活部の『ふ・れ・ん・ど・し・た・い』

 4人で歌う曲であるが、"大いなる普通"を払拭する為なのか、1人で歌いきる。

 カッコのセリフ部分はボク達で補ったが、みんなで『だいすきっ」と歌った時は、この場が一体感で満ち溢れていた。

 

 「1人で歌いきるなんて、凄いよつぐみちゃん! 」

 

 「うん! ありがと! 葵くん!!」

 

 (これで "大いなる普通" ではなくなったのかな……?)

 

 ……本人は気にしすぎではあるが、普通というのも悪くないと思うけどなぁ。

 

 「そういえば、モカと葵くんは歌わないの??」

 

 「モカちゃんは、糖分を補給してから歌う〜」

 

 「ボクも、お昼食べてないからモカちゃんと一緒に何か注文しようかな? 蘭は何か食べなくて大丈夫??」

 

 「……あたしは大丈夫。朝ごはんしっかり食べてたし。次、あたしの番だね」」

 

 とうとう、蘭の順番が回ってきた。

 ジャンルを問わず、そつなく歌いこなす天性の持ち主で安定感が抜群に良い。

 

 蘭の一曲目は、Orangestarの『DAYBREAK FRONTLINE』

 ボーカロイドの曲としては、そこまで知名度は高くないが蘭は抜群の安定感を披露し、この場のみんなを魅了する。

 

 「……流石というべきだね! 隣部屋から聴こえてくる美声は伊達じゃない!!」

 

 「……ん、ありがと。……あとで覚悟しててね」

 

 「おぉ〜、蘭がデレてる〜〜」

 

 「ホントだ! 顔真っ赤!!」

 

 「モカ! ひまり! うるさい……!」

 

 (それでも、葵に褒められるのも悪くないな。次はもっと凄いの、部屋から聴かせてあげるね)

 

 「葵く〜ん! もう食べ終えた?」

 

 「あ、蘭の歌に魅了されて全然食べれてない……あれ? ボクが頼んだシーフードピラフは??」

 

 「あぁ〜、あーくんが全然食べないからモカちゃんが食べちゃった〜。ごめ〜ん」

 

 「うそっ!? かなりの量あったと思うけど……まぁ後でデザート頼むし、いいかっ!」

 

 「ちょっと……まだ食べるつもりなの?」

 

 「蘭お姉ちゃん、ご馳走様です!」

 

 「ご馳走様です〜」

 

 「モカに奢るなんて言ってない……!」

 

 ボクは、行きしに自転車を蘭に貸してあげる代わりにご飯を奢ってもらっている。

 ……せっかくの機会だし、今日ばかりは()に甘えさせてもらおうかな。

 

 「デザート食べる前に、一度だけ歌おうかな?」

 

 「そういえば、葵の歌聴くの初めてだよな? つぐみ??」

 

 「うん!ちょっと気になるよね」

 

 「モカちゃんも聴いたことない〜」

 

 「私は、蘭と葵くんと何回か行ったことあるけど……ずいぶん久しぶりだなぁ!!」

 

 「そんなに楽しみにしても、いい声でないと思うよ?」

 

 ボクは蘭と同様にいろんなジャンルの曲を聴くが、しっとりと歌えるバラード系の曲が得意。

 元の声が高い為、男性シンガーでも女性シンガーでも歌うことができる。

 その中で最も自信のある曲である、back numberの『ハッピーエンド』を披露する。

 

 ……みんなからの評判も良く、ひまりちゃんはまたしても号泣してる。

 

 「すごぉいよぉ葵くぅ〜ん!! 感動したぁ〜!!」

 

 「凄い上手だったよ! 葵くん!!」

 

 「葵がこんなに歌が上手いなんて……ちょっと意外だったな!」

 

 「あーくん凄いねぇ〜。よしよし〜」

 

 「……流石だね、葵。私も隣の部屋からよく聴いてたけど、やっぱり上手い」

 

 「みんなありがと! ……色々とツッコミたい言葉が多々聞こえたけど、喜んでくれて嬉しいよ!」

 

 この後、みんな思い思いに歌うも目標点数まで届かないか追い越してしまう。

 

 みんなの歌を聴いてる間に、頼んでおいたチョコレートパフェを食べる。

 

 「…………(ジー)」

 

 とてつもない視線を感じるが気のせいだ。早く食べてしまおう。

 

 「ねぇ〜ねぇ〜あーくん〜。一口ちょうだい〜」

 

 ……視線の正体は誰であろう、実写版カー◯ィ(モカちゃん)(胃袋だけ)だ。

 

 「ちょっとだけだよ? はい、あーんして」

 

 「あーん……。ん〜、チョコの甘さが最高〜〜! モカちゃんも同じやつ頼も〜かなぁ」

 

 「あれだけ食べてまだ食べるの!?!?」

 

 モカちゃんは、ボクのシーフードピラフ以外に、パスタ、予め持ってきていたパンを5つ程完食している。

 

 「それだけ食べて大丈夫なの??」

 

 「大丈夫〜。カロリーは全部ひーちゃんに転送してるからぁ〜」

 

 「ちょっ!? モカ!?!?」

 

 ひまりちゃんとモカちゃんのやりとりのそばで、また別の視線を感じる。

 

 「……バレてないとでも思ってたの?蘭??」

 

 「………!!(ドキッ)」

 

 「蘭も良かったら食べなよ。せっかく奢ってもらったんだし。はい、あーんして」

 

 「……そんな、モカみたいに恥ずかしいことできない……恥ずかしい/////」

 

 「恥ずかしいとはなんだ〜? 蘭〜??」

 

 「あたしはモカとは違うの! それに姉弟なんだし……」

 

 「ボクはそんなこと気にしないけど?」

 

 「あたしは気にするの!!」

 

 「はぁ……欲しいのか欲しくないのか、どっちなの? 蘭??」

 

 「………しぃ(ボソッ)」

 

 「ん? よく聞こえないよ??」

 

 「……もう! 欲しいって言ったの!! 早く食べさせて!!」

 

 「蘭ちゃん、耳まで真っ赤だね!」

 

 「あぁ! これはカラオケどころじゃないな!!」

 

 他のみんなも歌うことを忘れて、蘭とボクのやりとりに夢中になっている。

 

 「はい、あーんして」

 

 「「「おぉ〜〜!!!」」」

 

 「蘭〜、頑張れ〜〜」

 

 「………あーん。 ん……甘いの苦手だったけど、これすごく美味しい」

 

 「そう? 気に入ってもらえて良かった〜!」

 

 「…………バカっ/////(ボソッ)」

 

 「蘭がまたデレてる……!!」

 

 「錯覚だろうか……? 蘭が可愛く見えてきたぞ??」

 

 「蘭ちゃん、可愛いよ〜!!」

 

 「蘭がお嫁にいっちゃう〜」

 

 「……みんな茶化さないで! 葵も見てないでなんとか言って!!」

 

 しばらく、蘭は真っ赤にした顔を下に向けたまま何も言わなくなってしまった。

 ……弟のボクが言うのもなんだが、ホントに可愛い、さっきの蘭。

 

 

 

 カラオケを再開して早々、遂に……!!

 

 

 

 「仕方がないなぁ〜。蘭はあの状態だし、モカちゃん歌っちゃうよ〜」

 

 "ゴーマイウェイ" が立ち上がった。

 ……今思えば、みんなが5〜6曲歌ってるにも関わらずモカちゃんは一曲も歌っていなかった。

 

 「そういえば、モカ歌ってなかったな。……モカってどういう曲歌うんだ?」

 

 「確かに! モカちゃんが歌ってるとこ見たことない!」

 

 「ふっふっふ〜。モカちゃんの知られざる姿をとくと見よ〜」

 

 「……あたしは一回だけ見たことある」

 

 「え!? 蘭は見たことあるの?? ボクも確かに見たことないかな……?」

 

 全くの未知数であるモカちゃんの遅すぎる一曲目は、T.M.Revolutionの『HOT Limit』

 曲名を見た瞬間、全員が度肝を抜かれたがそれだけでは終わらなかった。

 

 ーー圧巻のパフォーマンス。

 殆どブレることの無い音程に、ひまりちゃんの表現力・つぐみちゃんの繊細なテクニック・巴ちゃんの抑揚・蘭の安定感が合わさった、まさに完璧な歌声だった。

 ……文句なしの今日一番の点数。98.417点を叩き出した。

 

 「……言葉も出ないね。あんなモカ、見たことがない……!!」

 

 「あぁ……全くもってびっくりだな!!」

 

 (モカちゃんになら "大いなる普通" って言われてもいいかも……?)

 

 「前にあたしと行った時より上手くなってる……!!」

 

 「モカちゃんにこんな才能があったなんて……!! ちょっと意外かも」

 

 「ふっふっふ〜。みんなモカちゃんの才能にひれ伏すがよい〜」

 

 いつもとは違う、満面の笑み。モカちゃん自身、みんなに褒められて相当嬉しかったのだろう。

 ボクたちも感化されたように、デュエットを組んだりしてモカちゃんに対抗するも全く歯が立たなかった。

 結局、最後まで目標点数は出なかったが久し振りに楽しむことができた春休みだった。

 

 明日は、喫茶店をやってるつぐみちゃんの家で昼から集まる約束をし、それぞれが帰宅するのであった。

 ……勿論だが、ボクの自転車に乗って帰ったのは蘭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがったでしょうか? デレた蘭ちゃん可愛い笑

モカちゃんは、歌が上手い設定です!笑笑

ちなみにみんなが歌った曲は一部だけどこんな感じ!

ひまり…ファッションモンスター ヒカリへ GO FOR IT!! Follow me
巴…小さな恋のうた 微笑みの爆弾 アイのシナリオ バクチ・ダンサー
つぐみ…ふ・れ・ん・ど・し・た・い 金曜日のおはよう RPG again
蘭…DAYBREAK FRONTLINE ワタリドリ Rally Go Round メリッサ
モカ…Hot Limit カーストルーム そばにいるね
葵…高嶺の花子さん チェリー ボタン ひまわり

ほとんどがボクがカバーして欲しい曲だけど笑笑
どれかのカバーが出ることに期待!!

次回は、つぐみの家でみんなで駄弁ります!!
それじゃあ、また明日〜〜。


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第5曲 ボクたちは いつ何時も楽しんでいる

どうも! 山本イツキです!!

最近投稿が遅れ気味ですよね……休日はなるべく2作品出せたらなぁと思っています!

本編としては、昨日に引き続きみんなで羽沢喫茶店で駄弁りまくります!


 カラオケで遊んでから一夜明け、ボクは今日も清々しい朝を迎えている。

 

 時刻は朝の6時……眠り姫()はちゃんと起きているのだろうか?

 2日連続も遅刻となっては、みんなに申し訳が立たないので様子を見に行くことにした。

 いつも鳴りっぱなしの目覚まし時計の音はしなかったけど、二度寝を楽しんでいるに違いない……。

 

 「蘭〜? ちゃんと起きて……る!?」

 

 ーー部屋に入ってびっくり。

 いつもはベッドからなかなか出て来ない眠り姫が……何ということでしょう!二度寝をせずに、既に起きていたのです。

 

 起きた後は、シーツをぐちゃぐちゃにしたままだったのが……何ということでしょう!シーツは綺麗に整えられ、窓を開け空気の入れ替えもしていたのです。

 

 「おはよ、葵。あと……そんなナレーション要らないから。」

 

 「どういう心境の変化なの!? 一体あの眠り姫に何があったの!?!?」

 

 「そんなに驚くことじゃないでしょ? 今日は気分がいいから早く起きれただけ」

 

 「蘭がまともな生活を送ってるなんて!?今日は昼から嵐が来る予感……」

 

 「ちょっと、あたしがまともじゃないみたいな言い方やめてよ。ほら、早く朝ごはん食べに行くよ」

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ蘭〜!」

 

 ボクが追いかけようとした矢先、蘭が急に立ち止まる。

 

 「それでも……ベッドの位置が変わって普段よりいい朝を迎えられたのは確かだよ。その……ありがとっ///」

 

 「蘭が喜んでくれたならボクも嬉しいよ!これで朝の習慣だけはまともに……ちょっと蘭!? 先に行かないでよ〜!!」

 

 蘭はボクの言葉など御構い無しに、一人居間に向かう。

 

 

 朝食を食べ終え、父さんと母さんは仕事で家を出た。

 つぐみちゃん達との約束まで随分時間がある。ボクと蘭は部屋の掃除を済ませてから、ボクの部屋で昨日のカラオケの話をしている。

 

 「それにしても、モカちゃんがあんなに歌が上手いなんてびっくりだったね!」

 

 「モカはああ見えて、何でも出来る子だから。……のんびりしすぎなだけで」

 

 「それは言えてる。頭も良いもんね」

 

 「好きなことに夢中になれるっていいことだと思う。みんなにもそういうのがあるんだろうな」

 

 「蘭にもきっと見つかるよ!高校は3年間あるんだしね。ボクものんびり探してみるよ」

 

 「……モカみたいにはならないでね?」

 

 「それは無いから安心して」

 

 数秒の空白の後に、シンクロしたかのように同時に笑い出す。気分が良いと言っていたのは本当のことだろう、蘭が普段こんなに笑うことは滅多に無い。

 

 「そろそろつぐみの喫茶店行こうよ。お昼前だし、あそこの焼き菓子美味しいから」

 

 「そうだね、みんなももうしかした来てるかも!」

 

 「それじゃあ……準備できたら玄関で待ってて」

 

 「分かった!時間もあるしゆっくりでいいよ!」

 

 玄関で待つこと10分。女の子は準備に時間がかかると言われてるが、蘭は別。

 グレーのパンツにVネックのカットソーにベストを着用し、カジュアルに仕上げている。

 

 「今日、少し服装凝った??」

 

 「え? 適当に選んだけど?? ……変かな?」

 

 「いや、すごい似合ってる! 大人な雰囲気を感じるよ!」

 

 「そう? 葵もよく似合ってるよ」

 

僕の服装は、紺色のパンツに白のスプリングニット、その上に薄手のロングカーディガンを羽織り、蘭同様に大人っぽさを演出している。

 

 「喫茶店に行くんだから、大人っぽさが必要かなって。変じゃないかな?」

 

 「なんというか……頑張ってるなって感じ」

 

 「頑張ってるって何!? 男だって服装一つに時間かけるんだからね!」

 

 「分かったから、早く喫茶店行こ。あ、その前に一つ言っていい?」

 

 「どうしたの?」

 

 「見つけたよ、高校でしたいこと。」

 

 「え!? 本当に!?!?」

 

 「うん、それはね………」

 

 

 長閑に差す陽の光を浴びながら、つぐみの喫茶店を目指す。

 

 ーー昨日は慌ただしく、落ち着いて街並みを眺めることはできなかったが今日は違う。

 感情をあまり出さない蘭も、自然と笑みを浮かべている。

 

 「……普段は何も感じることのない街並みだけど、今日はなんだかすごく落ち着く」

 

 「蘭も分かってきた? 神社から見る夕焼けとかすごい綺麗だよ!」

 

 「そうなんだ。あたし、寄り道とかあんまりしないから知らなかった。……今日みんなと行ってもいい?」

 

 「うん! 絶対気にいると思うよ!!」

 

 (いつ見ても可愛いよ、その笑顔)

 

 春先の冷たい風が吹く中、姉弟の微笑ましい会話と、蘭の赤みを帯びた頬が冷めることは決してない。

 

 家を出てから15分。駅からも近く、みんなの集合場所となることが多い『羽沢喫茶店』

 普段からお客は少なく、静かな雰囲気がなんとも心地よい。

 この店オススメのメニューは、煎りたてのキリマンジャロと日替わりケーキ。これがまた美味しい。つぐみのお父さん曰く『お客様の要望に応えられないバリスタは失格』らしい……。

 

 店に入るや否や、聞き覚えのある女の子たちの会話が聞こえる。

 

 「ひまりちゃん、今日の日替わりケーキどうかな?新作なんだけど……」

 

 「うん!このチーズケーキ、レモンが効いててすごく美味しい!! だけど……紅茶で合わせるならもう少しチーズの味を濃くした方がいいかなぁ」

 

 「なるほど…参考になるよ! いつもありがとうね! ひまりちゃん!!」

 

 「お安い御用だよ! ケーキタダで食べられるしね〜」

 

 ひまりちゃんと会話してるつぐみちゃんと……ひまりちゃんのコメントをメモしてる男の人。恐らくはつぐみちゃんのお父さんだろうか……?

 

 「おや、美竹さんご姉弟。いらっしゃいませ。空いてる席へどうぞ」

 

 「うん、いつもありがと。つぐみパパ」

 

 「いつもお世話になってます!」

 

 ちょび髭が似合う、ダンディなお父さん。言葉遣いから性格まで、紳士と言うべき立ち振る舞いが常連さんには人気だ。

 ボクたちの父とは顔なじみで、将棋やチェスを父の部屋でやっているのを何度か見かけたことがある。

 

 「あ! 蘭ちゃんに葵くん! いらっしゃい!!」

 

 「今日はちゃんと起きれたんだ〜!このケーキすごい美味しいよ!!」

 

 「ひまり、あんまり食べすぎると体にすぐ影響が出るんじゃないの?」

 

 「今日は別にいいの〜! つぐパパありがと〜!!」

 

 ひまりちゃんがお父さんに手を振ると、それに答えるかのように手をさっとあげる。

 

 「そういえば、巴ちゃんとモカちゃんは?」

 

 「モカちゃんはパン屋さんのセール行ってから、巴ちゃんはお家の用事で遅れるって連絡きたよ!」

 

 「流石は "ゴーマイウェイ" ……! 私たちの想像を超えてくる返答だね」

 

 「あの子のことだから、『モカちゃん、お金使いすぎた〜』って泣きついてくるよ。気をつけてね、葵・つぐみ」

 

 「モカちゃんのお願いはなんとなく断れないんだよなぁ……その時は助けてね、蘭!」

 

 「お願いね! 蘭ちゃん!!」

 

 「別にいいけど……。少しは自分で対処できるようになってよね」

 

 そうこうしてるうちに、モカちゃんと巴ちゃんが到着。

 ……案の定、パンの買いすぎでボクとつぐみちゃんに泣きついてきたが、つぐみちゃんのお父さんがフォローしてくれた(要は、餌付けさえしたら怖くもなんともない)

 

 全員が集合したところで、『ガールズ +1ボーイトーク』が開始された。

 

 話を切り出したのは巴ちゃん

 

 「葵って、()()()って言うより()()()じゃないのか?口調とか性格とか」

 

 「それ、私も思ってた!いかにも弟って感じだよねぇ〜」

 

 「モカちゃんは、そんなあーくんが好きなのです〜」

 

 「去年、葵くんにみんなでいろんな服着せたの思い出すね!!」

 

 「それは禁句だよ……ひまりちゃん」

 

 去年の今頃、同じメンバーと同じ場所でミニゲームをした。

 ミニゲームといっても、誰でも知ってるババ抜きだけど…それがすごく盛り上がった。

 最後まで残った人は……罰ゲームとしてみんなのおもちゃになるというもの。

 

 ーー最後にボクと蘭が残り、接戦の末ボクが敗北した。

 みんなのおもちゃとなったボクは、着せ替え人形として遊ばれることとなった。

 ……みんな、スカートやら中学の女子用制服、モカちゃんなんか着ぐるみなんかも持ってきたりした。一体どこで買ったんだよ。

 

 遊ばれはしたが、ファッションについて学ぶことができ、興味が湧いたというわけだ。

 

 「スカートが意外に似合っててちょっと引いたな。あたしは」

 

 「ノリノリで蘭も、ボクに色々着せてたじゃん!!」

 

 「面白いから仕方ないじゃん」

 

 「仕方なくない!!」

 

 この後も会話が弾み (ほとんどがボクかひまりちゃんの恥話だったが) 時計の針も、午後5時を指していた。

 

 「もうこんな時間…!」

 

 「あぁ! 時間が過ぎるのが早く感じるよなぁ」

 

 「モカちゃん、もう少しお話ししたい〜」

 

 「時間も遅いし、そろそろお店を出よっか。つぐみちゃん、お会計お願いしてもいい?」

 

 「お代は大丈夫だよ! 今日は私とお父さんからの高校入学祝いということで!」

 

 「おぉ〜! 神様 つぐ様 つぐパパ様〜」

 

 「あのさ……少し寄りたいとこあるんだけどいいかな?」

 

 「ボクがさっき言ったとこ?」

 

 「うん。せっかく集まったんだし、みんなで見たい」

 

 「何を〜? モカちゃん気になる〜」

 

 「それは見てからのお楽しみ。みんな、早く行こ」

 

 「今日はご来店ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております。お帰りの際は、車に十分気をつけて」

 

 つぐみちゃんのお父さんにお礼を言った後、ボクたちは綺麗な夕焼けが観れる神社を目指す。

 




いかがだったでしょうか?

葵くんの自己紹介は、明日までにはまとめておきます!

次回、ガールズロックバンド Afterglow 結成!!

感想募集してるので、聞かせていただけると嬉しいです!


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第6曲 親友との誓いは あの日見上げた夕焼けに

どうもっ! 山本イツキです!

UA数5000回突破しました! ご愛読の皆さん、本当にありがとうございます!!

これからも、Afterglow 〜夕日に焦がれし恋心〜 をよろしくお願いします!

本編としては、みんなで神社で夕日を見に行きます!
長々となりましたが、本編スタートです!



 蘭の提案により、羽沢喫茶店の帰りに街の外れにある羽丘神社に行くことになった。

 つぐみちゃんも、後の仕事をお父さんに任せてボク達と共に向かっている。

 

 「なぁ〜蘭。アタシたちに何を見せようとしてるんだ?」

 

 「ともち〜ん、それ、モカちゃんも同じこと聞いた〜」

 

 「うん、着いてからのお楽しみ」

 

 「なんだろぉ〜? すっごいワクワクするね! つぐみ!」

 

 「そうだね! そういえば、蘭ちゃんから誘うのって珍しいよね」

 

 「ホントのことを言うとね、葵に教えてもらった場所に行くんだけどね……。あと5分ぐらいで着くと思うよ」

 

 「あーくん〜、モカちゃん気になるから教えて〜」

 

 「蘭に黙っててって言われたから、ボクからは何も言えないよ。もうすぐで着くから我慢してね?」

 

 モカちゃんは、むぅっと不満そうな顔をしたが渋々納得してくれた。

 羽沢喫茶店を出て10分ほどで、目的地の羽丘神社前に到着した。

 

 ここの神社は、神社に着くまでに石階段が100段近くある。

 傾斜も急で、見ただけで絶句しそうだが年末年始には大勢の人が押しかける。……ボクには縁遠い話だが、恋愛成就のお守りが有名だからだ。

 

 「蘭の言ってたとこって……羽丘神社のことだったのか!?」

 

 「わ、私は初詣以外で来たことないかな……あ、ここで頑張って登ったら少しは今日のカロリー消費されるかも!」

 

 「ひーちゃん、脂肪はそう簡単に落ちないんだよ〜。あと〜、モカちゃんはすでにギブアップです〜」

 

 「相変わらずすごい階段の数だよね……葵くんはいつもここに来てるの?」

 

 「そうだね……暇があったらよくここに来るよ」

 

 「……たまに部屋に行った時、いない理由はそれだったんだ」

 

 「……帰って来た時、部屋が妙に散らかってる原因はやっぱり蘭だったんだ」

 

 「だって………ね?」

 

 「ね? じゃないよ! 」

 

 「あーくん、モカちゃんの顔に免じて許してあげて〜」

 

 「そうだぞ、葵。理由はどうであれ許してやるのが男ってものだろ?」

 

 「ちょっと待って!? なんでボクが悪者扱いされてるの!?」

 

 ボク以外の全員がケラケラと笑い出し、神社の階段のせいで沈みきってた明るさを取り戻した。

 

 「それじゃあ、葵を置いてみんな行こ」

 

 「よ〜しっ! アタシ、なんかやる気出てきた!」

 

 「私も今日は一人で登り切るよ!」

 

 「モカちゃん、本気出すよ〜」

 

 「ほらっ、葵くん! 早く行くよ!!」

 

 「みんな〜〜! そんなに全力で走ったら……って、みんな登るの早いな」

 

 ボクの言葉に構うことなく、5人は階段を走って登る。後に起きる、当然の悲劇をこの5人は知る由もなかった。

 

 

 神社まで、あと半分まで上り詰めた。

 先に走って登って行った5人組のペースが明らかに落ちてきている。歩いているのとなんら変わらないペースだ。

 そこに、脱落者と思える銀髪の女の子が倒れていた。

 

 初めの脱落者はモカちゃん

 石階段にうつ伏せで倒れこみ、『お腹すいた』と、赤い何かで文字が綴られている。

 

 「モカちゃん……お腹すいたの?」

 

 「あ、あーくん……。モカちゃんは、もう…動けそうにないのです……」

 

 「はじめにあんなに走るからでしょ? おぶってあげるから立って」

 

 モカちゃんを背負う為腰を下ろし、モカちゃんも遠慮なしに乗っかって来る。

 ……なんであんだけ食べてるのに、こんなに軽いんだろう?

 

 「……ところでモカちゃん。さっき、文字を書くのに使ってた赤いのって……」

 

 顔を後ろに向けると、寝息を立ててぐっすりと眠るモカちゃんの姿があった。

 

 「………すぅ」

 

 「ほんと、自由なんだから。……ボクはモカちゃんのそういうとこ、好きだよ(ボソッ)」

 

 「……ムニャムニャ、モカちゃんもだよ〜」

 

 「……ん!? 」

 

 あまりの出来事にもう一度、モカちゃんに顔を向けると……

 

 「……フランスパンに包まれたい〜」

 

 ……だよね。そういう感情がないとしても、やはり過敏に反応してしまう。

 結局、文字を書くのに使った赤い物体の正体は分からずじまいになった。

 

 石階段の数も、残すは3分の1。ここでも、一人脱落者が。

 

 「大丈夫? つぐみちゃん??」

 

 喫茶店での疲れが出てきたのか、方から息をしていて、へたり込むように倒れている。

 

 「あ、葵くん。モカちゃんをおんぶして、大変だね」

 

 「うん、 "ゴーマイウェイ" は伊達じゃないよ……。」

 

 「わ、私もして欲しいなぁ……なんてねっ」

 

 「ごめんね、つぐみちゃん……。ボクの力がないばっかりに……」

 

 「あわわっ、葵くんのせいじゃないよ!冗談のつもりで言ったから、気にしないで!」

 

 「高校生になったら運動部入ろうかな?」

 

 「葵く〜ん! 真に受けないで〜!!」

 

 「背負うのは無理だけど、手を引っ張るならできるよ? ほらっ捕まって」

 

 「え!? じゃ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 つぐみちゃんの女の子らしい、小さい手を引いて、ボクは一段一段踏みしめて歩いていく。

 

 

 あと少し…あと少しと数えて登り、遂に神社に到着。残りの3人はら自力で登りつめた模様。

 

 みんなの様子はというと……。

 蘭は、膝をついて息を荒げている。

 巴ちゃんは、息一つ切らしていない。祭りで、太鼓を叩いてるだけはある。

 ひまりちゃんは、大の字で倒れ……大丈夫と言い難い状態にある。

 

 「み、みんな大丈夫!?!?」

 

 ボクがモカちゃんを下ろしてる間に、つぐみちゃんがみんなに駆け寄る。

 

 「あぁ! アタシは何ともないぜ?」

 

 「あ、あたしはもう少し休んだら大丈夫……」

 

 「わ……私はもう限界……」

 

 思いの外、みんな消耗してるみたいだ。

 

 「……人生という階段は、ここの石階段みたく甘いものじゃないんじゃよ。若人よ〜」

 

 「一番最初にギブアップした人が何を言ってるの……モカちゃん!」

 

 さっきまでぐっすりだったモカちゃんが、ピンピンしている。しんどいからではなく、ただお腹が空いて倒れてるだけだった。

 

 「それよりもみんな! こっち来てよ!!」 

 

 みんなぐったりして、なかなか動かなかったがあるものを見て一変する。

 

 「……綺麗な夕日だね!」

 

 「すごいっ! こんな綺麗な夕日見たことない!!」

 

 「あぁ! みんなで登ってきたかいがあったな!!」

 

 「モカちゃん、感動です〜」

 

 「これも、葵が私に教えてくれたからだよ。その……ありがとう」

 

 「ありがとつ! 葵くん!」

 

 「葵! ありがとうな!」

 

 「すごい感動した! ありがとう! 葵くん!!」

 

 「あーくん、ありがと〜」

 

 「うん! みんなが喜んでくれて嬉しいよ!」

 

 「ねぇねぇ! みんなで記念写真撮ろうよ!中学最後の思い出ということで!」

 

 ひまりちゃんの提案により、夕日を背景に6人全員で写真を撮る。

 後に送られてきた写真には、文字でこう綴られていた。

 

 『この夕日に誓って、私たちはズッ友だよ!!』

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

モカとつぐみが中心になったお話だったと思います!

そういえば…蘭はみんなに言うことがあったんじゃなかったんだっけ? すいません、ボクが忘れていただけです笑

次回、本当の意味で Afterglow 結成です!


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第7曲 ほんの少しの勇気で 胸が踊るような青春を

どうもっ! 山本イツキです!

小説とは関係ないですが、甲子園が開幕しましたね!

ボクも球児でしたが、夏の暑い日に練習はきつかった笑笑
ボクも球児たちの姿を見て、小説書いていこうと思います!

本編としては、蘭がとうとうみんなに打ち明け、バンド名も決定します!

それでは、本編スタートです!


 みんなであの夕日を見てから1週間後。

 あの日に蘭が、高校から始めたいと言っていた事は他のみんなには言ったのだろうか?

……いや、ここ最近の蘭はずっと、みんなと予定が合わなくなったから、散歩をしたり音楽を聴いたりして過ごしていたからそれはない。

 

 ーー今日で、長かった春休みが終わる。

 春休み最後の日は、ボク達の家で集まることになった。

 父さんと母さんは、華道の仕事でここ2日程家にいない。なので、ボクたちの家で、中学の思い出を語ろうという話になったのだ。

 

 現在の時刻は10時。

 蘭はこの日を待ち望んでいたのか、朝からずっとそわそわしている。

 

 「蘭? 今日はみんなにあの事をみんなに伝えるの?」

 

 「うん、そのつもりだよ」

 

 あの事とは、蘭が高校になってみんなとしたい事。珍しく、蘭も張り切っている。

 

 「でも、みんながあたしと同じ気持ちになってくれるか心配…」

 

 「蘭なら大丈夫だよ! 日頃の行いは天が見ているって言うし、心配なんていらないよ!」

 

 「そうかな…? でも、葵のおかげで少し自信がついた……その、ありがと」

 

 今のボクには、蘭を励ますことしかできない。みんながみんな、蘭と同じ気持ちだとは限らないことだとは分かっている。

 それでも、今の蘭には一切の迷いがない。良い結末になることを、今は祈ることしかできない。

 

 しばらくして、ひまりちゃん達4人組が僕たちの家に到着した。

 それぞれが語る気満々で、お菓子やジュース等を持参している。つぐみちゃんに至っては、羽沢喫茶店の焼き菓子を持ってきてくれた。

 

 「みんな、いらっしゃい」

 

 「待ってたよ! 早く上がって!」

 

 全員が「お邪魔しまーす!」と言い、家に上がり居間へ連れて行く。

 

 「色々持ってくるから、みんなはゆっくりしててね!あと、お菓子とジュース持ってきてくれてありがと!」

 

 ボクはキッチンに向かい、つぐみちゃんからもらった焼き菓子と家にあった紅茶と蘭用のブラックコーヒーを用意する。 蘭はあまり甘いものを好まない為だ。

 それを分かってか、羽沢喫茶店の焼き菓子も抹茶やビター系のお菓子を多く持ってきてもらっていた。

 

 「みんな〜! 紅茶と焼き菓子をお持ちしましたよ〜!」

 

 部屋に入るや否や、中学校の卒業アルバムを開いてキャッキャ騒いでいた。

 

 「あ! 葵くんありがと〜! つぐみも、焼き菓子いただきま〜す!」

 

 「うん! 羽沢喫茶店の人気メニューを持ってきたよ!」

 

 「さっすがつぐみ! 分かってるな!!」

 

 「つぐ〜、今日もつぐってる〜」

 

 女子5人組は、卒業アルバムを閉じ少し早めのティータイムを開始する。

 

 「ん〜♡ つぐの焼き菓子美味しい〜!」

 

 「この抹茶のロールケーキ、美味しいね」

 

 「モカちゃん、やめられな〜い、止まらな〜い」

 

 「この紅茶とも相性バッチリだしな!」

 

 「たまたま家にあったやつだっけど、気に入ってくれたなら嬉しいよ!」

 

 しばらくは、焼き菓子と紅茶でティータイムを楽しみながら、中学校での思い出を語り合った。

 蘭だけがクラスが違うかったり、ボクとひまりちゃんの最後の大会。さらには、修学旅行でモカちゃんが寝坊して遅刻したことなど…。

 語るだけ思い出も湧いてくる。とても和やかな雰囲気に包まれていた。

 

 数時間が経過し、思い出を語り切ったところで、均衡を破るかのように、蘭が立ち上がり全員の目線が蘭に集まる。

 

 「あのさ、一つ言いたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

 「どうしたの? 蘭??」

 

 「蘭から話しかけるなんて、珍しいな」

 

 「みんなに聞きたいことがあるんだけどさ……高校でやりたい事とかある?」

 

 唐突に投げかけられた、蘭の純粋な疑問。全員が即答することはなく、各々が考え込む。

 はじめに口にしたのは、ひまりちゃんだった。

 

 「わ、わたしはテニス部入ろっかな。中学でもやってたし……」

 

 「アタシは特にないかなぁ」

 

 「モカちゃんはね〜、バイトするよ〜」

 

 「私も特にないかな。高校入ってから考えようと思ってるし……」

 

 「ボクは、部活には入らないつもりだよ。男子の数も少ないし、運動する人も少ないからね」

 

 「…みんな、何かしら考えてるいるんだね。それでも、みんなにお願いしたいことがあるの」

 

 蘭は一呼吸置いた後、みんなに頭を下げる形で発言する。

 

 「あたし…みんなと、遊んだり話したりするの凄い楽しくて好き。高校でも、みんなと一緒にいれることがすごい嬉しいの。でも…みんなと何か、高校生活で思い出を残したい。この前、みんなとカラオケ行った時、一緒に歌ったりして私の心に響いたものがあったの。みんなと一緒に音楽を奏でたいって強く思った。だから、その……あたしとバンドを組んでください!」

 

 蘭がこんなに必死に、涙目にもなってみんなに自分の思いを伝える。

 …正直、こんなに必死になってる蘭をボクは見たことがない。今まで、何の目的も持たず過ごしてきていた。みんなと一緒ならそれでいいと……。

 

 それでも、蘭は決意した。それだけではいけないと。高校の3年間、ただ過ごすだけではなくみんなと最高の思い出を作りたい。自分の好きな "歌と音楽" で。

 

 「……正直びっくりしたよ。蘭がこんなに本気で話してくれるなんて。わたしも、蘭と同じ気持ちだよ! わたしは蘭とバンドしたい!!」

 

 「そうだな! アタシもみんなとバンドしたいって思ってるよ!」

 

 「うん! 私もだよ!! 蘭ちゃんがせっかくやりたいって言ってくれたしね!!」

 

 「モカちゃんもだよ〜。え〜っと…頑張るぞ〜」

 

 「やっと言えたな、蘭! ボクも応援するよ!」

 

 「うん…みんなありがと、凄い嬉しいよ。因みにだけど、葵も強制参加だからね?」

 

 「これで5人のガールズバンドが結成……え? ボクも!?!?」

 

 「蘭ナイスアイデア! 葵くんも私たちとバンドするよ!!」

 

 「葵ならガールズでも通りそうだしな!」

 

 「シャレにならないよ〜! 巴ちゃん!!」

 

 ボクと巴ちゃんのやりとりで、みんなが笑顔で満ち溢れる。蘭も心の底から喜んでいるようだ。

 ボクたちは、6人という少し多めの人数で学生バンドを結成した。

 

 

 「そういえばさ〜、バンド名ってどうするの〜?」

 

 モカちゃんが素朴な疑問を持ちかけると、全員が「あっ」と口を揃えて言う。

 蘭もこの事については、全く考えいなかったようで惚けた顔をしている。

 

 「……ごめん、言い出しっぺなのに何も考えてなかった」

 

 「バンド名か〜、巴は何がいいと思う? 」

 

 「そうだなぁ…何かこう、ガツン!ってくる感じの名前がいいなぁ。そう言うひまりは何がいいと思う?」

 

 「わたし? えっと、高校生らしい感じとかかな? つぐみは?」

 

 「私は考えてるよ! バンド名は放課後ティ……」

 

 「つぐ〜、それパクリ〜」

 

 「……うん、気にしないで」

 

 「いざ考えるとなると難しいよね。因みに

、蘭は何か案はないの?」

 

 「あたしは…ごめん、何も思いつかない」

 

 ーーあれから何時間が経過しただろうか。

 一向に、良いバンド名が思いつかず夕方を迎えていた。

 

 「そろそろ夕方だし、みんな帰ろっか…」

 

 「そうだな、明日から高校生だもんな」

 

 ひまりちゃんに便乗するように、みんなが帰宅する準備を始める。

 思いの外、みんな疲れた顔をしている。

 

 「ごめんね…あたしがしっかりしてないばっかりに……」

 

 「気にしないで、蘭ちゃん! 私は、みんなとバンドするの凄い楽しみだよ!」

 

 「そうだよ! これから考えればいいんだよ!」

 

 「みんな送って行くよ。ほら、モカちゃんも早く準備して!」

 

 何やら、モカちゃんはボーッとして動かない。窓から夕日を眺め何やら黄昏ていた。

 

 「………モカちゃん??」

 

 「あぁ、あーくん。モカちゃんはね、またみんなで神社で夕日が見たいなぁ〜って考えてたよ〜」

 

 「夕日? あぁ、登るの大変だったよなぁ…」

 

 「でも、中学最後の日だし…みんなで行くのもいいかもね」

 

 「そうだね! じゃあ早速向かおっか!」

 

 モカちゃんの急な思いつきで、ボクたちは羽丘神社に向かう。

 

 ーー前回とは違い、誰一人脱落者を出すことなく神社までたどり着いた。

 先週見た夕日同様、その夕焼けは変わることなく美しく照り輝いている。

 

 「…何度見ても綺麗だな!」

 

 「うん! わたしもここが大好きになったよ!」

 

 「モカちゃんも、最近ここでボーッとしてることあるよ〜」

 

 みんなの言う通り、これほど綺麗に夕日を見れる場所は、この街にないだろう。

 自然と笑みが浮かびそうな…何とも居心地が良い感じがする。

 隣を見ると、何やらボソボソと呟いてる蘭の姿があった。

 

 「………決めた」

 

 「決めたって何を??」

 

 ボクが言う前に、つぐみちゃんが疑問を蘭に投げかける。

 

 「今のあたしたちにピッタリなバンドの名前」

 

 「モカちゃん、気になる〜」

 

 「そのバンド名って?」

 

 みんなが蘭に注目してる中、蘭は微笑みながらその名前を告げる。

 

 「 "Afterglow " あたしたちは、この夕日のように輝く存在になる」

 

 「Afterglow…いい響きの名前だな!」

 

 「凄いかっこいい! Afterglow賛成!!」

 

 「Afterglowってどう言う意味〜?」

 

 「 "夕焼け " って言う意味だよ! 私もその名前、いいと思うよ!」

 

 「葵は、どう思う?」

 

 「うん!ボクたちにピッタリな名前だと思う!」

 

 「満場一致だね。これからあたしたちは 、"Afterglow " ということでよろしく」

 

 「おぉ! なんか燃えてきた!」

 

 「よ〜っし! 明日から頑張るぞ!えい、えい、おー!!!」

 

 ひまりちゃんの号令に、誰も答えようとしない。勿論ボクも。

 

 「………これが "不発の大号令" の由来なんだよ、ひまり」

 

 「何でみんなしてくれないの〜!?」

 

 最後も全員笑顔で終わるボクたちだった。

 

 学生バンド "Afterglow " 結成。




いかがだったでしょうか?

ついに、Afterglow結成です!

次回から高校生編スタート!

それではまた明日〜!!


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第2ステージ 新たな出会いとの始まりを告げる 魂の音楽
第8曲 始まりを告げる蕾 咲き乱れる桜


どうもっ! 山本イツキです!

オリジナル設定のタグをつけてなくて、皆さんには多大なるご迷惑をおかけしました…。

今更ですが、この話はオリジナル展開が多く含まれています!
原作とは少し違いますがオリジナルなので、気にせず読んでいただけると嬉しいです!

本編では、新章開幕でいよいよ蘭たちが高校入学です!

友希那先輩も少しだけ登場します!

長々となりましたが、本編スタートです!


 桜が咲き乱れる並木道。雲一つない空から照らす陽の光は、まるでボクたちの高校入学を祝福するかのようだ。

 

 「蘭、ちゃんと荷物持った〜?」

 

 「持ったって言ってるでしょ。母さんと同じこと聞かないで…」

 

 ーーあれは数十分前。

 最近の蘭は、生活習慣が改善され以前より体調がよさそうに見える。

 入学式の準備を済ませ、家を出ようとしたその時、母さんが慌てて駆け出してくる。

 

 「蘭! 葵! 忘れ物はない?」

 

 「大丈夫だよ、母さん。昨日、葵と準備済ませたから」

 

 「ならいいのよ、でも二人のことだから何かありそうで…」

 

 「そんなに心配しなくても、ボクたちもう高校生だよ?」

 

 「お母さんにとったら、二人はまだまだ子供なの!」

 

 母さんに続き、父さんも玄関にやってくる。

 

 「入学式には行ってやれんが、美竹家の人間として恥のないように振る舞いなさい」

 

 「わかってるよ、お父さん。それじゃあ行ってきます」

 

 「お昼には帰るから、それじゃ」

 

 二人に背を向け、ボクたちはみんなとの集合場所である羽丘神社へ向かう。

 

 ーー時は戻り現在。

 

 「母さんって、たまに過保護になる時あるよね。父さんはいつもだけど」

 

 「ほんとっ、もう子供じゃないのに」

 

 「それもそうだね!それでも、父さんたちはボクたちのことを大事に育ててくれてるんだよ?」

 

 「それは分かってるけどさ…もう少し信用してくれてもいいんじゃないかなって思う」

 

 「まだまだボクたちは危なっかしいからね。特に蘭が」

 

 「ちょっと! 私だけじゃないでしょ!」

 

 拳を握り、また殴られると思いきや蘭は急に笑い出した。

 

 「……何がおかしいの?」

 

 「いや…なんか、このやり取りが面白くてさ」

 

 ここ最近の蘭は、自然と笑みを浮かべることが多くなった。

 蘭自身、高校の3年間が楽しみで仕方ないように見える。それは、" Afterglow "としてみんなとバンドができる事が一番の要因だろう。

 

 近所の小さな公園を通り過ぎようとした時、同じ高校の制服を着た女子高生がベンチに腰掛けていた。

 淡い紫色の長い髪を春風になびかせるその姿は、蘭と似た可憐さを感じる。

 

 「…すごい綺麗な人」

 

 普段は人の容姿を気にしない蘭も、彼女の姿に見惚れているような顔をしている。

 

 するとそこに、一匹の野良猫が茂みの中から出てきた。白をベースとした体毛に茶色の模様を浮かべたその猫は、ベンチに腰掛けいた女子生徒の膝の上でくつろぎ出した。

 

 「…どうしたの? にゃーん……ふふっ、にゃーんちゃん可愛いね」

 

 「「……か、可愛い」」

 

 二人とも、心の中で思っていた事をつい口に出してしまう。それほど驚いた出来事だったのだ。

 ボクたちの声に気づいたのか、膝の上にいた猫を抱いてその女子高生は近づいてきた。

 

 「あなた達は…新入生?」

 

 「はい! 中学から羽丘に通ってました、美竹 葵と言います。双子の弟です!」

 

 「同じく、双子の姉の美竹 蘭です」

 

 「あなた達は双子なの? 通りで似てると思ったわ。私も似たような人がいるから…」

 

 「似たような人って?」

 

 「…生まれた頃から育った、義理の家族。同い年なんだけどね」

 

 「なるほど…これ以上は聞かないようにします。お兄さんも羽丘高校に?」

 

 「えぇ、男子が少ないっていつも嘆いているわ」

 

 「確かにそうですよね! ボクの学年も5人しかいないですし…まだ、女子校だったって言うイメージが強いんでしょうね……」

 

 「確かにそうね…あ、もうこんな時間。友達をまたしてるからここで失礼するわ。遅くなってしまったけど、入学おめでとう」

 

 「はい! ありがとうございます!」

 

 彼女は猫を抱えたまま、その友達が待つ場所へと向かう。

 …まさか、学校まで連れて行くつもりではあるまいか?

 

 「そういえば、あの人の名前聞いてなかったね」

 

 「まぁ、同じ学校なんだしきっとまた会えるよ! 」

 

 ボクたちは、新しい出会いへの喜びを噛み締めながら、みんなが待つ羽丘神社前まで駆けていく。

 

 

 ボクと蘭が着く頃には、他のメンバーが集合済みだった。

 …またひまりちゃんに何があったか問いただされたが、蘭の準備が遅れたと言う事で許してもらった。(ごめん…蘭)

 

 神社前から徒歩で20分程の羽丘学園までの道のり。

 ボクたちは、新たな出会いとの学校生活が楽しみで仕方がない。

 

 ーー入学式という看板が目立つ正門。

 桜が満開に咲いている中庭。

 遠くから見ても分かる、綺麗に清掃された校舎の外装。

 

 

 ボクたちの高校生活が今始まるーーー。

 

 

 中学から知っている人が多いとはいえ、かなりの大人数。外部から受験して来た人もいるため、知らない人も当然いる。

 1クラス40人でAからEクラスまである為、新入生だけで200人。上級生たちも入学式と同時刻に、別の体育館で始業式がある為、全体で約600人。

 

 ……そして、先程も言ったようにこの学校は男子の数が圧倒的に少ない。ボクが小学6年生の時に共学に変わった。それは、近年問題となっている少子化の影響だろう。

 

 「うわ〜すごい人の数…。みんな、迷子にならないでねぇ〜!」

 

 「全員で手をつないでいけば迷子になることはないと思うぞ?」

 

 「え…!? それは流石に、ボクは恥ずかしいよ〜……」

 「あーくん、覚悟を決めるのです〜」

 

 ボクはモカちゃんに引っ張られるように。そして、みんな手を離すことなくクラス発表されてる巨大な紙の前まで辿り着いた。

 

 「えぇ〜っと、アタシのクラスは…B組だな。お! ひまりと一緒じゃん!」

 

 「ホントだ! モカとつぐも一緒だよ!」

 

 「良かったぁ〜…知ってる人と同じクラスになれて…」

 

 「モカちゃんもだよ〜」

 

 「あたしは…葵と一緒なんだね。ほら、A組」

 

 「ホントだ! 蘭と同じクラスなんて初めてだなぁ!」

 

 「双子ってよくクラス外れるのに、すごい運だね! 二人とも!」

 

 こうして、ボクたちは各々のクラスに行くため一旦解散する。

 ボクの席はと言うと…校舎側の窓が一番近い一番後ろの席。男子は…クラスでボク一人……。

 蘭は、ボクの席4つ前。何やら憂鬱そうに何も書かれていない黒板を眺めている。

 

 しばらくすると、担任の女の先生が教室に入ってきて入学式の説明を簡単に行う。

 入学式自体、校歌を斉唱して、名前を呼ばれたら起立して元気に返事をする。最後に在校生と新入生の挨拶という内容だったので割愛させてもらう。

 

 あっという間に入学式も終わり全員が教室に戻った後、時間が余ったとのことで自己紹介することになった。

 苗字が、あ行の人から始まり数十分後に蘭の出番が来た。

 

 「えっと…美竹 蘭です。羽丘中でした。最近友達とバンド始めました。その…よろしくお願いします」

 

 クラスのみんなが「カッコいい!」とか「すごいな〜!」などを言ってる中、蘭は一切表情を変えない。……学校ではいつもこうだ。

 蘭の後の3人が自己紹介した後、最後であるボクの番が来た。

 何やら緊張してる様子に見えたが、何も動じずに振る舞う。

 

 「美竹 葵です!羽丘中で、サッカー部のキャプテンやってました!趣味はファッション誌のチェックです! ちなみに、4つ前に座ってる美竹 蘭はボクの双子の姉です!短い間ですがよろしくお願いします!」

 

 元気にハキハキと、美竹家の名に恥じない自己紹介を自分でもできたと思う。

 クラス内では、「凄い似てる!」とか「ファッション誌のチェックって可愛い!」とかいろんな意味で歓声が上がっている。

 これでボクは、男子がいなくてもこのクラスでやっていけそうだ。

 

 時間はあっという間に過ぎ、昼前に学校が終わった。同時刻に、B組のみんなが出て来て一緒に廊下を渡る。

 

 「自己紹介キンチョーしたな!」

 

 「巴ちゃん、堂々としてたよ! 私は少し噛んじゃったけど…」

 

 「つぐ〜、面白かったよ〜」

 

 「わたしも、何人か友達できたから満足〜!」

 

 思いの外、みんなも大丈夫そうだ。一番の不安は蘭ただ一人…クラスに馴染めそうな雰囲気が全くない。

 

 「蘭はどうだったんだ? 新しいクラス」

 

 「……ん、いつも通りかな」

 

 「少しは愛想よくしたほうがいいよ? 蘭は勘違いされやすいからね」

 

 「そこは、ボクがカバーしたから大丈夫!」

 

 「あたしたちが双子って言っただけじゃん」

 

 「二人とも暗い性格の持ち主とか思われたくないじゃん!蘭ももう少し、人前で笑えたら変われると思うよ! ほら、笑って!」

 

 「……みんなの前以外では笑わない」

 

 「全く…蘭は頑固だよなぁ」

 

 巴ちゃんの一言で全員が笑い出す。

 こんなに素敵に笑えるのに、なんでそんなにクラスの中では孤立したがるの……蘭??

 

 「明日も早く学校終わるし、みんなで楽器屋行かないか? せっかくバンド始めるんだし、見ておく必要があるだろ?」

 

 「うん! それ賛成! それじゃあ、学校終わってご飯食べたらどこかで待ち合わせて行こっか!」

 

 「それもそうだね、巴ナイスアイデア」

 

 「明日は喫茶店のお仕事ないから行けるよ!」

 

 「モカちゃんも行きたい〜。あーくんも来るよね〜?」

 

 「もちろん!ボクも " Afterglow " の一員だからね!」

 

 こうして、明日もいつも通りみんなと集まる約束をして校舎を出る。

 

 降り注ぐ陽の光を浴びて、友情という結晶は今日も一段と輝きを増す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

友希那先輩は少し特殊な設定にしてます。また、キャラの設定を活動報告で出すので見ていただけたら嬉しいです!

蘭も中学時代に何があったんだろうね…今回は少し、謎が残る回になりました。

次回は、少しだけバンドの活動をします!


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第9曲 今日という物語を 思い出という絵本の1ページに

どうも! 山本イツキです!

皆さまから、様々なご指摘を頂き小説を書かせていただいてます。本当にありがとうございます!

より良い作品に仕上げたいと思うので、これからも感想等よろしくお願いします!

本編としては、クラスの交流とバンドの演奏に使う楽器探しです!
それでは、本編スタートです!


 ーー私立羽丘学園高等学校。

 創立68周年を迎える、由緒ある中高一貫の名門校。何年か前に改装工事を行ったこともあって、校舎は非常に綺麗なのが特徴。

 余談ではあるが、母さんも羽丘の卒業生で生徒会長をしていたらしい…。

 

 高校生活2日目の今日は、学校案内・学校説明に加え、部活動紹介で終了する。

 実質、教室にいる時間は殆どなく体育館で過ごすことになる。

 

 学校案内が終わり、休憩時間になるとボクのクラスであるA組の半数以上の女子がボクの周りに集まる。

 

 「美竹くんって、オシャレとか好きなの?」

 

 「そうだね、本よりネットの方が口コミがあるから好きかな?」

 

 「美竹さんとはよくおでかけとかいくの?」

 

 「蘭と2人きりでは、あんまり出かけないかな…他のクラスの幼馴染となら、蘭も含めてよく遊ぶよ!」

 

 「美竹くんは部活動とか入らないの?」

 

 「高校は何もしないつもり。でも、ボクも蘭と一緒にバンドするつもりだよ」

 

 みんなが「絶対見に行く!」とか「私にも楽器教えてね!」など言ってる中、蘭はただ一人、ため息をついていた。

 そこで突然、とんでもない質問が舞い降りてきた。

 

 「美竹くんって…好きな人とかいるの?」

 

 驚いたのはボクだけじゃない。周りにいた人も含め、蘭もこちらを振り向き動揺を隠せないでいた。

 

 「好きな人か…今はいないかな。高校も始まったばかりだし、みんなとバンドするの凄い楽しみだしね!」

 

 「そっか…バンド頑張ってね! 応援してるよ!」

 

 「うん! ありがとっ!」

 

 休憩時間もちょうど終わり、嵐が過ぎ去ったような感じがした。

 

 (…葵の好きな人……?)

 

 蘭も何事もなかったかのようにしているが、内心では今も動揺を隠せないでいた。

 

 時間はあっという間に過ぎていき、午後12時になっていた。

 

 「明日から通常授業が始まります。初回から忘れ物がないように気をつけましょう」

 

 担任の先生から明日の連絡事項を聞き、さようならをした後、全員が教室を出る。

 

 「蘭、みんなもそろそろ終わるからB組に向かうよ?」

 

 「……うん、わかった」

 

 (…なんでだろ、あの事か頭から離れられない……)

 

 自分の抱いている感情に混乱している蘭。

 中学までは、このような会話は聞いたことがなく聞いたとしても無関心だっただろう。   

 ーー自分の抱いている感情について理解するのは、遥か後の話である。

 

 ボクたちが教室を出たと同時に、B組の面々も姿を見せる。

 B組にも男子が一人いるが中学では見たことがない。きっと、他校出身の人だろうけどボクから話しかける勇気は全くない。

 

 「蘭〜、葵くん〜! お待たせ〜!」

 

 「やっと学校終わったなぁ!」

 

 「ともちーん、明日から夕方まで学校だけどそんなこと言って大丈夫〜?」

 

 「…アタシに現実を押し付けるな、モカ」

 

 「早く帰って、楽器見に行こうよ。2時ぐらいに、朝集まったとこ集合でいい?」

 

 全員が了承したところで、校舎を後にする。帰り道では勿論、今日起こった出来事の共有及び会話だ。

 

 「そういえば、説明会の時に葵の周りに結構女子いたよな?」

 

 その言葉に、ボクと蘭は敏感に反応する。それはボクたちだけじゃなく隣にいたひまりちゃんもその一人だ。

 

 「そ、そ、そうだったね!葵くん何話してたの?」

 

 「なんか色々聞かれたよ。クラスに一人だけ男子っていうのも辛いね…」

 

 「……その割には楽しそうにしてたよね、葵」

 

 「ちょっ!? 蘭、何言って…」

 

 「…恋愛事情とかも聞かれてたじゃん」

 

 その言葉に全員が驚愕する。ひまりちゃんは…今まで見たことないこ困惑した表情を浮かべる。

 

 「…それはどういうことだ? 葵、正直に白状しろ」

 

 「ボクにもわからないよ!聞かれたんだから答えただけだよ!」

 

 その言葉に、ひまりちゃんは頭を抱え驚きの声を上げている…もはや、仕草も動揺を隠せずにいた。

 

 「ち……因みになんて答えたの?」

 

 振り絞るようにひまりちゃんはボクに問いただす。

 

 「高校も始まったばかりだし、みんなとバンドしたいから恋愛とかしてないって言った!」

 

 その言葉に安心したのか、ひまりちゃんはいつもの落ち着きを取り戻す。

 

 「ヒューヒュー、あーくんモテモテだね〜。モカお姉ちゃん、嬉しいよ〜…」

 

 モカちゃんもボクに祝福しているつもりだろうが、顔が笑ってない。パッチリとしている目がいつもより細く見える。

 怖い…怖いよ、モカちゃん……。

 

 「いきなりそんなこと聞くのって酷いよね…葵を困らせるだけじゃん。あの女…常識って言葉を知らないんだね、許せない」

 

 「そ、そんなに言わなくていいと思うよ!もっとオブラートに包んで!」

 

 「…つぐみちゃん、オブラートに包んでも悪口言ってるのには変わりないからね」

 

 その言葉に全員が笑い出す。

 ボクを大事に想ってくれるのは嬉しいけど…みんな目が真剣(ガチ)だ。笑ってるけど、心の底から笑ってない。

ボクのことを大事にしてくれるのは嬉しいけど…まさかつぐみちゃんとひまりちゃんまで……。

……女の子の世界って本当に怖い。

 

 みんなと別れた後、すぐに昼食をとり、私服に着替えてから再び神社前に集合する。

 今回は誰も遅刻することもなく、スムーズに出発することができた。

 蘭の提案により、学校近くにある『江戸川楽器店』に向かうことになった。

 理由としては、近くに楽器屋が無いという事とバンドを始める人がよく行くお店という噂を耳にしたからだそうだ。

 

 数十分で到着し、全員同時に入店する。

 

 「いらっしゃいませ〜! どんな楽器をお探しですか?」

 

 「えぇっと…新しくバンドを始めようと思いまして…」

 

 「新規の方々ですね! どなたが何を演奏するかお決まりですか?」

 

 「……まぁ大体は」

 

 巴ちゃんは和太鼓経験者のためドラムに、つぐみちゃんはピアノ経験者のためキーボードになった。

 後の4人はどれも全くの初心者なので決めようがない。

 

 「実際に弾いてみて、決めるというのもいいかもしれないですよ!」

 

 「あ! じゃあそれでお願いします!」

 

 こうして、ボクたちは未知の世界に足を踏み入れるーー。

 

 

 5分ほどが過ぎたところで、ひまりちゃんが自分好みの楽器を見つけたようだ。

 

 「わたし、この音好きかも!」

 

 「ベースだな。伴奏に重みを持たせる重要な役割だな」

 

 「うっ…わ、わたしなんかにできるかな……?」

 

 「ひまりちゃんにはピッタリだと思うよ! いつもみんなを引っ張ってくれるし、安心して他のことに集中できると思う!」

 

 「そうかな? じゃ、じゃあわたしベースやる!」

 

 「蘭は何やりたいか決まった〜?」

 

 「あたしはギターかな。動画とかでギター弾いてる人、すごいカッコよかったからあたしもあんな風になりたい」

 

 「そうか〜、じゃあモカちゃんも同じのにする〜。蘭と同じがいいから〜」

 

 「全く、仕方ないな…モカは」

 

 みんなが順調に決まって行く中、ボクはやりたい楽器が見つからない。

 いや、見つかったとしてもできるかどうかは別の話だ。

 

 「やりたい楽器が見つからない?」

 

 ボクの心の中を読み取ったのか、蘭が近づいてきた。

 

 「そうだなぁ…どれも難しそうで練習してもできるかどうか…」

 

 「葵ならなんでもできそうなイメージあるけどなぁ。あ、それなら歌うの専門とかはどうだ?バンドでそういう人いなかったか?蘭??」

 

 「うん、たしかにいるよ。葵は歌も上手いし、ピッタリだと思う」

 

 「そう言われたら嬉しいけど…ホントにボクがボーカルでいいの?」

 

 「わたしは賛成だよ!」

 

 「モカちゃんも賛成〜」

 

 「私も! 葵くんの歌声好きだよ!」

 

 「…満場一致だね。じゃあ、ボーカルは葵とモカでよろし……」

 

 「モカちゃんは大量の糖分を取らないといい歌が歌えないのです〜。だから、ボーカルは蘭ね〜。後ギターも〜」

 

 「あ、あたし!? モカの方が上手いのに…誰かボーカルやりたくない?」

 

 「アタシはドラムで精一杯だな」

 

 「私もキーボード覚えないと…」

 

 「わ、わたしは二つ同時にはできないよぉ〜!」

 

 「じゃあ〜、蘭がボーカル兼ギターという事で〜」

 

 「…わかった、頑張ってみる。ありがとね、みんな」

 

 もう少し時間を費やし、購入する楽器も決めたがお金がないため、後日改めて店に来ることになった。

 こうなってくると、大変なのは両親の説得だ。母さんは許してくれるだろうけど、父さんは一味違う。

 明日まで県外での仕事のため、家にいないが帰ってきたらしっかり話そうと思う。それは蘭とも話し合い済みだ。

 

 

 たった3年間の高校生活、悔いのないように過ごしたい。みんなと共に…

 

 "Afterglow" という最高のメンバーと共に……。




いかがだったでしょうか?

葵がみんなから愛されてる感じが分かる内容だったと思います!

次回は蘭時点で書きたいと思います!


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第10曲 刻み込まれた負の記憶 強くなるための意思

どうもっ! 山本イツキです!

まずはじめに、総UA数10000回突破しました!
ご愛読の皆様、本当にありがとうございます!
そしてこれからもよろしくお願いします!

本編としては、かなりシリアスな内容となってます。
今はこの話だけなので、残酷な描写のタグはつけません!

それでは、本編スタートです。


 学校は怖いところだ。あの日からあたしはずっと学校という施設に怯えている。

 あたしがそんな風に見えない?…バカにしないでよ。幽霊だってこわ…それはほっといて……。

 

 あたしは、学校ではほとんど喋らないけど学校が嫌いなわけじゃない。

 今思えば、あたしは昔から物静かな方だけどAfterglow以外の人の前でも普通に笑えてた。しかし、それが1日で豹変した……。

 

 ーーあれは中学2年の時。

 葵を含むAfterglowのメンバー全員が同じクラスであたしだけクラスが離れたことがあった。

 話す相手もおらず、クラスで一人青い空を眺めることが多かった。

 そんな時、クラスで唯一仲良くしてた女の子が一人いた。その子は大人しくて、笑顔が素敵で…ちょっとおどおどしてるけど、そんな彼女がカッコよく見えた。

 こんなあたしに、話しかけてくれたんだから……。

 

 ある日、教室に宿題を忘れて取りに帰っていると、女子のリーダー格の人とその取り巻き5人、その真ん中に横たわる彼女。

 ーーその子たちは彼女を虐めていたのだ。

 

 蹴って殴って、酷い暴言を吐かれて…見ているだけで辛い気持ちになった。そして、それを見ていることしかできない自分を非常に憎んだ。虐めていた子達よりずっと…。

 

 虐め疲れたのか、その子達が立ち去ったと同時にあたしは一目散に彼女に駆け寄る。

 

 「ちょっと!? 大丈夫なの!?」

 

 その子はフラフラしながらも笑みを浮かべてあたしを気遣ってくれた。

 

 「大丈夫…だよ……。私が…おどおどして…あの人たちを…怒らせたんだもんね……」

 

 「そんなことない!あたしはそんなあなたに憧れて…」

 

 次の日から彼女は学校に来なくなった。

 ゴールデンウィークが開けてすぐのことだった。

 リーダーたちは密かに嬉しがっていたが、あたしはどうすることもできなかった。『あたしにも同じことをされるんじゃないか…?』という恐怖に負けて……。

 

 しかし、夏休みが明けてすぐに彼女は戻ってきた。以前よりも堂々とした姿で。あたしは本当に嬉しかった。

 リーダー格たちは、違った意味で嬉しそうだった。…また虐めの標的が登校してきたのだから。

 

 その日の放課後、あたしは教室に筆箱を忘れて取りに帰っていた。

 …あの日と同じパターン。

 彼女がまた虐められていたらどうする…?

 

 「次は絶対あたしが守ってみせる」

 

そう勇気を振り絞り、廊下を駆け出す。

 

 ーー教室の扉が開いている。

 

 「まさかまた……!?」

 

 思わずあたしは教室に入ってしまう。

 しかし、待っていたのは驚愕の光景だった。

 

 ーー以前とは真逆。

 取り巻きの5人がうつ伏せや仰向けで倒れていて、リーダー格の女の子が胸ぐらを掴まれていた。

 

 「…私があの時、どんな目にあったか覚えてる?こんなものじゃないよね……」

 

 そう呟き、無抵抗のその子に何度も何度も拳を振るう。取り巻きの5人にも同様に…不敵な笑みを浮かべながら。

 

 白くて綺麗だった小さい手は、もうそこにはない。透き通った美しい眼もそこにはない。

 

 あまりの光景に息を荒げてしまい、彼女に自分の存在を知らせてしまう。

 

 「そこにいるのは…蘭ちゃん?ごめんね…私はこの為だけに学校に来たの。この子たちに復讐する為に…」

 

 「そんな…アナタはそんな人じゃ……!?」

 

 「ごめんね…ごめんね…。もう私はいなくなるから、だからごめんね…」

 

 「ちょっと!? 何言って……」

 

 

 ーー気がつくと、あたしは自分のベッドの上で横になっていた。

 側には、制服姿の葵。あたしが眼を覚ますと同時に、葵は眼を大きく開きあたしに詰め寄る。

 

 「蘭! 大丈夫!? 怪我は!?!?」

 

 「あたしは大丈夫…。他の子たちは…?」

 

 「うん、大丈夫だよ。全員病院に搬送されてしまったけどね…」

 

 「…ねぇ、あの子はどうなったの……。あたしはなんでここで寝ていたの!?」

 

 「お、落ち着いて! 今説明するから!」

 

 内容を要約するとこうだ。

 あたしの帰りが遅く、心配になった葵が学校に戻りあたしの教室に入る。

 そこには倒れている女子生徒の姿、勿論あたしもいた。すぐに先生に連絡して、病院に搬送。あたしは見たところ、外傷が無かった為ここまで葵が運んでくれたという事だったらしい。

 あたしがなぜ意識を失ってしまったかは分からない。全く記憶にない。

 

 「…大体はわかった。それで…あの子はどうなったの!?」

 

 「詳しいことは分かってないよ…。明日、担任の先生から報告があると思う」

 

 「そんな……!?」

 

 次の日、彼女は本当の意味で学校に来なくなった…いや、来れなくなった。

 何故転校したかは知らされなかったが、リーダー格の女子を含む6人が出席してない時点でクラスのみんな理解した。

 

 『あの子がやったんだ……』

 

 あたし自身、Afterglowのみんなと話すことさえ怖くなった。彼女みたいになるのではないか…と。

 

 しかし、その心配は必要なかった。普段通り、何気ない毎日をあたしと過ごしてくれた。今となっては最高の親友たち。それだけであたしは救われたような気がする。

 

 

 ーーそして現在。

 クラスの子と話そうとすると、あの日の事をふと思い出す。どうしても、慣れるものではない。

 親友たちと "Afterglow" としてバンド活動するんだから、あたしも強く変わらないといけない。

 自分が変われているという『()()』を表現する事ができればきっと……。

 

 「…蘭? どうしたの、そんなにボーッとして……」

 

 「あ、ごめん。どうしたの葵?」

 

 「今日の夜、父さんが帰ってくるからバンドのこと伝えたいと思ってるけどいいかな?」

 

 「うん、大丈夫だよ。あたしも覚悟は決めてる」

 

 「…そっか!それじゃあ…久々の5時限目だけど、寝たらダメだよ?」

 

 「うっさい…バーカ」

 

 …中学の時のことを思い出して全然授業に集中できない。

 そんな時、授業をしていた国語科の男の先生がある事をあたしたちに伝えてくれた。

 

 「この学校は、高校からなら髪を染めてもいいらしいぞ?ただ、金髪はNGだからな」

 

 何気なく放ったその一言。

 ……そうだ、あたしの意思を "体" で表現したらいいんだ。

 

 学校が終わり、みんなとは別に一人で帰る。もちろん、あたしの意思を父さんに。Afterglowのみんな、クラスのみんな、そして自分自身に示すために……。

 

 数時間もすれば全てが完了した。

 父さんに伝える言葉、あたしの気持ち、全てを父さんにぶつける。

 

家に帰宅すると、家族全員分の靴がある。まちろん、父さんのも…。

 

 「……ただいま」

 

 「あ! 蘭おかえ……!?」

 

 「蘭帰ってきたの…えっ!? 蘭…まさか……」

 

 「…そのまさかだよ、母さん。ほら、葵も驚いてないで父さんにあの事伝えるよ」

 

 「あ…うん。父さんもついさっき帰ったところだよ」

 

 「そっか…。父さんには申し訳ないけどすぐに話がしたいから居間に呼んでくれない?」

 

 「うん、わかった! 少し待ってて!」

 

 数分もすると、葵と父さんが居間に着いた。母さんもあたしの前で座っている。

 

 「蘭、話とはなん……その髪はどういう意味だ?」

 

 父さんも、葵も、母さんも、驚くのは無理ではない。あたしは、自分の意思を "髪" で表現することにした。

 それは、右側に赤色の髪に…つまり赤色のメッシュを入れたのだ。

 なぜ髪を選んだかというと、あたしの真っ赤に燃える意思を一目でわかるということ。そして、葵が『最近はメッシュを入れるのが流行ってる!』と言っていたからである。

 ……要は、半分葵の責任だということ。

 

 「……これはあたしの意思の象徴。燃え続ける炎のように、あたしも何かをやり続けたい。そこで考えたのが、バンドなの。ひまりたちと音を奏でたい、想いを届けたい。あたしがここまで来て、やっとやりたい事を見つけたの。だから…あたしがバンドするのを許してください。お願いします」

 

 父さんに頭を下げるのは、これが初めてだろう。どうしても、父さんにあたしの気持ちを伝えたいから…なんとしてでも。

 

 「ボクからもお願いします。ボクも蘭と一緒にバンドをするつもりです。蘭と一緒に何か大きな事をやるなんて初めてだから…許してください、お父さん」

 

 葵も一緒に頭を下げてくれた、こんなに必死に。葵は、美竹家の後継者として父さんから日々稽古を叩き込まれている。

 中学でサッカーを始めるときも、1日たりとも稽古をサボったことがない。…父さんに恥をかかせないように。

 

 「……赤蘭には "縁起がいい" という願いが込められている。その願いに背かないことだな……」

 

 「父さん…ありがとう…」

 

 あたしは思わず涙を流した。あの堅物の父が。あたしのことを理解してくれた。初めて気持ちを伝えられた。そのことでもう、胸がいっぱいだった。

 

 「その代わり条件を出そう」

 

 「条件?」

 

 思わず葵が父さんに尋ねる。すると、父さんはとんでもない事を言い出した。

 

 「もし、そのバンドを投げ出しでもしたら

私は絶対に許さない。お前たちには今後、一切の自由も有さないことにする。それでも構わないのか?」

 

 「……うん、あたしは大丈夫」

 

 「ボクも、同じ気持ちだよ」

 

 「…ならば、私から言う事は何もないな。これでこの話はおしまいだ。早く晩御飯を頂くとしよう」

 

 こうして、あたしたちは普段と何も変わらず晩御飯を食べた。

 母さんの顔がいつもより嬉しそうだったのは、言わずとも知れた事。

 

 あたしは自分の意思を絶対に曲げたりはしない。弱い自分とはこれでおさらば。

 

 ーー彼女のためにも、あたしは強くなる。

 




いかがだったでしょうか?

シリアスと感動がごちゃ混ぜで、読みづらかったと思います…。

それでも書きたかった!!笑

次回からはまた、明るくてドキッとするような内容にしていきます!
感想等頂けると幸いです!


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第11曲 青薔薇の歌姫 さらなる高みへ

どうもっ! 山本イツキです!

初音ミクコラボが発表されましたね! スッゴイ楽しみです!
今回出てくるRoseliaとGlitter☆Greenには、初音ミクコラボに実装してほしい曲を歌ってもらいました!

明日の GO! GO! MANIACのカバー実装も楽しみですね笑笑

本編としては、蘭の赤メッシュの報告と本場のバンドの演奏を聴きにいきます!
それでは、本編スタートです!


 ボクと蘭は、父さんからバンドをする許しをもらえた。でも、もしバンドを投げ出したりしたらボクたちはもう、自由はない。

 蘭は、自分の意思を示すために右側の髪に赤いメッシュを入れた。…これが意外と似合っている。

 

 その日のメールで、自分が赤メッシュを入れた事をAfterglowのメンバー全員に伝えた。

 

 『え〜!? 蘭染めちゃったの?? なんか、すごいカッコいい!」

 

 『 "反骨のポーカーフェイス" から、"反骨の赤メッシュ" に変更だな!」

 

 『蘭ちゃん可愛い! 似合ってるよ!」

 

 『蘭がフリョーになっちゃった〜。でも、そんな蘭も好きだよ〜」

 

 それぞれではあるが好印象の様子だった。みんなからの言葉は、蘭も嬉しかったようで何度も鏡の自分を見て微笑んでいる姿が見受けられた。

 

 次の日の登校中も、みんなからの冷やかしは止まらなかった。

 

 「蘭〜!やっぱり似合ってるね〜!」

 

 「うん、ありがと。ひまり。」

 

 「モカちゃん悲しいよ〜、黒くてツヤツヤだった髪に手が加えられた〜」

 

 「…髪切ったりしてる時点で、手が加えられてると思うけど」

 

 「 "反骨の赤メッシュ" ……いい響きだなぁ!」

 

 「ちょっと、巴……人前でそんな呼ばれ方恥ずかしいからやめて///」

 

 「葵くんはメッシュ入れないの?」

 

 「冗談で蘭にそれ言ったら、顔真っ赤にして全否定されたよ…」

 

 「葵…言わないで///」

 

 「あーくんと蘭で、ペアルック〜。恋人みたい〜」

 

 (……葵と………!?/////)

 (……蘭と………!?/////)

 

 「「モカ(ちゃん)!! それだけはやめて(よ)!!」」

 

 僕たち二人は、恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になる。それをさらにいじってくる親友たち(特にモカちゃん)

 

 今朝はボクと蘭の話で持ちきりになり、あっという間に学校に到着する。

 まだまだからかい足りないのか、名残惜しそうに教室に入っていったが朝からどっと疲れた……それでも蘭は、なんだか嬉しそうな顔で

 

 「…たまにはこういうのもいいかもね」

 

 と密かにつぶやいていた。

 

 

 ーー教室の中でも、蘭は注目の的となっていた。

 蘭とはあまり話さ無さそうな人も、話の輪に加わる。

 

 「美竹さん、染めたの? カッコいいね!」

 

 「いいなぁ! 私もやりたいな!」

 

 「美竹さんって赤似合うね!」

 

 「…うん、ありがと。そう言ってもらえて…嬉しいよ……///」

 

 「顔赤くなってる! 可愛い〜♡」

 

 「美竹さん話せるじゃん!」

 

 「普段からそうしたら良かったのに〜!」

 

 本人は戸惑ってばかりだけど、今はそれでいい。少しづつでいいから、ボクたち以外の人にも笑顔で接することができるようになったらいいな……。

 

 

 ボクたちは、クラスが離れ離れになってしまったが昼休みは必ず全員が屋上に集合する。

 景色が良く、人も滅多にこない絶好の場所。学校案内の時も、屋上にいたらいけないルールは無かったのでここで毎日昼食を取ろうとAfterglowのみんなと約束した。

 

 「やっとお昼だぁぁぁ!」

 

 「ともちん、4時限目の数学寝てたよね〜」

 

 「モカもだよ!!」

 

 「…そういうひまりちゃんもだよ」

 

 「つぐもウトウトしてたぞ?」

 

 「「「「……え!?」」」」

 

 「4人とも…面白すぎ……」

 

 「確かに…これはやばいよ……」

 

 蘭とボクはお腹を抱えて笑っている。ここまで息のあったボケはなかなかないだろう。

 

 「そうだ!蘭、みんなに言うことがあるんじゃ無かったっけ?」

 

 「そうだった。あのさ、みんなこの後予定ある?」

 

 「「「「ない(〜)!!」」」」

 

 「…みんな息合いすぎだって……ふふっ」

 

 ボクは笑いをなんとかみんなに説明する。

 

 「……要約すると、『この後予定が無かったらみんなで "SPACE" のライブ観に行かない?』って蘭は伝えたがってたよ!」

 

 「「「「大丈夫(〜)!!」」」」

 

 「もう……やめて………」

 

 …蘭とボクは笑いすぎて、この後の授業も表情筋が固まったまま動かずクラスのみんなにひたすら弄られた……先生からも。

 

 

 午後の授業も終わり、全員が集まったところで "SPACE" に向かう。

 SPACEは、この街の学生バンドの発祥地。そこから有名になったバンドも複数存在する。蘭は、一人で何度か来たことがあるようで、『バンドをやりたい』と思い始めたきっかけの店でもある。

 

 「それじゃあ、入ろっか」

 

 蘭の一言と共に店に入る。

 店内には、今日演奏するバンドのポスターが大きく掲載されている。

 今日演奏するバンドは

 1st Glitter☆Green

 2nd Roselia

 

 「あれぇ〜? 2組だけ〜??」

 

 「うん、普段から2、3組のバンドしか演奏しない」

 

 「まぁアタシたちもバンドやってるわけだし、本物がどんな感じか見せてもらおうぜ!」

 

 「うん!いざ、Afterglow出陣〜!!」

 

 「ひ、ひまりちゃん! 静かに〜!!」

 

 「………(ジー)」

 

 「どうしたの、葵? ……Roseliaのポスターをじっと見て」

 

 「このセンターの人、どこかで見たことあるような……?」

 

 「そんなの、後で会えるんだからきっとわかるよ。ほら、早く行くよ」

 

 蘭に手を引かれ、会場の中へと足を踏み入れる。

 

 1stステージは "Glitter☆Green" 。顔つきから、先輩感が漂う4人組ガールズバンド。

 

 1曲目 Don't be afraid

 2曲目 Tell Your World

 3曲目 clossing field

 

 ギター兼ボーカルの牛込 ゆりさんの歌声は、優しい中に凄まじい力強さを感じた。ギターもまた同様に……。

 ドラム、キーボード、ベースの人も素人から見てわかるぐらい上手い。全身を使い演奏しており、日々どれだけの練習をこなしているかが伝わった。

 

 続いては、ボクが少し気になっていた バンド"Roselia" 。

5人のメンバーが出て来た瞬間、ワッと凄まじい歓声が上がる。余程有名なバンドなのだろう。巴ちゃんが唖然した顔である女の子の名前を叫んでいた。

 

 「……あこぉぉぉぉ!?」

 

 笑顔でこちらに手を振る、小さい女の子。

 あこちゃんは巴ちゃんの2歳下の妹さん。  

 巴ちゃんもドラムだし、姉妹揃ってということか…。それ以前に、あこちゃんがバンドをしていたとは知らなかった様子。

 

 「Roseliaです。今日もさらなる高みを目指して、歌い切ります」

 

 ボーカルの人が言葉を発した瞬間、蘭も小声ながら驚きの声を上げた。

 

 「葵…! あのボーカルの人…!!」

 

 よく見てみたると、そこには見覚えのある淡い紫色の髪をした女性が立っていた。

 

 「あの人……!? まさか……」

 

 入学式に向かう途中で出会った可憐で美しい人。直接顔を見て、声を聞いて確信した。

 同じ制服を着ていたから、いつかどこかで会えると思っていたが、まさかこんなところで……。

 

 1曲目 ONENESS

 2曲目 陽だまりロードナイト

 3曲目 ロミオとシンデレラ

 

 ーーまさに圧巻の演奏だった。

 歌、演奏、歌詞。何から何までトップレベル。これが、本当に学生なのかと思わせるほどのレベルだった…もはや声が出ない。

 

 あっと言う間にRoseliaの演奏が終わってしまい、歓声と拍手が鳴り響く。

 

 「ありがとう。次もよろしく」

 

 そう言い残し、5人は会場を後にする。

 あまりの演奏の良さに、全員が呆然としていた。

 

 「…すごかったね。わたし、見惚れちゃったよ」

 

 「あこが…あのあこが……」

 

 「モカちゃん、感動しました〜」

 

 「これがトップレベルの演奏かぁ…すごかったなぁ……」

 

 「…あたしたちも、あの人たちのように……!!」

 

 「うん! 負けてられないね、蘭!!」

 

 すると、巴ちゃんの携帯に電話が入る。あこちゃんからだった。

 

 「もしもし、あこ? すごい演奏だったな! …うん……。 ……え!?」

 

 「どうしたの? 巴ちゃん??」

 

 「あこが…Roseliaの人たちにアタシたちを紹介したいって……」

 

 「「「「……えぇ〜!?」」」」

 

 「あ、あぁ。よろしく頼むよ、それじゃあ。…後30分したら出るからそれまで待ってて欲しいらしい」

 

 こうして、ボクたちは何かと縁がありそうなRoseliaの人たちと会話をする時間を設けてもらった。

 




いかがったでしょうか?

仲がいいってやっぱりいいですね笑笑

初音ミクコラボはガチャとイベント無いけど、曲は本当に期待してる!

メルト、おこちゃま戦争、ロミオとシンデレラ、DAYBREAK FRONT LINE、Tell Your Worldが実装されるの待ってます!

次回は、Roseliaとの会話が中心となります!
お楽しみに〜


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第12曲 影で支える 義キョウダイ

どうもっ! 山本イツキです!

GO! GO! MANIAC 難しい!!笑笑

今日までにはフルコン目指して頑張ります笑

本編としては、Roseliaのメンバーと語り合います!
それでは、本編とスタートです!


 あこちゃんの粋な計らいにより、さっきまでステージに立っていたガールズバンド "Roselia" の方々と話せる機会ができた。

 

 …さっきまでの演奏が頭から離れられない。全員が同じことを考えていた。

 

 「あれが本物のバンドなんだよね…」

 

 「あこの演奏には本当に驚かされた…」

 

 「モカちゃんも〜。あのギターの人すごいカッコよかったね〜」

 

 「キーボードの人も! あんな凄い人たちと同じ学校出身ってすごいね!」

 

 「全員とは限らないよ、今わかってるのはボーカルの人だけだし…。でも、あの心に響くような歌声…聴いてて惚れ惚れした」

 

 「たしかに、あの人の歌声は桁違いだったね…。カラオケに行ったらモカちゃんと同じか、それ以上じゃないのかな?」

 

 「モカは食べないと歌えないじゃん」

 

 「モカちゃんは歌ってカロリーを消費してるのだ〜、余った分はひーちゃんに転送〜」

 

 「ちょっ!? やめてよモカ!!」

 

 演奏を聴いて、ふわふわした気持ちだったボクたちだったけど、モカちゃんはモカちゃんだった。

 "ゴーマイウェイ" でマイペース。ボクたちが落ち込んだり、喧嘩したりすると必ずいつも通りに接してくれる。Afterglowには欠かせない支柱的存在だ。

 

 数十分すると、先ほどまで堂々とステージで演奏していたRoseliaのメンバーの一人、宇田川 あこちゃんが飛び出して来た。

 

 「あ! おねーちゃん!!」

 

 あこちゃんが猛ダッシュで姉の巴ちゃんに駆け寄り抱きついていた。

 

 「おぉ〜、あこ!! カッコよかったぞ!」

 

 「えへへ〜/// いっぱい練習したもん!!あ!みなさんお久しぶりです!」

 

 巴ちゃんを抱きつくのをやめ、あこちゃんはボクたちにペコっと礼をする。

 あこちゃんに続き、他のメンバーも続々と姿を現す。

 

 「宇田川さんが合わせたいと言っていたのはあなた方ですか?」

 

 「はい! さっきのライブ、すごい感動しました!」

 

 「あ…ありがと。わたしは…白金 燐子…です」

 

 「私は、氷川 紗夜と言います。ギターを担当してます」

 

 「アタシは今井 リサ!ベースやってるよ〜」

 

 「ボーカルの湊 友希那です。美竹さんご姉弟とお会いするのは、2回目ね。以前とは少し違う髪ね…よく似合っているわ」

 

 「あたしのこと、覚えてくれてたんですね。この赤のメッシュはあたしの意思の象徴です。」

 

 「それは非常に興味深い話ね」

 

 「本当にビックリしました!まさか、バンドでボーカルをやってたなんて…!」

 

 「気に入っていただけて良かったわ。あなた方はどうしてここに?」

 

 「あたしたちも、バンド始めました。"Afterglow" と言います。結成したばかりですが、先輩方に負けない演奏を出来るように頑張ります」

 

 「えぇ、是非頑張って。私たちも励みになるわ」

 

 そう言い、蘭と湊先輩は握手を交わす。

 

 その瞬間、SPACEのスタッフルームからとある男性が出て来た。

 

 「友希那、そろそろ出ないと店閉めるぞ……その子たちは?」

 

 「私たちの演奏を見に来てくれた子たち。同じ高校の後輩よ」

 

 「後輩…? そうか、オレたちはもう先輩か。自己紹介させてもらうな、オレは湊 雄樹夜(ゆきや)。友希那の…兄か弟か分からないが、義理の()()()()()だ」

 

 「分からないってどう言うことですか?」

 

 ひまりちゃんが純粋な質問をぶつける。そこで、今井先輩が別の話題を切り出す。

 

 「立ち話もなんだしさ!Afterglowのみんなも今から晩御飯食べに行かない? 色々話したいしさ〜!」

 

 少し気まづい顔をしてた友希那先輩と雄樹夜先輩からしたら助け舟だろう。

 見た目はギャルというか…ひまりちゃんに似た明るい性格の持ち主で、どこか気がきく人らしい。

 

 「はい! わたしは行きたい!」

 

 「アタシも構わないぜ!」

 

 「モカちゃんも行く〜」

 

 「蘭はどうする? みんな行くみたいだけど??」

 

 「あたしは行きたい。湊さんにいろんな話聞きたいし…。母さんにはあたしから連絡しとくね」

 

 「じゃあボクは父さんに連絡するよ!」

 

 父さんと母さんから『遅くならないように』と通達を受け、Roseliaの皆さんと晩御飯を食べに行く。

 

 着いた先はSPACEの近くにあるファミリーレストラン。

 AfterglowとRoseliaのメンバー全員が一緒になるように席をくっつけ、それぞれが料理を注文する。

 

 「湊さんはいつからバンドをしてるんですか?」

 

 「高校に入ってすぐよ。その時、あこはいなのだけれどね」

 

 「はい! あこは、中2の夏からRoseliaに入りました!」

 

 「以前ドラムをしていた人が転校してしまったんです」

 

 「それであこが…でも、一言ぐらいアタシに言っても良かったんじゃないか?」

 

 「おねーちゃんごめんね…。どうしても、カッコいいあこになるまでは隠したかったんだけど…見に来てくれて嬉しかったよ!」

 

 そう言い、再び巴ちゃんに抱きつく。本当に仲がいいようで微笑ましい。

 

 「今井先輩は、オシャレとか詳しそうですけど…何かこだわりとかあるんですか?」

 

 「リサでいいよ! こだわりか〜…女の子らしい小物で女子力アップとか??」

 

 「なるほど…参考になります!リサ先輩!!」

 

 今井先輩とひまりちゃんは、女子力絡みの会話で盛り上がっている。

 

 「白金さんって〜、ゲームとかよくするんですか〜?」

 

 「う…うん。あこちゃんと…よくネットゲームをやってますよ……」

 

 「おぉ〜、モカちゃんもゲーム好きですよ〜。RPG物とか〜?」

 

 「あ…うん。……分かるよ、ストーリーとかも……好き」

 

 「今度、オススメのゲーム教えてください〜」

 

 「はい…! 喜んで……!」

 

 モカちゃんと白金先輩は趣味の話。見た感じ、オドオドしていて自信がなさそうな雰囲気を感じるけど、キーボードを弾いてる彼女の姿はとても勇ましく見えた。

 

 「羽沢さんは実家で喫茶店を?」

 

 「はい! 羽沢喫茶店と言って、ここからは少し遠いですけど…落ち着いた雰囲気が人気のお店です! 学校では、生徒会の方々から誘いが来てるのでやってみようかと思ってます!」

 

 「なるほど…喫茶店に、生徒会、バンドに勉強ですか。文武両道をしているとは素晴らしいことです。私は、弓道部とバンドと勉強の両立で大変だというのに…」

 

 つぐみちゃんと氷川先輩は何やら真面目な話。生徒会に入るか、ボクたちとすごく相談して悩んでいたけど…入ることにしたんだね。

 

 「…頑張れ、つぐみちゃん……(ボソッ)」

 

 ボクはそうエールを送り、先程届いたシーフードピラフを食す。

 

 「なぁ、葵って言ったか? 少し話いいか?」

 

 そう話しかけて来たのは友希那さんのキョウダイ、雄樹夜さんだった。

 

 「何ですか? 雄樹夜先輩??」

 

 「雄樹夜で構わない。オレも葵と呼ばせてもらうぞ。一つ聞きたいことがあるんだが……」

 

 「ボクも構いませんよ!じゃ、じゃあ雄樹夜さん、聞きたいこととは?」

 

 「葵も…何か楽器を演奏するのか?」

 

 「ボクは、姉弟でボーカルをやってます。楽器はどうしても弾けそうになくて…」

 

 「そうか…オレは友希那を側で応援することしかできないから、葵が羨ましいよ」

 

 「それでも十分すごいことですよ!友希那先輩も、すごく感謝してるはずですよ!」

 

 「そう言ってもらえるとありがたい。…そろそろ出ないといけない時間だな。良かったらアドレス教えてくれ。また話がしたい」

 

 「ボクもです!今日だけでは物足りなかったですしね!」

 

 他のメンバーも、Roseliaの人たちとの連絡手段を得たようだ。

 全員が、会話と食事で満足したところで店を出る。現地解散となり、それぞれが自分の家への帰路に着く。

 

 「今日は…色んな人と話ができたね」

 

 「うん!また集まれたらいいね!」

 

 今日は夕日ではなく、一面に光る星空を眺めながら蘭と今日の出来事を語り合った。

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

新オリジナルキャラ、雄樹夜さん登場です!

詳しいプロフィールは、活動報告で載せておきます!

次回は、楽器購入と初練習です!
次回もお楽しみに〜


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第13曲 非力の男の娘 楽器の重みを噛み締めて

どうもっ! 山本 イツキです!!

バンドリss作品が増えてきてすごい嬉しい気持ちです! 自分もスッゴイ励みになってます!

本編としては、楽器購入とあこの視点話です!
それでは、本編スタートです!


 初めてライブを見に行った週の休日。

 ボク達は予め購入手続きを済ませた楽器を、江戸川楽器店に取りに行く。

 巴ちゃんのドラムセットを持つために、妹のあこちゃんもついてきてくれた。

 

 お目当ての楽器を受け取り、モカちゃんが率直な疑問をぶつけた。

 

 「そういえばさ〜、この楽器持って帰るのはいいけど〜、どこに置くの〜?」

 

 「「……あ」」

 

 宇田川姉妹が口に揃えて、何も考えてないことを露天させる。

 

 「うちの家、ドラム置くとこなんてないからなぁ…あこはいつもどうしてるんだ?」

 

 「あこは、友希那さんの家に置いてるよ!楽器も全部用意してもらった!」

 

 「友希那先輩の家って一体……?」

 

 「葵くんと蘭ちゃんのお家も相当大きいと思うけど…」

 

 「…父さんと母さんに聞いてみようか?ついでにみんなの分も」

 

 「おぉ! それはすごい助かるぞ、蘭!!」

 

 「私も、キーボード置いてくれるのはありがたいかな」

 

 「わかった、聞いてみるね」

 

 すぐに母さんと連絡がつき、蘭が確認してくれている。

 かなり短時間で交渉が終わったようだ。

 

 「部屋が有り余ってるから、存分に使ってくれだって」

 

 「あ、有り余ってるって……蘭と葵くんの家ってどうなってるの?」

 

 「どうなってるって、普通だよ!」

 

 「美竹家の普通とは〜??」

 

 「と、とりあえず行こうか…」

 

 「よ〜っし! 闇よ…わらわをを包み、その力を貸すが良い!」

 

 「あこちゃん、面白いね!」

 

 みんながワイワイやってる中、蘭がボクにそっと近づいてきた。

 

 「ねぇ…葵、あたしたちの普通ってずれてるのかな……?」

 

 「どうしたの、蘭? モカちゃんの言うことを気にするって珍しいね」

 

 「クラスの子にも言われたけど…あたしたちにとっての普通はみんなにとっての普通なのかな……?」

 

 「蘭…ボクも、モカちゃんに言われたことでさっきからそのこと考えてた」

 

 「…だと思って話しかけた」

 

 「この話…長くなりそうだね……」

 

 「…覚悟はしてるよ……」

 

 家の帰宅途中、蘭と『普通』について語り合ったのは言うまでもなかった。

 それでも、家に帰るまで結論に至ることはなかった……。

 

 「……今日の夜は長いよ、蘭……変な意味じゃなくてね」

 

 「うん…それぐらいは分かってる……」

 

 人の言うことをあまり気にしない姉だが、クラスの子たちとの関わりもあって、心境にも変化が訪れたようだ。

 

 

 あこside

 

 「あこ〜、大丈夫か〜??」

 

 おねーちゃんから心配の声がかけられてるけど…これはやばい……。ドラムセットってこんなに重かったんだなぁ…。

 

 「も…もう限界〜!! ……はっ!」

 

 思わず弱音を吐いてしまった…。おねーちゃんの前では弱いところ見せたくなかったのに!!

 

 「大丈夫?あこちゃん??」

 

 優しく手を差し伸べ、そう声をかけてくれるのは間違いない…。

 

 「あ、葵さん??」

 

 「これ絶対重いよね…良かったら持つよ!ボクはマイクスタンドしか持ってないしね!」

 

 「葵〜、そんな華奢な体で大丈夫なのか〜??」

 

 「あーくん、骨折れちゃうかも〜」

 

 「そんなに細くない!!」

 

 「そうだよ、葵。ちゃんとお肉食べないから…女の子の制服渡され……」

 

 「蘭!? それは言っちゃダメ!!!」

 

 「…え!? 葵さん、それはどういう…?」

 

 「Afterglowだけの秘密だったんだけどな、家に帰ったら教えてやるよ」

 

 「ほどほどにお願いします…巴ちゃん……」

 

 「それでも、お言葉に甘えさせてもらいます! ありがとう、葵さん!!」

 

 あこは持ってた中で一番重たかった、バスドラムを持ってもらう。

 

 「うぉっ!? こ…これを持って歩いてたのか、あこちゃんは……」

 

 「やっぱりあこが持ちます!葵さんにご迷惑をおかけするわけには…」

 

 「いや、大丈夫だよ! ボクも男の端くれだからね!」

 

 「かっこいいなぁ、葵〜。落とさないように気をつけてな」

 

 「が、頑張れ! 葵くん!!」

 

 「あーくん、ファイト〜」

 

 「ハァ…ハァ……普段から、ちゃんと鍛えておけば良かった……!」

 

 「バンドに付き合ってくれるのは嬉しいけど…父さんの稽古もちゃんとやろうね」

 

 「が…頑張るよぉ……」

 

 口調も体つきも女の子みたいで、あまり頼りがいがなさそうな人だけど…すごく優しい人。昔から何も変わらない葵さんは、あこにとっておねーちゃんの次に頼りになるおにーちゃんだ。

 

 

 葵side

 

 やっとの思いで家に到着。

 空いてる部屋の中で、一番大きい部屋を確保し楽器や機材を置く。

 あまりの重さに、バスドラムを置いた瞬間に腕に電流が走る感覚に襲われる。

 

 「に……にゃ〜〜! う、腕が〜〜!!」

 

 「あ…葵くん……今のって……」

 

 「にゃ〜〜って…ふふっ」

 

 「「「「「アハハハハハハハ!!」」」」」

 

 全員がどっと笑いで満たされる。

 

 「あ、葵…今のはやばい……」

 

 「葵、可愛すぎるよ〜♡」

 

 巴ちゃんとひまりちゃんはお腹を抱えて笑っている。

 

 「葵って、驚いたりとかしたら絶対そんな感じなるよね…ふふっ、やっぱり可愛い(ボソッ)」

 

 「そうなんですか!? 葵さん最高です!」

 

 「葵くんのそういうとこ、すごい和むよねぇ〜」

 

 「あーくん可愛いねぇ〜。モカちゃん、微笑ましいよ〜」

 

 「ちょっ…みんな……そんなに笑わなくていいじゃん……」

 

 しばらくすると、母さんが部屋に入ってきて衝撃の一言を放つ。

 

 「みんないらっしゃ〜い! お母さんたちには連絡したから、今日泊まっていってね〜」

 

 母さんは満面の笑みで部屋を去った。

 

 「「「「………えぇ〜〜!? そんな急に〜〜!?!?」」」」」

 

 「衝撃展開ですなぁ〜」

 

 「もう…母さんったら……」

 

 こうして、Afterglow+あこちゃんとお泊まり会が開かれることとなった。

 

 「葵、本当に夜が長くなりそうだね」

 

 「全くその通りです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

ストーリー内の時間が過ぎるスピード、すごい遅いですよね笑
もう少しペース上げていきます!

次回は、みんなとお泊まり会です!
お楽しみに〜


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第14曲 今宵の宴は 思い出語り也

どうもっ! 山本 イツキです!

お気に入り数200、総UA15000回突破しました!
ご愛読の皆様、本当にありがとうございます! これからも、より良い小説を書けるように頑張りますので応援よろしかお願いします!

本編としては、ガールズトーク中心の話となっています!

それでは本編スタートです!


 母さんの無茶な提案により、みんながあたしたちの家に泊まることになった。

 父さんはと言うと、一度だけ部屋に入り

 

 「いらっしゃい。ゆっくりしていきなさい」

 

 と一言伝えてから部屋を去った。楽器の件も、予め母さんが伝えてくれたようで特に反論はなかったらしい。

 ーーありがとう、父さん。普段はこんなこと言えないけど、今はすごく感謝してる。

 ……絶対期待は裏切らないからね。

 

 

 自慢するわけじゃないけど、うちのお風呂はとてつもないぐらい広い。大体だけど、温旅館にあるお風呂並みの広さがある。

 

 いつもは一人、静かで広過ぎるお風呂を堪能してるけど今日は違う。Afterglowのメンバーとあこがうちに泊まりにきてくれ、全員でお風呂を入っている。

 

 「わぁ〜! やっぱり蘭の家のお風呂広〜い!!」

 

 「何度見ても凄いよね!」

 

 「いつもは一人だけど…みんなが来てくれて嬉しいよ」

 

 「モカちゃんは早速湯船にダーイブ〜ッ……」

 

 「あこもダーイブッ……」

 

 「二人とも!まずは体を洗って入りなさい!」

 

 「「はぁ〜い、巴お母さ〜ん(おねーちゃ〜ん)」」

 

 「巴ちゃんって将来、絶対良いお母さんになれると思うよ!」

 

 「そうかぁ〜? ありがとな、つぐ!」

 

 「ほら、早く体洗おうよ」

 

 あたしたちの…女子だけの宴が始まった。

 

 

 「蘭ちゃんって、お肌白くて綺麗だよね!スベスベしてる〜!」

 

 「そ、そうかな?普段あんまり言われないから…恥ずかしい///」

 

 葵がいるときはあんまりこう言う会話は出来ないから、少し楽しい。

 何だか、修学旅行の気分……。

 

 「ひーちゃん、また大きくなったぁ〜?」

 

 「ひゃっ!? ちょっとモカ!どこ触ってるの!?///」

 

 その一方で、羽目を外しすぎてるのもいるけど……それでも、確かにひまりのは他の人より大きい気がする……。

 

 「ひまりって何食べればそうなれるんだ!?」

 

 「あこも気になります!」

 

 「べ、別に普通だよ!? ……って!モカはもう触らないで!!///」

 

 「だって〜、モカちゃんにはないんだも〜ん」

 

 「モカじゃなきゃ…誰でも良いってことだよね……」

 

 「ちょっ!? 蘭、何言って……!?」

 

 「わ、私も触ってみたいかも」

 

 「あこも触りたいです!」

 

 「アタシも!! その双丘もいでやらぁぁぁ!!」

 

 「ともちーん、はしたないよ〜」

 

 湯船に入る前からガールズトーク(特にひまりに対しての)が勃発。

 そこで巴が嘆くようにつぶやく。

 

 「何でアタシたちのは大きくなれないのかなぁ……あこ」

 

 「あ、あこはまだ発展途上だモン!!」

 

 「ともちーん、もう手遅れ……」

 

 モカが言い終わる前に、巴の鉄拳が炸裂する。大きいたんこぶが一つ頭にできている。

 

 「……………(ジー)」

 

 「ど、どうしたの?蘭ちゃん??」

 

 「つぐみって…着痩せするタイプだよね」

 

 「そ、そんなことないよ! 蘭ちゃん!!」

 

 「つぐはつぐってるね〜」

 

 「……モカもいいもの持ってるよな……」

 

 「どうしたの〜? ともちーん??」

 

 「わたしのばっかり触ってるけど…モカも確かにいいよね」

 

 「モカちゃんはちゃんと食べて寝てるからなのである〜」

 

 「……巴、あこ、モカ押さえ込んで」

 

 「……了解だ、蘭」

 

 「任せて!」

 

 「二人とも〜、何してるの? 蘭〜顔が怖いよ〜?? ひょっとして、モカちゃんピンチ〜??」

 

 「さっきの恨み…晴らしてあげるよ、モカ」

 

 「みんながやるなら…私も」

 

 「ひーちゃんとつぐも〜? これは逃げられな……あ〜〜れ〜〜」

 

 この後、モカはみんなからメチャクチャにされたとさ……。

 

 湯船の中でもガールズトークは続き、ひまりがのぼせかけたところで終了。

 何だかみんなどっと疲れた様子だったけど…アタシは違った。いつもとは違う…笑顔に満ちていて、あっという間の時間だった…。

 

 

 夕食を食べ終え、葵を交えて夜の宴が再び始まるーー。

 

 「みんな、今日お風呂遅かったけど…何してたの?」

 

 「あーくん、女の子の話だから深く聞いちゃいけません〜」

 

 「あぁ…なんかすごい疲れたよな……」

 

 (まぁ…一番騒いでたのは巴だしね……)

 

 「そういえば、葵さんが女子の制服渡されたっていう話本当なんですか??」

 

 「うっ、ここでその話題を出すの? あこちゃん…」

 

 「あーくんが女子の制服渡されて〜、蘭が男子の制服渡されたんだよね〜」

 

 「…なんでバラすの、モカ……///」

 

 「え!? 蘭さんもですか!!」

 

 「まぁ、葵って名前は女子にもいるしなぁ……」

 

 「…蘭って名前の男の子はいないでしょ!」

 

 「渡してた人、すごい謝ってたよね」

 

 「そうだね! 頭が地面に着くぐらい!」

 

 「つぐ〜、それを土下座って言うんだよ〜」

 

 「確かに!」

 

 全員がわっと笑い出す。この瞬間、みんなと息が合う感じであたしは好き。

 それから時間も経たずに、みんなが寝始める。余程お風呂での出来事が疲れたのかな?……それでも、みんな楽しそうな寝顔をしている。

 あたしと葵も、今日はみんなと同じ部屋で寝る。葵は自分の部屋で寝たがっていたが、みんながそれを許さなかった。

 

 あたしは、部屋の障子を開け一人で夜風に当たっている。そこに、後ろから足音がする…何年も一緒にいるから誰だかすぐにわかった。

 

 「……どうしたの? 葵??」

 

 「あ、バレちゃった??」

 

 それは誰であろう、あたしの弟だ。

 

 「いつもは静かだから…夜、こんなに騒ぐことなんてないから寝れなくて」

 

 「あたしも同じだよ……たまにはこういうのもいいよね」

 

 「確かにそうだね、ボクはやっぱりみんなとずっと一緒にいたいよ」

 

 「それはみんな同じ気持ちだよ。最近は学校が楽しいって思えてきてるし」

 

 「それは良かったよ! でも……もう直ぐでテストだってこと、忘れてないよね?」

 

 「……あたしに現実を押し付けないで」

 

 背はあたしより低くて、男らしさなんてカケラもない葵だけど……家族で一番頼りになる自慢の弟。

 でも…最近は別の感情を抱くようになった。今はまだわからない。いつかそれが…わかる日が来るといいな。

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

お色気回も書いてみたかったので笑笑

次回は、学生のだった頃に経験したあのストーリーです!

お楽しみに〜


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第15曲 机の上の 薄くて白い難敵

どうもっ! 山本 イツキです!

今は甲子園を見ながら、自分の高校時代を思い出しています笑
それでも、数年前のことなんですけどね笑

本編としては、ひまりが中心のお話となっています!
それでは、本編スタートです!


 「今週の金曜日から中間考査があります。みなさん、しっかり勉強して臨みましょう」

 

 終礼に、担任の先生から告げられたその一言。学生たちにとって、避けては通れない道……試験の告知だ。

 

 今日は月曜日。お泊まり会から約1週間が経過しているが…楽器の試し弾きや父さんとの稽古などをしていたりと、あまり机に向かえていない。中学までは授業中にちゃんと起きて、ノートをとっていればテストは何とかなった。でも…高校ともなればそれだけじゃ通用しない。

 決してそれらを言い訳にするつもりはないけど……追試ともなれば、父さんからバンドの活動停止を告げられることもあり得る。

 

 「ねぇ葵…あたしちょっとやばいかも…」

 

 「まぁあれだけ遊んでたらね…みんなも同じ感じだと思うよ」

 

 「今日の放課後、うちで勉強会開く?」

 

 「いや、うちじゃあ楽器触りたくなる症候群が出て勉強に集中できないのが関の山だと思うよ」

 

 「それじゃあ…羽沢喫茶店?」

 

 「つぐみちゃんに聞いてみないとわからないけど…そこがベストだと思うよ」

 

 「B組の終礼が終わったら聞いてみようか?」

 

 「うん! 蘭、お願い!」

 

 ーーそして、帰り道。

 

 「え? うちのお店で勉強会??」

 

 「そう、頼めないかな……?」

 

 「ううん! 大丈夫だよ!お父さんには伝えとくね」

 

 「やった〜! つぐのお店でお茶しながら勉強できる〜!!」

 

 「ひまり、本業を忘れちゃいけないぞ」

 

 「モカちゃんやっちゃうよ〜」

 

 その後、つぐみちゃんのお父さんから連絡が入り、勉強会ができるようになった。

 

 〜羽沢喫茶店〜

 今日もお客さんが少なく、のどかな雰囲気が心地よい。また、コーヒーや焼き菓子の香りが漂いボクたちの腹の虫が鳴る。

 

 「えぇっと…お菓子は勉強終わってから出すからね!」

 

 「やった〜!! わたし勉強頑張る〜!!」

 

 ひまりちゃんは、勉強が苦手で集中力に欠けるけどこうやって甘いお菓子などを用意するとやる気を出す。

 つぐみちゃんはこれを分かっていて、新作のお菓子をひまりちゃんにタダで提供する代わりに、感想を貰って指摘点を改善していつている。…なんと商売上手なんだろうか。

 

 「みんなは何の教科が苦手なんだ?」

 

 「あたしは…理数系全般かな」

 

 「私は英語かなぁ」

 

 「モカちゃんは〜、特にない〜」

 

 「わ、わたしは英語以外全部!」

 

 「ボクも特にはないかな。ここの英語難しいって感じることはあるけど…」

 

 「よしっ! それじゃあ、お互いが得意教科を教えあって苦手教科を補って行くか!」

 

 巴ちゃんの提案により、Afterglowの6人で3つのグループができた。

 

 1.巴ちゃん&蘭

 2.つぐみちゃん&モカちゃん

 3.ひまりちゃん&ボク

 

 巴ちゃんは理数系が得意だけど、文系全般が苦手。蘭は文系全般が得意だけど、理数系が苦手。

 

 つぐみちゃんは英語が少し苦手。モカちゃんは…普段からやる気を出さないで寝てばかりいるけど、苦手教科はない。

 

 ひまりちゃんは英語が大の得意だけど、他が壊滅的にできない。ボクは、モカちゃんと同じで苦手科目はないけど、英語に少し不安がある。

 

 それぞれが教える先生であり、教えられる生徒である。こういうやり方が一番効率的で、理にかなっている。

 

 巴ちゃんは、人のことを考え行動できる姉御肌。みんなが納得できて、みんなの為になる行動取ることができる。

 今回のグループ分けもそういうことを配慮したのかな……彼女を見習うとこは山ほどありそうだ。

 

 

 ひまりside

 「葵くーん!! ここわからない〜!!」

 

 恥ずかしくて仕方ないけど、早速葵くんに助けを求める。

 

 「どうしたのひまりちゃん? これは……数学だね」

 

 「この因数分解、難しすぎ〜!!」

 

 「なるほど…確かに、一つの式が長くて難しそうに見えるけど……最初の問題見てみて」

 

 「最初の…問題……??」

 

 「式が長くなってると言っても、一つ目のカッコの式はさっきまでやってた小問題が重なってできているんだよ」

 

 「どついうこと??」

 

 「式の左側からさっきの問1のように解いていく。そうすると4つの解が出たよね?」

 

 「あ! ホントだ!!」

 

 「この解を全部足すと……」

 

 「「答えが出る!!」」

 

 「アハハッ! こんなに簡単だったんだ!」

 

 「うん! 一つ一つ丁寧に、自分がわかりやすいように区切って解くと長い式でも楽に解くことができるよ!」

 

 ま…眩しい……葵くんのその笑顔は反則だよ〜!!

 それはまさしく……キラースマイル!!

 

 「どうしたの? ひまりちゃん??」

 

 「いや、何でもないよ!続き教えて〜!!」

 

 「うん!ボクでよければ!ちなみに次の問題はね……」

 

 葵くんのワンツーマンの指導のおかげで、不安だった教科全部が分かるようになってきた。これで中間考査も大丈夫……

 

 「そういえば葵くん!? 自分の勉強は!?!?」

 

 「ボク? 普段から授業をちゃんと聞いてたら難しい問題以外は解けるよ!」

 

 「うっ……授業中はちょっと……」

 

 「ハハハッ、それでも家で15分ぐらい復習するだけでテストは何とかなるものだよ?」

 

 「その15分を他のことに使っちゃうの…」

 

 「それじゃあ、この試験が終わってから取り組んでみようよ!ひまりちゃんは飲み込みが早いし、授業さえ頑張ったらテストぐらいヘッチャラだよ!」

 

 「あ、葵くんがそういうなら…頑張ってみようかな……??」

 

 「よしっ! そのいきだよ!ひまりちゃん!!」

 

 「なんか燃えて来た〜!それじゃあ〜頑張るぞ〜! えい、えい、お〜!」

 

 「お〜!」

 

 葵くんはわたしと同じように右手を上げポーズを取ってくれる。

 何だろう…すごく可愛い。

 

 「そんなことやってないで、早く片付けて帰るよ」

 

 そこに、蘭が止めに入る。他のみんなも、自分の満足がいくまで勉強ができた様子だった。

 

 「あ、ごめんね蘭。すぐ片付ける!!」

 

 葵くんとの二人きりの時間はあっという間だったけど、すごい新鮮な気がした。

 こんなに女の子がいっぱいいたら、二人きりなんて滅多にないもんね。蘭なんかずっと一緒にいるし……。

 

 優しくて、正義感が強くて、頼りがいがある男の子。わたしはそんな君の事が………。

 

 

 勉強会から数日後、中間考査が開始されたーー。

 教科数も、中学に比べたら倍の数ある。最初は不安で仕方なかったけど今は違う。

 わたしには葵くんが付いてくれている……あれだけ教えてくれたんだから、きっと大丈夫だよね!!

 

 一教科目は数学。

 中学から苦手なこの教科は、授業中ももちろん爆睡している。……どうしても、数字と友達になれそうにない。

 

 (……ちょっと待って!? この問題って……??)

 

 なんと、葵くんに教わったところが重点的に出題されている。今回はいける…いけるぞわたし……!!!

 

 次の教科も、その次の教科も、わたしは全く手を止める事なくスラスラと問題を解いていく。

 

 休みを挟んだ次の日の試験も同じような現象が起きた。今までのテストとは出来が違う。赤点どころか、全部が平均点数以上もあり得る解きっぷりだったのだ。

 

 

 ……運命のテスト返却では、一教科以外…英語以外は全部平均点越え。数学に至ってはクラスで3番目の点数だったらしい。

 英語は……他に比べて手を抜いていたからちょっとだけ点数が下がってしまったけど…それでも大前進である。

 

 「……ひまりがこんなにいい点数取るなんて」

 

 「わ、わたしだってやる時はやるよ!!」

 

 「モカはどうだったんだ?」

 

 「全教科80越え〜。イェ〜イ」

 

 「葵くんはどうだったの??」

 

 「ボクはいつも通りかな。でも、バンドはなんとか続けていけそうだよ!」

 

 「今週はなんか疲れた〜! 今日はあたし家でゆっくりするね〜!」

 

 「そうだね、今日は各自で休むことにしよっか。それじゃあ…みんな来週ね。」

 

 「ちょっと……耳引っ張らなくても……痛いってば〜!!」

 

 「アタシたちも帰るとするか!それじゃあ、みんな来週な〜!」

 

 今日は各自で休息をとることになり、それぞれが自分の家に帰宅する。

 

 〜ひまり家〜

 「お母さんただいま〜…今日は疲れたから部屋で寝てるね〜……」

 

 お母さんにはテストのことを聞かれ、点数のことを言うと「よく頑張ったね!」と褒めてくれた。

 ……テストの点数で褒められたの初めてかも。

 

 ーーあたしは部屋に入るなり、すぐにベッドに飛び込む。

 

 「はぁ……今日も疲れた〜……」

 

 そこでわたしは、中学の頃に撮った写真を入れた写真立てを手に取る。

 

 「ふふふっ、今日もかっこよかったなぁ…葵くん……」

 

 不意に出た一言…でもそれは、いつも家に帰って部屋に入ってから言う一言。

 写真立てには、わたしと葵くんの2ショット。体育祭の時に撮った写真だ。

 

 「やっぱりわたし、自分の気持ちが抑えられない……伝えたくても、今はどうしても勇気が出ないなぁ……」

 

 一呼吸置いて、写真立てにこう呟いた。

 

 「葵くん…わたしはずっと葵くんの事が…好きなんだよ……」

 

 

 わたしは写真立てにそう呟いて、深い眠りにつく。

 

 

 

 

 

  

 

 




いかがだったでしょうか?

ひまりちゃんの片思い…葵くんは気づいているのかな?笑笑

これからも作者自身、ワクワクしながら書いていきます!

次回もお楽しみに〜


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第16曲 これがわたしたちの 思いの伝え方

どうもっ! 山本イツキです!

先日に誤字報告してくださった方々、本当にありがとうございます!

これからも、よろしくお願いします!

本編としては、ようやくバンド活動です笑笑
それでは、本編スタートです!


 テストもようやく終わり、ボクたちはようやくバンドの練習を開始できるようになった。

 テストの結果は、みんな良かったようでボクも蘭も父さんに許してもらえる点数をとる事ができた。

 

 ある週の休日、ボクたちの家で演奏の練習をすることになった。

 

 「わたしたち、演奏スッゴイ上手くなったよねっ!!」

 

 「うん! カバー曲も何曲か演奏できるようになったもんね!」

 

 「アスノヨゾラ哨戒班に〜、Don't say "lazy" だね〜」

 

 「2ヶ月ちょっとで2曲を弾けるようになったのは…まぁ初めてにしては上出来かな?」

 

 みんなはそこそこ満足しているようだったが、ただ一人眉間にシワを寄せてる蘭の姿があった。

 

 「あのさ…あたしたちでオリジナルの曲、作ってみない?」

 

 蘭の突然の提案に全員が驚きを隠せない様子。それは無理もない。カバー曲は予め、楽譜や歌詞が存在するがオリジナルは違う。

 一から自分たちで考えなくてはならないし、何より手間と時間が前とは比較にならないぐらいかかる。

 

 「今のままでもすごく楽しいけど…それでもあたしは、あたしたちだけの音を奏でたい」

 

 蘭の必死の叫び。ボクは十分に分かっているけど、みんなにはみんなの事情がある。

 

 ひまりちゃんは、テニス部とバイトの掛け持ち。

 巴ちゃんは、ダンス部とバイトの掛け持ち。

 モカちゃんはバイト。

 つぐみちゃんは、生徒会に羽沢喫茶店の掛け持ち。

 ボクと蘭は、父さんの稽古がある。

 

 オリジナル曲を作ってみたいという気持ちはみんなあったと思う。それでも、バンドをする事自体、頻繁に行ってるわけじゃない。

 多忙な今の時期に、オリジナル曲を作れる余裕があるのか……みんなの心は決まったようだ。

 

 「いいぜっ! あたしたちだけの曲を作ってやろうぜ!」

 

 「うんっ! わたしも作曲とかやってみたかったし、いい機会だと思う!!」

 

 「私も、やってみたい!せっかく蘭ちゃんが提案してくれたしね!」

 

 「モカちゃんもやる〜」

 

 「もちろんボクもやるよ! 6人で最高の歌を作ろうよ!」

 

 「みんな……ありがと(グスッ)」

 

 蘭は余程嬉しいかったのか、涙目になりながら震え声で答える。

 

 「蘭〜、泣く事ないだろ〜」

 

 「だって…嬉しいんだもん……」

 

 最近の蘭は、以前より明らかに表情が豊かになった。

 クールなところは相変わらずだけど…クラスの前でも、Afterglowのメンバーの前でも、何ら変わらない笑顔を見せるようになった。

 

 「よしっ! それじゃあ早速だけど開始といこうか!」

 

 「みんな、いっくよ〜! えい、えい、おー!!」

 

 「「「「「……………オー」」」」」

 

 ひまりちゃん 今日も不発の 大号令。

 

 

 

 今の音楽業界では曲を先に作る "曲先" が有名だけど、Afterglowは歌詞を先に作る "詩先" を徹底することにした。

 

 歌詞を優先することによって、言葉の中にリズムや感情が生まれボクたちが伝えたいことがより明確になる。

 デメリットとしては、歌詞が長すぎることがありまとまりがなくなる可能性があること。これは、音楽的な知識を要するが蘭が多少の作曲知識をかじってるので何とかなりそうだ。

 詩先をしているアーティストと言えば、槇原 敬之やコブクロ、BUMP OF CHICKENが有名だ。

 

 「なんかこう…ガツン!とくる歌詞がいいよなぁ……」

 

 「確かに! アイドルみたいに可愛い感じなのは、わたしたちに似合わないしねっ!」

 

 「うん…それは言えてるかも」

 

 女の子は、アイドルみたいに可愛くてキャピキャピしたのが好みだと思ってたけど…ここにいる女の子は少し違うみたいだ。

 

 「英語とか入れたらカッコよく聞こえるかも……!」

 

 「つぐみの言う通り、英語はほどほどに入れたいよなぁ」

 

 「……モカちゃん、整いました〜」

 

 みんなが頭を抱えて悩んでいる中、ムシャムシャとメロンパンを食べていたモカちゃんが動き出した。

 カバンからメモ帳とボールペンを出して、何か書き出した。おそらくは、さっきモカちゃんが頭の中で整えた歌詞のことだろう。

 

 「これでどお〜??」

 

 モカちゃんが歌詞を書き終えたと同時に全員がその紙を直視する。

 そこには、ボクたちは何者にも縛られることが無い、自由な歌詞が書き記されていた。

 

 「……おぉ! なんかかっこいいな!」

 

 「モカちゃんすごい!」

 

 「うん……悪くないね」

 

 「なんでモカはいつもこういう時力を発揮するの〜!? でも、すごい!!」

 

 「ふっふっふ〜、モカちゃんもやる時はやるんだよ〜」

 

 「ホントすごいね! モカちゃん!」

 

 モカちゃんのファインプレーもあり、歌詞も思ってた以上に早くできた。

 モカちゃんの歌詞を皮切りに、自分たちが思うようなことを紙に書き記す。それを蘭がうまくまとめて歌詞にしていった。

 

 日が暮れかける時間に、仮の歌詞が完成。

 明日からまた、学校が始まりみんなが忙しくなるので、蘭とボクが少し手直しするということで今日は終了。

 みんなは各自帰宅していき、ボクと蘭は再び今に戻り作詞の続きを行う。

 

 「歌詞って、普段何気なく聞いていたけど…いざ考えてみると大変だね……」

 

 「うん…でも、あたしはそれが楽しい」

 

 「ボクも、今が一番楽しいよ。みんなと一体になってる感じがして……」

 

 すると、蘭がボクの背中にもたれかかってきた。

 

 「あたしも同じ気持ちだよ…でも、こうなったのも、バンドをすることを父さんに一緒に頼みにいってくれた葵のおかげだよ。ありがとっ……///」

 

 「礼には及ばないよ!ボクはボクの意思でバンドをやってるんだから!蘭と歌うの、すごく楽しいよ。ありがとっ、蘭!」

 

 今は背中合わせのため、お互い表情が分からないけど一つだけわかることがある。

 

 ーー蘭と一緒にいると、すごく落ち着く。

 でも、最近は別の感情を抱いている気がする。信頼や安心とはまた違った何か……今はまだ分からないけど、きっといつかわかる日が来るよね。

 今はただ、蘭と同じ場所で同じ時間を過ごしたい。

 

 その後もお互いの顔を見ることが無いまま、心地よい時間が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

ひまりちゃんに動きはなかった分、蘭に少し変化ありでしたね笑笑

しばらくは、投稿が遅くなると思いますが、ご了承ください…

それでは、また次回で〜


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第17曲 君だけに 感謝の歌を 〜前編〜

どうもっ! 山本 イツキです!

私事で投稿遅れました…今日中にもう1作品投稿するつもりです!

本編としては、宿泊学習の行くまでです!
それでは本編スタートです!


 入学してからおよそ2ヶ月が過ぎた。

 梅雨の時期に入り、ジメジメしたこの気候は中々好きになれない。

 そんな中、我が羽丘学園の1年生はある行事が行われる。

 

 「明日から宿泊学習です。忘れ物等がないように気をつけましょう」

 

 その正体は、地元の林間学校で行う1泊2日の宿泊学習だ。緑豊かな山の中で、普段の学校生活では体験できないような授業を行う。

 下校中も、その話で持ちきりとなった。

 

 「明日から宿泊学習か〜、楽しみだよねぇ〜!」

 

 「ひーちゃん、授業中に寝言でも同じこと言ってたもんね〜」

 

 「ちょっ!? なんでモカその事言っちゃうの〜!!」

 

 そう言い、モカちゃんをぽかぽかと叩いている…なんとも微笑ましい絡み合いだ。

 

 「うん…あたしもちょっと楽しみ」

 

 「ここ最近の蘭は、楽しみすぎて鼻歌歌ってること多かったもんね〜!」

 

 「……ちょっと葵!なんでそれ知ってるの……!?」

 

 蘭も、ひまりちゃんに続きぽかぽかする…と思いきや、ぼこぼこと拳を入れてきた。

 女の子らしさのかけらもない強烈な連撃。

 

 「ら、蘭とひまりでここまでの差が出るとは……」

 

 巴ちゃんはかなり引いてる様子。

 

 「蘭ちゃん!? 葵くん気絶しちゃうよ〜!!」

 

 つぐみちゃんは、やめるように諭しているが蘭の行為が怖すぎて近寄れない様子。

 

 「そ…そんなことより! みんな荷物の準備とかできてるの?」

 

 「アタシはできてるぜ!つぐみはどうだ?」

 

 「私もできてるよ! ひまりちゃんは?」

 

 「わたしはあと洋服詰めたら大丈夫! 葵くんと蘭は?」

 

 「あたしは大丈夫」

 

 「ボクは色んな意味で大丈夫じゃ…うっ……」

 

 「……葵が余計なこと言うからだよ……」

 

 「あぁ…これからは心の中にしまっておくよ……」

 

 「うん、よろしい」

 

 そう言い、蘭はボクの頭を撫でる。先ほどとは違い、優しく…丁寧に。

 

 「は〜い、ひーちゃん先生に質問がありま〜す」

 

 「はい、モカさんどうぞ」

 

 「パンはおやつに入りますか〜??」

 

 「は・い・り・ま・せ・ん!!」

 

 「なんだよひまり。その言い方は……ふふっ」

 

 ひまりちゃんの言葉に、全員がケラケラと笑いだす。

 そんな中、つぐみちゃんが一人率直な疑問を投げかけてきた。

 

 「それでも、バナナはおやつに入るか入らないかってよく揉めてるよね……アニメとかで」

 

 「たしかになぁ……何を基準に決めているのか気になるところだよなぁ」

 

 「スナック菓子とかチョコ菓子とか、駄菓子もダメなんだよね……」

 

 「バナナをお菓子と考えるのは…猿かゴリラぐらいじゃない?」

 

 「ホントだ、蘭の言う通りだ!」

 

 「じゃあ〜、ひーちゃんはお猿さんだ〜」

 

 「なんでわたしがお猿さんなの? モカ??」

 

 モカちゃんはニタニタとした顔で、あっけらかんと答える。

 

 「だって〜、小学校の遠足でバナナ一房持ってきてたじゃん〜」

 

 「そ、そんなことあったっけ〜??」

 

 ひまりちゃんは誤魔化しているが、Afterglowのメンバー全員が覚えている。

 みんなが食べられるようにって、ひまりちゃんがお母さんに頼み込んでバナナ一房を遠足に持ってきてみんなで食べた。

 

 昔から、みんなが喜ぶような事をするのが大好きだったひまりちゃん。それでもカバンがパンパンですごい重たそうにしてたのは、今は笑い話。

 

 「あぁ〜…あれは衝撃的だったな」

 

 「それでも、美味しかったんだけどね」

 

 「クラスの先生もびっくりしてたもんね」

 

 「もぉ〜っ!!何でみんなそんなに覚えてるの〜!!」

 

 ひまりちゃんは、顔を膨らませ怒った顔をしている。表情豊かなその顔はみんなを笑顔にさせ、過剰とも言える反応はみんなを和ませてくれる。

 こういうところは、ボク自身見習いたいと思ってる。彼氏とかすぐにできるんだろうなぁ……。

 

 そうこうしていると、いつも集合している羽丘神社前まで到着する。

 時間はあっという間に過ぎるものだ。

 

 「今日はこの辺で、また明日ね」

 

 「みんなまたね! モカちゃん、遅刻しちゃダメだよ〜!!」

 

 「大丈夫〜、みんながスタレンして起こしてくれたら起きれる〜」

 

 「……じゃあ、明日の朝みんなでモカにスタレンね」

 

 「「「「ラジャ〜! 蘭司令官!」」」」

 

 「てことでよろしく〜」

 

 モカちゃんを、スタレンで起こす事を約束し今日は解散となった。

 家に着き、蘭と共に荷物の最終チェックをする。

 

 「蘭〜? 荷物の詰め忘れとかない??」

 

 「……んん、大丈夫。葵は?」

 

 「ボクも大丈夫だよ。詰めるものといっても着替えぐらいしかないしね」

 

 「まぁそうだけど……あたしはこれを持っていくよ」

 

 そういって持ち出してきたのは、レスポール…蘭が愛用しているギターだ。

 

 「え……バカなのかな?」

 

 「……違う! そうじゃない!」

 

 蘭は顔を真っ赤にして否定しているが……何を考えてギターを持っていくのか全く理解できない。

 

 「何でギターなんて持っていくの?」

 

 「山の中で…曲が浮かぶかもって思って……。先生には承諾を貰ってるよ」

 

 「貰ってるの!? という事は他のみんなも……??」

 

 「いや、あたしだけだよ」

 

 「……蘭って高校入ってホント変わったよね」

 

 「……うるさい、余計なこと言ってないで早く寝るよ。おやすみ、葵」

 

 「うん、おやすみ。夜更かししちゃダメだよ?」

 

 「わかってる……明日、楽しみだね//」

 

 蘭は笑みを浮かべ、自室に戻る。

 ボク自身、明日の宿泊学習が楽しみで仕方ない。今日の夜はみんな長くなりそうだ。

 

 

 

 ーーそして翌日。

 この2日間の天気は珍しく晴れ。予定通り、全てのプランができることとなった。

 1年生は朝7時に学園集合ということで、ボクたちは余裕を持って6時20分に羽丘神社前に集合することにした。

 

 集合時間ぴったりに着いたが、ボクたち二人に衝撃が走る。

 

 「モ…モカちゃん!?!?」

 

 「あ〜、あーくんと蘭遅い〜」

 

 「モカがこの時間に来るなんて…この宿泊学習は雨だろうね……」

 

 「滅相もないこと言わないでよ…」

 

 「あーくんと蘭がスタレンしてくれたおかげだよ〜。でも、他のみんなからはこなかったなぁ」

 

 「ということは…まだみんな起きてない可能性があるってことかな?」

 

 「それにしても……珍しいよね、みんながいないのって」

 

 「うん、約束守らない巴ちゃんやつぐみちゃんも珍しいよね……」

 

 しばらくすると、小走りで他の3人が到着した。

 

 「わるい、二人とも! 寝坊した!!」

 

 「わ、私も寝坊しちゃって…ごめん!」

 

 「ひーちゃんも寝坊だね〜」

 

 「わ、わたしがいう前に言わないでよモカ!!」

 

 「そんなことしてないで早く! 宿泊学習遅刻しちゃうよ!」

 

 7時ギリギリに羽丘学園に到着して、各クラスバスに乗り込み、宿泊学習に向かう。

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

すごい中途半端で終わりましたね…夜には投稿するのでお待ちください!



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第18曲 君だけに 感謝の歌を 〜中編〜

どうもっ! 本日2度目の山本 イツキです!

総UA数、20000回突破しました! 本当に嬉しすぎて仕方ありません!笑 これからもよろしくお願いします!

本編としては、林間学校の一日目です!
それでは、本編スタートです!


 ボクたちは7時ギリギリに学園に到着し、大型バスに乗り込む。

 クラス別な為、B組のみんなとは別れちゃうけどクラス合同のレクリエーションもあるし、いつかは会えるだろう。

 

 バスの席はと言うと、蘭とは離れてしまった。でも、隣の女の子と楽しく話せてるみたいだし上手くいってるみたいだ。

 ギターを持って来ていたのはクラスのみんなビックリしていたけど……。

 

 バスが出発してしばらくすると、クラスの女の子がある提案をしてきた。

 

 「先生! 私、美竹さんと美竹くんの演奏聴きたいです!」

 

 その子の提案に湧き上がるクラスメイトたち。蘭は顔を赤くして、かなりおどおどしている様子。

それはボクも例外ではない。

 

 「ちょっとみなさん! 美竹さんたち困ってるでしょ?」

 

 「美竹さんたちなら大丈夫ですよ! ね、美竹さん?」

 

 「まぁ……先生がいいなら……あと、葵」

 

 「ボクはついでなの!? でも……ボクも大丈夫ですよ、ボーカルだから楽器は演奏しないですけど」

 

 「そう? じゃあ、先生も聴いてみたいし、お願いしようかしら?」

 

 先生のその言葉に、さらに湧き上がるクラスメイトたち。

 携帯のメッセージで蘭に何を歌いたいか聞くと、『葵が歌って。あたしはギター専念するから、ギターを三回叩いたら歌い出して』とすぐに返信が来た。

 

 「じゃあ、back numberの "ヒロイン" の一番までを歌います。蘭はギターに専念するとの事なので、ボクだけ歌うことになりますが…お聴きください」

 

 クラスの女の子と先生の視線がボクと蘭に集まる中、蘭がメッセージ通りにギターを三回叩く。三回叩いてから一呼吸置き、ボクの歌い出しと蘭のギターの音を合わせる。

 練習での成功率は五分五分だったが、なんとか成功して無事一番を歌い切る。

 

 「すごい…二人とも、息ぴったりでしたね。みなさん、美竹さん姉弟に拍手!」

 

 クラスメイト全員からの歓声。

 Roseliaに比べると、まだまだお客さんの人数も歓声も物足りないように思える。

 それでも、ボクたち姉弟の初めてのライブ。今はまだRoseliaには敵わないけど、Afterglowとして、これからもっともっと練習してあのステージに立ってみせる。

 

 「「ご静聴、ありがとうございました」」

 

 

 

 数時間後、目的地である林間学校に到着。

ボクたちは手荷物だけを持ち、バスを降りクラスごとに整列する。

 1年生全員が整列し終えたところで、他クラスの先生がメガホンで今日の内容を伝える。

 

 「林間学校初日はレクリエーションを行う!各クラスでもう、グループ分けは済んでると思うので、そのグループで行動すること!各クラス、各グループで行くポイントやルートも違うので注意すること! 何かあったらすぐに先生に報告するように、以上!!」

 

 先生の説明の後、簡単な諸注意と学年の代表挨拶を済ませ予め決めていたグループで固まる。グループと言っても、名前順で決められたものである。

 

 各クラス5人1組のグループで、ボクのグループにはよく話す子が2人に大人しい女の子が1人、そして蘭だ。

 

 「美竹さんと美竹くんと同じグループなんてラッキーだよ!」

 

 「そんだよね! あ、美竹さんは楽器置いて来たんだね」

 

 「さ…流石に置いてくるよ……」

 

 「あはは〜! そりゃそうだよね!」

 

 3人で会話している中、クラスで一番大人しい女の子がボクに話しかけて来た。

 

 「あの…美竹くんの歌声……すごくカッコよかったよ……///」

 

 「ホント? そう言ってもらえて嬉しいよ!」

 

 「……/// 次も頑張ってね……!」

 

 「うん!!」

 

 「…………」

 

 「美竹さんどうしたの? そんなじとっとした目で二人を見つめて?」

 

 「ううん、何でもない。早く最初のポイントに行こ」

 

 笑いもあれば連帯感もある。

 ボクたちの班は思いの外、順調に進めそうだ。

 

 最初のポイントには、ボクたちの担任の先生が笑みを浮かべて立っていた。

 そこには、白い紙コップに緑色の飲み物が注がれたものが落ちてあった。

 

 「お疲れ様。6グループ中、3番目のグループですね」

 

 「うそ〜!?あれだけ早く歩いたのに〜!?」

 

 「まぁまぁ、それで先生。この飲み物は何ですか?」

 

 女の子二人が先生に質問してる中、先生がその笑顔を崩すことはない。

 

 「この紙コップに飲み物が入ってるわよね?この飲み物に何が入ってるか当ててちょうだい」

 

 飲み物と言っているが、青汁や緑茶には見えない。どちらかというと、スムージーかな?

 色から察するに、ピーマンやゴーヤなどの緑で苦いものは入ってるだろう。意を決して、5人はその飲み物に口をつける。

 

 「うわっ、苦いね…この飲み物」

 

 「何が入ってるか全然わかんない! 美竹さんはどう?」

 

 蘭は右手を顎に当て、下を向いて考えている。数秒後、答えが出たようだ。

 

 「多分だけど……リンゴは入ってる気がする。葵はどう思う?」

 

 「そうだなぁ……果物が入ってるのは間違い無いと思うよ。因みにですが、何種類入ってるんですか、先生?」

 

 そう尋ねると、先生は上着のポケットから髪を取り出し材料を確認する。

 

 「えぇっと…6種類ね。他の2グループは1つか2つしか合っていなかったわ。グループや組が違えど、みんな同じ問題に取り組んでいるはずよ」

 

 「なるほど、ボクは大体は分かったけど……ボクが答えてもいいのかな?」

 

 全員から承諾を得て、先生にその飲み物に入ってる食材を伝える。

 先生は少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに元どおりになり指でバツ印を作る。

 

 「惜しかったわね、一つだね間違っていたわ。それでも大健闘よ、よく分かったわね」

 

 「うそっ!? 何でこれがわかるの!?」

 

 「美竹くん……すごい……!」

 

 女の子たちは驚きを隠せない様子だったが、蘭は唯一表情一つ変えない。

 

 「葵って、味覚いいもんね。隠し味とかすぐ見破っちゃうから」

 

 「ははっ、まぁね。でも、蘭の予想してたリンゴは正解だったよ」

 

 「ホント? 何となくで言ったんだけど」

 

 「リンゴとバナナの果物特有の甘み、キウイの甘酸っぱさとレモンの酸味も感じたかな。それらを牛乳を混ぜてミキサーしたんだと思うよ。あの緑は何から出してるかがイマイチわからなかったけど……因みに何ですか?」

 

 「美竹くんはほうれん草と答えたわね? 本当に惜しかったわ、正解は小松菜よ」

 

 「「こ、小松菜!?」」

 

 「小松菜って……そんなのわかるわけないじゃん」

 

 女の子二人は目を大きく開き、さっきからずっと驚いているが蘭は常に冷静を保っている。

 

 「小松菜だったんですね! 全然わかりませんでした!」

 

 「いいえ、5つ答えれただけでも十分です。後の6つのポイントも頑張ってください」

 

 先生に笑顔で別れを告げ、ボクたちは次のポイントへと向かう。

 

 

 ボクたちは順調に各ポイントを回った。

 片手斧で薪を割ったり、先生しか知らない先生自身の問題を出されたり……女の子でも楽しめるものが目白押しだった。

 途中、Afterglowのメンバーとも遭遇したが各々が自然を満喫してる様子だった。

 

 全員が戻ってきた時には、すでに夕暮れが訪れていた。

 これからバスに乗り、宿泊するホテルに向かう。しおりを見る限り、ホテルというより木造の小屋がいくつもある感じだった。

 

 小屋に着いてからは基本自由だった。

 男子専用の小屋には1年男子総員4人が集まった。軽く自己紹介をしたのち、連絡先を交換したりした。

 

 夜からは、各クラスの企画があるため再びAfterglowのメンバーとは離れ離れとなる。

 

 人混みの中、蘭を見つけ出すが……どうやら顔色が悪い。

 それもそのはずだ。ボクたちA組の企画は、蘭が大嫌いな肝試しなのだから。

 

 「A組全員揃っていますか〜?」

 

 担任の先生による点呼が終了し、いよいよ2人1組のペア決めの時間になった。

 事前に決めても良かったのだが、当日の楽しみということで敢えて残しておいたのだ。

 

 出席番号順にくじを引いていき、最後であるボクの番が来た。できるなら、蘭をエスコートしてあげたいけど……。

 クジの番号は15番。蘭の元に駆け寄ったが番号は14。一体ボクは誰と……??

 

 そんな時、ボクの番号を呼ぶ声が聞こえた。その声のする方に近づいてみると、レクリエーションで一緒だった大人しい女の子がいた。

 

 「も…もしかして、美竹くんが15番……?」

 

 「うん! ボクが15番だよ、よろしくね!」

 

 「は、はい…よろしく……お願いします!」

 

 蘭の方も、レクリエーションで一緒だった片方の女の子と同じだったようで一安心。もう片方の女の子は、お化け役で森の中でスタンばってるんだとか……。

 

 蘭は行く前からビクビクしていて涙目だったが、クラスのみんなの前という事もあってか、いつも通りを装っている。

 40分ほどが経過して、蘭の順番が来た。

 

 「それじゃあ、行って来るね」

 

 蘭は薄っすらと笑みを浮かべボクに手を振っていたが、足がすごく震えている。

 

 5分が経過し、ボクたちも森の中へと入っていく。

 肝試しのルートは、500メートルほどある森を抜け、神社の前に立っている先生に報告してから元来た道を戻るというようになっている。

 

 「あ、あの! 美竹くんの腕に……捕まっててもいいかな……?」

 

 「うん、構わないよ!よかったらどうぞ?」

 

 「あ……ありがとう………/////」

 

 「はははっ、顔真っ赤だね」

 

 「……恥ずかしいです………/////」

 

 出だしは順調。

 途中でクラスの子が脅かしたりしてきたが…かなり練習してきてるようでかなり怖い。蘭のようにボクもみっともないところは見せられないな……。

 

 しばらく歩いていると、レクリエーションで一緒だった2人の女の子と遭遇する。

 そこには、いるはずの蘭の姿がない。

 

 「蘭はどうしたの?」

 

 「じ……実はさ………」

 

 女の子の話を要約すると、蘭を背後から脅かしたら行く道とは全く別の道へと駆け出し、行方が分からないらしい。

 

 ……ふと何かが頭に浮かび、衝動的に蘭が走っていったという方向に全力疾走で駆け出す。何故かはわからないけど、弟としての防衛本能が叫んでいるのだろう。

 

 何分、何十分かかっても蘭の姿が見当たらない。

 

 (どこだ? どこにいる? 頼むから出てきてくれ…蘭!)

 

 心の中でいくら叫ぼうが、蘭は一向に出て来る気配がない。

 さらに森の奥へと進むと、綺麗な湖が見えてきた。月の光があるで湖を包んでいるかのような安らぎを感じる。

 

 辺りを見渡すと……見覚えのある姉の姿があった。湖の近くの大きな木に三角座りで顔を伏せている。

 

 ボクはそんな姉に優しく声をかける。

 

 「……蘭? 大丈夫?心配したんだよ」

 

 「…………」

 

 「みんな心配してるよ、早く帰ってみんなに……」

 

 その瞬間、蘭はボクに正面から抱きついてきた。いつもよりもさらに、力強く。

 

 「…怖かった……。もう……ホントに……」

 

 震え声でそうボクに伝える蘭。

 抱き着いている手を離してみると、蘭の黒い瞳から涙で溢れていた。ボクは人差し指でそれを拭い、今度はボクから蘭を抱擁した。

 

 「大丈夫だよ。怖かったよね……みんなの前ではこういう姿、見せたくなかったよね……。でもボクの前では、泣いてもいいんだよ。甘えてもいいんだよ」

 

 「うん……うん………ありがとう、葵」

 

 涙を流しながら声を上げる蘭の姿は、ボクは見たことがない。

 だけど、今はそれも愛おしく感じる。ボクは蘭にとって大事な存在だとわかった気がしたのだからーー。

 しばらく蘭はこのまま、ボクの腕の中で泣き止むことはなかった。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

歴代で一番長いストーリーだったと思います笑

余談ですが、初音ミクコラボでエイリアンエイリアンとロストワンの号哭が決まりましたね! どちらもカラオケでよく歌う曲なので本当に嬉しいです!

次回は林間学校最終日です!


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第19曲 君だけに 感謝の歌を 〜後編〜

どうもっ! 山本イツキです!

高校野球はやっぱり面白いですね笑 この小説でも野球回みたいなのを作ってみたいですね笑笑

本編としては、林間学校の最終話です!
それではどうぞ!


 蘭を森の奥にあった湖のそばの大樹で発見した。今もなお、ボクの腕の中で泣き続けている。

 

 「蘭? そろそろ行かないとみんな心配するよ?」

 

 「……しばらくこのままがいい……」

 

 目を顔も真っ赤でそう答えるが、携帯を見やると時刻は21時を過ぎたところ。本来ならクラスの企画は終了している時間帯だ。

 蘭もそのことを察知したのか、ボクにある提案を持ちかける。

 

 「葵が……おんぶしてくれたら……行く///」

 

 目も顔も真っ赤にして絞り出したその一言。肝試しが相当怖かったのか、普段から見せない表情、声を発していた。

 

 「……分かった。早く行こ、みんなが待ってる」

 

 ボクはそう言い、蘭をおんぶするために片膝を地面につけ、腰を下ろす。

 蘭もゆっくりボクの背中に乗り、両腕をボクの胸ぐらあたりまで伸ばし固定する。ボクも、蘭の太ももを支え前へと歩き出す。

 

 「……蘭をおんぶするのって小学校以来だね」

 

 「……うん、あたしが公園でこけて怪我した時だよね」

 

 「顔色一つ変えず、ただ『おんぶして』って言ってきてビックリしたよ」

 

 ボクが笑いながら話していると、森の方から懐中電灯の明かりがいくつも見えた。きっと、クラスのみんなもこの辺りにいるのだろう。

 

 「蘭、みんなが探しに………」

 

 後ろを振り返り、蘭の様子を伺ってみると「すぅ…すぅ…」と寝息を立てていた。

 その寝顔は、まるで安心で満ちているように思えたーー。

 

 明かりが照らされてる道を進むと、すぐにクラスの人たちと合流することができた。

 その中には、Afterglowの面々も。

 

 「葵!? 蘭は無事なのか!?」

 

 「大丈夫だよ、巴ちゃん。今はぐっすりだよ。先生はどこにいるの?」

 

 「すぐそこにいるよ! ほら、早く蘭ちゃんを連れて行こう!」

 

 つぐみちゃんの誘導により、先生とも合流することができた。

 蘭は女子たちの宿泊するテントに運ばれ、とりあえずは一安心。

 ボクもすぐに男子のテントに戻り、男子たちとの会話に混ざる。

 

 「おぉ〜、美竹お帰り。大変だったらしいな」

 

 「うん、やっぱり怖いのが苦手な人を肝試しに連れて行くのはやめといた方が良かったかもね」

 

 しばらくすると、ボクたちのテントに誰かが入ってきた。

 

 「あの……美竹くんって……ここにいらっしゃいますか……?」

 

 その正体はレクリエーションのグループと、肝試しのペアが同じだった大人しい女の子のクラスメイト。

 

 「あ、さっきはごめんね…置いていってしまって……」

 

 「そ…その事は気にしてません……仕方のない事でしたし……もしよかったら……外でお話ししませんか……?」

 

 「うん、ボクは大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」

 

 男子たちからはかなり冷やかしを受けたが、気にせずその子について行く。

 その子が向かった先は……ボクが蘭を見つけた湖のそばにある大樹だった。

 

 「ここ……すごい綺麗ですよね」

 

 「うん……さっき蘭をここで見つけたんだ」

 

 「美竹さんを……? ここで……?」

 

 「うん、そうだよ……っ? どうしたの?」

 

 その子を見ると、どこか儚い顔をしていた。

 

 「この大樹は……縁結びで有名なんです……」

 

 すると彼女は、胸に手を当て一呼吸置きボクにこう告げる。

 

 「私は……羽丘中学にいた時から……ずっとーーー」

 

 

 蘭side

 「……ん………蘭………! ……蘭!!」

 

 どこかで聞いたことある声。

 眩しい光を浴びながらも、少しだけ目を開けるとAfterglowのみんながあたしの側にいた。

 

 「蘭! 体は大丈夫なの!?」

 

 「……ひまり………なんであたしはここに?」

 

 「葵くんがここまで運んでくれたんだよ? 覚えてる?」

 

 ーーかすかにだけど覚えている。

 クラスメイトの女子と肝試しをしてて……後ろから、頭に包丁が刺さったお化けがあたしの肩を叩いて……もう思い出したくもない。

 

 「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」

 

 「良かったぁ〜……もう、みんな心配したんだよ!」

 

 「モカちゃんも心配したんだぞ〜」

 

 「うん、心配かけてごめん……葵はどこにいるの?」

 

 「葵くんは男子のテントに戻っていったよ!とりあえず、大丈夫そうで良かったよ。先生には私たちで報告しとくね!」

 

 「それじゃあ、蘭。お大事にな」

 

 「うん、ありがと。あたしは葵にお礼言ってくるって先生に伝えといて

 

 つぐみたちにそう告げ、あたしは葵のもとにあるものを持って行く。

 携帯でお礼のメールを送るのも良かったけど、直接お礼を言いたくなった。

 なんだか無性に、葵の顔が見たくなったのだ。

 幸い、距離はそこまでなく女子から男子のテントに行くのは自由だったので気軽に入ることができた。

 

 「あの……葵はどこにいるの?」

 

 「美竹か? なんか、A組みの女子に話したいって言われて5分前とかに外に出たぜ?」

 

 「そう……わかった、もし帰ってきたらあたしが探してたって伝えといて」

 

 「了解だ、ちゃんと伝えておくよ」

 

 男子たちにお礼を言った後、テントを出る。うちのクラスの女子……多分だけど、あの大人しい子と話しているんだろう。

 ……葵からの連絡を気長に待つとしよう。

 

 

 数十分後、葵から連絡が来た。

 

 『ボクの事探してるみたいだったけど…どうしたの?』

 

 『うん、出来れば何も言わないであたしを見つけてくれた場所に来て欲しい』

 

 『わかった、1人で来れる?』

 

 『大丈夫、もう落ち着いたから』

 

 葵とのメールのやり取りを終え、あたしはすぐにあの湖へ向かうーー。

 

 テントから歩いて5分もかからずに湖に到着した。そこには、大樹にもたれかかっている葵の姿もあった。

 どこか悲しげな顔で……あたしを待っていてくれた。

 

 「ごめん、待った?」

 

 「待ったというか…さっきまでここにいたんだよ」

 

 「それって、あの子と何か話してたの?」

 

 「え!? なんでそのこと知ってるの!?」

 

 「葵に会いに男子のテント行ったら、そこにいた男子たちから聞いた」

 

 葵はどうやら観念したかのようにあることを教えてくれた。

 

 「そうだよ、ボクはその事ここでちょっとだけ話してたよ」

 

 「何を話してたの?」

 

 「単刀直入に言うと……その子に告白された」

 

 「………えぇ!?」

 

 その言葉に思わず普段上げないような、驚きの声を上げる。

 葵は、「やっぱりか」と少し呆れたような声を漏らしていた。

けど、あの子にそんなこと出来る勇気があるなんて……今はただ、その子の勇気にただただ驚いていた。

 

 「中学の頃からボクの事を想ってくれていたらしくて……」

 

 「それでなんて返したの?」

 

 葵はほんの少しだけ笑みを浮かべて、綺麗に光る星空を見上げてこう言った。

 

 「断ったよ。今は "Afterglow" として、みんなとバンドしていたいから」

 

 「……葵らしい返答だね。ちょっとだけ安心した」

 

 「うん、その子も分かってくれたみたい。こんな時期に告白してしまってごめんなさいって……」

 

 「その子はよっぽど真剣だったんだね。中学の頃から想ってたって……」

 

 「でも、ボクは後悔してないよ。ボクは今しかできないことを全力で楽しみたい。みんなと最高の音を奏でたい」

 

 「あたしも同じ気持ちだよ。Afterglowのみんなのためにも、応援してくれてる父さんと母さんのためにもね」

 

 「うん! それでだけど…なんでギター抱えて来たの?」

 

 「え? あぁ、葵の話ですっかり忘れてた」

 

 「……それはごめん」

 

 「葵にどうしてもこの曲を葵だけに届けたい。みんなとバンド組む前からあたしが作詞をして、最近作曲をしたの。みんなと作ったのと別曲だけど」

 

 「蘭が一人で!? ぜひ聴かせて!」

 

 「うん、それじゃあ…いくよ」

 

 あたしが普段言えないようなこと、思ってることを全てこの歌詞に込めた。

 ……葵、いつもありがとう。これからもよろしくね。

 

 「……凄い、一人で作ったとは思えない完成度だよ!」

 

 「そうかな? 聴いてくれてありがと」

 

 「ちなみにだけど、この曲の名前って何?」

 

 「 "True color " 葵に捧げる歌」

 

 「なんか照れるな/// 蘭の気持ち、ちゃんと伝わったよ。ありがと!」

 

 夕暮れとはまた違う景色。

 葵のその満面の笑顔は、空の星々より輝いて見えた。

 

 

 ーー次の日の朝、突如降り出したゲリラ豪雨により2日目の予定が全て中止になった。

 何もすることができず、テントでみんなとただ話すだけの時間が過ぎた。

 

 当初よりも早く、林間学校を出ることになり羽丘学園に着いたのがおよそ16時。

 17時には家に帰宅することができ、あたしと葵はすぐに自室に戻りベッドに飛び込む。

 

 「あぁ……この感じ、久しぶり……」

 

 2日ぶりのベッドの感触は、あたしに心地よさをもたらしてくれる。

 

 「……葵、なんか最近男らしくなったよね……」

 

 自然と溢れたその言葉。

 以前なら、全く気にしなかったのに高校に入ってから自分自身の心境に変化が出てきた。

 告白されたと聞いて感じた、胸のざわめき。キュッと締め付けられるような苦しみ。

 まさかあたしが……?いや、そんなことはない、あってはならない。

 

 あたしは自分のその言葉に蓋をして、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

しばらくは2日に1投稿でいきたいと思います!

次回もお楽しみに〜


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第20曲 いつまでも明るくなれる ひまりの言葉と笑顔

どうもっ! 山本イツキです!

今回はひまり中心のお話となっております!
ここで長くは語りません!笑

それでは、本編スタートです!


 林間学校が終わってからの学校生活は本当に早かった。恐れていた期末テストは終わり、ボクたちは追試を回避できた。ただ一人を除いて……。

 

 「みんなぁ〜! 助けて〜〜!」

 

 誰であろう……ひまりちゃんだ。

 本人曰く、「国語の解答欄が一個ずつズレてた〜!!」らしい。ズレてさえいなければあっていたのに……。

 

 「ひまりちゃん?見直しはちゃんとしたの?」

 

 「うう〜っ……それは……」

 

 「あっはは、どうせあれだろ?徹夜してテスト中に眠くなって寝てしまった……とかだろ?」

 

 「な、なんでそのこと知ってるの〜!?」

 

 「全く、ひまりはひまりだよね」

 

 「蘭までわたしを虐めないで〜!」

 

 「ねぇあーくん、ちょっといい〜?」

 

 二人がひまりちゃんと話してるとき、モカちゃんがのんびりとボクに近づいてきた。

 

 「どうしたの? モカちゃん?」

 

 「ひーちゃん、今月の終わりに硬式テニスの大会があるんだよね〜?」

 

 ひまりちゃんが入部しているテニス部の大会は7月の終わり頃。更には、その大会のメンバーにも選ばれている。

 羽丘学園は、テストの追試が終わるまで大会や練習には参加できない規則となっている。追試を1度目でクリアしないと、大会の出場も危うくなる。

 

 「確かそうだったね。こんな時に補修なんてついてない……」

 

 「もしよかったらさぁ〜、ひーちゃんの勉強を見てあげてほしいなぁ」

 

 「え? ボクなんかでいいの?」

 

 モカちゃんは当然のような口ぶりで答える。

 

 「あーくんに教えてもらった方が、ひーちゃん喜ぶよ〜。多分、中間テストの時もあーくんに見てもらってたから遠慮してるだけだよ〜」

 

 「そ、そうなのかな? 分かった、少しひまりちゃんと話してみるよ!」

 

 「あーくんガンバ〜♪」

 

 笑顔のモカちゃんを後にし、他の4人との会話に混ざる。

 

 「テストの内容も頭から全部抜けてるし、このままじゃわたし大会に出られないよぉ〜っ!!」

 

 「アタシはバイトと部活があるしなぁ……」

 

 「あたしは、ひまりに勉強教えれる自信ない」

 

 「私は喫茶店と生徒会活動が……」

 

 みんなが困惑した顔をしてる中、ひまりちゃんは涙目になって必死にお願いしている。

 普段からよく見慣れた光景だが……今回は訳が違う。今のひまりちゃんをボクは見てられない。ひまりちゃんに涙は似合わないからーー。

 

 

 「ボクでよかったら勉強見てあげれるよ。中間テストの時でひまりちゃんの苦手分野とか大体わかってるつもりだから!」

 

 ボクがそう言い終えると、涙目になって必死に助けを求めていたひまりちゃんの表情が一変する。

 

 「ほ、ホントに!? でも、葵くんはお家の事が……」

 

 「ボクの事は気にしなくてもいいよ。放課後、ひまりちゃんが真面目に取り組みさえすればすぐに終わる量だしね!」

 

 「そっか、うん! あたし頑張る!!本っっっ当にありがとう! 葵くん!!」

 

 正直、モカちゃんの後押しがなければ自分からひまりちゃんに、勉強を教えようと申し出ようとはしなかっただろう。

 ボクは自分から率先して何かをしようとする勇気がない。弱気な性格が足かせになって、どうしても……。

 だから心の中で感謝するよ、ありがとうモカちゃん。引き受けた以上、精一杯やり遂げるよ。

 

 次の日の放課後から、本格的な追試対策が開始された。羽丘学園は、テストが終わっても午後まで普通に授業がある。

 追試といっても、期末テストに受けた問題とは少し異なる問題が出題される。丸覚えして満点を出さないようにするためだ。

 

 追試から逃れるためには、70点以上の点数を叩き出さなくてはならない。前回のひまりちゃんのテストは35点で羽丘学園の赤点ラインは40点。それさえ下回らな無ければ追試は無いのだが……解答欄さえズレていなければ、間違いなく60点は余裕で超えていただろう。

 だが、前日の詰め込みの影響によるテスト中の睡眠により、全てが抜け落ちてしまったから全く参考にならない……。

 

 「それじゃあ、早速始めようか」

 

 「はい! よろしくお願いします! 葵先生!!」

 

 「まずは漢字だけど……これは書いて覚えるしかないね。教科書に出てくるのと先生から配られた漢字のプリントから必ず出されるから覚える事!」

 

 「あたし漢字は得意! この学校って漢字の問題で20点は貰えるからラッキーだよね♪」

 

 確かにテストを見る限り漢字は満点。一つもミスがないのだ。

 

 「今回は部首名やその漢字で例文を作る問題もあるから、応用問題にも対応できるようにね?」

 

 「はい! 他にはどんな事覚えたらいいかな?」

 

 「国語は覚えるというより、出題者の意図を汲み取るのが重要だから……教科書の文をひたすら読んで自分の考えを持って、問題者の考えを読み取るのが大切だよ!」

 

 「なるほど……すごく奥が深い……」

 

 感心しているひまりちゃん、にボクは続けて話す。

 

 「だから国語の勉強で教える事は正直あまりないんだ。解き方と考え方を伝授したら、あとは自分の思考を凝らして出題者の考えを見抜くのが、国語の点を取れるようになるコツだよ!」

 

 「え!? そうなの!?」

 

 凄い勢いで立ち上がり、両手を机につき顔を近づけ驚きを隠せない表情を浮かべるひまりちゃんに、ボクは少し補足をする。

 

 「あ、別にひまりちゃんの勉強を見ることを放棄してる訳じゃないよ!人によって考えは全く異なるものだし……簡単に言えば、国語は正解が無数にあるんだよ!」

 

 「正解が……無数に……?」

 

 「はははっ、少し難しかったかな? そうだなぁ〜……数学って公式を使ったりして答えが一つしかないでしょ?」

 

 「うん! 少しでも値が違ったら不正解になるもんね」

 

 「その通り! でも国語は、出題者の意図と少しズレていても不正解にはならないんだ」

 

 「と言うと……?」

 

 「自分の考えをちゃんとまとめて、自分なりに出題者の意図を汲み取った解答をしたら正解になる可能性があるんだよ!」

 

 「改めて考えると、文章題ってすごく奥が深いんだね」

 

 「そうだね! 相手の気持ちを大切にしつつ、自分の主張を持つ。国語の醍醐味はこれに限るね!」

 

 「葵くんってやっぱりすごい! 普通の高校生じゃこんな考えにならないよ!きっと!!」

 

 目を輝かせてひまりちゃんはボクを褒めてくれている。

 ひまりちゃんの良いところは、何事にも真っ直ぐなところ。人を褒めたい慰めたり……嘘偽りのない言葉と太陽のように輝くその笑顔は、自然と人に安らぎをもたらす。

 

 ボクはそんなひまりちゃんの性格が好きであると同時に、羨ましくもある。

 ここまで、人柄の良さを持った人をボクは見たことがない。ひまりちゃんは将来、人々に希望と勇気を与える仕事が向いているんだろうな……。

 

 「ボクの説明はこんな感じ。何か聞きたいこととかある?」

 

 「それじゃあ一つだけ聞くね。もしわたしの考えも出題者の意図もわからなくなったら……葵くんを頼ってもいい?」

 

 「うん! それはいつでも相談に乗るよ! 父さんの稽古がある時は返信が遅くなるけど、それでもいいなら!」

 

 「ありがと! でも、なるべく1人で頑張ってみるよ!」

 

 ひまりちゃんがやる気を見せたところで、時計に目をやると時刻は16時30分。ボクは30分後には父さんの稽古がある。ひまりちゃんは学校の規則により練習に参加できないため、

 

 「今日は1時間も勉強に付き合ってくれてありがとう! お稽古頑張ってね♪」

 

 ひまりちゃんは笑顔でボクにそう告げる。

 

 「ありがと、ひまりちゃん! お互い頑張ろうね!」

 

勉強に部活動にバンド。これだけの青春を味わえるのはこの高校生活しかない。だから頑張れ、ひまりちゃん。ボクはずっと側で応援してるよーー。

 

 

 2人だけの勉強会から3日後、運命の追試が始まったーー。

 この追試を回避できなければ、来週の大会には間に合わない。あの日以降、分からない時はちゃんとボクに質問をし、自分の考えを持って今日の追試に臨んでいる。

 

 Afterglowのメンバーもテニス部のメンバーもドキドキで追試結果を待っている中、とうとうひまりちゃんから連絡が来た。

 

 『点数は97点!! 大会出られる!!』

 

 その連絡が入った時、Afterglowのメンバーは羽沢喫茶店で歓声を上げた。

 のちに、テニス部のメンバーからも祝福を受けたようで大会への出場資格を本当の意味で得た。

 

 ひまりside

 追試が終わってからのわたしは、更なるテニスの練習に励んだ。

 私が出る代わりに、試合に出られない同級生や先輩がいる。そのためをと思うと……妥協は許されない。

 ある日の練習終わり、顧問の先生がわたしに話しかけて来た。

 

 「上原? 最近飛ばし過ぎてるな、大丈夫か?」

 

 「あ、先生。お疲れ様です! わたしはみんなの期待を背負って戦います。なので、これからもご指導よろしくお願いします!」

 

 「……俺の質問の答えにはなっていないが、上原の熱意は伝わった。ただ、無理だけはするなよ?」

 

 「わかりました! それでは失礼します!」

 

 わたしは先生に頭を下げ、部室に着替えに向かう。自分自身、最近練習にのめり込みすぎではないかと感じてる部分はある。

 だけど……やっぱり怖い。それでも、選ばれた以上、みんなの期待に答えるしかない。あたしはそんな恐怖に屈したりしない。

 ここまで支えてくれた両親に、部員に、Afterglowのみんなにーー。

 

 

 迎えた大会当日。

 相手は、3年前から共学になった花咲川学園の3年生。わたしはシングルスで出場する。

 

 応援には、両親、テニス部の部員、そしてAfterglowのみんなが来てくれた。

 両親からはお守り、テニス部の部員からは千羽鶴、Afterglowのメンバーからは携帯のメッセージでエールをくれた。

 みんなの期待を背負い、わたしはコートに立つーー。

 

 序盤は経験の差から苦戦を強いられるも、得意のサーブで相手を打ち崩し初戦をストレートで勝利する。

 試合後、みんなから盛大な祝福を受けた。

 「……あぁ、あたし、練習を頑張ってよかったな」って実感できて嬉し涙が止まらなかった。

 

 次の日以降の2、3回戦も順調に勝ち上がり迎えた準々決勝。

 相手はまたしても花咲川女子学園の生徒。しかし、相手はわたしと同じ一年生。

 どこか目に覇気がない……そんな印象を感じた。

 

 ……この子がとんでもない相手だった。

 瞬発力、スタミナ、ストローク、殆どのスキルがわたしより上。なんとか粘りを見せるも、1セット取るのがやっとだった。

 

 結果はベスト8。一年生としてはよくできた成績だと先生は褒めてくれたけど、わたしはこれだけでは満足しない。もっともっと上を目指すよ、次は絶対負けないーー。

 

 大会の翌日、Afterglowのみんなが羽沢喫茶店でお疲れ様会を開いてくれた。

 テーブルにはわたしの好物ばかり。つぐみのお父さんとお母さんがこしらえてくれた。

 

 「えぇ〜っと、それじゃあひまり!大会と追試お疲れ様!! カンパ〜イ!!」

 

 「「「「「カンパ〜イ!!」」」」」

 

 巴の挨拶を皮切りに、わたしのお疲れ様会が始まった。

 

 「それにしても、ひまりはよく頑張ったよな!」

 

 「そうだね! 3年生に勝つなんてすごいよ!」

 

 「みんなの応援があったからだよ!ありがと!2人共!!」

 

 まずは、巴とつぐみがわたしを褒めてくれた。普段はあまりこういうことがないから不思議な気分でもある。

 

 「モカちゃんは感動したよ〜。ひーちゃんなでなで〜」

 

 「ちょっ、モカ〜! くすぐったいよ〜///」

 

 モカは相変わらずのペースでわたしの頭を撫でてくれた。

 

 「ひまり、お疲れ様。とりあえず今はしっかりと休んで次からも頑張れ」

 

 「うん! ありがと! 蘭!!」

 

 蘭からはいつも通りのクールなエールを受け取る。

 

 「ひまりちゃん、大会と追試お疲れ様! ボクからは、そんなひまりちゃんにご褒美があります!」

 

 葵くんはそういうと、喫茶店の奥の部屋へと入っていく。ご褒美って一体……?

 数分もすると、葵くんが何やら小包を持って部屋から出て来た。

 

 「こういう時、どうしたらいいか分からなかったから……その、喜んでくれたら嬉しいな」

 

 小包を受け取り中身を見てみると、18Kのハートネックレスが綺麗に入っていた。

 キラキラと輝く、そのネックレスはあたしをすぐ虜にしてくれた。

 

 「ねぇねぇ! これ今つけてみてもいい?」

 

 「うん! 是非そうして欲しい!」

 

 みんなが注目する中、元々つけていたネックレスを外し葵くんからもらったものをつけてみる。

 

 「おぉ! ひまり、よく似合ってるじゃんか!」

 

 「大人の女性って感じがするよね! モカちゃん!」

 

 「あーくん、センスいい〜!ひーちゃんもベリーグ〜!」

 

 「ひまり、悪くないね」

 

 「ひまりちゃん? 気に入ってくれたかな?」

 

 わたしは、わたしにできる最高の笑顔で葵くんにこう返事をした。

 

 「うん!スッッッゴク嬉しいよ!ありがと!!葵くん!!」

 

 思わず、衝動的に葵くんに抱きついた。

 顔を真っ赤にする葵くん。みんなはどんな反応してるかはよくは分からなかったけど、きっと明日からまた弄られるんだろうな。

 

 でも、一つだけわかったことがある。

 

 あぁ……わたしってやっぱり、葵くんのことが大好きなんだなーー。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

2日間、物語を構成していたらかなり長いお話となりました笑

やっぱりひまりはいい子だなぁと自分で書いててそう感じました笑

次回はRoselia登場予定です!

それでは次回もお楽しみに〜!


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第21曲 偶然の閃き 必然の出会い

どうもっ! 山本 イツキです!

遅くなりましたが、評価・感想をしていただき本当にありがとうございます! これからもしていただけると非常に嬉しいです!笑笑

本編としては、蘭と2人きりの買い物と他メンバーのバイト訪問です!

モカ視点の話もあります!

それでは、本編スタートです!


 ひまりちゃんのお疲れ様会からおよそ2週間が経った。

 夏休みに入り、ひまりちゃんは新しいチームで再始動しており1年生ながら、チームを引っ張る存在になっている。

 

 Afterglowとしてはオリジナル曲、カバー曲共に2曲ほど演奏できるようになった。

 オリジナル曲は、ボクと蘭でDAWを活用しある程度の作曲を施し蘭が考えた作詞を乗せ

 

 ーーそして、ある夏休みの朝のこと。

 父さんとの稽古もなく、部屋でくつろいでいると突如ボクの部屋のドアが開いた。

 

 「ねぇ葵、ちょっといい?」

 

 そこには、いつもの部屋着ではなく少し気合の入った私服を着た蘭の姿があった。

 

 「どうしたの蘭? どこか出かけるの?」

 

 「あのさ……今から暇?」

 

 「今? 昼からは羽沢喫茶店でお茶しようかなぁって思ってたところだよ」

 

 「そっか……あのさ、良かったらあたしの買い物に付き合ってほしい。帰りに羽沢喫茶店で何か奢るから」

 

 「うん、いいよ! 今からすぐ準備する!」

 

 「ありがと、部屋の外で待ってる」

 

 蘭は薄っすらと笑みを浮かべ、そう言い残し部屋を後にする。ボクも部屋着から私服に着替え、必要最低限のものをカバンに詰め込み蘭の待つ部屋の外へ出る。

 

 「蘭、お待たせ!」

 

 「そんなに待ってないよ。……葵って、服のセンスいいよね」

 

 今のボクは、濃い青の七分袖のシャツに青と白のUネックボーダーカットソー、そして白のアンクルパンツを着用している。

 ボクは名前通り、青色が好みなのでこの組み合わせには結構自信がある。

 

 「そ、そうかな? 蘭も蘭らしいチョイスだと思うよ!」

 

 「……なにそれ」

 

 蘭は、黒のオフショルトップにデニムミニスカートという組み合わせ。黒は、蘭が最も好きな色で私物も黒色のものが多い。

 

 「色々寄りたいところあるから、付いてきてね」

 

 「その代わり、ボクの買い物も付き合ってよね〜!」

 

 仲睦まじい会話を交えながら、隣町のショッピングセンターに向かう。

 

 

 モカside

 ピロリローン ピロリローン。

 

 「ぃらーせ〜」

 

 夏休み真っ只中、モカちゃんはコンビニでバイトをしてるのです〜。

 まぁパンをたくさん買うのが目的で始めたんだけどね。

 

 「いらっしゃいませー。ほら、モカもシャキッと挨拶しよ!」

 

 あたしの隣にいるのは、今井リサさん。Roseliaのベース担当で、あたしより先にここでバイトしててすごく明るい性格の人。

 なんだかひーちゃんみたいなんだよなぁ。

 

 

 「リサさんはなんでそんなに元気なんですか〜? 外はこんなに暑いのに〜」

 

 「中は涼しいでしょ? それに、バンドでも暗い気持ちのままじゃ満足できる演奏できる気がしないからね!」

 

 「おぉ〜、名言頂きました〜♪」

 

 「今日13時まででしょ? お昼どこかで奢ってあげるから一緒に頑張ろ!」

 

 「リサさん、ゴチで〜す♪」

 

 やっぱりリサさん優しいし頼りになる〜。あと4時間もあるけど頑張ろ〜。

 

 ピロリローン ピロリローン。

 

 そこから5分もしないうちに見た事があるお客さんが入ってきた。

 フワッとしたピンク色の髪を結び、青のワンピースを着たひーちゃんだった。

 

 「ぃらっせ……あ、ひーちゃんだ」

 

 「ひまり、いらっしゃーい!」

 

 「あ! 今日は二人一緒なんですね!」

 

 ひーちゃんはそう言うなり、お目当てのコンビニスイーツのコーナーに一目散で向かった。あたしも甘いもの好きだけど、ひーちゃんはそれ以上に好きなんだよなぁ。

 

 「じゃあ、これのお会計お願いします! モカ!」

 

 「は〜い、えぇっと……お客様〜、これ全部1人で食べきれますか〜?」

 

 「ちょっ!? それお会計に関係ない!」

 

 隣にいたリサさんは、笑いを堪えるので必死そうだった。

 

 「失礼しました〜。えぇっと……150円が1点、220円が2点、280円が1点、180円が3点で1410円になりま〜す」

 

 「せっかく、今日と明日は部活がないのに気が休まらないよ……」

 

 ため息をつくひーちゃんに、あたしは休む暇を与えたりはしない。

 

 「あ、お客様〜。これらのカロリーの合計は、お会計の約1.2倍になりま〜す」

 

 「余計なことは言わないで!!!/////」

 

 「………ははっ」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら怒るひーちゃん。

 とうとう笑いをこらえきれずに、お腹を抱えて笑うリサさん。

 ……あたしたちの後ろでギロリと光る目、そしてピカッと輝く頭の正体はここの店長。

 

 「笑いをありがとうございました〜」

 

 「わたしを虐めないで!!」

 

 言うまでもないけど、このあと店長にこっぴどく怒られました。他のお客さんがいなかったのが不幸中の幸いでした。

 

 「大変だったねぇ、モカ」

 

 「つい口がツルッと滑っちゃって〜、店長だけに〜?」

 

 「モカ……もうやめて……」

 

 店長を見た瞬間、また笑いが止まらなくなったリサさんもあたし同様すごく怒られてました。

 

 「さぁ〜て、怒られたリサさんをどうやってハゲまそうかなぁ。あ、店長だけに〜?」

 

 モカちゃん劇場、めでたしめでたし。

 

 

 葵side

 蘭の提案により、徒歩と電車で40分ほどの場所にあるショッピングセンターに行くことになった。

 電車に乗っている時も、蘭は上機嫌で鼻歌も歌っていた。なんというか、微笑ましい。

 

 「さて、ショッピングセンターに着いたはいいけどどこに行きたいの?」

 

 「まずは……葵にあたしの服を選んでほしいかな?」

 

 「オッケー! じゃあしゅっぱ〜つ!」

 

 「ファッションの事になったらすぐこうなるんだから………かわいい(ボソッ)」

 

 ハイテンションのボクとは対照的に、いつも通りのクールな蘭と服屋に向かう。

 

 「ねぇねぇ! これなんかどうかな? 赤のワンピースとか蘭にすごく似合いそうだけど?」

 

 「ワンピースは、ちょっと……」

 

 「確か1着も持ってなかったよね? 一つぐらいは持っときな!」

 

 「ちょっと!? 勝手に入れないでよ! ……半分はお金出してよ!」

 

 それからも、蘭に似合いそうな服をチョイスするもあまり好みの系統の服や色ではないため、渋々買い物カゴに入れてる。

 

 「……秋物まで買わなくてもいいじゃん」

 

 「今のうちに買わないと、いいものはすぐ売れちゃうからねぇ……お、これもいい感じかな?」

 

 「服はもういいから、他のところ行こうよ……葵」

 

 「そうなの? わかった、会計を済まそうか」

 

 自分の中でもかなりの量を買ったけど……まぁなんとかなるだろう。しかし、店員さんが驚愕の一言を発する。

 

 「8点でお会計25600円になります」

 

 「……えっ!? こんなにするの、葵?」

 

 「確かに、少し買いすぎたかも……半分は出すから安心して!」

 

 「それは助かるけど……葵はいいの?あたしの服なのに」

 

 困惑した表情を浮かべる蘭。

 

 「気にしなくてもいいよ! 蘭が少しでもファッションに興味を持ってくれたらボクも嬉しいからね〜」

 

 「まだそれはわからないけど……とりあえず、サンキュ」

 

 会計を済ませ、店を出たところで蘭が深いため息をつきあることを嘆いてきた。

 

 「はぁ……あたしもバイト始めようかな」

 

 「まぁ高校になって使うお金の量とか増えたもんね」

 

 「とりあえず絶対行きたいところには行ったし、この後どうする?」

 

 「そうだなぁ〜……あ! みんなのバイト先行ってみる?どんな環境で働いているか知る、いい機会だと思うよ!」

 

 「そうだね、まずは……巴のバイトしてる駅前のラーメン屋さんからかな」

 

 「よ〜っし! それじゃあレッツゴー!」

 

 「ふふっ。葵、ひまりのうつってない?」

 

 失笑する蘭をつれて、再び電車に乗り巴ちゃんのバイト先に向かうーー。

 

 

 「………結構混んでるね」

 

 時刻は昼の13時、店内は昼食を食べにきた地元の常連客でいっぱいだった。

 

 「らっしゃいま……お、蘭と葵じゃん!」

 

 元気よく挨拶する長身の女の子、巴ちゃんはラーメン好きなこともあってここで働いている。

 巴ちゃんもここの常連で、バイト希望出したら速攻合格したらしい。賄いで食べられるラーメンは……最高に美味しいらしい。

 

 「今日はどうした? ここに来るのって珍しいよな」

 

 「みんなのバイトしてる姿を見ようと思ってね! どこか二人で座れる席ある?」

 

 「カウンターでもいいならすぐに用意できるぜ!」

 

 「じゃあそこでお願い」

 

 ボクたちは席に着き、巴ちゃんのお勧めするラーメンを注文する。

 

 「巴、かっこいいよね。あの背中がすごい頼もしく見える」

 

 「そうだね! ドラムだから後ろ姿とかは分からないもんね」

 

 そうこう話していると、巴ちゃんがやってきて注文したラーメンを持ってきてくれた。

 

 「お待たせしました! 豚骨醤油ラーメンの並と小です!」

 

 見た目は、巴ちゃん好みのこってりとしたスープ。麺は好みで選べるが、これも巴ちゃんにお任せした。

 トッピングは、煮卵、海苔、白ネギ、メンマ、特大の焼豚と非常にシンプル。

 

 「「いただきます」」

 

 蘭はスープから、ボクは麺からいただく。

 

 ーー "シンプルイズベスト" とは、まさにこの事。

 こってりとしたスープだが、巴ちゃんにチョイスしてもらった細くてコシのある麺と合わさって非常に食欲をそそられる。

 中でも注目したいのが、センターにトッピングされてる特大の焼豚。非常に肉厚でやわらかい。このお店の自慢の一品とも言ってもなんら不思議ではない味だった。

 

 「どうだ? ここのラーメン美味いだろ?」

 

 「うん、素直に美味しかった」

 

 「今度は違うのも食べてみたいよね!」

 

 「あっはは、またのご来店をお待ちしてます!ありがとうございました!」

 

 満面の笑みで見送ってくれた後、ボクの目的の一つだった羽沢喫茶店に向かう。

 ラーメンを食べたばかりなので、お茶もお菓子も今は食べられないけど……つぐみちゃんの働いてる姿が見たくなった。蘭も同じことを考えていたらしい。

 

 「いらっしゃいませ!葵くん、蘭ちゃん!今日は2人でお出かけ?」

 

 「うん、葵に服を選んでもらってた」

 

 「いいなぁ! 今度、私もお願いしていいかな?」

 

 「もちろん! いつでも連絡して!」

 

 「ファッションの事になると止まらなくなるから気をつけてね、つぐみ」

 

 「う、うん……程々にお願いするよ」

 

 ボクたちは席に着き、つぐみちゃんも交えて話をすることにした。働いている途中であるがお客さんがいなかったため、お父さんが特別に許可をしてくれたのだ。

 

 「そういえばつぐみちゃんって頭にウサギを乗せたりしないの?」

 

 「え? 葵くん、それって……?」

 

 「………ごめん、なんでもない」

 

 そんな他愛ない話をしていると、Afterglowの連絡グループに1つの通知が来ていた。

 

 「モカからだ………えっ!? どういうこと!?」

 

 蘭の驚きの声と同時に、ボクとつぐみちゃんも携帯をチェックする。その内容は、衝撃なものだった。

 

 「「SPACEが………閉店………!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

モカ視点の話を書くのすごく難しかった笑笑

バンドリとは関係ありませんが、台風が2つも接近してるのでみなさんも気をつけてください。

次回もお楽しみに〜!


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第22曲 Afterglowの気持ち Roseliaの思い

どうもっ! 山本イツキです!

投稿少し遅くなりましたが、総UA数25000回 お気に入り数250突破しました! ご愛読、本当にありがとさございます!

本編としては、SPACEについてみんなで話し合います!

それでは、スタートです!


 蘭とつぐみちゃんと羽沢喫茶店でお茶をしていたら、モカちゃんからとんでもない情報が入ってきた。

 

 「SPACEが……閉店……するの?」

 

 つぐみちゃんは驚きを隠せない様子。

 

 「うん……モカが今井先輩に聞いたから間違いない」

 

 蘭は冷静にこのことを受け入れているようだったが、どこかまだ顔が強張っている。

 

 「それにしても急だよね……4月から何度もライブ見に行ってるから無くなるのは嫌だよね」

 

 ボクたちで話していると、Afterglowのグループチャットに巴ちゃんとひまりちゃんからメッセージが届いた。

 

 『私はあこからさっき聞いた。ホント突然すぎるよな……』

 

 『わたしも今見たけどビックリしたよ……あのさ、今からみんなで会わない?直接みんなの声が聞きたいな……』

 

 『じゃあ羽沢喫茶店来れる? 今あたしとつぐみと葵がいるから』

 

 『モカちゃんはリサさんと、ハンバーガー食べた帰りだからそのまま寄るね〜』

 

 『お茶とお菓子用意して待ってるよ!』

 

 残りの二人も『行く!』と返信が来たのでボクたちは別の会話をしつつみんなを待つことにした。

 

 

 ーーあれから数十分が経過し、全員が羽沢喫茶店に集合した。そこには、モカちゃんと一緒にいたと言っていたリサ先輩の姿もあった。

 

 「早速ですが……今井先輩、さっきの話は本当なんですか?」

 

 蘭がすぐに話を切り出し、リサ先輩もかなり険しい顔で返答する。

 

 「……うん、蘭の言う通りだよ。雄樹夜がSPACEでアルバイトしてるから間違いない。ほら、Roseliaのグループチャットでも同じ話題になってるよ」

 

 リサ先輩は、カバンから携帯を取り出しRoseliaのグループチャットの内容を見せてくれた。

 いつも冷静でクールなグループだと思っていたが、全員驚きを隠せない様子だった。

 

 「アタシたちもここで何度もライブやってるからね……。オーナーにもすごいお世話になったし」

 

 「たしかに〜、あそこのライブは楽しかったなぁ〜」

 

 「カフェもあって、お客さんに凄い人気だったって聞いたことがあります」

 

 「あたしは何度か声をかけてくれたことがありました。ギターをすごく丁寧に教えてくれて……それでも、あんなに元気だった人がこんな急に閉店するのを決断するのって少し変ですよね?」

 

 「…………!!」

 

 蘭のその言葉に、リサ先輩は一瞬だけ大きく目を開いた。そして、

 

 「そっか……みんなは知らないんだね。オーナーのこと」

 

 「どう言うことですか? リサ先輩?」

 

 ボクが率直な質問をリサ先輩に投げかけると、ゆっくりと口を開きあることを教えてくれたーー。

 

 「……これが私が知ってる情報だよ。少し長くなったけど、理解できたかな?」

 

 「そんな……オーナーが病に……?」

 

 「それを押し切って、ライブの経営してたのか……?」

 

 オーナーと殆ど関わったことのないボクたちも、その凄さに圧倒される。

 そこで、リサ先輩がRoseliaのグループチャットを確認しボクたちにあることを勧めてくれた。

 

 「5日後の土曜日にさ、SPACEで最後のライブがあるらしいの。無理にとは言わないけど、Afterglowも出てみない?」

 

 突然の提案に困惑するAfterglowのメンバーたち。

 

 「わ、わたしたちがライブするの!? あの場所で!?」

 

 「モカちゃんビックリだよ〜」

 

 各々が口々にしている中、リサ先輩が席から立ち上がり自分の気持ちをボクたちにぶつけてくれた。

 

 「アタシは……!あのステージで演奏して、SPACEという場所に。そして、そこで見守り続けてくれたオーナーに感謝の気持ちを伝えたいってアタシは思ってる!」

 

 リサ先輩がどれほど、オーナーへ感謝しているかわかった気がする。

 しかしそれはR()o()s()e()l()i()a()()()()としての考えであってA()f()t()e()r()g()l()o()w()()()()としての考えではない。蘭の思いつきから始まったこのバンドだが、ステージに立つなんて夢のまた夢の話だと思っていた。

 

 「……あたしは出たい、絶対に。見てる側じゃくて、演奏してる側で」

 

 「ボクも蘭と同じ気持ちだよ。リサ先輩の言葉を聞いて、蘭の言葉も聞いて、ボクもステージで演奏してみたくなった!」

 

 ボクと蘭の気持ちはみんなに伝えた。

 部活にバイト、生徒会と多忙なみんなの気持ちはいかにーー。

 

 「……わたしは正直、自信がない。まだまだ実力不足だけど……それでも、わたしも出たい!」

 

 「あぁ! アタシもみんなと同じ気持ちだぜ!」

 

 「モカちゃんもやっちゃうよ〜」

 

 「私も! みんなとSPACEで演奏してみたい! 」

 

 「……全員同じ気持ちだね!アタシも嬉しいよ!」

 

 「リサさ〜ん、どうやったらライブに出られるんですか〜?」

 

 モカちゃんがかなり真面目な質問を投げかけた。リサ先輩も忘れてたを言わんばかりに、ケラケラと笑いながら答える。

 

 「あっはは、モカにしては真面目な質問だね!」

 

 「モカちゃんはいつも真面目ですよ〜」

 

 「今井先輩、説明お願いします」

 

 蘭がそう切り返すと、リサ先輩も笑うのをやめ本題に入る。

 

 「そうだったね!えっと、SPACEに直接赴いてオーナーに審査してもらうようにお願いするの。予約とかいらないから、自分たちの行きたい日に行けば大丈夫だよ!」

 

 「ライブは5日後だから……3日後までには審査してもらいたいな」

 

 「巴の言う通り、ライブの1日前だったら審査してもらえないから注意してね!」

 

 「わかりました! わたしたち、頑張るのでリサ先輩も応援お願いします!」

 

 「うん! アタシたちも、本番までに仕上げておくからね!」

 

 リサ先輩はそう告げたあと、Roseliaの練習のため店を後にした。

 ボクたちも5日後のライブに向け全員でもう一度話し合った。この5日間は誰も予定がなかったので、ボクたちの家で合宿をしようということになった。

 明日から合宿を開始すると言うことで、今日は各自解散。明日に備えることにした。

 

 ーー次の日から、ボクたちは猛特訓を繰り返した。前日に父さんと母さんには伝え、みんなが宿泊できるように部屋も用意してくれた。

 ……しかし、バンドの練習をするために合宿をしているわけではない。

 

 「つぐ〜! 数学のここの問題が全然わかんないよ〜!」

 

 「ここの問題は、参考書にある公式を応用してみて!ここをこうすると……」

 

 部活やバイトでやりきれていない、夏休みの宿題を終わらせるためでもあった。

 ボクとモカちゃんは全て終わらせていたが、他のメンバーはまだ少し残っていたり、一部のメンバーは放ったらかしにしていた。

 

 「ひーちゃん、なんで宿題やってないの〜?」

 

 「だって〜! 分からない問題が多すぎるんだもん〜!!」

 

 宿題をして、バンドの練習をして……こうした日々が続いていき、3日が経過した。

 今日が実質、審査の最終日。メンバーも気合十分といった顔つきだった。

 

 「それじゃあ、父さん、母さん。行ってきます」

 

 「3日間、お世話になりました!」

 

 みんなでお礼したあと、母さんが笑顔で送り出してくれた。

 

 「行ってらっしゃい! 頑張ってね!」

 

 「あれだけ練習したんだ。本番でもきっといい結果が待っているはずだ。堂々と演奏してきなさい」

 

 「ありがとうお父さん!行ってきます!」

 

 父さんからもエールを受け、審査を受けにSPACEに向かって歩き出すーー。




いかがだったでしょうか?

リサ先輩、すごいかっこいいですよね笑笑

次回は、SPACEで審査を受けに行きます! あと、誰かのバンドを登場予定です!

それではお楽しみに〜


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第23曲 あのステージで演奏するのを夢見て Afterglowと5人の超新星

どうもっ! 山本 イツキです!

本編としては、オーナーの審査とSPACEのライブです!

蘭に少し異変が……??

それでは本編スタートです!


 4月から何度も訪れているライブハウス『SPACE』。

 しかし、今日は別の立場での入店となる。

 入り口で全員が意を決して、全面ガラス張りの扉を開くーー。

 

 カラン カラン

 

 「いらっしゃいませ〜!」

 

 扉を開け客が入店したことを告げる鐘が鳴ると同時に、店員さんの元気な挨拶が店に響き渡る。

 

 「あの……オーナーに演奏の審査をして頂くために来ました、Afterglowです」

 

 蘭が先陣を切って申し出たところ、その店員さんはニコやかに応対してくれた。

 

 「2日後のライブに参加希望の方々ですね!かしこまりました、そこのカフェテリアでしばらくお待ちください!」

 

 店員さんは笑顔を崩さず、そう告げたあと店の奥へと歩いて行った。

 

 「……はぁ、すっごい緊張した〜」

 

 「ひまり……それ、あたしのセリフなんだけど」

 

 「ま、まぁとりあえず座ろうぜ?」

 

 巴ちゃんの言葉通り、ボクたちはカフェテリアで飲み物を注文して店員さんが来るのを待ったーー。

 

 数分が経過し、全員が飲み終えたと同時入場店の奥の扉が開いた。……しかし、扉から出て来たのは、応対してくれた店員ではなくオーナーその人だった。

 

 「アンタたちかい? 審査を受けに来たのは」

 

 前髪に紫色のメッシュを入れた、白い髪の女性。見た目は、ボクたちからしたらおばあちゃんだが、佇まいといい口調といい……歳を全く感じさせない風格の持主だ。

 

 「は、はい!Afterglowといいます!今日はよろしくお願いします!」

 

 「「「「「お願いします!」」」」」

 

 Afterglowのリーダーであるひまりちゃんが初めに挨拶し、みんなが後に続く。

 

 「奥でうちのスタッフが待ってるから、早く入りな」

 

 「Afterglowのみなさんはこちらです!」

 

 ボクたちはさっきオーナーが出てきた部屋に入り、オーナーもボクたちに続く形で中に入った。

 

 「わぁ〜っ! 誰もいないスタジオだ〜!」

 

 「そりゃ当たり前だろ」

 

 ひまりちゃんが驚くのも無理はない。

 いつもなら、ボクたちは超満員の観客席で演奏者を見ている。

 しかし、今日は違う。ボクたちは演奏者として、オーナー……審査員が一人しかいないステージで演奏するのだ。

 

 「ドラムとキーボードはそこにあるやつを使いな。アンプとマイクも用意してる。音出し」

 

 「はい! ありがとうございます!」

 

 ボクたちはステージに上がり演奏の準備をする。

 そこでただ一人、ステージに立ったまま一人しかいない観客席を眺めてるメンバーの姿があった。

 

 「……蘭? どうしたの?」

 

 「いや、なんでもない……ごめん、すぐに準備始める」

 

 そうボクに振り向いて告げた。

 その時の顔はどこか嬉しそうで、目に涙を浮かべていたように見えた。初めてステージに立てたとーー。

 しかし、他のメンバーはどこか……緊張や不安で表情が硬い。

 

 「準備できました、審査お願いします」

 

 「「「「「お願いします!」」」」」

 

 「よし、準備ができたなら始めな」

 

 「それじゃあみんな……いつも通りいくよ。怖がることなんて何もない、あたしたちのありのままを全部出すよ」

 

 蘭のその一言でメンバー全員の顔に、いつも通りの笑顔が戻った。

 これで怖いものは何もない。全員で力を合わせて最高の音を奏でる。

 

 「聞いてください、『That is How I Roll!』」

 

 ボクたちにとって初めてのオリジナル曲、Afterglowの原点。

 

 ボクたちは審査のことを忘れ、無我夢中で演奏した。この歌詞に詰められたボクたちの思いを、審査員であるオーナーに届けるためにーー。

 

 「ご静聴、ありがとうございました」

 

 蘭の挨拶が終わり、今日のボクたちの演奏が幕を閉じた。

 演奏中、オーナーはボクたち1人1人をじっと見つめ演奏を終始無言で聴いていた。

 

 「……まずはキーボード、もっと個性を出しな。アンタはそつなくこなしてるようだが、それだけじゃダメだ。もっと工夫しな」

 

 「は、はいっ!」

 

 「ベースとドラムは勢いで誤魔化しすぎだ。銀髪のアンタはテンポが他より遅い」

 

 「「「はいっ!」」」

 

 「赤メッシュのアンタ、ギターはかなり上達してる。だが、演奏中に下を向きすぎだ」

 

 「はい、気をつけます」

 

 「ボーカルのアンタは、低音に少し不安があるように思える。ちゃんと発声練習しな」

 

 「はいっ!」

 

 ボクたちに挙げられた指摘。

 それは、ボクたちの練習中に出なかった改善点が殆どだった。音楽のプロだからこそできるアドバイス、この人の経験値は半端じゃない。

 

 オーナーは一呼吸おき、ボクたちに総合評価を伝える。

 

 「各々はまだ課題がたくさんある。だが……その中でも最も気になったことがある。この歌詞を書いたのは誰だ?」

 

 「はい、あたしが書きました。よければ、さっき歌った歌詞あるので読んでください」

 

 蘭が『That is How I Roll!』の歌詞をオーナーに渡す。

 オーナーは服のポケットから老眼鏡を取り出し、それを夢中で読み始めた。

 

 「……歌詞に込められた思い、しっかりと受け取った。そこで1つ聞きたい。アンタたちはやりきったかい?」

 

 オーナーからの突発的な質問。

 だが、ボクたち6人に迷いはなかった。

 

 「「「「「「はい! やりきりました!」」」」」」

 

 常に厳格だった表情を浮かべていたオーナーが少しだけ笑みを浮かべた。

 

 「合格。次のライブも期待している」

 

 瞬間、気が緩んだのか蘭が床にヘタリ込む。すぐにみんなが駆け寄るが、その顔は笑顔で満ち足りていて、嬉し涙をこぼしていた。それにつられ、みんなも抱き合って喜びを分かち合った。

 

 Afterglow ライブに出演決定ーー。

 

 

 

 そして2日後、ライブ本番の日を迎える。

 ライブは夕方の15時から17時だが、出演者は昼の13時には集合しないといけない。

 今回はラストライブということもあり、出演するバンドの数も非常に多い。リハーサールだけでも相当の時間を有するのだ。

 

 「蘭、葵? 忘れ物はない?」

 

 「大丈夫だよ、母さん……それじゃあ行ってくるね」

 

 「私も観に行かせてもらう。二人の練習の成果を私に見せてくれ」

 

 「ありがと、父さん、母さん! ボクたち頑張ってくるね!」

 

 両親に軽くお礼を言い、家を後にする。

 今日のライブには、Afterglowのメンバーの保護者が全員くるらしい。羽沢喫茶店も今日はライブのために一時閉店しているのだとか……。

 いつもの集合場所に6人集まりライブ会場であるSPACEを目指す。

 

 「……なに、あの人数……」

 

 SPACEに到着し店員に案内された楽屋に入ると、そこには何十組ものグループがいた……と、ひまりちゃんが言う。

 

 「おいおい、冗談はよせよ?ひまり」

 

 「ホントだって!! 巴ものぞいてみてよ!」

 

 「あぁ、こんなところで怖気付いていたらライブなんてできないからな!」

 

 そう言い、巴ちゃんは扉を開け楽屋に1人入って行った。

 ……しかし、数十秒もしないうちに巴ちゃんがどこか青ざめた顔をして部屋から出てきた。

 

 「……なぁ、100人ぐらいはいたぞ……」

 

 「ひ……100人……??」

 

 つぐみちゃんもその数字に驚愕してる様子。

 

 「観客はこれの2倍、3倍いるんだよ? こんなところで怯えてないで、早く入るよ」

 

 「モカちゃんもいくよ〜」

 

 どんな場面にいようと、2人はいつも通りの2人だった。ボクたちも2人に続き楽屋に入る。

 そこには、今までのライブで見たことないグループが2つあった。

 

 1つは4人組で、お揃いのTシャツには『CHISPA』と文字が刻まれていた。恐らくグループ名だろう。

 

 もう1つは5人組で、ボクたちと同じようにドアを開けたり閉めたりしていた。お揃いの衣装には『Poppin' Party』とこれもグループ名が刻まれていた。

 その中には、Glitter* GreenやRoseliaなどの有名グループの姿もあった。

 

 「全員、注目」

 

 ガヤガヤとしていた楽屋内が一気に静まり返る。その声の主は誰であろう、この店の、SPACEのオーナーだ。

 

 「今日がここでやる最後のライブだ。急に店を閉めると言ったがアタシは後悔はない。アンタたちも、他のお客の為にもしっかりやりきりな」

 

 オーナーのその言葉に、楽屋にいた全員が元気よく返事をした。

 そして、ボクはあることに気づく

 

 (あれ……?男の人ってボクだけなの……?)

 

 

 蘭side

 Afterglowの順番は前から4番目。

 今は、2番目であるCHISPAが演奏してる。あたしたちが楽屋からステージに行くための通路の近くに立っていると、次に演奏するグループのリーダーがあたしたちに話しかけてきた。

 

 「私は戸山 香澄!気軽に香澄でよろしく!お互い最高の演奏をしようね!」

 

 少し髪型に特徴のある女の子に手を差し出され、握手を求められた。

 

 「Afterglowの美竹 蘭です。その……よろしくっ」

 

 あたしはその握手に応対した。性格は、ひまり似かな……?

 

 「おっ! モカと巴じゃん、ヤッホ〜!」

 

 「さーや〜、ヤッホ〜」

 

 「久しぶりだな、沙綾!」

 

 モカちゃんと巴ちゃんには共通の知り合いがいるらしい。

 

 「ほら、香澄、沙綾。そろそろ向こうの演奏が終わるぞ」

 

 「あ! ホントだっ! それじゃあ行ってきま〜す」

 

 あたしたちにそう告げたあと、謎の掛け声とともに香澄たちはステージに上がった。

 演奏が始まり、しばらくするとひまりがある事を提案してきた。

 

 「ねぇねぇ! わたしたちも『ポピパ!ピポパ!』ってやつやってみない!?」

 

 「ひーちゃん、すぐに便乗しない〜」

 

 「うん、ボクたちには少し向かないかもね、あははっ」

 

 「そ、そんなぁ〜、葵くんまで〜!!

 

 苦笑いを浮かべる葵と、頬を膨らませて葵をポカポカと叩いているひまり。

 何度見てもこのやり取りは和むねーー。

 

 「ほら、向こうの演奏もうすぐ終わるよ。そろそろ準備して」

 

 あたしの声に合わせみんなもスタンバイする。

 香澄たちがステージから降りてきて、今度はハイタッチを交わす。

 

 「お疲れ様。最高の演奏だったよ」

 

 「ありがとっ! みんなも頑張ってね!」

 

 香澄たちが楽屋で祝福されている中、あたしたちはステージ横で円になった。

 

 「初めての観客ありのライブ。みんな、いつも通りいくよ」

 

 「「「「「おぉ〜!」」」」」

 

 それぞれが位置につき、ステージに光が灯る。

 

 「こんにちは、Afterglowです。いつも通りの、最高の演奏をします」

 

 観客からは、拍手と歓声が湧き上がった。

 その観客の中には、Afterglow全員の家族が固まって見にきていた。

 

 「聞いてください、『True color』」

 

 この曲は、林間学校の時にあたしが葵のために作った曲。

 あたしは絶対に、この曲を最初で最後のSPACEのステージで歌いたかった。

 今日、想いを伝える相手は葵じゃない。オーナーに、Afterglowに、そしてここまで育ててくれた両親に感謝の思いを込めて歌うーー。

 

 「ご静聴、ありがとうございました」

 

 「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

 つぐみのキーボード。

 ひまりのベース。

 巴のドラム。

 モカのギター。

 葵の歌声。全て、自分たちの満足のいく演奏ができた。悔いは1つもない。あたしたちはSPACEで最高の演奏ができたーー。

 

 

 葵side

 ライブ後、つぐみちゃんの家で祝杯をあげることになった。もちろんAfterglowの貸切で。

 父さんはと言うと、初めて見るボクたちの演奏に心を打たれたらしく、ライブ途中に泣いていたと母さんから聞いた。

 父さんは「泣いていない」の一点張りだったが、目が少し赤くなっていた。……こう言う素直じゃないところは蘭にそっくりだ。

 

 ご飯も食べ終え、みんなとワイワイ騒いでいふと1人店の外に出る影を見た。

 その影を追うと、そこには夜風に当たり黄昏ていた蘭の姿があった。

 

 「どうしたの? 蘭?」

 

 「……葵? ちょっと疲れてきたから外で休憩してた」

 

 「そっか、まぁ騒ぎたくなるのも分かる気がするよ。あ、オレンジジュース飲む?」

 

 ボクは、グラスに入ったオレンジジュースを蘭に差し出すとそれを受け取り、少しだけ口に含んだ。

 

 「ありがとっ」

 

 「大したことじゃないよ。それにしても、今日のライブのこと、今でも頭の中に残ってるよ」

 

 「そうだね、あたしも今までの演奏の中で一番印象に残ってるよ」

 

 しばらくの沈黙が続き、蘭が再び口を開く。

 

 「葵が背中を押してくれなかったら、きっとみんなとバンドを組みなかった。ホントにありがとっ。言葉では表せないぐらい感謝してるよ」

 

 「ボクも同じ気持ちだよ! みんなとバンドできてすごい高校生活が充実してるしね! これからもよろし……」

 

 ボクの言葉を言い終わる前に、蘭がボクの唇に人差し指を立てたあと、そっとボクの頬にキスをした。

 

 「…………!?!?

 

 「言葉では言い表せないから……行動で示してみた……/////」

 

 ボクが言葉にならないような声を発すると、店の扉からひまりちゃんが出てきてそろそろお開きにすると言うことを知らされた。

 

 「この事は母さんたちには内緒ね? 葵、大好きだよ」

 

 ボクはしばらく、硬直したまま動くことができなかった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

蘭がついに行動開始です笑笑 自分自身ドキドキさながら書いていきます笑笑

次回もお楽しみに〜


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第24曲 駆け抜ける 思い 決意 鼓動

どうもっ! 山本イツキです!

次回のガルパはポピパのイベントが来ますね!
次のガチャは必ず………笑

本編としては、体育祭の練習がメインとなります!

それでは本編スタートです!


 最後のライブを終えた次の日、SPACEの改修工事が始まった。

 およそ20年。オーナーがバンドをする人たちのために守り続けてきた期間。オーナーが「やりきった」と言うには十分過ぎるぐらいだ。

 どういう店ができるなどは、オーナーから告げられていない。……が、どんな店ができようとSPACEでの出来事を思い出し、度々訪れようと思うーーー。

 

 そして、羽丘学園でも新たな門出を迎えていた。

 2学期の始まりを告げる始業式が行われ、長かった夏休みが幕を閉じた。

 久々の登校で、夏休みを経てガラリと変わった人もいれば何も変化のない人もいた。

 新学期早々、ボクはクラスの女子たちに囲まれる。

 

 「美竹くん、肌すごく白いよね〜! 日焼け止めとか塗ってるの?」

 

 「うん、塗ってるよ。元々日焼けしにくい体質なんだけど日焼けしたらお風呂とか大変だからね」

 

 「日焼けしたらお風呂はいるの大変だけど、それって私たち女子のセリフじゃない?」

 

 女子たちはそのセリフに共感したのかケラケラと笑いだした。

 

 「そんなに笑わなくてもいいじゃん!そうだ、蘭も見てみて。あんなに白いよ」

 

 右手を顎において耳に赤色のイヤホンを着け、笑みを浮かべている蘭にみんなの視線を集める。

 

 「ホントだ!美竹さんも肌白くて綺麗!いいなぁ、羨ましい!」

 

 「私なんか日焼け止め塗ってもすぐ焼けちゃうもん〜!」

 

 教室の中では平然としているが蘭の話となると、『ドキドキッ』という心臓の音が体中を駆け巡る。

 あの日の夜以降、面と向かってあまり蘭と話せていない。話せるわけがない。

 蘭と顔を合わしてしまうとあの日の出来事を思い出しまい、顔が真っ赤に染まり体が硬直してしまうのだ。

 

 そうこうしてると担任の先生が教室に入って明日からのスケジュールの説明をし始める。

 

 「みなさん、今日も一日お疲れ様でした。明日から授業が始まります。今月末には体育祭もあるので体操服の忘れ物に注意してください」

 

 「体育祭」という単語にクラスの大半からブーイングの嵐が巻き起こる。

 ……まぁ運動が好きな女子なんてごくわずかだろう。そこで先生から体育祭についてある情報を告げられる。

 

 「みなさんが体育祭が嫌だということは十分にわかりました……しかし今年からは、学年か全体でクラス総合1位を取れば景品をもらえることとなりました」

 

 「景品」という単語にクラスの大半が歓喜の嵐が巻き起こる。

 あえて景品の内容を言わないことにより、期待と高揚感を募らせ体育祭を盛り上げようとする先生、恐るべし。

 

 学校の帰り道、B組にもその事が知らされていたらしい。ひまりちゃんが真っ先に、その話を楽しげに持ちかける。

 

 「景品ってなんだろうね! スッゴイワクワクする!!」

 

 「あの言い方、先生ってホントズルイよな〜」

 

 「A組の先生も同じ感じだったよ。こういうのがあると、すごく燃えるよね!」

 

 「蘭ちゃんたちのクラスは種目決めとかした?B組はもう済んじゃったけど」

 

 「うちは1時限目に種目決めして、2限目に体育の授業だよ……ていうか、種目決まるの早すぎじゃない?」

 

 「B組の先生は体育好きだからね〜。ものスッゴイ燃えてたよ〜」

 

 「みんなは何に出るの?」

 

 ボクが素朴な疑問を、つぐみちゃんが的確に答えてくれた。内容をまとめるとこんな感じだ。

注: 部活動対抗リレーがカッコなのはこの日以降に決まるため。ひまりちゃんが4種目出てる理由は後ほど。

 

 ひまりちゃん

・100メートル走

・借り物競争

・騎馬戦

 

 モカちゃん

・200メートル走

・借り物競争

 

 巴ちゃん

・騎馬戦

・100メートルリレー

・二人三脚

 

 つぐみちゃん

・二人三脚

 

 「巴ちゃんが騎馬になったら絶対強いじゃん!!まさかとは思うけど……?」

 

 「あははっ、勿論アタシが騎馬だぜ?」

 

 「それは反則だ〜!!」

 

 「つぐみは1種目?」

 

 「うん!生徒会はあまり競技に出られないんだ……」

 

 みんなと話しているとある道の交差点に差し掛かり、ボクはふっと何かの衝動に駆られた。

 この道を曲がれば確かーー。考えるよりも先に行動に移ってしてしまった。

 

 「あ、ごめん! ボク用事を思い出したから先帰ってて!」

 

 「うん、わかった。……また誰かに呼び出されて告白されに行くっていうならAfterglow全員でついて行くけど?」

 

 「それはない! それじゃあみんな、また明日ね!」

 

 「あーくん、じゃあね〜」

 

 「葵くん、また明日ね〜! いってらっしゃ〜い!」

 

 真っ直ぐ行けばいつも朝集まってる羽丘神社の前に着くのだが、今日は違う。

 さっき駆られた衝動ーーなんだか無性に今行きたくなったのだ、SPACEの跡地に。

 

 (……なんであんなこと言ったんだろうな)

 

 心の中で自分にそう問いかけるが、答えが道出さない。

 しばらく歩いていると、SPACEの跡地が見えてきた。店全体に覆われている防音シート……うん、まだ工事をしているのは間違いない。

 その工事現場を防音シートの外でマジマジと眺める1人の女性。ボクはその女性に見覚えがある。

 

 「オ、オーナー! お久しぶりですっ!」

 

 SPACEのオーナーであり、ボクたちAfterglowを最後のライブで演奏させてくれた大恩人だ。

 

 「アンタは……うちの店唯一の男の子だったね」

 

 「こんなところで何をしているんですか?」

 

 「見りゃわかるだろ? 散歩だよ。ついでにどんな店になるかって様子見にね」

 

 どちらかというと後者の方が目的だと思ったけど……言わないようにしよう。

 

 「新しいお店って何ができるんですか?」

 

 「アタシも詳しくは聞いてない。ただ、アタシの意思を継ぎたいって人間が現れた……ということだ」

 

 「それってつまり……?」

 

 「アンタの考えてるのと同じことだ。音楽を愛する者、音楽をする場所が絶えることはないんだ。アタシはそれだけで満足だよ」

 

 「そうですね、今ボクたちがどれほど恵まれているかわかった気がします。そして、ここにどうしても行きたくなった理由もーー」

 

 「そうかい。まぁ、アンタたちが()()()()()と言える演奏を目指しな」

 

 「はい! 短い間でしたがお世話になりました! ボクたちAfterglowは全力でやりきってみせます!」

 

 ボクは深々とお礼をし、オーナーゆっくりとこの場を去った。

 

 ボクがここに来た理由。それはきっと、SPACEで最期となるライブの日の続き。

 オーナーに伝えられなかった感謝の思いとこれからの決意を示す場を、運命が設けてくれたのだろうーーー。

 

 

 

 次の日の1時限目で出場種目が決定した。

ボクは100メートル走と200メートルリレー。

蘭は100メートルリレーと学年対抗の騎馬戦、借り物競走に出場する。

 男子は出場種目を2つまでに絞られ、女子は3つまでなら参加できる。しかし、部活動対抗リレーはその数に含まれない。ひまりちゃんが4種目出るのもそのためである。

 

 そして次の時限の練習ーー。

 リレーのチームはボク以外は当然女子。ボクを含めた6人のチームの中で、運動部に所属してるのは1人だけだった。

 話し合いの結果、運動部の子を一番手とし男子であるボクが最後を飾ることとなった。

 

 「本当にボクがアンカーでいいの?」

 

 「うん! 私たちは葵くんに走って欲しいの! 結果は気にしないで全力で走ってね!」

 

 「それじゃあ……お言葉に甘えることにするよ、ありがと!」

 

 自然な笑顔で返事を返したつもりだったが、リレーメンバーの女子たち全員から何故か黄色い声が鳴り響く。

 

 手始めにグラウンド一周、200メートルを本番の形式で走ることになった。

 先頭がスタート位置に着き走り出す。

 運動部だけあって足はかなり早かった。2番手、3番手と順に走って行きアンカーであるボクの出番が来た。

 

 「美竹くん! ラストお願い!」

 

 5番手の女の子からバトンを受け取り、ボクの全力を尽くし走った。みるみると加速していき、グラウンドからはどよめきの声が上がっている。気がついた頃にはスタート位置に戻って来ていた。

 

 「み……美竹くんって、50メートル何秒なの……?」

 

 「えっと、確か……中学3年の時はの時は、6.2秒だったかな?」

 

 「6……6.2秒!?!?」

 

 授業を見ていたA組の担任の先生も静かにだが、驚きの声を上げていた。

 

 「羽丘学園の体力測定は冬に行うので、私を含め皆さんが知らないのも無理はないですね」

 

 「それでも6.2秒って!? 陸上部並みじゃないの!?!?」

 

 クラスのみんなが驚いている中、蘭がただ1人だけ違う反応を見せていた。

 ボクよりも自慢げに、そして誇らしげな顔をしていた。

 

 「しばらく運動してないからちょっとタイムは落ちてると思うけど……微力ながら力になるよ!」

 

 クラスの全員に「十分過ぎるよ!!」とツッコまれ、終業のチャイムがなる。

 

 ーーそして、昼休み。

 Afterglowの集まりの場となっている屋上で今日も昼食をとる。

 

 「葵くん、2時限目の走り凄かったね! わたしビックリしちゃったよ!」

 

 「窓際のクラスメイト全員、グラウンドの方見てたからな」

 

 「あーくん、カッコよかったよ〜」

 

 「私も見たかったなぁ」

 

 「うん、さすが葵だったね」

 

 「みんな褒めすぎだよ! 中学の時、サッカー部だったし当然だよ!」

 

 みんなから褒め言葉を貰っていると、蘭がボクにある提案を持ちかけてきた。

 

 「ねぇ、葵。走り方をあたしに教えて。クラスのみんなに迷惑かけたくないから」

 

 「あ、あたしも!テニスで活かすことができるかもだし!」

 

 「アタシも参加させてもらうぜ!」

 

 「モカちゃんもビンジョ〜」

 

 「私も教えて! 葵くん!!」

 

 みんなが目を閉じて、ボクに手を合わせてお願いしに来ていた。ここまでされたら断る理由もない。

 

 「じゃあ、今日の放課後に参加できる人はボクの家に来れるかな?」

 

 全員から「オッケー!」との返事をもらい、再び昼食を食べ進める。

 みんながキャッキャしてる隙に、蘭がボクにそっと近づき小声で話し出した。

 

 「ねぇ、葵」

 

 「な、何!? 蘭!?!?」

 

 心拍数が上昇。自分でも顔が赤くなっていることがわかる。

 それでも蘭は御構い無しに続けて話す。

 

 「最近構ってくれないけど……何かあったの?」

 

 「えっ!? と、特にないかなぁ〜」

 

 「嘘でしょ、目が泳いでる。正直に答えて」

 

 「え……え〜っと……なんて言うかな」

 

 「もしかして、あの日のこと思い出してるの?」

 

 「な!? なんでそれを!?!?」

 

 蘭はクスッと笑い「やっぱりね」と呟き、ボクにさらに近づきいてきた。それと同時に後ずさりで後退しようとするが、蘭がボクの右肩を鷲掴みにして体を固定し耳元で囁くように話しかけてきた。

 

 「もし、クラスが総合一位になれたら……葵には別の()()()あげようかな///」

 

 「ちょっ!?それってどう言う……/////」

 

 キーンコーン カーンコーン

 

 ボクの言葉を遮るように、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り出した。

 みんながお弁当を直し、足早に屋上を出る。蘭に至っては、ボクに軽く笑みを見せてみんなの後をついていった。

 

 「……最近の蘭、どうしたんだよ/////」

 

 真っ赤に染まった顔が戻ることは、しばらくなかった。

 




いかがだったでしょうか?

最近、蘭のアプローチがすごい笑 姉弟なのにね笑笑

次回も楽しみに〜!


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第25曲 羽丘学園の恋伝説 借り物は美竹 葵!?

どうもっ! 山本イツキです!

総UA数30000回&第25曲突破しました! ご愛読いただき本当にありがとうございます!

感想、評価等つけていただいた方も感謝の気持ちでいっぱいです!これからもよろしかお願いします!

長くなりましたが、本編スタートです!


 みんなに走るコツを教えることを約束した日の放課後。広大なグラウンドの隅で、ボクたちは体育祭の練習をすることになった。

 

 羽丘学園はハッキリと言って部活動があまり盛んではない。

 中学は義務教育という概念があったためなのか絶対に部活に入らないといけなかったが高校はその限りではない。週に部活が4回あったらいい方だ。

 

 まずはみんなの走り方を見るために、50メートルを走ってもらうことにした。

 結果でいうと、蘭は8.8秒。巴ちゃんは8.2秒。モカちゃんは8.5秒。ひまりちゃんは8.3秒。つぐみちゃんは9.2秒。

 みんな、運動神経はいい方だった。

 

 「まずは走り方からだね。かかとをつけて走らずに、つま先をあげて走ってみて」

 

 「つま先を……あげる?」

 

 ひまりちゃんが首を傾げて質問してきた。

 

 「うん! つま先をあげて走ると足が前に出るようになるんだよ。あとはつま先を地面で蹴るのも早くなるコツの1つだね」

 

 「なるほど……他にコツはないのか?」

 

 「スタートダッシュの話になるけど、最初は小刻みに走って加速をつけて走るといいんだよ!」

 

 「あーくん〜、モカちゃんから質問がありま〜す」

 

 「どうしたの、モカちゃん?」

 

 「借り物競争で1番になれるコツを教えてくださ〜い」

 

 「それはブッツケ本番だよ!!」

 

 モカちゃんとの、ほのぼのとしたやり取りの後更なる練習を積み重ねた。1ヶ月の練習の成果もあり全員が0.2秒から0.4秒ほど早く走れるようになった。あとは本番で出し切るだけだーーー。

 

 

 

 

 

 そして迎えた体育祭本番。

 晴天にも恵まれ、絶好の体育祭日和。

 

 「みんな聞いてよ〜! うちのお母さん、ビデオ撮るって言って聞かないんだよ〜!!」

 

 「あっはは、うちもだよ……」

 

 Afterglowの保護者の面々も今日の体育祭を観戦するらしい。ちなみに、父さんは仕事で来れないが母さんが来ると昨日の夕食中に言っていた。

 

 「まぁいつも通りにしていたら大丈夫だよ!きっと!」

 

 「つぐみちゃんの言う通りだね! 練習の成果を存分に出そう!」

 

 「よ〜っし! 今日も頑張るぞ〜! えい、えい、お〜!!……ちょっと!? みんな〜、待って〜!!」

 

 ひまりちゃん いつも不発の 大号令。

 

 

 

 

 

 開会式の挨拶も終わり、最初の競技となる100メートル走が始まる。

 出場するのはボク、ひまりちゃん、巴ちゃん。そして2年生からは、Roseliaのリサ先輩が出場する。

 

 「あっ、Afterglowじゃん!お互い頑張ろうね〜♪」

 

 「リサ先輩こそ、頑張ってください!」

 

 「先輩には負けません!」

 

 「ひまりちゃん、学年別でやるからリサ先輩と一緒に走ることはないからね」

 

 レースは第5レーンまであってそれぞれ、A組からE組の代表者1人が走る。学年も1年生同士、2年生同士になるように調整が入っている。

 

 ボクとひまりちゃんは1年生の最後のランナーとして走る。事前の抽選でA組がグラウンドの中央から第3レーン、B組が第4レーンと走りやすい位置にいる。

 

 前のランナーが走り終わり、ボクとひまりちゃんの番がきた。

 

 「美竹く〜ん! 頑張って〜!」

 

 クラスの女子たちの声援が聞こえて来る。

 そんな中、ボクの隣のレーンにいるひまりちゃんは顔を強張らせ、どこか緊張してるようだった。

 そこでボクはあることを思いつく。

 

 「ひまりちゃん、いつも通りの顔になりなよ!ほら、スマイルスマイル!」

 

 ボクはそう言い、ひまりちゃんの頬を軽くつまんでみた。

 

 「ひょっひょふぁおひふぅん! ぬぅあにふぅるほぉ!(ちょっと葵くん! 何するの!///)」

 

 つまんだ頬だけじゃなく、顔一面赤く染まりボクに問いかけてきた。

 

 「……よしっ、さっきよりマシになったね!そんな怖い顔をしてちゃ、練習の成果出せないよ!」

 

 「むぅ〜……でもありがと!負けないよ、葵くん!!」

 

 ひまりちゃんにいつもの明るい顔が戻った。それでこそひまりちゃんだ。

 そして、審判がスタート合図を出すピストルを真上に構える。

 

 「位置について、よーい……」

 

 パンっ!!

 

 ピストルの発射音と共に、ひまりちゃんとボクは完璧なスタートを切る。

 練習通り、最初は小刻みに走り加速していっている……が、元のタイムが違いすぎる。ここは遠慮なしに抜かしてもらおうーーー。

 

 結果、2位のひまりちゃんと大差をつけて1位。少々大人気ない気もしたが……クラスの優勝のためとなったら仕方ない。2位のひまりちゃんも、3位の女の子とかなりの差をつけてのゴールとなった。

 

 「お疲れ、ひまりちゃん。練習の成果出てたじゃん!」

 

 「ハァ……ハァ……葵くん、早すぎだよ〜!しかも息切らしてないし〜!!」

 

 「普段から父さんと鍛えてるからね〜。まぁしばらく出番はないし、みんなの応援に回るよ。とりあえず、ひまりちゃんと走れてよかった!」

 

 「わたしもだよ! ありがと、葵くん!」

 

 お互い満面の笑みで握手を交わし、1年生の100メートル走は幕を閉じたーーー。

 

 

 

 

 

 羽丘学園の体育祭はさらに熱気が高まっていく。

 蘭と巴ちゃんのリレーは両組接戦でアンカーである2人にバトンが渡り、僅差で巴ちゃんの勝利で終わった。

 モカちゃんの200メートル走、巴ちゃん・ひまりちゃんの二人三脚も練習の成果がしっかり出て1位を獲得。

 ボクの200メートルリレーも、ボクの前の子が転ぶアクシデントがあったが追い上げを見せて1位になることができた。

 

 騎馬戦に出場したのは巴ちゃんと蘭。騎馬戦は学年関係なしで一騎打ちの対決となる。

 その中でも存在感を見せていたのは巴ちゃん。1人、また1人と着々とハチマキを奪っていく。

 対する蘭との一戦。6連勝と波にのる巴ちゃんは果敢に攻めていくが、蘭がうまくかいくぐり巴ちゃんからハチマキを奪った。次戦で蘭は敗北したが、リレーの借りが返せて嬉しそうだった。

 

 午前中の競技がすべて終わり、昼食に入る。

 

 「クッソ〜!! 蘭に勝ってたら7連勝だったのにな〜!!」

 

 「リレーで負けたからね。絶対負けたくなかった」

 

 「あははっ、蘭って本当に負けず嫌いだよね」

 

 「あーくんもだよ〜、あの200メートルリレーは凄かったなぁ〜!」

 

 「確かに! わたしと走った100メートル走より早く感じた!」

 

 「ボクも走ることで必死だったからね。それでも、みんなの期待に応えられてよかったよ!」

 

 「葵くん、カッコいい……」

 

 「あぁ……あの葵がな」

 

 「巴ちゃん! あのって何!?」

 

 午前中の思い出を語っていたらすぐに昼休みの放送がかかった。ひまりちゃんとつぐみちゃんは部活対抗リレーの準備をしに、みんなと別れる。結果は、ひまりちゃんのテニス部が3位。生徒会が5位となった。

 

 

 

 

 

 午後の競技もいよいよ最後を迎えた。

 最終競技は『借り物競走』。元女子校ということもあって、激しい競技は騎馬戦以外ない。借り物競争と言えど、この学園では一番盛り上がる。その理由はーーー。

 

 「これで最後の競技となります! 羽丘学園名物、借り物競走〜〜!!」

 

 生徒たちから歓声がワッと上がる。

 この借り物競走のみ、アナウンスがつく。借り物競走に参加する人の借りたい物をアナウンスし、観客全員と一体となり行うのだ。

 

 この借り物競走に出てくるお題は多種多様。簡単なものから難しいものまで、物・動物・人などジャンルは全く問わない。

 共学になったばかりの時『自分の好きな人』というお題を引いた男子が、その人を連れてきてカップルになったという恋伝説がある。

 

 そんな競技に出るのは、蘭とひまりちゃん、モカちゃんだ。3人はバラバラの組み合わせになったようだ。

 

 蘭side

 今更だけど、借り物競走に出たことを後悔してる。楽そうだったから立候補したけど、お題が特殊なものが多いなんて聞いてないし……ホント、勘弁してよ……。

 

 あたしは第1組目、モカが2組目、ひまりが3組目に走る。頼ろうにも頼れる人が少ないのは辛い。

 審判がスタート合図を鳴らし、お題の紙が置いてあるところに全力で駆け抜ける。

 

 お題の紙を取った後、すぐにアナウンスしてる人に見せなければならない。お題は、アナウンスされるまで見てはいけないルールとなっている。

 1番にお題の紙を取り、すぐにアナウンスしてる人に見せる。

 

 「1番手、美竹 蘭さんのお題は『異性に間違われたことのある人』!!じゃあ、早速探してきてくださ〜い!」

 

 よかった……これなら難なくクリアできそうだ。あたしは颯爽とある人のところに向かう。

 

 「……来て、葵」

 

 このお題、(あおい)しかあるまい。葵はポカンと口を開けあたしの言葉を理解してないように見える。

 

 「葵……? あたしの言った意味理解してる……?」

 

 「ちょっ……!? なんでボクなの!? 巴ちゃんでもいいじゃん!/////」

 

 葵は顔を真っ赤に染め、全力で否定してくる。そんな葵の手を引っ張りアナウンスしてる人のところへ連れて行く。

 

 「巴は他クラスだから協力してくれる可能性が薄い。だから葵、お願いね」

 

 仕方ない……と言った顔であたしについて来てくれた。1着で放送している人の元に着くと、そのエピソードを細かく語らされ全校生徒に知れ渡ることとなった。

 

 「全く……飛んだ災難だよ……」

 

 「ごめんね、葵。まさかあそこまでするなんてね……今度お礼はするよ」

 

 「じゃあ、帰りにジュースおごって!それでも……蘭の力になれて嬉しかったよ///」

 

 「……/// 変なこと言ってないで早く戻りなよ。付き合わせてごめんね。助かった、ありがとっ」

 

 葵はさっと右手を挙げクラスのテントへと戻っていく。優勝したらあげるご褒美、まだ考えてなかったや。今のうちに決めておかないとなーーー。

 

 モカside

 蘭が簡単そうなお題引いたなぁ〜。モカちゃんも難しそうなのが来なければいいなぁ……。

 スタートの合図が鳴り響き、紙の置いてるところに向かう。

 駆け足でアナウンスしてる人に紙を持って行くと、お題がビックリだった。

 

 「4番手、青葉 モカさんのお題は『ペットにしてみたい人』!! それでは探して来てくださ〜い!!」

 

 「ペット……ペットねぇ〜……」

 

 なーんにも思いつか無かったけど、とりあえずある人のところに向かってみた。

 

 「あーくん〜、モカちゃんのペットに……あ〜、逃げた〜」

 

 あたしが話し終わる前に、あーくんは席を立ち逃げていった。まるで子犬のように……。

 

 「モカちゃん、本気でやっちゃうよ〜」

 

 2種目を全力で走ったからか、あーくんがすごく遅く見える。いや、あたしが今まで本気を出してなかっただけか〜。

 すぐに捕まえて、逃げられないように手首ガッチリと掴む。ペット……と言うより、泥棒さんを捕まえてるみたいだったなぁ。

 そして、なんと1着でゴールしちゃいました〜。

 

 「青葉さん、美竹くんを何故ペットにしたいんですか?」

 

 「え〜っと……飼ったらすごい懐いて来そうだからですかね〜」

 

 「なるほど……美竹くんはどうですか?」

 

 「誰にもペットとして飼われる気はありません!!」

 

 あーくんのその言葉に学校中が笑いに包まれる。さっきの蘭とのやりとりといい、今日一日大変ですな〜、あーくん。

 

 「付き合ってくれてありがと〜!帰りにパン奢ってあげる〜」

 

 「て言うか、モカちゃんの足速すぎ……ボクよりも速かったような気がするんだけど?」

 

 「あーくんが疲れてるからだと思うよ〜。モカちゃんもやるときはやるんだよ〜」

 

 あたしはニッと笑いながら答えた。あーくんも観念したかのような顔をしている。

 あーくんペットかぁ……首輪とかつけて飼ってみるのも面白そうだなぁ。ちょっと興味が出て来たかもーーー。

 

 ひまりside

 モカと蘭、両方とも葵くん絡みのお題引いたんだなぁ。あたしもそう言うの引けたら……なんて欲張りは言わないよ!クラスの優勝のために頑張らなくっちゃ!

 

 スタートの合図が鳴ると同時に全力で紙が置いてるところまで走り、1番でアナウンスしてる人に紙を見せる。

 

 「1番手は、上原 ひまりさんのお題は……おぉっと! 『自分の好きな人』がとうとう来た〜!! それでは連れて来てくださ〜い!!」

 

 ーーー本当に引いちゃった。

 ちょっと……これはシャレにならないよ!これで葵くんのところに行ったら……確実に好きだってことがみんなにバレる!!告白してるようなもんじゃん!!

 かと言って何もしなかったら、クラスは負けちゃうし……本当に困ったものだ。

 

 今、わたしの中では心中の天使と悪魔が言い争いをしている。

 

 「ひまり、これがチャンスだよ!この機会を逃しちゃダメ!クラスの子の為にも葵くんを連れて行くのよ!」

 

 「やめとけやめとけ!何もしないのが1番!自分が1番大事なんだ!」

 

 あたしが出した決断はーーー

 

 「葵くん……ちょっとだけでいいから来てくれないかな……?」

 

 わたしは葵くんに、右手を差し出し下を向いたまま顔を上げることができない。A組の子たちがヒソヒソと話している。そして、わたしは葵くんの顔を見ることができない。あぁ……恥ずかしすぎる……。

 すると、わたしの方に向かって歩いてくる足音が聞こえた。

 

 「ひまりちゃん、顔を上げて」

 

 「………えっ?」

 

 わたしはゆっくりと顔を上げると、わたしが大好きな、満面の笑みを浮かべた葵くんの姿があった。

 

 「すごく辛かったよね。ボクでよかったら付き合うよ?」

 

 そう葵くんは告げ、頭をポンポンと撫でてくれた。……自然と涙が溢れてくる。

 わたしは差し出していた右手を引っ込め涙を拭うと葵くんを連れてアナウンサーのところへ向かった。

 

 「ごめん……ごめんね、葵くん……」

 

 「気にしないで! すごい勇気のいることだと思うよ!ひまりちゃんはやっぱり凄いや」

 

 「凄い……わたしが……?」

 

 「うん!いつもみんなを笑顔にしてくれるし、みんなのために行動することができる。ボクはそんなひまりちゃんが、好きだよ」

 

 「葵くん、あたしも……葵くんのそういう優しいところ、大好きだよ」

 

 「あっ! また涙流して〜! 泣いてるひまりちゃんなんて、らしくないよ?」

 

 「だって〜! 葵くんがそんな優しいこと言うから!」

 

 葵くんとそうやり取りしていると、アナウンスしてる人も待ちかねたかのような顔で迎えてくれた。

 

 「5着で今、上原さんがゴールしました!お題は『自分の好きな人』という事でしたが……もしかして美竹くんのことが?」

 

 わたしは一呼吸置いて、この体育祭にいる人全員に聞こえるように話した。

 

 「……はいっ、でも今はお互いバンドや部活動、美竹くんはお父さんとのお稽古で忙しいので今はまだ何とも言えません。それでもわたしは、この気持ちが変わることはありません!それまで待っててね、葵くん!」

 

 わたしは葵くんが大好きな、満面の笑みでそう伝える。わたしの言葉に、羽丘学園が拍手の音で包まれる。葵くんも、顔を真っ赤にして凄い照れてる様子だった。

 

 わたし、やっと言えたんだ。自分の本当の気持ちをーーー。




いかがだったでしょうか?

ひまりちゃんがとうとうやりました!

書いてる本人が言うのもあれですが、これからが凄い楽しみです笑

次回もお楽しみに〜


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第26曲 恋色に染まる思い出 涙色に染まる思い出

どうもっ! 山本イツキです!

本編としては、蘭とひまりのその後のストーリーとなっています!

それでは、本編スタートです!


 長いようで短かった体育祭が無事に終了した。ボクたちのクラスは、B組にあと数点ほど差をつけられ学年の優勝はB組になった。

 A組は学年で2位、全体では8位となった。  

 敗因はおそらく、ひまりちゃんの借り物競走での加点があったからだろうーーー。

 

 そしてボクたちは今、学校近くのファミリーレストランで体育祭の打ち上げをしていた。本来なら羽沢喫茶店で行うはずだったが、今日はボクたちの親同士だけで飲み会を開くとのことだったので場所を譲ることにした。

 

 「それじゃあ、今日はみんなお疲れさまでした!かんぱ〜い!」

 

 「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

 巴ちゃんの乾杯の挨拶が終わり、ボクたちAfterglowだけの打ち上げが始まったーーー。

 

 「まぁなんと言っても、今日の主役はひまりと葵だよなぁ」

 

 「私も生徒会の席で見てたけど、すごいビックリしたかな?」

 

 「クラスで散々弄られたのに〜!!もうやめてぇ〜!!」

 

 ひまりちゃんが耳まで真っ赤にした顔を両手で覆い隠す。クラスでひまりちゃんがどんな目にあったのかはだいたい想像がつく。

 それでも、あの場で誰よりも驚いたのはボクなんだけどね……。

 

 「蘭〜、実の弟を親友に取られちゃいましたなぁ〜」

 

 「え……!? あ、あぁ、そうだね」

 

 「今日の事どう思うの〜?」

 

 「まぁひまりなら大丈夫……だと思う」

 

 「姉はこう仰ってるよ〜、あーく〜ん」

 

 「ははっ……ボクにどう反応しろと?」

 

 その後もボクとひまりちゃんへの、からかい混じりの会話は止まる事はなかった。

 

 夜21時を過ぎ、親たちを迎えに羽沢喫茶店へ寄った。金曜日の夜ということもあり、まだまだ盛り上がっているようだったのでつぐみちゃんと別れ各自帰宅することとなった。

 

 そしてその帰り道ーーー。

 みんなと別れ、蘭と2人きりになりお互い会話をすることもなく気まづい時間が過ぎていった。家に着いてからも特に話を交えることをなく互いの部屋に入った。

 

 普段から表情を出すタイプじゃないけど、今日はなんだか無理をしている気がする。少ししたら蘭の部屋に行ってみるかな……。

 

 

 

 

 

 蘭side

 

 「はぁ……今日はなんて日だろ……」

 

 制服のままベッドで横になる。

 ファミレスにいた時はみんなのテンションについていけたけど、ため息が止まらない。

 葵に対して、最近別の感情が湧いてきたところだったのに……いや、むしろひまりに感謝すべきだ。

 あたしたちはあくまで姉弟、それ以上でもそれ以下でもない。あたし自身それを理解している。

 

 それでもなんだろう?胸を締め付けられるようなこの痛みは……。部屋についてから、ポロポロと流している涙はこの痛みによるものなのかな?

 

 更には、走馬灯のように葵との思い出が頭の中でフラッシュバックされている。

 些細な事で喧嘩した事、父さんに一緒に叱られた事。そして、いつもキラキラした満面の笑みであたしの隣にいた葵の事……あたしの瞳から流れる涙は、止まることを知らない。

 

 そうだ、今はただ泣こう。溜め込んでいた涙を今流そう。きっと、このモヤモヤした気持ちも吹っ切れるはずだからーーー

 

 

 

 

 

 葵side

 部屋に入って着替えを済ませてからすぐに、お風呂を沸かしに行った。あれから20分ほど経ったからお風呂で体を洗っている間に湯船が溜まっているだろう。

 

 一番風呂を譲りに、蘭の部屋をノックし呼びかける。

 

 コンコンッ

 

 「蘭、起きてる? お風呂先に入って」

 

 ……返事がない。ドアノブに手をかけると部屋は空いているようだったので、断りを入れて蘭の部屋に入る。

 

 「蘭? お風呂……」

 

 ーーー思わず声が出なくなった。

 そこには、僅かながら声を上げ泣いている蘭の姿があった。

 ボクが部屋に入ったことに今気づいたのか、ゆっくりと体を起こし真っ赤になった目から流れる涙を拭った。

 

 「……蘭? どうしたの?」

 

 「……今は言えない。そっちこそどうしたの?」

 

 「お風呂、先に入って欲しいから呼びに来ただけだよ。それじゃあ、早めに入って……」

 

 ボクの言葉を遮るように蘭が後ろから服をギュッと掴み、動きを止めた。

 すると、蘭の口から衝撃な一言が飛び込んできた。

 

 「……葵も一緒にお風呂入って。今は1人になりたくないから……」

 

 「……えっ? ……えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 ひまりside

 

 みんなと別れて、家に帰ってからどっと疲れがのしかかってきた。

 2階にあるわたしの部屋に入り、すぐにベッドで横になった。

 

 「今日は色々あったなぁ……」

 

 色々、本当に今日は15年の人生の中でもとても濃かった1日とも言える。

 今日の体育祭での出来事を1つ1つ思い出してみる。すると真っ先に出て来たのは、葵くんへの………カァッと真っ赤に染まった顔を思わず枕に伏せる。

 

 「言っちゃったんだ……わたし」

 

 好きな人に自分の気持ちをようやく伝えられたのだから、叫びたいほど嬉しいのは確かだ。

 しかしその反面、ずっと一緒に過ごした幼馴染との関係が崩れそうと考え、不安に襲われる。

 

 「わたしが葵くんと……つ、付き合うってなったら蘭から葵くんを奪うってことになるんだよね……」

 

 葵くんに自分の気持ちを伝えたことには全く後悔していない。自分の意思で決めたのだから。

 しかし、肝心なところを考えていなかった。葵くんと付き合うってことは、蘭から大切なものを1つ奪うということ。

 葵くんという、血で繋がった大切な家族をわたしは……わたしはーーー。

 

 「あれ……? なんでだろ、涙がこんなに溢れて……」

 

 葵くんに気持ちを伝えられた嬉しさ。

 蘭への申し訳なさ。

 これからのみんなとの関係の不安。

 

 すべてがこの涙となって流れ落ちる。ダメだ、今1人でいたら気持ちがもたない。嬉しいのに、嬉しいはずなのに……。

 

 すると、わたしの携帯に1つのメールが届いた。差出人は、巴からだった。

 

 『ひまり、今暇してるか?もし良かったら外で話せないか?』

 

 『うん!大丈夫だよ!通学途中にある、あそこの小さな公園で待ち合わせでいい?』

 

 『あぁ! 今すぐ向かうよ!』

 

 巴とのやり取りを終え、制服から私服に着替えてから大急ぎで家を飛び出すーーー。

 

 

 公園にはすでに巴の姿があり、小学生がよく遊んでいるブランコに腰掛けていた。

 

 「ごめん、巴! 待った?」

 

 「アタシも今来たところだよ。悪いな、こんな時間に飛び出して」

 

 「いや、わたしも誰かと話したいなぁって思ってたからすごい助かるよ。ところで、巴が話したい事って何?」

 

 「あぁ、少し気になったことがあってな」

 

 「気になった事って?」

 

 わたしが気になったことを聞いてみたが、巴はしばらく考えるように下を向き口を開こうとしなかった。

 

 「何? 言ってくれないとわからないよ?」

 

 わたしがいつもの笑顔でそう告げると、巴も決心したかのように口を開いた。

 

 「……まずは、葵に告白したことを心から祝福するよ。ホント、よく頑張ったよな」

 

 「えっ!? 急に改まってどうしたの?」

 

 すると、巴がまた黙り込む。その事について話したいのが明らかだ。

 

 「もぉ〜っ! 黙ってたらわからないよ〜!」

 

 「あ、あぁ、そうだよな。ごめんごめん。ひまりに1つ聞きたかったことがあったんだ」

 

 「聞きたかった事って?」

 

 巴は一呼吸置き、わたしにとって思いもよらないことを口にした。

 

 「ひまり……お前、蘭に遠慮してるだろ?」

 

 「えっ? それってどういう……?」

 

 「わかりやすいんだよ、ひまり。何年アタシたちと一緒にいると思ってるんだ?」

 

 「ちょっ!? 何言ってるかわからんないよ、巴?」

 

 「アタシとつぐは気づいてたぜ? ひまりがずっと葵のことが好きだったってことを」

 

 「えっ!? 何でそのことを!?」

 

 「だからこそ、今日の体育祭でこんな形になったけど葵に告白してくれてアタシは嬉しかった。でもな、ファミレスでみんなとご飯食べてる時に明らかに様子がおかしかったんだよ。特に、蘭と話してある時にな」

 

 やっぱり、幼馴染には隠し通せないな。わたしは観念し、巴にわたしの思いを全てぶつける事にした。

 

 「……うん、巴の言う通りだよ。告白したことは全く後悔してないよ、付き合うと決まったわけじゃないけど自分の気持ちを伝えられてすっごい嬉しかった」

 

 「だよな、ずっと溜め込んでいた気持ちを伝えられたんだからな」

 

 「うん、でも気づいたことがあるの。わたしが葵くんに告白することで、みんなとの関係が壊れそうで不安なこと。それから、蘭から大切な人を奪う事になるから申し訳ないと言うか……いまいち喜べないの。わたしって最低だよね、自分勝手で……」

 

 すると、巴が勢いよく立ち上がりわたしの両肩を強く掴む。

 

 「自分勝手なわけないだろっ!!ひまりが葵に恋愛感情を持って、それを本人に打ち明けたんだ! それの何が悪い!? 蘭が何と言おうと、Afterglowのメンバー全員を敵に回したとしてもアタシはひまりの味方だ! 」

 

 巴の魂の言葉に、抑えていた涙が溢れ出てきた。

 

 「巴っ……わたし、葵くんを好きになってもいいんだよね? みんなとこれからも仲良くいられるんだよね?」

 

 「当たり前だ!アタシたちは『夕日に誓って ズッ友』なんだろ?ひまりは人が良すぎるんだよ、全く……」

 

 すると巴の瞳からも涙が出てくる。わたしたちは、しばらく抱き合ったまま涙が枯れるまで泣き続けた。

 

 葵side

 

 蘭からの唐突な提案。年頃の男女が一緒にお風呂に入るなんて……。いくら姉弟だからといって、いや、姉弟だからこそこういう事には気を使わなくてはいけないだろう。

 

 「蘭、いくらなんでもそれだけは……」

 

 「お願い……今頼れるのは葵しかいないの」

 

 蘭は、掴んでいた服をさらに強く握る。

 顔は伏せていてよく見えないけど、どれだけ本気なのかはすぐにわかった。

 

 「……蘭がそうしたいならボクは構わないよ。じゃあ、ボクが先に入るから蘭は少し待ってから入ってね」

 

 「……いやだ、一緒に入るの」

 

 「ちょっと……!? 流石にボク怒るよ!」

 

 「お願い……お願いだから……」

 

 服を掴んでいた右手が離れたと思いきや、後ろからボクを抱いて来た。力強く、さっきよりも何倍も。

 

 「もう! 分かったから、早く行くよ! 父さんと母さんに見られたら一大事じゃ済まないからね!!」

 

 そう言い、ボクと蘭は脱衣所へと向かう。

 

 抜くを脱いでいる時も、なるべく蘭には視線を向けないように細心の注意を払う。

 パサッ、パサッと脱いだ服が床に落ちる音だけが部屋に鳴る。

 

 「今更だけど、本当にいいの?ボクなんかと……」

 

 「……うん、葵じゃなきゃ嫌なの」

 

 ボクが先に、蘭がその後に続く形でお風呂場に入った。

 お風呂場が広いこともあり、ボクと蘭は互いに違う方向に歩き出し、自分の体を洗う。

 

 蘭から話を持ち出すことは全くなく、ただただ時間が過ぎていく。頭も体も洗い終え、ボクが先に湯船に浸かり数分すると、蘭も湯船に浸かりボクと背中を合わせてくる。

 布越しなら何度も経験があるのだが、素肌での背中合わせは当然ながら初めてだ。

 

 お風呂に入ってからの数十分の沈黙を破るかのように蘭は口を開く。

 

 「今日は……体育祭、楽しかったね」

 

 「そうだね、クラスで一致団結できた感じがしたよね」

 

 「……優勝したかったなぁ」

 

 「ボクもだよ……」

 

 数秒の沈黙後、ボクは疑問になっていたことを蘭に聞いてみる事にした。

 

 「さっきどうしたのか聞いた時、今は無理って言ってたけど……今は言えそう?」

 

 「……うん、大丈夫。全部話すよ」

 

 蘭は一呼吸置き、ことの全てを話してくれた。

 

 「ひまりが借り物競走の時に、葵に告白したよね?」

 

 「……うん、ボクはそう捉えているよ」

 

 「あの時、あたしは心からひまりに祝福する反面、怒りというか……憎しみみたいな感情が湧いて来たの」

 

 「それはどうして?」

 

 「ずっと一緒にいた葵が、ひまりに奪われてしまうんだなって気がしたの。あたしはそれが耐えられなかった。葵のおかげでバンドをすることを決意できたし、今の高校生活はすごい充実してる。だから、葵がいなくなったらあたし……どうなるのかなって不安になって押しつぶされてた」

 

 「そうだったんだ……」

 

 「うん……なんか変だよね、葵があたしのものみたいになってて。生まれて来てからずっと一緒だったから、いなくなるってどうしても考えられないんだよね……」

 

 「いなくなるっていうのは具体的にどういうこと?」

 

 「ひまりと付き合って、あたしのことを忘れちゃんじゃないかなって思って。やっぱり恋人って大事じゃない?もし、あたし以上の存在がいたならもう……あたしなんて、葵にとってはいらない存在じゃないかなって……」

 

 ボクは合わせていた背中を離れ、蘭のいる方を向き後ろからそっと抱いた。

 すると、体育座りをしていた蘭は少し背筋が伸び驚いている様子がうかがえた。

 

 「ボクは蘭のことを、いらない存在なんて思ったりしないよ。確かに、恋人ができたならその人も大事にするよ。でも、大事と思う事に大きいも小さいも無い。ボクは対等に接するよ、必ず。だから……ボクも普段しないような行動で蘭に示してみた」

 

 すると蘭は、悩んでいたことが全て吹っ飛んだかのように笑い出した。

 

 「ははは……葵、似合わなすぎだよ。それでも、すっごい安心した。葵のその言葉、信じてみるよ。その……ありがとっ」

 

 「あぁ! 約束するよ! これからも "いつも通り" よろしく!」

 

 ボクは立ち上がり、満面の笑みでそう答える。すると、蘭はボクから顔をそらし顔を赤らめている。

 

 「ねぇ、1つ言っていい?」

 

 「ん? どうしたの?」

 

 蘭は数秒黙り込み、顔がさらに赤みを増す。

 

 「立ち上がるのは構わないけど……前、隠しなよ」

 

 「えっ?……うわ〜っ!! ごめん!!」

 

 ボクと蘭は、恥ずかしさのあまり距離を取りしばらく湯船から上がることができなかった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

今回は巴が大活躍でした!

ひまりはすごいいい子ですよね、普通ならこんなこと考えらないと思います。蘭も葵と無事、解決できてよかったです!

次回はモカちゃんが中心のお話になる予定です!

それではお楽しみに〜


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第27曲 世界が獣耳(けもみみ)に包まれたなら 〜犬耳 前編〜

どうもっ! 山本イツキです!

お気に入り数300を突破しました! ご愛読の皆様、本当にありがとうございます!

本編としては、コミックアンソロジーのオリジナル展開です!

それでは、スタートです!


 あれからおよそ1週間が過ぎたーーー。

 蘭はあの日以降、なんの音沙汰もなくいつも通りの日々を送っていた。ボクはというと、正直蘭と顔を合わせて話しづらくなった。

 

 裸の付き合い……姉弟としてこう言うのは些かおかしいと思うが、以前よりも自分たちの本心を隠すようなことは全く無くなった。

 それでも、同じ時間に同じ湯船に背中合わせというシチュエーションは年頃の男子高校生には酷というものだ。ましてやその相手が姉となると……余計に。

 

 学校内では、ボクもなるべく平静を保ちつつ過ごしていた。

 平日最後の授業も終わり明日からの休みのことを考えるとついニヤッとなり、表情筋を緩ませてしまう。

 

 今日もAfterglowのメンバーと帰るためB組に立ち寄ってみると自称 "銀髪の美少女" モカちゃんは、机にうつ伏せになりため息をついている。

 モカちゃんの向かいに座っている "大いなる普通" つぐみちゃんは、右手で頭を抱えて同じようにため息をついていた。

 

 「……モカちゃん、つぐみちゃん?どうしたの、ため息なんかついて」

 

 「あ、葵くん。ちょっと困ったことがあってね」

 

 すると、モカちゃんはむくりと起き上がったと思いきや、その顔は生ける屍のようだった。

 

 「あーく〜ん、モカちゃんはね、生きる希望を失ってしまったんだよ〜、ヨヨヨ……」

 

 「ど、どういうことなの!? つぐみちゃん!!」

 

 「えっと……これを見てくれたらわかると思うよ」

 

 つぐみちゃんがそう言い、ボクに見せてくれたのは毎週モカちゃんが買ってる一冊のマンガ雑誌。

 今朝も「今週もこの時が来ましたか〜!」って言っていたことを思い出す。

 モカちゃんの好きな漫画のページをパラパラと読み進め最終ページを見てみるとーーー。

 

 「えっと……『ご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待ください』……これってまさか?」

 

 「そう。まさかまさかの連載終了だよ〜……。毎週、ドキドキワクワクしながら読んでたのに、このままじゃドキワク不足で干からびちゃうよ〜」

 

 モカちゃんはまたしても机にうつ伏せになりつつ、ヨヨヨ〜と嘆いている。

 

 「たしかに、好きだった何かが無くなるのはすごい悲しいことだよね……」

 

 「それでね、モカちゃんにオススメのマンガ紹介してたけどジャンルが違うくて……」

 

 「つぐは少女マンガが好きだけど、モカちゃんはバトルシーンがある少年マンガとか青年マンガが好きなんだよね〜」

 

 「そうなんだ……ボクも人に借りたものを読むぐらいだからなぁ……ん?」

 

 開いていたマンガの最終ページを凝視してみると、ある広告が載っていた。

 

 「モカちゃん、つぐみちゃん!ほら、この部分見て!」

 

 ボクに続き、モカちゃんとつぐみちゃんもある部分を凝視し始める。

 

 「これは〜……『新人漫画賞 応募作品募集中!』……?」

 

 「なるほど! 見たいマンガがないなら作ればいいんだね!私たちで、面白いマンガを!」

 

 「面白い展開になって来ましたな〜。さてさて〜? モカちゃんたちの運命やいかに〜」

 

 

 

 

 

 蘭side

 

 「はぁ……なんだろ、この気持ち」

 

 あの日からずっとモヤモヤした気持ちが抜けない。絶対に葵の……….を見たからじゃなくて!!その、なんとも言えない。

 

 クラス内でも、みんなの前でも、葵の前でもいつも通りに振舞ってはいたけど……

ここ最近は葵のことで頭がいっぱいだ。

 

 あの日から葵とは前よりも本心で話し合えるようになったし、お互い隠し事なんて全くなくなった。

 それでも、このモヤモヤした気持ちを本人に打ち明けることなんてできない。その原因は誰であろう、葵だからだ。

 

 教室の掃除をしている今もどうするか考えていると、ひまりと巴が教室に入って来た。

 

 「蘭〜? 掃除終わったか〜?」

 

 「うん、もうちょっとで終わる」

 

 巴とやりとりしていると、ひまりが割って入ってあたしの腹部に抱きついて来た。

 

 「蘭、聞いてよ〜! 巴ったら先生に頼まれたこと全部引き受けて、一緒にいたわたしも手伝いに行ったんだよ〜!」

 

 「そうだったんだ。ひまり、お疲れ」

 

 そう言いひまりの頭を撫でると、頬を緩めてニコッと笑っていた。

 

 「悪かったって! 今度、コンビニスイーツひとつだけ奢ってやるからさ!」

 

 「ホントッ!? 巴、ありがと〜!!」

 

 ひまりは、次に巴の腹部に抱きつく。

 いつもは散々みんなに弄られてるけど、この裏表のない笑顔にはホント頭が下がる。

 

 「そうだっ! B組の教室でモカたちが何か話してるみたいだったよ! 面白そうだから早く行こ〜っ!」

 

 ひまりちゃんは巴ちゃんからすぐに離れ、足早に教室を出た。

 

 「おい、ひまり! 全く……世話が焼けるな〜。蘭も早く行こうぜ?」

 

 「あたしは掃除道具しまったらすぐ向かうね」

 

 「わかった!じゃあ、B組で待ってるな!」

 

 巴もひまりに続き、教室を出る。

 B組の教室に行くってことは葵もそこにーーー。

 

 「……ダメだ、考えてもきりがない」

 

 あたしはモヤモヤとした煩わしいこの気持ちを、教室で集めたゴミと共にゴミ袋に放り投げた。もう考えなくてもいいように。

 

 今の葵はAfterglowとして、美竹家の跡取りとして、ひまりの想い人として高校生活を謳歌してる。

 姉として、あたしがそれを邪魔するわけにはいかない。

 

 「……この1週間考えてたことは全て忘れよう。今度からは抱え込むだけじゃなくて誰かに相談できるようになれたらいいな……」

 

 少しだけ軽くなった心の中と、常に軽い学生鞄を持ちB組に向かうーーー。

 

 

 

 

 

 葵side

 『漫画を描く』と威勢良く言ったはいいものの、物語の内容が上手くまとまらない。

 

 「う〜ん……マンガを描く前にそのマンガの内容が思いつかないね」

 

 「改めて思ったけど、マンガを描く人ってすごいんだね……」

 

 「モカちゃんギブア〜ップ……」

 

 3人とも頭を抱えて悩んでいると、B組の扉が勢いよく開らく。

 

 「ひまりちゃん、参上〜☆」

 

 その元気はつらつとした声の主、ひまりちゃんは満面の笑みを浮かべ教室に現れた。

 

 「みんな〜! どうしたの、そんな暗い顔して〜? そんなんじゃ、幸せは巡ってこないよ〜!」

 

 「こら、ひまり! 3人に迷惑だろ。静かにしないと……」

 

 「『コンビニスイーツ買ってあげない』って巴の目が言ってるよ、ひまり」

 

 「ちょっ!? それだけはやめて〜! 静かにするからぁ〜」

 

 ひまりちゃんに続き、巴ちゃんと蘭もそれぞれの用事を終えて教室に入る。

 コンビニスイーツ……ということは、ひまりちゃんはまた、もので吊られて何かしたということかな?

 

 「ちなみにだけど、3人とも何してるの?ずっと頭を抱えてるみたいだったけど?」

 

 「じ、実はね、私たちでマンガを描こうって話になって……」

 

 「「「マンガを描く!?」」」

 

 「モカちゃんの好きなマンガが今週で連載終了になっちゃって……」

 

 「モカちゃんが好きそうなマンガが無さそうだったから、いっそのことモカちゃんたちでマンガをつくっちゃお〜ってこと〜」

 

 「あっはは、また突発的なアイデアだな」

 

 「原因はモカじゃん」

 

 各々が思い思いに話していると、ひまりちゃんから純粋な疑問をぶつけてきた。

 

 「具体的にはどんなストーリーなの?」

 

 「ええっと、とりあえず私たちが好きなジャンルを固めてみようってことになって……」

 

 「バトルシーンがある少女マンガみたいな感じ〜?」

 

 「なるほど……わたしは断然恋愛ものが好きだなぁ!」

 

 「アタシもモカと同じ系統だな」

 

 「あたしもモカとひまりから借りて見るぐらい」

 

 「実はというと、蘭の部屋には君に◯けが全巻そろ……」

 

 ボクの言葉を遮るように、蘭の鉄拳がボクの頭に炸裂する。

 

 「それ以上言ったら怒るよ」

 

 「もう怒ってんじゃん……」

 

 「そういえば、動物に生まれ変わった主人公が悪い動物たちを倒してどんどん仲間にしていくってマンガが流行ってるらしいよ!」

 

 「じゃあ、『獣人の主人公が仲間たちと共に悪い敵を倒していき、最初の仲間になる幼馴染と恋に落ちていくバトル&恋愛マンガ』っていうのでどぉ〜?」

 

 「うん! すごくいいと思うよ!」

 

 「ちょっと分かりにくいけど、モカにしてはちゃんとまとめられたんじゃない?」

 

 「じゃあ、ネタは決まったところで明日はボクの家でマンガの詳しい内容を考えよう!」

 

 「「おぉ〜!」」

 

 「アタシも面白そうだから行こうかな!」

 

 「わたしも部活ないから行く〜!」

 

 「あたしの家だし、もちろん参加で」

 

 17時半を回ったところで、僕たちは帰路に立つ。

 明日から起こる不可思議な出来事をボクたちは知る由もなかったーーー。

 

 

 

 

 

 ???side

 とんでもない裕福な家庭に生まれた、髪も瞳も金色に輝く少女は言った。

 

 「私もミッシェルみたいな、もふもふした可愛い動物の耳が欲しいわ!」

 

 その少女はさらに続ける。

 

 「みんなも動物の耳をつけてたら心配性で寂しがり屋のミッシェルもきっと、みんなとお友達になれてウルトラハッピーになるわよね!」

 

 なるほど……かしこまりました、お嬢様。

 

 まるで絵本や漫画にも出てきそうな出来事。実現して差し上げましょう。

 

 

 

 

 

 全ては、こころ様の為にーーー。




いかがだったでしょうか?

しばらくは読む専だったので、またこれから投稿していきます!

それでは次回もお楽しみに〜


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第28曲 世界が獣耳(けもみみ)に包まれたなら 〜犬耳 後編〜

どうもっ! お久しぶりです、山本 イツキです!

色々ありましたが執筆を無事終えました!

今回はあるキャラが、本性を現します!

それでは、本編スタートです!


 みんなと漫画の話をした次の日の朝。ボクたちの両親は昨日から仕事で京都に出かけており、家にはボクと蘭しかいない。

 

 今日は休日ということもあり、何時まで寝ていても誰にも文句を言われることはない。主にその恩恵を受けるのは蘭だけど……。

 

 時刻は7時……普通の高校生に比べたら早起きしてる方だろう。

 

 そんなことよりも、今日はなんだか体が軽いような気がする……。こういう日は外でランニングをするに限るが、昨日母さんから朝昼晩のご飯を作るように頼まれてる……少し古いが、『なんて日だ!』と言いたくなる。

 

 寝間着のまま部屋を出て、キッチンで朝食を作ろうと階段を降りようとしたその時ーーー。

 

 「うわぁ〜〜っ!? な、何これ!?」

 

 ボクの隣の部屋から、本来ならまだ寝てるであろう蘭の悲鳴が家中に響き渡った。

 悲鳴のする部屋へ全力で向かい、ノックもせず扉を開ける。

 

 「蘭!? 一体どうし………」

 

 そこには手鏡を右手に持ち、左手で頭についている黒色のモフモフした何かを触れている蘭の姿があった。

 

 「あ、葵……!? 頭……!?」

 

 「これは……なんの動物の耳かな……? 昨日はこんなの無かったよね?」

 

 「違う……! 葵の頭も……ほらっ!?」

 

 そう言い蘭は持っていた手鏡をボクに投げて渡す。難なくそれをキャッチし、自分の頭を確認するーーー。

 

 「な、なんだこれ〜〜っ!?」

 

 

 

 

 

 昨日のボクたちには無かった、何かが頭から生えている。()()()()()のではない、()()()()()のだ。

 

 思いっきり引っ張ってみると神経につながっているかのように、痛みを感じる。ヘッドホンをしても音楽が聴こえ、聴覚もある。正真正銘、本物の獣耳だ。

 逆に、元々ついている人間の耳を同じように引っ張っても痛みがなく、音楽もまるで聞こえない。痛覚も聴覚もすべて、この獣耳(みみ)に奪われたかのようにーーー。

 

 「さて、この獣耳の正体はなんなんだろうね……」

 

 「正体も何も、どうみても獣耳でしょ……」

 

 「テレビでも、携帯のニュースでも、このことを一切報じてないし……どうなっているのかな?」

 

 「父さんと母さんがいなくてホントよかった……こんな格好見られたくないし」

 

 「外を歩いている人も見当たらないし、情報を仕入れる手段が全くないね」

 

 2人で腕を組んで悩んでいると、Afterglowのグループチャットにメッセージが入る。

 互いに携帯を見ると、差出人はひまりちゃんからだった。

 

 『みんな!? 頭についてるこれ何!?』

 

 そのメッセージと共に添えられた写真には、ピンク色のふわふわとした獣耳がついたひまりちゃんが写っていた。

 

 「……あたしたちだけじゃなさそうだね」

 

 「うん……とりあえず返信返そうか」

 

 『あたしと葵も同じ状態だよ』

 

 『うそっ!? 写真見たい! 送って〜!』

 

 『あとでうちに来る時見れるから、その時ね! 他の3人はまだ寝てるのかな?』

 

 『あたしたち朝ごはん作って来るから、しばらく抜けるね』

 

 ひまりちゃんから了解のスタンプが送られ、既読をつけたところでボクたちは朝ごはんの支度をする。

 

 

 

 

 

 早々に朝食を作り終えグループチャットを確認すると、50件を超える通知が来ていた。全員が起床して、自分の姿に驚いてる様子だった。

 

 「クラスの子からも来てたから、羽丘学園の生徒全員が同じ状態かも……」

 

 「うん、それは間違いないだろうね。父さんと母さんから連絡が来ないってことは、2人は大丈夫ってことだと思うけど……」

 

 「はやくご飯食べて、今後の事をみんなと相談しないとね」

 

 早々に作った朝食を味わう事もなく、数十分で平らげ片付けを2人で済ませたあと、すぐにみんなに返信を返す。

 

 『みんなお待たせ。朝ごはん食べ終えた』

 

 『おはよ、蘭ちゃん!』

 

 『休日の朝からホント嫌になるよなぁ……』

 

 軽く挨拶を済ませてみんなのトーク履歴を見てみると、それぞれの写真が載せられていた。

 茶色の獣耳のつぐみちゃん。

 赤色の獣耳の巴ちゃん。

 銀色の獣耳のモカちゃん。

 

 モカちゃんに至っては尻尾まで付けていてノリノリの様子。……その尻尾の末端はどこに入っているの? いや、怖くて本人に聞けない、聞きたくない。

 

 しばらくやりとりしていると、ひまりちゃんと巴ちゃんから衝撃の事実を知らされる。

 

 『そういえば、お母さんは何ともなかったな……わたしたちみたいな獣耳なんかついてなかったよ』

 

 『アタシのとこも、あこは獣耳がついていたのに父さんと母さんは何もついてなかったな』

 

 『その事はまたあとで詳しく聞きたい!もしよかったら、今からボクたちの家に来れるかな? みんなと直接話したい!父さんと母さんはしばらく帰って来ないから大丈夫だよ!』

 

 全員から了承を得て、大急ぎで掃除機をかけ家の片付けを行う。

 その途中、蘭からある疑問を投げかけられる。

 

 「ねぇ、葵。なんであたしたちだけがこんな状態になったの?」

 

 「……わからない、誰の仕業とかも含めてね。あと十数分もしたらみんなが来るから、その時に詳しく話そう」

 

 「……わかった。二階の片付けやっとくね」

 

 みんなが来る直前に、ボクたちが普段使う場所の清掃を終えることができた。

 

 

 ピンポーン

 

 

 それと同時に家のチャイムが鳴り、みんなが来たことを告げられる。

 急いで玄関に向かい扉を開けると案の定、みんなは帽子を被るなりして頭の獣耳を隠していた。

 ただ、1人を除いてーーー。

 

 「やっほ〜! モカちゃん、到着〜」

 

 「あはは、モカちゃんはその獣耳を隠す気は全くないんだね」

 

 「葵くんも蘭も黒色なんだね! 2人ともお揃いで可愛い〜♡ モフモフさせて〜!」

 

 「う、うん。ほどほどにね?」

 

 ひまりちゃんに獣耳をモフモフされてる隣で、蘭はモカちゃんにある部分の疑問をぶつける。

 

 「モカ……尻尾はつけたままなの?」

 

 「まぁ、耳がこんなんだし〜? なんなら揃えちゃお〜みたいな?」

 

 「わ、わたしは絶対外でこんなの晒せない……」

 

 「アタシも流石にな……」

 

 「お店でこういうコスプレあるけど、私も恥ずかしくて着れないかな……」

 

 各々が話しながら廊下を渡り、いつもの居間に着き座布団に腰を下ろす。

 蘭が先陣を切り、口を開く。

 

 「それじゃあ、さっきグループチャットで言っていた2人の話を詳しく聞かせて?」

 

 「うん、私から話すね? 歩いてる途中もそうだったんだけど、お年寄りとか大人の人にはわたしたちみたいな獣耳はついてなかったの」

 

 「でも、あこには付いていたな。これらの事から言えるのは……」

 

 「この現象は、子供たちだけってこと?」

 

 「つぐみちゃんのいう通りだろうね。この事についての報道がないから、今日一日様子を見ようか」

 

 この現象についての結論が早々に出たところで、今日の本題に入る。

 ひまりちゃんが先陣を切り口を開く。

 

 「そういえば、昨日考えた漫画の事で今日集まったんだよね?」

 

 「あっ、そういえばそうだった!まさか、ボクたちが考えた世界がそのまま現実になるんだからビックリしたよ……」

 

 「モカちゃんはすごく幸せだよ〜? モカちゃんたちは今、漫画の主人公になりきれてるんだからねぇ〜♪」

 

 「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないぞ?」

 

 巴ちゃんの一言に、全員が笑顔で満たされる。そこで、つぐみちゃんが話を戻す。

 

 「昨日は物語のネタは決まって、詳しい内容はまだだったよね? 」

 

 「内容か……やっぱり、バトルがメインになるのかな?」

 

 「主人公には恋愛もして欲しい!」

 

 「主人公の親友が6人いて〜、一緒に冒険するとか〜?」

 

 「ライバルとか登場させたらあつくなるし、面白いかもなぁ!」

 

 漫画の主人公と同じ目線になることで、昨日でなかったアイデアが次々と溢れ出て来た。みんなの意見を、つぐみちゃんがノートに記し丁寧にまとめる。生徒会で培った力は伊達じゃない。

 

 夕方を迎えた現在では物語の構成を完璧に練り上げ、後は絵にするだけという段階に来ていた。

 

 「なんとかここまで来たね!」

 

 「絵はつぐみちゃん、ひまりちゃん、モカちゃんに任せるよ!」

 

 「葵くん、そこで相談なんだけどいいかな……?」

 

 主人公の絵を担当する事になったひまりちゃんがボクにある提案を持ちかける。

 

 「主人公の姿が全く頭に思い浮かばないから、葵くんをモデルにしてもいいかな?」

 

 「えっ!? ボクなんかでいいの?」

 

 「うん! これは葵くんにしか頼めないから……お願い!」

 

 ひまりちゃんはボクに両手を合わせ、必死に頭を下げてくれている。

 

 「それじゃあ……ボクでよかったらお願いしようかな?」

 

 「ありがと、葵くん! それでもしよかったら……ポーズとかとってもらって、何枚か写真に収めたいなぁって思ってるんだけど……いいかな?」

 

 「そ、それはちょっと……」

 

 「何言ってるの、葵?手伝うって言ったからにはちゃんと最後まで尽くさないとダメ」

 

 「そうだよ〜? あ、モカちゃんとお揃いの尻尾つけてあげるね〜?」

 

 「あっはは、モテモテだなぁ、葵〜」

 

 「あ、葵くん! ファイトッ!」

 

 「勘弁してよ〜! みんな〜!」

 

 それからボクは、あんな姿やこんな姿の写真を撮られることとなった。

 最後には全員で集合写真を撮り、この貴重な体験の締めくくりをし解散となった。

 

 今日撮られた写真は瞬時にAfterglowのグループチャットに送信され、ボクは辱めを受けることとなった。

 

 次の日になると頭にあった獣耳が綺麗さっぱり無くなり、元々あった耳に聴覚と痛覚が元に戻った。

 この獣耳化現象の真相を知るのは、まだ先の話ーーー。

 

 

 

 

 

 モカside

 

 今日一日の疲れを癒すべく、家に帰るとすぐに部屋に入り布団に飛び込む。

 

 「はぁ〜……今日もあーくん、面白かったなぁ〜」

 

 モカちゃんがやりたいことを実現し、みんなと一緒に同じことをやる。こんなに自由で楽しいことはそう無いんだろうなぁ……。

 

 ひーちゃんから送られた写真をふと覗いてみる。そこには、Afterglow全員の写真。そして、モカちゃんの尻尾をつけたあーくんの写真が数多くある。

 

 「可愛いねぇ〜♪ 思わず、ギュ〜ッてしたくなるよねぇ〜♪」

 

 これは恋愛とは別の感情だと思う。

 自分では分からないけど、あーくんに抱いているひーちゃんの想いとは少し異なる気がする。

 

 「ワンちゃんみたいに首輪つけて〜♪ 今日みたいに、獣耳とか尻尾とかつけて可愛がってみたいなぁ〜♪」

 

 

 そう、あたしがあーくんに抱いてる感情。それはーーー。

 

 

 「今すぐあーくん(きみ)を……飼い慣らし(しつけ)たい……♪」




いかがだったでしょうか?

モカちゃんのこの設定はかなり前から考えていて、ヤンデレアニメを見ていくうちに実装しようと決意する事にしました。

それでも、本人はヤンデレと自覚してませんが……。
モカ好きの方はごめんなさい!

次回もお楽しみに〜


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第29曲 自称銀髪美少女の 強襲

どうもっ! 山本イツキです!

私事が重なり、投稿が遅れて本当にすみません! しばらくは週一で執筆になりそうです……

そして、総UA数40000回を突破しました! ご愛読の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです!これからもよろしくお願いします!

長くなりましたが、本編スタートです!


 高校生活が始まり半年以上が過ぎた。

 季節は秋から冬に差し掛かり、中間服だった制服が完全に冬服へと移り変わった。3年生たちは大学の受験勉強で必死になっている頃だろう。

 

 時は同じく、Afterglow全員で描いた漫画は入賞することもなく終わりを迎えた。残念そうにしているみんなをよそに、考案者であるモカちゃんは何だか嬉しそうだった。

 少し疑問だったので本人に聞いてみた。

 

「……え〜、なんでって〜? う〜ん、そうだね〜……」

 

 モカちゃんはしばらく考えた後、満面の笑顔で答えてくれた。

 

 「Afterglow(あたしたち)ってジャンルがバラバラで、マンガでいったら別々の世界を無理矢理くっつけたみたいじゃん〜? モカちゃんはね〜、そんなみんなと一緒にいられることが大好きなんだよ〜♪」

 

 モカちゃんが満足してるなら良かった、とボクたちは一安心。

 『みんなと何か同じことをする』というのは、随分久しぶりな気がする。モカちゃんもそれを察して、今回のマンガ制作を提案したのかもしれないーーー。

 

 

 

 

 

 「1週間後には文化祭が始まります。もうすぐですので、早め早めの行動を心かげてください」

 

 羽丘学園の文化祭は、模擬店からステージ演出まで非常に本格的だ。

 

 各クラス1つのみ出店及び出演できる模擬店・ステージ演出の総合点で優勝を決め、優勝クラスには豪華商品が送られるからだ。

 

 模擬店やステージ出演……いやらしいまでの集客力、経営手腕を見せる生徒も珍しくない。

 

 クラス全体で模擬店とステージ演出をこなすのも可能だが、時間と労力が限りなく浪費する為これを実行するクラスは滅多にない。

 模擬店を全員でやり、ステージ演出をクラスの代表何名かでやるのがセオリーだ。

 

 ボクたちA組は後者のやり方を取り、甘味処の出店を決めた。理由は……自分で言うのもなんだけど、クラスのみんながボクと蘭の和服姿が見たいかららしい。

 

 今日は一日中、文化祭の準備に使える日となっている。今は調理室を借りて、ボクと蘭が中心となり和菓子作りを行なっている。

 甘味処で提供する和菓子も、看板も、テントもまだまだ未完成。

 

 急がなくてはーーー。

 

 「美竹くん! 生八つ橋の作り方教えて!」

 

 「私はぜんざいの作り方教えて!」

 

 「はーい!すぐ行くからちょっと待ってて!」

 

 クラスの女の子たちに断りを入れて、チラチラとこっちを見てる蘭のもとに駆け寄る。

 

 「ねぇ、蘭。ステージでやるダンスのことなんだけど……」

 

 「昼休みに体育館のステージで練習でしょ? ……あんまり無理したらダメだよ」

 

 「う、うん。それと……昨日はごめんね」

 

 「あたしは大丈夫、気にしないで。むしろ指摘してくれて嬉しかったんだし……ね?」

 

 実は、昨日ボクはテーブルの上に置いてあった蘭が作った和菓子を勝手に食べてしまった。おまけに、その和菓子の食べた感想を蘭に聞かれてしまった。

 

 相当の自信作だったのだろうか……取り繕ったような笑みを浮かべて、感想を言ったお礼をされたけど……。お互い、決して心地よいものではない。

 

 「美竹くん〜? まだ〜??」

 

 「呼んでるみたいだし、ボクは向こうを手伝ってくるね!」

 

 「あたしは教室の看板作りの方を見てくる。和菓子作りの方は、葵に任せるね」

 

 蘭はそうボクに告げ、エプロンを脱ぎ1年A組の教室に向かった。

 その後ろ姿に、いつもの勇ましさが全く感じられなかったーーー。

 

 

 

 

 

 あれから数時間が経過し、和菓子作りがひと段落ついた。

 教室の様子を見に行こうと廊下を歩いていると、文化祭で使うであろう衣装をまとったモカちゃんとバッタリ遭遇した。

 

 「あ〜、あーくんだ〜。やっほ〜♪」

 

 「どうしたの、モカちゃん? こんなところで」

 

 モカちゃんは顎に手を置きしばらく考えた後、満面の笑みで答えた。

 

 「ん〜とね、あーくんにお願いがあってきました〜」

 

 「ボクにお願い? 演劇の練習の手伝いかな?」

 

 「せいか〜い♪ モカちゃんはね、犬の飼い主役になったから、あーくんに犬の役やってほしいなぁと思って」

 

 「……ボクに拒否権はないの?」

 

 「ん〜とね……モカちゃんの犬にそんな権限な〜い♪」

 

 ボクは半ば呆れ気味に承諾し、ボクたちは誰もいない屋上に移動した。

 

 「具体的には、ボクはどんな台詞があるの?」

 

 「ん〜とね、『ワンッ!』って元気よく吠えるだけ〜♪」

 

 「まぁ犬だからね……そんなことより、ボクが犬のコスプレする意味はあるの?」

 

 それは先月発生した、獣耳化現象を彷彿させるかのような衣装……正直、モカちゃんからは悪意しか感じられない。

 

 「まずは形から入らないとね〜♪それじゃあいくよ〜。あーくん、お手!」

 

 「ワ、ワンッ(断ればよかったな……)」

 

 「よくできました〜♪ じゃあ次に、こっちおいで〜!」

 

 「ワ、ワンワンッ(早く終わりたい……)」

 

 「偉いね〜♪ じゃあ最後にあーくん、キス!」

 

 「ワ……え?」

 

 「こら〜、あーくんはモカちゃんの犬なんだから、ご主人様の言うこと聞く〜」

 

 モカちゃんは自分の腰に手を当て、むぅ〜っと頬を膨らませている。モカちゃんは昔からこうなったら、蘭並みに頑固になる。

 

 ボクが近付くと、モカちゃんは元の顔に戻り膨らませていた頬をボクに差し出した。とりあえず、ふりでこの場を凌いだ。

 

 「あーくん、ちゃんとキスしてない〜。まぁ、ひーちゃんがいるし仕方ないか〜……」

 

 「はぁ、やっと解放される……」

 

 「じゃあこれが本当の最後ね♪ あーくん、◯◯(ピー)……!

 

 「それだけは絶対ヤダ!!!」

 

 ボクはつけられていた耳と尻尾を外し、一目散にモカちゃんから距離を取る。

 

 「あーくん、逃げちゃった〜……まぁ、あーくんをちょっとだけ飼いならすことができたしいいや〜♪」

 

 モカちゃんは満面の笑みを浮かべ、こう告げた。

 

 「練習付き合ってくれてありがと、あーくん♡」

 

 こうして、モカちゃんは屋上を出る。

 この後すぐに巴ちゃんに、モカちゃんのことを話すと犬を飼う人間の役なんて出てこないらしい。

 

 モカちゃんの考えてることは、一体何なんだろうかーーー。

 

 

 

 

 

 それからあっという間に1週間が過ぎ、羽丘学園文化祭が開催された。

 ボクと蘭は、みんなの希望通り家から着物を持って来てそれを着用する。

 

 A組から歓喜の声が上がり、それが他クラス、他学年にもボクたちの噂は流れていった。

 

 ーーーA組の甘味処は、たちまち大盛況。

 ボクたち2人の着物姿を見ようと、お客様が殺到。また、美竹家の本格的な和菓子を含めて話題を呼んだ。

 

 「ひまりちゃん、参上〜☆」

 

 「葵〜、蘭〜、食べに来たぜ!」

 

 「モカちゃん、到着〜」

 

 「2人ともお疲れ様!すごいお客さんだね!」

 

 開店してしばらくすると、Afterglowの面々も来てくれた。午後からやる、ステージ演出の演劇で使う衣装を着てのご来店だった。

 

 「みんな、いらっしゃい!」

 

 「キャ〜〜♡ 葵くんカッコいい!!写メ撮らせて〜!!」

 

 「じゃあ〜、モカちゃんは蘭と撮る〜♪」

 

 「ちょっと、モカ!? 近いからもっと離れて……!

 

 その後も、全員で写真を撮るなどをして演劇の準備へと向かった。

 数分すると、少し意外なお客様が来店した。

 

 「美竹さん、美竹くん、調子はどうかしら?」

 

 「湊さん……! 来てくれたんですか?」

 

 「雄樹夜さんも……! ご来店ありがとうございます!」

 

 「すごい噂だったからな、お互い興味が湧いて来てみた。ほかのRoseliaメンバーも、もうじきくるはずだぜ」

 

 「それは感激です! ボクたちが作った和菓子、気に入っていただけると嬉しいです」

 

 雄樹夜さんはうっすらと笑みを浮かべ、オススメの生八ツ橋を購入してくれた。

 友希那さんも同じものを買ってくれ、喜んで食べてくれていた。

 

 午前の部が終了し、ボクたちの甘味処は全体で暫定2位。しかし、1位の3年生とは僅差。まだまだ逆転の可能性は残されている。

 

 勝負は午後から始まるステージ演出だーーー。




いかがだったでしょうか?

すごい中途半端に終わったのは、次が30話なのでキリがいいかなぁと……思っただけです笑

次回、文化祭を通して蘭に異変が……??

次回もお楽しみに〜


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第30話 仲良し姉弟の おこちゃま大戦争

本当にお久しぶりです、山本イツキです!

私事でなかなか執筆できず、本当に申し訳ありませんでした……

そして総UA数45000回、お気に入り数350を突破しました!

これからもご愛読、よろしくお願いします!


 ボクたちA組の甘味処は大盛況の甲斐があって、全ての品を完売し全学年合わせて暫定2位。

 校内放送でこの事が告げられ、ボクたちは歓喜と達成感で満たされた。

 体育祭でのリベンジを果たすべく、午後からのステージ演出に挑むーーー。

 

 

 

 

 

 「大変長らくお待たせしました!文化祭第2部、全学年生徒によるステージ演出の始まりです!」

 

 体育祭と同じアナウンスの人がステージ演出の開催を告げる。

 

 羽丘学園の体育館で行われるステージ演出は、この文化祭の目玉ということもあり非常に注目されている。

 羽丘学園の全生徒に加え、今日来場したお客様全員をこの体育館が埋め尽くす。

 

 ステージ演出の内容としては

 1.学年及びクラス別の出し物

 2.ミス・ハネオカ

 3.結果発表

 となっており、13時から始まり16時には終了する予定だ。

 1年生からステージ演出が始まり、2年生、3年生と続きクジ引きでクラスの発表順は決まっている。ボクたちA組は5番目、モカちゃんたちB組は1番目となっている。

 

 「それではまず、一年生の部から参ります! 初陣を飾るのは1年B組の演劇です!」

 

 ステージの幕が上がり演劇が始まる。

 劇の内容としては、"塔の上のラ◯ンツェル" を少しアレンジしてミュージカルのように仕上げている。

 

 役としてはつぐみちゃんがナレーション。

 

 「誰もいない森の奥。そこにそびえ立つ塔に、桃色の髪をした少女がいました。その女の子の髪には不思議な力が込められておりーーー」

 

 長いセリフも、全く噛むことなく語り切る。喫茶店での接客や生徒会の活動で、ますます『話す能力』が磨かれていた。

 

 主人公役はひまりちゃん。

 

 「明日はわたしの誕生日……一度でいいからこの塔を出てみたい……」

 

 健気で、か弱い女の子を表現するその演技力は観客の心を魅了する。

 髪も本来と同じく仕様になっていて、自分でその髪に足を滑らすことが多々あり、笑いに包まれることもあった。その時に見せるひまりちゃんの笑顔はなんというか……素直に可愛い。

 

 主人公の義母役のモカちゃん。

 

 「ふっふっふ〜、ひーちゃ……ラ◯ンツェル! あなたはこの塔から一生出られないのだ〜」

 

 どんな役を演じようと、モカちゃんはモカちゃんだった。途中、モカちゃんが歌うシーンがあり、カラオケで聞いた真剣な歌声でミュージカルを作り上げていた。

 観客も、本来と違うのんびりとした義母から発せられたその歌声に驚きの声が湧き上がった。

 

 主人公のプリンス役の巴ちゃん。

 

 「あっはは、男には所詮、嘘の評判だけしか無いことを覚えときな。お嬢ちゃん」

 

 元から男口調な上に、性格もイケメンなのでまさにピッタリな役と言える。おまけに、身体に抵抗がない……と言ったら蘭以上の鉄拳が飛んできそうなのでこれ以上はよそう。

 最後のキスシーンも……振りだろうが、舞台裏にいる僕の方に目線を向け謝罪の意を示していた。大きなお世話だ、全く。

 

 無事に演劇が終わり、幕が降りるーーー。

 舞台から降りてきた4人にボクと蘭は激励の言葉をかけに行く。

 

 「みんな、おつかれっ」

 

 「凄かったよ! ボク、すごく感動した!」

 

 「モカちゃんにかかればこんなもんだよ〜」

 

 「な、なんとか噛まずにナレーションできたよ」

 

 「わたしも! 髪長いからすっごく大変だったよ!」

 

 各々がさっきの演劇の感想を言ってる中、王子様役をしていた巴ちゃんが遠慮気味にボクを見ていた。

 

 「……なぁ、葵。怒って……ないかな?」

 

 「え? なんで?? 巴ちゃんにしか務まらない役をよくこなしてたと思うよ!」

 

 「そうじゃなくてさ……その……」

 

 巴ちゃんの言葉を察したのか、モカちゃんが切り込んできた。

 

 「あ〜、さてはトモちん。ひーちゃんとのキスシーンで謝りたいのですな〜?」

 

 「え!? そうなの!?」

 

 「まぁそうなんだけどな……あれはフリじゃなくて結構ガチなんだよ」

 

 「フリじゃなかったの!?」

 

 「わたしもビックリしたよ! 台本にはフリだって書いてたのに急にさ〜っ!」

 

 「あれはつい……な。この通りだ! 許してくれ!」

 

 巴ちゃんは両手を合わせ、頭を下げている。

 

 「ひまりちゃんに謝ったほうがいいと思うけど……?」

 

 「ひまりには、今日の帰りにコンビニスイーツ奢ることで手を打ったぜ?」

 

 「あ、そうなんだ……。まぁひまりちゃんがいいならいいんだけど」

 

 「ホントか!? ありがとな、葵!」

 

 巴ちゃんはキラキラと輝く満面の笑みを見せ、B組のみんなと共に客席に戻ったーーー。

 

 

 

 

 

 次々と一年生のステージ演出を終え、ボクたちの出番が近くなった。

 更衣室で着替えを済ませ、出演者待機室で蘭を待つ。ほんの数分したら、更衣室から蘭が衣装をまとい出てきた。

 

 「おまたせ、葵。……似合ってるじゃん」

 

 「蘭もだよ!この衣装を作ってくれた子に感謝だね!」

 

 ボクたちは、着物からクラスの子たちが作ってくれた衣装にチェンジした。

 某人気ボーカロイドの衣装を真似て作ってくれたのだが……その完成度は非常に高い。

 ボクたちの前のクラスのステージ演出が終わり、アナウンスがかけられた。

 

 「それじゃあ、A組のみんなの期待に応えられるように」

 

 「体育祭の借りを返せるように」

 

 「「いつも通りいこう!」」

 

 二人で顔を合わせて笑みを浮かべた後、ステージに立ちスタンバイするーーー。

 

 

 

 

 

 「一年生の部で最後のステージ演出となります! 1年A組の美竹姉弟による双子ダンスです!」

 

 ステージの幕が上がり、照明がボクたちをパッと照らす。

 直後、体育館は歓声に包まれた。衣装の完成度に驚く人。ボクたちの格好に驚く人。

 人それぞれだが、出だしは好調。あとはミスせずに演じきるだけだ。

 

 「1年A組の美竹 葵です! 歌いながら踊るので多少のミスが生じると思うので、温かい目で見てください!それでは、音楽お願いします」

 

 紹介が終わり、ボクたちが踊る曲「おこちゃま戦争」が流れる。

 今回の双子ダンスを提案したのは他でもない、蘭である。クラスのみんなに深々と頭を下げ、体育祭の借りを返したいという蘭の思いが伝わり、満場一致で決定した。

 

 約1ヶ月半の猛練習を経て、ボクと蘭はステージを華麗に演出するーーー。

 

 この曲には終盤になると、兄弟でそれぞれの愚痴を言い合う歌詞がある。本来なら、原曲通りの予定だったが直前に蘭から「オリジナルでいこう」という提案があった。

 

 1番、2番と差し掛かり終盤にまでもつれ込みボクたちのオリジナル歌詞を披露する。

 

 「蘭はいつも頑なに自分の主張をぶつけるから父さんと揉めるんだよボクがいつも仲裁に入っていることにもう少し感謝してほしいよ家事も全部ボクに任せてもういっそのことボクが今日から兄だからね」

 

 「葵はそうやっていつもいつも一人でなんでもやろうとするからあたしはいつも心配してるんだよあとあたしは姉として言ってるだけだからそれだけだからモカたちも言ってたよもう少し頼ってほしいって」

 

 「「あ゛ーもう!うるさい!(決定! 絶対決定!)」」

 

 そう言い終わった後に、蘭はマイクから口を離しボクだけに聞こえるようにそっとあることを告げる。

 

 「それでも……あたしは葵のこと大好きだよ……/// これからもよろしくね」

 

 あまりに唐突だったので何も返事をすることはできなかったが、後で自分の気持ちを伝えようと思う。日頃の感謝を込めてーーー。

 

 

 

 

 

 「それでは結果発表を行います! 栄えある第1位は……1年A組です!!」

 

 そのアナウンスと共に、ボクたちA組は歓喜に包まれた。ボクと蘭もなんとか使命を果たすことができ一安心。他クラスの人からも祝福を受け、蘭と共に賞状とトロフィーを受け取った。景品は放課後のお楽しみ……。

 

 同時に、ミス・ハネオカの結果発表も行われた。模擬店、ステージ演出での合計点と関係ないが、個人賞として貰える景品の価値はクラスの優勝で貰える景品以上の代物だという噂がある。

 ボクの知り合いで出場したのは、Roseliaのベース担当のリサ先輩と我らがAfterglowのベース担当ひまりちゃん。

 

 結果は他の女子を差し置いて、リサ先輩がぶっちぎりで2年連続の1位となった。リサ先輩らしい明るい色合いで整えられた服装は、会場の人の心を鷲掴みにした。

 ひまりちゃんも負けじと、ピンクと黒を基調とした服で挑んだが結果は3位。本人は悔しそうにしていたが、上級生相手に大健闘したと言えるだろう。

 

 文化祭後の帰り道ーーー。

 

 「わたし、ちゃんとコーディネート出来てた? 葵くん?」

 

 「うん! 誰がなんと言おうと、ひまりちゃんが1番だったとボクは思うよ!」

 

 「ホントに!? よ〜っし、来年は絶対リサ先輩に勝つぞ〜!!」

 

 「ヒューヒュー、二人共、みんなの前でおあついですな〜」

 

 「そうだぞ、モカ? 桃色の髪のお姫様が困ってるだろ?」

 

 「可愛かったよ、ひまりちゃん!」

 

 「ちょっと!? 茶化さないでよ〜!」

 

 四人のやりとりをしてる横で、ボクは蘭に近づいた。

 

 「ねぇ、蘭? ちょっといいかな?」

 

 「……なに? どうしたの?」

 

 文化祭のステージ演出で蘭がやったように、蘭にだけ聞こえるようにボクの気持ちを伝えた。

 

 「いつもボクの事を支えてくれてありがと! ボクも蘭のこと、大好きだよ/// 」

 

 蘭にそう告げ、みんなの会話に混ざる。

 

 「あーくん、蘭となに話してたの〜??」

 

 モカちゃんの質問に対しボクは、金色に輝く夕日をバックに満面の笑みで答えた。

 

 「二人だけの秘密♪」

 

 ボクはみんなにそう告げたが、特にひまりちゃんから質問責めにあった。

 その後ろで何も言わずに歩いている蘭の顔は、今出ている夕日よりも赤かった。

 そして、ふと目が合うと蘭は、その夕日よりもキラキラと輝く笑顔をボクだけに見せてくれたーーー。

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

久々の執筆であんまりまとまってないかも……感想等、聞かせていただけると幸いです!

次回は、ひまりちゃんと……!?

それでは、お楽しみに〜


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第31曲 心からずっと 一途に思ってるこの気持ちを 〜前編〜

あけましておめでとうございます、山本イツキです!

やっとの思いで執筆できました! 間が空いたから、字とか表現とか少しおかしいかもです……笑

総UA数50000、お気に入り数400突破しました! ご愛読の皆様、本当にありがとうございます!

今年も、Afterglow 〜夕日に焦がれし恋心〜 を、そして山本イツキをよろしくお願いします!

長くなりましたが、本編スタートです!


 ??side

 日照時間が刻一刻と短くなり、マフラーが恋しくなる時期が来た。それでも、音楽を奏でる少年少女たちはどこまでも熱く、そしてその音色は私の心に深く響いている。

 

 SPACE閉店から約半年。私、月島 まりなは前オーナーから場所をお借りし、改築を施し今日から新たなライブハウス『CIRCLE』が開店します!

 

 SPACEのラストライブ、商店街の路上ライブで私が目をつけた5つのグループに事前に声をかけ、今日の夕方に集まってもらうことになっている。まだ朝日が出たばかりの時間だけど、準備を始めるとしようーーー。

 

 

 

 

 

 葵side

 文化祭が終了し、2学期の行事は全て消化した。ずっと気になっていたクラスに送られた景品はトロフィーと表彰状、そして1ヶ月間食堂のメニュー単品無料券が送られた。

 別の購買で売ってるパンも対象らしいので、買ったパンをモカちゃんにあげるのもいいかもしれない……。

 

 「そういえば、今日なんだよなぁ」

 

 「あっ! そういえば今日だったね!」

 

 「えっ……? 今日って何かあったっけ??」

 

 巴ちゃん、つぐみちゃんの声かけに対し、ひまりちゃんの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。

 

 「ひまり……Afterglowのリーダーなんだからそれぐらいは把握しないと」

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 「それでも、本当に唐突だったよね。あのお姉さんに急に声をかけられて……」

 

 あれはつい先日のことーーー。

 いつも通りの帰り道で起きた出来事。

 

 「あっ、そこの羽丘の高校生の皆さん! ちょっといいかな?」

 

 なんの前触れもなく、見知らぬお姉さんがボクたちに話しかけてきた。黒髪でセミロングで、身長は巴ちゃんより少し低いぐらい。歳は大学生ぐらいのように見えた。

 

 「はい、何の用ですか?」

 

 巴ちゃんが質問するとそのお姉さんは、にこやかに答えた。

 

 「単刀直入に言うと、新オーナーの命により、あなたたちをスカウトしにきました!」

 

 あまりに突然の出来事で困惑するボクたちにそのお姉さんは続けて話す。

 

 「今度、この近くでライブハウスができることになってて……以前あったライブハウスで演奏してたグループと、路上ライブしてるグループの中から私がピックアップして声をかけてるの!」

 

 「ということは……SPACEの関係者の方ですか?」

 

 「まぁ、前オーナーの知り合いってところかな? SPACEの最後のライブ、拝見させてもらったよ、Afterglowさん?」

 

 「あたしたちのライブ、見てくれたんですか?」

 

 「客席の方でね。"True color"だったよね?すごくいい曲だった!」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 お姉さんは両手を合わせ、にこやかに答えた。さしずめ蘭もほんのりと赤く染まった頬をかき、嬉しそうに見えた。

 ここでつぐみちゃんが、お姉さんに疑問を問いかける。

 

 「えっと、私たちに用って……?」

 

 「あっ! ごめんね、本題に入らなくちゃね。来週の金曜日から『SPACE』に変わるライブハウス『CIRCLE』が開店するの!そこに、私が声をかける予定の残り4つのグループと共にCIRCLEを盛り上げて欲しいの!」

 

 「盛り上げるって、具体的には?」

 

 「CIRCLEのスタジオでどんどん練習とかライブをやってもらって欲しい……とかかな?」

 

 「おぉ〜、モカちゃんたちがライブして〜、CIRCLEにお金が入って、両者ウィンウィンですね〜♪」

 

 「表現が少し違う気がするけど、まぁそんな感じ!」

 

 要するに、お互いにメリットがあるということだ。蘭の思いつきで始まったこのグループだが、ここまで有名になると誰も思ってなかっただろう。

 

 「やるかやらないか、ボクは蘭に任せるよ。事の発端は蘭なんだからね」

 

 他の4人もボクに同調するように頷く。

 数秒の悩みの末、蘭の出した決断はーーー。

 

 「……やらせていただきます。せっかくの機会なので」

 

 「よしっ、そう言うと思ってたよ! それじゃあ、来週の金曜日、午後17時頃にCIRCLEに集合で。今日はありがとう!私は別のグループの子達に声をかけてくるね」

 

 そう言ってお姉さんは小走りで去っていった。ここで気になったことが1つ……。

 

 「あのお姉さんの名前、なんて言うんだろ?」

 

 「「「「「 ……あっ 」」」」」

 

 

 

 ーーーということがあったのだ。

 そして今日がその集合の日。巴ちゃんの情報によると、あこちゃんが所属しているRoseliaも呼ばれているらしい。残り3つのグループは名前すら伝えられていない。

 

 そうこうしていると、新ライブハウスであるCIRCLEに到着した。外装は全ライブハウスSPACEに似ている。ガラス張りの扉の中にカフェテリアがあり、和やかな雰囲気をかもちだしている。

 ほんの少しの緊張と高揚感を抱きつつ、新ライブハウス『CIRCLE』の扉を開くーーーと同時に頬を真っ赤に染めたひまりちゃんが扉を閉めた。

 

 「おいひまり!? なんで閉めたんだ!?」

 

 「だ、だって……奥の方に薫先輩がいたもん……」

 

 「薫先輩って……2年の瀬田先輩のことか!?」

 

 羽丘学園の演劇部2年、瀬田 薫先輩。他校にもその名が知れ渡っている超有名人だ。そんな人も蘭たちと同じガールズバンドを組んでいたとは……世の中とは狭いものだと実感させられる。

 

 「おぉ〜、テレビで見たことある人たちもおりますな〜♪」

 

 「Pastel*Palettsだね! モカちゃん!」

 

 「芸能人も招集するこの店のオーナーって一体何者なんだ……!?」

 

 しばらく中で待機していると、例のお姉さんが店の奥の扉から出てきた。

 話し声もピタリと止まる。

 

 「みんな、今日はきてくれてありがと! 自己紹介が遅れたけど、私は月島 まりな。気軽にまりなって呼んでね! 早速だけど、今日みんなに集まってもらった趣旨を説明します。」

 

 お姉さん……まりなさんは、一呼吸置き数秒の沈黙の時間が流れると、あることをボクたちに告げた。

 

 「今日みなさんに集まってもらった理由は1つ……今からファミリーレストランに行って親睦を深めてもらいます♪」

 

 『……え、えぇ〜〜!?!?』

 

 店内を各バンドのメンバーの驚きの声で満ちた。そして、流されるままファミレスに全員集結し今まで話したことない人とも関係を持つことが出来た。

 余談だが、それぞれのグループに男の人が一人ずつメンバーに加わっていた。どのように勧誘されたかなど人それぞれで、とても有意義な時間を過ごすことができた。

 連絡先も交換したことだし、これからも交流を深めていこうと思うーーー。

 

 

 

 

 

 それから数週間の時が流れ、12月24日、クリスマスイブを迎えた。春には桜が咲き乱れる並木道も今はイルミネーションと化し、煌びやかでキラキラと輝いている。

 待ち合わせ場所である時計塔の針は午後12時を指しており、ある人物との約束の時間を示している。

 

 「葵く〜ん!! お待たせ〜!!」

 

 ボクを呼ぶ声が聞こえる背後を振り向くと、右手を振りながら小走りしているひまりちゃんの姿があった。

 

 「ごめん! 待った!?」

 

 「ううん、ボクもさっき来たところだから気にしないで。今日は誘ってくれてありがと、ひまりちゃん」

 

 「う、うん……/// わたしの方こそ、今日はきてくれてありがと! それじゃあ行こっか♪」

 

 「いつもの『えい、えい、おー!』はしないの?」

 

 「こんな大勢いるようなところではしない!!」

 

 ひまりちゃんはそう言った後、真っ赤に染まった頬を膨らませた。

 

 「あははっ♪ ほら、早くしないと日が暮れちゃうよ?」

 

 「あ、そうだった! まずは電車で上野ヶ原水族館に行くよ!」

 

 「上野ヶ原水族館か、行くの久々だなぁ。楽しみだね!」

 

 ボクはひまりちゃんの横に並び、電車で水族館に向かった。そして、物陰からもう一人ーーー。

 

 パシャッ!

 

 「おぉ〜、これはこれは面白そうなもの見つけましたなぁ♪ 蘭にも連絡入れとこ〜っと、写メ送信〜」

 

 

 

 

 

 電車でおよそ20分。羽丘から少し遠い場所に位置する上野ヶ原には、大きい水族館があることで有名だ。最寄りに新幹線も通っており、県外や海外からの来場者も非常に多い。

 

 「そういえば、何日か前にペンギンが一羽脱走したってニュースが流れてたよね。無事に保護されたらしいけど……」

 

 「あ、それ保護したのハロー、ハッピーワールド!らしいよ。ほら、薫先輩が所属してるバンドの」

 

 「うそっ!? そんな偶然があるんだね、少し羨ましい……」

 

 「わたしもだよ〜! 間近でペンギンを見る機会なんてほとんどないからね!」

 

 そう二人で話していると、目的地である上野ヶ原水族館に到着した。入場ゲートにはデカデカとイルカショー、サンゴ大展示と書いた看板がぶら下がっていた。

 

 「ここに来たのは小学校以来かな? 家族みんなで行ってイルカショー見たの、懐かしいなぁ。それから、蘭が迷子になって父さんにこっ酷く怒られてたな。

『エイを泳いでるの追いかけてたらみんながいなくなった』って言ってた!」

 

 「あ、それわたしも葵くんのお母さんから聞いたことある! ホント突然だったらしいね、わたしは……なんだったかな? 何かが怖くてずっと泣いてた記憶がある///」

 

 「あっはは♪ ひまりちゃんらしいね」

 

 「わ、わたしらしいってどういう意味!?ねぇ、答えてよ、葵くん!!」

 

 「そのままの意味だよ♪ ほら、そんなに膨らませないで、早く行くよ?」

 

 「ちょっ!? 待ってよ〜、葵くん〜!!」

 

 ボクたちはパンフレットを店員さんからもらい、水族館内をまわりだした。

 

 モカちゃんside

 

 「……ほらね〜、二人とも一緒でしょ、蘭〜?」

 

 「それはモカが送ってきた写真でわかってたって。それで……なんであたしまで水族館に?」

 

 駅で二人のラブラブぶりを見たモカちゃんは、二人を尾行することに決めたのです〜。

 そこで蘭にも連絡したら、なんと近くにいるのだとか。これはもう連れてくしかないよね〜♪

 

 「あたし、帰りたいんだけど?」

 

 「えぇ〜、モカちゃんは悲しいよ〜。 ヨヨヨ〜」

 

 「……わかったから抱きつかないで! ほら、二人を見失うよ」

 

 「蘭もやる気になってきた〜?」

 

 「ちがっ!? 別に、そうじゃないし……!」

 

 「それじゃあ、フードコートで腹ごしらえしてから行こ〜!」

 

 「早速目的から外れてるし……」

 

 はたして、モカちゃんたちは無事に2人にバレずに尾行することができるのでしょ〜かーーー。




いかがだったでしょうか?

後半は近日公開予定です!

それでは、今年も体調には気をつけて。


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第32曲 心からずっと 一途に思ってるこの気持ちを 〜後編〜

どうもっ! 山本イツキです!

2日前の続編となります!

今回は、ひまり視点のお話となっています!

それでは、本編スタートです!


 (なんて幸せなんだろ〜♡)

 

 水槽一面、真っ青な水の中を優雅に泳ぐ魚たち。そして、それをわたしの好きな人と観れるというのは、どれほど幸せなことなのだろうか。さっきからにんまりとした顔が戻らない。

 心の中では、わたしに送る、わたしのための、わたしによる盛大なパレードが行われている。

 

 (こんな時間が永遠に続けばいいなぁ……なんてね!)

 

 「それで蘭がさ〜 ……ひまりちゃん、聞いてる?」

 

 「えっ!? う、うん、ちゃんと聞いてるよ!蘭も意外と、おっちょこちょいなところあるんだね!」

 

 ……いかんいかん。葵君の側にいるだけで満足してしまっている自分がいる。

 それでも、蘭が話しに出てくるあたり、すごく仲が良いってことだよね。羨ましい、すごくすごく。

 

 「そうなんだよ! 砂糖と塩をナチュラルに間違えるし、フライパンは月に2、3回はダメにするし……蘭は将来お嫁さんに出て、苦労するタイプだろうなぁ」

 

 「それ、蘭が聞いたら顔を真っ赤にして怒りそうだよね!そういえば、ボーカルをしてる人って、なんか変わってる人が多いよね? ハロハピのこころとか、ポピパの香澄とか」

 

 「ロゼリアの雄樹夜さんは、『友希那は歌は完璧だけど、それ以外はポンコツ』って言ってたな」

 

 「ひなさんも『あやちゃんってすぐ泣くから、るん♪ってくる!』って言ってたよ!」

 

 「CIRCLEで練習してるボーカリストは、やっぱり面白い人が多いね!」

 

 「みんなでライブとかやったら楽しそうだなぁ〜!」

 

 時間はあっという間に過ぎていき、イルカショーの開演が近づいてきた。

 休日ということもあってか、観客席は全て家族連れ、友達同士、そして……恋人同士で来ている人で埋め尽くされていた。

 幸運なことに、一番前の席を取ることができ、わたしたちの期待も更に高まる。

 

 「大変お待たせしました! まもなく、イルカショーの開演です!」

 

 観客たちの歓声とともに、5匹のイルカたちが水中からジャンプして登場した。そこから水槽の側面を泳ぎ、調教師さんの人に餌をもらいに行った。

 

 「こんな近くまで来てくれるなんてすごいね!」

 

 「5匹の息ぴったり! まるで、わたしたちの演奏みたいだね!」

 

 すると、水面からおよそ6メートルの高さのところに赤色のボールが降りてきた。

 

 「今からこのイルカがジャンプであのボールにタッチしてみせます! それではいきます、どうぞ!」

 

 調教師さんの合図とともに、1匹のイルカが水底へ泳ぎだし助走をつけ垂直に見事なジャンプを決めた。その見事な演技に、観客たちの拍手が喝采した。

 

 「すっごい綺麗に飛んだね!」

 

 「うん! すっごいかっこいい!!」

 

 そこからは、調教師さんと一緒に泳いだり、フライボードを口でキャッチしたり、フープを回したりと更に会場が熱狂に包まれる。

 イルカを更に増員し、10匹による高速の泳ぎと小ジャンプには驚かされた。

 職員がイルカの上に乗っている姿を見て、同時に『ポ◯モンのな◯のりだ!』と口を揃えて言い、2人で笑いあった。

 

 演技は順調に進んでいき、とうとう最終演目を迎えた。そして、調教師さんからあるとんでもないことを告げられた。

 

 「最後はイルカたち全員による大ジャンプです! かなりの水しぶきが上がりますので、必ずレインコートを着用するか、水をしのげる物をご用意下さい! 傘は禁止です!みなさん、準備はよろしいですか? 」

 

 「ね、ねぇ、葵くん……。わたし、演技が開始する時からなんとなく気がついてたんだけど……」

 

 葵くんの方に顔を向けると、わたしと同じように少し困った顔をしていた。

 

 「ボ、ボクはイルカの演技に夢中になって気がつかなかったけど……」

 

 「「そんなの持ってないよ!?!?」」

 

 そんなわたしたちに御構い無しでイルカたちは水底で助走をとり、一斉に大ジャンプした!……と同時に大量の水しぶきが飛んできて、わたしたちは全身ずぶ濡れになった。

 

 「あっはは……すっごい飛んできたね」

 

 「うぅ……寒い……でも、楽しかった!」

 

 こうして、手に汗握る約30分間のイルカたちによる演技が終了したーーー。

 

 

 

 

 

 イルカショーで冷えきった体を温めるべく、先にお土産コーナーでフードタオルを買うことにした。

 

 「きゃ〜〜っ♡ 葵くん、そのラッコのフードタオル似合いすぎ!!」

 

 「そ、そんなに……かな? ちょっと照れるな///」

 

 「うんっ! 写真撮ってもいい!? いいよね!?」

 

 苦笑いを浮かべる葵くんに構わず、わたしは持てる技術を尽くし、最高の角度で写真を撮る。

 

 「ひまりちゃんも、ペンギンのフードタオルすごく似合ってるよ! 我ながらナイスセンス!」

 

 「ありがとっ♪ ねぇ、一緒に写真撮ろ! 記念にさ!」

 

 「自撮りはひまりちゃんにお任せするよ、それじゃあ……お願い!」

 

 「いくよ〜! はいっ、チーズ!」

 

 わたしの合図とともに、2人揃って最高の笑顔で決めポーズをした。よし、これを携帯の待ち受けにしよう。

 それからわたしたちは再び、館内を回り始めた。入り口の看板にあったサンゴ大展示やアザラシ、巨大なサメやイワシの群れなど、どれも優雅で迫力があった。

 

 「あ、ほらっ、葵くん見て! あれがこころたちが保護してたペンギンだよ!」

 

 「ホントだっ! 名前は……ぺんちゃんって言うんだね、可愛い!」

 

 葵くんはそのぺんちゃんという名前に、ほんのりと笑みを浮かべていた。ダメだ、写真の時といい、その笑顔が眩しすぎて直視できない。

 君は生ける天使か、はたまた神様か? そんな自問自答をしてると、葵くんはいつも通りの和かな表情に戻り、わたしに聞いてきた。

 

 「そういえば、小腹空かない? 近くにフードコートがあるからそこ行こうよ。ボク甘いもの食べたい!」

 

 「いいね! わたしは甘いもの食べたい!」

 

 上野ヶ原水族館名物の "海の動物たちの形をした和菓子" 。きっとこれが目当てなんだろうな……と、わたしは内心、確信しながら葵くんについていく。結果は案の定、それである。

 

 「小学校以来だなぁ……それじゃあ、いただきます!」

 

 「わたしもいただきます!」

 

 わたしは、イルカやアザラシの顔がプリントされたマカロンを注文した。色とりどりで、見た目も味も素晴らしい。これぞまさにインスタ映え。

 

 「2人で過ごすことってあんまりなかったから、すごく楽しいね!」

 

 「う、うん!/// わたしも今、すごく幸せだよ」

 

 思わず赤くなった顔を隠す。すると、葵くんはポケットから携帯を取り出し、わたしの写真を撮った。

 

 「ちょっ!? なんで今撮ったの!?」

 

 葵くんは右手の親指で人差し指をそっとして顎に添えて、数秒考えた後、ケラケラと笑うように答えた。

 

 「ひまりちゃんのそういうとこ、普段じゃ見れないから写真に収めておきたいって思ったからだよ」

 

 「ならせめて、食べてるところ写真に撮ってよ〜!!」

 

 「わかったから、そんなに怒らないで」

 

 ぷりぷりするわたしに返事をして、それからまた葵くんは写真を撮ってくれた。もちろん、わたしも葵くんの食べてる瞬間を見逃さない。

 こうして時間はあっという間に過ぎていき、17時半……夕方を迎えた。

 

 「そろそろ帰ろっか。あんまり遅くなると、ひまりちゃんのご両親も心配するだろうし」

 

 「そうだね……あ、1つ寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」

 

 わたしのその言葉に、葵くんは首を傾げ、頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。

 

 「行きたいとこって?」

 

 「行ってみたらわかるよ! ほら、しゅっぱ〜つ!」

 

 葵くんの手を引っ張り、来た道を戻り電車に乗り込むーーー。

 

 

 モカちゃんside

 

 「いや〜、2人ともラブラブですなぁ♪」

 

 「いいことなんじゃない? 体育祭の後からあんまり関わりなかったらしいし」

 

 ほのぼのと言うモカちゃんに対し、蘭は相変わらず素っ気ない返事をする。

 

 「蘭〜、2人のこういう姿見て、なんとも思わない〜?」

 

 「別に……なんともない」

 

 そういう蘭だけど、さっきから目線が斜め左下に向いている。こういう時って、そう言ってるのと()()()()()()()()()()()()()()なんだよねぇ……。わかるよ〜、モカちゃんには。

 

 「モカちゃんは、いつでも相談乗るからねぇ、蘭〜」

 

 「わかったから抱きつかないで! はぁ……ついてくるんじゃなかったかな……」

 

 「ごめんって〜、今のモカちゃんたちは、2人を見守ることが仕事だからねぇ。この後どうする〜? 2人でまたどっか行くみたいだけど〜?」

 

 「あたし、帰る。葵より帰りが遅かったら怪しまれるから」

 

 わたしは蘭にゆるい感じで敬礼して、りょーかーいと返事をした直後、メールの着信音が鳴った。Afterglowのグループにつぐがメッセージを送っていた。

 

 「なになに〜……? な、なんだって〜」

 

 わたしはわざとらしく驚くと、蘭も携帯を開き、その内容を確認する。

 

 「明日って……まさか……!?」

 

 思わず、2人揃って息を飲んだ。その内容とはーーー。

 

 

 

 

 ひまりside

 わたしたちは再び、20分間電車に揺られて羽丘に帰ってきた。電車内では、「どこに行くの?」 「ひ・み・つ!」といった問答が断続的に続いた。

 駅からさらに歩いて、わたしたちは互いが知るある場所に到着した。

 

 「ここって……羽丘神社!?」

 

 「そう! あの時のわたしとは違うってとこ、葵くんに見せるよ!」

 

 「もう暗くなってるから、足元に注意してね!」

 

 わたしは、はーい、と少し適当に返事をし、階段の2段目を登ると同時にーーー

 

 「危ない!!」

 

 突如バランスを崩したわたしを、葵くんは肩を掴み支えてくれた。突然の出来事で、わたしは半ば放心し、無になってしまった。

 

 「だ、大丈夫!? 怪我はない!? 」

 

 葵くんのその一言により、わたしは閉ざされていた思考を呼び覚ました。

 

 「……あ、ごめんなさい!! わたしは大丈夫だよ! 葵くんの方こそ、手首とか痛めてない!?」

 

 「ひまりちゃんは軽いから平気だよ。どうする? 今日はもうやめとく?」

 

 葵くんは、心配そうにわたしの顔を見つめている。思わず、ドキッとしてしまうその顔をマジマジと見ることができなかったけど、いつもより強気で、一言伝えた。

 

 「わたしは大丈夫! 葵くんとどうしてもみたいものがあるから!///」

 

 葵くんは少し困った顔をして今けど、わたしの考えを理解してくれたのか、いつもの表情に戻り返事をしてくれた。

 

 「……わかった! でも、これ以上危ないと思ったらまた今度にしようね」

 

 「うんっ! 約束する!」

 

 こうしてわたしたちは、長い長い階段を一歩ずつ、慎重に進んでいった。

 

 「ひまりちゃん、ホントに体力ついたよね!もう直ぐでてっぺんだけど、全然息切らしてない」

 

 「えっへへ〜♪ 部活とバンドで鍛えたおかげだよ! 葵くんは相変わらずすごいね……」

 

 「それでも、中学の時よりだいぶ体力落ちたかな……また、父さんに稽古つけてもらわないと!」

 

 「頑張ってる葵くん、カッコいいよ!」

 

 そう言うと、葵くんは目線をずらし顔を少し赤くした。姉と同じ、照れてるとこういう反応をする。ツンデレの蘭と違い、ピュアで純粋な葵くんがやると、蘭とはまた違った可愛さが出る。うん、これも写メに収めたい。

 

 以前よりも早く、てっぺんに登ることができ以前のわたしとは違うところを葵くんに見せることができた。

 

 「どう、葵くん? わたしってやればできるでしょ??」

 

 胸を張り、どや〜っと威張るわたしに、葵くんは拍手と労いの言葉をかけてくれた。そしてわたしの頭を2回、ポンポンと叩いて撫でてくれた。

 あまりの気恥ずかしさに、距離を取ってしまう。お互いの顔は、今まで以上に真っ赤で、手を触れると沸騰してるように熱く火照っている。

 

 「今日は……普段できないこと、いっぱいしてるよね/// クリスマスイブだからかな?」

 

 「わ、わたしは嫌じゃないよ! むしろもっとしてほしいぐらいで……ボソッ」

 

 「またの機会にね……おぉ、ひまりちゃん、あそこ見てみてよ!」

 

 葵くんの手招きにつられて近づいてみると、そこにはイルミネーションなどで彩られた街一帯がキラキラと輝いていた。

 

 「すごい……綺麗……!!」

 

 「ひまりちゃんが見せたかったのって、この夜景のことだったの?」

 

 にこやかに聞いてくる葵くんに対し、わたしも同じように答えた。

 

 「うんっ! どうしても葵くんと2人で見てみたかったの! いつもは朝日が昇ったり、夕日が照り輝いて綺麗だから、夜景も絶対綺麗だって思って……それに、葵くんとなら尚更……ね///」

 

 この言葉を振り絞って伝えると、葵くんは両腕を広げ、わたしを優しく包み込んだ。

 

 「ごめんね……ひまりちゃんの思いに答えられなくて……。ボクも、ひまりちゃんが好きだよ。でも、今はどうしても、その気持ちに応えることができない。

高校を卒業して、立派な美竹家の後継になった時、まだその気持ちが続いているなら、ボクからも再度告白させてほしい」

 

 その言葉は時に甘く囁くように、時には激しく情熱的に、その声はこの夜空に映える。

 わたしはその言葉を聞き、眦から嬉し涙を流し続けた。わたしからも、言わなくちゃ……自分の気持ちを伝えなくちゃ……!!

 

 「……うん、待ってる!! わたしはずっとこの気持ちは変わらないよ!」

 

 葵くんの顔は見えなかったけど、小さく頷いてくれたのはわかった。

 後に気づいたことだけど、わたしの肩も少し湿り気を帯びていた。きっとわたしと同じように泣いていたんだろう。

 

 家に着いた今でもそのことが頭から離れられず、さっきから嬉し涙が止まらない。

 

 「わたし……葵くんに相応しい女になってみせる……!!」

 

 そう心に誓い、長い長いクリスマスイブの夜を一睡もすることなく過ごしたーーー。




いかがだったでしょうか?

2人がこれから先、どうなるかわかりませんが良い関係を築いていけるでしょう!!笑笑

皆様の感想、評価をお待ちしています!

次回はつぐみの家で……!? お楽しみに〜!


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第33曲 羽沢珈琲店に 聖夜の彩りを

お久しぶりです! 山本イツキです!

実に2ヶ月ぶり……その間、ご愛読いただいた皆様には感謝しかないです!
これからもよろしくお願いします!

今回はクリスマス回です、それでは本編スタートです!


 ひまりちゃんと水族館に行った次の日の朝。世間はクリスマスだ何だと、大盛り上がりだ。

 そんな中ボクは、一睡もできなかったこの寝不足の両目をこすり、むくりとベッドから起き上がる。

 

 カーテンを全開にし、朝日を体全体で浴び、両腕を上げかるく背伸びをする。

 

 

 「寝られるわけないよね……」

 

 

 そう独り言を嘆き、ハァーッと長いため息をつく。

 心の中で "今日も頑張るぞ! えい、えい、おー!" と自分にエールを送り、部屋の扉を開ける───。

 

 

 「「……あっ」」

 

 

 と、同時に隣の部屋の扉も開いた。

 

 

 「おはよ、蘭。その様子だと、昨日はなかなか寝付けなかったようだね」

 

 

 蘭は片手で自分の顔に触れた後、少しムッとしながら答える。

 

 

 「うっさい……そっちこそ、目の下にクマができてるよ?」

 

 「こ、これは……そう! 今日みんなとクリスマスパーティーをするのが楽しみで眠れなかったんだよ!」

 

 「葵って嘘つくの下手だよね……昨日の夜からずーっと、喜んでるような、うなされてるような変な声出してたよ。おかげで全然眠れなかったんだからね」

 

 「なっ!? この部屋の壁ってそんなに薄かったっけ……?」

 

 

 「冗談だから気にしないで。まぁ、あたしも似たような感じだったから」

 

 

 蘭は、クスリと笑みだけを残し、階段を降りていった。

 

 

 「……ん!? それってどういう意味!? ねぇ、蘭〜!!」

 

 

 その後、ボクの問いに、蘭が返事をすることは決してなかった。

 

 

 

 

 

 現在の時刻は、午前の9時。クリスマスパーティーは夜から羽沢珈琲店で行う予定……だったが、すでにボクたちは羽沢珈琲店に集合済みである。

 

 簡単にまとめると、つぐみちゃんのお母さんが急病で出られなくなってしまい、人手が足りなくなったらしい。

 そこでつぐみちゃんのお父さんが、つぐみちゃんの携帯を通じて1日だけボクたちにバイトを頼んで、今に至る。

 

 

 「みんな、今日はよろしくね!来てくれて本当に助かるよ……って! 目の下にクマが出来てるけど大丈夫!?」

 

 「「「まぁ……色々とありまして……」」」

 

 

 心配と驚きで慌てふためくつぐみちゃんに対し、ボク、ひまりちゃん、蘭の3人はどんよりとした口調で答える。

 

 

 「ひょっとして〜、ひーちゃんとあーくん昨日ナニかあったんじゃないの〜?」

 

 「もぉ〜! モカ、からかわないでー!!」

 

 

 ネタにするように笑うモカちゃんに対して、ひまりちゃんはいつも以上に顔を赤くして怒っている。

 ……正直、ボクも言い返しようがなくて、苦笑を浮かべているだけだった。

 今も思い出すだけで、心臓がうるさいくらいに脈打っている。

 

 

 「それはそうと、蘭はどうしたんだ?」

 

 「別に……何も……」

 

 「蘭は昨日、モカちゃんと一緒にいたもんね〜。きっと、今日が楽しみで寝られなかったんだよ〜」

 

 「モカ……! 葵と同じこと言わないで!」

 

 「おぉ〜、意思疎通〜」

 

 

 しばらくみんなで話していると、店の奥の扉からつぐみちゃんのお父さんが出てきた。

 いつも通りのダンディな服装と口調で、ボクたちに挨拶した後、キッチンで仕込みを始めた。それと同時に、つぐみちゃんも仕事の内容を説明し始めた。

 

 

 「えっと、内容は大きく分けて2つ。お父さんと一緒にキッチンに立つ "料理人" と、私と一緒に注文をとったり料理を出す "ホール" だよ!今日はクリスマス限定のパンケーキを出す予定だから、かなりのお客様が来店する予定だよ! 」

 

 

 羽沢珈琲店のTwitter、店頭でのチラシ配りでの宣伝のおかげで、今日の限定パンケーキの事はかなり話題になっている。

 一昨年はガトーショコラ、去年はフルーツタルトを出して、いずれも大好評で雑誌にも掲載されたことがある。

 

 

 「じゃあ、ひまりと葵は料理人で決まりだね」

 

 「「えっ!? なんでなの、蘭!?」」

 

 蘭は、やれやれという感じで続けた。

 

 「2人は料理得意だし、なにせ……あれだからさ」

 

 「ちょっ!? 蘭、何を言って……///」

 

 「よしっ! 2人は料理人で決定だな!」

 

 「巴まで!?///」

 

 「はいは〜い、モカちゃんも料理したいなぁ〜」

 

 「モカはつまみ食いばかりするだろうから、キッチンには絶対出入り禁止」

 

 「そ、そんな〜」

 

 

 そっぽを向く蘭に対し、モカちゃんはヨヨヨーと嘆いて、蘭の腕を離そうとしない。

 結局は、休憩時に最高の賄いを出してくれるという、つぐみちゃんのお父さんからのお告げで事なきを得た。

 

 開店30分前。羽沢珈琲店の制服に身を通し、新鮮さと少しばかりの違和感を感じる。

 

 普段はつぐみちゃんのお父さんが着用しているのを見ているだけで、それと同じものを着るとなると、話は別だ。

 みんなから散々『男の娘』とからかわれるボクに、この服装はどうだろうか?

 

 更衣室にあった大きな鏡で自分の用紙をチェックしていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

 

 「葵、入るぞ〜!」

 

 「ちょっと巴ちゃん!? ノックしないと葵くんに失礼だよ!!」

 

 

 巴ちゃんはボクの容姿を凝視したあと、ドッと笑い声をあげた。

 

 

 「あっはは、いつもより葵が大人っぽく見えるぞ!」

 

 「そう思ってるように聞こえないのはボクだけかな……つぐみちゃん?」

 

 「えっ!? えぇっと、意外性があるって巴ちゃんは言いたいんだと思うよ!うん!」

 

 

 言い切ったような顔をしているが、ボクにとっては全くフォローになっていない。そして、それを察したかのように、巴ちゃんは再び笑い声をあげた。

 巴ちゃんの笑い声が聞こえたのか、他のメンバーも男子更衣室に入ってきて、ボクの容姿を同じように凝視する。

 

 

 「おぉ〜、エモ〜い」

 

 

 モカちゃんの謎の一言。

 

 

 「葵……似合ってなさすぎ」

 

 

 蘭のストレートな一言。

 

 

 「わ、わたしはクールな感じが滲み出てて全然ありだと思うよ!カッコいい!!」

 

 

 ひまりちゃんの励ましの一言。

 

 

 「ボクのことはどうでもいいよ……それより、みんなエプロン似合ってるね!」

 

 「そ、そうかなぁ〜/// 」

 

 

 ボクの問いを遮るように、蘭はボクの手を引き男子更衣室を出た。

 それに続いて、他のメンバーも部屋を後にする。

 

 

 「よぉっし! 今日も1日頑張っちゃうぞ! えい、えい、お……」

 

 「おっしゃ、気合い入れていくか!」

 

 「つぐっていくよ〜」

 

 「う、うん!」

 

 「……って、ちょっと〜!!クリスマスぐらいみんなやってよ〜! 」

 

 

 ひまりちゃんの心からの叫びはみんなに届くことは決してなかった。

 

 

 

 

 キッチンに戻ってからは、つぐみちゃんのお父さんに簡単なメニュー作りを教わった。隠し味だとか、ルセットだとか……。一つ一つの料理に様々な工夫や思考が施されており、お父さんの羽沢珈琲店に対する思いや誇りといった感情を肌で感じられた。

 

 

 「二人とも、理解が早くて助かるよ」

 

 「わたしは普段からお菓子作りとかよくするんで、結構自信あります! ここの喫茶店の常連でもありますし!」

 

 

 自信満々に言うひまりちゃんに対し、つぐみちゃんのお父さんは静かに笑いながら話す。

 

 

 「ひまりくんの味覚には、いつもお世話になっているね。葵くんも普段はこういうことするのかい?」

 

 「和菓子ならまだしも洋菓子はあまり作る機会がないですね……。今日はたくさん学ばせて頂きます」

 

 「あぁ、君のご両親にも振舞ってみるといい。勿論、君のお姉さんにもね」

 

 

 ボクはニコッとした顔で返事をした後、決められた配置についた。お菓子の類はひまりちゃん、その他の料理をボク、盛り付けやコーヒーを淹れるのはつぐみちゃんのお父さんが担当することになった。

 

 開店まで残り0分。

 店の前はすでに行列ができていた。

 

 「羽沢珈琲店、開店です!」

 

 つぐみちゃんの一言で、大勢のお客様が来店し、店内はあっという間に人で埋め尽くされた。

 

 「ご注文受け付けます!」

 「いらっしゃいませ〜、コーヒーはいかがですか〜?」

 「えっと……い、いらっしゃいませ……お席にご案内します」

 「限定パンケーキが4つ! ナポリタン1つ! キリマンジャロ2つ、オーダー入りました!葵、ひまり、頼んだぞ!」

 

 瞬く間に、大量のオーダーが厨房内に飛び交う。

 ナポリタンに使う調理器具良し、材料良し、レシピも頭に入っている。

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。

 

 「よぉ〜っし!ひまりちゃんパワー全開でいくよ!! 巴、待っててね!!」

 

 「こっちもナポリタンの調理入ります! 時間ができたら、ひまりちゃんの方も手伝います!」

 

 Afterglowの、聖夜の戦いが幕を開けた───。

 

 

 

 

 

 開店から2時間程が経過した。

 ピークは完全に過ぎ、今はキッチンとホールを一人ずつで対応できる状態だ。

 つぐみちゃんとお父さんが店に残り、ボク達は喫茶店奥にある部屋で休憩を取っている。

 

 

 「なんか……ドッと疲れた……」

 

 

 蘭が開口一番、机にひれ伏した状態で話し出した。

 

 

 「まぁ、つぐはあの仕事量を一人でこなしてるからホント凄いよな」

 

 「つぐのつぐってる根源が、身にしみてわかった気がする〜」

 

 「生徒会にバンド、それからお店の手伝い……わたしには到底こなせないかも」

 

 「つぐみちゃんには本当、頭が下がるね」

 

 

 そうみんなと話していると、つぐみちゃん(当の本人)が部屋に入ってきた。

 

 

 「みんな、お疲れさ……」

 

 「つぐ〜〜!! いつもありがと〜〜!!」

 

 「ちょっ!? ひまりちゃん!?」

 

 

 ひまりちゃんは即座に立ち上がり、つぐみちゃんに泣きながら抱きついた。

 つぐみちゃんは、苦笑いしながらひまりちゃんの頭を撫でている。

 

 

 「15時まではわたしとお父さんで何とかなるから、みんなはしばらくここで待っててね! 今から賄いで、好きなものご馳走します!」

 

 

 全員で喜びの声をあげ、つぐみちゃんからもらったメニュー表をマジマジとみた。

 

 

 「あたしパンケーキとホットミルク〜♪」

 

 「わたしもパンケーキ! あと、紅茶!」

 

 「アタシは海鮮パスタ!」

 

 「ボクは、パンケーキとカフェオレにしようかな……蘭はどうする?」

 

 「ブラックコーヒーと抹茶のロールケーキでお願い」

 

 「ご注文承りました! 少々お待ちください♪」

 

 

 つぐみちゃんは笑顔で応対したあと、店内へと戻っていった。

 十数分もすると、ボク達が注文した全てのメニューが机に並んだ。言わずもがな、今年の限定メニューも最高に美味だった。

 

 

 

 

 

 「え〜っと、それじゃあみんな、お疲れ様!そして、メリークリスマ〜ス!!」

 

 

 ひまりちゃんの一言により、待ちに待ったクリスマスパーティが始まった。

 テーブルにズラリと並べられたご馳走に舌を唸らせながら、みんなで今日起きた出来事を談笑している。

 

 

 「そしたら巴が急に、"ラッシャイ!" なんて言い出すからビックリしたよ〜」

 

 「ついつい張り切りすぎてな」

 

 「ともちん目立ってたねぇ〜」

 

 「でも、お客様も褒めてたよ? 元気がいい子がいるって」

 

 「いやー! それほどでもないけどな!」

 

 「ともちん声大きいよ〜?」

 

 

 ドッと笑いが起きてる輪の中から一人外れ、窓からボーッと星空を眺める蘭に声をかけてみた。

 

 

 「蘭、今日も一日お疲れ様」

 

 「あ、うん。おつかれ」

 

 

 互いに労いの言葉をかけ、ジュースの入ったグラスをカチンと当てた。

 

 

 「夜空を見上げながら何を考えてたの?」

 

 

 蘭はグラスにそっと唇を添え、少量のジュースを飲んだあと再び視線を夜空に戻した。

 

 

 「なんか……今ならいい歌詞ができそうな気がする」

 

 

 それは何故か蘭に問うと、嬉しそうな顔で答えた。

 

 

 「普段体験できないことをしたり、普段見えない景色の中にいて……すごく新鮮だった」

 

 「もう10年以上も羽沢喫茶店でクリスマスパーティしてるけど、働くことなんてなかったからね」

 

 「声も仕草も口癖も、変わらないままのあたしたちだけど……どんな毎日も笑って過ごせてたよね」

 

 「うん! 今も昔もこれからも、みんな一緒に笑顔で彩られた毎日を送ろうね!」

 

 「もちろん。……みんな呼んでるみたいだし、あっちに混ざろっか」

 

 

 夜空に輝く星々に見劣りしない笑顔を見せてくれたあと、蘭はみんなの輪の中に入っていった。

 のちに、モカちゃんと巴ちゃんからの質問の嵐が吹き、つぐみちゃんとひまりちゃんは笑いながら見守っている。

 しかし、蘭が思わぬ一言を口にする。

 

 

 「これからの……あたしたちの将来の話」

 

 「……えっ? 蘭とあおいくん?(わたしたち)?」

 

 「うん、Afterglow(あたしたち)

 

 「あ、なるほど。二人が……あははは」

 

 「ねぇ、ひまり? 何か勘違いしてる……?」

 

 

 ひまりちゃんは少し青ざめた顔で蘭に聞いているが、蘭はいつも通り何食わぬ顔で答えている。

 明らかにひまりちゃんは、ボクと蘭が良からぬことを考えていると考えている。

 

 しかし、他の3人は蘭の言葉を理解したようだった。

 

 

 「噛み合ってるようで噛み合ってないな」

 

 「面白いからこのままにしとこ〜」

 

 「ちょっ!? モカちゃん!?」

 

 「蘭ちゃんも蘭ちゃんだけど、ひまりちゃんもひまりちゃんだよね」

 

 

 この後すぐにひまりちゃんの誤解を解き、クリスマスパーティを再開した……が、ご馳走は全てモカちゃんのお腹の中。

 食後にと出されたケーキも5人で1ホールなのに対し、モカちゃん用に用意された1ホールのケーキもモカちゃん1人で綺麗に平らげた。

 

 それはまさにブラックホール。

 辛味さえなければなんでも吸い込むその胃袋(ブラックホール)に、5人は改めて恐怖を覚えた。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

とりあえず、次話は年末年始の話を執筆しようかと思っています。

お楽しみに〜


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第34曲 気持ち新たに 初めの第一歩

総UA数60000回達成しました!

ご愛読の皆様、本当にありがとうございます!


 12月31日、大晦日。世界中の人々は皆、年納めで忙しいことだろう。

 テレビにおいては、毎年見ている紅白歌合戦や、お尻を叩かれたり蹴られたりされる年末恒例の笑ってはダメな番組を放送している。

 勿論、この番組は予約録画済だ。

 

 そんな時でもAfterglow(ボク達)はいつも通りの、笑顔で満ち溢れる時間をボク達の家でみんなと過ごしている。

 その仲の良さには、両親のみならずボク達も脱帽である。

 

 みんなが集まるきっかけを作ったのは意外にも、モカちゃんだった。

 曰く、『大晦日の夜に集まったついでに初詣に行こ〜♪』ということらしい。

 

 

 「それじゃ、"みんなと思い出を語ろうの会" を開催しまーす!!」

 

 「いぇーい、ヒューヒュー」

 

 

 声高らかにひまりちゃんの開会宣言がなされ、モカちゃんがわざとらしくそのテンションに乗っかった。

 

 

 「蘭ちゃん、。急に押しかけてごめんね……」

 

 「気にしなくていいよ、つぐみ」

 

 

 申し訳なさそうにするつぐみちゃんに対し、蘭は目を瞑り、俯き気味に答えた。

 しかし、口角が上がったその顔は心なしか、今日みんなで集まれたことへの喜びを感じているように見えた。

 

 現在の時刻は21時。

 蘭の部屋にみんなが集い、各々が持ってきたお菓子の袋を開け、うちの冷蔵庫から取り出したジュースをコップに注ぐ。

 

 

 「今年も色々あったよね〜」

 

 

 モカちゃんがポテトチップスをモリモリ食べながら呟いた。

 初めてづくしの毎日。そして、流れて行く時間は、まるで流れ星のように煌びやかであっという間だったと言えるだろう。

 

 

 「はいはーい! じゃあっ、みんなの今年で一番印象に残ってる出来事って何?」

 

 

 ひまりちゃんが右手を挙げ、体を前のめりにしながら聞いてきた。

 

 「アタシはやっぱり、初めてライブした時のことかな! あのドキドキと高揚感は、今でも鮮明に覚えてるよ」

 

 「私はこの前のクリスマスに、みんなと一緒に働いたことかな。お父さんもすごく楽しそうだったよ!」

 

 「モカちゃんは、獣耳が生えた時のことかな〜。みんなモフモフで可愛かった〜♪」

 

 「あたしはAfterglow結成の時かな。このメンバーで新しい思い出を作れると思って……嬉しかった」

 

 「ひーちゃんとあーくんは体育祭のことだよねぇ〜?」

 

 「こら〜っ! モカ!! わたしが言いたかったことを先に言わないの!! 」

 

 

 ぷりぷりと怒るひまりちゃんに対して、からかうようににモカちゃんが笑っている。

 ……ていうか、言うつもりだったんだ。ちょっとびっくり。

 

 

 「違ったか〜。じゃあ……二人で水族館に行った時のことかなぁ〜?」

 

 「ちょっ!? なんでそのこと知ってるの!? それも言おうと思ってたのに!!」

 

 「モカちゃんにかかればこんなものよ〜。ねぇ、蘭?」

 

 「なんでそれを今言うの……」

 

 

 蘭は、はぁーっと長いため息をついた。

 と言うことは、二人はその日の出来事はあらかた知っているということになる。

 今更隠し立てする必要もないが……人に見られるというのは恥ずかしいものだ。

 ……ていうか、それも言うつもりだったの? さらにびっくり

 

 

 「ねえねえ、あーくんは何かないの〜? 印象に残った思い出」

 

 

 モカちゃんはボクの顔を覗き込むように聞いてきた。それに続くように、他の4人の視線もボクに集まった。

 

 

 思い出……思い出か───。

 

 

 みんなの言う通り、去年とは比べ物にならないぐらい毎日が新鮮で刺激的だった。

 みんなとライブしていた時のことはもちろん、登下校や昼休み、演奏の練習や学校行事など、頭の中のフィルムはどれも、夜空に散らばる一等星のようにキラキラと輝いている。

 

 しかし、その中でも違った輝きをみせるフィルムがボクの脳裏に刺激を与える。

 

 

 

 『それは自分のことだよ!』と、ボクに訴えかけるように。

 

 

 ボクにとって一番印象に残ってる出来事、それは───

 

 

 

 

 「ひまりちゃんが、ボクに告白してくれたことかな」

 

 

 

 

 …………数秒の沈黙が流れる。

 

 

 

 ───反応は各々違ったが、ひまりちゃんもろともみんなから冷やかしを受ける。

 

 

 「ヒューヒュー、お似合いだね〜♪」

 

 「な、なんで二人は付き合ってないんだよ!?」

 

 「えっ!? 付き合ってなかったの?」

 

 「葵、ひまりの顔見てみて。これでもかってくらい真っ赤だよ」

 

 

 蘭の言葉通り、ひまりちゃんに顔を向けると、両手で耳まで真っ赤になった顔を懸命に隠していた。

 

 

 「うぅ……言わないで……/////」

 

 「みんな〜、あんまり言っちゃうと、ひーちゃんが幸せで死んじゃうよ〜?」

 

 「お、お願いだからやめて〜!///」

 

 「葵も、よくそういう事さらりと言えるよね……。中学の時とは大違い」

 

 「まぁ、嬉しかったのは事実だからね。それに、ボクだって成長するんです〜」

 

 

 不満げに頬を膨らませてそう言うと、蘭は声を出しながら笑い出し、みんなもそれに便乗して笑い出した。

 

 

 「……あ、もうこんな時間」

 

 

 蘭がそう呟くと同時に、みんなが一斉に部屋の時計を見た。

 

 

 「あれから1時間半も経ってるんだね……なんだかあっという間だよね!」

 

 「そうだな〜……」

 

 「そうだ、みんなお風呂はいって行く? 家でまだ入ってないでしょ?」

 

 「さーんせーい♪ それじゃ、あーくんも含めてみんなで一緒に…………」

 

 「「「「「入るわけない!/////」」」」」

 

 「だよね〜、あはは〜」

 

 「「「「「笑い事じゃない!///」」」」」

 

 

 

 

 

 

 「───はぁ、ホント勘弁してほしいよ、モカちゃん……」

 

 

 結果から言うと、みんなでお風呂に入ることはなくボクが先に入ることになった。

 最初は誰から入るか決まらず膠着状態だったが、モカちゃんがやけにボクが最初に入るように催促してきたので、それに甘えることにした。

 

 しかし……ああもわざとらしい態度をされたら疑いたくもなる。

 ()()()()()()()()()()()をしようとしていると───

 

 湯船の中で、みんながそんなことするはずないと、何度も何度も繰り返し言い続けて15分が経った。

 体がちっとも休まる気がしない。

 はぁーっと、おもむろにため息をつきお風呂を上がる───と同時に、風呂場前の扉から立ち去ろうとする足音が聞こえた。

 

 

 (ホント、わかりやすいんだから……)

 

 

 ボクは大きく息を吸い、逃げる途中であろう誰かに笑顔でこう叫んだ。

 

 

 「逃げても無駄だよー?みんなの考えてることはわかってるんだからね。怒るつもりもないから、黙ってそこで座っててね」

 

 

 1分と経たずに髪を乾かし、服を着ていつもより強めに扉を開ける。

 目の前には、縮こまってビクビクと震えているつぐみちゃんの姿があった。

 

 

 「えっと……ごめんね、怯えさせちゃって。本当に怒ってないから大丈夫だよ」

 

 「…………ご、ごめんなさぁぁぁい!!」

 

 

 つぐみちゃんが長い渡り廊下を上手に利用して、スライディング土下座を披露した。

 姿勢、角度、声量……どれも百点満点だね。お見事です! 心から賞賛を送ろう。

 

 

 「いや、本当にいいんだよ? ボクの部屋にいるであろう人たちにちょっとだけ注意してくるね」

 

 「私も共犯者だから、同行します……」

 

 

  ボクの部屋に近づくと、ガサゴソと物を漁っている音が聞こえる。

 何のためらいもなく、部屋の扉を開けた。

 

 

 「みんなはボクの部屋で何をしてるのかな?」

 

 

 開いた扉の部屋の中にはやはり、みんながいた。

 部屋にいた4人のうち3人はビクッと体を震わせ、顔をこっちに向けようとしなかった。しかしただ一人、モカちゃんは胸を張り笑いながらこう言った。

 

 

 「そんなの決まってるじゃーん。思春期の男子高校生の部屋にあるであろう()()かの本だよ〜」

 

 「ま、まぁ悪いとは思ったんだけどな。やっぱり気になるだろ! うん!」

 

 

 焦りからか、声が裏返り必死に肯定を求めてくる巴ちゃん。

 

 

 「あたしは最近、葵の部屋に入ってなかったから姉の使命を果たしに来ただけ」

 

 

 先ほどの焦りとは裏腹に、堂々と自分の意を唱える蘭。

 

 

 「わ、わたしも葵くんの好みが気になるかなぁ……なんて/////」

 

 「全く……ちゃんと言ってくれれば、調べても良かったのに。ちなみにだけど、そんないかがわしいものは、この部屋にはないよ」

 

 「え〜っ……つまんないな〜。でも、あーくんの携帯の履歴を調べれば───」

 

 「そんなもの残ってない!」

 

 モカちゃんがぶーっと不満げに頬を膨らませ、みんなも観念したかのようにナニか探しをやめた。

 

 

 「ほら、みんなもお風呂入ってきなよ」

 

 「葵くんまさか……蘭の部屋でわたしたちと同じようなことをしようと───」

 

 「するわけないでしょ!?///」

 

 「葵、もし何かしたら……」

 

 「わかってるよ!! 蘭の部屋には、単独では一歩も入らないよ!!」

 

 

 結局、2人と3人で別れてお風呂に入ることになり、誰かしらがボクを監視することとなった。

 

 

 

 

 

 みんながお風呂から上がったあとも、今年の思い出話は続いた。

 

 

 「それで巴がさぁ……あれ? つぐー?」

 

 「……………すぅ」

 

 「ありゃ、寝落ちしちゃったか」

 

 

 時計の針はもうすぐしたら12時を指す段階まで来ていた。今年が終わり、来年を迎えるまで刻一刻と迫っていく。

 

 

 「つぐ〜? 起きないとみんなと年越しできないよ〜?」

 

 「………はっ! ごめんね、普段はこんな時間に起きてることってないから……」

 

 つぐみちゃんが眠たそうに目をこする。

 他のみんなも、あくびをしたり、両手を上に伸ばして屈伸をしている。

 

 

 「あとほんのちょっとだよ! みんな〜、踏ん張れ〜!」

 

 「えい、えい、お〜」

 

 「……うそっ!? モカが乗ってくれた!?」

 

 

 

 そして、数分の時が流れ───

 

 

 

 「3…2…1……みんな、あけましておめでとうとう〜!!」

 

 「「「「「おめでとー!」」」」」

 

 

 「いやー、やっと年が明けたなー! どうする? 初詣行くか?」

 

 「今は人が多いだろうからやめとこうよ」

 

 「それもそうだね……あ! それじゃあ、参拝しない代わりに、ここで今年の願いをみんなで言い合わない?」

 

 

 みんなが頷き、賛成の意を示す。

 

 

 「モカちゃんは、今年も美味しいものと出会えますよーに」

 

 「アタシは、今年も楽しい祭りが開催されますよーに!」

 

 「私は、健康祈願!」

 

 「あたしは……今年もいつも通りのライブをみんなとできますように」

 

 「わたしは、部活のことと、ライブのことと、みんなのことと───」

 

 「ひーちゃん欲張りすぎー」

 

 

 みんながひまりちゃんをからかうように笑った後、ボクの番が来た。

 

 

 「ボクは、いつも通りみんなが笑顔で満ち溢れる生活が送れますよーに!」

 

 

 Afterglowの新たな物語が幕を開けた。

 

 




いかがだったでしょうか?

次回は有咲が登場予定!

お楽しみに〜


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第35曲 新友との 初冬のお茶会

どうもっ! 山本イツキです!

ごちうさコラボが始まり、最高にテンションが上がってます笑笑




 大抵の人間には"趣味"がある。体を動かすこと、歌うこと、部屋で読書をする人……数えたらきりがないが、その共通の趣味を通じて、学校やネットの中で友達になるのが殆どだろう。

 

 例えば、"女子高生の趣味といえば?" と聞いたのなら、大抵の人間はこう思っているだろう。オシャレ、プリクラ、カフェでお茶したり、美味しいスイーツを口にすること───。

 

 そう考えるのは決して間違いではない。むしろそう考えるのが妥当だろう。ただ、例外は必ずしも存在する。

 

 その典型的なのがこの私、市ヶ谷 有咲だ。

 

 

 「ふふ〜ん♪ 今日もいい枝っぷりだなぁ、トネガワ〜♪」

 

 何を隠そう、私は大の()()()()なのだ。

 整った樹形、つやつやと輝く幹の肌。その可愛さはまるで、部屋に置いているぬいぐるみ、ペットのようだと断言できる。

 

 変わった趣味に加えて、人見知りな性格だったから、私は学校ではなかなか友達ができなかった。

 だけど、半年前に香澄(あいつ)と出会ってから変わった。一度やめたピアノも再開し、個性豊かなバンドメンバーもできた。

 

 この前なんか、私と同じ趣味を持った他バンドの子と友達になることができてしまった。

 ネット越しじゃなく、現実(リアル)で。

 そして今日が待ちに待った約束の日。その子が私の家に遊びに来るのだ。

 

 

 

 プルルルル、プルルルル。

 

 

 

 突如なり出した携帯を手に取る。

 

 「はい、市ヶ谷です。……あ、着いた?……わかった、すぐ玄関行くね!」

 

 私は足早に玄関の扉を開けに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 葵side

 

 これは、昨日の夜に起きた出来事───

 

 

 「ねぇ葵。市ヶ谷 有咲って子、知ってる?」

 

 

 蘭から突然告げられた女の子の名前。

 他学校の人のことを話す蘭に内心、ボクは驚きを隠せなかった。

 

 「市ヶ谷さんって言ったら確か、ポッピンパーティのキーボードの人だよね?」

 

 「うん、この前遊んだ経緯もあって、家に来ないかって誘われるんだ。もちろん葵も」

 

 「いつの間に……でも、ボクでよければそのお誘い、受けさせてもらうよ」

 

 「わかった、有咲にも伝えとくね。それじゃあ、また明日。おやすみ」

 

 「うん。おやすみ」

 

 

 ───そして現在。

 ボクと蘭は今、市ヶ谷さんの家の前に立っている。"和"の印象が強い立派なお屋敷はどこか、うちと似たようなものを感じる。

 

 「うん。今、有咲の家の前。……わかった、待ってる」

 

 蘭は片耳に当てていた携帯を下ろし、上着のポケットにしまった。

 ここでボクはある疑問を蘭にぶつけた。

 

 「そういえば、市ヶ谷さんとはいつ知り合いになったの? 学校も違うし、あまり接点がないと思うんだけど」

 

 「ひまりとショッピングモールに行った時にたまたま会ったんだ。リサさんと、りみもね」

 

 「リサさんと牛込さんか……実際に、ポッピンパーティの二人と話してみてどうだった?」

 

 「りみはおっとりしてて可愛い感じだった。チョコレートが大好きで、ひまりとすごく話してた」

 

 「なるほど……市ヶ谷さんは?」

 

 「有咲はなんだか、あたしと同じような人だった。性格というかなんというか……。そういえば、盆栽育てるの趣味らしい。それでさ───」

 

 薄っすらと笑みを浮かべながら、蘭は話をする。自分と同じ趣味を持った人と友達になれて相当嬉しかったのか、終始笑顔で話し続けた。

 

 数分もすると、お屋敷の大きい木製の扉が独自の音を立てながら開いた。

 

 

 「二人ともいらっしゃい! 今日は来てくれてありがとう」

 

 

 扉の陰からひょっこりと市ヶ谷さんが顔を出した。

 透き通るような金色の髪をツインテールで束ね、はにかんだ笑顔で出迎えてくれた。

 

 

 

 「誘ってくれてありがと、有咲。紹介が遅れたけど、隣にいるのが双子の弟の葵」

 

 「美竹 葵です。今日は、誘ってくれてありがと!」

 

 笑顔で深々と頭を下げると、市ヶ谷さんは首と手をブンブンと振り、照れながら答えた。

 

 

 「い、いえ、こちらこそ!蘭ちゃんから美竹君の事を聞いてて、私も話してみたいなぁって思ってたし……ホント、来てくれて嬉しいです」

 

 「あはは、気軽に葵って呼んでよ。ボクも市ヶ谷さんのことは、蘭から色々聞いてから話してみたいと思ってたんだ」

 

 「ホントにっ!? 嬉しいな//// あ、私のことも有咲って呼んで欲しいな」

 

 

 市ヶ谷さん改め、有咲さんとほのぼのと会話していると、蘭がやれやれという感じで口を挟んだ。

 

 

 「あのさ……私が言うのもなんだけど、中でゆっくり話そうよ」

 

 「ご、ごめんね! それじゃあ、家の中案内するね」

 

 そう言って背を向けた有咲さんの後ろをついていく。

 そして、家の敷地内に入って思ったことが一つ……この家広すぎじゃないですか!?

 

 有咲さんのおばあちゃんが経営している質屋さんに加え、音楽設備が整った完全防音の蔵と盆栽が飾られている広い庭。先程から驚かされてばかりだ。

 蘭の表情を見ても、ボクと全く同じ反応をしているように見える。

 

 

 「蘭ちゃんたちの家も華道のお家元だからかなり広いでしょ?」

 

 「広いって言っても、さすがにあれほどの音楽設備は整ってないかな。正直羨ましい」

 

 

 さらに家の奥に進んでいくと、二つの小部屋が見えてきた。

 

 

 「ここが私も部屋でもう一つは私のお兄ちゃ……兄さんの部屋だよ」

 

 「そういえば、有咲さんってお兄さんがいたんだったね。みんなでファミレスに行った以来かな?」

 

 「うん。実は兄貴、昔から体がすごく弱くて、病気にかかったりして入退院をずっと繰り返してたんだ……。昔よりは回復してきているけど、まだ学校も休む時が多いんだ」

 

 

 有咲さんはうつむきながら語った。

 確かに、初めて会った時の第一印象は『華奢な人』だった。ボクよりも体つきは細く、顔も小さい。一般の高校男子と比べてもその差は歴然だろう。

 

 

 「でも、今日のことは兄貴にも話してるから大丈夫だよ。葵くんとも話してみたいって言ってたから、よかったら話してあげてほしいかな」

 

 「それじゃあ、あたしは有咲の部屋にいるから、葵はお兄さんの部屋に行ったら?」

 

 「そうだね、そうさせてもらおうかな。有咲さんには申し訳ないけど……」

 

 「い、いや、私は大丈夫! ちょっと声かけてくるから待っててね」

 

 

 そう言って、有咲さんはお兄さんの部屋の扉をノックして入っていった。

 会話は聞こえなかったが数秒もすると有咲さんは部屋から出てきて、親指と人差し指でオーケーのサインを出した。二人に別れを告げ、ボクはドアをノックする。

 

 

 「はい。どうぞ」

 

 

 お兄さんの返事を聞き、部屋に入る。

 中は10畳程の広さがあり、奥にはベッド、その付近に車椅子と松葉杖が置いてある。

 そして、白を基調とした家具の数々は、その人の性格が純真そうだと伺える。

 

 

 「ようこそ!お待ちしてました、美竹 葵くん」

 

 

 「い、いえ、こちらこそ。お招きいただきありがとうございます」

 

 

 ベッドに腰掛けている有咲さんのお兄さん──市ヶ谷 瑠偉(いちがや るい)さんに声をかけられた。

 少し長めの、透き通るような白い髪と肌。そして、日本人には滅多にいない赤と青のオッドアイの持ち主で、誰とでも敬語で話すのがこの人の特徴だ。

 初対面の時には、ロシアかヨーロッパ人のハーフのかと疑ったが、笑いながらそれを否定された。

 

 

 「そんなところで立ってないで、好きなところに座ってください。すぐにお茶をお出ししますね」

 

 「ありがとうございます! あ、家から抹茶わらび餅持ってきてるんで、良かったら有咲さんと食べてください」

 

 「本当ですか!? すごく嬉しいです!ありがたく受け取りますね」

 

 

 手土産を渡し、部屋の中心にあるミニテーブル付近にある座布団に腰を下ろした。

 そして、瑠偉さんはベッドからゆっくりと立ち上がり部屋に備え付きの冷蔵庫から紅茶を取り出し、ティーカップに注いだ。

 そこでボクは、ある疑問を投げかけた。

 

 

 「有咲さんからも聞いたんですけど、体があまり良くないんですか?」

 

 

 背を向けたままで表情は分からなかったが、先ほどと同じような口調で返答した。

 

 

 「そうですね……正直、良い状態とは言えないです。でも、最近は週に4回は学校に通えるようになりましたよ!」

 

 

 瑠偉さんから紅茶の入ったティーカップを受け取り、一口飲む。

 瑠偉さんは自分のティーカップを持って、ボクの向かい側に腰を下ろした。

 

 

 「葵くんは何か運動とかしているんですか?」

 

 「中学はサッカーをやってて、今は父から武術を学んでいます」

 

 「ホントですか!? 生まれた時から運動することを規制された人からしたらすごく羨ましいです! ……あ、度が過ぎましたね」

 

 

 ははは、と笑いながら、自虐とも言える瑠偉さんの返答に、ボクは信じられないといった心情が湧き出してきた。

 

 

 「()()()()()()()ですか?」

 

 「……………」

 

 

 瑠偉さんから先程までの笑顔が消え、涙ぐむような、過去を悲しむようにポツリポツリと語りはじめた。

 

 

 「……僕は生まれつき体が弱くて、ありとあらゆる病院で入退院を繰り返してきました。おばあちゃんも、まだ幼かった有咲も付き添ってくれて、僕自身はとても嬉しかったですね」

 

 

 そこで一区切りつけるように、瑠偉さんは紅茶を一口飲み、ふぅっと一息ついた後、話を続けた。

 

 

 「それでも……体調が良くなることはありませんでした。小学校にも、中学校にもロクに通えず、有咲も僕のことを気にしてか、あまり学校に行きたがりませんでしたね」

 

 「それだけ、瑠偉さんのことが心配だったんですよ、きっと」

 

 「でも……そのせいで有咲は、なかなか友達ができず、クラスでも孤立していたそうです。当時は申し訳ない気持ちでいっぱいでしたね……」

 

 

 有咲さんの印象が、ガラリと変わった。

 蘭から聞いた彼女の印象と、実際話してみたものとまるで違う。

 少し臆病で人見知り。こうしてみると、蘭の性格と酷似しているものがいくつもあった。だからこそ、仲良くなれたのだと実感した瞬間だった。

 

 

 「そ、それでも! 高校に入学してからは、香澄ちゃんたちと出会って、バンドをやりはじめて……毎日を本当に、楽しそうに過ごしてますよ!」

 

 

 瑠偉さんは、急激に明るい表情になり、そのことを強調するように話した。

 そこから先も、ボクの過去の話や蘭の話、これからのことなどを語り合った。

 しばらくしたら、隣の部屋から蘭と有咲さんが、ノックも無しに急いだような感じで部屋に入ってきた。

 

 

 「お兄ちゃ……兄さん! 」

 「ねぇ、葵!」

 

 「どうしたの? 有咲??」

 「何があったの? 蘭??」

 

 

 二人は間髪入れず、息を合わせて予想外のことを口にした。

 

 

 「「今から和菓子作って!!」」

 

 「「………えっ??」」

 

 

 ───頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。唐突の発言で、瑠偉さんも戸惑っている様子だった。

 

 

 要約すると、こうだ。

 ボク達が部屋で話している時、隣の部屋にいた二人も同じように話していて、2週間ほど前に駅の近くにできた和菓子屋さんの話題が出たらしい。

 そして、ボクと瑠偉さんが "和菓子を作れる上に、絶品だ" という話まで発展し『それじゃあ、お互いの作った和菓子を食べてみよう!』という感じになったという事だ。

 ボクは全然構わないが、瑠偉さんの体が心配だ。もしものことがあったら───

 

 

 「和菓子作りですか……面白そうですね! 久しぶりに作るのでワクワクします♪」

 

 

 …………どうやら、ボクの心配は無用だったらしい。

 

 

 「材料とかどうするの?」

 

 「下のキッチンに、ばあちゃんが用意してるから大丈夫だよ」

 

 「どっちが美味しくできるか、有咲とあたしで審査するから」

 

 

 ───そして、和菓子作り対決を強いられた。

 

 

 

 

 

 「は、ははは……美味しい……このねりきり……。生地の柔らかさはさることながら、餡の種類も豊富だし……凄すぎる」

 

 「こっちの上用饅頭も……。餡の甘さも絶妙で、雪兎の形ですごく可愛いし……正直、食べるのも惜しいね……」

 

 「「お粗末様です!」」

 

 

 あまりの美味しさから、某人気料理漫画のように服が若干はだけ、床にへたり込んでいた。オーバーリアクションのように感じたが、瑠偉さんの上用饅頭は絶品と言わざるを得ないものだったのは確かだ。

 

 ボクは、母さんに基礎から応用まで習いはしたか、瑠偉さんはどうなのだろうか?

 何度聞いても、『祖母の作っているのを見て覚えましたよ?』という返答しかない。

 その言葉から察すると『作り方は見たが、教わってはいない』ということだ。

 見るだけで物事を覚えるという才能に羨ましさを感じた。

 

 

 「せっかくなので、4人で話しませんか?丁度15時も回ってますし、茶菓子もここにありますし」

 

 「ちょっ……兄さん……。それは私達にとって凶器だ……」

 

 「葵も……もっと手を抜いてよ……」

 

 「そうは言われても、勝負って言われたら全力を出さないと相手にも失礼でしょ?」

 

 「そんなこともういいから……うちから持ってきたお菓子開けようよ……」

 

 

 ───瑠偉さんとの勝負がそんなこと扱いになった。2人のワガママっぷりに、瑠偉さんと顔を合わせて笑いあった。

 

 




いかがだったでしょうか?

今回はポピパストーリーの主人公(予定)のオリジナルキャラ、瑠偉さんが登場です!
各バンドの小説を書き切りたいですね笑笑

次回は、羽沢珈琲店でのストーリーとなる予定です!

この小説の評価・感想お待ちしてます!


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第36曲 新人店員の 自作菓子

どうもっ! 山本イツキです!

総UA数65000回達成しました! ご愛読の皆様、本当にありがとうございます!

恋愛裁判カバーきたー! ということで、いつもより多めの文章となっています。


 何故、日本には "冬" という季節がやってくるのだろうか───?

 

 

 まず、冬と言えば沢山のイベントが目白押しだ。

 クリスマスに年末年始の特番、バレンタイン……どれもすごく盛り上がるし、スキーやスノーボードのようなウィンタースポーツもボクは好きだ。

 花で言えば、クリスマスローズやパンジー、梅の花が凛々しく咲き誇っている。

 そしてなんと言っても、鍋などの温かい食べ物が非常に美味しく感じる素晴らしい季節といっても過言ではないだろう。

 

 しかし───それ以上にボクは寒いのが苦手だ。

 今年は例年よりも暖かい日が続いていたが、1月ともなればそうやすやすとそんな日が訪れることはない。

 どれだけ厚着をしても体はちっとも温まりはしないし、カイロは手放せないし……何より何時間もかけて温めたベッドから出てこられない。

 冬場のベッド(あいつ)はボクと一心同体、心の友、頭が上がらない存在となる。

 

 過去に、ボクが毛布にくるまっている様子を、蘭は『羽沢珈琲店のロールケーキ』という言葉で表現した。

 日替わりでしか食べられない、あれ程美味しいスイーツに例えられてボク自身嬉しかったけど、蘭にとっては全く別の意味で言ったのだろう。なにせ、目がそう語っていた。

 

 

 3学期の始業式もつい先日に終わり、学期末テストもしばらくは無いし、父さんと母さんは仕事で家にいないし、蘭は『駅前に用事がある』とだけ言い残し、家を出た。

 

 

 

 はっきりと言おう───ボクは今日、ものすっっごく暇だ。

 

 

 

 なにも予定が無いというのも非常に稀で、正直何をしたらいいかわからない。

 誰からも遊びの誘いが来ないと言うことは、みんなが何かしらの予定があるってことだろうから、連絡しようにもできない。

 

 

 「蘭から羽沢珈琲店のロールケーキに似てるって言われたのを思い出したら、無性にあそこのスイーツが食べたくなってきたな………よし、行くか!」

 

 

 自分でも呆れるほど、予定がすんなりと決まった───。

 

 

 

 

 

 玄関を出ると、アスファルトの歩道に雪がしんしんと降り積もり、近くの公園で子供たちがはしゃぐ声が聞こえる。

 家の側にある高さ5メートルは下らない梅の木は白色の花を咲かせており、降り続ける雪と相まって、その幻想的な風景に思わず心踊らされる。

 

 

 しかし、その中にも問題が一つ───。

 

 

 携帯の現在の気温計は、"()() " というボクには理解不能の数値を示していた。

 それに加え、冷たい風がビューッと容赦なく吹き続けている。それはまるで、ボクを家に引き返せと囁くように………。

 

 やっとの思いで羽沢珈琲店に到着し、扉を開けるとカランカランとベルの音が店内に鳴り響いた。

 

 

 「いらっしゃいませ〜……あ、アオイさん! お久しぶりですね!」

 

 

 ニコッとした笑顔で出迎えてくれたのは、この店でバイトをしている若宮 イヴさん。

 Pastel*Palettsに所属している彼女は、モデル業、3つの部活動の兼部、そして羽沢珈琲店でのバイトを全て卒なくこなす超個性派高校生だ。

 

 

 「久しぶり、イヴさん。まぁここ最近寒かったからね……今日はまったりとさせてもらうよ。そういえば、今日はつぐみちゃんの姿が見えないけど……非番なのかな?」

 

 「ツグミさんは生徒会の仕事で学校にいるそうです!」

 

 

 こんな日にも生徒会活動とは………つぐみちゃんの働きっぷりには感服するな。

 それにしても、今日はいつもよりお客さんが少ないような気がする。いや、開店してしばらく経つはずなのだが、お客さんがボクを含めて2人しかいない。

 きっと、町の人もこの寒さに耐えかねて家に引きこもっているんだろう。うん、そうに違いない。

 

 

 「そういえば、最近新しいバイトさんが加入したんです!」

 

 「新しいバイトさん?」

 

 「私より一つ年上で、すごくクールな人です! もう直ぐで出勤の時間ですよ!」

 

 

 イヴさんがそう言い終わると同時に店の扉が開かれ、カランカランとベルが鳴る。

 ボクよりも一回りほど大きい体つきで、短めに整えられた黒髪の上に多量の雪が積もっていた。

 

 

 「はぁ、さむかった……。師匠、お疲れ様です。湊 雄樹夜、ただいま到着しました」

 

 「え、えぇ〜!? ゆ、雄樹夜さん!?」

 

 

 予想だにしなかった人が現れた───。

 

 

 

 

 

 

 「まさか雄樹夜さんがここでバイトしてるなんて……知らなかったですよ」

 

 「色々と縁があってな。師匠……ここのマスターに、色々学ばせてもらっている」

 

 

 カウンター席に腰掛け、仕事服に着替えた雄樹夜さんに応対してもらっている。

 先程までいたお客さんもいなくなり、ボクの貸切状態となった。

 雄樹夜さんはボクが以前着たものと同じ仕事服に袖を通しているが、見た目からして

明らかにこちらの方が様になっている。

 ヘアワックスでセットした髪も、男らしい佇まいも、幾年もの経験を積んだバリスタにしか見えない。

 ここまで大人っぽく見せられること自体に羨ましさを感じる。

 

 

 「それで、注文は何にする? 因みにだが、今日の日替わりスイーツはビターに仕上げたロールケーキだぞ」

 

 

 ナイス!と思わず心の中で、雄樹夜さんにグーサインを出した。

 

 

 「それじゃあ……いつものブレンドと、ロールケーキをお願いします」

 

 「了解した。少しだけ待っててくれ」

 

 

 雄樹夜さんはミルでコーヒー豆を挽き、お湯を注いで数十秒蒸らす。これを3回ほど繰り返した。

 その間に冷蔵庫からボクが待ち望んでいたビターロールケーキを取り出し、手頃な大きさにカットし苺やバナナなどのフルーツを添えお皿に盛り付けた。

 

 

 「待たせたな。存分に味わうといい」

 

 「それじゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」

 

 

 コーヒーの苦味を強調しつつ、生地に練り込まれた蜂蜜の甘さややヨーグルト甘酸っぱさとの相性も抜群。もちろん、ブレンドの香りや味も申し分ない。

 

 

 「喜んでくれて何よりだ」

 

 「もう最高です! このロールケーキは、雄樹夜さんが調理したんですか?」

 

 

 すると雄樹夜さんは頬をかき、苦笑いしながら答えた。

 

 

 「残念だが、オレにここまで完成度の高いロールケーキを作ることはできない。なんなら、今ここで試食してみるか?」

 

 「まぁ誰もいないですし、せっかくなのでお願いします」

 

 「………ユ、ユキヤさん!? だ、大丈夫なんですか!?!?」

 

 

 声のする方を向くと、イヴさんの顔が青ざめていた。ガタガタと震えながら心配するかのような眼差しを送り、事の重大さを示している。

 

 

 「……どうしたの、イヴさん? そんなに心配なの??」

 

 「心配というか……不安というか……ものすごくキケンな気がします! はやくツグミさんのお父さんを呼ばなくては!」

 

 

 そこまで心配ならなぜこの人をキッチンに立たせるのか……。

 

 

 「それじゃあ、ボクが雄樹夜さんを見てるから、イヴさんは早くつぐみちゃんのお父さんを呼んできて」

 

 「はっ! 若宮イヴ、行って参ります!」

 

 

 右手の甲を心臓に当て敬礼した後、そそくさと店の奥へ入っていった。

 

 

 「…………と、イヴさんに言われてますが?雄樹夜さん、自信のほどは?」

 

 

 ボクがそう問いかけると、雄樹夜さんは自信満々に胸を張りながら答えた。

 

 

 「問題ない。ここでバイトを始めて7日目の実力を思い知らせてやる」

 

 

 ………問題ない?

 ………始めてから7日目の実力?

 

 

 どれも不安要素の塊じゃないですか!!

 

 

 その根拠のない自信はどこから湧き出てくるのか。通りでイヴさんが小動物のように怯えていたわけだ。

 人の判断基準というものは本当にわからない。

 

 頭の中でそう考えているうちに、雄樹夜さんは調理器具と材料の準備に取り掛かっていた。大小2つずつのボウルにハンドミキサーそして天板。牛乳に卵に生クリームとその他諸々……使っているものには、特に変わったものは見受けられない。強いて言うなら、インスタントコーヒーが置いてあるくらいか。

 

 

 「さぁ、始めるとするか」

 

 

 雄樹夜さんの、その声と同時に調理が始まった。

 

 オーブンを180度に熱して余熱した後、小さいボウルの中に卵黄と卵白を分け、それぞれに砂糖を入れて別立てで生地を作り始めた。

 

 ………調理風景を見ていても違和感などは全くなく、むしろ手際がいいように感じる。

 逆にイヴさんがあれ程慌てていたのが不自然に思えてきた。まさか、本当に7日でマスターしたのか?

 

 雄樹夜さんが調理を始めてしばらく経つと、イヴさんが用を済ませ戻ってきた。

 

 

 「つぐみちゃんのお父さんはなんて言ってたの?」

 

 「えっとですね、『ああ、それなら構わないよ。彼の好きなようにやらせてあげなさい』との事です!」

 

 つぐみちゃんのお父さんの声に似せたのか、すごくイケボな声と仕草で返答してきた。なんと言うか……すごく可愛らしい。

 

 

 「私には、ツグミさんのお父さんの考えが理解できません!」

 

 「そんなに酷いの!?」

 

 「騒がしいぞ、イヴ。今日こそ美味いもの食わせてやるから黙って見ていろ」

 

 「そう言って、前に作ったチーズケーキも、その前に作ったシュークリームも全然ダメダメだったじゃないですか!!」

 

 「あれはオレの経験が浅かったからだ。今日は葵もいるし、なんとかなるだろう」

 

 「料理に関して、ユキヤさんの言うことは信用できません!」

 

 

 ───どうやらボクは、雄樹夜さんの料理スキルを上げるアイテムか何かに任命されたようだ。

 そしてここまで必死になるイヴさんを、ボクは初めて目の当たりにした。

 

 そして、それからから1時間半が経過し全ての調理工程が終了した。

 

 

 「完成だ。さぁ、ご賞味あれ」

 

 先程と同じように、手頃な大きさにカットされ、フルーツを添えた皿を渡された。

 見た目という観点でいうと、このロールケーキは完璧といえる。生地のきめ細やかさといい、クリームのふんわり感といい、マスターが作ったロールケーキと瓜二つだ。

 

 さて、問題のお味は…………。

 

 

 「ア、アオイさん、本当に食べるんですか………? 」

 

 「ははっ、葵くんは勇敢だね」

 

 

 イヴさんが震えながら聞いてきた。そして、いつの間にか来ていたマスターも笑顔でボクを讃えてきた。

 

 

 「せっかく作ってくれた訳だしね。イヴさんもマスターも、よかったらどうですか?」

 

 「それを食べて命を落とすなら、切腹します」

 

 「僕も若宮くんと同じ意見だね」

 

 

 イヴさんはまるで汚物を見るかのような目線でロールケーキを指差し、もう片方の手で懐からおもちゃの切腹刀を取り出した。

 マスターは笑顔で、イヴさんと同じように懐からおもちゃの切腹刀をだした。

 

 

 ───ダメだ、この人達、本気(マジ)だ。

 

 フォークで一口大の大きさに切り、何のためらいもなく口に運ぶ。

 

 

 「………うっ!? こ、これは………!!」

 

 

 味の感想を言う間もなく、このロールケーキに意識を持っていかれた。

 その傍ら、マスターは線香に火をつけ、イヴさんは数珠を持ちお経を唱えていた。

 

 ………ちょっと、勝手にボクを殺さないでくださいよ。

 

 

 「どうだ、味の方は?」

 

 「雄樹夜くん、聞くまでも無いと思うんだが……」

 

 「ユキヤさんは次の犠牲者を出す前に二度と調理台に立たないでください!!」

 

 

 

 

 

 ───あれから何時間気絶していたのだろうか。ここは……更衣室かな、真っ白な天井が見える。

 そして、頭の下には柔らかい太もも、そして目の前にはスヤスヤと眠っている黒髪に赤いメッシュを入れている顔見知りの女子高生………ん!?

 

 

 「……………!?////」

 

 

 思わず飛び起き、その子の額と勢いよくぶつかってしまった。ボクはあまりの痛みに、床を転がり回る。その衝撃とボクのうめき声により、彼女───蘭も目覚めたようだ。

 

 

 「いった……! ちょっと葵、いきなり何すんの……!」

 

 

 蘭は赤くなった額を抑え、頭の上には怒りのマークが浮かび上がっていた。

 右手も握り拳を作っていて、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。

 

 

 「い、いや! これは偶然で……決してわざとじゃないんだよ!?」

 

 

 ボクがそう言うと、蘭はやれやれと言う感じでため息をつき、握り拳を解いた。

 お互い落ち着きを取り戻し、蘭が座っている横に腰掛けた。そして、蘭はいつも通りの口調で話しかけてきた。

 

 

 「それで? 湊さんが作ったロールケーキを食べて気絶したってホントなの? それって結構失礼なことだと思うけど」

 

 「はい……全て事実であります………」

 

 「その……そんなに不味かったの………?」

 

 

 不味い───と言う言葉で表現していいものだろうか? むしろ、不味いと言う言葉に失礼な気がする程、あのロールケーキには衝撃的な印象を受けた。

 

 調理したものを全てを暗黒物質(ダークマター)にするあの人でもなく、鍋の中に蝉の抜け殻などを入れる大柄な小学生でも無い。

 雄樹夜さんはその人達と違い、ちゃんと調理手順は守っている上に材料も極普通だ。正直、何がどうなってあれが出来るのか不思議で仕方ない。

 

 しかし、雄樹夜さんとあの人達が共通するものが一つある。

 それは、" 不味いという自覚がなく、人に料理を振舞っている "ということだ。

 

 

 「そういえば、なんで蘭がここにいるの?」

 

 「帰り道に羽沢珈琲店(ここ)でコーヒー飲もうかなって思って……来たら来たで葵が気絶してるから、起きるまでの2時間の間、介抱してあげてたって訳」

 

 

 誠に申し訳ございません。

 そういう敬意を込めて、無言で土の下に座った。

 

 

 「そういえば今お店の中で、リサさんとイヴが湊さんにおかし作り教えてるけど………葵もやる? あたしは教えられる自信ないから見物するだけど」

 

 

 なるほど、さっきから店内が活気付いていると思ったらそういうことか。

 料理上手のリサ先輩がいるなら問題ないと思うけど……あの料理を食べた後だと、いくらリサ先輩でも手が追えないのではないのか不安になる。

 

 

 「わかった、すぐ行くよ」

 

 

 先程のロールケーキの余韻が残っているからか、気だるげにそう答え店の中へ入っていった。

 

 

 「え〜っと、美竹 葵、復活しました」

 

 「あ、葵じゃん! やっほ〜☆ さっきはごめんね、うちの雄樹夜が変なもの食べさせたみたいで……」

 

 リサ先輩は手を合わせて、笑顔でボクに謝ってきた。

 腰まで届く長い髪をポニーテールでまとめ、エプロンを身にまとうその姿はまるで───。

 

 「……おい、葵。リサをそういう目で見るんじゃないぞ?」

 

 「そ、そんな訳ないですよ!」

 

 「アオイさん、ご復活おめでとうございます!」

 

 「ありがと、そしてごめんね、イヴさん……あの時に言ってたことを素直に聞いていれば……」

 

 「仕方ありません! アオイさんの好奇心を止めることはできませんから!」

 

 「………お前たち、今オレにすごく失礼なことを言っている気がするんだが?」

 

 「まぁまぁ、もうその辺にしといて、葵もほら! 雄樹夜に料理の仕方教えてあげて!」

 

 「わかりました! 雄樹夜さん、覚悟しててくださいね?」

 

 「あぁ、お前に教えを請うのは癪だが、ご教授願う」

 

 

 こうして、非公式の羽沢珈琲店料理教室が開催された───。

 

 

 

 

 

 「ダメだ……どうしても上手くいかない」

 

 

 あれから何時間も調理を続けては、自分で試食し続けている雄樹夜さんだが、成果が得られていない様子。

 まず、そのお菓子を誰も食べようとしないから成果が出ているかすらわからない。

 なにせ、あのリサ先輩ですら、雄樹夜さんの作ったお菓子に手をつけようとしないのだから。

 

 

 「何かいい方法はないのか? 葵、リサ?」

 

 

 雄樹夜さんの問いかけに対し、リサ先輩は腕を組み悩んでいるものの、解決策を見出せいない模様。

 実際に調理手順も全てあっている。材料もどれも普通だ。

 何がいけないのか、ボクもリサ先輩も全くわからない。イヴさんと蘭も含め、4人で懸命に考えていると、つぐみちゃんが学校から帰ってきた。

 

 

 「ただいま……….って!? みなさん、何をしてるんですか!?」

 

 「おぉ、つぐみか。おかえり」

 

 「おかえり〜、つぐみ! ちょこっとお邪魔してまーす!」

 

 「みんなで、雄樹夜さんがどうやったらお菓子を上手に作れるようになるのか……」

 

 「考えてるとこなんだけど、つぐみは何かいい案ない?」

 

 

 困惑した表情を浮かべるつぐみちゃんだったが、とんでもない案を出してきた。

 

 

 「実際に食べてみてもいいですか? 正直、それしか解決方法はないかと……」

 

 

 突然何を言いだすんだ!? 天に召されに行くだけだよ!!

 

 全員が止めに行く間もなく、つぐみちゃんは雄樹夜さんが作ったロールケーキを口にした。万事休す、そう思った瞬間───。

 

 

 「えっと……詳しいことは分かんないですけど、一つ一つの調理の時間とか気にしてますか?」

 

 「いや、気にしたことない。全部オレの感だな」

 

 

 ………その手があったか!!

 ボクとリサさんはお菓子作りそのものに手慣れてるから、" およその時間 " が分かるけど、雄樹夜さんはそれが無い。

 

 お菓子作りをよくする人が見落としがちの注意点だ。

 リサ先輩の顔を見ると、ボクと同じように理解したらしい。

 

 ここまで分かったなら、やる事は一つ。

 

 「「雄樹夜(さん)! 一つ一つの工程をちゃんと時間を測ってやって(ください)!!」」

 

 「了解した。それでやってみよう」

 

 

 そこからは早かった。

 全ての調理に時間を測りながらやる事で、何とかみんなが食べられるようになるまで成長した。みんな食べるのが怖くて、なかなか手をつけなかったが………。

 

 

 悪い事は言わない。

 

 料理が苦手な人は、ある程度の技術を身につけて、一つ一つ丁寧に時間も気にしながら調理場に立った方がいい───。

 

 




いかがだったでしょうか?

次回、バレンタイン編予定!

お楽しみに〜


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第37曲 チョコレートは 君のため 〜五等分の決意 前編〜

どうも、山本イツキです!

いつもご愛読いただきありがとうございます!!

今回は三編で構成しております! みんなが結構ぶっちゃけるので楽しんでいただけたら嬉しいです笑笑




 ひまりside

 

 決戦の日(バレンタインデー)まであと3日に迫った今日頃ごろ。

 一人キッチンに立ち、ズラリと並ぶ調理器具を巧みに使いこなし、自分史上最っっ高に美味しいチョコレートを作ろうとしている真っ最中だ。

 テンパリングの時間、チョコレートの形、甘さ加減などの調整も完璧にこなした。このわたしに抜かりはない。

 そして、何十回目となるであろうチョコレートの味見をする。

 

 ………美味しい!

 

 ─────でも、わたしが満足のいくチョコレートとは程遠い完成度だった。

 ただ、美味しいのは間違いない。

 普段からお菓子作りはしてるし、みんなからの評判も毎度のこと良い。胸を張って自慢できる唯一の特技だ。

 でも、私からしてみればこれは、ただ単に美味しいだけのチョコレートのように感じる。市販に出回っているものと大差ない、模範的な味。

 

 

 

 ─────こんな出来では、葵くんが心の底から喜んでくれるはずはない。

 

 

 

 わたしは作業を一旦中断し、ソファに腰掛け深いため息をついた。

 

 

 「はぁ………どうやったら、葵くんが喜ぶバレンタインチョコレートができるんだろ?」

 

 

 唐突だが、時は1週間前に遡る─────。

 

 その日は冬で稀に訪れる温暖な気温で、空からポカポカとした陽の光が差し込んできていた。

 外がいつもより暖かいこともあってお昼は屋上で食べようと、朝のうちに決まった。

 

 そして迎えたお昼休み。

 いつも通りみんなで輪になって、時々吹く冷たい風に震えながらも楽しく昼食を取っていた。

 わたしがチョコレート作りに邁進しようとしたきっかけはその時に、モカが不意に放った一言からだった。

 

 

 「そーいえば、みんなバレンタインのチョコレート作り始めてるの〜?」

 

 

 わたしはその言葉に思わずビクッと肩を震わせ、食事をするのを止めた。

 それもそのはずだ。去年まではただの友達としてチョコを渡していたが、体育祭での出来事の後から私と葵くんの関係は、それだけにとどまらない。

 わかりやすく言うと、友達以上恋人未満というところかな。………なんだか自分で言ってて恥ずかしくなってきた/////。

 

 

 「そういえばこのイベントって、トモちんとあーくんの独壇場じゃなーい?」

 

 「あ、あんまり恥ずかしいこと言うなよなあモカ〜」

 

 

 生けるトレンドマークこと巴は、ハロハピの薫先輩には劣るけど、同級生と下級生の女子の間で憧れの的になっている。

 その中性的な顔立ちと、モデルのように長い腕と脚。そして、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力の高さと懐の広さも持ち合わせていて、人気者になるのは当然のことだ。

 

 しかし噂では、同級生の女子から何度か告白されたことがあるらしいけど、本人はそのことに対して触れることはなく固く口を閉ざしている。まぁ、わたし達と毎日一緒に帰ってるから、おそらくは全て断っているのだろう。

 ………正直、幼馴染がイケない恋に落ちなくて内心ホッとしている。

 

 

 

 「去年はどっち多く貰えたんだっけ?」

 

 「私たちが渡した分を除いたら、葵くんが巴ちゃんより2つ多く貰ってたはずだよ!」

 

 「さっすがあーくん♪ モテモテだね〜」

 

 「つぐみちゃん! モカちゃん! ホント恥ずかしいからやめて/////」

 

 

 葵くんは言うまでもなく………モテモテだ。

 中学の時はサッカー部の主将だったし、今はAfterglowのボーカルとしてステージに立っているから、目立たないはずがないのだ。

 

 一生懸命頑張る姿も、時々見せる意地悪そうな顔も、そしてわたしが一番好きなキラキラと輝くその笑顔は、ありとあらゆる女の子を虜にする。勿論、わたしもその中のうちの一人。

 

 そう頭の中で考えていると、いつの間にか背後に回っていたモカが、ニヤニヤとしながらわたしの顔を覗き込むようにして話しかけてきた。

 

 

 「ひーちゃんはどうなの〜? チョコ作りは順調?」

 

 「も、勿論だよ!? うん、絶好調〜!!あはは………」

 

 「あ、ひまりのこの感じは、チョコ作りに行き詰まっているってことだよね?」

 

 

 蘭がくすりと笑いながら論破してきた。

 

 ………さすがは蘭。察しが良くて、ひまりちゃん、涙が出そうだよ。

 もちろん、何もしていないわけじゃないけど、どのようなチョコレートを作ろうかまだ悩んでいる最中だったのだ。

 

 

 「だ、大丈夫だよ!! 当日までには、みんなに最っっ高にSNS映えするチョコを渡すからね!」

 

 「ひーちゃん、ゴチで〜す♪」

 

 「ちょっ!!モカも用意してよね!?」

 

 

 ─────ということがあったのだ。

 あれからしばらく経つが、なんの進歩もなくて今に至る。

 

 友チョコ作りも大事だけど、その先にあるのは葵くんに渡す本命のチョコレート作り。

 今年はそれがわたしのメインだ。

 葵くんの笑顔の為だったらなんだってするし、どんな努力も惜しまない。わたしには、そんな覚悟が誰よりもある。

 葵くんへの気持ちも、チョコレートの味も、誰にも負けたくない。例え、その相手がAfterglow(おさななじみ)であっても─────。

 

 

 「………よしっ、休憩終わり! 続きはじめよ〜! 今日は何時間でも頑張っちゃうぞ〜!!」

 

 

 そう自分に喝を入れて、再びチョコ作りを開始した。

 

 

 

 

 

 次の日、わたしは結局一睡もすることなく朝を迎えた。

 携帯のインカメで自分の顔を見ると目の下にクマができていて、ちっとも可愛くない桃色の髪の少女の姿が映っていた。

 

 

 (ちょっと頑張りすぎたかな………)

 

 

 調理器具を一式手入れをして、元の場所に戻してから部屋に戻り学校の支度をする。

 

 一時間もすると、朝食を作り終えたお母さんから部屋から出てくるように声がかかる。

 適当に返事をして、重い足取りでテーブルに向かい、のそのそと朝ごはんを食べる。

 その様子を見かねたお母さんが、心配そうに話しかけてきた。

 

 

 「ひまり? なんだか顔色悪そうだけど、ちゃんと睡眠取れてるの? 夜遅くに台所で何かしてたみたいだけど………」

 

 「ううん、大丈夫だよ! みんなに最高のチョコレート渡したくってちょっと苦戦しててさ………」

 

 「そうなの、まぁ無理しないようにね」

 

 「わかった! それと、ごちそうさま!」

 

 

 わたしは取り繕った笑顔でお礼をし、みんなとの集合場所へと駆け足で向かった。

 登校中はと言うと、あまり会話には参加せず、ずーっとチョコレートのことを考えていた。

 体内の血液が全てドロドロに溶けたチョコレートに変わったかのようで、酸素や栄養素が全身に行き渡らない。

 

 午前中の授業もほぼ爆睡。今日はモカ以上に寝てたような気がする。ただ漠然と開かれたノートには何の記入もしていない真っ白なページが映る。まるで、チョコレート作りに行き詰まっている、わたしの頭の中みたいだ。これは、内申点が激下がりかな…………。

 

 そしてお昼休み。

 ここでも変わらずチョコレートのことばかり頭にちらつき、みんなの話が全く頭に入ってこない。"自分から話題を作る"ということを、わたしは高校になって初めてできなかった。

 お昼休み終了の五分前をを告げるチャイムが鳴り、みんなが教室へと戻りだした。

 でもその中で一人、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 他でもない、葵くんだった。

 

 

 「ひまりちゃん。最近体の調子悪そうだけど、ちゃんと睡眠取れてる? 授業中もほとんど寝てたって巴ちゃんたちが心配そうに言ってたけど………?」

 

 ─────すっごいデジャブ!

 朝にお母さんが言ってたことと殆ど同じだ。声のトーンも表情もまるきり同じ。

 思わずわたしはお腹を抱えて、吹き出して笑った。

 

 

 「な、何がそんなにおかしいの!?」

 

 「だって……! さっき言ったのお母さんとまるまる同じだったもん!! あはははは!」

 

 「そこまで笑う必要ないと思うよ!?」

 

 「こんなに笑ったの久しぶりかも! ありがと、葵くん! なんだか気が楽になったよ!バレンタイン、楽しみにしててね♪」

 

 

 わたしはそのまま、みんなの後を追って走り出した。

 

 

 「まぁ、ひまりちゃんが元気になってなによりかな」

 

 運命の日まで、あと2日─────。

 

 

 

 

 

 巴side

 

 「はぁ……とうとうあの日が近づいてきたか……」

 

 

 部屋にあるカレンダーを見つめ、思わずため息をつく。

 2月14日。思春期の男女が、夏祭りのように盛り上がりキャッキャするイベントだけど、アタシからしたらそう感じることはあまりない。

 

 それもそのはずだ。

 何しろアタシは、チョコを()()()よりも()()()が多いのだから─────。

 なんだか複雑な気持ちだ。

 これまでを振り返っても、同級生の男子達より圧倒的にもらってる数は多いし、告白された数も両手で数えられないぐらいにまで達した。

 もうこの際だからはっきり言おう。

 

 

 ──────アタシは、バレンタインデーが嫌いだ。

 なんだかいつも以上に、女として見られてないような気がして………。

 

 

 "もしアタシが葵と同じ男の子だったら" と、真剣に考えたこともある。

 思春期の女子としては、あまり喜ばしく悩みだ。友達に相談して、アタシの弱気になってる姿も見せたくないし……困ったものだ。

 

 そう考えていると、ノックもなしに誰かが部屋の中に勢いよく入ってきた。

 

 

 「おねーちゃん!! いま暇してるー?」

 

 「な、なんだあこか。今は暇してるけど、何かあったのか?」

 

 

 アタシの妹、あこにそう聞いてみると、先程とは裏腹に暗い表情になりポツリポツリと話しだした。

 

 

 「実はね、Roseliaのみんなにチョコレート渡したいんだけど………あこは作りかたわからないし、おねーちゃんと作りたいなぁと思って聞きにきたんだ」

 

 「なんだ、そんなことか。わかった、アタシもAfterglowのみんなにチョコレート渡さないといけないからな。一緒に作ろうか」

 

 「うん!! キッチンに材料は準備してるから、早く降りてきてね!」

 

 

 あこは、そう言い残しバタバタと慌ただしく部屋を出て行った。

 さっきまで考えていたことを頭の片隅に置いて、ゆっくりとあこの後を追ってキッチンに向かった。

 

 

 

 

 

 

 キッチンに着いたアタシとあこは、戸棚の奥にしまってあったエプロンを借りて、チョコ作りを始めた。

 とは言いながらも、板チョコを溶かして型を変えるだけで、味とかの変化は一切行わない。ひまりや葵みたく、お菓子作りが得意な訳じゃないからな。

 

 それでも実際、テンパリングは難しいしどのような形にするかもかなり悩んだけど、何とか二人であと冷蔵庫に冷やして完成という段階まできた。

 

 「手伝ってくれてありがと! おねーちゃん!」

 

 「まぁ、携帯で作り方見ながらだったけどな。アタシこそ、手伝ってくれてありがと、あこ」

 

 

 あこはニコニコとしながらお礼をしてきたので、アタシもお礼を込めてすこしだけ頭を撫でた。

 

 

 「そういえば、おねーちゃんはAfterglowの人たち以外にはチョコ渡さないの?」

 

 

 あこが純粋な目を向けて聞いてきた。

 まぁ気になるのは当然だよな。お互い思春期の身だし、少ないけど男子生徒もいる。

 あこに隠し事をするのも申し訳ないから、本心を伝えることにした。

 

 

 「そうだな、アタシはバレンタインデーでは渡さないで、ホワイトデーの時に渡そうかなって考えてるよ」

 

 「なるほど……おねーちゃんのクラスには男の子はいないの?」

 

 「何人かはいるけど、あんまり関わりがないから渡そうにもなんて言ったら分からないからな……。あこはどうなんだ?」

 

 「あこ!? うーん、男の子には渡さないかな。おねーちゃんと一緒で、何を話したらいいか全然分からないもん」

 

 「あはは、アタシと同じだな」

 

 「も〜っ! からかわないでよ〜!」

 

 

 ………なんだか、妹とこういう話するのってなんだかむず痒いな。

 すると、あこがなんだか照れたような様子で質問してきた。

 

 

 「おねーちゃんは、その……告白されたことあるの?」

 

 「あー……あると言われればあるな」

 

 「えっ!? 誰に誰に!?」

 

 「…………同級生の女子に」

 

 「なーんだ、男の子じゃないんだ」

 

 

 少しガッカリしたように気を落とすあこ。

 アタシだって、好きで告白されてる訳じゃないんだぞ〜!!

 

 

 「あこはどうなんだ?」

 

 「あこ? あこは1回もないよ?」

 

 「そ、そうなのか……。逆にこっちから聞くけど、好きな人ができたりはした事あるのか?」

 

 「うーん、雄樹夜さんはかっこいいと思うけど、りんりんとリサ姉と紗夜さん、友希那さんがいるからなぁ………。おねーちゃんは? 葵くんのことはどう思ってるの?」

 

 「まぁ、葵にはひまりがいるからな。まだ付き合ってないはないみたいだけど、両思いみたいなところがあるからな。アタシがどうこう言える立場じゃないよ。でも、友達としてチョコレートは渡すつもりだよ」

 

 

 ふーん、とあこは少しつまらなさそうに反応した。

 

 

 「葵君、おねーちゃんのことよく見てるしお似合いだと思うのにな〜」

 

 「そ、それはみんなにも言えることだからな!? それにあいつにはひまりが────」

 

 「ひーちゃんもだけど、おねーちゃんはそれ以上に幸せになって欲しいの! だっておねーちゃん、葵君と話してる時いつもより楽しそうだもん!」

 

 「………はい、この話はもうおしまい! 宿題あるの忘れてたから、アタシは部屋に戻るから、あこはお風呂沸かしといて!」

 

 「えぇ〜っ!? つまんないよ〜!!」

 

 

 不機嫌そうに嘆くあこを置いて、アタシは部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってからも、あこに言われたあの一言が頭にずっとちらついていた。

 

 

 『葵君と話してる時いつもより楽しそうだもん!』

 

 

 もちろんアタシは本気にしてる訳じゃないし、あこもそうやって言ってるけど、他人の不幸を願うような妹じゃないのは姉のアタシが一番わかっている。

 ましてや、幼馴染の恋愛に手を出すなんて………アタシには考えられない。

 

 でも、葵が他の男子とは全く異なることは確かだと思う。

 昔から男勝りで、口調も態度も女の子っぽくないアタシに対して葵はいつも、一人の女の子として接してくれた。

 葵は誰に対しても同じように、優しく接していたけど、アタシは特別嬉しく感じたことを昨日のことのように覚えている。

 

 

 ────これがアタシの初恋だったのか?

 

 

 そう考えたところで、首をブンブンと横に振って自分を否定した。

 腕相撲でも一度たりとも負けたことないし、背もアタシの方が高いし、ずっと弟みたいな存在だった…………けど、Afterglowの中で一番頼りにしていたかけがえのない幼馴染でもあった。

 

 無意識にアタシは携帯を手に取り、その幼馴染に電話をかけた。

 

 

 『………もしもし、巴ちゃん? どうしたの?巴ちゃんからかけてくるって珍しいね』

 

 『あぁ、ちょっとな。今時間大丈夫か?』

 

 『うん、大丈夫だよ。何があったの?』

 

 『今度のバレンタインデーの事でな………。正直、アタシはバレンタインデー嫌いなんだ』

 

 『バレンタインデーが、嫌い?』

 

 『あぁ。アタシってこんなんだから、普段から女の子として見られることってあまりないだろ? それが………ちょっとな』

 

 

 しばらくの沈黙の後、葵は宥めるように答えた。

 

 

 『巴ちゃんは巴ちゃんだよ!確かに、ボクより背が高いし、頼り甲斐があって羨ましいこともあるけど………。それ以上に巴ちゃんは、喜んでる顔とか照れてる顔とか、どれもこれも可愛いし、れっきとした女の子だよ! むしろその男っぽさも、巴ちゃんの一つの魅力だよ!』

 

 

 葵のその言葉一つ一つに、確かなものを感じた。

 アタシの悩みだった、男っぽさも魅力の一つだということ。そして、アタシもれっきとした一人の女の子だということ────。

 

 

 『………巴ちゃん? 大丈夫??」

 

 『大丈夫大丈夫、心配ないぞ。ありがとな葵。なんか、悩みが一気に吹っ飛んだ気がするよ。葵に相談してよかった』

 

 『巴ちゃんの力になれたなら、それが何よりだよ』

 

 『なんか、ひまりが葵に惚れる理由が改めてわかった気がするよ』

 

 『ちょっ!? 何言ってるの!!////』

 

 

 イタズラに笑うアタシに対して、電話越しでもわかるぐらい葵は照れるような感じで言い返してきた。

 

 

 『それじゃあ電話切るぞ。明日も学校だから、夜更かしするなよ!』

 

 『うん! それじゃあまた明日学校で! それじゃあ、おやすみ!』

 

 

 そしてアタシは、葵とのおよそ30分の通話を切った。

 

 

 「全く、あいつは………可愛いとか、そういうことはひまりに言えよな………」

 

 

 今はただ、自分の幸せよりもあの二人の恋愛を応援したいかな。

 両思いの二人を別れさせるなんて、そんなことしないしさせたくない。どんなことがあってもアタシが守ってみせる。

 冷蔵庫にあるチョコレートは、最高の幼馴染への感謝の印。心を込めて渡せたらいいな。

 

 そして葵への気持ちは、心の奥底にしまっておこう。いつかこの話が、大人になって笑い話になる、その日まで────。




いかがだったでしょうか??

次回は、つぐみ、蘭、モカの話になります!

お楽しみに〜!


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第38曲 チョコレートは 君のため 〜五等分の決意 中編〜

お久しぶりです、山本 イツキです!

第1話投稿からおよそ一年が経ちました

ご愛読の皆様、本当にありがとうございます!


 

 蘭side

 ここしばらくはAfterglowの中でもクラスの中でも、会話の内容がバレンタインデーの事で持ちきりになっていた。

 誰が誰に渡すとか………あんまり興味ないけど、クラスの子が考えていることはだいたい、"葵にバレンタインチョコを渡すこと"だろう。

 

 

 現に、あたしに葵の好みの味とか聞きに来た女子が何人もいた。

 

 

 あたしから言うのもなんだから、葵に直接聞いて詳しく教えてもらうように促してみても、恥ずかしがって聞きにいかない子も中にはいる。

 そんな気持ちじゃあ、到底チョコなんて渡せないだろうな………。葵はそんなこと気にする訳ないのに。

 

 かく言うあたしも、チョコレート作りなんて全くやっていない。と言うか、作り方の本やチョコのカタログすら買ってない。

 

 まぁ作ったとしても買ったとしても、どのみち葵にバレるからどうしたものかと悩んでる最中でもあった。

 

 だけど、家庭科の授業に先生からあることが告げられた。

 

 

 「2月14日はバレンタインデーということもあり、その日の授業では、みなさんには調理実習でチョコレートを作ってもらいます。材料も各自持参とします。」

 

 

 その言葉にクラス中がどよめいたが、先生はさらに言葉を続けた。

 

 

 「それともう一つ。今から1人一枚ずつ手紙を渡します。それは次の授業の時に作ったチョコと共にその相手に渡してもらうのでしっかりと記入しておいてください。その相手となる人を今からくじで決めます」

 

 

 ─────もう収集がつかないぐらいの騒ぎになった。

 要するに、どんな気弱な子でも、クラスの中心的立場の子でも…………勿論あたしでも、葵にチョコレートを渡すチャンスが来たということだ。

 

 それは、あたしにとって嬉しいのか、悲しいのか………。

 

 自分の名前の書いた紙を、先生が持つ箱の中に入れ、出席番号から順番にくじを引いていく。

 

 

 

 

 ………もう誰か、葵の名前が書いたくじを引いたのかな?

 

 

 

 

 ─────いや、なんであたし、こんなそわそわしてるの?

 

 

 他の人が引いたとしても、あたしは葵の姉な訳だし……別にチョコ渡しても何も変じゃ無いし、渡す勇気だってあるわけだし………。

 

 でも、他の女子にそのことがバレて、白い目で見られるのはちょっと嫌かな………。

 

 はぁ………なんでこんな事になったんだろ。

 

 

 

 「…………蘭? 次、蘭の番だけど?」

 

 「えっ!? あ、あぁ、ゴメン葵」

 

 

 教壇の前まで歩き、心を落ち着かせて、深呼吸。

 そして、何も言わずにくじを引き、さっと着席する。

 

 ドキドキしながら開いたその紙に書いてあった名前は─────。

 

 

 「っ!! 嘘でしょっ…………」

 

 

 あたしはあいつの名前が書いてるクジを引き当てた。

 

 

 

 

 

 

 授業後も、誰が誰のクジを引いたかで賑わっていた。

 ………葵にチョコを渡そうとしてた子の事を考えると、正直心苦しい。

 

 

 

 「蘭〜! 誰のクジを引いたの〜!?」

 

 

 そんな気も知れず、(あいつ)があたしに話しかけてきた。

 全く………無頓着なやつめ。

 

 

 「少なくとも、あんたじゃないから」

 

 「あはは……どうやらお互い様だね」

 

 

 ケラケラと笑う葵に対して余計腹がたった。

 

 人気者にチョコを渡す人間の気持ちを知れ! このバカッ!!

 

 

 「それで? 葵は誰のクジを引いたの?」

 

 「蘭が教えてくれたら、教えてあげてもいいけど?」

 

 「じゃあ、聞かない」

 

 

 葵は誰にも見せない意地悪そうな顔を見せた後、あたしがそういう反応をすることがわかってたかのようにクスクスと笑っていた。

 

 

 「相手が誰であっても、材料は絶対に必要だからさ。蘭と一緒に買いに行きたいなぁと思って」

 

 「そっちがメインって訳? まぁ……別にいいけど」

 

 「ありがと! それじゃあ学校からそのままスーパーに行こうか」

 

 「わかった、ひまりたちにはあたしから連絡しとく」

 

 

 

 そして数時間が経ち、放課後────。

 

 

 

 あたしたちが向かっている学校から少し離れた駅近くのスーパーマーケットはこの時間、主婦や子連れのお客さんでいっぱいだ。

 

 何故この場所にしたかというと、人が多い程あたしたちが一緒にいるところを見られずに済む確率が高いから。

 文化祭とかで、あたしたちが姉弟だっていうことは全校生徒に知れ渡っているはずだけど、まだ理解してない人がいたら面倒だ。

 

 あらぬ噂が出回って葵に迷惑をかけるのも申し訳ないし………。

 

 

 「蘭がチョコあげる人って、ビターな味が好きなの?」

 

 「う、うん。 あたしだってその子のことは理解してるつもりだよ」

 

 

 自分で言ってて呆れる。

 理解してるも何も、姉弟な訳だから好みが分かるのは当然でしょ。

 

 

 「そういう葵も、チョコあげる人はビターなのが好みなの?」

 

 「んー、そんな感じかな。でも、ただ苦いだけなのも味気ないから、チョコの中に隠し味?みたいなのも入れようかなって考えてるよ」

 

 「なるほど、それで抹茶パウダーとかコーヒー豆とかをカゴに入れてたんだ」

 

 「面白そうでしょ?」

 

 「まぁ、その子はきっと喜ぶんじゃない? なにせ、学校の人気者からチョコがもらえるんだからね」

 

 「ホワイトデーはまだ先だけどね」

 

 

 冗談交じりに笑いながら話す葵の眼は、真剣さを物語っていた。

 

 本気でその子を喜ばせようとしてるんだろうな。

 

 

 「試作はどうするつもり? あたしは母さんに手伝ってもらいながらやるつもりだけど」

 

 「試作か、特には考えてなかったな………。蘭が使ってない時に適当に借りることにするよ」

 

 「わかった。それじゃあ、あたし他に寄るところがあるから、買ったチョコを家に持って帰っといて」

 

 「うん、いいよ。気をつけてね」

 

 

 葵に荷物を預け、寄り道………と言う名の羽沢珈琲店に向かった。

 幸い、スーパーマーケットからそれほど遠くないからすぐに到着した。

 

 

 「いらっしゃいませ。おや、蘭君。どうぞこちらへ」

 

 

 軽く頭を下げてから、つぐみのお父さんに案内されたいつものカウンター席に腰を下ろす。

 

 コーヒーの芳醇な香りが一番感じられる特等席。

 あたしのお気に入りの場所だ。

 

 しかも、つぐみのお父さんからよくサービスとして、試作のお菓子も貰えるおまけ付きだ。

 

 

 「君と顔を合わせるのはクリスマス以来かな」

 

 「どうも、お久しぶりです」

 

 「あ、つぐみは今日、用事があるからといって帰るのが遅くなるそうだ。それと、()()()()、用意しているよ」

 

 

 ………この人はエスパーか何かかな?

 

 いつもいつもあたしが来ることが分かってるように話してくるし、味の好みも完璧に把握している。

 

 もうこれは、"流石プロ!"、と言わざるを得ない。

 

 

 「ほんとっ、いつも通り美味しいです。このケーキも」

 

 「お褒めに預かり感謝するよ。積もるところ蘭君は、私に用があってきたんだろ?」

 

 「察しが良くて助かります。実は───」

 

 

 ここからの話は早かった。

 

 あたしの悩み、羽沢珈琲店(ここ)に来た理由。全て読まれてたみたいだ。

 だからこそ、全てをさらけ出して話すことができる。あたしがこんなに本心で話せる人はそうはいない。

 

 

 「なるほど、学校の授業でチョコを渡す相手が葵君か………」

 

 「はい………正直、なんだか複雑で………」

 

 「確かに、学校の人気者にチョコを渡すとなると誰しもが緊張するね。ましてや、その相手が弟ときた」

 

 「緊張とかはないんですけど、その………葵にチョコ渡そうとしていたクラスの子のチャンスを潰してしまったし………」

 

 「………蘭君。運命とはなんだと思う?」

 

 「えっ………?」

 

 

 つぐみのお父さんの言葉の意味が理解できず、思わず戸惑ってしまう。

 

 

 「運命とは必然。誰しもが必ず訪れる出来事のことだ。」

 

 「運命は………必然………??」

 

 「蘭君が葵君のクジを引いたことも、君たちが姉弟として生まれたのも、全ては運命。避けては通れない道といってもいい。」

 

 「つまりは………どういう………?」

 

 「君が他人のことを気にする必要はない。全ては君に与えられし運命だ、堂々としなさい。君なら素晴らしいチョコレートを、葵君に渡せるはずだよ」

 

 

 …………はっきり言ってこの人の言っていることは、つぐみと違って難しくて分かりづらい。

 

 それでも────────。

 

 

 「ありがとうございます、つぐみのお父さん。私なりに頑張ってみます。ケーキとコーヒー、ご馳走様でした」

 

 「うむ、こちらこそありがとう。気をつけて」

 

 

 私も運命ってやつに、逃げずに立ち向かえるような人間になれたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つぐみside

 

 いつからだろうか?

 仲の良かった4人組に蘭ちゃんと葵くんが加わったのは。

 

 

 いつからだろうか?

 誰よりも一生懸命に頑張ろうとし始めたのは。

 

 

 いつからだろうか?

 キミの後ろ姿を見てるだけで喜びを感じるようになったのは─────。

 

 

 

 きっかけはいつも、突然訪れる。

 

 それは、ひまりちゃんが葵君に告白したのも同じことだ。

 そのきっかけは過去に遡ると思い当たる節は幾らでもある。

 

 

 

 きっかけとは、偶然?

 

 

 それとも、巡り合わせ?

 

 

 

 否。私は、神様が定めた必然の運命なんだと思う。

 

 だから、その運命には逆らうことはできないだろうし、運命そのものを変えるなんて到底できるはずがない。

 

 

 それでも、私は他の人より恵まれていると言えるだろう。

 

 

 優しい両親に仲のいい幼馴染がいつもそばにいて、生徒会やお店の手伝い、バンド活動など私のやりがいを感じられることがたくさんある。

 

 

  ─────それでもちょっぴり、他人の運命を羨ましがる時期もあった。

 それは主に恋愛に関してだけど………私はまだ、誰かに告白されたことはないし、したこともない。

 

 自分で集めている少女漫画に登場するような白馬の王子様に恋をしたいというわけじゃない。

 むしろ、極普通でありふれた恋愛に憧れを抱いている。

 

 それはまるで、葵君とひまりちゃんのような─────。

 

 

 「つぐみ、少しだけいいかな?」

 

 「………えっ!? あ、うん。大丈夫だよ」

 

 

 

 

 お父さんに話しかけられ、現実に引き戻させられる。

 

 

 「もう直ぐでバレンタインデーだから、チョコレートの新作お菓子を出そうと思っていてね。よかったらつぐみに味見をお願いしようと思ってね」

 

 「うん、いいよ!」

 

 

 そういうとお父さんは冷蔵庫から、あらかじめ作り冷やしていたチョコ菓子を三種類取り出した。

 

 

 一つ目は、チョコクッキー。

 クッキー生地全体にチョコレートをコーティングしており、所々にチョコチップをまぶして香ばしく焼き上げている。

 ドリンクのセットはカフェモカ。

 

 

 二つ目は、チョコマフィン。

 これまた生地にチョコが練りこまれていて、クッキー同様にチョコチップをまぶしてある。大きさも抑え、二つに分けたようだ。

 ドリンクのセットは温かいミルクココア。

 

 

 三つ目は……チョコ大福かな?

 生地はそのままに、中にチョコレートが入っている。見た目も丸々としていてなんだか可愛く見える。

 ドリンクのセットはうちの店オリジナルのブレンド。

 

 

 「…………っ!! どれも美味しいよお父さん!!」

 

 「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 

 

 実際、どれも本当に美味しい。

 

 味はさることながら、食感もそれぞれ違って甲乙つけがたいし………。

 

 

 「かなり悩んでるようだね、つぐみ」

 

 

 ………どうやらお父さんには見破られていたようだ。

 

 

 「気にしなくても、全てメニューに加えるつもりだよ。ただ、この店の味をよくわかっている(つぐみ)の為にと思ってね」

 

 「私の………ため?」

 

 

 お父さんの言っていることが理解できず、首をかしげる。

 すると、まるで私が何もわかってないと言ってるようにクスクスと笑いだした。

 

 

 「な、何がおかしいの!?」

 

 「つぐみ、まだ葵くんに渡すチョコが完成してないんだろ?」

 

 

 …………全てはこの為だったのか。

 

 何を作るかは頭の中にあったけど、それを作ることができるほど手先が器用ではない。それに、お父さんやお母さんにも頼る訳にはいかなかったから行き詰まっていたのだ。

 

 

 「全く、すぐに抱え込む癖をやめなさいと何度も言っているだろ?」

 

 「はい………ごめんなさい…………」

 

 「それじゃあ、チョコ大福作りを教えるから、すぐに準備しなさい」

 

 

 …………何もかも、お父さんにはバレてたみたいだ。

 

 私ができずに悩んでいたところも、お父さんが丁寧に教えてくれた。

 何だかあっという間に終わり、完成するのがあっけなくも感じた。

 

 

 ─────私が、この人みたいなバリスタになるには、何十年も先になりそうだ。

 

 

 「そういえば、つぐみは付き合っている人とかいないのか?」

 

 「…………えっ!?!?」

 

 

 お父さんの急な問いかけに、思わず変な声を出してしまった。

 

 それもそのはずだ。

 

 今までそういう話はしたことなかったし、そういうのも興味ないと思っていた。

 でも………思っていたに過ぎなかったらしい。この人も人の親なのだ。

 

 

 「いやぁ、葵君とひまり君が何やらそういう関係にあるという噂を聞いてね。つぐみはそう言った相手はいないのかい?」

 

 「きゅっ、急に聞かれても答えられるわけないじゃん!?」

 

 「なるほど、いないのか……残念ではあるな」

 

 「人の心を読まないで!!」

 

 

 そう言うと、お父さんはからかうように笑った。

 

 年頃の娘になんて話を投げかけるんだ、全く。

 

 頬をムッと膨らまして不機嫌そうな顔をすると、お父さんは笑うのをやめて宥めるように話しかけてきた。

 

 

 「つぐみ、これは蘭君にも言ったんだけどね、運命とは避けては通れない道。つまりはどんな苦難でも、逃げずに立ち向かわなくてはならない」

 

 「どんな苦難でも?」

 

 「人気者の葵君にチョコを渡すのは、さぞ緊張するだろう。だが、自分の本心を伝えたら彼には必ず伝わるはずだ。つぐみは私の娘なのだからきっとできるはずだよ」

 

 「なるほど、ありがとう! お父さん!!」

 

 

 お客さまがお父さんに相談を持ちかける理由が改めてわかった気がする。

 これで私も晴れやかな気持ちで、葵君にチョコを渡せる気がする。

 

 

 でもね、私は昔からお父さんにも、Afterglowのみんなにもずっと隠していることがあるんだ。

 

 

 これは、絶対誰にも言えないこと。

 

 

 葵くんに抱いたあの気持ちは─────。

 

 

 

 

 

 

 モカside

 

 「おぉ〜、世の中真っピンクで染まっておりますな〜」

 

 

 バレンタインを間近に控えたとある休日。

 モカちゃんが見ているのは、某ジャンケンで有名な、とある朝のニュース番組。

 取材で、街中のカップルにバレンタインのことを聞いて回って、みんな恥ずかしがりながらもちゃんと受け答えしている。

 

 大学生が多いけど、やっぱり高校生カップルに目がいく。

 なんせ、一番近くにそれと同じものを見てるからね。

 

 

 「これは、いじりがいがありますな〜♪」

 

 

 ひーちゃんとあーくんもやっぱり、バレンタインは2人だけで過ごすのかな?

 ラブラブな2人がやることと言ったら大体は想像がつくけど…………ウブな2人じゃそれもないかな。

 

 

 「自分用のチョコはもう買ったし、あーくんにあげるチョコは手作りでいいかなぁ」

 

 

 モカちゃんは天才だから、チョコ作りなんて、作り方の本を見なくてもできてしまう。

 それすなわち、本さえ見ることができれば何でも出来るということ。

 

 それでも世の中は不条理だ。

 

 幾ら天才でも成せないこともある。

 

 

 

 好きな人(あーくん)を堕とすこと─────。

 

 

 

 こればっかりは、天才モカちゃんにはどうしようもでなかった。

 それでも、モカちゃんの好きな漫画にこんなセリフがある。

 

 

 「未来を変える権利は皆 平等にあるんだよ‼︎!」

 

 

 これは、とある海賊が敵キャラに向かって放った一言だ。

 モカちゃんはこの言葉に衝撃を受けた。

 

 

 

 そっか〜、そうだよねぇ〜。

 

 

 

 両思いの幼馴染の未来を、モカちゃんが変えちゃってもいいんだよねぇ♪

 

 

 

 あたしがあーくんに抱く恋心は、結局実ることはなかった。

 

 ひーちゃんとあーくんが付き合ってることに納得いかないのも事実だ。

 

 

 

 

 あたしだけ不平等だ………。

 

 

 

 

 

 

 

 なんであたしだけ…………。

 

 

 頭に凄まじいほどの血がのぼる────。

 

 …………おっと、いけないいけない。

 最近、感情の浮き沈みが激しくなってるから、みんなの前では気をつけないと。

 

 普段はなんとなく制御できてはいるけど、1人になったらいつもこうだ。

 

 お母さんにバレたら病院に連れていかれかねないし、幼馴染達にもバレたくない。

 

 

 この苦しみは────あーくんを嫌いにならないと逃れることはできないだろうな。

 まぁ、そんなこと絶対ないけど。

 

 

 「ふぅ〜っ。………じゃじゃーん、モカちゃん特製バレンタインチョコかんせ〜い♪」

 

 

 名付けて、"湧き上がる欲望チョコ"。

 

 ナニが湧き上がるかは置いといて、これを食べた後のあーくんはきっと、『食べないほうがよかった』って後悔するだろうなぁ。

 

 

 

 

 だって、この中には少量の()()が入ってるんだもん─────。

 

 

 

 

 これを食べた後、あーくんはどんな行動に出ると思う?

 いや、欲情しきった男が辿る末路はもう決まっている。

 

 

 

 それを見たひーちゃんはどう思う?

 

 

 

 

 そんな男を好きでいられると思う?

 

 

 

 

 その時があたしの出るチャンスだ。

 

 傷ついたあーくんを救うのは、誰よりも君を愛しているあたし。

 

 

 

 ─────そんな男と付き合うあたしは頭がおかしいって?

 

 

 

 まぁ………周りから変な目で見られるだろうし、幼馴染達とはもう一緒にいられないだろう。

 

 

 

 それでもあたしには関係ない─────。

 

 

 

 「だって、こんなにも君を愛しているんだもん♡」

 

 

 

 この歪んだ愛情が、暴走が、止まることは

 

 

 

 

 もう

 

 

 

 

 な

 

 

 

 

 い

 

 




いかがだったでしょうか?


次回でバレンタイン編は最終となります。

そろそろ二年生編に突入したいですね………


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第39曲 チョコレートは 君のため 〜五等分の決意 後編〜

お久しぶりですっ、山本 イツキです!


そうUA数も75000回を控え、今回で第2ステージは終了となります!

次回から第3シリーズとして、2年生編の幕開けとなります。

亀投稿ですが、ご期待くださいませ


 葵side

 

 バレンタインというイベントは、思春期を迎える男女なら誰でも心躍らせるものだ。

 それは勿論、ボクも例外ではない。

 甘いもの、基スイーツ好きな身としてはこれ程嬉しいイベントはない。

 

 冷蔵庫にいっぱいになったチョコレート達を見るとつい笑みをこぼしてしまう。

 無論、それを蘭に見られたら『葵、なんかキモい………』と一蹴されてしまう。

 

 しかし、その人が気持ちを込めて作ってくれたチョコレートというものは、どんな形でも美味しいと感じるものだ。

 特に、Afterglow(おさななじみ)から貰うチョコレートには、どこか特別な感情を抱いている。

 

 普段、言葉に言い表せない感謝や想いが詰まったそれは、『ありがとう』の一言に尽きる。

 

 

 そして、今日は正にその日。

 例年よりも寒さをあまり感じさせない、煌びやかな陽の光が街を照らしている。

 春を迎えると言わんばかりのその光は、どこかバレンタインデーの開催を祝福しているように感じた。

 

 

 ───だが、例年と違うのは気温だけでは無い。

 

 

 いつもは時間に余裕を持って共に登校する蘭が、今朝から何故か慌ただしい。

 

 朝食を食べている時から、ボクを先に学校に行くよう促したり、鞄に荷物を詰めてはその中身を取り出してもう一度確認をしたり…………ハッキリ言って、見てられない。

 

 蘭に言われた通り、先に家を出て玄関を開けた先に、イメージカラーである赤色のマフラーを巻いた少女が立っていた。

 

 

 「よっ、葵! おはよう!」

 

 「おはよう、巴ちゃん。今日はどうしたの? 珍しいね」

 

 

 軽く手を挙げて挨拶した彼女の逆側の手には、紙袋が握られていた。

 

 

 「まぁ、特に理由はないんだけどな。なんか、今日はいつもより早く起きたから一緒に行けたらなぁと思って………蘭はどうした?」

 

 「準備するものがあるから先に行っててほしい、らしいよ?」

 

 「そっかー、でも今日は仕方ないだろうな。それじゃあ、早く待ち合わせ場所に行こうぜ!」

 

 

 巴ちゃんがニカッと笑って歩き出した後をついて行く。

 Afterglowの中でも一対一で話す機会が多い巴ちゃんと、今日もいつも通りの他愛もない話で会話を弾ませる。

 

 しばらく経って待ち合わせ場所までもう少しというところで、彼女は急に立ち止まった。

 そして、手に持っていた紙袋を無言で突きつけてきた。

 

 

 「これ、ボクにくれるの?」

 

 「えっと………一応、今日はバレンタインデーだから、その……アタシからの、感謝の気持ち。受け取ってくれるか…………?」

 

 

 普段は見せない表情をする巴ちゃん。

 少し赤みを帯びたその顔は、ボクの眼を真っすぐと見ている。

 紙袋を持っている手はプルプルと小刻みに揺れ、緊張と不安でいっぱいのように見える。

 

 

 「もちろん!有り難く受け取らせてもらうよ!巴ちゃん、ありがとっ!」

 

 

 そう言って紙袋を受け取り、中を見ると和太鼓の形でデコレーションされたチョコレートがでてきた。

 

 

 「葵が喜んでくれたなら、アタシも嬉しいよ! ホワイトデー、楽しみにしてるからな!」

 

 「あはは、すごいプレッシャーだね」

 

 

 こうやって軽口を叩ける巴ちゃんの存在は、ボクにとって非常に大きい。

 ひまりちゃんの事でよく相談も乗ってくれるし、蘭とはまた違う "姉" として接してくれる。

 

 彼女なら、きっと良いお嫁さんになりそうだ──────。

 

 

 

 

 

 

 学校に着いてからも、まるで漫画のような大量のチョコレートが下駄箱と机の中に入っていたり、手渡しされたりしてくれた。

 もちろん、巴ちゃんにもボクと同じ現象が起きていた。そしていつも通りモカちゃんたちにいじられ、本人もずっと苦笑の表情を浮かべていたらしい。

 

 昼休みになり屋上に向かう途中で、階段の壁からヒョッコリと顔を出し手招きする姿が見えた。

 

 

 自称銀髪美少女からのお呼び出しだ。

 

 

 屋上へのルートとは少し違う道を辿り、普段は使われていない理科準備室に連れ出された。

 

 巴ちゃん同様、大小二つの小包を持っていた。ボクもバカではない。目的は大体は察している。

 

 

 「あーくん、やっほ〜♪」

 

 「こんなところに呼び出して、どうしたの? モカちゃん?」

 

 「いや〜、あーくん人気者だからなかなか渡すチャンスがなくてさー。はい、これチョコレートね〜♪」

 

 

 

 そう言うと、片手で収まるほどの小包を受け取る。中身は当然チョコレート。

 ハートや星などの形に加えて、赤や白などカラフルでとても綺麗だ。

 

 

 「ありがとっ! モカちゃん!」

 

 「ふっふっふ〜、ホワイトデーは特大チョコレートお願いねー♪」

 

 

 

 悪戯に笑うモカちゃんだが、その笑みにどこか()()()を感じた。

 長年友達として付き合った者の勘………というのかな。なんとも言えない、不思議な感覚。

 

 

 「よかったらそのチョコレート、ここで食べてよ〜。溶けちゃったらモカちゃん、悲しいからさ〜」

 

 「うん、わかった!それじゃあ、いただきます」

 

 

 袋の中で一番目立ってた星型の青色のチョコレートを手に取る。

 見た感じはチョコミントかな? 一口でそれを頬張る。

 

 

 「お味はどう〜?」

 

 「やっぱりチョコミントだ! すごく美味しいよ!」

 

 「おぉー、よかったよかった〜♪ 全部食べてね〜」

 

 

 中に入っていた4つのチョコレートを全て食べきると、モカちゃんは満足そうにニコニコと笑っていた。

 

 

 「あーくん的にはどの味が好きだった〜?」

 

 「そうだなぁ……やっぱり、ハート型のピンクのチョコレートかな? あの甘酸っぱさがすごい印象に残ったな」

 

 「あー、それモカちゃんの自信作のやつだー♪」

 

 「本当に!? ちなみにだけど、なんのフルーツ使ったの? 最初は苺かなって思ったんだけど………?」

 

 

 ボクがそう問いかけると、モカちゃんは右手の人差し指を顎に当て、やや上に目線を上げながら答えた。

 

 

 「苺なのは正解だよー。でも、普通の苺じゃなくて、今回は "あまおう" を使ってみましたー。余った分は、今日のモカちゃんのお弁当に入ってるのですー♪」

 

 

 そう言うと、パァーッと花が咲くような笑顔で、持っていたお弁当を両手で上げた。

 

 

 「そうだったんだ!! 品種までは分からなかったなぁ、本当に美味しかったよ♪」

 

 「いえいえー、あーくんに喜んでくれてモカちゃんは嬉しいよ〜♪ ………あ、モカちゃん、教室に忘れものしたから先屋上に上がってて〜」

 

 「分かった! じゃあ先に行ってるね〜」

 

 

 ボクは駆け足で屋上に向かった。

 それにしてもあのピンクのチョコレート、何か違和感を感じたんだけど………気のせいかな?

 まぁ、事実美味しかったし、良しとしようかな。

 

 

 「────あはは〜、全部食べてくれた♪ 実は、モカちゃん特製の "湧き上がる欲望チョコレート" の本領を発揮するのは、()()()()()なんだよね〜」

 

 「でも、ひーちゃんは家に帰った後にチョコを渡すみたいだから、丁度いいかなぁ♪ モカちゃんのチョコでケダモノになったあーくんがどうなるか、だいたい想像つくよね〜」

 

 

 これであーくん(キミ)は、あたしのもの♡─────。

 

 

 

 

 

 

 お昼休みが終わり、残りの授業は全て調理実習に使われる。

 蘭と一緒に購入したチョコレートとその他諸々の材料を持ち、家庭科室にた移動する。

 

 

 先日の授業で決まった、ボクがチョコを渡す相手は──────まさかの実姉(らん)だったのだ。

 

 

 その紙を引いた時は本当にビックリした。

 それでも、少し早めのホワイトデーということにしよう、とすぐに頭の中を切り替えることが出来た。

 

 当の本人は………見たところ忘れ物もして無さそうだし、手順さえ間違っていなければ問題ないだろう。

 

 

 「それでは、調理実習を始めます。時間が限られてるので早めに完成しておくようにお願いします。冷やしている間に、ラッピングや手紙を書く時間を設けますので、そのつもりで進めてください」

 

 

 先生がパンッ、と手で音を鳴らし調理を開始する。

 調理………といっても、チョコを溶かして色々飾り付けをして終わりだから、普段お菓子作りをする身からしたらそれほど難しいとは感じない。強いて言うなら、テンパリングの温度調整ぐらいか。

 

 

 なんだか呆気ないな、と思いつつクラスで一番最初に完成させた。

 

 

 味は5種類で、抹茶、珈琲、ピーナッツ、キャラメル、バナナで全て蘭の好み通りにビターに仕上げている。

 余談だが、これらの味のモチーフはボクが小さい時によく食べていたお菓子、チョ◯ボールからきている。

 

 蘭の方を見ると、調理に集中にしているからか、ボクの視線は一切気づいていない。

 経験上、その状態で声を掛けたら何をされるか分かりきっているのでそっとしておく。

 

 クラスの子とも時々だが、笑い話をしながらできてるし過度な気負いもしていように見えた。

 

 

 先生に別室で待機するように告げられ、その教室にある椅子に腰を掛ける。

 机の上には、ハガキ程度の大きさの紙が置かれており、誰もいない教室は音一つ無く、"すごく寂しい" の一言に尽きる。

 

 蘭への手紙。24時間、365日、家族として共に育った人への感謝…………。

 

 

 「…………ダメだ、何を言ったらいいか全然わからないや」

 

 

 ボクは頭を抱え、深いため息をついた。

 ああ言えばこう言われる、という負の考えが脳内をよぎる。

 

 こういう場合、他の人なら幾らでも投げかける言葉は見つかるのだが、相手が相手だ。

 掛ける言葉がなかなか思いつかない。

 

 そう悩んでいると、ボク以外無人の教室の扉が突如開いた。

 

 

 「あ、葵くん! 今って大丈夫かな?」

 

 「えっ!? つぐみちゃん、なんでこんなところに!?」

 

 

 他クラスで授業を受けているであろう、つぐみちゃんの姿がそこにあった。

 

 

 「別に、サボって抜け出したわけじゃないよ!? 私のクラスでは、今は休み時間だから渡したいものを持ってきたんだよ!」

 

 

 そう言うと、モカちゃんのよりさらに小さい袋を渡された。中身は、言うまでもない。

 

 

 「ごめんね、こんなタイミングで………本当は朝に渡そうと思ってたんだけど、渡しそびれちゃって………」

 

 「いや、全然大丈夫だよ! ありがと、つぐみちゃん! ついでと言っては何だけど、ちょっと相談に乗ってもらってもいいかな?」

 

 「うんっ! 相談って?」

 

 「今書いてるこの手紙のことで何だけど、この手紙を渡す相手が蘭なんだ………」

 

 「えっ!? そんな偶然が………」

 

 「それで何を言ったらいいか分かんなくて、つぐみちゃんのアドバイスが欲しいんだけど………何かないかな?」

 

 

 そう問いかけると、つぐみちゃんは特に考えるそぶりを見せる事もなく答えた。

 

 

 「葵くんのありのままの言葉を伝えたらいいと思うけど………それがわからないんだよね?」

 

 「そう、なんだよね………」

 

 「それじゃあ、葵くんにしか言えないことを使えるってどうかな? 例えば─────」

 

 「……なるほど! その手があったか!」

 

 「蘭ちゃんになら、ちゃんと気持ちは伝わるはずだよ! あっ、もう直ぐて休み時間終わりだから教室戻るね。頑張って!」

 

 

 そう告げると、つぐみちゃんは駆け足で教室を後にする。

 それを境に調理を終えたクラスメイトが次々と教室に入り、手紙を書いていく。

 蘭は、一番最後で先生と共に教室に入った。

 

 手紙を書いてる時間は、半ば自由時間でクラスメイト達と雑談をしながらチョコが固まるのを待った。

 

 そして、15時を迎えたところで先生が家庭科室に集合するように告げた。

 それぞれ着席し、書いた手紙を先生に渡した。

 

 

 「今から、みなさんが作ったチョコと一緒に手紙を配布します。それでは出席番号順で、1番の人から取りに来てください」

 

 

 誰から貰えるか緊張すると共に、蘭がどんな反応をするか楽しみで仕方ない感情が湧き上がる。

 蘭の顔色を伺うと、いつも通りで表情の変化が全く見られない。誰に渡しても、渡されても心の準備ができているような、そんな強い意志を感じた。

 

 

 「それでは次に、美竹君。取りに来てください」

 

 

 先生に呼ばれ、手紙とチョコレートを受け取りに行く。

 ラッピングの色はオレンジで、中のチョコレートを見ると、綺麗に形付けられたものが並んでおり、緑・白・黒で彩られていたそれは、丁寧な調理が施されていることが伺えた。

 

 

 「これってもしかして…………」

 

 

 頭の中で、これを作ったであろう人物のある考察が浮かんだ。

 

 一つ、ボクが抹茶などの苦いものが好きなことを知っている人。

 二つ、部屋着でよくオレンジのパーカーを着ているのを知っている人。

 三つ、チョコペンで "バカ" と書かれたものを入れて、それをボクに言える人。

 

 

 

 このクラスにそれを実行できる人は、僕は一人しか知らない─────。

 

 

 「マジかよ……………!?」

 

 

 蘭の方を思わず見ると、ボクと全く同じ反応をしていた。

 互いに顔を合わせ、目で会話する。

 

 

 『なんであんたなの!?』

 

 『それはこっちのセリフだよ! あの時、ボクじゃないって言ってたじゃないか!』

 

 『本当の事なんて言えるわけないでしょっ!? それに、葵もあたしじゃないって言ってたし!』

 

 『………とにかく! この事は後でじっくり話そう! でも、チョコレートは有難く頂くからね』

 

 『あたしも、チョコありがとっ』

 

 

 姉弟の声を発さない会話を終え、チョコの実食をする。

 ………おっ、いい具合で苦い。

 どのチョコも適度な苦味とホワイトチョコなどの甘さ加減も繊細に仕上げている。

 

 普段はお菓子づくりをしないのに、凄いじゃん。

 

 そして、気になっていた手紙を見るとたくさんの言葉がここに綴られていた。

 

 『葵へ

  あの時は嘘言ってごめん。正直、これを渡す相手を変えてもらおうかとも思ってけど、やっぱり他の人に譲れなかった。いや、譲りたくなかった。

  葵はあたしの側でずっと支えてくれてるし、いつも相談にのつてくれるし、、すごく頼りにしてる。たまに喧嘩もするけど、本気で嫌いになったことは一度もないよ。

 

  この一年は、本当にいろんな事があったよね。バンドを始めたり、宿泊学習に行ったり、頭にへんな耳が生えてきたり、みんなで年越ししたり………話したらきりが無いよね。

  二年生になっても、みんなとたくさんの思い出作りたいな。バンドも、他のグループに負けないぐらい実力も付けたいと思ってる。

 

  最後になるけど、ひまりにはチョコは貰った? もうこの際だから、有耶無耶な関係じゃなくて、ちゃんと告白したら? ひまりはひまりで、すごく悩んでるよ。葵の彼女ヅラをしたらダメだとか。

  あたしはお似合いだと思うよ。もし、ひまりのこと泣かしでもしたら、絶対に許さないからね。

  それじゃあ、これからもよろしく。

                 蘭より』

 

 普段、口にしない言葉を並べた手紙というものは、人を素直な気持ちにしてくれる。

 

 

 ボクだって蘭のこと、すごく頼りにしているんだよ。

 

 もちろん、これからもたくさんの思い出をみんなと作ろうね。

 

 こちらこそ、これからもよろしく。

 

 そして─────────────。

 

 

 「ボクもずっとそのつもりだったんだよ」

 

 

 

 

 授業終わり、蘭が真っ先にボクの元に歩み寄ってきた。

 それも、顔を真っ赤にして………。

 

 

 「葵っ! これ、何!?」

 

 

 そう言って顔に突きつけられた紙には、ボクが数時間前に書いた言葉が綴られている。

 

 

 「何って………その言葉通りだけど?」

 

 「その言葉通りって………あんたには羞恥心のかけらもないの!?」

 

 

 息も絶え絶えになりながら、怒りと恥ずかしさがこもった声が教室中に響く。

 

 

 「酷い言い方だな………じゃあ、なんて言って欲しかったの?」

 

 「普通にありがとうっていうとか……いくらでもあったはずでしょ!」

 

 「『蘭へ。超ラブだよ! 姉弟として!!』これのどこが羞恥心のかけらもないって言うのかな?」

 

 

 蘭は先ほどの様子とは打って変わって、呆れたように深いため息をつき、ボクの前の席に腰掛ける。

 

 

 「だから、こう言う言葉はひまりに──」

 

 「実は休み時間中に、たまたま居合わせてたつぐみちゃんにアドバイスをもらったんだ。そしたら、『ボクにしか言えない言葉を蘭に伝えたらいい』って教えてくれたから、その通りにしたんだよ?」

 

 「つぐみの仕業だったんだ………」

 

 「普段言えないことを伝えるのが手紙だからね。どう? ビックリした?」

 

 

 悪戯に笑って見せると、蘭はボクから目線をそらし答えた。

 

 

 「まぁ………悪い気分じゃなかった/////」

 

 

 赤面した顔はその後、ボクに見せることは決してなかった─────。

 

 

 

 

 

 

 長い長い1日が終わり、家に着くと早速もらったチョコレートを全て冷蔵庫の中にしまい込んだ。

 今年の結果はと言うと、ボクが48個。巴ちゃんが33個でボクの勝ち(?)となった。

 

 ホワイトデーのお返しを考えると、ゾッとするけど今はこのチョコレートたちを堪能させてもらおう。

 

 

 

 しかし、二つ気がかりがある。

 

 

 一つ目は()()からまだ、チョコレートを貰っていないこと

 

 二つ目は、調理実習が終わってから頭の中でチラついている()()()()のこと。

 

 登校中も屋上にいた時も、彼女は全くそんな素振りを見せた記憶がない。忘れた………と言うことは間違いなく無いだろう。

 

 そして、この煩悩もおかしなものだ。

 思春期男子に必ず訪れる煩悩、もとい()()が止まるところを知らない。

 下校中はなんとか誤魔化してこれたけど、時間が経つにつれて症状はひどくなる一方だ。

 

 時は進み、20時半。

 夕食中も蘭の顔を極力見ないようにして、必死に煩悩を抑える。実姉にこんな感情を抱くなんて………なんと罪なことか。

 部屋に戻り携帯を開くと、メッセージが一件届いていた。

 

 

 『葵くん! 遅くなってごめんね! 今から会うことって難しいかな………?』

 

 

 来るべき時がやってきた─────。

 …………しかし、こんな状態のままで果たして大丈夫なのだろうか。

 

 今のボクは、何をしでかすかわからない。

 

 それでも、こんな煩悩より彼女のバレンタインチョコを貰いたいと言う気持ちが圧倒的に勝り、決心がついた。

 

 

 『もちろん! それじゃあ、神社の上で待ち合わせでいいかな?」

 

 『うんっ! 今から家を出るから10分後には着くと思う!』

 

 

 スタンプで返信を返し、軽い身支度をした後、すぐに家を出た。

 昼間が暖かかったとは言え、2月の夜となれば気温は尋常では無いほど下がる。

 

 軽い身支度とは言ったが、防寒対策は完璧と言っても過言では無い程の徹底ぶりだ。

 コートを羽織り、手袋とマフラーを着けているのは勿論のこと、モコモコのニット帽に加えカイロも二つ持参している。

 

 一歩外に出れば、雪が少量ではあるがしんしんと降り注いでいた。

 街灯の明かりと合わさって、幻想的な景色を作りあげている。

 

 ひまりちゃんを待たせまいと、少し駆け足で神社に向かう。

 長々とした階段も全て上りきり周りを見渡すと、、街の景色が一望できるベンチに腰掛ける一人の少女の姿が目に入る。

 

 ボクの足音に気づいたのか、声をかける前にひまりちゃんは立ち上がり、振り向いたと同時に笑顔で手を振ってみせた。

 

 

 「こんばんは、葵くん! こんな時間に呼び出してごめんね……」

 

 

 頬を赤く染めピンクのコートに身を包まれたその少女は、夜の雪景色と相まって更に可憐に見えた。

 

 

 「大丈夫だよ! 隣、座ってもいいかな?」

 

 「う、うんっ! 」

 

 

 ひまりちゃんが座っていた横に腰を掛ける。その距離、およそ10センチ。

 

 

 「昼はあんなに晴れてたのに、夜になって急に天候が変わったちゃったね」

 

 「明日も雪が降るって天気予報でやってたよ? 積もったりしないかなぁ♪」

 

 「そしたら『みんなで雪合戦やろ〜』ってモカちゃんが言い出しそうだね」

 

 「たしかにっ! それでわたしが集中的に狙われるんだろうな〜……」

 

 

 しばらく雑談をした後、ひまりちゃんが何かをする為の準備をするように、胸に手を当て大きく深呼吸をしてこちらに顔を向ける。

 

 

 「えっと、渡すの遅れてごめんね…………これ、バレンタインのチョコレートなんだけど…………食べてくれる?」

 

 

 目を潤ませ、心配そうにこちらを見つめる。

 煩悩を必死で抑え、今のひまりちゃんと誠心誠意向き合う。

 

 

 「ありがとっ!! 正直、ひまりちゃんからは貰えないかなってすごく不安だったんだ」

 

 「そ、そんなわけないよ!! 学校は他の人が渡すだろうし、葵くんには一番美味しい状態で食べて欲しかったから…………」

 

 「なるほど、それじゃあ早速だけど頂くね!」

 

 「うんっ! どうかお口に合いますように」

 

 

 受け取った箱の中身を見てみると、赤・青・ピンク・黄・濃い茶・橙色の、After glowカラーで統一されていた。

 とてもカラフルで、食べる前からこのチョコレートたちに魅了される。

 

 

 「これ全部手作り!?」

 

 「悩みに悩んで、やっぱりこれが一番いいかなって思ったの! 私たちらしさが前面に出た自信作だよ!」

 

 

 一つ一つ、時間をかけてゆっくりと味わっていく。

 そして、残るは一つ。ボクのイメージカラーとなっている橙色のチョコレート。

 この色を出せるものと言ったら、みかんが妥当だが、果たして………。

 

 

 「あっ! やっぱりみかんだ! 甘酸っぱくてすごく美味しかったよ!」

 

 「えへへ、正解! さすが葵くんだね♪」

 

 「─────!!」

 

 

 ひまりちゃんの笑顔を見た瞬間、ボクの中にあった煩悩が遂に爆発した。

 

 数秒の沈黙が流れる。

 

 不思議そうに見つめるひまりちゃんに、何も言わずそっと抱きしめた。

 そのまま優しく押し倒し、ひまりちゃんの肌の温度を直に感じる。

 

 

 「ごめんね、ひまりちゃん…………今だけは何も言わないで、こうさせてほしい………」

 

 

 頬にそっと触れてみると、尋常ではないほどの熱を感じた。

 体も硬直して動けない上に、全く喋れない状態にあるようだった。

 

 

 「どうしても抑えられなかった………どうしても………」

 

 

 そういうと、ひまりちゃんもボク同様に背中に手を当て耳元でそっと呟いた。

 

 

 「う、うん……あ、葵くんが……落ち着くまで、ずっと……こうしてても……いいよ/////」

 

 

 手も声も震え、呼吸も荒い。

 ドキドキと、ひまりちゃんの心臓の音が聞こえてくるようにも感じる。

 

 数分も経つと、ようやく落ち着きを取り戻した。耳元でもう大丈夫と囁くと、ひまりちゃんの手が離れて、互いが少し距離を取る。

 

 ひまりちゃんの顔は、今まで以上に赤く、紅く、緋くなっていた。

 

 

 「実は、放課後になってからなんだか調子がおかしくて…………欲望が抑えられないというか、いつもより昂ぶっているというか………不思議な感覚があるんだ………」

 

 「そ、そうなんだ………急でビックリしたけど落ち着いたようでわたしもホッとしたよ」

 

 「うん、ありがとっ、ひまりちゃん」

 

 

 少々……というか、かなり複雑な雰囲気になった。

 もう、数十分前の自分を叱りつけたい。

 頭の中で考えていると、ひまりちゃんがこの沈黙を破った。

 

 

 「でも、わたしは嬉しかったな。葵くんがこういうことしてくれて///」

 

 

 はじめは彼女が何を言っているか分からず、何も返答できなかった。

 ひまりちゃんはそのことを察して、俯きながらだが話を続けてくれた。

 

 

 「今まで、付き合っているか曖昧な関係だったし、葵くんはそういうの興味ないかなって思ってたから…………その、私もすごい昂ぶったよ/////」

 

 「…………うん、蘭からも似たようなことを言われたんだ。正直ボクもこんな曖昧な関係で、ひまりちゃんに迷惑じゃないかなってずっと思ってた。でも、もうそんな事関係ない。これからはもっと自分の気持ちに素直でいたいとおもう…………!!」

 

 「わたしも………!! もう誰になんて言われても、胸を張って言いたい! わたしが葵くんの彼女だって………!」

 

 

 互いに顔を合わせて、口を揃えて言った。

 

 

 「ボクと付き合ってください」

 「わたしと付き合ってください」

 

 

 この時、二人の思いがようやく実った。

 嬉しさのあまり涙が溢れて止まらなかった。この曖昧な関係に終止符を打ち、今日から正式的な関係になったのだ。

 

 涙を拭っていると、今度はひまりちゃんがボクに抱きつき、押し倒してきた。

 服越しなのに、ひまりちゃんの鼓動が聞こえてくるような気がした。

 

 押し倒されたボクはそのまま、四つん這いに体制を変えたひまりちゃんに指導権を握られ、動けなくされる。

 

 

 「わたし、ずっと前から覚悟はできてるよ………? もう…………()()()()()()()♡」

 

 

 完全にひまりちゃんのスイッチが入った。

 ボクのズボンに、ひまりちゃんの小さな手が触れ、これからナニが起きるか完全に理解した。

 

 

 「ひまりちゃん、そういうのはまだもっと先でも─────」

 

 「わたしは、ずっと我慢してきたんだもん………! 葵くんだって、嫌じゃないでしょ…………?」

 

 

 もう、こなったら手段は一つしかない。

 ひまりちゃんの顎に手をそっと添え、彼女の唇に自分の唇をあてがう。

 何秒でも、何十秒でも─────。

 

 

 「まだボクたちは高校生だよ? それに場所が場所だ。こういうことはまたの機会でいいかな?」

 

 「………もうっ! 葵くんの意地悪! 自分からそういう空気か持ち出しといて!」

 

 

 プクーっと頬を膨らませたひまりちゃんの頭を軽く撫でて、ベンチから立ち上がる。

 乱れた服を整え、階段をゆっくりと降りていく。この時に時間はすでに、22時を超えていた。

 

 ひまりちゃんを家まで送り、別れを告げて歩き出そうとすると、今度は後ろからボクに抱きついてきた。

 

 

 「また明日ね! 葵くん♡」

 

 「うん、また明日!」

 

 

 神様、ボクたちは誓います。

 

 

 これからどんな辛いことや、悲しいことが起きても。

 

 

 二人で必ず乗り越えてみせます。

 

 

 そして、近いに将来必ず───────

 

 

 

 幸せな家庭を築くことを約束します。




いかがだったでしょうか?


ちょっと危ない展開もありましたが、R18指定にするつもりはありません!


初の10000時超えて読みづらかったと思いますが、感想・評価お待ちしております。



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第3章 6人が辿る 分岐点
第40曲 変わらない幼馴染 変わりたい先輩


台風が来たり、リサさんの弟いる宣言があったり………色々濃い日々でしたね。


この話から新章突入です!


 冷え切った季節が消え去り、待ち望んでいた暖かな春を迎えた。

 葉の無い木には桜が満開に咲き誇り、新入生たちは新しい制服に身を包み、これからの高校生活に夢や希望を抱いているだろう。

 

 かくいうボクたちは、新学期を迎えてもボクたちは "いつも通り" の日々の再スタートになるのだが…………。

 

 

 「葵くーん! 蘭ー! 学校行こ〜〜〜!」

 

 

 最近変わったことがあるとすれば一つ。

 

 

 

 ─────ボクに、最愛の彼女ができた。

 

 

 

 バレンタインデーにお互い想いを伝えて、晴れてボクたちは恋人同士になった。

 しかし、どこからリークされたのかこの事はすぐ学校中に知れ渡ってしまった。

 翌日にはクラス内に、クラス学年関係なく人が押し寄せた。挙げ句の果てには、羽丘の学校新聞に載るほどの事態に………。

 

 そして、蘭曰く、他のAfterglowのメンバーもこの騒動に巻き込まれたんだとか。

 

 蘭には『告白しろとは言ったけど、拡散しろとは言ってない………!!』って怒られる始末。

 2度目だが、決してボクやひまりちゃんが誰かに話したわけじゃない。

 

 それから、なんであの日のボクはあんな「状態」になったかも謎のままだ。

 

 心当たりも全くない上に動機もわからない、まさに迷宮入りの小事件。

 名探偵コ○ンや金○一少年が居れば解決に導いてくれたのだろうか…………。

 

 他にもホワイトデーの事や、付き合って1ヶ月記念日の事など、言いたい事は山ほどあるがそれはまた別の機会にさせてもらおう。

 

 とにかく今も、ボクたちは良好な関係を築けているという事だ。

 

 学校に着いて、中庭の方に行くとクラス分けの掲示板が記載されていた。

 歓喜の声を上げる人、少し落胆している人などがいたが、ボクたちは前者に当たる存在になった。

 

 2年A組 出席番号

 1番 青葉 モカ

 2番 上原ひまり

 3番 宇田川 巴

 26番 羽沢 つぐみ

 32番 美竹 葵

 33番 美竹 蘭

 

 中学一年生以来の全員同じクラスで、ボクたちは周りに劣らないほどの喜びの声を上げた。

 みんなが喜ぶ横で、少し笑みを浮かべ涙目になっている蘭の姿を見たのは内緒の話。

 

 ボクたちの新たな "いつも通り" の学校生活が幕を開ける──────。

 

 

 

 

 

 「それにしても、朝教室に蘭と葵が入ってくるのってなんか新鮮だな!」

 

 「なんだか感慨深いすなぁ〜」

 

 

 教室に入ってすぐに、ボクと蘭、つぐみちゃんの机の周りにみんなが集まった。

 やはり3年ぶりにともなると、懐かしいものがひしひしと感じられる。

 

 

 「みんな大袈裟すぎ………クラスが違っただけでいつも一緒にいたじゃん」

 

 「そんなこと言って、嬉しいくせに〜」

 

 「そうそう、蘭のクールな仮面の下はニコニコの笑顔だってことは、モカちゃんたちは知ってるんだよ〜」

 

 「2人とも、うるさい」

 

 

 ひまりちゃんとモカちゃんの弄りに、やや不機嫌になる蘭。

 まぁ実際に2人が言ってる通りだ。この素直になれない性格はいつ治るのやら………。

 蘭に、すこし挑発するように話す。

 

 「あれ?みんなと同じクラスになれるか不安で寝不足だって朝に嘆いてたのは、どこの誰だったかな〜?」

 

 「葵だって、ひまりが他クラスの男子と話してるところは見たくないなってこの前言ってたじゃん」

 

 「うっ…………」

 

 「あはは、2人とも素直に喜んでいいんだぞ!」

 

 

 ──────どうやら素直じゃないのは、ボクも同じだったようだ。

 ボクの挑発にも的確にやり返す蘭は、流石と言わざるを得ない。

 

 「でも、みんな揃ったし1年生の時よりも楽しい学校生活になりそうだね」

 

 「つぐみ………うん、そうかもね」

 

 

 つぐみちゃんには素直に答える蘭。

 その光景に、モカちゃんが自分にも心を解き放つように強請るが、蘭はたった一言、『うるさい』で一蹴した。

 それと同時に、学校のチャイムが鳴りそれぞれが席に着いた。

 

 

 「よーしっ、全員席に着いたなー。今から始業式だから、静かに話聞けよー」

 

 

 ボクたちの担任は、ボーイッシュで体育担当のサバサバした性格の、女の先生。

 以前はひまりちゃんたちのクラスの担任をしていた人だ。

 

 教室を出て体育館に行くと、壇上には生徒会長であり、pastel*paletのギター担当の氷川 日菜さんの姿が見えた。

 "天才という言葉はこの人のの為にあるのか" と言わしめるほどの逸材で、Roseliaの氷川 紗夜さんは彼女の姉にあたる。

 

 どういう経緯があったか分からないが、突如生徒会長になり、副会長になったつぐみちゃんと共に活動をしているらしい。

 

 

 「えーっ、新学期を迎えました! あたしたちは最後の高校生活になりますが、最っっ高に、るんっとすることをしていこー!」

 

 

 ……………全く、日菜さんらしい挨拶だ。

 壇上で慌てふためいてるつぐみちゃんを見ると、台本とは違うことを言ったらしい。

 

 異端児の日菜さんと正統派のつぐみちゃんがちゃんとかみ合っているのか………非常に気になるところである。

 

 

 あっという間に始業式も終わり、教室へ戻ると先生は、明日の予定を軽く話すと本日の予定が終了したことを告げた。

 つぐみちゃんは生徒会、巴ちゃんとひまりちゃんは部活動で学校に残り、後の3人で校舎を出る。

 

 

 「モカちゃん、お腹が空いて力が出ない〜、ヨヨヨ〜」

 

 「お昼ご飯いらないってプリントに書いてたからね」

 

 「たすけて〜〜、ランパンマン〜〜」

 

 「変な呼び方しないで」

 

 生ける屍のように歩き、魂の抜けたような声で助けを求めるモカちゃんに対し、真顔でツッコミを入れる蘭。

 

 

 「あ、よかったら菓子パン食べる? こんな事もあるかと思って持ってきてたんだ〜」

 

 「おぉ〜、神様、仏様、アオパンマン様〜♪」

 

 「………他所ではそんな呼び方しないでね?」

 

 「いや、他所でもダメでしょ」

 

 

 急激に明るくなったモカちゃんはボクの渡したパンを受け取ると、すぐに完食した。

 

 

 「ふぅ〜、あーくんゴチッ♪」

 

 「満足してもらってよかったよ」

 

 「せっかくだしさ〜、このままお昼食べて帰らない〜?」

 

 「おっ、いいね! 蘭はどうする?」

 

 「あたし寄るとこあるから、2人で行って」

 

 「そっか………それじゃあ仕方ないね」

 

 「ほら、あーくんレッツゴ〜。蘭〜また明日〜」

 

 「うん、また明日」

 

 

 モカちゃんの提案で、学校近くのラーメン屋さんに立ち寄ることになった。

 平日のお昼時ということもあってか、それほど混雑することもなく、自称モカちゃんの特等席であるカウンター席に腰掛ける。

 

 

 「ここのラーメン、何回も来たけどやめられないんだよね〜。そういえばあーくんって蘭と一緒で普段ラーメンとか食べなそうだよね〜」

 

 「確かに、1人で食べに行ったりとかはほとんどないかな………」

 

 「じゃあ、注文はモカちゃんにお任せ〜♪ すみませ〜ん、ニンニク油盛々マッターホルンを2つ〜」

 

 ス◯バにも負けるとも劣らない長いメニューを注文すると、店員さんはそれの調理に入った。

 しばらく他愛のない話をしていると、ボクの携帯の着信音が鳴る。蘭から送られたメールによるものだ。

 

 

 『さっき母さんに会ったんだけど、今から京都に行かないといけないから、夕飯はあたしたち2人で食べて欲しいだって』

 

 『わかった! 帰ったら適当に作るようにするよ』

 

 『ありがと。ちなみになんだけど、どこのラーメン屋に行ったの?』

 

 『ラーメン三郎ってとこだよ?』

 

 

 しばらく、既読がついたまま返信が途絶える。

 

 

 『えっと、なんというか………天地返し、失敗しないように頑張れ』

 

 

 …………テンチガエシ? 謎の単語を残し、蘭とのやりとりがやや強引に終わった。

 すると、横からモカちゃんが顔を出しボクと蘭のやりとりを覗く。

 

 

 「蘭からだったんだ〜。なんて〜?」

 

 「えっと、テンチがどうって」

 

 「あー、天地返しか〜。それはね〜──────」

 

 

 モカちゃんが話し始めたタイミングで、頼んでいたラーメンが運ばれてきた。

 麺を覆い隠すほどの量がある野菜とチャーシューたち。そして、その上にかけられた大量の油…………。

 

 

 「ひょっとして、このラーメン…………」

 

 「もちっ、蘭にも食べてもらったよ〜♪」

 

 

 なるほど………蘭の意味深な言葉はこれのことだったのか。

 

 そういえば、数週間前の休みの日にモカちゃんとお昼ご飯を食べに行った後、夜ご飯を食べず部屋にこもっていたことがあった。

 

 小悪魔的な性格を持つモカちゃんにとって、蘭やひまりちゃんは格好の弄り相手なのだろう。

 

 

 「全部食べきれるか不安になってきたよ………」

 

 「大丈夫大丈夫〜。モカちゃんとトモちんは余裕で完食するからね〜。それじゃあ、麺が伸びちゃう前に〜、せーのっ」

 

 「「いただきます!」」

 

 

 

 

 

 

 「うぅ、お腹が苦しい…………」

 

 「もぉ、だらしないよ〜」

 

 

 ボクはモカちゃんの腕を掴み、なんとか店を出る。

 肝心のラーメンはと言うと、30分かかったがなんとか完食できた。

 あのとてつもない量のラーメンに加え、炒飯と餃子を追加で注文するモカちゃんの胃袋に、恐怖すら覚えた。

 

 その上、モカちゃんは『デザートを食べに行こ〜』と言いだし、今はそこに向かっている最中だ。まったく、食欲の底が知れない。

 

 

 「到着〜。ほら、あーくん顔を上げて〜」

 

 「ここは………喫茶店?」

 

 「そうだよ〜。ここはモカちゃんだけが知る秘密のカフェなのだ〜」

 

 黒塗りされた外装が目立ち、大人っぽさを感じるこの店の名前は "Charlotte" 。

 店の中から漂う焼き菓子の匂いは、自然と笑みがこぼれてしまう。

 店の扉を開けると、カラカラとベルの音が鳴りボクらが入店したことを告げる。

 

 店員さんに案内され、ボクたちはカウンター席に腰掛ける。店内にはボクたち3人しかおらず、スロージャズが静かに流れている。

 なんと居心地が良いことか。羽沢喫茶店に全く引けを取らない。

 

 しばらく2人で談笑していると、再びベルの音が店内に鳴り響く。

 

 

 「あ、いたいた! ヤッホー☆」

 

 

 ポニーテールで束ねた茶色の髪と、可愛らしいウサギのピアスが特徴的な人が入ってきた。

 右手を軽くあげ、ボクらに挨拶を交わすと、ボクの隣に腰かけたこの人は誰であろう、Roseliaのリサさんだ。

 

 

 「唐突にすみませ〜ん。今日はリサさん、暇だって聞いてましたから〜」

 

 「大丈夫だよー。誘ってくれてありがとっ♪」

 

 「さっきまでボクたちはラーメン食べてたんですよ?」

 

 「えっ!? いいなぁ〜。Roseliaのメンバーはなかなか誘ってもきてくれないからなぁ」

 

 

 確かに、他の人から見ればRoseliaのメンバーがそういうお店に出入りしているのは想像できないだろう。

 いや、一部例外はいるが………。

 人は見かけによらないとはよく言ったのものだ。

 

 

 「でも、2人はお昼食べたんだよね? お腹大丈夫?」

 

 「モカちゃんはよゆーです。ぶいー」

 

 「ボクも、お菓子の匂い嗅いだら小腹空いてきました」

 

 

 Vサインを作り、余裕の表情を見せる。

 店員さんに、コーヒーと焼き菓子のセットを頼み、再びリサさんとの会話に戻る。

 

 

 「それで、葵とひまりの関係は良好なの?」

 

 「もち〜! ちょーラブラブですよ〜♪」

 

 

 リサさんは嬉しそうに手を合わせる。

 Roseliaでも、ボクとひまりちゃんの話で持ちきりになることがよくあるらしい。

 年頃の女の子ともなると、そういう話はやはりウキウキするものなのだろうか。

 

 

 「それで〜? キスとかもうしたの?」

 

 「それはモカちゃんも知らないですよ〜」

 

 

 2人が期待の眼差しでこちらを見る。

 隠すこともないだろうから、正直に答える。

 

 

 「それは…………まぁ、もちろん」

 

 

 2人はキャーッと歓喜の声を上げながら、両手を口元に当てる。

 リサさんからの質問はまだ止まらない。

 

 

 「それでそれで!? 他にはどれだけ進展した?」

 

 「この際だからはいちゃえよ〜、このこの〜♪」

 

 

 赤面するボクに、2人はさらに詰め寄る。

 

 

 「進展も何も、2人が見てる通り順調ですよ?」

 

 「それってもしかして…………()()()()()()()?//////」

 

 「な、なんですと〜」

 

 

 ──────リサさんからとんでも発言が飛び出した。

 それにモカちゃんは、わざとらしく驚いたそぶりを見せる。

 

 

 「そこまではしてません!!!!/////」

 

 「そ、そうだよねぇ、あはは〜………」

 

 「ちぇ〜」

 

 

 女子高生がそんなことを言うのは如何かものか。先輩といえど、これは注意しておくか。

 でも、リサさんも相当遊んでいそうな雰囲気があるけど………これは胸の内にしまっておこう。

 

 

 「それで、リサさんは雄樹夜さんとはどうなんですか?」

 

 「あっ、モカちゃんも気になってた〜」

 

 「えっ、ど、どうって!? お姉さん、わかんないかなぁ…………/////」

 

 

 お返しに雄樹夜さんのことを聞いてみたら、案の定、動揺した仕草を見せた。

 髪をくるくる指に巻き付けたり、目線をボクたちからそらしたり…………わかりやすい人だ。

 

 

 「言ってくれないなら雄樹夜さんに電話で──────」

 

 「わーーっ!! わかった! 話すから!!」

 

 

 

 取り出した携帯をポケットにしまい、再びリサさんに視線を戻す。

 彼女は俯いたまま、ポツポツと話し始めた。

 

 

 「雄樹夜には友希那がいる上に、そういうのにはとことん鈍感だし………。買い物に誘っても、『Roseliaのメンバー全員で行くか』って言い出すし………はぁ、なんだかなぁ」

 

 

 なるほど、問題は雄樹夜さん(そっちがわ)か。

 深いため息をつくリサさんは、頭を抱え事の重大さを伝えている。

 そこまでアプローチされて気づかないのは重症だろう。ひまりちゃんから同じ事をされたら、ボクならきっと気付く──────

 

 

 「いやいや〜、昔のあーくんも相当ひどかったと思うよ〜。ひーちゃんも、同じように嘆いてたし〜?」

 

 「うん、アタシも同じ事を相談されたよ?」

 

 

 ──────ことはなかったようだ。

 ひまりちゃん、ごめんなさい………。あと雄樹夜さんも、ボクも同類だったようです。

 モカちゃんは店員さんから出された焼き菓子を食べながら、つぶやいてきた。

 

 

 「寧ろ、ひーちゃんはどうやってあーくんを無理向かせたのか気になるところですな〜」

 

 「ホントだっ! 葵、お願い教えて! どんなことされたらひまりを意識するようになったの!?」

 

 

 リサさんは顔をグッと近づけ、真剣な眼差しを向ける。

 

 

 「それはもう、何度も誘われたら誰だって意識すると思いますよ?」

 

 「なるほど、もっと積極的にアプローチをする………と」

 

 「リサさんスタイルいいし、もっと大胆なかっこーしたらどんな男も食いつくと思うのにな〜」

 

 「大胆な格好………と」

 

 「あ、モカちゃんの言ってることはデタラメなので間に受けないでくださいね?」

 

 

 冗談も混じえながら、リサさんはボクの言った全てをメモに記した。

 幼馴染で恋人………そんな絵に描いたような関係になれることなんて、滅多にないだろう。

 それでも、ボクとひまりちゃんはそうなることができた。リサさんの願いが成就することを心から祈ることにしよう。

 

 

 「でも意外でしたね。リサさんが雄樹夜さんのことが好きだったなんて」

 

 「す、好きとかそういう感情はまだないんだよ!? ただ、気になってるだけで………」

 

 「まだということは、そうなる可能性があるってことなんだよなぁ」

 

 「これからが楽しみだね、モカちゃん!」

 

 「ちょっ!? やめて2人ともー!!」

 

 

 赤面する先輩を2人で精一杯からかった。

 店を出る頃には、すでに夕陽が上っており4月の冷たい風がヒューッとなびく。

 

 リサさんと店で別れ、2人で歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

 桃色の髪をゆらし、息を絶え絶えにしながら近づいてきたのは、ひまりちゃんだった。

 

 

 「こらーーモカーーッ!! 横取りは許さないぞーー!!」

 

 「たまたまだって〜。ひーちゃん、そんな怖い顔してたら嫌われちゃうよー?」

 

 「葵くんはそんな人じゃない!!」

 

 ケラケラと笑いながら逃げるモカちゃんとそれを追いかけるひまりちゃんは、さながらトムとジェリーのようだ。

 

 

 「モカちゃんは知ってるんだよ〜。2人はあたしたちの知らないところで、イチャイチャしてることをね〜」

 

 「モカーーッ!!!」

 「モカちゃん!!!」

 

 

 天性の勘の鋭さを持つ彼女には到底かなわないと思った瞬間である。

 将来、モカちゃんと結婚することになる旦那さんは苦労するだろう。

 浮気なんてもってのほかだ。

 もし見つかったりでもしたら、笑顔で想像を絶する拷問を受けるだろう。

 

 彼女の底知れぬ人間性に、背筋が凍った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

蘭と葵の誕生日回予定です! ひまり視点かな?


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第41曲 幼馴染兼彼女の 祝宴

お久しぶりです! 山本イツキです!

お気に入り550件達成しました!
ご愛読、本当にありがとうございます!

小説投稿、もう少し早められるように頑張ります笑


 「うーん…………どれがいいかな?」

 

 

 日は4月9日。場所はショッピングモール。

 わたし、上原 ひまりは非常に悩んでいる。

 

 自分で言うのもなんだけど、着こなしには誰にも負けない自信がある。

 それに、よく食べるけどテニスで体を動かしてるからスタイルも良い状態をキープしている。

 

 何より衣装を選ぶセンスは、あの蘭が認めるぐらいだよ!? これは胸を張って自慢できる!

 それから、みんなからいじられるセンスは天下一品…………いや、これは断じて違う、全否定する。

 

 これらの "長所" は、葵くんと蘭の誕生日プレゼント選びにも通ずるものがある。

 

 しかし、それを決めるのは()()()()()()()。わたしの中にいる、無数のわたしだ。

 簡単に言うと、人間が持つ感情………大雑把に分けると、喜怒哀楽が具現化してわたしの姿になっている。

 

 今日も今日とて、頭の中の小さいひまりちゃんたちは丸テーブルに集い、通称 "オシャレ会議" を行っている。

 

 

 『ねえねえ! お菓子を渡すのはどう!?』

 

 『いや、それはこの前みんなに作ったから面白みが欠けるよね』

 

 『もう物を買うしかないじゃん?』

 

 『今月は買いたいものが多いから、ちゃんと節約しないと!!』

 

 『手作りは手間がかかるし、何より時間がない………』

 

 

 ─────どうやら、かなり深刻な状況だそうだ。会議が一向に進行する気配がない。

 悩みに悩んで早1週間。

 葵くんと蘭以外のAfterglowメンバーで作った誕生日グループのチャットでは、みんながお祝いのプレゼントを用意したと言う。

 残りはわたしだけ。急ぐ思いが行動に現れる。携帯で喜ぶプレゼントランキングを検索しつつ、周りのお店の品物を物色する。

 

 

 

 そして、気まぐれな神様はわたしに運命的な出会いをもたらした。

 

 

 

 ずらりと並ぶお店の中で見つけた、真紅の小さな胡蝶蘭の髪飾り。

 まさに蘭にぴったりと言える品物だ。

 恐る恐る、値札を見る…………うん、十分お買い得だ。

 頭の中のひまりちゃんたちも、満場一致で買うことを決定した。

 

 ようやく満足のいくプレゼントが見つかり、ほっと安堵の胸をなでおろす。

 頭の中では、葵くんのプレゼントについて再び議論が交わされている。

 

 

 

 『葵くんはオシャレだし、服をプレゼントするのがいいと思う!』

 

 『でも、選んだ服がわたしの好みであって、葵くんの好みなわけないよね………』

 

 『じゃあアクセサリーはどう? 』

 

 『確かにそれはいい案かも!』

 

 『うんうん!!』

 

 『となるとやっぱり………ペアルックにしちゃう?』

 

 

 ペアルック…………なるほど、恋人らしくていいかも!

 蘭のプレゼントを見つけてから、頭の中のひまりちゃんも冴えてきた。

 

 ここからは早かった。

 アクセサリー屋さんのガラスケースに飾られていた、ピンクゴールドとブラックのペアネックレス。

 二重のリングで、大きい方には読めないけどアルファベットの刻印がしてあり、小さい方には "LOVE" と刻印されていた。

 

 これをつけた葵くんを想像してみる─────うん、絶対似合う。ひまりちゃんが言うんだから間違いない。

 

 欲しい………これが欲しいと、心の底から欲求が湧き出てくる。

 恐る恐る値札を見ると、そこにはわたしの1ヶ月分のお小遣い以上の金額が記されていた。

 あまりの高額さに落胆して、がっくりと肩を落とす。仕方ない、別のものにするしかないよね─────。

 

 

 「すいません、これください。……………はい、プレゼントです」

 

 

 背後から、わたしが欲しかったネックレスを買う人が現れた。

 そりゃそうだよね、凄く可愛いもん。

 これを買う人のセンスと財力に賞賛を送ろう………。

 

 

 「ひまり、そんなに残念がらないで。これ、葵に渡すつもりだったんでしょ?」

 

 

 ─────わたしの思考が停止する。

 わたしの名前、なんで知ってるの?

 それに聞き覚えのある声が聞こえたような…………。

 

 とんっ、とわたしの肩に手を置いた主の顔を見ると、明日、誕生日を迎える幼馴染の姿があった。

 

 

 「ら………らん〜〜〜〜!?!?」

 

 「そんな声出さないで………….恥ずかしいから。その代わり、この後つぐみん家のコーヒー奢ってね?」

 

 

  随分と取り乱したが、蘭がショッピングモールに偶然いるとは考えにくい。

 葵くん曰く、『予定がない日は、羽沢珈琲店にいるか、家でギター弾いてるかのどっちかだからね。物欲もないし……』 と公言しているからだ。

 

 このネックレスを買えたのも、普段お金を使うことがあまりないからこそなのだろう。

 しかし、今はそのことに感謝する!お茶でもなんでも付き合っちゃうよ!

 

 会計を済ませた蘭がお店から出てきて、ネックレスが入った袋を渡してくれた。

 あまりの嬉しさに号泣し、蘭に抱きつくわたしに、周りの人から変な目を向けられたのは別の話。

 

 

 

 ショッピングモールを出ると、蘭のご要望通り羽沢珈琲店に向かう。

 商店街は今日もいつも通りの賑やかさをかもちだし、精肉店から香るコロッケの匂いに思わず頬を緩ます。

 それを見て蘭が隣でクスッと、からかうように笑い、プリプリと怒ると、今度は盛大に笑い声をあげた。

 

 その賑わいとは対照的に、静かで落ち着きの雰囲気を感じる珈琲店に足を踏み入れる。

 

 

 「ひまりちゃんに蘭ちゃん! いらっしゃい!」

 

 

 チェック柄のベージュのエプロンを身にまとい、いつも通りの笑顔でつぐが出迎えてくれる。

 座るのはもちろん、カウンター席。

 つぐのお父さんの仕事風景が間近で見れて、よく相談にものってもらう。

 何より、オーブンから漂うスイーツの匂いはまさに至福のひと時で─────

 

 

 「ひまり、食べることばっかり考えてるとまた太…………」

 

 「その先は言わないで………!」

 

 

 側でつぐが苦笑いを浮かべる。

 わたしたち以外にお客さんがいなかったのは不幸中の幸いだった。つぐのお父さんには聞かれちゃったけど…………。

 

 

 「でも、ひまり君の味見のお陰でお店が繁盛してると言っても過言じゃないからね。感謝しているよ」

 

 「ほ、ほらね!?」

 

 「いや、なにがほらねっなの?」

 

 「あはは…………」

 

 「今日はその感謝も込めてね。ぜひ試食してもらいたいものがあるんだよ」

 

 

 そう言うと、冷蔵庫から予め作ってあったお菓子を取り出し、均等に切り分けてからお皿に移し、わたしたちのテーブルに差し出した。

 

 

 「これは………ロールケーキ?」

 

 「明日は蘭君と葵君の誕生日だとつぐみから聞いてね。 バースデーガールがいるのもなんだが、是非食べてみてくれ」

 

 

 ロールケーキに添えられた、ツヤツヤと輝くこのカラフルなものは何だろう?

 それとケーキを同時に頬張る。

 

 

 「…………うんっ!! すっごく美味しい!」

 

 「それは良かった。ちなみにだが、添えられているのは飴細工。シュクル・ティレという技法で作ったものだ」

 

 「えっ!? そんなものも作れるんですか!?」

 

 「すごい………」

 

 「京都へ料理修行に行った時に身につけたらしいよ? 料理のことになると、本当に一生懸命になるよね、お父さんって…………」

 

 「はははっ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 

 呆れながら話すつぐに、つぐのお父さんは笑みを浮かべる。

 あっという間に完食し、食後の甘いコーヒーも頂く。

 話し込んでいると、日が暮れる時間を迎えた。4月になったとはいえ、日が落ちるのはまだ早い。

 

 

 「それじゃあひまり、お会計よろしく」

 

 「わ、わかってるよぉ〜!」

 

 

 財布から千円札を出し、つぐからほんの少しのお釣りをもらう。

 まぁ、美味しいケーキをご馳走になった上に、コーヒーも何度もお代わりさせてもらったし、普通に考えれば破格に安いだろう。

 お店で蘭とも別れて、1人帰路に立つ。

 葵くんに渡すネックレスのことを考えると、自然と笑みがこぼれた。

 

 あぁ、早く明日にならないかな────。

 

 

 

 

 

 日が完全に落ちて、夜を迎えた。

 4月とはいえど、朝と夜はやはり冷える。

 お風呂も普段より長めに湯に浸かり、体を温める。

 

 お風呂から出たら、いつも着ているピンクのパジャマとパーカーを羽織り、フッカフカのベッドに寝転がった。

 携帯に電源を入れると、葵くんからメッセージが来ていた。

 内容は、わたしが蘭とつぐの3人で撮った集合写真についてだった。

 

 

 『蘭からも聞いたよ! ボクも父さんとの稽古が無かったら行けてたのになぁ………』

 

 

 葵くんは今日、お父さんと剣道の稽古をしていたらしい。

 道着姿の写真を蘭が撮ったものを見せてくれたけど、それはもう………カッコイイの一言に尽きる。

 

 

 『また今度一緒に行こうね! 』

 

 『うんっ! 楽しみにしてる!』

 

 

 葵くんとの何気ないやり取りの中で、頭の中のひまりちゃんたちは本日最後の会議を開いていた。

 

 

 『ねぇねぇ、プレゼント渡すのを明日まで待てないよ!!』

 

 『落ち着いて。明日なんて寝たらすぐに迎えているものじゃないの?』

 

 『確かに。それに、今から渡しに行くとしても、葵くんの事情はどうなの? 迷惑だと思うんだけど』

 

 『うぅ…………だって…………』

 

 『気持ちは分からなくないけど、葵くんのことを考えたら仕方ないよ』

 

 

 すると、携帯から電話の着信が鳴る。

 

 

 『は、はい!? もしもしっ!?』

 

 『あははっ、夜遅くにごめんね。美竹 葵だよ〜』

 

 

 携帯から、葵くんの笑いながら話す声が聞こえる。

 

 

 『どうしたの? 夜に電話するのって初めてな気がする』

 

 『いやっ、なんだかひまりちゃんの声が聴きたくなってさ。理由がそれだけじゃ………ダメかな?』

 

 

 ────わたしの頭の中が桃色一色に染まる。もう、胸キュンが止まらない。

 頭の中のひまりちゃんたちも、目がハートになりメロメロの様子だ。

 

 

 『ぜんっぜん!! すっごい嬉しいよ!!/////』

 

 『ホントにっ!? よかったぁ〜』

 

 『なんなら、今から会えたら嬉しいなぁとも思ってたし────あっ』

 

 『今から? ボクは全然構わないけど………ひまりちゃんは大丈夫なの?』

 

 

 わたしの早とちりな発言から一転、心の片隅で望んでいた展開になってきた。

 

 

 『うんっ!話したい!! 葵くんこそ大丈夫なの?』

 

 『父さんたちに伝えたら大丈夫だよ。夜も遅いし、ひまりちゃん家まで迎えに行くね!』

 

 『分かった! 部屋で待ってるね!』

 

 

 通話を切り、部屋の時計を見ると23時を示していた。

 こんな夜中に外出なんて初めての経験だ。

 すでに眠りについているお母さんたちに置き手紙を残し、パジャマから普段着に着替える。

 そして、必要最低限のものと()()を持って外に出る。

 

 ヒューッと冷たい風が吹いていて、玄関先で小さくうずくまる。

 家の中で待ってればいいのに、と自分でも半ば呆れているけど、"葵くんに早く会いたい" という欲望がどうしても抑えられかった。

 

 彼からの連絡はまだか、まだかと携帯の電源を入れては切り、入れては切りと繰り返した。そして──────

 

 

 「ひまりちゃーん! おまたせ〜!」

 

 

 月夜にキラキラと輝く星々のような笑顔で、葵くんは迎えにきてくれた。

 ご近所さんに迷惑のかからない声量で呼びかけてくれた彼は頬をほんのりと染め、少しだけ息切れを起こしていた。

 

 

 「葵くんこんばんはっ♪ もしかして、走ってきたの?」

 

 「あははっ、バレちゃったか。1秒でも早く、すぐにでもひまりちゃんに会いたかったからさ/////」

 

 

 どうやら彼もまた、わたしと考えていることは同じだったようだ。

 

 あぁ、わたしはなんて幸せ者なんだろう。

 

想いが一致し、心の底から喜びの感情が溢れ出てくる。

 

 

 「それじゃあ行こっか。ここの近くの公園でもいい?」

 

 「うんっ!」

 

 

 わたしたちは、並んで歩き始めた。

 

 

 「なんか、こんなに夜遅くに外出するってワクワクするね!」

 

 「あんまり褒められたことじゃないと思うけど………たまにはいいかもしれないね」

 

 「葵くんは真面目だなぁ」

 

 「ひまりちゃんが大雑把なだけかもしれないよ?」

 

 「えー!? そ、そんなことないよ!」

 

 「あははっ、冗談だよ?」

 

 「もぉ〜〜〜!!」

 

 

 何気ないやりとりが続く。

 

 

 「この前ね、凄く上手なテニス部の先輩から、テニスのセンスあるよねって言われたんだ〜!」

 

 「確かに、ひまりちゃんは運動神経がいいからね。おまけに器用だし」

 

 「えっへへ〜/// 褒めたって何も出ないよ〜?」

 

 「全部ホントのことだからね。挙げたらキリがないよ」

 

 

 こう真っ直ぐに言われると素直に照れる。

 突如葵くんは立ち止まり、ポケットに突っ込んでいた手をわたしに差し伸べてきた。

 

 

 「ずっと中で温めてたんだけど…………よかったら/////」

 

 

 葵くんは頬をさらに染め、こちらを見つめる。

 突然の行動に戸惑ったけど、わたしの返事は決まっている。

 

 

 「もちろん! お願いします/////」

 

 

 差し伸べられた手の上に、そっとわたしの手を重ねる。

 ホントだ、とても温かい。

 まるで実家のような安心感と言うか、優しい人特有の温もりを感じる。

 そして俗に言う恋人繋ぎで手を握り、再び公園に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 公園に着くと、2人でベンチに腰掛けた。

 滑り台にブランコ、砂場や鉄棒などなど、わたしたちが小さい頃からよく使っていた遊具がそのまま残っている。

 今のわたしたちが使うには、小さすぎるサイズだ。

 

 

 「覚えてる? あのブランコ、巴ちゃんが全力で漕いでそのまま落下したこと」

 

 「あぁ!! 覚えてる覚えてる! みんな心配してたのに、一人で大爆笑してたよね!」

 

 「あの砂場で、モカちゃんとつぐみちゃんがよくお店屋さんごっこしてたことは?」

 

 「もちろん覚えてるよ! 鬼ごっこでよく巴に追いかけられたこともね!」

 

 「それから、ボクたちが初めて出会ったのも──────」

 

 「この公園だったね!」

 

 

 思い返すとキリがない程の思い出が詰まった場所。

 "Afterglowの原点" 。葵くんが言いたかったのは、きっとこの事だろう。

 

 

 「あの頃の蘭は、すっごい人見知りだったよね?」

 

 「今もそうだと思うよ。クラスでも、蘭が自分から話しかけるとこなんて殆ど見ないでしょ?」

 

 「た、確かに…………」

 

 「蘭にはもっと、いろんな人と関わりを持ってもらいたいんだけどなぁ………」

 

 「ふふっ、なんだか葵くんがお兄ちゃんみたいだね♪」

 

 「ホントにその通りだよ………」

 

 

 二人で話す楽しい時間が1秒、また1秒と過ぎていく。

 この幸せがいつまでも続いたらいいのになぁと、感慨深い感情に浸る。

 

 

 「さぁっ、もうそろそろ戻ろうか。明日からまた学校だし、寝坊なんてもってのほかだからね」

 

 

 ゆっくりと立ち上がった彼は、わたしに手を差し伸べる。

 その手を握り立ち上がると、そのまま歩き始める。

 

 

 「あ、葵くん! ちょっと待って!!」

 

 「…………??」

 

 

 葵くんは不思議そうにこちらを見つめる。

 彼の手を離し、ポケットから取り出した携帯の時計をみる。

 

 5秒前

 

 

 4

 

 

 3

 

 

 2

 

 

 1…………………ジリリリリリリッ!!

 

 携帯のアラーム音が鳴り響き、葵くんはビクッと震え驚いた表情を見せる。

 このアラームは予めセットしていたもの。

 4月10日、午前0時を示すものだ。

 これが表すものは──────

 

 

 「ハッピーバースデー、葵くん!!」

 

 

 時間きっかり、誰よりも早く一番最初に彼の誕生日を直接祝うことができた。

 まだ状況を理解できていない彼に、わたしは最高の笑顔で応える。

 

 

 「どう? ビックリした?」

 

 

 悪戯にそういうと、ようやく理解できたのか、葵くんは嬉しそうに答えた。

 

 

 「最高の誕生日だよっ! ありがとう、ひまりちゃん!!」

 

 

 彼の喜ぶ顔を見て、やりきった感と嬉しさで心が満たされる。

 

 

 「あ、プレゼントもあるんだよ! えっと、ちょっと待ってね…………はいっ!」

 

 「これは………ペアネックレス?」

 

 「うんっ! 実はというと、蘭にちょっとだけお金貸してもらって買ったものなんだけど…………」

 

 「まぁお金は後で返せばいいと思うよ! それより、つけてみてもいいかな? できれば、ひまりちゃんも一緒に!」

 

 「うんっ! じゃあ一緒につけよう!」

 

 

 チェーンの金具を外し、首に引っ掛けてまたとめる。

 顔を上げると嬉しそうに、つけたネックレスに触れる葵くんの姿があった。

 

 

 「なんだか、ひまりちゃんと同じになれた気がする!すごく嬉しいよ/////」

 

 「気に入って貰えたなら良かった! 今度デートするときも、付けていくからね!」

 

 「もちろん! 大事にするね!!」

 

 

 月夜に光るネックレスを携え、わたしたちは再び手を繋ぎ、帰路に立った。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?


唐突ですが、この度ご縁がありバンドリカレンダー企画に参加させていただくことになりました!
そちらも拝見していただけると幸いです!

次回もお楽しみに!



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第42曲 真・羽丘の七不思議 〜前編〜

あけましておめでとうございます!今年も一年よろしくお願いします!

今回から、6番目のアフターグロウのオリジナルストーリーとなります!


 「ふぅ〜、明日からゴールデンウィークかぁ。疲れたぁ〜……」

 

 「確かに、ようやく迎えた!って感じだね」

 

 「モカちゃん、心待ちにしてましたぁ♪」

 

 「私は、生徒会の仕事があるからあんまり実感ないかな」

 

 「あ、はは………アタシは、殆どがバイトだな………」

 

 「わたしは部活だ〜………」

 

 「でもあたしは、ゴールデンウィーク中に宿題があんなに出たことに驚いたかな。去年は全然なかったはずなのに…………」

 

 「「「「「「はぁ〜〜………」」」」」」

 

 

 ボクたちは、深く長いため息をつく。

 まぁ無理はないだろう。

 高校生にとって休みとは、遊びやバイトなど、自分の為に費やすものなのだ。

 1ヶ月半の休みがある夏休みとは違い、ゴールデンウィークは、たった10日間しか休みがない。

 

 えっ? 10日間もあるじゃないかだって?

 

 そう感じる人もいるだろうが、今年の羽丘高校(うち)は違う。

 何故なら、実技教科を除く全ての授業で、尋常ではないほどの量の宿題が出されたからだ。

 例えるなら、ゲームバランスの調整をミスしたラスボスが、主人公たちを簡単に薙ぎ払う…………そういった感じだろうか。

 

 それを聞かされた時、クラスを超え、学年で大ブーイングが巻き起こり、ちょっとした騒ぎになった。

 しかし、すぐに諦めがつき皆が渋々それを受け入れた。

 

 

 「しっかし、先生も酷いよなあ。夏休みならともかく、ゴールデンウィークにあんなに宿題を出すなんて」

 

 「ほんとほんと! わたし、全く終わる気がしないよぉ………」

 

 「なんとなんと、天才モカちゃんはですね〜」

 

 「えっ、宿題終わってるの?」

 

 「全く手をつけてませーん」

 

 「だと思った………」

 

 「えへへ〜、ほんのモカちゃんジョークだよ〜」

 

 

 モカちゃんの軽いジョークに、蘭が半ば呆れながら答える。

 正直、ボクも今回の休みは宿題に追われそうで少し身震いする。

 量もそうなのだが、二年生になり勉強の内容が急に難しくなったような気がしてならない。

 成績もなるべく上位をキープしないと、父さんにバンド活動を止められかねない。

 

 なんとかしなくちゃ─────。

 

 

 「これからの休みの為にも、今からみんなで羽沢珈琲店「うち」に来て勉強しない? 正直、わからないところが多くて困ってるんだ………」

 

 

 突如、つぐ神様から有難いお告げが舞い降りた。思わずそれに便乗する。

 

 

 「ボクもお願いしたい! 数学に詰まっちゃって大変なんだ………」

 

 「あたしも………」

 

 「アタシは物理だなぁ………」

 

 「それじゃあ、みんなで苦手な教科を教えあお〜♪ モカちゃんはオールラウンダーだから、なんでも教えれるよ〜」

 

 「うん、賛成! お父さんに、甘いものを用意してもらうね!」

 

 「わーい! つぐパパのお菓子〜♪」

 

 「ひーちゃん、甘いものはダイエットが成功するまでメッだからね〜?」

 

 「ちょっ!? そこは宿題が終わるまでじゃないの!?」

 

 

 笑顔で逃げるモカちゃんを、プンプンと怒りながら追いかけるひまりちゃんを見て、全員が笑いあう。

 2人を見ていたら、宿題の恐怖が少し薄れたような気がした。

 

 

 

***

 

 

 

 羽沢珈琲店についてからすぐ、ボクたちは卓を囲み宿題を始めた。

 

 6人の頭の良さを順で並べると、モカちゃんが一番上で、ひまりちゃんが一番下となっている。

 とは言っても、モカちゃんは学年でトップの成績という訳ではなく、ひまりちゃんも学年で最底辺という訳でもない。

 要するに、6人の頭の良さに圧倒的な差がないということだ。

 

 

 「モカー、数学の問題が全然分かんないよ〜………」

 

 「やれやれ〜、ひーちゃんは仕方ないな〜。えーっと、これはこの公式を応用したらいいんだよ」

 

 

 ひまりちゃんは、泣きべそをかけながらモカちゃんに数学を教えてもらってる。

 

 

 「なぁ、蘭〜。"儚い"ってどういう意味なんだ?」

 

 「なんでそんなこと聞くの?」

 

 「だってほら、漢字のドリルに書いてあるだろ?」

 

 「ホントだっ。瀬田先輩が見たら喜びそうだね」

 

 

 蘭と巴ちゃんは、瀬田先輩の姿を想像してか、クスクスと笑っている。

 

 

 「葵くんは、わからないところとかないの?」

 

 「今のところは大丈夫かな。つぐみちゃんは?」

 

 「私も平気だよっ! やっぱり、葵くんって頭いいよね。普段、勉強とかしてるの?」

 

 「授業以外ではあまりしないかな。テスト前とかなら多少はするけど………。つぐみちゃんは、毎日コツコツ勉強してるよね?」

 

 「うん! 授業だけじゃわからないところがあるからちゃんとやらないと、置いていかれちゃうんだ………」

 

 

 なるほど、つぐみちゃんらしい勉強法だ。

 成績も急激に下がることは決してなく、着々と順位を上げている。

 コツコツと積み重ねていくことが、性に合っているんだろう。

 2年生になって更に頼もしくなったし、これも、羽丘学園副会長としての努力の賜物なのだろう。

 

 

 「あ〜、あーくんがつぐとイチャイチャしてる〜」

 

 「…………えっ!?!?」

 

 

 ケラケラと、からかうように笑うモカちゃんに対しひまりちゃんは、驚きと、ほんの少しの怒りを含んだ顔をこちらに向けている。

 

 

 「ご、誤解だよ2人とも!?」

 

 「そうだよ、ひまりちゃん! ただ、葵くんは頭が良くて羨ましいなぁって話してただけだよ!」

 

 「ていうか、葵がつぐに浮気する訳ないじゃん」

 

 「つぐも、ひまりから葵を奪うなんてことをする訳ないだろ?」

 

 「ちぇ〜、バレたか〜」

 

 「もぉ〜っ! モカはわたしをからかいすぎだよ!!」

 

 「いやいや、ひーちゃんが騙されやすいんだよ〜」

 

 「たしかに、ひまりって「みんなからいじられるセンスは」この中で一番だからね」

 

 「そ、そんなことないよ!?!?」

 

 

 蘭のツッコミにドッと笑いが起きる。

 それと同時に、つぐみちゃんのお父さんからケーキとコーヒーの差し入れが入る。

 結局この日はいつも通り、みんなでお茶するだけにとどまり宿題はあまり進まなかった。

 

 日が完全に落ちたところで、今日は解散。

 店を出た時に、忘れ物をしていないか鞄の中を少し漁る。

 

 

 「………あれ? おかしいな…………」

 

 

 あるはずのものがなく、もう一度鞄の中を確認してみる。

 しかし、いくら探しても見当たらない。

 

 

 「どうしたの、葵くん?」

 

 

 ボクのおかしな様子に気づいたひまりちゃんが、声をかけてきた。

 

 

 

 「それが、携帯がどこにも見当たらないんだ…………」

 

 「携帯?」

 

 「昼休みまで持っていたのは覚えているんだけど………」

 

 「試しに私が鳴らしてみるから、ちょっと待ってて!」

 

 

 つぐみちゃんがそういうと、ポケットから携帯を取り出し、ボクの携帯に着信を入れる。

 …………しかし、着信音は全く聞こえない。

 羽沢珈琲店に不穏な空気が流れる。

 

 

 「ちょっと葵………まさか…………」

 

 

 青ざめてこちらを見つめる蘭。

 他のみんなも同様に、まさかまさかと思っている顔つきだった。

 

 

 「学校に………置き忘れた………」

 

 

 ボクたちは、去年起きた出来事を思い出す。

 ひまりちゃんの参考書を取りに行った直後、ボクたちは不可思議な出来事と遭遇した。

 13個に増える階段の段数、音楽室のピアノ、生徒の幽霊………今、思い出しただけでも身震いが止まらないほどの恐怖を味わった。

 

 

 「も、もしかしたら道に落としたかもしれないぞ!?」

 

 「6人もいたら流石に気づくでしょ?」

 

 「一応交番には確かめてみようかな。今回はボクの失態だから、みんなはここに─────」

 

 「わ、わたしは行くよ!!」

 

 「ひまりちゃん?」

 

 

 ボクの言葉を遮るように、ひまりちゃんが割り込んで話を続ける。

 高々と上げた左手だけでなく、体全体が震え、学校に行く恐怖を物語っている。

 

 

 「去年もわたしが参考書忘れた時に、みんなについてきてもらったから、そのお礼!」

 

 「なんだかおもしろそうだから、あたしも行く〜♪」

 

 「アタシも行くぞ!」

 

 「わ、私も!!」

 

 「はぁ………仕方ないから、あたしもついて行く」

 

 「みんな………ありがとう!!」

 

 

 心優しいみんなに感謝感激する。

 去年と二の前にならないように、懐中電灯を人数分用意し、モカちゃんはお守りとお札を手に持ち、ノリノリな様子だ。

 

 同じ出来事が起きないことを心から願い、羽沢珈琲店を出る。

 

 

 

***

 

 

 

 雄樹夜side

 

 

 「なに、弁当箱を忘れた?」

 

 「は、はい………ごめんなさい………」

 

 

 オレと友希那の家でバンド練をしていた最中、あこの言い放った一言に、Roseliaの面々が苦笑の表情を浮かべる。

 

 

 「明日取りに行けばいいでしょう?」

 

 

 紗夜は少し呆れたように話す。

 まぁ、キッチリとした性格の人間なら間違いなくこんなことは起きないだろう。

 これは、完全にあこの注意不足だ。

 

 

 「それがね紗夜、明日からゴールデンウィークだから、先生たちはほとんど学校に来ないんだよね………。ダンス部の部活もしばらくないし………」

 

 

 リサは紗夜を宥めるように、わかりやすく説明する。

 あこも反省の顔色を残しつつも、リサに感謝の笑みを浮かべる。

 

 とりあえず、オレも便乗しておくか………。

 

 

 「お前なら、『無許可で教室の鍵を借りるのは非常識です』と言うところだろう?」

 

 「確かに、雄希夜さんの言う通りですね」

 

 「今は…………18時なので…………多分、間に合うと…………思います」

 

 「それなら仕方ないわね、あこ。急いで取りに行ってきなさい」

 

 「それでですね…………頼みたいことがあるんですけど………」

 

 

 あこはオレたちに、少し言いづらそうな様子を見せる。

 あこが言いたいことは、察しがつく。だから、彼女が言う前にオレが話す。

 

 

 「オレたちについてきてほしい、ということか?」

 

 「は、はいっ! 夜の学校ってなんだか怖くて………。だから一緒についてきてください!!」

 

 「私は行きませんよ。他校の生徒がアポもなしに勝手に出入りするのは非常識です」

 

 「ごめんね…………あこちゃん…………」

 

 

 確かに、外は陽が落ちて完全に夜を迎えていた。

 辺りは暗く、女子高生を一人でノコノコ歩かせるわけにも行かない。

 万が一、あこに何かあったらオレたちは責任を取れないからな。

 花咲川組が行かないとしたら、残っているのはオレと友希那、そしてリサだが………。

 

 リサは怖がりだし、友希那は性格上ついてくるとは考えにくい。

 あこにとって、今頼りになるのはオレだけということだ。

 

 

 (はぁ、仕方ないな…………)

 

 

 心の中で深いため息をつき、行く決心を固める。

 

 

 「あこ、しょうがないからオレがついて行ってやる。他の4人はここで─────」

 

 「あ、アタシも行くよ!?」 

 

 「リサ?」

 

 

 オレの言葉を遮り、リサが割り込んで話してきた。

 高々と上げた右手だけじゃなく、体全体が恐怖で震え、学校に行く恐怖を物語っている。

 

 

 「2人で行かせるのもアレだからさ! ほらっ、友希那も行こうよ!」

 

 「なんで私まで………」

 

 「いいだろ、友希那。あこのためだ」

 

 「みんな………本当にありがとう!!」

 

 

 あこは満面の笑みで、感謝の気持ちを伝える。

 

 

 「それなら、早く済ませましょう。2人には申し訳ないのだけれど、ここで待っててもらえるかしら?」

 

 「私は構いません」

 

 「私も…………大丈夫………です」

 

 「すまないな、2人とも。あこ、帰りに何か奢ってもらうからな」

 

 「うっ………はぁーい」

 

 

 羽丘組一行は足早に家を出る。

 

 

 そして、オレたちは後に知ることとなる。

 

 

 

 学校に伝わる、真の七不思議を─────。

 

 

 




いかがだったでしょうか?

少しホラー展開も混ぜていきます!


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第43曲 真・羽丘の七不思議 〜中編〜

2日連続の投稿となります!

このペースで投稿できたらなぁ………


ここからラストにかけて、ホラー要素を強めていきます。


 真っ暗な道を駆け抜け、たどり着いた学校は、異様な静けさをか持ち出していた。

 ビューっと吹く風が、木々をゆらゆらと揺らし、開けっ放しの校門には人の影が見えない。

 恐らく、ここにいるのは警備員さんを含め、ごく僅かだろう。

 

 学校に入る前から、みんなの顔も暗く沈む。

 

 

 「うわ………真っ暗………」

 

 「いかにも、何か出てきそうだよな………」

 

 「ちょっ、巴!? 変なこと言わないでよ!」

 

 「長居する訳にもいかないし、早くとりに行こう!」

 

 

 ボクたちは決心し、校舎に入る。

 案の定、校舎の中は在校生は愚か、警備員さんの姿も見えない。

 まるで、神隠しにでもあったように………。

 

 普段は生徒たちで賑わう廊下も、教室も、今は誰もいない。

 しんと静まり返ったその雰囲気に、ボクたちは思わず身震いする。

 あっという間に着くはずの教室も、今はなんだか遠くに感じる。

 それは、他のみんなも感じているようだ。

 

 やっとの思いでついた教室には、幸運なことに鍵がかけられておらず、そのまま入室する。

 

 

 「ボクの机には………なさそうだね………」

 

 「交番にも届けられてなかったし、間違いなく学校にあるんだよね?」

 

 「それじゃあ、わたしが携帯鳴らしてみるね!」

 

 

 ひまりちゃんはそういうと、ボクの携帯に電話をかける。

 一瞬の間の後、ボクの携帯の着信音が教室内に鳴り響き、みんなはその音にビクッと肩を震わた。

 

 そして、その音の鳴る方へ歩み寄る。

 

 

 「まさか、教壇の上に置いてるなんて…」

 

 「誰かが置いてくれたのかな?」

 

 「それにしては不自然じゃないか?」

 

 「ともかく、見つかってよかったね〜、あーくん」

 

 「うんっ!それじゃあ、羽沢珈琲店に…………って、あれ?」

 

 

 開いたボクの携帯に違和感を覚える。

 ボクの携帯のロック画面は普段、Afterglowの初ライブ後の集合写真にしてるはずなんだけど、おかしなものに変わっていた。

 

 

 「葵?どうしたの?」

 

 

 心配そうに見つめる蘭に、携帯の画面を見せる。

 

 

 「なにこれ…………。赤い文字で何か書いてある………」

 

 「どれどれ〜?」

 

 「『図書室ニ向カエ』?図書室に向かえってどういうことだ?」

 

 「誰がこんな悪戯をしたんだろ………」

 

 「それに、葵のパスワードを解除してこれに設定したってことだよね?趣味悪っ………」

 

 

 蘭の言ってること以外に、不思議な点は他にもある。

 まずは、漢字混じりのカタカナ表記だということ。

 これは、ホラー映画やサスペンス劇場でよく見られる文章体だ。

 赤色で表記したってことは、血を連想させ怖がらせたいのだろう。

 

 次に、撮影した日時だ。

 写真ホルダーには、ロック画面に使用された写真がきちんと保存されていた。

 今の時刻が19時なのに対し、この写真が保存された日時は18時59分。つまり、ほんの数分前に撮影したことになる。

 ボクたちが教室に入る時には、人の影も見えなかったし、気配も感じなかった。

 

 これはもう、不可思議では考えられない道の領域の話だ。

 信じ難いが、もうこれは確信したと言ってもいい。

 

 

 

 この学校には間違いなく、人ならざる者が存在していると─────。

 

 

 「それで、どうする?本当に図書室に行くのか?」

 

 「でも、向かえってことは何かしらあるってことだから、行ったほうがいいんじゃないかな……?」

 

 「モカちゃんもつぐにさんせーい」

 

 「えっ………!?ほ、ほんとに行くの………!?」

 

 「わ、わたしは反対!こんな不気味な文章、どう考えても怪しいよ!!」

 

 「アタシも反対だ!!これ以上、危険なことに首を突っ込まないほうがいいに決まってる!!」

 

 

 どうやら、賛成と反対で分かれたらしい。

 

 

 「ならボクは…………つぐみちゃんとモカちゃんと一緒に図書室に向かおうかな」

 

 「あ、葵……!?本気なの!?」

 

 「そうだよ!!危ないよ!!」

 

 「でも、悪戯にこんなことをするはずがないし、ボクは確かめたいと思う」

 

 「仕方ないな…………。蘭、ひまり、覚悟を決めよう」

 

 「ごめんね、ボクのわがままに付き合わせちゃって…………」

 

 「私は平気だよ!このまま帰っても、きっと眠れないだろうしね!」

 

 「モカちゃんはワクワクが止まらない〜♪」

 

 「ちっともワクワクしないし…………」

 

 

 多少強引ではあったが、全員で図書室に行くことになった。

 しかし、本当の恐怖が待っているのはこの後からである。

 

 

 

***

 

 

 

 明かりの付いていない廊下を懐中電灯で照らし、ボクたちは歩き続ける。

 聞こえるのはボク達の足音だけ。普段の学校生活からは考えられない現象だ。

 6人で一列に並び、前方にはボクが、後方にはつぐみちゃんが立ち、少しでも恐怖を紛らわす。

 

 顔を向けるとと、ボクの後ろにいるひまりちゃんは、ボクの両肩に捕まり、顔を埋める。

 蘭と巴ちゃんも同様に、周りを一切見ようとしない。

 モカちゃんはニコニコと笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいる。

 つぐみちゃんは、ボクと目が合うとぎごちない笑みを浮かべ、大丈夫だと主張している。

 

 長い長い道のりを辿り、ようやく着いた図書室には何故か、明かりがついていた。

 そっと耳を当てると、何やら話し声が聞こえる。

 聞こえた声は、どこかで聞いたことのあるような…………そんなことが頭をよぎる。

 

 そして、ゆっくりとその扉を開ける。

 

 

 「わあああああああ!!!!」

 

 「うわああーーーーーーーっ!!!!」

 

 

 中にいた人と、ボク達の悲鳴が合わさる。

 

 

 「ま、まさか………!?漆黒の闇のの軍勢がこの………えーっと………」

 

 「あこ、リサ、少し落ち着け。よく見てみろ」

 

 「あなたたちは…………!」

 

 

 聞き覚えのあった声の主、それはRoseliaのみなさんによるものだった。

 真っ先に悲鳴を上げたリサさんは、雄樹夜さんの後ろに隠れ、顔だけを覗かせている。

 

 

 「な、なーんだ………ビックリした〜……」

 

 「いやいやー、ビックリしたのはこっちですよ〜。急に大きな声を出されたら、こっちもつられちゃいますよ〜」

 

 「あはは、ホントごめんね」

 

 

 モカちゃんがゆったりとした声で、リサさんに注意する。

 

 

 「それにしても、なんでRoseliaの皆さんがこんなところに?」

 

 「それがだな、あこが学校に弁当箱を忘れたと言い出して、取りに来ていたんだが……」

 

 「あこの机にね、変な紙が置いてあったんだ。ほらっ、これだよ」

 

 

 そう言ってあこちゃんが見せてくれたものは、ボクのロック画面に設定されていたものと全く同じだった。

 

 ────嫌な予感が、ますます確信に変わる。

 

 

 「そしてここにきたら、また新しい紙が置いてあった」

 

 「その紙に記されていたのが、『指定スル本ヲ、待チ人ト探セ』だったわ。全く、気味が悪いわ………」

 

 「それで、とりあえず4人で本を探して、人を待つことにしたの!」

 

 「結果的に、"待ち人" というのは恐らく、Afterglow(おまえたち)のことなんだろう。ちなみにだが、本は既に見つけてある。全部で6つだ。中はまだ見てない」

 

 その本のタイトルは以下のものである。

 

 ・地獄に通づる放送室の声

 ・さらなる奥地へ、無限廊下の道のり。

 ・使われなくなった音楽室のピアノ。

 ・処分予定の校長室の鏡。

 ・動き出す理科室の人体模型。

 ・女子トイレの花子さん。

 

 どれも、怪談にまつわるものであり、著者のも全て同じだった。

 

 

 「これを探して、ボクたちに何をして欲しいと思いますか?」

 

 「…………わからん。とりあえず、全て読んでみるか」

 

 「そうですね。それじゃあ、ひまりちゃんたちは何か手がかりがあるか探してもらってもいいかな?」

 

 「うんっ、わかった!」

 

 「葵くん!私もその本読ませて!」

 

 「つぐみちゃん………うん、いいよ」

 

 「心して読むことだな」

 

 「は、はいっ!!」

 

 

 タイトルから察するに、怖い話だという物だと想像がつく。

 だからこそ、誰もこの本を開こうとしなかったのだろう。

 それでも、読もうとするつぐみちゃんの勇気は本当に凄い。

 雄樹夜さんも素直に感心しているようだ。

 

 

 「それじゃあ、開くぞ」

 

 

 3人で別々の本を取り、決心してページを開くと、そこには悲劇に見舞われた主人公、もとい物たちのエピソードが描かれていた。

 幸い、ページ数は多くなく、数十分もあれば6つの本を全て読破する事ができた。

 

 ─────案の定、読み終わった後は決して心地よい感情にはなれず、嫌悪感に満たされる。

 死や恐怖に駆られた表現の数々は、まるでこの世の物とは思えない程の内容ばかりだ。

 余程の物好きでない限り、自分から読もうと思う人なんていないだろう。

 ひまりちゃんたちにこの本を見せないでよかったと、心底思う。

 

 そして、普段表情をあまり変えない雄樹夜さんも、何やら思うところがありそうな素振りを見せる。

 

 

 「…………雄樹夜さん?どうかしたんですか?

 

 「いや…………なんでもない。ただ、この境遇に見舞われた人や物たちは皆、どれほどの苦痛を味わったかと思うと、心が痛む」

 

 「私も………今まで読んできた本の中で一番悲しい物語だったと思います………」

 

 

 「確かに、普通じゃ考えられないよね………」

 

 「あぁ、()()ならな………」

 

 「えっ、それはどういう………?」

 

 意味深な言葉を残す雄樹夜さんに、問いただそうとしたその時、あこちゃんが溌剌とした声をあげる。

 

 

 「あのっ、みなさん!新しい紙、見つけちゃいました!」

 

 

 図書室内は、ホッとした空気になり、側にいた巴ちゃんは、あこちゃんの髪をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

 「本当か!?でかしたぞ、あこ!流石アタシの妹だ!」

 

 「お手柄だね、あこ。よかったら見せてもらってもいいかしら?」

 

 「はい、どうぞ!ちなみにですけど、受付の椅子の下に落ちてました!」

 

 

 あこちゃんが持っていた紙を友希那さんが預かり、6つの本と同じ場所に置く。

 その紙には、また新たな指示が記されていた。

 

 

 『オ前タチノ目的ハ、タッタ一ツ。コノ学校ノ七不思議ノ解明ダ。コレヲ達成デキナイ限リ、オ前タチハ、学校カラ出ルコトガデキナイ』 

 

 『ソシテ、ココカラハ三ツノ班ニ別レテ動イテモラウ。

 美竹葵、上原ヒマリ、青葉モカ。

 美竹蘭、羽沢ツグミ、宇多川巴、宇多川アコ。

 湊友希那、湊雄樹夜、今井リサ。

 ノ、三組ダ』

 

 『ナヲ、回ル順番ハ問ワナイ。シカシ、途中デ投ゲ出シタリ、班ヲ守ラナケレバ、オ前タチの内ノ誰カガ不幸ナメニ会ウ。ソレジャア、健闘ヲ祈ル』

 

 

 これら全てが、最初と同じ赤い何かで綴られていた。

 思わず、ゾッとするような文章を見て、みんなの顔色が真っ青になる。

 

 

 「とにかく、これの差出人の言う通りにするのが妥当だな」

 

 「そうですね………」

 

 

 ここで、モカちゃんがある違和感に気づく。

 

 

 「七不思議っていう割には〜、本が六つしかないですよね〜?」

 

 「あっ………ホントだっ。モカ、良く気づいたね」

 

 「へへへ〜、そうでしょ〜っ?」

 

 

 モカちゃんの言う通り、解明するには後ひとつ分からないものがある。

 六つの本に準えた謎を解きつつ、最後の七不思議に辿り着け…………という差出人からのメッセージなのだろうか?

 

 謎は深まるばかり。頭がパンクしそうだ。

 

 

 「とにかく、早く事を済ませましょう。紗夜と燐子も心配してるだろうから、遅くなりそうだと連絡を入れるわ」

 

 「わ、私も、お父さんに電話します!少しだけ待っててください!」

 

 

 2人はそう言うと、ポケットから携帯を取り出し耳に当てる。

 ─────しかし、無情にも双方、電話に出ることがなかった。

 その原因はすぐに解明する。

 

 

 「ねぇ、ちょっと待って。携帯、圏外になってない?」

 

 

 蘭のその一言に、全員が携帯を開く。

 さっきまで繋がっていたはずの電波が遮断され、圏外と表示されていた。

 みんなの様子を察するに、同じ状況だといつことだろう。

 

 

 「なんで………なんでなの…………」

 

 「嘘でしょ………」

 

 「うぅ………わたしたちが何したっていうの………」

 

 

 怖いものが苦手な面々が涙目を浮かべる。

 正直、男であるボクも怖くて仕方がない。

 去年よりも更に、恐ろしさのレベルが増しているようにも感じる。

 

 

 「これじゃあ、互いに連絡を取り合うこともできないか………。なら、拠点をこの図書室にするぞ。何かあったら、ここに集合するようにしよう」

 

 「賛成です!」

 

 「異議なーし」

 

 

 雄樹夜さんの提案に全員が賛同する。

 

 

 「それで、雄樹夜さんはどこから行きますか?」

 

 「オレたちは理科室に行こう。葵は?」

 

 「ボクたちは…………無限廊下に行ってみます」

 

 「じゃ、じゃあ私たちは、音楽室のピアノを見に行ってみます!」

 

 

 六つの本を読んだ、ボク、雄樹夜さん、つぐみちゃんがそれぞれの班のリーダー担う。

 ビクビクと震えるメンバーたちを宥め、それぞれが懐中電灯を持ち、図書室を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

 紗夜side

 

 

 湊さんたちが家を出て数時間が経過しました。しかし彼女たちは未だ、帰ってくる気配がない。

 今井さんも付いていながらこの有様とは………これは、帰ってきたら問いただしてみるしかなさそうね。

 

 

 「氷川さん…………そろそろ、休憩………しますか?」

 

 「そうですね。流石に、指が疲れてきました」

 

 

 私たちはソファに腰掛ける。

 あれから、各々で演奏をしてきましたが、イマイチ気持ちが乗りきれない。

 やはり、録画した音声や楽器の音色では、物足りない………そんな気がする。

 

 

 「それにしても、湊さんたちは遅いですね」

 

 「そうですね……….心配………です………」

 

 「今井さんに電話をかけてみますね。少し待っててください」

 

 「はい……。お願い……します…………」

 

 

 そう言い、今井さんに電話をかけたけど電話は全く繋がらない。

 普段なら3コール以内には必ず電話に出る彼女にしては、おかしな現象のように思える。

 どうやら白金さんも、察しがついたよう。

 

 

 「ダメ………でしたか…………?」

 

 「はい、何か変ですね………」

 

 

 すると、私の携帯に着信が入る。

 呼び出し人は湊くん。

 なぜ彼が電話を?だけど、タイミングがタイミングだけに考える間もなくその着信に応答する。

 

 

 「はい、氷川です。一体どうしたんーーーー」

 

 『何度ヤッテモ無駄ダ。私ハ簡単ニ消エヤシナイ。私ハ何度デモ蘇ル』

 

 「っ!?こ、これは…………!?」

 

 その声に驚愕する。

 人が発せられないような音域。

 

 なにより、彼がこんな手の込んだ悪戯をするわけがない。

 そこで私の考えが一つにまとまった。

 

 「氷川…………さん…………?」

 

 「白金さん!今すぐ羽丘高校に向かいましょう!!」

 

 「えっ…………それはどういう……………?」

 

 「さぁ、はやく!!」

 

 「は、はい…………!」

 

 

 困惑する白金さんには申し訳ないのだけれど、今は説明してる時間はない。

 彼らに何かあったのは間違いないのだから─────。




いかがだったでしょうか?

あんまり怖くなかったかな…………笑


次から更にグレードアップの予定です!!


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第44曲 葵たちの場合

お久しぶりです、山本イツキです。

何ヶ月の間が開き、やっとの投稿です


 図書室でみんなと別れた後、ボクたちは無限廊下を目指した。

 しかし他の七不思議とは違い、本に明確な場所の記載がなく、正直、当てもなく彷徨い続けているのが現状だ。

 

 

 「ねーねー、あーくん。無限廊下ってなんなの〜?」

 

 「簡単に説明すると、永遠に続く道のことだね。決して振り向いてはいけないんだ。振り向いたら最後、二度と元の道には戻れないらしいよ」

 

 「に………二度と…………」

 

 

 ボクの説明に、ひまりちゃんは息を飲む。

 

 

 「そう言えば、去年の七不思議にはなかったよね〜?」

 

 「あぁ、井戸の噂は瀬田先輩が犯人だったらしいから、変わったのかもしれないね。あと、十三階段と体育館のドリブル音もなくなってたよ。あと、幽霊も」

 

 「十三階段って、巴ちんが言ってたやつだ〜」

 

 「生徒の幽霊は…………また遊ぼうねってわたしの参考書に書いてた人…………だよね?」

 

 「とにかく今回は、体育館が一番安全だと思うよ。7つ目がわからないけど、残り六つは全く関係ないからね」

 

 

 そんな話を続けると、後ろにいるひまりちゃんがボクの肩をとんとんと軽く叩く。

 

 

 「あのさ、葵くん。ちょっと行きたいところがあるんだけど…………いいかな?」

 

 「えっ?ボクは別にいいけど………どうしたの?」

 

 「それが…………ずっとさっきから我慢してたんだけど………もう限界なの………」

 

 

 スカートを押さえ、もじもじとした仕草から察すると、おそらくアレだろうか。

 モカちゃんもわかりきったように、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

 

 「ひーちゃん、恥ずかしがらずに言っちゃいなよ〜。トイレに行きたいんでしょ?」

 

 「そ、そうだけど、恥ずかしいじゃん!」

 

 「え〜っ、恥ずかしがることないじゃんー。だって2人は、モカちゃんたちの知らないところでアツイアツイ抱擁を─────」

 

 「「それは関係ない!!」」

 

 

 2人して怒ると、モカちゃんはケラケラと笑いボクたちを宥める。

 どうやら、本当に限界らしくひまり ちゃんは近くにあったトイレに駆け込んだ。モカちゃんもひまりちゃんの後を追い、ボクは2人が出るまで待つことにした─────。

 

 

 

***

 

 

 

 「ねぇ、モカ〜?聞こえてる〜?」

 

 「もち〜っ!ひーちゃんの隣にいるよ〜!」

 

 

 個室トイレには誰も入ることができないから、とてつもない孤独感に見舞わられる。

 いくらスイッチを入れても明かりがつかないから、持ってる携帯電話のライトで灯りを灯す。

 

 ありがとう携帯、愛してるよ。葵くんよりは下だけど。

 

 

 「なんでトイレの電気つかないのかな………なんかすごく不便だよ………」

 

 「そだね〜。もしかしたら、不審者が入ってて、モカちゃんたちのあんな姿やこんな姿を影でみてるのかもよ〜?」

 

 「変なこと言わないで!!!」

 

 「えへへ〜、ほんのモカちゃんジョークだよ〜」

 

 

 最近の、モカのからかい方は度がすぎてる気がする。今度からきちんと注意しなくちゃ!

 

 「ねーねー、ひーちゃん。ここって何階か覚えてる?」

 

 「えっ?三階でしょ?」

 

 「そうだね〜。それじゃあ、入ってる個室は奥から何番目?」

 

 「えっと………奥から2番目だよ?」

 

 

 モカが唐突に聞いてきた質問の意味がわからないけど、とりあえず答えてみる。

 その含みのある言葉に、嫌な予感が漂う。

 

 

 「ひーちゃん、聞いたことない?学校の怪談の定番…………トイレの花子さんのことを」

 

 「トイレの…………花子さん……………」

 

 

 モカのその一言に、身の毛がよだつような感覚に襲われる。

 トイレの花子さん…………確か、後者の三階にある女子トイレの中で扉を三回ノックしてから花子さんに話しかけると、返事が返ってくるっていう七不思議だったはず。

 わたしが入ってるのが奥から2番目の個室。モカが入ったのはわたしの隣だったはずだから─────まさか!?

 

 

 「モカ…………つかぬことを聞くけど、今モカが入ってる個室って…………」

 

 「えっとね〜、確か、奥から3番目だよ〜」

 

 「─────い、今すぐそこから出て!!!七不思議だと、そこに花子さんがいるの!!!」

 

 

 隣の壁を何度も思いっきり叩き、大声で叫びながらモカに危険を知らせる。

 とにかく必死で、涙目を浮かべながら、幼馴染みの安否を確認する。

 体中から冷や汗が滴り、心臓が緊張でバクバクと響く。

 

 ─────しかし、わたしの起こした行動にモカから一切の返答がない。

 まるで、なにも聞こえないかのように。

 

 

 「な、なに!?どうしたの、ひまりちゃん!!」

 

 

 わたしの声を聞きつけてか、葵くんも女子トイレの中に入ってきたようだ。 

 わたしは大急ぎで事を済ませ、トイレからでる。

 

 

 「葵くん!!モカが!!3番目の個室にいるの!!」

 

 「3番目の女子トイレ…………花子さんか!!くそっ、何でボクは気づかなかったんだ……………!!」

 

 

 どうやら、葵くんも理解したらしい。きっと、無限廊下のことでいっぱいになり、頭が回らなかったんだろう。

 しかし、今は悔やんでる場合ではない。モカの安否が最優先だ。

 

 

 「モカちゃん!?聞こえる!?!?返事をして!!」

 

 「モカ!!!お願い!!!」

 

 

 葵くんも、わたしと同様に扉をドンドンと強く叩く。

 ─────しかし、無情にもそこから返事は返ってこない。

 これはもう……………モカの身に何か起きた事が確定的となった。

 

 

 「モカちゃん…………なんで…………」

 

 「モカ………モカ………うぅ……………」

 

 

 落胆し、涙を流す葵くん。

 わたしもそれにつられ、悲しみの雨が目から降り注いだ───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、その空気感とは程遠い音が、トイレ内に鳴り響く。

 聴きなれた、水の流れる音だ。

 

 そして、その音が鳴り終わると同時に奥から4つ目の個室から、わたしたちの幼馴染みが姿を現した。

 

 

 「もお〜、うるさいなぁ。トイレぐらい静かにさせてよ〜」

 

 

 そのまったりとした声に、また別の涙を流す。安堵するわたしとは違い、彼は全くそう言う様子を見せない。

 

 どこか、怒りに満ちた顔をしている

 

 

 「うるさいなぁじゃない!!ふざけるのも大概にしてよ!!本当に心配したんだからね!!」

 

 「ごめんなさぁい…………悪ふざけが過ぎました〜…………」

 

 

 いつもとは違う葵くんに、流石のモカも固まる。

 正直、隣にいるわたしも怒りに満ちた彼を見ると怖くて仕方ない。

 

 それほど心配していたんだと、身に染みて感じる。

 

 

 「ひまりちゃんも、勘違いしたらダメだよ?」

 

 「で、でも!確かにモカが3番目の個室に入ったのは見たんだよ!?」

 

 「あー………それなら途中で変えたんだ〜。トイレの花子さんのことは、頭に入ってたからさ〜」

 

 「それなら先に言ってよ!!」

 

 「ごめんて〜。今度何か奢るからさー、これで手打ちにしよ〜?」

 

 「今度同じことしたら、本気で怒るよ」

 

 「ヤバイ、葵くん、マジだよ!モカ!」

 

 「はーい、気をつけまーす」

 

 

 モカの気抜けた返事に、葵くんは頭を抱えた。モカの図太さには、心底感心する。

 

 

 「それで〜、結局花子さんはいなかったの〜?」

 

 「「…………あっ」」

 

 

 確かに、ドアを壊すような強さで何度も叩いたけど、花子さんと話す手順を踏んでいない。

 3人で深呼吸して息を整えると、代表して葵くんが扉を三回ノックする。

 

 

 「花子さん、いらっしゃいますか?」

 

 「…………………」

 

 

 しかし、返事は返ってこない。

 わたしたちが間違えて何度も叩いたから、怒ってどこかにいっちゃったのかな?

 いや、幽霊なら怒るより、わたしたちを呪うこともできるよね……………と、頭の中で最悪の妄想をする。

 

 

 「出てこないね〜」

 

 「場所は合ってるはずだけど………」

 

 「や、やっぱり七不思議は迷信だったんだよ!うんっ、信じない信じない!」

 

 

 

 何も起きず安心に満ちていたその時───────。

 

 

 

 

 「………………フフ」

 

 「「……………!?」」

 

 「へへへ返事返ってきた!?」

 

 

 誰かの笑う声が聞こえる。2人もそれを察したような顔つきだ。

 葵くんは、当初の通り手順を踏む。

 

 

 

 「………えっと、確か願いを聞いてもらうんだったよね!?」

 

 「欲しいもの〜?」

 

 「も、もう何も考えられないよ〜!」

 

 

 頭の中が真っ白だ。

 さっきまで誰もいなかったはずの場所に誰かいると思うと、怖くて仕方ない。

 立っているのが精一杯。

 願いが本当に叶うと言うなら、この恐怖から早く解放されたい。

 でもそんなことを願ってもこの謎は解明されないままで、花子さんがいるということだけが真実となる。

 

 わたしたちに残されてる選択肢は、二つに一つだ。

 

 

 「なら、モカちゃんは絶品のパンが食べた〜い♪」

 

 

 モカがそう願うと、一つの紙袋がガサッと落ちてきた。

 唐突の出来事に、肩をビクッとさせる。

 

 

 「えぇっ!?ほ、ホントに何か出てきたよよ!?」

 

 「おぉ〜。パンかなー♪」

 

 「見てみるね」

 

 

 葵くんが袋を手に取り、中を漁ると一本の長いフランスパンが出てきた。

 どうやら、本当に願いは叶ったらしい。

 

 

 「やった〜。パンだ〜〜♪」

 

 

 モカは葵くんからパン受け取り、嬉しそうに掲げ小躍りをする。

 

 

 「とりあえず、花子さんは実在した………ということでいいのかな?」

 

 「う、うん。そういうことになるね………」

 

 「いや〜、いい妖怪もいるものですな〜」

 

 「感慨深くならないで!!」

 

 「とりあえず、七不思議の一つは解明したし、早くここを出ようか。今更だけど、ボクが女子トイレにいるのって変だし………」

 

 「あーくんなら問題なし〜」

 

 「じょ、女子の制服着たら大丈夫だよ!」

 

 「もうそれ犯罪だからね!?」

 

 

 わたしたちにからかわれ、葵くんの顔が真っ赤になる。

 

 

 「あっ、ちょっと待って!まだ何か入ってるよ!」

 

 

 突如葵くんが声を上げる。

 わたしたち……というかモカのお願いは叶ったはずだけど…………。

 

 

 「あーくん、何が入ってたの〜?」

 

 

 モカが興味津々で近づく。

 わたしも恐る恐る近寄ると、袋の中には手鏡が入っていた。

 

 

 「て、手鏡………?」

 

 「誰もお願いなんてしてないよね?」

 

 「………………!?」

 

 「でも、手鏡か…………。そうだ、確かひまりちゃん、この前落としてヒビが入ったって言ってたよね?」

 

 「そ、そうだけど。花子さんに貰うっていうのはなぁ…………」

 

 

 葵くんのいってた通り、わたしはお気に入りだった手鏡を落として酷く落胆した。

 新しいものを買うつもりだったから貰えるなら有り難いけど、花子さんからの贈り物だから感謝よりも恐怖の方が大きい。

 

 

 「モカちゃん的にはいらないならここで捨てたらいいと思う〜」

 

 「で、でもなぁ…………」

 

 「せっかくだし、もらっておいてもいいと思うよ!」

 

 「そ、そうだよね!うんっ、決めた!花子さん、ありがたくいただきます!」

 

 「ちぇ〜」

 

 

 葵くんから手渡された手鏡をブレザーのポケットにしまう。

 

 

 「それじゃあそろそろ出よっか!早く蘭たちと合流しよう!」

 

 「レッツゴ〜♪」

 

 「お〜〜っ!」

 

 

 3人揃って声高々に女子トイレから出る。

 二つのうちの半分が解決したが、もう半分残っている。

 一刻も早くここを出て、落ち着きを取り戻したい。心底そう思う。

 

 

 

 そして、高まった気分も束の間。

 わたしたちはとんでもない光景を目にする───────。

 

 

 「な……………なんで…………!?」

 

 「どうして……………道が…………!?」

 

 「これはこれは、面白くなってきましたなぁ♪」

 

 

 トイレから出ると、そこには、ただ長い一本道が続いてた。




いかがだったでしょうか?


次回は蘭たちの視点に移り変わります。


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第45曲 つぐみたちの場合

お久しぶりです、山本イツキです!

この数ヶ月間、色々ありましたが、本当に久しぶりの投稿です!

期間が空いて、作者自身内容をあまり覚えてないので感想等で教えていただけるとありがたいです


 つぐみside

 

 葵くんたちと別れてから私たちは音楽室へと向かい歩き始めた。

 メンバーは蘭ちゃん、巴ちゃん、あこちゃんと私を含めた4人。

 …………正直、メンバー編成に偏りが生じてる気がする。

 蘭ちゃんと巴ちゃんは、去年の学園の出来事で怖がりというのが確認済み。

 更にはひまりちゃん共々一目散に逃げ出した前科も持っている。

 

 私自身、怖いものは苦手だ。急にびっくり系とかは特にダメ。雷がいい例だと思う。

 パニックに陥ってまた恥ずかしい姿を晒すのは絶対に避けたい。

 

 残るはあこちゃんだけど………年下の女の子を頼るのは気がひけるかな。

 でも今は率先して先頭を歩いてくれている。

 あこちゃん曰く『ワクワクするっ!』らしい。

 蘭ちゃんと巴ちゃんはまるで理解できないと言わんばかりに体を震わす。

 

 

 「つぐちん、音楽室ってどこにあるんだっけ?」

 

 

 懐中電灯で道を照らすあこちゃんが後ろに振り向き聞いてきた。

 

 

 「ここから一つ上の階に行って、右に曲がったところだよっ!」

 

 「その道のりも…………とてつもなく長いように感じるよ…………」

 

 

 いつもは元気いっぱいの巴ちゃんも、今は覇気が全く感じない。

 妹のあこちゃんの前で弱気な姿を見せないように頑張ってるみたいだけど、学校の怖さの方が優ってるようだ。

 

 

 「音楽室って去年、"That Is How I Roll!" が突然流れた…………あの…………」

 

 「おいっ、蘭!不吉な記憶を蘇らせるなよ!」

 

 「ご、ごめん………」

 

 

 去年廊下で耳にしたピアノの音。

 無人だったはずの音楽室から私たちが歌っていた曲が突如演奏され、みんなパニックに陥った。

 

 今でもそれはよく覚えている。

 私には思いつかない、即興を交えたその音はなんだか美しく思えた。

 誰が弾いたかわからないけど、是非とも習いたい。

 

 

 「あっ、あこちゃん!その階段を上がるよ!」

 

 「おっけー!…………あれ?お姉ちゃんと蘭ちゃんは来ないの?」

 

 

 視線を2人に向けると、両手を肘に当て少し青ざめた顔をしていた。

 

 

 「あの、さ…………アタシたちはここで待つから二人で見てきてくれないか…………?」

 

 「そんなこと言っちゃダメ!早く行くよ!」

 

 

 嫌がる二人をあこちゃんと一緒に手を引き、強引に連れ出す。

 心配だった階段も問題なく上り切り、音楽室へと辿り着く。

 普段は授業や吹奏楽の部活動で使われる教室で、何かしらの音は聞こえるこの部屋は、今は私たち以外誰もいない。

 

 シンと静まりかえったこの部屋の空気はなんだか重く感じる。

 その異様な空気感に臆病2人組は肩を寄り添い怯えた様子を見せた。

 

 

 「音楽室のピアノ、これが本当に人を食べちゃうのかな?」

 

 「人を……………」

 

 「食べる…………!?」

 

 

 あこちゃんの呟きに2人が敏感に反応する。

 

 

 「ゲームだとそんなキャラクターもいるんだよ!歯がすごいギザギザで、舌を出して追いかけてくるんだ〜!」

 

 「おいっあこ、これ以上その話を続けるなら、いくらアタシでも怒るぞ」

 

 「うぅ、ごめんなさい…………」

 

 

 あこちゃんの言葉に巴ちゃんが怒りの表情を浮かべた。

 人にはあまり強く言わない巴ちゃんだけど、この怖さも相まってか余裕がないようにも感じる。

 

 こんな時に一番頼りになるのはやっぱり──────ううん、この考え方はダメ。

 誰かに頼るんじゃなくて、私自身でなんとかしなくちゃ!

 

 

 「あこちゃんの言ってた通り、本にも同じことが書いてあったよ。確か、綺麗な音色が大好きで、下手な演奏をしちゃうとその演奏者を食べちゃうらしいらしいの」

 

 「つぐ、あこの言ったことを繰り返す意味あったの?」

 

 「ご、ごめんっ!私、どうかしてた………」

 

 「とにかく、もうこれはつぐに任せるしかないよな。アタシたち、誰もピアノを弾けないわけだし!」

 

 「お姉ちゃんに賛成!」

 

 「つぐみなら絶対大丈夫だと思うけど………もしもの時はあたしも…………」

 

 「大丈夫っ!ピアノも喜ぶ演奏をしてみるよ!」

 

 

 椅子の高さを調節して、鍵盤に手をかける。

 今から弾く曲は私たちのデビュー曲。

 去年は誰かが弾いた、アドリブ混じりのその音に驚かされた私だけど今は違う。

 1年間の努力を今、ここで──────。

 

 

 「…………どうだった、かな?」

 

 

 ジャスト4分の演奏を終え、息を少し切らしながらみんなの方を向く。

 

 

 「すごく良かったぞ!」

 

 「うん、悪くないね」

 

 「ピアノさんもすごく喜んでたよ!」

 

 

 みんなから称賛の声を浴びる。

 演奏した私が食べられることはなかったし、この都市伝説は "嘘" だという見解でいいのかな。

 

 それでも、内心少しホッとした。

 もしこの都市伝説が "真実" で、本物の幽霊が出てきたとしたら、太刀打ちすることは不可能だ。

 今の私たちには、妖怪退治をする幽霊族の少年もいなければ、幽霊を吸い取る掃除機も持っていない。

 

 今の私達にできることは、例え幽霊に出会したとしても気絶しないように心掛けることと、出会わないように祈ることだけだ。

 

 

 「みんなありがとう!とりあえず、一つ目は解決したから、次は校長室に行こっか」

 

 

 私たちは音楽室を後にする。

 そして、この時の私は知る由もなかった。

 

 

 この後に待ち受ける本当の恐怖を──────。

 

 

 

***

 

 

 

 音楽室を出た私たちは次の目的地である校長室へと足を踏み入れていた。

 生徒会の副会長を務めている私だからと言ったら何だけど、校長先生とはそれなりの面識がある。

 日奈先輩が生徒会長になってからだけど、学校側に迷惑がかかることが多くなったからそうならざるを得ない………と言ったらわかりやすいかな?

 だから、校長室にある大きな鏡のことも知っている。

 

 等身大近くある大きなその写し鏡は傷一つないぐらい綺麗な物で、本に書いてあった “処分予定" ではないとは思う。

 あくまで本のは空想上の話。

 校長室にある鏡はそれしか該当しないはずだ。

 

 

 「つぐちーん、校長室で何をするの〜?」

 

 

 あこちゃんが首を傾げながら聞いてくる。

 

 

 「この部屋にある大きな鏡を調べるんだよ。確か、校長先生の机の隣にあったはずだけど…………」

 

 「見当たらないねー」

 

 「おいおい、まさか勝手に移動したって言うんじゃないよな……………!?」

 

 「巴、いい加減落ち着いて」

 

 「こんな状況で落ち着いていられるかっ!」

 

 

 何時間もこの状況にさらされているせいか、蘭ちゃんはなんだか慣れてきているように見えるけど、巴ちゃんは相変わらずだ。

 顔も青ざめ、いつもの勢いはどこへ行ったのやら…………。

 

 

 「とりあえず、つぐみの言う通り大きな物なら簡単に見つかるでしょ?」

 

 「うん、この部屋にあるのは間違い無いんだけど、一つだけ注意点があるんだ」

 

 「注意点?」

 

 「その鏡をじっと見つめると鏡の中の自分と入れ替わってしまうらしいから、見つけても鏡を見つめないこと。できれば二人一組で行動するのがベストかも」

 

 「鏡の自分と入れ替わるって………おいおい、勘弁してくれよぉ…………」

 

 「それじゃあ、あたしとつぐみ、巴はあこと行動しようよ」

 

 「うんっ!あこ、さんせー!」

 

 「なんで蘭はそんな冷静になったんだよ…………」

 

 「えっ?なんでって言われても、こんな状態が何時間も続いたら感覚が麻痺するものじゃないの?」

 

 「こ、怖がらなくなった理由って、そう言うことだったんだ………」

 

 「まあ、あこみたいにはしゃいだりする余裕はないけど」

 

 「ええー?なんで寧ろみんなは、そんなにビクビクしてるの?」

 

 「あこがこんなにたくましく成長するなんて………アタシは嬉しいよ…………」

 

 

 巴ちゃんは感無量と言わんばかりに涙を流し、あこちゃんはえっへんと胸を張る。

 普段はあこちゃんを宥める機会が多い巴ちゃんだけど、今日はそうもいかないらしい。

 

 

 「蘭ちゃん、鏡は見つかった?」

 

 「ううん、どこにもない。そんなに大きい鏡ならすぐ見つかりそうなのに、変だよね」 

 

 「おかしいなぁ、たしかに机の後ろにあったはずなのに……………」

 

 「もうここは調べるところはなさそうだし、あたしも巴たちの方探してみるね」

 

 「うんっ、わかった!……………あれ?」

 

 

 私はあることに気がついた。

 普段ならこの学校は、下校時間までには全ての窓をカーテンで覆うはずなのに、校長室ではそれをしていない。

 たしか、防犯対策とかでやってるって先生から聞いたから、校長室も例外じゃないはず………。

 

 ましてや学校のトップがそのルールを破るとも考えにくい。

 

 私はカーテンの束を勢いよく解く。

 

 

 (やっぱりあった!)

 

 

 予想通り、それはあった。

 私より頭一つ分以上大きいその鏡は、まるでかくれんぼでもしているかのように身を潜めていた。

 

 

 (なんでこんな所に置いてあったのかな?それにしても、本当に大きい鏡だなぁ………)

 

 

 なんの変哲もない鏡だけど、ただそのサイズに魅入られる。

 私も家に鏡はあれど、この大きさのものは持っていない。

 高級な家にでも置いてそうな、そんな貫禄がある。

 

 

 (鏡も見つけたことだし、早く3人に伝えてこの部屋を出なくちゃっ。おーい!3人ともー、鏡見つかったよー!)

 

 

 大きな声を出してみたが3人は返事を返さない。

 おかしいな…………たしかにみんなこの部屋にいるはずなのに…………。

 

 もう一度、今度は大きく息を吸い言葉を発した。

 

 

 (みんなーー!!鏡あったよー!!)

 

 

 

 ─────またしてもみんなから返事がない。

 まさか、私を置いて部屋を出た………?

 

 いや、蘭ちゃんたちがそんな事をする人じゃないのは分かってる。

 でも、この状況は明らかに不自然だ。

 

 3人がいるであろう方向に顔を向けようとする─────。

 

 

 (あれ…………?なんで首が動かないの………?それに…………声も!?)

 

 

 気づいた時には()()()()()()

 私はこの大きな鏡の前にただ呆然と立ち、身動きひとつ取れない状態にまで陥ってしまっていた。

 

 すると、鏡の中の私が突如として不敵な笑みを浮かべとてつもなく低い声で話し始めた。

 

 

 「クスクスクス。コノ体ヲ乗っ取ルマデアト少シダ。ソレマデ余計ナコトハサセナイヨ。ダカラ─────トットト体ヲアケワタセ!羽沢ツグミ!!

 

 

 威圧感で押し潰されそうだ。

 だけど、私は挙動を一切許されない。

 

 

 

 怖い………………本当に怖い……………。

 

 

 

 今までなんとか堪えてきたけど、もう精神的に限界が来たようだ。

 目からはポロポロと涙が流れ、脳が恐怖で支配される。

 

 

 「アト30秒デコノ体ハオレノモノ。今カラ10秒経過シタラ、思考ガ停止スル。更ニ10秒経過スルト、五感ガ失ワレル。ソシテ10秒経過シタラ…………言ワナクテモ分カルヨナ?」

 

 

 鏡の中の私はまるで私の体を乗っ取るのが決まっているかのようにケラケラと楽しそうに話す。

 

 

 (そんな…………嘘だよね……………?)

 

 

 もうみんなと話すことができなくなるの?

 

 もうみんなとバンドできなくなるの?

 

 もうみんなと一緒に過ごせなくなるの?

 

 

 

 

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

  

 

 

 

 嫌だ─────そんなの、絶対に嫌だよ!!

 

 

 

 決死の思いで体を動かそうとするも、やはり動かない。

 残り26秒。考えれるだけ考えて、最後の一滴まで知恵を絞る。

 

 

 (何か、何か方法は…………!?)

 

 

 いくら考えても何も思いつかない。

 手足も、指先も、表情ひとつ変えられぬまま、残り20秒を切った。

 

 

 「コレデオマエハ、タダノデクノボウダ。ドウダ?何モ考エララナクナッタ感想ハ………?オット、何ヲ言ッテモ分カラナインダッタナ!ハッハッハ!」

 

 

 もう、全てを諦めた。

 

 

 私は死を受け入れる────────

 

 

 

 

 「…………み!……………ぐみ!!」

 

 

 

 途切れ途切れに聞こえてくるその言葉は私の右耳から左耳へと通り過ぎる。

 

 私はもう、死んだんだ。

 何も考えられない。

 

 

 全てを投げ出したその時、突如私の体が床に倒れ込む。

 

 

 (なに…………?何が起きたの…………?)

 

 

 今起きてる状況が分からないでいると、私の視界に蘭ちゃんの姿が映り込む。

 

 

 「つぐみ!!」

 

 「ら、蘭ちゃん…………?」

 

 

 私が数分ぶりに発したその声は、涙ながらに、そして震えていた。

 考えられなくなったはずの脳が蘭ちゃんにこの事を伝えようと必死になって働いている。

 

 

 「その、鏡…………体を…………乗っ取る…………」

 

 「鏡?こ、これのこと!?」

 

 

 蘭ちゃんの指差す方に視線を向けると、鏡の中の私は驚きを隠せないと言った顔で私たちを見ていた。

 

 

 「つぐ!!生きてるか!?」

 

 「つぐちん!!大丈夫!?」

 

 

 蘭ちゃんに続いて巴ちゃんとあこちゃんも慌てて駆けつけてきた。

 

 

 「巴、あこ!この鏡が七不思議の一つらしい!」

 

 「あ、あれ!?つぐちんが二人いる!」

 

 「このクソ鏡っ!!よくもつぐに酷いことしてくれたな!!」

 

 

 蘭ちゃんが事細かく説明すると、あこちゃんは焦り、巴ちゃんは怒りをあらわにした。

 

 

 「アタシたちをこんな目に合わせやがって!二度とアタシたちの前に現れるなー!!」

 

 

 巴ちゃんは大声でそう叫び、素手で鏡を破壊した。

 鏡は半分以上が砕け落ち、もはや修繕不可能なほどにバラバラになってしまった。

 

 

 「ふぅ…………。コレでもう安心だな」

 

 「巴、いくらなんでもやりすぎ」

 

 「だって仕方ないだろ?アタシの幼馴染がこんな目に遭ってるのに黙ってるわけにはいかないだろ?」

 

 「お姉ちゃんかっこいい!」

 

 「はははっ、このぐらいお安い御用だ」

 

 

 そう追って巴ちゃんは胸を張った。

 さっきまでビクビクしてたのが嘘のような堂々っぷりだ。

 巴ちゃんは本当に強い。

 

 

 「みんな……………ありがとう……………」

 

 

 私は色々な感情が込み上げてきて、涙ながら感謝の言葉を発した。

 

 

 「怖かったよね。つぐみを一人にして本当にごめん………」

 

 「怖かった…………怖かったよぉ…………」

 

 

 涙が止まらない。

 

 

 「つぐちん、やっぱり無理してたんだね………。あこもごめん!全然気づかなかった………」

 

 「アタシも、一人でビビりまくってた………ホントごめん」

 

 「ううん、みんなが謝る必要はないよ。もう鏡の謎も解けたし、他の人たちと合流しよう」

 

 「うん、そうだね」

 

 「ああ、こっから先はもうアタシは大丈夫だ」

 

 「あこも頑張る!」

 

 

 私たちは立ち上がり、校長室を後にする。

 割ってしまった鏡は夏休みが終わったら校長先生に謝ろう。

 

 

 ────────そういえば、私ってもう思考が停止してるんじゃなかったっけ?

 

 鏡の中の私が言っていたのは嘘だったのかな。今は前と変わらず考えれるようになったけど…………とても不安だ。

 

 今も私の頭の中で、あの鏡の中の私が語りかけてくる声が聞こえる。

 

 

 (トットト体ヲアケワタセ!羽沢ツグミ!!)

 

 「────────ッ!!」

 

 

 その声と同時にひどい頭痛が走る。

 私の異変を察知して蘭ちゃんが声をかける。

 

 

 「つぐみ?やっぱり大丈夫じゃないんじゃあ………」

 

 「大丈夫。ちょっと疲れただけだから………はやく、謎を解明しておうちに帰ろう」

 

 「ああ、そうだな!」

 

 「何かあったらあこに言ってね!」

 

 

 みんなの励ましの言葉を胸に、次の場所へと歩み始めた。




いかがだったでしょうか?

心霊現象の番組とかみてると、本当に怖くて仕方ないです………。
僕の体験談も踏まえて次回の後書きで書かせていただきます!


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第46曲 羽丘学園の七不思議 〜後編〜

本当にお久しぶりです!山本イツキです!

半年以上ぶりの投稿となります!

執筆者本人すら前の話を忘れてたり………
なんとか今年中には完結したいと思います!


 「ふい〜〜。脱出成功〜」

 

 「ホントッ、何もなくてよかったー…………」

 

 

 女子トイレから出たあと、ボクたちは無限廊下と思わしき場所に迷い込んでしまった。

 

 けど、何事もなく無事に脱出。

 

 後ろを振り返りさえしなければ大丈夫だと知っていたし、なんもなかった。

 モカちゃんが興味本位で振り向こうと何度も催促してきたけど、落ち着きを取り戻したひまりちゃんがそれを阻止。

 ボクはモカちゃんに強く言えないだけに、彼女の存在は本当に心強い。

 モカちゃんも言動が突拍子もないことだらけだけど、いつも通りのマイペースさで場を和ませてくれる。

 

 それに対してボクは─────。

 

 

 「葵くんはわたしたちをまとめてくれてるから大丈夫っ!」

 

 「あーくん、そう悲観することないよー?」

 

 「2人とも…………」

 

 

 ボクの心を察したかのように、2人は励ましてくれた。

 本当に嬉しい限りだ。

 

 

 「二人ともありがとう!さあ、体育館までもう少しだ!」

 

 「「おお〜!」」

 

 

 階段に差し掛かり、曲がり角を曲がろうとすると、下階から上がってくる何かが目に入った。

 その何かにすぐさま懐中電灯を当てると、見覚えのある3人の姿が映し出された。

 

 

 「おお、何だか久しぶりだな」

 

 「雄樹夜さん!」

 

 

 数十分前まで一緒だった先輩たちが懐かしく感じ声を上げる。

 

 

 「わーーん、ひまり〜!モカ〜!」

 

 「リサさ〜〜ん!」

 

 「りささーん。おひさー」

 

 

 3人は嬉しそうに抱き合う。

 雄樹夜さんの背後から出てきた友希那さんは、いつも通りクールなままだ。流石っ。

 

 

 「皆さんも、七不思議の解明は終わったんですか?」

 

 「ああ。理科室と放送室は確認済みだ。葵たちは?」

 

 「無限廊下と花子さんを確認しました。となると、蘭達は音楽室と校長室になりますね」

 

 「そうだな。早く合流できるといいんだが」

 

 「はい………とにかく心配です」

 

 

 蘭と巴ちゃんは一年前の時も人一倍怖がっていたから本当に心配だ。

 つぐみちゃんがついているとはいえ、彼女もそこまで怪談に強いわけじゃない。

 あこちゃんがこのメンバーをまとめきれる訳もないし、早いとこ合流しないと、取り返しのつかないことになる。

 

 雄樹夜さん達には申し訳ないけれど、できれば蘭達と会いたかった。

 

 

 「そこまで悲観することはないわ。美竹さん達はともかく、あこは強いわよ。こういう場面では」

 

 「普段の印象からだと、想像できないですよね」

 

 「全くだ。燐子や巴には散々迷惑をかけっぱなしだからな」

 

 「でも、今はすごく頼りにしてますよ。ところで、雄樹夜さんたちはどこに行こうとしていたんですか?」

 

 「屋上だ。とりあえず電波の通じそうなところに向かいたいんだが…………」

 

 「ボク達は誰か戻ってるかもしれないと思って図書室に向かっていたんですけど、その必要は無くなりましたね」

 

 「いや、あこ達が戻ってるかもしれない。一度図書室を除いてから屋上に向かう形でいいか?」

 

 「はい、もちろんです」

 

 「友希那もリサもそれでいいな?」

 

 「ええ。構わないわ」

 

 「私は一刻も早く楽になりたいよぉ………」

 

 「不吉なこと言ってないで、早く行くぞ」

 

 

 ボクたちは6人という大所帯になった。

 不安がってたひまりちゃんには心強い味方ができて一安心している様子だ。

 リサさんはビクビクと震えひまりちゃんとモカちゃんの手をずっと握って離そうとしない。

 モカちゃんはというと…………この状況をずっと楽しんでいる。

 友希那さんは表情を表には出さないけど、どこか疲弊しているように見える。雄樹夜さんも同様で呼吸が少し荒い。

 

 一刻も早くここから脱出しないと────。

 

 

 「なあ葵。一つ聞きたいことがあるんだが…………少しいいか?」

 

 

 雄樹夜さんが小声で話しかけてきた。

 あまり聞かれたくないと言ったような話し方だったから、ボクは無言で頷く。

 

 

 「"()()()()()()()()" について、お前の意見が聞きたい」

 

 

 図書室にあった六つの本の中で唯一描かれてなかった七つ目の物語。

 内容やタイトルも全くわからないだけに、雄樹夜さんは不安に思ったのだろう。

 

 

 「この中で一番冷静なのはお前だ。考えてないならそれでいい。もし何か思い当たることがあるなら、教えて欲しい」

 

 

 雄樹夜さんの表情はいつもに増して真剣だ。

 他の四人が少し離れたのを見計らって同じく小声で返す。

 

 

 「そうですね…………残り六つが学校の怪談に関係するものだっただけに、七つ目もそれに該当する可能性が極めて高いと思います」

 

 「だろうな。そこまではオレも同じ考えだ」

 

 「わからないことと言えば、()()()()()()()()()()()()()()ですね」

 

 「ああ。オレたちが見てきたものは全て、ゲームの世界だと思いたくなるようなものばかりだったな……………」

 

 「雄樹夜さんたちは、何を見たんですか?」

 

 「………………」

 

 

 ボクがそう問いただすと、口を閉ざした。

 思い出すのも嫌だと言わんばかりに、表情が段々と険しくなる。

 数秒の沈黙の後、ポツリポツリと話し始める。

 

 

 「─────理科室で人体模型に襲われた」

 

 「じ、人体模型にですか!?」

 

 

 信じられない一言に驚きの声をあげる。

 あまりの大声に全員が立ち止まり、視線がボクに向く。

 

 

 「あ、葵くん………?どうしたの…………?」

 

 

 ひまりちゃんがビクビクと震えながら問いかける。

 

 

 「い、いや。なんでもないよ。急に大きな声を出してごめんね。皆さんも、ごめんなさい」

 

 

 全員に頭を下げると、再び歩み始める。

 

 

 「雄樹夜さん、すみません…………」

 

 「気にすることはない。誰だって驚く」

 

 「理科室の人体模型と言ったら、結構な大きさじゃなかったですか?」

 

 「ああ。オレと同じぐらいだから180はゆうにあるな」

 

 

 155センチのボクからすると、そんな巨大なものが襲ってきたら太刀打ちなんてできないだろう。

 理科室に行くのがボクじゃなくて本当によかったと心底安心する。

 

 

 「それで、その人体模型はその後どうなったんですか…………?」

 

 「倒すことに成功はしたが、リサが転んで足を少し痛めている。本人は大したことないというが、リサが運動部に所属している以上見過ごすわけにはいかない。早いとこ医者に見せてやりたい」

 

 「確かに、ここに長時間いるのはまずいですね」

 

 「放送室では─────いや、これはやめておく。正直アレをオレの言葉で表現することは不可能だ」

 

 

 雄樹夜さんはそう告げると、少し耳鳴りがするのか顔を顰め片手で頭を抱える。

 理科室の人体模型の時と明らかに違う。

 そこで見たものを無かったことにしたい、そう強く思っているようにも感じた。

 

 

 「…………わかりました。これ以上は何も聞きません」

 

 「ああ。そうしてくれると助かる。お前たちのことも追々聞かせてもらうからな」

 

 「はい、必ず」

 

 

 ここで一度話を切り替える。

 

 

 「少し逸れたが本題に戻ろう。確か、どのような悲劇が待っているのか、というところで止まっていたな?」

 

 「はい。ボクたちが図書室で読んだ物語は全て、悲劇(バッドエンド)で終えています。終わり方はそれぞれでしたが、大半がその人物の死。あるいは立ち直りのできないような描写で幕を閉じています」

 

 「それらをまとめると、七つ目はよくて不幸な出来事を。最悪、誰かの死で終わりを迎えるというんだな?」

 

 「考えたくはないですがその通りだと思います。まさか七つ目の物語は、今実際にボクたちが目の当たりにしているこの状況が舞台で、ここに集った10人の中から被害者、最悪の場合、死人が出る。なんてことはあり得ないとは思いますが…………そう考えざるを得ないですよね……………」

 

 「すでに現実ではあり得ない怪奇現象を何度も目撃しているんだ。もう何が起きても不思議じゃないだろう」

 

 

 雄樹夜さんのいう通りだ。

 さっきボクが立てた仮説が本当に起きるとしたら、うかうかなんてしていられない。

 

 

 「最終的なボクの意見としては、ボクたちの身に何かよからぬことが起こるかもしれない。ということです」

 

 「そうだな。悪い、助かった。少しスッキリしたような気がする」

 

 「お役に立てて光栄です」

 

 「注意して進むとしよう」

 

 

 ボクたちは気持ち新たに、図書室へと向かう。

 

 

 

***

 

 

 

 図書室に着くと、消えていたはずの明かりが灯り閉ざされた扉から人影が動いているのが目に入る。

 

 蘭だ。

 きっと蘭たちだ。

 

 

 ボクたちは一目散に走りその扉を開ける。

 

 

 「蘭っ!!」

 

 「……………っ!?あ、葵…………?」

 

 

 唐突な出来事に驚いた様子を見せるも、すぐに安心し切ったような顔を見せる。

 蘭と同行していた3人も同様に。

 

 

 「リサ姉!友希那さん!雄樹夜さん!」

 

 「あこ〜!!」

 

 「元気そうね、あこ」

 

 「よかった。無事で何よりだ」

 

 

 久々の対面にリサさんは泣き崩れる。

 雄樹夜さんと友希那さんもほんの少し笑みを浮かべている。

 

 

 「ひまり〜〜!会いたかったぞ〜!」

 

 「巴〜〜!怖かったよ〜!」

 

 

 ひまりちゃんと巴ちゃんは抱き合いながら喜び、蘭はそのそばで小さく笑う。

 

 

 「葵くん、怪我はない?大丈夫??」 

 

 

 つぐみちゃんは真っ先にボクの元に駆け寄り心配そうに声をかける。

 

 

 「うん!つぐみちゃんは…………疲れてるよね」

 

 「えっ?私は全然だよ!」

 

 「つぐー、いい加減気張るのよしたら〜?全然元気そうに見えないぞー?」

 

 (…………………気張る?)

 

 「本当に大丈夫だよ?本当……………本当に…………」

 

 

 語尾がだんだんと弱くなり俯くつぐみちゃん。

 するとそこに蘭が寄り添い、つぐみちゃんの背中をそっと撫でる。

 

 

 「あたしたちが見た二つの七不思議は全部つぐが解決してくれたの。そのうちの一つはつぐみが死んでしまってもおかしくないものだった。今は、そっとしてあげて欲しい」

 

 「蘭ちゃん…………ごめんね、ありがとう…………」

 

 

 二人が何を見たか────。

 つぐみちゃんの様子で察することができた。

 人前ではつぐってばかりのつぐみちゃんが、何も言わずただ下を向いている。

 ボクからは何も言えない。

 

 言えるはずがない。

 

 

 「わかった。ボクたちが見たものも含めて後で話そう。蘭、つぐみちゃんのことよろしくね」

 

 

 ボクの言葉に無言で頷く蘭。

 そしてさっき蘭の言った『つぐみちゃんが死んでしまってもおかしくなかった』ということがどのような形であれ真実なら、ボクの仮説が現実味になってきた。

 四人が見たのはピアノと鏡。

 本の内容だとピアノは下手な演奏者を食べ、鏡は見た者と入れ替わるはずだ。

 つぐみちゃんの演奏が下手なわけがないし、考えられるのは後者。鏡の方だろう。

 

 そんなもの、怖いに決まっている。

 もし鏡の中の自分と入れ替わってしまったら偽物の自分が何をしでかすか想像もつかない。

 単独行動はより危険だと思い知らされる。

 

 

 「とりあえず、ボクたちも休もうか。残り一つとは言え、どこでその現象が起こるかわからないからね」

 

 「うん、わかった〜」

 

 

 モカちゃんはゆっくりと答えると、椅子に腰掛け机に顔を埋めて微動だにしなくなる。

 彼女も相当疲労していたのだろう。

 他のみんなも再開を喜びあった後から、どこか表情が暗くなる。

 ため息をつきたり、目を閉じずっと何かを考えていたり、机に突っ伏しているのが大多数だ。

 

 そのどんよりとした空気の中、ボクは明るい声で話す。

 

 

 「みんな!少し休憩したら、体育館から脱出してみようと思うんだけど、いいかな?」

 

 

 ボクの提案に各々が顔を上げ、視線をボクに集める。

 

 

 「賛成だ。もう6つの本の謎は解けたから、別に構わないだろう」

 

 

 雄樹夜さんが真っ先に賛同する。

 他の人たちも賛成してくれ、反対の意見はないようだ。

 

 

 「なら決まりっ!一刻も早くここを出よう!」

 

 

 各々が返事を返してくれるがやはり元気がない。

 これは当分動けそうにないかな。

 

 かくいうボクも少し疲労が溜まっているみたいだ…………なんだか目眩がする………………。

 

 

 受付口のカウンターに背を預けゆっくりと崩れ落ちる。

 少しだけ、ほんの少しだけ、眠ってしまっても大丈夫だよね。きっと。

 

 ボクはそっと目を閉じ、夢の世界に潜り込んだ。

 

 

 

………………………….

 

 

……………

 

 

 

 

 「…………………い君?」

 

 「………………葵!!」

 

 「っ!?」

 

 

 目を開けるとそこにはひまりちゃんと蘭がいた。

 肩を掴み体を揺すって起こしてくれたようだ。

 

 

 「あっ…………ご、ごめん。寝てたみたいだね………」

 

 

 ボクは眠い目を擦る。

 

 

 「夜も遅いし仕方ないよ」

 

 「もうみんな待ってるよ。早く来ないと置いていくからね」

 

 「うん。すぐ行く」

 

 

 二人に連れられ、扉付近に集まるみんなと合流する。

 

 

 「遅くなりましたが、これがいよいよ最後です。早くここから抜け出しましょう」

 

 

 ボクたちは体育館へと歩み始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 この学校に閉じ込められてからおよそ3時間。

 やっとの思いで体育館にたどり着く。

 エアコンのない体育館の扉から隙間風が通り、その風の冷たさは背筋が凍るような感覚を覚える。

 

 間違いなく、ただで帰れるわけはない。

 

 ボクはそのことを肝に銘じて、固く閉ざされた扉を開く。

 

 

 ─────暗くしんと静まり返った体育館。

 扉付近にある電気のスイッチは案の定つかない。

 手持ちの懐中電灯も光が弱まり始め電池切れ寸前のようだ。

 

 

 「……………っ!」

 

 

 突如、つぐみちゃんが声にならない声をあげる。

 

 

 「つぐみ?」

 

 

 蘭が声をかけると、つぐみちゃんは懐中電灯で見たものを照らし自身も指を刺す。

 照らされた先は体育館の中央にある壇上。

 普段は校長先生が全校集会で話すときに立つポジションであるそこには、大きな鏡が置かれていた。

 

 明らかに不自然。

 

 その鏡を見た瞬間、つぐみちゃんは震え出し床に倒れ込む。

 

 

 「つぐみ!?」

 

 「あ、あれって……………」

 

 「おいあこ、あの鏡ってまさか………?」

 

 「はいっ!あこたちが見た七不思議の一つです!お姉ちゃんが壊したはずなのに…………なんで!?」

 

 

 どうやらこれは七不思議の一つ、校長室の鏡らしい。

 物語上では確か、処分しようとした人の姿を移したその鏡は、鏡の自分と入れ替えて現実にいる人を永遠に閉じ込める………と言った内容だったはず。

 恐らくつぐみちゃんもその被害に遭ったんだろう。

 

 その壊された鏡がこの場にあるのもおかしいけど、壊された跡がひとつもない。

 まるで新品そのものだ。

 

 何が起こるかわからないけど、これが7つ目の七不思議と考えていいだろう。

 

 ボクたちはその鏡にゆっくりと近づく。

 

 

 一歩。

 また一歩。

 

 

 徐々にその距離を詰めていく。

 

 

 その時だった。

 

 

 

 「うわあっ!?」

 

 

 

 突如として鏡の周りに蒼い火がいくつも灯り、僕たちの周りを囲い始めた。

 蒼い火たちは全て繋がり一つの蒼い炎に成った。

 

 暑い…………なんて暑さなんだ…………。

 この空間に熱気がこもる。

 

 鏡の方に目を向けると、まるで昔のテレビのようなノイズが入る。

 ジジジ、ジジジッ、と音が鳴り終えたと同時に一人の少女の姿が映り込む。

 

 下を向き、顔が全くわからないけど髪で誰かはすぐにでもわかった。

 

 

 つぐみちゃんだ。

 

 

 「な………なんで、私が……………!?」

 

 

 あまりの出来事につぐみちゃんは再度腰を抜かす。

 すると鏡の中のつぐみちゃんふっと顔を上げ、不敵な笑みを浮かべ大声で笑い出した。

 普段のつぐみちゃんからはありえない行動。

 その異常な笑い方にボクを含め全員が恐怖する。

 

 

 「クスクスクス、マタ会ッタナ。羽沢ツグミ。鏡ヲ割ッタグライデ私ガ死ヌトデモ思ッタカ?」

 

 

 その声はあまりに不快で、男か女かもわからない人の域を離れた音域。

 つぐみちゃんの姿でそれをやられるから余計に不気味さを感じる。

 

 

 「あっ……………ああ……………」

 

 

 つぐみちゃんは驚きのあまり声が出ない。

 鏡の中の狂人はその姿を見て楽しんでいるようだ。

 

 

 「お、おいっ!偽つぐ!!アタシたちになんのようだ!?」

 

 

 巴ちゃんが強気に問いかけても、鏡の中の狂人、通称偽つぐはその不敵な笑みをたやさない。

 

 

 「何ノ用?決マッテイル。生前ノ復讐ダ」

 

 「復讐?オレたちはお前のことなど知らない。まして、恨まれるほど何かした記憶はないんだが?」

 

 「復讐、ソウ、復讐ダ」

 

 「だから、その復讐される筋合いが────」

 

 「今カラ()()()()。マダコノ学園ガ共学ニナッタバカリノ頃ノ話ダ」

 

 

 雄樹夜さんの言葉を遮り、偽つぐは一人語りを始めた。

 

 

 「女子校ノイメージガアッタセイデ、男子生徒ハ片手デ数エル程度シカ入学シテコナカッタガ、一人トテツモナク人気ヲ誇ル男子ガヤッテキタ。誰カラモ慕ワレ、人当タリモ良カッタソノ男子ニ惚レ、私ハ告白シタ。

 地味ダッタ私ダッタガ告白ハ成功シ、付キ合ウコトニナッタ。嬉シカッタ。私ハ彼ニ全テヲ捧ゲタ。金モ、時間モ、初体験モ。ダガ─────」

 

 

 偽つぐが一呼吸置いた瞬間、蒼い炎は弱まり小さくなった。

 

 

 「アノ男ハ…………()()()()()()!!!

 

 

 偽つぐの大声に対し、青い炎も同調し勢いを増して燃え上がる。

 あまりの声量にボクたちは身動きひとつ取れなくなるほどの圧力を受けた。

 

 

 「アノ男ハ、裏デ何十人モノ女ト関係ヲ持ッテイタ。私ハ所詮ソノ中ノ一人ニ過ギナカッタワケダ。ソノコトが分カッタト同時ニ私の体ニアル変化ガオキテイタ。─────()()()。私ハ彼ニソレヲ打チ明ケタ。ダガ、彼ハ私ヲ嘲笑イコウ言ッタ。『俺ノ子供ヲ孕メテ幸セダロウ?』ト。私ハ酷ク悲シンダ。部屋ニ引キコモリ精神的ニ追イ込マレタ。ソンナ時ダッタ。久ジブリニ外ニ出タ日ダッタ。────私ハ、()()()()()()()

 

 

 数々の事実に全員が言葉を失う。

 

 

 「当時工事中ダッタ場所ノ高所カラ、鉄骨ガ落チテキタ。私ハ走馬灯ヲ見ル余裕モナク即死シタ」

 

 「結局のところ、お前はオレたちに何がしたいんだ?」

 

 

 雄樹夜さんがそう問いかけると、偽つぐは落ち着きを取り戻すかのように数秒置き、ニタっと笑いながら答える。

 

 

 「オ前タチニモ同ジ不幸ヲ味ワッテモラウ。特ニ、美竹 葵。上原 ヒマリ。二人ハ、絶対ニ許サナイ…………!」

 

 「ゆ、許すも何も、わたしたち何もしてないじゃん!!」

 

 「私ガ不幸ナ目ニ合イ、オ前タチダケ幸セニナルナンテ、ソンナ不条理ガ許サレテイイノカ?」

 

 「そんなこと、キミに決められる権利はないはずだ!」

 

 「黙レッ!!誰ガナント言オウト、私ハ絶対二────」

 

 

 偽つぐが言い終わる前に、鏡がパリンッと割れる音が体育館に響き渡る。

 それと同時にボクたちを囲んでいた蒼い炎も消え、鏡に映っていた

 

 全員、何が起こったか分からない中、ある一人が口を開く。

 

 

 「全くバカバカしい。こんな逆恨みの為にオレたちは付き合わせれていたのか?」

 

 

 一連の行動。

 そして、その声の主は紛れもない雄樹夜さんだった。

 

 

 「…………雄樹夜さん?」

 

 「なあ怨霊。お前は三つ間違っている。一つ、恨みを持つ相手を完全に間違えていること。二つ、鏡の中でしか生きられない欠点があること。三つ、オレたちの前に現れたことだ」

 

 

 壊れた鏡から声が発せられることはない。

 

 

 「雄樹夜さんカッコいい!」

 

 「葵、アンタも見習いなよ」

 

 「うっ、蘭…………手厳しい…………」

 

 「雄樹夜、アナタもよ」

 

 「ん?どうした友希那」

 

 「アナタ、よくあんな臭いセリフが言えるわね。聞いてて恥ずかしかったわ」

 

 「あはは、友希那も厳しい…………」

 

 「リサ、気にするな。友希那はいつもこんな感じだろ?それに、オレは狙って臭いセリフを言ったわけじゃない」

 

 「雄樹夜も真面目に答えないの〜!」

 

 

 先程の重苦しい空気が一転、和やかなものに一変した。

 これでもう偽つぐに襲われることはない。

 

 そう油断した時だった。

 

 

 「クスクスクス、全クオメデタイ連中ダ」

 

 

 全員がビクッと肩を振るわせる。

 さっきまで聞いていた声。

 その根源はスピーカーから発せられたものだった。

 

 

 「何度ヤッテモ無駄ダ。私ハ簡単ニ消エヤシナイ。私ハ何度デモ蘇ル」

 

 

 そう言い終えると、体育館を覆うガラス一枚一枚が全て偽つぐの顔へと移り変わり不敵に笑い声をあげ始める。

 

 

 「ゲラゲラゲラゲラゲラ」

 

 

 

 その声量に耐えきれず耳を塞ぐ。

 塞いでなお響くその笑い声に、脳が震え頭痛を引き起こす。

 

 バタリッ、と一人倒れる。

 

 そして、また一人倒れていく。

 

 

 「マダ、オ前タチハ七不思議ヲ解明出来テイナイ。ダカラ、コノ恐怖カラ逃レラレナイ。サァ、解明シテミロ。出来ルモノナラナ!!」

 

 

 再び偽つぐは笑い始める。

 バタリバタリと倒れる連鎖は続き、ボクと雄樹夜さんだけが残った。

 彼もまた顔を顰め苦しんでいる。

 

 

 「葵…………どうにか……………ならない、のか…………?

 

 

 大音量で笑う偽つぐの声の中に書くかに聞こえる弱々しい雄樹夜さんの声。

 考える余裕もない。

 助けも呼べない絶望的な状況。

 

 

 ボクたちは、ここで死ぬのか───────?

 

 

 「────皆さん!無事ですか!?」

 

 

 閉ざされていた扉が勢いよく開く。

 ボクは霞む視界でその姿を捉えた。

 

 Roseliaの氷川紗夜さん、白金燐子さんだ。

 

 「な、なんですか……………!?アレ……………!?」

 

 「こ、この世のものとは思えません…………!」

 

 

 この状況に驚く二人に気づいた偽つぐは笑うのをやめ、二人を凝視する。

 

 

 「チッ、邪魔ガ入ッタカ二人マトメテ…………イヤ、関係ナイ。私ノ目的ハ既ニ達シテイル」

 

 

 ぶつぶつと独り言を呟く偽つぐ。

 

 

 「よかった…………二人が来てくれて……………。さあ、雄樹夜さん……………今すぐ、ここから………………?」

 

 

 雄樹夜さんの方を向くと、耳を抑えていた手が力なく下がり、俯いたままピクリとも動かなくなる。

 

 彼は、立ったまま気絶したのだ。

 

 

 「オ前タチニ助ケガ来タヨウダナ。命拾イシタナ。近イウチニマタ現レルトシヨウ。ソレマデ、平穏ナ日々ヲ過ゴスコトダ」

 

 

 偽つぐは一斉に姿を消し、雄樹夜さんが壊した大きな鏡だけが残った。

 周りを見渡すと、皆倒れ込みピクリとも動かない。

 

 もう、大丈夫かな────。

 

 

 ボクも限界に達し、意識を手放した。

 

 

 




いかがだったでしょうか?


カタカナ表記読みづらい………笑
演出上仕方ないとは思いますが、本当に読みづらかったですよね…………

物語は着実に終盤へと差し掛かっております。

最後になりますが、感想、評価お待ちしています


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第47曲 Question/Anxiety

たくさんのお気に入り登録、評価、感想本当にありがとうございます。
おかげさまでやる気に満ち溢れ、早めに仕上がりました!

今後もこれぐらいのスパンで投稿していきたい………

今回は、蘭にスポットを当てた話になります


 真っ白に包まれた清らかな空間。

 風で靡いた同色のカーテンからは、わずかな陽の光が差し込み、部屋を温める。

 

 体育館の後に目に入ったのがこの景色だ。

 

 

 「………あっ、先生!美竹くん、意識が戻りました!」

 

 

 知らない女の人の声が部屋中に響く。

 駆け足でやってきた先生がボクの隣に座り軽い問診を始める。

 気がつくとボクはベットに横たわっていたらしい。

 

 

 「美竹 葵くん、だね。意識ははっきりしているかい?」

 

 「は、はい………ところで、ここは………?」

 

 「病院だよ。他校の生徒さんがキミたちが倒れているのを見つけて救急車を呼んでくれたんだ。先程ご両親もいらっしゃって事情は説明させてもらったよ」

 

 「そう、ですか」

 

 「受け答えもしっかりできているようだし、問題ないだろう。午後には退院できるよ」

 

 「わかりました。それまで少し休ませていただきます」

 

 

 「そうか、分かった。そうするといい。私は他の子の様子を見に行ってくるから、何かあったらナースコールを鳴らしてくれ」

 

 「わかりました」

 

 

 先生は足早に部屋を後にし、ボクは再びベッドに横たわる。

 先生と入れ替わりでRoseliaの氷川紗代さん、白金燐子さんが入室する。

 

 

 「美竹くん、目覚めたのね」

 

 「よかった…………ホッと、しました…………」

 

 「ご心配おかけしました。すみません、このような格好で…………」

 

 「構いません。無理はいけませんよ」

 

 

 きっと2人はRoseliaの四人のお見舞いに来たついでに立ち寄ってくれたんだろう。

 心優しい人たちだ。

 

 

 「お二人がボクたちを助けてくれたんですよね。本当に、ありがとうございました」

 

 「い、いえ………!そんな…………」

 

 「当然のことをしたまで、ですよ」

 

 

 2人の和やかな笑顔を見るとこっちも安心する。

 

 

 「ところで、Roseliaの皆さんは大丈夫だったんですか?」

 

 

 ボクがそう問いかけると、2人はさっきまでと違い少し暗い表情を見せた。

 

 

 「大丈夫………とは、いえませんね……………」

 

 「何があったんですか!?」

 

 「宇田川さんと湊さんは軽い頭痛を起こしただけで、今は目を覚まし意識もハッキリしています」

 

 「リサさんと雄樹夜さんは………?」

 

 「今井さんは…………捻挫を、雄樹夜さんは………目覚めてはいるものの……………意識が、ハッキリしていません…………」

 

 「先程もお見舞いに行きましたが、当分入院する必要がありそうな状態でしたね」

 

 「そう、ですか…………」

 

 

 雄樹夜さんはあの状況で最後まで立っていた人だ。

 受けて苦痛も相当なものだろう。

 

 今は少しでも長く休んでもらいたい。

 

 

 「とにかく今はゆっくり横になっていてください。私たちはこれで失礼します」

 

 「はい、どうかお二人をお気をつけて。お見舞い、ありがとうございました」

 

 

 二人は軽く会釈した後部屋を出る。

 

 それと同時にボクはナースコールを鳴らす。

 

 あの場にいたのはRoselia(彼女たち)だけじゃない、Afterglow(ボクたち)もいたんだ。

 

 看護師さんから全員の病室を聞くとすぐさま部屋を出た。

 

 どうかみんな、無事でいてくれ──────!

 

 

 痛む頭を抑えつつ、ボクはみんなの病室へと向かう。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 

 ボクの部屋から一番近かったひまりちゃんの部屋を覗いてみる。

 ─────だけどその姿は見えない。

 次に巴ちゃん、モカちゃんの順に見ていっても誰もその部屋にいることはなかった。

 

 誰もいない恐怖に心臓がバクバクいっている。

 

 まさか、みんな既に────?

 

 

 そんなバカな考えに行き着く。

 

 次に蘭の部屋に行くと、ベッドを起き上がらせ背もたれにして一人座る姉の姿が目に入る。

 蘭もすぐに気がつく。

 

 

 「あっ、葵」

 

 「蘭っ!!」

 

 

 誰も会えなかった不安からか、気分が高まる。

 

 

 「みんなはどこに行ったの?病室を見ても誰もいなかったんだけど」

 

 「自動販売機に水を買ってくるって言って部屋を出たよ。もうすぐ帰ってくるんじゃない?」

 

 「そっかぁ…………とりあえず安心したよ」

 

 「なに?まさか、あたしたちが死んだとでも思ったの?」

 

 「うっ……………はい…………」

 

 「ふふ。ホントッ、心配性なんだから」

 

 

 蘭はそう言い微笑む。

 なんだかこうやって蘭と二人きりで話すのは随分久しぶりな気がする。

 家でもあまり言葉を交わさなかったし、ボクにはひまりちゃんという彼女がいる。

 

 蘭もどこか遠慮していたのかもしれない。

 

 

 「葵、なんか逞しくなった?」

 

 「えっ?そ、そうかな」

 

 「うん。一年の時はもう少し細かったような気がする」

 

 「体重はあまり変わってないんだけどなぁ」

 

 「やっぱり、父さんとの稽古大変なんじゃない?」

 

 「キツくない、といったら嘘になるかな。それも父さんの後継者として鍛える為だろうし、ボクは頑張るしかないよ」

 

 

 ボクは笑いながら答えると、蘭が神妙な面持ちで問いかける。

 

 

 「あのさ…………ずっと聞きたかったことがあるんだけど、いい?」

 

 「ん?なに?」

 

 

 蘭は一度呼吸を整えてから、重そうに口を開く。

 

 

 「葵ってさ─────将来の夢とかあるの?」

 

 

 唐突に聞かされた蘭の質問。

 ゆめ…………夢か。

 

 正直深く考えたことはなかったな。

 

 

 「昔からさ、葵って自分から"何かやりたい" って言い出したことってなかったなと思って。あたしの場合、『バンドをやりたい』って言ったようにさ、何かないの?」

 

 

 確かにその通りだ。

 幼稚園とか小学校の時は大体、『プロスポーツ選手になる!』だとか、『看護師になる!』だとか、壮大な夢を抱くけどボクにはそれがなかった。

 授業参観での発表だって、あの蘭ですら『お花屋さんになりたい』と言ってたぐらいだ。

 もちろんこのことは口が裂けても言わないけど。

 

 それに対してボクは『特にないけど、人の役に立ちたい』と子供ながら答えたはずだ。

 "人の役に立つ"。とても抽象的でどの職業にも当てはまる答えだけど、どれか一つに当てはまることもない。

 

 ボクは一体、何がしたいのか。

 

 

 当事者であるボク自身全くわからない。

 

 

 「うーーん、そうだなぁ……………」

 

 

 考えるふりをするけれど、一向に答えは出てこない。

 ずっと父さんの元で華道や茶道、剣道を学んできだけどそれはただ父さんの言葉に乗せられただけ。

 中学まで続けてたサッカーだって、本気でプロ選手になるつもりはなかったし、キャプテンも務めたけど結局高校で辞めた。

 

 やはりボクは中途半端なのかな?

 

 

 将来の夢。

 蘭にそう言われ改めて気付かされる。

 

 

 ボクの中身は空っぽなんだと。

 

 

 「考えてみたけど、やっぱりないかな」

 

 「えっ?何もないの?」

 

 「うん。自分から特別何かをやりたい、っていうのがないんだよ。もちろんみんなとバンドをするのは楽しいし、大切だよ?でも、それは蘭が始めたことだ。ボクじゃない。一人で何かを始めようと考えても、何も思いつかないんだ…………」

 

 「そっか…………」

 

 

 ボクの本心をそのまま伝えると、蘭は微妙な反応を見せた。

 

 

 「逆に蘭にはないの?夢」

 

 「あたしの…………夢…………」

 

 

 ランは少し考える間もなく、すぐに答えを出す。

 

 

 「Afterglow(この六人)で…………武道館に立つこと」

 

 

 照れ臭そうに答える蘭。

 蘭はそのまま話を続ける。

 

 

 「今はまだ、遥か遠くの未来かもしれない。それでもあたしはできると信じてる。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 

 全くその通りだ。

 蘭の言葉に無言で頷く。

 

 

 「夢はさ、なんでもいいんだよ。大きくても小さくても、それはその人にとって成就したい大切な目標なんだと思う。だからあたしは、武道館で演奏したい。いつも通り、六人全員で」

 

 

 真剣に語る蘭に凄みを感じる。

 中学の時はただ "いつも通り" でいなくなるのが嫌だから始めたバンド活動。

 だけど今はもう別の意味へと成り代わった。

 思い出だけじゃ終わらせない。

 Afterglowというバンドを、六人の結束を、その力強い演奏を、蘭は武道館という大舞台で世に知らしめようとしているのだ。

 

 

 「………本当に、変わったよね、蘭って」

 

 「うっさい…………は、恥ずかしいから見ないで」

 

 

 蘭は顔を赤くし布団でそれを隠す。

 

 

 「あたしは話し切ったんだから、今度は葵が話してよ」

 

 「ええっ!?急に言われてもなぁ」

 

 

 唐突に話を振られて戸惑う。

 少し考え、ボクの中の疑問を投げかける。

 

 

 「それじゃあ、ひとつだけ聞かせて」

 

 「うん」

 

 「蘭はさ、ボクにどうなって欲しいの?」

 

 「……………えっ?」

 

 

 突拍子もない質問に少し抜けた返事をする。

 まるで理解できないと言わんばかりの様子だけど、ボクは続けて話す。

 

 

 「ボク自身、将来何になりたいだとかが…………思い浮かばないんだ。父さんの後継者になることへの抵抗は決して無い。むしろ誇らしいとも思う。だけど、それが本当にボクがやりたいことなのかすらわからない。だから第三者として、一番近くでボクを見てきた(らん)に聞きたい。蘭にとってボクはどうなったらいいのか、教えてくれないか?」

 

 

 こんなこと自分で決めればいい─────大半の人はそう返すだろう。

 だけど、ボクには絶対に正解に辿り着くことはできない難題。

 第三者の意見が欲しい。

 この十七年間、誰よりも近くで見てきた実の姉ならきっとこの疑問に答えてくれるだろう。

 そう期待する。

 

 流石の蘭も長い時間考える。

 顎に指を置きダンマリになると思いきや、腕を組み天を仰ぐ。

 

 

 「む、無理に考えなくてもいいからね?これは、ボク一人の問題であって─────」

 

 「少し黙って」

 

 「は、はい………!」

 

 

 蘭は真剣に考える。

 それでもなかなか答えを見出せず沈黙の時が、ボクらの曲が一曲演奏し終わる時間までかかる。

 うん、と小さく頷き納得したのか、蘭はその考えを話す。

 

 

 「葵ってさ、"欲" がないよね」

 

 「…………んっ?欲!?」

 

 

 先ほどとは打って変わり、今度はボクが抜けた返事をする。

 

 

 「そう。大物になりたいとか、大金持ちになりたいとか色々あるじゃん。葵に限って言えることだけど、良く言えば謙虚。悪く言えば無私。葵ってホント昔から変わらないよね」

 

 「ぐ、具体的には………?」

 

 「その考え方。遠慮深いのか何なのか知らないけど、葵はもっと "我" を持った方がいいと思う」

 

 「我を持つ、か。考えたこともなかったな」

 

 「Afterglowだと、あたしと巴が良く揉めたりするけど、あたしにはあたしの考えがあって巴には巴の考えがある。お互いに譲れないものがあって衝突するわけだけど、それはお互い "我"を持っているからだと思う。まあ、揉めることがいいこととは言わないけど」

 

 「確かに………」

 

 「葵は、自分の意見が言えないんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 蘭に何も言い返せない。

 全て紛れもない事実だからだ。

 

 

 「"我" を持てば少なくとも自分の意見、やりたいことが見えてくる。そこからどうなりたいかという "欲" が出てくる。葵は今、夢とか願望だとかは考えなくていい。まずは "意思" を持つことから始めたらどう?」

 

 「意思?」

 

 「ぼんやりでも何かをしたいって感じていること。葵は頭の中は綺麗すぎるぐらい真っ白だから」

 

 「酷い言われようだけど、否定はできないね」

 

 「別に難しく考える必要はないんだよ?ずっと六人仲良くいることだって願望だし…………あっ、葵ならひまりとはどう?」

 

 「えっ?ひまりちゃん?」

 

 「二人は付き合ってるんだし、ずっとこの関係でいたいとかないの?それも "夢" であり "欲" だと思うんだけど」

 

 「そっか、深く考えたことはなかったな」

 

 「なんで?」

 

 「ひまりちゃんのことはもちろん好きだよ。だけど、ひまりちゃんがずっとボクのことを好きでいてくれるとは限らない」

 

 「そんなことないと思うけど…………」

 

 「ううん。時々思うんだ。ボクは本当にひまりちゃんに相応しい彼氏なのかって」

 

 「どういうこと?詳しく聞かせて」

 

 「それは─────」

 

 「蘭〜、おまたせ〜!」

 

 

 ボクが口を開いたと同時に、ひまりちゃんが入室する。

 その後に続き、巴ちゃんとモカちゃんも入ってきた。

 

 

 「…………あっ!!葵く〜〜ん!!」

 

 「ぐふっ…………。ひ、ひまりちゃん、苦しい…………」

 

 

 開口一番ボクの懐に抱きつくひまりちゃん。

 蘭や他のみんなも少し呆れ顔でボクたちを見る。

 

 

 「蘭、頼まれてた水だ」

 

 「ありがと」

 

 「あーくんも起きてるの知ってたら、買ってたのにな〜」

 

 「ボクもさっき目覚めたばかりだよ。ほらっ、ひまりちゃんも、他の人の目もあるんだから」

 

 「うぅ〜、もう少しだけ〜〜!」

 

 「じゃあ二人のラブラブっぷりを全世界にそうし〜ん」

 

 

 モカちゃんがスマホを向けた瞬間、ひまりちゃんは何事もなかったかのように離れた。

 付き合ってから随分経つけど、やはりまだ公衆の面前だと恥ずかしいらしい。

 

 

 「そんなことよりつぐみちゃんは?ここにはいないみたいだけど…………?」

 

 

 ボクがその名前を出した途端、みんなの表情が暗くなる。

 どうやら、何も知らないのはボクだけのようだ。

 

 

 「あーくん、何も言わずについてきたまえ…………」

 

 

 険しい目つきになるモカちゃん。

 どうやら彼女に何かあったのは間違いないようだ。

 

 ボクたちはつぐみちゃんの病室へ向かい歩み出す。

 

 

 

***

 

 

 

 つぐみちゃんの病室は蘭の隣にあり、すぐに着く。

 

 

 「葵くん!それにみんなも!」

 

 

 部屋に入るや否や、つぐみちゃんが明るい表情で迎えてくれた。

 

 

 「モカちゃん……………」

 

 「ん〜?どしたー?」

 

 「さっきの真剣な目つきは何だったの!?つぐみちゃんすごく元気そうだけど!?」

 

 「いやー、ほんのモカちゃんジョークだよ〜」

 

 

 ケラケラと笑うモカちゃん。

 本当に心臓に悪いから、こういった冗談はやめて欲しい。

 

 蘭も同情したのか、無言でモカちゃんの頭をポカッと叩いた。

 

 

 「心配かけちゃったよね…………でも、もう大丈夫!」

 

 

 つぐみちゃんは笑ってそう返す。

 

 

 「だけどな、葵。モカのジョークはあながち間違いじゃないんだぞ」

 

 「えっ?」

 

 

 巴ちゃんは一呼吸おき、事実を伝える。

 

 

 「─────つぐは検査入院が必要だそうだ」

 

 「えっ!?ぜ、全然大丈夫じゃないよね!?」

 

 「ううん、本当に大丈夫だよ!」

 

 「お医者さんが言うには、わたしたちには異常がみられなくてすぐ退院できるって言われたけど、つぐだけ何かの値?が悪かったみたい」

 

 「そっか…………」

 

 「そんな大袈裟なものじゃないから、心配しなくても大丈夫だよ!葵くん」

 

 

 元気そうに振る舞うつぐみちゃんだけど、過去にも過労で倒れて入院することがあった。

 羽丘学園副会長であり、羽沢珈琲店の手伝いもして、さらにはバンド活動。

 そして極め付けは今回の件。

 つぐみちゃんの蓄積した疲労は計り知れないものになっているだろう。

 

 

 「つぐみちゃん、もう無茶はいけないよ」

 

 「うんっ!ゴールデンウィーク中には退院する予定だよ!」

 

 「焦ることはないからね。ゆっくり休んで、またみんなでCiRCLEに集まろう」

 

 「だなっ!」

 

 

 ボクたちは新たに誓い合う。

 それと同時に部屋に先生と看護師さんが訪れ、問診を行うと言われたから、ボクたちはそそくさと部屋を出る。

 

 

 「つぐ〜、お達者で〜」

 

 「お見舞い、必ず行くからね!」

 

 「つぐみ、お大事に」

 

 

 ボクたちはそう言い残し各々の病室へ戻る。

 そう言えば蘭とは話の途中だったような…………いや、また家に帰ってからにしよう。

 ボクは再び病室へと戻ると、ベッドのそばにあったパイプ椅子に腰掛け一人考える。

 

 それは体育館で出会った偽つぐのことだ。

 

 

 『()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 偽つぐの確信とも取れる言葉が脳裏に引っかかる。

 

 まさかとは思うが、本当にボクたちのことを殺すつもりなのではないか?

 その憶測がずっと頭の中に残って離れようとしない。

 

 正直あんな化け物にどう対処すればいいのか謎である。

 とあるゲームで例えるなら、いくら攻撃しても効果のない霊獣を相手にしているようなものだ。

 

 お料理炎使いの上に蘇生持ちなんて、いきなり出会したらその時点でゲームオーバー。

 人間に勝ち目など決してない。

 常にお祓いができる人なんて側に置けないし…………ボクはどうしたらいいか本気で悩んでいる。

 

 

 そんな時だった─────

 

 

 「葵くん、ちょっといいかな?」

 

 

 部屋の外からひょっこりとひまりちゃんが顔を出す。

 

 

 「ひまりちゃん、どうしたの?」

 

 「突然ごめんね。少し二人で話したいなーと思って…………入っていいかな?」

 

 「もちろん!」

 

 「やった♪お邪魔しまーす」

 

 

 元気な返事と共に、同じ病室の患者さんに頭を軽く下げながらとてとてと近づくひまりちゃん。

 ボクの前に立ち、ニヤッと笑ったと思いきやベットの周りのカーテンを手早く閉めた。

 

 

 「えーっと、ひまりちゃん?」

 

 

 ここはあくまで一般病棟。

 ボク以外にも何人もの患者さんがこの部屋で入院生活をしている。

 ひまりちゃんがここにくるまでに同じ部屋の患者さんにも見られてしまったし、こんなあからさまにしたら何かよからぬことをしてると思われてしまう。

 

 もちろん決してそんなことをするつもりはないけど!

 

 僅かながらも、このカーテン越しに人が集まってるようにも感じるし、

 

 

 「葵くんも目が覚めたばかりなんだし、ベットで横になったら?」

 

 「う、うん。そうしようかな」

 

 

 ひまりちゃんの勧めでベットに仰向けになる。

 

 

 「…………えいっ!」

 

 「うっ………!?」

 

 

 突如彼女はボクの腹の上に乗っかり、背中ギュッと掴む。

 

 

 「えへへ〜♪葵く〜ん」

 

 「ちょっ、こんな公共の場でこんなこと…………!」

 

 「だってだって!二人きりの時間ってなかなかなかったんだもん!!」

 

 「もう少し声のトーン落として!他の患者さんに聞こえちゃう!」

 

 「ううっ、それは確かに迷惑だよね…………気をつけます」

 

 「あと、この状態も─────」

 

 「それは嫌っ!!」

 

 

 頑なにひまりちゃんは離れようとしない。

 むしろ締め付ける腕の力が強くなっている気がする。

 

 仕方ないなぁ、とボクは彼女の頭を撫でると、ひまりちゃんはボクの胸に顔を埋めた。

 

 

 「どうしたの?怖い夢でも見たの?」

 

 

 優しく問いかけると、ひまりちゃんは弱々しく答える。

 

 

 「あの時…………怖かった……………」

 

 「あの時─────体育館のことだよね」

 

 「うん…………っ」

 

 「そうだね。アレはボクから見てもとても恐ろしいものに見えたよ」

 

 「気を失った後も夢に出てきてさ…………わたしのことを追いかけ回してくるの…………」

 

 

 弱々しかった声が段々と涙を含んだものに変わった。

 

 

 「追いかけ回す?」

 

 「つぐなのにつぐじゃない人たちが大勢いてさ…………まるでわたしに暴行しようと言わんばかりに…………どこまでも、どこまでも…………」

 

 「怖かったよね。よしよし」

 

 「ねぇ、葵くん…………」

 

 「なに?」

 

 「こんな状況で言うのも変だけど────明日二人きりでデートしたい」

 

 「えっ?デート?」

 

 「うん…………っ。昨日のことを忘れさせてくれるような、そんな日にしたいの」

 

 

 ひまりちゃんは埋めた顔を少し上げ自分の気持ちを伝える。

 

 

 「もちろん、葵くんがしんどいって言うなら無理は言わないよ。でもね、なんだか二人きりでいたいの。他の誰でもない、葵くんと」

 

 

 彼女のお願いだ。無碍にするなんてボクにできるわけがない。

 

 

 「わかった。なら明日、二人きりでね」

 

 「ほんとっ!?」

 

 「もちろんだよ。ただし、遠出はしないからね?ひまりちゃんもまだ疲れが溜まってるだろうし、学校ももうすぐだからね?」

 

 「うんっ!はあぁぁ、一気に楽しみになってきた!!」

 

 

 ひまりちゃんは勢いよく立ち上がると、忘れていたと言わんばかりに急接近し──────

 

 

 「……………チュッ」

 

 

 ボクの頬にキスをした。

 

 

 「……………!?!?」

 

 

 驚き飛び起きるボクを差し置いて、ひまりちゃんは満面の笑みで手を振りカーテンを飛び出す。

 

 口付けされた頬に手を添え三度ベットの横になる。

 

 

 「………………/////」

 

 

 退院するまで数時間。

 先ほどの出来事が忘れられず、ベットにうずくまっていたのは誰も知らない。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?

蘭がいつになく真剣でした!
ひまり………あざとい(笑)

タイトルの意味的には
Question=疑問
Anxiety=不安
という意味で使わせていただきました。

今後もこの二人が幸せにいてくれたらいいのですが…………果たしてどうなることか。作者も分かりません

次回もお楽しみに


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第48曲 独善的復讐

多くは語りません。


どうぞ、本編をお楽しみください


 退院した次の日。

 ひまりちゃんと二人きりのデートの約束をしたけれど、その日はあいにくの雨。

 デートは中止となり、ボク達の予定が空いていたゴールデンウィーク最終日へと持ち越しとなった。

 

 そして日時は過ぎ、その日を迎える。

 快晴に見舞われたが、時間帯は夜。

 19時を超えたこの時間帯は、夜といえど少しばかりの蒸し暑さを感じさせる。

 夜に会おうとしたのはちゃんとした理由がある。

 

 それは──────おっと、ひまりちゃんの姿が見えてきた。

 小走りでやってきた彼女は、息を切らしつつも大きく手を振ってこちらに向かう。

 

 

 「葵くーん!お待たせっ!」

 

 「ううん、全然待ってないよ」

 

 

 夜にあった理由。

 それは、この近所で花火大会が開催されるからだ。

 

 …………えっ?花火って普通夏にやるものだって?

 

 その考えは確かに正しい。

 けれど、やるところはやっているんだ。

 行くしかないだろう?

 

 実はと言うと、ボクも開催されること自体知らなかったけどひまりちゃんが教えてくれた。

 彼女も、去年は部活で忙しかったから花火大会に行けなかったとをずっと後悔していたらしい。

 『だからこそ、今年は絶対に行くんだー!』と、モカちゃん風に言うと彼女は "ひまっていた" から行くことになった。

 

 夏以外で花火を見る機会なんてこれまでなかったから、ボク自身かなり楽しみでもある。

 実際、家から黒色の浴衣を出してボクも着ているのだから。

 

 

 「ひまりちゃんのその浴衣、よく似合ってるよ」

 

 「ホントッ!?えへへ〜、どう?可愛い?」

 

 

 胸を張りアピールするひまりちゃん。

 桃色の柄をベースに黄色の朝顔、そしてオレンジの帯をしたその姿はいつも以上に可愛らしく見えた。

 細部にも相当拘っているようで、三つ編みした桃色の髪にはピンクのリボンの髪飾りをつけ、女の子らしさを全面的に押し出していた。

 

 

 「うんっ、可愛いよ。誰よりも、ね?」

 

 「ひゃああああああ!」

 

 

 さっきまでの態度と一変し、一気に赤面する。

 ひまりちゃんはその場にしゃがみ、小さくなった。

 ブツブツと何か言っているようだったけど、ボクにはよく聞き取れない。

 

 

 「ひまりちゃん?」

 

 「葵くんがわたしを可愛いって…………葵くんがわたしを可愛いって…………葵くんがわたしを────」

 

 「ほらっ、座ってないで早く行くよ!こんなところでジッとしてたら花火が終わっちゃう」

 

 「えっ!?ちょっ、まだ心の準備が………」

 

 

 ひまりちゃんの手を引いて歩き出す。

 この前会った時はとても辛そうだったけど、今はとても元気そうでしばらく歩いたら鼻歌を歌い上機嫌な様子をみせる。

 

 よほど今日のデートを心待ちにしていたんだろう。

 

 

 「ふ〜ん、ふふ〜ん♪」

 

 「なんだか嬉しそうだね」

 

 「もちろんだよ〜!だって、久々のデートだよ?こんなに楽しみなことなんて他にないよ〜!」

 

 「そう思ってくれてボクも嬉しいよ。ありがとう、ひまりちゃん」

 

 「こちらこそ!!大好きだよ!葵くん!」

 

 

 ひまりちゃんは満面の笑みを浮かべボクの腕に抱きつく。

 みんなの前ではまだ恥ずかしいらしいけど、誰もいないところではこうやってすごく甘えてくる。

 そういったところも可愛いんだけど、こっちとしてはなんだか照れてしまう。

 

 やはり、まだまだ慣れないものだ。

 

 

 「そういえば、屋台とかも出てるんだよね?」

 

 「うん!焼きそばとか〜、りんご飴とか〜………色々いるみたいだよ!」

 

 「へぇ、結構大きいお祭りなんだね」

 

 「テレビとかも来るらしいよ?もしかしたら、映っちゃうかも!?」

 

 「あはは、そうなったらボクたちが付き合っていることは確実にクラスのみんなに知れ渡ることになるだろうね」

 

 「そ、そうなったらわたし、クラスで生きていけるかな…………」

 

 「心配ないよ。ボクたちの関係はある意味知れ渡っているだろうし、公表してもいいんじゃないかな?」

 

 「……………いや、まだ言わなくていい!わたしの口から、ちゃんと説明したいから」

 

 

 僕の手を握るひまりちゃんの手に力が入る。

 以前、ホワイトデーの時に行った遊園地でトレンドにも上がるほど有名になったボクたちだ。

 クラスメイトの一人や二人は知っていてもおかしくないだろうけど、彼女はそれを拒む。

 

 その決意を無碍にすることはできないな。

 

 

 「わかったよ。ボクからは何も言わないでおくよ」

 

 「ありがとう、葵くん!……………あっ、お祭りの会場が見えてきた!」

 

 

 夜道とは比べ物にならない明るさを放つその場所に、ボクたちは足早に向かう。

 

 

 

……………………

 

 

 

…………

 

 

 

 夜遅くなのに賑わうこの会場には、大人から子供まで大勢の人が訪れていた。

 目玉は花火だろうけど、立ち並ぶ売店にも行列ができている。

 映る光景についつい目移りしてしまう

 

 

 「わあ〜!賑わってるね〜!」

 

 「やっぱりすごい人…………。逸れたら元も子もないよね」

 

 

 繋ぐ手に、更に力が入る。

 

 

 「ひまりちゃん。ないとは思うけど、もし逸れちゃったらちゃんと迷子センターに行くんだよ?」

 

 「もう!わたしを何歳だと思ってるの!?」

 

 

 頬を風船のように膨らませるひまりちゃん。

 その様子につい笑い声を上げる。

 

 

 「葵くんのいじわる〜!」

 

 「あはは。ついっ、ね?」

 

 「ついっ、じゃない!よしっ、こうなったらやけ食いだー!!」

 

 「えーっと、モカちゃんの言葉を借りると『あんまり食べると太──────』」

 

 「言わないで!」

 

 

 ひまりちゃんはそういうとボクの口を塞ぐように手を被せる。

 どうやら本人も自覚してるらしい。

 

 

 「からかいすぎたから、罪滅ぼしに何か奢らせてよ。好きなものなんでも言って?」

 

 「ホントっ!?なら、フランクフルトと、焼きそばと、リンゴ飴と、ラムネと…………」

 

 「ほ、ほどほどにね?」

 

 

 テニスを辞めたらひまりちゃんは、本当の意味でふかふかボディになってしまう。

 そう痛感させられた瞬間だった。

 結局ボクはリンゴ飴とラムネをご馳走し、ボクもラムネを片手に屋台を彷徨く。

 

 

 「葵くんは何も食べなくていいの?」

 

 「んー、実はというと最近食欲がなくて………」

 

 「ええっ!?ちょっと、大丈夫!?」

 

 「胃が小さくなったのかな?」

 

 「うっ、羨ましい……………!」

 

 「でも、家でもお菓子は普通に食べるし、羽沢珈琲店でも焼き菓子が止まらなくなるしな〜」

 

 「そんな甘いものばかり食べてたら太っちゃうよ?葵くんも、そろそろ運動しないとまずいんじゃな〜い?」

 

 

 ひまりちゃんは悪戯に笑う。

 

 

 「心配しなくても父さんとの稽古があるからね。この間、体重を量ったら44キロだったっかな?」

 

 「よ、44!?」

 

 「痩せすぎかな?」

 

 (言えない…………葵くんよりも遥かに重いなんて…………言えない…………)

 

 「…………ひまりちゃん?」

 

 「えっ!?あ、あぁ………もっと食べないとダメだよ!うんっ!今度デートするときは私が奢るから、しっかり食べてね?」

 

 「ごめんね、心配ばかりかけて」

 

 「気にしないで!」

 

 

 二人で話したあと、ボクたちはお祭りを楽しんだ。

 射的に的当てに金魚掬い。

 色々ひまりちゃんと勝負したものの事前に『手加減なし!』という縛りがあったから本気で挑み全てに勝った。

 少し大人気ないとは思ったけど、これでもし手を抜いたりなんてしたらひまりちゃんにも失礼だ。

 そう考えての結果だった。

 勝負に負けて心底悔しそうにするひまりちゃんだったけど、楽しんでいるようで安心した。

 

 その後に浜辺で見た花火も圧巻の一言だった。

 煌めく火花。咲き誇る花火。

 一つ一つ弾けると共に歓声が湧き上がり、それに助長されるかのように打ち上がる音が大きくなる。

 過去に打ち上げ花火を題材にしたアニメーション映画が公開されたけどボクからすれば、一人なんかより誰かと、それも大切な人と見る方が断然いい。

 

 

 「綺麗……………」

 

 

 うっとりとした表情を浮かべ頬を赤く染めるひまりちゃん。

 「キミの方が綺麗だよ」なんて臭いセリフは言わないけれど、今がとても幸せだ。

 

 この時を進めたくない。

 

 ずっとこのままでいたい。

 

 

 そんなわがままな考えが頭をよぎる。

 

 

 「ひまりちゃん」

 

 「なに?」

 

 「今日は本当に誘ってくれてありがとう!」

 

 「うんっ!また来ようね!」

 

 

 

***

 

 

 

 時間というものはあっという間に過ぎるもので、気がつけば時計は21時を過ぎていた。

 明日から学校だという事実が、今になって押し寄せてきている。

 現実とはなんで残酷なんだろうか。

 幸せな時間はそう長くは感じさせてはくれない。

 

 だが、その短い時間だから"思い" と言うものはより大きく感じられるとボクは思う。

 

 

 暗がりの通学路。

 街灯の光だけが差し込むこの道を二人、手を繋ぎ歩く。

 

 

 「今日は楽しかったね〜♪」

 

 

 上機嫌な様子のひまりちゃん。

 美味しいものを食べ、屋台を遊び尽くし、最後には綺麗な花火を満喫。

 ゴールデンウィーク最終日に、本当にいい思い出ができた。

 

 

 「これも全部、ひまりちゃんのおかげだよ」

 

 「えっへへ〜♪でも、明日からまた学校なんだよなあ…………」

 

 「みんなとまた会えるって考えたら楽しくならないかな?ほらっ、最近はバンドの練習とかできてないでしょ?」

 

 「た、たしかに…………」

 

 「────あっ、そういえば蘭とはまだあの話を終えてないんだっけ」

 

 「蘭と?なんの話をしていたの?」

 

 「それは─────」

 

 

 ボクがそう答えようとしたその時、夜道から見覚えのある制服を着た自称美少女の姿が目に映る。

 

 

 「やっほー」

 

 「モカッ!?」

 

 

 ひまりちゃんが驚愕するように発したその名前。

 モカちゃんがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

 

 

 「お二人とも、ラブラブですなー」

 

 

 相変わらずゆったりとした口調で話すモカちゃんだけど、どこか違和感を覚える。

 

 

 「もぉ〜!からかわないでよ〜!」

 

 「えへへ〜。………あれ?あーくん、どうかしたの〜?」

 

 

 モカちゃんは笑いながらボクに顔を向ける。

 

 

 「いや、なんでモカちゃんは()()()()()()って」

 

 「た、たしかに……………なんで?」

 

 

 ボクの疑問にひまりちゃんも乗っかる。

 モカちゃんは考えた素振りを見せると笑みをたやさずこう答える。

 

 

 「いやぁ〜、実はこれには海より深い事情があってね〜」

 

 「事情?」

 

 「夕方にせんせーに呼び出されて大変だったんだよぉ?ヨヨヨ〜」

 

 「へぇー、そうだったんだー!」

 

 「…………ひまりちゃん。下がって」

 

 「えっ?」

 

 「──────()()()

 

 

 唐突に出たその言葉。

 ひまりちゃんは訳もわからずボクの背中に身を隠す。

 

 

 「あーくん?ひーちゃん?」

 

 「()()()()()()()()()

 

 「あ、葵くん!?何を言って!?」

 

 「あーくん…………そんな酷いこと言うなんて、モカちゃんかなしいよぉ」

 

 「冗談はよしなよ。モカちゃんなら知ってるはずだ。ゴールデンウィーク中は学校が「完全に閉鎖されていることを」」

 

 「……………!!」

 

 

 モカちゃんの表情がガラリと変わる。

 ひまりちゃんも何かを思い出したかのように話す。

 

 

 「確かにおかしいよね?」

 

 「いやいや〜、昨日であらかた終わってせんせーたちは今日から仕事だったんだよー。いくらモカちゃんが優しいからって、そんなに疑われると悲しいなぁ〜」

 

 

 しらを切るモカちゃん。

 そんなモカちゃんに向けて携帯のカメラを向ける。

 ひまりちゃんも背中越しにそれを覗く。

 

 そこには──────

 

 

 「……………モカが、映ってない…………?」

 

 

 そう、ボクの携帯の画面には映るはずのモカちゃんの姿がなかったのだ。

 携帯に映っているのはただの夜道。

 もちろん、ボクの携帯が壊れているからじゃない。

 ひまりちゃんも自分の携帯を取り出しモカちゃんにカメラを向ける。

 

 そこにもやはり、モカちゃんの姿は全く映らなかった。

 

 

 「………………モカ?冗談、だよね…………?」

 

 

 怯えるひまりちゃん。

 そこにボクは目の前のナニカ、偽モカに畳み掛ける。

 

 

 「キミの言動もおかしいんだ。図書室でしんどそうにしていたつぐみちゃんにキミは『いい加減気張るのはよしたら?』と言った。モカちゃんはつぐみちゃんに対して『気張る』なんて言葉は絶対使わない。"頑張りすぎている" と言う意味のある『つぐる』という言葉を生み出した彼女がこの場面で使わないわけがないんだ。さあ、いい加減仮面を被るのはよしなよ。もうキミがモカちゃんじゃないってこっちはわかっているんだから!」

 

 

 ボクは偽モカに指を刺す。

 彼女は観念したかのように俯き、そして、不敵な笑い声をあげ始めた。

 

 それは、数日前に散々聞いたあの声。

 

 パッと顔を上げると、そこにはモカちゃんではありえない、悍ましい笑い顔をした偽モカがこちらを覗く。

 

 

 「クスクスクス、ヨク見破ッタナ」

 

 「見破るも何も、長年幼馴染の言動を見てるとわかることもあるんだよ。キミにはそれを再現することなんて不可能だよ」

 

 「2回もわたしたちの親友に変装するなんて………許さないんだから!!」

 

 「上部ダケデハダメ、トイウコトカ?呆レルホドノ仲ダ」

 

 「お褒めに預かり光栄だよ」

 

 

 挑発まじりに話しても、偽モカは表情を変えない。

 

 

 「ドウヤラ私ノ姿ニモ慣レタラシイ。以前ノヨウナ恐怖面ハ、モウ見ル事ハデキナイノカ?」

 

 「そんなことはどうだっていいさ。夜も遅いし、手っ取り早く済ませよう。キミの目的は一体なに?この前言ってた "復讐" というやつかな?」

 

 「私ノ目的。ソウ、復讐ダ。生前ノ私ノ記憶………辛イ、苦シイ、痛イ、怖イ。ソンナ負ノ感情ニ推シツブサレル中、オ前タチハ幸セニ過ゴシテイタダト?フザケルナ。私以外ノ幸セナンテ許シテナルモノカ」

 

 「だから、雄樹夜さんも言ってたけど、復讐する相手を─────」

 

 「私ヲ妊娠サセタ男ナラ、モウコノ世ニハイナイ」

 

 「えっ…………!?」

 

 「この世にいないって…………まさか、亡くなったの?」

 

 

 ボクの問いかけに偽モカはニヤリと返すだけで言葉では言い表さなかった。

 どうやら、肯定したと考えていいだろう。

 

 

 「キミが、()ったのか?」

 

 「フン、私ガ直接手ヲ下ス必要モナイ。アンナ男ニハ、必ズ天罰ガ下ルト分カッテイタ。今ハ地獄ニ落チ、一生人ニ生マレ変ワルコトモデキナイヨウニナッテイルンダロウ。クスクス」   

 

 「キミも随分と酷いね。人の不幸を喜ぶなんて…………哀れみすら感じるよ」

 

 「……………………」

 

 「キミが復讐したいって気持ちは本当なんだろうけど、もう今後一才ボク達に関わるのはやめて欲しいな」

 

 「そ、そうだよ!もうわたしたちに近づかないで!」

 

 

 ボクの言葉に便乗するひまりちゃん。

 必死に訴えかける彼女をよそに、偽モカは歯軋りを立て、両の拳を強く握る。

 

 

 「黙レエエエエエエ!!!」

 

 

 不意に放たれた大きな声に思わず怯む。

 

 

 「人ヲ妬ンデ何ガ悪イ……………不幸ヲ願ッテ何ガ悪イ…………コノ世ハ "平等" 二溢レテイルノニ…………私ダケ──────私ダケ!!!」

 

 

 独りよがりに怒る偽モカは握り拳から黒い煙を放出する。

 数秒もたたずにその黒煙は、偽モカの身長と同等ほどの巨大な鎌へと形付けられた。

 未だどす黒いオーラを放つその鎌は、宛ら "死神の鎌" そのものだ。

 

 

 「……………逃げて、ひまりちゃん」

 

 

 身の危険を察したボクは、すぐさまひまりちゃんに退却命令をする。

 

 

 「やだ………………やだよ………………」

 

 「ダメだ!!早く逃げて!!」

 

 「いやだ!!」

 

 

 ボク達が言い争っている間にも偽モカはジリジリと距離を縮める。

 

 

 「お願いだ……………ひまりちゃんを巻き込みたくないんだ。だから、早く……………!」

 

 「葵くん……………っ!!」

 

 

 ひまりちゃんは勢いよく走り出し、その最中こう伝えた。

 

 

 「必ず、戻ってくるから!!」

 

 

 迫り来る偽モカから視線を外さず、桃色の髪を揺らし後方に走るひまりちゃんにグッドサインを送る。

 そうだ、これでいい。

 ボクの判断は間違っていないんだ。

 

 

 強く言い過ぎたことは後で必ず謝ろう。

 

 

 遠ざかる足音を確認し、一安心すると偽モカは目と鼻の先まで近づいていた。

 もう、ボクが逃げ切れることは不可能だろう。

 いくら攻撃を交わしたところでスタミナの限界はそう遠くないうちに来る。

 逃げも隠れも、抵抗すらしない。

 

 ただ仁王立ちで直立し、偽モカがひまりちゃんの方へ向かわないようにと行手を阻んだ。

 

 そして、黒鎌をボクの首に当て血眼になった目をギロリと向け告げる。

 

 

 「……………言イ残ス言葉ハ、アルカ?」

 

 

 死亡フラグ、とも取れる言葉を投げかける偽モカにボクは動ずることなく、口を開く。

 

 

 「…………ボクが死ぬことでキミが成仏されるならそれでいい。他のみんなが金輪際巻き込まないなら本望だ。だが、一つだけ心残りがあるとすれば────────」

 

 黒鎌が少しばかり動き、その矛先がボクの首に触れ少しばかりの痛みを感じた。

 首から流れる血と共に、相手を見つめるまっすぐな瞳からも涙が零れ落ちる

 

 

 そして────────

 

 

 「もっとみんなと……………一緒にいたかったな……………」

 

 

 

 ザシュッ!!!

 

 




いかがだったでしょうか?

物語通りです。はい、本当に何もいうことはありません。
決して『この回で終わる』なんてことはありません。続きもあります。
次回もどうぞご期待ください。


余談ではありますが、この度評価をしていただく際、文字制限を設けさせていただきました。
理由としては、別作品でも言った通りちゃんと言葉にして評価して欲しかったからです。
何も言わずただ高評価、低評価をされても何が良くて何がダメなのか分からないので、何卒よろしくお願いします


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第49曲 絶望の淵

 「はぁ…………はぁ……………」

 

 

 街灯の少ない真っ暗な夜道。

 動きづらい浴衣。履き慣れない草履だけど、わたしは直走る。

 

 

 全ては、葵くんを助けるために。

 

 

 モカの姿をした怨霊が怖かったのは本当だし、泣き叫びたいほどの恐怖に駆られ足がすくんだ。

 けど、葵くんの手を離したのは決してあの場から逃げ出したかったからじゃない。

 反抗もしたし、わたしの意見も伝えた。

 それでも、彼の "意思" には逆らえなかった。

 わたし自身、弱い女の子なんだと思い知らされる。

 

 今のわたしにできることが、人に頼ることだなんて…………本当に情けない。

 嘆いても仕方ないことだとは分かっている。

 それも全て、わたしが弱いせいだ。

 

 これからはもっと強くなろう。

 彼の横に立てる、強い女の子になるために。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 息を大きく切らしながらも、わたしは近くにあった交番までいち早くたどり着いた。

 中には駐在のお巡りさんが一人。

 勢いよく扉を開け、事情を説明する。

 

 

 「すみません!葵くんが……………彼が……………!襲われているんです!!」

 

 「わかりました。すぐ向かいましょう」

 

 

 言葉が途切れ途切れながらも、この異常事態を察したお巡りさんはすぐに身支度を整えてくれて一緒にあの場所まで戻る。

 走りながらも、わたしは懸命心の中で呟く。

 

 

 (お願い神様……………どうか葵くんを、お願いします……………)

 

 

 わたしはただ、神に祈る。

 ほんの僅か、たとえ0.1%でもいい。

 葵くんが無事でいる可能性が上がる限り、わたしは願い続ける。

 

 それに、あの葵くんがただやられるわけもない。

 きっと彼なら─────そんな淡い期待も込めて。

 

 

 交番を出て10分。

 ようやく辿り着いたそこには、葵くんはおろかあの怨霊の姿すら見えない。

 お巡りさんも不思議そうに首を傾げる。

 

 

 「間違いありません。必ずここにいるはずです!」

 

 「わかりました。応援も要請します。こちら…………」

 

 

 お巡りさんは無線で今の状況を他の警察官に説明している間に、わたしは一人捜索を開始する。

 暗くて見えづらかったから、携帯の灯を照らしあたりを見渡す。

 

 動き出そうとしたその時、何かに足を滑らせ転倒する。

 派手に転び、お尻を強く打ってしまった。

 

 

 「いったた……………一体何が───────」

 

 

 地についた手を見ると、何かがついていた。

 やはり、暗いからよく見えない。

 落とした携帯で手元を照らす。

 

 

 「──────っ!?!?」

 

 

 わたしの手についていたものを見て驚愕する。

 それは、誰のものかもわからない大量の血痕。

 それも、生半可な量じゃない。

 まるで雨が降った後にできる水溜りのように、辺り一面が真っ赤に染まっていた。

 

 

 「上原さん!一体なにが……………こ、これは!?」

 

 

 懐中電灯で照らすお巡りさんもわたしと同じような様子だった。

 認めたくはないけど、彼に何かあったのは間違いない。そう思わせるには十分すぎる証拠となった。

 

 その後すぐに何人ものお巡りさんが来てくれて、あたりを捜索する。

 わたしもそこへ混じり共に彼を探す。

 血を目印に見つかるだろう、と思いきやその血溜まりの他に血痕は見つからずそれぞれが疎らに探し続けた。

 

 しばらく経ち、最初からいてくれたお巡りさんが大声で知らせる。

 

 

 「被害者発見!被害者発見!」

 

 

 その声に、わたしは全速力でそこへ向かう。

 束になるお巡りさんたちは呆然と立ち尽くし、肩を落とす。

 

 

 「これはひどい……………」

 「17歳の少年がどうしてこんな……………」

 

 

 口々にするお巡りさんの間をくぐり抜け、前に立つ。

 

 

 「そんな………………なんで………………」

 

 

 そこには大樹に足を伸ばし、力無く腰掛け、首元に斬られたような傷跡と大量の血で染まった葵くんの姿があった。

 彼を見た瞬間、足に力が入らずその場でへたりこむ。

 頭の中が真っ白になり、やっと逢えたはずの彼の姿が流れ出る涙で遮られる視界に映らなくなる。

 

 

 「葵くん………………やだよ………………やだよ…………………」

 

 

 弱々しく呟くわたしに、彼は答えることもなく俯いたまま。

 いつもは笑いながら返事をしてくれるのに、今は違う。

 

 その現実を受け止めきれず、わたしは途切れることなく呟き続ける。

 

 

 「約束、したよね……………ずっと一緒にいるって………………。嘘、じゃないよね………………葵くんが……………いなくなる、なんて……………」

 

 

 周りはしんとした空気に包まれる。

 

 

 

 そして────────

 

 

 

 「──────いやあああああああ!!!!」

 

 

 彼が生きている。そう信じて保っていた精神が、とうとう崩壊した。

 わたしはひたすらに泣き叫び続ける。

 止めどなく溢れる涙が枯れるまで、声が出せなくなるほど喉が枯れるまで。

 

 

 そうだ、この世は残酷だ。

 いくら神に願ったところで叶うわけもない。分かっていたはずなのに…………最後は、ありもしない何かに縋ってしまった。

 いや、神頼みをしている時点でわたしの運命なんて終わっているも同然だ。

 

 

 所詮、わたしは弱者で生きている価値すらない人間なのだから。

 

 

 

***

 

 

 

 自我を失ったわたしは葵くんと共に、お巡りさんが呼んだ救急車に乗り病院へ搬送された。

 どうやら、このことは葵くんとわたしの両親にも伝えられたようで共に病院に来るとのことらしい。

 

 虚になった目で天を見る。

 

 

 ギラっと光る白い光。

 

 

 さっきまで暗い外にいた為か余計眩しく感じる。

 

 両耳からは小刻みに鳴る機械音と、懸命な措置を施すお医者さんの声が聞こえる。

 

 

 『目覚めたら実は夢だったんだ』と、妄想を繰り返すけど彼を見つけた時の光景が蘇る。 

 フラッシュバックのように再生されるあの瞬間を頭の中で何度も再生され、ガラガラになった喉で発狂し、それに伴い頭痛を引き起こし頭を押さえる。

 葵くんで手一杯のはずなのに、お医者さんの一人がわたしに声をかけた。

 

 

 「大丈夫。彼はきっと救ってみせる」

 

 

 何の根拠もないその言葉だけど、わたしを落ち着かせるには十分だった。

 息も切れ、これ以上ない苦痛を味わう。

 

 

 

 もう、やめて────────

 

 

 

 そう嘆いたところでこの状況が一変することもなく、どこ吹く風のように過ぎ去っていく。 

 

 どうして、わたしたちがこんな目に遭わなくちゃいけないの?

 なんで、わたしたちが怨霊の復讐を受けなくちゃいけないの?

 なぜ、わたしはあの時逃げ出したの?

 

 

 落ち着いたそばからまた、わたしは発狂し頭を抑える。

 こんなの、生き地獄だ。

 きっと、何の役に立てなかったわたしに対する罰なんだろう。

 誰が決めたかわからない"運命" に従い、わたしは搬送されている間も苦しみ続けた。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

蘭side

 

 突如、父さんたちが慌ただしく家を出た。

 2階から様子を覗いていたあたしは、その後をついていく。

 車に乗り込み出発しようとしたその時、わたしは車の前に飛び出し停止させる。

 

 

 「ちょっと、何があったの!?説明して!」

 

 

 父さんたちが口を開く前にあたしが先に問う。

 二人は怒ることもなく落ち着いた様子で『早く乗りなさい』と言い、あたしも車に乗り込んだ。

 

 唐突の出来事で整理がついてないけど、何となく察しがついている。

 

 まだ帰ってきてない双子の弟(あおい)に何かあったに違いない、と。

 

 あたしは重い口を切る。

 

 

 「ねぇ……………葵に、何かあったの?」

 

 

 そう聞くと、父さんは正面を向いたまま答える。

 

 

 「………………わかっていたのか」

 

 「二人の様子を見たらわかった。それに、葵からまだ返信来てないし、普段ならありえないよ」

 

 「そうか………………」

 

 

 父さんの口数が今まで以上に少ない。

 母さんは何も話さず、ハンカチで目元を抑えていた。

 

 

 「わかっていることだけでいい。何があったのか教えて」

 

 

 あたしがそう問いかけると、父さんは数秒の沈黙の後、ポツリポツリと話し始めた。

 

 

 「葵が──────何者かに襲われたらしい」

 

 「…………………!?」

 

 「友達、いや、彼女さんも一緒だったそうだ。二人とも、今は救急車で搬送中らしい」

 

 「彼女…………って、ひまりのこと!?ひまりも襲われたの!?」

 

 「わからない。だが、きっと無事のはずだ。葵がいるんだから」

 

 「うん、そうだよね…………」

 

 「とりあえず、警察の方々も病院にいるらしい。詳しいことは、全てそこで聞くとしよう」

 

 「わかった。急いで、はやくっ!」

 

 

 焦る気持ちが抑え切れず、父さんの座る椅子を力強く叩く。

 いつもなら何か言い返すはずなのに、今日はそれがない。

 

 きっと父さんもわたしと同等。

 いや、それ以上に心配しているに違いないだろう。

 

 

 あたし自身、葵がひまりと花火大会に行くことは知っていた。

 あんなに楽しそうにする葵を見ると、やはり二人はお似合いなんだろうなと心の底から思っていた。

 そんな幸せを台無しにしようとした人がいるなんて…………信じられない。

 

 お腹の底から怒りが込み上げる。

 

 

 夜道を走る車は徐々に加速し、病院まで急行する。

 到着するや否や、受付で葵の居場所を聞き足早に向かう。

 

 着いた先は集中治療室。

 

 その扉の前には数人の警察官とひまりの両親がいた。

 あたしたちを見るとひまりの両親は深々と頭を下げ、誠心誠意謝罪した。

 ひまりは何も悪いことはしてないはずなのに。

 

 ひまりの両親の後、警察から今回の件について色々説明された。

 現場検証の結果、犯人について、そして、葵の安否。

 まだ明らかになってないことも多々あったけど、葵が何者かに襲われ刃物で首を切りつけられた後、隠されるように移動させられた、と断定された。

 犯人についてはまだ捜索中とのことだが、監視カメラもなく見つけることは困難を極めるらしい。

 そして、葵の安否だけど…………出血が酷く、一刻を争う状況らしい。

 生きているのも不思議だった、と警察の方は付け加えた。

 

 本当に葵は強い。

 手術してしばらく経てば、きっと目覚めるはずだ。

 

 あたしはそう確信している。

 

 

 「あの……………ひまりはどうだったんですか?」

 

 

 あたしの一言に、ひまりの両親は俯き答えようとしない。

 その様子を見てか、警察の方が代弁して答える。

 

 

 「上原 ひまりさんは()()()()()()()()()、命に別状はありません」

 

 「そっか。なら────」

 

 「しかし…………精神的に大きな負荷を負ってしまったようです。私自身、交番で初めて会った時は必死に彼を助けようとする強い女の子だと思っていましたが……………やはり高校生にあの光景は堪え難いものだったんでしょう。現場にいた我々も言葉を失いました…………」

 

 「それで……………ひまりはどこにいるの!?」

 

 

 暗い表情で話す警察官の胸ぐらをぐっと掴む。

 慌てて倒産が止めに入るも、警察官は表情を変えることもなく淡々と答える。

 

 

 「今、会われる事をオススメする事はできません。責任感の強い子です。御兄弟であるあなたと会いでもすれば、どうなるか私にもわかりません。どうか、お許しください」

 

 「………………わかりました。すみません、少し、頭に血が上っていました」

 

 

 あたしは手を離し、警察官に頭を下げる。

 確かに、今のあたしは冷静じゃない。

 

 あの場にいて、一部始終を全て見ていたであろうひまりに警察官の人は事情聴取をした、とも言っていなかった。

 警察も察している。

 これ以上、ひまりに負担はかけられないと。

 

 

 「とりあえず今日は父さんが残る。もう夜も遅いし、蘭は母さんと家に──────」

 

 「()だ。あたしも残る」

 

 「蘭…………心配なのはわかるが、いつ目覚めるか、分からないんだぞ?」

 

 「それでもいい。家にいて連絡を待つより、ここにいた方が落ち着ける」

 

 「………………わかった。じゃあ、三人で残ろう。母さんも、それでいいな?」

 

 「………………えぇ」

 

 「二人とも、ごめん」

 

 「心配なのは皆同じだ。早く葵が良くなることを願おう」

 

 

 あたしたちは医師からの吉報を待つ。

 

 



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第50曲 永劫の眠り

 葵の手術が始まって随分と経った。

 "手術中" と灯るランプは一向に消える気配がない。

 これほど気持ちが落ち着かないのは、生まれて初めての経験だ。

 

 

 「ねぇ、父さん」

 

 「なんだ?」

 

 「葵は……………大丈夫、だよね?」

 

 

 あたしは俯きながら問いかける。

 普段はこんな話をするはずないのに、なんだか弱気になっている気がする。

 

 1秒たりとも待たずして父さんは即答した。

 

 

 「葵は私の子だ。大丈夫、心配いらない」

 

 

 普段通りの毅然とした姿勢を貫く父さん。

 

 

 「うん………………そう、だよね……………」

 

 

 ずっと堪えていたけど、あたしはとうとう耐え切れなくなりポロポロと涙が零れ落ちた。

 涙声になり発するその声は、しんと静まり返ったこの空間でさえ霞んでしまうほど弱々しい。 

 そんなあたしの頭に父さんは手を当てる。

 

 

 「心配なのはわかる。だが、こうしている間にも、葵は必死に生きようと抗っているだろう。泣くな、とは言わない。葵が目覚めたその時は笑って迎えてやってくれ」

 

 「うん………………わかった……………」

 

 

 こんな状況だからか、いつもより優しい父さんの肩から離れない。

 人前ではこんな姿をとても見せられないけど、今はそんなことどうだっていい。

 誰でもいいから寄り縋りたい。

 例えそれが、厳格で苦手な父親であっても。

 

 

 また時は過ぎ、心配に駆られているととうとうそれは訪れた。

 "手術中" と灯るランプが消え、自動扉から薄い青の手術服を着た医者が出てきた。

 真っ先に医者の元へ駆け寄ったのは父さんだった。

 

 

 「先生っ!!息子は……………息子は無事なんですか!?」

 

 

 医者の両肩を掴み必死になる父さん。

 心配だったのはあたしだけじゃなかった、と実感した瞬間だった。

 

 父さんの反応をよそに、医者はマスクを取り暗い表情を浮かべた。

 それを察して落胆する父さんと母さん。

 釣られてあたしも再び多量の涙を流す。

 

 

 そっか、ダメだったんだ──────

 

 

 そう心で決めつけた時、医者は重い口を開いた。

 

 

 「生きているのが奇跡、とも言える状態です」

 

 「……………えっ?」

 

 

 医者の一言に一同、目を見開く。

 

 

 「一命は取り留めました。手術は成功です」

 

 

 その言葉に、あたしたちは静かながらも歓喜の声で溢れる。

 ホッと胸を撫で下ろし、緊張から解き放たれたせいか膝の力が抜けた。

 先ほどとは違い、今度は嬉し涙を流す。

 

 

 (葵は…………葵は、生きてるんだ……………!)

 

 

 その現実に今は感謝しかない。

 そうだ、そう簡単に葵が死ぬわけないんだ。

 わかっていたはずなのに……………なんで信じてあげられなかったのかな。

 

 何も心配なんていらなかったんだ。

 

 だって─────葵は強いから。

 幼い頃から父さんの厳しい稽古に耐え、美竹家の長男としてずっと頑張ってきた。

 バンドをしたい、というあたしの我儘にも付き合ってくれた。

 

 日頃の行い、って言うのかな?

 そんな言葉があるのなら今の葵にはピッタリだ。

 

 天は、葵を見放さなかった。

 

 歓喜に包まれるあたしたちに、医者はもう一つの事実を付け加えた。

 

 

 「しかし、極めて危険な状況です。縫合はしましたが非常に深い傷を負ってしまいました。出血量も並大抵のものではありません。今後の生活に支障をきたす可能性がある事は、どうかお忘れにならないようお願いします」

 

 

 そう言うと医者は頭を下げた。

 

 

 「わかりました。葵を…………私の家族を救ってくださり、ありがとうございました」

 

 

 父さんも続き頭を下げる。

 母さんも、ひまりのご両親も、そしてあたしも医者に感謝の意を示した。

 喜んではいられない。

 葵は今も目覚めようと必死になっているだろう。

 

 だから、あたしも負けない。

 

 頭の中で囁いてくる恐怖に──────。

 

 

 葵は集中治療室で過ごすこととなり、あたしたちは家路に着く。

 外に出ると、そこには太陽が上り、夜明けを迎えようとしていた。

 その陽は、葵が生きていたことを祝福してくれているような、そんな温もりを感じた。

 

 

 「蘭。今日は疲れただろう。学校は休んでも──────」

 

 「行くよ。絶対」

 

 「し、しかしだな……………」

 

 「あたしの体を気遣ってくれたんでしょ?でも大丈夫。葵が生きてくれさえいれば、それでいい」

 

 「わかった。葵のことは私から学校に説明しよう。登校するまで少し休みなさい」

 

 「わかった、そうする」

 

 

 安心なんてしていられない。

 それに、大事なのは(あおい)だけじゃない。

 幼馴染(ひまり)だってそうだ。

 今は面会ができるわけない、とは思うけど今日もう一度病院を訪れよう。

 

 あたしはそう心に決め帰宅する。

 

 

 

***

 

 

 

 ゴールデンウィークが明けた朝。

 いつもと変わらない様子で迎える幼馴染たちに、あたしは事の説明をした。

 ひまりたちとの連絡が途絶えていたから、何かあったんだろうと思っていたようだけど、ここまで酷い状況だったのは知らなかったようだ。

 それもそのはずだ。あたしだってそうだったんだから。

 

 ゆっくりと歩く木漏れ日の道では、登校途中の子供、出勤中の社会人たちが楽しそうに会話していたけれど、あたしたちは黙ったまま。

 誰も話そうとも、口を開こうともしない。

 

 重苦しい空気が漂う。

 

 

 「なぁ、一つ言っていいか?」

 

 

 そう切り出したのは巴だった。

 

 

 「なに?」

 

 「こんなこと言うのもアレだと思ったんだけどさ…………今日、病院に行かないか?」

 

 

 巴からの提案。

 それは、あたし自身考えていたことと同じだった。

 しかしここで違う意見が飛ぶ。

 

 

 「でも…………迷惑じゃないかな。葵くんもだけど、ひまりちゃんだって辛いだろうし…………」

 

 「つぐみ……………」

 

 

 二人を気遣い涙目になり話すつぐみ。

 つぐみらしい、なんとも優しい考えだ。

 

 それも一理あるのは間違いない。

 けど、あたしはやっぱり──────。

 

 

 「ほぉー、意見が割れてますな〜」

 

 「モカはどうしたいんだ?」

 

 「そうだな〜、みんなが行くって言うなら行くし、一人でも行かないならやめとこかな〜」

 

 「それは、あたしたち次第って言いたいわけ?」

 

 「そゆこと〜♪」

 

 

 モカらしい、といえばそうなんだけどこの場では少し他人行儀な気がする。

 

 

 「つぐは行かない、モカは場合による、か。蘭はどうするんだ?」

 

 「あたしは一人でも行くつもりだよ。モカもつぐみも、無理して来る必要はないと思う。あまり大人数で押しかけても病院に迷惑がかかるかもしれないからね」

 

 「そっか…………わかった。なら、個人で行くってことでいいか?」

 

 「意義な〜し」

 

 「うん、私もそれで大丈夫だよ」

 

 「巴は今日行くの?」

 

 「蘭は今日行くつもりなんだろ?アタシはまた明日行くことにするよ」

 

 「わかった」

 

 

 そして、再び沈黙の時が流れ教室に入るまで誰も口を開くことはなかった。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 ホームルームが終わり、全校生徒が体育館へと招集された。

 校長が壇上に立つと、このゴールデンウィーク中に起きた事件、もとい葵とひまりが何者かに襲われたことが明かされた。

 勿論、二人の名は伏せられて。

 動揺が走る全校生徒に、校長は『防犯対策をしっかりと取る』とか『一人で行動はしないように』だとか、ありきたりなことを言ってこの集会は終わった。

 

 しかし、教室では違う。

 葵とひまりがこの場にいないことで、さっきの校長の話はこの二人なんだと確定してしまい大騒ぎとなった。

 仲のいいAfterglow(あたしたち)、特に姉であるあたしには多くのクラスメイトが詰め寄ってきた。

 

 

 「美竹くんと上原さんは無事なの!?」

 「犯人は誰!?捕まったの!?」

 「どこに入院してるの!?」

 

 

 心配してくれるのはとてもありがたいけど、どれもあたしが答えられるものではない。

 申し訳なかったけど、『何もわからない』とだけ伝えてこの場はお開きとなった。

 巴たちもそう言い、人だかりは無くなった。

 

 有耶無耶な気持ちのまま、通常授業が始まった。

 ゴールデンウィーク明けということもあってか、誰一人として授業に集中できていない。

 幼馴染に目を向けると、巴は上の空で、モカは机に突っ伏して爆睡。つぐみも副会長の立場からか真面目に聞いている風だけど、ペンが全く動かない。

 かくいうあたしも…………ただ教科書を開くだけで先生の話なんて全く頭に入ってこない。

 

 今の頭の中にあることは、二人の安否。

 ただ、それだけだ。

 

 

 授業終わりの休み時間だろうが、昼休みだろうが、あたしたちは何も話さなかった。

 普段はあの二人が会話の発生源なだけに、暗く静まり返ったあたしたちを繋ぎ合わせる人は今は誰もいない。

 独り椅子に座り、動かずじっとする。

 本当につまらない。

 

 ここにきてあの二人の明るさがどれだけありがたかったか思い知る。

 暫くは、あの楽しい時間が来ることがないとわかると、自然と涙が零れ落ちた。

 

 わかっているのに……………わかっていたはずなのに………………。

 

 なんでだろう。あたしがとても情けなく思えて来る。

 "いつも通り" なんて容易く片付けるバカな女。それがあたしだ。

 

 

 (葵の代わりに。そしてひまりの代わりに……………あたしが、犠牲になればよかったのにな………………)

 

 

 投げやりに呟くその心の声は誰も元へ届くことはなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 授業が終わり、あたしは一目散に病院へと向かう。

 今この瞬間もあの二人は苦しんでいる。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなったのだ。

 額からは、ライブで流すのと同等の汗をかきフロントで葵との面会手続きを済ませ急いでそこへ向かった。

 

 エレベーターを待つ時間も惜しみ、階段を全速力で駆け上がる。

 全ては、早く会いたいが為。

 ポタポタと滴る汗なんて構わずあたしは階段を上り切った。

 

 曲がり角を抜け、葵のいる病室へと向かうとそこには──────。

 

 

 「湊…………雄樹夜さん?」

 

 「……………美竹………蘭か」

 

 

 あたしよりも一足先に、私服姿でその人は立っていた。

 

 

 「ついこの前会ったばかりなのになんだか久しく感じるな」

 

 「そう、ですね」

 

 

 どこか哀愁を漂わせる彼の目に光が灯っていない。

 普段から無口で楽しそうにしている姿は滅多に見ない人だけど、今日は一段と静かだ。

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

 会話が全く続かない。

 葵とは色んなことを話す間柄らしいけど、やっぱりあたしじゃダメなのかな。

 

 ────いや、あたしもどちらかと言うと無口な方(そっちがわ)だった。

 

 

 「その、今日はどうしたんですか?」

 

 

 無口だからと言っては済ませない。

 あたしから会話を促してみる。

 

 

 「ん?あぁ、学校の話か。見ての通り、体調不良で欠席だ」

 

 「まだ病み上がりですもんね」

 

 「退院できたのはつい先日のことだからな。無理はできん」

 

 「葵のことはどこで……………?」

 

 「リサから聞いた。『もしかしたら…………』と言っていたが、まさか本当だったとは驚いた。一体何があった?」

 

 「わかりません。警察の捜査も難航を極めてるらしくて……………」

 

 「まさかと思うが、()()()()()じゃあるまいな?」

 

 「──────!!」

 

 

 雄樹夜さんの一言である可能性が浮上した。

 それでも、まさか………………。

 ありえない、と言わんばかりに頭の中のあたしが否定する。

 

 

 「信じられない、と言った顔だな」

 

 「一理はあるかもしれませんけど、やっぱり──────」

 

 「"『ありえない』なんてことはありえない" 」

 

 

 雄樹夜さんはあたしの言葉を遮りそう言うと、今まで葵に向けていた目線を初めてあたしに向けた。

 

 

 「なんですか、それ」

 

 「あこに教えてもらった台詞だ。ある漫画の名言、として有名らしい。ありえるはずのない生命力を誇る男が、仲間に自らの首を切らせ再生したことでその言葉を証明したと言う。実に要領のいい男だ」

 

 「それとこれと、何が関係あるんですか?」

 

 「それは…………………」 

 

 

 さっきまで饒舌に話していたのに、急に口を閉ざすと、目を逸らし再び葵にそれを向けた。

 その一連の行動は、『話したくない』と自ら自白しているようなモノだった。

 

 

 「()()()()()()()()()、とだけ言っておこう」

 

 「そうですか……………あっ、雄樹夜さん」

 

 「なんだ?」

 

 「湊さんは─────お元気ですか?」

 

 

 あたしの一言に、雄樹夜さんはハイライトのない目を細め三度沈黙する。

 彼を纏うオーラからは暗く冷たいものを感じたけど、聞いてしまった以上後戻りはできない。

 意を決して彼の返答を待つ。

 

 

 「あの…………雄樹夜さん…………?」

 

 「いずれ知ることになるだろうから教えよう。友希那も今、ここに入院している」

 

 「なんで──────

 

 

 そう口走ったあたしは後悔した。

 何故?どうして?

 そうやって一番悔やんでいるのは、誰であろう、彼だ。

 あたしも同じだった。

 なんでよりによってあの二人なんだ、と涙を流し自分自身に怒りを覚えた程だ。

 彼も今、同じ心境なのは間違いない。

 

 そんな無頓着なあたしは本当にバカだ。

 

 大バカ者だ。 

 

 

 あたしはすぐさま雄樹夜さんに頭を下げた。

 

 

 「す、すいません!あたし…………あたし…………!」

 

 

 後になって後悔が押し寄せる。

 そんなあたしを雄樹夜さんは咎めることなく、冷静な口調で話す。

 

 

 「気にすることはない。友希那には俺から伝えておく。美竹 蘭は、本当にお前のことを心配していた、とな」

 

 「はい…………お願いします」

 

 「俺はそろそろ帰る。Afterglowの他のメンバーにもよろしく伝えておいてくれ。それじゃあな」

 

 「わかりました………………あっ!雄樹夜さん!」

 

 

 立ち去ろうとする彼を呼び止め、振り向くことなく立ち止まる。

 

 

 「あたしが言える立場じゃないかもしれませんが、言わせてください」

 

 

 一呼吸おき、心にある想いを伝える。

 

 

 「例えどんなに辛くても、苦しくても、絶対に諦めないでください。湊さんは必ず良くなります。だから─────負けないでください。自分じしんに、この悪夢のような現実に」

 

 

 あたしの言葉に彼は反応を示すことなく、そのまま去っていく。

 返事をしなくていい。

 

 苦しんでいるのはあなた一人だけではない。

 

 

 そう伝えられたら、それでいいんだ。



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第51曲 巴の夏

葵くんが一命を取り留めた、ということで……………久々のコメントです。

たくさんのお気に入り登録、本当にありがとうございます。

終結までご愛読していただけると幸いです。


今回からそれぞれのメンバー視点の話になります。


 青い空、白い雲、ジリジリと照らす太陽。

 

 アタシたちは高校生になって、二度目の夏を迎えた。

 

 ゴールデンウィーク最終日の夜に、葵とひまりが何者かに襲われて今も病院に入院中だけど、未だ犯人はわからないまま。

 防犯カメラなどもなく、捜査は一向に進展しない。

 歯痒い想いなのはずっと変わらないけど、アタシに出来ることなんてたかがしれている。

 だからこそ、ずっと続けているお見舞いを欠かしたことは一度たりともない。

 

 夏休みを目前にして短縮授業となった今日、アタシはあこを連れて病院へと訪れた。

 冷房の効いた居心地の良い院内。

 太陽に灼かれ吹き出るように流れた汗をタオルで拭い、先に葵のいる集中治療室へと足を運ぶ。

 

 

 「ねぇ、おねーちゃん」

 

 「どうした?」

 

 

 エレベーターに乗り二人きりになったそのとき、あこは口を開いた。

 

 

 「Roseliaがね……………解散しちゃうかもしれないんだ……………」

 

 「Roseliaが!?」

 

 

 信じ難い言葉に思わず大きな声を出す。

 

 

 「友希那さんも、雄樹夜さんも、リサ姉も、紗夜さんも、りんりんも……………誰も話さなくなったの」

 

 「そっか…………」

 

 「Afterglowは、どうなの?」

 

 「アタシたちは─────」

 

 

 そう口にした途端、言葉が詰まった。

 現状、アタシたちもRoseliaと大差ない状況にある。

 その状態の証明として最もわかりやすいのが、誰一人として二人一緒にお見舞いに行ったことがないことにある。

 いつもならありえないんだ。

 どんなに喧嘩をしても必ず誰かが誰かと一緒にいるし、"独り" にさせることなんてアタシたちには決してなかった。

 だけど、今はそれが起きている。

 

 そう─────全ての要因は、このアタシだ。

 『個人でお見舞いに行く』とアタシが言ってしまったからみんなが誘いづらい状況にあるに決まっている。

 アタシから誘うことも考えたけど、言い出しっぺがこれを解消するのも少し違う気がする。

 

 あの日からずっと平行線のまま。

 "幼馴染" と名乗るのも烏滸がましいほど関係が薄くなっているんだ。

 

 

 「おねーちゃん?」

 

 「あ、ああ。問題ないぞ」

 

 「そっか…………さすがおねーちゃんたちだね!」

 

 

 いつも通り、なんてとても言えない。

 

 言えるはずがない。

 

 

 羨ましそうに笑うあこを見ると、胸が締め付けられるような痛みが迸る。

 愛想笑いを振り撒き、嘘を嘘で固めた今のアタシはどんな顔をしてるんだろうか?

 醜い?

 それとも不細工か?

 

 いずれにせよ、葵とひまりに合わす顔がないよな──────。

 

 

 「あこ。葵とひまりに会う時は、くれぐれもよろしく頼むな」

 

 「うんっ!任せて!」

 

 

 笑みを浮かべるあこに、アタシもぎこちなさの残る笑みを返す。

 こうして再び、嘘を重ねていく。

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 エレベーターを降り、角を曲がるとそこに幼馴染はいる。

 大掛かりな機材。

 閉鎖的な室内。

 瞳を閉じ横たわる葵。

 

 何度も見た光景だけどやはり慣れるものじゃないな。

 

 

 「あおちゃん…………まだ眠ったままなんだね」

 

 「ああ…………」

 

 

 あこは来たのが初めてだから、驚きを隠せないでいる。

 知り合いや友達が突然寝たきりになる、なんてことは人生においてそう経験することはない。

 

 まだ幼いあこも、この現実を受け止められていないようだ。

 

 

 「はやく、目覚めると良いね」

 

 「そうだな。また一緒に、ラーメン食べに行きたいよ」

 

 「あおちゃんってラーメン食べるの?」

 

 「誘ったらよく来てくれたぞ?見た目通り少食でな、あっさりした味が好きだったな」

 

 「おねーちゃんは根っからの豚骨醤油好きだもんね!」

 

 「べ、別に他の味が嫌いってわけじゃないぞ!?ラーメンは大好きだし、その中でも豚骨醤油が好きなだけで……………」

 

 「あ〜、なんだかラーメン食べたくなってきちゃった!おねーちゃん、お昼はラーメン食べに行かない?」

 

 「おお、いいぞ」

 

 「やった〜!それじゃあ、あこ、トイレ行ってくるね」

 

 「待ってるからなー」

 

 

 あこの底抜けな明るさには本当に救われる。

 今日は本当に一人で来なくて正解だった。

 泣かない、絶対泣くもんかって心に決めてもどうしても耐えきれずそれに反することをしてしまう。

 

 あこがいなくなって二人きりのこの状況。

 ダメだ…………独りになると、やっぱりダメだ。

 

 ガラスに手を当て、向こう側にいる葵に呟く。

 

 

 「なあ、葵……………今のアタシ、どんな顔をしてるんだ?」

 

 

 どれだけ話しかけようが、葵から言葉が帰ってくることはない。

 それでもアタシは、口を閉ざすのをやめない。

 

 

 「『似合わない』って思ってるよな。葵とひまりには何度も恋愛相談をされたことがあったし、聞いてて本当に嬉しかったんだ。羨ましいと思ったよ。二人は今本当に幸せなんだなって。なのに、どうしてだろうな──────」

 

 

 ガラスに当てた手をギュッと握り、強く叩く。

 

 

 「悔しい……………本当に、悔しいんだよ……………」

 

 

 アタシは堪えきれず、ポロポロと大粒の涙を流す。

 

 

 「葵とひまりは、相思相愛だったんだ……………なのに、どうして………………アタシじゃなかったんだ!!!

 

 

 独りよがりの叫びが二人しかいない空間に響く。

 

 

 「葵の代わりに……………ひまりの代わりに……………アタシが……………こうなればよかったんだ…………」

 

 

 そして、膝からズルズルと崩れ落ちた。

 止めどなく溢れる涙。

 腕でいくら抑えようが流れ落ち、濡らす。

 

 本当に運命は残酷だ。

 アタシのような普通の人間が生き、二人のような幸せ者が不運に合う。

 "神様" が本当にいるなら一発ぶん殴ってやりたい。

 『二人の幸せの邪魔するなっ!!』って一喝してやりたい。

 それが叶わないのであれば、アタシが身を投げても良い。

 二人の将来が安泰であればそれでいいんだ。

 

 だから、アタシを────────

 

 

 「巴。もう泣かないで」

 

 

 アタシの肩に手を当て、聴きなれた優しい言葉をかけた人。

 振り向くとそこには、幼馴染がいた。

 

 

 「蘭……………っ!!」

 

 「ハンカチ持ってないの?ほらっ、これで拭いて」

 

 

 そういうと蘭は、制服のポケットから花柄のハンカチを取りアタシに差し出す。

 それを受け取り、涙を拭う。

 

 

 「今日は一人?」

 

 「いや……………あこもいる。今はトイレだけど…………」

 

 「そっか」

 

 

 蘭はそう言うとアタシの横で壁にもたれかかり、三角座りをする。

 

 

 「巴のそんな弱気なところ、久しぶりに見た」

 

 「……………誰にも、見せないようにしてたからな」

 

 「巴も、泣くんだね」

 

 「うっさい……………」

 

  

 独りぼっちから解放されてようやく落ち着きを取り戻す。

 

 

 「ってか、どこから聞いてたんだよ。まさか、初めからいたなんて言うんじゃないよな?」

 

 「あたしが来た時には、巴は泣き崩れていたよ。大丈夫。何も聞かなかったから」

 

 「は、恥ずかしいこと言うなよ……………!」

 

 「なんで?別にいいじゃん」

 

 「よくないんだよ!アタシは、強いアタシでいなくちゃダメなのに…………こんな…………」

 

 

 俯きながらそう話すと、蘭はアタシの額目掛けてデコピンをする。

 あまり、というか全く痛くなかったけど、思わず額を抑えた。

 

 

 「な、何すんだよ!?」

 

 「弱音は吐かない。葵だって、きっと悲しむよ」

 

 「……………………悪い」

 

 「あたしもね、葵が手術してる時はずっと泣いてた。死んじゃうかもって、ネガティヴな感情に押し潰されてた。でもね、なんだか葵が側で『大丈夫。ボクは必ず生きてみせるよ』って言ってるように聞こえたんだ。現に、葵はこうやって生きている。あたしの弟は、絶対嘘はつかない」

 

 「そうか……………」

 

 「だから、あたしは決めたの。葵の前では絶対泣かない、弱気にならないって。でも、葵の前にいざ立つと……………いろんな出来事を、思い出して……………」

 

 

 涙声になる蘭。

 涙は流さないけど、ずっと目の中で溜めている状態だ。

 

 そんな蘭を、アタシは肩に抱き寄せた。

 

 

 「泣いたっていいんだぜ?葵だってきっと許してくれるだ。『気にすることはないよ』って笑いながら、な」

 

 「うん……………ありがと」

 

 「なあ、蘭」

 

 「なに…………?」

 

 「これからはさ、一緒にお見舞いに行かないか?独りだと、やっぱりダメだからさ」

 

 「うん、いいよ」

 

 「ありがとうな」

 

 「みんなも、誘おうよ。つぐとモカはああ言ってたけど絶対に来るはずだよ」

 

 「そうだな。今度来る時は、みんなでだな」

 

 「うん。葵もきっと喜ぶはずだよ」

 

 

 アタシたちは立ち上がり、葵にまた来ることを伝え帰ろうとすると、あこが帰ってきた。

 二人から三人へ。

 今度は、ひまりのいる病棟に向かう。

 

 

 

***

 

 

 

 ひまりの両親から聞いた話だけど、ひまりは"医療保護入院" として病棟の出入りが自由にできる開放病棟にいるらしい。

 けど、その姿を見たことはこの数ヶ月で一度たりともない。

 

 そう、一度たりともだ。

 

 他の幼馴染にも聞いてみたが、誰一人としてひまりを見た人はいない。

 まるで、自ら会うのを拒んでいるようだ。

 

 けど、アタシは今ひまりがどんな状態だとしてもちゃんと話がしたい。

 ひまりの心の闇を振り払いたい。

 例えそれが、お節介だったとしても──────。

 

 

 「今日こそは、会えるといいな」

 

 「うん。早く会いたいね」

 

 「えっ?まだひーちゃんと会ったことないの?」

 

 「ああ、実は…………そうなんだ…………」

 

 「今日は会えるよ。きっと」

 

 「そうだね。あこも信じてるよ!」

 

 

 無邪気に笑うあこ。

 その姿を見てアタシと蘭も微笑ましい気持ちになる。

 

 アタシたちはしばらく歩き、病棟の受付にいる看護師さんに話しかけた。

 

 

 「すみません。上原ひまりの友達なんですけど…………」

 

 「面会お願いします」

 

 

 そう告げると、看護師さんはニコリと笑い病室まで案内してくれた。

 廊下の隅にある一人部屋。

 "上原ひまり" と名札が掲げてあるその一室の扉をノックする。

 

 

 「ひまり、巴だ。入っていいか?」

 

 

 ──────返事はない。

 鍵がかかってないことを確認し、恐る恐る扉を開ける。

 入るとそこには、大きな窓が開いていて白いカーテンが風で靡いている。

 備え付けのベットには綺麗に畳まれた布団と枕があるだけで、ひまりの姿はどこにもいない。

 

 

 「今日もいなかったか……………」

 

 

 そう呟き落胆する。

 

 

 「もしかして、トイレにいるんじゃないの?」

 

 「…………そうだな。そうに違いない」

 

 「少し待ってみようか。ひまりと入れ違いになったら嫌だし」

 

 

 

 アタシたちは部屋にあったソファに三人同時に腰掛けると、あこはあたりをキョロキョロと見渡す。

 

 

 「どうした、あこ?」

 

 「ひーちゃんの部屋なのに、全然物がないね」

 

 

 あこはそう言うと首を傾げる。

 確かにその通りだ。

 本来のひまりの部屋にはぬいぐるみが多く飾られていて、内装もピンクでまさに女の子らしさ満点になっている。

 対してこの部屋は、ベットとアタシたちが座るソファ以外に何もない。

 

 なんだか寂しい。そう感じてしまうほど閑散としていた。

 

 

 「病室なんだし、そう簡単に模様替えなんてできないでしょ」

 

 「そっかぁ…………」

 

 「せっかくだし、今度ひまりの部屋から何か持ってきてやるか?」

 

 「そうだね。ぬいぐるみとか良さそう」

 

 「うんっ!あこも持ってくるー!」

 

 「その前にひまりのお母さんたちの許可を得ないとダメだけどな。それにしても、ひまりは一体どこにいるんだろうなぁ…………」

 

 

 アタシたちがこうして話している間にも、ひまりが現れる気配すらなく時間だけが過ぎていく。

 30分、1時間待っても帰ってこなかった。

 痺れを切らしたアタシは立ち上がり、扉の前に立つ。

 

 

 「巴?どうしたの?」

 

 「おねーちゃん?」

 

 「ちょっと、飲み物買ってくるよ。二人は何が飲みたい?奢るぞ」

 

 「やったー!あこ、オレンジジュースで!」

 

 「あたしはお茶」

 

 「わかった。すぐ帰ってくるからな」

 

 

 二人にそう告げ、扉を開ける。

 

 

 「……………………ッ!!!」

 

 

 扉を開けたその先には、アタシが待ち焦がれた顔がそこにいた。

 互いに驚き硬直する。

 

 

 「ひ……………ひま……………!」

 

 

 アタシが声をかけようとしたその時、ひまりは背を向け走り出した。

 何も言わず、まるでアタシから逃げるかのように─────。

 

 扉の前で立ち止まるアタシに蘭がゆっくりと近づく。

 

 

 「ねぇ、何かあったの?」

 

 「ひまりが……………ひまりがいた!」

 

 「えっ!?」

 

 「アタシ、探してくる!」

 

 「ちょっ、巴!?待って!!」

 

 

 蘭の静止を振り切りアタシはいなくなったひまりを探しに走り出す。

 

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 「ハァ……………ハァ……………。ダメだ、見つからない」

 

 

 10分ほど走り回り、アタシの体力が底をついた。

 手を膝につき切らした息を整える。

 頭から抜けていたけど、ひまりはテニス部のエースで都大会でも上位に位置するほどの実力者だ。

 テニスの実力だけでなく、スタミナも瞬発力もある。 

 体型がどうとか、体重が増えたとかずっと嘆いているけど、抜群の運動神経の持ち主だ。

 

 アタシもダンス部に所属していて運動には自信があったけど、どうやらひまりには敵わないようだ。

 

 

 「どこ行ったんだよ……………ひまり」

 

 

 どれだけ心配したところでひまりは出てこない。

 アタシは探すのを諦め、トボトボと歩き病室に戻る。

 

 扉を開けると、あこと蘭がソファに座って待ってくれていた。

 

 

 「ひまり、見つからなかったんだね…………」

 

 

 どうやら蘭は表情で察したようだ。

 アタシは何も言わず、二人の座るソファに腰掛ける。

 

 

 「おねーちゃん?」

 

 「なんで────逃げるんだよ」

 

 

 ひまりの考えがわからず、モヤモヤとした気持ちが押し寄せる。

 

 

 「きっと、ひまりもびっくりしたんだよ。巴も、追いかけ回したらダメだよ」

 

 「うっ……………それは、ごめん」

 

 「でも、会えたんだからいいんじゃないかな?また今度来ようよ!」

 

 「そうだな。つぎ、再戦(リベンジ)だ!」

 

 

 アタシはそう誓い、三人で部屋を出た。

 

 

 

 (それにしても、ひまり……………痩せすぎじゃなかったか……………?)

 

 

 さっきの光景を思い出す。

 あまりに唐突の出来事で何も言えなかったけど、ひまりにしてはおかしな点がいくつもあった。

 

 やつれた顔。

 目の下のクマ。

 そしてあの怯えるような目。

 

 『あれは本当にひまりだったのか?』と懐疑的になるほどだったのだ。

 葵のことで相当悩んでいるんだろう。

 

 ほんの少しでいい。

 

 

 ひまりの背負ったその "重り" を肩代わりしてやりたい。

 

 

 (次に会った時はみんなで、ひまりを元気づけるんだ)

 

 

 そう密かに心で誓った。




いかがだったでしょうか?

早く目覚めるといいですね。
ひまりの動向も気になるところ……………。

次回もどうぞお楽しみに


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第52曲 ひまりの現在

たくさんのお気に入り登録、感想ありがとうございます!

今回はひまりの今を語る物語になります。

山本イツキ史上初の第三者目線の話になります。


 真っ暗な夜空に打ち上がる花火。

 歓喜に沸く観客たち。

 そして、彼の笑顔。

 

 本当に幸せだったんだ。

 彼の手を握るとその温もりが伝わって、嬉しい気持ちが湧き上がるようだった。

 

 

 街灯の少ない暗がりの夜道。

 幼馴染に扮した偽者の怒り。

 必死に叫ぶ彼。

 

 とにかく怖かったんだ。

 逃げ惑うひまりは独り、自分の掌を握り必死になって走り助けを求めた。

 

 

 暗く静まり返ったあの場所。

 大樹にもたれ横たわる彼。

 血塗れの(かれ)

 血塗れの(あおい)

 

 ちまみれのかれ。

 

 

 チマミレノ──────。

 

 

 「………………………」

 

 

 「きゃああああああああ!!!!」

 

 

 ひまりはベットから飛び起きた。

 激しく息を切らし、体中から汗が吹き出し頭痛を引き起こす。

 ガンガンッ!と、まるで頭の内側からハンマーで叩かれるような衝撃が頭を揺らす。

 その痛みに耐えかね、彼女は両手で頭を押さえた。

 

 

 (痛い……………!苦しい……………!)

 

 

 異変に気づいたのか、ノックもなしに看護師さんが二人部屋に入ってきてわたしの健康状態をチェックする。

 慌てた顔で一人の看護師さんが先生を呼びにいき、もう一人がひまりに言葉を投げかけた。

 返答する間もなく、今度は心臓を鷲掴みにされたような痛みを受け、純白の布団に向かって派手に嘔吐する。

 片方の手は頭に、もう片方の手は心臓に手を当てる。

 そんなことをしたところでちっとも良くならない。

 

 必死に抑えるひまりの元にお医者さんは急いで駆けつけ、すぐに治療にあたる。

 わたしの背中を摩り、咳き込みながらも吐けるものを全て吐きだした。

 そして、水でうがいをしてから薬を飲まされ、横になる。

 虚の瞳で天を見上げると、そこにぼやけて映る光景は、まさに "無" 。

 何もない一面に広がる白い天井と壁。

 それはまるで、棺桶に入っているようだと錯覚させる。

 

 

 「……………だ。………………から………………ように」

 

 

 ひまりは微かに聞こえる耳を傾け、お医者さんたちの話を聞く。

 

 

 「深刻、ですね…………」

 

 「とりあえず、この薬を飲めば落ち着くはずだ。今後同じようなことが起きるやもしれない。くれぐれも注意して診てくれ」

 

 「はい…………どうして、こんな子供に、このような仕打ちを……………」

 

 「涙しても仕方ない。一刻も早くこの子から "病" を取り除くんだ!」

 

 「はいっ!」

 

 

 そっか─────みんな、わたしのためにがんばってくれてるんだ。

 

 なんでだろ?

 こんなにんげん、ほおっておけばいいのに。

 

 だってさ、たいせつなひとのそばにもいれずにげだしてかれをあんなめにあわせたんだよ?

 どうしてみんなは、わたしをたすけようとするのかな? 

 

 

 やめてよ───────。

 

 

 わたしなんかに、やさしくしないでよ────────。

 

 

 そう、心の中で独り嘆く。

 

 

 「もう……………いい、です………………」

 

 

 呟くように発したその一言。

 しかし、お医者さんたちが聞くには十分すぎるほどだったようだ。

 

 

 「諦めるんじゃない!!キミはまだ、生きなければならないんだ!被害にあった彼のためにも…………そして、キミの大切な家族、友達の為にもだ!!」

 

 

 医者は横たわるひまりの肩を力強く掴み、叫ぶように訴える。

 全て聴き終わる頃には、彼女は虚の瞳を開けたまま意識を失い夢の中へと消えていった。

 

 何度も甦るあの日の記憶。

 積りに積もるあの日の後悔。

 ぐったり横たわり血に染まる彼。

 血に怯えるひまり。

 

 こうして拷問の形をした悪夢をフラッシュバックし、彼女の精神を蝕んでいく。

 数週間もこの生活を味わうと、食事もまともに摂取できなくなってしまった。

 無理矢理にでも喉を通そうとすると嘔吐し、腹部に激痛が走る。

 終いにはまともに会話することもままならなくなり、彼女は生ける屍と化した。

 ベットを起き上がらせ、その背もたれに腰を預け、ただじっと下を見つめ続けるただの屍。

 目からはハイライトが消え、目に映るもの、耳にすること全てに関心を持てなくなってしまったのだ。

 

 

 もう、どうでもいい。

 

 

 自分の命も、人生も、どうにでもなってしまえばいいんだ。

 

 

 彼女の空っぽの心に残るのはそんな投げやりな言葉だけだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ひまりがいるのは、病棟の出入りが自由にできる "開放病棟" と呼ばれるところだ。

 他にも "閉鎖病棟" というものもあるが、彼女とは関係のないことなので説明は省く…………が、もし今後彼女が危険行動でも起こせば、『病棟を入れ替わる』なんてこともないわけじゃない。

 

 それほど、ひまりは今以上に危険な状態に陥る可能性があるということだ。

 

 しかし、今の彼女はと言うと、散歩と称して車椅子で外に連れ出させる事ぐらいしか動かず他はただ何もせずじっとしていることがほとんどだ。

 

 食事を取ることもない。

 お手洗いに行くこともない。

 口を開くことすらない。

 

 月日が流れていくにつれ、彼女はみるみる内に痩せ細っていき、熟睡できていないせいか、目の下のクマも濃くなる一方だ。

 必要最低限の栄養は全て点滴で補っているが、それに頼るばかりで一向に改善の余地は見られない。

 

 医師たちも全力で治療をしてはいるが、手詰まりになっていると言うのが現状だ。

 

 

 ─────コンコンッ。

 

 

 「ひまり〜。入るわよ〜」

 

 

 数回のノックと共にひまりと同じ桃色の髪をした女性が部屋に入る。

 彼女のお母さんだ。

 ひまりに対しにこやかな表情を見せると、部屋の窓を開け換気を行う。

 クーラーで涼まった部屋に流れる蒸し暑い風。

 ヒューッと吹くその風に彼女の長い髪を靡かせようとも表情が変わることは決してない。

 

 

 「それにしても、今日も暑いわね。クーラーの効いた部屋と行き来してたら風邪をひいちゃいそうだわ」

 

 「……………………」

 

 

 ひまりの母の笑い話にも反応を一切示さない。

 そこで彼女は思い切ったことを口にした。

 

 

 「今日ね─────蘭ちゃんが来るの」

 

 「…………………っ!?」

 

 

 これまで無表情を貫いていたひまりが、大きく目を見開いた。

 それに気づくことなく彼女の母は話を続ける。

 

 

 「あの子はいつも来る時は連絡をくれるの。蘭ちゃんだけじゃない。巴ちゃんも、つぐみちゃんも、モカちゃんもよ。みんなひまりのことが心配なのよね」

 

 「………………………」

 

 「あの子たちは口を揃えて言うわ。『()()()()()()()()()』って。ねぇ、ひまり。蘭ちゃんたちも、ひまりと話せなくてとても辛いのよ。だからお願い。今日だけでいいの。顔を見せるだけでもできないかしら?」

 

 「……………………ッ!!」

 

 

 ひまりの母がそう言い終わる頃には、彼女は何かに怯えるかのようにガタガタと震え出し、両腕を抑える。

 どうやら、まだその域に達するには早すぎたようだ。

 

 急変する彼女を、ひまりの母は宥めるように体を摩る。

 

 

 「ごめんなさい…………無理にとは言わないわ。ゆっくりでいい。私は、みんなは待ってるから。蘭ちゃんには私から伝えておくわね」

 

 

  数十分間、宥めたことでようやく落ち着きを取り戻し彼女は再び無に還る。

 幼馴染たちと会って話す。

 以前の彼女なら "()()()()()" にしていたことが出来なくなってしまっていたのだ。

 

 

 『葵くんをあんな目に合わせてしまったわたしに会う資格なんてない』

 

 

 誰が決めたでもないそんな縛りに彼女はずっと囚われている。

 彼女の心の闇が振り払われるのはいつになるのだろうか?

 

 

 

…………………………

 

 

……………

 

 

 

 世間の子供達が夏休みに入り、彼女はほんの少し変化を遂げた。

 しかし、それは決して明るく語れるものではない。

 

 それは幼馴染たちとの面会を一切拒絶したことだ。

 

 

 ひまりの家族も必死に模索し、何とかこの状況を打破しようと対策を講じてきた。だが、彼女は好転するどころか寧ろ苦しんですらいる。

 医師からは『今はそっとしておきゆっくりと時間をかけて治療していこう』と長期的な治療を提案され、家族もそれを呑んだ。

 しかし、決してひまりが悪いと言っているわけではない。

 皆も忘れているのではないだろうか?

 

 

 根本的な原因は、あの怨霊の仕業によるものだということを。

 

 

 だが、彼女は理解している。

 いくらそんな幻想を話したところで誰も信じてくれないだろう、と。

 今まで警察が何度も事情聴取に足を運んだが彼女はあの事件について言及したことは一度もない。

 思い出すだけで体中が震え出すほどの恐怖に襲われるのもあるが、何より彼女自身がわかってもらおうとすることを諦めている。

 それに、この世の理から逸脱した存在のアレをどう説明していいかもわからない。

 不幸の次に必ず幸運が訪れるとは限らない。

 

 悪循環は止まることを知らず、増水した川の水の如く押し寄せているのだ。

 

 

 そして、とある日の夜。

 病院内は明かりが落とされ皆が就寝に入っていた頃、ひまりはベッドからゆっくりと起き上がる。

 

 

 (…………………行かなきゃ)

 

 

 

 独りそう呟き、暗がりの廊下を歩いていく。

 人影は一切なく、誰かとすれ違うどころか話し声すら聞こえない。

 しんと静まり返った院内。

 それはまるで、今の彼女の "心" を映し出すような、冷たく、どこか哀しげに包まれたものだった。

 

 ひまりは止まることなく歩き続け、パッと明るい光が眩しい非常階段を一段一段踏みしめるように登る。

 エレベーターでは到達しえない、ある場所に──────。

 

 

 登り切った階段の先にある扉を開けると、そこには赤く聳え立つ鉄格子で囲われた広い空間があった。

 そこは、病院の屋上。

 鉄製の長椅子が数個あるのみで簡素的な作りになっている場所ではあるが、患者たちはあるものをみようとここへ来ることが多いという。

 ひまりもそれを見にここまでやってきたのだ。

 

 屋上の奥までゆっくりと歩み寄る。

 夏を迎えたばかりの外界は、夜といえど蒸し暑さが残り彼女の体からほんの少し汗が滲み出る。

 荒い息遣いを整えるように歩き、鉄格子の先が見えるところまでたどり着く。

 

 

 (………………………)

 

 

 彼女の虚の目に映るのは──────見事と言わずにはいられない美しい夜景だった。

 眩しいと感じないほどの光度でキラキラと輝く高層ビル。

 帰宅途中の車、疎らに散る人々。

 全てを一望できるこの景色に、人は必ず心を打たれるだろう。

 

 しかし、今の彼女にそのような感情が芽生えることはなかった。

 ひまりにとってこの景色はただそこに夜の街並みがあると感じるだけだ。

 

 虚無感とも言える感情が彼女の心に押し寄せる。

 

 

 (…………………何も、感じなくなっちゃったな……………)

 

 

 無表情で語るその心の言葉は静まり返った屋上に響くことはない。

 鉄格子からの夜景を見飽きたところで彼女は入り口へと振り返る。

 それと同時に、ポケットに入れていた携帯にあるネットニュースが載せられていた。

 

 それが、とある芸能人が死去したという内容だった。

 原因は不明。

 さっきまでごく普通に生きていたであろう有名人が死んだのだ。

 

 

 だが、このニュースを見ることで夜景を見ることで芽生えることのなかった彼女の心にある決心が宿る。

 

 

 (そうだ────もし葵くんがこの世からいなくなったら…………わたしも後を追おう。たくさんの思い出が詰まった、あの屋上(ばしょ)で─────)

 

 (思い出なんて、もういらない……………この悪夢から……………目覚めるんだ………………)

 

 

 独りよがりの決断かもしれない。

 

 あの怨霊と同じ、独善的な考えだと言われて当然だ。

 

 

 

 だが、それでいい。

 

 彼女がそう決めたのなら、咎めようがないんだ。

 

 

 だってそれが、彼女が現在(いま)を生きるための、唯一の縛りなのだから。




いかがだったでしょうか?

彼女はもがき苦しみ、とうとう闇に飲み込まれてしまいました。
決して楽になろうと考えてはいけません。
諦めるのは簡単でも、争うことをやめないでください。

幸せは必ず訪れます。


最後になりますが、評価、感想お待ちしています。


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第53曲 暗澹の棺

久々の更新です。

今回は同じく久々の登場、主人公くん目線の物語です。


 「ここは──────どこ?」

 

 

 気がついたらボクは真っ暗な空間にいた。

 あたりを見渡しても、暗黒の世界が広がるだけで他には何も映らない。

 

 ボクは確か………そう、偽モカに首を掻っ切られたはずだ。

 

 

 「……………………っ!!」

 

 

 そのことを思い出し、咄嗟に首に触れる。

 切られ…………てはないな。うん、ちゃんとくっついてる。

 よかった、と心の中で一安心する。

 

 

 「それにしても、何も見えないな。携帯は…………ポケットの中か」

 

 

 ボクはそう呟き、携帯のライトを辺り一面を照らす。

 明かりが灯る光景を目にした感想は "無" 。その一言だけだった。 

 周りに何も何もなければ、暑くもなく寒もなく、室内か屋外かすらわからない真っ白な空間がそこにはあったのだ。

 しんと静まり返る無の世界。

 

 そんな寂しい所にボクは独りポツンと立っている。

 

 

 「行かなきゃ」

 

 

 そんな衝動に駆られ、一歩、また一歩とゆっくり前進する。

 

 光を照らさなければ何も見えない暗がりの道。

 それはまるで、これからどうなるかわからずにいるボクの心の中を表すようだった。

 

 だけど今のボクには、この携帯のように道を照らしてくれるような人はそばにいない。

 ボクにとってそれは幼馴染たちである。

 その中で1番の光を放つのはもちろん彼女(ひまりちゃん)だ。

 持ち前の明るい性格でみんなを和ませてくれる彼女は、幼馴染たちにとって、そしてボクにとって非常に大切な存在。

 当たり前で無くなった今、独りぼっちはここまで寂しいものなんだと実感させられる。

 

 

 (どこを見ても同じ風景だ……………本当に、前に進んでいるのかな?)

 

 

 そんな懐疑的な気持ちまで湧いてきた。

 ネガティヴな思考が脳内を駆け巡り、決して離れようとはしない。

 無駄、無意味、無理、虚無。

 この空間と同じ無の感情が押し寄せる。

 

 

 「早くみんなに会いたいな」

 

 

 ボクは独りそう呟き、暗がりの道を突き進む。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 あれから、どれだけの時間歩いただろうか?

 いずれは壁に突き当たると思っていたけど、一向にその気配がない。

 それどころか、目にする光景に変化が訪れることも決してなくただただ殺風景な空間が広がっている。

 これ以上歩いても何も起きないと確信したボクは、その場で立ち止まり携帯の電池残量を見る。

 残り28%。

 これ以上使い続けたら電池がすぐに無くなるのは目に見えてるし、電波も受信していないから助けも呼べない。

 携帯がただの鉄の塊になる前に、何か打開策がないか考えようとしたその時だった。

 

 

 圏外と示す携帯に一件のメールが届く

 

 

 『東に200歩。南に256歩。西に63歩』

 

 

 方角と歩数が記された謎のメール。

 ハッキリ言って、何か良からぬことが起きようとしているのは間違い無いだろう。

 しかし、こんな無の空間にずっとはいられない。

 

 この状況を打破してくれるなら本望だ!

 

 そう考えたボクは携帯で方角を調べ、指示された方へ歩き歩数を数える。

 

 

 「61………62…………63」

 

 

 指定された歩数を歩きその場に立つと携帯の着信音が鳴った。

 発信者は不明。ボクはその電話を出る。

 

 

 『もしもし?』

 

 『───────葵くん?』

 

 『………………っ!?』

 

 

 ボクの名を呼ぶ声の主は、ひまりちゃんだった。

 随分と久しぶりに聴いたと錯覚するその声が聞けて嬉しくなり、高揚する。

 

 

 『ひまりちゃん!?ひまりちゃんなの!?』

 

 『うん。そうだよ。あの時は…………本当にごめんね』

 

 『謝るのはボクの方だよ。ひまりちゃんには辛い思いをさせたよね…………』

 

 『ううん。()が悪いよ…………。葵くんがあんな目に遭っていたのに、()…………何もできなかった…………』

 

 

 涙声で話すひまりちゃん。

 今きっと彼女はどこかで泣き崩れているはずだ。

 

 はやく──────。

 一刻も早く彼女に直接謝りたい。

 

 そんな衝動に駆られる。

 

 

 『今どこにいるの?すぐ近くにいなくてもいい。ボクは必ず、キミに会いに行くよ』

 

 『……………ホントに?』

 

 『ああ!もちろんさ!』

 

 『そっか、やっぱり葵くんは優しいんだね』

 

 『これが普通だよ』

 

 『だから、()は───────』

 

 

 「──────お前のことが、大嫌いなんだ」

 

 

 「………………えっ?」

 

 

 携帯からではない、突如耳元から発せられた言葉。

 それは電話と同じ声、ひまりちゃんから発せられたものだった。

 振り返る間もなく体中に大電流が走る。

 

 

 「な…………………んで………………」

 

 

 ドサッとその場に倒れ込み、ボクは無意識の世界で意識を手放した。

 ひまりちゃんは片手に持っていたスタンガンをポケットにしまい、ボクを抱え前に進む。

 

 

 「葵くん──────大っ嫌いだよ。世界中の誰よりも、ね?」

 

 

 彼女はそう呟き不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

***

 

 

 

 「う、うーーん……………」

 

 

 目を覚ますと先ほどの暗さとは違い、陽の光に照らされたような明るさが場を包んでいた。

 しかし、違うのは明るさだけではない。

 

 目に映る光景全てが一変した。

 

 

 まず、ボクはまるで磔のように手足を木の十字架に縛られ高さ五メートルほどの位置にいる。

 その高所からあたりを見渡すと、大量の黒い棺が無造作に置かれていた。

 

 

 墓場と言うにはあまりにも不気味な場所。

 大量の棺の中心には誰かもわからない顔写真が貼り付けられていると同時に、赤く染まった凶器の数々が添えられていた。

 その赤色の正体も容易に想像がつく。

 

 この棺全てに遺体があると考えるだけで気分が悪くなる。

 ボクもきっとこのまま彼らの仲間入りなんだろう。

 

 

 「あっ、ようやく目覚めたね。おはよう。気分はどうかな?」

 

 

 足場も何もない、宙に浮いた状態で隣にいたひまりちゃんはボクに問う。

 

 

 「最悪だよ。目覚めにこの光景は実に不快だね」

 

 「そうかな?みんな苦しみから解放されて、安らかに眠りについてるんだよ?何が不快なのか私にはわからないなあ」

 

 「……………あのさ」

 

 「なに?」

 

 「いい加減その姿でいられると、ボクも怒るよ」

 

 「えっ!?私を疑っているの!?」

 

 「ボクをからかっているつもりなら、本当に不愉快だ。つぐみちゃん、モカちゃんときて、次はひまりちゃんか…………キミは本当に悪趣味だね」

 

 「…………なんだ、つまんないの」

 

 

 不満気に頬を膨らますと、ひまりちゃんの全身が真っ黒な霧に包まれた。

 数秒も経つと白いワンピースを着た長い黒髪の女性が姿を表す。

 メガネをかけてはいるが決して目つきは鋭く無く、背丈はボクより少し低いぐらいに位置し、ボクと目が合うや否や小さく笑う。

 

 

 「それが、キミの正体なの?」

 

 「その通り。初めまして、と言うべきか?」

 

 

 これまでとは違い、正真正銘の女性特有の声だったがどこか口調は男勝りだ。

 

 

 「そうだね。よかったらキミの名前を教えてくれないかな?」

 

 「名前?今の私にそんなものはない。それに、生前の名前も教える気もさらさらないぞ」

 

 「ずっと、キミ呼ばわりするのも失礼だと思ったんだけどそう感じてくれていないなら結構だよ」

 

 「ああ。私もお前を名前で呼ぶことは決してない。お前はお前で十分だ」

 

 

 仲良くなる気はない。

 そう否定するように話す彼女は膝を立てるように着座する。

 

 

 「単刀直入に言おう。お前は今は死んでいない」

 

 「『そしてここは私が作り出した世界だ』とでも言うのかな?」

 

 「話が早くて助かる。この世界から脱出しない限り、お前が現世で目覚めることは絶対にない。どれほど治療をしてもな」

 

 「そっか。キミこそ話がわかりやすくて助かるよ。つまりは、この磔の状態からどうにかして抜け出してこの世界から目覚めろと?随分と無理難題を言ってくれるね」

 

 「クスクス。お前がこの下の奴らと同じ運命を辿るのも時間の問題だと言うことだ」

 

 

 この状況はいわば、ゲームで言うところの超ハードモード。

 目の前のラスボスを倒さない限り先には進めないってところかな?

 もちろん彼女を倒す手段すらなければ、身動き一つ取れやしない。

 ハッキリ言って絶望的な状況だ。

 脱出するヒントもない。

 触れることすらできない目の前の女性。

 動かせない両手両足。

 

 さて、どうしたものか…………。

 

 

 「キミはそう言うけど、()()()()()()()()()()()()()()()何か訳があるのかな?」

 

 「………………」

 

 

 ずっと饒舌だった彼女は途端口を閉ざす。

 肯定したと受け取っていいだろう。

 

 

 「何か理由があるのかな?キミ自身の趣味か、ボクを殺したらデメリットがあるのか─────ううん、考えたところで正解するなんてことはない。とりあえず、ボクが今すぐあの世に行くことはなさそうだ」

 

 「…………おしゃべりがすぎるな」

 

 

 彼女の声に怒りが籠る。

 

 

 「ボクって結構おしゃべりなんだよ?幼馴染たちの前では自己主張がないって姉「らん」にはよく言われるんだけどね」

 

 「そんなことはどうでもいい。お前の推察を今ここで否定してやってもいいんだぞ?」

 

 

 彼女はそう言うと立ち上がり、手に黒い霧を集めあの時に首を掻っ切った黒鎌を手に取るとボクの首にあてがった。

 黒鎌を握る手に力が入り小刻みに動く。

 彼女の真っ直ぐとこちらを見る目線が合うと、ボクは大胆に笑ってみせた。

 

 静かすぎる空間にボクの笑い声が響き渡る。

 

 

 「何がおかしい!?」

 

 

 この状況を理解できず焦りの色を見せる彼女。

 

 

 「いやあ、随分と必死になっているようだからおかしく思えてね。もっと肩の力を抜きなよ。そんなんじゃあ、ボクの首を飛ばすことはできないよ?」

 

 「貴様……………!今お前が置かれてるこの最悪の状況がわからないのか!?」

 

 「もちろんわかってるさ。だけど、死ぬのが怖くないと言ったら嘘になる。ボクだって生きたいさ。もっと長く、あの幼馴染たちとね」

 

 「ならなぜ──────」

 

 「ボクは、一度死んだんだ」

 

 

 彼女の言葉に被せるようにボクの言葉を乗せる。

 一つ呼吸を置き、再び話を続ける。

 

 

 「首を斬られ、血飛沫をあげ、みるも無惨に、ね。だけど、あの時死んだのはボクであってボクじゃない。あの時キミが殺したのは、心が弱くて欲もない、みんなの顔色を伺ってばかりの "弱者の(ボク)" 。そして今ここにいるのはこれまでの経験で成長した "新しい(ボク)" 。キミの脅しにも屈しない、強い精神力を持った美竹 葵だよ」

 

 「くっ……………!」

 

 

 何か気に入らないのか、彼女は歯軋りしながらボクを睨む。

 黒鎌を持つ手にさらに力が加わり小刻みな振動がより大きくなる。

 数秒と経ち、彼女は力み声を上げると手に持っていた黒鎌が消え去り再び着座する。

 

 

 「……………私が言うのもなんだが、お前、本当に肝が据わってやがる」

 

 「以前のボクならこうはならなかったさ」

 

 「今ここで殺すのはヤメだ。ここで痩せこけ、無様に枯れ落ちていく様を見届けてやろう」

 

 「別に構わないよ。その代わり、ボクの提案に乗ってくれるかな?」

 

 「なんだ。言ってみろ」

 

 「──────ボクの話し相手になってくれないかな?」

 

 「はぁ?」

 

 「どんな話でもいいんだ。ボクが一方的に話すのはつまらないから、キミのことも教えてほしい。生前の記憶、経験、ここにきてからの話も、全てね」

 

 「まあいいだろう。その口が達者なうちはな」

 

 「それじゃあ、早速始めようか。まずは─────」

 

 

 ()また人と()られた人。

 歪な関係であるボクたちは、その関係通りの対面で会話を行う。




いかがだったでしょうか?

今後、彼が目覚めることに期待ですね。
みんなが待っている!


最後になりますが、感想、評価お待ちしています。


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第54曲 つぐみの秋

 長い長い夏休み。

 活気溢れる体育祭に文化祭。

 

 いろんな行事が始まっては終わり、そして新しい行事の準備に取り掛かる。

 それは季節にも言えること。

 あれほど暑かった夏が過ぎ去り、紅葉が並木道を綺麗に彩る秋が訪れた。

 

 クリーム色のベストからグレーのブレザーへ衣替え。

 久々に袖を通す制服に懐かしさを感じつつも私の仕事が決して減ることはない。

 今日も日菜先輩から無理難題が呈される。

 

 

 「つぐちゃ〜ん!」

 

 「は、はい!」

 

 

 手を大きく上げ柔かに呼ぶ生徒会長。

 学園の生徒代表とも言える日菜さんは突拍子もない提案をすることが多く、いつもまとめているのが私を含めた生徒会メンバーだ。

 だけど、それが決して嫌だと思ったことは一度たりともない。

 だって、日菜さんの案のおかげで学園全体が生き生きとしてるし行事だってみんな心の底から楽しそうにしているからだ。

 

 日菜さん自身退屈なことが嫌いな人。

 だからこそ、行事ごとにはこういった人が適任なんだと心底実感させられる。

 

 

 そして今日。

 どんな考えを持って何を話すのかドキドキである。

 

 

 「な、何かあったんですか?」

 

 

 私がそう問いかけると、日菜さんは満面の笑顔でこう告げた。

 

 

 「今日の仕事は何もないし、帰っていいよ〜!」

 

 「……………えっ?」

 

 

 日菜さんの言ってる言葉の意味が分からず困惑する。

 

 

 「あの、今なんて?」

 

 「だーかーら!2学期の大まかな仕事は終わったから、何もない今日は早く帰っていいよーってこと!」

 

 「えっ!?そ、そんなはずは……………」

 

 

 私は胸ポケットに入っている予定表を見る。

 いつもなら委員会議や資料作成で生徒会室(ここ)に居ることが殆どなのに、全ての行事が終わった今、予定表にはポツリポツリと予定が入っているだけでほとんどが空欄だったのだ。

 つい、いつもの癖で来てしまったけど本当に何もやることがないみたいだ。

 

 

 「ねぇ?何もなかったでしょ?」

 

 「そ、そうですね」

 

 

 わかりきっていた、と言わんばかりに笑みを浮かべる日菜先輩。

 

 

 「なんで日菜先輩はここにいたんですか?」

 

 「えっ?特に意味はないよ?」

 

 「えっ!?」

 

 「そんなことより、つぐちゃんは今日予定ないの?」

 

 「予定、ですか…………」

 

 

 今日の予定に目を通す。

 表記は空欄だけど、生徒会の仕事帰りに葵くんのお見舞いに行こうと考えていた。

 みんなも誘ってみたけど、それぞれが用事があって来れないから私一人で行こうとしていたのだ。

 

 

 「今日は、その…………葵くんのお見舞いに」

 

 「あー。彼、まだ病院にいるんだね」

 

 「はい……………」

 

 「なら、早く行ってあげなよ!鍵はあたしが閉めとくからさ!」

 

 「ありがとうございます!すみませんが後のことはお願いします!」

 

 「はーい!」

 

 

 私は日菜さんに頭を下げて生徒会室を後にする。

 

 

 

***

 

 

 

 一人で向かう病院までの道。

 秋風がヒューッと吹き、落ちた紅葉たちが舞い上がりまた落ちる。

 季節が冬に向かおうとしようが賑やかな街の様子は決して変わることはない。

 高らかな笑い声を上げそばを通る賑やかな学生たちを見て私は羨ましく思ってしまった。

 

 私だって、本当は──────。

 

 

 口に出そうとした瞬間、その言葉を心の中で押し殺す。

 ダメだ。こんなこと、絶対に言ってはいけない。

 またあの頃のように戻りたいとは誰だって思ってる。

 私だけが辛いんじゃない。

  

 みんな平等なんだ。

 

 

 「はあ、葵くんに合わせる顔がないなぁ…………」

 

 

 誰かといればこんな弱きになることなんてないけど、一人きりはやはり暗く沈んでしまう。

 まるで、私がこの世で一番辛いんだと言わんばかりに。

 

 今更ながら、後悔に溢れている。

 

 

 「今からでも遅くない、かな?」

 

 

 私はそう呟き、蘭ちゃんに電話をかける。

 ……………やっぱり出ない。

 続いて巴ちゃん、モカちゃんにもかけてみるけど全員出ることはなかった。

 

 淡い期待を抱いていたけど、やはり無駄だったようだ。

 

 

 (今日を逃したらまたしばらくいけなくなるんだ。暗い顔をしてちゃダメ!平常心、平常心!)

 

 

 そう心に言い聞かせ病院へ向かう足取りを早める。

 

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 病院に入り一通りの手続きを済ませると、私は一目散に葵くんの元へ駆け寄る。

 機械音が鳴るだけの静かな空間。

 まるで眠っているかのように、ベットへ横たわる葵くんの姿を見て自然と涙が零れ落ちた。

 

 何度も見ている光景。

 幾度と流した涙。

 

 それらが「慣れ」になることは決してない。

 いつ来ても同じような気持ちになってしまう。

 

 

 「葵くん……………」

 

 

 誰もいない廊下に私の声が響く。

 もちろんその言葉に、葵くんが反応を示すことはない。

 

 

 「私……………私ね……………」

 

 

 ゆっくりと涙声で語りかける。

 

 

 「蘭ちゃんと葵くん(ふたり)の関係が──────羨ましかったんだ。いいところも悪いところもお互い知ってるし、喧嘩したり、一緒に笑いあったり…………ずっと側に居られるような、そんな関係が羨ましくて仕方なかったんだ」

 

 

 私は一呼吸おき、再び口を開く。

 

 

 「葵くんは誰にでも優しくて、真面目で、時に天然で…………蘭ちゃんも姉としてすごく誇らしいんだと思うよ。知ってるかな?葵くんがいないところで、蘭ちゃんがよく葵くんの話をしているところを。知らないよね…………。いつも笑顔で、葵くんのことを褒めてるんだよ。何もない日にプレゼントを貰ったとか、二人で買い物に行ったとか…………。すごく微笑ましいと思う反面、妬ましいとも感じてたんだ」

 

 「だって────ズルいよ。私だって、葵くんのことをたくさん知りたいし呼び捨てで呼ばれたい。もっと仲良くなりたい。別に恋人になりたいとは思わないよ。好きになってほしいとも思わない。ただ私は………あなたにとって、愚痴をこぼせたり、他愛もないことで喧嘩したり、他の誰とも違うそんな友達になりたかったんだよ」

 

 

 蘭ちゃんは私たちとは違い血で繋がれた確かな関係。

 それは、幼馴染という立場では到底及ぶことのない深い関わりだ。

 

 何人たりとも立ち入ることのできない領域。

 

 

 私が憧れたのはそれだ。

 

 

 葵くんは優しすぎるあまり、誰と接するにしても遠慮気味になってしまうことが殆どでそこが彼のいいところでもある。

 けど、それ以上でもそれ以下でもない。

 あくまで "友達" としてだけの関わりだ。

 

 けど、蘭ちゃん違う。

 誰にも見せたことのない葵くんの姿を唯一知っている。

 

 常に笑顔の彼の本当の姿。

 彼女であるひまりちゃんだって知らないことを、蘭ちゃんは知っているんだろう。

 

 

 いいなあ。

 

 

 いいなあ。

 

 

 羨ましさが心の底から溢れ出る。

 

 

 「葵くんともっと話がしたい。もっともっとキミのことを知りたい。だからはやく…………帰ってきてよ…………」

 

 

 そうして、私の目から大量の涙が零れ落ちる。

 独り泣いていると、私の声が響く廊下に別の音が重なる。

 誰かがこちらへ歩み寄る音。

 潤む視界を拭い目を向けると、制服姿の幼馴染がそこにいた。

 

 

 「つぐみ?」

 

 「ら、蘭ちゃん!?」

 

 

 唐突に現れたその姿に驚き声をあげる。

 

 

 「な、んで…………!?」

 

 「いや、時間ができたからお見舞いにきただけなんだけど」

 

 「そっか、そうだよね。だって、お姉ちゃんだもんね」

 

 「そうだけど……………あっ、そういえば、電話もらってたみたいだったけどどうしたの?」

 

 「それが…………」

 

 

 私が事細かに話すと、蘭ちゃんは親身になって聞いてくれた。

 

 

 「そっか、なんかごめんね」

 

 「ううん。私の方こそ、無理言っちゃって…………蘭ちゃんはどこに行ってたの?」

 

 「あたしは─────ひまりの家だよ」

 

 「ひまり、ちゃんの?」

 

 

 もう半年近く会ってない幼馴染の名前。

 その名を聞いて胸が締め付けられるような痛みが体を襲う。

 

 

 「その理由を、聞いてもいいかな?」

 

 

 真剣な顔でそう問いかけると、蘭ちゃんは私から視線を外し葵くんの方を見ながらゆっくりと答える。

 

 

 「葵に─────伝えたかったんだ。今のひまりのことを」

 

 「葵くんに?」

 

 「うん。看護師さんとかひまりの両親に話を聞くだけで、今ひまりがどんな気持ちでどんな心境なのかあたしは知らない。だから、一刻も早く本人に会って話したいんだけど…………」

 

 

 蘭ちゃんの握る拳に力が入る。

 言わずとも、どうだったかなんてすぐに理解した。

 

 

 「すごく近くにいるはずなのに、すごく遠くにいるみたい」

 

 

 蘭ちゃんはそう呟き、葵くんのいる部屋の間にあるガラスにそっと手を添える。

 

 

 「残り1メートル。いや、それ以上でも、それ以下でもあるかもしれない。あたしにとってそれが途方もない距離に感じるなんて…………とても信じられない」

 

 

 ポツリポツリと話す蘭ちゃんの目から涙がこぼれ落ちる。

 

 いつもそばにいた。

 共に時を過ごしていた。

 そんな存在がこのガラスという壁に阻まれ、葵くんが遥か彼方にいるような感覚になる。

 

 ひまりちゃんもまた同様。

 いつも私たちを支えてくれた。  

 共に笑い合った。

 そんな彼女は今や、私たちの目の前に現れることなく独りだけの空間にいる。

 

 

 はやく、あの頃の日常を──────。

 

 

 そう願ったところで二人が帰ってくることは決してない。

 けど、今の私にはそんなことしかできない。

 

 二人の手助けになれない無力な私。

 

 

 これほど自分自身をダメだと思ったことはないだろう。

 隣で泣いている蘭ちゃんにどう声をかけたらいいかも今の私にはわからない。

 だって、蘭ちゃんは私以上に辛い思いをしているんだから。

 

 

 「蘭ちゃん…………泣かないで……………」

 

 

 私は涙ながらそう声をかける。

 背中をさする手は力無く、全くもって説得力がない。

 私たちの他には誰もいない静かな空間。

 

 流れる涙が枯れるまで、私たちは泣き続ける。

 

 どれほど目が腫れたっていい。

 弱気な姿を晒してもいい。

 

 

 今度来る時に、それ以上の笑顔を見せることができればそれでいいんだと、彼はそう優しくいうに決まっているのだから。

 

 



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第55曲 モカの夢

お久しぶりです。山本イツキです。
 
お気に入り登録、評価本当にありがとうございます。


今回は少しグロ要素があるので苦手な方は閲覧しないようよろしくお願いします。


 空を飛ぶフランスパン。

 止めどなく溢れるマーガリンの滝。

 足を踏みしめると押し返してくるような弾力の食パン。

 

 ここはモカちゃんワールド。

 

 モカちゃんのモカちゃんによるモカちゃんの為の世界。

 もちろんこんなところは現実世界のどこにも存在しない。

 そう、ここは夢の中。

 

 モカちゃんの創造により誕生した、1ヶ月に数回しか見ることのできない理想郷である。

 

 

 「さてさて〜、今日は何を食べようかな〜?」

 

 

 あたしの周りを彷徨くふわふわ生地のパンたち。

 その中からキラキラと煌めくメロンパンを手に取り思いきい頬張る。

  

 

 モグモグ。

 

 

 「う〜〜ん、デリーシャ〜ス♪」

 

 

 外はさっくり中はふんわりとしたカリカリもふもふのパン生地に濃厚なバターの香り。

 甘美な味わいがいく層にも重なったこの至高の一品に舌鼓をうつ。

 一つ、また一つ手に取り全てをぺろりとたいらげる。

 

 

 「ふぃ〜、ごちそうさま〜♪」

 

 

 満足そうに手を合わせ、新たなパン探しのために足を進める。

 なんたってここは現実ではない。

 まるで胃袋がブラックホールの如く上限の無いモカちゃんの食欲。

 いくら食べようがゴロゴロと寝ていようが 、夢だから"太る" なんてことは決してあり得ないから、それが続く限りはいくら食べても構わないのだ。

 

 是非ひーちゃんにも─────

 

 

 「あ〜っ……………」

 

 

 その名前を告げようとした瞬間、思わず口を閉ざす。

 いつもならこの揶揄い言葉に頬を膨らませて怒る幼馴染だけど、もうその光景を随分と見ていない。

 それどころか、Afterglow(あたしたち)全員で集まることすらままならない状況にある。

 どこかみんなよそよそしく感じるからかな。

 あたしと誰かの二人きりでお見舞いに来ることはあるけど、3人以上で行く事は決してない。

 全員の予定がピッタリ合わないというのもあるけど、それ以上に、誰かが欠けた状態で集まっても()()()()()()()()()()()()ことが大きい。

 それはあたしだけが考えてることだろうけど、やっぱり全員がいてこそのAfterglowだと思うし、これからもそうでありたい。

 

 モカちゃんって、ワガママな子。

 悪くいえば我が強いのかな?

 

 難しい事はよくわからないけど、譲れないものがあたしにもあると言う事だ。

 

 

 「独りぼっちって、寂しいんだね」

 

 

 あたしだけの世界にその呟きはスッと消える。

 

 

 「そんなことはない」

 

 「……………!?」

 

 

 誰もいないはずの場所に突如女の人の声が響く。

 前後左右、あたりを見渡してもその声の主は姿は見えない。

 困惑するあたしに姿を見せない声の主はクスクスと笑い言葉を続ける。

 

 

 「まだ確認していない方向があるだろう?」

 

 

 まさか、という思いを抱え上空を見上げる。

 そこには白いスカートをひらひらと靡かせたおねーさんがあたしを見下ろしながら手を振る。

 

 

 「はじめまして、と言うべきか?青葉 モカ」

 

 

 全く身に覚えのないおねーさんはどこか親しげに話す。

 

 

 「……………だーれ?」

 

 「()()姿()を見ただけでは当然の反応か。私は、お前たちが "偽つぐ" と名付けた霊の本当の姿だ」

 

 「ヘェ、結構美人さんなんですね」

 

 「おいおい、褒めたところで何も出ないぞ?」

 

 「だいじょーぶ!何も出なくても、あたしのそばにはパンたちがいるのでー」

 

 「お前も物好きだな」

 

 「美味しいですよー?おひとつどうですかー?」

 

 

 あたしはそう言いクリームパンを差し出す。

 

 

 「私はいい。甘いものはどうも好かん」

 

 

 どこか口調が男っぽいそのおねーさんとはどうやら好みが合わないらしい。

 ならどうしてモカちゃんワールドにいるのかな?

 

 

 「それで、おねーさんはあたしに何の用ですかー?」

 

 「用、用か……………」

 

 

 おねーさんは顎に指を置き考えるそぶりをみせる。

 

 

 「単純にお前と話がしたい」

 

 「話?別にいいですよ〜」

 

 「立ち話もなんだ、用意しよう」

 

 

 おねーさんはそう言い指をパチンっ!と鳴らすと、真っ白のガーデンテーブルとチェアが出てきた。

 これは─────魔法というやつなのかな?

 それとも特殊能力?

 まるで漫画に出てきそうなシーンを再現してかっこいいー!と心の中で大はしゃぎする。

 

 

 「紅茶も注いである。まあ、座るといい」

 

 「ありがとうございまーす」

 

 

 おねーさんの言葉通り、あたしはチェアに腰掛ける。

 

 

 「話ってなんですか〜?」

 

 「そうだな……………"私とお前の共通の話題" とだけ言おうか」

 

 「初対面の人と共通の話なんてないと思うけどな〜」

 

 「遠回しに言うのも良くないな。なら、ハッキリ言おう。美竹 葵についてだ」

 

 「……………!」

 

 

 あーくんの名前が出てあたしは目を大きく見開いた。

 今は昏睡状態の幼馴染。

 おねーさんが彼の何を知ってるかわからないけど、語り合うような思い出がこの人にあるのかな?

 

 

 「おねーさんはあーくんのお知り合いですかー?」

 

 「知り合いも何も、初めて会ったのはあの日………夜の体育館だった。おまえもあの場にいただろ」

 

 「ん〜、正直に言うとあの日の記憶ってあんまりないんですよねぇ。それに、あの日から全然時間は経ってないし、思い出なんてないじゃないですか〜」

 

 「そんなことはない。私はずっとみていたぞ。お前たちのことを」

 

 「ヘェ…………」

 

 

 随分気味の悪いことを言う。

 この人は言わばこの世に存在してはいけない、成仏されていない幽霊だ。

 微笑ましく覗いているどこぞのアニメキャラとは違い明らかに憎しみに似た感情を持ってあたしたちを見ていたんだと思う。

 とてもじゃないけど笑って聞き流せる話ではない。

 

 

 「高校の入学から今日の日までずっと、な。とても仲の良いグループだと思ったよ。友達なんていなかった私が思わず嫉妬してしまいそうなぐらいだ」

 

 「それはどーも」

 

 「だからこそ、あの2人が付き合い始めてからは実に滑稽だったよ。平行線だった関係性が突如波打ったんだからなぁ」

 

 「別におねーさんにカンケーなくないですか?」

 

 「確かにその通りだ。だが、崩れゆく人間関係を見るのは大好きでな。仲違い、対立、いがみ合い……………いやあ、どの言葉も響きが良い」

 

 「あのー、モカちゃんたちはそんな風になってないんですけど」

 

 「……………だからこそだよ」

 

 「えっ?」

 

 「何故貴様らの関係性は悪くならない!?まして貴様らには双子の姉弟がいる!普通ギクシャクするものだろう!?なのに2人をまるで応援するかのように他の奴らは…………………!!はぁ、ほんっとうに虫唾が走る」

 

 

 独りよがりに怒るおねーさんに多少驚きつつも、あたしはクリームパンを一口齧る。

 

 

 (何言ってるんだろ、この人)

 

 

 クリームの糖分が脳にたどりつき、活性化する頭の中でよーく考える。

 議題は『この人は何が目的か』ということだ。

 ここはモカちゃんの夢である以上、モカちゃんの都合で物事が進んでいくはずなのに、異物────おねーさんが現れた。

 この人がただ愚痴を言う為だけにあたしの前に姿を現すわけがない。

 パンの消滅?

 いや、そんなくだらないことじゃない。それが目的であればあたしなんかよりパン屋の定員さんの前にでも化けて出ているはず。

 この夢の中での可能性を考えると…………パンを除けば一つしかない。

 

 

 (モカちゃん、大ピンチかも)

 

 

 だとすれば一大事だ。

 今すぐにでも夢から覚めて逃げたいところだけど、そんな方法はどこにもない。

 それに逃げたところでまたこの人は現れる。

 逃げの一手は封じられた。

 

 ならばどうするか?

 おねーさんに感づかれないように話を進めるしかないだろう。

 

 

 「少し落ち着いたらどうですかー?」

 

 「……………そ、そうだな。私としたことがつい熱くなってしまった」

 

 

 おねーさんはそう言い自分で淹れた紅茶を口に含む。

 そして、心を落ち着かせるようにふぅっと、ひと息つきついた。

 

 

 「お前たちを見ていた、と話していたな」

 

 「そーですね」

 

 「もちろんあの2人だけを見ていたわけじゃないぞ。全員隈なく観察していた。その中でも特に面白いと感じたのが青葉 モカ、お前だ」

 

 「あたしが面白いんですか〜?」

 

 「ポーカーフェイスを装ってはいるが、(なか)における感情の変化は実に顕著だからだ」

 

 「………………ヘェ…………………」

 

 「特に、美竹 葵と関わっている時の変化がすごくてなぁ。……………あっ、そういえばお前はよく美竹 葵にちょっかいをかけていたよな?」  

 

 「ええ、まあ」

 

 「その理由は自分でわかってるのか?」

 

 

 まるであたしを揶揄うように話すおねーさん。

 しかも、全て知っているかのような口ぶりだ。

 

 

 「ダンマリか?なら、私の口で言ってやろう。お前も奴のことが好きだったからだ」

 

 「………………ッ!」

 

 「好きだからあの男にちょっかいをかけた」

 

 

 違う。

 

 

 「好きだから上原 ひまりのことが許せなかった」

 

 

 …………違う。

 

 

 「好きだから、あの2人の関係が羨ましかった!」

 

 

 ───────違う!

 

 

 「そして何より、奴より先に告白ができなかった自分のことが嫌いだった。違うか?」

 

 

 違う!!!

 

 

 「黙り込む必要はない。私は、お前のことをなんでも知っている。殺してしまいたいほど2人のことを憎んでいたんだろう?だから、私が代わりに「やってやったんだよ」!!」

 

 

 ───────えっ?

 

 いま、なんて………………?

 

 

 「おねーさん」

 

 「なんだ?」

 

 「さっきのことば。もう一回言って」

 

 「黙り込む────」

 

 「そこじゃない。最後」

 

 「最後?私が代わりにやってやったってところか?」

 

 

 やった?あーくんを?

 ということは、あーくんとひーちゃんを襲った犯人って…………。

 

 

 「おねーさん。一つ聞いても良いですかあ」

 

 「ああ。構わないぞ」

 

 「あーくんとひーちゃんをあんな風にした原因って……………おねーさんなの?」

 

 

 あたしの真剣な眼差しを向けた質問に、この人は釣り合わないニタァっとした笑みを浮かべ応える。

 

 

 「ああ。その通りだ」

 

 「………………………!!」

 

 「気に入らなかった。だから襲った。花火大会の日、2人はデートの真っ最中だったんだろう。お前の姿で現れたらさぞ驚いていたぞ。上原 ひまりには逃げられたが、美竹 葵の首を掻っ切った瞬間はもう最高だったなぁ!血が派手に吹き出してな、最後は奴が涙を流しながら…………」

 

 「もう、喋らないで」

 

 「あぁ?」

 

 

 事件の真相は分かった。

 もうこれ以上、この人と話すことは何もない。

 

 

 「お前が何を考えてるかは知らんが、提案だ。私と手を組まないか」

 

 「なんで?」

 

 「お前は私の良き理解者になってくれると踏んだからだ。共に幸せに思う人間を妬む同士な。ああ、そういえば、上原 ひまりは私のことを警察や親に話さなかったらしいな。全く、馬鹿な女だ。いや、それ以前に私と言う存在を証明する方が難しいか。はっはっは!!」

 

 

 顎を上げ高らかに笑うおねーさんを見て、あたしの堪忍袋の尾がぷつんと切れた。

 

 

 (もう、許さない)

 

 

 ここは夢の中。

 それも、モカちゃんとこの人の2人だけしかいない空間だ。

 ここで何が起きようが他人に知られることは決してない。

 

 そう、ここは夢の中。

 現実ではあり得ないことがあり得るこの世界では、自由。

 だから、頭の中で想像したものが突如出てきてそれを扱うことも容易いということだ。

 モカちゃんが頭に描いたもの─────それは、乾燥してガチガチに固まったフランスパン。

 おねーさんがやった要領で指をパチンっと鳴らし、それを出す。

 

 ……………うん、良い硬さだね。

 

 あたしは音を立てずスッと立ち上がり、無警戒なおねーさんの前頭部目掛けて思い切り振り下ろした。

 ゴンッ!と鈍い音が二人だけの空間に響き渡る。

 

 

 「がはっ!」

 

 

 テーブルにあったティーカップがおねーさんと共に倒れ派手に割れていく。

 肝心の彼女はと言うと、両手で頭を押さえ大量の血を流していた。

 あたしはその光景を見下ろしながら眺める。

 

 

 「キッ……………キサマ………………っ!!!」

 

 

 "憤怒" という言葉を体現するような顔つきであたしを睨むおねーさん。

 そんな彼女にあたしは冷たく問いかける。

 

 

 「あーくんも、こんな風になったんだよね?こんなにいっぱい血を流して……………辛かったんだろうね。ねえ、おねーさん。今、どんな気持ち?」

 

 

 あたしはもう一度、彼女の血がこびりついたフランスパンを頭目掛けて力一杯振り下ろした。

 今度は手に当たって肌の色が変色し、また、彼女の吐血でパンが血で赤く染まる。

 

 

 「私を、殺したところで………………どうにも………………ならないぞ……………!?」

 

 

 漫画でありがちの捨て台詞。

 

 

 「ヘェ。そっか」

 

 

 あたしの問いかけに答えないおねーさんに三度パンで殴打する。

 そこからは同じことの繰り返しだった。

 無感情にパンを振りかぶり、下ろす。

 どれだけ苦しもうが血溜まりができようが、あたしは変わらずパンを振るう。

 辺り一面に血が飛び散り、頭は真っ二つに割れ頭蓋骨も崩壊寸前。

 痛みで抑えられなくなった両手に至っては、常人の3倍は膨らんでいるほどだ。

 モザイクがかかるほどのグロテスクな光景。

 現実世界なら大ニュースになるほどの暴力行為だ。

 

 フランスパンが血で真っ赤に染まり切ったところであたしは殴るのを止める。

 おねーさんが、ピクリとも動かなくなったからだ。

 

 

 「はぁ………はぁ……………ふぅ」

 

 

 一呼吸おき、荒い息遣いを整える。

 

 

 「痛かった?苦しかった?それとも、気持ちよかった?……………いずれにせよ、あーくんの辛い気持ちを理解できたなら、それでいいんだよ」

 

 

 あたしがそう言い切ったところで、血塗れのおねーさんは突如として消え去った。

 それはまるで、モカちゃんの問いかけから逃げるような。そんな気がした。

 あたしも赤いフランスパンを指で鳴らし無かったことにする。

 

 

 さっきまでとは違う静かな空間。

 あたしはその場に座り天を仰ぐ。

 

 

 「あーくん、ひーちゃん。悪霊はやっつけたよ。だから──────早く、戻ってきてね」

 

 

 心の底から思うその言葉。

 幼馴染たちの帰還をあたしは待つ。




モカちゃん怖い、とにかく怖い。



でも、悪霊退散はスッキリ。



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第56曲 蘭とモカの冬

投稿し始めてもうすぐで3年……………

少しは執筆が上手くなってると良いなぁ


 あれからどれだけの時間が経ったんだろう。

 もう何度も季節が移り変わったけれど、あたしたちの関係は変わらずにいる。

 それは…………葵とひまりの現状も同じこと。

 いくら時が過ぎようとも、あたしたちの時間はあの日から止まったまま。

 それはまるで童謡の『大きな古時計』のように、17年続いた “時計" が今はもう動かない。

 

 

 (いつも通りの日常は、いつになったら戻ってくるのかな……………)

 

 

 早く元通りになってほしい。

 そう願っているけれど、あたしにできることは限られている。

 そして今、そのやれることをしに行くのだ。

 

 

 「蘭〜、病院には甘くてあったかくなれる飲み物とかないのー?」

 

 「自動販売機にカフェオレか紅茶があったはず」

 

 「わーい♪」

 

 

 モカは笑みを浮かべ喜ぶ。

 

 

 「中も暖かいから冷たいのでもいいかもね」

 

 「いやいや〜。どこであろうと、冬はあったかい飲み物が1番でしょ〜」

 

 「まあどっちでもいいけど」

 

 「もー、蘭は適当だなあ」

 

 「それ、モカにだけは言われたくない」

 

 「えへへ〜」

 

 

 そうたわいもない話をしていると、葵のいる病室の前に着く。

 相も変わらず静かな空間。

 葵のいる部屋とあたしたちのいる廊下の間にある分厚いガラスにそっと手を当て、今日あった出来事を弟に話す。

 

 

 「葵、今日も寒かったよ。もう0℃近くになったのかな?マフラーと手袋が欠かせないんだ。そういえば、体育のバスケで巴がダンクシュートしたの。運動神経がいいのは知ってたけど、あれ程までとは思わなかったなあ」

 

 

 これがあたしの日課。

 閉鎖空間にいる葵に少しでも外の光景を感じて欲しくて事細かに話している。

 葵の耳には届いていないかもしれない。

 もしかしたら目覚めるかも、なんて淡い期待すらない。

 だけどこれが────この瞬間だけが、葵とコミュニケーションが取れる唯一の時間だとあたしは考えている。

 

 返事がなくてもいい。

 これはあたしがやりたくてやっていることなのだから。

 

 

 「蘭〜。モカちゃんの近況も話してよー」

 

 「モカ?モカは……………」

 

 「うんうん」

 

 「……………パンばっかり食べてるよ」

 

 「それいつものことじゃーん」

 

 「だって、本当のことなんだもん」

 

 「さては何も思いついてないなー?」

 

 「思いつくも何も、モカって寝てるかパンを食べてるかのどちらかじゃないの?」

 

 「それ偏見〜」

 

 「じゃあ他に何があるの」

 

 

 モカは少し考えるそぶりを見せると、指でしていることを数えていく。

 

 

 「うーんとね…………バイト行ったりー、ボーッとしたりー、漫画読んだりしてるよ〜」

 

 「結局やってることは大差なくない?」

 

 「蘭は酷いなあ。全部モカちゃんにとっては大切なことなんだよ〜」

 

 「…………そうなの」

 

 

 モカの感性は何年一緒にいようが分かることはない。

 まあ、モカが変わってるだけなんだけどね。

 

 

 「蘭は毎日ここに来てるのー?」

 

 「うん」

 

 「えー、大変じゃない〜?」

 

 「別に、そんなことないよ」

 

 「あーくんも蘭と毎日会えて幸せ者ですなー♪」

 

 「ふふっ、そうだったら嬉しいかな」

 

 「蘭ってば照れちゃって〜、ヒューヒュー」

 

 「ちょっ、揶揄わないで…………!」

 

 「あはは〜」

 

 

 モカはあたしを揶揄うように笑う。

 あまり表には出さないようにはしているけど、一人で来るとどうしても重苦しい空気になってしまう。

 モカがいつも通りでいてくれるとあたしもいつも通りでいれるから本当に感謝している。

 

 

 「あーくんとも、またお話ししたいねえ」

 

 「うん」

 

 

 どうやらモカもあたしと同じ気持ちのようだ。

 

 

 「ねぇ、モカ」

 

 

 さっきまでとは違って真剣な眼差しで彼女を見る。

 

 

 「なーにー?」

 

 

 モカはのんびりと返す。

 

 

 「葵のこと、どう思ってるの?」

 

 「え………………」

 

 

 少し動揺したような表情を見せたあと、いつも通りの顔つきになり返事をする。

 

 

 「もちろん好きだよー。モカちゃんの冗談にも付き合ってくれるしね〜。ラブ〜♡」

 

 「そうじゃなくて、その……………()()としてって言ったらいいのかな」

 

 「…………………」

 

 「葵に相談されたことがあったんだ。モカの揶揄い方が最近過激だって。あたしも、葵が何を言ってるのかわからなくてさ……………でも、葵から相談されることって珍しかったから真剣に聞いてたら、なんか、変な感じがしてさ」

 

 「…………………」

 

 「もしかして、モカって葵のこと────」

 

 「言わないで」

 

 

 モカが慌てるようにあたしの口を塞ぐ。

 あまりに唐突な行動に度肝を抜かれる。

 

 

 「も、モカ?」

 

 「ここでその話はダメ。あーくんにはごめんだけど、話すなら別の場所がいい」

 

 「わかった」

 

 

 気持ちがまだ落ち着かないまま、モカに手を取られあたしは葵の病室を後にする。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 少し歩いたところにあるテラスには普段、患者さんやお見舞いに来た人がよく来るところだけど、今日は気温が低いからかここにいるのはあたしたちだけ。

 屋上にも似たようなところがあるけど、ここよりは閑散としている。

 

 曇り空の下、モカがあたしに一体何を話すのか到底知るよしもない。

 

 

 「蘭〜、コーヒーでいいー?」

 

 「うん」

 

 

 葵の病室からここに来るまで無言を貫いていたモカから発せられたその言葉。

 いつも通りすぎてむしろ拍子抜けといった感じだ。

 モカは小銭を自販機に入れると、缶コーヒーと紅茶のボトルを押し、出てきたものの片方をあたしに渡してベンチに腰掛ける。

 

 

 「ふぃ〜、温い〜♪」

 

 「ありがと」

 

 「どういたしましてー」

 

 

 プルタブをカシュっと開け一口含む。

 つぐみの家のコーヒーほどではないけど、十分に美味しい。

 

 

 「それで、こんな寒いところまで来て話したいことって何?」

 

 

 早速と言わんばかりにそう切り出すと、モカも紅茶を飲みながらゆっくりと答える。

 

 

 「あたしはね─────あーくんが好きだよ」

 

 「えっ!?」

 

 「あーくんだけじゃない。蘭も、つぐも、ともちんも、そしてひーちゃんも…………みーんな、ね」

 

 「なんだ、友達としてか」

 

 「そりゃそうだよ〜。好きな人の彼氏を奪おうとするほどモカちゃんは悪い子じゃないよー?」

 

 「だってモカが変な言い方するから…………」

 

 「ごめんて〜」

 

 

 モカの告白には驚かされたけど、やっぱりモカはモカだ。

 深刻そうな顔をしていたから心配していたけど、何もなくてよかった──────

 

 

 (なんて言うのは都合が良すぎる、よね…………)

 

 

 幼馴染の嘘にあたしは騙されない。

 

 

 「モカ」

 

 「なあに?」

 

 「もう、誤魔化すのはやめて」

 

 「えー?別にモカちゃんは…………」

 

 「モカ!」

 

 「………………」

 

 

 2人の間に沈黙の時間が流れる。

 

 

 「…………上手く騙せてると思ってたのになぁ」

 

 「やっぱり嘘ついてたんだ」

 

 「別に言う必要もないなぁって思ってただけだよ〜?」

 

 

 モカの言葉で今確信になった。

 

 

 モカは、異性として葵のことが好きなんだと。

 

 

 「どうして本人には伝えなかったの?」

 

 「うーん、あたしとは釣り合わないって思ったからかなぁ」

 

 「どういうこと?」

 

 「ほらー、あーくんって誰にでも優しいよねぇ。小学校の時も、中学校の時も、そして今も、あーくんのことを嫌ってた人をモカちゃんは知らないなぁ」

 

 「まあ、確かに」

 

 「そんな人と、何を考えてるかわからないって言われてる人が恋愛で上手く行くわけないじゃーん」

 

 「いやそんなことないでしょ。恋愛なんて、やってみなくちゃわからないよ」

 

 「そんなことあるんだなー」

 

 「なんでそう言い切れるの」

 

 「だってあたし、中学の時にあーくんに告ってるんだもーん」

 

 「え、えええ!?」

 

 

 知らなかった。

 2人にそんな過去があったなんて…………。

 

 

 「あーくんから何も聞いてないんだ」

 

 「当たり前でしょ!!」

 

 「まー、あーくんの性格なら言わないよねぇ絶対」

 

 「中学の時って、いつ?」

 

 「んーとね、中2だったかな。あーくんにパンの買い出しに付き合ってくれてた時に『好きだよ』って伝えたんだ〜。まあ、振られちゃったんだけどね」

 

 「葵がモカの告白を…………」

 

 「その理由もね、『今のボク達の関係を壊したくない』だったんだよ。優しいあーくんならではの回答だよねぇ」

 

 

 確かにその通りだと思った。

 あたし達の関係は対等。誰が上とか下とかない。

 それに、あたし達と葵は異性だ。

 現実にでもあったように、当然恋愛感情だって芽生えるだろう。

 万が一葵と誰かが付き合うことになったら、葵はその誰かを優先してしまう。

 

 つまり、対等な関係が崩れてしまうのだ。

 

 中学の時の葵はそれを懸念していたのかもしれない。

 

 

 「でも、高校ではひまりと付き合ってるよね?その事について葵は何か言ってなかったの?」

 

 「もちろんモカちゃんも突っ込んだよ〜。『あたしを振ってひーちゃんと付き合うんだー』ってちょっと意地悪にねぇ」

 

 「いや、本当に意地悪…………」

 

 「そしたらあーくんはなんで言ったと思う?『中学の時からずっとひまりちゃんのことが好きだったんだ』っていうんだよー?もう、あたしの入る場所なんてとてもないよ〜」

 

 

 それも知らなかった。

 中学校…………いや、小学校の時からいろんな女子に言い寄られていたのは、噂程度には聞いていた。

 実際にはどうだったのかは葵のそばにいればわかることだった。

 でも、葵の心中なんてわかるわけがない。

 誰が好きで誰が嫌いだとか、人を不愉快にさせるような話を葵は決して話すことはなかったからだ。

 葵は自分のことより相手のことを第一に想う人だ。

 だからこそ、自分のせいであたし達の関係が壊れることを何よりも恐れていたはずなのに、今ひまりと付き合っていることには違和感を覚える。

 

 

 「ねぇ、なんで葵はひまりの告白を受けたと思う?いくら好きだったからとは言っても、葵が付き合う理由にならないと思うんだけど」

 

 「そうそこだよー!あたしとあーくんが釣り合わない理由は」

 

 「えっ?」

 

 「あーくんと同様にひーちゃんも良い子なんだよねぇ。弱音は吐いても人の悪口なんて言わないし、事実、2人が付き合ってあたし達の関係が壊れそうになったことすらないよねぇ」

 

 「た、確かに」

 

 「二人はラブラブ同士でも、あたし達のことも同じぐらいラブだったんだと思うよ〜。だからこそ上手くいってたんだろうねぇ。モカちゃんがもしあーくんと付き合ってたら、あーくんのことを欲張りすぎて今みたいにはならなかったと思うなぁ……………」

 

 

 感慨深く話すモカ。

 その瞳は少しばかり潤んでいた。

 

 

 「モカ……………」

 

 

 あたしはこの幼馴染に対して何も言えない。

 いや、いう事はできない。

 

 慰めたって、今の結果は変わらないんだから。

 

 

 「さて、悲しいお話はここまでー!ところで蘭、今日は何日か覚えてる〜?」

 

 「え、今日?」

 

 

 あたしは携帯の電源を入れて今日の日付を確認する。

 

 

 「12月24日。クリスマスイブ……………」

 

 「せいかーい♪去年はみんなでパーティーして、楽しかったよねぇ」

 

 「うん。そうだね」

 

 「そろそろ、いいんじゃないかな」

 

 「なにが?」

 

 「ひーちゃんのことだよ」

 

 「ひまり……………」

 

 「もうモカちゃん達と半年以上も会ってない。そろそろ気持ちの方も落ち着いてくる頃じゃないかな」

 

 「でも、ひまりは……………」

 

 「あーくんもきっと心配してる。毎日ああやって蘭は話してくれてるけど、ひーちゃんのことは何も話さないんだから。ひーちゃんだって、あーくんのことが心配でたまらないと思うよ」

 

 「でも……………」

 

 「もーー!"でも" じゃなーい!」

 

 

 モカはそう怒りあたしの頭をポカッと叩いた。

 

 

 「ちょっ、なにすんの!?」

 

 「くよくよしちゃ、メ!だよ。そんなんじゃ、いつまで経っても変わらない。ひーちゃんを救えるのは誰でもない、蘭だけなんだよ」

 

 「な、なんであたしが…………」

 

 「あーくんのことを誰よりも知っていて、誰よりも二人のことを大事に思ってるからだよ。あたしでも、つぐでも、ともちんでもない。蘭だから伝えられることもあるんじゃないかな」

 

 「あたしだから、伝えられること─────」

 

 「モカちゃんは早く "いつも通り" な日常を取り戻したい。その為にはまず、ひーちゃんと話すことだと思うよ」

 

 「そっか……………そうだよね」

 

 

 あたしは勢いよく立ち上がる。

 

 

 「あたし、やってみる」

 

 「おー。そのいきだよ〜♪」

 

 

 くよくよするのはもうやめだ。

 あたしは、あたしにできることを精一杯やってやる。




ひーちゃんが今どうなってるか、次回は必見です


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第57曲 ひまりの現在 Part2

今回はひまりの今を描いた物語になります。

蘭の心情も必見です


 モカと外で話したあと、あたしはすぐにひまりの病室にはいかず再び葵の元へ向かった。

 今からしようとしていることを、葵に伝えるためだ。

 別に必要ないことかもしれないけど、あたしにとってはとても重要なこと。

 葵に、ほんの少しでも勇気をもらいたかったらからだ。

 

 

 「葵。何度もごめんね」

 

 

 ガラスに手を添え優しい声で話しかける。

 

 

 「…………モカはバイトがあるから先に帰ったの。忙しいはずなのに、お見舞いに付き合ってくれて本当に感謝してるよ。まあ、本人の前で言うの揶揄ってくるから絶対言わないけど」

 

 

 葵の前だと包み隠さず話せている気がする。

 別に、隠すこともないんだけど。

 

 

 「それから……………えっと、その…………………」

 

 

 モカのことを話しきってあたしは言葉に詰まったけど、すぐにそれを葵に伝えた。

 

 

 「今から──────ひまりと会ってくる」

 

 

 ハッキリと口にしたその言葉に葵が返事を返すことは決してない。

 あたしはそのまま続ける。

 

 

 「何度も聞いてきたことだよね。でも今日は違う。あれからもう半年以上経つけど、ひまりの顔どころか声もまともに聞いたことがない。もう、そんなのは嫌なの。あたしは1日でも早く、"いつも通りな日常" を取り戻したい!その為にはまず、ひまりと会って話すことが必要だと思ってる。もし会えなくても、話すことができればそれでいい。だから…………」

 

 

 一度深呼吸し、息を整える。

 

 

 「だからお願い…………葵。あたしに勇気をちょうだい。お願い、お願い……………」

 

 

 ギュッと目を閉じ葵に懇願する。

 何度も、何度も──────。

 

 

 『うん!蘭ならきっと大丈夫だよ!』

 

 「………………!?」

 

 

 唐突の出来事にあたしはパッと目を開け、ガラス越しにいる弟を見る。

 

 十数年も聞いてきたその声。

 優しくかけるその言葉。

 紛れもない、葵のものだった。

 

 

 「葵…………葵なの……………!?」

 

 

 もう一度その声を聞きたくて、あたしは前のめりになり葵を見る。

 けど、機械の音が鳴るだけで葵が目を覚ました様子も、まして動いた様子もない。

 今の声は、きっとあたしの妄想の中のものだろう。

 けど、もう一度あの声が聞きたい。

 そう思ったあたしはもう一度目を閉じた。

 

 

 (葵…………聞こえる?)

 

 

 返事は返ってこない。

 何度も何度も弟の名を呼んではみたものの、再びその声が聞こえることは決してなかった。

 けど、あの時はハッキリと聞こえた葵からの励ましの言葉。

 

 

 『大丈夫!』

 

 

 それがあたしに勇気をくれた。

 

 

 「ありがとう、葵。あたし、頑張ってくるね」

 

 

 葵にそう告げ病室を後にする。

 次にここへ来る時は、ひまりも一緒の時だけだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ひまりの病室に向かう前に、あたしはまずひまりのお母さんに連絡を入れた。

 面会するという話は夏休み以降全く口にしなかったが、ひまりの様子をお母さん経由でいつも聞いていたから電話するのもそれほど不自然じゃない。

 数コールの後、電話がつながった。

 

 

 『もしもし?蘭ちゃん?』

 

 『あの、ひまりのお母さん。実は─────』

 

 

 あたしは本心を打ち明けた。

 今の自分の思い、気持ち、そして…………これからひまりに会いに行くこと。

 全て話終わるまでひまりのお母さんは親身になって聞いてくれた。

 涙ながらに話終えると、お母さんは優しい声でこう答えてくれた。

 

 『ひまりをお願い』と。

 

 どうやらお母さんも現状を打開しようと試行錯誤を繰り返してみたけど、上手くいってなかったようだ。

 少しづつ話せるようにはなったけど、それでも外に出ようとはしたがらないらしい。

 ひまりが負った心の傷はとても深いだろう。 

 そんな彼女を救えるのはあたしだけ。

  

 モカから、お母さんから、そして葵から、あたしは託されたのだ。

 

 

 『ありがとうございます。行ってきます』

 

 

 お母さんにそう言い残し電話を切る。

 もう、気にすることは何もない。

 あとはもうやるだけだ。

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 しんしんと降り続いていた雪がさらに強くなる様子を窓で眺めつつ、ひまりの病室へと向かう。

 病院内は暖房が効いて暖かいけどあたしの手はとても冷たい。

 何だかいつもより鼓動も早く感じる。

 

 

 (あたし、緊張してるのかな…………?)

 

 

 幼馴染に対してこんな感情を抱いたのは初めてだ。

 いつもと違うから、これほど手が冷たく鼓動が早く感じるのかな?

 半年以上会ってないのも理由の一つだと思う。

 

 けど、もしひまりがあたしを拒絶したらと想像すると─────怖くてたまらない。

 

 

 (あたしはもう覚悟を決めたんだ。できる、あたしならできる…………!)

 

 

 心の中でそう言い聞かせ落ち着かせる。

 

 ひまりの病室の前に来て少しは落ち着いたが、まだ鼓動は早いままだ。

 一度大きく深呼吸する。

 そしてもう一度、二度、心が落ち着くまで何度も何度も繰り返した。

 

 

 (……………よしっ)

 

 

 ようやく落ち着きを取り戻し、病室の扉をノックする。

 

 

 「久しぶり、ひまり」

 

 

 久しぶりに呼んだ幼馴染の名前。

 けど、反応する様子はない。

 

 

 「あたし、蘭だけど、入っていい?」

 

 「…………………」

 

 

 そう呼びかけるも返事がない。

 だけど、そこにいるのはわかっている。

 どこかひまりはまだあたしたちのことを遠ざけているように感じた。

 

 

 「………………わかった。顔は見せなくていいから、あたしの話を聞いてほしい」

 

 

 あたしは扉にそっと手を置き、葵に話しかける時と同じように話しを始める。

 

 

 「しばらく会えなかったけど、ちゃんとご飯は食べれてる?睡眠はとれてる?」

 

 「…………………」

 

 

 まずは、ずっと気にしていたひまりの体調の話から。

 どんな形であれ返事を返してくれたらそれでいい。

 休む間もなくあたしは話を続ける。

 

 

 「窓から外は見えるかな?雪がいっぱい降ってるから、もしかしたら積もるかもしれないね。モカなら『鎌倉を作ろー』何でいいそうだよね」

 

 「…………………」

 

 

 他愛もない世間話に対してもひまりが反応を示すことはない。

 自分で言うのも何だけど、あたしは口下手だ。

 葵やひまり、巴やつぐみみたいなコミュニケーション能力があるわけじゃない。

 けど、今はそんなこと僻んだところで何も変わらない。

 

 

 (もう、これしかない、かな……………)

 

 

 ここであたしは話の内容をガラッと変える。

 

 

 「ねぇ、ひまり」

 

 

 仕切り直すかのように再び幼馴染の名前を呼び、さっきまでより優しい声で呼びかける。

 

 

 「()()()()なんだけど………………」

 

 「…………………!!」

 

 

 葵の名を出した瞬間、部屋の中でガタッと何かが動いた音がした。

 先ほどまでとは違う反応。

 あたしはそのまま言葉を続ける。

 

 

 「一度でいいから、葵に会って欲しい。あれからもう半年以上も経つけどよくなることはなかった。ずっと目を閉じたまま…………生きようと必死に頑張ってる。だけど、あたしがどれだけ声をかけても、葵は目覚めないの」

 

 「……………………」

 

 「葵を救えるのは、医者でも、あたしたち家族でも、モカやつぐみ、巴でもない。ひまりなの。ひまりが頑張れって声をかけてくれたら、葵はきっと目覚めると思う。だから、お願い……………葵に………………」

 

 

 ひまりに言いたかったこと、葵に対して抱いていたこと、全てを打ち明けた。

 あたしは膝をつき、目からは涙がポロポロとこぼれ落ち、声も震え途切れ途切れになりながら話した。

 今ひまりが感情を抱いて聞いているかわからない。

 けど、それがどんな感情だってあたしが不快に思うことは絶対にない。

 それは葵も同じだ。

 どんな形でもいい。

 葵とさえ会ってくれれば──────。

 

 

 「……………蘭」

 

 

 涙を流すあたしの名を呼ぶ小さな声。

 

 

 「ひまり………………!」

 

 

 あたしは勢いよく立ち上がり、扉をあける。

 真っ白で、どこか狭い空間。

 その扉の先に幼馴染の姿があった。

 

 

 「ひまり……………!?えっ……………!?」

 

 

 その立ち姿にあたしは驚愕する。

 顔はやつれ目の下にはクマができ、体も以前より痩せ─────いや、痩せたと言うにはおかしな程細く見えた。

 キラキラと輝いて見えたエメラルド色の目にはもう光が灯っていない。

 

 以前までのひまりとあまりにも違いすぎたのだ。

  

 

 「ごめんね…………」

 

 

 弱々しく謝るひまり。

 

 

 「う、ううん。気にしないで」

 

 「そこ、適当に座っていいから」

 

 「わかった」

 

 

 あたしはソファに腰掛け、ひまりはベットに座った。

 

 

 「ひまり、あたし─────」

 

 「いいの」

 

 「えっ?」

 

 「蘭の言いたいことは…………もうわかった」

 

 「あたしの言いたいこと?」

 

 「うん…………」

 

 

 ひまりは俯くながら話を続ける。

 

 

 「葵くんと会って欲しい。そして、声をかけてほしい。つまりは、そういうことなんでしょ?」

 

 「う、うん」

 

 「ごめん…………わたしには、それはできない……………」

 

 「なんで……………!?」

 

 

 前のめりに問うと、ひまりの目から涙がこぼれた。

 

 

 「わたし………………葵くんに、みんなに合わせる顔が……………ないよ……………」

 

 「そんなことない。あたしたちはひまりのことを悪く思ってなんかない。それは葵も同じ。だから──────」

 

 「わたしは……………葵くんを置き去りにしたんだよ……………!?それで、葵くんは……………あんな目に……………!」

 

 

 手で顔を覆い、涙を流すその姿はまるで自分を責め立てるような感じがする。

 ひまりは決して悪くない。

 そんなことはわかっているのに、彼女はそれを認めない。

 逃げたと言う事実が、ひまりを苦しめ続けているのだ。

 

 あたしはひまりにゆっくりと近づき、そっと抱き寄せた。

 

 

 「ひまり。もう、自分を悪く言うのはやめて。葵も、きっと悲しむよ」

 

 「葵くん……………葵くん……………!」

 

 

 あたしはひまりが泣き止むまでずっとそばを離れない。

 落ち着きを取り戻すまで、頭を摩り続けた。

 

 

 

***

 

 

 

 「ごめんね、蘭……………」

 

 「いいよ。気にしないで」

 

 

 数十分泣いた後、真っ赤に目を腫らしたひまりは何とか落ち着きを取り戻した。

 泣きやんでもあたしはひまりのそばから離れず、再度話を持ちかける。

 

 

 「ひまり。今日これからなんて言わないから、みんなと…………話してみない?」

 

 「みんな、と…………?」

 

 「うん。ずっと、心配してたんだよ。ひまりの声を聞いたら、みんなも安心すると思う」

 

 「…………何を話したらいいか、わからない……………」

 

 「別に、会話する必要はないよ。ひまりの声を聞けるだけで、十分だと思う」

 

 「……………」

 

 

 ひまりはすごく悩んでいるようだった。

 いきなり会うのは無理だとしても、みんなと話すことだってそうとう勇気がいることだろう。

 

 しばらく考えてひまり は答えを出した。

 

 

 「……………わかった。やってみる」

 

 「ありがとう。じゃあ、電話をかけるね」

 

 

 あたしは携帯の電源を入れて、Afterglowのチャットを開きグループ通話を開始する。

 

 

 (みんな、気づいてくれるかな…………?)

 

 

 少し不安だったけど、巴とつぐみはすぐに気づいてくれた。

 

 

 『蘭ー?どうしたー?』

 

 『蘭ちゃんが電話をするなんて珍しいね』

 

 

 少し遅れてモカも通話に加わる。

 

 

 『蘭〜。どうしたの〜?』

 

 『いや、ちょっとみんなに聞いて欲しいことが…………ってモカ、バイトは?』

 

 『だーれもお店に来ないから暇でーす』

 

 『モカ〜、サボりは良くないぞー?』

 

 『えへへ〜。蘭の話を聞いたらすぐ切るよ〜』

 

 『それで蘭ちゃん。聞いてほしいことってなに?』

 

 『その、あたしからじゃないんだけど……………』

 

 『なんだ〜?』

 

 『ドキドキですな〜』

 

 

 あたしは携帯をスピーカーにして、ひまりに渡す。

 ひまりは、一度深呼吸してゆっくりと口を開いた。

 

 

 『……………みんな』

 

 『『『……………………!?』』』

 

 

 その一言に全員がひまりの声だと気づいたようだ。

 

 

 『ひまり!?』

 

 『ひまりちゃん!!』

 

 『おぉー。ひーちゃんだー』

 

 

 嬉しそうにみんながひまりの名を呼ぶ。

 

 

 『…………ずっと連絡できなくて、ごめんね……………』

 

 『気にしないで!ひまりちゃんが元気ならそれでよかったよ』

 

 『ひまり〜!アタシは心配してたんだぞ〜!』

 

 『ひーちゃ〜ん。モカちゃんはひーちゃんの声が聞けて嬉しいよぉ』

 

 

 各々がひまりとの久しぶりの会話を喜んでいるようだ。

 ひまりから携帯を渡され、これ以上の会話は難しいと察したあたしはひまりの代わりに話をする。

 

 

 『みんなも思うところがあるかもしれないけど、また面会は難しいと思う。ひまりの気持ちの整理がついてから、また集まろう』

 

 『わかった!』

 

 『うん!待ってるよ』

 

 『モカちゃんも〜』

 

 『それじゃあ、そういうことで。モカ、バイトがんばってね』

 

 『は〜い』

 

 

 そう言い残し通話を切る。

 横で聞いてたひまりは、どうやら浮かない顔だった。

 

 

 「みんなの声を聞いて、どうだった?」

 

 「……………………」

 

 

 どうやら、反応に困っているらしい。

 

 

 「………………どうしたらいいか、わからない……………」

 

 「そうだよね……………でも、少しずつでいい。ひまりのペースでいいから、いつか必ずみんなと会おう」

 

 「………………うん」

 

 

 ひまりは力無く頷いた。

 

 

 今日は、本当にいろんなことがあった。

 モカと話し、葵と話し、ひまりのお母さんと話し、そしてひまりとも話すことができた。

 あたしは、葵との約束を果たすことができた。

 けど──────まだ終わりじゃない。

 

 冬が必ず終わり春が来るように、葵もひまりもまたいつも通りになる日がきっと来る。

 

 

 あたしは必ず二人を救ってみせる。

 

 




いかがだったでしょうか?

少しは復活の兆しが見えたかな?という感じです。
次回はひまり視点の話になる予定です。

最後に、評価、感想お待ちしてます


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第58曲 ひまりとみんなの冬

たくさんのお気に入り登録、感想ありがとうございます!

物語もいよいよ最終回間近なりました

もう少しお付き合いいただけたら幸いです


 みんなと久しぶりに話をして1週間。

 わたしは未だに面会を躊躇っている。

 

 やっぱり、怖いんだ。

 

 

 今まで会えなかったことや連絡できなかったことで申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 先日にあの日以来電源を入ることがなかった携帯を開いてみると、何百件と言うメールが届いていた。

 家族、友達、そしてAfterglowのみんな。

 その一つ一つのメッセージを見てわたしの目から涙が溢れ出した。

 どれもこれもわたしを心配や励ましの言葉ばかり。

 誹謗中傷の言葉はひとつたりともなかった。

 

 

 (みんな、優しすぎるよ……………)

 

 

 迷惑ばかりかけているのに。

 わたしなんて必要のない存在のはずなのに。

 

 

 「ひまり。あたし、蘭だよ。入っていい?」

 

 

 そう考えていると蘭の声がドア越しに聞こえてきた。

 いいよ、と起きあがらせたベッドに背中を預けたまま声をかけると蘭は少しばかりの笑みを浮かべて部屋に入る。

 

 

 「今日は、いい天気だね」

 

 

 窓から刺す光を見つめながら蘭は嬉しそうに口を開いた。

 あれからも蘭は毎日来てくれている。

 『無理してこなくていいんだよ』と言っても蘭は『あたしが来たいだけ。ひまりがもし嫌なら言って』と言われた。

 決して嫌というわけじゃないから断る理由もなく今に至る。

 蘭はクールで、友達思いで、とても優しい子。

 その優しさに今わたしは支えられている。

 

 

 「ご飯は食べれてる?」

 

 「……………」

 

 

 わたしは首を横に振る。

 

 

 「そっか、無理して食べなくていいから少しでも栄養取ってね」

 

 「うん……………」

 

 

 この病院の食堂は夜中まで空いていて、自分のタイミングで食べることができるけど、その料理をわたしはほとんど口にすることはない。

 食欲が湧かないというのもあるけど、それ以上に喉に通した後に襲ってくる吐き気が問題だ。

 原因はお医者さんにもわからないみたいだけど、今は点滴で必要最低限の栄養素を補っている。

 

 

 「学校は、いいの……………?」

 

 「もう、冬休みに入ったからね。あたしも家に帰っても何もすることがないからよかったら話そうよ」

 

 「うん…………」

 

 「そうだな、まずは─────」

 

 

 蘭は悩んだそぶりを見せつついろんな話をしてくれた。

 学校のこと、プライベートのこと、Afterglowの様子など様々だ。

 わたし自身、素っ気無いなと思いつつも蘭の話すことに返事を返し言葉のキャッチボールが生まれる。

 とても懐かしい感じだ。

 

 

 「ねぇ、ひまり」

 

 「………………なに?」

 

 

 数十分話したところで蘭は椅子から立ち上がり、窓の外を眺めながら話を切り出す。

 

 

 「天気もいいことだし、外に出てみない?」

 

 

 蘭からの突然の提案。

 何を考えているかわからないけど、わたしの答えは決まっていた。

 

 

 「……………うん。いいよ」

 

 

 即座に返答すると、蘭は嬉しそうに笑った。

 そのまま蘭は看護師さんを呼んで車椅子を用意してもらいそれに座る。

 ずっと病室で動かなかったせいか、歩くことも困難なほど足が痩せ細ってしまった。

 たまにリハビリで歩行練習もするけどまだおぼつかない状態。

 今ではテニスをすることなんて夢のまた夢だ。

 

 蘭に車椅子を押してもらい、部屋を出た廊下を歩いてる時何かの演奏の音が耳に入る。

 

 

 「……………………?」

 

 「ああ。そういえば、今ここでハロハピがライブやってるの」

 

 「ライブ……………」

 

 「よかったら見に行ってみる?」

 

 

 その提案に今度は首を縦に振る。

 正面からは流石に嫌だけど陰ながらでよかったらと思い頷いた。

 少し歩いたところにある娯楽施設に、5人のメンバーとそこに群がる子供やその親たちがたくさんいた。

 

 

 「みんな、とっても素敵な笑顔ね!それじゃあ次の曲いくわよー!」

 

 

 ボーカルのこころちゃんの声が病院中に響き渡る。

 元気溌剌、意気揚々とした姿だ。

 楽しそうな歌声。

 キラキラと輝く笑顔。

 

 こころちゃんとその仲間たちの演奏で、入院して辛い思いをしている子どもたちが元気をもらっているんだと見てとれた。

 

 

 でも──────今のわたしにはあまりにも眩しすぎる光景だった。

 こころちゃんたちには申し訳ないけど、わたしが元気になることは決してない。

 やっぱり、見るんじゃなかったかな。

 

 

 「はい、"ハロー、ハッピーワールド !"さんの演奏でしたー!」

 

 「みんなー!聴いてくれてありがとー!」

 

 

 司会者の看護師さんの声の後、こころちゃんは大きく手を振り娯楽室をあとにする。

 拍手喝采の室内。

 その盛り上がりは5人が退場したあとも収まることはなかった。

 

 

 「すごくいい演奏だったね」

 

 

 微笑みながらそう呟く蘭。

 

 

 「うん…………」

 

 「この後も色んなグループが演奏するみたいだから、よかったらみていかない?」

 

 

 この後は外に出るだけだし病室に戻ってもただ座っているだけ。

 断る理由はどこにもなかった。

 

 

 「続いては、"Roselia" の皆さんです!」

 

 

 看護師さんの呼び声でRoseliaのみんなが入場する。

 

 

 「Roseliaです。早速だけど、いくわよ」

 

 

 友希那さんの声とともにRoseliaの演奏が始まる。

 その次に出てきたPastel*PaletteもPoppin’Partyも…………これってもしかして─────

 

 

 「ひまり。ごめん」

 

 

 唐突に謝る蘭。

 

 

 「外に出て話した、って言ったのは嘘。本当は、ひまりに娯楽室(ここ)へきて欲しかったからなの」

 

 

 ステージを真っ直ぐみながら蘭は語る。

 正直、Roseliaが出てきたから薄々は予感していたところがあった。

 ここから去ろうと思っても蘭はその場から動かない。

 今日他のバンドのみんなが病院へきてくれたのは、きっと私の為。

 

 全て蘭の計画によるものだったのだ。

 

 

 「無理に、とは言わない。けど、ひまりに聴いてほしい。あたしの歌を。ううん、()()()()()の思いを」

 

 

 蘭はそう言いあたしの元から離れステージへと向かい、それと同時に舞台裏から、モカ、巴、つぐが入場する。

 みんなの顔を見るのは久しぶりだ。

みんなが所定の位置に着く。

 

 

 「本日のステージの主催、Afterglowです。沢山の方々に来ていただき本当にありがとうございます」

 

 

 蘭の挨拶がはじまり、それを聞く子供や親たちの視線が集まる。

 

 

 「今日のステージを開いた理由は一つ。ここにいる幼馴染と弟に聴いてほしかったからです。今日きてくれたバンドの皆様、そして聴いてくださっている皆様、本当にすみません」

 

 

 蘭たちは深々と頭を下げる。

 

 

 「二人はこの半年以上もの間ずっと苦しんでいました。一人は昏睡状態に陥り、一人は心に深い傷を負い今も病と戦っています。あたしたちでは想像がつかない辛い思いもしたでしょう。そんな中、何もしてあげられないあたしは……………あたしは……………」

 

 

 堂々と話をしていた姿から一変、声は涙を含むものへとなり言葉が途切れる。

 その姿に、わたしの目からも涙がこぼれた。

 蘭は手で涙を拭い、話を続ける。

 

 

 「少しでも二人の力になりたい。心の支えになりたい。だから────あたしはあたしにできることをやります」

 

 

 蘭の視線が舞台裏に向き、そこから二人の看護師さんが出てきた。

 二人はそれぞれ、わたしのベースとスタンドマイクを持っていて、それを所定の位置に置く。

 

 それはまるでわたしたちもそこにいるような、そんな感じがした。

 

 

 「二人は病になんて絶対負けない。皆さんも同じです。人は、諦めなければなんだってできる。強い心を持てば必ずやり遂げられる。そんな勇気をあたしたちは届けます。聴いてください『ON YOUR MARK』」

 

 

 蘭からの言葉が終わり、それぞれが演奏の大勢に入り音を奏でる。

 わたしの、知らない曲。

 みんな、この日の為に必死に練習してきてくれたんだ。

 

 

 「〜〜〜♪〜〜〜♪」

 

 

 必死に歌う蘭。

 にこやかな表情でギターを弾くモカ。

 優しい笑顔でキーボードを弾くつぐ。

 ニカっと楽しそうに笑う巴。

 

 みんな……………みんな、すごい。

 見入ってしまうほど、みんなの演奏は完璧だった。

 

 

 あの日からこれまで、感情が揺れ動くことは決してなかった。

 光が失われたわたしの瞳に映るのは、暗く沈んだ世界。

 そんな寂しく閉ざされた世界を吹き飛ばすような、そんな歌声。

 蘭はまるでわたしに訴えかけるように見えた。

 『ひまり、早く戻ってきて』と。

 

 

 「ひぐっ………………うぅっ…………」

 

 

 溢れ出した涙が止まらない。

 わたし、いいのかな?

 みんなと一緒にいて、本当にいいのかな?

 

 

 『当たり前だよ!ひまりちゃんは、何も悪くない!』

 

 

 「…………………!?」

 

 

 ここにいるはずのない葵くんの声。

 それは、わたしの妄想か幻聴か。

 蘭の歌声に乗り、葵くんからも励ましの言葉が聞こえてきた。

 

 

 「葵くん…………………」

 

 

 睡る彼の名を呼ぶ。

 もう聞こえることはなかったけど、彼ならきっとこう言う。

 『ひまりちゃんが気にすることはない』と。

 蘭たちの演奏を聞いてわたしの思いは決まった。

 

 

 まずは、みんなに会って謝ろう。

 

 

 演奏が終わるとわたしは他の子供や親たちよりも真っ先に、大きく拍手を送った。

 感謝の意を込めて。

 

 

 みんな、ありがとう。

 葵くん。わたし、前に進むよ。

 

 

 固く閉ざされた心が今、開いた。

 

 

 

***

 

 

 

 ステージでの演奏を終え、わたしは蘭に車椅子を押してもらいながら外へと出る。

 空は青空から夕暮れに差しかかり、太陽も綺麗なオレンジ色で照らされていた。

 わたしたち以外には誰もいないテラスに着き、そこにあるベンチに3人の姿があった。

 

 

 「ひまり……………」

 

 「ひまりちゃん……………」

 

 「ひーちゃん……………」

 

 

 巴、つぐ、モカは心配そうにわたしをみる。

 それもそのはずだ。

 これほど変わり果てた姿をしていたら誰だって驚く。

 

 

 

 「みんな、久しぶり、だね…………」

 

 

 わたしは弱々しく話を始める。

 

 

 「さっきの演奏、カッコよかった……………とっても…………」

 

 「ひまり?」

 

 「みんな……………ごめんね、心配、かけて…………………」

 

 

 わたしは涙ながら謝る。

 半年間みんなとの面会を拒んでいたこと、連絡を途絶えていたこと全てを含めて。

 罵倒されることも覚悟していたけど、わたしの幼馴染はやっぱり優しかった。

 わたしのそばに寄り添い、そっと抱いてくれた。

 

 

 「ひまりが気にすることないんだぞ」

 

 「私は、ひまりちゃんが元気でいてくれたらそれでいいんだよ」

 

 「モカちゃんは、ひーちゃんを信じてたんだよ〜」

 

 「ひまり。もう泣かないで」

 

 「うぅ………………みんな……………」

 

 

 わたしは本当に人に恵まれている。

 こんなに人を想ってくれる友人に出会えたことに今はただ感謝するしかなかった。

 

 

 「よしっ!ひまりとも話すこともできたし、食堂で何か食べてくか?もうアタシお腹ぺこぺこでさ〜」

 

 「ふふっ、久しぶりにお客さんの前で弾いたし、疲れちゃったのかもしれないね」

 

 「パンはあるのかな〜?」

 

 「モカってパンしか食べないよね」

 

 「いやいや、そんなことないよ〜。主食と主菜がパンなだけだよ〜」

 

 「もうそれってほとんどがパンじゃん」

 

 

 そのやりとりにみんなが笑顔になる。

 この感じ、本当に懐かしい。

 

 いけない、また泣いちゃいそうになった。

 今日はずっと泣いてばかりだ。

 

 

 「ひまりは大丈夫?あまりお腹空いてない?」

 

 「わたしはみんなが食べるのをみてるよ。それに、みんなの話をたくさん聞きたい、かな」

 

 「わかった。じゃあ食堂に行こうか」

 

 

 わたしたちは食堂へと向かう。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 「いやー、あそこのラーメンも美味しかったなあ!」

 

 「ともちんもラーメンばっかり食べてるよね〜」

 

 「結局モカもパン食べてたじゃん」

 

 「二人は全然変わらないね」

 

 

 久しぶりの幼馴染との会話は楽しかった。

 他愛もない、何でもない光景だったけど今のわたしにとってはかけがえのないものだ。

 

 

 「ねえねえ、この後どうする?」

 

 「せっかくだしこのままどこかで話すのもいいんじゃないか?」

 

 「うん!私も賛成!」

 

 「あたしもそれでいいよ。ひまりは?」

 

 「わたし………?わたしは………………」

 

 

 みんなの視線がわたしに集まる。

 

 

 「………………葵くんに、会いたい………………」

 

 「「「「!?」」」」

 

 

 今のわたしにすること────それは、葵くんと会って直接謝ることだ。

 偽物のモカから逃げて、彼を置き去りにしてしまったことをわたしはずっと後悔していた。

 ずっとずっと自分のことを責め、彼にもしものことがあれば死ぬことだって考えていたほどに。

 

 今日みんなに勇気をもらって、わたしはようやく決心がついた。

 彼の顔を見て、直接謝ろうと。

 

 

 「ダメ、かな………………?」

 

 

 わたしは恐る恐るみんなの顔を見る。

 

 

 「ひまりが行きたいって言うなら、あたしもついていく」

 

 「もちろんアタシも!」

 

 「私も!」

 

 「あたしも〜」

 

 

 わたしの提案に意義を唱える人はいなかった。

 

 

 「決まりだね。それじゃあ行こうか」

 

 

 わたしたちは葵くんの元へと向かう。

 食堂を出て賑やかな廊下を渡り、エレベーターで上に上がる。

 エレベーターを降りるとそこには物音一つ聞こえない静寂な空間が広がっていた。

 わたしのいたところと随分と違う雰囲気。

 みんなの表情を見ても、なんだかこの空気に慣れているような気がした。

 

 

 「葵は、こっち」

 

 

 蘭はそう言い車椅子を押す。

 長い廊下をしばらく進むと、無音の空間に電子音が一定の速さで鳴る音が聞こえた。

 

 

 「ここが………………葵くんの………」

 

 

 大掛かりな機材が据え付けらた真っ白な病室。

 大きな窓ガラスの向こう側でベットの横になる葵くんを見てわたしはふらつきながらも立ち上がった。

 

 

 「葵くん…………………葵くん……………!」

 

 

 窓ガラスに手を当て何度も彼の名を呼ぶ。

 幼い頃からずっと呼び続け、その度にわたしの名を呼び返事を返してくれる彼は未だ眠ったまま。

 小さかった彼の顔はさらに小さく細くなり、肌もまるで雪のように真っ白になり、髪もところどころが白くなっていた。

 

 

 「葵くん………………なんで、こんな……………」

 

 

 彼の今の姿を見て、何度目かもわからない涙がわたしの目から零れ落ちる。

 

 

 「ひまり…………」

 

 

 そんなわたしに蘭はそっと肩に手を置き支えるを

 

 

 「ひまり、葵に何か言ってあげて」

 

 「うん……………」

 

 

 わたしは片手を胸に当て眠る葵くんの顔を見ながら口を開いた。

 

 

 「葵くん……………あの時は、逃げ出して……………ごめんね。わたし、みんなにも……………ひどいこと、しちゃったの」

 

 

 途切れ途切れになりながらも言葉を続ける。

 

 

 「葵くん、お願い………………どうか、目覚めて………………。わたしは……………葵くんのことが─────」

 

 

 ピピピッ!ピピピッ!!

 

 

 「っ!?」

 

 

 わたしの言葉を遮り、葵くんの部屋にある機械のデジタル音が急に大きな音へと変わる。

 これは明らかに普通じゃない。

 間違いなく命の危険を知らせる音だ。

 

 

 「なんで、こんな急に……………!?」

 

 「つぐ!モカ!先生に連絡だ!」

 

 「「わかった!」」

 

 

 モカとつぐは走り出す。

 

 

 

 「葵くん…………!葵くん……………!」

 

 

 わたしは必死にガラスを叩く。

 数分としないうちに先生と看護師さんが大慌てで病室に入る。

 

 

 「ご家族に連絡は!?」

 

 「完了してます!」

 

 「ダメだ、心臓が止まっている…………!至急、電気ショックの準備だ!」

 

 「はいっ!」

 

 

 先生たちもとにかく必死だ。

 

 

 「葵くん……………!葵くん……………!」

 

 「葵!嘘だよな……………」

 

 「葵くん!目お覚まして!」

 

 「あーくん!」

 

 「葵ー!!」

 

  

 わたしたちは必死になって叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 葵くん、お願いーーーーわたしたちを、置いていかないで。

 

 




いかがだったでしょうか?


次回、葵くんの安否はいかに…………


次回も必見です


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第59曲 葵の みんなの

いよいよ最終局面。

必見です


 あれからどれだけの月日が流れただろうか。

 Afterglowのみんなとも、もう随分と顔を合わせていない。

 この墓場のような空間でできることはただ一つ。

 ボクは磔の状態にされてから絶えず殺人鬼と話を続けている。

 "話" というのは尽きないものだ。

 これまで過ごしてきた17年間を話すとなると何日、何ヶ月貰っても足りない。

 それほどボクの人生はとても濃く充実していたということだ。

 

 

 「さて、これでボクが16歳に経験したことの全てを話したけど、何か訊きたい事はあるかい?」

 

 「………………………」

 

 

 そう尋ねると宙に浮く女性はぶっきらぼうな顔でボクを見ていた。

 

 

 「…………どうやらないようだね。そろそろキミの話を聞きたいんだけど、話す気にはなったかな?」

 

 「……………………チッ」

 

 

 彼女は小さく舌打ちし見るからに苛立っていた。

 

 

 「おい、お前」

 

 「なに?」

 

 「()()()()()()()。なんとも思わないのか?」

 

 

 彼女が指差す方、ボクの体を見ると異常なほどに痩せこけていた。

 手足はほんの少し力を入れたら折れてしまいそうなほど脆く、体も肉なんてないんじゃないかと疑うぐらいに細くなっていた。

 そう、ボクはあれから一滴の水も一食分の食事も取っていない。

 人は水を3日、食事を7日以内に摂取しなければ生きなれないと言うけれどここが現実世界じゃないからかな?

 ボクは対して苦しむこともなく平然としていられた。

 

 

 「()()()()()()けど?」

 

 「そうか。まあ、その体ではどうすることもできないな」

 

 「どうすることもって…………磔にされてる時点でボクはジ・エンドだよ」

 

 「それもそうだな」

 

 「全く、キミには敵わないよ」

 

 

 ボクはわざとらしく首を振る。

 

 

 「ところで、そろそろ話の続きをしてもいいかな?」

 

 「いいや。もうお前の話はいい。ここからは、私の時間だ」

 

 

 彼女はそう言い指を鳴らした。

 無音の空間にその音が響き、突如彼女の手元に刃渡り10センチほどのナイフが現れた。

 

 

 「現実の世界では既に半年以上もの時間が経過した。医者たちも治療を続けているがなんの進展もしていない。だから少し、()()をやろう」

 

 

 女性はそのナイフをギュッと握り、刃先をボクに向ける。

 

 

 「お前がこの世界で死んだら現実世界のお前も死ぬが、もしこの世界で傷を負えば現実世界でも同じ傷が浮き上がる。例えば─────」

 

 

 女性は腕を引きナイフをボクの脇腹に突き刺す。

 

 

 「ぐっ……………!?」

 

 

 あまりの痛みに耐えかねて口から血を吐く。

 睨みつけるように女性を見ると、ボクの血がついたナイフを見て狂喜の笑みを浮かべる姿が目に入った。

 ううん、これら笑みなんて生やさしいものじゃない。

 ナイフと血、そしてボクをみて恍惚としているその様はもう "異常者" と言う他ない。

 

 

 「まさか、ここまでするなんて……………思わなかったよ」

 

 「クククッ。もう貴様の顔を見るのも話を聞くことも飽きた。1週間もすれば死ぬと思っていたが、お前は1ヶ月、3ヶ月、半年と生き続けた。実に忌々しい…………!」

 

 「ははっ、この空間のおかげかな」

 

 「その余裕をこいた笑い方も腹が立つ!!なんなんだキサマは…………私をイラつかせやがって!!

 

 

 女性はそう言い再び腕を振りかぶり、今度は右肩にナイフを突き刺す。

 

 

 「ぐっ……………!!」

 

 「そうだ、苦しめ苦しめ。私が味わった以上の、苦しみをな!!」

 

 

 彼女は発狂し、次々とナイフをボクの身体目掛けて突き刺した。

 痛い─────気を失ってしまいそうだ。

 流れ落ちる血で真っ白な空間が、返り血で女性が赤く染まる。

 10回と差したところで女性は乱れた息を整えるかのようにナイフを引き、ボクを見る。

 

 

 「はぁ、はぁ…………どうだ?もう死ぬのか?死ねよ。死んじまえよ、なあ!?」

 

 

 朦朧とする視界には額に青筋を浮かべ、怒る異常者の姿が目に映った。

 プルプルと握ったナイフが揺れ、髪もぐしゃぐしゃになり目も血眼になっている。

 

 

 「……………ああ、そうだ。冥土の土産にオマエに見せてやろう」

 

 

 女性は指を鳴らすとモニターが映し出され、霞む視界を凝らす。

 そこに映るのは、病院のとある一室。

 ベットの上に横になっているのは間違いない、ボクだ。

 そこにはお医者さんや看護師さんが必死にボクを助けようとしているふうに見てとれた。

 音声もつけてやろう、と女性は言い再び指を鳴らす。

 

 

 『先生!腕や足から出血を確認!とても止まりません!』

 

 『なんだこれは…………一体、彼の体に何が…………!?』

 

 『今すぐ手術室に!』

 

 『い、いやダメだ!!原因もわからないのにメスなんて入れられない!』 

 

 『ではどうすれば!?』

 

 『とにかく出血は圧迫して抑えて、心拍数と血圧は電気ショックで対応だ!』

 

 『『はい!!』』

 

 

 どうやら彼女の言っていたことは本当らしい。

 ボクの体は今とで危険な状態だということがよくわかった。

 しかし、お医者さんたちが困惑するのも無理はないだろう。

 何もないところからまるでナイフが刺さったかのような傷が浮かびあがり大量出血を引き起こした。

 

 モニターの映像が移り変わり、病室の窓に手を当て泣き叫んでいるAfterglowのみんなの姿が映る。

 蘭、モカちゃん、つぐみちゃん、巴ちゃん、そして────ひまりちゃん。

 画面越しではあるけれど、随分と懐かしい顔ぶれを見て心の底から "嬉しい" という感情が溢れて傷が少しだけ癒えた。

 

 

 「どうだ?気に際に見る幼馴染たちの顔は」

 

 「そうだね、できればこんな形で再開するのは嫌だったかな。ボクは "いつも通り" のみんなを見たかった」

 

 「クククッ。だがもう、思い残すことはないだろう」

 

 「ボクが殺される前に一つ聞いていいかな?」

 

 「だから、もうオマエの話なんか─────」

 

 「キミはこれからも、ここで人を殺し続けるんだね?」

 

 

 僕が本当に訊きたかったこと。

 それを彼女にぶつけてみたが、狂気に満ちたその表情が変わることは決してなかった。

 

 

 「ああ、もちろんだ。幸せに満ちた者どもを踏み躙る。それが私の存在する意味だ」

 

 「そっか……………それは、とても残念だよ」

 

 「言い残したいことはそれだけか?」

 

 「ああ。もう、十分だ」

 

 「ようやくこの時が来た」

 

 

 彼女はナイフを捨て、指を鳴らすと見覚えのある大鎌を取り出す。

 

 

 「これはまた、随分と物騒なものを出してきたね」

 

 「覚えているか?あの時、貴様の喉を掻っ切った鎌だ。これで今から貴様を殺す」

 

 

 大鎌をボクに向けた後、思い切り振りかぶる。

 

 

 「じゃあ───────死ねぇ!!

 

 

 大鎌はボクの体めがけて一直線に来る。

 その瞬間、両手首を縛っていたロープから手を抜け出し、その場にしゃがみ込み間一髪のところでそれを回避した。

 大鎌はボクを磔にしていた立木に突き刺さる。

 

 

 「なにっ!?」

 

 

 驚く彼女の顎に目がけて拳を振るう。

 弱々しい細腕ながらも、急所をきちんと当て必殺の一撃となった。

 彼女はそのまま真っ白な床に叩きつけられ、ドンっと鈍い音が空間の響く。

 

 

 「流石に、足首までは抜けないか…………」

 

 

 立木に刺さった大鎌を抜き、足首を縛っていたロープを切り立木からゆっくりと降りる。

 

 

 「ねぇ、生きてますか?」

 

 

 床に大の字で仰向けになり、ぴくぴくと小刻みに動くだけの彼女は返事を返さない。

 試しに顔をつついても嫌がるそぶりを見せないから、きっと脳震盪でも起こしているんだろう。

 

 

 「あなたの力がないと、ここから抜け出せそうにないから気絶されても困るんですけど」

 

 「な………………ぜ……………」

 

 

 彼女は微かな声でボクの細腕を指す。

 どうやら、縄を解いた方法を聞きたいらしい。

 

 

 「これかい?実はと言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「はぁ………………!?」

 

 「昔モカちゃんから借りた漫画にね、糸で縛られたキャラクターが自分の関節を外してそれを解いたシーンを思い出したの。だけど、それだけでは抜け出せそうになかったから体を細くすることに決めたんだ」

 

 

 できることならこんな手段はできれば使いたくなかったんだ。

 本当は "対話" によって平和的に解決したかったところだけど彼女はそれを拒み続けた。

 挙句、ナイフでボクを刺しボクを殺そうともした。

 最後の最後まで頑張ってはみたものの、憎悪や怨念の塊である彼女を変えることは不可能だったみたいだ。

 実に残念。

 しかし、もう他に方法はない。

 今ここで彼女をどうにかしなくてはまた悲劇は起こり続けるだろう。

 残された手段は一つ。

 力による制圧だ。

 

 

 「立場が完全に変わってしまったようだね……………痛ってて」

 

 

 大鎌を彼女に向けると同時に、全身に激痛が走る。

 体中から血が流れ、着ている服もボロボロで真っ赤だけど不思議と立っていられる。

 

 

 「………………それで、仕返しを、する気か………………?」

 

 「まさか。仕返しなんて真似はしないさ。だけど、それ以上のことはするつもりだよ」

 

 「それ以上の…………こと…………?」

 

 「ああ。確か、こんな感じだったよね」

 

 

 彼女のそぶりを真似て、頭に思い浮かべたものを強く想像し指をパチンと鳴らす。

 そうすると、手元にあるものが現れた。

 

 

 「それ、は……………」

 

 「フランスパンだよ。もちろん、ただのフランスパンじゃないけどね」

 

 

 掌でポンポンとパンを当てると、パチンっパチンっと波の硬さでは出せない音を出す。

 イメージした硬度は鉄かそれ以上。

 鈍器と言うに値するものへとなっていた。

 

 

 「それで………………どうする、つもりだ……………?」

 

 「どうするって、決まっているじゃないか」

 

 

 ボクはそう言い、フランスパンを振りかぶる。

 

 

 「キミに─────乱暴するんだよ」

 

 

 振りかぶったフランスパンを仰向けで倒れる彼女の頭部目がけて力一杯振るう。

 すると、鈍い音と共に彼女は、ウッとうめき声を出す。

 

 

 「まだまだ。こんなものじゃないよ」

 

 

 ボクは休むことなくひたすらフランスパンで殴打する。

 刺された傷の痛みなんて感じることなく、無抵抗な彼女に対して一方的な暴力を振るう。

 思えば、ボクは怒りを感じたことはあれど相手を殴ったり、痛めつけるようなことは一度たりともなかった。

 それは相手が傷つくし何よりボクもそんな度胸がなかったからだ。

 "我々が苦痛を我慢すればするほど、残虐性はいよいよ強まる" という言葉は今まさにボクの為にあるようなものだろう。

 どうしても、彼女のことを許せない。

 ボク自身はどうだっていいけれど、蘭やひまりちゃん、大切な友人や家族を一方的に傷つけたことへの怒りは増すばかりだ。

 何十回も殴打した今でもそれが治まることはない。

 

 

 「くそっ……………!くそっ……………!くそっ!!」

 

 

 彼女を殴るたび、今度はボクの目からは涙が流れてきた。

 これは怒りとはまた違う感情。

 彼女を本当の意味で救えなかったことへの後悔、悔恨──────もう、ボクの心の中はグチャグチャだ。

 

 

 「どうして、あんな方法しか思いつかないんだ」

 

 

 横たわる彼女に問う。

 

 

 「きま、っている………………憎いからだ」

 

 

 なんとも彼女らしい言葉。

 

 

 「貴様こそ…………なぜ、こんな愚行な手段に出た」

 

 

 今度は彼女がボクに問う。

 

 

 「キミが……………心底憎かったからだ」

 

 

 本心から出たその言葉。

 こんな酷いことを言うのは後にも先にも彼女だけだろう。

 それほどに彼女のことが大嫌いだからだ。

 

 

 「くくくっ……………貴様も、私と同じ、だな」

 

 「……………うん。そうだね」

 

 「もう、殴られるのは勘弁だ。私は、貴様の前から姿を消す。時期にこの空間から抜け出して現実世界に帰れるだろう」

 

 「そっか」

 

 「もう、貴様の前にも姿を出さない。約束しよう」

 

 「とても信用できないけどわかったよ。もし次に同じようなことをしたなら、今度こそキミを許さない」

 

 「ああ。だが忘れるな。貴様ら人間が存在する限り、私という "闇" が消えることは決してない。そのことを、肝に銘じておくことだ」

 

 

 彼女はそう捨て台詞を吐き、突如としてたさ姿を消すと同時に空間と同じ色の扉が現れた。

 

 

 「ようやく、全てが終わったんだ」

 

 

 張り詰めていた空気から解放されて、ふぅーっと息をはき肩の力が抜ける。

 

 

 「やっと、みんなに会えるんだ!」

 

 

 そんな期待を胸に扉を開け前へと進む。

 

 

 

 最後に一つ言いたいことがある。

 よかったら聞いてほしい。

 

 人は誰しもが妬み、人の不幸を願う生き物だ。

 それらのことは決して悪いことじゃない

 寧ろそれこそが人間の本質だといってもいい。

 怨恨や醜悪といった負の感情が具現化して誕生したのが "彼女" だったんだろう。

 しかしだ。

 いくら恨みが募ったからといって人に手をあげることは間違っている。

 自分が人の幸せを勝手に奪っていいと履き違えてはいけない。

 なぜなら、不幸なのは自分自身だけではないからだ。

 人は誰しもが苦悩を抱えて生きている。

 大きいこと、小さいこと、その数も計り知れない。

 だが、『自分の悩みなんてちっぽけなものだ』と開き直り前へ進むことができる人が幸せを掴むことができるんだ。

 

 あなたは負の感情に押しつぶされてはいませんか?

 

 何があろうと "闇" に飲み込まれてはいけない。 

 それに巻き込まれるともうあとは染まっていくだけだから。

 "彼女" のような存在をもう二度と出さないためにも、あなたには強い信念を持って生きていってほしい。

 

 だからどうか──────自分自身に負けないで。




次回、最終回になります。

約4年間の集大成。読んでいただけると嬉しいです


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第60曲 夕日に焦がれし恋心

どうも、山本イツキです。

今回で最終回、4年間の集大成となります。

ぜひ最後までご覧ください。


 あれは、もう5年も前の出来事だったかな。

 病院のベッドの上で何ヶ月も終わらぬ夢を見続けていたのは。

 時が経つのは本当に早い。

 歳をとるごとにその事を実感するばかりだ。

 

 今のボクたちはというと、羽丘高校を卒業して大学生になった。

 ただ半年も休校していたからひまりちゃんと一緒に留年し、病院でのリハビリや治療を経て一年遅れで蘭たちと同じ大学に進んだ。

 高校を卒業したからと言って僕たちの関係が切れるなんてことは決してない。

 どこへ行くにもずっと一緒で充実した毎日を過ごし4年間なんてあっという間に過ぎていった。

 

 

 そして、迎えた卒業式。

 ボクとひまりちゃんは無事に卒業し社会人への一歩を踏み出した。

 

 

 「葵、ひまり。卒業おめでとう」

 

 「蘭〜!ありがどぉぉぉ!!」

 

 

 卒業式に来てくれた蘭に号泣しながら飛びつくひまりちゃん。

 そんな彼女に蘭はよしよしと頭を撫でる。

 

 

 「忙しいだろうに、わざわざ来なくてもよかったんだよ?」

 

 「別に忙しくないし」

 

 

 蘭は大学を卒業してからはプロのロック歌手として活動している。

 "Afterglow" は蘭たちの大学の卒業と共に解散することになってしまったけど、その思いは今蘭に引き継がれている。

 

 

 「そんなことより、ひまり…………太った?」

 

 「うっ…………!」

 

 

 頭を撫でていた手がひまりちゃんのお腹へと移り軽くつまむ。

 お腹の肉は服越しでもわかるほどあることがわかった。

 

 

 「ひまりちゃん、最近はつぐみちゃんのお店に入り浸っていたからじゃない?」

 

 「だ、だって!お店の手伝いをしたらケーキをタダで食べさせてくれるって言われて………」

 

 「それで食べ過ぎたんだ」

 

 「美味しいから仕方ないの!」

 

 

 プリプリと怒るひまりちゃん。

 蘭も面白がってかニヤっと笑いながら揶揄っている。

 

 

 「二人の元気な姿を見れたから、あたしはそろそろ帰るね」

 

 「えぇ〜!?ちょっと早くない!?」

 

 「今作ってる曲を早めに仕上げたくて」

 

 「ほら〜、やっぱり忙しかったんじゃーん♪」

 

 「うるさい」

 

 「この後どうする?暇ならお昼ご飯でもどう?」

 

 「悪いけど、これからひまりと巴の店でラーメン食べる予定だから」 

 

 「葵くんごめんね〜」

 

 「そっか。それじゃあボクは羽沢珈琲店にでも行こうかな」

 

 「それじゃあ葵くん、()()()()()!」

 

 「うん。巴ちゃんにもよろしく言っといてね」

 

 

 ボクは二人に別れを告げ、羽沢珈琲店に向かう。

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 お昼を少し過ぎ、人がいない時間帯。

 ボクが普段羽沢珈琲店に行くのはその時だ。

 

 

 「つぐみちゃん。ひさしぶり」

 

 

 からんからん、とベルが鳴りその音に気づいたつぐみちゃんがキッチンから顔を出す。

 

 

 「あっ、葵くん!いらっしゃい」

 

 

 満面の笑みで迎えてくれる彼女は、いつも座っているカウンターへと案内する。

 

 

 「今日はマスターはいないんだね」

 

 「それが、お父さんとお母さんは旅行に出かけちゃって…………」

 

 「なるほど。でも、一人でお店回すの大変じゃない?」

 

 「そんなことないよ!バイトの子も来てくれるからね。まあ、今日はいないんだけど」

 

 

 つぐみちゃんは羽沢珈琲店の後取りとして、今も元気に働いている。

 短かった髪も今は腰に届くほどまで伸ばしていて、高校の時とは違う可愛らしさがあった。

 

 

 「ご注文はお決まりですか?」

 

 「そうだなぁ…………じゃあ、"いつも通り" でお願いしようかな」

 

 「わかりました。少々お待ちください♪あっ言い忘れてたけど、卒業おめでとう」

 

 「うん、ありがとう」

 

 

 つぐみちゃんはそう言い残しキッチンへと戻る。

 小さな手でコーヒーミルで豆を挽き、じっくり蒸らしたあとお湯を注ぐ。

 その間に、冷蔵庫からケーキを取り出しコーヒー共にそれを出す。

 

 

 「お待たせしました!"いつも通り" です」

 

 

 ビター風味のチョコケーキと羽沢珈琲店オリジナルのブレンドコーヒー。

 これがボクがこの店で注文する "いつも通り" だ。

 

 

 「…………っ!美味しい!」

 

 「そっか!よかったぁ」

 

 「もしかして、このケーキってつぐみちゃんが作ったの?」

 

 「あたりっ!お父さんのとは味が違うかもしれないけど…………」

 

 「ボクはこれぐらい苦い方が好きだよ。これからはつぐみちゃんに作ってもらおうかなぁ」

 

 「えへへ、ありがと♪」

 

 

 本当に美味しくて驚いた。

 確かにこれだと安心して店を任せられるだろう。

 しばらく二人で話していると、カランカランっ、と店のベルが鳴る。

 

 

 「やっほ〜。きたよ〜」

 

 「モカちゃん、いらっしゃい!」 

 

 

 ベルのなる方を見ると見慣れたパーカーでヒラヒラと軽く手を振るモカちゃんが姿があった。

 

 

 「あーくんも久しぶり〜」

 

 「うん。モカちゃんも元気そうで何よりだよ」

 

 

 モカちゃんはグルメブロガーをやっている。

 全国各地で食べ歩き、独特の採点方法や言葉で魅了し、今となってはかなり人気のあるブロガーになっていた。

 『色んなところを巡り続けていたらお金とか大変じゃない?』と聞いたら本人曰く『モカちゃんは天才だからブログ以外でも収入源があるんだよ〜』らしい。

 モカちゃんはボクの隣に座る。

 

 

 「つぐのお店も書かせてもらったよ〜。『美味しいコーヒーとお菓子があって、若くて可愛い店員がいる店だよー』って」

 

 「ちょっ、最後のは余計だよ!」

 

 「あはは。でも、本当のことだからいいんじゃないかな?」

 

 「…………………!」

 

 「おっとー。あーくん、そんなこと言ったらひーちゃんがヤキモチやいちゃうぞ〜?」

 

 

 モカちゃんはボクの頬にグリグリと人差し指を突き悪戯に笑う。

 

 

 「…………んーー?つぐー?」

 

 「……………えっ!?」

 

 

 モカちゃんは指を離しつぐみちゃんをみる。

 ボクも珈琲を口に含みながら同じ方を見ると、まるで茹で上がったかのように顔が真っ赤だった。

 

 

 「あれあれ〜?つぐ、照れてるー?」

 

 「ち、違うよ!!」

 

 「つぐ〜ダメだよー。あーくんにはひーちゃんっていう最愛の彼女がいるんだから〜」

 

 「モカちゃん!!」

 

 

 温厚なつぐみちゃんが珍しく声を荒げた。

 と言っても彼女らしい可愛らしい怒り方た。

 

 

 「揶揄いすぎはよくないよ」

 

 「は〜い」

 

 「二人には悪いけど、ボクの中ではひまりちゃんが一番だ。万が一の気も起こさないよ」

 

 「ヒューヒュー。ラブラブだね〜♪」

 

 「うふふ。ひまりちゃんもきっと喜ぶよ」

 

 「は、恥ずかしいなぁ…………」

 

 

 それからも3人の和やかな会話は続く。

 

 

 「それでそれで〜、あーくんはひーちゃんとどこまで進展したのかなぁ?」

 

 

 モカちゃんはボクの目をジッと見ながら悪戯に笑う。

 ボクはそんな彼女に余裕の笑みを浮かべて返す。

 

 

 「順調だよ。ボクは父さんの跡を継ぐことになって、ひまりちゃんも就職が決まったからね」

 

 「それはさておき、ラブラブ()()()()はどうなのかなぁ?」

 

 「……………えっ!?ど、同棲!?」

 

 「何でそのことを知ってるの!?」

 

 「ふっふっふー。モカちゃんを舐めてもらっちゃあ困るなあ」

 

 

 モカちゃんの言った通りボクとひまりちゃんは今同棲をしている。

 ひまりちゃんが別れ際に『また後で』と言ったのはそういうことだ。

 しかし、この事はみんなが集まったタイミングで言おうと思っていたけどどこから漏れたのか、いや、モカちゃんの情報網なら朝飯前ってことか。

 全く、昔からモカちゃんには敵わないな。

 

 

 「同棲を始めたのも2ヶ月ぐらい前かな?父さんの紹介で入居したところだけど、結構安くて広い部屋なんだ」

 

 「へぇ、羨ましいなぁ……………」

 

 「モカちゃんはママの作ったご飯が一番だから、親元をなかなか離れられないよぉ」

 

 「これからは仕事でお互い忙しくなると思うけど、今は問題なく過ごせてるよ」

 

 

 やはり彼女といえど、家族と違う人と24時間共に過ごすとなると緊張した。

 今まで任せきりだった家事も全て自分たちでやらなくてはならないし、家計のやりくりもある。

 両親はこれをやっていたのかと思うと本当に頭が上がらない。

 それに "異性" と住むんだから当然色々と気をつけないといけない事だってある。

 

 けれど、それを差し引いてもひまりちゃんとの生活はとても楽しく感じているのが現状だ。

 

 

 「そっか、葵くんとひまりちゃんはいつ結婚してもおかしくないんだね」

 

 「うん。ゆくゆくはそうなりたいね」

 

 「ヒューヒュー、カッコいいねぇ♪」

 

 「なんだか、こっちが照れちゃうよ…………」

 

 「あはははっ!」

 

 

 幼馴染と話すのはやはり楽しいものだ。

 これからも、こんな時間が続けばいいな。

 

 

 

***

 

 

 

 「いらっしゃい!!」

 

 

 商店街にある馴染みのラーメン屋さん。

 店外にまで響きそうな巴の大きな声で鼓膜が震える。

 

 

 「巴〜、久しぶり〜!」

 

 「おおっ!ひまりか!それに蘭も!」

 

 「巴、声大きすぎ」

 

 「いやぁ、つい癖でなぁ」

 

 

 巴はラーメン屋さんで修行をしている。

 長かった髪もバッサリと切り、中学の時を彷彿とさせるほど短くなった。

 ラーメン好きなのは周知のことだったけど、まさか仕事にするとは考えもしなかった。

 お師匠さんもいい人そうだし、上手くやってるというのは今の巴の表情を見てわかる。

 

 

 「立ち話もなんだし、適当に座ってくれよ」

 

 

 巴にそう言われわたしたちはカウンターに座る。

 

 

 「注文はどうする?おすすめは豚骨醤油だぞ!」

 

 「あたし醤油ラーメンで」

 

 「ええっ!?おすすめは豚骨醤油って言ったじゃん!?」

 

 「いや、この前モカと食べたし」

 

 「ったくよー……………ひまりはどうする?」

 

 「わたしはもちろん─────」

 

 

 ここでわたしの頭にある言葉がよぎる。

 

 『ひまり、太った?』

 

 蘭と再開した直後に言われたセリフだ。

 確かにここ最近はつぐのお店に通いっぱなしだったし、ご飯だって何杯もおかわりしている。

 体重計にだって何週間も乗っていない。

 ここで高カロリーメニューを頼めばダイエットがさらに厳しくなる…………。

 

 

 「えっと、豚骨醤油の少なめで」

 

 「あいよっ!」

 

 

 結局、人間の三大欲求には勝てなかった。

 鼻歌を歌いながらラーメンを作る巴を側に、わたしと蘭の間に沈黙の空間ができる。

 

 

 「蘭、あのね……………」

 

 

 切り出したものの、言葉に詰まる。

 

 

 「なに?」

 

 

 不思議そうに首を傾ける蘭。

 

 

 「その……………葵くんの、ことなんだけどね」

 

 「うん」

 

 「同棲できたのはすごく嬉しかったんだけど、なんだか、蘭に申し訳なくて……………」 

 

 「なんで?」

 

 「だ、だって!葵くんを奪い取るみたいな感じだから…………」

 

 

 わたしは心に引っかかっていたことを告げた。

 蘭と葵くんは幼馴染とは一線を画す間柄。

 姉弟なのだ。

 彼の知らないところをたくさん知っているだろうし、信頼関係だってわたしたち以上にあるのは間違いない。

 そんな彼を、わたしは "同棲" という形で蘭から奪い取ってしまったんだ。

 

 わたしはそのことでずっと悩んできた。

 

 

 「…………ふふ、あはははっ!」

 

 

 蘭は突如大声で笑い出した。

 

 

 「ははは。ひまり、考えすぎだって」

 

 「どうして!?」

 

 「別にあたしは葵とずっと暮らしていくわけじゃないんだし。寧ろ、せいせいするって感じだよ」

 

 「そ、そうなの?」

 

 「生真面目だし、神経質だし、優柔不断なところもあるけど、あたしの弟をよろしく頼むね」

 

 「う、うん!」

 

 

 ようやく話せてスッキリした。

 蘭は本当に優しい幼馴染だ。

 

 

 「へいっお待ち!醤油と豚骨醤油のミニね!」

 

 

 カウンターからラーメンが運ばれてきた。

 食欲をそそる濃厚なスープの香りが漂い、お腹を鳴らす。

 中太麺と大きなチャーシュー、トロトロに煮込まれた卵と彩り豊かなネギと紅生姜が入った非常に食べ応えのあるラーメンだ。

 

 

 「実はアタシが師匠に頼んで作らせてもらったからな!」

 

 「これ、巴が作ったの!?」

 

 「すごい。美味しそう」

 

 「まだまだ半人前って言われるけど、よかったら食べてくれよ」

 

 「もちろん!それじゃあ──────」

 

 「「いただきます!」」

 

 

 まずは蓮華でスープを掬い堪能した後、麺を啜る。

 

 

 「…………うん!美味しい!!」

 

 「悪くないね」

 

 「そうか?サンキューな」

 

 「これで500円なんだからホントお得だよね〜♪」

 

 「喜んでくれて何よりだ」

 

 

 ラーメンを食べ終わった後、巴も混じり3人で話をする。

 

 

 「しっかし、葵とひまりが同棲か〜…………。大人になったんだなぁ」

 

 

 巴はビールジョッキ片手に懐かしむように話す。

 

 

 「巴仕事は?」

 

 「ああ、今日は客が全然来ないから上がっていいってさ!いやぁ、ビールとチャーシューの組み合わせは格別だよなぁ」

 

 「巴ってわたしたちと同い年だよね?」

 

 「一人だけもう立派なおじさんだよ」

 

 「なんだと〜?」

 

 

 巴だけだけど、こうやってお酒が入って話をするのもまた大人って感じがして新鮮だ。

 わたしも少しだけ飲んだことあるけど、アルコール3%のお酒でも酔うほど弱い。

 まだまだ子供である。

 

 

 「蘭の仕事はどうなんだよ〜」

 

 「今は順調だよ。作曲もいい感じで進んでるし、ライブまでには仕上がりそう」

 

 「二人とも大人だなぁ」

 

 「ひまりは看護師だっけか?」

 

 「うん。そうなの」

 

 

 そう。かく言うわたしの就職先は病院、看護師だ。

 きっかけはあの時─────わたしが入院していた時にずっとお世話になっていたから、今度はわたしが誰かを助けたいって思ったのがきっかけ。

 子供の時はもっと違う夢を抱いていたけど、誰かの役に立ちたいと言う夢は昔からずっと変わらない。

 今からもう、ワクワクとドキドキが止まらないのだ。

 

 

 「看護師って休みとかあるの?」

 

 「不定期ではね。深夜勤務とかもあるみたいだから大変かも」

 

 「ほー。それはキツイな」

 

 「お世話になった分頑張る!」

 

 「おお!そのいきだぞひまり!!」

 

 

 酔った巴がわたしの背中をバンバンと強く叩く。

 あまりの強さに、ラーメンが出てきそうになる。

 

 

 「間違っても変な号令をしないようにね」

 

 「どんなアドバイス!?」

 

 「あっははは!アタシもひまりを見習って、早く一人前になって自分の店をもつぞ!」

 

 「巴も間違ってもスープにビールを入れないようにね」

 

 「するかバカッ!」

 

 

 わたしたちは笑いに包まれる。

 いつかは必ず抱く夢。

 それをこうやって最高の仲間たちと話せると言うのは幸せなことだろう。

 

 今度はまた、みんなでしたいな。

 

 

 ううん。今度とは言わず10年後も、20年後も─────

 

 

 

***

 

 

 

 羽沢珈琲店を出たあと、ボクは足速に家へと戻り再び外に出る。

 目的地に向かいながら携帯を開きひまりちゃんに電話をする。

 

 

 『もしもし葵くん?』

 

 『ひまりちゃん、今どこにいるの?』

 

 『巴のラーメン屋さんを出たところだよ。美味しかったぁ♪』

 

 『ボクも今度行こっかな』

 

 『絶対豚骨醤油食べさせられるからね!』

 

 『あっはは、巴ちゃんなら推してきそうだね。そんなことより、家に帰らないであるところに来て欲しいんだ』

 

 『うんいいよ。場所はどこ?』

 

 『羽丘神社の頂上。待ってるよ』

 

 

 そう言い残し電話を切る。

 久々にあの階段を登るとなると億劫になるけど仕方ない。

 だって、そこがいいんだから。

 

 

 なんとか階段を登り切り、ベンチで座って待っていると、はあはあと息を切らしながらひまりちゃんも到着した。

 

 

 「ごめんね。急にこんなところに呼び出したりして」

 

 「はぁ…………はぁ…………大丈夫、だよ」

 

 「ほらっ、ここにおいで」

 

 

 ポンポンとベンチを軽く叩くと、ひまりちゃんはふぅーっと息を吐き腰掛けると肩を寄せてきた。

 

 

 「えっへへ〜♡」

 

 

 嬉しそうに笑う彼女の頭を撫でる。

 

 

 「覚えてる?高校入学前にみんなでここを登ったこと」

 

 「うん!あの時はみんな登るのだけで苦労してたもんね」

 

 「この夕日を見て蘭は "Afterglow" と言う名前をつけた。言わば、ここがAfterglow(ボクたち)の結成の地でもあるわけだね」

 

 「今でも鮮明に覚えてるよ」

 

 

 彼女の頭を撫でていた手を肩に回し抱き寄せる。

 

 

 「覚えてる?ここで告白したこと」

 

 「もちろんだよ!ここでバレンタインのチョコも渡したんだよね」

 

 「うん。なんだか知らないけど、舞い上がっちゃったのかな?あの時はすごく変な気分になったんだ」

 

 「ギュッて抱きしめられたと思ったら、()()()()()をしそうになるんだもん!そりゃびっくりするよ!」

 

 「あ、あそこで押し倒したのはひまりちゃんじゃないか!」

 

 「その原因を作ったのは葵くんです!」

 

 

 お互いに顔を見合いぷっと小さく笑う。

 

 

 「今となっては全て過去の話なんだよね」

 

 「でも、確かに覚えてるよ」

 

 

 ひまりちゃんはボクの手をギュッと握ってこっちを見る。

 

 

 「葵くんと過ごした時間は絶対に忘れない。わたしは、これからも葵くんと一緒にいるよ」

 

 

 満面の笑みで言われたその言葉が胸に突き刺さる。

 本当にボクはいい彼女と出会えた。

 運命には、感謝しかない。

 ひまりちゃんの言葉を聞いてボクもどうやら安心したようだ。

 

 ずっと立ち上がり、ひまりちゃんの前に立つとその場に片膝をつき同じ目線で話しかける。

 

 

 「ひまりちゃん」

 

 「な、なに?」

 

 「ボクは──────頼りない人間だ」

 

 「え?」

 

 「これからもひまりちゃんには迷惑ばかりかけると思うし、つまらないことで喧嘩することもあるかもしれない。だけど…………ボクがひまりちゃんに抱いてるこの気持ちは決して変わらない。必ずキミが幸せだと思えるように尽力する。だからどうか─────」

 

 

 ポケットから小さな箱を取り出し、開ける。

 

 

 「ボクと結婚してください」

 

 

 誠心誠意込めたその言葉。

 箱に入った指輪は夕日に照らされギラギラと輝く。

 彼女の目をまっすぐと見て伝えると、突如ひまりちゃんは啜り泣き涙をこぼし始めた。

 

 

 「ひまりちゃん……………?」

 

 

 彼女はポケットからハンカチをとり涙を拭うと涙声になりながら口を開いた。

 

 

 「ずるい……………ずるいよ……………」

 

 「これが、ボクの気持ちだよ」

 

 「わたしの方こそ、よろしくお願いします」

 

 

 ひまりちゃんはそう言い深々と頭を下げる。

 ボクは喜びのあまりその場でガッツポーズをする。

 出した婚約指輪を彼女の薬指にはめる。

 彼女の髪と同じピンクが主体のその指輪は、彼女をより一層輝かせる。

 

 

 「いつの間に、用意してたの…………?」

 

 「ほんの少し前だよ。バレないように必死になって隠してんだからね?」

 

 

 ボクは彼女にニカっと笑って見せた。

 

 

 「もうっ………!好き!」

 

 「ボクもだよ!」

 

 

 ひまりちゃんはベンチから立ち上がりボクも膝についた土埃を払い立つ。

 しばらく二人で見つめあった後、深い口づけを交わした。

 

 

 「これからもよろしくね。ひまりちゃん」

 

 「こちらこそ。不束者ですがよろしくお願いします」

 

 

 夕日に焦がれたこの恋心は、大人になった今でも決して色褪せることはない。

 

 もちろん、これからもだ。




いかがだったでしょうか?

ガルパ5周年と同時に今回は終わらせていただきました。
長らく読んでいただき本当にありがとうございました。
昔よりガルパは人気が無くなった、なんて話を耳にしますが、ボクはそんなこと一切気にしません。
これからも変わらずガルパの執筆に尽力したいと思います。

予定ではありますが、短編としてこの話の続き、そして要望にあった「よし蘭と葵が付き合っていたら」と言う妄想話も執筆予定です。


最後になりますが、更新頻度が遅くなることが多く、読んでいただいてる皆様には本当にご迷惑おかけしました。
誤字脱字や間違った表現などもたくさんありました。
これからも、もっとみなさんに楽しんでいただけるように頑張るので、ぜひ評価、お気に入り登録をよろしくお願いします。

では、みなさま。お世話になりました


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IFストーリー
第61曲 同棲生活のすゝめ


約半年ぶりか。
要望にもあったIFストーリー第一弾となります。

今回はエロ要素を後半に盛り込んでるので苦手な方はごめんなさい。
大学生にもなればそんなことだってするさ!
彼らはもう子供じゃないんだ!


 桜の花びらが舞い落ちる春の日に、僕は新しい門出を迎えた。

 

 

 「それじゃあ、父さん、母さん、蘭。今までお世話になりました」

 

 

 玄関で僕を見送る3人に深々と頭を下げる。

 

 

 「いつでも帰ってきなさい」

 

 「美味しいご飯作って待ってるわね」

 

 

 小さく笑みを浮かべる両親。

 それに対し、双子の姉は腕を組み無言でボクをみていた。

 

 

 「………………………」

 

 「蘭?」

 

 「まあ気をつけて。ひまりにもよろしく言っといて」

 

 「う、うん。わかった」

 

 

 どこか冷たくも感じるその言葉。

 しかし、ボクはちゃんと理解している。

 

 少し腫れ真っ赤になった蘭の目を見て小さく笑う。

 

 

 「ふふっ」

 

 「なに?」

 

 「別に何もないよ。あんまり言うと、蘭が怒りかねないからね」

 

 「はあ?何言ってんの」

 

 

 これは昨晩のことだ。

 蘭から借りていた、とあるロックバンドのCDを返そうと部屋の扉を開けようとしたその時、グスッ、グスッと涙声を発しながら小さく座る蘭の姿が目に入った。

 目が赤いのも、その涙が原因だろう。

 誤魔化しているようだけど、いつもと様子が違うのは日を見るより明らか。

 ボクと離れるのがそんなに寂しいことなのかと未だ疑問である。

 

 

 「蘭、遠慮する必要はないから遊びに来てよ。ボクたちはいつでも歓迎するよ」

 

 

 優しくそう話し、蘭の頭を撫でる。

 

 

 「ちょっと!揶揄わないでよ!」

 

 「あっはは。それじゃあまたね!」

 

 

 笑顔で手を振り、別れを告げ玄関の扉を開ける。

 ボクが家を出たと同時に、蘭が大きな声でこう告げる。

 

 

 「言われなくても遊びに行くから!!」

 

 

 ボクは背中を向けたまま、片手を上げて返事を返す。

 別に構わないさ。

 モカちゃんも、巴ちゃんも、つぐみちゃんも、みんな呼んでパーティーをするのもいい。

 賑やかな方が良いに決まっている。

 成人となった今、お酒も飲めるし高校の時には話せなかった胸の内を明かすのも良いかもしれない。

 まあ、蘭はすぐに酔うからすぐに潰れると思うけどそれもまた面白い。

 楽しみなことが目白押しだ。

 

 

 「その前にまず、ひまりちゃんとの共同生活に慣れないとだね」

 

 

 一抹の不安も抱えて新居へと歩み出す。

 

 

 

………………………

 

 

…………

 

 

 

 実家から徒歩10分ほどの距離にある築10年も満たない綺麗なマンション。

 ここが、これからボクとひまりちゃんが暮らす場所だ。

 父さんのツテで借りることのできたこの家の家賃は、本来大学生が借りるには複数のバイトを掛け持ちでもしない限り住むのは困難だ。

 『二人の将来のために』という理由だけで父さんが全額負担してくれ、二人の同棲が決まった。

 こんな良いところに住まわせてくれるなんて本当に頭が下がる。

 

 

 「あおいくーーーん!」

 

 

 ボクを見つけるや否やひまりちゃんは駆け寄り、ボクの胸元に飛びつく。

 

 

 「おはよう、ひまりちゃん」

 

 「うん!おはよう!」

 

 

 幸せそうに満面の笑みを浮かべるひまりちゃん。

 今日この日を待ち望んでいたのだろう。

 

 

 「えっへへ〜♪」

 

 

 ぎゅーっと力強く抱きつく彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

 「ようやくだね」

 

 「うん!二人だけの生活!」

 

 「まずは管理人さんに挨拶をしないとね。ほらっ、行くよ?」

 

 「はーい!」

 

 

 元気な返事とは裏腹にひまりちゃんはその場から動かず抱きつく力も弱まることもない。

 

 

 「……………あんまりくっついてると歩けないよ?」

 

 「だって離れたくないんだもーん」

 

 

 頬をすりすりと擦るひまりちゃん。

 

 

 「じゃあこのまま管理人さんと挨拶しないとだね。この状態だと話せないだろうから、ひまりちゃんの紹介も代わりにボクがやるよ。えーっと、確かあそこに…………」

 

 「ごめんなさい。調子に乗りました」

 

 

 すぐさま離れるひまりちゃん。

 

 

 「はははっ。別に嫌じゃないんだけどね」

 

 「流石に人に見られるのは恥ずかしいよ…………」

 

 「家に着いたらいくらでもできるから。ほらっ、いくよ」

 

 「はーい!」

 

 

 手を繋ぎ、二人並んでマンションへと入る。

 

 

 

***

 

 

 

 管理人さんから鍵を受け取り、部屋に入るとボク達が事前に郵送していた段ボールに詰めた荷物が届いていた。

 その段ボールたちを掻い潜り、足をすすめると広々としたリビングへと着く。

 

 

 「綺麗〜〜!!」

 

 「ほんとだね!」

 

 

 太陽の光が差し込むフローリングの床や真っ白な壁紙は傷ひとつなく、六畳ほどある和室もどこか実家を思わせる作りとなっていた。

 ベランダからは街の景色が一望する事もでき、大学からも近い。

 地上10階建ての10階にある4LDKのこの部屋に文句の一つも出てこない。

 

 

 「実際借りようと思ったらいくらするんだろうね…………」

 

 「葵くんと蘭のお父さんに感謝しないとだね…………」

 

 

 気持ちは素直にありがたいが申し訳なさが勝つ。

 

 

 「とりあえず、荷物を整理しようか」

 

 「うんっ!」

 

 

 ボクたちは段ボールを次々と開封し、服や小物などを各々の部屋へ置く。

 郵送した段ボールの比率は8対2。

 もちろんひまりちゃんの方が多い。

 僕の部屋にはあまり物はなかったし、持ってきた荷物のほとんどは洋服だ。

 それらの服をしまう、実家で重宝していた鏡付きの大きいクローゼットももちろん持ってきた。

 あっという間に片付けが終わり、ひまりちゃんの方を手伝おうと部屋へと向かうがその姿はない。

 リビングへ行くと、椅子に腰掛け頬杖をつきながら何かを見てる彼女の姿が目に映った。

 

 

 「何をみてるの?」

 

 

 ひょこってひまりちゃんの肩から顔を出す。

 

 

 「あっ!べ、別にサボってたわけじゃないよ!?」

 

 

 驚いた表情を浮かべブンブンと手を振り否定する。

 もちろん僕はそんなことを疑っちゃいない。

 

 

 「それって……………高校の卒業アルバム?」

 

 「うん。家から待ってきたの」

 

 

 夏空の下、その暑さにも負けない笑顔を見せる6人組。

 Afterglowの面々がその写真に写されていた。

 

 

 「懐かしいね」

 

 「もう何年も前の話なんだねぇ…………」

 

 

 二人で感慨深い思いに浸る。

 体育祭に文化祭、林間学校────ううん、それだけじゃない。

 何気ない日だってボクたちは同じ時間を共有した。

 アルバムに綴じられた写真だけじゃない。

 数々の思い出はボクの脳にしっかりと刻み込まれているんだ。

 

 

 「大学はどう?楽しめてる?」

 

 「うん!もちろん!葵くんは?」

 

 「ボクも同じだよ。高校の時とは違って男友達もたくさんできたしね」

 

 「よかったね!」

 

 「うん♪」

 

 

 ひまりちゃんはアルバムを閉じ、立ち上がるとぐっと伸びをする。

 

 

 「ねぇ、葵くん」

 

 「なに?」

 

 「大学に入学してから─────何人の女の子に告白されたの?」

 

 

 ひまりちゃんからの唐突な質問。

 特に隠す理由もないので正直に答える。

 

 

 「えっと、20人ぐらい…………かな?入学したての時は多かったけどそれからはめっきり減ったけど……………」

 

 「知ってる?葵くんを狙ってる女の子って大勢いるんだよ」

 

 「へ、へぇ」

 

 「知ってる?わたしたちが別れるのを心待ちにしてる女子がいることを……………ふふふふ」

 

 「あの、ひまりちゃん?」

 

 「………………もう!!」

 

 

 ひまりちゃんは突如ボクの懐に飛び込む。

 

 

 「葵くんは、わたしだけの葵くんなんだからね!!」

 

 

 ボクの体に顔を埋めてぎゅっと抱きしめる。

 朝会った時の続き、といったところかな。

 そんな彼女の頭をよしよしと撫でる。

 

 

 「ひまりちゃんも、ボクだけのひまりちゃんだからね。他の男の人に目移りしたらダメだよ?」

 

 「うん!!!」

 

 

 顔をあげ、白い歯を見せ満面の笑みで答えるひまりちゃん。

 

 

 「休憩したし、そろそろ片付けを再開しよっか」

 

 「わたし、まだ全然終わってない…………」

 

 「ボクはもう終わったから手伝うよ。何からすればいい?」

 

 「大好きっ♡!」

 

 

 それからしばらくひまりちゃんがボクから離れることもなく、片付けは予想以上に長引いた。

 

 

 

***

 

 

 

 同棲して始めての夜。

 引っ越しの片付けも、夜ご飯も、お風呂も済ませて今、わたし、上原 ひまりはダブルベットの上に正座していた。

 

 

 「…………………………」

 

 

 この姿勢を続けて10分。

 足が少し痺れてきたけれど、今のわたしの心理状況はそれを認識できるほど冷静ではなかった。

 

 

 (これって…………"結婚初夜" ならぬ、"同棲初夜" っていうやつでは……………?)

 

 

 緊張で太ももに置く両手に力が入る。

 わたしがこれほど落ち着きがない理由。

 それは、これから葵くんとするであろう()()()()についてだ。

 

 わたしたちは成人になり体つきも大人になった。

 みんなにいじられてばかりのわたしだけど、人並みに知識はあるし、興味だってある。

 男の子の葵くんはわたし以上の欲望を抱えているだろう。

 言っておくが、わたしは処女だ。

 どんなことをすればいいかとか、どうすれば喜んでもらえるか、全く分からない。

 エッチな動画だとなんの参考にもならないってネットに書かれていたし、わたしにはどうすることもできない。

 練習相手を探すなんてできるわけないから話だけは聞いて、頭でっかちのまま今日を迎えた。

 ドキドキしすぎて体中が熱い。

 

 

 「一体どうすればいいの〜〜!!」

 

 

 思わず頭を抱える。

 Afterglowのメンバーに相談しようとも考えたが、何せデリケートな問題だ。

 実の姉である蘭は絶対無理だし、モカは間違いなく揶揄ってくるし、つぐはそもそもその知識があるのか疑問だ。

 消去法にはなるけど、こんなこと話せるのは一人しかいない。

 姿勢を維持しながやその人物に電話をかける。

 

 

 『もしもーし』

 

 「あっ、もしもし?巴?」

 

 『久しぶりだなー。元気してたか?』

 

 

 相変わらずの元気ボイスで巴は電話に出てくれた。

 

 

 「うん。あのね、ちょっと相談があって…………」

 

 『なんだなんだ。急に改まって』

 

 「実は──────」

 

 

 わたしは幼馴染に全てを話した。

 これからしようとしてること、考え、気持ち。

 消去法なんていったけど真剣に悩んでいる時はいつだって巴に話していた。

 こうなるのも必然だったのかな。

 

 

 「──────ということなんだけど」

 

 『んー、こればっかりはアタシにはどうすることもできないからなぁ』

 

 「そうだよねぇ…………」

 

 『………………ハハハッ』

 

 「急に笑い出して、なに!?」

 

 『いやぁ、ひまりも大人になったなぁと思ってさ!』

 

 「当たり前でしょ!」

 

 『ちっちゃい時から一緒にいた幼馴染たちがそんなことするなんて夢にも思わなかったからなぁ。なんだか新鮮な感覚だよ』

 

 「巴だって恋人ができたらそうなるんだよ?」

 

 『アタシはいいよ。二人を見てるだけで十分満足だしな!』

 

 「そんなこと言ってると、あっという間におばさんになっちゃうよ〜?もしかしたら、あこちゃんが先に結婚しちゃうかも?」

 

 

 悪戯にそういうも、巴は全く動じない。

 

 

 『アッハハ!ないない!あこに限ってそんなことあるわけないだろ?』

 

 「実はもう既に…………」

 

 『ハハハッ…………………いやぁ、ないない。絶対ないな』

 

 「巴?」

 

 『……………なんか、ビール飲みたくなってきた』

 

 「なんで!?」

 

 『なんとなくだよ!』

 

 

 わたし自身、お酒はかなり弱い。

 20歳になって少し飲んだことはあるけど、3%の酎ハイでも酔ってしまう。

 巴はAfterglowの中では1番の酒豪で、毎日のようにお酒を飲んでいるから将来が非常に心配だ。

 ちなみに葵くんはわたし以上に弱く、外でも基本はソフトドリンクしか飲まない。

 

 

 「お酒はほどほどにね〜?」

 

 『おー。まあ、よかったらまた話聞かせてくれよ。じゃあなっ!』

 

 

 電話を切り、わたしは携帯の電源をオフにする。

 微かに聞こえていたシャワーの音は消え、お風呂の扉が開く音が聞こえた。

 葵くんが寝室「ここ」へ来るまであと少し。

 落ち着かせるようにふぅーっと息を吐き、胸に手を当てる。

 ドクンッ、ドクンッと継続的に鳴り、未だ緊張したままだ。

 しばらくすると、葵くんはバスタオルを首にかけ寝室へと入ってきた。

 

 

 「……………あれ?なんで正座してるの?」

 

 

 わたしの姿を見て首を傾げる。

 

 

 「い、いや!なんでもない!!」

 

 「ふーーん」

 

 

 適当に誤魔化してみせるけど、葵くんはそれを見逃さない。

 

 

 「……………えいっ!」

 

 

 葵くんはゆっくりとわたしに近づき、数十分同じ姿勢でいたせいで痺れていた足をツンと突き、その感覚が全身へと駆け巡る。

 

 

 「ひゃああああっ!!」

 

 

 完全に力が抜け、ダブルベットへと仰向けで倒れ込む。

 その様子を見て葵くんはケラケラと笑って見せた。

 

 

 「あははっ!も〜、何やってるの?」

 

 

 葵くんは首にかけていたバスタオルをベッドの近くにあるミニテーブルに置き、ベッドの上に腰を下ろし足を伸ばす。

 

 

 「もしかして、ずっと正座して待ってたの?」

 

 「う、うん」

 

 「なんで?」

 

 「あのぉ、そのぉ………………」

 

 

 言葉に詰まるわたしの顔を上から葵くんはまじまじと見る。

 恥ずかしさのあまり、思わず顔を枕で隠す。

 

 

 「なになに?分かんないよ」

 

 「…………わたしたちって付き合い始めてから随分経ったよね?」

 

 「うん」

 

 「わたしたちってもう大人だよね?」

 

 「うん」

 

 「ねぇ、葵くん─────」

 

 

 わたしは腕を大きく広げる。

 考えを察してくれた葵くんは、わたしの頬に手をそっと添え唇を重ねる。

 広げた腕を葵くんの背中へと回し、ガッチリと掴む。

 もう、しばらくは離さない。

 長い口づけの後、二人して顔を見合いクスッと笑う。

 

 

 「本当に、ひまりちゃんも慣れたよね」

 

 「数えきれないくらいしてきたからね〜」

 

 

 そう、これはもう幾度となく経験してきた行為。

 彼はわたしの横に寝転がった。

 

 

 「葵くんは、わたしと付き合えて幸せ?」

 

 

 彼の手を恋人繋ぎで握りそう問う。

 

 

 「もちろんだよ。これ以上にないほど、ボクはひまりちゃんと一緒にいれて幸せだよ」

 

 

 葵くんらしい、優しい言い方だ。

 嘘偽りないことをわたしは知っている。

 

 

 「うふふっ、嬉しい」

 

 

 そういい、わたしは笑ってみせる。

 その様子を見るや、葵くんは握っていた手に力がこもる。

 

 

 「ひまりちゃんは…………どうかな?」

 

 「もちろん、幸せに決まってる!」

 

 「そっか、よかった」

 

 

 自然と、葵くんにも笑みが溢れる。

 そんな彼にここぞとばかりにあることを問う。

 

 

 「葵くんはさ、わたしと……………()()()()()?」

 

 「えっ?」

 

 「だーかーらーっ!したくないの!?」

 

 「一体何を!?」

 

 

 本気でわからなそうにする葵くん。

 彼は純粋だからつぐみ同様そういった話題にも疎い。

 仕方ないな、と濁してきた言葉をありのまま伝える。

 

 

 「エッチだよ!エッチ!!」

 

 「エッ!?!?」

 

 「もう、女の子にこんなこと言わせないでよね〜」

 

 「ご、ごめん…………」

 

 「葵くんはわたしとエッチしたいなーって思ったことないの?」

 

 「それは、そのぉ………………」

 

 

 葵くんは視線を逸らし、言葉を詰まらす。

 そんな彼への質問にわたし自身答えてみせた。

 

 

 「わたしはあるけどなあ」

 

 「あるの!?」

 

 「そりゃあもちろん。葵くんは?」

 

 「そ、それはボクだって!」

 

 「あるんだ」

 

 「う、うん」

 

 「どんなことしたの?」

 

 「言わせる気なの…………?」

 

 「わたしも話すからさ♪」

 

 「えぇ〜…………」

 

 

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にする彼。

 一体彼の頭の中でわたしはどんな辱めを受けたのか、とても気になる。

 

 

 「まあ、ごく一般的なことをだよ」

 

 「そんなこと言って、エッチなビデオみたいに乱暴したりしてたんじゃないの?」

 

 「そそ、そんなことするわけない!」

 

 「ふふっ♪でも、葵くんがそういうことも考えてくれてて嬉しい」

 

 「……………こんなこと言ったら怒るかもだけど、ひまりちゃんはスタイルいいからそういう目で見てしまうのも無理ない、と思う」

 

 「へぇ〜?例えば、(ここ)とか?」

 

 

 揶揄うように笑みを浮かべながら指差す。

 

 

 「……………………ああもう!!」

 

 

 突如葵くんは手を解き、わたしに四つん這いになって覆いかぶさった。

 

 

 「ひまりちゃん、ボクだって男なんだよ?」

 

 

 顔を真っ赤にしながらわたしの顔をじっと見る。

 

 

 「知ってるよ」

 

 「今にだって、もう爆発しそうなんだよ」

 

 「─────我慢しないで」

 

 

 そんな彼の頬をそっと撫でてこう伝えた。

 

 

 「ねぇ─────葵くんの好きにして」

 

 

 わたしは葵くんに身を委ね、身体を重ねた。

 

 

 

………………………

 

 

…………

 

 

 

 目覚めると既に外は朝を迎えていた。

 カーテンから僅かに差し込んだ光がわたしの顔を照らす。

 目を擦りながら体を起こすと、服や下着は全く身につけておらず完全な裸のまま。

 眠気はあるが、昨日したことの記憶ははっきりと残っている。

 

 

 「本当に、したんだよねぇ」

 

 

 お腹をさすり実感する。

 パッと横を見ると、最愛の彼は可愛い寝顔を浮かべながらぐっすりと夢を見ていた。

 昨晩とは違い、今度はわたしが上になって身体を合わせる。

 心臓に耳を当てると鼓動がドクンッ、ドクンと鳴り血が全身を駆け巡る。

 

 彼の顔を見ると目をほんの少し開き、こちらを見ていた。

 

 

 「あっ、起こしちゃった?」

 

 「ううん。今起きたとこだよ」

 

 

 おはようの代わりに彼はわたしの頭を撫でる。

 

 

 「何してたの?」

 

 「葵くんの体を触ってた」

 

 「ははっ、昨日散々見て触ったでしょ?」

 

 「付き合い始めて今まで我慢してきた分、まだまだ足りないんです〜」

 

 「その気持ちは嬉しいんだけど、あんまり触られると…………」

 

 

 彼は頬を掻き、視線を逸らす。

 体を少しずらすとその言葉の表れとも取れる現象が起き、今にもわたしを襲ってきそうな勢いだった。

 

 

 「もう、エッチ」

 

 「ごめんね」

 

 「いいよ。わたしはいつでもウェルカムだから!」

 

 

 嬉しそうにそう言い、葵くんに抱きついた。

 同棲を始めて2日目。

 まだ2日目ではあるが、以前よりはるかに二人の関係は良くなったと感じる。

 互いに初めての相手。

 これからも彼のそばに寄り添っていきたいと、強く願う。




葵の意気地なし!!

ひまりを困らせてんじゃねぇ!!(マジ怒り)


我ながらこんな純粋無垢な男児はこの世にいないと信じてる。
末長く幸せになってもらいたいものですね…………。
次回は葵と蘭のIFストーリーとなります。
ご期待ください。


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第62曲 死んで花実が咲くものか

みなさまお久しぶりですっ。完結したのに今更なんのようだ!……と思う方もおられると思いますが、ふと思いついたので執筆することにしました。しばらく続く予定です。

今回は最終話から十数年後。葵とひまりの子供達が主人公となる物語となります。二人の遺伝子を受け継いだ子供たちのストーリー、ぜひご覧ください。


 満月の夜。縁側で見つめる空はどこか風流を感じる。カランと氷がグラスに揺れる音を楽しみながら、注いだお酒を喉に流す。

 思えばボクの人生は波乱波乱万丈だ。

 双子の姉ができ、幼馴染たちと出会い共に成長してきた。その中の一人、上原 ひまり───現、美竹 ひまりちゃんはボクの妻となり他の幼馴染や実の姉との関係も良好だ。

 気づけばボクも40代。世間では "おじさん" と呼ばれるはずだけど全くと言っていいほど老けることなく顔の若さは健在。強いていうならスタミナが落ちたくらいかな?

 あの厳格な父に似なくてよかったのか、よくなかったのか………。

 ボクとしてはもっと夫として威厳のある風貌でありたかったけど今はもう叶わぬ願い。今は別の幸せがあるのだから。

 

 

 「パパ〜〜!!」

 

 

 元気な声でボクを呼ぶ声が部屋を飛び越え縁側で黄昏るボクの元にも届く。後ろを振り返ればバタバタとこちらに近づく影が目に映った。

 

 

 「パパ!!」

 

 「どうしたの?友莉(ゆり)

 

 

 そうそう。言い忘れていたけどボクとひまりちゃんの間には子供ができた。数は3。女の子が二人で男の子が一人だ。

 勢いよくボクの背中に飛びついたのは長女の友莉。

 子供っぽい印象のある娘だけど今年で20になる大学生。顔立ちは蘭にそっくりで今は茶色に染めたけど、髪は肩にかかるくらいの長さでとどめている。

 友達が非常に多いようで毎日誰かと遊んだりして大学生活を満喫しているようだ。

 

 

 「あ〜!一人でお酒飲んでる!」

 

 「あはは。ママには内緒ね」

 

 

 唇に指を立て、友莉を宥める。

 見た目は変わらずとも体はもちろん衰えている。過去の検査で血圧が高くなっていることをお医者さんから指摘されたのだ。

 その原因も自分で理解している。今こうして手にしているお酒であると。

 昔は弱かったけど年々歳を重ねるごとにそれは改善され度数の高いものを口にしても平気なほどになった。おかけで今は父とも酒を酌み交わすほどになったのだ。

 ちなみにひまりちゃんは相変わらずで3%ほどのお酒でも酔ってしまう。まあそれが妻の可愛いところではあるんだけど。

 

 

 「友莉もいずれわかるようになるよ」

 

 「え〜。友莉、パパは大好きだけどお酒は嫌い!」

 

 「飲んだことあるの?」

 

 「まだないけど、ちっちゃい時間違って飲んじゃったビールがすごく苦くて不味かったの」

 

 「ははっ。よくあることだ」

 

 「だから友莉は決めたの!お酒は絶対飲まないって!」

 

 

 グッと拳を握りそう宣言する友莉。

 顔は蘭に似ていても、中身はひまりちゃんそっくりだ。

 

 

 「それで、ママに何か伝えられてたんじゃなかったの?」

 

 「………あっ、そうだ!もうすぐでご飯だから呼んできてって言われてたんだった!」

 

 「それじゃあ行こっか。あんまり遅いとママ、泣き出しちゃうからね」

 

 

 よっこらせ、と年老いじみた言葉を吐きながら今へと向かう。友莉はお腹が空いていたのかボクを置いて先走ってしまった。

 全く慌ただしい。あと数年でこの家を出るというのだから親としては少し、いやかなり心配だ。

 

 

 「もぉ〜!遅いよぉ!」

 

 

 ぶりぷりと可愛らしく怒る妻のひまりちゃんは体のバランスが少し崩れたものの、その明るい性格は健全。友莉共々、家族を明るく盛り立ててくれている。

 ごめんね、と謝りつつ席に着く。

 

 

 「今日は月が綺麗だったから、少し眺めてたんだ」

 

 「まだお月見って季節じゃないよね?」

 

 「まあね」

 

 

 月見で思い出したけど、マ◯クで期間限定で販売されるあの甘いシェイク。すっごく美味しいんだよなぁ。

 

 

 「あれ?ここにいるのは友莉だけなの?」

 

 

 テーブルに視線を移すと椅子に座っているのは長女だけ。残りの二人は一体………?

 

 

 「パパ隊長!友莉は声をかけたけど応答がなかったであります!」

 

 「二人とも、何してるだろ」

 

 「ちょっと呼びに………あっ」

 

 

 席を離れようとしたその時、次女の桔梗(ききょう)が姿を見せた。

 現在高校3年生の彼女はボクと同じ黒髪を腰に届くまで伸ばしていて、メガネをかけているのが特徴的だ。性格はどちらにも似ることなく、親からしても感心するほどの生真面目な性格である。部活には所属せずボクの跡取りを志し日々研鑽を積み重ねている。

 ここだけの話、背丈に関してはこの家の誰よりも高い174センチだ。息子ならともかく娘に抜かされるなんて非常に悔しい。

 

 

 「ごめん。待たせた?」

 

 「そんなことないよ」

 

 「そう」

 

 

 淡白に返し食卓に並ぶ椅子に腰を下ろす。

 

 

 「きーちゃん。もうちょっとパパやママみたいに愛想良くしたら〜?」

 

 「これがあたしだから」

 

 「む〜。頑固者め〜」

 

 

 社交的な長女と内向的気味の次女。

 こうも似つかないのだからきょうだいは面白い。

 

 

 「桔梗。桃弥(とうや)は?」

 

 「知らない」

 

 

 桃弥は我が家の長男で兄弟でいうと末っ子にあたる愛息子だ。今年高校に入学したばかりでひまりちゃんと同じ桃色の髪をした活発な子で、少しヤンチャが過ぎるところもあるけど根は優しい子だとボクは知っている。どうやらギターを弾くことと歌うことが好きなようで部屋に大切に保管しているようだ。

 最近は家にいることが少なくなり、夜遅くまで出歩いたり部屋に篭ったりすることが日常茶飯事で、親としてもどう声をかけたらいいかわからない。思春期だから、という言葉では片付けたくはないね。

 

 

 「友莉が呼んでこようか?『エロ本なんて読んでないで出てこいやー!』って」

 

 「やめなさい」

 

 

 すぐさまツッコミを入れる。これは一人の親として、一人の男として今の言葉を見過ごすわけにはいかない。ひまりちゃんと楓もボクに続く。

 

 

 「友莉ちゃん!女の子がそんなこと言っちゃいけません!」

 

 「はぁ、少しは桃弥の気持ちを考えてあげたら?」

 

 「だって〜!この前部屋を漁ったら出てきたんだもん〜………あっ、その本のタイトル教えてあげよっか?」

 

 「いい加減にして」

 

 

 桔梗が友莉の頬を掴み言葉を遮る。ボクがするとDVだなんだと冗談混じりに騒ぎ立てるからありがたい。

 まあ、姉妹喧嘩に発展しそうになるなら全力で止めるけれども。

 

 

 「もにゅぬんのにゃっ(なにすんのさ)!」

 

 「姉さんはもっと自重して」

 

 「お母さんは友莉ちゃんが一人で暮らしていけるか心配だよ………」

 

 「それはボクも同じ気持ちかな………」

 

 「ひぃほぉふぃ(ひどい)!!」

 

 

 純粋過ぎるのも困ったのもだ。親としてはやはりもう少ししっかりしてほしいと願う。

 

 

 「とりあえずボクが行くよ。みんなは待ってて」

 

 

 女性陣を居間に残し子供部屋へと向かう。

 無駄に広いこの家はボクら家族のためにと父が和風モダンに建ててくれた。

 5人家族なのに部屋がその倍はある。全く、孫が可愛いからって張り切るのはいいけど掃除が大変だということも理解してほしいな。

 実家も母さんがほとんどしていたというのに。

 そんなことを考えていたら三つ並んだ部屋の扉の前に到着する。左から長女の友莉、次女の桔梗、そして長男の桃弥の順だ。

 名前付きのプレートが掛かった扉をコンコンとノックする。

 

 

 「桃弥」

 

 

 扉越しに呼んでみるも返答はない。ドアノブに手をかけゆっくり気づかれない程度に引いても鍵がかかってるようだ。

 

 (ホントッ、世話の焼ける………)

 

 昔、実家でも同じようなことを経験したことがある。朝寝起きの悪い蘭を起こすためにあれやこれやと手を尽くしていたことを思い出す。

 一番効いたのは確か………

 

 

 「今すぐ出てこないと桃弥の携帯を使用できない契約にしちゃうよ?」

 

 

 若者にとって携帯は命。

 友達と連絡を取り合うのはもちろん、ゲームや写真、買い物の支払いでも使われるなくてはならないツールだ。

 その契約を結んでいるのはボクの名義。月々の支払いを止めれば必然的に使えなくなるのは目に見えている。子供への脅しとしてこれほど効果的なものはない、と父はよく口にしていた。

 ボクの言葉に反応してか、不服そうな声でようやく返答される。

 

 

 「…………分かった。今、行くから………」

 

 

 数十秒扉の前で立っていると静かにそれが開き桃弥が姿を見せた。

 

 

 「オレなんかほっといたらいいのに」

 

 「そんなわけにもいかないだろ?」

 

 「オレは高校を卒業したらこの家を出るつもりだから」

 

 

 高校1年生の子供が大きなことを言う。

 そういえば、昔父さんと蘭がバンドのことで揉めた時も同じようなことを言っていたような………。

 全く、ボクの子供だと言うのに片割れ(らん)にばかり似るのはどうかと思うんだけど。

 

 

 「バンドで食べていくつもりなの?」

 

 「親父には関係ない」

 

 「それはそうだけど………」

 

 「オレは蘭おばさんを超えるシンガーソングライターになる。親父の跡を継ぐ気なんて更々無いから」

 

 

 そう言い残し一人居間へと向かう桃弥。息子の言葉に怒りなどない。彼の人生なのだから好きに生きればいいとボクは考えている。

 だけど、今の桃弥の様子を見て少しだけ不安を感じでいた。夢に向かって努力し続けるのはいいことだけど、それに囚われすぎて視野が狭くなっているのではないか?他にもっと大事なことがあるのではないか?

 そんなことが脳裏をよぎる。

 

 (これは………要相談、かな)

 

 心の中でそう呟きボクも居間へと向かう。

 

 

 

***

 

 

 

 夜もすっかりと更け子供たちが寝ついた頃、ボクは再び縁側でお酒を飲みながらいろんなことを考え込んでいた。

 特に、桃弥の将来についてだ。

 次女の桔梗は問題ない。友莉も………まあ大丈夫だろう。桃弥はやはり心配に思う。

 音楽の世界はそうそう甘くないと蘭から愚痴を散々聞かされているからだ。今も姉はテレビや雑誌で特集を組まれるほどの人気を誇るシンガーソングライターで、ソロでドームに立ったこともある。家族として本当に誇りに思う。

 幼かった桃弥はそれに憧れてあのようなことを口にするようになったんだろう。

 しかし、蘭のような存在になれるのはほんの一握り。誰でも簡単に辿り着けるほど簡単なものではない。

 再三言うが夢を持つことは非常にいいことだ。しかし、その夢の途中で挫折し絶望を味わってしてしまったらどうするのか。親としてはそこが一番心配だ。

 他に選択肢なんていくらでもある、なんて言葉では到底励ましにはならないほど今の桃弥は音楽に人生を賭けている。日々の練習だって怠らない。今も部屋で演奏の練習をしているはずだ。

 桃弥にどんな言葉をかけたらいいかわからない。

 

 

 「あっ!またこんなところでお酒なんか飲んで!」

 

 

 ぱっと横を向くと、妻のひまりちゃんが頬を膨らませながらこちらに近づき隣に腰を下ろした。

 

 

 「ははっ、バレちゃった」

 

 

 なんてわざとらしく言葉を吐きながら妻の顔を見る。反応を察するに友莉は本当に告げ口をしなかったようだ。うん、純粋でよし。

 

 

 「………今日は、一段と悩んでるみたいだね」

 

 「わかる?」

 

 「何年あなたの妻でいると思ってるの?」

 

 「全く、敵わないね」

 

 

 隣に座る妻にボクの思いを打ち明ける。

 桃弥のこと。そして、これからのこと────

 親身になって聞いてくれたひまりちゃんは少し考えながらもすぐさま答えを出す。

 

 

 「子供なんてみんなそれだけ大きな夢を持つものだと思うよ」

 

 「そうなんだ………」

 

 「小さい子供が『魔法少女になりたい』とか『ヒーローになりたい』って言うのと同じ。まずは応援してあげることが大事だよ」

 

 「ひまりちゃん………」

 

 

 妻の言葉には確かな説得力がある。将来のことなんて神様でもない限り誰にもわからない。

 だからこそまずは夢に向かって努力する息子を応援すること。挫けそうになったら手を差し伸べること。

 親としてできることを当然のようにするのが今の桃弥を支えることに直結するんだ。

 

 

 「キミと結婚して本当によかったよ」

 

 

 ひまりちゃんを抱き寄せ唇を重ねる。歳をとったとはいえ愛おしいことに変わりはない。今も目の前の妻はボクからの愛情表現を真正面から受けている。

 

 

 「もうっ、お酒臭いよ」

 

 「あはは。ごめん」

 

 「急にそんなことされたら────したくなっちゃうじゃん………♡」

 

 「おいでっ」

 

 

 瞳の色を変えたひまりちゃんはボクに抱きつき体を預けた。幾つになろうと昔のままなのはひまりちゃんも同じだったようだ。

 淫らな行為に及んだ次の日の朝、やたらと肌艶の目立つひまりちゃんとやや疲労感の見えるボクが子供たちと食卓を囲んだのは別の話。




とりあえず最初はジョブ程度に。後々、子供達の詳細も執筆しようと思います。まずは二人の関係性から………

葵=ひまりのことは、ひまりちゃんと変わらず呼んでるけど子供達の前ではお母さんやママと呼ぶ。
ひまり=葵のことは、あなた、葵くんと呼ぶけど子供達の前ではお父さんやパパと呼ぶ。

時が経ち、子供ができた今でも「〜くん」「〜ちゃん」って呼び合うの、いいですよね笑

最後になりますが、高評価、お気に入り、感想お待ちしてます!


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