遊戯王部活動記 (鈴鳴優)
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第1章 遊戯王部
001.遊戯王部だ!


 


 ──人は何故、決まり事に縛られ生き続ければならないのか?

 

 決まり事。つまりは、規則やルールの事を示すがそれをうっとおしく思う人間が時々、考える感情であり使う言葉の一つなのだろう。それは、まあ、今の自分の感情がその状態に該当するのだろうか。

 

 規則やルール、決まり事と言ったとしても数多という数がある。

 大きなところから上げれば、国が決めた決まり事として法律と言うもの。他には、自動車等を運転するのに必要な交通ルールなど。その下には、会社や学校と言ったある種のコミニティとして活動して行くのに必要不可欠なルールがある。

 そのさらに下と行くと、もう遊戯の類で将棋や麻雀などの遊びのための決まりごとまで来てしまうだろう。それらの中でも、今回は大きな決まりに関して取り上げてみよう。

 

 大きな決まり。それは世の常が決めた事であり。法であり秩序である。人々が清く正しく歩むための道標であり、その先に待っているのは、きっと……平穏なのだろう。規則や法律、決まり事を守ることにより人々は社会を形成し、その中の一人として安息を得られるのだ。

 

 もちろん自分は、それを全面否定する様な極悪非道な人間ではない。

 自分も人間であるからでこそ社会を形成する一人の人間であり、社会……つまり、決まりや規則に守られているのだ。逆に言えば、社会や規則に反した行動を行う人間は異端として扱われてしまう。そのわかりやすい例として、犯罪を犯した人間には犯罪者という烙印を押されてしまうのだ。

 

もっとも、それは犯罪者だけではない。小さな事であれば学校で孤立する不良からその逆に異端としていじめられる者まで。スケールは、様々であるが共通点としては他人からは白い目で見られる事なのだ。

 

つまりは、人間という種は決まり事に沿って安穏と過ごす生き物なのだろう。

とはいえ、それだけが正しいのだろうか? 

その質問に自分はきっと否と答えるだろう。

 

ただ安穏と過ごすためだけに、個を捨てる。

それはきっと、人という種の進化を捨て未来を閉ざす行いであると思う。個を捨て安穏と生きているだけでは、ただの家畜と大差ない。『獅子はわが子を千尋の谷に突き落として、這い上がってきた子のみを育てる』なんて言う言葉を聞いた事があるが、人間にもそのような試練が必要なのだと思う。

 

何も法を捨て、秩序のない世界を望むわけではない。

 

ただ……この世の決まりに縛られずに己の意思のみで進む人間が居る事。時として人の未来を導く先導者がいても悪くはない。そう思うのだ。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「で──橘ぁ。それが、お前が未だに入る部活を決めずに呼び出された挙句の果ての結論か?」

「は……はは、だから真島先生。人間というのもたまには規則に縛られずに生きるのもいいかと思うんッスけど……」

 

 先ほどの、どこかの著者から言葉を引っ張り上げてはくっつけただけのような文章を述べていた少年──橘晃(たちばなあきら)は戦慄していた。

 現状、彼は床から数センチほど宙に浮いているのだが。それは、別に浮遊術などのようなファンタジーな理由ではなく、ただ単純に目の前にいる晃の担任真島千尋(まじまちひろ)という教師にアイアンクローを決められた上、腕力により持ちあげられているという酷く物理的な理由だ。

 

 さらには、その真島という人物は染め上げた朱色の髪につり目という組み合わせが明らかに彼女を教師ではなく、不良上がりという様な発想を思い浮かべさせる見た目へと変化させている。

 

「だからなぁ。テメエが、入部する部活を決めずにだらだら過ごしてきた結果がコレなんだよ」

「は、はは……時が進むのは案外早いもんですね。光陰矢のごとしとか……そういう感じの!」

 

 アイアンクローを噛まされながらも苦し紛れに苦笑いを浮かべる。

 だが、それは逆に真島の神経を逆なでする結果で終わったのだろう。ギシッ、と言う音を立ててまるで万力に締め付けられたかのように彼の頭を掴む腕の力が数段上がった。

 

 晃が通う私立遊凪(ゆうなぎ)高等学校と言う学校にも、規則は存在する。

 中でも彼が疎ましく思うのが『1年生は原則としてどこかの部に所属しなければならない』などという規則があるためだ。特に入部したい部もなく帰宅部を貫きたい彼にとっては面倒の一言につきるだろう。

 

「いいか? お前が部活を決めないせいで、私はあのハゲ教頭にグチグチ言われるハメになるんだよ!」

「い、いや……それは先生の私情じゃないんッスかね……?」

「あ゛あ゛っ!?」

「いえ……なんでもございません」

 

 正直、この人は教職員以上に向いている職業がある様な気がすると晃は思った。

 頭にヤが付く職業とか。とはいえ、この学校の教頭は真島の様な血の気の多い人間でなくても嫌だと感じる部類の人間だ。大抵、嫌みたらしく他人を見下すように話すため皆、頭の特徴をさらけ出すように“ハゲ教”なんて名称を影で使っているらしい。

 ちなみに、その本人はヅラだ。

 

「いいか! 今日中に入部する部活を決めて提出しろ! でないと……」

「で、でないと……?」

 

 強くタメを張って何かしらを宣言しようとする真島に対し、晃はゴクリと息を飲んで尋ねる。彼女は、先ほどまでの頭にヤの付く職業にも匹敵する形相から一変し、まるで面白い玩具でも見つけたような笑みへと変わった。

 不吉な予感しかしない。晃は、ゾクリと背筋から悪寒が走った。

 

「──この学校の運動部全てを掛け持ち扱いで入部させてやる!」

「……え?」

 

 まず、言葉を理解してもその意味を瞬時に把握しきれなかった。

 『この学校の運動部全てを掛け持ち扱いで入部させてやる』。つまりは、全ての運動部に入部する事だ。少なからず晃が把握している部だけでも野球にサッカー、バスケにバレー、水泳、テニス、バドミントン、卓球……etc。

 それらを同時に入部すると言うのだ。

 

「……まじッスか?」

 

 実に2秒。ここで、彼女の宣言した言葉の意味と危機を理解した。

 普通、運動神経が優れた人間でも部活動の掛け持ちなどすることはない。あったとしても、それはかなり稀有な事でありそれでも2,3ぐらいの部活が限度だろう。ましてや全てとなってしまえばどのような運動神経の持ち主であっても確実に一週間以内に潰れるだろう。

 もっとも、それ以上に恐ろしいのは、この様な馬鹿げた話も普通なら冗談だと一蹴できるのだろう。目の前にいる真島千尋という人物を除いて……と、付け加えられるが。

 彼女なら確実にやらせかねないのだ。

 

「…………」

「というわけだ。がんばれよー」

 

 頭から万力のごとく押さえていた晃をそっと地面に下ろしては、随分な棒読みな言葉を捨て台詞に真島は職員室へと去って行く。後に残された、晃は運動部全てを掛け持ちした後の結果を妄想しては、唖然と廊下に立ち尽くしたままだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 まず、手始めに橘晃の中学時代は帰宅部だった。

 運動は苦手と言うわけではいないが好きでもない。文化部に至っては数が少なく彼にとっても興味を引く様なものでもない。入ったとしてもめんどくさいとしか感じないだろう。

もっとも、晃は部活自体が面倒などと思っているわけでもない。

 ただ、興味がそそるものが存在しないというだけなのだ。逆に言えば、本気で熱中できる物さえあれば部活にも所属し、それに青春を費やしていただろう。

 

「だからって、運動部の掛け持ちも嫌だけどなー」

 

 ため息まじりに、ぼやく。

 ただ無意味に廊下を歩きながら、ちらりと視線を映し校庭から見える光景を見る。陸上部が白いラインの競走路をただひたすら全力で走っているのは短距離走の練習だろう。必死に両手を振り足を前へと突き出すのは、素人から見ても全力だと言うのがわかる。

 手前に見える校庭を広く使っているのは、サッカー部が試合形式の様に二つの組に分かれてただボールを追って行く。

 野球部に至っては、バッティングと守備の練習をしているのだろうが練習から出される掛け声は大きく校舎にまで十分と伝わってきていた。

 こういうのも青春の一部と言うのだろうか。

 

 特に目標もなく、ただのうのうと日々を過ごしてきた晃にとっては決して青春とは無縁のものであり未知の領域だった。だから、部活動に入り懸命に活動に身を投じればソレを実感する事ができるのだろうか、と考えた。

 

「はぁ……青春ってなんだろうな?」

 

 またもや、ため息混じりにぼやく。

 疑問形で呟いたところで答えは帰ってくることもない。ましてや、青春という言葉は言葉として確定はしているものの意味合いに至って明確な規定があるわけではないのだ。誰かが答えたとしても、それは決して正しいとは言えないだろう。

 ただ葛藤だけを心に抑えながらただ無意味に廊下を歩いて行く。

 

「……じゃ、俺のターンだな。ドローだ!」

「ん……?」

 

 ぴたりと、歩いていた足を止めた。

 周りからは他の生徒の声が多々に聞こえる中でも、まるで澄み切った感じの声が晃の耳に入ったからだ。ふと振り向けば、授業では使われていない様な小さな空き教室。扉の隙間から誰か人がいるのが窺えることができた。

 

「何をしてるんだ……」

 

 つい好奇心を抑えきれずに隙間から覗く。

 小さな空き教室の中。中央に置かれた長テーブルを挟み椅子に座る二人の男女は、それぞれが数枚のカードを手に持っており、テーブルの上にはそれ以上の束やいくつものカードを置いている。

 その光景を見て晃は、中の二人が何をしているのか確信した。

 

「カードゲーム?」

 

 つい、声に出して呟いてしまった

 本人にしては小さく呟いたつもりだったが、聞こえてしまったのか中にいた二人はぴたりと動きを止め振り向く。当然の如く、目が合ってしまった。

 

「うん……誰だ、アンタ?」

「え、っと……いや……」

 

 ずかずかと言った感じで接近してくる男子生徒。

 覗いていたという事実が後ろめたかったのか、晃は口ごもり言葉が喉につまってしまった。茶色いショートヘアーに晃よりも数段高い身長、また制服と同時に着用を義務付けられているネクタイだが学年ごとに色が違う。

 晃のネクタイは赤であるが、その男子生徒は晃より1つ上の学年である青の色。つまり2年生である事を意味していた。

 

 まるで、不審者を見るかのようにじっと見つめられる。

 だがそれも数秒のみ。すぐに彼は、表情を和らげ何かを理解したかのようにポンッと手を叩いた。

 

「そうか! 見学希望者か」

「え……!?」

「いやいや、だったら遠慮なんていらないぞ。ほら、はいったはいった」

 

 半ば無理矢理押されながら空き教室へと足を運ぶ事になってしまった。

 中は、ずいぶんと掃除が行き届いており外から見れば小さいと思ったものの、いざ中にはいれば思いのほか随分と広く感じられた。

 

「ほら、椅子だ」

「……ども」

 

 男子生徒により用意されたパイプ椅子に座る。

 

「あ、お茶もどうぞー」

「え?」

 

 今度は、女生徒が2リットルのペットボトルから紙コップにお茶を注ぎ渡してきた。

 肩にまで伸びたウェーブのかかった髪型の女生徒。男子生徒が着用するネクタイの代わりにつけている胸元のリボンは、晃と同じ赤い色である。

 こちらは、晃と同学年らしい。

 

「と、ここでお茶菓子も登場だ」

「えぇ?」

 

 さらに、男子生徒は戸棚から煎餅を取り出して晃に差し出した。

 ここまででおよそ十五秒。さらに5秒ほどの間を得て晃は、一つの思考に至った。

 

「(あれ……出づらくね!?)」

 

 確かに晃は、中の様子に興味を抱き中を覗いていた。

 ただし、それは何をしているかという事であり、ここが何なにかまったくもって知りもしないのだ。故に彼は、この場で見学希望者と言えるのかあまりに曖昧だった。

 

「い、いや……オレは……」

「それにしても1年の入部期間最後に入部希望者が来てくれるなんてな」

「(あれ、いつのまにか入部希望者に格上げされてる!?)」

 

 どうにか言い訳を述べてこの場を逃れようと考えるも、晃の言葉を遮るように男子生徒から言葉の追撃が行われた。しかも、先ほど見学希望者と言っておきながら入部希望者と言い換えたあげく安堵の息をついていたのだ。

 

「だ、だからオレは……」

「いやー、それにしても私の他にも、入部希望の方が来てくれてよかったです。このままだったら部員も足らず定員割れで廃部ですからねー」

「…………」

 

 今度は、女生徒の方が晃の言葉を遮った。

 ましてや、どうやらここの部活は現状、部員数が足りないらしい。学校の規則の中でも、部活には最低3人以上が必要と聞いた覚えがあるがどうもここの二人以外に部員はいないらしい。

 いったい、晃は肩の力を抜く。

 続いて心の中で『それにしても』と呟いて心の中で叫んだ。

 

「(か、帰りづれぇぇー!?)」

 

 橘晃という人間は、どちらかといえば良心的な方だ。

 友人で困っている人間がいるならメリットがなくても助けるし、立場が弱い人物に対していじめをすることもない。わかりやすく言えば普通とも言える。

 だからでこそ、晃はここで「入部希望者ではありません。それでは、さようなら」などと述べてここを立ち去る事ができるはずもないだろう。なにせ、彼によって部活の存続が左右されるのだから。

 

「じゃ、入部希望届けに名前を書いてくれないか」

「(うわ……キタッ!?)」

 

 ここで、目の前に入部希望届けの用紙が置かれた。

 晃も実際は、どこかの部活に入部しなければ運動部地獄になる事は理解はしている。しかしながら、ここが何の部でどのような活動をしているかなど知るはずもないのだ。

 ましてや入部希望届けに記入する事は契約と同義なのだ。彼は内容などを十分に確認せずに契約する事の恐ろしさを知っている。主にエントロピーとかそういう意味合いでだが。

 

「…………」

 

 数秒間の沈黙。

 一度、息をゴクリと飲みこみ入部希望届けの用紙を見つめて晃は覚悟を決めた。

 

「あの、スンマセン……オレ、入部希望者じゃないんスけど……」

「「っ!?」」

 

 腹を割り正直に告げる。

 二人は、それこそ予想外だったのか驚き硬直した。

 

「うわ、予想通りの展開!?」

「にゅ、入部希望者じゃない……だと!? だったら、いったいお前は何者だっ!?」

「なんか、漫画見たいなノリに!? いや、ただの通りすがりの一般生徒ッスけど……」

 

 おそらくその表現が一番正しいのだと思い晃は自身の通りすがりの一般生徒だと語る。

 途端、男子生徒は今までテーブルに置いていたカードを一つの束にまとめたのちテーブルの上に置き戻して告げた。

 

「そうか。だったら通りすがりの一般生徒! この部の事情を知っているな? だから、そう簡単にオマエを返すわけにもいかない。だから、ここは部活の存続のためにも部活らしく決闘(デュエル)だ! 俺が勝ったら、入部してもらうぞ!」

 

 勢いよく宣言した。

 彼は、自身の部のために一世一代の決闘をするため晃に対し宣戦布告を果たした。

 しかし、晃は──。

 

「スミマセン、決闘(デュエル)って何ですか?」

「「え……?」」

 

 決闘(デュエル)自体知らなかった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 決闘(デュエル)とは遊戯王オフィシャルカードゲームを使っての対戦を意味する。

 

 そして、遊戯王オフィシャルカードゲーム。

 通称、遊戯王OCG。

 

 それは、トレーディングカードゲームとしてメジャーな部類に入るカードゲームであり初期ライフ8000を数多という種類から選びぬいたカードでデッキと呼ばれる束を構築しモンスター、魔法、罠を駆使して相手のライフを0にまで削りきり勝敗を決するというのが基本的なルールのゲーム。

 

 かつて、ただのトレーディングカードゲームというのが世間の認識だった。

 しかし、現在ではソリッドビジョンシステムという遊戯王のアニメや漫画で演出されていた機能を実現させる事できてから需要が高まったのだ。よりリアルに、より鮮明に楽しむ事が出来るようになってからは、普及が高まり、加えてカードゲームという事から大人から子供まで老若男女で行える事も高い評価としてみなされていた。

 

 そのため今では、一大のブームとなりプロリーグの開催や中継を行われたり、遊戯王カードを通じて知識、判断力、認識力等の育成から闘争心を鍛える事で生徒それぞれの潜在能力を引き出すなどという目的として授業のカリキュラムに組み入れられた学校、デュエルアカデミアまで存在するのだ。

 

「ま、そう言う事だ」

「へ、へぇー」

 

 実に十分。

 晃は、他にも彼の遊戯王体験談というのを長々と聞かされたのだ。

 現在、メジャーである遊戯王については言葉だけでは聞いたことがあるが、晃にとって体験談と言っても大会などでの話でまったくと言うほどついていけなかった。

 

「つ、つまり……この部は……」

「そう、遊戯王部だ!」

 

 高々と宣言した。

 簡単にいえば、上記で説明された遊戯王オフィシャルカードゲームの部活なのだ。

 しかし、高々と宣言した彼と対象的にもう一人の部員である女生徒はテンションを落とし気味で語った。

 

「でも、今日で部員を一人探さなければ廃部……ですけどね」

「っ……!?」

 

 グサリ。

 晃(主に良心的な心の部分)に鉄製の鋭い矢が突き刺さった。

 それに同乗するかのように男子生徒も後に続く。

 

「そうだな……まさか、俺の勘違いだったとはいえ、見捨てられる……なんてな」

「うぐっ……!?」

 

 第二射が放たれた。

 実際には、何も無いのだが晃はまるで本当に矢が突き刺さったかのようなリアクションを取った。実際、彼もここまで言われた見捨てる事ができる様な人間でない。それに、もう現状ではこの部活についても聞いているのだ。

 

「あー、わかった。わかったッスよ。遊戯王部に入ればいいんですよね!」

「「……!!」」

 

 晃が折れたのを見て二人は顔を合わせ無言でバシッといい音を立ててハイタッチを決めた。この変わり身の早さに晃は、『いい性格してるな』などと心の中で呟きながらため息をついた。

 

「じゃあ、さっそくだが自己紹介だ。俺は、新堂創(しんどうはじめ)……ここの部長だぜ!」

 

 男子生徒の方から自身の名を告げた。

 ここの部が先ほどまで二人しかいない上、上級生は彼のみだ。なら彼が部長だと言えるのも頷ける。

 

「次は私ですね。日向茜(ひむかいあかね)副部長です」

 

 なら、当然の如く副部長はこっちになる。

 もっとも、二人だけなら部長はいても副部長はいらないのではと晃は思った。

 そうして創と茜は、“次はお前だ”と視線を晃へと移した。

 

「た、橘晃です」

 

 ほんの一瞬、二人は『え、それだけかよ』みたいな表情を取ったが二人みたいに部長、副部長などの役職がないのだからそれはそれで仕方がない。

 

「さて、肝心のデッキが無い事だが……晃、オマエにはこれをやる」

 

 戸棚から取り出したのは、緑色のプラスチックのカードケース。その中には1枚1枚がビニール製の外装に入れられたカードの束。随分と大事にされていたのだろうか、外装自体にも傷がなく品質はかなり高めだ。

 

「これは……?」

「先輩が卒業と同時に遊戯王をやめて残していったものだ」

「い、いや……いいんッスか、そんなもんもらって……」

 

 もらったものの重要さを知って晃は慌てふためいた。

 

「まあ、先輩も誰かに使ってもらうために残したんだ。その代わり大事にしろよ! でないと……」

「で、でないと……?」

 

 創は、最初は笑って答えていたが最後の部分のみ重要なのか溜めて言葉を濁す。

 その仕草に晃もオウム返しに聞いた。

 

「撲殺、で済むかなぁ……?」

「ぼ、撲殺!?」

 

 物騒な言葉につい驚きの声を上げてしまう。

 だが、創はそれで済むかと遠い目をして疑問げに呟いたのだ。もしかしたらそれ以上の事になるのかもしれない。

 

「とりあえず、殺されたくなかったら大事にすることだぞ」

「りょ……了解」

 

 晃は、さらに物騒な単語を聞かなかったことにして頷いた。

 そのやり取りを終えたのを見かねて、今度は茜が話に割り込む。

 

「デッキもどうにかなった事ですし、次はルールですね。というわけで、この部自作のプレイブックを用意しました」

「……」

 

 ドスンッ、という音を立ててプレイブックとやらが置かれた。

 とはいえ、その厚みはすでにタウンページ並み。もはや辞書や事典はと述べたほうがいいかもしれない。とりあえず、凶器に使えば鈍器として扱える厚さだ。

 

「基本的な事は全部乗ってるんで全部覚えてください♪」

「いや、無理だろ、コレ!?」

 

 力一杯叫ぶ晃。

 とりあえず変な部に入部してしまった。

 晃は心の中で、そう思ったのだった。

 

 

 



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002.勝つぞ!

「さて、ルールも大体、理解できたか?」

「で、できましたとも。いや……ほんと、これでシャレにならないぐらい多いんッスけど……」

 

 1時間後。

 晃は、鈍器としても扱えるルールブックを熟読し終えすでに疲労の表情を浮かべていた。

 まずは、大まかなルールとしてターンの流れ方や各フェイズにおいての行動について。デッキ構築における基礎、勝利条件など遊戯王を行うのに必要不可欠な部分から、さらにチェーンの組み方やスペルスピード、ダメージステップの効果処理、タイミングを逃すなど、etc。すでに中級者クラスでも間違えてしまうようなところまで読まされたのだ。

 初心者どころか、それ以下の晃にとっては苦痛でしかなかった。

 

「とはいえ、知識なんてのは実際に決闘(デュエル)していけば身に着くもんだしな。後は、実戦あるのみだ!」

「あれ!? オレの1時間の苦労は!?」

 

 実戦で知識が身に着くのであれば、別にルールブックを隅々まで読まずに始めから実戦の方にして欲しかったと晃は思った。特に、延々と本とにらめっこをするのが晃にとってキツイと断言できる事柄なのだ。

 

「それで、実戦なんだが…………俺のデッキだと瞬殺だしなぁ。日向が相手してくれないか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 またしても、物騒な言葉が出ていた。

 もっとも、今回は物理的でなく遊戯王での意味合いらしいがそれほどまでに実力差があるのか、などと思考しながらテーブルに座る。向い合う様に座る日向茜は、手にもっていたカードを手慣れた手つきでカードを混ぜる行為であるシャッフルを行う。それを真似するように晃も同じ事をしようとするのだが……。

 

「あ、あれ……」

 

 うまく混ぜることができずにカードが散らばってしまう。

 どうやら見た目以上に相当難しいようだ。

 

「橘……」

「……部長?」

 

 途端、晃の肩に創が手を置きトーンを低くして名前を呼んだ。

 

「もっと、丁寧に、な……でなければ本当に殺されるぞ」

「りょ……了解!」

 

 部室にデッキを残した先輩というのは、本当に恐ろしいのだろうか創は震えながらも真剣に晃の目を見て警告した。無論、それを晃も察したのか同じく震えて肯定の意味として返答した。

 そのまま、散らばったカードを拾い集め。先ほどとは違いゆっくりと慎重かつ丁寧にデッキを混ぜテーブルに上にデッキを置いた。

 

「では、始めましょうか。とりあえず、今回はコイントスで先攻後攻を決めます。100円玉を使いますけど、どっちにします」

「なら表にする」

「了解!」

 

 ピンッ、といい音を立てて指で弾かれた。

 百円玉はテーブルへと落下したのち跳ね回転したのち『100』と数字で描かれた方が上向きに落ちた。ちなみに、100円玉を『100』と書いた方が表だと勘違いする人が多いが便宜上年号が書かれた方が裏とみなされているため、桜が描かれている方が表である。

 そのため、晃は外した事になり茜の先攻から始まる。

 

「では、行きますよ! 決闘(デュエル)!」

「え? あ……デュ、決闘(デュエル)

 

 茜が始まりの合図としての掛け声を掛ける。

 それに合わせ晃も遅れながら同じように掛け声を掛けた。

 

「私のターン、ドロー! モンスターをセット、カードも1枚伏せてターンエンドですよ」

 

 最初の1ターン目がわずか10秒たらずで終了した。

 とはいえ、一番始めのターンにはバトルフェイズを行う事ができずメインフェイズ1まででしか行えないため、様子見に徹する事が多いため珍しいというわけでもない。

 そのまま、ターンは晃へと移る。

 

「お、オレのターン、ドロー」

 

 デッキトップよりカードを1枚引き手札に加える。

 その後、じっくりとカードを見て茜の時とは対照的に実に二十秒近く経過したのち、1枚のカードを不慣れな手つきで場に出した。

 

「まずは、これだ! 《武神器─ハバキリ》を召喚」

 

 武神器─ハバキリ

 ☆4 ATK/1600

 

 先陣を切ったのは、鳥の様なイラストが描かれたモンスターカード。

 攻撃力は、1600と決して低い数値ではないモンスターなのだが、それを見て晃以外の二人は疑問を抱いたかのように眉を細める。

 

「あれ、橘? 手札に“武神”とかサーチ系のカードがないのか?」

「え!?」

 

 創の疑問に、晃はぎょっとする。

 晃にしては、普通に攻撃力の高いモンスターを出したつもりであったが晃の使用するデッキにおいては、時と場合に寄るがプレイミスと呼ばれる時もある行為であったのだ。

 彼の驚い様な様子を見て創は、やれやれと嘆息し茜も無言で首を振った。

 

「あのな……お前が使う【武神】は、“武神”を中心に “武神器”を()()()()()()()()()()()()()()ようなデッキなんだぞ! 例えて言うなら剣士を後衛、魔法使いを前衛に配置したもんだぜ」

「そ、そうッスか……!?」

 

 ゲームの様な例えで晃は、始めて理解した。

 それも《武神器─ハバキリ》は手札から効果を発動するモンスターであり場に存在しては、その真価を発揮できないのだ。故に現状では、攻撃力がそこそこある効果のないモンスターでしかないのだ。

 

「け、けど……残りの手札はこんなもんしか……」

 

 と、創に残りの手札を見せる。

 その中に“武神器”はあれど“武神”のモンスターは存在しない。が、かわりに1枚の壺の様なカードが目に入った。

 

「それだよ! それ! まずは、そいつを使うんだよ!」

「え……じゃあ、この《強欲で謙虚な壺》を発動」

 

 晃が発動したのは、デッキの上から3枚めくり1枚を選んで手札に加えられるカードだ。

 手札の枚数は変動しないものの、望むカードを引く確率が上がるために採用率も高いカードである。

 晃は、デッキから1枚づつカードを表にしては《死者蘇生》、《武神降臨》、《武神─ヤマト》の3枚が選択される事となった。

 無論、その3枚を見て創はため息をついた。

 

「ほら、言わんこっちゃない……」

「じゃ、じゃあ……《武神─ヤマト》を選択して手札に加える……」

 

 これで晃が使っているデッキのキーカードが手札に加わった。

 しかし、もうすでに召喚を行っているため晃はソレを場に出すことが叶わず次のターンまで待つしかないのだ。

 

「けど、バトルフェイズは行える……ッスよね? “ハバキリ”で攻撃!」

 

 晃の攻撃宣言に対し茜の場にモンスターは1体のみ。

 実際には、何に対して攻撃を行ったわけでもないが直接攻撃をできる効果を持ちえないハバキリの攻撃に対し自動的に茜の場に伏せられたモンスターが対象となる。そのため伏せられたモンスターが表となり、さくらんぼの様なモンスターのイラストの可愛らしいカードが現れた。

 

 ナチュル・チェリー

 ☆1 DEF/200

 

「私のモンスターは《ナチュル・チェリー》。守備力は200なので戦闘で破壊されますよ」

 

 戦闘で破れたのに悔しく感じないのか、戸惑いなく墓地へと送る。

 晃はそれを疑問に思ったが、その様な疑問はすぐに解消されるのだった。

 

「ですが、このタイミングで《ナチュル・チェリー》の効果が発動します。相手によって墓地へ送られた時、同名カードを2枚までデッキから裏側守備表示で特殊召喚できます」

「い゛ぃ゛……!?」

 

 そんなんありか、と言いたげな表情で効果を聞いた。

 茜は、そのままデッキから同じくさくらんぼのイラストの《ナチュル・チェリー》を2枚取り出しては、デッキをシャッフルし裏返しにして置いた。

 

「攻撃したのに……モンスターが増えやがった……」

「まあ、これも軽い方ですよ。もっと酷い効果を持ったのがたくさんいますからね」

 

 遊戯王を知らない晃にとっては、《ナチュル・チェリー》1枚ですら驚く効果であったが、茜の言い分は確かだ。たった1枚で戦局を覆すカードなど遊戯王においては、山ほどあるのだから。

 

「えっと、終了宣言は……ターンエンドでいいんだよな……」

「あれ、何か伏せたりは?」

「あ……!?」

 

 うっかりしていた。

 晃の手札には緑色の枠や赤紫色の枠のカードもあるのだ。

 当然、ルールブックを読んだ彼も赤紫の罠カードは例外はあれど伏せなければ使えないのが大半だと記憶しているのだが、どうやら現状ではそれを忘れるほど一杯一杯らしい。

 

「作戦……だ」

「見え見えですけどね。今なら巻き戻してもいいですよ」

「いや、いい……」

 

 冷や汗をかきながら強がりを言うもバレバレであった。

 初心者である事から、エンド宣言を取り消しても言いと言う茜に対しても何かプライド的なもので彼は拒んだのだ。

 

「そうですか。では、私のターン! まずは《超栄養太陽》を発動します」

 

 茜が繰り出したのは、緑色の枠の魔法カードと呼ばれるものだ。まして魔法カードと書かれる横に∞のマークがついた永続魔法とされる物であり、それを伏せてあるモンスターより一間隔後ろに置いた。

 

「《超栄養太陽》……?」

「これは、自分の場のレベル2以下の植物族モンスターをリリースして発動します。《ナチュル・チェリー》はレベル1の植物族モンスターのため条件を満たしているので、リリースしそのレベルより3つ上まで……つまりレベル4以下の植物族モンスターを手札、デッキから特殊召喚できます」

 

 そう言いながら、デッキを手に取り1枚のカードを抜き取り場に出した。

 

「その効果で《ローンファイア・ブロッサム》を特殊召喚です。あ、《超栄養太陽》が破壊された時、この効果で特殊召喚したモンスターは破壊されますよ。まあ、関係ないですけど」

 

 ローンファイア・ブロッサム

 ☆3 ATK500

 

 それは、《超栄養太陽》のカードが破壊されないという断言だった。もっとも、晃の場には《武神器─ハバキリ》のみ。魔法、罠を破壊する代表格《サイクロン》等のカードを伏せてない今となっては、このターン中に破壊できるのは無に等しい。

 ちなみに、《ローンファイア・ブロッサム》はレベル3の植物族。《超栄養太陽》の条件は問題なく満たしている。

 

「《ローンファイア・ブロッサム》の効果を発動します。このカードをリリースし、デッキから《姫葵(ひまり)マリーナ》を出します」

 

 《ローンファイア・ブロッサム》は、自身を含む自陣の場の植物族モンスターをコストにデッキから植物族モンスターをレベルの制限なく呼ぶ効果を持つ。故に、今回のように《超栄養太陽》などから経由する事でレベルの制限なく呼べるため植物族においての必須カードとも言えるだろう。

 

 姫葵マリーナ

 ☆8 ATK/2800

 

「うわ……攻撃力2800のモンスター!?」

 

 呼び出した《姫葵マリーナ》の数値を確認して晃は、戸惑いの声を上げた。

 先ほど茜が言った“もっと酷い効果を持ったのがたくさんいる”というのは、本当だったらしいと実感した。

 

「ですが、このモンスターは攻撃力だけじゃありませんよ。もう1体の《ナチュル・チェリー》を反転召喚して、魔法カード《フレグランス・ストーム》を発動し、表側表示の《ナチュル・チェリー》を破壊です!」

「自分のモンスターを破壊?」

 

 茜の行動に晃は首をかしげた。

 いくらステータスが低かろうと前のターンの様に1度は、攻撃を塞ぐ壁に使えるものをわざわざ破壊するなんて何かあるのだろうかと。

 もっとも、それはすぐに身に持って体験するのだが。

 

「そして、カードを1枚ドローし、それが植物族だったらさらに1枚引けます。私が引いたのは植物族《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》! よって追加ドロー……この瞬間、《姫葵マリーナ》の効果も発動します!」

「っ!?」

 

 晃は思わず身構えた。

 最上級モンスターの効果だ。先ほどのレベル1の《ナチュル・チェリー》やレベル3の《ローンファイア・ブロッサム》でさえ驚いたのだ。ならば、レベル8の《姫葵マリーナ》にはそれ以上の効果があるのか、と。

 

「このカードが表側表示の時、このカード以外の自分の植物族が破壊され墓地に送られる度に相手の場のカードを破壊できます。この効果で《武神器─ハバキリ》を破壊です!」

「なぁっ!?」

 

 条件付きとはいえ、相手のカードを破壊する効果。

 しかも先ほど、墓地に送られる度と言っていたため一度きりでなく条件さえ満たせば何度でも使える効果。確かに、これも酷い。

 そうして晃はしぶしぶ“ハバキリ”を墓地とされる場に置く事になり彼の場には、カードが存在しない無防備な状況へと陥ってしまった。

 

「バトルフェイズ……に行く前に、《トレードイン》を発動しておきましょう。手札のレベル8《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を捨て2枚ドローです」

 

 さらに、手札交換カード。

 レベル8限定だが、手札のモンスターを墓地へ送り2枚のカードを引けるこのカードも優良とされるカードの1枚だ。

 

「では、バトルフェイズに入ります。《姫葵マリーナ》で直接攻撃(ダイレクトアタック)です」

「っ……直接攻撃(ダイレクトアタック)だと攻撃力そのもののダメージ……だったよな?」

「ええ、そうですよ」

 

 晃LP8000-2800→5200

 

 手元の電卓を操作し、《姫葵マリーナ》のATKと書かれている数値2800が晃の初期ライフである8000から削られる。まだ、半分を切っていないということもありまだ余裕があるように思われるが、実際遊戯王はそこまで甘くないのだ。

 

「では、エンドフェイズに入ります。この時、墓地の《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》は他の墓地の植物族を除外する事で守備表示で特殊召喚できるので《ナチュル・チェリー》を除外して特殊召喚です」

 

 フェニキシアン・クラスター・アマリリス

 ☆8 DEF/0

 

 それは、彼岸花のような植物のモンスターカード。

 レベル8でありながら守備力0のカードだが、墓地に送られたはずなのに場に召喚されるカードもまた油断ならない。

 

「橘くんのターンですよ」

「え、ああ、そうか……オレのターン、ドロー」

 

 引いたカードは、《おろかな埋葬》。

 テキストには“自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地に送る”という効果であり、今までのカードの効果と見比べればデメリットにしか思えないカードだった。

 

「なんで、こんなカードがデッキに……って、あれ?」

 

 この時、自分がミスプレイで“ハバキリ”を出したときの創の台詞を思い出した。

 

『あのな……お前が使う【武神】は、“武神”を中心に “武神器”を()()()()()()()()()()()()()()ようなデッキなんだぞ!』

 

 手札や墓地(・・)

 つまりは、墓地から使えるカードを墓地へ送るためのカードなのだと。

 

「そうか! オレは《おろかな埋葬》を発動……墓地に送るのは──」

 

 デッキを取り出し、中のカードを見て行く。

 特に武神器と名の付いたカードを念入りに見て行くと目当てのカードはすぐに見つかった。

 

「これだ! 《武神器─ムラクモ》を墓地へ送る」

「“ムラクモ”……ですか」

 

 当然、【武神】の事を知っている茜もこのカードを見て顔をしかめる。

 まして、前のターン《強欲で謙虚な壺》の効果により“ムラクモ”の発動条件を満たすカードも手札に加えているのだから。

 

「《武神─ヤマト》を召喚!」

 

 武神─ヤマト

 ☆4 ATK1800

 

 晃が使用する【武神】の中核を担うモンスター。

 ステータスこそ普通のアタッカーであるものの、このカードの存在意義は“武神”と付く名前と種族である“獣戦士族”から由来するのだ。

 

「…………」

 

 茜は、一瞬伏せてあるカードに手をかけた。

 このカードであれば相手の《武神─ヤマト》を阻害する事が可能だ。だが、ソレには大きなリスクを伴うのだ。それに、ここで使ってしまえば彼の成長のためにもならないだろう……そう判断して彼女は、そっとカードにかけた手を戻した。

 そのまま、晃のプレイは続いて行く。

 

「《武神器─ムラクモ》には、“武神”と名の付いた“獣戦士族”が存在する場合と書いてあるから、それを満たす《武神─ヤマト》がいるなら使える……んだよな?」

「ええ、使えますよ」

「よしっ! なら、“ムラクモ”の効果! 墓地からこのカードを除外し、相手の表側表示の《姫葵マリーナ》を破壊する!」

 

 まずは、もっとも険しい壁でなるだろう《姫葵マリーナ》の撃破を優先した。

 高い攻撃力に加え他の植物族を破壊する度に自分のカードを破壊されるのであればジリ貧だ。だからでこそ、破壊できるのならば優先度はかなり上位に位置される。

 加えて、残されたのは守備力0の《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》。

 効果を全て把握しているわけでないものの、エンドフェイズに墓地から特殊召喚された効果を鑑みればこの効果だけ……もしくは、何かあるとしても《姫葵マリーナ》以上であるはずがない、というのが晃の読みだ。

 

「除外……なら、これが使えるかな。《(ディファレント)(ディメンション)(リバイバル)》を発動! 手札からカードを1枚捨て除外されている《武神器─ムラクモ》を表側攻撃表示で特殊召喚し装備させる。また、このカードが破壊されたとき装備モンスターも破壊される」

 

 武神器─ムラクモ

 ☆4 ATK1600

 

 最後の効果は茜が発動した《超栄養太陽》と類似していた。

 どうやら、カードによっては似たようなデメリットがあるらしいと晃は察した。

 

「バトルフェイズに入る。まずは、“ムラクモ”で攻撃するよ!」

「“アマリリス”の守備力は0なので破壊されます……ですが、このカードが破壊され墓地へ送られた時、相手に800のダメージを与えます」

「っ……そういうカードか」

 

 晃LP5200-800→4400

 

 この効果で、なんとなく《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》のカードの察しがついた。自分のターンのエンドフェイズに墓地から特殊召喚できる効果に破壊されれば相手にダメージを与える効果。つまりは、破壊と再生を繰り返しながら相手のライフを削るカードなのだ。ならば、ステータスの低さにも納得がいく。

 しかし、晃は“アマリリス”が攻撃した時に自壊する効果を知らない。もっとも、知ったところで彼が察した役割なのは変わらないのだが。

 

「けれど、これでモンスターはいない! 《武神─ヤマト》で攻撃だ!」

「通します」

 

 茜LP8000-1800→6200

 

 “アマリリス”が破壊された今、茜の場に攻撃を塞ぐモンスターはいない。

 対して、晃の場にはまだ攻撃を行っていない“ヤマト”が存在するため直接攻撃を行った。それを、茜はカードを1枚伏せているのにもかかわらず発動する気配すら見せずに受けた。

 

「っし、初ダメージ!」

 

 実際には、ただダメージを与えただけだ。

 しかし、遊戯王を始めてやる晃にとっては本当の意味での初ダメージなのだ。

 この喜びは、かなり大きいだろう。

 

「オレはカードを1枚伏せて、ターンエンド……だけど、“ヤマト”はエンドフェイズに効果を発動するから、ここで発動する……よな?」

 

 それは、《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の効果の発動タイミングで学んだのだ。彼女は、ターンの終わりの手前に効果を使用させた。ならば、エンドフェイズに発動できる《武神─ヤマト》の効果もこのタイミングで発動するのだと踏んだ。

 それらを肯定するように二人は頷き。晃も『よしっ』と心の中で安堵し、効果を発動させる。

 

「デッキから“武神”と名の付いたモンスターを手札に加える……オレは《武神器─ヤタ》を手札に加え1枚捨てなければいけないため《武神器─ヘツカ》を捨てる」

 

 《武神─ヤマト》の効果はわかりやすく言えば、サーチと墓地肥やしの両立だ。

 今の様に、手札から発動できる“武神器”を手札に加えたり墓地から発動するために落としたり。または、その二つが行えるのだ。

 これで手札に加えた《武神器─ヤタ》は一度のみだが、“武神”の攻撃を無効にする効果を持ち墓地へ送った《武神器─ヘツカ》“武神”と名の付いたモンスターが対象となった効果を無効にする能力を持つ。

 

「成程……悪くない手ですね」

 

 たった数ターンでは、あるものの最初に“ハバキリ”を召喚したターンと比べれば随分と見違えるプレイングだと茜も実感していた。

 少しずつであるが、彼は成長しているのだ。

 

「これで本当にターンエンドだ!」

 

 強く宣言してターンの終了を告げる。

 コツは掴んだ。後は、掴んだコツに従って戦うのみだ。

 

 『勝つぞ!』。

 小さくだが、晃は胸の中で自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 



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003.立ち向かった方がカッコイイじゃないですか

●橘晃 LP4400 手札1枚

 

□武神─ヤマト

□武神器─ムラクモ

■D・D・R(対象:武神器─ムラクモ)

■unknown

 

●日向茜 LP6200 手札5枚

 

■unknown

 

 

 

 

 晃と茜二人のターンを合計し4ターンが経過した。

 ボードアドバンテージにおいては、晃が優勢のように見えるが手札はたったの1枚。対して茜の手札は5枚と豊富だ。『決闘者には手札の数だけ可能性がある』と、初代遊戯王の主人公である武藤遊戯が語っていたが、まさに今の状態では全体的に見て茜の方が優勢だろう。

 そうして、5ターン目である茜のターンが開始される。

 

「では、私のターン、ドロー! やるようになってきましたね橘くん。そろそろ、私も本気で行かなければいけませんね」

「っ……!」

 

 瞬間、晃は毛が逆立つような感覚に陥った。

 悪寒や恐怖と言った感情だろうか。目の前にいる、自身よりも小さい少女のはずなのに闘気を剥き出しにしただけで、それはまるで別人だ。

 

「(これが……決闘者(デュエリスト)ってやつか……)」

「まずは、《シード・オブ・フレイム》を召喚!」

 

 シード・オブ・フレイム

 ☆3 ATK/1600

 

 茜が召喚したのは、ただの植物族の下級モンスターだった。

 攻撃力も“ヤマト”に及ばずせいぜい“ムラクモ”と同士討ちをする程度だ。枠は橙色であり何かしらの効果を持っているにしても、このカードだけで戦局を覆せるとは思えないと晃は考える。

 

「続けて、《炎王炎環》を発動です!」

 

 今度はSという字の曲線を縦よりにしたようなマークを持った速攻魔法とされるカード。

 他の魔法カードと異なりスペルスピード2と分類されるこのカードは、相手ターンでも使用可能、チェーンを組めるという利点があるが、通常の魔法のようにも扱えるある意味一番使い勝手が良い種類だろう。

 

「この効果により、場と墓地より炎属性モンスターをそれぞれ選択します。場で《シード・オブ・フレイム》を墓地より《姫葵マリーナ》を選択し、《シード・オブ・フレイム》を破壊と同時に《姫葵マリーナ》を特殊召喚です!」

「また、出て来やがった……」

 

 晃が厄介だと思ったモンスターが蘇る。

 おそらく《シード・オブ・フレイム》は炎属のため《炎王炎環》を使用するために召喚したのだろうと思考する晃。それは、半分当たりであり半分ハズレであった。そもそも、彼女の本気がその程度で済むはずがない。

 

「さらに、《シード・オブ・フレイム》がカード効果により破壊された事で私は墓地からレベル4以下の植物族、《ローンファイア・ブロッサム》を特殊召喚します。……代わりに、橘くんの場に《シードトークン》を特殊召喚しますけどね」

 

 シードトークン

 DEF/0

 

 そう言いながら茜は、カードケースの中から灰色の枠。青い色の丸っこい羊のイラストのカードを渡された。それには、攻撃力、守備力などの表記はない。晃は、一度頭押さえてプレイブックで読んだ中のトークンとやらを記憶から引っ張り出した。

 

「トークン……確か実際にカードにない、モンスターか」

 

 プレイブックを読んでいると中々面倒だと思った一つだった。

 実際にカードにないモンスター。通常モンスターとして扱う。場を離れる時、消滅する。裏側表示にできない。エクシーズモンスターの素材にできないなど。モンスターでありながら通常のモンスターと大きく異なるのだ。

 

「そして、《ローンファイア・ブロッサム》の効果を発動! このカードをリリースしてデッキから《コピー・プラント》を特殊召喚です!」

「っ……守備力、だけじゃなくて攻撃力も0!?」

 

 コピー・プラント

 ☆1 DEF/0

 

 前に《ローンファイア・ブロッサム》で特殊召喚されたのは、大型モンスターである《姫葵マリーナ》をアタッカーとして出したのだ。しかし、今回出されたのはレベル、ステータス共に“ブロッサム”よりも劣るモンスターだった。

 とはいえ、彼女が無意味な事をするとは考えられない。ましてあのモンスターの攻守は0なのだ。ならば、現状で使うべき何かがあると見るべきだろう。

 

「《コピー・プラント》は1ターンに1度、エンドフェイズまで場の植物族のモンスターのレベルをコピーできます。これで《姫葵マリーナ》のレベル8をコピー!」

「レベルを変えた……?」

 

 コピー・プラント

 ☆1→8

 

 ステータスが変動しない行為。

 しかしながら、プレイブックを読んだ晃もこれに関しての知識はあった。

 

 シンクロとエクシーズだ。

 チューナーと呼ばれるモンスターとそれ以外でのレベルの足し算を行うのがシンクロ召喚。対となるのが、チューナーなど特別なモンスターはいらず、同レベルを一定数重ねるのがエクシーズ召喚だ。

 

 《コピー・プラント》には、『効果・チューナー』と記されているためシンクロ召喚を行う条件は満たしている。だが、レベルを揃えば16とレベル上限の12を越えてしまっている。ならば、ここで出されるのは同レベルを必要とするエクシーズ召喚の方だ。

 

「レベル8《姫葵マリーナ》と《コピー・プラント》でエクシーズ。《No(ナンバーズ).107 銀河眼の時空竜(ギャラクシーアイズ・タキオンドラゴン)》を攻撃表示でエクシーズ召喚!」

 

 No.107 銀河眼の時空竜

 ★8 ATK/3000

 

 2体のモンスターを重ね、その上からエクストラデッキと呼ばれる本来のデッキとはん別の上限15枚までの束から1枚のまるで宇宙を連想させる黒い枠のカードを乗せ合わせた。

 

「エクシーズ召喚……」

「どうやら、ちゃんと知っているようですね。行きますよ、バトルフェイズ開始時にエクシーズ素材を1つ取り除いて効果を発動! このカード以外のモンスターの効果を無効に攻撃力を元々の数値にします」

 

 普通、強力な効果を使うのには何かしらの代償としてコストが要求される。

 しかし、エクシーズモンスターは一味違い、召喚に使うために重ね合わせたモンスター“エクシーズ素材”をコストとして発動するのが大半だ。

 故に、召喚してはすでに効果を使用するためのコストを内蔵しているモンスターとも言えるだろう。

 

 とはいえ、晃は『どういう事だ?』と思考した。

 “銀河眼の時空竜”以外の効果の無効とはいえ、晃の場にはエンドフェイズに効果を使用する《武神─ヤマト》、墓地で発動する《武神器─ムラクモ》、効果を持たない《シードトークン》の3体だ。まして攻撃力を元々の数値に戻すとしても変動はない。あまり使う意味はないのではと首を傾げた。

 しかし、その疑問を茜はすぐに解決させた。

 

「“時空竜”には、この効果を適応したバトルフェイズ中に相手がカードの効果を発動する度に、バトルフェイズ終了時まで攻撃力の1000上昇と追加攻撃ができます! ですので、カードの発動は考えて使うことをオススメします」

「っ……!?」

 

 その効果を聞いて晃は、手札の《武神器─ヤタ》を見た。

 “武神”と名の付く“獣戦士族”への攻撃を無効にし、攻撃モンスターの攻撃力の半分を与えるこのカードは、防げるのは1度のみ。しかし、追加攻撃ができるとなれば使用は考えなければならない。

 

「では、“時空竜”で《武神─ヤマト》に攻撃です!」

「くっ…………手札から《武神器─ヤタ》を発動。攻撃を無効にし、その攻撃力の半分、1500のダメージを与える」

「いえ、“時空竜”はカードの発動時に攻撃力が上がるので4000。私は、2000のダメージとなります」

 

 No.107 銀河眼の時空竜

 ATK/3000→4000

 

 茜LP6200-2000→4200

 

 嬉しい誤算だった。

 一時的とはいえ残りライフは、晃が上回ったのだ。残り半分と少し。

 おそらく、あともうひと頑張りで削り切れる数値だろう。

 

「ですが、これで“時空竜”は2度目の攻撃が可能です。もう一度、“ヤマト”に攻撃します」

「っ……」

 

 晃LP4400-2200→2200

 

 しかし、現実はそこまで甘くはない。

 そのリードもすぐに覆され、残りは“銀河眼の時空竜”の攻撃を直接受けるだけで敗北に喫する数値まで落ちた。所謂、レッドゾーン突入と言えるだろう。

 

「では、カードを1枚伏せ。エンドフェイズに、2枚目の《ナチュル・チェリー》を除外し“アマリリス”をまた特殊召喚させます」

「そういえば、そいつもいたなぁ……」

 

 破壊と再生を繰り返すコイツも破壊すれば800のダメージを負う。

 前は、そう対して気にしなかったが今となればその大きさがよくわかる。残りライフ2200のこの状況では後、3回効果を使うだけでゲームオーバーとなってしまうのだから。

 加え、《武神器─ヤタ》を使用した事で晃の手札は現在、0枚。

 状況は芳しくないどころか最悪だ。

 

「っ……オレのターン、ドロー。…………っ、カードを1枚伏せ“ムラクモ”を守備表示へと変更。ターン終了だ」

 

 晃のターンに移る。

 とはいえ、彼がしたのは今引いたカードを伏せては、攻撃表示のモンスターを戦闘ダメージが受けなくなく守備表示へと変更しただけだ。ただ守りを固めただけ。

 だが、彼の目には火が消えた様子はない。遊戯王における戦況を覆す事ができる1枚を引いたからだ。

 

「さあ、来い!」

「何を引いたか知りませんが行きます! 私のターン、先ほど伏せた《リビングデッドの呼び声》を発動し、墓地から《姫葵マリーナ》を特殊召喚させます」

 

 罠の《死者蘇生》ともいえるカード《リビングデッドの呼び声》は、発動すれば自分の墓地からモンスターを1体特殊召喚できるという優れ物だ。しかし、《超栄養太陽》、《D・D・R》と同じく破壊されれば蘇生モンスターも破壊されるというデメリット付き。

 これで今回3度目とされる《姫葵マリーナ》が降臨した。

 

「また、そいつか……」

「ええ、さらに“アマリリス”を攻撃表示に変更し、バトルフェイズに入ります」

 

 フェニキシアン・クラスター・アマリリス

 DEF/0→ATK/2200

 

 これで星8つのモンスターが茜の場に3体攻撃表示で並んだ。

 攻撃力2000を超える大台に乗るモンスターたちの猛攻が始まる今、必要ないのかはたまた使うべきでないのか“銀河眼の時空竜”の効果を使わずに攻撃が開始される。

 

「まずは、“アマリリス”で“ムラクモ”を攻撃です」

「攻撃宣言……よしっ!」

 

 この時、晃は待ってましたと言わんばかりに前のターンに伏せた1枚を勢いよく返す。それは青白い障壁が赤い光線を弾く遊戯王における昔から存在する代名詞の1枚。

 

「《聖なるバリア─ミラーフォース─》発動!」

「っ……!?」

 

 この効果は『相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスター全てを破壊する』などと言う強力無比なものだ。これさえ決まればたとえ上級クラスとはいえ全滅し、逆転のチャンスも十分できるのだ。

 

 だが、茜もただ黙ってそれを受け入れるわけがなかった。

 1番最初のターンに伏せて移行。1度、《武神─ヤマト》の召喚を阻害しようと考えた同じく強力無比なカウンターカード。モンスターの召喚等に魔法、罠の全種類を封じるまさに“神”と名の付くのに相応しいカード。

 

「ライフを半分支払い、チェーン! 《神の宣告》です!」

 

 茜LP4200→2100

 

 あらゆるカードを無効にできる1枚により晃の《聖なるバリア─ミラーフォース─》は不発に終わる。しかし、その強力なカードを発動した代償として茜は残りライフを半分支払わなければならなかった。その数値は決して軽くない。

 

「そ、そんな……」

「攻撃は、続行されます。“アマリリス”が“ムラクモ”を破壊……その後、攻撃したこのカードは破壊され相手にダメージを与えます」

「そんな効果もあったのか……」

 

 晃LP2200→1400

 

 たった800。元ライフの10分の1もここまでくれば大きく感じる。

 まして、その後にはさらに大きな攻撃が待ち構えてくるのだ。

 

「その前に、植物族が破壊されたため《姫葵マリーナ》の効果が発動します。私は伏せカード……いえ、《シードトークン》を破壊します」

 

 おそらく“銀河眼の時空竜”の効果を発動しなかったのは、このためだろう。植物族が破壊される度に効果を使える《姫葵マリーナ》、攻撃すれば自壊する《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》。この2枚の相性は抜群だろう。

 これで晃の場にモンスターはいない。後、一撃で勝敗が決する。

 

「では、とどめです。“銀河眼の時空竜”で攻撃!」

「っ……《ピンポイント・ガード》発動。墓地からレベル4以下、《武神─ヤマト》を守備表示で特殊召喚しこのターンは戦闘及び効果で破壊されない!」

 

 前のターンでは発動する意義など対してないが現在においては、心強い盾となるカードだ。この効果で場に出された《武神─ヤマト》はあらゆる破壊を受けずバトルフェイズ中ではそう簡単に、どうにかできるものではないだろう。

 とはいえ、それも単純な一時しのぎでしかない。

 

 彼の場には、《武神─ヤマト》のみ。

手札はなく、墓地には相手のカードを1枚破壊できる《武神器─ムラクモ》と対象に取られた“武神”と名の付くモンスターを1度のみ守る盾となる《武神器─ヘツカ》。その2枚だけで相手の布陣を突破し残りライフを削るのは、限りなく難しいのだ。

 

「成程。このターンでは、終われませんね。エンドフェイズに最後の《ナチュル・チェリー》を除外し三度、“アマリリス”を特殊召喚します」

 

 加えて、バーン効果を持った破壊と再生を繰り返す《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の存在。例え、何かしらの手段で次も防ぎきることができたとしてもバーン効果までは防ぎきれない。もって2ターンが晃に課せられた限界(リミット)なのだ。

 

「くっ……」

 

 終わりか。

 晃は、歯を噛みしめこの場で結末を悟った。

 勝ちたいと思ったからでこそ、勝てないと理解してしまったのが悔しかった。

 

「橘くん……君のターンですよ?」

「いや……そんな必要はない。オレの負けだ」

 

 ゆっくりと右手をデッキへと伸ばす。

 ルールブックに記されていた行動の一つとして、デッキの上に手を乗せる行為だ。

 

 すなわち、降参(サレンダー)を意味する行為。

 晃は、勝てないからでこそ自ら敗北を宣告しようとする。

 

 しかし──。

 

「諦めるのですか?」

 

 凛とした茜の声が、晃の手を止めさせたのだ。

 しかし、たった一つの言葉ではほんの一瞬動きを止めさせる程度しかない。

 

「そうだよ。無理なもんは、どうやっても無理だから……」

「無理……ですか?」

 

 茜は、まるで彼の言葉の意味がわからないように首を傾げた。

 

「私には、分かりかねません。何しろ遊戯王で諦めた事はないので、それに──」

 

 一瞬、言葉の途中で止める。

 それは、彼女の中で何の混ざりもなくただ純粋に言葉を紡いだ。

 

「諦めるよりも、立ち向かった方がカッコイイじゃないですか」

「……っ!?」

 

 その言葉に晃は身を震わせた。

 先ほどまで勝ち負けを意識していた晃だが、そのような意識のを吹き飛ばすぐらい単純な理論で。そう勝ち負けなんてのは後から付いていくものだ。今は、負けてもいいだからただガムシャラに立ち向っていこう、と晃は両手で自分の頬を叩いた。

 

「っし、わかった続行するよ! オレのターン、ドロー!」

 

 気持ちを取りなおしてカードを引く。

 緑色の枠のカード。それは、前に《強欲で謙虚な壺》で選択肢に入った1枚で選ばなかったカードだ。だが、『今ここで使ったとしてもと考えた』が、茜の場の1枚のモンスターを見て可能性に気がついた。

 

 エクシーズモンスター。

 デッキをもらった晃だからでこそ、把握していなかったが彼にもまたエクストラデッキが存在する。その中には、やはりと言うべきか多くの黒い枠のカードで構成されていた。

 

「オレは、《死者蘇生》を発動。墓地から特殊召喚させるのは《武神器─ハバキリ》だ」

 

 墓地から1枚のモンスターを抜き出し場に出した。

 攻撃力は彼女の場のモンスターには遠く及ばず勝つ事はできない。だが、場にで揃った《武神─ヤマト》と《武神器─ハバキリ》は共にレベル4という事実。

 

「そう来ますか……」

「レベルが同じなら出せるんだよな。それに、どうやらこれは“武神”と名の付くモンスター限定みたいだけどこれなら出せる! レベル4“ヤマト”と“ハバキリ”をエクシーズ、《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚!」

 

 武神帝─スサノヲ

 ★4 ATK/2400

 

 2枚のモンスターを重ね合わせ出されたのは、【武神】の切り札ともいえるモンスターの一角だ。攻撃力は2400と、茜のモンスターには及ばないもののあくまで“武神”は“武神器”と併用する事で相手を討ち果たすのだ。

 

「スサノヲは、エクシーズ素材を一つ取り除くことで“武神”と名の付いたカードを手札に加えるか墓地に送る事ができる。これでオレは、2枚目の《武神器─ハバキリ》を手札に加え、バトルフェイズに入る! 《姫葵マリーナ》に攻撃だ!」

 

 晃が最初のターンにミスプレイとして場に出してしまったカードを手札に加える。

 本来、そのカードもまた手札によって発動する1枚。

 

 それも、単純に力で劣る“スサノヲ”と“マリーナ”の戦力差を覆す能力を秘めているのだ。

 

「ダメージ計算時、“ハバキリ”を捨てて効果を発動! 《武神帝─スサノヲ》の攻撃力を倍に!」

 

 武神帝─スサノヲ

 ATK/2400→4800

 

 攻撃力の大幅な上昇。

 それに伴い、茜の場の《姫葵マリーナ》、《No.107 銀河眼の時空竜》の二体(・・)の攻撃力を軽々と越えたのだ。

 

「っ……」

 

 茜LP2100-2000→100

 

 これで茜の残りライフはたったの100。

 ほんの少し押しこむだけでも削りきれるライフであり、この時晃は勝利を確信した。

 

「これで最後(ラスト)だ! 《武神帝─スサノヲ》は相手モンスターに1回づつ攻撃ができる。《No.107 銀河眼の時空竜》に攻撃!」

「えぇ!?」

 

 茜が取り乱し、驚きの声を上げた。

 それも、彼女が《武神帝─スサノヲ》が連続で攻撃をできるモンスターだと知らなかったわけではない。むしろ、そのようなことは熟知しているのだ。何より驚いたのは、晃が攻撃をさせた事であったのだ。

 

「あ、あのー、ひじょーに申し上げにくいのですが……」

「え……?」

 

 茜は、いつもの丁寧な口調をさらに丁寧な感じで申し訳なさそうに語る。

 それを聞き晃も一瞬、手を止めた。

 

「《武神器─ハバキリ》の効果は、効果を発動したダメージ計算時のみ(・・)攻撃力が倍になります。つまり、戦闘を一度終えた今、攻撃力は元に戻っている……のですけど……」

「………………マジで?」

 

 晃LP1400-600→800

 

 結果、《武神帝─スサノヲ》の攻撃力は元々の2400。

 対して“銀河眼の時空竜”は3000。攻撃力が戻った“スサノヲ”では当然、敵うはずもなく返り討ちに合ってしまうのだ。

 

「……ターンエンド」

「あの、なんか、ごめんなさい。“銀河眼の時空竜”でとどめです」

 

  晃LP800-3000→0

 

 晃の敗因は間違いなく経験と知識の不足だっただろう。

 最後の希望とも言える《武神帝─スサノヲ》が消滅した後は、まるで祭りが終わったような静けさであっけなく決着がついたのだ。

 

「負け、た……」

 

 がっくりとうなだれる。

 本気で、勝てると思ったからでこそ悔しく感じるものだ。だが、悔しくは感じても慟哭はしない今の晃には、次は勝ちたいという気持ちがひしひしと湧き出ているのだ。その気持ちこそが、おそらく決闘者においてもっとも重要な要素なのだろう。

 

「まあ、始めての対戦であれだけできれば大したものですよ。それに──」

「ああ、次に勝てばいい……だろ?」

 

 茜のフォローの言葉をなんとなく察し、言葉を紡ぐ。

 正解だったような茜もわずかに口を綻ばせ頷いた。

 

「あれ、そういや部長は……?」

 

 二人は決闘に夢中だったが、そういえば途中から部長である新堂創が口を挟まなくなっていたのだ。キョロキョロとあたりを見渡したら、姿がなく『どこに行った?』と思考した直後に、戸が開き創の姿があった。

 

「よ! 終わったか?」

「部長、なんで急に消え……って、何ッスかそのジュースの山は!?」

 

 よく見れば彼は抱きかかえるかのように缶ジュースを大量に持ってきていたのだ。

 どう見ても、3人で飲むには多すぎる。

 

「ああ、新入部員の歓迎会をしなければと思ってな……ほら、俺のおごりだ!」

「ども」

 

 そういいながら、晃へ一本投げ渡す。

 赤いラベルの張られたコーラを晃は躊躇なくプルタブを開けた。

 

 ブシュッ!!

 

 瞬間、プルタブの開け口から勢いよくコーラが噴射され晃の顔面に飛びかかった。

 それを見た創は、『いっけね』と小さく呟いた。

 

「あ、すまん。それ、俺が階段から落とした奴だった」

「そ、そうッスか……」

 

 びちょ濡れになり、体をわなわなとふるわせた。

 それでもこの場の空気は和んでおり、悪くない。

 

 晃はそう思ったのだった。

 



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004.私を怒らせた事、後悔させてあげるわ

 今回の話は決闘無しです。
 そして、半分がギャグパートです。


 時は、西暦2×××年。

 

 地球という惑星を人類が支配していた時代が終わり、新たに進化を遂げた種族である魔族が代わって世界を支配する時代が来ていた。彼からは、人間には持ちえない魔力と言う概念を持ち魔法とも言える物理法則さえも無視した能力を有している。

 

 そのため人類が持ちえる化学兵器が一切通用しないのだ。

 追いつめられた人類は、常に魔族に怯えながら隠れ潜む日々を強いられている。

 

 このまま、人類は滅ぼされてしまうのか?

 怯える人々は、常に不安と恐怖で覆われていたが、その中で唯一の希望を見つけたのだ。

 

 それこそ遊戯王カードと呼ばれるカードだった。

 元はただのカードゲームであるそれは、起源をたどれば古代エジプトにまで遡る。かつては、神聖な儀式として扱われていたそれは、カードを介する事により現代にまでその力を引き出す事ができた。

 

 それ故、人類は皆、銃でもなく剣でもなくカードを手に戦ったのだ。

 決闘(デュエル)と呼ばれる儀式においては、何者にも阻害される事なく魔族の持つ魔力でさえも退ける。

 

 その中でも、より多くの魔族を倒し栄光を手にしたものは勇者と呼ばれ称えられた。

 加え、勇者を筆頭とする連合軍が結成される。

 

 だが、魔族とて黙ってやられているだけではない。

 魔力というアドバンテージを失った彼らも軍として集い、やがてその中でも秀でた実力者たちが魔族の王……魔王と名乗り出したのだ。

 

 勇者と魔王。

 それらのリーダーが束ねる闘いは、まさにかつて人間が巻き起こした戦争と同等の熾烈な争いに発展し、まさに数百年にまで及ぶ闘いとなり『決闘戦争』と呼ばれ、多くの勇者と魔王が散って行った。

 

 そして、人類と魔族の争い『決闘戦争』も最後の決戦を迎えたのだ。

 優勢なのは、人類だった。多くの勇者たちが散り行っていた中、最後に残された勇者の末裔。女勇者、『アカネ=ヒムカイ』率いる連合軍『紅華』が魔族、最後の砦とされる魔王城『神導』へと奇襲をかける。

 仲間は皆、リーダーのアカネ=ヒムカイに残された愛する友人、恋人、家族そして人類全員の命運を託し尊く散って行った。彼女もまた、皆の命を嘆きながらも振り返らず魔族の長であり、歴代で最強と謳われた『始まりの魔王』の前にまで辿りついたのだ。

 

「ククク、よくぞここまで辿りついたな、人類最強と称される勇者の末裔、アカネ=ヒムカイよ。まずは、ここまで来たことを褒めてやろう」

 

 玉座から立ちあがり歓迎でもするかのように笑いアカネを向い入れる始まりの魔王。

 彼は、ここまで追い込まれてもなお同様する気配がない。それほどまでに彼は、己の絶対的な力を信じ敗北はないと確信しているのだ。

 

「どうだ。ここまでたどり着いた貴様には、我が同胞として魔族の一員になる気はないか? 貴様になら、我が世界を支配したあかつきに世界の半分をくれてやろう」

 

 手を大きく広げ高らかに告げた。

 だが、彼女はその様な物に興味は無い様に表情一つ変えず、始まりの魔王を睨みつけるだけなのだ。

 

「いいえ。私はその様な物、欲しくもありません。私が欲しいのは、愛する人類の平穏ただそれだけです……故に、貴方を今ここで滅ぼします!」

 

 そう言いながら、彼女は己が剣であるデッキと盾である決闘盤を構える。

 彼女のその勇敢な姿を見ては一瞬、残念そうな顔をするがそれでも魔王は口元を釣り上げニヤリと笑った。

 

「よかろう。ならば、貴様を殺し愛する人類とやらを滅ぼしてやろうではないか」

 

 マントを翻し魔王が宙へと手をかざす。

 彼には剣となるデッキ、盾となる決闘盤を持たず代わりに彼の手には闇が収束された。

 闇は質量を重ねて行き、やがて五枚のカードとなった。それこそ歴代最強と呼ばれた魔王の能力、己の力で神聖な儀式と呼ばれた闘いのルールにさえ干渉し常に望むカードを手元へ手繰りよせるのだ。

 彼の反則級の力に、一瞬恐怖を感じ足が震える。

 しかし、彼女は負けられないのだ。人類の命運が彼女の肩に託された今、諦めるわけにはいかない。

 

「さあ、行きます魔王!」

「来い、勇者よ!」

 

 二人の最後の決戦。

 人類と魔族の命運を掛けた最終決戦が今、始まる。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「って、なんだこれはぁあああああああ!!」

 

 

 晃が遊戯王部に入部してから1日後。彼の怒声が放課後の遊凪高校の中庭に響き渡る。

 それと同時に彼は、一冊の緑色のA4サイズのノートを力一杯地面に叩きつける。そのノートの表紙には、油性マジックでやや汚くも大きく堂々と台本(ナレーション:橘晃用)と記されているのだ。

 気付けば、周囲からすでに下校し始めている生徒たちが怯えていたり、白い目を向けているのが確認できてしまっている。

 

「あー、なんだせっかく最終決戦ってのによ。勘弁してくれよ」

 

 水を差された事が不愉快なのか、不機嫌そうに『始まりの魔王』……でなく、暗幕をマントっぽく見立てた新堂創が頭を掻きながら唸る。しかも、周囲の目などお構いなしだ。

 その彼に対立するように決闘盤を構えていた女勇者『アカネ=ヒムカイ』……でなく、白いカーテンをマントに見立てて腰に、勇者の剣(ダンボール製)を携えた日向茜が創の意見に賛同するように口を尖らせて言った。

 

「そうですよ! せっかく、ここから台本なしのアドリブ勝負だったのに……」

 

 二人はやれやれと言った感じで仕切り直し距離を取る。

 茜は決闘盤を構え、創は机の設置されていたプレイマット型の決闘盤を整え直す。

 

「さあ、行きます魔王!」

「来い、勇者よ!」

「だーかーらー、何やってるって言ってるんだろがぁああああ!!」

 

 二度目の怒声、完全に雰囲気をブチ壊しにされたためか二人は、不満げにある方向を指差したのだ。そこには、自作であろう大きな看板──

 

『君の入部が世界を救う。今日から君も勇者の仲間入りだ! 遊戯王部、部員熱烈歓迎(初心者でも大丈夫!)』

 

などと、どこかのキャッチコピーのような言葉が大きく描かれていたのだ。

 

「え……これって?」

「部員勧誘の看板ですよ。一応、部員勧誘はいつでもやっていい事になってますから」

 

 それでも理解が及ばない晃に茜がわかりやすく解説した。

 つまりこれは、ただの悪ふざけではなく実演を入れた部員勧誘のつもりでやったのだろう。

 

「部員、勧誘……?」

「そうです! 我々には、さらに部員を勧誘するという使命がありますから!」

 

 小さな握りこぶしをつくり眼に炎を灯しながら、いつもと丁寧な口調ながら変な喋り方で熱く語る。どうやら今だ、精神の中に『女勇者アカネ=ヒムカイ』が残っているようだ。

 

「その通り! 我々には後、部員を三人揃えなければならんのだ!」

 

 こちらも『始まりの魔王』が残っている。

 二人の変なテンションにあてられていたのか、晃は項垂れていたが創の発言に一つの疑問を抱いた。

 

「あれ……そういや、オレが入ったから部員数が3人。もう廃部の危険もないッスよね?」

「ああ、そうだな。けど大会には出れないだろ?」

「出れないだろって……大会の事だって何も知らないッスけど?」

 

 ここで、創と茜は顔を見合わせた。

 二人は『あー、そういえばそうだなぁ』なんて顔をしては晃に大会についての解説をする。

 

「橘くん、私たち遊戯王部には二つの大会があるんですよ。一つは、個人戦。こっちは別にいいんですけど。肝心なのは、団体戦です」

「団体戦?」

 

 晃は首を傾げる。

 とはいえ、なんとなく察しは付いているのだが。

 

 スポーツで卓球やテニス、剣道と言う個人種目にも団体戦は存在する。シングルスやダブルスをオーダーを決めて試合を行い勝敗数で結果を決めるのだ。それ故、個人で負けても団体で勝てば結果的に勝ちとなる種目。

 

「つまり、今の俺たちでは参加できないって事だ。エントリーに必要なメンバーは最低5人。つまり、後二人ほど足りないんだよ」

「後、二人っスか……」

 

 大抵、団体戦となると基本的に5試合。

そのうち3勝した方が勝ちと言うのが多い。

遊戯王に関しても、その様なルールで団体戦が行われるのだろう。

 

大会についてと現在の部員勧誘(?)の理由を理解する事ができた。大会への参加条件をいまだ満たしていない遊戯王部だからでこそ、こうして新たな新入部員を集めるために出向いていたというわけだ。

 

「いや、だったら普通に勧誘しろよ!」

 

 とはいえ、晃はここで至極真っ当な意見を述べた。

 

「それじゃ、面白くないだろ!」

「それじゃ、面白くないですか!」

 

 晃の意見にハモって反論する二人。類は友を呼ぶなどという言葉が存在するが、これは現在のこの二人のためにあるような言葉だろう。そう考えていた晃だった。ここで一つ彼は、見落としていた事に気付いた。

 

「……あ、そういや、もう1年の入部期限が過ぎてるんッスけど、今さら入った部活を抜けて入ろうなんて考える人はいるんスかね?」

「「……あ!?」」

 

 またしても、ハモる。

 どうやらこの二人は、まったくもってそのような事を考えていなかった様だ。晃の言葉を聞いて先に慌てたのは茜の方だった。

 

「ど、どどどうしましょう? 確か、部活の掛け持ちも禁止でしたよね!?」

「あれ……?」

 

 晃は、首を傾げて記憶を手繰りよせる。前に入る部活が決まらずに呼び出しを受けた日に担任の真島千尋から入る部活を決めなければ運動部を全て掛け持ち入部させるなどと言っていた記憶があった。

 なのだが、生徒手帳には確か部活の掛け持ちを禁ずるなどと書いてあった様な気がした。

 

「(ひょっとして、騙された……?)」

 

 晃は今さらとなって脱力した。

 うまく真島千尋の口車に乗せられたのだ。……いや、もしかしたら万が一にもやりかねないかもしれないのだが。座りこむ晃を無視して創は、茜へと語る。

 

「いや、まだ可能性は0じゃないだろ日向? やれる事は、全部やってからだ!」

「っ!? そうですね部長!」

 

 二人は、再び身につけていたマントという名の暗幕とカーテンを整え所定の位置へと戻る。茜は、外していた決闘盤を再び装着し創もまたプレイマット型の決闘盤の電源を入れる。

 

「さあ、行きます魔王!」

「来い、勇者よ!」

 

 そして、やれる事とは魔王と勇者ごっこだった。。

 さすがに付いて行けなくなった晃は、『はぁ』とため息をついて付近に置いてあった鞄を手に取る。どうやら二人は、すでに決闘(デュエル)を始めているようで晃の事など意に介してもいないらしい。

 

「すんません、オレ先に帰りますよー」

 

 そう言いながら二人を残して後を立ち去って行く。

 二人は完全に、集中しているのか晃の言葉に気付かずに勇者と魔王という中二病臭い台詞を使っての決闘(デュエル)を続けていた。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 元々、橘晃という人間は何かに関心を抱くというのは少ない方だった。

 特に興味のなく惹かれない存在であったのなら、目に入ったところで大した認識も持たずに、数秒でただの視界に収まった記憶として消去されるだろう。だが、逆に惹かれた物には、とことん興味を抱くのだ。

 

 故に彼は、ふと家の近所にも関わらず存在さえ大して認識していなかったカードショップを発見した時、まるで夢遊病患者の如く無意識のうちに足が運ばれていたのだ。

 

 遊戯王カード専門店、カードショップ『遊々』。

 カードショップにしては特にひねりもなく、ありきたりな店の名前だと思いつつ辺りを見渡せば、そこは商売が繁盛しているような賑わいを見せていた。カウンター付近には、遊戯王OCGとされるカードパックのパッケージが並べられ、万引き対策なのだろうレジにて購入したいパックを告げる形式だった。

 さらに、近くにはガラスケースが並べられ中には、輝きを見せるレアカードが華々しく飾られるように並べられていた。さすがにレアカードは高いものが多い。特に高額なのは晃の一カ月分の小遣いを越えるものだってあるのだ。

 ガラスケースの中、晃は見知ったカードを見つけ驚きの声を上げた。

 

「うげ……《武神─ヤマト》が2000円!?」

 

 ちなみに、現在【武神】にとって必須ともされる《武神─ヤマト》だが、卒業生が残し現在では晃が使用するデッキにも当然存在する。3枚積みでだ。もし、このデッキを実際に購入するのであれば6000越え。さらに多々のカードも含めれば金額は、間違いなく一万を優に超えるだろう。

 

 ふと、晃は鞄からデッキケースを取り出しては、このデッキを残した人がそれほどの金額がするデッキだというのに、何を思って遊戯王部に残したのだろう。などと、考える。ちなみに、晃は自分なら絶対にもったいなくて誰かに譲渡などしないだろうなどと考えた。

 

 ガラスケースから視線を外し、次は……と一歩を踏み出した時だった。

 晃はふと、自分の視界に見知った人物がいたのに気がついた。

 

「あれ、氷湊じゃないか……」

「え……?」

 

 ほんの一瞬だけ目が合った。

 氷湊涼香(ひみなとすずか)。特に晃とは関係が深いというわけではないが、彼と同じ遊凪学園の1年の生徒であり、しかも同じクラスで隣の席である人物だ。髪を結び短めのポニーテールをつくっている。また、一般よりはややつり目気味の目が印象的な女生徒だ。

 

 名字を呼ばれた事で、振り向き彼女は晃の存在に気付いたはずだ。

 だが、しかし彼女は目が合ったにも関わらずそっぽを向く様に晃から視線を逸らしては、スタスタと逃げるように歩き出した。

 

「って、ちょっと待て! なんで、逃げるんだよ!?」

「逃げてないわ。ちょっと、急用を思い出しただけよ」

 

 さすがに、無視されて気分がいいわけでもない晃は反射的に涼香を追いかけた。それに対し、涼香は晃の問いを否定するかのように攻撃的な口調で返す。

 

「いや、さすがにカードショップの中で急用って──」

 

 言い訳にしては、あまりに露骨だった。

 彼女は、明らかに苛立ちを見せた態度で攻撃的な拒絶を取る。実際、晃と彼女の中はそこまで悪いというわけではない。ただ席が隣同士という以外に、関わりがなく話す事も特にないのだ。そのため、さすがに見かけて声を掛けたからという事でここまで拒絶の意を見せる理由がわからないのだ。

 

「はぁ……そこまで嫌う事ないだろ、ってか氷湊も遊戯王をやるんだな」

 

 晃の何気ない台詞。それに、涼香はぎょっとした様に驚きを見せた。驚きは、何に対してかはわからないものの、すぐに表情を戻し同じ様に攻撃的に言葉を返した。

 

「別に、遊戯王に興味はないわ。ここには……そう、ただの散歩よ。散歩!」

 

 腕を組み、晃から視線を逸らしながらの返答。

 それを聞いては、さすがに晃も『それはないだろ』と思い彼女が、何かを隠すかの様に嘘をついているのがわかった。

 

「いや、別にいいんだけどさ……って、あれ?」

 

 どうしたものかと、晃が思考をしていると突如、大きな歓声が響き渡った。

 その大きな声に、反射的に振り向くとそこには『決闘盤無料貸し出しコーナー』と書かれた看板が設置されており、遠巻きから見ても広いとわかるスペースに人だかりができていた。

 

「な、何だ?」

「さあ? 知りたいなら見てくればいいじゃない」

 

 まるで、『私は興味なんてないわ』などと言うかのような冷めた言葉。

 なのだが、行動は真逆に、彼女が歩みを進めるのは出入り口の方向でなく晃が視線を向けた人だかりの方角だった。どうやら、彼女も知りたいから見たい……ということらしい。

 

「お、おい、ちょっと待てよ」

 

 ここで置いていかれるのは、何か納得がいかずに晃も追いかける。

 もちろん、彼もあの人だかりに何があるのかは興味があり、元々見に行くつもりだったから追う追わないにしても、向うつもりだったのだが。

 

 人だかりの間を縫うようにして進む、涼香に晃も後を追って行く。気がつけば二人は、人だかりを潜り抜け最前列より一歩手前まで出てしまっていた。

 そこには、晃たちとは違う学生の制服の男子生徒が二人。それぞれ朱色に近い茶色に、濃い青い色をした髪の色の男子生徒が二人、決闘盤と呼ばれる機械を装着しており、彼らの前には同じ様に二人の男性が決闘盤を腕に装着しているのだが悔しそうに項垂れているのが見えた。

 

『凄いぞ! 色条高校の赤松と青柳、これで3連勝だ! ──おおっ、とここで新たな挑戦者の登場だぁー!!』

 

 マイクを片手にMCの様に実況を行っているのは、どうやらここの店員みたいだ。

 さらに人だかりの理由は、そこの二人が連勝し実力を見せつけていたのだ。そのため周囲の人々は、赤松と青柳と呼ばれていた二人の少年に視線を注がれていた。

 なのだが、新たな挑戦者の登場とMCが言った瞬間、気がつけば最前列より一歩手前に来ていた涼香と晃へと皆が視線を移し替えていたのだ。

 

「……え?」

「……は?」

 

 二人は、一瞬わけがわからない顔をしてお互い顔を見合わせたがMCの台詞に目の前の決闘者二人組。加えて周囲から集まる視線に自分たちが置かれている今の状況を理解したのだ。ただ、興味本位で来たはずがなぜか挑戦者として迎え入れられたのだ。

 

 納得がいかない。

 そのような声を上げたのは、晃でもなく涼香でもない。現在、連勝を続ける二人組の決闘者である赤髪の少年、赤松という人物からだった

 

「畜生! なんで今度は、男女のペアなんだよ。カップルかっつーの。俺たちなんて、彼女もいないから男二人でタッグデュエルをしにここまで来てんだぞ!?」

「いや、知らんがな……」

 

 納得がいかないのは、妬みという理由だ。

 とはいえ、二人はカップルでも何でもなく、ただ単純に出くわし知らぬまに挑戦者として駆り出されていただけである。晃から見れば理不尽な言いがかりであった。

 

「赤松君! だったら見せてやろうよ僕たち二人の実力を! そして、コテンパンに叩きのめして帰る時、二人の雰囲気をちょっと気まずくさせてやろうよ!」

「へぇ、いいじゃねえか……よぉし!! やって、やんぜぇ!!」

 

 と、二人組は逆にやる気満々テンションも高く盛り上がっていた。

 それとは対照的に晃は、呆然と立ち尽くしており涼香に至っては不機嫌そうに『なんでこんな事に』と言いたげな目をしている。

 

『では、挑戦者に決闘盤を貸し出そう。さぁ、存分に戦ってきたまえ!』

「え……あ、ども」

 

 流れでついMCから決闘盤を受け取ってしまう晃。

 しかし涼香は、不貞腐れた表情で決闘盤を受け取らずにいたのだ。

 

「私は……出ないわ。橘、アンタ一人で挑んできなさい」

「えぇ!?」

 

 まるで、刃の様に鋭く冷たい声で晃に告げこの場から立ち去ろうとする。その予想外の展開に周囲の観客たちからの歓声もぴたりと止む。しん、と静まり返ったこの場だったが、それをお構いなく語りだしたのは赤松からだった。

 

「へへ、そうか……逃げんのか?」

「っ……!?」

 

 一瞬、涼香が動きを止め硬直する。

 足を止め赤松を睨みだしたのだが、それでも赤松は臆することなく挑発を続け出したのだ。

 

「まあ、俺達は今、勢いに乗って連勝中だしな……負けると思うのもわかる。だからさ、逃げたいのなら逃げてもいいんだぜ?」

 

 この言葉を聞いて晃は『安い挑発だな』と嘆息した。少なくとも彼は、この程度の言葉で挑発に乗るはずもなく、まして彼女に対しても効き目はないと思っていた。だが、その当の本人は握りこぶしをつくってはわなわなと肩を震わせているのがわかった。

 

「(え……この、挑発に乗るのか!?)」

 

 などと、思う晃。

 涼香はMCからひったくる様に決闘盤を取り上げ自身の腕に装着し出した。そのまま、前に進み晃の横へと並ぶ。

 

「いいわ。やってやろうじゃないの……」

 

 この時、晃は少し前に言った彼女の発言を思い出した。

 

『別に、遊戯王に興味はないわ』

 

 などと、告げていたが彼女もちゃっかり自身のデッキを持っており、それを決闘盤へと装着したのだ。『いや、遊戯王やってるじゃん!?』などと晃は、心の中で叫んだものの彼女に合わせ同じ様に決闘盤を装着しては、大きな窪み……デッキの差し込み口に、自分のデッキを装着させた。

 

「橘、これはタッグデュエルよ。別に協力しろとは、言わないけど足を引っ張たりしたら……殺すわよ」

「え!? こ、ころ……?」

 

 どうやら、あの挑発で彼女は随分と御立腹の様だ。

 だが、創の時といい、今の涼香といいどうにも物騒な言葉を聞くような気がしてならない。そんな風に思う晃だった。

 そのまま、彼女は一歩だけ踏み出して告げる。

 

「私を怒らせた事、後悔させてあげるわ」

 

 それが開始の合図だったのか決闘盤に供えられた中で、最大の機能ともいえるソリッドビジョンが起動し展開される。晃に涼香、赤松に青柳……それぞれ4人の決闘盤から出る薄い虹色の光が周りを覆う様に広まり何もない空間からライフ表示のゲージが出現する。

 こうして、晃にとって二度目にして初のタッグデュエルが開始された。

 







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005.アンタやっぱ最悪よ

※大筋、TFのタッグルールと思ってくれて大差ないです。

 『遊戯王部活動記』タッグデュエルルール。

 例 プレイヤーA&B 対 プレイヤーC&D

1.2人1組となり4人で対戦を行う。
2.LPは2人で共通の8000とする。
3.手札、デッキ、エクストラデッキは各自、プレイヤーのみ。
  フィールド上のカード、墓地はプレイヤー共通カードとして扱う。
4.最初の1ターン目のプレイヤーはバトルフェイズ不可、次点のターンプレイヤーからバトルフェイズ可能とする。
5.ターンの順番においては、プレイヤーA→C→B→D→A~
  となる様に4人のローテーションになるようにする。

  順番を決めるにおいて

  決闘盤を用いる場合は、決闘盤の選定機能によりランダムに決定。
  用いない場合においては、先攻後攻決定前にあらかじめ決めておく。
6.A→C→B→Dの順番でAが先行の場合。
  プレイヤーA、Dを主導権プレイヤーとし、そのプレイヤーのターンに入るごとにターンプレイヤーが主導権プレイヤーとなる。

  例 プレイヤーA
    先行でプレイヤーAのターン、次のプレイヤーCのターンまでがAが主導権プレイヤー。
    プレイヤーBのターンに移った時、プレイヤーBが主導権プレイヤーとなり次のAのターンが来るまでプレイヤーBが主導権プレイヤーとなる。
7.カードの操作、発動は主導権プレイヤーが行う。
  主導権プレイヤーでない場合は、操作、発動する事ができない。
8.手札、デッキ、エクストラデッキに効果を及ぼす場合、主導権プレイヤーにのみ効果が有効とする。

  例 プレイヤーA、プレイヤーDが主導権プレイヤー
    《メタモルポット》のリバース効果発動時、プレイヤーA、プレイヤーDの手札を全て捨てデッキからカードを5枚する。プレイヤーB、プレイヤーCは手札を捨てずデッキからカードをドローしない。  
9.サレンダーは、パートナーの同意がなければ適応されない。
10.パートナー同士の手札確認、相談ともに不可とする。




「先行は僕だ! ドロー!」

 

 晃と涼香、赤松と青柳のタッグデュエル。

 決闘盤を使用したルールに従い、ランダムの抽選の結果一番始めにターンを行うプレイヤーは青髪の少年、青柳へと決定された。彼は、カードを引きその中から1枚を決闘盤につけられた板の5つの窪みの一つにはめ込むように置いた。

 

「《深海のディーヴァ》召喚!」

 

 深海のディーヴァ

 ☆2 ATK/200

 

 決闘盤に置かれたカードは、バーコードを読みこむようにカードから情報を読み出しプログラムからソリッドビジョンシステムへと連動する。イラスト情報を読み込み2Dで描かれた絵を3Dの映像として場に映し出す。

 

 場に現れたのは、上半身が女性、下半身が魚という人魚の様なモンスター。

 イタリア語で歌姫(ディーヴァ)と呼ばれる事はあるのか、澄んだ声を響かせながら青柳の場に召喚される。

 

「す、すごい……これが決闘盤か……」

 

 決闘盤のデュエルを始めて行う晃は、ソリッドビジョンで擬似的な実体化をしたモンスターを見て感銘を受けた。たかだが、カードゲームがこれほどまでに普及していた理由、始めてその意味を理解したのだ。

 

「へぇ、橘……あんた初心者?」

「ああ、そうだけど」

 

 晃の様子を見て、涼香は目を細め軽くイラついたように棘のある様な口調で聞く。

 少なからずタッグデュエルにおいて、パートナーの協力以前に地力が必要不可欠だ。

 

 タッグデュエルの性質上、一人のプレイヤーにターンが回ってくるのは、実質通常のシングルデュエルの半分だ。それ故、自分が攻め入れ攻撃を防ぎきれたところでパートナーの番で形成を逆転され不利になる事は否めないだろう。

 

 故に涼香は、自身のパートナーが初心者である事を良く思っていない。

 心の中で軽く舌打ちをしても青柳のターンは続いて行く。

 

「《深海のディーヴァ》が召喚に成功した時、効果が発動する。デッキからレベル3以下の“海竜族”……僕は、《真海皇トライドン》を特殊召喚するよ」

 

 真海皇トライドン

 ☆3 ATK/1600

 

 “ディーヴァ”の歌声に惹かれる様に現れたのは、青い体躯の幼龍だ。

 召喚するだけでモンスターを呼べ、さらにチューナーである“ディーヴァ”は手札に1枚あるだけでシンクロ、エクシーズ共に繋げる事のできる優良カードだ。また他のカードと組み合わせるコンボなどにも活用ができ今回、青柳はこのカードを後者の活用法を果たす。

 

「《真海皇トライドン》の効果は、自分の他の“海竜族”と共にリリースする事で手札、デッキから“ポセイドラ”が呼べる。僕は、その効果を発動しデッキから《海皇龍ポセイドラ》を特殊召喚!」

 

海皇龍ポセイドラ

☆7 ATK/2800

 

彼の場の2体のモンスターが光の粒子となって消え去る。

消え去った矢先、《真海皇トライドン》が一回り、二回りも成長した姿の海龍が姿を現す。

本来、このカードはレベル7の最上級であり特殊召喚できる効果を持つが、それも極めて重い性質上、扱い難いカードとされる。だが、サポートカードの《真海皇トライドン》と併用することでこうも容易く召喚できるのだ。

 

 ちなみに、《真海皇トライドン》の二つ目の効果があり、《海皇龍ポセイドラ》が特殊召喚した後に、相手モンスター全ての攻撃力を300下げるが、今相手の場にモンスターが一体もいないので無意味だ。

 

「っ……いきなり、攻撃力2800のモンスター!?」

 

 一度しかデュエルの経験がない晃にとっては、恐ろしく脅威だった。

 目前に、高攻撃を持つモンスターがいるだけで彼にとってプレッシャーとなりうる。

 

「僕は、カードを3枚伏せてターン終了!」

「っ、オレのターンだ!」

 

 次のターンプレイヤーは晃だ。

 

 やや、慌てながらカードを引く。

 現在、相手の最上級モンスターを倒す術はない。しかし、このターンのデッキトップからドローしたカードは幸いにもこのデッキの主格となるカードだった。

 

「オレは、《武神─ヤマト》を召喚!」

 

 武神─ヤマト

 ☆4 ATK/1800

 

 【武神】の主要カード、“武神”と名の付く獣戦士族モンスター。

 赤い甲冑に身を包んだモンスターは、己の数倍もあるだろう巨大な海龍と対峙する。

 

 本来、高攻撃力を持ったモンスターを除去できない場合、裏守備表示でモンスターを出すのがセオリーだ。しかし、晃は以前の決デュエルで《武神─ヤマト》のサーチ効果に戦闘を補助する“武神器”があるのを知っている。 

そのため、彼は“ヤマト”を攻撃表示で出すのが得策だと考えた。

 

「オレもカードを2枚伏せて、ターンエンド……っと、ここで《武神─ヤマト》の効果を発動! デッキから《武神器─ハバキリ》を手札に、そして《武神器─ムラクモ》を墓地へ捨てる」

 

 “ヤマト”の効果によるサーチと墓地肥やし。

 この効果により晃は、手札から発動できる戦闘補助の“ハバキリ”を手札に加え墓地より除外し相手のカードを破壊できる“ムラクモ”を墓地へと送る。これならば、相手の場に攻撃力2800のモンスターがいようと十分に対抗できるだろう。

 

「チッ……“ハバキリ”かよ、俺のターン、ドローだ!」

 

 次いで、タッグデュエルのため青柳でなく赤松のターンへと移る。

 この時、彼は前のターンで青柳が伏せたカードを確認してはニヤリと笑った。

 

「ハハッ、なんだよ……いいカードがあるじゃないか《マインドクラッシュ》を発動だ! もちろん、カード名は《武神器─ハバキリ》!」

「マインド……クラッシュ?」

 

 いくら汎用性が高い有名カードとはいえ、初心者の晃は知らずに?マークを浮かべる。

 そんな彼の姿を見ては、遊戯王の経験者である涼香は呆れた様に彼に、カードの説明を行う。

 

「はぁ……《マインドクラッシュ》も知らないなんて馬鹿じゃないの? いい、あのカードはカード名を一つ宣言して、相手の手札を確認……ある場合は、そのカードを全て捨てさせるカードなのよ」

「え゛っ……!?」

 

 それは、ハンデスとピーピングを兼ね揃えたカード。

 サーチカードが多い現在、それらに対するメタとして働き相手の手札まで確認する事ができるのだ。もっとも、宣言したカードが1枚もない場合、使用者がランダムに手札を1枚捨てることになるのだが、それを逆に利用して【暗黒界】に組み入れられる事もある。

 

 そして、宣言したのは《武神器─ハバキリ》。

 前のターンで、“ヤマト”の効果を使うにあたり手札に加えたカード。

 

 これも演出なのか、ソリッドビジョンシステムが働き晃の手札のカードが全て公開される。《D・D・R》、《武神─ミカヅチ》、そして当然の如く《武神器─ハバキリ》。

 

「と、言うわけだ……捨ててもらうぞ」

「くっ……」

 

 決闘盤のデッキをセットする反対側にある空洞のスペース。そこが墓地置き場となっており晃は、《武神器─ハバキリ》をそこへ入れる。これで“ヤマト”は戦闘時に“ハバキリ”の補助を受けれなくなってしまった。

 

「さらに俺は《ジュラック・グアイバ》を召喚だ!」

 

 ジュラック・グアイバ

 ☆4 ATK/1700

 

 赤い体躯に加え、手足の爪、牙、ヒレの全てに炎が燈った恐竜グアイバザウルスが現れる。一見、生物が共通して炎が苦手ながらも炎を纏っているのは不釣り合いだが、これも架空のモンスターならではの姿なのだろう。

 

「バトルフェイズ! “グアイバ”で《武神─ヤマト》を攻撃するぜ!」

「えっ……?」

 

 その身軽そうな身体で全力で“ヤマト”へと突進していく《ジュラック・グアイバ》。しかしながら、その攻撃力は1700とわずか100ポイントのみと敵わないのだ。まして彼の場には、“ヤマト”の攻撃力を上回る“ポセイドラ”がいるのにも関わらずだ。

 

 ここで晃が予想したのは、《ジュラック・グアイバ》が《ナチュル・チェリー》の様に破壊や墓地に送られる事で効果を発動する効果。もしくは、《武神器─ハバキリ》の様に戦闘における補助のカードがあるかの二択だ。

 

 遊戯王経験の浅い晃には、《ジュラック・グアイバ》の効果はわからない。だけど、晃は本能的に1枚のカードを発動させた。

 

「っ……なら、《剣現する武神》を発動! 第一効果《武神器─ハバキリ》を手札に加える!」

「なにっ……!?」

「そして、“ハバキリ”の効果を使うのはダメージ計算時、なら……この時、《武神器─ハバキリ》を手札から捨て“ヤマト”の攻撃力を倍にする効果を使用できる……と、思う!」

 

 力強く疑問形で語る晃に、涼香、赤松、青柳の3人は呆れた。

 晃も発動できると確信できていないながらも、ちゃっかりと効果を発動させるように“ハバキリ”のカードを墓地へと送る。もちろん、《武神器─ハバキリ》の効果は使用できる。

 

 この効果により、空から飛翔する鳥の姿の“ハバキリ”が形を変え、元の姿。かつて八岐大蛇を退治したとされる十束剣、天羽々斬(あまのはばきり)へと成り《武神─ヤマト》の手へと渡った。そこから繰り出されるのは一閃の斬撃、この攻撃に成す術もなく《ジュラック・グアイバ》は裂かれ消滅した。

 

 武神─ヤマト

 ATK/1800→3600

 

 青柳&赤松 LP8000-1900→6100

 

 超過分ダメージが二人のペアの共通ライフから削られる。

 【武神】としては、当たり前のプレイングの一種だ。しかし、晃が初心者という点を見れば涼香は、彼を見て少し強張った顔をほんの少し緩ませる。

 

「へぇ……ただの初心者かと思ったけど、少しやるじゃない橘」

「そりゃ、どうも」

 

 だが、赤松も遊戯王においては十分に経験者と呼ばれるキャリアを詰んでいる。そんな彼が、そう簡単に昨日今日とで遊戯王を始めた初心者に後れを取ったままではなかった。

 

「チィ……だが、まだだ! 《リビングデッドの呼び声》を発動し、《ジュラック・グアイバ》を墓地から特殊召喚だ!」

 

 青柳が伏せた1枚のカードを発動させる。

 墓地から自軍のモンスター1体を蘇らせるこのカードで先ほど、破壊された炎を纏った恐竜は復活を果たした。

 

「もう一度、“グアイバ”で攻撃するぜ!」

 

 これは、数秒前のリプレイの様に同じモンスター同士で戦闘がおこなわれる。“ハバキリ”の効果も切れ攻撃力が元に戻ったにしても、それでも“ヤマト”の方が上だ。だが、攻撃が届く瞬間に、赤松は1枚のカードを手札から決闘盤の魔法、罠スロットへと差し込んだ。

 

「ダメージステップ時に、速攻魔法《禁じられた聖槍》発動! コイツで、《武神─ヤマト》を対象にしこのカード以外の魔法・罠を受け付けない代わり、攻撃力が800下がる」

「っ……」

 

 武神─ヤマト

 ATK/1800→1000

 

 突如、飛来してきた黄金の槍を《武神─ヤマト》は紙一重で避けたものの、次に襲ってきたのは炎を纏った爪と牙。防ぐことが叶わず、元々攻撃力で劣る《ジュラック・グアイバ》だろうが攻撃をまともに受けてしまい消滅した。

 

 晃&涼香 LP8000→7300

 

 これが、赤松が思い描いていたシナリオなのだろう。

 しかし、これならなにも《リビングデッドの呼び声》を発動させずに“ポセイドラ”で攻撃を行った方がいいのではと、疑問に思った矢先、《ジュラック・グアイバ》が咆哮を上げた。

 

「《ジュラック・グアイバ》は、戦闘で相手モンスターを破壊した場合、デッキから攻撃力1700以下の“ジュラック”を特殊召喚できる。《ジュラック・ヴェロー》を特殊召喚だ!」

 

 ジュラック・ヴェロー

 ATK/1700

 

 首から上は、赤。胴体から尻尾にかけて黄。手足は、青。と、3色で配色された恐竜、ヴェロキラプトルが《ジュラック・グアイバ》の呼びかけに応じ登場する。これこそ、戦闘破壊をトリガーに発動する効果であり一度失敗してなお、もう一度狙った赤松の結果なのだ。

 

「くっ、モンスターが増えた!?」

「安心しろよ。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃を行うことができない……もっとも、俺たちの場には、まだモンスターが控えているぜ!」

 

 彼の言葉と同時に、主のパートナーに賛同するように“海皇龍”は軽く唸りを上げて今か、今かと待ちわびる様に攻撃対象となる晃を見る。

 

「さて、《海皇龍ポセイドラ》で直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!」

「くっ……」

 

 晃は、前のターン《剣現する武神》と同時に伏せたカードを発動させるか迷った。

 このカードを発動させれば、攻撃を止めることはできなくとも戦闘ダメージをある程度減少させる事ができる。だが、それは汎用性が高く次の涼香のターンで彼女が有効的に活用してくれるかもしれないのだ。

 そのため、彼は発動せず直接攻撃を受ける事を選ぶ。

 

 晃&涼香 LP7300→4500

 

 これで残るのは、半分と少し。

 ライフアドバンテージは、下級モンスター1回分の直接攻撃分の差である。それに対し、肝心のボードアドバンテージも晃たちの方が不利であるのだが……。

 

「メイン2! 俺は、《ジュラック・グアイバ》、《ジュラック・ヴェロー》のレベル4恐竜族2体でエクシーズだ! 《エヴォルカイザー・ラギア》をエクシーズ召喚!!」

 

 エヴォルカイザー・ラギア

 ★4 ATK/2400

 

 素材は、恐竜族を指定しているのにドラゴン族のモンスター。

 青白い体に真っ赤な瞳。生物にしては、異形の翼を6つ持ち円状の炎を纏ったモンスター。カード名の由来は、おそらく小型肉食恐竜のウネンラギアだろう。

 

「前言撤回! 橘、アンタやっぱ最悪よ」

「えっ!? 何故?」

 

 召喚された《エヴォルカイザー・ラギア》の姿を見て涼香は、顔を再び強張らせ『へぇ……ただの初心者かと思ったけど、少しやるじゃない橘』などと言った言葉を即座に撤回させた。逆に、晃は“ラギア”と呼ばれるモンスターの能力を知らずにいるために何がどうしたのか理解が追いつかないのだ。

 実際、晃の手札であのモンスターの召喚を阻止できたかと思えば、答えは否だろう。それでも涼香や……実際、遊戯王プレイヤーが《エヴォルカイザー・ラギア》を相手にされた時、良く思う人物などいないだろう。

 そこに、親切にも赤松が《エヴォルカイザー・ラギア》の効果を解説してくれた。

 

「いいか、《エヴォルカイザー・ラギア》の効果は、エクシーズ素材を二つ取り除くことで魔法、罠の発動を無効。または、モンスターの召喚、特殊召喚を無効にできるぜ」

「なっ……!?」

 

 それは、カウンター罠《神の宣告》に類似した効果だ。

 エクシーズ素材が二つのため、発動は1度のみという制限があるものの、あらゆるカードに対して有効なこの効果は大きな牽制力を持ち、まして攻撃力も上級クラスの帝系モンスターと同等の2400とそう簡単に倒せる数値ではない。

 

「俺は、カードを1枚伏せてターン終了だ」

 

 先ほど、上げたがライフアドバンテージは小さな差だ。

 しかし、ボードアドバンテージはさらに差をつけられ誰が見ても明らかとなってしまった。相手の場には、共に上級クラスの《海皇龍ポセイドラ》、《エヴォエルカイザー・ラギア》にして1度、無効化の効果を使える。さらに魔法・罠には青柳、赤松共がそれぞれ伏せた2枚ものカードが存在する。

 大して、晃と涼香の場には晃が伏せた1枚のカードのみ。

 

 ボードアドバンテージの差が、戦力の決定的差ではないにして、明らかに晃と涼香が不利なのは見てわかる。

 

 ふと、晃は申し訳ないといった表情で涼香を見る。

 彼女は、すでに晃の視線など気にならないと言った感じで場を見つめては、何故か軽く笑っていたのだ。

 

「じゃあ、私のターンね」

 

 こうして4ターン目。

 最後のプレイヤー涼香のターンが始まる。

 

 

 

 



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006.瞬間氷結の戦乙女

●橘晃&氷湊涼香 LP4500

 晃  手札2

 涼香 手札5

 

■unknown

 

●青柳&赤松 LP6100

 青柳 手札2

 赤松 手札3

 

□海皇龍ポセイドラ

□エヴォルカイザー・ラギア(エクシーズ素材:2)

■リビングデッドの呼び声(対象:無し)

■unknown

■unknown

 

 勢いと流れで始まったタッグデュエルも3ターンが経過した。

 状況は、青柳&赤松のタッグが優勢であり、現在“生きた神宣”こと《エヴォルカイザー・ラギア》に、場ではバニラモンスターだが《海皇龍ポセイドラ》も攻撃力2800と最上級クラスの打点を誇る。自身の効果では、出しにくさが目立つものの決して弱いカードとは言えないだろう。

 対して、晃と涼香の場には晃が伏せた1枚のみ。

 

 最悪……と、まではいかないが、決して良くはない状況なのだ。

 この状況で4ターン目。氷湊涼香のターンがやってきた。

 

「やっと、私のターンね。ドロー」

 

 カードを引くと、彼女は現在の場の状況と今、引いたカードを見比べ笑みを浮かべる。

 さらに晃が伏せたカードを確認する。それも現在の彼女にとって御誂え向きのカードだった。

 

「まずは、《E・HEROオーシャン》を召喚するわ」

 

 E・HEROオーシャン

 ☆4 ATK/1500

 

 青く海の戦士と思わせる様な姿のモンスターが現れる。

 とはいえ、このモンスターどっちかというと名前が“オーシャン”でありながら色が青系統である“オーシャン”よりも“アクア”と呼ばれる色の方が近い気がする。

 

「チッ……【HERO】かよ」

 

 彼女の召喚したモンスターを見ては、赤松は舌打ちをする。

 

 【HERO】も遊戯王におけるカテゴリの一種であり、原作『遊戯王GX』の主人公、遊城十代が使用するカテゴリなのだ。そのため種類も豊富であり主に“融合”を主体とするのが特徴だ。

 派生からデッキの種類は、数多く存在するが融合召喚における爆発的な攻撃力を誇るデッキは、過去の大会でも多くの結果を残しているのだ。

 次いで、彼女が使用するのはドローフェイズにて引いたカードだった。

 

「じゃあ、手札を1枚捨てて《超融合》を発動」

「げぇ……!?」

 

 涼香の発動したカードに対し赤松は、驚きの声を上げて絶句した。

 彼女が発動したのは、アニメの『遊戯王GX』において特別なカードとされOCGにおいても【HERO】の切り札となるカードだ。

 

 手札コストこそ必要なものの、本来自分のカードのみで行う“融合”を相手のカードまで選択する事が可能であり、相手モンスターを除去しながら自分は強力なモンスターを出せるのだ。

 加えて、これに対してカードの発動を行えない。実質的に、魔法効果を無効にするカードが場に無ければ無効にされないのだ。例え、《神の宣告》や《エヴォルカイザー・ラギア》がいたとしてもだ。

 

「私は、《E・HEROオーシャン》と水属性《海皇龍ポセイドラ》を融合、《E・HEROアブソルートZero》を融合召喚させる」

 

 場、全体を包むような強大な渦が巻き起こり、選択された2体のモンスターが吸い込まれて行く。瞬間、涼香の場に、巨大な氷柱が出現しては砕け散り、中から純白の鎧とマントを身に纏ったHEROが出現した。

 

 E・HEROアブソルートZero

 ☆8 ATK/2500

 

「ぜ、“Zero”だと……」

 

 このモンスターがどうかしたのか、赤松が顔色を青ざめながらそのモンスターの略称を呟き。相方の青柳も体を震わせている。対する涼香は、より一層笑みを濃くしており、晃だけが効果を知らずきょっとんとしていた。

 

「バトルフェイズ! “Zero”で“ラギア”に攻撃よ!」

「くそっ……ただでは、やられねえぞ! 俺は《次元幽閉》を発動するぜ!」

「ふんっ……」

 

 炎を纏った竜に向かう氷の英雄は、その間から現れた次元の隙間に攻撃を阻まれ吸い込まれて行く。攻撃モンスターを除外するこのカードは、当然の如く《E・HEROアブソルートZero》を場から消って行く。

 その様子を見ても彼女は、ただ鼻で笑うだけだった。

 

「けれど、“Zero”が場から離れた事で効果が発動するわ……相手のモンスター全てを破壊する!」

「なっ……!?」

 

 驚きの声を上げたのは、唯一効果を知らなかった晃だ。

 場を離れた場合という条件を持つが、相手モンスター全てを破壊するこの効果は禁止カードである《サンダーボルト》と違わぬ効果だ。

 あらゆるカードを無効にできる《エヴォルカイザー・ラギア》とて穴がある。効果モンスターの発動に対しては、無力なのだ。もし彼が《エヴォルカイザー・ラギア》と対になる《エヴォルカイザー・ドルカ》を出していれば結果が違ったかもしれないが、それはただの結果論でしかない。

 

 “Zero”が次元の隙間に消え去った瞬間、猛吹雪が視界を遮った。映像のため寒さを感じる事はないが、辛うじて見えたのは炎を纏っていた竜の全身が氷漬けとなり風化するように少しづつ砕けていく光景だった。

 

「“ラギア”がいとも容易く……」

「ふん、当然の結果よ。けど、これで終わりじゃないわ……橘が伏せた《リビングデッドの呼び声》を発動。“オーシャン”を特殊召喚するわ」

 

 晃が伏せていたカードを発動する事で、融合素材として墓地へ送られた海の名を持つ英雄が帰還する。バトルフェイズの途中の蘇生のため、“オーシャン”も攻撃権を持ち己の武器を構える。

 

「行くわ! 《E・HEROオーシャン》で──」

「チィ……直接攻撃だけは、させねえ! 永続罠《バブル・ブリンガー》を発動! これでレベル4以上のモンスターは直接攻撃できなくなる」

 

 青柳が伏せた最後の伏せカードが公開され、両チームの間の下から大量の泡が発生し、レベルが丁度4の“オーシャン”の攻撃を阻む。これで、このターンのバトルフェイズは終了……と、この場の誰もが思ったとき、彼女は新たにカードを使用する。

 

「そう。それなら、仕方ないわね──《マスク・チェンジ》を発動! 《E・HEROオーシャン》を墓地に送りエクストラデッキから《M・HEROアシッド》を特殊召喚する!」

「《マスク・チェンジ》っ!?」

 

 E・HEROアシッド

 ☆8 ATK/2600

 

 途端、《E・HEROオーシャン》が高く飛び立つ。

 上空で光を纏い着地をする時には、“海”の英雄を思わせる姿が完全になくなり同じ青でありながら銃を持った別の英雄の姿へと変貌していた。

 

 新たなカードの発動に、赤松と青柳は目を見開く。

 《マスク・チェンジ》とは、ただ単純に場の“HERO”を同じ属性の“M・HERO”へと変化させるだけのカードだ。問題なのは、水属性から成る《M・HEROアシッド》の効果であった。

 

「《M・HEROアシッド》が特殊召喚に成功したとき、相手の魔法・罠を全て破壊する!」

 

 “アシッド”が上空に銃を乱射する。弾は、実際の銃のような鉛の弾でなく水の様な青い光線であり天高く飛んでは、重力により落下するように下降し青柳&赤松の場に存在する、すでに対象を無くした《リビングデッドの呼び声》と《バブル・ブリンガー》の2枚を撃ち貫く。

 今度は、禁止カード《ハーピィの羽箒》と同等の効果。

 これで、相手の場は《サンダーボルト》と《ハーピィの羽箒》の2枚を撃たれた様に場のカードが全て消滅してしまった。

 

「これで邪魔なカードは消えた。“アシッド”で直接攻撃(ダイレクトアタック)よ!」

 

青柳&赤松 LP6100-2600→3500

 

 今度は、そのまま相手目がけて銃を発射する。

 防ぐ手段もなく主導権プレイヤーである赤松が攻撃を受ける事となるが、これによりライフポイントも晃と涼香が優位に立ち、《M・HEROアシッド》がいる分ボードアドバンテージもひっくり返したのだ。

 

 ──すごい。

 

 晃は、彼女を見てはそう思った。

 実際には、カード効果も凄まじいのだが、それでも効果を最大限に発揮した彼女もそれ相応の実力を持つのだ。たった1ターンで相手の場を蹂躙し、直接攻撃まで与えたその力は、味方として限りなく頼もしいのだ。

 

 もし、これがタッグデュエルだけでなく遊戯王部での味方となったら?

 数合わせでなく、確実な戦力となるだろう。

 

「私はカードを2枚伏せて、ターン終了よ」

「っ、僕のターン……《ジェネクス・ウンディーネ》を通常召喚」

 

 ジェネクス・ウンディーネ

 ☆3 ATK/1200

 

 主に水の入った瓶とチューブで構成された人型のロボットが出現する。

 攻撃力は、到底《M・HEROアシッド》におよばないはずなのに、このカードを見た涼香は一瞬、嫌そうな顔をした。

 

「《ジェネクス・ウンディーネ》が召喚に成功したことで、僕はデッキから《海皇の重装兵》を墓地へ送り、《ジェネクス・コントローラー》を手札に加えるよ」

 

 水属性モンスターをデッキから墓地へと送るという変わったコストを支払うことで、デッキから通常モンスターのチューナーである《ジェネクス・コントローラー》を手札に加えるという効果。

 だが、彼のデッキは《ジェネクス・コントローラー》を中心とする【ジェネクス】でなく【海皇】なのだ、故に彼が重宝するのはコストの方である。

 

「《海皇の重装兵》が水属性、《ジェネクス・ウンディーネ》の効果のためのコストになったことで効果発動! 相手の表側表示のカードを1枚破壊できるため、《M・HEROアシッド》を破壊!」

 

 鎧に2枚盾を装備した魚人が上空から“アシッド”へと落下し押しつぶす。

 デッキから墓地へとコストとして捨てる効果に、コストとして墓地へ送られる効果がうまく噛み合い、もはやコストどころかアドバンテージでしかないだろう。

 

「バトルフェイズに入って、《ジェネクス・ウンディーネ》で攻撃するよ」

「ちっ……」

 

 晃&涼香 LP4500-1200→3300

 

 水の精の名を司る機械が、ただ単純に突進を行う。

 実質、攻撃力1200と下級モンスターでも低い打点ではあるものの、アタッカーがやられた事もあり、涼香は不機嫌そうに舌打ちをする。

 

「僕は、カードを2枚伏せてターン終了!」

「なら、オレのターンだ、ドロー! オレは《武神─ミカヅチ》を召喚する!」

 

  武神─ミカヅチ

 ☆4 ATK/1900

 

 《武神─ヤマト》は、赤い甲冑を纏っていたが今度は、青い甲冑に身を纏ったモンスターが出現する。同じく“武神”の“獣戦士族”のため晃は、前のターンで“ヤマト”の効果から墓地へ送った1枚の効果を起動させる。

 

「墓地の《武神器─ムラクモ》の効果を発動! 除外し《ジェネクス・ウンディーネ》を破壊!」

 

 角が刃となった獣、《武神器─ムラクモ》も姿を変え刀剣へと成る。天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)。別名、草薙の剣とされるそれは、八岐大蛇の尾から出て来た太刀という逸話を持つ。

 “ミカヅチ”はそれを片手で握りしめると《ジェネクス・ウンディーネ》へと投擲し撃ち貫いた。

 

「さらに! 手札を1枚捨て《D・D・R》発動! 今、除外した《武神器─ムラクモ》を特殊召喚だ!」

 

 武神器─ムラクモ

 ☆4 ATK/1600

 

 流れる様にカードを展開する。

 相手の場はガラ空きで残りライフは、3500。晃の場には、ちょうど合計攻撃力が3500となる様に《武神─ミカヅチ》と《武神器─ムラクモ》が出揃う。

 ただ、それを見ているだけで終わる相手でもない。

 

「バトル! 《武神─ミカヅチ》で──」

「っ、待った! 僕はこの瞬間、《海皇の咆哮》を発動するよ」

 

 攻撃する手前、青柳が1枚の速攻魔法を発動させる。

 どこからともなく龍が吼えるような咆哮が鳴り響き、それが合図なのか青柳の場に3体ものモンスター《深海のディーヴァ》、《真海皇トライドン》、《海皇の重装兵》が守備表示で出現する。

 

「っ、3体のモンスターが出てきたっ!?」

「《海皇の咆哮》は、墓地からレベル3以下の海竜族を3体特殊召喚できるんだ」

 

 前のターンで、《ジェネクス・ウンディーネ》の効果のコストで《海皇の重装兵》が墓地へ送られた事で丁度3体となっていた。これにより、晃の場のモンスターよりも多い壁として彼に立ちふさがる。

 

「なら、“ミカヅチ”で“トライドン”を……“ムラクモ”で“ディーヴァ”を攻撃!」

 

 宣言したモンスターが、それぞれ対象とするモンスターを撃破する。

 晃は、チューナーである《深海のディーヴァ》、そして“ムラクモ”と同等の攻撃力を持つ《真海皇トライドン》の2体を破壊する事を選択した。

 

「バトルフェイズを終了してメインフェイズ2に入る。レベル4“武神”の“ミカヅチ”、“ムラクモ”でエクシーズ。《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚!」

 

 武神帝─スサノヲ

 ★4 ATK/2400

 

 雷を身に纏い《武神─ヤマト》があらゆる“武神器”を装備したとされる姿のエクシーズモンスターにして、晃が持つ【武神】の切り札とされるモンスターだ。

 

「“スサノヲ”の効果、エクシーズ素材を一つ取り除いてデッキから《武神器─ヤタ》を手札に加える」

 

 次は、赤松のターンだ。

 また《ジュラック・グアイバ》が出て戦闘破壊をされては“ラギア”が出て来ては、涼香に何を言われるかわかったもんじゃない。故に、戦闘を一度だけ無効化できる《武神器─ヤタ》を手札へと加える。

 

「ターンエンド」

「よし、俺のターンだ。ドロー……《サイクロン》、右のカードを破壊するぜ」

 

 『フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。』などという簡潔なテキストのカードだが、シンプルかつ強力な1枚のカードだ。このカードの効果により晃は、赤松から見て右のカード《強制脱出装置》が破壊される。

 

「って、フリーチェーンを見す見す破壊されてどうすんのよ!」

「え……?」

 

 ちなみに、通常罠の中で《強制脱出装置》などは、相手の《サイクロン》などで破壊される時にチェーン発動する事ができる。実際、ここで相手の《海皇の重装兵》を手札に戻す事ができたのだが、破壊された今では遅い。

 しかし、いくらここで彼を責めても破壊されたカードは戻らず、ただデュエルを遅延させるだけになってしまうだろう。

 

「まあ、別にいいわ……」

「続けるぜ。《ワン・フォー・ワン》を発動し、手札からモンスター《フレムベル・マジカル》を捨てデッキから《ジュラック・アウロ》を特殊召喚」

 

 ジュラック・アウロ

 ☆1 DEF/200

 

 青柳と赤松の場に一つの巨大な卵が現れては、一部が欠け恐竜の子供が姿を見せた。

 おそらくアロサウルスであろう。攻守ともに200と“スサノヲ”の敵ではないが、赤松は特殊召喚した《ジュラック・アウロ》はシンクロ召喚に必須のチューナーなのだ。

 

「さらに、《ラヴァル・ランスロッド》はリリース無しで召喚できる!」

 

 ラヴァル・ランスロッド

 ☆6 ATK/2100

 

 岩石のような体な炎を帯びた槍を携えた戦士が姿を見せる。

 リリース無しで場にさせる半上級モンスターであるが、このカードはその場合エンドフェイズに墓地に送られる効果を持つ。

 赤松のデッキは間違いなく炎属性恐竜族の【ジュラック】だ。まして《フレムベル・マジカル》、《ラヴァル・ランスロッド》など別カテゴリが入っている事からおそらく《真炎の爆発》軸としているのだろう。

 

 手札を全て使いきり、赤松の場には3体ものモンスターが並ぶ。

 レベルは、まちまちで攻撃力も到底、《武神帝─スサノヲ》には及ばない……はずなのだが、涼香はここで彼のモンスターの合計レベルが9である事に気づく。

 

「っ……橘、何としても防ぎなさい!」

「え……?」

「今さら、遅いぜ! 俺は《ジュラック・アウロ》、《ラヴァル・ランスロッド》、《海皇の重装兵》でシンクロ! 現れろ、《氷結界の龍トリシューラ》!」

 

 氷結界の龍トリシューラ

 ☆9 ATK/2700

 

 冷気を纏った青い三つ首の龍が場に現れる。

 攻撃力はレベル9から見れば、そこそこだがこのカードの恐ろしさはシンクロ召喚に成功した時にあるのだ。

 

「《氷結界の龍トリシューラ》がシンクロ召喚に成功した時、相手の手札、場、墓地のカードをそれぞれ1枚選択して除外する!」

「っ!? くっ……《デモンズ・チェーン》発動!」

 

 《氷結界の龍トリシューラ》の恐ろしさは、合計3枚ものカードが対象を取らない挙句除外される事だ。強力なアドバンテージを取れるこの効果を持つ事で1度は、禁止カードとされたが現在では制限カードとして戻ってきている。

 それを、何としても防ごうと晃は涼香が伏せた、永続罠《デモンズ・チェーン》を発動させた。この効果で対象となったモンスターは効果を封じられる故、決まれば防ぐ事ができる。だが──。

 

「へっ……そりゃ、無理な話だ。ライフを1000払い《盗賊の七つ道具》を発動!」

 

青柳&赤松 LP3500-1000→2500

 

 しかし、それは青柳が伏せたもう1枚のカウンター罠。1000のライフポイントを支払う事で罠カードを無効にできる《盗賊の七つ道具》によってかき消された。

 

「っ……」

「これで、効果は有効だ。手札、場はそれぞれ1枚づつ……後は、墓地から《武神─ヤマト》を除外させるか」

 

 “トリシューラ”の瞳がそれぞれ赤く光る。光線が晃の手札と《武神帝─スサノヲ》、墓地から透過して現れた《武神─ヤマト》を撃ち貫いた。涼香のターンとは真逆に、今度は晃たちの場が全滅したのだ。

 

「バトルフェイズに入るぜ! “トリシューラ”で直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!」

 

 晃&涼香 LP3300-2700→500

 

 手札0、場0と来て墓地には《ネクロ・ガードナー》など墓地から発動する効果のモンスターも存在しない今、防ぐ手段は完璧な0であった。攻撃を真っ向から受け、ライフが大きく減少していき残りはたったの500。レッドゾーン突入であった。

 

「俺も手札は0だ。これでターン終了だが……俺たちの勝ちだな」

 

 しれっと勝利宣言をする赤松。

 それも、晃と涼香の場にはカードが1枚もなく、涼香も前のターンで手札を全て使いきっているのだ。次のターンで使用できるのは、ドローカードのたった1枚のみであり、残りライフの余裕もないのだ。

 

 だが、そんな赤松に対し涼香は鼻で笑った。

 

「ふん……ここで勝利宣言ね。アンタ、それって完全に死亡フラグよね?」

 

 追いつめられた涼香だが、彼女はこの状況で遠まわしに自分のターンで倒すと言ってのけたのだ。このまま、彼女のターンへと移り、デッキトップからカードを引く。

 

「ドロー……私の場にモンスターが存在しないため《ヒーローアライブ》を発動。ライフを半分支払い、デッキからレベル4以下の“HERO”、《E・HEROバブルマン》を特殊召喚!」

 

  晃&涼香 LP500→250

 

 E・HEROバブルマン

 ☆4 DEF/1200

 

 ライフを半分支払うコストは重くないが、今のライフで言えば支払ったところで大差がない。この効果で特殊召喚されたモンスター《E・HEROバブルマン》を見ては、青柳に赤松は表情が青ざめて言った。

 

「う、嘘だろ……?」

「現実よ。“バブルマン”の効果……特殊召喚して私の場と手札に他のカードがないとき、2枚ドローできる」

 

 新たにカードを引く涼香。

 この効果は、原作の遊戯王GXで良く使われていたものだ。ただし、その時は《E・HEROバブルマン》の効果は場のみ他のカードがなかった場合なのだ。それ故、『強欲なバブルマン』などと言う呼び名があったがOCGにおいては、その効果は限りなく発動しづらくなってしまった。

 

「さらに、《白銀のスナイパー》を通常召喚」

 

 白銀のスナイパー

 ☆4 ATK/1500

 

 防寒着を纏った狙撃兵、《白銀のスナイパー》はモンスターでありながら魔法、罠ゾーンにセットできるという珍しいカードだ。だが、通常で召喚したとなると効果を持たないバニラとしかないが……今の現状、“バブルマン”と共にレベル4の戦士族だ。

 

「行くわ。レベル4戦士族、“バブルマン”と“スナイパー”でエクシーズ。《(ヒロイック)(チャンピオン)エクスカリバー》をエクシーズ召喚!」

 

 H-Cエクスカリバー

 ★4 ATK/2000

 

 アーサー王伝説に登場する世界的有名な聖剣の名を持った剣士のモンスター。

 攻撃力は2000と低めだが、涼香はここでこのカードの効果を発動させる。

 

「“エクスカリバー”の効果。エクシーズ素材を二つ、取り除いてこのカードの元々の攻撃力を倍にする」

 

 “エクスカリバー”の周囲に浮かぶ青と茶の球体が彼の剣へと吸い込まれて行く。瞬間、剣から光が溢れ攻撃力は神のカードと呼ばれる《オベリスクの巨神兵》と同等の攻撃力を得たのだ。

 

「くっ……だけど、まだライフは残──」

「残念ね。これで終わりよ、《ミラクル・フュージョン》を発動。墓地の水属性《M・HEROアシッド》と《E・HEROオーシャン》を融合し2枚目の《E・HEROアブソルートZero》を融合召喚!」

 

 本来、手札と場から素材を融合させるのが普通だが《ミラクル・フュージョン》は場と墓地のカードを除外し融合させるカード。それ故、これ1枚で強力なモンスターが呼び出せるという凶悪なカードとも言える。

 

 “Zero”の第二効果によりこのカード以外の水属性、“トリシューラ”がいるため攻撃力が500上昇し、総攻撃力は7000となった。前まで、場と手札が0だった状況だとは到底思えない。

 

「っ……思いだした!」

「ど、どうした青柳!?」

 

 この光景を見て青柳は、ふと何かを思い出す。

 氷湊涼香という人物を指差し、怪物か何かを見るかのように怯えた声で語る。

 

「確か2年ぐらい前……アマチュアのプロまでもが参加した隣町の市大会で僕らと年代の近い一人の女の子が優勝したって話。水属性のHERO……主に《E・HEROアブソルートZero》を主軸に戦う女の子なんだけど……」

「えっ……?」

 

 その言葉に、赤松、晃……そしてMCや周囲の観客たちも彼女へと視線が行ってしまう。水属性のHERO使いの女の子。そして《E・HEROアブソルートZero》と言ったキーワードは今の決闘で確実に彼女に当てはまってしまうのだ。

 

「その、圧倒的攻撃性から幾人もの実力を持つ決闘者を地に這わしたという確か彼女の通り名は──」

「っ……!?」

 

 怯えながら語る青柳であったが、それ以上に氷湊涼香が怯えた様に表情を硬直させて体を震わせていた。まるで、今の青柳の語りをそれ以上続けて欲しくないかのように──。

 

「(自称)瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)・氷湊涼香だ!」

 

 この言葉を持って確信へと変わった。

 元より名前を知っている晃だけでなく、決闘盤には名前を入力することでライフポイントのゲージにも表示されるのだ。残りライフ250の下には『AkiraTatibana』と『SuzukaHiminato』と二つの名前がすでに表示されているのだから。

 それを聞き、涼香は──

 

「きゃぁあああああああ!! 違う、人違い、人違いよっ! 人違いですからっ!!」

 

 まるで知られたくなかった過去を掘り下げられた挙句、吊るし上げられたかのように彼女は赤面し、両手で顔を覆い隠しながらブンブンと全力で否定した。それは、まるでなどではなく完全に彼女の精神的外傷(トラウマ)的なものなのだろう。

 

「あー、あの氷湊さん? 別にオレはそういうのがあっても別にいいと思うんだけど?」

 

 この時、晃は彼女を慰めようと声をかけた。ただ、彼女があまりに錯乱しているので声をかけづらいためか無意識に彼女をさん付けで読んでしまった。

 それは、もはや彼女にとって逆効果でしかない。

 

「さん付けで呼ばないでっ!! 何よ、急に距離を取って私だってね……こんな中二病な通り名を忘れたくて遊戯王から離れた挙句、遠い隣町の学校に通うことにしたのよ!」

「えー」

 

 『遊戯王に興味はないわ』などと晃に語っていたが、それは彼も彼女の行動を見て嘘だとわかっていた。はず、だったが……なにも、その嘘の果ての理由と言うのが、コレだったのは、予想外を通り過ぎて言葉も出ない。

 

「もう、最悪っ!! 橘、アンタ……このデュエルが終わったら記憶が無くなるまで殴るから」

「え゛っ!?」

 

 凄い剣幕で睨まれた。

 彼女も一杯一杯なのか、すでに涙目だ。

 

「あー、もうどうにでもなれ! “エクスカリバー”で“トリシューラ”を“Zero”でとどめ!」

 

 青柳&赤松 LP2500-1300-2500→0

 

 もはや、完全にぐだぐだになってしまったがモンスターたちは律儀にも手を抜かず普段と同じような演出で攻撃を行う。最後の《E・HEROアブソルートZero》が拳を振り下ろすと同時に、彼女の想いに答えるかの様に、青柳&赤松ペアだけでなく周囲までを氷漬けにするかのように氷柱が出現した。

 予想外の演出の大きさに、対戦相手だけでなく観客たちまでが慌てふためく。その間にと、彼女は決闘盤からカードを全て回収しては、そっと床に置く。

 

「橘、アンタも来なさい!」

「えっ……ちょっ!?」

 

 突如、首根っこを掴まれ引っ張られる。

 仕方なく彼女に付きそう形で、晃はカードショップから出て行くこととなり彼にとっての二度目のデュエルも終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 



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007.遊戯王部を倒しに来たわ!

 カードショップ『遊々』の外には、小さいが都合よく人目に付き難い路地裏が存在する。建物の隙間には、人が二人ぐらい通れるぐらいのスペースとなり日の光が限りなく入りづらいため、放課後から随分時間が経過し空が、大地が建物が夕焼けの色に染まっていてもなお、ここは暗い影の色で染まっているのだ。

 

 途端、ドンッ、と鈍い音が建物から反響し大きく鳴り響いた。

 気付けば涼香が、制服でスカートであるにもかかわらず片足を上げ建物の壁に思い切りの良い蹴りを入れていたのだ。

 

 彼女の蹴りとは、別方向であるが晃が同じ路地裏に立っていた。

 どうやら今の蹴りは、彼に対して放ったわけでもなく、攻撃でもなく、ただ単純に威嚇と同様の意味を持った行動らしい。それでも、効果は十分だ。静まった空気の中、誰も通らない路地裏の中で攻撃的な行動を見せるだけで力の差を見せつける事ができるのだから。

 

 例えて言うなら、蛇に睨まれた蛙。

 はたまた不良に絡まれた学生である。

 

「え、っと……オレはどうしてここに呼び出されたんだ?」

 

 成り行きで連れ去られた晃は、彼女の威嚇的な行動をさりげなく無視し本題を聞くかのように問い質す。しかし、彼女は素っ気ないような表情で彼を見つめながら、質問を華麗にスルーして告げた。

 

「アンタに残された道は二つ。今回の事を完全に黙秘するか、記憶を無くすか……もしくは、死ぬかの、どれかを選びなさい」

「いや、それだと、三択だけどさ……」

 

 会話のキャッチボールとは、なんぞやと心の中で語りながら間違いを正そうとする晃。ただし、最後の選択肢だけは何があっても選ばないであろうから、実質選択肢は二つだ。いや、結論からすれば一つしかないと思われるのだが。

 

「……わかったよ。というか、そこまで気にするもんなのか?」

 

 軽い気持ちで聞く晃だが、それは経験者との大きな温度差だったのか彼女は再び顔を真っ赤にしながら彼の胸ぐらを掴みブンブンと振り回しながら興奮気味に語る。

 

「と、当然よ! まだ、私が中二病な二つ名をカッコイイと思っていた頃はよかったけど……有名になった途端、近所とかからそんな名前で呼ばれてみるとわかるわ! あれは、私の人生の汚点よ!」

「あ、あぁああ、揺らすな、揺らさないでくれ……酔う。これ凄い、酔うから」

 

 胸ぐらを掴まれたまま前後に高速で動かされる晃は、次第に気分を悪くしていく。そんな事いざ知らず、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)こと、氷湊涼香は、過去を思い出しては、それを脳裏から掻き消す様に今度は、横の動きを入れ左右前後に晃を振りまわす。

 

「っ……わ、わかった言わない! 言わないから、は、離してく……れ……」

 

 顔色が真っ青になりながら、晃は懇願する。

 現在の気分は、まるで連続カーブを猛スピードで曲がるジェットコースターに乗ったような感じだ。ちなみに、晃は高速絶叫系のアトラクションは苦手だ。

 涼香は、晃の言葉を聞いてはピタリと手を止めた。軽くため息を吐きながら晃に対して告げる。

 

「はぁ……わかったわ、その言葉を信じてあげる。ただし、言い振らしたりした日には──」

「ちょ、ストップ。また、振りまわさないで!?」

 

 もし、言いふらされた場合のことを考えたのか、手がプルプルと震えだす。

 これ以上、振りまわされたら晃は無事では済まないだろう。何か話題を逸らす手は、ないか? などと考えては、真っ先に思い浮かぶのは先ほどのデュエルだ。

 

「けど……さ、氷湊って強いよな……」

「な、なによ、突然?」

 

 彼女は、強力モンスター2体が存在する状況で相手の場を一掃したり、最後の最後で大逆転劇を繰り広げる事をしたのだ。いくら遊戯王を始めたばかりの素人目であっても、彼女の実力を見間違えなどしない。

 

「いや、純粋にそう思っただけだからさ」

「そ、そう……」

 

 突拍子もない褒め言葉に照れたのか、彼女は目線を逸らす。

 素っ気ない返事ではあったものの、彼女の表情は別にまんざらでもないかのように思えたのだった。それに合わせるように彼は、自然と言葉が出たのだ。

 

「だからさ、氷湊。お前も遊戯王部に入らないか?」

「っ……!?」

 

 遊戯王部への勧誘。

 大会には、5人以上が必須と聞いた今現在で部員は、晃を含めて3人しかいない。後、2人が部活に入ってもらわなければいけない。氷湊涼香という少女でならば、大会に参加するに当たって心強い戦力になること間違いないだろう。

 ほんの一瞬だけ表情を硬直させるものの、彼女は表情を和らげた……様に見せては、すぐに表情を引き締め普段、見せるかのようなクールな顔つきで答える。

 

「興味……ないわ」

「えっ……そうか? あんなに遊戯王が強いのに」

「だから、遊戯王に興味がないって言ってるのよっ!!」

 

 半ば叫ぶように主張する涼香。

 ただし、晃から見て彼女はどうしても遊戯王に興味がないなんて思う事ができないのだ。興味がない、すなわち好きでもないものにカードショップに来るはずもない、それに彼女が遊戯王でデュエルしている間は、彼が数日教室から見せていた様にクールっぽさを見せていたものの、その内心では笑っていたような気がするのだ。

 

「……あ」

「な、なによ?」

 

 晃は、先ほどのデュエルの事で思い出した。

 彼女は最初、タッグデュエルを始めようとしたとき乗り気ではなく辞退するようにしていたのだ。だが、赤松と呼ばれる人物が安い挑発を行っただけで乗ってデュエルをすることとなった。

 彼女もまた決闘者としてのプライドがあるのだろう。まして、安い挑発にすら乗るほどの。ならば、話は簡単だ彼女を乗せるのなら……。

 

「まー、そうだよな。氷湊だって負けるのが怖いみたいだし、このまま遊戯王を止めたいって事なのかな?」

 

 棒読み、しかも言葉も即席の単調なものだ。晃は、我ながら安い挑発だなと思ったが彼女ならば乗ってくれると信じた。ちらり、と彼女へと視線を向けようとしたものの、それより先に何故か、右足に鈍い痛みを感じる。数秒して、それが自身の足に涼香の靴のつま先が当てられて蹴られていたと始めて理解した。

 

「っ……このっ、このっ、私が怖いですって!? 冗談じゃないわ!」

「痛っ……ちょ、蹴りはよせって!」

 

 ローキックの連打。

 一発の威力は、やはり、彼女も女子のためか地味に痛い程度でしかない。が、同じ場所を連続で受けるとさすがに晃も堪えてくる。どうすれば、やめてくれるのかなどと彼は考え必死に弁明の言葉を述べる。

 

「痛っ……じょ、冗談だって……氷湊って瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)って通り名が定着するぐらい強いんだろ?」

「っ……!? やっぱ、記憶をなくしなさいっ!!」

「っあ!?」

 

 ただしその弁明は、彼女の神経を逆なでることでしかない。ブォンッ、と大きな風を切る音と共に一閃のハイキックが放たれるも、限界ぎりぎりのところで晃は身を翻し、顔の頬にわずか数ミリが掠る程度で済んだ。

 完全な顔面狙いに、晃は戦慄した。もし直撃していたら記憶を無くすどころか、命を無くしかねない。しかし、次の瞬間、恐怖と戦慄に染められていた頭が真っ白になった。

 

「あっ……!」

「え……?」

 

 復唱するが、彼女の服装は遊凪高校指定の制服だ。

 特に他の高校と変わり映えしない制服。だが、この場面で肝心なのは彼女が着用している丈が丁度膝程度までのミディスカートと呼ばれるスカート(・・・・)だ。彼女は怒りで我を忘れ自分の服装の事すら忘れて顔面狙いのハイキックを放ったのだ。

 まして、晃は分かりやすいぐらいにわざとらしく目線を逸らしたのだ。

 

「っ……!?」

「い、いや……見てないぞ?」

 

 もはや、晃の言い訳は意味を持たないどころか、逆に見たと告げるのと同義だった。

 スカートを片手で押さえながら、腕を怒りで震わせた氷湊は涙目になりながらも晃を睨む。ただ、ゆっくりと彼の元へ近づき──。

 

「い、いやいや……今のは、お前が蹴りを──」

「もう、いいわ……死になさい!」

「えっ…………げふっ!?」

 

 この時、晃は何をされたのか認識できなかった。

 ただ全身が汲まなく激しい痛みに覆われた挙句、宙を舞っては地面に落下する。この時の彼は痛みによる苦痛よりも『よくあれを受けて生きていれたな』と安堵の息を吐いたのだ。

 

 必死だったのか、彼女は晃に制裁を加えた後、肩で息をしては地面に這いつくばった彼の姿を捉えて指を指す。このまま晃へと宣言するように告げた。

 

「いいわ! だったら、私が逃げも隠れもしないって事、証明してみせるわ! 明日を楽しみにしてなさい!」

 

 などと捨て台詞と共に彼女は路地裏を後にする。

 後に残され地面にのた打ち回る晃は、ただ彼女の姿を見つめたままで『いや、そんなことより救急車を呼んでください』と頼もうとしたが、声がうまく出せず涼香が立ち去るのを見ることしかできなかった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 そうして翌日の放課後が来た。

 授業や休み時間の間、隣の席から涼香はまるで獲物を猛獣のような感じで晃を睨んでいた。挨拶をしても無視をされ、近づけばローキックが飛んでくるという感じで今日一日、彼女とは会話すらままならなかったのだ。

 そんなことで来た放課後、晃は昨日の彼女の言葉を思い出しながら遊戯王部の部室へと向うのだった。

 

「あー、日直で遅れたな。けど、『明日を楽しみにしてなさい』って言いながら何もなかった気が……」

 

 ガラリッ、と部室の戸を開けて入ろうとする。

 踏み入れるように足を前へと突き出したのだが、足元に何か障害物が落ちていたのか彼はつまづきバランスを崩すがなんとか持ちこたえた。

 

「っ……なんだよ、いったい……って、ええっ!?」

 

 彼は、つまづいた障害物を見て驚愕した。

 

 死体。

 と、言うわけではないが、人が倒れているのだ。しかも見知ったその人物は、後ろ姿からでも判明できここ、遊戯王部の長である部長、新堂創が倒れているのだ。ふと、救急車、もしくは保険医を呼ばなくてはと焦燥に覆われたが部室には後、二人の人物が居る事に気付いた。

 

「あ、橘くん、こんにちはー」

「ふんっ、遅いわよ」

 

 テーブル越しに向かい合って座っているのは、まず部員であり副部長の日向茜。彼女がこの場にいるのは、当然であったが……問題はもう一人、部員であるはずのない氷湊涼香だ。テーブルには紙コップに中身が減っている二リットル入りの午後の紅茶のペットボトルとデパートとかで売ってそうな高そうなクッキー缶が置かれており、まるで二人で雑談でもしていたかのように思えた。

 

「え、っと……この状況は?」

 

 二人に死体の様に転がっている新堂創を指差しては聞く。

 

「あ、はは……それは……」

「うざったかったから私が潰したわ」

 

 納得した。

 喧嘩をする人間にも二つの種類がある。先に口論をしかけるタイプが一般的だ。だが、まれに口より先に手が出るタイプがいる……そちらの方が圧倒的に強く、好戦的、そして凶悪な部類であり、晃が察するに氷湊涼香という人物は後者にあたると思っている。

 まして創は、晃が謎だと思われる様なテンションに時々なるのだ。おそらく涼香にとってそれは不愉快になり現在に至ったのだろう。

 

 ちなみに、日向茜は状況に合わせるタイプだ。

 創の妙なテンションに合わせる時もあれば、状況を見て現在の様に涼香の方に合わせると言ったおそらく人付き合いが上手な部類に入る。

 

「っ……乱暴なお譲さんだ」

「部長! 生きてたんスか……」

 

 頭をさすりながら立ち上がる創。

 ちなみに、さすっているのは先ほど晃がつまづいて足のつま先を当ててしまった部分でもある。

 

「なんとかな。せっかく新しく新入部員が来てくれたからさ、また『始まりの魔王』を演じたのに気付いたらコレさ!」

「あれ……またやったんスか……」

 

 昨日、勧誘の際にやっていた茶番だが晃はそれを見てはキレて自身に用意された台本を思いっきり地面にたたきつけたのだ。もっとも、彼より好戦的な涼香が見れば確かに殴られかねない。

 

「ふんっ……何が、『この部に入りたければ我を倒してみるがいい!』よ。ほんと、うざったいから、本当に倒しちゃったじゃない」

「あれ、デュエルで倒してみろって言ったつもりなんだけどなぁ……」

 

 (物理的に)倒された創は、してやられた様な表情で彼女を見る。

 対する涼香は、あっ……と思い出したように言葉を続けた。

 

「それと、私は新入部員でもないわ」

「なっ!? だったら、お前はいったい何者!?」

 

 晃はデジャブを感じた。

 確か、彼も間違えて部室に連れ去られ新入部員ではないと告げた時、彼から同じような言葉を出された気がする。対して涼香は、一瞬何かを考える素振りを見せては立ち上がり創だけでなくここの部員3人に対して告げるように口を開いた。

 

「私は……あんたたち遊戯王部を倒しに来たわ!」

「あー」

 

 ここで晃は、昨日の彼女の最後の言葉の意味を理解した。

 『私が逃げも隠れもしないって事、証明してみせるわ!』などと言っていたが、まさか遊戯王部に勝負を挑むって意味だったとは晃も思わなかった。それを聞いて茜は、軽く苦笑い。創は納得したように右手を握り拳にして左の手の平に叩くような仕草を取る。

 

「成程! つまり、道場破りか!」

「えっ!? あっ……そ、そうよ! 道場破り! 私が勝ったら、ここの看板はもらっていくわ!」

 

 まるで思いつたように言葉を並べて行く彼女。

 思ったより乗せられやすい人間なのかもしれない。だが、その間違いを正すように晃が述べた。

 

「いや、ここの部室に看板なんてないんだが……」

「そっ、そう? じゃ、じゃあ……私が勝ったらこの部を貰い受けるわ!」

 

 なんという無茶な条件。

 しかし、それを創は笑いながら答えた。

 

「いいぜ! けど、俺たち3人の熱い思い! 受け止められるもんなら、受け止め──」

「あ、ごめんなさい。私はもう負けちゃいました」

「えー!?」

 

 茜は、またも苦笑いをしながら答えた。

 どうやら創が倒れていたときに、すでにデュエルしていたのだろう。しかし、瞬間氷結の戦乙女(ブリザードバルキリー)の異名は伊達ではなく茜も彼女の前に敗北を喫したとされる。

 

「けど、まだ俺と橘が……」

 

 創が晃と肩を組み涼香へと視線を向ける。

 『えっ、オレも!?』などと感想を思いながら同じように彼女へと視線を向けるが、逆にギロリと睨み返されてしまった。晃は、すでに彼女の実力を知っている。あの圧倒的攻撃性能の前でタッグデュエルでは、ほとんど彼女の活躍で勝利を得たのだ。

 対して晃といえば、ほとんど足を引っ張っただけ。実力差は明らかだ。

 

「じ、辞退……させていただきます」

 

 と、ヘタレて晃は告げた。

 後にポツンと残されたのは、創だけだ。『俺たち3人の熱い思い!』などと語っていたが、実質数秒で一人だけと全滅寸前に陥った。

 

「後、一人ね」

「くっ……たった数秒でこれほどまでとは、おそるべし! けれど──」

 

 彼は、懐からデッキを取り出す。

 この場で唯一、デュエルしたところを見ていない部長の新堂創。彼だけ晃から見ては、実力が未知数なのだ。せいぜい人としては、馬鹿っぽいという印象しかないのが不安だけれど。

 

「逆に燃える展開だな! よし、やろうか!」

 

 

 



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008.楽しんでいこーぜ!

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 放課後の校舎から5時を告げるチャイムが鳴り響く。創と涼香が遊戯王部を賭けての決闘を行うのに、テーブルでやるだけではつまらないという理由で決闘盤を用いて行う事になった。とはいえ、部室では狭すぎるという理由で現在、遊凪高校の屋上に創と涼香、茜と晃の4人がいた。

 屋上は、すでに夕暮れ色に染まり当たり一面が黄昏の世界と化していた。

 

「ははっ……決戦にしては、乙な場所になったな」

「ふんっ、呑気なものね」

 

 お互いが向い合い決闘盤の電源を入れる。ソリッドビジョンシステムが作動し虹色の光が装置から溢れ出て来るものの、黄昏の世界は変わらずにただ、優しい風が吹く。このとき、審判みたいに茜は二人の間、中間あたりから声を挟んだ。

 

「では、デュエルを始めます。涼香ちゃんが勝ったら遊戯王部は涼香ちゃんのもの……で、いいですよね?」

「ああ、それでいいぜ」

 

 負ける気がないのか、迷う事もなく自然に創は承諾の言葉を告げた。だが、それとは逆に涼香は不満げに目を細めた。

 

「けど、私にばっかメリットがあるのはつまらないわ。私が負けたら何か一つ言う事でも聞いてあげる」

「お! それじゃ、遊戯王部に入ってもらおうか」

「……それでいいわ」

 

 コンマ5秒ほどの交渉だった。

 これでお互い賭け金のように涼香が勝てば遊戯王部を貰い、創が勝てば涼香が遊戯王部に入部するという変則的なアンティルールとして成立する。このまま、勝負が始めるかのようにまず、茜が──。

 

「では、始めてください!」

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 デュエルが始まった。

 決闘盤の自動選択機能が作動し先攻権は涼香が得る。攻撃特化の水属性HEROを扱う涼香はどちらかと言うと後攻の方が得意な方だ。チッ、と軽く舌打ちしながら彼女はカードを引く。

 

「私のターン、ドロー。まずは《増援》を発動しデッキからレベル4戦士族、《白銀のスナイパー》を手札に加える」

 

 初手に使うのは、【戦士族】必須カード《増援》。レベル4以下という制限があるが、逆に下級の方こそ優秀なカードが多く【HERO】、【六武衆】、【聖騎士】、【BK】などが代表的だ。故に《増援》は、戦士族を扱うデッキなら必ず入っていると言っても過言ではない。

 

「カードを3枚セット、ターンエンド!」

 

 彼女は、ただ遊戯王に関しては多めの伏せカードを残してターンを終了させた。本来ならば、それは《大嵐》などの全体除去の的にされやすいプレイングでもあるが、彼女がその前にサーチした《白銀のスナイパー》が牽制の意味を込めていた。

 

「ははぁ、この中に《白銀のスナイパー》が潜んでいるな! こりゃ、易々と《大嵐》とか撃てんな!」

 

 《白銀のスナイパー》は比較的珍しい効果を持っており、魔法カード扱いとして魔法・罠ゾーンにセットすることが可能だ。罠カードのように発動こそできないが、相手によって破壊されればエンドフェイズ時にそのカードの特殊召喚と相手カードの破壊の2つのアドバンテージを得られる。

 故に、魔法・罠全てを破壊する《大嵐》はともあれ、1枚だけを破壊する《サイクロン》すら躊躇われるのだ。損得を気にするセオリー通りのプレイをする相手においては十分な効果を持つだろう。

 

「んじゃ、俺のターン! まぁ、使うけどな《大嵐》発動!」

「なぁ!?」

 

 もっとも、セオリー外れのプレイを行う相手に通用するか定かではない。

 涼香は驚き、晃や茜は『結局、使ってるじゃん!』などと言いたげな顔をして見せた。

 巻き起こる暴風は、涼香の場の3枚のカードを吹き飛ばし、《白銀のスナイパー》、《奈落の落とし穴》、《デモンズ・チェーン》が破壊される。

 

「やっぱ入っていたな! それじゃ、ターンエンドだ!」

「っ……場にカードを残さないで終了!?」

 

 《大嵐》を撃っただけでターンを終了する創。

 それが涼香にとって不可解だった。かつて生贄召喚が主軸だった昔と異なり現在は、デュエルの高速化が進んでいる環境だ。ライフ8000といえど一瞬で0にされる可能性だって低くはないのだ。

 

「だってなぁ……《白銀のスナイパー》を破壊しちまったんだ。場に出しても、1枚は破壊されちまうだろ?」

「そうだけど……ちっ、私はエンドフェイズに魔法・罠ゾーンに破壊された《白銀のスナイパー》を特殊召喚するわ!」

 

 白銀のスナイパー

 ☆4 ATK/1500

 

 雪国、特に雪原に似合う衣服を身に纏った狙撃兵が銃を構えて場に現れた。ただし、ターゲットとなるカードはどこにも存在せず彼は不満げに銃を下げた。

 

「アンタ……次のターンでやられる可能性とか考えてないの?」

「ああ、これでやられればそれまでってことさ! そのときは、そのときだ!」

 

 馬鹿なのか?

 涼香は、彼の発言と行動でこのような結論が出た。勿論、場にカードが存在しないときに扱える《冥府の使者ゴーズ》などが手札に握られている可能性も否めなくもない。なのだが、涼香はどうしても心理戦やブラフのような口調ではないように思えていた。

 

「っ、私のターン……《E・HEROエアーマン》を召喚!」

 

 E・HEROエアーマン

 ☆4 ATK/1800

 

今度は、【HERO】必須と呼ばれるカード。攻撃力はアタッカーとして十分なクラスを持つが、このカードが必須と呼ばれるのは二つある効果の中でも第二効果だ。

 

「“エアーマン”の第二効果! デッキから“HERO”と名の付く《E・HEROバブルマン》を手札に加える」

 

 それは、召喚、特殊召喚時にデッキから“HERO”の種類問わずに手札に加えられるのだ。実質、召喚しても手札が減らず“融合”などでアドバンテージの確保が難しい【HERO】においてこのカードは無くてはならない存在だ。

 

「…………」

 

 涼香は考える。

 このまま、エクシーズ召喚を行い攻撃を行えば実質、4000以上の大ダメージが与えられる。しかし、彼女は合理的なプレイングを行う方だ。故に、本当に“ゴーズ”が握られていないと確信できない今、堅実に行くべきだと判断した。

 

「バトルフェイズに入るわ! 《白銀のスナイパー》、《E・HEROエアーマン》の順で攻撃するけど、何かあるかしら?」

「いいや……何もないぜ」

 

創 LP8000→6500→4700

 

 狙撃と放たれた竜巻の二つの攻撃を受け、残りライフが大幅に減るが、このとき涼香は創に対し失望に似たような感情を覚えた。ブラフも出さなければ、“ゴーズ”のようなカウンターないし防御用のカードもない創は、まるで馬鹿か初心者のどちらかのように感じるのだ。遊戯王部の部長を張るにしても、プレイングが危なっかしい。

 

「私は、“エアーマン”、“スナイパー”でエクシーズ。《交響魔人マエストローク》を守備表示でエクシーズ召喚するわ!」

 

 交響魔人マエストローク

 ★4 DEF/2300

 

 まるで音楽団のような服装にサーベルを携えたモンスターが出現する。

 守備力は、そこそこだがこのカードは“魔人”と名の付いたモンスターの破壊をエクシーズ素材を1つ取り除くことで防ぐ防御力と相手の攻撃表示モンスターを裏守備表示にする事で攻撃力が高いモンスターなどを破壊できるようにする突破力の二つを併せ持つモンスターだ。

 いくら自身が有利でも相手の手札は5枚と多い。返しのターンでの攻めを鑑みれば彼女は守備を固める方が良しだと判断したのだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「っし、俺のターン! ……む、あまり引きは良くないが、丁度いいか! 《ワン・フォー・ワン》を発動し手札のモンスターを捨てる事で、デッキからレベル1の《XX(ダブルエックス)─セイバーレイジグラ》を出すぜ!」

 

 XX─セイバーレイジグラ

 ☆1 DEF/1000

 

 それは、赤いマントを身に纏った人型のカメレオンだった。

 二つの小型の剣を逆手に持った小さな剣士だが、その守備の体勢のため相手のエクシーズモンスターの突破は難しいだろう。

 

「成程、【(エックス)─セイバー】がアンタのデッキってわけね……」

「そうだ! “レイジグラ”の効果は使わん! 代わりに、コイツを召喚するぜ!」

 

 デブリ・ドラゴン

 ☆4 ATK/1000

 

 まるで、遊戯王5D'sの主人公のエースモンスターである星屑の竜をデフォルメにしたモンスター。その効果と名前のデブリから察するに、スペースデブリを意にするモンスターだと思われる。

 

「《デブリ・ドラゴン》って事は……墓地に送ったのは──」

「ああ、攻撃力500以下のモンスター! 俺は《XX(ダブルエックス)─セイバーダークソウル》を《デブリ・ドラゴン》の効果で蘇生するぜ!」

 

 XX─セイバーダークソウル

 ☆3 DEF/100

 

 ボロボロになった赤いマントに鎌を携えるそれは、まるで闇属性、悪魔族の死神だ。しかし、実際には地属性、獣族である。彼は、前のターンにこいつが手札にあったならば《白銀のスナイパー》から利用できたと嘆息したが、このターンに引いたのだから仕方がない。

 

「っ……シンクロ!?」

「ああ、その通り! 俺はレベル1の“レイジグラ”とレベル3“ダークソウル”そしてチューナーレベル4の“デブリ”でシンクロを行う! レベル8、《閃珖竜スターダスト》!!」

 

 閃珖竜スターダスト

 ☆8 ATK/2500

 

 飛翔するのは《スターダスト・ドラゴン》と瓜二つの姿。

 実質、このカードは漫画版5D'sでありアニメ版から見れば異世界の“スターダスト”なのだろう。

 

「1つぐらいは、削らせてもらうぜ! “スターダスト”で“マエストローク”に攻撃!」

「ふんっ……エクシーズ素材を一つ取り除いて破壊を防ぐわ」

 

 閃珖の名を持つ竜が口から放射される光輝く光線。

 それに対する“マエストローク”は自身の周囲に衛星のように浮かぶ球体の一つを扱い高い音を鳴らす。それに合わせて、まるで空間が歪んだように光線が命中せずに大きく軌道を逸らしたのだ。

 

「まあ、そうなるよな。カードを2枚伏せ、エンドフェイズ……場から墓地に送られた“ダークソウル”の効果で《XX(ダブルエックス)─セイバーフォルトロール》を加えターン終了だ」

「私のターン……まずは、“マエストローク”を攻撃表示にし、効果を使用! “スターダスト”を裏側守備表示にする!」

 

 交響魔人マエストローク

 ★4 DEF/2300→ATK/1800

 

 同じくエクシーズ素材を使い今度は、低い音を鳴らすと“スターダスト”の周囲を暗闇が包み気付けば1枚の裏側のカードとなっていた。彼が使用する“スターダスト”は1ターンに1度、選択した表側のカードを1度あらゆる破壊から防ぐという効果を持つが裏側にしてしまえば効果を自身に発揮しても無意味なのだ。

 

「さらに、《スノーマン・イーター》を召喚!」

 

 スノーマン・イーター

 ☆3 ATK/0

 

 現れたのは、下に何かが潜む雪だるまだった。

 もっとも、攻撃力は0であり効果も裏側のときに表になった場合にしか使用ができない。故に表側攻撃表示で出すのは無意味だが、彼女はそれをミスプレイと思っていない。何せ、場か墓地に水属性が欲しかったからだ。

 

「そして! 《ミラクル・フュージョン》を発動! 場の水属性《スノーマン・イーター》、墓地の《E・HEROエアーマン》を融合し、現れなさい! 《E・HEROアブソルートZero》!!」

 

 E・HEROアブソルートZero

 ☆8 ATK/2500

 

 ここで現れたのは、彼女の切り札である絶対零度の名を持つ英雄。

 場を離れた場合という、限りなく緩い条件であり相手モンスター全てを破壊するという凶悪な効果は最強の“HERO”と呼ぶに相応しいモンスターだ。

 

「ここで、“Zero”かよ……」

「っ…………」

 

 ここで、静かに観戦していた晃も思わず下唇を噛む。

 一緒に、タッグデュエルを行った時のあの圧倒的な力を見て遊戯王部に入れば、心強い味方になってくれると確信した。しかし、逆に敵に回ればこれほど恐ろしいと思える敵にもなってしまうのだ。

 

「行くわ! “Zero”で攻撃!」

「ちっ……“スターダスト”が……」

 

 閃珖竜は裏側守備表示で効果を使用する事はできない、ましてダメージステップで使う事もできないのだ。故に、いくら破壊に対する効果を持っていても絶対零度の攻撃になすすべもない。

 

「次にマエストロークで──」

「おっと、それ以上は通行止めだぜ! 《トゥルース・リインフォース》発動! デッキからレベル2《(エックス)─セイバーパシウル》を特殊召喚だ!」

 

 X─セイバーパシウル

 ☆2 DEF/0

 

 《トゥルース・リインフォース》はデッキからレベル2以下の戦士族を特殊召喚できるカードだ。レベル4以下の戦士族は優秀なカードが多いが、さらに下のレベル2以下となるとそれは限りなく少なくなる。

 その限りなく少ない中でも、使えるのが《X─セイバーパシウル》であり、いかつい戦士の姿をするそれは戦闘では破壊できないという強固な壁となる。

 

「ちぃ……バトルフェイズは終了。カードを1枚伏せ、ターン終了よ」

 

 なんとなくだが、彼女は除所に相手のペースに引きづり込まれている気がしてならない。

 だが、今彼女が伏せたカードと“Zero”の効果を併用すれば相手の流れを完全に立ち斬ることができる。

 

「それじゃ、俺のターンだ! まずは、コイツを使用するぜ《ガトムズの緊急指令》!」

「……ここで来るのね」

 

 それは、【X─セイバー】の切り札ともいえるカード。

 場に“X─セイバー”が存在するときに発動でき、墓地から2体の“X─セイバー”を特殊召喚できるそれは、次にシンクロ召喚を行い強力なモンスターを呼び出す戦術に使われている。

 

「来い! “レイジグラ”、“ダークソウル”!!」

 

 場に戻ったのは、前のターンに閃珖竜の素材となったモンスター。これで出せる合計レベルは3と5と6だが、この状況を逆転するのに少し物足りない。だからでこそ、彼はさらに1枚のカードを出す。

 

「そして、場に“X─セイバー”が2体以上いるとき、コイツが場に出せる! 《XX─セイバーフォルトロール》を特殊召喚!!」

 

 XX─セイバーフォルトロール

 ☆6 ATK/2400

 

“XX─セイバー”共通の赤いマントに機械的な剣と鎧を持った戦士は、唯一“X─セイバー”が2体以上いるときにしか場に出せない上級モンスターだ。このカードは、墓地のレベル4以下の“X─セイバー”を特殊召喚できると言う効果を持ちチューナーの使い回しだってできるのだ。

これでシンクロの連打召喚をすれば、逆転できる……創、茜、晃の3人はそう思っていたが、それを簡単にさせないのが強い決闘者というものだ。

 

「使うならここよね? 《マスク・チェンジ》を発動!」

 

 途端、《E・HEROアブソルートZero》が高く飛び立つ。かつてタッグデュエルで《E・HEROオーシャン》に使用したときと同じだ。着地をした瞬間には、今度は銃でなく槍の様な武器を持ったモンスターだった。

 

「《E・HEROアブソルートZero》を変身させ《M・HEROヴェイパー》を変身召喚させたわ!」

 

 M・HEROヴェイパー

 ☆6 ATK/2400

 

 攻撃力は、わずかに《E・HEROアブソルートZero》に劣るが、このカードにはあらゆるカード効果の破壊耐性を付加されているのだ。もっとも、彼女にとってそれはオマケ程度でしかなく肝心なのは《E・HEROアブソルートZero》が墓地に送られた事。

 

「そして、《E・HEROアブソルートZero》が場を離れた事で効果を発動するわ」

「っ……!?」

 

 一瞬にして、冷気が吹き荒れ創の場の4体の“X─セイバー”は氷漬けにされてしまった。逆転の一手ともされるそれを一瞬で潰す破壊的な防御手段に思わず観戦していた晃は息を飲んだ。

 遊戯王部部長、新堂創すら彼女は圧倒している。

 

「こりゃ、声も出ないな……まあ、ここは《貪欲な壺》を発動して墓地から“レイジグラ”、“デブリ”、“スターダスト”、“フォルトロール”、“パシウル”の5枚をデッキに戻し……2枚ドロー」

 

 やはり、大量展開直後に全滅させられたのか創の表情はどことなく真顔だった。

 だが、次の瞬間に彼はニヤッといつも以上の笑みを浮かべた。

 

「強えーな」

「え……?」

「強い、強いぜ。正直、ゾッとするぐらい強えー……けどな、逆にこっから逆転できる事を思えば面白くてしょうがない! ま、とりあえず、お互い楽しんでいこーぜ!」

 

 創は、時より馬鹿な発言などを多々するものの、それでも年上としての態度をたまに見せていた。だが、今の彼はまるで別人みたいに子供のような無邪気な笑いをしていたのだ。

 それを見て、茜は『やっと、火がつきましたか』などと呟く。

 

「橘くん……今からが、見ものですよ」

「へ……?」

「あの人は、普段デュエルではデッキや性格もありますが、基本スロースターターです」

 

 スロースターター。

 それは、立ち上がりが遅いが一定時間以上が経過すれば高パフォーマンスを発揮する人物に対する通称の事だ。スポーツ選手や歌手などでよく見かけるソレは、おそらく遊戯王でも当てはまる人物がいるのかもしれない。

 茜は、さらに付け加えて語る。

 

「それに、あの人は、相手が強くてピンチになれば成程。逆境であれば逆境になるほど鋭さを増します。特に……あの様に子供っぽい笑いを見せた時が、あの人の最強モードです」

「最強……モード?」

 

 ただ子供っぽく笑っている様にしか見えなかった。

 晃は、部長には悪いがここで逆転できるようなビジョンが見えない。

 

「場にカードがないけどなー……俺はこれでターンを終了するぜ。……おっと、破壊された“ダークソウル”の効果でまた“フォルトロール”を手札に加える」

 

 とはいえ、彼の場にはカードが存在せず対する涼香の場には、2体のモンスターが存在するのだ。ピンチの状況には変わりがないのだが……不安に思う晃に、不安なく見守る茜、対して楽しくてしょうがないと笑う創に、何故ここで笑えるのかと不可解に思う涼香。

 デュエルは、終盤へと進んで行く。

 

 

 

 



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009.廃部にしてやるっ!

●新堂創  LP4700 手札4

 

●氷湊涼香 LP8000 手札1

 

□交響魔人マエストローク(エクシーズ素材:0)

□M・HEROヴェイパー

■unknown

 

 6ターンが経過し、大量展開を行った時点で《マスク・チェンジ》で墓地に送られた《E・HEROアブソルートZero》の効果が炸裂した。これにて創の場にモンスターは存在しないどころか、次に使用した《貪欲な壺》での使いドローを行ったものの、魔法・罠がこなかったのか何も伏せなかった。

 完全に場はガラ空きである。

 

 しかも、次の7ターン目は氷湊涼香のターンだ。

 

「私のターン、ドロー」

 

 彼女は手札が少ないが、それでも有利である。

 現在、総攻撃力は4400とわずかに創のライフポイントを削りきるには足りない。そのため水増しするために、追い打ちの如く新たなモンスターを召喚させる。

 

「《E・HEROオーシャン》を召喚!」

 

 E・HEROオーシャン

 ☆4 ATK/1500

 

 この場、ただの下級モンスターとしてしか扱えないカードであるが攻撃力も十分だ。故に、創に攻撃を防ぐ手段がなければこのターンで決着となってしまうだろう。

 

「バトルフェイズに入るわ……《E・HEROオーシャン》、《交響魔人マエストローク》、《M・HEROヴェイパー》の順で攻撃するつもりだけど、何かある?」

「もちろんさ! 俺は、“オーシャン”の攻撃を受けたとき手札の《冥府の使者ゴーズ》を発動! 《冥府の使者ゴーズ》と《カイエントークン》が特殊召喚される!」

 

 創 LP4700→3200

 

 冥府の使者ゴーズ

 ☆7 DEF/2500

 

 カイエントークン

 ☆7 DEF/1500

 

 《冥府の使者ゴーズ》は遊戯王において有名なカードの1つだ。

 

 場にカードがない時、ダメージを受けることで特殊召喚でき戦闘ダメージであるならば受けた数値と同様の攻守を持つカイエントークンを生み出す。そのため、連続で直接攻撃を行うならば攻撃力の低い順から攻撃を行う事が多くなった。

 たった1枚で、2体ものモンスターを場に出すこのカードは強力であり1キル対策やカウンターとして扱われる。その使用条件故、場にカードを出さずに《冥府の使者ゴーズ》を手札にあると思わせるブラフすら生まれたのだ。

 

「ちっ……今度は握っていたのね……メインフェイズ2! 手札がこのカード1枚だけなら特殊召喚できる。《E・HEROバブルマン》を特殊召喚!」

 

 E・HEROバブルマン

 ☆4 DEF/1200

 

 2ターン前に、《E・HEROエアーマン》の効果にて手札に加えたカードを特殊召喚する。これで、《E・HEROオーシャン》と並びレベル4のエクシーズを行うことができるが既にメインフェイズ2であり攻撃は行えない。

 まして、“ゴーズ”は守備表示である彼女はエクストラデッキに入る“No.101”のカードを使用したかったと思ったがこのカードは攻撃表示にのみ有効。そのため守備として扱えるカードのうち1枚を使う。

 

「だったら、こいつ! レベル4“オーシャン”、“バブルマン”でエクシーズ。《No(ナンバーズ).39希望皇ホープ》!」

 

 No.39希望皇ホープ

 ★4 ATK/2500

 

 純白の鎧に黄金のフレーム、大剣に左肩のプロテクターには39を表す数値。遊戯王ZEXALの主人公が扱うエースモンスター。色々な派生カードが存在し、初心者向きのスターターデッキに収録されているために扱いはさして難しくない。

 

「ターン終了よ」

「そうか、じゃあ俺のターンだ……行くぜ!」

「……っ!?」

 

 この時、悪寒にも似た寒気を感じた。

 対戦している涼香だけでなく、近くにいた晃も。元々知っていたのか、茜だけは涼しい顔をしていた。気付けば、晃は自身の握りしめていた手から冷や汗を掻いている事に気づく。かつて茜と対戦したときも、似たような感覚に見舞われたが今回と前回では段違いに違うのだ。

 

「まずは《クレーンクレーン》を召喚!」

 

 クレーンクレーン

 ☆3 ATK/300

 

 形状が鶴に似たクレーンの機械型モンスターが召喚された。どうやら(crane)とクレーンを賭けているらしい。このモンスターが召喚に成功したとき嘴にも似た部分が伸び創の墓地へと突っ込んだ。

 

「このカードが召喚に成功したことで、自分の墓地のレベル3以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚できる! 戻って来い、“ダークソウル”!!」

 

 唯一、墓地から《貪欲な壺》でデッキに戻されなかったモンスターカードだ。実質、前のターンでデッキに戻してしまえばエンドフェイズでのサーチ効果を発揮できなかったのだが、さらに次への布石として創はすでに用意していたのだ。

 これでレベル3モンスターが2体。創はすでに、エクストラデッキから1枚のカードを取り出してそれらに重ねる。

 

「行くぞ! ランク3エクシーズ、《クレーンクレーン》と《XX─セイバーダークソウル》で俺は《M.X(ミッシングエックス)─セイバーインヴォーカー》をエクシーズ召喚!!」

 

 M.X─セイバーインヴォーカー

 ★3 ATK/1600

 

 場に現れたのは、“X─セイバー”でもなく“XX─セイバー”でもなく“M.X─セイバー”と言われるモンスター。本来“Xセイバー”は“XX─セイバー”それぞれ十人しかいなが、失われたという意味を持つ(ミッシング)の名を持つモンスターならば11人目として存在する理由となる。

 とはいえ、攻撃力は1600と涼香の場のモンスター全てに敵わない。

 

「“インヴォーカー”の効果発動! エクシーズ素材を一つ取り除き、デッキから地属性レベル4の戦士または獣戦士族を表側守備表示で特殊召喚できるぜ! これで《XX(ダブルエックス)─セイバーボガーナイト》を特殊召喚だ!」

 

 XX─セイバーボガーナイト

 ☆4 DEF/1000

 

 ケルト神話における精霊の名を持つ獣戦士族の屈強そうな戦士の姿のモンスターが出現する。下級アタッカーとして基準ラインとされる1900の数値ではあるが、特殊召喚の制限において守備表示である。だが、これで“X─セイバー”が2体となった。

 

「ちっ……こういう時、“ダークソウル”の効果が面倒ね」

「まあな! 俺は再び《XX─セイバーフォルトロール》を特殊召喚!!」

 

 前のターンで《XX─ダークソウル》の効果によりサーチしたカード。破壊だろうが、シンクロ素材であろうが場から墓地へ送られれば効果を発揮するカードだ。“X─セイバー”であれば他の指定はないが、エンドフェイズというタイムラグが存在するのだが、この様に次のターンでの巻き上げに丁度いい。

 

「けど、墓地に“X─セイバー”はいない……っ、まさか!?」

「そう! 丁度、このターンで引いたぜ……《おろかな埋葬》を発動! デッキからチューナモンスター《X─セイバーパシウル》を墓地へ送り、“フォルトロール”の効果で特殊召喚!」

 

 “フォルトロール”が号令をかけるかの様に、ブォンと剣を片手で振る。それに合わせ墓地へと送られた《X─セイバーパシウル》は場へと召喚された。

 

「っ……また、シンクロで来るわけ?」

「そうさ! レベル4の“ボガーナイト”とレベル2“パシウル”でシンクロ! レベル6、《XX(ダブルエックス)─セイバーヒュンレイ》だ!」

 

 XX─セイバーヒュンレイ

 ☆6 ATK/2300

 

 まるで、中国が清の頃に見られたシニヨンと呼ばれる髪型に似た形状のヘルメットを装着した戦士が現れる。片手剣の曲剣を手に、即座に涼香の場へと飛び込む。

 

「“ヒュンレイ”の効果は、シンクロ召喚の成功時に発動する。場の魔法、罠カードを3枚まで選択し、破壊できる! その伏せカードを破壊させてもらうぜ!」

「ちっ……」

 

 破壊されたのは、《聖なるバリア─ミラーフォース─》。

 かなり前のターンに伏せていたものの、攻撃を行わなかったり、“スターダスト”が存在し、効果を発動されれば、ほぼ無意味と終わってしまうため発動されなかったカードだ。

 

「おおっ、と……これで遠慮なく攻撃できんな。けど、その前にレベル6、“ヒュンレイ”、“フォルトロール”でエクシーズだ!!」

「っ……ランク6!」

 

 確かに、創の場にはランク3である“インヴォーカー”とレベル6の“ヒュンレイ”と“フォルトロール”が存在する。今までは、出しやすさがランクが3や4が多く出されたが、ランク5以上ともなれば難易度からエクシーズモンスターの強さも当然、上がってくる。

 

「来い! 《ガントレット・シューター》!!」

 

 ガントレット・シューター

 ☆6 ATK/2400

 

 真っ赤な装甲の巨大ロボットが出現した。

 攻撃力だけで言えば、“フォルトロール”と同等。さらに“ヒュンレイ”がいなくなったことを加えれば、総攻撃力は大幅に激減した。しかし、効果を見れば……むしろ攻撃力は十分な水増しとも言える。

 

「《ガントレット・シューター》の効果! メインフェイズ時に、エクシーズ素材を一つ取り除き、相手モンスターを1体破壊できる。“ホープ”を破壊だ!」

 

 瞬間、彼の右手が爆音と共に発射された。

 所謂、ロケットパンチと言える攻撃を行い相手モンスターである《No(ナンバーズ).39希望皇ホープ》を粉砕する。そして、今度は残った左腕が場に残り続けている“マエストローク”へと向けられた。

 

「《ガントレット・シューター》の効果の発動に制限はない! もう一度、使用し今度は“マエストローク”を破壊する!」

 

 大抵、遊戯王の効果では1ターンに1度と言う制約が多い。

 効果によるが、何度でも使える効果においては無限ループが発生しうる事態がある。《ガントレット・シューター》はエクシーズ素材を取り除くというコストがあるため無制限とはいかないが、それでも1ターンに2度も発動できるのは驚異的だ。

 後に残ったのは、唯一《ガントレット・シューター》の効果を含め、カード効果で破壊される事のない《M・HEROヴェイパー》1体だけだ。

 

 事態は、有利だった状況を完全にひっくり返した。

 この光景を不愉快そうに涼香は歯噛みした。

 

「さて、反撃の時間だ! まずは、“ゴーズ”で“ヴェイパー”を攻撃!!」

 

 涼香 LP8000-300→7700

 

 このデュエルにおいて創の初ダメージだ。

 もっとも、それだけではなく涼香の場に残っていた唯一のモンスターを撃破した事により彼女の場にはカードが何も無くなったのだ。加えて、手札もないと来れば攻撃のチャンス到来である。

 

「行くぜ! “インヴォーカー”、“シューター”の順で攻撃だ!」

「ちっ……通すわ」

 

 涼香 LP7700→6100→3700

 

 残りライフが、創と同じ3000台まで落ちた。

 さらに、彼の場には3体のモンスターと圧倒的アドバンテージを得たのだ。それも前のターンまで、敗北寸前だった状況ではないだろう。

 

「よしっ! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「っ……」

 

 創のターン終了の宣言により涼香のターンへと移る。

 だが、彼女の場にはカードが1枚もなく手札すら無い状況だ。必ずしも逆転できないとは言い難いが、それでもここで勝つことは限りなく難しい。並大抵の人物であれば、ここで諦めるのが普通だ。だが、彼女──氷湊涼香は、決闘者としてのプライドは人一倍強い。この場で諦めを付けられるほど、潔くもないのだ。

 

「調子に……乗らないで! 私のターン、ドロー! 《戦士の生還》発動!」

 

 引いたのは、通常魔法カード《戦士の生還》だ。ただ、単純に墓地から“戦士族”モンスター1枚を手札へ回収する効果であるが、彼女の場にはここから逆転に繋ぐカードがある。

 

「“バブルマン”を選択して、手札に戻す。そして、手札がこのカードのため特殊召喚!」

「お、っと……ここで“バブルマン”かよ!?」

 

 晃は、ここでデジャブを感じた。

 彼女と一緒に戦ったタッグデュエルのラストターンと似たような状況だ。圧倒的不利な状況で出した《E・HEROバブルマン》のドロー効果での大逆転劇。それが、今のこの場と重なって見えた。

 

「《E・HEROバブルマン》の特殊召喚時、場と手札がこのカード以外存在しないため2枚ドロー……《死者蘇生》を発動。墓地の《E・HEROオーシャン》を特殊召喚するわ」

 

 引いた1枚目のカードは、万能蘇生カードの《死者蘇生》。特殊召喚でも効果を発揮する《E・HEROエアーマン》はすでに《ミラクル・フュージョン》で除外されているため墓地にはおらず、選択しとして彼女は他の“戦士族”、レベル4の“オーシャン”を選択したのだ。

 

「まずは、レベル4、“戦士族”の“バブルマン”、“オーシャン”でエクシーズ。《(ヒロイック)(チャンピオン)エクスカリバー》をエクシーズ召喚!」

 

 H-Cエクスカリバー

 ★4 ATK/2000

 

 圧倒的不利な状況を切り裂かんばかりに剣を構え君臨する。

 ランク4であるにかかわらず、4000打点を叩きだす高火力モンスターだ。

 

「“エクスカリバー”の効果。エクシーズ素材を二つ取り除き、攻撃力を倍に!」

 

 H-Cエクスカリバー

ATK/2000→4000

 

 構えた剣から膨大な光が溢れだす。

 上級モンスターでさえ凌ぐ攻撃力を帯びたものの、創の場のモンスターに攻撃を行ったとしても彼のライフを削りきることはできないだろう。ならば、と次いで出されたカードは晃にとってやはりと言えるカードだった。

 

「2枚目の《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の“Zero”と水属性“ヴェイパー”を融合! 現れなさい、《E・HEROアブソルートZero》!!」

「っ……こいつは、ちょっとハードだな」

 

 彼女の引きの強さに、さすがの創も苦笑いを浮かべた。

 これは、もはやかつてのタッグデュエルの再現だ。

 

 遊戯王においてデッキは、デュエルが始まった時点でランダムにシャッフルされあらかじめどのカードがどの位置にあるか決定されている。特にカードの効果などでシャッフルされ直す事があるが、そう大差はない。

 故に、遊戯王自体が大きく運が絡まるゲームである。

 

 だが、その運……または運命すら支配する様な引きがある事もある。原作を知っている人間であれば、きっとそれをこう言うだろう。ディスティニードロー、と。

 ソレを引き起こした彼女は、まさに強者だ。そんな彼女に晃は、ただ茫然と見つめては驚愕していた。

 

「凄い……これが、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)と言われた氷湊の力か……」

 

 ただ、無意識のうちに晃は声に出していた。

 彼の声が聞こえていたのか、気付けば傍らで歓声していた茜に、デュエルの真っ最中であった涼香と創も目を見開いて驚いた様な表情をしていたのだ。ただし、涼香だけは驚いた内容は違うが。

 

「は……ははっ、成程! 道理で強えーわけだ! まさか、隣町のチャンピオンが相手だとはな……それに、返しのターンで“バブルマン”のドロー効果からの繋いで戦士族エクシーズと融合を行う逆転技、氷雪剣舞(ブリザード・ソード・ダンス)だっけか? まさか、それまで見れるとはな!」

 

 口は災いの元とは、この場での意味を表すだろう。

 まさか、無意識に出してしまった言葉で、また新たに彼女の隠し通したいであろう恥ずかしい過去の一旦が暴露されたのだから。無論、それを聞いた涼香は──。

 

「きゃああああ違う、違う、違ってば!! あれは、私じゃない……私じゃない別の私よ!」

 

 やはりというか、顔を真っ赤にしては悲鳴を上げていた。

 その姿と創の発言から、晃はまさか二つ名以外にも中二病的な名称があったなんて……などと考えていたが、途端、背筋が凍りような悪寒に見舞われた。

 

 気付けば、顔を両手で覆い隠そうとしながらも隠し切れていない片目だけであるが、晃を睨んでいたのだ。まるで『こんなことになるなら、記憶が無くなるまで殴っておけばよかった』と言わんばかりに。

 などと、簡単なやり取りがあったが、今度は意外にも彼女は冷静に持ち直した。

 

「ふぅ……決めたわ」

「何をだ?」

「ここの部活に興味はなかったけど、私が勝ったら本当に貰うわ! そして、すぐに廃部にしてやるっ!」

 

 まるで駄駄をこねる子供に宣言をする涼香。

 事の発端は、晃であるが、これはほぼ八つ当たりと言ってもいいだろう。それを聞いては創も少しばかり困った様な表情を浮かべた。

 

「それは、困るな……もっとも、俺が勝てばいい話だけどな!」

「っ……舐めないで! ”アブソルートZero”で”ゴーズ”に攻撃よ!」

 

 涼香 LP3700-200→3500

 

 彼女が行ったのは、自爆特攻と言える行動だった。

 攻撃力が劣っていながら攻撃を行うその行動は、破壊されれば効果を発動するモンスターで行うものであり、当然の如く”アブソルートZero”も場を離れる事で発動するのだ。

 

 《冥府の使者ゴーズ》に攻撃を仕掛けたものの、返り討ちに合う氷の英雄だったが突如、氷の暴風が創の場を襲い創のモンスター全てを無に帰したのだ。

 

「くっ……」

「これで、アンタを守るモンスターは消え去ったし、残りライフも”エクスカリバー”の攻撃に耐えきれないわ! これで、とどめよ!」

 

 彼女の宣言と同時に、攻撃を行う《H-Cエクスカリバー》。

 この攻撃が通れば、彼女の勝利であり……創は、その攻撃を──

 

 ──真正面から受けたのだった。



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010.遊戯王部部長、新堂創だ

 

 ●新堂創 LP3200 手札0

 

 ■unknown

 

 ●氷湊涼香 LP3500 手札0

 

 □H─Cエクスカリバー(エクシーズ素材:0)

 

 創対涼香の対決もすでに終盤へと差し掛かっていた。

 創が勝てば、涼香が遊戯王部に入部し逆に涼香が勝てば遊戯王部は彼女のものとなるルールで行われ、彼女は途中で勝った後、遊戯王部を廃部にするなどと宣言したのだ。

 

 そのため創は、このデュエルで絶対に負けられない。

 だが、この場で涼香が《E・HEROアブソルートZero》の自爆特攻を行い効果を無理矢理使用する事で創の場のモンスターを一掃。そして、効果を使用して攻撃力が彼のライフポイントを上回る数値、4000へと達した《H─Cエクスカリバー》。

 

 その攻撃が彼へと直撃したのだ。

 

「ぐっ……!?」

「勝った……!」

 

 涼香は勝利を確信する。

 例え、相手が遊戯王部の部長であろうがライフを上回る攻撃を受けて生き残る事などできまい。創のライフが減少していきデュエル終了のブザーが鳴り──響かなかった。

 

 創 LP3200-2000→1200

 

「はぁっ……!?」

 

 表示されたライフの数値を見て涼香が目を見開く。

 当たり前の話だが、攻撃力4000の直接攻撃を受ければ4000分ライフが減少するはずだ。だが、今彼のライフが減ったのは、その半分の2000でしかなかったからだ。

 

「はは、こんなんじゃ俺は倒せないぜ! 《ブレイクスルー・スキル》を“エクスカリバー”を対象に発動させたんだ」

「ちっ……そういう事」

 

 H─Cエクスカリバー

 ATK/4000→2000

 

 《H─Cエクスカリバー》は、自身の効果によって攻撃力を上昇させていた。故に、その効果を無効にさせる《ブレイクスルー・スキル》を受ければ攻撃力は元の数値へと戻ってしまう。

 

「へへっ……俺はまだ、生き残っているぜ!」

「ふんっ、ただの死に損ないじゃない。ターンエンド」

「まあ、そうとも言うな! 俺のターン!」

 

 創は笑いながら彼女の言葉を肯定する。

 彼は、後1度下級モンスターの直接攻撃を受けただけでも敗北を喫する。さらに彼の場と手札は0であり、墓地から発動できるのは《ブレイクスルー・スキル》のみ。もっとも、発動した時と同じく効果を無効にするだけで攻撃を止めることなどできない。

 そのため、彼の引きに全てが託される。

 

「モンスターをセット、ターン終了だ」

 

 引いたのは、何らかの下級モンスターだった。

 これなら攻撃は防げるだろう。ただ、相手が新たなモンスターを出さなければの話だが。

 

「私のターン、ドロー……最後の《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の水属性“バブルマン”と“Zero”を融合し3枚目の《E・HEROアブソルートZero》を融合召喚するわ!」

「っ……!?」

 

 彼女の引きの強さに、傍観していた晃は再び戦慄する。

 追い込まれていた状況を逆転したのにもかかわらず、追い打ちの如くもう1度、自身の切り札とも呼べるカードを召喚せしめてみせたのだ。彼から見て、もはや彼女は化け物とでも言うしかなかった。

 

「へへっ、ここまで来た奴ってのは久しぶりだ」

「アンタ、ここでも笑っていられるの? これで終わりよ! “アブソルートZero”で攻撃!」

 

 XX─セイバーエマーズブレイド

 DEF/800

 

 氷の英雄が撃ち果たしたのは、“XX─セイバー”共通の赤いマントを纏ったモンスター。バッタのような風貌に双剣を携えていたものの、すぐさま討ち果てるのだが、この時、涼香は不満げな顔をした。

 

「ちっ……リクルーター」

「そうだ! 《XX(ダブルエックス)─セイバーエマーズブレイド》は戦闘で破壊され墓地へ送られた時、デッキからレベル4以下の“X─セイバー”を特殊召喚できる。2枚目の“エマーズブレイド”を守備表示で特殊召喚するぜ!」

 

 リクルーターとは、デッキからモンスターを特殊召喚できるモンスターの名称である。

 その多くが、主に戦闘で破壊され墓地へ送られた時というのであり。今、使用した《XX─セイバーエマーズブレイド》もそれに属する。

 彼のデッキには、おそらく“エマーズブレイド”は3枚積みなのだろう。ならば、まずは数を減らす事を考える。そのため涼香はさらに攻撃を行った。

 

「なら、“エクスカリバー”で攻撃よ!」

「そうか? なら、今度は“エマーズブレイド”の効果で“レイジグラ”を守備表示で特殊召喚!」

 

 2枚目の“エマーズブレイド”の効果で現れたのは、カメレオンの風貌の《XX─セイバーレイジグラ》だった。1度、シンクロ素材として使われたっきりであり場に出るのは2度目だった。

 

「“レイジグラ”が特殊召喚に成功した事で、墓地から《XX─セイバーフォルトロール》を回収だ!」

 

 そして、回収したのは場に“X─セイバー”が2体以上存在する時のみ、場に出すことのできる《XX─セイバーフォルトロール》である。現在では、出す条件は満たされておらず次の引きによって出せるかどうかが決まる。

 

「ふんっ、次に“X─セイバー”を引くつもりの様だけど、そう簡単に行くかしら? でも、ゴキブリ並みにしつこいわね! ターンエンドよ!」

「……ゴキブリ扱いは酷いな」

 

 どんなに攻め手も、生き残る創にフラストレーションを感じたのか暴言と共にターン終了の宣言をする涼香。さすがに、これは効いたのか創もがくりと項垂れた。

 

「まあ、俺のターンだ、ドロー……」

「“X─セイバー”は引けたかしら?」

「……いいや、引いたのは“X─セイバー”じゃないな!」

 

 創は、引いたカードを確認する。それは、名前に“X─セイバー”と付かないカードだった。もっとも、それは彼がこの場で一番望んだカードでもあった。

 

「コイツを待ってたんだ! 俺は《デブリ・ドラゴン》を召喚! 召喚に成功した事で、墓地から攻撃力500以下の《X─セイバーパシウル》を特殊召喚だ!」

「っ!?」

 

 引いたのは、前に《貪欲な壺》でデッキに戻した1枚だ。このカードは創が言った通り自身の墓地から攻撃力500以下のモンスターを特殊召喚できる効果を持つ。そのため、この効果を使い場に“X─セイバー”を2体揃えたのだ。

 

「行くぜ! このターンで終幕(クライマックス)だ! 《XX─セイバーフォルトロール》を特殊召喚!」

 

 蘇生効果を兼ね揃えた上級モンスター《XX─セイバーフォルトロール》が場に現れる。これで、場には4体のモンスターが揃ったことになるが正直、このターンで終わらせるのは難しいのだ。

 場に《E・HEROアブソルートZero》が存在する中で、相手ライフ3500を削りきるには、あまりに打点が足りなさすぎる。

 

「馬鹿じゃないの? 出来ない事を、よく簡単に──」

「できるさ! まずは、“レイジグラ”と“パシウル”でシンクロ! 来い、《霞鳥クラウソラス》!」

 

 霞鳥クラウソラス

 ATK/0

 

 緑色の怪鳥のモンスターが場に出る。

 ただし、そのモンスターのレベルは3。攻撃力に至っては無の0である。

 

「“クラウソラス”……確か、そのモンスターの効果は──」

「選択したモンスターをターン終了時まで攻撃力を0、効果を無効にするんだ! “アブソルートZero”を対象にするぜ!」

 

 E・HEROアブソルートZero

 ATK/2500→0

 

 これで場で存在するアブソルートZeroが完全に無力化された。ただし、これで無力化したのは場のみであり、場から離れた時に発動する効果までは無効化しきれない。

 

「続いて、“フォルトロール”の効果を発動! 墓地から“ボガーナイト”を特殊召喚する!」

 

 次いで、蘇生効果持ちの《XX─セイバーフォルトロール》の効果で特殊召喚したのは、チューナーでなく、ただのレベル4モンスターの《XX─セイバーボガーナイト》だ。

 

「っ……エクシーズね」

「ああ! 今度は、レベル4“ボガーナイト”と“デブリ”でエクシーズだ。現れろ、《No.(ナンバーズ)101(サイレント)(オナーズ)Ark Knight(アークナイト)》!!」

 

 No.101S・H・Ark Knight

 ATK/2100

 

 現れたのは、水族でありながら戦艦のような機械族を思わせる姿のモンスターだった。

 攻撃力は、ランク4にしては普通であるが、その効果は驚異的でもある。

 

「えっ……そのカードって、まさか!?」

 

 彼女も、そのカードを持っているが故、効果も知っているし使い方も熟知している。

 故に見えてしまったのだ、このデュエルの結末を──。

 

「行くぜ! まずは、”Ark Knight”の効果でエクシーズ素材を二つ取り除き場の“エクスカリバー”を吸収! エクシーズ素材とする!」

「くっ……」

 

 戦艦の周囲を纏う緑と茶色の球体が消滅しては、涼香の場の“エクスカリバー”が黄色に輝く球体へと変換して戦艦の周囲を浮遊する。これで残すは、《E・HEROアブソルートZero》のみ。

 

「バトルフェイズ! “フォルトロール”で《E・HEROアブソルートZero》で攻撃」

「……」

 

 涼香 LP3500-2400→1100

 

 本来ならば、攻撃力が100上回っていたはずだが、《霞鳥クラウソラス》の効果により戦闘力が皆無になっていた。そのため涼香は直接攻撃同様のダメージを受けてしまう。もっとも、これがトリガーとなって《E・HEROアブソルートZero》の効果が発動する。

 

「”Zero”の効果が発動するわ……相手のモンスターを全て破壊する」

「……ああ、“ArkKnight(・・・・・・・・・)”を除いて……だがな」

 

 3度目の効果の“アブソルートZero”の効果が発動される。これで、《XX─セイバーフォルトロール》、《霞鳥クラウソラス》が凍結し消滅する事になるが、彼が宣言した様に1体の《No.101S・H・ArkKnight》のみが場に残っていた。

 

 これが、“No.101”の効果。1つは、エクシーズ素材を2つ取り除く特殊召喚された表側攻撃表示の相手モンスターをエクシーズ素材にする効果。そして、2つ目は、エクシーズ素材を1つ取り除く事で自身の破壊を防ぐ効果だ。

 一度、エクシーズ素材を使いきったが、1つ目の効果でエクシーズ素材にした“エクスカリバー”をコストに2つ目の効果を使用した。これで、《E・HEROアブソルートZero》の効果を防いだのだ。

 

「さて、まだバトルフェイズは続くぜ!」

 

 これで残るは、攻撃力2100の“ArkKnight”のみ。

そして涼香の残りライフは、それよりも1000を下回る1100なのだ。

 

「アンタ、いったい何者なの?」

「俺か? 遊戯王部部長、新堂創だ。覚えておいてくれよ、新入部員!」

「っ!? 新堂……創……!?」

 

この時、涼香は創の名前を聞いて目を見開いて驚きを見せた。それは、まるで彼の名前を知っていたかのように。その表情を見て晃は尋ねた。

 

「部長の事、知っているのか氷湊?」

「当然よ! 私より、有名じゃない!」

「え!?」

 

 半ば叫ぶように答えた涼香に、晃は逆に驚く。

 彼が知っている新堂創は、デュエルを見れば状況に的確な引きを見せる涼香ですら、攻撃を凌ぎ強さを見せてはいたものの……呆れる様な馬鹿な行動を行うただの阿保にしか見えていなかった。

 

「いいですか、橘くん……結構、昔の話ですけど前に数年に1度の日本全国規模でのデュエル大会があったんです。日本遊戯王大会とか言ってましたが、多くの人の要望で現在では『バトルシティ』と言われています」

 

 と、ここで解説する様に茜が答えた。

 晃も、その『バトルシティ』という単語には聞きおぼえがあった。彼が小学生の頃、まだ遊戯王に興味を持たなかった時期では、あるが当時はニュースでよく『バトルシティ』などという記事で持ちこしだったのだ。

 

「参加者は数千と越えましたが、当時その中でも5人の小学生が決勝リーグ、それもベスト8入りを果たしたんです……5人の天才のうちの一人、“神童”の異名を持つのが、遊凪高校遊戯王部部長、新堂創です!」

 

 とりあえず、同じ読みの“神童”と“新堂”を掛けているのか、なんてツッコミはしない。とはいえ、なんとなくだが彼は思った。

 

 人間には、いろんなタイプが存在するが、一定の分野で凄まじい才能を見せるが、それ以外は全く駄目などというのが稀にいるのだ。おそらく彼こそが、その様な代表格的な存在なのだろう。

 

「そう言う事だぜ! これで終わりだ。“ArkKnight”で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 最後と宣言した通り、もはや彼女に攻撃を防ぐ術はないのだ。もし、次のターンまで持ち越せたならば彼女は、さらなる引きを見せて逆転劇を見せたのかもしれない。ただ、それを見せるには後、一歩だけ足りなかったのだ。

 

  涼香 LP1100-2100→0

 

 こうして、創対涼香のデュエルは終わりを迎えた。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「っ……」

 

 デュエルが終わった瞬間、これでめでたく涼香が遊戯王部の部員……とは、いかず突然、彼女は走り出し屋上から去ったのだ。これは、逃げるというよりも、まるで感情任せに走り出したみたいな感じで。

 

「あ、おい!?」

「まー、そうなるよな」

 

 慌てる晃に、対して創はまるで予想していた様な口ぶりで呟いく。

 次いで茜も創と同意見なのか、落ち着いた様子で晃に教えるように語った。

 

「そうですねー。氷湊ちゃんもかなり強くて、プライドもあれだけ高いんですから。相手が誰にせよ、負けて悔しくないなんて、無いはずですからね」

「そうだな。橘、悪いけど追いかけてやってくれないか?」

「え、何でオレっすか?」

 

 突如、創から涼香を追いかけるように頼んできた。

 ただし、何故自分なのかと、疑問として聞くのだが。

 

「いや、勝った俺だと話がこじらせるだけだし?」

「私だと、きっと追いつけませんよ?」

 

 ある意味、正論を付き付けられた。

 確かに、走りだした原因が、負けた事ならば勝者である創が掴まえても意味がないだろう。まして、彼女は見た目や行動から運動神経が高めなのだろう。それは、攻撃を受けた晃と創が体験済みだ……故に、同じ女子でも茜では無理だと思われる。

 

「それに、知り合いみたいだったしな。頼む」

「あー、もうわかったッスよ!」

 

 と、いいながら彼も走り出した。

 正直な話、運動部に所属経験の無い晃は運動神経に自信はない。けれど、彼は制服の上着を脱いで全力で彼女を追いかけようとする。

 その姿を見ては、創と茜は思った感想を正直に述べる。

 

「あー、まるで青春の1ページを見てるようだなー」

「そうですねー」

 

 などと、呑気だった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 遊凪高校の屋上から階段を駆け下りた1学年の廊下の前に涼香はいた。普段はたいして気にならないが地味に重い決闘盤を付けたまま全力疾走をしたためか、肩で息をしながら背中を柱にかけ体重を預けていた。

 

「あ、おい……氷湊!」

「っ……!?」

 

 もっとも、晃が追いかけてきたのを見ては、まるで人に懐かない野良猫の様に逃げ出した。それを追いかける晃だが、やはり性別の違いか晃の方が若干速く、階段を下りる手前で彼女の左腕を掴まえたのだ。

 

「っ、離して!」

「いや、離したら逃げるだろ?」

 

 ここで晃は気付いた、手を掴まれたのを嫌そうに振りほどこうとする涼香だが、彼女が涙目だった。創や茜が言っていた通り、負けて相当悔しい思いをしたのだろう。

 そう思ったのが、晃にとって隙となった。まして、それと同じタイミングで涼香も無理矢理引き離そうとするのが災いした。

 

「離してって……言ってるでしょ!!」

「えっ……あべしっ!?」

 

 顔面をグーパンで殴られた。

 さらに、その衝撃で軽く後へと飛び階段にある防火扉へと後頭部から激突したのだ。前と後ろの両方からの激痛に晃は、頭を押さえ蹲った。

 

「あ、ごめん」

 

 さすがに、今回は自分が悪いと感じたのか涼香も思わず謝ってしまった。

 だが、少しは落ち着いたのか逃げようはせず床と顔を合わせる晃の姿を見下ろしていた。

 

「けどさ、氷湊……負けるって、そんな格好悪いことなのかよ?」

「え……?」

 

 今だ、痛みで顔を上げられないが晃は、そのままの体勢で涼香へと語る。正直、その姿は滑稽としか言いようがないが、彼の言葉に涼香は呆気に取られた。

 

「オレも遊戯王を始めて日向に負けてさ、悔しく思ったんだけど……次は勝ちたいって思ったんだ。重要なのは、負けてもまた立ちあがる事なんじゃないかって思うんだけどさ」

「っ……!?」

 

 晃の言葉は、的を射ていた。

 無論、彼女だって最初から強かったわけじゃない。最初は負けて、また次を頑張って繰り返しているうちに現在に至る強さを得たのだ。誰だって負けを経験した事のない人物はいない。

 もっとも、それを涼香は、晃の言葉を素直に受け止める事はできなかった。

 

「……馬鹿じゃないの! そんなこと、言われなても知っているわよ!」

「痛っ、痛いって、蹴るな。わかったから蹴らないでくれ!」

 

 今だなお、蹲る晃に対して前と同じようにローキックの連打を行う。ドスッ、と鈍い音が何度も鳴り響いたが数度、蹴ったのち彼女は蹴りをやめて嘆息と同時に落ち着いた口調で語った。

 

「まあ、賭けで負けたのは私だし、遊戯王部に入ってあげる」

「……そうか」

 

 これにて一件落着なのだろう。

 どうやら彼女も、もう逃げ出したりはしない。

 

「あ、それと橘。今のアンタ、最っっ高に格好悪いわよ!」

「……ほっといてくれよ」

 

 このまま涼香は、屋上へと戻るように歩いて行ったが、晃だけはいまだ痛みが引かずこのままの体勢を後、数分持続していたのだった。

 

 

 

 



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第2章 VS生徒会
011.才能が無いんじゃない?


 新たなに氷湊が入部して一週間が経過した。

 遊戯王部の部室も賑わいを見せ、今日もまたデュエルが行われている。

 

「これで、とどめです! 《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》で直接攻撃! そして、自壊し800のダメージを与えます!」

「ぐっ……」

 

 晃 P2500-2200-800→0

 

「《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の水属性“バブルマン”、“エアーマン”を融合して、《E・HEROアブソルートZERO》を融合召喚! 直接攻撃(ダイレクトアタック)で終わり!」

「っ……」

 

 晃 LP2000-2500→0

 

「悪いが、このターンで終幕(クライマックス)だぜ! 《XX─セイバーフォルトロール》、《XX─セイバーヒュンレイ》、《M.X─セイバーインヴォーカー》で総攻撃だ!」

「…………」

 

 晃 LP5600-2400-2300-1600→0

 

 などと、いう感じで行われている。

 

「何故だぁあああああ!!」

「五月蠅いわ、馬鹿じゃないの」

 

 半ば勢いだけの叫びと共に、彼は机へと突っ伏した。

 遊戯王を始めてから数日だと言うが、まともなデュエルを行えるようになってきた晃だ。だが、しかし彼の勝率は極端なほど悪いのだ。

 遊戯王部に所属してから、記録としてつけていた勝敗を記録したノートを捲る。そこに記されていたのは──。

 

 日向茜

 31戦2勝29敗

 

 新堂創

 40戦0勝40敗

 

 氷湊涼香

 29戦0勝29敗

 

 などと言う記録だ。

 勝率は、0でないにしても限りなく0に近いと言っても過言ではない。そのうち、茜から危なかしい戦い方だったとはいえ2勝したのが、せめてもの救いなのだろ──。

 

「と、いうか日向! アンタもふざけるのは大概にしなさいよ! 明らかに、手を抜いてるでしょ!? 特に、あの雑魚と相手をする時なんて!」

「あ、はは……ごめんさなさい。でも、私は楽しめれば別にいいんです」

 

 途端。入部してから馴染み始めてきた氷湊からそのような会話が聞こえてくる。

 

 ちなみに、遊凪学校には1年は必ず部活動に所属しなければならないという規則があるが、彼女は『文芸部』に所属していたらしい。ただ、そこは真面目に活動する気のないものが多く大半が幽霊部員という形になっていて、彼女もその一人として形だけの部員だった。

 

 彼女たちの会話を聞いては、晃はグサリと冷たい金属性の矢が突き刺さったような感覚に見舞われたのだ。唯一、勝ち星を得た茜からは手加減されていたなんて聞けば、まるでとどめをさされたかのように晃のプライドはズタボロだ。

 

「なんで、勝てないんだよ……」

 

 もう一度、机へと突っ伏した。

 彼の嘆きとも言える呟きを聞いては、3人は彼とのデュエルでの内容を思い出して彼の駄目な点を考える。ただ、最近ではミスと言えるプレイは極端に減ってきているのでプレイング事態は普通の【武神】を扱っている相手としか思えない。

 まず、口火を切ったのは涼香からだった。

 

才能(センス)が無いんじゃない?」

「ぐっ……!?」

 

 いきなり直球で言われた。

 カードゲームにおける才能とは、なんぞやと思うが創や涼香のデュエルを見れば、明らかにここ一番で望むカードを引く強さがある。茜に至っては、その様な力は無くとも、常に安定したプレイングを見せている。

 次に答えたのは、茜だった。

 

「そうですねー、ミスはあまり見なくなりましたが、どうにも初心者的な感じが無くなっていない気がしますね」

「そ、そうか……?」

 

 彼がデュエルをした回数はもうすでに百を超えている。

 だというのに、いまだに初心者っぽいと言われては、晃の面目など知ったことじゃないのだろう。ある意味、涼香の『才能が無い』と直結するかもしれない。

 そして、とどめと言わんばかりに創が──。

 

「何つーかなぁ……俺って、デュエルをするとき、相手から匂いを感じるんだけどな?」

「匂い……ッスか?」

「ああ、別に嗅覚うんぬんじゃないぜ。強い、弱いとかそういう感じのだけどさ……橘は何つーか、何も感じねーんだ」

 

 晃とは逆に才能で戦う様なプレイングを行う創の意見はまったく参考にならなかった。

 意味がよくわからないと頭を捻る彼だが、それを解説するように涼香が答える。

 

「つまり、何も感じないほど弱いって事じゃないの?」

「ああ、そうかもしれん!」

「………………」

 

 心が折れたのか、晃は両膝と両手を地面へとつけた。

 まるで絵文字のorzという意味を再現するような体勢を無言で取っていたのだ。それを気にせず、考察を続ける創がいた。

 

「あ、後は──」

「も、もうやめてください! 橘くんの(精神的な意味で)ライフポイントはもう0ですよ!」

 

 だが、これ以上は危険だと判断した茜が止める。

 とはいえ止め方が完全な初代の遊戯王ネタだ。心なしか、彼女もまたこの場の雰囲気を楽しんでいるかもしれない。

 だが、どうしたものかと創は考えだした。

 晃、単体が弱いのは仕方がないにせよ、団体戦で確実に1敗を迎えるのは厳しいのだ。ならばこそ、彼の戦力アップも必須なのだ。

 

「よし! 名案を思いついたぞ。今日は、解散! 明日の昼、購買で集合な……あ、昼飯の用意はしないでくれよ?」

「……え?」

 

 何故、昼の購買に集合なのか、などと疑問が上がる。

 まして、昼飯を用意しないとなると考えうるのは確実に昼飯関連しか思い浮かばないだろう。ここで晃の戦力アップとは、どう考えても結びつかない。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 そうして翌日の昼休み。

 遊凪高校の購買へと遊戯王部のメンバーは到着していた。

 

 購買は、一定の清潔感のある食道を思わせるようなスペースであるが学食は存在しない。あるのは、売店の様にパンを販売しており、そこで持参した弁当やパンを食べる様な仕組みとなっているのだ。また、学業に必須であるノートや筆記用具も売っている。

 

「さて、よくぞ集まってくれたな諸君!」

「……」

 

 まず、口火を切ったのは創だった。

 何故か仁王立ちをしており、待ち構えていたのならいざ知らず一緒にいて突然、その体勢を取られても示しがつかないだろう。それを、無言で呆れる涼香と晃、逆に何をするのか楽しみそうに拍手をする茜。

 この光景を見れば、誰がボケとツッコミ向きなのかが一目瞭然だ。

 

「というか、お昼ごはんを用意しないってどういう事なの? まさか、今からアレ(・・)に向かって買いに行くなんて言わないよね?」

「えっ……そうなんですか!?」

 

 と、涼香が指を指す。

 その方向に見えるのは、所謂、地獄絵図と言うものだろう。

 

 購買……昼食であるパンが売られている場所には、完全な人垣で押し合いが発生していた。普段、スーパーマーケット内にあるパン屋では、見ない様な人垣が発生しておりきっと学食のパン販売には、他にはない魔力的なものがあるのだろう。

 もっとも、地獄絵図と言えるのはその規模を言う。まるで押しくらまんじゅうでもしているかのようにギュウギュウ詰めであるのだ。噂だが、これで怪我をして保健室送りになった人がいるとかいないとか。

 男子ならまだいい。女子である、涼香や茜はもしやと思い顔が青ざめ掛けていた。そんな彼女らを見て、創はサムズアップをしながら──。

 

「もちろんさ──ぐはっ!?」

 

 言葉の途中で、活きの良いボディーブローが創の腹部を抉る。もちろん、放ったのは涼香であり、創はわずかに後へと後退しバッタリと倒れた。

 

「馬鹿じゃないの? それに、これとアレの強化と何が関係あるって言うのよ!?」

 

 もちろん、アレとは晃の事だ。

 創は、まず同じくサムズアップし笑いながら『見事なパンチだったぜ』と語り、次いで本題として語りだす。

 

「い、いやな……橘って俺たちと比べて引きが悪いだろ、ならばと考えたら購買のパンだと考えたんだ」

「なんで、購買のパン……なのよ?」

 

 不思議とも言える発想に涼香は、ジト目で創を見る。

 

「なに、引きと言えば、購買のパン! 購買のパンと言えば、ドローパンだろ!」

「あぁ、GXですか!!」

 

 彼の言いたい事がわかったのか、茜はパンッと両手を合わせて理解したような行動を取る。どうやら彼が言いたかったのは原作『遊戯王GX』に出て来るドローパンと言うものらしい。

 ちなみに、その『遊戯王GX』に出て来るドローパンと言うのは開けるまで中身がわからないパンでありドロー(引き)の訓練の一環として取り入れられているらしい。ただし、それはアニメや漫画だからこそのもので、現実……まして遊凪高校の購買には存在しない。

 

「──で、それと何の意味があるのよ?」

「いや、面白そうだったから、つい……な!」

「思いつきかっ!!」

 

 ただ、単純に彼の思いつきに振りまわされたとわかった涼香は、遠慮なくいまだ地面に這いつくばる創をサッカーボールの如く蹴る。そんな怒りを見せる涼香を、茜は宥めた。

 

「まあ、面白そうじゃないですか?」

「だろ! ここは、点数制で勝負を競い合おう! ありきたりなパンは1点、惣菜パンが2点、新作が3点。飲み物は、人気度に合わせるってところでどうだろうか?」

 

 数度、転がった創が微妙な距離から即座につくったルールを述べる。今だ、地面に転がりながらまたしてもサムズアップする姿は、あまりに滑稽だ。

 そんな『GX』やら『ドローパン』やら、原作を知らずついていけないために黙っていた晃がやっと口を開いた。

 

「いや、どうだろうかって……拒否権は?」

「無いな!」

 

 清々しいほど、あっさりと断言された。

 

「あ、それと一番点数が低かった奴は罰ゲームだからな、それじゃ開始!」

「えっ、あ……ちょっ!?」

 

 と、いきなり開始の宣言をされたのだった。

 即座に購買に向かうのは、言い出しっぺの創と、乗り気だった茜だ。次にため息と同時に『しょうがないわね』などと顔に出ている涼香も向い、戸惑いを見せていた晃だけがスタートに出遅れた。

 

「あぁ、くそっ!」

 

 仕方がないと言った感じで晃も走り出す。

 このまま彼は、戦場(購買)へと駆け抜けて行くのだった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……か、買ってきたッスよ」

 

 5分後。

 購買から、それぞれ買い物を済ませ皆、最初に集合した入口付近へと集まった。心なしか皆、疲労困憊と言った表情をしている。中でも、晃が特に酷い。

 

「さて、お披露目と行くか……最初は誰が行く?」

「じゃあ、私が! ま、まあ……本当は買えなくて貰ったんですけど……」

 

 などと苦笑いで答える茜。

 別に買ってこられなかったとしても、女性である茜や涼香なら仕方ないという事で貰ったと言う言葉を聞いたところで誰も異議を唱えなかった。そのまま、袋から取り出したのは、ありきたりともいえるパンが二つと紙パックの飲み物だ。

 

「あんぱんとメロンパン、それとフルーツ牛乳か。まあ、ありきたりだしパンはそれぞれ1点。飲み物は、2点の4点と言ったところか」

 

 などと、創が自身の基準で点数を述べる。

 普通なのが気恥ずかしいのか、茜は『えへへ……』などと、また苦笑いだ。

 

「はぁ……私は、早く済ませて食べたいんだけど? じゃあ、次は私って事で」

 

 次に出したのは、涼香だ。

 やけに華やかなパッケージのパンと飲み物を取り出した。

 

「成程。巷で、女子に人気の新作、イチゴクリームパンにイチゴオレか。3点、2点で計5点だな」

「案外……可愛いチョイスだな。氷湊に似合わず」

 

 計測する創に、合わせ晃は思った事を素直に述べた。

 ただし、それは彼女の神経を逆なでする事となるのは明白だ。

 

「っ……なんですって! 私がそういうの選んじゃ悪いって言うの!?」

「っ、痛っ……スンマセンッ!!」

 

 これで3度目とも言えるローキックを喰らう。

 気のせいか、喰らう度に威力が上がっている様に思え晃は本気で謝った。

 

「……今のは、橘が悪いな。次は俺だぜ! 見るがいい! そして、格の違いを思い知れ!」

 

 などと、自信満々に袋から取り出すのは創だ。

 もっとも、彼が袋から取り出したのは、パンでも無く飲み物でも無く薄っぺらい板状のまさしく遊戯王カードだった。

 

「何故か、売ってたんでな。つい買って来ちまった……《ラヴァルバル・チェイン》に《ダイガスタ・フェニックス》、《神竜騎士フェルグラント》だ!」

 

 どうだ! などという表情で自慢する様にカードを見せる創。

 確かに汎用性が高いカードたちが値段もそれなりにする物であるが、昼飯を買うと言っておきながら何故にカードを買ってきたのか、などと3人はそれぞれ呆れた様な目で創を見ていた。

 

「ふっ! やはり遊戯王部である事を常に忘れない気持ちを踏まえ、点数はひゃくおく──」

「はい、0点ね……」

 

 創は、自身の基準という事で桁外れな点数をつけようとおそらく『百億』と付けようとした時に、涼香が彼を押し飛ばし0点と言いきった。実際に、買ってきた昼飯に点数を付けるのだから。

 

「…………最後は、橘だな」

 

 0点と付けられた創は、今までとは比べ物にならないぐらいテンションを落としていた。それでも、律儀と言うのかまだ出していない晃へと振る。

 

「もちろん……オレにしては、今回はかなり自信があるッスよ!」

 

 などと、彼にしては珍しく自信あり気に答える。取り出したのは、パン3個と缶の飲み物が1つであるが、それぞれに『新作』などというラベルが張られており、創が設定した中で最も点数が高い新作パンだけを買って来たのだ。

 

「スゲ……二つの意味で、だけどな」

「えっ……二つ?」

 

 創の言葉に、晃はつい自分の買ってきた物を見る。

 ちなみに、彼は新作系統を買う事だけに集中していて何を買ったのかは自分ですら把握していなかった。

 

「はい……?」

 

 正直、それは見るに堪えなかった。

 全てに『新作』というラベルが貼られてはいるものの商品がおかしい。『めざしあんぱん』に『オクラクリームパン』、『納豆コロネ』に極めつけは『おしるこサイダー』と言う物だ。

 

 正直、この商品を開発した人は正常な味覚と思考をしているのかと疑いたくなるような代物だった。

 

「うわ……これは、無いわ」

「はは、け、けど新作ですから点数は高い……ですよね?」

 

 気付けば、涼香と茜は引いていた。

 誰もその様な物など食べたくないだろう。茜の言葉に賛同するように、一度創は晃の肩に手をやり、慰めにも似たような言葉を掛けた。

 

「ああ、全部新作で合計12点、お前がダントツだ……」

「…………」

 

 試合に負けても、勝負に勝つなどと言う言葉がある。

 けれど、晃のそれは真逆だった。結果として点数が一番高く彼が勝者であろう。だが、昼食を取る事を考えれば彼が一番の敗者と言うしかない。

 

 その様なことが、最近の遊戯王部のやり取りだ。

 だが、途端彼らに対して第三者から言葉を掛けられた。

 

「くはは、やはり貴様らは馬鹿な事を仕出かすな……」

 

 などと、まるで遊戯王部のメンバーをあざ笑う様に語るのは、眼鏡をかけて長身の男だ。真面目で堅物を思わせるような雰囲気は、どうにも眼鏡をクイッと指で動かす仕草をするようなキャラに見えてしまう。

 

「お、お前は……!?」

 

 創が、その眼鏡の人物を見ては知り合いなのか表情を変える。ただし、逆に眼鏡の人物は不快そうに顔をしかめた。

 

「先輩をお前呼ばわりか、あいかわらず躾がなっていないな、新堂……それと残りは、1年の新入生たちか。それなら、僕の顔も知らない様だから自己紹介しておこう」

 

 などと、語りだす。

 そのとき晃はふと彼が着用するネクタイの色を見た。学年ごとにネクタイやリボンに色が決められており、晃たち1年生は赤。創などの2年生は青であるが、彼が着用しているネクタイは黄色……つまり、3年なのだ。

 

「僕は、二階堂学人(にかいどうがくと)……遊凪高等学校17代目生徒会長だ」

 

 

 

 



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012.夢物語でしかない

「生徒……会長?」

 

 突如、現れた遊凪高等学校の生徒会長、二階堂学人(にかいどうがくと)

 彼は、やや細身の長身。そして頭の良さそうな堅物眼鏡キャラを思わせるような印象の姿と同じく、一度眼鏡のズレを直す様にクイッと指で動す。

 彼の言葉から、遊戯王部部長の創と何かしらの面識がある様であるが何故、生徒会長が遊戯王部のメンバーの前に現れたのかなどと晃は考察していると、まるで解答を出すかのように彼は、一歩前へと出て宣言する様に語る。

 

「さて、お前たちの前に現れた理由を率直に述べよう……遊戯王部を廃部にするために来た!」

「なっ……!?」

 

 予想外の言葉に、晃は声を出し絶句する。

 晃と同じ様に傍らで立っていた茜も声には出さないものの同じ様に驚き、また涼香もいきなりの事で納得がいかないなどと言った感じで生徒会長を睨んだ。唯一、平然としていたのが予想外にも一番、阿保だと思える人物であった創であった。

 

 彼は、例え相手が三年で生徒会長という立場である人間だろうと遊戯王部の部員と接する様な態度を崩さず、わずかながら悩むかのように頭の後を掻きながら平然と述べた。

 

「そうだなー……いつかそう言うと思ってたけど、廃部はさすがにムリだな!」

「ふん、相変わらずだ。だが、いち生徒でしかない貴様らが生徒会の権力に逆らえるとでも思ったのか?」

 

 生徒の中でも最も権力が高いのが当然ながら生徒会である。

 その中での長である生徒会長ならば、彼より権力が高いのは確実に教師レベルの人間でしかないだろう。それ故に、彼が述べる様にただの一般生徒でしかない創や晃たちでは、逆らうのが難しいのだ。

 偉そうに上から目線で語る、彼の言葉に晃や涼香は、普段から温厚な態度を取る茜ですら生徒会長、二階堂学人を敵を見る様な目で睨む。もっとも、その間に創は手をやり……唯一の上級生からか宥める様に抑えた。

 

「止めとけって……むしろ、敵意を見せた方が相手の思う壺だぜ?」

 

 この場で一番、感情を露わにしそうな彼がもっとも冷静沈着という似合わない行為に、ギャップを感じる。とはいえ、創は権力を盾に遊戯王部の廃部を図るもののその欠点を語る。

 

「けどさ、だからと言って権力で無理矢理ねじ伏せるのも他の生徒に示しがつかないだろ? 都合の悪い部活を潰すなんて、な」

 

 確かにそうだ。

 いくら生徒を自治する生徒会だろうとやれる事には限度がある。特に、決まりや規則を破ったわけでもなく、ただ単純に彼らの意見だけで部活を一つ潰すだけでも生徒から反感や違和感を覚えられるのは当然だ。

 もっとも、そんな事など承知だと告げる様に二階堂は語る。

 

「……無論、そうだろうな。だが、見たところ部員は貴様を含め4名か……大会に出場できないようでは、いや……仮に参加できたところで去年(・・)の惨劇を繰り返すだけだ」

「(去年の……惨劇?)」

 

 ここで、晃と涼香は生徒会長の言葉に疑問を持った。

 晃は、今年で遊戯王部に入部したため去年の部活の事など知らないし聞いた事もない。そのため今、二階堂が口にした単語に何かしらの疑念が浮かぶ。

 

「もう大会結果を残す事もできまい。その様な部活が、のうのうと存在するだけで部費の無駄遣いではないのか?」

「まっ……確かに、去年は最悪だったな。けど、結果が残せないなんて、決まっていないぜ! ……と、言うか部活って結果を残すだけのもんなのかよ?」

 

 さらに口で攻める二階堂だが、それをへらへらと笑って受け流す様に創は返す。

 結界を残す事ができないとか。去年は最悪だった……など、語る彼らだが、それが去年の惨劇とやらに直結するのだろうか。さらに、創は部活動において結果だけが全てなのかとやや、声色を強くして聞くが、その言葉は二階堂の神経を逆なでしたのか、不快そうに目を細め鋭い刃の様に睨まれた。

 

「当たり前だ……部活とは、生徒の能力を育て上げるのが目的だ。結果すら残す事のできない程度の活動の部活なぞ、無い方がマシだ!」

「ふぅん……そういうもんなのかね?」

 

 二階堂は、部活こそ結果だけを残すための存在なのだと迷い無く肯定したのだ。もっとも、それを軽口で、さらっと彼の言葉を受け流す創もかなりの強者だ。

とはいえ、仲が悪いのか相性が最悪なのかお互いの間には、いつ暴力沙汰になってもおかしくない敵意と険悪な雰囲気が流れているのだ。さすがに、それ以上見てる事に耐えられなくなった晃は、二人の間に入り込み質問を掛けた。

 

「あの、一ついいッスか?」

「ふん、何だね?」

「いや……去年の惨劇とか、なんとかオレたちのとっちゃ意味不明なんスけど……」

 

 などと聞く。

 今年、入学した晃たち1年生にとっては去年の惨劇など言われても何一つ理解できない。唯一、予想できるとすれば言葉通り、去年に何かしらの事態が起こったのだろう。もっとも、質問をした晃に対し二階堂は鼻で笑った。

 

「……知りたければ、そいつにでも聞くんだな」

 

 と、二階堂は視線を創へと移す。

 この時、さすがの創も言葉を言い淀むがどう話したらいいものかと、考えるような仕草を取りながらも語る。

 

「そうさな……まず言うとすれば、昔……去年の遊戯王部は部員数が20名を越える部活だったって事だな?」

「……え?」

 

 いきなりの事に晃は呆気に取られた。

 部活なら部員がそれなりにいる部であれば20名など越えるのは当たり前だろう。もっとも、現在の遊戯王部が創、茜、晃、涼香の4人である事。まして、晃が入る前までは部員数が足らず廃部寸前だったのだ。去年、卒業した先輩たちが18、19人近くだったとも考えづらく、何故なのだと晃は思考する。

 

「なんで、今はたった4人じゃない……」

 

 晃と同意見なのか涼香も驚きを隠せずに呟いた。気付けば、晃や涼香と同じ1年の茜も驚きを隠せなと言う表情で創を見ていた。

 

「まあ、減ったんだよ。一昨年、建設された日本第七決闘高校って学校がな、ウチの部のメンバーの大半をスカウトという形で転入させたからなぁ」

「は……?」

 

 一瞬、彼の言っている意味がわからなかった。

 晃が近所の中学校に通っていた時代、近くの地区から遊戯王を専攻する学校、別名デュエルアカデミアが建設された事でひどく話題になった記憶がある。そこから進路を変更変え志願する友人も少なくはないが、まさか多くの人が転入するとは考えられなかった。

 まして、それが遊凪高校遊戯王部のメンバーの大半という事も。

 

「そんで残った主力メンバーが俺と、もう卒業しちまったが、当時の部長の橋本部長。後、一人いたんだけどな……後は適当に俺たちから知り合いとか当たって、なんとか団体戦に挑んだが……」

「ふんっ……無様に1勝もできずに負けたわけだ。まして、その相手が日本第七決闘高校ときた」

 

 その出来事を忌々しく思うのか二階堂は、不機嫌そうに創の言葉を付け足した。

 部員の大半を奪われた挙句、大会で惨敗とくればさすがに嫌気がさすだろう。実際、晃たちも聞いていて良い気がしない。

 

「そういば詳しく言ってなかったが、橘。お前が使ってる【武神】は、当時部長だった橋本部長が使っていたデッキなんだぜ!」

「あ、そうなんスか……」

 

 晃は、懐からデッキを取り出して見つめる。卒業と同時に遊戯王をやめて部室に残していったと言われるデッキだが、その人もまた遊戯王をやめて行ったのだ。いったい、その人は何を思ってデッキを残して行ったのだろうか考える。

 

「……あの人のデッキを使わせるとは、もしや貴様……あの人の意思をコイツに受け継がせようなんて、下らない事を考えているのか?」

「さぁてねえ? 俺は、俺のしたい事をするだけだぜ」

「ふん……」

 

 まるで、しらばっくれる様な口調で創は語るが、どうにも創と生徒会長の二人は会話をすればするほど、互いに険悪なムードが流れて行く。もっとも、それも長くは続かず創は再び子供っぽい笑い方で語る。

 

「けど、さ……俺一人、部に残ってもいい事だってあったぜ! 入学式にすぐ一人! 日向が入ってくれてよ……1年の入部期限最後の日に橘、それに氷湊だって最初は、道場破りっぽく来たけど入ってくれた……」

 

 そう言われたは、なんとなくだが晃に茜、涼香は照れくさくなってしまう。

 そのまま、彼は何事も臆することなく断言するのだ。

 

「後一歩だ! 後、一歩……もう一人新入部員が加入してくれれば、去年と劣らない最高のチームができるぜ!」

「最高の、チーム……か」

 

 屈託の無い笑みで語る創に、生徒会長はまるで彼の言いたい事を理解するようにオウム返しに呟く。だが、数秒の間をあけたのち二階堂は、表情を変えず切り裂くような鋭い声でこの場の雰囲気を立ち斬った。

 

「反吐が出るな」

「……え?」

「何が、最高のチームだ。貴様らが描くのは、現実の前ではただの幼稚な夢物語でしかない」

 

 鋭く、氷の様な冷たい視線で創……いや遊戯王部のメンバーを睨む二階堂。これは、冷たさなどの比ではない。完全な敵意を向けられていたのだ。

 

「貴様らがその様な夢物語を信じるのならば、現実という物を教えてやろう……僕……いや、我々生徒会が貴様らのお得意のデュエルで勝負を申し込む。我々が勝てば、遊戯王部は即刻廃部にさせてもらう」

「ちょ……!?」

 

 いきなりの発言に晃は驚く。

 かつて涼香も、デュエルで自分が勝てば廃部にするなど言っていたが、それは彼女の理不尽な怒りが原因だった。しかし、ここまで冷酷に……まして生徒会として権力を持つ相手が廃部にしてやると述べるのは、比べ物にならないほど重い一言だった。

 だが、創はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「いいぜ……つまり、俺らが勝てば廃部にはできないってわけだ」

「って、部長!?」

「ふん、相変わらず気に食わん奴だ……いいだろう完膚無きまでに叩きのめしてる。貴様らは、4人だったな……なら勝負は3対3。先に2勝した方の勝利だ」

 

 遊戯王部のメンバーを考慮してか、人数は団体戦より少なく3対3。そして2勝した方が勝ちというルールというのは、彼が『僕』ではなく『我々』と言った理由なのだろう。まして、相手は生徒会メンバーで挑んで来るとも告げていた。

 

「いいぜ……それで時間は?」

「明日の放課後、体育館だ。せいぜい、今日最後の部活を楽しむんだな」

 

 最後に日程と時間を告げたのち、二階堂は購買に背を向け去って行く。

 昼食時とは思えない重苦しい雰囲気を彼は残して遊戯王部メンバーは、その彼の背中を黙ったまま見送る。二階堂の姿が見えなくなっても重苦しい空気は消えず、シンッと静かな空気に包まれるが数秒後に最初に口火を切ったのは涼香だ。

 

「何っっ、なのよあの眼鏡! あったまに来るわ! 蹴っとけばよかった!」

「ほんとですよ! さすがの、私も少しイラッと来ました!」

 

 二階堂の口調や言葉が気に食わなかったのか、いつも以上に涼香は苛立ちを見せ、それに同意する様に珍しく普段は穏やかだという印象の茜も頬を膨らませては不満げに言う始末だった。

 

「まー、まーあんときゃ暴力でもやってればアイツの思う壺だったぜ。それよりも、これからの事だ……勝負に勝つ! それだけを考えてこーぜ!」

 創の言う事はもっともだ。

 3対3の勝負で勝ちさえすれば、部は存続できる。むしろ、言い出しっぺはあちらなのだ逆にこれから廃部など言う立場すら無くなるのだろう。

 と、ここで創は考える様な仕草を見せる。

 

「さて、ここで問題なのは……勝負が3対3って事だ。つまり、この4人の中で誰か一人が出れないっつーわけだが?」

「そんなの簡単よ! そこの勝率が極端に悪い奴が、出なければいいんじゃないの?」

「…………」

 

 ガンッ、などと晃の頭に巨大な石を叩きつけられた様な衝撃がめぐった。

 別段、晃とて負けたくて負けているつもりはない。むしろ、勝つために努力はしている……だが、涼香が言った様にまるで彼に才能がないみたいに勝てないのだ。

 さすがに、消去法で考えれば誰でも勝率の悪い晃を外すだろう。

 

 それに晃だってあそこまで言われて黙っているなんて嫌なのだ。

 なんとしても、彼らに一泡吹かせてやりたい。

 

「あ、はは……ドンマイですよ、橘くん!」

「ひ、日向……じゃあ、変わってくれるのか?」

「嫌です♪」

「ぐっ……」

 

 優しいのか厳しいのか。

 結局は、晃がメンバーから外れる事は既に決定事項になってしまったのだろう。晃は、またしても両手両膝を地面へと付けて項垂れる。もっとも、それを部長である創は片膝を付けて晃へと語る。

 

「橘」

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには創が真剣な眼差しで晃を見つめていた。

 

「ああ、お前の気持ちだってわかってるし、いずれお前の力だって借りる時が来るさ……だから、今は生温かい目(・・・・・)で見守ってくれ」

「部長……」

 

 ショックで跪く晃へと手を差し伸べる創の手を取るのは、男子同士ではあるが良い雰囲気っぽく見えてしまう。それを逆に冷たい目で見守る涼香に、まるでBLでも見ているかの様に『キャー』と騒ぐ茜がギャラリーっぽく見ていた。

 さすがに、彼女らの視線に耐えきれなくなったのか晃はただ、この場の雰囲気を壊す様に──。

 

「部長、それを言うなら温かい目……ッスよ」

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

『レディース、アンド、ジェントルメーン! さあ、やって来ました。生徒会のゲリラ的な催し物! 遊戯王部とのデュエル大会がやってまいりました』

「「「……は?」」」

 

 生徒会長、二階堂が指定していた時間と場所、明日の放課後の体育館に彼らはやって来た。本来なら、バスケ部やバレー部が活動している時間帯であったものの何故か今日に限って練習は行われていない。

 それどころか、体育館の隅から隅まで観客の如く人、人、人で埋め尽くされており、中央の人間なぞノリノリでマイクを持ち語るのだ。まるで、これは何かのイベントだ。

 

 さすがに、これは予想外だったのか晃や涼香だけでなく馬鹿げた行動や言動を行う創ですら、呆気に取られる始末だった。

 

「っ……随分、派手な事をするな。これで、俺たちは後に引けなくなったってわけか……」

「ふん、その通りだ」

 

 どうやら秘密裏に行うどころか、堂々と生徒たちの前で見せつける事で後に引けなく……そして敗北を認めさせるために、事を大きくしたのだろう。二階堂は、嫌みたらしい笑みを浮かべては笑った。

 

「なに、廃部については伏せてあるから安心しろ……ただ、遊戯王部が生徒会にすら勝てない実力だったから廃部にすると皆には伝えるがな」

「先輩、生徒会に入ってからやり方が変わったな……」

「ふん、その方が合理的だからな」

 

 やはり、この二人が再開すると険悪な雰囲気だ。

 今か、今かと二人の目線の間ではどうにも火花がバチバチと音を立てて弾けているような気がする。気付けば、二階堂の背後には二人の生徒が立っているのだった。

 

「紹介しよう、この二人が今日、貴様らと対戦するメンバーだ!」

 

 と、遊戯王部メンバーに大っぴらにするように宣言する二階堂。一人は、金髪にピアスと到底、真面目だと言う印象の生徒会には似つかわしくないだらしない服装の男子生徒である。彼は、ポケットに手を突っ込んだまま、涼香の前へと歩みを進めた。

 

「な、何よ……」

「君、可愛いね! 俺と付きあわね?」

「はぁ!?」

 

 いきなりの告白だった。

 一瞬の事で呆気に取られる涼香だったが、彼女はさすがにそれでYESと答えるわけもなく冷たい口調で答える。

 

「嫌よ」

「あー、振られちまったよ。小桃ちゃんにも振られちまったし……ルックスには自信があんだけどなぁー」

 

 第一印象は、限りなくチャラい男だ。

 どうしてこのような人物が生徒会に……なんて思っていると、さすがの二階堂もこれまでは許し難いのか眉を細めて軽く睨む。

 

「おい、椚山……貴様、この前も女子生徒に告白をしていなかったか? さすがに、生徒会の面子として、体裁ぐらい守れ!」

「いやー、美少女相手だとどうしてもな! 許してくれ! とりあえず自己紹介。3年の生徒会副会長、椚山堅(くぬぎやまけん)だ。よろしくな……特に、そこのかわいこちゃん!」

「っ……!?」

 

 最後に涼香に対し、視線を向けウインクをするが逆に彼女は全身に鳥肌がたったような表情で数歩、後退していた。堅と言う名前に似合わず、軟派な男に明らかに涼香は引いていた。

 

「ふん、くだらんな……次はお前だぞ」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 と、もう一人の方に声を掛けるが、チャライ男葉山ケンとは逆に、二階堂に声を掛けられては軽く飛び上がり、返事すら噛んだのだ。小さな女の子……とても高校生には見えない良くて中学生に見えてしまうだろう。

 

「ご……ごめんなさい!」

「は?」

 

 椚山が自己紹介より先に涼香に対しナンパを行うのであれ、彼女もまた自己紹介より先に謝罪の言葉を述べたのだ。いったい、何故と晃が呆けるもよく見れば彼女が謝罪で最高位のお辞儀と言える最敬礼の45°を軽く越えていた。もうすでに足から腰までの曲がる角度が90°近くに達しようとするぐらいに。

 

「あ、あのー、この度は、廃部などの件で皆さんに多大な迷惑をおかけしてしまって……どうお詫びをして良いのか……本当にごめんなさい!」

「あ、あー……いや、発端は生徒会長たちだしアンタが謝る義理は無いと思うんスけど……」

「い、いえ、それでも生徒会のメンバーとして謝らなければ……」

 

 などと、何度も頭を下げては上げての繰り返し。

 まるでメトロームの様だ。その彼女の仕草が不愉快だったのか、二階堂はわざとらしく地面を軽く二回音を鳴らすように踏み告げた。

 

「いいから。さっさと自己紹介でもしておけ」

「は……はい! わ、わたし……2年生で生徒会書記を務めさせてもらっています初瀬小桃(はつせこもも)と申します。ごめんなさい!」

「いや、だから何故……謝る?」

 

 予想以上に濃い面子だった。

 

一人は、堅物眼鏡の生徒会長。

次いで可愛いと判断すれば即座に告白するチャラ男の副会長。

過剰に謝る挙動不審な感じの生徒会書記。

 

どこぞの漫画かよ……などと晃は思うが、正直な話。遊戯王部の面子も彼らに勝るも劣らないと思ってしまう。さすがに、創も予想外な事が多いのかハンカチで顔から垂れた冷や汗を拭いていた。

 

「いや、想定外な事ばっかだ……まあ、楽しんでやろーぜ」

 

 もっとも、それでも彼のポリシーは変わらない。

 だがその時、涼香はあたりを見回しては不思議そうに晃と創に聞いた。

 

「そういえば、日向さんがいないんだけど?」

「「えっ……!?」」

 

 周囲を見渡せば、確かに試合に出るはずの日向がこの場にいなかった。

 

 

 



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013.ごめんなさい!

 連続投稿。
 2章に入ってやっとデュエルパートに入りました。
 ただし、今回はまともではないですが……。


「なんで……いないのよ?」

 

 試合開始より数分前、観客たちの喧騒が聞こえる中で涼香は、小さく呟いた。それも廃部を賭けて生徒会との3対3の勝負を行うのに参加する事となっている日向茜がいないからだ。

 理由もわからないまま、彼女の呟き喧騒の中に溶けて消えていくと、突如機械的な電子音が鳴り響く。数秒後、創のポケットから携帯電話の着信音だと気付いた。

 

「なんだ、こんな大切な時に……って、日向からだ」

「……え!?」

 

 と、当の本人からの電話だった。

 創はすぐにボタンを押し通話機能を使っては、自身の耳に携帯電話を押しあてるように彼女と会話を行う。

 

「ああ、日向……お前、今どこに……って、ああ、そういう事か。まあ、なら仕方ないしなぁ。こっちは任せておけ!」

 

 なんて合槌を打ったり、納得したり最後には任せておけなどと言う言葉を述べては携帯を切る。のちに、どうしたものかと頭の後頭部を掻いては一度、咳払いをして事情を述べた。

 

「あー、なんつーか日向は図書委員の仕事が急に入ったとかで出れなくなったらしい」

「はぁ!? こんな大切な時に!?」

 

 などと呆れを通り越して苛立ちを見せる涼香。

 それも、そうだ。廃部を賭けての試合の当日に用事が出来てこれない……などと言うのが起これば、誰だって苛立ちを見せてもおかしくない。

 

「どうやら、そちらは一人出られなくなったみたいだな。まったく運がない奴らだ……」

 

 と、他人の不幸はなんとやらと軽く鼻で笑う二階堂。

 笑う彼を見て、ふと遊戯王部のメンバーは一つの仮定を浮かべてしまう。相手は、生徒たちの代表とでも言える生徒会なのだ故に、委員会に仕事を回すタイミングも操作する事自体簡単なのではと。

 そのような発想を浮かべては、黙っていられないと涼香が二階堂に突っかかる。

 

「っ……アンタたち! そんな、卑怯な手を使って……」

「ふん、卑怯な手? 何の事を言っているのかまったく心当たりがないな」

「っ……この!」

 

 しらを切る様な口調にシビレを切らしたのか、彼女は握り拳を大きく二階堂とは真逆の方向へと引き殴りかかろうとする。もっとも、その握り拳は二階堂へと届くことはなかった。

 

「待て……まあ、まだあいつらがやったて言う証拠もないだろ?」

「っ……」

 

 手で押さえ創が彼女を止めていた。

 確かに証拠がない、それにどちらにせよ殴りかかった時点で遊戯王部が何かしらのペナルティを負うのは明らかだろう。

 しかし、創はいつもの様な笑みを消しいつもに増して真剣な表情で二階堂を睨む。

 

「ただ、氷湊の言っている事が本当だったなら……気に食わない手段を使うようになったな……」

「ふん……何とでも言え、どっちにしろ貴様らは敗北すれば廃部になるという事実は変わらないだろう? もう、時間だ……始めるぞ」

 

 どう言われようが生徒会長、二階堂は微動だにしない。

彼は、一歩前へと踏み出し試合の開始を促す。それを聞き納得がいかない表情をしながらも涼香は創に問う。

 

「で、どうするの。日向が出れないなら、アレに出てもらうしかないけど……」

「おい、アレって言うのは酷いじゃないか……」

 

アレとまるで物扱いの様に指を指す涼香に、晃は項垂れる。もっとも、人数としては晃を含めれば足りる。そのため、創も晃に向って告げる。

 

「そうだな……というわけで晃、悪いがお前も出てくれ!」

「了解ッス……」

 

 試合へとの参加。

 それは、晃だって望んでいた事だ。あの生徒会長は気にくわないし、ひと泡吹かせてやりたいし、何より廃部が賭けられているのだ。彼だけ何もできないというのが歯がゆくてしかたなかったのだ。当然、晃は迷いなく了承の返事を行ったのだ。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

『それでは、第一戦を開始します! 実況は、この1年、遠山和成(とおやまかずなり)が僭越ながらやらさせていただきます!』

 

 などと司会進行役を務めているであろう遠山という人物が観客たちに告げた途端、周囲から『ワァアアアア!』と歓声が鳴り響いた。それに合わせ遊戯王部から一人、生徒会からも一人、たがいに決闘盤を腕に装着しては前に出る。

 

『では、生徒会チームから……先鋒を務めるのは、密かに隠れファンの多い美少女! ちなみにボクもファンの一人です。生徒会書記2年の初瀬小桃先輩!』

 

 この時、開始の宣言以上の歓声が沸いた。

 特に多いのは男子からで『小桃ちゃーん』、『今日も可愛いよー』などの言葉が多い。酷いのであれば、『好きだー!』などこの場で愛の告白を行う人物も多い。隠れファンとは言うが、もうこれは隠れを取った方がいいのではと晃は思う。

 それと同時に、生徒会書記、初瀬はおどおどしながら体育館の中央へと歩みを進める。周囲の歓声のせいか今にも目を回して倒れそうだ。

 

『続いて遊戯王部チームからは、あれこんなヤツいたっけ? 実力未知数のルーキー橘晃!』

「…………」

 

 もはや差別に近い実況に、晃は無言で中央へと歩み言った。

 それどころか、彼女の紹介とは逆に周囲の歓声がピタリと止んだのもある意味酷いものだった。若干、テンションを落としたもののそれでも負けられない勝負には変わらないと悲嘆にくれるのは後でいい。

 

「ま、まぁ……どちらにせよ本気で行くッスよ!」

「あ、あの……その、こ、こちらこそ」

 

 晃と初瀬はお互いに決闘盤を構えては起動し展開される。

 ソリッドビジョンシステムが作動しすでにいつでもデュエルに入れる状況だ。

 

『よぉし! 二人とも準備はいいな、それではデュエル開始ィ────』

 

 と、高らかに開始する遠山。

 このとき創や涼香、また遊戯王無印の原作を知っている人物は『磯野だ!』などと言う感想を抱いたのは晃が知らぬ事である。

 

 決闘盤のターンプレイヤーを表すランプがついたのは晃の方だ。よって彼が先攻としてプレイングを開始できるのは幸先が良い。加えて手札を確認するが、今までデュエルした中でも比較的良い方の手札だった。

 

「よし! オレのターン、ドロー! まずは永続魔法《炎舞-天璣》を発動! デッキから獣戦士族、《武神─ヤマト》を手札に加え召喚!」

 

 武神─ヤマト

 ☆4 ATK/1800→1900

 

 颯爽と現れる晃の主軸モンスターである《武神─ヤマト》。今までのデュエルでも彼は1ターン目から出せば善戦できていたモンスターであり、今回は永続魔法である《炎舞-天璣》により100ポイント強化されている。

 たった100とはいえ、これで1800から1900と《ライオウ》などの下級優良のアタッカーと同等の数値であり決して侮ることはできないだろう。

 

「さらに、カードを1枚伏せる……エンドフェイズに入るッスけど、これで“ヤマト”の効果を発動! 《武神器─ハバキリ》を手札に加えて《武神器─ヘツカ》を墓地に送る……これで本当に終了!」

 

 デッキの回しも上々。

 モンスターの戦闘では最上級モンスターさえも凌ぐ攻撃力へと変貌させる《武神器─ハバキリ》に墓地には1度のみだが、“ヤマト”が対象になった場合、無効にすることができる《武神器─ヘツカ》。

 さらに伏せカードは蘇生カード《リビングデッドの呼び声》であり、手札には相手ターンのメインフェイズのみだが効果を無効にできる《エフェクト・ヴェーラー》があるのだ。

 この手札であれば、遊戯王部メンバーであれそう簡単に対処しきれない……などと、考えながら初瀬小桃のターンが開始された。

 

「わ、わわ、わたしのターンです……」

 

 おどおどと言うより緊張でガチガチで彼女はターンを開始する。

 もっとも、カードを引く手つきはまるで、手慣れているようで初心者である晃とはえらい違いだ。

 

「まずは、《マンジュ・ゴッド》を召喚……です」

 

 マンジュ・ゴッド

 ☆4 ATK/1400

 

 それは、頭から足まで全てが『手』であると表現すべき様な異形のモンスターだ。

 このモンスターの効果は召喚、反転召喚時に“儀式モンスター”または“儀式魔法”をデッキから手札に加える効果だ。同じ条件で“儀式モンスター”のみを対象とする《センジュ・ゴッド》の上位モンスターであり、それを表すためか千手を越える万手を自身を使って再現するモンスターだ。この様な異形のナリではあるが、それでも“光属性”、“天使族”である。

 

「しょ、召喚に成功したので効果発動、です。デッキからわたしは“儀式魔法”《高等儀式術》をて、手札に加えます!」

 

 《マンジュ・ゴッド》の効果により1枚の“儀式魔法”がサーチされる。そのためこのカードは、サーチが豊富は【リチュア】を除く儀式中心デッキに必須とされ、さらに彼女が手札に加えた《高等儀式術》もあらゆる“儀式モンスター”に対して使用する事ができる儀式の優良カードだ。

 

「そ、そして手札に加えた《高等儀式術》を発動……です! 手札の儀式モンスターと合計で同じレベルの通常モンスターをデッキから墓地に送るため、わたしは《青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)》を墓地に送ります」

 

 ちなみに、彼女が送った《青眼の白龍》だが、世界にたった4枚しかなく金額は億すら超えると言う超レアカード……と、言うわけでもなく小学生のお小遣いでカードショップに行けば初期版などの貴重な種類を除いて買うことができるカードだ。

 これで墓地へ送ったのはレベル8。故に手札から同じくレベル8の儀式モンスターが出て来るわけで……。

 

「わ、わたしはこれで手札から“儀式モンスター”《終焉の王デミス》をと、特殊召喚します!」

「え゛゛っ……!?」

 

 終焉の王デミス

☆8 ATK/2400

 

このとき、晃はありえないと言いたげな表情で初瀬を見た。

いまだ初心者である彼自身、《終焉の王デミス》は知らない。それどころか“儀式モンスター”を他の遊戯王部メンバーが使わないため対峙するのは初めてだ。だが、彼がありえないと思ったのは《終焉の王デミス》だった。

 

厳つい鎧を纏い、巨大な戦斧を構えた髑髏をも思わせる顔は凶悪ともいえる風貌だ。《マンジュ・ゴッド》の様な下級モンスターであれば仕方なくとかで入るであろうから、まあ許せる。だが“デミス”は可愛らしく気が弱そうな彼女が扱うには、あまりに不釣り合いだったのだ。

 

「つ、続いて……“フィールド魔法”をセット、です」

「セット……?」

 

 さらに違和感を抱くプレイを行う彼女。

 フィールド魔法もまた遊戯王部メンバーは使わない。けれど、それが場全体に効力を表す系統のカードだというのは彼も承知であり発動しなければ意味がないのも知っているのだ。故に、発動でなく伏せるだけというのが理解できない。

 晃は考えながら頭をひねるが、この時創が叫んだ。

 

「気をつけろ橘! 来るぞ!」

「デ、“デミス”の効果を発動です。ライフポイントを2000支払い……このカードを除く全ての場のカードを破壊します!」

「なぁっ!?」

 

 初瀬 LP8000→6000

 

 2000ポイントのコストという決して安くない数値ではあるが、それに見合う破壊力を持った効果だった。“デミス”以外の場を一掃するというリセット効果は、凶悪な風貌に見合う力であるが、さらに彼女自身とは違和感バリバリである。

 

「くっ……手札から《エフェクト・ヴェーラー》を発動! “デミス”の効果を無効に……」

 

 だが、晃も黙って見ているわけではない。

 手札から彼女のモンスターを無効にする術を持っているのだ。そのカードを使用し“デミス”さえ無効にできれば“ハバキリ”もあるしなんとか対処できるだろう。

 

──そう、無効にできれば。

 

「ご、ごめんなさい! チェーン、です。《月の書》を発動して“デミス”を裏側守備表示にします!」

「《月の書》……?」

 

 このとき、美しい青い書物が“デミス”の姿を消した。

 それに合わせ瓦解するように《マンジュ・ゴッド》に《武神─ヤマト》、カードとしてソリッドビジョンで写されている《炎舞-天璣》、晃と初瀬の伏せカードがそれぞれ風化し消滅して行くのだ。

 このとき、晃は『何故だ』と軽く呟いた。

 それを創が解説した。

 

「橘! 《エフェクト・ヴェーラー》の効果は表側表示にのみ有効なんだ。だから、効果解決時に《月の書》で裏側表示にされていれば無効にできない!」

「っ……マジッスか!?」

 

 そのため《終焉の王デミス》の効果は有効。

 他のカードは、揃いもそって墓地へと送りこまれ唯一残った《終焉の王デミス》が裏側守備表示で攻撃できないのが救いなのだろう……と、思った矢先墓地へと送られた1枚が効果を発動した。

 

「それで、墓地へ送られた“フィールド魔法“《歯車街(ギア・タウン)》が発動します」

「ぼ……墓地から発動の“フィールド魔法“!?」

 

 発動せずに伏せた初瀬のフィールド魔法である《歯車街》。実質、発動していれば“古代の機械(アンティーク・ギア)”と言うカテゴリのアドバンス召喚のリリースを1体減らす役割を持つが、この真価は破壊される事で発揮されるのだ。

 

「ギ、《歯車街》が破壊され墓地へおくられた時、デッキから《古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)》を特殊召喚、です!」

 

 古代機械の巨竜

 ☆8 ATK/3000

 

 ズドド、と音を立てながら場に現れる残骸の様な機械仕掛けの竜が出現する。

 実際は、“ガジェット”をリリースしてのアドバンス召喚で効果を得るモンスターであるが《歯車街》のもう一つの効果で特殊召喚できるモンスターの中で最高打点を誇るためこちらでの召喚が主である。これで、ガラ空きの晃に3000の高攻撃力モンスターの攻撃がぶち込まれることが確定した。

 ただし、初瀬のデッキはそれだけでは済まさなかった。

 

「お、《思い出のブランコ》を発動、します! わたしの墓地の通常モンスター《青眼の白龍》を特殊召喚、です」

 

青眼の白龍

☆8 ATK/3000

 

 さらに、初瀬の場に純白にして青い瞳に美しい龍が舞い降りる。《終焉の王デミス》よりかは幾分、マシではあるがそれでも、まるで目の前に獰猛な肉食獣がいる様な迫力をもたらす龍も、彼女とは不釣り合いだ。

 彼女には、もっとファンシーなモンスターが似合うと思ったが、今はそれどころでない。打点3000が2体とさらに倍の6000を喰らうハメになった。

 

「さ、最後です! 装備魔法《巨大化》を発動して《青眼の白龍》に装備します!」

 

青眼の白龍

ATK/3000→6000

 

 《巨大化》は装備したモンスターの元々の攻撃力を倍、または半減する効果を持つ。

 自身のライフが相手より低ければ倍、上なら半減という不安定に変動するカードであるが相手モンスターの攻撃力を下げたりする使い方もあるカードだ。

 これにより、《青眼の白龍》の姿が文字通り巨大化し攻撃力もステータス表記では5000が最大のため規格外の6000まで成る。

 

「は……?」

 

 ぶっちゃけ、この光景を見て晃は声が出なかった。

 攻撃特化とされる涼香でさえ、最初のターンでここまでする事はないのだ。それゆえに、おどおどと謝っていた彼女がここまですると誰が思えようか。

 

「ご、ごめんなさい! 《青眼の白龍》、《古代機械の巨竜》の順で攻撃です!」

「はぁああああああああああ!?」

 

 晃  LP8000→2000→0

 

 純白の龍のブレスと機械の竜の砲撃に対し、彼の手札では防ぐ術を持ち得なかった。

 最良とされる手札ではあったが、さすがにここまでは対処しきれず晃は全ての攻撃を受けたった1ターンでライフが0となってしまったのだ。

 これで、遊戯王部対生徒会の第一戦は晃の敗北で幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 



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014.まともじゃねーな

「1ターンキルって……馬鹿じゃないの?」

「……仰る通りです」

 

 遊戯王部の廃部を賭けた勝負の肝心である第一戦で、意外にも気が弱そうな少女、初瀬小桃が使用した1キルに特化された高火力の【歯車デミス】により無残な敗北を喫した晃は、戻るも早々、仁王立ちで待ち構えていた氷湊涼香によって屈した。

 背中を小さくして正座をし彼女の罵倒さえも肯定せざるを得ない状況だ。

 

「まー、とりあえず残念だった。けど、さすがに俺も彼女があんなデッキを使うなんて予想外だったぜ……」

 

 まるで晃をフォローするように創が口を挟む。彼も、どうやら相当驚いていた様で冷や汗をハンカチで拭っていた。

 もっとも、フォローを入れたところで敗北という結果は変わらない。後、2戦のうち1度でも敗北すれば遊戯王部は廃部となってしまうのだ。

 

「真剣勝負に予想外も想定外もないわ。けど、安心しなさい……勝ってくるから」

 

 決闘盤を腕に装着し、彼女にしては珍しく言葉上では棘があっても穏やかな口調で語る。次の第二試合では、すでに話合いにより涼香が出場すると決まっていた。彼女の実力は、遊戯王部でも創と並ぶほどに強いため問題はない……と、晃は思うのだが、ここで創が軽く告げる。

 

「氷湊なら大丈夫だと思うが気をつけろ……どうにも嫌な予感がする」

「嫌な予感? 一応、覚えておくわ」

 

 創の言葉に根拠はない。

 ただ単純にそんな気がする程度の理由しかないが、彼はときおり天性の直感で戦術を変える時がある。彼自身、優れた直感を持つからでこそ言えた事だろう。

 

『では、会場もさらなる盛り上がりを見せてきたので次の第二戦へと入ります! まずは、この人。ルックスは良い! けれど、この女好きは死んでも治らない……3年、生徒会副会長の椚山堅先輩!』

 

 再び歓声が沸き上がる。

 ただし、前の初瀬小桃の場合と異なり今回は椚山に対して罵声らしき声が多々と聞こえてくる。『女の敵め!』、『爆発しやがれ』などと特に男子からか野太い声が多い。

 気がつけば司会進行役の遠山までもが叫ぶように罵倒していた。

 

『爆発しやがれ! ……って、あー続いては遊戯王部から、入学して間もないのにも関わらず、クールな素振りで一躍男子に人気となった氷湊涼香さん!』

 

 こっちは、椚山とは真逆な歓声が響き渡る。時より、初瀬と同じ様な『好きだー!』などと愛の告白らしき言葉が飛び交うも彼女は、そのような事など微塵も気に留める事なく中央へと歩みを進めていく。

 体育館の中央、相手である椚山堅と対峙する。

 

「はは、運命なのかな……まさか俺の相手が君になるなんて」

「気持ち悪い事、言わないで」

 

 先ほどの紹介通り、女好きとされる椚山は対戦相手が涼香だと知った途端ににやけるような笑みを浮かべては口説く様な口ぶりで声をかける。それに対し涼香は、この手の人間が苦手なのかいつも以上に冷めた口調で切って捨てた。

 

「はー、ツンデレってやつかね? どちらにせよ生徒会長からキツく言われてるんでね……可愛子ちゃんでも手加減はしないぞ」

「望むところよ」

 

 両者、決闘盤を構える。

 数秒の間をおいて重なるように掛け声が響き渡った。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 今度の先攻は、生徒会側の椚山からだ。

 実力は未知数。どのようなプレイングをすると思ったら、彼はドローフェイズで引いたカードを含めた6枚を見つめては、その中から5枚ものカードを抜き出した。

 

「カードを5枚セット……ターンエンド」

「なっ!?」

 

 遊戯王において魔法、罠を伏せる制限は5枚まで。全て伏せてしまえば、空きが出来るまで他のカードを伏せるどころか魔法カードの発動すらできなくなってしまう。さらには全体除去などのカードを使われて大損害を受ける可能性すらあるのだ。

 故に、制限までカードを伏せるプレイングを行う決闘者は比較的少ないのだ。だが、相手の椚山はその比較的少ない部類に分類されるし戦術もおそらく彼女が知りうる限り特殊なのだろう。

 

「っ……私のターン、ドロー。《E・HEROオーシャン》を攻撃表示で召喚!」

 

 E・HEROオーシャン

 ☆4 ATK/1500

 

 場に現れる水属性のHEROであるオーシャン。さらに、彼女がこのターンのドローフェイズで引いたカードは“HERO”を“M・HERO”へと昇華させる《マスク・チェンジ》だ。

 これで《M・HEROアシッド》を特殊召喚し相手の魔法、罠を全損させる事が可能であるが、その対策を相手が取らないとは考え難い。そのため、まずは様子見から始まる。

 

「バトルフェイズ! 《E・HEROオーシャン》で……」

「おっと、せっかちな子も嫌いじゃないけど、アプローチは男性からというのが俺の哲学でね! 《威嚇する咆哮》を発動するよ!」

「ちぃ……」

 

 椚山が使用した《威嚇する咆哮》の効果は、“このターン相手は攻撃宣言をする事ができない”と言う単純明解な効果だ。ただし、フリーチェーンでいつでも発動できる、発動に成功すれば確実に攻撃を防げるという大きなメリットがあるカードだ。

 ただし、生徒会のメンバーは一筋縄ではいかない。彼は、加えてカードを発動させる。

 

「《威嚇する咆哮》にチェーンしよう。チェーン2《八汰烏の骸》、チェーン3《仕込みマシンガン》、チェーン4《積み上げる幸福》、チェーン5《連鎖爆撃》!」

「っ……!?」

 

 一斉に伏せたカードを使用され涼香は、目を見開き椚山のデッキを理解した。

 彼が扱うのは【チェーンバーン】と呼ばれるバーンデッキの一種だ。

 

  通常、モンスターでの攻撃で相手のライフを削るのを“ビートダウン”と言うなら“バーン”はモンスター効果、魔法、罠でダメージを与える事を指す。ただし、《ファイヤーボール》や《火炎地獄》などの単純に相手にダメージを与える【フルバーン】では、8000ものライフを削りきれず、相手の攻撃を封じるロックカードでジワジワと削る【ロックバーン】などはロックを切り崩されれば立て直しが難しくうたれ弱いなど“ビートダウン”と比べれば効率が悪い。

 だが、椚山が使用する【チェーンバーン】はそれらを克服しているのだ。バーンに加え、手札補充、攻撃封じのほとんどがフリーチェーンでチェーンを積むように発動するのが主な戦術だ。これにより攻撃を封じながら手札を補充しつつ相手にダメージを与えるという現代でも通じる“バーン”デッキだ。

 

「チェーンの逆処理だ。まずチェーン5の《連鎖爆撃》により積まれているチェーンの数×400ダメージで2000のダメージを受けてもらおうかな」

 

 涼香 LP8000-2000→6000

 

 バーンでも十分以上のダメージを負う涼香。

 ここから、さらにチェーンの処理が行われて行く。

 

「続いて、チェーン4の《積み上げる幸福》で2枚ドローし、チェーン3《仕込みマシンガン》で相手の場と手札の数×200の1200ダメージ、チェーン2の《八汰烏の骸》で1枚ドロー……最後に《威嚇する咆哮》で攻撃を封じる」

「……っ、こいつ……」

 

 涼香 LP6000-1200→4800

 

 半ば怒りで彼女は体を震わせる。バーンは、れっきとした戦術であり卑怯と言うわけではない。怒りの理由は、まず彼女のモンスターでの攻撃中心のデッキと相性が悪く一方的にダメージを受けては攻撃を封じられて溜まったフラストレーションにより至極、個人的な理由だ。

 それでも、結果的にいきなり3200のダメージに相手は手札を3枚補充。攻撃を封じられれば誰でも良い気はしない。

 

「……カードを2枚伏せて、ターン終了よ」

「はは、怒った顔も可愛いけど、笑っている方が俺の好みかな。俺のせいだけどな……ドローしてカードを4枚セット、さらに《カードカー・D》を召喚」

 

 カードカー・D

 ☆2 ATK/800

 

 現れたのはカードの様に薄っぺらい車のモンスターだ攻撃力も800と低い。とはいえ、彼のデッキは“バーン”が主軸だ。このカードはサポートでしかない。

 

「“カー・D”が召喚に成功したメイン1にこのカードをリリース。2枚ドローし、エンドフェイズに移行するよ」

 

 ちゃっかりとドローソースを発動させる。

 “バーン”において手札=銃弾と例えるのであれば、常に弾丸を補充しながら撃つ戦術でありドローソースは必須だ。このまま、行けば涼香はなぶり殺しという感じに手も足も出ないだろう。ただし、このまま行けば──であるが。

 

「ふん、別に引きたいならお好きにどうぞ。ただし、場のカードは潰させてもらうわ! 《マスク・チェンジ》を発動し“オーシャン”を変身、現れなさい《M・HEROアシッド》!」

 

 M・HEROアシッド

 ☆8 ATK/2600

 

 “オーシャン”が宙高く飛び上がり、着地と同時に変身した《M・HEROアシッド》が姿を現す。彼女にとって“アブソルートZERO”がエースであっても、そのエースに引けを取らず使用頻度の高いカード。

 

「《M・HEROアシッド》の効果発動! 相手の魔法、罠を全て破壊するわ!」

「お、やるねえ……」

 

 “アシッド”が銃を乱射し相手の伏せられた4枚ものカードを全て破壊する。いくらフリーチェーンでも伏せたターンには使用できず、エンドサイクと言う相手がカードを伏せたエンドフェイズに《サイクロン》を発動する戦術があるが、これは禁止カードの《ハーピィの羽箒》で例えエンドハーピィとも言えるだろう。

 

「エンドフェイズだったから、私のターンへ入るわ! 《E・HEROエアーマン》を召喚し、効果により《E・HEROバブルマン》を手札に加える」

 

 E・HEROエアーマン

☆4 ATK/1800

 

 場にモンスターを出す。彼女としては、さらにモンスターを展開しこのターンで一気に決めたいと思うものの現在の手札ではこれ以上は無理であるため仕方がない。

 

「バトルフェイズ! “エアーマン”、“アシッド”の順で直接攻撃(ダイレクトアタック)よ!」

「これは効くなあ……せっかちの挙句、御転婆か。ますます俺の好みだ」

 

 椚山 LP8000-1800-2600→3600

 

 それでも、総攻撃力は4400と決して低くは無く一瞬で相手のライフを半分以下に持って行く。しかし、こうも【チェーンバーン】で無防備で攻撃が通るのはそうそう無く、これほどのチャンスはもしかしたらこれっきりかもしれない。

 一気に大ダメージを受けたにもかかわらず椚山は余裕そうに笑う。相手の手札数を考えても涼香が有利だ。なのに笑える相手が涼香にとって不気味だった。

 

「アンタ……この状況で笑っていられるの?」

「今のは、先輩から後輩へのプレゼントだからね。ただし、これ以上のサービスはしないぞ!」

「っ……調子に乗って……カードを1枚伏せてターン終了」

 

 まるで、今の現状が涼香の実力でなく椚山が意図的にやった風に聞こえる口調。これは決闘者として人一倍プライドの高い涼香にとって神経を逆なでするには十分だ。

 

「ふふ、俺のターン……モンスターを伏せ、残りの手札2枚も伏せておこう。ターン終了だ」

「ふん、大口叩いてそれだけ? 私のターン、ドロー……まずは《スノーマン・イーター》を召喚!」

 

 スノーマン・イーター

 ☆3 ATK/0

 

 攻撃力0のモンスターを場に出す。これは、かつて創と決闘をしたときにも行った行為であり、普段は無意味に見えるがこれをやった意味は、まぎれもなく彼女の切り札を呼ぶ布石だ。

 

「《ミラクル・フュージョン》を発動! 場の水属性《スノーマン・イーター》、墓地の《E・HEROオーシャン》を融合! 《E・HEROアブソルートZERO》を融合召喚!」

 

 E・HEROアブソルートZERO

 ☆8 ATK/2500→3000

 

 冷気と共に現れた氷の英雄にして、彼女の切り札。

 創すら苦しめたカードを出した彼女は、無類の強さを誇るがそれを前にしても椚山は笑みを絶やさない。むしろ、“アブソルートZERO”が召喚されたことで表情から笑みの色が濃くなった様に見える。

 

「はは、攻め急いでいるみたいだけどさ……俺はもっと長く君といたいんだけどな」

「っ……それが気持ち悪いって言ってるのよ! “アシッド”で伏せモンスターへ攻撃よ!」

 

 椚山の場に存在する裏側表示のカードが表となりモンスターの姿が現れる。

 壺の様な姿に、その中からは彼とはまったく違う不気味な笑みを浮かべる一つ目の顔が映っている。

 

 メタモルポット

 ☆2 DEF/600

 

「《メタモルポット》の効果。互いに手札を全て捨て、5枚ドローする」

「ちっ……またドローソース」

 

 両者の手札を最初の枚数である5枚にする、まるで手札の仕切り直しをさせるような効果だ。これで涼香の手札も5枚に補充されるが彼女にとって手札を消費しても《E・HEROバブルマン》で攻めるため、たいした利益と言うわけでもない。

 むしろ、相手の方が手札の消費が激しいため不利と言うしかなかった。

 

「けれど、まだ攻撃はできる! “エアーマン”で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「おっと、これ以上はサービスできないな。手札から《速攻のかかし》を発動し攻撃を無効。バトルフェイズを終了させる」

「ちっ……」

 

 攻守0のレベル1機械族モンスターであり場では、ほぼ無力のモンスターであるがその真価は手札で発揮されるカードだ。発動を防ぐカードも《天罰》など限られたカードのみしかなく防御手段としては優秀。これで、涼香はこのターンこれ以上の攻撃はできなくなった。

 

「……ターン終了よ」

「なら、俺のターン。さぁて、いつフルボッコされるかわからないしモンスターたちには御退場願おうか《時戒神メタイオン》を召喚」

「っ……“メタイオン”!?」

 

時戒神メタイオン

 ☆10 ATK/0

 

 レベル10の超ド級モンスターであるが、このカードは自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に限りリリースなしで召喚が可能だ。攻撃力は0と涼香の《スノーマン・イーター》と同じであるが、それとは訳が違う。

 種族は天使族であるものの巨大な機械の様な体躯の中心にある鏡面に映る顔が不気味に見える。

 

「さあ“メタイオン”で“アブソルートZERO”に攻撃しよう」

 

 攻撃力0のモンスターで攻撃力3000のモンスターへと攻撃を行おうとする椚山。初心者である晃はこの行動に対し驚くも、《時戒神メタイオン》の効果を知っている衆においてはこれが当たり前だと言う目で見る。

 

「っ、させない! 《デモンズ・チェーン》を発動、対象は“メタイオン”!」

 

 ただし、涼香もそう簡単に相手の思い通りにはさせようとしない。発動した《デモンズ・チェーン》には対象の攻撃を封じと効果無効の二つがあるのだ。これで《時戒神メタイオン》はただの攻撃力0のモンスターとなるはずだが──。

 

「そう簡単にはさせないけどさ。《デモンズ・チェーン》にチェーンして《強欲な瓶》を発動し、加えてチェーン《妖精の風》を発動!」

「っ、《妖精の風》!?」

 

 途端、風が吹き荒れ《強欲な瓶》、《デモンズ・チェーン》の2枚が破壊される。破壊されたカードの破片を巻き込み椚山、涼香へとダメージを与えた。

 

 涼香 LP4800-600→4200

 椚山 LP3600-600→3000

 

「《妖精の風》は表側表示の魔法、罠を全て破壊し破壊した数×300のダメージをお互いに受けるカード。もちろん、永続罠の《デモンズ・チェーン》も効果を発揮できないわけだ。さらに、《強欲な瓶》で1枚ドロー……そして、《時戒神メタイオン》の攻撃は続行される」

「っ……」

 

 涼香は、悔しそうな目で《時戒神メタイオン》を睨む。機械の様な体躯から放出される炎が《E・HEROアブソルートZERO》を包み込む。だが、攻撃力0で倒されるわけもなく無傷で終わり《時戒神メタイオン》も健在したままで戦闘ダメージも発生しない。

 

「さあ、メインフェイズ2に移るけど戦闘を行った“メタイオン”のバトルフェイズ終了時に効果が発動する。このカード以外のモンスターを全て持ち主の手札に戻し戻した数×300のダメージを与える」

「くっ……」

 

 涼香 LP4200-900→3100

 

 途端、涼香の場の《M・HEROアシッド》、《E・HEROエアーマン》、《E・HEROアブソルートZERO》が光に包まれ、2枚はエクストラデッキへ“エアーマン”のみ手札へと戻された。さらに3体が戻された事で900のダメージを彼女は負う。

 これで“アブソルートZERO”は場を離れた事で効果を発動するのだが。

 

「っ……場を離れた事で“アブソルートZERO”の効果で相手のモンスターを全て破壊する……けど──」

「そう。《時戒神メタイオン》は戦闘ダメージを0にし、戦闘・効果ともに破壊されない効果がある要するに無敵ってことだな」

 

 今まで幾度となく相手モンスターを葬った冷気の暴風に晒されても《時戒神メタイオン》は凍ることなく全てを受け止めた。晃は遊戯王部で見ていたが、彼女の“アブソルートZERO”の効果がほぼ無意味になったのは初めてだった。

 

「まあ……それぞれ相性と言うものがあるけど俺のこのデッキに君の“アブソルートZERO”はさして問題にはならない。つまりは、このデッキに対し君との相性は悪いという事だ」

「くっ……」

 

 悔しそうに歯噛みをする涼香。彼女は、デッキの主軸は水属性の《E・HEROアブソルートZERO》や《マスク・チェンジ》からの“M・HERO”にある。だが、その中でも強力なのが圧倒的なまでの破壊力なのだ。だが、彼のデッキに対しその破壊力の威力は半減。下手をすれば、それ以下なのだ。

 氷湊涼香は確かに強者ではあるが、それも相性によっては覆る場合がある。創が最初に言った嫌な予感……それは確かに当たっていた。

 

 当の本人、創は二人のデュエルを見ては小さく呟く。

 

「まともじゃねーな」

「え……?」

 

 小さく呟いたわけだが、それでも隣にいた晃には余裕で声が届いていた。

 いったい何がまともじゃないのか、と聞きたげな目で創を見ると聞くより先に創は解説を行った。

 

「今、思い出したんだ。あの椚山堅先輩だが、遊戯王でもそれなりに有名だったんだ。大会でも成績を残していたんだが……俺が知っている限り、アイツが使っていたデッキは【チェーンバーン】じゃない。完全なビートダウンの【六武衆】だったんだよ」

「え……デッキが違うって事ッスか?」

 

 別に一人にデッキが一つなどという事がなく複数のデッキを使う人物だっているだろう。だから、それ自体は珍しい事ではない。だが、と創は言いたげな目をしては彼の仮定をする。

 

「初瀬のときだってそうだ。あいつは知らないが、《終焉の王デミス》なんてカードや、あそこまで1キルに特化したデッキを使うなんて思えねえし、ありゃ違和感バリバリだ」

「そうッスね……」

 

 さきほど綺麗に1キルされた事を思い出しては晃は落ち込みながら肯定する。

 

「俺が思うにだが、あいつら……生徒会は、本来使っているデッキを使ってこない。おそらく勝つためだけに特化したデッキを使ってきてるんだ」

 

 

 

 



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015.らしくない

 ●氷湊涼香 LP3100 手札6

 

 ■unknown

 

 ●椚山堅 LP3000 手札5

 

 □時戒神メタイオン

 

 遊戯王部の廃部を賭けての遊戯王部対生徒会の試合も二回戦の中盤となっていた。一回戦で晃が負けた事からもう負けられない状況でライフ差、手札ともに差はたいして無い。しかし、椚山は魔法、罠のカードで相手ライフを削って行く【チェーンバーン】。

 涼香の残りライフ3100も数ターンで無くなってしまうだろう。

 《時戒神メタイオン》のバウンス効果が決まり涼香のモンスターが全て戻った椚山のメインフェイズ2から始まる。

 

「さて、手札も豊富になった事だしカードを5枚伏せて終了するよ」

「……私のターン、ドロー。まとめて吹き飛ばす、《大嵐》を発動!」

「っ、氷湊!?」

 

 相手の伏せカードが5枚の状況で魔法、罠を全て破壊する《大嵐》を使うのは決して悪くない。ただし、それがほとんどがフリーチェーンで発動できる【チェーンバーン】においては悪手であり愚策だ。

 そんな事、相手の戦術を見た晃でも理解していた事であるにもかかわらず涼香は使用してしまった。それも、相手の性格やプレイング、相性から自身の実力を発揮できない事で彼女はその様な判断もできないほどフラストレーションが溜まってしまったのだろう。

 

「ふ、自棄になるのは早いよ。《大嵐》にチェーンして、チェーン2《ファイアーダーツ》チェーン3《無謀な欲張り》チェーン4《強欲な瓶》チェーン5《八汰烏の骸》チェーン6《和睦の使者》を発動しよう」

「っ……」

 

 やはりというか大量にカードを発動されてしまった。

 全てフリーチェーンであり当然といえば当然だろう。

 

「《和睦の使者》でこのターンのダメージは0《無謀な欲張り》、《強欲な瓶》、《八汰烏の骸》で4枚ドローし、《ファイアーダーツ》の効果。サイコロを3つ振ろう」

 

 途端、ソリッドビジョンで巨大なサイコロが3つ出現した。

 回転し高く打ち上げられては、地面に落下。それぞれ数度転がっては止まり表側になった目の数という数値が露わになる。

 

「5と6と3か……合計14の1400のダメージを受けてもらう」

 

 彼が告げたように14本の小さな炎を纏ったダーツが出現し放たれる。一発、100ダメージの計算で全てを受けた涼香には1400のダメージが入る。

サイコロ。つまりは運によってダメージが変動するこのカードの最大ダメージは3つとも6の1800だ。それに近い1400ものダメージを与えられたのは椚山にとっても運が良いと言えるだろう。

 

 涼香 LP3100→1700

 

 もはや彼女のライフは下級アタッカーの直接攻撃を受ければ終わってしまう。相手のデッキの性質上、その危険性は無いにせよ。後、数度バーンを受ければ終わるため危うい立場という事は変わらない。

 

 暴風の渦、《大嵐》の効果でチェーン処理のため墓地に行っていないもの既に発動を終えた椚山のカードと発動する機会が無く伏せられたままの涼香の《奈落の落とし穴》を破壊する。しかし、それは無意味と言う他ないであろう。

 

完全なプレイミス。

 

失敗した……ほんの一瞬、彼女は落ち込みを見せる様に俯き黙るも、その間に晃が身を乗り出すように声をかけた。

 

「どうした氷湊。お前、らしくないぞ!?」

「っ……橘、私らしくないってどういう事よ!?」

 

 晃が知りうる限り、氷湊涼香という人物は比較的、冷静な類の人物だ。デュエルにおいても一部、創の様な運に頼るプレイングを行う場面もあるが基本的には損得を考え堅実な手段で攻めて行く。当然、プレイングのミスなどは見ていない。

 

 しかし、今回はどうだろうか?

 相手がモンスターを多様しないデッキであるにも関わらず《E・HEROアブソルートZERO》を繰り出したり、フリーチェーンが主であるにも関わらず《大嵐》を使ったりとミスが目立つ。次いで創も口を挟んだ。

 

「まー、あれじゃね。橘が言いたいことはわかる、氷湊にとって気に食わない相手だしデッキも相性が悪い……そんで苛立ったり、焦ったり。まあ、あれだ。いつも通り追いついてやれって事だろ」

「苛立ったり、焦ったり? 私って……そんな風に見えた?」

 

 涼香の疑問に対し『うん』という一言が創や晃だけでなく周囲の観客含め満場一致で述べられた。むしろ、自覚がなかったのかと晃たちはツッコミたくなってしまった。

 周囲の肯定の声を聞いては、一瞬呆気に取られたような表情をするが一度、深呼吸。苛立ちを見せていたのから一転、落ち着いた表情を見せた。

 

「そう。わかったわ」

「ハーフタイムは終わりかな? 待つのも嫌いじゃないが、大会だと芳しくないな」

「ああ、悪かったわね……けど、安心しなさい。続行するわ」

 

 そう言いながら、涼香は自身の手札をもう一度観察する。

 今までの苛立ちからか刺々しい雰囲気とは変わり穏やかな雰囲気を見せる。

 

「《E・HEROエアーマン》を召喚。効果で《E・HEROバブルマン》を手札に加えカードを2枚伏せて終了よ」

 

 E・HEROエアーマン

 ☆4 ATK/1800

 

「ふーん、攻め急いぐのはやめたわけか。けど、いいのか君のライフはたったの1700……次の君のターンで終わりだぞ」

 

 これが、涼香が苛立ちを見せていた要素の一つ。

 性格もそうだが、時より見せる挑発にも似た言葉を椚山は掛けていた。これは彼が意図していたかどうかは定かではないが、もし意図的ならば彼の術中に嵌まっていたと言えるだろう。

 もっとも、一度落ち着きを見せた涼香にまた効くかどうかだと言う事だが。

 

「そう? できるのなら、やってみるといいわ」

「おお、言うねえ。俺のターン、《無謀の欲張り》の効果でドローできないが十分さ。《時戒神メタイオン》は効果でデッキに戻るが……俺はモンスターを伏せ、残りの3枚も全て伏せる」

 

 またしても手札のカード全てを伏せる行為を行う。ただし、違うのは次のターンで終わらせると啖呵を切った事から彼が伏せたカードの中にバーン効果で涼香の残りライフ1700を削りきる事ができる事になっている事だろう。

 もっとも、それが口だけのブラフという可能性も無くはないが実質、バーンデッキにおいては本当だという可能性の方が高い。

 

「これでターンエンドだ」

「私のターン、ドロー──」

 

 ターンが移って涼香のターン。

 まずはドローフェイズでカードを引くのだが肝心なのは、その次のスタンバイフェイズだ。まず椚山は。

 

「スタンバイフェイズ。《仕込みマシンガン》を発動──」

「っ……《トラップ・スタン》を発動」

 

 涼香が発動させたのは、フリーチェーンの発動ターンのみ場の罠カードの効果を無効にすると言うカード。魔法と罠を多様する椚山のデッキに刺さるカードではあり、これで《仕込みマシンガン》を無効となる。だが、それで無力化できるほど甘くは無い。

 

「だったら、また《連鎖爆撃》を発動しよう。チェーン3ならダメージは低いが──」

「させないわ! カウンター罠、《神の宣告》で無効!」

 

 涼香 LP1700→850

 

 

 チェーン3の《連鎖爆撃》を受けてもまだライフは残る。

 けれど涼香が《神の宣告》で無効にしたのは半ば勘だ。後、1枚伏せカードが残されるがこれもバーンだと考えた方が良い。ならば少しでもライフを残した方がいいと判断したのだ。

 

 椚山が使用する【チェーンバーン】に弱点があるとすれば、それはスペルスピード2のカードを主軸で構成される事だろう。《連鎖爆撃》、《積み上げる幸福》などチェーンを積む事で効果を果たすカードがあるが、積もうにも途中で上であるスペルスピード3のカウンター罠が挟まれればこれ以上積めるのは同じカウンター罠でしかできなくなる。

 

 彼の残り1枚は、カウンター罠でないのか発動できずに、そのままでチェーンの処理が行われる。結果として、涼香に1もダメージは通らず《トラップ・スタン》で場の罠カードが封殺された。もし、それが速攻魔法だったとしても良くて《ご隠居の猛毒薬》。相手ライフに800のダメージを与える効果でも、それでは50とギリギリ残る。

 

「行くわ! 《ゴブリンドバーグ》を通常召喚!」

 

 ゴブリンドバーグ

 ☆4 ATK/1400

 

 橙色の小さな飛行機にゴーグルを付けたデフォルメのゴブリンと思われるモンスターのイラストだ。場には、ソレと無人の同じ形状の飛行機が2機現れ一つの大きなコンテナを合計3機で運んでいた。

 

「《ゴブリンドバーグ》が召喚に成功した時、手札からレベル4モンスターを特殊召喚できる。手札から《E・HEROバブルマン》を特殊召喚。ここで《ゴブリンドバーグ》は自身の効果で守備表示になる」

 

  ゴブリンドバーグ

 ☆4 ATK/1400→DEF/0

 

 荷物を運ぶ役目を終えたためか飛行機は着陸する。守備力はたった0と攻撃力を持つモンスターならば確実に競り負ける数値だ。

 それでも構わない。何せ、彼女の場には望む形で“戦士族”、“レベル4”モンスター3が並んだのだから。

 

「行くわ戦士族、レベル4! 《E・HEROバブルマン》と《ゴブリンドバーグ》でエクシーズ。《機甲忍者ブレード・ハート》をエクシーズ召喚!」

 

 機甲忍者ブレード・ハート

 ★4 ATK/2200

 

 二刀の二本刀を構えた忍者の姿のモンスター。

 戦士族レベル4、2体と彼女がいつも使っていた《H―Cエクスカリバー》と同じ条件ではあるものの状況の判断で涼香は、こちらのモンスターを召喚する事を優先した。

 

「成程……“ブレード・ハート”ねえ」

「“ブレード・ハート”の効果。エクシーズ素材を一つ取り除くことでこのターン、“忍者”と名の付くモンスター1体を2回攻撃可能にする。《機甲忍者ブレード・ハート》を選択!」

 

 忍者の周囲に浮かぶ球体の一つ。茶色の球体《白銀のスナイパー》が取り除かれ剣を構える“ブレード・ハート”。これで2回の攻撃が通れば4400となるが、それも相手に壁モンスターがいなければの話。それでも少しでも相手のライフを削る事を優先する。

 

「バトルフェイズ。“ブレード・ハート”で伏せモンスターへ攻撃するわ」

 

 闇の仮面

 DEF/400

 

 現れたのはモンスターというよりも物であった。古びた人間がつけるサイズの仮面でありどう見てもモンスターなどの生き物に見えない。それでも、れっきとした“悪魔族”のモンスターだ。

 

 そのモンスターの姿を見ては涼香は、チッと舌打ちをする。

 《闇の仮面》は墓地から罠カード1枚を手札に戻すリバース効果を持っている。それが意味するのはバーンカードの回収。

 

「《闇の仮面》のリバース効果で《仕込みマシンガン》を回収する」

「ふんっ……けど、このターンで終わらせれば意味はない! “ブレード・ハート”で二撃目よ!」

 

 椚山 LP3000-2200→800

 

 これで両者ともにライフは1000以下を切った。

 しかも、涼香の場には攻撃を控えている攻撃力1800の《E・HEROエアーマン》が存在するのだ。いくらバーンカードを控えても使えなければ意味がない。ここでとどめを刺すように彼女は告げる。

 

「終わりよ! 《E・HEROエアーマン》で直接攻撃!」

「ふっ……」

 

 左右に取りつけられた翼の中心にある送風機か通風機と思われる回り出し2つの風を送りつける。相手ライフを1000も越える一撃を受ければ相手のライフは0になる。それを椚山は1枚のカードを発動させて耐え凌ぐ

 

 椚山 LP800+1200-1800→200

 

「まさか、こんな形で使うとはね……速攻魔法《御隠居の猛毒薬》を使用しライフを回復さ」

「っ……ライフ回復」

 

 《御隠居の猛毒薬》には2つの効果が存在する速攻魔法。一つは、相手ライフに800のダメージを与えるバーンカードとして扱える・もう1つは自身のライフを1200回復させる効果でありバーンデッキとしてはあまり使わない効果だ。

 故に、使用した本人もライフ回復に使う事になったのは少しばかり驚いた。涼香もこのターンで決めれなかった事を悔しそうに歯噛みをしてメインフェイズ2へと移る。

 

「っ……私は1枚伏せて、ターンを終了するわ」

「そうかい。《無謀な欲張り》の2ターン目。ドローはできないけど必要ないな。コレ、さえあればいい……1枚伏せてターンエンド」

 

 伏せたのは《仕込みマシンガン》。

 相手の手札数+相手の場のカード数に200を掛けたダメージを与える罠。現在、涼香の手札は2枚と場には3枚のカードの計5枚。1000のダメージ。さらに、彼女のドローフェイズでカードを引かなければならないので、1200のダメージを受ける事となる。

 

 それ故に出た結論。

 次のターンで涼香は負ける。

 

「さあ、君のラストターンだ」

「そうね。このターンで終わり……ただし、負けるのが私とは限らないわ」

 

 現在、彼女の場に伏せていたのはモンスター除去である《奈落の落とし穴》だ。

 それもおそらく使う機会がなく有用なカードでありながら現状、役立たずと言われても過言ではないだろう。

 この状況を鑑みれば彼女は確実に負けるだろう。それでも涼香は落ち着いている。

 

 自身のデッキにはこの状況を凌ぐカードが入っているのだ。

 なんら難しい事でもない。ただ、そのカードが出るのを祈って引けばいいだけだからだ。

 

「……ドロー」

「この時、伏せた《仕込みマシンガン》を発動! 1200のダメージを受けて君は終わりだ」

 

 名前の通りマシンガンが出現し乱射する。

 彼女は、ソレを直に受け……ライフが削られていくが──。

 

「何、勘違いしてんのよ? まだ私のライフは残っているわ」

「なに……!?」

 

 涼香 LP850-800→50

 

 某、王様の名言もとい迷言を彼女は告げる。

 本来なら椚山が宣言した様に1200のダメージを受けて終わりのはずだ。なのに彼女には800のダメージしか通らなかった。

 

 彼女の場と手札を確認すれば、まず手札が1枚減っていた。

 そして何より彼女の場のモンスター。《機甲忍者ブレード・ハート》と《E・HEROエアーマン》の姿がなく代わりに1体の風を纏った英雄の姿があった。

 

 E・HEROGreatTORNADO

 ☆8 ATK/2800

 

「私は《仕込みマシンガン》にチェーンして《超融合》を発動したわ。手札を1枚捨てる事と場の2体を融合させた」

「成程ね……手札コストに助けられたか……」

 

 本来、強力なカードに必要な代償。コスト。

 《超融合》にもそれが存在し、手札から1枚カードを捨てなければならないというデメリットもあるが、今回に限り手札を捨てる事が彼女を救ったとも言えるだろう。

 

 結果、手札1枚と場のモンスターも1体減った。

 彼女の場と手札の総数は4枚として扱われたのだ

 

 これで椚山の場、手札ともに完全な0。墓地にも発動できるカードはない。

 椚山は、目をそっと閉じて小さく呟いた。

 

「確かに君が負けるとは限らなかった」

「これで終わりよ。バトルフェイズ、《E・HEROGreatTORNADO》で──攻撃!」

 

 椚山 LP200-2800→0

 

 巻き上がる竜巻は、相手を包み込むように放たれる。

 椚山は、一歩も動く事なく敗北を受け入れる様に攻撃をも受け入れた。

 

 生徒会戦の第二戦は涼香の勝利で終わる。

 これで最後の最終戦に勝負は持ちこされた。

 

 

 



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016.実力だけは認めている

『最終戦! 生徒会側はやはりこの人! 現生徒会長、堅物眼鏡と名高い二階堂学人先輩!』

 

 2回戦目は相性が悪いながらも涼香が椚山の【チェーンバーン】を破り辛勝した。これで1勝1敗となったおかげで最終戦へと突入を果たす。勝敗が委ねられた最後の1戦に出て来るのは、生徒会長でありこの件の発端となった人物。二階堂学人。

 

 彼は、数歩前へと歩いては体育館の中央で立ち止まり対戦相手である遊戯王部部長の新堂創を氷の様な冷たい視線で睨む。

 

「ふんっ、まさか僕の出番が来るとはな……いいだろう。現実という物を見せてやろう」

 

 二階堂の言葉は、勝者は自身だと告げるのと同義だ。

 ならばと、これから対戦を行う創も前へと歩む。

 

『続いては、遊戯王部の部長にて校内遊戯王大会の優勝者、神童の異名を持つ天才と名高い新堂創先輩!』

「生徒会長……アンタ、変わったな。俺が知ってる頃よりも随分と冷たくなった」

「現実を見る様になっただけだ」

 

 体育館の中央でこれから決戦を迎える様に二人は対峙する。冷たい視線の二階堂に対し、創は真逆。二階堂を見ているのにも関わらず、敵に向けるような物ではない穏やかな視線を向けた。

 二人の言葉のやり取りは、まるでお互い知り合いであるかのように思える。もっとも、この会話だけではどのような関係だったまでかは知りえる事はできない。

 

「まあ、いい。夢だの努力だの……いくら費やしても無駄だと言う事を僕が貴様らに教えてやる」

 

 宣戦布告をするかのように吐き捨て、腰のデッキホルダーから取り出したデッキを決闘盤へと装着する。晃や涼香から見れば実力が未知数の生徒会長。だが、彼が決闘盤を構える風格は明らかに経験者の域であり弱いはずがないのだけはわかる。

 

「そうか……」

 

 ならば、と一度目を閉じる創。

 再び見開いた時には、穏やかだった視線は消え闘士を秘めた瞳。彼がいつもデュエルを行うような目で敵である二階堂を見る。

 

「どっちにしろ、俺がやるべき事は決まっている……始めようぜ」

「無論だ」

 

 数秒の間、静かな空気が張り詰める。

 静寂ののちそれを切り裂くように二人の声が折り重なった。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 先攻は、生徒会長二階堂学人。

 彼は5枚の手札を確認したのち、目当てのカードがなかったかのかつまらなそうに舌打ちをする。

 

「僕のターン、ドロー……まずは《一時休戦》を発動」

 

 最初に発動した《一時休戦》は、両者がカードを1枚引き相手のエンドフェイズまであらゆるダメージを0にするカードだ。ドローソースと使便利な防御系カードとしての両立などで現在では、制限カードとなっている。

 

「互いにドローし、《成金ゴブリン》を発動。1枚ドローし、貴様はライフを1000回復させる」

 

 創 LP8000→9000

 

 またもドローソース。

 1枚ドローは、手札の総数が変わらないがデッキの圧縮でキーカードが引きやすくなるためコンボを狙うデッキや一つのキーカードに依存するデッキには貴重である。ならば、彼のデッキもそのような系統のデッキだと思われるが──。

 

「生徒会長、アンタもデッキを変えたのか?」

「変えた? 正確に言えば違うな……貴様らの目を覚まさせてやるために今回だけ使用するデッキだ。続いて《強欲で謙虚な壺》を発動」

 

 これは、晃のデッキにも入っている擬似サーチとデッキ圧縮を行えるカードだ。

 今まで生徒会のメンバーが使ったデッキは、1キル特化の【歯車デミス】にバーンを行う【チェーンバーン】。ガチデッキとして大会で見かけるようなデッキではないが、意表を突かれれば簡単には対応できないだろう。

 ならば、二階堂もそれらに似たようなデッキを使うと創は睨むのだが。

 

「ふんっ、1枚目は《活路への希望》、2枚目《和睦の使者》、3枚目──」

 

 《強欲で謙虚な壺》の効果で捲られる最後のカードが明らかになる。

 これが二階堂の目当てのカードだったのか、彼はにやりと笑い。逆に初心者である晃を除き創に涼香、観客たちが彼のデッキコンセプトを知った瞬間でもあった。

 

「僕は、最後のカードを手札に加え──ライフを2000支払う。《終焉のカウントダウン》を発動だ!」

「っ──!?」

 

 二階堂 LP8000→6000

 

 突如、創と二階堂の周囲を中心として暗雲が立ち上る。黒く不気味な雲はまるでフィールド魔法の様に体育館の壁や天井を覆うとおぞましい空気BGMが流れ出す。

 

「な、何だ……このカードは!?」

 

 決闘盤の用いてのデュエルを数度、行った程度ではあるが晃もある程度の演出を見て来た。それでも、今発動した《終焉のカウントダウン》はフィールド魔法にも匹敵するほどの異常の演出を見せるため驚き慌てふためいた。

 驚く彼に解説するように隣から声が聞こえる。

 

「《終焉のカウントダウン》は、ライフを2000支払う事が発動条件ですが20ターン後に発動プレイヤーが勝利するというカードです」

「勝利って……特殊勝利カード!?」

 

 ルールをあらかた覚えた晃も特殊勝利においては知識があった。

 相手のライフを0にする、相手がカードを引けなくなるというのに付け加えた3つ目の勝利条件であり、おそらくもっとも困難だと思われる勝利方法だ。

 

 現在の速攻型が重視される遊戯王の環境でも20ターン。実際に《光の護封剣》などのカウントでなら半分の10ターンであるがそれでも時間がかかる。それ故、相手の攻撃を封じ続けなければならないが、創など強者に対し晃はできる自信がない。

 

「……つーか、いつのまに来てたんだ日向?」

「あはは、ごめんなさい今さっきです」

 

 本来、試合に参加するはずだった茜は申し訳ない気持ちがあるため苦笑いをして謝る。もっとも、彼女自身遅刻した理由が委員会の仕事という理由のため晃や涼香は責めようとは思わない。

 

「別にそんな事はどうでもいいわ。肝心なのは、アッチじゃないの?」

 

 茜の方に意識を向けていたものの、涼香の一言によりデュエルしている二人へと視線を戻す。《終焉のカウントダウン》が発動されてしまった今、創には20ターンの猶予があるがそれを越えさえすれば敗北となってしまう。

 このまま、デュエルを続いて行く。

 

「これでターンエンドだ」

 

 終焉のカウントダウン 0→1

 

 気がつけば上空に赤い炎の球が燈った。

 おそらく《終焉のカウントダウン》のカウントだろう。この炎の球が20個に満たされれば特殊勝利の条件が揃う演出らしい。

 

「そうか、けどソレより先に倒せばいいって話だ! 俺のターン、ドロー。モンスターをセット、カードを2枚伏せてターン終了だ」

 

 終焉のカウントダウン 1→2

 

 《終焉のカウントダウン》の条件を満たすより早く倒せばいい。

 もっともな話だし、発動した効果を止める事ができない以上ソレしか手が無いのも確かだ。だが、創のデッキは性質上墓地が溜まった後やサーチ効果で手札に揃えた時にこそ真価を発揮する。

 前半よりかは中盤以降から実力を見せるのも、彼がスロースターターと呼ばれる理由の一つだろう。

 それにこのターンは、すでに《一時休戦》の効果によりダメージを与える事ができない。そのため場を整えるだけでターンを終えた。

 

「僕のターン……カードを1枚伏せ、《ゼロ・ガードナー》を召喚」

 

 ゼロ・ガードナー

 ☆4 ATK/0

 

 プロペラを付けた青い小さな機械のような見た目だが、これでも立派な戦士族。

 攻守共に0であり吊っている模型も0に似ているのが名前のゼロの由来かもしれない。

 

「ターンエンドだ」

 

 終焉のカウントダウン 2→3

 3つ目の炎の球が灯る。炎は良く見れば直線でなくまるで曲線を描くように繋がっているのが確認できた。それはどうでもいいが、残り17ターンでありデッキの性質上当たり前だが、二階堂は完全に防戦に徹するつもりのようだ。

 ならば、と創はカードを引く。

 

「これならどうだ! 《XX(ダブルエックス)─セイバーダークソウル》を召喚」

 

 XX─セイバーダークソウル

 ☆3 ATK/100

 

 死神の様な怖い見た目をしておきながら攻撃力はたったの100しかないモンスター。アタッカーとしては扱いには攻撃力があまりに低すぎる故、彼が狙うのは戦力でなく素材だ。

 

「裏側の《X─セイバーパシウル》を反転召喚し、地属性2体でシンクロ! 来い《ナチュル・ビースト》!」

 

 ナチュル・ビースト

 ☆5 ATK/2200

 

 体毛の代わりに木々と草で覆われた虎柄の獣が現る。

 素材全てに地属性が限定されるため、デッキによっては難しいが地属性で統一される【X─セイバー】にとっては造作も無い条件のモンスターだ。その召喚難易度故に出せば任意で魔法カードを無効と墓地肥やしを行う非常に強力な効果を持つモンスターだ。

 

 相手のデッキ【終焉のカウントダウン】もドローソースなどで魔法を使用する事があるが、それを封じるだけでも違うだろう。ただ、先手で出せれば《終焉のカウントダウン》を潰し楽に勝てたかもしれないという仮定は言ってはいけない。

 

「まあ、バトルフェイズに入るが──」

「させん。僕は《ゼロ・ガードナー》をリリースしこのターンのダメージを0にする」

「そうだよなー」

 

 生きた《和睦の使者》とも言える《ゼロ・ガードナー》はスペルスピード2のフリーチェーンと言うことに加え自身をコストとしてリリースする事で発動する。《スキルドレイン》などで止める事もできず効果を止めるのは困難だ。

 そのため、このターンもまた攻撃が無意味となる。

 

「ターン終了だ。エンドフェイズに《XX(ダブルエックス)─セイバーフォルトロール》を手札に加えるぜ」

 

 終焉のカウントダウン 3→4

 

 さらに4ターン目。

 除々にだが創の敗北が近づいてきているような感覚を晃たちは肌で感じて来ていた。

 

「僕のターン、ドロー……カードを1枚伏せてターン終了」

 

終焉のカウントダウン 4→5

 

「ああ、やっぱ攻める気は毛頭ないってわけか」

「悪いか?」

 

 創は、項垂れるかのように小さく呟くが気に触ったのか皮肉げに二階堂は問う。

 それを創は頭を振って答えた。

 

「いいや、悪くないぜ。ただ俺は好きじゃないな」

「好き嫌いだけでデュエルをする輩にはわからんだろうな。貴様の……実力だけは認めている。悔しいながらも僕より上だ」

 

 この時だけは、皮肉な口調ながらも珍しく敵意を持たなずどこか遠くを見るような目で二階堂は語る。彼は、実際に自身が創に敵わないという現実を受け入れてデュエルを行っていると告げながら。

 

「だが、真っ向勝負を行う貴様に絡めてで行けばどうだ? ただ単純に気合や努力だけでどうこうなる世界ではないんだよ。それを僕は証明してみせる」

「証明か……確かに、結果を得なければ正しく伝わらない事だってあるさ。けれど、俺はそれ以上に大切な物があると思うんだ!」

「大切なものか……くだらん。勝利以外に求めるものがあるか。もし、あるとするな貴様が結果で示してみろ、貴様のターンだ!」

 

 早くターンを進めるようにうながす。

 彼、二階堂学人は相手である新堂創の実力を知り客観的な立場で己との実力差を受け入れたからでこそ、現在の【終焉のカウントダウン】を使っているのだろう。それこそ決闘者としての誇りを捨ててまで。

 

「そうかい、俺のターン! 来い《(エックス)セイバー─エアベルン》!」

 

 X─エアベルン

 ☆3 ATK/1600

 

 爪を武器にした猫背の獣の戦士。

 直接攻撃によってダメージを与えればハンデスを行えるという最小限の手札でプレイングを行う現在の相手などには嬉しい効果であるが、攻撃が通るかどうか定かではないこの場では効果はオマケ程度でしかない。

 

「続けて! 罠カード《ガトムズの緊急指令》を発動し、墓地の《X─セイバーパシウル》と《XX─セイバーダークソウル》を──」

「ふん、そう簡単にさせると思うか《神の宣告》で無効だ」

 

 二階堂 LP6000→3000

 

 二階堂の発動したカウンター罠《神の宣告》で無効にされる。

 しかし、発動に必要としたライフ半分というコストで既に彼のライフは半分を切った。それも全てライフコストでだ。それでも、このライフで彼はなんとも思わない。

 

「ダメージさえ受けなければライフなどさして重要でない。続けろ」

「そうかい。《ガトムズの緊急指令》は無効にされちまったけど《死者蘇生》を発動し《XX─セイバーダークソウル》を特殊召喚!」

 

 これで、創の場の“X─セイバー”は2体。

 前のターンでサーチしたカードの条件を満たすが、二階堂はそれとは別に創の場のモンスターのレベルと属性を見て1枚のカードを発動した。

 

「地属性で合計レベルが6になるか……ライフを1000支払い《活路への希望》を発動。ライフ2000の差につき1枚ドローする。ライフ差は6000よって3枚ドロー」

 

 二階堂 LP3000→2000

 

 一気に3枚ものドローを行った。

 その分、彼のライフは半上級クラスのモンスターの直接攻撃で終わる程度の数値まで下がったのだ。それでも、宣言した通り彼は創からダメージを受けるつもりは毛頭無いからだ。

 

「ここで手札補充か……まずは《XX─セイバーフォルトロール》を手札から特殊召喚するぜ!」

 

 XX─セイバーフォルトロール

 ☆6 ATK/2400

 

 おなじみの《XX─セイバーフォルトロール》のキーカード。

 ここで創は、“X─セイバー”が2体必要とした条件を終わらした事で2体をシンクロ召喚させる。

 

「地属性、レベル3“ダークソウル”と“エアベルン”でシンクロ! 現れろ《ナチュル・パルキオン》!」

 

 ナチュル・パルキオン

 ☆6 ATK/2500

 

 大地を削って出来たかのような肉体の龍。

 創が出した《ナチュル・ビースト》と同系統のモンスターであっちが魔法ならこちらは罠カードを自身の墓地から2枚除外する事で無効にする効果を持つ。コストは違えどこれで魔法と罠の二つを封じるロックが完成した。

 【終焉のカウントダウン】にとっては、このロックは致命的であるが。

 

「やはりそう来るか。たかだか、魔法と罠を封じた程度で良い気になるな」

「別に良い気になってないぜ。さらに“フォルトロール”の効果で墓地の“パシウル”を蘇生! レベル6の“フォルトロール”とレベル2の“パシウル”でシンクロ! 、《閃珖竜スターダスト》!!」

 

 閃珖竜スターダスト

 ☆8 ATK/2500

 

 加えて破壊耐性を付与するカードを場に出す。

 大抵の相手ならば《ナチュル・ビースト》、《ナチュル・パルキオン》、《閃珖竜スターダスト》の3体のシンクロモンスターの布陣の前に逃げ出したくなるだろう。それでも二階堂は涼しい顔をしてそれらを眺めていた。

 

「行くぜ! 《ナチュル・ビースト》で──」

「させるわけがないだろう。直接攻撃時に《速攻のかかし》を発動し攻撃を無効。バトルフェイズを終了させる」

 

 またもや攻撃を無効にされた。

 モンスターとか攻撃力とか二階堂にとっては不要なもの。彼は、ただ攻撃を防ぎ続けるだけで勝利を得るのだ。

 

 後、16ターンまで防げば彼の勝利となる。

 

「ちぇー、そう簡単にいかないか。ターン終了!」

「これで5ターン目だ」

 

 終焉のカウントダウン 5→6

 

 後、15ターン。

 魔法、罠、モンスターの全ての効果で攻撃を防ぐデッキである二階堂だが、その魔法と罠を封じられたというのに顔に動揺の色は微塵もない。このまま、彼は自身のターンへと移行させた。

 

「あ……」

 

 この時、ふと茜は二階堂の顔を見て何かを思い出す様に声を上げた。

 

「どうした日向?」

「思い出しました。そういえば私、この学校に入学する以前にここの遊戯王部を見たのですが……」

 

 少し溜めを置く。

 まるで重要な事かのように彼女はゆっくりと語った。

 

「あの生徒会長の人……昔、この学校の遊戯王部にいた人です」

 

 

 

 

 

 

 



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017.証明してやるよ

 

 

●新堂創 LP9000 手札5

 

□ 閃珖竜スターダスト

□ナチュル・ビースト

□ナチュル・パルキオン

■unknwon

 

●二階堂学人 LP2000 手札7

 

<終焉のカウントダウン カウント6>

 

廃部を賭けた最終決戦も中盤。

【終焉のカウントダウン】を扱う二階堂に対し、創が取った戦術は“ナチュル”シンクロモンスターによるロックだ。これで相手の魔法、罠を封じ込めて防御手段を大幅に削る事だ。加えて、1体にだが破壊耐性を付与できる《閃珖竜スターダスト》の存在。

 これで創の勝利は揺るがないなどと思う観客も一人や二人いるだろう。そのような中、二階堂のターンが始まった。

 

「僕のターン……愚かだな。たかだか魔法と罠を封じるために展開するとは」

「何?」

「貴様のデッキが地属性の【X─セイバー】である事からこの程度は想定済みだ。貴様の2体のナチュルシンクロモンスターをリリースする」

「っ……!?」

 

 途端、創の場のロックを行うために呼ばれた2体のシンクロモンスターが光の粒子となって場から消え去った。破壊でなく、リリースであるため閃珖竜の効果も発動する事ができず二階堂は1枚のカードを創へと投げ渡した。

 

「《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》だ。さあ召喚しろ」

「成程……対策済みってことか」

 

 溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム

 ATK/3000

 

 二階堂のカードであるに関わらず、そのモンスターは創の場に出現した。

 4,5メートルはあるであろう巨大な体躯のために創の後へと配置され首元に付けられた鎖から伸びた檻に創が閉じ込められる。全身が溶岩で覆われたゴーレムは本来の持ち主に敵対する形で召喚されるという風変わりのモンスターだ。

 だが、実質的に相手モンスター2体をリリースというもっとも回避する事が難しい除去に加えて“ラヴァ・ゴーレム”の攻撃さえ封じ込めれば常に1000ポイントのバーンダメージを与えられるカードだ。

 

「やるなぁ生徒会長」

「当たり前だ。カードを1枚伏せターン終了」

 

 

終焉のカウントダウン 6→7

 

 7ターン目のカウント。

 まだは13ターンという半分以上も猶予があるに関わらず彼らの場には張り詰めた緊張感が漂っていた。二階堂は冷めたような感じで静かにプレイングを行うにも関わらず、この戦いには負けられないという気迫が込められている気がするのだ。

 

「俺のターン、ドロー……」

「おっと、スタンバイフェイズに《覇者の一括》を発動。同時に“ラヴァ・ゴーレム”の効果もな」

 

 創 LP9000→8000

 

 相手スタンバイフェイズに発動できるバトルフェイズをスキップさせるカードだ。ちなみにだが、このカード一括というのは誤字で正しくは一喝だと思われる。またしても攻撃抑制のカード。この勝つまで守り続けるという戦術に創ですら攻めあぐねるのだ。

 

「モンスターとカードを1枚ずつセットしてターン終了だ!」

 

 終焉のカウントダウン 7→8

 

「僕のターン。カードを2枚伏せてターン終了」

 

終焉のカウントダウン 8→9

 状況はまったく変貌しない。

 それでもターンが少しずつ進みにつれ二階堂の勝利条件が近づいてくるのだ。このまま逃げ切れるか、その前に防ぎきれずに敗北するかの2つしかこの決闘のシナリオにないだろう。

 

「よし、俺のターン、ドロー!」

 

 創 LP8000→7000

 

 創はスタンバイフェイズごとにもライフが削られて行く。それでも彼は常に防御に徹するためあまり意味はないであろうが。このまま彼は1枚の伏せカードを発動させる。

 

「《リビングデッドの呼び声》。これで呼び出すのは《ナチュル・パルキオン》だ!」

 

 一度は、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の召喚のためにリリースされたモンスターであるが《リビングデッドの呼び声》により場に舞い戻る。これで再び二階堂の罠を封じる事ができる。二階堂の【終焉のカウントダウン】攻略には相手の攻撃封じを封じるのが必須なのだ。

 

「行くぜ! 《ナチュル・パルキオン》で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「させるわけがないだろう? 手札から《バトル・フェーダー》を特殊召喚だ」

 

 バトル・フェーダー

 ☆1 DEF/0

 

 ゴーンと鐘を鳴らす小さな悪魔が二階堂の場に現れる。

 相手の直接攻撃時に特殊召喚できバトルフェイズを強制的に終了させるそのモンスターもまた二階堂が用意した相手の攻撃を退けるカードだ。

 いいかげんにしてくれ。そんな焦燥感が対戦している創ではなく晃や涼香、茜が思っている中、創だけは笑っていた。

 

「ははっ……面白ぇ」

「ふんっ、この状況でも笑っていられるとは。阿保の極みだな」

「阿保って……けれど、強ぇぜ生徒会長。ここまで攻撃が通らないなんて久しぶりだし、それをどう突破するか考えるだけでもワクワクする!」

 

 なんて高らかに大らかに語る。

 子供っぽい笑みを浮かべる創は、いつしか氷湊涼香と対戦した時と同じような雰囲気を見せていた。それとは対照的に二階堂は不快そうに顔を歪める。

 

「いいから。さっさと続けろ」

「おっと、わりい……ターンエンドだ」

 

終焉のカウントダウン 9→10

 

 ようやく半分が来てしまった。

 上空に灯る赤い炎は半円を描くような形で留まっており、もう半分で円の形になった瞬間に創は敗北を喫するのだ。たった半上級クラスの直接攻撃で終わるのにもかかわらずそれを削るのは果てしなく遠い。

 

 状況は総合的に見れば創の方が有利だろう。二階堂の残りライフが2000という事を考えれば残りのターンでそれを削りきるのに少しだけ押し切れば勝てるのだ。それも場に《ナチュル・パルキオン》がいる今となっては決して難しい事ではない。

それは承知のはず。二階堂学人は、不利の状況でありながらも焦燥感を欠片も見せることなく己のターンへと移した。

 

「僕のターン……こいつは、前の試合と状況が被るな……《時戒神メタイオン》を召喚する」

 

 時戒神メタイオン

 ☆10 ATK/0

 

 攻撃力が0とは思えない巨大なモンスターが出現する。

 前の椚山と涼香の試合で【チェーンバーン】の椚山が見せたモンスターだ。強力なモンスターを並べ場において有利な状況を作り出した状況を覆した凶悪なモンスター。

 

「《時戒神メタイオン》で《ナチュル・パルキオン》を攻撃」

「っ……」

 

 《時戒神メタイオン》は攻撃力0でありながらも、戦闘ダメージを0にする効果と戦闘、効果において破壊されない効果を持つため戦闘で変わった状況など1つもない。しかし、問題なのは《時戒神メタイオン》が戦闘を行ったバトルフェイズ終了時だ。

 

「バトルフェイズを終了し《時戒神メタイオン》の効果が発動。さあ、戻せ」

 

 途端に創の場から1枚の裏側のカードが手札、《閃珖竜スターダスト》、《ナチュル・パルキオン》が創のエクストラデッキへ《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》は元々の持ち主である二階堂の手札へと渡ったのだ。さらに、戻した数だけ創にダメージが入る。

 

 創 LP7000-1200→5800

 

「く……くはは、どうだ新堂。貴様はこれでも楽しいデュエルなどと言えるか?」

 

 ガラ空きとなった創の場を見て大声で二階堂は笑う。

 どんなに攻めようとしても防がれ、対策を行おうとしても悉くに潰されて行くのだ。これをやられたらどのような人物でも立ち直るのは難しいだろう。かくいう創もこの場を見ては苦笑いだ。

 

「ははっ……こりゃ、さすがにキツイぜ」

 

 ただし、彼は最後に「けれど」と言葉を付け加えた。

 

「まだ勝負は決まっていない! 最後の1秒が来るまで俺は諦めることはないぜ」

「ふん……ターン終了。これで11ターン目だ」

 

終焉のカウントダウン 10→11

 

「俺のターン、ドローだ」

 

 こうして12ターン目が開始された。

 場にカードは表側であるだけで意味を成さない《リビングデッドの呼び声》1枚のみであるが、代わりに手札は6枚と潤っている。決闘者の可能性は手札の数だけあるなんて言葉があるためにここから彼は新たな戦術を練っていく。

 

「……」

 

 ──最後の1秒が来るまで俺は諦めることはないぜ。

 そんな事を言っておきながら創は考え込んでいた。《終焉のカウントダウン》の残り猶予は8ターンだが、実際に自分のターンは4ターンしか回ってこない。その貴重なこのターンもモンスターのバウンス目的で出したはずだが破壊不可、戦闘ダメージ無効の《時戒神メタイオン》が存在する。

 

 創のデッキには、この場で直接攻撃を行えるような効果を持つカードは入っていない。

 このターンも攻撃不可なのだ。

 

 後残り自分が行動できる3ターンを使って勝つには、相手の攻撃抑制カードを悉く潰すだけでは足りないのだ。もっと前提的なものを潰さなければいけない。一つ、創は己のエクストラデッキをちらりと見て思い当たった。

 

「そうか……この手があったな」

 

 創が思い当たった手段ならば、攻撃抑制のカード自体を封じられる。

 ただし今の手札ではその手段を実行するには足りないのだ。

 

「モンスターを伏せてターン終了だ」

 

終焉のカウントダウン 11→12

 

12ターンが経過し二階堂の13ターン目へと移ろうとする。

彼がカードを引こうとデッキトップに手を置くが途端に手の動きは止まり、視線を創へと移したのだ。

 

「僕のターンだが……その前に、一つ話をしようか」

「話?」

「そうだ。僕が遊戯王部をやめた理由は貴様も知っているな」

 

生徒会長、二階堂学人が遊戯王部をやめた理由。

学年は違えどかつて一緒の部活にいた現、部長の新堂創は知っているものの晃たち1年生はその理由を知らない。ごくりと息を飲み彼らの次の言葉を待った。

 

「確か……去年の団体戦、第七決闘高校との対戦で負けたからだっけか?」

「ふんっ、貴様も相変わらずいい加減だな。だが、そうだ。僕が出た試合……僕が負けた事でチームも敗退した。まして……これが橋本部長の最後の大会だったからな」

 

責任みたいな事だろうか。

 晃は昨日の昼に聞いた話を思い出す。かつて遊戯王部にいたメンバーで現部長の新堂創に当時の部長で既に卒業してしまったという橋本部長という人物。後、もう一人いたと聞いたがそれが生徒会長、二階堂学人なのだろう。

 

 その3人と知り合いを誘っての団体戦を挑んだ結果、彼が言っていた日本第七決闘高校に1勝もできずに敗退したと聞いた。そのチームとしての勝敗を賭けた戦いで二階堂は戦い敗北した事で団体戦として負けた……つまり彼は自分の責任だと思ってやめたのだろう。

 

「別に、俺は責任を感じる事なんてないと思うぜ」

「ふんっ、貴様にはわかるまい。当時、最後の試合を任せられ出る事なかった者が……それも貴様の様な才能を持った天才ならなおさらだ」

「天才ね。そんな肩書、俺は別にどうでもいいんだが」

 

 このとき、二階堂は小さな声で「だからだ」と呟いた。

 それはまるで自身に言い聞かせるかのように。

 

「僕のせいで終わってしまったんだよ。橋本部長だって、もう居ない……それに貴様らも団体戦に参加すらできないだろ。もう、現実を見ろよ……お前らは第七決闘高校には勝てないんだ。僕は戦ったからわかる……あいつらは化け物だ。こんな寄せ集めみたいなメンバーで勝てるものか」

「生徒会長……」

 

 棘々しく、常に不機嫌そうな表情で語る二階堂だが一瞬だけそれ以上の悲しみという感情を露わにしたように見せた。

 

「僕が……終わらせたんだ。もし、僕が勝っていればまだ続けていられたかもしれない。けど、もうこの部では勝つという夢を見る事すら不可能だ。もう夢も見れなくなった部活、ならば僕の手で終わらせる。それが僕のけじめのつけ方だ」

 

 これが二階堂が遊戯王部を廃部にさせようとした理由なのだろう。

 けれど、そんなけじめのつけ方間違っていると晃は思った。

 

 勝手に責任を背負いこんで、勝手にもう勝てないと決めつけて。

 自分の中だけで完結させたのだ。自分勝手も甚だしい。

何を考えているのか、創は二階堂の言葉を聞いては軽く笑みを浮かべた。

「もしかしたら、アンタの言い分は正しいかもな。誰だって勝てない相手の一人や二人ぐらい存在するもんさ……けどさ──だからって戦う前から勝てないって決めつけるのも良くはないぜ。前を向かなきゃ、できるもんもできなくなるさ」

「…………」

「だから、な──」

 

 創は睨むかのような鋭い視線で二階堂を見た。

 二階堂へと向けたのは敵意ではない。闘志だ。

 

「アンタは、この決闘で自分が正しいって主張するんだろ? だったら、俺もだ! 俺はこの決闘で勝って──証明してやるよ! 俺たちがやっているのが決して無駄ではないってことを!」

 

 叫ぶような大声で堂々と宣言した。

 彼の言葉を聞いた二階堂は、悲しみの感情を露わにしていた表情はいつの間にか消え、いつもの敵を見るかのような冷たい目で創と対峙する。

 

「いいだろう。なら、やってみせろ」

 



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018.今度は──

●新堂創 LP5800 手札5

 

□unknwon

■unknwon

■《リビングデッドの呼び声》(対象:無し)

 

●二階堂学人 LP2000 手札4

 

□《時戒神メタイオン》

■unknown

■unknown

 

<終焉のカウントダウン カウント12>

 

「ふん、僕のターン。スタンバイフェイズに《時戒神メタイオン》がデッキに戻るがもう用済みだ」

 

 一体の巨大な機械仕掛けの天使族モンスターがデッキへと吸い込まれて行く。

 無敵と称された壁モンスターであったが彼が言った通りバウンスを目的としていたために役目としては十二分に果たしたと言えよう。

 

「《カードカー・D》を召喚。効果によりリリースし2枚をドローする」

 

 カードカー・D

 ☆2 ATK/800

 

 《時戒神メタイオン》と同様に前の2回戦で椚山が使用したカードだ。

 彼らのデッキコンセプトは勝つために特化する事。そのために普通のビートダウンでなくバーンや特殊勝利、1キルを狙うのであれ似かよう部分は見られる。

 《カードカー・D》はドローソースとして禁止カードである《強欲の壺》と同等の効果を発揮する。その代償として、発動すれば即座にエンドフェイズに以降するが二階堂にはいまだ2枚の伏せカードがあるのだ。

 

「エンドフェイズだ。さて、貴様は己が正しいと証明するんだろう? 見せてみろ」

「言われなくても! 俺のターン、ドロー!」

「ふん、スタンバイフェイズに《魂の氷結》を発動だ」

「む……」

 

 またもや発動した《魂の氷結》も攻撃抑制の1枚だ。

 己のライフが相手より2000少ないときに発動でき、次の相手のバトルフェイズをスキップする効果を持つ。ライフの発動条件があるため《覇者の一括》や《威嚇する咆哮》に劣ると見られがちだが、2000のコストを必要する【終焉のカウントダウン】ではあまり気にしないで使えるかもしれない。これでまたこのターンの攻撃も行えない。

 このまま、創は引いたカードを手札に加えるがこの中では二階堂の防御を破る手段はいまだ無い。

 

「まあ、それでも進めさせてもらうぜ。《XX(ダブルエックス)─セイバーフラムナイト》を召喚だ」

 

 XX-セイバー フラムナイト

 ☆3 ATK/1300

 

 レベル3チューナーの戦士族である女戦士のフラムナイトが場に現れる。

 攻撃力1300と低いが表側表示のとき攻撃を1度のみ防ぐ効果に、守備表示モンスターを戦闘破壊できれば墓地のレベル4以下の“X─セイバー”を蘇生させる効果を持つ。ただし現在の状況ではどちらも扱えない効果だ。

 肝心なのはチューナーである事。

 

「裏側の《XX─セイバーダークソウル》を反転召喚。そして、“フラムナイト”と共にシンクロだ!」

 

 《XX-セイバー フラムナイト》が3つの光の輪となって《XX─セイバーダークソウル》を包み込む。輪から3つの星と“ダークソウル”から同じく3つの星が現れた計6つの星が一直線上に並ぶ。

 

「現れろ! 《XX(ダブルエックス)─セイバーヒュンレイ》!!」

「む……」

 

 XX─セイバーヒュンレイ

 ☆6 ATK/2300

 

 場に現れる“X─セイバー”のシンクロモンスター。

 シンクロ召喚時に魔法、罠を3枚破壊する効果は悪くない。だが、それよりも【終焉のカウントダウン】に有効である《ナチュル・パルキオン》が《時戒神メタイオン》のバウンスでエクストラデッキに眠っているのは皆が承知のはずだ。それなのに、“パルキオン”でなく何故“ヒュンレイ”なのだろうかと皆が思う。

 

「“ヒュンレイ”の効果だ! その伏せカードを破壊するぜ」

「いいだろう。そのまま通す」

「バトルフェイズの宣言をする……けど、《魂の氷結》でスキップされるからそのままエンドフェイズだ。墓地に行った《XX─セイバーダークソウル》の効果! デッキから2枚目の“フォルトロール”を手札に加える!」

 

終焉のカウントダウン13→14

 

 手札に加えた《XX─セイバーフォルトロール》。

 次以降のターンで大量の展開を狙うのだろう。それが創の目論見だと考えた二階堂は鼻で笑った。

 

「無様だな。攻めあぐねる事しかできないとは。僕のターン、手札を2枚捨て《魔法石の採掘》を発動! 墓地から《一時休戦》を手札に加えて発動する」

 

 最初のターンで使った魔法カードだ。効果によりお互いカードを1枚ドローする。

これで次の創のエンドフェイズまでダメージは全て無効となりまたもや次のターンでダメージを与えられなくなってしまったのだ。

 

「さあ、貴様のターンだ」

 

 終焉のカウントダウン 14→15

 

「俺のターン、ドロー」

 

 これで残り5ターン。

 創に残された3ターンであるが、彼は欲しいカードが来なかったのか引いたカードを手札に加えたまま場にカードを出す仕草を行わない。

 

「……ターンエンド」

「ふん、そろそろ観念したか」

 

 終焉のカウントダウン 15→16

 

「僕のターン……2枚目の《ゼロ・ガードナー》を召喚しターン終了だ」

 

 終焉のカウントダウン 16→17

 

 今度は魔法でなく効果モンスターで攻撃を凌ぐつもりだ。

 残りの創の2ターン。もうゴールは目前なのだ。

 

「……俺のターン、ドローだ」

 

 これで創はこのターンでは《ゼロ・ガードナー》の効果を使われ攻撃は無意味と終わる。そして次のターンでも攻撃を防がれればそれでおしまいだ。もはや、決着ムードなのか周囲の観客たちは二階堂の勝ちを信じてやまない。ただ、それでも創はデッキトップに手を掛けた。

 

「驚いた。生徒会長……アンタ、遊戯王部で対戦した時よりも強く感じたぜ」

 

 感じた(・・)

 創が今告げた言葉を過去形で使ったのだ。

 

 それが意味するのは、もうすでに決着がついたと彼も思ったからだろう。

 この言葉を聞いては晃たちも思わず息を飲んでしまう。今だ二階堂には手札が5枚もあるのだ遊戯王としては十分といえる枚数を持つため逆に攻撃を通す方が困難だろう。

 

「ようやく貴様も認めたか──」

 

 満足げに軽く笑う二階堂。

 だが、創はその言葉を遮るのだ。

 

「いや、悪いけど俺の勝ちだ」

「何っ……!? 戯言を。だったら、やってみろ。スタンバイフェイズに《ゼロ・ガードナー》の効果を発動。このターンも僕へのダメージは0だ」

 

 これで、このターンもダメージが通らなくなった。

 次のターンで決着をつけなければ敗北する状況で創は今引いた1枚の魔法カードを発動させるのだ。

 

「常に切り札は、必要な時に来るってか? 俺は手札の《XX─セイバーエマーズブレイド》を捨てこのターン引いた《ワン・フォー・ワン》を発動。デッキからレベル1、《XX(ダブルエックス)─セイバーレイジグラ》を特殊召喚だ!」

 

 

 XX─セイバーレイジグラ

 ☆1 DEF/1000

 

 レベル1のカメレオンの剣士だ。

 かつて氷湊涼香との決闘でも最後にこれを選択した事で勝利を収めたモンスターでもある影の立役者である。

 

「“レイジグラ”が特殊召喚に成功した事で効果発動! 墓地から《XX─セイバーフォルトロール》を回収だ!」

 

 そう宣言しながら墓地から手札へと戻す。

 これで前のターンに“ダークソウル”でサーチした1枚と合わせて手札に《XX─セイバーフォルトロール》が2枚存在する事となる。

 

「行くぜ! 手札の《XX─セイバーフォルトロール》を2体特殊召喚だ! 1体目の効果で墓地から《X─セイバーウルベルム》を特殊召喚するぜ」

 

 やはり、二階堂が思い描いたような大量展開だ。

 これで創の場は埋め尽くされた。このターンは攻撃が無意味でも次のターンで攻めきるつもりなのだろうか。だが、それは無意味だと二階堂は語る。

 

「ふん、最後の悪あがきか。だがそれは無駄な努力だ……僕の手札には《速攻のかかし》に加え、まだ《威嚇する咆哮》も握っている。次のターンの攻撃も無意味だ」

 

 絶望的な宣告だった。

 手札から直接攻撃を防ぎバトルフェイズを強制終了させる《速攻のかかし》にフリーチェーンで攻撃そのものをさせなくする《威嚇する咆哮》。たった2枚のカードであるがそれがあるだけでも次の1ターンで攻撃を通すのは絶望的だ

 しかし、創は絶望しない。むしろ口元を釣り上げて笑みさえ見せたのだ。

 

「へぇ……けど、手札(・・)にあるんじゃやっぱ俺の勝ちだぜ! 行くぜ、レベル6効果を使った方の《XX─セイバーフォルトロール》とレベル3《X─セイバーウルベルム》でシンクロ召喚! 現れろ、最強のX─セイバー《XX(ダブルエックス)─セイバーガトムズ》

 

 XX-セイバー ガトムズ

 ☆9 ATK/3100

 

 現れたのは【X─セイバー】で最高レベルであり最も高い攻撃力を誇り切り札としての存在を見せるモンスターである。実質、何のサポートもなく伝説の龍と称される《青眼の白龍》を倒せるという事を考えれば当然だろう。

 《XX-セイバー ガトムズ》を見る二階堂だが、この場を見てある一つの状況を見出した。

 

「“ガトムズ”……っ、貴様まさかっ!?」

「ああ、そのまさかさ! 《XX-セイバー ガトムズ》の効果を使い《XX─セイバーレイジグラ》をリリースし相手の手札をランダムに捨てる一番左を選択するぜ」

「くっ……」

 

《XX-セイバー ガトムズ》の号令により《XX─セイバーレイジグラ》が光の粒子へと変貌し二階堂の手札の1枚を打ち抜く。ハンデス効果だ。これで二階堂の手札は4枚となるが。

 

「2枚目の“フォルトロール”の効果を発動! 今リリースした“レイジグラ”を蘇生し効果によりシンクロ素材にした《XX─セイバーフォルトロール》を回収する」

「貴様……」

「そして“ガトムズ”の効果をまた使うぜ! “レイジグラ”、2枚目の方の“フォルトロール”をリリースだ」

 

 さらに2枚削る。

 《XX-セイバー ガトムズ》の効果は1ターンに1度となるような制限はない。“X─セイバー”をリリースしてハンデスを行う効果は可能である限りいくらでも使えるのだ。

 

「まだ行くぜ! もう1度、回収した《XX─セイバーフォルトロール》を特殊召喚し“レイジグラ”を蘇生。効果でまた“フォルトロール”を回収する」

 

【X─セイバー】の無限ループだ。

《XX─セイバーレイジグラ》と《XX─セイバーフォルトロール》2枚をパーツとし1ターンに何度でも扱える“レイジグラ”、“フォルトロール”をリリースできるカードを使用する事で成り立つ。

 《XX─セイバーレイジグラ》をリリースしては“フォルトロール“で“レイジグラを蘇生。”それで“レイジグラ”の効果を使用する事で2枚目の“フォルトロール“を墓地から手札に加える事で特殊召喚が可能となる。そして、1枚目の“フォルトロール”、“レイジグラ”をリリースしては2枚目の“フォルトロール”で“レイジグラ”を蘇生する。

 かつて《マスドライバー》を用いる事で1キルコンボが行えるほどとなった事だ。現在では、《キャノン・ソルジャー》で可能だがコンボ以外でシナジーも薄く扱う事は少ないが《XX-セイバー ガトムズ》を用いれば相手の手札を全て捨てさせる事が可能である。

 

「これで最後、“レイジグラ”、“フォルトロール”をリリースするぜ」

「っ……手札が……」

 

 これで5回の《XX-セイバー ガトムズ》の効果を使用した。

二階堂の5枚もあった手札は0となったのだ。《速攻のかかし》等のカードがあったとしても手札や場に無ければ使用できず墓地に送られた今、それらは無意味となった。

 それどころか二階堂の場、手札にはカードが1枚も無い。

 

「ターン終了だ」

「くっ……僕は、負けるわけにはいかないんだ。ドロー!」

 

 彼、二階堂学人は勢いよくカードを引く。

 どれだけ勢いよく引いたとしてもカードの位置を入れ替えでもしない限り手札に来るカードは同じはずでありながら、さながら運命は自分の手で切り開くかのように。

 単純な話。このドローで次の創の攻撃を防ぐカードが来ればいいのだ。それも彼のデッキには、それが半分以上を占める故このドローで引く確率の方が多いかもしれない。

 だがしかし、彼は引いたカードを見て固まった。

 

「……あ」

 

 引いたのは《終焉のカウントダウン》。

 攻撃を防げるカードでなければ、すでに発動した今では《千眼の邪教神》にすら劣るカードかもしれないのだ。それどころか発動するコストすらない。

 

 皮肉な話だ。

 彼は、勝つためだけに組んだデッキ。しかし、その最後の最後で引いたカードである主要カードにて敗北する事となってしまったのだ。もはや次のターンで攻撃を防ぐ術は無い。敗北が決まりショックを受けたのかがくんと項垂れて両膝をついてしまう。手で顔を押さえ消えるような声で二階堂は呟いた。

 

「僕は……負けるのか。過去を……決闘者だった自分すら捨て、勝つためだけを考え挑んだというのに……それでも僕は勝てないのか?」

「生徒会長……それは一つ間違っているぜ」

「何……?」

「アンタは、この試合……ただ自分の主張を証明するために戦ったんだろ。それはいいけどさ……決闘(デュエル)の最中、とても苦しそうだったぜ。挑むというよりも、逃げるみたいにさ」

 

 二階堂学人という人物をよく知らない晃たちは創が逃げるみたいにという言葉は賛同しかねた。不機嫌そうに鋭い視線で敵でもみるかのような目をして勝負を行っていたぐらいにしか見えない。それは、一緒にいた時間があった創だからわかったのだろう。

 

「本来、遊戯王は楽しくやるものだし生徒会長だって遊戯王部で決闘をやってたのは楽しいのが理由……じゃないのか?」

「ふんっ……価値観が変わった。それだけだ」

 

 肯定はしない。

 それでも二階堂は否定もしなかった。

 

「まあ、どっちにしろ。遊戯王ってのは楽しんだもん勝ち……だと俺は思うぜ。本当に敗者がいるとすれば楽しめなかった奴だと思うけどさ」

「楽しんだもん勝ち……か。ちっ、気に食わん奴だ今の僕が本当の敗者だと言っているじゃないか……」

 

 不機嫌そうに舌打ちをして創を睨む。

 しかし、その目は敵を見るかのような視線では無くなっていた。二階堂は立ち上がっては膝を軽く手で払い短く単調に創へと告げた。

 

「終わらせろ。貴様のターンだ」

「……ああ」

 

 肯定し創は自分のターンへと入る。

 もう何もカードを使う必要は無い。ただバトルフェイズに入りモンスターで攻撃宣言を行えばいいだけなのだ。

 

 攻撃宣言を行い剣を構え一閃の太刀を与える《XX-セイバー ガトムズ》。

 攻撃力3100の一撃は残り2000しかない二階堂のライフを確実に0へと追いやるのだ。

 

 二階堂 LP2000→0

 

 ライフが0となった瞬間、終わりを告げるブザーが鳴り響く。

 勝者は新堂創。生徒会との対決は2勝1敗。遊戯王部の勝利で終わったのだ。

 

「ふんっ……」

 

 二階堂は不機嫌そうに踵を返し無言で戻ろうとする。

 敗者は何を吼えても負け犬の遠吠えにしかならないと理解しているからだ。だからでこそ、勝者である創の方が声をかけた。

 

「まってくれ生徒会長……」

「……何だ?」

 

 声をかけられたためか律儀にも足を止めて体をわずかに傾け創の姿を目でとらえる。

 いまだ不機嫌そうな二階堂に対し、さすがの創でさえ一瞬戸惑うかのような表情を見せたが迷いなく彼へと告げた。

 

「遊戯王部に……戻って来てくれないか?」

「…………」

 

 ほんの一瞬の間があいた。

 これは迷いなのだろうか二階堂は誘いを告げた創の姿を捉えながら沈黙する。

 

 彼が遊戯王部に戻ってくれれば5人となり団体戦にも参加できる。

 だが、それだけじゃない。例え部員が5人以上いても創は誘っていた。これは彼自身、また二階堂と楽しい決闘がしたいからでこそ誘うのだ。

 

 ほんの一瞬、沈黙していた二階堂は表情を和らげた気がした。

 だがしかし、それはほんの一瞬のみですぐにまた創に背を向けては会場を後にするように数歩前へと歩みを進めたのだ。

 

「断る」

 

 拒絶の言葉だ。

 二階堂は創の誘いを受け入れてはくれなかった。

 ほんの少しだが創にも落胆の表情が見えた。だが、二階堂はまた足を止めて振りかえずに彼へと言葉を述べた。

 

「退部した挙句、部を潰そうとした身だ。もう部に戻る権利もあるまい。それにもう僕の居場所はそこではない……生徒会(ここ)だ」

「…………」

 

 断った理由を述べた。

 退部したのと同じ様に責任を感じているのだろうか。だが、止まっていた足はいまだ動かずさらに言葉を続けて行く。

 

「──だが、僕ら生徒会は貴様らに負けたままでいるというのがどうしても気に食わん。いずれリベンジさせてもらうぞ! 今度は──貴様の言う『楽しい決闘(デュエル)』、とやらでな」

 

 言うべき言葉を言い終えたのだろうか。

 またもや歩き出し他の生徒会メンバーを終えて体育館を後にした。

 

 それを黙って見送った新堂創だったが、少しは彼も理解してくれたのだろうか?

 きっと全部とは言わずも少しはわかってくれたのだろう。

 

 2勝1敗。

 こうして生徒会との対決は幕を下ろした。

 

 

 



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第3章 転校生勧誘作戦
019.いや、違うんだ


 対生徒会戦より数日後。

 1年2組と表札が架けられたクラスの昼休みにてある取引が行われていた。

 

「カズ……約束の物は用意できているな?」

「へへっ、旦那もいい買い物をしたもので……」

 

 カズと呼ばれた男性は、1000円程度あれば購入できそうな安っぽい作りのリュックサックのチャックを開き中の品物が見えるようにもう一人の人物に差し向けた。中にはおよそA3サイズほどの書籍がギッシリとつまっているのだ。

 

「悪いな、持ってくるの大変だっただろ」

「いやいや、これで約束の品が手に入るのであればこの程度苦にすらなりませんよ。では、さっそく約束の品を」

「あ、ああ……」

 

 男は何か罪悪感で躊躇うかのようにポケットからゴソゴソと何かを取り出そうとする。

 教室の隅。このようなやり取りが行われている中に一人の少女が割って入った。

 

「アンタたち何やってんのよ!」

「んなっ、ひ、氷湊!?」

 

 突然の来訪者に驚きおもわず数歩、後へと飛び出してしまった二人のうちの一人である橘晃は見知った彼女の名前を思わず口にしてしまう。何もコソコソと教室の隅で怪しげな取引をしているのであれば彼女でなくとも誰かが止めに入ってしまうだろう。

 

「だから何、コソコソとやってんのよアンタたち。橘と……遠山君よね? 生徒会庶務の」

 

 ちなみに晃ともう一人、カズと呼ばれた少年の名前は遠山和成。

 あまり目立たなくはあったが数日前の生徒会戦で司会を務めていた人物であり、実は彼は晃や涼香と同じ1年2組の人物であった。

 彼、遠山和成は両手を前に突き出しては必至に言いわけの言葉を述べる。

 

「氷湊さん……これには海よりも深い訳があるんですよ」

「海より……ね。見たところ何かの本みたいだけど、まさか卑猥な本とかじゃないよね二人とも♪」

「「…………」」

 

 低いトーンで語る彼女だが、笑っていた。

 しかもこれ以上無い笑みで。ただし、目は明らかに笑ってはいないのだ。

 

 糸屋の娘は目で殺す、などという言葉がある。

 本来これは、美女が色眼をつかつて男子を悩殺することを現す言葉なのだが笑みでありながら目だけは笑っていない彼女の場合、本当の意味で目で殺されそうだ。

 しかし、別に彼らの取引する書物は決して彼女の言う卑猥な本では無い。弁明するように晃は中身を出して見せつけた。

 

「い、いや……オレたちが取引するのはこれだ。別にエロ本とかじゃ無い!」

 

 出された書物には『遊戯王ザ・ヴァリアブル・ブック』と書かれた本がギッシリとつまっていた。所謂、遊戯王のガイドブックのようなものでカードについての情報が書かれた書物なのだ。

 これを見ては、氷湊も晃の考えている事を理解する事ができた。

 

「へぇ……そういう事ね」

「まあ、そういうことだよ」

 

 橘晃という決闘者は勝率が限りなく低い。

 遊戯王を始めてからいまだ一カ月にも満たない彼だからでこその結果であるが、彼自身遊戯王カードについての知識も浅いというのがその中に関連する原因の一つでもある。

 

「やっぱ、あんな重要な局面で1キルされたってのもショックだったしな」

 

 彼が指しているのは生徒会戦で行われた第一戦目で彼が生徒会書記である初瀬小桃が扱った【歯車デミス】によって1ショットキルを行われた事だ。デッキやその場の引きの相性があったものの、廃部すら賭けた試合であっけなくやられたのを気にしていたのだろう。

 故に彼は、遊戯王の知識を得るべく遠山から遊戯王の書籍を借りることにしたのだ。

 

「だからさ、話してみればカズも遊戯王をやってる上にこの本を持っているって聞いたから譲ってもらう事にしたんだ。な?」

「お、おう!」

 

 同意を求めるようにカズこと遠山和成へと振ると彼も一瞬、慌てるも答えてくれる。

 無論、それがカモフラージュである可能性が無いわけではないため涼香は1冊1冊を手に取ってはペラペラと捲って確かめる。最初の1冊から最後の1冊まで間違いなく遊戯王関連の本だ。

 

「ふーん、だったら別にいいわ。けど、だったらこんな怪しく取引してるんじゃないわよっ!」

「ぐっ!?」

 

 晃からすればひさびさの蹴りだった。

 涼香が放った蹴りは見事、晃の鳩尾へとめり込むような形で入り込む。文句なしのクリティカルヒットだ。

 彼女が咄嗟に放っただけの一撃とはいえさすがに、これを受けて平然としていられるわけも無く晃は小さな悲鳴と共に仰け反り、涼香に邪魔される前からずっとポケットに入れていた手が抜き出てしまう。それと同時に、彼がポケットに入れていたカズ曰く約束の品という物までもが地面へと落ちる。

 

「あっ……!?」

「しまっ!?」

 

 二人が声を揃えて失態を明かすような声を上げてしまう。

 晃がポケットに入れていた例の約束の品とやらが原因だ。二人は即座にそれを拾い上げようと手を伸ばしたものの、一足先にその品は氷湊涼香の手へと渡ってしまった。

 

「へぇ……アンタたち……この写真はいったい何なのかしらね?」

「「いや、違うんだ」」

 

 咄嗟、背筋が凍りつくかのような冷たい目で睨まれ二人は綺麗に声を揃えては弁明する。

 それも彼女が拾いあげた品、1枚の写真のせいだ。映っているのは風景から見れば遊戯王部の部室だ。しかも、椅子に座って遊戯王をやっている涼香の姿が映っており珍しくも困り顔というブロマイドというやつだろうか。

 

「い、いや氷湊さん! これは晃が勝手に!」

「こらっ! カズ、お前一人だけ助かる気か!?」

 

 ちなみにだが、『遊戯王ザ・ヴァリアブル・ブック』を譲ってもらうために遠山和成が取引の条件として提示したのが、涼香の写真だ。あまり知られていないが彼女はクラス内においてはクールビューティーという印象で通っており男子からの人気が高い。

 

 故に彼は写真を取引の条件に持ち出したものの、さすがに本人に言って「はい、そうですか」と撮らせてくれる人物では無く盗撮という形でしか撮れないだろう。それは、この写真の彼女がカメラ目線でない事が物語っていた。

 

「ふぅ……どっちでもいいわ。どっちにせよ、二人まとめて制裁するつもりだもの」

「「っ……!?」」

 

 いつも通り。いや、それ以上とも思える穏やかな口調。

 そのはずなのだが、春先の気温の中二人は冷や汗を流していた。さらに表情は青ざめており死刑宣告を判決されたかのような感覚に見舞われたのだ。

 

 瞬間氷結の戦乙女。

 

 その二つ名の通り、晃と和成の精神的な面が彼女のやわらかくもゾッとする様な台詞に一瞬で凍えたと言えよう。二人とも彼女の運動神経は知っている。男子である二人には敵わないものの女子としては高く、殴られたり蹴られてりすれば一溜まりもない。

 制裁は嫌だ。だからこそ、必死に逃れようと何かしら策を練り始めた。

 

「そ、そうだ氷湊さん! だったら決闘(デュエル)しよう。それでボクが勝ったら見逃してくれ!」

 

 デュエル脳的発言だ。

 だが悲しいかな。ここは全てを決闘で決めるデュエルアカデミアや童美野町、ネオドミノシティなどのような世界では無いのだ。犯罪者を決闘で拘束するなんて事はしない。ごく普通に法で裁かれるのだ。

 

「嫌よ」

 

 きっぱりと言われた。

 さすがに自分の写真を盗撮された挙句、それを決闘で勝てた場合見逃せなどと言われても通すわけがない。第一、彼女自身にメリットなど何もないのだ。

 だから、ここは和成よりも彼女を知っている晃の出番だ。涼香は、決闘者としてプライドが人一倍高い事を利用するしかない。

 

「逃げるのか? いや、さすがにないよな氷湊に限ってそんな事」

「っ……なんですって?」

 

 わかり易いぐらいに挑発に乗ってくれる。

 

「そこまで言うのだったら、いいわ! 二人まとめて──」

 

 二人まとめてかかってあげる。

 などと口に出そうとした瞬間、彼女はそれは失言だと気付いた。

 

 彼女の実力ならまず、あの二人相手に1対1で負ける気は毛頭ない。

 だが、2対1ならどうだろうか?

 

 まず、晃については何の問題もない。

 プレイスタイルは【武神】の基本的プレイングを行う彼なのだが、何故か非常に弱いのだ。彼が1人や2人、まして100人でかかって来ようとも負ける気がしない。

 

 問題は和成の方だ。

 彼の実力が未知数なのだ。

 

 彼も庶務という役職でも生徒会のメンバーなのだ。別に生徒会のメンバー=決闘が強いなどと言う式が成り立つわけではないせよ前の生徒会戦で行われた3人は誰もが粒ぞろいとでも言えるような強さを持っていた。

 仮に、彼ら並みの実力を持っていたとすれば彼女といえど1対2では勝つ方が難しいだろう。

 

 そのような思考をしていた時だ。

 突如、思いもよらぬ来訪者が来た。

 

「あ、あのーお取り込み中のところ悪いのですけど、晃くんに涼香ちゃん。部長から今日の部活で伝言が……」

 

 などと割って入ってきたのはクラスが違うものの同じく遊戯王部メンバー1年の日向茜だ。この時、涼香は『チャンス!』と心の中で呟いては、即座に茜の手を取った。

 

「ごめん、日向さん力を貸して!」

「……え? え?」

「これで2対2! 文句は無いわね!」

 

 訳がわからず強制的に参加させられる茜。

 だが、これで晃と和成、涼香と茜でのタッグデュエルの条件が揃ったのだ。

 勿論、晃や和成は罪を逃れるチャンスとして文句を言う立場ではない。むしろ、チャンスが出来ただけ願ったり叶ったりだ。

 

「日向さんはデッキ持っているわよね?」

「え? はい、常に持ち歩いていますけど……あー、決闘(デュエル)するんですね。わかりました!」

「よし、行くわよ!」

 

 などと勢い込むが、この教室の場では決闘盤が無いどころか行うスペースすら無いのだ。そのため4人は机を2つくっつけてその上にカードを広げて行う事になる。

 遊戯王部メンバーの一人である茜はデッキを持ち歩いていた事。またここが他3人の教室であることからデッキの準備もスムーズに行われた。

 

「決闘盤が無いので先攻後攻を決めるわけですけど……また、コイントスにしますか?」

「そうだな。じゃあ、今度は裏にする」

 

 日向が可愛らしい柄の財布から百円玉を1枚取り出しては、指で高めに弾いた。

 上から下へと落ち、机の上で跳ねた百円玉はさらに数度跳ねたのち、桜の絵が上となって止まったのだ。こちらが表。

 かつて茜と始めての対戦を行ったときも、そうだが晃は2度連続で外した事になった。

 

「それじゃあ私たちの先攻ですね。どうしますか涼香ちゃん?」

「そうね。日向さんからでいいわ」

「了解しました」

 

 などと、向こうは向こうで順番を決めた模様だった。

 

「じゃあ、晃。先、頼むぜ」

「え? ……いや、別にいいけど」

 

 これで決闘の流れは茜、晃、涼香、和成の順と決定した。

 後は、決闘を行うだけだ。

 

「「「「決闘(デュエル)!」」」」

 

 4人が同時に開始の宣言を告げる。

 先攻プレイヤーである茜からこのタッグデュエルは始まる。

 

「私のターン、ドロー……と、あまり手札が良くないですね。では《手札抹殺》を発動します」

 

 開始早々手札交換のカードが発動される。

 互いのプレイヤーが手札を全て墓地に送り、送った枚数分ドローするというカードであるがタッグデュエルのルール上、茜と現在、意味がまったくないが優先権プレイヤーは和成なのでその二人が《手札抹殺》の効果を受ける事になる。

 茜のデッキは【フェニキシアン・クラスター・アマリリス】だ。墓地肥やしが重要となる彼女のデッキなら悪い手札を交換したどころか、少しでも有利な状況に持ち込んだ。

 

「では、《カードガンナー》を召喚して効果を発動します。デッキトップ3枚を墓地に送ってエンドフェイズまで攻撃力が1500上がります」

 

 カードガンナー

 ☆3 ATK/400→1900

 

 赤い小さなロボットの絵が書かれたカード。

 攻撃力は低いものの、このカードが持つ自己強化効果により墓地肥やしを行うことができる有能なカードだ。墓地に送られたのは《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》、《薔薇の刻印》、《ナチュル・チェリー》の3枚だ。

 

「うわ……さっそく“アマリリス”が落ちた」

 

 ちなみに、何度も彼女と決闘を行っている晃なら序盤で《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》が墓地に行った厄介さがわかる。幾度と復活するのに倒せばダメージを負い、残していればエクシーズへと繋がるこのカードの対処は難しい。

 

「カードを2枚伏せて、エンドフェイズです。《カードガンナー》の攻撃力が戻り、墓地の《ナチュル・チェリー》を除外して《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を守備表示で特殊召喚です」

 

 フェニキシアン・クラスター・アマリリス

 ☆8 DEF/0

 

 特殊召喚された彼岸花の様なモンスター。

 さて、どうしたものかと考えながらターンが移り晃の番が来た。カードを引き、現在の手札と相手の場を見てはどのようにプレイを行うかシュミレーションを行う。

 

「仕方ない。《武神─ヤマト》を召喚!」

 

 武神─ヤマト

 ☆4 ATK/1800

 

 もはやお馴染みの晃の主軸モンスターだ。

 彼の考えとしては《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》は置いておく。まずは、攻撃力が戻った《カードガンナー》を潰し少しでもダメージを与える事が重要だ。

 

「させません! 《激流葬》です!」

「うわっ、全体除去かよ!?」

 

 ただし、そう簡単に相手の思い通りにさせないのも決闘者の戦術の一つだ。

 モンスターの召喚、反転召喚、特殊召喚をトリガーとし場のモンスター全てを破壊するという強力な全体除去の罠カードである《激流葬》。これで晃の《武神─ヤマト》、茜の《カードガンナー》、《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》が破壊される。

 

「ここで破壊された2枚の効果です。《カードガンナー》の効果で1枚ドローして、“アマリリス”で800のダメージを受けてもらいます」

 

 晃&和成 LP8000→7200

 

 実際これで破壊されたモンスターの数は茜たちの方が多い。はずだが、2体ともが破壊される事で効果を発動するモンスター故にアドバンテージを稼ぐ事ができたのだ。現状、どちらが不利になったかと聞いてもはっきりと答える事はできないだろう。

 だが、幸いにも今日の晃の引きは良かった。

 

「だったら墓地の《武神─ヤマト》を除外し、《武神─ヒルメ》を特殊召喚!」

 

 武神─ヒルメ

 ☆4 ATK/2000

 

 天照大神の呼び名の一つ日霊(ひるめ)の名を持った武神だ。

 武神の中では珍しく展開力の強化を行えるモンスターであり攻撃力もアタッカーとしては十分だ。今、モンスターがいない茜たちの場ならば直接攻撃が可能。

 

「よしっ、バトルフェイズに入って《武神─ヒルメ》で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 涼香&茜 LP8000-2000→6000

 

 先手を取る事ができた。

 これで有利なのは自分たちだと晃が思った矢先、茜もそう簡単にやられはしないと墓地から1枚のカードを発動させた。

 

「いい攻撃です。けれど、詰めが甘いですよ! 墓地の《ヴォルカニック・カウンター》を発動させます!」

「ヴォルカニック……カウンター?」

 

 聞きなれないカードの名前に晃は首を傾げる。

 彼女とは幾度と対戦を行っていたが、今まで1度とそのようなカードを使用してきた記憶が無い。ならば、茜もデッキを改良していたのだろう。

 

「ふふ、私だって少しづつ進化していくんですよ! 戦闘ダメージを受けたとき墓地のこのカードを除外し、私の墓地にそれ以外の炎属性モンスターがいるため同数値のダメージを受けてもらいます!」

「っ……同数値!?」

 

 晃&和成 LP7200-2000→5200

 

 《手札抹殺》の時に墓地に送られたのだろう。条件として他の炎属性モンスターがいなければ発動できないものの彼女の場には《激流葬》で墓地に送られた1枚。《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》が存在するため効果も問題なく発動し、晃たちのライフも戦闘で与えた同等のダメージを負ってしまう。

 

「っ……カードを1枚伏せてターン終了」

 

 現在、ライフ差は対して無い。

 なのだが実力は総合的に見れば確実に向こうが上だ。どうしようと思いながら、次のプレイヤーである涼香のターンへと移った。

 

 

 



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020.いい加減しつこいねそれ

 ●橘晃&遠山和成 LP5200

 晃  手札3

 和成 手札5

 

□武神─ヒルメ

■unknwon

 

 ●氷湊涼香&日向茜 LP6000

 涼香 手札5

 茜  手札2

 

「私のターン、ドロー……む?」

 

 ターンの順番が回ってきて涼香のターン。

 彼女がドローフェイズにカードを引いたものの、不機嫌そうに唇を尖らせたのだ。それもこれも今回に限って彼女の手札があまり良くない。悪いと言うほどでもないが、いつものような爆発力を期待する事はできないだろう。

 

「まあ、いいわ……《フォトン・スラッシャー》を特殊召喚よ!」

 

 フォトン・スラッシャー

 ☆4 ATK/2100

 

 光子を纏った光り輝く戦士型のロボットのイラストのカード。

 晃の場の《武神─ヒルメ》の攻撃力を上回る攻撃力を誇る。

 

「加えて《E・HEROエアーマン》を召喚。効果によりデッキから《E・HEROバブルマン》を手札に加えるわ!」

 

 デッキから《E・HEROバブルマン》のカードを抜き出し手札に加えた。

 手札が無い時に特殊召喚が可能。己が戦士族である事も踏まえて、打点が高い戦士族ランク4エクシーズモンスターを呼ぶ素材になりうるカードであり彼女の重要カードの一つだ。

 

 しかも、もう一つの効果。

召喚時に他の場と手札にカードが無い時に《強欲な壺》と同等の効果を発動する確率が彼女の場合、異常に高い。

 

「行くわ! 戦士族レベル4、《E・HEROエアーマン》《フォトン・スラッシャー》でエクシーズ! 《H─Cエクスカリバー》をエクシーズ召喚!」

 

 H─Cエクスカリバー

 ★4 ATK/2000

 

 戦士族ランク4モンスターの1枚。

 彼女のデッキの打点上げの担当モンスターだ。

 

「さっそく《H─Cエクスカリバー》の効果を発動するわ。エクシーズ素材を二つ取り除くことで攻撃力を2倍にする!」

 

 H─Cエクスカリバー

ATK/2000→4000

 

 攻撃力の倍加。

 《オベリスクの巨神兵》と同士討ちとなるほどの力を持ったモンスターならば下級モンスター相手では話にならないだろう。

 

「バトルフェイズに入るわ。《H─Cエクスカリバー》で《武神─ヒルメ》に攻撃よ!」

「っ……通す」

 

 晃&和成 LP5200→3200

 

 手札に《武神器─ハバキリ》があれば《武神─ヒルメ》の攻撃力を同等の4000へと上昇させ相打ちに持ちこめただろう。それでも無いものは仕方が無いし、今この攻撃を防ぐ手段もないのだ。

 残りライフが半分の4000を切ってしまった。

 

「カードを1枚伏せてエンドフェイズ。墓地から《姫葵マリーナ》を除外して日向さんの《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を特殊召喚するわ」

 

 ライフ差3800とおよそ初期ライフ半分だ。

 状況は明らかに晃と和成が不利であり、さすが遊戯王部副部長と瞬間氷結の戦乙女の異名を持つ2人だ。

 

 しかし、この勝負は負けたくない。

 いや、負けられないのだ。

 

 ブロマイド(盗撮品)の取引を見逃してもらいたい一心で勝負に持ち込んだこの決闘で負ければいったいどのような恐ろしい罰が待っているのやら考えただけでもゾッとする。だからでこそ遠山和成は必死だった。彼なりにこの場を切り抜ける術を探る。

 

「だったら……ボクのターン、まず《聖剣アロンダイト》を《H─Cエクスカリバー》を装備させる!」

「聖剣!?」

 

 戦士族に装備可能なカードだ。

 漆黒の剣の絵が描かれた装備魔法を相手の場のモンスターへと装備させる。装備魔法の大半は攻撃力の増減が主であるが、このカードは効果を付与したりする類のカードのため装備した《H─Cエクスカリバー》の攻撃力は変化しない。

 

「《聖剣アロンダイト》の効果だ。《H─Cエクスカリバー》の攻撃力を500下げることで左の伏せカードを割らせてもらうよ」

「っ……」

 

H─Cエクスカリバー

ATK/4000→3500

 

本来の使い方は、自分の場に存在するモンスターに装備させ相手のバックを割ったりするのが主だが、《聖剣アロンダイト》においては条件さえ合っていれば相手モンスターに装備させ攻撃力の減少と伏せカードの破壊の二つの利点となる。

 それでも《磁石の戦士マグネット・バルキリオン》《メテオ・ブラック・ドラゴン》などと同じ数値なのだ。

 

悔しげに1枚の伏せカード《奈落の落とし穴》が墓地へと送られた。

 

「次に《聖騎士アルトリウス》を召喚!」

 

 聖騎士アルトリウス

 ☆4 ATK/1800

 

 王を選定する岩に刺さった剣を引き抜こうとする青年のイラストが描かれたカードだ。

 『アーサー王と彼の高貴なる円卓の騎士』に出てくるアーサー王本人をモチーフとされたカードだ。

 攻守ともに1800とバランスが良い通常モンスターであるが攻撃力が下がったといえ《H─Cエクスカリバー》には攻撃力が倍にでもならない限り敵わない。

 

「光属性、通常モンスターを墓地に送ることでこのカードは墓地から特殊召喚できる。《聖騎士アルトリウス》を墓地へ送り、《魔聖騎士ランスロット》を墓地から特殊召喚!」

 

 魔聖騎士ランスロット

 ☆5 ATK/2000

 

 漆黒い鎧とマントを携えた邪悪な雰囲気の騎士。

 アーサー王伝説においてアーサー、ガウェインを凌ぐとされる実力者でありながらグィネヴィアとの不義から対立し円卓の騎士の崩壊を招き、円卓の騎士を抹殺して武器を手に入れた裏切りの騎士と悪役とされたランスロット本人だ。

 

「墓地から……《手札抹殺》の時ね」

 

 そういえば、と涼香が思い出したように呟く。

 第1ターンの茜が一番始めに使用したカードであり、その時に効果を受けたのは和成の方だ。この効果を受けたことにより手札を墓地に送ったが、その中にあった1枚だろう。

 

「そうさ! けれど、それだけじゃない。墓地から《湖の乙女ヴィヴィアン》の効果を発動! レベル5の《魔聖騎士ランスロット》のレベルを1つ下げることで墓地から特殊召喚する!」

 

 魔聖騎士ランスロット

 ☆5→4

 

 湖の乙女ヴィヴィアン

 ☆1 DEF/1800

 

  アーサー王にエクスカリバーを授けた水の妖精もしくは湖の中に立つ城で暮らす魔法使いとされるカード。レベル1であり《レベル・スティラー》の様に《魔聖騎士ランスロット》のレベルを下げて特殊召喚されたがそれに意味がある。なぜならこのカードはチューナーだからだ。

 

「よし、レベル4となった《魔聖騎士ランスロット》とレベル1《湖の乙女》でシンクロ。《魔聖騎士皇ランスロット》をシンクロ召喚!」

 

 魔聖騎士皇ランスロット

 ☆5 ATK/2100

 

 元々邪悪に見える姿がさらに禍々しくなった姿のランスロットだ。

 攻撃力はたったの100のみしか上がっていないが、そのテキストの効果は《魔聖騎士ランスロット》の効果を上回る。

 

「《魔聖騎士皇ランスロット》がシンクロ召喚に成功したことでデッキから”聖剣”1枚をこのカードに装備できる。《聖剣ガラティーン》を《魔聖騎士皇ランスロット》に装備させる!」

 

 魔聖騎士皇ランスロット

 ATK/2100→3100

 

《デーモンの斧》と同等の1000アップ。

 ガウェインが愛用したとされる聖剣の効果だ。これで《青眼の白龍》さえ倒せる攻撃力を得たものの、あと少しだけ足りない。

 そのため和成はさらに1枚のカードを付け足した。

 

「これならどうかな? 《聖剣カリバーン》を続けて装備!」

 

 魔聖騎士皇ランスロット

 ATK/3100→3600

 

 黄金の剣。かつてアーサー王が王に成るために岩から引き抜いた剣の名を持つ聖剣だ。

 効果は、二つ。その一つである装備者の攻撃力500の上昇により《魔聖騎士皇ランスロット》の攻撃力がやっと《H─Cエクスカリバー》を上回った。

 

「まずは《聖剣カリバーン》の効果でライフを500回復させる。そしてバトルフェイズ!」

 

 晃&和成 LP3200→3700

 

 500のライフ回復。

 決して高くは無いとはいえ、時としてライフ100、200が残り生き長らえる場面だって決して無いわけではない。気休め程度だが、使わない手は無いだろう。

 

「攻撃力が上がった《魔聖騎士皇ランスロット》で《H─Cエクスカリバー》を攻撃!」

「ちっ……」

 

 涼香&茜 LP6000→5900

 

 《聖剣アロンダイト》での攻撃力減少。

 《聖剣ガラティーン》《聖剣カリバーン》の2枚での攻撃力上昇。

 

 結果、3つの聖剣を用いることで神にも匹敵する攻撃力のモンスターを倒すことができた。【聖騎士】の真骨頂は聖騎士と聖剣が噛み合うことで発揮する。

 それは晃が使う武神と武神器を組み合わせる【武神】と類似していた。

 

「そのまま墓地へ送られた”アロンダイト”を《魔聖騎士皇ランスロット》に装備。エンドフェイズまで行くけどバトルフェイズ終了時に戦闘破壊に成功した《魔聖騎士皇ランスロット》の効果でデッキから《聖騎士ガウェイン》を手札に加える」

 

《魔聖騎士皇ランスロット》のもう一つの効果は、戦闘でモンスターを破壊したバトルフェイズ終了時に”聖騎士”か”聖剣”をサーチする効果だ。どちらもサーチできるというのは【聖騎士】としてかなり優れた効果だろう。

 

「では、私のターンですね。《コピー・プラント》を召喚します」

 

 コピー・プラント

 ☆1 ATK/0

 

 かつて晃と対戦した時にレベルを変化させ《No.107銀河眼の時空竜》をエクシーズ召喚したカードだ。チューナーでレベルのコピーを行えるこのカードはシンクロ、エクシーズともに扱える。

 

「それでは《コピー・プラント》の効果で《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》のレベルをコピーしますね」

 

 コピー・プラント

 ☆1→8

 

 これで茜の場にはレベル8となった《コピー・プラント》と《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の2体が揃った。当然の如く、茜はエクストラデッキへと手を伸ばした。

 

「レベル8《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》《コピー・プラント》でエクシーズです! 《森羅の守神アルセイ》をエクシーズ召喚!」

 

 森羅の守神アルセイ

 ★8 ATK/2300

 

 森精の名、アルセイドを司るカード。

 ランク8にしては低い攻撃力だが、守備力は固い3200だ。それでも攻撃表示であるのは何か理由があるはずと思った矢先、さっそく効果を使用した。

 

「《森羅の守神アルセイ》は1ターンに1度、カード名を宣言しデッキトップを捲り該当するカードであれば手札に加える事ができます。私が宣言するのは……そーですね適当に《ワイト》でも宣言しときますね」

 

 なんて適当にカード名を一つ宣言した。

 彼女のデッキは植物族や炎属性と言ったカードが入った【フェニキシアン・クラスター・アマリリス】だ。なぜ闇属性アンデット族モンスター。それもレベル1のバニラモンスターなのだろうか。そもそもデッキに入っているのか。

 茜が捲ったカードは、当然の如く《ワイト》ではなかった。

 

「《超栄養太陽》ですね……違った場合は墓地に送ります。まあ、もともと《ワイト》なんて入っていないのですが」

 

 入ってないのかよ。

 など心の中で晃がツッコミを入れる。

 

「ですが、これで”アルセイ”の第二効果が発動します。私のデッキからカードが墓地へ送られたことでエクシーズ素材を一つ取り除き、場のカードをデッキの一番上か下におくことができます。それで《魔聖騎士長ランスロット》をバウンスします」

「うわっ……そう来たよ……」

 

茜は重ねていた《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を取り除いて効果を発動させる。《魔聖騎士皇ランスロット》はシンクロモンスター故、デッキの上下は関係無い。普通にエクストラデッキへと戻された。

 当然装備していたカードも墓地へと行く。

「ではバトルフェイズに入りますね。《森羅の守神アルセイ》で直接攻撃(ダイレクトアタック)です!」

 

 ああ、成程ねと和成は感心した。

 茜の墓地にはバーン効果を持つ《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》が存在する。破壊されるたびに800のダメージを与えるカードだが、今の直接攻撃を受ければ残りライフは1400と2回効果を通すだけで負ける。

 元々、彼女のデッキは長期戦などで発揮するようなタイプであるがこの場の様なライフ差があり攻められる時点ならとことん攻める。よく考えているなと呟いた。

 

「まあ……勿体ないけど《リビングデッドの呼び声》を発動。《魔聖騎士ランスロット》を蘇生させる」

「そうですか、けれど攻撃は続行しますよ?」

「どうぞ」

 

 晃&和成 LP3700→3400

 

 この場で《リビングデッドの呼び声》を使うのは勿体ないと感じたものの、それでもダメージを減らさなければと思った一心で発動させた。おかげで受けたダメージは直接攻撃より2000減少の300ダメージだけだ。

 

「カードを2枚伏せて、エンドフェイズに入ります。墓地の《コピー・プラント》を除外して《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を特殊召喚します」

「いい加減しつこいねそれ。なんとかならないの?」

 

 などと皮肉げに語る。

 3度蘇ったことになるが、破壊すればダメージを受け破壊しなかったらエクシーズ素材になったりで散々だ。ちなみに、それは晃も体験済みである。

 

「そーですね。除外に弱いですけど……2人のデッキではできると思いますか?」

「「無理」」

 

 口を揃えて答えた。

 【武神】を使う晃は、自身のカードを除外したりはして活用することがあるが《次元幽閉》《ブラック・コア》などのカードは入れていない。【聖騎士】を使う和成も攻撃重視のデッキであり聖騎士、聖剣などのバランスを考え入れる余裕が無い。

 結果、不可能だと判断された。

 

「まー、オレのターンからか」

 

 うじうじしても仕方が無い。

 続いて晃のターンから開始された。

 

 

 




 


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021.このターンで覆して見せる

 

 ●橘晃&遠山和成 LP3400

 晃  手札3

 和成 手札3

 

 ●氷湊涼香&日向茜 LP5900

 涼香 手札4

 茜  手札0

 

 □森羅の守神アルセイ

 □フェニキシアン・クラスター・アマリリス

 ■unknwon

 ■unknwon

 

「オレのターン、ドロー!」

 

 2順目の晃のターンが回ってくる。

 ライフ差、ボードアドバンテージは圧倒的に不利であるが、まだ挽回できないほどではない。手札も上々、この場で一つ先手を取っておくべきだと判断する。

 

「《おろかな埋葬》を発動してデッキから《武神─サグサ》を落とす」

 

 《武神─サグサ》は墓地から発動する類の武神器だ。しかしこのカードの効果は“武神”と名の付いた獣戦士族に1度のみの破壊耐性を付与するという効果であって、この場のピンチを切り抜けるには受け身すぎる。

 けれど、ここで自身の効果以外で特殊召喚不可の《武神─ヒルメ》を除き墓地と除外から“武神”が揃ったのだ。

 

「《武神降臨》を発動! 墓地から《武神─サグサ》、除外から《武神─ヤマト》を特殊召喚する!」

「成程、そのための《おろかな埋葬》ですね」

 

 一気に場から2体のレベル4モンスターが出揃った。

 この場で行うのはやはり、エクシーズ召喚。レベル4にはただいな幅があるが、《武神降臨》の制約によりエクシーズ先は獣、獣戦士、鳥獣のみに縛られるために彼が呼ぶのはやはりあのモンスターである。

 

「《武神─サグサ》《武神─ヤマト》でエクシーズを行う! 《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚だ!」

 

 武神帝─スサノヲ

 ★4 ATK/2400

 

「《武神帝─スサノヲ》の効果発動! エクシーズ素材の《武神─サグサ》を捨てることでデッキから《武神─ハバキリ》を手札へ加える」

 

 いつも通りのパターンだが、これは純粋に強い。

 元々の攻撃力が2400を誇る《武神帝─スサノヲ》の攻撃力を倍にさせる《武神─ハバキリ》が手札にあるだけで4800の打点を与える。加えて破壊耐性を付与する《武神─サグサ》もあるのだ。正直、この様なプレイングで何故いつも負けるのだろうと考えながらも続けて行く。

 

「バトルフェイズ! 《武神帝─スサノヲ》で《森羅の守神アルセイ》を攻撃!」

 

 涼香&茜 LP5900-100→5800

 

 微々たるダメージを与えただけだが、バウンス効果を持つ《森羅の守神アルセイ》を倒しただけでも良しとしよう。ちなみに、ここで《武神器─ハバキリ》の効果は使用しない。

 次の涼香のターンで彼女の戦術で対策抜きで耐えきれるほど甘くはないのだ。

 

 《武神帝─スサノヲ》は全体攻撃可能なモンスターだ。

 けれど、守備表示の《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を倒してもダメージは0であり、バーン効果と再生効果を持つ故に攻撃しないほうが良いと判断しバトルフェイズを終了した。

 

「メイン2。カードを1枚伏せてターン終了」

「そう、なら私のターンね」

 

 涼香は静かにカードを引く。

 引いたカードを合わせて5枚となる手札から、まずは1枚のカードを使用する。

 

「《ナイト・ショット》発動! 伏せカード1枚を割らせてもらうわ!」

「え、っと、確か対象となったカードは発動……できないんだよな」

 

 そう言いながら、1枚の罠カードが破壊されるが、涼香は眉を細めた。

 なにせ破壊したカードはまごうことなくハズレなのだ。

 

「まあ、いいわ《ゴブリンドバーグ》召喚よ!」

 

 ゴブリンドバーグ

 ☆4 ATK/1400

 

 出したカードは、彼女が主に扱うHEROのカテゴリとは違うカード。

 このとき、涼香は新たに手札からもう1枚のカードを場へと出した。

 

「《ゴブリンドバーグ》が召喚に成功したことでレベル4以下の《E・HEROバブルマン》を特殊召喚するわ。そして、このカードは守備表示となる」

 

 E・HEROバブルマン

 ☆4 ATK/800

 

 ゴブリンドバーグ

 ATK/1400→DEF/0

 

 前の彼女のターン《E・HEROエアーマン》の召喚時の効果でサーチしたカードだ。本来ならば手札がこのカードのみのときに特殊召喚しエクシーズに繋いだり、場と手札が無いときにドローすることで活用するが、今回は条件を満たしていないため使えない。

 

「行くわ! ランク4《ゴブリンドバーグ》《E・HEROバブルマン》でエクシーズ! 《交響魔人マエストローク》をエクシーズ召喚!」

 

 交響魔人マエストローク

 ★4 ATK/1800

 

 かつて守りを固めるために創との勝負で使用したカードだ。

効果は、確かエクシーズ素材を取り除くことで発動する破壊耐性と……裏側守備へ変更──。

 

「あっ……マズッ!?」

「“ハバキリ”があるのを知ってて馬鹿正直に攻めるわけないでしょ! 《交響魔人マエストローク》のエクシーズ素材を一つ取り除くことで《武神帝─スサノヲ》を裏側守備に!」

 

 悔しそうに晃は、表だったエクシーズモンスター《武神帝─スサノヲ》を裏側へと返す。いくら攻撃力強化モンスターが手札にあっても、守備表示になってしまえば扱いようもないだろう。

 

「加えて《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の《E・HEROエアーマン》と“バブルマン”を除外し融合! 《E・HEROアブソルートZero》を融合召喚する!」

 

 E・HEROアブソルートZero

 ☆8 ATK/2500

 

 追撃の如く展開する。

 呼ばれたのは彼女の切り札とも呼べるモンスター。絶対零度の名を持つ英雄。

 このモンスターの絶大な効果を併用した戦術が彼女のデッキの要なのだ。

 

「日向さんの《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を攻撃表示に変更してバトルフェイズよ! 《交響魔人マエストローク》で伏せ状態の“スサノヲ”に攻撃!」

「っ……」

 

 攻撃を受け表となる《武神帝─スサノヲ》。

 なんとしても守りたいと思うものの、墓地の《武神─サグサ》はダメージステップには発動できない。結果として守備力1600しかない《武神帝─スサノヲ》は打ち倒される。

 後、残るのは攻撃力2000以上を越える《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》、《E・HEROアブソルートZero》の2体だ。まともに受け止めることは不可能である。

 

「っ、だったら“武神”の獣戦士族が破壊されたため《武神─ミカヅチ》を手札から特殊召喚!」

 

 武神─ミカヅチ

☆ATK/1900

 

 《武神帝─スサノヲ》が破壊されたことで効果により特殊召喚された《武神─ミカヅチ》。

 攻撃力では、攻撃を控えている2体の劣るものの攻撃表示なのは手札に《武神─ハバキリ》があるからだろう。

 

「けれど、関係ないわ! 《E・HEROアブソルートZero》で攻撃よ!」

「なら墓地から《武神器─サグサ》の効果を発動し《武神─ミカヅチ》に破壊耐性を付与し、ダメージ計算時《武神─ハバキリ》を発動!」

 

 武神─ミカヅチ

 ATK/1900→3800

 

 涼香&茜 LP5800→4500

 

「チッ──だけど、怯むわけないわ! 破壊された《E・HEROアブソルートZero》の効果を発動!」

「いや、《武神器─サグサ》の効果を受けたため、1度のみ破壊を免れる。《武神─ミカヅチ》は破壊されない!」

「そう、うっとおしいけど、2度目はないのなら《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》で倒させてもらうわ!」

 

 橘晃&遠山和成 LP3400→3100

 

 晃が語ったように1度《E・HEROアブソルートZero》の効果を防いだためもうすでに《武神器─サグサ》の効力は切れてしまった。そのため攻撃力が上回る《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の攻撃で破壊されてしまった。

 そして、自身のカードのため茜が続いて今攻撃したカードの効果を述べる。

 

「攻撃した《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》は、自壊する効果がありますが、破壊されたため800のダメージを受けてもらいますよ」

「ああ、そういや……そうだ」

 

 橘晃&遠山和成 LP3100→2300

 

 じわじわと削られて行く。

 残りライフも若干というこの場面で、辛いところもあるが、幸いにしてこのターンの涼香の攻撃は終わった。

 

「バトルフェイズを終了してカードを1枚伏せるわ。これでエンドフェイズに墓地から《森羅の守神アルセイ》を除外して“アマリリス”を蘇生するわ」

「……じゃあ、ボクのターン!」

 

 カードを引く和成。

 状況は不利だ。なら、どうすれば勝てる?

 

 思考する中で、和成は一つの結論を出す。

 

「まずは墓地から晃の《ブレイクスルー・スキル》を発動! 対象は《交響魔人マエストローク》!」

「……いいわ、受けてあげる」

 

 効果無効を受けこのターン、破壊耐性で壁にもなる《交響魔人マエストローク》の破壊耐性を消す。和成の出した結論は一つだ。

 このターンで決着をつけるないし、致命傷ほどのダメージを与え優位に立ちこむことであるのだ。わかりやすく言えば〝攻撃は最大の防御なり〟である。

 

「《思い出のブランコ》を発動! 墓地から通常モンスター《聖騎士アルトリウス》を蘇生し、場に光属性通常モンスターがいるため《聖騎士ガウェイン》も手札から特殊召喚!」

 

 聖騎士ガウェイン

 ☆4 DEF/500

 

 前に《魔聖騎士長ランスロット》の効果でサーチされたカードだ。

 これで2体のレベル4モンスターが揃った。

 

「このカードならどうかな? レベル4《聖騎士アルトリウス》《聖騎士ガウェイン》でエクシーズ! 来い、《聖騎士王アルトリウス》!」

 

 聖騎士王アルトリウス

 ★4 ATK/2000

 

 光り輝く鎧を纏い王としての風格を露わにした《聖騎士アルトリウス》をエクシーズ召喚する。攻撃力では2000と攻めるにしては足りないものの効果を駆使して攻め上げる。

 

「エクシーズ召喚した《聖騎士王アルトリウス》の効果で墓地から3枚の“聖剣”を装備──」

「させないわ! 《デモンズ・チェーン》を発動して《聖騎士王アルトリウス》を対象にするわ!」

「っ……」

 

 《デモンズ・チェーン》の効果により効果と攻撃を封じられてしまう。

 けれど、それだけでは怯まない。即座に新たなカードを発動させる。

 

「だったら、墓地から《聖剣エクスカリバー》を発動! 除外することで“聖騎士”のエクシーズモンスター《聖騎士王アルトリウス》をエクシーズ素材とし、新たにエクストラデッキから“聖騎士”のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚できる。現れろ《神聖騎士王アルトリウス》!」

 

 神聖騎士王アルトリウス

 ★5 ATK/2200

 

 《聖騎士王アルトリウス》が1つランクアップしたモンスター。

 両手に剣を構え数多の戦場を越えた王の姿である。

 

「《神聖騎士王アルトリウス》もエクシーズ召喚した時、墓地から“聖剣”を3枚装備する効果を持つ! 墓地から《聖剣カリバーン》、《聖剣ガラティーン》、《聖剣アロンダイト》を装備!」

 

  神聖騎士王アルトリウス

  ATK/2200→3700

 

 3本の聖剣の装備。

 《神聖騎士王アルトリウス》は切り札に相応しい能力と力を手に入れた。残りライフを削りきるには、至らないが状況を覆ることならば軽々と行くだろう。

 

「まずは、《聖剣カリバーン》の効果でライフ500を回復し《聖剣アロンダイト》の効果を発動させ《神聖騎士王アルトリウス》の攻撃力を500下げることで左の伏せカードを破壊!

 

 橘晃&遠山和成 LP2300→2800

 

神聖騎士王アルトリウス

 ATK/3700→3200

 

 聖剣の効果を発動させて行く。

 ライフ回復は気休め程度だが、継続的にバーンを行う《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の前ならば十分効果的だ。次いで《聖剣アロンダイト》で破壊したのは、くしくもブラフだった《強欲で謙虚な壺》。

 破壊した意味はあまりなかった。

 

「さらに《神聖騎士王アルトリウス》の効果も発動するよ! エクシーズ素材を一つ取り除くことでこのカード以外のモンスター1体を破壊できる。《交響魔人マエストローク》を破壊!」

 

 《ブレイクスルー・スキル》の効果を受けたため破壊無効効果を扱うことができずに破壊されてしまう《交響魔人マエストローク》。残るは《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》1体のみだ。

 

「ボクはまだ通常召喚を行っていない! 《聖騎士ガラハド》を召喚!」

 

 聖騎士ガラハド

 ☆4 ATK/1500

 

“聖騎士“の中で多い”聖剣“を装備することで効果を発揮するモンスターを召喚した。それでもすでに彼の手札には聖剣が無いのであるが、今は攻撃力が1だけでもあれば十分だ。なにせ守備力0の壁を破るだけに必要なのだから。

 

「バトルフェイズ! 《聖騎士ガラハド》で《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》を攻撃するよ!」

「……破壊された《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》の効果で800ダメージを受けてもらうわ」

 

 橘晃&遠山和成 LP2800→2000

 

 残りライフ2000まで削られるが、それは元より承知の上だ。

 現在、攻撃を控える《神聖騎士王アルトリウス》の攻撃が通れば相手の方がライフが少なくなる上、返しの茜の手札は0枚だ。攻撃力3200ものモンスターがいるこの状況においては勝率は晃、和成らの方に向くだろう。

 

「これで形勢逆転! 《神聖騎士王アルトリウス》で攻撃するよ!」

「……甘いわ!」

 

 だが、この時和成は、場に残った1枚の伏せカードを考慮していなかった。

 表となる1枚のカードは緑色の速攻魔法。別段、モンスター破壊や表示形式の変更、攻撃を止めるような効果ではないが。

 

「日向さんの《異次元からの埋葬》を発動! これで除外されている《コピー・プラント》《森羅の守神アルセイ》そして……《ヴォルカニック・カウンター》を墓地へと戻すわ!」

「……あ」

 

 涼香&茜 LP4500→1300

 

 一気に3200ものダメージが彼女たちのライフを削っていくが、素直に喜べない。むしろ最悪なのだ。涼香が戻した《ヴォルカニック・カウンター》の効果はこの決闘の序盤に使われ、二人とも知っているのだ。

 墓地に存在し他に炎属性がいるときに戦闘ダメージを受けるという条件が満たされ強制的に発動する。その効果は受けたダメージと同数値の効果ダメージを受けること。

 

 橘晃&遠山和成 LP2000→0

 

 結果として、晃と和成のライフは0となった。

 

「さぁて、言い残すことがあるのなら聞くけど」

「「っ……!?」」

 

 途端、二人は鳥肌が立つほどの悪寒に見舞われた。

 忘れたわけではない。この決闘で勝てば写真に関するお咎めは無し。だが、敗北すれば待っているのは彼女からの制裁なのだ。

 

 手をポキポキと鳴らす涼香の迫力は、ただの女子校生の比ではない。

 気分はまるで死刑台に立たされた死刑囚のような感じだ。

 

「いや……」

「あのさ……」

 

 決闘で負けたため言い訳を言うことすらできない。

 

「あ、部長からの伝言を忘れてました。橘くん、涼香ちゃん。今日の部活はちょっとお客さんが来るそうですよ! ……では、私はこのへんで失礼します!」

 

 若干、早口言葉でしゃべりそそくさと逃げる教室を後にする茜。

 それも涼香の迫力は、向けられた晃や和成以外すらも圧倒するものだから仕方ないだろう。残された二人……助けてくれる人さえもいない。

 

「ふぅ……仕方ないわね。二人ともちょーとだっけ歯ぁ食い縛りなさい!」

「……あー」

 

 ここで二人は完全に観念した。

 

 結果として、二人とも涼香からきょーーーれつなビンタを貰い、痛みのあまり1時現目は保健室で過ごしたのはまた別の話。

 

 

 

 

 






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022.転校生が来る!

「転校生が来る!」

「……はい?」

 

 涼香の断罪を受けた日の放課後。

6限目の英語の授業を終え、晃は荷支度を終えたのち真っすぐ部室へと向かって行った。涼香とはクラスが同じだからと言って一緒に部活へ行くということは無い。まして、今回の盗撮写真という件を含めいっそう溝が深まった感じだ。

そのため晃は一人で遊戯王部の部室の扉を開けたのだが、それと同時に既に部活を始めていたのか、テーブルにカードを広げては決闘を行っていた創と茜のうち、創は晃に対して突如、意味不明に〝転校生が来る!〟と告げたのだ。

 

 言葉の意味は理解できるものの、意図を理解できない晃は目を点にして唖然とした。それも当然だろう。誰だって突拍子も無い言葉を言われて、『はいそうですか』と理解できるはずがない。

 

 自信満々な表情で告げる創に、困った顔で笑う茜。

 この困惑した空気を壊したのは、この場の3人では無く、晃からすれば予想外の人物だった。

 

「相変わらず前振りも無くよくも語れるな。貴様は」

 

 整った黒い髪に、黒色のフレームの小さなレンズの眼鏡。優等生と思われるような顔立ちであるが、唯一その眼光だけは鋭く睨んだ相手を怯えさせることぐらいはできそうな人物。

 生徒会の長、生徒会長〝二階堂学人〟だ。

 

「って、生徒会長ぉっ!?」

 

 驚きのあまり叫ぶかのような大声を上げてしまった。

 それも、かつて遊戯王部メンバーでありながら遊戯王部を潰そうとし創から遊戯王部へ戻ってくれという誘いを断った人物なのだ。この場にいるのはあまりにおかしい立場とも言える。

 二階堂は、何故か遊戯王部にあるパイプ椅子に座り部の備品らしき雑誌の一つである〝月刊デュエリスト〟と呼ばれる名前からして遊戯王関連の雑誌を見ていたのか、手元からその雑誌の表紙が見える。そんな彼は、晃が上げた大声を不快に感じたのか目元をより一層鋭くさせ晃を睨む。

 

「五月蠅いぞ。まったく貴様らは、もう少し静かにできないのか?」

「あ、すんません……というか、何故に生徒会長がここに?」

「ふんっ……僕の勝手だ」

 

 などと切り捨てるかのように晃の質問に答えてくれない。

 それどころか興味が無いと言いたげな様に再び、二階堂は視線を雑誌へと戻したのだ。

 

 途端、扉がガラリッと音を立てて開いた。いまだ部室に来てなかった遊戯王部の部員である涼香が入っては、中の様子を察して晃の時よりも早く生徒会長の存在に気付く。

 

「何だか騒がしいわね……というよりも、何で生徒会長がいるのよ?」

 

 などと今度は涼香までもが問い詰める。何故だか遊戯王部の部室に来て雑誌を読む生徒会長は、やれやれと言った感じで雑誌を閉じたのち立ち上がって答えた。

 

「……掻い摘んで話せば、貴様らが不甲斐ないからだ」

 

 挑発気味に遊戯王部メンバーに対して語る。

 もうすでに理由がわかっているのか、創や茜はどこ知らぬ顔で聞き流し、事情を知らない晃は首を傾げ、挑発されたのが気に食わない涼香は二階堂を睨みかえす。

 

「部活は3人以上というのが規則だが……貴様らが団体戦に出るというのなら最低5人が必要だ。だが、既に5月の中旬だというのに、今だ新しい部員が入らないではないか」

「まあ……俺たちも勧誘しているんだけどなぁ」

 

 などと創は語る。

 だが、それは勧誘と呼べるのだろうか。かつて晃が意味もわからずにキレた魔王と勇者ごっこ的な三文芝居。それを主に創と茜が行っているだけだ。晃は、参加せずにただ保然と見守るかのように立ちつくしており、涼香に至っては『付き合ってられないわ』と帰る始末だ。

 

「そもそも、この地区には遊戯王を専門する第七決闘高校が存在する。本当に遊戯王がやりたい奴であるならば、まず向こうへ入るのが道理だ。貴様らの様な変わり者がそう何人もいるわけないだろう?」

 

 腕を組み、仁王立ちで高らかに発言する二階堂。

 確かに、近隣には遊戯王を専攻する学校が存在する。遊戯王を軽い趣味程度で行う人物はこの学校にもいるのだが、遊戯王部などで本気で大会を目指すかのような熱意を持った人物がいないのである。ごもっともな話だと晃は思う中、彼の発言が気に食わないのか涼香は即座に二階堂の左腕を掴む。

 

「誰が変わりものですって? 見下すような発言をするんじゃないわよっ!」

「っ……貴様ぁっ……痛っ、やめろ、その関節はこれ以上、曲がらなっ……」

 

 突如、悲鳴にも似た声が部室に響き渡った。

 涼香は二階堂の左腕を掴んだと思うとまず背中へ押し当てたのち上へと関節を曲げた。この曲げ方ではせいぜい肩より下程度までしか曲がらないであろうが、彼女はそれを首元まで無理矢理へし曲げたのだ。形はまったく違うがまるで腕挫腕固のような技だ。

 結果、無理に至った激痛により普段から冷静そうで敵役として強敵のような雰囲気を出していた二階堂は悲鳴を上げて崩れ去った。かつて遊戯王部を潰そうとした人物が、ここで涼香によって潰されたのだ。

 

「なんだろう。生徒会との決戦の時は、強敵っぽかったのに……」

「あれですよ。多分、やられた敵役が小物臭を放つような現象ですよ」

 

 確かにそんな感じだった。

 哀れ二階堂。強敵から小物へと格下げだった。

 

「まあまあ、だから生徒会長は情報を提供してくれたんだ」

「情報……?」

 

 宥めるように押さえる創に、涼香は首を傾げた。

 その情報とやらを聞いていないから当然だろう。

 

「っ……その通りだ、この乱暴娘が……。まず、1年はすでに規則で部活に入っている。ここで急に部活を変えたりなど面倒だと感じるだろう。2年、3年においては部活に入る規則は無い故に1年から続けている部にしか所属する者がほとんどであり、後は部活に入る気も無いやつらばかりだ」

 

 二階堂の言うことはもっともだ。

 晃とて、もともとは入る部活が決まらず途方に暮れていた時期があったが、この学校に1年は原則的に部活に入らなければならないという規則が無ければ入らずにいたであろう。

 だが、逆に考えれば──。

 

「って、それだと誰も遊戯王部に入る人がいないってことじゃないスか……」

「焦るな。だから情報を提供しに来てやったと言っただろう」

 

 これが二階堂が遊戯王部に来ていた理由なのだろう。

 彼とて、元は遊戯王部のメンバーだった。だからでこそ、今の状況の打破のために外部という立場でありながら協力してくれるのだ。

 

「来週あたりで転校生が来る。1年……それも、確かそこの乱暴娘と影が薄い奴のクラスにだ」

「っ……乱暴娘ですって……」

「影が……薄い奴……」

 

 ここで、創の〝転校生が来る!〟などという台詞と繋がった。

 が、それ以上に1度目は聞き流したが、すでに定着された〝乱暴娘〟と言う呼び名に涼香は怒りを見せるかのように握り拳をつくりわなわなと震わせ今にも、先ほどのような暴挙に出そうな態度を見せる。

 さらには、〝影が薄い奴〟と言われた晃は項垂れていた。

 

「ま、まあ……呼ばれ方なんて気にしても仕方ありませんよ。むしろ、私なんてあだ名で呼ばれたことがありませんからっ!」

 

 と、フォローのような事をしてくれる茜。

 けれどさすがに、この呼び名はあだ名というものではないだろう。

 

「まあ……次、言ったら潰すわ。で、その子が遊戯王部に入ってくれるの?」

 

 肝心な点で涼香が質問をする。

 しかし、それを二階堂は首を横に振って否定した。

 

「いや、直接会ったわけではないからな。僕にもわからん……だが、実際そいつの両親から話を聞くことはできた。どうにも、ネット決闘で相当な実績を積んでいるらしい」

「ネット……決闘?」

 

 聞きなれない言葉におもわず晃は口に出して首を傾げた。

 その意図を理解した茜は、『そうですねー』と口ずさみながら解説していく。

 

「言うなれば、パソコンとかのネット上で行う決闘のことです。実際にカードが無くても遊べますし、遠い場所の人たちとも対戦ができるんです」

「ああ、成程」

「実績か……つまり、相当やるってことだろ?」

「ああ、データベースに棋譜が残っていたが……見たところで良く見積もれば僕や橋本元部長にも相当する」

 

 この言葉を聞けば創は『そうか……』と軽く満足げに頷いた。

 橋本元部長という人物については晃たち1年生は知らないものの、二階堂はかつて【終焉のカウントダウン】を用いたとはいえ、あの創を追い詰めたのだ。それに相当するとなれば十分な戦力とも言えるだろう。

 しかし、ここで二階堂は『……だが』と言葉を濁した。

 

「しかし、これには妙に思えることがある」

「……妙?」

「ああ、実力は十分にあるが──インターミドルはおろか、一般の大会に参加した形跡が一切無い……言うなればネット決闘専門だ。カードを持っていないか、はたまた何か理由があるのか──」

 

 顎に手をやり考えるかのような素振りを見せる二階堂。

 実力があるのであれば、少なからず大会で活躍するのが道理だろう。なのにそれがないとすれば何らかの理由があると二階堂は睨む。

 

「──というか、そんな情報どっから持ってきたのよ?」

 

 その間を壊す様に涼香が述べた。

 彼女の問いに二階堂は、これぐらい当然だと言うかのように一度、指で眼鏡をかけ直す仕草をして自慢げに語る。

 

「ふんっ、僕は生徒会長だぞ──それに我が生徒会メンバーは皆優秀だ。初瀬はああ見えて名家の出身にて、情報収集のスペシャリスト。椚山も悪い女癖を除けば、生徒共の統率力が十分だ……貴様らみたいにカードゲームだけできる奴とはわけが違うんだよっ!」

 

  遊戯王部のメンバーを非難したのは、前の決戦で敗北した妬みなのだろうか。くははっ、と高笑いをしながらドヤ顔で語る生徒会長だ。だが、それを快く思っていないのか、気付けば仲良く茜と創がガッシリと二階堂の腕をそれぞれと掴んでいた。

 

「カードゲームだけって……馬鹿にしてんじゃないわよっ!」

「お前はっ、協力してくれるのか、非難しに来たのかどっちかにしろよっ!」

「ぐぁああああっ!? 1度までならず、2度までも……貴様らぁ情報を提供してやったというのに、なんて仕打ちを……」

 

 今度は、創まで参加。むしろ彼がメインだ。

 涼香が二階堂を蹴り倒したのち、倒れ伏せた隙を狙って創が抑え込み関節を決める。総合格闘技やブラジリアン柔術で使われるVクロスアームロックと言う技だ。

 ギブアップをするかのように手をバンバンと床に叩きつけるが、創は止める気配が無い。仮にも生徒会長であり最上級学年という威厳が今この場ではこれっぽっちもなかった。

 

「あのー、そういやカズ……遠山和成が出てこなかったスけど彼は?」

「あぁあああっ。あいつは──庶務として、何か、できる、だろっ……おそらく」

 

 関節を決められながらも律儀に答えてくれた。

 生徒会の中で1年であり、晃と同じクラスにてカズと呼ぶくらい仲が良い【聖騎士】のデッキを持つ人物だが、彼の場合はどうにも自慢できることは無いみたいだった。

 哀れだ。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 部活が終わり帰宅の時間。

 晃は、部室を後にし外へと出たが、その後校舎の中へと戻って行く。それも彼が今日の授業で使った数学のノートを教室に忘れてしまったからだ。

 

「ったく、明日宿題を提出しなくちゃいけないってときに……」

 

 ぶつぶつと文句を垂れながら、若干早歩きで教室へと向かう。

 放課後という時間は案外、短いのだ。ほんのわずかでも無駄にしたくない一心で彼は急ぎ気味だ。

 

「って、うおっ!?」

「ふゅっ!?」

 

 ただし、その気持ちのせいで前方不注意だった。

 ちょうど曲がり角であったことも災いして小さな女生徒と軽く衝突してしまう。その拍子に晃は持っていた鞄を落とし、少女の方からは小さな猫を模したポシェットを落としてしまう。

 さらには、そのポシェットから中身として大量のカードが床へ散らばった。

 そんな光景を見て少女は慌てふためく。

 

「あ、あわわ……」

「わ、悪い……すぐ拾いからっ!」

 

 そう言いながらカードへと手を伸ばすが、手に取った途端そのカードが何なのか気付く。晃が4月から随分と関わることになったあのカードだ。

 

「遊戯王カード?」

 

 そう言わずと知れた遊戯王カードだった。

 もっとも、カードのイラストは汎用性の高い《死者蘇生》などのカードを除けば、ほとんどが初見のカードだ。

 

「あ、あのー、返して……ください」

「わ、悪い……ほらっ!」

 

 晃は焦って散らばっていたカードを束にして返す。

 どうにも少女の方は半泣きだったのが罪悪感を感じてしまった。

 

「というか、君は……? うちの学校の制服じゃないし外部の生徒か?」

「あ、あの……え、っと、その……」

 

 ふと、気付いたがぶつかった少女は遊凪高校の制服を着ていなかった。

 年齢は晃に近い気がするが身長は、どう見ても同じ年の茜や涼香よりも若干、低く腰にまで伸びたロングヘアーがどうにも彼女を小柄な小動物のような印象を与えさせていた。

 

しかし、彼女はどこか別の学校らしき制服を着用している。それを指摘されたためか彼女は自分の指と指を合わせながら目を左右へと泳がせていた。

 

「わ、わたし……転入生で、今日は、て、手続きで来てたから……」

「あー、成程、了解。」

 

 納得した。

 それどころか、世間狭しとは言ったものの今日転入生の話題があったのに対し、今日遭遇するとは偶然とは頻繁に発生する出来事なのだろうか。

 

「え、っと……確か風戸有栖(かざとありす)さんだったかね」

「えっ……どうして名前知ってるの……?」

 

 きょとんとした表情で風戸は、晃の顔を見上げた。

 生徒会長から話を聞いてはいるものの、どう説明したものかと晃は悩みながら頭を掻いて考える。

 

「そうだな……エスパーだからか?」

「…………」

 

 この時、晃はやばいと感じた。

 別に身の危険とかそういう意味ではないものの、彼女、風戸有栖はほんの一瞬、唖然とした表情で晃を見ていたが、途端に目を輝かせるようにして表情を変えた。

 

「すごい。超能力者ってほんとにいるんだ……」

「(あれ、信じられたっ!?)」

 

 彼女のその瞳は、まるでヒーローを見るかのような瞳だ。

 さすがにそんな目で見られては軽い冗談気分で言った晃は、何とも言えない罪悪感に見舞われてしまったのだ。さすがに、このままでは超能力者キャラが定着してしまいそうなので早速と正直に話す。

 

「…………あ、あのさ、悪いけど……冗談なんだ」

「あっ……そうなんだ。残念」

 

 先ほどまでの表情とは一転して、しゅんと落ち込んでしまう少女。

 なんて純粋な子なんだ、と晃はある意味で愕然とした。

 

「ま、まあ……名前は聞いたから知っていたんだ。そういえば、手続きって言ってたよな……ぶつかった詫びに案内しようか?」

 

 などと、親切心を出す。ただし、本音を言えば晃はすぐに話題を切り変えたかっただけでもあったのだ。それに対し彼女は首をふるふると左右に振って否定した。

 

「大丈夫だよ。さっき、行ってきたばかりだから」

「そうか……」

 

 話はここで終わってしまった。

 とはいえ、さすがに『はい、そうですか。それでは』と言って返るわけにはいかないだろう。何せ、相手は遊戯王部に入って貰らいたいと思っている転入生なのだ。ここで勧誘もしくは話題でもして仲良くなっといた方が後にいいだろう。

 

「あ、あのさ」

「な、なにかな?」

「え、っと……その……」

 

 とはいえ、残念ながら晃は話し上手という方ではないのだ。今この場であった少女に対し何か話題とも思ったが何も思いつかない。そのため、どうしても何か言い淀んでしまうのだ。

 だからでこそ、晃は観念して腹を括った。

 

「あー、もうっ! 悪い、単刀直入に言うけどさ遊戯王部に入ってくれないか?」

「わ……わわわー」

 

 途端、有栖は顔を真っ赤にさせ驚いたような表情で慌てふためいた。

 それは驚きなのか歓喜なのかどの感情は良くわからない。その後、彼女は考える素振りを見せたのだが、また首を左右に振って答えた。

 

「ご、ごめんなさい。むり……です」

 

 どうにもため口で話していたのだが、さすがに悪いと思ったのか今回に限っては敬語で断られた。でも、何かフォローしなければと彼女は少し言葉を付け足す。

 

「で、でも……誘いは嬉しかったよ」

「え……それじゃあ、なんで……」

 

 と、疑問を口にする晃。

 その疑問を聞いた有栖はバツが悪そうな表情で、どうにも晃と目を合わせられずに答えたのだ。

 

「わ、わたしが……弱いから……」

 

 その答えに晃は、疑惑を感じた。

 生徒会長、二階堂からの話をすればそれなりの実力を持っているという話だ。ならば、それは断るための口実としての嘘……かと思いきや、どうにもそのような気がせず本当の事を言っているかのような気がした。

 

「弱い……か。けど、最初は誰だって弱いと思うけど──肝心なのは、そこから強くなろうとする気があるか、どうか……って、俺は思うだけどな」

 

 なんて言う。

 それは、晃がこの遊戯王部に入ってから常に心の中で大切にしている言葉だ。

 

 そもそも、弱いから遊戯王部に入れないなんて言われても、弱いのは晃も一緒、むしろ酷いと言っていいほどだ。毎回、連敗している真っ最中であり、今も敗北記録更新中だ。けれど、それでも強くあろうとするからでこそ晃は未だに遊戯王部にいられるのだ。 

 

 だが、それでも有栖は首を縦に振らない。

 

「わ、わたしは……その、弱いと違う、から……」

 

 なんて今にも消えそうな声で語った。

 『その弱いと違う』などと言われても、どうにもピンと来ない。なら、どうしたものかと考えたが、やはりここは実際に見せてもらうのが一番なのかもしれないと晃は判断した。

 

「そうか……だったらさ、オレと決闘してくれないか?」

「え……?」

「まあ……ぶっちゃけオレも弱いよ。極弱なんて言われるぐらいだし、そんなオレが相手なら、少しはマシに見えてくるかもよ?」

「………………」

 

 晃の言葉に対し、有栖は数秒間晃を見上げるだけだった。

 どうしようかと、そわそわする素振りはどうにも小動物を連想させるものの、彼女は迷いに迷った結果なのだろうか。注視していなければわからないぐらいに、やっと首を縦に振ってくれて消えそうな声で『うん』と頷いてくれたのだ。

 

 

 

 



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023.独りが嫌だから

 

 晃や涼香たちの教室である1年2組の教室に来ていた。

 勿論、決闘を行うためである。

 

 まだ、この学校の生徒と言うわけではない有栖は教室に入るにしてもおどおどとした表情で恐る恐る入っていく。例えて言うならば、下級生が上級生の教室に入るような感じだ。

 

「ここがオレの机だ……それじゃあこれと前の席を借りて始めるか」

「……う、うん」

 

 コクリと頷いてくれた。

 机一つ分では、カードを広げきるスペースが無いため前の席をくっつけることで2倍のスペースを確保する。晃が自分の椅子に座り、有栖はその前の席の人物の椅子を借りてちょこんと座った。

 

 晃は、自分の鞄からデッキを取り出し有栖もまた可愛らしいポシェットからデッキを取り出して机の上に置く。

 

「じゃあ決闘(デュエル)だ」

 

 お互いデッキをセットし5枚の手札を引く。これで決闘の準備は万端のはずだったが、いまだ肝心なことを決めていなかったことに気付いた晃がいた。

 

「あ……そういえば先攻、後攻を決めてなかったな。とは言え何かを賭けてるわけじゃないし、そっちが先攻でもいいけど」

 

 今日の朝には、涼香たちと制裁を受けるかどうかを賭けていたのを思い出してしまった。とはいえ、決闘で全てを解決するアニメや漫画じゃあるまいし遊戯王で何かを賭ける方が

珍しいケースだろう。

 

「うん、お言葉に甘えるね。わたしのターンから行くよ」

 

 そう言いながら彼女は小さな手でそっとカードを引く。

 どうにも同じ部で女子の涼香や茜と比べると丁寧にカードを引くような印象を受けた。

 

「モンスターカードを1枚出して、ターンを終了……するよ」

 

 最初は堅実に情報すら与えずにターンを終えた。初見であるか、無いかだけでもこのプレイは大きく違ってくる。相手の手の内がまったく見えない内は下手に動くことができないからだ。

 

「んじゃ、オレのターン。まずは《武神─ミカヅチ》を召喚」

 

 手札には《強欲で謙虚な壺》などのカードが来なかったが、代わりの武神として《武神─ミカヅチ》が手札に来てくれていた。攻撃力ならむしろこちらの方が上、様子見をするには十分のモンスターだ。

 

「バトルフェイズ。《武神─ミカヅチ》で攻撃だ!」

「うん……」

 

 有栖が場に伏せていたモンスターを表へと返す。

 イラストには、彼女のイメージにピッタリだと思える緑色のポニーテールの少女の姿が映ったモンスターカードだった。

 

「わ、わたしのは《ガスタの巫女ウィンダ》。守備力400だから、破壊されちゃうけど効果を発動する……から」

 

 《ガスタの巫女ウィンダ》は相手モンスターの攻撃によって破壊されるとデッキからガスタのチューナーを呼び出す効果を持つ。所謂、リクルーターでありガスタのデッキの性質上、戦線を支えるカードでもある。

 

「《ガスタ・ガルド》を守備表示で特殊召喚するね」

 

 今度は、破壊効果を含め破壊されたときにレベル2以下のガスタを呼べるリークルーター第二段だ。ステータスは低くともリクルーターで固められたデッキ守りを主体に相手を切り崩して行くデッキ。それが【ガスタ】の特徴だ。

 

「メイン2。手札の《武神─ヤサカニ》の効果を発動、手札から墓地へ送ってデッキから武神と名の付く《武神器─ハバキリ》を手札に加える」

 

 《武神─ヤサカニ》はメインフェイズ2にのみ発動できるという珍しい効果を持っている。デッキから武神と名の付くモンスターのサーチを行い、武神と名の付いた魔法、罠以外がターン中に使えなくなるデメリットもあるが、このターンは魔法、罠を使う気がないから問題は無いのだ。

 

「カードを2枚伏せて、エンドフェイズ。このターン《武神─ヤサカニ》が手札から墓地へ送られたため《武神─ミカヅチ》の効果でデッキから武神の魔法か罠である《武神降臨》を手札に加える」

 

 しかも、《武神─ミカヅチ》との相性が抜群だ。

 サーチ効果のために使用したコストのおかげでサーチ効果が使えるのだ。

 

「さて、風戸さんのターンだ」

「う、うん……わたしのターン」

 

 カードを引き再び最初のターンと同じ6枚の手札からどのようなカードを出そうかと迷うように首を捻っていた。迷うこと5,6秒にして有栖は今度は1枚のモンスターカードを表側表示で召喚する。

 

「えーと、《ジャンク・シンクロン》を召喚」

 

 白いマフラーを纏ったオレンジ色を基調としたボディの機械族っぽい戦士族モンスターだ。遊戯王5D’sの主人公〝不動遊星〟が扱うチューナーモンスターであり1体からシンクロ召喚を扱えるその使い勝手から【ジャンクドッペル】などのデッキが活躍するほどである。

 

 効果は、召喚時に自分の墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にして表が守備表示で特殊召喚するのだ。丁度前のターンでレベル2のモンスターが墓地へと送られている。ちなみに、攻撃力1300と《奈落の落とし穴》に引っかからないのも一種の強みだ。

 

「こ、効果でウィンダを特殊召喚するよ……」

 

 当然と言えば当然だ。

 並ぶのはレベル3チューナー2体とレベル2モンスターであり、必然的にレベル5のモンスターが召喚できる状態だ。中でも《A・O・Jカタストル》や《TGハイパー・ライブラリアン》など有用なカードもいる上、《ガスタ・ガルド》もいる現状繋ぎでレベル8モンスターまで出せるとなれば打開策が無いわけではないだろう。

 

「…………」

 

 有栖は、どうするか迷うかのように少しの間身体を硬直させていた。

 いや、戦術云々よりもこの先の在り方を迷う様な感じで彼女は、震えたような声で宣言した。

 

「……ターン終了だよ」

「えっ……!?」

 

 思わず声を出してしまった。

 あの場面ならば例えば《A・O・Jカタストル》で《武神─ミカヅチ》を葬ることができるし、無くてもレベル8には数多くの有用なカードが存在する。例え手札に《武神器─ハバキリ》を握ってはいても、それを突破したり対策となるカードも無い訳ではないのだ。

 勿論、そのようなカードを持っていないという可能性も無いわけではないものの、それならばこの場面で《ジャンク・シンクロン》を召喚するだろうか?

 

 今の有栖のプレイングには、初心者である晃とて違和感バリバリであった。

 

「まあ……それでいいのなら、オレのターンだ」

 

 それでも決闘は続行させる。

 彼女の場には3体のモンスターが並び、そのうち2体はリクルーターである。魔法、罠を伏せていないにせよ守りが固いと思われるが晃のデッキとは相性が悪いとも言えるだろう。

 

「ならオレは、《武神─アラスダ》を召喚し、2体の武神でエクシーズ召喚だ。顕現せよっ! 《武神帝─スサノヲ》ッ!」

 

 高らかに召喚宣言をする晃のエースモンスターには、武神をサーチしたりする効果と珍しくエクシーズ効果を用いずに扱える全体攻撃の効果があるのだ。1ターンに複数回攻撃をできるその効果は、リクルーターで呼び出されたモンスターにさえ攻撃が可能のため呼び出しても根こそぎ破壊していけるだろう。【ガスタ】なら墓地を肥やせるメリットにもなりうるが、【ライトロード】などの爆発的な威力は期待できない。

 だからでこそ、《武神帝─スサノヲ》を出されたのを見て有栖は怯えたような声と表情で震えていた。若干、涙目だ。

 

「うぅ……全体攻撃モンスター……」

「なんか罪悪感が……いや、まあ……悪いけどいつも通りにいかせてもらう。エクシーズ素材を1つ取り除くことでデッキから《武神器─ヘツカ》を墓地へと送り、バトルフェイズに入る」

 

 これで現在、ハバキリとヘツカのサポート効果が扱える状態だ。

 攻撃力上昇と対象効果の無効が組んだ今、そうそう《武神帝─スサノヲ》を破壊する事はできない。

 

「まずは攻撃表示モンスター《ジャンク・シンクロン》を攻撃する」

「……うん」

 

 そのまま、すんなりと攻撃が通った。

 攻撃力差は1100と彼女のライフが6900へと減る。《武神器─ハバキリ》を使えばさらに2400追加の3500までの大ダメージとなるが、この場では温存することを決めていた。

 

「さらに《ガスタ・ガルド》へ攻撃。効果は使用するか?」

「う……ううん、使わない」

 

 首を横に振って効果は発動させないと語る。

 なんとなくここでも違和感。例え全体攻撃モンスターが攻撃を行ってリクルーターを倒してもモンスターを特殊召喚して墓地を肥やしたりするものだ。それに彼女のガスタならば《ガスタ・サンボルト》のようにリクルートするタイミングが遅れた効果を使えば場にモンスターを残したりすることができるだろう。

 ただし、後者については晃はまだ知らない。

 

「それでいいなら、次にウィンダへと攻撃する!」

「う、うん……ウィンダも、効果は使わない」

 

これで全滅だ。

 とは言え、何故か違和感が残るばかりだ。

 

 何か策があるのか、それとも──。

 

「カードを2枚伏せてターンエンドだ」

「う、うん……わ、わたしの……番、だね」

 

 有栖がデッキへと手を伸ばすが、この時の彼女の手は怯えているかのように震えているのだ。否、実際に怯えている。きっとこれが、違和感の正体なのかもしれないと晃は感じる。

 そのまま、彼女はデッキへと手にやりカードを引こうとするが──。

 

 

 

「──悪いな、そこまでだ」

 

 

 

 その手は、第三者によって止められた。

 晃とて見知る人物、遊戯王部部長の新堂創だった。

 

「って、部長!? 帰ったはずじゃ……なんでここに?」

 

 晃がここにいるはずの無かった人物を見ては驚きの声を上げる。なにせ部活が終わった後は、全員がそれぞれ学校の昇降口へと向かって帰ろうとしていたのだ。晃とて帰宅しようとしたが、帰り道の途中で忘れ物を思い出して取りに戻ったためここにいる。

 それを、創は軽く笑いサムズアップしながら冗談っぽく答える。

 

「ああ、実は俺には半径1㎞以内の中なら決闘(デュエル)の気配を探ることができる特殊能力があるんだ。気配を辿って今に至るってとこだぜ!」

「マジっすか!?」

 

 新堂創という人物は、一言で言えば決闘馬鹿だ。

 常に遊戯王を楽しむというスタンスに加え、野生の獣の如き直感を取り入れたプレイスタイルを駆使して戦う。遊戯王部を賭けた氷湊涼香との勝負や、廃部を賭けた二階堂学人の決戦でさえ楽しむかのように戦うなどある意味常識外れの人物。そんな彼ならば決闘の気配を探るなんて、本当にやってのけてしまえると思えるからでこそ恐ろしい。

 だが、彼は軽く肩を落としながら申し訳ないかのように語った。

 

「あぁ、わりぃ、冗談だ」

「そ、そうッスか……いや、部長のことだから本気で──」

「実は……半径500mまでぐらいしか察知できないんだよ」

「そっちっ!?」

 

 冗談というのは見えを張って倍の距離まで察知できると語っていたことだった。

 どうやらおそろしいことに本当に出来てしまうらしい。

 

 まるで漫才のようなやり取りを行う二人を有栖は、ぽかんとした表情で見つめていた。ちなみにだが、どこからどう見ても創がボケで晃がツッコミだろう。

 

「そんなことはさておき、ほんと悪いな。本来なら決闘を邪魔するなんてしたくなかったが、あまりに似てたからな、つい止めちまった」

「似てる……ッスか?」

 

 何だろうと疑問に思いながら首を傾ける晃。

 それを、何か含みがあるかの様に創は、まだ名前も知らないであろう少女である風戸有栖へと視線を移す。突然、視線を向けられたことに困惑したのか有栖は『ひゃ!?』と小声で驚くような声を上げた。

 

「なんつーかさ、あんたの目がさ……似てるんだよ。生徒会長とさ」

「え゛っ……生徒会長、ッスか……?」

 

 ありえないと思ったのだろうか。

 晃は驚きのあまり裏返った声を上げてしまった程である。

 

 生徒会長、二階堂学人は一見、眼鏡の堅物という印象であるが、その眼光は鋭く睨まれでもすれば背筋が凍るかのような寒気を覚えるほど攻撃的な目だ。対して、有栖は鋭さとは無縁の丸っこい小動物を思わせる小さな目だ。敵を威圧することなど出来そうも無く、むしろ癒しを与えてしまうだろう。

 

「い、いや……部長、さすがにそれは無理があるんじゃないッスか……?」

「ん、ああ、別に目つき云々じゃないぜ。俺が言ってるのは、その奥……本質的なもんだぜ」

 

 などと語るが、本質的なものだと言われてもピンと来るはずもない。

 じっー、ついつい彼女の目を見つめてしまったものの、またしても『ひゃう!?』と驚きの声を上げて視線を逸らされてしまう。

 

「わかりやすく言えばさ、前に俺が生徒会長と戦ったときの事を覚えてるか?」

「それは、まあ……」

 

 それ以前に生徒会書記の初瀬小桃に1ターンキルを受けたことがあまりに印象的で、その日のことは忘れられない。とりあえず、彼が嫌いなカードを上げると真っ先に《終焉の王デミス》が出てくるだろう。

 

「あんときの生徒会長がさ、どうしても遊戯王から怯えるような顔をしてたんだぜ。まるで逃げ出したいとでもいいたげな目でさ……はっきりと覚えてる。なんとなくだけどさ、あんたもそんな顔をしてたと俺は思うんだけどな」

「ひぅ……」

 

 まるで図星を当てられたかのように身を縮める有栖は、身を震わせていた。今、この場で彼女が本当に怯えているように見えた。それでも、今の創はどうにも容赦が無い。怯える彼女に対しても遠慮なく次の言葉を述べるのだ。

 

「単刀直入に言うけどさ。あんたは、今遊戯王が全然好きじゃないだろ?」

「…………」

 

 ほんのわずか、注視していなければわからないであろうぐらいに小さくコクリと頷いていた。申し訳なさそうに顔を表情が見えないぐらいに俯かせながら彼女は語る。

 

「わ、わたしは……独りが嫌だから」

「独り?」

 

 それがどういう意味かは良くわからない。

 けれど今の彼女は涙ぐんでおり、まるで思い出したくない出来事を思い出してしまったかのように震えた声で語っていたのだ。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 翌日の放課後。

 

 カッ、カッ、カッとキーボードを高速で叩く音が聞こえる。

 すでに日が落ち暗がりが空を包むほどの時刻の中、遊凪高校の生徒会室では3人の役員と実質、一人の部外者がそれぞれ席に座ったり壁に寄り掛かったりと待機しているのが見える。

 そのうちの一人である小柄な黒髪の少女、生徒会書記である初瀬小桃がずっと細い指でキーボードを叩いていたのを止めた。

 

「あ、あのー、ご、ごめんなさい……情報が出ました」

「何故、謝るのだ……」

 

 彼女が生徒会に所属したのは、今年の4月からそれも現生徒会長の二階堂が直々にスカウトした人材である。いまだ入って2カ月程度であるのだが、その働き様は十分であるものの、ことあるごとに謝るのはどうにかしてほしいと思う。

 

「ははっ、別にいんじゃねーの。そういうのも小桃ちゃんの個性だし、可愛いよそう言うの。むしろ好きだよ。嗜好にしても恋愛にしてもさ」

 

 などと、軽々しく愛の告白を語るのは生徒会にあるまじき金髪にピアスをつけた男である副会長の椚山堅だ。その姿は高校デビューによるものであり、大の女好きで敵に回す人物も多いが、いざという時であれば人望があるとかないとか。

 

 彼もまたパソコンと向き合い何やらデータを整理していた様だ。

 そんな中、ここで唯一の部外者とされる遊戯王部部長、新堂創が先ほどまでパソコンと向き合っていた初瀬に対して問う。

 

「で、情報が出たんだろ。早く教えてくれねえか?」

「は、はいぃ……ごめんなさい!」

 

 などと言いながら、グルリとデスクトップパソコンの画面を回しては創たちへと見せるように向ける。Wordフォルダにまとめていたためか、テキスト文章で時に箇条書きであったり、経歴だったりと文章がずらりと並べられていた。

 

 そして最後の一人、生徒会長の二階堂が隣で画面を除き込む様にみる創に対して忌々しいと言わんばかりに睨んでは語る。

 

「ふんっ……貴様は、急に生徒会室に来たと思えば転入生の情報がもっと欲しいとか。そもそも生徒会とはいえ、さすがにそこまで一個人の生徒を調べ上げるのは規則違反だと知らんのか? 生徒会は探偵とは違うんだぞ」

「あぁ、悪い悪い……けどさ、実際に会って話をしちまったんだから、どうしても気になってさ」

「……ふん、部を潰そうとした借りだ。今回だけだと思っておけ」

「すまねえ」

 

 などと軽く頭を下げた。

 腕を組み、ふんっ、と軽く悪態を付く二階堂であったが彼はこれ以上嫌みを言わない。

 

「え、っと……風戸有栖さん。ですよね? 彼女の情報といえば、出身校と当時の成績、評価に身長体重、スリーサイズ……後はツテを使ったのですが、昔の彼女の人なりぐらいしか調べられませんでした。ごめんなさい」

「十分だ。それよりも、むしろ要らん情報まで集めてるぞ!?」

「……ご、ごめんなさい」

 

 またしても頭を直角ほどに下げていた。

 しかし、それを聞いて『いやいや……』と宥める椚山がいた。

 

「いいや、むしろ重要な情報だな。というわけで、小桃ちゃん……後でこっそり、その転入生とやらのスリーサイズを教えてよ。ついでにキミのも──カハッ!?」

「……丸聞こえだ」

 

 気がつけば、椚山が座っていた椅子を二階堂は蹴り飛ばしていた。

 バランスを崩し地面へと叩きつけられた椚山を見ては、このようなやり取りは、創が所属する遊戯王部になんとなく似ているのではないかと彼は、かつての先輩であった二階堂学人の新たな居場所を見ては笑う。

 

「じゃあさ、遊戯王関連の情報は無いのか?」

「あ、あります。そ、その風戸さんは……小学生のときに大会への出場は無いですが、学校の時中のグループで一番強かったと聞きました」

「そんな情報、どこから持ってきたんだ……つーか一日でこれかよ、凄えな!?」

 

 いくらインターネットであらゆる情報を取り寄せることができる情報化社会とはいえ、一個人のプライバシーまで調べることなどできないだろう。さすがに、ここまで来れば本当に探偵をやっていけるのではないかと創は驚愕する。

 

「ふふ、小桃ちゃんの集めた情報に根回しして俺が当時の彼女のクラスメイトや知り合いから聞いたんだ」

 

 などと得意げに携帯電話をちらつかせてみせる椚山。

 どうにもパソコンで調べられない部分は他から聞きあたってみたようだ。

 

「とはいえ、あまり面白い話でも無いから多くは語らないよ。わかりやすく言えば、強いあまり仲間はずれにされて孤立していた。悪い言い方を言えば苛めとでも言えばいいかな?」

「苛め……な」

 

 さすがに、創もこの場を聞いては笑ってはいられない。口元に手を当てながら考えるかのように顔を歪めていた。

 

「どーにも、面倒くさいことになってきたなぁ」

 

 本当にめんどくさそうに頭を掻きながら創は、生徒会室から見える暗くなった空を見あげていた。これからどうするかと、考える様に。

 

 

 

 



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024.名付けてラブレター作戦です!

 

 時が進むのは案外早いようで、授業が終わっては部活で負けて、授業が終わっては部活で負けて……なんて日々を繰り返して一週間近く経過した。現在、次の週の月曜日。晃たちは朝のHRで席についていたわけで──。

 

「じゃあ、てめえら、ホームルームを始めるぞ」

 

 なんて乱暴な口調で言うのは、1年2組担任の真島千尋。

 元々、この学校には不良と言うような種別の人間がいないこともあるが、不良上がりとも思える人物である真島千尋に逆らえるような生徒はいない。

 全員が欠席、遅刻無しというのを一瞥するように確認してから真島は語る。

 

「あー、今日は転校生が来ることになっている。今から紹介すっぞ」

 

 途端、ガヤガヤと小さなざわめきにも似た声がちらほらと上がった。

 やはりこの情報を知らないほうが大多数を占めているのか、学校内でよく見かけるグループらがあまり目立たない声で話合っているのがわかる。

 

「やれやれ、気持ちはわかる……が、少し静かにしろ」

 

 気付けば真島は腕をボキボキと鳴らしていた。 

 ほんの小さな話声も許さない彼女から危機を感じ取ったのか、『どんな人なんだろ?』なんて話合っていたり女子たちや、『可愛い子かな?』なんて予想をする男子生徒たちが揃いも揃ってピタリと声を止めたのだった。

 

「よぉし、やればできるじゃないか。それじゃあ、入って来い」

 

 真島の呼び声に応じるかのように教室の扉がガラリッ、と音を立てて開かれた。中から入ってきたのは、この教室の生徒の中ではおそらく晃だけが知っている顔だろう。腰にまで伸びた長い髪に低い身長、小動物を思わせるような少女は緊張しているのか、晃が出会ったときよりも若干、強張った面目で教壇の前まで歩いていた。

 このとき、若干の男子生徒から『おおう』と歓喜に似た声が上がっていた。

 

「自己紹介だ。できるか?」

「か、風戸有栖です……よ、よろしくお願いします……」

 

 ふかぶかと、頭を下げる。

 そんな彼女に対して『よろしくー』や『ちっちゃくて可愛いー』など男子生徒や女子生徒関係なく歓声の声が沸いたのに驚いたのか、有栖は顔を真っ赤にさせて慌てふためいた。

 まるで目を回すかのように右を向いては左を向き、左を向いては右を向く。

 

「────きゅう」

「あ、おい!?」

 

 バタンッ、とそんな音を上げながら有栖は気を失う様に倒れた。

 晃は会ったときから何となく察していたが、彼女はどちらかというと人見知りの方だろう。そんな彼女は、クラスメイトからの熱烈な歓迎やら視線に耐えきれなくなって倒れてしまった。

 

「ったく、救護班……じゃなくて保健委員! 私と一緒にこいつを連れてくぞ」

「ふぅ、噂の転校生ってどうにもめんどくさい感じね」

 

 他のクラスメイトよりは興味が無いとでも言いたげな目をしていた涼香は、倒れていた有栖を見つめては冷たい口調で言っていた。そんな彼女に対し隣の席に座る晃が語る。

 

「というか、このクラスの保健委員って氷湊じゃなかったっけ?」

「あれ、そうだったかしら?」

 

 どうやら自覚が無かった様だ。

 そんな彼女はしぶしぶと言った感じで担任の真島と一緒に、有栖を担いでは保健室へと連れていくのだった。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 

「──と、そんなことがあったんスけど」

 

 昼休み。

 本来ならば自分たちの教室で昼食を取っていたはずなのだが、今回は例の転校生が来るということで報告と作戦会議も兼ねて遊戯王部の部室に集まって食べるということになっていた。

 

「ああ──よほうはひてひたふぁ(予想はしていたが)むふはひいな(難しいな)

 

 なんて購買のA4ノートほどの巨大カツサンドを齧っては、漫画やアニメでお約束の様な行儀の悪さを見せつける創はあまりに野性的で緊張感の無さを見せつけていた。その彼から最も席が近い茜は、彼とは対照的に行儀良く昼食を取っていたが、さすがにこれは許容できなかったのかいつも以上にハッキリとした口調で叱る。

 

「部長。意気地が悪いですよ」

「んぐっ……ん、ああ悪い悪い」

 

 ちなみに茜の弁当は、豪勢な感じの2段重ねの重箱に詰められていた。

 彼女自身についての話は聞いたことは無いにしても普段の口調から良いとこのお嬢様なのだろうか、なんてつい考えてしまう。

 

「それで、どうすんのよ? あんな感じじゃ遊戯王部なんて入ってくれるわけないわ」

 

 真っ当な意見を立てる涼香。

 ちなみに彼女はピンク色で小さな弁当箱を所持している。普段の強きな感じや、喧嘩っ早さから見てはついギャップを感じてしまう男性陣の晃と創だが、普段からの経験で言わないのが得策である。

 

「まずは遊戯王部に引き入れるところからか……晃、お前に任せた!」

「オ、オレッスか!?」

 

 いきなりの指名に驚きを見せる晃。ちなみに彼も昼食は購買で買ってきたカレーパンと焼きそばパン、牛乳という普通のメニューだ。なんでという視線で抗議すると創は、一度首を横に振って語る。

 

「お前は既に面識があるだろ?」

「いやっ、それ部長もあるッスからね!?」

「あぁ、けど俺の場合、第一印象が最悪だっただろ? 『今遊戯王が全然好きじゃないだろ?』なんて言っちゃたわけだし」

「本当だ!? 第一印象最悪じゃないッスか部長!?」

 

 前の再現をする様に見えもしない相手に指を指しながら台詞を口にしていた創だったが、改めて思えば遊戯王部勧誘という意味では本当に最悪だ。さすがに手のひら返して彼が遊戯王部に誘うのは相当なチャレンジャーになってしまう。

 

「というか、あれだとオレだって印象悪いッスよね? ほら、決闘(デュエル)してもらったけどなんか怯えていたしっ!」

 

 けれど、晃だってそうだ。

 あんな辛そうに決闘(デュエル)させてしまっては、次にどんな顔して会えばいいのかわからない。というか、どう接していいのかすらわからないのだ。

 

「それは、あれだろ。土下座だ」

「土下座っ!?」

 

 何故、そこまでせにゃならんのだと言う感想を含めて驚いた。

 確かに謝るのは吝かではないが、彼とてプライドの欠片ぐらい持っているのだ。

 

 なんて女性陣そっちのけで男二人で会話をしていた創と晃だったが、そんな会話を聞いていた涼香と茜だったが、二人とも箸を止めては何をしているんだかという顔をしていた。

 

「というか二人とも、大の男が風戸さん……あんな小さな子に謝らなくちゃいけない事をしたの? というか土下座って……どんな酷い事をしたのよ? 日向さん」

「もしもし、警察さんですか──?」

 

 気が付けば変質者を見るような目で涼香が語っていた。

 彼女と呼吸を合わせるように茜はスマートフォン片手に、どこかと通話するような仕草をしていたが、彼女の声でどこに繋いだのか一発で理解できてしまったのだ。

 

「待て待て待て! 俺たちはやましいことなんてしてないぞっ!?」

「そ、そうだ! 決闘(デュエル)を頼んだだけだっ!?」

 

 なんて慌てふためく創と晃だった。

 さすがにこの歳で国家権力のお世話になりたくはないだろう。そんな二人が面白かったのかクスクスと笑って茜は電源が入っていない暗い画面のスマートフォンを見せた。

 

「冗談ですよ。本当に警察に通報なんてしませんから」

「そっか、よかった……」

「──私は本当に軽蔑したけどね」

「って、オイッ!? 氷湊ォ!?」

 

 茜のが、ただの冗談で安堵の息を吐いた二人だが涼香からの変質者を見る様な目が絶えなかったのは正直、精神的に辛い。そんな彼らを情けなく思ったのか『はぁ……』なんてため息をついて涼香は語る。

 

「いいわ。今回は、変質者(だんせいじん)に任せてられないし、私と日向さんでなんとかするから。いいわね、日向さん?」

「はいっ、問題ないですよ!」

「おおぅ……なんか一段と頼りになる感じが……って今、何か変な意味を含んだ言葉があった気がするんだが気のせいか?」

 

 ちゃんと涼香は〝だんせいじん〟と呼んで言っていたはずだ。なのに勘の良い創は、この言葉が別の意味の言葉を使われたような気がしてならなかった。それを涼香はどこ吹く風か窓から映る空を見上げながらそっけなく答えた。

 

「気のせいよ」

 

 『そうかー、気のせいかー』なんて空気が漂った中、遊凪高校の昼休みは終わりを告げた。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 放課後。

 遊凪高校のメンバーは全員、昇降口へと来ていた。転校生である風戸有栖が5時限目から復帰し授業を受けていたのは晃と涼香から情報の通達済み。早退したわけでもないのであれば、必ず昇降口を通るだろうと創が意見したのだ。

 

「さて、これからの作戦なんだが……」

「私たちに任せればいいわ!」

 

 なんて腕を組みながら自信満々に語る涼香だ。特に彼女は素っ気ない素振りを行うために人付き合いなんて得意ではないという印象を持つが彼女とて女の子だ。同じ女の子である有栖を勧誘するのに、馬鹿二人よりかは上手くできる自信があった。

 

「あっ、来ましたよ!」

 

 なんて本人である有栖に聞かれないであろう小声で監視をするように昇降口と廊下の間を眺めていた茜が語る。すると、昇降口で打ち合わせをしていたとおり晃と創は邪魔にならない様に目立たない隅へと移動し中央には茜と涼香が取り残された。

 有栖が昇降口へ入って自分のために用意された靴箱へと手を伸ばした時だ。彼女の前に仁王立ちした涼香が立ちふさがった。驚いたのか『ひぅ……』なんて声を上げたが、その人物が担任と一緒に保健室に連れて行って人物であるとわかったとき、少し表情が和らいだ。

 

「あ、保健委員の……あの、ありがとうございました」

「別に礼はいいわ」

 

 なんて素っ気なく返してしまう。

 彼女自身整った顔立ちもある事から、その様な態度を含めクールビューティーなどという印象が定着しているが、本性を知っている遊戯王部メンバーからは苦笑ものだ。

 

「それよりも、風戸さん……だったかしら? ちょっと顔貸してくれない?」

「ひっ、ご、ごめんなさいっ!」

「あ、ちょ──!?」

 

 勧誘しようと声をかけたら逃げられたのだ。

 伸ばした手を引っ込めて逆走するように廊下へと戻って行く。

 それも仕方が無い。言い方もあれだったが、彼女自身常に普通の女子よりも攻撃的な雰囲気が感じられるのだ。それに彼女自身、勧誘なんて始めてだったのか話し方もぎこちなく圧迫感が遠くから見ていた晃たちにも伝わったのだ。

 

「なんというかな──これから気に入らない奴をシメるスケバンみたいだったぞ氷湊」

「う、五月蠅いわねっ!」

「ぐふっ!?」

 

 晃が正直な感想を述べると腹部に正拳突きを受けて蹲る。自信満々に語っていたはずなのに失敗した羞恥心からか彼女は顔を真っ赤にさせているのがわかった。それを見かねて今度は茜が語り出す。

 

「だったら、今度は私の作戦でいいですか?」

「ああ、構わんが何か策があるのか?」

「ええ、バッチグーですよっ!」

 

 なんて普段控えめな彼女とは思えない自信満々な態度で語っていた。

 気が付くと彼女の手には、薄いピンク色の可愛らしい封筒が握られていたのだ。

 

「涼香ちゃんが正攻法なら私はその逆から攻めていきます。女の子なら誰もが憧れる、名付けてラブレター作戦です! これならきっと読んでくれますよ」

「ラ、ラブレターって……不自然じゃないか? 今どきそんなの書いてる奴なんて見た事ないぜ」

 

 なんて異議を立てる創。

 なにせ彼は生まれてから17年間、1度もラブレターはおろか告白だってされた事はないのだ。そんなご時世に使ってもただの立ちの悪い冗談で済まされてしまうかもしれない。と言いたげだったが『なんのことだと』言いたげな風な茜がキョトンとした表情で言い張った。

 

「えっ、私は中学時代に貰ったことありますよ?」

「──なっ!?」

 

 一瞬、石の様に固まってしまう創。

 珍しい茜の失言に、こちらも珍しく涼香がフォローに入る。

 

「日向さん、これ以上は駄目よ……可哀想なモテない人の気持ちも察してあげなくちゃ」

「……モテ、ない」

「ぶ、部長!?」

 

 普段は悪口さえも聞き流す彼だが、さすがにこれは堪えたのかズーンと落ち込み昇降口の隅で体育座りをして蹲ってしまった。そんな部長を始めてみるのか晃は驚きの声を含めて彼の名前を呼んだ。

 だが、すぐさま立ち直り追撃の様な口撃を行った涼香を指差し創は抗議する。

 

「っ……だったら氷湊! お前はモテるとでも言のかっ!?」

「ん、私もラブレターぐらい貰ったことあるわよ」

「……っ!?」

 

 再びズーンと言う効果音を立てながら落ち込む創だった。

 

「すまん橘、後はお前に任せる……ぜ……」

「ぶ、部長……大丈夫ッスよ! オレだって貰ったこと無いッスから!」

「なっ、た、橘……」

 

 同類がいたことに安堵したのか顔を上げ創が囁く。

 気が付けば二人はガッシリとした握手を交わしていた。そんな二人を見ては呆れた目をしながら無言でいる涼香に、ホロリと涙を流したような仕草をして感動する茜がいた。

 

「いいですね、男の友情……ちょっと憧れてしまいますよ」

モテない(・・・・)男の友情だけどね。というか、良いの日向さん。ラブレターを下駄箱に入れないで?」

「あ、忘れてましたっ!」

 

 ちなみに涼香がモテないと強めに主張したのは言うまでもない。

 その後、彼女の指摘により茜は有栖の下駄箱へと手紙を入れる。後は彼女が来て見てもらうだけだ。そのまま、茜や涼香たちも目立たない位置へと移動する。

 

 このままおよそ5分後ほどをして有栖が戻って来た。

 先ほどの涼香の件もあったのか辺りをキョロキョロと挙動不審に探りながらも遊戯王部メンバーは見えない位置に隠れていたため何も問題は無いと確認した彼女は下駄箱を開けた。

 

「ひゃっ……!?」

 

 その途端、中にあった手紙に気付いたのか顔を真っ赤にさせて驚いていた。

 知られたくない事なのか首を素早く動かして周囲に誰かがいないか確認するが、都合のいい事に今の昇降口には有栖と隠れている遊戯王部メンバーしかいない。自分一人だけしかいないと思った彼女は、その場で封筒から1枚の便せんを取り出して読み始めた。

 それを隠れて見ているのは趣味が悪いと思ったのか創が視線を逸らして気になったことを茜に聞き始めた。

 

「そういえばさ日向……お前、手紙の内容はなんて書いたんだ?」

「え、えーとですね──」

 

 なんて茜は唇に手を当てて思い出すような仕草を取る。

 

「『貴女のことが前から好きでした。是非とも付き合ってください、遊戯王部の部室で待ってます』……と書きました」

「待てっ! それって良くも悪くも完全にラブレターじゃね!? どうやったらそれが勧誘に繋がるんだよっ!?」

 

 なんて思いっきり小声で突っ込む創。

 茜は『えへへ』なんて照れ笑いをしながら謝った。

 

「ごめんなさい。ちょっと、楽しくなっちゃて我を忘れてしまってました」

「まあ……誤解は後で解けばいいじゃない。それよりも日向さん、その手紙は差出人は誰の名前になってるの?」

「……あ!?」

 

 なんて涼香の疑問と茜の反応に遊戯王部メンバーはピシッと凍りついたような効果音と共に固まってしまったのだ。別にラブレターについては後で全力で謝ればきっとなんとかなると信じるものの、誰が書いたと思われるかが肝心だ。

 

「いやさ、すまんが最初の責任者だ。茜……お前が書いたって伝えてくれ」

「そ、それはそうですけど部長──私は女の子ですよ……お、女の子同士でそ、そんな……ご、ごめんなさい橘くん! 今度、部の掃除当番代わりますので、お願いしますっ!」

「オ、オレ!? さすがに、ラブレターって言うのはな……す、すまん氷湊、パスだっ!」

「わ、私に振らないでよっ!? というか、それならば部の一番の責任者、部長が部員の責任を負うのがスジじゃないのかしら?」

「くっ……戻って来やがったっ!?」

 

 なんて創、茜、晃、涼香の順でループしていた。

 その間にも有栖はさらに顔を真っ赤に赤らめては、心此処にあらずと言った足取りで手紙を抱えながら校舎へと戻って行くのだ。どうやら手紙の通り遊戯王部の部室に向かってしまう様だ。

 そんな姿を見ては、珍しく遊戯王部メンバーは揃ってため息を吐いたのだった。

 

 

 

 



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025.私たちの部室を守って!

 

 

「…………」

 

 さて、どうしたものかと言う空気が遊戯王部部室を漂わせていた。

 部室には気まずい雰囲気で部室の椅子に座る晃に、目を閉じて無言を貫こうとする涼香、若干顔を赤らめてもじもじとする茜に、どうしたものかと珍しく溜め息を吐く創の4人だ。

 そんな雰囲気の中、唯一の部外者ともいえる風戸有栖はそんな遊戯王部メンバーを見てはわけもわからず首を傾げる一方だ。

 

「あー、えっと……風戸だったな、すまん」

 

 普段は年上である生徒会長ですら物言わぬ態度とため口で接する創だったが、今回に今回に限っては歯切れが悪く謝った。いったい何で謝られたのだろうと彼女はぽかんとした表情で返す言葉もわからないのか唖然としていた。

 

「あ、あの……こ、この手紙は?」

 

 だからか話を逸らすかのように遊戯王へと来るように告げられたラブレターを出したのだ。その手紙を見た時、さすがにやりすぎてしまったと茜が『あはは』と苦笑いを浮かべた。

 

「ご、ごめんなさい……それ私のせいです。ちょっと、有栖ちゃんに話を聞いてもらいたくて書いちゃいました。本当にごめんなさい」

「そう……なんだ」

 

 本当に申し訳ないと謝る茜に、嘘だと知ってしゅんと落ち込む有栖。

 けれど茜を責めるつもりは無いのか、ふるふると首を振っては話題を変えようと懸命に話す。

 

「あ、あの……その話というのは何?」

「それはだな……」

 

 なんて創が語ろうとしたが、そんな彼をぐいっと押しのけて涼香が割って入った。

 先ほど逃げられた事を気にしていたのか、彼女はなるべく笑顔を浮かべるようにして見えたが、どこかぎこちなく威圧感のような物を漂わせているから余計に怖い。

 

「この部活に入ってくれないかしら」

「ひぅ……ご、ごめんなさい」

 

 涼香の迫力に圧倒されたのか、彼女は涙目で謝るように断った。

 そんな彼女に『ムッ……』とわずかに苛立ちの表情を見せる涼香に、どうしたものかと困った笑顔を見せる茜。黙って見守る創とそれぞれが独特の反応を見せていた。

 そんな中、晃だけは小さく問う様に呟いた。

 

「なんでだよ……?」

「ふぇ?」

「風戸……お前は、俺と決闘(デュエル)するときもそうだったけど、カードを大切に扱ってるように見えた。お前は遊戯王が好きなんじゃないのかよ?」

「っ…………」

 

 彼女とぶつかってカードを落とした時の慌て方。

 教室で決闘をするときのカードの扱い方。

 

 なんとなく、それは遊戯王部のメンバーたちに似ている様な感じを晃は覚えていた。きっと、彼女も遊戯王が好きなのだろう。だからでこそなんでそこまで頑なに拒むのかが晃にはわからなかった。

 そんな晃に返答することもできずに黙ってしまう風戸。それを制止するかのように、創が仲裁した。

 

「まあ、人には言えない事情が様々ってことさ。けどさ、風戸……あんたは何でここまで嫌なのか聞いてもいいか?」

「そ、それは……」

 

 口ごもってしまう。

 有栖はふと遊戯王部のメンバーを一瞥したのち、目を逸らすように俯いてしまった。

 

 もっとも創は彼女の理由というものを調べて知っている。それでもこれは彼女の口から聞きたかったのだ。そんな有栖は消えそうな声で呟くように語った。

 

「わ、わたしは……本当は遊戯王は好き。でも……その分だけ独りになるから」

「独り……って何よ?」

 

 なんてわけもわからず首を傾げる涼香と茜、晃に関しては同じ様な言葉を一度聞いているためか、そこまで驚きもしない。そんな言葉足らずに説明を創が解説するように語った。

 

「まあ、強さ故に孤立したって聞いたぜ……けどさ、風戸。今だって独りじゃないのか?」

「っ……でも……」

「また失うってのは嫌なのはわかるぜ。けどさ、それじゃつまらないだろ……一つ賭けをないか?」

「か、賭け?」

 

 そんな創の言葉に涙ぐんでいた目が収まり、わけもわからないといった表情で彼を見つめていた。無論、晃や茜、涼香も創の賭けという発言に対し理解できないといった表情で同じく創を見る。

 

「っても、それだけ別に難しいことじゃねえよ。単に一週間ぐらい仮入部するってのはどうだ? 別に俺たちはお前を置いては行かないぜ!」

 

 成程、そんな手がと他の遊戯王部メンバーは感心する。

 普段は馬鹿な人物っぽい創もこういう部に関係する場合においては、なんとも策士である。気付けば有栖は何か考えるかのように視線を逸らしていた。それも数秒間ののち、視線を戻してはコクリと小さく頷いたのだ。

 

「う、うん……よ、よろしくお願いします……」

 

 またしても消えそうな頼りない言葉だ。

 けれど、これは小さいけれども確実に一歩の前進だろう。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 なんて部活動が終わっては、部室の窓から暗く染まりつつある空を眺めては創がつぶやいた。現在、仮入部という形で入った有栖を除く晃、茜、涼香、創の4人だけが残って重大な会議みたいな話合いをしているところなのだ。

 

「一応、仮で入ってくれたのはいいですけどねー」

 

 なんて苦笑気味に語る茜の言葉に他も無言で肯定する。

 なにせ、彼女〝風戸有栖〟という人物は遊戯王における知識、センスは実際にデュエルを行っては問題ないと感じたのだが、それ以前の問題があった。

 

 かつて晃が有栖とデュエルをしては、途中で創に止められたような事が起きたのだ。

 平たくいえば、プレイングミスが多い。それも彼女自身自覚して意図的にやってしまっているというのだ。

 

「……私には理解できないわね」

「そう言うなって、風戸には風戸にしか無いことなんだろ?」

 

 なんて本当に理解しがたいような口調で語る涼香に創が宥める。

 逆に涼香といえば相手がどうだろうが遠慮もなく圧倒するのだ。有栖とは対照的とも思えるだろう。

 

「なんでしょうか、ずっとネット決闘をやっていたと聞きますかから実際の決闘で緊張でも、してしまったのでしょうか?」

「うーん、それも違う気がするわ。なんていうか、敢えてそうしている……ううん、それしか出来ないみたいな顔をしてたわ」

 

 各々が考察していく。

 そんな中、晃は口元に手を添えては有栖との決闘での出来事を思い出そうと考えて行く。

 創が発言した『逃げ出したいとでも言いたげな目をしている』などという言葉。

 

「なんだろう、イップスみたいなもんッスかね?」

「は、イップス?」

「平たくいえば精神的な原因でプレイに支障をきたす障害ッスね。もっとも、スポーツで使う用語なんスけど……」

 

 なんて用語の意味がわからない風な表情をする創に対し年下の晃が解説するように語る。それも彼らはずっと遊戯王というものに打ち込んでいたために運動部とは無縁だったから仕方が無いといえばそうだろう。ちなみにだが、創の体育の成績はそれでも上位に分類される。考えるような仕草をして頭をかるく掻きながら創は『そうだなー』なんて軽く呟きながら語る。

 

「当たらずとも遠からず……って、俺は思うぜ。何せ強くて孤立したんだ……同じことが起きるなんて考えれば怖いもんさ」

「けどさ、どうすんのよ? 団体戦に出るっていうなら、そもそもウチは一敗は確定してるもんよ。風戸さんまで勝てないってことだと勝つのは難しいわ!」

 

 涼香が抗議する。

 とりあえずこの場で彼女が『一敗は確定してる』なんて言葉を否定する者は誰もいない。

 特に晃はただ立ちつくしたまま抗議をする素振りも見せない。

 

「あれ、おかしいな……なんか涙だ……」

「元気出してください。橘くんはこれからですよ」

 

 本当に涙が出るわけではないが悲しいのは間違いない。そんな晃の肩を叩いて茜がフォローしてくれているが、そんな二人などスルーで創は再び考えるように『ふむ』と口元に手をやる。

 

「そうだな、良い考えがあるぜ!」

「……アンタのその良い考えって、私には凄く嫌な予感しかしないんだけど」

 

 創の発言に、涼香はげんなりした態度で答えた。

 なにせ前に晃の弱さをなんとかしようと辿りついた結果が、購買でパンを買うという前例があるのだ。それも晃が変なパンを買ったという結果しか残らず、彼の弱さは以前と変わらないのだ。

 

「まあ、そう言うなって……様は勝たなくちゃいけないデュエルを風戸にやらさればいいんだ」

「勝たなくちゃいけない……ですか?」

「そう。そうすれば後には引けないだろ!」

 

 なんてサムズアップをして自身満々と答える創。

 確かに勝つということに恐怖を感じる有栖とはいえ、勝たなくちゃいけない場面という窮地に立てばもしかしたら、と思ってしまう。その点では皆も納得はする。

 

「けど、そんな場面ってあるかしら?」

「大会……も、少し違いますね」

 

 だが、勝たなくてはいけないデュエルという場面などあるのだろうか?

 もしこれが遊戯王の世界でならば〝闇のゲーム〟は勿論、何かを遊戯王で解決する世界であるため困らないであろう。だが、ここではカードゲームに何かを委ねるなんて早々無いのだ。

 いったいどんな時だろうと思考する彼女らに創は、『ふっ』と軽い笑みを見せて答える。

 

「なに、遊戯王部が力を合わせれば造作も無いさ! と、いうわけで作戦実行は明日の部活時に、細かい打ち合わせは昼休みにでも連絡するさ!」

「「「?」」」

 

 なんて仕切る創に、晃に茜、涼香の1年生3人は顔を見合わせては首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 翌日の放課後。

 有栖のための作戦を実行すると言っておきながら晃だけは打ち合わせというのをしなかった。というよりも、茜と涼香に対しては何か話をしたみたいだったが、晃に関しては〝状況に合わせて対応してくれ〟なんて一言だけを伝えられたのだ。

 

 そこで部室に来ても誰もいない。

 晃は、ここで誰かが来るまで適当に遊戯王のザ・ヴァリュアブル・ ブックを読んで適当に時間を潰すしかないのだ。そのまま数分がたったのち、ガラリと部室の戸が開いてはおそらく遊戯王部に出入りする中で最も身長が低く腰にまで伸びたロングヘアーの少女。現在、仮入部状態の風戸有栖はちゃんと来てくれてた。

 

「あ、あの……こんにちは」

「あ、あぁ……というか、教室同じだけどな」

 

 なんて軽いツッコミを入れながら応じる。

 すると彼女は扉を閉めてはキョロキョロと首を2、3度振るように部屋の中を見渡しては今ここに晃以外の人物がいないことに気が付いた。

 

「あの、み、皆さんは?」

「いや……オレも知らない──」

 

 なんて言葉を言いきる前に『ゴッッッ』なんて鈍い音が扉から鳴り響いた。晃は何事かと一度、驚いては本から扉へと視線を向け有栖もまた『ひぅ』なんて怯えた声を上げては真後ろだった扉から逃げるように遠ざかった。

 

「ハァ、ハァ……くっ……」

 

 再び扉が開く。

 そこから入ってきたのは、何故か満身創痍の茜だった。そんな彼女は腕に決闘盤を付け、前の勧誘なのかわからない魔王と勇者ごっこの時に身に着けていたマントを模したカーテンを纏っては決闘盤を持った腕の方の肩を押さえながら部室に入ってきたのだ。

 

「日向!? 何ごとだよっ!?」

 

 なんて晃が、驚きの声を上げると今度は開いた戸から黒いマントを模した暗幕を纏った創が悪役面で姿を現したのだ。

 

「フハハハッ、勇者の末裔である女勇者アカネ=ヒムカイも大したことなかったな。瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)ヒミナトの協力が合ったとして今の我を倒すことは不可能だ!」

 

 なんて高笑いをする創もとい始まりの魔王だ。

 途端、廊下から姿を現したのか涼香が創の元まで早足で歩いてはローキックを彼目がけて放ちだした。

 

「誰が瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)よっ! その言葉は使うんじゃないわ!」

「っ、痛っ……すまん、いや、ほんとすみませんっ!」

 

 痛みに創は素に戻っており全力で謝っていた。

 しかし、ここで満身創痍という表情だった茜も素に戻って『まあまあ』と涼香の肩を叩いて宥めていたのだ。

 

「涼香ちゃん、ここは堪えて……ほら、有栖ちゃんのためですし」

「ぐ……し、仕方ないわ。今回だけよ」

 

 握り拳をわなわなと震わせては堪えていた。

 涼香は、一度ため息をついては仕方ないと言いたげな目で部室に入っては何か負傷したみたいに茜と同じく肩を押さえて壁に背中を預けた。一方の茜もまた満身創痍の表情に戻っていた。

 

 一方の晃はため息。

 有栖に至っては、状況に理解が追いつかないのか目をパチクリとさせていた。そんな状態で創もとり始まりの魔王は再び高笑いをする。

 

「クハハッ、女勇者たちを倒した我に敵はいない! ここで世界制服の拠点としてまずは、この部室を占領するのだぁ!」

「あー、そういうことッスか」

 

 正直、晃は呆れ果てていた。

 なんとなく創の目論見は理解したものの、さすがにこの方法は苦しいのではと思ってしまう。乗り気でなさそうな涼香もそんな表情だ。

 

 しかし、そんな晃や涼香を放っておいて創と同じでノリ気だと思われる茜は怪我を負ったような足取りで有栖の前まで立ち寄っては、決闘盤を外して彼女に差し出すように向けた。

 

「お願い。私はもう駄目みたい……けど、魔王を封印する聖女たる血を引く貴女なら、きっとできるはず。お願い戦って、私たちの部室を守って!」

「えっ……わ、わたし?」

 

 なんて戸惑いを見せる有栖。

 正直茜の演技は無駄に上手い。まるで本当にここで有栖が戦わなければ終わってしまうかのような迫力が伝わってくる。そのためかほんの数秒間の間を空けたのち有栖は茜から決闘盤を受け取ったのだ。

 

「う、うん頑張る」

「受け取った!? いや、それはいいとして部長が相手だと拙いんじゃないッスか?」

 

 しかし、この流れだと有栖の相手は部長である創となるのだ。いくら彼女自身、実力はあると思われるとしても創の実力も折り紙付きだ。それも涼香にすら勝てる実力者では、無理があるのではと思った時、創はパチンと指を鳴らした。

 

「クハハ、誰が一人だと言った? 今日はもう一人呼んでいてね……紹介しよう我が呼んだ召喚獣〝怪鳥ニカイドウ〟だ」

「ふんっ、これは貸しだ。覚えておけよ新堂」

 

 なんて入って来たのは、生徒会長である二階堂学人だと思われる人物がアヒルのような黄色い鳥の着ぐるみを着た人物だった。特に口元から顔を出すその姿はシュールだ。さすがに予想外だったのか、晃は叫んだ。

 

「つか、何やってんすか生徒会長ぉおおおおお!?」

「……そこの馬鹿に頼まれてな。貴様らが頼りないから手を貸したまでだ」

 

 なんて、着ぐるみの姿が恥ずかしいのかそっぽを向きながら答えていた。

 恥ずかしなら着るななんてツッコミはしたかったが、さすがに晃はツッコミ疲れてはこれ以上細かいツッコミはしたくなかった。

 

「そんなわけだ。我は貴様らにタッグデュエルを申し込むぞ。聖女の末裔アリスに、そこの村人A!」

「えー!? いや、タッグデュエルって……というか村人A!?」

 

 ちなみに村人AはAkiraのAだ。

 

「いやいや、オレの実力しってるッスよね? 逆にオレが入らない方が……むしろ氷湊とかの方が適任じゃないッスか?」

「橘くん、こういうのって逆境になればなるほど燃えるものですよ」

 

 なんて終いには重荷扱いだった。

 さすがにここまで言いたい放題されれば晃とて我慢の限界がある。

「ああ、くそっ! やってやるッスよ!」

「クハハッ、準備は整った様だな……逝くぞ! ────屋上でな」

 

 なんて創の最後の言葉で、さすがにここで決闘盤を使ってのデュエルが出来ないことに気づく。そのまま、皆が屋上へと向かうのだが、その中にコスプレやらの姿をしているとなれば周囲からは白い目で見られたのは言うまでも無い。

 

 

 

 



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026.お前の力を貸してくれ!

 

「クハハハッ、夕暮れとはまさに決戦に相応しい舞台ではないか!」

「…………」

 

 学校の屋上から見える遊凪市の風景に沈む夕日を見ては高笑いをしている始まりの魔王もとい遊凪市高校遊戯王部部長の新堂創。そんな中二病全開の彼の姿を見ては、本当に彼が部の長である部長でいいのかと思ってしまう晃であった。

 

「ふんっ、そんなことはどうでもいい……さっさと始めろ。着ぐるみが暑くてしかたない」

 

 じゃあ始めから着るなよ。

 そんなツッコミを口には出さずに心の中に留めるものの、アヒルの着ぐるみを着た怪鳥ニカイドウもとい二階堂。生徒会長と怪鳥をかけた一発ギャグだというのは言うまでも無いだろう。

 

「頑張ってください、有栖ちゃん」

「うん、頑張るよ!」

 

 そうして今回、晃の相方と言うより彼女メインで行われるだろう有栖は茜のエールによりやる気を増したのか両手を握り拳にして意気込む。茜から手渡された決闘盤を付けては晃の横へと並び二人のコスプレイヤーと対峙する。

 

「ったく、面倒な事になったスね……」

 

 晃が決闘盤を構える。

 タッグデュエルで相手は頭のネジが吹っ飛んでいるような姿とはいえ部長である創と生徒会長である二階堂である事は間違いない。実力は格段に向こうの方が上であり、パートナーである有栖もどこまで通用するのかは未知数なのだ。

 

 ならば彼にできることは一つだけ。

 全力を持って当たることでしかない。

 

決闘(デュエル)!!』

 

 デュエルを行う4人が叫んだ。

 ソリッドビジョンシステムが作動し、決闘盤が先攻のプレイヤーを選択する。一番最初に開始されるのは、始まりの魔王もとい創だった。彼は一度、自身の手札と相談してはいつもとは違う中二病染みた口調で開始した。

 

「先攻は我か……手始めに様子見と行こうではないかモンスター、伏せカードともに1枚づつ伏せターンを終了しよう」

 

 なんて口調は違うがプレイングは普通だ。

 創の使用するデッキ【X─セイバー】は墓地が肥えたり手札にキーカードがくれば爆発的な威力をもたらす中盤以降から強力になってくるデッキだ。彼の性質もスロースターターということもあり前半は際立った動きはしては来ないのが幸いだ。

 

「っと、次はオレのターンッスね」

 

 決闘盤が選定した次のプレイヤーは晃だ。

 これで必然的に次は二階堂、有栖の順でターンが回ることが確定した。

 

「ドロー。よし、手札は悪くない──《武神─ヤマト》を召喚!」

 

 武神─ヤマト

 ☆4 ATK/1800

 

 先陣を切るのは、晃の【武神】の主要モンスターだ。

 幸先よく初手の手札にあったため迷わず召喚を行う。

 

「ククッ、貴様にしてはお馴染みのモンスターだな!」

「……そのキャラやめてもらえないッスかね? とりあえず、バトルフェイズに入って《武神─ヤマト》で部長の伏せモンスターへ攻撃!」

 

 赤い甲冑を纏った戦士が創の場に置かれた裏側のカードへと殴りかかるように飛び掛った。彼のデッキには壁となる守備力の高いモンスターはほぼおらず、面倒なのはリクルーターの《X─セイバーエマーズブレイド》やサーチの《XX─セイバーダークソウル》程度だ。

 

 XX─セイバーダークソウル

 ☆3 DEF/100

 

「《XX─セイバーダークソウル》だ。そのまま破壊される」

 

 晃の読みは当たっていた。

 リクルーターであるエマーズブレイドならどうしようかと考えたが、《XX─セイバーダークソウル》ならエンドフェイズのサーチも兼ねて創のターンが回ってくるのは二階堂と有栖の2ターン分も後になる。その間に守りを固める準備は十分にできるつもりだ。

 

「よし、カードを2枚伏せてターン終了ッスよ」

「ククッ、ならばエンドフェイズだ。破壊された《XX─セイバーダークソウル》の効果が発動するがチェーンして《トゥルース・リインフォース》を発動する! デッキよりレベル2以下の戦士族《X-セイバーパシウル》を呼ぼうではないか」

 

 X-セイバーパシウル

 ☆2+ DEF/0

 

 戦士族レベル2チューナーであるカードだ。己の身の半分ほどはあろう大剣を構え守備の構えを取るもののその守備力は0ではあるが、彼は戦闘では破壊されないモンスターであるため壁としては固い。

 場にモンスターがいる、いないでは大きく違う。次の二階堂のターンでそのモンスターを利用することができるため今の《トゥルース・リインフォース》は十分に厄介ではあるのだが、このとき二階堂が叫んだ。

 

「新堂ぉ! 貴様、僕のデッキを知ってモンスターを残したな? 動きづらくなるかもしれないんだぞ!」

「はは、そう怒んなって生徒会長。今回の俺たちの目的は勝つことではねーし、まだデュエルは始まったばかりだぜ?」

 

 なんて抗議を素に戻った創が流す。

 かつて二階堂は【終焉のカウントダウン】を使っていたが、逆に壁を残したことで怒りを示したのならおそらく使うデッキは違うのだろう。

 

「まあいい、今回の手札なら問題なく動けるが」

「なら、怒らなくてもな……おっと、クハハッ、加えて我は続けて《XX─セイバーダークソウル》の効果によりデッキから《XX─セイバーボガーナイト》を手札へと加える!」

 

 加えたのは、展開力を持つ下級アタッカーのXX─セイバーのモンスター。おそらく彼のターンが回ってきたときに出すであろうが、まずは次にターンが回ってくる二階堂の方を見なければいけない。

 

「だったら、こっちも《武神─ヤマト》の効果で《武神器─ハバキリ》を手札に加え《武神器─ヘツカ》を捨てるッスよ」

 

 なんて《武神─ヤマト》に耐性を守るカードと打点強化のカードをそれぞれ機能させる場所へと運ぶ。このカードならば次の有栖のターンまで問題無く運べるだろうなんて晃は考える。

 

「ふんっ、僕のターンか」

 

 エンドフェイズに発動する効果も終えたことで晃のターンが終了し、次に二階堂学人のターンへと移った。彼は着ぐるみの羽ともいえる右手からカードを手札に加えたのだが、それには指が無い。どうやって手札を持っているのか後で聞いてみたいなんて思う中、彼のターンが開始される。

 

「初手は《サイバードラゴン・コア》を召喚しようか」

 

 サイバー・ドラゴン・コア

 ☆2 ATK/400

 

 小さな蛇のような細長い体に赤い目をした機械のモンスターだ。

 攻撃力、レベル共に晃のヤマトには及ばないがここで召喚したのだから意味が無いはずはない。

 

「このカードの召喚時サイバーかサイバネティックと名の付く魔法か罠を加えることができる。《サイバー・リペア・プラント》を手札に加え──手札から《機械複製術》を発動! 攻撃力500以下の《サイバー・ドラゴン・コア》を選択することで同名モンスターをデッキから特殊召喚する。現れろ2体の《サイバー・ドラゴン》!」

 

 サイバー・ドラゴン

 ☆5 ATK/2100

 

 ドンッ、と悠々と姿を現した2体の蛇みたいに長い胴体を持った機械仕掛けの龍だ。先ほどの《サイバードラゴン・コア》との違いは鋭利的であり銀色に輝くボディに、圧倒的な威圧感を放っているところだろうか。

 

「……あれ? 同名モンスターッスよね?」

 

 なんて《機械複製術》の効果の説明をしていたため晃は疑問を抱く。なにせ選択したモンスターが《サイバー・ドラゴン・コア》のため同じく《サイバー・ドラゴン・コア》が2体出てくるのが当然なのだ。そんな疑問を解消するために茜が彼へと語った。

 

「橘くん! 《サイバー・ドラゴン・コア》は場と墓地では《サイバー・ドラゴン》として扱うんです。だから《機械複製術》でも《サイバー・ドラゴン》が出て来るんです!」

「そう言うことだ……だが、貴様は手札に《武神器─ハバキリ》を握っていたな。ならば場のレベル5機械族である《サイバー・ドラゴン》2体でエクシーズを行おう! ねじ伏せろ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》!」

 

 サイバー・ドラゴン・ノヴァ

 ★5 ATK/2100

 

 2体の機械仕掛けの龍が重なることで誕生した新たな《サイバー・ドラゴン》。様々なパーツが付加され元々持ち得なかった翼まで装着したモンスターはステータスは変わらずとも迫力はケタ違いだ。

 

「さあ邪魔者を排除しようではないか! 僕はバトルフェイズへと移行させ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》で《武神─ヤマト》へと攻撃を行う!」

「っ……攻撃!?」

 

 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の攻撃力は2100と現状では《武神─ヤマト》を上回っているものの、手札には攻撃力を倍の3600まで引き上げる《武神器─ハバキリ》があるのだ。二階堂もそれを承知しているのにも関わらず攻撃を行ってきた。それを彼自身が付け足すように解説する。

 

「ふんっ、無知な貴様に教えてやる。《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》は場か手札から《サイバー・ドラゴン》1枚を除外することで攻撃力を2100上昇させる効果がある」

「っ、そういうことッスか……」

 

 彼の場には《サイバー・ドラゴン》として扱う《サイバー・ドラゴン・コア》が存在する。そのカードを除外することで攻撃力を上げれば4200と《武神器─ハバキリ》で強化された《武神─ヤマト》ですら葬ることが可能なのだ。

 ならば、殺られる前に殺るしかないだろうと、晃は1枚の伏せカードを使った。

 

「だったら、《聖なるバリア─ミラーフォース─》を発動ォ! 攻撃される前に倒す!」

「ふんっ、これで《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》は破壊される……か」

 

 口元から青白いブレスを吐く機械仕掛けの龍の攻撃は見えないバリアによって防がれた挙句、反射され龍の元へと戻ってくる。自業自得とでも言わんばかりに二階堂のモンスターは《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》とついでに《サイバー・ドラゴン・コア》が消滅して行く。

 

「よしっ!」

「──甘いな」

 

 素直に破壊されたことを安堵する晃だったが、二階堂の冷たい一言が場を過った。

 

「大甘だ橘晃。カードの知識を学ぼうとするならば、最新のカードから学ぶべきだったな──《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》は相手のカード効果で墓地へ送られることによりエクストラデッキから機械族融合モンスターを特殊召喚する効果もあるのだ。《サイバー・ツイン・ドラゴン》を特殊召喚する」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン

 ☆8 ATK/2800

 

 現れるは二頭の首を持つ機械竜。

 《サイバー・ドラゴン》2体を素材とされる融合モンスターではあるものの、今回に限っては融合条件を無視した特殊な条件での召喚となった。

 

「バトルフェイズを続行する! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》でこのまま《武神─ヤマト》へと攻撃を行う!」

「っ……また攻撃力が低いというのに」

 

 いくら融合モンスターといえど攻撃力は2800止まりであり、このままいけば《武神器─ハバキリ》の効果を使って返り討ちだ。いくら最近のカードの知識は無い晃とて《サイバー・ツイン・ドラゴン》ぐらいまでの知識は学んでいる。

 2回攻撃が可能とされる効果は確かに驚異的だが、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の様な攻撃力上昇の効果が無いのは承知済みだ。

 

「だから貴様は駄目なんだよ。ダメージステップに手札から速攻魔法《リミッター解除》を発動! 機械族の攻撃力を倍にする!」

「は……?」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン

 ATK/2800→5600

 

 いきなりの攻撃力の飛躍的な上昇に晃だけでなく、パートナーの有栖や創、茜に涼香も小さく驚きの声を上げていた。暴走したかのような鈍い鳴き声を上げる機械仕掛けの二頭龍は厳つい視線で標的である《武神─ヤマト》を睨む。

 

 だが、それ以上に恐ろしいのは連続攻撃可能なモンスターの攻撃力上昇だ。この攻撃で《武神─ヤマト》を倒すのと同時に超過ダメージである3800が通ってしまう。そしてガラ空きとなった場に5600の攻撃が通れば9400と現在、無傷である8000のライフなど一瞬で無に還ってしまう。

 しかも今、彼の場に伏せてあるもう1枚のカードでは攻撃を止めることなどできない。

 

「っ……洒落にならないッスよ! ダメージ計算時《武神器─ハバキリ》の効果を発動し《武神─ヤマト》の攻撃力を倍に!」

 

 武神─ヤマト

 ATK/1800→3600

 

 《武神─ヤマト》も攻撃力を倍にするが、当然ながら攻撃力が倍になった同士ならば元々の数値が高い方が勝つ。カードの効果により天羽々斬を手にし迎撃を行おうと立ち向おうと果敢に特攻するものの、敵の圧倒的戦力に敵うこともなく青いブレスを身に受け無残にも塵に還ってしまう。

 

 晃&有栖

 LP8000→6000

 

「だが、これで終わるはずがないだろう? 二撃目を喰らうがいい──《サイバー・ツイン・ドラゴン》で直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!」

「ぐっ……!?」

 

 先ほどは《武神─ヤマト》を介してのダメージだったが、今度は直接ターンプレイヤーである晃を狙っての攻撃だ。攻撃力5600という桁外れの攻撃の前に立体映像であるものの、衝撃を受けては晃は尻もちをついてしまう。

 このまま一気に彼らのライフが減少して行く。

 

 晃&有栖

 LP6000→400

 

 なんという破壊力だろう。

 たった1度のバトルフェイズでライフを20分の1にまで削られてしまった。いや、なんとか400までで耐えたという表現もできるかもしれないが、あの二人相手で7600のライフ差は厳しい。

 

 今、晃は己の無力さに唇を噛みしめていた。

 

「僕もカードを1枚伏せてターンを終了するが、エンドフェイズに《リミッター解除》の効果を受けた《サイバー・ツイン・ドラゴン》は破壊される」

 

 限界以上の力を出し酷使したためか機械仕掛けの二頭龍は声を上げながらその身が崩壊していく。だが、それでも晃たちのライフを風前の灯にまで追い込んだのだから役目といえば十分だろう。

 

 これで次は風戸有栖のターンだ。

 だが、その前に晃は悔しさで拳を震わせながら語った。

 

「悪い風戸──悔しいけどオレじゃあ、あの二人の足元に及ばないんだ。このままだと勝てない……だから、お前の力を貸してくれ!」

 

 なんて語る。

 確かに晃の実力では1対1のデュエルであろうと、あの二人のどちらにも勝つことはできない。そんな無力さを噛みしめながら晃は風戸有栖に頼るしか現在、あの二人に立ち向かう術は無いのだ。

 彼の本心からの言葉を彼女はどう受け取っただろうか?

 ただ、有栖は晃の言葉を聞き入れるかのようにコクリと頷いては真剣な顔つきで場を見据えるのだった。

 

「うん、わたしのターンだよ──」

 

 

 

 



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027.なんとしてでも勝ってくれ!

 

 

 ●橘晃&風戸有栖 LP400

 晃  手札3

 有栖 手札5

 

 ■unknwon

 

 ●新堂創&二階堂学人 LP8000

創   手札5 

二階堂 手札3

 

□X─セイバーパシウル

 

 4ターン目が開始される。

 彼女がドローフェイズでカードを引く時、創が場の《X─セイバーパシウル》を指差しては説明するように語る。

 

「我のモンスター、《X─セイバーパシウル》は戦闘にて決して破れぬ効果を持つが相手のスタンバイフェイズの時に守備表示ならば1000のダメージを受ける」

 

 新堂創&二階堂学人 LP8000→7000

 

 創と二階堂が始めてダメージを負うが自滅の形だ。まだ晃たちは1のダメージも与えてはいない。風戸有栖のターンだが、状況は圧倒的に不利。二階堂の《サイバー・ツイン・ドラゴン》の《リミッター解除》の2連続攻撃によってほんの少しのダメージを負うこの状況。気の弱い彼女であったが負けられないと認識しているためか、やけに落ち着いて場を眺めては手札を確認していた。

 

「わたしは、手札から《ガスタ・ガルド》を召喚するよ」

 

 ガスタ・ガルド

 ☆3+ ATK/500

 

 小さな一匹の薄い緑色の鳥が飛来する。

 数値では《X─セイバーパシウル》を上回ってはいるものの、生憎と相手は戦闘破壊不可能なモンスターだ。そもそも、残りライフがわずかなところで低攻撃力のモンスターを出すこと事態が悪手だ。

 しかし、これを逆手にとって有栖は1枚の魔法カードを発動する。

 

「《強制転移》を発動するよ」

「モンスターを入れ替えるカードか、僕の場には新堂のパシウルのみだ。厄介な壁を除けて、リクルーターを送りつけてくるか」

 

 お互いにモンスターを1体選択してコントロールを入れ替えるカードだが、両者の場にはそれぞれモンスターが1体しか存在しないため有栖たちの場には《X─セイバーパシウル》、二階堂たちの場に《ガスタ・ガルド》が配置される。

 

「だけど、どうするのよ。《強制転移》で移したモンスターはこのターン表示形式が変えられないし《X─セイバーパシウル》の効果で次のターンにダメージを受けて終わるわよ」

 

 などと涼香が語る。

 先ほど二階堂たちがダメージを受けた様に、次の創のターンに《X─セイバーパシウル》が守備表示で存在すれば1000のダメージを受ける。400しか残りライフが無い晃と有栖だとそれで終わってしまう。けれど、有栖はそれも考慮済みだと言わんばかりに落ち着いて次の手を打つ。

 

「うん、だから《緊急テレポート》を使うよ」

 

 手札、デッキからレベル3以下のサイキック族を特殊召喚できるカード。この効果を使って有栖はデッキから1枚のカードを取り出しては場へと駆り出させた。

 

「《ガスタの神裔ピリカ》を特殊召喚!」

 

 ガスタの神裔ピリカ

 ☆3 ATK/1000

 

 人形の様な白い肌に杖を持った緑色の髪のポニーテールの女の子だ。その傍らには緑色のペンギンの様な生き物がとび跳ねるようにいる。

 

「ピリカは召喚、特殊召喚した時に墓地から風属性のチューナーを呼べるけどいないよね……残念。でも──」

「ふん、シンクロ召喚か……」

 

 《緊急テレポート》で特殊召喚を行ったことで有栖の場には《ガスタの神裔ピリカ》とチューナーである《X─セイバーパシウル》が存在するのだ。その合計レベルは5。

 

「レベル3《ガスタの神裔ピリカ》とレベル2《X─セイバーパシウル》でシンクロ召喚するよ! お願い《ダイガスタ・ガルドス》!」

 

 ダイガスタ・ガルドス

 ☆5 ATK/2200

 

 巨大になった《ガスタ・ガルド》に《ガスタの巫女ウィンダ》が乗ったようなモンスターだ。効果は墓地のガスタ2体を戻すことで相手モンスターを破壊できるのだが、この場では使っても与えるダメージが500増える程度でしかない。

 

「バトルフェイズ。《ダイガスタ・ガルドス》で《ガスタ・ガルド》に攻撃」

 

 新堂創&二階堂学人 LP7000→5300

 

 有栖は小さく『ごめんね』なんて呟いた。

 巨大な鳥に乗った巫女が攻撃の指示を出し、そのまま《ガスタ・ガルド》へと突貫する。同じ種類の鳥とはいえ大きさの違う者同士ではぶつかったところで決着は火を見るよりも明らかであり《ガスタ・ガルド》が消えたのちに緑色の薫風が吹いた。

 

「これで、《ガスタ・ガルド》の効果が発動するか」

「うん。《ガスタ・ガルド》が破壊されたときデッキからレベル3以下のガスタを呼べるから《ガスタ・イグル》を呼ぶよ」

 

 ガスタ・イグル

 ☆1+ ATK/200

 

 《ガスタ・ガルド》よりも一際小さい緑の鳥《ガスタ・イグル》が姿を現す。ほとんど戦闘では成果を上げるのが困難だと思われる数値でありながらも攻撃表示。だからでこそ有栖はさらに攻撃の指示を出した。

 

「続いて《ガスタ・イグル》も攻撃だよ」

 

 新堂創&二階堂学人 LP5300→5100

 

 たった200のダメージを与える。

 それでも遊戯王にはたった100前後の数値で残る場面も無いわけでは無いのだ。ここでほんの少しでも減らしておくのは愚策というわけではない。ここで有栖の場の2体は攻撃を終えたということでバトルフェイズは終了する。

 

「メインフェイズ2に移るけど、もう1度。今度は《ダイガスタ・ガルドス》と《ガスタ・イグル》でシンクロ召喚! 力を貸して《ダイガスタ・スフィアード》!」

 

 ダイガスタ・スフィアード

 ☆6 ATK/2000

 

 今度は《ガスタの疾風リーズ》が《ヴァイロン・スフィア》を装備した様なモンスターだ。本来はツインテールだった髪型がロングヘアーとなり灯りの燈った杖を携えた女性。

 そのモンスターを見た瞬間、二階堂や創の表情が変わった。

 

「ったく、ここでスフィアードか……本当は強えーんじゃねの風戸」

 

 なんて創は一瞬だけ素に戻って悪態をつく。

 

「《ダイガスタ・スフィアード》がシンクロ召喚できたから墓地からピリカを手札に加えるよ」

 

 《ダイガスタ・スフィアード》の効果は3つ。

 一つは今使ったシンクロ召喚時にガスタと名の付くモンスター1体を手札に戻す効果で《ガスタの神裔ピリカ》を戻す。

 

 だが、それだけでなくむしろ《ダイガスタ・スフィアード》の真骨頂は〝戦闘で破壊されない〟と〝ガスタの戦闘ダメージは相手が受ける〟という二つの効果だ。これで残りライフが少なくてもガスタの戦闘では相手が受けることになる。これを厄介と呼ばずにどう呼べばいいのだろう。

 

「あ、後はカードを2枚伏せて……ターン終了だよ」

 

 これで晃のカードを含め3枚の伏せカード。

 場には《ダイガスタ・スフィアード》と守りも厚い。残りライフ400といえど、そうそう削りきられる事もないだろう。

 

「くはは、これで再び我のターンだ!」

 

 なんて一巡したため再び創のターンに入る。

 

「トップドロー、《大嵐》だ!」

「ここで《大嵐》ッスか!?」

 

 晃と有栖、創と二階堂の外側に渦巻く様な暴風が巻き上がった。

 魔法と罠を破壊するこの効果で破壊されるのは、晃と有栖の場の3枚の伏せカードのみだ。ここで破壊されてはマズイと判断した有栖はカウンターの伏せカードを1枚発動させる。

 

「チェーンして《神の宣告》!」

「むぅ……」

 

 橘晃&風戸有栖 LP400→200

 

 途端、ピタリと暴風が止んだ。

 最強のカウンター罠カード《神の宣告》の効果により《大嵐》は効力を失いカードを1枚たりとも破壊せずに終わった。この代償によりライフを半分支払うこととなるが、残りライフ400と200では大差はないだろう。

 

「やるな、だが我はその上を行く! 手札から《XX─セイバーボガーナイト》を召喚し、効果によりさらに《X─セイバーエアベルン》を特殊召喚!」

 

 XX─セイバーボガーナイト

 ☆4 ATK/1900

 

 X─セイバーエアベルン

 ☆3+ ATK/1600

 

 晃のターンのエンドフェイズに《XX─セイバーダークソウル》の効果で手札に加えた《XX─セイバーボガーナイト》を使い一気に2体の展開。かと思いきや、創はさらに手札のカードを場へと出す。

 

「さらに場にX─セイバー2体が存在する故、《XX─セイバーフォルトロール》も特殊召喚だ!」

 

 XX─セイバーフォルトロール

 ☆6 ATK/2400

 

 赤い近未来的な鎧や武器を纏った筋肉的な戦士である上級モンスター《XX─セイバーフォルトロール》。創との対戦で幾度となく見て来たX─セイバーの戦術において中枢格を担うモンスター。

 

「《XX─セイバーフォルトロール》の効果! 墓地のXセイバーである《X─セイバーパシウル》も特殊召喚だ!」

 

 X─セイバーパシウル

 ☆2+ DEF/0

 

 続けての展開。

 遠慮抜きで創は1ターンで4体の展開を行ったことになる。レベルは全てバラバラであるがシンクロ召喚を行うのに支障は無い。

 

「まずはコイツだ。レベル4《XX─セイバーボガーナイト》にレベル2《X─セイバーパシウル》でシンクロ召喚! 来るがいい《XX─セイバーヒュンレイ》!」

 

 XX─セイバーヒュンレイ

 ☆6 ATK/2300

 

 現れるXX─セイバーのシンクロモンスター。

 曲刀の剣を握りしめ場の伏せカードへと狙いを絞る様に構える。

 

「くはは、ヒュンレイの効果だ。その伏せカードを全て葬ってやろう!」

 

 などと言いながら《XX─セイバーヒュンレイ》が飛びかかる。

 シンクロ召喚に成功したときに場の伏せカードを3枚まで破壊する効果は、《氷帝メビウス》の1枚増えたバージョンだが1枚で3枚も破壊できるアドバンテージはかなりのものだ。

 だが、そう簡単にやられはしないと有栖も1枚のカードを使う。

 

「うぅ、でも《ガスタへの祈り》を発動して墓地の《ガスタ・イグル》と《ダイガスタ・ガルドス》を戻して……《ガスタ・ガルド》を蘇生するよ」

 

 有栖のもう1枚の《ガスタへの祈り》は墓地からガスタ2枚をデッキへと戻すことで同じく墓地からガスタを特殊召喚できるカード。発動する条件は墓地にガスタが3枚以上あることのためヒュンレイに破壊される前に発動できた。

 このまま、ヒュンレイが2枚のカードを切り裂く。既に発動した《ガスタへの祈り》と同時に晃が伏せていたまま《剣現する武神》が破壊されてしまう。

 

 除外されている武神を墓地に戻すか、墓地の武神を手札に戻す効果を持つ《剣現する武神》だが、墓地にあるのは《武神─ヤマト》と《武神器─ハバキリ》、《武神器─ヘツカ》のみ。どれも有栖の手札に加えたところで意味も少なく、晃が使えなくなるために発動しなかったのだろう。

 

「さて、続いてレベル6の《XX─セイバーフォルトロール》《XX─セイバーフォルトロール》の2体で《ガントレット・シューター》をエクシーズ召喚をしようではないか!」

 

 ガントレット・シューター

 ★6 ATK/2400

 

 かつて涼香との対戦にて使用した真っ赤な巨大ロボット。

 総攻撃力を半分以下にまで落としてまで場に出すのは、かつてと同じだ。思い出すように晃は目を見開いて呟いた。

 

「破壊……効果!?」

「くはは、その通り! エクシーズ素材を一つ取り除くことで、相手モンスター1体を破壊する効果だ! 我はこれで《ダイガスタ・スフィアード》を破壊する!」

 

 《ダイガスタ・スフィアード》の左腕がロケットパンチの如く発射される。戦闘においては無敵の強さを発揮するモンスターでも効果破壊にまでは対応できずに直撃を受け、爆発に巻き込まれて散ってしまった。

 

「《ガントレット・シューター》は1ターンに二度まで効果を扱えるが《ガスタ・ガルド》は効果破壊にも対応していたな……第二射は取っておこう。戦闘だ!」

 

 などと片手を上げて、獣の戦士と巨大ロボは攻撃耐性を取る。

 最初の攻撃対象はまちがいなく有栖の《ガスタ・ガルド》だ。

 

「さあ堕ちろ! 《X─セイバーエアベルン》で攻撃!」

「うぅ……《ガスタ・ガルド》が破壊されたことで《ガスタの巫女ウィンダ》を特殊召喚」

 

 鋭利な爪で切り裂かれても、緑の鳥は薫風を巻き起こして仲間を呼ぶ。敵に破れても尚、仲間を呼び主人を守るリクルーターを主軸とした戦術を取るデッキ。それが彼女の扱う【ガスタ】の特徴だ。

 

「今、追撃を行ったところで墓地を肥やすのみ……ならば戦闘は終了! メインフェイズ2にて《ガントレット・シューター》の効果を再び発動!」

 

 メインフェイズ1で発射した左腕とは逆、右腕を発射し緑色の髪。ポニーテールの少女へと向けて拳を飛ばす。まるで悪の秘密組織のロボットが儚い少女を攻撃するような1シーンだ。

 

「殲滅完了だ! カードを1枚伏せてターン終了」

「っ……オレのターン!」

 

 やはり、あの二人が手を組んだら洒落にならない。

 最初の《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の攻撃力上昇効果の説明で思わず破壊してしまったのちの《サイバー・ツイン・ドラゴン》《リミッター解除》の猛攻。満タンだったライフが一瞬にて追いつめられた。

 

 創に至っても、場に《ダイガスタ・スフィアード》に3枚の伏せカード。それも1枚は《神の宣告》があるという堅い守りであるにも関わらず、《大嵐》をピンポイントで引き展開からの破壊効果で場を焼け野原へと帰させた破壊力。

 総合的に見て実力差は明確だ。

 

 それでも、諦めることだけはしたくない。

 今、自分ができることを考えて最善を尽くすのみだ。

 

「ドロー!」

 

 引いたカードは《武神降臨》。

 自陣の場のみにモンスターがいないため条件は満たすものの、除外されている武神が存在しない。とどのつまり使えない。

 

 無言のまま冷や汗をかく。

 しかし、他の手札を見れば同じく魔法カード。それも《武神降臨》に似た名前の魔法カードならば発動できるではないか。手札もイマイチ機能しそうにない今、これに賭けるべきだと判断した。

 

「だったら手札から《武神結集》を発動! 墓地の武神、獣戦士族の《武神─ヤマト》をデッキに戻し手札を全て捨てる。デッキからカード名の異なる武神、獣戦士族を3枚まで手札に加える!」

 

 手札には機能しない魔法カード《武神降臨》と墓地発動型の2枚の武神器だ。

 これならば手札を全て捨てるコストもメリットになるだろう。

 

「《武神─ヤマト》《武神─ミカヅチ》《武神─ヒルメ》を手札に!」

 

 3枚の武神、獣戦士族を手札に加える。

 

「墓地から《武神器─ハバキリ》を除外し《武神─ヒルメ》を特殊召喚! さらに《武神─ヤマト》を通常召喚!」

 

 武神─ヒルメ

 ☆4 ATK/2000

 

 武神─ヤマト

 ☆4 ATK/1800

 

 赤と白の武神モンスターを場に出す。

 これでランク4のモンスターを出せるのだがスサノヲ、カグヅチ、ツクヨミ。他にはパラディオスや101など。どれも使えるカードであるが残りライフを考えてしまえば受け身になってしまう。

 重要なのは常に先手を取ること。ならばと考えた結論で晃は1枚のエクシーズモンスターを特殊召喚する。

 

「だったら──レベル4《武神─ヒルメ》《武神─ヤマト》の2体でエクシーズ! 《励輝士ヴェルズビュート》をエクシーズ召喚!」

 

 励輝士ヴェルズビュート

 ★4 ATK/1900

 

 二体の武神が球体となって円を描く。

 その中から出現するのは、今まで晃が使用したカードとは風貌が全然違うモンスター。ハエのような兜を被った騎士の姿だ。

 

 今、ライフ差は5100と半分以上もある。

 それでもここで焦って攻め急ぐのは危険だ。だからでこそ安全にかつ確実に通していかなければならない。

 

「ヴェルズビュートの効果! エクシーズ素材を一つ取り除きオレの場の手札と場のカードより部長の手札と場のカードが多いためこのカード以外の場のカードを破壊する!」

「おっと、やるじゃねえか」

 

 素になって創が語る。

 晃は手札《武神─ミカヅチ》と場の《励輝士ヴェルズビュート》のみ。対する創は場に2体のモンスターと伏せカードに1枚の手札のため破壊を行うことができた。2体のモンスターに伏せカードは《聖なるバリア─ミラーフォース─》だ。

 

 もしここで攻め急いでいれば成功率が低いとはいえミラフォの餌食になっていたことだろう。いつも以上に臆病になったことで最善となったわけだがヴェルズビュートの効果を発動したためこのターン与えれるダメージも0なのだ。

 

「これでターン終了ッスよ」

 

 それでも《励輝士ヴェルズビュート》のエクシーズ素材はもう一つある。

 しかも発動タイミングは先ほどの自身のメインフェイズに加えて相手のバトルフェイズにも使えるのだ。これで次の二階堂のバトルフェイズを凌ぎ有栖へと回す。それが晃の狙いなのだ。

 彼の判断を見ては、創は悪人のような笑みで述べた。

 

「くくっ、やるようになったな村人Aよ。だが忘れるなよ我々が勝った暁には部室を頂くことをなぁ!」

 

 あー、そういえばそんな設定だったな。

 なんて晃は思い浮かべるのだが、その隣。二階堂は『ふむ』などと軽く顎に手を当てて何か思い出す様に呟いた。

 

「そういえば、資材室が足りなくなってきたと先生方が言っていたな。部室を貰えるとなると丁度いいな」

「……はあ?」

 

 なんて驚きと呆れを見せた表情を珍しく創は見せた。

 だらだらと冷や汗を掻き二階堂の方へと振り向く。

 

「では、我々が勝ったら部室は生徒会が有用に使ってやろう」

「待て生徒会長! それは、フリだろうがっ!!」

「残念だが、僕はそういう冗談は嫌いでな。僕らが勝ったら本当に部室は貰う!」

 

 などと堂々と宣言する。

 いや、この人。遊戯王部を潰そうとしたのを諦めたと思ったけどまだ諦めていなかったのだろうか。目が本気だ。

 

「っ……こうなった生徒会長はテコでも動かん。頼む。橘、風戸なんとしてでも勝ってくれ!」

「えぇー?」

 

 なんだろう。

 タッグデュエルの最中で相方の一人が倒してくれなんて語る場面は始めてだ。

 

「では、逝くぞ!」

 

 ただのフリのはずだった決闘が言うの間にか本気になっていた。

 急に重苦しいプレッシャーを感じ始めた中、二階堂のターンが始まる。

 

 

 

 



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028.みんなと一緒にいたい

 

 ●橘晃&風戸有栖 LP200

 晃  手札1

 有栖 手札2

 

 □励輝士ヴェルズビュート

 

 ●新堂創&二階堂学人 LP5100

創   手札1

二階堂 手札3

 

 沈みかけていた夕暮れも落ち、空は上から徐々に紫の様な黒へと変わってきていた。最初は有栖のための決闘だったものの、現在は二階堂の発言によって部室を賭けた決闘という重大な件にまで発展してしまった。その等の本人である二階堂学人のターンが開始される。

 

「僕のターンだ!」

 

 などと、間抜けなアヒルの着ぐるみを着たままデッキからカードを引く。

 現在、二階堂たちの場にはカードが1枚も無い状況であるものの相手のデッキは高火力自慢の【サイバー・ドラゴン】。8000あったライフを一瞬で削るその高火力ではあるものの晃の場には除去効果を持つ《励輝士ヴェルズビュート》がいる。なんとしてもこのターンは凌がなくてはならない。

 

「手札から《サイバー・リペア・プラント》を発動! この効果は2つあるが墓地に《サイバー・ドラゴン》ないしそのカードとして扱うモンスターがいるため両方を使用しデッキから最後の《サイバー・ドラゴン・ドライ》を手札に加え墓地の《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》をエクストラデッキに戻す」

 

 前の彼のターンにて《サイバー・ドラゴン・コア》の効果でサーチしたカードだ。効果は二つ。機械族、光属性モンスターをデッキから手札に加えるか墓地からデッキに戻す。墓地に《サイバー・ドラゴン》が存在しなければ発動できないが、3体以上存在する場合は二つ使える。

 二階堂の墓地にはエクシーズに使った《サイバー・ドラゴン》2体に墓地で《サイバー・ドラゴン》として扱う《サイバー・ドラゴン・コア》が存在するため条件は満たしている。

 

「さらに墓地から《サイバー・ドラゴン・コア》の効果を発動する! 《サイバー・ドラゴン》の特殊召喚条件を満たしているときに墓地から除外することでデッキから〝サイバー・ドラゴン〟と名の付くモンスターを特殊召喚できる。呼び出すのは《サイバー・ドラゴン》だ!」

 

 再び現れる機械仕掛けの龍。

 このモンスターだけならば戦闘が通ったとしても100のダメージのみ。ギリギリ生き残ることはできるが、それだけで済ませるはずもない。

 

「それだけで終わると思うなよ。僕はさらにサーチした《サイバー・ドラゴン・ドライ》を召喚!」

 

 サイバー・ドラゴン・ドライ

 ☆4 ATK/1800

 

 ツヴァイに次いでドイツ語で3番目を現すドライの名前のサイバー・ドラゴン。

 より鋭利的で凶暴さが増したデザインとなっている。

 

「ドライには召喚時にサイバー・ドラゴン全てのレベルを5へと統一させる効果を持つ。ドライのレベルが5となる」

 

 サイバー・ドラゴン・ドライ

 ☆4→5

 

 これでレベル5機械族2体が出揃う。

 しかも、《サイバー・リペア・プラント》の2つ目の効果で現在、場に出すことができるモンスターもエクストラデッキにてスタンバイしているのだ。

 

「レベル5となったドライと《サイバー・ドラゴン》をエクシーズ素材とし再び現れろ《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》!」

 

 攻撃力2100でありながら効果でオベリスクさえ倒すことのできるサイバーの新兵器である《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》。さらに破壊をトリガーにして効果を発動するモンスターは現状で晃の《励輝士ヴェルズビュート》と相性が非情に悪い。

 

「ふんっ、本来はヴォルカザウルスで終わらせることもできたが、ドライのレベル変更効果を使用したために機械族した特殊召喚できないからな。それでも、こいつで十分だ。ノヴァの効果を発動しエクシーズ素材を取り除くことで墓地から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚」

 

 墓地から何体目になるやら《サイバー・ドラゴン》が出陣する。

 これで総攻撃力4200。火力といい状況といい晃にとっては絶対絶命だ。

 

「バトルフェイズに入る。《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》で《励輝士ヴェルズビュート》に攻撃だ」

「っ……」

 

 《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の口元より赤色のエネルギーのような塊が集中する。このままヴェルズビュート目がけて放射されるのだろう。《励輝士ヴェルズビュート》の効果を発動するならこのタイミングであるが、ノヴァの効果のトリガーとなってしまう。

 しかし、それでも二階堂のエクストラデッキにまだ機械族の融合モンスターが存在する場合に限ってだ。もしかしたら、これはハッタリで出したのかもしれない。だからでこそ晃は賭けに出る。

 

「《励輝士ヴェルズビュート》の効果を発動! このカード以外の場のカードを破壊する!」

 

 剣を振り下ろし、闇が周囲を覆った。

 見えない暗闇の中、機械の龍の悲鳴と共に鈍い金属音が鳴り響く。次に二つの爆発音が鳴り響いては闇が晴れた後には、2体の機龍は無残なガラクタとなっていた。

 

「ふんっ、さしずめ僕のエクストラデッキに機械族融合モンスターがいないことでも望んだのだろう。だが、無意味だ! あるからでこそ、この戦術を取ったのだ。相手のカード効果で破壊されたため《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》の効果によりエクストラデッキより《サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚だ!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン

 ☆10 ATK/4000

 

 単純な攻撃力だけならば最強のサイバーモンスター。

 3つ首にして最高レベルを持つこのモンスターは今までのモンスターよりひとまわり、ふたまわりも巨大な体躯で宙を舞う。

 

「っ……攻撃力4000!?」

「終わりだ。《サイバー・エンド・ドラゴン》で再び《励輝士ヴェルズビュート》に攻撃!」

 

 3つの首からそれぞれエネルギーが凝縮されていく。

 エクシーズ素材はもう無い。手札も《武神結集》で手札に加えた《武神─ミカヅチ》のみなのだ。

 

「(あれ、《武神結集》?)」

 

 そうだ。

 と、晃は1枚のカードのことであることを思い出したのだ。《武神結集》の発動には手札を全て捨てること。その中に1枚、武神器を捨てていたことも。

 

「なら、これでどうだ! 墓地から《武神器─オキツ》の効果を発動。墓地から除外し手札から武神と名の付くモンスターを捨てることで、このターン自分が受けるダメージが全て0となる!」

 

 3つ首から高エネルギーの光が放射される。

 ヴェルズビュートへと着弾し溶かしていくものの《武神器─オキツ》の効果のために、晃にまで及ぶ光線であるものの何かに阻まれるかのように届かない。そのためダメージは0となり攻撃は終了した。

 

「悪足掻きを……僕はカードを2枚伏せてターン終了だ」

「…………」

「お、おい風戸のターンだぞ?」

 

 気が付けば風戸有栖はわなわなと体を震わせては、泣きそうな顔をしていた。

 前に晃とデュエルした時と同じだ。肝心な勝負どころになれば有栖は逃げ出したいとでも言いたげな表情でプレイミスと言うよりも、わざと勝負しないような選択を行う。

 

 創が生徒会に依頼して調べた結果では、彼女は強かった。だが、他を一際抜いて強かったために孤立してしまった。だから、創が出した結論から言えば──。

 

──風戸有栖という人物は勝利することに恐怖を抱いている。

 

 でも、この場は負ければ部室が無くなってしまう。

 負けられない決闘なのだ。そんなこと彼女は理解している。それでも勝つのが怖いからでこそ、板挟みになるような感覚で有栖は体を震わせているのだ。

 

「うぅ……」

 

 逃げ出した。

 そんな感情が渦巻く中、有栖は小さく蹲ってしまう。勝ちたいのに勝てない。負けられないというのに勝つためのプレイができない。そんな矛盾が彼女の脳裏を過る。

 怯えるように頭を抱えて涙がぽつりと地面を濡らす。

 

「風戸……?」

「ったく、ちょっとタイムいいかしら?」

 

 手を上げてやれやれとでも言いたげな表情で涼香がデュエルを中断させようと述べる。それに晃はもちろん、創や二階堂も異論を唱えず、じっと涼香の姿を見る。了承したためにそうしたのだろう。

 

「風戸さん、いいから聞きなさい!」

 

 言い聞かせるかのようなやわらかい口調で無く。鋭いようないつもデュエルを行っている時のような強気の口調だ。その涼香の言葉に『ひっ』と小さな声で怯えた態度を見せるが、遠慮なく言葉を続ける。

 

「勝つのが怖いって馬鹿じゃないの? 遊戯王ってのは勝負事だから勝ち負けが決まって当たり前の競技じゃない。怖いからって、怯えて中途半端な気持ちでやられては迷惑なだけよ。そんななら、やめた方がいいんじゃない?」

「お、おい氷湊……それは言い過ぎ──」

 

 そもそも誘おうとしておいて、やめた方がいいとか。

 さすがにそれは言い過ぎだと晃が止めようとしたが、それより早く異論を唱えるように有栖が目元に涙を浮かべながら手を強く握って答える。

 

「で、でもわたしは独りが嫌、だから……」

「それが間違っているっていってんでしょうがっ!」

「っ……!?」

「あんたが昔、どんな環境でどんな気持ちだったかはわからないわ。けど、昔は昔、今は今よ。わたしたちとあんたを見捨てた奴らとは一緒にしないで。それに、私は風戸さんにも負けるつもりなんて毛頭ないわ」

 

 言いたいことは全て言った。

 涼香はそんな表情で、一息分の間を空けたのち今度は表情を和らげて穏やかな口調で語った。

 

「風戸さん。貴女はどうしたいの?」

「わ、わたしは──」

 

 言いたい事は決まっている。

 けれど、どう口にしたらいいのかわからないと言いたげなような言い淀みを見せる。ひとまずは立ち上がりポケットに入れていたハンカチで涙を拭う。そのまま、真っ直ぐな瞳で彼女は心から思った言葉を口にした。

 

「に、逃げたくない! 新しい場所で、み、みんなと一緒にいたい、です」

 

 あまり大きな声を出さない彼女が精一杯の声で語る。

 彼女の意思を聞き。創は安心したように肩をすくめ、晃も黙って頷く。茜は彼女に対して微笑むように笑った。

 

「やっと、本当の言葉を聞いた気がするわ。後はどうすればいいか、わかるでしょ。見せてやりなさい!」

「う、うん」

 

 涼香の言葉に頷いて有栖はやっとデュエルに戻る。

 手札は2枚。そのうち1枚は《ダイガスタ・スフィアード》の効果で回収した《ガスタの神裔ピリカ》だ。相手の場には攻撃力4000の《サイバー・エンド・ドラゴン》が存在する。

 

「わたしのターン、ドロー!」

 

 引いたのはガスタというカテゴリでは無いモンスターだ。

 本来ならばピリカの召喚から《ダイガスタ・スフィアード》まで繋いで高攻撃力を利用してダメージを与えようなんて考えていたが、変えることにした。このターンで終わらせる。

 

「うん。《ガスタの神裔ピリカ》を召喚、効果で墓地の《ガスタ・ガルド》を守備表示で特殊召喚するよ」

「合計レベルは6か……スフィアードへ繋げるつもりか?」

「ううん、スファアードはこっちです。《死者蘇生》を使って墓地から特殊召喚します」

 

 場には《ガスタの神裔ピリカ》と《ガスタ・ガルド》、《ダイガスタ・スフィアード》の3体が並んだ。これで戦闘ダメージの反射効果を使ったとしても合計で5000のダメージになるが相手のライフは5100と後、100ポイント足りない。

 《ガスタの神裔ピリカ》の効果で特殊召喚するのは表側守備表示に限定されるが、それがなければこのまま自爆特攻の連打で勝利しただろう。それでも、有栖は最後の1枚となった手札。それを使う。

 

「場の《ガスタの神裔ピリカ》と《ガスタ・ガルド》……それと墓地から橘くんの《武神─ヒルメ》を除外するよ」

「むっ……除外だとっ!?」

 

 場のモンスター2体と墓地から1体のモンスター。合計3体の除外。

 そんな変わった条件を使うモンスターは1体のみ。

 

「お願い《Theアトモスフィア》!」

 

 Theアトモスフィア

 ☆8 ATK/1000

 

 風が吹き荒れる。

 その中心には鉤爪で緑色のスフィア(球体)を持つオレンジ色の美しい鳥の姿。

名前は地球の大気圏の意味を持つ。

 

「そうか、こいつが風戸のエースモンスターってわけか」

 

 創がアトモスフィアの姿を見て頷くように語る。

 攻撃力は下級モンスターのレベルである1000なのだが、このモンスターには一つの能力が備わっている。この効果を使って終わらせるつもりなのだ。

 

「アトモスフィアの効果。相手の場の──《サイバー・エンド・ドラゴン》を装備カードとしてアトモスフィアに装備させるよ」

 

 Theアトモスフィア

 ATK/1000→5000

 

 風が3つ首の機龍を包みアトモスフィアが持つ球体の中へと押し込んだ。

 途端にアトモスフィアの攻撃力が劇的な上昇を果たしたのだ。相手モンスター1体を吸収することによってそのモンスターのステータス分、上昇させる効果だ。

 

「ふんっ、戦闘ダメージを反射させる《ダイガスタ・スフィアード》や吸収効果の《Theアトモスフィア》か。まるで高攻撃力を相手に強いカウンター型のデッキじゃないか」

 

 その高攻撃力を主軸とする二階堂のデッキとは相性が悪いためか皮肉下に語る。

 総攻撃力7000。それをたった3枚の手札で行ったのだ。

 

「えっと、バトルフェイズ! 《ダイガスタ・スフィアード》、《Theアトモスフィア》で攻撃……します!」

「ふんっ」

 

 悪態を付きながら2体のモンスターが連続で攻撃を行うのを黙って見る二階堂。

 この2体の攻撃を通せば敗北であるものの、カードを発動させる素振りなどまったく見せない。

 

 新堂創&二階堂学人 LP5100→3100→0

 

 二つの緑色の風が二階堂へと届きライフを0まで削る。

 同時にデュエルの終了を告げるブザーが鳴り響いてはソリッドビジョンシステムが終了して2体のモンスターは姿を消した。

 

 そんな中、生徒会長の二階堂学人は軽くため息を吐くかのように息を吐く。決闘盤から使っていたカードを取り出してデッキに戻しては懐へとしまう。

 

「ったく、手のかかる奴らだ。馬鹿馬鹿しくなった──僕は帰るぞ」

 

 などと言いながら、屋上を後にする。それでも着ぐるみだから格好が付かない。

 そんな姿を見ながら彼の態度に不満を感じた涼香が呟く。

 

「部室を取り上げられなかったからってあんな態度はないでしょ」

「いや、そうでもない見たいだぜ」

 

 けれど、創は彼がカードを回収する時に見えたのだ。

 最後の最後で二階堂は手札に1枚。伏せカードも1枚あった。

 

 手札にはモンスター効果を無効にする《エフェクト・ヴェーラー》。

 場には《神の警告》が伏せられていたのだ。

 

 そのどちらかを使うだけでもこのターンで決着など付くはずもなかったのだろう。

 

「生徒会長は置いといて、改めて聞くぜ。風戸有栖──お前はまだ仮入部という扱いだけど、どうする?」

「…………」

 

 創の言葉に全員が有栖へと視線を向ける。

 急に視線が集められたことから小さく驚きを見せるものの、今までのおどおどとした様な素振りは見せず、しっかりと創へと視線を向けて答える。

 

「あ、あの……これから、よろしくお願いします」

「わぁ……有栖ちゃん。よろしくお願いしますっ!」

「うわわっ!?」

 

 新しいメンバーが加わったのが嬉しいのか茜は突然、有栖へと抱きつく。それに驚きの声を上げる有栖だったが満更でも無い。そういう表情だった。

 そんな二人は涼香がやれやれと言った表情で見ていた。

 

そんな風に女性陣がわいわいとやっている中、創と晃は数歩離れた場所でそんな彼女らを見た。

 

「やっとだな。5人揃った」

「そうッスね」

「まだ問題は残るが、これで団体戦は出場できる……これからは、さしずめ新生遊凪高校遊戯王部ってところだな」

 

 創はほんの少し空を見上げた。もうすでに夜になっており星空が映っている。

 これから団体戦で勝つために色々と活動をしなくてはならないが今は素直に部員が集まったことを喜ぶべきだろうと笑った。

 

──遊凪高校遊戯王部、部員数5人。

 

 

 



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第4章 決闘場の詐欺師
029.橘晃強化計画


 橘晃が遊戯王部に入部してから2ヶ月半ほどが経過した。

 現在は6月の中旬。梅雨に入り始めた時期。

 

 その間に色々な事があった。

 

 勘違いと勢いで遊戯王部への入部。

 日向茜との対戦で諦めず立ち向かうことを学んだ。

 実力者。才能を持つ氷湊涼香と出会う。

 その涼香すら圧倒した新堂創が部長としての実力を見せた。

 

 さらには生徒会との対立。

 勝つこと拘ったデッキで立ちはだかる生徒会メンバーたち。

 かつての遊戯王部の一員であった二階堂学人と現部長の創の勝負。

 

 団体戦に参加するために5人のメンバーが必要だが人数が足りない。

 転校してきた風戸有栖は遊戯王が好きでありながらも向きあうことができなかった。

 彼女に対し涼香が説得することでメンバーが5人となった。

 

 これで団体戦に参加することができる。

 部長である新堂創が望んでいたことであり、現在は遊戯王部メンバー全員の目標でもある。やるからには優勝を目指す。そんな意気込みであったが遊凪高校遊戯王部には一つの問題が抱えられていた。

 

 橘晃だ。

 遊戯王経験、二ヶ月半。

 使用デッキは譲り受けた【武神】。

 カードについての知識は乏しいものの、最近では克服してきている。

 引き、戦術、デッキ構築、カードの運用。その全てが平凡で特出しているものが無く限りなく普通のプレイヤーだ。

 

 だが肝心な勝負どころで常に敗北している。

 遊戯王部メンバーと勝負しても負け越しだ。運が巡りギリギリの僅差で勝利を手に入れることはできる場合があっても、それは100回に1度程度の確率しかない。

 

  

 氷湊涼香には、毎度圧倒的な引きと破壊力で圧倒される。

 

 新堂創は、そもそも涼香すら超える実力を持ち何より彼自身が部のトップだ。火がついたときの爆発的な勢いに抗う術は無い。

 

 日向茜は、上記の二人よりも実力が劣るものの、デッキをことあるごとに改良し応用力と工夫で勝利を収める。

 

 風戸有栖は、【ガスタ】特有の守りの堅さで攻撃を防ぎつつ崩す堅実な戦いで隙が無い。

 

 遊凪高校遊戯王部は人数が少ないながらも選りすぐりの少数精鋭ということになる。

 しかし、その中で晃は何ができるのだろう?

 

 もうすでに初心者という枠から抜け始めた彼であるが一向に実力で勝てる様子が無い。

 これは、そんな才能を持たない決闘者の物語。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 遊凪高校遊戯王部。

 活動時間は、放課後の4時ぐらいから6時までの二時間ほど。

 活動内容としては、主に遊戯王OCGというカードゲームの研究ということで学校側には提出されており、内容通りデュエルをしていたりカードの考察を行ったりというのが主な活動内容だ。

 

 部員も5人となり賑やかになった頃の月曜日。

 いつも通りの活動をせずに部員が集まった遊戯王部の部室には、一つの回転式の大きなホワイトボードが立てられていた。その前に立つ新堂創が真剣な顔付きで語る。

 

「今日はみんなで、コレについて話し合いたいと思っている!」

 

 などと語りながらホワイトボードをくるりと勢い良く半回転させる。

 今日の議題について文字が見え、まずは真っ先に茜が手を上げて指摘をする。

 

「部長! 文字が逆さまになってますっ!」

「何っ!?」

 

 どうやら文字は反対側から書いたらしく回転をさせたら上下が逆さまになって見えてしまう仕様らしい。指摘されるまで気付かなかった創は驚きの表情を見せ、涼香は呆れたようにため息を吐き、まだ部の雰囲気になれない有栖はポカンと言う表情でみんなのやり取りを見ている。

 

「ったく、いい加減なのはいつものことでしょ? 逆さまでも読めるし続けてもらえる?」

「ああ……すまん。そんなことで今日は、これについて話合いたい!」

 

 バンッ、と音を立ててホワイトボードを叩く。

 読みあげない創に代わり有栖が読みづらそうに逆さまの文字を読み上げる。

 

「え、っと……たちばなあきらきょうかけいかく。橘くんを強くするの?」

 

 読み上げた通りホワイトボードには漢字6文字で『橘晃強化計画』と記載されている。

 ここで読んで字の如く、橘晃を強くする計画だと理解したが、女性陣からそれぞれ言葉が交わされる。

 

「何を今さら、って感じよね?」

「色々、やっているんですけどね」

「今さらなの?」

 

 橘晃を強くしようと、始めたのは涼香が入部して少したった後の事だ。

 引きが悪い彼をどうにかしようと、半分ふざけで購買でドローパンごっこを行って以降も遊び半分なのか冗談半分かもしれないような対策が何度も行われてきた。

 ただし、成果が伴わなかったのは言うまでも無い。だからでこそ、今回も同じようなものなのかもしれない。

 

「いや、悪いが今回ばかりは冗談を言っていられないんだ。なあ、晃」

「そうッスね。オレも、もう後が無いことぐらいわかっています」

 

 だが、反対に男性陣二人は神妙な顔つきで語る。

 まるで訳ありでも言うかのような話し方をする二人。

 

「へぇ、何かあるみたいね?」

「ああ、それは──」

「部長! オレが言います」

 

 どちらかと言えば真面目に物事を語るタイプの晃だが、今回に限っては余裕が無いのだろうか、切羽詰まったとでも言いたげな表情でホワイトボードの前に立つ。

 

「実は昨日──」

 

 話は昨日の日曜日にまで遡る。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 日曜日の午前10時過ぎごろ。

 近所のカードショップ『遊々』には、遊凪高校遊戯王部の男性メンバーである創と晃の二人が来ていた。大き目の店内には他にも多くの客が訪れており普段とは違う賑わいを見せていた。中でも立て付けられた看板にはデュエル大会などと書かれているのが大きな原因だろう。

 

「さて、橘」

「何スか部長?」

 

 むさ苦しく男二人で店内を巡回して歩きながら創は小声で話かける。

 

「俺たちはやっと5人となって大会にエントリーできるようになったよな」

「そうッスよね」

「けどさ、こういう時にこそ結束を固めなければいけないと思うんだ」

 

 『部長にしては珍しく正論だな』なんて晃は創の言葉を聞く。

 人数も揃いやっと大会に出場できるとなった今では、勝ちぬくためにも結束を固め挑むのが当然だ。心を一つにして挑むなんて言葉では容易いものの、実際には難しいものだ。

 

「だがよ。なんで俺たちはこんなにも集まりが悪いんだ?」

「そりゃ。部長がいきなり『遊々に来てくれ!』なんて、電話で呼び出しを受けても暇人しか集まらないと思うッスけど?」

 

 晃が語る通り、この場にいる彼は暇人だ。

 だが、女性陣メンバーに至っては、日向は友達と約束があるからと申し訳なさそうに断り、涼香は『何で行かなきゃなんないのよ?』なんて言って拒否、有栖は引っ越ししてきたばかりのために荷物の整理をしなくてはならないと言うことだ。

 結果として来たのは、晃だけだった。

 

「こんなバラバラな結束でいいのかよ? 良くないだろっ!」

「そうッスけど。用事があるのなら仕方ないんじゃないッスか?」

「そうだがな……」

 

 どうにも納得いかない。

 そんな感じで言いたげな創は、ただ無言で店内を歩いて行く。

 ガラスケースで保管されたレアカードのコーナーへとたどり着いた時に、一人の青年とすれ違おうとした途端に突如、声を掛けられた。

 

「ん、晃? お前、晃じゃないか?」

「え……?」

 

 創よりも高い身長に整った顔は、モデルでも成れるのではなんて思うような人物。

 知らない人物、かと思いきやどことなく見覚えがあるような顔。

 ほんの少しの間をおいたのち、晃は彼の名前に思い当たった。

 

「リョウ、兄?」

「知り合いなのか?」

 

 あだ名のような呼び方のために親しい間柄なのだろう。

 ふと、気になった創も彼らの関係について思わず聞いてしまうが、それに答えたのはクロ兄と呼ばれた彼だ。

 

「風祭高校、遊戯王部3年の烏丸亮二(からすまりょうじ)だ。そっちの晃とは、昔からの知り合いでな兄貴分みたいなものだ」

「俺は遊凪学園2年の新堂創だ……です」

 

 創はいつも通りの口調で語るものの、最後はあまりにも不自然に語尾に『です』と付ける。先輩であるはずの生徒会長にも普段からタメ口で語る辺り、敬語自体が苦手なのだろう。そんな創に対し烏丸は爽やかに笑う。

 

「ははっ、敬語が苦手なら無理すんな。タメ口でも気にしないぜ」

「そうか? なら、よろしくな!」

「面白いぐらいに切り替えが早いやつだな。というか、晃。カードショップにいるってことはお前も遊戯王をやっているのか?」

 

 手元に持たデッキケースを見せるように持ち烏丸が聞く。

 ちなみにこのカードショップ『遊々』は遊戯王専門店だ。

 

「やってるよ。一応、遊戯王部にも入ってる」

「へぇ……強いのか?」

 

 これは、烏丸からしたら何気ない質問なのだろう。

 だが、晃はそれを言いづらそうに目を逸らしながら小さな声で正直に答えてしまった。

 

「部活で300回ぐらいは負けて勝ったのは数回ぐらい、だと思う……」

「さ、さんっ!?」

 

 あまりに予想外の回答だったのか、目を見開き声を乱す。

 遊戯王が弱くて敗北を重ねる人間というのは珍しく無い。だが、それでも3桁を越えれた辺りからはそれなりに強くはなるものだ。それ故にあまりの敗北数に驚きを隠せない。

 

「おいっ、新堂って言ったな。お前も遊戯王部の部員か? それに、晃がそれほど敗北してるってのも本当なのかっ!?」

 

 先ほどの爽やかな雰囲気とは一変し、焦燥を露わにして創に問う。

 肩をガッシリと掴み前後に揺らすように尋問するのは彼が取り乱している証拠だ。

 

「お、おい、あまり揺らさないでくれ。本当だ。俺は遊戯王部の部長で、晃もそれぐらい負けてると思う」

「っ……!?」

 

 晃の言葉が真実だと知った烏丸は歯を強く噛みしめた。

 怒り。言葉を聞かずとも、今の彼は表情を見るだけで怒りの感情を持っていることがわかってしまう。もっとも、怒りの表情はすぐになりを潜め、今度は晃の肩を掴み説得するように告げた。

 

「おい、晃。気付かないのか、お前はイジメられてるだけなんだよっ!」

「……え?」

「……は?」

 

 今度は、晃と創にとって予想外の言葉だったのか口を開けて呆気にとられてしまう。

 烏丸の目は真剣そのものであり、冗談で言っていることは無いというのがわかる。

 だが、それ故に創もまた彼ほどでは無いが怒りを見せた。

 

「おい、いくら橘の兄貴分だろうが、さすがにイジメ扱いとか言われて黙ってられないぜ!」

「お前は黙ってろっ!!」

 

烏丸へと手を伸ばすものの、勢いよく振り払われる。

 最初に会った親しみのあるような雰囲気は無く、今有るのは彼らに対する怒りと敵意しか見せていないようにも見える。

 

「晃は遊戯王が弱いかもしれないけどな、ここまで負け続けて何もしてやっていないって何なんだよ!? 先輩ってのは、後輩の面倒を見るもんだろっ!」

「……っ」

 

 いつもは陽気な創も今回ばかりは言い返すこともできずに、表情を濁してしまう。

 

「何もしてやらずに、ただ負けを繰り返させるなんてイジメじゃなくて何なんだよっ!?」

「それは……」

 

 無論、創は晃に何もしていないわけでは無い。

 もっとも才能に恵まれた創と恵まれない晃では、決闘者としての性質も大きく違い、適切な指導などできるはずもない。また、創の適当な性格もあり大体は裏目に出てしまう。

 しかし、そんなことを烏丸は知るよしも無い。彼は晃へと言い聞かせるように語った。

 

「晃、お前は向いていないんだ部活をやめろ」

 

 それは悪意や悪気など一点も無く、ただ純粋に晃のためを思っての言葉だ。

 晃や創の言葉を聞き、若干の偏見も交えてしまったかもしれないが『橘晃という人間は遊戯王に向いていない』。それが烏丸司が出した結論だ。

 

「いや、オレは──」

 

 だが、晃は例え真正面から『向いていない』など言われても覆せないものだってある。

 

「オレは、自分の意思で遊戯王部にいるんだ。やめるつもりなんてない!」

 

 真っ向から烏丸の言葉に立ち向かう。

 だが、彼もそれで簡単に引くことはしなかった。

 

「だがな、俺は才能に恵まれずに負けを繰り返してやめた人間というのも何人も見てきたんだ。例え、頑張ったとしてもな……結果を残せずにいれば全てが無駄になるんだよっ!」

「けど、オレはそれでも諦めない!」

「っ、そうか……」

 

 頑なに言葉を拒む晃を見て、どんな言葉でも彼が揺るがないと悟った。

 だがそれでも、晃が遊戯王を続けていればどんな結末になるかは、烏丸は見えてしまっている。何ごとも成せずに無駄になってしまう。それだけは、させたくは無いのだ。

 

「だったら、見定めてやるよ。風祭高校の主将である俺が、お前が遊戯王を続けていけるかどうかをな?」

「っ、決闘を!?」

「デッキは持っているな? 悪いが、俺は手加減する気はまったく無いぞ!」

 

 デッキホルダーからデッキを取り出す。

 彼の気迫と敵意は完全に晃を打ちのめすと告げていた。

 

 

 

 



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030.遊戯王をやめろ

 

「オレのターンからか」

 

 突如、始まった晃と昔馴染みにして兄貴分と語る烏丸亮二との勝負。

 カードショップ『遊々』で1時間ワンコインで仕様できるデュエルフィールドと決闘盤を借りて始まった。先攻は晃から。

 

 昔と違い、現在はマスタールール3に以降されたためにドローフェイズに入ってもドローすることができずに晃は初期の手札5枚からプレイすることになる。

 

「《強欲で謙虚な壺》を発動。デッキトップ3枚《武神器─ヤタ》《D・D・R》《武神結集》の中から《D・D・R》を手札に加える」

 

 まずは地盤固めとして《強欲で謙虚な壺》を発動したものの、今回に限って手札が悪いのだ。立てる武神モンスターが来ずに上手く回らないような状況は、まるで目の前の相手のプレッシャーに押されているかのような感じだ。

 

「モンスターとカードを1枚伏せて、ターン終了」

「俺のターンだ。《サイクロン》を発動」

「っ、あ!?」

 

 無造作に行われた1枚のカードは、緑色の風へと変化し晃の伏せカードを吹き飛ばし粉々に砕いてしまう。破壊された《神の宣告》という万能のカウンター罠カードも序盤のこのカードのみを対象にされては発動する意味も無い。

 

「言ったよな、晃? 容赦しないってな!」

 

 これで晃の場には妨害する魔法、罠が無くなった。

 例え相手が昔馴染みの弟分であろうが、なかろうが、決闘(デュエル)という場面で対峙したなら敵でしか無い。今の彼は非情に徹する。

 

「《黒い旋風》を発動。カモン、《BF─蒼炎のシュラ》《BF─黒槍のブラスト》《BF─疾風のゲイル》!」

 

《BF─蒼炎のシュラ  ☆4  ATK/1800》

《BF─黒槍のブラスト ☆4  ATK/1700》

《BF─疾風のゲイル  ☆3+ ATK/1300》

 

 名前の通り黒い翼を持つ鳥や鳥人が舞い降りる。

 シュラを通常召喚し、旋風の効果でゲイルをサーチしブラストと共に特殊召喚。

 大量展開が得意の【BF】ならではの戦術だ。

 

「っ、いきなり3体の展開を!?」

「バトルフェイズだ。まずは蒼炎のシュラで伏せたモンスターを潰す」

「伏せたモンスターは《武神器─ムラクモ》」

 

《武神器─ムラクモ ☆4 DEF/900》

 

 高い守備力の壁モンスターでなければ、リバース効果モンスターでもない。

 黒い翼を持った鳥人間が拳を使いムラクモを粉砕する。

 

「シュラの効果により《BF-大旆のヴァーユ》を特殊召喚。ゲイルとブラストで攻撃だ」

「っ……発動するカードは無い」

 

晃 LP8000→6700→5000

 

 3体のモンスターによる強襲。

 まるで鴉に食い散らかされたかのように、モンスターは破壊されライフも大きく削られた。たった1ターンで場にモンスター4体を揃えライフ、ボード共に大きくアドバンテージを取られる。これが隣町の風祭高校の主将の強さだ。

 

「メイン2。ヴァーユとブラストで《転生竜サンサーラ》、ゲイルとシュラで《BF─アーマード・ウィング》をシンクロ召喚。カードを1枚伏せターン終了だ」

 

《転生竜サンサーラ      ☆5 DEF/2600》

《BF─アーマード・ウィング ☆7 ATK/2500》

 

 数は多くとも、ステータスは下級クラスのモンスターが、それぞれ上級レベルのモンスターへと変わる。戦闘においては無敵を誇るアーマード・ウィングに破壊されることで蘇生効果を発揮する転生竜サンサーラ。

 攻撃の次は、防御も万全。彼は強いとか実力があるとか以前に上手い。

 だが、負けじと晃もカードを引く。

 

「オレのターン、よしっ! 《武神─ヤマト》を召喚。墓地のムラクモを除外し《転生竜サンサーラ》を破壊する」

「ほぅ、だったらサンサーラの効果でゲイルを守備表示で蘇生だ」

 

 まずは1体。シンクロモンスターを撃破。

 続いての標的はもちろん《BF─アーマード・ウィング》だ。

 

「手札を1枚捨て《D・D・R》を発動。ムラクモを特殊召喚し、ヤマトと《No.101S・H・ArkKnight》へエクシーズ召喚!」

 

《No.101S・H・ArkKnight ★4 ATK/2100》

 

 戦闘破壊されたムラクモと前のターンでサーチした《D・D・R》を組み合わせることでシンクロモンスターに対抗する如くエクシーズ召喚を行う。戦闘で倒すことができないのならば、倒さなければいいだけだ。

 

「ArkKnightの効果を使用し、エクシーズ素材を2つ取り除いてアーマード・ウィングをエクシーズ素材にする。そして、ゲイルへと攻撃!」

 

 前のターンの返しと言わんばかりの反撃。

 2体のシンクロモンスターが並ぶ状況をモンスター効果を駆使することにより全滅させた。晃の決死の反撃に対し烏丸は彼を認めるわけでも無く、ただ無表情に尋ねた。

 

「これで終わりか?」

「ん、ああ、ターンエンド」

「……そうか」

 

 破壊耐性を持ったり破壊をトリガーとするモンスターをいとも容易く乗り越えたという事実を持ってしても、烏丸は晃が遊戯王を続けるべきでは無いという思いは変わらない。

 

(ぬる)いな」

「え……?」

「たかだが、その程度で満足したつもりか? プレイングは悪く無い。だが、お前には決闘者としての気迫が致命的に欠けている。本当の決闘(デュエル)ってのを教えてやる!」

「っ……!?」

 

 この時、晃は目の前の相手に圧倒された。

 ゾクリという悪寒を肌で感じ、本能的に危険を察知してしまう程に。

 

「俺は《忍び寄る闇》を発動。墓地のサンサーラ、シュラを除外し《終末の騎士》をサーチする。これで墓地には闇属性が3体。《ダーク・アームド・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《ダーク・アームド・ドラゴン ☆7 ATK/2700》

 

 黒く染まり闇に落ちたアームド・ドラゴンは、出すには特定の条件が必要なものの効果は無慈悲と言うほどに強力でありボチヤミサンタイと言った呪文すら生まれるほどだ。

 悪寒の正体はおそらくコレなのだろうか。

 

「墓地のブラストを除外しダムドの効果を発動。対象はArkKnightだ」

「っ……《エフェクト・ヴェーラー》を発動しダムドの効果を無効に──」

「無駄だ。《スキル・プリズナー》」

 

 伏せカードが無い晃は、他から妨害するしかない。

 手札から発動できる《エフェクト・ヴェーラー》を使うものの、それは烏丸が伏せた1枚のカードによって無効にされ止めきれない。ここから先は、ただダムドが蹂躙するだけだ。

 

「けど、エクシーズ素材を取り除くことで破壊を防ぐことができる」

「1度だけだがな、ゲイルを除外し再び破壊」

 

 墓地に闇属性モンスターがいれば何度も効果を発動できるのが《ダーク・アームド・ドラゴン》を強力たらしめる要素の一つだ。1度は破壊を防ぐことができても、2度目で容赦なく晃のエクシーズモンスターは残骸へと姿を変えてしまう。

 

「そして墓地のアーマード・ウィングとヴァーユを除外し《BF-孤高のシルバー・ウィンド》を召喚条件を無視して場に出す」

 

《BF-孤高のシルバー・ウィンド ☆8 ATK/2800》

 

 まるで墓地からシンクロ召喚を行えるような効果を持つ《BF-大旆のヴァーユ》は【墓地BF】などという専用デッキも組まれるほどの実績を持つ。また現れたシンクロモンスターはヴァーユの制約により効果を無効にはされているものの今、この場では不要だ。

 

「さあ、かかしやフェーダーでもあるか?」

「っ……」

 

 息を飲み答えることが出来ない晃に対し、手札から誘発で攻撃を防ぐカードが無いことを悟った。墓地にも無し場には1枚もカードが無い状況で相手のライフを越える総攻撃力。

 後は、ただ簡単に攻撃宣言すればいいだけのこと。

 

「悪いな晃、お前はここで終われ」

 

 パチンッ、と指を弾く。

 それが引き金となり黒い装甲の竜と黒い翼を持った鳥人が同時に襲いかかる。

 晃は手も足も出すことができずに攻撃を受けるしかなかった。

 

晃 LP5000→2300→0

 

 結果として、晃は相手に対し1ポイントのダメージすら与えることができずに終わった。

 何が悪かったのか。引き。知識。技術。実力。経験。何もかもだ。

 

「身の程を知ったか? もう一度言う。晃、お前は向いてないんだ。遊戯王をやめろ」

「っ……」

 

 決闘前では強く言い返すことができた。

 だが、今はどうだ?

 

 圧倒的な力量差を見せつけられ、無様に敗北した。

 現実というものを見せつけられた今、喉が詰まったかのように一言も声を出すことができない。『やはり才能が無いのか』、『自分には無理なのか』なんて負の感情が晃の中で渦巻いてくる。

 

「待てよ」

 

 だからでこそ、創は晃の前へと守るように立ち彼が否定するのだ。

 

「誰も人の未来を決めるなんてしちゃいけない。アンタが何を思い、どう言おうが、決めるのは晃だろうが」

「……確かにそうだな。思い出したが新堂創と言えば、巷で神童とまで言われた最強クラスの決闘者だったな。だが、良い選手が良い監督になれるということでも無いようだ」

「何が言いたいんだよ?」

「才能が無い人間に、十分に能力を伸ばすことができない環境。そんな場所(遊戯王部)にいたところで晃はただ埋もれるだけだろう」

「それは……」

 

 言い返せないのか創すらも言葉が詰まってしまう。

 正直な話、創は決闘は強くても指導は苦手だ。晃が今もまだ弱い理由の一部でもあるだろう。だが、それでも晃は遊戯王部の仲間なのだ。見す見す誰かの言葉でやめさせるなんてしたくない。

 

「だったら、オレがリョウ兄より強くなればいいだけだろ?」

「橘っ!?」

 

 根拠も理屈も無い。ただ咄嗟に出た言葉だ。

 才能が無ければ全てが致命的に劣る晃が別の遊戯王部の主将を勤める烏丸を越えるなんてこと、いったいどれほどの努力と時間を積めばできるのだろうか。

 

「兄貴分の俺に歯向かうようになるとは、面白いな。けど、俺だって悠長に待つことはできない。だから期限を設けさせてもらう……一週間だ」

 

 一週間。つまり七日間だけで彼を越えろということだ。

 それはあまりに無茶苦茶で無理難題なことだ。

 

「再来週の月曜日。17時に待つ、ここで俺を倒せなければ問答無用で遊戯王をやめてもらうからな」

「……わかった」

 

理不尽な約束だ。

だが、晃は不満一つ言わずに返事一つで了承した。

 

「ふぅ……悪いが俺は帰るぜ。またな」

 

 こうして烏丸は背を向けてカードショップを立ち去る。

 またな、と言葉を残したのは再来週の約束に向けての言葉なのだろう。

 烏丸が去りまるで嵐が去ったかのような静けさが訪れる。そんな中、創は晃へと問いかけた。

 

「随分、無茶苦茶な約束をしたもんだな。何か勝算があるのか?」

 

 なんて、あっさりと条件を飲んだ故に何か策でもあるのだろうと聞く。

 だがしかし、晃は顔を真っ青に青ざめさせて震え気味で呟いたのだ。

 

「……どうしよう」

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「なんて、事があったんだ」

 

 部室で昨日の出来事について語り終えた。

 その場に居なかった女性陣は重要な事だと理解していたために黙って真剣に聞いてはくれていたものの、聞き終えた即座に涼香は──。

 

「何、遊戯王をやめるとか簡単に話、つけてんのよっ!」

「ごうふっ!?」

 

 いつも通りのキレの良い蹴りが晃の鳩尾を的確に打ち抜く。

 しかも今回に限っては『遊戯王をやめる』つまりは遊戯王部を退部するかもしれない事態でもあるが故に、余計に力が入っている気がした。

 人体の急所に攻撃を受けた晃『だったら、オレがリョウ兄より強くなればいいだけだろ?』なんて格好良く言っていた面影など無く、床に倒れ込んでピクピクと震えているだけだった。

 

「話は大体、理解できました。でも、どうするんです? たった一週間で強く──それも風祭高校と言えば去年、地区大会でベスト8入りした強豪校ですよ。その主将さんともなれば難しいと思います」

「そうだな……一週間、フルに鍛えて勝てると思うか?」

 

 なんて創が問いかけるのだが

 

「無理ね」

「ごめんなさい。私もちょっと……」

「えっと、無理はしないほうがいいよ?」

 

 涼香、茜、有栖と女性陣全員が分が悪いとか、そう言うのでなく晃が勝つビジョンが見えないのだ。もっとも、部内でさえ敗北を繰り返し未だにまともに勝利ができない彼が他校の主将に勝てると思えようか。

 

「そうだよな。だが、動かなくちゃ何も始まらないぜ!」

 

 なんて言いながら創は、ホワイトボードに取り付けられた黒ペンを取り出しホワイトボードの裏側に何かを書き始めたのだ。

 

「でも、どうするのよ?」

「何、簡単なことさ。まともな方法で駄目なら、まともじゃない方法をやればいい」

 

 いったい何だろう。

 涼香や茜、有栖はそれぞれ顔を見合わせるが検討もつかないようだ。

 

「つまりはな、合宿だ!」

 

 バンッ、と音を立てながら再びホワイトボードを回転させた。

 そこには、とびきり大きな文字で『合宿』と書かれている。

 

 ちなみにだが、その合宿という文字もまた上下逆さまだ。

 

 

 



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031.熊と戦う!

 

 

 

 『橘晃を強くしよう』と話をしてから5日が過ぎた。

 その間、部活は実戦的なメニューを増やし晃にはより多く決闘をさせたものの成果はこれと言っていいほど出なかった。いつも通りの敗北を繰り返すだけだ。

 

 そうして時間が過ぎてしまい土曜日。

 遊戯王部は第二、第四土曜日は部活動を行うように決まっているが、今回は部室でなければ遊凪高校でも無く、近隣の遊凪駅へと集合していたのだ。

 

「みんな集まっているようだな」

 

 部長である創が来た頃には、既に全員集まっている。

 それよりも8時集合ということなのに、創が到着したのは8時5分だ。

 

「ったく、遅刻してんじゃないわよ!」

「悪い、昨日は興奮して眠れなかったんだ」

 

 悪態を吐く涼香に対して創はあまり申し訳なさに感じ無い風に謝る。

 なにせ土曜日と日曜日は彼が言っていた『合宿』を行う日なのだ。まるで遠足に行く前の日の小学生の如く創は夜に寝ることができずにいた。

 少し怒り気味の涼香に対し晃は宥める。

 

「まあ、バスの時間までまだあることだしいいんじゃないか?」

「ふんっ、別に怒ってなんかないわよ」

 

 バス停の時刻表を見る限りでは、8時10分ごろに到着するようだ。

 もう5分ほど遅刻していればどうなったかはわからない。

 

「合宿ってどこに行くの?」

 

 バスの待ち時間に気になったのか有栖が小さな声で聞く。

 合宿に行くとは聞いてはいるものの、実際にどこへ行くのかは創からは何も聞かされていない。だが質問に答えたのは創で無く、茜だった。彼女はちょっとだけ得意げな表情をしながら答える。

 

「実はですね。私の家が持っている別荘があるので、そこを使おうと思っているんですよ!」

「べっ、別荘!?」

 

 聞きなれない言葉に晃は声を出して驚く。

 普通の一般家庭で育った晃にとっては別荘なんて夢のまた夢の世界だ。あまり彼女のことは詳しくは知らないものの、普段の丁寧な言動から良い所のお譲さまなのだろうか。

 いずれ詳しく聞いてみたい、と思ったころにバスが来る。

 

 バスに乗り続けること2時間ほど。

 街中を抜け舗装された山道を走り続けた先に到着した。

 

 さらに徒歩で15分前後。

 到着した山の山頂付近では学校の運動場の半分ほどの広さで木々が開けた広場のような場所になっており付近には川も流れている。コンクリートブロックで造られたかまどのような造形物も設置されており、ここは所謂キャンプ場だ。

 深呼吸をしながら創はテンションが高めに呟いた。

 

「おお、自然って感じの場所だな!」

「別荘はもう少し先ですよ」

 

 茜の案内により、さらに先へと進む。

 山奥の舗装された道を進むとキャンプ場の雰囲気に合ったコテージが見えた。木でつくられた見た目ではあるが、板状では無く丸太を組み合わせて作ったような感じの作りはログハウスというものであり一軒家ほどの大きさのものだ。

 そのログハウスを指差して茜は語る。

 

「あれが別荘です!」

「へぇ、随分とオシャレなものね」

 

 などと感心したかのように涼香が声を上げる。

 鍵を開け中に入ると、中は綺麗に清掃されているのか埃も目立たず絨毯や家具が置かれ生活感にあふれるような感じだった。どうにも、キャンプ場の管理人に依頼し定期的に掃除して貰っているらしい。

 

「じゃあ、荷物を置いたらさっそく部活を始めるぜ!」

 

 創が全員に伝える。

 普段はふざけている彼でも唯一の年長者にして部長なのだ。

 やる時にはやってくれるのだろう。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「それで部長。何をやるんスか?」

「着けば、わかるさ」

 

 10分後。

 荷物を置き決闘盤などの必要なものだけを持って外へと出たのだが、今晃は創と二人きりなのだ。なんでも涼香たちは特訓のための準備をしてもらうために別行動をすることになり途中で逸れたのだ。

 デッキや決闘盤の他に、何か荷物を持っていたのが少しだけ気になった。

 

「おっと、ここだな」

「え……どうしてこんな場所に?」

 

 到着したのはログハウスよりもさらに山の深くだ。

 半径十メートル前後の円形状の広場のような場所は周りは草木の茂みに囲まれており、設置されている木製の看板にはデフォルメされた熊が人に襲いかかっているかのような絵と『熊出没注意!』なんて危険を告げるものが描かれている。

 

「本当に決闘(デュエル)の特訓なんスよね?」

 

 何より晃が不思議に思ったのは、場所を既に選んでいたことだ。

 決闘を行うにしてもテーブルがあれば良い。もしくは決闘盤があることもあり、シーズンにはまだ早いためキャンプ場には人がいないことからそこを使えば良いのだ。

 だが、創は笑いながら語る。

 

「あのな、晃。せっかく合宿で山に来てるんだ。いつも通りに決闘するだけじゃつまらないだろ!」

「じゃあ、いったい何を?」

「熊と戦う!」

「……は?」

 

 今、いったいこの人は何を言ったのであろう。

 くまと戦う、なんて言葉だ。

 

 (くま)

 目の下の黒ずんでいる部分の事。

 

 球磨(くま)

 日本海軍の軽巡洋艦。球磨型軽巡洋艦の1番艦。

艦名は熊本県を流れる球磨川にちなんで命名された。

 

 (くま)

 動物界脊索動物門哺乳綱ネコ目(食肉目)クマ科の構成種の総称。

 一般に、密に生えた毛皮と短い尾・太くて短い四肢と大きな体、すぐれた嗅覚と聴覚をもつ。力が強く 突然、出会うと攻撃してくることもある。

 

 なんて『くま』について色々と思い当たったが、やはり結論に至ってしまうのは最後の『熊』だ。イメージとしては、茶色、毛むくじゃら、大きい、力が強い、凶暴。なんて様々だが武器というか持ち物が遊戯王のデッキと決闘盤しか無いために戦うなんてまず無理だ。

 

「部長……冗談はほどほどに──」

「いや、俺は真剣(マジ)だぜ!」

 

 ガサッ。

 突然、晃の後の茂みが音を立てて揺れた。

 

「……へ?」

 

 背後を振り向くが、茂みが見えるのみ。

 熊どころか獣一匹見えはしない。創が変なことを言っていたために心臓バクバク、今にも何か出てくるんじゃないかと思っていた矢先に創は追い打ちをかける。

 

「どうやら来たようだぜ」

「何が?」

「熊だっ!」

 

 ガサ、ガサッ。

 今度はさらに大きな音を立て茂みが揺れる。

 振り向いた晃は、しっかりと茂を見たが小動物なんかでは無い。明らかに大きな獣が動いたかのような揺れなのだ。だが、今度は茂みがさらに晃の方へと揺れ動いてくるのだ。

 

「ほーら、来るぞー!」

「うわぁああああああああっ!?」

 

 確実に近付いてきている。

 不安と恐怖で絶叫する晃では、あるが茂みの中にいる獣は止まる様子も無い。

 かなり近くまで来た途端、ピタリと揺れが収まったのだが──。

 

 ガサリッ!!

 より大きな音を出して茶色い獣が飛び出したのだ。

 

「ガオーッ!」

「うあああぁぁぁぁぁぁぁっ!? …………って、へ?」

 

 獣が飛び出し再び絶叫するものの、獣の容姿を見てピタリと止まったのだ。

 鋭い爪に茶色い身体。まちがいなく熊ではあるが、身体は毛むくじゃらで無く布地。爪も白い布を鋭利的っぽい形にしたもの。何より顔が看板の絵と同じデフォルメされており目なんてパッチリ開いて、まばたきするなんて当然無理だろう。

 

それは何故か。

熊は熊でも着ぐるみなのだから。

 

「ガオーッ! 食べちゃうぞー!」

 

 晃を襲うような仕草を行うが、着ぐるみとわかれば恐怖は感じ無い。

 それよりも日本語すら使ってくるのだから怖くもなんともなくなってしまったのだ。しかも、その熊の声には聞き覚えがあった。

 

「というか日向かよっ!?」

「はいっ、日向茜ですよ」

 

 熊の着ぐるみの中。声は完全に茜のものだ。

 しかも本人からも名乗った。

 

「さあ、戦え!」

「どうやってっ!?」

「勿論、決闘ですよっ!」

 

 気が付けば熊の着ぐるみin茜は決闘盤を着けていたようだ。

 デッキを装着し決闘の準備を行うために間合いを取る。つまりは、熊の格好をした茜と決闘して戦えということらしい。

 

「ちょっと、待ってくれ」

 

 なんて言って、晃は身体の力を抜く。

 

 すー、はー、すー、はー。

 二、三度深呼吸をして頭を落ち着かせながら呼吸を整えて彼は叫んだ。

 

「熊の意味、まったくねえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 先ほどの悲鳴よりもさらに大きく、晃のツッコミがこの山の中に響き渡った。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 茜との決闘の後は、昼食としてバーベキューを行い。

 午後にはうさぎの着ぐるみを着た有栖と決闘をし、続いては涼香との決闘だったが、彼女用に用意されていたのは、かつて二階堂が着ていた鳥の着ぐるみだったが彼女は拒否し普通の格好での勝負になった。

 

 もっとも、晃が全敗だったのは言うまでも無い。

 

「というか、やる気あんの? 弱さがますます磨きが掛かったって感じよ」

「え?」

 

 決闘を終え涼香は怒り気味に彼の胸ぐらを掴む。

 何せ先ほどまでの晃の決闘は、いつものような引きの悪さに加えて初心者が起こすようなプレイミスを連発する始末なのだ。まるで決闘に集中できていないような感じだ。

 

「そう言うな氷湊。おそらく焦ってるんだろうな。後2日しかない状況で強くならなければいけないのに、強くなれない。だから──」

「じゃあ、アンタもふざけんじゃなわよ!」

「ごふっ!?」

 

 創に向って正拳突きが放たれる。

 倒れ込んだ際に、創はリュックサックの中から一冊の本を落とした。タイトルには『よくわかる山籠りの特訓修行』という熊と人間が戦っているようなイラストの本だ。内容に関しては、これは明らかにふざけているのだろう、と熊と戦ったり滝にうたれるような挿絵がずらずらと描かれている。

 これは、カードゲームが強くなる以前にリアルファイトが強くなるに違いない。

 

「くっ、この本を参考にしたが駄目だったようだな」

「当たり前よっ!」

 

 自信があったのだろうか、創はガックリと項垂れてしまう。

 そんな彼に涼香が呆れ果てる。

 

「それよりも、部長はどうやって強くなったんスか?」

 

 そう言えば聞いたことが無かったな、なんて思いながら晃は一つの質問をする。

 この中で最も強い創は、巷では有名になるほどの実力を持つらしい。そんな彼が強くなった方法を聞きだして真似をすればいいなんて考える。

 

「ああ、気付けば強くなってたんだ」

「え?」

「最初は勝っても負けても楽しくて。日が暮れるまで続けるほどにやって。知識も経験も培った頃には、神童なんて言われていたんだ。だいたい決闘者というのは、そうして強くなるもんなんだぜ」

「私も、それだけについては同意するわ」

 

 語る創に同意する涼香。

 つまりは、ただ単純に決闘をすればするほど強くなってきたということだ。

 

 だが、それは晃にとってはまったくと言っていいほど当てはまらない答えなのだ。

 遊戯王を始めてからおよそ2カ月ほど。彼が行ってきた決闘は数百というレベルにまで達しているのにも関わらず向上が見られない。偶に勝てそうだったという場面があるにせよ、引きの悪さは相変わらずでここぞという場面で負けてしまう。

 

 万事休す。

 晃が強くなるための手段も方法も見当たらなければ、どうしようも無いという状況に晃を含め涼香や創も何も言えなくなり静まってしまう。

 風と木々のざわめきしか聞こえない静寂の中、聞いたことのある口の悪い男性の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「ふんっ、相変わらず駄目な連中だな」

「その声は──生徒会長!?」

 

 まずは晃が真っ先に反応する。

 声がした方向へと振り向けば二階堂学人が手で眼鏡のズレを直しながら、ヤレヤレと言いたげな表情で立っているのだ。この場において予想外の人物に晃と涼香が驚きの表情を見せる。

 さらに二階堂の後から数人が姿を見せた。

 

「はは、久しぶりだね涼香ちゃん。やっぱり俺と付き合わない?」

「あ、あの、突然、お邪魔してすみません!」

「……先輩たち、荷物持ちはいいんですが、これは多すぎじゃないですか?」

 

 冗談で言っているのか軽い口調の生徒会副会長の椚山堅。

 おどおどと申し訳なさそうに謝る初瀬小桃。

 晃の友人でもあり、パンパンになって丸くなったリュックサックを汗だくで背負う生徒会庶務の遠山和成。

 

 晃が知っている限りの生徒会メンバーが集結していたのだ。

 

「え、なんで……」

「そこの阿呆に呼ばれたのだ。せっかくの休みだというのに時間の無駄だ」

「でも、来てくれたじゃないか」

 

 毒を吐きつつ創を視線で指しながら答える。

 それでも来てくれたというのは、元遊戯王部だったことから来る責任感なのか、ただ単純にお人好しで来てくれたのかまでは真意は掴めない。

 

「そもそもが間違いなのだ。貴様らのような才能に恵まれた連中が、恵まれない人間を強くできると思うか? だが、安心しろ。この僕が来たからには──」

 

 なんて堂々と宣言しようとする。

 だが、その言葉より早く『ぐぅー』と腹の音が鳴る音が響いたのだ。

 音の出所は、二階堂からだ。

 

「…………腹が減っては戦が出来ぬ、と言うな。先に腹ごしらえだ」

「え、ちょ!?」

 

 良いところだったのに勝手に中断されるあたりは、創にも似て割と自由人だ。

 腹ごしらえという提案には創も賛成の声を上げる。

 

「今、日向と風戸がカレーを作ってくれてるぜ」

「カレーか、悪くはないな」

「えっ、オレを強くしてくれるって話は?」

 

 どうやら彼らにとって優先順位は己の腹を満たすことの方が上らしい。

 晃の決闘指導はまだ少し後の話だ。

 

 

 



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032.僕らの決闘を開始しよう

 

 

 

「あー、いい湯だ」

 

 なんて爺臭いことを言う晃。

 頭にタオルを乗せながら疲れを取るように温泉へと浸かる。

 

 夕食の後。

 別荘の近くに温泉が入れる場所があるということで、遊戯王部及び生徒会メンバーの全員が向うことになった。晃の指導は、まだ行われないままに。

 

「ふむ、たまにはこう言うのもな──ぶっ!?」

 

 珍しく眼鏡を外している二階堂もゆったりと浸かっていたものの、突如顔面へとお湯をかけられたのだ。その傍には激しく水しぶきをとばすようにバタフライで泳ぐ創だ。シーズンでは無いためか、他に客がいないのが幸いだ。

 

「広い風呂ってのはいいもんだな!」

「子供かっ!? 新堂先輩は少し落ち着いて、怒らせた生徒会長は怖いというか、俺に八つ当たりすんですよ!」

 

 宥めて落ち着かせようとする遠山だが、最終的には自分が犠牲にならないために創を止めようとする。どんな場所にいようが騒がしい連中は騒がしいものなのだ。

 

「っ、新堂……貴様!」

「ほら、怒ったぁっ!」

 

 プルプルと肩を震わせ怒りの表情を見せる二階堂。

 元々、鋭い目つきが眼鏡が無いためかさらに鋭く見える。そのような彼が怒りを見せるのだから、小さい子供が泣いてしまうと思えるほどだ。

 このままでは、二階堂と創で乱闘が起きてしまうと思う瞬間に、予想外にも今まで一言も発せずに黙っていた椚山が二人を抑えたのだ。

 

「悪いが、静かにしてもらおうか」

「うぉっ!?」

「くっ、堅! 何の真似だ」

 

 二人を取り押さえた椚山は、人差し指を口元に添えながら『しーっ』と黙るように促した。温泉は静かにしなくちゃいけないものなのだが、彼は別の事を指しているように思えた。

 

「そろそろだ」

 

 なんて普段のチャラけた態度では想像できないぐらいの真剣な声を椚山は出す。

 それと同じぐらいの時間にガラリッとスライド式の温泉へと入るための戸が開く音が聞こえたが、彼らが入った戸が動いた様子も無く別の戸が開いたのだろう。

 

『わあ、広いですねっ!』

『へぇ、悪くないわね』

『うん、こういうのっていいね』

『あ、あの、ごめんなさい。わたしもご一緒でよろしかったでしょうか?』

 

 柵の向こう側から茜、涼香、有栖と初瀬の声が聞こえる。

 女性は色々と時間がかかるものだ。雑な男性陣と違ってやっと温泉に入るところだろう。

 彼女らの声が聞こえる中、椚山はすぐ近くでしか聞こえない程度の大きさで語った。

 

「この温泉はな、男湯と女湯の距離も近く、遮るのも柵一つしかないんだ。そのせいで声は、ほぼ筒抜け状態。女湯の声も聞き放題ってわけだ」

「……そんな情報いつ調べたんスか? というか何の意味が?」

 

 女絡みになるとやけにアクティブになる椚山に晃は若干、引いた。

 それでも椚山はブレない。

 

「当然、タイミングを図るんだよ」

「……タイミング?」

 

 なんて、やり取りをしている間にも女湯から桃色的な声が聞こえてしまう。

 

 

 

『っ……』

『あ、あの、涼香ちゃん。どうしたんです? 私に何かついてますか?』

『ええ、ついているというよりはあるわね。私たちの中で一番』

『うん、羨ましいよ』

『え? 有栖ちゃんまでっ!? な、なんなんですかっ!?』

『気付かないの? ちょっとだけ怒っていいかしら?』

『もしかして……胸ですか? べ、別にあってもいいものではありませよ。肩が凝ったりするだけで、むしろ涼香ちゃんたちの方が羨ましいですからっ!』

『へぇー、当てつけかしら? 風戸さん、初瀬さん。押さえて!』

『う、うん……』

『ごめんなさい! ごめんなさい、日向さん!』

『えっ、ふ、二人ともっ!?』

『私たちの気持ちを察してくれない日向さんには、ちょーとだけお仕置きが必要みたいね』

『な、なんですお仕置きって!? ひゃ!? そ、そこは駄目ですよ』

『いいじゃない。胸は揉めば大きくなるって話を聞いたわ』

『これ以上、大きくならなくていいですからっ!』

『ふーん、つまりは今のままでも満足してるってことね』

『そ、そういうわけじゃ、あんっ!?』

『い、色っぽい声……ヤバい楽しくなってきちゃった。自分に満足している日向さんに、私たちはこれで満足させてもうかおうかしら?』

『ひゃああん!?』

 

 

 

「…………」

 

 ほんの数分程度の間であるにもかかわらず、永遠の時間のように感じ男性陣は声どころか息すらも殺して聞きいってしまった。どこからどう見ても、むっつり集団だ。

 そんな中、動き出したのは、やはりと言っていいほどあの男。椚山堅だ。

 

「さてと」

「あれ、どうしたんスか?」

「そんなこと決まっているだろ? 俺たちの仕事(覗き)をするんだ!」

「いやいや、そんなことしたら殺されるッスよ!?」

 

 サムズアップして、これから死地へと赴く戦士の如く真剣な顔つきでくだらない事を言う。そもそも覗きは仕事などでは無く、完全に犯罪行為だ。

 普段はノリの良く馬鹿な行動を取る創だったが、今回はさすがに賛同できずに制止させようと椚山の肩を掴む。

 

「おいおい、さすがにそれは駄目だ──」

「バッキャロウッ!!」

 

 が、彼の信念はあまりにも強いのか、止めにかかった創を力一杯、拳でぶん殴ったのだ。

 下が温泉のために倒れても怪我にはならずに済む。倒れた創に対し椚山は怒りの表情を見せながら告げた。

 

「覗きはな、確かに最低で犯罪な行為だ。だが、俺だって単純に覗きたいから覗くのではないんだよっ! どんな汚名を負う危険(リスク)があるにせよ、その先には果てしない理想郷(ユートピア)が待ち構えているんだ。そこへ到達するのが、(おとこ)として生まれてしまった俺たちの抗うことのできない宿命なんだよ!」

 

 なんて無駄に必死な演説を述べる。

 それに対して、まず遠山が身体を振るわせていたのだ。

 

「く、椚山先輩。そんな考えがあったなんて、お、俺もついて行きます! 理想郷へと導いてください!」

「いいだろうっ。それで、どうするんだ新堂創?」

「目が覚めたよ。椚山先輩、地獄でもどこでも付き合うぜ」

 

 3人で熱い友情の握手を交わす。

 それを『何だこの集団』と黙りこむ晃は、止めるのをやめた。

 こうして3人は、作戦を立てて行く。

 

「けど、この柵の高さでは覗くのは無理だ。どうするんだよ?」

「案ずるな、これは見積もっても3m程度。俺たち3人が力を合わせれば造作も無い!」

「ど、どうやって?」

「簡単なことだ。3人で肩車をすれば余裕のハズだ!」

 

 柵を指差して堂々と告げる。

 確かに、3人の高さを合わせれば十分届くだろう。

 けど、その作戦には欠点があった。

 

「けれど、誰が一番上になるんだ?」

「当然、俺だ!」

「悪いな、これは譲れねえぜ」

「いやいや、二人を支える自信が無いですし俺が……」

 

 ぐぬぬと、いがみ合う。

 3人の熱い友情は早くも亀裂が入ったのだ。

 そんなやりとりを見ていて、ずっと興味無下げに黙っていた一人の男がやっと口を開いたのだ。

 

「馬鹿め。そんなだから貴様らは駄目なんだよ」

「生徒会長。よかった、彼らを止めてください」

 

 他にもまともな人がいたと晃は安堵の息を吐こうとする。

 が、彼の方を振り向けば、その先には二階堂が黒くてズッシリとした質量を持つ高そうな双眼鏡の度を手に持ち、度を調整しているのだ。

 

「まったく」

「何がまったくスかっ!? 何スか、その手に持っている双眼鏡はぁああああっ!?」

 

 どうやら、覗きをやめようと言うまともな人はいないようだ。

 彼もまた理想郷を追い求める一人なのだろう。

 

「考えてもみろ。貴様ら、この柵を越えたところでバレるのは明白だ。あの屋根を使うのだ」

「屋根……だと!? だが、それは柵よりも高いだろ?」

 

 二階堂の屋根を使うという提案だが、それは柵よりも高く4m程度だ。

 柵を越える3人肩車案ですら揉めたというのに、それよりも高い場所に上るのではさらに揉めてしまうだろう。

 

「椚山。それが駄目だと言うのだ。頭を使え、まずここには異常に桶が多い。安定したピラミッドの形に積んでも十分な高さになるだろう。そこから人間円塔の容量で体重が軽い遠山と橘を屋根へと押し上げる。そして二人が、一人づつ僕らを上へと引っ張ればいいだけだ」

「成程……だが、屋根の上からで見えるのか?」

「フンッ、双眼鏡というのは何のためにあると思うのだ?」

 

 なんて見せびらかすように聞くが、間違い無く覗きのためでは無いだろう。

 全員の連携に完璧な作戦。気が付けば、晃も参加することになってしまったのだが彼も男ということで仕方が無いだろう。

 

「さあ、我々の決闘(覗き)を開始しようではないか!」

 

 大々的に宣言をする二階堂。

 もう、彼らを止められるものは男性陣(・・・)にはいない。

 

「へぇ、随分と面白そうなことを考えているみたいね」

「……っ!?」

 

 ゾクリッ。

 全員が全員、嫌な緊張と悪寒が体中を走らせた。

 聞いたことのある声は、間違い無く男性の誰でも無い。今、この男湯という場所では居てはいけない人物だ。

 

 ちなみにだが、椚山の情報である『女湯の声が聞こえる』という情報は、逆に言えば男湯の声も聞こえてしまうのだろう。しかも、途中からはテンションがやけに高くなってしまい声を抑えることも忘れて叫び合っていたのだ。

 

 振り向けば、そこには私服に着替えていた涼香が男湯の入り口で仁王立ちしていたのだ。

 本来、女子が男湯に入ってしまえば『キャー』などという黄色い悲鳴を上げるなんて聞いたことがあるが、そんなことは無い。

 まるで彼女の背後に《氷結界の龍トリシューラ》がキシャーッと声を出して威嚇をしているように見えるぐらい殺気だっているのだ。

 

 殺される。

 今、この場で男性陣5人の心は一つとなった。

 

「とりあえず全員、歯を食いしばりなさい」

 

 さすがに本当に殺されるということは無い。

 だが、この場で全員が涼香によって温泉の底へと沈められた。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「痛てて、覗きなんてやるもんじゃないな」

 

 温泉から上がり別荘へと戻る。

 涼香からの制裁によって出来たのであろう、頭のたんこぶを押さえながら創は後悔したかのように呟いた。それに対し椚山は語る。

 

「甘いな。覗きというのは、覗くまでの道のりも楽しむもんなんだ。それがわからないようじゃ新堂もまだまだ子供だな」

「やっぱり、私コイツは苦手だわ」

 

 中でも主犯と思われる椚山は重点的に制裁を受けたのだろう。

 たんこぶどころか、痣やらなんやらの傷を多く受けているのにも関わらずに、ケロリとして後悔も反省もまったくしていない。

 

「さて、そろそろ本題に入りたいと思うのだが」

 

 なんて二階堂が真面目な顔つきで語り出す。

 しかし、気になると言いたげに彼は視線を部屋の隅へと向けたのだった。

 

「……ぐすん、もうお嫁に行けません」

 

 この場所の提供者であるはずの茜は、精神的にショックを受けたのか部屋の隅で体育座りをしているのだ。それを慰めようと初瀬がひたすらに謝り続けており、有栖は慰めていた。

 

「あれは、私もちょっと反省しているわ」

 

 引け目を感じて反省の色を見せる涼香。

 彼女曰く、何かにとり憑かれたような気分だったと語る。

 

「仕方ないあっちは二人に任せて、橘晃。お前はデッキを出せ」

「えっ……」

「お前が決定的に欠けているものを教えてやる。僕と決闘(デュエル)しろ」

 

 なんて二階堂が語りながら自分のデッキをテーブルへと置く。

 場所が広いにせよ、それは普通の部屋というレベル。決闘盤を行うほどの広さでは無いために卓上での決闘となる。

晃と二階堂。二人がデッキをテーブルへと置き互いにシャッフルする。

 

「オレに欠けているもの?」

「準備は良いな。行くぞ」

 

 決闘が開始される。

 先攻は晃。5枚の手札から可能なプレイング、最善の手段、相手のプレイスタイルを考慮して思考を始めた。

 

(生徒会長のデッキは超高火力の【サイバー・ドラゴン】。ハバキリでも足りない)

 

 有栖とのタッグデュエルで見せた二階堂のモンスターの攻撃力は軽々と4000以上を超えて行くのだ。その分、隙も大きいことから守りに徹し隙が出来たところを突くのが常套だろう。

 

「オレは《武神─ヤマト》を召喚。カードを2枚伏せ、エンドフェイズに効果によりサグサを手札に加えて落とす」

 

 伏せたのは蘇生カードの《リビングデッドの呼び声》にフリーチェーンのバウンスである《強制脱出装置》だ。墓地には破壊耐性を付与する《武神器─サグサ》に加えて手札には《エフェクト・ヴェーラー》まであるのだ。

 鉄壁の布陣。これを崩すのは困難だろう。

 

「ふっ、だから貴様は駄目だと言うのだ。僕のターン」

 

 何が駄目なのだろう、二階堂には晃たちが見えていないものが見えているかのような言動と共にカードを引く。引いたカードは必要なものなのか、手札に加えずに即座に場へと発動させたのだ。

 

「ライフを2000支払い《終焉のカウントダウン》を発動ォ!」

「…………へ?」

 

 橘晃の予想はあまりに大きく外れた。

 

 

 

 



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033.勝利への執着

 

 

 カリカリカリッ。

 とある一室にて黙々とシャープペンを滑らせる音だけが聞こえる。

 机にあるのは山のように積み重なった書類。晃はソレを1枚1枚、処理していく。

 

「橘くん、こいつも頼むぜ。俺はその間に涼香ちゃんたちと会ってくるからさ」

 

 ドサリッ、なんて音を立ててさらに書類の束が追加される。

 椚山が書類を置いて立ち去ろうとすると、入れ替わりに今度は初瀬が同じくらいの量の書類を抱えてやってきた。

 

「ご、ごめんなさい。生徒会長さんの指示でこれもお願いします。ごめんなさい」

 

 またもや1枚1枚が紙ペラとは思えない重量感のある音を立てる。

 申し訳なさそうに立ち去る初瀬の次は、遠山がやってきた。

 

「悪いな晃、生徒会の仕事を手伝ってもらって……そんなわけで、これを追加だ」

 

 ドンッ、と音を立ててさらに書類が山となる。

 あまりの量の多さに晃はピタリとシャープペンを止めた。

 

「だーっ、やってられっか! なんスかこれは、何でオレが生徒会の手伝いをしてるんスかっ!?」

 

 堪忍袋の緒が切れたようにわーっ、とはしゃぎたてる。

 そもそも晃は今週中に決闘で烏丸を倒せるほどに強くならなくてはいけないはずだ。

 なのに決闘とは全然関係ないことをやらされているとは、これいかに。

 

「ふんっ、口うるさい奴だ。黙って手を動かさないか」

 

 なんて今回、晃に生徒会の仕事を押し付けた本人である二階堂が仕事に戻るように促す。

 彼はというとコーヒーを飲みながら月刊デュエリストという雑誌を読み絶賛、ブレイクタイム中である。

 

「いや、これはまったく決闘とは関係ないじゃないスかっ!?」

「当然だ。そのためにやらせているのだからな」

 

 晃のツッコミに対しても軽く流す二階堂。

 話は昨日の夜にまで遡る。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「20ターン、僕の勝ちだな」

 

 晃と二階堂の勝負。

 1ターン目の初手から発動させた《終焉のカウントダウン》の効果が発動し二階堂の勝利が決まった。何ごとも無く、ただ《威嚇する咆哮》、《速攻のかかし》などを使っただけで攻撃を防ぎながらターンを重ねただけ。

 晃のデッキでは成す術も無く敗北したのだ。

 

「…………」

 

 敗北した晃はただ黙りこむだけだった。

 本来【サイバー・ドラゴン】のデッキを使う男が何故、今回に限って【終焉のカウントダウン】を使ったのだろうか。そもそも、そっちを使わなくても十分に二階堂なら勝てるはずだ。

 

「橘晃……貴様は僕が、そこの阿呆と勝負をしたときのことを覚えているか?」

「え?」

 

 創を指差しながら問う。

 二階堂が創と勝負をしたのは、生徒会と遊戯王部としての勝負だろうか。才能、実力で劣る二階堂は何としても勝つために本来のデッキを使うのをやめ【終焉のカウントダウン】を使い挑んだ。

 後1ターン防ぐだけというところまで追い詰めたものの、ハンデスを受け最後の最後に引きの才能の無さを露わにして敗北をした。

 

「僕はな、あのときは何としても勝ちたかった。決闘者であった自分を犠牲にしてでも、あいつに勝ちたかったんだ」

「勝ち……たかった?」

「そうだ。だが貴様はどうだ? 敗北してもめげずに決闘を繰り返す。悪くはないが、一度でも死んでも勝ちたいなんて思ったことはあるか? 次に勝てばいいなんて思うのは勝手だが、その次はいつ来る? 貴様はな、致命的なまでに勝利への執着が欠けているのだ」

 

 晃は今まで、一度も負けようと思って決闘をしたことは無い。

 だが、それとは反対に絶対に、何としても勝とう、なんて勝利に拘ったことも無いのだ。

 

「勝利への執着、か」

「勝てないのなら、勝てる術を探れ。それでも勝てぬのなら何かを犠牲にしてまで勝て。貴様はそれを得て始めて決闘者となるのだ」

 

 晃を指差し大々的に語る二階堂。

 

「オレは……勝利することに拘れば、勝てるんスか?」

 

 晃はこれまで敗北を重ねている。

 だが、唯一欠けているものを埋めさえすれば勝てるのだろうか?

 二階堂は平然と答えるのだった。

 

「普通は、無理だな」

「は?」

「勝利に執着しても、貴様には才能が無い。良くて並み以下だ」

 

 駄目じゃん。

 なんて晃は心の中でツッコミを入れる。

 

「だが──その才能を埋める何かがあれば貴様は一人前となれるだろうな」

「才能を埋める何か、生徒会長。それっていったい……?」

「知らん!」

「ええっ!?」

「そんなこと自分で考えろ。今日は遅いからな僕は寝るぞ」

 

 後は、勝手にしろ。

 そんな風に二階堂は部屋から立ち去った。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 そして現在に至る。

 才能を埋めるものを見つけ出さなくてはならないというのに、カードに触れることも無くひたすらにシャープペンと紙だけを触れているのだ。

 

「おおかた、カードに触れて見つけ出そうと考えていたのだろうな」

 

 お見通しなのか二階堂は、晃が処理した書類の1枚を手に取りながら語る。

 それを聞き、何が言いたいのかと尋ねる晃。

 

「何がおかしいんスか?」

「貴様の才能の無さは非常識だ。そんな貴様が常識的に考えて辿りつけるわけも無い」

 

 なんて滅茶苦茶を言う二階堂。

 彼はピンッ、と指で書類を弾いて冷たく語る。

 

「字が汚い。誤字脱字も多い、おまけに計算ミス……役に立たないな。貴様はクビだ」

「ちょ、生徒会長!?」

 

 勝手に仕事を押し付けたのに関わらず、クビ宣言。

 晃の服の襟を持ち追い出そうとする。

 

「少しだけ遊戯王と離れろ。貴様には貴様の戦い方があるだろ」

 

 なんて含みのある言葉を告げて部屋から追い出された。

 仕方が無くロビーへと向かう晃だったが、途中の廊下で昨日の出来事から立ち直ったのだろう。茜と出会った。

 

「あれ、橘君。生徒会の人たちは……?」

「ああ、追い出された」

 

 なんて一言だけの答えであるが察してくれたのか、茜はこれ以上聞かないでくれた。

 ほんの少しだけ考える仕草を見せてから晃に言う。

 

「そうですね。ちょっと気分転換に散歩でもしませんか?」

「ん、ああ」

 

 茜の誘いを受け別荘の外へ。

 舗装された道を通り森林が立ち並ぶような自然の景色の場所へと歩く。

 そういえば彼女とは二人きりになったことがなかったな、なんて思いながら晃は黙って歩き、その隣を茜も何も語らずに歩幅を合わせる。

 

「そういえば──橘くんが遊戯王を始めて、最初に決闘をしたのは私でしたね」

「確かに、そうだな」

 

 ピタリと足を止めて、茜は何かを思い出すように語りだした。

 分厚い説明書を読み、始めてもらったデッキの使い方も良く分からず悪戦苦闘をした記憶がある。今、思えばあの時からあまり強くなれていないような気がする。

 

「私はですね。あのときの決闘で橘くんは凄い人だなって思ったんですよ」

「え?」

「始めてカードを手にした人が、使い方もよくわからない中で部長の言葉や私のプレイで理解していく順応性の早さ。もちろん手加減はしちゃいましたけど、追いつめられてしまいましたしね」

 

 気が付けば隣に立っていた茜は、晃の真正面に来ていた。

 彼女は微笑みながら告げる。

 

「みんなは橘くんのこと才能が無いって言いますけど、私は違うと思いますよ。橘くんには橘くんの強さがありますから」

「オレの……強さ?」

 

 いったい何なのか。

 考えても、今はまだわからない。

 

「あ、あれって、涼香ちゃんですよね?」

「ん……そうだな」

 

 指を指した方向、遠くてはっきりとは見えないが後ろ姿は何となく涼香に似ている。

 

「行ってみるか?」

「そうですね。けど、私はここで帰りますね。多分、涼香ちゃんたちも同じことを考えていると思いますから」

「え?」

「まあ、会ってきてください!」

 

 肩を押されて急かされる。

 仕方ない、と早歩きで向かう晃は彼女に近づくにつれ涼香だと確認して声をかける。

 

「氷湊!」

「ん、何よ」

 

 素っ気ない返事。

 涼香は買い物用のバックを片手に持って歩いていた。

 

「見かけたからな。何してるんだ」

「何って、見ればわかるでしょ。昼食の買い出しよ」

 

 なんて言っているのだが、晃はここで一つ疑問に思った。

 

「いや、売店はまったくの逆方向なんだが」

「えっ……?」

 

 知らなかったのか、それとも間違えたのか驚きで顔を氷つかせた。

 思わずやれやれなんて表情をしてしまったが、すぐに感づかれる。

 

「な、何よ。知っていたわよっ! ちょっと、散歩をしながら行くつもりだったから!」

「痛っ、だったら脛を蹴るなよ。痛っ!」

 

 照れ隠しなのか、何度も軽く脛を蹴ってくるのが地味に痛い。

 

「それで、あんたは何をやってんのよ。何か思いついたの?」

「いや、まったくだ。だからオレも散歩している」

「ふーん、確かにあんたが強くなる方法なんて考えつかないわね。あんたがどんな手でこようとも捻り潰す自信があるわ」

「あのな……」

 

 自分の強さか、彼の弱さのどっちから来る自信なのだろうか。

 気分が少しだけ、げんなりとしてしまったものの、涼香は言葉を紡ぐ。

 

「けど、あんたはいつでもそうよね」

「何がだ?」

「どんなに倒してもへこたれない。負けても何度でも立ち上がる、口では簡単そうだけど実際には難しいものよ」

 

 正直な話、部活で晃が涼香に勝ったことは一度も無い。

 晃は弱いと認識はしているものの、諦めずに何度でも挑んでくる。

 しかし、実際に何が言いたのかわからずに晃は聞く。

 

「つまり何が言いたいんだ?」

「っ、わかりなさいよっ!」

「うっ!?」

 

 照れ隠し気味にボディーブローが腹部に綺麗に入った。

 腹を押さえて蹲る晃などそっちのけで、指を指して語る。

 

「あんたは弱いけど、認めてるってことよ。私はもう行くわっ!」

 

 晃を置いて涼香は歩き出した。

 今度はちゃんと、売店がある方向へと向かっていく。

 取り残された晃は、痛みが引いた頃に立ち上がり散歩を続けようとすると、

ひょこひょこと小走りで今度は有栖が数本のペットボトルを抱えていたのだ。

 

「あ、橘くん」

「ああ、風戸。いったい何を……って、見りゃわかるか」

「うん、みんなの飲み物を買ってきたから」

 

数えてみればペットボトルの本数は人数と同じ9本。

お茶やらジュースなど様々な種類があった。

 

「そうか悪いな」

「ううん、わたしはこんなことでしか役に立てないからこれくらいはしなくちゃ」

 

 なんて健気なことを言ってくれて嬉しさが込み上げてくる感覚を感じる。

 それと同時に今、まったく何の成果も出せず申し訳ないという気持ちも込み上げてくる。

 

「でも、オレは……今も変わらず弱いままだ」

 

 バツが悪そうに俯いて呟いてしまう。

 彼の言葉に対し有栖は黙ったまま晃の目を覗きこまれていた。

 

「橘くん、前に言っていたよね?」

「え?」

「最初は誰だって弱いと思う。肝心なのは強くなる気があるかって」

 

 かつて有栖と最初に会った時に晃が言った言葉だ。

 まるで前に言われた言葉をそっくり返すように有栖は語る。

 

「ずっと強くなりたいって思う橘くんなら大丈夫。きっと」

 

 本心からそう思うようにまっすぐと晃を見据えての言葉。

 彼女はペットボトルの一本を晃へと渡すと、ほんの数歩離れる。

 

「先に戻ってるね」

 

 小走りで別荘へと向かう小さい彼女の背が、さらに小さくなっていくのを見届けた晃はさらに奥へと進む。木々に囲まれた道を通ると昨日、熊……の着ぐるみを着た茜と決闘をした場所へと到着する。そこには、ただ一人、創がいつもの雰囲気に似合わずに空を見上げて静かに立ちつくしていたのだ。

 

「部長?」

「ああ、晃か」

 

 晃の存在に気付いた創は、少し寂しげな表情をして語る。

 

「悪いな」

「え……?」

「お前を無理矢理、遊戯王に引きいれたことだ。才能が無いとか言われてるが、それ以前に無理矢理だったもんな。もしかしたら、お前は俺の事を恨んでいる……なんて、思う時があるんだ」

 

 あまりに彼らしくない台詞。

 そんな彼に対し晃は、叫ぶように否定した。

 

「そんなわけないじゃないスかっ! これはオレの意思で、やってるんスよ。例え、リョウ兄に負けたとしても、オレは──」

「一つ、昔話をしようか」

 

 最悪の仮定を言おうとした晃に対して口を挟むように創は語る。

 表情に影をつくり、何か辛い過去を思い出すかのように。

 

「俺はな、知っての通り遊戯王が好きだ。子供の頃は勝っても負けても楽しくてしょうがなかった。だが、決闘を繰り返すたびに俺は強くなっていき……気が付けば、近所の誰よりも強くなっていたんだ」

 

 合宿で二階堂が来る前に話していたことと、まったくの同じだ。

 晃と違いひたすら才能に恵まれたからでこそ、彼は決闘をする度に強くなっていく。そうして行くウチに今の彼になったんだと。

 

「その頃にな、転校生が来たんだ。そいつも遊戯王をやっていたおかげですぐに仲良くなった。少し、晃に似ていてな、例え負けたとしてもめげずに何度でも挑んできたんだ。けど、そう長くは続かない。俺が負けること無く戦った数もわからなくなった頃だ」

「……どうなったんスか?」

「あいつは遊戯王を、やめた」

 

 予想外。いや、逆に予想できる事だろう。

 勝つことができずに敗北だけを繰り返す遊戯(ゲーム)に面白味を感じる人間がいるだろうか。普通は、いないだろう。

 

「『お前に勝てるはず無い。こんな、つまらないものはやめてやる』って言ってな」

「部長……」

 

 なんとなくではあるが、晃はその少年と自分を重ねて見られているような気がした。

 同じく敗北を繰り返す人間。そんな共通点を持つ人として。

 

「それで、俺は一度、遊戯王をやめようとしたんだ」

「部長が、遊戯王を?」

「ああ、けど無理だった。デッキを捨てようとしたが、捨てることもできず、俺から遊戯王を取ったら何も残らない気がしたんだ……だから、せめて俺だけじゃない相手も、みんなが楽しめる決闘をしようって、決めたんだ」

 

 遠い昔の決意を語るように創は真剣に語る。

 こうして少しだけ表情を和らいで続けた。

 

「だからな、遊戯王部()は勝敗も、強くても弱くても関係無い。みんなが馬鹿をやって笑いあえるような場所でいて欲しいって思ったんだ」

 

 今まで創は遊戯王部で意味も無く、ただの思いつきで馬鹿な事をやってきたと思ってきた。けれど、それらはまったく意味が無いことはなかった。みんなが楽しめるように、笑いあえるようにと考えてのこと。

 

「だが、そのせいでお前を悩ませることにしちまった……本当に悪い」

 

 深く頭を下げる。

 そんな彼に対して晃は

 

「部長、オレは全然気にして無いッスよ。オレだって今の遊戯王部が好きです。というよりも、今の部長の性格(キャラ)、全然似合ってなくて違和感しかないんスけど」

「そうか? まあ、うじうじ悩むのはやめだ」

 

 すーっ、創はと大きな息を吸う。

 腹に息を溜めたのち、空へと向かって大きく叫び声を上げた。

 

「おぉし! 明日の勝負、絶対に勝つぞ晃ぁあああああ!!」

「ちょ、いきなりっ!? 変わり身早いッスよね!?」

 

 いきなり元のテンションに戻されるから困惑するというか、前までの落ち込んだテンションが嘘みたいだ。まるで騙されて、詐欺にでも会った気分になった。

 

「ん……騙される。詐欺?」

 

 ここで、晃は一つ頭の中で何かが引っかかるような感覚を覚え、二階堂が言っていた言葉がフラッシュバックとして脳裏を過ぎる。

 

『貴様の才能の無さは非常識だ。そんな貴様が常識的に考えて辿りつけるわけも無い』

 

 遊戯王における常識的とは、実際のカードから考えることだ。

 なら、非常識な事とは……答えは簡単だ。遊戯王以外の事から持ってくればいいだけのこと。

 

「……見つけた」

 

 小さく創でさえ聞こえないぐらいの声で呟いた。

 ここで晃は、カチリッと脳内の歯車がかみ合うような音が聞こえた。

 

「ありがとう、部長! 恩にきます!」

「ん、おい! 晃!?」

 

 晃は考えるよりも先に走り出した。

 向かう先は当然、別荘だ。

 

 散歩で歩いていた道を引き返し、すぐさま別荘へと戻った晃は、朝から強制的に生徒会の仕事をさせられていた一室の扉をノックも無しに開いたのだ。そこには、たった一人、おそらく才能という面でもっとも晃に近い人物であろう二階堂学人が椅子に座りながら書類を処理している最中だった。

 突如、扉を開けても驚く様子も無しに視線を晃へと移す二階堂。

彼に対して晃はたった一言だけ告げる。

 

「生徒会長、オレと決闘してください!」

 

 

 



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034.これがオレの決闘なんだ

 晃が何かを掴んで二階堂へと勝負を挑む。

 場所は、生徒会グループが借りた一室で決闘盤を使用するわけでも無く、テーブルを使っての卓上で行っていた。激しい攻防もさながら決闘は終盤へと差し掛かっていたのだ。

 

「オレは、これでターンエンド!」

「ふんっ、貴様もやるようになったではないか。だが、小細工もここまで行くぞ! 僕のターン《大嵐》《サイバネティック・フュージョン・サポート》そして、運良くこのターンで引いた(・・・・・・・・・・・・)《パワー・ボンド》を発動して《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合召喚する!」

 

 二階堂は、このターンで手札に加えたカードも含めて4枚中3枚を噛み合わせ最強のモンスターを召喚する。《パワー・ボンド》の効果によって強化された《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力は初期ライフと同数値の8000だ。

 

「っ、攻撃力8000!?」

「攻撃だ。貴様の《武神帝─スサノヲ》へ攻撃する!」

 

 圧倒的な攻撃力の差。

 しかし、二階堂はさらに最後の手札を継ぎ足した。

 

「灰燼と化すがいい。ダメージステップに《リミッター解除》を使用しサイバー・エンドの攻撃力をさらに2倍へと上げる!」

 

 攻撃力16000。

 《オベリスクの巨神兵》4体分の攻撃力は、《武神帝─スサノヲ》と手札にある《武神器─ハバキリ》を使ってもダメージを防ぐ壁にすらならないほどに、桁が違うのだ。

 

「っ……」

 

 たった一撃の攻撃で、8000と無傷であった晃のライフが0となってしまう。

 新たな戦略、戦術を思いつき駆使したが、それでも勝つことが出来なかった。

 

 駄目なのか。

 そんな気分で諦めそうになってしまう晃に対して彼は告げた。

 

「及第点だ」

「え?」

「無傷のまま、僕のライフを400まで削ったのだ。誇ればいい」

 

 そう言いながらライフ表示のために使用した計算機を見せる。

《サイバネティック・フュージョン・サポート》のライフコストで200と表示されていたものの晃は確実に二階堂のライフをそれほどまでに追い詰めたのだ。

 

「貴様に足りないのは、二つだ。まずは、そのデッキ。貴様の戦術とソレは完全に馴染んでいない。貴様の戦術を100%活かせるデッキに改良してみせろ」

 

 晃が行う戦術は、今まで扱ってきた【武神】の動きとは違うのだ。

 今のデッキでプレイしたところで力を全て発揮させることは不可能だ。

 

「それと、もう一つだが……貴様の決闘(デュエル)には観察力が必要不可欠だ。もっと相手を見ろ、不自然な仕草(・・・・・・)があれば見逃すな。絶対にな」

 

 何か含みのある言い方をしながら二階堂は注意を促す。

 

「用が済んだなら出て行け。迅速にな」

「ちょ、扱いが酷過ぎないッスか!?」

 

 目障りだから消えろ、なんて視線で語りながら晃を邪険に扱う。

 いったい何が彼の気を悪くしたのだろう、なんて考えてもわかるはずも無く晃は追い出されるかのように部屋を後にした。

 

「……フン」

 

 二階堂は自分のデッキトップのカードを捲る。

 緑色の枠の魔法カード《機械複製術》だったことが、彼の表情をさらに険しくさせた。

 

本来(・・)のドロー、はこいつか。手札が噛み合わず敗北していたのは僕だった、というわけか」

 

 もし、ここで晃が二階堂に勝っていたらどうなっていただろう?

 

 ろくな勝利を経験していない彼が、この場で勝利を経験してしまえば歓喜と共に酔いしれてしまう可能性もあるだろう。だが、それだけはさせてはいけないのだ。

 

 二階堂学人はあくまでも凡人の延長でしかない。

 約束の相手である烏丸亮二よりも格下だという自覚があるのだ。

 新たな戦術を身に付け、少しはマシになったとはいえ彼はまだまだなのだ。さらに上を目指して貰わなければ、勝てない試合がさらに勝率が下がる一方なのだ。

 

「世話が焼けるな」

 

 小さく呟くと、二階堂は左腕につけていた慣れないリストバンドを外した。

 不機嫌そうに宙へと投げ上げるのだった。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 たった7日間。

 短いようで長い時間だった。

 

 合宿を終え帰宅。

 翌日には月曜日として普通に授業を受けるが、今日この日だけは授業がまったく身に入らず先生に隠れては授業中に机の下でカードをいじってばかりだった。おかげで今日の授業の内容どころか、何の教科だったのかさえ覚えていない。

 

 そうして、放課後。

 今日に限って部活はしない。

 

 遊凪高校の校門前に創、茜、涼香、有栖と晃が集合して約束の場所へと向かうのだ。

 緊張からか創も無駄にふざけた話もせず、全員が全員会話が少ない。何せ晃がこれから遊戯王を続けるかが懸っているのだから。

 

 約束の場所であるカードショップ『遊々』へと辿りつく。

 客は、放課後であるために学校帰りなのか制服を着た学生がちらほらと目に付く。

 カードを買う者、干渉している者、店の外でトレードの交渉をしている者など様々で放課後ということもあり気が緩んでいるような人ばかりだ。

 

 そんな中で一人だけ。

 店内のテーブルでのデュエルスペースで重い空気を漂わせている人物がいた。

 相手である烏丸亮二だ。まるでウォーミングアップでもしているように他の学生と対戦している真っ最中であったが烏丸は余裕なのか表情を変えずにいる。対して対戦相手は追いつめられているかのように険しい表情だ。

 勝負もそれから彼の表情を変えることなく、圧勝で終わった。

 

「やあ、これは勢ぞろいで……って、ところかな?」

 

 晃たちに気付いた烏丸は、まるで友達を迎え入れるような口調で挨拶を交わす。

 しかし、表情はまったくの別だ。最初に創に会ったような人の良い爽やかな笑顔を浮かべるわけでも無く、顔を強張らせこれから死合いに挑むかのような歴戦の戦士の顔だ。

 

「リョウ兄……」

 

 晃が一歩、前へと出る。

 今日の主役(メイン)の二人が視線を合わせた。

 

「せっかくの決戦の舞台だ。こんな、場所で勝負をしても風情も何もないだろ? 場所は用意している。ついて来い」

 

 そう言いながら立ち上がり、決闘盤を使用できる有料スペースへと迎え入れた。

 もう既に支払いは済んでいるのかフィールドに晃と烏丸の二人は入り、決闘盤を腕へと装着するのだ。こうして烏丸は確認をする。

 

「約束は覚えているよな?」

「オレが負けたら遊戯王をやめる……そうだろ」

「ああ、お前には才能が無い。例え、今やめる意思が無いにせよお前はいずれ後悔することになるだろう。だから俺が──」

 

 ──お前を救ってやる。

 

 口にはせずに、視線だけで晃へと語る。

 それが伝わったのか、晃はほんの数秒間、息を止めて黙るものの、軽く深呼吸をして反論をするかのように語る。

 

「確かに、リョウ兄の言う通り、人には向き不向きがある。努力したって何でもできるわけじゃないことも知っている。けど、絶対に実らないとも限らない!」

 

 晃は腰のデッキホルダーからデッキを取り出して決闘盤へと装着する。

 決闘盤を構えて対戦相手を睨むかのように相手(烏丸)へと視線を向ける。

 

「……ほぅ」

 

ここで烏丸は、対峙しただけであるがほんの少しだけ晃を見直した。

 

 肝が据わっている。

 まるで殺気のような何としても勝つという決闘者としての気迫を感じる。

 

 たった7日間という少ない日数ではあるものの、始めて彼と決闘を行った時には何も感じなかった。《No.101S・H・ArkKnight》を出された時でも、動じることが無かったのは彼が空っぽの決闘をしていたからなのだ。

 

 だが、今は違う。

 ほんの少しだけ心の中で用心しながら、烏丸もデッキを決闘盤へと装着をする。

 

「いいだろう。お前を決闘者として認めて真っ向から叩き潰してやるよ」

「っ……!?」

 

 しかし、決闘者なのは相手も同じ。

 肌がピリピリと焼けつくような殺気にも似た気迫を烏丸から感じる。

 晃を敵として見なしたからでこそだ。

 

 カチッ、カチッ。

 二人が黙り、遊凪高校遊戯王部のメンバーや周囲の観客たちも黙りこむ。

 静寂の中、時計の音だけが大きく聞こえる中、一際大きな時計の針の音が聞こえた。

 

 カチリッ。

 それは、秒針より大きな針が動いた証。

 烏丸が指定した時刻、17:00へとなった瞬間に、静寂に包まれていた二人は動きだした。

 

決闘(デュエル)!』

 

 決闘盤の自動選考機能により先攻は前回と同じ晃に決まった。

 晃は右手にカード()、左手に決闘盤()を構えてプレイングを開始した。

 

「オレのターン」

 

 まずは、手札5枚の確認。

 『例え死んでも絶対に勝つ』そのような心構えをした晃が引いた初期の5枚の手札は心なしか今までよりも、良くなっているかのように思えた。武神、武神器、それをサポートするカードたち。

 彼の戦術を行うのにも、文句の無い手札だ。

 

「まず1枚目、《成金ゴブリン》を発動!」

 

 烏丸 LP8000→9000

 

 最初は、ドローソースと共にデッキ圧縮。

 相手に1000ポイントのライフを回復させてしまうが、それ以上のメリットがあるならば良しとするために採用した。

 

「あれ、橘くんのデッキに《成金ゴブリン》って入っていましたっけ?」

 

 なんて今まで対戦した中で、1度も見たことの無いカードの登場に驚きと共に確認をするかのように茜が皆に聞いた。どうやら皆も同じ意見だと言いたげな表情の中、一人の男が声を上げる。

 

「ふん、あいつは自分の決闘(デュエル)を始めたんだ。当然、デッキが変わるのも当然だろう?」

「生徒会長、来てたのか?」

「当然だ。遊戯王部(きさまら)を倒すのは生徒会(僕ら)だ。こんなところで一人減って、腑抜けられても困るからな」

 

 なんて言うが、決闘中にアドバイスも何も禁じられている。

 この場に二階堂が居ようと晃に何かしてやれるというわけでも無いのだ。

 彼は愛用している眼鏡をクイッと掛け直しながら晃を見て告げる。

 

「──だが、今からのあいつは見物だぞ」

 

 そう、語りながら晃はプレイを継続させて行く。

 

「オレは手札から《武神─ヤマト》を通常召喚」

 

《武神─ヤマト ☆4 ATK/1800》

 

  晃の【武神】デッキにとっては中核を担うモンスターだ。

  常にこのモンスターを出し、中心とした戦術を行ってきた。

だが、それでも勝てずにいたのだ。

 

「カードを1枚伏せ、エンドフェイズ」

 

まるで、今までプレイしていたのと同じように《武神─ヤマト》を場に出してサポートカードを伏せるという戦術。加えて、ここからヤマトの効果でお馴染みの如く《武神器─ハバキリ》を手札に加える、と全員が同じように予想する。

 

「《武神─ヤマト》の効果により、デッキから《武神器─ハバキリ》を手札に加える」

 

 当然、予想は当たる。

 後は手札を1枚捨て無くてはならないのだが、いつもなら墓地から耐性を付与できる《武神器─ヘツカ》《武神器─サグサ》あたりなのだろう。

 

 皆が予想するように晃の手札には《武神器─サグサ》がある。

 これを捨てることで《武神─ヤマト》は破壊耐性を得て攻撃力を倍化させる術を持つ盤石の布陣を築くことができるだろう。

 

 そっと、晃は手札の《武神器─サグサ》を手に取る。

 

(いやいや、違うだろ)

 

 しかし、晃は一度手に取った《武神器─サグサ》を外したのだ。

 ここで《武神器─サグサ》を墓地に落としたところで、いつもと同じ。除々に追い込まれて行き最終的にはなす術も無くなってしまうだろう。

 

 だからでこそ、晃はいつもとは違う道を選ぶのだ。

 

「今、手札に加えた《武神器─ハバキリ》を墓地へと送る!」

「えっ……!?」

 

 驚きは誰の声からだろうか。

 だが、今の彼のプレイで驚きを感じない人などいるのだろうか。手札から効果を発動できるカードを手札から加えてわざわざ墓地へと送るなんて、普通はありえないミスプレイなのだ。

 

「エンドフェイズも終わる。リョウ兄のターンだ」

「ああ……」

 

 烏丸は晃がわざと《武神器─ハバキリ》を捨てた理由を思考する。

 晃を見れば、落ち着いており彼がミスをしてしまったとは思えない。何らかの戦術、策略だと思うのが一般的だ。

 思い当たる限りのカードと【武神】というカテゴリから導き出した結果、彼はある一つの結論へと思い当たった。

 

(《剣現する武神》か?)

 

 晃の1枚の伏せカード。

 あれが、墓地の武神を手札に加えることのできる《剣現する武神》という可能性も少なくは無い。攻撃宣言をした瞬間にハバキリを手札に加えダメージ計算時での逆襲。

 成程、悪くは無い手だと感心した。

 

「だが通用しない! 俺は《ナイト・ショット》を発動する。伏せカードを割らせてもらう!」

 

 静かに1枚のカードを打ち抜く。

 伏せカードは、予想した通り《剣現する武神》だ。

 

「やはり、な。悪くは無い手だ……が、見え見えだな。《補給部隊》を発動して《黒い旋風》を発動! カモン、《BF─蒼炎のシュラ》《BF─黒槍のブラスト》《BF─疾風のゲイル》!」

 

《BF─蒼炎のシュラ  ☆4  ATK/1800》

《BF─黒槍のブラスト ☆4  ATK/1700》

《BF─疾風のゲイル  ☆3+ ATK/1300》

 

 前回とまったく同じ3体の召喚。

 それは、奢りでも無ければ油断でも無い。

 

 晃が本当に成長したのか、試すのと同時に今回も絶対に負ける事が無いという意思表示なのだ。前回と同じであれば、シュラに先陣を切らせ戦闘破壊によって《BF-大旆のヴァーユ》を呼び出して2体のシンクロモンスターへと姿を変えるだろう。

 

「ゲイルでヤマトのステータスを半減させ、バトルだ! シュラでヤマトを攻──」

 

 瞬間、3年間遊戯王を続けて来たからでこそ烏丸は正体不明の悪寒を感じた。

 この攻撃はマズイ。今すぐ中断しなければ、と。

 

「っ、げき!」

 

 だが、脳裏に感じたとしても口を止めることはできずに攻撃宣言を完了してしまう。

 主の命令に従い相手の《武神─ヤマト》を蹴散らしに《BF─蒼炎のシュラ》。だが、その先には獲物を狙うような目をした晃と《武神─ヤマト》待ち構えていたのだ。

 

「ちっ……」

 

烏丸 LP9000→7200

 

 戦闘破壊するつもりが、逆にカウンターとして《BF─蒼炎のシュラ》が戦闘破壊されたのだ。その超過分である1800のダメージを受けるが、それは些細な問題なのだ。それよりも問題なのは、今彼が行ったプレイングだ。

 

「……やってくれるよな。まさか、二枚目(・・・)があったなんて」

 

 今、シュラを戦闘破壊できたのは手札にあった2枚目の《武神器─ハバキリ》の効果だ。

 確かに晃はヤマトの効果で《武神器─ハバキリ》を捨て《剣現する武神》のカウンターも狙っていたが、相手は実力者である烏丸亮二だ。

 読まれる可能性も考慮して、ちゃっかりと二重の罠を用意していたのだ。

 

 普通にやっては駄目。常識的な方法で勝てない晃が導いた結論。

 相手の裏をかき意表を突く戦術が見事に決まった。

 

「ったく、見事に騙されたな」

「悪いなリョウ兄、これがオレの決闘(戦い方)なんだ」

 

 

 



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035.決闘場の詐欺師

「俺はメインフェイズ2に入る」

 

 まさか2枚目の《武神器─ハバキリ》を抱えていたという騙し討ちを受けながらも熟練の経験者である烏丸は、同様せずに《補給部隊》の効果でドローしながらプレイングを続行する。

 

「ゲイルとブラストで《BF─アーマード・ウィング》をシンクロ召喚。カードを1枚伏せてターンエンド」

 

《BF─アーマード・ウィング ☆7 ATK/2500》

 

「俺のターン、カードを1枚伏せ《カード・カーD》を召喚。効果により2枚ドローしエンドフェイズに移行。ヤマトの効果で最後のハバキリを手札に加えて捨てる」

 

 またしても《武神器─ハバキリ》を墓地へと送る。

 しかも、これで墓地に3枚全て出尽くしたのだ。

 

(いったい、何を考えている?)

 

 平静を尽くしながら烏丸は晃の思惑を予想する。

 今度は手札に《オネスト》があるのか、はたまた2枚目の《剣現する武神》か。

 

「だったら、種を割らせてもらおうか。ボチヤミサンタイ、俺は《ダーク・アームド・ドラゴン》を特殊召喚だ」

 

《ダーク・アームド・ドラゴン ☆8 ATK/2800》

 

「だったら召喚時に《エフェクト・ヴェーラー》で無効にする」

「無駄だ。《スキル・プリズナー》を発動する。そのままシュラを除外し伏せカードを破壊だ」

 

 前回と違わぬやり取りだ。

 ダムドを止めることは叶わずこのまま蹂躙する。

 

 なんて、烏丸を含む観客たちが思った瞬間に、黒い装甲の龍は茶色い竜巻によってズタズタに引き裂かれるのだった。

 

「何っ──!?」

「リョウ兄が破壊したのは《荒野の大竜巻》。破壊されたことによって《ダーク・アームド・ドラゴン》を破壊する」

「…………」

 

 烏丸は息を飲み得体の知れない感覚を覚えた。

 《ダーク・アームド・ドラゴン》が破壊されたことよりも、その前に《エフェクト・ヴェーラー》を発動した理由が不明だ。《荒野の大竜巻》を伏せていたのなら、そのまま好きに破壊させればいいだろう。なのに発動したのは、何のためだろうか?

 

 《スキル・プリズナー》を無駄に使わせる?

 前回使ったとはいえ、必ずソレとは限らなず合理的では無いだろう。

 

 単純にダムドを無効化させたかった?

 なら、その理由は?

 

 訳が分からない。

 まるで暗闇の中に手を伸ばす感覚だ。

 

「リョウ兄? まだターンの終了宣言を聞いてないけど?」

「っ、すまない。ダムドが破壊されたことで《補給部隊》でドローし、アーマード・ウィングでヤマトへ攻撃!」

 

 ハッ、と我に返り攻撃宣言を行う。

 アーマード・ウィングならば《武神器─ハバキリ》だろうが《オネスト》だろうがあらゆるコンバットトリックを受け付けることは無い。晃は何もカードを使用する素振りを見せずに攻撃を通した。

 

晃 LP8000→7200

 

「ヤマトが破壊されたことで手札から《武神器─イオツミ》の効果を発動してデッキから《武神器─ムラクモ》を特殊召喚」

 

《武神器─ムラクモ ☆4 DEF/600》

 

 ヤマトが破壊されても後続を残す。

 武神の獣戦士族モンスターでは無いのは、おそらくエクシーズ召喚のためだろうか。

 

「……ターンエンドだ」

 

 晃の不可解なプレイの連続に困惑を感じる烏丸。

 素人の単純なプレイミスなら話が早いが、晃からは何かを企んでいるような様子が伺える。最初に見せた二重の罠のように、幾重にも罠が張られているかのような。

 

「よし、カードを1枚伏せ《武神器─サグサ》を召喚し。2体で《武神帝─ツクヨミ》をエクシーズ召喚。素材のムラクモを取り除き手札を捨て2枚ドロー」

 

《武神帝─ツクヨミ ★4 ATK/1800》

 

 手札を全て捨てることで2枚のドローができる《武神帝─ツクヨミ》。

 晃は捨てる手札を最小限に調整して尚、ちゃっかりと捨てた1枚は墓地から発動できる《ブレイクスルー・スキル》だ。

 

「墓地のムラクモの効果でアーマード・ウィングを破壊する」

「ちっ……無駄だ墓地の《スキル・プリズナー》を除外で無効にする」

「だったら、もう1枚伏せてターン終了」

 

 晃の場には2枚の伏せカードと2枚の手札。

 普通ならなんてこと無い状況なのだろう。

 

「俺のターンだ」

 

 しかし、プレイングミスを装った不可解なプレイが恐怖心を煽る。

 彼の手の中には何らかの罠が待ち構えているかもしれない。見えない手札と伏せカードに少々、たじろぐ烏丸だが冷静に分析する。

 

今まで罠にかかったのは、深読みし過ぎたからだ。

相手の戦術の意図を読もうとすれば、するほどドツボに嵌まる。

 

おそらく、あの手札や伏せカードもこちらが何か対処しようとした時にこそ嵌めるための罠なのだろう。ならば話は簡単だ。力押しで事済む話。

 

「2枚目のシュラを召喚。旋風で2枚目のブラストを加えバトルフェイズに入る。アーマード・ウィングで攻撃!」

 

 アーマード・ウィングにコンバットトリックは通用しない。

 今までのプレイングで単純な攻撃誘発もしてこないだろうと呼んだ。

 

 しかし、それは間違いだ。

 

一般的な戦術を表、晃の戦術を裏と例えるなら

 

表が有るからでこそ裏が活きる。

そして、裏が有るからでこそ表もまた活きるのだ。

 

「罠カード発動、《聖なるバリア─ミラーフォース─》!」

「なんっ、だと!?」

 

 アーマード・ウィングの攻撃がバリアに当たり乱反射する。

 2体の黒翼は無残にも消滅した。

 

 本来なら真っ先に予想しなければいけない単純な罠。

 烏丸は理解していなかった裏の裏は表だということを。

 

「くっ……《補給部隊》の効果でドロー。カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 プレイは続行するものの、表情には焦りのような苦い感情を浮かべている。

 動揺を隠しきれずに晃の術中に嵌まっているのだ。

 

 

 

「……すごい。すごいですよ、橘くんっ! このままなら行けますっ!」

 

 観客側から見ていた茜は興奮気味で喜んでいた。

 格上の相手でありながらも、戦略が見事に通用して彼のペースなのだ。このまま行けば勝てるかもしれないという事実に喜びを隠せない茜と同じように涼香も口元が緩み、有栖もホッとしている。

 

「いや、それはどうだろうな?」

 

 だが、創はそれを否定した。

 まだ勝負はわからないと言わんばかりな表情で状況を見守っている。

 二階堂も同じ意見なのか口を挟んだ。

 

「並みの相手ならこのまま押し切れるだろう。だが、奴は遊戯王部で主将を務めるほどの実力者だ。このまま終わるとは思えん」

 

 こういうやり取りをしている間にも、決闘は続いて行く。

 

 

 

「俺は墓地のヤマトを除外し《武神─ヒルメ》を特殊召喚。ツクヨミの効果で1枚だけの手札を捨てて2枚ドロー。そして《武神─ミカヅチ》を召喚しヒルメと共に《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚」

 

《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》

 

 ここで晃のデッキのエースモンスターが出現する。

 完全な反撃の好機に、2体のエクシーズモンスターが並ぶ。

 

「バトル。ツクヨミで攻撃!」

 

 烏丸 LP7200→5400

 

 烏丸は立ち尽くしながら黙って攻撃を受け入れた。

 弟分だと、守られる側の人間だと思っていた晃から無様にも罠に掛かり、今もこうして直接攻撃さえ受けたのだ。

 

──自分はいったい何をしているのか?

 ──守ると思っていた自分はいったい何なのか?

 

 そのような感情が渦巻き困惑をしている。

 

「続いてスサノヲで──」

 

 続けての攻撃を行おうと宣言しようとする。

 

 ──パシンッ

 

乾いた音が決闘場に響き渡った。

 

 気が付けば烏丸は両手で自分の頬を叩いていたのだ。

 赤く腫れ痛々しく見えてしまうが、当の本人は気にする様子も無い。

 むしろ、目が覚めたと言わんばかりに瞳には決意が宿った。

 

「俺はどうやら、思い違いをしていたみだいだな」

「……え?」

「お前はお前なりの強さがある。もう約束なんてどうでもいい……俺は一人の決闘者として、橘晃! お前を倒す!」

 

 今の彼は、目の前の相手を助けるとか救うとか、余計なことを考えるのをやめた。

 純粋に屈服させる敵と見なし、己の力を全て尽くして粉砕するために。

 

「だったらオレだって! スサノヲで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「罠カード《針虫の巣窟》!」

 

 スサノヲを除去するわけでも無く、攻撃を止めるわけでも無い。

 このカードの効果は、ただ純粋にデッキトップ5枚を墓地へと送るだけの効果だ。

 相手の攻撃に対して意味の成さないカードでありながら烏丸は絶対に望んだカードを落とせると自信に満ちた目でデッキトップ5枚を墓地へと送った。

 

「けど、攻撃は止まらない!」

 

 烏丸 LP5400→3000

 

 スサノヲが振り下ろす剣が烏丸を掠めた。

 ライフが大きく削られる最中、烏丸は不敵な笑みを浮かべながら墓地から1枚のカードを抜き出して発動させるのだ。

 

「直接攻撃で2000以上のダメージを受けたことで《BF-天狗風のヒレン》《BF-白夜のグラディウス》を墓地から特殊召喚する」

「なっ!?」

 

《BF-天狗風のヒレン   ☆5+ DEF/2300》

《BF-白夜のグラディウス ☆3  DEF/1500》

 

晃で無く観客たちも目を見開いて驚きを隠せなかった。

5枚も墓地を肥やせるとはいえど、カードを指定しない分、運に頼る要素も大きい《針虫の巣窟》を攻撃のタイミングで発動させ見事に今、特殊召喚した2体を落としたのだ。デッキを信じ、自分を信じた末の結果。

 これが晃には持ち得ない才能だ。

 

「……メイン2にスサノヲのエクシーズ素材を取り除いて《武神器─ハチ》を手札に加えターンエンド」

「俺のターンだ。もうお前の手には乗らない! 罠だろうが、何だろうが真っ向から打ち破るまでだ! ヒレンとグラディウスをシンクロの素材として──」

 

 当然の如く2体のモンスターをシンクロのために扱う。

 8レベルといえば強力なモンスターが多々、ある中で烏丸は1体のモンスターを呼び込んだ。

 

「これが俺の覚悟の現れだ! 《魔王龍ベエルゼ》!」

 

《魔王龍ベエルゼ ☆8 ATK/3000》

 

 3つの頭を持ち禍々しくも巨大な龍の姿。

 魔王と呼ばれる名前に相応しい効果を持つモンスター。

 

「このカードはあらゆる破壊を受け付けない。お前の戦術を真っ向から粉砕できるカードだ」

 

 今まではハバキリによるコンバットトリックやミラーフォースのカード効果による破壊で対処してきたが、今回に限ってそれらが通用しないモンスターだ。《強制脱出装置》などでなら対処できるものの、生憎と今の手元には無い。

 

「ブラストを通常召喚し、旋風により2枚目のゲイルをサーチ。特殊召喚することで《ブラック・リターン》を発動! スサノヲをバウンスし、攻撃力分回復する」

「っ……!?」

 

 烏丸 LP3000→5400

 

 追い打ちと言わんばかりにモンスターの展開とエースモンスターのバウンス。

せっかく削ったライフも回復までされたのだ。

 

「ゲイルでツクヨミのステータスを半減させ、場のブラストとゲイル、墓地のヴァーユとアーマード・ウィングで《BF─アーマード・ウィング》と《BF─孤高のシルバー・ウィンド》を場に出す!」

 

 武神帝ツクヨミ

 ATK/1800→900

 

 《BF-大旆のヴァーユ》なんて、いつ墓地に送ったのだろうと考えるがおそらくは《針虫の巣窟》の時に落ちたのだろう。場に立ち並ぶ3体の上級シンクロモンスター。策を巡らせて立ち向かう晃とは、真逆だ。

 

 烏丸亮二は、ただ純粋に強い。

 

「バトルフェイズだ。アーマード・ウィング、シルバー・ウィンド、ベエルゼの順で攻撃!」

「くっ……墓地の《武神器─サグサ》の効果でツクヨミの破壊を1度だけ無効にする」

 

 晃 LP7200→5600→3400→400

 

 たった1ターン。

 それだけで、初期に近いライフが一気に削られたのだ。

 限りない破壊力の前に、ギリギリで踏みとどまることが出来たが5000のライフ差に加えて相手には3体のシンクロモンスターが立ち並ぶのだ。

 

 状況は最悪と言ってもいい。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド。さあ、お前は俺の本気を乗り越えられるか?」

「っ……俺のターン」

 

 今の晃の手札は3枚。

 しかし、それらはまるでバラバラの歯車のように噛み合わない。

 

 この状況を打開するには、1枚だけ晃のデッキに眠っているのだ。

 祈るように、けれど運命を切り開くかのように晃はデッキからカードを引き抜いた。

 

「ドローッ! っし、《武神降臨》を発動。墓地から《武神─ミカヅチ》、除外から《武神─ヤマト》を特殊召喚し、もう1度《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚だ!」

 

 絶望的な窮地の中、晃はもう1度、自分のエースモンスターを場へと駆り立てた。

 攻撃力は相手のシンクロモンスター1体にも及ばない。破壊耐性も持ち、このカードだけでは状況が打破するのは不可能な状況でも尚、晃は戦術を立てる。

 

「スサノヲの効果で《武神器─ヘツカ》を手札に加え、墓地の《ブレイクスルー・スキル》を発動し《BF─アーマード・ウィング》の効果を無効にする」

「何?」

 

 晃のプレイングを見て烏丸は違和感を感じた。

 ここから逆転なんて不可能に近いと言うのに、まるで勝負に出るかのような下準備だ。

 

 烏丸の勘ではあるものの、この晃のターン。

 これを凌げさえすれば勝利は確定すると感じた。

 

「バトル! 《武神帝─スサノヲ》で《魔王龍ベエルゼ》へと攻撃する!」

 

 烏丸は思考する。

 攻撃力が低いモンスターが上のモンスターへ攻撃をするときに自爆特攻を除けば、必ずステータスを変動させるカードを発動させるのが定石だ。いくら予想外の罠を張り巡らす晃といえど、この場ではソレしか手は無い。

 

 だが、並大抵のカードでは戦闘破壊できない《魔王龍ベエルゼ》に攻撃する意味が無い。

 つまりは並みでは無い強力なカードが握られていることになる。

 

「……そうか」

 

 烏丸は一つのカードに思い当たった。

 いや、ソレしか思い浮かばない。

 

 《オネスト》

 

 戦闘モンスターの攻撃力を上乗せするあのカードと《武神帝─スサノヲ》の全体攻撃効果を組み合わせれば確実に、全てのモンスターの攻撃力を圧倒的なまでに上回り烏丸の残りライフも全て削れるというゲームエンド級の必殺技だ。

 

 止めなければ敗北は確実。

 故に、何としてもこれだけは止めなくてはならない。

 

「やらせんぞ晃ぁっ!! 《マインド・クラッシュ》を発動。選択するのは、《オネスト》だ!」

 

 本来、《マインド・クラッシュ》は相手がサーチしたカードに対して使うのが定石だ。

 外れれば手札を捨てるデメリットがあるからだ。

 

 だが、晃の割れている手札は《武神器─ハチ》《武神器─ヘツカ》ともに墓地にあることで効果を発揮するカードだ。墓地へ送る意味が無い。

 

 そもそも、この布陣の前で《オネスト》さえ止めれば勝てる自信があるのだ。無かったらなかったで負けるハズも無い。これは賭けでも何でもない。勝利を確実にするための一手なのだから。

 

「さあ、手札に《オネスト》はあるか?」

 

 烏丸の問い。

 晃はたった一言だけ答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、決闘場は静まり返ったのだ。

 誰もが絶句し、この場の対戦相手である烏丸に観客たち。

 味方であるはずの創、茜、涼香、有栖、二階堂さえもが晃が敗北すると理解してしまったのだ。もう、この場ではどうしようも無いのだから。

 

 

 

 ──変わりたかった。

 

 

 

 最初は、ただ流されるように遊戯王を始めただけ。

 それでも、勝てそうになればドキドキして負けてしまえば悔しかった。

 

 だから、次こそ勝とうと心に思い諦めることなく続けた。

 

 しかし、その結果はどうだろうか?

 

 涼香が遊戯王部に殴りこみに来た時には、彼女の実力を知り臆病にも戦えなかった。

 生徒会との勝負には、あまりにも無様な1ターンキルで敗北した。

 有栖のためのタッグデュエルでは、二階堂の圧倒的な攻撃の前に心が折れそうになった。

 

『オレは……無力だ』

 

 平気に見えるように振る舞っていたが、内心では平気では無い。

 無力な自分は嫌だ。役に立てない自分は嫌だ。

 だから変わりたいと願った。

 

 

 

 ──けれど、それは間違いだったんだ。

 

 

 

 願うだけでは駄目。

 変わりたいのなら、自分から変わらなくてはならない。

 

 

 

 ──だったら、どうやって変わる?

 

 

 

 答えは簡単だ。

 まずは最初の一歩として、この決闘に勝つんだ。

 

 

 

 

「オレは伏せカード──」

 

 静寂の中、晃はこの場に残された1枚の伏せカードへと手を伸ばす。

 これは彼が変わりたいと願ったのと似ており手札を変えてくれるカードだ。

 

「《光の召集》を発動!」

「何っ!? 《光の召集》で手札を変えたところで《オネスト》は加えられな……いや、待てよ?」

 

 これは序盤からの仕込み。

 晃が最初のターンから仕込んでいた最後の切り札だ。

 

「オレは《オネスト》を含む3枚の手札全てを墓地へと送り──3枚の《武神器─ハバキリ》を手札へと加える!」

 

 再び、周囲からは声が失われるが無理も無い。

 なにせ絶望という状況から希望が現れたのだから。

 

「馬鹿なっ!?」

「一打目、ハバキリの効果を使用し《魔王龍ベエルゼ》への攻撃を続行!」

「ぐっ……」

 

 烏丸 LP5400→3600

 

 天羽々斬へと成ったハバキリを片手に持ち《魔王龍ベエルゼ》を切り裂く。

 魔王の名を持った龍は呻き声を上げるものの、烏丸が覚悟の現れと言ったかのように倒れることは無く攻撃力を上昇させたが、もう意味は無い。

 

「二打目、再びハバキリの効果を使い《BF─アーマード・ウィング》へと攻撃!」

 

 烏丸 LP3600→1300

 

 本来なら戦闘で無敵のはずのアーマード・ウィング。

 今は《ブレイクスルー・スキル》で無力化されたことにより見事にスサノヲとハバキリの攻撃により破壊された。《補給部隊》の効果でドローするものの、それも相手のターンでは使うことができないカードだった。

 

三打目(ラスト)、最後のハバキリを使い《BF─孤高のシルバー・ウィンド》へと攻撃!」

「……晃」

 

 最後の攻撃宣言を行うと同時に烏丸が名前を呼ぶ。

 その表情は決闘者としてでは無く、とても清々しそうだ。

 

「何、リョウ兄」

「強く、なったな」

 

 烏丸 LP1300→0

 

 烏丸が晃を認めたのと同時に決着のブザーが鳴り響く。

 歓声が沸き上がり、この場で橘晃という人間は誰の力でも無く、運なんかでも無い。己の実力だけでの勝利を始めて手に入れたのだ。

 

 

 

 その日を境に一つの噂が流れた。

 遊凪高校の遊戯王部には相手を惑わし変幻自在なプレイングを行う決闘者『決闘場の詐欺師(トリックスター)』がいるということに。

 

 

 



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第5章 大会開幕
036.頼れるパートナー


 遊戯王部活動記 団体戦規定

 登録人数 最低5名 最大8名
※指定日までに登録を済ませること。当日に都合などにより参加人数に達していなくても参加は問題なく行える。

 団体戦はTD(タッグデュエル)SD(シングルデュエル)2、SD(シングルデュエル)1の順で行われ先に2勝した方の勝利。
 1勝1敗1引き分けなら補欠の選手でのシングルデュエルの勝負となる。 
※オーダーは試合ごとに登録メンバーで変更可能。
 デッキの変更も自由。



 烏丸亮二の一件から数週間が経った。

 晃の勝率が格段に上がり戦力として数えることができるようになっては、一層に部活の練習が大会向けへと成って行った。実戦練習にプレイングの勉強、あらゆる相手を想定してのシュミレーションなど。

 

 その間にあった出来事で、一学期の期末テストもなんとか回避。

 学年トップクラスの成績を持つ涼香。茜と有栖も問題無く平均より上の学力だ。

 晃は、なんとか三人がかりで教えて赤点をギリギリにして逃れることに成功した。

 一番の問題であり学年が違う創に関しては、遊戯王部内で手の打ちどころも無いが『赤点を取られて腑抜けられても困る』と言いながら生徒会長であり3学年の二階堂が創を生徒会室で缶詰の刑に処したおかげでギリギリで赤点回避できた。

 当の本人はげっそりとして数日間、真っ白に燃え尽きていた。

 

 

 

 そうして大会当日。

 夏休みに入り始めた7月の下旬という頃に遊戯王部の大会が開催された。

 場所は、市の総合運動場全体を借りるという大掛かりな催し物となっていた。体育館だけでなく、野球場、サッカー場などの競技場に仕切りを用意して決闘スペースを確保したりと参加校が100に近いために当然といえば当然なのだろうか。

 

 遊凪高校のメンバーは現地集合ということで総合運動場の入り口の一つに集合をしていた。周りには同じ考えなのか他校の生徒もちらほらと見られる。服装に関しては学校の見わけが付ければ良いということで制服やらジャージなど様々だ。

 

 8時という決めていた集合時間になった頃だ。

 緊張ゆえか言葉が少ない中で涼香が疑問を口にした。

 

「それで部長(あの馬鹿)はいつ来るの?」

「あ、ええと、まだ、来ないですね」

 

 集合していたのは創を除く4人。

 前の合宿で遅刻して見せたように時間にルーズなのは知っていたが、さすがに大会にまで遅刻をするとは予想していたわけでも無く全員が様々な感情を露わとする。

 

苛立ちを見せる1名。

不安と焦りの表情を見せる2名。

やっぱりかと呆れる1名。

 

「で、電話してみましょう!」

 

 すぐさま茜はスマートフォンを取り出して創へと掛けた。

 耳元に近付けながら彼が出てくるのを待つのだが十数秒という間を空けたのち、諦めたかのように仕舞っては残念そうに告げる。

 

「……電池切れのようです」

「っ、あの馬鹿……」

 

 涼香はさらに怒りゲージを溜めて拳をわなわなと震わせていた。

 遅刻した挙句に連絡にさえ出ない。大会はどうするのだ、と随分お怒りのようだ。

 

「仕方ないですね、それなら──」

 

 茜が何か語ろうとした瞬間だった。

 突然、不穏な空気に包まれる感覚と周囲から息を飲む音が聞こえるのだ。

 得体の知れない緊張感の正体を探れば一つのバスが目に映る。

 

「見ろよ、第七決闘高の専用バスだぜ」

「ああ、去年の地区大会の優勝校で全国ベスト4の高校か」

「バスで会場まで来るのかよ」

「なんでも部員は100名を越えてるなんて聞くぜ」

「うわっ、多いよな。そのトップが試合に出るなんてそら強いわけだ」

 

 なんて、ひそひそと情報漏洩の如く噂が流れ込んでくる。

 確か生徒会長の話では去年の団体戦で遊凪高校と初戦であたり惨敗したという話をかつて聞いた覚えがある。

 

 バスの扉が開けば4人の男女が会場へと歩き出す。

 先頭を歩く眼鏡をかけた柔らかい表情の男性。

セミロングの赤褐色の髪にやや背の高いどことなく見覚えがあるような女性。

 一番背が高くガタイも良いが無表情の男性。

 地毛に見えない派手なピンク色のツインテールの少女。

 

「っ……」

 

 晃は思わず息を飲んだ。雰囲気、貫禄と言った類のものだろうか。

 対峙していないのにも関わらず一目みただけで、あの4人がかなりの実力者だとわかるのだ。ただ視界に映るだけでも息が詰まるような感覚に体が震える。

 数秒ののち、あの4人が行ってしまえば緊張が解ける。深呼吸をして乱れた呼吸を整えたあとにわかったのだが、晃だけでなく遊凪高校のメンバー全員が同じような緊張を感じていた。

 

「ふぅ、やっと行ったわね。さすが全国クラスと言ったところかしら……そう言えば日向さんは何て言おうとしたの?」

 

 空気が落ち着いてきた頃、涼香は第7決闘高校の面々が到着する前に茜が何か言いかけたことを思い出してきこうとする。だが、茜はそれに返答するどころか反応することも無くただ先ほどの4人が向かった先へと視線を向けるだけだ。

 

「……日向さん?」

 

 呼びかけるも反応が無く呆然としている。

 涼香は手のひらを彼女の顔へと近付けて軽く振ってみた。

 

「ひゃ、な、何ですかっ!?」

「それはこっちの台詞。どうしたのよ?」

 

 ハッ、と我に帰り大きなリアクションで驚く。

 視線を右往左往させながらあたふたと茜は答える。

 

「い、いえ、なんでもありませんから……それよりも部長が来ないと言うなら仕方ありません。私たちだけで出ましょう」

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 会場番号26番。

 場所が足りずに確保するためなのかテニスコートを決闘フィールドに変えたような場所が初戦の舞台だった。下にはテニスコートのラインがそのままでネットだけが取り除かれた場所で遊凪高校の遊戯王部が4人。対する相手校の色条高校は6人が対峙していた。

 

「それでは開始します。まずはTD(タッグデュエル)の選手は用意をお願いします」

 

 審判らしき人物の言葉に従い各校2名づつを残して他はコートの隅へと移動しようとする。移動しすれ違う間際に茜は今からデュエルを行う二人へと声をかける。

 

「それではお願いしますね。涼香ちゃん、有栖ちゃん」

「任せておきなさい」

「うん、頑張るから」

 

 創がいない今、残りのメンバーで初戦に挑むオーダーだがタッグデュエルにおいて茜の【アマリリスビートバーン】や有栖の【ガスタ】は正直な話、向いていない。デッキだけならば晃が一番向いているのであるが彼のプレイスタイルはあまりに異色だ。

 最初に決まった涼香は誰とパートナーを組むかで有栖を指名する形で落ち着いた。

 

 涼香と有栖は最初の挨拶として相手選手目前に歩み寄っていた。

 そこには不敵に笑う赤髪と青髪の男子生徒。

 

「まさか初戦でリベンジできる事になるとはね」

「待っていたぜ、この時をなぁ!」

 

 まるで知り合いであるかのように突っかかってきたのだ。

 いったい何のことやらと涼香と有栖は顔を見合わせて一言だけ

 

「誰だっけ?」

 

 二人の男子生徒は大きくよろけた。

 リベンジとか、なんとか燃えて意気込みも十分に見えるが知らない人は知らない人だ。

 

「くっ、まさか忘れられていたとは……俺だ。赤松だ!」

「そして僕は青柳だ!」

 

 涼香に対して指を指しながら堂々と名乗ってくる。

 頭に手を当てて記憶を巡らすような仕草をする涼香だが

 

「ごめん全然、わからない」

「っ……舐めた真似しやがって瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)。カードショップで俺たちとデュエルしただろっ!」

「そして、君のパートナーはあのさえない彼だった!」

 

 青柳は晃を指差してはパートナーだったと告げる。

 そもそも、涼香はタッグデュエル自体回数が少なく晃とパートナーだったことなんて滅多に無い。そこにカードショップという場所なら、なおさら

 

「あっ……」

 

 思い出した。

 まだ遊戯王部に入る前に思わず来ていたカードショップで突如、晃と組まされてタッグデュエルを行ったことを。この後に瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)という異名が発覚され晃を連れて逃げるように退散した時の相手だ。

 今、思えば涼香が遊戯王部に入ることになった最初の原因なのだ。

 

「思い出したようだな。あの時は、ほぼお前一人の力で敗北したようなもんだが今回はそうはいかない」

「僕たちは君に負けてから、さらに実力を磨いてきたんだ」

 

 まるで涼香だけに負けたような言い方。

 実質、彼女の最後のターンによる巻き返しが印象過ぎて晃の活躍など覚えていないらしい。涼香はほんの少し溜め息を吐いたかと思えば対戦相手の二人を見る。

 

「そう、そういえば私も借りがあるし遠慮なくやらせてもらうわ!」

 

 ちなみにだが、あのデュエルがなければ涼香の自称である瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)という恥ずかしい異名がばれることも無く平穏に過ごしていただろう。なんとなく腹いせな気もしなくはないが相手並みに闘争心を巻き起こした。

 

「へっ、それでこそリベンジしがいがあるぜ」

「さあ、始めようか!」

 

 挨拶はここまで。

 お互いに十数メートルという距離を取って対峙する形となる。

 勝てばもう1勝で勝ち抜け、負ければ1敗もできない窮地という大事な勝負。

 

決闘(デュエル)!』

 

 第一試合のタッグデュエルがここで開始された。

 先攻は色条高校決闘部の赤松から。

設定の確認をすれば次の相手ターンで回ってくるのは氷湊涼香となっているのだ。それを確認した青柳はニタリと笑っては彼に合図を飛ばす。

 

「赤松君。作戦Dだ!」

「おうともさっ! 《ジュラック・グアイバ》を召喚。さらに《二重召喚》を使い《ジュラック・ヴェロー》を追加召喚し《エヴォルカイザー・ラギア》をエクシーズ召喚だ!」

 

《エヴォルカイザー・ラギア ★4 ATK/2400》

 

 何が作戦Dなのだろうか、流れるかのように2体の恐竜を召喚しては1体のドラゴンへと姿を変えた。生きた《神の宣告》であるこのモンスターは、かつて晃とタッグデュエルでも対峙した赤松のエースモンスターだ。

 

「さらにカードを伏せてターン終了」

「私のターン」

 

 次いでは涼香のターン。

 ラギアと伏せカード1枚という動きづらい陣形でありながらも涼しい顔をしながらデッキからカードを引く。ほんの数秒の間を空けたのちに1枚のモンスターを召喚しようとした。

 

「まずは《E・HEROオーシャン》を召喚するわ」

「させねぇ! ラギアの効果で無効だっ!」

「ちっ……」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 

 かつてのデュエルにおいて《エヴォルカイザー・ラギア》が存在しながら《E・HEROオーシャン》の召喚を許してしまった故に《超融合》を発動させられた。融合素材にはされなかったものの、結果的には効果を発動できずに葬られたのだ。

 舌打ちをした涼香も狙っていたのか手札には《超融合》が握られていた。

 

 前回とは違い今の赤松、青柳は完全に涼香を警戒している。

 

「だったら、4枚セットし手札から《E・HEROバブルマン》を特殊召喚。伏せた《ミラクル・フュージョン》を発動して──」

「させねえよっ! 《神の忠告》!」

 

 赤松・青柳 LP8000→5000

 

 今の赤松は彼女の一挙一動を見逃さない。

 水属性を主体とした【HERO】デッキに彼女のキーカードを把握している今では、動きを徹底して封じてくる。いくら引きが強く才能を持ったとしても使えるカードにも限りがあるために涼香も思ったように行動が出来ない。

 

「っ……ターンエンドよ」

 

 残る伏せカード《超融合》、《リビングデッドの呼び声》、《神の警告》だけでは動くこともできずに歯噛みしながらターンの終了を宣言した。

 

 ちなみにだが。

 青柳が言っていた作戦Dとは、ただ単純にDefenseのDである。

 

「僕のターンだ。《大嵐》を発動し全てのカードを吹き飛ばす!」

「なっ……!?」

 

 涼香が伏せた3枚のカードが暴風により吹き飛ばされた。

 手札0、場のもカードもバブルマン1枚だけだ。

 

「さらに《深海のディーヴァ》召喚。《真海皇トライドン》を特殊召喚し《海皇龍ポセイドラ》を特殊召喚!」

 

《海皇龍ポセイドラ ☆7 ATK/2800》

 

 これもかつてのデュエルで青柳が使用していた戦術だ。

 前回と違うのは、意気込みと涼香に対する対策が十分に練られていた事だろう。

 

「シングルデュエルなら僕らは君には勝てないだろう。けどタッグは違う! 僕らのコンビネーションが成す必殺カード《氷炎の双竜(フロストアンドフレイム・ツインドラゴン)》を特殊召喚する!」

 

《氷炎の双竜 ☆6 ATK/2300》

 

 墓地のディーヴァ、トライドン、グアイバが除外され氷と炎、相反する二つの首を持つ竜が姿を現した。今の彼らには3体の上級モンスターが立ち並ぶ。

 

「《氷炎の双竜》の効果で手札を1枚捨てバブルマンを破壊。バトルフェイズに入って総攻撃だ!」

「っ……やってくれるじゃない」

 

 涼香・有栖 LP8000→5700→3300→500

 

 たった2ターンでこの有様。

 全てのカードを葬られ、ライフを大きく削られた。

 

 赤松が相手の行動を封じる。

 青柳が猛攻を仕掛ける。

 単純でありながらも理想的なコンビネーションだ。

 

「1枚伏せてターンエンド。これが僕らが君を倒すために編み出した戦術だ」

「そうね。認めてあげるわ、私一人だけだったら勝てない」

 

 正直な話、涼香はタッグデュエルを侮っていた。

 勝ち抜く実力があったとしても単体で強くては意味が無い。二人の戦術を組み合わせて本来の実力以上を発揮させることがタッグデュエルの真骨頂なのだ。今の二人相手に涼香は一人で挑んでも勝ち抜くことできないと認める。

 

「もっとも、あんた達が違うのと同じでこっちも違うのよ」

 

 二人の涼香に対する対策と戦術は完璧だった。

 ただ一つの誤算があるとすれば──。

 

前回(まえ)と違って頼もしいパートナーがいるんだから」

 

 前回の晃とは違い、涼香にも頼れるタッグパートナーがいることだ。

 風戸有栖はカードを引いてプレイングに入る。

 

「わたしのターン。サイクロンを発動して伏せカードを破壊してから手札を捨てて《クイック・シンクロン》を特殊召喚。捨てた《ガスタ・グリフ》の効果で《ガスタの疾風リーズ》を出して2体で《No.61ヴォルカザウルス》をエクシーズ召喚するよ」

「なにっ!?」

 

 《No.61ヴォルカザウルス ★5 ATK/2500》

 

 【ガスタ】には似つかわしく無い高熱の炎に装甲を纏った赤く荒々しい恐竜。

 このモンスターにある凶悪な効果と現在の状況を考えて赤松と青柳は思わず口を空けて驚きの表情を見せた。

 

「ヴォ、ヴォルカザウルスでポセイドラを破壊……します」

 

 両胸の突起部分が開き激しい音と共に高熱の熱線が発射される。

 その音に思わず有栖は「ひゃ!?」という声と共に両耳を塞いで一瞬だけ縮こまる。

 

赤松・青柳 LP5000→2200

 

「《ガスタ・ガルド》を召喚して《強制転移》を発動」

「っ……僕はラギアを選択する」

 

 ガルドとラギアのコントロールが互いに入れ替わる。

 先ほどまでライフを一気に削り大型モンスターを並べていたアドバンテージが嘘のように変わってくるのだ。

 

「え、と……バトルフェイズに入ってヴォルカザウルスで《氷炎の双竜》を攻撃。ラギアでガルドを攻撃です」

「く、そっ……」

 

赤松・青柳 LP2200→2000→100

 

 今の青柳の残された手札には攻撃を防ぐカードなど無い。

 もとより手札誘発のカードがデッキに入っていないこの状況で確信に至ってしまったのだ。このデュエルでは完全にマークを外していた彼女によって敗北する事に。

 

「ガルドが破壊されたことでわたしはデッキから《ガスタの巫女ウィンダ》を出すよ」

 

 《ガスタの巫女ウィンダ ☆2 ATK/1000》

 

 緑色のポニーテールの幼げな少女。

 リクルーターと言われるこのカードは相手の戦闘によって破壊されることでガスタチューナーを呼べるという壁的扱いにしかならない。けれど、今のこの状況ではそのような効果など関係無くに攻撃表示。そもそも壁モンスターすら必要ない状況だからだ。

 

「ウィンダで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 今まで様々なモンスターの攻撃を見てきた。

 剣を振り下ろしたり、魔法を使ったり、ブレスを吐いたりと立体映像ならではの派手な演出のエフェクトを持った攻撃たち。しかしながらウィンダの攻撃力が1000しか無いからなのだろうか、彼女は持っている杖を大きく振りかざしてポコンッと可愛らしく青柳を叩いただけだ。

 

赤松・青柳 LP100→0

 

 威力な無くとも充分。

 残りライフが100しかなかった相手のライフを削りきり勝敗が決したブザーが鳴り響いた。

 

 大型モンスターを並べて優位を感じていたのがそもそもの間違いだ。

 風戸有栖が使用するのは《No.61ヴォルカザウルス》や《強制転移》だけで無く《Theアトモスフィア》や《ダイガスタ・スフィアード》など高い攻撃力を持ったモンスターがいるほどに際立つカウンター型のデッキなのだから。

 二人の敗因は涼香にしか警戒をしていなかったためだろう。

 

 デュエルが終わり最後の挨拶を済ませる。

 控えている晃や茜の元へと戻ろうとする際に立ち止まり

 

「助かったわ。ありがとう、風戸さん」

「うん……」

 

 二人はハイタッチを交わした。

 

 

 

 



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037.魂の一撃

 遊戯王部の団体戦の試合。

 TD(タッグデュエル)で勝利を収めた遊凪高校は1勝すれば勝ちぬけることが約束された次のSD(シングルデュエル)2。激しい攻防だがお互いが守備よりのデッキのために12ターン目へと移っていた。

 

「私は《火霊術-「紅」》を発動して《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》をリリースすることで攻撃力分のダメージを受けてもらいます!」

「やらせないよっ! 《魔宮の賄賂》を発動して無効にする」

「うっ……エンドフェイズに墓地の《ナチュル・チェリー》を除外してアマリリスを蘇生させて終了です」

 

 遊凪高校からは日向茜が、対する色条高校からは黄木(おうぎ)という選手が出場していた。バーンとビートをこなす茜のデッキは序盤は優勢であったものの黄木の使用する【エレキ】のキリギリスロックの前に対抗策がまったく無くじわじわと追い詰められていた。

 

「僕のターン。《エレキングコブラ》《エレキリン》《エレキマイラ》で直接攻撃(ダイレクトアタック)

「ひゃ、ひゃあっ!?」

 

 日向茜 LP3300→2300→1100→0

 

 3体の直接攻撃(ダイレクトアタックモンスター)が茜の場に立ちふさがるアマリリスを無視するように飛び越えて攻撃を行う。ロックと直接攻撃の戦術に成す術も無く残りライフを削られてしまった。

 

SD(シングルデュエル)2勝者。色条高校!」

 

 審判の宣言と共に色条高校から歓声の声が沸く。

 お互いに礼を言ったのちに戻るのだが

 

「ごめんなさい。負けちゃいました」

 

 元気が無く弱々しい口調で深く頭を下げながら申し訳なさそうに謝っていた。

 無論、茜も決して弱い訳で無く頑張っていたし相手に至っては最上級生の3年だった。

 

「ドンマイ。まだ負けたわけじゃないし気にしなくていいわ。かな──ちょっとだけ頼りないけど最後の橘が勝てばいいだけよ」

「おい、ちょっと待てくれ。今、かなり頼りないって言おうとしなかったか?」

 

 烏丸の一件以降、トリッキーなプレイスタイルで勝率が格段に上がった晃ではあるものの、今でも涼香や創の圧倒的な引きの前には追いつめることは出来ても負け越ししている。無論、敗北続きでは無いものの昔のイメージを完全には払拭できないみたいだ。

 

SD(シングルデュエル)1の選手は前へ!」

 

 インターバルも無くすぐに次の試合へと入る。

 審判の声に反応して晃と相手の選手が半歩ほど前へと出る。

 

「っと、それじゃあ行ってくるよ」

「橘くん、お願いします」

「負けたら承知しないわよ」

「頑張って」

 

 激励を受けながら対戦相手の目前へと進む。

 相手は上級生なのだろうか晃よりも背丈が一回りほど大きい。

 

「色条高校主将で3年の茶度(さど)だ。よろしく頼むよ」

「あ……はい。オレは──」

決闘場の詐欺師(トリックスター)の橘晃だろ」

「え……?」

 

 名乗ろうとした瞬間に、気が付けばついていた異名と共に名前を当てられたことにとまどいを隠せなかった。なんで知っているのかという顔をしていたのか、対戦相手である茶度は知っていると言わんばかりに語る。

 

「あの時の決闘(デュエル)を見ていたからね。目当ては、あの風祭高校の主将である烏丸の試合を見ることだったんだがね。まさか勝ってしまうとは……少なからず印象的だったよ」

 

 そういえば観客が結構いたなぁ、なんて思い出してみた。

 そもそも風祭高校は地区予選でベスト8にまで上った強豪校でその主将が試合をするんだ。大会間際なために対戦相手になるかもしれない選手の実力を見たいというのは当然なのだろう。

 

「けど、負けられない試合なんでね悪いけど勝たせてもらうよ」

「こっちだって負けないッスよ!」

 

 挨拶はここで終わる。

 友好的な挨拶を交わしたが、今この場では倒さなければいけない敵なのだ。

 デュエルのための距離を取る間に気持ちを切り替えて相手を倒すために集中する。

 

 このデュエルで敗北すれば文字通り敗退だ。

 晃が負けることができない勝負はこれで2度目。

 

決闘(デュエル)!』

 

 団体戦最後の決戦が始まる。

 決闘盤が起動し相手の茶度はカードを引き抜いた。

 

「俺の先攻。《召喚師のスキル》を使用し《クリフォート・ツール》をそのままペンデュラムゾーンへとセッティング。ライフを800支払い《クリフォート・ゲノム》を手札に加える」

 

 茶度 LP8000→7200

 

「なっ……【クリフォート】!?」

 

 晃が目を見開いて驚きの声を上げる。

 今までの対戦相手はずっと同じデッキに愛着を持ち使いこなしてきたのか、最新と言われるカード群の使用率は極めて低かった。しかし今、茶度が使うのは最新のペンデュラムモンスターを含むカテゴリであり環境上位の【クリフォート】だ。

 

「手札に加えた《クリフォート・ゲノム》を妥協召喚。《機殻の生贄(サクリフォート) 》を装備させカードを2枚伏せターン終了だ」

 

《クリフォート・ゲノム ☆6→4 ATK/2400→1800→2100》

 

 上級モンスターでありながらリリース無しで行える妥協召喚を行ったために《クリフォート・ゲノム》はレベルおよび攻撃力が減少する。

 2枚の伏せ(バック)カードにスサノヲと同じ攻撃力のモンスターという手堅い布陣の中、晃はどのように戦術を組み立てるか思考する。

 

「オレはカードを3枚伏せる。さらに《愚かな埋葬》で《オネスト》を落として《カード・カーD》を召喚して効果を発動。2枚ドローすることでそのままエンドフェイズに移行して終了」

「ほぅ……」

 

 手堅い布陣の前に攻め入るよりも同じように地を固めるプレイングに 茶度は軽く声を漏らした。

 わざとプレイングミスを犯して隙を作っては、罠を張るという奇怪な戦術を行う彼においては3枚も伏せれば必ず1つは罠が含まれているのだろう。加えて墓地に落とした《オネスト》も気になる。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 それでも彼のやることは変わらない。

 例え罠を張っていたところで【クリフォート】はサーチが豊富でアドバンテージを取るのが容易く、大量に除去されようとペンデュラムモンスター主体のためにエクストラデッキから何度でもペンデュラム召喚で蘇る。そしてクリフォートと相性が良い《スキルドレイン》なのだ。

 

「ツールで《クリフォート・ディスク》をサーチ。《機殻の生贄》の効果で2体分として扱いゲノムをリリースしディスクをアドバンス召喚。そして《機殻の生贄》、ゲノム、ディスクの順で発動して行く」

 

 茶度 LP7200→6400

 

 アドバンス召喚を行うことで生贄にしたモンスター、装備魔法、場に出したモンスターの効果がそれぞれ発揮しようとする。《クリフォート・ゲノム》の効果の対象で選んだのは一番左のカード。

 ドンピシャで《聖なるバリア─ミラーフォース─》を打ち抜いた。

 

「チェーンの逆処理でディスクの効果によりデッキから《クリフォート・アクセス》《クリフォート・エイリアス》を特殊召喚」

 

《クリフォート・ディスク  ☆7   ATK/2800》

《クリフォート・アクセス  ☆7→4 ATK/2800→1800》

《クリフォート・エイリアス ☆8→4 ATK/2800→1800》

 

 たった1体のモンスターの特殊召喚しただけで3体のモンスターが並ぶ。

 幸いなのは特殊召喚した場合でも妥協召喚と同じ扱いで攻撃力が下がることだろう。

 

 

「ゲノムの効果は不発。《機殻の生贄》で《クリフォート・アーカイブ》をサーチして《EMトランポリンクス》をペンデュラムゾーンへとセッティングする」

 

 2枚目のペンデュラムモンスターがセッティングされる。

 この2体のスケールは4と9と大抵のクリフォートモンスターならば場に出すことが可能だ。

 

「手札のアーカイブ、エクストラのゲノムをペンデュラム召喚として場に出し、トランポリンクスの効果でペンデュラムゾーンのツールをバウンス。バトルフェイズに入ってゲノムから直接攻撃(ダイレクトアタック)をするが何かあるか?」

 

《クリフォート・アーカイブ ☆6→4 ATK/2400→1800》

《クリフォート・ゲノム   ☆6→4 ATK/2400→1800》

 

「だったら《フォトン・リード》を発動。手札から《武神器─ハバキリ》を攻撃表示で場に出す」

 

  《武神器─ハバキリ ☆4 DEF/1600》

 

 鶴の姿をした晃の【武神】デッキの主力カードが《フォトン・リード》の演出により光の中から舞い降りるかのように出現する。本来、場に出しても無意味なカードを場に出す。それこそが晃の戦術において必要不可欠な行動だ。

 

「さて、ここで場に出したのは他に出せるモンスターがいないためか、もしくは何か狙いがあるかはわからないが続けさせてもらう。念には念を入れて《スキルドレイン》を発動だ!」

 

 茶度 LP6400→5400

 

《クリフォート・ディスク  ☆7   ATK/2800》

《クリフォート・アーカイブ ☆4→6 ATK/1800→2400》

《クリフォート・ゲノム   ☆4→6 ATK/1800→2400》

《クリフォート・アクセス  ☆4→7 ATK/1800→2800》

《クリフォート・エイリアス ☆4→8 ATK/1800→2800》

 

 途端、たった1枚のカードで空気さえも一変した。

 自身の効果の枷により下級モンスターと化していた機械たちが本来のレベルと攻撃力を取り戻して元々持っていたであろう威圧感さえも取り戻したのだ。モンスターゾーンを埋め尽くす上級、最上級のモンスター群は決闘場を非情な戦場へと染め上げたのだ。

 

「っ……」

 

 この光景にほんのわずかに晃も息を飲んでしまう。

 

「さあ攻撃と行こうか。ゲノムでハバキリを、そしてアーカイブ、アクセス、エイリアス、ディスクの順で攻撃するが何かあるなら遠慮なく発動してくれ」

 

 晃 LP8000→7200→4800→2000

 

 攻撃力の低い順からの怒涛の攻撃を晃はゲノム、アーカイブ、アクセスと黙って受けて行く。

 無傷だった8000のライフはほんの4分の1にまで追い詰められて行きさらに最上級2体の攻撃が控えている時だ。後、一撃で決着が着くという《クリフォート・エイリアス》がとどめを刺しに攻撃態勢を取った瞬間に晃は眼を見開いて1枚の伏せカードを発動させた。

 

(トラップ)発動《ピンポイント・ガード》。墓地のハバキリを蘇生させる!」

 

 墓地から蘇り盾となるかのように立ちはだかる《武神器─ハバキリ》。

 実質、今のハバキリは《ピンポイント・ガード》によりあらゆる破壊耐性を持った強固な盾だ。

 

 だが、ここで違和感を感じた。

 何故《武神器─ハバキリ》が破壊された次の攻撃で《ピンポイント・ガード》を発動させなかったのか。アーカイブから連続で攻撃宣言を行ったせいだと考えたが、それならディスクの攻撃時に発動させたのが不可解だ。

 

 何か企んでいるように見える。

残りの2枚のカードだが、その中の1枚は墓地に《オネスト》が落ちているために確実に1枚は《光の召集》だと判断する。

 

「ターン終了時にディスクで特殊召喚したアクセスとエイリアスは破壊される」

 

 《クリフォート・ディスク》のデメリット効果で破壊されるもペンデュラムモンスターのためにエクストラデッキへと送られる。また次のターンでペンデュラム召喚で出せるとなるとデメリットと言うほどでも無かった。

 

「オレのターンだ。《武神─ミカヅチ》を召喚して場のハバキリと共に《武神帝─スサノヲ》エクシーズ召喚」

 

 《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》

 

「ここでエースを召喚してくるか。けど無意味だな」

 

 不利なこの状況でエースモンスターを出現させる。

 だが、この場では茶度の《スキルドレイン》により効果を失い今の《武神帝─スサノヲ》は体を重そうに跪いているのだ。効果が使えずに攻撃力が2400となればせいぜいゲノムやアーカイブと同士討ちが関の山だ。

 

「いや、やってみなきゃわかんないッスよ。手札の《武神器─ヤツカ》の効果を発動してこのターンスサノヲが2回攻撃できるようになる!」

 

 おあつらえ向きに連続攻撃まで足した。

 やはり、彼が狙っているのは明白だ。

 

「スサノヲで《クリフォート・ゲノム》へと攻撃!」

 

 攻撃宣言を行う最中に茶度は見た。

 今、晃の右腕は1枚の伏せカードへと伸ばされているのだ。

 

(いいぜ。来いよ)

 

 勝利を確信する。

 茶渡が最後に伏せた1枚は偶然にも彼のデッキとは相性の良い《真剣勝負》というカード。ダメージステップに発動するカードを潰すというコンバットトリックキラーだ。

 

 しかしながら茶度は勘違いしていた。

 晃が最初のターンに伏せた3枚のカード。

 《フォトン・リード》《ピンポイント・ガード》の2枚に加えて最後のカードは必ず《光の召集》のはずだ。だが、それは彼の罠だったのだ。

 

「攻撃宣言時に《魂の一撃》を発動!」

「なんだとっ!?」

 

 晃 LP2000→1000

 

《武神帝─スサノヲ ATK/2400→5400》

 

 予想外のカードの発動にに目を見開いて驚きの声を上げる。

 いくらダメージステップにカウンターできるカードを伏せていても攻撃宣言時に発動するカードでは意味が無い。

 

 茶度 LP5400→2400

 

「くっ……このライフは、マズいッ!?」

 

 予想を大きく外して戸惑いながら残りライフを見た。

 《クリフォート・ツール》《スキルドレイン》と大きく減らし過ぎたのだ。

 

「ヤツカの効果によりもう1度、スサノヲで《クリフォート・アーカイブ》へと攻撃!」

 

 最初のターンに《オネスト》を落としていた意味なんてなかった。

 おそらくは最初から警戒させておいて、この状況を狙っていたのだろう。

 

 茶度 LP2400→0

 

 決着。

 最後の最後まで晃の戦術に騙され茶度は敗北したのだ。

 警戒すれば警戒するほどドツボに嵌る。決着が着いた時点で決闘場の詐欺師(トリックスター)の本当の恐ろしさを理解したのだ。

 茫然と立ち尽くしたまま、2つ年下の彼を見ながら愚痴るように呟いた。

 

「マジかよ……想像以上じゃないか」

 

 団体戦の1回戦。

 結果は、2勝1敗で決着が着いたのだった。

 

 

 



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038.トラブルは付き物

 

 

「悪い悪い、昨日はなかなか寝付けなくってさ!」

 

 遊戯王部団体戦の1回戦より数十分後。

 連絡が付かずにいた部長の新堂創が軽いノリと笑いを浮かべながら謝っていた。もうすでに遅刻での罰という名の制裁を受けたのか頭にはタンコブを浮かべている。

 

 そもそもなんで彼が団体戦に遅刻して連絡もつかなかったと言うと答えは単純明白。

 たんなる寝坊だ。

 

 合宿のときといい今回の大会といい。

 一番年上の彼が一番、子供っぽいというのはいかがなものかと考えはしてみたものの、それが彼が新堂創だからだと言ってしまえばそれで納得してしまうのがいけないところだ。

 

「なんにせよ。部長、遅刻はいけませんよ」

 

 茜が言い聞かせるように優しく注意をする。

 それを創は注意されているのだと、理解しているのかいないのか笑いながら返すのだった。

 

「ああ、次からは気を付けるぜ」

 

 反省の色がまったく窺えない。

 珍しくも彼女は『はぁ』とため息をついた瞬間だった。アナウンスの放送が流れ次の試合の呼び出しが行われてきた。数校の名前が呼ばれたのち、途中で同じように遊凪高校の名前が出され試合の場所を告げられた。続いての第二回戦だ。

 

「よっしゃ! はりきって行くぜ!」

 

 なんて遅刻してきたなんて思えないぐらい創は張り切っていた。

 ちなみにだが、大会に遅刻して来ようとも事前に登録している選手であるならば次の試合からは問題無く出場することが許されている。ここからは創も団体戦に出ることを考えれば勝率は飛躍的に上昇するだろう。

 

 

 

 + + +

 

 

 

 大会は進んで行く。

 地区大会とは言えトーナメント方式のこの大会では出場校が100近いために1つの高校が優勝するのに団体戦を6,7回勝ちぬかなければいけない。同じ時間に数十と言える数のデュエルが行われるこの大会で優勝するのは並大抵のことでは無いのだ。

 

 そんな中で遊凪高校は何度も勝ちぬいていたのだ。

 

 ガスタの守りとカウンターを合わせて相手を切り崩す風戸有栖。

 ビートとバーンを両立させながら多彩なプレイを行う日向茜。

 圧倒的な引きと強さで格の違いを見せつけていく氷湊涼香。

 

 さらには橘晃もまた、過去の戦績が嘘になるかのように独特でトリッキーな戦術を行うことで相手を惑わし追いつめて行く。今や遊凪高校における隠し玉だ。極めつけは新堂創が最後のSD(シングルデュエル)1に控えることにより安定感が圧倒的なまでに違った。

 色々と駄目な創ではあるものの、デュエルという1点においてだけは部の中でも絶対的な信頼があり皆が安心して実力を出し切ることができたのだ。

 

 去年は一回戦敗退したというのが嘘になるかのように第4回戦目を勝ちぬけた遊凪高校のメンバーはすでに準々決勝にまで駒を進めていたのだ。ここまで来れたのが感慨深いのか珍しく創は大人しく大会で配られたトーナメント表を見ながら呟いた。

 

「やっと、ここまで来たな」

「そうッスね」

 

 トーナメント表には勝ち上がる度に自分の学校の線を赤く塗って上へと昇っていく。後、3回勝ち上がれば優勝するというところまで来ているのだ。

 

 時間も過ぎていき既に時間は午後の3時を回る頃。

 真夏と呼ぶには少し早い時期ではあるものの、それでも7月の下旬という季節に加えて大会参加者の熱気もすさまじい。会場はまるで炎天下の中にいるかのような状況だった。

 

「それにしても熱いわね」

 

 さすがに我慢するのが難しくなってきたのか、皆が言わなかった言葉を涼香が吐いた。制服の第一ボタンを外して大会のパンフレットを団扇代わりに扱っている。

 

「そうだ! ねえ、日向さん風戸さん。飲み物買いに行かない?」

「いいですね。行きましょう!」

「うん、行くよ」

 

 名案を思い付いたかのように声を上げて二人を誘う涼香。

 誘われた茜と有栖も暑いと感じるのは共に同じなのだろう。迷うこともなくあっさりと承諾した。そのまま3人は自販機まで歩いて行く、と思いきや涼香は突然振り返った。

 

「アンタたちのも買ってくるけど何がいい?」

 

 なんて、珍しく男性陣にも気を使ってくれた。

 

「じゃあ、オレはお茶を頼む」

「コーラを頼むぜ。あ、次の試合まで時間は少ししか無いから気をつけてな」

「わかってるって。じゃあ、行ってくるわ」

 

 時計を指差しながら創は注意を促すものの、遅刻者が言ってもあまり説得力が無いように感じられた。そのまま3人は歩き出す。遠くになるにつれ小さくなっていき見えなくなって行く最中、まるで彼女らと入れ替わりにでもなるかのように見知った一人の男性。烏丸亮二が晃と創の前に現れたのだ。

 

「奇遇だな。晃」

「リョウ兄」

 

 風祭高校主将、烏丸亮二。

 かつて晃に敗北をしたとはいえ去年の大会ではベスト8にまで残った高校の主将を務める男だ。雰囲気からすれば敗退したとは思えず今も彼ら風祭高校も勝ち抜いているのだろう。

 

「トーナメント表を見たが、勝ち上がっているようだな」

「まぁね。それでリョウ兄は?」

「当然、勝ち上がってるさ。このままなら次の準決勝でお前たちと当たるさ」

 

 どうやら次の試合をお互い勝ち抜けばぶつかるらしい。

 爽やかに語る烏丸であるが、その表情からはリベンジに燃えているかのようにうかがえた。けれど、烏丸とは反対に創は険しい表情を浮かべながら尋ねた。

 

「なあ烏丸さん。そういえばあんたらの次の対戦校は……」

「ああ、第七決闘高校だ」

 

 躊躇いも無くハッキリと答えた。

 去年の地区大会の優勝校。間違いなくこの大会で最強の高校。

 烏丸は怖気付いたような様子など欠片も見せることなく、決意を胸に秘めた表情を浮かべた。

 

「勝負に絶対なんてないさ。俺と晃みたいにな……俺は、俺たちは全力を尽くして挑むだけだ。だから──」

 

 途端、時間が止まったかのように周囲の景色が聞こえなくなる。

 ほんのわずかな静寂に水を指すかの様に一人の男性が声を割ってきた。

 

「──熱い。熱いねぇ。ほんと青春って感じで馬鹿らしいなぁ」

 

 誰だ、と即座に振り返る。

 黒いジャージ。胸元には知らない学校のシンボルマークの他校の生徒だ。

 雑な長さの漆黒の髪に、何かを企んでいるかのような気分の悪い笑み。今まで対峙した人間という中でも異色のような人物。

 

(なんだ、こいつは……?)

 

 思わず晃は息を飲んだ。

 この場にいるということは、彼も大会の参加者だろう。だが妙なことに彼からは今まで感じたような決闘者の気迫というものが感じられないのだ。代わりに何かが纏わりついてくるかのような嫌な空気を持っている。

 

 対峙しただけで確信を持つ。

 この男は嫌いだ。

 

「なんだ君は?」

 

 突然口を挟まれたことを不快に感じ棘のあるような烏丸の質問。

 しかしながら、そんなことなど気にもしないと言いたげに男は面倒臭そうに口を紡ぐ。

 

「はい。はい。名乗ればいいんだろ? 黒栄高校2年の霧崎終(きりさきしゅう)だ。トーナメントを見るや、次の相手が知り合いのいる高校だったからなぁ。こうして挨拶に来たってもんさ。なぁ、新堂ぉ?」

「霧崎ッ……!」

 

 

 歯を噛みしめるように目の前の男の名を呼ぶ。

 創と霧崎という男は互いに面識があるかのように見えるが、それは久しぶりの友人に合ったというような感じでは無い。宿敵にでも会ったかのような睨み合いだ。穏やかでない空気。いったい二人に何があったのだろうと烏丸や晃は考える。

 

「ハハッ、ここでやるつもりはないさ。言っただろ? 挨拶に来たってな」

 

 何かおかしいものを見つけたかのように笑い声を上げる。

 その笑いも作り物なのかほんの数秒でピタリと止め視線をずらす。創を向いていた彼がまるで次の標的を定めるかのように晃と目が合ったのだ。

 

「っ……」

 

 息が詰まる。

 あの男からは得体の知れない危険な香りがするのだ。

 

「なるほど、彼がお前の後輩となのか」

 

 一歩、また一歩と晃へと歩み寄る。

 目測ではあるが身長は創と同じ180㎝くらいだろうか。10㎝も差があるということもあるが、それ以上に霧崎という男は近づけば近づくほど威圧的に大きく見えてしまうのだ。

 

 しかし、このときだ。

「君は、この大会が楽しいかい?」

 

 まるで頼れる年上というような口調で晃に尋ねた。

 途端に彼の気味の悪い雰囲気が消えたのだ。表情も敵意の無い笑みをしている。

 

だが、それが逆に不気味で仕方が無い。まるで獲物を油断させるために行っているかのような仕草に見えてたまらない。もっとも、この質問に対して答えても何の問題も無いだろうと、言葉を若干濁しながらも返答に応じる。

 

「ええ、まぁ……」

「そうか、それは何よりだ」

 

 くすり、と笑う。

 晃の返答に喜びを感じたわけでは無い。まるで予想していた解答がそのまま帰ってきたことに対する嬉しさとでも言わんばかりに不気味なニヤケた表情を浮かべては警告でもするかのように霧崎は言うのだ。

 

「けれど、気を付けたまえよ。こういう楽しい催しものには()()()()()()()()だからねぇ」

 

 

 

 + + +

 

 

 

 霧崎終と会った同時刻。

 彼らの場では険悪な空気を漂わせているものの、他の場所でもまた同じような険悪な空気に包まれている。会場内にベンチや自動販売機が置かれた休憩所の片隅でのことだ。

 

「おいおい、そう邪険にすんなよ。ほんの少しだけ付き合ってくれればいいからさぁ」

「ったく、何度も言わせないでよ。アンタたちの相手なんてする気は無いわ!」

 

 飲み物を買いに行った涼香と茜、有栖の3人の前には倍の人数である6人の()()()()の男子生徒が逃げ道を塞ぐようにと囲んできているのだ。それぞれが彼女らよりも背も高く体格もよい。ニヤニヤと笑いながら彼女らの怯える姿を楽しんでいるのだ。

 

「というか、何よアンタたち!?」

「俺たちか? 仲間の応援に来ていたんだが、生憎と暇をしていてね。丁度、君たちみたいな可愛い娘がいたからちょっとだけお茶をしたいって思っただけさ」

 

 リーダー格と思える人物が答える。

 さぞ可笑しく笑いながらの様はどうしても本心とは思えない。

 

「悪いけど、付き合ってらんないわ」

「へぇ、断るって言うのか。別にこのまま帰してやってもいいが、よくみればあんたらは今も勝ち続けている遊凪高校の選手じゃないか。さぞかし強いんだろうな? 同じ決闘者(デュエリスト)として戦ってみてよ」

(何、コイツら?)

 

 表情、目、口調。

 どれらを探っても、彼らの言葉は方便であり別に本心があると丸見えだった。

 決闘者(デュエリスト)として戦ってみたい、なんて言っておきながらも相手の様子から闘争心など無く何かが絡みついてくるかのような不快な雰囲気を纏っている。

 

「っ……他校同士での対戦は禁じられてるんじゃないの?」

「へっ、俺たちは参加選手じゃないから大丈夫だ。それとも何だ、参加選手でも無い俺たちに負けるのが怖いって言うのか?」

 

 苛立ちと不快感で思わず顔をしかめてしまう。

 相手からは強さも感じられないただの半端な相手だと言うことを判断した涼香はそっと一歩前へと出て決闘盤を取り出したのだ。

 

「す、涼香ちゃん!?」

「大丈夫よ。日向さん、風戸さん。すぐに終わらせるから……私たちが勝ったらすぐに立ち退いてもらうわ」

「ああ、いいぜ。約束してやるよ」

 

 リーダー格の男はさらにゲスな笑みを浮かばせながら決闘盤を取り出した。

 大丈夫、相手は大した実力者でも無い。そう涼香は考えながら互いが距離を取って決闘(デュエル)を始め出したのだ。

 

「ハハッ、俺のターンからか」

 

 だが、相手が弱いとわかっていたからと言ってもその判断は間違いだったのだ。

 名前も知れない男が先攻で5枚の手札から何らかのカードを使用しようと手を伸ばしたのだが、すぐにその手を離しては別のカードへと迷うように手を左右へと移動させる。

 

「このカードを使うか? いや、こっちも捨てがたいよなぁ」

 

 あーだ、こーだとぶつぶつと呟きながら使用するカードを迷い続ける様は、初心者ではたまに見かけるものの、どう見てもカードを使い慣れてはいる様子にニタニタと笑う表情からは、どう考えてもわざとやっているようにしか思えない。

 

「早く決めなさいよ」

「そうは言っても、制限時間まではあるんだから決めさせてくれよ」

 

 様々なパターンがあるが基本的な1ターンの持ち時間は60秒と決められている。

 それを越えれば強制的な敗北となってしまうものの、まだ残された時間が40秒もあるために涼香は何も言えなかった。

 

 このまま相手はモタモタと迷う素振りを繰り返しては残り5秒ちょっと。

 そこで男は素早く1枚のカードを伏せるのだった。

 

「決めた。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

「っ、たった1枚伏せるのに時間掛け過ぎよ! 私のターン」

「おおっと、スタンバイフェイズに《威嚇する咆哮》を発動だ」

「っ……!?」

 

 ここいらで涼香は相手の目論見に気付いた。

 次の試合の開始時間まではせいぜい10分程度と軽い休憩を取るぐらいしか残されていなかったハズだ。

 

 時間稼ぎ。

 相手の目的を理解したところで決闘(デュエル)が始まってしまってはもうすでに遅かった。

 

 

 



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039.ルミも混ぜてよ

 

 

 

「あー、もう、つまんなーいっ!」

 

 現在、高校遊戯王部団体戦の会場となっている遊凪市総合運動場の中心あたり。

 小柄の身長、染めているのだろうか派手なピンク色のツインテールを揺らしながら第七決闘高校1年の星宮ルミは嘆いていた。

 

 大会登録人数が8名というために正レギュラー4人、準レギュラー4人という枠組みの中で第七決闘高校で唯一の1年で正レギュラーとして大会に出場するものの、対戦相手は歯ごたえも無い雑魚ばかりで飽き飽きしていた。しかも、ようやくまともな相手だと思っていた準々決勝の風祭高校での対戦の時には自分たちのかわりに準レギュラーが参加するという仕打ちを受けフラストレーションが爆発。

 応援などする気も無しに会場内をふらついていたのだ。

 

「嘆いていても仕方が無いであろう。俺たちに出来るのは次の試合に控えることだけだ」

 

 星宮ルミの隣には、次の試合でのTD(タッグデュエル)での相方。

 第七決闘高校3年レギュラーの剣崎勝(けんざきすぐる)が無表情にルミと歩幅を合わせて歩いている。試合に出れないことに不満を感じるルミに対して勝はまったく平然としている態度が気に食わずに頬を膨らませた。

 

「むぅ。だって──主将(キャプテン)たちは出てるんだよ。二人ばっかりずるいっ!」

「その二人の調整のためにTD(タッグデュエル)は捨て駒を入れたのだろう。監督の指示は聞いておけ」

「知ってるもん!」

 

 そもそも、準々決勝で参加できないのはSD(シングルデュエル)に参加する二人の調整のため。最初のTD(タッグデュエル)を捨ててまで行うものなのか、と普通の高校なら耳を疑うものの二人が敗北することは無い。そう確信を持てるからでこそのオーダーなのだ。

 

「ルミが言いたいのはそうじゃなくって──およ?」

 

 わー、とはしゃごうとした間際、首を傾げた。

 視線の先。そこには大会とは関係ないであろう指定された会場でない休憩所で決闘(デュエル)が行われているのだ。知りもしない制服を着た女子3人と別の制服を着た男子6人。

 女子の方からは危機迫るといった表情から知り合って記念に決闘をしているとか、そんな感じでは無いのがわかる。多分だが、面倒事の類なのだろう。それがルミの口元を緩めさせたのだ。面倒事は嫌い。だが、他人の面倒事に首を突っ込むのは好きだと言いたげだった。

 

「おい、まさかっ!?」

「ふふん。そのまさかよっ! ちょっと、遊んでくるね!」

「俺たちは他校との勝負は禁じられているはずだ。それを忘れたのか?」

「あー、あー、聞こえなーい。聞こえなーい」

 

 両手で耳をふさぎながら聞こえないフリをして小走りで向かう。

 その最中、もう決闘は終盤だったのか、とどめの場面にまで来ていたのだ。

 

「ったく、これで終わりよ! 《E・HEROアブソルートZero》で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 氷結の戦士が相手へととどめの一撃を放った。

 対戦していた男子生徒はなすすべもなく攻撃を受けて敗北したのだ。

 

「私の勝ちね。約束通り立ち退いてもらうわ」

 

 なんだ。もう終わってしまったのか。

 なんてルミはげんなりと肩を竦めたのだが、敗北し尻餅をついていた男子はニタリと気色の悪い笑みを浮かべていたのだ。

 

「カハッ、誰が俺に勝ったらって言ったんだよ?」

「え?」

「悪いな次はオレが相手になってやるよ」

 

 さっきまで勝負していた男子とは別の男子生徒が決闘盤を構えて少女の前に立ちふさがったのだ。彼女たちは驚きを隠せずに決闘をしていた彼女と別の女子生徒が抗議する。

 

「そんな、約束が違いますよ!」

「約束っつたって内容を確認しないアンタらが悪いんだぜ。俺が約束したのは『俺ら全員に勝ったら立ち退いてやる』ってことだったのによ」

 

 どうにも穏やかじゃない空気。

 気が付けルミのすぐ近くまで剣崎が近づいていたが、彼女を止めるというよりも目の前の揉め事に何か気になるとでも言いたげな表情で顔をしかめていたのだ。

 

「あいつら、今対戦しているはずの遊凪高校と黒栄高校の連中。しかも遊凪高校に至っては大会の出場メンバーだ。試合の時間だというのに、いったい何をやってるんだ」

「へぇ、詳しいじゃん」

「お前が無知なだけだ。選手、それも有力なメンバーぐらいは覚えておけ」

 

 なんて注意を促す。

 正レギュラーの中で唯一、部でのミーティングをサボっているのだ。

 これを気に少しは勉強しろと促すものの、彼女は頬を膨らませて駄駄をこねるだけだ。

 

「なんでルミが、知りもしない有象無象を覚えなくちゃいけないのよ?」

「…………」

 

 『駄目だこいつなんとかしないと』なんて言葉が脳裏に浮かんだ。

 1年で正レギュラーの座を獲得した星宮ルミの決闘センスは剣崎とて認めている。

 しかしながら、やたらと態度がデカくて傲慢。そんな欠点があるからでこそ、彼はそれを直させたいと思っているのだ。

 

 彼女のため。

 と言うわけでは無く、タッグを組むパートナーとして足を引っ張られたくないだけだからだ。

 

「そんじゃ、行ってくるよ! さらばっ!」

「あ、おいっ!?」

 

 不意を衝くかのようなフライングダッシュ。

 ふと手を伸ばしたものの、それは空を切るばかりで彼女はといえば、もう引き返せないとわかるぐらいに決闘盤を持っている二人の間に割って入ってしまったのだ。

 

「ちょっと待った! ルミも混ぜてよ」

「はぁ……馬鹿が」

 

 思わずため息が漏れた。

 仕方が無いと思いながら、同じように剣崎も揉め事の中に割って入ったのだ。

 

「なんだお前らは!?」

 

 偶然割って入られたことに先ほど敗北した男が戸惑いと怒りを混ぜた表情を見せる。

 ところが、今度は次に対戦しようとしていた男が二人を指しながら知っていると言いたげに震えて答えたのだ。

 

「あ、あいつら第七決闘高校のレギュラーですよ! アイドルデュエリストの『歌姫』星宮ルミと冷酷無比な『処刑人』剣崎勝……なんで、こんなところに!?」

 

 まるで猛獣に出くわしたみたいな表情で語る。

 有名人なのだろうが名前やら個人情報が漏れているが二人はさほど気にした様子は無い。突然割って入られ戸惑いや怒りを見せる者、二人の実力者が現れ怯える者など様々であるが、そんなこと知ったことじゃないとルミは指をさしながら黒栄高校のメンバーを数えだしたのだ。

 

「ひーふーみ、と6人かぁ。ルミと剣崎先輩で3人ずつだね」

「待て。俺を入れるな」

 

 冷ややかなツッコミも彼女には通用しない。

 傍若無人にどんどんと話を進めていく。

 

「と言うわけで相手をしてよ。3人ずつ相手でいいからさ」

「おいっ、何を勝手に!? そもそもお前と戦って俺たちにメリットがあるのかよ?」

 

 もっともな事を言うリーダー格の男。

 勝手に割って入ってきて勝負しろと言われて素直に従う男では無い。

 そんな彼らに対して『じゃあ』とルミは呟きながら答える。

 

「あんたたちが勝ったら……ルミのこと好きにしていいよ?」

 

 色気を出すようにスカートの端を抑えながらモジモジと恥じらいを見せるかのような仕草と共に語る。ちなみにだが、黒栄高校は男子高校であり餓えた男どもはそんな軽い誘惑であろうとも魅力的に見え下種な笑みを浮かべた。

 

「へへ、だったらいいぜ。その条件忘れんなよ」

「ちょ、先輩。いいんですか?」

「いいんだよ。もう試合は始まってんだし俺たちの目的は済んでるだろ」

 

 リーダー格の男が決闘盤を構え残りのメンバーも渋々と言った感じでありながらも同じように構え出したのだ。1対3というあまりにも不利な状況でありながらもルミは新しい玩具を手に入れたように目を輝かせていたのだ。

 

「ふふんっ。それじゃあ満足させてもらうよ!」

 

 しかし、喜ぶ彼女とは対照的に相方の剣崎は顔を曇らせ明らかに不機嫌だ。

 彼女と同じように別の3人が相手をしようとしてくる完全にとばっちりだ。

 

「星宮ぁ……これが片付いたら次はお前を潰すぞ」

「おー、怒ってるね。けど、返り討ちだよ?」

「っ、お前ら何勝ったつもりで話をしてんだっ!」

 

 二人の会話が神経を逆なでされ激昂するリーダー格の男。

 そんな中、剣崎はちらりと事が勝手に進んで戸惑っていた遊凪高校の女子生徒へと声をかけるのだ。

 

「この件は俺たちが引き受けた。もう試合には間に合わないが、行ったらどうだ?」

「恩に着るわ」

「あ、あの、ありがとうございます」

 

 決闘をすることになり包囲していた形も滅茶苦茶となった今、3人は走り抜けることで黒栄高校の連中から逃げ出すことができた。それを下っ端の男が目で追うものの、彼らを従えるリーダー格の男は目も当てないのだ。

 

「あの、行っちゃいましたけど?」

「いいんだよ、もう試合には間に合わん。それよりも勝てれば、あのアイドル決闘者を好きにできるんだぜ。ヘマすんじゃねえぞ」

 

 ギラギラと野獣のような目を見せつけるものの、それはルミにまで届いていない。

 彼女の視線は、後に控える仲の悪いパートナーへと注がれている。

 

「ふーん、他校の生徒に塩を送るなんて優しいじゃん」

「彼女らは次の対戦相手になるかもしれん。俺たちのプレイを見せたくないだけだ」

 

 素っ気ない返事の言葉にルミは『あー、こっちが本心かぁ』なんて内心呟いた。

 堅実というよりも勝利に貪欲。知りあってから数カ月しか経っていないもののルミに対する剣崎勝という男は勝利するために手を尽くす人間という評価である。

 

「お待たせ。さあ、始めようか!」

「へっ、じゃあ行くぜ」

 

 星宮ルミ。剣崎勝と二人にそれぞれ三人の男が決闘盤を構えて向き合ってくる。

 あまりに不利な条件でありながらも楽しげに笑うルミに、平然とした顔でいる剣崎はそれぞれ決闘盤から手札となる五枚のカードを抜き出した。

 

「行くよ! イッツ、ショータイムッ!」

「処刑開始だ」

 

 このときまで黒栄高校の6人は気が付かなかった。

 人数というアドバンテージを持ちながらも第七決闘高校のレギュラーにおいては皆無に等しいほどの圧倒的な実力差があったことを。このときまで余裕に満ちていた男たちの表情は、ほんの数分後にはまるで悪魔にでも出会ったかのような恐怖で顔を歪めるのだ。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

『遊凪高校、黒栄高校、準々決勝の試合を開始してください』

 

 審判が淡々とした発音で言葉を述べる。

 しかし、今の遊凪高校の状況においては無慈悲とでも言えるかもしれなかった。

 

「ハハッ、どうしたんだい? 君たち二人しかいないじゃないか?」

 

 それもこれも、遊凪高校の選手は晃と創の二人しかいないのだ。

 

小馬鹿にでもするかのように指を刺しながら黒栄高校の霧崎終が笑う。

よく見れば彼以外にも他人の不幸を喜ぶかのように他のメンバーもニヤニヤとした笑みを見せているのだ。嘲笑われる中、創は手を握り拳にし震わせながら涼香たちが戻ってこないのは彼らのせいだと確信しているかのように問う。

 

「霧崎、何をしたんだ?」

「おいおい、勝手に俺のせいにするなよ。言っただろ、トラブルは付き物ってな」

 

 おどけたような声と態度に思わず創は歯ぎしりをした。

 相手を不快にさせるような態度と仕草。何より仲間に何かあったかもしれないと思わせるだけでも平静を保つなんてことは難しいだろう。

 

「まあ、安心したまえよ。きっと、怪我をするほどのことじゃないさ。せいぜい遅刻が関の山だろう」

「お前っ……」

 

 珍しく怒りを見せる創に対し、晃が彼の肩を叩いた。

 

「部長。相手のペースに乗せられたら駄目ッスよ。氷湊たちはきっと大丈夫。まずは目の前のことに集中しましょう」

「っ……ああ、そうだな。SD(シングルデュエル)2頼むぜ」

 

 メンバーが二人しかいないためにTD(タッグデュエル)は不戦敗。

 晃がSD(シングルデュエル)2、創がSD(シングルデュエル)1で戦うという単純なオーダーになったのだ。

 

『ではSD(シングルデュエル)2の選手は前へ』

 

 審判の声と共に、晃が前へと出る。

 対する黒栄高校の選手はいったい誰が出て来るかと思ったら、彼の前に立ちはだかったのは出会ったばかりの人物である霧崎終だ。気味の悪い雰囲気を持った男が相手ということに晃はほんの少し体を硬直させたが呼吸を整え相手を見据えた。

 

「へぇ、まさか君が相手とはな」

「こちらこそ、あんたが相手とは思ってもみなかったッスよ」

 

 ニタニタと笑う霧崎。

 その彼は晃の顔を見ては、一つ面白いことを考えついたと言わんばかりに問いかけだしたのだ。

 

「そういえば君は新堂創……今の君の部長と勝負して勝ったことはあるか?」

「……? いや、無いッスけど」

 

 質問の意図がわからない。

 ただ、今まで創と勝負して勝ったことが無い。

 それだけは事実だ。

 

 晃の答えに、霧崎はくすりと笑いだした。

 

「そうかそうか。だったら良い事を教えてやろう。俺はな、去年まではお前たちの遊凪高校にいたんだよ。それも、そこの彼、新堂創と俺とで1年のエースとまで呼ばれていたんだからなぁ!」

 

 

 

 



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040.この男には負けたくない

「オレのターン」

 

 始まった準々決勝の1つ。

そのSD(シングルデュエル)2の対戦は晃の先攻から始まった。

相手が元遊凪高校のメンバーだったとか、現部長である新堂創と肩を並べる存在だったとか聞いて少しは動揺したが目の前の敵ということには変わりなくいつも通りのプレイを始める。

「モンスター、伏せ(バック)を1枚づつ伏せてターン終了」

まずは手堅く守りを固める。

相手の戦術を知らず実力も不明という現状ではこれが最善だと考えた。

「俺のターンだ」

ドローフェイズにカードを引いたとき、霧崎は顔をニヤけながら笑みを浮かべた。

「なんだ。良い手札じゃねえか、せいぜいつまらないなんて思わせないぐらいに足掻いてみせろよ。《おろかな埋葬》を発動し《甲虫装機ホーネット》を落とし《甲虫装機ダンセル》を召喚」

《甲虫装機ダンセル ☆3 ATK/1000》

種族は昆虫族でありながら人間の姿をしたモンスター。

赤色のトンボを模した装甲を纏い銃を構えた戦闘員のような格好をしている。

このプレイだけで3枚のカードが露わになったがそれだけでも相手のデッキを特定するには十分だった。

「【甲虫装機】か?」

「その通りだ。ダンセルの効果でホーネットを装備。まずはモンスターをぶっ壊せ!」

霧崎の宣言により墓地へと送られた《甲虫装機ホーネット》と呼ばれるカードがダンセルの右腕に小型のパイルバンカーとして装着された。そこから杭を打ち抜くかのように蜂の棘が発射され晃の場の伏せたモンスター《武神器─オキツ》のカードをドロドロと溶かして行った。

「くっ……!?」

「おっと、これで終わりじゃねえよ。ダンセルの効果によりデッキから《甲虫装機センチピード》を特殊召喚。同じくホーネットを装備しもう1枚を破壊してやるよ」

《甲虫装機センチピード ☆3 ATK/1600》

2度目の効果により今度は魔法・罠のカードを溶かしていく。

晃の場を全損させ無防備にさせたと思いきや今度は一陣の竜巻がムカデの姿をした戦士《甲虫装機センチピード》をズタズタに引き裂いたのだ。

「は……?」

「破壊されたのは《荒野の大竜巻》。効果によりセンチピードを破壊する」

破壊されたことによる破壊。

スムーズにプレイができなかったというのに霧崎は声を上げて笑い出した。

「ハハッ、楽しませてやるじゃねえか。破壊されたとはいえセンチピードの効果によりデッキから《甲虫装機の魔剣 ゼクトキャリバー》をサーチ。ダンセルで直接攻撃だ」

 

 トンボを模した戦士は武装していた銃を晃へと構え光弾を放った。

 防ぐこともできずに晃はただ相手に先手を許すだけだ。

 

晃 LP8000→7000

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

「オレのターン。まずは《暗炎星─ユウシ》を通常召喚」

 

《暗炎星─ユウシ ☆4 ATK_/1600》

 

 しかし負けじと晃も巻き返そうとモンスターを召喚する。

 彼が使用するデッキの【武神】とは別のカテゴリのモンスターであるものの相性が良いモンスターだ。

 

「バトルフェイズに入り、ユウシでダンセルへと攻撃する……何か発動は?」

「いや、通してやるよ」

 

 2枚の伏せカードは何も発動することなくそのまま攻撃が通る。

 

終 LP8000→7400

 

「ユウシの効果。戦闘ダメージを与えたことでデッキから《炎舞-天璣》をセット。メイン2で発動し《武神─ヒルメ》をサーチし墓地のオキツを除外し特殊召喚。場の2体で《武神帝─カグツチ》へとエクシーズ召喚!」

 

《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500→2600》

 

 流れるような動きでエクシーズ召喚にまで繋いだ。

 青い炎と武装で纏った《武神─ミカヅチ》の進化形態であるモンスターだ。

 

「エクシーズ召喚に成功したことでデッキからカードを5枚墓地へと送る」

 

 《針虫の巣窟》と同じ効果を単体で発動できるこのカードは確かに強力だ。効果により墓地へと落ちたのは《武神器─ハバキリ》《激流葬》《武神結集》《武神─アラスダ》《サイクロン》の5枚だ。落ちた2枚と《炎舞-天璣》と合わせて攻撃力が2800まで上昇する。

 

「これでターン終了」

 

 もっとも、その効果は単なるオマケでしかない。

 相手が使用する【甲虫装機】というカテゴリは《甲虫装機ホーネット》のカードにより破壊効果が扱いやすい。除外すればいいものだが、その術が無い晃にとってはエクシーズ素材を取り除くことで破壊を免れる《武神帝─カグツチ》がこの場では最善の選択なのだろう。

 

「成程な。破壊耐性モンスターで凌ぐってことか。けれど、その程度の対策で防げるとでも思ったのか?」

 

 ターンが移り霧崎がドローフェイズでカードを引く。

 まずは1枚。伏せていたカードを表へと返すのだ。

 

「《リビングデッドの呼び声》発動。墓地のダンセルを蘇生」

「っ、またホーネットか……」

「いや、違うな。ダンセルの効果により手札から《甲虫装甲グルフ》を装備させ墓地へと送ることでレベルを2へと上げる。さらにセンチピードを特殊召喚し同じくグルフ効果でレベルを2上げるぜ!」

 

 レベル上げの効果によりダンセル、センチピードのレベルが5へと成る。

さらにセンチピードの効果によりデッキから《甲虫装機ギガマンティス》がサーチされた。

 

「レベル5となった2体で《甲虫装機エクサスタッグ》をエクシーズ召喚」

 

《甲虫装機エクサスタッグ ★5 ATK/800》

 

 青白く輝く合金の装甲に身を包みクワガタのような2本の角を持ったロボットを思わせるモンスターへと姿を変えた。召喚するにあたり半上級モンスターであるレベル5を必要とする召喚難易度の高いモンスターでありながら攻撃力800という貧弱なステータスでありながらそのモンスターを前に晃は自分の《武神帝─カグツチ》との相性の悪さを悟った。

 

「エクサスタッグの効果だ。エクシーズ素材を取り除いてお前のカグツチを装備カードとしてエクサスタッグへと装備させる!」

「まずいっ! 手札から《ビビット騎士》を発動。カグツチを除外して特殊召喚!」

 

《ビビット騎士 ☆4 ATK/1700→1800》

 

 いくら破壊耐性を持っていようとも破壊以外の除去には無力なもの。

 それを補うように対象となったモンスターを《亜空間物質転送装置》のように一時的に逃がすカード《ビビット騎士》によってなんとか回避することに成功した。

 

「だったらエクサスタッグをエクシーズ素材に《迅雷の騎士ガイアドラグーン》をエクシーズ召喚。バトルフェイズに《ビビット騎士》に攻撃する」

 

《迅雷の騎士ガイアドラグーン ★7 ATK/2600》

 

 晃 LP7000→6200

 

「っ……」

「ターンエンドだ」

「オレのターン、スタンバイフェイズにカグツチは戻ってくる。《武神器─ハバキリ》を召喚し《烏合の行進》を発動し2枚ドロー」

 

《武神器─ハバキリ ☆4 ATK/1600》

 

 本来、戦場となるモンスターゾーンに赴くことが無いモンスター《武神器─ハバキリ》を迷うことなく召喚する。加えて手札補充とアドバンテージを稼いでいく。

 

「バトルフェイズ。カグツチでガイアドラグーンへと攻撃!」

 

 本来、《武神帝─カグツチ》の攻撃力は2500とガイアドラグーンとはたった100ポイントでありながらも敵うはずも無いステータスでありながら晃の場の《炎舞-天璣》によってその差を埋めていた。

 おかげで戦闘は互角。カグツチの持つ剣とガイアドラグーンの緑色のランスが交差し互いに攻撃を受け消滅する。

 

「続けてハバキリで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 終 LP7400→5800

 

 鶴の形状をしたハバキリが翼を広げ滑空飛行しながら霧崎へと突進をする。

 ライフを削り数値としての差はわずか400となった。

 

「2枚伏せてターン終了」

 

 晃の場には下級モンスターでありながら《武神器─ハバキリ》に2枚の伏せカード。

 そして1枚の手札に残りライフは5800。

 

 対して相手の場は対象の無い《リビングデッドの呼び声》のみ。

 手札は4枚、ライフも6200と晃よりも多い。

 

 だが状況を見てはどうだろうか。

 互いに差が無くほど互角の勝負を繰り広げていた。

 勝負の前に彼がかつて遊凪高校にいて現部長である新堂創に並ぶ存在と言っていたことに多少の不安を感じた今では晃は、この状況に多少の安堵を感じていた。対する霧崎終と言えば──。

 

「ハ、ハハッ」

 

 顔を俯かせて笑っていた。

 何かがおかしいように。狂ったかのように。

 

「カハハッ、想像以上だよ橘晃! 取るに足らない雑魚かと思っていたが、中々に骨がある。さすが今の遊凪高校の遊戯王部にいることだけあって新堂(あいつ)並みに目障りだ」

 

 感情が溢れたかのように霧崎は語り出す。

 

「おかげで計算が狂ったよ。まさか、お前ごときに本気を出さなくちゃいけないなんてな!」

 

 瞬間、空気が変わった。

 まるで纏わりつくような気味の悪い感じから一転し、冷たく鋭い殺気にも似た決闘者(デュエリスト)として相手を倒すと告げる空気。今、この場で霧崎終は晃を完全に敵とみなした。

 

「俺のターンだ。《無欲な壺》を発動し2枚のセンチピードをデッキへと戻し《死者蘇生》を発動。墓地からダンセルを蘇生し効果によりホーネットを装備してお前の伏せカード1枚を破壊する」

 

 打ち抜かれたのは《聖なるバリア─ミラーフォース─》。

 続けて彼は、さらにダンセルの効果を発動させた。

 

「ダンセルの効果によりセンチピードを特殊召喚。同じくホーネットを装備させ、手札の《甲虫装機ギガマンティス》をダンセルへと装備させる」

 

 前のターンでセンチピードの効果によりサーチしたモンスターをダンセルへと装備させる。巨大な刃が付いた緑色の籠手を装着し効果によって攻撃力が上級クラスの2400へと引き上げられた。

 

「ホーネットを再び墓地へ送り、装備カードのギガマンティスを破壊する」

 

 だが、ダンセルを強化したギガマンティスを霧崎は惜しげも無く破壊した。

 もっとも、それが霧崎の狙いだ。

 

「装備カードが墓地へ送られたことでダンセルの効果がまた発動する。2枚目のセンチピードを特殊召喚し、また1枚目のセンチピードの効果で2枚目のギガマンティスをサーチ。ダンセルと1枚目のセンチピードで《No.17リバイス・ドラゴン》をエクシーズ召喚」

 

《No.17リバイス・ドラゴン ★3 ATK/2000》

 

 流れるかのようにモンスターを回していく。

 その回しは晃どころか、新堂創すらも上回り彼とかつて並んでいたと言う言葉を納得させるのに十分な動きだった。

 

「リバイスの効果を発動。素材のダンセルを取り除き、手札のギガマンティス。墓地のホーネットをセンチピードへと装備しホーネットによりギガマンティスを破壊する。今度は破壊されたギガマンティスの効果を発動させ墓地のダンセルを特殊召喚。センチピードの効果で今度は2枚、最後のギガマンティスと《甲虫装甲ギガウィービル》を手札に」

「っ……」

 

 またしても《甲虫装甲ダンセル》が場へと戻る。

 幾度とない展開に晃は悪寒を感じずにはいられなかった。

 

「さて、そろそろ終わりだ。ダンセルで再びホーネットを装備し伏せカードを破壊」

「だったら対象となった《剣現する武神》を発動。除外されている《武神器─オキツ》を墓地へと戻す」

「ハッ、所詮は悪足掻きだ。ダンセルの効果で3枚目のセンチピードを特殊召喚し再びホーネットでお前の最後のカード、ハバキリを破壊。そしてゼクトキャリバーをサーチだ」

 

 晃の場にあった3枚のカードは全滅。

 加えて霧崎の場にはたった1ターンでダンセルにセンチピード2体、リバイス・ドラゴンが並んだ。

 

 総攻撃力は6700と晃のライフを上回る。

 

「さてセンチピード1体にギガマンティス、ゼクトキャリバーを装備させバトルフェイズだ。まずはダンセルで直接攻撃(ダイレクトアタック)だ」

 

《甲虫装機センチピード ATK/1600→3400》

 

「くっ、墓地の《武神器─オキツ》を発動。手札の《武神─ヤマト》を墓地へと送り自分が受けるダメージをこのターン0とする」

 

 残りライフを上回る総攻撃を一時的にだが免れることができた。

 しかし、《武神器─オキツ》の効果で最後の手札を捨てたことによって晃は実質、手札・場と共に0となってしまったのだ。

 

「手札も場も失ったお前に何ができる? 装備カードを持たないセンチピードとダンセルで《発条機雷ゼンマイン》をエクシーズ召喚しカードを1枚伏せターンエンドだ」

 

《発条機雷ゼンマイン ★3 DEF/2100》

 

 場には攻撃力2500のリバイス・ドラゴンと3400のセンチピードに加え破壊耐性と破壊効果を持ったゼンマインの布陣。さらにこのターンに伏せた霧崎のカードは《ブラック・ホール》など大量除去を封じる《大革命返し》なのだ。

 

「っ……」

 

 晃は悔しく俯きながら歯を噛みしめた。

 

目の前の相手、霧崎終は強い。

いくら工夫を重ねて強くなることができたとしてもそれすら上回る格上だ。

 

 現在、半分以上のライフが残っているとはいえ相手の場の圧倒的なアドバンテージに対し勝つためには、次のドローフェイズで引くカードに頼るしかない。それ故に晃は怖かった。かつて対峙した強敵である烏丸や茶度と言った相手にも同じように引くカードに頼らなければならない状況があったにせよ今のプレッシャーの比では無い。

 

「オ、オレは……」

「ハッ、嫌だったらサレンダーしてもいいんだぜ?」

 

 思わず霧崎の言った通りにサレンダーをしてしまいたいと思ってしまう。

 そんなとき、聞き覚えのある声が晃の耳を過った。

 

「何、項垂れてるのよ! このヘタレ!」

「あっ……氷湊!?」

 

 声のした方を振り向けば氷湊がフェンス越しに叫んでいたのだ。

 さらにその隣には茜と有栖も晃を励まそうとしていた。

 

「最後まで諦めないでくださいっ!」

「が、頑張って橘くん!」

「日向に風戸まで……」

 

 急な応援に戸惑いを隠せない晃。

 そんな中、涼香は霧崎を睨み始めた。

 

「試合に出られなくてごめん。それよりも黒栄高校。あんたのとこの学校よね? その生徒が私たちに絡んできたのだけどどういうわけ?」

「さて、何のことやら。ただのトラブルを俺たちのせいにされるってのは困るなぁ」

 

 隠す気がないのか、霧崎はまるで言葉でははぐらかしながらも表情は下種な笑みを浮かべているのだ。まるで『自分が主犯です』と言いたげなほどだ。

 しかし、それを突き付ける証拠が無い。だからでこそ霧崎は笑うのだろう。

 

「あぁ、そういうことか。大体わかった」

 

 今のやり取りを見てなんとなくではあるが、涼香たちが試合の時間に来れなかった理由とその原因を理解した。目の前の相手である霧崎たちが仕組んだこと。それを知った晃には先ほどまでの恐怖や不安と言った感情は消し飛び、静かな怒りを感じていた。

 

 勝つために卑怯な手段を用いる相手。

 その相手の前では圧倒的に不利な状況とか、自分の引くカードに全てが託されるとかそんなことはどうでも良くなった。

 

 ──ただ単純に、この男には負けたくない。

 

 その感情だけが晃を動かしていた。

 デッキトップに指を掛け引きぬく仕草を取る。

 

「絶対に負けられない! オレのターン!」

 

 

 




 
 橘晃  LP5800 手札0

 霧崎終 LP6200 手札3
 ◇No.17リバイス・ドラゴン
 ◇甲虫装機センチピード
 ◇発条機雷ゼンマイン
 ◆リビングデッドの呼び声(対象:無し)
 ◆伏せカード(大革命返し)
 ◆甲虫装機の魔剣ゼクトキャリバー(対象:甲虫装機センチピード)
 ◆甲虫装機ギガマンティス(対象:甲虫装機センチピード)


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041.遅咲きの才能

 

 

 奇跡。

 それは人間の力や自然法則を越えた出来ごと。

 スポーツでは、格上に対する劇的な勝利や信じがたいプレーを奇跡と呼ぶことがある。

 

「オレは《ソウル・チャージ》を発動!」

「なぁっ!?」

 

 それはあまりに以外な1枚だった。

 橘晃という人間は決闘者としてこれまで異常と言っていいほど引きの才覚が欠落していた。無論、対戦相手として霧崎も晃の引きが悪いことなど承知のはずだ。だというのに、この場面で奇跡的ともいえる引きを彼は起こしたのだ。

 

「5体のモンスターを墓地から蘇生する」

 

《武神器─ハバキリ ☆4 ATK/1600》

《武神─アラスダ  ☆4 ATK/1600》

《武神─ヒルメ   ☆4 ATK/2000》

《ビビット騎士   ☆4 ATK/1700》

《暗炎星─ユウシ  ☆4 ATK/1600》

 

橘晃 LP5800→800

 

 5体のモンスターが一度に並ぶ姿は圧巻だった。

 大幅にライフを失ったがそれに見合う価値はある。

 だが、それでは相手を越えることはできないために晃はさらにプレイを続けるのだ。

 

「さらに武神と名の付くハバキリとアラスダ、光属性のヒルメとビビット騎士をエクシーズ素材にエクシーズ召喚!」

 

《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》

《武神帝─ツクヨミ ★4 ATK/1800》

 

 さらには2体のエクシーズモンスターが並ぶ。

 

「スサノヲの効果でデッキから《武神帝─ムラクモ》を手札に加え、ツクヨミの効果を発動し手札を捨てることで2枚をドロー」

「なんだとっ?」

 

 霧崎の内心は穏やかではなかった。

 場も手札も0の状況から1枚の引きで圧倒的なアドバンテージを得ながら回り始めたのだ。まるで新堂創と勝負をしているかのような状況を霧崎は錯覚し始めた。

 

「さらに墓地のムラクモの効果でセンチピードを破壊!」

「っ……墓地へ送られたゼクトキャリバーの効果で《甲虫装機ダンセル》を回収する」

 

 装備していた1枚《甲虫装機の魔剣ゼクトキャリバー》の効果により【甲虫装機】のキーカードであるダンセルを回収した。残念ながら裁定により《甲虫装機ギガマンティス》は効果を発動できないが次へと繋ぐことができる。

 

「カードを2枚伏せてターン終了」

「ちっ、俺のターン。《甲虫装機ダンセル》を通常召喚!」

「そうはさせない! 《神の宣告》を発動!」

「っ!?」

 

橘晃 LP800→400

 

 さらには《神の宣告》までも引き当てていたのだ。

 今の彼は、ただの凡人では無いことに霧崎は身を震わせた。

 もっともライフ的に霧崎が圧倒的に有利なので残りライフ400など風前の灯に等しく彼の場のリバイス・ドラゴンで押し込むだけで決着が付く。

 

「だったら俺は手札から《サイクロン》を発動する」

「チェーン発動《威嚇する咆哮》!」

「──っぅぅ!?」

 

 霧崎は思わず声をかみ殺した。

 目の前の相手『橘晃』がまったく違った相手に見える恐怖に身を震わせた。

 

「なんだよ。何なんだよお前は……くっ、カードを1枚伏せてターンエンド」

「オレのターン。ツクヨミの効果を発動し手札を捨て2枚ドロー!《武神器─ハチ》を落として効果を発動。伏せたカードを破壊しスサノヲの効果でデッキからハバキリを手札に加える!」

 

 再び武神帝の効果を使用する。

 観客たちが息を殺して見守る中、晃は2枚のカードを引いた。

 相手のライフは6200と半分以上もあり壁となる《発条機雷ゼンマイン》が存在するのだ。まずは壁をどかすことを考える。

 

「まず1枚《武神─ミカヅチ》を通常召喚し《暗炎星─ユウシ》と共にエクシーズ召喚。《No.50 ブラック・コーン号》!」

「なっ、ブラック・コーンだと!?」

 

《No.50 ブラック・コーン号 ★4 ATK/2100》

 

 黒い巨大な宙を浮かびながら出現する。

 そのカードの効果を知っているが故に彼は絶望したような表情を浮かべた。

 

「コーン号の効果! エクシーズ素材を一つ取り除くことで《発条機雷ゼンマイン》を墓地へと送り1000ダメージを与える!」

 

 霧崎 LP6200→5200

 

 さらには壁までもが取り除かれた。

 いったい、何が起きている。

 

 あまりに予想外の事態に霧崎の頭は理解が追いつかなかった。

 彼が予想外のプレイを得意として行うのは想定内であったが彼の引きはそれを越えるほどに想定がいの出来ごとだった。

 

 ただ、効果を使用したブラック・コーン号は攻撃ができない。

 残りのモンスターの総攻撃力ならなんとか耐えきれるはずだったが、彼の最後の1枚。

 それが霧崎を名前通りに終りへと導くものだ。

 

「っ、お前はいったい何なんだよ」

「これで最後だ! 《死者蘇生》を発動。墓地から──」

「畜生ぉ! 覚えてやがれ、お前が俺に勝ったこと。必ず後悔させてやる」

「《武神帝─カグツチ》を蘇生!」

 

 橘晃の場には《No.50 ブラック・コーン号》を除き《武神帝─スサノヲ》《武神帝─カグツチ》《武神帝─ツクヨミ》の3体の武神帝が並んだのだ。この瞬間にこの勝負の決着は付いた。

 

 晃の引きの変革。

 それは彼が持つ遅咲きの才能の片鱗だった。

 

 

 + + + + +

 

 

 遊凪高校と黒栄高校との準々決勝の間。

 他にも準々決勝が行われていた。

 

 中でも最も注目されている日本第七決闘高校と風祭高校との試合。

 それは総合体育館で行われていた。客席には別の高校からの視察は勿論、雑誌の記者、大学やプロリーグのスカウトマンさえもこの試合を見に来ていたのだ。

 

 最初のTD(タッグデュエル)は風祭高校が辛くも勝利を収めた。

 続いてのSD(シングルデュエル)2は早くも決闘高校が主将(キャプテン)鏡大輔(かがみだいすけ)を投入。圧倒的な実力差を見せつけた。

 

 そうして最後のSD(シングルデュエル)1には風祭高校主将の烏丸亮二が出場したのだが……選手以外の全ての人々が声を殺し一言も喋ることができなかった。

 

「あ……」

 

 沈黙の中、烏丸亮二が掠れた声を漏らした。

 勝負は既に決着はついているのだが、圧倒的なんてものではなかった。

 一言で言ってしまえば話にならない。日本第七決闘高校の選手である彼女はただ一言、無機質な『ありがとうございました』だけを告げて去って行った。

 

「焔ちゃん。おつかれさん!」

 

 会場である体育館から出ようとする最中、出口には主将の鏡大輔が待ち構えておりペットボトルに入ったスポーツ飲料水を投げ渡した。

 

主将(キャプテン)。別に疲れておりませんが?」

「冷たいなぁ。炎属性を扱うのに」

「……デッキと性格は関係無いと思いますが」

 

 おちゃらけに笑う鏡に対して焔と呼ばれた彼女はただ冷淡に対応するだけだ。

 

「で、どうやった風祭高校の主将の強さは?」

「どうとは?」

「いや、なんか感想とかあるやろ!?」

「……彼が敗北し私が勝利した。それ以上もそれ以下もありません」

「あいかわらず無駄が無いなぁ。『楽しむ』なんて言葉、君の辞書に無いんか?」

 

 歩きながら話す中、焔はピタリと足を止めた。

 ただ『いえ』と否定する言葉を述べる。

 

「次の勝負だけ、この大会で唯一の楽しみがあります」

「へぇ、なんでや?」

 

 以外な答えに鏡は反射的に聞く。

 焔は何かを思い出すかのように宙を見上げたのだ。

 

「私はかつて……2年前のインターミドル個人戦で全国3位でした」

「何やそれ。自慢?」

「違います。言い返せば私は準決勝で一人の同年代の男に敗北しました」

 

 さらった自慢にも聞こえたが、焔はただ事実だけを述べるのみ

 いつも通りの淡泊な口調ではあるが、それには悔しさが籠っていると鏡は感じた。

 

「あらゆる予測を上回る引きを見せ唯一私に土をつけた男。新堂創。私には彼を倒す義務がある」

「へぇ、そんな因縁があったんか。そういえば去年あたった時は、二階堂とかいう眼鏡と勝負して結局は戦えんかったからなぁ。で、勝てる自信はあんの?」

「勿論。このために私は一切の妥協を許しません」

「うわぁっ。何それノート?」 

 

 焔は手荷物の中から一冊のノートを取りだして鏡へと手渡した。

 それには『新堂創』のという男のデッキ構成と状況に応じてドローするカードの種類、系統別の確立。プレイングに関してのありとあらゆる情報はもちろんのこと、プレイ最中のクセや言動、視線の動きに関してから性格、心理、好きな言葉から食べ物まで酷いところを行くと彼の期末テストの点数までもが記されているのだ。

 

「……ストーカーか?」

「私の決闘は相手を分析してこその物です。相手を調べつくして損なことなどないでしょう」

「いや、限度というものがあるやろ。まあ、意気込みは買うけど他はどうなん? 仮に別の選手と当たって負けてしまいましたやと笑い話にもならへん。ほら、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)とか強そうなのは他にもいるやろ?」

「その点に関しても問題ありません。氷湊涼香の持つ才能は認めますが、それに頼りきりの力任せ。所詮はBランク程度でしょうし、風戸有栖に関しては才覚が劣りそもそも私とは相性の時点で勝敗が決している」

 

 まるで他は眼中が無いとでも語るかのように焔は他の選手を語っていく。

 そんな中、一人だけ気になるのかわずかながら表情を変えた。

 

「注目するのであれば、橘晃。彼でしょう」

「へぇ、なんでや? ただの凡人やろ」

主将(キャプテン)の眼は節穴ですか? 今まで私が見ていた中で、彼は異質です」

 

 と、会話を続けながら体育館の外を歩いていたらどこから来たのか『キャンキャン』と小柄なチワワが鏡と焔の元へと駆けよってきたのだ。

 

「あ、犬や」

「…………」

 

 チワワを見るや否や焔は無言で手をチワワの頭をなでようと伸ばしたのだ。

 決闘において勝敗以外に執着を持たない彼女が何かに関心を持つのは珍しいと言いたげに鏡は目を丸くした。

 

「犬、好きなんか?」

「ええ割と」

 

 そこだけは素直だった。

 しかし、彼女がチワワの頭へと手を乗せたときだった。

 『ガブリ』と鈍い音を立てながら彼女の手はチワワの口の中へ。

 

「よしよし」

「おいぃぃっ! 何がよしよしやっ! めっちゃ噛まれてんけど、というか食われてへんか? というか犬の顔よく見てみ! まるで親の敵でも見るように睨まれてんで!」

「……? これが動物とのスキンシップでしょう?」

「さよか」

 

 噛まれガジガジと歯を動かすチワワに対し焔は平然としている。

 その光景を前に鏡はげんなりとしていたが、彼女はチワワに噛まれながらも話を戻した。

 

「話を続けますが、どんな選手にも決闘者としての才能を持ってはいるものです。ですが、彼はそれを持ち得ない」

「……ふぅむ。それほど弱い奴ということちゃうか?」

「かもしれませんが、逆に彼がいまだに才能を開かせていない。その場面ならばどうでしょうか?」

 

 焔の言葉。

 それを連想しながら鏡は口元に手を当て思考する。

 

「つまりあれやろ。彼が烏丸亮二を倒した時点でもまだ成長発展の真っ最中。さらに何倍も強くなる可能性がある……ってことか?」

「ええ、もっとも彼の中に何が潜めているのかはわかりませんが」

「で、彼と戦うとなると焔ちゃんでも負けるかも、と?」

 

 なんて鏡はおちゃらけながら彼女をからかう。

 もっとも焔はそれを蚊のほどにも感じずに返答した。

 

「いえ、彼もまた他の選ばれなかった決闘者たちと同じです。警戒をすべきなのは主将(キャプテン)と剣崎先輩、星宮ルミたちの方です」

「うわっ、しれっとわいらを格下扱いしとるっ!?」

「総じて言いますが、遊凪高校は新堂創以外に私の敵になる相手などいません。そもそも決闘者(デュエリスト)として私とでは次元が違います」

 

 絶対的な自信で言いきってしまう焔。

 そもそも彼女の強さは、決闘を専攻するこの日本第七決闘高校の中でもあまりにも異質なのだ。入学してわずか一週間で現在OBである『帝王(カイザー)』の異名を持ったトップを打倒して女帝となったのだ。

 歩いていく中、ふと鏡は一つ引っかかりを感じた。

 

「そういや、まだ遊凪高校で名前を出してない子がいるけど、その子はどうなん?」

 

 鏡の何気ない質問が引き金になったのか今まで淡泊に話す焔の表情がわずかながら変わった。不快だと言いたげに目を細めドスの聞いた声で語る。

 

「論外です。あの子は逃げた立場。もはや私に立ち向かう覚悟などあるはずもない」

「……()()()には厳しいやん。けど、前にウチの中等部にいたときの彼女に戻ったら? 一度、対戦したけどあのときの彼女は本当に怖かったわぁ」

 

 まるで何かを思い出したかのように鏡は身震いをし出した。

 

「そうですね。もしあの子が戻ったとなれば私も本気を見せなければならないですね。もっとも、それでも私は負けるはずありませんよ。何せ私は既に──」

「ん、何や?」

「いえ、なんでもありません」

 

 その後、彼女はいつも通りの淡泊な口調となりこれ以上を喋ろうとしない。

 日本第七決闘高校の正レギュラーの3年主将の鏡大輔と2年エース日向焔(ひむかいほむら)は別行動を取った他の正レギュラーを探しに行った。

 

 

 



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042.決闘者でも無いお前に遠慮はしない

注意:事情により今回は前回の禁止制限を使用しエラッタ前の効果も使用します。
つぎの章より現在の禁止制限に以降します。


 

 

 地区大会の準々決勝の一つ。

 遊凪高校と黒栄高校の団体戦の試合は結果として遊凪高校が勝利した。

 TD(タッグデュエル)は不戦敗で黒栄高校の勝利。

SD(シングルデュエル)2は晃が苦戦しながらも辛勝。

SD(シングルデュエル)1は捨てていたのか相手も大した実力者ではなく創が快勝を迎えていたのだ。

 

次の準決勝へと駒を進めることができた。

しかし、参加校の数が多いために時間も既に17時を過ぎていることもあるが、元々時間配分上、準決勝からは1週間後で行われている予定になっていたのだ。

 

地区大会の試合が全て終わったと事を告げる場内放送が流れ出し試合の参加者や応援していた人々が帰る支度をしていた。大半は途中で敗北してしまったものの後学のために試合を観戦していた選手たちが多い。

次の試合に出ることができるのは100校を超える中でわずか4校のみなのだ。

その中の1校である遊凪高校のメンバーも帰り支度を済ませていた。

 

「忘れ物は無いな?」

 

 手に持つのリュックサックを片手に持ち全員に忘れ物が無いかと聞く。

 それぞれ『無いわよ』『確認したッスよ』『問題ありません』『大丈夫だよ』と返答を聞いたのち問題は無いと判断した。

 

「それじゃあ帰るぜ!」

 

 片手を上げて誘導するように創は一歩歩き出した。

 彼らは現地集合であったが帰る時は途中まで一緒に行くということになり5人全員で帰ることにした。この付近にあるバス停に乗り遊凪高校の付近まで向かう予定となっている。

 ところが、1歩2歩と踏み出したところ、何か違和感を覚えたかのように先頭を歩いていた創が突如、歩みを止めたのだ。

 

「…………?」

「ん、どうしたのよ?」

 

 ぴたりと止まった創に対し涼香は何があったのかと問う。

 すると創はすぐさま半笑いで告げるのだった。

 

「悪い悪い、どうやら忘れ物をしたみたいでさ。先に行っててくれないか」

「……聞いてきたアンタが忘れ物してどうすんのよ」

 

 はぁ、と軽くため息を付きながら涼香は呆れ果てる。

 そもそも今日の地区大会においても彼は興奮して眠れなく一回戦目を遅刻してしまうという事態があったのだ。こんなのが部をまとめる部長であっていいかと言いたげだった。

 

「わかりました。まだバスまで時間はありますし早く戻ってくださいね」

「おう!」

 

 しかし、そんな彼のことなど慣れっこだと言うかのように茜が承諾し彼の代わりに先頭を歩きだした。そんな彼女らに対して創は歩き出すこと無く姿が見えなくなるまで見送っていたのだ。

 遠ざかりやがて見えなくなったころに創はあたりを見渡した。

 

「さて、どういうことだ霧崎?」

 

 建物の物陰へと視線を向けながら創は言葉を投げかけた。

 視線の先から姿を現したのは準々決勝で彼らに敗れた黒栄高校の選手の一人である霧崎終が無言でしかしただならぬ空気で十人ばかりの同じ黒栄高校の制服を着た生徒を連れていたのだ。

 その数人の中にはバットや鉄パイプのようなものを武器のように持っており不穏な空気を漂わせているのだ。

 その主格とも思える霧崎はただ冷たい声で創に語りかけた。

 

「よく気付いたじゃねえか」

「少しとはいえ同じチームだったからな。それにお前の独特の空気はわかるからな」

「ハッ、相変わらず勘のいい事で」

 

 小馬鹿にするように霧崎は笑う。

 創は彼の笑いなど気にすることも無く静かに、しかし怒りを抑えるかのように普段の遊凪高校のメンバーには見せないような冷たい声で語りかけたのだ。

 

「いくつか聞きたいことがある」

「なんだ?」

「一つ目は、お前たちとの試合で涼香たちが来なかったことだ。お前たちの仕業だろ?」

 

 彼らの試合では遊凪高校側のTD(タッグデュエル)は不戦敗になった。

 それはまだいい。もしも彼女らの身に何かあったらと創は不安でたまらなかった。

 霧崎終という男の性格を知っている創はありえると考え試合に来れなかった彼女らの話によれば黒栄高校の制服を着た連中に足止めを受けたと言う証言だってある。

 

 霧崎は創の問いに対して一歩も引かない。

 むしろ隠す気なんて無いと笑みさえ見せるのだ。

 

「ご明察」

「そうか、だったら次だがお前たちは何をするつもりだ?」

 

 十数人という人数を引き連れ、しかも武器のようなものを持ってピクニックなんてあるはずも無い。穏やかなんて言葉が似合うはずも無い彼らはあまりに危険に見えた。

 創の問いに霧崎はさらに顔を歪めたような笑みを見せた目が笑っておらず、それは邪悪とでも表現できるように見えた。

 

「決まっているだろ。報復……だよ」

「なんだと」

「俺はあんなマグレの敗北なんて認めない。もう俺たちが試合に出れないのなら、お前たちも出れなくしてやろうってな。言っただろ、トラブルは付き物だってなぁ」

 

 そのための人数と武器かと創は納得した半面、心の中では激しい怒りに見舞われた。

 普段は無邪気に振るまっていた彼も今回ばかりは怒りで熱くなるのを通り越して体中に冷たさを感じるほどだった。

 それでも、と彼は激昂を押さえながらまだ聞きたいことを問う。

 

「なら、最後の質問だ。お前にとって遊戯王は何だ?」

「俺にとって……だと、なんにもねえよ。ただの弱者をねじ伏せるための暇つぶしだ」

「そうか」

 

 これで質問は終わったのか創は手に持っていたリュックサックを地面へと降ろした。

 そこから取り出したのは決闘盤(デュエルディスク)。彼は腕に装着し敵を見るように霧崎を睨んだのだ。

 

 この質問の中で得た結論は一つ。

 目の前の男、霧崎終は決闘者(デュエリスト)なんかでは無い。

 

「俺と決闘(デュエル)しろ霧崎。俺が勝ったらそんな二度と俺たちに関わるな」

「そうかよ。そういえばお前と一緒にいた頃は直接対決なんてしてなかったからな。別にいいがお前が負けたらどうなるんだ? だったらお前のデッキでも貰おうか」

「……わかった」

 

 霧崎の突然の要求に創はただ冷淡な一言だけで承諾したのだ。

 創の返答を聞いた彼は口元を釣り上げて決闘盤を取り出して腕に装着したのだ。

 

「その言葉、忘れんなよ」

「お前もな」

 

 互いに険悪な空気を持ったまま距離を保ち決闘盤を構える。

 霧崎は手荷物のカバンから取り出したデッキを装着し、創はリュックサックにしまっているデッキケースに手を伸ばさずに制服の内ポケットに大切にしまってあったデッキへと手を伸ばしたのだ。

 

決闘(デュエル)!』

 

 夕暮れ色が一面を染める中、二人は勝負を開始した。

 先攻は創から。彼は霧崎のデッキと戦術を知っているが故に5枚の手札の中から相手に合わせた戦略を頭の中で構築して行く。

 

「俺はカードを1枚伏せてターン終了だ」

 

 霧崎の【甲虫装機】に対して生半可にカードを出して行くのは危険だ。

 まずは相手の様子を窺うと伏せたのは《神の警告》だ。

 だが、次の霧崎のターンで創の読みが間違いなのだと証明された。

 

「俺のターン。まずは《強欲な壺》だ!」

「は……《強欲な壺》だと!?」

 

平然と発動してのけたのは、デッキからカードを2枚ドローできるというシンプルながらも強力な効果を持つ禁止カードなのだ。本来、決闘盤には禁止カードやドローや効果で加えたカード以外を受け付けない機能があるというのに、それがまったく働いていない。

 

「甘いんだよ。決闘盤だって万能じゃねえ。制限解除の改造なんて簡単にできんだよ!」

「決闘盤の違法改造。噂は本当だったんだな」

 

 創は驚愕しながらも何か合点が行ったと思えるような表情を見せた。

 元々、霧崎終という男は遊凪高校にいたのだが、突如第七決闘高校のスカウトを受けて転入したのだ。しかしながら、彼はそこで連敗を繰り返し決闘盤の違法改造に手を出して退学となったと聞いた。

 その結末として今の黒栄高校にいるのだろう。

 

「2枚ドローだ。続けて《ハーピィの羽根箒》でお前の伏せカードを全て破壊し《苦渋の選択》を発動。《カオスソルジャー-開闢の使者-》2枚と《混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)-終焉の使者-》、《クリッター》2枚を指定する。さあ、選びな!」

「っ……そこまでするのか。《クリッター》を選択する」

 

 禁止カードのオンパレードの創は嫌悪し拳を強く握りしめた。

 選択された《クリッター》が手札に加えられ残りは全て墓地へと送られる。

 

「そもそも公式な勝負じゃねえからな。そら、続けるぜ! 《死者転生》で手札の《クリッター》を捨て《混沌帝龍-終焉の使者-》を手札に加える。《死者蘇生》を発動して墓地の《クリッター》を蘇生だ!」

「っ、《死者蘇生》にチェーンして《増殖するG》を発動してカードをドローする」

 

 即座に相手が特殊召喚するたびドローできるカードを発動して手札を補充する。

 しかし特殊召喚した《クリッター》に手札に加えた《混沌帝龍-終焉の使者-》の組み合わせからもうすでに凶悪なコンボが完成していることを知らされている。

 

「さらに墓地の開闢と終焉を除外することで特殊召喚だ!そして混沌帝龍の効果だ。ライフを1000ポイント支払い場と手札の全てを墓地へと送り枚数×300のダメージを与える!」

 

《混沌帝龍-終焉の使者- ☆8 ATK/3000》

 

 霧崎 LP8000→7000

 

 実際バーン効果はただのオマケ。手札と場という破格のリセット効果だけでも十分すぎるほどだ。さらには場に《クリッター》がいるために禁止カードで成せる特有のヤタロックまでもが成立してしまうのだ。

 だが彼は《混沌帝龍-終焉の使者-》の特殊召喚時に《増殖するG》の効果で引いたカードを即座に使用させた。

 

「却下だ! 《エフェクト・ヴェーラー》を発動しカオスエンペラーを止める!」

「相変わらず引きの良い奴だな。気に食わねえ……バトルフェイズで《クリッター》、カオスエンペラーで直接攻撃だ!」

「っ……」

 

 創 LP8000→7000→4000

 

 たった1ターンでライフが半分にまで削られてしまう。

 元々凶悪な効果で薄れてしまってはいるが《混沌帝龍-終焉の使者-》は、かの《青眼の白龍》と同等のステータスを誇る。アタッカーとしても申し分ない強さを持つのだ。

 

「カードを1枚伏せてターン終了だが、てめえの決闘(デュエル)の癖は知っている。立ち上がりが遅いお前に乗らせる間も無く潰してやるよ」

 

 新堂創という男の決闘は基本的に立ち上がりが遅い。

 それは彼が使用する【X─セイバー】のデッキの性質ということもあるが、彼自身が決闘で徐々に調子を上げていくという性質があることが霧崎だけでなく遊戯王部メンバーにも知られている事柄だ。

そんな彼に序盤から攻撃力3000の《混沌帝龍-終焉の使者-》は倒せないという結論を霧崎は出していた。

 

「霧崎、お前は勘違いをしているぜ」

「あん?」

 

だが、それは誤りだった。

創が霧崎のデッキを読み間違えたように霧崎もまた彼を読み間違えたのだ。

 

「俺が徐々に調子を上げてくのは別に性質とかデッキの問題じゃないんだ。相手の強さを感じれば感じるほど、燃えてくるんだ。だがな──今の俺は違うお前へと怒りでこれでもかって言うほどに燃え盛ってるんだ!」

 

 それと同時に彼のターンへと移った。

 ドローフェイズにカードを引き初期手札と同じ5枚から反撃を開始する。

 

「このカードはサイドラと同じ特殊召喚条件を持つ。《H・C強襲のハルベルト》! さらに《増援》を発動して《H・Cサウザンド・ブレード》を手札に加え召喚し効果により手札のヒロイックを1枚捨てデッキから《H・Cエクストラ・ソード》を特殊召喚!」

「馬鹿な【H・C】だと!?」

 

《HC─強襲のハルベルト   ☆4 ATK/1800》

《H・Cサウザンド・ブレード ☆4 ATK/1300》

《H・Cエクストラ・ソード  ☆4 ATK/1000》

 

 場に並んだのは新堂創という男が扱う【X─セイバー】のモンスターではなかった。

 今まで、霧崎が遊凪高校にいたときだけでは無い。創はあらゆる場面で彼が【X─セイバー】以外のデッキを使った記録なんて無いのだ。

 それ故に今の彼が別のカテゴリのデッキを使うなんてありえない出来ごとだった。

 

「誰が【X─セイバー】しか無いって言った。このデッキはな、昔の俺が使っていたんだ。もっとも、昔の俺は勝つことしか考えて無くて友人から遊戯王を奪ってしまったデッキだ」

 

 かつて晃に語った昔話で創は言っていた。

 才能に恵まれ勝ち続け、負けること無く数多と勝負を続けた結果に一人の友人が遊戯王をやめたと。

 

「本当はもう使わないと決めていたんだが……悪いが、今回に限って使わせてもらう!」

「ちっ、だがこれで俺の禁止デッキに勝てるものか!?」

「勝ってやるさ! 俺は3体のモンスターで《No.86 H-C ロンゴミアント》をエクシーズ召喚だ!」

 

《No.86 H-C ロンゴミアント ★4 ATK/1500→3000→4000》

 

 創の号令により3体のモンスターは1体へと纏まる。

 エクシーズ素材の数により得る効果が増えるロンゴミアントは自己強化能力を発動しさらにはエクストラ・ソードの効果によりさらに1000ポイントの上昇を果たしてオベリスクと同等の攻撃力を得たのだ。

 

「バトルフェイズ! ロンゴミアントでカオスエンペラーへ攻撃!」

「ちっ」

 

 霧崎 LP7000→6000

 

 創の攻撃宣言によりロンゴミアントは一閃の斬撃を放った。

 その一太刀により例え禁止カードのモンスターであろうと問答無用で切り伏せる。

 

「悪いが霧崎。決闘者(デュエリスト)でも無いお前に遠慮はしない!」

 

 

 



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043.これが本当の俺なんだ

 

 

 去年の4月頃の遊凪高校は20名を越える大所帯だった。

 1年生の新入部員もそれなりに入部していたのだが、その中でも二人。

 群を抜いて実力を見せていた。

 

 一人は、新堂創。

 インターミドル個人戦で全国大会準優勝という結果まで残した才あるプレイヤーだ。

 

 もう一人は、霧崎終。

 新堂創のように大きな結果を残してはいないが、相手の弱点を正確に見抜き容赦なく突くことで遊凪高校内で高い勝率を誇っていた。

 

 もっとも、霧崎をはじめとした有力な選手のほとんどが4月下旬ほどに近所の第七決闘高校からのスカウトを受け転入をしたために新堂創と霧崎終の直接対決が行われたことはなかった。

 

 

 

(ちっ……)

 

 霧崎は内心で舌打ちをした。

 創が使っていたデッキが【X─セイバー】でなかったという予想外の事態もそうではあるが彼が召喚した《NO.86 ロンゴミアント》がそうである。3体のHCモンスターを素材として召喚されたソレはエクストラ・ソードの効果で攻撃力を強化されただけでなくエクシーズ素材の数だけ効果を発揮する。

 

 1つあれば戦闘破壊耐性。

 2つあれば攻撃力が1500上昇する。

 そして3つあれば相手のあらゆるカード効果を受け付けないのだ。

 

 それは例え禁止カードとなった超がつくほどの凶悪な効果を持っていたとしてもだ。

 《混沌帝龍-終焉の使者-》すらも受け付けないとなると厄介極まり無い。

 

「俺のターン……」

 

 霧崎のターンへと移りカードを引く。

 今の彼の手札では創のロンゴミアントを突破することは敵わないが、手が無いというわけでは無い。彼は表情一つ変えずにプレイを行う。

 

「まずは《第六感》を発動。5と6を選択」

「……また禁止カードか」

 

 霧崎のデッキには呆れ果てるほどに禁止カードが投入されていた。

 ソリッドビジョンによって場の中央にサイコロが放たれ転がっていく。彼が選択した5か6が出たのならばその数だけドローすることができ外れても出た目の数だけデッキトップから墓地へ送るという現在ではどう転んでもアドバンテージを稼げるカードだ。

 

「ちっ、4か。俺は4枚のカードを墓地へと送る」

 

 デッキトップより4枚のカードが捨てられる。

 その中には《スキル・プリズナー》や《焔征竜-ブラスター》と言った墓地で効果を発動できるカードが含まれていた。

 

「モンスターを伏せ、《クリッター》を守備表示に変更し1枚伏せターン終了だ。だが、その時に一つ処理をしなければな?」

 

 創の扱うロンゴミアントは無敵というわけでは無い。

 相手のエンドフェイズ毎にエクシーズ素材を取り除くのだ。

 当然、素材が無くなるごとに効果が使えなくなっていき、今のロンゴミアントは相手のカード効果を受け付けない効果の効力が無くなるのだ。

 

「俺は素材のサウザンド・ブレードを取り除く」

 

 これで残るエクシーズ素材は二つ。

 

「俺のターン、ドロー。バトルフェイズに入りロンゴミアントで伏せモンスターへと攻撃」

「ハッ、こいつは《エクリプス・ワイバーン》。墓地へ送られたことで最後の混沌帝龍(カオスエンペラードラゴン)を除外するぜ!」

 

 墓地へ送られ効果を発動した《エクリプス・ワイバーン》には、デッキから光か闇のレベル7以上のドラゴンを除外するが、もう一つ効果がある。それは墓地のこのカードが除外されることで最初の効果で除外したカードを手札に加えられるのだ。

 霧崎の墓地には征竜モンスターが存在するために確実に次のターンでまた混沌帝龍が姿を見せることになるだろう。

 

「だったら、カードを1枚伏せてターン終了だ」

 

 創が伏せたのはモンスター効果を無効にできる《ブレイクスルー・スキル》。

 このカードでなら《混沌帝龍-終焉の使者-》の効果を無効にできる。

 残りの手札は今は、場のカードだけで凌ぐしかない創。そんな彼を見ていた霧崎は次もまたヤタロックの条件を満たすというのに顔色一つ変えないことに策があるのだと予想した。

 だが、それも無意味だと霧崎は心底可笑しそうに笑った。

 

「ククッ。いいね、そういう顔。どんな困難だろうと乗り越えてみせる……みたいな表情をしているが心底うざい。そんな顔を絶望に変えるのが楽しみだ」

 

 霧崎終は仮にも遊戯王の実力だけでなら上位に入る。

 特に彼がこういう相手を追い詰める場合においての引きが非情なまでに強かったという。

 

「カハッ、いいカードだ。このカードならどうだ? 《大寒波》を発動だ」

「なっ。しまっ──!?」

「だがそれだけじゃねえ。《リビングデッドの呼び声》をチェーン発動し蘇生条件を満たしているカオスエンペラーを蘇生させる」

 

 墓地からカオスエンペラー・ドラゴンが蘇生したと同時に地面と創の伏せカードが凍りついた。相手ターン終了時まで魔法・罠の発動を許さないというこのカードまでもがデッキに含められていたのだ。

 

「これで防げるか? ライフを1000支払いカオスエンペラーの効果を発動!」

 

 霧崎 LP6000→5000

 

 終焉を告げる龍が咆哮を上げる。

 場の中心から光と闇が渦を巻き全てを飲みこんでいく。

 創のロンゴミアントや伏せカード、両者の手札、味方の《クリッター》だけでなく己自身も無へと帰り果てたのだ。さらに創をも襲う。

 

 創 LP4000→1900

 

「墓地へ送られた《クリッター》の効果だ。デッキから《八汰烏》をデッキに加えて召喚」

 

《八汰烏 ☆2 ATK/200》

 

 実際のカラスと同じほどの姿形をしたモンスターだ。

 戦闘ダメージを受けた時に次のターンのドローを封じられる効果は、場も手札も無いときに受ければ全てが終わる。この状況はまさに八汰ロックのコンボの条件を満たしている。

 

 ──だが

 

「墓地にはサウザンド・ブレードがあったな。俺はさらに墓地の《焔征竜-ブラスター》の効果を発動。墓地から《エクリプス・ワイバーン》とカオスエンペラーを除外し特殊召喚。除外された《エクリプス・ワイバーン》の効果によりカオスエンペラーを加え開闢、《クリッター》をコストに特殊召喚する」

 

《焔征竜-ブラスター ☆7 ATK/2800》

《混沌帝龍-終焉の使者 ☆8 ATK/3000》

 

 墓地のサウザンド・ブレードはダメージを受けたときに特殊召喚する効果を持つ。

 完全に動きを封じる八汰ロックを抜け出すことができる。だからでこそ霧崎は容赦無く創のライフを上回るモンスターを呼び寄せる。

 

「くたばりやがれ。カオスエンペラーで攻撃だ!」

「いや──まだだっ! 墓地の《超電磁タートル》の効果を発動!バトルフェイズを終了させる」

 

 終わりを告げる龍が放つブレスを亀の甲羅のような盾が弾き防いだ。

 

「エンドフェイズに《八汰烏》は手札に戻る。だが──場も手札もカードがないお前にいったい何ができる? 逆転なんて不可能だ!」

 

 例え窮地を免れたとしても絶体絶命の状況には変わらない。

 

「いや、できるさ」

 

 手札も場も無く《大寒波》の効果により魔法も罠も封じられているのだ。

 

 だが、創の表情には絶望の色など微塵も無い。

 諦めを知らないその目には見覚えがあった。

 

 団体戦準決勝の勝負で同じように手札も場も無いというのに諦めずに逆転を引き起こした人物。霧崎終、彼を倒した人物である橘晃に似ていることが彼の腸が煮え来り返すのだ。

 

「ウザってえな。だったらどうなんだ? お前に残された物は何も無く、魔法も罠も封じられてる。そんな状況でな?」

 

 晃の場合は魔法カードの《ソウル・チャージ》を引き当てることで逆転を果たした。

 しかし、今はそれを封じられているだけでない。中途半端にカードを出したところでカオスエンペラーの効果で葬られ征竜の攻撃で終わるだけだ。

 

 だが──創は言った。

 

「だから、できるさ。これから俺が()()()()()()()()()()()()

「なんだとっ!?」

 

 ありえない言葉だった。

 決闘者が引くカードはデッキの配置で決まっている。望むカードを引くなんて出来はしない。そんな非常識なことなど出来るはずもない。あってはならないのだ。

 

 だが、何故だろう。

 

「っ……?」

 

 体中から流れ散る汗が止まらない。

 目の前にいる男の気迫が伝わってくる。

 不可能を超え常識を逸脱できるほどの威圧。

 まるで猛獣の目の前にいるかのようなプレッシャー。

 

「俺のターン……まずは攻撃を防ぐカード《速攻のかかし》だ。ドローッ!」

 

 綺麗な孤を描くようにカードを引いた。

 

 

「っ…………」

 

 霧崎の額から冷や汗が流れる。

 創が引いたのか、何もわからずに彼はターンを終了する

 

「ターンエンドだ」

「《焔征竜-ブラスター》は手札に戻る。俺のターン、ドローだ。《強欲な壺》を発動。2枚、ドロー」

 

 この状況では間違いなく優れた引きだ。

 だというのに、彼は追いつめられたように焦燥に見舞われている。

 

 続けて引いたのは《サンダーボルト》に《ハーピィの羽根箒》。

 相手の場を完全に一掃できる最強の引き。だというのに創の場には1枚もカードが無い。

 

「《八汰烏》を召喚しバトルフェイズ。カオスエンペラーでとどめだ」

「まだだ! 手札から《速攻のかかし》を発動! バトルフェイズを終了させる!」

「なんだとっ!?」

 

 攻撃を防ぐために使用されたカード。

 それはまさしく宣言された《速攻のかかし》だった。

 

 ありえない。無茶苦茶だ。

 引きの才能に恵まれた決闘者であるならば窮地を凌ぐカードを引くことなど造作も無いが、望んだ通りのカードを引けるなど聞いたことが無い。

 

「これは、まるで……」

 

 霧崎は目の前の非常識な出来ごとに一つの都市伝説を思い出した。

 常人を超える才能を持った天才がさらにその限界を超えることができたとき、それは人間の常識を超えた非常識な現象さえも巻き起こすという。

 

 もしそれが可能な人物がいるのであれば世界のトッププロ。

 その中のほんの一握りしかいないだろう。

 

「霧崎、まだお前のターンだぜ?」

「くっ、クソッ! ターンエンドだ」

 

 攻撃も失敗に終わりカオスエンペラーの効果を使用してもとどめを刺しきれない。

 今の霧崎終は動くことができなかった。

 

「俺のターン」

 

 創はゆっくりとデッキトップに指をかけた。

 《大寒波》の効力も消えており魔法も罠も使えるこの状況。

 ここで一番に臨むカードを思い描く。

 

「次に欲しいのはドローソース《貪欲な壺》。ドロー!」

 

 再び綺麗な孤を描いた引きを行う。

 確認もせずに差し込まれたのは宣言通りの《貪欲な壺》だった。

 創は効果により《増殖するG》《エフェクト・ヴェーラー》《H・Cサウザンド・ブレード》《H・Cエクストラ・ソード》そしてサンザンド・ブレードの効果で墓地へ送った《H・Cダブルランス》の5枚がデッキへと戻され新たに2枚のドローを行う。

 

「これで最後。1枚目は《簡易融合》、2枚目は《RUM─リミテッド・バリアンズ・フォース》だ」

 

 さらに宣言してカードを引く。

 1枚、2枚と引き1枚目を見せたのは紛れも無く《簡易融合》だった。

 

「《簡易融合》を発動! エクストラデッキより《旧神ノーデン》を特殊召喚する」

 

 創 LP1900→900

 

《旧神ノーデン ☆4 ATK/2000》

 

「ノーデンの効果により墓地からハルベルトを蘇生!」

「これで、3回も宣言した引きを当てた……だと!?」

 

 2度あることは3度あるというが、それでもまだ信じがたい。

 

 とある科学者が言っていた。

 決闘者における引きというものは『運命』に例えられる。窮地をも退ける引き、意味も無く終わる引き、どんな引きでも意味があるのだと。

 

 だが、もしも、その『運命』すら超越しているのならば。

 己が望むカードを引き当てることができるのだと。

 

「2体のレベル4モンスターでエクシーズ召喚を行う。《No.39希望皇ホープ》! さらに《CNo.39希望皇ホープレイ》へとエクシーズチェンジ。そして魔法カード──」

 

 もし最後の1枚も創が望むカードを引き当てていたのだとすれば──。

 

「《RUM─リミテッド・バリアンズ・フォース》を発動!」

 

 最後の創のカードが公開される。

 この4回の引き全てが彼の宣言したカード。

 

 今の彼は完全に常識という枠組みから逸脱していた。

 

「ホープレイを《CNo.101 S・H・DarkKnight》へとエクシーズチェンジ」

 

《CNo.101 S・H・DarkKnight ★5 ATK/2800》

 

 RUMによってエクシーズモンスターが別のモンスターへと再構築されていく。

 人と龍を合わせたような姿のモンスターは、この場を切り抜ける能力を持ち即座に発動を促す。

 

「ダークナイトの効果発動。カオスエンペラーをエクシーズ素材にする」

「ハッ、させるかよ! 墓地の《スキルプリズナー》を発動し無効にする」

 

 特殊召喚されたモンスターをエクシーズ素材として吸収できる効果を持つ《CNo.101 S・H・DarkKnight》ならばカオスエンペラードラゴンを吸収することでこの場を切り抜けることができるはずだった。

 だが、それも阻止されてしまった。

 

「どうだ? これで逆転の手段も尽きたはずだ」

「いや、まだだ! ダークナイトをさらに《CX 冀望皇バリアン》へとエクシーズチェンジ!」

 

《CX 冀望皇バリアン ★7 ATK/0→5000》

 

 モンスターはさらに姿を変え真紅の鎧に矛と盾を持った戦士へと成る。

 エクシーズ素材の数だけ攻撃力を上げる効果。これにより冀望皇バリアンの攻撃力は元々の攻撃力で最大を誇る5000という大台の乗った。

 

「攻撃力5000だと!?」

「それだけじゃない。墓地の《No.86 H-C ロンゴミアント》を選択し名前と効果をコピーする」

 

 《CX 冀望皇バリアン ATK/5000→6500》

 

 墓地の『No』モンスターの効果と名前をコピーする効果。

 この効果によりロンゴミアントの影が冀望皇バリアンに乗り移り第二効果の攻撃力1500上昇効果によりさらに強化される。

 

「さらに冀望皇バリアン(ロンゴミアント)の第5効果を発動!」

「なにっ!?」

 

 矛を振る。

 たったその仕草だけで禁止カードである《混沌帝龍-終焉の使者-》が灰燼へと化した。

 

「バトルフェイズだ! バリアンで直接攻撃」

「ちっ、俺も墓地の《超電磁タートル》を発動! バトルフェイズを終わらせる」

 

 有力なカード故にお互いのデッキに入っていた。

 創の窮地を救ったカードが、今この場で霧崎をも助けた。

 

「ターンエンドだ」

「俺のターンだ」

 

 ドローフェイズ引いたカードは《カオスソルジャー-開闢の使者-》だ。

 すかさず前のターンに引いた1枚を発動させる。

 

「消えやがれ《サンダーボルト》!」

 

 電流が創の場一帯を流れ出した。

 効果は単純明解に相手の場のモンスターを全て破壊する。

 

 だというのに、何故だろう。

 創の場の冀望皇バリアンには傷一つ付くことがなかった。

 

「無駄だ冀望皇バリアン(ロンゴミアント)の第3効果によりこのカード以外の効果を受けない」

「なっ!? だったら、墓地の光と闇を除外し《カオスソルジャー-開闢の使者-》を──」

「それも無理だ。第4効果により相手は召喚、特殊召喚をすることができない」

「なんだとっ!?」

 

 不可解な出来事を前に動揺し忘れていた。

 コピーされた《No.86 H-C ロンゴミアント》にはエクシーズ素材が5つあれば5つ全ての効果が使用できる。

 

 1つは戦闘破壊耐性、2つは攻守の1500アップ、3つはカード効果を受け付けない。

 そして4つ目は相手の召喚、特殊召喚を封じる。

 最後の5つ目は起動効果で相手の場を全滅させる効果だ。

 

 今、5つのエクシーズ素材を持つ《CX 冀望皇バリアン》は6500という攻撃力を持ち、戦闘・カード効果で退くこともできずに召喚・特殊召喚も許されない。さらには場にカードを残しても全てが破壊される。

 

 まさに無敵だった。

 

「なんなんだ。なんなんだよお前はっ!?」

 

 かつて霧崎が遊凪高校にいた頃は、創との差などせいぜい頭一つ分程度だった。

 だが今は違う。禁止カードデッキを使いその差すら埋めたと思いきや、そのさらに上の力を見せられ凌駕された。

 

 今の彼の前では禁止カードだろうが、何も通用しない。

 

「悪いな霧崎。これが本当の俺なんだ」

 

 それは何を意味したのだろうか。

 ただ、霧崎は圧倒的なまでの力の差を見せつけられ心が完全に折れていた。

 右手をデッキの上へと置く仕草は降参の合図だった。

 

「もう、やめてくれよ。約束通り俺たちはもうお前らに関わらない。もうこんな惨めな思いはこりごりだ」

「……そうか」

 

 霧崎の悲痛な言葉に創は静かに合槌を入れた。

 

 かつて圧倒的な力を見せ友人から遊戯王を奪ったデッキ。

 そのデッキは今もまた目の前のかつてのチームメイトの心を折ったのだ。

 

 デュエルが終わりソリッドビジョンが消える中。

 霧崎は逃げるように仲間を引き連れてこの場を後にし、創はただかつてのチームメイトが見えなくなるまで立ちつくしていた。

 

 こうして団体戦の初日が終わったのだった。

 

 

 



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第6章 『王者』第七決闘高校
44.私はお荷物ですから


 

 

 団体戦初日が終わり遊凪高校は数々の高校を退け準々決勝へと駒を進めた。

 次の試合は昨年の優勝校である日本第七決闘高校。

 

 いつも通りに学校に来て部活に来ていたが、今回ばかりは無策で勝てるはずも無く部長である創が部室のホワイトボードに『次の試合について』と議題を書いていたのだ。

 

「さて、次の試合なんだが、間違いなくこの大会最強の高校だ。俺たちも挑むにあたってそれ相応の策を講じなければいけないのだが何かあるか?」

 

 ここで涼香が静かに挙手をする。

 

「それで、対戦相手の情報とかないの?」

 

 もっともな質問だ。

 そういえばと、団体戦の最中には制服を着た生徒などがよくビデオカメラ片手に他校の試合を観察していたりしていたのだが見えた。勝利に貪欲であるならば他校の偵察や情報収集はかかせない。

 

 もっとも、遊凪高校には情報収集を担当するメンバーなどいなかった。

 全員が全員当たって砕けろ的に、目の前の対戦校に挑んでいたのだから。

 だからでこそ創はこう答えた。

 

「まったく無いな」

「馬鹿じゃないの!? 何も知らなくて策も何も立てられないじゃない!」

 

 罵声が一言。

 対戦相手の情報が何もないのなら対策もへったくれも無い。この話合い自体も意味が無いだろう。いつも思いつきや勢いで進める創らしいといえばそうだろう。

 

「まーまー、落ち着いてください涼香ちゃん。情報なら私が少しですけど調べてきました」

 

 涼香を宥めるように茜が一冊のメモ帳を取り出しながら語る。

 それを関心したように有栖が聞く。

 

「試合の日に調べたの?」

「いえ、前回の優勝校ですし前々から調べていました」

「でかしたぞ日向! よし、話してくれ」

 

 なんて創は救いを受けたかのように声を上げる。

 彼に合わせるかのように茜はメモ晁を読み始めた。

 

「次の日本第七決闘高校ですが、創立はわずか2年前からで団体戦のエントリーは去年からですが前回の地区大会の優勝、全国大会では3位という短期間で快挙を成し得た学校です」

 

 彼女が初っ端から出た情報に創と読み上げる茜を除く晃、涼香、有栖がざわめくように息を飲み表情を強張らせた。地区大会の優勝はまだいい。全国大会3位という結果は文字通り全国で3番目に強いという事実に次の対戦相手の底知れぬ大きさにプレッシャーを感じてくる。

 

「それも、創立から全国各地で有望な選手を引き抜いていることで実力派が多数いることもありますが、何より第七決闘高校の遊戯王部は完全に実力主義。何より勝利を信条とするために敗者は勝者に逆らえない。そのため全員が必死になっているようです」

「何よりも勝利を尊重する……ってことか」

 

 向こうの遊戯王部の考えに反応したかのように晃が呟いた。

 今、晃たちがいる遊凪高校遊戯王部も勝負で勝てるように努力をしてはいるが、決して勝敗だけに拘ることは無い。負けたのならば次に勝つために努力をすればいい。そう晃は考えを持っているからでこそ第七決闘高校の考えは理解し難かった。

 

「それで部員数はどれくらいなんだ」

「具体的にはわかりませんが100名を超えています。その中でも大会には正レギュラー4名、準レギュラー4名の構成で基本的には正レギュラーの4名だけが試合に出ることになっています」

 

 しかも、100名を超える大所帯。

 たった5人の遊凪高校とは規模が違う。

 スケールの違いに涼香も若干ながら押され気味のようだが、挑むためにも必要なことを聞き出そうとさらに尋ねる。

 

「聞けば聞くほど耳が痛くなるわね。それで正レギュラーの情報はあるの?」

「はい。オーダーは常に固定でTD(タッグデュエル)がそれぞれ歌姫、処刑人の異名を持つ1年、星宮ルミと3年、剣崎勝。SD(シングルデュエル)2が主将にして鏡の中の決闘者(ミラージュデュエリスト)と呼ばれる3年、鏡大輔──」

「主将がSD(シングルデュエル)2!? じゃあSD(シングルデュエル)1は誰なんだよ!?」

 

 団体戦においてオーダーの決まりは無い。

 最初の2試合にかけて最強の選手を出して最後の試合を捨てる高校もあるが、基本的には最後の団体戦の勝敗を委ねる一戦は部の中で一番強い選手が出るのがセオリーだ。そのこともあり遊凪高校も前の団体戦の試合においてほとんどが新堂創がSD(シングルデュエル)1を務めた。

 

「そ、それは……」

 

 なんとなく晃の言葉に怯えるかのように茜は言葉を濁した。

 言いづらそうに声を縮めながらも彼女は聞こえるように最後の対戦相手の選手の名をかたる。

 

「2年、深紅の花(カーディナルブロッサム)の名を持つ日向焔……です」

「日向焔……か。ん、日向?」

 

 名を聞き息を飲むもつかぬ間、大きな違和感を感じた。

 喉がつっかえそうな感覚の中、有栖が確信を持ちながら問う。

 

「茜ちゃん。それって……」

「はい。私の姉です」

 

 姉。

 肉親が相手となることに別の意味で皆は息を飲む。

 その中、創が思い出したかのように呟いた。

 

「思い出した。そういや、2年前ぐらいのインターミドルの個人戦で勝負をしたことがあるな。確かあんときも準決勝だった」

「へぇ、それでどっちが勝ったの?」

「ああ、俺が勝ったぜ」

 

 創の言葉にほんの周りの空気の緊張がほぐれた気がした。

 やはり創は決闘においては頼りになる。そんな雰囲気だ。

 

「そう、ですね。ではオーダーなんですけど、向こうに対してこちらもまずは一番、コンビネーションの良い涼香ちゃんと有栖ちゃんがTD(タッグデュエル)。次のSD(シングルデュエル)2を晃くん。最後の姉さんの相手を部長でいいですか?」

 

 と、すでに決めていたのか第七決闘高校に対するオーダーをすらすらと述べる。

 オーダーはいつも試合の直前にみんなで話し合って決めていたのだが、今回に限っては相手は格上ということ。それと唯一、対戦相手の情報を持っている茜が決めたということからそれぞれ異論は無く承諾しようとする。

 

「私は別に構わないわよ」

「うん、私も」

「オレも日向に賛成……ん、部長?」

「…………」

 

 涼香、有栖、晃がそれぞれ賛同するのだが珍しくも部長である創だけが賛同しかねていた。悩ましい表情で一言も語ることなく何かを考えるような仕草を取っている。

 

「日向はそれでいいのか?」

 

 口を開きたった一言、彼女に問う。

 創の問いに茜は仕方が無いといった表情ではっきりと告げた。

 

「仕方ありませんよ。今の私の実力では勝てませんから」

 

 日向茜が使用するデッキは【アマリリスビートバーン】。

 炎属性や植物族など様々なサポートカードを駆使して幅のあるプレイングを見せビートとバーンを両立して戦う。

 

 だが、正直な話、今の部内での勝敗は彼女が一番悪かった。

 晃が強くなってからは彼にも負けるようになり、団体戦の最初のSD(シングルデュエル)2では敗北を喫した。

 

 今の彼女は、寂しげにたった一言事実を告げる。

 

「今の遊凪高校で私はお荷物ですから」

「ちょ、日向さんっ!?」

 

 驚き涼香は声を荒げた。

 そもそも皆は彼女をお荷物なんて思ったことは無い。かつて敗北ばかりだった晃ならまだしも彼女は常にデッキを改良したりと努力を重ねているのを知っているからだ。

 だからでこそ、自分を降した言い方に納得がいかなかった。

 

 もっとも、創は空気を読まず話が違うと無理矢理割って入るように語った。

 

「いや、強い弱いとかそういう話じゃないんだ」

「……え?」

「なんつーか、勘なんだがな。お前の姉とは自分で決着をつけたい……そういう風に見えたからさ」

 

 創の言葉は根拠は無い。

 ただそんな風に見えただけだ。

 

 しかし、それが図星なのか茜は視線を逸らすように俯く。

 そのときの彼女は珍しく声を震わせ感情を露わにしていた。

 

「ですが、私と姉さんとでは勝負になりません。私なんかが出ても……」

「日向さん……」

 

 彼女と姉に何があるのかはわからない。

 ただわかりのは今の彼女は見ているだけでも痛々しかった。

 

 和らいでいた空気が再び重い緊張に包まれた。

 押し黙る日向につられ涼香も言葉を無くし皆が一言も話すことができなかった。

 だが、そんな中、創は一言だけこの場の空気を消し去るように声を投じたのだ。

 

「やめた」

「……え?」

 

 それがいったい何を意味するのだろうか、俯いていた茜は顔を上げ他のメンバーも彼へと視線を集中させる。

 

「悪いがな日向。お前がそんなんじゃお前の決めたオーダーに従うつもりは無い。俺はSD(シングルデュエル)1に出るつもりはないぜ」

 

 はっきりと、きつい言葉を彼女へと突き付ける。

 このときの彼女はどんな表情をしているのだろうか。

 茜は表情を見せないように再び俯いて体を振るわせる。

 

「──だったら」

 

 掠れたような小さな声。

 かすかに届く程度。

 

「だったら、どうしたらいいんですかっ!?」

 

 その後には、珍しくも茜は叫ばんと声を荒げ感情をむき出しに告げた。

 怒りと不安。どちらも彼女からは見たことのない感情だ。

 

「私だって努力はしてますよ! でも、私には……」

「力が無い。だから、他の人に戦ってもらう……か?」

「っ──!?」

「ちょっと、日向さんっ!? っ、追うわよ風戸さん!」

「う、うん!」

 

 さらに容赦の無い言葉に茜は目元に涙を滲ませる。

 そのまま、駆け足で部室を出て行ったのだ。

 

 追いかけるように涼香と有栖が同じく部室を出て行く。

 後には、創と晃だけが残された。

 

「部長、今のは言い過ぎなんじゃないスか!」

 

 言葉に容赦の無いトゲを入れた創に対して晃もかすかな怒りと敵意を創に向けていた。

 いつもは仲間を大切にする創だが、今回ばかりはあまりにも辛辣だ。いつものおちゃらけた彼の面影は無く今回に限っては真面目に答える。

 

「ああ、俺もそう思う」

「だったら、なんで!?」

「あいつはな、多分俺と同じなんだよ」

「え……?」

 

 何かを懐かしむかのように創は宙を見て答える。

 彼の言葉は予想外だったのか晃は言葉を無くす。

 

「昔、俺がただ勝負を求めて友達を失ったように、あいつもきっと、何か大切なもののために何いかを捨てているんだ」

「何かって……何スか?」

「知らん。別に聞いたわけじゃないしな」

 

 正直な話、これもまた創の勘でしかない。

 ただ何かを確信しているだけだ。

 

「それは逃げ続けていることと同じなんだよ。けど、いつか向き合わなくちゃいけない時がある。多分だが、あいつにとってそれが今なんだよ」

「部長……」

 

 いったいこの人には何が見えているのだろうか。

 ただわかるのは、意味があってわざと冷たくしたということだけだ。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 日向茜の実家は大手電機メーカー企業を経営しているオーナーだ。

 それゆえ金銭に不自由は無く別荘さえも持っている。彼女の家は、遊凪高校から徒歩で15分ほどという割と近い場所にあった。

 

「はぁ、はぁ」

 

 息を荒げ何かから逃げるかのように茜は走る。

 いや、逃げているのだ。

 

 家の門が見え後は、門をくぐるだけ。

 その時には彼女は突然、家の前から誰かが出てきてぶつかったのだ。

 

「痛っ!?」

 

 ぶつかった拍子に尻もちをつく。

 対する相手は微動だにせず立ちつくしたままだった。

 

「茜」

「ね、姉さん!?」

 

 ふと顔を上げれば見知った顔。

 実の姉の日向焔がそこにいた。

 

「なんで、姉さんは寮暮らしじゃ……」

「ただの結果報告だから。団体戦も問題無く勝ち進み、次の試合も滞りなく事が進むと」

「…………」

 

 それは、茜たち遊凪高校にも問題無く勝てると語っているものだ。

 揺ぎ無い自信。それに見合っただけの実力。それは彼女が憧れた変わらない姉の姿だった。

 

「私はもう帰る……けど、その前に。何で貴女は逃げたの?」

「それは……」

「貴女の実力を認めていたのは、誰でも無い私だった。いつか貴方が私と並ぶ日をどれだけ待ち焦がれていたか」

 

 今の日向焔は冷たい目と敵意を持って茜を見ていた。

 

「けど、貴方は私の期待を裏切った。争うことからも逃げ、私からも逃げ、それで何を掴んだというの?」

「わ、私は……」

 

 掠れた声で、何かを言おうとするが声に出ない。

 目元には涙が滲む。それだけで焔は返答を待たずとして答えを受け取った。

 

「そう──ただの臆病者ということね。なら、私は帰るから」

 

 そう言いながら背を向けて焔は立ち去る。

 呼び止めることもできずに茜はただ、去っていく彼女の背中を見ることしかできないかった。

 

「はぁ、はぁ……意外と足速いわね日向さん」

「は、速いよ茜ちゃんも、涼香ちゃんも……」

 

 まるで入れ違いになるかのように今度は涼香が彼女の前に立つ。

 その後には、疲れながらも必死で追いつこうと有栖も来ていた。

 

「って、どうしたの日向さんっ!?」

 

 涼香が驚きの声を上げる。

 今の茜は、涙で顔がぐしゃぐしゃとなっていたのだ。

 

「す、涼香ちゃん!?」

「えっ、日向さん!」

 

 今の彼女はまるで何かに縋るかのように涼香に抱きついたのだ。

 顔を涼香の胸に埋めて叫んだ。

 

「う、うああああああああああっ!」

 

 そのときの彼女は悲惨とでも言えるかのように泣いていた。

 

 

 



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045.楽しめて勝つそんな戦いをします!

 

 

「悪いわね。夕飯をご馳走させてもらったばかりかお風呂まで」

「いえ、それよりもお見苦しいところをお見せしました」

 

 日向家の前まで来ていた涼香と有栖は泣きじゃくる茜を宥めたのちに彼女の家へとあがっていた。迎え入れてくれたのは茜に似た感じのおだやかそうな両親。茜の友人ということで夕飯を共にし今は、彼女の家で数人がまとめて入れる広さの風呂に入っていた。

 

「大丈夫、茜ちゃん?」

「はい。もう大丈夫ですよ」

 

 心配そうに茜の顔を除く有栖に、茜は心配ないと微笑んだ。

 

「それにしても部長(あの馬鹿)。珍しくキツイ言い方だったわね。何だったらシメとくわよ?」

「い、いえ、私が悪いんです。私が弱いから」

「茜ちゃんは弱くないよ。みんな頑張ってるの知ってるから」

「……そうじゃないんです」

 

 茜の否定の言葉に静寂が訪れる。

 お湯が弾んだ音がやけに大きく聞こえる中、彼女は何かを思い詰めるように天井を見上げた。

 

「少しお話させてもらっていいですか? 私のちょっとした昔話です」

 

 二人は黙って了承の意を取るように頷いた。

 茜は小さく口を開いて小さいながらもはっきりと話し始める。

 

「私は姉さんに憧れていました。小学生のときから一緒に遊戯王を始めたのですが、姉さんはそのときから誰よりも強くて数々の大会にも優勝してきました」

「凄いお姉さんだったんだね」

「はい。だから私も強くなりたいと思ったんです。姉さんと同じ景色を見たい、そう願っていました」

 

 昔を懐かしむように茜は語る。

 

「私が中学2年、姉さんが3年生のときです。姉さんが第七決闘高校のスカウトをされました。姉さんは迷うことなく進学先をそこへ決め、妹である私も同じようにスカウトが来たので中等部へと転入することになったんです」

「えっ、ということは日向さんは一時期、決闘高校の生徒だったの?」

「はい。決闘を専門する学校でなら強くなれる。姉さんに少しでも近付けると思ってソコで努力したんです。え、っと嘘では無いんですけど、当時の私は中等部で1番強かったんですよ?」

 

 はにかむように悪戯っぽく笑う。

 今の彼女は自身をお荷物などと言っていたためか、ちょっぴりとだけ言いづらそうだった。

 

「努力して強くなって校内ランキングでも1位という結果を残して姉さんと同じ場所に立てると思った頃でした。黒栄高校の霧崎さん……覚えていますか?」

「ああ、あの下種野郎ね。覚えてるわ。悪い意味でだけれど」

 

 途端、話が変わるようにまったく関わりがなかった人の名前が出た。

 その人物が団体戦で行った策略。それをはっきりと覚えている氷湊は顔をしかめた。

 

「あの人もその頃は決闘高校にいたのですが、連敗を繰り返したせいで決闘盤の違法改造を行ったんです。ですが、それがバレてペナルティを受けるようになりました。制裁決闘ということで中等部でトップだった私と勝負をして負けたら退学ということです」

「え……ちょっと待って。何それ?」

 

 一瞬、彼女の言っていたことの理解が及ばなかった。

 退学を決闘で決めるなんて普通じゃありえない。

 

「勝者を何より尊重する決闘高校なら普通のことなんです。ですが、私は……」

「わざと負けた、ってことね」

「え、なんでわかるんですか」

「わかるよ。だって茜ちゃんは優しいから」

 

 言わずも理解され驚きを見せる茜に対し二人は当然だと語る。

 しかし、茜はすぐに表情に影を作って話を続けた。

 

「ですが、それがいけなかったんです。私がわざと負けたことがバレてしまいすぐにやり直しが行われました。私の代わりに姉さんが霧崎さんの相手をして……完封して見せたのです」

「…………」

「疑問に思いました。何で姉さんは、容赦無く他人を蹴落とすことができるのか。姉さんが求めている強さとは一体、何なのか。私が辿りつきたい場所は何だったのかを」

 

 それはまるで信じていたものに裏切られたかのように。

 何も信じられなくなったかのように語っていた。

 

「だから、わからなくなったんです。私が求めていたものは何だったのか。何をしたかったのか……ですが、その答えを教えてくれたのは部長なんです」

「部長って……あの馬鹿?」

「これで肯定してしまうのはあれですが、涼香ちゃんの思っている通りです。姉さんたちの団体戦を見に行ったときの初戦の相手として参加していたのを始めてみました。元々、姉さんを倒した選手だとわかっていましたがそこで気になったんです。私が知っている限り、唯一姉さんを倒した選手。その人の強さを」

 

 それが何かの始まりなのか。

 落ち込んでいた茜の声が少しやわらかくなった。

 

「それで昔のインターミドル全国準決勝。姉さんと部長の試合の記録映像があったので見ました。そのとき最初は姉さんが優勢で圧倒的な差を見せたのですが──どんな絶望的な状況でも部長は笑っていたんです。まるで絶体絶命の状況でも楽しんでいるかのように」

「まあ、あいつなら笑ってそうね」

「ビデオを見ていた私は、気付けば泣いていました。私が求めていたものはあの人に近い物があるかもしれない。私もあの人のように笑いたい、と」

「……茜ちゃん」

「だから、進学先は高等部では無くあの人のいる遊凪高校に決めました。勝ち負けなんかでは無い。笑っていられる決闘をやりたいと思い遊戯王部に入ったんです」

 

 晃は半ば流れで、涼香は勢いで勝負をして、有栖は勧誘を受け。

 唯一、遊戯王部に入った理由が不明だった茜の入部理由。

 

「でも、姉さんから見れば私は勝ち負けの勝負の世界から逃げたのと同じです。私の言葉に耳を傾けてくれることもありません」

 

 姉との決裂。

 深い溝があるかのように彼女は語る。

 

「わかって欲しかったんです。私の求める強さは姉さんの求める強さとは違うって……姉さんにわかってもらうにはもう戦って勝つことでしか聞いてもらえない。しかし、私の実力では姉さんには到底、及びません」

「そう、だったんだ」

 

『なんつーか、勘なんだがな。お前の姉とは自分で決着をつけたい……そういう風に見えたからさ』

 

 部室で決闘高校との対策の間、創が言っていた言葉が過った。

 理解してもらいたい。勝負をしたい。でも、敵うはずが無い。

 その葛藤が彼女を苦しめている。

 

「結局、私は何も成し遂げることはできませんでした。だから──」

 

 俯きながらも力が籠った声。

 迷うように言い淀むものの、しっかりとした声で彼女は告げた。

 

 

 

「大会が終わったら私は退部します」

 

 

 

「え!? 本当なの茜ちゃん!?」

「…………」

 

 茜の宣言に有栖は戸惑いを隠せずにいた。

 一方の涼香は、表情をほんの少し変えてみせたが黙っているだけだ。

 しかし、次の瞬間──

 

「ていっ!」

「ひゃ、ひゃぁっ!?」

 

 ふにっ。

 湯船の中、涼香は突然茜の胸へと手を伸ばしたのだ。

 まるで合宿の再来の如く両手で力強く鷲掴みにされている。

 

「えっ、えっ!? す、涼香ちゃん!?」

 

 今度は別の意味で有栖が戸惑う。

 

「す、涼香ちゃん!? や、やめてくださいっ!」

「グダグダ言うなっ!」

「ええっ!?」

 

 突然のセクハラ行為に加え拒否すらも許されない。

 あまりの理不尽さに茜は驚きと戸惑いで一杯だ。

 だが、次には彼女も手を止めた。

 

「ねえ日向さん。逃げてばかりじゃどうにもならないわよ」

「で、でも姉さんは強くて……それに大会で最後の勝敗を決める大一番で、ですよ。私が皆さんに迷惑をかけてしまっては──」

「いいじゃない迷惑をかけて」

「……えっ!?」

 

 予想外の言葉。

 茜はまるで時間が止まったかのように表情が固まる。

 

「誰だって勝つこともあれば負けることだってある。そんな当たり前のこと迷惑だとかイチイチ気にし過ぎよ。それよりも1%でも勝てる可能性があるのなら挑みなさい! 私だって部長(あの馬鹿)やアンタの姉さん相手でも勝つつもりで挑むわ」

「す、涼香ちゃん……」

「別に日向さんが本当に部活を辞めたいと言うなら止めはしないわ。でも、ここでうだうだと悩むのなら……また揉むわよ」

「そ、それだけは勘弁してくださいっ!」

 

 反射的に涼香から胸を庇うように距離を取った。

 

「涼香ちゃん」

「ん、何かしら?」

「ありがとうございます。お風呂の後も少しだけ付き合ってもらっていいですか?」

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 もうすでに日は沈んでしまい涼香と有栖は日向家へと泊まることとなった。

 二人は着替えを茜から借りて日向家の庭園へと来ていた。整えられた芝生にレンガで造られた車道2車線ほどの幅の人工の道。周りには森のように木々が茂っている。

 

「今まで私は、楽しければ勝ち負けはどうでもいい、そう考えていました」

 

 歩く中、茜はしみじみと何かを思うかのように呟く。

 静かな庭園の中では、彼女の声と鈴虫の声だけが大きく聞こえた。

 彼女が愛用している決闘盤を両手で持ち慈しむように見る。

 

「──でも、それではいけませんね。みんなのためにも私は勝つための戦いをしなければいけません」

 

 同じく歩く涼香と有栖。

 二人のうち涼香だけは決闘盤を持ている。

 

「へぇ、それじゃあ日向さん。貴女はどっちを取るの?」

 

 茶化すように問いかける。

 それに対し茜は迷い無くハッキリと答えた。

 

「どっちもです! 私は楽しめて勝つそんな戦いをします!」

「欲張りね。だったら見せてもらえないかしら?」

 

 茜はポケットから一つのデッキケースを取りだした。

 

「勿論です。私の本当の決闘を見せます!」

「望むところよ」

「頑張って……茜ちゃん」

 

 茜と涼香は距離を取り有栖が見守る。

 三人しかいない空間の中、始まった。

 

「「決闘!!」」

 

 先攻は涼香。

 5枚の手札を確認して戦術を構築する。

 

「私の先攻。《増援》でデッキから《E・HEROブレイズマン》を手札に加えて召喚。効果によりデッキから《融合》を手札に加えて発動! 手札の水属性《E・HEROオーシャン》と融合させ現れなさい《E・HEROアブソルートZero》!」

 

《E・HEROアブソルートZero ☆8 ATK/2500》

 

 例え仲間といえど今の彼女たちの戦いには手加減とか遠慮は一切必要無い。

 互いに全力でぶつかり合う必要があるのだ。

 

 そのために涼香は、さっそくエースとされるアブソルートZeroを呼び出す。

 

「カードを1枚伏せてターン終了。さあ日向さん。貴女のターンよ」

「はいっ! 全力で行きます。私のターン、手札から《トレード・イン》で手札のレベル8《ネフティスの鳳凰神》を捨てることで2枚ドロー。魔法カード《炎王の急襲》を発動することでデッキから《炎王神獣 ガルドニクス》を特殊召喚です!」

 

《炎王神獣 ガルドニクス ☆8 ATK/2700》

 

 茜の場に極太の炎柱が立ち上がる。

 中から現れたのは炎を纏った神鳥《炎王神獣 ガルドニクス》だ。

 

「へぇ【炎王】。それが日向さんの本当のデッキね。けど、さっそくで悪いけどご退場を願うわ。召喚時に《奈落の落とし穴》を発動!」

 

 涼香のカードの発動と同時にガルドニクスの真下に奈落へと続く穴が開いた。

 中から緑色の人型をした何かが奈落へと引き込もうとしてくるのだ。

 

「させません! 速攻魔法《炎王炎環》を発動。ガルドニクスを破壊し墓地の《ネフティスの鳳凰神》と入れ替えます」

「っ……奈落を回避しただけじゃない。次への布石まで。やるわね」

 

《ネフティスの鳳凰神 ☆8 ATK/2400》

 

 ガルドニクスとは異なり機械染みた鳳凰へと転生する。

 攻撃力はアブソルートZeroより下ではあるが、破壊したガルドニクスに場のネフティスの効果を鑑みればその程度は微々たるものでしか無い。

 

「カードを1枚伏せてターン終了です」

「私のターン」

 

 ターンが涼香へと移る。

 ドローフェイズを済ませ続いてのスタンバイフェイズに再び茜の場に炎柱が遡る。

 

「涼香ちゃんのスタンバイフェイズに《炎王炎環》で破壊されたガルドニクスを蘇生! ネフティス及びZeroを破壊します」

「けど、わかってるわよね? Zeroが破壊されたことにより日向さんの場のガルドニクスも破壊されるわ」

「ええ、承知の上です。ですが場の炎王が破壊されたことにより手札から《炎王獣バロン》を特殊召喚します」

 

《炎王獣バロン ☆4 ATK/1800》

 

 破壊されても尚、後続を呼ぶ。

 たった3ターンで戦闘も行わずにモンスター破壊だけで攻防を繰り広げていた。

 しかも次のターンでは破壊されたレベル8二体が蘇り場の全てを一掃するだろう。

 

 今まで茜が使用していた【アマリリスビートバーン】はテクニカルなプレイで相手を追い詰めていく繊細でトリッキーな戦略が必須であったが、今の彼女はまったくの逆。大味でいて大胆。今の彼女はまったくの別人に見えた。

 

「ガルドニクスにネフティス、とんでもなく厄介ね。ライフを1000支払い《簡易融合》を発動。エクストラデッキから《旧神ノーデン》を出しブレイズマンを特殊召喚。2体で《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》をエクシーズ召喚!」

 

 涼香 LP8000→7000

 

《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク ★4 DEF/1200》

 

 破壊された《炎王神獣 ガルドニクス》、《ネフティスの鳳凰神》の2枚は次のターンで場に戻ってくることが確定されている。それを阻止するためには墓地にある2体を除外するしかない。今、涼香が呼び出したモンスターはそれを行うのに最適なカードなのだ。

 

「バーサークの効果よ。エクシーズ素材を取り除いて相手の墓地のカードを除外する。まずはガルドニクスを除外!」

「させません! 《ブレイクスルー・スキル》を発動。バーサークの効果を無効にします」

 

 墓地のカードが除外されようとする最中、突然現れた《エヴォルカイザー・ドルカ》と思われる白い竜がそれを阻止する。1ターンに2度使えるとはいえ発動でなく効果そのものを無効にされれば形無しである。

 

「やるわね。まあ、ある程度は想定していたしいいわ。《死者蘇生》を発動してノーデンを蘇生。効果によりバブルマンを蘇生し今度は《深淵に潜む者》をエクシーズ召喚。水属性の素材があるため攻撃力アップよ!」

 

《深淵に潜む者 ★4 ATK/1700→2200》

 

 連続エクシーズ召喚を行う。

 《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》に続けて《深淵に潜む者》。

 今の涼香は完全に茜の戦術を潰しにかかる。

 

(ここで《深淵に潜む者》? 墓地に《ブレイクスルー・スキル》があるのに?)

「バーサークの効果で装備……は無理か。けど、攻撃力が上がっているしバロンに攻撃よ」

 

 茜 LP8000→7600

 

 防ぐカードも無く攻撃を受ける。

 しかし、返しのターンのことを考えればこの程度は些細なことだ。

 

「残りの1枚を伏せてターン終了」

「なら私のターンです。ドロー」

「この、ドローフェイズに《深淵に潜む者》の効果を発動するわ。墓地のカード効果を封じる」

 

 《深淵に潜む者》はスペルスピード2のためにこのタイミングで発動できる。

 もっとも、発動を封じるだけなのでガルドニクス等の効果にチェーンして発動しても防げない。このタイミングしかないのだ。

 

「やはり来ましたか! チェーンして墓地の《ブレイクスルー・スキル》を発動です」

 

 だが、それでは前のターンで発動し墓地へと行った《ブレイクスルー・スキル》の格好の餌食だった。効果を無効にしガルドニクスたちの発動の阻止をさらに阻止する。

 

「勿体無いけど、さらにチェーン! 《強制脱出装置》により《深淵に潜む者》をバウンスすることによって効果は有効!」

「凄い……涼香ちゃん。本気で来てくれるんですね」

 

 《ブレイクスルー・スキル》の効果解決時に対象モンスターがいないために無効効果は発揮できない。そのため《深淵に潜む者》の効果が発動し茜のガルドニクスとネフティスは蘇ることができない。

 

「ええ、私はいつだって本気よ。全力で日向さん、貴女を倒しにかかる。貴女はどうするの?」

「当然! 私も全力で涼香ちゃんに勝ちに行きますっ!」

 

 戦術を潰されても茜は落胆しない。

 むしろ目の前の相手が全力で来てくれていることを実感し歓喜するのだ。

 楽しむ中、茜もまた全力で目の前の相手に勝つために戦う。

 

 

 



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046.1%でも勝てる可能性

 

(凄い……)

 

 二人の決闘を有栖は黙って見届けていた。

 【炎王】を扱い破壊と蘇生で相手に圧倒的なプレッシャーを与える茜。

 それを、悉くいなして退ける涼香。

 

 たった4ターンで行われた攻防も凄まじい応酬が行われていた。

 戦いはすでに中盤戦に差し掛かる。

 

(二人とも、頑張って)

 

 有栖はただ二人を見守っていく。

 

 

 

「スタンバイフェイズですが……ガルドニクスもネフティスも効果を発動できないのでメインフェイズに入ります」

 

 ドローフェイズに発動した《深淵に潜む者》の効果により不死鳥は蘇ることができずに静かに墓地で佇む。このターンの大きなアドバンテージを失ったものの、涼香も効果を封じるための消費は大きく場と手札には《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》1枚しか存在しない。

 

「行きますよ! まずは《死者蘇生》でガルドニクスを蘇生です。続けて《炎王獣ヤクシャ》を通常召喚」

 

《炎王獣ヤクシャ ☆4 ATK/1800》

 

 炎を纏った棍と獅子の仮面、民族衣装を纏った獣の戦士。

 この場面ではただのアタッカーとしか意味は無いが目の前の壁モンスターをどかすだけなら十分だ。

 

「バトルです! ヤクシャでラプソディを戦闘破壊。ガルドニクスで直接攻撃!」

 

 炎を纏った不死鳥が翼を羽ばたかせ涼香へと迫る。

 激しい攻防で先にクリーンヒットを決めたのは茜だ。

 

涼香 LP7000→4300

 

「っ、やるじゃない」

「メインフェイズ2で最後の手札《補給部隊》を発動してターン終了です」

 

 これで互いに手札は0。

 だが状況はまったくに違う。茜の場には上級モンスターと下級アタッカーにドローソースの《補給部隊》に対して涼香は場にカードが存在しない。

 

 一見、茜が涼香を追い詰めたように見えるが、茜から見れば逆にこれからが本番だ。

 何せ目の前の相手、氷湊涼香にとって手札と場にカード無い状況など逆境でもなんでもないので。むしろ専売特許と言ってもいいぐらいだ。

 

「私のターン、今引いた《おろかな埋葬》を発動するわ。デッキから《E・HEROシャドー・ミスト》を落として効果でバブルマンをサーチし特殊召喚! このカード以外に手札も場も無いため2枚ドロー!」

(やはりバブルマンを出しましたか)

 

《E・HEROバブルマン ☆4 ATK/800》

 

 通称、強欲なバブルマン。

 発動条件が厳しいにも関わらず涼香が使えば軽々と使ってしまう。

 

「続けて《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のブレイズマン、オーシャン、シャドー・ミストで3体融合! 《E・HERO Core》を融合召喚するわ」

 

《E・HERO Core ☆9 ATK/2700》

 

 漫画版GXの十代がエースとする《E・HERO ジ・アース》が進化したような姿のモンスター。攻撃力はガルドニクスと互角、効果自身も茜は知っているためにこのカードに攻撃さえ控えればそこまで脅威となるわけではなかった。

 

「行くわ! Coreでヤクシャを攻撃!」

「攻撃は防げませんが戦闘破壊されることで《補給部隊》により1枚ドローします」

 

 茜 LP7600→6700

 

 茜が与えた直接攻撃と比較するとダメージは微々たるもの。

 むしろ《補給部隊》のドローで有利になったと言うべきだった。

 だが、涼香の反撃はここからが本番だった。

 

「バトルフェイズを終わらせるけど《E・HERO Core》は攻撃したバトルフェイズ終了時に場のモンスターを1体破壊できる。破壊するのは当然、ガルドニクスよ!」

「えぇっ!? 当然って、ガルドニクスを効果破壊ですか!?」

 

 これには驚愕を隠せなかった。

 この場でなら効果を使用せずにいるのが普通だ。なにせ次のターンでガルドニクスが復活して尚、Coreが破壊されるからだ。効果によってアブソルートZeroが復活するにしても攻撃力が足りないし破壊効果も茜の炎王には通用しない。

 だが、そのような常識など涼香には通用しなかった。

 

「メイン2! 《E・HEROエアーマン》を召喚しデッキから2枚目のバブルマンをサーチし手札がこのカードのため攻撃表示で特殊召喚!」

「え……レベル4が3体!?」

 

 涼香の凄さは知っていた。

 だが一般的には絶体絶命と呼べる状況からレベル9モンスターとレベル4モンスター3体を一気に揃えるなど普通ではありえないほどだ。改めて彼女の凄さに驚愕した。

 

「行くわ! バブルマン2体とエアーマンのレベル4モンスター3体を使ってエクシーズ召喚。《No.16 色の支配者ショック・ルーラー》!」

(っ……やはり、ですね)

 

《No.16 色の支配者ショック・ルーラー ★4 ATK/2300》

 

 場に現れた天使族とは思えない異形のモンスター。

 強力なメタ効果を持つこのモンスターは今、この場で脅威以外の何でもない。

 

「ショック・ルーラーの効果を発動! 次の日向さんのターン終了時までモンスター効果を封じるわ」

 

 今の涼香の攻撃的なスタイルは茜の破壊に対して蘇生する炎王とは相性が悪い。

 そのために蘇生を徹底的に阻害するのだ。

 

「ターン終了よ」

「っ、私のターンです」

 

 1ターン前までは優位だったのが、今では最悪の状況だ。

 墓地のガルドニクスは蘇生せずに他のモンスター効果だって使えない。

 前の《補給部隊》で引いたカードだって《リビングデッドの呼び声》で逆転するには一声足りない。

 

「ドロー!」

 

 だから、このドローに賭けた。

 引いたのは赤い枠の罠カード。

 

(大丈夫。まだ戦えます)

 

 それは彼女が望んだカードだった。

 わずかに安堵し闘志はいまだ失われない。

 

「私はカードを2枚伏せてターン終了です」

「2枚の伏せカード……まあ、いいわ。私のターン!」

 

 対する涼香のドローフェイズで引いたのは《マスク・チェンジ》だ。

 この状況では地属性のCoreを《M・HEROダイアン》にしか出来ないがいかんせん。涼香は融合E・HEROにエクシーズモンスターたちでエクストラデッキを圧迫され入れていないのだ。

 そもそも、ステータスではわずかに勝ってもこの場では破壊されることでZeroを蘇生できるCoreをみすみす変えることは無いだろう。

 

「そのままバトルフェイズ! 《E・HERO Core》で──」

「させません! 《リビングデッドの呼び声》を発動して墓地からガルドニクスを蘇生します!」

 

 これで墓地から場へと舞い戻るのは3度目だ。

 自身の効果でないために破壊効果は使えないがCoreと同じ攻撃力が立ちはだかる。

 だが、これで同士討ちをしてもZeroとルーラーの攻撃を受けて効果によりモンスターか魔法、罠のどれかの拘束を受ける。ガルドニクスも戦闘破壊でモンスターをリクルートできるが不利には違い無い。

 

「ならガルドニクスの特殊召喚に《激流葬》を発動して場のモンスターを全部破壊します!」

「っ、無茶苦茶な!?」

 

 巨大な水飛沫が飛び上がり場のモンスター全てを流していく。

 後に残ったのは《E・HERO Core》の効果で蘇生された《E・HERO アブソルートZero》だけだ。

 

「《補給部隊》で1枚ドローします」

「いいわ。けど、追撃させてもらう! Zeroで直接攻撃!」

 

 茜 LP6700→4200

 

 これでライフ差はたった100の僅差。

 ほぼ互角だと言っても過言ではない。

 

「カードを伏せてターンエンド!」

「では私のターン! スタンバイフェイズにガルドニクスが場へと戻ります。そして涼香ちゃんのアブソルートZeroを破壊です」

「仕方ないけど簡単にはやられないわ! 《マスク・チェンジ》を発動してZeroを《M・HEROアシッド》へと変身召喚!」

「だけど破壊効果は防げません!」

「そうね。でもZero、アシッドの順でチェーンを組むわ。《補給部隊》を破壊してガルドニクスも破壊する!」

 

 破壊効果の応酬が繰り広げられ両者の場は全滅した。

 この状況を見て茜は思考する。

 

(なんで、この状況で《マスク・チェンジ》を? まさかとは思いますが、場にカードを残さないために?)

 

 普通ではありえないことだが、茜の予想ではきっと涼香は次のターンで巻き返してくる。

 相手が無防備の状況で決着をつけたいが今の茜の手札では叶わないことだった。

 

「《フレムベル・ヘルドッグ》を召喚! バトルフェイズに入って直接攻撃です!」

 

《フレムベル・ヘルドッグ ☆4 ATK/1900》

 

 涼香 LP4300→2400

 

 さらにライフを追い込むも足りない。

 残る手札だって追撃も攻撃を防ぐのもできない魔法カードの《サイクロン》だ。

 

「カードを伏せてターン終了です」

「私のターン。行くわ!」

「ですが、スタンバイフェイズにまたガルドニクスが戻ってきます。効果で《フレムベル・ヘルドッグ》は破壊されてしまいますが……」

 

 ガルドニクスの欠点は蘇生時に自身のモンスターも巻き込んでしまうこと。

 蘇り舞い上がる炎に《フレムベル・ヘルドッグ》は包まれ消滅する。

 

「悪いけど、この勝負は勝たせてもらうわ! 《戦士の生還》を発動して墓地からバブルマンを回収して特殊召喚! 条件を満たしているためにまた2枚ドローするわ!」

「っ……やはり、ですか」

 

 予想はしていた。

 していたものの、彼女の引きの強さは群を抜いている。

 ただでさえ厳しいバブルマンのドロー効果を1回の決闘で2度も使うなんて普通ではありえるものだろうか。

 

「《貪欲な壺》を発動しノーデン、ラプソディ、深淵、Zero、エアーマンの5枚を戻してさらに2枚ドロー。2枚目の《ミラクル・フュージョン》で墓地のバブルマンとCoreで戻した《E・HEROアブソルートZero》をまた召喚するわ!」

 

 何度も蘇生する《炎王神獣ガルドニクス》に対抗するように《E・HEROアブソルートZero》が場に出るのはこれで3回目だ。

 

「さらに《ゴブリンドバーグ》を召喚。残念だけど特殊召喚できるモンスターが手札にいないけど十分よ。2体で《深淵に潜む者》をもう一度エクシーズ召喚! エクシーズ素材にバブルマンがいるため水属性を強化しZeroも自己強化よ!」

(凄い、本当に凄いです。涼香ちゃん!)

 

《E・HEROアブソルートZero ATK/2500→3000→3500》

 

 茜の炎王は何度、涼香の軍勢を破壊しようと立ち直してくる。

 それにはもはや悔しさや敗北感なんて感じてはこなかった。ただ目の前の決闘者に対する純粋な敬意だけだ。

 

「エクシーズ素材の《ゴブリンドバーグ》を取り除き《深淵に潜む者》の効果を発動! これでガルドニクスの効果も発動しないわ! Zeroでガルドニクスを戦闘破壊し深淵で直接攻撃よ!」

 

 茜 LP4200→3400→1200

 

 容赦の無いラッシュに茜のライフは後、わずか。

 頼みの綱のガルドニクスも戦闘破壊されては蘇生もできずに《深淵に潜む者》がいるためにリクルート効果も発動できない。幾度と無く優位だった状況をひっくり返されて今では絶体絶命な状況であるというのに

 

(凄い! 凄い、楽しいです)

 

 思わず笑ってしまう。

 茜は当然、全力を持って戦っている。

 その相手である涼香も勿論、一切手を抜いていない。

 ただ互いに全力でぶつかり合うことが今の彼女にとって純粋に嬉しかった。

 

「最後にカードを1枚伏せてターン終了よ」

「それは残しません。エンドフェイズに《サイクロン》です!」

 

 エンドサイク。

 涼香が最後に残したカードを葬り去る。

 《神の宣告》だ。最後の最後まで彼女の引きは強い。

 

「さて、これがきっと私の最後のターンになるでしょうね」

 

 ターンが移りドローフェイズにデッキトップに手を添える。

 何も残されたカードが無く破壊されれば道連れにする《E・HEROアブソルートZero》に加えて相性の悪い墓地での発動を阻害する《深淵に潜む者》。おそらくこの引きで《ブラック・ホール》のようなカードを引いたところで涼香なら次の引きでとどめを刺すモンスターを必ず出してくるだろう。

 

 ならば勝利するための条件は一つだけ。

 このターンで決着をつけるしかない。

 正直な話、茜は涼香ほど優れた引きを持つわけではない。

 

「涼香ちゃんも言ってくれましたよね。『1%でも勝てる可能性があるなら挑みなさい』ってだから私だって挑みます! ドロー!」

 

 引いたカードを確認する。

 緑色の枠の魔法カードの名前とイラストを確認する。

 それは僅かな可能性でさえも挑んだ結果を示すようなカードだ。

 

「引きました! 私は《真炎の爆発》を発動します。墓地より《炎王獣バロン》、《炎王獣ヤクシャ》、《フレムベル・ヘルドッグ》の3体を蘇生します!」

「日向さん……よく引いたわね」

 

 巻き上がる炎の中から再び蘇るモンスターたち。

 並ぶ3体のレベル4モンスターの前に決着が見えたのか、涼香は肩を荷を下ろすように力を抜いた。

 

「3体のモンスターでエクシーズ召喚《No.32海咬龍シャーク・ドレイク》を出します」

 

《No.32海咬龍シャーク・ドレイク ★4 ATK/2800》

 

 今まで茜が使用していた炎属性とは真逆。

 主に涼香が使用していた水属性のモンスター。

 

「私はもう逃げません。例え姉さんでも立ち向かってみせます!」

「そう。よく言ったわ。さあ、来なさい!」

 

 覚悟を決めるように、ほんのわずかな間を開ける。

 すぐさま茜は攻撃宣言を行った。

 

「バトルです! シャーク・ドレイクで《深淵に潜む者》を攻撃です!」

 

 深海の帝王はサメの頭部を象った青白い光線を飛ばす。

 

涼香 LP2400→1800

 

「さらにシャーク・ドレイクの効果を発動します。エクシーズ素材を一つ取り除くことで破壊したモンスターの攻撃力を1000下げて攻撃表示で戻し、追加攻撃を行います!」

 

《深淵に潜む者 ATK1700→700》

 

 場にいた時には攻撃力が2200だったが水属性のエクシーズ素材を持つことで強化する効果も無く1/3近くまで攻撃力が激減する。さらに追加で戦闘を行うのにも攻撃力差は涼香の残りライフを上回る2100だ。

 

「追加攻撃です!」

 

 もう一度、同じ攻撃が繰り広げられる。

 場のモンスターしかカードが無い涼香はただ黙って彼女の攻撃を見届ける。

 

涼香 LP1800→0

 

 

 

「二人ともお疲れ様」

「ええ、ありがとう風戸さん」

 

 決着が付き有栖が二人に労いの言葉をかける。

 涼香は負けても尚、清々しい表情で答えた。

 だが、茜からは何も返事が出ずボーッと空を眺めていた。

 

「日向さん?」

「涼香ちゃん、有栖ちゃんありがとうございます。おかげで覚悟を決めることができました。私は姉さんに挑みます」

 

 茜は微笑みながらも決意を持った瞳ではっきりと宣言した。

 

 

 

 



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047.ルミのおともだち

 茜が決意を固めた数日後。

 団体戦の二日目、準々決勝以降の日が訪れた。

 

 その間に、オーダーも決め創を含め日向茜がSD(シングルデュエル)1で参加することは満場一致で決定。彼女は姉の対策とかつて使っていた【炎王】をより使いこなせるように特訓し各々は、実戦的なメニューで練習を重ねた。

 

 今は、試合が開始される数分前。

 遊凪高校と日本第七決闘高校との試合はこれから行われる2つの準々決勝の中でこちらの方が注目されているためか総合体育館を使用して勝負を行うことになった。もっとも注目されているのは日本第七決闘高校の選手の方であるが。

 試合が始まる前まで体育館内で各校に用意された控室に各々が控えていた。

 

 その第七決闘高校は正レギュラーの4人が控えていたが、緊張しているというわけでもないのに口数が少ない。主将である鏡大輔はデッキの最終調整を行っており、剣崎勝と日向焔は対戦校のデータが記されたノートを見直し、星宮ルミは暇つぶしにと持ってきた漫画雑誌を読んでいた。

 まるで連帯感を感じ無い空気ではあるが、デッキの調整を終えた鏡はカードを整えながら全員に語りかけるよう大きな声で語りかけた。

 

「そういえば試合前に一つ、聞きたいことがあったんやけど」

 

 一声で視線が彼へと集まる。

 

「皆、好きな動物って何や?」

「いきなり何の話だ。馬鹿馬鹿しい」

 

 いったい試合の前に何の話をしているのだろうか。

 突拍子も無い質問を前に、まずは剣崎が呆れた声を上げる。

 

「私は……動物なら全般的に好きですが」

 

 続いては焔だ。

 彼女の答えに鏡は、かつて彼女がチワワをなでようとして手を噛まれたことを思い出す。

 きっと彼女は動物が好きであろうとも動物が懐かない人種なのだろう。

 

 そして、最後のルミは一番ノリが良く子供っぽく答えた。

 

「ルミは犬が大好きだよっ!」

「へぇ、ルミちゃんは犬が好きなんか」

「うん! だってルミに忠実なんだもん。喉が渇いたり、お腹が空いたらすぐに買ってきてくれるし、最近だと退屈しているときに一発芸とかしてくれるから」

「待ちや! もしかして動物の犬じゃなくて、下僕と書いて読む下僕(いぬ)とちゃうか!?」

 

 驚きのあまりツッコミを入れるように声を荒げてしまう。

 等の本人は『そうだよー』と肯定。末恐ろしい後輩だ。

 

「つまりは何が聞きたいんだ?」

 

 このままでは埒が明かない。

 そう思った同年代の剣崎は話を進めさせる。

 

「まあ正直な話、質問の意味は無かったんやけどな。ワイが好きな動物はライオン。つまりは獅子ってわけや」

 

 コホンと一つ咳払い。

 その獅子が言いたいことがあるのか、ほんのわずかに声色が変わる。

 

「獅子はな、例え相手が兎のような弱者であろうとも全力で狩る言うやろ?」

「成程、そういうことか」

「え? どういうことなの?」

 

 声を出して理解する剣崎に、焔もまた軽く頷く。

 一方のルミは何が言いたいのかイマイチ理解していない。

 それを鏡は子供に諭すように優しく説明した。

 

「つまりはなルミちゃん。相手である遊凪高校は自分らよりも格下や。けど、だからと言って手を抜かずに全力で行け言う意味やで」

「そっかー、つまりはいつも通りにぶっ潰せばいいってことだね!」

「そういうことや。で、剣崎はルミちゃんのサポートを頼むで」

「何故、俺がこいつのサポートをする必要がある?」

 

 不服だったのか剣崎はジトリと一瞥する。

 

「タッグのパートナーやろが。 まあ、お互い仲良くしろって無理には言わなんけどな少しは協調性を見せてくれや」

「無理な話だ」

「即答かいっ!」

 

 ここまで協調性の無いタッグチームはいるのだろうか。

 

「結局のところ、結果を出せばいいのだろう。勝ちさえすれば全て許されるだけだ」

「いや、確かに勝てばいいんやけどな……なんちゅーか今回のタッグだけは、不安やからな」

 

 頼むような説得に、もう一度剣崎は黙って鏡へと視線を向ける。

 第七決闘高校は何よりも勝利を尊重している。

 その主将である鏡が心配するのだから何かしらあるのだろうと剣崎は考える。

 

「わかった。注意だけはしておく」

「そうか。感謝するで」

 

 ひとまずは剣崎が折れる形で収まる。

 そのやり取りの中、試合開始の時間まで時は進んでいた。

 

 

 

+ + + + + +

 

 

 

 一方の遊凪高校も控室で待機をしていた。

 第七決闘高校とは対照的に話合い特に茜が対戦相手の情報を語っていく。

 

「──と言うのが、主将の鏡大輔さんのプレイスタイルです」

「そう対戦した経験があるってのは大きいわね」

 

 かつて彼女は中等部とはいえ第七決闘高校にいたのだから多少なりとも情報を持っている。特に偵察などしていない遊凪高校からすれば茜の情報は貴重だった。

 

「けど、すみません。タッグの剣崎勝さんの情報だけはまったく無いんです」

「いや、もう片方の相手のデッキだけわかるだけ十分だぜ!」

 

 姉の焔や対戦経験のある鏡と違い、剣崎だけは茜は面識が無い。

 しかも、この団体戦の情報を集めたのだが、第七決闘高校のTD(タッグデュエル)はほとんどが相方である星宮ルミ一人でワンサイドゲームを決めていたのだ。

 

「後の……姉さん、日向焔は私がなんとか押さえてみせます」

「頑張って、茜ちゃん」

「はい! 頑張りますよっ!」

 

 もし一勝一敗となった場合、最後の勝敗を決めるSD(シングルデュエル)1に出場する茜の意気込みも万全だ。その中、晃は一つ疑問を口にする。

 

「というか部長……その目のクマは?」

「ああ、緊張して昨夜は眠れなかったんだ!」

「子供ッスか!?」

 

 グッとサムズアップして答えていたが誇らしげに語ることでは無い。

 まるで遠足の前日にはしゃいで眠れない子供を連想させられた。

 

「眠れないのはわかったけど、こんな重要な日に……それでちゃんと戦えるの?」

「大丈夫だ。問題ない」

 

 と、大丈夫だと答えるが、この返答だと死亡フラグになりかねないことに皆が心配するが創ならデュエルにおいては超人なのだからおそらくは大丈夫なのだろう。

 彼は一つ、咳払いをして部長としてか語りかける。

 

「さて、みんな聞いてくれ!」

 

 彼の声で全員が創へと視線を向ける。

 

「この地区予選から全国大会に行けるのは上位3校まで、つまりはこの試合で勝てば出場できるわけだが、これから挑む相手は間違いなく強敵だ」

 

 全員が認知しているはずだが、再確認するように語る。

 

「けど、そんなことは気にするな!」

「え……?」

 

 創の宣言に皆がポカンと口を開けて驚く。

 不思議に思った茜は問いかける。

 

「なんで、ですか?」

「簡単なことだ。例え相手がなんであれ俺たちは常にベストを尽くすだけだろ? なら別に相手が強いからって気張ったて意味が無いだろ?」

「そうね。一理あるわ」

 

 珍しく涼香が創の言葉に同意する。

 

「って、わけだ。準決勝も楽しんで行こうぜ!」

 

 つまりは『いつも通りで』という事。

 例え相手が強大だとしても楽しもうとするのは彼らしい言葉だ。

 

「よし! 行くぞっ!」

 

 そして時間は既に試合寸前。

 遊凪高校は準備も覚悟も万全だ。

 

 

 

 舞台である体育館内は今までの団体戦とは一味も二味も違っていた。

 もっとも違うのは大勢の観客が見ているということだ。前回は一回戦負けで無名に近い遊凪高校は試合中にはほんの数人、偵察と思えるような人物ぐらいしか見てはいなかったが今回に限り体育館の客席は十分すぎるほど賑わっていた。

 人、人、人……。

 

「うっ……」

 

 普通にこの試合を見に来た人や、大学やプロのスカウトマンなど。

 特に観客の中という重圧など始めてだろう晃や茜、有栖は委縮し硬直してしまう。

 それを創は軽く晃の肩を叩いて告げた。

 

「大丈夫だぜ! まずは俺たちが行ってくるからさ」

「そうね。ひとまず一勝してくるわ」

 

 と、最初の試合に出るようにTD(タッグデュエル)に出場する二人。

 創と涼香、共に大会の出場経験があり実績を残した実力派二人が前へと出る。

 特に新堂創は有名だったのか彼がタッグで出場するということに観客からは驚きや戸惑いを感じさせる声が聞こえた。

 

「まさか、あの新堂創が出て来るとはな。日向と当たると思いきや大輔の予想は外れたものだ。相手は強敵だ。いつも以上に注意しろよ星宮!」

「ふふん、誰が相手でも関係ないよ。何せ最強無敵はこのルミちゃんだもん!」

 

 対する第七決闘高校のタッグチーム星宮ルミ・剣崎勝のペアも前へと出る。

 

「…………ッ」

 

 観客が見守る中、4人が対峙する。

 その中で涼香は思わず息を飲んだ。

 

 大勢の観客の重圧など苦にならないはずだった。

 だが、目の前の二人。星宮ルミと剣崎勝と対峙しただけでソレとは比べほどにならない重圧を感じるのだ。今までの対戦相手が思わずちっぽけに思ってしまうほどに違う。もっとも、それを悟られぬようする。

 

「この前はどうも」

「あー、この前の……別にルミが楽しみたかっただけだからお礼なんていいよ」

 

 涼香はこの二人とは面識があった。

 黒栄高校の策略に陥ってしまった時に偶然、助けてくれていたからだ。その際に二人は黒栄高校の生徒と1対3の勝負をしたことまでは覚えているが、その結果までは知りえない。のだが、この二人を前にすれば結果など聞かずとも見えてしまう。

 

「知り合いなのか?」

「ええ、ちょっとね……」

 

 このうち唯一、面識が無かった創はちょっぴり不思議そうに尋ねる。

 剣崎はもうすでに準備を整え試合を始めるように促した。

 

「余計な挨拶などいい。俺たちが語るのはカードだけで十分だろう」

「ええ、そうね。借りがあるとはいえ全力で行かしてもらうわ」

「当然だ」

 

 4人がデュエルを行える距離を保つように移動する。

 そのわずかな間の間……。

 

 

 

 バキリッ、と音を立てて日向焔が片手でシャープペンシルを折ったのだ。

 いつも通りの表情を装っているが、あまりに不服だと伝わってくる。

 

「あ、あのな焔ちゃん。あの新堂言う男と対戦したかったのはわかるけど物は大事にな」

「別に不満はありません」

「いや、そういう話で無くて──」

「不満はありません」

「あ、はい。ようわかりました」

 

 顔には一杯に不満なのだと書いてあった。

 だが、それにツッコミを入れることなど主将といえど鏡は出来なかった。

 

 

 

 星宮ルミはアイドルだ。

 元々は芸能界で歌手だったが、デュエルも行えるということで歌って決闘もできるアイドルとして有名だった。しかも普段は天使のように可愛いのに鬼のように強いというギャップからファンから根強い人気がある。

 

 そのために彼女はアイドルデュエリストまたは『歌姫』などという異名を持つ。

 ちなみにだが、容姿は確かに天使のように可愛いが性格は一言で言えば傲慢。決して良いとは言い難いものの、それがいいとファンの中でも一部の性癖を持つ者は語る。

 

「先攻はルミからだね。イッツ、ショータイムッ!」

 

 開始と同時にくるりと一回転。

 可愛らしい仕草を取るのはあざといのか、無意識なのか。

 だがその間に涼香は一つ、ルミの決闘盤を見て息を飲んだ。

 

(デッキの数が多い? 50……いや、多分60?)

 

 基本的にデッキを構築するのにキーカードを引き込むためにデッキ枚数は最低限の40枚になるようにするものだ。だが彼女はその1.5倍近くもあるために遠目から見ても多いというのは明らかだった。

 ミーティングで星宮ルミの使用デッキは知らされていたが、それでもデッキ枚数が多いというのは異常だ。

 

「じゃあ、行っくよー! 1枚目は、じゃん! 《魔の試着室》!」

 

 軽く跳んで1枚の魔法カードを使用する。

 発動したのは800のライフをコストにデッキトップ4枚をめくりその中のレベル3以下の通常モンスターを特殊召喚できるというカードだ。運の要素が強くしかもデッキ枚数が多いとなればどうなるかはわからない。

 

 だというのに、ルミはさも当たり前のように宣言した。

 

「さあルミの下僕(しもべ)を紹介するよ!」

 

《ギャラクシー・サーペント ☆2 ATK/1000》

《もけもけ         ☆1 ATK/300》

《雲魔物─スモークボール  ☆1 ATK/200》

 

 どこから現れたカーテンが開き3体のモンスターがひょこりと姿を見せる。

 そもそも弱小ステータスのモンスターを呼ぶ際には基本的には守備表示がセオリーながら彼女は攻撃表示で出した。何となく晃のプレイに似かよっている風に感じるのだが、彼女の場合に意味など無い。

 

「さあて、お次はこの子! 3体でシンクロ召喚をして《虹光の宣告者》を呼ぶよー!」

 

《虹光の宣告者 ☆4 ATK/600》

 

 出された通常モンスターはシンクロ素材となり機械染みた小型の天使へと姿を変える。

 魔法、罠、モンスター効果、あらゆる発動を自身をリリースすることで無効にできるモンスターを呼び涼香は僅かに顔をしかめる。

 

「っ、さっそく厄介なのを呼んでくれたじゃない」

「ちっ、ちっ、ちっ、こんなのはまだ前座だよ。メイン(お楽しみ)はこっからだもん! 続けて《マンジュ・ゴッド》を通常召喚! デッキから《高等儀式術》を手札に加えるよ~」

 

《マンジュ・ゴッド ☆4 ATK/1800》

 

 ルミのプレイはこの程度では止まらない。

 

「続いて今呼んだ、マンジュと虹光をオーバーレイ! 《ラヴァルバル・チェイン》を召喚~!」

 

《ラヴァルバル・チェイン ★4 ATK/1800》

 

「っ……」

「こいつは、やっぱ一筋縄でいかないな」

 

 瞬間、涼香と創は悟った。

 星宮ルミは開始早々にエースモンスターを呼ぶ準備が整ったのだ。

 

「けど、その前に墓地のモンスター全部をデッキに戻してルミの下僕(おともだち)その2を呼ぶよ~」

 

《究極封印神エクゾディオス ☆10 ATK/0》

 

 魔法陣が描かれ出現するのはエクゾディアに似た風貌の巨人だ。

 高い天井の体育館内のためか現れたエクゾディオスの体躯は天井一杯まである。

 

 攻撃力は0であるが墓地の通常モンスターの枚数により攻撃力が変動するこのカードは使い方しだいで攻撃力のインフレを起こす。

 

「続いて続いて! チェインの効果を発動っ! 虹光を落してデッキから、んーと《北風と太陽》を墓地へ送るよ!」

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/0→1000》

 

 墓地に通常モンスターが送られたためにエクゾディオスがパワーアップする。

 さらに墓地へ送られた《虹光の宣告者》も次なる効果を発動する。

 

「墓地へ行った虹光の効果で儀式モンスターにしてルミの下僕(おともだち)1を手札に加えるよ! そして、さっそく《高等儀式術》で呼び出すよ~!」

 

 じゃじゃーんと元気一杯に儀式魔法を発動する。

 儀式に使うコストをデッキの通常モンスターで代用できるこのカードでルミはデッキからモンスターを出し惜しみなく墓地へと送る。

 

《もけもけ》3枚、《キーメイス》3枚、《ダンシング・エルフ》3枚、《雲魔物─スモークボール》3枚のそれぞれレベル1モンスター12枚。

 

崇光なる宣告者(アルティメット・デクレアラー) ☆12 DEF/3000》

 

 それは《神光の宣告者》《虹光の宣告者》《聖光の宣告者》の3体が合体した様な姿の神々しいモンスターだ。宣告者と呼べるモンスターの頂点に立つこのモンスターは全ての効果の発動と相手の特殊召喚にカウンターを行える。

 

 余談であるが星宮ルミがアイドルしてのシングルアルバムに『ある日、宣告者に出会った』という歌がある。森のくまさんという童謡のような可愛らしいリズムと声で歌っているのにも関わらず内容は、一人の決闘者がデュエル中に《崇光なる宣告者》に出くわしては突破するためにあの手、この手を尽くすものの悉く潰されては自滅に追い込まれるという残虐的な物だ。

 まるで星宮ルミと対戦する相手の結果を示すようなこの曲は、ドM系決闘者からは信仰にも近い人気を誇る。

 

「あ、ついでにエクゾも攻撃力が上がるよ~」

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/1000→13000》

 

 攻撃力12000の上昇。これをついでと呼べるのだろうか。

 《オベリスクの巨神兵》とまともに殴り合ってもおつりとして相手のライフを一瞬で削りきれるほどだ。

 

 星宮ルミの戦術は宣告者で相手の動きを封じて高攻撃力のエクゾディオスが蹂躙するという至極単純なものだ。だが、この火力は圧倒的でパートナーである剣崎が自身のカードをほとんど使わないで勝ててしまうほどなのだ。

 

「さあて、ルミの下僕(おともだち)を紹介できたけど。頑張ってよね。でないと一瞬で踏みつぶしちゃうからね♪」

 

 可愛らしく星宮ルミは満面の笑みでそう語った。

 

 

 



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048.今の俺に出来ることは繋げることだけだ

 恐ろしい。

 

 会場内には同じ高校生の決闘者から大学やプロリーグのスカウトマンに決闘雑誌の記者やただ単純に興味本位で来ていた一般人など様々な人々が観客となっていたがたった1ターン。星宮ルミのプレイングを見て全員が共通した感情を描いた。

 

 場には攻撃力が13000となった《究極封印神エクゾディオス》にあらゆる効果を封殺する《崇光なる宣告者》。あとついでに《ラヴァルバル・チェイン》。

 

 今までの試合でも星宮ルミの戦術は宣告者で相手のカードを封じて高攻撃力で蹂躙する。

 単純であるが強力無比。並大抵の決闘者なら何もできずに踏みつぶされるだけだろう。

 

「続けるよ~。ルミは手札のカード3枚を伏せて終了だよ~」

 

 残りの手札を全て伏せた。

 全種のカードの発動を封殺できる宣告者であろうとも、手札にコストとなる天使族モンスターが存在しなければバニラも同然。それもフェイクすら無しに手札が無いと教えている。

 

「次は私のターンよ」

 

 続いては涼香のターン。

 今のままなら自由に行動できるところにルミはドローフェイズに1枚の伏せカードを発動させる。

 

「ドローフェイズに《補充要員》を発動させるよ~」

「っ、やっぱり」

 

 なんとなく予想はできていた。

 たった1ターンで主軸モンスターを並べる引きを見せた星宮ルミがエースとなる《崇光なる宣告者》をバニラで立たせるだけとは考えづらい。《補充要員》の効果でルミは墓地から《もけもけ》を3枚回収する。

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/13000→10000》

 

 墓地の通常モンスターが減ったことでエクゾディオスの攻撃力も変動する。

 それでも攻撃力は十分すぎるほど。迂闊な動きをすれば一瞬で終わるだろう。

 

「メインフェイズに入るわ」

 

 手札を見渡して戦術を練る。

 ルミの【宣告者パーミション】相手に有用な切り札と成りうる《超融合》は手札に来ていない。自分の手札は6枚で相手は3回しか発動を無効にできないがいかんせんこの手札なら攻めきれずに次で終わってしまう。

 

「私はモンスターをセット、カードを3枚伏せてターン終了」

「ふーん、少しはできるって聞いたけどやっぱりルミの前では何もできないんだね」

 

 相手を見下す半分、自信満々半分の表情でルミは笑う。

 気に触ったのか涼香のこめかみがぴくりと動くが何もできないというのは実際に間違ってはおらず何も言い返せない。

 続く第七決闘高校のタッグの2番手、剣崎勝が行動を開始する。

 

「俺のターンだ。まずは星宮が伏せた《闇の量産工場》を発動、墓地から《雲魔物─スモークボール》2枚を回収」

 

 タッグルールの性質上、ルミがいくら天使族モンスターを持っていようとも剣崎のターンが回ってくれば次にルミのターンになるまで意味が無くなる。そのためにも彼に天使族モンスターが手札に来るようにとちゃっかり伏せていたのだ。

 しかし、それも予想できる範囲のこと。涼香は即座に1枚の伏せカードを発動させる。

 

「そう来るとは思っていたわ! 《闇の量産工場》にチェーンして《強制脱出装置》を発動。宣告者には退場を願うわ」

「無駄だ。星宮が残したもう1枚《王宮のお触れ》を発動」

「なっ……!?」

 

 対策となるのは相手が天使族を回収する前に場から退けること。

 しかし、相手は一つ上を行き対策の対策も講じていたのだ。

 

「ちっ、さらにチェーンして《エネミーコントローラー》! 場のモンスターをリリースしてエクゾディオスのコントロールを得るわ」

 

 ならばと涼香が発動した速攻魔法により一時的に相手の《究極封印神エクゾディオス》のコントロールを得る。自身の墓地には通常モンスターが存在せず攻撃力が0の神もとい紙の盾であるが相手の場に高攻撃力を立たせるよりかはマシだ。

 仮に相手の手札に《所有者の刻印》があれば涼香たちはこの場で終わってしまうが使いどころが難しいカードであるゆえデッキに入ることも専用デッキで無い限り確立は限りなく低い。

 

「さらにリリースされ墓地へ送られた《E・HEROシャドー・ミスト》の効果でエアーマンを加えるわ」

「ふんっ、いいだろう。《ラヴァルバル・チェイン》の効果によりデッキから《スキル・プリズナー》を落としカードを3枚伏せてターン終了だ」

 

 剣崎のデッキは不明だが、おそらくこのターンで勝負を付ける速攻系のデッキではないのだろう。攻撃する素振りどころかモンスターを出すこと無くカードを伏せただけでターンを終了する。

 そしてエンドフェイズにエクゾディオスのコントロールが元の所有者たちの場へと変える。

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/8000》

 

「よしっ! ようやく俺のターンか。いくぜ!」

 

 最後のプレイヤーである創は待ちわびたと言いたげにプレイを開始する。

 

「まずは《サイクロン》を発動。《王宮のお触れ》を破壊するぜ!」

「無駄だ。宣告者の効果で無効にする」

 

 罠を封じるお触れは宣告者と組み合わせれば無効にする数を少なくするだけでなく弱点であるカウンター罠を封じることができる。それを破壊しようとするのは当然だが、当然のように無効にされてしまう。

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/8000→9000》

 

「舐めているのか? そんな単調に通用するわけないだろう」

「いや、俺はいつだって本気さ。手札の《カードガンナー》を捨て《ワン・フォー・ワン》を発動する。無効にするか?」

「ちっ、当然だ。こちらも無効にする」

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/9000→10000》

 

 2度目の宣告者の無効効果により2枚目の回収された《雲魔物─スモークボール》が墓地へと送られる。これが意味することは《闇の量産工場》で加えた天使族モンスターが存在しなくなったこと。

 今ならば自由に動ける。

 

3枚目だ(・・・)! 《簡易融合》を発動。1000ライフを支払いエクストラデッキから《旧神ノーデン》を──」

(ノーデン。確かあいつらの墓地にはレベル4のシャドー・ミストがいたな。狙いはおそらくビュートか)

 

 創&涼香 LP8000→7000

 

 剣崎は思考する。

 墓地に《スキル・プリズナー》が存在するためにまず対象を取るエクシーズモンスターは無意味だ。対象を取らないモンスターでこの場をひっくり返すの必要と考えれば必然と出て来たのは《励輝士ヴェルズビュート》だ。

効果さえ決まってしまえばこの鉄壁とも呼べる状況が瓦解してしまう。

 

 

 

「却下だ。手札の《オネスト(・・・)》を捨て無効」

 

 

 

 だが、それは無意味に終わった。

 

「哀れだな。優れた選手でさえ読み違えで無様に終わるとはな」

 

 剣崎が回収した天使族モンスターはもう無いためにこれ以上、効果は無効にできずにヴェルズビュートを呼び出しその効果が炸裂することも無くなり創の思惑は失敗に終わる。

 これで決着はついたと剣崎は考える。

 

「いいや、ここまでは予想通りだぜ」

 

 だが創は否定した。

 

「なに?」

「相手が相手だ。単に手札に回収した天使族だけって考えるのも簡単すぎるって思ってな。そもそも俺のデッキにはヴェルズビュートは入っていない。そもそも、今のこの状況を打破することはできないんだ」

 

 そもそも創の【X─セイバー】はレベルにばらつきがあるためにレベル4が並ぶという状況はあまり多く無い。それ故に彼のエクストラデッキにはランク4モンスターの種類も少ないのだ。

 

「悪いけど今の俺に出来ることは繋げることだけだ。《クレーンクレーン》を召喚し墓地から《カードガンナー》を蘇生。効果が無効にされるがコストは別だ。デッキトップ3枚を墓地へ──っと、ラッキーだ墓地へ送られた《ダンディライオン》で綿毛トークン2体を特殊召喚」

「お前が囮だと!? 舐めた真似を」

 

《クレーンクレーン ☆3 ATK/300》

《カードガンナー  ☆3 DEF/400》

《綿毛トークン ☆1 DEF/0》

《綿毛トークン ☆1 DEF/0》

 

 守りを固めるようにモンスターを並べて行く。

 彼の手札にはもう天使族モンスターは無く展開を黙って見過ごすことしかできなかった。

 そもそも遊凪高校においての一番の注意人物だと考えていた新堂創をこの決闘中最大限注意しようとしていたというのにも実際はただ次へと繋げるためにプレイするというのが気に食わなかった。

 

「《クレーンクレーン》と《カードガンナー》でランク3《発条機雷ゼンマイン》をエクシーズ召喚しターン終了するぜ」

 

《発条機雷ゼンマイン ★3 DEF/2100》

 

 2体の綿毛トークンと破壊耐性を持つゼンマインの布陣を築く。

 苛立ちを見せる剣崎に対してルミは愉快そうに笑った。

 

「ははっ、まさか剣崎先輩の《オネスト》を読んでたなんて面白いね。でもこの程度の守りなんてルミが簡単に蹴散らしちゃうよ!」

 

 ターンが一周し再び最初のルミのターンが訪れる。

 

「まずは手札に加えた《もけもけ》を通常召喚してさっき引いた《馬の骨の対価》を発動! 2枚引いて《儀式の準備》! デッキから《神光の宣告者》と墓地の《高等儀式術》を加えて《神光の宣告者》を出すよ!」

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/10000→14000》

 

 《崇光なる宣告者》に続けて《神光の宣告者》までが並ぶ。

 召喚のために墓地へ送られたのは《ギャラクシー・サーペント》《神聖なる球体》2枚だ。

 

「それと対価で引いたもう1枚。《思い出のブランコ》で場に出す《ギャラクシー・サーペント》と《神光の宣告者》で《スターダスト・ドラゴン》をシンクロ召喚!」

「っ、ここでスターダストまで!?」

 

《スターダスト・ドラゴン ☆8 ATK/2500》

 

 涼香が目を見開いて驚きの声を上げる。

 高攻撃力にパーミション、続いては破壊耐性を付与するモンスターまで並べるのだ。

 状況はさらに悪くなっていく。

 

「さあバトルフェイズ! 攻撃表示にした《崇光なる宣告者》とチェインで綿毛をぶっ潰してスターダストとエクゾディオスでゼンマインを攻撃するよ~!」

「だが、ゼンマインはエクシーズ素材を取り除くことで破壊は免れるぜ」

 

 ゼンマインは2つのエクシーズ素材を持つためになんとか攻撃を耐え抜く。

 4体のモンスターの猛攻をなんとかこのターンは耐え凌いだ。

 その間にもエクゾディオスの攻撃によりデッキから通常モンスターが墓地へと送られさらに強化される。

 

《究極封印神エクゾディオス ATK/14000→15000》

 

「ルミはこれでターンエンドだけど効果が発動するよね?」

「ああ、ゼンマインの効果で破壊効果が発動するが──」

「ふっふっふ、スターダストで無効だよ~」

 

 破壊効果を発動しようとしたゼンマインだがスターダストが星屑の光へと変貌しゼンマインを包み込み破壊した。そのままエンドフェイズのためにスターダストは帰還する。

 これで全滅。それどころか状況は最悪と言えるほどになってしまった。

 

「さぁて、このターンで終わらせなかったけど、そっちの部長に人も無駄にターンを繋げただけ無意味なだけだったけど、他には何も残してくれなかったね~」

 

 《究極封印神エクゾディオス》《崇光なる宣告者》《スターダスト・ドラゴン》《ラヴァルバル・チェイン》の4体の布陣の前にはただ単純に1ターン生きながらえることができただけだ。

 

「いえ、そうでも無いわ」

 

 しかし、涼香は否定する。

 

部長(あいつ)のおかげでこの状況を打破する手段が見つかったわ! 《E・HEROエアーマン》を通常召喚してサーチ効果を発動するけど、どうする?」

「ふふんっ、その程度なら通してあげるよ」

「そう。じゃあ《E・HEROバブルマン》を手札に加えて3枚セットし特殊召喚。そして2体の戦士族で《H─Cエクスカリバー》をエクシーズ召喚するわ!」

 

《H─Cエクスカリバー ★4 ATK/2000》

 

 ルミがエアーマンのサーチ、バブルマンの特殊召喚を見逃し場に出そうとしてのは打点4000に成ることができる《H─Cエクスカリバー》だ。このカードを召喚しようとしルミは目を細めた。

 

「ふーん、攻撃力4000かぁ。ルミのエクゾディオスの前ではごみ屑みたいなもんだけど宣告者を破壊されちゃうのも困るし効果で召喚を無効にするよ」

 

 そう言って手札の天使族《もけもけ》を捨てて特殊召喚を無効にしようとする。

 だが、その瞬間に涼香は1枚のカードを墓地から使用するのだ。

 

「なら、その無効をさらに無効(・・)にさせてもらうわ。墓地から《ブレイクスルー・スキル》を発動!」

「んにゃ!?」

 

 途端、ずっと余裕に満ちていたルミは声が裏返るほどに声を荒げた。

 宣告者にとっての弱点の一つである墓地から発動する魔法・罠に加えフィールドの効果を無効にする《王宮のお触れ》さえもすり抜けて《崇光なる宣告者》を止める。

 

「っ、なんで!? そんなカード使ってもコストでも落としていなかったのに」

「いや、落ちてたわよ。あいつの《カードガンナー》のコストでね」

 

 圧倒的なまでに有利な状況。

 それ故に慢心が生じ確認を怠ってしまった。

 

(まさか確認していなかったとはな……阿保か)

 

 ルミとは対照的にしっかりと確認を行い《ブレイクスルー・スキル》の存在に気づいていた剣崎はいつか彼女の慢心からこうなると予測していたものの思わず顔に手を当てた。

 

「さあ、これで心おきなく暴れられるわ! エクスカリバーの効果を使用し攻撃力を倍に! そしてこのターンに伏せた《ミラクル・フュージョン》を使用し墓地のバブルマン、シャドー・ミストで《E・HEROアブソルートZero》を出すわ!」

 

《H─Cエクスカリバー     ★4 ATK/2000→4000》

《E・HEROアブソルートZero ☆8 ATK/2500》

 

「バトルフェイズ! エクスカリバーでスターダスト、Zeroでチェインへと攻撃!」

「うっ……」

 

 ルミ&剣崎 LP8000→6500→5800

 

 攻撃を受け2体のモンスターが散りライフも削られる。

 しかし涼香が出した2体のモンスターが攻撃したのはルミの主力モンスターたちでは無いためにいまだに健在だ。

 

「うっ、効いたけどその2体は攻撃を終えたよね? まだルミのエクゾディオスも宣告者もいるなら次でぶっ潰してあげるよ!」

「そう。そんなの(・・・・)が居たわね。なら今、すぐに破壊するわ。前のターンに伏せていた《マスク・チェンジ》を発動しアブソルートZeroを《M・HEROアシッド》へと変身召喚させるわ!」

 

《M・HEROアシッド ☆8 ATK/2600》

 

 攻撃を終えたアブソルートZeroが高く飛び上がり別のモンスターへと姿を変える。

 

「さあ、行くわ! Zeroの効果でモンスターをアシッドの効果で魔法・罠を破壊する!」「ちょっと! それって全滅じゃん!?」

 

 涼香の必殺コンボであるアブソルートZeroからアシッドへの変身召喚。

 アブソルートZeroの効果かルミ・剣崎の上空に巨大な氷塊が出現し銃を構えたアシッドが水色の光線で打ち抜く。氷塊は豹となり相手の場へと振り注ぎ全てを押しつぶしたのだ。

 

 ルミの主力となる《究極封印神エクゾディオス》に《崇光なる宣告者》、《王宮のお触れ》や剣崎が伏せ発動の素振りがなかった3枚の伏せカードも。

 

 形勢逆転。

 そう思った矢先に重く響くような声が渡った。

 

 

 

 

 

 

「──そこまでだ」

 

 

 

 

 

「え……?」

「星宮ルミ。お前の戦術は瓦解し崩れ去った。もう貴様の役目は終わりだ」

 

 声の主。剣崎勝は仲間に向けているとは思えない鋭い視線でルミを睨む。

 用済みだと語る彼の前ではこの二人はタッグパートナーなんかでは無くただ単純に個人同士で相手と戦っているのでしかないと思わせる。

 

「待ってよ。ルミはまだやれるもん!」

「手札に通常モンスター1枚しかないお前に何ができる? 後はただ俺の言う通りに行動してればいい」

「うっ……」

 

 視線だけでない。

 口調まで完全に仲間とは思えない。

 二人のやり取りの中、涼香は口を挟むように告げた。

 

「悪いんだけどまだアシッドの攻撃が残っているから続けていいかしら?」

「ああ悪いな。もっとも、そのモンスターは攻撃できないがな」

「え……?」

 

 思わず視線を自分のモンスターへと向ける。

 先ほどまで圧倒的な破壊効果の演出をを見せた《M・HEROアシッド》の胸元には大剣が突き刺さっていたのだ。貫通しそれが人間ならば致命傷だというのは明白だ。

 

「【アーティファクト】のカテゴリは当然、知っているだろう。魔法・罠としてセットでき相手ターンに破壊されれば特殊召喚し効果を発動する。今、発動したのは《アーティファクト─モラルタ》だ」

 

《アーティファクト─モラルタ ☆5 ATK/2100》

 

 モラルタは本来片手剣だと言い伝えられているが、それを超越するような巨大で太い刀身はまさに大剣だ。それを携えるように水色の人の形をした幽霊のような何かが両手で構えている。

 

「さらにお前のアシッドの効果で破壊されていた《アーティファクト─デスサイズ》《アーティファクト─アイギス》も場へと特殊召喚されている」

 

《アーティファクト─デスサイズ ☆5 ATK/2200》

《アーティファクト─アイギス  ☆5 DEF/2500》

 

 剣だけで無い。

 同じように鎌、盾も全てが破壊された場に佇んでいる。

 

「っ……【アーティファクト】ね」

 

 剣崎のデッキは知らなかったとはいえ完全に意表を突かれた。

 星宮ルミの派手な戦術で彼はあまり目立てはいなかったが、今ここで彼の異名を思い出した。

 

 ──処刑人。

 

 今まで、鳴りを潜めていた処刑人がこの場で牙をむき始めた。

 

「さあ、処刑開始だ」

 

 

 

 

 



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049.鏡の中の決闘者

「俺のターンだ。ドロー」

 

 団体戦準々決勝の一つ。

 遊凪高校と第七決闘高校のTD(タッグデュエル)も中盤に入り7ターン目の剣崎勝のターンへと移る。彼の最初のターンは星宮ルミの戦術に合わせ彼自身のカードは最低限しか扱ってはいない。

 それも伏せたアーティファクトモンスターが姿を見せるや否や処刑人という異名の元に牙をむき始める。

 

「《アステル・ドローン》を通常召喚。レベル5として扱いアイギスと共に《No.19フリーザードン》をエクシーズ召喚し1枚ドロー。そして《FA-クリスタル・ゼロ・ランサー》へとエクシーズチェンジだ」

 

《FA-クリスタル・ゼロ・ランサー ★6 ATK/2200→3700》

 

 ほんの一瞬、氷を纏った恐竜の姿が映ったが即座に姿を変え赤い槍に盾、青いドレスを纏った女性型のモンスターへと成る。エクシーズ素材の数だけ攻撃力を上げ破壊耐性、相手の効果無効を持つ高性能モンスターだ。

 

「っ、破壊耐性を持った攻撃力3700のモンスター!」

「それだけでは無い。モラルタ、デスサイズを《アーティファクト─デュランダル》へとエクシーズ召喚」

 

《アーティファクト─デュランダル ★5 ATK/2400》

 

 加えてはアーティファクトの切り札ともいえるモンスター。黄金の柄に機械的な光を灯す刀身を持つ剣が出現する。ほんのうっすら幽霊のような人型が持ち構えているようにも見えるのはアーティファクトの特徴だろう。

 

「カードを1枚伏せゼロ・ランサーの効果を発動し相手の場のモンスターの効果を無効にする」

 

《FA-クリスタル・ゼロ・ランサー ★6 ATK/3700→3200》

《H─Cエクスカリバー ★4 ATK/4000→2000》

 

 自己強化を果たしていたエクスカリバーの攻撃力が無効となり元の数値へと戻される。

 相手のエクシーズモンスターを凌駕していた力関係も逆転されたのだ。

 

「バトルフェイズだ。デュランダルでエクスカリバーへと攻撃」

(ここで罠を発動すればデュランダルで相手の伏せカードは破壊することになる。でも、アーティファクトは相手のターンの破壊でしか意味は無い。ならいっそここで消耗させた方が)

 

 剣の姿をしたエクシーズモンスター、デュランダルは担い手に見える幽霊のような存在によって実際に剣で切りかかるように涼香のモンスターへと襲いかかる。そのコンマ数秒の間に彼女は思考し1枚の伏せカードを発動させる。

 

「《聖なるバリア─ミラーフォース─》を発動、攻撃モンスターを全滅させるわ」

「無駄だ。デュランダルの効果を使用し《聖なるバリア─ミラーフォース─》は相手の魔法・罠を破壊する効果に書きかえられる。俺のカードは1枚。それが破壊される」

(よし、これで……)

 

 エクスカリバーを守るように現れた青白いバリアは風となり剣崎の伏せカードを破壊する。いくら相手が強力なエクシーズモンスターを出していても剣崎の手札は2枚、星宮ルミの手札は下級バニラ1枚とかなりの消耗をしている。

 後は少しでもアドバンテージを回復させずに場のエクシーズモンスターを対処していけばなんとかなる、そう考えていた。

 

「甘いな。俺が破壊されたのは《荒野の大竜巻》、お前の場のエクスカリバーを葬ってやる」

「なっ!?」

「攻撃対象が消失したことにより対象を変更。デュランダル、ゼロ・ランサーで直接攻撃だ」

「くっ……」

 

 創&涼香 LP7000→4600→1400

 

 予測を見誤った。たった1ターン。

 そのバトルフェイズで二人の残りライフは一気に窮地へと追いやられる。

 専用デッキを除いて扱いの難しい上級レベルのエクシーズモンスターの連打からの猛攻。加えて破壊耐性、効果無効を持ったゼロ・ランサーに相手の全効果をアーティファクトに有利な魔法・罠の除去に書き変えてしまうデュランダルが並ぶ。

 

 攻めに場の制圧まで完璧だ。

 

「残りの2枚を伏せてターン終了」

 

 剣崎がターン終了を宣言し創の番へと移ろうとする。

 しかし、彼はデッキトップからカードを引こうと手を伸ばしたがすぐに元に戻しては自身のターン宣言をしようとせずにいた。

 

「なあ、ちょっと聞いていいか?」

「何だ?」

 

 直後、創は語りかける。

 

「あんたたちは強えーよ。さすが優勝候補だけあってゾクゾクするぐらい強えー。けどさ、これはタッグデュエルだ。チーム同士で協力し合って戦ってのに、なんで仲間を頼ろうとしないんだ?」

 

 第七決闘高校の星宮ルミと剣崎勝の実力は確かなものだ。

 だが見ていればわかる。お互いに協力などしようとせずフォローも必要最低限しかしていない。これはまるで二人はそれぞれ個人技で勝負を挑んでいるようなものだ。

 

「協力? 笑わせるな。決闘(デュエル)において頼れるのは自分自身のみだ。パートナーに頼るなんて軟弱な考えは笑わせる」

「ルミも同意。仲間なんて邪魔なだけだもん」

 

 仲間など必要無い。はっきりと二人は断言した。

 タッグデュエルだというのに、さすがにこの言葉は観客たちにも動揺を見せ創や涼香たちも表情を変える。平気だと思えるのは同じチームである第七決闘高校のメンバーぐらいのものだ。

 

「そうか、それがあんたらの考えか」

 

 刹那、創は気合を入れ直したかのように引き締めるように表情を変えた。

 そもそも遊凪高校は常にチームで困難を乗り越えようとしてきた。必要の無い仲間なんていない。きっと、遊凪高校と第七決闘高校は相いれないだろう。

 

「だったら証明してやるよ。仲間の力ってやつを! 行くぜ俺のターンだ!」

 

 勢いよくカードを引き抜く。

 先のターンで手札を消耗し今の手札はたった2枚。

 この状況を突破するには芳しいものの涼香が残した伏せカードは3枚。

 それらを合わせて彼は挑む。

 

「まずは伏せカードの《死者蘇生》を発動し墓地の《旧神ノーデン》を蘇生し──」

「却下だ。デュランダルの効果を発動し効果を書き変え、さあ選べ」

「……だったら左を選ぶぜ」

 

 墓地のモンスターを蘇生する効果さえも破壊効果へと書きかえられる。

 相手の伏せカードは2枚と2択を迫られたがわずかに悩む素振りを見せて創は左側のカードを選択する。

 

「ふんっ、破壊されたのは《アーティファクト─アキレウス》。特殊召喚し効果を発動する。このターン中、お前はアーティファクトに攻撃できない」

 

《アーティファクト─アキレウス ☆5 DEF/2200》

 

 アイギスとはまた違う紫の光を帯びた丸盾が現れる。

 このターンアーティファクトを攻撃から守るその効果を帯びたためかデュランダル及びアキレウスは紫色の光に包まれる。

 

「他に攻撃できるなら十分だ! さらに伏せカードの《貪欲な壺》を発動し墓地のノーデン、カードガンナー、クレーンクレーン、ダンディライオン、ゼンマインの5枚をデッキに戻し2枚ドロー」

 

 このターン、アーティファクトに攻撃できなくても他の《FA-クリスタル・ゼロ・ランサー》へは攻撃することはできる。涼香が残した2枚目のカード《貪欲な壺》を使うことで創の手札は4枚へと。

 

「《XX─セイバーボガーナイト》を召喚。効果により手札からチュナーモンスター《X─セイバーパシウル》を出し2体で《XX─セイバーヒュンレイ》を出すが効果は使わないでおくぜ」

 

《XX─セイバーヒュンレイ ☆6 ATK/2300》

 

 ヒュンレイには相手の魔法・罠を破壊する効果を持つが【アーティファクト】相手には愚策でしか無い。今回に限っては効果は無用、欲しかったのはただ単純にレベル6のモンスター。

 

「続いて《緊急テレポート》を発動しデッキから《調星師ライズベルト》を特殊召喚するぜ」

 

《調星師ライズベルト ☆3 DEF/800》

 

 風属性、サイキック属。

 地属性固定、様々な種族を持つが主に戦士や獣戦士を主体とした【X─セイバー】にはそこまでシナジーがあるわけでも無いと思われるカードだが、レベルは3であり最大で6にまで変化することができる効果は特殊召喚さえできればシンクロ、エクシーズを交えた【X─セイバー】には選択肢を広げてくれる。

 

「特殊召喚したことによりライズベルトのレベルを3上げ6に!」

 

 効果を使用することによりレベルが場のヒュンレイと並ぼうとする。

 

「狙いはランク6エクシーズか。させん、チェーンし《アーティファクトの神智》を発動しデッキから2枚目の《アーティファクト─デスサイズ》を特殊召喚」

「デスサイズ……こいつは」

「ああ、相手ターンに特殊召喚した場合、このターンのエクストラデッキからの特殊召喚を不可とする」

 

 融合やシンクロ、エクシーズを主体として戦う涼香や創にとっては天敵のようなモンスター効果。今の創も2体のモンスターでエクシーズモンスターを呼び出して反撃しようと目論んでいたがそれさえも潰される。

 勿論、発動すればの話だが。

 

「悪いなさっきの《貪欲な壺》でコレを引いてたんだ。デスサイズの効果にチェーンして《禁じられた聖杯》を発動。対象はデスサイズだ」

 

 デスサイズの効果を退ける。

 相手の手札は0、伏せカードも無く今では存分に暴れられる。

 

「さあ、終幕(クライマックス)だ! レベル6《XX─セイバーヒュンレイ》《調星師ライズベルト》でエクシーズ。現れろ勝利への希望! 《希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》!」

 

《希望皇ビヨンド・ザ・ホープ ★6 ATK/3000》

 

 創の勝利宣言。

 それと共に現れたのは《希望皇ホープ》の最終進化形態と言われるモンスター。

 白一色の装甲に黄金の翼を持った戦士だ。

 

「ビヨンドだと!?」

 

 剣崎やルミは目を見開く。

 何せ創が出した《希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》にはこの場を覆すほどの効果を有しているのだから。

 

「エクシーズ召喚に成功した《No.39希望皇ビヨンド・ザ・ホープ》の効果だ。相手の場の全てのモンスターの攻撃力を0とする」

 

《FA-クリスタル・ゼロ・ランサー  ATK/3200→0》

《アーティファクト─デュランダル   ATK/2400→0》

《アーティファクト─アキレウス    ATK/1500→0》

《アーティファクト─デスサイズ    ATK/2200→0》

 

 たった1体のモンスターの召喚だけで4体のモンスターの攻撃力が完全に無力化。

 一気に形勢が覆る。

 

「ちっ、だが俺のアーティファクトモンスターはこのターンは攻撃されない。いくらゼロ・ランサーが無防備になったとはいえ完全に倒しきれまい」

 

 仲間とは思っていないものの次のターンを迎える星宮ルミの実力だけは認めている。

 手札は役に立たないカードのみとはいえ彼女の実力と引きならばチューナーを出してシンクロ召喚をするぐらい造作も無い。

 

 だが、創は告げた。

 

「言っただろ終幕(クライマックス)だって。氷湊の残したこのカードは多分、俺とのタッグのために入れたのかもしれないが丁度、この勝負を終わらせることのできるカードだ。最後の伏せカード《ストイック・チャレンジ》をビヨンド・ザ・ホープへと装備」

「な……馬鹿な」

 

《希望皇ビヨンド・ザ・ホープ ATK/3000→4200》

 

 剣崎は絶句する。

 最後の最後に残されたカードは使いどころが難しいものの、今の状況では最善と呼ぶにふさわしいカードだ。そんなカードがデッキに入っていたどころか今この状況にあるという事態に言葉を失う。

 

「このカードを装備したモンスターは相手モンスターとの戦闘で倍のダメージを与える行け! ビヨンド・ザ・ホープ! クリスタル・ゼロ・ランサーへと攻撃だ!」

 

 大剣を携え青いドレスを纏った女性のモンスターへ一閃の斬撃を与える。

 防ぐ盾ごと切り裂き相手へと超過ダメージが通るのだがクリスタル・ゼロ・ランサーの攻撃力は0。対するビヨンド・ザ・ホープは攻撃力が4200。

 その倍の8400。初期ライフを一瞬で葬り去るダメージが相手へと襲いかかるのだ。

 

 ルミ&剣崎 LP5800→0

 

TD(タッグデュエル)勝者! 遊凪高校、新堂創・氷湊涼香ペア!』

 

 ピー、と審判のホイッスルが鳴り響く。

 決着が付き創と涼香はハイタッチを交わした。

 

「それにしても《ストイック・チャレンジ》なんてカードよく入れたよな」

「気まぐれよ。まあ、上手く役に立って良かったわ」

 

 勝負が終わり拍手喝采が送られる中、二人は戻る。

 

「お疲れ様です。ナイスファイトでしたよ」

「うん。二人とも凄かったよ」

 

 戻ってくる二人に茜は労いの言葉を賭けて有栖はタオルとスポーツドリンクを手渡す。

 一度の勝利とはいえ一息ついたようなムードの中、晃だけは気を引き締めた表情でいる。

 

「次は任せたぜ」

「はいッス。SD(シングルデュエル)2行ってきます」

 

 

 

 対して敗北という結果で終えた第七決闘高校はと言うと。

 

「あー、悔しい! なんであんな都合良くブレイクスルーが落ちるの!? 結局はマグレじゃん!」

「黙れ星宮。見苦しいぞ」

 

 本当に悔しいのか地団太を踏むルミと不機嫌そうに表情を歪める剣崎。

 その二人に労りも励ましの言葉をかける人物は第七決闘高校にはいなかった。

 

「だってだって! あんなもんはただの運だよ。次にやれば──」

 

 まるで駄駄をこねる子供。

 その彼女の言葉を重く響き渡るような声が遮った。

 

 

 

「黙りや」

 

 

 

「っぅ!?」

 

 瞬間、怯えたようにルミは震えあがった。

 まるで敵意を向けられたような寒気。それを仲間に放ったのは何を隠そう主将である鏡大輔だった。

 

「どのような内容だったにせよ負け犬には何の価値もあらへん。それが第七決闘高校(ここ)の掟や。もし今の敗戦がただのマグレで片づけるようやったら退部してもらおうか?」

 

 厳しく突き付ける言葉は仲間にかける言葉とは思えなかった。

 あるのはただ敗者に対する叱責のみだ。

 今の彼の威圧の前には傲慢であったルミも怯えるしかなかった。

 

「ご、ごめんなさい……」

「わかればいいんや。まあ、わいと焔ちゃんが勝てば問題あらへんし次、行ってくるわ」

 

 ベンチから立ち上がり次の選手である鏡大輔が向う。

 

 

 

『続いての第七決闘高校対遊凪高校SD(シングルデュエル)2を開始致します』

 

「君が橘晃君か。話には聞いてるで中々に面白い決闘(デュエル)をするようやないか」

「……どうも」

 

 対峙する対戦相手の鏡大輔は緊張する晃とは真逆にまったくのリラックスしたような表情で余裕そうだ。彼はこれから戦う対戦相手や敵に対して笑みを向けている。

 

「堅苦しい挨拶とかは無しや。同じ色物(・・)決闘者同士仲良くしようや」

 

 彼の言葉を境に二人は挨拶を終え距離を取る。

 勝負が始まる刹那、晃は第七決闘高校に対するミーティングで茜の言葉を思い出した。

 

『多分、橘君がSD(シングルデュエル)2になるならマッチアップはおそらく主将の鏡大輔さんになると思うのですが』

『主将……か。強豪の主将となると恐ろしい戦術とか持っていそうで怖いな』

『いえ、あの人とは一度勝負をしたことがありますが、あの人には自分自身の戦術どころかデッキさえも持っていないんです』

『は……? なんだよ、それ?』

『あの人の決闘と言うのはですね──』

 

 記憶を巡っている中でもすでに第二試合の先攻1ターン目が開始され進んでいる。

 

 開幕に使用された1枚は永続魔法《炎舞-天璣》。

 永続魔法でありながら発動時にレベル4以下の獣戦士族をサーチできる効果を持ちデッキから手札に加えるのは当然の如く《武神─ヤマト》だった。

 

 加えた《武神─ヤマト》をすかさず召喚。

 続いては1枚のカードを魔法・罠ゾーンへと伏せる。

 

 他に使用するカードも場に出しておくことをしないのか残りの手札は何も手を付けずにターンの終了宣言を行うもののエンドフェイズに場に召喚した《武神─ヤマト》の効果が発動される。

 

 効果はデッキから武神モンスターをサーチして手札を1枚捨てる。

 それによりデッキから《武神─ヒルメ》を手札に加えて《武神器─ハバキリ》を落とす。

 

 手札から発動する主要とも言える《武神器─ハバキリ》をあえて落とすという変わったスタイルを行うのは決闘場の詐欺師(トリックスター)と言われるのに相応しい奇策である。

 

 そうして、そのままターン終了を迎えたて相手のターンになるのだが──

 

 

 

「これでわいのターンは終了や。橘晃君、()()()()()やで」

 

 

 

「っ……」

 

 晃は思わず息を飲む。

 

 話は聞いていたし知らないわけではなかった。

 それでも現実を目の前にしたらやはり疑いたくなる。

 すかさず茜の言葉がフラッシュバックしてくる。

 

『あの人の決闘と言うのはですね──対戦相手のデッキ、戦術をまったく同じように模倣(コピー)してくることから鏡の中の決闘者(ミラージュデュエリスト)と言われています』

 

 強いて言えばミラーマッチデュエリスト。

 

 かつて晃が烏丸亮二を倒すためにもプレイミスに見せかけ罠を仕掛けるトリッキーなプレイスタイルを編み出した時には夢にも見なかっただろう。その編み出した戦術そのものが自身へと牙を向けてくるなどと。

 

 

 



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050.嫌いだ

 場に《武神─ヤマト》、墓地に《武神器─ハバキリ》に1枚の伏せカード。

 

 これで考えるのは4通り。

 1つ目は《剣現する武神》や《光の収集》で墓地のハバキリを回収。

 2つ目は既に2枚目や《オネスト》を持っている。

 3つ目はそれ以外の《武神器─イオツミ》や《エフェクト・ヴェーラー》等の所持。

 4つ目はミラーフォースなどでのカウンター。

 5つ目はただのブラフ。

 

 一般的にはプレイミスとも近い行いであるが様々な選択肢を匂わせることで相手に迷いを与える。真っ向からではなく奇策という奇策を積み攻めこむことこそが橘晃のプレイスタイルだ。

 

「っ……」

 

 頬から嫌な汗が伝う。

 今までは対戦相手の戦術に対していなす様に奇策をぶつけることで勝利を収めてきた。

 それが今回は自分自身と同じ戦術で向かってくる。まるで目の前にもう一人の自分が立っているような得体の知れない感覚が襲ってくる。

 

「オレのターン」

 

 だが己の戦術は己が一番知っている。

 手札に《オネスト》のような手札誘発のカードが無く伏せカードも意味が無い場合に《武神器─ハバキリ》を墓地へと送るのは得策では無い。よって5番目のブラフという線は薄い。

 

「まずは《ギャラクシー・サイクロン》を発動して伏せカードを破壊!」

「おおっと当たりや。わいの《聖なるバリア─ミラーフォース─》は破壊されるで」

 

 破壊されたのは攻撃に対して発動する罠カード。

 これで1番と4番の線も消えたが、まだ彼には手札がありミラーフォースが破壊されたというのに余裕にも近い表情が見える。2番、3番の線が残っている可能性は十分に窺える。

 

(だったら……戦闘を行わずに除去すればいい)

 

 手札には対戦相手の鏡大輔が初っ端に使用したのと同じ《炎舞-天璣》がある。

 ここから最善の一手を思考し描く。晃のデッキは何も武神だけでは無い。それにシナジーの合うカードもデッキに入っているために今回はその選択肢で行く。

 

「《炎舞-天璣》を発動。デッキから《暗炎星-ユウシ》を手札に加えて通常召喚。効果で自分の炎舞をコストにヤマトを破壊。そのままバトルフェイズに移行して直接攻撃!」

 

《暗炎星-ユウシ ☆4 ATK/1600》

 

 鏡 LP8000→6400

 

「おおっ! やるやないか」

 

 軽々と《武神─ヤマト》を突破したことに敵でありながら天晴れと歓喜の声が浮かぶ。

 しかし晃はほんの少し胸が痛むような感覚を感じた。

 

「戦闘ダメージを与えたことで2枚目の《炎舞-天璣》をセット。2枚のカードを伏せてターン終了」

「わいのターンや! 墓地のハバキリを除外し手札の《武神─ヒルメ》《武神器─ムラクモ》を場に出し2体で君のエースたる《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ──」

「却下だ! 《神の警告》を発動し召喚を無効にする!」

「おおうっ!?」

 

 晃 LP8000→6000

 

 鏡が呼び出そうとした《武神帝─スサノヲ》は一瞬だけ姿を見せたものの色を無くしガラスが砕けたかのように音を立てて砕け散った。さすがにエースモンスターを始末されては第七決闘高校の主将とて表情を変える。

 

「思った以上にやるやないか。しかし、よくも自分のモンスターたちをここまで倒すことができるなぁ」

「…………」

 

 勝負の流れは誰が見ても晃に分がある。

 それ以上に晃はいい気分では無かった。

 

 《武神─ヤマト》に《武神帝─スサノヲ》。

 どれも今まで晃を支えてきてくれたモンスターたちだ。例えそれが敵となって対峙したとしても自身の手で倒すとなるといい気分にはなれない。

 

「なら《武神結集》を発動して墓地のハバキリ、ヒルメを蘇生しよか。《武神帝─ツクヨミ》を守備表示でエクシーズ召喚して効果を発動。手札を捨て2枚ドローや」

 

《武神帝─ツクヨミ ★4 DEF/2300》

 

 2枚目の武神帝が晃へと壁のように立ちはだかる。

 

「さあ、ターン終了。君のターンや」

「ならオレはセットされた《炎舞-天璣》を発動し《武神─ミカヅチ》を手札に加えてそのまま召喚。場の獣戦士族ユウシと共に《武神帝─カグツチ》へとエクシーズ召喚!」

 

《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500》

 

 今度は晃が武神帝を場に出す。

 スサノヲにツクヨミ、そしてカグツチとこれで武神帝が全種使われたことになる。

 こんな試合は滅多に見られないだろう。

 

「カグツチの効果でデッキトップ5枚を墓地へと送る。落ちた《武神─ヤマト》と《武神器─イオツミ》そして天璣の効果も含め攻撃力が300上がる。バトルフェイズに入りカグツチでツクヨミへと攻撃」

 

《武神帝─カグツチ ATK/2500→2800》

 

「っ!?」

 

 カグツチの持つ剣がツヨクミを穿ち葬る。

 この時、晃はかつて烏丸亮二との決戦にてツクヨミをしていた記憶がフラッシャバックのように掠れた映像として見えた。

 

「さらに墓地の《リビングデッドの呼び声》を発動し墓地の《武神─ヤマト》を蘇生。追加で直接攻撃!」

 

 鏡 LP6400→4500

 

 一発の拳の追撃が鏡へと放たれる。

 立体映像といえどクリーンヒットしわずかによろける。

 

「エンドフェイズにデッキから《武神器─サグサ》を手札に加えて落としターン終了」

「ほう、追撃してさらに守りまでを固めるとは本当の持ち主は違うなぁ。でもどないしたん? 顔が怖いで」

 

 ふと、彼の指摘に自分自身の顔を確かめるように手を当てる。

 自分でもわからないぐらいに顔が引きつっているのだ。

 

「そうッスね。正直、自分が使っていたデッキ。自分が使っていたモンスターと戦うとなるとどうにもいい気分になれないからじゃないですか」

「よう言われるわ。けれど、君が相手の意表を突く戦術が主みたいにわいは相手のプレイスタイルを模倣するのが主なんでな。そればっかりはどうしようもないちゅー話。そればっかりは譲れんわ」

「別にプレイスタイル自体は否定しないッスよ。ただ、それでもアンタの決闘は──」

 

 と、途中で言っていいのかと少し口を噤む。

 かすかに迷いの表情を見せては視線を泳がせるがそれでも目の前の敵である鏡大輔に対してしっかりと視線を向けてハッキリと告げた。

 

 

 

「──嫌いだ」

 

 

 

 晃の告げた言葉は考えよりも先に本能で語っていた。

 対戦相手と同じデッキを使うのだってきっと立派な戦術だ。

 

 それでもかつて自分が使用していたカード。

 仲間と傷つけあうことになるのは心が痛む。

 だからでこそ橘晃は一人の人間として鏡大輔の戦術を嫌悪した。

 

「はっきりと言ってくれるやないかい。別に好いてもらおうとも思わんし構わんけどな。わいのターンに入るがカードを2枚伏せて終了や」

 

 はっきりと嫌いだと言われても尚、鏡は表情を変えない。

 戦況は圧倒的な不利なはずなのに派手なアクションを起こすことも無く伏せカードを場に出すだけ。巻き返す手段が無いのだろうか、それとも──。

 

(いや、大丈夫だ)

 

 己の戦略を知り尽くした晃は確信を持つ。

 今まで己が相手を翻弄するように行ってきた戦術は主に戦闘時にステータスを変動させるコンバットトリックが主。そこにミラーフォースのようなカードを使ったり《剣現する武神》や《光の召集》などを絡めて行う。

 

 場にモンスターがいない今の段階では十分に戦術を発揮することもできずに《リビングデッドの呼び声》等で蘇生するのなら墓地の《ギャラクシー・サイクロン》で対処が可能。さらに破壊耐性を持つ《武神帝─カグツチ》に墓地には《武神器─サグサ》。

 完璧と言えるほどに今の晃は自身の戦術に対する対処をしているのだ。

 

「オレのターン。本家を見せてやるッスよ。《武神器─ヤタ》を通常召喚し場の武神モンスターのヤマトと共に《武神帝─スサノヲ》へとエクシーズ召喚!」

「おおっ、今度は君の番。ちゅー話か」

 

 今度は晃の場に《武神帝─スサノヲ》が場へと出される。

 鏡が出そうとした時には《神の警告》で召喚が無効にされたが、彼はスサノヲの召喚に対してカードを発動する気配を見せることも無く素直に召喚を許した。

 

「さらにスサノヲの効果を発動。エクシーズ素材を一つ取り除きデッキから《武神─ヒルメ》を手札に加え墓地の《武神器─ヤタ》を除外し特殊召喚」

「ヒルメ? さらに展開するんか?」

「言ったでしょう本家を見せてやるって! さらに《D・D・R》を発動し除外されている《武神器─ヤタ》を帰還。光属性のヤタとヒルメの2体で《武神帝─ツクヨミ》をエクシーズ召喚!」

 

 たった1ターンで鏡が使用した残りの武神帝が晃の場に降臨する。

 今の晃の場には【武神】の切り札たる武神帝が全種出されたのだ。

 

「凄い。あいつってあんなに出来たっけ?」

 

 遠くから観戦していた涼香が小さく声を漏らす。

 実力、経験、経歴全てが格上のはずの第七決闘高校の主将を圧倒して尚、エースたる武神帝モンスターの大量展開。今の彼は彼女が知っている橘晃とは違うようにも思えた。

 その隣。茜は真剣な面目で語る。

 

「確かに凄いです。でも、あの人があそこまで黙ってやられるなんて何か変です。少し嫌な予感がします」

「そうだな。それに橘だって必要以上に展開をし過ぎなんじゃねーか」

「……そういえばそうね」

 

 相手の残りライフを削るのに場のカグツチとスサノヲだけでも事足りる。

 だというのにさらにツクヨミまで出すとなると必要以上にモンスターを出しているという解釈として見ることもできた。

 

「ツクヨミの効果により手札を捨て2枚ドロー! そのままバトルフェイズに入る。まずは《武神帝─スサノヲ》で直接攻撃」

 

 相手には2枚の伏せカード。

 だがこの場の状況で破壊耐性を持ったモンスターたちをまとめて除去する術など無いだろう。心当たりがあるといえば今まで発動する機会の無い《武神隠》ぐらいだが今の鏡の場には発動条件となる武神のエクシーズモンスターはいない。

 

「ふっ、何も発動せえへんよ」

 

 剣を持って切りかかるスサノヲの攻撃にだって鏡は何一つ動こうとしない。

 ただ黙って目の前の攻撃してくるモンスターを見つめているだけだ。

 

「痛っ……」

 

 鏡 LP4500→2000

 

 実際に痛みは感じないがダメージを受けたことで表情を歪める。

 さらなるダメージを負うことで晃の場に攻撃を控えている《武神帝─カグツチ》の射程圏内となった。このまま攻撃さえ決まれば苦労も何も無く晃の快勝となるだろう。

 

「これでとどめだ。《武神帝─カグツチ》で直接──」

 

 

 

「待った」

 

 

 

 一瞬、時が止まったと錯覚するように鏡大輔の声が響いた。

 彼は何か指摘するように告げるのだ。

 

「さすがにこのまま。はい、そうですかと攻撃を受けることは主将として何より第七決闘高校の一員としてあってはならへん」

 

 元より彼は勝利を何よりも是とする第七決闘高校の一員なのだ。

 それも3年という最上級生にして主将すら任せられた男が無名校のルーキ相手に圧倒されて終わりなどあってはならない。

 鏡は1枚の伏せカード。赤い枠の罠カードを開帳させた。

 

「だから、わいはここで《痛恨の訴え》を発動させてもうらわ」

「《痛恨の訴え》……だって!?」

 

 このとき晃は目を見開いて驚愕した。

 そんなカードを一度も使用したことなんて無くデッキにすら入れた記憶が無いのだ。

 

「確かにわいは相手のデッキを模倣(コピー)する。せやけど君の戦術言うのは相手の意表を突くことやろ。なら話は簡単や。君のデッキを100%コピーすることは無く一部、君の知りえないカードを使うのは当たり前やろ?」

 

 確かに自身の戦術だけを頼りに対策を練ったために意表を突かれた。

 

「《痛恨の訴え》は相手から直接攻撃を受けた際に発動するカードや。これで君の場に存在する一番守備力の高い《武神帝─ツクヨミ》のコントロールを次のわいのエンドフェイズまで得ることができる」

「っ……」

 

 デッキとしてでは無く今度は自身が召喚したツクヨミまでもが相手の手の内に入ってしまう。それでも表示形式は攻撃表示のままであり攻撃力も武神帝の中では最も弱い。

 

「だけど、攻撃力ならカグツチの方が上だ。カグツチで《武神帝─ツクヨミ》へと攻──」

「おっと! ならわいはさらにもう1枚の伏せカードを発動しようやないか」

「っ!?」

 

 刹那、悪寒が体中を走った。

 

 フィールドを制圧するように武神帝モンスターを展開しあらゆる面のアドバンテージを優位に持ってきたというのにまるで状況を滅茶苦茶にされてしまうような悪寒だ。ゆっくりと鏡が前のターンで伏せた2枚目の伏せカードが表となる。

 

 

 

「一度、リセットするで。《武神隠》を発動や」

 

 晃が予想した最悪の一手が放たれた。

 

 

 

 



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051.勝率0%

※ダメージ計算前の不具合により晃の《武神帝─カグツチ》の効果で落ちた《武神器─ツムガリ》を《武神器─イオツミ》に変更。また決闘の都合上、鏡が《武神帝─スサノヲ》召喚前に通常召喚した《武神器─サグサ》を《武神器─ムラクモ》に変更いたしました。


「《武神隠》だって!?」

 

 思わず晃は目を見開く。

 武神使いとして相手である鏡大輔が使うことは無いと予想したカードが発動したことに。

 

「効果は君も知ってるやろ。わいは君から奪った《武神帝─ツクヨミ》を除外することで場のモンスター全てを手札へと戻させる。もっとも手札には戻らんけどな君のエクシーズモンスターは」

「くっ……」

 

 瞬間、晃の場に控えていた2体のモンスター。

 《武神帝─スサノヲ》《武神帝─カグツチ》は姿を消す。

 さらに鏡と晃の周囲には黒い霧のようなものが立ち込めたのだ。

 

「さらには次の次のわいのターンのエンドフェイズまでお互いに召喚、反転召喚、特殊召喚もできずにダメージも受けへん。まあ、しばしの休戦と言ったところや」

 

 攻め急ぎ過ぎた。

 相手が同じ武神使いで自身が使っていたカードと相手をするという異形の状況に飲み込まれて本来の自分を見失っていたのだ。エクシーズを大量に行った結果が全てバウンスされてしまうという最悪の結果に陥ってしまったのだ。

 

「オレは……」

 

 しかし、幸か不幸か《武神隠》を受けたショックで逆に熱くなりすぎていた心が冷めだした。まずは落ち着いて状況を整理、手札はさほどよくないが幸いにもターンに猶予はある。

 

「ターン終了」

「ふーん、攻め急ぎ過ぎたってところやな。ならわいのターンやけどモンスターカード1枚を伏せてターン終了や」

 

 召喚や反転召喚、特殊召喚はできずともモンスターを伏せることはできる。

 《武神隠》の効果が切れたときの壁か、反撃のための準備かは不明だがまずは1体のモンスターカードが出現する。

 

 ドローフェイズで晃の手札は3枚。

 今のお互い攻められない状況は準備に徹することができ逆に好機かもしれなかった。

 

「カードを1枚伏せてターン終了」

 

 勝負は次の自分のターン。

 

「さあ《武神隠》の効果適応の最後のターンや。わいも魔法・罠ゾーンに2枚のカードを伏せてターン終了。ここで《武神隠》の最後の効果が発動や」

 

 黒い霧が覆われる。

 その先には鏡の場に除外したはずの《武神帝─ツクヨミ》が佇む。

 

「《武神隠》のために除外した君のツクヨミを守備表示で特殊召喚。さらにはわいの墓地の武神モンスターである《武神─ヤマト》をエクシーズ素材にするで」

「また、オレのモンスターを……」

 

 晃のモンスターがまたしても使われる。

 やはり言い気分では無いがまたしても熱くなってしまえば相手の思う壺だ。

 

「君のターンやで?」

「オレのターン……よしっ、引いたカードは《武神─ミカヅチ》召喚して《激流葬》を発動」

 

《武神─ミカヅチ ☆4 ATK/1900→2000》

 

「は……《激流葬》やて? 自分のモンスターを巻き込むつもりか?」

 

 晃が発動した《激流葬》はモンスターの召喚や反転召喚、特殊召喚をトリガーとして場のモンスターを全て破壊する強力無比のカードだ。相手に大量のモンスターが存在するときに自分がモンスターを召喚して発動するというのも珍しくは無い。

 

「《激流葬》にチェーンして墓地の《武神器─サグサ》の効果を発動し召喚されたミカヅチを選択!」

「ああ、そゆことか」

 

 納得したという表情をする鏡。

 1ターンに1度だけ破壊を無効にする効果を使用して一方的に相手のモンスターだけを葬るというのだ。場全体を飲みこむほどの巨大な水飛沫が飛び跳ね全てを飲みこんで行く。唯一無事だったのはサグサの守りを得た《武神─ミカヅチ》のみだ。

 

「もっともわいが伏せていたのは《カードガンナー》。破壊されたことで1枚ドローするで」

「さらに墓地の武神が除外されたことで手札から《武神─アラスダ》を特殊召喚する」

 

《武神─アラスダ ☆4 DEF/1900》

 

 アラスダの特殊召喚の効果はタイミングを逃さずに扱える。

 加えて効果のチェーン上で除外された場合には全てのチェーン処理を行った後に特殊召喚を行うためにも《激流葬》に巻き込まれることもない。もっとも表側守備表示という条件で追撃には回せない。

 

「おお、うまく扱こうたな」

「あまり悠長に言ってられないッスよ。バトルフェイズに入り《武神─ミカヅチ》で攻撃!」

 

 相手のライフは残り2000。

 そして《炎舞-天璣》で強化された《武神─ミカヅチ》の攻撃力も丁度2000。

 この攻撃が通れば終わるわけだが。

 

「まあ、まだ終わらせへんよ。《攻撃の無敵化》を発動しこのバトルフェイズでの戦闘

ダメージを0にする」

 

 殴りかかるミカヅチと鏡の間に障壁のようなものが壁となり攻撃を弾く。

 戦闘ダメージを0にする単純な効果であるが効果は十分だった。

 

「っ、またオレが入れていないカードを」

 

 鏡には2枚もの伏せカードがあったために何かしら攻撃を防ぐ手段はあっただろうと予想はしていた。もし《強制脱出装置》や《次元幽閉》の類であったのなら墓地に存在する《武神器─ヘツカ》を使用し無効にすることはできたが現実はそこまで甘くは無いようだ。

 

「だったら、場の武神と名の付くミカヅチとアラスダをエクシーズ召喚に再び《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚! 効果によりエクシーズ素材を取り除きデッキから《武神器─ハバキリ》を手札に加えターン終了」

「ふむ、ここでスサノヲを立てるか。厄介なことこの上ないなぁ」

 

 現在の《武神帝─スサノヲ》の攻撃力は2500という歴代遊戯王主人公のエースモンスター級。手札には攻撃力を元々の倍の4800へと固定させる《武神器─ハバキリ》を持ち究極竜さえも真向から退けることができる。

 

「まあ、この程度は予想済みちゅー話や」

 

 くすり、と鏡は笑みを浮かべる。

 何百という決闘者を退けてきた第七決闘高校の主将がこの程度の状況は逆境なんて思っていない。あるのは獅子の前に兎が全力で抗っているだけなのだから。

 

「さあ、潰すで。わいは《貪欲な壺》を発動しスサノヲ、ツクヨミ、ヤマト、ヒルメ、ハバキリを戻し2枚ドローや。そして《武神─ミカヅチ》を召喚し墓地の《武神器─ムラクモ》の効果を発動し君のスサノヲを破壊や!」

「させるか! 墓地の《武神器─ヘツカ》を除外し無効にする」

 

 架空の動物である麒麟が武装され角が刃となった《武神器─ムラクモ》が幽霊のような半透明な状態で晃のスサノヲへと突き刺そうと角を向けて突進する。それを同じく半透明の姿で辺津鏡と呼ばれる鏡の甲羅を持つ《武神器─ヘツカ》が甲羅を盾にして弾いた。

 

「まあ、無効にするのは当然やろな。けど墓地の武神が除外されたことで手札から《武神─アラスダ》を特殊召喚するで。ははっ、前の君のターンと同じやな」

「……」

 

 カードだけでは飽き足らず戦術まで真似される。

 

「さて、ここで本当ならばカステルや101とか攻撃力も上がっておるし103を呼ぶのも良いかもしれへん。けれどな……相手を圧倒してこそ完全勝利っちゅーことや。というわけでわいは《武神帝─スサノヲ》を召喚するで!」

「っ、またしても……」

 

 思わず熱くなりそうになるのを堪える。

 今、この場で彼が《武神帝─スサノヲ》を召喚したのは挑発以外の何物でもないのだろう。晃の場のスサノヲと鏡の場のスサノヲが互いに睨みあう。

 

「さあ、わいのスサノヲの効果や。デッキから同じく《武神器─ハバキリ》を手札に加えバトルフェイズに入る。さあ血で血を洗うスサノヲ合戦の始まりや」

 

 まったく同じ姿形のモンスターが戦闘態勢に入る。

 互いに同じように《炎舞-天璣》で強化され手札には互いに《武神器─ハバキリ》が握られている。このままでは相打ちになるだろう。

 

「相打ち狙いっ!?」

「悪いなそんな気は毛頭ないわ。先に発動にダメステで《オネスト》を発動させてもらうで!」

「っ、《オネスト》!?」

 

 この瞬間、晃はスサノヲ同士の勝負に敗北したことを確信してしまった。

 互いに《炎舞-天璣》で強化されわずか200という数値の差であるがダメージ計算時に発動できる《武神器─ハバキリ》では届かない。

 

「さあハバキリを発動させるか?」

「くっ……発動させない」

 

晃 LP6000→3500

 

 光り輝く翼を得た鏡のスサノヲが容赦なく晃のスサノヲを切り裂く。

 思わず歯噛みしてしまうがまだライフは残っている。逆転のチャンスは十分にある。

 

「最後の手札を伏せてターンエンドやで。君のターンや」

 

 相手の場には《武神帝─スサノヲ》が1体と《炎舞-天璣》に伏せカード1枚。

 手札には《武神器─ハバキリ》が1枚で墓地にサポートできるカードは無い。

 

 逆に晃は手札が0で場には同じく《炎舞-天璣》と無意味に残ってしまった《リビングデッドの呼び声》のみ。

 

 正直、逆転の望みは薄いものの1度、晃は黒栄高校の霧崎との勝負で同じような絶対絶命の状況をひっくり返したのだ。この男には負けたくない。勝ちたいと願いながら橘晃はカードを引いた。

 

「ドロー、オレが引いたのは《ソウル・チャージ》。墓地から《武神─ヤマト》と《武神─ミカヅチ》の2体を蘇生する」

 

 引いたのはかつての状況と同じカードだった。

 このターンのバトルフェイズを行うことができなくなり、蘇生した数×1000という大量のライフを失うもののモンスターの大量展開という莫大なアドバンテージを得られる必殺のカード。

 

 後は2体のモンスターで《No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ》を呼び出せばいい。

 相手に《炎舞-天璣》が存在する限り獣戦士族モンスターの攻撃力は変動しラグナ・ゼロの効果の条件を満たす。

 まず1度は《武神帝─スサノヲ》を破壊しドローできることでアドバンテージを稼ぐ。次いで相手のターンにもし獣戦士族モンスターでもなんでも元々の攻撃力と異なる攻撃力のモンスターを出せば破壊できる。

 

 これで状況は逆転できる──はずだった。

 

「ふうん、ここで《ソウル・チャージ》か」

 

 対戦相手の鏡大輔はつまらなそうに呟いた。

 興味を無くしたかのように肩の力を抜いて脱力する。

 

「悪いけどここで逆転させてもらうッスよ……オレは今から呼び出す2体のモンスターで──」

 

 

 

「いや、エクシーズなど出来へん。(しま)いや」

 

 

 

 途端、時間が止まったかのように錯覚した。

 発動した《ソウル・チャージ》がスパークし効果を発動させることも無く弾かれたのだ。

 

「え……?」

 

 思わず目を見開いてしまう。

 最後の逆転の切り札が不発に終わった。

 

「まさか。最後の最後に《ソウル・チャージ》を引くなんて末恐ろしいわ。せやけど。わいの残した最後のカードはカウンター罠の《神の宣告》。当然ながら無効にさせたもろうたで」

 

鏡 LP2000→1000

 

 彼が最後に残したのはあらゆるカードを封じる同じく必殺ともいえる1枚だった。

 手札も無く、場も墓地も逆転できる手段が無く最後の引きに賭けることでしかなかった。晃はもうドローフェイズを迎える前から既に詰んでいたのだ。

 

「っ……」

 

 思わず息を飲んでしまう。

 手札も場も墓地も何も使うこともできずに動くことさえできない。

 0.001%なんて夢物語さえも許されない確実な勝率0%。

 

 この場で晃に許されるのはただ二つ。

 一つは降参(サレンダー)

 

「ターン……エンド」

 

 そしてもう一つはターンの終了を宣言することでしかなかった。

 

「ほう、負けが確定してなお降参(サレンダー)せんか。ええ心構えや。ならそれに答えへんとな」

 

 鏡はドローフェイズで引いたカードを確認しない。

 もう必要も無いからだ。

 

「《武神器─ハバキリ》を通常召喚。バトルフェイズに入るで」

 

《武神器─ハバキリ ☆4 ATK/1600》

 

 前のターンでサーチした《武神器─ハバキリ》は本来与えられた役割では無くモンスターとして召喚される。しかし牙を向く相手は鏡大輔では無く今まで何度も【武神】使いとして共に戦ってきた橘晃だ。

 

「《武神器─ハバキリ》──そして《武神帝─スサノヲ》で直接攻撃や」

 

「くっ……」

 

 2体のモンスターが襲いかかってくる。

 敵わなかった。まったく同じデッキを使って同じような戦術だったのにも関わらずに負けた。それはただ単純な実力差。それが純粋に悔しかった。

 

晃 LP3500→1900→0

 

 ハバキリ、そしてスサノヲの裏切りの一矢。

 受け止めるライフが残されていない晃はこの場で敗北した。

 

 

 

 



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052.非情と異常なまでの勝利へと追及

 

 

 

「すみません部長」

「いいや、ナイスファイトだったぜ。あんなに頑張ったんじゃねえかこれで文句を言う奴なんて遊凪高校にはいないぜ」

 

 SD(シングルデュエル)2の試合に敗北して戻った晃に対して部長の創は温かく迎えた。涼香は『まあ悪くなかったんじゃない』と素直でないながらも褒め『お疲れ様』とスポーツドリンクを渡して労った。

 

『続いてSD(シングルデュエル)1を開始します。両選手は前へ』

 

 続いての試合が間も無く行われる。

 もう既に試合に挑む準備を済ませていた茜は立ち上がり決闘盤を抱えて前へと出る。

 

「大丈夫ですよ。私が勝ってきますから」

「ああ、任せたよ」

 

 晃とすれ違うように茜は体育館中央へと移動する。

 そこには待ち構えたように試合の準備が万端な第七決闘高校の選手である日向焔が待ち構えていた。握手をするような至近距離で二人は目で語るかのように視線を交わす。

 

「……姉さん」

「…………」

 

 何かを思うかのように見つめる茜に対し焔は興味も何も無いと言いたげな表情で振り返る。例え姉妹であろうとも敵同士ならば必要なのは言葉などでは無く敵意だけ。どのような相手であろうとも情け容赦なく潰すのが日向焔という人物なのだ。

 

「私は姉さんには負けません。私の戦いをこの決闘で伝えます!」

「……そう」

 

 ぴたり、と足を止める。

 茜に対して振り返ることをせず背を向けたまま焔は語る。

 

「立ち迎えてことだけは敵として認めてあげる。ただし──容赦はしない」

 

 冷たい一言だけを残して焔は決闘を行う位置にまで向かう。

 勝負前の挨拶も素っ気なく終わった後はただカードを交えるのみ。互いに十メートルほどの距離を取って決闘盤を構えてしまえばやることは一つのみ。

 

決闘(デュエル)!』

 

 試合が開始される。

 先攻は焔からだ。

 

「…………」

 

 3、4秒ほど手札をじっくりと見つめる。

 彼女は今の手札から可能な限りの戦術を構築しやがて1枚のカードを伏せる。

 

「モンスターとカードを伏せターン終了」

 

 まずは様子見なのだろう。

 プレイは素っ気なくモンスターを1体伏せただけだ。

 

 

 

「かつてのインターミドル全国3位と言ったけど割と普通なプレイをするのね」

 

 試合を観戦している涼香は率直な感想を漏らす。

 2年ほど前の全国の中学生で3番目に強いプレイヤーとなれば初手から怖ろしい戦術を使うと誰もが思うだろうが蓋を開けてみれば呆気ないものだ。それならTD(タッグデュエル)で相手をした星宮ルミの超攻撃力エクゾディオスと宣告者の展開のほうがよほど怖ろしく見えた。

 

「まあ、最初はな……あいつの怖いところはそんなところじゃないんだ」

 

 逆にいつもおちゃらけているような創は真剣に二人の勝負に見入っている。

 一度、対戦経験があるからでこそ日向焔という彼女の強さを理解しているつもりだ。

 

 

 

「私のターンです!」

 

 次いで茜のターン。

 ドローフェイズで引いた6枚の手札は決戦に最良とも言えるほど良かった。

 彼女も同じように数秒の思考を行う。

 

(ただモンスターを伏せただけ。それなら姉さんのモンスターは──)

 

 姉妹で相手の情報を知っているからでこそ茜は焔が伏せたモンスターの予想がついた。

 必ず合っているとは言い難いが、それでも直感に身を任して茜はプレイを開始する。

 

「手札から《炎王の孤島》を発動します。手札の《炎王神獣ガルドニクス》を破壊して《炎王獣バロン》を手札に加え《炎王の急襲》を発動します。デッキから2枚目の《炎王神獣ガルドニクス》を特殊召喚です!」

 

《炎王神獣ガルドニクス ☆8 ATK/2700》

 

 炎柱が舞い上がり中から炎を纏った不死鳥にして炎王の切り札である《炎王神獣ガルドニクス》が勝負の開始早々に場に舞い降りる。最上級の攻撃力を誇るこのモンスターならば焔が伏せたモンスターも軽々と葬ることが茜は数秒の間を空けて次の一手へと進める。

 

「カードを1枚伏せエンドフェイズに入り《炎王の急襲》の効果でガルドニクスが破壊されターンを終了します」

 

 バトルフェイズには入らず攻撃を行わない。

 炎王の急襲》で特殊召喚したガルドニクスはそのデメリットにより業火とも呼べる炎が燃え盛りその中へと消えて逝った。攻撃を行わない選択を行った茜に対しても焔は表情一つ変えない。

 

「私のターン」

 

 無機質に無造作にカードを引く。

 

「ではスタンバイフェイズに《炎王の孤島》で破壊されたガルドニクスの効果が発動します。墓地から特殊召喚してこのカード以外のモンスター。姉さんの伏せたモンスターが破壊されます!」

 

 再び墓地から巨大な炎柱が出現し破壊されたガルドニクスが不死鳥の名のもとに蘇る。

 さらに蘇ることでこのカード以外を破壊するという強力無比な効果さえも持つ。

 

(やはり、戦闘破壊をトリガーとするリクルーターでしたか)

 

 すかさず茜は破壊した焔のモンスターを確認した。

 墓地に送られていたのは茜が予想した通りのモンスターだった。

 

「さらに《炎王の急襲》で破壊されたガルドニクスも蘇生します。最初のガルドニクスが破壊されます」

 

 さらにもう1体のガルドニクスが蘇る。

 先に出したガルドニクスが破壊されてしまうが、これで彼女のコンボが完成した。

 スタンバイフェイズごとにガルドニクスが蘇ることで場のガルドニクスが破壊されまた蘇る。両者のスタンバイフェイズごとに繰り返すことで常に場のモンスターがリセットされ続ける破壊と再生のガルドニクスループだ。

 

「メインフェイズに入る」

 

 いきなりの序盤。

 普通はお互い手の内の探り合いが行われるものだが姉妹ということもあり手の内なんて始めから知られている。駆け引きとかそんなもの関係なくいきなりのフルスロットルだ。

 しかし焔は表情一つ変えはしない。冷静にそして冷淡にカードを使う。

 

「まずは《ギャラクシー・サイクロン》を発動。伏せカードを破壊する」

「っ、いきなりソレですか……」

 

 最初に使われた1枚目で茜は苦い表情を浮かべた。

 普通に発動すれば伏せた魔法か罠を破壊して、墓地送られれば次のターン以降から除外すれば表側の魔法か罠を破壊できるという1枚で2度オイシイカード。

 しかし、ソレが意味するのは茜の【炎王】の起点となっている《炎王の孤島》を破壊できるという事だ。強力なサーチと相性の良い破壊効果を兼ね揃えているものの墓地や除外に行けば自分フィールドの場のモンスターが全滅する。

 いくら破壊と相性が良いとは言っても墓地のカード1枚が《サンダー・ボルト》に早変わりしてしまうのだ。手始めに最初の効果で茜が伏せた《激流葬》が破壊されてしまう。

 

「《炎王の急襲》を発動」

 

 相手の表情やら感情などお構いなしに続いてカードを使う。

 茜が初手で使用したカードはなんとなく前のSD(シングルデュエル)2で行われた鏡大輔の【ミラーマッチ】を彷彿とさせる。

 しかし、そのカードで呼び出せるのは何も【炎王】モンスターだけでは無い。

 

「《猛炎星─テンレイ》を守備表示で特殊召喚」

 

《猛炎星─テンレイ ☆4 DEF/2000》

 

 同じくして炎柱から出現したのは狼牙棒と呼ばれる武器を携えた筋肉質な男性。

 薄い紫状のトナカイのような形をしたオーラを従えた水滸伝の登場人物の秦明だ。

 

「加えて《熱血獣士ウルフバーグ》を召喚。効果で墓地の《孤炎星─ロシシン》も蘇生」

 

《熱血獣士ウルフバーグ ☆4 ATK/1600》

《孤炎星─ロシシン ☆4 DEF/1400》

 

 ゴーグルに黄色いアーマーを着けた二足歩行の狼が出現し墓地からガルドニクスの効果で破壊された《孤炎星─ロシシン》を引きずり出す。日向焔が従わせる【炎星】はたった1瞬でモンスター3体を揃えたのだ。

 

「場のロシシン、テンレイを素材に《罡炎星-リシュンキ》をシンクロ召喚。素材のテンレイ共にリシュンキの効果を発動させ《炎舞-天璣》《炎舞-天枢》を共にセット」

 

《罡炎星-リシュンキ ☆8 ATK/2000》

 

 水滸伝の天罡星の生まれ変わり盧俊義を象ったモンスター。

 シンクロ召喚に成功した時とシンクロ素材になり墓地へ送られた場合。二つの効果がチェーンを組み焔の場に2枚の伏せカードが敷かれた。

 

「先に《炎舞-天枢》を発動。効果により《微炎星-リュウシシン》を追加召喚。続けて《炎舞-天璣》を発動し2枚目のウルフバーグを手札に」

 

《微炎星-リュウシシン ☆4 ATK/1800→2000》

 

 息継ぐ暇も無く素早い思考でタイミングを間違えることも無駄も無くカードを展開していく。

 

「炎舞が発動したためにリュウシシンの効果が発動されデッキより《炎舞-「天権」》を場へと伏せる。続けてリュウシシンの効果を使用。場の天枢、天璣をコストとし墓地より再びロシシンを蘇生」

「っ……また展開しますか」

 

 通常召喚、シンクロ召喚を含めて場にモンスターを出したのは6回目。

 墓地からの蘇生にデッキから炎舞を場に持ってくる効果が噛み合った結果だ。【炎星】は茜が使用する【炎王】と名前は似ていようとも破壊と再生を繰り返し場を制圧する大胆で大味なプレイングと違いモンスターと炎舞を噛み合わせて真価を発揮させる繊細かつ圧倒的だ。

 

「私の場には、レベル4のモンスターが3体揃った」

「3体……まさかっ!?」

 

 途端、茜は悪寒を感じた。

 先ほども同じくレベル4のモンスターが3体揃っていたがそのときはシンクロ召喚に使われたが、それはさらなる展開のためだ。だが今はおそらく違う。相手を制圧し圧倒するのが日向焔のもっとも得意な戦術なのだ。

 今、この場で止めなければ大変なことになる。それを茜は瞬時に理解したが伏せていた《激流葬》は破壊され手札にも《エフェクト・ヴェーラー》や《幽鬼うさぎ》のようなカードが無いのが悔やまれた。

 

「リュウシシン、ウルフバーグ、ロシシンの3体で《星守の騎士プトレマイオス》へとエクシーズ召喚」

 

《星守の騎士プトレマイオス ★4 DEF/2600》

 

 場に出されたのは【炎星】とはカテゴリも属性も種族も合わないはずのモンスターだ。

 だがこのモンスターはどのようなデッキであろうともレベル4モンスターが複数展開できるようなデッキにとっては入るカードとなっている。

 このカード単体では単に守備力の高い壁であり強力な効果を持つものの無茶なコストを要求するモンスターでしかない。だがこのモンスターの真価はこのカードよりランクが1つ高いモンスターと噛み合わせることにある。

 

「効果を発動。エクシーズ素材を3つ取り除くことでエクストラデッキの『No.』以外のランクが1つ高いエクシーズモンスターへ重ねてエクシーズ召喚させる。《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》へとエクシーズ召喚」

 

《サイバー・ドラゴン・ノヴァ ★5 ATK/2100》

 

 光属性機械族の機械仕掛けの竜。

 手札や場の《サイバー・ドラゴン》を除外し攻撃力を上げる効果に相手のカード効果によって破壊されたとき機械族融合モンスターを呼び出す効果は【サイバー・ドラゴン】のデッキには強力なものだが焔の【炎星】とはシナジーが薄い。

 だが、それも次の1枚で全てが変わる。

 

「さらに《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》を媒介としてエクシーズ召喚。《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》」

 

《サイバー・ドラゴン・インフィニティ ★6 ATK/2100→2500》

 

 新星(ノヴァ)無限(インフィニティ)へと至る。

 禍々しくも格違いの存在感を放つそれは《サイバー・ドラゴン》のエクシーズにおける最終形態。種族も属性も噛み合わないのに扱う理由はただ単純にそれらを乗り越えてまで扱う価値があるほどに強いからだ。

 

「インフィニティ、やはりソレですか」

 

 茜は思わず表情を引きつらせた。

 遊戯王を齧った人間においては畏怖を抱く者も少なくないだろう。

 

 

 

 観客席から観戦する鏡大輔は対戦相手である茜に憐れみの視線を送りながら呟いた。

 

 

「やっぱり容赦が無いなぁ。焔ちゃんは。妹ちゃんの方が可哀想に思えてくるで」

「ふーん、日向先輩の応援よりも対戦相手の心配なんだ」

 

 それを尻目に隣で座るルミは鏡を一瞥する。

 本来は味方である焔を応援するために集中すべきだろう。それを対戦相手に同情する行為に不満が生じていた。

 

「そういやルミちゃんは外部からの編入やったし焔ちゃんとの直接対決はなかったな。一度でも勝負してみればわかるで。あの娘の恐ろしさは」

「そんなに強いの?」

 

 今も尚、1ターンでモンスターが残されない状態から始まりシンクロ召喚とエクシーズ召喚の連打で場を制圧する光景を見れば強いということだけは理解できる。それでもルミならば自身の主力である《崇光なる宣告者》で止める自信がある。

 

「強さとか、技術とかそういう問題やあらへん」

 

 ルミが何を思っているのか、なんとなく理解した鏡は諭すように語る。

 何度も対戦を経験したからでこそ彼女が普通とは異質なのだと理解できる。

 

「普通よりも並はずれた知能指数を持ち頭脳も引きの強さも並はずれている。それだけでも厄介なのに対戦相手を徹底的に調べ上げ相手が格下であろうとも一欠けらの容赦や油断、情けさえも与えない非情と異常なまでの勝利へと追及。それが日向焔や」

 

 

 



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053.布石は全部整いました!

 

 

 

「まずは《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》の効果により攻撃表示の《炎王神獣ガルドニクス》をエクシーズ素材として吸収」

「やはり、そう来ますよね」

 

 効果破壊をすれば次のターンに蘇生し戦闘破壊であればデッキから『炎王』モンスターをリクルートすることができるがそれ以外の主に破壊以外の除去には無力だ。攻撃表示モンスターをエクシーズ素材にしてしまう効果は凶悪でありながらも相性も悪い。

 おかげで茜の場が完全にガラ空き状態だ。

 

「バトルフェイズ。リシュンキ、インフィニティ共に攻撃」

「うっ……!?」

 

 茜 LP8000→6000→3500

 

 シンクロ、エクシーズモンスターの連撃を受けライフが大幅に減少してしまう。

 

「カードを2枚伏せてターン終了」

(やはり姉さんは強いです)

 

 別に侮っていたわけでは無い。

 圧倒的なまでの実力差を見せライフすら削られずに終わりを迎えることさえ珍しく無いほどだ。自身と彼女では勝負において致命的とも言えるほどに実力の差があるのは自負している。

 

「ですが、負けるわけにはいきませんっ! 私のターン、ドロー!」

 

 勢いよくカードを引く。

 相手がいくら強くても闘志は十分に燃え盛っておりそれに呼応するかのように彼女の決闘盤の墓地から炎が溢れ出るような演出がされた。

 

「墓地より前のターンで破壊された《炎王神獣ガルドニクス》の効果が発動します!」

 

 対抗策は十分にある。

 まず蘇生しモンスター全てを破壊するガルドニクスの効果は間違いなくインフィニティの効果により無効にしてくるだろう。1ターンに1度という制約があるために隙が生じる。そこを狙えさえすれば十分に相手の布陣を突破できる。

 

「墓地から──」

伏せ(リバース)カード、発動」

 

 だが、そんな希望を容易く打ち砕く。

 

「《虚無空間(ヴァニティー・スペース)》」

「そんなっ……!?」

 

 燃える闘志に水が指すように1枚のカードが現れた。

 敵味方関係無く特殊召喚を封じるこのカードはガルドニクスの蘇生を阻止しただけでは無い。茜の【炎王】だけにとどまらず大半のデッキは特殊召喚を戦術の要にしているためにこの1枚だけで機能不全になってしまうことも珍しく無い。

 もっとも使用者の場かデッキからカードが墓地へと送られると自壊するという脆いデメリットを持っているものの制圧力の高い《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》と並ぶと破壊される確立が格段に低くなる。この状況で詰むことさえある。

 

「ガルドニクスの蘇生は不可。貴女のターンだけど?」

「っ……!? 私はモンスターとカードを2枚伏せます」

 

 思わずよろめきそうになった体をなんとか持ち直す。

 反撃の手段さえも潰された今では成す術が無い。できることは場にカードを残すことぐらいだ。何の手段も講じられない今、茜は悔しそうにターンの終了を宣言する他なかった。

 

「ターンエンド、です」

「そう。私のターン」

 

 対する焔は相手が悔しそうな声を上げたとしても表情一つ変えはしない。

 ただ淡々とまるで作業のように対戦相手を駆逐するのみだ。

 

「墓地の《ギャラクシー・サイクロン》を発動。表側で存在する《炎王の孤島》を破壊する」

 

 墓地から旋風が巻き起こり茜のフィールド魔法を吹き飛ばす。

 ただ単純に相手のフィールド魔法を破壊しただけでは無い。このとき瓦解した《炎王の孤島》は使用者のモンスターを道連れにしてしまうのだ。

 

「くっ……《炎王の孤島》が破壊されたとき私の場のモンスターが破壊されます」

 

 破壊されたのは前のターンでサーチした《炎王獣バロン》。

 効果により破壊されたために次のスタンバイフェイズに効果が使用できるものの場の壁モンスターが存在しなくなったがために焔の場の2体のモンスターだけで茜のライフを削りきることができるようになってしまった。

 

「バトルフェイズに入る」

「そうはさせませんっ! メインフェイズ終了時に伏せていた1枚の《ブレイクスルー・スキル》を《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》に対して発動します!」

「エクシーズ素材を一つ取り除くことで無効にする」

 

 相手モンスターの効果を無効にする効果を使用することで無理矢理効果を使用させた。

 それも、茜の場に残された最後の1枚を使用するための布石だ。

 

(正直、これは賭けですが手はそれしかありません)

 

 茜に残されたカードには今、この場で相手モンスターを除去するどころか攻撃を防ぐ手立てすら無い。1枚だけの手札は【炎王】とは別カテゴリでありながら意表を突くために入れた最上級モンスター。場に残された1枚はこれからの運に頼るしかない1枚だ。

 

「なら再びバトルフェイズに入る」

 

 メインフェイズの終了時というタイミングのために一度、メインフェイズに巻き戻りもう一度バトルフェイズに入る宣言が行われる。タイミングは今しか無いと茜は最後の伏せカードを発動させた。

 

「バトルフェイズ開始時に《裁きの天秤》を発動します。私の手札とこのカードで所持カードは2枚。姉さんの場の5枚の差。3枚をデッキからドローします!」

 

 使いどころは難しいがうまく使えば大量のドローが行えるカード。

 だが所詮はドローソース。それだけで相手が止まるはずも無い。

 

(お願い。来てくださいっ!)

 

 残された手札の1枚に次のターンで《炎王獣バロン》の効果の発動。それと墓地の《ブレイクスルー・スキル》の3枚でなんとか状況を打破する算段はついている。だがそれもこの場を凌げればの話だ。

 引けば攻撃を防げるカードは入っている。後はこの3枚のドローに賭けるしかないのだ。

 

「ドローっ!」

 

 曲線を描くように3枚のカードをデッキから手札に加える。

 それを興味なさげな表情で焔は攻撃宣言を降す。

 

「何枚引こうが関係無い。まずは《罡炎星-リシュンキ》で──」

「いいえ! このドローで来てくれました。手札から《速攻のかかし》を捨てることでバトルフェイズを終了させます!」

 

 髪から繋がるような黒い麒麟の形をした炎が茜を襲うがそれを阻止するように機械仕掛けのかかしが割って入り攻撃を受け止める。同時にバトルフェイズが終了することによりこれ以上の追撃も不可能にしたのだ。

 

「そう。ならターン終了」

 

 このターンで終わらせられなかったとはいえ想定内なのか彼女はあくまで冷淡なままだ。

 

「私のターンっ! このターンで覆します。スタンバイフェイズに前のターンで効果破壊された《炎王獣バロン》の効果発動です。デッキから2枚目の《炎王の孤島》を手札に加えます」

 

 加えるのは前のターンで破壊されたのと同じフィールド魔法。

 

「そして墓地から《ブレイクスルー・スキル》を発動します! 当然、無効にするのはインフィニティです」

「……インフィニティの効果を使用し無効にする」

 

 前のターンで墓地から魔法の《ギャラクシー・サイクロン》を喰らったお返しの如く今度は茜が墓地からの罠カードを発動させる。無効にされたものの1ターンに1度の効果を使わせた今、このターン中はもう使用できなくなる。

 

「これで布石は全部整いました! いきますよ。私は再び《炎王の孤島》を発動し第一効果を発動させますがこれにより私が手札から破壊するのは──」

 

 手札から1枚のカードを抜き出す。

 いくら《虚無空間》や《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》で制圧していようと関係無いと語るようにそのカードを相手である焔へと見せた。

 

「《地縛神Ccarayhua》です!」

「っ!?」

 

 瞬間、この決闘中表情一つ変えない彼女の表情がわずかながら揺らぐ。

 目を見開き一矢報われたように。

 

「このカードが自壊効果以外で破壊されたとき場のカード全てを破壊します。当然、手札からの破壊でも、です。そしてデッキから《炎王獣ヤクシャ》を手札に」

「コカライアの効果にチェーンし《マインドクラッシュ》を発動。《炎王獣ヤクシャ》を選択!」

 

 これから場を吹き飛ばされるのならと《虚無空間》の自壊などもう気にすることも無く罠カードを使用する。茜が加えた《炎王獣ヤクシャ》を落とすのと同時にピーピングの役割も果たし残りの手札《熱血獣士ウルフバーグ》《炎王炎環》《神の宣告》が確認された。

 

「ですが、もう止まりません! 場をまとめて一掃します!」

 

 フィールド全体を包み込むほどの巨大な爆発が起きた。

 茜の《炎王の孤島》だけでなく焔のモンスターも魔法・罠ゾーンのカードだって容赦無く吹き飛ぶ。相手を制圧する布陣も全てが焼け野原と化した。

 

「これで遮るものは何もない。自由に動けます! 《熱血獣士ウルフバーグ》を召喚して効果により墓地から《炎王獣バロン》を守備表示で蘇生します」

「ウルフバーグの効果にチェーンして《増殖するG》を発動」

 

《熱血獣士ウルフバーグ ☆4 ATK/1600》

《炎王獣バロン ☆4 DEF/200》

 

 焔のときは茜が使用した《炎王の急襲》を使用したが今度は焔の使用した《熱血獣士ウルフバーグ》を茜が使う。【炎王】と【炎星】は同じ炎属性に獣戦士モンスターが使われるという共通点から似て非なるカテゴリのためだ。

 

「ドローソースですか。ですが攻撃の手を緩めませんっ! バトルフェイズに入ってウルフバーグで直接攻撃(ダイレクトアタック)です!」

 

 焔 LP8000→6400

 

 なんてことは無いただの下級モンスターでの直接攻撃だ。

 だがこの瞬間、観客席から見ていた観客たちから小さな歓声が沸いた。日向焔はこの大会中、烏丸亮二のような名のあるプレイヤーですら直接攻撃を受けたことは無くほぼノーダメージという形で完封していたためだ。

 

「さらに追撃です! 《炎王炎環》を使用し場のバロンと墓地のガルドニクスを入れ替えます!」

 

 茜の場のバロンが炎に包まれては不死鳥は不死身だと言うかのように再び《炎王神獣ガルドニクス》は場へと舞い戻る。これで相手に1枚分ドローを許してしまうが攻められる好機をみすみす見逃すつもりは無い。

 

「いきますよっ! 続けて攻撃です!」

 

 焔 LP6400→3700

 

 攻撃は再びクリーンヒットする。

 ライフを大きく削り窮地だった状況から一転しボードアドバンテージを取り戻したどころかライフアドバンテージさえもほぼ並んだ。

 

「最後の手札を伏せてターンエンドです」

 

 一矢報いた巻き返しもこれで終わり。

 ターンの終了が宣言され今度は焔のターンだというのに彼女は俯きながら微動だにせず人形のように制止していたのだ。まるで直接攻撃でライフと同時に精神的にも大きな打撃を受けたかのように。

 

「…………」

 

 直接攻撃を受けた。

 その事実が頭から離れなかった。

 

 いくら実の妹、格下が相手だと言っても手を抜かず情報を収集し研究を怠らなかった。対戦相手の茜の使用するカードや引きの傾向も完璧なまでに予測したはずだ。その結果として導き出されたのは勝率97%以上。それもほぼ完封して勝てるはずだった。

 

 それを覆したのは《地縛神Ccarayhua》を使用してからだ。

 彼女の引きは新堂創や氷湊涼香ほど強いというわけでは無い。それ故にデッキ構築も無駄が無く効率の良い構築で挑んでくると読んでいた。だがその予測を彼女は上回ったのだ。

 

 侮っていた。

 プレイングも相手に合わせた最善の手を講じてはいたものの、心の片隅のどこかでわずかながら侮りがあったかもしれない。あらゆる手を尽くして来たものの心の中では驕りがあった。

 

「──わかった」

「……?」

 

 途端、焔は何かを理解したかのように呟いた。

 

「貴女は私の予想を超えた。これが日向茜という決闘者の戦いという事も」

 

 このとき決闘中に幾度となくカードを使用する度に語ってはいたものの始めて茜自身に語りかけていた。だがそれも途端に重く冷たい声へと変わる。

 

 

 

 

 

「だからでこそ貴女を敵として迎え入れる価値がある」

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 その言葉と同時に茜は悪寒を感じた。

 今までは研ぎ澄まされた刃を向けたような敵意だったがそれとはまるで違う。あまりに巨大で重く得体の知れない物が目の前にあるような感覚だった。

 

 いったい何が起こっているのかはわからない。

 ただ体から冷や汗が止まらず本能か何かが警報を鳴らしているのだけはわかる。

 恐怖にも似た感情が渦巻いているようにも感じた。

 

「後、5ターン」

「……え?」

 

 小さく呟く彼女の声がやけに鮮明に聞こえる。

 

「次の私のターンから数えて5ターンでこの決闘(デュエル)は終わる」

 

 

 



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054.楽しみにしている

 日向焔が遊戯王を始めたのは小学6年生の頃だ。

 彼女は頭が他よりずば抜けて良くテストでは当たり前のように満点を取る天才小学生だった。そんな彼女が同じクラスの友人がやっていた遊戯王に興味を持ち始めた。

 

 最初は遊びでさえ自分が優れているのだと証明するためだ。

 だが、それも最初はうまくはいかなかった。数多とあるカードも把握し複雑なルールも熟知しそれでも勝率は伸びることが無い。それでも焔は心を折るような真似はしない。

 

 勝てないのなら勝てない原因を探し勝てる手段を講じるまで。対戦相手の得意な戦術から弱点まで何から何まで調べ上げて勝利の方程式を組み上げる。貪欲なまでに勝利へと追及する姿勢を取ったのだ。

 

 そのプレイスタイルを磨き上げた結果、彼女は誰よりも強くなった。

 中学3年のとき今まで興味がなかったインターミドルの大会にも興味本位で参加したがそれも失望するほどだった。対戦相手があまりに弱過ぎて話にならない。全国大会出場まで苦戦するような相手なんているはずも無く全国大会に出場した対戦相手さえも同じだった。

 

 だから本当は全国大会を優勝したら遊戯王をやめると決めていた。

 準決勝であの男と出会うまでは。

 

 準決勝で対戦したのは新堂創という男。

 やけに声が大きく五月蠅そうな印象ながら遊戯王を誰よりも楽しむふしがある。使用デッキは【X─セイバー】で中盤以降から爆発的なまでの展開のシンクロとエクシーズで勝利を拾うスタンス。弱点は立ち上がりが遅いためにそれまでに勝利をするか逆転不可なまでに制圧すれば良いだけのことだ。

 今まで相手にした凡百と変わり無いというのが彼女の判断だった。

 

 だが、結果は違った。

 逆転不可と思われるほどに布陣を築き上げ対戦相手の状況毎にドローする傾向を調べつくした今、新堂創が場を覆すことなんてありえないという結論を出した時だった。

 

『すげぇよ! あんたは今まで対戦した誰よりも強え。だから俺だって全力を超えてあんたに勝ちてぇ!』

 

 それからだ。彼のその言葉から状況は一変した。

 彼は焔の予想を尽く覆したのは。ドローフェイズやドローソースを使用する度にこれか己が望むカードを宣言しては引き当てるという謎の芸当を彼はやってみせた。。

 それはまるで彼のデッキが主の勝ちたいという気持ちに答えるかのように。

 

 結果として新堂創は途中から全て望むカードを引き当て勝利し、日向焔は敗北した。

 それが彼女にとっては許容し難い事実だった。

 

 だからでこそ彼女は調べた。

 新堂創を。彼がいったい準決勝で行ったことは何だったのかを。

 

 調べ上げた結果、いくつか理解し得たことがあった。

新堂創は他とは比べ物にならないほど決闘者として才あるプレイヤーであること。

常人を超える才能を持った天才がさらにその限界を超えることができたとき人間の常識を超えた非常識な現象さえも巻き起こすという都市伝説があるということ。

 

 

 

 ──そして、その常識を外れる権利を自分も持ち合わせていたこと。

 

 

 

 再び彼と勝負し勝ち得るために焔はより一層の努力を行い決闘者としての常識を超えるまでに至った。もっともソレはいつでもできるというわけでは無い。常識を超えた非常識を行うのだから当然だ。

 

 必要なのは集中力。

 粉粒ほどの雑念さえも混じらないほどに試合に集中することだ。例え頭の中で理解したとしても思うようにはいかない。おそらく試合の終盤。それも勝つか負けるかわからないような意識が張り詰める緊張感のある状況でなければ使うことはできないだろう。

 

 今、この場は芳しいとは言い難い。

 むしろ追い詰められているとさえ言ってもいい。

 

 ライフ差はたったの200はアドバンテージに成りえない。

 さらに相手の場にはエースモンスターともいえる《炎王神獣ガルドニクス》が存在している。前のターンで使用した《増殖するG》を使用したのだが破壊を介さずに突破するのは難しい。

 

 敗北という恐怖が彼女の指先まで支配する。

 だからこそ彼女は何の惜しげも無く。まるで扉を開くかのようにソレを使った。

 

 

 

「次の私のターンから数えて5ターンでこの決闘(デュエル)は終わる」

「っ……!?」

 

 茜は思わず息を飲んだ。

 焔が告げた宣言は常識で考えればありえないことだ。そもそも遊戯王というのは運の要素が絡むゲームだ。決闘盤にセットされたデッキはランダムに混ぜられ把握するのは不可能だからだ。

 焔や創、涼香のような俗に言う強者と呼ばれる決闘者ならば状況において適切なカードを引くなんて造作もないが残り何ターンで決まるかなんて自分の引くカードだけでなく相手の引くカードさえも見極めなければならないのだ。

 普通に考えればただのデマ。ただのハッタリでしかない。

 

(でも、姉さんがハッタリなんて言うはずは無い。それに──)

 

 悪寒を感じる。

 何か起きてはいけないものが起きるような感覚。

 

「私のターン」

 

 宣言された1ターン目。ドローフェイズにてカードを引く。

 その行為だけだというのに風が凪いだ気がした。

 

「っ……スタンバイフェイズに前のターンで破壊された《炎王獣バロン》の効果を発動。デッキから《炎王の急襲》を手札に!」

 

 茜が選択したのは、今のこの場を覆されたときのリカバリーのためのカードだ。いくら2体のモンスターが並ぶとはいえ焔なら逆転することなど造作も無いと判断した。

 

「まずは《炎舞─玉衝》を発動。伏せている《神の宣告》を選択しその発動を封じる」

「っ!?」

 

 前のターンの《マインドクラッシュ》で知られているとはいえこうもあっさりと封じられるとは思ってもいなかった。今の茜においてはもはや相手のカードを阻害することはできない。

 

「《孤炎星─ロシシン》を通常召喚。バトルフェイズ、ウルフバーグへと攻撃」

「自爆……特攻?」

 

 ロシシンの攻撃力は《炎舞─玉衝》で強化されているとはいえたったの100ポイント。

 攻撃力1200では決して1600に敵うはずもなく反撃を喰らうのだが、ロシシンは戦闘破壊されることで効果を発揮するリクルーター。

 

 焔 LP3700→3300

 

「戦闘破壊されたことによりデッキより《勇炎星-エンショウ》を特殊召喚」

 

《勇炎星-エンショウ ☆4 ATK/1600→1700》

 

 亡骸の炎から飛び出すようにゴリラのような形状の炎を纏った戦士が飛び出す。

 本来の攻撃力ならば茜のウルフバーグと並ぶのだが今の彼女のエンショウは炎舞により強化されたった100だけ上回っている。さらにはロシシンとは真逆に戦闘破壊することで効果を発揮する。

 

「再びウルフバーグへと攻撃。戦闘破壊に成功したことによりエンショウの効果発動。《炎舞-天璣》をデッキよりセットする」

「これが狙い、ですか」

 

 茜 LP3500→3400

 

 さらなる炎舞が焔の場に控える。

 例え場を一掃しようとも途切れることは無い。

 

「セットした《炎舞-天璣》と手札の《炎舞-天枢》を発動。デッキから《暗炎星─ユウシ》を召喚し炎星2体でエクシーズ召喚を行う。《間炎星-コウカンショウ》」

 

《間炎星-コウカンショウ ★4 DEF/2200》

 

 紅冠鳥の炎を従えた威厳と風格を持った男性の姿をしたモンスター。

 その効果は自分の場か墓地から炎舞、炎星合計2枚と相手の場と墓地から合計2枚をそれぞれデッキへとバウンスするという破壊を介することで発動する【炎王】とは相性が悪い。

 

「効果を使用し貴女の場と墓地の《炎王神獣ガルドニクス》を選択し──」

 

 やはりとこのターンでガルドニクスも除去してきたと茜は読みを進める。

 焔に手札は無く場も3枚の炎舞とコウカンショウが1体だけ。それならば手札の《炎王の急襲》で再びガルドニクスを呼び出せばまだ勝負はわからない。

 

「私は墓地の《炎舞-天璣》と場のコウカンショウをデッキへと戻す」

「え……!?」

 

 茜は思わず声を上げて驚きを隠せなかった。

 何せ今の彼女の場は完全に無防備となったのだ。

 

「いったい何を」

「次のターン。貴女は何もできない」

 

 それはまるで預言者のように告げた。

 次の茜のターンに引くカードを予測しているかのように。

 

「私はこれでターンエンド」

「っ、私のターン、です!」

 

 2ターン目。ドローフェイズにカードを引く。

 恐る恐る確認したのは緑色の枠の魔法カード。

 

「っ……!?」

 

 思わず息を飲んだ。

 引いたのは《炎王炎環》。

 《炎王の急襲》と組み合わせればガルドニクスの攻撃後に追撃もいざというときの回避手段としても扱えたはずではあるが、焔の場にはモンスターが存在せずに何もすることができない最悪の引きになってしまっている。

 

「私は、ターンを終了します」

 

 彼女の宣言した通りになったことにより観客たちが困惑とざわめきを見せる。

 まるで未来を見通しているかのような焔を信じることが出来ない様に。

 

 

 

「ね、ねえ焔先輩。いったいどうしちゃったの!?」

 

 それは同じチームである第七決闘高校も同じこと。

 まるで未来を見通すような芸当を見るのは始めてだった。

 特にルミは声を震わせ今、視界に映る焔が己の知っている日向焔とは異なることに困惑を見せている。

 

「わからへん。わいにも」

 

 主将の鏡もわずかながら表情に困惑が滲みでていた。

 

「今までの焔ちゃんは相手のデッキの構築、戦術、得手不得手、引きの傾向からクセや性格まで怖ろしいくらいに調べ取る。おそらくはその情報と状況を使ってシミュレートしてるんやろ」

 

 これはあくまで推測だ。

 いくら相手の全てともいえる情報を得たところで未来の予測なんて鏡は出来る自信が無い。そもそも未来のミュレートするなんて人間の演算処理能力では不可能だからだ。

 

「口で言うのは簡単やけどそれを人間でやってる時点で人間を超えとる。日向焔は別格とかそんな可愛いもんやあらへんで。わいも始めてみるが、あれは正真正銘の化け物や」

 

 今の鏡は彼女が味方という事実に今まで以上によかったという安堵を感じながらも同時に恐怖を覚えた。敵に回ったとき。戦い勝利するというビジョンがどうしても見えない。

 

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 3ターン目。

 彼女は引いたカードを確認しては静かにそのカードを伏せた。

 

「カードを伏せて終了。次の貴女のターン、それが終われば次は無い」

「っ……私のターン、です」

 

 それはまるで死刑判決を申し渡され執行室へと向かう階段を上るような感覚でターンが進んでいく。焔が宣言してからこのターンが4ターン目だ。もし彼女の宣言が本当に成立してしまうのであればこのターンでなんとかしなければ敗北は免れない。

 今の手札の《炎王の急襲》と《炎王炎環》は完全に死んでいる。

 ならば答えはただ一つ。この引きでどうにかするしかない。

 

「ドローッ!!」

 

 勢いよくカードを引く。

 手札2枚と同じく緑色の枠の魔法カード。

 それはかつて涼香の勝負で決めた必殺の1枚だ。

 

「行きます! 私が引いたのは《真炎の爆発》。このカードを使用し墓地より──」

 

 

 

「却下する。《神の警告》を使用し無効とする」

「あ──」

 

 焔 LP3300→1300

 

 非情な一言と共に使用した茜の《真炎の爆発》は弾かれた。

 成す術がなかった。引くカードも戦術も何もかもを見抜かれ戦うための刃が尽く折られていく。もはや力の差は歴然だった。

 

 思わず俯いて下唇を噛む。

 残る2枚の手札は使いものにならない。場も墓地もデッキさえも含めて今の茜は身動きを取ることはできない。今の彼女においてできる選択肢はおそらく二つ。

 

「…………っ」

 

 ゆっくりと腕を上げ決闘盤にまで伸ばす。

 デッキの上へと手を置き降伏を告げる行為、降参(サレンダー)だ。もはや手も足も出ない今の彼女においてそれが合理的な判断なのかもしれない。デッキへと指先がかすり試合を終わらせようとしたときだった。

 茜は小さく口を動かして告げた。

 

「ターン、エンドです」

 

 降参はしたくなかった。

 もし彼女が一人で戦っていたのであれば降参していたかもしれない。

 だがこれは団体戦。この最後の大一番の勝負を託してくれたチームメイトがいる。だからでこそどんな粉粒程度の希望しか残されていなくても勝負は捨てたく無かった。

 

「そう。貴女の覚悟は見届けた。私のターン」

 

 無機質な言葉の焔もわずかながら憐れみを込めた声が通った。

 宣言した5ターン目が始まる。

 

「1000ライフを支払い《簡易融合》を発動。《旧神ノーデン》を特殊召喚し墓地のロシシンと《No.39希望皇ホープ》にエクシーズを行い《CNo.39希望皇ホープレイ》へとエクシーズチェンジ」

 

《CNo.39希望皇ホープレイ ★4 ATK/2500》

 

 焔 LP1300→300

 

 

 

 それでも勝負は非情だ。

 わずかな勝機に縋る者の希望さえも奪い去ってしまう。

 

 

 

「ホープレイの効果は相手の場にモンスターが存在しなくても効果を使用できる。エクシーズ素材を二つ取り除くことで攻撃力を1000上昇させる」

 

《CNo.39希望皇ホープレイ ATK/2500→3500》

 

 攻撃力が茜の3400を上回った。

 《CNo.39希望皇ホープレイ》の効果は自身のライフが1000以下でしか使えないという《E・HEROバブルマン》並みに極めて難しい条件を持つために普通はさらに上位の存在として扱われる《SNo.39ホープ・ザ・ライトニング》のコストのための踏み台という形で使われるのが普通だ。

 だがそれを茜の猛攻に焔が使用したカードのライフコストにより条件を満たしている。

 まるでデザインされたように宣言したターンに決着が訪れる。

 

「バトルフェイズに入る。ホープレイで──」

 

 その時、焔の視界に茜の顔が映った。

 泣いている。目にはボロボロと大粒の涙をこぼしている。

 

 当然だ。

 対戦相手に何としても勝利をもぎ取ろうと全てを出し切っても尚、届かないのだから。今まで焔と対峙し敗北の間際に泣いた選手など何人も見てきた。ただそれでも茜は視線を焔から外さない。

 

「姉さん。今回は私の負けです。まだ私の力は姉さんに及びませんでした」

「…………」

 

 焔は何も返答しない。

 今の彼女の言葉なんて今まで倒してきた負け犬の遠吠えと同義だと感じていたからだ。

 

「でも、いつか……もっと、もっと強くなってもう一度、姉さんに挑みます。その時は絶対に私が姉さんに勝ってみせます」

 

 涙を流して尚、力強い宣言が焔の耳を通る。

 今回、焔は茜に対して苦も無く勝利する予定だった。だが、蓋を空けてみれば彼女は途中で追い込まれ奥の手を使い、最後はコストで支払ったとはいえ残りライフ300という僅差での辛勝だった。その事実と茜の言葉が思わず焔の口を動かせた。

 

「そう。()()()()()()()()

「……え?」

 

 その言葉はあまりに意外だったのか茜の表情を硬直させた。

 焔の言葉も一瞬だけ。すぐにバトルフェイズの途中へと戻り攻撃宣言へと移った。

 

「ホープレイで直接攻撃」

 

 茜 LP3400→0

 

 漆黒の鎧を纏った戦士は一閃の一太刀を焔へと放つ。

 防ぐことも回避することも無く受けた茜は衝撃を受けたようにふわりと後方へと飛び体育館の地面へと横たわるように倒れた。

 

「…………」

 

 勝敗が決し焔は何も言うこと無く踵を返し第七決闘高校の面子が揃う場所へと戻る。

 例え相手が実の妹といえど敗者にかける言葉など無いように。

 

「……勝ってきました」

 

 鏡大輔に剣崎勝、星宮ルミと正レギュラーの前で報告するかのような無機質な言葉を投げかける。なのだが、何かがおかしかった。3人が自分へと向ける視線がいつもと違いまるで信じられないものを見たかのように目を見開いているのだ。

 

「……? どうしました?」

「いや、どうしたちゅーか。自覚ないんか? 鏡見てき、鏡!」

「鏡……今、目の前に見えますが」

 

 ()先輩が。

 

「いや、そんなボケはいらんちゅーねん。ほら、これで自分の顔を見てみ!」

「……!?」

 

 どこから取り出したのか手鏡を渡され自分の顔を覗く。

 それこそチームメンバーの態度が違う理由であり日向焔自身でさえも信じられないものが映っていたのだ。

 

「笑っ、てる?」

 

 ふと焔は自分の口元に手を当ててわずかながらに緩んでいることを実感した。

 そもそも日向焔は試合において何の感情も見せず勝っても笑うことなどなかった。それは自他共に認めることであるのに今回だけは何故か表情に笑みが見える。

 

「何故、ですか?」

「わいに聞かれてもな。心当たりないんか?」

「心当たり……ですか?」

 

 焔は珍しく目を閉じ記憶を思い起こすような仕草を取る。

 その中で一つだけ印象に残ったことが心の中で引っかかった。

 

「一つ、約束をしました」

「約束?」

 

 約束と言うには少し違うかもしれない。

 それでも彼女の言葉に対して焔は無意識だったとはいえ『楽しみにしている』と返したのだ。

 

「いえ、何でもありません」

「おいおい、そう言われるのが一番、気になる言い方やからな!」

 

 

 

「日向さん。大丈夫!?」

 

 勝敗が決し焔が立ち去ったのと同時に遊凪高校のメンバーが地面へと横たわった茜の元へと駆け出していた。涼香が茜を心配そうに抱き起こす。

 

「す……涼香ちゃん。それに皆さん。ごめんなさい。私、姉さんに勝てませんでした」

 

 また申し訳ないと言うようにポロポロと涙をこぼす。

 そんな彼女の謝りを創は皆の言葉を代弁するかのように笑って返した。

 

「日向は十分頑張ったじゃねえか。ただ今回は勝てなかっただけってことで謝る必要なんてないと思うぜ。それにこれで終わりってわけじゃねえ。3位決定戦も、個人戦だって、それに俺たちには来年だってあるじゃあねえか」

 

 創の言葉に続くように涼香を始めとして言葉が紡がれる。

 

「そう、ね。まだ終わりじゃないわ」

「今回はわたしは役に立てなかったけど頑張るから」

「それにオレだって、負けてしまったんだ。オレももっと強くならないと」

 

 そうだ。

 今回の大会だってまだ終わったわけじゃないのだ。

 茜は手で涙を拭った。

 

「皆さん。ありがとう、ございます」

 

 遊凪高校と第七決闘高校の準決勝。

 結果は残念にも遊凪高校の敗退で幕を閉じた。

 

 

 



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第7章 本当の強さ
055.情けない


 

 

 

「うぅ……だったら《ガスタ・ガルド》をリリースして《ゴッドバードアタック》を発動。《マクロコスモス》と《真帝王領域》を──」

「無駄無駄! 《オーバーウェルム》を発動! 場にアドバンス召喚したレベル7以上の《怨邪帝ガイウス》が存在するために罠カードの発動を無効にできる!」

「あぅ……」

「ちっ、やってくれるじゃない」

 

 《ガスタ・ガルド》が空を舞い炎を纏った突貫を決めようとするものの相手の場に存在する怨念を纏い狂化された《邪帝ガイウス》の一喝により弾き返される。有栖は残念そうに顔をしかめ涼香は思わず歯噛みしてしまう。

 

「私のターンでいいですよね。それでは《豊穣のアルテミス》を召喚してバトルフェイズ!」

 

 それは遊凪高校と第七決闘高校の準々決勝の後だ。

 一時間程度の休憩を終えたのち行われたのが準々決勝で敗れた校同士で行われる3位決定戦。これに勝てたほうが全国大会に出場できる大事な勝負なのだが対戦校の芽田(めた)高校は去年の準優勝校。今回は準々決勝で敗れたとはいえそれでも強敵なのは違いない。

 

 最初のTD(タッグデュエル)で遊凪高校はもっともコンビネーションのよかった涼香と有栖のペアで出場したのだが今回に限り相手が悪かった。

 

 芽田高校は新堂創や日向焔のような飛び抜けた天才はいないが部員の層が厚く他校の偵察班、分析・研究班というのが存在し徹底的に相手を調べ上げた挙句にレギュラーメンバーの全員が柔軟性に富んだ【メタデッキ】の使い手だった。部員数が少なくろくに偵察もできない遊凪高校とは真逆ともいえる高校だ。

 

 芽田高校の岡崎・志島ペアはそれぞれに【次元帝】【エンジェルパーミッション】を使用。徹底的に涼香の《融合》《ミラクルフュージョン》《マスクチェンジ》を封殺し有栖のガスタモンスターたちを《マクロコスモス》で根こそぎ除外し機能させなくさせている。いくら涼香たちが強くても対戦相手も実力者であり相性が悪いこの状況ではどうしようもなくて──。

 

「《豊穣のアルテミス》《ライオウ》《怨邪帝ガイウス》でダイレクトアタック!」

 

 成す術もなかった。

 ライフポイントが減少する音が響いて次にブザーが鳴る。

 

『勝者! 芽田高校!』

 

 決着。

 やはり昨年の準優勝校は伊達じゃなく涼香と有栖のペアを倒したのだ。

 4人は試合を終えて挨拶を行う。そうして涼香と有栖は戻ってくるが。

 

「……ごめんなさい」

「っ……ごめん。完敗だった」

 

 まるで落ち込んで耳を垂れさせた犬のようにシュンと有栖は落ち込み涼香もバツが悪そうに謝る。勝つこともあれば負けることもある。当然のことではあるが、今回に限っては全国大会行きを決める大事な勝負のその最初の勝負だ。

 一戦目を制した芽田高校にとっては後、一つ勝利すればよいという追い風になり遊凪高校においてはもう負けられないという向い風になってしまう。その重要性を理解しているために二人の気持ちは重く沈んでいた。

 

「いいや、大丈夫だぜ! 後は俺たちでなんとかするさ。なぁ橘!」

 

 ニカッ、と犬歯をむき出しに笑顔で迎える創は晃の肩を軽く叩く。

 後に控えるのはSD(シングルデュエル)に晃と創が挑む。次に行うのは順序でSD《シングルデュエル》2で晃が挑むものの──。

 

「っ……アレ、なんスか部長?」

「……ん? 次は橘の番だぜ」

「そうッスね。行ってきます」

 

 違和感を感じた。

 決闘盤とデッキを手に取り軽く深呼吸をしては決戦場へと赴く晃は何となく様子がおかしい。ぎこちないというかどことなく表情が硬い気がする。同じく気が付いたのか晃が行った後に茜が小声で語る。

 

「何か、様子がおかしかったですね」

「ああ。心当たりは無くはないけどな」

 

 おそらく準々決勝で行われたSD(シングルデュエル)2だろう。

 主将の鏡大輔との一戦ではミラーマッチという異形の勝負に持ち込まれたあげくに今まで晃が使用したカードを使われ動揺さえしていた。しかも最後の最後に地力の差を見せつけられての敗北だ。

 おそらくは平静を装っていたのだろうか、創たちは晃の様子の変化に気が付くことはなかったものの試合の間際に綻んだのかもしれない。

 創は沈黙しながら試合へと望む晃の後ろ姿を見つめた。

 

「悪い予感がする」

 

 

 

「君が橘晃君だね。君の噂は聞いているし楽しませてもらうよ。」

 

 対戦相手は一つ上、2年の宮嶋という長身で細身という男性においてはスタイルがよさげな男だ。礼儀正しく挨拶しながらも晃の前で好意的に笑うあたり人当たりの良い人物なのだろう。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 晃も会釈して返す。

 だが、何故だろう。

 

 足が重い。

 腕が重い。

 

 まるで重しを付けられたかのような違和感を肌で感じるのだ。

 挨拶も終えて十分な距離を取っては決闘盤を展開する。その決闘盤もいつもはしっかりと重量を感じるものの今回に限っては、なんでだろうか鉛のような重さを錯覚させた。

 

決闘(デュエル)!!」

「デュ、決闘(デュエル)

 

 それでもこれから勝負を行うことに変わりは無い。

 対戦相手は宮嶋。彼は5枚の手札の中から迷いなく1枚のカードを即座に使用する。

 

「僕は《王虎ワンフー》を召喚。さらに永続魔法《強者の苦痛》と《次元の裂け目》を発動。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

《王虎ワンフー ☆4 ATK/1700》

 

 彼の使用デッキは【苦痛ワンフー】というデッキだ。

 攻撃力1400のモンスターが場に出た瞬間にワンフーによって始末されてしまい《強者の苦痛》によって攻撃力1500以上でもレベルの数×100ポイント下げられるためにワンフーの射程圏内に入れられてしまうコンボを使っている。

 

 晃の使用する【武神】の主軸たる《武神─ヤマト》も攻撃力1800だが《強者の苦痛》によって攻撃力が丁度1400に下がってしまうため出した瞬間にお陀仏だ。しかも酷いことに【武神】メタに《次元の裂け目》のオマケ付きだ。

 

「オレのターン」

 

 自分のターンに移りドローフェイズを迎える。

 相手が自分とは相性も悪く戦いづらいことは承知済み。まず必要となるのは魔法、罠を除去する《サイクロン》や《ハーピィの羽根箒》が欲しいところだが。

 

(っ……なんで!?)

 

 思わず目を見開いてしまう。

 引いたカードに加えて手札のカードは全てが橙色の枠。

 

《武神器─イオツミ》。

《武神器─ムラクモ》。

《武神器─サグサ》。

《武神器─ツムガリ》。

《武神器─ヤサカニ》。

 

そして《武神器─ハバキリ》だ。

 

(なんで、今回に限って……)

 

 手札事故なんて遊戯王では珍しくも無いが今回は度が過ぎる。

 しかも、負ければ敗退という大事な局面だからでこそ恨まずにはいられなかった。

 

 手札は全てがサポート系統の武神器に加えて魔法や罠だけでなく主軸となる武神が1枚も来ない。まず全て攻撃表示で召喚すれば苦痛ワンフーの餌食になるし《次元の裂け目》でイオツミやヤサカニ、ハバキリも使えないしムラクモ、サグサ、ツムガリも墓地へと送れない。

 

(最悪だ)

 

 戦術なんて組めたものでは無い。

 ここでできる行為なんてせいぜい──。

 

「モンスターをセットしターン終了」

 

 壁モンスターを出すしかない。

 

「モンスターだけ? 僕のターン《ライオウ》を召喚してバトルだ。《ライオウ》で伏せモンスターを攻撃」

 

《ライオウ ☆4 ATK/1900》

 

 今度はおそらく《武神─ヤマト》などのサーチ効果を阻むために投入されたのであろうカードだ。攻撃力も下級アタッカーとして、そして晃の壁モンスターを蹴散らすにしても十分だ。

 伏せていたのは《武神器─イオツミ》。

 《ライオウ》が放つ電撃を浴びて消滅するが当然ながら《次元の裂け目》に吸い込まれて除外される。

 

「ワンフーで直接攻撃!」

 

 晃 LP8000→6300

 

 白く凶暴そうな虎が鎧を纏い武装したモンスターが晃へと襲いかかる。

 防ぐ手段も無く晃は攻撃を受けることしかできなかった。

 

 奇策を用いて相手のペースを得意とするなんて宮嶋は聞いていたが勝負をしてみてはただ壁モンスターを使っただけそれも無残に破壊し除外されては直接攻撃もすんなりと通ったことに拍子抜けをして逆に戸惑ったほどだ。

 

「ターンエンドだ」

「オレのターン……」

 

 引いたのはまたしても武神器モンスター《武神器─ヘツカ》。

 いったい自分が何をしたのだというのか。

 

「っ、モンスターを伏せてターン終了」

 

 対抗策が無い。

 相手の【苦痛ワンフー】に手も足も出ない。

 

「僕のターン。《霊滅術師カイクウ》を通常召喚」

 

《霊滅術師カイクウ ☆4 ATK/1800》

 

 顔の半分がグロテスクな僧侶が現れる。

 墓地のモンスターを除外できなくする効果と戦闘ダメージを与えたときに相手の墓地のモンスターを除外する効果は明らかに《武神器─ムラクモ》などを潰すためだろう。

 

「再び《ライオウ》で攻撃。そしてワンフー、カイクウで攻撃」

 

 晃 LP6300→4600→2800

 

 伏せた《武神器─ヤサカニ》が排除され、さらなる攻撃を受けてライフも半分を切る。

 かつて烏丸亮二と戦い勝利を経験するよりも昔でさえ、こうも一方的にやられるような展開があっただろうか。ここまで武神器しか引けないような状況があっただろうか。答えは否だ。

 

 一人では勝利さえ成し遂げられなかったようなときでも手札にはよく武神が来てくれていたしサポートの魔法、罠も引けていた。決闘だって肝心な時の引きや落ちが悪かった経験があるがそれでも一方的にやられることなんてなかった。

 

(いったい、どうしたんだよ……?)

「──────ド」

 

 勝てるビジョンが見えない。

 逆転できるかわからない

 どうすればいいかわからない。

 

「どうした? ターンエンドっていったぞ」

「え? あ、すんません」

 

 完全に集中力を欠いていた。

 相手のターン終了の宣言さえ聞き逃すなんてこんな情けないことは始めてだった。

 

「っ、オレの……ターン!」

 

 自分の手札と残りライフと相手のモンスターの総攻撃力を鑑みれば必然的にこのドローで何とかしなければ終わりだ。できなければ、また壁モンスターを駆逐されて直接攻撃を受けて終わりだ。

 おそるおそる確認したのは効果モンスターの橙色では無く赤い色の枠の罠カード。

 それを見た瞬間、わずかながら希望の光が差した気がした。

 

「あ……」

 

 だが、それは絶望に変わる。

 

 《光の召集》。

 墓地から光属性モンスターを回収する効果は晃がよく《武神器─ハバキリ》を手札に加えてからのコンバットトリックで使用したものであるが、今のこの場では回収するカード以前に墓地に1枚もカードが存在しないのだ。

 結果はただ一つ、絶望的な状況を覆すことはできなかった。

 

「くっ……モンスターをセット、カードを1枚伏せてターン終了」

「何か仕掛けてきたか? なら僕は今、引いた《サイクロン》を発動してその伏せカードを破壊する」

 

 《光の召集》が効果を発動することもできずに無残に破壊される。

 噂と違いまったくの無抵抗ぶりに口元に手を当てて宮嶋は考える素振りを見せるが、それは策があるわけでもないだけだ。

 

「ふむ……バトルフェイズに入る。《ライオウ》で攻撃」

 

 伏せていたのは《武神器─ムラクモ》。

 このカードも無残に蹴散らされて終わった。

 

「ゴーズを抱えている……って、様子も無いよな。このままワンフー、カイクウで攻撃するが何かあるか?」

 

 そもそも晃が得意とする奇策というのは策があってこそ成り立つものだ。

 今の彼には使うことができない武神器と《光の召集》しか引けていないために奇策なんてできるはずも無い。

 

 今の橘晃は『決闘場の詐欺師(トリックスター)』なんてほど遠い。

 ただの狩られる獲物でしかなかったのだ。

 

晃 LP2800→1100→0

 

(……情けない)

 

 この感覚は久しく感じられた。

 かつて勝利を勝ち得ることができなかった無力感。

 

 無慈悲なライフが減少する音が聞こえ敗北を告げるブザーが鳴り響く。

 今の晃は周りの声や音が耳に入らない。何も考えられずに呆然と立ち尽くすだけだった。

 

 唯一、わかるのは自分が敗北したこと。

 そして3位決定戦のこの勝負は自分の敗北で決着がついてしまったこと。

 

 遊凪高校団体戦の結果4位。

 全国大会まで後一歩及ばずで幕を閉じたのだった。

 

 

 



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056.『楽しいから』

 

 

 

 団体戦も終わりを迎え翌日は休養日として部活も休み。

 その次の日からは大会の反省会を兼ねていつも通りに部活をしようということで現在、夏休みの真っ最中でありながらも当たり前のように遊戯王部は活動をしようとしていた。

 部活の開始時刻は午前の9時からと決められていたが創は廊下を小走りで駆け抜けては午前の11時に部室の扉を開けた。

 

「悪い遅刻した。いやー、昨日の特番が面白くてつい、な」

 

 悪びれる様子といつもの調子を混ぜながら創は部屋に入るのと同時に謝る。

 部室にはすでに創を除くメンバー全員が揃ってはいるのだが、創の遅刻を咎めるような様子も態度もなかった。

 

「……アブソルートZeroでトドメよ」

「…………」

 部室内のテーブルにカードを並べて決闘を行っていたのは涼香と晃なのだが、場を見れば涼香の場には彼女のエースたる《E・HEROアブソルートZero》が場へと駆り立てて晃へと攻撃を行う。

 

「……決闘(デュエル)してたのか?」

 

 何かがおかしかった。

 いつもの部活ならば勝っても負けても和気藹藹とした空気が漂っていたのであるが今はシン、と静まり返っている。まるで、お通夜のような静けにも感じられる。

 

 いったい何があったのか。

 尋ねるよりも先に涼香が両手で机を叩く音が響いた。

 

「何よ。今の?」

 

 静かに語る涼香の声には怒気が含まれた。

 彼女が苛立ちを感じているのは明白だ。鋭い視線でまるで敵を睨むかのように先ほどまで対戦していた晃を一瞥する。

 

「……悪い」

 

 晃は俯き表情を窺えない。

 消えそうな声での謝罪の言葉がさらに彼女の神経を逆なでさせた。

 

「ちっ、だから今の腑抜けた決闘(デュエル)が何なのかって聞いてるのよ!!」

 

 晃の胸ぐらを掴んだ。

 涼香は拳を振り上げ晃は無抵抗のままだ。

 

「ちょ!? ちょっと待ってください涼香ちゃん! 暴力はいけませんって!」

「離して日向さん。もう、コイツには一発、渇を入れなきゃわからないわ」

「……す、涼香ちゃん」

 

 茜が制止させようと懸命に仲裁し有栖は不安そうな表情でこの部内の空気に怯えていた。

 

 まるで噛み合っていた壊れ歯車が崩れ落ちたような感覚だ。

 数日前までは大会のためにチームが一丸となって練習に励んでいた。だというのに今はチームとは言い難いほどにバラバラなってしまっている。

 

「どうしたんだよ。氷湊に橘。らしくねぇぞ。何があったんだよ?」

 

 さすがにこれ以上は見過ごしていられない。

 創も間に入り茜と同じように仲裁するように事情を聞く。

 

「何もこうも。コイツが腑抜けているからよ」

「腑抜け……?」

「え、っと……晃くんなんですが、今日は一度も私たちに勝てていないんです」

 

 茜の解説に涼香が『それも相手にならないほどにね』と言葉を足す。

 彼女が晃に苛立ちを見せる理由は弱くなったこと。それは、と即座に創も原因が脳裏に浮かんだ。

 

「橘。もしかして、大会で負けたことを気にしてるのか?」

「っ……!?」

 

 肯定の返事はなくても怯えたような反応を見せる。

 どうやら図星のようだ。

 

「だったら別に気にしなくてもいいんだぜ。俺たちにはまだ来年があるし大会だって団体戦だけじゃない。またすぐに個人戦だって残っているんだ」

「部長。それでもオレは──」

 

 何を言おうとしたのだろうか。

 その言葉をかき消すかのように部室の扉を開く音が聞こえた。

 入口には生徒会長こと二階堂学人が立っている。

 

「ふんっ、どうやら第七決闘高校に敗北した挙句に全国行きも逃したそうじゃないか。だが、たった5人でベスト4入りという結果にまで至ったその事実に関しては褒めて──」

「うっさいわ!」

「ぬおっぉ!?」

 

 手元にあった『猿でもわかる遊戯王入門』なんて本を投げつけ額へと直撃。

 

「生徒会長。タイミングが最悪だったな」

 

 思わず創が合掌。

 怒りの矛先が晃から二階堂へ。

 

「痛っ……いったい何があったというのだ」

 

 額を押さえながら二階堂は立ち上がる。

 このとき、全員の意識は二階堂へと向けられていたために晃は涼香から手を離され自由となっていた。まるでその隙を付いたかのように鞄とデッキを持って出入り口へと向かう。

 

「すみません部長。今日は帰ります」

「おいっ、晃!?」

 

 創とすれ違う際に呟くように語り部室を後にする。

 思わず制止させようとするが、それも咄嗟の事。

 逃げるように晃の姿は見えなくなった。

 

「ったく、面倒な奴だな」

 

 やれやれと言った表情で後を追いかけようとする創。

 だが、二階堂が出入り口を腕で遮り行く手を阻んだ。

 

「やめておけ」

「なんでだよ生徒会長?」

「彼奴が逃げた理由は大方、大会での敗北が原因だろう。楽観的な貴様にはわかるまい。責任を負った勝負で敗北した者の気持ちなど」

 

 切って捨てるかのような言葉を言い放つ。

 そもそも創は遊戯王という一点においては周囲が認める強者だ。そんな者から落ち込んでいるときに『敗北しても気にするな』なんて言われて十分に届くかも怪しい。

 

「だったら、私たちが行きます。ね、涼香ちゃん。有栖ちゃん」

「う、うん!」

「はぁ、仕方ないわね」

 

 ならばと茜が立ち上がり涼香と有栖に同意を求めて行こうとするが。

 

「いや、よしておけ。今回に限ってはそれ以上の適任がいる」

 

 二階堂はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。

 遊戯王部メンバーでは無いのであればおそらく二階堂たち生徒会のメンバーでもないだろう。心当たりが無いことに茜は首を捻った。

 

「適任……ですか?」

「生徒会長、あんたまさか……?」

 

 唯一、創だけは心当たりがあるのだろう。

 わずかながら動揺の色を見せた。

 

「本当ならあの人はもう部外者だ。しかし、彼奴が立ち直るためにはあの人に頼るしかないだろう」

 

 

 

+ + + + +

 

 

 

 部室を抜け出し晃が帰宅の途中で足を止めたのはかつて涼香と出会い烏丸亮二との決戦を迎えた馴染みの深いカードショップとなった『遊々』だった。だが、入ろうと思えば晃の足は無意識のうちに足を止めた。

 

 怖いのだ。

 

 敗北なんて数えきれないほどしてきた。

 だが、大会での敗北は種類が違う。

 

 勝つために工夫して強くなって自信さえも得た上で地力の差を見せられての敗北。それは今まで得た敗北とは重さが限りなく違う。さらには相手も同じ【武神】を使い自分と同じ戦術を使われ自分は我を忘れた。心を折られるには十分すぎるほどだ。

 

 さらには、三位決定戦での芽田高校での勝負。

 それは自分が負ければ敗北という正真正銘の『負けられない戦い』だった。にも拘わらずに不調を起こし手も足もでないほどの無様な敗北を喫した。仲間に顔向けできないほどに。

 

 橘晃は本当の敗北の恐怖を知った。

 だからでこそ遊戯王が怖いのだ。

 

(っ……どうしたんだよ?)

 

 体が震える。足が竦む。

 カードショップに入ろうとすることさえも拒まれる。

 

 ──その時だった。

 

 葛藤を抱き迷うために集中力は散漫。

 それ故に人が近づいてきたというのにも気づかずにいた。

 

「やあ」

「っ!?」

 

 背後から声をかけられる。

 晃は驚き肩をすくめ飛び退いた。

 

「ああ、ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどね」

 

 その人はの声は、今まで聞いたことが無いぐらい柔らかでいて大らかだった。

 振り向けばそこには見知らぬ女性の姿。身長は高く170㎝ほどの晃とほぼ同じぐらい。腰にまで伸びたロングヘアーに男装も似合いそうな中性的な顔立ち。上はブラウスで下はデニムレギンスというラフな軽装。

 

「あなたは?」

 

 声をかけられたのはまだいい。

 肝心なのは、その人物が見知らぬ人物だということなのだ。

 見た目でおそらく年齢は晃よりも上であり大学生ぐらいだろう。けれど晃は大学生の女性との知り合いなんていない。

 

「ごめん。そういえばキミは私のことを知らなかったね」

 

 その口調はまるで彼女は晃のことを知っているように思わせた。

 

「まあ、名乗るほどの人じゃないからね。それよりも橘晃くん」

「え……?」

 

 やはりというか、名前を知られていた。

 彼女はくすりと笑っては──。

 

「私と決闘(デュエル)をしよう」

 

 まるで、晃が良く知る人物。

 新堂創に似たように決闘へと誘う。

 

「え、いや……悪いッスけど今のオレはそんな気分じゃ」

 

 だが今の晃はまともな決闘が出来るような状態じゃない。

 断ろうとするも彼女はまるで何かを見抜いているかのように笑っては告げた。

 

「怖いのかい?」

「……え?」

「キミは大事な大会で負けたことで敗北の恐怖を覚えた。委縮して閉じこもって思う様にならなくなって……それで逃げ出したいって思っているんだろうね」

 

 この人が一体、何者なのかはわからない。

 ただわかることと言えばこの人は、橘晃の今の事情を知っている。

 挑発だとわかってはいるものの晃の頭に血が上る。

 

「あなたに何がわかるんスか?」

「わからないよ。私はキミじゃないからね。でも、キミをほっとくことができない。ただそれだけさ。どうかな? 一回だけ騙されたと思ってさ」

 

 掴みどころのない人だ。

 何故、自分を知っているのか。気にかけてくるのか。決闘を誘ってくるのか。

 わからないことだらけだが、一度ぐらいなら騙されてやってもいいと思う自分がいる。

 

「……一度だけッスよ」

 

 だから、晃は誘いに乗った。

 

 

 

 決闘は近所の公園で行われた。

 遊具は簡単なブランコと滑り台、砂場だけであるために子供もおらず敷地はそれなりに広いために決闘盤を用いた決闘を行うには最適だった。

 

「さて、始めようか」

 

 決闘盤を部の備品しか持ち得なかった晃は彼女から決闘盤を借りることとなった。

 始めから決闘盤を二つ持っていたあたり決闘すること前提で来ていたのだろう。

 

「先攻か後攻。好きな方をとっていいよ」

「そうッスか。じゃあ先攻を」

 

 この人が何者だとか目的とかまずそんなことは後にする。

 まずは、この決闘に神経を集中させようとする。

 

「っ……!?」

 

 だが、このような状況でも変わらなかった。

 芽田高校との勝負と同じような全ての手札が橙色に染まっている。

 それも全てが現状では扱えない武神器だけという完全な手札事故なのだ。

 

「くっ……モンスターを伏せてターン終了」

「なら、私のターンだね」

 

 彼女のデッキは知らずに戦力も未知数だ。

 だが、今の晃が相手となれば強さなんてそこまで重要じゃない。ただ強力なモンスターを出されるだけで晃は蹂躙されてしまう。

 

「まずはスピリットモンスター《和魂》を召喚」

「スピリット、モンスター?」

 

《和魂 ☆4 ATK/800》

 

 現れたのは歪な球体。

 まるで名前の通り魂を象るように緑色の炎に覆われている。

 

 彼女が使ったカードからおそらくデッキの目星がついた。

 おそらくは【スピリット】。大半は特殊召喚ができずにエンドフェイズにて持ち主の手札に戻る効果を有する風変わりなカード群であり扱いが難しい特徴がある。そしてそれらのカードは晃が使用する【武神】と同じ日本神話をモチーフとしている。

 

「《和魂》の召喚時、もう1度だけスピリットを通常召喚できるからね《荒魂》を召喚。そして手札の《カゲトカゲ》を特殊召喚。《荒魂》が召喚したことで効果によりデッキから2枚目の《和魂》を手札に加えるよ」

 

《荒魂 ☆4 ATK/800》

《カゲトカゲ ☆4 DEF/1500》

 

 一瞬でモンスターが3体も並んだ。

 この人はおそらく強い。

 

「さらに場の《和魂》と《カゲトカゲ》で《キングレムリン》へとエクシーズ召喚。効果で素材の《和魂》を取り除いて2枚目の《カゲトカゲ》を加えて《和魂》が墓地へ送られたとき自分の場にスピリットがいれば1枚ドローできる」

 

 展開にアドバンテージの確保。

 今、彼女はモンスターを3体展開して尚、メインフェイズの最初にあった6枚にまで手札を回復させた。しかし、何故だろう。実力も知識もあるし引きだって悪く無いのに今まで相手にした強者と呼ばれる決闘者とは何かが違った。

 

 どのような相手、例えそれが遊凪高校の仲間であろうとも対戦するときには殺気にも似たような鋭い闘志を感じることがあった。だというのに彼女から感じる闘志はその鋭さとは皆無だ。

 

「バトルフェイズに入るよ。《キングレムリン》で攻撃。そして《荒魂》でダイレクトアタック」

 

 晃 LP8000→7200

 

「カードを2枚セット。エンドフェイズに《荒魂》は手札に戻ってターンエンド」

 

 場に伏せた《武神器─ハチ》が破壊される。

 これで彼女の手札にはサーチした《和魂》《カゲトカゲ》に加えてスピリットの効果により手札に戻った《荒魂》の3枚が存在する。これにより次のターンにまた同じように展開が可能だ。

 

「っ……オレ、のターン」

 

 晃は力無く自分のターン宣言をする。

 それも相手が十分な実力を持ちながら己は最悪の引きという3位決定戦のときの再来を思わせる状況だからだ。『また無様に負けるのか』そんな思いが晃の心を蝕んで行った。

 

 

 

「キミにとって、決闘(デュエル)は何なのかな?」

 

 

 

「え……?」

 

 突如、思いもよらぬ彼女からの声に晃は声を失った。

 

「今のキミは決闘(デュエル)で苦しんでいる。君にとって決闘とは辛いものなのかな?」

「そ、それは……」

 

 違う。

 

 最初はただ偶然と勢いで始めたものだった。

 才能も無くただ敗北だけを繰り返していた。

 

 それでも『勝てるかも』なんて思わせるような場面もあったし何よりカードに触れることが楽しく感じられた。烏丸亮二との決戦の後からは戦い勝てるようにもなり勝利の喜びを知ってからは心の底から楽しいと感じられた。

 

「キミが遊戯王部に入部してから今まで続けてきた理由、それは楽しいからじゃないのかい?」

「それはそうッスけど。でも、大会で負けると考えたら……」

「確かに大会みたいに負けられない戦いというのもあるね。けれど、キミが遊戯王をやる原点は『楽しいから』さ。それを忘れてしまっては元も子もないよ」

 

 まるで子供を諭すように彼女は語る。

 

「まずは深呼吸。そして決闘で楽しむことを考えてごらん。それが出来れば、キミの世界はきっと一変するはずさ」

「オレの世界……スか?」

 

 言われた通りに深呼吸をしてみる。

 緊張が解れ肩の力が抜かれたように楽になった。そうしてデッキトップに指をかけカードを引く。その時には今まで楽しかった遊戯王部での活動や勝負を思い出しながら。

 

「ドローッ!」

 

 引いたのは──。

 

「《手札抹殺》を発動! 互いの手札を全て捨て同じ枚数分だけドローする」

「あららサーチしたカードが全部、おじゃんだね」

 

 彼女はおちゃらけた様子ながら少し困った様子を浮かべる。

 手札を全て捨て引いたのは先ほどまでの橙色に染まった手札では無い。緑に赤、橙と色鮮やかな手札(けしき)が目の前に映った。

 それは彼女が言った通り、世界が一変したように。

 

「さ、反撃ッスよ!」

 

 

 



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057.きっと君は誰よりも強くなれる

 

 

 一色だった景色(てふだ)は《手札抹殺》により鮮やかになった。

 大切なのは何よりも『楽しむこと』。軽く呼吸を整えながら今の自分の状況と相手の場のカードと手札の枚数と墓地を確認し戦略を練り上げる。

 勝つためでは無く、楽しむための。

 

「メイン1で続けるッスよ。《武神─ミカヅチ》を召喚」

 

《武神─ミカヅチ ☆4 ATK/1900》

 

 現れる青の武神モンスター《武神─ミカヅチ》。攻撃力は相手の彼女の場の《キングレムリン》を下回るが自身の効果と武神器のサポートで大きく上回るのは明白だ。

 だからでこそ彼女は伏せていた1枚を発動させた。

 

「じゃあ《奈落の落とし穴》を発動! ミカヅチ君には悪いけど消えてもらおう」

 

 せっかく出した《武神─ミカヅチ》の真下にぽっかりと穴が開いた。

 底が見えない穴は言う通り奈落と呼ぶには相応しい。吸い込まれるように落ちたミカヅチは破壊されるだけでなく除外までされる。

 

「ふふっ」

「……ん? 何かな?」

 

 主軸モンスターが破壊されたというのに晃は笑った。

 それを首を傾け彼女は不審に思う。

 

「いえ、さっきまで壊滅的な手札事故を起こしたって言うのに今はまるで出来過ぎてるかってぐらい良くなったのが可笑しく思ったんスよ。オレは手札から《武神降臨》を発動!」

「あちゃー、《武神降臨》かこれは奈落を撃ったのは悪手だったかな?」

「墓地から《武神器─サグサ》除外から《武神─ミカヅチ》をそれぞれ特殊召喚!」

 

《武神器─サグサ ☆4 ATK/1700》

 

 破壊され除外された《武神─ミカヅチ》と《手札抹殺》で墓地へと送られた《武神器─サグサ》の2体が突如、開いた孔より出現する。《奈落の落とし穴》を使ったことでこの状況へと成ってしまったことに失敗したと彼女は苦笑を浮かべた。

 

「さらに! 墓地から《武神器─ムラクモ》《武神器─ハチ》の効果を発動し《キングレムリン》とその伏せカードを破壊!」

 

 墓地から幽霊の如く半透明の姿で現れた麒麟モチーフのムラクモが角でグレムリンの王を貫きムカデモチーフのハチが伏せカードの《デモンズ・チェーン》を飛びかかり押し潰す。残された2枚のカードが破壊されることにより今度は彼女の場がガラ空きとなった。

 

「おっと、やるねぇ」

「バトルフェイズに入るッスよ。まずはサグサで直接攻撃(ダイレクトアタック)。そしてミカヅチで──」

 

 ? LP8000→6300

 

 攻撃、と言おうとした瞬間に1枚もカードがなかった彼女の場に変化が訪れた。

 まるで闇のような黒い煙がどこからか溢れだし暗く重い色をした漆黒の扉が出現したのだ。

 

「相手の場にカードが無いから攻撃のチャンス。そう思うのは迂闊だよ。なんと私は《冥府の使者ゴーズ》を握っていたのだから!」

 

《冥府の使者ゴーズ ☆7 DEF/2500》

《冥府の使者カイエントークン ☆7 DEF/1700》

 

 扉が開きバイザーで顔を隠しパンクロックにも見えるデザインながら人の姿形をした悪魔族のゴーズと西洋の甲冑を着こみ片手剣を携える女性のカイエンの2体が現れる。

 《冥府の使者ゴーズ》は自身の場にカードが無いときにダメージを受けた時に手札より特殊召喚できるモンスター。さらにダメージが戦闘での場合は受けた数値と同じ攻守を持つカイエントークンを生み出す。その効果はまさにピンチをチャンスに変える

 

「ゴーズ……だったらミカヅチでカイエントークンを攻撃」

 

 今のヤマトではゴーズに敵わなくてもカイエントークンなら倒せる。せめてモンスターを減らしておこうとミカヅチが拳でカイエンを殴り飛ばす。

 

「メイン2。ミカヅチとサグサで《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚し素材を一つ取り除くことでデッキから《武神器─ハバキリ》を手札に加える。カードを2枚伏せてターン終了」

 

《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》

 

 2体のモンスターが渦を描き《武神─ヤマト》に様々な武具・防具が装着され強化され武神を超える武神帝が現る。手札には攻撃力を上げるハバキリに今、コストで取り除いた破壊耐性を付与するサグサと高いステータス以上に盤石の布陣を築き上げた。

 

「ハハッ……」

 

 今度は彼女が笑った。

 破壊耐性、1度切りと言えど4000打点を超える攻撃力と成るモンスターがいるのに関わらずだ。破壊を介さないバウンスなどで除去できるような状況であれば別だろうが生憎と彼女の手札にはそんなカードなど存在しないし出すこともできない。

 

「何スか?」

「ハハ、ごめんごめん。もう既に君なりにアレンジされているとはいえそのデッキを使いこなしていることが嬉しくてね」

「……?」

 

 彼女の意図が掴めずに首を捻る。

 そんな晃の様子とは対照的に意味深な笑みを見せる彼女はプレイを続行する。

 

「さあ続けようか。私は場のゴーズをリリースしスピリット上級モンスター《鳳凰》をアドバンス召喚」

 

《鳳凰 ☆6 ATK/2100》

 

 鳥と呼ぶには巨大で炎を纏った姿を茜が使用する《炎王神獣ガルドニクス》と似通った感じのモンスターだ。攻撃力ではスサノヲに及ばないもののその効果を発動させんと翼を羽ばたかせ炎を巻き起こす。

 

「《鳳凰》の効果は召喚・リバースしたときに相手の魔法・罠の伏せカードを全て破壊する。これで君の2枚の伏せカードを割らせてもらうよ」

「まずは、厄介な伏せカードからッスか。けど破壊されるなら発動させてもらうッスよ! 1枚目《激流葬》。チェーンして墓地のサグサでスサノヲを対象に。さらにチェーンして2枚目《剣現する武神》で今、除外したサグサを墓地へと戻す!」

 

 途端、大きな水飛沫が巻き起こり場を飲みこんだ。

 破壊しようとした《鳳凰》は流されたのか姿が消え去っていたがサグサという武神器によって守られた《武神帝─スサノヲ》は健在である。

 

「おっと、やるねぇ」

 

 思惑が失敗したのにも関わらず彼を誉めたたえる。

 

「撃つ手無しだね。私はカードを1枚伏せてターンエンド」

「オレのターン。スサノヲの効果でデッキから《武神─ヤマト》を手札に加えて召喚。そのままバトルフェイズに入りヤマト、スサノヲの順で攻撃!」

 

 ? LP6300→4500→2100

 

 ヤマト、スサノヲの連続攻撃が決まっていく。

 ライフ差は5100と大きな差が付いた。

 

「1枚のカードを伏せてエンドフェイズにヤマトの効果でデッキから《武神器─ヘツカ》を手札に加えて墓地へ」

「対象無効か。守りをさらに固めるんだね。ならエンドサイクを使わせてもらうよ」

「っ──!?」

 

 彼女が伏せたカードは《サイクロン》。伏せたターンには使用することも敵わず晃が伏せた《神の宣告》は見事に撃ち抜かれる。それでも──。

 

「場には2体の武神獣戦士に墓地には耐性を付与するサグサとヘツカ、そして手札にはハバキリ。崩すことも突破することも困難だね」

 

 今の晃の守りは十分過ぎるほど。

 並み大抵の決闘者では目の前が城塞のような大きな壁に見えること間違いない。

 状況は明らかに晃が有利だ。

 

「楽しくないかい?」

「え?」

「こういう不利な状況。それを今からの引きで覆すことができるか、そう考えると楽しくてたまらないって。私が……そして君もよく知っている人物ならこの場でならきっとそう言うだろうね」

「オレも知っている、人物?」

 

 そんなことを言いそうな人は晃が知っている中で一人しかいない。

 

「かつての私も、今の君も。きっと足りないのは()()なんだろうね。どんな状況でも楽しむ心。だから私はこの状況を楽しむことにするよ」

 

 デッキトップに指をかける。

 ほんのわずかな間を開けて彼女は勢い良くカードを引いた。

 

「ドローッ!!」

 

 引いたカードを一別するように確認する。

 それは望んだカードだったのか彼女の表情から笑みが漏れた。

 

「さあ、逆転してみせよう。私は3枚目《和魂》を回収して通常召喚。さらに効果でもう一度、スピリットモンスターを通常召喚可能! 《和魂》をリリースして《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚!」

「さ、《砂塵の悪霊》ッ!?」

 

《砂塵の悪霊 ☆6 ATK/2200》

 

 砂煙が巻き起こる。

 白く長い髪に鬼を思わせるような醜く赤い体躯。鋭い爪。さらには焦点の定まっていない瞳はまさに禍々しい悪霊と言えた。

 

「《砂塵の悪霊》は召喚・リバースしたときこのカード以外の表側モンスターを破壊できる。加えて《和魂》が墓地へ送られ場にスピリットが存在するためドロー効果も発動」

「っ……墓地のサグサの効果でスサノヲの破壊を防ぐ!」

 

 まるで砂塵を操るかのように悪霊が腕を振り上げると晃の場のヤマトとスサノヲへと襲いかかるように巻き上がった。半透明なサグサが盾となることで破壊を防ぐがヤマトはズタズタに引き裂かれてしまう。

 凶悪無比なこの効果はまさに悪霊に相応しい。

 

「《砂塵の悪霊》の攻撃力は2200と《武神帝─スサノヲ》に及ばない。けれど、これならどうかな《強制転移》を発動!」

「なっ!?」

 

 両者互いのモンスターのコントロールを入れ替えるカード。

 それは対象に取らないためにヘツカで無効にできず、コントロールを奪われるためにハバキリも無力になる。

 

「お互いモンスターは1体ずつだし悪霊とスサノヲのコントロールが入れ替わり私の場のスサノヲで攻撃することはできるけど、私はカードを1枚伏せてターンエンド。そしてこのターン召喚した《砂塵の悪霊》はスピリットモンスター。持ち主の手札に戻るよ」

「くっ……」

 

 そうだ。

 スピリットモンスターは召喚・反転召喚したターンのエンドフェイズに手札に戻る。コントロールを交換したと言うには理不尽にも《砂塵の悪霊》は彼女の手札にへと戻っていく。

 

 状況は悪い。

 だが、それ以上に大きいのは《武神帝─スサノヲ》のコントロールを奪われたことだ。心強い味方が敵として立ち向かう状況はあの鏡大輔との勝負を彷彿とさせてくる。あのときの敗北の恐怖を思い出させてくる。

 

「さあ、君のターンだよ」

 

 こんな状態で楽しむことは普通はできない。

 でも、彼女が言っていたようにきっと彼──新堂創なら晃と同じ立場だったとしても楽しんでみせたのだろう。

 

 だからでこそ晃も楽しもうとする。

 作り笑いでもいい。笑みを浮かべてこのターンの引きに神経を捧げる。

 

「ドローッ!」

 

 引いたのは緑色の枠。

 かつて晃に逆転をもたらした魔法カード。

 

「オレは《ソウル・チャージ》を発動! 墓地より《武神─ヤマト》《武神─ミカヅチ》《武神器─ヘツカ》《武神器─ヤタ》《武神器─イオツミ》の5体を蘇生する」

 

 晃 LP7200→2200

 

 大幅なライフと引き変えにずらりとモンスター5体が同時に並ぶのは圧巻だった。

 エクシーズ召喚を行うには十分過ぎる。

 

「まずは獣戦士レベル4ヤマトとミカヅチで《武神帝─カグツチ》をエクシーズ召喚。効果によりデッキトップ5枚を墓地へ送る。送られたのは《サイクロン》2枚目の《武神器─サグサ》《武神─アラスダ》《強欲で謙虚な壺》《成金ゴブリン》《光の召集》。武神が2枚墓地へ送られたため攻撃力が200上がる」

 

《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500→2700

 

「さらにヘツカとヤタで《鳥銃士カステル》をエクシーズ召喚。効果により素材を二つ取り除くことで相手の場のスサノヲをバウンスする」

 

《鳥銃士カステル ★4 ATK/2000》

 

 紫色の羽毛を持った鳥人カステルは銃を構え相手の場のスサノヲへと狙いを定める。引き金を引き解き放つ一撃は敵を屠るものでは無く弾丸が命中した瞬間に魔法のようにスサノヲの姿が消え去った。

 

「そして手札のハバキリを通常召喚しイオツミと共に《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚!」

 

 帰るべき場所へと帰ったスサノヲは再び主の手により場へと駆り立てる。

 

「ふーむ。見事に奪い返したってわけだね」

 

 3体のエクシーズモンスターが並ぶ。

 《ソウル・チャージ》のデメリットでこのターンは攻撃ができないものの相手から奪われたスサノヲを奪還した挙句に戦力を整えられた。これはこれで上出来だろう。

 

「スサオヲの効果で2枚目のハバキリを手札に加えて、オレはこれでターンエンドッスよ」

「そう。じゃあ私のターン。まずは《貪欲な壺》を発動し《カゲトカゲ》《和魂》2枚《荒魂》《キングレムリン》を戻して2枚ドローだ」

 

 手札を補充し4枚と十分な数。

 それでも、いくら彼女の手札には凶悪な効果を持つ《砂塵の悪霊》がいるとはいえ墓地には破壊耐性を付与する《武神器─サグサ》に破壊耐性を持つ《武神帝─カグツチ》が存在するのだ。突破するのは容易ではないだろう。

 

 けれど彼女は告げた。

 

「これは、このターンで終わりかな?」

「えっ!?」

「私は三度(みたび)《和魂》を召喚し追加召喚として《砂塵の悪霊》を再びアドバンス召喚。《砂塵の悪霊》《和魂》の効果が同時に発動する」

 

 再び砂嵐が巻き起こる。

 破壊はさせまいと晃はこの場で動いた。

 

「墓地のサグサの効果を発動。スサノヲを1度だけ破壊を無効にする!」

 

 ここでチェーンの逆処理が行われていくのだろうと晃は予想した。だがそれを超えるかのように彼女はさらにチェーンを繋ぐ。

 

「だったらさらにチェーンし手札から《サモンチェーン》を発動しよう。《和魂》の追加召喚効果を別として私はさらに2回まで通常召喚ができる」

「召喚権を増やした?」

「さて、ここでチェーンの逆処理が行われるよ。サグサの効果、《和魂》で1枚ドローし《砂塵の悪霊》でこのカード以外のモンスターが破壊される」

「っ、サグサの効果でスサノヲ、自身の効果でカグツチは破壊されない!」

 

 強力な除去効果といえど破壊されたのはエクシーズ素材がなくなったカステルのみ。《砂塵の悪霊》を超える攻撃力の《武神帝─スサノヲ》《武神帝─カグツチ》のどちらも健在だ。

 

「けれど私はさらに召喚ができる《砂塵の悪霊》をリリースし2枚目の《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚」

「2枚目、だって!?」

 

 同名カードをリリースしてアドバンス召喚は帝のようなアドバンス召喚時に効果を発動するカードではたまに見られる光景だ。凌いだと思われる砂嵐は止まること無く再び2体の武神帝を襲う。

 

「くっ……カグツチは破壊を無効にできる。けど、スサノヲはもう……」

 

 スサノヲの破壊耐性はあくまで一度のみだ。

 2度目は防ぐこともできずに前に破壊されたヤマトやカステルと同じ運命を辿る。

 

「またも防がれたけどもう、エクシーズ素材は無い。つまり次は防げないってわけだね。だからこそ、私はもう1度《砂塵の悪霊》をリリースし3枚目の《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚しよう」

「さ、3枚目も!?」

 

 さすがにこれは驚きを隠せない。

 手札を全て使いきったプレイだが、その実使われたうちの1枚はこのターンの《和魂》で引いたカードだ。運の要素が大きいながらも彼女は見事逆転の術を見せたのだ。

 

「再び効果が発動するけど、もう防げないよね?」

「っ……そうッスね」

 

 抗ったものの結局のところ全滅した。

 彼を守るモンスターは存在せずに《ソウル・チャージ》で大きくライフを失ったせいで残りライフは2200と今の彼女の《砂塵の悪霊》とドンピシャなのだ。

 

「さて、バトルフェイズに入って《砂塵の悪霊》でダイレクトアタックを行おう」

 

 彼女の指示でモンスターは攻撃態勢に移り襲いかかる。

 そのわずかな間に呟いた。

 

「君が最初から本調子だったなら違う結末になっていたかもね。今回は私の勝ちだ。けれど──もし、君が心の底から決闘(デュエル)を楽しめたら。きっと君は誰よりも強くなれる」

「え──?」

 

 そもそも名前すら知らない初対面の人が何故、そんな風な言葉を言えるのかは晃はわからない。ただ不思議と彼女の言う言葉は信じられるように思える。

 

 晃 LP2200→0

 

 そして攻撃が通り決着。

 ブザーが鳴り響き晃の敗北。やはり敗北の味は苦いが大会で負けたときのような悔しさとは何かが違う。負けられない戦いではなかったためだろうか。励まされたからなのだろうか。理由はわからないが、逆に心が軽くなった気がした。

 

「さて時間を取らせてしまってすまなかったね」

「いえ、こっちこそありがとうございました」

 

 決着がついてソリッドビジョンが消え去り彼女は晃の元へと近づく。

 借りた決闘盤からデッキを抜いて返す。

 

「吹っ切れたようだね。それじゃあ私は帰るとするよ」

 

 そう言いながら踵を返そうとする。

 晃は声をかけて引きとめた。

 

「あの、名前を教えてもらっていいッスか?」

「名前。そういえば名乗ってなかったね。私は橋本暦(はしもとこよみ)ただの大学生だよ」

 

 名前を聞いてもやはり知らない。

 ほんの少しだけどこかで聞いたようなひっかかりを感じたのだが、あまりに小さく気のせいだと流した。

 

「それじゃあ。頑張りなよ」

 

 別れを告げるように片手を上げて橋本暦は立ち去る。

 彼女が一体、何者で何のために決闘を申し入れたかなんて晃は理解することもできないままに姿を消した。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 橋本暦は決闘を行った広場のような公園を出て行くとそこには見知った顔があった。

 

「久しぶりだな……ですね」

 

 あまりにぎこちない敬語を使う彼は相変わらずのまま。

 思わず暦はくすりと笑った。

 

「ふふっ、相変わらず敬語が苦手だね。久しぶりとはいえ、別に普通でいいんだよ。創君」

「そうか。そいつは助かるぜ橋本部長(・・)

 

 創はニカッと子供のような笑みを浮かべる。

 

「もう部長はよしてくれ。今の部長は君だろ?」

「けどそっちの方が呼び慣れてるからな。そういえば生徒会長から聞いたんだけど橘……うちの後輩と会ったんだよな」

「そうだよ。前から二階堂君から話を聞いていたからね。想像した通りの人物だったよ。私はもう卒業した身だし見守ることぐらいしかできないだろうけど──」

 

 暦は何かを思い出すように空を見上げる。

 その瞳には映らずとも先ほど戦った橘晃の姿が目に入った。

 

「創君。君は実に面白い子を見つけたようだね」

「そうだろ!」

「彼はもっと強くなれる。私も楽しみなくらいね」

 

 

 



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058.パズルのピースのように

 

 

「俺たちは団体戦で惜しくも4位。全国大会に後、一歩届かなかったわけだが」

 

 翌日の部活動。

 コホン、と咳払いをしながらも創は珍しくも神妙な顔付きで部員たちの前で語る。

 全国大会へと切符を逃した事実が妙に響いてくるのか聞いている部員たちの表情も心なしか暗い。

 

「だが、大会はこれだけじゃない」

「と、言いますと?」

 

 まるで曇り空に一差しの光が射すような言葉に全員が反応する。

 『あの大会で終わりではない』当たり前と言えば当たり前だが、事実を聞くのと聞かないとでは大きく違う。少しばかり表情が和らぐ。

 

「つまりは、個人戦が残っているってことね」

 

 いつぞやか創が言っていた。

 団体戦の後には個人戦が残っているということを。

 

「そう言うことだぜ。個人戦は当たり前だが団体戦よりも試合数が多くなるし全国大会に行けるのは上位5名まで。しかも、俺たちが敵同士にさえなることもあるから団体戦よりも難しいと言えば難しい」

 

 参加数。試合数。そして仲間だったはずが今回は敵同士。

 団体戦との違いを明確に上げていく。

 

「た、大変だね」

 

 有栖が怯むように声を出す。

 その横で晃は片手を上げて発言した。

 

「部長。質問、いいッスか?」

「なんだ橘?」

「大会って団体戦と同じでトーナメント形式ッスか?」

 

 晃の質問に創は『いや』と一言、否定の言葉を入れた。

 

「最初はスイスドロー形式での予選だ。制限時間までデュエルして勝率の高い上位32名がトーナメントで競い合う形だ。予選は負けても終わりでは無いが、対戦相手は完全にランダム。もしかしたら、いきなり部内での対戦もありうるぜ」

 

 と、詳しく解説する。

 今回は仲間ではなく敵同士になるとは言うが、実際に相手になることを想像してしまえばそれは辛いものだ。戦わないでいられるように祈るしかあるまい。

 

「そんなわけで今日の練習は実戦形式で行う。幸い、屋上は開いているし決闘盤を使ってやろうか。まずは橘と日向、氷湊と風戸でやってみるといいだろう」

 

 なんて個人戦に向けて練習メニューもしっかりと考えていた。

 珍しく真面目に部長をしている。

 

「部長。今日はやけに、ちゃんとしているみたいですけど何かありましたか?」

「軽く酷いな……まあ、昔の知り合いに会ったせいだろうな」

 

 言葉に潜んだ棘に刺さりながらも何かを思い出すような表情。

 いったい誰なんだろうと小首を傾げながらも皆は決闘盤を片手に部室から屋上へと向かう。

 

「なあ、橘」

「ん……何スか部長」

 

 その手前、晃は創に引きとめられた。

 女性陣は先に行ってしまい二人だけが残された。

 

「調子は戻ったようだな」

「はい。迷惑かけました」

「昨日、お前はデュエルをしていただろ。その相手……お前はどう思った?」

「あれ、見てたんスか?」

 

 あの場に部長がいたのだろうか、いたのであれば声ぐらいかけてもよかったんじゃないか、なんて考えながらも質問を返すために思い出す。落ち込んだ晃に声をかけた女性、橋本暦のことを。

 

『──もし、君が心の底から決闘(デュエル)を楽しめたら。きっと君は誰よりも強くなれる』

 

 ふいに、彼女の最後に残した言葉がフラッシュバックのように脳裏に蘇った。

 

「よくわからない人ッスね。面識も無いのにこっちのことを知っているみたいだったし……あ、そういえばなんとなく部長に似たような感じだったかと。特にデュエルを楽んでいるような感じが」

 

 晃の解答に創はどこか満足そうに頷いた。

 それは、どことなく嬉しそうな表情を見せながら。

 

「そうか。それはよかった」

「どうしたんスか?」

「いや、何でもないぜ。早く行こうか」

 

 このまま創は早足で屋上へと向かい晃はそれを追いかける。

 そのとき、創にも聞こえないような小声で呟いた。

 

決闘(デュエル)を心の底から楽しむ、か」

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 本日は快晴。天井の無い屋上には一杯の青空が広がっていた。

 天気も良く空気も良く感じる場所で行われた決闘は鮮やかに幕を閉じた。

 

「……え?」

 

 驚きの声が上がったのは晃からだ。

 目を見開き今の光景が信じられないとでも言いたげだった。

 

 対戦相手は【炎王】を使う日向茜だ。

 部内の練習試合では創や涼香には負け越ししているとはいえ、かつて涼香とは全力の勝負で勝っているとも聞き決して弱いというわけでも無くむしろ強者の類に分類されるはずの彼女だというのに、今の茜のライフカウンターは0を示していた。

 

「凄い。凄いですよ晃くんっ! いったい、いつの間にこんなに強くなってたんですか」

 

 敗北したというのに、どこか嬉しげな茜だ。

 かつての武神器だけしか手札に来ないような事故とは真逆だった。手札はうまく良いカードが来てくれてく引くカードも好調。それだけでなく茜が使用するカード引くカードと全てが上手く噛み合い鮮やかな決着となったのだ。

 

「これは、いったい?」

 

 決闘盤にセットしていたカードを仕舞い込み晃は自分の手を見つめるように眺めた。

 別段、晃は大会以降からデッキの改良を大きくは行っておらず戦術もいつも通りに行ったつもりだ。一晩、寝て急に強くなったというわけでも無いだろう。

 

 ただ、一つだけ思えたのは

 

(今の決闘(デュエル)、楽しかったな)

 

 それだけは自然と心の奥から言えた。

 

 

 

「そっちはもう終わったんだ。日向さんが勝ったのかしら?」

 

 気が付けば涼香と有栖の方も終わったらしい。

 勝者は涼香のようだ。

 

「いえ、負けちゃいました」

 

 えへへ、と軽く笑いながら茜は答える。

 その答えを聞いては涼香はわずかながら目を見開くように驚く仕草を取るが、すぐに目を細めて意味深に笑みを見せた。

 

「そう。もう昨日みたいな腑抜けは直ったんだ。なら今度は私と勝負してみる?」

「おっ! 勝者同士での勝負か。面白そうじゃないかっ!」

 

 興味ありげに創がはしゃぐ。

 正直、晃が勝てるようになってからも涼香にはほとんど負け越している。ときおり手札が良く逆に相手の手札事故が起こったときで3回に1度、勝てる程度のものだ。実力差はそれほどまでに明白ではある。

 それでも今の晃を見る限り、今までとは違う。

 

「今の晃くんは、少し違いますよ。きっと何か起きる気がします」

「二人とも頑張って」

 

 先ほど敗北して二人は応援へと移る。

 晃と涼香は十分な距離を取り決闘盤を構える。

 

「少しはマシな勝負を見せてもらうわ」

「まあ、期待には答えるよ」

 

 準備はOK。

 数秒の間を空けて

 

決闘(デュエル)!!』

 

 勝負が開始された。

 

「私のターンから。《E・HEROエアーマン》を召喚しデッキから《E・HEROバブルマン》をサーチ。そして《融合》を発動! 現れなさい《E・HEROアブゾルートZERO》!!」

 

《E・HEROアブゾルートZERO ☆8 ATK/2500》

 

 1ターン目の序盤。様子見とかそういうのはお構いなしに鮮やかな流れでエースモンスターを呼び出す。

 学校の屋上には似合わぬ大きな氷柱が立ち上り砕ける中から氷結の英雄が姿を見せた。

 

「さっそく、か」

「カードを2枚伏せてターンエンドよ」

 

 場から離れることで《サンダーボルト》が発動する攻撃力2500のモンスターに後もそれなりに厚い。突破するのは難しい。今の手札と相手の場を見比べては相談する。

 

「オレのターン。まずは《炎舞-天璣》を発動し《武神─ヤマト》を加えて通常召喚」

 

《武神─ヤマト ☆4 ATK/1800→1900》

 

 涼香のアブソルートZEROに対峙するように橙色の身体の戦士《武神─ヤマト》が飛び出す。ステータスも及ばずこのままでは倒すことなど敵わないが、武神器とのサポートがあれば十分に通用するモンスターだ。

 故に涼香はこの場でヤマトを排除しなければならない。

 

「さっそくで悪いけど消えてもらうわ。《奈落の落とし穴》を発動!」

「あっ、ヤマトが落ちてしまいました!?」

 

 現れた【武神】の立役者である《武神─ヤマト》は底の見えない落とし穴へと吸い込まれて落ちてしまう。破壊では無く除外故に蘇生カードも聞かずに戻すのは難しいというのに晃は顔色一つ変えずに冷静だった。

 

「なら《手札抹殺》を発動し互いの手札を全て捨て捨てた枚数分だけドローする」

 

 涼香は1枚だけ。晃は4枚。

 それぞれ手札を墓地へと同じ枚数分を引くことになるが

 

(この感じなら、きっと──)

 

 橋本暦との勝負の時も茜のときもある共通点があった。

 自分の手札、場、引きだけでなく相手の使用するカードもまるで歯車のように噛み合うのだ。それはただの偶然なのかもしれない。

 しかし、偶然では無く必然だった場合はどうなのだろう。橋本暦との時も《奈落の落とし穴》が使用されていた。もし、何もかもが噛み合うのであればこの《手札抹殺》で()()カードを引くはずだ。

 

「よしっ! 《武神降臨》を発動。墓地から《武神器─サグサ》と除外から《武神─ヤマト》を特殊召喚し武神レベル4、2体《武神帝─スサノヲ》へとエクシーズ召喚!」

 

《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400→2500》

 

 涼香のエースモンスターが《E・HEROアブソルートZERO》であるならば晃のエースモンスターは間違いなく《武神帝─スサノヲ》だ。たった2ターン目、互いに様子見という選択肢などまったく無く両者のエースが対峙した。

 

「っ……やってくれるじゃないの」

 

 予想外だった。

 今までの晃ならばこんなにも流れるような形でスサノヲを呼んでくるはずも無い。それも涼香が使用した《奈落の落とし穴》を利用される形なんて引きが悪かった彼を思い出せば考えられない。

 

(引きが……強くなっている?)

 

 ならばと、一つの結論に辿りつく。

 どういうわけか晃は引きが強くなっているのかもしれない。

 

 だとすれば、間違い無く厄介だ。

 今まで引きが弱くトリッキーな戦術を混ぜてやっと戦えるようになった男の引きが強くなったのだから。

 

「素材のサグサを取り除くことでデッキから《武神─ヒルメ》を手札に加えバトルフェイズに入る。スサノヲでアブソルートZEROに攻撃!」

(相打ち狙い? それとも──)

 

 おそらく読み合いならば晃の方が上だ。

 どうこう考えるよりも己の決闘者としての勘を信じるしかない。

 

「なら私は《マスク・チェンジ》を発動させるわ! 《E・HEROアブソルートZERO》を《M・HEROアシッド》へと変身召喚!」

 

 《M・HEROアシッド ☆8 ATK/2600》

 

 アブソルートZEROが高く飛び上がり強い光を発する。着地にはまったく別の姿。鮮やかな氷のような白よりの青から一変し紫色の青。銃を片手に持った戦士《M・HERO》アシッドへと成る。

 

「この瞬間、特殊召喚に成功したアシッドと場を離れたZEROの効果が発動するわ。モンスター、魔法・罠を全て破壊する!」

 

 二つの効果が合わさり相手の全てのカードを破壊する凶悪なコンボへと成り立つ。

 アシッドから放つ銃は強力な冷気を纏い全てを凍らせ水圧で撃ち砕いていく。

 この力の前に場の《武神帝─スサノヲ》も《炎舞-天璣》も破壊されてしまう。

 

(サグサの効果を使わなかった!?)

 

 今の破壊効果の前に晃は成す術が無かったわけでは無い。

 むしろ対抗する術はあったのに使わなかった。

 このとき、涼香はこの一手が失策であったことを理解した。

 

 

 

 楽しい。

 それが晃の率直な感想だった。

 

 自分の手札や場、そして相手の使ってくるカードや戦術までもがパズルのピースのように噛み合う。今まではありえなかったような流れはまるで橋本暦が言っていたかのように世界が一変したようだ。

 

「エクシーズモンスターが破壊されたターンに自分の場にモンスターが存在しないときに発動できる。手札から速攻魔法《エクシーズ・ダブル・バック》を発動し《武神帝─スサノヲ》《武神─ヤマト》を特殊召喚する!!」

「くっ!?」

 

 倒したと思った瞬間に即座に2体のモンスターが復活する。

 それでもアシッドの攻撃力の方が上回っているし。デメリットでエンドフェイズに破壊されるのは承知の筈。勘だが、おそらく晃はこのまま攻撃を続行して来るに違い無い。

 

「ヤマトでアシッドへと攻撃!」

(やっぱり……)

「このダメージ計算前に墓地の《武神器─ツムガリ》の効果を発動し攻撃力をアシッドの分だけアップさせる。その代わりこの戦闘のダメージは半分になる」

 

《武神─ヤマト ATK/1800→4400》

 

 何も武器も道具も持っていないヤマトに紫色の鋭い紫色の剣・都牟刈大刀(つむがりのたち)が握られる。銃を持って応戦するアシッドではあるものの弾丸を回避しては肉薄してからの一閃。見事、アシッドに一太刀を浴びせた。

 

涼香 LP8000→7100

 

「さらに《武神帝─スサノヲ》で直接攻撃(ダイレクトアタック)!!」

「っ……やってくれるじゃないの」

 

涼香 LP7100→4700

 

 加えての直接攻撃で大きな一撃が入る。

 涼香と晃では大きな実力があるというのに、先手を打ったのは晃の方だ。

 

 

 

「……すごい」

 

 試合を観戦している有栖から思わず声が漏れた。

 驚きを隠せないようだが、それは創と茜も同じだった。

 

「まさか氷湊から先手を取るなんてな」

「そうですね。でも、今の晃くん──」

 

 茜は決闘の最中である二人の中で晃へと注視するように視線を移す。

 彼の表情は、まるでどのような決闘をも楽しむ創のように笑っているのだ。

 

「すごく楽しそうです」

 

 

 

 



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059.強者が見る世界

 

 

「メインフェイズ2に入る」

 

 2体のモンスターの攻撃が終了してのメインフェイズ2。晃の場のスサノヲとヤマトはどちらも《エクシーズ・ダブル・バック》によって特殊召喚されたがためにエンドフェイズに破壊される制約を持つ。

 

「まずは墓地のミカヅチを除外し《武神─ヒルメ》を特殊召喚。そして光属性レベル4モンスター2体を素材とし《武神帝─ツクヨミ》を守備表示でエクシーズ召喚!」

「ふぅん。まずは手堅くエクシーズ素材にするのね。で、スサノヲはサグサで破壊を防ぐのかしら?」

 

《武神帝─ツクヨミ ★4 DEF/2300》

 

 残されたスサノヲはレベルを持たないがためにシンクロ、エクシーズの素材にはできない。自壊するか、サグサで破壊を無効にするかの2択ならばどちらを選ぶだろうか。今までの晃ならば確実に後者を選択するだろう。

 

「オレは──」

 

 だが、遊戯王はそんな単純なものではない。

 今、定めた涼香の2つの選択肢はあくまで彼の決闘を見ての経験則から繰り出されたもので選択肢なんてものは無数と存在する。だからでこそ晃は思いもよらぬ3番目の選択肢を繰り広げた。

 

「ペンデュラムゾーンに《武神─ヒルコ》をセッティング!」

「っ、それはまさかっ!?」

 

 涼香とて決闘者。カードの情報だってしっかり集めるし知らないわけでは無い。

 だが最新のカードを真っ先に手に入れてきたなんて思いもよらなかった。

 

「ヒルコのペンデュラム効果はこのこのカードを除外し武神エクシーズモンスターを素材に別名、武神モンスターをエクシーズ召喚できる。スサノヲをエクシーズチェンジ。現れろ《武神姫─アマテラス》!!」

 

《武神姫─アマテラス ★4 ATK/2600》

 

 今までの【武神】にはエクシーズチェンジなどありえなかった。

 1体のエクシーズモンスターだけで渦が構成され新たな武神モンスターへと変貌する。女性型の武神モンスターにイオツミ、マフツ、チカヘシ、ツムガリと様々な武神器を己の物として装着していく。

 その予想外の連続に涼香は溜め息まじりに素直な感想を述べる。

 

「ったく、急に引きが強くなったり新しいカードを取り入れたり、橘のクセに生意気だわ」

「そりゃ、どうも。ツクヨミの効果で手札を捨て2枚ドロー……そして両方伏せてターン終了だ」

 

 場には2体のエクシーズモンスターに2枚の伏せカード。

 対する涼香の手札はたった1枚と圧倒的に不利な状況。それでも彼女は負ける気はしなかった。今までの実績に裏打ちされた自信。己の強さを信じることが涼香においての強さなのだから。

 

「私のターン、トップドロー《ハーピィの羽根箒》!」

「うおっ!? っ、チェーンして《剣現する武神》を発動。墓地の《武神─ヤマト》を回収する」

 

 引いたのは問答無用で相手の魔法・罠を駆逐する羽根箒。

 1枚はフリーチェーンで発動できる《剣現する武神》のために墓地から1枚回収することはできたが、もう1枚は《聖なるバリア─ミラーフォース─》のために使用できずに破壊される。このタイミングで引くのは流石と言わざるを得ないが、これだけで済むはずが無かった。

 

「《戦士の生還》を発動し《E・HEROバブルマン》を回収。私の手札は1枚。この場合に特殊召喚できる。現れなさいバブルマン! そして場にこのカードだけのために2枚ドローし《融合回収》を発動。墓地からエアーマン、融合を手札に戻し召喚! 効果によりデッキからシャドーミストを加える」

 

《E・HEROバブルマン ☆4 DEF/1200》

《E・HEROエアーマン ☆4 ATK/1800》

 

 流れるような怒涛の展開。

 ターン開始時には手札が1枚だけだったのが、今では場に2体に手札は3枚。加えて晃の魔法・罠も破壊している。晃が強くなった力を現したように涼香もまた強者としての実力を見せる。

 

「そして《融合》を発動! 場のバブルマン、エアーマンと手札のシャドーミストの3体で融合召喚! 蹂躙しなさい《V・HEROトリニティー》!!」

 

《V・HEROトリニティー ☆8 ATK/2500》

 

 3体のHEROが重なり合わさりE・HEROという存在からV・HEROへと変えた融合モンスタートリニティーへと成る。下級HEROよりも一回り、二回りも巨大な体躯をし3体融合の力を振るわせた。

 

「トリニティーは融合召喚に成功したターンのみ攻撃力を倍にできる。よって攻撃力はこのターン中5000よ!」

「っ……」

 

 凄まじい威圧感に地響きにも似た衝撃を受ける。

 《F・G・D》や《究極竜騎士》のような元々のステータスにおける最高峰の攻撃力と同等の力を得たトリニティーはこの場で規格外と言っても過言では無い。

 

「そして墓地へ行ったシャドーミストの効果でデッキから2枚目のバブルマンを加え、もう1枚の手札《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地からバブルマン、エアーマン、シャドーミストを再び融合! 《E・HERO Core》!!

 

《E・HEROCore ☆9 ATK/2700》

 

 さらに追い打ちの如く1枚のカードを使用する。

 場と手札からの3体融合に加えては墓地からも3体融合。

 

 橘晃がトリックプレイで強いとするならば氷湊はただ単純に強い。

 

「さあ、行くわ! トリニティーはモンスターに3回攻撃ができる! ツクヨミ、アマテラスに攻撃。サグサの効果を使うならご自由に」

「くっ……サグサは使わない。けど、アマテラスの効果を発動する。相手ターンの場合は除外されているレベル4以下のモンスターを手札に加えられる。《武神─ヒルコ》を手札に加える」

「けど、攻撃は止められないわ!」

「くっ……」

 

 晃 LP8000→5600

 

 強烈な打撃の攻撃が2体のモンスターを襲い消し飛ばす。

 衝撃が晃を襲い歯を食いしばり耐えるが、そんなものはまだ序の口。涼香のフィールドには、まだ攻撃を行っていない最上級融合モンスターが控えているのだから。

 

「続いて行くわ! Coreで直接攻撃!」

「ぐっ……!!」

 

 晃 LP5600→2900

 

 Coreが両手よりエネルギーを発生させ光線のように放射する。

 モンスターの超過ダメージよりも遥かに衝撃が大きく思わず尻もちをついてしまう。

 

「私はこれでターン終了よ」

 

 たった1枚の手札から始め全てを強力なモンスターを呼ぶためにつぎ込んだために伏せカードも無いが十分過ぎる。たった1ターンでライフアドバンテージもボードアドバンテージもひっくり返してしまったのだから。

 場には2体のエクストラデッキから呼ばれたモンスターに晃の手札はデッキの核の《武神─ヤマト》に新たな力の《武神─ヒルコ》であるが、涼香のモンスターに立ちはだかるにはソレだけでは心もとない。

 

 絶対絶命とまではいかないが、十分に危うい立場だ。

 次のターンの引きでなんとかしたい。なんてプレッシャーを今までの彼ならば感じてその腕を緊張で震わせたに違い無い。

 

「ふふっ」

「え……?」

 

 涼香がポカン、と口を開けて驚いた。

 追い込まれた立場の晃が笑ったのだ。そんな彼のなど見たことのない涼香はまさか今のトリニティーの連続攻撃とCoreの直接攻撃のせいで彼の頭のねじを緩ませてしまったのかなんて心配してしまったほどだ。

 

「っ!?」

 

 だが、心配は要らなかったようだ。

 すぐに表情を締め直し雄々しく構える。涼香は思わず身震いした。数年経験していた決闘者としての勘が告げた。今、橘晃に纏っている空気は限りなく強者と勝負をした感覚に等しい。

 

(何、今のアイツは? けど、面白くなってきたじゃない)

 

 

 

 可笑しい。晃は心の中で違和感を感じた。

 自分と相手のカードが上手いぐらいに噛み合い涼香を追い詰めたものの、ソレをたった1ターンでひっくり返された。本来ならば思わず焦りを見せてしまうが、今は何故か心が驚くぐらいに静まり返っているのだ。

 

 むしろ、笑いが込み上げてしまうほどだ。

 次のターンで逆転できるのか、できないのか。それを考えるだけでもまるで目の前に置かれたプレゼントの包装紙を開けるかのような気分になってしまう。

 

 ただ純粋に決闘を楽しむ。

 たった一つの心構えをしただけだというのに世界が違って見えるのだ。

 

 この瞬間、一人の決闘者のビジョンが見えた。どんな絶対絶命な状況でも決して笑顔を絶やさず思いもよらぬ引きで幾度となく逆境を退けた男。遊凪高校の部長、新堂創。今、この逆境で笑えているのであれば、もしかしたら今の自分はあの人と同じ世界が見えているのかもしれない。

 

『─決闘で楽しむことを考えてごらん。それが出来れば、キミの世界はきっと一変するはずさ』

 

 ふと、橋本暦の言葉を思いだした。

 

(これが、強者が見る世界、なのか?)

 

 これは感覚で体現するものだ。きっと創や他の誰に聞いても明確な答えは出ないだろう。

 だが一つだけ言えるのは、今のこの場が心の底から楽しいと感じる事。

 

 ならば己がすることはただ一つ。

 この気持ちを決闘に注ぎ込むだけだ。

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 躊躇いも無く大きな孤を描くようにカードを引く。

 確認すれば、それは自分のデッキから『お前はまだやれる』とでも言ってくれるようなメッセージを残してくれるようなカードだった。

 

「今、引いたカード《死者蘇生》を発動っ!」

「っ!? このタイミングで《死者蘇生》を!?」

「このカードの効果でツクヨミを蘇生! そして再び《武神─ヒルコ》をペンデュラムゾーンにセッティングし効果を発動! エクシーズチェンジ! 現れろ《武神帝─カグツチ》!!」

 

《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500》

 

 ツクヨミが渦へと姿を消し新たなモンスターへと生まれ変わる。

 青き炎を纏い武装を重ねた重戦士。このカードの召喚により場にはスサノヲ、カグツチ、ツクヨミ、アマテラスと武神のエクシーズモンスターの全てが場を駆り立てたこととなる。

 

「ここで、カグツチ……?」

「ヒルコの効果で出してもエクシーズ召喚扱いになる。エクシーズ召喚に成功したとき、デッキから5枚のカードを墓地へ送る。墓地へ送られたのは全てモンスターカードだけど武神と名の付いたカードは《武神器─ムラクモ》《武神─アラスダ》《武神器─ツムガリ》の3枚。よって300ポイント攻撃力を上げる」

「っ……その落ちは!?」

 

 瞬間、この戦況がひっくり返されることを悟った。

 やはり今の彼の引きは驚異的なまでに優れている。

 

「続けて《武神─ヤマト》を通常召喚! そして墓地よりムラクモの効果を発動。《E・HERO Core》を破壊する」

「ちっ、だけどCoreは破壊されたとき墓地からレベル8以下のE・HEROを問答無用で特殊召喚できる。蘇りなさい《E・HEROアブソルートZERO》!!」

 

 カグツチの手に短刀が握られ投擲。涼香のモンスターを1体撃ち抜くものの英雄は滅びぬと言わんばかりにやられた間際に地面を大きく叩きつめた。地面が裂け中から変身召喚のために墓地へと送られたHEROが再び場へと舞い戻る。

 

「ならバトルフェイズに入る。まずはヤマトでトリニティーへと攻撃!」

 

 本来の攻撃力はトリニティーの方が上。

 手札にはハバキリもオネストも無いが、今の彼の墓地には──

 

「ちっ」

 

 涼香 LP4700→3800

 

 突如、手にした青い長刀を手にトリニティーを一刀両断した。

 

「墓地から《武神器─ツムガリ》の効果。ダメージステップ終了まで戦闘モンスターの攻撃力分、ヤマトの攻撃力を上げる。ただしこの戦闘ダメージは半分となる」

 

 墓地から発動する武神器の《オネスト》のようなカードが落ちているのだから。

 ムラクモにツムガリ、どちらもカグツチの効果によって落ちたカードだ。もしかしたらこの状況を想定してカグツチを呼んだのかもしれない。

 

「さらにカグツチでアブソルートZEROへと攻撃!」

「攻撃力は上回られている。戦闘で破壊されるけど、効果は忘れてないわよね」

「当然! 墓地のサグサの効果を発動しヤマトを、カグツチ自身の効果を発動し効果破壊を防ぐ!」

 

 アブソルートZEROを戦闘で破壊した瞬間に発生した吹雪をヤマトは武神器の力を借りて、そしてカグツチは自身の効果を発動することにより防いだ。これにより被害はゼロだ。

 

「エンドフェイズ。ヤマトの効果を発動しデッキから《武神器─ヘツカ》を手札に加えて墓地へ送る。これでターン終了だ」

 

 これで晃のターンは終了。

 思い返せばひっくり返した戦況をさらにひっくり返された。

 

 その事実に涼香は思わず昔を思い出した。

 カードショップで始めて決闘者としての彼を見たときは呆れるくらいの初心者。遊戯王部に入部した後もびっくりぐらい弱すぎて、たとえ彼が百倍ぐらい強くなろうが負ける気がしなかった。

 

「まったく、もう──」

 

 それが今は、立ちはだかるような脅威にまでなっているなんて。

 可笑しくて思わず口元がつり上がってしまう。

 

「楽しくなってきたじゃない!」

 

 

 

 




 次で最終回です。


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060.決闘(デュエル)!!

「ねえ、創くん。彼、橘晃君には才能が無い……なんてことはなかったんだよ」

 

 公園のベンチに座り橋本暦は自動販売機で買った炭酸飲料水を飲みながら語る。

 橘晃という少年と直接会い、決闘を行うことで知ったと言わんばかりに。一度、ペットボトルに口をつけて離しキャップを閉める。

 対して創は缶コーヒーを片手にベンチのすぐ隣で立っている。

 

「彼は今まで引きが弱い、なんて言われていたけど、彼は元々は成り行きで入部して遊戯王を始めた。自分の意思もあったとはいえ、どこか流されていたんだろうね。部活だからと割り切って……けれど、彼だって自分の戦いを行う時があった」

「烏丸、亮二との時……か」

 

 思い出す。

 晃が始めての勝利を飾ったのは、明らかな格上の相手だった。

 普通ならば、戦力差は圧倒的だっただろうが彼はみずから編み出したプレイスタイルによって相手を翻弄。見事な逆転劇を繰り広げたのだ。

 

「あの時、彼は誰からでも無い自分の意思で戦う覚悟を決めた。そんな彼は次第に戦力として申し分なくなったが、そんな彼の力をさらに引き出したのは霧崎くんだったね」

「ああ、あいつか……」

 

 創はほんの少し嫌な表情をする。彼にはいい思い出が無い。

 卑怯な手口を使い負けられない戦いとなった時に晃の前に霧崎が立ちはだかった。姑息で下種だったとはいえ実力は折り紙付き。絶対絶命の窮地に追い込まれた時に彼が引いたのは《ソウル・チャージ》。

 そこから、まるで豹変したかのような引きの連打において圧倒した。

 

「絶対に負けたくない。心の底から思う彼の純粋な気持ちがさらに扉を開かせたんだろう」

「気持ちが、開かせた?」

 

 暦は微笑んだ。

 それは、まるで確信に辿りついたことを示すように。

 

「そうだよ。晃くんは才能が無いわけでは無い。見えなかっただけさ。きっと、彼の引きは己の純粋な想いに呼応するんだろうね」

 

 だから、とさらに口を紡ぐ。

 可笑しく冗談を言うかのように。

 

「もし彼が心の奥底から遊戯王を楽しめるようになったのなら、君さえも倒してしまうかもしれないよ?」

「そうか……それは、すげえ楽しみだぜ!」

 

 まるで遠足を心待ちにしている子供のような笑顔で彼は答えた。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「私のターン!」

 

 凛とした声でターンの宣言を行う。

 どんな押された状況でもひっくり返してきた彼女は、この場さえも覆そうとする。

 

「私が引いたのは《増殖するG》。さっそく発動するわ!」

 

 ドローフェイズで引いたカードを惜しげも無く使う。

 相手が特殊召喚するたびドローできるこのカードは優秀であるが、相手の特殊召喚効果にチェーンして使うのが定石である。まして今は涼香のターンのために1枚すら引けるか定かでは無い。

 

「いったい、これは?」

「忘れたわけじゃないわよね。私の残りの手札はシャドー・ミストで手札に加えたカードだってことをね」

 

 気が付けば涼香の場には何も無く手札は1枚だけ。

 普通に考えて1度の決闘で使用するのも難しいと思われる条件を軽々と満たしている。

 

「バブルマンを特殊召喚。そして2枚ドロー!」

 

 1度の決闘で2度目のバブルマンのドロー効果を使用する。

 やはり、彼女の引きは強い。

 

「《白銀のスナイパー》を通常召喚し2体のモンスターで《No.39希望皇ホープ》《CNo.39希望皇ホープレイ》へエクシーズ召喚。それを素材に現れなさい。希望の雷《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!!」

 

《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング ★5 ATK/2500》

 

 2体のモンスターが渦を描き純白の塔が形を変えて騎士へと成る。流れるように色が反転し黒い騎士へと変わる。はさらに雷鳴を纏い再び白い騎士へと姿を変えた。

 思わず晃は息を飲む。

 

「っ……ライトニング!?」

「さすがに、このモンスターに【武神】で対処は難しいわよね」

 

 武神の優位性を保たせるカード《武神器─ハバキリ》や《オネスト》と言ったカードの発動を許さない。言うなれば『天敵』というニュアンスに限り無く近い。

 効果発動時には攻撃力5000固定となる。

 今の晃の残りライフは2900。

 《武神─ヤマト》へと攻撃されれば終わりだ。

 

「さあ、行くわ! バトル──」

「くっ、《超電磁タートル》の効果。バトルフェイズを終了させる」

 

 ならば、なんとしてでも防がなくてはならない。

 デュエル中に1度しか使えない効果を惜しげも無く使う。

 《超電磁タートル》の使用したとき涼香はそのカードの落ちたタイミングを考えて目を細めた。

 

「ふーん、カグツチの効果の時ね。やっぱり引きや落ちが良くなったみたいね。最後の手札を伏せてターン終了」

 

 場にはモンスターが1体と伏せカードが1枚のみ。

 だが、ライトニングは普通のモンスターよりも険しく高い壁に見える。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 まずは状況を分析する。

 ライトニングは戦闘においてあらゆる発動を封じる絶対的な効果を持つ。ならば晃が対処するならば効果破壊しかない。杞憂なのは涼香の伏せカードであるが、それしか手がないのが現実なのだ。

 

「手札から《ビビット騎士》を通常召喚。そしてレベル4、ヤマトと共に《鳥銃士カステル》を──」

 

 カステルでライトニングを除去しての2体で直接攻撃。

 今の彼のカードだけでは、それしか手がなかった。

 

「──させない」

 

 途端、刃物のように鋭い涼香の声が遮る。

 彼女の1枚のカードが開かれ呼び出さたカステルが色を失った。

 

「《神の宣告》を発動。カステルのエクシーズ召喚を無効にするわ」

 

 涼香 LP3800→1900

 

 モンスターの召喚・特殊召喚に魔法と罠の発動を封殺するカード。

 その前にはあらゆるカードは封殺される。

 

 

 

「これで橘の手札も0。場もカグツチのみか」

 

 もはやデュエルも終盤。

 創は状況を客観的に分析するも分が悪いのは明白。

 

「それじゃ晃くんは……」

「もう、カグツチを守備表示にして壁にするしかないみたいですね」

 

 今まで涼香に善戦していた晃だ。

 もしかしたらと期待していのだが、もはや逆転の手段も無くなったと理解した有栖や茜は落ち込まざるを得なかった。

 

「いや、あいつはまだ諦めていないみたいだぜ」

 

 だが唯一、創だけは違った。

 晃の瞳を見ればいまだ闘志は消えていない。

 むしろ、これから何かを仕掛けるかのように思えてならないからだ。

 

 

 

「さて、これで打つ手が無くなったようね。でもよくやったわ」

 

 カステルのエクシーズ召喚を無効にし逆転の手段を断ったと確信した。

 

 手札は残されていない。

 場には破壊耐性しか持ち合わせていないモンスターのみ。

 後は押し切って終わりなのだと。

 

「いや、まだ終わりじゃない」

 

 だが、晃は否定した。

 決して諦めることは無くまだ勝てると信じて。

 

 そして、彼が使用したのは予想外な一手だった。

 

「墓地から《シャッフル・リボーン》を発動!」

「《シャッフル・リボーン》!? カグツチで落ちたのは全部モンスターのはず……いや、《手札抹殺》のときか」

 

 完全に見落としていた。

 《手札抹殺》の後による《武神降臨》からの反撃に気を取られて確認を怠ったことをわずかに悔やんだ。

 

「このカードを除外し場の《武神帝─カグツチ》をデッキに戻すことで1枚ドローできる」

「まさか、そんなカードを落としてたなんてね。でも、そんなことをすれば──」

 

 壁となるモンスターがいなくなる。

 通常召喚権も使ってしまった今ではただのモンスターさえも引くことを許されない。

 使えないカードを引いてしまえばその時点で敗北が決まるだろう。

 

 だが──

 

(大丈夫だ。きっと)

 

 祈るわけでも無い。現実逃避したわけでも無い。

 ただ前を向き続けるだけだ。

 

「ドローッ!」

 

 孤を描くような軌跡を描く。

 ドローカードは──。

 

「オレは《貪欲な壺》を発動! 墓地からヤマト、ミカヅチ、アラスダ、ヒルメそしてスサノヲの5枚をデッキへ戻して2枚ドローする!」

「なっ!? ここでドローソース!?」

 

 思わず涼香も目を見開く。

 逆転不可能と思われた現状から活路が見出されたからだ。

 今までの晃ならば絶対にありえなかった事実が、逆に妙な笑いが込み上げてくる。

 

「いいわ。見せてみなさい。あんたの力を!」

「ああ、多分これがラストドローだ」

 

 デッキトップに指をかける。

 きっと、うまくいくと信じながら

 

「もう1度だ。ドローッ!!」

 

 引くカードは2枚。

 晃は、ただ信じるだけ。

 

 自分のデッキを。

 今までの自分を。

 

 

 

 運が良かったわけではない。

 デッキが彼に答えたか定かでは無い。

 

 事実は一つだけ。

 彼はこの手に希望を掴んだ。

 

 

 

「墓地から《武神器─ヘツカ》を除外することで《武神─ヒルメ》を特殊召喚。さらに墓地の武神が除外されたことで《武神─アラスダ》も特殊召喚できる!」

 

《武神─ヒルメ  ☆4 ATK/2000》

《武神─アラスダ ☆4 DEF/900》

 

 場には2体の武神。

 そこから駆り出されるのは、当然あのカードしかない。

 

「武神レベル4、2体でエクシーズ召喚! 再び顕現せよ《武神帝─スサノヲ》!!」

 

《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》

 

 再び戦場へと駆り立てるはスサノヲ。

 これが最後だと言わんばかりに効果が発動される。

 

「エクシーズ素材を取り除きスサノヲの効果を発動。2枚目の《武神器─ムラクモ》を墓地へと落とす」

「ムラクモ……そう、そっか──」

 

 涼香の表情から闘志が消えた。

 悔しいと言えば嘘になる。

 

 ただ、それでもあの負けてばかりだった橘晃がここまで来た。そんな面白可笑しいことが他にあるだろうか。

 

「墓地のムラクモの効果により《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング》を破壊する」

 

 スサノヲの手に剣が握られる。その名は天叢雲剣(アマノムラクモ)

 一閃。綺麗な曲線を描き立ちはだかる最後の壁、希望の名を持ったモンスターを葬り去れば後は、ただ一言。

 攻撃宣言をするだけだ。

 

 涼香からは何も。止める術が無い。

 

涼香 LP1900→0

 

 ただ静かに最後の攻撃が行われる。

 静寂の中にブザーの音が流れこみソリッドビジョンが消える。

 始めて晃に負けた。その事実が可笑しいのか涼香はくすりと笑った。

 

「あーあ、負けちゃったかぁ。あんた程度に負けるなんて私もまだまだね」

「おいおい」

 

 負け惜しみのような言葉を言っているのが少し引っかかるが、気が付けば彼女の目元には涙がわずかに零れているのが見えた。

 

「でも、あんたは前に言っていたわよね。『重要なのは、負けてもまた立ち上がること』だって」

 

 涙を軽く拭う。

 そして晃の背中を強めに叩いた。

 

「今度は私が挑戦する番。だから、覚悟しときなさい!」

 

 晃に指を刺すように向けながら堂々と宣言した。

 その表情は清々しく晴れ晴れとしている。

 

 だからでこそ、晃はこう答えたのだ。

 

「ああ、望むところだ」

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 数日後。

 場所はかつて団体戦でわずかに届かなかった遊凪市の総合運動場。

 普段はわずかな利用客で静けさと賑わいの中間を行く程度ではるのだが、現在は満員御礼とでも言えばいいほどの賑わいを見せていた。それもほとんどが高校生の男女だ。

 

 高校遊戯王部における公式戦の個人戦が行われるからだ。

 団体戦で勝ち上がった者、負けてしまった者問わずに集まり競い合う。

 

「なあ、俺は確かに『対戦相手は完全にランダム。もしかしたら、いきなり部内での対戦もありうる』なーんて、言っていたよな?」

「確かに。言ってたッスね」

 

 個人戦は団体戦と違い予選がある。

 スイスドロー形式で勝率を競い合い敗北しても終わりでは無い。

 そのために対戦相手は完全にランダム。運営側の抽選で決まってしまうために同じ部内の人間同士が当たる可能性だって十分にある。

 

 そんな中、創は大声でツッコミを入れた。

 

「けどさぁ! なんで、いきなりなんだよ。これはあれか、フラグか。俺のあの台詞がフラグとなったってわけか!」

「……いきなりフラグが回収されたッスね」

 

 個人戦予選の一番最初の対戦。

 場所は大きな陸上競技場を何等分かに分けられ決闘スペースとなった一角。

 そこで出くわしたのは何を隠そう橘晃と新堂創。

 

 何でいきなり同じ学校同士で戦わなければいかんのかと創は吠えていた。

 だが、ぶんぶんと首を振って気持ちを切り返る。

 

「まあ、別にいいか」

「いいんスかっ!?」

「いや、当たっちまったもんは仕方ねえし」

 

 確かに仕方ないと言えば仕方が無い。

 けれど、こうも簡単に気持ちを切り替えられる方が驚きだ。

 

「それに丁度いいかもしれねえしな」

「え……?」

 

 創が決闘盤を構えてデッキを取り出す。

 しかしそれは、今まで彼が使っていたデッキケースとは別の物だ。

 

「合宿のときに言ったよな。かつて負けることなく勝ち続けてしまったせいで友人から遊戯王を奪ってしまったことを」

「そういえば、言ってたッスね」

「俺はまだそのときに使っていたデッキを封印している。まだ目を背け続けているんだ。けどな、晃。俺はお前の……どんなことでも諦めないその強さを見て思ったんだ。逃げるだけじゃ何も変わらないって」

 

 だから、と創は言葉を紡ぐ。

 

「お前には知ってもらいたんだ。本当の俺のデッキを、本当の俺の力を」

「部長……」

「お前は強えよ。俺たちが思っている以上に。お前なら本当の俺を見せても、絶対に屈することはない。いつか、俺さえも乗り越えるかもしれない!」

 

 瞬間、決闘者の闘志が伝わってくる。

 それと同時に優しく温かいような信頼も伝わってくるように感じた。

 なんとなく笑いが込み上げてきて思わず口元が緩んでしまう。

 

「まさか、こんな場所で部長の気持ちを聞けるなんて思ってもみなかったスね。いいッスよ。本当の部長の力、見せてください!」

 

 両者、決闘盤を構えてデッキをセットする。

 互いに闘志がぶつかり合い心地よい音色を奏でているように思えた。

 

 そして、晃は様々なことを思い出していた。

 

 成り行きで遊戯王部に入部したこと。

 廃部を賭けて生徒会と勝負を行ったこと。

 部員確保のために色々と作戦を練ったこと。

 合宿や自分の退部をかけての決戦のこと。

 始めての団体戦のこと。

 悔しくも敗退してしまったこと。

 

 その始まりは、些細なきっかけだっただろう。

 しかし様々な出会いと出来ごとに橘晃という人間が変われたのだ。

 

 遊戯王部に入って。遊戯王を始めて。

 

(あぁ、これが青春って奴なのかな)

 

 『青春ってなんだろうな?』

 遊戯王部に入部する前に答えなど出るはずもない疑問。

 その答えが今、この場で出た気がした。

 

 しかし答えが出たところでどうなるということは無い。

 ましてや終わりなんてことも無い。

 これは、きっと新しい始まりなのだろう。

 

 これからも立ち止まることなく進んで行く。

 

 

 

「さあ、行くぜ、晃! 勝敗なんて二の次だ。まずは楽しい決闘にしようぜ!」

「勿論ッスよ、部長!」

 

 

 

 だから何度でもこの言葉を言おう。

 これからも前へと突き進むための言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

決闘(デュエル)!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

The End

 




 長い間、ありがとうございました。


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特別編 晃と創

※この話は特別編です。
 60話の続き晃と創の決闘の話となっています。


 物語は終わらない。

 まるで止まっていた時間が動き出すかの如く、それは始まった。

 

 数多(あまた)と呼べるほどの高校生決闘者が集まる市内高校決闘個人戦の会場。

 一度に数十、数百と呼べる決闘が行われるたった一つの勝負に二人が揃った。

 

 一人は、遊凪高校遊戯王部のルーキー、橘晃(たちばなあきら)

 高校から遊戯王を始めた故に経験歴はわずかの4カ月程度。

 経験が浅く本来なら初心者を卒業して中級者程度だろうが、彼は相手の意表を突く決闘を行うことにより決闘場の詐欺師(トリックスター)と呼ばれるようになり、さらには大きな敗北をきっかけに一度は挫折しかけたが心の底から決闘を楽しむというスタンスを得た今、まぎれもない強者の領域に足を踏み入れた。

 

 もう一人は同じく夕凪高校遊戯王部に所属し、部長を務める新堂創(しんどうはじめ)

 何よりも決闘を、遊戯王を好きでいて常に楽しむプレイスタイル。

 相手が強者であれば強者であるほどに闘志を燃やし彼はどこまでも強くなる。かつてに中学時代にはインターミドル大会全国で準優勝を果たしたほどの結果を残しており高校生の枠組みでも紛れも無く全国で通用する実力を誇る。その彼も今回は、使用を封じていたデッキを使う。出し惜しみも彼を縛る物も存在しないこの勝負は、新堂創の全力を超える全力が出されるはずだ。

 

 部員と部長。

 後輩と先輩。

 

 仲間同士である二人ではあるが、対峙する二人の瞳には闘志が燃え上がっている。

 決闘者として遠慮無く全力を出すと語るかのように。

 

「行くッスよ! 部長!」

「ああ、遠慮なんていらないぜ!」

 

 先攻は、晃からだ。

 5枚の手札を確認し思わず笑みがこぼれた。

 手札は最良。繰り広げられる戦術を頭の中で組み立てる。

 今回に限り創が使用するデッキも戦術もわからない。だが、それを迎え受けるのに十分な手立てが与えられた5枚には存在するのだ。

 

「まずは、ペンデュラムカードとして《武神─ヒルコ》《竜剣士ラスター(ペンデュラム)》を発動!」

「おっ! こいつは……」

 

 晃のフィールドにはモンスターとしてでは無く永続魔法の扱いとして2つの光の柱がそびえ立った。その中には空中に浮遊するかのように2体のモンスターが制止している。その光景に創は目を輝かせた。

 

「ラスターPのペンデュラム効果。もう片方の《武神─ヒルコ》を破壊することで同名カードを手札へと加える。2枚目のヒルコを手札に加える」

 

 まずは下準備と語るようにカードを駆使する。

 光の柱の一つが消滅する代わりに、新たにカードが晃の手札へと加わる。

 

 そして、一呼吸の間をおき

 彼は目を見開き、新たな戦術を披露する。

 

「スケール3《武神─ヒルコ》と、セッティング済みのスケール5《竜剣士ラスター(ペンデュラム)》でペンデュラムスケールをセッティング! これでレベル4のモンスターが同時に召喚可能!」

 

 一度は、消滅した《武神─ヒルコ》が再び光の柱によって浮上する。

 二つの柱にはそれぞれ3と5の文字が描かれ、その間には水晶のような振り子が右へ左へと左右へと揺れる。

 

「さっそくだな。魅せてくれ晃!」

「ええ、言われなくても! ペンデュラム召喚! 顕現せよ、俺のモンスターたち!」

 

 手を大きく上空へと振り上げる。

 二つの柱の間の空から大きな孔から4つの光が場へと駆り立てた。

 

「手札からレベル4、《武神─ヤマト》《武神器─サグサ》、《武神器─ヘツカ》、そしてエクストラデッキより《武神─ヒルコ》!」

 

《武神─ヤマト  ☆4 ATK/1800》

《武神器─サグサ ☆4 ATK/1700》

《武神器─ヘツカ ☆4 ATK/1700》

《武神─ヒルコ  ☆4 ATK/1000》

 

 戦いの序幕。

 様子見などいざ知らずに晃は大々的に新たなる戦術を披露した。

 それは、彼の決闘場の詐欺師(トリックスター)の名に相応しい開幕だ。

 

「いきなりトップギアだな! 熱いぜ、晃!」

 

 それを、目前と見ていた創は思わず子供のようにはしゃぐ。

 対する晃もまた笑みを向けてさらなる戦術を魅せる。

 

「さあ、これからッスよ。レベル4武神、《武神─ヤマト》と《武神器─サグサ》。同じくレベル4光属性、《武神─ヒルコ》と《武神器─ヘツカ》で連続エクシーズ召喚! 現れろ、《武神帝─スサノヲ》《武神帝─ツクヨミ》!!」

 

《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》

《武神帝─ツクヨミ ★4 ATK/1800》

 

 ペンデュラム召喚からの連続エクシーズ召喚。

 2体の武神帝が戦場へと舞い降りた。

 

「スサノヲの効果発動。デッキより《武神器─ツムガリ》を手札に加え、ツクヨミの効果発動。手札を全て捨て2枚ドロー。そしてペンデュラムゾーンの《武神─ヒルコ》のペンデュラム効果を発動!」

 

 先んじてペンデュラムカードの《竜剣士ラスターP》が効果を発動していたが、次には《武神─ヒルコ》の効果が発動される。

 

「このカードを除外し、場の武神エクシーズモンスター《武神帝─ツクヨミ》を素材に新たなエクシーズ召喚を行える。エクシーズチェンジ、《武神姫─アマテラス》!!」

 

《武神姫─アマテラス ★4 ATK/2600》

 

 ヒルコが光の粒子へと変化しツクヨミを包み込み新たな渦を描き出す。

 渦が光と共に爆ぜ新たなモンスターを生誕させた。

 

「残りの手札、2枚を伏せてターン終了ッスよ!」

 

 晃のターンが終了する。

 実際にはただ、先攻の第1ターンが終わっただけだというのに創の胸はこれほどかと言うほどに高なっていた。

 

「──そうか。嬉しいぜ、お前も出し惜しみなく全力を出してくれて!」

 

 いきなり予想だにしないペンデュラム召喚からの連続エクシーズ。

 大々的なまでに派手に魅せたと思えば墓地には対象無効のヘツカ、破壊無効のサグサ、疑似オネストのツムガリが落ちており、さらには2枚の伏せカードと手堅く盤石とさえ呼べる布陣を築き上げているのだ。

 

「こんなにも手厚い歓迎をしてくれたんだから、こっちだって、それ相応に魅せてやらなくちゃな! 俺のターンだ!」

 

 創は曲線を描くかのように大きく孤を描いてカードを引く。

 

「俺のデッキはペンデュラムはできないが、展開は負けないぜ! 手札から《(ヒロイック)(チャレンジャー)強襲のハルベルト》を特殊召喚。さらに《ゴブリンドバーグ》を通常召喚し《幻蝶の刺客オオルリ》《(ヒロイック)(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》を特殊召喚だ!」

「っ、モンスター効果で同じ4体を!?」

 

《H・C強襲のハルバルト   ☆4 ATK/1800》

《ゴブリンドバーグ      ☆4 DEF/0》

《幻蝶の刺客オオルリ     ☆4 DEF/1700》

《H・Cサウザンド・ブレード ☆4 ATK/1700》

 

 晃が駆使したペンデュラム召喚に負けず劣らず同じ数のモンスターを場へと現る。

 

「こっちもエクシーズ召喚だが、2体のモンスターじゃない。俺はレベル4戦士族のモンスター、4体同時にエクシーズだ! 出番だぜ《No(ナンバーズ).86(ヒロイック)(チャンピオン)ロンゴミアント》!!」

「っ……!?」

 

 晃は思わず息を飲む。

 かつては初心者としてカードの効果をまったく知らない無知を克服するために多くのカードを学ぼうとした彼には創が召喚するエクシーズモンスターの効果を知っているからだ。

 

 《No.86H─Cロンゴミアント》はエクシーズ素材により効果が増えるモンスターだ。その中でも厄介なのは3つ以上素材を持っていればあらゆる効果を受け付けなくなる効果を持つ。1つでも持ってさえいれば戦闘破壊を免れる効果と合わせても強固な壁となるのだ。

 相手のエンドフェイズごとに素材を一つ取り除くデメリットも持つが、今の素材は4つ。少なくとも2ターンは除去が出来ないと考えた方が良い。

 

 ──だからでこそ、即座に思考し伏せカードを発動させた。

 

「悪いけど、それは無理ッスよ! 伏せ(リバース)カード《神の宣告》を発動。ライフを半分払うことでそのエクシーズ召喚を無効にする!」

 

晃 LP/8000→4000

 

 いきなりライフを半分も支払うことになったが、それでも相手は4枚ものモンスターカードを使用してでのことだ。今後の展開を返り見ても決して高い買い物だったと言うわけでもない……はずだった。

 

「成程な。1枚は《神の宣告》だったか」

 

 スンと音を立てては、まるで匂いを嗅ぐかのように嗅覚を凝らす。

 創は晃の場と墓地の布陣という情報と今までの経験、そして野性的な勘でもう1枚の伏せカードを予想する。

 

「だったら流れからすると多分、それは攻撃反応型ってところだな。なら、邪魔されないな。行くぜ!」

「──っ!?」

 

 空気が変わる。

 鋭く研ぎ澄まされた刃を向けられているかのような殺気。

 ここで悟った。ロンゴミアントはただの前座にすぎない。これから繰り出すカードこそが本命なのだと。

 

 しかも、晃の伏せもう1枚のカードは読み通りに攻撃反応型の《聖なるバリア─ミラーフォース─》。攻撃時ならいざ知らずこれから行うであろう創の動きを阻害することはまず不可能と見てもいい。

 

「《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動。ライフを1000支払いエクストラデッキから《旧神ノーデン》を特殊召喚し、効果により墓地からハルベルトを蘇生」

 

《旧神ノーデン ☆4 DEF/2200》

 

創 LP/8000→7000

 

 カップ面のような容器から1体のモンスターが出現する。

 貝殻を模した戦車にのる白髭白髪の神。三又の矛を振り払い墓地より新たなモンスターを呼ぶ。

 

「レベル4《旧神ノーデン》《H・C強襲のハルベルト》の2体でエクシーズ召喚。希望の使者《No(ナンバーズ).39希望皇ホープ》。さらに《CNo(カオスナンバーズ).39希望皇ホープレイ》。──そして魔法(マジックカード)RUM(ランクアップマジック)─リミテッド・バリアンズ・フォース》を発動しホープレイをランクアップ! 光を砕く暗黒の騎士《CNo(カオスナンバーズ).101(サイレント)(オナーズ)Dark Knight(ダークナイト)》!!」

 

《CNo.101 S・H・Dark Knight ★5 ATK/2800》

 

 目まぐるしくも白い戦士から黒い戦士、そして黒色の騎士へと。

 手札を全て使い切り呼び出したエクシーズモンスターは晃の場のモンスターを上回る性能を誇るが進化前とされるモンスターを出しておらず、さらには晃のモンスターは武神器のサポートを得られるために現状ではおそらく上回れているだろう。

 わずかな違和感に晃は目を細める。

 

(なんで《No.101  S・H・Ark Knight》からで無くホープからエクシーズ召喚したんだ?)

「まずはDark Knightの効果だ。スサノヲを対象にこのカードのエクシーズ素材として吸収する」

「さすがに、それはさせないッスよ! スサノヲが対象になったことにより墓地から《武神器─ヘツカ》の効果を発動。その効果を無効にする!」

 

 吸収されようとしたところを墓地から半透明な鏡の甲羅を持った亀により防ぐ。

 これによりDark Knightの効果は失敗に終わった。後は、選択肢は攻撃をするか否かのみ。墓地の《武神器─ツムガリ》で迎撃が可能な今、完全に晃のペースになっている──と、思われた。

 

「ここまでは想定内だぜ。さあ、本番はこれからだ! カオスオーバーハンドレッドナンバーズ《CNo(カオスナンバーズ).101(サイレント)(オナーズ)Dark Knight(ダークナイト)》を素材とし、さらにエクシーズチェンジ! 希望(きぼう)ならざる冀望(きぼう)CX(カオスエクシーズ) 冀望皇バリアン》!!」

 

《CX 冀望皇バリアン ★7 ATK/0→5000》

 

 創のモンスターはさらなる進化を果たす。

 真紅の鎧を身にまとい巨大な矛と盾を纏う姿はまさに騎士。

 彼の周囲を浮遊する5つの素材は力を与え、超越した攻撃力を誇らせている。

 

「冀望皇バリアンッ!?」

「行くぜ! バリアンは墓地の『No(ナンバーズ)』の名前と効果を相手エンドフェイズまでコピーできる。墓地から《No(ナンバーズ).86(ヒロイック)(チャンピオン)ロンゴミアント》をコピー」

 

 まずい。

 瞬間、晃は悟った。

 

 ロンゴミアントの効果はエクシーズ素材の数だけ効果を増す。それは、コピーしたバリアンにも適応されることとなる。そして現在のバリアンの素材の数は5つ。先ほど召喚しようとした4つをさらに超える完全体の力を発揮することとなる。

 

《CX 冀望皇バリアン ATK/5000→6500》

 

 効果が成立し5つの効果を得る。

 1つは、戦闘破壊耐性。

 2つは、攻撃力・守備力の1500上昇。

 3つは、あらゆるカード効果を受け付けない。

 4つは、晃の召喚と特殊召喚を封じる。

 

 そして、5つだと──。

 

冀望皇バリアン(ロンゴミアント)の5つ目の効果。相手フィールドの全てのカードを破壊する!」

「くっ、《武神姫─アマテラス》の効果を発動し除外されているヒルコを回収し、墓地から《武神器─サグサ》の効果によりスサノヲの破壊を無効にする」

 

 矛を大きく震わせることで晃の場が吹き飛ぶ。

 アマテラスも、伏せていた《聖なるバリア─ミラーフォース─》も、ペンデュラムゾーンの《竜剣士ラスターP》も。かろうじて《武神帝─スサノヲ》のみが生き残ることができたが、その破壊力は凄まじかった。

 

「さあ、バトルフェイズだ! 冀望皇バリアン(ロンゴミアント)で《武神帝─スサノヲ》を攻撃!」

 

 2体のモンスターの攻撃力差は4100。

 《神の宣告》を使った今では、通れば一瞬にして残りライフが消し飛ぶ。

 

「くっ……だったら墓地から《武神器─ツムガリ》の効果を発動。攻撃してくる冀望皇バリアン(ロンゴミアント)の攻撃力をスサノヲに上乗せする!」

 

《武神帝─スサノヲ ATK/2400→8900》

 

 圧倒的な力の差を前にスサノヲは都牟刈大刀(つむがりのたち)を手に取り迎撃を行う。矛の一撃を回避し懐に飛び込んでの必殺の一撃を叩きつける。

 

創 LP/7000→5800

 

「そう来たか。だが、戦闘では破壊されないぜ!」

 

 ツムガリのデメリット効果により与えられるダメージは半分。

 しかも必殺の一撃を喰らったとしても冀望皇バリアンの鎧には傷一つ付いていない。

 

「これでターンエンドだ」

 

 第2ターンが終わる。

 状況を確認すれば晃が揃えた布陣は創のプレイングによって瓦解した。唯一、スサノヲのみが残ったが他のカードは全て破壊され墓地に溜めた武神器も全て使い切ってしまった。

 

 今の彼の手札には《武神─ヒルコ》のみ。

 そして、召喚・特殊召喚を封じられ完全的な耐性を持ち圧倒的な攻撃力を誇る冀望皇バリアンがそびえ立つ。

 

 これからの引きで、勝敗が決まるだろう。

 

「オレのターン、ドロー」

 

 デッキトップからカードを引く。

 確認するが晃の表情は、嬉々でも悲嘆でも無くポーカーフェイスのように変えず読み取りづらい。続いてスサノヲの周囲に浮くもう一つの素材を使う。

 

「スサノヲの効果を使いデッキから《武神器─ムラクモ》を落とし──ターン終了」

 

 ロンゴミアントのデメリット効果としてエクシーズ素材を取り除かなければならないが、これと同じタイミングで冀望皇バリアンのコピーが解けるために素材は減らない。

 

(スサノヲを守備表示にもしないか。手札から《オネスト》か、それとも……)

 

 創は思考する。

 不可解なのは、スサノヲが攻撃表示のままなのだ。再び冀望皇バリアンの効果でロンゴミアントをコピーして攻撃してしまえば終わりだというのにも関わらずだ。

 

 まるで、コピー効果を使わせようと促しているように見える。

 

(そう思わせるのが怖いんだよなぁ)

 

 思わず苦笑する。

 仮に警戒してロンゴミアントの効果を使わないで攻撃を行ったとする。

 そこで《オネスト》なんて握られていたらそれこそ思う壺だ。

 

 相手の策略を読もうとしても晃がカードを引いたときの表情はポーカーフェイスを通してわかりづらい。

 

「まあ、どっちにしろ俺は俺の決闘(デュエル)をするだけだぜ! 再び冀望皇バリアンの効果を()()し墓地のロンゴミアントを──」

()()、ッスね」

「──っ!?」

 

 瞬間、創は地雷を踏み抜いたことに気が付いた。

 本来の創のデッキ。その最強モンスターが突如、音を立てて爆散したのだ。

 

「手札の《幽鬼うさぎ》の効果。カード効果を発動した冀望皇バリアンを破壊させてもらったッスよ」

「そうか、《幽鬼うさぎ》を引いていたとは流石だぜ」

 

 思わず深読みし過ぎてしまったが、彼の引きも格段に引き上げられている。

 冀望皇バリアンを除去したいという場面でのピンポイントの引きは称賛に値するだろう。

 

「だったら続いて行くぜ! 手札から《RUM(ランクアップマジック)千死蛮巧(アドマイヤー・デス・サウザンド)》を発動! 俺と晃の墓地より同じランク……ランク4の《No.39希望皇ホープ》《CNo.39希望皇ホープレイ》《武神帝─ツクヨミ》《武神姫─アマテラス》を選択しそれよりランクの一つ高い(カオス)モンスターを呼び出す。現れろ勝利を掴む希望《CNo(カオスナンバーズ).39希望皇ホープレイ・ヴィクトリー》!!」

 

《CNo.39希望皇ホープレイ・ヴィクトリー ★5 ATK/2800》

 

 創のエースモンスターを倒したと思ったのも束の間に、さらなる切り札級モンスターを創は呼び出す。希望皇ホープのさらなる進化形態。白く猛々しい騎士は両手の剣を構えてスサノヲを獲物に向けるような視線で睨みつける。

 

「千死蛮巧で特殊召喚したモンスターは、俺が先ほど選択した4体のエクシーズモンスターをエクシーズ素材にする。そしてこのカードが攻撃宣言する際に希望皇ホープを素材にしているため素材を一つ消費しスサノヲの効果を無効にし、その攻撃力分アップだ!」

 

《CNo.39希望皇ホープレイ・ヴィクトリー ATK/2800→5200》

 

 元々、上回っていた攻撃力がさらに上昇。

 効果を発動しさらに腕が4本となり4つの剣がそれぞれにスサノヲへと襲いかかる。

 

 

晃 LP/4000→1200

 

 荒れ狂う斬撃をいなし切れずにスサノヲが切り刻まれる。

 同時に衝撃が晃を襲い大きなダメージを負うことになった。

 

「これでターン終了だぜ。さあ、()()()お前の番だ!」

 

 何度、戦略を練り策略を巡り攻め入ったとしても、それを上回る力で凌駕される。

 新堂創。今の彼は晃が知るよりも遥かに強い。その事実が思わず晃の口元を緩ませた。

 

「ふ、()()()──ッスか。いいッスよ。期待に添えるようにやってみます! ドロー!」

 

 創と同じように孤を描くように大きく曲線を描く。

 手札は1枚だけだとうまく機能しない《武神─ヒルコ》のみ。

 この引きに全てが掛けられたわけだが

 

「よしっ、オレが引いたのは《エクシーズ・リベンジ》! 相手に素材を持ったエクシーズモンスターがいるとき墓地からエクシーズモンスター《武神帝─スサノヲ》を蘇生し素材を一つ奪う!」

 

 ホープレイ・ヴィクトリーの周囲を徘徊する3つの球体のうちの一つが軌道を変えて晃の場へと移る。瞬間、墓地より《武神帝─スサノヲ》が復活し球体を掴む。

 

「おおっ、スサノヲを復活させたか!」

「スサノヲのモンスター効果! 素材を使いデッキから《武神─ミカヅチ》を手札に加えて召喚。さらにペンデュラムゾーンに《武神─ヒルコ》をセットし効果を発動! スサノヲを2枚目の《武神姫─アマテラス》へとエクシーズチェンジ!」

 

 スサノヲは姿を変え再び武神を司る姫が出現する。

 

「アマテラスの効果により素材を取り除き除外されている《武神器─サグサ》を特殊召喚。そしてもう1度、アンコールだ! 武神レベル4、ミカヅチ、サグサの2体で《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ召喚!」

 

 流れるような動きの中、さらにエクシーズ召喚で現れたのは素材を二つ持った完全な状態の《武神帝─スサノヲ》だ。ターンの開始前にはたった1枚の手札しかなかった状態から2体のエクシーズモンスターが立ち並ぶ。

 

「墓地から《武神器─ムラクモ》の効果を発動しホープレイ・ヴィクトリーを破壊。さらにスサノヲの素材、サグサを取り除くことでデッキから《武神─ヒルメ》を手札に加えヤマトを除外し特殊召喚してバトルフェイズだ!」

 

《武神─ヒルメ ☆4 ATK/2000》

 

 創の最後の砦。ホープレイ・ヴィクトリーを除去することで彼は完全に無防備となった。その瞬間を見計らうかのさらなるモンスターを呼び込む。

 

「行くッスよ! ヒルメ、スサノヲ、アマテラスで直接攻撃(ダイレクトアタック)!!」

 

 完全な勝機にと怒涛のラッシュを行う。3体のモンスターの総攻撃力は──7000。

 創の残りライフである5800を上回っている。

 

 連続攻撃が通り攻撃の余波で爆発したかのように煙が立ち込める。

 勝った。──そう思った瞬間、煙から影が浮かび上がり未だ立ちはだかる創の姿があった。

 

創 LP/5800→3800→1400→100

 

「っ、残りライフが100!?」

 

 どういうことだと晃は目を見開く。

 確かに晃の場のモンスターの総攻撃力は創のライフを上回っている。そして、彼の場も手札も存在しないこの状況で攻撃を防ぐのは無理なはずだった。

 だが、それを指摘するかのように創は語る。

 

「見落としてねえか。俺が最初のターン、ロンゴミアントの素材にした1枚。《(ヒロイック)(チャレンジャー)サウザンド・ブレード》があったのを」

「っ!?」

 

 そういえばと晃は思い出す。

 墓地に存在する時、ダメージを受けることをトリガーとし墓地から攻撃表示で特殊召喚できるモンスター。本来ならば忘れるはずは無いが、創から放たれる少しでも気を抜けばやられるような気迫。互いに繰り広げられる全力同士の攻防によって完全に意中の外だった。

 

 サウザンド・ブレードの攻撃力は1300。

 その数値分、ダメージが軽減されたためにギリギリ創のライフは100残った。

 

「くっ、ターン終了ッスよ」

「──だが、見事だぜ」

「え……?」

 

 今のは、完全に晃のミスだ。

 それでも創は晃を褒め称えた。

 

「俺の本来のデッキを使ってここまで押されるのは始めてだ。だというのに、橘晃! お前はいまだ発展途中だ。もしかしたら俺を追い越すかもしれない。だから、見せてやるぜ! 俺のもう一段階先を!」

「っ……もう一段階、先!?」

 

 空気が変わる。

 先ほど感じた鋭い刃のような感覚とはまったく違った。

 今の新堂創から放たれるのは気迫。それも果てしなく巨大でいて重い。

 

「俺のターン、このドローが最後の引き(ラストドロー)だ。俺はここで《死者蘇生》を引くぜ!」

 

 引くカードを大々的に宣言した。

 いくら引きが強い創だからと言ってできるのだろうか。

 普通ならありえないであろう事体だが、《死者蘇生》を引くのだろうと今の創の気迫から思わせてくる。

 

「さあ、ドローッ!!」

 

 もう1度、綺麗な孤を描くようにカードを引く。

 そのカードは──。

 

「引いたぜ。俺は《死者蘇生》を発動し墓地から《No.39希望皇ホープ》を蘇生!」

「っ、本当に引いた!?」

 

 宣言は当たり創は墓地から黄金のフレームを纏った白い戦士を場へと呼びもどす。

 

「これで終幕(クライマックス)だぜ。希望皇ホープを進化させ《SNo(シャイニングナンバーズ).39希望皇ホープONE(ワン)》そして──迅雷纏いし希望の使者《SNo(シャイニングナンバーズ).39希望皇ホープ・ザ・ライトニング》へとエクシーズチェンジ!」

 

《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング ★5 ATK/2500》

 

 電光を纏って希望の名を持つ戦士は姿を変える。

 かつて涼香も使った【武神】における天敵に近いモンスター。

 破格の効果を持つこのカードは終幕を飾るに相応しい。

 

「さあ、バトルだ! 《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング》で《武神帝─スサノヲ》へと攻撃! この瞬間、素材を二つ取り除くことでライトニングの攻撃力は5000へと固定される!」

 

《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング ATK/2500→5000》

 

 有無を言わさない雷撃を纏った必殺の一撃がスサノヲへと襲いかかる。

 攻撃を防ぐようなカードも無くあったとしてもライトニングの前では無力でしかない。防ぐ術も無くスサノヲは切り裂かれそのまま晃へと攻撃の余波が届く。

 

「うあぁぁ──」

 

晃 LP/1200→0

 

 後方へと跳び尻もちをつくように地面へと倒れ込む。

 その後にライフカウンターが0となり決着のブザーが鳴った。

 

 晃は全力を尽くした。

 己の全てを闘志に変えて挑み、新たな戦術を駆使したにも限らずに及ばない。

 全てをつぎ込んでも届かない高い壁。

 

 それでも、晃は口元を緩めるように笑った。

 

「──いつか、超えさせて貰うッスよ」

「ああ、望むところだぜ」

 

 気が付けばすぐ近くにまで創は近付き手を差し伸べていた。

 それを晃は掴み起こされるような形で立ち上がる。

 

「今、負けたとしてもこれはスイスドロー形式だからな。終わりじゃないぜ。次に戦うとしたら勝ち上がった本戦のトーナメントだな。だから、楽しみにしてるぜ」

「勿論ッスよ」

 

 互いに軽く拳をぶつけ合う。

 こうして──晃と創。二人の勝負は終わった。

 

 

 

 



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特別編2 極限零度の戦女神

 ※この話は特別編です。
  時間軸においては団体戦よりも前の話です。


「……うぅ」

 

 ジリジリと目覚まし時計がけたましく鳴り響く音を聞いて目を覚ました。

 カーテンの隙間からは朝日が差し込んできており既に起きる時間だと理解し手を伸ばして目覚まし時計を止めた。

 このままゆっくり立ち上がろうかとしたが、チラリと部屋に掛けられたカレンダーを見て氷湊涼香(ひみなとすずか)は、寝ぼけているかのようにぐったりとベッドの上へと倒れ込んだ。

 

「今日、……休みだったわ」

 

 不覚にも今日が休日だということを忘れて目覚まし時計の設定をしてしまっていた。

 遊凪高校遊戯王部は基本的に平日は毎日。土曜日もしょっちゅう部活に行ってるものの、日曜日だけは基本的に休みだ。

 

「今、6時半か……起きるのも早いし二度寝しようかしら」

 

 なんて、顔を枕に埋める。

 なのだが意識は完全に覚醒してしまっており眠りに落ちる様子がなかった。

 

「はぁ、起きよ」

 

 のっそりと立ち上がってベッドの上から出る。

 涼香の部屋はしっかりと清掃が整っており清潔感のある部屋だという印象がある。勉強机の上には参考書や教科書がならびその脇の本棚には多少の漫画本と昔使っていた教科書やら子供の頃良く見ていた辞典に、最近購入しているファッション誌など。

 部屋の中央には勉強机とは違う4足式のテーブルに傍らのタンスの上にはピンク色の小さな熊のぬいぐるみと写真立て。それには現在の遊戯王部で合宿の際に撮ったメンバー5人の集合写真が飾られている。

 

 着替えの前に姿見の鏡の前へと立てば自分の姿が見える。

 身長は1年の女子高校生の平均よりもやや高めで細身。若干、つり目でクラスの友人からは顔立ちが整っていて羨ましいと言われたこともある。普段はリボンで髪をくくりポニーテールにしているものの寝起きのために髪は下ろされている肩にまで伸びている。

 

 薄めの青色の寝巻を脱ぎ今日1日を過ごすための服を選ぶ。

 特に予定も無く特別な日というわけでも無いが、ほんの少しだけ迷って白いブラウスに短めの藍色のショートパンツとやや暑くなってきた季節に合う感じのスタイルにした。

 後はいつもポニーテールにするためのリボンを緑色に選んでから、髪を整えるために部屋を出て洗面所へと向かう。

 

 2階の自室の廊下から階段を下りて1階、一度リビングを抜けてから洗面所の扉に手を掛けて開くとそこには先客のように一人の女の子がいた。

 見た目だけならば誰もが可愛らしいと思えるような子なのだが、彼女の姿を視認してから涼香は思わず『うわぁ』と嫌そうな顔を浮かべた。

 

「くく、おはようと言っておこうか。この世で私と血を分けた実姉。いや、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)よ」

「だから、その呼び方はやめろって言ってんでしょ!」

 

 思わず叫びたくなる。いや、半ば叫んでしまっている。

 何せ目の前の少女とは顔を合わすたびに涼香の忘れたい古傷を抉ってくるのだ。悪気があるわけでは無いが、嬉々として抉ってくるのだからタチが悪い。

 

「だが、姉よ。御主は前世で、そして2年ほど前までその名を名乗り乱世に未来永劫刻むはずではなかったのか?」

「だーかーらー、私はそういうのを、もうやめたって言っているでしょっ!」

 

 思わず羽交い締め。というよりもヘッドロックが決まった。

 少女の頭を涼香は脇に抱えてキリキリと締め上げる。苦しんでいるのか、少女はバンバンと壁に手を叩きつけて抗った。

 

「痛い! 痛いよ、お姉ちゃん! 妹に対して何なのこの仕打ちはさあ!?」

 

 先ほどの尊大な態度とは素に戻ったかのように年相応な反応で苦痛を主張する。

 

「だったら、もうその呼び名はやめなさい!」

「い・や・だ!」

 

 断固として拒否。

 彼女としては何か譲れない一線なのだろう。

 

「何で、そんなに頑ななのよ!?」

 

 ふぅ、と溜め息を吐きながら呆れたように腕を離す。

 拘束が解け少女は即座に離脱したが、まだ痛みが抜けていないようで頭を押さえながら蹲りながらも恨むような視線と涙目を涼香へと向けた。

 

 この少女の名前は氷湊葵(ひみなとあおい)。涼香の一つ下。現在、中学3年生。

 顔立ちは涼香によく似ていているがやや幼げ。髪はセミショートで背は二回りほど小さい。まず彼女のことを知らなければ普通に可愛いと言える。

 

 だが、氷湊葵は言うなれば変な子だ。

 まず身につけている服や装飾品がおかしい。

 

 初夏だというのに深い藍色の改造ロングコート(自作)。髪をピン留めしており十字架の首飾りに指抜きグローブ。極めつけは両目に取りつけられた水色のカラーコンタクト。一言でまとめてしまえば中二病だ。

 

 それが氷湊涼香の妹、氷湊葵だ。

 彼女は先ほどのダメージを主張するかのように大げさに体を揺らし頭を押さえた。

 

「ぐっ……まだ痛みが。さすが戦乙女の名を持つものの戦闘力よ」

(はぁ、なんでこんな子になっちゃたんだろう)

 

 心の中で大きな溜め息。

 とはいえ、原因はわかりきっている。

 葵がこんな中二病。歩く黒歴史生産機になってしまったのは確実に自分が原因だ。

 

 

 

 かつて遊戯王を始めたのは葵の方が先だった。

 理由は何だったか、友達に勧められたからだった気がする。当時小学生だった葵は始めては完全に遊戯王にはまりカードだけでなくアニメやら漫画まで揃える始末。とはいえ実力は対してあるわけでも無く平均的。単純に決闘を楽しむだけだった。

 当時、中学1年だった涼香は自分のデッキなんて無く葵にせがまれては彼女のデッキを借りてたまに相手をしているだけだった。

 

 そんな涼香が自分のデッキを持つきっかけになったのは、その1年後ほど。

 葵が良く行くカードショップで噂を聞き付けたのだ。なんでも常連だった高校生のグループがカードを持っている子供を裏路地に連れ込んでカードを奪うということだ。

 

 それを聞き付けた葵は、どういうわけかその悪行を止めようと動きだしたのだ。

 だが相手は複数人の高校生。無謀という他無く葵は返り討ちに合ったあげくにカードも取られてしまった。

 涼香は葵の敵を討とうと高校生のグループに乗り込むが、彼女は当時はカードを持っていなかった。相手のリーダーからは一週間後にカードショップで決闘をし勝ったなら今まで奪ったカードを返すとのことだ。だが逆に負けたら涼香が彼らの好きなようにされるという無謀な条件を出された。

 頭に血が上っていた涼香は勝負を受けてしまいカードを集めることになることになる。

 その時に見つけたのが、葵が間違って2冊買ってしまい開封せずに放置されていた遊戯王の漫画だった。それにはカードが付属されており《E・HEROアブソルートZERO》という融合モンスター。

 

 特に変哲も無いカードだったはずなのだが、何故か涼香はそのカードに惹かれた。

 溜めていたお小遣いやお年玉もつぎ込みZEROを最大限に発揮できるデッキを作り上げた。そうして勝負の日まで葵の友達たちから特訓の日々を送る。

 

 結論から言えば、涼香は勝負に勝った。圧勝だった。

 才能なのだろうかここぞという場面で最善のカードを引き力で相手をねじ伏せる。リーダー格の男を倒しては、その舎弟、下っ端まで連戦を重ねたが全員を完膚無きまでに叩き伏せた。

 最終的に高校生のグループは力づくで涼香へと襲いかかったのだが、それも涼香によって返り討ちに合った。

 

 こうしてめでたく葵や今まで奪われた子供のカードが返ってきた。

 それを元の持ち主に返しては涼香は地元の子供たちから英雄扱いだった。特にやめるという理由もなかった彼女は遊戯王をそのまま続けることとなったが、周囲から特別な目で見られては何だか本当に自分が特別な人間なのかもって思った時期があった。気が付けば自分を瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)なんて名乗り出していたのだ。

 その名前で大会にも参加したことがあったが、不運にも才能があったせいで勝ち抜き現在では黒歴史の異名が広がってしまったのは頭を押さえてのた打ち回りたいぐらい馬鹿なことをしていたと思う。

 

 

 そんな姉の姿を見て葵は影響されてしまったのだろう。

 昔から仲が良く『おねーちゃん、おねーちゃん!』と涼香の後を追いかけるお姉ちゃん子だったわけか黒歴史まで再現。しかも、中学3年に上がるころには普通に戻った涼香と違い現在進行形で悪化してしまって歩く黒歴史生産機と化してしまっている。

 かつての自分もここまで酷くはなかったと主張したい。

 

 そして、自身のことを(自称)極限零度の戦女神(インフィニティフラッドワルキューレ)と名乗り、前世でも同じ二つ名を持っていた(葵の妄想)とされる涼香の瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)とはライバルだったのだと妄言している。

 

 見た目が可愛いらしいだけに本当に残念な子に育ったのだと正直、嘆きたかった。

 ちなみに遊戯王部のメンバーには妹がいるなんてこと言っていない。こんな妹だと恥ずかしくて言えない。

 

「それで何で早起きなのよ?」

「聞いてくれるな我が姉よ。今日は決戦の日、わたしはここで栄誉を勝ち取らなければならないのだよ!」

「ああ、決闘大会ってことね」

「わかっちゃうのっ!?」

 

 驚くとすぐ素に戻る癖があるらしく葵は図星をさされたら目を見開いてオーバーアクションっぽく驚いた。

 

 ちなみにだが、涼香は葵のことを2種類に分けている。

 わかりやすく中二病の言葉を発するのを『中二病モード』、素に戻っている場合は『妹モード』。

 二重人格というわけでは無いが、この変わりようを見知らぬ人間がみればドン引きするぐらいだ。

 

「くっ、まさかわたしの思考を読める──」

「──そんなわけないでしょ。アンタがわかりやすいだけよ」

 

 ばっさりと斬り伏せた。

 不名誉であるが過去に中二病経験があるからでこそ、葵の遠回しな言葉も簡単に理解できてしまう。

 

「だが知られたならば逆に僥倖かもしれない。我が姉よ。御主も『瞬間氷結の戦乙女』の名を広めるために戦に身を投じるのはどうだろうか?」

「嫌よ」

「そんなぁ。一緒に行こうよ。おねーちゃん!」

 

 断られたのがよっぽどショックだったのか涙目で妹モードに戻りながら服の裾を掴んでくる。

 そういう反応をするのだから対応に困るし、邪険にもできない。

 

「はぁ、仕方ない。けど、そんな痛い名前は名乗らないわ」

 

 

 

 朝食を食べデッキの調整などで時間を潰しては近所のカードショップへ二人で向かう。

 商店街の中にある小さな店であるが、子供の頃は葵と一緒によく通うほどに行っていた思い馴染みのある場所だ。

 

「ねぇ、この文字わかる?」

「ふむ。『休業日』だな」

 

 だが、カードショップはシャッターが閉じており張り紙が張られてあった。

 ポカリと軽く葵の頭を叩いた。

 

「ふむ。『休業日』だな──じゃないわ!」

「あ痛っ!?」

「よく見たらその大会って来週じゃないの! 何ベタな間違いをしてるのよ!」

「ええっ!? せっかく徹夜でデッキの調整してたのにっ!?」

 

 過ぎた中二病に加えて葵はどこか抜けている。

 こんなドジをしょっちゅう繰り返しているのだ。

 

「はぁ……このまま帰るってのも味気ないしどこかよっていかない?」

「ふむ。それもまた余興。いいだろう、地獄の底まで付き合おう」

「いや、そんなとこ行かないわよ……」

 

 商店街を抜け近くの服屋や雑貨屋など回り、適当にファミレスで昼食を取る。

 そしてまた適当に店を回るのだが、適当にぶらぶらと回っていると見知らぬカードショップが見えた。

 

「あれ、こんなところにカードショップなんてあったかしら?」

「姉よ。情報に疎いな。半月ほど前に開業されたものだ」

 

 最近では部活に忙しいこともあって近所を回ることも少なく気付かなかった。

 よく見れば葵は何か武者震いかのように身体を振るわせているのが見えた。

 

「行きたいの?」

「行きたいっ!!」

 

 即答だ。

 カードショップを前にまるで子供のように目を輝かせているのを見ると、よく見知った人物を思いだしてしまう。

 

「そう。それなら行きましょ」

 

 店内に入るが、中は広いものの決闘スペースに力を入れてしまっているせいで種類のラインナップもあまり多くなくカードの値段も少々、割高という印象の店だった。

 特に何かを買うつもりも無いために普通に見ているだけで、それは葵も同じようでカードを眺めてはいるものの特にこれが欲しいと言ったりはしない。

 ただカードを見て帰るつもりだったのだが、日曜日ということもあって決闘スペースは賑わいを見せている。その喧騒が聞こえてくるほどに。

 

『おおっ、これで3連勝目だよ』

『さすが真進(ましん)高校、遊戯王部の選手だ。タッグを組んで2年は伊達じゃないな』

『誰か、この猛者に挑む奴はいないか?』

 

 デジャブを思い出した。

 かつて遊凪高校近くのカードショップで橘晃と出会い遊戯王部への入部のきっかけとなった出来ごとによく似ている。

 どうやら『決闘盤を無料で貸し出してます』なんて張り紙もあるが、対戦相手の真進高校の選手とやらが強くてなかなか挑戦者が現れないらしい。

 

「……?」

 

 ここで、クイクイと服の袖が引っ張られているのを感じた。

 ふと視線を向けば葵が、まるで『我らこそは』と得意げな顔をして涼香の顔を見つめている姿があった。

 

「我が姉よ。わたしたちが彼奴らを──」

「嫌よ」

「まだ全部言ってないよっ!」

 

 どうして、自分の回りには面倒事を運んでくる人間ばかりなのだろうかと嫌になってくる。

 そんな中、葵は涼香の目の前に回りこみ涙ぐんだ表情で懇願した。

 

「お願い、おねーちゃん!」

「ぐっ……!?」

 

 葵の泣き落とし攻撃。

 効果はそこそこあるようだ。

 

 涼香は思わず『はぁ』と溜め息をついて妹にはどうにも甘いなと、心で呟いた。

 

「仕方ない。やるからには勝つわよ」

「おっー!」

 

 妹モードのまま高らかに手を上げた。

 決闘スペースへと向かうと丁度良く未だ対戦相手として名乗りを上げる者はいないらしい。

 

「さて、この腰ぬけども。俺たちの練習相手になれる奴はいないのか?」

「今なら手加減してやってもいいぜ」

 

 なんて決闘スペースで決闘盤を装着した二人組は連勝しているからかもの凄い調子に乗っている。

 回りの人垣を押し抜けるようにして葵が中二病モードで踏み入れた。

 

「だったら、我々が相手をしよう!」

 

 腕を組み仁王立ちのような体勢で相手の前に立ちはだかる。

 どうにも、こんな小さな女の子が入ってくるのは予想外だったのか回りの野次馬たちは目を丸くしていた。

 

「お、女の子か……まあ、いいぜ。俺たちは優しいからな。特別に手加減も5割程度で──」

「いや、加減など不要。全力でかかってくるがいい!」

「そうね。むしろそうしてくれないと相手にならないわ」

 

 葵に続くように涼香も足を踏み入れた。

 これで決闘スペースには二人と二人でタッグデュエルの人数として成立する。

 だが、真進高校の一人はやや口ごもる口調で困ったかのように語る。

 

「いや、全力でやっちまうと相手にならんだろ」

「ふん、笑止!」

 

 困る真進高校の男性に対して吐き捨てるように葵は得意げに、そして大々的な態度で涼香へと指をさした。

 

「その言葉! 彼女が『瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)』と知っての発言か?」

「え……?」

 

 一瞬、葵の公衆の面前での禁句および爆弾発言に涼香は彼女の言葉を疑い目を丸くした。

 だがすぐに周囲からは動揺の表情が相次ぎ、ざわざわと騒ぎ出した。

 

『まさか、『瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)』と言えばこの街の伝説の!』

『俺、この目で見るのは始めてだ』

『こりゃ面白くなってきやがった!』

 

 周囲に波紋状に広がっていく。

 

「なっ、マジかよ。こりゃ手加減なんて言ってらんねえ」

「この街の伝説との対面か。面白い。お手合わせ願おう!」

 

 さらには、対戦相手まで

 そこで涼香は──

 

「きゃぁあああああああああああああ!!! 人違いっ! 人違いよっ!!」

 

 絶叫。

 古傷をドリルで抉られた気分だ。

 すぐさま葵の胸ぐらを掴み前後にぶんぶんと振りまわす。

 

「葵っ!!! なんであんなこと言うのよっ!」

「何故とは、真実のことではぁあああああ……おねーちゃん、やめて! 気分が悪くなってくるから!」

 

 もう我を忘れて走りたい気分だった。

 だが周囲には人垣。期待やら尊敬のような眼差しを向けられていて逃げることはできないようだ。

 

「ったく! 葵、あんた覚えておきなさいよ!」

 

 顔を真っ赤にしながらも、決闘スペース内に置かれた決闘盤を取り装着する。

 

「えー、いいじゃん。瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)極限零度の戦女神(インフィニティフラッドワルキューレ)の名を広めるのにうってつけじゃん!」

「広めなくていいっ!」

 

 涼香からすればとんだ羞恥プレイだ。

 真進高校の二人は既に準備万端であり、涼香と葵もまた決闘盤とデッキを装着して準備がOKとなった。

 

「っ、こうなったらさっさと終わらせて帰るわよ!」

「いいぜ! 瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)の伝説。噂か真か、確かめてやる」

「その名で呼ばないでっ!!」

 

 もう帰りたい。

 そう思う涼香の願いなど空しくこのまま決闘が始まる。

 

決闘(デュエル)!!』

 

 先攻はどうやら相手側。

 よしっ、とガッツポーツを取りながらプレイを開始する。

 

「先攻とは幸先が良いぜ! 1枚伏せて《手札抹殺》を発動する。そして伏せていた《ソウル・チャージ》を発動し墓地から《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》2体と《古代の機械兵士(アンティーク・ギアソルジャー)》を特殊召喚!」

 

《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム ☆8 ATK/3000》

《古代の機械兵士            ☆4 ATK/1300》

 

 真進高校選手 LP/8000→5000

 

 一瞬にてモンスターが3体も並ぶ。

 《ソウル・チャージ》による発動時のバトルフェイズ不可にトゥーンの場に出たターンに攻撃できないというデメリットは先攻ターンで攻撃できないために帳消しのようなもの。

 相手にとっては幸先の良いスタートだろう。

 

「さらに《歯車街(ギア・タウン)》を発動し古代の機械(アンティーク・ギア)のリリースを一つ減らす。《古代の機械兵士》をリリースして《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》をアドバンス召喚!」

 

 《古代の機械巨人 ☆8 ATK/3000》

 

 たった1ターンでレベル8モンスターが3体も並ぶ。

 それも総攻撃力が9000であり全て貫通持ちの攻撃時に魔法、罠が使えないというのはさすが連勝中の決闘者であると感心する。

 

「俺はこれで、ターン終了だ。さあ、どう来る瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)!」

「もう嫌がらせよね。ここまで来ると、もういい、全力で潰すわ! 私のターン!」

 

 呼ばれたくない名で何度も呼ばれて涼香の怒りのメーターはもう満タンだ。

 それをこの決闘にぶつけようとプレイする。

 

「手札から《E・HEROブレイズマン》を召喚し《融合》をサーチし発動。手札のバブルマンとオーシャンで《E・HEROアブソルートZERO》を融合召喚!」

 

 《E・HEROアブソルートZERO ☆8 ATK/2500》

 

 颯爽と現る涼香のエースモンスター。

 冷気を纏い場へと降臨する。

 

「《フォーム・チェンジ》を発動。ZEROを墓地へ送り《M・HEROアシッド》へ変身させるわ!」

 

《M・HEROアシッド ☆8 ATK/2600》

 

 そして涼香においての黄金パターン。

 空高く舞い上がり別の姿へと変貌したアシッドは強烈な冷気を纏った光線を相手の場へと放射する。

 機械仕掛けの巨人にアメリカンコミックの機械巨人も機械仕掛けの街も伏せカードだって全てが崩壊する。

 アシッドの効果がチェーン2で行われたために《歯車街》も効果を発動できずに消滅する。

 

「ぜ、全滅だとぉおおおおお!? これが瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)、化け物か!」

「だーかーら、その名はやめろって言ってんでしょぉおおおお!!!」

 

 相手と涼香は絶叫するかのように大声を上げる。

 

「もう終わりにするわ! 《ミラクル・フュージョン》を発動し墓地のオーシャン、バブルマンと場のブレイズマンの3体を素材に《E・HERO Core》を融合召喚」

 

《E・HERO Core ☆9 ATK/2700》

 

 たった1ターンで最上級レベル融合モンスターが2体も並ぶ。

 総攻撃力は5300と《ソウル・チャージ》で減った相手のライフを上回る。

 

「バトル! アシッドで攻撃よ」

「おっと、そうはいかねえぜ! 《速攻のかかし》でバトルフェイズを終了させる」

 

 だが相手とてそう簡単には崩れない。手札に温存していた最後の1枚のカードが攻撃を防ぎバトルフェイズを強制的に終了させる。

 

「ちっ、カードを1枚伏せてターン終了よ」

「成程。噂に違わぬ強さだ。だが、俺たちが力を合わせれば勝てぬ相手では無い! 俺……いや、俺たちのターンだ!」

 

 もう一人の名前も知らぬ相手のターンが開始される。

 

「《カラクリ小町弐弐四》、《カラクリ兵弐参六》を召喚し《カラクリ将軍 無零》をシンクロ召喚。デッキより《カラクリ忍者七七四九》を特殊召喚」

 

《カラクリ将軍無零   ☆7 ATK/2600》

《カラクリ忍者七七四九 ☆5 ATK/2200》

 

 早速といわんばかりに展開からのシンクロ召喚。

 だが、これでは止まらないと語るかのようにさらなるカードを駆使する。

 

「《アイアン・コール》を発動し小町を蘇生し七七四九と共に《カラクリ大将軍 無零怒》を特殊召喚。デッキから《カラクリ参謀弐四八》を攻撃表示で特殊召喚し効果により守備表示にする。そして無零怒の効果で1枚ドロー」

 

《カラクリ大将軍無零怒 ☆8 ATK/2800》

《カラクリ参謀弐四八  ☆3 DEF/1600》

 

 次々と並ぶカラクリ人形たちが並ぶ。将軍と大将軍、参謀と並みの敵ならばこれだけで圧倒できる展開ではあるが相手が並みでは無くこれだけでは突破が不能。

 だから、彼はさらに1枚のカードを使う。

 

「《簡易融合》を発動し《カルボナーラ戦士》を場に出し、参謀と共に《月華竜ブラック・ローズ》をシンクロ召喚。効果によりCoreをバウンスする」

 

《月華竜ブラック・ローズ ☆7 ATK/2400》

 

 真進高校選手 LP/5000→4000

 

 機械とはほど遠い薔薇の竜が花びらを撒き散らして涼香のヒーローの一体の押し戻す。

 

「バトルだ! 無零怒、無零、ブラック・ローズで攻撃!」

「ちっ、やってくれんじゃない」

 

 涼香&葵 LP/8000→7800→5200→2800

 

 猛攻によるラッシュ。既に前のターンで敵を蹂躙するためにカードを消耗したために防ぐ術も持たずに攻撃を全て受けるしかない。

 

「見たかっ!1枚カードを伏せてターン終了」

「すまねぇ、俺が不甲斐ないばかりに」

「気にするな。お前が引きつけてくれからでこそ、出来たまでだ」

 

 どうやら向こうのチームワークは抜群らしい。

 力を合わせられたら涼香一人では勝つのも難しい。

 

 だが、これはタッグデュエル。

 涼香のパートナー、葵のターンが回ってくる。

 

「くくっ、ついにこの時が来たか! この(自称)極限零度の戦女神(インフィニティフラッドワルキューレ)の力を魅せる時が! これがラストターンだ!」

 

 本人はカッコイイと思われるようなポーズを取りながら大きな声で宣言する。

 涼香は思わず顔を隠して全力で他人をフリをしたくなった。

 

「まずは姉が伏せた《トラップ・スタン》を発動しこのターン罠カードの効果は許されない! そしてフィールド魔法、《伝説の都アトランティス》を発動! このカードは《海》として扱い手札及び場の水属性のレベルを1下げる」

「くっ、【アトランティス】か……いいだろう。瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)の妹、その実力を見定めてやる!」

 

 ここで相手は思考する。

 《伝説の都アトランティス》を使ったのならレベルを下げる効果でレベル5の強力水属性モンスターを呼び出したり《海》がある時に発動するカードを駆使するタイプのデッキだと読んだ。

 だが、葵はノンノンと指を左右に振る。

 

「わたしのデッキは、その上を行く! 《影霊衣の万華鏡》を発動。エクストラデッキの《青眼の究極竜》をコストとし、来いわたしのモンスターたち!」

 

《ヴェルキュルスの影霊衣 ☆8→7 ATK/2900→3100》

《ユニコールの影霊衣   ☆4→3 ATK/2300→2500》

《クラウソラスの影霊衣  ☆3→2 ATK/1200→1400》

 

 片手を天高く上げるかのようにして一瞬で3体のモンスターを揃えた。

 その合計レベルはコストとした《青眼の究極竜》と同じ12。その光景に相手は目を見開き驚きふためく。

 

「馬鹿な。1枚の儀式魔法で3体のモンスターを同時に召喚するだとっ!?」

 

 彼は場に伏せていた1枚のカード《奈落の落とし穴》を見るが既に葵によって《トラップ・スタン》が発動され使っても意味が無いことが悔やまれた。

 

「ぐっ、相手にレベル5以上のモンスターが特殊召喚されたことでブラック・ローズの効果が発動する」

「無駄無駄! 《ユニコールの影霊衣》の効果でエクストラデッキから特殊召喚した場のモンスター効果は無効にされる!」

 

 【影霊衣】はエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターに対してメタになるカードが多い。

 そのためシンクロモンスターを並べる【カラクリ】とは相性が最悪だった。

 

「そして《スノーマン・クリエイター》を召喚。わたしの場に水属性モンスターの数だけ相手モンスターにアイスカウンターを乗せる。無零怒に4つ乗せ、3つ以上乗せた場合、相手の場のカードを破壊できる。そのまま無零怒を破壊!」

 

 かき氷を作るような要領で雪だるまを作る機械が現れ4体分が無零怒へと投げつけられる。それらは上空で合体して巨大な雪だるまとなってそのまま無零怒を押しつぶしたのだ。

 

「くっ、俺の無零怒が!?」

「そして、クラウソラスの効果により無零の攻撃力を0にしバトルに入る! ヴァルキュルスで無零をユニコールでブラック・ローズを攻撃!」

 

 真進高校選手 LP/4000→900→800

 

 次々と対戦相手のモンスターを倒していく。

 ライフも大幅に削りとり、場はガラ空きに。

 

「とどめだ! 《スノーマン・クリエイター》で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「のわぁああああ!?」

 

 最後の一撃の宣言をする。雪だるま製造機は一際、大きな雪だるまを作り相手へと投げつけた。

 

 真進高校選手 LP/800→0

 

 攻撃は見事命中。相手のライフが0となり決着のブザーが鳴り響く。

 

「ふふっ、見たか! これぞ瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)極限零度の戦女神(インフィニティフラッドワルキューレ)の最強タッグ──もご!?」

 

 勝利のVサインで決めポーズを取っている最中、突如葵は涼香によって口を塞がれ担がれるかのように運び込まれた。

 まるで誘拐するかのような見事な手際で店の外へと出て行く。人目につかない場所にまで移動すれば担いでいた葵を落とした。

 

「ぷはっ──なにすんのさ、おねーちゃん!」

「何をするのはこっちの台詞よ! 何、人前で私の、その、あの名前を言ってんのよ!」

「あの名前って、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)?」

「だから、それを言わないでっ!!」

 

 妹相手のこのやり取りを何度やったのだろうか。

 だが、今度はいつもと違うように人差し指の先を合わせながらそっぽを向いて拗ねたように語る。

 

「いーじゃん、最近おねーちゃんは部活で構ってくれなかったんだし」

 

 それはまるで寂しくて構って欲しい子供のように見えた。

 

「でも、いーもん! わたしも遊凪高校に進学して遊戯王部に入るから」

「え……?」

 

 涼香はずっと葵は進学したら近場の高校に行くと思っていたから意外そうに硬直した。

 まさか、自分の後を追ってくるとはと妙に背中がむず痒く感じる。

 

 葵はそんな涼香の様子など知らずに握り拳を作っては、まるで己の野望でも語るかのように大きな声で語った。

 

「そして、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)極限零度の戦女神(インフィニティフラッドワルキューレ)の最強タッグを名を全国に轟かすんだから!」

「お願いだから本当にやめてっ!」

 

 だが、それ以上に今の騒がしいメンバーに葵が加わるとなると疲れてしょうがないな、と思う涼香だった。

 

 

 

 

 

 



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