友達が少ない俺、TSツインテールでこの素晴らしい男女逆転異世界の魔法少女戦隊になるそうですがこの中に一人、男の娘がいる!のと敵の女幹部が弟だけど中二病でも愛さえあれば青春ラブコメには関係ないのは (サッドライプ)
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その名はフレアカノン①


 最初は俺ツイであべこべものやろうと思ってたんだ…。

 トゥアールさんの行動が年齢詐称して高校に潜入してまで女子学生に猥褻行為をひたすら働き続けるアラサーおっさんでしかなくなるから無理だった!



 

 世界は一つではない。

 存在の座標を定義する概念がいわゆる“次元”と呼ばれるものだが、物質生命が観測しうる三次元というものはあくまでその他の条件を全て固定した前提での座標に他ならない。

 例えば時間という第四の次元。

 それを軸線とするだけでも、無数に絡まった積層世界を新たに観ることができる。

 

 一つ一つの世界はそれぞれの特色があり、しかし相関性を持つのかどことなく類似している点が多くなる。

 だがただでさえそうした視点を持つスケール感の違いだけでも知性体同士のコミュニケーションには大きな障害となるのみならず、在り方そのものが異なる『第六層世界』の物質生命の価値観は、『第一層世界』の精神生命体たる“彼”にとって多分に理解に苦しむものだった。

 分泌される化学物質に支配され抗えない衝動を発生させたかと思えば、それを発散すると同時に賢者の如き悠然さを纏うこともある知能は、中途半端に法則性がある分だけ余計に把握を困難にさせる。

 感情と本能、理性と煩悩が複雑に絡み合い、同一個体が同一の状況に際して“気分”で行動を変える非合理は、接触と対話に大層難儀を強いられた。

 

 とはいえ、必要に駆られ遥々この辺境世界で過ごさざるを得ない“彼”は、なんとか地球と呼ばれる天体を巣とする者(ニンゲン)達の思考パターンの分析にも慣れてきたところだ。

 

 それによるならば、次に聞こえてくるのはか弱い男性の悲鳴である筈だったのだが。

 

 

「ええのんか……?ひひ、ここがええのんか……?」

 

「………ぇ、と?」

 

 

 男が、尻を撫でられている。

 二十台後半と見られる女が、どう見ても未成年の少年の尻を楽しそうに撫でまわしている。

 

 中年向けのアダルトコンテンツですら今時ないようなヒヒババアの台詞を、興奮に塗れ震えた声で吐きながら、真正面から少年を抱き締めるようにして回した手で尻の感触を堪能している。

 きちんとアイロンがけされた黒いタイトなスーツを着こなし、一つ一つが手入れされたドレスシャツや革靴、髪留めで各部を整えているし、眼尻をきりっと凛々しく上げていれば整った容姿をしているのだから異性からの羨望も少なくないだろう。

 そして今の息荒く紅潮して鼻の下が伸びた表情で、百年の恋だろうが問答無用で液体窒素をぶちまけられた状態になるに違いない。

 

 真昼のオフィス街、営業に精を出していたであろう敏腕サラリーウーマン―――だが残念ながら、どんなエリートでも魅力的なオスを見ると簡単に理性を蒸発させてしまうのがこの世界のメスである。

 不思議と破綻しないが――政治経済文化スポーツにいたるまで、優れた身体能力と何より男1に女10と言われる圧倒的な人数比から、中枢となって社会を回している女性達がこの有様なのがこの世界である。

 

 だからなぜか真昼間から薄い半袖Tシャツ一枚に膝丈のデニムというエロい格好でオフィス街をうろついていた可憐な少年に対し猥褻な行為に及んだ女がいても、何も不思議なことはない。

 むしろ不可解なのは、筋力差から無駄だとしても必死に初対面の性犯罪者に抵抗するどころか、「この姉ちゃん何がしたいの?」と言わんばかりに首をかしげながらなすがままにされている少年の方だった。

 

 女ならば目も当てられないような歪な造形の面や吹き出物などで荒れた肌、不摂生で弛んだり逆に骨と皮と揶揄できるような肉体でも、男であれば「それはそれでアリ」と一定の需要が見込まれるようなこのご時世。

 やや背は低めで童顔だが、勝気で年下好きに好まれそうな少年がまるで「性欲に狂った女から偏執的な性的衝動を向けられた経験なんかない」と言わんばかりの初心な反応を示すのは不自然を通り越してありえないことだ。

 

 それでも少年は困惑の表情で手持無沙汰に棒立ちになっている。

 もしかしたらこの状況に性的な意味すら感じられていないのかもしれない。

 

 明らかに異常―――だが、“彼”はそこまで当惑していなかった。

 知性体であれば個体が多ければ人格に著しいイレギュラーがある者も中にいるのは物質生命に限った話ではないし、そもそも直前に少年に困惑させられた身だからだ。

 

 

『僕と契約して、異世界を救うヒーローになってよ!』

 

『よし、任せろ!!』

 

 

 “戦士”の適性を持つ者があまりにも少ない為、“彼”が適当な近域座標の世界までサーチをかけて見つけ連れてきたのがこの少年。

 そして世界転移の際にろくに―――というより全く説明を求めることなく、二つ返事で“いきなり現れた宙に浮かぶクリオネもどき”についてきたのがこの少年である。

 

 ニンゲンのオスは暴力が付随する概念に理屈の通らない拒絶感を持つ傾向があると分析していたし、未知の存在に対する警戒心を考えれば説得は難航すると考えていただけに、ある意味で喜ばしい誤算だったが、それだけに今後彼とどのように接していくのがベストなのかいまいち測りかねているのが正直なところだった。

 

「くひっ!も、もうたまらん……っ」

 

「えっ、なに急に引っ張って―――チカラ強っ!?」

 

 とはいえ、せっかく異世界から連れてきた少年を、この血走った目の女に路地裏に連れて行かれて強姦されては都合が悪い。

 少年の初心な反応にもそそるものがあったのだろう、明らかに理性を蒸発させた女性をどう処理するか考えながら、“彼”は少年にのみ己を知覚させている状態をまず解除しようとする。

 

 だが。そもそも街中白昼堂々の未成年への性犯罪、目撃者も通報者もいない筈がなく。

 

 

「ちょっと署まで来い」

 

 

 性犯罪者の肩をみしみしと強く掴む警官の女の声。

 犯罪発生から僅か十分足らず、日本の警察は優秀だった。

 

 

…………。

 

「違うんです。彼とは前の前の前世から繋がっていて……」

 

「ふーん。で、君の名は?」

 

 なんだか危ないというか台無しというかな取調べが繰り広げられている最寄の警察署の別室。

 乱雑に書類が積み上げられた机がいくつも並んだオフィスで少年は警官と話をしていた。

 事情聴取、というには案件が案件だけに下手な聴き方はできないという配慮なのだろう、半分は雑談のようなやりとりだったが。

 

「君、大丈夫だったかな。名前、言える?」

 

「あ、どうも。沖田シンっす」

 

 少年―――シンはペットボトルのお茶を注いだ紙コップを受け取りながら、警官に訊かれて答えるという主人公としては割と斬新な形で名前を明かした。

 

 沖田シン君か、漢字はどう書くのと手元の書類から視線を移し、相手がもらった飲み物を一気飲みしている最中だと気づくと、警官はくりくりした瞳の可愛い系の――職業に不似合いと気にしている――面貌を苦笑に染める。

 シンの挙動を警戒の顕れと考えたのか、次に出した言葉は別方向のアプローチだった。

 

「ごめんね。こういうときは夫警(ふけい)が対応するべきなんだけど、やっぱり数が少ないから。

 私で大丈夫かな?」

 

「?………婦警(ふけい)が少ない??」

 

 きょろきょろと日焼けした壁に年期の入ったオフィスを見回すシンだが、何か引っかかることでもあったのだろうか。

 警察官という危険な職業になる以上、希少でか弱い男性のなり手など殆ど居らずちらちらと仕事ついでにシンの方を伺う警官たちは当然皆女性である。

 その中でも一番男性を怖がらせないだろうということで選ばれたのが彼女なのだ、当人のコンプレックスはさておき。

 

「……どうしたの?やっぱりダメ?」

 

「いや、おねーさんでダメってことはないっすけど」

 

「っ、ふふ、そっか。ありがとう、沖田君。

 私は湊悠花(みなと・ゆか)です。改めてよろしくね?」

 

 職務上致し方なしと、極力その表情を更に和らげるように意識しながら、悠花はシンに微笑みかける。

 ほんの僅かに頭を下げるだけの態度に、警官相手故の硬さ以外が見当たらないことを確認して安堵して、―――職務に全力で専念すべく、気合を改めて入れ直した。

 

 そうでもしていないと、自分も取調室に連行される側に回りそうだったから。

 

 

(やばい………ムラムラする……)

 

 

 だってエロいんだもの、この少年。

 職場で最も背の低い悠花と同じくらいの低めの背丈に細身の、しかししなやかさが見て取れる腕や足が短い裾から覗き放題。

 少し季節外れの薄着はちょっと汗に濡れるだけで体の線や胸のぽっちが見れると思うと涎が垂れそうになる。

 ましてやこの小生意気が混じりつつ元気いっぱいといった感じの少年におねーさん、なんて呼ばれるものだから背筋にぞくぞくするような快感が走ってしまった。

 

 じわりと青い制服の中で、各所に湿り気が発生するのをおくびにも出さないように心掛けながら、けれど至福とも言える気持ちで悠花は天然エロの男の子との会話という職務(やくとく)へと邁進する。

 

「それで、君はどうして―――、」

 

 否、邁進しようとした。

 

 

『××県警より管区、××県警より管区!北区3丁目望月公園、アブダクター発生!応援求む!

 繰り返す、北区3…きゃああっっ!!?』

 

 

「「ッッ!!?」」

 

 署内の全館放送と、悠花の身長と裏腹に職場トップを誇るサイズの胸元に引っ掛けられたトランシーバーから切羽詰まった声が鳴り、そして短い悲鳴と共に途切れる。

 唐突な音声だけの非常事態。

 普通なら僅かなりとも何が起きたか分からずに茫然とするだろう。

 

 だが、普段から真面目な警官たることを心掛けていた悠花と、先ほどまで痴女に触られるがままだったシンは、同時に反応した。

 習慣からトランシーバーを確認し、一瞬他から目を離した悠花と。

 

「――――え?」

 

 その一瞬だけで、何人もの警官が詰めるオフィスから忽然と姿を消したシンと―――。

 

 

 

 

「なあ、そのアブダクターってのが悪の組織なのか?」

 

『この世界の人類にとっての害悪、という意味ではまさにその通りだね』

 

「なら―――、」

 

 なんのことは無い、今までずっとそこにいたにも関わらず気付かれなかった“彼”の能力を受けて、すれ違う署員の誰にも認識されない状態となったシンが薄暗い警察署の廊下を疾走する。

 勘で非常階段に通じるドアを開き、オートロックの通用口を内側から開き、警察署の裏口に出ながら、その顔は真剣さと高揚が混じり合ったまさに戦士のそれ。

 

 

「――俺は、ヒーローになるんだ!」

 

 

 芯の通った宣言と共に高い塀に切り取られた空にかざした右手に、光の結晶として具現化する紅の宝石。

 煌々と輝く妖しい光は、それ自体がまるで炎を閉じ込めたような熱を感じさせた。

 

 それを胸元に手繰り寄せ、一度左手と交差させた後全力で正面へと突き出す。

 気迫のこもったそれは、“この世界の”人々が空想に夢見るヒーローそのものの、

 

 

「逆装ッッッ!!!」

 

『Tran-S-Exial』

 

 

 変身ポーズと呼ぶにふさわしいものだった。

 

 だから、“彼”からこの世界に連れてこられた際に渡された宝石――――TSEライザーは、チカラは、シンに応える。

 淡い粒上に拡がった赤い炎のヴェールの中で、シンの衣服を霧散させながら新たな装束を象どる。

 渦巻くようにまとわりつきながら量を増す粒子の光の中で、その装束に合わせるように少年は輪郭を変えていく。

 

 背が縮んで、胸が少しだけ膨らんで、肩や腰回りのラインがなだらかになり、肌は光を弾くような白雪のそれへと染まっていく。

 粒子を吸い込んで紅金に染まった髪はその長さを何十倍にも伸ばし、そのカーテンの下でシンプルな無地のシャツとスカートが宙に浮かぶ肢体を覆った。

 顔もいつの間にか全体のパーツが小さく、しかし瞳はきらきらと碧光を湛える無垢で可憐な少女のものとなっている。

 穢れを知らぬ―――そう形容するに不足は無い装いとなったシンを護るように、残る赤の粒子がそれぞれ髪飾り、セーラー服、グローブ、ブーツとして不思議な金属光沢を放つ布として固着する。

 

 力強さと繊細さを併せ持った膝まで伸びた長髪を二条に分ける髪飾り、淡く輝く赤いセーラー服を飾るカラーと胸元の宝玉を留めるリボン、そして膝上のミニスカートと白地の部分にやはり赤い光のラインをアクセントとして走らせると、シンはそのブーツで虚空を蹴って一回転、グローブを嵌めた細い指でチェキを決めながらどこへともなくウィンクをして、地上にすたっと降り立つ。

 

 

 完全に変身を終えたその紅の姿は、まさに“この世界の”魔法少女(ヒーロー)、新たなる戦士、逆装転女【トランスエクシアル】フレアカノン。

 

 

「…………、…………………、え゛??」

 

 

 男の身で魔法少女(ヒーロー)をやってくれる人を見つける為に異世界まで捜索した“彼”に応えたシン。

 その変身後の勇ましい雌姿で―――何故か彼は自分の今の姿に対して、困惑というか茫然というかむしろ混乱の極致といった感情がふんだんに凝縮された一文字だけを吐いて、警察署の裏口でしばらく硬直していたのであった。

 

 




後半へ続く!!






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その名はフレアカノン②


 フレアカノン(沖田シン)…主役系魔法少女。貧乳ロリ。男の姿でも当然貧乳。

 湊悠花…どことなく貧乏くさいオーラを放つおまわりさん。合法ロリ巨乳。調書どころか連絡先も取れずに被害者を帰してしまったので始末書不可避。

 性犯罪者のおねえさん…再登場はしない。が、同類は腐るほど登場する。



 

 晴天の下、公園に植えられた緑の深い広葉樹をずぶ濡れにする雨が一瞬だけ降り注ぐ。

 

 噴水よりも高く噴き上がった大量の水は、水飛沫なんて言葉では表現として似つかわしくないほどの勢いで乱舞した。

 その下を潜るように、蒼の少女が疾走する。

 

「ワカツナミ―――“斬”ッ!!」

 

 水色の長髪が清涼な風の中で躍り、金属光沢を持つコバルトブルーの生地を彩るように波打つフリルの白が翻る。

 過多気味の白い布飾りですら誤魔化せない起伏に富んだ肢体を誇る長身の美少女は、たおやかな美貌を険しく張りつめさせながら、凛とした声と共に腕を振り切る。

 

 そのほっそりとした手の軌跡をなぞるようにたなびく、淡く煌く薄い羽衣から水流が集まり虚空に生まれるのは、少女の背丈よりもなお巨大な三日月型のギロチン刃。

 水の刃といえば音速の水流で物を切断するウォーターカッターという代物があるが、これは分子結合を“浸蝕”し裂断するというベクトルを異にする原理。

 距離を取れば空気抵抗で霧散し水鉄砲未満にしかならないウォーターカッターと異なり、威力を保持したままの透明な刃を少女は弧を描かせて飛ばす。

 

 CGでも再現困難な、水を自在に操る幻想的な光景を生み出しているのは、元々この世界で活躍していた魔法少女、逆装転女【トランスエクシアル】アクアクロスだ。

 およそ二か月前、悪の侵略に苦しむ人々を救うべく颯爽と現れた彼女は、活躍と呼ぶには十分な戦果をこれまで稼いできていた。

 

 

 だが、それだけに敵の憎しみと対応手段を分析される時をも稼いでしまったのも事実。

 

 

「ゲロゲロゲロゲロッ、効かないゲロッ!!」

 

 嘲笑なのか得意げなのか、それともただの癖なのか分からないステレオタイプな蛙の鳴き真似をしながら、いやらしい声がアクアクロスに放たれる。

 その声の主は、ずんぐりした胴体と短い手足のシルエット、毒々しい緑のぬめる体表と飛び出した眼球のようなセンサーアイ、蛙を模した奇形の人型だった。

 あらゆる物質を切り裂く筈の刃は、ガニ股で直立するその怪人にぶつかり、ばしゃりとただの水塊となって崩れる音を立てるのみとなる。

 

「く……!」

 

「何度やっても同じゲロッ!オマエの技はこのバイオノイド=ゲロッグの脂スキンの前に全て弾かれるのだゲロッ!!」

 

 もはや公園の土全てを泥だまりに変えるほどに荒れ狂った水の跡は、それだけアクアクロスが技を放ちそしてそれが無意味に終わったことを示す光景で。

 彼女が操るのはただの水ではなく、水の形質を持った魔法であればこそ、変幻自在の多彩な攻撃が繰り出せるのが彼女の強みだった。

 だが空気中の水分が飽和して霧がかり始めた一帯を背景に佇む敵の怪人は、その水魔法を無効化することに特化した防護膜で体表を覆っているため、一切の攻撃が通じない。

 

 そして、片手の指では足らない数、それも先のような斬断魔法を始めとする消費の大きな様々の魔法を放った代償は、確実にアクアクロスに襲い掛かってきていた。

 

「はぁっ、はぁっ………!」

 

「息が上がってるゲロ?」

 

「っ、うるさい……っ」

 

 息が上がっている、なんてものではない。

 倦怠感や疲労はもちろんのことだが、まるで“世界から自分の存在がズレている”かのような喪失感と違和感が全身の感覚を包んでいる。

 もともと彼女が行っているのは字義通りの“変身”であり、現在アクアクロスとして姿を保っているのも魔法を操るのも同質のチカラを消耗させているのだ。

 故に、確かな限界の存在するそのチカラが少なくなれば当然身体に変調を来すし、使い切れば“彼女”は魔法少女でいられなくなる。

 

 そうなった場合の末路が頭に過り、ふるふると首を震わせた。

 

 怪人の背後、薄緑色に濁った半透明の球体の中に人型のシルエットが浮かんでいる。

 倒れ伏す警官の女性たちを、そして今魔法少女であるアクアクロスを排除しながら、その球体を守っている敵の目的を知っていても、それでも問わずにはいられない。

 

「……その人を、どうするつもりだっ!」

 

 あの球体の中には、異世界の蛙怪人ゲロッグが拉致した一般市民がいる。

 粘液らしき白く濁った液体でどろどろになった、半ば破けたパンツしか身にまとうことを許されていない―――――、

 

 

 

「ゲーロゲロゲロゲロ、知れたことゲロ。

 オスブタ調教して孕ませ肉蛇口にするゲロ!!」

 

「なんてことを…!」

 

「そんな、いやあああああっっ!!?助けてえっ!!」

 

――――角刈り日焼けマッチョな二十歳くらいのか弱い男性が、太い眉をハの字にして腕で自分の胸と股間を隠しながら、怪人の衝撃的な宣言にあられもない悲鳴を上げる。

 

 

 

 白濁粘液でてろてろとその肌をてからせながら球体の中でもがく男性。

 アクアクロスの強化された視力は膜越しでも男の瞳に涙が溜まっているのが見えてしまった。

 

「くっ!―――あぁっ!!?」

 

「おっと。そろそろ遊びは終わりにするゲロ?」

 

 助けなければ、と思うのに。

 許せない、と思うのに。

 

 ゲロッグは舌に当たる部分から赤い鞭を取り出し、へばるアクアクロスを打ち据える。

 熱さとも取れる強烈な痛みが襲い、たまらず苦悶の悲鳴を上げた。

 

「きゃあああっ!?」

 

「ッ、うるさいゲロ、男みたいな悲鳴上げてるんじゃない!!このっ、このっ!」

 

 びゅんびゅんと鞭が唸り、空気を裂く不吉な響きに強張った躰を遠慮なくしばかれる。

 

「~~、くぅっ!?」

 

 鞭といっても、怪人のそれは防弾ガラスすらたやすく突破する威力を秘めている凶器だ。

 それを直撃させられて、護りとなっていた雅やかながらも愛らしさのあった青の装束が肩口から破けて、アクアクロスの豊満な乳房が半ば露出する。

 痛みを庇うよりも寧ろ羞恥心から、咄嗟に自分の体を抱き締めるように露出した柔肌を隠した彼女に、怪人はいよいよ苛立った風に喚き、攻めた。

 

「ゲロゲッ、まったく女の胸チラとか誰得ゲロ!鞭で叩かれる女って時点で生理的にアウトだってのに………!?」

 

「ひぁ……っ!」

 

「うわこいつ泣きやがったゲロ!?」

 

 単純に、そして純粋に激痛―――さらには好き勝手な事を好き放題に言われてしまっている羞恥心と屈辱、無力感、そして恐怖。

 果敢ではあっても突き抜けるほどの気丈さを持たないアクアクロスは、その深い蒼色の眼から透明な涙を溢れさせていた。

 

 だが、この世界で男ならいざ知らず、戦場に立つ女が泣いて這いつくばっているなど嘲笑の的以外の何物でもない。

 

「かぁっ、つくづく男みたいで情けない奴ゲロ。こんな奴に今まで我々の活動が邪魔されてきたかと思うとこっちが泣きたいくらいだゲロ。

 ゲロゲロゲロ………女の癖に、ホントみっともないったらねーゲロ」

 

「ぁぅ、あ……っく」

 

 必死で涙を拭って怪人を睨みつけようとするアクアクロスだったが、一度失った覇気はうまく戻ってきてくれなかった。

 体に震えが走って立ち上がることも出来ず、態勢を崩して何度も手をついて敵を見上げ続けることになる。

 

 ゲロゲロゲロゲロ―――。

 

 耳障りな蛙の嘲笑。

 ひとしきり嗤って………そしてすぐに飽きたのか、唐突なその嘲笑の終わりと共に、アクアクロスの顔目掛けて赤い鞭が振るわれた。

 

 

「それじゃあアクアクロス―――死ね」

 

 

 一秒も必要とせずに自分の顔面を潰すであろう音速の凶器がやけにゆっくり見えた。

 スローモーションの感覚が魔法少女として強化された身体能力の賜物ではなく、俗にいう走馬燈と呼ばれるものだと瞬時に理解できてしまった。

 そんな彼女に思考できたのは、たかが三文字で。

 

(いやだ―――)

 

 死ぬのが、敗けるのが、救えないのが、何もできないのが。

 終わるのが、いやだと。

 

 そんな少女は、確かに見ていた。

 己の眼球目掛けて疾走する鞭を掴んで止め、握りつぶした掌の中でそれを焼き払う紅蓮の炎を。

 

 義憤に燃える、烈火のような少女の背中を。

 

 

「人の涙が、そんなに面白いかよ」

 

 

 黒焦げになって崩れた鞭の先端を空にぱらぱらと散らしながら、熱風に髪と服を揺らす少女は可憐ながら怒りに満ちた問いを投げる。

 

「人を泣かせるのが、そんなに愉しいかよ!?」

 

「っ、お前は何者ゲロ!?」

 

 化け物から問いに問いを返された炎の“魔法少女”は、決然と名乗りを上げた。

 何故、と言うなら律儀だからでも美意識だからでもないだろう。

 敢えて言うなら。

 

 

「紅蓮の銃士、フレアカノン!!」

 

 

 彼女がヒーローだから。

 

「この子の仲間だ!」

 

「!ボクの、仲間……?」

 

 知らない誰かを助ける為に現れて。

 

「正直期待とだいぶ違うけど、魔法少女だってヒーローだ。

 だからお前を、ぶちのめす!!」

 

「新たなトランスエクシアルだと!?」

 

 理不尽な悪の前に立ちはだかる。

 

 

「ラビ・シューター!」

 

 

 胸の前で組んだ腕と、右手に握った宝玉【TSEライザー】。

 それが光条となったかと思うと、閉じた傘の骨組みのような形で六本の鋼が覆う台座を編み、宝玉が移動して錫杖となり、腕の動きと共にくるりと一回転する。

 

 それを肩に担いだフレアカノンに、やや斜め後ろに控えた“彼”が指示を出す。

 アクアクロスはそれを見て、ああ、彼女―――否、彼は確かに自分の仲間なのだとまだぼんやりした意識で確信した。

 

『よしフレア、その魔法の杖で―――』

 

「分かってる!………ぶん殴ればいいんだろ?」

 

『そう、ぶん殴る、……え??』

 

「ゲロ!?」

 

 赤い少女が地面を蹴った。

 ぬかるんだ足場とは思えない俊足で間合いを詰める速度のままに、怪人の脳天目掛けて魔導杖を鈍器として振り下ろす。

 

 銃士と名乗っておきながら、シューターと武器の種別を宣言しておきながら、間違いなく駆け引きの意図などない真っ直ぐさで繰り出された一撃がフェイントとして機能したのか無防備にその直撃を受けた蛙怪人が悲鳴を上げた。

 インパクトの瞬間に接触面で宝玉が輝き、おびただしい熱量の爆発が打撃に上乗せされる。

 

「痛っ、熱っ、ちょっ、飛び道具じゃふべっ、騙したゲ、ロっ!?」

 

「は?人聞きの悪いこと言ってんじゃねえ、ヒーローの銃はぶん殴りながらゼロ距離で撃つもんだろうが!!」

 

 何度も宙に弧を描いて爆熱を叩き込まれる度につっかえながらも怪人が発した混乱の叫びに、おかしな理屈ながらその迫真さに謎の説得力が生まれているこだわりで叫び返すフレアカノン。

 

「ゲロぉ……」

 

「せっ、はあッ!!」

 

 脂スキンというだけあって幾十も爆炎のラッシュで打ちのめされた蛙怪人の至る所の表皮が炎上していた。

 そして激しい連撃の前によろめく自分の倍の体積はあるであろう怪人を、腰を落として溜めを作った横のフルスイングと一際派手な爆炎で吹き飛ばす少女は、宝玉をカバーする鋼のパーツにそれぞれ赤熱するほどのチカラを込めながら、不敵に微笑む。

 

「初陣だからな。必殺技で、一気に決めさせてもらうぜ!!」

 

 錫杖の先端に集う、六条の圧縮され滞留した爆炎が周囲を陽炎の空間へと変える。

 己の姿を揺らめかせる蜃気楼の中、その姿を消失させるフレアカノン。

 

「六・連・爆・鎖――――」

 

「ゲロ……ッ!?」

 

 錯覚。

 

 爆発を開放しながら、その反作用で一瞬で相手の懐に潜り込んだ魔法少女は、既にその爆炎杖を振り抜く体勢に入っている。

 

 

「―――ヒート…リヴォルバーッッ!!!」

 

 

 鼓膜を通り抜け、腹と心臓まで震わせるような轟音が都合六発。

 至近距離で連弾となって刹那の内にぶち込まれたエネルギーが、灼熱の球体となって醜悪な蛙怪人を焦がしつくす。

 

 敵を葬る炎熱で白い肌と赤い装束や髪を照らされながら、不敵に可憐に微笑む少女が、くるくると錫杖を回して肩に乗せた。

 未だ活動を停止したのを確認していない敵に背を向けて見栄を決めるのは、己の“必殺”技に確信を持っているから。

 愚かしくも―――少なくともアクアクロスは、そこに美しさを感じ取っていた。

 

「本当に、あの人が……」

 

『期待以上だね、フレアカノン』

 

 

「へへっ、見たか。

 ヒーローは居るんだ、今、ここに!」

 

 

 アクアクロスとクリオネもどきに腕を掲げて戦闘終了の締めの台詞を叫ぶ、そのフレアカノンの背後で火花を散らしながら蛙怪人が崩れ落ちる。

 全身が炭化した無残な姿で、絞り出すように最後の願いを言いながら。

 

 

「ゲロ……せめて………たった一握りでいい……おちん…ち………っ、――――――」

 

「マジで滅びろよ、おい」

 

 

 どこか眩しそうに赤の魔法少女を見上げていた青の魔法少女が、すっと能面のような冷たい表情でその最後の願いに苛立ちを吐いて立ち上がった。

 

「うお、大丈夫かあの人!?」

 

 と同時に怪人の停止と同時に球体の表面が破裂し、白濁した粘液でべとべととその妖艶な全裸を汚されたマッチョの角刈り男が気絶した状態で地面に落ちる。

 慌てて駆け寄ろうとしたフレアカノンの腕を、アクアクロスが掴んで逆方向に引っ張りながら駆け出した。

 

「キミはこっち!あの人は警察とかに任せた方がいい」

 

「え、でも……」

 

「初陣でろくにキャパも分かってないんだろう?

 “キミがボクと同じなら”、万一でも変身解除して正体がばれるなんてあっちゃいけない!」

 

 フレアカノンの戦闘中になんとか回復したのか、容易く住宅街の屋根から屋根を数軒飛ばしで跳躍しながら移動する青の少女に、赤の少女も反射的に追随する。

 ビルの高さほどの上から見下ろすアクアクロスは、家主が不在のままなのか荒れた一軒家の庭先に目標を定めるとそこに降り立った。

 

 遅れて着地したフレアカノンとふわふわと漂ってくる(移動速度を考えればかなりの高速で浮遊していたことになるが)クリオネもどきの気配しかいないのを確認すると、変身を解いた。

 淡いシアンの光に包まれた少女はその装いをラフなパーカーとジーンズに変え、青のセルフレームのメガネを掛けた“少年”の顔が姿を現す。

 

「えっと………つまり、あんたも?」

 

 流石に目の前で他人の姿が性別ごと変貌する光景はまだ新鮮なのか、自身もまた同じ光景を描くフレアカノン―――否、朱の燐光を散らしながら沖田シンに戻って目をぱちくりさせた。

 それをおかしそうに笑って、メガネの少年は口を開いた。

 

「まずは助けてくれてありがとう。

 ボクは岬衣玖鎖(みさき・いくさ)。逆装転女【トランスエクシアル】アクアクロス、キミの先輩ってことになる」

 

 彼は後に振り返る。

 この異世界から来た少年との出会いが、侵略者との本当の闘いの始まりだったと―――。

 

 

 

――――。

 

 暗黒の闇の中、妖しい光が脈動するようにパイプを伝う。

 緑がかった黄色の得もいえぬ不安感を掻き立てるその流れは、一つの窯に繋がっていた。

 骨焼き場のそれを連想させる不吉さはある意味真実であり―――その蓋が開くと共に、一人の女性がそこから転げ落ちた。

 

「――があぁっっ!!?」

 

 ぜえぜえと明らかに異常な呼吸音を立てながら、ぼさぼさの髪を振り乱して苦痛に喘ぐ。

 その様を冷たく見下ろしながら、その近くの地面でハイヒールの靴音を高く鳴らす影が一人。

 

 

「――――失態だな、ゲロッグ」

 

「い゛、委員長閣下……!」

 

 

 その女性は、襟を立てた黒のマントを羽織り、時折ちらちら見え隠れする爆乳を覆い隠すように腕組みをして敗北者の価値を値踏みしている。

 無機質な銀の仮面に隠されていても、その視線の冷たさは雰囲気だけで十分に彼女を震え上がらせた。

 

 ゲロッグ、というコードネームで呼ばれた女性。

 彼女はそう、先だってフレアカノンに撃破されたあの怪人を操っていた“委員会”の尖兵の一人。

 だが使命を果たせぬ役立たずの末路など、取るに足らぬ些事でしかない。

 それを理解しているゲロッグは苦悶を必死に抑えながら地を這いずりつつも必死に懇願する。

 

「もう一度、もう一度チャンスを……っ!あの新顔に邪魔こそされましたが、アクアクロスめを抹殺するところまで行けたのです。今度は、今度は……!!」

 

「―――今度、だと?」

 

「は、……っ!!」

 

 その悪あがきは、しかし迂闊にも絶対の上役の神経を逆なでするのみである。

 

「無能、極まれり。蛙女になって脳細胞が劣化しているのか?

――――まさか私の前でかの忌まわしき避妊器具を連想させる言葉を吐くとはなッッ!!この者を連行せよ、行先は当然、廃棄地区だ!!」

 

「い、いやだ、嫌……っ」

 

 廃棄地区、姥捨て街、呼び名は数あれどそこにある真実は一つしかない。

 全ての希望を無くした女達の掃き溜め、幸福を掴んだ者たちの地キジョ=バンとの対極。

 

「モジョ=バンだけは、行きたくないぃぃーーー!!!」

 

 銀の仮面を付けた女達に引っ立てられて遠ざかる敗北者の聞くに堪えない悲鳴は、しかし委員長と呼ばれた女にはすでに意識の外であった。

 

「聞け、皆の者ッ!!」

 

 暗闇に叫ぶ委員長の鋭い喝破に、しかしそこに潜んでいた者たちは揃えて沸き立つ。

 蠢いているのは女、女、女――――そこに男は一人もいない。

 

 

「―――今宵我らは男に餓えている」

 

 

 この場にいる者達だけではない。

 シンの居た世界でもない、衣玖鎖の居る世界でもない、この暗黒が広がる積層世界には、ごく一部を除いて男を知らずそして男を渇望する女しかいない。

 だからこそ、他世界から奪ってでも幸せを貪りに行く者達なのだ。

 

「この日、新たにフレアカノンなる小娘が我らが障害として名乗りを上げた。

 さて、これは凶事であるか?」

 

 数百の“委員”をして是、と言わせぬ威圧を放つ委員長。

 

「否である。ヴァージンロードとは邪魔者と競争相手の血で深紅に染めた絨毯に他ならない。ならば障害が増えたところで染料の不足を心配せずに済むことを喜ぶだけのこと」

 

 真理である、少なくとも彼女達の世界においては。

 

「失敗の確率が上がった?困難になった?そんな思考は惰弱、負け犬の発想だ。

 敗北の苦渋を舐める者の手に結婚指輪は輝かない!小賢しい算段など捨てよ、獣となれ!!恋愛結婚などという寝言を肯定するあのぬるま湯の世界から、全ての男を奪い尽くしてくれるッ!!」

 

 ざわりと。

 熱を増す演説に観衆は煽られ、体は震え、切望する結婚生活を妄想し、下着は濡れる。

 そしてその火に、何の躊躇いも無く――――委員長は油をぶっかけた。

 

 

「その気概を持つ者に、我ら委員会は必ずやチャンスを与えよう」

 

 

 一瞬の静寂。そして、歓声。

 熱狂は渦巻いてうねり、女達を絶頂に導き、弾ける。

 宗教にも似た信仰、だがあまりに似て非なるどす黒い欲望に裏打ちされた群集心理が、それを弄んで魅せる女傑に集中する。

 

 仮面の下でほくそ笑む委員長に捧げるように、いつしか混沌としていた喝采が波打つように纏まり始めた。

 たった三文字の喝采。

 それはこの委員会という集団を讃える合言葉であると同時に、その活動を言い表す略称でもある。

 

 ユーケーシー。

 ユー、ケー、シー。

 

 U、K、C。

 

 Ultimate KONKATSU Committee.

 

 その名は―――アルティメット婚活委員会。

 

 やがて運命に導かれた逆装転女達と死闘を繰り広げる侵略者(アブダクター)達の、未だ序幕の光景。

 熱気に湧く群集の上方、空間に溶けては現れるようにぼやけた影が一瞬だけ姿を現す。

 

『チチ……さすがはあいつだ。面白いことになってきた…チチチ』

 

 三枚の翼を持つ奇形の鳥のシルエットを、暗闇に重ね合わせて。

 

 

 





 アクエリオンEVOLとSTARDRIVERを男女逆転させてプリキュアっぽくするとこんな感じになるんだっけ(スパロボ知識)



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始動、魔法少女戦隊①


 日曜朝八時半放送!逆装転女トランスエクシアル!

 苦情じゃ済まないよなぁ………。



 

 青の魔法少女、アクアクロスこと岬衣玖鎖。

 

 家が喫茶店を営んでいるという彼が、助けてくれた礼にコーヒーでも奢りがてらゆっくり話がしたいと言うので、その案内に従ってシンは異世界の住宅街を駅の方向に進んでいた。

 道中物珍しげ―――というほど感慨深くもなさそうだがきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていたが、ふと中空を浮かぶ“彼”にその感想を投げかける。

 

「異世界っていっても、俺の居たところと大して違わないんだな」

 

『キミを連れて来たのはそう座標の離れていない同平面の積層世界だからね。

 違うところなんてせいぜいひとつやふたつ程度じゃないのかな』

 

「ふーん」

 

 そのひとつやふたつとやらが、男女の貞操観念がまるきり逆転した上にさらに極端な踏み外し方をしているという特大級の地雷案件だと気づきもしていないシンは、“彼”の解説に対して気のない返事を挙げるだけだった。

 強いて目に見える違いはと言えば、どの家も女性物の下着をベランダや庭先に無防備に干しているところくらいだろうが、そんな下着泥棒のような着眼点は持ち合わせていなかったようだ。

 

 そんなシンに、先導していた衣玖鎖が軽く振り返って感慨深げに言う。

 

「異世界って言ったら、今まであの変態怪人どもやそこの変態生物の相手ばっかりだったからさ。

 普通の子もいるんだなって思うと、ちょっと安心したよボクは」

 

 メガネ越しでもはっきりわかる遠い目は、何故かクリオネもどきに向けられていた。

 

「このクリオネがどうかしたのか?」

 

「どうかしたっていうか、どうかしてるっていうか……」

 

 

『あれ、シン、僕は君に名乗ったかな?ただちょっと発音がおかしい。

 末尾はネ、じゃなくてナ、だよ。つまりクリオn――――ぁ』

 

「白昼の住宅街で妙な単語を持ち出すな卑猥生物ーーーッッ!!」

 

『またそれか……まったくわけがわからないよ』

 

 

 シンと衣玖鎖にしか姿が見えていないし声も聞こえていない“彼”に対して、傍から見ればかなり不審な騒ぎ方をしていることすら考えが浮かばないほど顔を真っ赤にして取り乱す。

 そんな少年の潔癖さにより、以降“彼”の呼び名はクーとすることに決定した。

 

 

 そんな一幕を挟んで。

 

「着いたよ、ここがボクのウチで喫茶『リーズリット』だ」

 

 駅前の雑居ビル通りが途切れる辺り、路地に入ってすぐのところにその店はあった。

 外観は木製のテーブルと椅子が並べられたテラス席に、面の大きなガラス窓から覗くとカウンター席と数組の対面席が見える特に何の変哲もない喫茶店だった。

 

 憩いの場、ということであれば奇を衒うことでもないだろう。

 今は照明を落としているのか若干店内は暗そうだが、落ち着くには十分な雰囲気を醸し出していた。

 衣玖鎖が『臨時休業中』の札が掛かっている店のドアを勝手知ったる様子で押し開くと、上部に取り付けられたベルが涼やかな音を降らせて出迎えてくれる。

 

 そして、客のいない店内には――――しかし背格好のよく似た二人の女の子がテーブルに掌を叩き付け、勢いよく立ち上がるところだった。

 

 

「分かってない、分かってないよ星良(せら)ちゃん!エルフなんだよ!?一族のために戦うオークの王子様がエルフの魔法で罠にかけられて人質を取られ露出調教、呪いで淫紋を刻まれて最後には屈服のアヘ顔ダブルピースの流れが至高なの!!」

 

「分かっていないのはあなたです星奈(せな)。戦乙女こそが至高。没落した王家を再興する為に剣士となっていたオークが屈強な戦乙女に敗れて凌辱輪姦され、ドマゾの変態性を開花させてミサクラ言語でハメハメおねだりするだけのワンコイン蛇口に堕ちてしまう流れの美しさにはとても敵いません」

 

 

 その場が一気に場末の酒場と化したような―――猥談。

 いや、もうあからさま過ぎて女子大生の深夜の宅呑み部屋でさえこうも品性下劣な会話はあるまい。

 ぱっちりした眼が愛らしい、普通にしていれば天使のような美少女二人が興奮に顔を真っ赤にして空想の性的嗜好を全開にする様は、悲しいくらいにエロオタだった。

 

 片方はショートボブ、もう片方はサイドテールに纏めた髪型の違いがなければ見紛うほどにそっくりで、見るからに双子だと分かる二人の少女は、こめかみにびきびきと血管を浮かせている衣玖鎖に通じる顔立ちでもある。

 

「星奈、星良。なんの話をしているのかな?」

 

「そんなのオークヒロインものの壺役とシチュについて語ってるに決まってるの!―――あっ」

 

「げっ、兄さん……!?」

 

 ごん、ごんと頭蓋骨が二つ鈍い音を鳴らす。

 盛りのついた小娘達は痛がる素振りを見せたが、すぐに元気に兄に不平を言い立てた。

 

「痛いのーーー!!」

 

「暴力ヒロインは人気ないんですよ……!」

 

「やかましいわ。飲食店で何話してるんだお前たちは!?」

 

「えーだってどうせアブダクターのせいで今日は客が入らないし」

 

「面白い妹さんだなー」

 

『いつもどおりエキセントリックだね。分析不可能だ』

 

「「っ!!?」」

 

 そして出オチ極まりない双子姉妹のせいで一気にフェードアウトしそうになっていたシンとクーが発言すると、電流が走ったかのように妹達はびくんと震える。

 そのまま合図もなしに距離を寄せて密談の体勢に入った。

 

(まさかまさかだよ星良ちゃん!?お兄ちゃんが同性の友達を連れてくるなんて……!)

(確かに。同性どころか兄さんの友達自体存在するとは思っていませんでしたが)

(お兄ちゃんの悲しいぼっち事情なんてどうでもいい!問題はこれが私たちの処女卒業チャンスかどうかってことだよ!?)

(確かに……兄が家に招いた友人は年下喰いが大好きなビッチおにいさん、というのは稀によく見かけるエロ漫画シチュ。しかもちょうど現物は色気むんむんの半袖シャツ一枚にハーフパンツ姿)

(着衣で汗ダックスしたくなるの絶対いい感じにぽっちが浮いてくれるから!)

 

「聞こえてるからね、二人とも」

 

「……面白い妹さんだなー。殆ど何言ってるか分かんないけど」

 

「このエロさでまさかの無知シチュ……!?」

 

 ごん。

 しぶといというかしつこい方に二度目の鉄拳を落とした衣玖鎖は、コバエが湧いてしまった排水溝を見るような目で双子を見て言った。

 

「こっち、髪括ってるオープンスケベが岬星奈。あっちの髪の短いむっつりスケベっぽいただのオープンスケベが岬星良。

 覚えなくていいし、よろしくもしなくていいよ」

 

「兄さん、その紹介の仕方はないと思うのですが」

 

 星良がむにゃむにゃと文句を言っているが、シンに人見知りしているのか微妙に声が小さい。

 しかし視線はシンのシャツの襟元から覗く鎖骨や、ズボンの股間部分をガン見しているので、なるほどオープンスケベだった。

 

 そんな風にして衣玖鎖の家族とシンが対面していると、カウンター奥の扉の向こうから足音が聞こえてくる。

 さして時間を待たずに姿を現したのは、店のロゴが入ったエプロン姿の女性だった。

 

「あら衣玖鎖、お友達が来てるの?私はこの店のオーナーでこの子達の母の岬牧江(みさき・まきえ)です。どうぞゆっくりしていらっしゃい」

 

「あっと、ご丁寧にどうも。沖田シンっす」

 

 シンに朗らかに歓迎の笑みを向けてくれる衣玖鎖の母。

 その肌の艶やハリのある体のラインはどう高く見積もっても外見年齢三十歳前後なのだが、思春期を通った三児の母親であることを考えると実に若々しい。

 

 

「ちなみに私は逆に『姫騎士「くっ殺せ」オーク「ぐへへ」』とかいいと思うわよ」

 

「はい?」

 

 

 実に若々しい。すごくどうでもいいことだが二回言った。

 

 その陰で。

 

「もう嫌だこのエロ家族……」

 

 岬家の長男は先ほどの戦いから数えて本日二度目の涙を流しているのであった。

 

 

 

 そんなこんなで、ひと段落して牧江が淹れたコーヒーを並べた頃。

 猫舌なのかシンがふーふー息を吹きかけてカップの熱い液体の温度を下げていて、それを見て星奈と星良が何やら嬉しそうに悶えているがそれはさておき。

 

『では衣玖鎖達の再確認も兼ねて、現状のおさらいをしようか』

 

 テーブルの上方五十センチほどを浮遊するクーが話の口火を切る。

 ちなみに今の彼の姿は岬家の面々にも見えるようにされていた。

 

「クーのこととか、衣玖鎖が逆装転女だってこと、家族も知ってるのか?」

 

「そりゃね。一つ屋根の下で誤魔化しきれる訳もないし、そもそも初めて変身した頃は隠そうとかそんなこと考える余裕もなかったよ」

 

「カミングアウトされた時はみんなでびっくりしてたけどねー。

 女が男にTSして戦うならともかく、その逆とかどんだけニッチなのとか――――あだっ!?」

 

「星奈、殴るよ」

 

「殴ると思ったら既に行動が終わってていいのはギャングの世界だけなの……」

 

『あの時は僕もこの世界について殆ど知識がなく、緊急の事情があったから衣玖鎖と契約しただけだったからね』

 

 続いてクーが語るところによると。

 

 こことは軸線自体が異なる『第七層世界』、つまりシンの出身よりも遥かに遠い異世界に、男女の出生率が何故か種の存続に支障を来すレベルで著しく偏ってしまった世界があるという。

 その世界に、異性がいないなら他所の世界から拉致してしまえばいいじゃない、と唆すクーと同郷の精神生命体がいた。

 

『その名を、チック・バード』

 

「キミに比べて随分まともな名前なんだね」

 

『それでそのチック・Bは―――』

 

「前言撤回。その略称をやめろ卑猥生命体」

 

『僕の呼称は略しているのにかい?まあいいけど。

 チック・バードは尖兵となるバイオノイドをまず拉致要員として送り込み、確保した男性を生身のまま異積層に飛ばす為平面同士を歪曲、一時的に重ね合わせているんだ』

 

「????」

 

 急に耳なじみの無い単語を連発されて首を傾げるシンに、クーは補足説明を足す。

 

『ニュアンスとしては、そうだね。人一人を運ぶ為に地球を粘土みたくぐにゃぐにゃに変形させて、日本とブラジルが接触している状態にするような無茶をやっている』

 

「それは……平気なのか?」

 

『平気なわけがないよ。地球だって地盤がほんの少し掛け違うだけで大地震が起きたりするだろう?それを幾つもの世界を抱える積層平面二つを捻じ曲げてやっているんだ。

 下手すれば時空が千々に破れて、過去も未来も、位置座標すら何の連続性もない暗黒領域が超大規模で発生する。ともすれば僕らの『第一層世界』にすら影響を及ぼしかねない』

 

「………すげえ。レイプ魔が性欲で人を攫っていく話とは思えないほど壮大なことになってる」

 

 話をちゃんと理解しきれているとは言い難いが、漠然とイメージだけ把握したシンが感想を漏らす。

 そこにコーヒーを飲み干した衣玖鎖が皮肉げに嫌味を投げた。

 

「つまりクー、キミ達にとってはその平面の歪曲とやらを防ぐのが第一で、攫われる男の人達のことはどうでもいいんだろう?」

 

「衣玖鎖、そんな言い方は―――」

 

『いや、否定はしないよ。そもそもチック・バードを例外として数多の異世界の問題にいちいち介入するような価値観を僕らは持ち合わせていない。

 けれど利害は一致していないかい?端末であるバイオノイドを潰せば歪曲は起こせなくなるし、そもそも歪みが暴発すればまず間違いなく一方の接点であるこの世界がただでは済まない』

 

「その為ならボクらを魔法少女にして戦わせるのは仕方ない、かい?

 対症療法じゃないか。キミがそのチック・バードとやらを直接叩けば回りくどくなくていいんじゃないか?」

 

『不可能だ。精神生命体同士が争ったところで千日手だし、うまく接触自体を躱されるのがオチだね』

 

「…………」

 

 淡々と、事実を述べているだけなのだろうクー。

 しかし衣玖鎖の眉がどんどん顰められていくように、それが他人の神経を逆撫でする場合があることを異世界の精神生命体は理解していないのだろう。

 

 ましてつい先ほどの戦いで殺される手前まで行き、下手をすれば異世界に誘拐され一生慰み者になっていたかも知れない衣玖鎖は、やはりまだ穏やかな気持ちになれないのだからなおさらだ。

 衣玖鎖の言い分には半ば八つ当たりで言いがかりな側面もあった。

 

 身内しかいない店内に、わずかにちりちりした不穏な空気が混ざる。

 それを祓うように―――シンが柏手を大きく叩いて注目を集めた。

 

 

「まあ、いいんじゃないか?だってヒーローなんだ。

 一人一人を助けるのも大事だけど、どうせなら世界丸ごと救ってやろうぜ」

 

 

 そう言い切るシンの瞳の輝きに、曇りはまったく存在しない。

 

「……やれやれ、とんでもない後輩が出来たみたいだね」

 そんな彼にひとまず毒気を抜かれた衣玖鎖と。

 

「やばい何この女より女らしいお兄ちゃん」

「抱かれたくなってきました……でも抱きたい」

 平常運転の星奈・星良と。

 

「…………」

 シンではなく、衣玖鎖をずっと見つめて表情を憂いに染める牧江の姿があったのだった――――。

 

 





・異世界から喪女達が男をさらいに来るぞ!
・そしてその余波のせいで世界は滅亡する!
・だから僕と契約して魔法少女になったよ!

 三行で片付く説明回。
 尺の殆どが下ネタだった気がしないでもないが。


………そして普段投稿予約とか使ってなかったから一瞬普通に前日の夜即時投稿しちゃってたorz


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始動、魔法少女戦隊②


 アクアクロス(岬衣玖鎖)…先輩系魔法少女。ちょっと潔癖症。かなり常識人。でも常識ってなんだっけ?
 岬星奈・星良…この世界の標準型〇学生。
 岬牧江…最近少なくなった気がする年齢不詳系ママン。相応の良識は持ち合わせているが、ときどきぶん投げる。子供の命名とか。
 岬パパ…故人。星奈・星良を産んですぐ、産後の肥立ちが悪く肺炎で病死してしまったらしい―――あれ?




 

 沖田シン(男・この作品の登場人物はたぶんみんな18歳以上です)は異世界の魔法少女である。

 

 たった一行で色々と破綻している説明だが、端的に表現する分にはなんの間違いでもないので問題ない。

 少なくとも今この時問題なのは、シンがクーの勧誘に対し即決で応えたため、その異世界から着の身着のままでこの世界に飛び込んできたことだった。

 

「それでシンくん、泊まるところに当てはあるの?」

 

「ないっす……あの、お願いなんですが店の隅っこだけでも寝起きに貸してもらえたりしてくれませんか?」

 

「鍵掛けてるとはいえ、店の中は売り上げが置いてるからそれはちょっとねぇ」

 

 簡単にシンの紹介が岬家にされた後。

 牧江の顔を覗き込みながらの問いに、少し仰け反りながらシンはお願いを返すが却下された。

 その理由自体は至極まっとうなものなのでシンは少し残念そうながらも食い下がることもなかったが、何故か牧江は微笑みながらもさらに距離を近くしていたいけな少年を舐め回すように見る。

 前かがみになった体勢を安定させるためか、いつの間にか右手がシンの内ももに添えられていた。

 

「大丈夫、息子の命の恩人ですもの、無碍なことなんてしません。

 軒を貸すと言わず、いくらでもうちに泊まっていっていいわよ」

 

 ただし、わかっているでしょう?―――なぜかそんな無音の続きが聞こえた気がした。

 

(おお……なんかやらしい響きがあるよ星良ちゃん)

(官能小説の流れですね分かります。行く当てのない家出少年を拾った中年女性は彼を家で暮らさせる代償にその瑞々しい躰を貪るのですね!)

 

「馬鹿二人はもう置いとくとして、母さん?」

 

「や、やあね冗談よ冗談。………ちっ」

 

「???」

 

 冷たい目で産みの母を蔑む衣玖鎖。

 空々しい笑いで誤魔化す牧江。

 露骨に残念そうに経過を見ていた星奈と星良。

 まるで分かっていないシン。

 

 それぞれがそれぞれの反応を示す中、コント染みた一幕に無反応のクーが話題を軌道修正した。

 

『それで、シンもこの家で暮らすという話でいいのかな?

 勝手に連れて来たのは僕だけど、ここで彼を放り出されると色々厄介なことになると考えられる。公園で野宿すると言いだしたりとか』

 

「え、ダメか?虫がちょっと多い季節だけど、凍死の心配がない分そこまで―――」

 

「「「「うちに泊まりなさい」」」」

 

 どんな環境で育ってきたのか、まるで貞操の危機感が欠如している少年の態度。

 こんなエロい男の子を公園に寝かせていたら犯してくださいと言っているようなものだ。

 性欲に忠実な言動ばかりしていても最低限の良心を持ち合わせていたらしい衣玖鎖以外の三人も、声を合わせて結論を一致させるのだった。

 

 

 

…………。

 

 店のバックヤードから繋がる住居部分に場面を移し。

 外でじっとしているだけで汗ばむ季節、まして命懸けの戦いをしてきたばかりの衣玖鎖とシン。

 少しべとつく衣服にひとまずシャワーを浴びることにして、先に済ませた衣玖鎖はシンの着替え用に自分のジャージを衣装タンスから引っ張り出していた。

 身長的にはやや衣玖鎖よりシンの方が背が低いが、着られないほどにサイズが異なる、ということも無いだろう。

 

 そんな衣玖鎖の背後から生まれてこの方聞き慣れた、しかし覚えのない真剣さを孕んだ声が掛けられる。

 

「衣玖鎖」

 

「……何、母さん」

 

「魔法少女、ちょっとお休みしない?」

 

 使い古しの赤いウェアを取った衣玖鎖の手が一瞬ぴくりと震えて、止まる。

 母には通じるわけもないことを知りながらも、平静を装って息子は返答した。

 

「魔法少女お休みって、いきなり何を言うのさ」

 

「言ってもしょうがないから今まで言わなかったけれど、私はあなたがアブダクターと戦うことに賛成してる訳じゃない。

 あなたは男の子で、しかも敵は男を誘拐していく化け物で……戦う度に衣玖鎖が帰って来ないんじゃないかって気が気じゃないのよ?」

 

「それは―――ごめん。でも」

 

「ええ。今まで戦えるのはあなたしかいなかった。“でも”、シンくんが来てくれた」

 

「………」

 

「ずっととは言わない。でも今まで一人で戦って来た分、少しお休みしてもいいんじゃないかしら」

 

 それは衣玖鎖にとって、少し揺れてしまうような誘いだった。

 シンと違って好き好んで魔法少女になった訳じゃない―――あ、いやシンも別に魔法少女になりたかった訳ではないが―――どうして自分だけが、という思いは常に心のどこかにあった。

 戦うのは怖いし痛いのは嫌だ。

 今日なんて追い詰められて敵の前で涙を流してしまった。

 

 誰か代われるものなら代わってくれと――――ここ最近はずっと思っていた。

 

 けれど、母の言葉に頷く気には、何故かなれなかった。

 代わりに出たのは自身の性分から出た言葉。

 

「もしかしてシンを家に泊めるのは、恩に着せる為?」

 

「……無いとは言わないわ」

 

 家に住まわせてやるんだから、家主の息子が危険にならないようにしっかり戦え。

 乱暴に言ってしまえばそういう思惑が親切の裏に在ったことを、母は敢えて肯定した。

 潔癖症で曲がったことに拒否感を覚える性質の衣玖鎖に、自身が泥を被ることで逃げ道を用意する為に。

 

「大人としてかっこ悪いことは自覚してる。

 でも親として、やっぱりあなたに戦って欲しくはない」

 

 そこで言葉を区切った牧江は、衣玖鎖の結論を待たずして自分の部屋に戻っていった。

 というよりむしろよく考えた上でちゃんとした結論を出せ、ということなのだろう。

 

 普段のエロババアぶりに辟易することも多いけれど、やはり彼女は衣玖鎖の親なのだ。

 敵わない、という気持ちと言い分や遣り口への反抗心が衣玖鎖の中で両方膨らんでいるところだった。

 

 

――――だとしても。

 

「ごめん、母さん」

 

 家の中に小さく響くシャワーの水音と二人分の足音を聞いた衣玖鎖はそっと立ち上がり、虚空に蒼の宝玉をかざした。

 

 

(ふひゅひゅ―――今この擦りガラスの向こうでシンお兄ちゃんがカラダを洗っていると思うと、あ、よだれが)

(駄目ですよ星奈、作戦はあくまでさりげなくです。さりげなくシン兄さんが風呂場から出たところに鉢合わせてしまったフリをして、その一糸まとわぬお姿を拝見しようというのですから)

 

 

「――――逆装」

 

『Tran-S-Exial』

 

 母の願いに背き、逆装転女【トランスエクシアル】アクアクロスに変身する。

 さしあたって、人の気も知らず能天気に不埒な覗き行為に走るエロガキ共に八つ当たりを兼ねた正義の鉄槌を下すために。

 

 

「ユキマツリ―――“結”」

 

 

 

 

…………。

 

「なあ衣玖鎖、星奈ちゃん達がなんかぶるぶる震えて毛布にくるまってたんだけど、大丈夫か」

 

「気にしなくていいよ、クーラーの付けすぎで夏風邪でも引いたんだろうから」

 

「そうか?でも悪いな、コーヒーおごってもらうだけの筈が、晩飯と寝床までもらっちゃって」

 

「………それも気にしなくていいよ」

 

 そして、夜。

 一人分増えた夕食を終えた後衣玖鎖の部屋の床に来客用の布団を敷く形で、シンが今晩寝る場所を作っている。

 この部屋に誰かが客として泊まること自体が初めてで、くすぐったいような不思議と悪くない気持ちがあった。

 先ほどの母との話さえなければ、もう少し屈託なくお泊り会として楽しめたのだが。

 

「シン、何か珍しいかな、ボクの部屋」

 

「珍しいかは分かんないけど、衣玖鎖の部屋はこうなんだなー、ってだけ」

 

「なんだいそれは」

 

 良くも悪くもなく、ただなんとなくと言った風情で内装を見回すシン。

 この世界では男子の数自体が偏っていてある意味珍しいのだが、そこを抜かせばドレッサーと三面鏡が置いてあったりベッドサイドに兎のぬいぐるみが置いてあったりする普通の男の部屋だと衣玖鎖は思う。

 

 異世界だとやはり違うものなのか、と思い至りそれについて尋ねようとして―――やめた。

 もっと別の、屈託ついでにでないと突っ込めない本質的なことを訊こうと思ったからだ。

 

「ねえシン。キミはどうしてこの世界に来たの?」

 

「そりゃ、クーがこの世界を救うヒーローになってくれ、って言うから」

 

「それだけ?」

 

 そんな筈はない。

 家族、友達、生活、その他あらゆるものをシンは置き去りにしてこの世界にやってきた。

 国や人種どころか世界さえ違う人々を助ける為に戦うヒーローになるのを、あの怪しいクリオネもどきに言われただけで了承した。

 普通に考えれば、そんなこと誰もしない。

 ならばもっと深く大きな理由がある筈で―――しかしシンは笑ってその勘繰りを否定した。

 

「“ヒーローになる”……俺の目標だったんだ」

 

「え?」

 

「俺にできる、俺にしかできない何かがあるって、どうしても証明したい。

 もしもヒーローになれたなら、その時やっと×××(おれ)はシン(おれ)だって胸を張って言えると思ったから……無茶でも阿呆でも目指したんだ」

 

 天井のライトに眩しそうにしながら、それでも手をかざして見上げて話すシンの横顔は、引き込まれる程に、そして不安を掻き立てるほどに透明だった。

 

「シン――」

 

 

「だから俺は、ヒーローになる為にこの世界に来た」

 

 

「………っ」

 

「じゃ、おやすみ!」

 

 その断言に、疑問を呈すにもより深い意味を問うにも衣玖鎖は掛ける言葉を持てなかった。

 出会って一日と立っていない相手に対し、あまりに踏み込み過ぎることになると察知したから。

 

 なので、唐突に話を切り上げて寝る態勢に入ったシンとそのけろっとした態度にある意味助けられた。

 ある意味では、最初の最初から助けられている。

 

 

 無茶でも阿呆でも、沖田シンがヒーローとして来てくれたことで、助けられた人間がここに一人いる。

 

 

 だから彼のことを知りたい、と衣玖鎖は強く思った。

 当の本人は寝入りがすこぶる良いのか早速寝顔を見せていて、それがあまりに気の抜けた顔だったから苦笑する。

 

「うん、おやすみシン。また明日」

 

 一方的な挨拶を投げて、衣玖鎖は部屋のライトを夜間灯に落とした。

 

 





 大丈夫?きたないサッドライプの作った主人公だよ?



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始動、魔法少女戦隊③


 AAスレよろしくこの作品の登場人物には版権キャラをモデルに設定しています。
 ただし、的中しても悲しいだけだと思うので予想はしない方がいいと思います。




 

 闇の中。

 

 さて、創作の物語の中では世界というものに特定の名前がついていることがあるが。

 そもそも一つしかないものに固有名詞を付けようという発想は普通ない。

 異なる複数の世界の存在という概念を認識できない人間ならば当然だろう。

 

 英語で考えれば分かりやすいか―――”the” world、世界という自らを取り巻く事象の拡がりはたった一つでしかありえないという認識なのだから。

 

 故に精神生命体という異邦の稀人がいなければ重なる筈もなかった“もう一つ”の世界を言い表す言葉は残念ながら見当たらない。

 だがそれでは不便なので仮に『ビヨンド(向こう側)』と呼称することにしよう。

 異邦人達が七層世界と呼ぶ平面のある領域に闇の世界はある。

 

 男が生まれず、男を知ることなく枯れるはずだった女達にぶら下げられた他世界からの略奪という甘い欲望。

 それを統制するべく組織されたのが、闇の中渦巻く熱狂に君臨するUKCだった。

 

「次の選抜者よ、登壇せよ」

 

 銀の仮面に顔を隠した委員長が凛とした声で号令を下すと、それに従い設けられた舞台に一人の女性が上った。

 ショートの黒髪を整髪料できちりとセットした、切れそうなほど鋭い目つきをした女性。

 均整の取れた細身の肢体を飾り気の少ないグレーの制服で包んだ彼女は、女傑で鳴らす委員長を逆に呑み返さんとばかりに所作に気迫を漂わせている。

 

 そんな相手の瞳を覗き込むと、満足したかのように上機嫌な声で頷く委員長。

 

 

「―――良し。実に童貞喰いたくてムラムラしている女の眼だ」

 

「光栄です!すごく童貞喰いたくてムラムラしております!!」

 

 

 異世界への尖兵に相応しいモチベーションを秘めているのを確認したリーダーは、それ以上の資格は存在しないとばかりに背を向ける。

 

「戦士に武運を」

 

 その言葉と共に、闇に蠢く影たちが一斉に腕を掲げて敬礼を取った。

 性欲の、エロ本を共有した絆は血より濃い。

 委員長とて敗北者に容赦は無いが、それだけ真剣に男を求める女が幸せを掴み取ることを願っている。

 

 それらに込められた想いを全て背中に受けて女性は巨大な金属窯を開き中へと踏み入る。

 その窯とは、彼女の意識を異世界に飛ばし、端末であるバイオノイドと同化させる悪魔の機械。

 遥か世界の壁、存在の積層を超え、コードネーム『ヴーフ』が怪人を起動する。

 

 そう。今日もアブダクターの侵略が始まった。

 

 

 

 ほどなくして、岬家の朝食の席に一斉にスマホの警告音が鳴り響いた。

 

「……地震速報?」

 

「いいえ、シン兄さん。アブダクターが出現したようです」

 

「あいつら、昨日の今日で……!!」

 

 怪人からの避難警報もアプリで市民に知らされるご時世である。

 齧っていたトーストを牛乳で一気に流し込み、シンは素早い反応で席を立った。

 

『移動は僕に任せて。逆装転女ならこの世界の中を瞬間転送するくらいはできる』

 

「よっしゃ。逆装っ!!」

 

『Tran-S-Exial』

 

 クーの発言に笑みを返し、紅の宝玉を交差した腕からかざすシンが姿を変える。

 瑞々しい少女の肉体にしなやかな双房の髪、それを金属光沢で輝く真紅の衣装で飾る魔法少女、フレアカノンへと。

 

「………僕も」

 

「待ちなさい、衣玖鎖」

 

「母さん……」

 

 続こうと青の宝玉を取り出した衣玖鎖を、母の牧江が眉尻を下げながらも引き留める。

 言わんとすることは昨夜のやり取りで分かっていて―――それを迷いなく振り切る程、考えを纏める時間は取れていなかった。

 

 その様子を横目で見て、気を回したのか先を急いだのかは不明だが、赤の魔法少女はクーに伝える。

 

「俺だけ先に行かせてくれ」

 

『いいのかい?』

 

「前はアクアが先に戦ってただろ?―――ま、あんまり参戦が遅いとケリ着けちまうかもな」

 

 衣玖鎖を待っていたら長くなるかもしれない、そんな危惧を持っていたクーはフレアカノンの申し出を承諾し、クーから放出された白く眩い光の帯が魔法少女を包み込んだかと思えばその姿が忽然と消失する。

 衣玖鎖にも覚えがある現象で、きっと今頃“彼女”はスマホで警告された怪人の出没地点に瞬間移動して交戦しているのだろう。

 

 その一仕事を終えたクーはその半透明の体を衣玖鎖に向け、憎らしいほど平淡ないつもの口調で問いかけてきた。

 

 

『それで、君はどうするのかな―――アクアクロス』

 

 

 

 

 通勤通学で賑わう時間帯のとあるターミナル駅の地上出口。

 

 バスの乗り入れでロータリーになっている広場で、手ごろな男子学生を捕まえ例の白濁した粘液たっぷりのカプセルに放り込んだ怪人と魔法少女が相対していた。

 今回の怪人は狼のバイオノイド。

 毛皮で覆われた表面の内側にところどころモーター駆動の関節が垣間見える灰色の怪物は、少なくとも都市伝説の口裂け男よりはでかいだろう牙をがちがちと鳴らしながら威嚇してくる。

 

「よお悪の組織。出て来たところ生憎だが、さくっと片付けさせてもらうぜ」

 

『ヴフフ……新顔のフレアカノンとやらか。その威勢がいつまで保つか、試してやるよ』

 

 怪人を操る女性は本来言わないような、チンピラの面子の切り合いのような買い言葉を吐くヴーフ。

 だが操作の為の意識の転送の際に最適化された思考はそれに違和感すら覚えないようになっているし、その残虐性が如何なく発揮できるよう増幅されている。

 

 開始の合図など当然なく――一般市民がとうに逃げ去って拉致対象の男子学生以外は両者しかいない空白の駅前ロータリーを、狼怪人が疾駆した。

 

「っ、ラビ・シューター!」

 

「おっせぇ!!」

 

「くぁぅ!?」

 

 迎え撃つように宝玉を錫杖として形を成し、そのまま振り下ろしたフレアカノンだが、狼の前足にはあり得ない力強い腕に阻まれ、逆から放たれた掌底を胴に喰らう。

 大人と子供以上の対格差故にもろに吹き飛ばされるフレアカノン、そこに追い討ちをかけんとするヴーフ。

 開いて迫る狼の顎門に横っ面の一撃を食らわせようとフレアカノンは爪先で地面を擦りながら独楽のように回転、吹き飛ばされた勢いも利用して横に錫杖をフルスイングするが……鋼と肉食獣のハイブリットの巨体は一瞬で身長以上の高さに跳躍し、錫杖が纏う火炎の帯は空振りの軌跡をなぞるだけに終わる。

 

 大振りの隙を見せるフレアカノンを肉片へと変えるべく、上方を取ったヴーフは鋼鉄製の爪を振り下ろす。

 咄嗟に前方に転がったフレアカノンの赤髪を掠め、さくりとアスファルトに深い溝を掘った鋭い爪。

 

「っ、そこッ!!」

 

『グォォォ―――!!!』

 

 転がっていたフレアカノンは着地と同時に駆け出したヴーフを一瞬見失い、しかし襲い来るその爪を錫杖で迎撃できたのは完全に勘によるものだった。

 右斜め後ろの死角から飛び掛かったヴーフが受け止められ、押し合いに入る両者。

 

 モーター駆動の獣と幼き躰の魔法少女、その膂力はなんと互角―――ながら、体格と体重による優勢は怪人側にあった。

 

『ヴフフフ……』

 

「気持ち悪い笑い、してんじゃねえ」

 

 肉弾戦では最初の数合で圧倒しているのがヴーフだというのは明らかだ。

 だがそもそもフレアカノン―――逆装転女は、“魔法少女”である。

 

「この距離なら……爆ぜろぉっ!!」

 

「ヴ!!?」

 

 魔導によって目と鼻の先で発生する豪熱球が、当然ながら避ける暇もなく炸裂する。

 毛皮を一瞬で炭化させながら火球は鋼を溶かさんばかりに狼怪人を炙り、たまらず飛び退った相手同様にフレアカノンも距離を取る。

 

 その頬を三本の赤黒い線が走っている―――交錯時に僅かに引っ掛かっただけの爪に対して、魔法の防護を容易く貫く鋭さの証左だ。

 一歩間違えれば肉体をずたずたにされる相手、それを認識し戦慄しながらも、フレアカノンは不敵に笑った。

 

「来いよ、まだ温まってもないだろ?」

 

 皮肉げな挑発、死線を紙一重で潜ることになる。

 だが臆さない。

 

 信念を胸に、魔法少女(ヒーロー)は前に踏み込んだ。

 

 

 

 

 “沖田シン”は、フレアカノンはおよそ戦いに関しては素人だ。

 昨日魔法少女になって命のやり取り自体二度目でしかないルーキーが手に取る武器として、長柄を鈍器として振り回すという選択は実のところそう奇抜なものではないだろう。

 

 叩き潰す、という単純な攻撃方法は武器の心得が無い者にとってこれほど分かりやすいものはないし、重力や遠心力によって最低限の威力を叩き出すことに大した技量は要らないからだ。

 無論それは当たれば、の前提であるが。

 

 付け加えるなら、遠心力を威力とする武器は、総じて相手が近すぎても弱体化するという欠点がある。

 魔法少女の強化された動体視力でも気を抜けば捕捉できなくなる敏捷性を持ち、爪と牙により肉薄戦は大歓迎のヴーフとは相性が非常に悪い。

 

 むしろ魔法もありとはいえそんな相手と目まぐるしく縦横無尽の正面戦闘を繰り広げ、数分以上決定打を受けずに凌いでいるだけ瞠目すべき才能の持ち主と言えた。

 とはいえ露出している肘や二の腕、膝上の生傷は言うに及ばず、白のインナーの数か所が血を吸って変色したり肩やスカートの布地が切り裂かれた衣装を見ればどうにも痛々しい。

 

『ヴフフフ、粘るじゃねーか。大した根性だ』

 

「……うるせえ。全身の毛が縮れたアフロ犬がかっこつけてんじゃねえ」

 

 反撃の痕跡もヴーフに刻まれてはいる。フレアカノンの炎と殴打により毛皮が剥がされその下の装甲も歪まされている部分が数か所認められる。

 だが―――生身のフレアカノンと端末機械でしかないバイオノイドのヴーフではダメージレースにするとやはり分が悪すぎる。

 

『いやいや、敵ながら本当に根性は認めてやるぜ?その傷の数で減らず口を叩けるんだから』

 

「っ、……確かに、痛いけど―――」

 

 敵に敬意を払っているようでその実見下して嘲るだけのヴーフ。

 それに対して、消えない闘志を纏う炎に乗せて、フレアカノンは敵を睨み続ける。

 

 

「アクアクロスは、俺が来るまで一人でこの痛みに耐えてたんだ。

 あっさり弱音吐いたりしてたまるかよ!!」

 

 

『そうか……ならもっと痛めつけて嬲ってやるよ。

 ヴフ、やり過ぎて死んだら嗤ってやる!!』

 

「―――!」

 

 獣の脚力で数メートルの間合いを一瞬で詰めるヴーフ、反撃の一発を狙い構えるフレアカノン。

 その両者の数十度目の激突に。

 

 水が“刺”された。

 

 

「ウガツザメ―――“捩”」

 

 

『ヅアァッッ!?』

 

 水鉄砲、というにはあまりに剣呑。

 ヴーフの左腕を関節からもぎ取った水の螺旋貫通弾は、こんな“魔法”を使う者は一人しかいない。

 

「人聞きが悪いなフレアカノン。

 ボクならこんな奴、もっとスマートに片づけてきた」

 

「アクアクロス!」

 

「待たせてごめん。一緒に戦おう、“フレア”」

 

 雲のように、波飛沫のように。

 輪郭の捕らえがたい何重の白い装飾布と羽衣によって、色の違いだけでない趣の差異を演出する衣装を纏った水を操る魔法少女。

 

 上品ながらもおっとりとした垂れ目がちの美貌には、しかし迷いも躊躇いも、そして恐れも全て吹き飛ばす決意が満ちている。

 そんな先輩の姿に奮起したのか、フレアカノンも気力を新たに漲らせ、仲間と並び立ちながら一度相方の肩に拳を軽くぶつけた。

 

「ああ、待ってたぜ“アクア”」

 

『ヴ……フっ、お前タちは―――』

 

 失くした左腕のせいでバランスがふらつくのか、立ち姿が安定しないヴーフの意味をなさない言葉。

 それに応えた―――というよりは、“彼女”達自身が己の誓いを確固たるものにする為の儀式なのか。

 魔法少女はそれぞれ燐光と霞を漂わせながら名乗りを上げた。

 

「紅蓮の銃士、フレアカノン!」

「紺碧の舞姫、アクアクロス!」

 

「逆巻く因果を貫いて」

「逆装転女【トランスエクシアル】」

 

「「―――参上!!!」」

 

 

 





 衣玖鎖の葛藤と参戦の決意については次回。
 しかしこの作品シリアスやってる時とかぶっ壊れてる時とか戦闘シーンとか理屈を意味もなくこね回してる時とか、作者がノってるかどうかや描写の得意不得意が結構分かりやすい文章になってるなあ。
 修行にはなるけど。


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始動、魔法少女戦隊④


 やっぱ戦闘シーンと狂気系は書きやすいわー。



 

 

 誰か代われるものなら代わってくれと――――ここ最近はずっと思っていた。

 

 岬衣玖鎖が魔法少女をやっているのに、大した信念や正義感があった訳ではない。

 何が悲しくて花の男子校生の身空で性欲剥き出しの怪人たちと戦わなければいけないのか。

 ヒーロー物を好むような趣味も持っていなかったし、そもそも性別が女に変わることにだって慣れてしまっただけで生理的嫌悪を覚えている。

 何より敗北すれば最悪異世界に連れて行かれて、口に出すのも憚られるような凌辱を受けるかも知れない。

 

 損ばかりが大きくて、一方見知らぬ誰かが救われたところで衣玖鎖に得はない。

 なのになぜ逆装転女として戦っていたのかといえば、ある意味後ろ向きな理由だった。

 自分だけがなんとかできる力を持っているのに動かないで、みすみす拉致されて酷い目に合わされる男性達が出たら、そんなこと知るかと負い目を抱かずに開き直れるほどの“強さ”を持っていなかっただけ。

 

 そうだから―――ゲロッグに手も足も出なかった時、恐怖に負けて泣くことしかできなかった。

 自らを奮い立たせるものなど嫌々戦っている衣玖鎖の内には無かったのだから。

 

――――それでも行くの?

 

「ごめん、母さん」

 

 それを自覚して。

 

 それでも、変身アイテム【TSEライザー】は捨てられないどころか、その胸で輝いている。

 身一つで何も関係ない異世界に来てしまうほどのヒーロー志望で、初めて見る自分を庇う背中、その小さくとも熱い躰で戦う“彼”が言ったから。

 

 

――――この子の仲間だ!

 

 

 そんな短い言葉で心が震えた、その理由を衣玖鎖は知らない。

 同じヒーローとして認められたのが嬉しかったのか、一人戦うしかなかった自分を助けてくれたことに安堵したのか、………それとも。

 宝玉の下で鼓動を高鳴らせる高揚の理由は知らない、ただその向かう先だけははっきりしていた。

 

 “仲間”は裏切れない、信頼―――自らを奮い立たせるものを知った。

 代わりがいないからではなく、“自分が”戦う理由はある!

 

「へへ、やっぱ仲間と一緒に名乗りを上げるとヒーローって感じがするよな!」

 

「……はあ。怪我だらけの体で何を能天気な。

 言っとくけど、キミのそういうところ危なっかしいから、ほどほどにしか付き合わないからね」

 

「付き合ってくれるなら最高だ。俺、アクアが仲間で良かった」

 

「っ!?ばか……」

 

 屈託のないフレアカノンの嬉しそうな言葉にくすぐったさを覚えて、アクアクロスはなんだか頬が熱くなった。

 そしてそれを邪魔するように吠えた狼怪人の叫び声にすっと頭が冷え、鋭く敵を睨みつける。

 

『レズレズしいんだよ貴様らキショいわあぁぁぁっっ!!』

 

「存在が気色悪いお前達に言われる筋合いは無いよ」

 

『なんだと!……ヴフフ、泣き虫のアクアクロスが言うじゃないか。

 貴様のみっともない泣き顔、我がUKCの構成員全員の見るところとなっているわ』

 

「―――ふん」

 

 屈辱を煽るように言うヴーフに冷笑のみを返す。

 こんな相手に動じる必要は欠片もない。

 

「哀れだな、直接男を口説く度胸もなく、そんな玩具を動かすしか能のない腰抜け共は」

 

『何?』

 

「おまけに自分を良く見せる努力もせずに他人を貶めてその優越感に満足する。

――――モテない女の典型的な醜態だ」

 

 そう男の視点からの忌憚なき酷評を下し……ある筈のないバイオノイドの血管が切れる音が聴こえた。

 

『アクアクロスぅぅぅーーッッ!!!!』

 

 伊達に何度も変態の相手はしていない、この程度は安い挑発だ。

 それに安直に乗ってアクアクロスの姿しか目に移らない様子で殺到するヴーフだが忘れているのかどうか、失った左腕の影響で自慢の俊足に精彩を欠いている。

 

「サフィールケープっ!」

 

 宣誓の声に反応してTSEライザーが白波を思わせる青の衣装の只中で飛沫を散らし、それが霧となったかと思えば次の瞬間には淡く透き通る薄い羽衣がアクアクロスの手に握られる。

 それを纏いながら舞うように緩やかに、そしてさりげなく移動して位置を調整する。

 その際流れるように細い腕を振ってそこから生み出した砲丸大の水球を空中に数発生み出し、ヴーフ目掛けて放つことも忘れない。

 逸れた一つが標識のポールをへし折る程度の威力は込められているが、煩わしいとばかりに身体で受けて耐える怪人には牽制でしかない。

 

『うおおおおぉぉぉ!!!』

 

「ワカツナミ―――“破”!!」

 

 織り込み済みの青の少女は、弓を引き絞るように後ろ手に渦巻く水流を圧縮し、羽衣を巻き込んだ右の拳を叩きつける―――牽制と位置取りで調整した結果絶好のタイミングで飛び込んできたヴーフの牙目掛けて。

 

『がッ!!?ぺぁ………』

 

 堤防が決壊する時のような重々しい破裂音が、そこに渾身の威力が秘められていたことを物語る。

 炸裂した後ただの水となって乾いたアスファルト一面に降り注がれる中、自慢の牙というより前歯全てを折り砕かれたヴーフがたたらを踏んでよろけた。

 

 痛打を喰らい攻撃力も低下して、絶好の的になる前にすぐ飛び退いたのは、ダメージが意識の低下に結び付かない機械の体の怪人だからこそだろう。

 しかしその判断の速さはアクアクロスが何度も相手にしてきたものだ。

 

「カコツギリ―――“索”」

 

 霞の中に踊る羽衣と連動してしなる水の鞭が空中でヴーフの足を引っかけてすっ転ばす。

 いつもならここから体勢を立て直されて躱される小さなリスクを承知で大技に繋げて決着を図るところだが。

 

「六・連・爆・鎖―――――――」

「トドメは譲ってあげるよ、後輩」

 

 文字通りの爆発力が売りの仲間がいるから、そのフォローを考えるだけでいい。

 

 昇り始めた朝日を背負い、それに負けぬ熱を六筋手にした魔杖に輝きとして灯すフレアカノンが上空からヴーフを狙いすまして必殺を伺っている。

 アクアクロスが相手を挑発した時点から、アイコンタクトもなしに想定の中で最善の動きを選択してくれた仲間に信頼を芽生えさせながら、会心の笑みを浮かべて頷いた。

 

 多分に水分を含んだ空気が熱に炙られて光を折り曲げて、最中のフレアカノンの姿を揺らめかせる。

 それはヴーフとして怪人を通して見ていた光景の中で、最後を締めくくる告死のビジョン。

 

 次の瞬間には、もう爆発の反作用で仰向けに転んだままの怪人目掛けて叩きつける至近距離まで迫っている。

 

 

「ヒィートぉぉぉっっ、リヴォルバあああああぁぁぁぁーーーーーーーっっっっ!!!!」

 

『ぎ、ががががががあああああーーーーッッ!!???』

 

 

 炸裂する六の爆炎。

 地表に縫われたヴーフに熱も衝撃も爆圧も余すことなく浴びせ、下のアスファルトごと融解の域までエネルギーを暴れさせる。

 

 それが収まるのに大した時間は掛からなかっただろうが、幼い体躯でその反動を全て抑え込んでいたフレアカノンの長い双房の髪がいつまでも揺らめいている。

 爆発の閃光で少しちかちかした目を鎮めると、大きい人型にくり抜かれたアスファルトの底に、赤熱したバイオノイドの残骸だけが眠っていた。

 

「終わった……?」

「へへっ」

 

 慎重に確かめたがるアクアクロスに、フレアカノンはサムズアップで合図する。

 まああんな有様になっても動く怪人には今のところ行き当ってはいないが、“彼女”のああいうところはやはりどうにも危なっかしいと思う。

 

「見たか。ヒーローは居るんだ―――」

 

 にもかかわらず、魔杖を肩に回して決めた赤の魔法少女の台詞を受けて青の魔法少女は続けていた。

 正義のヒーロー……今までなあなあで戦っていた自分が、今日ここから仲間と共にその道を歩むことを受け入れて。

 

「――――今、ここに。ってね」

 

 

 

 

…………。

 

 闇の中―――ではなく、文明の光が眩い歓楽街。

 幽かなシルエットで照らされる三枚羽の奇形の鳥は、物質生命達の営みをただ見下ろしていた。

 

『チチチ……逆装転女は二人、バイオノイドは一体。それはちょっと、フェアじゃないと思わないかぃ?』

 

 誰にともなく問いかけたその鳥は急降下して、妖しいネオンの中を縫うように彷徨う。

 あちらこちらと戯れているような無軌道な羽ばたきだが、まるで何かを探しているような気配があった。

 

『まああの喪女たちには暫く“アレ”で繋いでもらうとして、チチ、やっぱりゲームは面白くないとなぁ?』

 

 クーと同族の筈なのだが、彼と違い感情豊かに喋るそれは飛行している内に何かを感じたのか目的地を定めた動きになる。

 雑居ビルの錆びたドアをすり抜け、ゴミの散乱した部屋を滞空したチック・バードは、暗がりの中壁際で座り込む一人の少年を見つける。

 

 少年、だ。その身に被されているのが、花柄が縫われたピンク色のワンピースでも。

 そのスカートの中から、明らかに少年のものではない乾きかけの生殖行為の痕跡が白い筋を残して垂れていても。

 

 まっとうな大人なら彼が受けた仕打ちに憤慨するか理解を拒むかといった有様ながら、アブダクターに拉致と凌辱を唆すような倫理観の精神生命体は何ら感慨を示さない。

 ただ楽しそうに彼に問いかけるだけだ。

 

『目には目を、歯には歯を、逆装転女には逆装転女を。

――――チチ、オマエ、チックと契約して魔法少女にならないかぃ?』

 

 不意に現れたどう考えても怪しい喋る鳥。

 しかし少年は思考すら鈍化しているのか、淀んだ目つきでただそれを見上げる。

 

 そのままわずかな間を置いて、喉の渇きを気にしてすらいないのか、擦れていながらつらつらと疑問を発する。

 

「少女。ねえそれ、なったらわたし、お兄ちゃんに逢える?愛してもらえる?」

 

『チ……チ?よく分からんけど、契約には当然の対価を。そのあたりはチック意外と律儀だぜぃ?』

 

「そう」

 

 考えているのか信じるのか。

 表情を欠片も動かすことなく、ただ頷いて少年はチック・バードの勧誘に承諾する。

 

 まるで誰かと同じようにあっさりと。

 その呆気なさと同じくらい簡単に、数秒とせずに少年と奇鳥は部屋から姿を消していた。

 

 それでも何かが動いたのか、積まれた雑誌が崩れてページが開く。

 煽情的なポーズを取る裸の女性が、その“男性向け成人誌”のカラーページを飾っていた。

 

 

 





いや、音楽聴きながら書いてたらちょうどデンカレが流れてたもんで………。




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逆転世界の中心で愛を叫ぶとどうなるか①


 お前がパパになるんだよ!と返されて(童貞が)終わりじゃないかな。



 

「―――ネコ耳。今必要とされているのはネコ耳。陳腐安直在り来たり、なんとでも言うがいいの。今ここにわたしのりぴどーがネコ耳を追加することで完璧なる萌えが生まれると囁いているの」

 

「―――浅はか、ですよ星奈。シンプルイズベスト、ネコ耳なんて今日日一周回って新鮮なくらいですが、それでも蛇足は蛇足です。特撮でもロボアニメでも初代が至高と呼ばれるのは何故なのか、それは結局後発シリーズは最高の初代に余計なものをくっつけて劣るものしか作れないからだと」

 

「それこそ浅はか、いやいっそ哀れなの。そんなものは初見のインパクトをクオリティと履き違えた悲しい勘違い馬鹿の戯言でしかない。進化を拒絶した懐古厨は未知への探求を捨てた愚か者でしかないの」

 

「その結論がネコ耳、ですか。安い進化もあったものですね」

 

 定時にはまだ早い夕方の喫茶店のバックヤードで、店のロゴがプリントされた少女が二人、そっくりの顔同士で睨み合っていた。

 アルバイトにしても明らかに幼い少女だが、オーナーの娘が家の手伝いをしているだけであればグレーの範疇か。

 それよりはもう少し年上の、こちらはアルバイトにしては落ち着いた手つきでホットケーキを焼いている少年が横目で二人を睨んでいる。

 

「なんの話をしているんだ、二人とも」

 

「「もちろん、シン(お兄ちゃん/兄さん)の衣装について」

 

 声を揃える双子の発言を受けて、焼きあがったホットケーキを皿に乗せて盛り付けを済ませると少年――衣玖鎖は店内を覗き込んだ。

 普段より埋まっている席の中を、執事服を着た彼と同年代の男子がぱたぱたと動き回っている。

 

「お兄さんー、コーヒーお代わり!」

「あいよーコーヒーお代わり一丁!!」

 

「兄ちゃんこの後暇?アドレス交換とかしない?」

「暇じゃないしケータイ持ってないんで!」

 

「お兄さんコーヒーに『おいしくなーれ』しながら出してもらえる?」

「お・い・し・く・なれええええぇぇぇっっ~~~~~!!!……これでいい?」

「…………これはこれであり」

 

「オムライス。ケチャップで『かなこ♡』って描いて!」

「ちょっと待って―――衣玖鎖ぁー、それってアリ?」

「当店ではそのようなサービスはいたしておりませんッ!」

 

「ふ、ふふ。うふふふ……っ、やはり私の見立てに間違いはなかった!」

「いいから仕事しろオーナー」

 

 

「………うちってこんな店だっけ?」

 

 童顔なのもあるが、シンのラーメン屋だかなんだかよく分からない振る舞いが黒の映えるきっちりした執事服と実にミスマッチになっている。

 だがそれでも客受けはいいのか、普段はコーヒー一杯で粘りながら課題や自習をしている大学生たちも色々なものを頼んでは彼と接触を持とうと頑張っていた。

 まあただでさえ希少な男が接客してくれる店なんてほぼ無い―――衣玖鎖も手伝いはキッチンスタッフしかやっていないが、それでさえ男の手料理というだけで根強い人気があるのだ。

 女性相手に愛想を振りまいてくれる男の子が料理を運んでくれるなら接客態度など、いやこれはこれでむしろ愛嬌だと認識され、店中の客が鼻の下を伸ばし切っていた。

 

(それで、あれにネコ耳……?)

 

 とりあえずで店の手伝いをしてもらっているがかなりの売上増に貢献しているなんちゃって執事の姿を観察しながら、先ほどの妹の戯言を思い出す。

 脳内でその頭上にもふもふの飾りが付いているのを想像ずる、なんならしっぽも合わせて。

 その姿で『お帰りなさいませにゃん、ご主人様』と出迎えてくれるシン(※変身前、男)の姿を想像すると……。

 

「悪くない、かな………?」

 

 満足げに衣玖鎖は頷いた。

 

 岬衣玖鎖、やや潔癖症のきらいはあるが基本的に良識と常識を重んじる男。

 けれど、彼が持ち合わせているのはあくまで“この世界での”良識と常識に過ぎないのであった。

 

 

 

………。

 

「そう、正式に住み込みのバイトになる話、受けてくれるのね?」

 

 シンがこの世界に来て一週間ほどが経過した。

 

 幸いというべきかアブダクターの襲撃はヴーフを撃破して以降途絶えているが、その分身の振り方を考えるだけの時間を与えられたということでもあった。

 とはいえ身一つで異世界に転がり込んだシンに選択肢は実質なく、岬牧江の経営する喫茶店『リーズリット』の店員として厄介になることを決めたのだった。

 

「―――厄介になるっす」

 

「いいえ、ここ最近あなたが戦力になってくれたから、可愛い男の子が接客してくれる喫茶って評判ですごく繁盛してるからね。

 むしろこちらから是非お願いしたいくらいではあるんだけど……」

 

 息子達がまだ学校で勉強しているであろう時刻、景気のいい話をしてシンを迎える話をしているはずの牧江だが、どこか浮かない様子だった。

 

「オーナー?」

 

「でも本当にいいの?シンくんの“本業”というか使命もあるし、それで衣玖鎖を救ってもらった恩もある。

 過酷な状況に置かれてる男の子相手に、店で働かないなら出て行けなんてとても言えないのだから、無理してるようなら―――」

 

「そんなん衣玖鎖だって学校行ってるし、帰ったら店の手伝いもしてるじゃないっすか。

 ヒーローやりたいのはただの俺のわがままで、仕事でも使命でもないから、出番がない時はただ遊んでるだけなんてしないっす」

 

「そう………じゃあこれからもよろしくお願いするわね」

 

 平日の昼食時を終わらせて客が殆どいない店内とはいえ、一応ぼかして牧江が逆装転女との二束の草鞋になることを遠回しに指摘するが、シンはその気遣いは不要と躱すだけだった。

 その言い分に理がないわけではないが納得するには至らないのだろう、複雑な心境を顔に出しながらも呑み込む。

 

 そんな時だった、殆どいないというか唯一店内にいた中年の母親と息子らしき青年の激した声が聞こえてきたのは。

 

「達樹!どうしてお前は聞き分けないことを言うんだ!?

 お前の花嫁候補は信頼できる伝手から手配した、それをなんとなくというだけで拒絶するなど!」

 

「聞き分けがないのはお母様です!僕の気持ちも考えずにいきなりこの中から生涯を共にする伴侶を選べだなんて、あなたはいつもそうだっ!!」

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 なんでそんな話を喫茶店でしていたんだ、と思わざるを得ない内容で口論になった母子は、店を飛び出した息子を慌てて母が追いかける形となる。

 律儀なのか母親は去り際レジに一万円札を叩きつけて行ったのだが―――、

 

「お客さん、財布まで置いてかなくても!?……ちょっと追いかけて来るっす!」

 

「シンくん、お願いね。流石に一万円の半分もしない会計だし、財布とかはあまり預かっていたくもないし………」

 

 仕舞う時間も惜しくなったのか、一万円札を取り出したまま財布もレジカウンターに置いて行ってしまったのを見て、シンはそれを届けるべく親子を追いかけることにした。

 母親の方は見ると分かるレベルで高級なスーツを纏っていたし、微妙な肌触りで黒い財布はおそらく本革のブランド物だろう。

 

 追いつけるならさっさと返してしまうのが厄介がなくて、そして店を出てどちらの方向で二人が追いかけっこをしているのかは、既に後ろ姿が見えなくても便利なナビゲーターがいた。

 

「なあクー、どっち!?」

 

『さっきの二人なら、向こうの道を信号3つめで右に折れたところから南へ』

 

「さんきゅ!」

 

『ただ――――』

 

 

 いやああああぁぁぁぁっっっ!!?

 

 

………全力で走って追いついたと思う頃に、その男性の悲鳴は耳に入ってきた。

 

 自らも狙われる性別であるシンが咄嗟に路地の影に隠れてから様子を伺うと、先ほど達樹と呼ばれた男性が衣服を引っかけるようにして人の背丈の3倍程高い位置にある街灯に吊るされている。

 餌を保存する鳥―――というのが何故か真っ先に頭に浮かんで、そしてその直感は正しかった。

 

 こげ茶色の羽根を散らしながら、“空中”をその鳥型バイオノイドは羽ばたいている。

 どう戦うかに早くも思いを巡らせながら、シンの手には紅の宝玉【TSEライザー】が握られていた。

 

「アブダクター……!今変身して大丈夫か?」

 

『誰からも見えないように認識をずらしてる。正体がばれることはないよ』

 

「なら―――俺が戦ってる間、できればアクアを呼んどいてくれ」

 

『お安い御用さ』

 

 素早く方針を定めたシンは、クーが位置転移の為に虚空に融けるように消えるのを見送ることもなく宝玉を胸元に引き寄せ、そして一度交差させて正面に突き出した。

 

 

「逆装ッッ!!!」

 

『Tran-S-Exial』

 

 

 シン以外には不可視の燐光が燃え上がり、彼の全身を包むヴェールとなる。

 その内側で変異を遂げる肉体はより瑞々しく、より滑らかに、そして美しくありながらも力強さを秘めたものへとなる。

 外装としては穢れを知らぬ純白の上下を纏った後、鮮やかな紅のラインが走り金属光沢を持つ布地のセーラー服がその実堅牢な防護となって熱に煽られながらはためいた。

 

 いつしか腰より長く伸びた炎の色に染まる双房の髪を振り乱しながら、ブーツを履いた脚でスピンを決め、グローブを嵌めた指でどこにともなくチェキを飛ばしたのは、魔法少女でヒーローたる性を転換した存在。

 

 フレアカノンが、変身により戦闘態勢に入った。

 

 



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逆転世界の中心で愛を叫ぶとどうなるか②


 活動報告で告知してましたが、ここまでモチベーション戻すのに掛かって遅くなるとは。
 遅れてすみません。



 

 

「てやああぁっっ!!」

 

 テナントの並ぶ繁華街を駆け抜け、紅のセーラー服を戦闘装束とする少女が裂迫の気合を込めて魔杖を振るう。

 ミドルティーンに達するかどうかと言った容貌と背格好の矮躯が疾走し、その俊足を乗せた一撃は軽やかに―――しかし重機の激突にも匹敵する威力を秘めている。

 ましてや杖の先端、台座に据えられた宝玉が鮮やかに輝き、標的を灼く炎熱を纏って襲い掛かるのだ。

 受けるのは勿論、掠めただけでも鉄が熔解する高熱が魔法の力で瞬時に伝導するようになっている。

 

 さしもの異界の尖兵である機械混じりの怪人も文字通り手を焼く打撃をひたすら繰り出すのがフレアカノンの戦闘スタイルだ。

 愚直故に型に嵌まれば強いが―――。

 

『残念、外れ~』

 

「……くそっ、絶対逃がさねえ!!」

 

 着物の袖のように腕の下から生える濁った金色の翼を羽ばたかせるバイオノイド=カルフォ。

 重い機械の体でありながらそんな様子も見せずに自在に空を舞い、ひらりひらりとフレアカノンの攻撃を避けていた。

 

 翼の先には鋭利な刃となる長い爪が指の代わりに生え、また脚部も少女の胴ほどもある太い腿部の下が獲物に食い込ませながら掴む為の鉤爪となっているいかにも剣呑な出で立ちだが、何故かそれを敵である赤の魔法少女に向ける様子はない。

 全力で振るう得物が空振りに終わっても、その隙に襲い掛かって来ない相手に戸惑いというよりは苛立ちを覚えた様子で彼女が叫んだ。

 

「てめえ、何のつもりだ!?攻撃もしないでひらひらと!」

 

『さて、何だろうね~?』

 

 小馬鹿にした声で嘲る相手の気配からして、ろくでもない理由なのは明白だ。

 そしておそらくは、深く追求したところで労苦には見合わないしその価値もないと直感したフレアカノンは、真横に跳躍してビルの壁面を駆け上がる。

 物理的な制約を魔法少女の一言で切って捨て、地面と平行の体勢で走る芸当をあっさりとやってのけた目的はカルフォの頭上からの攻撃だった。

 

 鳥が羽ばたくのは常に前か上だ。横や下に向かって羽ばたく鳥はいない。

 だから上方から攻めれば相手の回避能力も制限される―――そこまで理論だてていた訳ではないだろうが、ある程度適切な選択肢を迷わず選び取った少女が炎の魔杖を振り下ろす。

 

 だが最善の選択肢――あったかどうかはさておき――というわけではなかったらしい。

 問題は相手も物理的な制約を悪の怪人の一言で切って捨てられる存在だということだ。

 

『はいまたまた残念~』

 

 糸に引っ張られるような唐突さで、空中でバックダッシュする鳥怪人。

 間合いからするりと抜けられ、あえなく空振りするかと思われた紅玉の杖が閃く。

 

「そいつは、どうかなっ!?」

 

『―――、げばッ!?』

 

 振り抜く遥か手前で静止し、相手を真っ直ぐ指し示す形で構えられたラビ・シューターがその名の役割を果たした。

 あまりにも乱暴な扱いをされているが、一応この長柄は銃器なのだ。

 撃ち出された熱球が油断していた怪人に炸裂してその体表を焼き焦がす。

 

 失速した鳥怪人は今度は重力に引かれて墜落し、アスファルトを陥没させながら地面に叩きつけられた。

 

「へっ、ざまあみやがれ」

 

『………、あまり遊んでる訳にもいかない、かな~』

 

 声音をどこか引き締まったものに変えて、怪人が呻く。

 割れたアスファルトを踏み砕きながらゆらりと立ち上がる姿には、表層の軽薄さが剥がれたその奥の粘っこい怨讐のようなものが感じ取れた。

 

『まあいいさ。お前の能力は大体分かった。今日のところはこれでばいばい~』

 

「なに?……っ逃がすか!」

 

 ばさりと翼を翻して飛翔する怪人。

 それに対するフレアカノンの反応はまさに鋭敏の一言だったが、空中を飛行する相手を間合いに捕捉するには至らない。

 

 そして、異世界の尖兵は第一目標を確保することを忘れない。

 

『はあはあ……じゃあおねえさんといいことしようか~』

 

「ひぃっ!?」

 

 街灯に吊るされていた、先刻喫茶店で母親と喧嘩して飛び出した青年がカルフォに胴を両脚で挟まれ悲鳴を上げる。

 おぞましいだいしゅきホールドを浴びせられながら連れ去られかけるところに、待ったを掛けるものがいた。

 

「やめろ……私の息子に手を出すなあっ!!」

 

 その街灯に隣接する建物、そこの最も近い窓から身を乗り出し、窓枠に足を掛けて必死の形相で怪人を睨む女性は、まさしく彼の母親だった。

 全身ががくがくと震えているのは、年齢により衰え始めた身体能力のせいだけではないだろう。

 だが今にも空中の怪人に飛び掛かり息子を助けようとする彼女の本気は伝わってくる。

 

「お母様……!!」

「待っていなさい。絶対に助けます……!」

 

 

『……ふん。しらける真似しないでね~?』

 

 

 親子の情を踏みにじり、怪人が母親を嘲いながら窓の下にはたき落とす。

 そのまま飛び立たれ連れ去られる息子の眼下では、ただ母親が背中から墜落していく光景が遠ざかっていくだけだった。

 

「―――お母様ぁぁ~~~っっ!!!?」

 

 

―――。

 

「―――セーフっ!」

 

 打ちどころが悪ければ怪我では済まなかった高さから落下する女性を、その下に滑り込む紅の少女が受け止める。

 余裕がなかったこととそもそも体格が足りていないため衝撃を受け流しながらキャッチするという芸当はできなかったが、アスファルトに頭から叩きつけられるよりは遥かにましといったところか。

 

「おい、大丈夫かおばさん!」

「………はっ!!?」

 

 衝撃で一瞬意識を失っていたようだが、女性はすぐに跳ね起きると虚空を掴まんとばかりに手を天に伸ばした。

 心配して覗き込むフレアカノンだったが、その視線と相手の眼の焦点が合わさったと思うと、きつく睨まれた。

 

「なぜ、私を助けた……!」

 

「え?」

 

「私なんかどうなっても、死んだっていい!それより息子を、私の息子があんな化け物に……!!」

 

「………!!」

 

 どこまでも息子の身を案じる―――母親。

 それに相対して瞠目した“彼女”は、しばしの沈黙を置いて。

 

 

「―――嘗めんなよ」

 

 

 ぺしりと店に忘れていった女性の財布をその剣呑な表情に貼り付けながら、穏やかに語りかけた。

 

「あんな奴のためにあんたがつまらない怪我する必要なんてない。もちろん達樹さんだって絶対に取り戻す」

 

「…………!?」

 

「見てろ。ヒーローは居るんだ、今、ここに!!」

 

 

―――。

 

 

 シン達が逆装転女に変身し続けるリミットがあるように。

 バイオノイド達が遥か異世界から意識を繋いで活動するにもリミットがあるのだとクーは言う。

 

 現在男性を連れ去った怪人の行方を追跡することは出来ないが、それはつまり怪人が活動を停止しているということらしい。

 積層世界の壁を越えて情報をやり取りするような大掛かりな反応であるから、精神生命体のクーにはそれを追うことで位置座標を大まかに掴むことができる。それができないということは、現在向こうの世界と端末たるバイオノイドの間の接続が切れているということだ。

 

 同じ理由で、現在生身の人間を別の世界に移動させる為に積層平面を歪曲し二つの世界を重ね合わせるなどという無茶をやろうとすれば、明白な予兆をキャッチできるとのことだ。

 それが無い間は、完全に向こうに人間を拉致されてしまうということも無い。

 

「それでクー、シンはどうしたんだ?」

 

 ちょうど授業中、しかも男女の別なく厳しい指導で有名な先生のものだったせいで駆け付けるのに手間取り、放課後クーから今日の戦いの顛末を聞いていた衣玖鎖が質問する。

 クーに説明役を押し付けて牧江にこう言い残して外出したきり戻ってこないのだという。

 

『僕に完全に消耗した状態から戦闘に必要な魔力が回復するのに数時間かかることを確認して、「特訓だ!」って言って西の神社がある山に行って何かやってるみたいだね』

 

「特訓、って……」

 

 魔法少女として戦いに身を投じてはいるものの、衣玖鎖にとって縁遠い単語だった。

 考えたことが無いわけではないが、練習の為にまで自分の肉体の性別を転換するのにどうしても忌避感があったし、それで消耗している時にアブダクターが現れたらと思うと迂闊にチカラの無駄遣いは出来ないからだ。

 

『今日のところは、と怪人は言っていたし、発言の流れからしてブラフでもないただの失言だろう。

 つまり少なくとも今日いっぱいは奴が再び活動を開始することはないはずだ』

 

「そう言われれば、今まで怪人が複数体同時に出て来たことは無いし、余裕があるようにも思えるけど……本当に大丈夫かな?」

 

『もし予想が外れたらキミが頼りだ、“アクアクロス”』

 

「………あてにされてる、ってことにしとくよ」

 

 クーを通じてだがシンにも言外に頼られていること。

 また片方の手が届かないところを預け合うことができること。

 

 一人で戦っていた時には分からなかった仲間がいる感覚に戸惑い混じりのこそばゆさを感じる衣玖鎖だが、気を引き締め直す。

 

―――既に拉致対象の男性は確保されている。

 

 そうであれば次に行うのはその男性を異世界に移動するための“儀式”であり、バイオノイドが注意を払うのは自らを撃破しそれを妨害しようとする逆装転女をいかに撃退するかだ。

 故に、次に怪人が活動を開始する場所や時間は怪人にとってできる限り有利な状況になるように設定して待ち受けていることだろうし、それを承知で自分達は異世界に拉致される男性を救うために向かわなければならない。

 

 あんな変態連中に二度と戻れる保証の無い異世界に連れていかれ、強姦されながら一生を終えるなど同じ男性として見過ごすわけにはいかない。

 絶対に取り戻す………改めて誓約するまでもなく、衣玖鎖の胸の内にもその想いは明々と心に燃えているのだった。

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「あっぶねえ……」

 

 我らがフレアカノンは、魔杖の炎を木に引火させ、危うく山火事を起こしかけるところだった。

 

 

 





 なんかこういう常識のイカれた世界や視点でお話書いてると、結構真面目に書いたつもりのところでも読み返すととんでもない表現使ってたりする。

 なんだよおぞましいだいしゅきホールドって。



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